瞳を開けて (haguruma03)
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瞳を開けて

『戦場で重傷を負った指揮官だが助けに来た人形が普段、キツく当たってくる娘だったため血圧の低下やらのせいで「何だ助けるのか」「その止血の手、外せば足手まといが消えるぞ?」とかゲラゲラ笑いながら言っちゃって… 一命を取り留めた後、その事は指揮官の記憶には残っていなくて、普段どおりに接してくるし。ましてや「助けてくれてありがとな」って笑顔で言ってくる』

っていうネタをフォロワーさんがtwitterで呟いてらっしゃったので、そのネタを元に書かせていただきました。




1.

 

不意に右手の握力がなくなったのを感じた。

仕事を再開してから握力が突然なくなるという後遺症はよく起こっていた。

だがよりにもよってこのタイミングとは思いもしなかった。

 

あ、という声が自らの口からこぼれ、視線が右手に向けられる。

 

そこには、今キャップを外したばかりのペットボトルが右手から地面へダイブを敢行していて……

 

「危ないわね指揮官」

 

そんな声と共にボトルが彼女にキャッチされた。

突然現れたその手はまるで雪のように白く、芸術品のようであり、そして見覚えのある腕。

せっかく買った飲料水がダメになるのと廊下が汚れるのを防いだ恩人である戦術人形、AK-12が微かに微笑みながらそこにいた。

 

なぜこんな時間に…?

すでに消灯時間も過ぎ去った夜も遅くなってきた基地の廊下でまさか彼女と出会うとは思わなかった私はそんなことを思い、おもわず一歩後ずさりしながら彼女に尋ねる

 

「…AK-12、なんでこんな所に?」

 

するとそんな驚いている私に対して彼女はフフンと鼻をならしながら教えてくれた。

 

「あなたが、おぼつかない足取りで廊下を歩いていたからコッソリ後ろから見守っていたのよ」

 

茶目っ気のある表情でそう語る彼女の表情はまるでいたずらっ子のようであり可愛らしい。

だが、最近そういった表情をこの頃やっと見慣れてきた身としてはまだ少々違和感がある表情であり、今まで違う表情ばかり見ていた人間としてはどうしてもそんな仕草が奇妙に見えてしまう。

私はそんな内心を隠しながら彼女に返答した。

 

「コッソリ見守りって…、私は子供じゃないよ?」

 

「子供じゃなくても入院あけの元重症人。そんな人がフラフラと歩いていたら気にかけるのは当然でしょう?それに…」

 

彼女はそういうと、人差し指で私の額をつく。

 

「消灯時間はもう過ぎている。本来なら自室で寝ているはずの時間にこんな所にいるってことは、指揮官...仕事が終わらなかったのね」

 

そう語る彼女はまるで私を品定めするような表情であった。

 

またこの視線か…

彼女のそんな表情を見て、私は胃に痛みを感じつい顔をしかめてしまう。

するとAK-12はそんな私の顔を見て、薄く笑い再び言葉を紡いだ。

 

「そんなに顔をしかめないでちょうだい。別に攻めているわけでも、なじっているわけでもないわ。ただ心配だっただけ」

 

彼女はそう言うと、ポケットから小袋を取り出し、先ほどキャッチしたペットボトルと共に私に軽く投げ渡してきた。

私は慌てながらそれらをキャッチすると、彼女は私の肩をポンポンと叩き私に背中を見せて去って行く。

 

「無理しないようにね」

 

そんなセリフと共に去る彼女を私は、ぽかんとしながら見送りキャッチした小袋を見た。

それは、基地の売店で売っているお菓子であった。

彼女がお菓子を買うとは思えない。つまり彼女はこれを元から私に渡すために持ってきたのだろう。

 

そんな彼女の気遣いに私は苦笑しながら彼女の背に声をかける

 

「ありがとうAK-12。君にはあの時から助けてもらってばっかりだ」

 

AK-12は私の感謝の言葉に振り返らず軽く手を降って応えて去って行った。

 

 

 

元々私の知る彼女はいつも私を品定めするように観察し、時折皮肉じみた物言いをしてくる何を考えているのかわからない部下であった。

だが、そんな彼女はとてつもなく優秀であり、彼女のおかげで私は多くの作戦を成功させることができ、それに応じて私のグリフィンでの地位も上がっていった。

しかしそれは、新たなる胃痛の原因を生み出すことになる。

私はこの出世もAK-12あってのことと思うようになり、彼女を見ていると自らの無能さに私は日々苦悩していた。

 

なぜそう思ったのか

それはAK-12が作戦終了後にまるで答え合わせかのように作戦の時のことを聞いて来るようになったからだ。

その問いによって私は毎回作戦の不備や失敗を直視することになる。

戦力の展開、人形たちの配備箇所、敵の進路予測。上げていたらきりがない。

それらの失敗は私にもっとスマートに完璧に作戦を完了させることができたはずだと明示してきており、いつも私はその答えに苦悶した。

AK-12の問いは 彼女が私の無能さを明らかにするための拷問のように思えていた。

 

正直言えばAK-12は私にとっての頼れる味方ではあるが胃痛の原因であり、手元から手放したい人形であった。

しかし雇われの指揮官である以上、部下の選り好みなどご法度であるため、AK-12とは表面上はうまく付き合っていたつもりだったのだが、そんな彼女がその態度を変えるようになってきたのは私が先月入院してからだ。

 

先月、私は自らの基地の警備体制で初歩的なミスをしたことによって鉄血による基地への襲撃を受けた。

この初歩的なミスは日々の作戦に注視しすぎて警備をおろそかになった私の最大の失敗だった。

その結果、私は重傷を負い、入院することになったのだ。

あの時のことは、重傷を負い大量に出血していたためろくに覚えていない。

だが、他の人に聞いた話ではどうやら私はAK-12によって九死に一生を得たらしい。

 

その事がもしかしたら彼女のメンタルモデルに影響を与えたのかもしれない。

あれから彼女は私に対して、前とは違う茶目っ気のあるような態度を取るようになった。それだけでなく、よく話しかけてくるようになり、一番の違いは私と目を合わせて喋るようになった点だろうか?

 

今までは何故か目を閉じてしか私と話さなかった彼女が、あれからは私と話す際はしっかりと私と目を開けて話すようになったのだ。

 

戦場でしか目を開かなかった彼女が目を開けて私を見て話してくれる。

その行為に私は、やっとAK-12が私を見てくれたような感覚を感じていた。

 

それと同時に私自身も反省していた。今思えば私は彼女の事を怖がっていたのかもしれない。

 

私は彼女からの作戦後の質疑応答に胃を痛め、彼女のことを手放したいとあの時は思っていた。だがそれは辛いことから逃げようとする逃避行動であり、その逃避行動を行わなかったからこそ、私は成長し、今まで多くの作戦を成功させて来ることができ、そして今の地位にいるのではないのか?

私は入院後に彼女と話すようになりそんな自信ともいうべき思いを抱き始めていた。

 

前まで、壁を感じ、そして胃痛の原因の一つであった彼女とのそんな変化。

今はまだ、私は彼女に苦手意識があるが、いつかはその意識も克服して頼れる仲間として接したい。

 

私はそんな未来に希望を抱きながら、抱きながら、お菓子とペットボトルを手に残業に私は向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

2.

 

 

指揮官の視界から離れた私は、そのまま崩れ落ちた。

 

「————ッ!オェ…」

 

戦術人形である私に胃なんて存在しないのに、口から胃液を嘔吐しそうになる。

 

頭が割れそうな痛みが走る。吐き気がする。

メンタルモデルがエラーを吐き私に負荷のかかる感情を生み出させ、過剰なストレスを付与してくる。

グチャグチャになった思考は、壊れた機械のように私の思考演算に意味のわからない数字を叩き出して行く。

 

それらが原因で私は立つことすら、ままならなくなり蹲っている。

私と言う戦術人形に組み込まれたメンタルモデルは完璧に過剰なストレスを受けた時の人間の反応を模していた。

 

これらは敵のネットワーク攻撃でも、ウイルスによるAI破壊でもない。

ただ単純に私のメンタルモデルがストレスに耐えきれなくなっているだけなのだ。

 

そんなエラーや感情たちを『深度演算モード』で修理していく。

昔は戦闘時に少々使うだけだったこのモードも、指揮官と話すたびに使うようになってしまった。

たった数分の会話でこれだ。今後彼とこれ以上関わることになった時、私のメンタルモデルは耐える事ができるのであろうか。

 

私はそんな先の見えない不安とも形容するべき思考を一時的に停止して、思考の全てをエラーの修正に集中させた。

 

廊下に頭を抱えてうずくまるその姿は、普段の私の姿を知る人形たちに見せたくない姿であるが、動くこともできない今の状況では誰かが通るだけでこの姿を見せることになってしまうだろう。

だがそれはありえない。

なぜなら、すでにこうなることを予測して指揮官と話す前にこの廊下にしばらく誰も来ないことは把握済みである。

 

 

そう、把握済みのはずであった。

数分かけてある程度エラーの修復が進んできた時、ふと私の感覚器官が音声を探知した。

 

誰かが私に呼びかけている…?

 

そう認識した私は、エラーの修復に集中させていたシステムを通常通りに起動し直す。

 

すると私の聴覚器官はすぐ真横から発せられる音声を初めて認識した。

 

「AK-12…AK-12…!!」

まるで母親にすがりつくようなそんな声。

横を見るとそこにはAN-94が子犬のような表情で私に呼びかけていた。

 

見つかったのが他の人形ではなく相棒だったことに私はホッと一息つきながら彼女をなだめるように声を出した。

 

「ああ…AN-94。いたなら教えてくれればいいのに…」

 

そんな言葉を吐きながら、私は自身の声に驚くとともに呆れた。

私の声は、びっくりするほどに憔悴していた。

発声器官に異常はない、異常があるとすれば、それは私のメンタルモデルだ。

こんなところまで人間と同じにしなくてもいいのにと私は内心毒づく。

 

そんな私を見ながらAN-94は私の言葉に対して首を降っていた。

 

「いいや気がつかなかったのはAK-12だ…私はAK-12を見つけてからずっと話しかけていた。」

 

全くもってその通り

私はさっきまで外部感覚器官のシステムすら、私のメンタルモデルで発生したエラーの修理に回していた。

 

その事をAN-94も察したのだろう。彼女は真剣な目で私に語りかけてくる。

 

「AK-12…やはり一度修理、いやオーバーホールしよう。指揮官に会うたびにエラーをだして。『深度演算モード』を使っていないとまともに動けないなんて、AK-12の性能を格段に落としてしまう」

 

これもまた全くもってその通り。

上官と話すたびにメンタルモデルにエラーを出すような戦術人形がいていいわけがない。

私がこうして動けているのも私に備わった『深度演算モード』のおかげ。逆に言えば、『深度演算モード』をまともに動くための補助に使っているため私という戦術人形のアドバンテージを著しく落としてしまっている。

 

それは私にもわかっている。

だけれど……

 

「ごめんなさないAN-94…その提案には従えないわ。それに日に日によくなっているからもう大丈夫よ」

 

「それでも、ゆっくり治るよりオーバーホールしてもらった方がすぐに治る」

 

「AN-94……」

 

「今日の射撃訓練でも、この前の作戦でも、いつものAK-12とは思えないほど戦績が落ちて…」

 

「AN-94!!」

 

ガンッという大きな音が廊下に響き、それとともに左腕に強い衝撃がかかった。

 

突然の大きな音に私は驚き、AN-94を確認する。だがAN-94は目を見開き呆然としており、今の音を出したようには思えない。

ならば今の音はなんだと思い、私は衝撃があった左腕その腕を確認した。

 

私の左腕は廊下の地面に叩きつけられていた。

廊下には強い衝撃を受けたことによる亀裂が入っている。

 

人をたやすく殺せるような強い力による一撃。

そんな強い打撃が私の左腕によって廊下に叩きつけられている。

意図した行動ではない。だがこの行為は私がしたものであった。

まるで人間のような癇癪。前の私からしたら信じられない行動。

 

そんな行動にAN-94だけでなくこの行動を引き起こした私ですら呆然としていた。

 

 

明らかに異常な行為。それをどのように誤魔化すか私の思考が動くが、その思考が誤魔化しの言葉を導き出す前に私の口が動いた

 

 

「AN-94……お願いよ」

 

AN-94の視線を感じる。

心配するようなそんな優しい視線。だがその視線は私に痛みを感じさせていた。

戦場で感じる肌を刺すような痛みではない、胸が重くなるような息苦しくなるような淀んだ痛み。

 

今にでもこの痛みから抜け出したくなる。

そしてその方法は存在する。

AN-94が提案したように私のメンタルモデルを修理に出せばいい。

 

そうすればこんな状態から私は抜け出すことができるだろう。

だが…それはやってはいけないことだ。やるわけにはいかない

明らかに戦術人形として間違っているそんな自身の選択を、私は撤回することができないしするつもりもなかった。

 

もし修理してしまったら、このエラーの原因であるあの記憶は消されてしまうことになる。

 

私が指揮官に興味を持ったたから彼のことをいつも観察して、時にはイジっていた時の私。

そんな指揮官との居心地の良い空間に好意を抱き、さらに指揮官に興味と期待を持った私。

日に日に指揮官として成長していく彼にさらに期待を持ち、彼に発破をかけるためいろんな意見を言った私。

そうやって成長した彼が初歩的なミスで襲撃を許してしまったことに疑問を持った私。

そんな今までの行為の数々を彼がどう思っていたかをぶちまけた、あの燃える基地での時の私

 

『何だ助けるのか。』

『その止血の手、外せば足手まといが消えるぞ?』

『気にするな、私がいなくなれば次は君が期待する優秀な指揮官が来てくれるさ』

『私は胃痛の原因である君を手放せる。君は無能な私から逃げれるWIN WINの関係じゃないか』

 

虚ろな笑みを浮かべながら、そんなセリフを吐く死にかけの指揮官が忘れられない。

私が思っていた指揮官との居心地のいい空間が独りよがりの勘違いだった事実が忘れられない。

 

指揮官から吐かれたそのセリフが重傷を負って意識が朦朧としていたために漏れた言葉だということは理解している。

だがそれでも、あの言葉が真意ではなくとも嘘ではないと私は思っている。

 

だが、そんな彼が病院で一命をとりとめた後に私に言ったのだ。

 

『助けてくれてありがとう』

 

手放したいと思っていて嫌っていた私に、彼は心からの笑顔で私にお礼を言ったのだ。

 

そんな心優しい彼は今まで耐えていたのだ、私の行いに。

私の行いが彼にどういった影響を与え何故こうなってしまったのか、過去の記録を元に私の頭の演算機は容易く答えを導き出すことができていた。

 

私が彼を今まで追い詰めていたのだ。

私の好意は彼にとって悪意であったのだ。

 

彼を毎日追い詰め、作戦に注視するようにしてしまい、そして警備をおろそかにさせて、最終的に彼を死の淵に彷徨わせた。

 

その答えが、燃える基地での指揮官のセリフが、指揮官の表情が、私のメンタルモデルに焼き付いてしまっている。

 

そしてその焼き付きが、私の演算を狂わせる。私の機能にエラーを生み出しており、それは私が指揮官と話せば話すほど悪化して言っている。

 

だからこの焼き付きさえ直せば私は元に戻るだろう。

だが焼き付きを直した時、あの時の事を忘れた時、その私は私ではなくなり、そしてまた私は同じことを起こしてしまう。

そんな確信が私にはあった。

 

だから私はその記憶が消えることを拒む。それが自らの首を締めることであっても。

 

 

そんな私を今、AN-94がじっと見つめる。

AN-94は私の頼みに対して言葉を選ぶように数秒間言い澱み、そして口を開いた

 

「わかった…AK-12がそう言うなら」

 

そう語る彼女はそう言って泣きそうな目で私を見つめていた。

そんな瞳を見ながら私は演算する。

 

きっと私は愚かな選択をしているのだろう。この選択は私を苦しめるだけでなく、私の相棒すらも傷つける。

 

だが、そうだとしても私はこの選択を変えることができなかった。

私が彼を殺そうとしてしまったのだ、私が彼を苦しめていたのだ。

だから私はこの選択に固執する。私に罰を与えるために。

 

人間の意識を模した物、メンタルモデル

こんな愚かな選択に固執してしまう私のメンタルモデルは狂っているのだろうか?

もし狂っていないとするのならば、人間はどうやってこの狂気と付き合っているのだろうか。

 

前まで、壁を感じず、居心地の良かった状態から変わってしまった彼との関係。

いつか、前までの私が勘違いしていた時のように彼と信頼しあえる仲間になれる日は来るのだろうか…?

 

 

私はそんな未来に不安を抱きながら、傍にいるAN-94に寄り添うのであった。

 

 

 



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