届かぬ星に恋をした (ふわらびゅ侍)
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届かぬ星に恋をした
その日は私の初めての教育係との初顔合わせだった。天気はとても良く、空が青い日で過ごしやすい日だったことをよく覚えている。
前の教育係のお姉さまは、私を引き取ってくれた叔父様がいうには忙しくなったらしい。
仕方ないのだと思う。お姉さまは叔父様の娘でいずれ教団を背負わなければいけない人なのだから。
前の教育係、マリイ・ドーゼットお姉様は銀羊教団という宗教団体の理事の娘だ。覚えなくてはいけないことがたくさんある。そのため私の教育係をしている暇なんてない、そういうことだろう。
しかし、この教団は悪魔退治や悪漢退治を主とする退魔師集団の側面もあるため、退魔師の見習いの私にはそういった技術の教育係がいるため、新しい教育係があてがわれることになっていた。
澄み渡るような空の青さと対象的に私の心は暗く曇っていた。お姉さまは優しい方だったが、新しい教育係はどんなイビリをするかわからない。人間は信用できない生き物だから。
「ミゾレ。」
叔父様に不意に声をかけられ、私は意識を現実に引きずり戻した。部屋の中はほのかに暖かく、優しい香りがする。叔父様の部屋はいつもそういう香りだ。安心する。
「はい。」
「なかなか、新しい教育係は来ないね。」
優しい笑顔を浮かべながら、叔父様はいった。その人物が約束の時間に来ないことははじめから分かっているようだった。他の人と一緒なら、不安になっていたが、叔父様と一緒ならいくらでも待っていい。叔父様は信用できる人間だ。世界でそういう人間は三人しかいない。乱暴にドアが叩かれ、ドアが開いた。
部屋の中に入ってきた人物の目つきは鋭く、不機嫌を人間の形にしたらそうなるというような顔をしていた。おまけに衣装はひらひらとした服で娼婦のようだ。間違ってごろつきが部屋に入ってきたのかと思い、立ち上がろうとする私を叔父様が、押し留めた。
「私は教育係はやらないといったはずですが。」
地獄の底から響くような声で入ってきた人物は言った。どっかりと椅子に座り、足を組んで、彼女は私を値踏みするようにしばらく見つめたあと、
「0点。もっと可愛い子いなかったんですかあ?」
自分の頭の中が一瞬で沸騰した。
―――
目の前の人物はニヤニヤと笑っていた。冷静に見れば、彼女はとてもきれいだ。赤色の少しタレ目がちな目はぱっちりとして可愛らしい。まつげもとても長い。茶色がかったピンクブロンドの髪はきれいに手入れしてあるのかまるで天使のようだ。しかし、それ以外は全くシスターや退魔師といった風情ではない。赤色の服に青色の薔薇のブローチで緑色のマントを止め、足を尊大に組んだ姿はまるで、控えめに言えば冒険者。もっと言えば娼婦のそれに近い。
「何もビンタしなくてもいいじゃないですか。」
彼女は面白がっているかのような顔つきをしていた。この女は頭がおかしいのかもしれない。もしくはとんでもない被虐趣味の変態なのだろうか。叔父様は私が冷静になったときにはすでにいなくなっていた。
「魔法を撃たれなかっただけマシだろ。」
「あなた魔法使えるんですか?ふ~ん。名前は?」
「ユキヨリミゾレ。」
「ああ。」
ずっと目を合わせていた彼女がほんのちょっと下を向いた。目を一瞬そらして、いやらしい笑いをニッコリと浮かべる。嫌味ったらしい嫌いなほほえみ方だ。もう一度ビンタしてやろうかと思う。
「あの魔法の制御がヘッタクソで、物をぶっ壊すことで有名な、聞いてますよ。親父もとんでもない欠陥退魔師をよこしましたね。」
「なんだてめえ!!!!!」
「あなたと喋っていたら、すぐに熱くなって、集中が途切れることや見境なく魔力を放出されることくらいはわかりますよお。そのせいで魔力制御がうまく行かないことも。」
彼女は一旦言葉を切った。そして、今日のお天気の話をするように穏やかな声音で
「まともな教育係がつかないとあなたは近々死ぬでしょうねえ。魔力の反動でよく今まで死んでこなかったのか意味がわからないくらいですから。
そうじゃなかったら、集中が途切れても使える魔法使いなんてものはいずれ仲間を巻き込むって相場が決まっているんですよ。
そうなりたいなら、前の優しいお姉さまのところに戻ればいい。」
そう言い切った。
「私の魔力の暴走を止めてくれるのか?」
感情のない瞳を私はじっと見つめた。赤い瞳はゆらゆらと揺れて何も教えてくれない。ひたすら怒りを煽る喋り方や笑顔の見せ方をするが、この人物の考えることは何もわからない。よく言えばマイペースだが、自分勝手な印象のほうが強かった。
「やる気があって訓練に耐えられるなら。」
「もちろんだ!よろしくな師匠!」
彼女はちょっと目をそらして、その後ふっと軽く笑った。
「私はメリイ・ドーゼット。あなたの前の教育係マリイ・ドーゼットの妹です。わかっていてビンタしたんですよね?」
「私は謝らないぞ。お前の態度が悪かったから、私は怒ったんだ。叔父様やお姉さまの血縁でもそれは関係ないだろ。」
メリイは何故かひどく嬉しそうに見えた。こんな事を言って喜ぶわけがないはずだから、きっとそれは私の勘違いだと、私は自分に言い聞かせた。
メリイにつれられて入った彼女の部屋は恐ろしいことになっていた。
服や本や葉っぱのようなものが辺りに散らばっている。なぜこんな物があるのかわからない。
「なあ、お師匠様。」
「なあに?」
「あんた、まさか退魔師がやっちゃいけないような危ない薬草吸っていないよな?」
「ああこれですか?」
ダンスを踊るような優雅な足取りで物に溢れた部屋の隙間をメリイは歩き、葉っぱを取り、戻ってくる。曲芸師か何かをこの女はやっているのだろうかと不安になるくらいきれいな足取りだった。
「私は薬を作ることが趣味なんです。親父の部屋のニオイ消しも私が作ってます。ちょっとこの部屋には仕掛けがあるので、そういう作業をする別室は見えてないですけれど。」
棚をすっと彼女は指差した。色とりどり薬瓶が並んでいた。そこだけは不気味なくらいにきれいに整頓されていた。
「中には毒薬もあるので、あそこの棚は触らないでください。落ちてる葉っぱも触るくらいなら大丈夫ですが、食べないほうがいいですよ。」
「こんなところで人間が住めると思っているのか!!」
キョトンとした顔を彼女は浮かべた。こうしてみると本当に可愛らしい顔をしている。腹ただしいことだが、良家のお嬢様かと思うくらいだ。荷物をメリイに投げつけると、彼女はそれを楽そうに受け取った。だいぶ、物を詰め込んだためかなり重かったはずだが、もしかしたら、筋力があるのかもしれない。
「怒ってます?」
「違う、これからこの部屋を掃除する。」
あらそうと言いながら、優雅にほほえみ、メリイはベッドに横たわった。人を使いこなすことに慣れた人間の態度だった。手が出そうになる自分を抑え込むのに苦労した。
部屋の掃除は難航を極めた。謎の本、よくわからない用途不明の物体、衣服、清楚そうな顔つきからは想像もつかない派手なフリルやハイレグのパンツ、薬瓶などが床には転がっている。何も感じずに生活できているのが不思議だった。
竈の方は明らかに使われていないことが明らかだ。中にはびっしりとクモの巣が張ってある。
「あんた、どうやって生活してたんだ。」
ベッドに横たわり、何かの本を読んでいるメリイに聞く。集中しているのか一瞬間があり、
「友達が色々やっていました。そうじゃないときはちょっと街の方にいって、食べていましたよお。」
「あんたに生活能力がないことや早死するような生活することはわかったよ。あとな、勝手に街に降りていくのはだめなんだぞ。」
この教団支部は山奥に作られており、なるべく外部との干渉が禁じられている。問題があってはいけないからだ。
「ここでしか女の子抱けなかったら、頭おかしくなって死んじゃいますよお。」
あっけらかんと戒律違反のことをケラケラ笑いながら言う彼女の脳天気な顔を見ると呆れて何も言うことができなかった。殴る気力すらわかない。
私の新しい教育係はシスターとしては赤点の変人で、女の子が大好きな生活能力が一切ない人間だ。こんな人間と一緒にいたらこっちの頭がおかしくなる。一刻も早く、教育係を変えてもらったほうがいい。なにかうまいことを言っていたが、こいつはとんでもないホラ吹きだろう、何を考えているかわからない。私の直感がそう告げていた。
―――
部屋の掃除が終わったあと、私はひどく疲れていた。メリイはご苦労さまと手をひらひら降っている。
「腹は空いてないか?」
「合成薬でも食べればいいので、私のことはお気になさらず。」
「今から作るよ。材料は食料庫からもらってくる。」
「泥棒だ!!!いけないんだ~!!」
「お前が配られる食料なにもおいてないのが悪いんだろうが!!!!!!!」
食料庫から拝借してきた野菜と調味料で簡素なスープを作った。全身が痛く、難しいものを作る気が一切しなかったというのが大きい。しばらく煮込んでいるとスープの匂いが部屋中を満たす。薬草のにおいじゃないまともな匂いがようやく部屋の中を満たした気がした。
「あ。」
メリイが少し顔を上げ、私の方を見た。目が数秒合う。小さい声でなんでもないと言いながら、メリイは目をそらした。
「おいし~い」
「こんなのでいいなら毎日作ってやるよ。」
「本当!??!嬉しい!!」
キラキラと目を輝かせたその顔はどこか子供のようにあどけなかった。本当に気に入ってくれたようだ。
いいところのお嬢様だからもっといいものを友達が食べていると思ったが、実際は荒んだ生活を普段は送っているのかもしれない。薬を食べると自然に返ってきたことも考えると食にあまり関心がないのかもしれない。あとは―
「はじめてみたよ。」
「何が?」
「あんたのそんな顔。あとこんなので喜ぶ人間。」
ヘラヘラとした締りのない感情のわからない顔以外を彼女から見たのは、ここまでで初めてだった。
冷たい水がかけられる。キリキリとした痛みの感覚が体を貫く。これも修行だ。
いずれ私は食べ物になるから魂も体もきれいでいなくちゃいけない。それはこの作業。
村は貧しいところで、毎日質素な食材でスープを作った。家のことはみんな私がしていた。
家事は女性がやるものだったし、お父さんしか家にはいなかった。お父さんは働いていなかった。
なんでも、いけにえのお家は働かなくても、みんなが助けてくれるらしい。
難しいことは私はわからない。ただ、十歳になったら私は神様のところに行って食べられるのだとしか聞いてなかった。
みんなはとても優しくしてたけれど、たまにひどく怯えた顔で私を見た。
気づいたら、たくさんのものが壊れていたからだと思う。体もズタボロになって、すぐにお父さんにぶたれた。影で誰かが化け物が神様に食われるならありがたいという言葉を聞いたことがある。化け物も神様が食べてくれるのかな。神様の元へ行ってご飯になっておしまい。それが私の全て。
あの日が来なければそうなっていたんだろう。
眠っていると家が燃えていた。何もわからなくなって、気づいたときには私は馬車の中にいた。きっと私が悪いことをしたから神様が怒ったんだと思った。初めて目を開けたら叔父様が私を抱えていた。もしかしたら神様じゃないかとその時思った。この人に私は食べられるんだと。食べないでというと、叔父様は新しいお家でおじさんと暮らすんだよと優しい声で叔父様は言ってくれた。
「大丈夫ですか?随分うなされていましたが。」
不安そうな顔でメリイが私を見ている。一瞬叔父様かと思って私は彼女に抱きついた。薬草とバラの香水が混じり合った匂いがする。何故か安心する匂いがした。
「震えてますね。いまハーブティーを作りますね。少しは落ち着きますよ。」
「...一緒に寝てほしい。」
メリイの目が大きく開かれた。困惑しているのが、はっきりと分かる。
「私、あなたは好みじゃないです。」
「私だってそっちの趣味はない。ただ、手を握っていてほしいだけだ。不安なんだ。」
「はいはい。世話の焼ける弟子ですねえ。」
フニャフニャとした情けのないものを見るような目で彼女は私を見ていたが、ベッドに入ることを拒絶もしなかった。ベッドはもっと強いバラの香水の香りがした。何かを思い出しそうで思い出せないようなむずかゆい香りだ。彼女の手は柔らかくてひどくしなやかなだった。ところどころなにかのタコのようなものが触るとあった。
何故かその後は悪夢を見ずに、ゆっくりと私は眠った。
「はーい起きてくださあい!!!」
目を開けると空はまだ白み始めた頃だ。早すぎる。
「なんだよ。」
「今から外の森で訓練しますよお!」
寝ぼけた頭でフラフラと着替えて、手を引かれるままに外に出る。メリイの手には引き金を引くと水が飛び出る木製の子供の玩具が握られていた。
「何だ水遊びでもするのか。」
「まあそんなところです。あなたは私から水鉄砲を打たれないよう逃げてください。しばらく猶予を与えるので、その間に逃げるなり隠れるなりどうぞご自由に。一時間逃げ切ったらあなたの勝ちです。勝ったら、そうですね、何でも言うことを聞いてあげますよ。」
「お前を教育係から降りさせることもか。」
「もちろん。」
「俄然やる気が湧いてきたよ」
そりゃ良かったと不敵に笑うと、じゃあ始めますよと彼女はいった。
逃げる必要なんてない。木製の玩具の中の水を氷にすれば終わりだ。少しは優しいところもあるかもしれないが、こんな欠陥まみれの女との生活は願い下げだ。そもそも、こんな訓練で魔力制御がうまくいく訳がない。私は担がれたんだ、
呪文を唱え、魔力を水に注ぎ込む。メリイはニコニコした表情を崩さぬままボケっと突っ立っていた。終わりだ。
「何を遊んでいらっしゃるんですう?」
「打てるもんなら打ってみろよ。」
じゃ遠慮なくと言っておでこに発射口を当てられ引き金を引かれると大量の水が頭を濡らした。何故かベトベトするし妙な色をしている。気持ち悪い匂いがする。
「貴女の得意な術を親父から聞いてないとでも思ったんですかね。この容器には冷気の呪文に抵抗する加工してあります。あとは氷の術に対して、抵抗を持つ液体を中に入れました。それでも少し凍るっていうのは...まあすごい才能ですね。」
「汚えぞ!」
「素直に鬼ごっこに応じずにルール壊そうとした人が言ったらいけませんよお?」
メリイが朗らかに笑っていたが、明らかに目は座っていた。
毎日早朝に訓練は行われた。
はじめは普通に逃げ、水浸しにされた。そもそもこちらと相手の運動能力に差異があり過ぎる。逃げ切ったと思ったら先回りをされ、水浸しにされるということが数日続いた。
その後は隠蔽魔法を使って、隠れたが、魔力を辿られてすぐに撃たれた。
何日も何日もこの訓練が続いた。隠蔽魔法の痕跡を何個も作って隠れたら足跡で見つかる。浮遊魔法ならと思えば、魔力を無駄に使いすぎだと言われまた打たれた。
最小限の魔力で必要以上の力を出さないように工夫をした。それでも長時間同じところにいれば、どこからやってくるかわからないため、数分ごとに場所を変え、ダミーの隠蔽魔法の痕跡をばらまいた。
「なかなかうまくなってますよ。」
珍しく、裏のない穏やかな表情でメリイはいった。こころなしか息が切れている気がする。そして私は、いつもどおり水浸しにされていた。
「これになんの意味があるんだよ。」
「いつも全力で魔法を打つ必要はないでしょう。魔力を使う量を調整すること。そういう訓練です。貴女は馬鹿ですが、戦闘に関しては勘が働くし、筋がいい。」
「何言ってるか全然わかんねーよ!」
「いずれわかりますよ。明日の訓練はないからゆっくり休みなさい。」
何故か問いかけても、メリイはヘラヘラ笑うばかりで、まともな返事が返ってくることはなかった。
メリイという人間と数ヶ月付き合ってわかったことがある。深夜になるとふらふらと窓から抜け出して、朝方に帰ってくることが多いこと。ふらっと部屋を抜け出して、薬草の匂いもしくは嗅いだことのない香水の匂いを漂わせながら、帰ってくること。そんな日は訓練が面倒くさいと言って、昼ごろまで眠っていることが多い。事前の連絡で休みにすることは殆どなかった。なにかがある。
私は寝たふりを決め込むことにした。どうせろくなことをしない。今までの経験がそう訴えかけていた。それならば、それを叔父様に告げ口するのも普段の傍若無人なふるまいの意趣返しになると思ったからだった。うまくいけば、教育係を変えてもらえるかもしれない。
深夜、窓を開けて、ふらりと外に飛び出すのが目の端に見える。しばらく間をおいて私も窓の外に飛び出したあとに気がつく。ここは一階だったか?
「っ!?」
地面にぶつかるギリギリで浮遊魔法を唱える。目の端に映るメリイはマントをはためかせ、こちらの動揺をあざ笑うかのように優雅に空をふわふわと漂っていた。
―――
近くの小さな村につくと彼女は地面に降りた。多分ここで何かをするのだろう。一軒の大きな家に入るとしばらくして、いやに真面目な顔をして、村の外れの畑に向かっていく。
後をつけようとしたが、なにか肌がひりつくような感じがする。やめておけと何かが告げる。
「知ったことか。どうせ、村外れで女と逢引でもするんだろ。」
震える体を押さえつけ、無理に歩みをすすめる。自分の何かが正しいことはすぐに分かった。巨大な毒々しい何かがそこにいた。
「帰るなら今のうちですよ。」
ひどく穏やかな声ではるか前方にいる女性がこちらに聞こえるような声で、独り言をつぶやいているのが聞こえた。
「これは銀羊の仕事でもありませんし、告げ口をするならいいネタだと思いますよ。さっさと子供はお家に帰って、寝てなさい。これでも、撒こうとしたんですが、なかなか執念深いですね貴女は。」
明らかに彼女は私の存在に気づいてるようだった。もしかしたらはじめからわかっていたのかもしれない。
「うるせえ!!!こんなのただの魔物だろ!小さい頃はこれくらいの魔物、村で退治してたんだ!みてろ!!」
彼女が何かを言う声が聞こえたが、意に介さず、彼女のもとに駆け寄った。いや、駆け寄ろうとした。足元がぐにゃぐにゃして、頭がくらくらする。倒れ伏す私を何かが抱きかかえる。しばらくすると意識が戻ってきた。乱暴に覆いのようなものをつけられた。
「あれは毒を撒き散らすんですよ。何もない状態で近づくことは危険です。あれが畑を荒らしていくので皆さん困っているので、オトモダチから私に声がかかったんです。
正規の銀羊のルートで頼むとひどくお金がかかりますから、頼めないんですよ、こういう小さい村は。」
ひどく冷ややかな目で私を見つめながら、彼女はつぶやいた。本当に手のかかるガキだという言葉が小さく聞こえたような気がする。
「私はあれを退治して、お金をもらうので帰れません。さっさと帰りなさい。まだあれも気づいてません。」
「嫌だ。」
「は?」
「この村の人が困っているのに、何もしないなんて嫌だ。一緒についていく。きっと役に立つから。」
理解できないものを見るように彼女は目を見開き、苦虫を噛み潰したような顔になる。しばらくして軽く舌打ちをすると、大仰にため息を付いた。
「私の指示した魔力の出力で、指定した場所に魔術を展開できるのならついてきなさい。そうじゃなければ、あなたを気絶させて帰ります。」
「大丈夫だ。」
そうと小さくつぶやき、彼女はついてきてといい、歩き始めた。
巨大な蛇のような生き物がそこにいた。覆いをつけていても鼻が曲がるような臭いがする。飛び出そうとする私の体をメリイが押し止めた。呆れ返っているようだった。
「とりあえず、あそことあそこの地面を凍らせてください。凍ればいいのでむやみにぶっ放さなくていいです。あと、あれには危害を加えないでくださいね。あとあそこも。あとあなたはここから前に出ないこと。いいですね。あとは私が指示を出すので、それ以外のことはしないこと。」
メリイはまるで散歩にでも出るかのように静かな足取りで歩みをすすめる。
いつの間にか彼女は大蛇の後ろにいて、ふわり途中を飛び、首筋にナイフを打ちこんでいた。
大蛇がバタバタと暴れだす。大蛇が身をよじらせている間にも急所に淡々とメリイはナイフを打ち込んでいく。メリイの存在に気づいた大蛇がメリイに襲いかかるのが見えた。激昂した大蛇をメリイが氷の床に追い込んでいく。足をすくわれた大蛇が滑るのが見えた。
メリイの声が飛ぶ。転んだ間に氷柱を落とせというものや地面を凍らせろというものだった。次第にまばらだった声が頻繁になり、焦りのようなものが交じるのを私は感じていた。
メリイがかがみ込むのが見えた。氷の床を踏んでころんだのだろうか。それとも毒が回ったのだろうか。
大蛇の影が近づくのが見える。私は大声で呪文の詠唱をしながら、前に飛び出す。なるべく大きな声を上げれば、私に注意が向く。多分。
自分はどうなるかわからないが、メリイはおそらく助かる。抜け目がない人間だから多分逃げ出すか何かをするだろう。
そうじゃなくとも魔力を全部使って、ともかく一撃を入れれば、多分大丈夫だ。なんとかなる。
魔力の渦を感じる。服の一部が裂けていく。服の一部どころか体の一部から赤いものが見え始めていた。いつもこうだった。全力で魔法を打つと必ず怪我をする。周囲の地面に徐々に穴が空き始める。すぐ治るからいいが、今回もそうなるとは限らないだろうなと頭の隅で思う。魔法を打つために微動だにしない私の目にしっぽが振り上げられるのが見えた。やけにゆっくりとした動きだった。
だが、魔術の詠唱まで間に合わない。目の前が真っ白になった。爆音が聞こえる。
何かがおかしかった。まだ体の痛みは魔力の渦で受けたものの痛みしか感じていない。
「ミゾレ、打ちなさい!早く!」
その声に導かれるように私は魔力を解き放った。耳をつんざくような轟音が闇夜の中に響いた。体から全てが消えるような感触があった。
「思ったより頑丈な上に毒の効きがひどく悪かったんです。だから助かりました。あなたがいなかったらもっと時間がかかったかもしれませんね。
ただ、ああいう魔法の撃ち方は今後はなしですよ。周りに迷惑がかかりますし、なにより貴女の体がもたないです。あなたが擦り傷まみれで毎回帰ってきたら親父になんて言われるか。」
「…わかったよ。あれって走馬灯なのかなやけにゆっくり見えたんだ。」
「麻酔仕込んだナイフ何本もぶっ刺してたんですから当たり前ですよ。貴女への氷柱の指示も自由を奪うためのものでしたし。」
立つこともままならなくなった私はメリイに背負われていた。
「なんでそんなまどろっこしい真似を。」
「アレの血液にも毒が混ざってるんですよ。だからなるべく血液は出したくなかったんです。私には必要なものですけれど、畑をもとに戻すのが大変ですから。閃光弾を起爆させて目を潰して自由を奪って、その間にあなたに体の自由を奪ってもらうつもりでした。」
「すまない。」
「いえ、血液のほとんどが凍っていたので、助かりました。回収して色々便利なことに使えますし、売ったら高いので本当に助かりました。」
「銭ゲバが。そういえば畑は吹き飛んではいないのか?」
「ああ...魔力の制御がうまくできていたので、畑の方は無事ですよ。」
「そうか、よかった...。」
鉄と毒の匂いがひどく鼻につく。しかし、いつもの匂いもその中に混ざっていることが何故か心を和ませていた。朦朧とした頭の中でメリイの訓練が効果があったのだろうと思う。昔なら、多分帰っていく道でもわかるくらい畑は荒廃していただろう。それくらいの魔力を打ち込んだから。それにしてもひどく体がだるい。何かを喋る彼女の声が子守唄のように響く。その声と匂いに引きずられるように私は眠りに落ちた。
一人ぼっちだった。お姉さまは私に優しくしてくれるが、いつもお友達が来ると私はお部屋を出なくてはいけない。それに忙しいと言ってお姉さまはほとんど私と一緒にいなかった。男の子の服をお姉さまは可愛いからと言って着せてくれたが、みんなは変だといった。
でも悪いのはきっとお姉さまじゃなくて、私なのだと思う。言葉がうまく喋れなくて、魔術の授業のときにいつも力の入れ方を誤ってみんな壊してしまう私が。みんなが怖いものを見るように私を見ていた。
水に映る自分の姿は数年前に戻っていた。男物の服を着せられるのが嫌で、一人になる時間になると普通の服をこっそり来て薬草園で一人で過ごしていた時期だ。誰もいない空間が楽だった。おおよその他人は自分に無関心か悪意を持って近づく人間しかいない。一人のほうが楽だ。
お姉さまと叔父様だけは別だけれど、ふたりとも忙しいので、私にずっとかまってはくれない。
小鳥のさえずるような歌声が聞こえ、私は身を隠した。こっそりと声の主の方に足を運んだ。とてもきれいな声だったから。
そこには天使がいた。今でも多分その人は天使だったと思う。銀羊の指定の服を着た天使。とても綺麗な瞳と地面につくほどの長い髪を揺らすその人の髪は光の輪っかが幾重にも降りていた。多分、この人は私が話しかけちゃいけない人だ。だってとてもきれいだから。
歌声がやんで、その人がこちらを向いた。目があった。気まずさを感じて私は目を伏せた。
「あなた、いつもここにいるの?」
何も言えず、私は黙っていた。きれいな発音でしゃべるその人に自分の故郷の言葉の訛りの言葉で喋りかけて馬鹿にされることが怖かった。
「私、友達を待っているの。しばらく一緒に喋りましょう?」
その人は私の手を取り、私に話しかけはじめた。その人の話す言葉はよくわからないことも多かったが、分かる言葉に相槌を打っているだけで私は楽しかった。何度かそういうことが続くと、しばらくして私も彼女に喋れるようになった。彼女は私の話を笑いながら聞いてくれた。訛りも一切馬鹿にされることがなかった。彼女は友達が来るといなくなるため、友達がずっと来ないでほしいと思うことが増えていった。
「今日はその、あなたに会いに来たの。」
ある日そんなことを彼女から告げられ、それからはほとんど毎日、その人と過ごした。名前は今でも知らない。聞いてもはぐらかされた。それでも良かった。自分のことも知られたくなかったから。
自分が銀羊でどんな噂をたてられているかはしっていた。一度魔力の暴発で人を傷つけたせいで、私のことをよく言う人間がいないことは知っている。
自分が何者か彼女にわかることで怖がられたくなかった。今の時間を壊したくなかった。一人ぼっちに戻りたくなかった。彼女の読んだ本を読んだ。難しくてよくわからないものばかりだったが、彼女をよく知りたかった。彼女のようにきれいに喋れるように努力をした。次第に訛りがなくなっていくのがわかることが嬉しかった。彼女のようになりたいと願った。たまにこっそりお菓子を作って持っていくと、彼女は本当に美味しそうに毎回食べてくれることが嬉しかった。
彼女は本当によく笑っていた。いつも楽しそうな顔をしていたと思う。
私にとって彼女は本当の天使だった。彼女の存在が自分の中に広がる孤独を和らげてくれた。
聖夜祭のときに私は彼女にコサージュを送った。青いバラのコサージュ、お姉さまがいらないからと言ってくれた服を切り貼りして作り直したものだ。彼女はひどく喜んで、身につけて似合うかと聞いてきた。自分の手作りを付けてくれることが何よりも嬉しかった。彼女に似合うかは今でもわからない。見劣りしているかもしれないという意識があった。
彼女は私に香水をくれたことを覚えている。優しい匂いのする知らないところの花の香水。いまでも大事なものだ。たまに匂いをかぐとひどく落ち着く。その香りを自分は誰かからかいだことがあったような気がする。
ずっとそんな時間がすぎると思っていた。
しかし、ある日を境に彼女はぷっつりと現れなくなった。何日も待ち続けた。彼女は来なかった。ふらりと彼女の姿が見えた。様子がおかしかった。
「ごめんなさい、監視が厳しくなって。もうここには来れないかもしれない。今日が最後。」
平静を装ったが、自分の心の中がざわめくのがわかった。時間が来るのがわかる。日がずっと落ちなければいいと願ったが、無情にも日は落ちていく。何かが弾けた。
喋っていた彼女の声が途切れる。自分が何をしたのか何も覚えていない。気がついたときに彼女は真っ赤な顔をしていた。多分怒っていただろう。怒らせるようなことを私はしたんだろう。
彼女は首元を抑えて、目をそらしながら、その日はいなくなった。それ以来、本当に彼女は目の前には現れなくなった。いくら待っても彼女との時間は戻らなかった。
私の初恋もどきはそれで終わった。
「目を覚ましましたか。」
「何日眠ってたんだ。」
「二日ほど。」
「二日で随分と汚したな。」
夢の中のキラキラした光景とは全く違うメチャクチャな光景が広がっていた。初めてこの部屋に来たときと大差のない乱雑な空間がそこにあった。これを今から掃除するかと思うと頭がくらくらする。
「…世話をしてくれたのか。」
「暇でしたので。」
「そうか、ありがとうな。」
目の前にいる、人格破綻者は夢の中で見た彼女のようにきれいな人間ではない。髪の毛はあの人よりもずっと短いことは些細な違いに過ぎない。大きな違いは夢の中の彼女のように清楚でもなく、優しさも感じられないことだろう。それでも、たまにメリイに優しさを感じることや自分の中の孤独感が解けていくことは事実だった。認めたくはないが、自分はこの人間と一緒にいたいと思っている。
人間的には尊敬したくはないが、この人物と一緒にいたほうが私は幸せなのかもしれない。技術だけの問題ではなく、私はメリイを信頼し始めている。多分、相手のためにもそれがいいだろう。この人物が一人で生活する風景が全く想像できない。
「お礼に部屋の掃除するよ。あと、今日は何でも作る。」
「じゃあスープがいい。」
「手間がかからなくて助かる。…どこかに行くのか。」
「お友達と遊んできます。」
「適当な時間に帰ってこいよ。」
体はまだだるいが、掃除くらいならできるようだ。化粧台もめちゃくちゃになっていた。
本当ならこういうプライベートなところは触りたくなかったが、おそらく、化粧台の中はもっとおぞましいことになっていることを考えると、どうしても我慢ならずに化粧台の棚の中身も片付け始めることにきめた。化粧台の棚の中は思っていたよりも小綺麗だった。もとよりそういう物に興味がないのだろうか。魔力を感じるようなものしか入っていない。唯一つのものを覗いてはだが。青色のみすぼらしいバラのコサージュが大事そうにおいてあった。
頭の方に血が回って、頭がくらくらする。なぜここにこれがあるのかがわからない。考えられることは唯一つだが、それを自分が直視したくない。
彼女に何があったかはしらない。なぜあの天使があんな人間になったのだろう。多分、今の彼女と昔の彼女のことを考えると、ふざけた回答しか返ってこないだろう。きっとずっとわからないままだ。
彼女にもとに戻って欲しい気持ちがないわけではないが、今の彼女を否定できない。
人間的には確実に嫌いな人間だろうが、自分はどこか今の彼女のことを完全に否定できないでいる。
自分のこのわけのわからない感情が何なのかわからない。今はまだ、直視したくないといったほうが正しい。
ただ、まだ時間はたっぷりあるのだから、この感情の答えは彼女と一緒に過ごす日々の中で答えを出せばいいのだろう。相手の出す答えがどんな残酷なものであっても、はじめから届かないと分かっているから。
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震える手
メリイ・ドーゼット
退魔師の女性。今までの武勲から若くして期待を背負った退魔師の女性。銀羊教団所属。ミゾレの師匠。同性愛者で下卑た性格をしているが、本来は繊細。ミゾレのことを心の底から大じい思い、救いに思っているが、愛情を持つこと自体と受け入れられることを恐れ、冷たい態度をとっている。
雪依霙(ユキヨリミゾレ)
退魔師の卵。激情家だが面倒見はいい。銀羊教団所属。性癖はノーマル。メリイの世話をを色々と世話焼きなためなんだかんだ言いながらやっている。初めて心を開いた女性がメリイだったため、メリイに恋愛感情のようなものを持っているが、メリイの普段の発言から嫌われることやそれは間違えだという思いから、メリイとはただの相棒でいようと思っている。
ギブソン・ドーゼット
銀羊の理事の男性。メリイの父。妻を誰よりも愛していた。
「こんなところで寝ていたら風邪引くぞ。」
私を危なっかしく抱きかかえて、彼女がゆらゆら歩く。フラフラした足取りが心地良い。おそらく筋肉がつかないタイプなのだろうか、いくら訓練しても人並みよりこの子は劣っている。
鼻につく刺激臭の代わりに、優しいスープの匂いが鼻腔をくすぐる。
手間のかかるお師匠様だぜとひとりごちながら、あの子は優しく私をベッドに下ろす。あの娘がほしたのだろう、ベッドからは優しい石鹸の匂いがした。
温かい手が髪の毛を優しく撫でる。彼女がこうしてくれる瞬間が私は一番好きだ。だから、いつも作業部屋で眠ったふりをして彼女が迎えに来るのを待ち続けてる。
「寝てるんだよな。」
生温い息が鼻にかかる。こころなしか息が荒い気がした。
頭が真っ白になって何も思いつかなくなった。その後に倫理と淡い希望とゲスな欲望が鮮やかな色彩を持って頭の中を塗りつぶしていく、柔らかい感触が額に触れた。
自分はまともな顔色をしているだろうか。心臓が苦しい、顔が熱い。息が苦しい。怒りと安堵が入り混じってぐちゃぐちゃになっていくのがわかる。
目を覚まして顔の一発も張り倒したくなる欲求を必死に抑えた。私は―この娘が嫌いだ。
鼻歌が聞こえる。あまりうまいとは言えない調子ハズレの歌。私が歌っているのを覚えた歌だが音感がよろしくない。だが、不快というほど下手ではなかった。むしろ、安心する。
まどろみの中で冷静になった頭で思考を巡らせる。そもそも、私はそういうことに慣れている。女生徒の大体とは関係を持っている。外にも恋人や買った相手が両の手で数え切れないほどいるではないか。
それほど可愛らしくもない小娘相手に何を戸惑う必要がある?冷静になったら子供の遊戯だ。くだらない。
ゆらゆらと体が揺さぶられた。ダラダラとしていると、ビンタか頭突きが飛んでくるので、目を覚ます。体がだるい。恐らく、この弛緩しきった空気のせいだろう。
モソモソとスープを口に運ぶ。いつもどおりの代わり映えのしないつまらない味だ。
「何がおかしいんですか?」
「今日はうまくできたみたいで良かったと思ったんだ。メリイの顔が嬉しそうだから。嫌いな味付けのときはもっと嫌な顔をしてるからさ。」
「別に普通ですよ。」
「それでいいんだよ。」
どうして、そんな発想ができるのか私にはわからない。きっと、彼女の頭がめでたいからだ。
作業場に戻る。今日は徹夜だろう。仕上げて置かなければいけない薬がたくさんあった。
何時間も暗い部屋にいるせいか、立ちくらみがした。思考が黒く染まる。自己嫌悪が頭をよぎる。そもそも、他の人並みに魔道具で魔法が扱えれば、こんなことをしなくてよかったはずだ。
毒も体術も剣術も人より苦労なんてしなくてよかった。もっと多くの人を救えたはずだ。もっとたくさんのことができたはずだ。視界がぐるぐると回る、口の中から酸っぱいものがこみ上げてくる。
私がいなければ母が生きていて、父もきっと、幸せだった。彼は母を愛していた。父の部屋にはたくさんの私に似た女性の絵画を収めた本が大切に収められていた。
いつも、いつもこうだ。いつからか、自己嫌悪の頻度が減ったが、疲れや魔物との戦いの中の緊張下で自己嫌悪と自己否定が頭の中を支配する。
私は他の人間より劣っていて生きる資格のない人間だ。人の幸せを奪い、生きている寄生虫だ。皆が私のことを愛しているのは血筋に過ぎない。魔力弱者の出来損ないなど誰が愛してくれる?
なぜ生きているのか?単純に己が臆病だからだ。自分をいくら愛していないと言っても、結局は己が可愛い自分勝手な人間だ。こうやって自己嫌悪をしてるのもよっているだけだ。
冷静な自分が私にささやきかける。あの子はどうなのだと。
名前を知らなくても、植物園で私を待ち、毎日私の話しを目を輝かせて聞いていたあの子は。
違う。あの子も私の汚い部分を見たら、私を嫌いになる。他の人間と同じ表面上の優しさで私を見つめるだけになる。仮面をかぶった人形になる。
「メリイ?」
あの子が、成長したあの子が心配したのか、私を見つめていた。あの子は私の弟子になった。どうしようもないクズの私の。
「少しならできるからさ、私が代わりにやっておくよ。顔色が悪いからもう休めよ。」
この子はいつでも優しい。私は。
「いいですよ、あなたみたいなのに触らせたら、失敗するでしょ。」
手を取るのが恐ろしい。優しさにすがりたくない。本当はすがりたいが、すがった瞬間に彼女をしずめ、壊すほどに依存する愚かな自分が見える。
「なら、手伝わせてくれよ。一緒にやれば早く終わるだろ?」
一瞬曇った彼女が、提案する。この娘が嫌いだ。優しいところが嫌いだ、手を差し伸べてくるところが嫌いだ、人より魔力があるところが嫌いだ。
苦しみなど一切ないのだろう。人よりも何でもうまくできるのだから。ちがう、彼女が何度も悪夢を見ていることや、炎に恐怖を抱いていることを私は知っている。
返事を待たずに彼女はテキパキと、必要な物品を揃えていた。手伝っているうちに覚えたのだろうか。手を無理やり引っ張ってくれることをいつも待っている。いつもいつでも。
彼女はくだらない話をしながら、笑顔をみせて私を見ている。私はそれをいつもどおりに受け答えていた。頭の暗い闇がいつの間にか薄れていたことに気づくのは作業が終わったあとだった。
疲れ切った頭でベッドに潜り込む。今日は泥のように眠ろう。数分もしないうちにベッドの中に温かいものが潜り込んだ。
「昔のことを思い出したんだ。家が焼けた日のこと。でも―。メリイと一緒にいて、体温を感じていると少しだけ、それが薄れるんだ。だから、今日は―。」
「どうしようもない弟子ですね。いいですよ。」
彼女の頭を乱暴になでてやると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
彼女が、私のことを嫌っていないのは気づいている。彼女の好意を素直に受け入れて楽になりたい自分がいるのも知っている。だが、それは彼女の前で演じている強い私だからだ。
聡明で抜け目のない私だ。本当の私を見て、彼女は私を愛してくれるわけがない。だから、手を取ることができない。
他の人間と彼女が話しているのが嫌いだ、友達だと言って、彼女が友だちを連れてきたとき、その人間の身辺を徹底的に調べ上げた。私と彼女だけになればいいのにと感じることがある。
見つめる瞳が私だけのものになればいい。手が私だけを触るものになればいい。他に何もしてほしくない。
愛されるだけの資格がないくせにそんな事を考えている。
今のただの師弟関係を続けるのが結局の所一番いい。誰も傷つかないぬるま湯のような関係。それがいい。
私は彼女が今の聖域から私を連れ出すのを待っている。植物園で私を連れ出してくれたように。私は臆病で待つことしかできないから―。
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