その日、サキュバスは“人間”を知った (とある組織の生体兵器)
しおりを挟む

その日、サキュバスは連行された

筆者が壊死しました。


ある日の夜

 

 ザ───…

 

「ハァ…ハァ…。見つかった…。」

 

大雨の中、フードを被った少女が人通りのない道を懸命に走っている。

 

ガッ

 

「あぅ…。」

 

ドシャ…

 

小石に躓き、水溜りのある街道脇の中に身体を打ち付け、痛みが身体を走る。しかし、そんな痛みに耐えながらも立ち上がろうとするが見てしまった。

 

コツ…コツ…

 

街道の奥から、顔を見えないように覆う仮面、レインコートを着てブーツを履いている男が近づいてくるところを。

 

…不法入国だ。排除する。

 

その男が目の前で言い、身体の芯まで凍えそうな声を出して、どこからともなく大鎌を取り出した。少女はそれを見てビクッとして、身体を震わせたその時。

 

ヒュンッ!

 

 

ガキィ!

 

男に向かって一本の矢が放たれた。男は当然のように大鎌で落とす。無駄な動作が一切ない。

 

「そこまでだ。Y。」

 

「!?」

 

少女が後ろを振り向くと、もう1人、レインコートを被り、ブーツを履いた男がクロスボウを構えて立っていた。

 

…邪魔をするな。D。

 

大鎌を持った男が迷惑そうに言う。クロスボウを持った男は堂々と近づき、少女の前に出た。

 

「邪魔もクソもあるか。こいつはまだ成人していない。それに、抵抗しているようにも見えなかったが?」

 

俺から見たら成人だ。それに、こいつは逃げていた。

 

「相手の抵抗は攻撃してきたか否かで分けるのが原則だろうが。」

 

そんなこんな揉めている男たち。

 

(今なら…逃げられる…?)

 

少女が立ち上がろうと、足に筋肉を入れた途端…。

 

「逃げるな。今逃げたら余計にややこしくなる。」

 

「!」

 

クロスボウを持った男が振り向かずに言う。

 

この期に及んで逃げようとしたではないか。

 

「逃げようとしただけだ。逃げてはいない。それに未成年は一度連行するのが原則だ。その場で排除するのは成人のみ…しかも抵抗した時のみだ。」

 

そんな緩いもので縛れると思うのか?

 

「戦闘狂め…。…今の発言は報告しないでおく。さっさと立ち去れ。」

 

……。

 

大鎌の男は鎌をしまい、闇夜に消えた。

 

「…さて。」

 

ビクッ

 

クロスボウを持った男が少女に近づき、クロスボウを構えた。

 

「…む。すまん。しまっていなかったな。」

 

「?」

 

そう言ったと思ったら武器が消え、手に変わった。

 

「立てるか?」

 

「……。」

 

少女はその手を無視して、壁に手をやって身体を起こす。

 

「…言った通りだ。連行する。来てもらうぞ。」

 

「……。」

 

雨はいつの間にか止んでいて、少女がフードを取った。

 

「…サキュバスか…。初めて見たな…。」

 

男がその少女に警戒しながらも見る。

 

「…甘いわね。」

 

「?」

 

[魔眼 魅了]

 

キィィィィン

 

魅了の魔眼で男に術をかけた。

 

「…これで貴方は私の思うがまま…。さぁ、私を解放しなさい…。」

 

少女が操ろうとしたが…。

 

「…何を…言ってる…?」

 

「!」

 

しかし、男には魔眼が効かない。

 

「…どうして…?私の魅了が通じていない…?」

 

「魔眼か。今のは攻撃の部類に入るが…まぁ見逃そう。何故だという顔をしているな。当然だ。魔眼など効くはずがない。貴様より強力な魔眼を持つ者を狩ることもある。それに耐性がついていないはずがない。それに、まだ貴様は未成年だ。未成年のサキュバスの魔眼など、巨岩に関節技をかけるようなものだ。…とにかく来てもらうぞ。」

 

男は近くにあるマンホールを開けて、中に入るよう指示を出す。

 

「こんな薄汚いところに…。」

 

「あかなめの住処だ。失礼なことを言うな。」

 

少女が愚痴をこぼし、男が顔を顰めた。

 

「…君、親は?」

 

「……。」

 

「…どこから入国した?」

 

「……。」

 

「…どこの国の出身だ?」

 

「……。」

 

「…今までどうやって過ごしてきた?」

 

「……。」

 

「…なるほどな。」

 

しばらく歩いたのち、突き当たりまでくる。

 

「…ここで始末…。」

 

「…俺はYじゃない。」

 

ドガッ

 

ズゥゥゥン…

 

男が壁を思いっきり蹴ると、壁が倒れた。

 

「この奥だ。」

 

倒れた重そうな壁をもとに戻しながら男が言う。サキュバス少女はその扉を不便としか思っていなかった。しばらく歩いたのち、一つの大きなドアに差し掛かる。

 

「ここは…?」

 

「中では静かにしろ。」

 

男がノックをする。

 

「失礼します。」

 

男が部屋に入り、少女も部屋に入る。そこは偉そうな人が座っている部屋だった。

 

「…保護した海外の妖怪です。」

 

「…見れば分かる。」

 

偉そうな、小太りした男が面倒そうに見る。

 

「…Yから聞いた。で?」

 

「…彼女の親は数年前に何者かに殺され、不法入国以前に元からこの国にいたみたいです。親を失ったショックで幼い頃の記憶がなくなり、東北地方にいたことしか記憶になく、今までは魅了の魔眼を使い、他人の家を転々としていたようです。しかし、人間に危害を加えるような…性については何もしておりません。」

 

「!?」

 

男が詳しく言い、何故分かったのか不思議に思い、少女は男を見る。

 

「…つまり、至急里親を探す他ありません。」

 

「里親か…。残念だが、もう里親募集の候補者はいない。…D、君の家はどうだ?」

 

「ご冗談を…。私の家も沢山いまして…。」

 

「こんな時に保護など…そう思ってみれば、君の家は女性ばかりだな。…ハーレムでも作る気なのか?里親のいない現状を知って、保護して、責任を持つフリをして作る気なのか?」

 

「そんなことは滅相もありません。それに、国際妖怪法の第一原則として、人間と異種族との交配は禁止されております。」

 

「そうか…。なら、君が引き取っても問題ない訳だな?」

 

「え…。…嵌めましたね…。」

 

「そんなことはない。それとも、例の場所に入れるか?」

 

「……。」

 

小太りの男が言い、男が困った顔をする。そして…。

 

「…君は少し外に出てなさい。」

 

「え…。ちょっと…!」

 

バタン

 

その少女が外に締め出された。

 

「…そうだな。今の君の判断は正しい。」

 

「…例の場所…。それは殺処分場ですよね…。」

 

「…そうだ。現状、綺麗事では渡れぬ世の中…。」

 

「…年に、ああいう子は数人います。ただ不法入国してくる者もいますけどね…。でも、あの少女は被害者です。5年以上前の…。…我々が処刑隊だった時の…。」

 

「そうだ。全国各地で活動して、妖怪を撲滅しようとした組織がこの組織だ。…今は政府の方針で、無闇に殺すことはよくないと判断されたんだがな。」

 

「…その被害者を…私に殺処分場に入れろなど…。出来るはずがありません…。」

 

「だろうな。知っていた。」

 

「…もし、私が引き取らなかった場合はどうなりますか…?」

 

「空きはもうYしかおらん。」

 

「私が引き取ります。」

 

男がそれを聞いて、即答する。

 

「国からの支援金は出ている。…それに、君の場合は特にな…。他の者より多く引き取ってもらってすまないと思っている。」

 

「本当にそう思っているなら、何とかしてくれませんかねぇ…。」

 

「それと、新たな国の方針を通達する。」

 

「はい。」

 

「…養子が多ければ多いほど仕事量を減らすように…だそうだ。」

 

「…つまり、私は働かなくて良いと?」

 

「そういうわけにはいかん。1ヶ月に三度ほどは仕事してもらうぞ。」

 

「分かりました…。」

 

「では、手続きは色々とこちらがしておく。少女が雨に濡れて寒いだろう。さっさと家に案内してやれ。」

 

「分かりました。」

 

「あっ、それと…。君の本名は明かすな。これは…。」

 

「国際妖怪法の第二原則ですね。」

 

「よく分かってる。それと、毛布だ。」

 

「かしこまりました。では、失礼します。」

 

男が外に出た。

 

「……。」

 

少女は男をじっと見ている。寒そうに震えながら。

 

「…拭いて被っていろ。」

 

「わぷ…。」

 

男は無造作に毛布を渡す。

 

「ついてこい。」

 

「……。」

 


 

「と言うことで、これから同居人となることになった。少し特殊な家庭だ。気を引き締めた方が良い。」

 

「……。」

 

「…逃げようとか思うな。次は本気で狩られるぞ。俺自身、責任持って狩れと言われても面倒だ。」

 

道中、そんな会話をする。そして、マンションの前に立つ。

 

「これが俺の家だ。」

 

「おぉ…でかい…。」

 

少女が目を輝かせたが…。

 

「全部な訳ないだろう。来い。」

 

「え?」

 

少女は男の後をついて行き、エレベーターに乗る。

 

「…405だ。忘れるな。」

 

エレベーターから降りて、廊下を歩く。そして、その番号の前で立つ。

 

「…一応言うが、大騒ぎするな。何があっても、悪い夢のようなものだ。」

 

「…え?今なんて…。」

 

「行くぞ。」

 

「ちょ、ちょっと…。」

 

男がドアを開けた途端…。

 

「おそーい!」

 

「もう晩御飯出来てるんだからね!」

 

「残業?お疲れ様。ふふふ。」

 

玄関から出迎えてくれる面々。1人は小学生くらいで、もう1人は中学生。もう1人は大学生くらいの人だ。中はまだいそうだ。

 

「…て、何その子?」

 

出迎えてくれた3人が少女を見る。

 

「角…逆ハートの尻尾…背中に隠している翼…サキュバスね。あなた。新しい子?」

 

「!」

 

少女は一瞬で正体を見破られたことに驚く。

 

「…新しい同居人だ。歓迎してやってくれ。」

 

Dが言い、無理矢理家にいれる。玄関の扉が閉まった瞬間…。

 

ポンッ

 

「!?」

 

皆が元の姿に戻った。

 

「遅い!」

 

小学生くらいの子は妖精に変わった。特殊な羽を持っている。

 

「ご飯あっためるから、すぐ食べなさいね。」

 

中学生くらいの子は吸血鬼に変わった。コウモリの翼と牙が見える。

 

「大変ねぇ。ふふふ。」

 

大学生くらいの子は鬼に変わった。2本のツノが髪の毛の間から出ている。

 

「???」

 

サキュバスの少女は驚きで声も出ない。

 

「…言っただろ…。少し特殊だと…。だが、3人だけなら苦労しないんだがな…。」

 

Dが家の中に入り、手洗いうがい、消毒をする。サキュバス少女も同じようにして、部屋の中に入ると…。

 

「お父さんおかえ…。お客さん…?」

 

「パパー…。今日の夜ご飯すっごく不味い…。」

 

「トマトジュースは少々口に合わないかも知れません…。」

 

「好き嫌い言わない!出されたものを食べる!」

 

「口に合わないかも…。」

 

「……。」

 

多種多様の女性がいる。

 

「誰だぁ!トマトジュース不味いなんて言ったの!美味しいでしょ!」

 

「たしかに、美味しくないよね…。」

 

「吸血鬼のあなただけよ。ふふふ…。」

 

そして、彼女たちが揉める。

 

「…今日から生活して行く仲間だ。せいぜい仲良くしろ。」

 

「……。」

 

サキュバス少女はどう反応すれば良いのか今までに無いくらい本気で困った。




次…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは吸血鬼の姉をもった

今年初雪降らず。


Dの家

 

「彼女は新たな養子の一員となった。仲良くしてやってくれ。では、長女から順に自己紹介をしてもらいたい。」

 

Dが言う。すると、養子縁組たちは顔を見合わせた後…。

 

「…私が長女。種族は鬼。1000年以上生きているわ。ふふふ。この姉妹の中では私が1番強いわよ。ふふふふふ。」

 

「俺と同じくらい強い。マジだ。将来、組織で一緒に活動してほしいと要求が送られてくるほどだ。」

 

先の大学生くらいの女性が自己紹介をする。緑色の肌を持つ、片手で2本の角を触れたり、もう片方の手で腹の腹筋を隠している。サキュバス少女は微妙な顔。

 

「…Zzz…。」

 

「…次はお前だ。」

 

「…?」

 

炬燵で寝ていた、1番身長の高い女性が起きた。

 

「…?紹介〜?…私は次女〜…。種族は巨人…。おやすみなさい…。Zzz…。」

 

黒髪のロングヘアで先っちょに若干ウェーブがかかっている、ぶかぶかの服を着たトロールが炬燵から起きておっとり言ったと思ったらすぐに寝てしまった。

 

「次。」

 

「儂は三女。種族はドラゴン。魔法研究が日課じゃ。」

 

ウェーブをかけたセミロングの茶髪の子が興味もなさそうに言う。

 

「…四女…アルラウネ…。…花好き…。」

 

とても短く、本を読んだままで言う四女。人の姿は黒髪で目元まで前髪が伸びてインキャのイメージだ。

 

「私は5番目。種族は狼女。家事とかなら任せて。狼女だけど、いつかお嫁さんに…。」

 

「う、うん…。」

 

尻尾をふりながら、人懐っこい笑顔をして挨拶してきた。サキュバス少女はとりあえず曖昧な返事。

 

「あたしは六女だー!種族は比較的新種のサンドガール!砂人間だ!砂かけ婆とは違うよ!いつかエジプトを牛耳る!」

 

「お、おう…。」

 

「エジプト牛耳ったら狩られるからやめとけ。血に酔っているわけじゃないんだから…。」

 

めちゃくちゃ元気ハツラツとした挨拶。

 

「七番目。正確には七女と呼ばれるわたくしの立ち位置。種族名は機人…正式名称はオートマタと呼ばれております。以後お見知りおきを…。好きなことは…自分の改造です。」

 

「……。」

 

機械のように淡々と挨拶する機人。無表情であるが、人の姿の影響か口も動き瞬きもする。

 

「8番目。種族名は吸血鬼。貴方、血は好き!?」

 

吸血鬼が身を乗り出して、同意を求めるように聞いてきた。

 

「私はサキュバ…。」

 

「私の夢は吸血鬼の女王になること!そうなればお金も沢山…。グフフフ…。」

 

「話聞いてる?」

 

人の話を聞かない吸血鬼。

 

「末っ子。種族は妖精。これと言った特徴はない。」

 

「へ、へぇ…。」

 

サキュバスはそれぞれインパクトが強すぎてなんと挨拶すればいいか困る。

 

「「「じー。」」」

 

その場にいる全員がサキュバスを見る。

 

「えと…。種族はサキュバス…です。好きなことは…えーと…。…ありません…。」

 

モジモジとサキュバスが言うが…。

 

「好きなことがないモンスターなんていないよ〜。お姉さんに隠さないで教えてよ〜。」

 

吸血鬼が抱きついて、近くで言う。

 

「…キマシ…じゃない。ごほん。あとは勝手にやってくれ。俺は自室に戻る。…必ずノックしろ。」

 

「はいはい。ふふふ。」

 

Dが奥の部屋に入る。

 

「ね〜ね〜。」

 

「近い…。」

 

吸血鬼にまとわりつかれて、戸惑うサキュバスだが…。

 

「こら。嫌がっておろう。」

 

ポカ

 

吸血鬼が竜に軽く頭を叩かれる。

 

「痛くなーい。」

 

「…半妖怪の姿で殴るぞ?」

 

「へーん。やってごらん。どうせ避けるし。」

 

そんなことを言い合っていると…。

 

「こらこら、喧嘩はやめなさい。新しい子の歓迎会をするわよ?ふふふ。」

 

鬼が仲裁に入ってくれる。

 

「ほら、貴女も起きて。」

 

「ん〜…。鬼お姉さん…眠いよ…。」

 

巨人が鬼に起こされ、立ち上がる。サキュバスは今気づいたが、巨人が完璧な人の姿とは言え2mを超えた姿だ。

 

「…そう思ってみれば、貴方は半妖怪の姿だけど、本来の姿になれるの?」

 

吸血鬼がサキュバスに聞いてきた。

 

「本来の姿…?」

 

「そう。私は吸血鬼で今は半分妖怪の姿だけど…。本来の姿だと身長200cmくらいになるし。巨人姉さんは285mになるけど…。」

 

「に、にひゃ…。」

 

サキュバスは立ったままうとうとしている巨人を見る。完璧な人の姿で妖怪だとは一般人にはまず気がつかないだろう。

 

「…今の体だと、小さな箱に少し体を詰めたような感覚でしょ?」

 

「……。」

 

サキュバスは全く知らなかった。記憶を失った時からこの姿のため、ずっとこの姿が本来の姿だと思っていたからだ。

 

「ん〜…。その顔だと本来の姿を忘れちゃった感じだね…。でも大丈夫!本来の姿になることはそうそうないし。お姉さんに任せなさい!」

 

吸血鬼が胸を張る。妹が増えたと感じて嬉しいのだろう。

 

「ところで、あなたいくつ?ふふふ。」

 

「サキュバスちゃんは何歳?」

 

ローソクを用意していた鬼が聞く。その尻馬に乗って吸血鬼が聞く。

 

「…342歳…。」

 

ピシッ

 

吸血鬼が石化した。

 

「ふふふふふ。年上だったのね。ふふふふふ。」

 

鬼が笑い、吸血鬼は石化したままだ。

 

「私の方が年下だったぁ〜…!私はまだ230歳だよぉ〜…!」

 

「よしよし。」

 

石化が解け、吸血鬼が狼女に泣きつき、頭を撫でてもらう。

 

(可愛い…。)

 

サキュバスはグスグス泣いている吸血鬼を見て思う。

 

「まぁ、次は妹が良いっていつも言っていたし…。ふふふ。」

 

「…どんまい…。」

 

「良いことあるって!」

 

「日頃の行いじゃ。」

 

「ははははは!」

 

辛辣な言葉を投げかける竜と妖精を除いて、なんとか励まそうとする姉妹たち。

 

「うわーん。」

 

バタン!

 

「ちょ、待…。」

 

吸血鬼は部屋に閉じこもってしまった。

 

「…どうする?ふふ。」

 

「日本古来より扉の前で祭りをひらくのが良いと…。」

 

「それ…神話…。」

 

「ドアを破壊します。お姉様方、少しばかしわたくしの後ろに…。」

 

「壊しちゃダメです!私が説得を試みます。」

 

狼女がドアの前に立つ。

 

「吸血鬼ちゃん。出てきてお願いです。」

 

シーン…

 

「ダメでした…。」

 

「説得ってそれだけ!?」

 

短い説得にサキュバスが驚く。

 

「やはりドアを破壊します。」

 

「ダメだって…!」

 

砂女が機人を止める。

 

「あたしや狼の姉貴やアルラウネの姉貴の部屋でもあるんだよ!」

 

(めちゃくちゃ迷惑!)

 

砂女が叫び、サキュバスが心の中で思う。

 

「頭を使わないと相手は出て来んぞ。」

 

竜が部屋の前に立つ。

 

「ほれ。いたりあ?の新鮮なとまとよ。出てこないなら、儂が頂くぞ?ふっふっふ…。」

 

竜がトマトを片手にドアの近くへちらつかせる。

 

ガチャ…。

 

「じー…。」

 

吸血鬼がとても物欲しそうな目で見ている。しかし…。

 

バタン!

 

「!?」

 

数秒後、扉が閉まった。

 

「吸血鬼がトマトを欲しがらないとは…!?」

 

「そもそも血でしょ。欲しがるのは。」

 

砂女が竜に冷静に返す。

 

「むぅ…。出てこんな…。」

 

竜が呟く。

 

「……。」

 

そして、サキュバスが前に出た。

 

「…吸血鬼…。」

 

『……。』

 

「…吸血鬼お姉さん!開けて!」

 

サキュバスが叫んだ途端…。

 

「いいよー!」

 

「「「はやっ!」」」

 

ドアを思いっきし開けた。色々な意味で全開である。

 

「何やら騒がしいな…。」

 

Dが部屋からケーキを持ってきた。メッセージに[歓迎]と書かれたホールケーキを。

 

「そろそろパーティーを盛大に始めようと思うんだが…。」

 

「ご飯出来ました〜!」

 

Dがコタツの真ん中にケーキを置いた。狼女はお祝い料理を沢山持ってきてくれる。

 

「…サキュバス。」

 

「……。」

 

「…まぁ…。…歓迎しよう。盛大にな。」

 

「…まぁ、ここにいるわ。吸血鬼お姉さんが寂しがると思うし…。」

 

「…お姉さん?」

 

「なんでもない。」

 

Dの困惑を他所に、彼女たちは盛大に歓迎パーティーをした。

 




歓迎しよう。盛大にな。

登場人物紹介コーナー
半妖怪の姿…文字通り半分妖怪の姿。本来の姿より力が半減している。
人型の姿…半妖怪の姿より力が半分以下にされる代わりに、完璧に人間に姿を変えられる。
鬼…名前不明。長女。人間で言う大学生くらいの者。いつも不敵な笑みをこぼす鬼。養子の姉妹の中でもパワーは1番で次女の次にあり、戦闘ではDに全く引けを取らない。ある意味、今作敵になったらもっともヤバい妖怪。
半妖怪の姿だと身長は3m。体重は235kg。妖怪の姿だと角が2本、肌の色は緑色。本人は気にしているが、引き締まった筋肉がモリモリで腹筋が割れている。
人型の姿だと身長は175cm、体重は100kg。黒ロングの髪の毛のままだが角は生えていない。筋肉モリモリのことはなんとか誤魔化しているが、加減しているとはいえ素手で木を折れるほどの怪力。
トロール…名前不明。種族は巨人。次女。今回は人の姿のまま。人間で言う社会人くらいの者。姉妹の中では1番大きい。お腹周りを気にしているのか、身長の割には痩せ型。胸の大きさも巨人並み。力もあるが、長女には腕相撲で勝ったことがない。比較的おっとりキャラ。力は2番目に強いが、戦闘では3番目に強い。
人型の姿では身長215cm。体重は88kg。黒髪のロングヘアで先っちょにウェーブが若干かかっている。人型の姿でも大きい。ぶかぶかの服を着ているのは妖怪になった時破れないようにするためだとか…。おっとりとしていて、すぐに寝てしまう。
ドラゴン…名前不明。竜と記載される。三女。今回は人の姿のまま。高校生くらいの見た目。姉妹の中で3番目に力が強い。胸の大きさも3番目にでかい。姉妹の中では1番頭が良く、物事を冷静に判断する。そのため、ボケても真面目に捉えられてしまう。一人称は『儂』。
人型の姿では身長は165cm、体重は55kg。ウェーブをかけたセミロングの茶髪。少し親の言うことが分かってきたような歳で、Dに気を遣ってくれる優しい子。しかし、空回りもして困らせることもしばしば…。
アルウラネ…高校生くらいの見た目。四女。今回は人の姿のまま。読書が好きで、いつも読んでいる。他にもプランターの花の水やりが日課で、綺麗に咲くことが嬉しいんだとか…。非常に無口で冷静なツッコミをしてくる。
人型の姿だと身長は175cm、体重は60kg。黒髪ロングで目元まで隠れている。いかにもインキャの感じ。目を出したら可愛いらしいが、本人曰く絶対に出さないらしい。ちなみに、いじめようとすれば容赦なく弱みを握り、報復以上のことを要求してくる。
狼女…高校生くらいの見た目。五女。淑女を目指している。料理も得意で笑顔は見た者を元気にさせる。姉妹の中でも1番家事が得意。戦闘などは興味がなく、幸せな生活を望むだけだとか…。どちらかと言えばツッコミが多いボケ役。
半妖怪の姿だと身長は155cm、体重は48kg。獣耳に尻尾を出した人型。銀髪のショートボブに変わる。さほど人型とは変わらない。家にいる時は尻尾の出るところを切り取った下着やスカート、ズボンを着るとか…。また、耳を触られることを極端に嫌う。
人型の姿では身長は155cm。体重は48kg。ショートボブで斜め前髪を編み込む髪型をしている。色は黒。割烹着を愛用している。汚されたりすると怒る。
サンドガール…高校生に入りたての後輩のような見た目。六女。今回は人の姿のまま。比較的新種の希少な種族。砂女と記載される。とても元気で活発。ボケを全力でやって怪我をするほど笑いに命をかけている。頭はあまり良くないらしく、姉の竜に教えてもらっている。
人型の姿だと身長は170cm、体重は55kg。黒髪ポニーテール。運動神経が抜群でとても足も速い。胸がないのが悩みどころだとか…。
機人…中学生くらいの見た目。七女。今回は人の姿のまま。とても機械的で冷静な判断力を持つ。時々自分の身体を改造したがる。比較的無口だが、家庭料理などもそつなくこなす。
人型の姿?だと身長155cm、体重は45kg。流石に街中で機械の肌を晒すことは出来ないので、擬態はしている。瞬きや口を動かすことや滑らかな動作が出来る。
吸血鬼…中学生くらいの見た目。とてもヤンチャな性格。ちょうど反抗期に差し掛かっているが、料理も当番なら作ってくれる優しい一面を持つ。吸血鬼の影響なのか、ご飯の当番になると大抵がトマトジュースとなり、皆から苦情を言われるのが日課となっている。
半妖怪の姿だと身長143cm、体重は43kg。黒いローブにシルクハットを被る。笑ったりすると若干短い牙が見える。蝙蝠と会話をすることくらいは可能。翼は見せない。
人型の姿では身長は143cm、体重は43kg。妖怪の姿と同じくショートボブの黒髪。しかし、どうしても血が欲しくなるのか、飲み物は大抵トマトジュースを飲んでいる。
妖精…小学生くらいの見た目。養子の中で1番の末っ子。幼いためなのか種族なのか不明だが、悪戯好きでわがまま。
半妖怪の姿では身長は146cm、体重は39kg。妖精伝統の服に羽を持っている。髪の毛はこの時は茶髪に変わる。飛ぶことも出来て、何キロ先の遠くも見ることが可能。
人型の姿では身長146cm、体重は39kg。髪の毛は黒髪のロングウェーブ。まだまだ成長途中。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは狼女と入浴した

なんか、本来書く小説の逃げ道に感じてきてる…。


「吸血鬼お姉さん…。」

 

「ん〜?」

 

サキュバスは吸血鬼に抱きつかれたままだ。歓迎会では食べさせてもらったり、姉のように振る舞われた(サキュバスの方が年上)。その歓迎会がお開きになってもこの調子だ。

 

「ところで、発端のDは…?」

 

サキュバスが、Dがいないことに気づき、吊り目でDを探す。

 

「お父さんを探してるの?」

 

「…お父さん?」

 

吸血鬼が不思議そうに言い、サキュバスが首を傾げる。

 

「そう。鬼姉さんと狼姉さん以外はそう呼んでるよ?私たち養子だし…。」

 

「…そう…。」

 

「…違うよ?そう呼ぶようにさせてるとかじゃないよ?私たちは親亡くしちゃったし…。お父さんって呼ぶ方が馴染むから…。優しくて、時に厳しくて本当の父親みたいだから…。」

 

吸血鬼が遠くを見るような目をした。過去があるのだろう。

 

「…どうして、皆んな親をなくしちゃったの…?」

 

サキュバスが興味本位で聞いた。

 

「…鬼姉さんは、集落があったみたいだけどYに滅ぼされちゃったらしくて…。最初は同じ組織のお父さんと仲がものすごく悪かったよ?毎日のように逃げ出して、連れ戻されて…。けど、いつものように出て行った、ある日から突然慕うようになったし…。」

 

「私の噂?ふふふ。」

 

「あっ、いや…。どうして親をなくしたのかって聞かれて…。」

 

吸血鬼が鬼に経緯を話す。

 

「そんなの、妖怪それぞれよ。住む場所を壊されたり、捨てられたり、置いてきぼりにされたり、最初からいなかったり、異端だから疎外されたり、いつの間にか逸れていたり、記憶がなかったり、殺されたり、理由の分からない子もいるわよ。ふふ。」

 

鬼が不敵な笑みをしながら言う。サキュバスはこの家庭の笑顔の裏にある哀しみが分かり、どこか行こうにも行けなくなった。せめて、自分もその気持ちを緩和させてあげたいと思ったからだ。

 

「お父さん知らない?」

 

「彼なら、1人見回りに行ったわよ。夜は妖怪の動きが活発になるからって。ふふ。国の方針分かっているのかしら?ふふふふ。」

 

「ありがと。」

 

吸血鬼が姉の鬼にお礼を言う。

 

「じゃあ、お風呂入ろっか。」

 

「…え?」

 

サキュバスは耳を疑った。

 

「流石に…それはちとな…。」

 

「な〜に〜!」

 

「気色が悪いのう。」

 

「竜姉さんはいつも文句ばっかり!」

 

「いや、単純に気色が悪い…。いつもはからかい半分じゃが、今回は流石に…。」

 

「え…?そこまで…?」

 

竜が大真面目に言い、吸血鬼が驚愕する。

 

「サキュバスちゃん。一緒にお風呂入る?電気代や水道代はDさんのお給料から引かれているみたいなの。それに、シャンプーとか使うのが違ったりするから…ね。」

 

「…家計に助かるなら…。」

 

「ありがとう。」

 

狼女が柔らかな笑顔で感謝を述べた。言い合う竜と吸血鬼を放って、狼女とサキュバスが一緒に入る。

 


浴室

 

「少し狭くてごめんなさい…。」

 

「い、いえ…そんな…。」

 

2人で入っている。

 

「これがシャンプー。サキュバスちゃんは…人間用で大丈夫かな…?」

 

「よく分かんないけど、転々としていた時から使っていたから多分大丈夫だと思います…。」

 

「そう…良かった。無かったりしたら大変だもんね。人間用は…これ。座って?」

 

狼女がバスチェアをポンポンして、笑顔で待ってくれてる。サキュバスはそこに座り、頭を洗ってもらう。

 

「目に入りそうだったら言ってね?」

 

「は、はい…。」

 

優しい笑顔で言ってくれる狼女。銀髪のショートボブが美しく輝き、同じ色のフサフサした尻尾を振っている。

 

「…ね。」

 

「…?」

 

「敬語とか、やめて欲しいな。」

 

「あっ、は…。…うん。」

 

「貴方もこれから姉妹だし…。家族じゃないみたいだから…。」

 

「…わかった。」

 

サキュバスが了承する。その言葉を言った時の、鏡に映った狼女の顔が寂しそうだったからだ。

 

「よし、終わり。流すよ〜。」

 

「うん。」

 

狼女が髪についた泡をお湯で流してくれる。

 

「狼女お姉さん…。」

 

「な〜に?」

 

「…背中流す?」

 

「してくれるの?本当?嬉しい〜。」

 

狼女と場所を交代して、今度は狼女が座る。

 

(…耳…。他の種族を見るのは稀だから、前から気になってた…。どんな感触がするのかな…?)

 

サキュバスが手を伸ばしたが…。

 

ヒュッ!

 

「ど、どうしたの…?」

 

一瞬で振り向き、聞いてきた。

 

「耳ってどんな感触がするのかなって…。」

 

「…そうだったね。知らないんだよね。」

 

狼女が表情を柔らかくする。

 

「耳にはあまり触って欲しくないな〜…。」

 

「そうなの?分かった。触らない。」

 

「ありがとう。」

 

そして、サキュバスは背中をコシコシ洗ってあげる。尻尾が思ったより邪魔だった。そして、泡をお湯で流す。

 

「ありがとう。身体洗ったら、湯船に浸かって。寒いでしょ?」

 

「…寒いのには慣れてる。」

 

「…そっか…。…でも、それは慣れちゃいけないこと。あったまったほうが気持ちが良いよ。」

 

狼女が微笑みながら言う。そして、サキュバスは体を洗い終わった。狼女は頭を洗っているらしい。

 

「ふぅ…。」

 

湯船に浸かる。

 

(それにしても、本当に綺麗な銀色…。…昔から狼人は白色って言われていたんだけど…本当に綺麗…。)

 

サキュバスがずっと見ていると、狼女が頭の泡をシャワーで流す。

 

ブルルルルルル…

 

水を浴びた彼女は犬そのもので、身震いして水を切る。サキュバスはその攻撃を食らった。顔や頭、湯に浸かってないところ全部にあたった。

 

(…?耳の裏の奥に傷跡がある…。だから触られたくなかったんだ…。)

 

身震い攻撃を食らったままそんな感想を述べる。

 

「ちょっとそっちに飛んじゃったかも…。」

 

「うん。全然ちょっとじゃなかったよ。」

 

水浸しの彼女を見て、狼女が少し笑う。そして、サキュバスの隣に狼女が来た。

 

「…サキュバスちゃんって、本来の名前は夢庵でしょ?」

 

「それはファミリーレストラン…。夢魔ね。」

 

「そう。で、夢魔ってことは他人の夢を見ることできるの?」

 

「うん。」

 

「そう…。」

 

「……。」

 

「……。」

 

そんな沈黙が流れ、しばらくした後…。

 

「じゃあ、Dさんの夢も見ることが出来るの…?」

 

「ふぇっ!?」

 

「あ、い、いや!そういうことじゃなくてね!ただそのいつも何考えているのかなって!気になっただけ!」

 

サキュバスが驚愕して、狼女が慌てて言う。

 

「……。」

 

「べ、別にどう思っているとか…ちょっと気になっただけ!ちょっと!」

 

「……。」

 

狼女が慌てて言うが、サキュバスには意味がない。

 

「…何を調べて欲しいの?」

 

ただ確信が無いため、彼女に普通に接しようとするサキュバス。

 

「え…。も、もちろん!私たちのことをどう思っているとか、…荷物になってないかな…とか…。」

 

「そう…。」

 

それを聞いて安心するサキュバス。しかし…。

 

「あと、私たちの中では誰が好みとか…。あっ!」

 

「……。」

 

「ち、違うよ!ただ気になっただけだよぉ!」

 

うっかり口が滑り、サキュバスに確信させられた。

 


風呂上がり

 

「サキュバスちゃん!お姉さんを置いて狼姉さんと入るなんてひどいよー!」

 

吸血鬼が怒っていた。

 

「…吸血鬼姉さん…。」

 

「…どうしたの?」

 

「Dってモテるの…?」

 

「え?なに?どうしたの?何があったの?」

 

いきなり言い出し、意味がわからなくなる吸血鬼。鬼や竜は狼女の気持ちを知っていたみたいで、微妙な顔をしていた。

 

「私は例え世界が滅びようともサキュバスちゃん一筋だから心配しないで?」

 

「それはそれで怖い…。」

 

そんなこんなで真夜中1時過ぎ。吸血鬼と狼女とサキュバス以外は眠る時間だ。比較的遅く寝る鬼と竜以外は既に部屋で寝ている。

 

「ふぁ〜…。儂もそろそろ休息に入ろうかの…。」

 

「酒は飲まないの?ふふふ。」

 

「儂はドラゴンと比較して未成年じゃからの…。今飲めるのは鬼以外おらん…。おやすみ…。」

 

「そう。ふふ。」

 

竜が部屋に入り、鬼が不敵な笑みをする。

 

「…鬼姉さん…。飲みすぎないでね…?」

 

「分かってるわよ。ふふふ。」

 

吸血鬼が心配して、鬼が笑う。

 

「……。」

 

サキュバスは本日色々あり、疲れてウトウトしている。そこに…。

 

「ただいま。」

 

「「「!?」」」

 

「おかえりなさい。ふふふ。」

 

Dがベランダから入って来た。鬼は分かっていたみたいで、あらかじめベランダの鍵を開けておいたのだ。

 

「どうだった?ふふふ。」

 

「…迷子を2人保護。後に親が迎えに来た。人間と同じように、無責任な親が増え始めている。狩った人数は35。攻撃してこなければ狩らないと言っているのにな。どうにも、俺たちが人間だから舐めてかかる節がある。」

 

「最近増え始めてるわよね。ふふ。」

 

「鬼は酒を飲んでいるのか。」

 

「貴方も飲む?ふふふふ。」

 

「いや、今日はやめておく。」

 

「そう。ふふ。」

 

Dは風呂場へ行く。

 

「ほら、モテる要素ない…て、サキュバスちゃん寝ちゃってる…。」

 

「?そうみたい。」

 

吸血鬼と狼女がサキュバスの顔を見る。

 

「…可愛い…。」

 

「頬がプニプニしてる…。かわいい…。」

 

2人にいじくりまわされているところを肴に、鬼は酒を飲むのだった。




次回ハあるカナー…そろそろ書かないとなぁ…。

登場人物
狼女…姉妹の中では1番表情豊かで笑顔を絶やさない。耳の裏の奥に、隠しているが傷跡がある。
吸血鬼…自称、サキュバスのお姉さん。実際は年下だが、妹が欲しかったため、そういうことになっている。え?妖精?なんのことやら…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは夢を見た

雪降りましたね…。


…………

 

「起きないね。」

 

「とても疲れているのよ。ふふふ。」

 

吸血鬼が言い、鬼が応える。

 

「…雪…。」

 

「ほんとね。ふふふ。」

 

「お父さんは寝ちゃったし…。」

 

3人が外で降っている雪を見る。静かにシンシンと降り積もる。

 

「…静かだと眠くなるよね。」

 

「夜行性だけどね。」

 

「そろそろ寝るわよ?ふふふ。」

 

「「は〜い。」」

 

サキュバスは吸血鬼たちと同じ部屋で寝るようだ。

 


夢の中

 

(私は夢魔…。他人の夢の中に入り込むことが出来る能力を兼ね備えている…。けど、奥底でその人のことを思わないと入れない…。)

 

サキュバスが夢の中で思う。

 

(この者の中に入ろうかな…。)

 

適当に夢に繋がる穴へと入ると…。

 

「ふふふ…。サキュバスちゃん…。」

 

(吸血鬼お姉さん…。…!?私の人形がたくさん…!?怖い!普通に怖い!というより、金の延棒だらけだし…。欲望に塗れてるよ…。)

 

サキュバスが微妙な顔をする。他人の夢に入っていると、姿を見せようと思わなければサキュバスは姿を見せない。そんな感じで辺りを物色していると…。

 

(…?)

 

写真かけだ。しかし、存在がブレている。

 

(ブレているのは、本人も忘れそうな記憶の奥底のもの…。)

 

その写真に写っているのは親と妹の写真…。

 

(……。吸血鬼お姉さんも…。そうだよね。)

 

それを見た後、サキュバスは次の夢の穴へと入った。

 


 

(次は誰だろう?)

 

またもや入ると、雪原に出た。

 

「皆んなでピクニックに来るなんて珍しいな。」

 

(D!?)

 

「サキュバスちゃんも来てくれて嬉しい!」

 

(私もいる…。誰の夢なんだろう?)

 

狼女が夢の中のサキュバスの頭を撫でる。

 

「う〜…。儂にはちと寒いのう…。」

 

「竜姉さんは寒いのに弱いんだから〜。」

 

「うるさい…。」

 

吸血鬼も竜もいた。というより、皆んないる。

 

「狼女、皆の楽しめることを考えて実行したことはすごいぞ。」

 

「えへへ〜。」

 

Dに頭を撫でられて嬉しそうにする狼女。

 

(…狼お姉さんの夢か…。…少し悪戯しちゃおうかな…。)

 

そこで何を思ったのか、サキュバスが姿を見せた。

 

「あれ?サキュバスちゃんが2人…。」

 

「こっちは本物だよ。夢に入り込んできた。」

 

「ふぇっ!?え、えと…。これは…違うの!違うから!そんなんじゃないから!」

 

狼女は慌てて否定する。

 

「というより、何で入って来たの…?というより、何で姿見せたの!」

 

「う〜ん…。何となく。」

 

「もう〜…。」

 

狼女が恥ずかしそうにする。実際、その恥ずかしそうにする姿が見たかったがために姿を見せたのだ。

 

「さ、続けて。狼お姉さん。」

 

「続けるって…。もう!さっきから!私の夢から出てって〜!」

 


 

(あれ?強制的に次の夢に来ちゃった…。て、ことは起きちゃったのかな?…。…悪戯されないよね…?)

 

そんなことを思いながらも夢の中を物色する。あるのは酒樽、そして昔ながらの家だ。その家の中から酔って騒いでいる声が聞こえる。

 

(…多分、鬼お姉さんの夢?)

 

「またあの悪夢…。ふふ…。」

 

(!?)

 

鬼が隣にいた。もう何が起こるか分かっているような顔をしている。そこに…。

 

ボァァァァァァ…!

 

(!?)

 

周りが炎に包まれた。昔の家も含めて何もかもが焼き尽くされてゆく。逃げ惑い、悲鳴をあげる鬼たち。逃げ惑う鬼を淡々とYとその仲間たちが狩って行く。

 

「…やめて…やめて…やめて…。」

 

鬼はその場で頭を抱えて、耳を塞ぐように縮こまり、その言葉を連呼する…。相当な過去だ。そこに、Yか鬼の目の前に立つ。

 

終わりだ…。

 

Yが大鎌を振り下ろす。

 

「終わらない!」

 

「!?」

 

サキュバスが姿を表して、Yに体当たりした。鬼は突然現れたサキュバスに驚いていた。

 

「サキュバスちゃん…?」

 

「鬼お姉さん…。勝手にごめんなさい…!でも…。」

 

サキュバスは夢だと分かっていても、放っておけなかった。

 

「…そうね。ふふふ。終止符を打たないとね。ふふふふ。」

 

「?」

 

すると、周りが真っ白になった。何もなかったかのように。

 

「…ありがとう。サキュバスちゃん…。あそこで一族の末裔である私が死ぬことが悪夢なの…。私は一族の者たちから託されてるから…。それを奪われるのがとても嫌なの。…助けてくれてありがとう。サキュバスちゃん。ふふふふ。」

 

鬼が不敵な笑みで言う。

 

「鬼お姉さん…。」

 

「…同情はいらないわ。ふふふ。」

 

「……。」

 

サキュバスは次の夢の穴へと行った。

 


 

(次は誰の夢なんだろう…?)

 

サキュバスが降り立ったのは雪の降る場所だ。近くに墓がある。そこに2人、墓の前にいる者がいた。サキュバスが近づく。するとそこにいたのは…。

 

…D、またそこにいるのか?

 

(!?)

 

そこにいたのは立っている、猿の仮面をつけた男と、割れた狼の仮面が添えてある墓の前でしゃがんでいるDだ。

 

「G…。俺はCを助けられなかった。」

 

あの場合は誰でも助けることは出来なかった。

 

「だが…。俺の相棒だった…。死なせないための相棒だ。なのに…。」

 

あまり自分を責めるな。こうなることも覚悟しての組織所属だ。突然死んでも当然だ。殺しているなら殺されもする。悔いは無いはずだ。

 

「……。なぁ、G…。」

 

 

「Cは雪が好きだったな…。いずれは雪原で皆んなと一緒に食事をしたいだとか…。」

 

この組織に所属した時点でもう叶わぬ夢だ。自分を知っている者は記憶を消され、世間から存在を消される。それに暇もない。

 

「…そうだな。…だが、俺はCの夢を叶えさせてやりたい。」

 

 

「俺がその夢を継ぐ。相棒として。友として。」

 

…そうか。…このことは上部へ報告しないでおく。…Cの夢を踏み躙るな。

 

「分かっている。」

 

Gが姿を雪にくらまし、最後にDが懐から取り出した蜂の仮面をその墓に添えた。その途端…。

 

「サキュバス…。いるのは知っている。姿を見せろ。」

 

(!?)

 

Dが言い、驚くサキュバス。

 

「いつから知っていたの…?」

 

「最初からだ。入ってきた途端に精神が覚醒して、夢を見ているが見ていないようになるからな。」

 

そして、世界が真っ白になる。

 

「で、何故来た?」

 

「…頼まれたのよ。」

 

「頼まれた?」

 

「姉妹たちのことをどう思っているのかとか。」

 

「ふむ…。どう思っている…か。家族だ。この上ない大切な存在だ。」

 

「…その中では誰が1番好みなの?」

 

「妖怪と人間での交配は禁止されている。好みもない。」

 

「…そう。」

 

「なぜ聞いた?」

 

「朴念仁!」

 

「?」

 

サキュバスはさっさと夢から出て行った。

 


 

「……。」

 

サキュバスが目覚める。

 

(狼お姉さんのこの恋は思っている以上にハードだ…。)

 

サキュバスは夢から覚めて思う。周りを見ると抱きついたままの吸血鬼がいた。台所から良い匂いがする。サキュバスは巻き付かれている腕をどかして、部屋のドアを開けた。マンションのため、部屋の感覚がせまい。

 

「おはよう…。」

 

サキュバスは目を擦りながら台所へ行く。割烹着を着た狼女が朝食を作っていた。

 

「ふんっ。」

 

狼女は頬を膨らませてプイとする。昨晩の夢のことだろう。

 

「狼お姉さん〜。」

 

「知りませんっ。」

 

「許してよ〜。」

 

「…もうしない?」

 

「うん。」

 

「じゃぁ、許す。本当にしないでね?」

 

「うん。」

 

許してくれるのだから、本当に優しいのだろう。

 

「鬼お姉さんから話も聞いたし。」

 

「?」

 

「夢で助けてくれたんでしょう?」

 

「…うん。」

 

「とても喜んでいたよ?ありがとうだって。」

 

「…うん!」

 

狼女が笑顔で言い、サキュバスも少し頬を緩ませて頷いた。

 

「あっ、そうだ。冷蔵庫の中にえのきがあるから出して欲しいな。上から4番目の引き出しにあるから…。」

 

「これ?」

 

「そう!ありがとう。」

 

「手伝う。」

 

「本当?ありがとう。」

 

狼女が笑顔で言い、サキュバスが隣でえのきを切る。もうすぐ朝ごはんだ。




Dの過去を一部…。人間とはなんなのだろうか…。

登場人物紹介コーナー
鬼…いつも不敵な笑みをこぼす。集落を襲われた日からトラウマとなり、よく悪夢を見る。その悪夢を打ち消すかのようにお酒を飲んでいる。
G…組織の者。猿の仮面を被っている。
C…組織の者。かつてのDの相棒。狼の仮面を被っていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは外に出た。

強火で!直火で!正義が燃える…


朝 朝食完成

 

「よし!出来たね!」

 

「うん。」

 

狼女が割烹着を着たまま朝食を炬燵の上に人数分並べる。

 

「あとは、みんな起きてくるのを待つだけだね!」

 

「起きるかな?」

 

「時間が来たら起こすよ。」

 

狼女がポットに水を入れて沸かす。

 

「ところで、Dさんの夢…どうだったの?」

 

「…雪の降る山の麓で、寺とかのない墓でしゃがんでた。猿のお面を被った者もいて…。…とても寂しそうだった。」

 

「…そう。」

 

「あと、Dは私たちのことをこの上ない大切な存在だって。ただ、異種族との交配は禁じられているから異性としては認識してないって。」

 

「…そう…。」

 

狼女が分かっていたかのような顔になっていた。そこに…。

 

「ふぁ〜…。おはよう…。」

 

「巨人お姉さん。」

 

巨人が部屋から出てきた。4人と5人一部屋だったらしく、ドアの中には妖精が寝ていて、竜は朝の手入れ、機人がスリープモードに入っていた。

 

「お姉さん…まずは髪の毛ボサボサだから髪をとかそう?」

 

巨人が炬燵に座り、その後ろで狼女が櫛でとかしてあげる。ちなみに、巨人の方が姉だ。

 

「そろそろ6時…。吸血鬼ちゃんたち起こしてきてくれない?」

 

「うん。分かった。」

 

狼女に言われ、サキュバスが部屋に戻る。

 

「…すごい姿勢…。」

 

サキュバスが呟いた。吸血鬼は抱き枕を抱いていて、半分妖怪の姿になっているアルラウネは日の当たる場所に自然と行くのか、僅かに光が入っているタンスの上に、砂女は何をしようとしたのか不明だが、ポニーテールがタンスの扉に挟まっていて、斜めになっていた。

 

「吸血鬼お姉さん。起きて。」

 

サキュバスが吸血鬼を揺らす。

 

「ん〜…。眠いよぉ…。」

 

吸血鬼が目を閉じたまま嫌そうな顔をする。

 

「朝ごはん。」

 

「…ほっぺにおはようのチューしてくれたら起きるかも…。」

 

「なら、いらないね。」

 

「…わかった、起きるよ…。」

 

サキュバスは吸血鬼を放って、アルラウネたちを起こす。

 

「アルラウネお姉さん、サンドガールお姉さん起きて。」

 

サキュバスがタンスごと揺らす。

 

「あっ、そうだ。アルラウネ姉さんを無理矢理起こしちゃダメだからね…。」

 

「……。遅いよ…。」

 

吸血鬼が言ったが、すでに遅かった。アルラウネの左腕から出てる巨大ウツボカズラがサキュバスを捕らえていたのだ。

 

「…なんか靴下がシューシュー言って、足がピリピリするけど、これ大丈夫なやつ?」

 

「にぇ!?大丈夫なわけないじゃん!消化が始まっちゃってるよ!」

 

吸血鬼は眠そうだったが、飛び起きて除草剤を持ってきた。

 

「ごめん!アルラウネ姉さん!サキュバスちゃん!今助けるから!」

 

シューーー!

 

「!?!?!?」

 

除草剤をもろに浴びて、アルラウネが堪らずに飛び起きた。

 


 

「…で?」

 

吸血鬼は足を掴まれて逆さ吊りにされていた。

 

「たしかにサキュバスを助けるためには仕方ない…。でも、直で顔にやるってどういうこと?」

 

「い、いや〜…。もう既に消化が始まっちゃってて…。すぐに止めるには直でやるしかないかなーって。」

 

「……。吸血鬼…下をよく見て。」

 

「?…!ラ、ラフレシア…。」

 

吸血鬼の吊るされた真下にラフレシアが咲いていた。

 

「謝らないと、このまま少しずつ下に…。」

 

「う、うん!謝る!謝るからヤメテ!」

 

その後すぐに吸血鬼は謝った。

 

「砂お姉さんは?」

 

サキュバスが砂女を探すが見当たらない。

 

「?そこにいるじゃん。」

 

「どこ?」

 

「踏んでるよ。」

 

「!?」

 

サキュバスは砂を踏んでいることに気がついた。つまり、そういうことなのだ。

 

「寝ぼけて妖怪そのものの姿になっちゃってるね…。街を砂で埋めなきゃいいけど…。」

 

「!?砂で埋める…?」

 

「うん。前はこのマンションを砂で埋めちゃったことがあってね…。ものすごく怒られてたから、寝ぼけてももうしないと思うんだけど…。」

 

「……。」

 

サキュバスは心底、この家庭が普通じゃないことを実感する。

 

「そんな時は、霧吹きをかけてあげて。」

 

「?」

 

シュッシュッ…

 

シュゥゥゥゥ…

 

サキュバスが霧吹きを砂にかける。すると、寝ぼけている姿に変わった。

 

「起きて。砂お姉さん。」

 

サキュバスが揺らす。

 

「…ん…?」

 

砂女が起きる。

 

「……。…おはよう。」

 

「おはよう。」

 

辺りを見回した後、ボケるネタがなかったのか普通に挨拶をした。

 

「朝ごはん?」

 

「うん。こっち…。」

 

サキュバスが皆を連れてリビングへ行く。

 

「おはようございます。」

 

「おはよ。」

 

「おはよう。」

 

機人たちが既に炬燵に入って座っていた。まだ誰も朝食に手をつけていない。皆で集まってから食べるのが基本なのだろう。そこに…。

 

ガチャ…

 

「ただいま。ふふふ。」

 

「ただいま…。」

 

鬼とDが玄関から来た。

 

「あれ〜?お父さん、鬼姉さんとどこ行ってきたの?」

 

吸血鬼が聞く。

 

「家族がついに10人を超えたからな…。部屋も既にギチギチだったからな…。良い物件を鬼と一緒に下見をしに行ったんだ。」

 

Dが洗面所から手洗いうがい、消毒をして来た。

 

「なら、一戸建てが良い!」

 

「妖精…一戸建てはダメだと分かっているだろう…。」

 

妖精が言い、Dが却下する。

 

「どうして?」

 

「私たちが妖怪だとバレたら、引っ越さなくちゃいけないじゃん?一戸建てだとお金もかかるし、すぐに移動できないから…。」

 

「ふぅ〜ん。」

 

「…一戸建てかぁ…。…1人用の部屋欲しいなぁ…。」

 

サキュバスと吸血鬼が話す。

 

「…ちなみに、1人一部屋ずつの物件はあった…。」

 

「「「本当!?」」」

 

「…だが、場所は本部のすぐ隣の、妖怪専用アパートだ…。」

 

「…それはやだな…。」

 

「ふふ…。」

 

「いや!」

 

Dが言った途端に全員が思いっきり拒否する。

 

「あそこ、噂ではAからZも住んでいるんでしょう?Yと毎日遭遇するなんてとても耐えられない…。」

 

「全員はいないけど、確実にいる。」

 

「他とか…。」

 

「…部屋が一つ増えただけの物件もあった。」

 

「なら…そこにするしかない…。」

 

「だが、ここよりもさらに駅が遠くなる。デメリットの割合の方が高い。」

 

「……。」

 

「最近は物件も安くない…。事故物件は大抵妖怪が潜んでいるからな…。同居なんて嫌だからな…。」

 

「同居は困ります。」

 

「知ってる。」

 

全員、家族会議のようだが決まらない。それぞれ、このマンションで一部屋借りて10人で住むのは狭いと気づいているからだ。

 

「…あそこはどう?ふふふ。」

 

「あそこか…。たしかに、納得しそうだが…。」

 

鬼が言い、Dが困った顔をする。

 

「どんな場所?」

 

「ここよりも駅が近くで、部屋の数も一つ増えて広い場所よ。お金もさほど変わらないわ。ふふふふ。」

 

「絶好の場所じゃん!」

 

「なんで嫌なの?」

 

サキュバスを含めた姉妹がDを見る。

 

「…それは…。」

 

「仕事の仲間がいるからよ。ふふふ。」

 

「いるのはRだ…。女だが、色々と変態でな…。なんというか…近寄り難い。」

 

「どんな変態?」

 

砂女が聞いたのがまずかった。

 

「…露出魔で…。」

 

「「「露出魔…。」」」

 

「ドMで…。」

 

「「「ドM……。」」」

 

「まぁ、パッと思いつくだけでもこれだ…。他にもあっち系方向へ持って行こうとしたりな…。まさにR-18(アルファベットでRは18番目)だ。」

 

Dがため息を吐く。すると…。

 

ピピピピピ…

 

携帯が鳴った。

 

「…俺だ。…仕事か。分かった。…D680の道を移動中か…。…ああ。…すぐ行く。」

 

そして、Dが携帯を切った。

 

「…悪いが、朝食は共に食べれそうにない。帰るのは恐らく明日の朝だ。頼むぞ。」

 

「はいはい。いってらっしゃい。ふふ。」

 

「いってらっしゃ〜い…。」

 

「行くのか…。…父上、帰ってくるのじゃぞ…。」

 

「…いってらっしゃい…。」

 

「無事に帰ってきて…。」

 

「いってらっしゃーい!」

 

「いってらっしゃいませ。」

 

「……。」

 

「お父さん、いってらっしゃい。」

 

「早く帰ってきてねー!」

 

「行ってくる。」

 

Dが玄関から急いで行く。

 

「…朝ごはんの時に呼び出されるなんて…。人間って不便…。」

 

サキュバスがつぶやいた。

 

「ま、そんなことより朝食朝食♪」

 

砂女が席に座る。他の姉妹たちも席に座って行く。

 

「「「いただきます。」」」

 

「召し上がれ!」

 


本日の朝食

 

えのきと豆腐とわかめの味噌汁

鮭の塩焼き

小松菜

白米

たくあん

 

とても美味しかった!


 

「ボー…。」

 

サキュバスがボーッとする。いつも話している吸血鬼は狼女と朝食の後片付けだ。そこに…。

 

ドガーン!

 

「「「!?」」」

 

鬼たちの部屋から爆発音が響いた。

 

「あー…。また失敗したね…。」

 

「後片付け大変だろうね…。」

 

吸血鬼と狼女が分かったかのように言う。すると…。

 

ガチャ

 

「ケホッケホッ…。ふふ…。」

 

「毎回言っておろう!改造は外でやれと!」

 

「起こされちゃった〜…。」

 

「煙い!」

 

鬼たちが部屋から逃げるように出てくる。部屋からモクモクと煙が出ていた。鬼たちは急いで窓を開ける。

 

「本当…。近所迷惑になるからやめてほしい…。」

 

狼女がつぶやく。

 

「ジジジ…ケイサンミスデス…スミマセン…。」

 

サキュバスが中を除くと、半妖怪の姿で腕を機械化させて、色々改造している機人がいた。部屋はもうヒッチャカメッチャカだ。そこに…。

 

ピンポーン!ピンポーン!

 

「早速苦情が…。」

 

狼女が困った顔になり、人の姿に変わって玄関へ行く。色々言われて、ペコペコ謝っている狼女。サキュバスは可哀想と思った。

 

「これで今月何回目?ふふ…。」

 

鬼も通常通りの不敵な笑みを浮かべていたが、声に怒りを感じていた。皆迷惑しているようだ。

 

「…10回目…。…1週間に一回…必ずそうなってる…。」

 

アルラウネが言うと…。

 

「機人…。今後当分、改造禁止よ?約束してたものね。ふふ…。」

 

「ジジ…ゴメンナサイ…。」

 

「ごめんなさいで済めば、こんなこと言わないわよ。ふふ…。」

 

鬼が不敵な笑みを浮かべていうが、内心怒っていることがすぐに分かった。

 

「そうね…。3ヶ月禁止よ。ふふ…。」

 

「サ、サンカゲツ…。」

 

「ええ。約束してたものね。ふふ…。」

 

「…ハイ…。」

 

機人が人の姿に戻った。

 

「はい。これでおしまい。皆んな、もう機人を責めちゃだめよ?ふふふ。」

 

鬼が言う。ならば、もう機人に何も言うまい。

 

「うぅ…。」

 

機人が炬燵の隣で横になる。

 

「…夢魔…。」

 

「?」

 

「…暇です…。」

 

「…同じく…。」

 

「…外へ遊びに行きますか?」

 

「…外で何するの?」

 

「ボール遊び…。」

 

「空き地あるの…?近くに…。」

 

「…歩いて1時間ほどすれば広い空き地があります。平日なので人もいないと思いますし…。」

 

「…外…。」

 

サキュバスが外を見る。晴れていて、鳥が飛んでいる。

 

「…うん。行こう。」

 

「それでは、行きましょう。」

 

「吸血鬼お姉さんは?」

 

「わ、私吸血鬼だよ!?太陽の光が死ぬほど嫌いなんだけど…。」

 

「狼お姉さんは?」

 

「私は家事があるから…。サキュバスちゃんは遊びに行って?」

 

「…うん。」

 

サキュバスと機人が玄関へ行くが…。

 

「ちょっと待ったー!何故あたしを誘わない!?」

 

引き留めたのは砂女。隣には無理矢理連れてかれそうになっているアルラウネがいた。

 

(わー。すっごい迷惑そうな顔…。)

 

アルラウネの顔を見てサキュバスが思う。

 

「あたしも行きたーい!体動かしたーい!」

 

…断っていいよ…。

 

「なら、砂女さんも行きますか?」

 

「行くー!」

 

…行きたくない…。

 

「なら、行きましょう。」

 

機人が靴を履く。アルラウネの言葉は聞こえていない。

 

「…あの4人じゃちょっと不安…。」

 

「サキュバスちゃんは道をよく知らないし、砂女ちゃんは方向音痴だし、機人ちゃんは精々1人を相手にするのに手一杯そうだし、アルラウネ姉さんは自由だし…。吸血鬼ちゃん、行ってきてくれない?」

 

「日向…。」

 

「サキュバスちゃんに嫌われちゃうよ?」

 

「……。」

 


 

『吸血鬼お姉さん嫌い!あっち行って!』

 


 

「…へへへ…。少し良いかも…。」

 

「…え…。」

 

「じょ、冗談だよ!行ってきまーす!」

 

狼女がドン引きして、吸血鬼が誤魔化してから行く。

 


 

「……。」

 

サキュバスが道を覚えるためキョロキョロ周りを見ながら行く。自分たちの住んでいるマンションの近くに、高さも低くて古いマンションが4つほど建ち並んでいて、その隣に駐車場のある、真ん中の全く車の通らない道の歩道を歩いて通る。そして、緩やかな坂を登る。

 

「…疲れてない?」

 

「大丈夫…。」

 

「この先を右折です。」

 

砂女に心配されて、サキュバスも坂を歩く。すぐに坂の終わりに到達して、右折する。歩道の狭い白い線が左側にあり、4人一列になって歩いて行く。

 

「…学校…。」

 

「?うん。人間の通っている学校だね。」

 

しばらく歩くと小学校が見えて来た。広い道路を挟んですぐ隣に中学校がある。

 

「ここを左折です。」

 

しかし、真ん中の道路は通らず、小学校の周りの道を行く。小学校のある右側に広い歩道があったがすぐに無くなり、白い線の内側を1列で歩いて行く。サキュバスは学校が気になったが、迷った…もしくは逃げ出したと判断されないように3人について行く。

 

「ここを左折です。」

 

機人がナビのように説明する。その道を歩いたらすぐに下り坂…。そこにある国道の通っているT字路の横断歩道を渡るらしいが、近くの電柱の下に花束が置いてあった。誰か亡くなってしまったのだろう。

 

「まだつかないの?」

 

「もうすぐ。」

 

砂女が流暢に言い、安全を確認して皆で向こう側へ渡る。…まぁ、交通事故に遭っても怪我をするのは車側だと思うが…。

 

「左折して、また上り坂だけど、道中右側に総合グラウンドがあるから…。」

 

「まだ上るの…?」

 

「体力ない?歩いてまだ10分くらいだよ…。」

 

砂女がサキュバスに言う。ちなみに、皆気づいていないが、サキュバスは半妖怪の姿だ。ツノや尻尾、羽が出たままだ。

 

「これにて、ナビを終了致します。」

 

そんなこんなでグラウンドについた。

 

「…グラウンドだね…。」

 

「うん。グラウンド。」

 

「…サッカーのコート以外何もないよ…?」

 

「うん。何もないよ。」

 

「…奥に数本木があるだけ…。」

 

「邪魔するものはないね〜。トイレと自動販売機はあるけどね。」

 

誰もいない、ほぼ何もない土のグラウンド。これが市の運営しているグラウンドなのだから驚きだ。

 

(…アルラウネお姉さんは雑草むしってるし…。どんだけ行きたくなかったの…?)

 

アルラウネがそこらの、少しだけ出ている雑草をむしってた。好きな読み途中の本も家に置いてきて、無理矢理連れてかれたのだから塞ぎ込むだろう。

 

(向こうではもうすでにキャッチボールの準備してるし…。)

 

砂女等がグローブをはめたり、ボールを持ったりしている。

 

「本気でこーい。」

 

砂女がふざけて言う。が。

 

「分かりました。」

 

機人が真に受けた。そして、半分機械化した。

 

「…時速1500km…パターン剛速球…ストレート…南西カラ北東へ風速3m/s…左下斜メ6cm…。」

 

何やら、機人が計算している。構えて、投げるその姿に禍々しいオーラが見えるのは気のせいだろうか…?

 

ビュォォォォ!!!

 

(音速を超えたー!?)

 

その球が投げた途端に見えなくなるのだから、魔球どころじゃない。

 

ズッッドォォ!!!

 

(とったーーーー!?)

 

砂女が見事にキャッチした。しかし…。

 

どひゅーーー…ガラガラガッシャーン!…バフンバフン!

 

砂女が吹っ飛び、色々大惨事になった。

 

「いたたた…。」

 

「ちょ、大丈夫!?」

 

サーカーのコートが折れ、見事に脇腹に突き刺さっていた。

 

「脇腹に…。」

 

「うん?あぁ、平気。普通の人間なら大惨事だけど…。」

 

スポ

 

「私、身体が砂で出来てるから。」

 

(そうだった…普通じゃないんだ…。ここの人たち…。)

 

砂女が何ともなさそうに起き上がり、スライドさせて通り抜けた。

 

「でも、サッカーコート壊しちゃった…。」

 

「ワタクシノ責任デス。何トカシマス。」

 

機人の右腕がバーナーに変わった。そして、手際良く接合して行く。

 

(そう思ってみればアルラウネお姉さん…。まだ草むしってる…。)

 

どうやら、相当ストレスが溜まったらしい。

 

「ア、アルラウネお姉さん…。」

 

「?」

 

アルラウネが振り向く。しかしサキュバスが声をかけると、不快にさせないようにしているのか、嫌な顔はしていない。

 

「…何かして遊ぼう?」

 

「…うん…。」

 

立ち上がり、サキュバスの後をついて行く。

 

「…何するの…?」

 

「ん〜…。」

 

サキュバスが周りを見るが、本当に何もない。いるのは、本気で投げ合って球が見えないくらいのキャッチボールをしている砂女と機人のみだ。

 

「…何もないね…。」

 

「……。」

 

「ちょっと待ってー!」

 

またしゃがみ込むアルラウネを引き止める。

 

「?ううん。違う…。見て…。」

 

「?」

 

サキュバスがアルラウネの隣にしゃがむ。

 

「わ〜。」

 

アルラウネは草をむしっていたわけでは無かった。まだ咲いたばかりで全然花開いていないタンポポを見ていたのだ。

 

「春の訪れ…。気持ちの良い季節…。私の好きな季節…。」

 

「うん。」

 

アルラウネが少し嬉しそうに言い、サキュバスもほのぼのする。

 

「手を振れずにそのまま自然のまま眺めるのが1番…。でも、自分のものにしようと持ち帰っちゃう人間もいる…。」

 

「うん…。そういう人やだな…。」

 

「でも、それも自然のことなのかな…て、思う…。…人間は満たされない生き物みたいだから…。」

 

「…満ちても、慣れればもっと満たしたくなる生き物なんだね…。人間って…。」

 

「何というか…。…可哀想な生き物…。」

 

「…うん…。」

 

「でも、だからと言っても、他を蔑ろにしてまで満たそうとするのは良くない…。植物も生きてる…。自分のものを取られるのが嫌なのに、自然のものを取るのは良いなんて、理屈がおかしい…。誰のものでもないものなんて無い…。」

 

「…そうなのかもね…。」

 

アルラウネが儚げに言い、サキュバスも納得する。

 

「…暗い話はもうやめ…。学校…気になってたよね?一緒に行こう…?」

 

「?でも、砂お姉さんたちは?」

 

「…多分、アレはすぐに終わらない…。」

 

砂女と機人は音速を超えたキャッチボールをしていた。2人を放って、サキュバスたちが来た道を戻る。例え、変な人に絡まれても何とかなるのは確かだからだ。




Passion!!!

登場人物紹介コーナー
機人…普段から自身の改造が趣味。過去は不明。半分妖怪化した時の身長は変わらないが、重さはなんと5tほどある。
砂女…サンドガール。普段は人の姿であり、半分妖怪になっても1番気づかれにくい。唯一の違いは砂で人の姿か否か。

組織から化け物扱いされている者
長女 鬼
次女 巨人
三女 竜
六女 砂女
七女 機人

可愛い系
巨人、アルラウネ、狼女、砂女、サキュバス、吸血鬼、妖精
美人系
鬼、竜、機人


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは新たなモンスターを見た。

続けて投稿。


小学校

 

サキュバスとアルラウネが小学校の裏口にいる。監視カメラはあるが、裏口の抜け道があるところだ。正確には動物のいない飼育小屋の裏だ。

 

「ここから入るの…?不法侵入じゃ…。」

 

「…大丈夫…。不法侵入…だけど…変身…すればいい…。」

 

「ど、どうやって…。」

 

「こう…。木になったり…。」

 

メギメギメギ…

 

アルラウネが無理に木になろうとして歪な形の木になった。

 

「怖い…。普通に怖い…。魔女の生やした禍々しい枯れ木みたいになってる…。」

 

サキュバスは普通に怖がった。

 

「なら…面白くないけど…これ…使う…?」

 

アルラウネが保護者証を出す。

 

「なんでそんなものが…。」

 

「妖精が通ってる…。」

 

「通ってるんだ…。でも、休日だけど勝手に入っていいの?」

 

「あくまでも…最終手段…。こっそり侵入…。」

 

「やっぱり…。」

 

サキュバスは、ズカズカとはいるアルラウネの後ろをついて行く。

 

「それに…サキュバスには…魔眼がある…。」

 

「結局、私頼み…。」

 

2人がそのまま進み、中庭に行く。長草や木が生えていて、しゃがめばバレなさそうだ。2人は学校の中の様子を見る。

 

「……。」

 

「……。」

 

アルラウネは、少し羨ましそうにじーっと見ているサキュバスを見ていた。

 


 

「こんな感じなんだね。学校って。」

 

一通り色々なところを見て、サキュバスが少し満足した。

 

「そう…。」

 

「アルラウネお姉さんはどこか学校とか通っていたりするの?」

 

「してない…。すると…正体がバレる…。」

 

アルラウネたち妖怪は、人間よりも断然に寿命が長い。妖怪にとって10年など、早く感じても人間で言う数ヶ月だ。と、なれば1、2年で身長など変わらないということだ。

 

「でも、妖精は小学校行ってるじゃん。」

 

「小学校や…中学校は…成長に…バラつきが…ある…。だから…ギリギリ…セーフ。」

 

「ふぅ〜ん。」

 

サキュバスとアルラウネが話していると…。

 

『ややっ!誰だ!?』

 

「見つかった…逃げなくちゃ…。」

 

「逃げるの!?」

 

二人が裏口へダッシュで行く。

 


 

「はぁ…はぁ…。」

 

「……。」

 

サキュバスはゼェゼェ言っているが、アルラウネは呼吸一つ乱れていない。

 

「これが…人間の…小学校。」

 

「はぁ…はぁ…。そう…。」

 

アルラウネたちがグラウンドへ戻ろうとしたが…。

 

『……!』

 

『……!』

 

「?」

 

中学校から何やら声が聞こえる。サキュバスとアルラウネが行くとそこには…。

 

「はーなーせー!」

 

「離すか!いい加減に学校へ来い!休日も張り込みしてやっと見つけたと思ったら!」

 

「やーだー!どうせ高校行けないからいーやー!」

 

吸血鬼と職員が何やら言っている。吸血鬼は掴まれた手を離せと言い、職員はいつも不登校の吸血鬼を学校へ引きずってでも行かせようとしている。実際は吸血鬼に力負けしているが…。

 

「高校行かないと大変だぞ!」

 

「私はいいのー!」

 

「言い訳あるかっ!?将来大変だ!」

 

「将来とか何年も先なのにー!」

 

「先のことだから今やるんだ!」

 

吸血鬼と教員が揉めている。

 

「ふんっ!」

 

「あっ!待て!」

 

吸血鬼が腕を振り解き、逃げた。

 

「…見れば…分かるけど…吸血鬼も…中学生…。」

 

「と、いう設定。」

 

アルラウネとサキュバスは逃げる吸血鬼を見ていた。

 

「そう思ってみれば、学校へ通っている妖怪って妖精や吸血鬼お姉さんたちだけなの?」

 

「ううん…。二クラスに…一人の…割合…。」

 

「そんなにいるんだ。」

 

「国際異種族憲法で…それぞれの…国の…教育方針に…従うって…書いてある…。」

 

「そんな憲法あったんだ…。」

 

サキュバスは少し記憶喪失であり、転々としてきたため、あまりよく分からない。

 

「でも、田舎だからこんなに少ないのかな?」

 

「ううん…。すごく多い…。」

 

「この学校で10人も満たないのに?」

 

「うん…。田舎の…方は…逆に…多い…。都会は…逆に…少ない…。人が…多いから…存在が…バレやすい…。」

 

「じゃあ、ここは地味にホットスポットなわけね。」

 

「そこを…管轄して…統制するから…父さんは…とてもすごい人…。」

 

アルラウネはDを思い浮かべる。

 

「ふーん。」

 

しかし、サキュバスはどうでも良さそうな顔だ。

 

「ところで、引っ越しがどうのとか言っていたけど、どうなの?」

 

「引っ越し…。…したいけど…父さんが…嫌がってる…。」

 

「でも、私が来たせいで狭いと思うし…。」

 

「元々…狭かったから…そんなこと…考えなくても…良いよ…。」

 

「…Rって、見たことある?」

 

「R…。会ったこと…無いから…分からない…けど、中国で…5年間…働いていた…みたい…。」

 

「中国?そんなところにもこの組織あるんだ。」

 

「ううん…。父さんの…所属する…組織は…日本だけ…。アメリカでは…エイリアン担当…みたいに…分かれている…。」

 

「へぇ〜。」

 

サキュバスは詳しい事情を知らなかったため、新鮮に感じた。

 


 

「ただいま。」

 

「おかえりなさい。」

 

狼女が笑顔で出迎えてくれた。

 

「いい散歩になったよ。」

 

「ジジジ…。」

 

「私の勝ちだったね!」

 

「遅く…なった…。」

 

「うん…。夜だもんね。」

 

現在10時前後。警察などに補導されないか心配だ。

 

「お父さん、まだ帰ってこないんだ…。」

 

「うん…。夜ご飯もう作っちゃったのに…。」

 

吸血鬼が聞いて、狼女の尻尾と耳が垂れ下がる。今晩は天ぷらをやったみたいだ。

 


 

「…もう大半は寝ちゃったし…。」

 

夜行性の吸血鬼と狼女とサキュバス、夜行でも昼行でもない鬼、そして寝る必要のない機械人が待っている。他の者は夕食を先に食べて寝てしまっている。

 

「…丸一日、家を留守にしたことは無かったよね…。もしかしたら…。」

 

「やめて。そんなこと想像しないで。」

 

吸血鬼が少し追い詰められた顔をしたが狼女がやめるように、真剣な表情で言う。

 

「…まぁ、死ぬリスクが高い仕事をしているものね…。ふふふ…。」

 

「死ぬリスク…?」

 

「はい。お父様は人間です。私たちのような妖怪を相手にする訳ですから、突然死んでも納得してしまいます。」

 

「……。」

 

(だから、あの時猿の仮面は…。)

 

サキュバスはGを思い出す。

 

「だから、死んでほしくないから他の職業を探すように言ってるけど…。」

 

「しかし、そうなるとわたくしたちの生活費がストップされてしまいます。」

 

組織はドライのようだ。そこに…。

 

「!」

 

鬼がベランダの方を向く。

 

「帰って来たの?」

 

「しっ!灯も消して…。ふふふ。」

 

「「「……。」」」

 

狼女が明かりを消す。真っ暗になった。しかし、彼女たちの目には見えている。

 

「…人ではありません…。おそらく妖怪…。いえ、海外だからモンスターです…。」

 

機械人が瞬時に分析した。

 

「う…く…。」

 

苦しそうなうめき声をあげるベランダの怪物。そして、狼女が警戒しながらカーテンを開けた。

 

「!」

 

ハーピーだった。ハーピーはカーテンが開けられた途端に睨み、飛び立とうとしたが翼を怪我していて動けない。

 

「…苦しそう…。」

 

「…鬼姉さん、どうする?」

 

「…一応助けましょう…少しでも攻撃してきたら、迷わずに拘束ね。ふふふ…。」

 

そして、鬼たちは助ける選択をとった。

 

ガララララ

 

「大丈夫?」

 

「……。」

 

ハーピーは睨んだままだ。狼女は耳と尻尾を目立つように、振ったりピンとさせたりする。

 

「…妖怪…?」

 

「あ、気づいてくれてよかった。」

 

分かった途端、睨んでいた目が和らぎ、少し安心した顔をした。

 

「歩ける?」

 

「……。」

 

狼女が聞くが、首を振るハーピー。よく見ると、足も怪我していた。

 

「よいしょ。」

 

鬼も力を貸して、一先ず入れて治療する。

 

「誰にやられたの?」

 

「……。」

 

鬼はハーピーの見ている足を見る。鋭い爪のであり、返り血がついていた。

 

「…すごい傷跡じゃ…。間違いなく殺しにきておる…。」

 

鬼は竜も起こして、手当てを急ぐ。翼は大きく抉れ、あと数センチ傷がずれていたら死んでいた。

 

「…羽はこれくらいじゃ…。あとは出血が止まっていない足じゃ。」

 

「ふふ。」

 

竜と鬼が一生懸命手当をする。鬼が圧迫止血をして、竜が傷薬を塗って包帯を巻く。

 

「…ダメじゃ、止まらん!サキュバス、儂の部屋から赤い液体の入った瓶を持ってくるのじゃ!」

 

「う、うん!」

 

包帯に血が滲んで行き、竜が叫ぶ。サキュバスは急いで取りに行き、渡す。そして、それを飲ませた。

 

「大丈夫だからね。手を握って。」

 

「回復速度30%上昇。」

 

「鬼姉さん、変わるよ?」

 

「大丈夫よ。ふふふ。」

 

「これで、良くなるはずじゃ…。」

 

4人が治療する中、サキュバスは考えていた。

 

(こんな生死に関わる傷を、普通人間から受けるかな…?だとしたら組織…。見たところ未成年に見える…抵抗したんだ…。多分、Yにやられたんだと思うけど…。私も、助けが来なかったり抵抗していたらこうなっていたんだ…。)

 

サキュバスはハーピーを見てゾッとする。

 

「…出血は止まったのじゃ…。あとは安静にしておくことじゃ…。2〜3日は歩けん。…飛ぶことは尚無理じゃ…。多分、このまま永遠に飛べんだろう…。」

 

「う…!く…!」

 

ハーピーは羽である手を動かそうとしたが、激痛が走って動きもしない。

 

「手は尽くしたのじゃ。組織の病院へ行けば良いと思うが…。父上に事情を話さなければ進まん…。」

 

「父上…?」

 

「Dじゃ…。明日の朝には帰ってくると思う。そのまま安静にしておくのじゃ。」

 

鬼と竜は、手についたハーピーの血を洗いに洗面所へ行く。

 

「安静にして。」

 

狼女はハーピーに毛布をかけてあげる。

 

「ベッドがないからリビングだけど…。この際我慢して。明日までにはお父さんも帰ってくるから…。」

 

吸血鬼と狼女は夜行性のため、一晩中みているつもりだ。

 

「わたくしはベランダの血液の処理等をしてきます。」

 

機械人は掃除だ。

 

「……。」

 

サキュバスはハーピーをじっと見る。羽と髪は鮮やかな赤色、整った顔立ちをしていて、控えめに言って美人だ。前から見るとショートだが、後ろから見るとロングの髪型も相まってより一層良い。体つきは…………うん、まぁ、こんなもんだろう…。

 

(…深傷を負わせたって言ったから、多分Yじゃないよね…。アレは負うはずがない…。なら、組織じゃ騒ぎになっているはず…。Dが帰ってきたら情報を教えてもらおう…。)

 

サキュバスはそんなことを思っていた。




タイトルががが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはDの経歴(浅)を知った

ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ.


「…来た?」

 

「多分…。」

 

吸血鬼と狼女が言う。まだ日は頭の先の方しか登っておらず、ニワトリが鳴く少し前のようだ。

 

「ただいま…。」

 

「おかえ…て!どうしたの!?」

 

「色々忙しかった…。」

 

全身返り血を浴びて、ほぼ真っ黒のD。

 

「立て篭った…、人質を取った…。立て続けに事件発生…。計画的であると睨み…敵を拷問…。結果…集団的だということがわかって本拠地へ乗り込んだ…。その際、一匹だけ敵を逃した…。」

 

「…まさか…。」

 

「赤いハーピーを逃した…。今夜に狩る…。また夕食は共に食べれそうにない…。」

 

そのことを聞いて、黙る狼女たち。一方、玄関から見えないリビングでは…。

 

「う…!く…!」

 

ハーピーが這ってでも逃げようとする。

 

「え、えと…どうしよう…!」

 

吸血鬼は取り押さえるべきなのかどうか迷っている。

 

「待ちなさい。」

 

ビクッ!

 

鬼が静かに言う。

 

「今、無理矢理でも逃げようとしたら逆にやられちゃうわよ?ふふふ。」

 

「……。」

 

「ちゃんと事情を話せば、彼も見逃してくれるかもしれないわ。ふふふ。」

 

鬼は優しく言う。すると、ハーピーは逃げるのをやめて、安静にする。一方、玄関でブーツを脱ぐD。

 

「…あ、雑巾あるか…?」

 

「う、うん。はい…。」

 

「ブーツの中が…、返り血で溜まっちゃって…。」

 

Dの足は真っ赤に染まっている。ブーツの中がチャプチャプ聞こえる。

 

「そのハーピーの親と思われる者がその集団を操っていた。もちろん、親の二人の首は跳ねた。残るは子だ…。」

 

「……。」

 

それを聞いて、複雑な気持ちになる狼女。一方、ハーピーはそのことを聞いて、Dにとてつもない殺意を抱いた。

 

「攻撃されたからな…。肩に…。」

 

「血が…。」

 

Dの左肩に深い切り傷があった。しかし、もう治りかけている。

 

「まぁ、1日前後で治るだろうが…。攻撃される際に止血防止ナイフで脚を切ってやった…。さらには飛んで逃げようとしたから翼をこのボウガンで撃ち抜いた。今頃虫の息だろう…。…夕食時は死体探しか…。」

 

Dが少し残念そうにした。

 

「すまない…。今夜こそは皆んなで夕食を食べれると思ったんだがな…。」

 

「…ううん。いいの。大丈夫。」

 

狼女はそんなことを言われて、尚複雑な気持ちになる。

 

「それより、身体を洗う。血塗れで気持ちが悪い。朝食はなんだ?」

 

「昨日の夕食の残り…。」

 

「そうか。楽しみだ。」

 

Dは浴室に入った。狼女はタオルを置いて、リビングへ行く。

 

「…貴方、そんなことをしちゃったんだ…。」

 

「……。」

 

ハーピーは何も言わない。

 

「攻撃されたからじゃなくて、攻撃しちゃったんだ…。お父さんのことだから忠告したと思うんだけど…。」

 

「いいえ、彼は最後まで忠告していたはずよ。彼が進んで殺すことは絶対にないわ。ふふふ…。」

 

吸血鬼と鬼が考えだす。すると…。

 

「今日の朝食はなんだ?」

 

「「「!?」」」

 

Dがもう出てきたのだ。仕事がスピード勝負のため、早いのだ。

 

「……。ハーピー…?」

 

Dが包帯を巻かれて、治療を受けた後のハーピーを見つけた。昨晩のハーピーを見つけた。

 

「お前か…。探す手間が省けたな…。」

 

すかさずボウガンを出すD。そして、狙いを定めた。

 

「待って!」

 

しかし、サキュバスがその間に入る。

 

「…そこをどきなさい。」

 

サキュバスは首を振る。

 

「……。」

 

Dはサキュバスに当たらないよう、ハーピーに当たるように僅かな隙間を照準を定めたが…。

 

「D。」

 

鬼がボウガンに手を添えて、首をゆっくり振った。

 

「…分かった。」

 

Dは素直に下ろす。

 

「彼女を何故狙うの?ふふふ。」

 

「昨晩の戦いで組織の一人が重症だ。仇をうつためだ。」

 

「でも、彼女がやったわけではないわ。ふふふ。」

 

「……。昨晩、俺は首謀者であるこいつの両親を殺した。復讐しに来て、お前たちに危害を加えるかもしれん。」

 

「そりゃ、両親を殺されたら復讐する気にもなると思うけど?ふふふ。」

 

「……。」

 

Dが黙る。鬼の気持ちが分かるからだ。

 

「…しかし、コイツは抵抗したし、人間にも危害を加えている…。組織からなるべく殺すように命令を受けている…。」

 

「なるべくってことは、必ずってわけでもないわけよね。ふふふ。」

 

「…生かしたいのか…?」

 

Dが単刀直入に聞いた。

 

「ええ。ふふふ。」

 

鬼は迷いなく言った。自身の一族も皆殺しにされているからだ。

 

「…そうか…。…組織からは発見の報告をする。…ハーピー、貴様に一つ質問がある。答えなくても良い。」

 

「……。」

 

「これから、人間に危害を加えようと思うか?」

 

「……。」

 

「…なるほどな。」

 

憎しみたっぷりに睨まれていても、Dは報告書に記載する。

 

「俺を殺そうと考えていることは分かった。ただし、他の民間人には手を出さないと言うことも分かった。俺を殺そうと思っていることは記載しないでおく。」

 

Dは報告書を書き終えた後、ベランダに出る。すると…。

 

カァー…

 

闇色の鴉が来た。

 

「すまないな…。場所は本部…。Cによろしく頼む…。それと、これは速達だから上質な餌だ…。」

 

Dが闇色の鴉の足に紙を巻き付け、固形の餌を渡した。

 

カァー…

 

闇色の鴉は食べ終わり、時速200kmくらいで飛んで行く。(ちなみに、普通は時速60km)

 

「……。」

 

ハーピーはDを睨みつつも、内心鴉に驚いていた。

 

「さて、君の処遇は本部が決める…。それより朝食…。」

 

「!」

 

Dがお腹を空かせて、狼女が急いで準備をする。ハーピーは何やら思い浮かべたようだ。

 


 

「「「いただきます。」」」

 

ハーピーの分も一応よそってあり、食して行く。

 

「……。」

 

「…どうしたの?Dをそんなに見て…。」

 

ハーピーがDの様子をジッと見て、狼女が聞くが答えない。Dの飯に毒を入れていたのだ。

 

「…もしかして、毒入れた?」

 

「!」

 

何故分かったと、驚いた。

 

「分かるよ。だって、同じことしてるもん…。」

 

狼女がDを見る。Dは全くダメージなし。それどころか、毒の入った食べ物をすすんで食べている。

 

「同じこと…?」

 

「うん。私もあなたと同じでね…。拾われた当時、ものすごい警戒していた。ここから出たかったから、殺したほうが手っ取り早いと思って何回か襲撃したけど…。全部失敗。隙もないし、どんな術も無効。聞けば、昔の組織の訓練の最後の合格者だとか…。」

 

「…最後の合格者?」

 

「ふふふ。今は廃止された、生存率が0.18%の最終試験よ。妖怪を含めてね。ふふふ。」

 

鬼が割り込む。

 

「あの最終試験を乗り越えた、現役の組織の人間は今はもう4人しかいないわ。ふふふ。彼がその一人。」

 

「……。」

 

ハーピーはDを見る。隙だらけだ。とてもそうに思えない。

 

「もっと深く、彼の経歴を知っちゃダメよ?今は…。多分、今すぐにでも逃げたくなって、傷の完治も出来ないから…。」

 

そんなことを、サキュバスも聞いていた。

 

「…何を話しているんだ…?」

 

「いいえ。ふふふ。」

 

「…そうか…。」

 

Dは食事を再開しようとしたが…。

 

「……。」

 

残しておいたサツマイモの天ぷらがない。

 

「うま〜。」

 

「……。」

 

吸血鬼が食べていた。口いっぱいに頬張っていた。

 

「…出せ…。」

 

「ふぇ!?も、もう無理だって!」

 

「…出せ…。」

 

「ふぇ!ふふふ…!ちょ!今食べてるから…!ふごっ!」

 

Dが吸血鬼の脇腹をくすぐっている。嫌がっているが、やめない。

 

「ほ、本当に出ちゃう!」

 

「…わかった…。」

 

Dはすぐにやめた。

 

「ふぅ〜…。本当に出るかと思った…。」

 

「……。」

 

次はDのアジの天ぷらがない。

 

「……。」

 

「……。」

 

狼女がこれでもかと、見せるように咥えていた。期待している目だ。

 

「……。」

 

スッ

 

「にぇ!?」

 

しかし、何もせずに食事を再開するD。狼女の尻尾と耳が垂れ下がった。

 

「後でな…。」

 

「!」

 

ボソリと呟いた言葉を聞き逃す狼女ではない。耳もピンと伸びて、尻尾を振る。

 

「えぇー!今日はあたしと遊ぶ約束ー!」

 

「……。」

 

砂女が言い、機械人が見る。そんなこんなで皆が食べ終わる。

 

「…というか…。疲れた…。食い終わったから寝る…。良い子にしてくれ…。」

 

「「「はーい。」」」

 

サキュバスとハーピーは寝室へフラフラ行くDを見ていた。アルラウネ達は各々の部屋に入って行った。

 

「…大丈夫なの?アレ。」

 

「狼女が行くまではね。ふふふふ。」

 

サキュバスが聞き、鬼が半笑いする。すると、狼女がいつのまにか、獲物を狩るように伏せながら部屋に行こうとしているではないか。

 

「あれは狩りのポーズね。ふふふ。」

 

「狩り?」

 

「そう…。ふふふ。」

 

狼女がDの部屋に侵入しようと、ドアを開けるが…。

 

「…分かっていたぞ…。」

 

「…え、えへへ…。」

 

「リビングにいろ。」

 

「む〜…。」

 

Dに襟を掴まれて、リビングに下ろされた。そして、狼女が悔しそうに仰向けでゴロゴロする。

 

「あれは失敗した時の癖ね。」

 

「……。」

 

「ハッ!」

 

サキュバスとハーピーに見られていることに気づいた狼女。

 

「…ゴホン、ど、どうしたのかな〜…?」

 

慌てて取り繕うが、もう遅い。

 

「狼姉さんって、いつも何か癖とかあるの?」

 

「え、えーっと…。何を言っているのか分からないなぁ〜…?」

 

「いつもあるわ。ふふふ。」

 

鬼が言う。狼女は鬼を見ながら頬を膨らませていた。

 

「ところで、Dの部屋ってどうなっているの?」

 

サキュバスが疑問に思い、聞く。

 

「んーっと…。わかんない。」

 

「え…?」

 

「この家に来て2年くらい経つけど、全くわかんない。掃除も断られるし…。」

 

「何か秘密が…。」

 

「でも、分かったことはあるよ…。無断で入ろうとしたら、罠でやられちゃう…。前、掃除機でうっかり開けちゃった時に、ドアの中からボウガンの矢が5本、急所に当たるようになってて…。その時は、掃除機が当たっちゃっただけだから私自身に傷はなかったけど…。壁に刺さって…。」

 

「……。」

 

サキュバスがDの部屋に何かあるのか不思議に思った。すると…。

 

コッコッ

 

窓を硬いもので突いている音が聞こえる。

 

「…あれ?」

 

狼女がカーテンを開けると、闇色のカラスがいた。

 

「ご苦労様。」

 

「カー。」

 

狼女に手紙を渡した後、飛んでいった。

 

「…本部からの手紙…。」

 

直筆と書かれており、印鑑まである手紙だ。つまり、最高峰の幹部の上層部が書いたと言うことだ。

 

「……。」

 

Dが開けるまで見ちゃいけないと教えられてきたが、ハーピーの命運を分ける手紙だ。開けられないわけもない。

 

「…ホッ…。」

 

安堵した息を吐く。

 

「なんとか、死ぬことはないみたい。」

 

書かれていたのは保護観察処分の主旨と期限だ。

 

「4ヶ月の保護観察を強いられるみたいだけど…。この家だともう流石に…。」

 

狼女が狭い家を見る。

 

「…うん。Dさんが起きたら、少し相談してみる。」

 

「そうね。私からも頼んでみるわ。ふふふ。」

 

「……。」

 

サキュバスも、傷ついたハーピーを見て、頷いた。




続けて投稿。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは戸籍をもらった

αβγδεζηθικλμνξοπρστυφχψω


夕方

 

「まだ起きない…。」

 

サキュバスは先手を打つために部屋の近くにいるが、Dが出てこない。

 

「彼も疲れているのよ。ふふふ。」

 

鬼が言う。

 

「それにしても…。新しい子が続いて入るのは初めてね。ふふふ。」

 

「そうだね。」

 

鬼と吸血鬼が頷いた。

 

「?」

 

「今までは最低でも1年は空いていたんだよ。」

 

疑問に思ったサキュバスに吸血鬼が教えてあげる。

 

「……。遅いから、起こしてくる。」

 

「え?でも、ドアを開けたら罠が…。」

 

「夢で。」

 

サキュバスはそこらにあったクッションを枕代わりに、すぐに寝てしまった。

 

…………

 

(Dの夢…。また入るんだ…。)

 

サキュバスは夢の穴が沢山ある場所にいる。その中の、Dと書かれた穴に入った。

 

…………

 

(ここがまた…。)

 

サキュバスは暗い裏路地にいる。空は灰色で暗く、雨が降っている。

 

「…サキュバス。いい加減にしろ。」

 

「……。」

 

Dが背後で、分かっていたかのように言い、サキュバスが姿を現す。

 

「人の夢を覗くな。プライバシーの侵害だ。」

 

「だって、起きないくせに部屋に入れないから。」

 

「……。」

 

Dが少し面倒そうな顔をした。

 

「…ところで、ここは?」

 

「見ての通り裏路地だ…。俺の夢から出ていってくれ…。」

 

「起きるまで出ない。」

 

「それは困る…。お前がいる限り寝ているけど意識が覚醒したままで睡眠が浅いから…。ほぼ寝てない状態だ…。」

 

「私は何時間でも付き合えるよ?」

 

「……。要件は…?」

 

「は?」

 

「要件を言え…。今深い睡眠に入りかけているんだ…。起きたらこの睡眠が出来るかどうか分からない…。」

 

「どうしようかな〜。」

 

「頼むから言ってくれ…。」

 

「…ハーピーが保護観察処分になった。4ヶ月の間、ここに住む。」

 

「それで…?」

 

「見ての通り、部屋が狭くてパンパン。引っ越すか、Dの部屋へ狼姉さんと一緒に寝させるか…。どっち?」

 

「どっちも嫌だな…。」

 

「そんな答えない。私は何時間でも待つよ?」

 

「…分かった…。狼女と一緒だけはダメだ…。交配はシャレにならない…。俺が消される…。」

 

「よし、じゃ決まり。じゃ。」

 

サキュバスは用件を終えて、さっさと出て行った。

 

…………

 

「んにゃ…おひゃおう(おはよう)…。」

 

「あっ、サキュバスちゃん起きた。」

 

狼女がサキュバスの隣にいた。

 

「にゃんか(なんか)、かおがいひゃい(顔が痛い)…。」

 

「当たり前だと思う…。だって、今Dさんが寝ぼけながら部屋から出てきて、サキュバスちゃんの顔に洗濯バサミを…。」

 

「んにぇ!?」

 

ブルルルル

 

「きゃっ。」

 

サキュバスが頭を振り、洗濯バサミが飛んで行く。

 

「どうやって…。」

 

「サキュバスちゃん!気をつけて!」

 

サキュバスは思うが、狼女は洗濯バサミを彼方此方に飛ばされて怒っていた。

 

「…まぁいいや。引っ越すって。」

 

「…にぇ?」

 

「この家から引っ越して、昨日言っていたマンションへ。」

 

「なら、早く準備しなくちゃね…。」

 

狼女が急いで荷物を纏めて、皆にも知らせに行った。

 

…………

一時間後

 

「よし、出来た。」

 

「もう!?」

 

皆準備が出来たことに驚くサキュバス。皆リュックやスーツケースをもう置いていた。

 

「冷蔵庫もベッドもまだだけど…。」

 

「ん?あれは元々このマンションについてるの。私たちはいつでもすぐに移動できるような場所にしか住まないから。正体がバレた次の日にはもういないような状態じゃないと…。ほら、私たちは数が多い分存在がバレやすいから…。」

 

「……。」

 

サキュバスはDの用心深さに感心した。…いや、呆れたと言うべきか…。

 

「でも、家具付きだと汚したり、壊したりしたらその分お金かかるんじゃ…。前だって、機械姉さんが部屋を爆破していたし…。」

 

「?あぁ、大丈夫。妖精ちゃんが魔法でコーティングしていて、入った当初からいっさい時の流れていないような状態だから。」

 

そこに…。

 

「……。」

 

「あっ!Dさん!」

 

Dが部屋から出てきた。

 

「…もう纏めてあるのか…。」

 

「うん。すぐに引っ越せるような状態でしょ?」

 

「組織の力を使えば、明日にはもう契約を完了して新しいところで暮らせるがな…。」

 

「…そうとうな権力を持ってるよね。組織って…。」

 

「国家直属に属しているからな…。司法も行政も何もかも属さない、全てを含めた国家だからな…。それくらいの裏準備はしてある…。…そうだ…。それと、サキュバスにはこれを渡す…。」

 

「……。」

 

Dがサキュバスに、血のべっとりついた書類を渡す。渡された途端に嫌な顔をしたが…。昨日の返り血だろう。

 

「お前の戸籍と住民票だ…。組織の市役所から国に直接作ってもらった…。何か必要な時がくるかもしれない…。」

 

「……。」

 

これをどう見せろと言うのか、サキュバスは思う。

 

「Dさん…。戸籍見せてって言われて、それを出したらどうなるか考えてる…?」

 

「……。」

 

狼女に言われて、考えるD。

 

「…少し待っていろ…。」

 

Dは紙を回収して、ベランダの闇色カラスのもとへ行く。速達餌を払った。そして、数分もしないうちに戻ってきた。

 

「これだ…。」

 

「随分早いね…。」

 

サキュバスは戸籍と住民票を受け取る。

 

「えと…。まぁ、名前はどうでもいいとして…。…中学生?」

 

「…その大きさで小学生には無理がある…。今からでも、教養を身につけろ…。」

 

「えぇ!?じゃあ、同じ中学なんだ!」

 

「…まぁ、吸血鬼と同じ中学だ…。」

 

「やった!」

 

吸血鬼が目に見えて喜ぶ。

 

「…あの中学校、平気?」

 

「多分な…。…人間に擬態した妖怪のクラスメイトがいるかもしれん…。日本人口の約1万分の1だ…。しかも、ここはホットスポット…。おかしくはない…。…戦うような真似はしちゃだめだぞ…。」

 

「……。」

 

サキュバスはまだまだDへの警戒心が高い。

 

「…ハーピーは明日戸籍と住民票を作ってくる…。待っていろ…。」

 

「……。」

 

ハーピーは尚更だ。

 

「サキュバス…。お前は来週から登校となる…。その間に俺は手続きを済ませておく…。三日後に引っ越しをするから、少しバタつくと思うがな…。ハーピーは保護観察のため、学校へは無理だ…。だが、ひと時共に暮らす仲間に自己紹介などをしておけ…。」

 

「あれ?でも、戸籍とか作るんじゃ…。」

 

「戸籍を作る理由は、近所に存在しない女の子が出入りしているとバレた場合、色々と噂されて厄介だ…。」

 

Dが面倒そうな目で言う。

 

「明日から色々立て込む…。俺は手続きの書類を済ませてくる…。」

 

「「「はーい…。」」」

 

Dは要件だけ言って、さっさと部屋に戻ってしまった。

 

「夜ご飯、何がいいかな〜…。」

 

「?」

 

サキュバスは、ふと台所に立つ少し大きな女性を見る。そして、近づいた。

 

「何してるの?」

 

「ん〜?あら〜、サキュバスちゃ〜ん。」

 

声をかけたが、見た目以上にでかかった。色々と…。身長は2mを超えている。ちなみに、完全な人間体である。半妖怪の姿ではない。

 

「今晩の夕食の当番で、なにを作ればいいのか考えてるの〜。」

 

おっとりとした話し方をする巨人。

 

「お父さんは〜なんでもいいと言うと思うけど〜…。他の子の好みが違うから…。」

 

「…まぁ、たしかに…。」

 

吸血鬼はやはり、トマト系の食べ物が好きであり、アルラウネは植物をあまり使わない食べ物を好む。鬼や竜や狼女は肉類が好きで、サンドガールはスープ系以外を好む。機械人と妖精はなんでも食べる。そこに…。

 

ガチャン!

 

「「「!?」」」

 

Dが何やら急いでドアを開けて、どこかへ行く準備をする。片手を耳に当てているあたり、電話をしているのだろう。

 

「今日は休暇のはずですが。それに、仕事をしすぎるといけないのでは?…はい。そうですか。敵は?…数匹と…戦車!?保管庫を破られたのか!?…なるほど。なら、敵はグレムリンですね。…分かりました。ころ…。いえ、例の許可は取ったんですね。今すぐ行きます。地上に出ると大騒ぎになりますし。地下なら、思い切り暴れられますからね。」

 

Dが靴を履く。返り血でびっしょりの靴を…。そして、真っ黒な服に着替えて、ポーチやらを腰に下げる。

 

「行ってくる…。夕食は抜きで良い…。」

 

「えぇー!?またー!?」

 

砂女が嫌な顔をした。

 

「仕方ないだろう…。それに、聞いただろう…?急ぎの仕事だ…。」

 

「でも、戦車なんて…。下手したら死ぬでしょ!?」

 

狼女が少し不機嫌に言う。

 

「その時はその時…。俺が死んでも、皆んなに酷いことはさせないから…。」

 

「そういう意味じゃない!死んじゃうんだよ!?」

 

「そうだ…。いつか死ぬ…。遅かれ早かれ起きることだ…。お前たちにとっては、その時が何年早くなろうが変わらない…。」

 

Dはそう言い残して、行ってしまった。

 

「……。」

 

狼女は諦め、求人広告のチラシを床下から出して見る。色々考えているのだろう。

 

「…少し険悪なムードになっちゃったわ〜…。」

 

巨人が困った顔でつぶやく。サキュバスは困った顔をした後、ふと目にしたのは…。

 

「……。」

 

ぶつぶつ呟いている妖精だ。

 

「何してるの?」

 

「…祈ってる…。」

 

妖精は手を合わせて、祈っていた。

 

「…僕は魔法が使えるから…。」

 

「僕っ子…。」

 

「なに?」

 

「い、いや…。別に…。」

 

サキュバスは妖精に困惑しながらも、巨人のところに戻る。

 

「手伝う。」

 

「あら〜。ありがとう〜。」

 

サキュバスが米を洗う。巨人は野菜などを切っていた。

 

(吸血鬼姉さんや竜姉さんたちまで、求人広告を見始めちゃった…。)

 

吸血鬼たちも、一応アレでも慕っている親なので、死んでほしくない。だから、自分たちで出来るアルバイトを探すのだ。

 

「洗いすぎないようにね〜。」

 

「あ…。」

 

サキュバスはそちらを見ていて、米を洗いすぎてしまった。大半が潰れてしまっただろう…。

 


 

「ドリアにしちゃえば問題な〜いわ。」

 

「…うん…。」

 

結局、米はくにゃくにゃになってしまったため、ドリアになった。

 

「…狼姉さん…。」

 

「サキュバスちゃんも、探してくれると助かるな…。」

 

机の上に置いた途端、狼女が今まで集めたチラシを見せる。

 

「あのままじゃ、近いうちに死んじゃう…。私たちで、独立出来るくらいになりたいから…。」

 

「ま、私は構わないけど、家族がバラバラになるのは嫌だからね。10年以上過ごしてきたから…。」

 

「10年…。」

 

妖怪にとってはあっという間の時間。人間にとってはとても長い。寿命で死ぬのはわかりきっているが、それまで一緒に過ごしたいのだ。

 

「……。」

 

しかし、サキュバスは住居を転々として、そんなに長くは過ごしていない。催眠で他人の家に転がり込み、怪しくなったらすぐに逃げる彼女にとって、そんな気持ちは理解できないのだろう。

 

「ハーピーちゃんは、探さなくても良いよ。観察処分だから、すぐにここから出て行くと思うし…。」

 

「あっ!羽のことお父さんに言い忘れた!」

 

「あー…。やってしもうたの。」

 

そんなことを言いながらも、ご飯を食べながら求人募集を探す面々。

 

「……。」

 

サキュバスは、その時人間であるDについて考えていた。




タイトル


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはRに会った

自己満小説


「ただいま…。」

 

「あれ?随分早いね。」

 

夕食を食べ終わった直後に、Dが帰ってきたのだ。

 

「戦車一台とその他数人ならすぐに終わる…。ボウガンで全部貫いた…。」

 

「…ホント、お父さんのボウガンって怖い…。」

 

「ハーピーの羽を大きくえぐるほどじゃからの。」

 

「あっ!そうだ!ハーピーの羽についてなんだけど…。」

 

姉妹たちがDに相談する。

 

「…つまり、もう飛べないほどの傷なのか…?」

 

「そうじゃ…。二、三日はまともに歩けんし、飛ぶことは永久に不可能と判断したのじゃ。」

 

「…なるほど…。まぁ、殺す気で撃ったからな…。突風に吹かれさえしなければ、身体は真っ二つだ…。」

 

「それを平然と目の前で言うとは…。やはり、父上もちと頭がおかしいの…。」

 

「そりゃ、組織は全員が精神障害者のようなものだ…。強さと引き換えに、人間としての一部も欠けている…。」

 

「……。」

 

Dが潰れた米をそのまま食べて、竜が呆れる。

 

「…だが、竜は知っての通り医療の知識は姉妹の中で随一…。組織にも匹敵する腕前だ…。無理だと判断したなら、組織でも無理だろう…。」

 

「……。」

 

Dがハーピーを見た途端、殺意ある目で睨み返された。Dはやれやれと目を逸らし、食事の手を再開する。すると…。

 

ピンポーン

 

「お客さん?こんな時間に?…はーい。」

 

インターホンが鳴って、狼女がドアを開けると…。

 

こんにちは。Dいる?

 

パンダの仮面を被った、真っ黒で模様のないチャイナドレスを着た者が…。女性だ。

 

「…R…。何をしに現れた…。狼女たちに影響が出たら、承知しないぞ…。」

 

いつの間にか、狼女の背後にいるD。

 

「R?この人が?」

 

サキュバスがRを見る。Rは軽く手を振った。

 

これ。戦車に突き刺さってたわ。

 

「そうか…。礼を言う…。全て抜き取ったつもりなんだがな…。証拠を残さずに処理するのだが…。やはり、弱くなっているな…。」

 

Dがボウガンの矢を確認しながら言う。が。

 

「…おい…。」

 

……。

 

「…本当に何のつもりだ…?これは俺のボウガンの矢じゃない…。」

 

Dはそう言った後、片手で折った。

 

「俺のボウガンは鋼鉄をも粉砕するように、特別に作られている…。片手で折れるほどヤワじゃない…。」

 

Dが睨んだ。自分の武器を汚されたようなものなのだ。

 

「本当は何をしに来た…?」

 

……。

 

Dが問い詰める。

 

貴方のじゃないんだ〜。知らなかった。…あと、来週からお隣さんになるから挨拶がてら。

 

「…そうか…。」

 

Rが平然と言い、Dが少し目つきを和らげる。

 

…態々来たのに、お茶の一杯も出さないの?

 

「突然来てお茶がどうこうなどと…。それに、仮面で飲めないだろう。俺たちは日常生活以外、顔全体を覆う仮面やお面をつけなければならないルールだ。」

 

あれ?貴方は?

 

「…無くしたな。」

 

Dがしれっと言うが、サキュバスは知っている。Cの墓の前に置いてきたのだ。

 

とにかく、出すのが礼儀。

 

「俺は無作法なんでな…。態々悪いが、帰ってもらいたい…。」

 

女性を一人で夜道に送るつもり?悪い人に絡まれたらどうするの?

 

「お前の場合は逆に絡んだ奴のことを心配する。」

 

えー!ひどーい!

 

「酷いじゃない。さっさと帰れ。」

 

あれ?貴女が最近来たサキュバス?ちゃん?

 

「何勝手に上がり込んでいるんだ…。帰れ…。」

 

Dが言うが、聞く耳を持たない。

 

「…狼女、鬼、何もするな…。アレでも、一応俺並みの強さだ…。」

 

DはRを睨みつけている狼女と鬼の頭を撫でる。サキュバスは今気づいたが、狼女は自分たちのテリトリーに無断で侵入したRに対して嫌な顔をしていた。髪の毛が逆立っている。鬼は冷徹な目で微笑んでいた。

 

ご飯中?

 

「そうだ…。帰れ…。お茶は出せん…。」

 

夜道に女性を一人で歩かせるのは危険よ。

 

「しつこいぞ…。さっさと帰れ…。」

 

ひどーい。

 

そんなやりとりを続けている。

 

「…狼女、留守を頼めるか?」

 

「いや、行くなら私も行く…。」

 

狼女は半分吊り目で言う。何かを感じ取ったのだろう。

 

「…鬼、頼めるか?」

 

「わかったわ。ふふふ。でも…。」

 

「…?」

 

「0時過ぎたら…承知しないわよ…?ふふ…。」

 

「……。」

 

鬼が微笑んだまま、恐ろしいオーラを出す。逆に怖い。そして、Dと狼女が行こうとしたが…。

 

「あっ、そうだ。サキュバスちゃんも来て。念のため。」

 

「念のため…?」

 

「ここらの夜道は暗いから、いざとなった時用に覚えておくように。」

 

「…んー。」

 

サキュバスは狼女の後ろをついて行く。

 


 

「……。」

 

(狼姉さん…。夜だと目が少し光ってて怖い…。と言うより、夜だと半妖怪の姿のまま外に出るんだ…。)

 

サキュバスがそんなことを思う。一方、先頭を歩いている組織の二人は無言のまま歩いている。

 

あの…。

 

「?」

 

…近くに24時間やっている中華料理店があるから、そこに行かない?

 

「おい。夜道がどうの言っていて、何を言っているんだ…。一応飯食ってる最中に送ってあげているんだ…。」

 

…そう。そうだよね…。

 

「……。」

 

サキュバスは何かを感じとる。狼女は怖い顔をしていた。

 

「…まぁ、0時まで時間はある。これの礼というのなら、そこに行こう。ただし、金は出さん。俺の稼いだ金は狼女たちの小遣いになる予定だ。もちろん、サキュバスやハーピーの分にもな。」

 

「「……。」」

 

サキュバスと狼女が顔を見合わせた後、クスリと笑って二人の後を歩く。Dが意外と家族愛が深いことに笑ったのだろう。

 


 

……。

 

「仮面取ったらどうだ…?」

 

いざ、料理が出されて少し戸惑うR。自身の服がコレで、しかもお面をしているならば注目度が半端じゃないだろう。

 

あの…個室にしない?

 

「時間がない…。この近くだとか言っておいて、一つ山を越えた場所だ…。俺たちが全力疾走して10分かかる場所だ…。サキュバスたちのことを考えると、片道30分だ…。」

 

…わかった…。

 

そして、Rがパンダのお面を取る。

 

「「……。」」

 

サキュバスと狼女がRの顔を見る。

 

「…これでいい…?」

 

「分からん。自己満足だろう。」

 

「「……。」」

 

中国人の顔で、美人である。Dが可哀想なくらい。狼女が春巻きを構えながら、耳を真っ直ぐ立てて、少し嫌な顔をした。サキュバスはその顔を見る。

 

「私美人でしょ〜?」

 

「整形だ。」

 

Rが言った直後に、Dが間髪入れずに言う。

 

「整形じゃないよー。」

 

「整形だ。」

 

Dはペースを崩さずに言う。

 

「Gが整形だと言っていた。」

 

「…アイツ、そんなこと言ったんだ…。よりにもよって…。」

 

「そうだ。」

 

Dは何ともなさそうに水を飲む。

 

「…整形じゃないのか?」

 

「整形じゃないよ!皆、私が中国人だからってそう呼ぶの!我绝对没正整形!」

 

「…そうか。」

 

Rが興奮混じりに言い、Dが無表情で答える。最後の方を何と言ったかなど、Dは全く理解していない。

 

「まぁ、そんなことはどうでもいい。」

 

「どうでもって…!」

 

「いつまでここにいればいいんだ?」

 

「……。」

 

Dは時計を見ながら言う。0時を過ぎたら鬼にコテンパンにされるのだ。

 

「…貴方にとって、楽しむってなに?」

 

Rが疑問をDにぶつける。

 

「……。」

 

Dはしばらく…長く考えた後…。

 

「わからん。」

 

そう答えた。狼女も、サキュバスもDを見る。

 

(この目…。本当にわからない目…。)

 

サキュバスはゾッとした。楽しむことすら分からない者など、この世にそうそういない。人は何かしらの快楽を求め、行動するものだ。他者を蹴落とし自身が優位に立つことも、趣味に打ち込んだり、夢みたいなことも考えるのも、その欲望である快楽に関係する。それは人間にとどまらず、遥かに小さな虫でさえも、考える能力の代わりにある。

なのに、Dにはそれがない。

それは感情の一部が壊れているどころでは済まない。何をどうしても、何も思わないのと同等なのだ。自動人形のような、淡々とした生き物…。Dはどこでどうやってその感情を捨てたのかも分からないだろう…。幸せなど掴み用のない、真っ暗な世界で生きている住人なのだ。

 

「…なんだ?」

 

狼女とサキュバスが見ていると分かり、聞く。

 

「い、いえ。別に…。」

 

「…なんでもない…。」

 

「…そうか。」

 

Dがそう言う。しかし…。

 

「まぁ、X、Y、Zよりマシよ…。あの3人は色々とおかしいから…。」

 

「「?」」

 

Rが言い、首を傾げる二人。

 

「『神力のX』は何も答えない。『皆殺しのY』は妖怪を殺すこと。『貪食のZ』は妖怪を食べることなんて。」

 

「「!?」」

 

狼女とサキュバスが嫌な顔をした。Yはともかく、Zまで要注意人物だと分かったからだ。

 

「…そうか。」

 

Dは比べられて嫌な顔をした。

 

「良いわよね。異名…私も欲しい…。…貴方もあったわよね。確か…。」

 

「おい…。」

 

その時、店内の雰囲気が明らかに変わった。

 

「…その名で呼んでみろ…。殺すぞ…。」

 

「……。」

 

Dがキレそうになり、Rが笑えない顔をする。

 

「…そっちじゃなくて、今のよ…。」

 

「…そうか…。」

 

Dの殺意がなくなり、空気が緩和された。

 

「『最強のD』ね…。」

 

「「最強?」」

 

「前の異名をそっちの鬼の前で呼んだXとZが…。…まぁ、重症になったわ。一応、組織の病院で一命は取り留めたけど、あの二人はすっかりトラウマよ…。」

 

「「……。」」

 

二人がDを見る。

 

「…仕方なかろう。前々から忠告したが、任意で呼んだのなら、そうせざるを得ないからな。」

 

「前の異名ってどんなのだったの?」

 

「…言えない。」

 

「言えないことしたんだ〜。」

 

「…お前たちの前では言わないし、言わせるつもりもない。」

 

「じゃ、知ってるのは鬼姉さんだけ?」

 

「ああ。…一応言っておくが、鬼もその名に関しては一切言うつもりもないぞ。」

 

「えぇー。」

 

サキュバスと狼女が残念そうな顔をした。

 

「なら、気分転換に私とDの初めて会った思い出を話してあげる。」

 

「あ、そんなの全然気にならないから。」

 

狼女は冷たく返す。が。

 

「でも、そっちの子は聞きたそうよ?」

 

「そんなことないですから。ね?」

 

「ちょっと気になる…。」

 

「サキュバスちゃん!」

 

狼女が怒る。しかし、向こうが勝手に話し始めた。

 

「そうね…。あれは、昔…8年ほど前だっけ?」

 

「…ああ。」

 

「そう…。8年ほど前…。」

 




続けて投稿


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはRの過去を知った 前編

過去の話から始まります。


「ハァ…ハァ…!」

 

一人の、大学生くらいの女性が森の中を懸命に走っている。(中国語は全面的に省きます。排除します。)

 

『こちら本部。そっちの状況は?』

 

「最悪よ!!味方部隊は私以外全て全滅!蟲の餌になっていたり、慰み者になってるわ!」

 

『耐えてくれ。今日本に、ある組織に所属する、専門家ではないが二人に救援を求めた。少し時間がかかるかもしれないが来るそうだ。』

 

「そんなの当てになるわけないじゃない!」

 

……一昨日くらいからお腹がずっと痛くて走れないのに…!

 

そんな通信を走りながらしていると…。

 

ヴゥゥゥゥン!!

 

「来た…!」

 

沢山の人並みの大きさのアブが追ってくる。

 

「ひぃぃ!」

 

必死に逃げているが、腹痛に気を取られた途端捕まってしまった。そして、衣服が破られる。

 

「や、やめ…。」

 

覚悟をした途端…

 

バシュシュシュシュ…!

 

スパァァァァァァァン!!

 

蟲たちは頭を狙撃されたり、頭部を真っ二つにされた。

 

「ぁ…ぅ…。」

 

女性は意味がわからない。分かったのは目の前に立つ、狼のお面をした女性一人だ。

 

『…こちらD。狙撃完了。敵感知続行する。』

 

「こちらC。了解した。目視、近くに敵なし。数38。終わり。」

 

『了解。終わり。』

 

通信を切り、狼のお面を被った女性が、こちらを向いてしゃがみ込んで同じ高さの目線になった。

 

ジッ…

 

「…?」

 

ビュッ!!

 

しばらく見られた後、次の瞬間拳が目の前に迫り…。

 

「…?」

 

しかし、痛みも何もない。

 

「…やっぱり…。脳に寄生する線虫が潜り込んでた…。」

 

その女性の握っている手には、線虫がウネウネ蠢いていた。中々の大きさだ。

 

「貴女の耳から少し出ていたから…。こいつに寄生され続けると、脳みそが麻痺して元の身体じゃいられなくなる。もっとタチが悪いと、寄生された瞬間にイジられる…。組織の医療機関で正常に戻ることが出来るけど…。…貴女、大丈夫?」

 

「……。」

 

コクリ

 

「立てる?」

 

「……。」

 

フルフル

 

「無理もないよね。危うく初めてを奪われそうになったんだから…。じゃ、これ被って、背中に乗って。」

 

Cが毛布を渡して、背中を向けてしゃがみ込む。

 

「通信。」

 

『了解。通信。』

 

「知らされた状況の通り、女性を保護。一度支部に預け、依頼を達成する。」

 

『了解。』

 

「援護必要。北東に移動。敵感知続行せよ。」

 

『了解。』

 

「戦闘不能。出来ればこっちに来て護衛を頼みたい。終わり。」

 

『了解。終わり。』

 

短い通信をした後、Cは一先ず周りを警戒しながら動かない。

 

「…色々聞きたいことがあるけど…。」

 

「?」

 

「仲間はどうしたの?」

 

「…皆んな…。男はその場で食べられたり、肉団子にされて…。女は連れて行かれた…。その場で慰み者にされたりした…。その人たちも奥へ…。」

 

「…そう…。辛い体験だよね…。」

 

「うん…。」

 

女性…のちのRがCを見た。同じくらいの大きさで、同い年か年下か…。顔はお面で分からない。

 

「…怖くないの…?」

 

「…これ以上の経験をしているからね…。感覚が麻痺しちゃって…。染まりすぎちゃったんだと思う。それに、頼れる彼氏もいるし。」

 

「誰が彼氏だ。お前には本物の彼氏がいるだろ。多分。誤解されるような言い方はやめろ。」

 

いつの間にか、蜂のお面をした男がいた。こちらも、同い年くらいの男だ。

 

「あいっかわらず、隠語を理解できないようだね。こういう仕事のパートナーのことを彼氏彼女の関係って言うの。」

 

「言わん。」

 

「ほら、ファンタジーの冒険メンバーも、パーティをしないのに、『パーティー』って言うでしょ?」

 

「…まあな。」

 

「冒険のことを『デート』って言う人もいるし。」

 

「…いるな。」

 

「だから、こっちもアレンジしてみたってわけ。」

 

「なるほど。」

 

蜂のお面をした男が納得してしまった。

 

「まぁ、そんな冗談は置いておいて…。しっかり護衛頼むよ?」

 

「冗談だったのか…。任せろ。護衛はな。」

 

そして、一行は歩き出す。その途端…。

 

「うわっ…。なんかたくさん来た…。」

 

「気持ちが悪いな。」

 

蜂やら蝿やら…とにかく、飛虫が沢山来て、ハンターのように狙っている。

 

「援護、本当に大丈夫?」

 

「…矢が尽きたらすまん。」

 

「明らかな人選ミス…。」

 

「……。」

 

蜂のお面をした者は、どこからかボウガンを取り出した。

 

「強度はどれくらいだ?」

 

「私の鋼線によると…。強度7ってところかしら?」

 

「中々だな…。アブでそれなら、蜂は8か。蜂だけに。」

 

「つまんな。」

 

「……。」

 

軽口を叩き合う二人。後のRは、逆に震えている。ここでやられてしまうのではないかと…。

 

「まぁ、強度8なら連射可能か。」

 

「スピードは?」

 

「50本/sってところか。2秒あれば終わる。」

 

「私は3秒だと思う。賭ける?」

 

「いいとも。ジュース一本な。」

 

蜂のお面を被ったものがボウガンを構えるのと同時に、蠅たちがくる。

 

バギュギュギュギュギュギュギュギュ!!!

 

何か、ボウガンにしては鈍すぎる音がした。そして…。

 

「…チッ。」

 

「2.002秒。私の勝ち。」

 

「…そうか…。」

 

二人はそんな呑気なことを言う。まぁ目の前に、今いた全ての蟲の頭に突き刺さったままのボウガンの矢を見たら呑気にもなるだろう。粉砕している蟲もいた。

 

「矢の回収はどうする?回収している最中に来そうだけど…。」

 

「…諦める。支部に戻ればいくらでも貸すだろうな。」

 


 

「「「……。」」」

 

支部は巨大な蟲たちによる襲撃で壊れていた。

 

「…この近くのはずだが…。」

 

「いやいや…。現実逃避しないで。これが支部…。…だったものだから。」

 

Cは一先ず崩れている基地の中に入り、食料や水、通信機を探す。キッチンのような場所であり、所々崩れている。

 

「建物を住処にする蟲もいるから気をつけないと…。ご飯とかたかられてないといいな…。……。」

 

Cが動かなくなる。そして…。

 

「?」

 

Cが右腕を上げて、何かを握った。

 

ズビシャァァァ!!

 

「!」

 

「ギュァェェェェェ!!」

 

「!?」

 

思い切り振り下ろした途端、後ろからバラバラになったデカいゴキブリの体が転がってきた。

 

「…これだから嫌なの…。蟲型モンスターは…。」

 

そして、Cがまだ少し動いている蟲の体に手を突っ込んだ。黄色い体液が吹き出し、Cは露骨に嫌な顔をする。そして出したのが…。

 

ズリュリ…

 

「コイツの胃…。缶詰とかは消化されてないと思うし…。」

 

Cが近くの瓦礫でその胃袋を割く。

 

「…缶詰はあったけど…。貴女は見ちゃダメ。」

 

Cがその胃袋の内側を隠して、缶詰を置く。

 

「…人…?」

 

「…うん。」

 

Cが缶詰を全て取り出した後、その蟲の頭を瓦礫で叩き潰す。

 

「燃やしたら、臭いで仲間が集まってきちゃうからね…。」

 

「…?」

 

そこで、Rは初めて気付く。

 

「…もしかして…経験済み…?」

 

手慣れた仕草、詳しすぎる情報、体験したような言葉だ。気づかない方がおかしいが、Rは初めてで、しかも今までのショックで動転していたのだ。

 

「…前…つまり、2年前も、中国は生体兵器問題でやらかしているし…。その残党が日本に来てね…。まぁ、民間人が何人も犠牲になったけど、仇はとった。中国側にも大きな被害が出て、もう懲りたと思ったんだけど…。その時も貴女みたいな人はいた。中国は倒しきれなくて貴女たちみたいな部隊は完全に全滅。その時も派遣された。今回は貴女だけでも何もなく、生きてくれていて良かった…。」

 

Cが言う。

 

「ところで、どこに住んでるの?」

 

Cがお面を取り、朗らかな、優しそうな表情をして聞く。警戒心を解かせるためだろう。やはり、同い年のようだ。

 

「私は日本の…んー…。田舎かな。山や森が遊び場だった。」

 

「そう…。」

 

「でも、良いところだよ?都会よりずっといいと思う、誇れる場所。」

 

「そうなんだ。」

 

Cが笑顔になり、Rも気が緩む。

 

「私も…田舎かな。こっちも、誇れる場所よ。」

 

「ふふふ。一緒だね。」

 

笑う二人。

 

「実は、この森の近くよ。」

 

Rがその雰囲気のまま言ったが…。

 

「…貴女、この事件が起きる前…5日前カントロ社の『ICT』って言う薬の被験者のバイトしてないわよね?」

 

Cが先程の朗らかな顔から一変、真剣な表情に変わった。

 

「え…?」

 

「してないわよね?」

 

Cが真剣な表情で迫ってくる。

 

「し、してないわよ…。」

 

Rが嘘をついた。

 

「良かった…。あの時のバイト高額で、被験者が多かったからもしやと思ったんだけど…。違うなら本当に良かった…。」

 

「…ど、どうして…?」

 

「…この事件、それが原因で…。」

 

「…え…。」

 

「その薬、実はこの蟲たちの卵が入っていて…。そのカントロ社は裏政府の会社でさ。こういう、田舎の人たちをターゲットにした卑劣な行為をしたの。高額なお金に、欲に目がくらんで、明らかにおかしいと思えない人に、生体兵器の実験をさせたわけ…。成功すれば、その人たちの体内に蟲を住まわせて、共存関係にあたらせて、戦争でその人を殺した途端に蟲が食い破って出てきて混乱させる兵器にさせるつもりだったの。でも、この通り失敗。データを見たけど、アレじゃ絶対に生き残れない。育った途端に生きている人の腹から蟲が食い破って出てきちゃう。…貴女の前で、なるべく言いたくないけど…。…中国政府は、そこまでの犠牲を出してまで、戦争をしたいのかなって…。世界を支配したいのかなって思う…。だっておかしいじゃん!国民あっての国なのに、その国民を守るどころか、騙して実験体にするなんて…。」

 

Rは国辱だとわかりつつも、同意するしかなかった。

 

「……。ごめんなさい。貴女の国の侮辱を…。」

 

「ううん。その通りだと思う…。…あと…。」

 

「?」

 

「その蟲の卵って、いつくらいで羽化しちゃうの…?」

 

「え?えっと…。早いうちはもうその日から。遅くて…今日くらいかな?」

 

「……。」

 

Rの顔が真っ青になる。

 

「…もしかして…。」

 

「……。」

 

コクリ

 

「何で早く言わないの!?D!通信!」

 

『了解。通…。』

 

「今すぐ来て!緊急手術を行う!!輸血袋と今いる部屋近辺の警戒!!」

 

『手術!?了解!』

 

「来たぞ!」

 

「よし!早いね!」

 

「???」

 

Dが通信を終えた途端に部屋に入ってきた。Rは迫力で動けない。

 

「どういう状況だ!?」

 

「体内に卵、もしくは羽化したて!もしかしたら育っているけど、まだ食い破られていないだけかも!」

 

「緊急だな!火を焚く!そっちは準備!輸血袋はここに置いておく!」

 

「了解!こっちは貴女の意思の準備!そして、気力!」

 

「え?え?え?」

 

Rは言っている意味がわからず、困った顔をする。

 

「どこか、身体に変化はある!?」

 

「えっと…。」

 

「変化はあるかって聞いてるの!?」

 

「お、お腹が一昨日から痛くて…。」

 

「どこらへん!?」

 

「腸のところ…。」

 

「良かった…!まだこれくらいで済んで…!」

 

Cが少し安堵した次の瞬間…。

 

「そこに横になって!」

 

「え?」

 

「早く!!」

 

「は、はい!」

 

Rが仰向けになり、CがRの手の位置などを動かす。手をあげられ、足は開いた状態にさせられた。

 

「貴女に覚悟を問う!生きたい!?」

 

「え…。」

 

「生きたいかどうか聞いてるの!?この先も生きたい!?死にたくない!?」

 

「い、生きたい!死にたくない!」

 

「分かったわ!なら、このまま緊急手術を行う!麻酔なしの腹部の切開をするから!死ぬほど痛いから、気をしっかり持って!」

 

「ええ!?嘘!?」

 

「嘘じゃない!緊急事態だから!」

 

Cが背中のポーチからメスや手術の道具を取り出す。

 

(冗談じゃない…!逃げなくちゃ…!)

 

Rが思い、気づかれないように逃げようとしたが…。

 

「う、動かない…!?」

 

身体がその位置のまま動かないのだ。指と頭しか動けない。

 

「逃げないように、固定した。生きたくないと答えていたら、固定しなかった。」

 

「うそ…。」

 

Cの鋼線で固定されてしまったのだ。

 

「火が焚けた!」

 

「遅い!」

 

「すまん!」

 

Dが焼けた石を持ってきた。それと、薪と一緒に火そのものも。

 

「血液型は?」

 

「ちょ、ちょ!ホントにやるつもり!?麻酔なしで!?」

 

「時間がない!早く答えて!」

 

「お、O型…。」

 

「なら!抗体反応はないね!輸血袋をそれと繋いで!」

 

「わかった!」

 

Dがテキパキと助手のように働き、Cはメスや道具を熱している。

 

「傷口が残ったらごめんね…。」

 

「そ、それより、ホントにやるの!?ねぇ!?」

 

「やる!ここから脱出した後じゃ助からないかもしれない!」

 

Rは泣きそうな顔になる。今麻酔なしで切開されそうなのだ。瞳の奥は恐怖に変わった。

 

「これを噛め。…一応言っておくが、使用済みではない。」

 

Dがマウスピースを無理矢理はめる。

 

「…辛いだろうが、我慢しろ。助かる唯一の方法だ。」

 

「んー!んーー!」

 

「やるよ…!腹部切開用意!」

 

「OK。」

 

「んーーーー!!!」

 

「開始!!!」

 

ズパ…




C登場。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはRの過去を知った 中編

グロ描写?あり〜。


「んーーー!!!んーーーーー!!!」

 

(痛い痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ!!!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬシヌシヌ!!死ぬーーー!!死ぬーーーーー!!!!)

 

今すぐにでも飛び起きたい、逃げたいと思っても体が動かない。鋼線で縛られているのだ。手を引きちぎっても良いと考えるが、そうもいかず、太く縛られているため千切ることも不可能。激痛が身体中を駆け巡り、呼吸すら危うい。本人の中ではこの激痛のまま数日間という時間が経過しているが、現実は30分ほどだ。

 

「やっぱり…。腸に線虫発見…。あと1時間後には食い破られていたかも…。その他にも、トビムシもいた…。」

 

「そんなのはいいから、早くしてやれ!かわいそうだ!」

 

「わかってる…。急げば、大事なところを傷つけて、取り返しのつかないことになるかもしれない…。ここじゃ、たいした機材もないし…。」

 

「んーーーー!!!」

 

「辛いな!大丈夫だ!頑張れる!出来る!痛いな!後で泣き叫んでもいい。誰も文句は言わない。大丈夫。頑張れる。」

 

Dが優しい言葉を投げかける。その方が生存率が上がると知っているのだ。

 

「…卵発見…。…生きている虫はこれで全部かな…?なら、切開した腹を戻すよ。縫い付けるから。あと、輸血もね。」

 

Cが手際良く閉じて行く。

 

「……。」

 

「よし、閉じた。命の危険はなし。」

 

「よかったな。」

 

Rは激痛で何も言えない。終わっただけでも天国のようだ。

 

「…アレを渡す。」

 

「いいの?Dのでしょう?」

 

「構わん。」

 

Dは後ろのポーチから赤い液体の入ったビンを取り出し、蓋を開けてRに飲ませる。

 

「…?」

 

すると、段々と痛みが薄れて行く。腹を見れば、もう治りかけていた。

 

「ん…?んーん?」

 

「あぁ、忘れていた。取ってあげなくちゃな。」

 

Dがマウスピースを取ってあげる。

 

「拘束もとってやれ。」

 

「んー。」

 

Cが拘束を外す。

 

「治ってる…。」

 

「…組織から渡された命綱だ。飲めば、回復速度が加速する。歩けるか?」

 

「う、うん…。」

 

Dの手を取って、なんとか立ち上がる。

 

「これ見て?これ。貴女のお腹の中にいた蟲。あっ、あとこの薬を飲んで。また開くなんてやでしょ?」

 

最後の一言を聞いた途端に、すぐに飲むR。

 

「これは…?」

 

「即効性殺虫薬。これを飲めば、体内の蟲は卵も含めて完全に死ぬ。ただ、育ってきちゃったものは死ななかったり、逆に暴れさせて食い破られることもあるから…。」

 

「…ありがとう…。」

 

「あと、貴女のお腹のなかにいた蟲。線虫にトビンコ、卵に幼虫…。あと少しで、食い破られるところだったね。」

 

Cがビンに入った蟲を見せる。

 

「うん…。」

 

そして、Rが傷跡を見る。いつの間にか、縫い付けた糸は無くなっていた。傷跡も残っていない。

 

「欲しいならあげるよ?」

 

「いらない!」

 

「…じゃ、後で燃やそうっと。」

 

Cが焚き火の中に、そのビンを置く。ビンの中の蟲が熱で苦しみもがいている。

 

「…悪趣味だな。」

 

「悪さをした蟲はこうしなくちゃ。こうやって、被験者もジワジワ苦しみながら殺されたんだし。」

 

そして、ビンの中の蟲が動かなくなった。

 

「まだ生きてるから。線虫の、あの表面がカサカサになるまでやらないとね。」

 

「……。」

 

その通り、少ししたら活発に動いた。死んだふりが効かないと分かったのだろう。そして、5分後にカサカサになり、本当に動かなくなった。

 

「最後に…。ポイッ。」

 

蓋を開けた直後に、マッチと他の枯れた木片を入れた。そして、密封させる。

 

「酸欠を起こさせる気か?」

 

「そうしないと安心できないし。」

 

「……。」

 

しばらくして、木片があるのに火が消えた。

 

「よし、あとは持って帰るだけ。」

 

「持って帰るの!?」

 

「後ですり潰す。」

 

「粉にして食べるのか?ふりかけか?」

 

「食べるわけないって知ってるよね?」

 

そう言って、もう行く支度をする。

 

「もう行くの…?」

 

「うん。あの声で大分蟲が集まってきたからね。それに、成長が早い。慰み者からもう繁殖されているかもしれないし。」

 

「いや、それよりこいつはどうする?」

 

「…待たせているのも危険だよね…。」

 

「100%危険だ。」

 

「なら、連れて行く?」

 

「…その方が危険度は下がるか…。」

 

そんな話をしている二人。

 

「…私は中国特殊部隊、レイ。格闘を主にしているわ。」

 

「…そうか。」

 

なんとかお荷物にならないように言う。

 

「なら、まずは服を着ろ。」

 

「え?……。…!?」

 

素っ裸だ。切開で忘れていたが、衣類は蟲に破られているのだ。

 

「私、予備持ってないんだけど…。」

 

「…はぁ…。予備のを貸してやる。」

 

Dに衣類を渡される。少し大きいが、動きにくいことはない。というより…。

 

「…動きやすい…。」

 

「防弾防刃仕様でもある。本来はこんな蟲じゃなくて刃物や鈍器を持った妖怪だからな…。こんな蟲よりも知能を持った化け物だ…。相手が妖怪なら、こんなもの簡単に破かれるぞ。…少し大きいかもしれんが…。」

 

Dに説明される。

 

(…ほのかにコーヒーの香り…。安心する…。)

 

温かな衣類に口元まで入り、そんなことを思い浮かべるR。

 

「さてと…。じゃ、救出アンド殲滅しに行くよ。」

 

Cが言い、頷くD。ぎこちないが頷くR。

 

「その…。」

 

「…前に…。」

 

ジャキン…

 

グッ…

 

Dはボウガンの準備をして、Cが腕に巻き付かれている鋼線を手に取る。そして…。

 

バシュウ!

 

クイッ

 

「「ギュァェェェェェェ!!!」」

 

「!?」

 

Rはその時初めて気づいた。背後と天井にいる巨大ゴキブリの存在に…。

 

「さっきからねっとりとした殺気があったんだよ…。」

 

「慰み者にしようとか考える低脳の分際で…。」

 

二人が、ゴキブリの頭を撃ち抜き、バラバラにしたのだ。

 

「気づかなかったでしょ?まぁ、気配を消すのはコイツらのお得意だから…。」

 

「俺たちには効かん。妖怪には100%気配を消す奴がいるからな…。よく補導対象になっている。」

 

「……。」

 

Rは二人と自分のレベルの違いに圧倒される。

 

「まぁ、それはそうと…。俺の感知では、この建物内に卵が3箇所ある。羽化しないうちに切り裂くぞ。そして燃やす。」

 

「了解。」

 

「うん…。」

 

その二人の後について行くR。二人は頼もしかった。道中の死体を見ても、気にも留めなかった。お面を被っているせいかもしれないが…。

 

「ここだ。」

 

Dが火災報知器の扉を開けた。

 

「う…。」

 

「やはりな。」

 

「羽化し始めちゃってるね。白い虫が出てる…。ま、バラバラにして燃やしちゃえばみんな一緒か。」

 

CがバラしてDが燃やす。そんな単純な作業を淡々とする二人。

 

「他のも羽化しちゃってる?」

 

「今のところはなにもなし。最初にここに来た理由は羽化しそうだったからだ。」

 

「へ〜。」

 

そんな感じで、建物内の蟲を殺して行く。殺し終わった後は救助だ。

 


 

「外は鬱蒼としたジャングル…。蟲の天国だなこりゃ。」

 

「もしかしたら、本拠地は地中かも知れない…。女の子が蟲によって地中に攫われて、蟲に改造された事件もあったしね…。あれは酷かった…。」

 

「今はまだ組織で治療中だったか…?洗脳も、ありえないくらいされていたからな…。今はリハビリを頑張っているころだろう。もし完治できなかったら、組織で養われるみたいだし。」

 

(そんな事件が…。…そっちの組織の人は優しい…。)

 

「あっ、優しいなんて思っちゃダメだよ?蟲使いにして、組織の一員に入れたがっているだけだから…。」

 

「……。」

 

Rの心を読んだかのように、Cが言った。

 

「身体が改造されているところだよな…。まず…。」

 

「組織の医療技術を舐めちゃダメ。細胞自体を変える部屋まであるんだから、外傷は多分治る。あとは洗脳よね…。」

 

「洗脳は厄介だからな…。脳も組織で記憶をいじるか…。催眠術で忘れさせるか…。時間によって正気に戻させるか…。いっそのこと、治らなかったら殺してあげるか…。その少女のことを考えると、どうしてもな…。まぁ、その蟲たちは皆殺しにしたけど。」

 

DとCが深く考える。道中何度も襲撃されたが、遅くても5秒で始末だ。

 

「感知能力あげられる?このジャングル全域に。」

 

「このジャングルはすごく広いから、流石に…。」

 

「楽勝だ。なんなら、この隣の隣の地域の人間の数まで数えようか?」

 

Dが精神を集中させる。

 

「…ここから北西に5km先に行ったところに洞窟がある。外には…。……。…まぁ、肉が転がってる。で、洞窟内では今も慰み者に行為を続けている。生存者は…結構いるな。だが、不要と判断された者は殺されて幼虫の餌にされている。急いだ方が良い。」

 

「了解。」

 

二人は会話をした後、走る。

 

「ちなみに、外にいる蟲は?」

 

「…いない。洞窟内だ。あとは地中に少し…。」

 

「了解。レイは気を引き締めて。」

 

「う、うん!」

 

実際は風のように走る二人について行くのに手一杯だ。

 

「地面来るぞ。」

 

「了解!ジャンプ!」

 

「ジャ、ジャンプ!」

 

Rが跳ねた途端…。

 

シュルルル!!

 

「ミミズだ。拘束してくるから殺せ。ちなみに、心臓は白いところだ。」

 

Dが巨大ミミズの心臓にボウガンの矢を生やして言う。

 

「こんな感じ?」

 

Cは一気に何体かの心臓を抉り出した。

 

「う…く…!」

 

Rがミミズに苦戦していたが…。

 

バシュ!

 

「レイ、大丈夫か?」

 

「う、うん…。」

 

Dが駆け寄り、Rの胸が高鳴る。ミミズは動かない。

 

「感知…ん?」

 

Dが異変に気付いた。

 

「C、そいつとあれとあいつをバラしてくれ。」

 

「了解。」

 

「死んだふりをしていた。」

 

「さすが。」

 

DとCがあっという間に片付けた。

 

「外の感知、全て消滅確認。あとは洞窟内だ。」

 

三人は走る走る…。

 

「外まで、慰み者にされている声が聞こえてくる…。さっさと殺そう。」

 

「「了解。」」

 

三人は突入して、蟲達を皆殺しにした。幼虫や卵まで。

 

「ま、仕方ないことだよ。生存者は保護。この蟲の死体は燃す。この洞窟も落盤を起こさせる。Dの感知能力で隅々まで調べるから。」

 

Cが保護する人々に指示を出した。

 

「レイ、あなたも…。…仲間だったの?」

 

「…うん…。」

 

レイは、慰み者にされて気を失いかけている女性。完全にすり潰されず、所々そのままの肉体が残っている男性を見ていた。

 

「まぁ、男の方は死んでるけど、女性の方は生きていて良かったじゃん。前は、皆死んでいたからさ。」

 

「……。」

 

Cは言うが、レイは黙ったままだ。良かったと言う言葉が気に入らなかったのだろう。

 

「C、サボるな。…遺体か。燃すか?」

 

「!?」

 

Dが当然のように、他の蟲の死体のように言った。

 

「…!」

 

レイは当然のように、Dの胸ぐらを掴む。CはDの無神経に額に手を当てていた。

 

「…死体は死体だ。蟲も人間もそこに大差はない。」

 

Dはレイの手を払いのける。

 

「大差って…!私の仲間だったのに…!」

 

「ならお前は一々、潰している蚊のことを気にするか?こいつも生きていると、実感して殺しているか?豚肉が出て、豚がどのように殺されて、今ここにいると毎回実感しているのか?答えは「違う」だ。そんなことを気にしていたら、人間など罪悪感に潰れる。死体は死体だ。肉は肉。豚肉も牛肉もどちらにせよ腐るように、人間だろうがなんだろうが死ねば腐る。同じだ。」

 

「……。」

 

2人が啀み合っていると…。

 

「はいはいおしまい!もう、2人とも喧嘩しないで。そんなところに無駄な体力を使うなら、手伝ってよ。」

 

「「……。」」

 

2人はお面と顔を合わせずに手伝った。




DとCの仕事や強さが少し分かる話です。

C…武器は剛線を主に使う。Dと相棒であり、冗談や面白いことが好き。すぐに仮面を取る癖がある。組織の方針より私情を優先することもあり、妖怪を逃したりしてしまうために監視役をつかされた。組織の3本指に入る実力者。妖怪にとって、Cと鉢合わせた方が生存率は圧倒的に高い。
D…今のDとは少し違う…。蜂のお面を四六時中つけており、素顔は決して見せない。組織が絶対と考えており、組織の邪魔になったり、邪魔と判断された場合やこの先脅かす存在と認識した場合は、誰だろうが容赦なく殺す。妖怪にとって、Dと鉢合わせた場合は生存率が0に等しい。人間を人間として見ず、妖怪も何もかも単純な『生物』という観点を持ち、よく普通の感情を持つ者や人情がある者と意見が衝突する。その度に、Cが仲裁に入っていた。
レイ…中国特殊部隊隊員。格闘を主に使う。表世界じゃ相当な実力者だが、裏の世界ではペーペー。助けてくれたDに少なからず好意を持っていたが、少し近寄りがたく感じている。虫の駆除との話だったが、ここまで大きいことや数の情報がなく、お金のために受けた。いわゆる騙し依頼を受けてしまった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはRの過去を知った 中編2

「「……。」」

 

帰りだが、2人はまだ啀み合い、顔を合わせない。

 

「…2人とも、そろそろ仲直りしたら?」

 

「「断る。」」

 

「もう…。」

 

Cは全くと言う顔だ。

 

「…そうだ!貴方も、私たちの組織に入らない?」

 

「はぁ!?」

 

Cが言い出し、Dが驚く。

 

「えっと…。ごめんなさい。流石に、私はそんなに強くないし…。」

 

「コイツに務まるわけないだろう。あんな、弱小の蟲に手こずるような奴だ。足を引っ張って、俺たちの身を危険に晒すだけだ。」

 

「ム…。」

 

Dが嫌味ったらしく言い、レイがムッとする。

 

「…やる。」

 

「は?」

 

「そう。」

 

「ちょっと待て。勝手にスカウトなど、組織にバレたら俺が始末書を書かされるんだ!ふざけるな!お前、俺が監視役と言うことを最近忘れているだろ!」

 

「ようこそ。日本の組織へ。」

 

「聞け!」

 

Dが言うが、Cとレイは知らん顔だ。

 

「んー…。でも、やっぱり正直言って、貴女じゃ少し弱いかな…。」

 

「やっぱり…。」

 

「でも、大丈夫。組織で鍛え直せば私たちのように強くなれるから。」

 

Cは笑顔で言う。Dはギャーギャー言っているが、聞こえないフリだ。

 

「それに、彼が鍛えてくれるから。」

 

「「は?」」

 

レイとDは顔を見合わせる。そして、すぐにお互いにそっぽを向いた。

 

「レイ、貴女も私と同じ歳でしょ?そんな子供にならないで。Dは尚更。一緒にあの地獄を乗り越えたでしょう?…それとも、ストレスでも溜まってる?」

 

「溜まっているな…。特にお前の監視役や、家庭のことでな…。」

 

「…やっぱり、あのアルラウネが心を開かない?」

 

「今頃家の中を暴れ回って、後片付けが大変だ…。吸血鬼も一応止めているがな…。」

 

「何人目だっけ?」

 

「3人目だ…。」

 

「吸血鬼と、誰がいるの?」

 

「鬼だ…。吸血鬼が一番初めで、次に鬼。そして、最後にアルラウネだ…。」

 

「こっちは、2人くらいだけどね。」

 

「いきなり組織の改変だの…。全く、俺たちの気持ちを考えて欲しいよ…。」

 

「『○○○のD』だもんね。」

 

「その名を娘達の前で言うなよ…。」

 

「分かってるって。家庭崩壊だもんね。」

 

2人が話す。

 

「とにかく、レイを鍛えてあげて。」

 

「……。」

 

「お願い。」

 

「…分かった。今までのよしみだ。ただし、お前の監視役であるから、お前も来てもらうがな。」

 

「レイも、戻る部隊がないなら、Dの言うことをしっかり聞いて、強くなって組織の選抜試験を受けて。」

 

「…ん…。」

 

しかし、2人の間にはまだ壁がある。

 

「…これで上手くいくのかな…。」

 

…………

数年後

 

「ここは組織の管轄している地下40kmの場所だ。」

 

「地下40km…。」

 

Dがエレベーター内で案内して、レイが少しワクワクする。ちなみにアレから数年経っているため、レイは日本語をマスター。そして、選抜候補に選ばれるだけの実力になっている。Dもその時なんだかんだで口頭で指導をして、推薦してあげたのだ。

 

「人類が地下の最高深度に到達出来たのは12kmだ。表の記録では。つまり、裏の記録では我々の組織が初めてとなる。」

 

「そんなに深く…。でも、地表と変わらない…。」

 

「組織の技術力のおかげだ。本来なら、ここの温度は平均1000度を超える。人間など、骨しか残らん。重力も、人間がペシャンコになるほどだ。」

 

そして、エレベーターから降りる2人。

 

「え…?ここ…地下…?」

 

レイは驚いた。街があるのだ。しかも、空は明るく太陽のようなものまである。さらには雲まで流れているではないか。

 

「第二の日本。『地下日本国』だ。」

 

「…日本の技術、ここまであったなんて…。第二次世界大戦の時、中々落とせなかったわけね…。」

 

レイは早速街へ行くが…。

 

「あれ…?」

 

誰も、人のいる気配がない。どの店を覗いても、遊園地も、人がいない。

 

「人がいない…。」

 

「俺たちだけだ。」

 

「え?」

 

「貸し切った。」

 

「!」

 

レイは、ドミナントの言葉に心が躍る。街一つに自分たちしかいず、遊び放題だと思ったからだ。しかし…。

 

「…そこ、気をつけろ。」

 

「?」

 

Dがレイの足元を指さす。

 

「!?」

 

そこにあったのは、小型地雷だ。

 

「え…?どゆこと…?」

 

「忘れたか?鍛えると言ったはずだ。」

 

「?」

 

「ここは第三戦闘訓練場。俺くらいのライセンス持ちじゃないと貸切は無理だ。場所も気温も自由自在の場所だ。市街戦、湾岸戦、水中戦、湿地戦、砂漠戦、密林戦、山岳戦、雪中戦…。その他色々夜戦も有りだ。ステージによる妨害有りのな。市街戦なら地雷、密林戦なら毒生物、雪中なら雪崩…。などなどだ。しかも、一定時間を過ぎると戦闘場所が瞬時に変わる。臨機応変な対応や冷静さが必要になる。合格するには、俺たちナンバー持ちの腰に吊るしてある合格表を奪うことだ。」

 

Dが端的に説明する。

 

「…あの時より強くなったからって、油断するな。常識を捨てろ。ここじゃ通用しない。自衛隊やアメリカ軍が攻めて来ようが、全軍1日も持たないぞ。」

 

「…そんなに厳しいところなの…?」

 

レイは驚愕する。

 

「ここは最終試験で使われる場所だ。生存率0.18%の地獄だ。俺とCとGはクリアしている。ここで訓練を行う。…最終試験で死なないためにも。」

 

「……。」

 

レイが嫌な顔をした。

 

「それと、もう一つある。」

 

「?」

 

「合否は関係なく、必ず生きて帰れ。不合格になっても良い。無理なら断念しても良い。ギリギリを攻めるな。必ず死ぬ。だから、必ず生きて帰れ。」

 

Dが重く言った。すると…。

 

『緊急のお知らせです。』

 

アナウンスが鳴った。

 

『第三戦闘訓練場はただ今を持って、国の方針により立ち入り禁止区域となりました。Dと候補生はすぐに立ち退きなさい。』

 

「…だとさ。行くぞ。」

 

「え?う、うん…。」

 

Dが素直にエレベーターに乗り、レイが後を追う。そして、レイが何気なく振り向いたそこは密林に変わっていた。よくよく見ると地面が白骨だらけで白い蛇が賑わっていた。ギリギリを攻めた者の末路なのは見て明らかだった。

 

…………

 

「第四戦闘訓練場だ。」

 

「さっきとだいぶ違う…。」

 

Dが連れてきたのは、マシンがある場所だ。どちらかと言うと、先ほどの場所より全然生やさしいところだ。鍛える道具もあり、戦闘能力を図る場所もある場所だ。

 

「ここでは実技訓練をしない。機械が筋力やら戦闘力を全てを図る。」

 

「いいじゃん。」

 

「だが、ここでは経験を積めない。先程のところで、やっと最強と謳われる一角となる。」

 

「最強にならなくてもいいから…。この組織で活動できるくらいまででいいから…。」

 

「…分かった。」

 

Dが、その部屋の中のリングに上がった。

 

「レイ、まずは実戦だ。どのくらい強いのか知りたい。」

 

「…?良いの?私、あれから相当強くなってるわよ…?」

 

「まぁ、俺はどちらかと言うと後方支援型。近接格闘型では無いから、相当弱いぞ。武器なし肉弾戦は特にな。だが、手加減するな。本気で来ないとどれくらい近接戦が強いのか分からない。俺を一歩でも動かせば勝ちだ。」

 

「…分かった。」

 

レイがリングに上がり、構える。

 

……軽く小手調べ…。

 

「軽く小手調べなどと考えるなよ。本気で来ないと、手遅れになるぞ。」

 

「……。…分かった。」

 

レイがDを見る。隙だらけだ。

 

「フンッ!」

 

右ストレートに見せかけて、顔面を右足で蹴りに来た。それは見事に当たり、埃の煙が舞う。が。

 

「!?」

 

「…格闘があれから強くなったと聞いていたが、この程度か?シャレにならんぞ。」

 

片手で止めていた。Dは立っていた場所から1ミリも足が動いていない。

 

「へやっ!とう!えい!」

 

「……。」

 

様々な技を繰り出すが、どれも全く効かない。しばらくして…。

 

「…やめるか?」

 

「ハァ…ハァ…?」

 

「はっきりと言う。この数年、俺の口頭指導でこれなら素質はない。普通に働いた方が良い。この組織のお茶汲み係にもならない。」

 

「…!」

 

レイは歯を食いしばり…。

 

「戦ってもくれない貴方に言われたくない!」

 

Dの足を、今まで以上に素早く、重く蹴ろうとした。

 

ゴン!

 

何か鈍い音がした。

 

「……。」

 

Dがその蹴りを足で蹴り返したのだ。

 

「…っ!」

 

レイは悶絶しながら足を押さえて膝をつける。

 

「なら…。」

 

「?」

 

「戦って教えなさいよ…!何もしてくれないなら…!強くなれるわけないじゃない…!今まで以上に守れないじゃない…!」

 

「……。」

 

レイが俯きながら、痛みなのか知らないが涙声で言う。

 

「……。たしかに。それもそうだ。肉体で教えてすらいないのに、成長スピードが分かるわけがない。」

 

Dが納得した。そして…。

 

「頭を使え。発想が貧弱だ。俺は最初に、訓練を受けるときになんと言った?」

 

「なんと…?」

 

レイが思い出す。

 

(常識を捨てろ。)

 

レイが思い出した。

 

(なら、どうする…?相手は絶対に勝てない相手…。リングから動かすこともできない…。…なら…?…!)

 

レイが閃いた。

 

「なら!これは!」

 

「?」

 

レイが思いっきり重い攻撃をDに向かって繰り出す。

 

「学ばないか…。」

 

Dが軽く受け流そうとしたが…。

 

バッギャァァァァ!!

 

「「!?」」

 

直前のリングにクリーンヒットさせた。周りが崩れ、Dは動かざるを得ない。咄嗟に飛びのいた。

 

「私の勝ち!」

 

「…ほう。中々やるな。普通なら、ここにある道具を使って攻撃してくると思ったが…。」

 

「貴方相手だったら意味ないし、奪われたら更に不利になる。」

 

「…正解だ。」

 

Dが歩き、レイの前に来る。

 

ナデナデ…

 

「よく出来た。」

 

「?」

 

レイの頭をDが撫でる。小学生以来の久々に撫でられた感触が心地よい。誰だって、師に褒められれば嬉しいだろう。

 

ピシッ…

 

「…だが、問題発生だ。」

 

「?」

 

ピシシ…

 

「先程の攻撃が強過ぎたようだな。」

 

「え!?」

 

バキャァァァ!!!

 

「きゃぁぁぁぁぁ…!!」

 

「……。」

 

2人は大きな穴に飲み込まれた。




うーん…

第三訓練場…説明はDの言う通り。様々な戦闘場所に変わり、臨機応変な対応が求められる。事前にどこに変わるかなどの告知も、本当ならどんなステージ妨害があるかも分からない。1秒以内に変わり、真下が溶岩に変わり、落ちるのもザラ。ここに入隊する人数は世界中の人間の中でも僅か一握り(何十億分の1)。一回の試験で10人程度しかやらない。0.18%とは、その一握りの中での合格率であり、世界中を含めると限りなく0に近いパーセンテージとなる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスはRの過去を知った 後編

うわー…。


「イタタタ…。」

 

レイが目を覚ます。辺りは真っ暗で何も見えない。

 

「D?どこ?D!!」

 

Dを呼ぶが、返事がない。

 

(とにかく…一旦どこなのか、広さはどのくらいなのか見ないと…。)

 

そう思い、立ち上がろうとしたが…。

 

グラ…

 

「あれ?」

 

右足が動かない。それどころか、右足に何か繋がれているようだ。

 

「嘘…。」

 

手探りで探し当てようとした結果、岩に潰されていることが分かった。痛みがないのは、ショックを受けているからだ。

 

(もしかして…Dは…。)

 

レイが思う。Dが潰されてしまっているのではないかと。誰にも助けてもらえないのだろうかと。

 

「嘘…!いやぁぁぁ!」

 

「叫ぶな。五月蝿い。」

 

「え!?」

 

声がして、意外と近くにいることがわかった。

 

「夜目を慣らしている最中だ。無駄に体力を使うな。」

 

Dは無神経に言う。

 

「馬鹿!」

 

「?」

 

「心配したじゃないの!」

 

「勝手に心配していることだ。」

 

「屁理屈ばっか…!少しは心配させてごめんとか言えないの!?死んじゃったかと思ったじゃないの!」

 

「…本気でそう思ったのか?」

 

「そうよ!」

 

「…すまん。心配をかけた。誰も心配などしないからな…。」

 

「…いいわよ。別に…。分かれば…。」

 

Dが素直に謝り、怒りの感情が消えてしまった。

 

「それより、どうしよう…。周り見えないし…。」

 

「…組織の服を着ていて良かったな。見学用だが…。」

 

「?」

 

「ここは組織の施設よりも随分深い。それがなかったら高熱で焼かれてペシャンコだ。」

 

「よかった…。」

 

「だが組織の敷地内を抜けた以上、長くは持たない。さっさとここから出ないとな…。…だが、上を見る限り10kmは落ちたか…。」

 

「10km…。」

 

「おめでとう。」

 

「?」

 

「これで、俺たちが記録を破って最深部まで来たな。だから、とりあえずおめでとう。」

 

「そんなこと言っている場合!?」

 

Dがペースを崩さずに言い、レイが何とか足を踏み潰している岩をどかそうとする。

 

「死ぬかも…しれないのよ…!?」

 

「慌てるな。」

 

「慌てるなって…!」

 

「冷静さを失えば、なんとかなる場合もならなくなる。だから落ち着いて冷静になれ。」

 

「……。」

 

Dが深呼吸をして、レイも深呼吸をする。段々と落ち着いてきた。

 

「…少し取り乱したわ。」

 

「そうか。」

 

「なら、まずどうする?」

 

「……。…お前の足をなんとかしないとな。その次に、一応地割れを登る。足を怪我しているなら、俺の背中に掴まれ。ある程度いけば、誰かに気づいてもらえる。」

 

「その間に、この服の効き目が…。」

 

「残り45分。ここでただ何もしないで死ぬくらいなら、最後まで足掻いて死ぬ。」

 

そして、真っ暗な中Dが岩を掴む。

 

「…どうだ…?動けるか…?」

 

「え、ええ。」

 

レイはどこまで這ったか分からないが、取り敢えず移動した。

 

ズゥゥゥゥン…!

 

重い音がして、レイが聞く。

 

「D…?どこ…?」

 

「ここだ。…ところで、先ほどからずっと言いたいことがある。」

 

「?」

 

「いい加減手を離せ。」

 

「あっ!ご、ごめんなさい!」

 

レイはずっとDの手を掴んでいた。

 

「でも、真っ暗で…。」

 

「なんだ?怖いのか?」

 

「うん…。」

 

「……。」

 

Dはこの先、レイがこの組織の一員になれるのか本気で心配した。

 

「…暗闇が怖いのは致命的だぞ…。」

 

「あの時を思い出しちゃって…。」

 

「…そうか。」

 

蟲のトラウマだろう。

 

「まぁいい。随分落ちたが、幸いにも坂になっている。つまり、辿れば上に出れるかもしれないということだ。」

 

Dは真っ暗な中言う。蜂の仮面の目が少し光り、場所を知らせてくれる。

 

「レイ、行くぞ。」

 

「う、うん…。」

 

Dの後ろを、壁を伝いながらついて行くレイ。

 

「…そこ気をつけろ。転ぶぞ。」

 

「きゃっ!」

 

「遅かったか…。」

 

Dが受け止めてあげる。

 

「…骨折していたことを忘れていた。すまない。」

 

Dが気が付き、しゃがむ。

 

「…乗れ。」

 

「でも…。」

 

「乗れ。」

 

「…うん…。」

 

レイは素直にDに背負われた。

 

「…重い?」

 

「大丈夫だ。」

 

「……。」

 

レイはその答えに少しムッとしたが、しばらくして考え、何故ムッとしたのか自身でも分からなかった。

 

「……。…そうか。軽いぞ。」

 

「……。」

 

Dは何か思い出し、そう言ってくれた。すると、レイはまた意味不明な感情になった。少し嬉しくなったのだ。自身は全く気づいていないが。

 

「…なんで、軽いって言ったの?」

 

「…そんな気がしただけだ。」

 

「嘘。」

 

「…本当だ。」

 

「本当?嘘ついてない?」

 

「……。すまん。」

 

「やっぱり嘘だ。」

 

2人は、真っ暗な中話す。

 

「Cが、女性に重いか軽いか聞かれたら、軽いと答えろと言っていた。」

 

「…Dのそういうところに素直なところが本当に嫌。」

 

それから会話が途絶えた。

 

「…ねぇD。」

 

「?」

 

「どうして、この組織に入ろうと思ったの?」

 

「……。」

 

「…言えない?」

 

「…言いたくはない。」

 

「…そう…。…でも、気になる。」

 

「…気になるか…。」

 

「うん。」

 

「……。…俺は昔、変人だった。…今考えているような変人ではない。思想が根本的に違ったんだ。資本、社会、どちらでもない主義のような、新しい主義だ。普通、人間が死んだら少し動揺したり、悲しむだろう。カブトムシは好きなのに、ゴキブリは嫌いだろう?…だが、俺は精神が異常だった。人の死体を第一発見しても、何も思わなかったし、ゴキブリも素手で触れる異常者だ。」

 

「…異常者ね。」

 

「…そんなある日、俺は妖怪を見た。」

 

「?」

 

「完璧に人間に擬態している妖怪をだ。そいつはクラスの一員だった。それが分かっていくうちに、通行人の中で妖怪が混じっていることが正確に分かってきたんだ。そいつらが、いつ人間を襲ってくるか分からない。…他の何も知らない人間より、俺はとてつもない恐怖を覚えた。ただの人間はいつも挨拶している優しい人に見えるが、俺はいつ頭を食いちぎられるか分からない恐ろしい妖怪に見えてしまう。人一倍、日常に恐怖していた。そんな時、ある日人間を襲っている妖怪を見つけたんだ。」

 

「……。」

 

「俺は助けるため、無我夢中で、そこにあったコンクリートレンガを手に取って頭を殴打した。何度も何度も何度も…。それだけではなく、殴打した後は鉄棒などでも突き刺していた。気がつけば、そいつはもうとっくに死んでいて、肉塊になっていた。その時に、組織の人間に見つかり、連れてこられた。殺されると思ったが、当時は処刑隊だったからスカウトされたよ。妖怪を滅する組織。いなくなれば、俺の恐怖は無くなると考えた。そして、段々と強くなって、試験を乗り越えてこういう経緯になったと言うわけだ。」

 

「……。」

 

「聞いているか?…寝ていたか。」

 

Dは起きていることも知らずに、歩く。レイは、自身の経験と少し共感した。実際、蟲の被害者であり、それらがまだいるのではないかと恐怖している。

 

「…俺の妹を思い出す…。」

 

「……。」

 

Dが儚げに呟いた。

 

…………

 

数十分、ずっと背負って歩いている。

 

「…そろそろ45分か…。死ぬ覚悟を決めねばな。どれくらい上昇したか分からん。…レイ、起きろ。死ぬ時間が来たぞ。」

 

「…そう。」

 

Dが下ろして、壁に寄りかかる。

 

「…あと2分もしないうちに俺たちはあの世だな。」

 

「…ごめんなさい…。」

 

「謝るな。こうなる運命だったんだ。レイが悪いわけじゃない。じゃなきゃ、地面が割れて、ここまで落ちるか?普通…。」

 

「…ねぇD。」

 

「?」

 

「…今までさ、ありがとう。あの時私を助けてくれて…。」

 

「…蟲の時か?」

 

「うん…。それに、本当は貴方は優しいし…。腹部の切開の時も、あんなに優しい言葉をかけてくれたし…。私の元仲間の時の言葉はアレだったけど、数年間過ごしてきて、そう言う理由も分かったし…。ずっと私を指導してくれてたし…。私との訓練も付き合ってくれてたし…。生きて帰れって言ってくれたし…。…今回も、足が折れた後弱音も吐かずにずっと背負ってくれていたし…。」

 

「…気にするな。当然のことだ。」

 

「当然って思っている所がすごいのよ…。今思うと、Dって色々かっこよかったし…。優しいし…強いし…。…あれ?完璧な人じゃない?」

 

「精神は異常だ。」

 

「ふふっ。そうね。」

 

そう言った後、真っ暗な中、レイがDに寄り添って来た。

 

「…意外と、貴方とあの世へ行くのも悪くないかしら…?」

 

「…そうか。」

 

「…怖いから、手、繋いでくれない?」

 

「……。」

 

「そうすれば、怖くなくなると思う…。」

 

「…分かった。」

 

Dが手を握ってあげる。レイは自然と、心が温かくなった。

 

「…俺も、こんなところで死ぬとは思わなかった。普通考えられるか…?蹴りでこんな地割れなんて…。あり得るはずが…。…あり得ないな。」

 

Dが何かに気づく。

 

「あり得るはずがない。第一、地割れが起きたのだぞ?組織が気づかないはずがない。もうとっくに放送がかかっているはずだ。と、なれば…。」

 

「?」

 

Dが立ち上がる。

 

「解除!」

 

パァァァァ

 

「!?」

 

Dが言った途端、周りが真っ白になり…。

 

「「……。」」

 

気がつくと、第四訓練場に戻っていた。レイは足の骨折もしていない。

 

「…やはりか…。」

 

「え?え?え?」

 

「今のはプログラムによって作り出された幻覚のようなものだ。俺たちの頭の中に直接そういう状況に陥った幻覚を見せて…。…いや、面倒だ。つまり、精神と肉体が切り離されて、精神だけがプログラムの世界に入ったようなものだ。」

 

「……。」

 

レイはキョトンとした後…。

 

ボンッ

カァァァ…

 

Dに言った言葉を思い出して、顔から火が出る思いをした。

 

「…レイ、さっきの…。」

 

「いやぁぁぁぁ!!!」

 

「!?」

 

レイは咄嗟に、そこらにあったものをDに投げつけた。

 

「ま、待て。落ちつ…。」

 

ガツンッ!

 

「!」

 

適当に投げたダンベルが天井から跳ね返り、Dの後頭部に殴打した。

 

「…え…嘘…。」

 

レイが倒れたままのDに駆け寄ると…。

 

「何?なんの騒…。え…。」

 

Cが入ってきて、現場を見られた。

 

「…ち、違うの!これには訳が…。」

 

「すごい…。」

 

「え?」

 

「Dをノックアウトするなんてすごいじゃん!やっぱり、貴女は強くなれるのね!」

 

「いや、あの…。」

 

Cが勘違いして、手を取ってブンブン振る。

 

「待って?組織の一員を倒せたってことは、組織の人間に匹敵する力を持ってるってことだよね!?て、ことはもう全ての試験すっ飛ばして合格じゃん!おめでとう!あなたは今日から『R』ね!」

 

「い、いや…あの…。」

 

Cが興奮混じりに言う。Rの言葉など聞いちゃいない。

 

「ほら!D!いつまで倒れているの!?さっさと起きなさい!」

 

「…う、うーん…。首トーンされた気分だな…。」

 

「!?」

 

Dがなんともなさそうに起き上がり、驚愕するR。

 

「…おい…。今のダンベル…わざとだったとはな…。」

 

「……。」

 

Dの蜂の仮面が怖い。そして、Dはすぐそばまで寄る。

 

「ひぃ…。」

 

(な、殴られる…!)

 

Rは覚悟したが…。

 

ナデナデ…

 

「すごいぞ。本当に。よくやった。俺を数秒間動かなくするとは。そこらの組織の一員は中々できないぞ。」

 

DがRの頭を撫でる。

 

「あっ、そうだ。貴女のお面考えなくちゃ…。」

 

「む。そうだな。」

 

「お面…?」

 

「そうだ。Cは狼のお面。俺は蜂のお面だ。組織はそれぞれ1人一つお面を持っている。仕事をする時に必ず被る規則だ。…Cはお面を全く被らないがな…。」

 

「逆にDは全然お面を外さないけどね。」

 

お面をしていないCと、お面をずっとしたままのDが言う。

 

「貴女、好きな動物とかいる?」

 

「好きな動物…。」

 

「それか、国籍をモチーフにした動物…。…いや、組織の一員となったその日から国籍や今までの記録は全て消されるが…。」

 

「うーん…。」

 

Rが悩む。

 

「なら、熊猫がいいな…。」

 

「…熊猫?」

 

「パンダだ。勉強しろC。」

 

Dに言われて、後ろ頭をかくC。すると…。

 

「…あ、そうそうD。レイ…じゃない、Rについて調べたんだけど…。」

 

「?」

 

「彼女、意外と…変な趣味があるみたい。」

 

「なんだ?変な趣味とは…。」

 

「…いや…男である貴方に言うのもなんだけど、一応師匠として知っといた方がいいかなって…。」

 

「?」

 

「彼女、緊迫する状況や緊張する状況以外だと…。その…。」

 

「なんだ。」

 

「…脱ぐ癖があるみたいで…。」

 

「…脱ぐ癖?酒を飲んでか?」

 

「ううん…。普段の日常で…。彼女の普段の写真見たけど…。…あれじゃ痴女だよ…。」

 

「まさか。数年間訓練をさせた俺が言うんだ。それは出鱈目だ。」

 

「…そう。じゃ、これは嘘の写真なのね?」

 

CがDに写真を渡した。

 

「……。」

 

「…まだあるよ?」

 

「いや、いい…。……。」

 

しばらくDが考えた後…。

 

「…R!」

 

「あ、は、はい!」

 

「現時点で、俺の弟子を辞めてもらう。」

 

「え…?ええ!?なんで!?」

 

「お前は今日から組織の一員…。それなのに、俺の弟子では箔がつかない。」

 

「でも…。」

 

「なんだ?俺との関係がそんなに大事か?」

 

「ば…!ち、違うわよ!」

 

「おや?そうなのか?さっき言ってたじゃないか?それとも、あれは嘘か?」

 

「ええ!そうね!さようなら!」

 

「さよなら。」

 

Rは不機嫌そうに言った後、その部屋を後にした。

 

「…うわー…。かわいそー…。」

 

「これが俺のやり方だ。」

 

「どうしよう…。今すぐ殴ろうかな…?…D!」

 

「?」

 

「こんにゃろー!」

 

ドギャァァァァ!

 




Dは数年経ったので少し性格が丸くなりました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは組織のことを知った(浅)

続けて投稿〜。


「そんなことがあったわね…。」

 

「…C…そうだな…。そんなやつだったな…。」

 

Rが目を閉じながら話し、Dが目線を床に伏せていた。

 

「…そろそろ11時だ。さっさと行くぞ。」

 

「…早いわね。」

 

RとDとサキュバスたちが店を出る。

 

…………

 

「……。」

 

そして、DはRの住んでいるマンションについた。

 

…今日はありがと。

 

「構わん。」

 

3日後にまた、挨拶しに来てね。

 

「……。」

 

Dは何も言わず、踵を返して歩く。しかし、一応手はふらふらと振っていた。

 

…本当にありがと…。

 

ピクリ

 

その言葉を聞き逃す狼女ではなかった。

 

「さてと…。残り時間…。」

 

「10分。」

 

「了解した。ここから移動距離、自動車なら20分だが、疾走するぞ。」

 

「サキュバスちゃんは、私の背中に捕まっててね。」

 

「え?」

 

狼女が手も地面につき、4足で走るような体勢になる。Dはクラウチングスタートの姿勢だ。サキュバスが狼女の背中にうつ伏せになった途端…。

 

「ドン!」

 

シュパッ!

 

ダッ!

 

二人が走る。

 

(速い速い速い速い!風がすごい!隣に…少しリードしているDが…!こっちより速い!)

 

車のスピードを超えた二人。あっという間に家に着いた。

 

「ただいま…。」

 

「1…0時。ふふふ。」

 

家に入った途端、鬼が待ち構えていた。

 

「ギリギリセーフ。2秒前ね。ふふふ…。」

 

鬼が時計を見せる。

 

「まぁ…。よかった…。」

 

「うん…。」

 

D、狼女、サキュバスが洗面所でいつもの作業をする。

 

「…俺の飯は…。」

 

Dが周りを見る。が、食べていたはずの夕食はない。

 

「皆んな勿体無いからって、食べちゃったわ。ふふふ。」

 

「……。」

 

Dは無表情を突き通したままだが、後ろのちょっとした空気で、ガッカリしているのがわかる。

 

「…そんな残念そうにしないで…。ふふふ…。」

 

「…食品を無駄にしないことは良いことだ…。良い子たちに育ってくれて嬉しいぞ…。…まぁ、この前もらった戦闘糧食があるから…。Rにもらったから信用は出来ないが…。」

 

「はいはい。作ってあげるから、元気出して?」

 

狼女が割烹着を着て、支度をする。

 

「…簡単なので良い?」

 

「いや、戦闘糧食…。」

 

「お肉焼くから。」

 

狼女は有無を言わさずに作った。

 

「はい。…て!何してるの!?」

 

「いや、勿体無いからこれも一緒に…。」

 

「えいっ!」

 

バシィ!

 

狼女がその糧食を手で弾き、鬼が見事にキャッチする。

 

「はい!あーん!」

 

「いや、自分で食える…。」

 

「……。」

 

つい勢いでやってしまい、断られて恥ずかしがる狼女。サキュバスはもう隠す気ゼロだなと思った。

 

「匂いは果実の匂いだけど…意外と不味いわね…これ…。ふふふ…。」

 

鬼はその戦闘糧食を食べて、そんな感想を述べる。そして、食べ終わり次第すぐに口直しに酒を飲んだ。

 

「…美味いぞ…。よくやった…。」

 

「えへへ。」

 

狼女は撫でられて、幸せそうな顔をする。鬼はその様子をテーブルの椅子に座りながら、酒の肴にして見ている。

 

「…ところで、ハーピーは…いた。」

 

サキュバスは、鬼の布団に死んだように横たわっているハーピーを見つける。傷は修復しかけているが、まだ深い。眠っていた。

 

「Dがいるのに…。」

 

「その傷じゃ、今まで起きていたことこそ不思議よ…。それにしても、サキュバスちゃんはもうこの生活に慣れ始めているわね。一昨日よ?来たのは。ふふふ…。」

 

「…今まで住所を転々と移動して、催眠をかけていたから…。元々その家に住んでいたって思わせる催眠…。だから、ボロを出さないようにこっちも装うようにしているの。多分体がそう対応して、今もそうなっているんだと思う。」

 

「ふふふ。」

 

サキュバスが言い、鬼が興味深そうに笑う。

 

「でも、『サキュバス』って色々と…経験豊富なイメージだけど、サキュバスちゃんはどうなの?」

 

「へ…?いや、経験数ゼロだけど…。」

 

「え?なんで?」

 

狼女が聞くと…。

 

「そうだな…。例えば、狼人間は夜になると変身するイメージがあるが狼女はどうなんだ…?」

 

「知ってるよね?昼でも少し半妖怪化していたし…。」

 

「それと同じだ…。他にも、銀の弾丸で撃たれれば死ぬとか…。」

 

「何で銀の弾丸…。そんなもの食らっても死なないから…。最近何故か、銀で死ぬと勘違いしたイメージがあって…。…それと同じ?」

 

「同じだ…。」

 

Dか言い、狼女が納得した。

 

「少なくとも、私はしていない。…まぁ、種族的にはそう言うことをしないと生きられないから、していたと思うけど…。…4世紀ほど前までね。」

 

「え?それ以降は?」

 

「今は、それより栄養価の高い食べ物が普及してきたから基本誰もしない。よく同人にタグがあったりするけど、あれは二次創作。ドラゴンが村の娘を誘拐するイメージと同じだと思う。」

 

「儂は娘などいらんぞ…。どちらかと言うと食物の方が嬉しい…。」

 

「あっ、本人が来た。」

 

龍が眠そうに部屋から枕を持って出てきた。

 

「どうした…?」

 

「父上…怖い夢を見たのじゃ…。一緒に寝て欲しいのじゃ…。」

 

「一緒に寝てほしい?」

 

「怖い夢か…。…分かった。狼女、残りの食べ物はラップで包んでくれ。」

 

「はいはい。…龍お姉さんも、寝起きだと本来の性格になって甘えるんだから…。人間で言う高校生なのに…。」

 

狼女が少し困った感じで言う。しかし、龍は三女であり、下の姉妹たちから頼られているためそう言う甘えた姿を見せることはできないのだ。

 

「…あんな甘えた声だすんだね…。龍姉さん。」

 

「うん。サキュバスちゃんと私以外の、四から末女は知らないと思う。みんな寝ている時に甘えるから…。私はDさんが帰って来るまで起きているからバレているの知ってるし、サキュバスちゃんは極最近来たから起きているとわからなかったんだと思う。」

 

「そうなんだ…。まぁ、少し大人っぽいイメージだったからね。」

 

サキュバスはDが変なことをしないかどうかドアに耳を当てている。

 

『また怖い夢を見たのじゃ…。同じ夢じゃ…。』

 

『そうか…。』

 

『また、皆んなに置いてかれてしまう夢じゃ…。一人ぼっちで…何もなくて…誰もいなくて…怖い夢じゃ…。』

 

『大丈夫だ…。俺たちは置いていかないし、見捨てないから…。』

 

『本当か…?』

 

『寝るまで一緒にいてあげるのがその証拠…ではダメか…?』

 

『ありがとう…。ありがとう…。』

 

『別に良いさ…。家族だし…。さ、早く寝て楽しい夢を見るんだ…。』

 

『うん…。父上大好きじゃ…。』

 

『良い父親だと思うか…?』

 

『儂は良い父上が好きじゃ…。』

 

『そうか…。』

 

「うわ…。想像以上…。」

 

サキュバスは龍の甘えた声を全て聞いていた。しばらくして…。

 

ガチャ

 

「サキュバス、今の龍の気持ちは『父親として』だ…。勘違いするな…。龍にそのこと聞いたら怒るぞ…?一応、狼女の想いも知っているからな…。」

 

「わっ。いきなりどうしたの?」

 

サキュバスたちは机の上でトランプをしていた。

 

「ドアの前で聞き耳を立てていたのは知っている…。」

 

「だろうね。てか、知ってるよ。龍姉さんは『父親として』好きだと言ったの。」

 

「…龍にもトラウマがあるんだ。それがたまに夢に出るから、こうして添い寝してあげたりするんだ。」

 

「…置いていかれたの?」

 

「そうだ…。龍一族からな…。」

 

Dはそれ以上言わない。

 

「へぇ…そうだったかしら…?ふふ…。」

 

「…鬼、飲み過ぎてるな…。もうやめて、寝ろ…。」

 

「…また怖い夢を見るかもしれないわ…。ふふふ…。」

 

「…その時は龍と同じようにするさ…。皆、たまに俺に甘えて来るからな…。…それぞれ仕方のない理由だから、拒まない…。」

 

Dが言い、少し安心した顔をする鬼。そして、自分の部屋へ入っていった。

 

「サキュバス、狼女、お前たちもだ…。特にサキュバス、お前はこの家に来てまだ3日も経っていない…。疲れているはずだ…。」

 

「いや、平気。」

 

「…警戒しているのか…。」

 

「うん。そういう日は眠れないから。」

 

「…そうか…。」

 

Dはそう言ってテーブルの、サキュバスの隣に座る。

 

「なら、俺も起きていよう…。狼…。」

 

「私はここに座るから。」

 

狼女はDの膝の上に座る。

 

「…おも…いや、軽い。軽いからどいてくれ…。」

 

「…多分そのCさんの言ってた言葉の意味を理解してない…。」

 

狼女が自身の耳でDの顔をペチペチしている姿を見て、サキュバスがつぶやいた。

 

「…ねえ。」

 

「「?」」

 

しばらくして、ハーピーを見た後、サキュバスがDに何かを聞く。

 

「私たちのことを狩るって言っていたけど、それぞれ危険度とかランクとかあるの?」

 

サキュバスの質問。

 

「ある…。」

 

「あるんだ。なら、代表的なものとか教えて。」

 

「何故だ?」

 

「学校の時、近づかないようにするため。」

 

「…分かった。」

 

Dがメモ用紙を取り、図を書く。

 

「トップランクで危険なのは絶滅種の生き残り、もしくは個体だ。」

 

「絶滅種…?個体…?」

 

「絶滅種は、過去に確かに存在していたが突然消えた者たちだ。それゆえに情報も少なく、独自の進化を遂げてデータ以上の危険度に跳ね上がる可能性があるからだ。」

 

「絶滅種…。」

 

「…ちなみにだが、近くにいるぞ。」

 

「…まさか…鬼姉さん…?」

 

「そうだ。それと龍だ。…個体は更に危険だ。個体とはそもそもデータがない。単体のみで現れる。時にはすごく弱いが、時には異常なほど強いものもある。」

 

「…機人姉さんと砂姉さん…。」

 

「そうだ…。意外と、うちはそういう組織から注目されているのが多い。…次に危険なのは人型だ。人型にも種類があるが、それぞれ強さが違う。強さは大体気配でわかる。厄介だ。…いちいち説明するのが面倒だ。最弱が蟲類。その次に強いのが獣人。アルラウネと妖精は対象外だ。あの2人の強さは別にある。巨人は見ての通り。ただ怒らせるととても恐ろしいぞ。…まぁ、そんなところか。」

 

Dが説明し終わり、メモをシュレッダーのように切り刻んだ。いや、きざもうとしたが…。

 

「……。…狼女、いるな?」

 

「え?うん…。」

 

狼女の存在に気づき、くしゃくしゃにしたメモを再度広げる。

 

「…ここだけの話だ。俺が戦った者の中に、これらより次元の違う強さを持つ化け物がいた。組織全員総がかりで倒した相手だ。海外からの支援要請を受けてな…。」

 

「…それは…?」

 

「…伝説上の生き物だと思っていた『リヴァイアサン』だ…。まさか、本当にいるなんて誰が思う…?」

 

「…嘘でしょ。」

 

「いや、本当だ。…さもなくば、あんなに多くの犠牲は出ない…。」

 

Dが重く言う。

 

「フィリピン海の寄りのマリアナ海溝…。その時大規模な災害と嘘をついて周りの島民を避難させた。…そのリヴァイアサンの忌々しいビーム…?水流ビームか…?良く分からんが、それが日本の近くに攻撃が当たってしまった。それに伴った災害が東日本大震災だ。結果的に多くの被害が出た。まぁ、政府はリヴァイアサンの存在を隠すためにプレートがどうこうとか言ってたらしいがな。まぁ、それが正しいのかもしれん。そんな凶悪な魔物が存在すると知れてみろ。世界中大混乱だ。漁業なんてやってられず貿易もままなら無くなる。他にも、歴史を振り返れば『ポセイドン』、『八岐大蛇』、『クラーケン』…などなどだ。伝説的な化け物、もしくは神の大半はそうだ。」

 

「で、でも、そんな記録…。」

 

「そんな記録があってみろ…。それに退治されてない、逃げたものもある。それを世界中の人々に知らせるのか?それこそ、人間の平和が脅かされる。だから、俺たち組織がなんとか隠蔽を図っているんだ。最初は何人も見られてたりするからそう言う伝説が残ってしまっている。妖怪もモンスターもそうだ。存在するからには、必ずどこからか情報が漏れる。だから、伝説となり迷信となるのだ。…この組織は古代より存在していて、存在も隠蔽され続けている。しっかりと記録があるものは江戸時代前後…。その時の記録にも、「古代から」と書いてある。想像以上に昔の話だ。」

 

Dがすらすらと言う。

 

「…でも、一つ疑問がある…。」

 

「なんだ?」

 

「どこからそう言うのが発生しているの…?そんな化け物が…。」

 

「いい質問だサキュバス。それと、これについては狼女にも関係する。」

 

「「?」」

 

「…発生源ははっきりしている…。それは、『人間』と人ならざるもの…つまり、『妖怪』との交配の結果だ。」

 

「「え!?」」

 

「もちろん必ずそうなる訳ではないし、ほぼそんな化け物は生まれない。…だが、確率的には0.0000001%以下で出る…。その限りなく0に近いパーセンテージを引いてみろ…。取り返しがつかなくなるし、あくまでも子供だ。そう易々と「退治してください」なんて言えるわけがない。だから、妖怪と分かっていての交配は危ないんだ。もちろん、世間では片方は妖怪でもう片方は人間の夫婦はごまんといる。まぁ、人間との子供ならその人間の方が血が濃くなるから特殊能力のようなものは微量しか使えなくなるが…。だから、俺は妖怪と結ばれる気はない。…それに、狼女は俺の大切な娘だ。…嫁に出したくないほどいい子に育ってくれたしな…。…いや、元々いい子なのか…?育てたと言うほど育ってないわけだし…。」

 

Dが最後の方をぶつぶつ呟く。

 

「…まぁいい…。俺からは以上だ。」

 

Dが長々と説明した。

 

「それより、私って中学何年生の設定なの?」

 

「それより…。…まぁいい…。吸血鬼が1年の設定だからな…。2年生だ。」

 

「二年生…。」

 

「知識はもう大人ほどあるかもしれないが、一応義務教育だ。まぁ、将来を見通すと最低でも高校までは行ってもらう。金はあるんや…。」

 

Dが淡々と説明する。

 

「ちなみに、学校での争いはご法度。それは肝に銘じておけ。」

 

「うん…。」

 

サキュバスは、Dの本気の目に素直に頷いた。

 

「Dさん、この際だから色々質問していい?」

 

「こんどは狼女か…。答えられる範囲なら、答えよう。」

 

「Dさんの他にも沢山の組織の人間がいるでしょ?」

 

「まぁな…。」

 

「なら、喧嘩とか思想が違ってたりするの?衝突とかしないの?」

 

「…いや、する。Yを思い出せ。あいつと俺はよく衝突する。」

 

「やっぱり…。」

 

「…まぁ、主に穏健派と過激派だがな。でもたまにイレギュラーな事態に直面する場合もある。例えば、今も所属しているAとSとIとN…。あいつらは政府や民間の闇の御用達だ。」

 

「闇の御用達?」

 

「暗殺者だ。政府にとって邪魔者がいるだろう。危険思想の持ち主とか…。それが大きなテロなどにならないように事前に調査して、闇に葬っているからテロは全く起きない。あと、民間もたまにある。大抵は復讐だ。例えば、相手は権力を持っていて金もあって頭は到底上がらない。そんなやつから大切なものを奪われるなどな。人として正当な理由かつ、払える金があればやる。全責任は依頼者持ちだがな。俺も一時期参加したことがあるが、仕事内容が多すぎてな…。だが、実行は簡単だ。強い人と言われている奴も実践経験は俺たちにとってはほぼ皆無。普段、人間より何倍も強い妖怪を倒している俺たちに、聞き齧った程度、数十回やった程度、道具程度なら障害にすりゃならない。箒の藁が一本追加された程度だ。死体は処理して、あとは国が行方不明者と言えば終わるしな。」

 

「でも、怪しむんじゃ…。」

 

「全国に一体何人の行方不明者が居ると思う?10人や20人増えようがさほど変わらない。それに、国直属だから足もつかない。…まぁ俺にとっては、いけすかない連中さ。AとSとIとNはな…。」

 

「そうなんだ…。Dさんの嫌いな人って沢山いる?」

 

「…まぁな。偽善野郎に組織の規律に従わない者、必要以上に殺しすぎる者、悪いことを自覚しない者などな…。」

 

Dがベランダへと通じる窓を開ける。

 

「…あと、お前たちに危害を加える者…か。」

 

そう言い残した後、Dはベランダへ行き、窓を閉めた。

 

「……。」

 

……なんなんだろう…。この人間…。分からない…。感情がない…?ううん…。嫌いな人がいるってことは感情がないわけじゃない…。なのに、楽しむ感情がない…。…Dには妹がいるって言ってたけど、もしかしたら“いた”なのかもしれない…。それとCとの関係…。

 

サキュバスが考えていると…。

 

「大丈夫?」

 

「?」

 

狼女が聞いてきた。

 

「私も驚いちゃってさ…。Dさんがあんなに、組織の内情を話したのは初めてだし…。」

 

「初めて?」

 

「うん。それに組織の人間に会うのだって、Rが2人目。」

 

「…これまで、家族にすら話してこなかった内情を何故…?」

 


 

「サキュバス…。」

 

Dは電柱の上に立っている。

 

「…やはり、2年前会っているな…。面影があるから、なんとなく助けたが…。」

 

Dが写真を手にしている。

 

「…俺はつくづく、取り返しのつかないことをしているな…。一体、どれだけ自分を苦しめれば気が済むのか…。」

 

Dがそんなことを呟いた。

 

…ここにいたか。

 

月が雲に隠れた途端、禍々しい、身体の芯まで凍りそうな声が聞こえた。

 

「…Y…。なんのようだ…?」

 

グババ…。いや、なに…。あのまま見捨てておけば、こんな複雑で苦しい思いをしなくて済んだのだと思ってな…。

 

「黙れ…。なんと言おうが、俺はもう二度とお前とは組まない。」

 

寂しいねぇ…。2年以上前はよく組んでいたじゃないか。最強コンビと謳われた俺たちはよ…。

 

「2年以上前の話だ。今はもう時代が違う。」

 

おいおい…。時代が違う…?それは虫が良過ぎないか…?様々なところで妖怪を殺し、闇に葬った俺たちじゃないか…。いつまで嘘をつき続けるつもりだ…?

 

「黙れ…!俺は…。…俺は…。…いや、そうだ。そんなだった俺だからこそだ…。この命を絶やしてでも…何をしても地獄行きでも…魂すら無くしても、あいつらを守る…。それが俺だ…。」

 

そんな都合の良い話を信じるか…?答えは否だ。必ず復讐をするだろう…。そしたら、お前は必ず後悔するぞ…?一時の、痩せた良心であいつらを拾った自分を。

 

「後悔しているのは過去のことだ。俺は復讐される。俺が年老いたら、嬲り殺されるのが俺の最終任務だ。」

 

…殺されるんだぞ?

 

「ああ。百も承知だ。俺の血縁はいない。俺が全て背負って殺される。それが過ちを犯した者の末路であり、責任だ。」

 

…そうか…。やはり、お前は変人だな…。

 

「お前に言われたくない。」

 

ゲババ…。やはり、“生まれが同じ”だからな。所詮はお前も同類だ。

 

「分かってるよ。」

 

…だが、そうなると俺と組むやつが消えるな…。

 

「まだ言うか。しつこいぞ。」

 

…その時は共に責任を取る。…それが組んだ者の末路だろう?

 

「……。」

 

Dは振り向いたが、Yは既にいなかった。

 


 

「…一体、いつになったらDさんはこのこと話してくれるんだろう…。」

 

「…彼は色々考えているのよ。ふふふ…。」

 

その様子を、窓から気づかれないように終始見ていた狼女と鬼。二人はDのことを知っていたのだ。




まだまだぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

その日、サキュバスは姉妹と朝を過ごした

いき〜なり〜。


「…ん…?」

 

サキュバスが起床した。ニワトリが鳴くには遅すぎて、人が起きるには早すぎる時間。

 

ガチャ…

 

「おはよう。早いね。サキュバスちゃん。」

 

「おはよう…狼お姉さん…。…もう支度してるの?」

 

狼女はもう朝食の支度をしていた。

 

「今日は日曜日も明けて、月曜日だからね。みんな学校や高校、大学や仕事があるから、お弁当とか作らなくちゃ。」

 

「…手伝う。」

 

「ほんと?ありがとう。」

 

サキュバスは狼女の苦労を想い、手伝ってあげる。

 

ガチャ…

 

「おはよう。二人とも早いわね。ふふふ。」

 

スーツを着た鬼が部屋から出てきた。洗面所で顔を洗ったり、歯を磨いいて、化粧も薄くしている。…あまりスーツ姿は似合っていないが…

 

「はい。お弁当。」

 

「ありがとう。ふふふ。行ってきます。」

 

鬼はそれをカバンに入れて仕事へ行った。

 

「おはよう〜…。鬼お姉さんはもう行ったんだ〜…。」

 

「うん。巨人お姉さんも東京の大学だからもう行かないと遅刻しちゃうよ?これ、お弁当。」

 

「ん〜…。ありがとう〜…。」

 

巨人もリュックにお弁当を入れて、電車の定期を確認して玄関へ行ったが…。

 

「巨人お姉さん!髪とかして顔を洗って!」

 

「ん〜…?」

 

巨人が寝ぼけている。そして狼女が髪をとかして、顔を洗わした。そしてやっと、巨人が行った。

 

「あとは、少し時間あるけどお弁当全部使っちゃおっかな〜。どうしようかな〜…。」

 

狼女は手伝ってもらいたそうにサキュバスをチラチラ見ている。

 

「分かった。手伝う。」

 

「嬉しいなぁ〜。」

 

狼女とサキュバスが手分けをして作っている。サキュバスのやるべきことはお弁当にご飯を入れることと、水筒を作ることだ。

 

「二人分だけでいいから。あとは学校で給食が出るし。」

 

「んー。」

 

そうしているうちに、全てお弁当が作られた。途端…。

 

ジリリリリリ…!

 

部屋から目覚まし時計がなる。7時だ。

 

ガチャ…

 

「おはよ…。」

 

「おはよー!」

 

「スリープモード解除。おはようございます。」

 

出て来たのは三人だけ。

 

「アルラウネお姉さんと、サンドガールちゃんのお弁当出来てるから。ご飯食べたらそれ持って高校行って?機人ちゃんは、朝ごはん食べてから中学校。」

 

「「「はーい。」」」

 

狼女はパタパタと急いでいる。誰よりも早起きをして朝食を作り、お弁当を準備してすぐに洗濯物を干すために移動している。

 

「通るよ。」

 

「はい。」

 

洗濯物カゴをもった狼女がベランダへ行き、窓を開ける。

 

「いい風…。」

 

開けた途端に風が吹き、部屋の中が風に包まれた。ういういしく感じる。狼女は急いで洗濯バサミに洗濯物を吊るしてゆく。

 

「朝から大変…。」

 

「本当…。」

 

「そうだよ。狼の姉貴は学校とかに行かない代わりに全般の家事をやってくれてるの。」

 

「お父様の分までやってくださっています。狼女さんは働き者です。」

 

アルラウネ、サンドガール、機械人が口々に言う。

 

「ほら、喋ってないでたべないと遅刻するよ?」

 

「あ、はい。」

 

皆食べて、食器を下げる。その間に狼女は部屋に行き…。

 

「吸血鬼ちゃん!起きて!今日こそ学校行って!」

 

「んー…まだ眠い…。」

 

「眠くてもダメ!先生から電話がかかってきたんだから!」

 

「んー…。」

 

布団から潜って出てこない吸血鬼。

 

「学校行きたくない…。」

 

「行きたくなくても行かなきゃダメ!」

 

「んー…。」

 

吸血鬼が布団から出てこない。何をしてもダメだと悟り、落ち着いて話しかけた。

 

「どうして、学校行きたくないの?」

 

「…勉強やだ…。」

 

「それは、人間だって嫌だよ?でも、一生懸命やってるじゃん。人間より劣っていいの?」

 

「…やだ…。」

 

「だよね?なら、行ったほうが良いと思うよ?」

 

「だって…。…本当は、みんな私に声かけてくるからやだ…。」

 

「いじめられてるの?」

 

「そんなんじゃなくて…。だって、何かあるたびに呼んだり、声かけてくるんだもん…。」

 

「どんな?」

 

「たとえば…。体育館裏に放課後来てくれとか…。私、日向に行くの嫌で、すぐ家に帰りたいのに…。まぁ、行ったことないけど…。」

 

「それはひどいね。私も、家事で疲れているのに不登校の件で学校行かなくちゃいけなかった時もあるし。」

 

「…あとは、沢山の人から…主に男子からお土産を貰ったり…。お返しにどこか行かなくちゃいけないじゃん…。夜なんて、どこでもお店閉まってるし…。コンビニなんかじゃ売ってないし…。」

 

「難しいよね。私も、学校に呼び出された時に手土産を忙しい家事の途中でも買いに行かなくちゃいけないし。」

 

「……。女子会とか誘われても、皆んなと話題合わないし何百年も生きてきた私には退屈なだけだし…。愛想笑いしなくちゃいけないし…。」

 

「愛想笑いは疲れるよね。不登校で学校に呼び出されて、愛想笑いして私が悪くもないのに謝らなくちゃいけないし。」

 

「……。なんか、チクチク嫌味言ってる?」

 

「ううん。共感してる。」

 

「…とにかくやだ…。」

 

「ダメ。いかないと、夜ご飯抜きだよ?」

 

「えぇー…。それはいやぁ…。」

 

「なら、さっさと起きて学校。」

 

狼女は他の姉妹たちの食べた食器を片付ける。

 

「…学校へ行きましょう。」

 

「機人姉さん…。姉さんは、私のような苦労してないし…。」

 

「…最初は、同じ悩みを抱えていました。」

 

「え?」

 

「ですが、ある日気付いたんです。」

 

「何を…?」

 

「誰からに対しても無視し続ければ、いずれは誰からにも声をかけられることはありません。」

 

「…確かにそう思うけど…。友達とかいんじゃん…。」

 

「?。本当に面倒なら、友達を辞めても別に何も困ることはないと思いますが。」

 

「それはそうだけど…。…やっぱ、機人姉さんは思考が機械的でなんかやだ…。」

 

「機械ですので。」

 

機人と吸血鬼が話す。

 

「…それが感情というものですか?」

 

「…まぁ…多分、そうなのかもしれない…。多分…。」

 

「…面倒な感情ですね。」

 

「面倒…?」

 

「それがなければ、苦しんだり悲しんだり悩んだり迷ったり怒ったりしないと思いますがね。」

 

「…でも、多分…。それが良いんだと思う…。」

 

「何故ですか?」

 

「だって感情がなければ、楽しんだり嬉しんだり喜んだり愛したり感動したりしないと思うし。」

 

「…なるほどです。」

 

機械人が何やら納得する。

 

「これでまた、思考プログラムが一歩進化しました。ですが、人間の感情を知れるのはまだまだ先ですね。」

 

「…機人姉さん…。そういうところだよ…。」

 

二人で話し合っていると…。

 

「吸血鬼ちゃん…。」

 

狼女に見つかる。しかし、声色が変だ…。

 

「ねぇ…。いい加減…。行こ…?」

 

「う、うん!わかった!起きるし行く!」

 

包丁を持ち、目に光が無い状態で笑顔のまま言われれば、吸血鬼も飛び起きるだろう。そしてすぐに制服に着替え、機人と共に学校へ走って行った。

 

「ふぅ…。やっと行った…。」

 

狼女が包丁をしまう。

 

「布団干して、掃除しないと…。それが終わったら家計簿つけて、お昼の準備。それから食べて、洗濯物たちを取り込んで買い物をして夜ご飯の準備をして…。そこからバイトに3時間いかないと…。」

 

「そのうち過労死しちゃうよ…?」

 

「大丈夫。妖怪は人間よりは強いから。最近ちょっと貧血なのか、フラフラしそうになったり眩暈がするだけだから。少し怒りっぽいだけだから…。」

 

「うん。ダメ。私がやるから…。」

 

「ううん。サキュバスちゃんはまだ分からないから見てて?休むわけにもいかないし…。」

 

「ううん。倒れる方がダメ。」

 

「倒れないから…。」

 

そんな風に言い合っていると…。

 

グイッ…

 

「「!?」」

 

狼女が持ち上げられる。

 

「…話は聞いたぞ。休め。」

 

「で、でも…。」

 

Dが持ち上げて、狼女を布団に下ろす。狼女の心拍数はとんでもないほど上昇しているだろう…。

 

「…脈拍が早い…。やはり、無理をしているな。」

 

「多分、Dが持ち上げたから…。」

 

「それがどうした?…まぁ、とにかく休め。いいな?」

 

「…ひゃい…。」

 

布団を被せてあげて言われるのだから、狼女は従うしかない。その後、数分もたたないうちに寝てしまった。

 

「…やはり、疲れていたか…。…俺はそういうところが見抜けないな…。」

 

「……。」

 

「…どうした?」

 

「…別に。」

 

サキュバスは気づいた。今この家で、すぐに動けるのは自身とD、そしてハーピーだ。ハーピーと協力してDを倒せば…。…いや、無理であろう。相手が悪すぎる。

 

「なんでもない。」

 

「…そうか。」

 

Dは狼女が干そうとしていた布団を手に取る。そして、干す。

 

「…この大きな洗濯バサミではさんでおけば良いのか?」

 

Dは布団に大きな洗濯バサミで、風に飛ばされないようにはさむ。そして…。

 

バァン!バァン!バァン!…!

 

布団の埃を取るためにはたく。力の強い音が響く。

 

「そうすると、布団が痛まない?」

 

「…力強く叩けば良いというものではないようだな。」

 

サキュバスとDが試行錯誤して布団を叩いた。

 

「む。そろそろ掃除だ。」

 

時計を見て確認するD。掃除機をかけて、テレビの埃をとる。

 

「サキュバス。トイレの掃除はできるか?」

 

「…一応。」

 

「なら頼む。」

 

「わかった。」

 

サキュバスはトイレ掃除を一生懸命やる。

 

「終わった。て、何してるの…?」

 

「家計簿とやらの付け方が…。」

 

「……。」

 

「…倒したり、任務をこなす方が何倍も楽だな…。」

 

そうは言いながらも、家計簿を少しずつつけている。

 

「…赤字が続いているな…。組織へもう少し給付してくれるように申請しなければ…。ハーピーやサキュバスも増えたからな…。」

 

Dがふと、ハーピーを思い出してベランダ付近を見る。

 

「…いるな。」

 

ベランダ近くの、テレビの戸棚の中から鋭い目で睨んでいるハーピーを一瞥して、また家計簿をつける。

 

「…こんなもんか。サキュバス、ハーピー。昼食は何が良い?」

 

「…なんでも。」

 

「……。」

 

「それが一番困るが…。」

 

Dはそう言いながらも、冷蔵庫を漁る。

 

「…特になし…。これでどうやって狼女は飯を作っていたんだ…?」

 

Dが僅かな材料、朝の残りなどを見る。

 

「仕方がない…。」

 

Dは自室に戻って、数分後持ってきた。

 

「肉だ。」

 

「肉の塊…。」

 

「…食えるか?」

 

「まぁ、一応…。」

 

「狼女のスタミナを回復させるには肉だ。これで料理を作る。」

 

「へぇ。」

 

サキュバスは興味のなさそうに返して、椅子に座る。

 

「少し待ってろ。」

 

Dがキッチンで何かゴソゴソしている。

 

バフォー!

 

「ばふぉ?」

 

サキュバスが異様な音を聞きつけて、キッチンを覗いた。

 

「コンロで…。」

 

Dがガスコンロを四台出して、換気扇を全開にして丸焼きにしているのだ。隣には、フライパンで玉ねぎや他の野菜などを炒めている。

 

ジュ〜!ジュ〜!

 

「いい匂い…。」

 

「…まだだ。焼き目がついていない。」

 

肉肉しい香りがキッチンを包む。まぁ、丸焼きではなくブロック肉なので見た目に問題はない。

 

「いい匂い…。」

 

「狼お姉さん、起きたんだ。」

 

「うん。」

 

狼女が起きて来た。

 

「もうすぐだ。」

 

Dが丁度良い焼き加減で火元から外し、肉を薄く切ってフォークとナイフを使って皿に乗せる。

 

「…アレルギーや肉が苦手とかは…ないな?」

 

「…アレルギーはない…。」

 

「私もないよ。」

 

「…ハーピーはどうだったか…。」

 

Dがそう呟いてしゃがみ、コンロの下にある戸棚を開いて、頭を突っ込んだ時だった。

 

ビュンッ!

 

「ハーピー!?」

 

「ちょ!」

 

ハーピーがサキュバスたちの頭の上をジャンプして通過し、Dに向かってハサミを持って飛びかかった。

 

ガギィ!

 

「…!」

 

「殺気で、何をどこに突き刺そうとしているのか丸わかりだ。」

 

Dはフォークとナイフで見ずに止めた。ハーピーはハサミを捨てて、一歩飛び退く。ハサミは床に落ちた。

 

「…あった。」

 

しかし、Dはハーピーに何もせずに赤ワインを取り出した。

 

「…ハサミは戻しておけ。誰かが踏むと危ない。…散々世話になった狼女たちに迷惑をかけるものではないぞ。」

 

「……。」

 

Dが玉ねぎなどを炒めていたフライパンに赤ワインを入れ、煮詰めながら言った。ハーピーはハサミを拾わない。

 

「…はぁ…。」

 

Dはため息をつきながらハサミを拾い、ワークトップの邪魔にならない所に置いた。

 

「…ハーピー。お前が俺をどんなふうに思っているか知っている。だが、関係のない狼女らに迷惑をかけるのは違うのではないか?」

 

「……。」

 

「…昨晩?一昨日の晩?日付感覚がないな…。まぁいい。その時、介抱したのは狼女らだぞ。」

 

Dがキツい目で言う。しかし、その目に殺意や敵意がないことは素人が見ても分かった。

 

「…これくらいか。出来たぞ…。」

 

Dが人数分、ソースをかけて皿をテーブルに持っていく。

 

「ローストビーフだ…。ソースは一応かかってないものもある…。残りのソースはキッチンにあるから、足りなければかけると良い…。」

 

「美味しそう。」

 

狼女がそれを見て、嬉しそうな顔をしている。まぁ、店でこれを出されたら、何千円か取られそうだ…。

 

「さぁ、飯だ…。…ハーピー、食え…。食わないと傷は治らないぞ…。」

 

「……。」

 

「…サキュバスもだ。毒は入ってない。」

 

Dが淡々と言い、席に着いて狼女と共に二人が座るのを待っている。

 

「…どうした?」

 

「…Dさん、流石に二人とも食べる気にならないんじゃないかな…?だって、サキュバスちゃんは来てから一週間も経たないし、ハーピーちゃんは一昨日だし…。」

 

「…そうか…。…上手く作れたと思ったんだがな…。…まぁいい…。お前たちが食わないのなら、俺たちも食わん…。それが平等とやらだろう…?」

 

「え?…ぁ…うん…。」

 

目に見えてガッカリする狼女。尻尾も耳も下がってしまっている。まさか、自分まで巻き添えを食らうとは思ってもみなかったようだ。

 

「…分かった。食べる。」

 

「……。」

 

「ハーピー、食べよう?多分、毒も入ってないし…。…ここで狼お姉さんをガッカリさせるのは違うと思う。私も、同じような気持ちだけど…。」

 

「……。」

 

そう説明して、ハーピーと共に席に着いた。狼女は尻尾を振る。

 

「いただきます…。」

 

「いただきます!」

 

「…いただき…ます…。」

 

「……。」

 

四人は出された料理を食す。

 

(ナニコレ!めっちゃウマ!この柔らかなお肉にソースがものすごく合う…!A級グルメと同等…いや、それ以上…!)

 

サキュバスはガツガツ食べる。ハーピーも同様に食べている。

 

「流石、Dさんのお料理は美味しいっ!」

 

「…そうか…。そう言ってもらえると助かる…。」

 

「逆に、どうしてそんな料理を作れるのか知りたいくらい。」

 

「…昔、二人一組行動の時があった。当然、食事を担当するときもある。飯がマズければ士気はだだ下がり、美味ければ士気は上昇する。と、なれば後者を選ぶだろう。だから『組織』が、そこに属する者に料理などを伝授したり、研究させたりする期間を設けさせているわけだ。…まぁ要するに、組織に属する者は全員、飯が美味いんだ。」

 

「…まさかYも…。」

 

「ああ。奴の作る料理も美味いぞ。奴は天ぷらなどの揚げ物を得意とするがな。…もう一度食したいものだ。アレを味わったら、そこらの飲食店や専門店では満足できないからな。」

 

「…想像できない…。」

 

狼女がYの料理姿を想像するが、全く想像が出来ない。

 

「…おかわりならキッチンにある…。足りないなら勝手に取れ…。だが、狼女のことを忘れるな…。」

 

「…分かった…。」

 

「……。」

 

二人はすぐに食べ終わり、キッチンへ行く。

 

「…やっぱり、優しいね。Dさんは。」

 

「…優しい?俺は優しくなんかない。優しい奴と言うのは、誰かを救える奴のことだ。助けられる奴のな…。」

 

Dは自己嫌悪のような口調で言い、狼女は悲しそうに目を細めた。




もしかしたら、次の話はないかもしれません。というより、ないことを前提に今10話ほど投稿しました。次話は途中でずっと止まっていますし…。要望があれば書きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 50~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。