百合ヶ丘の熾天使 (ゼノアplus+)
しおりを挟む

1話

1話

 

 

「………つかれたぁ」

 

 

誰もいない空間で少女の声が木霊する。いや、正確には物だった残骸とも言える金属が転がっている。

 

 

「現場のリリィより作戦本部へ通達。はぐれのアルトラ級は活動を停止、任務完了によりこれから帰投する」

 

 

感情なく無線機に向かって話しかける少女は、ボタンを離してふぅっと一息ついて瓦礫に腰を掛けた。

 

30秒ほど座ったまま虚空を見つめていた少女はザザッという音が聞こえたとともに無線機を耳に近づける。

 

 

『こちら作戦本部、ヒュージの反応消失を確認した。被害状況を報告せよ』

 

「んーっと……海にヒュージの瓦礫が散乱してることかな」

 

『はっ……?せ、生存人数は?』

 

 

無線機から聞こえる男性の声は若く、まだ新人といった様子だ。そんな声に対し少女はクスリとほほ笑み、そのあと意地悪そうに笑った。

 

 

「僕一人だよ」

 

『なっ……!?』

 

『おい、こいつは新人なんだ。いじめてやるな阿保』

 

 

続けて聞こえてきたのは堅物そうな女性の声。どうやら少女とは面識があるらしい。

 

 

「あはは……ごめんね~、ちゃんと報告するよ。僕一人の出撃、応戦によりアストラ級を撃破。人的被害はなし。海の瓦礫はどうすればいい?」

 

()()()()()でいい。その後はもう学園に帰投していいぞ』

 

「了解。相変わらずリリィ使いが悪いねぇ」

 

『ちょ、大佐殿!?アルトラ級をリリィが一人でなんて!!』

 

 

まぁ信じられないよねぇ、と少女は男の声に苦笑いしながら無線機を懐へしまった。そして立ち上がると、両手を広げて言う。

 

 

「『熾天使』」

 

 

直後、少女の全身から白く輝くオーラ、マギの輝きが溢れ少女の全身を包み込む。繭のようになったマギは少しづつ開いていき、少女の背中から3対6枚となる翼が形成された。

 

 

「さてと、それじゃあ食べていいよグラトニー」

 

 

少女が言うと同時に、いつの間にか握られていた大剣が変形し怪物の口のようなものが現れた。ソイツは舌なめずりをすると勢いよくヒュージだった残骸へ食らいついていく。

 

そうなれば当然、少女が乗っていた足場もなくなったが6枚もの翼をはためかせ彼女は滞空していた。数分で化け物の口が海に散らばったすべての残骸を食べきると満足したのか、ゆっくりと息を吐いて引っ込むようにもとの大剣へと戻っていった。

 

「うんうん。やっぱりアルトラ級ともなるとでかいから満足してくれるよね」

 

 

少女は大剣に目を向けてにっこりと笑うと、ある方向へ向けて飛翔した。

 

 

「あっ……今日は一年生の入学式だったっけ。間に合うかなぁ…無理かなぁ…よし!!飛ばしちゃおっと」

 

 

少女はさらに力強く翼をはためかせ、スピードを今まで以上に上げて飛行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様、軍曹だったな?」

 

「はい。それで大佐殿、先ほどのリリィは一体……アストラ級はヒュージの中でも最大級です。それをリリィ一人で撃破なんて……あり得ません!!」

 

「落ち着け軍曹。事実として撃破しているのだ。現実を認めろ」

 

「しかし……!!」

 

 

とある一室で会話しているのは先ほどまでリリィの少女と通信をしていた青年軍曹と女性だ。青年は熱くなっており、女性はPCを操作しながら宥めている。

 

 

「はぁ……まあそろそろ教えてもいいころだと思っていた頃だ。望み通り教えてやるから静かにしろ。みっともない」

 

「し、失礼しました!!」

 

 

軍曹は慌てて敬礼をする。大佐は少し眉をひそめながら傍らのコーヒーに手を伸ばし一口飲む。

 

 

「ほら、読むといい。持ち出しは禁止だ」

 

「はっ、ありがとうございます!!」

 

 

クリップで止められた書類の束を鍵付きの棚から取り出した大佐は軍曹へと手渡し、彼は受け取った。

 

 

「百合ヶ丘学園2年生の天宮蒼空(あまみやそら)、百合ヶ丘学園に所属するすべてのリリィのマギを合計しても足りないほどのマギを有する、正に最強のリリィ。余りあるマギから作られる3対6枚の翼を広げた姿は、神話に名高い最高位天使である『熾天使』……セラフィムと畏れられリリィとして尊敬されている。ここまでで質問は?」

 

「……それは最早ヒュージと言ってしまえるのではないでしょうか?そんなの、人に収まる域を超えてますよ」

 

「なるほど、道理だ。確かに人にあまり力を持てばそれは民衆からは化け物とでも捉えかねられん。いい感性をしているな。しかし口にはするなよ?物理的に首が飛ぶ」

 

「えっ……冗談ですよね?」

 

「試してみるといい。二階級特進を申請しておこう」

 

「ひえっ……ご配慮痛み入ります……」

 

 

「何はともあれ、彼女とは友好な関係を築いておけ。一人で数百人規模のリリィに匹敵するんだ。()()()になればアルトラ級のヒュージが何十体来るより凄惨な未来が訪れるだろうな」

 

「そ、そこまでですか……」

 

「ああ。何せ、あのG.E.H.E.N.A.ですら、報復を恐れていまだに手出し出来ていないのだからな」

 

「墓場まで持っていくことにします……」

 

「そうしろ」

 

 

そして、用が終わった軍曹は礼をして部屋を出て行った。

 

 

「ふぅ……若造にも困ったものだな」

 

 

大佐はコーヒーを飲み切り独り言ちると軍曹にも明かしていないデータを引き出して見た。

 

 

「人ではない……か。感がいいのか、悪いのか。まあ、念押しはしたし後は軍曹しだいか」

 

 

大佐は、今なお笑顔で大空を飛んでいるであろう天使のようなリリィを思い浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―百合ヶ丘学園―

 

 

 

 

「見て!!あのお方こそ百合ヶ丘が誇る熾天使様ですわ!!」

 

「ああ!!蒼空様ぁ!!」

 

「お母様お父様……私を育てていただきありがとうございます。空様のお眼鏡にかなうような立派なリリィになって見せますわ!!」

 

(え、一人だけなんか覚悟決めすぎじゃない?僕そんなに尊敬されるような人格者じゃないんだけど……あとその理由じゃご両親泣くよ?)

 

 

1時間半ほどで所属する百合ヶ丘学園へ帰ってきた少女、改め蒼空は結局一年生の入学式に間に合わなかったことをショックに感じながらも廊下を歩いていた。時折聞こえてくる他の生徒の声に内心でツッコミを入れている。そのまま入学式が行なわれたはずの講堂につくと何故か新入生と思わしき集団がまだ席についていた。

 

 

(あの子でいいや)

 

「ごきげんよう、君新入生かい?」

 

「ふぇ!?そ、そそそそそそそそ蒼空様ぁ!?はははははははひぃ!!新入生ですぅ!!」

 

「えっと……少し落ち着いて?ほら、ひっひっふー」

 

「ひ、ひっひっふーぅ……ってこれ妊婦さんの呼吸法じゃないですかぁ!?」

 

「あははっ、落ち着いてくれて何よりだよ」

 

 

なんとなく目についた茶髪の女子生徒に話しかけた蒼空。しかし予想以上に女子生徒がてんぱっていたので落ち着かせたようだ。方法はあれだが。

 

 

「名前を聞いてもいいかい?」

 

「二川 二水(ふたがわ ふみ)です蒼空様。あっ……申し訳ありません。ちょっと鼻血が……」

 

(鼻血……?)

 

 

茶髪の生徒……二水が急に鼻を抑えて後ろを向いた。少しゴソゴソした後もう一度蒼空に振り返ると両方の鼻の穴に丸めたティッシュを詰めていた。しかもすこし赤く染まっていることから本当に血が出ているということがうかがえる。

 

 

「あっ、そういえば蒼空様。どうなされたのですか?」

 

「ああうん(鼻血はスルーなんだね)

実は入学式を見ようと思っていたのだけれど、学園に戻ってくるのが遅れてね。もう入学式が終わっている時間だと思ってたけど……なんでみんなまだいるのか不思議だったんだよ。知ってる二水ちゃん?」

 

「蒼空様が私の名前を!!えっと、実は先ほど白井夢結様と新入生の……あ!!」

 

「ん?」

 

「「「「「「いたぁーーーーーーーーーー!!!!!!」」」」」」

 

 

言いかけていた二水の後ろで突然扉が開いた。それに気づいた蒼空もそちらを向くと、ピンク色の髪の生徒がロングの茶髪の生徒に腕を抱かれながら入ってきた。

 

二人の姿を確認した二水は二人に近づきテンション高く言った。

 

 

「入学式はこれからですよ、梨璃さん!!」

 

「二水ちゃん!?」

 

(うーん、蚊帳の外……一旦出ようかな)

 

 

生徒たちの注目が今入ってきた二人に行ったことに気づいた蒼空は左手でこっそりとマギを凝縮。光の屈折の角度を調節し周りから姿を見えなくするとスルスルっと生徒たちの間を通って講堂の外に出た。そしてマギを霧散させ入学式が始まるのを待とうとした蒼空だが、一人の少女が目に入る。

 

 

「あれ、夢結じゃん。珍しいねぇ、君が下級生の入学式を見に来るなんて」

 

「ッ……蒼空、貴女どこから……いえ、何でもないわ。百由の逃がしたヒュージの討伐に一年生を二人連れていくことになったからそのついでよ」

 

「へぇ……君が自主的に連れていくとは思えないし、うーん……あ、生徒会だね?」

 

「相変わらず察しがいいわね。薄気味悪いくらいに」

 

 

人を突き放すような態度で喋る黒髪の生徒、二年生の白井夢結だ。楽しそうに笑う蒼空に呆れた表情をしている。

 

 

「では、ごきげんよう」

 

「僕の行き先は聞いてくれないんだ?」

 

 

そのまま振り返りその場を去ろうとする夢結に問いかけた蒼空。言葉のわりに笑っており、嫉妬しているわけではないらしい。夢結は足を止めて軽く言い放つ。

 

 

「どうせまたラージ級が数体でしょう?貴女が苦戦するはずないわ。心配するだけ無駄よ」

 

「なるほどねぇ(ホントはアルトラ級なんだけど、まあ言わなくていっか)」

 

 

再び歩き出した夢結見送った後、改めて今から始まるらしい入学式を見学しようとしてすぐに足を止めた。

 

 

(最低限、夢結の戦闘について来れるリリィがまず2人……今年は豊作だねぇ。ふふっ、お腹すいたし今日はか〜えろ、っと」

 

 

急に方向転換した蒼空は何事もなかったかのように自室がある寮へと歩いていった。

 

 

(グラトニー、今日もお疲れ様♪)




『グラトニー』

蒼空専用の『CHARM』。元ネタは『GOD EATER』の神器の捕食形態。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話

2話

 

 

「ふっ!!……はぁっ!!」

 

 

誰もいないはずの早朝の訓練場に少女の声が木霊する。蒼空である。彼女が学園にいるときは毎日というレベルで訓練場に入り浸っておりこの時間帯は最早彼女専用となっていた。

 

蒼空の使うチャームは今や型落ちともいわれる第一世代のチャームだ。現在普及しているのは剣形態と銃形態の分離合体機能を備えた第二世代機や、それをさらに強化した第三世代チャーム。蒼空のチャームはその特異性ゆえに分離合体機構をつけることが難しい。さらに蒼空自身の能力上、撃った銃弾が敵ヒュージに当たるより飛行して直接切りつけたほうが早いためだ。

 

 

「朝から精が出るな」

 

「ッ……梅か、ごきげんよう」

 

「ごきげんよう蒼空。そろそろ朝食だから行くんだぞ」

 

「うん、ありがとう。たまには君も訓練しなよ」

 

「あっはは!!嫌だぞ!!」

 

「あ、うん、そっか」

 

 

蒼空の後ろから話しかけてきたのは緑色の髪の二年生、吉村・Thi(てぃ)・梅。寮で蒼空と相部屋の少女だ。大抵いつも朝食に遅れそうな蒼空を迎えに来ている面倒見のいい性格をしている、いや、せざる負えなくなっていた。

 

蒼空の持っていたチャームが()()姿()()()()た。

 

 

「相変わらず便利だな。私じゃできないのか?」

 

「……マギの応用で光の屈折を使って見えないようにしてるだけさ」

 

「つまりできないんだな!!」

 

 

実は違うのだが、ここで変なことを言っても仕方がないと思っている蒼空は適当にごまかしている。

 

そのまま食堂へと歩きながら二人は会話を始めた。

 

 

「昨日の噂の二人以外に一年生で生きがいいのはいたかい?」

 

「いつもどうり亜羅椰が暴れてたぞ?高等部になったから早速夢結にシュッツエンゲルの契りを申し込みに行ってた」

 

「あの子らしいねぇ。よりによって夢結のとこなんて、いつの間にか受けにも目覚めちゃってたのかな」

 

「アイツは好みの奴がいたらどっちでもいけるんだぞ」

 

「え、こわ」

 

 

シュッツエンゲルの契りとは、百合ヶ丘学院の伝統的な制度で、上級生と下級生が義理の姉妹のような契約を結ぶ儀式だ。上級生は守護天使(シュッツエンゲル)となり下級生(シルト)をリリィとして、人間的にも成長できるように導いていく。リリィの自主性に重きを置く百合ヶ丘らしい制度を言える。

 

 

「お、噂をすれば……」

 

「あっ、昨日の一年生」

 

 

食堂に到着し手を洗うために化粧室へ訪れた二人は、ちょうど話していた対象がいることに気づいた。ピンク色の髪の一年生一柳梨璃が、同じく一年生の遠藤亜羅椰に迫られている現場に居合わせてしまった。

 

 

「やぁやぁごきげんよう、亜羅椰ちゃん。君も懲りないねぇ?」

 

「ッ!!ごきげんよう。いやですわ蒼空様、これもまた同じリリィとしてのコミュニケーションですわよ」

 

 

 

蒼空が亜羅椰へと声をかけ、それに気づいた亜羅椰が梨璃から体を離して何でもないように肩をすくめながら返事をした。

 

 

「……まあ君が懲りないのは分かってるしそこまで強く言う気はないけども。はぁ、今度相手してあげるから今日は勘弁してあげなよ」

 

「蒼空様が!?うふふふふ、そういうことなら仕方ありませんわね。それでは梨璃さん、ごき……あら?」

 

 

蒼空がやれやれと折衷案を提供し、一旦梨璃の貞操は守られた。亜羅椰が梨璃に挨拶するために振り返るとそこにはもう梨璃はいなかった。

 

 

「ああいう生徒、百合ヶ丘には少なくないから気を付けるんだぞ?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「梨璃さん!!ご無事でしたかー!?」

 

「コイツも危ないからダメだぞ?」

 

「楓ちゃんはそんなことしませんよ。ね!!楓ちゃん?」

 

「え!?……も、もちろんですわよ!!この楓・J・ヌーベル、全力で女狐から梨璃さんをお守りいたしますわ!!」

 

「私の目の前にも女狐その2がいるんだぞ……」

 

 

 

いつのまにか梅が梨璃を救出し出入り口で何故かスタンバっていた一年生の楓・J・ヌーベルに引き渡した。

 

 

「梅様のレアスキル『縮地』ですか。これは一本取られましたわ。ですが、お相手していただける約束は有効ですわよね?」

 

「うん、胸を貸してあげる」

 

「胸を!?私は()()()も大歓迎ですわよ……ッ!!」

 

 

刹那、亜羅椰が目を離していなかったはずの蒼空の姿が掻き消えた。

 

 

「さすがに冗談きついねぇ?」

 

「ッ!!これは、少し調子に乗りすぎてしまったようです。申し訳ありません」

 

「ならよし」

 

 

亜羅椰の後ろから蒼空の声が聞こえた。その事実に亜羅椰が気づいたときには、蒼空は左手で彼女の頭を撫でていた。

 

 

 

「そういえば蒼空様、右利きではありませんでしたっけ?」

 

「んー……ヒュージを倒す()で、こんなにかわいい子達に触れるのが少し億劫になるだけさ。まあ、ただの持論だから気にしなくていいよ」

 

「そんな蒼空様も魅力的ですわ」

 

「はいはい、ありがとね」

 

「ああん、いけずですわ」

 

 

先ほどの一触即発のような雰囲気はどこへいったのやら、軽口を言い合う二人は姉妹のように見えなくもない。

 

 

「蒼空、お腹減ったからはやく朝ごはんたべようよ」

 

「あ、うん。ごきげんよう亜羅椰ちゃん。まったね~」

 

 

戻ってきた梅の一言で蒼空が亜羅椰からすっと離れ化粧室から出て行った。

 

 

「え?……え?」

 

「ちょっと亜羅椰、こんなところで呆けてないで連携強化のために今からレギオンで特訓するわよ」

 

「珍しく亜羅椰が静か。うれしい」

 

 

急すぎる展開についていけず呆けている亜羅椰に、ほかの生徒が一言声をかけそのまま通り過ぎて行った。

 

 

「蒼空様の……蒼空様の……」

 

 

そしてようやく現実を見始めたのか、亜羅椰はワナワナと震え始め……吠えた。

 

 

「蒼空様の女ったらしーーーーーーー!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

朝食を食べ終わった蒼空は、梅と共に学園の庭に寝っ転がっていた。

 

 

「いやぁ、一年生の講義が明日からのお陰で僕達も講義がないなんて最高だねぇ」

 

「そうだなぁ。でも暇だぞ」

 

「訓練するかい?」

 

「しない!!」

 

 

天才肌の梅は訓練を嫌う。しかし、レギオンと呼ばれる9人1組のチームに所属していない『個性派』と呼ばれるリリィの1人である梅はそれ相応の実力を備えており訓練せずとも実力は百合ヶ丘でも有数だ。

 

 

「うーん、でも本当に暇だしねぇ……あっ、ねえ梅。()()()しない?」

 

「おっ?」

 

 

空を眺めていた蒼空がふと思い付いたことを口にした。梅は興味を示したように上半身を起こし蒼空を見る。

 

 

「もちろんハンデは付けるさ……梅と同じ量のマギしか使わないっていうのはどうかな?」

 

「面白そう。早速行こう!!」

 

「ふふ、梅とやるのは久しぶりだから楽しみだね」

 

 

2人は体を起こし、服についた葉っぱを振り払うと訓練場に向かって歩き出した。

 

 

 

 

「さてと、じゃあルールの再確認だ梅。チャームが手から離れたか、『参った』と言った方が負け。そして僕は梅と同等のマギしか使わない。レアスキルの使用はあり」

 

「分かってるんだぞ!!」

 

 

訓練場へと到着した2人は、お互いにチャームを手に取り向かい合っている。2階の観戦席にはこれでもかというほど生徒達が集まっていて、2人の模擬戦の注目度が高いことも窺える。

 

 

「亜羅椰ちゃーん、どうせ居るんでしょう?開始のゴングお願いね」

 

「承りましたわ」

 

 

蒼空が適当に声をかけると、観戦席から亜羅椰が飛び降りてきた。

 

 

「朝の約束、この模擬戦の後で果たしてあげるよ。一戦やった後だからハンデは十分でしょ」

 

「まあ、お言葉に甘えてさせていただきますわ蒼空様。では、双方構え!!」

 

「「ッ」」

 

 

亜羅椰がチャームを高く掲げた。

 

 

「始めッ!!」

 

「『縮地』!!」

 

「やっぱりそう来るよね!!」

 

 

亜羅椰がチャームを振り下ろし試合が開始した。梅は早速自信が持つレアスキル『縮地』を使い高速で移動し始めた。

 

レアスキルとは、リリィが扱うマギを使った能力の発現が著しい物のことをさす。レアスキルスキルは原則1人一種類と言われ、『スキラー数値』という個人のマギ保有量を測定する指標が高い者ほど、能力が高い。特に梅は『縮地』を最高レベルで保持している、実力、才能と共に優秀なリリィであると言えるだろう。

 

しかし、蒼空はその枠に収まらない。

 

 

「『縮地』使ってるのに、()()()()のおかしいんだぞ!!」

 

「見えてはないさ!!()()()()だけだよ」

 

 

蒼空の付近からガキィン!!と金属のぶつかり合う音が何度も響く。『縮地』による高速機動から繰り出される一撃は重い。それが何度もラッシュとして繰り広げられているというのに関わらず、蒼空は笑っていて、尚且つ一撃も食らっていない。

 

 

「相変わらず、読めない!!」

 

「少し趣向を変えてみよう」

 

そう蒼空が言うと、突然己のチャームを()()()()()

 

 

「正気か蒼空!?」

 

「僕は至って正気さ」

 

 

蒼空は両手の平にマギを集中させると、迫り来る大剣の背を指で押し攻撃を逸らした。

 

 

「おお!?」

 

「まだまだっ!!」

 

 

マギの節約のために『縮地』を解除した梅が少し距離を取り、チャームを銃へと変形させ蒼空に向かって発砲。無論訓練弾でありリリィである蒼空に衝撃は与えてもダメージを与えることはない。それに梅は、銃撃程度で蒼空が負傷するわけがないというベクトルがおかしい信頼で撃っている。

 

 

「やっぱり……」

 

「うわっ、冗談キツイぞ蒼空」

 

「銃弾って遅いね」

 

 

蒼空はチャームの弾を避けることなく、右腕を伸ばしタイミングを合わせ……()()()

 

 

「そこまでですわ!!」

 

 

同時に亜羅椰の声で2人が止まる。

 

 

「梅様の勝ちですわ」

 

「むっ、なんでさ亜羅椰ちゃん。まだジャブくらいしかやってないのに」

 

「蒼空様……敗北条件をお忘れですか?」

 

「えぇ?……あっ」

 

「蒼空……変な所バカだからな、私は気づいてたけど」

 

 

そう、蒼空は()()()()()()()()()()()()()()と言った。自主的にとはいえチャームを手放した蒼空は勿論模擬戦としては負けだ。

 

 

「はぁ……でも、勝った気がしないぞ……疲れた……」

 

「梅ならもうちょっとマギ残ってるでしょ?」

 

「精神的にだぞ。蒼空とやるときは常にヒヤヒヤするし。攻めに回ってこないだけ十分マシだぞ」

 

「まあ僕が攻撃すると梅やばそうだし」

 

 

蒼空は梅と話しながらチャームを拾った。

 

 

「次は私が審判をやるぞ。ルールはさっきと同じでいいよな」

 

「オッケー」

 

「お願いいたしますわ梅様。蒼空様、私は初めからフェイズトランセンデンスを使いますわ」

 

「いいねぇ、僕も少し真面目にしようかな」

 

 

亜羅椰が蒼空の向かいに立ちチャームを構えた。アステリオンという斧のようなチャームだ。

 

 

「訓練場をこわすなよー。じゃあ始め!!」

 

「『フェイズトランセンデンス』ッ!!」

 

 

開始と同時に亜羅椰が上段でチャームを構えて飛び込んできた。蒼空はニヤリと笑うとチャームを横に構えて左手で支えた。

 

 

「今の私を正面から受けきるおつもりですか!?」

 

「もちろん、言ったでしょう?胸を貸してあげるって」

 

「では遠慮なく!!」

 

 

亜羅椰がおもいきりチャームを振り切ると、大きな音を立ててチャーム同士が激突した。

 

 

「そんなッ!?お、重い!!」

 

「もっと腰入れな亜羅椰ちゃん!!僕を誰だと思ってるんだい?」

 

「くッ、おらあぁぁぁぁぁぁl!!!」

 

「楽しくなってきた……『熾天使』!!」

 

 

亜羅椰が『フェイズトランセンデンス』によって増幅された無限大化のようなマギをさらに込めると、蒼空が少しずつ押され始めた。そこで蒼空はマギを物質化させ翼を作るとチャームをブーストさせ押し返した。

 

 

「きゃあっ!?……ふふ、使わせましたわ蒼空様」

 

「うーん、危なかったよ。でも……こうなったらもう()()()()()()。今とっても楽しいから」

 

「あぁ、亜羅椰の奴……ドンマイだぞ。明日動けないだろうなぁ」

 

「そ、蒼空様……?」

 

「さあ、踊りな亜羅椰ちゃん!!」

 

 

蒼空は翼を用いて飛び上がると、地震の周りに大量のマギスフィアを展開し亜羅椰めがけて放った。

 

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

6枚の翼を広げた蒼空を見ての観客席の歓声、蒼空の笑い声、亜羅椰の悲痛な叫び。阿鼻叫喚のような訓練場は、絶妙に威力を調整していた蒼空の攻撃に壊されることなく亜羅椰のマギ切れによる気絶という形でお開きとなった。

 

 

「あっはー、楽しかった!定期的に亜羅椰ちゃんと遊ぼうかな」

 

「やめてあげろよ蒼空。あの子死ぬぞ?」

 

「冗談だよー」

 

 

 

話をしながら訓練場を後にする二人を背に目をぐるぐるまわして倒れ伏している亜羅椰は誓った。

 

 

(蒼空様に手を出すのは……命がいくつあっても足りませんわ……ガクッ)

 

「あ、亜羅椰ぁ!?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話

『ねぇ蒼空』

『どうされましたか?』

『夢結のこと、見ててあげてくれるかい?』

『え……それは、私の役目じゃ無いと、思います』

『うん、そうなんだけどね。もし僕が居なくなったら……って、どうしてそんな顔するんだよ』

『そんなことおっしゃらないでください!!私は……私は……!!』

『ありがとう。ほら、夢結は()()だからさ、意地悪できるのが蒼空だけ……ああごめんって、そんなに拗ねないでよ』

『意地悪の方向性に性格の悪さが現れてますよ』

『あはは、言うねぇ蒼空。うん、確かに僕は性格が良く無いね。君にだって、罪悪感なしでこんなこと出来るんだから』

『ッ!?』

『ごめん、蒼空』

『美鈴様……』


3話

 

 

「…………最悪な寝起きだよ全く。あーあー、しかも自主練の時間過ぎてるし」

 

 

亜羅椰をイジメた翌日、蒼空は久しぶりに見た夢で気分悪く目が覚めてしまった。

 

 

「おはようだぞ寝坊助。そんなお前にビッグニュース、聞く?」

 

「おはよう、ちょっと今気分悪いから後でもいい?」

 

「夢結がシュッツエンゲルの契りを結んでたんだけど後にするか?」

 

「………は!?あいたっ!!」

 

 

思わずベッドから飛び起きた蒼空、しかし彼女は2段ベッドの下。思い切り頭をぶつけてしまった。

 

 

「じょ、冗談はよくないよ梅、あの夢結が今さら他人となんて」

 

 

重い痛みが響く頭を抑え、涙目になりながらも梅に反論する。

 

 

「冗談じゃない!!今だって夢結と梨璃がお茶してるし」

 

「リリィ…?そりゃ、一年生ならリリィでしょ」

 

「違う()()、一柳梨璃。ほら、入学式の日に夢結と一緒に出撃してたピンク髪の一年」

 

「あー…あの子か」

 

 

蒼空の脳裏に浮かぶ1人の少女、入学式の日に遅れてやってきた生徒の1人。そして翌日の週刊リリィ新聞に載っていたりもした。

 

 

「あの見るからに初心者そうな子がねぇ……」

 

「見に行ってみるか?」

 

「うーん、うん。夢結だと心配だからね……シルトに自分がシュッツエンゲルになるってことがどう言うことか思い知らせてやる、とか考えそう」

 

「流石の夢結もそこまで……あるかもな」

 

「行こう。シルトの子が心配だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢結様への信頼が無さすぎませんですこと?」

 

「いやいや、これも信頼の裏返しさ。悪い意味だけどね」

 

 

速攻で制服へと着替えた蒼空は梅に連れられテラスへとやってきた。夢結と梨璃に見つからないように移動した2人は、見知った顔がいる事に気づき事情を話して同席したのだ。

 

1人は今尚鼻を押さえて鼻血を抑えている二川二水、そしてもう1人は蒼空が昨日の今朝に見た楓・J・ヌーベルだ。

 

 

「それで、どちら様ですの?」

 

「ヌーベルさん知らないんですか!?このお方こそ、百合ヶ丘学園始まって以来の最強のリリィ『熾天使』こと天宮蒼空様ですよ!!」

 

「……あの熾天使様ですの……?」

 

「まあ巷で熾天使って呼ばれてるリリィなら僕の事だね。それでこっちが」

 

「吉村・Thi・梅、2年生だぞ」

 

二水からの情報で一瞬目をかっ開きながら蒼空を見た楓だが、すぐに調子を整えると礼儀正しく言った。

 

 

「楓・J・ヌーベルと申しますわ蒼空様、梅様。以後お見知り置きを」

 

「楓ちゃんだね。ああ、二水ちゃんは一昨日ぶり〜」

 

「はわっ!?蒼空様が私の事を〜!!」

 

「皆元気だな!」

 

 

女の子座りで双眼鏡を手にしている楓、鼻血を抑え続ける二水、ソファの上で胡座をかいている梅、その後ろで二水の頭を撫でながら笑っている蒼空という状況だ。

 

 

「で、あの子が夢結のシルトかい?」

 

「ええ、一柳梨璃さんですわ」

 

「なんかトロトロに溶けた顔してるねぇ、対照的に夢結は硬い表情してる。あれじゃシュッツエンゲルの契りを交わした様には見えないけども、それにしてもねぇ梅?」

 

「ああ」

 

「「あの夢結がなぁ……」」

 

 

二水と楓がしみじみとした呟きを溢した2人を見つめる。蒼空と梅は夢結を見つめながら、成長した娘を見る親の様な表情だ。

 

 

そして放課後になり、学園に鐘の音が鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ天葉、ノインヴェルトを使うほどの相手でも無かったんじゃないのかい?」

 

「蒼空が見ているのに、適当はことは出来ないよ」

 

 

場所は変わって、訓練場。本日襲来したヒュージを撃滅したレギオン『アールヴヘイム』所属の2年生、天野天葉を連れた蒼空は今まさにシルトに戦闘訓練をしているシュッツエンゲルを見にきていた。

天葉が言った『蒼空が見ている』というのは今回はアールヴヘイムの戦闘を蒼空が見学していた、という事だ。蒼空はリリィの戦闘を良く見学する事がある。

 

 

「で、面白いものを見せてくれるって言ってたけど何なの?」

 

「ん〜?夢結のシルトかな」

 

「あの噂、本当だったんだ」

 

 

ガキィンッ!!とチャーム同士がぶつかる音が聞こえてくる。

 

「あうっ……!!」

 

「夢結、あんなの……!!」

 

「まあまあ、見てなって。あれが夢結の教育方針らしいよ」

 

 

未だマギをチャームに込めることすらままならない梨璃に夢結がマギを込めたチャームで斬りかかる。どちらのチャームが強いかは一目瞭然、鈍く重い衝撃が梨璃を襲った。

 

それに対し天葉は苦々しい表情で見ていた。天葉も自分のシルトを持つシュッツエンゲルだからこそ、夢結の暴力的な指導を見ていられないのだ。

 

 

「美鈴様の事があってから、夢結は必要以上に人に対して冷たい。それにしたって、シルトの子にあんなことを……」

 

()()()、っていうのもあるだろうさ。まあ僕には見ていることしか出来ないけどね」

 

「蒼空、まさか貴女、全部知ってるの?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

 

 

怒った様な視線を送る天葉に、蒼空は笑って返す。それは一種の余裕でもあった。

 

 

「でも僕は伝えない。何故かって?決まっているだろう、これは僕なりの意地悪だからね」

 

「何を言って……ッ!?」

 

 

刹那、蒼空から発せられたオーラ……殺気とまでも言える様な重圧が天葉にのしかかる。

 

 

「もちろん夢結の事は信頼してるし、嫌いじゃない。だって大好きだもの。でも関係ない。僕はあくまで『熾天使』、()()()()と願われたのなら()()()()。でも手は差し伸べない。もちろん、行きすぎたら介入するさ。()()()()()()()

 

「夢結が、行きすぎたとでも言いたいの?」

 

「いやぁ?夢結に関しては()()()()()()にも立ててないからね〜。ああ大丈夫、君達には危害は及ばないし及ばせないから、『熾天使』の名にかけてね」

 

「じゃあなんで私にこんな話を……って、一つしかないか」

 

「物分かりが良くて助かるよ天葉。頭撫で撫でしてあげよう」

 

「魅力的だけど遠慮しとくわ。ウチのシルトに嫉妬されちゃう」

 

 

天葉が視線を訓練場入口へと向け、蒼空もそれに続く。どうやらアールヴヘイムのメンバーが天葉を迎えに来たらしい。

 

 

「おや、少し独占し過ぎちゃったかな。話はこれで終わり、可愛がってあげなよ。仕事終わりに気まずい話なんかしてごめん」

 

「気にしてないよ。それでは、ごきげんよう」

 

 

いつのまにやら蒼空からの殺気が消えていたことに気づいた天葉は、いつもどうりな蒼空に苦笑しながら挨拶して観客席から降りていった。

 

 

「言い方が悪いぞ蒼空」

 

「……仕方ないじゃん」

 

 

虚空から響く梅の声。蒼空が左手で指を鳴らすと、スッと梅が蒼空後ろに現れた。お気に入りの光の屈折云々である。

 

 

「こんな言い方しか出来ないし、特に罪悪感も感じないクズな僕のこと嫌いになった?」

 

「全然。だって蒼空は嘘ついてるわけじゃないだろ?」

 

「言ってない事はあるけどね」

 

「だったら良いんだ。蒼空は言うべき事と言わないべき事の区別も付けてるし、他人を想って行動できる奴だって皆知ってる。天葉だって、あんまり聞かずに引いてくれたしな〜」

 

「うん、本当に良い人。怒ってたのはそう()()()()。きっとアールヴヘイムの子達に僕と天葉が仲違いしてるって思わせてくれてるんだと思う。巻き込ませないために」

 

「私はみんなの事が大好きだからな!蒼空の事だってもちろん大好きだぞ!!」

 

「おお〜照れるねぇ〜」

 

 

蒼空は、梅の良く聞くフレーズに少し照れたのか目を逸らし頭を掻いた。そしてもう一度夢結の方を見ると、いつもの様にではなく薄らと悲しそうに笑った。

 

 

(夢結はきっと、僕が夢結の事を恨んでると思ってるだろうね。それすらも、仕組まれたものとは知らずに。さて……梅と天葉への根回しはオッケー、次は……百由だ)




週刊リリィ新聞記事一部抜粋

高等部一年生遠藤亜羅椰氏が最近おとなしいと話題に。本人に直撃インタビューを行った!!

「人聞きが悪過ぎますわ。食っちまいますわよ!?」

※記者は無事だった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話

4話

 

 

「却下よ」

 

「ええ!?なんでさ」

 

 

2人の少女の声が聞こえる。百由と蒼空の2人が百由の工廠で話をしているのだ。

 

 

「私に友達を売れって言ってるのと変わらないでしょ。だめったらだめよ」

 

「……まあ仕方ないか。変なこと言ってすまないね」

 

「グラトニー触らせてくれるなら許してあげてもいいわよ」

 

「おっとと、それだけは勘弁しておくれよ」

 

 

百由は自作のグングニルにマギを込めながら、壁に立てかけてある蒼空のグラトニーを一瞥した。

 

 

「見た目はただの第一世代なのにねぇ…」

 

「いやいや、性能的には第一世代そのものさ。僕がマギでコーティングしてるからすごく見えるだけでね」

 

「マギに直接干渉できる蒼空自身がおかしいものね」

 

「え、今僕をけなす必要なかったよね?」

 

 

あはは、と百由は笑いながら蒼空の問いには答えなかった。

 

 

「ねぇ、蒼空」

 

「うん?」

 

「夢結のこと泣かせたら、許さないから」

 

「君らしくないけど、君らしいね」

 

 

急に百由は真剣な表情になり、グングニルにマギを込めて蒼空へと切先を向けた。蒼空は薄ら笑いを浮かべながら切先と真正面に向き合い、右手で刃を握った。

 

 

「ちょっと、貴女何やって……ッ!?」

 

 

刃は刃だ。蒼空の手のひらは切れて大量の血が流れる。

 

 

「ごめん、約束できない。でも……頑張る。『熾天使』の名に誓うよ」

 

 

蒼空は輝くマギを器用に操り、どうやってか手のひらの傷を治療し、流れた血液を全て消した。

 

 

「……はぁ、頑固なところは、あの頃から2人ともそっくりね」

 

「君には特別迷惑をかけてる自覚はあるよ。口調然り、態度然り……でも」

 

「分かってるわよ。私だって、()()には何も思わなかったワケないし。ただね蒼空、後悔だけはしちゃダメ。貴女は特に溜め込みやすいし……ちゃんと相談しなさい!」

 

「あはは、母親みたいだね百由。うん、ありがとう。じゃあ僕はこれで失礼するよ。ごきげんよう」

 

 

そう言って蒼空は百由の工房を後にした。

 

 

「ありゃダメね……近いうちに絶対なんかやらかすわ」

 

 

 

 

 

 

「おお、やってるね」

 

 

現在、百合ヶ丘へとやってきたヒュージを迎え撃っている生徒を眺めている蒼空は空中で待機している。レストアと聞いて一応警戒体制を取っているのだ。しかも今回の討伐メンバーはレギオンに入っていない個人の寄せ集め。夢結や梅と言ったエース級がいるとは言え連携には期待できない。

 

 

「わぁ、すごいなあのレストア。歴戦個体って言ってもおかしくないね。あれでアルトラ級だったら僕も多少苦戦したんだろうけど……いや、アルトラ級のレストアなんて存在するわけないか。それにしても、どれほどリリィを殺せばああなるのかな」

 

 

レストアとは、戦いの果てに故障したヒュージがアルトラ級が作るヒュージネスト……ヒュージの巣に帰って修復した個体のこと。ネストを作ったアルトラ級は自分から動かないため余計にアルトラ級のレストア個体はあり得ないのだ。

 

 

「おっ?夢結が突っ込んだ……うっわぁ、凄い数のチャーム……ッ!!」

 

 

レストア固体に突き刺さっているチャームに若干引き気味だった蒼空だが、その後すぐに焦り始めた。

 

 

「……本部に通達、ルナティックトランサー持ちのリリィが暴走を始めたため緊急出動をする。おいでグラトニー。『熾天使』」

 

 

マッハ弱の速度で海面まで急降下した蒼空の周囲が大きく波打った。

 

 

「夢結ッ……」

 

「蒼空か!!梨璃が夢結のところに走っていった!!助けてやってくれ!!」

 

「なんだって?分かった」

 

 

蒼空の頭の中で、ピンク髪の明るい一年生の姿が思い出される。

 

 

(あの状態の夢結の危険度を一年生が知るわけないかっ……それにしても、慕われてるね夢結)

 

 

内心、夢結を好いてくれる人物が居たことを嬉しく思う蒼空だがすぐに意識を切り替え梨璃の救出を最優先目標とした。

 

 

「ミサイル?あははっ、近代的だね」

 

 

レストアから放たれたミサイルのような攻撃を笑いながら撃ち落とした蒼空はさらに加速し頭上まで到達した。

 

 

「夢結、文句は後で聞くよ」

 

 

瞬時にマギを練り上げて鎖状にすると夢結を拘束。暴走していても拘束状態であれば動けることはできず、他のリリィに危害を加えることは無い。ヒュージに乗っかっている事が問題だが夢結なら問題ないと判断し次は梨璃の救助だ。

 

 

「そ、蒼空様、夢結様を離してください!!」

 

「へぇ、何故だい?今の夢結は敵味方の判別がつかずシュッツエンゲルの契りを結んだ君でさえ攻撃しかねない。夢結もそれを望んでないよ」

 

 

夢結と梨璃の中間に立つように蒼空は陣取っている。そのため梨璃は夢結に近づく事ができていない。余談だがここまで悠長に会話できているのは蒼空がマギを力場として形成しレストアを完全に固定しているためだ。

 

 

「私が夢結様のシルトだから……です!!」

 

「…………ふぅん」

 

 

【あの……夢結さん、どうしてお姉様のためにそこまでするのですか?お役に立ちたい気持ちは分かりますけど何も無理してまでなんて……お姉様も……】

 

【私が美鈴様のシルトだからよ。それ以外に理由は無いわ】

 

 

「…………見ないで」

 

「ッ、夢結様……!!」

 

「やばっ、無意識で緩めてた……うわっ!?」

 

 

バキンッとマギの鎖での拘束を破った夢結が蒼空を突き飛ばすと、己のチャームを梨璃へと向けた。

 

 

「梨璃ちゃんッ!!」

 

 

間に合う……!!そう思った蒼空がグラトニーを構えた瞬間

 

 

「夢結様ー!!」

 

 

梨璃がマギを込めたチャームを夢結のチャームにぶつけた。すると一瞬光り夢結が正気に戻った。

 

 

「……ウソでしょ。あの子のレアスキル……それは運命的すぎるじゃないか……まさかッ」

 

 

蒼空は想定外の事態にバランスを保つ事を忘れ地上で着地した。そのまま呆然とし思わずグラトニーを落としてしまう。そして考えること数秒、何かに気づいた蒼空は目を見開きヒュージが到来した海を見つめていた。

 

 

そして蒼空が正気に戻った時には、レストア個体は爆散しており戦闘が終わったという事を知った。

 

 

「ああ、なんだ…………夢結はもう、僕が居なくても大丈夫なんだね」

 

 

蒼空の視線の先には、お互いに抱き合い優しい表情を浮かべている梨璃と夢結、そしてそんな2人を笑いながら眺めている多くのリリィの姿があった。蒼空は優しげな、しかし悲しげな表情をした後、真顔になりイヤーカフスに手を添えた。

 

 

「本部へ伝達。ヒュージとの戦闘終了、ヒュージはレストア個体であり多くのリリィのチャームを所持していた。速やかに全てのチャームを回収し身元の確認にあたる……」

 

 

一方的にそう告げると通信を切り意識を切り替えた。

 

 

「……このアステリオンは僕がサイン書いてあげた……こっちの、シャルルマーニュは……私に憧れて第一世代ばっかり使ってた、2つ下の……、この、グラムは………………そっか、頑張ったんだね」

 

 

回収していくチャームの中には、蒼空が関わった事があるリリィの物もあった。

 

 

「おーいたいた。そーらー」

 

「…………梅」

 

「さっきはどうしたー蒼空。らしくもなく夢結に吹き飛ばされたりして、熾天使の名がな、く………ああ」

 

 

合流してきた梅が蒼空にいつも通り話しかけるが、なにやら蒼空の様子がおかしいことに気づく。そしてその背後にあるチャームを見て、何があったのか気づいた。

 

 

「ねぇ……この子、覚えてる?わ、たしに憧れて……チャームに、サイン……書いてほしいって……いつか、わたしといっしょに……たた、かい……」

 

「蒼空、後は私に任せて部屋で休んでろ」

 

「……いやだ」

 

「一人称が崩れてるんだぞ。今の蒼空を他のリリィが見たら幻滅されるぞ?」

 

「…………梅、ひとつ教えてよ」

 

「なんだ?」

 

「この世界で悪いのはさ、ヒュージ?それともリリィに戦いを強いる人間?」

 

「ヒュージだ」

 

「ッ」

 

「組織にいるんだ。こう言うしかないのは蒼空も分かってるだろ?」

 

「…………うん」

 

 

 

蒼空は頷くと、梅は蒼空の背中を摩り一度強く抱きしめた。

 

 

「大丈夫、私は蒼空の味方だぞ」

 

「ダメだよ……梅は皆の味方だ」

 

「皆の味方だから蒼空の味方でもある」

 

「屁理屈じゃん」

 

「屁理屈でも蒼空嬉しいだろ」

 

「……はぁ、梅には敵わないや。ありがと、落ち着いた」

 

 

しばらくしてから蒼空は立ち上がると、いつも通りの笑みを浮かべた。

 

 

「墓地に行ってくる」

 

「いつもは夜に行くのに、珍しいな?」

 

「ちょっとね。じゃあ、また後で」

 

「おう!!」

 

 

ニカっと笑う梅に苦笑しながら蒼空は『熾天使』を展開し羽ばたいていった。

 

 

「…………ありゃそろそろ爆発するなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「お姉様……」

 

 

墓地へとやってきた蒼空は、『川添美鈴』と書かれた石碑の前までやってきた。

 

 

「夢結はもう、お姉様や私が気にかけなくても大丈夫みたいです。シルトが出来てて、お姉様と夢結の関係に似てました。それで……そのシルトの子……もしかしたら貴方と同じ……いえ、確証がないことは言いません。でも、もしそうだとしたら……あの子は……ッ」

 

 

石碑の前で語りかけていた蒼空が何かに気づいた。すぐに指を鳴らし光の反射を操作して姿を隠す。少しして数人の足音が聞こえてくると同じく話し声も聞こえてきた。梨璃と夢結の声だ。

 

 

(私の話はそろそろ飽きましたよね……2人のこと、見守ってあげてください)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話

5話

 

 

「レギオンねー……」

 

 

翌日、精神的な疲れからぐっすり眠り体調も戻った蒼空は書類上だけでなく心の底からシュッツエンゲルとなった2人の観察をしていた。ちなみに梅はどこかで昼寝しているものと思われる。

 

 

「もし、梨璃ちゃんが本当に()()なら多分順調にメンバーが集まるだろうね」

 

「余計なお節介よ、蒼空」

 

「うえっ!?……夢結、いつのまに。あれ梨璃ちゃんは?」

 

「レギオンのメンバーを探しにいったわ。なぜか私のレギオンと勘違いしているようだけど……」

 

 

ぶつぶつと独り言を呟いていた蒼空の横にいつのまにか現れた夢結は愚痴のようにため息をついた。

 

 

「…………」

 

「どうしたの蒼空?」

 

 

何も言わない蒼空を不審に思った夢結が蒼空を見ると、口を開けて夢結を見つめていた。

 

 

「ああ、いやごめん。なんか、あの頃みたいに話しかけてくれるの久しぶりで……」

 

「……それについては悪かったわ」

 

「へ?」

 

「私が、勝手に貴方を避けていた……突き放していたから。貴方は、私の事……恨んでるだろうし……」

 

 

蒼空は夢結の自分に対するイメージが当たっていたことに内心苦笑した。

 

 

「まあ、何も思っちゃいないって言ったら嘘だけどさ」

 

「ッ」

 

 

夢結の紅茶を飲む手が止まった。表情に影を落とした夢結は蒼空の言葉の続きが気になると同時に聞きたくはないとも感じている。

 

 

「夢結、ひとつだけ覚えておいて。……私は貴方が加害者だとは微塵も思ってません」

 

「ッ!!なん、でっ……」

 

「親友ですから」

 

 

昔の口調で夢結に微笑みかけた蒼空は椅子から立ち上がると夢結に背を向けた。

 

 

「シルトの事、ちゃんと見てあげなよ」

 

「待って、まだ話が……」

 

「ごめん、これから理事長室に行かなきゃ」

 

「…………そう、ごめんなさい」

 

 

しゅんとしている夢結の声に蒼空は足を止めて振り返る。

 

 

「もう、仕方ないなぁ夢結は。今生の別れでもないし連絡なら携帯あるでしょ?あんまりメールとか電話が好きじゃないのも分かるけど、いつも直接話ができるわけじゃないんだから」

 

「うっ……そうね。忘れていたわ」

 

「ならよし、じゃあげきげんよう夢結」

 

「……ごきげんよう」

 

 

そして今度こそ背を向けると、ひらひらと手を振って立ち去った。

 

 

「蒼空、口調が変わっても本質は変わってなくて安心したわ」

 

 

 

 

 

 

 

「で、僕を呼び出すなんて何の用事かな?」

 

 

ところ変わって理事長室。部屋の大きさの割に壮年の男性である理事長のいる机と3人ほどが座る事ができる程度のソファしかないこの部屋に蒼空はいた。

 

 

「最近レストア個体のヒュージが多く確認されているのは知っているだろう?」

 

「ああ、昨日のヒュージもそうだったねぇ」

 

「君の見解を聞かせてほしい」

 

「ネストに異変があった」

 

「っ!!それは……」

 

 

予想外の蒼空の発言に理事長が驚く。

 

 

「レストアはネストに帰って修復されてまた出てくる。だとしたらこの近くにあるあのネストで今までとは違う事をしているとしか思えないよ」

 

「なるほど……しかし、それでは確かめようもないというわけか」

 

「僕以外は実力的に不可能。なにより僕も防衛軍の在籍で行動は制限されているからね。まあ実質無理なのと同義だよ」

 

「ふむ……」

 

 

理事長は考え込む様に俯き数分の静寂が訪れた。蒼空はといえば理事長に出してもらったコーヒーを飲んでおり普段より幾分か機嫌がいい。

 

 

「静観で良いと思うよ?」

 

「何故だね?」

 

「こっちから攻め入って、異変を起こしてるネストのボスのアルトラ級が焦って余計なことをしないとは限らないしさ。なによりも僕がいる。百合ヶ丘への攻撃なら僕が学園にいる限り問題は無いからね」

 

 

余裕そうな表情でしかし安心せてくれるような声音で理事長へ言った蒼空。

 

 

「いつも、君への負担が大きいことを申し訳なく思っている」

 

「あはは、慣れてるから。こっちからもひとつ聞いていいかな?」

 

「勿論だとも」

 

 

とりあえずの話し合いが終了したのでここからはただの雑談だ。それをわざわざ許可を取るほどの質問としているあたり、何か重大な案件であると理事長は考えた。

 

 

「僕はもう人間に愛想尽かすつもりでいるんだけど、貴方はどちら側につくんだい?」

 

「なっ……」

 

 

理事長は大きく目を見開き呆気に取られた。

 

 

「天宮君、その言い方は……聞かなかったことにしよう」

 

「いいやダメだね。ちゃんと答えてほしい。貴方はどちらだ?」

 

「…………答えることは出来ない。これが答えだ」

 

「ふぅん……」

 

 

理事長としての立場から素直にリリィ側につくとは言い難い。しかし表立って人間側を名乗るにはそこまで思いがない。しかしなにより理事長が驚いているのは蒼空がリリィと人間を区別する発言したからだ。

 

 

「僕がどれくらい殺したか聞いてるっけ?」

 

「G.E.H.E.N.Aの研究員296人、政府要人9人と聞いている」

 

「今更10人程度殺したところで変わらないと思わない?」

 

「リリィと人間の戦争が起こるとは考えなかったのか?」

 

「起こるわけないじゃん。そのためのヒュージだからね」

 

「なに?」

 

「僕がその気になればこの星のすべてのヒュージを殲滅することくらい容易い。それにもかかわらずそうしないのは何故か?簡単な話さ、人間がそれを恐れているからだよ」

 

 

両腕を大きく広げ、大きな声で語る蒼空に理事長はそれでも冷静な表情で話を聞いている。

 

 

「ヒュージとの戦いが終われば次は国家同士、もしくはリリィと人間の戦争さ。分かってるでしょ?」

 

「…………」

 

「でも正確にリリィと人間で分かれることはないんだ。理事長の様にリリィ派の人間は多数いる。そしてチャームメーカー、リリィの武器を作ることで利益を得ている連中が取る選択肢は2択。リリィ側につきチャームを作る代わりに命の保障をしてもらう、もしくは対リリィ用の兵器を作り全面戦争の立役者となるか。彼らにはどのみち死の商人となるしか道はないのだけどね。

ああ、安心してくれよ。グランギニョルは確実にリリィ側の……百合ヶ丘の味方となるよ。総帥の可愛い娘がうちのリリィだからね。チャームの供給が一切絶たれる事はない。

そして僕は間引くヒュージの量を調整している。僕だけじゃなくて僕に()()()()ついてきてくれる防衛軍の人達と一緒にね」

 

 

蒼空の言うグランギニョル社総帥の1人娘とは梨璃や夢結が作るレギオンのメンバーとなる楓・J・ヌーベルの事だ。今まで人まで見せたことがないような狂気とその考え方を目の当たりにした理事長は、口に出す言葉をしっかり吟味したあと、低い声で言う。

 

 

「天宮君は少し、先を見過ぎなのではないか?」

 

「先を見ずに今や過去に固執するよりマシなんじゃない?」

 

「…………あの件のことはもう良いのかね?」

 

「良くはない。でも……そろそろ、僕も踏ん切りつけなきゃいけないからさ」

 

「そうか」

 

 

ふっ、と理事長は笑みを浮かべる。内容はともあれ理事長として、リリィが精神的に前へ進もうとしているのは嬉しいものであるからだ。

 

 

「とにかく、僕はこれ以上自己保身にしか興味のないクズどもに協力する義理はないんだよ。それだけ留意してもらえると助かるね」

 

「……留意は、しておこう」

 

「それと、退学届も貰っておくよ」

 

「何?」

 

「リリィの不利になる事はしたくないからね」

 

「…………分かった」

 

 

理事長は渋々、机の引き出しから一枚の書類を取り出すと蒼空に手渡した。

 

 

「まいど〜、それじゃあ要件はもういいね?」

 

「ああ、時間をとらせてすまなかった」

 

「いやいや、僕もかなり言ったからさ。おあいこって事で」

 

「……君が敵でなくて本当に良かった」

 

「僕が誰の味方で、誰の敵か決めるのは僕自身さ」

 

 

そう言うと蒼空は上機嫌に理事長室から退室した。

 

 

「やぁ、ごきげんよう御三方」

 

「「「ごきげんよう」」」

 

 

百合ヶ丘が誇る3人の生徒会長が蒼空とすれ違った。

 

 

「珍しいわね、貴方が理事長室に居ただなんて」

 

「ああ、ちょっと呼ばれてね。まあ他愛もない雑談さ」

 

「貴方ねぇ……」

 

 

理事長との会話を雑談と称するのはこの学園では蒼空くらいだろう。3人は引き攣った笑いをしてそのまま別れた。

 

 

「さてと……お?」

 

 

寮の部屋に戻る所で、ふと窓から外を眺めると梅が木の下で昼寝をしていた。なぜか野良猫も梅のお腹の上に乗っておりそれを金髪の生徒が眺めている。

 

 

「確か、ブーステッドの子だったかな。良い学園生活を送れている様でなにより。そう思わないかい?グラトニー」

 

 

ブーステッドリリィ、リリィ研究をメインで行なっているG.E.H.E.N.Aという組織が公にはせず秘密の研究として人工的にリリィの能力を向上させる事をやっている。しかしこれは非合法のものであり、研究というより改造と呼ぶ方がふさわしい内容だ。余談だが百合ヶ丘ではブーステッドリリィの保護を行っておりその性質から反G.E.H.E.N.A派の代表とも言われている。

 

蒼空がそう問いかけると、一瞬だけ蒼空の()()からグラトニーの顔面が現れ蒼空と目を合わせ、そのまま不満げに鼻を鳴らすと元の右手に戻った。

 

 

「全く……まあそうじゃないと名付けた甲斐がないってもんさ」

 

 

蒼空はそう呟くと梅に合流するために階段へと向かう。途中すれ違う生徒に色んな感情を向けられたがいつも通りの紳士的な態度で接すると余計に悲鳴や歓声が湧く。内心苦笑しながらもささっと歩いていた。しかし、

 

 

ビービービー

 

 

「‥‥うわぁ、タイミングわるっ」

 

 

防衛軍からの緊急通信が入った。左耳のインカムに手を当てて通信を開始する。

 

 

「はいはーい。熾天使だよ」

 

『ポイント257ではぐれのギガント級ヒュージ3体を確認。急行されたし』

 

「了解。『熾天使』、グラトニー」

 

 

すぐに臨戦態勢をとり飛ぶ。

 

 

「メールだけして……っと。よし、それじゃ食事の時間といこうか」

 

 

ニヤリと蒼空が微笑むと、楽しみなのかグラトニーも震えている。

 

 

その後トップスピードで現場に駆けつけた蒼空の戦いは、高純度のマギでヒュージの抵抗を許さず押しつぶしたのだった。

 

 

「この間のアルトラ級の分、補給出来てよかった……」

 

 

蒼空はとある事情でヒュージ等の外側からマギを補給しなくてはならない。これは『熾天使』として知られる蒼空の中でもトップシークレットであり、軍の人間以外リリィでさえ知らない。

 

 

「『熾天使』の正体が実はヒュージを喰らい負のマギを我がものとする『堕天使』だなんて……演劇でだってみないような夢物語だろうね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話




「やぁ、親愛なる同志達。今日は集まってくれて本当に感謝しているよ」

「そして謝罪しよう。今日この場に実際に顔を出せなかったこともね」

「最近ヒュージの動きがきな臭いのは皆も知っての通り。各々の研鑽には拍手を送りたい」

「しかし!!不遜にも背信的な輩が何やら裏でこそこそしているらしい」

「聞きたくもない命令で無駄な日々を過ごしていることだろう。僕の不徳の致すところだよ」

「まだその時じゃない。だけども刻々と近づいてきてはいるんだ」

「熾天使在る場所エデンとなり、エデン在る場所熾天使現れる」

「これが4thステップの計画だ。しっかり読み込んでくれたまえ」

「この動画は資料読了後30秒で削除される」


「親愛なる同志達よ……検討を祈る」


6話

 

 

「G.E.H.E.N.Aの連中の研究所……やっと見つけた」

 

 

時が経ち6月、蒼空は自身が進めている計画に確かな進捗を見出し自室で悪い笑みを浮かべていた。もちろん梅は居ない。

 

 

「どうやって殺してやろうかな……『極光』でも落とす?グラトニーに食わせる?それとも……四方にケイブでも出してやろうか…………御前を出すには舞台がちゃっちいなぁ」

 

 

単体戦力世界最強である蒼空だが、手札が自分しかないわけではない。しかし簡単に表に出していいものもそう多くはないのだ。扱いにくい者が多い、というのもあるが。

 

 

コンコン

 

 

「ッ……どちら様?」

 

『蒼空、私よ』

 

「夢結?どうぞー」

 

 

夢結だとわかるや否や蒼空はいそいそと机に並べていたものを金庫へとしまう。誰にも見られてはいけない、夢結には特に見せてはいけない書類である。

 

 

「ごきげんよう蒼空、突然ごめんなさい」

 

「何言ってるの。僕らの仲じゃないか、遠慮なんていらないだろう?」

 

「ふふっ……そうね。ありがとう」

 

 

蒼空の言葉に夢結は少し気恥ずかしくなりながらもしっかりと礼を言う。先日の一件で無事仲直りをした2人は、梨璃の居ない場所では昔のように仲睦まじい姉妹のような付き合いだ。

 

梨璃が居ない、と限定するのは無意識ながらに蒼空が避けているからである。

 

 

「それで何の用事かな?」

 

「ええっと、贈り物をしたい人がいるのだけど……」

 

「ああ、梨璃ちゃんね」

 

「……どうして皆すぐ分かるのかしら」

 

「夢結が分かりやすい……っていうか、夢結が誰かにプレゼントだなんて1人しか居ないよ。それに誕生日だもんねー」

 

「知ってるのね」

 

「夢結のシルトだもん、少しは調べるよ」

 

 

懐疑、驚愕、嫉妬、不愉快と少しずつ変わっていく夢結の感情を感じながら、蒼空は内心で感情豊かになってきたその変化を嬉しく思っていた。

 

 

「そう、なら話が早いわ。蒼空の前にもいろんな人に話を聞いたのだけれど……梨璃のプレゼントにラムネを送ろうかと思っているの」

 

「えぇ!?」

 

「ど、どうしたの、ラムネ……やっぱりダメだったかしら……?」

 

「くぅ〜……僕に1番に相談して欲しかったなぁ……親友、だろ?」

 

「……蒼空、揶揄ってる?」

 

「あははっ、バレた?」

 

 

蒼空は嘘がバレた子供のように無邪気に、しかし口元を隠して生来の上品さを保ちつつ笑う。

 

 

「ラムネに関しては良いと思うよ、彼女の好物らしいからねぇ」

 

()()()()?」

 

「さぁてね。他人の意見ばっかりのプレゼントでほんとに梨璃ちゃんは喜んでくれるかなぁ」

 

「ッ!!!!た、たしかに……そうね。えぇ、自分で考えることを諦めてたかもしれないわ」

 

「あっはは、真面目に考えすぎだよ。ほら、少し肩の力抜いて」

 

「何をっ……」

 

 

蒼空は苦笑しながら人差し指を夢結の額に当て新しく練ったマギを少しだけ送った。

 

 

「暖かいわ。うん、落ち着いたかも」

 

「それならよかった。梅が最近やけにトレーニングにお熱でね。寝てる間にちょちょいとさ」

 

「へぇ……そうなの、便利ね」

 

 

ふふん、と少しドヤ顔な蒼空に夢結は懐かしい気分になる。2人の姉とも言える美鈴に対して、蒼空はよくこういう表情を見せていたからだ。

 

 

「まあ僕からのアドバイスは大きく3つかな。1つ目、夢結が梨璃ちゃんのために送るということを意識すること」

 

「えぇ」

 

 

今しがた蒼空に言われたことだ。納得の表情で夢結は頷く。

 

 

「2つ目、もっと早くから用意しろお馬鹿さん」

 

「うぅ…!!」

 

 

心にクリティカルヒットしたらしい、ずっと考えていたことだ。そもそもシルトの誕生日を1日前に知るという愚行、聡明な夢結ならするはずがないと思っていた蒼空は少し呆れていたため強めの口調だ。

 

 

「3つ目、はぁ……本当はこれ言いたくないんだけどなぁ……言わなくていい?」

 

「そこまで焦らしたら言いなさい」

 

「僕や夢結の誕生日の時、美鈴様……何してくれたっけなー?あっ、じゃあ僕亜羅椰イジメてくるから。ごっきげっんよー」

 

 

あっははー、と台風のように部屋を出ていった蒼空。最後の言葉が少し不穏だが夢結にはほぼ聞こえていない。

 

 

「はぁッ、ちょっと、蒼空!?……全く、鍵は誰がかけるのよ……」

 

 

夢結の悩みは杞憂で、玄関前に予備の鍵が置いてあった。『合鍵あげる♡』のメモ書き付きでだ。

 

 

「自由なところだけ、美鈴様に似ちゃって……もう、ふふっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

『誕生日おめでとう蒼空。この指輪、君にために選んだんだ。よかったらつけてくれないかな?』

 

『今日は僕が蒼空に尽くしてあげる。何して欲しい?』

 

『一緒にいて欲しい?あはは……うん、最近は夢結に構ってばかりだったからね。いいよ、じゃあこの後……デートと洒落込もうじゃないか』

 

『君に出会えたあの日に……乾杯』

 

『おいで蒼空、存分に甘えいいよ』

 

 

 

「……なんで僕、美鈴様の誕生日、夢結に譲っちゃったのかなー。ははっ……なんて、後悔しても今更なのに」

 

 

夢結との会話を無理やり切って蒼空は墓地にやってきていた。最近はここに来る頻度が高くなっていることを自覚しながらも止めることはない、できない。

 

 

「……………………また、来ます」

 

「蒼空、様……?」

 

「ッ……あぁ、梨璃ちゃんかい。ごきげんよう」

 

 

黙祷を捧げ挨拶をしてから立ちあがろうとしたその時、後ろから声が聞こえた。今日の状況を鑑みるに夢結のことを探しているのだろう。

 

 

「夢結様を見ませんでしたか?」

 

「さっきまで僕の部屋に居たよ。多分外に出かけたんじゃないかな」

 

「ええーー!!うぅ……せっかく夢結様と過ごせるチャンスだったのに……」

 

「あはは……まあ門限には帰ってくるさ」

 

 

蒼空は梨璃に気づかれないように対リリィ用のマギを全身に纏わせる。梨璃のレアスキル(正確には違うのだが)カリスマを警戒してのことだ。まだ出力調整どころか、スキル発現の自覚すらないであろう彼女は無意識で常日頃からカリスマを使用している。

 

そして何より、そもそも蒼空とカリスマ持ちは相性が最悪に悪いのだ。カリスマとは邪悪なマギから身を守る浄化のスキル、というのが一般的な見解である。そして蒼空のマギは殲滅したヒュージから奪った負のマギをリリィ用に正のマギへと変換することなくそのまま使用している。蒼空のマギはそもそもヒュージ由来のものなので反発が当たり前なのだ。

 

 

「二水ちゃんとか楓さんは偶にお会いするって聞きましたけど、私とは久しぶりですよね」

 

「うん……そうだね」

 

 

これだ。誰とでも気軽に話せるのは彼女の人徳もあるのだろうが、カリスマの影響も大きい。しかしカリスマにしては少し出力がおかしいというのが蒼空の見解である。

 

 

「私!!蒼空様とお話ししてみたかったんです。その……昔のお二人のことを知りたくて……」

 

「ふぅん?それなら梅とか百由もいるよ?」

 

「いえ、お二人は姉妹のように仲が良かったと聞きますし……」

 

「……まあいいだろう。良くも悪くも僕は有名人でね、そこのベンチでいいかい?」

 

「もちろんです!!」

 

 

正直嫌だ、それが蒼空の率直な感想だ。しかし夢結のシルトであるから無碍には出来ない。しかも誕生日の人間だ。

 

2人がベンチに移動すると、蒼空は慣れた手つきでハンカチを梨璃が座る場所に広げた。

 

 

「そ、そんな、お気になさらず!!」

 

「気にしないでくれ。親友のシルトのためさ」

 

 

そして2人は並んで座ると話を始めた。

 

 

「僕たちのことが聞きたいって話だけど……どこから話そうかな」

 

「できれば全部、お願いします!!」

 

「元気だねぇ……じゃあ僕と夢結の出会いから話そうか」

 

 

蒼空は昔を懐かしむように……口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……と、まあこんな感じかな。後は君も知っての通り、他の場所へ援護に行ってる間に美鈴様が亡くなって僕もさらに忙しくなって、今まで疎遠になってた感じ。つい最近仲直りはしたけどね」

 

「…………」

 

「あれ、ああ……まあしょうがないか」

 

 

想像以上に明るい話じゃなかったからか、梨璃の顔色はよろしくない。蒼空もそれに気づき先程夢結に施したリラックス作用のあるマギを梨璃に流し込もうとし……弾かれる。

 

 

「ッ……」

 

 

カリスマが自動で弾いたらしい。どうやってでも負のマギを入れさせたくないのだろう。

 

 

「君がどう感じたが僕には分からない。誰にも話したことがないようなものまで喋ったからね」

 

「どうして、そこまでしてくれるんですか?」

 

「んー……君が夢結のシルトだから、かな」

 

「でも、それだけじゃないですか!!」

 

 

蒼空の顔が強張る。

 

 

「君はもう少し自覚したほうがいい。白井夢結という人間とシュッツエンゲルの契りを結ぶことの意味を。あの子はね……君が思っている以上に沢山の人間に心配されて、でもそれを突っぱねてほぼ一人ぼっちでここまで来たんだ。そんなあの子が……ひとりの人間を、誰かを大切にしているなんて……」

 

「蒼空様……」

 

「ああ、すまない。情けない姿を見せたね。とにかく……君には期待しているんだ。夢結の心は不安定でいつ壊れてもおかしくない。もう僕じゃどうにも出来ないくらい……だから、君だけが夢結を救うに値するんだってこと、忘れないでね。よろしく頼んだよ」

 

「……はい!!任せてください!!なんたって私は、お姉様のシルトですから!!」

 

「良い返事だ」

 

 

眩しい、眩しすぎて直視が出来ない。スキルのカリスマ……なんてものではない。人としてのカリスマ性が彼女にはある。だからこそスキルが目覚めたのだと実際に確信した。

 

 

「僕ばかりと話していても退屈だろう?せっかくの誕生日なんだ。仲のいい子と楽しんで」

 

「そんなことないですよっ!!……って、蒼空様、私の誕生日知ってたんですか?」

 

「うーん……秘密」

 

「ええーー!?」

 

 

ニヤリ、と蒼空が微笑むとガッカリするような梨璃の声が空に響いた。

 

 

「あっ、この話したこと誰にも言わないでねー。怒られるから」

 

「え、あ、はい、分かりました。あれ……蒼空様、その指輪は……リリィ共通のじゃないですよね」

 

 

蒼空が左手でしーっと指を立てた時、薬指で輝く指輪に梨璃が気づいた。

 

 

「これかい?……大切な人にもらった、世界で1番大切なものだよ」

 

 

そう言って、指輪を撫でながら遠くを見ている蒼空に対して、梨璃は何も言うことができなかった。

 

 




『美鈴……様……どうしていなくなっちゃったんですか……』

『もっと……お話ししたくて、もっと触れ合いたくて……もっと抱きしめて欲しくて……あっ』

『ごめんなさい……せっかく美鈴様が下さったチェーン、壊れてしまいました。でも私、これが壊れたらって……決めてたことがあるんです』

『…………気持ち悪いと罵ってくれても構いません。それでも、私は……貴女のことが……ッ!!』


左手の薬指で輝く指輪に最大の愛を込めて、さよならを。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話

過去編第一弾 甲州撤退戦


7話

 

 

「このっ……!!無駄に多いですよ!!」

 

 

蒼空の周りからマギスフィアが展開され、100を超えるであろうヒュージが瞬く間に殲滅されていく。

 

時は甲州撤退戦、一柳梨璃が白井夢結と出会うきっかけになった……運命的な会戦である。既に『熾天使』として名を馳せていた蒼空は、とある一帯の防衛を1人で担当していた。

 

 

「グラトニー!!一つたりとも食べ残しは許しません!!蹂躙を、虐殺を、ヒュージ共に絶望をプレゼントしなさいッ!!」

 

 

蒼空の命令口調に、第一世代CHARMとして登録されているグラトニーは、その醜悪な口を惜しげなく開き吠えた。自分の献身で他のリリィの負担が軽くなり、その分民間人の避難が早くなる。その一心で、ヒュージを倒しグラトニーに食わせることでマギを無限に補給し続けている。無論、体を流れるエネルギーを一方通行のように取り込み放出することでその疲労は既に限界を迎えている。顔色を悪くしながらも一心不乱にヒュージを倒している蒼空の姿は、まさしく殿と呼ぶに相応しいだろう。

 

 

『$£^〆{※々&€!!!!!!』

 

「ギガント……級……ですって?こんな時に……!!」

 

 

咆哮とも機械音とも呼べる歪な音が大音量で発せられる。その正体はギガント級ヒュージ、仮にも1人で相手をするような相手ではない。

 

 

「私は、早く美鈴様と夢結の支援に行かねばというのに……!!」

 

 

苦言を呈しながらも逃げるような愚か者ではない。しっかりとグラトニーを構え、美鈴直伝の剣戟を繰り出していく。

 

触腕をグラトニーで弾き、マギスフィアにて本体を攻撃……否、蹂躙する。

 

 

「はぁぁぁぁ!!!!」

 

 

ギガント級の片足を砕き、体勢を崩したところでありったけとも言える量のマギを込めたグラトニーで一刀両断。完全に沈黙したヒュージをグラトニーに食わせながらも、際限なくさらに進行してくるミディアム級達を睨みつける。

 

 

「ジュリエットへの道を進む、ロミオだと思えば……これくらいの戦闘、なんのこれしきッ!!」

 

 

口調とは裏腹に、血の滲んだ唾を下品に吐き捨て突撃を再開した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはははははッ!!消費量より供給量の方が多くなってくるなんて!!ねぇ、グラトニー!!すっっっっごくいい気分ですねっ!!」

 

 

 

戦闘を開始して悠に4時間を超えた。一度も休息を挟むことのなかった蒼空は少し様子がおかしくなってきている。共に戦うグラトニーは無限にやってくる餌に本能剥き出して応戦し続けていた。

 

 

「埒が空きませんねぇ!!何か良い方法はないでしょうか!?」

 

 

眼前に広がるヒュージはマギで刀身の伸びたグラトニーで、さらに奥に広がるヒュージ達には放物線を描くマギスフィアによる絨毯爆撃で抗戦をしている。これくらいの規模ならば、いつも通りにやればとっくの昔にヒュージ達が後退を開始し始めているはずだ。それほどまでにヒュージ側の損害が大きい、9割方が蒼空の戦果だ。

 

 

『こちら最終防衛ライン、防衛軍より入電!!別ルートからヒュージが流れ込んできている!!幸いミドル級までが主戦力であるため我々で防衛可能な状況だが数が多すぎる!!誰かっ、リリィの増援をたのm……ぐぁぁぁぁぁ!?!?!?

 

「また犠牲者がッ……!!『熾天使』なんて……最高位天使の名までいただいてこの程度だなんて……嫌……嫌ですッ!!」

 

 

自分の非力さを嘆く蒼空の心が激情に燃える。自由意志を持つグラトニーですら蒼空の心に影響されて激しい怒りに包まれている。

 

 

「私は……()が名は『熾天使』……蛇の如き執念と激情の炎を宿す、最強のリリィだぁぁぁぁ!!!!」

 

 

蒼空の許容量を超えるほどのマギが体が空溢れ出す。それらはまるで意思を持つように再び蒼空の体に纏わりつくと、3対6枚の翼となり彼女の背中で顕現した。

 

 

『熾天使』

 

 

彼女の2つ名を冠する、彼女だけのレアスキル……いや、魔法。それが今発現した。

 

 

「すごい!!私、今飛んでる!!憧れの蒼空を、私が!!蒼空が!!飛んでる!!」

 

 

飛行タイプのヒュージが一世に逃げ始めた。優位だったはずの自分達の領域に、圧倒的な力を伴った敵が侵入した。その事実だけで全ての飛行方ヒュージが恐怖を抱いた。

 

 

「逃げるんですか……?いえ、逃がしませんとも」

 

 

『掌握』

 

『陵辱』

 

『支配』

 

 

 

()()()

 

 

眼下のヒュージに手を翳し広範囲に手中のマギを散布させ狂わせる。

3つのプロセスを経て、マギを収束させるだけの電池と化したヒュージは蒼空へとマギを送り続ける。そして放たれるは断罪の一撃。天に轟くマギの奔流が、襲いくる全てのヒュージを飲み込み連鎖的に爆ぜる。

 

 

戦略級魔法『極光』

 

 

後にそう名付けられ、世界中から封印指定されることとなる彼女だけの()()だ。

 

 

「はぁ……はぁ………………ッ、美鈴様!!!!」

 

 

焦土と化した大地を見下し、取りこぼしのない事を確認。想定以上の体力を使ってしまい息を整えている最中、弾かれたようにある一点を見つめ飛翔を開始した。

 

全ては、愛するたった1人のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

翔ける、翔ける、翔ける……

 

飛行という慣れないはずのマギ操作を胸にたぎる激情のみで成功させている蒼空だが、その瞳は焦燥で揺れている。『極光』を放った途端、後続がピタリと止んだのだ。

 

そして先ほどの通信、別ルートからのヒュージが最終防衛ラインにまで達しているという。それからの通信が一切無いため、防衛軍はほぼ全滅したと考えるべきだろうが……その方向には美鈴と夢結がいたはずだ。

 

 

 

「もっと……もっと、もっと速くッ!!」

 

 

さらに加速する。Gで体にとんでもない負荷がかかるが無意識にマギで体をコーティングすることでそれを防ぐ。そして、到着した。

 

 

「あっ、美鈴様、夢結!!」

 

 

上空にいるため2人は蒼空に気づかない。抱き合っているのか2人に距離がとても近く見えるが、距離が開き過ぎてぎりぎり2人であるということしか確認できない。

 

 

「ヒュージ……!!今行きます!!」

 

 

2人のそばにはギガント級と思われるヒュージが居る。気づいているはずではあるがなぜか2人は反撃しない。

 

緊急事態であるということにいち早く気づいた蒼空は降下を開始、そしてマギスフィアを展開しようとしたところで……体を守る最低限以外のマギが枯渇した。

 

 

「うそっ、こんな時に……きゃっ!?」

 

 

降下中の落下で地面に叩きつけられた衝撃で体が凄まじい痛みを発する。体が動かせない。

 

 

「うぐっ……美鈴様……………えっ」

 

 

痛みに悶えながらも本来の目的を忘れることなく愛する人に視線を向け……絶句する。

 

 

「ゆ………ゆ……なに、やって……」

 

 

抱き合っていたのかと思っていた。シュッツエンゲルの契りを結んでいる2人なら当然で……仕方のないことだとこんな状況だが嫉妬の感情が生まれたはずだった。

 

 

「うそ……そんな……」

 

 

では2人の真下に滴る大量の血液は何なのだろうか。ヒュージとの戦闘で傷を負ってしまったのかと思った。しかし……

 

 

「あぁ……あぁ……!!」

 

 

なぜ、夢結のCHARMが美鈴を貫いているのか。

 

 

「グラトニー!!殺せッ!!」

 

 

力の限り叫んだ。実際には声が掠れほとんど発声出来ていないだろう。しかし主人の声を聞いたグラトニーは動き出そうし……出来なかった。マギが枯渇しているからである。

 

 

「美鈴……様……」

 

 

 

何もできない、『熾天使』などと謳われ、リリィ最強と祭り上げられようが……今この瞬間、何もすることができない。

 

 

「ッ……蒼空か。ごめん」

 

 

夢結のダインスレイフを奪い、腹から致死量レベルの血液をこぼしながら美鈴は蒼空の側まで歩いてきた。夢結は茫然自失しているようにその場にへたり込んでいる。

 

 

「どう……して……」

 

「ルナティックトランサー」

 

「っ……夢結が」

 

「うん、でももう大丈夫。後は……僕があのヒュージを倒すよ」

 

「その怪我じゃ無理です!!そうだっ、私にエンハンスメントをっ、カリスマをっ……マギさえあればあんなヒュージ、すぐにッ!!」

 

 

蒼空の唇が塞がれる。何に?美鈴の顔が近い?キスされているのだと自覚した頃には、もう美鈴は歩き出していた。

 

 

「なんでこんな時に……遅いんですよ!!貴女にはもう……シルトがいるじゃないですか……私は、美鈴様と……もっと」

 

「いくら壊そうとしても……笑って許してくれた蒼空のこと、好きだったよ」

 

「そんな言葉聞きたくありません!!」

 

「今から僕はエンハンスメントで強化したユーバーザインで夢結の……御前の記憶を消す。賢い蒼空なら……後のこと任せられるから」

 

「ッッッ……美鈴様はずるいです」

 

「それでも、嫌いとは言ってくれないんだね」

 

「私がどれだけ貴女のことを……想っているのか、知ってるくせに……今更ッ……」

 

 

 

「……夢結には時が来るまで何も伝えないでくれ」

 

「…………はい」

 

「じゃあ僕は行くよ。もう……限界が近くてね」

 

「…はい」

 

「さよならだ、蒼空」

 

「はい……お世話に、なりました」

 

「ああ……グラトニーも元気でね。蒼空のこと、困らせちゃダメだよ?これからは、君だけが蒼空の理解者なんだから」

 

『……グルゥ』

 

 

ほぼ全ての事情を知っている美鈴はグラトニーを優しく諭す。相性の悪い上位カリスマ持つから強気に出れないのか、それともグラトニーが悲しんでいるのか……素直に返事をした。

美鈴は座り込んだ夢結の正面から手を翳し、スキルを発動させた。それが終わると、一度だけ蒼空に振り向き微笑む。

 

 

「蒼空」

 

「ッ……はい」

 

「君の指輪に誓おう……永遠に愛してる」

 

 

それだけ言うと、美鈴はヒュージに向かって跳躍した。

 

 

「…………私もッ!!美鈴様……美鈴様あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

蒼空は、美鈴の最後の一振りを……決して見逃すことなく目に焼き付けた。命の灯火が消えるその瞬間まで……ずっと……ずっと。

 

 

甲州撤退戦は、非戦闘員の被害を最小限にとどめ完了した。犠牲になったのは防衛軍の一個大隊、そして……一名のリリィ。

 

 

そして……世界最強のリリィが、覚醒する。

 

 

 

 

 

 

 

川添美鈴の葬式は身近だった人物だけで行われた。最前列には理事長代行、生徒会長の3人を始めシルトの夢結、そして蒼空が並んでいる。

 

 

「……では、私はこれで失礼します。理事長代行、例の件……お任せください」

 

「ああ、このような時で申し訳ない」

 

「いえ、それが『熾天使』の役目ですので……では」

 

 

時計を確認し、蒼空は席を立つ。理事長代行と挨拶を交わし……その場を後にしようとする。

 

 

「待って!!」

 

「……どうしました夢結、葬式の場であまり大きい声を出すものではありませんよ」

 

「私に……何も聞かないの?」

 

「さて、今の貴女に話すことは特にありませんが」

 

「ッ」

 

 

誰がどう聞いても言葉がキツい。夢結のルームメイトである秦祀だけはその険悪な雰囲気に耐えられず口を挟もうとしたが……口が開かない。祀が周りを見れば、他の参列者も同じような状況だ。だとすれば犯人は1人しかいない。蒼空だろう。

 

 

「半年ほど休学させて頂きます……夢結、次会う時にはもう以前の私ではありません」

 

「それは、どういう……」

 

「では、ごきげんよう……さよなら」

 

「蒼空ッ!!」

 

 

夢結が悲痛な顔で蒼空を追いかけようとした。

 

 

「『熾天使』」

 

 

蒼空の背中から多量のマギが可視化され放出、3対6枚の翼となり空へ羽ばたく。夢結はその風で前に進むことができず、終ぞ蒼空に追いつけなかった。

 

 

「ごめんなさい……いや、ごめんね夢結。私は……()は君に何も話せないよ。それが約束だからね」

 

 

高高度に達した蒼空はその場で止まり、眼下に広がる大地と青すぎる空を堪能している。

 

 

「貴女と同じ景色を見てみたくなった。だからまずは……喋り方から、次は……在り方を」

 

 

そう言うと蒼空は長かった髪をバッサリと切り捨てた。丈はだいたい……美鈴と同じくらいである。

 

 

「ローファーは……薄茶色で」

 

 

指を鳴らせば、靴が変色した。

 

 

「ソックスは……うん、これだったね」

 

 

共通点があると嬉しくなった。

 

 

「髪色は……いや、美鈴様になりたいわけじゃない」

 

 

前髪を触りながらマギを使うのをやめた。

 

 

「貴女がくれた指輪に誓おう……永遠に愛してる、美鈴様」









「G.E.H.E.N.Aは嫌いなのに……どうして美鈴様にはリジェネレーターがないんだろうって、たまに考えちゃうんだ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話

「レギオン結成おめでとう梅」

「ありがとう蒼空。意外だな、『僕との時間が減っちゃうじゃないか!!』とか言うと思ったぞ」

「梅はどうやら僕のことをタラシか何かだと思ってるみたいだね?」

「違うのか!?」

「よし、一度お互いの認識について語り合おうじゃないか。訓練場に行こうか」

「絶対嫌だぞ!!『縮地』」

「そこまで……?」


8話

 

 

「ノインヴェルト戦術の見学?ふぅん……努力してるねぇ」

 

 

久方ぶりの非番となった蒼空は散歩をしていた途中、パラソルを差し優雅に休息を取っていた一柳隊に合流した。

 

話を聞く限り、レギオンとしての結束を固めるためノインヴェルト戦術についてアールヴヘイムの戦闘を見学しようとしているらしい。

 

 

「百合ヶ丘のリリィの癖に、蒼空はノインヴェルト戦術に興味が無いからなー」

 

「えぇ!?そうなんですか!?」

 

「あはは……あの程度の火力なら1人で出来るし」

 

「せ、世界最強の『熾天使』様は言うことが違いますわね……」

 

 

梅の呆れたようなツッコミに、楓は少し引いている。

 

 

「お初にお目にかかります、郭神琳と申します。お会いできて本当に光栄です」

 

「わ、王雨嘉です……!!あのっ、サインお願いしても良いですか!?」

 

「改めまして天宮蒼空だよ。そこまでかしこまられるような人間でもないから。あとサインはどこに書けばいいかな?」

 

「はわっ!?あ、ありがとうございますぅ!!」

 

 

なんか二水ちゃんと似てるなー、と思いつつ蒼空は雨嘉が差し出してきた色紙にペンでサラサラっとサインを書いた。一体どこから色紙を出したのだろうか。

 

 

「安藤鶴紗です。一柳隊に所属してます」

 

「よろしく鶴紗ちゃん。はいこれ連絡先……死にたくなったらいつでも連絡してきてね。これでも何人か、ヴァルハラへと送ってるから」

 

「ッ……なるほど、結構です」

 

 

最後に小声でとんでもないことを言った蒼空だが、鶴紗を思いやってのことだ。ブーステッドリリィとして人工的にスキルを植え付けられている彼女は面倒なスキルを持っている。リジェネレーターという、傷を負った瞬間からそれらが治っていく……というブーステッドスキルだ。もちろん痛みは発生するため無限の地獄を味わう可能性もある。

 

 

「へぇ?……うん、今の君ならそう言うと思ったよ。良かった、幸せそうで」

 

「……お陰様で」

 

 

どうやら鶴紗は蒼空のことが苦手なようだ。目も合わせなくなった。蒼空は自分は猫っぽい子には好かれないなぁ……亜羅椰は別として、などと普通に失礼なことを考えている。

 

 

「あら、ミリアムさんは蒼空様と面識があるんですの?」

 

「儂は百由様の付き添いで何度かの」

 

「今度は僕からお菓子を持っていくさ」

 

「ほほう!!かの『熾天使』様のお土産となれば期待せずにはいられんなぁ!!」

 

 

一通りの顔合わせが終わり特に難なくその場に受け入れられた。

 

 

「二水ちゃんは博識だし問題なさそうだけど、梨璃ちゃんはノインヴェルト戦術についてどれくらい知ってるの?」

 

「さっきお姉様に大体教えて頂きました!!」

 

「おー……ちゃんとシュッツエンゲルしてるんだねぇ夢結。感心感心っ」

 

「褒めてないわね?」

 

「あれ?私今蒼空様に褒められました……?うっ、鼻血が……」

 

 

蒼空から二水への評価は地味に高い。レアスキル『鷹の目』を使いこなしているのもそうだが、高校からの編入生にしては知識量で中等部からいる生徒に劣っていない。これで戦闘スキルも高まれば立派なリリィとなることは間違いないだろうと、考えている。

 

 

「時に、梨璃。貴女レアスキルがなんなのか分かったの?」

 

「え〜……私にレアスキルなんてないんじゃないですか?」

 

「…………」

 

 

ふとした夢結の問いかけに、蒼空は一瞬顔をこわばらせた。推測の域を出ないが……梨璃のレアスキルであろうものは蒼空に対して特効性能があるかも知れないのだから。

 

 

「そろそろ来るみたいだよ?」

 

「「「「「「ッッ」」」」」」

 

 

蒼空の感知範囲にヒュージが現れた。それを一柳隊に伝えれば、今までとは一転真剣な表情で見学に移る。

 

 

「へぇ……レストアのギガント級か。それに小賢しい。強いね」

 

「ああ、押されてるな。アールヴヘイム……」

 

「ええ……それにあの個体、まるでリリィを恐れていないわ」

 

 

蒼空と梅、夢結が戦闘の実況をしている。

 

 

「こりゃ、僕の出番も考えておくべきかな」

 

「蒼空がそこまで言うなんて……」

 

「アールヴヘイムだけでも倒せるさ。今回はノインヴェルト戦術込みだし尚更ね」

 

 

蒼空がそう言った直後、ノインヴェルト戦術が開始されようとしていた。

 

 

「……あのギガント級の傷、見覚えがあるような」

 

「おいおい、それって蒼空が逃したヒュージがいるってことだぞ」

 

「そんなはずは……ないと思うけど……?」

 

 

蒼空が謎の既視感に苛まれている最中、マギスフィアが9人分のパスを成功させ亜羅椰によるフィニッシュショットが放たれた。

 

しかし、それはヒュージのマギ障壁で受け止められることとなる。

 

 

「ッ……総員退避、ここから僕がやる」

 

「蒼空……様?」

 

「ええ、アールヴヘイムが倒しきれないヒュージならば蒼空に任せるべきよ」

 

 

ノインヴェルト戦術を防ぐマギ障壁を展開できるギガント級ヒュージなど、蒼空は初めてみた。故に、危機感を覚え既にその右手にはグラトニーを握っている。

 

蒼空が飛び出そうとした時、天葉が受け止められたマギスフィアに自身のCHARMを叩きつけ無理やり障壁を突破した。結果、目標はきのこ雲を上げながら爆発している……しかし健在。

 

 

「アールヴヘイムの救助を最優先に、ノインヴェルト戦術後の可動でCHARMも限界が来ている……合ってる、二水ちゃん?」

 

「え、あっ、はい!!特に天葉様のCHARMは全損とも言える被害です!!」

 

 

レアスキル『鷹の目』によって視点を上空に飛ばすことができる二水は蒼空の予想を事実へと変えた。

 

 

「ッ!!」

 

「え、梨璃さん!?」

 

 

そして梨璃がCHARMを持って飛び出した。

 

 

「あのヒュージ、まだ動いてます!!黙ってみてたりしたらお姉様に突っつかれちゃいますから!!」

 

「……あの子、夢結に似てきたね。悪い所の影響受けてるんじゃない?」

 

「それでも支えるのが、シュッツエンゲルの役目よ」

 

 

夢結はそれだけ言うと、他のメンバーを伴ってヒュージへと肉薄をしかけに行った。

 

 

「……ほんと、美鈴様の良い影響を受けてるね。さて、救助に向かいますか」

 

 

蒼空も飛び出し、ヒュージに向かった一柳隊の代わりにアールヴヘイムの救助に向かった。

 

 

「やぁ、無事かい?」

 

「……蒼空、なんとかね」

 

「とっておきを使うから早く離脱しよっか」

 

「蒼空様の……とっておき?」

 

 

アールヴヘイムのメンバー全員は同じ場所に居た。蒼空はマギ反応を見て辿り着くと、グラトニーの切先で円を描きマギを込める。

 

 

「さっ、入って」

 

「ちょっと、これ!!」

 

「「「「「「ケイブ!?」」」」」」

 

 

奥の見えないワームホールのような穴、ヒュージの出現方法の一つにこの『ケイブ』と呼ばれる異次元空間を通って現れると言う方法がある。蒼空は人の力でそれを展開した。

 

 

「出口は一柳隊の見学してた場所に繋がってる、時期にここも戦闘領域になるから早く。後これナイショでね」

 

「……はぁ、蒼空のトンデモにいちいち驚くのも疲れたわ。私が先に行くわ」

 

 

天葉は先導し、亜羅椰の殿でアールヴヘイムの退避が完了した。出口を確認すれば全員が異常無く通り過ぎていることも確認できた。

 

 

「一柳隊はっ、『熾天使』」

 

 

翼を広げ大きく跳躍、飛行して戦闘領域に辿り着くと驚くべき光景が広がっていた。

 

 

「真っ二つ…いや、修復しきれていない!?あのアルトラ級が完治させずに送り出すはずが……!!」

 

「蒼空様、どうしたのじゃ!?」

 

「夢結様の動きが止まっちゃいましたぁ!!」

 

 

蒼空はしっかりとヒュージを見て、目を見開いた。見間違えるはずもない……あのヒュージの中心で光を発している物体……ダインスレイフのCHARMだ。

 

 

「ウソだ……まさか、そんな」

 

「蒼空様?どうしたのですか?」

 

「そ、蒼空様……?」

 

 

神琳と雨嘉が蒼空に問いかける。この場にいない夢結と梨璃を除いた全員が、最高戦力であるはずの蒼空の反応を待っている。

 

 

「『掌握』……!!あぁ……アイツ……あの時の……!?」

 

 

右掌をヒュージに向けてマギを練る。

 

 

「間違いなく……美鈴様のマギ反応……仇ッッ!!!!」

 

「「「「「「ッ!?!?!!」」」」」」

 

 

轟音と共に蒼空の姿が掻き消えた。初速でトップスピードをだし飛び出したのだ。一柳隊の面々はその音や突風以上に、普段の蒼空からは分からないようなとても低い声と、憤怒に染まった表情に驚きを隠せなかった。

 

 

「仇って……まさか、あのダインスレイフ、夢結の!?」

 

「梅様、何かご存じで?」

 

「今は説明している暇がない!!早くあの2人を連れ戻すぞ!!」

 

「どう言うことだよ!?」

 

「あのヒュージ、夢結と蒼空が親しかったリリィの仇なんだよ!!蒼空、めちゃくちゃ怒ってる!!巻き込まれるぞ!!蒼空……まさかあれを使うんじゃ」

 

 

蒼空の全力。今まででも相当凄まじい能力を見せていると言うのにこれ以上があるのか、誰しもがそんなことを思ったがあの蒼空だ。底知れぬ何かを秘めていてもおかしくないと全員が悟った。

 

 

 

「グラトニー!!」

 

 

蒼空がヒュージに向かってグラトニーを投げつける。直線的で読みやすいその軌道はヒュージに容易く受け止められグラトニーが弾かれる。

 

 

「マギはあげる、誰にも邪魔をさせるな」

 

 

あらぬ方向に飛んでいったグラトニーは蒼空の言葉を聞くと、待っていたかのようにその場にピタリと停止する。

 

 

「『アルケミートレース』最大出力……完全再現『ブリューナク』」

 

 

蒼空の右腕が鮮血に包まれる。もはや使い物にならないとまで言える出血から生み出されるのは、血の色ではない本物としか思えないような第二世代CHARM『ブリューナク』だ。

 

蒼空は『熾天使』をオフにすると大地に降り立ち、剣を構えた。

 

 

「覚えているだろうヒュージ。この構え……この髪型……この口調……」

 

 

ギリギリと歯が軋む音が聞こえる、誰のだ?自分のだ。ああなるほど、どうやら自分が思っていた以上に復讐心というものを持っていたらしい。

 

 

「楽に死ねると思うなよドブカスがッ」

 

 

狂気が、戦場を支配する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「夢結ー、梨璃ー!!無事かー!!」

 

 

梅が先導する一柳隊の面々は、蒼空の指示に従って戦場から離れるため残りの2人を探しにきていた。

 

 

「あっ、梅様!!」

 

「梨璃か!?夢結はどこなんだ、早く離脱するぞ」

 

「そうだ、夢結様を助けてください!!」

 

「どう言う意味だ?まさか別のヒュージが……」

 

「違います!!それが……ッ、きゃっ!?」

 

 

すぐ隣で何かがぶつかった音が聞こえた。それは土煙をあげ何か分からない。

 

 

「総員警戒……ッ!!夢結様!?」

 

「ウッ……アァ……!!」

 

「何か来ます!!離れてぇ!!」

 

 

二水が全力で叫んだことで全員の意識が夢結から回避へと覚醒した。

 

 

ギャリンッ!!

 

 

金属同士のぶつかる音が聞こえる。全員がCHARMを構えながらその正体を見て、驚愕する。

 

 

「CHARM!?」

 

「アァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

ルナティックトランサーを発動し理性のタガが外れている夢結と打ち合っているものの正体……ひとりでに浮遊している蒼空のグラトニーである。

 

 

「どういうこと……ですの?」

 

「そういえば、リリィは類稀なるマギ保有量と実力を用いればCHARMを浮遊させての戦闘も可能であると聞いたことがあります」

 

「じゃがそれは所詮、理論上可能というだけで実例はないぞ!?」

 

 

楓の疑問に神琳が答え、ミリアムが否定する。しかし目の前で起こっている戦闘はまさしく彼女の言った通りのものとしか思えない。

 

 

「じゃ、じゃあ蒼空様は今CHARM無しで戦っているということ……?」

 

「いえ!!あれは……ブリューナク!?蒼空様は今ブリューナクで戦っています!!」

 

「ブリューナクだって?夢結様は今使ってるし……まさか、『アルケミートレース』?」

 

「蒼空がブーステッドだって言いたいのか?」

 

 

『アルケミートレース』とは人工的に強化されたブーステッドリリィが持つブーステッドスキルの一つだ。自身の血液を媒介にして武器を作り出すスキルだ。

 

鶴紗の呟きに梅が反応した。

 

 

「ブーステッドだから、何が問題が?」

 

「ッ……なんでもない。とりあえず夢結を援護するぞ」

 

「援護って、近寄ったら切られちゃいますよ!?」

 

 

これからの対応を決めあぐねていると、夢結に弾き飛ばされたであろうグラトニーが一柳隊の近くで停止した。

 

 

『…………ケッ』

 

 

 

グラトニーは武器を構えて警戒する8人を一瞥すると、夢結の元に飛んでいった。

 

 

「どういうことだ?」

 

「私達に敵意がない……いえ、敵意がある者を選別して攻撃しているように見えます」

 

「それって、ルナティックトランサーを発動してるお姉様が危ないじゃないですか!?」

 

「蒼空に限って夢結を傷つけることは無いと思うが……」

 

「あのCHARMに協力しましょう!!」

 

 

梨璃の言葉に全員が言葉を失う。何を言っているのか、と。

 

 

「蒼空様が操っているのなら、夢結様を助けようとしてるはずです!!」

 

「そうだとしても、ヒュージと戦闘中の蒼空様は戦闘中じゃ。こっちにまで気を配れるかどうか分からぬぞ」

 

「でもお姉様を止めないと、蒼空様がヒュージとの戦闘に全力が出せません!!」

 

 

梨璃はもう完全にやる気のようだ。

 

 

「梨璃さん、貴女は隊長ですのよ?命令を下さればどんなものでもこなして見せますわ」

 

「楓さん……うん!!お姉様を止めます。命令です!!」

 

 

楓の後押しで梨璃は語気を強くして宣言した。少しの沈黙の後、全員が苦笑しながら武器を構える。

 

 

「命令なら仕方ない」

 

「人使いが荒い隊長よのー」

 

「さて、行きましょうか」

 

「ええ!?私もですか!!……うぅ、頑張ります」

 

「二水は鷹の目で状況を知らせてくれ」

 

「梨璃、行くよっ」

 

「梨璃さんのためにっ!!」

 

 

一柳隊の決意が固まり、夢結とグラトニーの戦闘に参加するためその場を飛び出した。




特型ブーステッドリリィ 1号

保持レアスキル無し

ブーステッドスキル『アルケミートレース』
         『ドレイン』

スキラー数値22

【右腕の破損、及び狂化を確認。処分を執行】削除

廃棄済み試作人工ヒュージ搭載型CHARMとの融合を確認。現在CHARMは欠如した右腕に擬態し共生関係にあると推察される。CHARMによるヒュージの捕食機能の再現に成功、『ドレイン』との相乗効果によるマギ吸収率が格段に上昇。カリスマのレアスキルを保有していないにも関わらず狂化の傾向が見られないため隔離実験室より移動を検討する
実験中に1号が『ケイブ』を発生させ逃走。『ケイブ』から今まで実験用に捕獲していたヒュージが現れ対処している間に1号逃走。百合ヶ丘女学院に保護されたことにより計画は凍結。想定以上の成果だが研究成果のほとんどが『ケイブ』より発生したヒュージによって失われた。幸い1号の遺伝子データとCHARMのゲノムの回収に成功、他所の研究所への送信を実行。

リリィとして戦力外のスキラー数値の低さを外的要因での向上に成功。後天的なレアスキルの発現に期待する。しかし高すぎる能力値を備えた実験体では制御が困難であると推察。よって性能を抑えた()()()計画を提案する。


ーG.E.H.E.N.A研究所跡地より回収された資料ー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話


「ふむ……見るに君は『狂化』を意のままに制御できるということだね」

「いえ、どちらかと言えばこれが本来の姿です。私は本来、負のマギを体に巡らせているので通常のリリィのような暖かい光は出ないのです」

「なるほど。普段の姿と戦闘力に差はあるのかい?」

「無いと言ったら嘘になります。普段は普通に見せるためにそれ相応にマギを使いますしこの姿の方がグラトニーの本来の力を引き出せます。むしろ私がグラトニーの足枷かも知れません」

「すごいね、今までですら全力じゃなかったとは。さすが僕の妹分」

「……気持ち悪いでしょう?醜いでしょう?」

「蒼空、君は僕が君のような姿をしていたら気味が悪い?」

「そんなわけありません!!どのような姿をしていても、美鈴様は美鈴様です!!……あっ」

「ふふっ、ありがとう。そういうことだよ。それにね蒼空、僕は君のそれ……好きだよ」


9話

 

 

 

「はぁ……はぁ……ああ、どうしてこんな時に思い出すんだろう」

 

 

美鈴の仇であるギガント級と、蒼空は正面から向き合っている。美鈴のように構え、美鈴のように戦い、美鈴のように()()()()()使()()()。しかし、いややはり限界があった。本来の美鈴の力ならば倒し切れたはずだが、レストアとなり経験を積んだヒュージは強い。

少し離れた場所のグラトニーから一柳隊と協力して夢結を食い止めているとテレパシーで聞いた時は正気を疑った蒼空だが、グラトニーなりに自分を気遣ってくれているのだと理解し内心苦笑を浮かべた。

 

 

「やっぱり……美鈴様のスキルの影響かな。最近、由比ヶ浜ネストの()()()が忙しないと思ってたけど、結局そこに行き着くんだね」

 

 

何度か打ち合いヒュージ側の異常を理解した蒼空は、『アルケミートレース』によって作られたブリューナクを血に戻し体内に納めた。

 

 

「美鈴様の力で、リリィを殺させやしない。グラトニー!!」

 

 

大声を上げずともグラトニーには聞こえている。主人が呼んでいると気づいたグラトニーは、夢結の剣技を弾くと高速で蒼空の手に収まった。

 

 

「君も……アイツには腹が立ってるだろう?いいよ、少し任せる」

 

『!!』

 

 

空気が変わる。

 

 

蒼空からマギが溢れ出し『熾天使』のように可視化されていく。しかしそれはいつもの白く輝くマギではない。

 

青く、蒼く、そして黒く染まった正真正銘の負のマギだ。

 

 

「貴女が好きだと言ってくれた……だから今は自分に誇れるようになった」

 

 

ヒュージを通して美鈴を思い浮かべる蒼空。右目から一筋の涙が溢れ……弾ける。全身に蒼く光るマギの線が浮かび上がり一瞬蒼空が苦痛の表情を浮かべた。

 

それに伴いグラトニーが右腕に沈むように消えていく。完全にグラトニーがその姿を隠した時、右腕が変色し膨張していく。人の肌とは思えない、まるでヒュージのような無機質な物質へと置き換わり大きく開いた手からは醜悪な怪物の口のようなものがピキピキと音を立てながら現れる。制服の右腕部分はとうに破れている。

 

許容量を超えたマギは行き場を探し蒼空の額に2本の角として固形化された。

 

頭の上には蒼く輝くリングが浮かんでいる。

 

 

「うぐぁ…………え、なに?」

 

 

一瞬鈍い痛みが走り右目を抑えた。特に視界に問題はない。念のため鏡を取り出すと右の瞳が黄色に変わっている。

 

 

「……美鈴様と同じ色。嬉しいなぁ」

 

 

蒼空ははしたなくにやけてしまったが直ぐに表情を戻すとヒュージに向き直る。

 

ヒュージは()()()目の前の敵だったはずのモノが同じヒュージの信号を発している事に疑問を覚えた。しかし脅威であった敵が居なくなった。ならば元々の目的を果たせばいい。

再度百合ヶ丘に向かって侵攻を開始したその瞬間。体に衝撃が走り地面に叩きつけられた。

 

 

「逃すわけないじゃないか……ああ、僕をヒュージだと認識してるんだね」

 

 

飛んでいる、いや浮いている。『熾天使』のように翼を出していないにも関わらず蒼空はそこに足場でもあるかのように空中で静止している。

 

 

「『堕天使(ルキフェル)』」

 

 

声高らかに蒼空が宣言する。そして作られるは漆黒の翼。『熾天使』の時のような3対6枚の全身を包み込んでも尚余るような大きさの翼だ。

 

 

「ん?」

 

 

術が完了した直後、右方向から何かが飛んでくる。

 

 

「アアアァアァ!!!!!」

 

「夢結……流石に対人じゃ一柳隊には荷が重いか」

 

 

ルナティックトランサーを発動したままの夢結が突撃してきた。どうやら仲間達の足止めを振り切って来るほどその心は負の面に侵されているらしい。

 

 

「今の僕じゃ劇毒にしかならないしなぁ……」

 

 

夢結の剣を右腕で受け止める。夢結は意識がはっきりしていないのか蒼空を認識出来ず全力を込めているが、蒼空は特に力を入れていない。

 

 

「んー……あっ、没収しようか」

 

 

蒼空はふと思いつき右腕の口で夢結のCHARMを咥えさせると、右翼を丸め腹部を殴打した。衝撃で夢結は力を抜いてしまいCHARMを手放してしまう。そして支えるものがなくなった事で後ろへと吹き飛ばされ、すぐ近くの梅がキャッチした。

 

 

「梨璃ちゃんに任せなよ。きっと……いや絶対なんとかなるから」

 

 

マギに音を載せて一柳隊に声を届けた。もちろん距離が離れているのであちら側からの声は聞こえない。蒼空は夢結から奪ったCHARMを一瞬眺めると同じように一柳隊の近くの地面に突き刺した。

 

 

「この姿じゃ行動がいつもより暴力的になってしまうからね。早く片付けて『熾天使』に戻らせてもらうよ」

 

 

立ち上がったヒュージに右腕を振るう。そしてヒュージの半身が掻き消えた……否、グラトニーに喰われた。グラトニーはギガント級の半身という巨躯を一瞬にして口内に収め満足そうに咀嚼する。これだけ見ればいつもの光景だが今回は規模が違う。

 

 

「美鈴様のマギを感じる……あぁ……お久しゅうございます……!!」

 

 

ふとした瞬間に流れ込んでくる、よく知ったマギ。美鈴のそれが身体中を駆け巡るその感覚は蒼空を身悶えさせるには十分な快感だった。

 

 

「アハァ……おっとと、危なかった。とりあえずダインスレイフだけ回収しないと……って、どこに行った?」

 

 

ヒュージの中心に刺さっていたダインスレイフが見当たらない。ヒュージが半身を失ったため自然に抜け落ち地面に転がっていると思っていたが、どこにもない。

 

 

「蒼空、こんな状況だから詳しく聞かないけど!!これは貰っておくぞ!?」

 

「……梅か、よろしく」

 

 

姿は見えない、しかし何処からか聞こえてきた梅の声に蒼空は安堵した。おそらく『縮地』を使った梅が回収したのだろう。

 

 

「じゃあもういいよね」

 

 

片足を失いバランスを取ることができずヒュージは地に伏せもがくのみ。そんなヒュージに向けて蒼空は右腕を向けた。

 

 

「僕が……他の誰でもなく、この僕がコイツに終止符を打つことで……一つの誓いとしよう」

 

 

口元にマギが収束していく。

 

 

「楽園創造を目指す僕が……君達の楽園を壊そう」

 

 

一切の澱みなく、一切の躊躇なし。ヒュージの危険度など微塵も関係なく全てを滅ぼす最凶の一撃。

 

 

「『失楽園』」

 

 

蒼空の体をゆうに超える極大の閃光がヒュージを飲み込んだ。しかしヒュージは健在し溶けるか溶けないの瀬戸際で音にならない悲鳴をあげている。しかし閃光は止まることを知らず背後の地面を抉り取りながら海まで到達、そのまま大量の海水が蒸発していった。

 

 

「言っただろう?楽に死ねると思うなよ」

 

 

そして耐久力が限界を迎えてきたのかジワジワとその体が崩壊を始める。痛覚でもあるのかさらに大きく声を上げているが蒼空は一才止める気配がない。

 

……やがて発声すら出来なくなったのかヒュージは残った触腕を一度だけ限界まで伸ばし、力尽きた。

 

 

「…………2年」

 

 

シュー、と音と煙を上げながら沈黙する高温のヒュージの上になんてことなく着地した蒼空は小さく呟いた。

 

 

「やっと、仇をとりました」

 

 

感慨深く、そして悲しげに声をあげる蒼空は何処か遠くを見つめていた。

 

 

「蒼空ッ!!」

 

 

一呼吸置いて声が聞こえる。想い人に対して祈っていた最中に声をかけられて少しイラッと来たが、それも『堕天使』の影響……『狂化』を術式として無理やり置き換えた弊害で暴力的な思考になってしまっているから仕方のないことだ。

 

蒼空が声の方を向くと、ルナティックトランサーから解除されたのか正気に戻ったらしい夢結を含めた一柳隊全員が蒼空を心配そうな目で見つめていた。

 

 

「あぁ……戻れたんだね夢結、良かったよ」

 

「えぇ、迷惑をかけたわね」

 

「君のCHARMは……そういえば投げたね。壊れていたらごめんよ」

 

「ッ……ねぇ、貴女……蒼空、なのよね?」

 

 

蒼空が少し冷たげな声で返事を返すと、数瞬空けて夢結から不安げな問いかけが投げかけられた。

 

 

「ふふっ……あははははははっ!!」

 

「「「「「「ッ!?」」」」」」

 

 

右腕……グラトニーとなった腕をヒュージの残骸に叩きつけながら蒼空は大きく笑った。ヒュージの残骸がさらにボロボロと崩れていく。

 

 

「まあ仕方ないか。一応僕が天宮蒼空であることは間違いないよ……こんな見た目だけどもねぇ」

 

「一応……とは?」

 

 

神琳が聞いてきた。CHARMを構えていて、まだ蒼空を警戒しているのがわかる。

 

 

「知っている人なら分かるんだけど、今の僕って『狂化』状態でさ」

 

 

夢結、梨璃、二水を除いた6人が一斉にCHARMを銃形態に変え蒼空へと向けた。『狂化』とはブーステッドリリィが無理な強化を重ねた末にヒュージ細胞側が肉体を侵食してしまう現象のことだ。一時的な狂化なら適切な対処で元に戻す事ができるが、行き過ぎた者はヒュージとして討伐対象にされる。

 

 

「良い反応だ。グラトニー、君もこういう子達なら喰い甲斐があるんじゃないか?」

 

『…………』

 

「グラトニー……!!蒼空様のCHARMの名前のはずじゃが……まさか、独立した意思があるヒュージじゃったのか!?」

 

「ん?ああ、知らなくても仕方がないよ。もうこの子の同族はいないわけだしねぇ……『人工ヒュージ搭載型CHARM』、例によってG.E.H.E.N.Aのオモチャだよ」

 

「なんと……」

 

 

ミリアムが蒼空の発する単語だけで、なんとなくグラトニーとは何かという事を理解し震える。今まで一度も百由に触らせたことがないと本人から聞いていたがそのような真実があったとは夢にも思わなかった。

 

 

「蒼空、今のお前……()()()だ?」

 

「8:2でヒュージかな。別に、普段も6:4くらいでヒュージの割合の方が多いし……今更だよ?」

 

 

衝撃の告白にその場の全員の思考が追いつかなくなった。夢結と梅は今まで仲の良かった筈の蒼空の事情を知り顔を青ざめさせ震えている。既に立っている気力もないようだ。

 

 

「……ブーステッドなんですか」

 

「んー……まあ『アルケミートレース』と『ドレイン』が使えるしブーステッドってことになるのかな」

 

「……『カリスマ』持ち?」

 

「いいや、だから一度『狂化』したよ。地獄みたいな苦しさだったね」

 

「なるほど、だからあの時……」

 

 

鶴紗は聞きたいことを聞き、先程挨拶した時に貰った連作先のことを思い出した。

 

 

「さて、ほかに聞きたいことはあるかい?」

 

「あのっ!!良いですか……?」

 

「梨璃ちゃんか、もちろん」

 

 

夢結の背中をさすっていた梨璃が手をあげ立ち上がる。そして意を決して蒼空に問いかけた。

 

 

「そんな姿になってまで……蒼空様がしたいことって……なんなのでしょうか……」

 

 

徐々に自信なさげに声を窄めていった梨璃だが、その疑問はこの場の全員が抱いていたことでもあった。

 

 

「僕の目的かぁ……難しいね。今この場に関しては、美鈴様の仇であるコイツへの復讐……」

 

「ひぃっ!?」

 

 

ガンッ、と蒼空が足下のヒュージを蹴り付ければ触腕が吹き飛んだ。二水は既に完全に怯えていて大きな物音に過剰に反応してしまう。

 

 

「あ、ごめんよ二水ちゃん。まあ強いていうなら……リリィのために平和な世界を作ること、かな」

 

「そうなんですね。じゃ、じゃあ蒼空様がヒュージとか人とか関係ないと思います!!だって、私達と同じリリィですから!!」

 

「…………ありがとう。その言葉だけで充分嬉しいよ (だから僕は君に一瞬の隙も晒せないんだ、本当にすまないとは思っているさ)」

 

 

梨璃のポジティブな発言にその場の空気が和らいだ。そして蒼空は頃合いを見てちょうど良いと感じ、『堕天使』を解き普段の姿へと戻った。

 

 

「ふぅー、やっぱり疲れるなぁ。あっ、梅〜、後のこと任せて良い?報告とかさ」

 

「……へっ?なんでだ?」

 

「いやー……マギ使いすぎちゃってさ。ちょっと……ムリ」

 

「ちょっ、えっ、蒼空ー!?」

 

 

知る人が見ればバタンキューという表現が1番似合う倒れ込み方で蒼空は気絶していった。いつのまにか蒼空の隣ではCHARM形態のグラトニーが口を大きく開け残ったヒュージの残骸をこっそりと喰らっている。空気を読めるCHARMらしい。

 

その後現場に居合わせた一柳隊は学園からの事情聴取を受けることになり、倒した張本人である蒼空は梅に運ばれて自室のベッドでスヤスヤと寝息を立てていたのだった。

 

 

尚、右目の色は元に戻らなかったらしい。




『堕天使』

天使の輪っか(ブルアカのヘイロー的な)
額から生える2本の蒼い角(左右非対称で右だけ長め)
『熾天使』の2Pカラー翼(黒)
蒼い異形の右腕(ゴッドイーターの神機の捕食形態)
身体中でマギの線を巡らせている(某魔術回路が浮き出ている感じ)


「負のマギ垂れ流しに出来るから解放感があって楽なんだよねー。まっ、おかげで美鈴様と同じ瞳の色になれたしいいこと尽くめだよ」


『失楽園』


負のマギを高密度に収束させ撃ち出すエネルギー砲。今回はジワジワとなぶり殺しにするために火力を抑えていたが、蒼空がその気になれば日本が東西で2分割される。


「物騒な紹介じゃないか。日本程度の面積なら跡形もなく消してみせるよ」


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。