異世界で死にたくない最弱の女神 (アイリスさん)
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phase 1 転生女神と奴隷印
1話


はじめましての方も何処かでお会いした方も。
先日の村正ガチャ爆死したアイリスと申します。今回はステンノ様を主役に据えてみました。
3話程度投稿しておきます。
4話以降は月イチ程度で投稿(予定)。


舗装された現代日本の道路とは程遠い、山中の荒れた地面を往く馬車。

私はその3畳程度の広さの荷台の上で、天井をボーっと見つめていた。

荷台いっぱいの大きさの、私達を逃がさないよう周りをぐるりと取り囲む鉄格子。その上から布が張られ外からは見えないようになっている。出入り口には鉄で出来た錠前が付けられていて、私の力ではどう足掻いても脱出は不可能ね。

 

奴隷用の荷台にサスペンションなんて付いている筈も無く、ガタンガタンと大きく揺れてお尻が痛い。私の周囲に座っている奴隷達はどうなんだろう。みんなずっと項垂れたままだから表情は窺えない。

 

「はぁ」と小さく溜め息をついた私は、自身の左手の甲に付けられた『奴隷の焼き印』に視線を落とした。

この魔法陣型の焼き印には『主人に決して逆らえない、主人を傷つける行為が出来ない』という精神系の魔法が込められているらしい。まぁ、精神干渉系はEXクラスの『女神の神核』を持つ私には全く効かないから奴隷印なんて無意味なんだけど。

 

そんな私でもここから脱出出来ないのは、単に私が弱すぎるから。この山には獰猛な魔物も多く居るらしいし私一人で下山するよりかは命の危険は小さいけれど、奴隷っていうのはいただけない。『処女じゃないと商品価値が下がる』って理由で犯されなかったのだけが救いかしら。私、見た目は絶世の美少女だし。私は次の街で売る奴隷の中でも目玉商品らしいし。

 

……安易に〈この世界の主神(変態糞ジジイ)〉の提案に乗ったのは失敗だったかしら。それにしてもあの時の私は完全にどうかしていた。多分〈この世界の主神(ステンノヲタの変態エロジジイ)〉の強制精神誘導とかだったんでしょうね。でなければあの時、この世界に転生する体にFGO(フェイト・グランド・オーダー)の『ステンノ』を選んだりしないもの。アーサー王(アルトリア)とか英雄王(ギルガメッシュ)とか超人オリオンとかBBとかソロモン王とか、チートで無双出来そうなサーヴァントは幾らでも居るのに普通敢えてステンノを選んだりしないでしょう?まあ女神ステンノは嫌いじゃないし好きなサーヴァントだけどそれと転生時に選ぶかは別問題。完全に後の祭だけど。

 

……何かしら。外が少し騒がしい。馬車が突然止まった。聞こえてくるのは雇われている傭兵共の怒号と、魔物らしき獣の唸り声、それも複数。あ、これは聞き覚えがある。あの時のヤツね、熊かと思う程の巨体を持つサーベルタイガーみたいなヤツ。ホント、踏んだり蹴ったり。〈この世界の主神(あの糞ジジイ)〉、私を生かす気あるのかしら……。

 

 

 

─────

 

ちょうど2日前の事だったかしら。

 

気がつくと私は宇宙に居た。正確には、四畳半くらいの半透明な部屋の中で、周りに宇宙が延々と広がって見えていた。何、ここ何処?

 

『さて、もう話をしても大丈夫かの?』

 

声の方を見てみれば、皺はあるけど精悍な顔つきの、長い白髪に白いチョビ髭の、ギリシャ神話のようなローブを着た老人……?が居た。その姿を見て私は本能的に理解した。あ、私、これ死んだのか、と。

 

『理解が早くて助かるのう。そうじゃ、お主は死んだ。覚えておるか?』

 

どうやら向こうは私の思考を読めるらしい。じゃあ貴方が地球の神様?

 

『地球の神ではないぞ。お主らの言うところの異世界の神じゃな』

 

あー……そういう……まさか自分が異世界転生する事になるなんて。

 

『地球の神……お主の国の黄泉の神、イザナミに話は通してあるぞい』

 

イザナミ?ああ、伊邪那美命か。へぇー、実在してたんだ。それで?なんで私が異世界転生?

 

私が亡くなった経緯はどうでもいいとして。その異世界の神様は私に概要を説明してくれた。なんでも、今までなら地球以外のあちこちにある世界は魔王とかの大きな悪が現れても自分達の世界の勇者が解決できるレベルだったらしい。それが、最近自分達の世界の勇者では対処しきれない悪が現れる世界が出てきた。そこで、異世界から転生させた勇者に対処させる事にしたらしい。だけど一つ問題があって、チートスキルを与えた異世界の人間の魂が別の世界に行くとバグが発生してすぐに死ぬケースが多いんだとか。じゃあチートスキルを自分の世界の人間に与えればいいじゃんと思ったけど、それは神様でも何故か無理らしい。

 

それで、最近開発したそのバグ対策を施した魂が異世界でも正常に生きられるかを観測した上である程度安全が確認されてから異世界転生勇者を運用する事にしたんだとか。そりゃそうだよね、勇者として異世界に送り込んだはいいけどすぐ死んだら意味無いし。

 

で、私の役目はその『異世界でも正常に生きられるかを観測する為のテスター』。長く生きられるに越した事はないようなので、ある程度の能力もくれるらしい。ま、治験みたいなものか。第二の人生と思って精々楽しむしかない。話を聞くに転生先はファンタジー世界らしい。

 

『やはり日本人はその辺飲み込み早いのう。お主のやっておったアプリ『FGO』のサーヴァントとかなら簡単にしてやれるぞ?』

 

マジですか。FGOのサーヴァントとか星4以上のレア度ならほぼチートじゃないですか。やったね次の人生イージーモードだ。

 

それなら、と少し考える。頭(霊体なので頭と言っていいかは微妙)に浮かんだのは、お気に入りに登録された、レベル上限Max、スキルMaxまで育てた女神ステンノ。そう、あのギリシャ神話の、メデューサの姉のステンノ。男性の憧れとして完成された超絶美(少)女のステンノ。完璧美少女で強いとか次の人生勝ったも同然。ありがとう、異世界の神様。

 

『礼には及ばんよ。お主がそう言うと思ってもう体は作っておいた。勿論、お主の言うところのチートスキルである『女神ステンノと全く同じ女神の神核』も与えるぞい』

 

FGOのサーヴァント、女神ステンノの持つ女神の神核。『不老不死であり、可憐であり男性の憧れの具現。完成された超絶美(少)女であり、どんなに怠惰な生活を送ろうが馬鹿みたいに膨大なカロリーを摂取しようがその容姿は永遠に変化しない、成長しない』ステンノという女神を象徴するスキル。更には精神干渉系の一切を退けるという力も持つ。つまり。

 

『ワシの世界の女神の一柱として迎える、という事じゃ。まあテスターじゃしな。構わんじゃろ。お主の世界にメタトロンという例もあるしのう』

 

マジですか。まさか自分が神様になれるとか。なんか変な感じ。本当に良いのかな?

 

『構わんぞ。では最終確認じゃ。転生先はワシの世界、転生する体と能力はFGOの女神ステンノ。これで大丈夫じゃな?』

 

はい、大丈夫です。

 

『よし、では転生させるぞ。そうそう、ワシの『主神の加護』も付けておくぞ。定期的にお主を覗k……ゲフンゲフン、観測する必要があるからのう』

 

神様の言葉が終わると、瞬時に私の体が形成された。二次元のあのステンノを三次元にした姿……。

それと同時に私の周囲に現れた鏡で自分の姿を眺めてみる。実際こうして三次元になって見てみると、ステンノって凄まじい絶世の美少女。妖艶さと可憐さを兼ね備え、ツインテールに纏めた薄い紫色の長い髪は輝き、朝露の珠のような美しく透き通るような肌、スレンダーながらも女性らしいボディラインと柔らかさと両立したスタイルの良さ。胸は大き過ぎず、かといって小さ過ぎず程よい美乳。それだけで世の男性を惑わすであろう微笑み。

うーん、これが新しい体……凄い。私の魂の中心に光輝く『女神の神核』があるのが感じられる。本当にステンノと同等の存在になったんだ……。

 

『満足したか?では現世へとおろすぞい』

 

異世界の主神がそう言うと、私の視界は真っ白に染まっていき、私の体が薄くなっていく。これから異世界生活が始まるのか……。

 

『グヘヘ……ステンノタン……ハァハァ……prpr』

 

ちょっと、今のって……何かあの異世界の主神の変な声が聞こえたんだけど……何だか嫌な予感が……。

 

 

 

 

 

次に瞼を開いてみると。私は深い森の中、幹の直径が私の身長の倍はあろうかという巨木に寄り掛かって座っていた。お尻の下には芝生……芝生よね?感触は芝生だけど葉が丸い。そう言えばこの背中の巨木も地球では見た事もない種類。本当に異世界みたい。

 

正面に見える、陸上競技のトラック程の大きさの泉に映った私の姿は、あの宇宙空間で見たステンノそのものだった。FGOと違うのは身に付けている服。真っ白なシルクで出来たシンプルな膝丈迄の長さのワンピース。

魂の中心に女神の神核の輝きを感じる事が出来る。どうやらあの神の言っていた事は本当だったみたい。

 

それじゃ、この世界をゆっくり楽しませてもらおうかしら。




というわけで。ステンノ様(仮)なお話です。暫しの間お付き合いしていただければ幸いです。


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2話

さて、最初は自分の能力の確認かしら。FGOと全く同じ、ならば身長134cm、体重30kg。筋力E、耐久E、敏捷B、魔力Ex、幸運Ex、だった筈。先ずは攻撃手段かしら。FGOでは確かこう、魔力を飛ばしたりして攻撃出来たような……。

 

右手を前に突き出して集中してみるけど、何も起きない。というか、神核は感じられるのに魔力は流れも何も全く分からない。え?こういうのって異世界転生の主人公とかって呼吸をするように出来るものなんじゃないの?

 

幾らやろうとしても駄目。何も起きないし何も感じられない。誰かに魔力的な何かを教えてもらわないといけない感じなのかしら。これは少し困った。

 

仕方ない。…………あれ?

芝生に座り込んだ私は、ふと視線を向けた左手に何か付いてるのに気が付いた。

この左手首に付いてるリング状のアザ、何かしら?右手で擦ってみても落ちない所を見ると汚れとかじゃない。うーん、と首を右に傾げた私の耳に、柔らかな女性の声で何処からともなく『申し訳ありません』と聞こえてきた。

 

申し訳って……ああ、何だかもう嫌な予感がする。

 

『余り時間も無いですし自己紹介を。私はアムラエル。地球で言う所の天使にあたる者です。つまりは貴女が会った主神の部下です』

 

「アムラエルさんね……それで?いい知らせと悪い知らせどちらかしら?」

 

あ、声もFGOのステンノと同じか。まぁそれは今は置いておくか。

初手謝罪だったんだし、どう考えてもいい知らせなわけないと思うけど。ワンチャンあるかも知れないでしょう?けれどアムラエルさんの返事は『悪い知らせですね』だった。……正直聞きたくない。けど聞かないわけにはいかない。

 

アムラエルさんによると、私はFGOに登場するサーヴァント『女神ステンノ』のスキルの殆んどが使えないらしい。あの主神が嘘をついたわけではない。FGOのステンノは『サーヴァントとして現界』している為にそれに合わせて強くなっている、本来の女神ステンノは最弱の、蹂躙されるだけの存在、という設定だった。

今の私はサーヴァントではなく女神ステンノのコピーなわけで、そうなるとサーヴァントなら使えるだろうスキルの悉くが使えないという訳。私の持つスキルで使えるのは女神の神核、それと吸血のみらしい。

 

それと例の主神の加護というのは、神の側から私の様子をいつでも観測でき、私が最悪の状態に陥った場合に運を少し引き上げる、例えば大凶を小吉にするとかそういう類いのものらしい。

……それ、いざって時本当に役に立つの?

 

簡単に言うと、私はちょっと運がいいかも知れない程度の、絶世の美少女女神(但し最弱の存在)。

頭痛がしてきた。魔力Exと幸運Exはどこ行った?

 

『本当に申し訳ありません。魔力はその体に満ちてはいますが、貴女が意図的に攻撃や防御などに使う事はできません。もう貴女の魂と体は固定されてしまっていますので、これから変更も出来ません。せめて私が一緒にあの場に居れば〈主神(ステンノ狂いの変態エロジジイ)〉の思い通りにはさせなかったのですが……』

 

変態って!今アムラエルさん、あの神様の事を変態って言ったわ!え?ステンノ狂いって?まさか私、あの神様の欲望に利用されたって事?そう言えばなんだか自分の思考が妙に二次元の女性的になっているのももしかしてあの神様のせい?

 

『そうです。主神の加護も、ステンノ様と同じ容姿の貴女のあられもない姿を覗き見する為のようです。………嗚呼、地球にいらっしゃる本物の女神ステンノ様に何と申し上げたらよいのか……〈主神(変態糞ジジイ)〉のせいで私も頭が痛いのです。よりにもよってあの〈主神(エロジジイ)〉、『うまい事いったわい!これで何時でもステンノたんを視姦できる!流石ワシじゃいヒャッホウ!!ステンノたん体の外見の作りもオリジナルと全く同じじゃ!トイレ(大)は無くしておいたがトイレ(小)は出来るように設定したしのぅ!グヘヘ、ステンノたん早くお花を摘みに行かんかのう!』と狂喜乱舞しておりましたのでシバき倒しておきました。それと、貴女の観測は今後は私が行います』

 

あ、覗きはされないと思っていいのね。トイレ(大)もしない体か。それだけは良かったかも。何せこの世界に地球みたいなトイレットペーパーやウォシュレットは無さそうだし。でもトイレ(大)をしないって事は、排泄は全部トイレ(小)で出るって事?女神的な力でどうにかなるって事かな?まぁ考えても仕方ないか。

 

月一度使えるらしい『神託』を利用して説明してくれたアムラエルさんは、謝り倒して話を終えた。『経緯はどうあれ貴女は既にこの世界の神の一柱。出来る限り力になります』って言ってくれたし。

うんわかった。私、今後は〈主神(糞ジジイ)〉じゃなくてアムラエルさんを信じるわ。

 

はぁ……何だかもう疲れた。泉の水で顔を洗って気分を落ち着かせて、次に私が採るべき行動を考える。うん、先ずは人間の住む街に出たい。私ことステンノは不老不死(普通に生活するぶんには)だけど一人では生きてはいけない程度には弱い。安定した生活環境を手にいれないとテスターどころじゃないもの。

 

でもどうしよう。どう見てもここは深い森の中。街ってどっちの方向かしら?アムラエルさんに聞いておくんだった。次に話せるのは一月後だし……一ヶ月もここでサバイバルなんて絶対無理。せめて何か道具とかないの?

 

座って考えようと、元いた巨木に再び寄り掛かろうと幹に近づくと、地面に刃物が落ちているのが見えた。あそこって私が元々座っていた所よね?剣身20cm程度、幅2cm程度の刃を持つ……ボロック・ダガー。あー、これ絶対〈この世界の主神(変態ゴミジジイ)〉の用意したヤツね。間違いないわ。因みにボロックって言うのは睾丸って意味。鍔の部分が睾丸のように丸いのが二つ付いてて、持ち手の部分がまるっきり男性器の形で……まあそういうアレな武器。

刃物は無いよりはマシだけどこれはちょっと……絶世の美少女が持ち歩く武器じゃない……。適当なナイフが見つかったらさっさと捨てよう。

 

一応武器も手に入れたし、それじゃ最初はココを起点に周辺を探索してみようかしら。生水が危険とか言ってられない。ココを離れたら水にはありつけないかも知れない以上、少しの間はココから遠出は出来ない。夜は……この巨木にどうにか登ったり出来ないかしら?今はステンノと同等の筋力しかないからなぁ。縄梯子みたいなものを手に入れないと。その辺に落ちてたりしないかしら。

 

最悪の運は回避出来る的な事を言ってたし、何とかなる。多分。最初は南に向かっ……この世界の南ってどっち?そういえば今って何時くらい?太陽はあそこに見えるけどここは地球じゃないから同じとは限らないし。

 

最初はこの泉の真っ直ぐ向こうに向かって歩いてみよう。果物でも木の実でも、兎に角食べ物を手に入れないと……。

 

芝生もどきの生えている地面をゆっくりと歩く。私の髪と同じ色の、薄い紫のサンダルはまるで私の足の一部のようにフィットしていてとても歩きやすい。有難いけどもっと別の所に力を入れて欲しかった。

 

森に生えている木と木の間は、私が3人入る程度の距離。それが視界一杯に広がっていて、森の終わりは見えない。一体何処まで広がってるのかしら。街、たどり着けるのかなぁ……。

 

そんな事を考え注意散漫に歩いていると、右足首が何かの枝に引っ掛かる。バランスを崩して盛大に前方へこけた。顔面は守ったけど、お陰で地面についた左の掌が痛い。

そんな不注意で音を立てたのがいけなかった。遠いけれど、前方にいる何かが此方を見ている。虎……うん?虎??それにしては周りの木々と比べても随分大きいような……あ、駄目ね完全に私を見てる。段々と近づいてくるその口には長いキバが二本。サーベルタイガーっぽい。でも大きさがね……私の身長の3倍くらい……3~4mくらいあるんだけど。これ、不味くないかしら?転生初日に死亡とか洒落にもならない。

 

サーベルタイガーっぽい何かを刺激しないように、ゆっくりと後ずさる。私の動きに合わせて、ヤツは少しずつ近づいてくる。悲鳴とかは駄目よ私、ここは冷静に、落ち着いて。何処かに逃げ道は……。

 

と。突然サーベルタイガーの口元に小さな魔法陣が発生。ヤツの口と同じくらいの大きさの竜巻が現れる。ちょっと!?動物が魔法使えるとか聞いてない!あ、魔法使えるから魔物か!ってそんな場合じゃない!サーヴァントのステンノなら兎も角、私がアレをまともに受けたら不味い!

 

竜巻はとんでもない速度で私に真っ直ぐ向かってきた。反応できたのは自分でも奇跡だと思う。体へ直撃コースだったそれは、全身をひねりながら右側へ跳んだ私の左腕を掠めた。それだけで左腕には無数の切り傷が。かまいたち的な魔法みたい。傷からは血が滲む。痛い、ものすごく。私の血の匂いに興奮したのか、サーベルタイガーもどきが「ガルルル」と私に向かって吠える。

 

こんな森の奥に助けなんて期待できない。逃げなきゃ喰い殺される!

私が走り出したのと同時に、サーベルタイガーもどきも私に向かって走り出した。

 




2話です。ハメられた事に気づいたステンノ様(仮)。最弱の彼女がいかにして生きて行くか。


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3話

森の中を走る。必死に走る。どうして?何でこの体、こんなに足遅いの!?敏捷Bどこ行った!?あれもサーヴァントになって強化された力なの?このままじゃ死ぬ、マジで死ぬ。

 

あっという間に距離が詰まっていく。サーベルタイガーもどきは器用に木々の間を縫うように走っていて、もうすぐ後ろまで迫っている。挽回する手は……ボロック・ダガーでどうかしらね!

 

左の腰にぶらさげていたボロック・ダガーをサーベルタイガーもどきの右目へ目掛けて投げつける。ヤツはさも当然のようにそれに反応。ダガーがキバに弾かれた。私の力が無いのか、それともヤツが異常なのか、或いはその両方。それにしても投げたのは失敗だったと今更ながら後悔してるわ。これで追い付かれても抵抗する術は無い。今度があったら武器は手放さないようにしないと。今度があったら、ね。

 

駄目。もう無理。これ以上走れない。足がもつれてきた。こんなに体力の無い体で、このサーベルタイガーもどきから逃げるなんて最初から出来るわけなかった。私の命も此処までね。短い第2の人生だったわ。せめてヤツを足止めできる手段でもあれば……。

 

その時だった。

私の左手首のリング状のアザが光る。それと同時に私の格好が変化。オレンジ色をベースに、上半身の胸からお腹にかけての部分が白い、体の線が出るほどフィットしているボディスーツ。私はこれが何かを瞬時に理解した。『魔術礼装・カルデア戦闘服』。通称オダチェン礼装。FGOにおいてマスター(プレイヤー)にとって有用なスキルを持つ礼装。前衛と後衛を入れ換える事ができ、それによって戦闘の幅を広げる事ができる礼装。それで、今この場において私が使うべきこの礼装のスキルはそのオーダーチェンジでは無くガンド。

ガンドというのは北欧のルーン魔術で、身体活動を低下させる呪い。使い手によっては弾丸と同等の威力を出せる。でもこの礼装がFGO準拠だというのなら、1ターンの間敵1体を行動不能にする(状態異常無効の敵以外ならどんな敵でも)というスキルの筈。1ターンがどの程度の時間かは分からないし、クールタイムがどれだけ掛かるかも分からない。でもこの状況を打破するには使う以外の選択肢はない。

 

左手の人差し指の先端に、ゴルフボール程度の大きさの赤い球体が現れる。私が「ガンド!!」と叫んだのとサーベルタイガーもどきが大口を開けたのはほぼ同時。赤い球体はサーベルタイガーもどきの口へと吸い込まれるように飛んでいって……サーベルタイガーもどきの動きが止まる。まるで麻痺でもしているかのように震えていて、ヤツはその場から動かない。

 

効果を観察してる暇なんて無い。逃げるなら今しかない。私は一目散にその場から駆け出す。

 

でも所詮は1ターンの行動不能。サーベルタイガーもどきはすぐに自由を取り戻した。もう一度ガンドが撃てたら良かったのだけれど、まだ撃てる気配はない。FGOでも次に使用可能になるまでに最低13ターン掛かるスキルだもの。現実だとどの程度の時間が掛かるのかは命があったら検証するわ。……命があったら。

 

他にはオダチェン礼装には味方全員の攻撃力を上げるスキルもあるけど、今の私の攻撃力を上げてもね。とても太刀打ちできる相手じゃないし。兎に角追い付かれないように出鱈目に走っ……。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」

 

走ろうとしたんだけれど。動けない。もう無理だわ。もう走れない。足が、足が動かない。呼吸が苦しい。

出鱈目に走ったせいで、もうあの泉の場所も分からない。私、こんな何処かも分からないような森の中で死ぬんだ。怖い。こんな死に方嫌だ。体を引き裂かれるのってどのくらい痛いんだろう……恐怖のあまり体がガチガチと震え顔は引き攣り、両目から涙が溢れてくる。

私が動けなくなったのを察したのか、サーベルタイガーもどきはゆっくりと、じわりじわりと私に近づき追い詰めに掛かる。

 

「見逃して……お願い……」

 

言葉なんて通じないのは分かっているけど、言わずにはいられなかった。余裕なんて残ってる筈ない私は祈った。誰に?勿論アムラエルさんに。助けてってね。本物のステンノならこんな無様晒さないんでしょうけど、私は作り物、只のコピーだもの。……もしかしてこれもあの〈この世界の主神(変態ジジイ)〉の作り出した状況なのかしら?『恐怖で涙目のステンノたんprpr』的な。〈この世界の主神(アイツ)〉絶対許さないわ。

 

その場にへたり込んでしまった私は、座ったまま手足を使って震える体を引き摺り這うようにして後ずさる。此処までか……。

 

突然。けたたましい音と共に地面が崩れる。何が起きているのか理解出来ないまま、私の体は地面と一緒に崖の方に投げ出され……何時の間にか崖のある所へ出ていたの!?って崖崩れに巻き込まれた!!ちょうど私とサーベルタイガーもどきの中間の地面を境にして、大地が割れて私は崖の下へと落下していく。同じ死ぬにしても喰い殺されるよりは痛みの時間が少ないかしら。それほど、私が落ちた崖は高さがあった。

 

落ちている途中で意識を失って………。

 

 

 

 

……。

 

…………あれ?生きてる?あの高さから落ちたのに?

自分の居る場所を見回す。池……じゃない、滝壺にある岩の上。目の前には高さ100mはあるだろう滝。って言っても水量はそうでもないみたい。滝の幅はせいぜい私の横幅の1.5倍くらい。偶然この滝壺に落ちて、偶然岩の上に打ち上げられたお陰で落下死も溺死もせずに済んだって事?出来すぎてないかしら?

 

上体を起こそうとすると、左腕に激痛が走る。落下したときに強く打ったのかしら?あの高さから落ちてこの程度なら運が良いって言っていいけど……左手は使い物にならなそうね。

 

私の着ているワンピース、それに中の下着はグッショリと水に濡れて重くなって肌にピッタリと張り付いている。このままだと気持ち悪いし風邪をひきそうね。脱いで乾かすのは決定としてもその間は……そうだ、オダチェン礼装があるじゃない。

 

一先ず水に浮かぶ岩から降りて滝壺から出てみると、すぐ近くの地面に転がっている大きな岩の上に巨大な獣が横たわっていた。さっきまで私を追い掛けていたサーベルタイガーもどき。まだ生きているかも……でも地面に直撃なら流石に死んでるわよね?恐る恐る正面に回ってみると、サーベルタイガーもどきの頭が失くなっていて、首からは血が溢れ出ていた。多分だけど私が気を失ってからそんなに時間は経っていないって事ね。

 

私は自分の、痛みで動かせない左腕に視線を向けた。私が使える数少ないスキル『吸血』の存在を思いだしたから。

ステンノの吸血は本来、血を吸ったり身体に浴びたりする事によって体力や怪我を回復するもの。なら、あのサーベルタイガーもどきの血があれば私の怪我も良くなるかも。

でも飲むっていうのは抵抗があるから、左腕に塗って様子を見てみよう。

意を決して、右手をヤツの首へと伸ばす。未だにドクドクと溢れてくる血を掬って、左腕にかける。

2回、3回、4回とかけて5回目をかけようとした頃。痛みは引いて左腕も動かせるようになった。かまいたち的な魔法で出来た傷も消えている。

良かった。血の入手方法は問題だけど、これで回復手段を手に入れた。出来れば回復魔法が欲しい所だけど仕方ない。

 

後は食べ物だけど……ねえ、これどんな偶然?

死体の向こうに、私の身体より少し高い程度の木が見える。幹は高さの割に、というには無理があるくらい太い。それでその枝に実が成ってるのよね。どう見ても地球の林檎にしか見えない実が。

 

こんな状況でも何故か脱げなかったサンダルをその枝に引っ掛けた。ワンピースと下着も脱いで、水を絞って同じように枝に引っ掛ける。

いつまでも裸でいるわけにもいかないので、オダチェン礼装を展開。多いだけで使えない無駄な私の魔力とは違い、礼装は私の意思で自由に展開できるみたい。あ、ガンドのクールタイムも終わってるみたいね。なら後で試し撃ちもしておこう。

 

手を伸ばし、林檎を1つ取って噛る。やっぱり味も感触も林檎そのもの。これで暫くは死ななくて済む。本当は火を使えれば良かったんだけど、私じゃ絶対火なんて起こせない。肉や魚はもう暫くお預け。

水も、食料もある。後は眠れる場所さえ有れば……ううん、こんな所に何時までも居るなんて御免だわ。早く人の住んでいる所へ出たい。転生初日だっていうのに強制イベントが多すぎる……。

 

林檎を食べたせいかしら。その……トイr……お花を摘みにいきたくなってきた。その辺でしても大丈夫よね?誰かに見られているわけじゃな……あっ。

もしかして、ココまでが〈この世界の主神(あの糞ジジイ)〉が用意したチュートリアルなのかしら?絶妙なタイミングで重なる偶然、自分の使える能力を一通り試す機会、魔法を使える魔物との戦闘、完全に用意されたとしか思えない林檎、それに〈この世界の主神(エロジジイ)〉が喜びそうな私の濡れ透けや着替え、お花摘み……と。全部〈主神(あのジジイ)〉が私に用意したチュートリアルだと思えば納得できる。私のあられもない姿や泣き顔、恐怖で引き攣る顔を見て楽しむ予定だったのね……〈主神(あの変態ジジイ)〉……!こっちは必死の思いで逃げ回ったっていうのに全部予定調和だったなんて!いつか絶対主神の座から引き摺り下ろしてやる!!

 

でもその前に、この森?山?を抜けないとね。

 




チュートリアル()を終えて決意?も新たにしたステンノ(仮)。次回は来月にでもまったり更新の予定です。


ステンノ(仮)のステータス
筋力E-
耐久E-
敏捷E-
魔力E-(魔力量のみEx)
幸運??

スキル:女神の神核Ex、吸血C、主神(が覗きをする為)の加護

礼装:魔術礼装・カルデア戦闘服(全体強化、ガンド、オーダーチェンジ)


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4話

やっぱり4話まで置いておきます。5話は来月に。


……早く居なくなってくれないかしら。

 

私は今。滝壺の、滝の裏側の僅かなスペースに入り込んで水中に身を沈め、顔だけを水面に出した状態で息を潜めていた。流れ落ちる水を挟んだ向こうには、私の体よりも二回り程大きい、鋭い牙と銀色の毛並みを持つ狼らしき獣が3匹見える。

 

水を飲みに来たか、若しくは匂いに気付いて(獲物)を探しに来たかって所でしょう。戦う手段を持たない非力な私にどうにかできる相手じゃない。出来るのはこうして隠れて諦めて居なくなるのを待つくらい。水に浸かった状態なら匂いも誤魔化せると思いたい。

 

何回か滝壺の周囲をぐるぐると回ったあと、狼達はその場を後にした。思わず「ふぅ」って息を吐いた。どうにか危機は脱したみたい。

 

折角乾いたワンピースが台無し。何せ脱いで何処かに置いておくなんて余裕なかったから。そんな事していたら隠れるのが間に合わず今頃私はヤツらの餌になっていたでしょうね。私が居たのが風下だったのも幸いした。もしかしてこれも主神の加護?

 

でもまた乾かすのかぁ。このワンピースもオダチェン礼装……もといカルデア戦闘服みたいに収納できたら楽なのに。

……って思った時。私の左足首が微かに光って、着ているワンピースやら下着やらサンダルやらが消えた。突然過ぎて理解が追い付かなかったけど、水から左足だけをあげてみるとその足首にはさっきまでは無かった左手首と同じようなリング状のアザが付いてる。

あ……成る程ね。シルクのワンピースなんかも礼装と同じ扱いってわけね。オダチェン礼装みたいに何度でも出し入れできる、と。推測だけど、このリング状のアザは礼装の設計図みたいなもので、私の意思で組み立てて実体化するんでしょうね。その際材料になるのはこれも推測だけど、使い道の無い私の魔力じゃないかしら。ほら、アムラエルさんも『攻撃や防御などには使えない』って言ってたし、それ以外の用途なら使えるって事でしょう。

 

ちゃんと説明してよ、そういうの……分かるわけないじゃない……あの〈主神(糞ジジイ)〉、本当に私にテスター任せる気あるの?

はぁ。このぶつけ先の無い怒りはどうすればいいの?そのうち円形脱毛症とかになりそう……あ、女神の神核があるからならないか。

 

狼達の気配が完全に消えた(多分)のを確かめて、注意深く水から揚がった。

 

もう一度ワンピース姿になろう、と左足首に意識を飛ばすと、サンダルや下着も含めて着ている状態に戻った。さっきびしょ濡れになったにも関わらず、今は乾いた状態。先に試しておいたオダチェン礼装と同じで、損傷なんかも再展開すれば直ってると思っていいかな。

 

さて、困った。さっきの狼の件もあるし、安全地帯を探さないと。これがよくある異世界転生ものの主人公とかなら、魔物を寄せ付けない結界魔法!みたいな都合の良いものがあって安全に夜営できたりするんでしょうけれど、生憎私はこの世界の基本魔法すら使えない。

普通、どう考えてもそういう攻防に使う魔法とかを優先するでしょう。服とか優先順位下でしょう。何度も一瞬で服出入れできるとか確かに便利だけど、便利だけれど!

 

そんなわけで、私は林檎を噛りながらこの滝壺周辺の散策を始めた。これだけ草木が生い茂り、起伏も激しい森だもの。都合の良い洞窟とか身を隠せる岩場とかあるはず……あるわよね?林檎の木まで用意してくれたんだもの、そのくらい用意するのなんてわけないわよね?

 

 

 

「………………嘘でしょう?」

 

思わず声をあげた。あれからどのくらい探したか。さっき狼から隠れた滝の裏以上に隠れられそうな、夜を越せそうな場所は何処にも無かった。身の安全が保証できない以上ここで夜を迎えるわけにはいかない。私だって不眠不休なんて無理。空を見上げれば、太陽はさっきより少し低い位置。どうやら日の出ている時間は残り半分を切っているみたい。

 

この目の前の滝を少し離れれば、鬱蒼とした木々が生い茂る森がずっと広がっているだけ。でも安全地帯が無いなら進むしかない。どのみち水と林檎だけじゃこの軟弱な体は何日もは維持できない。体力があるうちに動くべきでしょう。

 

あてが無いわけじゃない。滝壺から水が小川となって何処かへと流れている。冷静になって考えれば、この小川に沿って歩いていけばやがて大きな川にぶつかり、その先にはきっと人の住む街がある筈。ただ問題は距離がどれだけあるかだけど。

 

私はまだ成っている林檎に手を伸ばし、2つ、3つ、4つ……ともぎ取っていく。林檎って確か1つ300gくらい、つまり10個もあれば約3kg。これで数日頑張る……もし足りなくなったら……ならやっぱりもう少し取った方が……。

 

ワンピースを脱いで林檎をその上に置いて。風呂敷代わりにして包む。道中草木で手足に傷が付かないようにオダチェン礼装を展開して、林檎を持ち上げた。

 

…………重い。え?待って。いま10個入れたから約3kgよね?どうしてこんなに重いの?この世界の林檎がおかしい……じゃない、私が非力過ぎるんだ。でもこれ以上減らすのは自殺行為だし。

悩んだのはほんの一瞬。今行かないと手遅れになりかねない。よし、って心の中で踏ん切りをつけて、風呂敷にしたワンピースをもう一度持ち上げて歩き始めた。

 

 

 

─────────

 

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

どのくらい歩いたかしら。高い位置にあった太陽も今は沈もうかという位置にあって、空が赤く染まってきた。こんな状況じゃなかったら異世界の綺麗な夕焼けに感動していたのかも知れない。

 

焦りがどんどん加速していく。太陽の位置に合わせて森も少しずつ暗くなっていってる。日が完全に沈めば、危険極まりない夜が訪れる。その前に休める、夜営に適した場所を見つけられたら良かったんだけど、そんな場所素人かつ何の知識も無い私に探せる筈が無かった。異世界転生ものの主人公はよく色んな知識を持っていて『知識チート』!とかやってるけど、そんなの普通に生きてる一般人には無理だから。ボロック・ダガーよりもファイアスターターが欲しかったわ。

 

何処か、何処かに少しでも身を隠せるような場所はないかしら。歩き過ぎて足がそろそろ限界なんだけど……。

 

あれ何かしら?ちょうど小川の対岸、ここからちょっと遠い場所から煙が空へと昇っている。火事……にしては局所的過ぎる煙。ひょっとして、もしかして、人間が起こした焚き火だったりするんじゃ?

……そうよね、幾ら〈主神(あのクズ)〉が私に不親切でも、転生して初日でアッサリ死んだりするような状況にはしない筈よね。いや確かに今日だけで何度か死にそうになってるけど結果として生きてるし。

あれはきっと旅の商人とかが夜営してるに違いない。それで街まで送ってもらえるとか、だったらいいなぁ。私が出せる物といったら……林檎くらい?

……分かった、きっとその商人が獣に襲われそうになって、私がガンドで助けるとかそんなイベントが起こるのね。まぁそういうイベントがなくても私みたいな絶世の超絶美少女の頼みなら聞いてくれるわよね?多分。

 

そうと決まれば後はあの煙を目指して歩くだけ。足は重いけれどもう少し頑張れば人に会える、きっと安心して眠れる。

水面が膝程度まである小川を渡って、森の中を進む。もう周りはすっかり暗くなってしまったけれど、あの天まで伸びる煙を目印に行けばいいんだもの、迷う事はない。

 

 

 

その煙はやはり、焚き火から発生していたものだった。つまりはそこで夜営する人間が居たってわけ。この世界で初めて出会う人間……って、そういえば言葉はちゃんと通じる?自動翻訳とか現地の言葉の理解とか特典で付けてもらった覚え無いんだけど。

念のために少し遠目から観察してみようかしら。

 

焚き火を囲んでいる人間は二人。がっちりした筋肉質の体格の、無精髭のくすんだ茶髪の男と、つり目で性格がキツそうな顔の、赤い髪の女性。どっちも皮で出来た濃い茶色の鎧を着ていて、その手元にはブロードソード。二人の奥側に小さな荷馬車。中には数人の気配。

近くの茂みに身を隠し、私は彼等の声に聞き耳を立ててる。

 

「今回の仕入れは駄目だな」

 

「ほんと。あんまり高値にならなそうね」

 

二人とも日本語を話してる……?いや、違う。口の動きと発せられる言葉が合ってない。自動翻訳、というか多分私が女神だから、言語が違っても言葉が理解できるようになってる……とかだと思う。

 

仕入れ……って事はやっぱり商人かしら。一応女の人も居るみたいだし、出ていっても大丈夫よね?そうそう、カルデア戦闘服は解除しておかないと。こっちの世界ではかなり異質な格好だろうし。

風呂敷代わりにしていたワンピースから林檎を全て取り出して、両手に抱える。カルデア戦闘服を解除した後ワンピースを一度解除し、再度展開。私は林檎は抱えたままにワンピース姿になった。

 

隠れていた茂みから出て「ちょっといいかしら?」と声をかける。皮鎧を着た二人が「あ?」「お?」って声をあげて私の方に視線を向けた。

 

「道に迷ってしまったみたいなの。良かったら開けた場所に出るまで同行させてもらえないかしら?」

 

こんな森の中、林檎を抱えてそんな事を言う私。我ながら怪しい人間に見えてると思う。目の前の二人は顔を見合せ一時停止。先に反応を返したのは女性のほう。

 

「おい、ゲイル」って男のほうに呼び掛けたその女性。それに「あいよ、姉御」って返して立ち上がった男、もといゲイルさんは荷馬車の方へ歩いていった。

 

「そいつは大変だったろう。大丈夫だ、ちゃんと馬車で街まで運んでやるよ。立ってるのも疲れただろ?まあその辺に座っときな。アタシはピトスってんだ。アンタ名前は?」

 

ピトスと名乗った皮鎧の赤髪の女性。思ったより良い人じゃない。名前……名前か。どうしようかしら。前世?の名前なんて意味無いし。もうステンノで良いわよね?どうせこの世界にはギリシャ神話なんて無いだろうし。

 

「ステンノよ。ありがとう、助かるわ」

 

ピトスに促されて、私は隣に腰をおろした。焚き火が暖かい。あ、勿論林檎は彼女に渡したわ。

 

直ぐに戻って来たゲイルが、水の入った水筒とパンを渡してくれた。見た目はライ麦パンのようだけど。食べられない程じゃないけど固い、私の掌サイズのパン。現代日本の柔らかいパンに慣れた私にはこれは食べ難そう……。

 

「嬢ちゃん、森ん中歩き回ったってなら腹も減っただろ?それでも食っときな」

 

「ええ。ゲイルさん、だったかしら?ありがとう」

 

しかめっ面にならないよう愛想笑いを返して、水で流し込むようにしてそのパンを食べた。ハッキリ言って美味しくない。やっぱり固い、口の中がモゴモゴする。でも久しぶりの炭水化物、無いよりマシ。

食べ終わると、急激に眠気が襲ってきた。ずっと緊張していたし、人に会って安心したのもあるかも知れない。でもこんなすぐ眠ってしまっては申し訳ないかしら。

 

「なんだ嬢ちゃん、眠っちまっても大丈夫だぞ、馬車の荷台まで運んどいてやるよ」ってゲイルさんも言ってるし、ここはお言葉に甘えて……ふぁぁぁあ。

 

膝を抱えるようにしてスゥ、スゥ、と静かに寝息をたてて眠る私。ピトスさんはその私の様子を眺めながら口元を緩める。それはまるで金貨を見るような目だった。

 

「睡眠薬が効いたみたいだね。遠出したのに碌な奴隷が手に入らなくてケチでもついたかと思ったけど……とんだ上玉が手に入ったね」

 

「だな、姉御。肌も手も綺麗だしどっかの令嬢とかだなコイツ。こりゃ久々の高値がつきそうだ」

 

「ゲイル、分かってるだろうけどあんたらコイツには手ぇ出すんじゃないよ?折角の値が下がっちまうからね。いつも通り身ぐるみ剥いでさっさと拘束しときなよ」

 

「あいよ」ってゲイルさんは答えて、私をひょいと持ち上げて馬車の荷台へと運んでいく。睡眠薬、のせいか私に起きる気配は皆無。

 

そうよね。ここは日本じゃないんだもの。もっと警戒しなきゃいけなかった。事態に私が気付くのは翌日の事、だった。




転生初日から踏んだり蹴ったりのステンノさん、何の抵抗も出来ず捕まりました。次回から無事(?)奴隷生活、はっじまーるよー


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5話

時間が出来たので投下しときます。

千字近く削りました。R18とR15の境界って難しい。


なんだろう。ボーっとする。頭が重くてうまく働かない。あ゛ー、でも起きて着替えて……ご飯は……もうトーストと珈琲でいいや。仕事行かないと……。

 

何か体が痛い……。

 

ベッド買い換えたばっかりだった筈だし、こんなに硬いのっておかしくない……?

瞼を開く。ぼんやりする視界に映るものは、少し古ぼけた床板。うーん、キッチンの床で眠っちゃったのかしら?昨日飲み過ぎたんだっけ?そもそも昨日お酒飲んだっけ?

……ん?ウチのアパートの床板、こんなに古かったかな?

視線を少しあげてみる。視界には鉄の棒が等間隔で立ってるのが見えた。こんなの買った覚え無いけど…………は?

 

鉄……格子……?

え?私の首に何か付いて……金属製の首輪が嵌められてる?そこから鎖が伸びて、鉄格子のうちの1本に繋がれていた。知らない間に何者かに捕まったって事?

 

冷静になる為に、昨日の事を順に思い出してみる。そうだ、異世界転生なんて非現実的な事があって、ステンノの体を貰って、森の中を彷徨って。親切な旅人が街まで送ってくれるって……。

 

この鉄格子で囲まれた3畳程度の広さの場所は何?昨日眠るまでの記憶と一切繋がらない。

まさか道中で盗賊とかの襲撃があったとか?

 

そういえば私が着ている物も麻袋に手と頭を通す穴を開けただけのみすぼらしい格好で、下着すら着ていない。まあ服はいつでも展開できるから良いとして、まさか私の体も蹂躙され……でも今のところ違和感は感じない。硬い床で寝たせいで体の所々が痛いくらいかしら。

 

「おらっ、飯だ奴隷どもっ」って声が聞こえて、私の位置から最も遠い場所の、錠前の付いた扉のある場所に掛けられていた布が左右に開く。全面を覆われ薄暗かった鉄格子の中に、開かれた布の隙間から日の光が差す。

 

声の主は、昨日私にパンをくれたゲイルさんだった。ゲイルさんはパンを中に居る私達のそれぞれの足元に向かって投げ入れ、私達……つまり奴隷の様子をニヤニヤと気色悪い笑みで嘗めるように見回す。

 

「街に着いたら買ってくれる主人にせいぜい可愛がってもらうんだな」

 

出口から一番遠い私の足元にも、昨日の夜食べた物と同じ種類、同じ大きさのパンが転がった。えっと……つまり、昨日のゲイルさんやピトスさんは実は奴隷商人で、私は彼等に捕まって奴隷として売られるって事?私の異世界転生、ハードモード過ぎない?成る程ね、ピトスさんが『街まで送ってやる』って言ってたのは嘘じゃなかったってわけか。但し奴隷としてだけれど。

 

私以外に捕まってる奴隷は4人。痩せて髪もボサボサの人間の男性が2人、同じく髪がボサボサ、顔もそれなりの人間の女性が1人、それから性別は分からないけど、茶色の髪に犬耳が付いてて尻尾も生えてる獣人?らしき子供が1人。全員が私同様に首輪を嵌められ鎖で繋がれていた。それに全員の左手の甲に、同じ模様の焼き印がある。形からして恐らく魔法陣の類いだと思うけど、もしや奴隷印とか?でも私の左手の甲には付いてないけど?

 

奴隷の彼等は慣れた、というか諦めたように床に転がったパンを拾い、手で表面を払って口に運んでいる。奴隷といえども食べなきゃ死ぬ。誰も死にたくはないから分からなくはないけど……衛生には気を使っていた現代日本人の感覚からすると、このパンを食べるのはもの凄く抵抗が……。

 

そんな私の意思に反してグゥ~、と鳴るお腹。ステンノの体が小さく少食で済むであろう事を差し引いても、昨日口にしたのは林檎数個とパン1個だけ。ここから逃げるにしても何をするにしても、食べておかないと体力がもたない。嗚呼、同じパンならフレンチトーストが食べたい。珈琲が飲みたい。何ならミルクでもいい。

 

うぅ、やっぱりこのパンを食べるしかないか。注意深く全体を手で払い両手で持って、意を決し口に運ぶ。水分が無いから昨日より一層固いしボサボサして不味い。

必死に口を動かして何とか飲み込んだ。今は我慢しなきゃ。隙を見て逃げないと。隙……があるかは分からないけど。先ずは敵の数を把握して、逃走方法を探さなきゃ。

 

そんな私の思考を知ってか知らずか、錠前を外しゲイルが鉄格子の中へと入ってきた。私の元へと一直線に向かってくる。私は思わず着ている麻袋の服もどき……股下数cm、ううん、数㎜レベルの超ミニスカート状態の裾を両手で押さえた。陵辱……されるの?こんな所で?

 

「おらっ、来い」

 

ゲイルは鉄格子から私の首から伸びた鎖を外し、その先端を持って引っ張る。思った以上に力が掛かり、首が痛い。抵抗なんて出来るわけもなく、引かれるままに鉄格子の外へと連れ出される。超ミニスカートもどきの奥が露になり、奴隷の男共の視線が向くのが分かる。羞恥で赤く染まる私の頬。ゲイルも覗いた男共も許さない……勿論、私をこんな運命に放り込んだ〈主神(あのクソ虫)〉も。

 

連れ出されて分かったのは、私が拘束されていたのが昨日見た馬車の荷台部分の中だという事と、煌々と幻想的ともいえる炎を湛える焚き火に突っ込まれている焼きごてが見えた事、だった。

 

高温で真っ赤に染まった円柱型の丸い先端。きっと他の奴隷の甲に付けられたあの魔法陣が彫られているに違いない。あれが私の左手に押し付けられるのか。勿論嫌に決まっている。持てる力の限りに暴れて藻掻くけれど、逃げる事は叶わない。呆気なくうつ伏せにその場に押さえ付けられる。

 

ピトスがその焼きごてを炎の中から取り出した。ゲイルは私の背中に馬乗りになり、両手を押さえ付けてくる。力の差が有りすぎる。私の口の中に皮で出来た何かが押し込まれた後、全然動かせない左手の甲に焼きごてが近づいてくる。

 

ジタバタとその場で抵抗を繰り返すも、状況は変わらない。やがて焼きごては私の左手甲に押し付けられて…………。

 

「ん゛ん゛~!!ん゛ん゛~~!!!」

 

嫌!嫌!イヤイヤイヤイヤイヤァァァァァァァァアアッッ!!!

 

とてつもない熱さ。昨日のかまいたちもどきの魔法とは比較にならない、耐えられない痛み。火傷だけじゃ説明のつかない痛みが延々続く。それに奴隷堕ちの屈辱と恐怖に、ボロボロと大粒の涙が溢れて止まらない。少しでも痛みから逃れようと右手は苦し紛れに地面の土を何度も掴む。

 

やっと焼きごてが離された。まるで左手にもう1つ心臓があるかのように、私の鼓動に合わせて熱と痛みが脈打つ。手の甲には腫れて真っ赤に染まった魔法陣が現れていた。それが一瞬光って、紫色に変化して蒸着。痛みは全然引かないけれど安定したみたい。

 

痛みとショックで荒い呼吸を繰り返すのみの、うつ伏せになったままの私。ピトスが放心状態の私の左手を見つめて首を傾げた。

 

「なんか何時もより光る時間短くなかったかい?」

 

「そうか?俺は何時も通りに見えたけどな。姉御の気のせいじゃねえの?」と答えるゲイルに「気のせいか、まぁそうだよね」とすぐに意識を切り替えるピトス。

 

そんな二人の会話に、霧散していた私の意識が戻ってくる。何かいつもと違う事があった……?

 

「ふんっ、確かステンノ、だったね。アンタは今日から晴れて奴隷だ。その刻印にはアンタの魂に干渉して『主人の命令に絶対服従、主人に決して暴力を向ける事ができなくなる』効果があるんだ。アンタはアタシらには永久に逆らえない。いいかい?最初の命令は『自殺の禁止』『他の奴隷に危害を加えるな』『勝手に口を開くな』『逃げようとするな』。これだ、分かったな?」

 

酷い、って言葉が喉まで出かかった。でも何とかそれを飲み込んだ。魂に干渉……つまりこの刻印が精神干渉系の魔法だとすれば、私の中の『女神の神核』に弾かれて無効化されている筈。だとしたらそれをこの場で気付かれるのは極めて危険だもの。もしバレたら、もっと別の解除不可能な枷を付けられるかも知れないし隠しておいた方がいい。

 

ピトスがそれだけ私に伝えると、ゲイルが再び私を持ち上げた。今度は何をされるのかと引き攣った表情に変わった私に、ゲイルは「価値が下がっちまうからお前の事はヤるな、って姉御の命令があるからな。変な気さえ起こさなきゃ犯さねぇ。俺だって本当は辛抱たまらねぇんだがな」っていやらしい目を向けてくる。こんな奴に犯されるなんて絶対嫌だし、もう暫くは大人しく様子を見よう。

 

そのまま鉄格子の内側へと放り込まれて、さっきまでと同様に最奥の格子に鎖を繋がれた。「大人しくしてやがれ」って言葉を吐き捨て外へと出て行ったゲイルが戻ってくるかを気にしながら、私は一番近くに繋がれた獣人の子供……この子男の子か……に本当に小さな声で囁く。

 

「私の言葉、分かるかしら?」

 

これで、私に付けられたこの刻印が無効化されているのが確定。誰かに売られるまでには何とかしたい所だけど……脱出の手段は思いつかない。先ずこの鎖をどうにも出来ない。それに私の攻撃手段は、試した結果クールタイムに10分程度掛かる事が判明したガンドだけ。普通にやったらどう足掻いても逃げられない。

 

驚いて顔をあげたその子は、口をパクパクさせている。多分私と同じように『勝手に口を開くな』って命令されてるんでしょうね。

 

ん?この子の視線、私の顔から下に動いて……あ、赤くなって視線を私から逸らせた。そっか、この角度だと私の服の中が丸見えだもんね……そっかぁ……ふぅん…………。

獣人なら仲間に引き入れておけば逃げる時に何かと使えるかも知れないし、おねーさんの魅力で篭絡させておこうかしら?私自身に力が無い以上、使えるものは使っていかないと。それにしてもこんな小さな子すら惑わすなんて、私の精神もステンノ(この体)にかなり引っ張られてるのかも。

 

「また後で話しましょう」って小声でその子に伝えて、微笑んだ。真っ赤になって俯く獣人の子。

今はここまでね。目立つ行動はなるべく控えないと。どのくらい時間が残されてるかは分からないけど、力技で逃げられない以上はチャンスを待とう。

 




という訳で、奴隷ステンノたんの回です。
平穏には進まない異世界生活は次回へと続きます。

それとそこのショタ獣人、ちょーっとその場所交換してくれませんかねぇ?


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6話

あれから1日が過ぎ、馬車は山を1つ越えた。

 

轍の部分のみ土が剥き出しになり、どうやら人が往き来しているであろう事が読み取れる深緑の山の中の道を往く。

太陽が1日で最も高い位置まで登った昼時。木々の枝葉の間から覗く空は私の心とは正反対の雲1つ無い快晴。

 

ガタンゴトンと大きな音と共に揺れる、薄暗い荷台の中。振動と共に跳ねる体、その度に床に何度も衝突して痛いお尻。そんな状態で獣人の子に問いかける私の小声は、どうやら周りには聞こえていないみたい。

 

「そう。それじゃ彼等は全員で6人なのね?」

 

両手の指を6本広げたままのその子は、私の言葉に頷いた。

ピトス、ゲイルを含め奴隷商人と傭兵らしきメンバーは計6人……全く逃げられる気がしない。夜は二交代制で見張りをしてるし、昼間の移動時間はこうやって全範囲護衛。付け入る隙なんてどこにも見当たらない。もし可能性があるとすれば魔物なんかから襲撃を受けて奴隷商人共が全滅とかした場合だけど、鎖で繋がれているから余程運が良くないと逃げる事も出来ずに餌になるだけ。獣人の爪や牙でも切れない程度にはこの鎖は頑丈だし。せめて私がステンノ以外のサーヴァントを選んでいたら……。

 

首に繋がれた鎖を音を立てないように慎重に伸ばし、外の傭兵達の動きに気を配り。私は獣人の子の隣に座っていた。彼等は奴隷印の魔法陣が私には全く効いていない事に気付いていないから、まさかこうして逃げる算段を立てているなんて思ってもいないでしょう。だから荷台の中の私達の様子を確認しに来ない移動中はあれこれ話すのには都合が良い。荒れ道で馬車が揺れる音がうるさく、話し声が掻き消されるのも理由の1つ。

……代わりに私の足腰やお尻が犠牲になっているのだけれど。この世界にはまだサスペンションとかの概念無いのかしら?それとも魔術的な何かでショックを吸収するとか?それだと彼等に無理なのは仕方ないか。

 

「分かった。何か出来ないか少し考えてみるわ。ありがとう」

 

ニコリと微笑む私が目を合わせようとするも、獣人の子はまたしても視線を逸らす。それで、その視線が私の胸に向いた。何処を見てるかなんてバレバレなのよね。流石にこんな小学校低学年くらいの子供にまで怒ったりはしない。それに私がこの子を誘惑したようなものだしね。でも私にチラチラ視線を向けてる奴隷の野郎共は駄目だけれど。

 

この子の名前は聞かない。そもそも喋れないから知る術が無いんだけど、あまりこの子に愛着が湧かないように仮の名称も付けないようにしてる。今は女神とは言え私だって聖人君子じゃない。いざという時はこの子も切り捨てるつもりだし。この子も含めてここに居る奴隷は最悪の場合は私の肉壁になってもらう。

 

獣人の子から離れて。鉄格子を背に寄り掛かり座って天井を見上げ「はぁ」と溜め息をついた。もしもこのまま何事も無く街に着いてしまったら、逃げられるのは誰かに買われた後になるかも。でもその時にはもう街の人や有力者とかに私が奴隷だって認識されてるだろうし、だとすると脱走奴隷だから街から出られなくなる可能性だって……。奴隷印さえ消せれば違うのかな?

『吸血』のスキルって、付けられてから時間が経過している火傷でも治せるのかしら?それとも単純な火傷じゃなくて魔法的なものだから消せないとか?奴隷印、綺麗に消えてくれたら……いいなぁ。

 

そんな事を考えながら。顔は天井に向けたまま左手を上に伸ばして、付けられてしまった焼き印を恨めしく眺める。本当に痛かったなぁ。絶対に魔法的な何かも一緒に刻み込まれたわよね、あの痛みは。やっぱり『吸血』だけじゃなく解呪の魔法も必要なのかも。そういう魔術が使えれば……よく考えたらどうしてオダチェン礼装なのかしら?他に状態異常治せるスキルが使える礼装とか回復スキルがある礼装とか無敵を付与出来る礼装とかもあったのに。

ま、どうせ〈主神(エロクソ虫)〉の事だから『ピッチリしたボディスーツのステンノたんハァハァ』とか下らない理由なんでしょうけど。

 

ガタンッ、って突然馬車が止まった。勢いで後頭部が鉄格子にぶつかる。痛い。たんこぶ出来てないわよね?ぶつけた箇所を擦りながら何事が起きたのか確認……って言ってもここから身動き出来ないし、外の音に聞き耳を立てるくらいしか出来ないんだけど。

つい最近聞いた覚えのある唸り声が聞こえてきた。それも、複数。あのサーベルタイガーもどき……!それから「お前ら出番だぞ!」っていう傭兵らしき人の怒鳴り声。

 

今は困る。もし外の彼等がやられたら、私はここで食い殺されるのを待つしかない。せめて私がこの鉄格子の外に出してもらえるタイミング、おしっ……トイr……お花摘みの時にして欲しかった。そうしたら混乱に乗じて逃げ出せたかも知れないのに。

複雑だけど、傭兵達に勝ってもらわないと。というか勝って、お願いだから。

 

剣と牙や爪がぶつかり交錯するガキンッて音が何度も響く。見えないから確かな事は言えないけど、もしかしてあの人達って意外と強かったりするのかしら?ある程度の魔物相手にも勝てなきゃ6人なんて少数での山越えはしない、か。だとすると私、逃げるなんて可能なの?

 

っと、轟音と共に私のすぐ左側の、鉄格子を外側から覆っていた布製のカバーが吹き飛んで大きな穴が開く。鉄格子自体にも幾つも傷が付いている。私の首から伸びる鎖も、鉄格子と繋がる先端の部分が巻き込まれ傷があちこちに付いた。あのサーベルタイガーもどきの風の魔法か。もし私があともう少し左に寄って座っていたら、と思うとゾッとした。これも主神の加護のお陰で助かった、のかな?意外と役に立つのかも知れない。

 

鈍い音が何度か響いて、やがて外は静かになった。角度が悪いらしく、開いた穴からはどうなったかは見えない。

 

「ったくよぉ、虎の癖にこんな穴開けやがって」

 

そんな愚痴と共に傭兵の一人が空いた穴からひょいと顔を覗かせた。驚いて後ろへと飛び退く私に向かって「ホラよ、街まで確り管理しとけ」って何かを放り投げた。長い牙が6本。あのサーベルタイガーもどきの牙ね。アレをこんなにアッサリ片付けるなんて……これはもう、本当にどうしよう。

 

「何でもいいから布持ってこい、布!」ってその男は叫んで。穴が補修される。その部分だけ黒い布で、周りの暗い茶色の布と比べて目立つ。私としては雨や風が凌げるなら色なんて気にしないけどね。

 

そうだ、鎖に傷が付いてるのよね。これ今なら壊せたりしないかしら?こう、牙を使って鎖の穴の内側から圧力を加える感じで……。

 

駄目ね。無理。びくともしないわ。ただでさえ非力な私なのに、1日パン3個の生活じゃ余計に力が入らない。

外の彼等に気付かれないうちに止めておこう。散らばった残り5本を足元に集めて、と。

 

 

突然「おいっ、お前ら剣を構えろ!アレが出やがった!!」ってさっきの傭兵が怒鳴る。『アレ』?アレって何?って思った次の瞬間、荷台に何かがぶつかって来て、衝撃と共に地面に転がる。ちょうど上下逆さまに、ひっくり返った状態になった鉄格子から覆っていた布が外れた。鎖は鉄格子の棒の部分にリングを付けて繋いであるだけだったお陰で、上下逆さまになっても首吊り状態にはならなくて済んだ。

 

一体何が……と思って視線を向けてみると、ピトス達6人が剣や弓を構えている。その先にはサーベルタイガーもどきよりも更に一回り大きい、大岩のように巨大な、黒い皮膚に赤と青の毛並みを持ち、それに鈍い黄金の巨大な牙の猪が。その姿は魔猪そのものだったわ。明らかに『ヤバい』って表情を浮かべている6人の様子で、あの魔猪が危険な魔物だと分かる。

 

魔猪が突進。傭兵の一人があっという間に宙へと放り投げられて……大きく開かれた魔猪の口の中へと落ちた。「ぎゃあああっ」って絶叫を残して、魔猪の口からガリッ、ボキッ、バキッって音が響いて、大量の血が滴り落ちていた。

 

あれは、ヤバいわね。逃れられる気がしない。あの5人が殺されたら次は私達の番……サーッ、と一気に血の気が引いていく。

死にたくない。足元に転がったサーベルタイガーもどきの牙を拾って、瞳に涙を滲ませながら一心不乱に鎖の穴に何度も何度も突き刺す。壊れて、お願い壊れて、壊れてっ、壊れてっ!

牙を持つ両掌からは血が滲んでくる。鎖は壊れてくれない。悲鳴をあげて魔猪に噛み砕かれる奴隷商人の一味達。もう時間が無い。

 

「ねーちゃん、手をどけて!俺がやるから」

 

その声の方に振り向くと、獣人の子が別の牙を持っていた。どうして声を出せるのかと思ったけれど、そっか、ピトス達が全滅したから命令が無効になった?なら今度は私達が……もう、諦めるしか……。

 

ガンッ、ガンッと、獣人の子は私よりも遥かに強い力で殴りつける。魔猪が音に気付いて視線をこちらに向けて突進の準備に入ったところで、バキンッ、と音を立てて鎖の一部が壊れた。鎖が外れた……!

 

そう思ったのと、この檻に魔猪がぶつかって来たのは同時だった。鉄格子はバラバラに砕けて、私達は放り出された。

魔猪が最初に目を付けたのは、一番私に嘗めるような視線を向けていた奴隷の男。魔猪はバキッ、グチャッ、と音を立ててその男を噛み砕いている。すぐ目の前で行われている残虐な光景、そのあまりの恐怖に座り込んで動けない私の右手を獣人の子が引っ張りあげ「ねーちゃん、何してんだ!逃げないと!」と叫んで無理矢理手を引き走り出す。

 

引き摺られるように走って魔猪から距離を……取れない。魔猪は逃げる私達に狙いを定め追いかけてくる。多分この獣人の子だけなら逃げ切れると思う。完全に足手纏いになっているのは私。私のせいで速く走れない。でもこの子は決して私の手を離そうとしない。

 

あっという間に距離が詰まって、魔猪が牙を振り上げた。咄嗟に私を抱えた獣人の子は、絶妙なタイミングで魔猪の牙を足蹴にして、右手に持っていたサーベルタイガーもどきの牙を投げつける。口に当たった魔猪が一瞬怯んだ。何この子、凄い。獣人ってこんなに身体能力高いの?

 

魔猪は今度は横薙に牙を払う。今度はあしらい切れなくて、この子は私もろとも横にふっ飛ばされた。私よりも小さいのに、この子は私の頭を庇うように抱いたまま転がる。

 

転がった先は急な下り坂。そのまま転がり落ちていく私達。魔猪はまだ追って来る。他にも餌になる人間ならいるのに、どうして私達に拘るんだろう?もしかして私のせい?私の体内の魔力を欲してるとか?

 

…………ガンド!

 

このままじゃ二人とも餌になると思った私は、オダチェン礼装を急遽展開。転がりながらもガンドを放った。上手いこと命中して魔猪の動きが止まる。今のうちに体勢を立て直さなきゃ、と思った直後。ドボンッて音と共に、私達は坂の終着点を流れる急流へと落ちた。

 

 




ステンノ「この子の名前は聞かない」(フラグ)

因みにピトス、とは古代ギリシアの甕の事です。ゲイルさんの名前は単なる思いつきでつけました。


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7話

7話投下しときます。


「…………てよ、起きてよ、ねーちゃん」

 

その声と共に左肩に手を乗せられ体を揺さぶられて、仰向けの状態で私は目を覚ました。どうやら河原に打ち上げられていたみたい。日がだいぶ低い位置に見える。

私の顔を心配そうに覗き込んでいた獣人の子は、気がついた私を見てホッとした様子に変わった。

この子と一緒に川に流されたのか。お陰であの魔猪から逃げられたわけだけど、着ている麻袋もどきは水を吸って重くなっているうえに冷たい。早く脱がないと風邪を引くかも。

 

山からは出られたのかな?辺りには木々が生えてるけどさっきまでのような鬱蒼とした森ではない。木々の距離は結構空いてるし、地面は土も多く見える。見た目は地球のちょっとしたキャンプ場のよう。少し遠くに土で出来た広い街道らしきものも見える。ただ、行き交う馬車や人の姿は全く見えないけど。

 

うん?体の右側からパチパチって音と共に熱を感じる。眼球だけ動かして見てみると、枝が幾つも折り重なって火が燃えていた。焚き火。その側には細い枝に頭から刺さった魚が二匹突き立てられてジュウジュウと音を立てて肉汁を溢していた。まさかこの子が?

 

「これ、キミが?」

 

「そうだよ。小さい頃にとーちゃんに教えて貰ったんだ」

 

茶色の犬耳がペタン、と垂れているこの子は、遠くを見るような目をして答えた。小さい頃って……この子の歳じゃそんな昔の事でもないでしょうに。この子の家族に何かあった、のかしらね?

 

体を起こして、焚き火に近付く。暖かい。それと同時に肌に張り付く麻袋もどきが気持ち悪い。チラリ、と獣人の子の方を向くと察してくれたみたいで、私に背を向けてくれた。脱ぐ所、見ないんだ?ふーん、良い所あるのね。それとも性的な耐性が無いのかな?

 

麻袋を脱いで、水気を搾る。それで大まかに体を拭いて焚き火に当たり残った水分を飛ばして。左足首に意識を向けるとワンピースや下着、サンダル一式の姿になった。うん、このスキルも無事ね。

 

「もういいわ。気を使ってくれてありがとう」

 

私の声に反応しその子はこちらに振り向いて、驚いている。ま、当然よね。着替えなんて何処から出したんだって思うわよね。

 

「奴隷印も効いてなかったよな?ねーちゃんってもしかして魔術師とかか?」

 

「残念だけど違う。精神干渉系って私には全く効果無いの。服も、たまたまこれは出せる、ってだけ」

 

少し残念そうにしてるわね。期待させちゃったかしら?でも実際あれこれできるだろうって思われても困る。私、なんにも出来ないうえにこの世界の知識ゼロだもの。

 

この子が集めた棒の中から2本拝借して、この麻袋もどきに通して焚き火の側の地面へと突き刺す。乾かしてこの子に着せようと思ってね。この子もさっきまでの私同様麻袋もどき一枚しか着てないから、サイズが少しだけ大きい私の着ていたものを着せれば少しはマシかな、って。

 

「貴方の服、まだ濡れてるじゃない。ほら、脱いで乾かした方がいいわ」

 

「だっ……大丈夫だよこのくらい!ねーちゃんは自分の心配だけしてろよ!」

 

強がる獣人の子を強引に万歳させて、麻袋もどきを剥ぎ取る。さっきと同じように搾って枝を刺して焚き火の側へ。当然この子は裸なんだけど、小さい子の裸なんて別に、って感じだし。何ならこの子、銭湯とかでもまだ女湯に入れるくらいの年齢だしね。それに私、どっかの赤髪サラシ空間移動能力者と違ってショタコンじゃないし。

 

流石に体調崩すだろうしそのままにはしない。しゃがみ込んで焚き火にあたりはじめたその子の後ろに周り込んだ私は、そのまま背中を包み込むようにこの子を抱いて座った。これならこの子も暖かいし風邪引いたりもしないでしょう?

私の胸がこの子の背中に当たってるのはわざと。どうしてか、なんて考えるまでも無い。

今ここでこの子に捨てられたら、私は確実に行き倒れる自信がある。少なくともこの子の能力があれば、暫くは生きられる。だから相手が歳下のこんな小さな子でも媚びる。流石に処女まではあげられないけどね。まあこの子の歳ならそんな心配は薄いでしょう。せいぜい『しゅきしゅきちゅっちゅっ』とかくらい。これがもし大人の男だったら『ヤりたい犯したい』みたいになったかも知れないけどね。生きる為ならこの子との『恋人ごっこ』くらいなら幾らでも付き合ってあげる。

 

「これならキミも暖かいでしょう?」

 

「はっ、離れろよ!」

 

ホント、ウブね。ちょっと綺麗なお姉さんに後ろから抱き締められたくらいで耳まで真っ赤にしちゃってる。でも今はこれでいい。私が捨てられる、死ぬような事態が遠ざかるなら。

 

「あら、いいじゃないこのくらい。それとも私に触られるのはイヤ?」

 

「うっ……そうじゃ……ないけど……。ねーちゃんはズルい……」

 

日が落ちて来た。今は遠くに見える山際が真っ赤に染まっていく。今日は二人居るし、焚き火の炎を消さないように番を交代しながら見張りかな。早くベッドで眠れるようにならないかしら。ベッド……新しいの買ったばっかりだったベッド……。

 

麻袋もどきが乾いたあとに、二人で並んで焼けた魚を食べた。暖かい食べ物は本当に久しぶり。この世界に来て初めて食べた焼魚は良く言えば素材本来の味。悪く言えば、薄い。塩か醤油が欲しい。あと大根おろしも。日本の濃い味に慣れた私の舌だと、この世界の食生活は苦労しそう。

 

「キミはこれからどうするの?」

 

日も沈んで、すっかり暗くなった。焚き火を中心にして私達の周りだけが赤く照らされている。これから向かう先なんて人の居る場所に決まっているんだけど、念の為にこの子には確認をしておきたい。私と意見が食い違ってここでお別れ、なんて事になっても困る。

 

「街に向かおうと思うんだけど、俺は別にこのままでも構わないけど……ねーちゃんはそのままだと不味いんだよなぁ」

 

この子の言い分だと、今の私が問題になる部分は3つ。1つ目と2つ目は左手の奴隷印と首に付けられたままの奴隷用の首輪。私がどんなに取り繕っても、この2つが見られれば奴隷商に捕まってアウト。3つ目はそれに加えて私が綺麗過ぎてろくな事にならないって事。誰かに捕まればスケベ貴族の愛玩奴隷一直線。

 

「最低でも首輪だけは外さないと。何か道具でもあれば俺の力でも何とか出来るかも知れないんだけど」

 

そういえばこの子、サーベルタイガーもどきの牙だけで鎖を砕いてたわね。歳の割りにかなり確りしてるし……なかなかの掘り出し物だったかも。あの時篭絡しておこうと思った私の勘も捨てたものじゃない。

 

道具を手に入れるにしても何にしても結局、街の近くまでは行かなきゃいけない。なら後はあの街道沿いに歩いていくだけなんだけど……どっちの方向かしら?私達が流されている途中に街が1つあったって可能もあるし……。

 

「とにかく明日だな。ねーちゃんは寝てなよ。俺が火を見てるから」

 

うーん、寝たいけどお言葉には甘えられない。この子にも寝てもらわなきゃ。私の生命線に倒れられでもしたら一大事だし。

 

「駄目よ。火の番は交代制。キミだって眠いでしょう?」

 

「キミ、じゃない。俺の名前はニュクティだ」

 

少しムスッとした顔で答えるニュクティ。名前で呼んで欲しかったのかな?いいわ、呼んであげる。

 

「じゃあニュクティ。火の番は交代制、これは譲らない」

 

「分かったよ、えーっと……ステンノねーちゃん」

 

ああ、違う。名前で呼んで欲しかったんじゃなくて、私の事を名前で呼びたかったのか。成る程ね。それならキミのささやかな独占欲に応えてあげるわ。

 

「ステンノ、でいいわ。これから一緒に居てくれるんでしょう?」

 

「じゃあ、ス、ス、ステンノ」

 

顔を真っ赤にして私を呼び捨てにするニュクティ。はい、私に御執心なの確定。もしかして初恋とかかしら?だとしたら悪いわね。キミの期待に心から応える気は無いし。キミは将来はイケメンになりそうだし、別の良い子を捕まえる事をオススメするわ。

 

 

 

先にニュクティを寝かせて、煌々と燃える炎に木をくべる。真っ暗な夜空に浮かぶ、地球よりも遥かに大きく燦然と輝く星々。昨日までは見上げる余裕なんて無かったっけ。今日こそは、ううん今日からは何も問題が起きないと良いんだけど…………。

 

 

 

──────

 

それから四日。街道を川下に向かって歩いた。ニュクティが言うには、川は普通、壁に囲まれた人間の街の中を通っていて、その出入り口には格子が付けられているらしいわ。だからもし川上に街があったら、私達はその格子に塞き止められてなきゃおかしいんだって。『とーちゃんに教わった』って言ってたけど……随分と物知りなのよね、この子。本当にこの子の父親って何してたのかしらね?

 

やがて見えてきた巨大な壁。私は何の疑問も無く街へ入る為の長蛇の列に並ぼうと思ったんだけど、ニュクティに止められる。

 

「駄目だよステンノ。夜まで待とう」

 

「どうして?」

 

やっと街に着いた嬉しさで、私はこの時にはすっかり忘れていた。そうよね、今の私の姿で街に入るのは不味いのよね。ニュクティが居なかったら奴隷に逆戻りする所だった。

思う所はあるけど、一旦渋々離脱。なるべく目立たないよう注意しながら川沿いに街から離れる。暫く歩いて、遠くに街の姿が窺えるくらいまで来て、今日の所は野宿の準備を始める。四日も野宿すれば少しは慣れたわ。流石にそろそろお風呂に入りたいけど。これだけ街が近いと水浴びも躊躇われるしね。会った事もない誰かに見られるなんてゴメンだわ。

 

「水浴びも駄目ね。人に見られたら嫌だし」

 

私に鈍感系主人公は無理ね。俺も嫌だ、ってニュクティが小さな声で呟いたの、聞こえたわ。そうよね、大好きなお姉さんの裸を見ず知らずの誰かに見せるの、嫌よね?ふふっ、知ってるわ。

 

私達は街へと入ろうと並ぶ長蛇の列を遠くから眺めながら時間を潰した。肩を寄せあって座って、ね。端から見たら仲の良い姉弟みたいに見えたかも知れない。種族が違うから無理かも知れないけど。

 

そうして日が落ちて。私達は街へと静かに近付く。長蛇の列が出来ていた門へ、ではなく格子で封鎖されている街の中へと流れる川の入り口へ。

 

「見てて、ステンノ」

 

ニュクティは周りに誰も居ないのを確認し、器用にその格子を外してみせた。ホンットこの子、掘り出し物ね。




ハイスペックショタ獣人を落としにかかるステンノさんの回。次回は地下水路侵入。

ニュクティの名はギリシャ神話、リュカーオーンの末子ニュクティーモスより。最初はリュカーオーンから取ってリュカにしようかと思ったんですが、ホラ、その名前は色々あるのでやめておこうかな、と。


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8話

ガコンッ、と鈍い金属音を立てて格子が外れる。これ、こんなに簡単に取れていいものなの?衛生とか警備とかの問題にならないのかしら?

 

ニュクティは「見つからないうちに行こう」って私の手を引いて格子があった場所、壁の内側へ。入ってすぐに格子を持ち上げ、これまたあれこれ動かしてガキン、と元あった場所に嵌め直した。あまりの呆気なさに口を開けてその様子を眺めるだけの私。ちょっとだらしない表情だったかしら。

 

壁の内側は意外にも床まで煉瓦で舗装されていて、歩く為の通路まで設けてある。点検とか補修がしやすいように整備したって所でしょう。ただちょっと暗いけどね。

川の本流から幾つも細い支流が人工的に作られていて、それが街の地下のあちこちへと流れていってる。生活用水や飲み水なんかの用水路。地球の文明と比べてもっと遅れているものだと思ってたけど、意外とちゃんとしてるのね。

 

私の手を引くニュクティはさっきから何かを探すようにキョロキョロと周囲を見てる……あ、何か見つけたみたい。一点を見据えて今度は真っ直ぐに歩いていく。立ち止まった先にあったのは金属製の扉。

 

「ニュクティ、この扉は?」

 

「多分管理室、だよ。昔、別の街でとーちゃんがやってた事があるんだ」

 

成る程、それで詳しかったのね。造りは大体一緒って事か。でも管理室に入ってどうするのかしら。中に明かりが置いてあるとか?それとも配電盤みたいなものがあって、スイッチ一つでこの地下を明るく出来る、とか?

 

扉には鍵なんかは付いてなくて、簡単に開いた。私の疑問の答えが部屋の中に……って、真っ暗。そうよね、ここまで来るのにも殆んど光なんて無かったのに、外の星なんかの明かりもこの部屋の中までは届きそうもないもの。

 

「……ステンノ、明かりになるもの持ってないか?」

 

そうよね、見えないわよね、知ってたわ。明かり……明かりね……光るもの……あ。

ガンドの光とか?真っ赤な光だけど撃たなければライト代わりに使えそう。………あの〈主神(変態うじ虫)〉、まさかここまで考えてオダチェン礼装にしたとか……うん、無いわね。

 

礼装を展開。左手の指先にガンドの光が灯る。中には槍や棒なんかの、万が一の為の武器が数本立て掛けてあったり、一辺の長さが私の身長の半分くらいの木製テーブルが一つ、木製の簡素な椅子が一つ。それに壁にはこの水路全体の地図らしきもの。後は……あの隅に置いてあるのは工具箱かしら?

ニュクティが探していたのはまさにその工具箱だった。昔のRPGの宝箱のような木製の箱を開け、ニュクティが手に取ったのはヘッド部分が金属で出来ている金槌。それから色は多分黒い、少し厚手の布製の手袋。

 

「ステンノ、ちょっとそこに横になって」

 

ええと、もしかしなくてもその金槌で私の首輪を壊すつもり、よね?あの……ちょっと怖いのだけれど……薄暗いし間違えて私を叩いたりしない?大丈夫?

 

「俺に任せて」

 

自信たっぷりのニュクティに促され、私はちょっとオドオドしながら横になった。もう歳上の威厳とか何処かに行ったわ。弾みでガンドを撃ったりしないようにしないと。

 

カンッ、カンッ、カンッとリズミカルに打たれる金槌。衝突先は私の首輪を繋いでいる錠前。勿論、私の首にもその威力と振動が伝わってきてちょっと痛いんだけど今は我慢。それにしても随分かかるのね、まだかしら?そうだ、全体強化を使えば早く終わるかも……と思ってオダチェン礼装のスキル『全体強化』を掛ける。直後に振り下ろされた金槌は、バギンッ、という音を残して錠前を砕いた。破片が右手の二の腕に当たって痛いわ。

 

「うわっ、だっ、だっ、大丈夫か?」

 

自分のせいで私が被害を受けたと思って慌ててるニュクティ。違うから。キミのせいじゃないから。私が黙って全体強化を使ったせいだから。

 

「……大丈夫よ。ありがとう」

 

ほんのちょーっと涙目で答えたわ。でもこれで首輪ともオサラバ。数日振りに解放された私の首。はぁ、これでやっと街に入れるわね。あ、そっか。ニュクティの首輪もどうにかしなきゃ。でも私の細腕で金属の錠前なんて壊せるかしら?何せ3kgを持ち上げるのだってやっとの思いなのよ?他に何か……。

道具箱を漁って……あった。金属製のヤスリ。ねぇ、どうしてこれを使わないの?これを使えばもっと安全に錠前壊せたのに。

 

「これがあるじゃない。ひょっとして怖がる私を見て楽しんでたの?」

 

「え?何それ?」

 

軽く睨む私に、心底不思議そうな表情を向けるニュクティ。え?もしかしてヤスリを知らない?……今まであまりにもこの子のスペックが高くてそういう考えに至らなかったわ。そっか、この子私より小さいものね、知らないものがあるなんて普通よね。ヤスリを知らなくてもおかしくないか。

 

ヤスリの使い方を教えて、ガンドの光で手元を照らしてあげる。時間は掛かったけど、ニュクティはヤスリを器用に動かして自分の錠前を破壊。これで二人とも首輪から解放された。

 

残る問題は左手甲の奴隷印。これについてはさっきニュクティが持ってきた布手袋で隠して生活するって魂胆らしい。勝手に持ち出して平気なの?一応泥棒よね、これ?後でアムラエルさんに怒られたりしない?

 

一度ガンドをキャンセル。黒い手袋を両手に嵌めて、再度ガンドを発生させる。じゃあ次はここから出て、朝まで待って門に並んで……。

 

扉から出ると、ニュクティがまた私の手を引いて歩きだす。さっき入ってきた格子があった方向とは逆の、川の流れる奥の方へと。あれっ?門から入るんじゃないの?

 

「門から入るのには通行税が掛かるんだ。俺達一文無しだよ?夜のうちにこっちから侵入するんだよ」

 

まさかの不法侵入?いいのかなぁ……でもお金持って無いし……通行税なんて考えてもいなかった。そっか、県を跨ぐのにお金掛からない日本とは違うのよね。早くこっちに慣れなきゃ。

 

さっき見た水路の地図を頼り……っていっても本流に沿って歩くだけだから迷いはしない。徐々に支流は少なくなって、やがて道は狭くなって本流一本のみのトンネルに。

あ、向こうが明るくなってる。っていっても星の光だから真昼と比べれば暗くはあるけど。これでやっと街中へ……と思った所にまた金属製の格子があってトンネルを塞いでる。ニュクティはこれもあっさり外して……私の顔の前に手を翳して『待て』のジェスチャー。

 

「行かないの?出口でしょう?」

 

「俺の格好もそうだけど、ステンノのも目立つから。良さそうな物無いかちょっと見てくる。いいか?俺が戻るまで絶対ここから出るなよ?」

 

ニュクティの今の格好は自分が着てた麻袋もどきの上から、私の着ていた少しサイズの大きい麻袋もどきを重ねて着ている。私の格好はガンドをキャンセルしてシルクのワンピースに紫のサンダル姿。手袋のお陰で奴隷印は見えない筈。でもみすぼらしい格好の獣人の少年とそれに釣り合わない綺麗な服の美少女。確かに目立つかも。

 

トンネル内の、街から見えない位置で待つ。暫くしてニュクティは一枚の色褪せた茶色い大きめの布と、フード付きの汚れた濃い緑色のコートを持って戻ってきた。着ている服もヨレヨレで薄汚れた布の古着に変わってる。

あの、それ、どこで手に入れたの?だから盗みは駄目よ?

 

「それ、どうやって手に入れたのかしら?」

 

「ごめん、スラムまで行ってたんだ。盗んでないよ、ちゃんと死んでる奴のを貰って来ただけだから」

 

死人のものを……。呪われたりしてない?大丈夫?病原菌とか付いてない?ええと、とりあえず着るのはここで大まかに洗って乾かしてからにしない?

 

そのまま着て行動する気だったニュクティをどうにか説得して、川の水で洗って干す。乾いたのは夜が明ける少し前、地平線が微かに明るくなってくる頃。やっと着替えた私達の格好は、ニュクティはボロの服の上に茶色の布を頭からコートのように羽織り、私はワンピースの上から濃い緑のコート。フードも被って顔があまり見えないようにした。一応不法侵入だし、私の顔を晒して歩くと目立っちゃうだろうし。何せ100人居たら100人が振り返るであろうステンノの顔だからね。

 

「これから斡旋所に行く」

 

「斡旋所?それって何をする所なの?」

 

斡旋所を知らない私にニュクティは『何でそれも知らないの?』という呆れの表情。だって仕方ないでしょう?アムラエルさんにすらそういう説明されなかったんだもの。

 

斡旋所、っていうのは簡単にいうと異世界転生ものでお馴染みの冒険者ギルドみたいな所らしいわ。魔物退治や薬草類の採取、庭掃除やドブ浚いなんかまで幅広く請け負う何でも屋の元締めみたいな所。最初に登録さえすれば誰でも仕事を受けられるみたい。スラム街の少年少女でもどうにか食い繋いで生きていけるのも、この施設があるお陰。

 

ま、そうよね。世界の探索や宝の発見なんかを生業にしてる訳じゃないのに『冒険者』なんて名前になるわけないよね。因みに魔物退治は命を懸けるから結構儲かるみたいで、専門で請け負う人達は『ハンター』って呼ばれるらしいわ。

 

「ステンノってさ、そんなのも知らないで今までどうやって生きて来たの?まさか本当に何処かのお嬢様だったとか?」

 

「それはえっと…………私、初めてこの世界に来た女神だもの」

 

答えに窮して、思わず本当の事を口走った。『何言ってんの?』って視線向けるの止めてくれないかしら。信じられないだろうけど嘘じゃないのに。それから少し私の事をジーっと見つめてたニュクティは、何かを勝手に納得して「悪かったよ」って謝って来た。多分、私には聞かれたくない過去でもあるんだろう、って思ったんでしょうね。

 

手を引かれて歩く事、十数分。メインの街道からは外れた場所に建つ、朝なのに多くの人が出入りしてる三階建ての煉瓦造りの建物が見えてきた。剣と箒がバツ印の形に交差した看板が付いてる。ここが、斡旋所って所?

 

突然ニュクティが立ち止まった。何かと思ったら、私の腰に手を回してピッタリとくっ付いた。どうも、仮にフードを取られて私の顔が見られたら良からぬ所に連れ込もうとする輩に絡まれるかも知れないのが心配らしいわ。

 

あら、その時は心配症なナイト君が守ってくれるんでしょう?それにフードさえ被って顔を周りから隠しておけば大丈夫なんでしょ?ほら、登録に行きましょう。

 

 




無事(?)に不法侵入。

ステンノさん、登録は出来ても仕事はニュクティに頼るしかないんですけどね。


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9話

ここの領、というかこの国の税は単純。物の値段に税が乗っている。つまり消費税みたいなもの。農民の穀物のように現物で納める事もあるけど、こういう街に住んでいる人達が納めるのは消費税。ただし比率は5割。これでも良心的なほうらしいけど。

 

そもそも精密な戸籍が無いらしいの。どの住所に誰と誰と誰って人が住んでいるとかが把握できてない。だから『それなら物の値段に税金乗っけよう』ってなったみたいね。ほら、商売人は領内に届けを出さないといけないらしいから。ケースバイケースな部分もあるみたいだけれど、一般の領民が気にするのは基本この物の値段に乗っかる税金だけで大丈夫みたい。

 

だから暫くこの街で生活する私達が納税を気にする必要は無い。でもかといってこの斡旋所で受けられる仕事だけでは貧乏生活からは抜けられないのは確かね。そうじゃなきゃスラム街なんてとっくに無くなってるでしょう?斡旋所で仕事を貰えるっていうのは、お金を使う人が増えればその分税収も増えるだろうって考えがあるから。

 

そんなわけで、私はニュクティに腰に手を回された状態で受付カウンターへと歩いている。くっ付くのは構わないけど、よく考えると手を回すのはコートの中にして欲しいかも。ほら、コートの上からだと下手をすると私の体のラインが出て何の為にコートを着ているのかわからないような事に……。

 

カウンターに居たのは女の人。歳は若いわね。金髪で顔は……まあ普通。普通よりは上かしら?……だって、この世界で普段から目にしている女性の顔って鏡や水面なんかに映ったステンノ()の顔よ?そろそろ普通が分からなくなってきたわ。ナルシスト?違うわ。だってこの顔、元々私のものじゃないでしょう?

 

それは置いておいて、男の人だと面倒になるかも知れないから良かったわ。

 

「本日はどのようなご用件ですか?」

 

「登録をお願いしたいのだけれど」

 

一見すると身寄りの無いスラムの姉弟にしか見えない私達にも、受付のお姉さんは態度を変えず淡々と話を進める。こういう境遇の子達の相手、慣れてるんでしょうね。

 

「では二人とも。誓約書を読んで、ここに血判をお願いします」

 

少し焦ったけれど、落ち着いて右手の手袋を外した。これが左手の血判でないと駄目、とかだったら奴隷印を見せなきゃいけない所だったわ。

親指の先に針を刺して。誓約書に血判を押した。その誓約書に書かれた7桁の番号と同じ番号の入った革製のブレスレットを渡された。この数字で管理してるらしいわ。駄目になったら交換してくれるみたい。失くさないようにしないとね。

 

文字、は書けないけど読むことは出来た。何ていうか、文章を翻訳機に入力してその翻訳されたものを見ている感じ。でも文字が読めるのは助かったわね。張り出されている依頼は全て文で書かれてる。当然文字が読めないと内容が理解できない。ニュクティが言うには「だから文字が読めるヤツが居ないと、読めるヤツが居るグループに入らないといけない。そうなると後から入ったヤツは下っ派扱いだから取り分が減る」んだって。

 

「ああ、それと二人とも顔を見せていただけますか?一応犯罪者かどうか確認しないといけないので」

 

ああ、そうよね。もしも私達が犯罪者ならここで取り押さえないといけないものね。……ええ、不法侵入の犯人だけれど、バレてないなら何の問題も無いわ。

 

ニュクティはそれほど気にせず頭を覆っていた布を外し、犬耳……ごめんなさい、狼耳をピョコピョコと動かし受付のお姉さんに顔を見せた。ええ、ニュクティって犬じゃなくて狼の獣人。本人から聞いたから間違い無いわ。

 

私は少し遠慮がちに、受付のお姉さんにだけ見えるようにフードをずらして顔を見せた。横や後ろの人達には見えてない筈、多分ね。ほら、私の顔を見て流石のお姉さんも困惑してる。ええ、そうでしょう?こんな貧民の子が絶世の美少女だなんてアンバランスだもの。それとも何処かのお伽噺に出てくるようなヒロインに見えたのかしら?まあ実際は〈主神(変態)〉の愛玩具、なんだけれど。

 

「……ゴホン。では依頼は今日から受けられますので。自分の身の丈に合ったものを受けて下さいね」

 

動揺をすぐに抑えて、お姉さんは営業スマイル。驚く程簡単な手続きが終わって、私達は依頼の貼ってあるボードへと行こうとして……止めた。人が多いの。あの中に入っていくのは躊躇われる。まあ正直言って痴漢とか、もっと面倒な被害に遭いそうだしね。この世界は日本と違って人権や命が軽いだろうし、着いた初日に行方不明、とかになりたくないしね。

 

少し時間が経てばこの人数も減るんじゃないかしら?何処かで食べ物でも調達して来るのがいいんじゃない?門の外で魚でも捕るとか。私じゃなくてニュクティがやるんだけどね。

この革製のブレスレットがあれば門から外に出ても大丈夫みたいだし。ほら、このブレスレット、領民の証の代わりだからこれが有れば通行税は掛からないってわけ。

 

それじゃあ先ずは門を目指そっか。幸いここからは近いし。外へ出て行う依頼も少なくないから、斡旋所は敢えて門の側に作ってあるみたい。

 

 

 

私達が門へと向かった後。一段落ついた受付のお姉さんとそのすぐ後ろで作業していた男の人が顔を見合せていた。

 

「さっきの緑のフードの子、凄い美人じゃなかったか?」

 

「そうそう!凄い美少女だった!僻みの一つも湧かないくらい完璧な美少女!あんな子居るのね……手も綺麗だったし、文字も読めるし……何処かの元令嬢とか訳有りね、あれは」

 

「はぁ~、あんなカワイイ子なら是非お近づきになりたいね。養ってやりたい!」

 

「なーに言ってんの。奥さんに言うわよ?」

 

「うおっ、冗談、冗談だって!言うなよ、絶対言うなよ!フリじゃないからな!」

 

なーんて会話をしながら、ね。

 

 

 

───────

 

街からの距離はどのくらいかしら?開けた草原の向こうに小さく壁と門が見えるくらいだから……それなりに遠い。この辺まで来ると例え街道沿いでも川で何かをしていても見てくる人はそうそう居ない。私が水浴びでもしていたら別だけど。そろそろ飽きてきた、って言ったらニュクティに悪いけど、塩気の足りない焼魚を河原に座って食べながら今後の事を考えていた。

 

中規模の大きさの都市ゼメリング。それが、私達の流れ着いた街の名前。考えなきゃいけないのは、私達の住む場所。生活するにはお金が必要だし、それにこの奴隷印を消してもらうのにお金を貯めておかなきゃ。先に吸血を試しておきたいけど……血がね。

 

「でもスラム街なら空いてる小屋の一つくらい見つかるんじゃないかしら?」

 

「ステンノには危な過ぎるだろ」

 

うーん、さっきからこれ。ニュクティは絶対折れない。スラム街が危険かも知れないのは分かるけれど、宿なんて使っていたら日々生活するだけで疲弊しちゃう。だったら斡旋所で抱き着いて私の体のラインを出さないで欲しかったのだけれど。

 

仕方ない。この際安い宿を探すしかないか。斡旋所で紹介してくれないかしらね。

それなら先ずやる事は、仕事でもらえる額と食料の相場の把握。それじゃ街へ戻らないと。

…………ちょっと遠くまで来過ぎたかしらね、あそこまで歩くのか。私の体力だと……はぁ、食べた分のカロリー使っちゃいそう。

 

あら?河原の向こうに人が居る。街道からは逸れた場所に、三人。大きさからいって三人とも子供……?暗い緑色の肌なんて初めて見たわ。あれは何ていう種族?

 

直後、ニュクティに右手を引っ張られて地面に伏せられた。え?まさか私に発情したとか?ダメよニュクティ、貴方まだ子供でしょう!?……と焦ったけど違う。ニュクティも私の隣に同じように伏せて、小声で「ゴブリンだ」って一言。

 

ああ、あれがゴブリンなのね。RPGでよく出てくる雑魚モンスターの。こんな開けた場所に居るなんて、はぐれとかかしらね。

 

やり過ごせるならそれに越した事は無いけど、何故かこっちに向かってくる。街のほうへと行こうとしたけど追い返されたとか?それとも私達を見つけたから?

 

どうして私達のほうへと一直線に向かってくるの?まだ認識されてないと思いたいけど、ゴブリン三匹との距離はどんどん縮まっていく。その姿が見えてきた。醜い顔に、粗末な腰布、その手には棍棒。典型的なゴブリン。私が捕まったらどうせエロ同人誌的な展開になるんでしょう?なら撃退するしかないんだけど……武器が無い。主神の加護って『ちょっと幸運になります、但し不幸が寄ってきます』ってスキルなの?そういうの本当にやめてくれないかしらね?

 

「よし」ってニュクティは低い体勢のまま、腰から黒い15cmの刀身のダガー?ナイフ?を取り出した。……うん?待って、それ何処で手に入れたの?

 

「ここで待ってて、ステンノ」って言って飛び出すニュクティ。ああもう!オダチェン礼装展開、『全体強化』!

 

流石獣人、ニュクティは速かったわ。魔猪の時に見せたキレは伊達では無かった。一匹目の頭にナイフを突き立て、その足で二匹目へ。取っ組み合いにはなったけど、無事ゴブリンの胸にナイフを突き立てた。三匹目は私がガンドを飛ばしておいたお陰で余裕を持って殺していた。

危なげなくゴブリンの討伐を終えて、ドヤ顔で戻って来たわね。この辺はまだ歳相応の顔。この感じならちょっとした魔物の討伐ならいけるんじゃないかしら?何とか生活はできそうね。

 

「どう?上手く行っただろ?」

 

「ええ、見直したわ」

 

頭を撫でてあげると、ニュクティは嬉しそうに笑顔を見せた。

 

……うーん、やっぱりこれ私、ニュクティに力づくで襲われたらアウトじゃない?今後は距離感には気をつけようかしら。ほら、どっかの異世界転生もので『女神は処女を失うと力を喪失する』なんて設定あった作品もあるし。

あ、それとニュクティ。その黒いダガーについてちょーっとお話があるわ。

 

因みにだけど、ゴブリンの血じゃ私の左手の奴隷印は消せなかった。やっぱり解呪の魔術とかでないと駄目みたいね。或いは破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)、とかね。

─────

 

地球で言えば最も近いのは大理石。その物質で出来た、ギリシャの神殿とそっくりな、一階建ての建造物。中のその一室は会議室になっており、同じ大理石に近い素材で出来た長方形のテーブルが設置されていた。そこに配置された椅子には白をベースにした法衣に身を包んだ、それなりの歳の神官がずらっと座って並んでいる。

 

上座に当たる位置、すぐ後ろに本物を10倍は美化したであろう主神らしき大理石像が聳える椅子に、遅れて入ってきた法衣の女性が座った。歳は二十。神々しさを備えた美貌を持つ、歴代最高と称される『神託の聖女』と呼ばれる人物がゆっくりと口を開く。

 

「先程御使い様よりお言葉を賜りました。『主に連なる一柱が地上に降り立った。傍に使え御技を助けよ』との事です」

 

「なんと!」「おお神よ!」等とどよめく一同。その老人達の中でも一番若いであろう神官が恐る恐るといった具合に口を開く。

 

「それはつまり、近頃勢力を伸ばしてきた魔を打ち払う為に神が自らお力を貸して下さる、という事でしょうか?」

 

聖女は頭を左右に振り「分かりません。私の力ではこれ以上のお言葉は理解する事が出来ませんので」と力なく答える。

 

歴代最高の聖女ですら、神託は4ヶ月~半年に一回程度、それも大飢饉や大災害といった人間全体に危機が及ぶような場合に一言二言でその旨を伝えられるのみなのだ。それでも前もって危機が分かればある程度対策が立てられる。その神託が今回は今までとは異質。当然彼等にはその真の意味を理解するのは難しかった。

 

「何処に降臨されたかお探ししなくては始まるまい」と一番歳老いた神官が発言し、「そうだ」「先ずは御身をお探しせねば」「各地の神殿にも捜索を依頼せねば」と発言が飛ぶ。と言ってもその一柱がどんな姿をしているのか全く分からない以上、手探りでそれらしい人物をしらみ潰しに当たっていくしかない。

 

「では、宜しくお願い致します」と聖女が発言し、席を立った。聖女もアムラエルに詳細は聞けなかったが、全く情報を貰えなかったわけではない。彼女は偽物が仕立てあげられ御輿にされ悪用される事が無いよう、その女神の情報については公表せずに今は彼女の心の中に留めておく事にして、皆に聞こえないようポツリと呟く。

 

「………無事お会い出来る事を祈っております、女神ステンノ様」

 




聖女様にはバレてるステンノさん。無事?登録も済ませませた所で、また次回。

まったく、といいつつも時間があって投稿できる時には投稿しておきます。


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10話

『ひゃっほう。ステンノたん元気じゃった?』

 

一面真っ白な世界。不快な声が響いてきた。これ私の夢よね?あの〈主神(くそ虫)〉、遂に実力行使に出たのかしら?よし、起きよう。今すぐ起きよう。さあ早く目覚めないと。

 

『これこれ。ちょっとくらい戯れてもええじゃろ、ステンノたんのいけず~』

 

……糞キモチワルイ。何なの?この世界の私の安眠すら妨げるっていうの?本当にやめてくれない?お願いだから平穏に生活させてよ。

 

『おおう、そうドン引きされると流石にショックじゃわい。けど今日は伊達に夢枕に立った訳ではないぞい。お主にとって重要な情報を持って来たのじゃ』

 

重要、ねぇ。本当に?セクハラとかじゃ無いわよね?

 

『勿論。良いか?ワシを主神と崇める神殿にアムラエルのヤツが独断でお主の事を教えたのじゃ。お主を見付けて保護しろ、とな。じゃが神殿と合流してはならん』

 

神殿、ねぇ。本当に神様活動してたのね。まあ私が神殿に行ったら傀儡というか良いように祭りあげられて自由も何も無くなるだろうから、言いたい事は分かるけど。

 

『違うわい。神殿には魔族のスパイがおるんじゃ。魔族はスパイからお主の事を知って生け捕りにしようとしておる。神の力を解明したいみたいじゃな。だから神殿に行けば確実に魔族に捕まるぞい』

 

……ねぇ、待って?魔族って?この世界にも悪の敵対勢力とかいるの?私、それ教えてもらってないんだけれど?

 

『あっ…………まっ、まあそういうわけじゃ!アムラエルにはよーく言っておいたから心配するでない。良いか?上手く神殿からも魔族からも逃げ切るんじゃぞ?』

 

ちょっと!ちょっと待ってよ!無責任過ぎるでしょう!あっ、目が覚めそう、駄目よ逃げるなそれでも神様なの!?

 

 

 

──────

 

……もうイヤ。

最悪の目覚めね。まさか魔族?に狙われてるなんて。神殿勢力も信用出来ないし、当面このままこの街に潜伏しておくしかないか。まさか私みたいな最弱の小娘が女神だなんて、言わなければ分からないだろうし。でもアムラエルさんの事だから、私の特徴とか神殿側に伝えてるのかしら?それとも向こうには神の力的なものを見分ける能力があるとか?

 

考えても仕方ないわね。なるべく神殿勢力の目に付かないように振る舞うしかないか。どうせ私が起こせる奇跡なんてこの世界じゃ魔法で片付けられる程度のもの。自分にかけられた魔法陣すら解除出来ない者を女神だなんて思うわけない筈。

 

んー、もう日が登ってきて外が明るい。こっちじゃ日の出と共に起きて、日が沈む前に家に帰る人が多い。勿論ここくらいの規模の街なら街灯が灯っていて夜でも酒場なんかに出入りしたりして活動している人も少なくないけど。因みに街灯は魔道具みたい。地球みたいな電気は無い。使われるのはせいぜい魔術で攻撃する時の雷くらい?

 

「ニュクティ、朝よ?起きて」

 

私の隣で静かに寝息をたてて眠るニュクティ。ちゃんと……はしていないけど、屋根と鍵の掛かった扉のある場所で眠るのは久しぶりだし、今まで緊張の糸を張っていたぶん安心したんでしょうね。でも約束は守らないと駄目よ?

 

実は昨日。ゴブリンを殺した後に斡旋所へ戻った後、何処か安い宿はないか相談したの。ええ、昨日の受付のお姉さんに。ゴブリン三匹を退治した報酬は貰えたんだけど、どうも最弱の種類らしくて大した額にはならなくて。安宿に二~三泊して食料を買い込んだら幾らも残らない。それで、私の顔を覚えていた(多分私が美少女過ぎて忘れられなかった)受付のお姉さんは、思案した結果斡旋所の所長に相談。掃除や雑用をする代わりに空き倉庫の一室で寝泊まりする事を許可して貰えた。お姉さんは同情、或いは私みたいな少女が放り出されて何かに巻き込まれるとか私が売春するとかそういう犯罪を危惧したのかも知れないけど、所長のおじさんの方は違う。だって私、媚びたもの。美少女にねだられて陥落しない男なんていない。もし居たら同性愛者とか鋼のメンタルの聖人じゃないかしら?

勿論ニュクティはご機嫌ナナメになったけど、背に腹は代えられない。所長の周りや奥さんが目を光らせてるし一応良い人っぽいから所長が私に手を出してくるって事はそうそう無いとは思うんだけど、その時はその時。

 

そうして特別扱いを手に入れた私達は、こうして屋根と扉のある場所で眠りにつく事が出来た、ってわけ。そういう意味では超絶美少女女神(ステンノ)様々ね。

 

だから、今日から少しだけ早起きしないといけない。もぞもぞと斡旋所の制服に着替えてエプロンを装備。部屋の隅に立て掛けてある箒を手に取った。

 

「いつまで寝てるの?」

 

初日だしちゃんと二人で……と思ったんだけど仕方ないわね。昨日まで私を守ろうと頑張ってたわけだし、今日だけ寝かせておいてあげるわ。

 

箒片手に部屋から出た。噂をすれば、ね。所長さんが三階にある事務室に向かおうとしてるのが見える。こっちに気付いたみたい。一応恩人だし挨拶くらいしてあげようかしら。

 

「おはようございます、所長さん」

 

小首を傾げニコリ、と微笑みかける私。あざとい?ええ、わざとだもの。

 

態々所長さんの所まで駆け寄って、上目遣いで「昨日はありがとうございました」って妖艶に笑ってみせる。「いっ、いやいや、礼には及ばないよ、はっはっはっ」って誤魔化してるけど目は泳いでるし動揺してるのが丸分かり。ついでに私の制服の見えるか見えないかの微妙な隙間から胸を覗こうと視線をチラチラさせてる。チョロいわ、隙だらけね。でもそんなんじゃ駄目よ、ほら、後ろで恐ーいお姉さんが睨んでるわ。

 

「所長?何してるんですか?」

 

昨日の受付のお姉さん……イオリスさんにジト目で見られて、所長さんは慌て私から距離を取る。「いやいや、朝の挨拶を交わしただけだよ、はっはっはっ」って必死に誤魔化そうとしてるわ。

 

「どーだか。今日も仕事は沢山あるんですからさっさと事務室に行って下さいね。それとステンノちゃん」

 

「……何かしら?」

 

言いたい事は分かってる。あざとく媚びるような仕草は謹めって事でしょう?私は再び小首を傾げて何の事か分かりませんの意思表示。まあでもイオリスさんには当然効果ゼロなのよね。

 

「そういうの止めたほうがいいわよ?余計な敵を作っちゃうから」って溜め息混じりに話すイオリスさん。分かってるけどね。

 

「でも私、これしか出来ないもの。他には何も出来ない」

 

「なら私が最低限の事はこなせるように教えてあげるから……今朝は何か食べたの?」

 

イオリスさんの言葉にコクリ、と頷く。昨日市場で買った少し……ううん、固めのパン。ちゃんとニュクティのぶんは置いてきた。水筒にまだ水も入ってる筈だからニュクティなら食べられると思う。それにしても教えてくれるのね、イオリスさんはやっぱり良い人。こんな、自分が可愛いのが分かっていて誰にでも媚びるような子、普通は嫌悪するのに。

 

「ならいい。入口の掃除宜しくね。もう一度言うけど、男の人に変に媚びないようにね。男って馬鹿だから変に勘違いされるわよ?」

 

向こうを歩く所長さんにわざと聞こえる大きさで私に諭すイオリスさん。あ、所長さん、ビクッと震えてるわ。はーい、分かったわ。今度媚びる時はもっと上手くやるから。

 

通路で立ち止まってそんな会話をしてると、後ろからバタバタと足音が聞こえてくる。ニュクティ、起きたみたいね。慌ててる。多分目を覚ましたら私の姿が無かったから焦ったんでしょうね。私を見付けて安堵の表情をしてるわ、クスクス。

 

「おはよう、ニュクティ」

 

「おはようじゃないだろ、起きたら隣に居なくてビックリしたよ!」

 

他に何か言おうとしたニュクティは、イオリスさんが居るからか押し黙った。私はここで甘い言葉を囁いてくれても別に構わないのに。

 

…………。

ねえ、ここまでの私の言動というか思考、おかしくない?幾ら生きる為とは言っても、ここまで媚びを売ったり愛嬌を振り撒いたりする必要、無いわよね?しかも弄ばれて挙動不審になってる男の様子を見て楽しんでる自分までいる。これってもしかして私の精神が本当にステンノに侵食されてる?このまま放っておいたら自我まで侵食されて完全にステンノになるとか?流石にそれは無いと思うけど。それともこれがステンノになった『仕様』って事?

 

というかそもそもなんだけど、本当はもっと目立たないように生活する予定だったんだけど。うーん、このままだと何かの拍子に奴隷印を見られちゃうかも知れない。やっぱり早く拠点は移したほうがいいかも。

 

「疲れてるみたいだったから寝かせておこうと思って。駄目だったかしら?」

 

そんな私の思考を悟られないよう、普段通り振る舞う。「思って、じゃないだろ!本当に心配したんだぞ!」って食い下がるニュクティの頭を撫でてあげると分かりやすく大人しくなった。

 

「はぁ……それじゃ宜しくね?」って最早呆れ顔のイオリスさんに頭を下げて、一階のロビーへと向かう。普段は人がごった返しているロビーは、昨日は床は踏み荒らされ汚れていて適当に投げ捨てられたゴミやよく分からないものが散乱していた場所。昨日の夕方に職員の人に混じって掃除を手伝ったから、やり方は大体は把握してる。

 

「それじゃさっさと片付けちゃうか」

 

「ええ、そうね」

 

 

 

─────

 

その日から五日経った日の夕方。薬草採取の依頼から戻った私達は、何時ものように掃除の為にここの制服に着替える。この頃になると私やニュクティの事はすっかり知れ渡ってしまっていた。ほら、今も討伐から戻って来たハンターの男の一人が私に果実水をくれた所。

 

「ありがとう」

 

営業スマイルを向けると、彼は耳が赤くなってその表情は嬉しそう。でもチラチラと視線を私の顔から下に向けるのはいただけないわ。下心はもう少し上手く隠さないとね。

 

「おいっ!抜け駆けしてんじゃねぇ!」「そうだそうだ!」って仲間に引き摺られていくハンターの男。最近こういうのが増えて来た。流石に目立ち過ぎたわ。

 

帰り際のハンター達のちょっとした会話が聞こえてきた。

曰く「神殿が地上に降りた神様を探してるらしい」「神様だぁ?」「ああ、何でも例の『神託の聖女様』の言葉らしい」「うわ、じゃあマジかよ」「俺はステンノちゃんなら美の女神だって言われても信じるぜ!」「馬鹿かてめぇ!こんな所で点数稼ごうとしてんじゃねぇ!」。

後半は置いておくとして、『神託の聖女』?何だか嫌な予感がする。

 




変態ジジイこと主神、夢枕に立つ。

ステンノさんに起こされるとか羨まけしからん。

素顔を晒せば目立つのは仕方ないですね。

とりま次回ぶんまで投稿します。


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11話

「ステンノちゃん、今日は念入りに掃除してね」

 

更に三日後。ニュクティには朝食用のパンを買いに行ってもらっている。まだ手頃な拠点を見付けられていない私が箒を持っていつもより早めに掃除を始めようとした時、イオリスさんにそう声を掛けられた。

 

「今日は特別な何かが?」

 

「そうそう。神殿の遣いの方々がいらっしゃるみたいなのよ、それも『神託の聖女様』を伴って」

 

例の、聖女か。まさか私がここに居るのがバレたの?どうして?アムラエルさんが街の名前まで教えたのかしら?でももしそうだったら噂が立った時点で既に私の身柄を押さえているでしょうし……。

 

「噂の神様を探しに?」

 

「そうみたい。この地方にある山の中の滝壺に降臨されたらしいのよ、それで周辺にある街を全て探して回ってるんだってさ」

 

滝壺……。ええ、降臨したわけじゃないけど、確かに滝壺には落ちたわね。成る程ね、私があの場所に落ちたタイミングで神託でも授けたって所か。私の事がバレたってわけでは無さそうね。でもそうなると一時的に身を隠しておいた方が良いかしら。アムラエルさん、私の身体的特徴とか伝えてるかも知れないし。それにもしかしたらその聖女には神の力を感じ取るようなスキルがあるかもだし。

 

「だからいつもはやらないような所の掃除もしないとなのよ。だからほら、私の他にも何人か早出してるでしょう?」

 

確かに見ればイオリスさん以外の受付の人や事務員なんかが数人居て、雑巾を持って待合用のテーブルや椅子、依頼張り出し用のボードなんかをあちこち掃除してる。って事はやっぱりこの斡旋所にも見に来るのか。ニュクティが帰って来たらさっさと依頼受けて街の外に脱出するべきね。

 

「分かったわ。いつもより力を入れて掃除すればいいのね」

 

「あ、でもステンノちゃんは体力無いんだから頑張り過ぎちゃ駄目よ?」

 

「ええ、ありがとう」って営業スマイルを返す。相手が女の人だから媚びても仕方ないからね。でも相手が男だと単純だから、この前のハンターさんみたいに営業スマイルでも骨抜きになる阿呆も少なくないんだけど。

 

なんて会話をしていたら、ニュクティが戻って来た。何時ものように籐で編んだ籠にパンを入れて……あれ?今日も幾つか干した果実が入ってるのね。今日のはブドウもどきか。あ、ブドウもどきっていっても偽物とかじゃないわ。この世界にある果実で、地球の葡萄に似てるから私が勝手にそう呼んでるだけ。

 

「おかえり、ニュクティ。今日もオマケしてもらったの?」

 

「だってさぁ、俺が幾ら断っても『ステンノちゃんに食べさせてやれ』って店主のおっちゃんがしつこくてさ」

 

あのパン屋の店主ね。前に何度かニュクティと買い物に行った時に気に入られたというか、同情されたというか。それからずっと良くしてくれるの。別に私が意識して誘惑したわけじゃない。この世界では貴重な甘いものを貰えるんだから使ってあげない手は無いわ。

 

ニュクティと合流した私は、何時もより念入りな掃除を終えると、薬草採取の依頼を受ける。昼食用に、パンとクッキーの間のような……そうね、地球の某ブロック型のクッキーのような携帯糧食、それと干した鹿肉を幾つか購入。朝買ったパンを片手に門へと向かう。

 

緑のコートでなるべく姿を隠して、私は右手首に巻いた例のブレスレットを衛兵に見せて門の外へ。その間、頭から布を被って上半身まで覆っている状態のニュクティは、やたらと私にくっ付いてくる。腕を組んでくる。衛兵達が私に襲い掛かってくるわけじゃないんだし、もう少し離れても大丈夫だと思うけど。

 

「分かってると思うが日が沈む前には戻るんだぞ?」って門を出る時に忠告をくれた衛兵さんに私の代わりに「わかったよ」ってニュクティが返事をする。

 

もうかなりステンノに引っ張られてきてるし自重は思ったより難しい。よくよく考えたらこれ多分、女神の神核のせいだと思うし。ほら、『男の理想の具現』だからね。最近は気を付けていないと男を挑発するような行動を取っちゃう事がわりとある。勿論嫌いな男にはそんな態度は取らないんだけど。

だから斡旋所じゃ目立っちゃってるけど普段はこうして隠れるように行動してる。私だって本当は無用な争いは避けたいからね。フードで頭まで隠して行動すれば無駄に絡まれないでしょう?コートを着て行動している姿が私だっていうのは斡旋所に来る人間には気付かれないようにしてるし。

 

早く自力で生活出来るようにならないとね。

 

 

 

──────

 

薬草採取だし今日目指すのは森の方ね。神託の聖女様御一行なら私が街から出るのと入れ替わりになった。白をベースにした仰々しい装飾の付いた馬車が何台も門の中へ入って行くのが遠目からでも見えたもの。あんなのに追い回されるなんて御免だわ。早く別の遠い街にでも行ってくれないかしら。

 

それにしても。門から外へ出てもニュクティはずっと組んだ腕を離してくれない。ねえ、流石に歩きにくくない?そろそろ離しても良いんじゃないかしら。

……と思って覗いたニュクティの表情は、どこか不安そうだった。何か悩み?奴隷印ならちゃんと手袋で隠しているしバレてはいない筈だけど?

 

「あのさ……」

 

「何かしら?」

 

何だろう?何か聞きたい事でもあるのかな?聞かれても答えられない事の方が多いけど。

 

「イオリスさんが言ってたんだろ?この地方の山中の滝壺に神様が降臨した、って。ステンノはこの前言ってただろ?滝壺で狼をやり過ごした、って。だからさ……神様ってステンノの事なんじゃないか、って思って」

 

……ああ、そういう事ね。もしも私が神様だったら今の関係が終わっちゃう、私が遠くへ行っちゃう、って思ってるのね。

 

「ニュクティはこんな何も出来ない無力な神様がいると思う?」

 

まあ、ここに居るんだけどね。何も出来ない最弱の女神様。

私がそう言ってみても「でもさ、この前自分で女神だって言ってたじゃないか。それに、その、人間とは思えないくらい綺麗だし……」って言って、ニュクティは不安な表情のまま。

 

はぁ。私は神殿に行く気なんて更々無いし、そもそも女神だなんて公言する気もないんだけど。そういうのは言っても伝わらないか。仕方ないわね。ニュクティの右頬に軽くキスをしてあげた。目をパチパチさせてるわね、歳相応でちょっと可愛い。

 

「ニュクティを置いて何処かに行ったりしないわ。そんな事したら私、何も出来ないから生きていけないもの」

 

「なら!それならずっと一緒に居てくれるのか!?」

 

正直言って、この子を結構気に入ってる自分がいるのよね。今くらいはこの子に夢を見させてあげてもいい、かな。どうせ年月が経てば気持ちも変わるでしょ?

 

「そうね……大人になって、ニュクティがいい男になって、私への気持ちが変わらなかったら考えても良いわ」

 

ぱぁっ、と表情が明るくなったみたいね。世話の焼ける子ね。でもこれで不安は無くなったかしら?

 

そうして森に入った私達だったのだけれど。斡旋所で貰った図を頼りに薬草を探す私達の後ろから、誰かが尾行している。気付いたのは勿論ニュクティ。私達の後をつけて、何か得になるような事ある?二人とも駆け出しで大してお金持って無いのは見れば分かる筈だし……私の事を知って手込めにしようとしてるとか?

 

「ステンノ、走るよ」って言って、ニュクティは私の手を引き走り出した。獣人だから何か危険なものを感じ取ったの?だとしたら早く森を抜けた方がいいわね。少し遅れて私も引かれるままに走る。

 

…………ただ、相手は変質者や犯罪者の類いではなかった。

 

ソイツは、私達の前方へと上空を飛んで回り込んだ。ソイツは私よりも少し大きい程度の大きさの、真っ黒な影。そこから何かが伸びてきて……ニュクティだけを後ろへと弾き飛ばした。突然の事で一体何が起きたのか分からなかった私は、慌てて後ろを振り返る。後方に倒れて動かないニュクティが見える。死んではいないと思うけど……起き上がってくる様子は全くない。

 

『隠密行動も楽ではないな』

 

地下から唸るような声。今どこから声が?喋ったのはこの影?何?一体何が……。

 

『お前が例の一柱だな?』

 

背中に嫌な汗が流れる。まさか、嘘でしょう?こんなに、こんなにあっさり?

 

『生け捕りとは面倒だ……まあ防音結界もあるし切り刻んでも生きていれば良いのか』

 

影は姿を変え、輪郭がハッキリしていく。その姿を見て、私の嫌な予感は確信へ、絶望へと変わった。

見つかった……見つかってしまった……!

偶然にも限度ってものがあるでしょう、どんな確率なの!本当に不幸を引き寄せる体質でもしてるっていうの?まさかそれが『バグ』に依るものなの?

 

真っ暗な、私の身長の倍はあろうかという体、四足動物のような人間とは逆に曲がった関節の足、蝙蝠のような黒い翼。長く大きな灰色の角、同じ色の、骸骨のような顔に、口には牙が並んでいる。威圧感が半端ない。これが魔族なの?私は悟られないように必死に足の震えを抑えようとはしてるけど、止まってはくれない。ここが森の中じゃなかったらコイツの姿も目立ったかも知れないけど、聳え立つ木々が目隠しになってコイツの、魔族の姿は外からは見えてない……。

 

『神の力は感じるが全く脅威を感じない、油断を誘おうって魂胆か?』

 

もしかして魔族には女神の神核を感じ取る力でもあるの?それじゃあ逃げ隠れしても意味無いじゃない……!

 

その魔族はまだ私の事を警戒していて容易には近づいてこない。今のうち、今のうちに逃げなきゃ。でも足が動いてくれない、一歩が踏み出せない。聖女は何してるの?こんな近くに魔族が居るのに!助けに来てよ!!

 

ソイツが右手を振り上げる。手の先に魔法陣が現れて、振り下ろしたのと同時に何かが私の方へと高速で飛んでくる。当然反応なんて出来ない。

 

激しい痛みと衝撃を感じ右腕に視線を向けた。私の右腕は肘が関節とは逆に折れ、尺骨と橈骨が真っ二つ、前腕が真ん中からキレイに折れ曲がっていた。

 

「あ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 

全く耐性の無い私は恐怖と痛みに取り乱して思わず悲鳴をあげて涙を流す。それでソイツは理解した。『私が戦闘能力皆無の、容易に制圧できる存在』だって。

 

『神だっていうからどんなものかと思ったが、こりゃ思った以上に楽な仕事になりそうだな!せいぜい泣き叫べ!アヒャヒャヒャヒャ!』




噂の魔族さん(その1)登場。ステンノさんもう何度目かのピンチです。

イオリスさんの名は古代ギリシアのアイオリス人、より。

魔族さんのイメージはFGOのエネミーのデーモンのイメージですね。


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12話

今月は次話まで投稿。


既に声のした場所にヤツはいない。私が反応する暇もなく、右腕側から何かがぶつかって来て、左に大きく吹き飛ばされる。あちこち骨の折れた右腕を攻撃されたお陰で激痛が走り、私は倒れたそばから右腕を押さえてのた打ち回る。逆に折れていた右肘が衝撃で元の向きに戻ったけど、中の骨は果たしてどうなっているか考えたくもない。右腕の痛みは治まるどころか強くなる一方で、表情は苦痛に歪み、涙は止まらない。

 

「あ゛……あ゛……う゛……」

 

踞って声にならない声で呻くだけの私。ソイツは私の頭を掴んで持ち上げて、軽く放り投げる。私は近くにあった木の幹に背中から激突。目の前に火花が散ったように一瞬真っ白になるけど、視界は直ぐに戻った。強打した背中が呼吸する度に痛む。不快極まりない笑みで近づくソイツ。痛みと恐怖でその場から動けない。

 

『逃げられても面倒だな』

 

ソイツは私の左足の脛を掴む。今度は何をされるのかと怯える私に構う事無く、私の脛にはまるで全方向から万力で絞められているかのような圧力がかかる。私にとっては強すぎる力だけど、ソイツにとっては大したものでもない、軽ーく捻ったくらいの感覚なんでしょう。

メキメキッと嫌な音と共に、ソイツの手が私の脛に食い込んでいく。ゆっくり絞められているせいで、耐えられない激痛が私の足から伝わってくる。左手は何度も地面の芝を掴み、右足をバタバタと力いっぱい動かしても、痛みは誤魔化せずに私の脳を侵食する。

 

バキバキバキバキンッ、と脛の骨が粉砕された音と共に、私の体に衝撃が一気に広がる。何と発したかは自分でも分からないけど、悲鳴というよりは発狂に近い声を上げた、と思う。

 

ソイツは、自分の足では逃げられなくなった私の着ていたコートを剥ぎ取り投げ捨てると、私の鳩尾に軽くデコピンを当てる。勿論ソイツにとっての軽く、であって私からすればプロボクサーのチャンピオンのボディブローがクリーンヒットしたくらいの衝撃、或いはそれ以上。息が出来ない、苦しい、痛い、涙が止めどなく溢れる。

 

呼吸も戻らないうちに、私の体のあちこちに軽くデコピンを繰り返すソイツ。完全に私で遊んでいる。でなれけば私の内臓はとっくに破壊されて致命傷になっている筈。声も上げられなくなった私の体にアザが少しずつ増えていく。

 

痛い、痛い、体じゅうが痛い。嫌だ、嫌だ、助けて、助けて。

 

私の願いなんて叶う筈もなく。定期的に鳩尾を突かれて呼吸が何度も出来なくなり、同じ箇所をデコピンされたり時々左足の脛や右腕を叩かれて意識が飛ぶかと思う程の激痛に襲われ、私の意思が削られていく。

 

美貌も台無しになるくらいの情けない表情で泣きじゃくる私の様子に満足したのか飽きたのかは分からないけれど、ソイツは漸く私の体をいたぶる手を止めた。

やっと、やっと解放された。全身痛いし動けないけれど、私、まだ生きてる……。

 

突然、ソイツの手が私の首に伸びてくる。私はそのまま呆気なく持ち上げられた。抵抗なんて出来る力、どこにも残っていない。ソイツの手で、私の首が少しずつ絞め上げられていく。徐々に呼吸が苦しくなり、ある時点を境に全く出来なくなる。首が痛い、息も出来ない。苦しい、もの凄く苦しい。

 

全身の筋肉も完全に弛緩してしまい、漏らした。私の太股を伝い、尿が地面へと流れ落ちていく。もう全身の痛みも感じなくなってきた。もしかしてソイツには生け捕りとかどうでも良くて、神に連なる者を殺す事を生き甲斐にしてるだけかも知れない。前世での死に方も大概だったけど、こんな死に方なんて酷い、酷いよ……。

 

駄目、意識が薄れてきた。死の間際で脳内麻薬が過剰分泌しているせいか、完全に痛みを感じない。ああ、思ったよりは楽に死ねるのかも、脳内麻薬様々。泣いたままではあるけれど緩んだ表情の私は、最後にソイツに視線を向けた。私を殺す勢いのソイツと目が合って………………事態は急変した。

 

突然ソイツの手から力が失われて、私の首は拘束から解放された。急に自由になった気道から、肺に急激に空気が流れ込んでくる。

 

その場に落ちた私は「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」と咳き込みながらも呼吸を取り戻した。何が起きたのか理解出来ない私の耳に、バタン、と何かが倒れた音と、同時にバキンッと何が割れる音が聞こえてくる。

 

顔を上げる。私の視界の中には、さっきまで私を絞め上げていた魔族の、上半身が石に変わった姿。倒れた拍子に上半身は頭から縦に真っ二つに割れ、生身のままの下半身とも綺麗に分かれていた。

 

何が?ううん、ゴルゴーンの石化の魔眼……?私が最後にした事と言えば、脳内麻薬のせいもあってソイツに笑いかけた事。つまり、これは多分ステンノの宝具(女神の微笑)

この魔族の攻撃を受け続けた事でNP(ノウブルファンタズムポイント)が溜まって、宝具を使う事が出来た?それとも死に直面しないと使えない?どちらにしても私には前提条件が厳し過ぎる……。

 

それより怪我を何とかしないと。私の体はボロボロ。このまま放置したら今度こそ死ぬかも知れない。回復手段なんて一つしかない。上手い具合に残ったソイツの下半身から血を貰う事。

 

立つ事の出来ない私は最後の力を振り絞って、無様に地面を這う。左足と右腕、アザだらけの体に激痛が走り、涙が滲む。文字通り死ぬような思いでその魔族の上半身と下半身の切断面へと到達したけれど、噛み付いて啜る勇気が出ない。人型の者の、グロテスクな断面から何の躊躇も無く血を吸う事が出来る程肝は据わっていない。でも吸わないと多分死ぬ。血を全身に塗るだけの体力は残っていないもの。

 

意を決し、うつ伏せのまま断面に吸い付く。生憎心臓は上半身と共に石化して消えてるから、吸い上げないと血は充分には出てきてくれない。少し紫がかった不気味な赤色の血を、なるべく味を意識しないように飲み込んでいく。

 

少しずつだけれど、左足の痛みが薄れ、右腕が動かせるようになってきた。恐る恐る触れてみると粉砕された脛の骨や右腕の骨が無事にくっ付いているのが分かる。変わらず痛みはまだまだ消えていないし、体じゅうのアザも少し薄くなったかな?という程度の回復具合。どうやら最も被害があった箇所から徐々に回復していくみたい。もう少し血を吸えば動けるくらいには回復できるかも知れない。そう思った時、どうしようもない吐き気に襲われて胃の内容物を全て吐いてしまった。度重なるお腹への攻撃と、魔族の血への嫌悪感、それに目の前に広がるグロテスクな断面。頑張って我慢してたけど限界だった。

 

骨は繋がったし、アザも当初よりはマシ。多分、死にはしない。もう無理だわ。少し……休みたい。あ、そういえば漏らしたんだっけ……ワンピースもボロボロ……でもニュクティだけなら……いいか……。

精神的にも限界だった私は、そこで意識を手放した。

 

 

 

──────

 

……。

生きてる。フカフカ、とはいかないけれど、久しぶりのベッドの中。見たことのない、斡旋所の倉庫とは違う、木と煉瓦で作られた部屋。

窓から見える外はもう日が沈み夜になってる。半日くらいは眠っていたのかしら。

 

全身が痛い。体じゅうが何か布のようなものに覆われてる。どうやら顔以外は包帯が巻かれているみたい。ミイラ男ならぬミイラ女状態ね。

 

右から寝息が聞こえる。ニュクティが椅子に座ったまま私が寝かされているベッドに突っ伏して眠っていた。この子も体のあちこちに包帯を巻いている。ニュクティがここまで運んでくれたの?

 

「起きたの?」って声をかけてくれたのは、イオリスさん。どうやらここはイオリスさんの家みたい。

 

「イオリスさんが助けてくれたの?」

 

「街まで運んで来たのはその子。手当ては私よ」

 

そっか。ニュクティだって怪我してる筈なのに、自分より大きい私を担いでくれたのね。これでまた借りが出来ちゃったわ。それにしてもイオリスさんも本当に人が良い。私、女性から見たら相当イヤな女だと思うんだけど。そんな私の事も家に招いてまで助けてくれるのね。ここは素直に御礼を言う所ね。

 

「ありがとう」

 

「取りあえず生きてて良かった。それでステンノちゃん、聞きたい事があるんだけど」

 

そう言って、イオリスさんは私の左手首を手に取った。毛布から出された左手の甲には当然、奴隷印が。そうよね、手当てしてくれたんだもの。奴隷印も見付かるわよね。

 

「実はね、ステンノちゃん達が登録した時から怪しいとは思ってたの」

 

私達が登録に訪れたあの時、イオリスさんには私とニュクティの首に奴隷の首輪の跡があったのが分かって、裏でこの街で逃げ出した奴隷とかが居ないか調べていたらしいの。寝泊まりする場所を提供したのには手の届く範囲に置いて監視する意味合いもあったみたい。まぁ左手の甲を人前で絶対晒さないんだから余計に怪しいわよね。

それで、調べた結果貴族や奴隷商達にそういう動きが全く無いのが分かって、これはもっと別の訳有りだと考えたみたい。

それで、今回奴隷印が見つかった事もあって直接話を聞く事にしたらしいわ。数日だけど一緒に過ごしてみて悪い人間ではない、って感じたのもあるらしいけど。

 

「それでステンノちゃん、貴女……実は何処かの国のお姫様ね?」

 

うん……?ええっと…………。

 

「言わなくてもいいわステンノちゃん。分かってる。某国の第四とか第五王女とかで、政略結婚が嫌になって逃げ出したんでしょう?それで逃げた先で悪い奴隷商人に捕まって、何とか逃げ出してこの街に流れ着いたのよね?」

 

これもしかして私、男に媚びるイヤな女じゃなくて『世間知らずのお姫様だしこのくらいしょうがないよね』とか思われてた?これ、訂正すべきかしら?でもイオリスさん、「大丈夫!今更国に戻れとか言ったりしないから!」って右手の親指を立ててるし、否定せずに乗っておいた方が得かしら?それなら少なくとも女神だってバレる流れにはならなそうだし。後でニュクティに話を合わせるように言っておかないと。

 

「あの……イオリスさん?他の人達には黙っていてくれないかしら?」

 

「勿論よステンノちゃん!じゃなくてお姫様!やっぱりそうだと思ったわ!妙に品があるし、肌も手も綺麗だし、男の扱い慣れてるし、それにその美貌だものね!任せて!貴女の事は隠し通してみせるから!あっ、言葉使いも直さないと駄目ですよね、申し訳ございません、お姫様!」

 

今更敬語を使われるのもむず痒いし周りに変に思われるのも本末転倒だから、言葉使いは元に戻してもらわないと。

 

「お姫様がお漏らしした事も絶対誰にも言いませんから安心してくださいね!」

 

それ、このタイミングで言う?恥ずかしくて頬どころか耳まで紅くなったわ。イオリスさん、後で覚えてなさいよ。

 




宝具、ありました(発動条件不明)。

イオリスさんはステンノさんの事を何処かの国から逃げたお姫様と思ったもよう。

ステンノさんのステータスのまとめ
筋力E-
敏捷E-
耐久E-
魔力E-(魔力量のみEx)
幸運E-(特殊条件下でD~Ex)
宝具B

スキル
女神の神核Ex
吸血C
主神の加護

宝具
女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)(発動条件不明)


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13話

「それでお姫様……じゃなくてステンノちゃん、その奴隷印だけど……大丈夫なの?」

 

それ、設定考えて無かった。イオリスさんにどう説明しようかしら。焼き印が残ってるし、女神の神核に弾かれてるだけで効果そのものは無くなってないからから『解呪した』っていうのも変だし。適当に『王家の秘薬』的なもののお陰で効かないとか言っておく?それか女神の神核の事は隠して神から授かった精神干渉無効スキル、とか?でもそれはそれでもっと面倒な事になる気もするし。何か案は…………あるにはある、わね。

 

「私の左手首にリング状のアザがあるでしょう?それが精神干渉を無効化する術式。お陰で、奴隷印は私には効果が無い」

 

ニュクティが眠ってて助かったわ。『いや違うだろ』って表情されるかも知れなかったし。苦し紛れだけどこれならほら、『王家秘伝』とか言って誤魔化せる……よね?

 

「へぇ~、やっぱり王族って凄いのね。道理で奴隷商から逃げて来れたわけだわ」

 

完全に私の事を何処かのお姫様だと信じてるイオリスさん、こんな適当に考えた設定信じてくれたわ。言ってみるものね。

 

「でも綺麗な肌なのにこんな痛々しい焼き印付けられて……可哀想なお姫様……」

 

あの時は痛かった。さっきの魔族にやられた時ほどではないけど、あんな痛みはそうそう無い。前世で死んだ時は痛みも一瞬だったし。

そうだ、あの魔族の事はどうなったんだろう。これだけの怪我しちゃってるし流石に無関係とは言い張れないか。所々暈して話してみるしかない。

 

「イオリスさん、あの魔族についてはどうなったの?」

 

「魔族……ね」

 

失言だったかしら。考えてみれば、私がアレを魔族だって証言しなければ誰もそうとは思わないかも。『これが魔族です!』ってイラストとかが出回ってれば違うけど、そうそう遭遇するような存在じゃないしね。

 

「ステンノちゃんが重症を負わされたって知ったウチのトップハンター達が『おのれ魔族め!』って怒り心頭で外へと出ていったわよ?でもニュクティ君の話だと討伐されてるのよね?その……魔族」

 

あ、魔族だっていう確信はあるのね。聖女が証言でもしたのかしら。

 

まぁ、アレは討伐されてるというか、偶然倒せたというか。アレが性別男で助かったわ。ステンノの宝具の即死効果は男性にしか効かないし、もしも女性の魔族だったら今頃私は……。

 

……って、ニュクティはイオリスさんに何て説明したのかしら。ニュクティから見たらあの魔族に覆い被さるように倒れていた私が討伐したように見えなくはないし。でも私の実力を良く知ってるニュクティだもの、流石に私がやったとは思わない……思わないよね?

 

これもカバーストーリーが必要?誰かに責任転換するとして、石化か……具体性を求めるとなると……私が証言しやすくてボロも出なさそうな……。

 

「……ええ。助けてくれた人が居るの。名前……までは聞けなかったけど、私と同じような紫の長い髪で、身長が高くて、スタイルが良くて……こう、冷たい感じの女性だったわ。瞳が光ったと思ったら、その魔族が石に変わっていて……」

 

ここは末妹(メドゥーサ)に丸投げね。ステンノの妹だけあって特徴だって似てるし証言しやすい。聖女がアムラエルさんから私の特徴をある程度聞いていたとして、そこに魔族に襲われた目撃者の証言があれば当然そっちを探すでしょう。まさか証言者本人が女神だとは思わない筈よね。

 

「それってもしかして例の神様とか?ステンノちゃん良いなぁ、神様と会えるなんて。あ、でもステンノちゃんみたいな綺麗なお姫様に会った私も充分幸運よね!」

 

……ええ、そうね。イオリスさん、現在進行形でその女神と話してるんだけどね。

それじゃあその辺の証言はイオリスさんに任せるとして、私はもう少し寝かせてもらおうかしら。まだ体も右腕も痛いし。

 

「そうそう、聖女様がステンノちゃんに詳しく話を聞きたいって言ってたから明日の昼に予定を入れておいたから。粗相の無いよう……ってお姫様には必要無い忠告か」

 

は?え?不味いわね、それ。何とか逃げ出せないかしら……これじゃ折角入れ替わりで街の外へ行ったのに全部無駄足になっちゃうかも知れない……何とか誤魔化して……カツラとかで騙せないかしら?早朝にニュクティにカツラを探して来てもらって……駄目ね、持ち合わせが少な過ぎるし、やっぱりここから脱出……ってそんな事したら怪し過ぎるし……何とかして断るしかない。体調不良とか?体じゅうが痛いのは確かだし……。

 

「傷も癒してくださるそうだから、明日からは斡旋所に復帰できるわよ?みんなに心配かけたんだし元気な顔見せてあげてね?」

 

……これ、詰んでないかしら。

 

 

 

──────

 

魔族の死体……というにはあまりにも異様。魔法が通じ難い筈の魔族の上半身を石に変え即死させるなんて、とても人の所業とは思えません。こんな事ができるとすれば、この魔族よりも遥かに強い力を持った魔族、或いは……女神であるステンノ様に他なりません。こんな、街が目と鼻の先にあるような場所で魔族同士が争うとは考え難い。それにそれならば既にゼメリングの街は攻撃されているでしょうし、同じ魔族を簡単に殺せるような魔族ならば街は滅びていてもおかしくない。

 

「カッサンドラ様、これはやはり神の御業であると?」

 

付き人であるアイアースにそう問われ、私は頷きました。間違いありません。これはステンノ様の御業。漸くお会いできるのですね。

 

「この魔族の死体は神殿へ運んでください。彼等の弱点など新たな発見があるかもしれません」

 

私がそう指示するとアイアースは「畏まりました、聖女カッサンドラ様」と膝を着いて頭を下げたあと、他の連れに指示を出して回収を行う。強固なうえに魔法に対しても強い魔族にはずっと手を焼いてきましたが、これで少しは対抗策ができるかも知れませんね。

 

聖女、等と呼ばれてはいますが、私が出来るのは少々の癒しと御使いであるアムラエル様の御声を聞く事くらい。魔族との直接戦闘は神殿騎士の皆様にお任せしなくてはならない程度には弱い存在。ですのでどれ程ステンノ様の御業をお助けできるかは分かりませんが、早く御身を確保……いえ、保護しなくてはなりません。

 

とは言っても、それも明日の昼には叶う事でしょう。この魔族と接触し傷を負った証言者と面会する手筈になっています。証言者は紫の髪を持ち、類い稀な美貌の少女、名をステンノ。全てアムラエル様に見せていただいたステンノ様のお姿の特徴と一致します。近くまで行けば神性を感じる事が出来る私ならば、彼女がアムラエル様のおっしゃられた女神様かどうかなど一目瞭然。保護した後は外堀を埋めつつ距離を縮めていって……グフフフ。

 

……はっ!?……コホン。それでは一度街へと戻りましょう。明日が楽しみですね。待っていてください、ステンノ様。

 

 

 

……さて。そんなわけで待ちに待った翌日の昼下がりです。斡旋所の受付嬢の家で療養中との事で、わざわざ街外れまで足を運んできました。人払いをして、家の周りに防音の結界も張ってもらって。治療もありますし念の為にアイアースも含め関係者は皆、家の外で待機させました。平民がステンノ様と一つ屋根の下とは羨まけしから……コホン、何と恐れ多い事でしょうか。平凡な平屋の一室。この扉の先にステンノ様が。今、私はステンノ様と二人きり……ジュルリ。おっと私とした事が、つい涎が。

 

「失礼致します」

 

コンコン、とノックをすると、少し間を置いて「…………どうぞ」とお返事が。嗚呼、その御声すらも尊い。

 

扉を開け、中に入りました。そこにはこの世のものとは思えないお姿の少女が椅子に座っておられました。嗚呼、なんという事。言葉で表現するのが失礼なくらいの美貌。細くしなやかであり女性的な柔らかさのあるその華奢な御体。肌も髪も宝石のように輝き、その御顔は少女のあどけなさと女性の美しさを合わせ持った究極の美。それに最早言うまでもなく神性を感じられる。非の打ち所のない、とは正にこのお方の為にある言葉。嗚呼、尊い。実に尊い。どストライク中のどストライクです!あーもー✕✕✕したい!実物は尊過ぎて今すぐに手を出してしまいそうですハァハァ。ですが、期が熟すまでは自分の欲望を抑えなければ。

 

そのお体には包帯が幾重にも巻かれている。右腕にも同様に。左手には何故かベルト付きの革手袋を嵌めている。嗚呼、手袋などそのようなものを嵌めるなど、何と勿体ない。私の前だけで構いません。さあ、その素肌を私に晒してください!

 

「はじめまして。カッサンドラと申します。本日は宜しくお願い致します」

 

「ステンノよ。貴女が例の聖女?」

 

嗚呼~!誰ですか私の事を聖女だなんて教えたのは!ステンノ様から名前で呼ばれるチャンスだったというのに!!……いえ、落ち着くのです私。これからカッサンドラと呼んでいただけばいいだけです。カッサンドラちゃん、とかカッサンドラ様ぁ(ハート)、とか或いはご主人さm……とか呼んでいただくのはまだ先に、ステンノ様を篭絡した後に取っておくのですアッアッ。

 

「聖女……そうですね、周りの人間は私の事をそう呼んでおりますが……貴女様の存在に比べれば塵芥と言っても過言ではありません。私の事はどうぞ気軽にカッサンドラ、とお呼びください」

 

私はステンノ様の前まで来て両膝を付き、その左手甲に手袋越しにキスをしました。本当は!本当はその柔らかい肌丸出しの右手にチュッチュしたかったのですが!流石にここではまだ自重です。がっついて引かれでもしたら大変ですから。しかしながら私が下手に出た事で、ステンノ様は動揺してらっしゃいますね。ちょっと戸惑っている御顔も美しい、prprしたい。

 

「……じゃあカッサンドラさん?貴女一応聖女でしょう?立場はカッサンドラさんの方が上、私は只の街娘よね?どうして私の前で膝を付いてるのかしら?」

 

「何をおっしゃられているのです?私は只の人。貴女様は女神様。私が謙るのは当然の事です」

 

ステンノ様は呆気に取られているようです。神に連なる者かどうかをこうも容易く見抜くのは想定外だったのでしょうか?それとも、ここまで御身分を隠されていたのですし出来る事なら知られたくなかった?だとすると……何か事情があるのでしょうか?

 

「ええと……」

 

言葉に詰まった様子のステンノ様。そうですね!ここは話題を変えましょう。その包帯、聞いた所に依るとあの魔族との争いでお怪我をされているとか。アムラエル様がおっしゃられていましたが、ステンノ様はあまり争いの得意でない女神様。お怪我をされるのも仕方ありません。なので私が傷を癒して差し上げます。嫌がるステンノ様から無理矢理包帯を剥ぎ取っ……ではなく慎重に丁寧に包帯を外して、素肌に直接癒しの魔法を……いえ、いっそのこと私の舌で舐め回しながら魔法を……どさくさ紛れにその形のよいお胸を揉みつつ魔法を…………いや、ここは我慢、我慢です。なるべく普通に癒して差し上げなければ。そういうお楽しみはもっと仲良くなって私がイニシアチブを握れるようになってからグヘヘヘヘ。

 

 




(ガワは)神託の聖女カッサンドラ(やべーやつ)登場。その名はギリシャ神話のイリオス(トロイア)の王女カッサンドラーより。因みにアイアースはトロイア戦争に参加した小アイアースから。

次回は来月になります。


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14話

「では治療を始めさせていただきます。左足から失礼します」

 

カッサンドラさんが、私の左足に巻かれた包帯を丁寧に外していく。右足と比べて幾分腫れた脛に静かに当てられたカッサンドラさんの右の掌は、うっすらと光っている。

 

触れられた部分が温かい。同時に痛みと腫れが少しずつ引いていくのがわかる。ゆっくりと撫でられるのがちょっと心地よい。

 

「んっ」と思わず吐息を洩らすと、カッサンドラさんがビクッと身震い。ああ、驚かせたかしら。

 

「気にしないで続けてもらえる?」

 

私の問いに間を置いて「……はい」と答えた彼女は撫でる作業を再開。幾ばくもしないうちに私の左の脛の怪我は回復。

 

「次は右腕を。失礼します」

 

カッサンドラさんは今度は私の右腕の包帯を外し、全体をまんべんなく撫でる。左腕と比較しても明らかに腫れている私の右腕も、少しずつ元の姿を取り戻していく。

 

何ていうか、凄く気持ち良い。患部を触られている時は確かに痛いけれど、彼女が丁寧に優しくしてくれてるお陰で辛くはない。

 

「では次は、御体を。包帯をお取りします。それと、念の為に下着も」

 

シュルシュルと包帯が外されていく。下着まで外す必要ある?と思ったんだけど、「ブラの下にも幾つもアザがあるようですので」ってカッサンドラさん。まあ、そうよね。でも治癒魔法って服着たままでは使えないのかしら?それともカッサンドラさんの魔法が特別なだけ?今更口を挟むのも変だし。ま、カッサンドラさんは同じ女性だし別にいいか。

 

上半身裸になった私は、ベッドにうつ伏せに。カッサンドラさんは私の背中をまるで壊れ物でも扱うように丁寧に、ゆっくり、変な言い方をするとネットリ、と撫でる。んー、今度は何だか変な感じ。確かに痛みが抜けていくし温かいけど……こんなものなの?

 

「ステンノ様、では次は仰向けになっていただけますか?」

 

仰向けに向き直した私の体には、幾つものアザがあった。確かに胸の辺りにもあるし、太股とか他の部分とかにも沢山。自分の体ながら痛々しい。

 

カッサンドラさん、大丈夫?何だか息が荒くない?治癒魔法って疲れるのかしら?だとしたらちょっと悪いわね。

……ねぇ、確かに太股にもアザがあるんだけど、ちょっとその……手つきがイヤラシクない?ねぇ?それ本当に必要なの?本当に、んっ……。

 

「申し訳ありませんステンノ様。必要な治療ですので今暫く我慢していただいて宜しいでしょうか?」

 

そう……なのね……ええ、確かにアザも消えていってるし効いてはいるんでしょうけど……こう、生温かいのがまた何とも……ちょっと、そっちは胸なんだけど……アっ……え?そこにもアザが?そうなの?

 

……。

…………。

………………。

傷は癒えたわ。効果はあったのだけれど何ていうか、こう、エステ?オイルマッサージ?これ本当に治癒魔法に必要だったの?結構恥ずかしい声も洩れてたと思うんだけど。

必要?そうなの?なら仕方ないわね。

 

カッサンドラさん、鼻血出てるんだけど……。

 

「大丈夫?そんなに体力使うのなら無理しなくても良かったじゃない」

 

「いっ、いえ。この程度で済むのなら本望です。ステンノ様の御体の方が大切ですから」

 

まあ私としては完治させてくれたのは助かるけれど。

それじゃいつまでもこの格好でいるわけにもいかないわね。左足首に意識を……。さて、これで元通りのワンピース姿に。

 

カッサンドラさんの方も落ち着いてきたみたい。さっきまでは荒かった息も整ってきたようね。さて、これで本題に移らないといけない。

 

「治してもらっておいて悪いのだけれど。私、神殿に行く気ないから」

 

「なっ……何故です!?」

 

カッサンドラさんは慌てふためいてる。そりゃそうよ、アムラエルさんは私を保護しろって言ったのに、当の私に否定されたらね。でも私だって自分の命が懸かっているもの。大人しく従う義理なんてない。魔族に引き渡されるとか御免だし。

 

「ま……さか……先程の私の治癒魔法のせいですか!?もっ、ももも申し訳ございません!」

 

治癒魔法の?どうして?まあちょっと恥ずかしかったのは確かだけれど、治してもらって感謝はしてるし、一応理由も言った方がいいのは分かるんだけどね。でも……スパイにカッサンドラさんが全く関わって無いって証拠、無いのよね。本人にそういう気が無かったとしても、情報が漏れるシステムが構築されてる可能性もあるし。あの魔族だってスパイに手引きしてもらってたからこそ街の、聖女一行の近くに居たんでしょうし。

 

「別にそういうわけではないけれど」

 

「そっ、そそそうですか」

 

カッサンドラさん何だか凄く安心してるみたいね、ホッと息を吐いたのが見えたわ。

 

うーん、でもどうしたものかしら。

取り敢えずこの場、というか少し様子を見るべき?カッサンドラさんには私が件の女神だって事は黙ってもらっておいて、魔族、というかスパイ側の出方を見る?

 

「ねえカッサンドラさん、女神がこの街に居る、って情報は神殿側はどの程度知ってるの?」

 

「はい?ええと、ゼメリングにいらっしゃるだろう事は私が皆さんに話しましたので、全員知っているかと……ですが、貴女様が女神であると理解しているのは私を含め極少数の信頼できる者だけです」

 

あー、つまりゼメリングに女神が居る事自体はバレてるのね。

やっぱり聖女一行に気付かれないように街から出るしかない?でももし道中で魔族に見付かったりしたら今度こそ終わりな気もするし……。女神の神核を隠すような術式とか無いの?あーもう、FGOのステンノみたいに『気配遮断』が使えたら良かったのに。

 

……やっぱり気付かれないようにここから離れよう。あの〈主神(変態)〉だって『神殿と魔族から逃げろ』って言ってたじゃない。私の役目はあくまでもテスター、人間と魔族の争いに首を突っ込む事じゃない。折角貰った命、もっと自由に生きたいし。何処かに隠れ住むか、若しくは『気配遮断』の力を持つアイテムを〈主神(変態エロ魔神)〉かアムラエルさんに責任を取ってもらう形でねだる、とか。神ならそのくらい作れる……よね?

 

「少し考えさせてもらえる?申し訳ないけど明日の昼にまた来て。門の入口辺りに居るから。それと、私が女神だっていうのはこれ以上は口外しないで」

 

「はい、ステンノ様。ではそのように」

 

今日中にニュクティとこの街を抜け出そう。別の街に入る為の通行税二人分くらいならどうにか有るし。門から……は神殿の人間が居るかも知れないから、深夜に水路から脱出、かしらね。

 

 

 

…………で。私はイオリスさんに黙って深夜にニュクティと一緒に家を一歩出たんだけど、私達の目の前にはカッサンドラさんが立っていた。貴女どうして居るの?いま夜中なんだけど?私、明日の昼に門に、って確かに言った筈だけど?ねぇ?なんで?

 

 

 

───────

 

「では治療を始めさせていただきます。左足から失礼します」

 

それらしい事を言って、カッサンドラこと私はステンノ様の御御足の包帯を震える手で外していきます。強引に取り払って左足を舐め回したい欲望を必死に抑えながらハァハァ。

右の掌に癒しの魔力を展開し、腫れているとはいえ美しい足の脛に掌を当てます。ああ~、腫れてらっしゃるのにスベスベしてりゅぅぅ!何コレ凄い~!これが女神様の御御足……!!

 

「んっ……」

 

ああ~~、吐息が!ステンノ様の艶かしく甘い吐息がぁぁ!もう私の欲望も限界です、このまま襲ってしまいましょう!

……はっ!?駄目です私!まだここで気付かれるわけにはいきません!今はまだ聖女カッサンドラのイメージを崩すわけにはいきません!

我慢、我慢しながらゆっくりと左足の患部を撫でます。よし、これで左足はもう大丈夫ですね。次は右腕の包帯を外して……。嗚呼、おいたわしや。左手と比べてこんなに傷が、こんなに腫れていらっしゃる……さぞかし痛かったでしょう。今私がprprして差し上げます。では失礼して……って、違う違う。セーフ、舐める寸前でしたがまだセーフです。今度も丁寧に、丁寧にを心掛けて。

 

よし、これで右腕も治りました。次は御体を……ゴクリ……私の理性は果たしてどこまで持つでしょうか。

シュル、シュル、と慎重に包帯を外して……あ、包帯の下にブラが……これは治癒魔法には邪魔ですよね間違いありません取ってしまいましょうさぁ私にその御胸を確り見せてくださいグヘヘヘヘ。

 

こっ……これは不味いですね、今にも暴走しそうです。そっ、そうだ!うつ伏せになっていただいて御背中を治癒して気を落ち着かせましょう。

 

嗚呼、やはり御背中にも痛々しい傷が。早く治癒……いえ、ここはじっくりと癒して差し上げましょう。これはスベスベの御背中を堪能しているわけではありません、決して。

 

さて、次は前なのですが……流石に不味いですね。理性がもう限界です。ちょっとくらい、ちょっとくらいいいですよね?先ずはその太股も堪能させてもらいましょうハァハァ。

 

嗚呼、素晴らしい。スレンダーなのにモチモチぷにぷに、素晴らしい感触です!天国はここに在りました!ステンノ様も「んっ」とか「あっ」とか甘美な反応をしていただいてありがとうございます!太股からこのまま上に這わせて襲って……いやいや駄目です、まだ駄目です。先にアザが無数にあるお腹を癒して差し上げないと。そのお肌の感触を堪能しながらですけどね!ついでにお胸もっ!だってアザがあるんですよこれは治癒なんです他意なんてあろう筈がございません!アッアッ

 

 

 

…………ふぅ。

これで治療完了です。堪能させていただきました。うっ、思わず鼻血が……。

 

「大丈夫?そんなに体力使うのなら無理しなくても良かったじゃない」

 

鼻血程度が何だというのです!ステンノ様の御体を堪能する事が出来るのならこの程度の出費など無いのと同じです!

 

「いっ、いえ。この程度で済むのなら本望です。ステンノ様の御体の方が大切ですから」

 

誤魔化せましたかね。それにしても私の事を心配してくださるとは、これはもうワンチャンいけるのでは……?

 

って一瞬でワンピース姿に!?嗚呼~、折角のステンノ様の裸がぁ~!一体どうやってそんな事を!?こんな事ならもっとジットリネットリ堪能しておくんでしたぁ~!

 

でもステンノ様が服を着た事で少し冷静になってきました。これ私のやった事、ステンノ様にバレてませんよね……?ね?

 

おや?どうやらステンノ様からお話があるようですね。

 

「治してもらっておいて悪いのだけれど。私、神殿に行く気ないから」

 

「なっ……何故です!?」

 

まさか、バ、バ、バレたっ!?

 

「ま……さか……先程の私の治癒魔法のせいですか!?もっ、ももも申し訳ございません!」

 

もう駄目です、私はおしまいです、ステンノ様に変態エロ聖女と罵られてしまう……ん?でもそれはそれでアリかも知れない……。

 

「別にそういうわけではないけれど」

 

「そっ、そそそうですか」

 

ふ~ぅ、どうやら大丈夫だったみたいですね。ステンノ様、意外とチョロいかも知れません。これはステンノ様を私専属の雌女神様にする計画も一歩前進、ですね!

 

 

 

 

「少し考えさせてもらえる?申し訳ないけど明日の昼にまた来て。門の入口辺りに居るから。それと、私が女神だっていうのはこれ以上は口外しないで」

 

「はい、ステンノ様。ではそのように」

 

これはいけませんね、この御様子だと私達に黙ってこの街を発たれるのかも知れません。確かに女神様が近くにいらっしゃる状況になれば、自らの努力を怠り何でも女神様を頼ってしまうような不届き者が少なくない数出てくるでしょう。ステンノ様はきっとそういうふうに私達が堕落してしまう事を危惧しておられるのですね。うーん、ですがステンノ様の保護は私達の義務でもあります。ステンノ様のお考えに反する事になりますが、今夜は待ち伏せさせていただきましょう。それに私に考えもありますし。

第一、ここでステンノ様を手放すなんて有り得ませんグッヘッヘッ。

 




治療中の女神とアレな聖女のお話回。聖女(笑)様の暴走は続きます。


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15話

次話も早めに投下します。


どうしてこんな夜中にカッサンドラさんが待ち伏せを……。行動を読まれたみたい。きっと周りには警備の人間も居るんでしょうし、下手に捕まって軟禁みたいになっても困るし振り切って逃げるっていうのは得策じゃない。

 

「ステンノ様、こんな夜更けにどちらへ?」

 

「ただの散歩、だけれど」

 

流石に無理があるか。少ないけれど持てる荷物は持って、ニュクティと一緒にだものね。出て行こうとしてるのは一目瞭然よね。

 

「そうですか。ではお供致します。私も丁度散歩がしたい気分でしたので」

 

やっぱり逃がしてはくれないか。どうしよう……カッサンドラさん、このまま明日までここで待っていそうだし。何とか戻ってくれないかしら。

 

「ではステンノ様、少し歩きましょうか」

 

「……そうね」

 

ニュクティに一度視線を送って、私は仕方なく歩き出した。逃がすまいとしているのか、カッサンドラさんは私のすぐ右に陣取り離れないように付いてくる。私とカッサンドラさんのすぐ後ろからニュクティは付いてきてる。

街中だからって治安が良い、ってわけでは決してない。昼間ならまだしも、私みたいな美少女が夜中に一人で出歩こうものならあっという間に……は言い過ぎかも知れないけど、狭い路地裏辺りに連れ込まれる。今はフードで顔を隠してるから絡まれさえしなければ歩く事はできると思うけど。でもカッサンドラさんも居るのよね……まあ聖女が居るなら警護の人も居るんだろうし少しなら問題無いか。

 

「それで、カッサンドラさんは何の用?明日の昼に、って言ったと思うのだけれど」

 

ゆったりとしたペースで歩きながら問う私に「それは……ええと」とカッサンドラさんは一度は言い澱むも、言葉を続けた。

 

「ステンノ様は私達が貴女様に過剰に期待を寄せるかも知れないのと、魔族との争いに私達を巻き込まないように、と考え距離を置こうとしているのではと思いまして」

 

「あら、私、そんな大した事考えてないけど?」

 

なるほど、距離を置こうとしてるのは正解。但し巻き込んでるのは私が、じゃなくて貴女達が、だけどね。

姿を眩ませようとしてたのは見透かされてたわけだし、仕方ない。今夜の所は一度戻って、明日の早朝までになんとか策を考えよう。カッサンドラさんはちゃんと送っていかないとね。泊まってる宿ってどっちかしら?

 

……!?

突然ニュクティが後ろから走って来て、私はうつ伏せに押し倒させた。え?え?待って、なんで?まさかカッサンドラさんも居るのにこんな所で発情でもしたの?そういえば獣人って発情期とかある?……じゃなくて流石にそれは受け入れられないんだけど!?

 

私がそんな事を考えた直後。何かが私の頭上を通過した。そのあと「二人とも早く起きて!」ってニュクティの声。よく見たら隣には同じくニュクティに倒されたカッサンドラさんも居た。

 

「ありがとうございます」ってカッサンドラさんが立ち上がり、ニュクティに御礼を言って私から離れる。え?状況が飲み込めない。「早く、また来る!」ってニュクティの声がして漸く体を起こした私は、正面の空に何かが浮いているのに気が付いた。何あれ?羽ばたいてる……鳥……にしては大きい?何ていうか、人間サイズの……プテラノドン?

 

あ、滑空してこっちに向かってくる。

…………向かってくる!?完全に狙われてるじゃない!夜中とは言えどうしてあんなのが!?

 

「ステンノ、ガンドだ!」

 

ニュクティが叫ぶ。私もやっと我に返って礼装を展開。真っ直ぐ向かってくるプテラノドンもどきに狙いを……焦りと不安で上手く定められない。もしこれを外したらあれが私に……。

 

見かねたニュクティが私の懐に潜り込んできて、左手を支えてくれる。ホント、私ってばこの子無しじゃ何も出来ないのね。人差し指から放たれた赤い球体は、尚も私達へと向かってくるプテラノドンもどきに直撃。ソイツは体の自由を失って地面へと突っ込む。ガンドを放って直ぐにニュクティに引っ張られる形でその場から退避した私がプテラノドンもどきの墜落に巻き込まれる事はなく。ニュクティは動けないソイツの頭にナイフを突き立てた。

 

思ったより呆気無く倒せたのね。それにしても魔物?夜でも衛兵さんが外への監視はしてる筈だけど、何の騒ぎにもなっていない。見逃した?若しくは……予め街中へと持ち込んだ魔物で私を狙った?でも魔族でも石化させるような相手にあんなニュクティでも倒せるような相手をぶつけたりする?立て続けに襲われたら無駄に警戒が強くなるだけって思わない?

 

……そういえば、誰も助けに来なかったみたいだけど聖女の警護は?

 

「カッサンドラさん、貴女警護の人間はどうしたの?」

 

「黙って一人で来ちゃいました」

 

テヘ、って小首を傾げる聖女様。それ同性相手には全くの無意味だから。私には可愛くも何とも無いから。何が「一人で」よ。どうしてそんな自分から危ない事してるの?

でも聖女が夜一人で、って事は、その隙を狙って暗殺……って線もある。つまり、もしかするとカッサンドラさんも命を狙われてる?

 

はぁ……もう。確か宿がある繁華街とかってここから遠かったような……その間にまた襲撃でもあったら堪らない。私まで巻き込まれるしね。仕方ないか。今日はやっぱりイオリスさんの家に戻ろう。カッサンドラさんは……一緒に連れていくしかないか。明日面倒な事になりそうだけど。

 

「今日はもう戻りましょう。カッサンドラさん、貴女も一緒に」

 

「はい、ステンノ様!喜んで!」

 

え?カッサンドラさん、どうしてこんな嬉しそうなの?この人の考えてる事はよく分からないわ。ほら、ニュクティも呆れた顔して……ん?何だか微妙な表情してる?あー、成る程ね。私だけじゃなくてカッサンドラさんみたいな美人の大人の人とも一緒なのが恥ずかしいのね。仕方ないわね、微妙な年頃だものね。

 

イオリスさんの家からそれほど離れてなくて良かった。あの魔物の後始末は……どうしよう?三人居れば運べる?え?重いから無理なの?なら置いていくしかないか。こっちはこっちで騒ぎになりそうだけど。

 

 

 

イオリスさんの家にそっと戻った私達だったけど、流石に家主に黙って人を泊めるわけにはいかない。仕方なく寝ているイオリスさんを起こして聖女を一晩泊める事になった、って説明した。イオリスさん、卒倒しそうになってたけど。

 

「イオリスさん、そういうわけだから。聖女様も一晩泊まる事になったわ」

 

「は?ステンノちゃん?……え?……は?」

 

私と一緒の部屋に泊めるからって説明したら渋々だけど納得してもらえたわ。聖女を一人放り出す事は出来ないしね。

 

部屋に戻った後の問題は一つだけ。ま、部屋に戻る前にも問題はあったんだけどね。ニュクティが私とカッサンドラさんが同室で寝るのを反対してね。一人で寝るのが寂しい、ってわけではないと思うから……多分カッサンドラさんに私が盗られると思ったとか?うーん、あのくらいの歳の子は難しいわね。

 

「ベッドは使っていいから。私は椅子でも充分だし」

 

「何をおっしゃられるのですか。私こそ椅子で充分です。ステンノ様がベッドをお使いください」

 

これ。聖女を椅子で眠らせる、なんて流石に出来ないでしょう。尤も、向こうも譲らないのは同じ理由なんでしょうけど私には関係無い。元々純粋な女神でもないしね。

でも埒が明かないのは確か。さてどうしようかと思っていたら、カッサンドラさんの方から提案してきた。

 

「それではこうしましょう。二人でベッドを使いましょう」

 

……それは盲点だった。カッサンドラさんが男だったら困るけど、女性同士だし別にそれでも問題は無いわね。そうと決まれば早く眠る事にしましょう。明日はカッサンドラさんよりも早く起きて先に抜け出せば大丈夫でしょうし。

 

さて、それじゃワンピースは脱いで……って、視線を感じるのだけれど。そんなに見られると脱ぎ難い。女神の着替えなんて確かに珍しいとは思うけど。

 

「見られるとやりにくいのだけれど?」

 

「はへっ!?もっ、申し訳ございません」

 

カッサンドラさん、やっと私から視線を外した。彼女も着ていたローブを脱いで……ん?中は絹の白いネグリジェ?ああ、ローブだけ羽織って寝室から抜け出してきたらそうなるか。

 

私が先にベッドへと入って、後からカッサンドラさんが入って来る。一人用のベッドだからちょっと狭い。あ、カッサンドラさんが私を後ろから抱き締めるようにしてくっ付いた。確かにその方が温かいけどちょっと近すぎ……まぁ、さっき魔物に襲われたんだし怖くて抱き着いてもおかしくはないか。

 

「ステンノ様、私考えたのですが。ステンノ様が私の従者に偽装して神殿へ行く、というのはどうでしょう?勿論ニュクティさんも一緒にです」

 

「従者になったフリをするの?」

 

「はい」って答えたカッサンドラさん。女神として行くのが不味いのなら、身分は隠して従者として行けばいいじゃない、と。そうすれば私の御業を助けつつ、私を神殿騎士に守らせつつ、女神の立場も隠しておける、って。そんな上手く行くの?

 

……考えてみると〈主神(変態クソ虫)〉の考えを無視してアムラエルさんが独断で神託を授けた、っていうのってどうにも何か引っ掛かるのよね。幾ら事情があるからって無断でそんな事する?〈主神(変態エロ魔神)〉が夢枕に立った時の言い方も引っ掛かるし……ミスリードっていうか、私をこの件に関わらせたいような感じがしない事もないっていうか。何が正しいのか分からなくなってきた。カッサンドラさんも狙われてるかも知れないのに放置するっていうのも後味悪いし……。

 

私が悩んでいると「それに左手の事もありますし」って私の左手甲を握るカッサンドラさん。あ……しまった、意識するの忘れてたわ。見られた、って事よね。

 

「それは成り行きでね。けれど私に精神干渉は効かないから」

 

「そうなのですか。ですが……いえ、何でもありません。けれどそれならその奴隷印、有効利用いたしましょう」

 

カッサンドラさん個人の奴隷、兼、専属従者として神殿に潜入すればなんの問題も無いって言うんだけど……うーん、どうしよう。

 

「浅知恵ですけれど、私にしては良い案だと思います。ステンノ様、どうか御一考を」

 

「……返事は明日の朝でも構わない?」

 

「はい、良いお返事を期待しております」

 

そう言うと、カッサンドラさんは私をギュッと抱き締めて眠り始めた。寝入るの早くない?それに何だか寝息がこう、スーハー、スーハーって何かまるで匂いでも嗅ぐかのような感じが……本当は起きてない?いや、でも仮にも聖女、私の匂い嗅ぐなんてそんな変態ムーヴしないよね?

 

……気のせい、多分気のせい。胸とかおへそとか色々とおもいっきり触られてる気がするけど偶々よね、多分。

 

 

 




聖女に退路を塞がれていくステンノさん。
聖女様ちょっとそこ代わってくれませんかねぇ?

次回は来週頭くらいには投下します。


アーサーのスキルBASTAR強化が地味に嬉しい。今回の天草ピックアップガチャはスルーだな



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16話

次話も早めに投下予定。


あのまま一晩中体を触られたままだったらどうしようかと思ったけど、意外と早くカッサンドラさんの手は止まってたわ。恐る恐る顔を見てみたら、彼女は悦に入った、物凄く良い表情で眠ってた。寝相とかが悪いだけ?なるべく考えないようにしてたけどそれともやっぱり〈主神(エロジジイ)〉と同類の危険人物?これ絶頂して意識を失ってそのまま寝た、とかじゃないよね?そういうの要らないから、本当に。

 

兎に角その聖女のせいでどうするか決められずに眠ってしまい次の日を迎えてしまった。カッサンドラさんが起きる前に抜け出したいんだけど、その、ベッドから出られない。カッサンドラさん、いつの間にか私を正面から抱き締める体勢に変わってる。しかも足まで絡められているし、私の顔は彼女の大きい胸に埋まってる。位置がもう少し悪かったら窒息してたかも知れない。非力な私では、どうやっても彼女の拘束から脱出出来ない。

 

コンコン、ってノック。多分ニュクティね。あの子に助けてもらおう。「どうぞ」って返事をすると少しだけ遠慮がちに扉が開いた。

 

「ステンノちゃん、聖女様……って何してるの?」

 

イオリスさん?どうしてこんな早くに?……それは取りあえず置いておこう。先ずは。

 

「助けてくれると嬉しいのだけれど?」

 

私の状況を見て察した様子のイオリスさんは「ステンノちゃん力無さ過ぎね」って苦笑いを浮かべてる。事実だけど他人に言われるとちょっとムカッとくる、でもここは助けてもらう手前、我慢。

 

「起きてください聖女様。アイアースって方が迎えに来てますよ?」

 

イオリスさんに揺すられて漸く目を覚ましたカッサンドラさん。「ふぁぁ……」って小さく欠伸してる。早く手足を離してくれないかしら?

 

「どうしてステンノちゃんを抱いてたんですか?」って苦笑いのままのイオリスさんに言われて、カッサンドラさんはやっと状況を理解したみたい。慌てて私から離れて、顔を青ざめさせて言い訳を始めた。……ねぇ、そこは普通恥ずかしくて顔を赤くする所じゃない?何で青ざめてるの?ねぇ?

 

「もっ、ももも申し訳ありませんステンノ様!ついムラッと……じゃなくてその…………そうそう!実は私、お恥ずかしい話ですが抱き枕が無いと眠れないんです!それで無意識に抱き締めてしまって……ほっ、本当なんです!!」

 

これ、『ちょっと恥ずかしい』程度の反応が普通よね?こんな慌てた、必死過ぎる言い訳……もうこれクロよね?私にとって今最も危険なのってこの人じゃないかしら?

 

「アイアースが来ているのでしたね!急ぎましょうステンノ様!」

 

カッサンドラさんが誤魔化すようにローブを羽織って立ち上がる。若干引き気味のイオリスさんは「外で待ってらっしゃるみたいですよ」って告げて部屋から出ていく。私はといえば、余程慌てたのかイオリスさんの後を追うように部屋から出ようとしてるカッサンドラさんに左手を掴まれ引っ張られている最中。私まだ下着姿のままなんだけど、この格好でアイアースって人に会わせる気なの?仕方ない。左足首に意識を……ワンピースとサンダルを展開、と。髪を梳かしたりする余裕は無さそう。流石に苦笑いね。

 

玄関の扉がカッサンドラさんによって開かれると、そこにはやはりローブ姿の、黒髪黒目のイケメン青年が。

彼は「聖女様!やはりここにいらしたのですね!」ってちょっと怒気を孕んだ口調で話してる。

 

「皆心配しております。お一人で行動されるなど言語道断です!聖女様はもう少し自身の立場をお考えください!」

 

「違うのですアイアース、私はこの方々に用があって」

 

「違わないではないですか!」

 

この聖女駄目かも知れない。立場を考えずに勝手に行動、更には私に手を出そうとしてる、と。ちょっと選択を誤った、やっぱり会わずに街から脱出すべきだった。

アイアース?さんは聖女に腕を掴まれてる私に気付く。「そちらの御方は……やはり女神様……?」って口にしてる……この聖女、この人には言ったのね……。

 

「アイアース、違うのです。それは私の勘違いでした。それで、昨日の夜この方々に危ない所を助けて頂いて……」

 

「危ない所とは!?やはり危険に巻き込まれているではありませんか!」

 

あー、この二人のやり取り何時まで続くの?私そろそろ居なくなっても平気よね?手、離してくれないかしら。それにここ、イオリスさんの家の玄関だし迷惑にならない?

 

「兎に角、話は中で。アイアースだけ入ってください。他の騎士達はその場に」

 

私からは見えないけど神殿騎士達も来てたみたいね。それはそうよね、何せ聖女が一人で脱走してるんだもの。ホント、何やってるのかしらこの聖女は。

 

 

 

リビングの椅子に座る私。右隣にカッサンドラさん。テーブルを挟んだその正面にアイアースさん。ニュクティは私の後方の床に座ってる。アイコンタクトで分かってくれたみたいで、ニュクティは話が終わるまで黙ってくれてる。本当に出来た子。

因みにイオリスさんはお茶を四人分用意してくれてる。彼女には迷惑ばかり掛けて本当に申し訳ないわ。

 

カッサンドラさんは昨日寝る前に私と話した事……つまり私が聖女個人の奴隷兼従者になる、って話を私の意見を聞かずに勝手に進める。私の意思はどこ?カッサンドラさん、私が女神って知ってるよね?敬うとか私の意見を尊重するとか無いの?ねぇ、もしかしなくても完全に外堀埋めに来てる?

 

「成る程。ですが聖女様の勘違いというのはあまりにも……そちらのステンノ様が神ではないという証拠でも無い限りは皆納得しないと思いますが」

 

アイアースさんの言う事は尤も。神の力を感じられるカッサンドラさんが『ステンノ様は女神』って断言しておいて後から『やっぱり違いました』って言っても信じないでしょうね。でも証拠って?

 

「アイアースの言い分は尤もですね。分かりました。ではステンノ様……いえ、ステンノさん。皆の前へ行きましょう」

 

皆の前、って神殿騎士達の所?一体何を証拠にするの?確かに私は女神なのに何も出来ないけれど、だからって女神じゃ無い、って証明は無理じゃない?

 

カッサンドラさんは私の左手を掴み再び玄関へ。アイアースさんはその後を付いてくる。ニュクティは……少し待ってて、って意味を込めて目配せしたら分かってくれたみたいで椅子に座ってイオリスさんが淹れたお茶を飲み始めた。奴隷印の事もあるし、今の騒動が落ち着くまでニュクティは彼等から遠ざけておいた方がいい。下手にスパイに目を付けられても困るしね。

 

そんなわけで玄関先で少なくない騎士達に囲まれた私と聖女、それとアイアースさん。これから何をするのかと思ったら、この聖女……。

 

「これからステンノさんは私専属の従者として行動を共にしていただく事になりました。私を裏切らない証としてこのように自ら私の奴隷となってくださいました。その証拠を皆様にお見せ致します」

 

カッサンドラさんは私の左手甲を騎士達に見えるように持ち上げた。

やっぱりこれ決定事項になってる……。これだけの神殿騎士から逃げるのは無理ね。それにここで従わなかったら聖女を裏切るって事になるし、そうでなくてもやっぱり私が女神だって思うだろうし。完全に詰んだわ。

 

「ではステンノさん。私としても非常に、ひじょーに心苦しいのですが……私の奴隷となった証拠に私の左足の甲にキスを。誤解の無いよう申し上げますが、これは皆を納得させる為のやむを得ない行為なのです」

 

……はい?今なんて?足に……キス?え?は?冗談……って雰囲気じゃない。何この羞恥プレイ。でもこの場を切り抜けるには……もう仕方ない、スパイに狙われる事になるよりはいいか。

私は少しだけ躊躇したあと、聖女の左足を少し持ち上げる。履いてるサンダルを脱がせて、その甲に軽くキス。………………その瞬間、ほんの一瞬だけ、周りに気付かれないように聖女は愉悦の表情を浮かべた。嗚呼、駄目だこの人。やっぱり〈主神(あの変態)〉と同じ、私にとって危険人物だ。どうせ神託を受けられるのも〈主神(あの変態)〉と感性が近いからパスを繋ぎやすいとかそんなくだらない理由に決まってる。

 

こうしてまんまと丸め込まれた私は、渋々だけど神殿勢力に同行する羽目になった。だって危険人物(カッサンドラ)さんの支度が終わるまで、イオリスさんの家は完全に騎士達に囲まれてて逃げ道は無い。もう同行するしか選択肢が無いでしょう。これで周りやスパイに女神だと思われない……筈よね……なのがせめてもの救い……と思いたい。

 

「それではニュクティさんにはステンノ様の奴隷になっていただきましょう」

 

アイアースさんも家の外。イオリスさんは既に仕事。家の鍵は私達が出た後に届ける事になってる。幾ら周りに誰も居ないからって。折角奴隷から解放されたのに、よりにもよってニュクティに私の奴隷になれ、なんて何て事言うの、この聖女は。

 

「ステンノの、なら俺は構わないよ」

 

ニュクティも簡単に決めちゃ駄目。貴方の一生を左右するかも知れないのに。けれど神殿の人間は信用できないし……というかこの世界で信用できる人、私の味方ってニュクティくらいか。なら仕方ない……?

 

「ニュクティさんも問題ないようですね、ではステンノ様」

 

神殿に居る間だけでもいいか。もしかしたら聖女以外の周りは全員敵、なんて可能性もあるし。たとえニュクティ一人でも、絶対に裏切らない味方は必要だものね。

 

カッサンドラさんの話に依ると、主人が決まっていない状態の奴隷なら、その奴隷印に『自分の奴隷になれ』って念じながらキスするだけでいいみたい。手続きや魔法的な儀式は全部奴隷印の魔法陣がやってくれるみたいね。魔法が使えない人間でも簡単に手続きできるようにする為のツール、って所ね。

 

私はニュクティの左手甲にキスをする。カッサンドラさんの時と違って躊躇はしない。すると奴隷印が紫に光って、やがて収まる。これでもういいみたいね。それじゃ私からニュクティへの命令は……。

 

「いい?私からは二つだけ。一つ目は私を絶対に裏切らない事。二つ目は、私に性的な目を向ける不埒な人間から私を守って」

 

「俺はステンノに言われなくてもそうするよ」

 

ニュクティならそう言うと思ったわ。これで私は信頼できる人間を手に入れられた。それとそこの聖女様、私が二つ目の命令を口にした時「ふぁっ!?」って声を出して苦虫を噛み潰したような表情したの、バレてるからね?

 




外堀、埋められる

聖女「これで奴隷扱いできるからあんな事もこんな事もヤりたい放題だぜグヘヘヘ」


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17話

借りていた制服を返すついでに挨拶の為に斡旋所に行ったのだけれど、私がこの街を離れる事を話すとちょっとした騒ぎになった。主に私と面識があるハンターの男達が面倒だったわ。膝を付いて項垂れたり、ギャーギャー喚いたり、最後にせめて私に触ろうとしたり、人によっては強引にプロポーズしてきたり。勿論彼等とそうなる気なんて更々無いから全部お断りしたけど、危うく揉みくちゃにされる所だった。ニュクティとイオリスさんがどうにかその場から逃がしてくれて、駄目押しに所長さんが『手を出そうとしたら婦女暴行と見なす』って言ってくれたお陰で収まった。所長さんに媚び売っておいて良かった。

 

別れ際「合わなくなったら何時でも戻ってきていいからね!」ってイオリスさんが言ってくれた。ええ、直ぐにとはいかなくても多分戻ってくると思うわ。だって、あの聖女は危険だし。

私が関わった人達は良い人だったし、魔族の件さえどうにかできたらこの街に定住するのも悪くないかも。その時は正式に職員として採用してくれると嬉しい。

 

イオリスさん、それから私が『何処かの国から逃げてきた姫』だとか変に他の人達に吹聴しないでね?これフリじゃないから。戻ってきた時にやりづらくなるから本当にやめてね?

 

元々大した荷物も無い。ニュクティと私のちょっとした着替え、それに少々のお金と非常食くらい。あとはニュクティの持ってるナイフくらいしかない。それらを纏めたものをニュクティが持って、私達はカッサンドラさんの馬車に乗る。本当は従者といえども聖女と同じ馬車には乗れないのだけれど、そこは聖女の鶴の一声、強権発動ってやつ。『聖女と同じ馬車の中が最も安全だから』というのがカッサンドラさんの言い分だけど、多分それだけじゃないよね、カッサンドラさんが私と一緒の空間に居たいだけだと思うし。ニュクティも一緒に乗せたのは言い訳の為でしょ?

 

それと、降臨した神を探すというのは形だけだけど続行している。理由は勿論、私が女神ではない事にしてあるから。まだ立ち寄っていない街へと赴き適度に捜索をして、適当な所で打ち切るつもりみたいね。その後は情報の提供を斡旋所なんかに依頼したりして『一応まだ探してますよ』アピールをしていくらしい。それでどの程度まで誤魔化せるかは分からないけどね。

 

「馬車の乗り心地はどうでしょうか?」

 

「……思った以上に揺れないわね」

 

私の向かいに座るカッサンドラさんに感想を聞かれ、素直に答えた。あの奴隷商の馬車は酷い揺れだったのに、これは殆んど揺れない。どうやら魔道具で衝撃を吸収してるらしいわ。うん、これならお尻も痛くならないし快適。因みにニュクティは私に膝枕されて眠ってる。だってそうでもしないとこの聖女、私に何してくるか分からないでしょ?

 

「それにしても、ステンノ様が膝枕せずとも……」ってもどかしそうに私を見るカッサンドラさん。別にいいじゃない。この子の主人は私。だから私がこの子をどう扱おうと勝手でしょう?

 

座っている椅子部分は深い赤色。黒にあちこちに装飾のある周りの壁、という馬車の内部。束の間の平穏を堪能する私と、ぐぬぬ、って言葉が聞こえてきそうな聖女を乗せた馬車がゆっくりと止まる。落ち着いた彫刻で飾られた窓に付けられた赤いカーテンを開けて外を見てみると、日が傾いて来ているのが分かる。どうやら今日は移動はここまでで、夜営の準備をするみたい。

周りは林だけど私達の陣取った部分は開けていて泉もある。街道沿いに作られた夜営の為の場所なんでしょうね。地球みたいに高速の長距離移動手段があるわけでも、そこかしこに宿泊施設があるわけでもない。こればかりは気長に行くしかない。漫画とか小説でよくある瞬間移動とか転移魔法とかポータル的なものは無いらしいわ。

 

「聖女様、宜しいでしょうか」

 

そんな時に、馬車の外から男性の声が聞こえた。「はい」ってカッサンドラさんの返事の後に、扉が開かれる。そこに居た人物の顔を見て、私は思わず息を飲んでしまった。

 

馬車の外に居たのは男性。白銀色の鎧を身に纏った神殿騎士。短く切られた金髪に蒼い瞳を持つ美青年…………うそ、でしょう?

 

「ステンノ様にはまだ紹介していませんでしたね。彼は筆頭騎士です」ってカッサンドラさんの言葉に続いてその青年が口を開く。

 

「初めまして、新しい従者の方。私はアルトリウス。神殿の筆頭騎士をしております。以後お見知り置きを」

 

彼は私に向かい頭を軽く下げた。アルトリウスって……彼はFGOを始めたばかりの頃の私が初めて引き当てた星五サーヴァント、アーサー・ペンドラゴン(プロトタイプ)をそのまま三次元にしたかのような人物だった。

偶然で片付けていいの?彼はもしかしてアムラエルさんが用意してくれた助っ人とか?もしかしてアーサー本人とか?けれどそれなら私を見ても態度を変えないのは何故?聖女の前だからあえてリアクションを取っていないだけ?それともステンノ、というかカルデアの記憶が無いってだけ?兎に角確かめないと……。

 

「アルトリウスさん、聞きたい事があるのだけれど少し良いかしら?」

 

「構いませんよ」

 

ニュクティを起こさないよう膝からそっと頭をどけて、私は立ち上がり扉の方へ。降りようとしている事に気付いたアルトリウスは手を差し出してエスコートをしてくれる。その手を取って、私は彼に支えられるように馬車から降りた。突然の私の行動を理解出来ないカッサンドラさんがポカンとしているけど、今は無視。

 

人が聞いていると答えにくいのかと思って、馬車から10m程度離れる。一定の距離を置いて付いて来てくれたアルトリウスの方を振り向いて、意を決し質問を投げ掛けた。

 

「カルデア、という言葉に聞き覚えはない?」

 

「カルデア、ですか?いえ、初めて聞きましたが」

 

カルデアの事は記憶に無い?ならステンノを知らなくてもおかしくはないか。けれどアーサー王自身の事なら……。

 

「それならブリテン、ならどう?マーリンという人物については?」

 

「申し訳ありません、どちらも初めて聞く名です」

 

そんな……どう見ても本人にしか見えないのに瓜二つの別人だっていうの?もしアーサー本人なら、と思ったのに……。

 

念のために剣も見せてもらったけれど、魔力を通しやすい金属で造られてはいるものの、星の聖剣(エクスカリバー)ではなかった。誰が見ても分かるくらい落胆した私を気遣ってか、アルトリウスは私を他の人達の視線から隠す位置に立って馬車まで連れて戻ってくれた。こういう行動も本人っぽいのに……。

 

再び手を取ったアルトリウスにエスコートされ、私は馬車の中へ。時間も大して経ってはいないしニュクティはまだ眠ったままだったわ。その代わり聖女の方は面倒な状態になっていた。気落ちしている私を見て、あれやこれやと色々と妄想していたみたい。

 

「ステンノ様、まさかアルトリウスのような男性が好みのタイプとか!?いけませんよ、彼は神殿騎士で貴女は女神様なのですよ?身分が違い過ぎます!」

 

フォローでも説得でもない、明らかに焦っていて思い留まらせようとしているカッサンドラさん。別にアルトリウスに一目惚れしたとかでは無いのだけれど……説明が面倒ね。

 

「別にそういうわけでは無くて、そう……古い知人にとても良く似ていたからつい、ね」

 

FGOのサーヴァントにそっくり、って言った所で彼女に通じるわけがないものね。知り合いって事にしておいた方が話が早い筈。あ……でも私『女神』なのに古い知人っておかしいか。でももう言ってしまったし。「知人……ですか」って彼女も何か納得しているようだし。

 

カッサンドラさん、「もしやステンノ様の想い人……女神と人間の禁断の恋……」とかぶつぶつ呟き始めた。いやいや違うから。FGOでは凄くお世話になったサーヴァントだし私が持ってた星五セイバーは他にはアストルフォと伊吹童子だけだったから死ぬ直前まで使ってはいたけれどそういうのじゃないから。

 

「その方は今はどうされているのですか?」

 

だから違うって……ああもう、どう言ったらいいの?「彼ならもうとっくに亡くなってるわ。別に未練があるとかそういう話じゃないんだけれど」って言ってみたけどこれ駄目ね、勘違いを加速させただけだわ。「人には寿命がありますものね。嗚呼、おいたわしやステンノ様。悲恋を嘆かれるステンノ様……尊いハァハァ」ってカッサンドラさん、聞こえてるから。

 

「ステンノ様には私がおります。私で宜しければ何時でも頼ってください。お話を聞くくらいは出来ますので」

 

「……ええ、ありがとう」

 

無理。説明すればするだけ勘違いされて泥沼に嵌まりそう。もう諦めよう。それとカッサンドラさん、ハァハァ、ってさっきから呼吸が乱れまくっているけど?貴女それ話を聞くくらいで終わらないつもりよね?絶対私の弱味につけ込もうとしてるよね?

 

私達がそんなやり取りをしている間、アルトリウス達騎士は周りの安全確認や夜営の為の下準備を手際良く行っている。

彼等の手が止まったのは、馬車の中の空気(というかカッサンドラさんの纏う空気)に耐えられなくなった私が外に出て馬車から離れた直後。別に私のせいってわけじゃない。あの時私達が捕まっていた奴隷商の一団を襲った魔猪が現れたから。こんな街道沿いに魔猪なんて出るの?それも、二匹。あんなのが頻繁に出没していたら旅なんて出来ないでしょう……私のせい、じゃないよね?

 

神殿騎士達は怯まず隊列を組んで、林からじわりじわりと寄ってくる魔猪二匹と向きあった。聖女とニュクティが乗ったままの馬車の周りを騎士達が囲んで守る。私はというと、魔猪から一番遠い、馬車よりも更に後方へと下げられた。降りて立っていた位置が丁度魔猪から見て馬車の後方だったからね。

 

戦闘自体は一瞬。突っ込んできた一匹の魔猪の頭が、騎士の持つ何やら刀身が淡く光っている剣によってアッサリ刎ねられた。何それ、凄い。奴隷商達が簡単にやられ、檻が壊され、私達が必死に逃げる事しか出来なかった魔猪相手にたった一撃。神殿騎士って強いのね。

 

もう一匹の魔猪も騎士達の方へと向かってくる。さっきと同じように一瞬で終わる……その勇姿を、私は見る事が出来なかった。突然何者かが右腕で私の口を塞ぎ、左腕で両手首を掴み動きを封じる。私が事態を飲み込めないうちに両手は後ろで拘束されて口に猿轡が。慌てて視線を向けるとそこには真っ黒な肌で、頭に二本の羊のような角の生えたゴブリン?が居た。あ、でもこのゴブリン背中に蝙蝠のような羽が……って、もしかしてコイツも魔族とか?これ不味くない?

 

誰か気付いて!私は必死に「んーっ、んーっ」って声なき声をあげた。騎士達はコイツと私に気付いてない!?どうしてっ!?まさか認識阻害系の魔法とかあるの?

 

「ステンノっ!」

 

馬車からニュクティが飛び出して来た。どうしてあの子だけ気付いたのかは分からない、奴隷だから主人の危機に気付いたとか?ニュクティの声にアルトリウスを含めた数人の騎士が気付いた。これできっと助けてもらえる……。

 

『チッ、何故気付イタ』

 

私を拘束しているゴブリンもどきが悪態をつく。あの時と同じ嫌悪感がする。やっぱりコイツ魔族か。魔猪を囮に使って私を誘拐しようとした?

 

一番近い位置に居た騎士の一人が、ゴブリンもどきに向かって走ってきて剣を振り上げた。まっ、待って!?私に当たるっ!?

 

『人間ッテノハ脳無シナノカ?コイツノ命ガ惜シクバ動クナ』

 

ゴブリンもどきの右腕が鋭利な刃物へと変化して、その刃が私の首に。刃の当てられた部分の肌が切れて、血が滲んでくる。痛い……。

 

「くっ、卑怯な!」って騎士の人が悔しそうに手を止めた。ゴブリンもどきは抵抗出来なくなったその人を鎧の上から右腕で何度も殴り付ける。その場に倒れ動けなくなった騎士の人の鎧の隙間から血が流れてくる。このままだとこの人は……それに私も不味い。この場を凌ぐ方法は…………いや、あるじゃない!

私は視線をニュクティと、その隣にいるアルトリウスに向けた。ニュクティは分かってくれたみたいで、アルトリウスにボソボソと何か言ってる。

私は意識を左手首へ。ゴブリンもどきが倒れた騎士も私も見ていない隙を見計らって礼装を展開。使うスキルは勿論、オーダーチェンジ。

瞬時に倒れた騎士とアルトリウスが入れ替わる。アルトリウスはゴブリンもどきに飛びかかって右腕を掴む。私の首から一瞬刃が離れ、右腕の刃が再び首を襲うより早くアルトリウスの剣がゴブリンもどきの刃と私の首の間へ滑り込んだ。ギリギリセーフ。これだけ隙が出来ればあとは……。

 

…………ガンド!

 

拘束されたままの左手から超至近距離で放たれたガンドが直撃。ゴブリンもどきの動きを封じたのは、ほんの10秒程度。このゴブリンもどき、行動阻害系に抵抗でもあったのかも知れない。でもその10秒のお陰で私はその場から逃げて『全体強化』を掛ける。

アルトリウスの剣がゴブリンもどきの左肩から袈裟懸けに二度切りつけ、あとは他の騎士達が数人で切り掛かって、ゴブリンもどきは漸く倒れた。後から聞いた話だと、ゴブリンもどきは魔族でもかなり弱い部類みたい。

 

私はというと、ニュクティ達に回収されて馬車の中へ。カッサンドラさんが首の傷を治療してくれて。もう少しで魔族に誘拐される所だった、って後から実感が沸いてきて怖くなった。そんな女神らしさの欠片も無い私を、カッサンドラさんは周りの全てから守るように覆い被さって抱き締めてくれた。この時のカッサンドラさん、下心の無い行動だったと思いたい所だわ。




17話です。アイアースに続き神殿サイドの人間、アルトリウスに出てもらいました。その名は皆様ご存知アーサー王のモデルとされる古代ローマのアルトリウスから。知っている方が殆んどでしょうがアルトリウスを女性名にしたのがアルトリア、ですね。

ステンノさんが神殿サイドに加入したので、スパイさんと魔族さんが動き出します。

次話は多分今日の夜中か明日くらいに。


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18話

ちょっとだけ予定早めに投下。


ふん、魔族の癖に無能な奴等め。非力な女神一つ捕まえられぬとは。これでは魔王パイオス様に申し訳が立たぬ。

マルファスが石にされた件もあるからと搦め手を使えとは言ったがまさかあのような稚拙な陽動とは。もう少し頭を使えぬのか脳筋め。そんなだから我等のような人間程度も征服できぬのだ。女神に聖女が狙われているように錯覚させて行動を共にさせた私の努力を無駄にする気か阿呆共め。

 

折角女神の奴が自らの身分を隠して行動している絶好の機会だというのに、これ以上下手を打てば女神だと公言してしまうかも知れないではないか。そうなれば今のようなザル警備では無くなって迂闊に近付けなくなるやも知れぬ。聖女も女神も幸いにも私がパイオス様の僕とはまだ気付いておらぬ。今のうちにどうにかして身柄を押さえねば。やはり私自らやるほか無いな。脳筋には任せておけぬ。となるとどうやって女神から聖女を引き剥がすかが問題となるな。あの色ボケ聖女が女神を己の欲望の対象にしているせいで常に傍に居るのは非常に厄介だ。

 

さて、策を練らなくてはならないな。無能聖女からあの女神を遠ざけ、かつ女神に力を振るわせる機会を与えず捕縛するには……聖女の奴隷になっている点は利用できないか?いや、そもそも女神が人間の奴隷になどなるわけが無いな。恐らくあの奴隷印も神殿に入る為の口実か何かだろう。となれば別の策を……人質……は使えぬな。下手を打てばこちらが石に変えられる。寝込みを襲うのはどうか……無理か?あの色欲聖女、女神を自分の部屋で生活させると言っていたからな。部屋を守る神殿騎士共の目を掻い潜るのは骨が折れる。ならばやはり神殿へ戻る前に決着をつけねば。街道を往く今しかないな。

 

さて、今度はもう少しマシな魔族を送ってもらえるようパイオス様に具申せねばなるまい。そうだな……力は要らぬ、スピードに特化した者の方が良さそうだ。ナベリウス辺りが良いか。あとはどうやって女神を孤立させるか。先程見た女神の力の一端もなかなかに面倒だ。隙をついて意識を奪うか、或いは……。

 

「どうしました?考え事ですか?」

 

チッ、聖女か脅かしおって。もう少しで策が練れそうだというのに邪魔をするか。表情にだけは出さないよう気をつけねばな。適当に返事をしておくか。

 

「はい、聖女様。昼間のステンノさんが狙われた件について考えておりました」

 

全く嘘はついていない。聖女と私とで立場が相反するというだけの事。フム、そうだな……。

 

「ステンノさんは聖女様と間違われ襲われたのでは、と思いまして。魔族達は聖女様を狙い、神殿から遠出している今の機会を狙ったのではないかと」

 

「私を狙って……ですか」

 

「そうに違いありません。一層警備を強化すべきです。それとステンノさんには申し訳ないですが、聖女様に見せかけ囮に使うという事もできるのでは?」

 

女神の身分を公表される事に問題があるのだろう?ならば聖女を守る為という名目のこの案を無下にはできまい?何せ女神は『聖女の奴隷』という立ち位置。奴隷と聖女で人間にとってどちらが大切か、など考えるまでもない。

 

「ですかステンノさ……んを囮に使うなど……」

 

むむっ、迷っているな。ここで断られるのは面倒だ。

 

「しかし聖女様、ステンノさんは従者とは言っても奴隷です。聖女様は我々人間には無くてはならない存在。お気持ちは分かりますが、ご自身の立場というものをお考えください」

 

どうだ、女神の事を言い出せぬ以上、断る理由があるまい?首を縦に振るしかないぞ。

 

「自分の身可愛さ故に他人を危険に晒す事が聖女の行いとは思えませんが……」

 

「では他の者にも提案をしておきます。それに他に良い案がないかも合わせて考えておきましょう。聖女様、それで宜しいでしょうか?」

 

「……少し考えさせてもらえませんか?」

 

フム、これで何とか聖女と女神を離す事は出来そうだな。後は私の配下の者を女神の警備に潜り込ませればよい。神殿騎士さえ誤魔化してしまえばどうとでも出来るからな。

待っておれ女神よ。すぐにパイオス様の生け贄にしてくれるわ。

 

 

 

──────

 

俺達も馬車の中に戻った。

ステンノ、やっと落ち着いたみたいだ。歳下の俺が膝枕する側っていうのも変な話だけど今は仕方ないよな。って言ってもステンノって本物の女神だから実際はどのくらい年齢差があるか分からないけど。でも全然女神っぽくないんだよなぁ、俺より全然弱いし殆んど何も出来ないし。「ニュクティさん、あの」って向かいに座る聖女様が俺に何か言いたそうだけど、ステンノを守るのは俺の役目。その為に俺はステンノの奴隷になったんだ。奴隷なら絶対ステンノを裏切らないって断言できるから。ま、そんな事しなくても俺はステンノを裏切ったりしないけど。

 

初めてステンノに会った時は、こんな綺麗な人居るんだな、って思った。俺みたいな何処の馬の骨かも分からないような獣人にも凄く優しくしてくれるし、その、あの奴隷の格好のせいで見えちゃいけない所とかも色々見ちゃったし……って違う違う、だからってわけじゃないけど、傍に居るとドキドキするしずっと一緒に居たいって思った。

ちっ、ちちち違うぞ、俺の住んでた所は魔物のせいでもう無いし家族もみんな死んじゃって居ないし、ステンノと家族になれたらなって思っただけだぞ。べっ、べべべ別にステンノの事が好きとかじゃないぞ。

 

ステンノが女神だって聞いて、最初は凄く不安だったんだ。だって神様だぞ?俺とは全然釣り合わないだろ。でもステンノは普段通りに接してくれる。それにステンノ、「ニュクティを置いて何処かに行ったりしない」って言ってくれたしな。それに将来の事だって約束してくれたし。なら俺は傍に付いていてやらないと。

 

それにしてもさっきのゴブリンみたいなヤツはヤバかった。俺が気付かなかったらステンノを連れ去られてた所だった。神殿騎士ってのは一体何の為に居るんだよ。ステンノを守ってくれるんじゃないのかよ。やっぱり俺がやらないと駄目だ。

 

「聖女様、話が違うじゃないか。ステンノを守ってくれるって言っただろ」

 

俺が抗議の声をあげたら「ニュクティ」ってステンノがそれを遮った。何でだよ、もう少しで誘拐される所だったんだぞ。ステンノは俺の膝から頭をあげて、落ち着かせようと左手を俺の腰に回した。聖女様が『キーッ』っていう声が聞こえそうな悔しそうな顔をしてるけど無視だ。

 

「カッサンドラさんも聞いて。神殿の人間の中に魔族と通じてる者が居る。魔族の目的は、私」

 

ステンノは俺達にしか聞こえないくらいの小声でそう話した。聖女様が納得したような顔でそれに答える。

 

「…………成る程、そういう事でしたか。ステンノ様、暫く時間をください。私が何とかその者を突き止めますので。それまでは気付いていないフリをしていてください。ステンノ様に危害が及ばないよう警護は厳重にしますので」

 

聖女様の意見には反対だ。だって神殿の奴等がステンノを守れないのはさっきので分かっただろ。それならここから離れて魔族に見つからないように隠れて行動した方がいいに決まってる。

 

「それより今すぐここを離れた方がいいだろ。聖女様達と一緒に居たらまたさっきみたいなのが襲って来るって事だろ!」

 

「待ってニュクティ。あともう少し待てば犯人は分かる筈だから。それまではなるべくカッサンドラさんから離れないようにするわ。魔族は女神を判別できるから私とニュクティだけで行動するのは危険かも知れない」

 

うっ……でも本当に魔族と通じてる奴が分かるのか?いや、ステンノを信用してないわけじゃないけど。

悩んだけどステンノの言う事だ、「分かった」って返事をした。俺が守ればいいんだ。ステンノを魔族なんかに渡したりしない。とーちゃんだって『男なら好きな女を守るのは当然』って言ってたしな。

 

……いや違うぞ!?家族とか仲間とかの『好き』であって、男と女の『好き』じゃないからな!

 

「分かりました。ではステンノ様、今後行動する時はできる限り私から離れないようにして下さい。入浴や就寝など無防備になるような場合は必ず私と一緒に」

 

聖女様、顔が残念な方面に弛んでるぞ。息も荒くなってるし、どう見てもステンノに良からぬ事をする気だ。俺は魔族よりも先に聖女様からステンノを守らないといけないな。お風呂……はちょっと恥ずかしいけど、聖女様が近付かないように一緒に寝るくらいなら大丈夫だよな。

 

 

 

──────

 

たとえ歳下だろうが、私が信用できるのはニュクティだけだもの、たまには膝枕されたっていいじゃない。女神ステンノの振る舞いっぽくないのは自覚してるけど、ステンノ(オリジナル)と私は別人だし。

 

それは置いておくとして。今は出来るだけカッサンドラさんから離れないようにして、神殿騎士達に警護してもらうしかない。ニュクティも居るしきっとさっきみたいに何とかなると思う。さっきのゴブリンもどきの魔族が襲って来た件を考えると、やっぱり私が女神だって事はスパイにも魔族にもバレてるって思った方がいい。なら今ニュクティと二人だけで行動するのは自殺行為。一つ心配なのはカッサンドラさんに伝えた事で私がスパイが居ると知っている事を魔族側に知られるかも知れない事だけど……私の身の危険を考えたらカッサンドラさんに教えないってわけにはいかないよね。

 

もう少し経てば神託を使ってアムラエルさんと話せるから、スパイが誰かも分かる筈。カッサンドラさんと一緒っていうのは私の貞操の危機って意味で危険だけど、それまでの辛抱。彼女と同じ部屋で寝るっていうのは相当抵抗あるのだけれど、同じベッドで寝なければセーフ。何ならニュクティと一緒でいい。隣にニュクティがいればカッサンドラさんも迂闊に手は出してこないでしょう?ニュクティには刺激が強いかも知れないし万が一が起こるって考えもあるけど、そこは大丈夫。あの子は私の信頼を裏切るような事、しないでしょう?

 

「ステンノ様、夜営の準備ももうじき整うようですし先に体を拭いてしまいましょうか」

 

言われて意識を馬車のカッサンドラさんに戻す。日が沈む前には外も準備が終わるみたい。外には焚き火や騎士達の休むテントなんかがこの馬車を囲むように幾つも設置されてる。私達の寝床はというと、この馬車。足を今伸ばしている部分に板やら緩衝材やらを詰めて横になれるようにするみたい。聖女をテント(地べた)に寝かせるわけにはいかないからね。因みに私もそのベッドを使わせてもらえる事になってる。これも聖女様の強権。「ステンノさんは私と一緒に寝て頂きますので皆様そのつもりで」ってね。周りに『女性だからテントを使わせるのは可哀想』って見られてるか或いは『私が聖女のお気に入り』って見られてるかは分からないけど。

 

それで、その寝具の準備をする前に濡らしたタオルで体を拭く。ここにはお風呂なんてないし、まさか皆の前で水浴び、は出来ないし。

 

「ではステンノ様、私が御体を拭いて差し上げますので」

 

もう分かってる。ちょっとカッサンドラさんには頼みたくない。欲望駄々漏れだから。この人本当に聖女なの?

 

「ニュクティ、私の背中拭いてくれる?」

 

「俺っ!?」

 

「いけませんステンノ様!子供とはいえ男性に素肌を晒し、あまつさえ拭かせるなど!!」

 

貴女が一番危険じゃない。それにニュクティは私の肌なんて沢山見てるし今更でしょう。ニュクティもそんなに焦らないで。神殿に着くまでは暫く貴方にやってもらわないといけないのだし。

 

そうそう。寝る時は当然川の字になるんだけど、私とカッサンドラさんの間にニュクティを寝かせて「ニュクティを越えてこっち側には来ないでもらえるかしら?」って念を押しておいたわ。「私は抱き枕がないと眠れないのです!ニュクティさんを抱き枕にするわけには参りません、ステンノ様どうかこちら側に!」ってカッサンドラさんが必死の形相をしてたけど、その願いは聞けない。そもそも『抱き枕が』って言うけど、無いと眠れない筈のその肝心の抱き枕、貴女の荷物の何処にも無いじゃない。

 




スパイさん視点とニュクティ視点。スパイさんは一体誰なんだ(実質二択)

ステンノさんに石にされた魔族(マルファス)と魔王様の名前(パイオス)判明。マルファスはよくある鴉の悪魔から、パイオスはオルペウス教の両性具有の神エリカパイオス(パネース)から。


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19話

…………なにこれ、何も見えない。カッサンドラさんは何処?ニュクティは?

 

先ず自分の状況を確認しよう。

 

取りあえず女神の神核は……うん、変わらず感じられる。これに関しては問題は無さそう。

 

視界は……うん、両目を覆うように何かが付いてる、瞼を開く事ができない。

口は……地球で言うところのボールギャグっていうの?玉口枷とかいうやつね。それらしき物が付けられてる。それに声が出せない。これは魔法か何かかしら?

手は……後ろ手にされて両手首を縛られてる。掌には袋みたいな何かが被せられてて自由に開いたり指を動かしたりは出来ない。

足は……うん、両足首を縛られてる。

つまり何者かに縛られて動けなくなってるって事ね。しかも膝を折った状態でギリギリ私が入れるくらいの何かの中に入れられてる……これ何だろう、足や体が当たる感覚からすると箱っぽい?

 

つまり今、私は縛られ拘束されて箱の中に押し込められてる、と。成る程ね……うん、もしかしなくても多分駄目だわ、これ。

 

こうなる前の状況を思い出さないと。ええと確か……。 

 

 

 

 

 

……そう。確か、寝苦しくて夜中に目が覚めたんだっけ。馬車の前側から見て左にカッサンドラさん、真ん中にニュクティ、右に私って位置で眠った筈だったんだけと、カッサンドラさんは真ん中辺りに位置を変えていて、ニュクティはその分私の方へと移動している。当然私は二人に押される形で端に追いやられていて、馬車内の黒い壁とニュクティに挟まれて凄く狭い所で寝ていた。こうなった理由はだらしない表情で寝ているこの聖女でしょうね。私の方へと手を伸ばしてるし。ニュクティは彼女に押されて移動したんでしょう。これならニュクティと二人で野宿していた頃の方が余程ゆっくり眠れた。

 

このままの体勢で寝ても疲れるだけ。それに変に目も冴えてしまったし、一度起きて外に出て気分でも変えてこようと馬車からそっと降りた。

馬車から最も近い焚き火の傍へ。数人の神殿騎士がそれを囲むように座っている。その中にアルトリウスの姿を見つけ、私は吸い込まれるようにフラフラと彼の下へと歩いていった。だって仕方ないでしょう?前世とは全く違うこの世界で唯一、自分が見知った姿の者が目の前に居るんだもの。頭では別人と理解していても感情がそれを許さない。懐郷の念を感じずにはいられない。私にはそんな気無いけれど周りの人間には『イケメン筆頭騎士に恋焦がれる少女』に見えたかも知れない。

 

私に気付いて「こんな時間にどうかしましたか?」って声を掛けてくれたアルトリウス。ちょっとだけ答えに詰まった後、私は「ええ、ちょっと眠れなくて」って無難に、しかしぎこちない笑みで返す。故郷の知ってるキャラクターに似てるから懐かしくなってつい、なんて言えないしね。

『アイツ噂のあの娘と……羨ましい』『アルトリウス……ま た お 前 か』みたいな視線が向けられてるけどそういうのはもう慣れたものじゃない?それをアルトリウスがどう思ってるかは置いておいて、焚き火にあたり座っている彼の直ぐ左隣に私はちょこん、と腰を下ろした。

あざとい?そんなつもりは無いんだけど、どうも私の行動は意識しないとあざとい方向にいくみたいね。左に腰掛けたのも偶々なんだけど、多分無意識に私の発言が彼の右脳に行くように女神の神核がそうさせたんじゃないかしら?ほら、左耳から入った言葉は右脳に伝わるらしいし。理論的に考える左脳じゃなくて感覚の右脳に訴えるように。

それに揺らめく焚き火に照らされた私の横顔は、多分男性には魅力的に映るでしょう?

……っと。別にアルトリウスを落としに来たわけじゃないし、適当に世間話でもして時間を潰そうかな。

 

「眠れない、となると原因は聖女様でしょうか?」

 

「よく分かったわね」

 

「聖女様は()()()()が過ぎる部分がありますから」

 

ふぅん、そっか。神殿騎士だものね、聖女がどういう人間かなんて把握してるか。何せ()()だものね、彼女。

それにしてもさっきから何か凄い違和感を感じるのだけれど何だろう?

…………分かった。敬語。アーサーの見た目で敬語で話されるから変な感じがしてたんだ。アーサーはマスターに敬語使わないもの。それにアルトリウスは神殿騎士筆頭で私は従者で奴隷(って事になってる)だし、敬語は要らないんじゃない?

 

「ねえ、筆頭騎士様が奴隷に敬語使う必要ないんじゃないかしら?」

 

ちょっとジト目で見つめてみる。他人行儀はやめてタメ口で話してって意味だからね?分かりなさいよ、アルトリウス。

 

「聖女様の従者の方に失礼が無いように、と思ったんだけどな。キミがそう言うならそうしようか」

 

流石騎士様。私の言わんとした事を理解してくれたみたいね。それにしても喋り方や声も相まって、本当にアーサーと話してるみたいに感じる。嗚呼、ちょっと地球に居た頃を思い出す。そういえば星五セイバー、アーサー・ペンドラゴンは初心者ボーナスで貰った石で回したガチャで出たんだっけ。懐かしいな……。

 

「懐かしい?僕とは初対面だと思うが」

 

声に出てたみたい。適当に誤魔化してもいいんだけど、言い訳に使わせてもらおうかな。恋慕で近付いたわけじゃないって理解してもらう為の。

 

「貴方は私が昔お世話になった人に似てるの」

 

「そうか」

 

あれ?聞かないの?ねえ、こんな美少女が意味あり気に言ってるのに気にならないの?それも何だかちょっとムカツクかな。気遣いも出来ますアピールとか要らないからね?貴方男でしょう?私に靡かないの?

 

「ねぇ、聞かないの?」

 

「それは僕が聞いてもいい話なのかい?」

 

「ええ。別に色恋の話じゃないもの」

 

私はただ、騎士内にも味方が欲しいだけだから。決してこのアーサー似の彼が気に入ったからこんな事話してるわけじゃないから。

だから彼には少しだけアーサー・ペンドラゴンの事を話してあげた。円卓の騎士王にして星の聖剣の担い手、物語に出てくるような白馬の王子様を体現したような人。

……別にアーサー・ペンドラゴンを持ち上げてるわけじゃないんだけど、知らない人が聞くと私がアーサーに憧れを抱いてるように聞こえるわ、これ。

 

「驚いた、それ程の人物が居たのか。けどやっぱり僕が聞いていい話じゃないな」

 

あーほら、完全に勘違いさせたわ。アルトリウスがあの聖女に変に吹聴したらこれまた面倒な事に……口止めはしておこう。

 

「だから別にその人の事は何とも……はぁ、まあいいわ。でも面倒になりそうだから聖女様には黙っていてくれない?」

 

「ああ、約束しよう」

 

その『約束しよう』って言い方もアーサーそっくり。本当に本人じゃないのかしら?

 

ま、取りあえず今はこれでいいか。後で誤解は解くとして……あれ?アルトリウス、何か取り出したみたい。皮で出来た水筒と、ポールペンくらいの大きさのスティック状の……あれって何だろう?

 

「良かったら食べるかい?」

 

じっと見ていたせいね、食べたいんだと思われたみたい。でも気になるのは事実だから、貰ってみよう。

アルトリウスから一本手渡されたそれを落とさないよう両手で持って、その先端1cmくらいを噛る。チーズ味の……何だろう?サラミっぽい食感だけど肉じゃない。でも悪くは無いかなぁ。食べてる姿は端から見たらちょっと小動物っぽかったかしら。

 

さてと。そろそろ戻ろう。彼にも仕事があるだろうし、私も寝ておかないと。それにその……ちょっと催してきちゃったし。

「そろそろ寝るわ。話を聞いてくれてありがとう」「ああ、僕で良ければ何時でも言ってくれ」って言葉を交わし、私は泉の方へと歩く。背中の向こうでアルトリウスが他の騎士達にからかわれてるみたいだけど、私と二人きりで話してたんだし仕方ない。

 

一人で行動するのは危険なのは分かってるけど、流石におしっ……花を摘みに行くのに騎士に付いて来られるのはちょっとね。

 

…………用を済ませ、馬車へと急ぎ戻ろうとしたんだけど……どうもおかしい。さっきまではそんな事無かったのだけれど、やけに眠くなってきている。それも急激に。まるで、そう。睡眠薬でも盛られたかのような……遅効性のものを夕飯にでも盛られた?それか魔法か何か?それともまさか、さっきアルトリウスに貰った食べ物だったりする?まさか彼がスパイとか?

 

駄目、眠過ぎてもう思考が回らない。

瞼が閉じられて、私はその場に倒れ眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

…………ああ、そうだったわ。そうやって眠ってしまって。それで今は何かの箱の中、ってわけか。でも今なら多分まだ間に合う筈。箱の中に閉じ込めてるって事は、私を発見されたら不味い場所にいるって事。つまりここでアクションを起こして誰かに見付けてもらえれば助かる。声は出せないけど、必死に体を揺すって箱を蹴って音を立てる。

けれど、何の変化もない。これだけ音を出せば誰かしらは気付くと思ったんだけど、まさか防音の結界とか使ってる?そんな念を入れなくてもいいのに。

 

あれ?何だか持ち上げられたような感覚が……もしかして助けが来たの?

 

『成る程、女神はこの中か』

 

「はい」

 

…………違うわ。多分魔族とスパイの誰かの会話。聴覚にも何かされてるみたい、エコーとかボイスチェンジャーとかが掛かったような声で二人の会話は聞き取りにくい。ほんっと、どれだけ運が無いのかしら、私。

 

何かが外されるような音がして、スパイか魔族かは分からないけれどどうやら腰を掴まれ担ぎ上げられたみたい。何処へ連れて行く……って魔族の勢力圏に決まってるか。ほぼ無力な私じゃ逃げるのは絶望的だし、誰か見付けて助けてくれないかな。

 

というか思い出したけど、アムラエルさんって私の事モニターしてるんじゃなかった?このままだと私、本当に魔族の所に……。確か私を欲してるのって『神の力の解明』が目的なんでしょう?それってアムラエルさん達にとっても都合が悪いと思うんだけど。手出ししてくれてもいいのに。

 

何だか浮遊感が。もしかして私を担ぎ上げてるこの魔族、飛び上がった?聞き取りにくいけど翼がはためいてるような音もしてるし。幾ら神殿騎士だって空から行かれたら追いようが無いんじゃ?

叫ぼうにも声は出ないし玉口枷もされてるし。あ、もう風を切って飛んでるっぽい。風圧が凄い。諦めたくはないけど、これはもう無理。本当に誰か助けに来てよ……。

 

 

 

でもこんな簡単に私を誘拐できるのならどうしてカッサンドラさんを狙わないんだろう?彼女が聖女の地位に居た方が都合が良いって事?て事はスパイはある程度高い地位にある人物?やっぱりアルトリウスなの……?




ステンノさん、誘拐される。

次回はステンノさんにとって驚愕の事実が。



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phase 2 転生女神とAvenger
20話


何者かに担ぎ上げられた私は高速で空を移動している、多分。視界を奪われてるから確かかは分からないけど、全身を強風が吹き抜けていく感覚がある。どのくらいのスピードが出てるのかは不明。

 

どのくらい進んだんだろう。フワリ、と体が浮くような感覚を覚える。時間の感覚も分からないくらい経った、でも1時間……は経っていないだろう頃に少しずつ高度を落とし始めて、ゆっくりと着地したみたい。

 

そんな近くに魔族の本拠地がある筈は無いから多分中継地点、若しくは隠れ家的な場所だと思う。変わらず私の体の自由も視界も奪われたままだから、実際の所はどうかは分からないけど。

 

少し歩いて、何かが開く音がする。私を抱えたソイツは、階段らしき所を降りていってる。相当地下まで下がった所で階段は終わって、今度は前に進みだした。

ある一点で立ち止まったソイツが何かをしてる。その直後に一瞬体が暖かくなって、同時に少しだけ浮くような感覚。でもそれも直ぐに終わった。一体何だったんだろう?

 

……っと、急に聴覚の違和感が消えた。多分だけど、私の耳をどうにかしてたんじゃなくて耳の周りの空気の振動をおかしくする魔法、とかが掛かってたんじゃないかと思う。それが消えて漸くまともに聞こえるようになった耳で必死に周りの様子を窺おうとするけど、不気味なくらいの静寂。私を抱えるコイツの足音だけが響いている。どうもその音からして確りした造りの床みたい。

 

ギィ、と何かの扉が開かれる音。それから更にコイツは歩みを進める。飛行はしないみたい。さっきと同様の床の音が響いているのを考えると、何処かの建物の中……あれ?でもさっき地下に降りていった筈だけど、地下室にしては妙な感じが……。

 

『コレが例のヤツか?』

 

突然声が聞こえ、同時に右足の太股を舐められる感覚。ゾクリ、と体が震えた。だって、私の太股を這うその舌は性の対象としてではなく別の意味を持っているかのような動きだったから。

 

『やめておけ。パイオス様の逆鱗に触れたいか』

 

『なんだ、足の一本くらい喰ってもいいだろう』

 

『駄目だ。パイオス様に『五体満足で連れてこい』と言われている』

 

『チッ』と舌打ちし、私の足を舐めた何かが遠ざかっていく。下手をすれば私の右足は食べられていたって事?じゃあさっきのも魔族か何か?あれ、待って。そんなに遠くまで来ていない筈なのに他にも魔族が居るような場所なの?それって……この国って結構危ういんじゃ……。

 

そんな考えを巡らせていた私を抱え、更にコイツは進む。明らかに何人かとすれ違っているのにも関わらず平然と進んでいるのを考えると、国内に作られた魔族側の拠点の一つなのかも。

 

やがてコイツが立ち止まった。『御苦労、入れ』って低い声が聞こえた。コイツは『失礼致します、魔王様』って太い声を発して……え、魔王……?えっ?こんな近場に魔族の親玉が居るの!?

 

驚いていた私は前方へと投げ出され、床に転がった。丁度うつ伏せの状態。視界は変わらず塞がれてるし、手足も縛られてるから何も抵抗は出来ない。せめて状況が分かるように目隠しだけでも外して欲しいんだけど……。

 

足音が聞こえる。前から誰かが近付いてくる。私は頭をアイアンクロー宜しく掴まれた。向こうは軽く掴んでいるっぽいけど、凄く痛い。そのまま体を持ち上げられて、床に座らされた。足首を縛られてるから正座で。この体で正座は余計にキツい……足、もう痺れてきたんだけど。

 

『フム……おい、目の拘束も解け』って低い声の誰かの声。その隣らしき位置から『しかし魔王様』って低めの女性の声がした。やっぱり魔王なのね……でもどうしてこんな所まで……って私が目的だから?

 

瞼を覆っていた何かが外された。これでやっと目を開けられる。恐る恐る、ゆっくりと瞼を開いた私の前に居たのは、頭に山羊のような二本の巻き角があって、腰まで伸びるロングの黒髪に赤い瞳の真っ白な肌の顔の美女。美女、と言っても見るからに闇を纏ったような、そうね、傾国の美女。妖艶なまでに抜群のプロポーションの体のラインが丸わかりの漆黒のシンプルなドレスを纏い、その口元には分かりやすいくらいの二本の牙が見え、腰の辺りに蝙蝠の羽。けれどその上半身は胸の辺りまで漆黒の鱗に覆われていて少なくとも人間では無さそう。それと、その右隣に居るのは真っ黒な肌全体に赤い紋様のようなものが浮かび上がっていて、膝あたりまである長い髪も瞳も黒い中性的な人物。上半身には何も着ていなくて下半身には真っ黒な袴のようなものを履いている。さっきの会話からしてこの中性的な方が魔王?それっぽくは見えないけど。体つきも水泳選手くらいの筋肉の付き具合だし。さっきまで私を運んでいた、上半身がまるっきり鷹だった魔族の方が筋肉が付いていて強そうに見えたのに。

 

『もうよい。下がれ、ナベリウス』

 

『はっ。では魔王様、失礼致します』

 

鷹もどき……ナベリウスが退室。私は漸く気付いた。荘厳、と言って差し支え無い。黒を基調に、赤で彩られた玉座の間。色は違えど、私が地球で想像するような豪華な宮殿の王の間が目の前に在った。どうやら私は魔王の居城に連れて来られたみたい。こんな、人間の勢力圏の近くなのに?

 

『フム……どうして人間の勢力圏に、と思っているな?簡単な事だ。転移ポータルでお前を我の勢力圏まで運んだのだよ』

 

魔王、が私の心を読んだかのように答えた。転移って……カッサンドラさん達は転移魔法とかは無いって言って……。

 

『ちっぽけな人間風情と一緒にされるのは心外というもの。しかし……ゴルゴーンが長女ステンノか……考えたな、神め』

 

待ってよ、この魔王、女神ステンノを知ってるの?一体どういう事?だって、ステンノは地球の、それもギリシャ神話の女神。あの〈主神〉の感じだと世界ごとに神が違うみたいだし、この世界と地球では神話そのものが違う筈。なのに訪れた事も無い筈の世界の神を知ってるなんて事、あるの?いや待って、それよりも()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?だって、今の私の姿はF()G()O()()()()()()だもの。どうやってFGOを知ったの?

もしかしてこの魔王、世界を渡る力とかがあるとか?

 

『何故FGOを知っているかなど、お前も良く分かっているだろう?』

 

さっきからおかしいと思ってたんだけど、この魔王、どうして私の思考を読んでくるの?心を読むスキルとかを持ってたりするの?それに……私が良く分かってるって?一体どういう意味?

 

『その様子だと覚えていないのか。フム、神に記憶を弄られたか。そうだな……折角だから教えてやろう。我がお前を求めた理由が何だか分かるか?』

 

記憶を……弄られた?私が?あの〈主神〉に?それってどういう……。

 

私の正面に立っている魔王パイオスが、上から私を覗き込むようにして見る。それからその場にドカッと座り込んで胡座をかいて、呆然とする私の顎を右手で持ち上げながら話し始めた。

 

『先ず我は元日本人だ。転生というヤツだな。まあ人間ではなく魔族へ、だが。それで魔族として産まれる直前の事だ。我が人間を滅ぼす程の強大な魔王になるであろう事に神が気付いてな。魔族の赤子に宿る直前、神のヤツが我の魂を引き裂いたのだ。持っていかれたのは我の魂の四分の一、それにほぼ出来つつあった魂内の魔力炉も半分程が神に奪われた』

 

日本人の……転生者?あの〈主神〉が転生させたわけじゃなくって、魂が自然にこの世界に来たって事?それで魔王になるからって〈主神〉が魂を引き裂いて……それで〈主神〉を恨んでるから私を使って神の力を手に入れようと?

 

『奪われはしたが、我はそれでも充分過ぎる程の力を持って産まれた。この世界では我の力は充分チートだ。こうして魔王に君臨しているのを見れば分かるであろう。だがそれでは足りぬのだ。人間を滅ぼし、あの神に復讐せねば我の気が収まらん。だから我は待ったのだ。我が人間や神の脅威となった為に神のヤツが対抗策としてお前を使うであろう時をな。神は異世界からの転生者にならばチートを乗せられるからな』

 

対抗策?私みたいなのが……?

 

魔王は私の顎から手を離して、その右手を今度は私の首へ。掴んではいるものの、絞められてはいない。

 

『持っていかれたのが四分の一とはいえ、力の低下は大きなものだった。そのうえ魔力は半減だからな。だから我はお前を待ったのだ。…………()()()()()()()()()()()()()()()をな。理解できたか?』

 

 

 

………………え?

私は思考停止に陥った。

魔王の……一部?私が?

 

 

 

ううん、落ち着くのよ私。普通に考えて四分の一しかない魂が安定して存在していられる筈無い。だからこれは多分、この魔王の分断工作。私を疑心暗鬼にさせて〈主神〉や人間達から魔族側に寝返らせようって魂胆に決まってる。私が協力的な方が、魔王が私を通して神の力を解析するのに都合がいいもの。

例え魔王が転生の話やFGOを知っていたとしても、単に私以外の日本人転生者って可能性や心やステータスを見れるスキルを持ってるだけって事もある。だから信じちゃ駄目、信じちゃ……。

 

そう言い聞かせても血の気は引き、もしかしたらという恐怖は消えない。心の何処かで『魔王の言う事が正しいのでは?』と疑っている私がいる。

 

魔王は『やれやれ』と溜め息をついた。右手を私の首から離して、それを今度は私の胸元へと伸ばす。何をされるのかと身構えるよりも早く、魔王の右手は私のワンピースを下着ごと破り捨てた。肩の一部分とスカートの部分が残ってはいるものの、私の上半身はその柔肌が露わにされた。勿論、程よい形の私の胸も魔王とその側近であろう彼女に晒してしまっている。

 

これから起こるであろう事態への恐怖が込み上げてくる。表情も引き攣ってる。だって、手も足も縛られたままで逃げられない。それにさっきからずっと正座してるせいで足も痺れているから動けないし。

もっと、もっと、上手い受け答えをしておけば良かったの?それと今ならまだ間に合う?よりによって魔王に犯されるなんてイヤ……お願いだから見逃してよ……。

 

『たわけ。自分の魂を犯すとでも思ったか?我はナルシストでも変態でも無い。お前を我に同化する準備をしただけだ』

 

呆れながらそう言う魔王の右手は、肌の露出した震える私の胸元へ。触れたかと思った瞬間、その手はまるで幽霊のように皮膚を透過し、私の中へと入っていく。嘘よね?まさか、本当に同化する気なの?私、本当に魔王の魂の一部だったの?

 

『しかし女神の神核か……不老不死とはまた思わぬ収穫だな』

 

同化したら私、消えるの?消え……たくない、消えたくない……。

 

 




'というわけで20話です。
ステンノさん、魔王様の魂の一部だった事が判明。

ナベリウスの名はソロモン七十二柱が一柱ナベリウス(ケルベロス)より。

ではまた来月にお会いしましょう。


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21話

消えたくない、消えたくないっ、消えたくないっ。

 

魔王の腕はゆっくりと、でも確実に私の中へと入っていく。鼓動がうるさいくらい高まり、ひきつけを起こした子供のように呼吸は乱れて体が硬直し動けない。そんな状態で大粒の涙を流して恥も外聞もなく泣きじゃくる私。もうすぐその手が私の魂を捉えて、きっと体から引き摺り出されて、魔王に吸収されて、私の自我は消え去って……やだ……やだ、やだ、やだやだぁ…………。

 

『…………待てよ』

 

直後、魔王は何かを感じ取ったかのように勢い良く私から手を引き抜いた。私は無事、意識だってある、鼓動だってある。大丈夫だったみたい……何とか凌ぐ事が出来たの?主神の加護のお陰?

全身が震えているのは恐怖のせいじゃなくて武者震いだから。涙と恐怖で酷い顔になんてなってないから。

 

『念の為だ』って言って、魔王は突然自分の左腕の肘あたりに右手の手刀を振り下ろす。鋭い刃物で切り落とされたように綺麗に左腕が落ちて、血が溢れている。気でも触れたの……?

 

『ブエル、治せ』

 

『はい、魔王様。直ちに』

 

ブエル、って呼ばれた側近、赤い瞳の美しい女性の魔族が魔王の側へと寄って右手を翳すと、無くなった筈の左腕の肘から骨が生えてきて筋肉やら血管やら神経やらが這い出して最後に皮膚が出来た。何事も無かったかのように左腕は元通りになっていたわ。グロテスクな光景だったけど……そっか、ブエルは治癒が得意だから魔王の傍にいるのか。……あれ?触れなくても治せるんじゃない。カッサンドラさん……やっぱり私に触りたくてあんな事したのね。

 

そんな事を考えてる私を他所に、魔王は自分が切り落とした腕を中心に魔法陣を展開してる。青白い光が立ち上って、床に落ちてる腕が蠢いてる。

 

『……フム』

 

魔王が左手を肩くらいまで挙げると、落ちていた腕も同じ高さまで上がって……私の目の前へと浮遊してきた。それが私の胸に触れたかと思うとさっきと同じように皮膚をすり抜ける。動けない私にはどうする事も出来ない。イヤ……やだ……やめて……やだぁ。

 

半泣き(控え目表現)の私の願いが届いたのかも知れない。操られた魔王の腕が私の体から勢いよく抜かれた。勿論、私の魂が奪われたわけじゃない。寧ろ魔王の方が苦しんでいて床に右膝を付いた……?ブエル、だっけ?彼女が慌てて駆け寄ってる。何が起きたの?

 

『魔王様!大丈夫ですか!?』

 

『クソッ、おのれ神め……!』

 

何だろう、ほんの、ほんの少しだけど自分の体が軽くなったような気がするのだけど。この感じは……?

 

『さしずめトロイの木馬、か。神が降臨したと聞いていたからな。我を葬るつもりなら来るのはアルテミスかカーマかイシュタルか、はたまた伊吹童子辺りかと思っていたのが……ステンノなどとは簡単過ぎておかしいとは思ったのだ』

 

良く見ると、魔王が操っていた切られた腕が黒く変色してる。それに魔王の左腕の掌辺りも同じく黒く変色。ただ掌の方はブエルに直ぐに治癒されたけど。

 

何かに納得したような様子を見せて立ち上がった魔王は、ズカズカと私の目の前へと歩いて来た。なに?今度はなにをされるの?

 

『我の魂を逆に奪い取るとは……お前、()()()()()()()()?』

 

怒気を孕んだ魔王が、私の玉口枷を引き剥がす。その奪い取り方は凄く痛いのだけれど。涙が滲み、魔王の威圧感に震える私の歯がガチガチと鳴る。

 

何かって……心当たりなんて……もしかして主神の加護?え?まさか、まさか主神の加護って……あれ?それじゃあまさか…………そっか、()()()()()()()()()()

 

『ブエルよ、計画は変更だ。神の力をどうにかする方法が確立するまでコイツは生かして幽閉しておけ。今の事はくれぐれも他のヤツに知られるでないぞ?』

 

『御意』

 

私はブエルに片手で抱え上げられて、玉座の間から出された。向かう先は、真っ直ぐに伸びている赤と黒に彩られた通路の先の、某悪魔城のような空へと向かうかのような塔の最上階。それにしてもこの城、魔王城の筈なのに禍々しい感じが一切無い。まるでこの世界を治める人間の王の城のような荘厳さ。もしかして魔族って思ったより文明的な生活をしてる?

 

長い螺旋階段を登りきった先にある扉が開かれると、中はこじんまりとした、壁一面が真っ黒な部屋。窓は一つだけ。扉の位置の真正面の最も遠い所にある。この窓から逃げ出すのは……現実的じゃ無い。窓枠自体は私の上半身くらいの長さだけど、格子が填まっているし。それに下の地面からの高さが……もう目が眩む程。高層ビルくらいはある。

 

扉に内鍵は付いてなくて、外鍵のみみたい。だから私一人では逃げられない、か。部屋の中にあるのは……白いレースの掛かったアンティーク調の天蓋付きベッド、ちいさな丸い木製のアンティークの黒いテーブルと椅子。あ、テーブルの向こうに扉が……あ、トイレか。これ、やっぱり昔は人間が住んでいたのかも。

 

ブエルは私の手足の拘束を解いて、放り投げた。ベッドの上に落ちたから痛くは無かったけど、もう少し丁寧に扱ってくれると……無理、よね。

 

『それにしてもお前のようなヤツがあの御方の一部だとは……』って口にしてギロリ、と私を睨むブエル。その視線だけで震えてその場に縮こまった私の右足首に鎖が付けられる。その鎖が伸びている先は、大理石にも似た石造りの床の中央。

 

『そこで大人しくしていろ。お前が魔王様に吸収されて消えるのを楽しみにしているぞ』って狂気の笑みを見せて、ブエルは部屋から出ていったわ。足音が遠退いていって、完全に聞こえなくなってから。ベッドに座ったまま私は天井を見上げてか細いながらも声を出す。

 

「見てるんでしょう?説明、してくれないかしら?」

 

『……やれやれ。用心しないように仕向けた筈だったんじゃがのぅ。あのタイミングで疑問を持って伸ばした手を引きおったか。パイオスの奴もなかなかやりおる』

 

ほら、やっぱり。本当ならあと何日も待たないといけない神託が使えてる。当然よね、力の有無はどうあれ今の私は女神だもの。人間相手なら兎も角、神同士のやり取りに制限があるなんておかしいでしょう?今まで気付かなかった私にも問題あるけれどね。

〈主神〉に聞かなきゃいけない事、沢山あるんだから。文句の一つも言わなきゃやってられないんだから。

 

「私を騙していたのね?」

 

『人聞き、いや神聞きの悪い奴じゃのう。騙してなどおらぬじゃろう?』

 

「この後に及んで騙していないなんて……嘘だったじゃない!私に『テスターを』、なんて言って!巧く言いくるめてステンノにして!主神の加護、なんて言って本当は魔王を消す為のトラップを仕込んで!あろう事か私を魔族に誘拐させて!私は存在を消されるかも知れないのに!私がどれだけ……どんな思いでここに居ると思ってるの!」

 

泣きそうなのを堪えて叫んだわ。だって、こんなの酷過ぎる。完全にモノ扱い、どう見ても私は目的を果たす為の手段の一つ。対魔王特効兵器ってところ……神ならもっとやりようがあるでしょう!直接介入しなさいよ!

 

『やれやれ。確かに多少記憶は弄ったが騙してはおらぬだろう?お主に転生勇者のテスターを任せたのは事実。多少誘導はあったがステンノを選ばせたのも魂が四分の一の大きさしかないお主の存在を『女神の神核』『不老不死』で安定させる為。ワシの加護の効果を聞かなかったのはお主じゃしな。アムラエルはワシの意図を知らなかっただけじゃ。お主の事を聖女に知らせるように誘導はしたがのぅ』

 

それってつまり……アムラエルさんにすら本当の事を黙っていて、全て始めから私が魔王パイオスと接触するように仕組んでいた、って事?それで私から魂を盗ろうとした魔王が逆に私に奪われ消滅する予定だった?全て計画通りだったっていうの?それが……それが神のやる事なの?

 

「信じられない!貴方それでも本当に神様なの!?一言でもいい、言ってくれても良かったじゃない!!」

 

涙が溢れてくる。酷い。掌の上でいいように踊らされてたなんて、悔しい。私の今までの死ぬような思いは何だったっていうの?私はただ、RPGのように一本道のイベントをこなしていただけだったっていうの?

 

『お主に言えば失敗する可能性が高かったからのう。何せお主は魂が足りておらぬ分、諸々の能力が落ちておるからの。まぁ結局失敗したがのぅ。言っておくがワシら神は地上に直接介入は出来ない事になっておる。お主のような存在を使って間接的に、なら大丈夫じゃがの。昔はもっと自由に出来たんじゃが人間界に自分の子種をバラ蒔いて好き放題したヤツ(ギリシャ神話の某神)が居てのぅ。それ以来は流石に自重しよう、って事になったんじゃ』

 

だから私がこんな目に遭っても良いって事なの?確かに浮かれていた私に非が無いってわけじゃないけれど、こんなのあんまりでしょう……。

 

もっと文句を言いたいけれど、嗚咽が酷くて言葉にならない。涙で視界が滲む。でもそこは神。〈主神(ろくでなし)〉は私の言いたい事を全て理解している様子。

 

『一応悪いとは思っておるぞ?だからお主を人の身から女神の一柱にしたじゃろう?それに今回のが上手くいけばパイオスは消滅する筈だったんじゃ。パイオスから魂を奪ったお主の力も強くなる予定だったしの。ホレ、5%とはいえアヤツから魂を吸収した今なら、お主にも魔力が使えるぞい』

 

私でも魔法が?そういえばさっきの体が軽くなった感じ、魔王の魂を吸収したせいか。それにしても5%って事は……今は普通の人間の大きさの3割ね。魔力が使えるなら、もしかしたらここから逃げる事も……?

 

『そこからの脱出に関しても手配はしてある。魔力の使い方でも練習しておくと良いぞい。それじゃまた、の』

 

練習……そっか、使えるようにはしておかないと。私が助かる為には兎に角ここから逃げ出すのが最優先だもの。泣いてる場合じゃないわ。私が()()()()でも()()()()なりにやれる事はやらないと。〈主神(ろくでなし)〉のいうことを聞くのは癪だけれど。

 

って、『また、の』じゃないわ!逃げないでよ!まだ話は終わってない!

 

 

 

駄目ね。もう声が聞こえない。はぁ……。右手で涙を拭って、私は静かに集中する。あ、以前は全く感じられなかった魔力、分かる。魂の……これどう言えば……兎に角それを通じて右手の人差し指に集中すると、紫がかったピンク色の光が。ああこれ、異世界転生って感じがするわ。

 

ガンドと同じ要領で放ったピンク色の光は、何故かハート型のリングとなって真っ直ぐ飛んでいく。大きさは大体直径5cmくらいかな?

ドアノブに当たってカンッ、て音が響いた。ええと……ドアノブに壊れたような形跡は無い。多分私が直接殴りつけた方が威力がある。

もっと魔力を上げれば強くなるのかと思ってやってみたんだけど、全く強くならない。威力に変化無し。消費魔力は極微量だからほぼ無限に撃てるのは助かるんだけど、これどうしたらいいの?遠くにあるスイッチを押す、とかには便利そうだけれど他の使い道が無さそう。

威力極小の魔力弾、ねぇ。牽制とか目を逸らすとかには使える?魂が5%増えたくらいじゃやっぱり駄目?

 

「はぁ」と溜め息をついた時に視線が下に向いて、私は気が付いた。

 

…………あ。

ワンピース、魔王に破かれたままだった。つまり、今の私は上半身裸なわけで……間違いなく見られた。ほんっと、あの〈主神(ろくでなし)〉、絶対に許さないから。

 




年度が変わるのは早いものですね。

ステンノさんが魔王に会うまでが主神の計画のうちでしたが失敗。

ブエルさんの名もソロモン72柱が一柱、ブエルから。

次回は早めに……投稿できるかなぁ……?


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22話

パイオスが転生時の事を含めた前世の記憶を思い出したのは10歳の時だ。

 

彼も生まれつきの強い力に慢心し鍛練もせずに思い付きのままに人間を襲う、どこにでも居る典型的な魔族だった。彼の場合はそれが顕著で、まだ10歳の若造だから仕方ないとはいえ魔力も力も碌にコントロール出来ず、本来の実力の半分も出せないような有り様だった。

 

何時ものようにフラリと人間の勢力圏に出向いて思うままに暴れ、食糧を奪い、人を襲う。その日もそうだった。ただその日は出向いた先の農村に偶々数人の神殿騎士が来ていた。当然彼等と戦闘になり、全てにおいて甘かった彼は神殿騎士の剣に左脇腹を含め数ヶ所を貫かれた。ただ、結果としてこの負傷は彼にとって幸いとなる。この『体の数ヶ所を貫かれた』という事実が『工事現場の側を通りかかった時に偶々上から鉄パイプが何本も降ってきて、それに全身を貫かれ死んだ』という前世の記憶がフラッシュバックする事に繋がり、それによって前世の事を思い出したのだ。

 

かといって、パイオスの思考が人間寄りになったわけではない。彼の価値観は既に魔族として出来上がっており、魔族のパイオスに日本人だった頃の記憶がプラスされたというだけだ。事実として彼はその場に居た神殿騎士達を皆殺しにしている。記憶が甦った事で魔力炉を有効に使えるようになったので、たとえ数ヶ所を刺されていても神殿騎士程度を捻るのは造作もなかったのだ。

 

目的は復讐だ。無敵のチート転生魔族になれる所をあの神に邪魔されたのだ。己の魂を25%も持っていかれた上に魔力炉の出力も半分。相手が神といえども容赦する気は無い。神の寵愛を受けている人間共を滅ぼし、その上で神も滅ぼす。神はパイオスが人間を滅ぼす程の魔王になる事を予見したようだが、皮肉にもその動機を作ったのは神だ。

 

……が、如何せん神が相手だ。今のままでは到底勝てない。自身の魂の残りを回収し、力を取り戻すのは最低条件だ。だから残り25%の方の魂も地上に来てもらわねば困る。それには自身が魔王になり、人間に対し圧倒的な強者とならなくては。既存の人類では歯が立たない、転生者を使わないといけない状況を作らねば。

 

先ずは自身の力のコントロールと更なる向上。魔王にならねば、魔族の頂点に立たねば話が始まらない。全てはそれからだ。個々のスペックに頼りきりで個人プレイしかしないバラバラな魔族を統一し、同じ方向を向かせる必要がある。それと、食糧事情の改善。魔族は実は人と同じで雑食なのだ。農村を襲って作物を奪ったりもするし木の実だって食べる。勿論肉は好物だ。だから農業も畜産もやらない魔族に自給自足という概念を植え付けなくてはならない。食糧供給を安定させ、魔族の数を増やし、人間に対して圧倒的なアドバンテージを取る。それにはパイオス自身が他の魔族に有無を言わせない程の圧倒的強さを得る必要がある。

 

歳月は掛かったが、結果は上々だった。パイオスは目論見通り魔王となり、農畜産業の有用性を広め(農作業等は人間の奴隷にさせている)、魔族を魔王軍として組織した。ここまでの準備が整うまでの約40年間は人間にとってはあまり魔族が攻めて来ない、比較的平和な時代であったに違いない。だがその気の緩みは人間にとって命取りだ。パイオスある限り、もう人間など滅ぼそうと思えばいつでも滅ぼせる程に差は開いた。

 

パイオスの残りの魂は救世の勇者として降臨させるだろうから、神殿にスパイを送りこんでその情報を何時でも掴めるようにした。抜かりは無い。一つ問題があるとすれば、自身の残りの魂を持つ勇者がパイオスの手に負える強さかどうか。前世でいう所のヘラクレスやカルナ、オリオンといった半神半人とされるような英雄クラスが現れた場合、非常に厄介だ。

 

だからそれ以上の存在、つまり神が降臨したと聞き、偵察に留めろと言った筈のマルファスが勝手に手を出してアッサリやられたと報告を受けた時はどうなる事かと思った。が、存外簡単に捕まえる事が出来てパイオスの目の前に連れて来られた自身の残りの魂がステンノだと分かった時は笑いが止まらなかった。魂を安定させる為に女神の神核を利用したのであろう事は分かる。だが女神ステンノ、それもサーヴァントでは無く本来のステンノに近しい無力さ。

 

しかしながら、結果として途中までは全て神の予定通りだったわけだ。神の誤算は、本来そういう思考にならないように手を加えた筈だったのが『上手く行き過ぎて妙だ』とパイオスが不信感を持った事だろう。

 

 

 

『よいかブエル。アレが我の魂の一部だという事は他の者には洩らすな。知られれば面倒事の種にしかならぬ』

 

『はい、魔王様。仰せのままに』

 

片膝をついて頭を垂れるブエル。パイオスは玉座に座りそれを眺めながら思考する。

他の魔族に知られれば、魔王の座を狙ってパイオスに刃向かう為にステンノを利用する輩が出るかも知れない。そうなると面倒この上ない。魔族同士で足の引っ張り合いを誘発する要素は排除しておきたい。パイオスに心酔している、最も忠実な部下である腹心のブエル以外の魔族には言わない方がいいだろう。

 

 

 

 

 

──────

 

掌にファンシーなピンク色の魔力を纏わせたままの状態で握り拳を作り、私は思いきり右手を振り下ろしたわ。狙ったのは私の足と床を繋いでいる鎖の繋ぎ目。

 

(いっっったぁーーーーいっ)

 

次の瞬間には、ジンジンと脈打つように痛む右掌を左手で押さえてその場で踞って悶えた。涙目で。

当然と言うべきか、期待が外れたと言うべきか、鎖はびくともしなかった。魔力を使わない素の状態よりも大幅に威力も出てる(当社比)し、これで鎖が砕けてくれたら楽だったのだけれど。

私の魔力が足りないせい?そもそもの腕力の問題?今の私のこのステンノの体、非力だものね。

 

あ、そうだ。イリヤの斬擊(シュナイデン)みたいに魔力を鋭くして切り落とすとかはどう?ほら、魔王パイオスも自分の腕を手刀で切り落としてたし、本当に同じ魂なら私でも出来るんじゃない?

 

ちょっと試してみよう。ええと、さっきと同じ要領で魔力を掌に……それで、こう、薄く、鋭く……ナイフみたいに……あれ、これちょっと難しい……え、待って、上手くいかないのだけれど。練習しないと駄目みたいね。やっぱり漫画とかアニメとかみたいにはいかないか。でも慣れれば出来そうな感じはする。

痛いから1日にそう何回も、ってわけにはいかないけれど鋭く伸ばした魔力で叩けば時間は掛かるけど鎖は壊せるかも知れない。

 

そうなると、問題は扉のほう。この扉、どうも魔力で強化されてるみたい。見たところ黒く色が塗られた木製っぽいんだけど、叩いた時の音が木のそれじゃない金属っぽい音。今の私ではどうやっても破壊は不可能。FGOのサーヴァントのオリジナル(ステンノ)と同等の力があれば何とかなるかも知れないけどね。

 

そうなると……脱出するなら窓から?でもあの高さなのよね。無事に降りられる気がしない。空を飛べる程の魔力は無いし。

魔力量自体はあるんだけどね。何せ魔王パイオスと同量だから。でも出力が無さ過ぎて……石油化学コンビナートの石油タンクくらいの量の魔力を一般家庭の水道の蛇口からチョロチョロ出しているようなもの。こればっかりはどうにも出来ない。多分パイオスの魂をもう少し奪えれば出力も上がるとは思うけど、もうそんな機会は訪れないでしょうね。

 

……っ!足音!

誰か来る。何事も無かったように振る舞っておかなきゃ。間違っても脱走なんて考えてないように見せないと。下手を打ってセキュリティを強化されたら困るもの。

ガチャリ、と鍵が開く音。扉が開いた先に立っていたのはパイオスとブエル。何をしに来たの?私から魂を奪うのは無理って分かって……まさかもう〈主神(ろくでなし)〉の加護を突破する方法を見つけたの!?嘘でしょう?

 

怯えて後退り、私はそのままベッドに崩れるように座り込んだ。言ってなかったけれど、私が身につけているのは破かれたままの状態のワンピース。当然残っているのはスカート部分のみで上半身は裸のまま。パイオスは私の服の状態になんて興味が無いって事でしょう。新しい服もくれないし。かといってワンピースを再展開したら礼装の事に気付かれそうだし。

 

パイオスが左手で私の両手首を掴む。私はそのままベッドに押し倒された。私の両手が頭の上で押さえ付けられて……。ガタガタと体が震え、絶望に染まった表情の私の瞳からは涙が溢れ出て止まらない。助けて、助けて、誰でもいいから助けて。

 

パイオスは何故か自分の右手人差し指の先端を噛んだ。その黒い皮膚から血か滲んでいる。な、なに?何の為にそんな事してるの?

 

パイオスの人差し指が、締まりの無くなった私の口の中へと侵入してくる。直後……自分の中から何かが引き出されてパイオスの方へと流れていくのを感じた。魂……じゃない、これは魔力……。私の中の魔力が、ゆっくりとパイオスの体へと流れていくのが分かる。

 

そうか、魔力供給!私からパイオスへの一方通行の、だけれど。ええと確か……うろ覚えだけれど接触による供給が効率が良いんだっけ?確か魔力は体液に溶けやすいからとかナントカ……あれ?それはパスが繋がってるマスターとサーヴァントの関係の場合だっけ?私とパイオスだと……イリヤとクロエの関係の方が近い?

そっか、でもキスとか性行為とかじゃ無くて助かった。それに魔力が目的なら魂を吸収されて消されるってわけじゃない。ほんの、ほんの少しだけ安堵したわ。お陰でちょっとだけ冷静になった。うん、これは私から魔力を引き出す実験ってところでしょうね。

 

でもちょっと長くない?魔力を奪える事は分かったでしょう?もう解放してよ。流石に指を咥えさせられたままっていうのは…………あ、待って、お願い待って、何だか体が……痺れて……あ……あ……。

 

「あ……あ…………あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」

 

私は堪えきれずに声をあげた。止めて、もう止めて!体がっ!耐えられないっ!痛いっ!体じゅうが痛い!痛い!痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

無理矢理。そう、無理矢理に私の体から暴風のように魔力がパイオスへと流れ出ていく。水道の蛇口程度の出力しか無い私からストーム級の勢いで魔力が吸い出される。私のキャパシティを遥かに越えている。全身から悲鳴が上がる。ジタバタと両足を動かして悶え、それでも止まらない苦痛の連続に私の表情は歪み、再び涙が溢れてくる。私の魔力はまだまだ潤沢にあって、その全てを吸い出すつもりのパイオスが止める気配は無い。

 

痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいいだいいだい…………。

 

あまりの痛さに私の意識がプツリ、と途切れた。白目を剥いて気絶した私に構う事無く続けていたパイオスが指を抜いたのは、粗方私の魔力を奪った頃。

 

『魔王様、どうですか?』

 

『フム、魔力は吸い上げられるが駄目だな。我の魔力容量を越えた上乗せ分は現在進行形で外へ漏れていっている。ドーピングの効果は精々十数分程度だろう。まあ魔力切れ時の充電器としてなら充分に使えるだろう』

 

パイオスは暫くは私の事を魔力充電器代わりに使うつもりみたい。私の魔力は徐々にだけど自然に回復できるしね。

痛みは本当に辛いけれど、私としては利用価値があった方が助かる。ほんの少しだとしても延命してくれるならその方がいいもの。

 

()()はどうするのですか?』

 

私を見て心底呆れたようなブエルの質問。パイオスは『……そうだな、あまりにも見苦しい。着替えを用意しておけ。床も掃除しろ』って答えて溜め息を吐いて部屋を出ていった。ブエルは『畏まりました』って返事をしてパイオスを見送った後、気絶したままの私と床一面に広がった()()に軽蔑の眼差しを向けてる。

 

『まさかこれ程無様に漏らすとは。コイツ本当に魔王様の一部なのか?』

 

押さえつけられた時に体勢がずれてベッドの上に乗ってたのは上半身のみ、下半身は乗って無かったからね。ベッドへの直接の被害は無かった。

ええっと……だって仕方無いでしょう。あんな意識が飛ぶ程の苛烈な痛みの連続、どうやったって耐えられるわけ無いもの。私だってお漏らししたいわけじゃない、これは……ホラ、魂が足りて無いせいだから。そのせいで他人よりも色々弱くなってるだけだから。私自身が悪いわけじゃ無いから。だから絶対『お漏らし女神(笑)』とかじゃ無いから。

 




ステンノさん、魔力を吸われる。
ステンノさんの考えている通り、イリヤとクロエの関係に酷似しているのでパイオスとステンノさんの間でパスを繋ぐ行為ゲフンゲフン無しに魔力供給が成立しています。

ステンノさんは不可抗力とはいえまた漏らしました。この世界に来てから踏んだり蹴ったりです。漏らしたのも2度目。大事な事なので2回言いました。

次回はステンノさんが姿を消した事に気付いた聖女様陣営の視点でお送りします。


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23話

不味い、ひっっじょーにマズイです(滝汗)。

 

現在、野営地を中心として広範囲を探し回っています。聖女こと私を含めた全員で、です。

理由は簡単。ステンノ様の行方が知れないからです。影も形もありません。

これはもしかしてもしかすると、私がグイグイ行き過ぎたせいでステンノ様が逃げてしまったのでは……?私の数々の変態行為に嫌気が差したという事なのでは……?

 

「何でだよ!?何で何処にも居ないんだよ!」

 

私の右隣には、走りながら焦り辺りを見回すニュクティさん。左隣には護衛のアルトリウス。

 

そっ、そそそそうです。ステンノ様がニュクティさんを置いて何処かに行くなんてあり得ない筈です。きっとアレです、お花を摘みにでも行ったのでしょう。それで戻ろうとしたら皆ステンノ様を探して駆けずり回っているから恥ずかしくて戻るに戻れなくなっているに違いありません。大丈夫ですよステンノ様。さあ早くその羞恥に染まったお顔を見せてください。

 

「聖女様、これはもしかすると……」

 

やめて下さいアルトリウス、私だって最悪の事態を考えたくなくて現実逃避してるんです。その先は言わないで下さい。

 

「大丈夫です、ステンノ様はきっとその辺にいらっしゃる筈です。ですからもう少し遠くも探してみましょう」

 

そう口にはしてみますが、私の中の不安は大きくなる一方です。嗚呼、立て続けに魔族の襲撃があったというのに私は何故ステンノ様の護衛をもっと強化しなかったのでしょう。こんな事になるなら初めから『ステンノ様が女神様』だと公言しておくべきでした。

 

ステンノ様がいらっしゃらない事に気付いたのは今朝の事。目が覚めた時にはステンノ様はベッドには居らず、馬車から降りた所を見た者もいない。昨夜の番をしていたアルトリウス達の証言通りならば、もしかすると夜中に馬車を出たまま戻っていないのかも知れません。

ステンノ様の神気を辿れたのは近くの泉まででした。そこからはプツリと途切れてしまっていて行方を追う事が出来ませんでした。嗚呼、一体何処へ行かれてしまわれたのでしょうか。こんな事なら初日のあの時のうちに襲ってしまえば良かった……いやいや違う、今はそれは置いておきましょう。

 

おや?ニュクティさんが街道の真ん中辺りで立ち止まりました。何か見つけたのでしょうか?しきりに周囲をキョロキョロと見渡していますね。

 

「……は?お前誰だよ?どこから喋ってるんだ?」

 

ニュクティさん、誰かの声でも聞いているのでしょうか?幻聴……などでは無さそうですが。

 

「え?何?あむらえる?それがお前の名前なのか?」

 

それを聞いた瞬間、はしたなくも私は思わず「ブーッ!?」と吹き出してしまいました。ファッ!?御遣いアムラエル様!?まさかニュクティさんに神託!?ナンデ!?!?ホントに神託!?待ってそうなると『神託の聖女』としての私の立場というものがアワワワワ。いやそれよりニュクティさんでも神託を受けられるとなるとステンノ様を手籠めにしようとしたとかナンとか言われて私は不敬罪でお払い箱になる可能性ががががが。

 

……じゃなかった。今このタイミングで神託、という事はやはりステンノ様に何かあったという事!どうにかして私もアムラエル様の御話を聞かなくては!

けれどニュクティさん経由となると細かいニュアンスが伝わらない所も出てくるかも知れませんね。私への神託は先日あったばかりなので次は数ヶ月後という事になりますし、こういった場面では不便ですね。うーん、今後は私も神託を受けた場合はそういう所にも注意してよく噛み砕いて伝えるべきでしょうか。

 

「聖女様、それとアルトリウスも。あむらえる?が手を繋いでくれってさ」

 

手を?ニュクティさんは一体何をしようと……いえ、これはアムラエル様の御指示、という事はこの行為には何か重要な意味がある筈です。躊躇する必要などありません。これが相手がステンノ様だったら良かったのに。

っと、繋ぎました。私がニュクティさんの右手を、アルトリウスが左手を。何が起こるのかと思っていると、ピリッと何かが体を走り抜けます。次の瞬間には声が聞こえてきました。

 

『ニュクティを通じて貴殿方に一時的にパスを繋ぎました。私の声が聞こえていますね?』

 

紛れもなくアムラエル様の御声。本当に神託が……これ本当にヤバいですね、私がステンノ様に色々してきた事をニュクティさんにバラされたら天罰どころでは済まないのでは?嫌な汗が止まりません。

 

それにしても何故ニュクティさんが神託を?私の事を誤魔化すついでに聞いておきますか。

 

「一つだけ質問を。どうしてニュクティさんが神託を受ける事が出来るのですか?」

 

『……あまり時間がありませんが説明しましょう。それはニュクティがステンノ様の奴隷となった事で『女神の眷属』と見なされたからです。眷属となった事でニュクティには一定の祝福が与えられています。神託を受けられるのもその一端です』

 

成る程、ステンノ様の奴隷となったからですか。つまり私でもステンノ様の奴隷になれば眷属となれるわけですか。ステンノ様の奴隷……よくよく考えてみるとなんと甘美な響きなのでしょう。ステンノ様の為だけに生き、ステンノ様だけを見る。それも悪くな…………いやしかし奴隷ではステンノ様に手を出せない!これは由々しき問題です!!やはり私が奴隷になるのではなくステンノ様に私の奴隷になってもらい…………ふぅ、危ない危ない。せめてこの場では自重しましょう。顔は変にニヤけたりしていないでしょうか?うん、大丈夫そうですね。

私は「アムラエル様の御言葉に納得しました」と言わんばかりに頷きました。キリッ

 

『では改めて。私はアムラエル。この世界の〈主神》の遣いです。これから話す事は重要案件ですので貴殿方に拒否権はありません。ニュクティ、それにアルトリウス』

 

いつになく真剣な声色のアムラエル様。これは私に関する事では無さそうですね。それに「なんだ?」「はい」とそれぞれ答えるニュクティさんとアルトリウス。二人に重要な任務……嫌な、ええ、とても嫌な予感がします。

 

『貴殿方二人には女神ステンノ様の救出に行ってもらいます』

 

ステンノ様の救出ですか。それは確かに最・重・要・案件ですね。子供とはいえ獣人のニュクティさん、それに神殿騎士の中でも随一の実力を持つアルトリウスならば大概の場所は大丈夫だとは思いますが……その行き先には一抹の不安が。

 

「それで僕達は何処へ向かえば宜しいのですか?」

 

相手がアムラエル様だというのに。そう訊ねるアルトリウスは冷静ですね。私が初めて神託を受けた時なんて、ビックリしすぎて地面を転げ回った挙げ句に勢い余って用水路へ落ちたというのに……。やはり幼い頃から『騎士であれ』と育てられた者は違いますね。私など聖女の力に目覚めるまではホンのちょーーーっとだけ可愛い女の子が好きな只の町娘でしたからね。

 

『貴殿方の行くべき先はドーリス大陸、魔王パイオスの居城です』

 

ドーリス大陸!?!?このペイシストス王国より遥か南東、魔族の本拠地ではありませんか!しかも魔王の居城って……いや待ってください、まさかこの短時間でステンノ様を誘拐しドーリス大陸まで到達していると?一体どのような移動手段を使ったというのですか!?ペイシストスからあそこまで恐ろしい程の距離があるというのに。早馬を休まず走らせても一体どのくらいの日数が掛かることか……。これは流石に黙ってはいられませんね。

 

「御言葉ですがアムラエル様!ドーリス大陸はこの地より遥か遠く、とても数日で辿り着ける距離ではありません!そんな距離を、しかも敵の本拠地にニュクティさんとアルトリウスのみというのは流石に……大規模な救出部隊を編成し向かわせるべきではないでしょうか?」

 

『許可出来ません。一刻を争う可能性があります。それに大規模な部隊を出せば甚大な被害が出ますよ?魔王の力は貴女の想像以上なのです。神殿騎士が束になったとしても敵う相手ではありません』

 

そんな!どうやっても時間が掛かるというのに一刻を争うなんて?!それに魔王……魔王の力はそれ程だというのですか。神殿騎士達は人間の中でも精鋭中の精鋭。それが戦えば甚大な被害が出るなんて。そんな相手からどうやってステンノ様を救出しろというのですか。

 

「では僕達にどうやって救出に向かえと?」

 

アルトリウスの言う通りです!どうすれば短期間で救出に向かい戻って来れるというのですか。それこそ瞬間移動でも出来ない限りは不可能……え?まさか出来るのですか?

 

『よいですか。救出にはこの国内に魔族が作った転移ポータルを利用します。ニュクティとアルトリウスの二名がこのポータルで直接魔王の城へ潜入、ステンノ様を連れて脱出して下さい。ポータルまでの案内は私がします』

 

唖然とする他ありません。転移……ポータル?そのような魔法があるのですか!?しかも魔族はそれを利用できて……んえっ?この国内に?って事は魔族はやろうと思えば何時でも、しかも内部からこの国に攻め込める?もしや人類は私が思っているよりずっと危ない状況まで追い込まれているのでは?

ですがそれならばどうして魔王は人間を滅ぼさないのでしょう?神殿に態々スパイを潜り込ませてまで……ん?確かステンノ様は魔族の狙いは自分だと言っておられました。となるとステンノ様を捕らえる為にスパイを?という事は……そもそも魔王は始めからステンノ様を手に入れる事だけが目的だった?ならばステンノ様を捕らえた今、人類は用済みという事に…………。つまり現状のままだと人類を滅ぼす為に近いうちに魔族が大攻勢をかけてくる……?

 

少し冷静に考えましょう。

ステンノ様の存在が鍵、という事はステンノ様の存在そのものに何かがあるのでしょうか?それならばステンノ様をいち早く奪還し、今一度人類の側に付いてもらえれば状況も変わる?

 

ならばアムラエル様のおっしゃった事も尤もですね。魔王がいつ私達を滅ぼす為に仕掛けて来てもおかしくない状況の今、アルトリウス達に賭けるしか無さそうです。

 

「ならば善は急げ、ですね。ニュクティさん、アルトリウス。ステンノ様をお願いします。私はこの場に残り魔族のスパイを探します」

 

私が付いて行っても足手まとい。やる事は一つですね。ステンノ様を魔族側に引き渡した裏切り者を捕らえなくては。

 

「お任せ下さい」と頭を下げるアルトリウスと「勿論だよ」と真剣な眼差しを向けるニュクティさん。頼みましたよ。貴方達にはアムラエル様が付いているのです。私の将来の嫁(意味深)……じゃなくてステンノ様を必ず救い出してくれると信じていますよ。

 

『それとカッサンドラ』

 

アムラエル様が私の名を!私にも為すべき事があるのですね!お任せ下さい!!ステンノ様の為ならばどんな事でも成功させてみせます!

 

『……ステンノ様の御迷惑になるような言動は控えなさい』

 

うっ……釘を刺されました。これはまさか今まで私がステンノ様にしてきた事がバレていると……。

私は「…………ひゃい」と気の抜けたような返事をし、その場に項垂れます。

ですが……こんな事ではめげません。ステンノ様の心と体、全てを手に入れるその時までは……!

 

『……そういうところですよ、カッサンドラ』

 

うえっ、心を読まれました!?




反省の色の無い聖女様、窘められる。


次回はニュクティとアルトリウスによるスニーキングミッション。「待たせたな!」とかは言ったりしない。


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24話

子供の頃に憧れたような。悪を滅ぼす、神に選ばれし勇者。立場でいうならこれはそれに近いのかも知れない。ただ、いざ自分がそうなってみると嘗てない程のプレッシャーと不安が絶えず襲ってくる。失敗は絶対に、絶対に許されない。許される筈が無い。女神が魔王の手に堕ちるなど、あってはならない。

 

……神造兵器『星の聖剣(エクスカリバー)』の帯刀を許された、竜の心臓を核に持つ本物の勇者、ステンノ(女神)が愛したらしい円卓の騎士王(アーサー・ペンドラゴン)とは違う。僕は顔や声がその彼に似ているらしい、というだけの少しばかり剣の腕に自信があるだけの只の人間だ。御遣い様の助力があったとしても、向かう先は敵の本拠地。それも懐。果たしてどこまで出来るかは分からない。それでも成功させなければならない。この命を賭して、眷属である彼を助けつつ女神を救い出さねばならない。

 

腰に目をやれば、三日月のように大きく湾曲した、その内側に刃のある変わった刀身を持つ剣。鎌のように相手に引っ掛けて切断するこの剣は、異界の鍛冶の神が鍛えたという神剣、名をハルパーというらしい。何でも相手の不死性を無視して切断できるらしいこれは、魔族の本拠地へと向かう僕への御遣い様のせめてもの気遣いらしい。その切れ味は折り紙付き。何せ神殿謹製のミスリル製の剣が一薙ぎで簡単に真っ二つになる程だ。これ程見事な剣は見たことが無い。

 

僕は、いや、僕達は。黒々とした毛並みに最高の脚を持つ駿馬に跨がり目的地へと駆けていた。背中では女神の眷属(お気に入り)であるニュクティが落馬しないように僕の腰に必死にしがみついている。周りを見渡せば既に木々の姿は無く、あるのはこの世界の独特な芝生が広がる一面の平原。僕達が馬で走り始めて既に2日目。これだけの距離を短時間で移動したというのだから魔族の身体能力は凄まじい。

 

『見えてきました。もうじき彼等の造ったポータルに着きます』

 

御遣い様の声が頭の中に響く。けれど、周囲にはそれらしき物は何も見えない。一面の平原。本当にこんな場所にそんな物があるのだろうか?いや、決して御遣い様を疑っているわけではないが、俄には信じられない。

 

『そこで止まって下さい』

 

言われるままに馬を止めて、ニュクティと共に降りる。やはり周囲には何も無い。魔族の手が加えられたような形跡は見えない。足首程度の高さの芝生が延々と続いていて遠くまで良く見渡せる。

 

『ニュクティ、そこから今貴方が向いている方角へ10歩進み、地面へと突き立てるのです』

 

ニュクティも御遣い様の言葉に首を傾げつつも歩き、歪な短剣を地面へと突き立てる。するとどうだろう。何も無かった地面に一瞬魔法陣が現れて、それが消滅した。もしも音がしていたとしたらパリンッ、という音だったに違いない。魔法陣の見えた地面には金属で出来た、一辺が僕の肩幅の三倍程度の長さの四角く黒い蓋が現れた。

歪な短剣の効果は事前に御遣い様に聞いていたとは言え、これには驚きを隠せない。まさかこれ程簡単に魔法を打ち消すとは。いや、それもあるが……これは不味い。恐ろしい事だ。こんな場所に人間には全く気付かれない魔族の侵入口があるのだ。これが国内にどれくらい在るのかは分からないが、出来るなら全て探し出して破壊しなくてはならない。

 

『魔王の城でも必要になりますので破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)の使用は最低限に留めて下さい』

 

ニュクティが御遣い様より借り受けた短剣、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)。三回折り返した雷の形のような歪な刀身を持ち、その効果はあらゆる魔術効果の無効化。これはそのレプリカらしく回数制限があるらしい。出来るなら本物を使いたい所ではあるけれど我が儘は言えない。神がこれだけ世界に干渉するのは異例中の異例との事。宝剣を2本も貸してもらえた事に感謝しよう。

 

「行こう、アルトリウス」

 

「ああ」

 

顔を見合せた後、僕は金属の蓋に手を掛けてゆっくりと持ち上げる。予想に反して異常な程に軽い。何だこれは。これは本当に金属なのか?魔法で軽くしていたとしても、さっきの一撃で効果は消えた筈。こんな軽い金属が存在している、いや魔族が既に発見し有効利用している?やはり不味いな。聖女様に報告しなくては。

 

蓋を開けた先には地下へと続く石の階段。警戒をしながら一歩ずつ慎重に降りていく。50段は下らないそれを降りきった先にあったのは、僕の身長の2倍程度の高さ、奥行きは10mといったところの四角柱の形の通路。壁も黒く薄暗いが所々に魔道具のカンテラが付いていて何とか歩ける。中は湿度が高いのか生温かくジメジメしていて不快だ。

 

通路の先に、見たことの無い魔法陣。これが転移ポータルというやつだろうか。二重の円の中に六芒星、それに見たことの無い文字が並んでいる。その六芒星の中には大小二つの円が重なるように配置され、中にまた何かの文字。外円の四箇所に描かれているこれは何かの紋章だろうか?恐らく初めて目にするものだ。魔法等には決して明るくは無いが、神殿の関係者やハンターの魔法使いが使用するものとは全く違う事くらいは分かる。成る程、これが転移ポータルだとすれば僕達人間が今まで使えなかったのは納得だ。

 

意を決して、魔法陣の中央へ。僕の直ぐ右隣にニュクティ。僕達の存在を感知したらしい魔法陣が、薄く輝き始める。仄かな温かさと宙に浮くような奇妙な感覚。ここを離れればば敵の懐。気を引き締めていかなくては。

 

 

 

 

 

気がつくと僕達は全く別の場所に居た。先程までの暗い地下ではない。広さで言えば20畳程度。周りを見渡せば壁一面がキャンバスに見立てられ描かれた絵画で埋め尽くされ、天井には大理石で彫られた幾つもの彫刻が一面に並び、足元を見れば白と黒の幾何学模様で彩られた床。置かれている調度品も年月は経っているものの、赤いクロスが張られたテーブルやその側に置かれた漆黒の生地で覆われた椅子等も高級品だろう事は僕にも分かる。これが魔族の城の一室だと?

 

その幾何学模様の床の中央に彫られている、先程の地下のものと同じデザインの魔法陣から出た僕達は、思ってもいなかった荘厳な城の一室に暫し声を失っていた。

 

『なんだぁ?』

 

僕は、不意に聞こえた声の方を振り向いた。扉の所には、大きな二本の角が生えた牛の頭蓋骨の頭部を持つ魔族の姿。身体の大きな四足歩行の動物の骸骨が二本足で立ち上がったような姿だ。その背には骨で出来た大きな一対の翼。あれで飛べるのだろうか?

 

兎に角ここで見つかるのは不味い。というより、この骸骨が僕達の事を他の魔族に知らせたら厄介な事になる。自分の力不足は承知で、僕はハルパーを右手で抜刀し迷わず斬りかかった。

 

鞘から引き抜いた勢いそのままに左から右へとハルパーを薙ぎ払うと、魔族の頭蓋骨が目にあたる部分を切り口に綺麗に上下に別れた。斬った僕ですら呆気に取られる程の切れ味。我に返った僕は、チャンスとばかりにハルパーを骸骨の魔族の頭から振り下ろす。恐ろしい程の切れ味を持つこの剣は、そのままこの骸骨を背骨ごと左右に真っ二つにした。例えこの魔族が下から数えた方が早い程度の実力だったとしても、こんなに簡単に倒す事など不可能だった。神殿騎士数人掛かりで、魔力を帯びたミスリルの剣で何度も斬りかかり、漸く打倒できるのが普通。一刀両断など見たことが無い。

 

「流石は神剣、か」

 

呟いて視線を右手のハルパーへと落とした。御遣い様がおっしゃられるには、まるで何事も無かったかのように抜刀前と変わらない輝きを持つこの剣を持ってしても魔王には勝てないらしい。正確には、この剣を持って、やっと魔王に傷を付けられるかも知れない程度だそうだ。これはハルパーが弱いのではなく、単純にこの剣の使い手として僕が力量不足だということだ。もしもこれが()()()()()()()()であれば魔王相手でも戦えたに違いない。力不足の自分が恨めしい。

 

「アルトリウス、早く行こう。別のヤツが来たら厄介だろ」

 

ニュクティの言葉に顔を上げる。骸骨の残骸を部屋の隅に押し込め隠して、僕達は慎重に周囲を窺い部屋を出る。

 

通路の、半円を描く天井には絵画が所狭しと並べられ、一定の間隔で大きなシャンデリアが吊り下げられていた。壁を見れば大理石の大きな柱が等間隔で並ぶ。通路の床も大理石で造られ、人が通行する場所には真っ赤な絨毯が敷かれている。柱と柱の間は総硝子張りで外からの光を取り込めるようになっていて、昼間の城の中は非常に明るい。やはりまるで……そう、まるで人間のそれと変わらない。魔法の事も考慮すると、魔族は人間以上の水準で生活している可能性もある。女神を救いだして一刻も早く聖女様にお伝えしなくては。

 

───────

 

見つからないよう細心の注意を払い、戦闘は最低限に留めて来た。ハルパーが神剣と言っても使い手が僕では強力な魔族に囲まれればひとたまりもないのだ。やむを得ない状況でのみ、一体しか居ない隙を窺い、声を出させずに一撃で葬った。ここまでで魔族の中でも上位の強敵に会わなかったのは幸運と見ていい。

それに加えて僕達がここまで来られているのはニュクティのお陰だ。ニュクティは何処を通れば魔族に見つかり難いのかが何となく分かるらしい。御遣い様曰く、これも女神の祝福の一つらしい。女神本人は本来、攻撃にさえ転じなければまず敵には見付からないという隠密行動に適した力も持っていて、ニュクティのそれはその派生の劣化版だという。

 

つまり、女神は僕達の居る人間界に降りるに当たってその力の大部分を封印したということなのか?封印しなければ下界には降りられない制約があるのか?そうまでして降りねばならない程、魔王は人間にとって危険な存在だと?だとすれば……女神の存亡はそのまま人間の存亡を左右する。

聖女様、貴女はもう少し慎重に行動できなかったのか……。聖女様がもっと早くに教えてくれれば、女神に護衛を付けて神殿側とは別行動を取らせ、神殿側には女神に偽装した囮を置いて魔族の目を撹乱したりも出来たかも知れないというのに。

 

 

 

 

「こっちだ、多分」と言って僕の手を引くニュクティ。ニュクティはもう一つ。比較的近い位置ならば女神の居場所が何となく分かるようだ。女神があのゴブリンのような魔族に拐われそうになった時に気付いたのも、恐らくこの能力のお陰だろうな。

 

木々や花々の生い茂る庭園の巨木の幹に身を隠し、僕はニュクティの示す方に目を向ける。ニュクティの人差し指の遥か先、一際高く聳える尖塔。どうやらあの塔への道は城の中央辺りから伸びる一本の連絡通路のみ。他の入口は見当たらない。塔の最下層周辺にも入口らしきものは無さそうだ。

 

「これは……簡単にはいかないだろうな」

 

そう口にして、僕は塔を見上げた。簡単に逃げられる場所に女神を置くとは思えない。恐らくだが、魔王の居る場所の側を通らないといけない。だがここで魔王に見付かれば全て水の泡だ。何か手はないものか……。

 

 




無事潜入したアルトリウスとニュクティ。
次回はステンノさんが……。



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25話

囚われた尖塔の最上階の牢獄の中。何故か魔族が用意した純白のドレス姿の私は、テーブルに置かれた金属で出来たスプーンをじっと見詰める。出された目の前の食事は、コーンもどきのポタージュ、コッペパンもどき(持った感覚は柔らかい)とバター、蒸し野菜にマヨネーズよねこれ?、それと鳥?肉のネギ塩炒め。それに微かにレモンの香る水。………私とニュクティがゼメリングに居た時より上の食事。しかも温かくて作りたて。なにこれ。もしかして魔王パイオス……もう一人の方の私って内政チートとかやってるの?私はこんなに何も出来ない役立たずって言っても過言ではないくらいなのに。ズルくないかしら?

 

……ああ、今こうやって考えてみると、そういえば私の前世の記憶って歯抜けになってるのよね。両親の事は分かるし確か父さんの趣味が家庭菜園だったのは覚えているけれど、どんな種類を育てていたのかとか内容はさっぱり思い出せない。父さんに畑の事とか色々教えてもらった筈なのに、その悉くの記憶が無い。それに私、料理が得意で調味料なんかも自家製で色々作っていた筈なのに、その具体的な内容の記憶もスッポリと抜け落ちている。他にも考え出したらキリがない程、私の記憶には抜け落ちが多い。多分、私の魂が普通の人の三割しか無いから相応の分しか覚えていないんでしょうね。もしかするとパイオスの方は優しさに関する記憶や人間味がごっそり抜け落ちてるのかも。その人間味は全部私の方に回った、とかね。

 

はぁ。パイオスの方は記憶の方も言葉通りチート転生なのね。なんて不公平なんだろう。幾ら元は一人の人間だったって言われても、ね。私にも『女神の神核』っていう一応のチートは載ってるけれど。

 

ポタージュを一口。思わず「……美味しいわ。ズルい」と不満が溢れる。何もステンノじゃなくても前世の知識でほんの少し生活しやすくなる程度でも良かったのかも。それでもどうせ〈主神〉が私に対パイオスのトラップを仕掛けたんだろうし。

 

さて、それじゃこっちのコッペパンもどきは……あぁあぁ、柔らかい!私の手でも力を入れなくても簡単に千切れる!口の中でモゴモゴしない!美味しい!あぁもうっ!

 

それにしても私にこんなまともな食事を出すっていうのはどういう事なんだろう。私に死なれたら困るっていうのは分かるけれど、私は(普通に生活する分には)不老不死なわけだし、食事が粗末でも死ぬわけじゃない。例えばだけど同化したら今の私の記憶も引き継ぐとか?どうせパイオスの記憶になるから食事もいいものを出す?それはありそう。だって、父さんの趣味が家庭菜園だったって思い出したの、ついさっきだし。

 

あっ、ネギ塩炒めは……うん、美味しい。久しぶりのマヨネーズも美味しいわ。うぅ、凄く悔しい。

 

 

 

食事の事はいいとして、いや良くはないけれど置いておく。ここから脱出する際の問題は、やっぱり私が弱過ぎる事と、魔力操作の稚拙さね。我ながらもう少し上手くなれないのかしら?例えばそう、針金程度の細さまで魔力を圧縮して撃ち出せたりすれば、少ない出力でも相手の急所を貫通させたり出来そうじゃない?まぁその魔力圧縮が上手く出来ないから机上の空論なんだけどね。せめてもう少し魔力操作が出来るか出力が有れば……。はぁ。魔力が使えない状態でも宝具は使えたのになぁ。

 

……あれ?そういえば。あの〈主神〉、嘘はついてないって言ってたわよね?それでアムラエルさんは、私は女神の神核と吸血以外のスキルは使えないって確かに言ってた。それが嘘じゃないっていうのなら、どうしてあの時ステンノの宝具が使えたの?宝具は別枠だから?それとも…………。

 

そうよ、あの〈主神〉が他に何の策も用意してないなんておかしいもの。なら仮に私を救出に向かってるであろう人間が失敗したりしても、私だけはどうにか逃げられるような手を用意してる筈。

なんで今まで気が付かなかったんだろう。これも魂が別たれてる弊害かな?

 

兎に角試してみる価値、あるかも知れない。でも私、fateのセリフとかを丸暗記する程は知ってるわけじゃないのよね。こういう時は、ええと。

 

「アムラエルさん?今もモニターしてる?見てたら返事をしてくれない?」

 

天井を見上げて数分。随分と遅れて声が聞こえた。

 

『………………はい、ステンノ様。ええと、返事が遅れてしまい申し訳ありません』

 

何か取り込み中だった?まぁそうよね、私だけに掛かりきりって訳にもいかないでしょうし。それじゃ魔族が近づいて来ないうちに用事を終わらせないとね。

 

「ちょっと聞きたいのだけれど、()()()()()()()()()()()()()()()って出来る?」

 

『はい、出来ます』

 

うん、それなら何とかなるかも。問題は上手くいくかどうかだけれど……私の身体が『FGO』のステンノだっていうのなら出来る筈……と信じたい。出来るわよね?自信無くなってきた。問題があるとすればこの世界が地球じゃ無いって事だけれど……こういう時くらい〈主神〉が何とかしてくれるよね?

 

「それなら、これから私が言う図に当たるものを投影してくれるかしら?」

 

──────

 

「これで、よし」

 

魔力を通したスプーンで、頭の中に投影された図形を床に描いた。あとは私次第。

 

私の中に意識を向ける。魂と完全に混ざり、私そのものとなった女神の神核を見つけるのは最早容易な事。儀式に使う触媒は、私自身。

 

右手は胸に当てて己の中の神核の存在へと向け、左手をスプーンで描いた図形の真ん中に置いて、魔力の流れる向きを図形の方へ。準備はこれだけ。触媒が()()()()()()じゃないから上手くいくかは賭け。あとは……さっきアムラエルさんに引っ張って来てもらった言葉を紡ぐだけ。

 

大きく深呼吸。スーっ、ハーっ。ちょっと緊張する。もしもこれで出来なかったら黒歴史確定ね。きっと後々まで〈主神〉におちょくられるに決まってるわ。

 

覚悟、決めよう。

 

 

 

「…………告げる!

汝の身は我に!汝の剣は我が手に!

聖杯のよるべに従い

この意この理に従うならば応えよ!

 

誓いを此処に!

我は常世総ての善と成る者!我は常世総ての悪を敷く者!

 

汝 三大の言霊を纏う七天!

抑止の輪より来たれ 天秤の守り手!

 

夢幻召喚(インストール)!!!』」

 

 

 

───────

 

何だ?塔の最上階が一瞬光ったような……。何かの見間違いか?だってステンノは魔法とか全然だった筈だしな。

 

「ニュクティ、何かあったのか?」

 

アルトリウスが俺の様子に気付いて声を掛けてきた。まぁ気のせいだよな。「いや、別に」って答えた。

 

「それにしても本当にやるのか?」って俺の質問に「ああ。魔王やその直属の配下に見つかる訳にはいかない」って真面目な表情のアルトリウス。アルトリウスはこの尖塔の地面と接している部分、つまりは今俺達が居る場所に無理矢理侵入口を作って中に入ろうとしてるんだ。ああ、分かってるよ、ハルパーなら多分出来るさ。でもそれってこの塔を一階から上まで登るって事だろ?うへぇ……幾ら俺が獣人だっていってもこの高さはなぁ。

 

何か都合良く入口とか無いのかよ?例えばほら、転移ポータルみたいに瞬時に上まで行けるようなヤツとか。適当にこの辺に隠されてるとかだと助かるんだけどな。

こう……プスッと。

 

うおっ!?ヤケクソで地面にルールブレイカー刺したら本当に入口が出てきた!!この金属の蓋を開けて……やったぞ!魔法陣だ!

 

「お手柄だな、ニュクティ」

 

強硬突入しようとしてハルパーを構えてたアルトリウスがこっちに向かって来た。あとはこの魔法陣が上に通じてるのを祈るだけだ。よく考えたらあの連絡通路が使えなくなった時用に別のルートを作っておくのは普通の事だもんな。これは行けるに違いないぞ。待ってろよステンノ、今助けに行くからな!

 

 

 

ってカッコつけたのは良かったんだけどな。転移してみたら塔の真ん中くらいだ。何だよ、最上階まで行ってくれないのかよ。半分でも登るだけで一苦労だぞ?しかも帰りは疲弊してるだろうステンノを連れて降りなきゃいけないんだぞ。もう少し手加減してくれてもいいだろ。

 

仕方ない、今は急ごう。上位の魔族が俺達の侵入に気付いてる可能性だってあるんだ。時間が惜しい。それに早くステンノの無事を確認したいしな。

 

幸いな事に、ここから螺旋階段の上まで見通せる。見た所だと魔族らしき姿は無いな。今のうちだ……って言ってもどれだけあるんだよ、この階段。気が遠くなりそうだ。

 

 

 

──────

 

………………。

 

これ以上無いってくらい、上手くいったわ。

 

頭には、白と黒のカチューシャ……ううん、ミニボンネットって言った方がいいかな?

着ているのは胸の部分だけレース状になっていて辛うじて隠せるけれど他は総シースルーで丸見えのローブ。だから当然、私の髪と同じ色のインナーも見えている。まぁこれは見せ下着、よね?だからセーフ……セーフなんだから。

 

左右の手には金色の腕輪が四つ巻かれてる。左手は親指以外の四本の指に、右手は小指と親指を除く三本の指にそれぞれ嵌めた銀の指輪から鎖が伸び、手の甲にある金色のアミュレット……ええと確か……そう、『女神のきらめき』だっけ、それに繋がってる。

 

背にはローブ同様シースルーの羽衣。それにリング状に輝く後光。

つまり今の私はステンノ第三再臨の姿。今の私の事を考えると、FGOで私が育てたレベル100ではなくて第三再臨可能な60程度、って考えていた方が無難かしら。

 

あとは力の確認だけれど、右手に魔力を集めて……うん、もう分かった。さっきまでと違って格段に扱いが上手くなってる。他のスキルも今なら使えそう。これなら脱出出来るわ。先ずは魔力を纏わせたままこの足の鎖を……。

 

 

バギンッ

 

 

出来た!私でも壊せた……!嬉しい、凄く嬉しいわ。これで時間限定とはいえ足手纏いを卒業出来るって思うと……ちょっと涙が出てきた。

よし、それじゃこのままあの扉を壊して外へ出よう。集中して、魔力を右手に……。

 

私が魔力を放とうとしたその時。「ステンノ、無事かっ!?」って声と共にニュクティとアルトリウスが肩で大きく息をしながら扉を開けて入って来た。あっぶない、もうちょっとで二人に魔力をぶつける所だった。二人とも、鍵はどうやって開けたの?

 

……あ、ニュクティの手にあるその破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)か。アムラエルさんの仕業かな?私を助ける為に随分奮発したのね。

 

あれ?アルトリウスもニュクティも、何だか私を見たまま呆けてない?ボーッと見つめてるみたいだけれど。もしかして私に魅了されちゃってる?女神に見とれるのは仕方ないけれど、今は駄目よ?無事に帰ってからにしてくれる?

 




自分を触媒にFGOのステンノを夢幻召喚。ステンノさんは気付いてませんが、彼女には主人公補正という強い味方がいます。


ステンノ(魅了されちゃってるのねフフッ)
アルトリウス(神々しいな)
ニュクティ(何か背中で光ってる……)


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26話

ぽかん、って表現がピッタリの二人。うーん、どうも私に見とれてるってだけではなさそう。

まぁそうよね。幾ら私が『男性の理想の具現』って言ってもそれだけならそういう反応にはならないか。いざ助けに来てみたら私は思いの外元気そうで、しかも神々しく光ってるわけだし。

 

「助けに来てくれたの?ありがとう」

 

部屋の中央に立ったまま微笑む。今の私なら守られる立場ではなくて二人を守る側になるのかしらね?夢幻召喚は宝具を使ったら強制解除になりそうだから女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)は一先ず温存する方向かな。それでも充分いけると思うし。

 

「いや、確かに助けに来たんだけど……その格好はどうしたんだよ?」

 

うーん、ニュクティも私の事好きならもう少しこの姿の虜になってくれてもいいと思わない?夢幻召喚したお陰でステンノとしての魅了の力も上がってると思うんだけど……まあいいわ。説明してる時間も惜しいし。夢幻召喚が時間経過で強制解除とかだったら困るしね。「後で纏めて説明するわ」って返して、部屋を出ようと思ったのだけれど一度立ち止まる。私だけなら気配遮断A+があるから見付からずに逃げられると思うけれど、アルトリウスとニュクティはそうはいかないだろうし……陽動が必要かしらね?

 

ええと確かFGOのステンノの攻撃モーションに……こう、敵に十字の光を爆発させるヤツがあった筈よね?分類としては遠距離攻撃魔術的な。あれ、今の私ならできるよね?

 

私は格子の填まった窓の方へ。窓を開け、その格子越しに外を覗く。ここから離れた、城の中央を挟んだ反対の位置の、この尖塔よりも二段階程度低い塔。狙いはアレでいいかしら。魔力が届くといいんだけれど。両手を胸に当てて、向こうの塔まで意識と魔力を伸ばすようなイメージで……うん、行けそう。威力は下がるかも知れないけれど目的は破壊じゃなくて陽動だからね。

私の足元が微かに円形に光り、一瞬だけれど魔法陣が浮かび上がる。その直後、向こうの塔の先端に十字の形の光が現れて爆発が起こる。思った通り威力はそこそこで塔の形も残ってるけれど、これで注目は向こうにいった筈。

 

「女神様、今のは!?」

 

あれ?アルトリウスが思いの他驚いてる?でも気にするのは後でね。それからその『女神様』っていうのは止めてくれない?

 

「今まで通りステンノ、でいいわ。敬語も無し。これは女神としての命令」

 

「はい、分かりま……あ、いや、分かった」って答えたアルトリウスに軽くウィンクした私は、二人の手を取り部屋を出る。あ、ニュクティもアルトリウスもちょっと顔が赤くなった。うんうんそうよね、欲しかったのはその反応よ。フフッ。ちょっと楽しいわ。

 

 

 

二人の手を引いたまま、螺旋階段を走り降る。今までが嘘のように足が軽い。筋力は変わってないと思うのだけれど、魔力の流れ方の違いかしらね?これは敏捷Bになってるわ、間違いない。……何だかステンノ(オリジナル)に『力くらいもう少しマトモに使えるようになれないの?』って言われてるような気分だわ。そういえばエウリュアレとメドゥーサってステンノのコピーなのよね……その定義でいくと私もステンノ(オリジナル)の妹になるのかしら?だとしたらここまでの無様さを考えると『愚妹』とか言われたりする?……考えるの止めよう。

 

それにしてもこの階段を下まで降りるの?二人ともよく登ってきたわね。それならもう少しだけ休ませてあげれば良かったかも。言ってくれれば良かったのに。

 

私は二人から手を離して、右手に魔力を集め、人のカタチを形成。例えるならば、古代ギリシャの兵士。装備は簡素な装備とラウンドシールド、それに剣。アルトリウスの身長より少しだけ高いかな。

FGOのステンノの攻撃モーションにその兵士で攻撃するものがあるんだもの、今の私に出来ないわけない。『人が空想できる事全ては起こり得る魔法事象』ってね。ま、今の私は人というより女神だけれど。

 

魔力で造った兵士が二人を掴んでそのまま螺旋階段の中央に空いた空間に身を投じた。行儀よく階段を降りていたら時間も体力も消耗するし、ショートカットね。さて、それじゃ私も行こうかしら。私はその後を追うようにフワリ、と吹き抜けに身を投げ出す。暫くは自由落下。私の落下軌道にはキラキラと光のエフェクトが残っている。

 

二人の話だと途中に転移魔法陣があるんだっけ。

高さ残り半分を過ぎた辺りで、魔力制御をしてフワリと階段へと戻った。うん、多少の無理は平気みたい。

二人の方はというと、私の魔力製の兵士がガキン、と壁に剣を突き刺して停止。兵士に放られて階段へと戻った。直後、役目を終えた魔力製の兵士は霧散して消滅。ちょっと強引だったけれど二人なら大丈夫……な筈。

 

「二人とも、大丈夫?」

 

「あ、ああ。僕は大丈夫だが……」

 

「ビックリしただろ!言ってくれよ!」

 

ニュクティは何時も通りね。これで変に避けられたらどうしようかと思った。アルトリウスはまだ遠慮してる?大人として分別があるのは良い事なんだけど、それだと私が気にする。

 

仕方ない、ちょっとサービスしてあげようかしら。アルトリウスの方へ近付いて、彼の右手に抱き着いてみる。ほーら赤くなった。「いや、あの、女神様?」って焦ってる焦ってる。そうよね、今の私にこんな事されたら焦るに決まってるわよね、知ってるわ。それと「女神様」じゃ返事はしてあげないからね?

 

「…………分かった、降参だ。降参するから手を離してくれ」

 

そうそう。フランクにしてくれた方が楽でいい。私は元々そんな偉いわけじゃないものね。

 

アルトリウスに絡めていた両手をパッと離してあげた。ホッとしてるみたい。このくらいで許してあげよう。今は先に進まないといけないしね。

腕を組んだせいで拗ねた様子のニュクティの右手を繋いであげて、側に設置されていた魔法陣に乗る。この城に転移した時と同様に、少しだけ体が浮くような感覚。次の瞬間には地面に設置された蓋の下にある地下室。数段しかない階段を慎重に上がって外の様子を窺うニュクティとアルトリウス。ああそっか。警戒しないと普通は見付かるものね。

 

念の為にこの辺で気配遮断が機能してるか試しておきたい。

私は二人の間をスルリ、と抜けて地面に立ってみた。周りには誰も居なさそう……いや、居たわ。丁度爆発のあった塔の方向へと走る不細工で肌が土色の、上半身がやたらと大きく腕も長い何かが数匹。ええと、トロールっていうの?下半身だけ鎧を着けてて、手には剣を持ってる。うーん、魔族……には見えない。下っ端の魔物か何かかしら?トロール達は私の目の前を不恰好に走り右から左に通過していく。こんなに目の前に居る私の事は全く気付いてないみたい。うん、ちゃんと気配遮断は使えてる。

 

……そのあとニュクティに怒られたけどね。「勝手に居なくなるなよ」って。アルトリウスにも「あまり一人で動かないでくれ」って釘を刺されたし。突然二人の前から消えたのは謝るけど必要な事だったんだけどな。

 

さて、今のうちに転移ポータルへ急ぎましょうか。って言っても私は目隠しされてたから場所は分からないから二人に付いていくだけなんだけど。

 

 

 

流石に侵入者を警戒してか、私を助けに来る時に数体の魔族を殺してる事もあってか。なんだろう、まるで最初から私が脱走してポータルに向かうのが分かってたみたいに警備兵の数が増えていってる。最初のうちは数も少なくて不意打ちで倒すとかやり過ごすとかしてたんだけれど、途中からはそうもいかなくなった。アルトリウスはもうハルパーを抜刀したままの状態で敵を見つけ次第切る、私も魔力を飛ばし牽制したり魔力製の兵士を作りだして斬りかからせたりスキル『魅惑の美声A』で誘惑して動きを止めたりね。目的の通路以外の所にはあちこちに中~上位そうな魔族が徘徊してて、彼等に見付からない為に私達はポータルのある部屋へと真っ直ぐ進むしか無くなった。夢幻召喚してなかったらここまで来られなかったわ。

 

「キリが無いな!」

 

アルトリウスがそう愚痴りながらハルパーを横に薙ぎ払った。私と同じくらいの大きさの蝙蝠が上半身と下半身に綺麗に分かれて床に落ちて、絨毯にその血が染み込んでいく。これでもう何体目?アルトリウスもニュクティも肩で息をしてる。本格的に魔族が出てきたらちょっと不味いかも。私も、二本足で立つライオン頭の何かの脳天を右手の魔力で叩き割って、その場で両手を膝に置いて荒い呼吸を繰り返す。どうして持久力は増えて無いの?そろそろ辛くなって来た。

 

なんだろう、嫌な予感がする。何かおかしい。

私達の動きを分かってるのならもっと警備兵の数を増やしたり、私達が苦戦するような強力な魔族を何体も置いたりして脱出困難にするわよね?それなのに私達が通らなきゃいけない道は何ていうか、比較的弱い部類の兵しか配置されてないような……わざと他の経路を通らせずポータルがある部屋へと追い込まれていってるような。

これ、もしかして罠だったりする?他の場所へ逃げられないように誘導されてる気が……。

 

「あそこを通らないとポータルのある部屋には行けないんだが……」

 

アルトリウスが視線を向ける先は、二人が最初に踏み出した大理石の回廊。身を隠すような物は少ないけれど、柱の影に身を潜めながら様子を窺う。赤い絨毯の向こうには黒く大きな影が居る。目的の部屋はその先。

 

つまり、あの魔族を何とかしないと脱出出来ない。嗚呼、これ完全に待ち伏せされてる。もしかして今までのは全部、あの魔族を引き立たせる為の演出とか?何て悪趣味なの?

 

……アレは影じゃない。黒く巨大な盾を左手に、同じく黒く飾り気のない、鍔の無い大剣を右手に持った黒い鎧。兜はしてなくて代わりに虎のようなマスクをしてるから実体はあるみたい。背中には鶏のような一対の翼も生えてるし、ライオンの鬣のような暗い黄色の長い髪も見える。

 

『我が名はキマリス。女神を置いていけ。さすれば苦しまずに殺してやろう』

 

私達に気付いてるのか。なら逃げるのは無理かも。だからって素直に正面から戦ったりしないけどね。

私は静かにキマリスに向かって歩き出す。念の為に柱に隠れながら。キマリスが私に気付く様子は無い。うんうん、ステンノの気配遮断を破れない程度って事ね。それならいけるかしら?

 

キマリスを通り過ぎて、後ろへ。そーっと近付いて、トントン、と右肩を叩いてみた。流石に気付いた様子のソレが私の方を振り向く。

 

『女神だと!?何故後ろに居るのだ!?』

 

キマリスの言葉で、ニュクティ達もそこでやっと私が移動してた事に気付いたみたい。私を助けようと慌てて姿を見せるけど、ちょっと遠いから間に合うような距離ではないかな。ニュクティ達が私に近すぎてもしもの事があったら困るから。

 

「覚悟はよろしいかしら?」

 

お決まりのセリフを口に出して、私はキマリスに微笑む。ええ、宝具『女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)』。予想通りに。呆気なく。キマリスは顔から順に胸、胴、手、下半身、足と全てが石へと変わって前のめりに倒れた。バキバキッ、って音と共に、石となったソレは砕ける。

 

「終わったわ」

 

相手が一人、それも男性で良かったわ。これでどうにか脱出できる。一瞬呆気にとられていた二人が我に返り、私の方へと駆けてきてくれる。

……っ、何!?視界がブレる!?体から力が抜けていく……駄目、立っていられない……。

 

「直に見ると凄いな……っと、大丈夫か!?」

 

感嘆の声もそこそこに、アルトリウスはフラついて倒れそうになった私を抱き止めてくれた。

彼の腕の中の私は夢幻召喚が解けて、純白のドレスの姿に戻った。ああ、やっぱり宝具を使ったら戻ったわね。それにしても反動があるなんて聞いてない。まだ頭がクラクラするわ。

 

「無理に女神の力を行使したんだろう?少し休んだ方がいい」

 

ん?

アルトリウス、何処でそういう話になったの?まあでもそんなに間違ってはいないからいいか。立ち止まって訂正してる暇は無いし。追っ手がすぐそこまで来てるかも知れないしね。早くこの城からオサラバしよう。

 

「平気よ。それより急がないと」って言いながら、私はアルトリウスから無理矢理離れて扉に手を掛け開いた。

 

直後。突然私の右脇腹に何かがぶつかった。そのあまりの衝撃に私は横に吹っ飛んで壁に激突。

なに……?何が起きて……?壁にぶつかった左腕が痛い。それに頭もぶつけたみたい。ジンジンと痛む左側頭部を左手で触ると、掌にはベッタリと赤い血が付いていた。あー不味い、のかしらね?

あ……右の脇腹が痛い……痛い、痛い、痛い!!肋骨!肋骨が折れてる!!痛い!漫画とかの主人公はよく『肋骨が何本か持っていかれた』とか言って平気な顔してるけど!そんなの嘘じゃないの!痛い痛い痛い痛い!

倒れたままその場で蹲って、慌てて右脇腹を押さえようと左手を回して……触れた瞬間、更に激痛。思わず「あ゛あ゛あ゛あ゛っ」て声をあげた。

それから吐き気がして、噎せながら内容物を吐き出す。私の行動一つ一つが肋骨に響いて、新たな痛みを運んでくる。

 

私の口から出てきたものは血だった。真っ白だったドレスも、私の鮮血で所々赤く染まっている。最初の一撃で内臓の何処かをやられたのか、それとも折れた肋骨が何処かに刺さってるのか。

 

『危うく殺す所だったか、危ない危ない』って声がすぐそこで聞こえて、私はハッとして顔をあげた。目の前には全身が紫の毛で被われた……体長が私の二倍くらいある、背に翼竜のような小さな翼のある大猿?が居たわ。まだ居たなんて……最後の最後で油断した。今の私じゃどう足掻いたって勝てないのに……。

調子に乗って宝具なんて使わなければ良かった。折角此処まで来たのに。

 

『チッ。アイツには『生かして捕まえてこい』って言われてるからな……()()()()生きてりゃいいんだったよな』

 

この猿……舐め回すかのように、値踏みするかのように私の全身をマジマジと見てる……あれ、コイツ何だか股関部分が膨らんでない?『グヘヘ』、じゃないでしょう!?嘘でしょ!?気持ち悪い!!絶対、絶対にイヤ!!

 

 




詰めの甘いステンノさん。
お約束だぜヒャッハー(貞操の危機)な状況に。

次回はステンノさんの過去にすこーしだけ触れる、かも知れない。



エウリュアレの霊衣だけじゃなくてステンノ様の霊衣も出してくれていいのよ運営さん?


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27話

何でなの?何で私の役回りはこんなのばっかりなの?ボロボロに傷付けられた挙げ句、こんな醜い人間ですら無いヤツに犯されるの?やだ、やだやだやだぁ!

 

怪我と痛みのせいで体が上手く動かない。ニュクティは少し離れた位置にいるし魔族相手じゃ手出しはきっと無理、アルトリウスは私同様吹き飛ばされていてまだ立ち上がってない。誰も助けてくれない。

どうしたら良いの?逃げられない!

 

大猿モドキが私の首を掴んで床に押さえる。『獣人のガキ、手出しするなよ?でないとコイツの首を捻切るからな』と威嚇する。痛みに悶える私のドレスは片手で引き裂かれて、紫に変色した右脇腹を含めて素肌の大部分が露にされた。

 

助けて!助けて!お願い助けて!

 

涙が滲む私の視界の先に、やっと立ち上がってハルパーを構えるアルトリウスの姿が映る。この大猿モドキもアルトリウスに気が付いて彼を睨む。

 

──仕方ないのぅ、落ち着くがよいぞ。手ならまだお主の左手にあるじゃろう?──

 

こんな時に〈主神(ろくでなし)〉の声が聞こえた気がした。左手?左手だけでどうしろって……。

 

あっ………………。

ええと。

 

 

 

「…………ガンド」

 

私の左手の指先から放たれた赤い光が大猿モドキの顔に直撃。大猿モドキの全身が痙攣して動きが完全に止まる。

 

ニュクティが扉の向こうへと走り出す。

アルトリウスが大猿モドキの手から私を奪って、背中と膝の裏に手を回して抱き上げ走る。アルトリウスとニュクティは魔法陣へと到達して、ポータルが起動する。私達の姿は城から消えた。

 

 

 

ペイシストス王国側のポータルへと戻った直後、ニュクティが破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)を地面に突き立てると転移魔法陣が消滅。同時に破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)が音もなく砂のように崩れ落ちた。

 

助かった……の?

 

体が痛い。右脇腹は酷い状態だし、ドレスは服の意味を為さないくらいボロボロだし。こんな状態でアルトリウスにお姫様抱っこされてるとか恥ずかしい……。

 

「大丈夫か!?」

 

全っ然大丈夫じゃないわ、ニュクティ。今回()駄目かと思ったもの。それこそ取り乱してガンドの存在を忘れるくらいに。

 

私の姿を見かねて。アルトリウスが自分のマントを外して私の体を包む。血が滲む頭には、ドレスを切り取って即席の包帯にしたものを巻いてくれた。頭と体の内外の痛みは治まる気配は無いけど、寒さは少し和らいだ気がする。生憎この辺に回復に使えそうな血は無さそうだし、カッサンドラさんと合流するまでの辛抱かな。拐われた時は確かここまで来るのに一時間程度だったよね?それなら少し我慢すればいい。大丈夫、そのくらいなら多分どうにか耐えられる。

 

「ステンノ様がこの傷では急がなくてはならないのだが……馬での長時間の移動はキツイだろうな」

 

「私なら平気、だから。行って、アルトリウス」

 

か細い声ながらもそう返した私。

 

 

 

ええ、そう返事をした少し前の私を殴ってやりたいわ。だって、馬で最速でも2日も掛かるっていうのよ?どれだけ速かったのよあの魔族!しかも、幾らアルトリウスが私を落馬しないように抱いてくれているっていっても走ってる最中は大きく揺れて、その揺れの度に私の体が悲鳴をあげる。右脇腹や内臓、左側頭部なんかに特に響く。痛い、なんてものじゃない。確かにパイオスに魔力を奪われたアレに比べたらマシだけど、そもそもアレと比較するっていうのがおかしい。痛いっ、痛いっ、痛いっ!!こんなんじゃカッサンドラさんと合流できる前に死ぬかも知れないわ。もう泣きたい。いや既に泣いてるけど。情けない事に泣きっぱなしなんだけれど。

 

「やはり痛むか。やむを得ないな。ニュクティ、少し休んでいこう」

 

「分かった」

 

アルトリウス達は私の体を気遣って休憩を多めに取りながら進んでいる。だから中々進まない。馬で移動せずに横になっている間は痛みが多少マシになるから有り難いのだけれど、治るのがどんどん先延ばしになるのはそれはそれで辛い。

 

……辛いわ。転生する時はこんな事になるなんて予想も出来なかった。もっと平凡な、普通の人生で良かったのに。もうあんな結末にならな………………ん?あんな結末って何だっけ?まあいいわ。体が休息を求めてるし少し眠ろう。ついでに眠ってる間にカッサンドラさんの所に着かないかしら。

 

──────

 

夢。

そう、それは夢。

 

一面何もない荒野に片膝を付いて、何かを支えに立ち上がろうとする誰か。その誰かから少し離れた位置にいる、これまた何かを支えにしてやっとの思いといった様子で立つ誰か。二人とも像がぼやけていて誰かはハッキリとは分からない。でも、二人の身に付けているものの色合いが似ているのは分かる。

 

私は誰かに向かって叫び続けている。でも言っている内容が私の耳に聞こえて来ない。

私が叫び続けている相手は、どす黒く染まったオーラを纏う誰か。その相手もぼやけていて誰かは分からない。でもきっと私にとって大切な人だったんだ。だって心の中に懸命に、けれど悲痛に、この誰かを想う気持ちが溢れているから。

私はそのどす黒い誰かの腕を、振り落とされまいと必死に掴む。両足が失われ、あちこちが痛む体で懸命に。

 

不意にどす黒い誰かの動きが止まる。私は遠くで立っている誰かに何かを叫んで。誰かの声が聞こえて。綺麗な光が現れて、私とそのどす黒い誰かを包んだ。

 

 

 

……そこで夢は途切れた。

 

──────

 

 

 

…………んっ……。

何だか変な夢を見た気がする。

 

目覚めてみると、私は見覚えのある馬車の中に居た。簡易的に組み立てられたベッドの上に横たわった状態でシーツが掛けられていて、体には何も身に付けていない。その代わり傷は全て治っていた。神殿所有の馬車か。良かった、眠ってる間にカッサンドラさんと合流出来たのね。もしかして向こうから私達の事を迎えに来てくれたのかな?

 

「お目覚めになられましたか!良かった……良かったですぅ……」

 

右から聞こえた声の方を見ると、涙を流して喜ぶカッサンドラさん。嗚呼、ずっと付いていてくれたのかな?目にはクマが出来てるし、少しだけ窶れたようにも見える。私に欲情する変態……だけれど、本気で心配してくれたのかな。本当は色々と言いたい事があるのだけれど。以前私にベタベタと触ったりとか変な所に手を伸ばしたりとか触れなくても治癒できる事とか今現在私が一糸纏わぬ姿な理由とかだったり。今回だけ見逃してあげる。今回だけ、ね。

 

「……ハッ!?だだだ大丈夫ですよステンノ様!ステンノ様の意識が無いのをいい事に貞操を奪ったりはしてませんから!ほほほ本当ですよ!」

 

…………もしかしてやろうとしたの?やっぱり見逃すの辞めようかしら?

 

ジト目で睨んでみた。カッサンドラさん、「ジト目!ステンノ様のジト目!ご褒美!ハァハァ」って呟いてるわね。ハァ、何だかもういいわ。

 

「それからステンノ様、これはどうされたのですか?」

 

ほんと、切り替えの早い人。私はシーツが落ちないように体に巻いて、上半身だけを起こした。カッサンドラさんの手の中にあったのは、金属製のスプーン……え?何これ?

 

「ステンノ様の着ていらしたドレスに引っ掛かっていたものです。ステンノ様の魔力が残っていたので、何か大切な物なのかと……」

 

私の魔力?もしかして、魔法陣を描くのに使ったヤツ?

スプーンを受け取り、マジマジと眺める。うん、やっぱりあの時私が使ったものだわ。食事するのに使って、そのまま魔法陣を……。

 

「確かに私が使ったものだけれど。…………カッサンドラさん、貴女これ妙な事に使ったりしてないわよね?」

 

「ブフォっ!?つつつ使ってません!確かにあんな事やこんな事に使おうとしましたけどアムラエル様に怒られたから思い留まったので使ってませ痛ダダダダダダしゅみましぇんしゅみましぇん」

 

話の途中のカッサンドラさんの左の頬を右手で思いきり抓ってやったわ。成る程ね、だから意識の無い私にも手を出さなかった、と。

 

…………変態!変態!この変態!!

 

声にはしない。だって喜びそうなんだものこの人。どうしたらいいの全く。

 

やっぱり少しお仕置きしておこう。スプーンに魔力を通して、こう、ハンマーみたいに一ヶ所に固めて……カッサンドラさんの頭に振り下ろしてみた。ゴチン、と心地好い音が響いて「ギャフンッ」ってカッサンドラさんが変な声を出す。現実でギャフンって言うなんて変わってる。

 

でもこのスプーン、いいかも知れない。何ていうか、魔力の指向性が操作しやすくなる感じがする。魔法使いの杖みたいな。私の魔力に合ってるとかなのかな?暫くはこれ使ってみようかな。某赤髪ショタコンの軍用ライトとか某超能力者の女王が使ってるリモコンみたいな感じなのかも。……ずっと後の世になった時に女神が使った聖遺物とかになったりして。それは考え過ぎか。

 

頭を押さえて「痛いです……」って涙目のカッサンドラさんに「ニュクティを呼んでもらえる?」って伝える。今後の事を話し合っておかないとね。目立つであろう神殿勢力と行動を共にするの、どう考えても危険だもの。

 

 

 

───────

 

 

 

『女神に欲情している隙に逃げられたそうだな』

 

玉座に座るパイオスが、目の前で膝を付いて頭を垂れる紫の大猿の姿をした魔族・グシオンを睨みつける。

 

『お言葉ですが魔王様!何をしても良いと言われたではありませんか!俺が女神を犯す事で二度と歯向かえないよう心を折る為に必要な事だったのです!』

 

頭は下げたまま、グシオンが叫ぶ。己の欲望のせいで取り逃がしたのは事実で、只の言い訳に過ぎない。

 

『我は『捕獲の為ならば何をしても良い』と言ったのだ。誰が交尾しても良いと言った?無能め』

 

パイオスは視線を一層鋭いものへと変え、用意していた通りにグシオンを罵る。そう、用意していた通りに、だ。

 

『ですが魔王様!』

 

『黙れ。お前の部隊に任せてやったというのにこの体たらくとはな。女神を逃がすなど大失態だ。責任の追及は免れぬぞ』

 

グシオンは元々思考がお粗末で、パイオスの事を良く思っていない。言わば昔ながらの魔族の典型。グシオンから見れば若造であるパイオスに仕えるのも限界であった。彼は魔族の内部の『反パイオス派』の急先鋒であったのだ。

 

『……おのれパイオス!若造の分際で!此処でお前を殺して俺が魔王に君臨してくれる!!』

 

故に、グシオンはまんまと挑発に乗った。それがパイオスの計画通りだった事も知らずに。

グシオンが体を起こし、バネのように跳ねてパイオスへと向かい跳んだ。両手の爪に魔力を目一杯纏わせ、パイオスの喉へと突き出す。

 

『ふん、無能め』

 

パイオスが左手を挙げて横に薙ぎ払う。ぶつかったグシオンの両手は掌から肘までが粉々に砕けた。

 

『グシオンよ、『無能な味方は敵よりも厄介』という言葉を知っているか?』

 

『おのれ若造が!』

 

次の瞬間にはグシオンの頭が夏の西瓜割りの西瓜のように破裂した。パイオスが血に塗れた左手を宙に向けると、傍に控えていたブエルが最高級の純白の布でそれを丁寧に拭いていく。

 

『予定通りだな。これで不穏分子共と無能を正当な理由で潰せる』

 

『流石は魔王様。ですが態と逃がした女神の方は如何なされるのですか?』

 

『何も問題は無い。その為にアレと接触したであろう?お陰で位置ならばもう我の力で何時でも割り出せる。此処に置いておくと面倒が起こる。神の加護を無視できる方法を確立するまでは適当に泳がせておけ。それとスパイは処分しろ。ヤツにもう用は無い。それに他のポータルの位置を口にされては困る』

 

『御意』と頭を下げてブエルが闇に溶けた。『フンッ』と鼻を鳴らしてグシオンの残骸を見下すパイオスが不敵に笑う。

 

『さて、神よ。次の手を見せてもらうぞ。次は何だ?オーディンでも引っ張り出すのか?』




意味深な夢を見たステンノさん。どんな意味があったのかは後になれば分かりますよ多分。

今回の脱出劇はパイオスさんの掌の上でした。



数百年後の任命式に出た新米聖女「何で任命式で貰うのがスプーン?」
E:ステンノさんと同じデザインの白いワンピース
E:ステンノさんが使ったスプーン

ステンノさん「クチュン……風邪かしら」


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28話

 

『お前がポータルの位置をバラしたのでしょう?』

 

私の影に潜んだブエルの、トーンの低い声が響く。何故だ!私は散々お前達に協力してきたではないか!私が裏切る筈無いだろう!

 

「ちっ、違う!私じゃない!神託だ!聖女が神託で!」

 

『聖女が神託を使えるのは数ヶ月に一度。それは確認済み。ならばお前が口を割った、しかないでしょう。今更見え透いた嘘をつくなど愚の骨頂。パイオス様を欺いた報い……受けるがいい』

 

本当だというのに!何故信じてくれない!ふざけるな!パイオス様は『協力すれば征服した暁には人類を治める王にしてくれる』と約束したではないか!金と権力、それに女!人間のは全てくれると言ったではないか!こっちは聖女を奴隷にしてあの体を自由に出来る日を楽しみにしていたのだぞ!聖女め、毎日毎日あの体を私に見せつけて……どれだけ我慢していたと思っているのだ!クソッ、魔族は低能だから困る、こんなところで死んでたまるか!

 

「お前では話にならん!魔王様と話をさせろ!」

 

『まだそのような口を……』

 

私は自分の影に宝玉を投げつけた。いざという時の為に用意しておいた、相手に猛毒、麻痺、聖属性の大ダメージを与える秘宝だ。幾ら魔族といえども、これを受けては無事では済むまい!

 

「ざまあみろ!大人しく魔王様に話を繋がないからだ!」

 

パイオス様と話をさせないからこんな目に遭うのだ!会って直接話して理解させる!私は間違ってはいないのだ!

今回は向こうに非があるのだ、何か詫びの品を貰っていいところだ。

そうだ、あの女神がいい。パイオス様の目的とやらが終わったらあの女神を頂くとしよう。生け贄だとは言っていたが殺すというわけでは無いようだしな。大方、神の力を奪うとかなのだろう。あれだけ美しいのだ、夜伽もさぞ楽しませてくれるであろう。聖女と女神、毎晩代わる代わる可愛がってくれようぞ。

 

何だ?右腕が引っ張られたぞ?何かあったのか?

 

「…………ギャアアアア!?」

 

腕が!私の右腕が!右腕の肘から先が無い!血が、血がぁぁぁあ!

 

『ギャーギャー喚くな、耳障りなヤツ』

 

痛い!止めろ!痛い、止めてくれ!体を切り刻むな!痛い!止めろ!止め……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『フンッ、漸く静かになった』

 

……出来上がったのはバラバラに切り刻まれた肉片の山と血の池。ブエルは影から実体化し、その人間だったモノを魔力で包み宙に浮かせる。

 

『愚かな人間。魔王様がお前達ごときとの口約束を守るとでも思っていたの?』

 

呟いて、ブエルは肉片の山と血の下に出来た影の中へ、それらと共に沈んだ。目的は果たした。後は報告を済ませる為に魔王の元まで影移動で戻るだけ。

 

後に残ったのは静寂。他の者や神殿騎士達から遠く離れた林の中だったのが災いし、気づく者は居ないだろう。あの秘宝が起こした閃光に気付いた者が居たとしても、もう何も残っていないので彼が死んだ事すら分からない筈だ。精々、スパイだとバレて失踪したと認識される程度だろう。

 

 

 

 

 

 

影に溶けた腹心を待つパイオスは、玉座に座して脚を組んで、未だに転がったままのグシオンの残骸を眺めていた。

 

最も近い位置にあったポータルの場所が割れたのはスパイのせいではないだろう事は分かっていた。神の仕業。この分では他のポータルの位置もバレていると思っておくべきだろう。だが。

 

『やれやれ。ポータルの位置、か。くだらぬ』

 

パイオスにとって、転移ポータルの存在は然程重要ではない。今までならば利用価値もあったが、ステンノが現れた今となっては有っても無くてもどちらでも構わない。ステンノの魂さえ取り込めれば勝ちだ。大した戦士の居ないこの世界の人類など準備運動にもならないような取るに足らない相手だし転生勇者が新たに現れた所でどうにか出来るわけが無い。

何故ならば。同一の魂であるパイオスとステンノ、二人は……。

 

 

 

───────

 

「それから報告しなければならない事があります」

 

カッサンドラさんの表情が真剣なものに変わった。もしかしてスパイを捕らえたとか?

 

今は一面の平原の中に停まっている馬車の中で、私とカッサンドラさんが向き合ってる。今は彼女と今後について話してるところ。ニュクティは『ステンノのやりたいようにしていいよ。俺は付いていくからさ』って言ってくれた。ニュアンス的には私が神殿と別行動したいのを分かってくれてたみたい。ニュクティは内心、神殿側と一緒なのは反対みたいだしね。やっぱり私の身を危険に晒した原因になった、っていうのが気に入らないみたい。

 

「アイアースが姿を消しました。状況を見るに恐らくは彼が……」

 

アイアースってあの黒髪黒目のイケメンだっけ?そっか、彼がスパイだったんだ。随分と懐に潜入されてたのね。そりゃ私の情報も筒抜けな筈よね。でも居なくなったなら好都合じゃない?パイオス側は、私が聖女達と共に行動してるって思ってるだろうし。そういう風に偽装して私は別の国へ逃れれば暫くの間は安全そう。

 

「アムラエル様は『スパイは一人』だとおっしゃられていましたし、これからは私達と共に在れば安全です。ですからステンノ様、今後は私達と神殿で過ごすというのは如何でしょうか?」

 

「イヤよ。私が貴女達と一緒に居るのは魔族側も知ってるもの。別行動するべきだと思うのだけれど」

 

カッサンドラさん、「でっ、ですが!」って焦ってる。この人の場合は私を傍に囲っておきたいだけな気がするし、何より貞操の危機を感じるし。変態な所を除けば悪い人では無いんだけど……。

 

「そもそも私が誘拐された原因、何だったか覚えてる?カッサンドラさんが強引に私を引き入れたせいじゃない?」

 

「うっ……それは、その……」

 

こういう言い方は卑怯だけど。この人諦めてくれなさそうだし。それに神殿へ行くなんて窮屈そうで御免だわ。私だって出来るならこの世界を堪能したいし。

 

「ですがステンノ様の身の安全を考えますと、やはり騎士達の傍に居られた方が……」

 

安全、ね。確かに私とニュクティだけだと心許ないかもね。夢幻召喚(インストール)するのも事前準備がいるわけだし。あ、そもそもカッサンドラさんは夢幻召喚(インストール)の事知らないんだった。それならこういうのは?

 

「ならアルトリウスを護衛に付けて。その上で魔族用に私の身代わりを立てるか神殿が女神を保護して共に行動してるって偽の情報を流すかする、これなら私は神殿の保護下にもあるし魔族の目も欺けるんじゃない?」

 

「ですが……うぐぐっ」

 

もう一押しかな。何か無いかしら。うーん。本当はこの人相手にこういう事はやりたく無いんだけど仕方無いか……。

 

「カッサンドラさんの事は信頼してる。安全が確保出来たら神殿に行くから。今だけ我慢してくれない?その代わり神殿に行った後は貴女の隣で大人しくしてるわ」

 

猫撫で声で、彼女の左肩に両の掌を乗せて左の耳元で囁いてフーッ、と軽く息を吹き掛ける。……ホント、女の人相手に何やってるのかしら私。

 

「しっ……しっ……仕方ありませんね!!ではアルトリウスを護衛として付けましょう。彼ならばステンノ様を守ってくれます」

 

チョロい。私がいうのも何だけど、ホント大丈夫かしらこの人。カッサンドラさんの顔の緩み具合が凄まじい。聖女がしてはいけない表情してるわ。

安全が確保、って事はパイオスが居なくなる事前提なんだけど分かってる?

まぁいいわ。これで聖女の言質も取ったし。晴れて自由ね。神殿に行かずに済んで正直ホッとしてる。

 

「それからステンノ様!くれぐれもアルトリウスと妙な仲にならないようにしてくださいね!私は信じて待ってますからね!」

 

カッサンドラさんが赤い顔で、両掌で私の両掌を覆い握る。いや、私は貴女のモノでも何でもないのだけれど?それよりそっちこそ上手くやってね?私の道中の身の安全はカッサンドラさん達神殿側の演技に掛かってるんだし。

 

 

 

話を終えて馬車を降りた私は、芝生の上に座って話をしているニュクティとアルトリウスを見つけてそちらへと歩く。流石に私が女神だって事はこの場にいる神殿騎士達には伝わってしまっていて、何も言わずとも私の後ろに護衛の為に数人の騎士が付いて来てる。仰々しいわ。王族じゃないのだから……ああ女神だったわね。蹂躙されるだけの最弱の存在だけど。

 

「少しいいかしら?」

 

「ああ」って答えたアルトリウスに、私の後ろの騎士達の視線が突き刺さる。勘違いしてもらったら困るのだけれど、アルトリウスめ不敬だ!って視線では無い。どっちかというと羨ましいとかズルいとかそういう嫉妬の類いね。アルトリウスには敬語を使わずフランクに話すように強制した事、みんなに話したし。『アルトリウス ま た お 前 か』って表情してる騎士達の様子はちょっと笑えたわ。だからといって彼を貶めるような事をしないのが神殿騎士達のデキる所ね。文句があるならアルトリウスを倒せるくらいの実力を付けなければ!って所。

 

「何かあったのか?」ってニュクティ。周りに人が多い。ここでみんなに知られたら面倒な事になりそうだし馬車で話そう。

 

「二人に話があってね」

 

馬車の中へと移動した私達。カッサンドラさんも居るのはまぁ仕方無い。

 

「………………という結論になったのだけれど。二人とも、付いてきてくれるわよね?」

 

「決まってるよ、ステンノが行く所なら俺はどこでも行くよ」

 

「そういう事ならば、謹んでお受けしよう」

 

うん、決まりね。それから向かうならここペイシストスの西にあるミュケーナ王国。魔族の居るドーリス大陸からも遠いからね。というか、大陸とか国の名前とか初めて知ったわ。へぇ、この国ってペイシストスって言うんだ。

それと、神殿は中立組織で国を跨いで活動してるみたい。神殿騎士ってその存在自体が人間側の切り札的なモノだから、国に属していると融通が利かないから駄目みたいね。何かあればミュケーナの神殿を頼ればいいって。そういう事態に巻き込まれないようにするのが一番ね。

 

あ、そうだ。これだけはやっておかないと。

私は上を見上げた。

 

「ねぇ、ハルパーって返さないと駄目なんでしょう?別の剣を貸してくれない?」

 

『……まあそうじゃな。あまりゼウス(あやつ)に借りを作りたくないしのぅ。それにお主もメドゥーサ()の首を刎ねたソレは好かぬじゃろうしな。うむ、代わりを渡しておくかの』

 

ちょっと!この〈主神(ろくでなし)〉、なに余計な事を口走ってるの!ホラ、お陰で馬車の中が微妙な空気になったじゃない!もう、説明するの面倒ね……。

 

「あの……ステンノ様……色々と聞きたいのですが……その……今の御声ってまさか……」

 

恐る恐る、といった調子で私に尋ねるカッサンドラさん。あ、もしかしてカッサンドラさんってアレの声聞いた事無いの?

 

「察しの通りよ。この世界の神ね」

 

私の返事を聞いてカッサンドラさんが気を失って倒れたわ。ニュクティは開いた口が塞がらない状態、アルトリウスは「神よ」って祈り始めた。ねえ貴方達って御遣いのアムラエルさんとは話してるのよね?私とも正面から向かい合って話してるよね?何だか扱い違い過ぎない?ちょっと納得いかないのだけれど?

 




アイアースさん、聖人どころか欲望の塊でした。野郎なら仕方がない。

変態が敬われている事に納得いかないステンノさん。まあ相手は神様だからね仕方無いね。

次回はアルトリウスの剣を貰ってからミュケーナ王国へ。


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phase 3 転生女神と王子と大蛇
29話


主神(アレ)〉のせいでメドゥーサの事を説明せざるを得なくなった私は、掻い摘まんで話してあげた。とある事が切っ掛けでメドゥーサがとある神の一柱の怒りを買って怪物にされて、とある英雄に退治される。その時に英雄に神から貸し与えられたのがハルパーってね。何が切っ掛けかっていうのは濁した。だってメドゥーサがアテナの神殿でポセイドンと交わってた、なんて言えないじゃない。まぁステンノやエウリュアレも妹への事をアテナに抗議して怪物にされてるけど、別にそれも言う必要が無いから言わなかったけど。

 

その話の後の馬車の中の空気の重さっていったらもうね。ニュクティは何か思い詰めたような顔で下を向いてるし、アルトリウスは顔を合わせてくれない、カッサンドラさんに至っては何故か「申し訳ありません、申し訳ありません」って何度も謝ってくる始末。私が直接関わった話じゃ無いだけにもうどうしていいか分からなかった。〈主神(アイツ)〉絶対許さないわ。

 

それと。私を守る為にアルトリウスがハルパーの代わりに借り受けた剣は、矛に近いような形の剣。長さは成人男性の握り拳十個分くらい。所謂『十束剣(トツカノツルギ)』。凄く嫌な予感がして〈主神(ろくでなし)〉に聞いてみた結果、その名は天羽々斬(あめのはばきり)。……神剣も神剣、須佐之男(スサノオ)が八岐大蛇を退治した時に使った剣!もうイヤ、どうしてイチイチ仰々しいモノを渡してくるのこの〈主神〉は。

 

でも〈主神(アレ)〉に依ると提供してくれた、というか協力してくれたのはどうやら大国主(オオクニヌシ)らしいわ。

大国主からの伝言は『運命を背負わせたのに大した力になれなかったのは申し訳なかった、せめて今世では微力ながら協力させて欲しい』だそうよ。

頭痛くなってきた。え?何で?幾ら今の私がステンノ(女神)でテスターしてるって言っても出てくる神が大物過ぎない?須佐之男(スサノオ)の剣を渡してくれたって事はつまり須佐之男(スサノオ)本人、もしかしたら天照大御神(アマテラスオオミカミ)も関わってる可能性もあるよね?私の前世、そんな神に恩情をかけてもらえる程の事したの?私の失ってる記憶、つまりパイオスの方は覚えてるのかしら?でも一般人だった筈の前世の私が何かできた?背負った運命って何?……駄目、全然心当たりが無い。これは一旦置いておくしかないわ。

 

そのあと問い掛けてみてるけど、〈主神〉から返答が無いのよね。別の事に忙しいのか、それとも私を使ってまた何かしようと企んでるのか。考えても仕方無いけれど不穏ではある。八岐大蛇クラスの化け物なんて出てくるとかは流石に無い……とは言えないのよね、この世界。既にパイオスとか魔族とか居るし。駄目駄目、フラグになりそうだから考えるのよそう。

 

 

 

 

 

──────

 

カッサンドラさん達と別れて。私達は国内の神殿を中継しながら、目立たないよう一般に流通してるような、あの奴隷商達の物より小さい、二畳有るか無いかの大きさの荷馬車に揺られて西へ。ミュケーナ王国を目指した。私は乗馬は出来ないし、乗りこなせるのがアルトリウスだけだし。流石に馬だけで何日もかけての移動は無理だと判断した結果ね。それにしてもアルトリウスの影響力は凄いわね。国内の街、神殿は全部顔パスだもの。それにカッサンドラさん直筆の手紙もあったからね。お陰で移動中の物資に困る事は無かった。私は神殿の中に入るなんて御免だったからずっと外に居たけどね。何となくだけど、中に入ってしまったら逃げられなくなる気がしてね。

 

もしかしたら魔族の追っ手が居る可能性も考慮して、他の街をゆっくり観光、なんて余裕は無かった。私が馬車から出るのは必要最低限。なるべく顔を隠してね。はぁ。ゼメリングが恋しい。ミュケーナ王国内の街に着いたら落ち着きたい。美味しいもの食べたい。お風呂入りたい。

 

最後の中継地点の神殿を出た後は、なんと歩き。ええ、分かってはいたわ。馬車の維持にはお金も掛かるし。ミュケーナまで馬車で行って、ミュケーナ王国内の神殿にその馬車を返すって事も出来なくは無いけど、それだと周りに神殿関係者ってバレバレだからね。なるべく隠密に行動したい。

 

まあ無事に国境だけは越えたんだけどね。谷に設置された、何人かの兵士が常駐してる、石で造られたそれほど大きく無い砦、みたいな建物の検問所を抜けた。ミュケーナとペイシストスは和平を結んでるみたいだからこれで大丈夫だそうよ。というかあまりに物々しくするとかえって問題になるんでしょうね。やる事も荷物のチェックと指名手配犯かどうかの確認くらいだし。

私とニュクティにはゼメリングの身分証もあるし特に問題は……あったわね。当然私も顔を晒さないといけないから兵士に見せたんだけど、耐性の低い兵士の一人が()()()()()()()()。妙な魔法を使ったとか何とか言われて私は危うく拘束されそうになった。無事通れたのはアルトリウスが仕方無く身分を明かしたから。『とある任務中なので口外しないで頂きたい』って釘は刺してたけど。

 

 

 

歩くと次の街……というかミュケーナ最初の街が遠い。街まであとどのくらい?え?このペースだと二日?……そう。国境の関所を抜けてからもうかれこれ二日くらい歩いてないかしら?私、ステンノなんだけれど?筋力とか持久力とか驚く程貧弱なんだけど?公道っぽい所を歩いてるけれど地面は土が剥き出しだし、周りを見渡す限り林なんだけど。話通りだとあと一日程度でこの林を抜けるって……あと一日も……。

足、痛い。ねえ、そろそろ休まない?私、女神の神核のせいでどんなに鍛えても筋肉付かないから運動とか苦手なの。ねえ?

 

「あの、そろそろ休ませてもらってもいいかしら?」

 

「仕方無いな。今日はこの辺にしておこう。ニュクティ、野営の準備をしようか」

 

「わかったよ。仕方無いな、ステンノは体力無いからな」

 

この状況では反論出来ない。息もあがってるし足が棒みたいだし。喉も渇いた。あ、汗も拭きたい。この部分だけ聞くと我が儘お嬢様みたいに見えるわ。

 

野営か。この世界に来たばかりの頃はニュクティと二人で何日も過ごしたわね。私は殆んど何も手伝って無かったけど。最初は一人だったから野営どころか食糧の確保すら危うかったものね。助けてくれる人が居るってホント大事だわ。

 

因みにニュクティとアルトリウスの格好は、使い古したようなくすんだ白の布の服、胸当てと腰それに籠手の部分には鞣した皮の鎧。一見普通の装備に見えるけれど服の中にはミスリル製の鎖帷子を着込んでる。アルトリウスの武器は例によって天羽々斬(あめのはばきり)、それとミスリル製のナイフ。ニュクティの方はミスリルを黒く塗って偽装したダガー。

 

私はというと例のワンピースの上に、全身をすっぽりと覆う鞣し革の外套フード付き。これならオダチェン礼装を展開しても外套に隠れるから誤魔化せる。勿論奴隷印を隠せるように皮の手袋も。それとは別に普段使い用のシルクの手袋も貰えたわ。全部神殿からの支給品。カッサンドラさんの口利きに感謝ね。私に鎖帷子?あんな重い物身に付けてたら直ぐ動けなくなっちゃうから無理。

 

さてと。二人のやる事の大部分は手伝えないけれど、せめて今の私に出来る事をしよう。唯でさえ荷物は二人に持って貰ってるもの。

焚き火用の枝を拾うとか、食糧用の干し肉や野菜を切るとかね。料理とかそういう類いのスキルは纏めてぜーんぶパイオスに持っていかれた。だから料理とかのレシピも綺麗サッパリ私の記憶には残って無い。……我ながら自分の低スペックさに涙が出てくる。

 

干し肉とかを切るのに使うのは、例のスプーン。スプーンを軸にして魔力を固めて、私の指の長さ程度の魔力の刃を顕現させて固定してナイフ代わりにする。これが出来るようになったのはかなりの進歩。但しコレ飛ばしたりは出来ないのよね。だから調理用ナイフとして使うか近接での護身用くらいにしか使えない。飛ばすなら相変わらず例のハート型のリング状の魔力弾。夢幻召喚(インストール)した状態にならないと魔力運用はまるっきり駄目。

うん、少しは役に立てるようになったからいい。決して拗ねてなんてない。

 

それじゃスープでも作ろうかな。幸い、この世界の庶民の料理ならイオリスさんに教わった物は作れるからね。イオリスさんとの出会いに感謝だわ。アルトリウスも神殿騎士だから当然野営での料理も出来るのだけれど、料理まで任せて私何もしなかったら片身が狭いでしょう?それにホラ、こんな絶世の超絶美少女女神の手料理が食べられるなんて嬉しいでしょ?……嬉しいよね?

 

ええと、まずは火ね。先端にビー玉程度の大きさの火の魔石が埋め込まれた、私の小指大の棒に魔力を注ぐ。すると魔石部分に火が灯る。前世でいう所のライターとかマッチとかの代わり。但し魔力が続く限り何回でも使えるけど。これはホント便利。魔力が使えるようになって良かったわ。原始的な方法で火を着けなくて済むもの。因みにこの魔道具はアルトリウスの持ち物で、神殿騎士への支給品。魔力が使える者なら火の魔法が不得手でも火を灯せる便利アイテムね。

集めておいた枝を重ねて魔道具の先を突っ込むと、暫くしてパチパチという音と煙。嗚呼、文明の利器……じゃなかった、魔法文明の利器万歳。楽!圧倒的に楽!

 

川の水を大きめの鍋で掬って火に掛けて、私はその焚き火の前に座る。中に適度な大きさに切った野菜、ハーブ、スライスニンニク、それに軽めの塩と干し肉と、粉末状にした鳥の骨。それとこのナントカっていうソース。イオリスさんも『困ったら取りあえずこのソース入れておけば大丈夫!』って言ってたからね。味は中華スープの素に近いけどこう、それをナナメ左に捻ったような感じ。あー、我ながら説明が下手ね。材料は何なんだろうこれ?

 

兎に角、料理初心者と言っても過言ではない今の私でもそれなりに食べられる味に仕上がる逸品。前世のカレー味みたいなものね。あ、カレーなら香辛料さえ有れば作れそうね。街に着いたらそれっぽいの探してみようかな?

 

二人はというと簡易テントを組み立ててるわ。テントって言っても大きな物ではなく一人用、というか私専用。二人は雨さえ凌げれば木陰とかでも平気らしいわ。まぁ私、護衛対象だから仕方無いわね。

 

「……ん?何か来るぞ?」

 

そう言ってニュクティが何かに気付いて視線を向けてる。耳と鼻の利くニュクティはこのパーティの斥候の役割も担ってるからね。どうやら西、ええと私達の向かう予定の方角からみたいね。なら追っ手とかでは無さそう。

 

私とアルトリウスもニュクティの見ている方角に顔を向ける。遥か先に見えるのは、黒い鱗に赤い瞳の蛇ね。それが私達の方に向かって来て……え?どうしてこの距離で蛇って分かるの?サイズおかしくない?何か周りの木々を薙ぎ倒しながら近付いて来てるし。緊急事態よねこれ?あの蛇、周りの木々と比較するに口だけで私の身長くらいありそうなんだけれど。フラグ回収とかホントそういうの要らないんだけど。

 

「試し切りといこうか」

 

ニュクティと一緒にテントを組み立てていたアルトリウスが剣を抜いて前に出る。その隣にニュクティも立ってダガーに手を掛けてる。え?アレと殺り合うの?確かに今からでは逃げるのは難しいけれどあの蛇の実力は未知数よね?本当に?もう……。

うっすらと刀身が光る天羽々斬(あめのはばきり)を構えるアルトリウス。

ニュクティの右手が仄かに光って、その光はダガーの刀身へ。あれ?アルトリウスは兎も角、ニュクティって魔力使えたの?

 

どんどん近付いて来てる大蛇に向かってニュクティが跳ねた。え?ニュクティってこんなに身体能力あったっけ?さっきの魔力もそうだけど私の眷属になった影響とか?私は貧弱なままなのにズルくないかしら?『眷属が主人の私よりも優秀だった件』って、どこのラノベかしらね?ああ今の私、そのラノベみたいなものだったわね。だとしたら作者は絶対三流ね。だって私酷い目にしか遭ってないし、何度も大怪我するしボロボロにされるしお漏らしするし挙げ句犯されそうになるし。

 

愚痴も程々にしておこう。やるしかないわね。礼装展開、『全体強化』っと。

 

 




早速フラグ回収。とは言ってもこの大蛇を倒して終わりな筈ないですけどね。

天羽々斬は石上神宮に祀られてますね。八岐大蛇を切り刻み、その大蛇の尾にあった天叢雲剣に弾かれた(と言われてる)剣。


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30話

跳ねたニュクティの先には、大蛇が大きく開いた口がある。ニュクティは上手く体を捻って突き出た牙を蹴って、大蛇の左目にダガーを突き立てた。鮮やか、ね。この間の魔族の城で立ち回りを覚えたみたい。天才かしら?私じゃなくてこの子が転生主人公なんじゃない?

 

って馬鹿な思考は置いておいて。目を潰されて痛そうに頭を左右に振ってる大蛇。ニュクティはピンポイントでの攻撃は出来ても大ダメージを与えるような攻撃力は無い。FGOで言うならアサシンね。それでも突進は上手く止められた。大蛇のその隙があれば後は流れ作業のようなもの。私の指先から放たれたガンドが大蛇に直撃。動けなくなった所をアルトリウスが頭から尻尾まで綺麗に両断。大蛇の開きの出来上がり。このまま焼いたら蒲焼きになりそうね。絶対食べたくないけれど。

 

簡単に終わったように見えるけれど、底上げされたニュクティの身体能力、アルトリウスの剣の腕+天羽々斬(あめのはばきり)、それに私の全体強化とガンドが噛み合ったお陰ね。私達、何気に良いチームじゃないかしら。

 

「この大蛇の肉は少し持っていこうか。食糧は余裕があるに越した事はない」

 

「そうだな、アルトリウスの言う通りだな。切り分けるの手伝うよ」

 

……は?まっ、待って。食べるのソレ!?私、蛇なんて嫌よ!え?毒は無いから大丈夫?そういう問題じゃ無いから!食欲無くなるから!確かに味はタンパクで鳥のササミみたいって聞いた事あるけど蛇よ!?食べる時に思い出しちゃうから!待ってお願い私の意見を聞いて!

 

ほっ、ほら、西から何かが向かって来るわ。二人とも一旦手を止めましょう。あれは……馬の群れ?みたい。上に乗ってるのは騎士?手には馬上槍、ロングソード。鎧はプレートメイルだけど神殿騎士の装備ではないみたいね。何処かの国旗みたいなものが胸の部分に描かれていて……ああ、きっとこの国所属の騎士団ね!この大蛇を討伐しに来たんだ。適当に挨拶だけして切り抜けないと。国の騎士団に関わるとか絶対面倒事になるに決まってるもの。念の為にフード被っておこう。

 

私達と大蛇の残骸の前で止まった騎士団らしき人達。人数は……20人って所かしら。つまりええと……この大蛇を倒すのに騎士20人が必要って事で……やっぱり面倒事になるやつね、これ。

 

「第三騎士団だな。厄介な連中と遭遇したようだ」

 

私の耳元でアルトリウスがポツリと洩らす。第三騎士団?何それ?

 

「僕に任せてくれないか。二人はなるべく口を開かないでいてくれ」

 

向こうを気にしながら、騎士団に聞こえないような小声で私とニュクティに話すアルトリウス。ここは任せたほうが良さそうね。ニュクティも私と同意見みたいで頷いたり頭を動かしたりはせずに「分かった」って言ってる。

 

騎士団の中の一人が、馬に乗ったまま私達の方へと出てきた。他の騎士と違ってフルフェイスの兜が赤い。位が上の人間かな?他には馬から二人程降りて、私達が退治した大蛇の(食事用に肉を少し切り取った)残りを調べてる。

 

「我々はミュケーナ王国第三騎士団である。私は副団長のシュリーマンという。その大蛇を追ってきたのだが……見事な腕前だ」

 

脱いだ兜の下の顔は、騎士だけあってイカツイ。おじさま……というには若い。多分アルトリウスより2、3歳くらい上だと思う。茶色の短髪に茶色の瞳。

 

誉めてくれるのね。それはどうも。やっぱり大蛇を退治しに来たのね。国の騎士団が出向いて来るって事はやっぱりそれなりに面倒な相手なのねこの大蛇。

あ、でも神殿騎士に任せる程ではない相手なのかな。それとも神殿騎士だけじゃ手が回らないくらいアチコチに出没してるとか?後でアルトリウスに確認してもらおう。状況によっては別の国に行った方がいいかも知れないからね。

 

それにしても副団長さんなのね。団長さんは今回は不在なのかしら?アルトリウスみたいに別の任務に出てるとか?

 

「お誉め頂き光栄です。僕はアルス。彼女達と旅をしているハンターです」

 

アルトリウス、敬語使ってる上に偽名。神殿騎士筆頭だし有名人だからね。出来るだけ隠して動いた方がいい。何処で魔族と繋がってるか分からないし。……って事はもしかして私も念の為に偽名考えておいた方がいい?でもそうなると身分証再発行……神殿で用意してくれないかしらね?

 

「旅人か。貴殿ら国に使える気は無いか?神殿騎士にも劣らないその腕前ならば歓迎しよう」

 

「申し訳ありません。気ままに旅をする事自体が僕達の目的ですので。それに僕達のような田舎者が国に使えるなど烏滸がましい。他に良い人材も居るでしょう」

 

宮仕えなんて冗談にも程があるわ。これは断ってくれて正解。下手に貴族に目を付けられたら嫌だし。貴族なんて絶対私の容姿目当てで手に入れようとするに決まってるものね。フード被っておいて良かったわ。まともに顔なんて見られたらもっと面倒な事になったかも知れない。

 

「そうか。これは失礼した。しかし旅人とはいえ国として報奨は出さなくてはならない。大蛇の被害は増える一方でな。そのどれもが我等騎士団でも手を焼く強さ。それをあのように鮮やかに倒せる人材は中々居ない」

 

「ありがとうございます。しかしお気遣いは無用です。僕達は襲われたから応戦したまで。それに元々貴方達の獲物だったものを横取りしたようなもの。騎士団の方に御言葉を頂いた、というだけで充分です。野営の準備もありますので僕達はそろそろ……」

 

つまり、遠回しに『関わらないでね』って言ってるわけね。

そういえば鍋を火に掛けたままなのよね。ちょっと気になる……視線を焚き火の方へと向けてみた。吹き零れはしてないみたいね。良かった。でも火の通り具合も見たいし、そろそろ解放して欲しい。

副団長は私の視線の先の鍋に気付いたらしくて「そうか、では我々も失礼しよう。大蛇の事で何か有れば私を訪ねてくれ」って言葉を残して、大蛇の残骸を抱えて他の騎士達と共に向きを変えて走っていく。何事も無く終われたみたいね。

 

「諦めてくれたのかしら?」

 

「いや、目を付けられたかもな。隣国へと抜けた方が賢明だろう。ただ直ぐに国を発つと変に怪しまれる。少しの間滞在して北のポネソス共和国へ向かおう」

 

目を付けられ……よくも次から次へと強制イベントが起きるものね。ハァ。

それにしても今度は北か。確かポネソスって冬は雪で覆われるんだっけ。日本でいうと東北地方みたいな所かしら。食糧の備蓄なんかも必要だろうし、雪国に入るなら早い方がいいよね。

 

そういえば第三騎士団って事は第一や第二も有るって事よね?別の所に出向いてるのかしら?

 

鍋の様子を見ながら、アルトリウスが教えてくれたけど。第一騎士団は王族を守る宮廷騎士。第二騎士団は首都の防衛。第三騎士団は遊撃部隊で総数も多く地方にも頻繁に出向く、みたいね。それで何故アルトリウスが『厄介な連中』って言ったのかっていうと、第三騎士団の団長はこの国の王太子、つまり第一王子様らしいの。この国の王族特有の銀の髪に青い瞳の持ち主、名前はアルゴリス・ミキネス・フォン・ミュケーナ。それもさっきの中に居たんだって。兜を脱いでいたから直ぐに分かったらしいけど……王子様とか私が絶対見つかっちゃ駄目な相手じゃない。後宮に入れられるとか御免だわ。この国ゆっくり観光とかしたかったんだけどな……。

 

「大蛇の肉入れてもいいか?」

 

煮立ってきた鍋を見つつ、蛇の肉片手にニュクティが聞いてくる。駄目よ、駄目!私が食べられなくなるじゃない!食べたいなら鍋に入れずに焼いて!

それに蛇ってほら、何だか共食いしてる気分になるっていうか……あ、駄目、気持ち悪くなってきた……。

 

 

 

 

───────

 

「シュリーマン、見たか?」

 

「はい殿下。大層な腕の持ち主でしたね。出来れば騎士団に入れたかった所でしたが仕方ありません」

 

「違う、そうじゃない。彼女だ。あの魔法使いだ」

 

馬に跨がり、先頭を走りながら会話を続ける。

あれだけ側に居たというのにシュリーマン、お前は一体何を見ていたのだ?確かにあのアルスとかいう剣士の腕前は見事だ。下手な攻撃では跳ね返される大蛇を一刀両断など見たことがない。あの獣人の子のしなやかで鋭い動きも。だが今はそうじゃないだろう!

 

「魔法使いですか?一撃であの大蛇を行動不能にする魔法、見事なものでしたね。彼女も中々の手練れでしょう」

 

確かにあんな小さな魔力弾であの巨体を一撃で止めているんだ、彼女も腕は確かなのだろう。それは分かっているが私が言いたいのはそこじゃ無いんだ。

 

「お前は彼女の顔を見なかったのか?」

 

「はい。私からはフードでよく見えませんでした。殿下は彼女の顔を御覧になられたのですか?」

 

なんと、そうか。シュリーマンからは見えなかったのか。ならば仕方ない。いや、シュリーマンが見えなかった事に優越感すら覚える。何故なら彼女は……美しかったからだ。

 

「私からは彼女の顔が良く見えた。この世のものとは思えない美貌の持ち主だった……とても言葉では表現出来ない」

 

そうだ、彼女は美しいという表現ではとても足りない。まるで……そう、まるで地上に降り立った美の女神のようだ。この世のあらゆる美しさの化身。

 

「美貌……ですか。御言葉ですが見間違いという事は?一介のハンターがそのような美しさを持つとはとても思えないのですが」

 

「何を言うか、あれは見間違いなどでは無い。彼女が降臨した女神だと言われても私は信じるぞ」

 

「女神ですか。女神というと隣国に降臨なされたという?」

 

隣国であるペイシストスに降臨したという女神。女神は神殿の聖女と共に在るらしい。いよいよ魔王との決戦が近いと騒ぐ輩も居るが……我が国としては魔族よりも大蛇の被害の方が深刻だからな。魔王の方はペイシストスで何とかしてもらいたい。

気にはなるが、今はその女神の話では無い。

 

「例えだ。一目惚れとはこの気持ちをいうものなのだな……何とか彼女を我が妃に出来ないものだろうか?」

 

「殿下、流石にそれは無理でしょう。平民の、しかも旅人でハンター。何処の誰とも知れない女を王族に迎えるというのはあまりにも……」

 

駄目だ、やはりシュリーマンにも彼女の素顔を見せる必要がある。目付け役のシュリーマンに任せずあの時私自ら名乗り出なかったのは失敗だった。どうにかして皆を焚き付けなくては。宰相辺りに彼女を養子にしてもらうのはどうだろうか?父上に彼女を一代貴族にしてもらってもいいな。貴族ならば私との婚姻も問題あるまい。

 

「あの魔法使いの事は後でゆっくりお聞きしますから。今は大蛇を退治した事を一刻も早く民に知らせる方が先ですよ」

 

シュリーマンの言うことは尤もではあるのだが……ミノアの街の民に安全を知らせる事までが任務だ。彼女一人の為に投げ出すわけにはいかないのは分かっているんだ。だがこの胸の高鳴りは抑えられない。ミノアに戻ったら直ぐに彼女を迎えに行こう。

 

「殿下、動くなら彼等の素性を調べてからですよ?王族が感情だけで動くのは危険です。どんな陰謀に利用されるか分かりませんからね」

 

うっ……。いや、理解はしている。私は王太子。王族たるもの、後の影響を考えずに感情のみで動くなど愚の骨頂だ。ここは仕方ない。我慢……我慢だ。一度王宮へと帰還し、改めて彼女の素性を調べ、然るべき貴族の養子にすればよいのだ。

全く、身分とは煩わしいものだな。

 

 




ステンノさんにとって傍迷惑な王子様、アルゴリス。今回の章の主要人物。

人間側の主要人物は「転生女神ステンノと彼女を取り巻く7クラス」を意識して出してます。
つまり
アサシン  →ニュクティ
キャスター →カッサンドラ
セイバー  →アルトリウス
ライダー  →アルゴリス ←new!
アーチャー →??????
ランサー  →??????
バーサーカー→??????

ではまた次回。


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31話

昼を過ぎた辺りかしら。やっと……やっと着いた。もう足がパンパンだけれど何とか歩いて……ごめんなさい誇張したわ。だって今日は途中からアルトリウスに抱えてもらっての移動だったもの。足が痛くて歩くの辛かったんだもの。夢幻召喚すれば楽に移動出来たけど、もうそれなりに人通りもある街道でそんな事したら私が女神ですって公言しているようなものだし。何せ後光まで付いてるものね、あの姿。お姫様抱っことか多少恥ずかしくてもバレるより余程いい。それにフードを被っていれば私だって分からないし。

 

開けた平原の先に見えてきたのは二重の城壁。外側はアルトリウス三人ぶんくらいの高さ、内側はその七割程度。ぐるりと街を囲んでいるそれは、遠くない昔は前線基地だったんでしょう。何処に対する、なんて今は和平が結ばれてるペイシストスに決まってる。大きい都市ね。これ東京ドーム何個入るかしら。外側の城壁には所々に大きな何かがぶつかって破壊されたような跡がある。殆んど修理が終わっている箇所もあれば、これから修理する場所も。これってあの大蛇の仕業なのかな?

 

先ずは城門へ行かないとね。っていっても街道から真っ直ぐ進めば着くから迷ったりはしないけどね。あ、そろそろ降ろして欲しい。

 

さてと。それじゃ街に入る審査の列に並びましょうか。大きな街だし列も長い。門はまだ遠くに……あれ?あの門の傍に居る人、私達の方を見てない?あのプレートメイルって確か……騎士団のだっけ?まさか私達の事を待っていたとか。ちょっと大蛇を退治しただけなのに本当に目を付けられてた?私の自意識過剰だったらいいのだけれど。

 

駄目だわ。あの騎士団の人、完全に私達の方へ向かって歩いて来てる。まさかとは思うけどこのまま王子様の所へ連行されたりとか……どうしよう。

 

「アルス様とそのお連れ様方。そろそろ着く頃だと思いお待ちしておりました。私は第三騎士団のファイスと言います。王太子殿下より御三方にミノアの街を案内せよと仰せつかっております」

 

兜を脱いで挨拶してくれたファイスさん、顔は何ていうか普通ね。異世界もの特有の、関係者は美男美女しかいないっていうお約束は無いみたいね。まぁこれは現実だしそんなもの。私やニュクティ、アルトリウスの顔面偏差値がおかしいのよね、これに関しては。

 

「申し出は有難いが、僕達のような平民が王家の御手を煩わせるわけにはいかない」

 

すかさずアルトリウスが口を挟んだ。そうよね、これ明らかに私達の事監視しに来てるもの。何とか断れないかな?

 

「ですがこれは王太子殿下のご命令ですので。それに騎士団としましても大蛇を退治した御三方に何もしないわけには参りません。コチラも沽券に関わりますので」

 

数日前には何も要らないって事で解決した話を蒸し返した……これは絶対何かある。私達に何かの嫌疑を……って事では無いとは思うけど、でもそうなると何かしら?他の場所で大蛇が暴れ始めたから退治を手伝えとか?王子様が同行しないなら考えてもいいけれど……。

 

「……分かりました。案内して頂けるというのなら同行しましょう」

 

あれっ?アルトリウス折れちゃうの?「ではコチラへ」って街の方へと向き直して前を歩くファイスさんから後方へ少し距離を取って付いていく私達は、ファイスさんに聞こえない程度の小声で話す。

 

「どうして折れたのかしら?」

 

「そうだよ、どう考えても何か企んでるだろアイツ」

 

「確かにそうかも知れないが、王太子の命令となればここで騒ぎを起こすのは得策じゃ無い。『街の案内だけ』ならば問題は無いだろう。相手の出方にも依るが数日の辛抱だ」

 

そっか。王子様の命令を無下にしたとあれば『平民』の立場である私達は何をされるか分からないものね。

数日の、か。本当にそれで済めばいいけれど。

 

列から離れた私達。案内されたのは別の入口。具体的に言うと騎士や貴族、街の有力者なんかが態々列に並ばなくて良いように作られた通用口。つまり今の私達、V.I.P.って事。王太子殿下の御客様って扱い。

 

私達はそのまま待機していた馬車に乗せられて、数々の露店が並ぶ活気ある通りを抜けて、高そうな店が両側に建ち並ぶ大通りを抜けて。街の一角の宿が幾つも建っている区画へ。馬車が止まったのはその中でも最も高級そうな、白い壁に赤い屋根を持つ小さな城のような五階建ての建物。え?ここ?幾ら私達が大蛇を単独で倒せるパーティって言ってもそこまでするの?ちょっと何だか怖くなってきた。

 

先にファイスさんが中へと入って、手続きをしてくれて。中世、というより明治時代の日本の洋風建造物のような西洋風の内装の、シャンデリアが眩しいロビーで待たされていた私達は無事お泊まり客になった……のだけれど。

私達を案内してくれるこのホテルの制服……というかタキシードとかメイド服とかを着た係員が2グループ。そのうち男性2人がニュクティとアルトリウスに付いて、女性2人が私に付く。そこまでは分かるんだけれど、アルトリウスとニュクティは二階への階段を上がって直ぐ、つまり二階にある部屋へと案内されて行った。私はそのままメイドさんに連れられて更に上へ。

 

結局私が案内された部屋、最上階の所謂スイートルームなんだけど?貴族の使うような高級な家具ばかりがある。この装飾過多なテーブルと椅子だけでも値段幾らするのかしらね?幾ら支払いが王子様持ちって言っても私に対してちょっと過剰過ぎやしない?アルトリウスとニュクティは二人部屋って言ってたよね?私は一人でこの部屋なの?この階の空間ほぼ全部使ってるよねここ?何をどうしたらこの扱いになるの?まさか私、王子様に気に入られたとか?いやでもあの時フードで顔は隠してた筈……。

 

暫く呆然と立ち尽くしてた私の背中の扉からノック音。「失礼致します」って声が聞こえた。あ、さっきのメイドさんの声。「どうぞ」って返事をすると扉が開き、紅茶セットと菓子の乗ったワゴンを押してメイドさんが入って来た。

 

「紅茶を御淹れ致します」

 

「えっと……ええ」

 

高そうな紅茶なんて飲むの何時振りだろう、なんて事しか考えられなくて。もういいか。取りあえずこの紅茶を飲んで少しゆっくりしてから判断しよう、うん。

 

あ。そういえばファイスさん、案内するとか言ってたっけ。今日どの辺を見て歩くのかとか予定を聞いておかないと。

 

「ええと、あの、ファイスさんの」

 

「本日は1日お休みになられ、お疲れを取られますようにとファイス様より仰せつかっております」

 

やられたわね、これ。数日どころか1、2週間くらい足止めされるんじゃないかしら。こうなってしまった以上、向こうの真意は聞かせてもらわないと。

 

…………まあ一先ず休んでからね。疲れているのは確かだし。頼んだらマッサージとかしてくれるかしら?お風呂は入れるのかな?取りあえず布団が凄く柔らかそう。あんなフカフカのベッドで寝るなんて本当に何時振りだろう。折角だし今だけは思考停止して堪能しておこう。

 

 

 

 

───────

 

 

私達騎士団と彼女……ステンノ嬢達とが別れてから6日が経った。彼女がミノアの街に滞在して早3日だ。

シュリーマンのアドバイス通りに直ぐにミノアの宿への手配をし、王宮に戻る前に伝達の魔法を使って国境や彼女が立ち寄ったであろうペイシストス内の街の間諜へと手紙を飛ばした。

 

足取りは意外にも簡単に分かった。彼女がゼメリングの斡旋所発行の登録証を使っていたからだ。ならば彼女は主にゼメリングで活動していたという事。情報が集まるのも早かった。

 

今は私は宮廷にある自室でシュリーマンの報告を受けている。

 

「それで、ゼメリングの間諜からは何と?」

 

「はい、殿下。ステンノ嬢に関してですが……婚姻において身分差を気にする必要は無いかも知れません」

 

「何だと?シュリーマン、どういう意味だ」

 

彼女はゼメリングに登録したハンターなのだろう?身分差を気にする必要が無いというのはどういう事だ?

 

「順に説明します。先ず彼女はゼメリングで登録した頃はその美貌以外は特に目立った様子は無かったようです。受ける依頼も雑務や薬草等の採取が主だったと」

 

「何だと?あれだけの腕を持っていながらか?」

 

雑務だと?どういう事だ?明らかに彼女が受けるべき適正なレベルよりも下の依頼を受けていた?何の為だ?稼ぐならハンターとして大物を狙った方が早いだろうに。

 

「そうです。不思議でしょう?まるで実力が露呈するのを避けるかのように下位の依頼を受けていたわけです。…………時に殿下、ラケダイ王国の第四王女の事はご存知ですか?」

 

「ラケダイ?ああ、ペイシストスの遥か東の東にある小国だったな。確かそこの第四王女は病で床に伏していると聞いた事がある」

 

そのラケダイの王女が今の話と何の関係があるのだ?しかしラケダイの第四王女か……確か魔力の影響で紫がかった髪の、美貌の王女と評判で魔法の腕も宮廷内で一、二を争う程の実力と聞いた気がする。名は確かステ…………ん?

 

「我々の調査では……実は第四王女は病に伏しているわけではなく行方不明なのです。それとゼメリングで気になる噂がありまして」

 

「気になる噂だと?」

 

「はい、殿下。『ステンノという少女は実は某国から逃げ出してきた姫である』という噂です」

 

……!成る程な。火のない所に煙は立たないというわけか。

 

「それにステンノ嬢の素手を見たことのある人間は彼女の手を『シミ一つ無い透き通った、高級な陶磁器のような綺麗な手だった』と言っています。平民の、しかもハンターの手がそのように綺麗な筈がありません。つまりステンノ嬢は只の平民ではない」

 

「そうか!彼女の正体はラケダイ王国の第四王女ステノ、という事だな!シュリーマン、良くやった!これで身分の問題は解消した!直ぐに彼女を迎えにいくぞ」

 

立ち上がろうとした私の右腕を、シュリーマンが掴む。何だ?彼女を迎える当たってもう問題は無いだろう!王宮でじっとしている場合ではないのだ、手を離せ!

 

「お待ちください殿下、あのアルスという剣士の方が問題なのです」

 

何だと!?あの男に問題があるのか?まさかステノ姫を誑かす犯罪者だとでもいうのか!?許せん!ならば即刻首を刎ねてしまえば良いだろう!

 

「落ち着いてください殿下。あのアルスという剣士……あれはあのアルトリウスです」

 

「何だと?アルトリウスというと、あの神殿騎士筆頭のか?」

 

どういう事だ?神殿騎士筆頭がステノ姫を秘密裏に護衛している?分からぬ。姫は神殿と何かの協力関係にあるのか?それとも別の何かか?

 

「はい、国境警備の兵士に証拠付きで名乗り出ていますので間違いありません。極秘任務だという事です」

 

一国の姫を巻き込まねばならない任務?何だ?神殿騎士筆頭が直々に出るような任務とは……。

 

「ステンノ嬢……いえ、ステノ姫はゼメリングで単身で魔族に襲われた、という話があります。にも関わらず生還したとなると……」

 

成る程な。ステノ姫は魔族に関する重大な何かを握った、若しくは知ったという所か。それで魔族に狙われ、アルトリウスを護衛にし身を隠すように旅をしているのか。それなら話は全て繋がるな。

 

「ならば我々が姫を保護する大義名分もあるな。魔王が女神に倒されるまで保護しておけばラケダイ王国に恩も売れる。ラケダイには『姫と一緒に居るうちに親密になり婚姻を結んだ』と言っておけば良いだろう。改めて姫を迎えにいくぞ」

 

これも神の、いや女神の思し召し。彼女を我が国に導いてくださった事、感謝致します。

 




本人の知らないうちに設定が出来上がっていくステンノさん。
名前が似てる、特徴が似てる、噂を流したどっかの受付嬢、のせいで完全に勘違いされた模様。

イオリス「ごめんねステンノちゃん、喋っちゃった☆」



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32話

流石に。

ゆっくりし過ぎたかしら。

ミノアに来て、ええと、一週間?ううん、6日。1日目は宿から一歩も出してもらえずお風呂、髪を含めた全身のケア……って言っても私ステンノだし常に良い状態に保たれるからそういうケア関連は本来必要無いのだけれどね。それから食事。2日目は高そうな店なんかを見て回って。ファイスさん、アクセサリーの店と服屋で何かを受け取ってたわね。彼女さんとかへのプレゼントかしら。

3日目はまた休み……だったんだけどあまりにもやる事が無くて斡旋所で依頼を受けて街の外へ。って言ってもファイスさんがずっと付いて……じゃなくて監視してたけど。

4日目と5日目は私とニュクティはファイスさんと露店で何か掘り出し物が無いかを見たり屋台を回ったり。その間アルトリウスは体が鈍るからって何処かに鍛練に行って(多分、地元のハンターなんかと剣を交えてた)……っていう感じで観光、休み、また観光っていう、ついこの間まで魔王城に監禁されてたのが嘘のような生活を送っていた。こんな生活が続いたら抜け出せなくなりそうね。

 

それで6日目の今日は、大蛇が二匹ミノアに現れて城壁を破壊してる真っ最中。当然街の中は厳戒態勢で、私達はファイスさんと共に城壁の外へ向かう途中。地元の腕の立つハンター達が既に10人くらい迎撃に出てるらしいけど、苦戦してるらしい。

時間が経たないうちにこんなに何度も大蛇が襲って来た事、今まで無かったらしいわ。……もしかしなくても大蛇を呼び寄せてるのって私かしらね?美味しそうな魔力に引き寄せられてくるとか、はたまた私の神性を感じ取って来てるとか。だとしたら街の人達にも悪いから移動したい所なんだけれど、ファイスさんに『もう少し滞在してくれ』って言われてるのよね。今回みたいな大蛇の街への襲撃に備える意味もあるみたいなんだけど、真意は別に有りそう。

 

それにしてもこの大蛇って何処から湧いてくるんだろう?ファイスさんの話通りならある時突然現れたらしいし。誰かが意図的に生み出してるのかしら。まさかパイオスの仕業とか?

 

城門は閉じられてるから、私達は走り通用口から出た。ここから見えるのは北側の一匹だけ。もう一匹は反対側かしらね。でもこの前の大蛇と鱗の色が違う。黒じゃなくて紫。上位種とかかしら。まあニュクティとアルトリウスが居るし大丈夫でしょう。

 

あ、金属の胸当てしてる長髪のハンターの男の人の剣が大蛇の牙に弾かれた。あの人勢いで尻餅ついたわ、大蛇が大口を開けて……って呑気に眺めてる場合では無いわね。私がアルトリウスに視線を向けると頷いて天羽々斬を構えてる。理解が早くて助かるわ。『オーダーチェンジ』っと。

 

ハンターの男の人と私の右隣に居たアルトリウスの位置が入れ替わった。アルトリウスが突き上げた天羽々斬が、大蛇の口の中から脳天を貫く。轟音をあげてその場に倒れた大蛇と、唖然としている他のハンター達。彼等が苦戦していて満足に鱗を貫けなかったのにアルトリウスがたった一撃で倒したんだもの、吃驚もするか。

 

彼等、アルトリウスとは面識あるみたい。何だか親しげに話してる。4日目にアルトリウスと剣を交えたメンバーなのかな?念の為に大蛇が死んでるかの確認もしてるみたい。

一応私達も行こう。もう一匹の方の指示とかも必要でしょうし。あ、でももう一匹の方は神殿騎士が出てくれてるんだっけ。なら大丈夫かしらね。

 

大蛇に動く気配は無いし、もしまだ生きてるのならハンター達が対処してる筈。私はさして警戒もせずに彼等に近付く。その私の少し後ろから、ニュクティが周りに気を配りつつ付いてくる。私は新米の四流ハンターだから、こういう所が甘くてアルトリウスやニュクティに頼りきりなのよね。

 

丁度私が彼等の所へたどり着いて、大蛇の様子を確認しているメンバーに挨拶でもしようかと思った時。突然アルトリウスとニュクティに両手を掴まれ引っ張られた。大蛇が倒れている城壁を前にした私、その右にアルトリウスとニュクティ、左に他のハンターという配置だった。油断していたと言えばそれまで。突然動いて私に牙を向ける大蛇。反応できず二人にされるがままの私の体が前方へと投げ出される。直後、背中の左側、肋骨と骨盤の間辺りに不快な鈍い衝撃。背中が熱い……それに、痛い。

 

そこで息絶えたらしく、完全に動かなくなった大蛇の上顎の右側の牙が私の背中に突き刺さっていた。全身の痛みと痺れで動けない。急いで牙が引き抜かれた背中から、心臓が脈打つのに合わせてドクドクと血が溢れてくるのが分かる。

この大蛇、死んだフリをしていた?それとも最後の力を振り絞って私を道連れにしようと?

痛い……でも、今までの瀕死になった時の痛みに比べたらまだマシ。手当てさえしてもらえればどうにか……。

 

あれ、体がさっきより痺れて……なにこれ、背中の怪我だけでこんな痺れ……。

 

「嬢ちゃん大丈夫か!」「不味いぞ大蛇の毒だ!」「早く治癒術師の所へ運べ!」「コレの解毒が出来る術師なんてこの街に居るのかよ!?」ってハンター達の慌ててる声が聞こえる。え……毒?鱗の色が違ったのって毒性の違いって事?

 

アルトリウスが私を抱え上げ、通用口へと走り始め、その後ろをニュクティが付いてくる。「すまない、油断した」ってアルトリウスは謝ってくれるけど、本当に油断して動けなかったのは私だし、大蛇の事は他のハンターが調べていた。もしも二人が私を引っ張ってくれていなかったら、位置的に私は大蛇の牙に頭を刺されて即死だった。感謝、してるわ。だから謝らないで。

 

誰が見ても分かる程に血色が悪くなり青褪めた私の手を握って並走してくれるニュクティ。「駄目だぞステンノ、確りしろ!」ってそんな、今生の別れみたいな顔やめて。まるで私がもう死んでしまうかのような表情。

 

時間の感覚が消えた私は、何時の間にか街の中にある神殿へと運び込まれていた。今の私の視界は不良でボンヤリしていてハッキリ見えない。ここの神殿にも治癒ができる人が居るみたい。とはいってもカッサンドラさん程の腕は無くて、数人がかりでやっとカッサンドラさんの足元に及ぶという程度。カッサンドラさん、伊達に聖女を名乗っているわけじゃないのね。

 

私は鞣し革のコートを脱がされてベッドにうつ伏せに寝かされる。駄目、全身が痺れていて本当に指一本動かせない。

 

数人の術師が同時に私の傷に向かって手を翳す。傷はどうやら塞がっていってるみたいだけど全く感覚が無い。毒のせいで全身麻酔されたみたいになってるのね。

 

「解毒はどうなってる?」

 

「はい、筆頭騎士様。聖女様でしたら使えたでしょうが、大蛇の毒を消し去る程の解毒魔法が使える者は此処には居りません。大蛇の毒線から抽出し作れる解毒薬を飲ませるしか方法はありませんが……」

 

神官の一人が妙に言い淀んでる。解毒薬は作れるんでしょう?何か問題があるの?

 

「分かった、直ぐに取り掛からせよう。彼女は死んではならない人だ。彼女が死ぬような事があれば、人類は光を失ったも同然だ」

 

「筆頭騎士様、お気持ちは分かりますが……解毒薬はどんなに急いでも完成までに数時間は掛かります。対して大蛇の毒が全身に回り死に至るまでは僅か数分。とても間に合うような状況では……」

 

うそ……じゃあ私、死ぬの?こんなところで?嗚呼、短い生涯だったわ。思えば酷い目にしか遭わなかった。きっと、このミノアでの数日は最後くらい穏やかに過ごして欲しいっていう〈主神(ろくでなし)〉かアムラエルさんかの慈悲かしら。そんな事するくらいなら最初からこんな運命にしないで細く長い生涯にして欲しかった。

 

私は諦めて瞳を閉じた。これで良かった、って事なのかな。だって私が死ねばパイオスは永遠に本来の力を取り戻せないんだもの。でも世界を救う代償が私の命なんてやっぱり酷くないかしら。

 

……………………。

数分どころか結構時間経った気がするのだけれど。私、死んで無い。どういう事?数分で死ぬような猛毒じゃないの?ステンノに毒耐性なんてあったっけ?でも私の記憶って歯抜け状態だし、覚えてないだけで本当は毒耐性もあったのかも。それとも主神の加護のほう?それならまだ生きられる。良かった、本当に。まだ死にたくないもの。

 

私の毒の回り方がおかしい事に神官達やアルトリウスも気付いたみたい。「奇跡だ」とか「これなら間に合うかも知れない」とか聞こえる。

 

薬が出来るまで数時間って言ってたよね?なら少し眠ろう。痛みも麻痺していて殆んど感じないし。起きる頃にはきっと楽になってるよね?

 

 

 

───────

 

誰かが私の右手を握ってくれてる。ニュクティかな?

 

「姫、目を覚まされましたか。良かった」

 

聞いた事無い声。それに、姫?何処かのお姫様が近くに居るのかしら。

体の痺れは……すっかり取れてる。多分薬で治して貰ったのね。背中にも痛みは無いし起きられそう。

ゆっくりと瞼を開く。場所は、どうやら宿のスイートルームのベッドの上。目の前の私の右手を握っていた人物は、見たことの無い人。誰?

ううん待って。肩辺りまでの長い銀髪、青い瞳の、育ちの良さを感じる整った顔立ち。それから黒地の高そうな布で仕立てられ前後に金糸で刺繍された獅子、左胸の部分に何かの……この国の国旗に書かれてる紋章が入ったサーコートを身に着けていた。あー……もしかしなくてもこの人。

 

「アルゴリス王子……様?」

 

「今は様は必要ありません。大蛇の毒を受けたと聞いた時は肝を冷やしました。貴女が無事で良かった、ステノ姫」

 

ステノ姫?私はステンノだし姫でも無いし。誰かと間違えてない?それより手、離してくれないかしら。王子とはいえ初対面の人間に握られるのはちょっと……。

 

「あの、私、ステノ姫では」

 

「ええ。分かっていますよ、ステノ姫。貴女を魔族に売り渡したりはしませんのでご安心ください。ですから私の傍ではそのように自身を偽る必要はありません」

 

駄目、全然聞いてない。どうしようかしらこの人。それに完全に顔も見られてるし。ああもう面倒。

 

「だから私はステノ姫ではなくて……それにアルト……アルス達は?」

 

「彼等の事も分かっておりますのでご安心を。彼等は自分達の部屋で待機してもらっています。ですから姫、是非とも私と共に王宮へ」

 

だから私は姫じゃないって言って……この人どうやったら信じてくれるの?これ王宮へ行かないといけない流れ?あ、そうか。私にスイートルームをあてがったのって、そのステノ姫とかいう人と勘違いしたせいね。なら余計にここで誤解を解いておかないと。

 

「何度も言うけれど、私はステノ姫では」

 

「分かっております。そこで姫……私と婚約していただけませんか?先日の大蛇退治の際に初めて見た時から貴女の事が頭から離れないのです」

 

全然聞いてくれない!それに婚約って?婚約ってどういう事なの。大蛇退治の時ってこの前の?あの時顔を見られ……つまりファイスさんが私をミノアに足止めしてた真の理由ってこれか。どうするのよ本当に。

 




ステンノさん、王子に求婚される。

次回はミュケーナの首都へ。


ステンノさんの能力(スキル)再まとめ
・吸血C
・女神の神核Ex
・主神の加護
・夢幻召喚
・礼装展開(オダチェン礼装)
・毒耐性(ランク不明)←new!


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33話

王子の手を静かに振りほどいて。体を起こした私はベッドに腰掛け、彼にジト目を向けた。誰でも『王子様素敵!抱いて!』なんてなると思ったら大間違いだからね?

 

「理由を説明してくれないかしら?」

 

よく考えたら、たかが一目惚れ程度で婚約して良いものじゃないでしょう。アルトリウスよりは歳下でしょうけれど、いい大人なアルゴリス王子には婚約者くらい居るでしょうし。幾ら他国の姫と勘違いしてるからって自分の感情だけで決めていい立場じゃない筈。『婚約者は好きじゃないから婚約破棄して別の女性と結婚する!』なんて影響考えずに明らかに国益に反するような行為をする王子なんて廃嫡待ったなしだろうし。

 

「先程も言いましたが、貴女に一目惚れしたのです」

 

「そういう上辺の建前はいいから。本当の理由を聞かせてもらえないかしら?」

 

それに、王族なら幾ら私がステンノだからって見た目の美しさにコロッといくような教育はされて無いでしょう。そんなちょっと綺麗だからって現を抜かすようではハニートラップ掛かり放題で国が混乱する。だからこの話にはきっと裏があるに違いない。

 

「成る程、流石はステノ姫。聡明でいらっしゃる。良いでしょう。お教えします。ですが今から私が話す内容は口外しないで頂きたい」

 

ほらやっぱり。私……というか他国のステノ姫を態々迎えなきゃいけないような理由があるって事。

 

「ええ、約束するわ」

 

王子の話だと、1年程前に婚約者だった公爵令嬢が()()()()()で亡くなったらしいわ。それで、新たな婚約者を選定しないといけないのだけれど、候補に挙がる者達はどうにも怪しい。背後に国の乗っ取りの噂がある者が居たり、どう考えても国の予算を着服しそうな者だったり、或いは王妃を任せるなんて無理なレベルだったり、それから王子の元婚約者を()()()()()()と疑わしい者だったり。誰を選んでも問題しか残らない。かといって平民や低位の貴族から選ぶというわけにもいかない。それであれこれ思案していたところに何処からか大蛇が現れ始めて、婚約者選定の話は一時的に先延ばしにして今に至っている、と。それで、問題が解決するまでで構わないから私に婚約者になって欲しい、らしいわ。

それにしてはやけに私に対して情熱的な気がするけれど。

 

「成る程ね。それでこの国の内情と一切関係の無い他国の姫を迎えようってわけね?」

 

「勿論それが理由ではありますが、貴女の美しさに心を奪われたからなのは事実。出来るなら問題解決までと言わずに私と結婚して末永く共に居て頂きたい」

 

さらっとこういうセリフを言えるところは流石王子様ね。でも残念、(ステンノ)にはその程度では響かないの。

ハッキリ言ってこの国の内情なんて知った事ではないけれど、その婚約者が亡くなったのと大蛇が現れた時期が近い、っていうのがちょっと気になる。

 

「少し考えさせてもらえる?」

 

「勿論です。愛しの姫がそう仰るのなら、私は幾らでも待ちましょう」

 

……遂に『愛し』の姫になったわね。これもう『私が女神だ』って正体明かして諦めてもらった方が早いんじゃないかしら。でもパイオスに居場所がバレるのは怖いし。上手く話が纏まるような手はないかな?

兎に角、ニュクティとアルトリウスに相談しよう。決めるのはそれから。私一人で判断するのも危険だし、一応カッサンドラさんに此方の動きを把握しておいてもらうのもあるし。

 

「彼等と相談したいから退出してもらっても?」

 

「はい。それでは姫、良い返事を期待しています」

 

やっと王子が出て行ってくれた。それじゃニュクティ達を呼びに行こう。階段三階ぶんも降りないといけないのが地味に面倒ね。

ベッドから降りて立ち上がり体の具合を確かめる。うん、何処にも違和感は無いし問題無さそう。

私が扉を開きに行くよりも早くノック音。「ステンノ!」ってニュクティの声が聞こえる。

 

「今開けるわ」

 

私が手を伸ばすよりも早く扉が開いた。ニュクティが駆け寄って来て抱き……着きはしなかったけど私の目の前で停止して不安そうな表情をしてくる。はいはい、迷惑掛けたわね。まだ子供なんだから別に遠慮しなくてもいいのに。仕方ない。特別に抱き締めてあげる。

 

「心配してくれたのかしら」

 

抱き寄せて頭を撫でてやるとニュクティが「子供扱いするなよ!」って反発してくる。でも口だけで離れようとはしない。これは相当心配させたみたい。まあニュクティにしたら私は家族みたいなものだし好きな異性だものね。それが死の危険にあったわけだし。得体の知れない王子に締め出されて顔も見られないとなれば余計に不安だったよね。分かるわ。

 

「それで、アイツに何か変な事されなかったか?」

 

変な事、ね。ええ、ニュクティが想像してるような事はされてないわね。妙なお願いならされたけど。さて、どう説明したものかしら。私の推測も込みで話した方が良さそうね。

 

「変な事かどうかは分からないけれど、求婚ならされたわ」

 

「求婚!?あんなヤツの言うこと聞く必要なんてないぞ、今すぐ出発しよう!」

 

ニュクティ、王子を捕まえて『あんなヤツ』呼ばわりは……まあいいか。私もアレはどうかと思うし。でも出発するのは待ってもらえる?

 

アルトリウスは「何か理由が有りそうだな」って、椅子に座って私達の方を見てる。そうそう。一応二人にも説明を。

 

 

 

 

 

「適当な嘘を言ってステンノと結婚しようとしてるだけじゃないのか?」

 

「そうとも言い切れない。僕達もステノ王女の事までは把握していないが、王子の元婚約者の件は知っている。不慮の、というには怪しい事故だった筈だ」

 

話してみた二人の感想がこれ。

神殿では把握してるんだ?あ、そっか。各国にある上に独立機関だものね。他国の情報なんかも入ってくるのか。

ニュクティは適当な嘘、って言ったけど不慮の事故が本当にあったのなら王子の話も信憑性が出てくる。それに気になる事もあるし。

 

「二人とも聞いて。考えたのだけれど、少しの間婚約者のフリに付き合おうと思うわ」

 

考えてみると多分だけど〈主神(ろくでなし)〉は最初から今回の件に私達に首を突っ込ませる気だったんだと思う。

ホラ、アルトリウスが借り受けた剣だって天羽々斬でしょう?天羽々斬は『蛇を斬る剣』って意味の名前だし伝承通りなら大蛇キラー。それにまるで私に合わせたかのようなステノ姫の件。これ〈主神〉が『王子の婚約者として潜入してこの国の大蛇の件を解決すべし』ってイベントを用意したように思えてならない。

主神(ろくでなし)〉の思惑に乗るのは非常に不本意だけどやるしか無さそうだし。

王子の事はホラ、最悪私の正体を明かして諦めてもらってまた別の国に逃げ……るしかないのよね。ハァ、何時になったら静かに暮らせるのかしら。いつかパイオスと戦わないといけない日が来るのかな。あんなチート級の化け物倒せる気がしないのだけれど……。

 

「本気かよ?大丈夫なのか?あの聖女の時みたいにならないか?」

 

「理由があるなら反対はしないが……僕とニュクティも従者として王宮に入り貴女の傍に居る、これが条件だ」

 

大丈夫……かは分からないけれど、二人が傍に居てくれるなら何とかはなりそう。それじゃ二人が私専属の従者として一緒に来る事を条件に王子の依頼を受けよう。解決したら報酬も少しは貰っておいた方がいいかもね。

 

 

 

───────

 

さて。

私達は馬車に揺られ、ミュケーナの王都デロスに入った。当然ミノア以上に人も建物も多いし、活気に溢れた街。アチコチに王都を支える施設が立っている。第二騎士団の宿舎も見えたわ。普段は人通りも多いんでしょうね。

舗装された石畳の、王城の門まで真っ直ぐに伸びた大通りを走る馬車の行く手を阻むものは当然無い。王子の乗った馬車だものね。もっと正解に言うなら、周囲をぐるりと護衛の騎士の騎馬に守られた、王子と婚約者の私だけが乗った装飾過多な馬車。少し遠い位置から大勢の人達が此方を見ているだけ。大勢……ええ、大勢。多分街の殆んどの人達。

 

まさか王都までその馬車の中で二人きりで過ごす羽目になるとは思わなかった。普通なら婚約者という立場だし何もおかしくはないんでしょうけど私には拷問以外の何物でもない。だって事あるごとに愛を囁くのよこの王子。うんざりなんだけど。これやっぱり大蛇とか婚約者争いとかを理由にして単に私と結婚したいだけじゃないかしら?断言するけど、私は絶対靡かないから。フラグじゃないからね?

 

それにしてもやっと着いたのね、苦痛な時間だったから余計に長く感じる。心が休まったのは途中休憩した時にニュクティやアルトリウスと話す時間くらいだったもの。

 

そうそう、ファイスさんがミノアで受け取っていたものが何だか分かった。私用のドレスとネックレス。私の髪色と同じ、装飾控え目だけど背中が大きく開いたロングドレス。足元はドレスと同じ色の、指の所と足首の所に紐程度の支えしかない、ほぼ足を晒したようなヒール。それとネックレスは細い銀のチェーンの先端に大きなダイヤが一つ付いてるんだけど、これ何カラットあるの?私の親指と同じくらいの大きさなんだけど。

 

そんなわけで、私の格好は極めてシンプル。まあその方が私の美しさが際立つから、だけれどね。これを選んだ人間はなかなか分かって……じゃない、これからは四六時中こういう格好で過ごさないといけないんだっけ。何時もこんなで貴族って疲れないのかしら?

 

「ステノ、聞いているかい?」

 

「…………ええ、聞いてるわ」

 

ああ、王子の話し方がフランクになってる理由ね。婚約者だしその方が親密に見えるから、っていう王子の言い訳。本当はアルトリウスとかニュクティみたいに遠慮無く話したいだけなんでしょう。要は嫉妬じゃないかしら?

 

「降りたら先ずは父上に挨拶だ。と言っても主に私が話すからステノは名乗ってくれるだけでいい」

 

国王と謁見、ね。無難に出来るかしら。何せ前世でもそんな地位の高い人間に会った事なんて無いし。

 

「それから、王宮内では絶対に一人で行動しないで欲しい。私の息の掛かった侍女を付けるから、必ずその侍女かアルトリウス、若しくはニュクティと共に行動してくれ」

 

前の婚約者の一件があるからね。これは私も気を付けないと。夢幻召喚しないとこの体って本当にポンコツだからね。誘拐とか暗殺とかもう御免だわ。

 

っと、着いたみたい。王子が先に降りて、手を差し出してくれる。フリとはいえ婚約者なんだしここは大人しくエスコートされておこう。馬車の窓から見える……周囲をぐるりと濠で囲まれた、スロバキアのボイニツェ城によく似た佇まいの城。魔王城を先に見ていなかったら感嘆の声も出たかも知れないわ。

 

 

 

 

 

「まぁ!お帰りなさいませアルゴリス様!」

 

ん?城の方から複数の女性の声。王子に近付いて来て黄色い歓声。ああ、話にあった令嬢達ね。みんな中世にあるようなロングドレスを着てる。赤、薄いブルー、黄色、紫、etc……まあ何人もの令嬢に囲まれて熱をあげられるなんてハーレムね。成る程、これは女性避けが欲しくなるのも分かる。だってこの令嬢達、全員が全員裏がある婚約したら駄目な相手なんでしょう?つまり全員が悪役令嬢ってわけね。

 

あら。そのうちの一人、赤のドレスを着た、王子の右腕に抱き着いてる令嬢が私を睨んでる。彼女がこの中では一番地位が高いのかしら?

 

「アルゴリス様、こちらの御令嬢はどなたですの?」

 

「ああ、紹介しよう。彼女はステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイ。ラケダイ王国の第四王女で私の婚約者だ」

 

王子が私をそう紹介した瞬間、令嬢の視線が一斉に私に突き刺さる。全員が殺気の籠った視線。もう拗れる予感しかしない。ハァ。

取りあえず挨拶くらいしておこう。

 

「アラ皆様。ご機嫌よう」

 

……更に全員の視線が鋭くなったわね。

 




ステンノさん王宮に潜入。貴族令嬢達の骨肉の争いに巻き込まれる事に。

カッサンドラ「離してください!私はステンノ様に手を出そうとする不届き者のアルゴリス王子に天誅を与えねばならないのです!」

神官′s「なりません、落ち着いてください聖女様!(不届き者はアンタもでしょうが!)」
……というやり取りがあったとか無かったとか。


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34話

謁見の間。壁の色合いが白、玉座が赤というだけでパイオスの玉座の間とよく似ている部屋。階段三段ほど高くなった玉座に向かって赤い絨毯が伸びている。その絨毯の両サイドに兵士……多分第一騎士団が左右に各六人ずつ規則正しく並んでる。

 

この絨毯だけでも高そうね。壁は……総大理石造りかしら。この部屋だけで幾ら掛かってるんだか。

 

二つ並んだ、金で彩られ座席部分に赤い布の張られた玉座の私から見て右側に座している人物。丁度アルゴリスに深い皺を追加して老けさせた……って言ったら失礼ね、年期と同時に威厳を感じさせる顔のミュケーナ王。

その御前で片膝を突き頭を下げる王子。その右側の半歩後ろで同じように頭を下げる私。ハァ、早く終わらないかしら。

 

「面を上げろ」

 

王の言葉で王子が顔を上げた。私はそれを横目で見て、少し遅れてから顔を上げる。

 

「父上、只今戻りました」

 

「うむ、話は聞いている。そのほうが?」

 

そのほう……あ、私の事か。自己紹介だっけ。カーテシー、っていうんだっけ?左足を斜め後ろ内側に引いて右足の膝を曲げて、両手でスカートの裾を持ち上げる。あ、これ不味い。筋力が足りない私の右足がプルプルしてる。ロングドレスのスカートに隠れて見えてはいないだろうけれど。早く終わってくれないと足が限界を迎えて倒れるかも。貴族令嬢ってやっぱり大変なのね。

 

「はじめまして陛下。ステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイ、ですわ」

 

ステノ姫のフルネームはさっき王子が令嬢達に言ってたからね。あれは正直助かったわ。アルトリウスにそういう話を聞くの忘れてたからね。それにしてもこの状態で軽く頭を下げるの凄くシンドイ。そろそろ無理、早く、早く終わらせてお願い。

 

「二人とも楽にするがよい。しかし噂以上の美貌だな」

 

やっと楽に出来る。助かったわ。あと一秒でも遅かったら右足が限界で倒れてたかも。

 

ステノ姫本人も多分綺麗なんでしょうけれど、私ステンノだからね。私が美しいのは当然じゃないかしら。まあそのせいでこんな面倒事に巻き込まれているからそれが良い事とは一概には言えないけどね。

 

「私の婚約者ですぞ、父上」

 

「すまぬすまぬ。あまりに美しかったものでな」

 

二人の間の雰囲気は穏やかね。関係は良好……かしら。となると第二王子?とか他の王族との仲が気になる。乗っ取るなら国王と親密な第一王子を排除して傀儡として弟妹を立てるって方法もあるし。

 

「それで式はいつ頃挙げるのだ?早くワシを安心させろ」

 

「はい、準備などもありますのでひと月後に予定しています」

 

…………ん?式ってまさか結婚式?ひと月後って、そんな話聞いてないけど!?問題が落ち着いたら解放してくれるって話じゃなかったの?既成事実を作って逃げられないようにしに来た……?

カッサンドラさんの時の二の舞は避けたいし、ひと月以内に解決してオサラバしなきゃ。元婚約者を殺した犯人と、大蛇の発生原因と、国家転覆を狙ってる貴族令嬢探しと。これを私が自由に動ける時間内で探さないと。

……やる事が多いわ。頭痛くなってきた。この場で夢幻召喚して退場してやろうかしら?謁見終えたら王子に文句の一つも言ってやらなきゃ。

 

「そうか。して、我が息子よ。ステノ姫の警護は問題無いな?」

 

「万全を期しております」

 

アルトリウスとニュクティが居るから人間相手程度なら守りきれるとは思うけど、お風呂とか寝室とか男性が付き添えない場所もあるし。私が気を付けなきゃいけないのはそういう暗殺されやすい場面かしら。例のスプーンも持ち歩いた方がいいかな。逃げるだけなら最悪オダチェン礼装展開すれば何とかなりそうだけど万が一って事もあるからね。例えば国家の乗っ取りとか婚約者殺しとかした者が人間じゃ無かった、とかだった場合ね。

 

「うむ、もう下がって良いぞ。式を楽しみにしておるぞ」

 

「はい父上、では後程」

 

っと。挨拶はしないとね。「では陛下、失礼致しますわ」って口にして一礼。私は王子の後に付いて謁見の間から退出。あー疲れたわね。早速文句を言ってやりたい所だけど、部屋に移動するまで我慢。城の通路なんかで下手に王子と口論なんてしたらスキャンダルの格好のネタになるものね。流石にその程度は自重くらいする。

 

王子、それと謁見の間を出てから合流したシュリーマンさんの後ろを付いて歩く。こうやって並んで歩くと、二人とも身長高い。180cmくらいあるかしらね。にしても、アルトリウスもそうだけど180cmってこんなに見上げるようなものだったっけ?確か記憶だともう少し近い……っと、そうだ今私ステンノだから134cmしかないんだっけ。

通路は魔王城に似てはいるけど、床はフローリングのような板張り、壁は大理石ではないけれど白い……なんだろう、石灰とか石とかだと思う。天井からは等間隔でシャンデリアが釣り下がってるけど、魔王城の方が豪華だったというか……要するにそれ程の驚きは無い。王子達から見たら私が城内のこういう装飾を見慣れてるように見えたかも。だから余計にステノ姫本人だと勘違いしたかも知れない。

そうだ、例の本物のステノ姫も探したり出来ないかしらね?私の代わりにこの王子に上手いこと擦り付け……じゃなくて、くっ付けるとかすれば私は晴れて自由になるし。

 

「着いたよ、今日からここが貴女の部屋だ」

 

城の本棟から離れた四階建ての離宮の最上階。その最も南に位置する部屋が私に宛がわれた部屋。辿り着くには階段を上がり、一本道の通路を必ず通らないといけない。つまり城内からの侵入者に対してはこの通路さえ押さえておけばいいって事。他に侵入出来そうなのは窓くらいかしら。通路を塞がれたら私の逃げ道は窓しかなくなる、とも言えるけれど。

 

部屋の壁は淡いピンク色。天蓋付きの同様の淡いピンク色のベッドが置かれ、赤いクロスの張られた柔らかそうなソファ、それに足の部分に細かい装飾が掘られた木製の丸テーブル。それと細かな調度品が周囲に置かれてる。それから奥に黒く塗られた扉があって、中はクローゼットで私用のドレスや服。何だか魔王城の監禁部屋を思い出す。いや、ここもある意味監禁部屋、って言ってもいいのか。

 

部屋の中には一人の、メイド服を着た侍女が立っていた。長い黒髪にホワイトプリムの、茶色の瞳の女の人。身長は当然のように私よりも高い。多分……160cmくらいあると思う。スラッとした鼻筋に顔の各パーツもバランスの良い配置の人。ただ年齢は不詳。二十代……よね?多分。

 

「お久し振りです、王女殿下。ダナエでございます」

 

今私、表情保てているかしら。冷や汗が背中を流れるのが分かるわ。だって()()()()()って事はこの人ステノ姫と面識があるって事でしょう?ダナエ?さんの笑顔が怖い。

 

「…………ええと」

 

「ああ、申し訳ございません。私の事など覚えていないのは当然です。ラケダイで侍女をしていたと言っても王女殿下と直接お会いした事などありませんし、お姿をお見かけしたのもほんの数回、しかも離れた所からでしたし」

 

……そうなんだ、ならバレてないって事よね?いや、そもそも隠さないといけないのって王子が私の話を全く聞いてくれないせいなんだけど。

 

「改めて宜しくお願いします、王女殿下」

 

「ええ、よろしく」

 

表情が引き攣ってない事を祈りつつ、ぎこちない挨拶を返した。「ではダナエ、姫を頼む」って言って王子は部屋から出ていったわ。別室で待機してるニュクティとアルトリウスを呼びに行ったようね。彼等の部屋はこの階、通路沿いの一室になるみたい。

 

パタン、と扉が閉まり王子達の足音が遠くなって、やがて聞こえなくなる。そうして完全に離れるのを待っていたようにダナエさんが口を開いた。

 

「それで、王女殿下を騙る貴女は何者でしょうか?」

 

……当然そうなるわよね。これは王子の勘違いを説明しないと駄目そう。王女殿下の名を騙るとか大問題よね、ええ、知ってたわ。まあ私には『女神が理由があってやった事だから』っていう切り札があるけどね。

 

「何処から説明しようかしら」

 

一応私が女神だっていう所は伏せて話した。神殿の極秘任務で旅のハンターをしてるってね。それであの王子が話を聞いてくれなかった事も。ダナエさん「ああ、殿下らしいですね」って呆れてたわ。あの王子大丈夫なの?それとこのダナエさん、ラケダイでステノ姫の専属をしていた時期があるって。そりゃバレるに決まってるわね。

 

「それにしてもステンノ様は見た目はステノ王女殿下にソックリですね。性格は真逆といいますか、ステノ王女殿下はお転婆でしたので」

 

待って、どういう事?見た目ソックリ?つまり(ステンノ)みたいな絶世の完璧美少女が天然で存在してるって事?凄い、是非会ってみたいわ。並んだらまんまステンノとエウリュアレね。

……いやでも。(ステンノ)がステノ姫に似てる、じゃなくてステノ姫がステンノに似るように〈主神〉に調整されて生まれた、って考えた方が自然かも知れない。この展開も〈主神(アレ)〉の構想通り、って事じゃない?つまり私の選択は今の所正しい、って事でしょう。

 

「フォローはお任せください。それと相応の教育もさせて頂きますのでそのつもりで」

 

「えっと、お手柔らかに頼むわ」

 

その後ニュクティとアルトリウスが部屋に合流して、ダナエさんがアルトリウスの右手甲にある神殿騎士の証を確認したりしてたわ。

 

あ……ダナエさんのせいで王子に文句言うの忘れてた。

 

 

 

 

───────

 

「ご機嫌よう、殿下の新しい婚約者様」

 

ダナエさんの案内で城内を歩いていたら変な連中(令嬢数人)に絡まれたわ。この先頭の令嬢、ええと確か……何て言ったっけ、着いた時に王子の腕に抱き着いてた人。名前聞いた気がするけど憶えてない。

 

「どなただったかしら?」

 

私がそう答えると、彼女は明らかに苛立った様子。頬がピクピクいってる。頑張って笑顔は作ってるみたいだけど。

 

「メレグロス公爵が娘、アネイラですわっ!」

 

そうそう、アネイラ嬢ね。王子情報だと元婚約者の事故に関わってる可能性がある、曰く『疑わしいが証拠が何一つ無い。暗部の人間と繋がっている様子も一切無い』って危険人物。今度は薄い赤のフリフリのドレスか。私より頭一つ高い背、相変わらずの金髪縦ロールに濃い目の化粧、それでその化粧のせいでキツ目の顔に見える。何か如何にも悪役令嬢です!って感じの人。あと胸が大きい。

この人、素が折角綺麗なのに台無しね。気付いて無いのかしら?それにしてもダナエさんが居るとはいえアルトリウスとニュクティが傍に居ない今を狙って来たのねこの人達。

 

「それで、公爵令嬢の貴女が私に何の用かしら?」

 

出来れば関わりたく無いのだけれど。私の知らない間に勝手にボロを出して勝手に逮捕されてくれない?話すのも面倒。

 

「殿下の婚約者様に御挨拶を、と思っただけですわ」

 

「そう。態々ありがとう。私は用があるからこれで失礼するわ」

 

すれ違いざま、軽く頭を下げてその場を去ろうとした私の右足が何かに引っ掛かる。バランスを崩して倒れそうになったけどどうにか持ち直した。

 

「あーらワタクシとした事が申し訳ございません、足が滑ってしまいましたわ」ってアネイラ嬢の発言の後、取り巻き達がクスクス笑う。成る程ね、アネイラ嬢が足を出して私を転ばせようとした、と。

 

白々し過ぎる……何これ、ホントくっだらない。でも挨拶、ね。仕掛けて来るのはこれからって事か。それもこんなイタズラじゃ無くて命の危険があるような。心しておかなきゃ。

 

彼女達をそのまま無視して私はその場を立ち去った。当然私からは確認出来なかったけど残された彼女達、特にアネイラ嬢の表情は私への殺意と憎悪に染まっていた。

 

 

 

 

 

──────

 

「何なのですかあの女!あの余裕の態度も気に入りませんわ!」

 

人払いがしてあるお陰で部屋の中にも周囲にも人影は無い。アネイラは怒りに任せバンッ、と部屋のテーブルを叩く。

 

「ラケダイの第四王女?一体何処から湧いて出てきたというの!」

 

『まあそう荒れるな』

 

彼女の上……天井の方から男の声だけが聞こえる。苛立つアネイラが上を見上げ、その男の声に向かい怒鳴り散らす。

 

「折角あの忌々しい女を亡き者にしてやったのに!これでは全て台無しではありませんか!」

 

『誰が聞いているとも分からぬ、口にする言葉は選べよ』

 

「分かっておりますわ!」

 

ドカッ、と天蓋付きのベッドの真っ白なシーツの上に座り腕を組む。自身を落ち着かせるようにフーッと息を吐いて、再び天井の誰かを睨む。

 

「今度も上手くやってくれるのでしょうね?」

 

『ああ、問題無い。ステノ姫(アレ)を殺ればよいのだろう?』




カーテシーはソコソコ右足に負荷がかかる、やれば分かる。
悪役令嬢さんと黒幕の影をチラ見したところでまた。
ステノ姫もいつか何処かで出てくるでしょう多分。

次回は来月に。


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35話

 

あれから一週間。何事も無かっ……些細な事はあったけど、今の所は命に関わるような状況にはなっていない。些細な……例えば何故か頭上から物が降ってきたりとか、防犯の為って思い付きで別の部屋で寝て翌朝自室に戻って来たらベッドの天蓋の柱が折れてて私が横になっていたであろう位置に刺さってたりとか。

分かってる。結構危ない目には遭ってる。常に誰かと一緒に居るから回避は出来てるってだけ。

 

それで。

当然のように両手にシルクの手袋装備の私は今、夕食を囲んでいるのだけれど。ボロが出ないか不安しかない。だって面子がテーブルの左奥にミュケーナ国王、その隣にサロニ王妃、右手奥に第一王子、その隣に私だもの。こんな事ならフランス料理とかのマナー本でも読んでおくんだった……いやでも前世で読んだ事がある、若しくはフランス料理のマナーくらい知ってたけど思い出せないって可能性もあるわけで。ああもう、なるようにしかならないか。困ったら『ラケダイではこうだった』ってしらばっくれよう。

王妃はストレスのせいか本人が気を付けているのかは知らないけどスラリとした体型、顔は……パーツは悪くないわね。瞳は青、王家の血じゃないみたいで髪は金。歳の割には老けていない。美容にも気を使ってるからかしら?今日は青いドレスを着てるわね。女の人みんな当たり前のように私より身長があるの何とかならないのかしら。

 

置かれたグラスに赤ワインが注がれる。お酒は前世ではそれなりに飲んでいたけれど、この体になってからこんなふうに落ち着いて飲むの初めてかもね。だってこの世界は日本と違って油断ならないからね。

 

「フム、では我が息子の婚約に乾杯するとしよう」

 

王様がグラスを掲げる。このワインもそうだけど、料理から何から毒味はされてる筈だからそこは気を抜いてもいいよね?それじゃワイン一口…………う…………思ったより雑味が……前世の洗練されたワインと比べるのは善くないけど……イマイチ、かしら。まあ飲めなくはない、かな?

 

飲み過ぎて酔っても危険だし、水を飲んでおこう。赤ワインのグラスの隣に置かれた水の入ったグラス、この中の氷って魔法とかで作ってるのかしら、それとも冷凍庫とか……まあ魔道具があるんだし冷凍庫があってもおかしくないわね。丁度適度に氷が溶け出して冷たそうだし、一口。

ゴクン。

 

これ炭酸水じゃ無いよね?口の中がピリピリしてきた。あれ?何だか体が痺れて……心なしか呼吸が辛いような……え。

姿勢を維持できなくなった私は、目の前のグラスを両手で払いのけるようにして右側に向かって倒れ、椅子から落ちて床に転がった。体が寒い、呼吸が苦しい、全身が痺れる。まさか毒?どうやって?

 

「ステノ!」って王子の声と誰かに指示を出す王様の声が重なった。視界に入ってる範囲でだけど王妃の驚き慌てた様子も。

……駄目、もう頭が回らない。

 

「治癒師を呼べ」って王様の声が。

業を煮やしたのか絶対に足が付かない自信からか毒殺を仕掛けてきた。今後は……直接手を出してくる事を覚悟した方が良さそう。

 

 

 

 

 

私を診た治癒師に依ると、やっぱり毒。私の症状からみて毒性はそれ程でも無いのでは、って言ってたけど。そんな筈は無い。大蛇の毒でも死ななかった私が呼吸が苦しくなって動けず倒れるくらいだし致死性の毒じゃないかしら。詳しく調べるのはこれからみたいだけど。

 

ワインもそうだけど、水といえど毒味はされてるし、グラスも王族用だから洗ってから厳重に保管されてた。何処で混入されたかは分からないらしいわ。あの何だっけ……そうアネイラ。彼女が付け入る隙なんて何処にも無かったしね。彼女にもし協力者が居るのだとしたらステンノのような高レベルの気配遮断スキルを持ってるか、王族の身近な人物って事になる。彼女が犯人でも尻尾を掴めないのは無理も無いわね。

 

にしても、まさか早々にベッドに寝込む事になるとはね。周囲から隠すように抱えて部屋まで運んでくれたのはアルトリウス。薬の効果もあってか症状は今は落ち着いてるわ。それと城内には今回の事は箝口令が敷かれてる。

 

ピンク色のネグリジェ姿で部屋のベッドに横になって……やる事が無いとそれはそれで退屈。スマホでも有ればなぁ。FGOの周回プレイとかもう懐かしいわね。あれから新規のサーヴァントは誰が実装されたんだろう。

 

「なあ、もうこの城から脱出してもいいんじゃないか?大蛇とかよりステンノの命の方が大事だろ」

 

ずっと傍に付いて手を握ってくれてるニュクティが心配そうに口にする。アルトリウスは扉の外を見張ってくれてるわ。因みにアルトリウスの格好は第三騎士団と同じ鎧。ニュクティは小さな執事服姿。なかなか似合ってるわ。

 

そうね、私だって自分の命の方が大事。でも人間相手にやられっぱなしっていうのもね。どうにかしてあのアネ……何だっけ……そうだアネイラ、を牢獄へぶち込んでやらないと。

 

「分かってる。でも乗り掛かった船だしね。これで相手も私には毒は効果が薄いって分かったと思うし、今後は直接殺しに来ると思うから。そうしたら幾らでもやりようはあるでしょう?貴方の力も貸して欲しいし。ね?」

 

私は右手でニュクティの頭を撫でる。頬が赤くなったニュクティは視線を逸らす。ホント、この子の反応は素直ね。

それにまだ体はダルいけれど痺れは取れてる。準備だけはしておかなきゃ。

 

コンコン、とノックがした。「失礼します」って入って来たのはダナエさん。その手には羽ペンと羊皮紙。これもその準備の一つで、さっき彼女に頼んでおいたのよね。

 

「言われた通りお持ちしました」

 

「ええ、ありがとうダナエさん」

 

「何度も言いますが、ダナエ、で結構ですので」

 

本当の身分は兎も角、ここでは私はステノ姫でダナエさんはその侍女、って立場だから『さん』付けするなって何度か言われたのよね。私としては信頼出来そうな歳上のダナエさんを呼び捨てにするのは憚られる。あのカッサンドラさんの事ですら『さん』付けしてるし。

 

「分かったわ、それなら他の人間が居る時はそうする。これで妥協してくれない?」

 

「頑固なところだけはステノ王女殿下と同じですか。仕方ありませんね。それで妥協しましょう」

 

フフッって笑ったダナエさんから、1m四方の大きめの羊皮紙数枚と羽ペンを受け取った。今からここに書くものはアムラエルさんに私の頭の中に投影して焼き付けて貰った魔法陣。毎回描いてもいいのだけれどどうしても時間が掛かるからね。なら予め魔法陣だけ用意しておけば早いでしょう?ゲームとか小説とかの魔法のスクロールみたいな感じね。ま、詠唱は毎回しなきゃいけないだろうけど。

ヨロヨロとベッドから降りようとして……「まだ駄目だろ!」ってニュクティに止められる。それはそう、なんだけど早ければ早いに越した事は無いと思うの。もしかしたら今夜にも暗殺に来るかも知れないでしょう?

 

「大丈夫だから。備えはしておかないとね」

 

「それでダナエにはあの事話したのか?」

 

まだ話してないけど、どうしようか。私が件の女神だっていうの、ダナエさんに言っておくべき?彼女には色々お世話になってるし、私の事を黙ってくれてるし。それに彼女は私側に引き入れておいた方がいい気がするのよね、何となくだけど。ほら、後で王宮から逃走する時に手を貸してくれそうじゃない?

 

「…………そうね。ニュクティ、カーテンを全て閉めてもらえる?それと一応アルトリウスに『絶対誰も通すな』って言っておいて」

 

「分かったよ」

 

「あの、ステンノ様。今から何をなさるのですか?」

 

見てのお楽しみ、ってね。

さて、羽ペンに魔力を通して。頭の中の魔法陣をサラサラと羊皮紙に描いていく。アッサリと描き上がったそれを床に置いて。それじゃやりますか。

 

「…………告げる!」

 

 

 

 

───────

 

「羊皮紙は……成る程、一回で駄目みたいね」

 

羊皮紙は夢幻召喚一回でボロボロになった。ゲームとか同様使い捨てか、まあ仕方無いわね。

 

「あの……ええと……そのお姿は……?」

 

流石のダナエさんも驚いたか。何処からどう見ても女神、だものねこの姿だと。

 

「言ってなかったかしら?私、例の女神だから」

 

わざとらしく言ってみる。人を驚かすのってちょっと楽しいわよね。あ、ダナエさん腰を抜かして座り込んだわね。流石に目の前に女神が現れたとなればね。

 

さてそれじゃ誰かに見付からないうちに元の姿に戻りましょうか。宝具を使わなくても多分任意に解除出来ると思うのよね。あ、ニュクティが私の手を見てる?違う、私の手の甲を……って、駄目よ、駄目!『女神のきらめき』見つめ続けたりしちゃったら目が潰れちゃう!

 

「ニュクティ、駄目よ!目を離して!」

 

「うえっ、わっ、分かったよ」

 

ふぅ、危ない危ない。『女神のきらめき』は女神ステンノのきらめきそのものの具現。眩くも美しい恒星以上の、女神そのものの輝き。まともに見たら目が幾らあっても足りないわ。

 

もう危ないし解除、と。やっぱり思った通り任意で解けるわね。

これでいざって時の準備は大丈夫ね。

……あ。もしもこの件の黒幕が魔族だったら今ので私の居場所がバレたかも知れない。そこまで頭回らなかったわ。その時は逃げるしかないか。魔族でもパイオスや幹部クラスでも出て来ない限りは何とかなる……よね、多分。

 

あとは護身用にスプーンだけ携帯して、と。

 

今日はもう流石に仕掛けては来ない、とは思うけど。一応ニュクティ達の部屋で寝かせてもらおうかな。ニュクティやアルトリウスと一緒に寝るなんてこれ迄何度もあったから今更だし。それに彼等の方がカッサンドラさんと寝るよりも余程安全だしね。

 

 

 

 

───────

 

「はぁ!?死んでない!?また失敗しましたの!?」

 

アネイラめ、ヒステリックに叫びおって。イチイチ喧しい令嬢だ。こっちは目的の為に利用しているだけだというのに。あまり煩いようならコイツから消してくれようか。

 

しかしステノ姫め、毒では死ななかったか。大蛇の毒を受けて生き延びたのは知っていたからな、致死量を大幅に越える毒を盛ったつもりだったが……ステノ姫自体に毒への耐性があるのか、はたまた魔法で抵抗したか。

 

『煩い。自分の部屋の中でも警戒しろ。周りに聞かれたらどうする。こっちは何も組むのはお前でなくとも構わんのだぞ?』

 

少しばかり殺気を込めて睨んでやったら「ひっ…………もっ、申し訳ありません。イライラしていて少しばかり口が過ぎましたわ」と怯えて謝ってきたか。フン、始めからそうしておれば良いのだ。

 

『兎に角これでステノ姫には毒が効き難いのが分かった』

 

「効き難い?効かない、ではなくて?」

 

つくづく頭の悪い女だ。効かないのであれば口にしても何の変化も無い筈だからな。倒れた上にベッドに伏す羽目になった、という事はそれなりに効き目はあるという事。

 

『そうだ、効き目が有るならばやりようはある。これ以上警備が厳しくならないうちに仕掛ける』

 

殺るならばステノ姫に警護が居ない隙だ。やれやれ、半端に力を持った相手はこれだから面倒だ。前の公爵令嬢相手の時は馬車を崖から横転させ炎上させるだけで良かったからな。

 

魔法が使える程度の一介の王女ごときに負ける要因も無いが……あの美貌は殺すには少しばかり惜しいな。アネイラの代わりに俺の女にでもするか?




毒殺未遂に遭ったステンノさん。次は犯人と直接対決……?

昨日ミス・クレーン引けました。呼符で☆5は都市伝説だと思ってました。

今月の更新はゆっくりめで。今月中に片付けないといけない書類が……
ウマ娘と戯れてるから遅くなる訳では決してない、それは理由の半分だ


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36話

今月後半どのくらい時間とれるのやら。
今話と次話早めに投下します。
その次は……来月になるかもです。


ハァ。

 

溜め息も出る。だって私は今、王子と二人きりなんだもの。この人と恋愛ごっこや夫婦ごっこをする気なんて更々無い。いい加減諦めて解放して欲しい。

私の今日の格好は、装飾の無いシンプルな淡い青のロングドレス。それと『王子と二人きりになる』って言ったら、何故かダナエさんにフリルの付いた薄紫色の布地の少ない下着を着せられたわ。だから私は王子と一緒になる気は無い、って言ったよね?女神だってバラしたよね?ね?……あっそうだあの人は王子側の人間だったわ。

王子の方は私に合わせたのか、青のフロック・コート。

そういえば此処に来る時に国のお金が目当ての侯爵令嬢……ええと……確かメネー嬢、だったわねあの冴えない顔の人、その人が凄い目つきで私を睨んでたけどアレ放置でいいのかしらね?王子がそれでいいなら私の関与する事じゃ無いんだろうけど。

 

私達の警護に付いてるのはシュリーマンさん。本当はニュクティかアルトリウスに居て欲しい所だけれど、シュリーマンさんが居る代わりに二人に休んで貰う事になった。二人とも私のせいでずっと気を張ってくれてたし。シュリーマンさんなら王子の腹心だしね。

念の為に魔法陣を描いた羊皮紙を数回折って巻いたものを右足の太股のホルスターに付けて持ってきてるし。取り出すにはドレスのスカートを捲る必要があるけど、緊急時にそんな事気にしてられないからね。

 

今居る場所は、王家以外の人間は立ち入れない、城の一部を改装して作られた庭園。つまりは城の中にある広い部屋、かな。中は国中から集められた珍しい植物や、綺麗な花で彩られた花壇なんかが整然と並んでいる。ほら、よくある西洋の城の手入れされた庭園って感じね。

窓はあっても小さくて人間が出入りするのは不可能だから、入口は実質一つ。つまりシュリーマンさんがそこさえ守っていれば不審者は侵入出来ない。

 

別の言い方をすると、私もこの空間から逃げられないってわけだけど。二人きりなのをいい事に妙な事しようとしたら股関でも蹴り上げてやろうかしら。

部屋の中なのに、お誂え向きにベンチまであるし。え、座るの?私も?ハァ。

 

「それでステノ姫、そろそろ考えてくれたかい?」

 

「考えるも何も外堀を埋めて選択肢を無くしてるのはそっちじゃないかしら」

 

この王子の態とらしさ。でも見ていなさい。貴方の思うようにはいかない事があるのを教えてあげる。

 

ん、何だか鼻につく臭い……薬品臭いような?植物に与えてる栄養剤か何かかしら。過敏に反応したらおかしいのかも。

いや、違うみたい。王子も「何の臭いだ?」ってちょっと顔をしかめてる。

 

足元に霧が立ち込めてきた。何これ。シュリーマンさんを呼んだ方が良い事案かも知れない。そうしているうちに霧が増えて、ベンチから立った私達の頭くらいまでになって。王子が突然私に抱き着いて来た。ちょっと、こんな時に何考えてるの!本当に股関蹴り飛ばしてや……って違う、凭れ掛かって来ただけね、それも王子ってば眠ってる。どう見てもこの霧のせいね。でも私全然眠くならないけど?取りあえず王子はベンチに横にしておこう。私一人じゃ運べないし。

 

「ステノ姫!殿下もご無事ですか!」

 

異変を察知したようで、シュリーマンさんが走って来るのが見える。兎に角ココを離れないとね。直ぐ気付いて来てくれて助かったわ。

 

「良かった。シュリーマンさん、手を貸してくれる?殿下を連れていかないと」

 

「姫はコチラへ!早く!」

 

え?あれっ?王子はベンチに横になって眠ったままなんだけど放っておいていいの?シュリーマンさんは私の右手を掴んで無理矢理引っ張り植物の中を通って何処かへ走る。シュリーマンさんが掻き分けた草が私の手や顔に当たってくすぐったい。ドレスにも擦れて汚れるし、足元も土だし。それに待って、入口って反対方向でしょう、何処へ行くの?こっちの方向に非常口でもあるの?

壁際まで来て、漸くシュリーマンさんは立ち止まった。ココ、何も無いじゃない。隠し通路とかがあるようには見えない。

 

私の方を振り返ったシュリーマンさんが「あの霧が効かないとは。やはり面倒な相手だな」って呟いた。何を……言ってるの?

 

「これだから()()()は面倒なのだ」

 

「シュリーマン……さん?」

 

状況を飲み込めない私の両手の掌を左手で掴んだシュリーマンさんは、そのまま私を壁に背中から押し付けた。「ちょっと、痛いじゃない」って抗議した私の口がシュリーマンさんの右手で塞がれた。掴まれた両掌は私の頭の上で壁に押し付けられて。丁度両手を鎖で壁に拘束された捕虜のような格好。

互いの顔が触れるかというくらいまで近付いたシュリーマンさん。私とこの男の体の距離もほんの数センチしかない。

 

「そう睨むな。俺と取引しないか?お前と俺で組んでこの国を乗っ取るというのはどうだ?お前はアネイラより遥かに良い女だ。殺すには惜しい。だが断ると言うなら……」

 

私の左の耳元でそう囁いたシュリーマンさんがその右足で私の左側の壁を蹴った。足が当たった部分が破壊され、クレーターのような円形の窪みが出来て城壁の破片が辺りに散らばる。まさかこの人が乗っ取りの黒幕なの?

鎧を着ていない軍服姿のシュリーマンさんの、軍靴での蹴りの筈なのに人間にしては異常な力の強さだわ。こんな威力のものが私に当たったら……。額から冷や汗が。

 

手を貸すつもりは無いけれど、どうしたらいいの?とんでもない力で拘束されていて両手は全く動かせない。せめて手がもう少し低い位置にあればガンドが使えるかも知れないのに。

 

「と言ってもお前の意思に関わらず俺に従ってもらうがな」

 

シュリーマンさんの背中から、蠢く何かが何本も生えてくる。黒、紫の鱗に赤い瞳を持った蛇が何匹も。外見は大蛇とそっくり。大蛇達もこの男が?

 

落ち着け私。あの〈主神(ろくでなし)〉の事だもの、きっとこの状況から脱する何かを用意してる筈。例えばここでアルトリウスが助けに来てくれるとか、王子が目を覚ましてシュリーマンさんを拘束してくれるとか、ニュクティが……って他力本願過ぎる。誰も来てくれなかった時の事を考えないと。先ずは掴まれて押さえつけられてる両手、或いは片手でいいから拘束から逃れないと。でもどうやって?この状況で私が出来る事は……。

 

「安心しろ、人払いの結界を張ってやった。これで心おきなくグボァッ!?!?」

 

私は右足を思いきり蹴り上げた。この体、筋力は無くても柔軟性はあるからね。右足の爪先は見事にシュリーマンさんの股関にヒット。流石のコイツも思わず私から手を離しその場に両膝を付いた。よし、上手くいった。

股関を押さえたままのシュリーマンさんが私を睨む。悪いのはそっちでしょう、当然の報いだから。

 

それじゃ、ニュクティ達と合流する為に少しでも時間を稼がないと。不本意だけれど王子も連れて逃げる必要があるし。

私は礼装を展開して、右足太股に付けておいた羊皮紙を広げる。シュリーマンさんはまだ動けてはいないけどそろそろガンドで足止めする必要がありそう。

 

「……ガンド!」

 

私の左手の指から放たれたガンドがシュリーマンさんに直撃。両膝を付いたままその場に硬直してるわ。これで夢幻召喚する時間くらいは稼げ……。

 

「その格好……()()()()()()()()()()()!おのれカルデアめ、またしても俺の邪魔をするか。許せん……!殺してやるから覚悟しろ!!」

 

羊皮紙に右手を置いたまま、思わず止まってしまった。この男、今カルデアって言った?カルデアって……まさかこの礼装を着た女ってFGOの主人公(藤丸立香)!?どういう事?

……駄目、考えるのは後にしよう。今は、そう。一先ず詠唱に集中しないと。

 

「告げる!」

 

私の様子に気付いたシュリーマンさん、必死に体を動かそうとしてる。

焦る気持ちを抑えて私は必死に言葉を紡ぐ。これが間に合わなかったら……ニュクティ達が気付くより早くシュリーマンさんに捕まれば私に逃げる術は無い。

 

 

 

「───汝 三大の言霊を纏う七天!

抑止の輪より来たれ 天秤の」

 

痛っ!?何!?左手の二の腕と左足の脛に痛みが…………あ、紫の鱗の蛇が腕に一匹、足に二匹噛み付いてる。

痛いっ、また……今度は右足の甲に一匹。あっ、嫌だ、痛い、痛い、首の右側にも噛み付かれた。体が痺れてきて力が抜けていく。私はその場にアヒル座りでへたり込んだ。呼吸が……段々苦しくなってくる。体が上手く動かなくなって……不味い。あと少し、なのに。

 

「守り……て……『夢幻召喚(インストール)』」

 

なんとか詠唱を終えてステンノを夢幻召喚出来たけど既に私の体は痺れ、幾ら呼吸を繰り返しても息が苦しい。噛み付いていた蛇は魔力で振り落としたけど、視界がぼやける。幾らサーヴァントの力があっても、行使する側の私がこの状態では……。

 

焦点が上手く定まらない私の瞳に、こっちへ歩いて向かってくるシュリーマンさんが映る。そうだ、逃げないと。幸いまだ思考は回る。向こうに魅了が効いてる様子も無いし、体の制御を魔力任せにしてこの場を脱しないと。もう王子にまで気を回してる余裕は無い。

 

「そうか、ステノ姫。お前あの盾持ちと同じデミ・サーヴァントか。ならばマスターのあの女も何処かに居るな?丁度いい。お前をカルデアへの見せしめに八つ裂きにしてやる。あの女の絶望する顔を見るのも一興。精々苦しみ泣き喚いて死ね」

 

やっぱりこいつカルデアを知ってる。でもFGOにシュリーマンさんが出て来るようなイベントとかあった?それとも本編のほう?記憶が歯抜けなせいで私が覚えてないだけ?

私は全身に魔力を回して、その噴射で後方へと下がりながら逃げる。毒の回りが早い。体はもう殆んど動かせないし重いし、呼吸も辛い。魔力を制御するのがやっと。

シュリーマンさんが右手を翳す。その腕より二回り程太い大蛇が現れて、私に向かって飛んでくる。撃ち落とさなきゃ。右手を上げようとしたけど動いてくれない。魔力弾での迎撃すら出来ない。魔力の制御も徐々に鈍り急激に失速した私は、庭園内の観葉植物の並ぶ地面に落ちた。もう少しで部屋の出口なのに。

 

右掌に魔力の刃を辛うじて展開して、私が倒れたところに向かって来た大蛇の頭に突き刺す。大蛇は力尽きたのか消滅したけど、私のほうもそろそろ限界。これ以上は夢幻召喚を維持出来そうもない。……そうだ、宝具があるじゃない。

 

───宝具・女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)

 

…………うそ、効いてない!?どうしてっ!

 

平然として歩いて来るシュリーマンさんは「漸く捕まえたぞ、カルデアの犬め」って吐き捨てて私の首に右手を向けた。その手から現れた紫の鱗の蛇が、夢幻召喚が解けてドレス姿に戻った私の左の鎖骨辺りに噛み付く。あ、あ、何かが、毒が、私の体に流れ込んでくる。自分の体じゃ無いかのように、まるで糸の切れた操り人形のように自分の意思では指一本も動かせなくなった。呼吸が、幾ら酸素を取り込んでも苦しいまま。嫌だ、イヤ、死にたくない。

 

「殺す前に犯しておくか。その方が奴等の絶望も深くなるしな」

 

またなの?でも今回は流石に助けは……。

ボロボロと涙が溢れてくる。絶望に染まった私の顔を、舌なめずりして眺めるシュリーマンさんのその舌は人間のものでは無く蛇のそれ。

 

「それはさておき、だ。さっき俺の股関を蹴りやがった右足にお仕置きしないと、なぁ?」

 

シュリーマンさんが、私の右足の脛を踏みつけた。動かせなくとも脳天を突くような激痛は感じて。私は文字通り泣き喚いた。シュリーマンさんは私の、変な方向に複雑に折れた右足脛を眺めた後にニヤリと笑う。

 

「さて、次はどうする?ここか?」

 

シュリーマンさんは、いとも簡単に私のドレスのスカート部分を破り捨てた。当然私の太股や下着は露にされた。私が、私が貴方に何をしたっていうの。王子に無理矢理連れて来られただけなのに。

 

「何だ、姫は欲求不満だったのか。なら遠慮なくヤらせてもらうとするか」

 

何も。何も打つ手が無い。私、今度こそここまでなんだ。本当に、もう……。

 

 

 

 

 

「やめろ、シュリーマン!」

 

そんな時。シュリーマンさんの背中から聞こえた声の主は、王子。起きたのね。でも無理よ、カルデア絡みならシュリーマンさんは多分サーヴァントの類い。只の人間の王子が勝てる相手じゃ無い。状況は全く好転してない。単に私が蹂躙されて殺されるのが少し伸びただけ。

 

「あーあ、見られちまったか。やむを得ませんね殿下。この女を始末したら次に殿下を殺して差し上げますよ」ってニヤニヤしながら話すシュリーマンさんは、視線を私から王子の方へと変えた。

 

「だから殿下、邪魔しないでくれませんかねぇ」

 

「……そうはいかない。ステノ姫、今助ける」

 




アネイラ嬢除いたら黒幕シュリーマンしか居ないからね、知ってた()

金的喰らって悶えるシュリーマンはどうやらカルデアを知ってる様子。怪力、大蛇から想像できる彼の真名は……
ステンノさんがピンチに陥るのはもはや平常運転。


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37話

ということで37話投下。


王子が腰に差していた剣を抜いて構えた。それと向かい合う一方のシュリーマンさんは身の丈と同じくらいの長さの、私の腕くらいの胴回りの黒い蛇を生み出す。蛇はまるで棒のように頭から尻尾の先まで一直線になって固まり、彼はそれを槍のように構える。

 

「シュリーマン、まさかお前が魔族だったとは」

 

「魔族?あんな『只の世界の歯車として造られた』下等生物と一緒にしないでくれませんか。コッチはれっきとした蛇神の子孫なんでね」

 

毒蛇や大蛇を大量に生み出して王子を嬲り殺しにも出来る筈なのにそれをしようとしない。人払いの結界があるから目撃されない自信があるのね。きっとシュリーマンさんにとっては余興、つまり本命は私で王子はお遊びなんだ。

 

王子が踏み込んで剣を振り下ろし、シュリーマンさんが蛇の槍を右手一本で振るいそれを受け止める。ガキン、と金属音。勿論シュリーマンさんが使ってる蛇には傷一つ付いてない。

 

「何て力だ。今まで隠していたのか」

 

「当たり前でしょう?乗っ取る予定の国の王子に教えるわけないでしょう?……ったく、殿下相手に敬語が癖になってやがるな」

 

王子の方は表情にも全く余裕が無い。シュリーマンさんはヘラヘラと笑いながら、まるで子供のチャンバラの相手をするかのように王子の剣をいなしている。やっぱりまるで相手になってない。王子だって一応騎士団の団長の筈なのに。

 

「そろそろ実力差くらい分かったでしょう。その辺で横にでもなってて下さいよ」

 

シュリーマンさんの手数が急激に増える。蛇の尾の方を王子に向けて何度も突きを繰り出してる。一方の王子は避けるのがやっと。頭や胸なんかを狙った突きを剣でなんとか防いだりはしてるから致命傷にはなってないけど傷が増えていってる。

 

まぐれ当たりでも何でもいい、シュリーマンさんの動きを止められるような箇所に攻撃を当てて。そうすれば私を抱えて逃げられるでしょう?こういう時くらい王子様らしい所を見せて。でないと私が……。

 

遂にというべきか、剣が蛇の槍に弾かれ王子の手から落ちる。その隙を見逃さずシュリーマンさんが王子の溝尾を蹴り飛ばした。まるでサッカーボールのように転がりながら飛んでいってた王子が壁に激突。その場に倒れ込む。

 

「ぐっ……くそ……」

 

「さて殿下。そこで貴方の大切な女が犯され殺される所でも眺めてあの世で後悔でもしてて下さい」

 

王子は立ち上がれそうにない。持っていた蛇槍をその場に突き立ててその蛇に王子の監視を任せたシュリーマンさんが、今度は私の方へと向かい歩いてくる。ヤダ、死にたくない、犯されたくない、私の体はどうして動いてくれないの?本当に私に出来る事は無いの?

 

再び涙が溢れ出てきたわ。私の目の前まで来たシュリーマンさんは私の泣き顔を見て口角をつり上げて……私の左脇腹を蹴り上げた。激痛と共にゴロゴロと地面を転がり、十m程先で止まった。

 

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

 

私は喉の奥から込み上げてきた血を吐き出した。只でさえ息が苦しいのに、それに体の内側の痛みも追加された。これ、シュリーマンさんが殺す気が無くても犯されてる最中に私死ぬんじゃないかしら……。

直ぐに追い付いたシュリーマンさんに、私のドレスの残りも破かれた。

「やめ……やめろ、やめろシュリーマン」って遠くで口にしてる王子の声が聞こえる。遠くで……そうだ。

礼装の展開くらいは出来る。オダチェン礼装のオダチェン礼装たる所以、最後に見せてあげるわ。ほんのちょっとかも知れないけれど、シュリーマンさんの鼻を明かすくらいしよう。

 

礼装を展開、使うスキルはオーダーチェンジ。私は向こうの壁際へと瞬時に移動し、代わりに王子が私の居た位置に。

 

「この(アマ)、ふざけた真似を」

 

シュリーマンさん怒ってるみたい。どうかしら、簡単に貴方の思い通りにはなってやらないんだから。そろそろガンドも使える筈だし。幸い私の右手の指はシュリーマンさんの方を向いてる。もう少しだけ抵抗してやるんだから。……コイツに犯されるなんて絶対イヤだもの。

 

シュリーマンさんの元へ、私の側の地面に刺さっていた蛇槍の蛇がウネウネと体をくねらせて戻っていく。今度は何?あ、シュリーマンさんの手元でまた槍に戻ったわ。それを投擲の構えで……私の方を狙って……。

 

「興醒めだ。もう死ね」

 

投げられた蛇槍が真っ直ぐ私の方へ向かって来る。このままだと私の脳天に当たる……こっちは動けないのに。うそ……。

死への恐怖に思わず両目を瞑った。もうすぐあの槍が私を貫いて……。

 

1秒、2秒、3秒、4秒。あれ、私、死んで無い?あの状況で蛇槍が外れるなんて有り得ない。そういえば風の音が聞こえたような。

 

恐る恐る目を開く。私の目の前には一頭の馬が立っていた。白く綺麗な毛並みに立派な鬣の、体格の良い馬が私に背を向けている。何これ。この馬、何処から来たの?蛇槍は何処へ?

 

「ニッカール!」って王子の声。この馬の名前?もしかして王子の馬なのかしら。結界は人払いは出来ても馬には効かない?もしも私と王子を助けに来たとしたら、何て賢いの。この馬に乗れれば逃げられるかも知れないけど今の私じゃとてもそんな事出来ないし。

 

ニッカール、と呼ばれた白馬が右前足で地面を蹴ると部屋の中にも関わらず暴風雨が吹き抜けた。ピンポイントでシュリーマンさんに吹き付けた暴風雨が彼を吹き飛ばして向こうの壁へと激突させた。馬が風を操れる?もしかして蛇槍から私を守ったのも今の風?助けてくれるの?風の魔法が使える馬……この馬、魔物か何かかしら。

 

私の心の中に直接『人の子よ、借りは返した』って声が響いて、目の前に居た馬は突然霞のように消えた。今のってニッカールの声?でも待って、消えないで私を逃がしてよ、お願いだから。

 

 

 

「ステンノ!」

 

入口から声がした。ニュクティの声だわ。まさか今の馬が結界を消してニュクティ達を連れて来てくれた?そういえば『借りは返した』って、あの馬と何処かで会ったかしら?白馬……思い当たるような事、無いけど。

 

そんな事を考えている間にニュクティが私の所へ到着。私はオダチェン礼装展開したままだから裸は見られなかったわ。自力では動けないし上手く喋れないから私の状態伝えられないのよね。礼装を着ていても右足の状態には気付いたみたいだけど。

 

「王子にやられたのか!?」って王子を睨むニュクティに「違う、アイツだ、シュリーマンだ」って向こうに飛ばされたシュリーマンを差し示す王子。少し遅れて庭園に入って来た、騎士団の鎧を着たアルトリウスがいち早く殺気に気付いてシュリーマンさんに天羽々斬を向けた。

立ち上がったシュリーマンさん、二人に気付いたわね。私を支えるニュクティを一嘗したあとアルトリウスを見て……驚きの声をあげたようね。

 

「天羽々斬だと!?何故その剣がここにあるのだ!くそっ、くそくそっ、これだからカルデアは!」

 

明らかに動揺してるシュリーマンさん。天羽々斬が大蛇キラーだって知ってるんだ。だとすると彼の正体は八岐大蛇かそれに連なる何かか。

 

「アルトリウス!」ってニュクティの声に「分かった!」と一言だけ答えたアルトリウスが、剣を構えシュリーマンさんへと向かって走る。シュリーマンさんはその腕より太い胴回りの大蛇を何匹も生み出して放つけど、アルトリウスはそれを一匹一匹確実に切り落としていく。アルトリウスの剣技もあるけど、天羽々斬の効果もあってあっという間にその距離は縮んで……アルトリウスが振り下ろした天羽々斬は、シュリーマンさんの右肩から左脇腹にかけてを切断。力を失ってドサリ、とうつ伏せに倒れるシュリーマンさん。勝負あった、のかしら。流石は八岐大蛇退治の神剣ね。

 

王子は漸く立ち上がって、動けない私を抱え上げる。ニュクティは牽制の眼差しを王子に向けつつその左隣を歩いて、私達はアルトリウスが注視したままの倒れ伏したシュリーマンさんの所へ。

 

「もう少し、だったというのに。もう少しでこの国と八岐大蛇(我が先祖)の力を手に入れられたというのに。前世では我が子に、今世でも貴様等ごときに邪魔されるとは……」

 

そこまで口にして、シュリーマンさんは息絶えた。その死体は頭が四つある、人間の倍はあろうかという大蛇に変わったわ。これで終わった……のよね?シュリーマンさんが黒幕ならこの国の大蛇騒動は終結するよね?

 

私はそこで漸く意識を手放した。本来なら首を咬まれた時点で気を失っててもおかしくはなかったけど、もしもその時点で意識が無くなってたら確実に死んでいたわ。

 

 

 

 

 

 

 

それから。王宮内は慌ただしかったわ。ううん、現在進行形で慌ただしい。

先ず私が騎士団の副団長に襲われた、っていう事自体が大問題。私はステノ姫だと思われたままだし、下手するとミュケーナとラケダイの戦争に為りかねないし、そうなると当然非はミュケーナ側にあるし。

それに第一王子の側近が国家転覆を狙ってた犯人かつ大蛇騒動の元凶だったっていうのも問題だし。

 

私は結局、毒のせいで数日寝込んだ。正確にいうと、3日間目を覚まさなかった。足は治癒師が数日掛かりで治癒魔法を施してはくれたから治ってはいるけれど少しリハビリが必要。普通に歩くと違和感があるし少し痛むから、どうしても右足を少し引き摺る感じになる。あの時シュリーマンさんの血を飲めていればここまでの状態にはならなかったと思うけど仕方無いか。

 

それと私がシュリーマンさんに下着姿にまでされた事を知ってニュクティが王子をずっと睨んでたわね。気を失った時に礼装が解除されて、そしたら私が着てるのが下着のみで、王子の腕の中だったからね。嫉妬とか色々ね。

 

アネイラ嬢は拘束、幽閉。多分死刑になるんじゃないかしら。アネイラ嬢もシュリーマンさんも繋がってる証拠は何一つ残してない、と思いきや。シュリーマンさんが死ぬと解ける隠蔽魔法でシュリーマンさんの部屋から出てきた物的証拠のお陰。シュリーマンさんも自分だけが死に損にならないようにしてたみたい。

 

ま、一番の問題は、王子が『ステノ姫以外とは結婚しない』って宣言しちゃった事なんだけどね。他の令嬢達も諦めざるを得なかったようだし。

私はニュクティとアルトリウスと一緒にこの国脱出するから後の事なんて知らないけどね。

ペイシストスにも一度戻らないといけないし。私は本調子には程遠いうえ、右足の違和感を治してもらう為にカッサンドラさんに会いにいかないといけない。事の顛末……というか、FGO(私の前世の平行世界?)のサーヴァントの生まれ変わりがこの世界に流れて来てる可能性っていうのも一応神殿には報告しておいた方がいい。

 

八岐大蛇(蛇神)の子孫で天羽々斬を知ってる、カルデアに子がいる、って事を考慮するとシュリーマンさんは多分、酒呑童子の父親の『伊吹弥三郎』の生まれ変わりじゃないかしらね。

……どうして私そういう事は憶えてるのに料理の事とかは何一つ憶えて無いのかしら。どうせならもっと日常の役に立つ知識を憶えてたかったわ。

 

兎に角、今回も何とか生き延びたわ。というか主神の加護って『どんなにボロボロになろうが生死を彷徨おうが生き延びられる』っていう効果なんじゃないかしらね。

 

そういえば。結局あの私を助けてくれたニッカールって馬、何だったのかしら。王子に聞いても『野良で休んでいた所を拾った、名前は何故かニッカールが思い浮かんだ』って言ってたし、あの後何故か姿を消しているし。

 

ま、いいわ。私達は昨日の夜のうちにもう王都デロスを出発したしね。私の気配遮断にかかれば城を出るなんて簡単だったわ。大丈夫、ちゃんと『聖女に会わないといけないからペイシストスの神殿へ行きます』って書き置きしてきたから。結婚?本物のステノ姫がすれば良いと思うけど。

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

「エニュ、もうすぐゼメリングだよ!ほら、街が見えてきた!」

 

いやー、遠かった。ラケダイ近辺じゃ目立つから馬車なんて使えなかったし、ずっと歩きだったもんね。二人旅だしエニュには迷惑掛けちゃったかも。

 

「はいはい、子供じゃ無いんだからはしゃがないでよね」って何時もの調子のエニュは弓使い兼レンジャー。使い込んだ皮のマントと皮の胸当て、それに皮の腰巻きに茶色の布製レギンスっていうオシャレの欠片も無い格好の、背はワタシより少し高いショートカット赤髪の女の子だよ。顔はその辺の貴族令嬢よりよっぽどカワイイ。じゃなきゃワタシ一緒に旅なんてしないよ!

 

「アナ、アンタ今失礼な事考えてなかった?」

 

「考えてないよ!エニュは折角カワイイのにもったいないなーって思っただけだもん」

 

「はいはい、アナに言われると嫌味にしか聞こえないわ……っと、魔物の気配よ」

 

おっと、どうやらエニュが獲物を見付けたみたいだね。それじゃお仕事といきますか。

なーんだ、ゴブリン5匹かぁ。いや待てよ?これは新必殺技を試すチャンスじゃない?

 

「ワタシに任せて!」

 

ワタシは前方の獲物に向かって飛び出す。大きくジャンプして、両足に螺旋状に魔力を纏ってゴブリンに向かって体全体を回転させながら足から突撃!必殺、ええと……。

 

「必殺!ジャンピングきりもみ回転バーストアタック!」

 

叫ぶのはお約束だよ。だって勇者なら必殺技は声に出すよね?

よし!予定通りゴブリンを粉砕した!でも命中したのは2匹だけか。うーん、この技は多人数相手には使えないか……フムフム。

 

「アンタまた新しいの考えて……その変な技名叫ぶのも何とかならないわけ?」

 

「ムムムっ、変なとは失礼な!カッコいいでしょ!」

 

あれー?エニュが頭抱えてるよ何でよ?

因みにエニュが残りの3匹を倒してくれたよ。全部一発で頭を射抜いてる。エニュの弓は百発百中だからね!

 

「それにそのミニスカートでそんな攻撃したらはしたないでしょ。丸見えだったよ?私は下にレギンス履けって言ったよね、アナ?」

 

「えー、ヤダよレギンスなんてゴワゴワして動き難いし。スコート穿いてるんだしいいじゃん。本当はこのスカートも動くのに邪魔なんだけど」

 

ワタシの格好は上はエニュと同じで使い古した黒の布の服の上に皮の胸当て、下はスコートを穿いた上に皮で作ったスカート。ワタシもエニュも足元は皮靴。あ、ワタシ普通の魔法も得意だけどこうやって手足に魔力を纏って体術で攻撃する方が好きなんだよね。

 

「馬鹿!スカート穿かずにスコートだけなんて痴女じゃないの!今でもアブないってのに……はぁ。アンタにお姫様が務まらないの、納得だわ」

 

「ナンダトー!!」

 

もう、ワタシがお姫様が嫌になって飛び出したのは事実だけど、エニュもそんな言い方酷いよね!

 

「あ、お姫様で思い出したけどさ。ミュケーナの話は放っておくの?アナ、アンタ本当にそれでいいわけ?百パーセント偽物なわけでしょアレ」

 

「いいのいいの。だって考えてみてよ?()()()()()()()にラケダイのステノ姫をやってくれるんだよ?お陰でワタシは晴れて自由なんだよ?」

 

最近聞いた話。ミュケーナの王子様がラケダイのステノ姫を婚約者に迎えた、って話。本当ならそんな事有り得ないんだよね、だってワタシが本物のステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイだもん。今はハンターのアナ、って事になってるけどね!

 

「いや、アンタが良いならいいけどさ」

 

「いーのいーの。ほらエニュ、早くゼメリングに行こうよ!」

 

 




ということで。無事……ではないけど切り抜けたステンノさんは再びペイシストスへ。

次回からステノ姫(本物)が始動。ゼメリングに居るという事は何処かでステンノさんと……

これで7騎揃いました。
アサシン  →ニュクティ
キャスター →カッサンドラ
セイバー  →アルトリウス
ライダー  →アルゴリス+ニッカール ←new
ランサー  →シュリーマン  ←new
アーチャー →エニュ     ←new
バーサーカー→ステノ姫    ←new

伊吹弥三郎ことシュリーマンは反英雄。自分で大蛇生み出して人間襲わせ、自分で退治して結果人間救うというマッチポンプだけど。

色々残念なステノ姫は  バ ー サ ー カ ー
です。
え?ニッカール?暴風雨を操る悪魔、らしいですね。


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phase 4 転生女神と天才姫
38話


今は深夜だ。場所は川の傍の街道沿いの、平原と林の丁度境目。

ペイシストスの首都トロンに向かって街道を移動中だから、ベッドなんて高尚なものは無い。夜眠る時は当然テントを張る。

 

ミュケーナへ向かった時は俺とステンノ、それにアルトリウスの三人だけだったのを考えると今はかなりマシだ。俺達……じゃなくてステンノの護衛の為の神殿騎士が新たに三人付いて、移動も当然のように馬車だ。って言ってもあの聖女用特別仕様の豪華な馬車じゃ無くて旅人用の乗り合い馬車みたいなヤツだけど。

これはステンノの今の足の状態を考慮したのもあるし、なるべく早く聖女の所へ着く為でもある。だから増えた神殿騎士達もアルトリウスと同じような皮鎧を身に付けた旅のハンター風の格好だ。ま、剣がミスリル製のアレだから見るヤツが見れば分かると思うけどな。

 

で。俺は、一畳程度の広さのテントの中に敷かれた簡易的な毛布にステンノと一緒にくるまって横になってる。ステンノの格好は何時ものワンピースだ。あれなら何時でも新品に出来るからシワになっても何も問題無いからな。

外では神殿騎士が交代で見張りをしてくれてる。

 

俺はさっき目が覚めちゃったんだけど、ステンノは……うん、今日は静かに寝てるな。良かった。最近は、というかあの魔王の城から戻った日から、ステンノはよく魘されるようになった。悪い夢でも見てるのかは分からない。幾ら女神だっていっても、ステンノは普段は大した力は持ってないしほぼ何も出来ないからな。女神だって何か不安があるのかも知れない。本人は夢の内容どころか夢を見た事自体覚えてないみたいだから解決策も何も無い状況なんだよな。

 

「ん゛っ……う……」って声を洩らして、隣のステンノは綺麗な寝顔を歪めた。またか。今日は魘されなくて済むかと思ってたんだけどな。ステンノの口が、喋っているかのように微かに動いてるけど言葉が発せられてないせいで何を言ってるのかは全然分からない。せめて声に出してくれれば魘されてる原因が分かるかも知れないのにな。

 

 

 

「『…………めん、…………ごめん……』」

 

今、ステンノの寝言が聞こえた!聞こえたけど何語だよこれ?この辺の言葉じゃ無い、もしかすると神様の言葉とかか?それじゃ結局原因は分からないままかよ。普段俺達と話す時はステンノは人間の言葉を使ってるのに。アレか?俺達に向けた言葉じゃ無いから人間の言語を使う必要が無いって事か?

それにしても『ご』『め』『ん』ってどういう意味だろ?もしかしたらあの聖女なら神様の言葉も知ってるかも知れないし、神殿に行ったらそれとなく聞いてみるか。

 

ふぁぁぁ、俺ももう寝ようかな。明日も早いしな。

……ちょっとステンノの腕に抱き着くくらい良いよな?だってこれは仕方ないんだ。眠ってるステンノが辛そうだから、人肌の温もりで安心させてやるんだ。俺だってそういう時は両親に抱き締めてもらったりしたら安心したしな。よし決まり。ステンノにくっ付いて、右手に抱き着いて……ステンノ、おやすみ。

 

 

 

───────

 

 

 

何だか胸が苦しい。右腕が動かせない。

まだ重い瞼を開いてみると、辺りは暗い夜。それよりどうして右腕が動かせな……あぁ、ニュクティに押さえられてるせいか。私の右腕を巻き込んで右側の上半身にピッタリと抱き着いて寝息を立てているニュクティ。胸が苦しかったのは、私の右胸がこの子の右腕に押し潰されてるうえに左胸がこの子に揉まれてる、もといガッシリと掴まれてるからみたい。私の体をどうこうしよう……ってわけでは無いよね、多分。確かに眠ってるみたいだし、無意識に私に抱き着いてるだけでしょうね。ホラ、私に会うまでこの子ずっと一人だったわけだし寂しかったとか。本当ならまだ母親に甘えたい年齢の筈だしね。今回は見逃してあげるわ。もしも何度もあるようなら考えなきゃいけないけど。

 

胸を揉まれたまま、っていうのもどうかと思うし、こうして寝苦しくて起きちゃったし。少し気晴らしにテントの外に出ようかしら。それじゃニュクティを起こさないようにそっと手を払い除けて……うん、起きてない、大丈夫みたいね。

 

押さえつけられてたせいでまだ少し痺れの残る右腕を軽く回しながら、私は音を立てないように気を付けてモゾモゾとテントから這い出た。

 

雲一つ無い夜空に輝く星々に照らされ闇に浮き彫りになっている、馬車の隣に張られた濃い緑の保護色のテントを背にして、私は焚き火の前に座っているアルトリウスの所へと向かい、右足の違和感と痛みを誤魔化すように少し引き攣るようにして歩く。

ええ、丁度魔王の城へと誘拐されたあの日と同じように。あ、これフラグじゃ無いから。

 

「眠れないのか?」

 

「いいえ、何となく目が覚めただけよ」

 

前回宜しくアルトリウスの右隣にポスン、と腰を降ろす。別に彼の事がどうこう、ってわけじゃ無い。カッサンドラさんと話すに当たってアルトリウスもカルデア関連の事を知っておいた方が良いかなと思っただけよ。実際彼もそう思ってるみたいだし。

 

「それで、聞きたい事があるんだが」

 

ホラね、言った通りでしょう?

 

「分かってる。カルデアの事でしょう?」

 

この世界に転生するまでは私にとってカルデアはゲームの中の話だったけれど、実際カルデアと戦った人物が現れたのだし簡単に片付ける訳にもいかない。つまりは何処かの平行世界に英霊が存在してるって事だし、今の私の元になっている神霊・女神ステンノも居るって事よね。あ゛ー、ちょっと頭痛くなってきた。ステンノ、居るのかぁ。本物から見たら私、完全に愚妹だわ。絶対会いたくない……。

 

ん?あの()()()()()も一応この世界の主神だし、本物のFGOのステンノが居るって当然知ってるって事よね?つまりあの()()()()()って入れ込み過ぎるあまりに自分の管理する世界になんだかんだ理由をつけて『私をステンノにして転生させる』という形でステンノを再現したって事?うわぁ……うわぁ。

 

っとそれは置いておいて、私はアルトリウスにザックリとカルデア関連の話をしてあげた。勿論ゲームでの話っていう事は伏せてね。『人理継続保障機関フィニス・カルデア』。未来の人類史の存続を保証する事を任務とする機関。FGOに於いては人理修復の為に邁進していくわけだけど、そういう所は軽く触れる程度にしたわ。

要は此処とは別世界の英霊が一同に会し、世界を破滅から救い得る程の力を持っていた機関、って所かな。当然だけれどこの世界とは比較にならない程の科学と魔術の知識を持って、ってね。

 

「そんな機関が……何と言うか……いや、何でもない」

 

私の話を聞いたうえでのアルトリウスの反応。言いたい事は何となく分かる。人類史を守るという大義名分はあるものの、やってる事は過去と未来の改変。つまりアルトリウス達流に言うなら神の領域への冒涜。けれどカルデア自体に多くの神や半神半人が参加していたし他の神々の助けもあったから完全に冒涜とも言えない。その辺を話し出すとそれこそ長くなるし今言う必要は無いかな。

 

「そこに、アーサーも居たのか。そのアーサーを此処に呼び出したりは出来ないのか?」

 

「アーサーをこの世界に召喚する?無理じゃないかしら?」

 

この世界に英霊を召喚出来るなら話は早いんだけどね。彼等ならきっとパイオスとも戦える。でも召喚(ガチャ)に使う呼符や聖晶石は無いし、カルデアで召喚に使ってるマシュの盾も無い。仮にそれらが有っても召喚はランダムだし星5の英霊を引き当てるのは難しいし、星1の英霊なんかを呼び出したりしたらパイオスと戦うのは厳しいだろうし……いやでもアーラシュが来れば可能性も……。

うーん、カルデアの守護英霊召喚システム・フェイトの他に召喚の方法とかあったっけ?何か引っ掛かる気がするけど他には無かったよね?

 

私がそんな事を考え込んでいるうちに、アルトリウスは交代の時間になった。「済まない、交代の時間だ。僕はこれで失礼する」って言って立ち上がったアルトリウスは、周辺警戒から戻って来た神殿騎士の二人に声を掛けてる。

 

私もたまには彼等と話でもしてみようかしら。どうせまだ眠くなりそうも無いし。

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「ふぇー、やっと次ワタシ達の番だね。それにしても凄い人数だよね」

 

ゼメリングの街に入る為に並ぶ事三時間。全く、お腹空いちゃったよ。何でこんなに人が居るの?ここ地方都市だよね?ラケダイの大都市並みに列が出来てるんだけど?

 

「アナも聞いてるでしょ。例の女神様がこの街の近くに降臨したっていうアレのせいよ」

 

あー、なんでも女神様が街の近くに降臨して魔族を石に変えて倒した、って話でしょ?だからみんな女神様の威光にあやかりたい、って事ね。なんでもあんまり戦いが得意じゃない神様らしいけど魔族を簡単に倒せるとかやっぱり凄いよね。ワタシじゃ倒すのは苦労するし。ほら、アイツら魔法効きにくいから。でももし石化の魔法とかなんだったら是非とも教えて欲しい!だって魔族すら簡単に石にする魔法だよ?新しい必殺技にも使えるかも知れないし!

 

「アレのせいかぁ。その女神様、今は何処に居るのかな」

 

「この国の首都に神殿本部があるでしょ?今は聖女様と一緒にそこに居るって聞いたけど?」

 

へぇー、この国の首都か。じゃあきっとソッチは此処とは比べ物にならないくらい大混雑してるんだよね。ムゥ、どうやったら女神様に会えるかな?

 

「ほら、私達の番。行くよアナ?それと念の為なんだからちゃんとフード被っときなさいよ」

 

「おっと、はいはーい」

 

ワタシは皮製のフードを被り直して、エニュに右手を引かれて門の前へ。切り出された石が何重にも積まれ造られた壁に囲まれた、鋼鉄製の正門の前に来たワタシ達。ゼメリングの街の住人なら隣の小さめの門からアッサリ出入り出来る筈だから早いんだけど、ワタシ達よそ者はそうもいかないからね。手荷物を検査してもらってさっさと中に入りたいよ。お腹も……割りと限界……。

 

衛兵の人にブレスレットを見せちゃおう。何処の斡旋所でも使われてる、皮製のコレ。ただ発行する街によって皮に施されてる紋様が違うから、それで所属を判別される。今ワタシが着けてるコレはラケダイの田舎街で作ったもの。今後ラケダイ王(パパ)が差し向けて来る追っ手の事を考えてゼメリングで発行してもらえるものに交換しようかな。

 

「お嬢さん達はハンターか?ならブレスレットを見せてもらえるか?それと通行料を二人ぶん払っ……」

 

そこまで口にした衛兵の、隣に居たもう一人が突然衛兵の話を遮る。それでその鉄製のフルフェイスを被ってるもう一人の衛兵がワタシの方を見て歓喜の声。

 

「いつ戻って来てたんだよ!それに何でこっちに並んでるんだ!ソッチの門から出入りすりゃいいだろ!」

 

んんっ?????

え?まって、何?どういう事?

理解出来ないワタシが固まってると、衛兵は何かを察したのかフルフェイスを脱いで顔を見せた。

 

「ほら、俺だよ俺!今日は斡旋所の依頼で衛兵の手伝いしてるんだよ。ほら、ソッチのお嬢さんも付いてきな」

 

衛兵の人に言われるままに付いていって、アッサリ隣の門から入場。満面の笑みでワタシ達に手を振って見送ってる衛兵の人。あっれぇ?あの人何処かで会ったっけ?全然思い出せないんだけど??

 

衛兵の姿が見えなくなったのを確認して、エニュがワタシに詰め寄る。「ちょっと!アナってこの街初めてだって言ってなかった?誰よアレ」って。

 

「いやー、ワタシにも心当たりが全く無くて……でもまあいいじゃない。タダで街に入れたんだし」

 

「良くないでしょ!全く……さっさと宿決めて依頼探しに行くよ」

 

エニュってばそんなに怒らなくてもいいのに。ま、いっか。多分似てる誰かと間違えたんだよね。

それより。

 

「待ってエニュ、お腹空いちゃってさ。何か買ってからでいい?」

 

「ったくアンタは……アンタみたいなのが王女とかホント世も末だわ」

 

文句を言いつつもちゃんと付き合ってくれるエニュ。ワタシはそんなエニュが大好きだよ!

ほら、アソコのパン屋さんにしよう!近いし凄くいい匂いがするし!

 

急に早足になったワタシはエニュの手を引いてパン屋さんの扉を開ける。美味しそうなパンが並んでる!じゅるり……おっと涎が。

 

ん?店主さんらしきおじさんがコッチに来る。何だろう?あ、分かった!この店オススメの逸品を教えてくれるんだ!

 

「おう、久しぶりだな嬢ちゃん。今日はちっこいのは一緒じゃないのか?」

 

なん……だと……。

もしかしてワタシ、知らないうちに本当にこの街に来た事あるの?




書類と格闘してました。いやー、何とか5月中に終わりました。

さて、ステンノさんは『英霊召喚』の記憶が無い事が判明。

ステノ王女はゼメリングに潜入。パン屋はステンノさんとニュクティが行きつけだった店です。


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39話

人々の行き交う大通りを歩きつつ「絶対おかしい」って呟きながら、エニュは小さめの皮の袋に詰められた干しウィスタリア(ステンノ曰く『干し葡萄モドキ』)を何かに取り憑かれたように次から次へと摘まんでは口へ、摘まんでは口へと放り込んでる。それ、さっきパン買った時にワタシがオマケで貰ったヤツ……。ワタシだってドライフルーツなんて食べるの久しぶりなのに。

 

「アンタ本当に心当たり無いわけ?行く先々にアンタの事知ってる人間が居るのに」

 

「あるわけ無いよ!エニュだって知ってるじゃない。ワタシ生まれてからずっとラケダイから出た事なんて無かったんだから!それよりもエニュばっかりズルいよ、ワタシにもウィスタリア頂戴!」

 

ワタシはエニュの正面へ走り右手を伸ばす。エニュは持っている皮袋をさっと上へと持ち上げる。ワタシでは背伸びしてピョンピョンと跳ねるも持ち上げられた皮袋には届かない!くっそー、ちょっとワタシより背が高いからって!見てなさいよ、そんな程度で諦めるワタシじゃないんだから!

 

魔力を両足に纏わせ、跳ねる。どうよ、常人のそれを遥かに越える跳躍力!これで貰っ……って急に皮袋を背中側に隠さないでよ!待った待った、あ駄目だこれ止まれない危ないどいてどいてぇ!

 

ゴチン、といい音が響いてワタシのオデコとエニュのオデコがぶつかった。いったたたた……。オデコを押さえてその場に踞るワタシ、その正面で同じ体勢で踞ってるエニュ。周りからはクスクスと笑いを堪えるような声が聞こえる。

 

「ちょっと……何で突っ込んでくるのよ……イタタタ」

 

「エニュだって何で急に隠すの……いったぁ」

 

これは流石にワタシでもちょっと恥ずかしい。早いトコここから移動しよう。っていうかさ、元はといえばエニュがウィスタリア独り占めするのが悪いよね!?

 

「それで何だったっけ……そう、アンタの事よ。絶対何かあるわよ、怪しいわ、この街」

 

「そうかなぁ?ワタシのソックリさんが居たってだけなんじゃない?」

 

立ち上がるも怪訝そうな表情のエニュ。あ、オデコ赤くなってる。って事はワタシのオデコも……ワタシのは治癒魔法で治しとこう。ワタシ、少しだけど使えるんだよね治癒魔法。

 

「アナみたいな絶世の美少女がそうそう何人も居てたまるかっての!あ、アンタ自分だけオデコ治したわね!」

 

「居るかも知れないじゃん!例えば……あっ……」

 

そうだよ、居るじゃん!アレだ、ミュケーナの!ワタシの偽物!

思わずコーフンして、ワタシは変わらずご不満そうなエニュの両肩に手を置いて「ほら、例のウワサの話の!」って言いながら前後に揺さぶる。

「わかった、分かったから揺さぶるの止めなさい」って言われて我に返って、エニュから手を話した。勿論ドサクサ紛れにウィスタリア入りの皮袋は頂戴したよ、へっへーん。

……ちょっと!?ウィスタリアがもう半分も残って無いっ!?

 

人目を気にして大通りから一本外れた細い道に入った。道沿いには使い方の良く分からないようなアイテム屋とか本当に効くのか怪しい回復薬売りとか串焼きの屋台とか、様々な露店が並んでる。その食べ物の屋台の美味しそうな匂いに時折釣られながら、ワタシ達は先を急ぐ。宿を探さないと。ひっっっっっっっさし振りにベッドで寝たいからねっ!

 

「ったく少しは手加減してよ。まだ頭クラクラするわ。にしてもミュケーナのアレか……成る程、使えるかも知れないわ」

 

そんな事をブツブツ呟きながら、エニュはワタシや屋台なんかには見向きもせずに何か考えてるね。ねー、美味しそうなあのお肉の串焼き食べていいかな?ワタシ昔から全っ然太らないから平気。魔力の維持には栄養がタップリ必要なんだよ、多分。

エニュの傍からちょっとだけ離れてフラフラと串焼きの屋台に向かっていたワタシは、突然後ろから誰かに右肩を叩かれた。うわっ!?完全に油断してた!咄嗟に身体を捻って後ろを向いて距離を取る。勢い余ってワタシの背中はエニュの背中に当たる。

 

「ステ……ノちゃん?」って口にしてる、目の前の女の人。

 

背中を押されたのとワタシの名前を呼ばれたの両方に驚いて、エニュの瞳が大きく見開かれてる。ワタシだってビックリだよ。だって、まさか国から遠いゼメリングにワタシを知ってる人間が居るなんて思って無かったもん。今のワタシ、何処から見ても旅人にしか見えない格好だし。あれ?もしかしてこれ国に連れ戻される流れだったりする?

 

「ステンノちゃん、何時戻って来たの?依頼か何か?ニュクティ君は?それにその女の人はどちら様?」

 

おやおやぁ?ステノ、って呼ばれたのかと思ったけど。この女の人、なんかワタシの事『ステンノ』って呼んでるぞ?もしかしてワタシのソックリさんってステンノって名前なのかな?

 

「………………ニュクティ君とは今は別行動中でして。はじめまして。私はエニュと言います。ステンノとは少し前に知り合いまして今は一緒に行動しています」

 

エニュの対応が早い!チラッと視線を向けたらエニュ、『アンタは暫く黙ってて私に任せなさい』って目をしてるね。うん、こーゆー時は頼りにしてるよ。

 

「これはご丁寧に。ステンノちゃんに聞いてるかも知れませんが、私は斡旋所で受付をやってますイオリスと言います。ステンノちゃんとは斡旋所の登録を受けた時の縁で仲良くさせてもらってます」

 

「そうでしたか。それなら話が早いですね。実はステンノ、登録証を失くしてしまったみたいで。再発行して頂けると有難いのですが」

 

エニュの頭の回転も早い!そっか、これで労せずしてステンノ?の登録証をゲットして、晴れてステノ(ワタシ)の痕跡を完全に消せるってわけか!偽物も結構役に立つものだね。流石エニュだよ!

 

「ブレスレット失くしたんですか。ステンノちゃんってばドジなんだから。それじゃ一緒に斡旋所まで行きましょう。私、丁度買い出しの帰りなので」

 

「そうなんですよ、ステンノってば抜けてますよね」

 

ワタシ、ドジじゃないもん!っとそうだ、ワタシの事じゃなくてステンノって人の事だった。ステノとステンノって紛らわしいんだよ全く。にしてはエニュはやけに実感籠ってた気もするけど。

 

それにしても、ワタシの偽物の目的って何なのかな?ミュケーナまで行って王子と婚約だもんね。やっぱり王女の生活に憧れて、とかなのかな?あんな窮屈で不自由な生活、ちっとも良いものじゃないってのに。

まーいーや。これで偽物はステノ王女に、ワタシはステンノって子に、お互いの生活を入れ替え出来た。今後は周りを気にせず生活出来るねきっと!これでワタシは晴れて念願の自由になれる!

 

先頭を歩くイオリスさんに続いてその後ろを付いていくワタシとエニュ。これだけ近くで話しても何の疑いも湧かないなんて、ホントにそのステンノって人とワタシって瓜二つなんだね。そりゃミュケーナの王子も騙される筈だわ。

 

「いい?アンタ話が終わるまで絶対喋るんじゃないわよ?それから食料だけ買ってこの街から出るから」

 

「えぇー、折角ベッドで寝られると思ったのにぃ」

 

「だから黙ってなさいって!我慢しなさい」

 

なんて話を気付かれないように小声でしながらイオリスさんの後を追う。イオリスさん、時折ワタシ達の方を振り返ってニッコリと笑いかける。大丈夫だよー、ワタシ達ちゃんと付いていってるよー、心配性な人なんだねきっと。

 

ふぇぇ、三階建てかぁ。なかなか大きくて立派な建物だね。地方都市のゼメリングでこれだもん。やっぱりラケダイとの国力の差を感じるなぁ。

言われるままに案内されたワタシ達は、一階の受付カウンターじゃなくて何故か二階の応接室へ。何だろう、発行に時間掛かるのかな?それとも何か頼みたい事でもあるとか?

 

「ステンノちゃん、此処でちょっと待っててね」

 

イオリスさんはそう言うと念の為か鍵を掛けて部屋から出て行った。んー、何かこの部屋殺風景だなぁ。横長の木製テーブルと椅子が四つ、それに窓側の角に備え付けの木製棚があるくらい?床や壁も煉瓦の上から何重か板張りしてあって暗めだし何だか頑丈そうに出来てるね。外側に付いてる二つの窓もワタシの顔くらいの大きさの小さい窓だし。椅子に着席して周りを見渡した感じ応接室、っていうより何か外に漏らせない事を話し合うような部屋って感じだね。

 

「…………何か嫌な予感がするわね」

 

そう言ってエニュは弓に手を伸ばそうとする。嫌な予感?だってイオリスさん良い人そうだったよ?ちょっと部屋に鍵掛けたくらいで大袈裟だよ。

 

ガチャン、って音がして扉が開いて、さっきまで同様ニコニコしてるイオリスさんの姿。ほらぁ、別に何も無いじゃん。後はブレスレットを受け取って終わりだね。

 

「ステンノちゃん、ブレスレット着けてあげるから両手を出してくれる?」

 

着けてくれるんだ。余程仲良かったのかな?座ったままハイ、って両手を出す。にしても何で両手?ま、いっか。はい、どーぞ。

 

 

ガチャン

 

 

ん?ガチャン?ブレスレットって皮製だよ?金属音っておかしくない?って、手枷された!?あ、これお城で見たことある!対魔法使い用の魔力阻害する魔法陣が刻まれたヤツだ!

 

「エニュさん、でしたっけ?抵抗は無駄です。部屋の外にはウチの腕利きハンターが何人も待機してます。大人しく武器を捨ててください」

 

イオリスさんの言葉を聞いて、諦めて番え狙っていた弓矢を仕方無く床に置くエニュ。え?もしかしてワタシ達騙されたの?

 

「それにしてもまさかステンノちゃんに化けるなんて。でも残念、貴女にはステンノちゃんにあるべきものが無い。ココで身分詐称は御法度って知ってるわよね?『彼女に何をした!』ってウチのハンター達も怒り心頭よ?」

 

ワタシの左手にチラッと視線を向けてそう毒づくイオリスさん。雪崩れ込むように部屋へと入って来た数人のハンターに囲まれその場に押し倒されたエニュも、ワタシと同じ手枷を付けられてる。

 

「さて、それじゃ本当の事を話してくれる?先ずは……ステンノちゃんとニュクティ君は無事なんでしょうね?」

 

さっきまでとは違って怒りの籠った表情でワタシを問い詰めるイオリスさん。ちょっ、ちょっと待ってよ、これじゃワタシ、まるで犯罪者じゃない!いや身分偽装しようとしたから全否定は出来ないけど!でも違うよ!ステンノって人とニュクティ君?に危害なんて加えてない!どっちかっていえばワタシの方が被害者でしょ!

 

「止めなさい!その方を誰だと思ってるの!ラケダイ王国が第四王女、ステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイ殿下にあらせられるのよ!」

 

床に押さえ付けられ拘束された状態でエニュが叫ぶ。あっちゃー、本当は黙ってたかった所だけど非常事態だからなぁ。仕方ない、存在忘れてて持って来ちゃったワタシの王家の印の指輪を見せるしかないか。はぁ。これでまたラケダイに逆戻りかぁ。

 

「呆れた……苦し紛れに王女様を名乗るなんて……不敬罪も追加ね。本物のステノ姫様なら今ミュケーナに居るのよ?知らなかったの?それから質問に答えて。ステンノちゃん達は無事なの?」

 

「ステンノって人なんて知らないよ!」

 

「ならなんでステンノちゃんと入れ替わろうとしたの!いい加減にしなさい!!」

 

せめて指輪を見せる暇くらいちょうだい!だーっ、何でワタシがこんな目に!

 

「いいわ、精々そうやって否定してなさい。貴女達は罪人として神殿に引き渡すわ。王女様の名を騙り、聖女様の傍の人間の名を騙って罪を犯したんだから覚悟しておく事ね。それとステンノちゃん達に何かあったら……絶対許さないからね」

 

え?ステンノって人、聖女様と一緒に居るの?じゃあワタシの偽物とは別人?じゃあステンノって人は聖女様と一緒に居られるような立場って事?なんか頭こんがらがってきた。

 

……じゃないよ!

グヌヌヌ、駄目だ、やっぱり魔力が全然練れない。この手枷外してよ!勘違いだってば!




王女様、身分詐称と不敬罪で捕まる。

決め手はステンノさんの左手甲にある奴隷印と手首の礼装展開用のリング状のアザ。



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40話

「ステンノ、起きてくれよ。そろそろだってさ」

 

「……んっ……そう…………ふぁぁぁあ……」

 

ニュクティに起こされて、私は目を擦りながら欠伸をする。やっとか。程良い振動のせいで眠ってたみたい。馬車だと歩かなくていいから楽ね。前世みたいに車や電車なんかが有ればもっと速く着くんでしょうけど、無いものは仕方ないか。ニュクティに膝枕されてたみたい。ごめんね、重くなかったかしら?あ、ニュクティの顔がちょっと赤い。ふぅん、そっかそっか。

 

荷台の隙間から見えるのは、十m程の高さの堅牢そうな城壁に円形に周りをぐるりと囲まれた、例によって川の傍の平地に造られた巨大な城塞都市。

城壁の外周はどのくらいかしら。ここからでは端が全く見えない。東京ドームとかそういう次元じゃ無い。ミュケーナのデロスも大きかったけど、ここはそれ以上に大きい。

その城壁の南に巨大な門があって、それとは別に北と東西に兵士の詰所と繋がっている小さめの出入口がある。

城壁の内部は一番外側に一般の人達の為の市街地があって、水路を挟んでその内側が商業施設、更に水路があってその内側には高い壁を挟んで貴族街。円の中心には城壁の外からでも分かる、青い屋根に白い壁の巨大な城が聳える。

 

そうね……前世で例えるならアトランティスのような円形構造の都市。それが、目の前に広がる王都トロン。

 

……なのだけれど、私達が用があるのはこの都じゃ無い。その城塞都市に隣接するように建てられた、これまた周囲をぐるりと城壁で囲まれた城……じゃなくて宗教施設。トロンの城と比べれば小さいけれど、あくまでも比べればって話。前世で例えるなら最も近いのはサグラダ・ファミリアかしら?本部だけあって豪華というか……この施設を造った予算とか何処から出てるのかしらね?御布施だけではやっていけなそうだけど……いやでもこの組織って世界各地に在るんだったわね、それなら御布施くらい集まるのかも。

 

私達の乗る馬車の前方で先導していた二頭の馬から降りたアルトリウスともう一人の神殿騎士が、門の両端に立つ二人の守衛……あれも神殿騎士なのかしら……に何かを話してる。

続いて門に横付けされて止まった私達の馬車。って言っても乗り合い馬車だから大層な扉とかは付いてないのよね。後方に回り込んで来たアルトリウスが右手を差し伸べてくれる。私は立ち上がりその手を取って慎重に、なるべく右足に負担が掛からないようにゆっくりと荷台から降りた。私のすぐ後からニュクティも続いて降りる。

 

「「お待ちしておりました!」」って守衛は声を揃えて、何と私の前で膝を地面に付いて頭を垂れた。ちょっ、ちょっと、そういう堅苦しいの止めてくれないかしら?

 

「そういうのはしなくていいわ。二人とも仕事があるのでしょう?」

 

「「お心遣い有り難き幸せにございます!」」

 

あ、これ駄目ね。私が何を言っても守衛さん達聞いてくれなさそう。確かに私は『この世界の女神』ステンノだけれど、中身の私自身の意識はそれに全く追い付いて無いのよね。だから露骨な神様扱いは止めて欲しいのだけれど……現地の人間からしたらそうはいかないものね。何せあの〈主神(ヘンタイ)〉ですらあの扱いだったものね。仕方ない、さっさと中へ移動しよう。

 

アルトリウスの先導で門を抜けると、縦に伸びた塔が幾つも連なった大きな建物が眼前に広がった。私達の姿を見付けた人達は一人も例に漏れずに膝を付いて頭を垂れてる。その全ては私の方を向いて。落ち着かない……やっぱり来るんじゃ無かったわ。

 

塔の中の、天井がやけに高い、宗教施設らしく白と金を基調とした通路をゆっくりと歩く。両側に等間隔で真っ白で何本も縦に線が掘られた柱が並ぶ厳かな雰囲気の通路。採光用にあちこちに張られた硝子からの光に照らされて幻想的に見えるわ。なかなか凝ってる。

 

通路の先にはぽっかりと空いた円形の空間があった。中庭……にしてはえらく広い。この世界独特のあの芝が敷き詰められていて、中央には一階建ての神殿。そうね……ギリシャのパルテノン神殿のような建造物があったわ。これだけでもゼメリングの斡旋所よりも遥かに大きいのだけれど?

 

「聖女様はあの中だ。二人とも、行こうか」ってアルトリウス。

カッサンドラさんと会うのも久し振りね。あの人も少しは大人しくなっててくれると有り難いのだけれどね。

 

 

 

あ。カッサンドラさん、入口に立ってるのが見える。私が着いたって報告を受けて居ても立っても居られなくて出てきた、って所かしらね。私の姿に気付いて走って来る。あの法衣って裾が足元まであるし走り難くないのかしら?

 

「ステンノ様ぁぁぁぁあーーヘブシッ」

 

そのまま私に抱き付こうとしたカッサンドラさんだったけど、ニュクティが出した右足に引っ掛かって私の目の前で地面に転倒したわ。顔面から。相変わらずだったみたいね。顔良しスタイル良しだし()()が無ければこの人モテるんでしょうけど。

 

うつ伏せに倒れたまま、土と芝まみれの顔をムクリと上げたカッサンドラさんの姿は……なんだろう……前世の漫画かアニメか何かを見ているような気分だわ。

 

「ステンノ様!お会いしとうございました!その御姿、柔肌の感触、あの御胸の張り具合……嗚呼、ステンノ様を想い夜も満足に寝られぬ日々でした!」

 

「言ってる事が不穏過ぎるのだけれど……まあ良いわ。久し振りね、カッサンドラさん」

 

というかニュクティに足を掛けられた件は良いのかしら?気にしてないのなら私は別にとやかくは言わないけど。カッサンドラさんが私にしてきた事を思えばニュクティの行動も残当だしね。

 

「話は伺っております。嗚呼、おいたわしや。ステンノ様の美しいお御足が……今直ぐに治癒して差し上げます」

 

やっと起きたカッサンドラさんは私の足元に座り込んで、私の右足に頬擦りしたあと丁寧……じゃなくてネットリと撫で回すように右脚を擦る。同時に右脚に治癒魔法の温かい感覚。もう何て言うか……この人はもう少し普通に治癒出来ないの?なんだか「ステンノサマ ノ オミアシ ハァハァ」とか聞こえるし。

 

でもお陰でやっと違和感から解放された。動かしてみたり歩いてみたりしても痛みも無い。流石は歴代屈指の聖女……これで歴代屈指、いや歴代最高なんだっけ?コレで……。アルトリウスは若干引き気味の苦笑いだし、ニュクティは睨んでるままだし。

 

「話があるのは聞いてるかしら?少し時間を取って欲しいのだけれど?」

 

「はい、ステンノ様。勿論です。それと、コチラからも一つお話する事がありますので。詳しくは神殿の中で」

 

私とニュクティは大理石で出来た長方形のテーブルに椅子が幾つも並ぶ、多分会議室とかそういう用途であろう部屋に通された。

部屋の壁には前世でいう所の宗教画が描かれている。聖女らしい人が洗礼を受けているような図とか、〈あの変態(主神)〉が何か地上とかを照らしてるような図とかね。

それとテーブルの上座に当たる位置の椅子の後ろには〈あの変態且つろくでなし(主神)〉を何倍も美化したような像が有る。直接会った身としてはこれには異議を唱えたいわね。確かに精悍な顔つきではあったけど、もっとジジイ然としてたわ。

 

『いやいや、ワシそっくりに出来ておるじゃろう!』

 

って、都合の良い時だけ脳内に話し掛けてくるの止めてくれない?それより〈主神(このヘンタイ)〉、今度は私に何をさせる気なのか教えなさいよ。

 

『…………』

 

……何よ、今度はダンマリなの?ハァ。もういいわ。

 

そんな脳内の出来事を片付けて。適当な椅子に腰掛けた私とニュクティ。カッサンドラさんは本来上座の椅子なんでしょうけれど私が居る手前そこに座るわけにもいかず、下座に当たる椅子に座ったみたい。

 

「では先ずはコチラの話から。罰当たりにもゼメリングにステンノ様の偽物が現れまして。現在身柄を此処へ護送中です。もうじき着くかと思います。勿論魔法が使えないよう拘束してはいますが、万が一に備えて騎士達を向かわせてあります」

 

……うん?偽物?なんで私?私になるメリットなんてある?斡旋所では駆け出しだし、財を築いていたわけでも無いし。あ、それとも駆け出しだからこそ、かしら。普通新人なんて人にそう憶えられてるものでもないから成り代わっても分からないと思ったのかしら。

まさかゼメリングの斡旋所で私がちょっとした有名人だとは知らなかったんじゃない?

成り代わろうとした理由は借金取りとかに追われてた、とかなのかしら。

 

「ステンノ様を女神だと知っていて入れ替わろうとしたに違いありません。ステンノ様がミュケーナへと行っていて不在の時に現れるなどタイミングが良すぎます。きっと魔族の息が掛かっているに違いありません。ステンノ様、危険ですのでくれぐれも近付かないようにして下さい」

 

あー、そっか。魔族の手先って可能性はあるわね。少なくともハッキリした事が分かるまでは近寄らない方が良さそう。それにしても仮にそうだとするとコチラの動向が魔族に知られていたって事になるけど……まだスパイが居るのかしら?結論は犯人の尋問待ちか。

 

「ええ、分かった。極力近付かないようにするわ。それじゃ、私の方だけど……」

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

「ねえエニュ」

 

「何よ」

 

「ワタシ、お尻が痛いんだけど」

 

「安心して、私もだから」

 

ワタシ達の居る場所は鉄格子に囲まれた囚人用の馬車の中だよ。今この馬車はペイシストスの首都であるトロンに向かってるんだ。当然囚人用だから揺れが酷くてさ、そのせいでお尻が痛いんだよね。魔法が使えたら痛みの軽減も出来るんだけどなぁ。例の手枷ホント邪魔だなぁ。

 

「コッチの話聞いてくれないなんて神殿も酷いよね」

 

「……アナ、ごめん。私があんな策実行しなければこんな事にはならなかったわ」

 

珍しくエニュがしょげてる。でも策を考えたのはエニュだけどさ、ワタシもそれに乗っかったわけだしね。ワタシには責任が無いって事にはならないよね。

 

「ワタシだって乗ったんだから同罪だよ。それよりさ、変じゃないかな?」

 

「言われてみれば……確かに変ね」

 

そうそう。だってさ、ワタシ達身分詐称と不敬罪なんだよね?身分詐称はともかくさ、ラケダイ王家に対する不敬罪ならラケダイに向かうでしょ。なのに何で反対方向のトロンに向かうの?

 

「ステンノって子の身を案じるあまりゼメリングの人達が暴走気味に私達を捕まえた、ってのは百歩譲って分からなくもない。でも神殿がそれを鵜呑みにするっていうのはおかしいわね」

 

「でしょ?だからワタシ達が神殿本部に護送されてるって事はさぁ、実際にそのステンノって子が行方不明になってるって事じゃないかな?」

 

それならワタシ達が問答無用で捕まったのも神殿本部へ向かってる理由も分かるんだよね。絶妙なタイミングで入れ替わろうと現れたワタシ達ならステンノって子の行方を知ってる、最悪ワタシ達がステンノって子を誘拐した真犯人、と思ってるとかね。

 

「だとしたら暫く牢屋から出られないかも知れないわね。拷問とかも受けるかも。私は最悪諦めるけどさ、アンタは大丈夫なの?一応王女様でしょ?」

 

「大丈夫って……何の話?」って首を傾げたワタシに「貞操よ、貞操。神殿とはいえ、そういう拷問もされるかも知れないでしょう?」って真顔でエニュが言ってる……貞操って……ウソだよね?仮にも神殿だよね?ワタシとしてもラケダイ第四王女としてもそれ大問題なんだけど!?

 

「どどどどうしよう!?そうなる前に逃げないと!それかパパ!パパに助けに来てもらおうよ!」

 

「ラケダイ王家と連絡なんて取れないでしょ。逃げるしかないと思うけど、そうなると全世界に指名手配って事になるわね」

 

まあいざとなれば逃げられない事も無いけど、世界に展開してる神殿だもんね。脱獄なんてしたらそりゃ世界が敵になるよね。あーもー、どうしよう。

 

…………よし、未来のワタシに丸投げしよう(思考放棄)

 




ステンノさん、神殿本部に着いて聖女と再会。

一方のステノ王女も神殿本部へ。



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41話

ワタシは不意にゾクリ、と背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

何かヤバいモノが近づいてくる。とんでもない量の魔力の塊。絶対人間じゃ無いよ、あれは。

気になって鉄格子の隙間から魔力を感じる方向を覗いて……うーん、ちょっと遠くてよく見えないや。あれ何だろう、羽……で飛んでるから鳥…ではないよね。人の形してるもん。あ、でも何か頭に角っぽいのがあるように見えるかも。もしかして魔族とか……感じる魔力はあれ一つだけだし、単独で乗り込んで来たって事?本部だから神殿騎士だって大勢居るけど……でもかなりの大物っぽいよね、あの魔力は。まさか魔王とか?いやいや、魔王自ら乗り込んで来るわけ無いか。そうなると……。

 

あ。あの魔族が何か黒い魔力の塊っぽいのを神殿に向けて放っ…………。

まっ、まあ神殿本部には対魔族用の結界も張ってある筈だし大丈夫大丈夫……じゃなかった!?結界崩壊してるし!アイツやっぱりヤバい奴だ!

 

こんな所でのんびりしてる場合じゃ無さそうだね。むぅ、緊急事態だし仕方ない。

 

「エニュ、悪いんだけどワタシの髪に着けてあるヘアピン外してくれない?」

 

「ヘアピン?別に構わないけど……何で今外すのよ?」

 

両手に枷を付けたままのエニュが手を伸ばしてワタシのヘアピンを外す。エニュの掌の上の、ワタシの人差し指くらいの長さのヘアピンは、仄かに紫色の魔力を纏い始める。よしよし、問題無く使えそうだね。

「ちょっとアナ、何よこれ?」ってエニュもちょっと驚いてるね。うんうん、良い反応だ。

 

「ふっふーん、こんな事もあろうかとワタシが作った魔道具だよ!髪に着けてる間は探知されない優れモノ!鍵穴の種類に依らずあらゆる鍵を開ける事が出来る、その名も」

 

「アンタの御託はいいから早く使い方教えなさいよ」

 

「アッハイ」

 

もう、アイテムの名前は大事なのに!エニュってばノリ悪いなぁ。

 

エニュは落とさないように慎重にヘアピンを持って、それをワタシの手枷の鍵穴へ。カチャン、って音と共に枷が外れる。ふぃ~、やっと両手が自由になったよ。うんうん、魔力もちゃんと練れる。あ、こんな事してる場合じゃないや。

さっさとバフ盛ってあの魔族止めに行かないとね。

 

「『魔法威力上昇(マジック・ブースト)』!、『物理攻撃上昇(パワー・ブースト)』!、『物理防御上昇(ディフェンス・アップ)』!、『魔法耐性上昇(レジスト・マジック)』!、物理防御結界展開よーし、魔法防御結界展開もよーし。さーて、それじゃ行きますか!」

 

幾ら冤罪で捕まってるからって流石に『聖女様を見捨てる』っていう選択肢は無いよね。

 

「ちょっ、ちょっとアナ!何処行くって!?私にも説明しなさいよ!」

 

「時間が無いから後で説明するよ。大丈夫、逃げるわけじゃ無いからさ!ワタシに任せといて!」

 

とは言ったものの、アレに勝てるかどうかは分からないなぁ。ま、やれるだけはやりますか!何時も通り両足の踵と両肩に風魔法を展開、出力と角度を調整して……フワリと宙に浮く。魔法の複数同時展開。これだけの魔法を一度に操れるのは世界広しといえど流石にワタシだけでしょ。この鉄格子の一角を……フンッ、て勢いつけて人間が通れるくらいに広げた。

 

さぁて、聖女様がやられる前に間に合うように急がないとね!待ってなさいよ!

 

 

 

 

 

────────

 

 

 

 

 

カルデアの事を話そうとした矢先だった。

 

「今、何か音がしなかったか?」ってニュクティが不思議そうに天井を見上げた。

 

これだけ広い施設だし、何かしらの音くらい出てると思うけど……ニュクティが気にした、っていうのがちょっと気になるわね。私の眷属になったせいで索敵関連の能力も上がってるわけだし。でもここは神殿本部だし、何なら魔法で防御結界も張ってるらしいし、そんなに心配しなくても平気かしら……。

 

……ん?今、何かが割れるような音しなかった?空耳じゃ無い。確かに聞こえたと思うけど。

 

直後、全身フル装備の神殿騎士の一人が私達の居る部屋へと駆け込んできて「聖女様、至急避難を!魔族による襲撃です!結界が破られました!」って叫ぶ。嗚呼、成る程。〈主神(アイツ)〉、今度はここで私に魔族を迎撃させようって魂胆なのね。出来る事ならやりたくないけど状況的にそうはいかないか。

 

「カッサンドラさんを引き摺ってでも連れて行ってくれるかしら?」って私の言葉に「御心のままに」に頭を下げた神殿騎士がカッサンドラさんを背中側から羽交い締めにして引っ張ってこの場から退場。

 

「離しなさい!避難するならステンノ様も!ステンノ様もお連れしなくては!」

 

「お聞き分けください聖女様!」

 

そうそう。カッサンドラさんが此処に居たら危険だからね。こうしている間にも神殿のあちこちで大きな破壊音が聞こえてるし。狙いは多分私でしょうけれど、聖女であるカッサンドラさんも狙われてるって線もあるからね。

 

「ニュクティ」

 

「ああ、コレだろ?」

 

ニュクティが鞄から、夢幻召喚の魔法陣が描かれた羊皮紙を取り出す。今は万全の状態だし、夢幻召喚すれば魔族とも戦えるでしょう。後はアルトリウス達にも手伝ってもらえれば勝率も上がるわ、多分。

 

……そういえばこの神殿を守ってた結界ってどのくらいの強度なのかしら?あれ?それによっては勝てないかも知れない?でも今までの事を考えると、この状況が〈主神(アレ)〉が用意したものなら全滅、って事にはならないよね?大丈夫よね……?一応ニュクティは安全な位置に居てもらった方が良いかしら。いざって時の為に救援を呼びに行って貰おう。

 

「ニュクティは神殿騎士を呼びに行ってくれるかしら?」

 

「嫌だ!俺も一緒に……」

 

「お願い。彼等の力も必要だから」

 

本当はニュクティも一緒に居てもらいたいんだけどね。正直、神殿本部に乗り込んで来て結界を破壊するような魔族が相手だと軽装備のニュクティは危険かな、ってね。

 

「…………分かったよ。ステンノ、絶対無理しちゃ駄目だからな?」

 

「ええ、分かってる」

 

渋々この場を離れていくニュクティの後ろ姿を少しだけ見送って、私は羊皮紙を床に広げた。私の魔力を魔法陣へと向け。

 

「…………告げる!

汝の身は我に!汝の剣は我が手に!

聖杯のよるべに従い

この意この理に従うならば応えよ!

 

誓いを此処に!

我は常世総ての善と」

 

そこまで口にして。私は思わずその場にしゃがみ込んだ。熱と痛みが襲い始めた左肩を押さえた右手の感覚が、私に『左腕を肩の辺りから切り落とされた』という事実を伝えてくる。発狂しそうになる自分を何とか抑えて、痛みのせいで涙が滲む瞳で周囲を見渡す。

 

居た。部屋の上座、主神の像の目の前。

左手には切り落とした私の腕を持っていて、頭に山羊のような二本の巻き角、ロングの黒髪に赤い瞳に真っ白な肌、腰の辺りに蝙蝠の羽……ブエル!?どうして彼女が!?

 

ブエルは右手の爪にベッタリと付着した私の血をペロリと舐めて、私の左肩と、足元の切り裂かれた羊皮紙に顔は動かさず視線だけを向ける。

 

『脆い。あまりに脆い。…………ああ、そうだった。お前に伝えろ、とパイオス様からの御言葉を頂戴している。確か……『ヒーローが変身するのを待ってもらえるのは漫画かアニメの中だけだ、間抜けめ』と仰られていたな』

 

ブエルが右手を翳すと、彼女の影が盛り上がる。そこから人間の形をした真っ暗な何かが数十匹?も現れて、ブエルの合図と共にそれらは四方へと散っていった。なっ、何をしたの?

 

『ああ、今のか?簡単な事だ。彼等には騎士共の相手をさせに行かせた。邪魔されたく無いからな』

 

つまり、誰も助けには来ないって事?

……嗚呼、そっか。だから〈主神(アイツ)〉、さっき黙ってたのね。こうなるって分かってたから。ホント、酷い話よね。

額や背中から嫌な汗が流れる。悪態をついた所で状況は好転しない。カッサンドラさん……欠損した腕とかも治せるかしら?最悪彼女の血を吸うとか?治癒の力を持つ聖女の血なら、切り落とされた腕くらい生えてきそうだし。

 

『さて、それではショータイムだ。五体をバラバラにして殺してやるから精々みっともなく泣き喚け』

 

殺すって……生かしておくんじゃなかったの!?冗談じゃ無い。どうにかしてブエルから逃げないと。何か手は……ああもう、どうしてこの体はこんなにも無力なの?あの〈主神(ジジイ)〉、どうして私にステンノを選ばせたのよ。

 

立ち上がって逃げようとしたけれど、それより早くブエルが距離を詰めた。そのまま押し倒されて床に組伏せられた。ジタバタしても右腕はブエルの左手に押さえられてるし、両膝の上に腰を下ろされたから私は身動きも儘ならない。

 

ブエルの右手に、私の頭程度の大きさの火球が現れた。な……なに?今度は何を……や……やだ……。

火球がゆっくりと私に近付いて……私の左腕の切り口にそれが押し当てられた。熱い!痛い!止めて!止めて止めて!

足をバタバタと動かすも何の解決にもならない。切り口は炎で焼け爛れて、自分の体とは思えないブスブスという鈍い音と肉の焼けた臭いがする。痛い……痛い……。涙が止まらない。

 

『出血多量で死なれてはつまらないからな。傷口を焼いてやっただけだ。さて、次は右腕……では味気ないな。左足か?』

 

ブエルは今度は私の腰の辺りに馬乗りになって背を向ける。右腕で私の右手を押さえたまま、左手を私の左膝に振り下ろして……左手の爪が膝の付け根に突き刺さった。

 

激痛に「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」って悲鳴を上げる私など意に介さないブエルの爪がそのまま床まで伸びて、私の膝を貫通。今度はそれをまるでノコギリで木を切るように左右に動かし始め……。

 

「や゛だっ、や゛だぁ!い゛だい゛、い゛だい゛、や゛めっ、い゛や゛、い゛や゛ぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛っ!!!」

 

泣き叫ぶ事しか出来ない。ブチブチブチッ、って鈍い音を残して私の左足の膝から先が千切れた。絶叫と同時に尿を漏らしたせいで下着が張り付いて気持ち悪いけど、それに構っている余裕なんて無い。ブエルが直ぐに膝の傷口に火球を押し当ててきて、再び激痛。こんなの我慢なんて無理。私は再度絶叫を上げた。

 

『パイオス様を悩ます虫にはお似合いだな。文字通り芋虫のように這いつくばる気分はどうだ?』

 

ブエルは一度離れて、痛みを堪えられず無様に床に転がり悶える私を見下してる。何とか……何とかしないと……でもどうやって?

 

 

 

 

 

何か。私の後方から何かの気配がした。誰かの声が聞こえる……。

 

「挨拶代わりだよ!これでも食らえ!『光属性対個人最大魔法(ア・ブロウ・オブ・ゴッズ・ラス)』!!」

 

その誰かの声の後に、私の体の直ぐ上を光が走った。魔法……?私の身長の数倍の長さ、私の体の数倍の太さの光の槍。真っ直ぐに飛んで行ったそれはブエルに直撃。天まで伸びる、直径5~6m程の光の柱が現れた……変わった爆発の仕方なのね。

 

私はその誰かに抱き上げられた。私と同じくらいの身長、同じくらいの体格、同じ色の髪、同じ……顔?

 

「そこの人、大丈夫!?酷い怪我……早く聖女様に診て……もらい……に…………えっ?」

 

そう口にした彼女も私の顔を見て驚いたみたい。嗚呼、そっか。私の偽物じゃ無くてステノ王女本人だったのね。助けてくれたのが物語的に白馬の王子様じゃ無い所が残念だけれどね。ああ、でもアレ(アルゴリス王子)は御免だけど。

……もしかしてここまで〈主神(アレ)〉の予定通りだったのかしら。何てタチが悪いの。

 

「ワタシ、少しだけど治癒魔法使えるんだ。気休めだけど掛けておくから」

 

私を抱えるステノ王女の両掌がほんのり光って、私の中に温かい何かが流れ込んでくる。確かに僅かかも知れないけど痛みがちょっと引いた気がする。

 

「あり……がとう。それから……はじめ……まして……かしら」

 

「今は無理して喋らないでいいよ。ワタシも貴女に聞きたい事はいっぱいあるけど。それより油断しちゃ駄目。アイツ、今の攻撃全然効いてないって感じだし」

 

私を抱いたまま、ステノ王女がブエルの方を睨んだ。彼女の言葉通り、多少煤けているけれど無事な様子のブエルが現れた。

 

戦いに備えてか私を部屋の隅の調度品の影へと降ろしたステノ王女は、両手首に直径15cm程の魔法陣を腕輪のように展開。両手に先程の巨大な光の槍を顕現させてる。次の瞬間には、その光の槍が溶けて両手の拳を覆うグローブのような姿に変わった。手首には変わらず魔法陣が輝いたまま。

えっと……つまり、さっさの魔法の槍を近接戦闘用に変化させたの?

 

何この子、公式チートか何かかしら。私とのこの差は何なの?もうこの子に魔王討伐させればいいじゃない。




ブエル急襲のせいで右足が治ったと思ったらすぐに左足と左腕が。

ステンノさんのピンチに颯爽と登場したステノ王女様は
・超絶美少女
・アホの子
・やんごとなき血筋(一国の王女)も城を飛び出す
・言動が姫とは思えない(ダナエ曰く「お転婆」)
・面倒事に巻き込まれる
・魔法大得意、なんならアレンジもお手のもの
・魔法の同時展開もお手のもの
・魔道具も作れるよ
・治癒もできるよ
・必殺技や魔法名は取りあえず叫べ!
・ネーミングセンスはお察し
ステンノさんとパイオスが居なかったら完全に主人公。


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42話

魔力の!効率が!圧倒的に!悪い!

 

神の怒りの一撃(ア・ブロウ・オブ・ゴッズ・ラス)を両拳に展開したのはいいけどさ、コレをこの状態で維持するのスッゴイ余計な魔力喰うんだよね。流石に直ぐにワタシの魔力が尽きるって事は無いけど無駄な魔力を垂れ流しっていうのは問題だよね。

 

くっそー、()()()()()()は捕まった時に取り上げられたバッグの中なんだよなぁ。魔法の杖代わりのアレがあればこの非効率な状態も改善できるのに。

 

今更文句を言ってもしょうがない、ええいままよ!踵と肩の風魔法再展開、真っ直ぐ行ってぶっ飛ばーす!

室内だから土煙は上がらないけど、足元に転がってる調度品やら背中側のモノやらを吹き飛ばしながら魔族へ一直線に、当然一瞬で突撃。魔力の篭った渾身の右ストレートを顔目掛けて振るう。当たる、かと思ったけど左手一本で受け止められた。ハァ!?何それ、簡単に防ぎ過ぎでしょ!でも問題無いよ。

 

何体かの魔族と交戦した経験から言うと、魔族に魔法が効きにくいのは、人が息をするのと同じように無意識に魔法防御結界を張ってるせいなんだ。だから魔法を放っても結界で威力を軽減されちゃう。

でも、ならその内側から直接大魔力を撃ち込めばいいんだよ。例えば今のワタシみたいに魔法防御結界の内側に拳で殴り掛かるとかね。だから剣に魔力を込めて直接相手を切り付けるっていう神殿騎士の戦い方も間違ってないんだ。問題は魔族の素の防御力が高過ぎるって所だけど。

 

「このぉ!」

 

ワタシは右拳に纏っていた魔力を解き放って、コイツの左手から体内へと直接流し込む。どうだ、これなら効き目もあるで…………コイツ何で平気な顔してるの!?うっそでしょ!?

 

コイツはワタシの右拳を掴んだまま天井付近まで飛び上がって、ワタシを勢いよく床に向かって投げつけた。

ドゴォン、って轟音と共に床に突っ込んだワタシ。直径5m程のクレーターが出来たよ、あの子の所に落とされなくて良かった。ったくもー。高さ的には三階建てくらいあったけどコッチもバフ盛って物理防御結界も展開してるからこの程度ならそこまで大したダメージでは無い……っ痛ったたた。

もしかして光属性は効きが悪いのかな?それなら今度は雷属性でも試してみるか。

 

『その顔……お前、神の用意した木偶(デク)か』

 

ん?ワタシの顔がなんだって?木偶って……まさか、コイツもしかして、ワタシが幼い頃に神託受けた事知ってるの?確かに10年くらい前に1度、ワタシは神様の言葉を聞いた事がある。確か『お主には才能がある』とか『やがて来る世界の危機にお主の力が必要、精進せよ』とかだった、多分。幼いながらに理解してこうやって戦える所まで努力してきたけど……ん?待てよ?コイツがワタシの事を知ってたとなるとだよ、狙われたのってもしかして聖女様じゃ無くてワタシ?アレ?って事はワタシにソックリなあの子は間違われて攻撃された巻き添えだったりするの?うっわぁ、凄い罪悪感が……。

 

とっ、兎に角だよ?アレを倒せば問題無いわけだよね!あれだけの相手だし、やっぱり杖代わりになるような何かが欲しいね。いや、それより先に戦場を変えないと。このままじゃあの子を巻き込んじゃう。

 

げぇ!?何かあの魔族、右手に黒い魔力の塊を収束させてる!?マズイマズイマズイ、あんなの打ち込まれたらこの建物崩壊するじゃん!あの子を連れて離脱しなきゃ!

 

目眩まし代わり、あわよくばあの魔力の塊を消し飛ばす!

 

「左拳のも喰らえ!『ア・ブロウ・オブ・ゴッズ・ラス』!」

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

ステノ王女の左拳から、巨大な光の槍がブエルに放たれた。同時にステノ王女は私の所へと一直線に飛んでくる。

 

「ええっと、そこの人、離脱するよ!」

 

「えっ?え、ええ」

 

私を抱き上げ、ステノ王女がチラッとブエルの方を確認。「くっそー、やっぱ無傷か」って吐き捨てて宙に浮く。この世界で魔法で空を飛ぶ人、初めて見たわ。なんだか風魔法っぽいのを展開してて、踵と肩甲骨の辺りに小さな竜巻?が発生してるわ。もしかして飛行魔法みたいなモノってこの世界には無かったりするの?

 

「ええっと……怪我はどう?」

 

私は首を小さく横に振った。だって、現在進行形で凄く痛いもの。ステノ王女がさっき掛けてくれた治癒魔法?痛み止め?のお陰で多少は楽になった、っていっても痛いものは痛い。気絶しなかっただけマシ。まぁその、漏らしはしたけど。

 

「そっか……あ、ワタシは」

 

「ステノ……王女様、でしょう?」

 

あ、ちょっと驚いてるわね。まあでも()()()()私と瓜二つの人間なんて居る筈無いものね。彼女がそうだって考えなくても分かる。

 

「……うん、取りあえずちょっとだけ喋らないでね。舌噛むよ?」

 

そう言って、ステノ王女は風魔法をフルに使って、開いた窓から飛び出す。私を抱えてパルテノン神殿モドキから空へと飛んで脱出したのと、ブエルの魔力の塊がさっきまで私達が居た所に着弾したのが同時。

 

あの鳥頭の魔族、何て言ったっけ……兎に角ステノ王女、アイツより速いと思うわ。瞬時にサグラダ・ファミリアモドキの神殿本部内を抜け、目の前の草原へと出た。背中に見える神殿本部は、私達が抜けて来た部分の、丁度正門の裏手側の部分がブエルの魔力の塊の直撃を食らっていて崩壊してる。あの様子だと中央にあったパルテノン神殿モドキは崩れ落ちてるでしょうね。間一髪だったみたい。今の私じゃ、巻き込まれたら押し潰されて挽肉になってた所だわ。

 

……そうだ、ステノ王女が居るのなら、彼女に少しだけ時間を稼いでもらおう。夢幻召喚すれば私にも出来る事はある。例えばスマイル・オブ・ザ・ステンノ、とかね。忘れてたけどステンノの宝具には男性魅了&即死、以外に強化解除と防御ダウンがある。ブエルからの魔力にパイオスのそれが混じってるの、感じるのよね。多分だけど、ブエルはパイオスから魔力供給されたか何かで強化状態にあるんだと思う。だからその強化を強制的に解除して更に防御をダウンさせればステノ王女にも可能性が出てくる、多分。このまま殺されるくらいなら賭けに出た方がいい。

 

「アイツが瓦礫から出てくる前に何処かの茂みにでも連れて行ってあげるよ。だからなるべく見つからないようにじっとしててよ?」

 

「ねえ、私をあそこへ降ろしてくれない?」

 

私が人差し指で示したのは、崩壊した城壁から見える、真っ白に塗られた石畳。平原から見えない、壁の内側の方へ行けば多分大丈夫……本当に大丈夫かしら?でもやるしかない。神殿騎士はブエルの放った影の相手でコッチに手を回せない筈だし、ニュクティ……は、無事かしら。隠密行動には長けてる筈だから無事だと思いたい。

 

「何か考えでもあるの?」

 

ステノ王女の問いかけに私は頷く。「分かった。貴女を信じるよ」って、自分で言っておいて何だけど、そんな簡単に私の事信用するの?

 

「さっきは全然気がつかなかったけどさ、貴女自分の魔力を隠してるよね?それもかなりの量と見た」

 

……ああ、そういう事ね。確かに魔力の量だけなら魔王と同じくらいだけど、別に隠してるわけでは無いのよね。ただ単に全然使いこなせないってだけで。でもステノ王女は私の魔力に気付いたのか。どれだけ優秀なの、この人。

 

「だから貴女の策に賭けるよ。時間なら稼いでみせるから」

 

私のそれとは違ってニカッ、と笑ったステノ王女。ええ、何とかしてみせる。まだ死にたくないもの。

ステノ王女が私を石畳の上へと静かに降ろして、平原の上空へと移動。瓦礫から出てきたブエルは彼女を見付けたようで同様に上空へ。

 

『……まだ時間もある。少し遊んでやる、木偶』

 

「上等だよ!『雷属性最大魔法(サンダーレイジ)』!」

 

ステノ王女は今度は光属性の代わりに雷属性の魔法を両手に展開して、さっきと同じようにそれを両拳に纏わせた。

私も彼女が倒れる前にやらなきゃ。

 

スプーン携帯してて助かったわ。懐から取り出して魔力を通して、それを使って石畳に魔法陣を描いていくんだけど……これが辛い。

先ず、左足の膝から先が無いわけで。当然立てないから座った状態、しかも切断された傷口に触れると激痛が走るから触らないように左足太股を右足の脹ら脛に乗せた横座りのような体勢にしないと痛過ぎて耐えられない。それでもちょっとした弾みで石畳に触っちゃったりするんだけど、全て投げ出して悶えながら泣き喚きたいくらいね。それを必死に我慢して、泣きながら右手を動かす。左腕も無いから体のバランスも全然取れなくて、倒れながら。そうなると当然傷口に当たったりして、その度に激痛が襲ってくる。ハッキリ言って地獄。

 

時々気になって上空に目を向ける。誰がどう見ても、それこそ素人の私が見ても分かるくらいにはステノ王女はブエルに圧されてる。それはそうよね、だってステノ王女の攻撃はブエルには殆んど効いてないし。あ、ステノ王女、撃ち込んだ左手を掴まれてまともにお腹を蹴り飛ばされて地面の方へ吹っ飛んでくわ、痛そう。

 

どうにか加勢してあげたいけど、礼装展開出来ないのよね。やっぱり左手のアザが礼装の設計図か何かなのね、無いと無理みたい。もしかしてブエルが最初に私の左手を切断したのってこの為?

 

 

 

やっと、やっと描き終わりそう。あとはこれをこう……って、また左足が石畳に触った!!痛い!痛い!痛い!!

 

「痛い……痛い……うぅ……」

 

ボロボロと涙を溢しながら、私は左足の膝があった位置より少し上の辺りを押さえる。流石に今患部を触ったら意識を飛ばす自信があるから迂闊に触らないように注意しないと。

 

でも我慢の甲斐があって描けたわ。こんな拷問みたいな事もう二度とやりたくない。

 

さて。それじゃやろうかしら。

 

「………………告げる!」

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ。化け物」

 

参ったね。まさかワタシとアイツでこれ程力の差があるとはね。防御結界を体全体に展開しててもダメージ防げないから、アイツの攻撃に合わせて一点集中防御型に変えたんだけど、それでもその上からダメージが通ってくる。このままじゃジリ貧だね。あの子、上手くやってるのかな?まさか逃げ……いや、あの怪我じゃ逃げるのは厳しいか。ワタシに出来るのは粘る事、あの魔族があの子の方へ行くのを阻止する事だけ。

 

「このぉ!!」

 

今は向こうの丘の上に立っているアイツに向かって地面スレスレを飛翔して、渾身の力で豪雷一閃(サンダーレイジ)の魔力を纏った右拳を突き出す。今度は避けもせずに顔面に直撃!

……って全然効いてる様子無し。微動だにしないよ。クッソ、ふざけてるなぁ。

 

『その程度か、木偶』

 

コイツ、今度はワタシに向かって左手を振り下ろす。攻撃した後直ぐで反応が遅れたワタシの右腕に黒い魔力の爪が迫る。ヤバッ、防御結界間に合えっ。

 

ぐっはぁ!?

っと、あっぶなー。アイテテテ、何とか切断は免れたけどコリャ駄目だね、右腕折れたっぽい。急いで飛び退いて距離を取る。治癒しながら騙し騙しやるしか無さそう。

 

……ん?何これ?後ろから凄まじい魔力の塊が来る!?まさか敵の増援!?いや、目の前のコイツよりも遥かに上の魔力量だよこれ。まさか魔王が来たとか?いやいやいや、幾らワタシでもコイツとアレを同時に対処なんて無理だよ。詰んだかも。

 

『その状態でも向かってくるか。見上げた根性だが蛮勇と言わざるを得ないな、女神よ』

 

「ホント。スッゴク痛いんだから、これ。貴女にも少しはお返ししてあげないと不公平よね。そうでしょう?」

 

そう答えたあの子が、ワタシの右隣にフワリ、と降りて来た。その表情は痛みのせいで引き攣って見えるけど。

 

……いやいや。え?は??

今ワタシの隣には、その膨大な魔力の持ち主の……あの子が魔力で地面から少し浮いた状態で居る。勿論左手も左足も失ってるままだけど。いや待って、何か凄い神々しいんだけど!?物理的に後光まで差してるんだけど!?いやそれよりあの魔族、この子の事『女神』って……。あれ?そういえば女神様って……確か現在は聖女様と一緒にココに居て……それでステンノっていうワタシのソックリさんが聖女様の傍に……あ、そうか。そういう事か。なーんだ、アハハハハ…………。

ハァ!?!?女神様!?ワタシとソックリの!?うっそでしょ!?

 

あ、待てよ?知らなかったとはいえ、ワタシもしかしなくても女神様の名を騙ったって事?あー、そりゃ逮捕連行されるよ。よし、後でちゃんと謝ろう。そりゃもう全力で。

 

 

 

少し距離があったせいもあるけど、動揺してそんな調子だったワタシも痛みを堪え舞い降りた女神様も。あの目の前の魔族が『概ね予定通りか』って呟いた事には気がつかなかった。




属性最大魔法をホイホイ放つ王女様と、痛みに耐えつつ復帰した女神様。余裕のブエルさんと対峙した所でまた次回。


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43話

そろそろ終わらせないと。肉体的にもそうだけど、精神的にも限界なのよね。丁度足元には芝が生えてるし、このまま横になってしまいたい。痛い、辛い。もう意識を手放してしまいたい。でもその前に。

 

『女神の気まぐれ』。ステンノのAランクスキル。本来のコレは『気まぐれ』という言葉通り良くも悪くも、プラスにもマイナスにも影響がある使い難いもの。でも私の持ってるコレはFGOの効果準拠だと思う。私のスキルって多分、私が生存しやすいように付与されてると思う。『吸血』なんか当にそう。

FGOにおける『女神の気まぐれ』は味方の攻撃力をアップし、神性特性を持つ味方の攻撃力を更に上げるスキル。ステノ王女は〈主神(あのバカ)〉が力を与えたんでしょうし、きっと神性を得てる筈。だから二重の効果はあると思うのよね。

 

「私そろそろ限界だから。御膳立てはしてあげるからブエルの対処は頼むわ」

 

「えっ、ちょっと、女神様……って、うぉぉお、何コレ!?力が漲ってきた!?」

 

やっぱりね。どうやら女神の気まぐれ(スキル)の効果は予想通り。ステノ王女がチラチラと私に視線を向けながら効果に困惑してるわね、上手く発動してくれて良かった。あとは……。

ーーー宝具・女神の微笑(スマイル・オブ・ザ・ステンノ)ーーー

 

はぁ。やっぱり女性相手に即死は効かないのか。まあいいわ。ブエルに混じっていたパイオスの魔力の気配が消えたし。王女様、あとは頼んだわね。

私の周囲から光が消えて、元の格好に戻った。浮力を失った私の体はドサッ、という音を立てて地面に落ちる。ああ、ここまで考えて無かった。痛い。左手と左足に衝撃と激痛が走り、再び涙が滲んでくる。

 

「女神様!?」

 

「私は大丈夫、だから。それより」

 

私の様子に気を取られて完全にコッチを向いてしまっている王女にそう言って、私はブエルの方を睨んだ。肝心のブエルはというと両掌を握ったり開いたりして『フム、成る程』って何かを確認している様子。間違い無いわ。宝具の効果、あったわね。

 

「ハッ、そうだった!」って我に返った王女がブエルの方へと向き直した。

 

「これなら!女神様、ありがとう!……ございます」

 

あ、取って付けたような敬語なんて使わなくてもいいのに。今更よね。危険人物(カッサンドラさん)だけ他人行儀に敬語使わせておけばいいのよ。

 

踵と背中に風魔法の竜巻を再展開した王女は、ブエルの元へ高速で向かっていく。ブエルも気付いて王女の左拳を受け止めたけど……明らかにさっきまでのような余裕は無い。端正な顔を歪めて、どうにか止めましたって様子ね。

 

「よしっ、今度はイケる!サンダーレイジ!!」

 

王女の左拳から雷を纏った魔力が、ブエルの両手を伝い全身へと流れた。今度は表情が苦痛に歪んだブエルが翼をはためかせ上空へ大きく後退。すかさずその後を追って王女も空へ。

 

「ここでお前を倒す!神様に仇なした事を後悔しろっ!」

 

『仇なす……か。成る程、何も知らないとは愚か。所詮は木偶か』

 

「なんだとぉ!!」

 

サンダーレイジを纏った左拳を、今度はブエルが左拳に黒色の魔力を展開して受け止めた。少し押されはしたみたいだけど。スキルと宝具で支援してコレとか、もしかしてブエルってパイオスの魔力ブーストが無くても相当強い?顔で選ばれた、或いは治癒が得意な腹心だから傍に仕えてるってだけじゃ無いのね。

 

って、この話の流れって不味くないかしら?

 

『時間ももう少しあるな……ふむ、無知なお前に少しばかり教えてやろう』

 

ちょっ、ちょっと、やっぱり不味いわ。もしも私がパイオスの一部だったって知られたら王女はどう思うか。……私が生きているとパイオスが更に強くなる可能性がある、って王女が知ったら、この場で私は彼女に殺されるかも知れない。ステンノ()は所詮は異界の女神だし。王女だって世界平和の為ならやむを得ないって思うに決まってる。だからカッサンドラさんやアルトリウス達には私とパイオスが元は一つだった、って怖くて言って無い。まだ覚悟が……。

 

『そうだな……ある時、主神の存在を脅かす力を持つ者が現れた。主神は保身の為にその者の魂を二つに裂き、悪……主神にとって都合の悪い方を地上へ落とし、善……都合の良い方を天界に残し神の一柱にして監視の意味も込めて己の陣営に引き入れた』

 

「魂を……二つに……?それって……元は女神様と魔王が一つだったって事?」

 

あ……ああ……ああ……。

 

「って、そんなあからさまな嘘に騙されるかっての!女神様が魔王と同じ存在なわけ無いじゃん!!」

 

全く信じる様子の無い王女が、再びブエルに肉薄しようと高速で飛んでいく。でもブエルも一定の距離を取って飛んでいて、その差はなかなか縮まらない。

 

『さて、どうだろうな。信じられないのならそこに転がっている女神にでも聞けばいいだろう』

 

落ち着こう。ステノ王女は『魔王と私が元は同一人物だった』ってくらいで殺すような人間じゃ無い。きっと私を生かして魔王をどうにか排除しようって考えてくれるに決まってる……決まってるよね?大丈夫だよね?どっちにしても今の私には選択権無いけれど。いや、敢えてここで『ブエルの言った事はデタラメだ』って否定する事も……いやでも今後の事を考えたら正直に告白すべきなのかしら……。

 

「デタラメ言うな!……っクソ、さっきより速い、ワタシと同じくらいのスピードのせいで追い付けない!」

 

『我々魔族は、お前達人間の数が増えすぎないよう調整するという目的の為だけに生み出されたのだ。生物としての尊厳も個人の生の意味も何も無い、只の歯車としてな。パイオス様はそんな我々を解放してくださると約束された。愚かな神を滅ぼし、『物』でしかない魔族をまともな生物に昇華してくださると。ふむ、仇なす、というのはあながち間違ってはいないな』

 

「魔族が……ワタシ達人間の数を調整する為の歯車だって?またそんなデタラメを!神様が正義でお前達魔族が悪だから敵対してるんでしょうが!そんないい加減な話誰が信じるか!」

 

『神は魔族を貶めた敵であり、我々は己の正義に基づいて行動しているに過ぎない。魔族の尊敬を取り戻す戦いを、な。

正義の反対が全て悪だとでも思っているのか?陣営が変われば見方も変わる。人間とてそうであろう?物事に絶対など存在しない。全ては相対なのだ』

 

「魔族が正義だっていうの?冗談はやめてよね!」

 

『お前の掲げる神の正義も只の一側面。相対的なものでしかない。正義の反対はまた別の正義。絶対の正義など存在しない。そんな事も分からぬとは……これだから人間は愚かなのだ』

 

残念だけど、ブエルの言う事も一理ある。この世界の主神がアレだから余計にね。私は……王女に何て言い訳しようかしら。

 

あ。ブエルの左手により大きな魔力の塊が現れた。彼女の後を追う王女に向かって勢いよく放たれ……あれ?あの魔力の塊、全く違う方角に……私の方に向かって来てない?

 

「くっそぅ、しまった!女神様!!」

 

『さて、下らないお喋りはここまでだ』

 

ブエルは天高く飛び立って、その姿はすぐに見えなくなった。代わりに黒く高密度の魔力の塊が私の方へとどんどん近づいて来て、その後を慌ててステノ王女が追っている。間に合わなかったら私、ここでジ・エンドかしら。ああ、空はあんなに良い天気なのに。

 

「だぁぁぁあっ、間に合えぇぇぇぇッ!」って叫びながら王女が向かって来る。制御よりも速度を優先したみたいで背中の竜巻が一層大きくなった代わりに王女の体が上下左右にブレてる。

 

黒い塊が私に直撃する寸前。王女の体が私と塊の間に滑り込んできて、直後に衝撃。当然のように私は意識を手放した。

 

 

 

 

 

──────

 

 

 

 

 

『ブエルよ、御苦労だった。して、実験の結果はどうだ?』

 

黒を基調に赤で彩られた玉座の間の再奥に座するパイオスが、今さっき帰還したばかりの、膝を付き頭を垂れるブエルに向かい問う。『はい』と返事をしたブエルは、頭を下げたまま言葉を続けた。

 

『パイオス様の見立て通りでした。やはり女神を殺して体から魂が抜け出た所を捕獲するのが最も有効かと。それから女神の『宝具』の効果も予測通りでした』

 

『やはりか。ならば我は予定通り抜け出た魂を捕獲する術式を確立させる。お前は魔力供給の持続時間の延長方法を模索しろ。試した通り今のままではポータル無しの運用は難しそうだ』

 

『御意。それと念の為報告があります』

 

『気付いていたぞ。神の木偶であろう?我の敵では無いがアレはお前では苦戦するだろうな。何せ本来『魔王ブエルを倒す筈だった勇者』の筈であろうからな』

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

 

……様々な彫刻の彫られた白い天井。高さはそうね……さっきのパルテノン神殿モドキと違って低い、5m程度かしら。大理石の床で出来た、四畳半程度の部屋。窓は無し。壁も大理石、私は中央にある祭壇の上に寝かされていた。前世の教会の十字架の代わりに、人間より大きめの主神の像が置かれた祭壇。

左腕の肩の先辺りが温かい。瞼を開いて見れば、膝まずいたカッサンドラさんが今にも泣きそうな表情で治癒魔法を施している最中だった。そっか、私、助かったのね。

 

「カッサンドラさん?ここは……神殿内かしら?」

 

「ステンノ様!!」

 

私が目を覚ました事に気付いたカッサンドラさんが思わず抱き着いてきた。あの、痛い、左腕の傷が凄く痛いから。

 

「ステンノ様が目を覚まされなかったらどうしようかと……」

 

「彼女は?」

 

私の一言にすぐに反応したカッサンドラさん、「彼女ならば隣の部屋で休んでいます。ステンノ様を助け戦った者を牢に入れるわけにはいきませんから」って。ま、そうよね。流石にあの状況を見たら味方だって分かる。

 

「それに……」

 

「私と同じ顔だったから、かしら?」

 

「はい。これはきっとステンノ様と関係のある方なのだと思いまして」

 

普通の人間だったら多分親戚とか生き別れの姉妹とか、関係あるどころの話じゃ無いんだろうけどね。私が女神なせいで恩恵とか加護とか眷属、的な感じに思ってるのかしら。後でちゃんと彼女が本物のステノ王女だって説明してあげないと。それから彼女にも私の事を説明し……はぁ。

 

それはそうと。今の私の、この申し訳程度しか体が隠せていない包帯だけの姿なのは置いておくとして。私の左腕と左足、カッサンドラさんの治癒の割には治りが遅くない?火傷は治ってきてるみたいだけど、失った部分はそのまま……って、もしかしてカッサンドラさんの治癒じゃ欠損部分って治せない……?

 

「その……申し訳ありません。私の治癒魔法では……。切られた腕や足が残っていれば時間が経っていなければ繋ぐ事も出来たのですが」

 

考えてる事が顔に出てたかしら。カッサンドラさんはそう謝ってきたわ。そうなのね。切られた腕も足もブエルのせいで吹っ飛んじゃってる筈だし無理もない。

って事は治癒に関してはブエルの方が上、かぁ。ホント、厄介なのが敵にいるのね。

 

まあカッサンドラさんの治癒魔法で治せなくても慌てる時間では無い。私にはまだ『吸血』がある。パイオスの魂を奪って3割になってから試してないから何とも言えないけど、多分前回のあの時よりも効果は上がってると思うのよね。問題は血を吸う相手だけど。カッサンドラさんかステノ王女あたりとか或いは魔族とか。

…………あ。

 

「カッサンドラさん、魔族の血とか保存したりしてないかしら?」

 

「魔族の、ですか?はい、ステンノ様が石にした魔族の下半身なら魔法で保管していますし、研究の為に血も保存していますが、それが何か?」

 

ラッキーな事に、私が宝具で倒したあの魔族のが残ってるのね。なら試さない手は無い。もしもそれで駄目ならもうカッサンドラさんから直接吸血してやるわ。カッサンドラさんなら喜んで吸わせてくれるわよね?

 




どこかのタイミングでパイオスがステンノさんを殺しに来る事確定。今回のブエルの行動はその前段階の実験。

次回はステンノさんが聖女様から吸血する所が見られる……?


ちっ、違うからね!FGOの新章やりつつ艦これイベントこなしつつキャンサー杯に向けてウマぴょいしてたから今月更新ゆっくりだったわけじゃないんだからね!


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44話

さて。

現状動けない私は肘掛け付きの木製の椅子に座ってる。目の前の祭壇には30cm✕15cm✕15cmの木製の箱。蓋を外そうと右手を伸ばして……無理な事に気付いた。私の掌の小ささではこの蓋を掴んで持ち上げるのは片手では不可能。仕方ない、ここは。

 

「ええと、カッサンドラさん?」

 

「気が付かず申し訳ありません!」

 

カッサンドラさんが慌てて祭壇を挟んで私の向かいに立って、蓋を外してくれた。中には箱にギリギリ収まるくらいの大きさの、日本酒の四合瓶を太くしたような形の瓶。紫がかった赤いドロドロとした液体が封入されてるわ。瓶の底には魔法陣が描かれていて、同様に入れ物である箱の内側にも魔法陣が描かれてる。多分保存用の、状態を固定或いは劣化を遅らせる系統の魔法が掛かってるんでしょうね。

 

「それでステンノ様、これを何に使われるのですか?」

 

「あら、言わなかったかしら。飲むのだけれど?」

 

「そうですか。飲むのですか。…………はい?飲む??」

 

言わなかったのは勿論ワザと。だって飲むなんて言ったら持ってきてくれないかも知れないでしょう?幾ら私が女神でも神殿側だってやれる事には限度があるだろうし。上位魔族のサンプルなんて貴重なモノだろうから余計にね。

 

「大丈夫。欠損部位の回復に必要な量に足りて(これだけ有)れば残る筈だから」

 

「えっ、あの……貴重なサンプルなので無くなるのはちょっと、とかそういうのもあるのですが、本当に飲まれるのですか?魔族の血ですよ?」

 

緊急手段だし私だって出来るなら飲みたくはないけど、カッサンドラさんの治癒で駄目ならやるしかないもの。だから私の決意を折るような事を言わないでくれないかしらね。

 

「ええ。その魔族の血」

 

私は瓶を取り出そうと右手を伸ばし掴んだ。思った以上に重い。片手だから余計にそう感じるわ。これはちょっと……一人で飲むのは辛いかも知れない。グラスで飲むにしてもカッサンドラさんに注いでもらわないと。

 

「…………ハッ!?ステンノ様、私が飲ませて差し上げます!!」

 

カッサンドラさんのこの突然の変わりよう。私の意図にでも気付いたのかしら?いや単に飲もうとしてるから手伝えば点数稼ぎになると思ったとか?何にしても手を貸してくれるのは助かる。

 

 

 

 

……あれ?待って。ねえ、ちょっと待って。これ、おかしくない?何で私、椅子に腰掛けたカッサンドラさんの膝の上に乗せられて背中側から抱かれ(拘束され)てるの?右腕はカッサンドラさんの右脇で押さえられて動かせないし逃げられないんだけど?

 

「さあステンノ様ぁ、沢山飲みましょうねぇ!」

 

「ちょっと待って、ねえ聞いて……モゴッ」

 

蓋が外された瓶の口が私の口内へと押し込まれる。中のドロドロした血液が口の中いっぱいに入って来て……苦しい……!

ゴクン、ゴクンと喉を鳴らして飲み込む。じゃないと窒息しちゃうかも知れないでしょう、私だって必死。唯一の救いは味を感じられるような状態じゃ無いから血の鉄臭さとか生臭さとかが抑えられてるくらい。

というかカッサンドラさん、貴女何してくれてるの!?「うふ、うふふふ。ハァハァ。ヨウジ プレイ ステンノサマ ハァハァ」って駄目だ、この人完全にトリップしてる……。

 

あ、でもお陰で右腕の拘束が緩んだわね。カッサンドラさんの右脇から右手を脱出させて、私はやっとの思いで口に押し込まれた瓶を払い除けたわ。

 

「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ……ちょっと、カッサンドラさん!貴女ねえ!」

 

「………………ハッ!?あっ……その……申し訳ございません、つい……」

 

つい、じゃ無いでしょう!下手をしたら気管に入って窒息死してたかも知れないのに!私の事になると周りが見えなくなるとか、やっぱりこの人危険だわ。

 

それに払った勢いで、瓶は床へ。割れてはいないけれど中身は床一面に溢れてしまっている。流石に床に落ちた血を摂取するっていうのはね……。左腕は肘辺りまで戻ってるから収穫はあったんだけど……。欠損が回復するとかもう吸血Cランクじゃ無い気がするけど回復するならいいか。

 

「この魔族の血、黙って持って来たんです。グラスを用意する所まで手が回らなかったのもそのせいなんですが……ステンノ様、どうしましょうか」

 

黙って、ねぇ。カッサンドラさん、私に幼児プレイさせる事で頭が一杯だったんでしょうね、どうしようって言われても知らないわ。それより半端に回復した状態をどうにかしたいし。もうカッサンドラさんから血を貰うしか無いけどね!

 

「仕方ない。カッサンドラさん、貴女の血を頂戴」

 

「私の、ですか…………フムフム…………分かりました」

 

あれ?何だかやけに素直過ぎない?また変な事考えてない?

そんな私の思考を読んだかのように「妙な事は考えていません。私の暴走のせいでステンノ様にご迷惑をお掛けしたので出来る限り協力しようと思っただけです!」って答えたカッサンドラさん。

 

「血を吸われる事に忌諱感とか無いの?私はもの凄く抵抗あるのだけれど?」

 

「大丈夫です。その腕を見れば治療行為だと分かりますし。私の血程度でステンノ様が回復されるのなら本望です。致死量は流石に困りますけど」

 

そう?なら遠慮は要らない?

カッサンドラさんは念の為にと、自身の体に治癒の魔力を巡らせ始めた。少しでも私の回復の効率が上がるように、ってね。

 

「ではこう、私の首筋にプツ、っといってください」

 

「首筋……?ええ」

 

……ん?でもカッサンドラさんのこの司祭服?っていうの?これ首どころか肌の露出ってほぼ無いわよね?どうしようかしら。

カッサンドラさん、司祭服の上を脱ぎ始めたんだけど。いや確かに肌を出さないと傷は付けられないけどやり過ぎじゃない?上半身はシルクっぽい材質の白の肌着か。まぁ、裸とかじゃないならまだ、ねぇ。

 

「ではステンノ様、遠慮無くどうぞ」

 

「え、ええ」

 

私は椅子に座るカッサンドラさんの膝の上、今度は対面する形で抱き止められてる。

カッサンドラさんから受け取ったナイフで、彼女の首筋にほんの少しの傷を付けた。この程度なら彼女の治癒魔法なら直ぐに治せるでしょうし。

 

「じゃあ、吸うわ。気分が悪くなったら我慢せずに言って」

 

「はい、ステンノ様…………ッ」

 

カッサンドラさんの首筋の傷に唇を当てて、静かに遠慮がちに吸う。カッサンドラさん、私が吸うリズムに合わせてピクッ、ピクッって震えてるわね。あまり負担にならないように適度なところで終わらせないと。この様子だと私の体の完全回復はしないほうが良いかしら。

 

無心よ私。無心で。これは治療行為、これは治療行為……なるべく味覚に集中しないように……。左腕の肘の先が温かい感じがする。もう少し強めに吸っても大丈夫かしら?

 

ん?何か音がしたような?

 

 

 

「聖女様、女神様の容態はどうです…………か……」

 

そう言いかけた赤髪ショートカットの子と、視線だけを僅かに動かした私の目が合った。あ、赤髪の子の隣にはステノ王女も居るわ。私の事を心配して来てくれたのかしら。

 

「あー……えー…………お取り込み中でしたか申し訳ございませんそうそう私達何も見てませんので一旦失礼しますねアナ行くわよ早く」

 

「ワタシ、えーっと、ナニモミテナイ、デス」

 

二人はクルッと180度向きを変えて、急ぎ扉から退出。一瞬の出来事で反応出来なかったわ。

……冷静に考えてみたらコレ、包帯で体を最低限しか隠せてない私が上半身肌着のカッサンドラさんに抱かれて首筋に吸い付いてキスして……?あれ?完全にそういう関係に勘違いされた!?

 

私は一旦唇を離して「ちょっと待って!ねぇ!」って扉の向こうに行ったであろう二人に叫ぶ。でもカッサンドラさんが両手で私の頭を抱えるようにして押さえて、私の唇は元の首筋の傷の位置へ戻される。

 

「見られてしまいましたねステンノ様」

 

嗚呼、だからカッサンドラさん首筋に……嵌められた。取りあえず今直ぐその手を離して!何顔を赤らめてるの貴女は!

 

私は両手でカッサンドラさんの手を振りほどく。バランスを崩して彼女の膝から落ちて床にお尻を打ったわ。痛い。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「貴女のせいでしょう……ハァ」

 

まあいい……いや全然良くは無いけど一旦置いておこう。今は戻った左腕ね。左の掌を握ったり開いたりして具合を確認。うん、特に問題は無さそうね。手首のアザもちゃんとある。礼装の展開は……うん、大丈夫みたい。奴隷印が消えてるのは嬉しい誤算ね。後は左足だけど……カッサンドラさんから吸血するのは止したほうが良さそうね。だってカッサンドラさん、立ち上がろうとしてフラついてまた椅子に腰掛け直したもの。思った以上に負担を掛けたみたい。

 

いや、カッサンドラさん、「傷だけ治してキスマークは治癒せずに残して、これでステンノ様との仲を既成事実化!グヘヘヘヘ」とか口にしてやがるわね。思ったより元気そう。彼女には後で制裁を加えるとして、左足のぶんの血は……勝手に勘違いしたステノ王女に分けてもらおう。

 

私達の状況を窺いつつ様子を見て、赤髪の子と一緒に再び部屋へと入って来たステノ王女。彼女に私の吸血行為について説明をしたのだけれど。

 

 

 

「え?ワタシも?助けられたし女神様の言う事なら断われないか……その……そういうの初めてだから優しくお願い……します」

 

ステノ王女は少し頬を赤くしてそう言った。説明したにも関わらずそうなった原因は全部、私の隣に座る、悦に入った(聖女がしてはいけないアレな表情)のカッサンドラさんのせい。エニュさんが見てはいけないものを見てしまった、って複雑な表情をしてる。赤髪の子の名前がエニュだっていうのはさっきステノ王女から教えてもらったわ。

 

 

 

『ステンノ顔にした甲斐があったわい!照れるステンノたん顔のステノ王女とステンノたんとかワシ得!ステステてぇてぇ!』

 

突然阿呆みたいな内容を私の頭の中で叫ばないでよ、この〈主神(クソジジイ)〉。てぇてぇ、って貴方この世界の神なのに地球の文化に毒され過ぎじゃないかしらねぇ!

 

『クソジジイとは酷いのぅ。 勿論ワザと(心の声が漏れただけ)じゃ。つい興奮してしまってのぅ』

 

何か物凄く不穏な言葉にルビが振られた気がする……貴方ねぇ……どうせ私がこうなる事も知ってたんでしょう?ステノ王女が助けに来たタイミングだって絶妙だったし。それで?次は私に何をさせるの?

 

『暫くステノ王女と行動を共にするのじゃ。無論足は吸血で治すが良いぞ。ワシに百合百合な場面を……ゲフンゲフン……じゃ無くて早く王女の血を吸うのじゃ』

 

ホント、頭痛い。この世界の神とか聖女とか録なのが居ないわ。ニュクティはどこ?唯一の私の安らぎはどこかしら?

 

 

 

因みにこの後ステノ王女から血を分けて貰って、無事に左足もアザと一緒に戻ったわ。

それにしても。よく考えてみたら暫くステノ王女と行動って事は、ハイスペックの彼女を護衛にしないといけない程度に危険な事があるって事よね。




ステンノさん、無事体も回復したところでまた次回。



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45話

あ……ありのまま今起こった事を話すぜ!

部屋に呼ばれた俺は椅子に座ろうと思ったらステンノにあすなろ抱きされてそのままベッドに腰掛けたステンノの膝の上に座らされた。

何を言っているのか分からねーと思うが俺も何でこうなったのか分からねー。

後ろから抱き締められてるからステンノの程よい二つの膨らみが背中に当たって気になって俺の心臓と理性がどうにかなりそうだ……催眠術だとか魔法だとかそんなチャチなもんじゃあ断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ………………神様、これでいいのか?なんだコレ?何かの魔法なのか?

 

『ウム。ニュクティよ、バッチリじゃ。なに、意味などお主の気にする事ではないぞい』

 

神様の考えは良く分からないけどまーいーか。そんなわけで今俺はステンノの膝の上だ。なんか神様が頭の中で『ステンノたんの膝の上とか羨まけしからん!』とか喚いてる。神様って思ってたより俗っぽいんだな。それにそんな事言ってもステンノの膝上は譲らないからな。ステンノがそんな事してる理由だって何となくは分かるしな。神殿に来てすぐに魔族がいきなり現れてあんな事があった上に聖女様があんなだからな。それにステノ王女様達とも何か面倒があったみたいだし。そりゃ気持ちに安らぎも欲しくなるよ。今の俺はステンノの愛玩動物的な感じになってるけど、ステンノの心の安寧の為ならそれも吝かじゃない。ま、胸が当たってるのはそりゃ気になるけどな。

 

『ぐおおお、ステンノたんの胸が当たってるとか羨ましいぃぃ!……そうじゃ!ニュクティよ、ステンノたんの際どい場面を集めた映像をお主の脳内で再生してやる代わりに一時的に感覚をワシと共有するというのはどうじゃ?』

 

どうじゃ、って……それいいのかよ神様?後でステンノに怒られるだろ。それに際どい場面って、俺ステンノの水浴びする所とか着替えの場面とか見えたら駄目な所とか見ちゃってるしなぁ。

 

『そうじゃった!おのれニュクティ、何と羨まけしからん奴じゃ!こうなったら……ファッ!?アムラエル!?お主何でここに……いや違うぞい、決して邪な考えは……あっ止めあばばばばば』

 

……聞こえなくなったみたいだな。で。話を戻すけどな、俺はステンノに割り当てられた部屋に居る。場所は神殿の最南にある関係者用の居住区画にある三階建ての一室だ。あの魔族……ブエルだったか?の襲撃でも無事だった建物だから崩壊の危険は無いし、勿論神殿の城壁内にある上、外周りは神殿騎士達がぐるりと囲んで警戒してるからまた襲撃とかがあっても直ぐわかる。

 

神殿関係者用の部屋だから質素だ。って言っても壁は頑丈そうな白い石を幾つも積み重ねて磨かれてて綺麗だし、椅子やテーブルなんかも落ち着いた濃い色の赤で塗られた高そうなヤツ。ベッドもミュケーナの城にあったような大層なものじゃないけど平民にはとても買えないような代物だ。神殿って儲かるんだな……。

 

「聞いてると思うけど、この子がニュクティ。私の大切な眷属だから」

 

ステンノが俺の事をそう紹介する。俺達の目の前で膝を付いて頭を下げた状態の右手側の、赤髪の女の人が口を開いた。

 

「女神様の眷属……お初にお目に掛かります、ニュクティ様。私はエニュと申します。ステノ王女殿下と共に旅をしているハンターです」

 

それに続いてステンノとソックリな、エニュと違って立ってる女の人が話す。何か変な感じだな。

 

「ステノ・アミュクラース・フォン・ラケダイだよ。宜しくね、ニュクティ君」

 

ステノ王女様の自己紹介を聞いたエニュ?は酷く慌ててるな。「ちょっ、ちょっと!女神様の眷属であらせられる御方にそれは不味いって!」って言ってるな。それに対して王女様は「えー?だってステンノちゃんは『もっとラフに話して欲しい』って言ってたもん、大丈夫だよ」ってさ。まあ俺も変に畏まられても困るからその方がいいんだよな。俺だってあの時奴隷商人の馬車の荷台で偶々ステンノの隣に座ってた、って縁だからな。

 

「アッ、アッ、アナ!?!?女神様に向かって『ステンノちゃん』って!?もっ、ももも申し訳ございません女神様!この子ちょっと世間知らずでおバカなだけなんです!何卒、何卒御許し下さい!」

 

「エニュ、おバカは酷くない!?ワタシそんなに馬鹿じゃ無いもん!」

 

「どの口が言うのよ、どの口が!これまで私がどれだけフォローしてあげたと思ってるの!」

 

「それはそうだけどさぁ!ステンノちゃんは本当に『タメ口で話して』って言ったんだから!なのに畏まってたらそれこそ不敬じゃん!」

 

「だからってアンタねぇ!相手は女神様なのよ?少しは考えなさいよ!」

 

あー、話が進まないなコレ。ステンノがヒトコト言ってくれないと終わりそうにないな。

 

呆れたステンノの「二人とも、話を続けてもいい?」って一言で二人は一時停止した。ったく、喧嘩ならステンノの居ない所でやってくれよ。

 

「二人には暫く私に同行してもらうから。これは主神が決めた事だから変更も検討の余地も無し。いいかしら?」

 

「うん、分かった。護衛とか荒事なら任せてよステンノちゃん」って右手の親指をグッと立てて返事をした王女様と、その王女様にジト目を向けた後に「はい、女神様。全て御心のままに」って如何にも硬い返事をしたエニュ。やれやれだな。あ、でもこの二人って一応平民と王女様なんだよな?何だかんだやってるけどきっと本来の仲は良いんだろうな。

 

それに彼女達が居れば俺じゃ相手に出来ないような魔族からもステンノを守れるだろうしな。自分の力不足が不甲斐ない。もっと強くなって俺一人でもステンノを守れるようにならないと。

 

それから、ステンノそろそろ離してくれないかな。我慢してたけどさっきから背中に押し付けられてる二つのスライムが気になって仕方ないんだよ。それと密着してるとスゲー良い匂いがするんだよな。だからってステンノが嫌がるような事はしないけどさぁ、俺だって一応男なんだけどなぁ。

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

今後の方針を決めておかないとね。魔族に居場所が割れてるのは良くない。やっぱり此処に留まるのは危険だし、身分を隠して何処かに身を潜めた方がいい。となると向かう先は……どうしようかしら?それにステノ王女と私、全く同じ顔の絶世の美少女が二人、っていうのは物凄く目立つだろうし……はぁ、面倒事ばかりね。せめて夢幻召喚しなくてもサーヴァントのステンノの力が使えれば少しは違うのに。例えばこう、限定展開(インクルード)みたいにステンノの力を展開できれば違う…………ん?

 

何となく左手の甲に夢幻召喚の時のイメージで魔力を集中させてみたら、『女神のきらめき』が顕現したわ……。嘘、こんなアッサリ?前よりも魔力の扱いが上手くなってきてるのかしら?それは喜ばしい事だけど……そっか、『女神のきらめき』かぁ。不意打ちや目潰しには使えそうだけど、もう少し直接攻撃力のあるものが良かったわ。魔力弾が強化された!とか。それかせめてガンドを連発出来るようにとか。

 

ん?……ガンド?そういえば、魔力は扱うのに練習が必要だったのにオダチェン礼装は何の練習も要らずにすんなり使えたのは何故かしら?まあ転生特典と言えばそれまでなんだけど。

そもそもパイオスと私の持ってる魔力炉?だっけ?その強さの元って何なんだろう?異世界に行くと転生者は漏れ無く強くなるように出来てるとか?でもそれだとシュリーマンさんの力の具合とパイオスのそれとが違い過ぎるし。パイオスと私の魔力は明らかに大き過ぎてバランスブレイカーだし。そもそも転生特典無しでもパイオスみたいなのが横行してたら異世界はぐちゃぐちゃになってる筈よね。だとしたら……パイオスって、私って何なんだろう……。

 

膝の上に抱えたままのニュクティが何かを訴えるように、私の顔を覗き込むように視線を向けてきた。ちょっと余計な事考え過ぎたわね。どうせ考えても分からないし〈主神(アイツ)〉は聞いても答えてくれなさそうだし。今は目の前の問題を片付けていこう。

 

「ねぇねぇステンノちゃん、ワタシも筆頭騎士さんみたいな神様の武器が欲しい!」

 

「武器?アルトリウスの天羽々斬みたいな、かしら?」

 

「そうそう!アメノナントカ、みたいな!女神の守護者!って感じでカッコいいでしょ?それにワタシ、神様から武器を貰う!みたいなのに憧れてたんだよね!」

 

武器、ねぇ。そうは言われてもね。ステノ王女の戦い方って魔力を拳に纏って殴るアレよね?メリケンサックみたいな神様の武器って何かあったかしら?エニュさん用に弓とかなら何かは用意出来そうだけど。

神から授かった……あ、そうだ。そういえばアレがあったわ。ボロック・ダガー。形はアレだけど正真正銘〈主神(あのヘンタイ)〉から貰ったものだし、加工すれば使えるよね(目逸らし)。

 

「そういえば『身を守る為に』って私が主神に貰った武器があったわ。それを貴女にあげる」

 

「えっ!?いいの!?神様から貰った武器!?」

 

王女、スッゴく喜んでるわ。ちょっと申し訳ない気がするけど良いよね?嘘ついてる訳じゃないもの。

 

ニュクティ、何?「前にステンノが話してたアレか?」って?ええそうよ。呆れても変更は無し。それに久し振りに食べたいの、林檎が。どうせならあの木ごと此処に移植させようかしら。そうすれば森の中にあるよりは手に入れやすいしね。

 

そうと決まれば。

 

「ええ。でも今手元には無いの。場所は少し戻るけど、ゼメリングの方にある山の中。先ずはそこを目指す。武器を入手してから再度方針を考える、って事でどう?」

 

「異議無しだよ!」

 

「ったくアナ、アンタは……。では女神様、そのように」

 

エニュさん、相変わらず硬いわね。彼女にも言っておかないと駄目みたい。

 

「エニュさん、硬いわ。ステノ王女みたいにもっと砕けた話し方にして欲しいのだけれど?」

 

「えっ!?いや、しかしですね……」

 

止めにニュクティが「ステンノが良い、って言ってるんだから良いんだよ」って言ってくれたわ。それでやっと折れたエニュさん、「後で駄目だっておっしゃらないで下さいよ?」って前置きして立ち上がった。

 

「ええっと、ステンノさん?これでいい?」

 

「ええ。『さん』も要らないわ。宜しくね」

 

それじゃ、休憩したら準備を整えてボロック・ダガーを探しに行くとしましょうか。そうだ、ミュケーナに行って私とステノ王女が別人だってあの王子に知らしめるのも悪く無いわね。それにミュケーナならドーリス大陸からも遠いし、ステノ王女の事を公表しなければ流石にブエル達にも気付かれないんじゃないかしら?

 




ボロック・ダガー「お  待  た  せ」

ニュクティ「大事な事だから三回言ったぞ」

また次回お会いしましょう


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final phase 『たとえ君が覚えていなくとも』
46話


改めて思うけど、前世のような自動車や電車みたいな交通手段は偉大だったと言わざるを得ないわね。馬車で日にちをかけて移動している現状を考えるとホントそう思うわ。新幹線なら550km以上の距離を2時間半程度で移動できるんだもの。この世界でも誰か高速移動手段を発明して欲しいものね。あ、それか転移ポータルを普及させるとか?国家間だと色々問題が出そうだけど神殿間で使えば平気じゃない?神殿なら中立組織だしね。

けど転移の知識は魔族……でもあの転移ポータルの魔法陣ってFateっぽかったのよね。パイオスってその辺の知識も持ってるのかしら。だとするとアイツも夢幻召喚も使えたり……いや触媒が無いから無理かしら?

 

馬車……今私が乗っているモノは神殿が用意した偽装用の例の乗り合い馬車。豪華絢爛な馬車なんかで移動したらバレバレだからね。実際に乗ってるのが女神()その眷属(ニュクティ)、それに一国の王女、って重要人物なんだし。

 

荷台部分から見える外は木々に囲まれた、私にとっては懐かしく印象深い風景。この世界に転生してから大した時間は経ってないのに、あの滝壺に落ちた時の事ももう随分昔の事のように感じられる。強制イベント発生し過ぎなのよ全く。もっとゆっくりしたいわ。やっぱり〈主神(アイツ)〉只じゃおかないわ。

 

並走してきた大きな川は、森が深くなっていくにつれて徐々にその規模が小さくなっていき、今や小川程度の大きさ。もうすぐ滝壺が見えてくるんじゃないかしらね。

 

うん、音が聞こえてきたわ。水が高所から落ちて弾ける音。大きな音なのに不快にならない滝の流れる音。

 

馬車は少し遠くに止め、私達は滝へと近付く。此処でやる事は水浴びとか林檎の確保とかね。

ああ、水浴びは何の問題も無い。御者はエニュ、さっきも言った通り乗ってるのは私と王女とニュクティだけ。今回の旅はこの四人のみ。神殿本部がブエルに襲撃を受けてあまり人員に余裕が無いっていうのと、折角『女神は神殿本部に居る』事にしてあるのに護衛に騎士を付けたら意味が無いっていうのと、神殿騎士が束になるよりステノ王女一人の方が余程強い、っていうのが理由。

アルトリウスなら着いてきても良かったかも知れないけど、今回みたいに神殿本部の結界を壊せるような幹部クラスの魔族が来る可能性があるからね。私が無事なら神殿は滅びてもいい、って訳では無いから彼は残らないといけない。ま、実際そうなったら撃退するのは困難な気はするけど、体裁は大事だから。

 

そう言えばカッサンドラさんが「私も!私も一緒に連れて行って下さい!後生ですから!」とか言い出して騎士達に全力で止められてたわね。「ステンノ様とステノ王女に挟まれる私のヘヴンがぁぁあ!!」とか叫んでたっけ。私と同じ姿の王女にも欲情するとか……どうやら彼女は『私の容姿』が目当てみたいね。あの人、聖女なのにあんなに煩悩まみれとか良いのかしら?

 

それは今は忘れよう。

ああ、そよ風に乗って甘い匂いが。ひっっっさし振りの林檎の香り。ほら、王女が「ナンかスッゴい甘い匂いする!」って騒いでてエニュが「ホントね。甘い匂い……何かのトラップとかじゃないでしょうね?」って一応警戒してる。そういう甘い匂いで誘い込んで獲物を仕留める魔物も一応は居るらしいしね。

 

やがて見えてきた滝と、滝壺の傍に生えている背の高くない林檎のなる木。カッサンドラさんが『神の果実』なんて名前を付けてたっけ。知恵の実、とか言われるよりはいいけど。

 

「うおー、シャクシャクで瑞々しくて甘い!こんなの自然に出来るとか凄くない!?凄いよね!?」

 

「アンタねぇ……いつも思うけどアナって気品の欠片も無いわよねぇ」

 

「気品でハンターは出来ないんだよ!」

 

「はいはい、そうね」

 

木へと走って無警戒に手を伸ばして早速林檎を頬張る王女と呆れるエニュのやり取りを少し遠目から眺める。この二人って何ていうか、互いに遠慮が無い。それだけ信頼関係が築けてるって事だろうけど。私とニュクティの関係みたいな?

 

「ねえアナ、なーんかさ、この木変じゃない?こんな低いうえに子供でも届きそうな位置に実が付いてるにも関わらず動物なんかに食べられた形跡も無し」

 

「うーん、言われてみれば……エニュの言う通りだよね。まるで」

 

王女の視線が私へ。ええ、そうでしょうね。多分というか絶対私に食べさせる為の物だったんでしょうし。

 

「まーいーんだけどさ……って、あれ?あそこに何か居る……いや、アレって骨?」

 

ジーっと私を見ていた王女は視線を手元の林檎に戻そうとして、直ぐ近くの地面に転がっていた例のサーベルタイガーモドキの死骸を見付けたみたい。既に骨だけになってるわ。例の狼モドキとかに食べられた後、とかかしら。

 

「コイツ……頭蓋骨が硬いモノで叩かれたように潰れてる。何か危険な奴にやられたのかも知れない。一応警戒するか」

 

「そうねアナ、まだこの近辺にいるかも知れないし」

 

危険な魔物とかにやられた訳じゃなくて、私と一緒に崖から落ちただけなんだけれど……一応言った方がいいかしら?変に神経磨り減らす必要も無いんだし。

 

何故かニュクティが「あのさステンノ、あの骨って前にステンノが言ってたヤツか?」って私に聞こえる程度の小声で言ってきた。え?そうだけど?あの二人に知られると何か不味い事とかあった?首を傾げた私の様子に浅く溜め息をついたニュクティ。え?何?ってイマイチ理解出来てない私を見かねたのか、ニュクティは今度は王女達に聞こえるように声を張った。

 

「なあ二人とも。ソイツって崖から足滑らせて落ちただけなんじゃないか?」

 

ニュクティがそう言って遥か上に見える崖の方を指差す。ええ、確かにソッチの方から落ちたのよね。今思ってもよく助かったと思うわ。

 

「崖ってあそこから?いやいや幾らワータイガーだって流石にあそこからなんて落ちないよ。ニュクティ君は知らないかも知れないけどね?ワータイガーって以外と頭良いんだよ?大体ワータイガーじゃなくてもあんな分かりやすく切り立った崖から落ちるなんてそんな間抜けな奴居ないって、アッハッハッハッ」

 

えっとぉ…………。つまりアレかしら。王女の言う通りなら私は動物より馬鹿で間抜け、って事かしらね?言わなくて良かったわ……。もし私があそこから落ちたって知られたら恥ずかし……アレ、待って。私に一言確認してからあんな事を言ったって事はつまり、ニュクティはそれを察したって事で……あれ?実はニュクティにもそういう風に思われ……ナニコレ、羞恥プレイかしらね?あ、顔が赤くなってくのが自分でも分かるわ。あ゛あ゛もうこれ漏らした時と同じくらい恥ずかしいわ。

 

あ。王女の隣に居るエニュが私の方を見て、崖の上を見て……ハッ、っていう表情をしたと思ったら顔を背けたわ。

良く考えたら私、あの崖の上に多分ボロック・ダガーがあるって二人に話したわ。つまりエニュはニュクティの言葉と私の反応から事態を察し…………恥ずかしい……もうイヤ、帰りたい。

 

「ねっ、ねえアナ。ほら、命の危険があったりしたらもしかしたら気付かなくて落ちるって事もあるんじゃない?」

 

嗚呼、エニュに気を使われてフォローされてる……お願いもう別の話題にして。

 

「エニュ、何言ってるの?命の危険があったら余計に近付かないって。でもまあ、中にはそういう間抜けな個体も居るかも知れないか」

 

これ以上話を広げないで。真っ赤になった顔を思わず両手で覆った。ニュクティに「そんな落ち込む事じゃないよ、ほら、俺だってあの時ステンノと一緒に川に落ちただろ?」って慰められてるわ。ステノ王女、そんな私の様子を見たあと崖を眺めて、「…………あっ」って間抜けな声を出したわね。どうやら察したようね。はいはい、そうよ、どうせ私はノロマで間抜けな女神よ。

 

「あー……ええとぉ…………スミマセンでしたぁ!」

 

今更謝っても遅いわ。どうやって仕返ししてや……あっそうだボロック・ダガー自体が罰ゲームじゃない。ならこれでボロック・ダガーの形に関する件はチャラ、ね。私の精神的ダメージが大きかったような気がするけど。

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

「馬車ごと運ばせるとかおかしいでしょ……ワタシそんなにおかしい事言って無いよね?」

 

「女神様侮辱するとか状況によってはアンタ死刑よ?この程度で許してもらえて良かったじゃない」

 

私の数歩先でそんな会話をしながら視線を地面まで下げて話す王女とエニュ。

 

って事で。ステノ王女に馬込みで馬車ごと崖の上まで運んで貰った私達は、私があの時投げ捨てたボロック・ダガーを捜索中。ええと、確かこの辺りだったような気がするのだけれど。なにぶんにもあの時は無我夢中だったからよく覚えて無いのよね。

 

「アレじゃないか?」ってニュクティが私の視線の遥か先を指差す。ニュクティ、あんな遠く、しかも木々で視界も遮られてるのによく見えるわね?でも見付けたなら良かったわ。

 

二人にも知らせて、一応周囲を警戒しながら近づく。うん、確かにボロック・ダガーね。あの時の姿のままね。少しくらい形が変化してくれてても良かったのに。

私に続いてニュクティがそれを見て。「うわぁ……」って言葉を洩らしたわ。まあ、そりゃそういう反応になるわよね(遠い目)。

 

「神様の武器ってどんな……ブフォッ!?」

 

続いて身を乗り出してそれを手に取ろうとしたエニュの反応。思わず吹き出して頬を真っ赤にしてるわ。貴女もこれで分かった?〈主神(アイツ)〉そういう奴なのよ。

 

「どれどれ、ワタシにも見せて……へぇ、何か変わった形してるね?」

 

あれっ?王女の感想はそれだけ?何でこんな形してるの、とか神様のヘンタイ、とかそういうのは無いの?「ちょっとアナ?アンタ何でそんな普通なのよ?」ってエニュでも予想外の反応だったみたい。

 

「いや何でって……むしろ何でワタシ以外みんなそんな恥ずかしがってるの?確かに見たことないような変な形してるけど」

 

あぁ、ステノ王女、そういう……。私だけじゃなくてニュクティとエニュも理解したようね。まさか……いえ、王女だからこそか。男性器の形、知らないのね。これはどうしよう、言った方がいい?いやでもさっきの件の細やかな仕返しの続きって事で黙ってよう。

 

「コホン……そうね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

私が態とらしく咳をしてそう言うと、ニュクティとエニュは「えぇ……!?」って表情をしつつも私の仕返しに乗って黙っててくれたわ。大丈夫よ王女様。もう少ししたらちゃんと教えてあげるから。

 

「まーいーや。それじゃステンノちゃん、これ有り難く……え……何これ」

 

王女がボロック・ダガーを手に取った瞬間、驚きの声を洩らしたわ。流石に駄目な武器だったかしら。でもそれなら仕方ないわ。例のスプーンみたいに私の魔力を通して多少でも使い易くしてあげ……。

 

王女は立ち上がると、右手に持ったボロック・ダガーに軽く魔力を通して前に向かって軽く薙いだ。瞬間、王女の前方に生えていた多数の木々が倒れる。丁度王女が横に薙いだ辺りの幹から折れてね。

ステノ王女は「凄いよコレ!流石神様の武器だね!」って興奮した様子なんだけど。何で?私が使った時はあのサーベルタイガーモドキの牙に弾かれたのに……。

 

『アレが本来の使い方じゃぞい。お主の前世のゲームであったような理●の杖とかルーン●レイドとかの武器の強化版と考えてくれれば良い。流石に『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』程の威力は無いがこの世界ではステノ王女程度が使えば間違いなく最強武器じゃ』

 

…………は?何それ聞いてないわ!そういう事はちゃんと説明してよ!!

 

『柄の部分から魔力を吸って高威力を叩き出す武器でな、故に手を離すと威力は普通の武器と変わらなくなるんじゃ。高位の術者ならば送り込む魔力をコントロールする事で威力の加減が可能じゃぞぃ』

 

どうしてそういう事を最初に言わないの!?つまりあの時サーベルタイガーモドキに投げつけないで切りつけてたら私わざわざ逃げなくても良かったって事!?

 

『まあ、そうなるな。あんな虎ごとき真っ二つじゃろうて』

 

もうっ、この〈主神(クソジジイ)〉!!

 

『まあそう怒るでない。ワシとてお主の恥ずかしい映像を纏めておいた秘蔵フォルダをさっきアムラエルの奴に消されたのじゃし、お相子というヤツじゃよ』

 

怒るに決まっ……待って今何て言ったの?私の恥ずかしい映像って……?

 

『おっとついつい口が滑ったわい。また何かあったら知らせるぞい。それじゃアディオス』

 

アディオス、じゃないこのヘンタイ!ああもう!




そんなわけで終章始まり。パイオスさんやステンノさんの秘めらた過去が明らかに……なるかもです。

最初に持っていたモノが実は最強武器だった!はあるある。


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47話

早朝の、本当に日が登ったばかり。まだ低い位置の太陽に照らされた朝露があちこちで輝く芝の広がる開けた平原。それに沿って造られた人工物である街道(とはいっても土で道らしき物を作っただけ)を馬車で往く私達。

 

馬車の荷台の最後尾の位置に座っているステノ王女の、天井へと向けた右掌の上に直径20cm程度の大きさの白色の円形魔法陣が展開される。そこから現れたのは真っ白な鳩。但し頭から足の先まで絵の具で塗り潰したように白く、目に当たる部分には何も無い。魔法で造られた鳩。

「よし、じゃ宜しくね」って王女が口にすると、その白い鳩は荷台から出て天高くへと飛び上がって、この国の首都トロン……つまり神殿本部へと向かって飛び立ったわ。

 

これが、この世界における長距離通信手段。そこそこ高い練度の魔法使いが使える程度の魔法。王家だとこの魔法を使える人間をそれなりの数囲ってるらしいわ。ほら、普段使いは勿論のこと、いざという時やスパイ活動にも使用するとか。

当然だけどスマートフォンなんて便利な物は有る筈もないし、地球みたいな科学文明の産物の先駆けの一つである固定電話も当然無い。

なら魔法の発達してるココなら別の通信手段、要は念話があるのかと思ったけれど王女曰く『……ネンワ?何それ?』。長距離離れた場所同士で直接会話する、という概念すら無かったわ。前世の創作物の、某大墳墓のヤツとか某リリカルな魔法少女とかみたいに安易に使えるモノじゃないみたい。使えれば便利だったのに。

どうやら念話っていう手段はこの世界では神の領域みたいね。あ、そうか。私一応『神様と念話できる』っていうチート持ちだったって事か。まあアイツ肝心な事は何一つ教えてくれないけれど。

 

そんなわけで、定期連絡についてだけれど。

前回の旅はアルトリウスは居たけれど、魔法使いは同行しなかった。アルトリウスが付いていればまあ大丈夫だろうという慢心も多少あったし、無闇に通信魔法を使って私の居場所がバレるっていうのを防ぎたかったのもあったみたい。結果私は知っての通りになって、カッサンドラさんの治癒が必要な事態にまで陥った。

だから今回はそれを踏まえて定期的に神殿本部と連絡を取り合う事にしたって訳ね。だからといって災いを避けられるって訳じゃないけど神殿側のフォローは早くなるから。

 

エニュと共に御者台に座ってるニュクティの「二人とも、見えてきたぞ」って声が聞こえて、私と王女は荷台から前方を覗くと、壁に囲まれた街が見えてきた。ええ、ゼメリング。思ってたより早く戻って来たわ。今回の滞在は短期間だけど。ああ、街に着いたら換金もしないとね。道中で倒した魔物の素材とかね。そういえば女子供しか居ないと思って私達を襲おうとした賊にも何度か遭遇したけれど哀れにも王女一人に呆気なくやられてたわね。

 

私とニュクティがゼメリングの斡旋所発行のブレスレットを持ってるから、別の門から入れる。正門には長蛇の列。王女とエニュに聞いてはいたけれど、これに並ぶのはちょっとね。前世での某アミューズメントパークの待機列みたい。まともに並んでたら中に入るだけで数時間掛かりそう。

「うわっ、相変わらずえげつない列……ステンノちゃん、凄い人気だねぇ」なんて冗談だかイヤミだか分からない事を口にした王女に私は苦笑いを返した。私の人気……という訳では無いでしょう。威光にあやかられても私、何も出来ないからね?

 

馬車は正門の隣にある小さい門の方へ。衛兵さんがエニュの顔を憶えてる可能性はあるけれど今回は神殿、というかカッサンドラさん直筆の勅令書を携帯してるから大丈夫でしょう。アレ魔法で偽造やら盗難やら防止されるように出来てるらしいからね。

とはいえ念には念を入れてニュクティを御者台に座らせたのだけれど……「よう、おっちゃん」「うおっ、ボウズじゃねーか!元気だったか!?そーかそーか」って声が聞こえるわ。問題は無さそうね。

 

と思ったところでニュクティが荷台の私達の方へ顔を覗かせて「二人とも、ちょっと来てくれ」って言ってる。どうやら衛兵さん、私の無事も確認したいみたいね。全くステノ王女は面倒を起こしてくれちゃって。はぁ、まあいいわ。どのみち斡旋所のみんなには顔を見せる予定だったしね。

王女と一緒に荷台から地面へ降りて。私と瓜二つの王女は素顔を晒した状態のままで、私は体をスッポリと隠す濃い茶色のコートのフードを外して、衛兵さんの所へとゆっくり歩く。

 

「久し振りね……というか何時から衛兵になったのかしら?」

 

この衛兵さん、私がゼメリングに居た時はハンターやってた筈なんだけど?

まあ理由は直ぐに分かった。この衛兵さん、私が居なくなってから結婚したみたい。それで安定した収入のある職業に変えたらしいわ。ハンターやってる時生やしてた無精髭もキレイに剃ったみたいね。

 

衛兵さんは私の左手首に一瞬視線を向けたあと、「いやー、嬢ちゃんが無事で良かった」って言いつつ私の両手を握って大袈裟にブンブンと上下に振る。成る程ね、そうやって左手首にあるリング状のアザの有無を確認して王女を私の偽物だと見破ったわけか。ああ、因みに今私は両手に絹製の手袋を嵌めてるわ。

それはそうと衛兵さん、奥さん居るんでしょ?程々にしておいた方がいいと思うけど?

 

「所で嬢ちゃん、その二人だが……」

 

「あら、聖女様の勅令書は読まなかったの?」

 

「あ、いや、一応読んだんだがな。イマイチピンと来なくてな」

 

それもそうか。私の名だけじゃなくてステノ王女の名も騙った、って事になってたものね。それがこうして私と旅をする許可を得てるんだもの、不思議にも思うか。肝心の王女は「いやー、あっはっはっ」って笑って誤魔化そうとしてるし。

 

無用な混乱を防ぐのと私の護衛を続けさせる為もあって、ステノ王女の身分は勅令書には書かれず伏せられたままなのよね。

 

「なら問題無いでしょう?そろそろ通してくれないかしら?」

 

「おお、分かった。ゆっくりしていけよ、嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

そうして門を無事抜けた私達が向かったのは宿。私達がボロック・ダガーの回収に行ってる間に予め神殿側から手を回してくれていて予約も済んでる。荷物を降ろして、エニュが馬車を預けに行ってる間に私達はチェックイン。木造の三階建ての、ハンターなんかも利用するような安宿ね。カッサンドラさんは私を最高級の宿に泊めようとしてたらしいけれど、あまり目立つような真似はしたくないからね。

取ったのは二部屋。質素なベッドが二つあって、木製の簡素なテーブルと椅子のあるシンプルな部屋。振り分けは勿論、王女とエニュで一部屋、私とニュクティで一部屋。因みにお風呂なんて高尚なものは無いわ。安宿だし仕方ないでしょう?

 

部屋の鍵だけ受け取って、外へ。斡旋所へ素材を換金しに行かないとね。

あ、馬車を預け終わったみたいでエニュがコッチに歩いてくるわね。

 

「そうそう、馬車預けに行った先でさ、凄い豪華な造りの馬車が何台か止まってたわよ?」ってエニュが何気なく言ってる。豪華な馬車、ねぇ。どこぞの貴族でも来てるのかしら?遭遇したら面倒な事になりそう。出来るなら会いたくないわね。ま、貴族なら斡旋所とか自由市場みたいな庶民染みた場所には現れないか。

 

「で、ステンノちゃん、ニュクティ君。この街の斡旋所って何処だっけ?」

 

「え?()()達は斡旋所に一回行ってるだろ、憶えてないのかよ?ったく仕方ないな、俺が案内してやるよ」

 

「アハハハー、申し訳ない、ニュクティ君」

 

ニュクティを先頭に、フードを被った私と王女が並んで、その後ろをエニュが歩く。そうそう、外では念の為に王女の事はアナ、って呼ぶ事も忘れてないわ。

道すがら「ボウズ!久しぶりだな!」とか「うおっ、ニュクティか!無事だったんだな!」とか声を掛けられながら斡旋所へ。

 

イオリスさん達への説明の為に王女とエニュより先に斡旋所の中へ入った私とニュクティはもみくちゃ……にはされなかったわ。顔馴染みのハンター達に囲まれたけど、私の営業スマイルに応えてくれてるハンター達は絶妙な距離を保ってくれてる。私が無事に戻って来たのを歓迎はしてくれてるんだけど、ハンター同士の間に火花が散ってるのよね。どうやら抜け駆けしないように牽制し合ってるみたい。私ステンノだから魅力を更に付与する事は出来るけど、逆に魅力を抑える事って出来ないのかしらね?こういう時は不便だわ。

 

「ステンノちゃん!無事で良かった!」

 

そんな調子だったから当然受付カウンターからも丸見えだった訳で、イオリスさんが小走りで私達の方へと寄ってきた。イオリスさんに手を引かれ、ハンター達の隙間を縫ってカウンター……の先にある階段の方へと誘導される。

イオリスさんに手は引かれたまま二階へと上がった私達は、一番奥にある部屋へと通された。少しばかり広い部屋で大きめのテーブルが幾つも置かれ、椅子もそれなりに数がある。壁には私の身長の半分くらいの大きさの窓が幾つか設置されていた。会議室か何かかしらね?

 

再会を喜ぶだけならこんな所に連れて来ないよね?何か重要な話でもあるのかしら?なら先に王女達の話もしないと。私が「外の二人を連れて来てくれる?」って声を掛けて、「ああ」って返事をしたニュクティが一旦外へ。

 

「誰か紹介する人でも居るの?まあ取りあえず座って、ステンノちゃん」

 

「ええ。イオリスさん、元気そうね」

 

遠慮する必要も無いし言われた通りに手近な椅子に腰を掛けた。

 

「ステンノちゃんが居ない間、大変だったんだから!ステンノちゃんの偽物が現れてさ!よりにもよってソイツ、『自分は王女だ!』なんて言い始めるしさぁ!嗚呼、やっぱり()()()()()()のステンノちゃんは立ち振舞いや気品があって偽物のアイツとは大違い!何処にあんなオーラの無い野蛮な王女が居るっていうのよ、ねぇ!」

 

「……偽物、ねぇ」

 

うーん、この様子だとやっぱりゼメリングに寄って正解だったわ。ボロック・ダガーがあったあの山から比較的近いっていうのと食糧なんかの補充の為ってだけじゃなくて、王女に対する誤解は解いておいた方がいいかも、と思ったからなのよね。

そうだ、一応左手の甲も見せておこう。

 

「ああ、そうそう。この通り奴隷印は無くなったわ」

 

手袋を外して左手甲、つまりは奴隷印のあった場所をイオリスさんに見せた。「本当ね!良かったわね!」って思った以上に喜んでくれたわ。やっぱり良い人よね、この人。

 

「魔族に殺されそうになった時に左腕を切り落とされてね、()()()()()()()()()()()()()()ら消えてたのよ」

 

あ。イオリスさんが固まったわね。あー、そりゃそうか。今の話は余計だったかしら。

……なんて私が考えた直後ね。不意に後ろから「ステンノ様、またそのような危険な目に遭われたのですか」って何処かで聞いたような声。

 

何時の間に私の後ろに?というか何で此処に貴女が居るの?

 

「ダナエさん?どうして貴女が?」

 

「お久し振りですステンノ様。少々事情がありまして」

 

振り向いてみると、あの時と変わらない侍女服姿のダナエさんが立っていたわ。いや待ってよ?エニュが豪華な馬車が、って言ってたわよね?それでダナエさんが居るとなると、まさか……。

 

バタン、と少しばかり力を込められ突然開かれた扉の先に立っていたのは、予想通りのアルゴリス王子。この世界で私が会いたくない三本の指に入る人物ね。何でココに居るのかしらこの人は!

 

「やあ、探したよ。やっと会えたね。やはり私と貴女は運命で結ばれているのだね」

 

何そのキザったらしいセリフと無駄なイケメンスマイルは。言っておくけど私はそんなモノでは絆されないからね?私の正面のイオリスさんには抜群に効いてるみたいだけど。イオリスさん、両手を頬に当てて顔を紅くして嬉々とした表情で、さっきとは別の意味で固まってるわ。

 

「冗談は止してくれる?それとどうして王子が此処に居るのかしら?」

 

「それは勿論、キミに会う為だ」

 

王子のそのセリフを聞いてゾゾゾッ、と全身を嫌な感じが駆け抜けた。いや、ホントそういうの要らないから。大人しく国に帰って。というか国内政治やら騎士団やらの事放っておいていいの?

 

私の引き攣った表情を見た王子は何を勘違いしたのか「ああ、ペイシストス王と既に謁見は済ませてあるし滞在の許可も貰っている。心配なら要らないよ」って。違うわ、そうじゃないから。まさかこんな所まで追い掛けてくるなんて……貴方ストーカーか何か?

 

そんな睨み合いをしていた私と王子の間にダナエさんが割って入った。「殿下、説明が色々と抜けております。ステンノ様がドン引きされていますよ?」ってね。え?私を追って(付きまとって)来ただけじゃ無いの?

 

「ああ、済まなかった。再会出来てつい興奮してしまった。なに、簡単な事さ。婚姻の準備も進んでいたというのに城から抜け出したキミの噂を小耳に挟んだものでね」

 

王子の話だと。私の置き手紙を元にトロンへと向かって、神殿本部でブエルとの一戦があった事を知って、私ならきっとこの街に戻って来ると踏んでずっと待ってたらしいわ。その行動力を国内政治に向けられないのこの人?

 

あれ?ブエル戦の後に私が神殿から出た事知ってるの?どうやって知って……トロンに諜報員でも居るのかしら?

 

「『ステノ王女らしき人物が神殿本部を出発して旅に出たらしい』という情報を得たからね」

 

あ゛ー、顔かぁ。ステノ王女を知っている諜報員に何処かで私か王女どちらかの顔を見られたって事ね。フードで隠し通すのにも限界はあるものね。

 

「それで?どうしてダナエさんが同行してるのかしら?」

 

私はダナエさんへと視線を向ける。「それはですね」って口にしたダナエさんは扉の方へ視線を動かす。その扉が開かれて、ニュクティに連れられて王女とエニュが入ってきたわ。

 

「ステンノ、連れて来たぞ」

 

「もぉー、待たせ過ぎだよステンノちゃ……グエッ」

 

話し途中で、ステノ王女はダナエさんに背中側に回り込まれた挙げ句羽交い締めにされてる。あー……ラケダイの王様に何か頼まれたとかそういう感じかしら。

 

「いきなり卑怯だよっ、離せっ、ってゲゲェ、ダナエ!?何でっ!?」

 

「ゲゲェ、ではありませんよ王女殿下。そのようなはしたない言動は謹んで下さいとあれほど申し上げた筈ですが?」

 

捕まった様子を口をあんぐりと開けて見てるエニュに「ちょっ、離して!エニュ、見てないで助けて!」って叫んでる王女の両手には、何時の間にやら魔法陣の描かれた手枷が。

 

「漸く捕まえました。さあ、ステノ王女殿下。大人しくラケダイへ戻りましょう。国王陛下も大層心配されておられましたよ?」

 

「冗談言わないでよ!パパの言う事なんて無視しておけばいいじゃん!!城に戻るなんてワタシぜーっっったい嫌だからね!!ワタシには重大な使命があるんだから!」

 

イオリスさんが「あ、え?ステンノちゃんは王子様の婚約者だけど、偽物は本物???」って絶賛混乱してるわね。確かに元から説明するつもりだったけどちょっと面倒になったわ。

それからこの様子だと王子は私が女神ステンノだってダナエさん辺りから聞いて知ってるっぽいって事よね?それなのに私に求婚するの?

 

そんな事を考えてる間に、ニュクティがそそくさと私の膝の上へ。さっきから私の事を見つめてる王子に向かって威嚇してるわ。あ、そんなに殺気立つのは駄目よ?落ち着くように頭撫でておこうかしら。

 

「アルゴリス王子、お前ステンノがどういう存在か分かってるのか?」

 

「勿論だとも、ニュクティ。ああそうだ、心配せずとも君の事も城に迎え丁重に扱うよ」

 

「そういう問題じゃ無ぇだろ!」

 

ホント、お願いだからホイホイ面倒事を起こさないでくれないかしらね?あー、頭痛い。

 




ゼメリングにて。

足手まと……ゲフンゲフン、アルゴリス王子が再登場。
それから王女、関係者に見つかる。



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48話

「知らなかったとはいえ誠に申し訳ございませんでした。私に出来る事があれば何でも致します。ですのでどうか、どうか御慈悲をぉぉ」

 

イオリス嬢、床に頭を擦り付けるようにして土下座しています。まあイチ平民が王女殿下を偽物扱いしたのですから無理も無いですね。

 

「いやほら、ワタシとしては結果的にはそれで良かったというか、お陰で最悪の事態を防げたというか……ねぇ、ステンノちゃん」

 

「……そうね」

 

おや、『ちゃん付け』で許される程にステンノ様と親交を深めましたか。王女殿下はこちらが注意しないとそれこそ誰とでも一切の壁を取っ払って話されますからね。因みにニュクティ様は椅子に座っておられるステンノ様の膝の上です。何気にあの姿は和みますね。

いえ、確かにあの誰とでも気さくに話せるのは長所ではありますが、気さく過ぎるのは問題ですね。ダナエこと私も王女殿下の侍女であった頃に散々注意をしたものですが、やはり直ってはいませんでしたか。そのせいでドレスを着ていないとどう見ても王族に見えず。それで今回、名を騙る偽物として捕まったわけですし少しはステンノ様を見習って……いや、流石に女神様と人間のオーラを比べる、というのはステンノ様に失礼ですね。

とはいえ王女殿下にはもう少し王族としての自覚とそれに見合った立ち振舞いを…………っと、話が逸れました。

 

どうもステンノ様の様子からして何やら引っ掛かるような事があるようですね。神殿本部で戦った、という魔族に何かあるのでしょうか?まあ重要事項であれば後で話して頂けるでしょう。

 

「兎に角さ、ワタシはもう気にして無いから」

 

「イオリスさん、他でも無い王女がこう言っているのだしそろそろ顔をあげてくれないかしら?」

 

イオリス嬢、折れて土下座を止めましたね。王女殿下達に促されて漸く椅子に座ったようです。やれやれ、これで殿下が話を進められます。

 

「さて、こちらとしても色々と聞きたい事はあるのだが、先ずは私がここに赴いた真面目な理由を話そうか」

 

そう殿下が前置きをして話し始めます。

 

「ステノ王女がデロスの城を発って数日後の事だ。私は夢で神の声を聞いたんだ。『ステンノと合流しろ』とね。始めは何の事か分からなかったよ。ステノではなくステンノ、とハッキリ言われたからね」

 

殿下の話を聞き、ステンノ様が溜め息をつき、右手で額を押さえていらっしゃる。お気持ちは分かります。神様には殿下にはもっと分かりやすくおっしゃって欲しかった所です。あの時のステノ王女殿下=ステンノ様と知っていたのは私だけ、それ以外の人間には理解出来ませんからね。

 

「もしかしたらステンノ、という人物についてステノ王女が何か話していた可能性を考えて、ダナエを呼んで話を聞いた。するとどうだ、私達と城で過ごしていたのは実はステノ王女ではなく女神ステンノ様だと言うじゃないか。これは間違い無く私への天啓だ、という事になってね。急いで準備を整えて神殿本部へと向かったわけだ」

 

殿下の『女神ステンノ様』という言葉を聞いて「へっ?女神……様?」と心底驚いた声をあげてステンノ様に視線を向けるイオリス嬢。ステンノ様は再び溜め息をついていらっしゃいます。どうやらイオリス嬢には伝えておられなかった様子。ニュクティ様が『何勝手にバラしとんじゃい』と言いたげな表情をしていますね。

 

「ああ、イオリス嬢にも知ってもらった理由は他でも無い。下手に私とステンノの間違った噂を広められない為、それとこの斡旋所にもある程度協力してもらう為だよ。勿論ステンノが女神様だという事は無用に広めないでくれ」

 

そう。これは必要でした。斡旋所側がステンノ様の正体を知っているなら問題無し。知らないなら話しておかないといけない。コチラとしても協力してもらうのにはある程度知ってもらっていた方が何かと話が早いですからね。それにイオリス嬢には過去にステンノ様の事を『某国の姫だ』とした不用意な噂を流したという前科がありますし。仮に殿下の権限でステンノ様に特別待遇を与えたとして、ステンノ様が女神だと知らなければまた妙な噂を立てるかも知れないですし。只でさえステンノ様と王女殿下が瓜二つですからね。

 

「ああ、私がステンノと行動を共にするに当たってだが、心配には及ばない。実は治癒魔法が使えるようになった」

 

殿下はそう仰りナイフを手にして、殿下自身の左手の甲に傷を付けました。殿下は直ぐに右手を翳すと、私達の世界では凡そ見たことの無い魔法文字らしきものが宙に浮かび上がって傷が治ります。王女殿下に散々魔法を見せられた私も、同行している魔法使い達も知らない文字。ですが、どうも女神様は知っておられる様子ですね。ステンノ様は目を細め「ルーン魔術……?」と何かを小さく呟いてやや驚かれています。察するにあれは恐らく神の世界の文字なのでしょう。これも主たる神の導きに違いありません。

 

ああ、使えるようになった経緯は殿下は話されない方が良いでしょうね。何せ殿下は道中でイッカクと呼ばれる、二本の角を持ちその内の一本が真っ直ぐ伸び1m程度の長さがある、バイコーンの上位種の魔物のその角で右脇腹を貫通された挙げ句1日程意識不明になりましたからね。

あれには一同焦りました。バイコーン自体は速攻で退治しましたが、何せ一瞬の隙を突かれましたからね。貫通した怪我を治せるような治癒魔法を使える者は生憎近くの街まで行かねば居ない状況。下手に殿下から角を抜けば失血死しかねないので丸1日角が刺さったままでしたし。その後に目を覚まされた殿下が覚えたての治癒魔法?で他の治癒術師達に混じって御自分の傷を治し始めたのには驚きました。ただ魔法の制御が上手く出来ないらしく全治には至らず、それに治癒術師達の腕も最高というわけでは無かったので流石に傷跡は残ってしまいましたが。

 

 

 

ステンノ様が「ふぅん……他には?主神は他には何か言って無かったかしら?」と殿下に確認をされておられます。殿下は「いや、神がおっしゃられたのはそれだけだよ」と。ステンノ様はこれから何をするのか、何が起こるのかを知っておられるのでしょうか?それとも別の何かが気になって訊ねられたのか。

 

「そう。ならこの場は一時解散でいいかしら?他に何かあるなら明日にしてくれない?私達はこの街に着いたばかりだしゆっくり休みたいのだけれど」

 

「それもそうだな。これは申し訳なかった。ではステンノ、また明日の同じ時間にここで、という事で大丈夫だろうか?今後の方針も決めておきたいからね」

 

ステンノ様は殿下に「ええ。それじゃまた明日」と返し、ニュクティ様を膝から降ろして椅子から立ち上がり、二人で部屋から出て行かれました。ハッと我に返ったイオリス嬢が慌ててその後を追って退出。

 

はぁ。殿下には全くもって呆れますね。そこは『良ければ私の泊まっている宿に来ないか?』とステンノ様を誘うところでしょう?それで一緒の部屋に泊めないと。肝心な場面で行動しなくてどうするのですか。いえ、相手が女神様だと分かってしまった今では手を出すのが如何に不敬であるか等百も承知ですが、だからといってこれだ、と心を奪われた相手にまともなアプローチをしないというのはヘタレの極みです。全く、そうならないよう折角私が城でステンノ様は女神だという事を黙っていたというのに、無理矢理にでも押し倒して唇を奪うなりヤッて既成事実を作るなりしておかないからこういう事になるのですよ殿下。後の後悔先に立たず、というやつです。

 

おや、ちょっと目を離した隙にエニュ嬢が「殿下、無礼を承知で言わせていただきますが」と殿下に詰め寄っていますね。

 

「ああ、構わない」

 

「では失礼して。女神様の許可も無しに敬語を使わないというのは流石に不味かったのではありませんか?」

 

「いや、私も最初はそう思ったのだがね。エニュ嬢やステノ王女が普通に話しているのを見てステンノはそういった態度で話されるのが嫌なんじゃないか、と思ってね」

 

殿下、そういう所は良く見ておられるのに、どうしてもう一歩踏み込まないのですか。はぁ。ミュケーナ国内ではもう殿下とステノ王女殿下が結婚するものだ、という認識が広まってしまっていますし。もういっそのこと偽装でもいいからステノ王女殿下(ラケダイの残念王女)と結婚させてしまうべきでしょうか?そうすれば王女殿下の日頃の行動も少しはマシになるやも知れないですし。

 

「ねえダナエ、またワタシの悪口考えてたでしょ」

 

「はい、王女殿下。その通りです」

 

因みにですが王女殿下は魔法を封じる手枷を付けて逃げられないよう縛り上げたうえで私が上から座って拘束しています。この方はこうでもしておかないとちょっと目を離した隙に居なくなっているのですよ。魔法さえ無ければ王女殿下はまだまだ私に敵わないようですからね。何を隠そう、王女殿下に戦い方を教えたのは私ですので。

 

「ワタシの扱い酷くないかな!?……取りあえず上に座るの止めてよぅ」

 

「では逃げないと約束して下さい。ラケダイ王国に突き出すような真似は致しませんので」

 

「逃げないよ……ステンノちゃんの護衛が今のワタシの任務なんだから」

 

実際問題として王女殿下の身柄を拘束してラケダイに連れて帰るように、とラケダイ国王陛下より仰せつかってはいるのですが。今は状況が状況なので初めから見逃すつもりでしたがね。

 

 

 

 

 

───────

 

 

 

 

はぁぁ。

頭、痛い。今日はもう全部投げ出して寝てしまいたい。私が何をしたっていうのよ。

ニュクティと一緒に会議室(多分)から出た私は、思わず頭を抱えたわ。

王女やエニュだけじゃなくて王子が合流するのはもう仕方無いと諦める。でもその王子がルーン魔術を使えるようになってるってどういう事なの?それってつまり、やっぱり私や王女だけでは対処が難しい脅威が迫ってくるって事よね?だから治癒特化・戦闘能力ゼロで戦闘中に味方の足を引っ張る可能性があって自身も命の危機に陥りやすいカッサンドラさんではなく、治癒含めルーン魔術を使えて戦闘にもそこそこ参加可能な王子を仲間にさせたって事よね?

それってさ、この間のブエルと同等かそれ以上が来るって事でしょう?ブエル以上って……もうパイオスが来るって事なんじゃないの?幾ら王女や王子が居て、仮にそれに加え此処にアルトリウスが居たとしても勝てる要素、無くないかしら。せめて私がグランドクラスのサーヴァントとかだったら可能性あるけれど、今の私はよりによって宝具火力の望めないステンノだし……転生する姿を決める時にせめてエウリュアレにしておけばまだマシだったかも知れない。ホント、自分の迂闊さにウンザリする。はぁ。もういっそずっと夢幻召喚状態で過ごしてやろうかしら。

 

「ステンノ、大丈夫か?」

 

「ええ、ありがとう。大丈夫。ちょっと面倒な事になったなって思っただけだから」

 

ニュクティ、心配してくれるのは嬉しいけど。

ニュクティには最悪の場合避難してもらうしかない。この子の力ではパイオスと戦うのは無理だし。街の人達の避難誘導、とか適当な役目を押し付けて戦場から離すしかないか。

 

 

 

そうして少しの間その場で思考してたら、ニュクティにスカートの裾をちょいちょいと引っ張られた。気付いて顔をあげると、目の前には恐る恐るといった様子のイオリスさんが居たわ。あー……ええっと……。

 

「あの。女神……様?」

 

「その……イオリスさん、敬称も敬語も無しにしてくれると有り難いわ。それから正体を隠していた事は謝るから」

 

 




変換ツールとか日頃から使いこなしてる作者様方は凄いなぁ、と小文字化を初めて使ってみた感想。

そろそろ色々と回収していきます。次回はニュクティが羨まけしからん事に……

本文とは一切関係ありませんが、2部6章でキャスニキ超強化来ましたねぇ……ええ、本文とは全く関係ありませんが。


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49話

「……ステンノ……様?」

 

「様、も無し。今まで通り私の事は『ステンノちゃん』で良いわ」

 

そもそも私は敬われる立場では無いのよね。私を女神(ステンノ)たらしめてる『女神の神核』だって後付けのスキルで私自身は元々只の人、それどころかこの世界を滅ぼさんとする魔王の()()()()だからね。出来れば他の人間と同様の扱いに……って言っても難しいのか。主神(アイツ)は兎も角アムラエルさんも私の事を『神の一柱』として扱ってるんだし。

 

「ならええと、ステンノ……ちゃん。アハハ……何だか気軽に話せなくなっちゃったわね」

 

「言ったでしょう?今まで通りにしてくれないかしら?」

 

恐る恐る、といった様子のイオリスさん。全く、ホンットにあの王子ってば余計な事をしてくれたわ。イオリスさん、この世界でも気楽に話せる数少ない人だったのに。

何ていうか、儘ならない。この世界に降りてから私の理想通りに運んだ事なんて無かったけど。どうせパイオスを排除するまでは〈主神(アイツ)〉の掌の上なんでしょうね。まあ〈主神(アイツ)〉がパイオスの魂を分離して無かったら私という存在も居なかったわけだし、そこだけは感謝してるけどもう少し私に優しい展開に出来ないのかしら。

 

「急にはちょっと……ステンノちゃん、少し時間をくれる?落ち着いたらまた前みたいに話せるようになるかも知れないし」

 

「ええ。それで構わないわ。じゃあ私達は少し外を歩いて来るから。またね、イオリスさん」

 

「行きましょうか」って私の言葉に「ああ、うん」って返事をしたニュクティの手を引いて、複雑そうな表情を私に向けるイオリスさんに背中を向けて階段を降りた。彼女にも少し冷静になる時間も必要よね。

 

一階の、私に声を掛けてくれる顔馴染みハンター達にニコリと愛想笑いを返しながら外へと向かい歩く。只の愛想笑い、なんだけどね。何だか前にも増して魅了の効果が乗ってるような気がするわ。ハンター達の反応がもうね。アイドルに群がるドルヲタのそれみたいなのよね。以前ここに居た時はそこまでじゃ無かった筈なんだけど……もしかして何度か夢幻召喚をしたせいでステンノの魅了スキルが強くなってるとか?だとしたら他のスキルレベルも上がってたりするのかしらね?そういえば吸血の効果もCランクとは思えないレベルだったし。

いや、今は考えるのよそう。余計に疲れる。

 

そうして斡旋所から出た私とニュクティ。そういえば王女とエニュを置いて来ちゃったけど、今から戻るのも微妙だしいいか。どうせ宿には戻るんだし、そうでなくても明日また集合するし。

 

気分のせいか足取りも重い。

流石にパイオスも今日明日では襲って来ない筈……来ないよね?大丈夫よね?

主神(あのバカ)〉、今回くらい説明しなさいよ。せめて何時頃襲って来るとか。

 

『馬鹿とはなんじゃ馬鹿とは。ちゃんと故あっての事じゃぞい。予測では事前にお主に伝えておいた場合は失敗する確率の方が高かったからのう』

 

だから何の前触れも無しにいきなり頭の中に話しかけないで。何よ、最初のパイオスとの接触で私に魂を吸収させる計画は失敗したくせに。アレで終わっていればこんな苦労しなくても済んだんじゃない。幾ら私を分離した恩があるからって無茶振りは程々にしてよ。これじゃそのうち本当に死んじゃう。貴方それでもこの世界の主神なの?

 

『尻拭いさせられとるのはワシの方じゃぞ?地球の神々共め、只の人間風情だったお主にマルっと押し付けた挙げ句、その後始末をワシの世界に丸投げしおって』

 

……それ何の、ううん、何時の話?私に押し付けたって?

 

『おっと余計な事まで喋ってしもうたわい。まあそのうち分かるじゃろ。さっきも言ったがお主に事前に情報を与えると失敗の確率が上がるのでな。事後報告で良ければしてやるぞい』

 

終わったあとに言われても意味無いでしょう。それってもしかして()()()()()()()()()()()()()()()のと関係あるの?あのルーン魔術ってオーディンのものよね?やっぱり私の前世の記憶外で何かあったって事?もしかしてパイオスなら知ってるの?

 

……返事は無い、か。

 

兎に角これで近々パイオスが来るのはほぼ決まり、かしら。あの化け物をどうやって倒せっていうの?それとも生き延びる術でもあるって事?そんな方法全然思い付かないけど?

 

やっぱりもう後は明日にしよう。今は冷静に考えるなんて無理だわ。あの言い方ならきっと今日明日何か起こるってわけじゃ無いわ。今までだって合流して直ぐにボス級と戦闘になった事無いし。パイオス(初戦)然り、シュリーマンさん然り、ブエル然り。

決めたわ。今日はちょっと良いもの食べて寝ちゃおう。うん、それが良いわ。ハンター達行きつけのあの食堂でいっか。私とニュクティの顔は店員さんなら憶えてるだろうし、あの時と違ってお金もそこそこ持ってるし。

 

「少し早いけれど御飯でも食べに行きましょうか」

 

「え?ああ、分かった。ステンノがそう言うなら行くか」

 

ニュクティ、何だかちょっと引っ掛かる反応だったわね。私とアイツのやり取りの内容は聞こえてなかったでしょうけど、やり取りしてた事は気付いてたのかしら。それで私が不機嫌になったからロクな事じゃ無いって分かったからかしらね?

 

 

 

 

 

 

私達は早めの夕飯を食べて、一足先に宿に戻った。

当然お風呂は無いから大きめの桶に水を張って体を拭くくらいしか出来ないけど、まあ別にこのままずっと浴槽に入れないってわけでは無いからこのくらいは我慢ね。手の届かないような場所はニュクティに拭いてもらって。もう慣れたものよね?

 

日も暮れて外もすっかり夜。とは言っても現代日本に比べれば空気も綺麗だし星の光だけでも充分明るいけれど。だからといって特にやる事も無い。出来る事って魔法とかランプとかの光で見難い本を読むか、外へ飲みに出るとか男性なら娼館に行くかくらいかしらね。勿論私は明日に備えて寝るわ。睡眠は記憶の整理の時間らしいでしょう?一眠りしたら何か妙案でも浮かぶかも知れないじゃない?そんなわけで、簡素なベッドに横になった私は隣のベッドで同じように横になってるニュクティを呼ぶ。

 

「ニュクティ、こっちのベッドに来ない?」

 

「は?」

 

ほら、やっぱり起きてた。

……まあいいじゃない。一緒のベッドで寝るくらい。喩え主神(アイツ)がそうなるように仕組んだんだとしても、あの時ニュクティを選んで連れにしたのは私の判断だし、それに今回は相手が相手だし、もしかしたら私かニュクティのどちらかが死ぬかも知れない。私の勝手で巻き込んだし最後になるかも知れないんだから少しくらい役得があってもいいでしょう?別に他意は無し。私の体をどうこうさせてあげようって気も無いし。

 

「いやいや駄目だろ。俺だって一応男だぞ」

 

「それ以前にまだ子供でしょう?それにそのくらい今更だと思わない?自信が無いなら命令くらいしてあげるけど?」

 

ニュクティが抵抗してる理由は分かるわ。今私が身に付けてるのはショーツだけだからね。

考えてみれば不安なら『私を性的に襲うな』って命令すればいいだけだしね。それに……これでも私も不安なのよね。人の温もりが有れば少しは安心できるっていうか。

 

「……分かった。けど一応命令はしてくれよ」

 

「はいはい。それじゃ命令ね。『私の事を性的に襲わない事』。これでいいでしょう?」

 

もぞもぞとベッドから這い出てきたニュクティが、こっちのベッドに乗って私の隣に横になった。勿論私はニュクティを引き寄せて抱き枕代わりにする。

 

「ったく、もう少し自分を大切にしろよな」

 

何だかどこかで誰かに言われたような気がするセリフを口にしたニュクティは、私に背を向けた状態で瞳を閉じたわ。それじゃ私も寝ようかしらね。

 

 

 

『ぐおおッ、羨まけしからんッ、おのれニュクティ!』

 

脳内で叫ばないで。うるさいわよ〈主神(クソジジイ)〉。私は寝るんだから静かにして。

…………自分を大切にしろ、って誰に言われたんだっけ。うーん。

 

 

 

 

──●●、●●はもっと自分を大切にしてください──

 

 

 

 

うん?今の何?私の記憶?何時のだっけ……。

 

 

 

───────

 

 

 

 

 

「それじゃエニュ、おやすみー」

 

「はいはい。おやすみ、アナ」

 

ベッドに横になった(エニュ)()はそう返事をして、同じくベッドで横になるステノの様子を薄目で窺う。あの子寝つきはやたら良いのよね。

 

「くかー……すぴー……」

 

ステノは王女らしからぬ寝息を立ててる。相変わらず寝るの早いわね。さてさて、寝たのなら私も今のうちにやることやっちゃいますか。

体を起こしてそっとベッドから降りる。今の私の格好はステノと同じ、くすんだ白色のシャツにアンダースコートのみ。装備一式や着替えはテーブルの上。まあ格好はどうでもいいとして、私は備え付けの椅子に座る。やることは一つだけ。本体に接続して情報を更新する。ステンノ様の元居た世界的に言うと、アップデートって所。

 

ふうん、やっぱりパイオス(アレ)が来るので間違い無しか。予想日時は……フムフム、成る程ね。それで、私の戦力向上の方はどうなってる?基礎ステータスの上昇か、何か武器を貸してくれるのか。

は?何それ。ガンドを使えるようにした?ガンドだけって?何、私に死ねって事?幾ら私か貴女の分霊だって言っても最下級レベルの分霊よ?それでも私が死ねば多少なりとも本体の貴女にも影響有るの知ってるでしょうが!戦闘能力は人間と変わり無いってのにどういう了見……はぁ!?それ本気で言ってるの?何でステンノ様に伝えな……またそれ?それ本当なんでしょうね?幾ら私の本体(貴女)の上司でも報連相が雑過ぎない?

 

無茶振りは今に始まった事じゃないけどさぁ、私だってここまで『勇者の導き手』としての責務をちゃんと果たしてきたでしょうが。全く分霊使いの荒い……あーはいはい、やればいいんでしょ。でもそれ本当に成功するんでしょうね?もし駄目だったらステンノ様を失うだけじゃ済まない……ああもう分かったから!やればいいんでしょやれば!やってやろうじゃない!その代わり成功したら私を貴女の分霊から切り離して独立存在にしてもらうからね!約束したからね!

 

ったく、アムラエル(私の本体)め、見てなさいよ。

やれやれ。ステノは……ぐっすり寝てる。良かった。

何ていうかさ、分霊って立場を捨ててステノと一緒に生きてみるのも悪くないって思ったのよね。興味深い存在よね、人間……ううん、この子は。

 




前章にエニュさん視点が一度も無かったわけですが、彼女はアムラエルさんの分霊でした。

ニュクティちょっとそこ代われ



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50話

水着カーマガチャ爆死した。


カラカラカラカランッ、と幾つもの何かがぶつかり合う音がして、私は頭上を見上げる。

一秒が何倍にも引き伸ばされた世界で、私へ向かって勢いよく落ちてくる鉄パイプの山。『危ない』とか『ヤバい』とか思う私。そうしている間にも一本、また一本と押し寄せる鉄パイプ達。あるものは太股に刺さり、あるものは脇腹を抉り、またあるものは胸を貫通し。そうでないものも私の体を押し潰し、全身の骨を砕かんと降り注ぐ。身じろぎ出来ない私にはその全てを受け入れる事しか出来ない。肉が抉れ、骨が砕け、血が噴き出す。本来なら一瞬であった筈の痛みは、スローモーションの世界の私の全身を巡り、神経を、脳を焼く。あまりの痛みに耐えられないと判断したらしい私の脳はエンドルフィンのような脳内麻薬を分泌しはじめ、急激に痛みは遠退き。漸く顔を上げた私の目の前に一本のパイプが落ちて来て、胸の中心辺りにその先端がめり込み、肋骨が砕け、心臓が潰され鉄パイプがそのまま背中側へと貫通した所で意識が途切れて。

 

 

 

 

 

 

……そんな夢から目を覚ました私は、申し訳程度に掛けていた掛け布団(粗末、と言ったら失礼だけれど事実)を払い除けて、簡素なベッドからゆっくり降りる。寝る前に抱き枕にした筈のニュクティは、何時の間にやら隣のベッドに移動していてスヤスヤと寝息を立てている。

硝子なんて上等な物は使われていない、細長い板を平行に何枚も並べただけの窓代わりの木製ルーバーの隙間からは陽の光は全く漏れておらず、外にはまだ夜の闇が広がっていた。時計が無いから正確な時間は分からないけど多分夜中。

 

それにしてもこんな時に前世で死んだ時の夢、ね。不吉な予知夢か、はたまた何かの隠喩か。どちらだったとしても録なモノじゃ無い。偶々見ただけ、だと思いたいけど恐らく何かの前触れなんでしょうね。

 

これから来るであろうパイオスに対抗する手段は思い付いてない。まあ、一眠りしたくらいで討伐方法が思い付くなら苦労なんてしないのは分かってたんだけど。でも眠った事で少し落ち着いたのは確か。目も冴えちゃってるしパイオスについて少しは考えを纏めておこう。

 

先ず。現状考えられるパイオスの唯一の弱点は、私。正確には私に魂を吸収される事。

パイオスの魔力で強化されたブエルにこの世界の最大クラスの魔法が効いて無かったのを見るに、彼らの魔法で打ち倒すっていうのは非現実的。オーディンのルーン魔術なら分からないけれど、肝心の王子が満足に使いこなせてないからこれも非現実的。ステノ王女に渡したボロック・ダガーが何処まで通じるかは不明だけど、王女の魔力がこの世界が定めた範囲内ならば討伐は難しいかも知れない。かといってステンノ()にパイオスを倒せる力があるかっていうと……正直無理ね。やっぱりグランドクラスかそれに準ずるくらいのサーヴァントじゃないと。

 

さて、どうやってパイオスを無力化したものかしら。というかパイオスから魂を引き出すのってどうやるのかしら?パイオスは私の体から直接引き出せるみたいだけど、私はそれ出来ないし。……パイオスを殺せば体から魂が勝手に出てくるわけだから触れるだけで済みそうだけど。

 

ああ、そっか。パイオスが私を殺す方向に変えたのはそういう事か。私を殺せば魂が体から抜け出る。私の魂を守る仕掛けは体の方に在って、魂が離れれば無防備に出来るって事か…………なら余計に死ぬわけにはいかないじゃない。只でさえ化け物のパイオスに、これ以上力を与えるわけにはいかないし。何より私は消えたく無い。

 

それに。パイオスにはこう……うーん、上手く言えないけれど、前にも何度か感じた事がある気がするような災厄の気配を感じるっていうか……ん?何度か感じた、って何?私の前世ってそんなに波乱万丈だった?中身は思い出せないけれど、きわめて普通の人生だった筈なんだけど。

 

それにだってほら、次があるのなら普通の人生を生き…………ん?あれ?私今何て思った?あれ?

さっき考えてた筈の言葉なのに、もう霞がかかったようになって思い出せなくなってる。過去に関する重大な何かだったような気がするんだけど。何だっていうの。やっぱり過去に何かがあって、それがパイオスとして形成される原因になった、とか?

はぁ。思い出せないものはどうしようも無いか。兎に角、パイオスに殺されるなんて御免。私の傍にこの世界でも有数の戦力が居る間になんとかしないと。

 

ん?ノック音?こんな夜中に誰かしら?「起きてる?エニュよ」って声。彼女か。何の用だろう。

 

私は掛けていた鍵を外し、扉を開けた。そこに立っていたのはエニュだけ。ステノ王女は居ないみたい。それと、エニュは私を見るなり何故か驚いた顔をしてる。

 

「ちょっと、何て格好してるの!」って言って私の手を取り部屋へと入ったエニュが急いだ様子で扉を閉めた。格好って…………あー、そういえばショーツ一枚の姿のままだったっけ。

 

「全く、ステンノは幾ら女神様だからって無防備過ぎよ。少しは気を付けてよね」

 

「大丈夫、流石に貴女達の前だけだから」

 

「なら良い……いや良く無いから」って言ったエニュの視線は何故かニュクティへ。ニュクティは変わらず眠ったまま。

 

「……一応聞くけどさ、ニュクティ君と変な事してないよね?」

 

変な事?もしかして私がニュクティに手を出したとでも?してるわけ無いでしょう。流石にこんな子供に手を出すようなショタコンじゃ無いんだけど。そんな下らない話よりこんな夜中に一人で来た要件は何かしら。

 

「無いわ。少なくとも私にそういう嗜好は無い。それより私に何か用があるんでしょう?」

 

「そうだった。『女神様』にとって重要な話をしに来たんだった。パイオスは明日の午後には来るわ。正確な時間は不明だけど」

 

……は?

パイオスが?いや待って。どうして貴女がそれを断言できるの?神託でも貰った?それとも独自のネットワークでも持ってるとか?

 

「ふぅ」って息を吐いて椅子に座ったエニュが、見上げるようにして私の瞳を覗き込むように見つめて来る。私は少し混乱して呆然としてたけど我に返って対面の椅子に座って質問を投げた。

 

「どうして貴女が?」

 

「まあその話は後でするとして、ステンノはどうする?パイオスと戦う?それとも逃げる?今なら私やアナ、王子殿下を囮に使えばステンノだけは逃げられるかも知れないし」

 

質問に質問で答えないでよ。

どうせ今逃げてもいつまでも逃げられるものじゃ無いでしょう。現に今の私の居場所を呆気なく見つけてるわけだし。

 

「戦うしかないんじゃない?逃げても貴女達を失ったら対抗出来る可能性すら無くなりそうだしね。なら今やるしかないでしょう」

 

「ステンノならそう言うと思ってた。魂を分けられてどんなに精神的に弱くなってたとしても根っこの部分は変わらないみたいね」

 

魂を分けられた、ってどうして知ってるの?……まさかエニュって〈主神(アイツ)〉の関係者だったりするの?

話があちこちに飛んで思考がついていかない私の右胸に、エニュの左手が触れた。

え?今度は何?もしかしてエニュもカッサンドラさんとかと同類なの?……って思った私の右胸、エニュの触ってる辺りを中心に痛みが広がり、激痛となって私を襲った。

 

「あ゛……が……」って呻いて、私は椅子から落ちて床にうつ伏せに倒れた。激痛が走ったままの右胸を両手で抑えるけど、そんな程度で痛みが和らぐ筈も無い。まさか、エニュはパイオスの手先?痛い、苦しい、駄目、思考が回らない。

 

「エ……ニュ……貴……女……な……にを……」

 

「パイオスと戦うのでしょう?下準備よ」

 

痛みは次第に増していく。パイオスに無理矢理魔力を抜かれた時よりはマシだけど、流石にこれ以上は耐えられそうにない。このままだと彼女の前で無様を晒す羽目に……。

そう思った所で、痛みの範囲が徐々に狭くなっていく。私の拳大程度の範囲まで狭まって、その位置が胃の辺りな事に気付くと、今度は猛烈な吐き気。思わず右手で口を覆う。

 

「うっ…………オエェェェェ」

 

そうして私はやっとの思いで何かを吐き出した。床にはピンポン玉程度のサイズの黒っぽい何かが転がる。

未だに床に伏して「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」って呼吸を乱す私に、エニュが近寄って来る。まだ力も入らないから抵抗出来ない……どうしよう……。

 

「大丈夫だった?でも上手くは行ったみたいね」って言って、エニュは私の体を優しく抱き起こす。どういう事?敵では無い?私が今吐き出したアレに何かあるの?説明してよ。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「あー、ちゃんと説明するから焦らないでよ、ステンノ様。先ずは呼吸を整えて」

 

アヒル座り状態のエニュに背中から包み込まれるように抱えられる形で寄りかかって、ゆっくりと呼吸を整えていく。すぅ、はぁ、すぅ、はぁ。落ち着いて来たわ。どうやら体に違和感は無いみたい。

 

「それで、私が吐き出したアレは何?」

 

「憶えてないのもまあ仕方ないか。アレはステンノ様の中に溶けてた『主神の加護』の核を成してたもの。パイオスとの戦いの前に必要だったから取り出させてもらったの」

 

アレが……あんな何かの残骸のようなモノが主神の加護の核だっていうの?どう見たって只のガラクタにしか見えないのに。

私は黒っぽい何かの欠片のようなモノを恐る恐る拾いあげた。破片の端に白い模様のような何かの一部らしきモノが付いてる。何の欠片だろう、これ。

 

「それで、これを使って何をするの?」

 

「その前にステンノ様」

 

そう言って、エニュは私にハンカチを差し出した。ああ、ハンカチで拭けって事?まあ私が吐き出した物だしね。一応綺麗にした方がいいか。

そう思って受け取ったハンカチを黒っぽい欠片へと向けたけど、エニュに「違う違う」ってハンカチを持った右手を掴まれて。ハンカチはそのまま私の頬へ。

……どうして。

どうして私、泣いてるの?この黒っぽい欠片を見てから何故か涙が流れ出て来る。全く見覚え無い物なのに。なんで。

 

「憶えてなくても、記憶は永遠に消えたとしても魂は憶えてるって事ね。その欠片は、ステンノ様にとって掛け替えのない存在だった者の残滓、ってトコらしいわ。ま、そのうち分かるでしょう」

 

魂の奥底から滲み出すように私の心に拡がっていくのは、自身への不甲斐なさ、私が知らない誰かへの親愛と懺悔と後悔、やるせなさ。

もしかするとパイオスと戦う、という事は。私が忘れてしまった私の過去を精算する事なのかも知れない。

 

「ステンノ様、泣き終えて落ち着いたら全員叩き起こしに行くわよ?あまり時間も無いからね」

 

私は頬を濡らしたままエニュに頷いた。この様子だとエニュは明らかに()()()()、〈主神(アレ)〉の関係者で間違い無さそう。ならこの欠片が対パイオス戦の切り札って事で間違い無い。今や名前も姿も分からない、私にとって大切な誰かが残してくれたこの欠片が。

 




某アレのワクチン(2回目)の副反応で熱出して数日動けんかったです。

下着一枚で扉を開けるステンノさん。
そんな彼女の過去も少しずつ明らかに。



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51話

「そろそろ離してくれる?」

 

私がそう言うと、エニュは私の腰辺りに回していた両手をそっと離した。エニュはそのまま椅子に座って、私はベッドに腰掛ける。

やっと涙も止まった事だし、今後の事を考えてエニュから出来るだけ情報を引き出しておきたい。

 

「それで、結局エニュはどういう立場なの?」

 

「立場……そうねぇ……簡単に言うと、私はアムラエルの分霊ね。あー、魂のほんの先っちょが込められたアバター、って感じ?本体とは別に自我を持った」

 

アバター、ね。成る程。アムラエルさんが用意したステノ王女用の案内人、って所か。主神(不親切なジジイ)アムラエルさん(情報統制されたその遣い)が案内だった私とどっちが良いかは微妙ね。本人の地力がある分ステノ王女の方が楽、かしら。私みたいに魔王本人とぶつかったりはしてないし。

 

「ふぅん……アバター、ね」

 

「ええ、アバター。姿は一応アムラエル(本体)と同じ」

 

って事はアムラエルさんはエニュと同じ顔か。彼女に会う事でもあれば愚痴でも聞いてあげようかしら。どうも彼女も〈主神(アレ)〉には苦労してるっぽいしね。まぁ、態々向こうに行こうとは思わないけれど。

 

他に必要な情報は……彼女の能力か。

元のパイオスの3割程度の魂の私がコレだからね。アムラエルさんの何分の、いや何十分の一かのエニュがそれ程大きな力を持って無いっていうのは何となく想像がつく。戦力的にはステノ王女のサポートが精々って所でしょうしね。問題は特殊能力の方。私の中の『主神の加護の核』を実体化させたようなね。もしかしたらパイオス戦で有用な力を持ってるかも知れないし。

 

「能力は……そうね、物体の再生……再構築かしら。非生命体に限られるけど。そもそも本体の持ってる能力の一部でね。破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)のレプリカを用意したのも私の本体だし」

 

非生命体に限るって事は治癒には使えないわけか。治癒魔法はステノ王女が使えるからエニュには付与されなかったって事?それとも他に何かの理由でも……有りそうね。〈主神(アイツ)〉の事だし。

 

にしても物体の再構築ね……。私は右手に握り込んでいた黒っぽい何かの欠片に視線を落とす。この欠片ってエニュが『パイオスとの戦いに必要』って言ってたよね?これを再構築したら強力な武器……例えばキリスト教の大天使長ミカエルの持つ黄金の剣みたいなモノになるとか?いや、でも私にとって掛け替えの無い存在の残滓、なんだっけ。私、前世ではキリスト教でも仏教でも神道でもない無神論者だったからそれは無いか。

 

それから少しの問答。エニュは「私も情報は断片的にしか貰ってないから答えられるのにも限界があるけど」って言いつつも丁寧に答えてくれた。結果分かった事は、

・エニュはあくまでも勇者(ステノ王女)の導き手。

・エニュは末端である為に大した力を持って無い、というかこれでも例の神々の決めたルールのギリギリの所。

・アムラエルさんは私が今居る世界の担当で、〈主神(ろくでなし)〉の持ってる他の世界にはアムラエルさんのような遣いがまた別に居る。

・エニュにはアムラエルさんから定期的に情報が送られてくる。

……くらいらしいわ。なかなかに面倒。やっぱりパイオスは現状の戦力で何とかしないと駄目か。さて、どうやってあの怪物と戦うべきかしらね……。せめてこの街の人達くらいは巻き添えにならないようにしてあげたい所だけれど。

 

……。

私って少し前までは『自分さえ助かれば』って思ってなかったっけ?やっぱり交流がある人に対して情が湧いたのかしら。それともパイオスから少し魂を奪ったから本来の、というか前世の人間性が戻って来てるとか?確かに前世ではもう少し他人に優しかった気もする……うーん、パイオスが人間に愛を向けてるなんて事は絶対無いし、私の魂の持ってる空の器に水が戻った、みたいな感じなのかも。ま、他人はどうでもいい、なんて冷酷な女神って状況よりはマシね。

 

……パイオスの魂全部吸収したら慈悲の塊になる、なんて事にならないよね?

 

 

 

「……それでステンノ様、そろそろ服着たら?」

 

忘れてた。そうね。いい加減ショーツ1枚って格好は終わりにしておこう。エニュから聞ける範囲の事は聞いたしね。左足首にこう、ごく少量の魔力を送る。一瞬で何時ものワンピースが展開された。さて、それじゃニュクティを……起こした方が良いかしら。出来ればニュクティは戦闘に巻き込みたくないのだけれど……。

 

「ニュクティは……寝かせておく。この子はパイオスとの戦闘に参加させたく無いから」

 

「ニュクティ君が納得するとは思えないけど。ステンノ様がそう言うならまぁそれで」

 

じゃあ起こさないようにそっと部屋を出ましょうか。ニュクティには話し合いから戻って来てから説明しよう。最悪納得してくれない時は奴隷印に仕事をしてもらう。

 

「ああ、そうそう。アナには私がアムラエルの分霊って事言って無いから黙っててくれると助かるわ」

 

「…………ええ、分かった」

 

ステノ王女には言って無いのか。まあエニュにも色々思う所もあるんでしょう。でも貸し1つ、ね。

 

ベッドから降りて立ち上がった私は、隣のベッドで寝息を立てているニュクティに顔を近づけた。うん、ちゃんと寝てるみたい。右手でそっとニュクティの頭を撫でる。決戦に参加させないって言ったら怒るかしら?

 

起こさないように離れて、静かに扉を開けて部屋から出た。私の後から出たエニュが、開かれた扉をそっと閉めたのを確認した私は、かなり声量を落として彼女に問う。

 

「それで?パイオスに対抗する手段があるんでしょう?いい加減それくらい教えてくれないかしら?」

 

「ええ。魔王にはステンノ様含め私達では勝つのはまず不可能。なら勝てる力を持った者を外から呼ぶしかない」

 

外から呼ぶ、って。神が地上に降りるのは駄目なんじゃ無かったっけ?その証拠にエニュだってかなり能力制限されてるでしょう。私は降りてるけど一応転生者って枠だからセーフなんでしょう?

 

「神は直接干渉出来ないんじゃなかったかしら?」

 

「そうね。神は無理。でも人間ならセーフでしょう?あるじゃない、神とも戦える程の人間を呼ぶ方法が…………ステンノ様も良く知ってる『英霊召喚』って方法がね」

 

 

 

 

───────

 

 

 

「エニュさん、遅かったですね。……おや、ステンノ様も御一緒ですか。これは好都合」

 

エニュと王女の部屋に入って見ると何故かダナエさんが椅子に座っていて優雅に紅茶を飲みつつそう口にした。王女の方はベッドにうつ伏せに寝っ転がっていて私達を見るなり「もーっ、エニュったらステンノちゃんと何処行ってたの!?」って頬を膨らませてる。

 

「どうしてダナエさんが?」

 

「ステンノ様、私の事はダナエ、で結構ですと何度も……まあそれはそれとして。状況が変わったので報告に参りました。魔王軍が侵攻を開始したようです。目下のところこの国の国境で交戦中との事です」

 

魔王軍が……?私が右隣に立つエニュに視線を送ると、意図を理解したようでエニュはほんの少しだけ顔を横に振った。もしパイオスが軍と行動を共にしてるとすると、半日程度でここまで来るのは不可能だろうって事ね。つまり、パイオスは魔王軍とは別行動か。

 

「ステンノちゃん、ワタシ達はどうする?加勢しに行く?」

 

私は少しばかり興奮気味の王女の言葉を「……無理ね」と言って否定した。王女はベッド上で上半身だけ起こして「理由は?流石に状況が状況だし助けに行かないっていうのは……」って不満みたい。

 

「進攻中の魔王軍の連中はどう思ってるかは分からないけれど、少なくとも魔王の目的は国への侵攻じゃ無いから国や神殿に対する陽動じゃないかしら?魔王の目的は私だから、パイオスは直にココに来る」

 

「…………んんっ!?待ってステンノちゃん、今何て言った!?」

 

「もう一度言うわ。魔王がココに来る。具体的には、明日中……いや、日付は変わってるだろうから今日中かしら」

 

ダナエさんは青ざめてるし、ブエルと一戦交えた王女はその表情から動揺が隠せていない。そりゃそうよね、何せ王女はパイオスに強化されたブエルに全く歯が立たなかったんだもの。それより強いに決まってるパイオスに単独で勝つのはほぼ絶望的と言っていい。

 

我に返ったダナエさんは「……っは!?もっ、申し訳ありませんステンノ様、私はこの事を殿下に報告しなくてはならないので失礼します」って言って慌てて部屋から出て行った。王女はベッドに座り直して恐る恐るといった様子で口を開いたわ。

 

「あのさ、作戦とかある……んだよね?正直ワタシが魔王に勝てるヴィジョンが全く浮かばないんだけど」

 

私は立ったままだから、自然と王女が上目遣いになってる。うーん、これは同性から見ても破壊力があるわね。同じ顔で魅了の力まで持ってる私がやったらそりゃあ落ちない男は居ないわ……っと、その話はまた後にしよう。

 

私はもう一度エニュに視線を送って、小さく頷いた彼女から視線を戻して「そうね……あるにはある、かしら。まあ賭けになるけれど」って不安雑じりに口にした。だって仕方ないでしょう、英霊召喚なんて成功するかどうか分からないもの。触媒は例の何かもハッキリしてない黒っぽい欠片だし、呼符も聖晶石も無いし。そもそも世界が違うから上手くいくって保証も無……いや、そこはあの〈主神(バカ)〉がちゃんとやってくれるんでしょうね?じゃないと本当にこの世界が滅ぶし。

 

はぁ。今度は本当に正真正銘パイオス(自分)と激突しなきゃいけないのか。

 

 

 

──自分との対決?よせよせ、碌なものじゃあないぞ──

 

 

 

……え?今の、何?何処で誰かに聞いた……誰が言ってたんだっけ。思い出せない。

 

「ステンノちゃん、賭けって?」って王女に言われて我に返った。そうだ、思い出せない記憶の事は今はどうでもいい。目の前の大問題をどうにかしないと。

 

「私が元居た世界の英霊をこの世界に召喚する。パイオスを相手にするならそれくらいしか方法は無いんじゃない?」

 

「つまり、ステンノちゃんの召喚が成功するかどうかが賭けって事?」

 

「そういう事ね」

 

「頭痛くなってきた……まあでも、可能性があるならやるしか無いよね。ワタシは何したら良いかな?」

 

現状王女が出来る事は少ないわね。周辺警戒とか……あ、万が一に備えて街に結界を……あれ、でもそういえばパイオスってどうやって私の居場所を特定して…………。

まさか、まさかとは思うけど、パイオスって私の居場所を感知できる?じゃあ私って今まで適当に泳がされて……あれ?なら私が何処に逃げても無駄って事に……。

 

そういう事なら街から幾らか距離を取った方が良いかしら?それに予想より早くパイオスが来た時の為に王女と王子には時間稼ぎも依頼しておかなきゃ。

 

やっぱり召喚絶対成功させないと。じゃないと私はどうやっても生き残れないじゃない。

 

 




※ミカエルの黄金の剣:別名・鞘から抜かれた剣。ルシファーが天の三分の一を率いて神に反乱した際にミカエルが使用した、宇宙で切れないものは存在しない剣。武器ごとルシファーを切り伏せたとされる、キリスト教きってのチート武器。


ステンノさん、何処に逃げても無駄な事に気が付く。

次回はパイオスが降臨……?



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52話

「成る程。魔王がここに、か。直接乗り込んで来るとなると探知系の能力を持っていると考えるのが妥当だろうか」

 

そう言って、私の目の前で椅子に座って腕を組んで思考を巡らせているのはアルゴリス王子。その2歩程度後ろにはダナエさんが直立して控えている。王子は私達を呼ぶのでは無く態々こんな安宿まで来たのよね。

 

「そうだね、そう思っておいた方がいいかもね。それにしても直接乗り込んで来るなんて……魔王はステンノちゃんの事がよっぽど邪魔なんだね」

 

変わらずベッドに腰掛けたままうんうん、と小さく頭を数回縦に振って王子の言葉をそう肯定するステノ王女。

私は彼女の『邪魔』という言葉にピクリと反応し、反射的にエニュに視線を向けた。エニュは私に気付くも反応は薄い。私が自分で決めろ、って事よねやっぱり。流石に言わないってわけにはいかない。2人には悪いけれどこれから命を懸けて貰うんだしね。私がたとえ女神でもこの世界に災厄をもたらした元凶として恨まれる可能性もあるけれど、それでも魔王と戦うに当たって共闘しないって選択肢は無い筈。気持ちを落ち着かせるように深呼吸をして、私は意を決して口を開く。

 

「その事だれけど、パイオスは私が邪魔、ってわけではない。アイツが私を狙う理由は、私が必要だから」

 

王子は「ステンノが必要?理由を聞いてもいいだろうか?」って反応して私に顔を向ける。一方のステノ王女はハッとした様子で口をつぐんだ。きっと『私とパイオスが元々一つだった』ってブエルがしていた話を思い出したんでしょう。あの後話を有耶無耶にして放置してたのは失敗だったかも知れない。もっと早く話すべきだったわ。

 

「あの時ブエルが言ってた通り。私と魔王は元々1つの魂。魔王から分離した僅かな善性、絞りカスに神性を持たせて女神にしたのが今の私。軽蔑されても恨まれても文句は言えないわ」

 

「…………そうか」とだけ口にした困惑気味の王子と、瞳を閉じて思考する王女。エニュの様子はさっきから一切変わらず、真剣な眼差しでじっと状況を見ているだけ。空気が凍ったかのよう。そう、よね。この世界の人間からしたら流石に受け入れられないよね。

 

……っと、今まで動かなかったダナエさんが唐突に歩き出して王子の前へ。何をするのかと思ったら、王子の左頬に平手打ち。唖然とする王子と理解が追い付かない私を余所に、ダナエさんはそのまま王女の右脇腹に後ろ回し蹴りを食らわせて、鈍い音と共に王女が倒れた。

 

「…………はぁ。いけませんね御二人とも。元が1つだったという程度、何だというのですか。ステンノ様はステンノ様。この窮地に私達人間に手を差し伸べて下さる女神様である事に変わりはありません。そもそもステンノ様が魔王から分離していなければ、私達人類には為す術すら無かったのです。それを沈黙で答えるなど不敬もいいところです。それに殿下。殿下がそこで言葉を詰まらせてどうするのですか。『愛する女性は私が必ず守る』くらい言うべき所ですよ?」

 

「そうか……いや、そうだな。ダナエの言う通りだ。申し訳ない。少しばかり言葉に詰まってしまった。ステンノ、勘違いしないで欲しいが私は君を軽蔑したりはしていない。ダナエに言われた後では言わされた感があるが、私は魔王から君を守り通してみせよう」

 

「ワタシだって気持ちは変わらないよ!ステンノちゃんはステンノちゃんだしね!……あとダナエ、ワタシだけ回し蹴りって辛辣過ぎない?」

 

……ホントお人好し。真実を知っても私に力を貸してくれるのね。なら私はその期待に応えないとね。

 

「ありがとう、ダナエさん、それに二人とも」

 

「礼には及ばないさ。惚れた弱みというやつだ。しかし、ならば事を急ぐ必要があるな。街の人間を避難……させるよりは私達が街から離れた方が良いだろうな。ステノ王女はどう思う?」

 

「ワタシも王子に賛成かな。魔王がステンノちゃんを狙ってるっていうなら街の人達を今から街外へ避難させるよりは街中で隠れてくれてた方がマシだね。ワタシ達が出来る限り距離を取って広い場所で迎え撃った方が楽かな。それでさっき言ってた英霊召喚?だっけ?その時間稼ぎをすればいいんだよね?」

 

出来るなら私の魔力を隠すような結界でも有ればいいんだけど。気配遮断だけじゃパイオスには通じそうも無い。召喚が終わるまでにパイオスに気付かれたら終わりだから。

 

「では私は時間は遅いが領主に掛け合ってこよう。ダナエは斡旋所へ行ってくれるか。全依頼のキャンセルと万が一に備えた街の警備を頼んできてくれ」って言って王子は立ち上がり、「畏まりました」って応えたダナエさんは一足先に扉から退出。さて、後は私達だけれど。

 

「エニュはどうする?ワタシの方に無理に来る必要は無いよ。街の守りに回る?」

 

「ハァ。馬鹿ね、私もアンタの方に回るに決まってるでしょ」

 

「アハハハ、ありがと。ならエニュはステンノちゃんの護衛お願い」

 

「ええ、任せなさい」

 

後は王子が戻り次第、馬車で街から距離を取るだけか。それとニュクティには納得してもらわないと。

 

 

 

 

 

一先ず王女達の所から離れた私は自分の借りた部屋へと戻る。ニュクティはまだ眠って……いや、起きたみたい。上半身だけ起こして私の方を見てるわね。

 

「王女達の所に行ってたのか?」

 

「ええ。今後の事で少し話があったから」

 

部屋に居なかった事を心配しないのかとか思ったけど、そういえばニュクティって私の居場所が分かるんだっけ。

 

「何かあったのか?」

 

私の雰囲気とこんな時間に出ていた事もあって、ニュクティは何かを察してるみたい。流石に黙ってるわけにもいかない。相手がパイオスなんだし、戦ってる場所に下手に飛び出されても困るからね。

 

「パイオスが来るわ。今回は迎え撃つ」

 

「……なら俺も!」

 

「駄目よ。ニュクティは此処に残って」

 

ニュクティは「何でだよ!」ってベッドに両拳を叩きつける。気持ちは分からなくもないけれど、この子を連れては行けないもの。加護があってもニュクティじゃパイオスとやり合ったら殺されるだけ。

 

「倒すのは無理でも俺だってステンノの盾になって守るくらいは出来るだろ!」

 

「つまりニュクティは私に貴方が死ぬ所を黙って見てろって事?嫌よ、絶対に嫌」

 

ニュクティがベッドから降りて来て、正面から私に抱き付く。私は左手をニュクティの背に回して抱き寄せて、右手を彼の頭に乗せて撫でた。身長が頭1つ程度低いニュクティの顔が私の胸に埋もれた。……ま、今回は事が事だから特別、ね。

 

「俺だって嫌だ、ステンノが傷付くのを黙って見てるなんて」

 

私の胸から顔を離してそう力無く話すニュクティ。まあ、そうでしょうね。好きになった女性が死ぬかも知れないのに行かせようなんて思えないのでしょうね。

私に恋愛感情は無いし思いには応えられないけれど。

それにニュクティなら生きてさえいれば女の1人や2人くらい出来るでしょうし、今は兎も角この先何時までも私にベッタリってわけにもいかない。此処までニュクティを連れ回した責任は私にあるけれど。

 

「何も策がないわけじゃ無いから。パイオスさえ倒せれば大きな危険は無くなるわけだし、今回だけ聞き分けてくれないかしら。必ず戻って来る。だからニュクティ、命令よ。『私の言葉を信じて待ってて』」

 

「……それは卑怯だろ、ステンノ」

 

ええ。私は卑怯。でもこれでニュクティは戦って死ぬ可能性は無くなった。これも貴方の為だから。

後は上手く行く事を祈るだけね。

……無事乗り切れたら少しずつ距離を置いた方がいいのかしら。このまま居たらニュクティの性癖を捻じ曲げそうだし……まだ手遅れじゃ無いよね?

 

……ああ、そうだ。

 

「瑠璃華、よ」

 

私の言葉を理解出来なかったらしいニュクティは「ん?」って首を傾げる。突然だものね。普通はそういうリアクションにもなるか。

 

「ステンノ、っていうのは別の女神の名前を借りただけ。私の本当の名は、『瑠璃華(ルリカ)』」

 

此方の世界に来てからは使って無かった前世の日本人としての私の名前。勿論死ぬつもりだとかフラグだとかそういうモノでは無いけれど、ニュクティには知っておいてもらった方がいいかと思った。流石にいつまでも偽名、っていうのもね。

 

 

 

───────

 

 

 

御者のエニュが操作する馬車に揺られる事、数時間。荷台には朝と昼の分の食糧と、万全の体調で臨む為に睡眠を取っている王子と王女、それと私。エニュは大して寝なくても大丈夫らしいわ。

目的地は近くに木々の立つ拓けた平原。決戦場所は平原で、私は木々の陰に召喚魔法陣を描く予定。どうやら王女が魔力隠蔽の結界を作れるみたいだから私のスキルの気配遮断と合わせればそれなりに召喚を誤魔化せるとは思うけど、どこまでパイオスを欺けるかは微妙な所ね。

 

進行方向の地平線から太陽が少しずつ登り始め、空が闇から蒼へと少しずつ変わっていく。冷やされていた空気が日に当てられて少しずつ熱を帯びていくのが分かる。

 

結局あれからは眠れなかった。

英霊召喚に失敗したら?成功しても戦闘に向かない英霊だったら?グランドクラスの英霊でも歯が立たなかったら?召喚出来ても先に私が殺される可能性だってある。パイオスの実力の上限が分からない以上、どんなに手を尽くしても勝てない可能性だってゼロじゃ無い。

奇跡でも起きて、私が自身の……というかステンノの能力をフルに使えれば違うかも知れないけれど、出来るなら既にやってる。今の私の夢幻召喚ではどうやっても勝てない。そう考えてみると、私を誘拐させ向こうを油断させてパイオスの魂を逆に奪う、っていう〈主神〉の謀は実は最も確実にパイオスを消滅させる方法だったって思える。どうしてあの時成功してくれなかったの……。

 

そんな事を堂々巡りで考えているうちに、側に木々の生い茂る林のある平原に到着。寝ている二人を起こして軽めの朝食を摂った。王子も王女もこんな草臥れた馬車の荷台で眠れるなんて逞しい王族ね。今はそれがありがたいけれど。

 

朝食を終えると王子は軽く剣を振って調子を確かめてる。エニュは念の為の弓矢の手入れ。王女は私と一緒に林へと入る。程良く拓けた場所まで来ると私はエニュに渡された紙に書かれた通りに地面に召喚魔法陣を描き始め、王女はその周りにビー玉くらいの大きさの水晶のようなものを規則正しく置き始める。

 

「…………これでよし、っと。じゃあステンノちゃん、ちょっとだけココから離れてくれる?」

 

「ええ」

 

王女に言われて私は描きかけの魔法陣の外へ。天へと掲げた王女の両手がうっすらと白く輝いて、透明なドーム状の何かが召喚魔法陣を覆った。

 

「これで今日の夜くらいまでは消えないと思うよ。ワタシが掛けた魔法だからどこまで魔王を誤魔化せるかは分からないけど、少しの間なら魔力を隠せる筈。戦うのは英霊とワタシ達に任せてステンノちゃんはココに隠れててよ」

 

「ええ、ならお言葉に甘えさせて貰うわ」

 

私はエニュから渡された紙をもう一度見る。そこには明らかに日本語で書かれた召喚呪文が。

ええと……素に銀と鉄。礎に石と契約の大公……か。ああ、確かにそんな文言だったわね。何となくしか覚えて無かったからね。

 

私はワンピースのスカートを少しだけ捲り、右の太股に着けたホルスター型のポーチの中から例の黒っぽい何かの欠片を取り出した。今回の触媒であり、私にとって重要な人物に関する何か。それを描き終えた魔法陣の中央にそっと置いた。

 

さて、後はパイオスが来ないうちに召喚をするだけだけれど……あれ?エニュが慌てた様子で走って来るのが見える。

 

「『来る』!!アナは直ぐに王子と合流して迎撃準備をして!」

 

息も絶え絶えのエニュが私達に向かってそう叫んだ。来る、って……予定よりも早くない?私も、勿論王女もそれらしい魔力なんて何処からも感じないけど?私達が気付かないくらい遠くの距離に居る、って事?

 

「え?でもそれっぽい魔力なんてどの方向からも感じないよ?ワタシの感知の外って事?」って不思議がってる王女を無理矢理に平原の王子の所へと追いやったエニュは、私が中心に置いた黒っぽい何かの欠片に両掌を向けた。

 

「いい?私がアレを出来る限りで再生させるから、ステンノ様は英霊召喚を」

 

「え、ええ」

 

私の返事を待たずにエニュの掌からはユラユラと揺れる透明の何かの波が出て、それが欠片に吸い込まれていく。少しずつ、細胞分裂するかのように元の形を取り戻していく黒っぽい欠片。私の上半身くらいならすっぽりと覆い隠せるくらいの円形を形造ってもなお再生は終わらない。

 

「そろそろイケる……ステンノ様」

 

エニュの合図。まだ半分って所の再生中の触媒を眺めつつ、私は魔法陣へと魔力を向けた。

出来るなら、パイオスを倒せるだけの力を持った英霊を。

 

 

 

「『素に銀と鉄。

礎に石と契約の大公。

祖には我が』」

 

とそこまで口にしたタイミングで、平原の上空辺りに何の前触れもなく突然巨大な魔力が。忘れもしない、パイオスのそれ。

全身に鳥肌が立ち、嫌な汗が吹き出て止まらない。

どうやって?パイオスってまさか瞬間移動でも使えるっていうの?

 

見上げた上空に留まっているパイオスが見ている方向は地上の平原にいる王子と王女のほう。もしかして私の事にはまだ気付いてない?ならまだ間に合う。私は詠唱を続ける。

 

「『…………祖には我が大師アニムスフィア。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる(とき)を破却する』」

 

分かっていたとはいえ詠唱は長い。まだ、まだなの?早く、早く、パイオスが此方に気付く前に。

 

「『───告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』」

 

地上に降りたパイオスは未だ私の方には見向きもしない。王子と王女の方に向きあったまま……これなら間に合う!

 

「『誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者!

 

汝 三大の言霊を纏う七天!』」

 

 

 

「逃げて!!」

 

 

 

突然の叫び声。魔法陣から声の主へと顔を向けた私の瞳に映ったのは、私に背を向け両手を広げて何かから私を庇おうとしているエニュの姿。直後、彼女の胸の中央にぽっかりと大穴が空き、エニュはそのまま仰向けに倒れた。

 

その直後。鈍い音と共に私の左胸から背中へと何かが走り抜け、液体が私を中心に前後に撒き散らされる。

 

私は力無く、崩れるようにしてその場に座り込んだ。

 




ステンノさんフラグ回収、初手で左胸を撃ち抜かれる。

ステンノさんの名前が判明。名字も後で分かります。

ニュクティの性癖?もう手遅れでしょう。


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53話

魔王が来る、なんて急に言い出すなんて。エニュがそんな能力持ってるなんて初めて聞いたんだけどなぁ。っていうかさ、それなら何でブエルの時は気が付かなかったんだろ?何か条件でもあるのかな?

 

エニュの言葉を疑う必要も無いし、まー来るっていうなら迎撃しなきゃだね。幸いステンノちゃんの魔力の隠蔽は終わってる。召喚を終えるまでの時間稼ぎくらいならワタシと王子で何とかなる、多分。

 

剣を鞘に納めて平原にポツンとある岩に腰掛けてた王子は戻って来たワタシに気付いて声をかけてきた。

 

「そっちは終わったのか?」

 

「終わったよ。それと王子もそろそろ動けるようにしておいて。エニュの話だと来るみたいだよ」

 

「予想よりも早いな……分かった」

 

王子はステンノちゃん曰く『ルーン魔術』とやらを使い始める。初めて見るモノだから良くは分からないけど多分身体強化とかそういうのだと思う。うーん、未知の魔法に凄く興味が……全て終わったらワタシにも教えて欲しい……って、ワタシも準備準備っと。

 

丁度ワタシが一通りのバフを付加し終えて、防御結界を張り終わった時だった。何の前兆も無く突然上空に何かが現れた。本当に突然過ぎて一瞬何が起きたか分からなかったくらい。

一つだけ言えるのは……現れた力の塊は、ワタシの想像を遥かに越えてたって事。

 

時間稼ぎくらいなら何とかなる?はははっ、さっきまでの自分に『無理だ』って言ってやりたいね。アレは人間が対峙していい相手じゃ無い。今なら分かるよ。魔王との戦いに、神々が何故ワタシ達人間にこれだけ力を貸したのか。

 

王子は上空を見つめて「アレが魔王か……」って呟いて冷や汗を流してる。ワタシも……ワタシも嫌な汗が止まらない。恐怖で足が震えてる。自分が中途半端に強くなったせいで、魔王との力の差が分かってしまう。

 

「は……はは……ワタシ達、時間稼ぎなんて出来るのかな?」

 

「だが……私達がやるしか無いだろう」

 

だよね、王子。そんなの分かってはいるよ。でも正直アレは不味いよ。ステンノちゃんに気付かず、かつワタシ達相手に遊んでくれるくらいじゃないとちょっと厳しいかなぁ。

 

『ふむ……出迎えはお前達か』

 

思っていたより穏やかな声で、魔王はワタシ達に語り掛けてきた。ああアレだ、絶対強者の余裕。

 

「貴方が魔王だね?まさか単独で転移魔法が使えるなんて」

 

この辺り一帯は調査済みなんだよ。隠れた魔法陣の類いも無い。勿論、上空にも。だから魔王が突然現れたとなれば、ヤツ自身が自由に転移魔法が使えるって事になる。つまり、この地上の何処にも安全な場所なんて無いって事。それこそヤツを倒さない限り。

 

『転移魔法……そんなチンケな代物と一緒にされるとは心外。……しかし『世界が選んだ勇者』に『大神(オーディン)の加護を受けた王子』か。中々に興味深い。良いだろう。我が直々に遊んでやろう』

 

……よし!幸いにも遊んでくれるっていうなら何とか時間稼ぎになる。それにステンノちゃんにもまだ気付いてないっぽいし、これなら……!

 

『だがその前に面倒事を片付けなくてはならぬ』

 

面倒事…………魔王は視線はそのままに、平原のワタシ達の方ではない王子の左後方へとゆっくりと左手を向ける。その指先に槍の穂先のような形の魔力が収束して……って、その方向ってステンノちゃん達の!!魔王のヤツ、最初から全部分かって……!!

 

「やめろぉぉぉぉお!!」

 

ワタシは叫びながら魔王へと突進する。駄目だ駄目だ駄目だ、アレを止めないと。まともに受けたらエニュや力を解放してないステンノちゃんじゃ耐えられない!

 

ワタシが振るったボロック・ダガーは魔王の左手に軽く払い除けられて、ワタシの手からすり抜けて明後日の方角へと飛ぶ。背中に何かの衝撃を受けて、気付いた時にはワタシはうつ伏せの状態で地面に転がってた。我に返って顔をあげると、視線の先のエニュが倒れ、胸の辺りの前後から赤い飛沫が飛んだステンノちゃんが座り込んだのが微かに見えた。

 

うそ……でしょ……。

 

エニュとステンノちゃんが……こんなあっさり…………。

 

『命を捨てて庇ったか……実に殊勝な事だ。お陰で女神は即死は免れたようだが……まあ放って置いても直に死ぬだろう』

 

「…………お前ぇぇぇぇえ!!!」

 

頭の中で何かがブチッ、と音を立てて切れたのが分かった。立ち上がって地面を蹴って、ワタシは両拳に全力で魔力を込めて魔王に何度も殴りかかる。

 

『これで障害は粗方無くなったか。女神(アレ)が死ぬまでは宣言通り遊んでやろう』

 

ワタシの渾身の拳は、何度撃っても魔王には届かない。左手一本で簡単に止められる。何で!何でなの!何でエニュとステンノちゃんが死なないといけないの!何でワタシはこんなに弱いの!

 

『いい加減別の攻撃をしろ。単調過ぎてつまらん』

 

魔王が魔力を乗せた右手を雑に払う。ワタシは左脇腹にモロに直撃を受けて、王子の所まで吹き飛ばされた。

 

「ゲホッ、ゲホッゲホッ」

 

激痛のする左脇腹を左手で押さえつつ、咳き込む。口にあてたワタシの右手には、赤い血が付く。くっそぅ、ちょっと食らっただけでコレか。でも逃げるわけにはいかない。どうにかして魔王を倒して、エニュとステンノちゃんの治癒に行かないと。

 

「大丈夫か!?」

 

「ありがと。何とかね。それより王子、何か奥の手とか無いの?」

 

「あったらとっくにやってる」

 

魔王が気だるそうにゆっくりとワタシ達の方へと歩いて近づいてくる。

 

『ああ、それとさっきの攻撃に女神(アレ)の治癒を阻害する魔術を乗せておいてやった。助けるにはお前達が我を殺すしか無い。どうだ、少しはやる気になっただろう?』

 

くそっ、何て事を……!

絶望って言葉の意味、初めて分かった。神様、こんなヤツどうしろっていうのさ。

 

『返してやる。少しは我を楽しませろ』

 

魔王はボロック・ダガーを拾ってワタシに向かって投げ付けてきた。コレが有っても無くても結果は変わらない、って事か。完全に舐められてる。くっそぅ、何か手は……。

 

 

 

──────

 

 

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

何が……起きて……。

 

体に力が入らない。過呼吸気味に早く呼吸を繰り返すけど、息が苦しい。酸素を取り込めている気がしない。

震える右手を、刀のようなもので貫かれたような縦長の傷口がある、脈に合わせて熱さと痛みを伝えてくる左胸へ。ベッタリと付着する赤い液体。

 

ああ、そうか。私、死ぬのか。

エニュが庇ってくれなかったら即死だったけど、この状態なら大して変わらない。

間違い無く左肺をやられてる。なんだっけ……確か、外傷性気胸だっけ?呼吸困難になって死ぬのって苦しいんだっけ。それとも失血死が先かしら?さっきから血が止まらないし。止血の方法も分からない。吸血が出来れば何とか助かるかも知れないけど、生憎血なんて近くには……でもエニュの血なら……無理。エニュの所まで行けるような状態じゃない。体が満足に動かない。這っていくのも無理。

 

傷口を心臓より上にすれば少しは違うかも。右側を地面に、左半身を上にして力無くその場に横たわる。嗚呼、少しだけ出血が弱まったような気がする。

直後、猛烈な吐き気。横になった体勢のままで胃から上がってきたモノを吐き出す。

 

「オエェェェェ、ゲホッ、ゲホッゲホッゲホッ」

 

口から出てきたのは当然、大量の赤い液体。

流石に無理、かな。呆気ない終わり方。ステノ王女、アルゴリス王子、ごめん、召喚出来なかったわ。エニュも私の為に命を張ってくれたのにごめん。それとニュクティ、ごめんなさい、戻れそうにないわ。

 

体が動かない。酸素が足りない。このまま眠ってしまえば、苦しまず少しは楽に死ねるかしら。死んだら私はパイオスに取り込まれ……駄目だ、ボーッとしてきて上手く考えられない。もういいか。瞳を閉じ…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───先輩、諦めちゃ駄目です!まだ終わってません!起きてください───先輩!………先輩!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……誰の……声?

瞼を開いて、声を感じた正面へと霞む瞳を向ける。そこには座って泣きそうな表情で私の右手を両掌で握るニュクティが居た。

 

「ルリカ、諦めるな!まだ終わってない!起きろ、起きてくれ………………気付いたかルリカ、確りしてくれ!」

 

私が目を開けた事に気付いたニュクティが、その顔を私の顔へと近付ける。

 

「大丈夫かルリカ、今助けるからな」

 

思考の回らない、虚ろな表情の私の口の前に自分の右手を差し出したニュクティは、ナイフをその親指に向ける。……血を吸え、って事?

 

「……アムラエルか?こんな時になんだよ?は?どういう意味だよ!何で駄目なんだよ!じゃあどうしろっていうんだよ!……このままじゃルリカが死んじゃうだろ!」

 

ニュクティは指を傷付ける直前にその手を止めて、空に向かって何か話してる。でもその内容が頭に入って来ない。

 

兎に角ニュクティだけは、助けないと。パイオス()に殺させるわけには……。

 

詠唱、途中だったから……まだ有効……かしら……。

 

「抑止……の……輪……より……きたれ、天秤……の……まも……り……てよ」

 

だめ、もう、いしきが……。

 

 

 

 

………………。

あれ?呼吸が……少し楽になってる。

左胸の傷口は塞がって無くて絶えず痛みが襲ってくるけど出血量が……血が殆んど止まってる。どういう事?

 

私はどうも上半身を起こされニュクティに寄りかかり包まれるように抱かれ支えられてるみたい。背中にニュクティの温もりを感じる。

霞がかかったようだった思考がさっきよりもハッキリしてる。体の方は……駄目ね、相変わらず満足に動けそうに無い。

 

「ああ、気が付いたようだね」

 

ニュクティとは違うその声が、私の上の方から聞こえた。アルトリウス、貴方どうやって此処に?あ……って事は私を助けてくれたのはカッサンドラさん?

 

そう思って私は彼を見上げた。

そこに居たのは……。

輝く白銀に青を(あしら)った鎧を纏った、金髪碧眼の騎士。顔は確かにアルトリウスとそっくりだけど、備わっている風格が、覇気が全く違う。

それに。その右手には白亜に輝く鞘に納められた、金色の鍔を持つ聖剣。

 

「ア……」

 

私は声を出そうとしたけど、上手く言葉が紡げない。せめてもう少し体力を回復しないと喋る事も儘ならないみたい。

彼はパイオスの方を一度チラリと睨んだ後、そんな私に微笑みを向けて語る。

 

「まだ喋らないで。無理をしてはいけないよ。どうやら鞘の力でも魔王の呪いと拮抗するのがやっとらしくてね。やはり倒さねば完治は難しいようだ」

 

彼は鞘に納められたままの聖剣を手に戦場へ向かうべく背を向けて……思い出したように私の方へもう一度向き直って口にした。

 

「…………約束(誓い)を果たしに来たよ、マスター」

 

サーヴァント・セイバー。真名・アーサー・ペンドラゴン。前世の私がFGOで初めて召喚した星5サーヴァント。どうやら召喚は成功したみたい。これも因果…………ああニュクティ、アーサーに嫉妬して私を渡すまいとするのは構わないけれど、それで私を強く抱き締めるのは止めて。傷口に激痛が走る事には変わり無いから。

 




書いたり推敲したりしてる時間が取れなくなってきた(先週も休み無くなった)ので次回は恐らく来年。

プロトアーサー召喚。
あれだけアーサーアーサー言ってたので。
彼のアヴァロン(鞘)は聖剣の拘束具ですが本話ではアーサー王伝説の力(治癒、或いは傷を負わない能力)を付与。

感の良い方は気付いたと思いますが、ステンノ改めルリカさん……というかパイオスさんが何者かについては次回以降回収していきます。


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54話

 

「大丈夫か」

 

「ワタシはなんとか……ね」

 

あちこち傷だらけ、私の右隣で両足を震わせ肩で大きく息をしている王女。彼女も治癒魔法を展開させっぱなしで戦っているが、回復が全く追い付いていない。私はルーン文字を行使し彼女に治癒を施す。

 

現状は最悪だ。

エニュは恐らく即死。女神(ステンノ)も瀕死の状態。そうなると当然召喚は失敗なわけで、アルゴリス()とステノ王女の二人で魔王を何とか倒さねばならない。となれば実力で劣る私はサポートに、本命の攻撃を王女に担当してもらいどうにか光明を見出だすしかない。魔王をして『世界が選んだ勇者』と言わしめたステノ王女であるならば或いは……と思いたいところだが予想以上に力の差があり過ぎる。その証拠に魔王は王女の攻撃を防ごうともしない。こちらの攻撃は全く効いていてる様子は無く、逆に魔王の攻撃は明らかに手抜きにも関わらず王女は追い詰められている。サポートに回っている私に攻撃の刃を向けて来ないあたり、完全に脅威と思われていない。

 

だからといって諦めるわけにもいかない。ここで私達が負ける事は人類の負けを意味している。女神がやられ勇者であるステノ王女も勝てないような相手に一体他の誰が勝てるというのだ。そうなれば人間は滅びの道を歩むしかないだろう。故に、私の命が尽きても負けるわけにはいかないのだ。幸い私には歳の離れたまだ幼い弟がいる。私が死んだとしても王家の血が途絶えるような事も無い。とうに覚悟は決めている。

 

なんだ?魔王の視線が私や王女から外れている?いや待て、その方向の先にはステンノが!不味い、魔王がまた彼女に攻撃を……しない?僅かに顔を顰めた?なんだ?何かあったのか?

 

チラリ、と後方に視線を向けた。私からはまだ遠いので正確な事は言えないが、あの顔からして恐らくアルトリウスがこちらへ歩いてくるようだ。神殿騎士とは全く違う鎧を纏い、立派な鞘に納められた剣を携えている。援軍は有難いが、たとえアルトリウスが加わったとしても……。

 

「……だれ?あれ」という王女の呟きが聞こえた。王女はアルトリウスと会った事が無かったのか…………いや待て、王女本人が神殿本部で顔を合わせたと言っていたじゃないか。不味いな、ならばまさか王女はもう碌に目も見えていないような状態で戦っているのか?

 

魔王は私や王女など眼中に無い、とばかりにアルトリウスの歩みをじっと眺めている。と、同時に隣の王女が張っていた糸が切れたようにその場に座り込んでしまった。まっ、待て王女、もう少し、もう少しだけ粘ってくれ!三人で掛かればさっきよりはマシな戦いになるかも知れないんだ!

 

アルトリウスが私の側まで来る。その表情、立ち振舞い、雰囲気、溢れる覇気……なんだ?以前とはまるで別人のようだ。

 

「後は僕に任せてくれないか?二人はマスターを頼む」

 

まさか一人で魔王と戦うというのか?幾らアルトリウスといえども、流石にそれは。それにマスター?恐らくステンノの事なのだろうが……。

 

「分かったよ。行こう、王子」

 

迷っていた私と違い、王女はそう即答した。いや待て待て、相手は魔王だぞ?その判断は無謀だろう!

 

「ワタシ達が居たら足手纏いだよ。……頼んだよ、アーサー・ペンドラゴン」

 

「ああ。勿論」

 

アーサー、だと?まさか彼がステンノの言っていた円卓の騎士王(アーサー・ペンドラゴン)なのか!?

 

私は立ち上がれない王女に肩を貸して、ステンノの居るであろう方向へと向かう。そんな私達を魔王は攻撃する素振りすら無い。本当に眼中に無い、例えるなら魔王にとって私達は道端を横切る蟻程度の存在なのだろう。こうしてステンノの治癒に向かえるのだからその方が有難いが。

 

私の隣で「ハハハ……アーサーが来て安心したら糸が切れちゃったよ。暫く自力じゃ立ち上がれそうにないや」と漏らした王女は、全身に展開していた治癒魔法を切ったようだ。残った魔力は全てステンノの治癒に回す腹積もりなのだろう。

 

もう一度後ろを振り返る。アーサーと魔王は何か言葉を交わした後、お互い睨み合ったまま戦いの構えに入った。恐らく人類史上最高峰の戦いだ。存亡が掛かっていなければじっくり観戦したいところなのだが……先ずはステンノの復活が先だ。

 

 

 

 

 

『アーサーか。クククッ、成る程』

 

「キミを止めに来た」

 

『我を止める、と?面白い事を言う。…………この世界ではこれ以上の強さの相手は見込めない、と思っていたからな。我の糧になるというなら歓迎しようではないか』

 

「キミの糧になるつもりは無いし人類愛(マスター)を渡すつもりも無い」

 

『成る程、我がいかなる存在か理解しているらしいな』

 

「もう一度言おう。キミを止めよう。キミが引き継いでしまった災厄(呪い)もろとも。たとえキミが覚えていなくとも……今こそ約束を果たそう」

 

 

 

───────

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「大丈夫だ、大丈夫だからなルリカ」

 

寄りかかって座る私を支えてくれているニュクティの言葉に、弱々しい呼吸を繰り返す私はほんの僅かに小さく頷いた。

正直全く大丈夫ではない。呼吸の苦しさや胸の激痛は和らいでいるけど、体力が少しずつ削れて失われていく。RPGなんかでよくあるようなスリップダメージを継続的に受けてるような状態なんでしょうね。胸の傷が塞がらない限りは私の体は着実に死に近付いていってる。

 

ニュクティを通じたアムラエルさんの言葉が確かなら、今の私は魔王による『スキル封印』状態。自力での治癒は不可能だし聖剣の鞘の力も本来のものを発揮出来てない。というか現実だとプロトアーサーの聖剣の鞘にも治癒とかの効果、あるのね。Fateだとプロトアーサーのは聖剣の力を封印するものとしか知らな……あ、そういえばアーサーのエクスカリバー、鞘に収まったまま。もしかしなくても封印を解かないと本来の力を発揮出来ないんじゃ……。だとするとどうにかしてパイオスの動きを止めないと。礼装のガンドなら使える?でも私ではパイオスに命中させる自信はこれっぽっちも無い。まともに動けない今なら余計に。

 

あ、王子と王女がこっちに向かってくるのが見える。でも真っ直ぐ私の方へは来ずにエニュが倒れている場所へと立ち寄って……王女をエニュの所に置いてアルゴリス王子だけが私の下へ。今の王女にエニュを見せるのは酷だと思うけど……そうよね、別れは必要か。パイオスとの戦いもどうなるか分からないし。

 

「ニュクティか!?何故君がここに居る?」

 

「俺が居ちゃ駄目なのかよ?」

 

「……いや。彼女を守ってくれていてありがとう」

 

あ、そっか。そうだった。そういえばどうしてニュクティは私の所に来れたんだろう。確かに『待っていて』って命令した筈だけど。奴隷印よりも眷属として私を守る方が優先された、とかかしら。

 

「今はそれよりルリカの傷が先だろ」

 

「ルリカ……?」

 

王子は少し悩む素振りをみせたけど、ニュクティの言ってる人物が私だって事に直ぐ気付いたみたい。

 

「成る程。本来の名はルリカというのか。聞き慣れない響きなぶんステンノという名より女神らしいな」

 

いや、ステンノという名も女神のものなんだけれど。まあ今はいいか。王子は右膝を地面に着けて私の右隣に片膝で座り、ルーン文字を展開させて治癒を始めた。お陰でだいぶ楽にはなってきたけれどまだ駄目ね。回復速度よりスリップダメージの方が大きい。でもこれならステノ王女にも治癒魔法を掛けてもらえれば或いは。

肝心のその王女は……ああ、倒れてるエニュの前で地面に膝を突いたままか。背中を向けてるけど両肩震わせてるのは分かる。まあそう、だよね。

 

私が王女を見ている事に王子が気付いたみたい。「王女は少しそっとして置いてやった方がいい。ここが戦場だとは言っても彼女は身近な人間が死ぬ事に慣れていないだろうしな」って。

そっか。王子の場合は騎士団であちこち大蛇を討伐して回ってたから同僚の死にも慣れてるのか。王女の場合は箱入りなうえに外に出た後も自分が強過ぎるから身内の死に慣れてないって辺りか。そうするとエニュの死はかなり堪えてるんじゃ……って、エニュって死んだらどうなるんだろ。アムラエルさんの分霊、だっけ?私とパイオスと似たような感じだから肉体から離れたらアムラエルさんの一部に戻るとか?

 

そんな事を考えてると「凄いな」って王子の言葉。我に返った私は、王女達から戦場へと目を向けた。遠く離れたパイオスとアーサーは一見互角にやり合ってるように見える。アーサーの聖剣とパイオスの魔力を纏った手刀が何度もぶつかる、パイオスの放つ魔力をアーサーが切り伏せる、って言っても速すぎて私にはたまに残像が見える程度なんだけど。

 

私にはもう奥の手も無い。だから是が非でもアーサーに勝ってもらわないと。ええと、なんとかパイオスの隙を作れないかしら。エクスカリバーの封印を解く為の時間を稼ぐ方法……。パイオスが私に言った言葉の通り、漫画やアニメと違って封印を解く間律儀に待ってくれる筈無いもの。

 

 

 

──────

 

 

 

『あやつに付与した主神の加護は問題無く動いておるようじゃの』

 

『はい。ステンノ(瑠璃華)様に定着したのを確認したうえで私の分霊(エニュ)に例の核を外させましたので。ここまでは順調、といった所でしょうか』

 

『うむ。ここまでは、じゃがのぅ。後はあやつ等次第ではあるが……まあ勝つ確率は40%から良くて50%、といったところかのぅ。半減しているうえに元々あやつの物では無い借り物とはいえビーストの力じゃしな。流石にアーサーだけでは荷が重い。全く、アレの転生前に気付いて良かったわい』

 

『そうですね。アカトール様が気付かなければビーストが生まれていたわけですから。私達の管理する世界なんて簡単に滅ぼされますよ』

 

『アムラエルよ、お前がワシの名前を呼んだのも久しぶりかのぅ?これはアレかの?デレ期かの?お?ワシもしかしてモテ期?』

 

『馬鹿は休み休み言って下さいね』

 

『辛辣!!まっ、まあええわい。…………『主人公補正持ち』(パイオス)相手には『主人公補正』(主神の加護)で挑むしかないからのぅ。瑠璃華のヤツが巧くやる事を期待して観察するとしようかのぅ。『パイオス』(優性)が勝つか『ヤツから分離し複製した瑠璃華』(劣性)が勝つか、というところかのぅ。』

 

『そうそう、アカトール様の今回の所業を地球のオリジナル(ステンノ様)に報告しておきました。『アカトールを私に近寄らせないでもらえる?』と伝言を頂いてたんでした忘れてました』

 

『ちょっ!?アムラエル、お主何て事してくれとるんじゃあ!?!?あ゛あ゛あ゛あ゛ワシのラブリーエンジェルス゛テ゛ン゛ノ゛た゛ん゛がぁぁあ!?!?』

 

『ああ、それとエウリュアレ様は軽蔑の眼差しで『……気持ち悪い』と仰られておりましたので』

 

『ぐっはぁ!?もう駄目じゃ……お終いじゃ……』

 

 




競走馬「ウマピョイ」(グラスワンダーのひ孫)爆誕しましたね。よく審査通ったなぁ


パイオス「転生者は一人でいい!『瑠璃華』は我だけで充分だ!」(リ●ッド風)

主神の名前が隠されてるのは只の演出(神の名を呼んではいけないというアレ)なのであしからず。
終わりも近く、やっとパイオスさん&ステンノ(瑠璃華)さんの素性に触れられるところまで来ました。
予定通りだと次回くらいには正体が分か……まあ前回の53話をよーく見直すと既に決定的なセリフがありますけど。


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55話

水着エレナピックアップキター!
からの→よし、11連一発ぶんしか石ないけど水着エレナ星4だし出るやろ!回したろ!
からの→虹回転キター!
からの→水着玉藻「ハーイ」

何でだよ……普通そこは確率高い水着エレナが来る所だろぉぉ!アレか!やはり物欲センサーか!

という事がありました。


『再起動まで5秒……4……3……2……1……。

プログラム正常。ステータス許容範囲内。エニュ・オー、意識浮上開始』

 

 

 

………。

ゆっくりと瞼を開いた。

意識が戻った……か。全く魔王のヤツ乙女の胸にどデカイ風穴作ってくれちゃって……。この身体の強度はアナみたいな超人と違って人並みなのよ?あんなステンノ様すら即死するだろうくらいの攻撃に耐えられるわけないじゃないの。この身がアバター(非生物)じゃ無かったら確実にあの世行きだったわ。

 

そうだ、あれからどのくらい時間が経った?瑠璃華(ステンノ)様は無事かしら?

首だけを動かして辺りを見回す。居た!ステンノ様、どうやらまだ生きてるみたい。ふぅ、ちょっと安心したわ。体張った甲斐はあったみたいね。それに王子とアナも無事……どうしてニュクティ君まで居るのかは疑問だけど。

となると魔王はどうなってる…………居た、あそこか。誰かと戦って……あれは……アーサー王か。そっか、英霊召喚は上手くいったのか。にしても()()()()()()()()()()()()()

成る程、聞きしに勝る強さね。あの魔王と一対一でやりあえてるなんて。けれどこのまま放置も不味い。何せアーサー王の攻撃は魔王に大して通じて無いようだし。原因は……アレか。封印されたままのエクスカリバー。何処かのタイミングで封印解かないとジリ貧ね。

さて、私も何時までも横になってる場合じゃ無いわ。

 

アレ?体に力が入らない?何よこれどうなって……んん?心臓の鼓動が聞こえる??いや、体の内側からじゃ無くて空気の振動を伝って耳に音が入って来てる。ちょっと待ってよ、つまりそれって……。

 

何で!?何で胸の穴が治り切って無いの!?あばら骨は未修復、肺が鋭意修復中で心臓が脈打ってるのが直に見えてる!?グロ映像!!何これ!!致命傷を負った場合は念の為に問題箇所が完治するまで意識が再浮上しないように設定してた筈……あんのアムラエル(私の本体)!!勝手に設定弄りやがったわね!!きっとあのインストールの時ね!危なっ!もう少しで痛覚遮断解除する所だったじゃない!ホンット危なっ!!

 

とはいえこのタイミングで強制的に私を目覚めさせたって事は意味があるって事。

ああ、分かってる。それもこれも全部あの糞主神の予定通りってのが気に入らない。ここまで予定調和過ぎると逆に不安になってくるわ。成る程、この為の……ガンドか。ステンノ様……いや、もういいか。瑠璃華様は全然気付いてないみたいだけどFGO仕様のこのガンド、命中率100%の補正が掛かってるのよね。何せアプリのFGOで藤丸立香が使うガンドは『敵一体を1ターン行動不能』か『耐性があって効かなかった』かの2択。つまり命中自体は必ずしてるってわけ。イコール命中率100%、って判断されてるのよね、この世界のスキル的には。だから狙って撃てば補正が働いて必ず当たる。つまり!私がガンドを撃つ→魔王が一時的に行動不能になる→その間にエクスカリバーの封印を解く!って流れなわけよ!

 

よし!乙女にこんな傷作ってくれた恨み晴らさでおくべきか!覚悟しなさい魔王!(私じゃなくてアーサー王が)ケチョンケチョンにしてやるんだから!

 

その場に寝転がったままの状態だけど左手で右手の肘を押さえて固定、右手人差し指に集中……。

 

食らいやがれッ……ガンドォォオ!!

 

 

 

───────

 

 

少し。本当に少しずつだけれど、私の胸の傷は塞がり始めていた。遅れて治癒魔法を掛けてくれている王女のお陰だけれど、彼女の表情は優れない。疲労などではない、明らかな心労によるものに見える。あんな姿に変わり果てたエニュを直接見てしまったのだから無理もない。私が……あの時私が先に魔王の攻撃に気付いていたらエニュは死なずに済んだのかも知れない。

 

「すまない、ステノ王女。感傷に浸らせてやれなくて。私に力が足りないばかりに」

 

「そんな事……王子は良くやったよ。ワタシこそもっと強くなっていれば……」

 

怪我人である私の目の前で、治癒魔法を継続展開させながら互いを気遣う二人。でもそれをいうなら、そもそも女神ステンノとしてこの世界に降り立った私の力不足が原因だと思うわ。まぁその辺は主に主神のせいなんだけれど。それから私を差し置いてちょっと良い雰囲気になってるのはどうなの?ねぇステノ王女?騙されちゃ駄目よ?王子とか単に貴女のその私と同じ顔が好みなだけだからね?それ多分吊り橋効果ってヤツだからね?

 

「なぁルリカ。俺の見間違いかも知れないけどさ、なんかアーサーの攻撃が効き難くなってないか、あれ」

 

呆れというか爆発しろとかほんのちょっとだけ思いながら二人の様子を眺めていた私の左の耳元に、背中を支えてくれてるニュクティがそう囁いた。ちょっと、ゾクゾクするから耳に吐息かけないで。ねぇニュクティ、それわざとやってない?やってるよね?お願いだからアーサーに嫉妬とかやめて。ホントにニュクティが思ってるような関係じゃ無いから。背中に何か妙に硬いモノが当たってるのとか気付かなかった事にしてあげるから、ね?今この状況ではそれやめよう?

 

とはいえニュクティの発言は聞き捨てならない。本当にそうだとすれば、この戦いの最中にパイオスが成長した、或いはまだまだ真の実力を出してないって事になる。それはちょっと不味い。何とかしてエクスカリバーの封印を解く為の時間を作らないといけないんだけど、今の私に何が出来る?こんな状態でなくともパイオス相手にガンドなんて当てられる筈が無いし、アーサーの隣に立てるような状態でも無い。王子と王女じゃ足留めにもならない。これ、詰んでないかしら?この世界が漫画やゲームなら封印解放を待ってもらえるのに。

 

 

 

ん?今の、何?遠くから赤い光がパイオス達の方へ向かって……パイオスに命中した。あれ?パイオスの動き、止まってないかしら?まさか今のってガンド?じゃあ放ったのってまさか……。

 

召喚魔法陣の方へと視線を向ける。変わらず体を投げ出して倒れたままではあるものの、左手を挙げて親指を立てるエニュが見えた。嘘でしょう?あの怪我で何で生きて……いや、そうか。アバターだからエニュの体って生物判定されてないから自己を再生できるって事か。ここまで動かなかったのは、パイオスに確実にガンドを当てる為?

 

「何だ、今の光は!?」ってエニュの方を振り向く王子。それと「エニュ!!」って瞬時に状況を理解した王女が駆け出そうとしたけれど、エニュが左の掌をこちらに向けて『来るな』ってジェスチャーをしてる。

 

「離してよ!ワタシ、エニュの所に行かなきゃ!」

 

「まだ駄目だ!ルリカの傷は私だけでは塞がらない!キミの力が必要だ!」

 

そうやって少しだけ争う王女と王子の遥か向こうから『なんだと!?おのれ、死に損ないがぁ!』って吠えるパイオスの声がここまで聞こえる。やっぱり効果があったみたい。それにしてもあのパイオスに当てるなんて……弓使いは凄いのね。

 

 

 

 

 

十三拘束解放(シール・サーティーン)ーーー円卓議決開始(ディシジョン・スタート)!」

 

ここだと踏んだらしいアーサーは聖剣を正面に掲げた。アルトリアの声に良く似た、女性の機械的な『承認』という声が響いて、アーサーの周り……ううん、聖剣を囲むように13本の光の柱が現れた。

続いて機械的な女性……恐らくプロトマーリン……の声で『ケイ、ベディヴィエール、パロミデス、ガヘリス』と円卓の騎士の4人の名前が呼ばれて、同時にアーサーの周りの光の柱のうち4本が消滅、その光が乗り移ったかのようにエクスカリバーが輝きを増す。

懐かしい光景…………あれ?私、前世でアーケード版の聖剣拘束解放する映像って見たことあったっけ?

 

 

 

 

 

「是は、真実のための戦いである」 『アグラヴェイン』

 

「是は、精霊との戦いではない」『ランスロット』

 

アーサーの言葉に呼応した円卓の騎士の名をプロトマーリンが告げていく度、光の柱が1つ、また1つと消えていく。同時に聖剣に光と力が溢れていくのが分かる。

 

そうして封印もあと3つ、というところまで来て、パイオスに動きがあった。どうやらガンドの拘束時間が切れそう。ガンドを撃てる私が何とかしないと……でもエニュみたいに命中させるなんて芸当が私に出来る?これだけ離れているうえに満足に身体も動かせないのに。いや、やるしか無い。そうしないとこの世界が終わってしまう。一か八か……。

 

礼装を展開……って、ちょっと駄目よニュクティ。無理してるのは分かってる。でもここが勝負所だから止めないで。後でいうこと一つだけ聞いてあげるから。今だけ、お願い。

……私の右手から放たれたガンドは、奇跡的にパイオスを捉えてくれた。『死に損ない共がぁ!!』って断末魔にも似たパイオスの叫びが木霊する。

 

 

 

 

「是は、邪悪との戦いである」『モードレッド』

 

「是は、私欲なき戦いである」『ギャラハッド』

 

そうして光の柱も残りたった1つとなって。アーサーはほんの少しばかり瞳を閉じて。

 

「是は、世界を救う戦いである」『アーサー』

 

アーサーが眼を見開いたのと同時。最後の1つの柱が消滅して、輝く黄金の刀身が現れた。

嗚呼、なんて綺麗なんだろう。

 

 

 

 

 

 

「今こそ決着を着けよう!………『約束された(エクス)…………勝利の剣(カリバー)』!!」

 

アーサーはパイオスへと向けて、聖剣を左下から右上へと振り上げる。同時に目映い黄金の極光の柱がパイオスへと走った。

 

やっと。これでやっと終わる。私もやっと解放されて、この世界で気楽に生きられる。そう思った私の期待は、次の瞬間には凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

『決着とな!!面白い!!受けて立とうではないか!』

 

そう叫んだパイオスが、約束された勝利の剣(エクスカリバー)そっくりな漆黒の魔力の柱をアーサーに向けて放つ。

あろう事か。激突している光と闇の2つの柱は。一方が少しでも揺らげば一瞬のうちに押し負けて飲み込まれるだろう程に拮抗していた

 




ドーモ、55話デス

宝具『約束された勝利の剣』炸裂も決着は次回に持ち越し。

全然関係ないですけどそういえばハン●ーハンターってまだ休載?いつ完結するんすかね?



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56話

次回で完結予定。


どう……すれば。

 

パイオスの攻撃が約束された勝利の剣(エクスカリバー)と拮抗しているなんて。

これでパイオスを止められないならもう打てる手は残っていない。

 

『理解しろ、貴様では『比較の理』を持つ我には勝てん』

 

薄ら笑いを浮かべそう言い放つパイオスに、奥歯を噛み締めるアーサー。

 

比較の理……。よりにもよって……アーサー王伝説においてキャスパリーグはエクスカリバーの刃をはね退けた挙げ句アーサー王に重傷を負わせた相手。フランスに於いてはアーサー王を殺害したって話(勿論イギリスでは全力で否定されているけど)まである獣。その力を受け継いでいるならアーサーとの相性は最悪。

 

……駄目、本当にほんの僅かだけど押されてる。

 

そうか、ここまでか。

最初から私に勝ち目なんて無かったんだ。私は大人しくパイオスに吸収されて消える運命だったんだ。

 

「くそっ、我々は見ている事しか出来ないのか」

 

「ワタシが……ワタシがもう少し強かったら」

 

私の胸の傷を治癒しながら唇を噛む王子と、自身の力の無さを嘆く王女。

違う。災厄の……比較の理の獣はそんなレベルじゃ無い。二人は良くやってくれたと思うわ。本当に。私みたいな使えない駄女神をここまでよく助けてくれたと思う。

 

今考えてみれば、主神(アイツ)が私をステンノ(最弱の女神)にしたのも、比較の理を持つパイオスをこれ以上強くしないようにする為だったのかも知れない。下手にヘラクレスとかオリオンとかにしたらそれだけパイオスも強くなってしまうかも知れないから。

やっぱりパイオスとの最初の邂逅で是が非でも奴の魂を消滅させなきゃいけなかった。

 

「ルリカ、しっかりしろよ!まだ終わってないだろ!」

 

自らが背もたれになるように、座り寄り掛かる私を全身で抱え支えていたニュクティが私の左の耳元にそう声をかける。どうやら今の私の表情を見て諦めてしまったのを感じ取ったみたい。

 

「神造兵器、なんだろ?これから本領発揮するんだろ?」

 

いいえ、ニュクティ。約束された勝利の剣(エクスカリバー)はアレで全開。それこそ地球の意思でも無い限り、これ以上は。

 

ニュクティが私の右手を強く握る。私を鼓舞する為か、或いは芳しく無い今の状況に好転して欲しいとの祈りが込められているのか。或いは恐れか、それとも。

今の私にはニュクティと目を合わせるような気概は微塵も無い。俯いて視線を逸らす。

 

『雑種……貴様、神造兵器があの程度の力しか無いなどと思っているのではあるまいな?』

 

『諦めるのかいマスター君?君らしくもない。切り札はまだマスター君の手の中に在るというのに』

 

…………()()()()()()─……か。

ふとニュクティに握られた自分の右手に視線を落とす。

 

…………そっか。まだ、終わってなかった。そうよね。()()()神造兵器の本来の出力があの程度の筈無いわ。

アーサーのマスターとしてまだやれる事がある以上、諦める場面じゃ無かったわ。

体は……うん、王子と王女のお陰で多少なら動けるかも。全身に微かながら気力が戻る。弱々しいながらも私は握られたニュクティの右手を握り返す。私の表情が変わったのを見て、ニュクティが声を掛けてくれる。

 

「ルリカ、俺に出来る事はあるのか?」

 

「…………ええ。私をアーサーの所まで連れて行って」

 

私の右手の甲には、確かに三画の令呪がある。ええ、私達の切り札。どうにも思い出せないけれど確かに何処かで見た、()()()()()()()()()()()()()()の令呪が。

 

───────

 

先ずはアーサーの所へ行かないと。令呪があるからアーサーが私のサーヴァントだというのは疑いようが無いと思うけれど、某正義の味方さんのように正しくパスが繋がっていないという可能性はゼロじゃ無い。何せ地球とは縁も所縁も無いこの異世界に無理矢理召喚しているんだもの。

それで、もしもパスが繋がっていないならやらないといけない事は……最も効率的なやり方は……ええと……何でfateの製作陣はあんな設定にしたの。私にその気が全く無くてもどうやったって勘違いされるじゃない……あっそうか元々はエ●ゲだったんだった。今の私の顔、真っ赤になってたりしてないかしら?大丈夫かな?

見かけ上とはいえ『女神の想い人』って立ち位置を確立した方がこの異世界におけるアーサーの格が跳ね上がるんだけどそれはそれとして……。

 

『くんずほぐれつ乱れたルリカたんのあんな姿やこんな姿!うおぉぉぉお漲ってきたぞい!』

 

『主神の癖にこの状況で発情するとかどんだけ馬鹿なんですか!死んでくださいこの変態ジジイ!』

 

『ちょっ、落ち着け!それはイカンじゃろやめるんじゃアムラ……プゲラッ!?』

 

なんか脳内で声が聞こえたような……。

とっ、兎に角。アーサーとパスが繋がっておらず、かつ地球と違って知名度ゼロなせいで彼が弱体化しているという状況を覆さないといけない。だから令呪持ちで優秀な魔力タンクの私がその……えっと……彼に()()()()()()()()のが最善手なわけなんだけれど。

 

「もしもアレが君に向いたらどうするつもりだ?私は反対だ。この場で治癒しつつアーサーが勝つ事に賭けるべきだ」

 

「無謀過ぎるよ!幾らワタシでもあんな攻撃防げないから!もしも受けたらひとたまりもないからね!」

 

まあ、王子も王女もこういう反応になるわよね。ええ、知ってたわ。でもここで退くわけにはいかない。アーサーがサーヴァントである以上、受肉でもしない限り時間制限だってある。文字通り今がパイオスを倒すラストチャンス。

 

それに多分、私達が向こうに移動するくらいは出来る筈。パイオスも多分アレで出力全開なんだと思うし。そうじゃなきゃとっくにアーサーを倒してるか、もしくは同時に私にも攻撃を向けてる筈だもの。

 

「パイオスを倒すなら今しか無い……勝算ならある。お願い二人とも、聞き分けてくれないかしら?」

 

私の言葉に「しかし!」「けどさぁ!」って王子も王女も渋る。あまり猶予も無いし、二人が納得しないならニュクティと私だけで無理矢理向かうしかないんだけど……。

 

「……あーもー分かったよ!ワタシがあそこまで運ぶから!その代わり絶対勝つって約束してよ?」

 

王女が折れた。王子は「正気か!?」ってまだ納得してないみたいだけど。……仕方ないな。

 

「お願い、アルゴリス王子(スキル:魅惑の美声)」

 

王子相手にあんまり魅了スキル使いたく無いのだけれど……今回はやむを得ないか。「あ、いや、分かった」って頬を染めてボーッとした様子で答えた王子には悪いけど、放ってさっさと行かせてもらう。

王女が私を抱き上げる。瞬間左胸に激痛が走って苦痛に顔が歪むけど、まだ耐えられる痛み。治癒魔法のお陰ね。

背に風魔法を展開して出ようとした王女をニュクティが呼び止める。

 

「待ってくれよ、俺も行く!」

 

「ニュクティ君は危険……いや、分かった」

 

王女はニュクティの背中にも風魔法を展開すると、一気にパイオスの方……ではなくエニュの方へと向かう。風魔法だけで六つ同時展開とかやっぱりチートだわ、このお姫様。

 

エニュの方へと向かった理由は恐らく一つ。あるものの回収。そう、召喚魔法陣の中央に鎮座している、あの人間一人隠せる程の巨大な盾。あの盾、何処かで見た筈なんだけど……思い出せない。

 

「ニュクティ君、これ持って!いざって時は頼んだよ」

 

『力を貸しますニュクティさん!先輩をお願いします!』

 

「俺にこんなデカイの持ち上げられるわけ……うおっ、なんだこれ、何故か持てるぞ!?」

 

どうやってかあの盾を持ち上げ構えたニュクティを前に、私をお姫様抱っこした王女がそのすぐ後ろからアーサーの場所まで風魔法で文字通り吹っ飛ぶように一直線。細かい制御よりも速度を優先したみたい。左胸の傷に思いっきり響いて痛いんだけど……仕方ないか。

 

予想通り。パイオスは私達に攻撃を向ける余裕は無いみたいで妨害は受けずにアーサーの所へと辿り着けた。けど……出力が上がった。周りから見ても分かるくらい徐々にアーサーが押され始めてる。不味い、もう時間が無い。「何故来た!」って私を見て叫ぶアーサーに精一杯の笑みを向ける。

 

「分かってるでしょう?マスターとして貴方を助けに来たわ」

 

「君は……。そうか、()()()()()()()()()()()

 

いつも……?アーサーの言ってる事は分からないけど、私はやれる事をやるだけよ。

ニュクティと王女に支えてもらいながら、やっとの事でアーサーの隣へ。自力で立つには左胸が痛くて無理ね。倒れそうになって、アーサーの左側に寄り掛かるようにして抱き着いた。ニュクティの嫉妬混じりの視線が……今は気にしてる場合じゃない。

 

「『令呪を以て命ずる……私のありったけの魔力を使ってパイオスを倒して』」

 

そう口にして、私はアーサーに唇を重ねる。勿論舌も絡めて体液を混ぜ合う事も忘れない。誰よ、体液が一番だとか設定作ったのは。

 

直後、私の体からごっそりと魔力が抜けるのが分かって。体じゅうを激痛が走り抜けて。同時に『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の光が何倍にも膨れあがって。パイオスが極光に飲み込まれた所で、私の意識は闇に染まり。

 

……夢を見た。

 

───夢。パスで繋がれたマスターとサーヴァントは互いの過去を夢のような形で見る事がある、と何かで読んだ。ならばこれはアーサーか私の魂に残る遠い記憶なのだろう。目覚めればきっと忘れてしまうような、アーサーと交わった今しか思い出せない儚く消えてしまうだろう霞のような───

 

マシュ……マシュ!!

 

どうやら私は叫んでいるらしかった。私、というか私が夢を通して見ているこの誰か、この視界の主の女性。

 

周りは見渡す限り何も無い、一面の荒野。

存在しているのは、この視界の主と生き残った二人のサーヴァント、それと視界の主……面倒だしもう私でいいか……が必死にしがみ付いている一体の異形。災厄の獣。ラスボスもかくや、という四本足の巨体の頭部らしき位置に二本の鋭利な角を持つ、様々な動物のキメラのようなソレは、私の発した声に反応したのか動きが止まった。巨大な頭の中心にある人間の……女性らしき顔が私の方へとその紫の瞳を向け、口を開く。

 

……セ……ンパ…………イ…………?

 

マシュ!』

 

私が叫んだのは、どうやらキメラの体に埋まっている彼女の名前らしい。彼女は動きを完全に止めて、苦しそうに唸っている。

 

『二人とも、今しかない!わたしごと!マシュを!』

 

必死に叫ぶ私。伝わってくる死への恐怖。けれど、同時に感じる安堵。

 

『ごめん、マシュ。犠牲がわたしと彼女だけで済むのなら。それで人類が救われるというのなら。やむを得ない……よね?貴女も助けてあげたかったけど……でも許してくれるよね?だって、もうこれしか手段が残って無くて』

 

そう漏らす私の体は両足を失い、辛うじて上半身が動く程度。

私はそれでも気力で異形と成り果てた彼女を掴んでいた。

きっと私が離れれば、彼女は再び自我を失い今度こそ人類を滅ぼすのだろう。

 

『貴女に人類を滅させたりしない……だから』

 

暫しの沈黙。

 

『ああ、マスター』と決意の表情で頷くアーサー。

『ええ。貴女の覚悟……確かに受け取りました、マスター』と悲痛な心情を振り切りエクスカリバーを構えるアルトリア。

 

二人の騎士王の持つ聖剣が黄金に輝き始める。二つの眩い光が大きく膨らむ。

……嗚呼、何て綺麗なんだろう。

 

『マスター、約束しよう。マスターが再び世界を救う時が有れば、僕は今度こそ君を助ける為に舞い戻ろう。マスターが世界を滅ぼす敵となるなら、僕は必ず君を止める為に現れよう。例えマスターが覚えていなくとも、僕が覚えていよう』

 

アーサーが私に向かってそう叫んだ。

 

嗚呼、そうだ。そうだったよね。

 

『『約束された(エクス)───勝利の剣(カリバー)!!!』』

 

二本の聖剣から放たれた二つの黄金の極光は一つに交わり、巨大な光の柱となって私と異形の彼女を飲み込んだ。

 

『もしも次があるのなら……わたしも……普通の人生を生きてみたいな─────』

 

嗚呼。異形(彼女)と共に、私の体が消えていく。

 

消えていく直前。私……視界の主の彼女の魂に、異形(彼女)から何かが注ぎ込まれていくのを感じた。

 




次回、エピローグ。

瑠璃華(パイオス)さんの正体、というか前世の更に前世?が何者であったかを何処まで描写したものか悩んだ結果、半年近く更新してなかった……というわけで56話を隈無く読むと分かる、ようにしときました。例えば文中とかの不自然な空白とか。


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