ありふれていなければならない物理法則で世界最強 ※完結 (十二の子)
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序論:異世界に召喚されてから再び日の目を見るまで
1「ヒカリ・ヒトツイシの異世界召喚に関する法則」


―*―

 「ふざけるな、帰らせてもらう!」 

 

 …そう言えたら、どんなに素晴らしいことか…

 

 私は、こっそりプレパラートをポケットから出し、窓から漏れる光に透かしてみた。

 

 ことは、昼休みにさかのぼる…

 

―*―

 

 「南雲君、そのゼリーどう?新商品だそうだけど、カロリーが若干足りない気がするのよね…」

 

 私は、ゼリー飲料仲間(?)の南雲ハジメに、ひさびさに声をかけた。

 

 「…マズい。一石さん、なんでこんなもの勧めるのさ…」

 

 そこまで言う?カロリーは足りないけどビタミンもミネラルも充分なのに…

 

 「味なんてどうでもいいって顔してるね…でもこれはちょっと…」

 

 「しょせん味なんて脳内の電気信号なのに…」

 

 それと白崎さん?さっきからにらむのやめてくれる?

 

 「さて、私は読書に戻るわ。口直しできそうね。」

 

 弁当を持ってこちらへ来る白崎香織と八重樫雫を見て、私はこれから起きるだろう面倒を回避するためにゼリーの空容器をゴミ箱へ投擲し、イヤホンをかけ、読みかけの本を開き。

 

 ザワザワ

 

 「…何?」

 

 足元のこの光は...見た目は魔法陣だけど、いたずらにしても手が込んでいるし…出現してからそんなに経ってないのかしら…?

 

 蛍光塗料か、プロジェクションマッピングかと疑い、床に手を付けて確かめようとした直後、私は浮遊感に包まれ、気を失った。

 

 数瞬ののち。

 

 私は愕然と、前を見据えた。

 

 教室ではない。神殿のようなところで、新興宗教の教祖のような微笑みの人物の壁画を前に、突っ立っていたのだから。

 

―*― 

 

 イシュタルなる狂信者の言によれば、ココはイスラエルなみに紛争地帯のど真ん中らしい…人間族と魔人族(ナニモノ?)と亜人族(ナニモノ…?)がそれぞれに国を持ち、争い、私たちクラスメイト一同+畑山先生は唯一神エヒトとやらに人間を助けるためこの異世界(!)トータスに召喚されたとのこと。

 

 …バカバカしい。いや、腹立たしい。

 

 まだ、奴隷として売られた方が良かったかもしれない。はあ…

 

 

 「ふざけないでください!結局はこの子達を戦争に巻き込ませるつもりでしょう!そんなの許しません!私は絶対に許しませんよ!!それにいきなり私たちを連れてくるなんて、貴方達のしていることは誘拐です!」

 

 良くぞ言った、畑山先生。でもね。

 

 「先生、それは難しいと思います。

 もしここが真に異なる宇宙であるというのならば、法則が異なる世界へ干渉することは不可能です。必ず事象の地平面に阻まれることになります。」

 

 「一石さん、それはどういうことですか?」

 

 先生のみならず、クラス中から注目が集まる。

 

 「魔法を使って私たちをこの世界から出す、それはできるかもしれません。しかし魔法にあたる法則は私たちの世界にはありませんから私たちの世界にこの世界の魔法の法則は干渉できないと思われます。であれば、残念ながら、宇宙の外の虚無の迷子です。」

 

 正確には定義づけるモノがない「無」では消滅するだろうけど。通常、宇宙間にできるワームホール「アインシュタイン=ローゼンの橋」は事象の地平面、ブラックホールだ。

 

 「えっと、つまりどういうことなんだ?」

 

 「坂上君、賢くなりなさい。

 

 簡単に言えば、私たちの世界に『私たちの世界に入る魔法』はないってことよ。『この世界から出る魔法』で出られても魔法のない世界に魔法を使って入ることはできない。ないものはないんだから。」

 

 できるとすれば、それは魔法を超えた何か…そして既存の物理法則でも説明できない何か…例えばSF的には、概念的あるいは形而上学的な操作。

 

 「この世界の法則を超えた存在、例えば私たちを召喚したエヒトとやらにはできるのでしょう。違いますか?」

 

 イシュタル氏は、コクン、畏れを込めた目を私に向けた。…さて。

 

 「であれば、即座に、私をもとの世界に戻すように祈っていただけますか?」

 

 「それは不可能かと…この召喚はエヒト様のお告げによりエヒト様が自ら行われたことで、覆すことは…」

 

 「…そう、ですか。」

 

 神様なんて、やっぱり、なんの役にも立たない。

 

 私は、悲嘆にくれ騒ぐクラスメイトを眺め、はあとため息をつき。

 

 「ふざけるな、帰らせてもらう!」 

 

 …私も一緒にそう言えたら、どんなに素晴らしいことか…

 

 私は、こっそりプレパラートをポケットから出し、窓から漏れる光に透かしてみた。

 

 「一石ちゃん…」

 

 「いいの、白崎さん、気を使うことはないわ。」

 

 この脳みその主なら、こんな状況でも、それどころか奴隷として扱われたとしてさえ、探求心を失わないはずだ。

 

 エヒト、魔法、宇宙を超える存在、ホモ・サピエンスとは違うらしい人類種…調べつくされつつあるあの世界と比べて、この世界は楽しめるかもしれない。

 

 …でも重力定数は9.8m/sだといいな…

 

 「うん、なら大丈夫だ!俺は戦う。人々を救い、皆が無事に帰れるように!俺が世界もクラスメイト達も全員救ってみせる!!」

 

 …はい?

 

 「待て、待ちなさい天之河君。」

 

 「ん?一石も不安なのか?大丈夫、俺が守って」

 

 「違うの。」

 

 私は、プレパラートを握りしめた。そしてこの「勇者」様に近づき、耳打ちするー周りに聞こえないように。

 

 「…言っても聞かなさそうだから、予言するわよ。

 

 貴方は必ず後悔する。

 

 これは国と国の戦争で、死者が出ることは避けられない。

 

 敵が、貴方と貴方が守りたい人を殺すことを無条件の目的としたとき、貴方は必ず恐るべき結果をもたらす決断をすることになり、そして必ず後悔する。」

 

 「そんなことは!」

 

 「史上最強の天才ですらそうだった、いわんや勇者をや。」

 

 「…そんなことはない!」

 

 あ、そう…




 オリ主ヒロインが、下手したら天之河よりヘイト買いそう…それにしても、ちょくちょく大事な場面で考え事をして聞き逃すヒロイン設定(原作と変わらないだろう場面を飛ばすのに都合がよさそう…だからではありませんよ?)、生きていくうえでどうなんだ…
 オリ主の最後の言葉は、アインシュタインの原爆投下に関する諸々の発言に基づいています。
 「一石」はドイツ語で…?(伏線ではないつもりです)

2023/08/08改稿


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2 「ナグモ・ヒトツイシのステータスプレートに関する法則」

 お待ちかねステータスプレート回…と、オリ主の過去。


―*―

 

 ステータスプレート。

 

 王国騎士団長メルド氏曰く、各人のレベルとステータスを、血を垂らすだけで教えてくれるらしい。

 

 「ああ、言っておくが原理とかは聞くなよ?俺にも詳しいことはわからんが、これは神代の『アーティファクト』と言ってな。現代では再現できない、神やその眷属達が地上にいた頃作られたらしい。このステータスプレートは唯一複製できるアーティファクトでな、身分証として使えるためこれだけは一般市民にも流通されているんだ」

 

 …そんなこと言うと解体するわよ?

 

 ステータス、オープン。

 

 …皮肉にもほどがあるじゃない。

 

―*―

 

 天之河君は、各ステータスが100あったらしい。それはつまり、魔力も常人の10倍ということで…神様に祝福されていると言うことだ。はは。

 

 「何だよ南雲。お前非戦闘系の鍛冶職か?そんなんでどうやって戦うんだよ?」

 

 へえ、鍛冶…?

 

 「具体的に、なんなの?」

 

 「錬成師だってさ。ぎゃはは。10人に1人はいるって」

 

 「ふーん、オール10の一般人…まあ、私よりは将来性があるってことね。」

 

 「はあ?ってかそういう一石はどうなんだよ。」

 

 檜山大輔は、そう言いながら、詰め寄ってきた。きっと2大美少女と名高い白崎さんと仲がいい南雲君、そして、そんな南雲君を孤立させていじめるのに障害になっている私が、恨めしいのね。

 

 「個人情報保護法…」

 

 「は?ここは日本じゃないんだし、それくらいいだろ。ほら、見せろよ。」

 

 「…メルド団長。」

 

 「ああ、見てやる。

 

 それと檜山たち、ステータスプレートは確かに勝手に見ていいもんじゃない。いいな?」

 

 そう言って団長は私のプレートを手に取り、落とした。

 

 「…なんだ、これは…?」

 

―*―

 

 一石 光 17歳 女 レベル1

 

 天職:無神論者

 

 筋力:4

 

 体力:8

 

 耐性:8

 

 敏捷:4

 

 魔力:ー

 

 魔耐:∞

 

 技能:物理法則準拠・異法則排除・全否定・言語理解

 

―*―

 

 「…おいおいお前、全否定ってなんだよ…」

 

 「…檜山君には教えないわ。想像は付くけど。」

 

 「何えらそうにしてんだよてめー!魔力ナシって戦えねーってことだろ!まさかの南雲以下とかありえねーし!」

 

 「私は頭脳労働者だから、当たり前でしょ?」

 

 脳筋は前線で好きにしてなさい。何のために専門外の軍事書を読んだと…南雲君に勧められたライトノベルのせいね…

 

 「団長も、他言無用にお願いします。」

 

 「あ、ああ…わかった。」

 

 神エヒトに召喚された勇者一同の中に無神論者がいるなんて、スキャンダル以外のなにものでもないものね。

 

 ところで南雲君は、畑山先生のせいでさらに落ち込んでいた。白崎さん、チャンスよ。

 

―*―

 

 「…ハジメ君、大丈夫かな…?」

 

 「き、きっと彼なら大丈夫よ、ね、香織。」

 

 夕食後、白崎・八重樫ペアの部屋を訪ねてみれば。

 

 白崎さんが、うつむいていた。…予想通り。はあ。

 

 「そんなに、南雲君が心配?」

 

 「心配だよ…一石さんこそ、心配じゃないの?」

 

 「別に?重力加速度も音速もアボガドロ定数も水の融点沸点も金属の電気伝導率も観測できる限り変わらないし、魔法がある以外は正常ね。びっくりするほど代わり映えしないわ。

 

 後は南雲君に頼むこともあるし、落ち込んでもいられないわ。」

 

 物理定数がズレていたら私は役立たずになる。スマホが動いて計測のための正確な時間を教えてくれる間に、全てを確認しなくてはならない。

 

 「…一石さん、強いんだね。」

 

 「…そんなこと、ないわ。

 

 私の話を、聞いてくれる?」

 

 それから、私は、よもや引かれることもあるまい、二人に話をすることにした。

 

 「この、プレパラートについて。」

 

―*―

 

 私の父は、物理学者だった。…とはいっても、地方の中堅大学の特任准教授に過ぎず、まあ雑草だったけど。

 

 それでも、私は父を尊敬していたし、父の話は必ず聞いて、それで、今のようなリケジョに育ってきた。

 

 そんなある日。

 

 父は1枚のプレパラートを、ヨーロッパ出張の帰りに持ち帰ってきた。

 

 「なあに、それ?」

 

 「光、絶対にこれを開けたらいけないよ?

 

 これはね、ある人の脳みそなんだ。」

 

 「のーみそ?しんけーさいぼー?」

 

 「そう神経細胞。

 

 アルバート・アインシュタインの話をこの前したね?このプレパラートは、死後に散逸した彼の脳のスライス標本の、300以上あるうちの一つなんだ。

 

 パパはね、これを、アインシュタインの賢さの秘密を研究している人にもらった。

 

 パパの研究、知ってる?」

 

 「うん、このせかいの、ほーそくが、なんであるのか、だよね?」

 

 「そう。

 

 どうしてリンゴは上ではなく下に落ちるのか?

 

 どうして光の速さは秒速30万キロなのか?

 

 パパは、アインシュタインみたいな人たちが見つけた法則が、どうしてそうだったのか、知りたい。だけどね、それはとっても難しいことだって、思ってたんだ。」

 

 「…?」

 

 「だけどね?

 

 …こういう非科学的なことを言うのはガラじゃないなぁ。

 

 この前、このプレパラートに出会った時に、『頑張りたまえ、真実はいつか必ずわかる日が来る。私が果たせなかった真実を、つかみたまえ。』って、幻聴を聞いたんだよ。」

 

 「ふーん?」

 

 私は子供心に、大きくなったらパパといっしょに、アインシュタインの遺志をついで、パパと世界の真実をつかむことを決意した。

 

―*―

 

 「それからまもなくして、パパとママは、飛行機事故で亡くなったわ。ニュースを見てる間ずっと『パパとママが無事でいますように』って祈ったけど。

 

 それで私は決めた。

 

 神様なんて実在しない。したとしてもそいつは悪神ね。味方になんかならない。

 

 私は必ず、パパの遺志と、このプレパラートの主の遺志をついで、神様でないなら誰がこの世界とあらゆる法則を定め、パパとママの死を運命づけたのか、突き止めて見せる。

 

 だからたちどまってはいられない。」

 

 エヒトが宇宙の法則を超越する存在なら、私の世界の法則の成因を、聞くにたやすい。きっとエヒトも一種の定理だと思うけど。

 

 「白崎さん、ついてきて。」

 

 「え?」

 

 「…今の南雲君には、認めてくれる人が必要よ。」

 

 おゆうぎもスポーツもダンスもへったくそだった私を、無条件に認めてくれた、パパのように。




 …もしかして闇墜ちしないよなこのオリ主。そうなっても独りじゃ何もできないからやがて出てくる魔王に殺されるぞ?

2023/08/18改稿
 


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3 「フィゾーの実験」

 オリ主ヒロインの、技能の正体が明らかになります。


―*―

 

 コンコン

 

 それは、南雲ハジメが、自分の能力の役に立たなさに落ち込みつつも、王立図書館から借りてきた魔物図鑑をベッドの上で読んでいる時だった。

 

 「南雲くん、起きてる?白崎です。ちょっといいかな?」

 

 すでに時間は深夜。なぜ?と思ったハジメが開けようとする前に、ドアが勢いよく開けられ。

 

 「早く寝たいから手早く…とは言えないわね。」

 

 くふっと笑う一石光の顔を見て、ハジメは嫌な予感にとらわれ、そして。

 

 一石と入れ替わりに入ってきた白崎香織の姿ー身体のラインがわかるほどの、純白のネグリジェにカーディガンだけのいでたちーを見て、自分の予感が正しかったことに気が付いた。

 

―*―

 

 …さて、と。忙しいんだけど、でも、見過ごすわけにもいかないわよね…

 

 シャッター音が聞こえないように…

 

 カシャッ

 

―*―

 

 「え〜と白崎さんどうしたの?何かあったの?」

 

 なんとか平静を装いつつ、ハジメは窓際のテーブルに香織を座らせ、お茶を準備した。

 

 一方で香織もまた、内心では混乱していた。突然、光が引っ張ってきたので、言いたいことがまとまっていなかったのだ。

 

 「えーっと…」

 

 「…もしかして、一石さんに無理やり連れてこられた?」

 

 「うん…」

 

 しばし、気まずい空気が流れる。

 

 「南雲くんも、不安?」

 

 「…まあ、ね…」

 

 いきなり異世界トータスに連れてこられて。

 

 「でも、きっと大丈夫だよ。」

 

 「…南雲くんは、戦うの?」

 

 「僕なんか戦力にならないと思うけど、ね。」

 

 「…私は、南雲くんに、戦ってほしくない。」

 

 「え?」

 

 さては足手まといなのかと、ハジメは頭をがっくりさせた。

 

 「…覚えてるかな?私が、南雲くんをはじめて見た時のこと。」

 

 そんなハジメの内心に気づくことなく、香織は話し始め。

 

 「その時、南雲くん、土下座してたの。」

 

 「えっ」

 

 それは、ハジメも忘れていたような話だった…不良に絡まれていた老婆と子供を、ハジメは土下座することで助けたのだった。そして香織は、そんなハジメに、心打たれた。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝くんとかよくトラブルに

飛び込んで相手の人を倒してるし…

 

 でも弱くても他の人のために立ち向かえる人は

そんないないと思う。実際あの時私、自分が弱いからって言い訳して動けなかった。

 

 だからあの時に動いた南雲くんは私の中で一番強くて優しい人なんだ。高校に入って南雲くん見つけたとき嬉しかったの。だからすぐに話しかけたの。

 

 だから、私は…」

 

―*―

 

 「戦ってほしく、ないの。

 

 きっと戦ったら、変わっちゃうから。」

 

 …そう考える時点で、誰しも、変化することを逃れられない。

 

 「…そんなこと言っても、どうしようもないけど、でも…

 

 南雲くん、ちゃんと帰ってきて、くれるよね?」

 

 「…大丈夫だよ。きっと僕なんかが戦うことにはならないし。」

 

 「でも…」

 

 「それでも不安なら守ってくれないかな?」

 

 …なんだ、言い出す手間が省けたじゃない。

 

 設計図も描けたし、立ち聞きもなんだから戻って寝るわ。

 

 …絶対、帰ってきなさいよ。

 

―*―

 

 「私が、絶対、守るから。」

 

 「ありがとう、白崎さん。」

 

 ハジメは、内心、守られる側になったことへの恥ずかしさを感じつつも頭を下げた。

 

 「絶対、いっしょに、帰ろうね。」

 

 それでも、思いは変わらず。

 

 この世界を救うのではない。

 

 地球に、必ず帰るのだ。

 

 すでに、2人の意思は、勇者天之河や一石とは乖離しつつあった。

 

 「…じゃあ、そろそろ戻るね。」

 

 香織は立ち上がり、微笑み、ドアを開け、歩き出しー

 

 -盛大にずっこけた。

 

 …ハジメは、スカートの中を見てしまう前に、顔をそむけた。

 

 「いたたた…あれ?なに、この紙…」

 

 「設計図、と…

 『これを作って下さい。最後のピースを埋めます。私はアインシュタインにならってロングスリーパーなので、10時間以上してから起こして下さい。 一石光』…」

 

 ハジメと香織は、顔を見合わせ、苦笑した。

 

―*―

 

 「南雲君いる?」

 

 今日も今日とて訓練を欠席し図書館にこもっていた一石は、訓練が終わったであろう頃合いを見計らって出ていったにもかかわらずハジメが見当たらないことを不思議に思い、手当たり次第に捜していた。

 

 「あれ?南雲くんいないの?」

 

 「いっしょに捜しましょうか?」

 

 「ああ白崎さん八重樫さんありがとう。あと捜してないところは訓練場くらいだけど、訓練は終わったし、入れ違いかしら。」

 

 「…一石さん知らないの?」

 

 「何を?」

 

 「南雲君いつも、訓練場のすみで自主練を…」

 

 「あんのバカっ!」

 

 一石は、それを聞くなり駆けだした。

 

 (南雲君を恨むグループは厳然と存在するのに、一人で訓練だなんて!事故だって偽られたら…っ!)

 

 ドンッ!

 

 (間に合わなかったっ!)

 

 「何してるの!檜山ぁっ!」

 

 その叫びで、訓練場の片隅でハジメに対して魔法をぶつけていた檜山ら4人組は、振り向き、下卑た笑いを浮かべた。

 

 「あん?南雲よりも戦えない一石じゃないかぁ!ここに風撃を望む“風球”」

 

 「っ」

 

 一石は、足元で起きた小さな爆発に弾き飛ばされた。

 

―*―

 

 …スカートのポケットに手を伸ばせれば…

 

 「ここに焼撃を」

 

 …あんな、エネルギー保存則を無視した熱エネルギーの塊なんかに…神様なんてありえない存在のせいで…

 

 「望む、炎球!」

 

 アリストテレス以来の人類の叡智を、汚されてなるものかっ!

 

 「『熱量保存の法則』っ!」

 

 私は、だから叫んだ。

 

 炎球は、私の目の前で、パッと、消滅した。

 

―*―

 

 駆けつけてきた香織と八重樫雫が、何事かと瞠目しながらもハジメに駆け寄り、治癒魔法を行使する。

 

 「一体これはなにが…?」

 

 「おいおい、なんかやべえことになってねえか?」

 

 さらに、聞きつけて現れた天之河光輝と坂上龍太郎も、倒れるハジメとその周りの幼なじみ2人、そしてしりもちをついて震えながら一石に次々魔法を当てる檜山たち4人を見ることとなった。

 

 「あ、天之河、コイツやべえよ。魔法が、まったく効かねえ!バケモンだ!」

 

 「魔人族かもしれねえ!」

 

 失礼な。一石は顔をしかめ、スカートのポケットに入れていた手を出そうとしたその時。

 

 「動くな一石!」

 

 天之河の聖剣が、一石の背後に突き付けられた。

 

 「…まさか、檜山の言葉を真に受けたの?

 

 …私は、そこの南雲君を檜山たちがイジメているのを見て、止めに入っただけよ。」

 

 「檜山、そうなのか?」

 

 「違う!俺はただ訓練をつけようと思って…そしたら訓練に来ないヤツの化けの皮がはがれたんだよ!」

 

 「そうか…俺も、『ままごとに過ぎない』とか言って来ない奴だから、うすうす怪しいと思ってたんだ。

 

 そこを動くなよ一石。手を挙げろ。」

 

 「はいはい。」

 

 一石は、スマホをポケットから出し、掲げた。

 

 「この写真を見ても、そんな世迷言を?」

 

 「写真ってただの檜山の写真じゃないか?」

 

 「白崎さんの後を夜な夜なつける檜山。今なら南雲への恨み言の音声データ付き。」

 

 「…え、いや、でも、それは…」

 

 檜山は、青ざめる。そして香織は、真っ白に表情が抜け落ちた。…初日に一石に連れられて以来、ついつい香織は毎晩ハジメの部屋を訪れていたからだ。

 

 天之河は一方で、ハジメと香織と檜山の関係が理解できず、フリーズしていた。

 

 (まさか檜山が、香織のストーカー?でも、そんな、じゃあ、守って?だったら、南雲は香織を…)

 

 「やっぱり許せな」

 

 「『ニュートンの万有引力の法則』!」

 

―*―

 

 説明責任は果たした。

 

 どうやら私の技能が、「物理法則に反する魔法を全否定」し「物理法則に従う事象に切り替えさせる」モノだということもわかった。

 

 天之河の聖剣が、自分にバフを相手にデバフをかけることは聞いている。であるのならば、身体能力もブーストされているのだろう。それを無効化すれば、剣の重さを支えきれなくなる。

 

 「…さよなら。南雲君、準備は終わっているのよね?先に組み立てておくわ。」

 

 「ま、待て一石…くそっ抜けないっ!おい一石!なんとかしろ!」

 

 なんとかしろって言われてなんとかする試しある?

 

―*―

 

 …結局、無意味なことで時間をつぶさせられた。官僚機構め。危うくスマホをとられるところだった…

 

 「…南雲君、コレ、%単位の精度はあるのよね?」

 

 「うん。」

 

 「少なくとも、測定できる範囲では、光の速さも地球といっしょ…何か見落としているのでなければ、プランク定数もいっしょで、物理法則はすべて…」

 

 「そりゃそうでしょ、一石さん。」

 

 「…なに?天之河に『一石と南雲は香織と雫に近づくな』って言われて、落ち込んでる?」

 

 「え…?」

 

 無自覚…

 

 「私の技能の効果と言い、この世界は私たちの世界と同じ法則で動いていて、にもかかわらず魔法だけが浮いた存在として実在する…魔力ってなに?魔法ってなに?」

 

 それでも、解明への手掛かりはある。

 

 「唯一神」エヒト。

 

 いつか必ず、すべての法則の由来に、私は、たどり着いて見せる。




※フィゾーの実験:光速度測定の実験。
 光速度を用いなければ定義できないいくつかの概念が存在します。ブラックホール=事象の地平面もその一つ。またE=mc^2のような最重要公式が機能しており、魔法さえなければ地球と同じ法則でトータス世界が動いていることを確認したことで、一石光はこの先、理論を打ち立てていくことになるのです(よね?なにぶん思考実験なので…)。

2018/08/18改稿


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4 「ニュートンの万有引力の法則」

 落下。



―*―

 

 オルクス大迷宮。

 

 一石光は、さすがにいつものように読書しながらではないけれども、戦いもせず、ただただ歩き続けていた。

 

 前方では天之河らのパーティーが、魔物を一網打尽十把一絡げに掃討し。

 

 近くでは、騎士団が弱らせた魔物を、ハジメが錬成で固定しながら短剣で仕留めている。そんなハジメを、ちょくちょく香織が振り返って、熱いまなざしを向けていた。

 

 騎士団もクラスメイトも、「やる気のない奴」「怪しい奴」と思っているが、これでも当の一石としては協力しているつもりである…あまり戦闘要員に近づくと魔法を消してしまうかもと恐れたのだった。

 

 「魔法と共に発される光は?

 

 チェレンコフ光?

 

 光子が放出されている?

 

 …早くハジメが錬成師として成長してくれれば、もっといい観測機器と、もしかしたら加速器が…」

 

 ぶつぶつと呟いている間に、一同は20階層にまで到達した。

 

 そして。

 

 チュドーンッ!

 

 「けほけほ、何…?」

 

 騎士団もクラスメイトも、「コイツ、今までの騒ぎを把握していないのか?」と、嘘だろうと一石を見つめる。

 

 輝く鉱石が、洞窟の壁面に露出していた。

 

 「…グランツ鉱石?確か宝飾品だったかしら?」

 

 「お、おお良く知っているなイチイシ…」

 

 宝飾品と聞いて、香織はハジメをチラチラ見る。

 

 「だったら、俺等で回収しようぜ!」

 

 そう言って檜山たち4人が動き出し。

 

 メルド団長がむやみに触れるなと警告するのを聞き流し、檜山は鉱石に触れようと…

 

 「団長、トラップです!」

 

 -もし、一瞬でも早く、騎士アランが叫んでいれば、トラップは一石光の技能により無効化されていただろう。しかし、今回に限っては、遅すぎた。

 

 強い光が、一同を包み…

 

―*―

 

 …次の瞬間、騎士団もクラスメイトも、見覚えのないところにいた。

 

 ただひとり光を直視していた一石は、しばらく、見えなくなった目をつむり。

 

 その間に、メルド団長は周囲を確認した。

 

 橋の上。

 

 向こうには上層につながりそうな階段、こっちには下層につながりそうな階段。

 

 上層への階段の手前が、魔法陣に包まれ、大量のガイコツの魔物が出現する。

 

 そして下層への階段の手前には、巨大な一帯の魔物。

 

 「あれは………ベヒモス…なのか?」

 

―*―

 

 よく見えないけど、のっぴきならない事態みたいね。

 

 「全否定」

 

 法則名を捜すのもためらわれた…筋肉もなしにホネホネが動くなんて、ありとあらゆる自然の摂理に反している。

 

 ガラガラガッシャ―ン。

 

 「あ、ありがとう、一石さん。」

 

 「礼は要らないわ園部さん。それより落ち着いて。見たところ若干2名以外のステータスならこいつらにも勝てるから冷静に!早く!」

 

 さてと南雲君は…なんで前線にいるのよっ!

 

―*―

 

 ハジメによって連れ戻された天之河のカリスマ性は目を見張るものがあった。

 

 天翔閃はトラウムソルジャーたちを吹き飛ばしていき、さらに仕方なく天之河パーティーに近づいた一石の「全否定」によりトラウムソルジャーは手を出すことができなかった。

 

 しかし。

 

 一方では錬成を使って必死にベヒモスの足止めをしていたハジメは、ピンチに陥っていた。

 

 土の塊にベヒモスの頭を固定しながら顔をしかめるハジメを見て、一石は「このままではじり貧だ」と駆けだした。

 

 「メルド団長っ、私が一瞬、アレの突進力を失くします。その間に撤退で!」

 

 「ああっ!」

 

 悲しいかな敏捷力最下位でも、なんとかたどり着いた一石は、ベヒモスの背中をにらみつけ。

 

 「…こんな大型動物が、これだけの突進力と防御力を両立させることはできないし、生物であるからには体温を赤熱するほど上げるなんてできない。

 

 魔物、ベヒモス。私はあなたを、全否定する。」

 

 -法則準拠ー

 

 -魔法法則排除ー

 

 地球の法則に従い、岩で固定された頭を抜こうと角を赤熱させていたベヒモスは頭部全体、脳まで達する大やけどを負った。

 

 「戻るわよ南雲君っ!」

 

 「うん!」

 

 走り出す2人。

 

 後ろで、もがき苦しむベヒモスが、ドタドタとバタつく。

 

 とどめを刺すため、騎士団とクラスメイトが、魔法の一斉攻撃を放った。色とりどりの光の帯が、2人を超えてベヒモスへー

 

 -一つの火球が、針路をクイッと曲げ、落下した。

 

 ハジメの足元で、爆発が起きる。

 

 「がはっ!」

 

 「まったく!」

 

 一石は、吹っ飛ばされたハジメを助け起こそうとかがみ、そして嫌な予感と共に振り向き、青ざめた。

 

 橋が、崩落を始めていた…死の間際にもだえ苦しむベヒモスの蹴りと魔法攻撃の着弾が、石橋をたたきすぎてしまったのだ。

 

 「ちっ!」

 

 ヒビが、ハジメの足元の爆発穴へと伸び。

 

 「ハジメくん!光ちゃん!」

 

 香織が、手を伸ばし。

 

 (私の敏捷力、そして負傷した南雲君じゃ崩落を逃れられない。この手をつかんだら、白崎さんまで巻き込んで…)

 

 一石光は、本能的につかんでしまった手を、離そうとした。

 

 「離さないでっ!」

 

 香織は、その手をギュッと握り。

 

 直後に、橋は、粉々に砕け散った。

 

 (ああ、死ぬのね、私。

 

 アインシュタイン、パパ、ママ、遺志を継げなくて、ごめんなさい…

 

 ニュートン…私と私の両親は墜ちて死ぬけれど、あなたがリンゴを落としたことは恨みません。

 

 白崎さん、なんとかあなただけは…)

 

 一石は、香織を内側に抱きしめ、そして、プレパラートを握りしめた。




 でも、リンゴは砕けなかった。ニュートンがリンゴをとちって落っことしてしまった時に、我々は重力から逃れられなくなり、お盆三刀流は千夜にしかできなくなり、隕石は糸守町に落っこちるようになりました。しかしながら同時に、リンゴがリンゴと判別できる状態で落下してきたことが、「もしかしたら物体が落下しても無事かもしれない」という希望を与えたのですSoGreat!

 ※アホを言うのもたいがいにしましょう。なぜピサの斜塔から物が落ちたのかは、物理法則が人間の営みに左右などされないことを教えてくれます。

 転移の時の放射光を直視したのは、魔法に伴う光の様子を知りたかったからです。

 そして、オリ主の技能の正体がほぼほぼ判明しましたー今回行ったのは、「魔物から一時的に魔法の身体強化を取り除く。すると魔法の効果で加熱していたり加速していたり血液をむりやり末端に送ったりしていた魔物はどうなる?」です(かのイマジンブレーカーが強いのは、相手の異能を消した場合に殴り勝ちできるからです。太宰治の「人間失格」も、彼がめったなことでは死なないから、無効化すると有利なのです。オリ主はそんなことできないししないので、ハジメたちも最初から「異能無効最強」路線はあきらめています)。


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5 「3・3・3の法則」

 ウィンドウズを更新したら、変換の時のUIが変わってて落ち着かない…


―*―

 

 「ヒカリ・ヒトツイシ。起き給え。」

 

 「ん…?」

 

 「僕だ。早く起き給え。」

 

 「もう起きているじゃない。あなたは?」

 

 「この顔を見て、わからないかい?…アルバート・アインシュタインだよ。」

 

 「幽霊?そんなはずないわ。」

 

 「そうだろうね。僕はあくまで、君が思い浮かべる僕に過ぎない。それはこの世界と同様だ。」

 

 「なるほど、私はまだ、眠っているのね…」

 

 「きっと君は、永遠に起きられないだろう。」

 

 「落下地点が45メートル以上なら、確実に死に至る…そうよね。死ぬわよね。底が見えなかったもの。水面だとしても75メートル…」

 

 「そんな理屈で、君は、あきらめるのかい?」

 

 「箱の中の生死は、開けるまでわからない。」

 

 「私はリンゴをキャッチすることができた。」

 

 「それでもトータスは回っている。」

 

 「神はサイコロを振らないが、運勢は時としてサイコロを振っているように見えるかもしれない。」

 

 「…皆さん…」

 

 「私も、君も、知識という巨人の肩の上に立っている。」

 

 「無数の確率を、つかみ取れ。」

 

 「世界の回り方を決めるのは法則じゃ。教会ではない。」

 

 「自然法則こそが神だ。君はついにつかめるのだろう?」

 

 「「「「継いでくれ、私たちの遺志を」」」」

 

―*―

 

 「はっ!」

 

 ゴツン!

 

 「あわっ!」

 

 …視界がチカチカする…

 

 「ちょ、ちょっと静かに…」

 

 口元を、手で押さえられた。

 

 〈どうしたの?〉

 

 仕方がないので、気絶しそうなほど痛むが、腕を伸ばして指先で砂地にひらがなを書く。

 

 〈まものがいる〉

 

 後は、この柔らかい白い手の持ち主とは別に、もう一人の落下者。

 

 〈なぐもは〉

 

 後ろで、首を振る気配がする。

 

 〈はぐれちゃった〉

 

 ああそう…同じコースで落下したのなら、白崎さんをかばって2人分の衝撃を受けた私のほうがダメージがあるはず。

 

 〈きっとぶじ それよりいまはわたしたち〉

 

 状況を、把握しなければ…

 

―*―

 

 「はあーっ…」

 

 香織は、細くゆっくりとため息を吐いた。どこかなまめかしさのあるため息に、一石は一瞬見とれたが、状況を思い出し止めたーため息すら抑えなければならないほどに、危険なところにいるのだから仕方がない。

 

 もちろん、人間としてしなければならないことはあるし、一石もそれを理解してはいる。でも、だからこそ、今はそれどころではない。

 

 「…白崎さん、『3・3・3の法則』って知ってる?」

 

 「え、えっと、またアインシュタイン?」

 

 「いいえ、ただの経験則で、物理法則ではないわ。人間がそれなしに生き延びられる時間は、空気が3分、水が3日、食物が3週間…という俗説よ。

 

 水は、私たちが生きているということはどこかでクッションになってくれた滝か何かがあるはずだから、それを捜すとして、それとは別に…

 

 …魔物の肉は食べられない。だから、2週間を過ぎたら…

 

 …食べられるもの、私しかないわね。いいわ、そうしなさい。」

 

 「えっ」

 

 言わずもがな、香織は息を呑んだ。

 

 「ダメだよそんなの!なんでそんなこと言うの!」

 

 「私には、あなたをこんなところに落っことしてしまった責任がある。あなたと南雲君だけでも、なんとしても地上に帰さなくちゃ…」

 

 「ダメ!

 

 私は、光ちゃんにも助かってほしいから、手を離さなかったの!そんなこと…命を粗末にするようなこと言わないで!」

 

 強いまなざしが、暗い奈落の底で、一石光を射すくめた。

 

 「いっしょに、ハジメくんを助けて、帰ろ?」

 

 「…わかったわ。」

 

 それは容易なことではない…とは、一石は言わなかった。

 

 「まずは水、それから、食べ物ね。

 

 …光がささなくても暗性植物って生えたかしら…さすがにコメツキガニのまねごとはごめんこうむりたいし…」

 

 干潟泥の中のバクテリア、洞窟のコウモリ糞、孤島のグアノ、深海熱水鉱床の硫化水素といったものに思いをはせた一石だったが、すぐに首を振った。

 

 「治癒魔法に頼って食中毒をどうにかするにしても、消化できなければ水分の浪費ね。やっぱり魔物をなんとか食べられれば…」

 

 「あの…」

 

 香織が、恐るおそる問いかける。

 

 「光ちゃんなら、魔物の魔法を無効化できない?」

 

 「あー…やってみましょう。

 

 …痛っ!」

 

 「光ちゃん、立ち上がっちゃダメ!まだ治ってないんだから!」

 

 「ごめんなさい…巻き込んで、その上に治癒までさせてしまって。」

 

 「ううん、いいの。」

 

 無垢な笑顔を見て、一石は「必ず白崎さんを、南雲君のところへ連れていく」と、決意を新たにした。

 

―*―

 

 それからの、2人の動きは早かった。

 

 体力と魔力を回復させた2人は、まず、丸1日を観察に費やした。

 

 主な魔物は3種類。回転し逆立ちする「蹴りウサギ」、尻尾から電撃を放つ「二尾狼」、そして二足歩行動物と思われる巨大な足跡の持ち主。

 

 この中で、一石は最初、食べ残されたウサギを期待したーが、ウサギが狼を蹴り砕く衝撃の場面とともに、期待も砕け散った。

 

 ウサギが意気揚々と去ってから、狼の足跡を逆にたどる一石。

 

 一匹の二尾狼が、岩陰で休んでいた。

 

 (空気に火花が散り、絶縁破壊が起こるほどの電圧に、生物が耐えられるわけがない。

 

 オームの法則に基づき、私は、二尾狼を認めない!)

 

 ギャンッ!

 

 二尾狼は、丸焦げになった。高電圧による電流が、生体内の電気抵抗によって熱を生んだのである。

 

 香織が、魔法でとどめを刺す。障壁を作る防御魔法が空間の行き来を遮断することである種の空間切断面となることを、一石は気づいていた。

 

 いくつかにすぱっと切り分けられた二尾狼。

 

 まずは、一石が入念に焼く。万が一未知のウイルスでも地上に持ちだしたらシャレにならない。

 

 「魔力は感じる?」

 

 「ううん。」

 

 「じゃあもう魔物じゃないのね。」

 

 パクリ。

 

 マズいが、一石は一切気にせず、錠剤サイズに切って、一口、また一口と、非常にゆっくり食べていく。

 

 「…大丈夫かしら…」

 

 「そう?なら…」

 

 香織もまた、慎重に、錠剤サイズの狼肉を口に運び。

 

 咀嚼し、呑みこんで。

 

 「うっ!」

 

 直後、ミステリードラマの青酸カリを呑んだ人のような挙動で、けいれんを起こして倒れた。

 

 「ちょっと、白崎さん!?」

 

 あわてて、一石は香織を抱え込み。

 

 「ぺっしなさいぺっ!」

 

 吐かせようといろいろやってみるが、香織は激痛で全身をばたつかせ、髪が黒から白に変わっていく。

 

 「治癒魔法を…詠唱はわかる!?」

 

 「う、う…ん!」

 

 とぎれとぎれに詠唱の声がする中。

 

 (毒性があるなら、まずは代謝、排出を…そのためにも水、水は…

 

 あった!?)

 

 一石の夜目は、先ほどまで二尾狼が丸くなっていた岩陰の奥の岩の割れ目から、ちょろちょろと染み出す水の流れを捉えた。

 

 「白崎さん、これを!」

 

 煮沸する余裕はない。両手ですくった水を、なんとか口を開けさせ呑ませる。

 

 …一石光は、知らなかった。 

 

 染み出す水の名前は「神水」。無限の治癒効果を誇り、ちょうど同じころ意識を失った南雲ハジメを癒している魔力水であることを。




※夢の中での登場人物:アインシュタイン、ガリレオ、シュレディンガー、ニュートン。

 防御魔法って最強じゃないですか?敵の首から上を防御したら、脳に心臓からの血流がとどかなくなって死にますよ?(同様に、傷んだ/消失した細胞を治している治癒魔法も、使い方によっては癌化っていうエグい攻撃ができると思います。)


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6 「フレミング左手の法則」

 〇電場、磁場、力。
 ×物理学基礎論。


―*―

 

 「…これはすごいわね。」

 

 一石光は、巨大な獣のホネを見て、興奮を表情に出しつつ、ホネについた肉のスジをはぎ取った。

 

 「いい具合に燻製になってるわ。」

 

 白崎香織が、辺りを警戒しながら、足元にあった金属の筒を拾った。

 

 「コレ、なに?」

 

 「…薬莢。そういうことね。

 

 もうここに用はないわ。動くわよ。」

 

 一石は、はぎ取った肉をスカートのポケットに突っ込み、歩き出した。

 

―*―

 

 …上がれないからいくつもの階層を降りてみたけれど、どこも、破壊、破壊、破壊で、ホネが散らかっていた。

 

 ありがたい反面、「歩く樹」が数本しかなかったのは恨む。庭の柿の木だって冬鳥のために残すのに、あんなおいしいモノを狩りつくすなんて。

 

 とにかくも、私たちは、南雲君のおかげで、無事に地下へ地下へと降りていくことができる。きっと、新しい力だけでは、どうにもならなかっただろう。

 

 私は、後ろを振り返った。

 

 白崎香織ー私が巻き込んでしまった人は、今も、私を守ってくれている。黒髪は銀髪へ、背は高くなり胸も…全体的に、日本人から西洋人に変わってしまってまで。

 

 戦術もそうだ。白崎さんが魔物を食べることで得た「纏雷」に、頼っている。使い方を考えるだけの私は、頭でっかちなまま、なんの役にも立ちはしない。

 

 …なぜ、白崎さんは魔物を食べることで次々と魔法を得ているのに、私には得られない?

 

 私だって、あの、絶叫してのたうち回るほどの苦しみを、味わわなければならないのに。

 

 なぜ、なぜなの?アインシュタイン。

 

 魔法って何?そもそも、「魔力」が伝わるものであるからには、空間に何らかの媒体が…

 

 ダメ、ダメよ私。それは光のエーテル仮説に逆戻りだわ。まず魔力の正体が粒子なのかどうなのか…うーん…

 

 「ハジメくん、まだかな…大丈夫かな…」

 

 「きっと無事よ。そこそこに散らかる痕跡は、銃火器のモノとしか思われないわ。それに途中の広間。崩れた岩と何かの外骨格は、確実に、錬成魔法によるもの…QEDとまでは言えないけど。」

 

 問題は、見つけた足跡が、途中から小ぶりなモノが加わった2つになっていること…出会ったら叱り飛ばしましょう!

 

―*―

 

 正の字19個と、4本の棒。

 

 99階層を意味するしるしを描き、一石は座り込んだ。

 

 「…え?」

 

 空薬莢が転がっている。火薬はまだ、湿っていない!

 

 「…白崎さん、急ぐわよ。」

 

 「なんで?」

 

 「これ見て。

 

 この下の第100層は、たぶん強い。そしてそこか、その向こうに、南雲君はいる!近い!」

 

 「うん、わかったけど、でも…」

 

 「ええ、私たちは、錬成師ではない。武器もない。

 

 …きっと、二撃目はないわ。」

 

 魔法を撃ち合ったとする。その時に仕留められなかったならば、戦闘要員が1対1の状況では、魔法に長けた魔物のほうが連射速度が速く、撃ち負ける。

 

 「一撃で…ってこと?」

 

 「そう…だから、少しの間、私に猶予と、力をくれるかしら。」

 

 「もう…友達なんだから、遠慮することはないのに。」

 

 「…友、達?

 

 私を、そう思って、くれるの?」

 

 「違うの?私は、そうだって思ってるよ?」

 

 「でも、私は、これまでも、これからも、白崎さんに迷惑を…」

 

 「ううん、迷惑とか、そんなんじゃないの。

 

 友達だから。」

 

 ああ、そうか、これが友達なのか…一石は感動した。

 

 いつだって、理詰めで物事を考える彼女は、途中でうっとうしがられ、仲良くなることをあきらめられ、見捨てられていた。それは、「口は突っ込むけど実際に出せる力は何もない」という彼女の在り方が、「出来もしないくせに生意気な」と思われたからでもある。

 

 そしていつしか、一石光も、あきらめていた。オーダーを出す以上の関係ではありえないと、他人とはギブアンドテイクでしか関われないと。だからこそ頼り切っていた香織に対し、今でも生き血を差し出したいくらいの申し訳なさに駆られていた。

 

 だから…

 

 …極限状態で2週間弱。それでもなお、友達だと、迷惑を許してくれると、そう言ってくれた。

 

 一石は、すがりつきたい衝動を抑え、設計図を頭の中に引きなおした。

 

 「…これならいけるはず。

 

 白崎さん、『錬成』を、この設計図でお願い。」

 

 一体成型された多重巻きコイル、流体を流すパイプ、鉄の芯…そういったものを、一石が鮮やかに地面へ描いていき、50階層の広間で見つけた外骨格を食べて得た錬成魔法を使って香織が作っていく。

 

 「後は、これで…」

 

 2本のレールの間に、火薬鉱石を詰めた空薬莢を挟み。

 

 「行くわよ、マイフレンド!」

 

 「うん!」

 

 2人は、高らかに、100層の岩戸を引き開けた。

 

―*―

 

 魔法陣とともに、何かが、現れようとする。

 

 「『纏雷』、今っ!てえーっ!」

 

 レンズを備えた照準器を覗き込んでいた一石が、叫んだ。

 

 香織が杖を振るい、スパークとともに、コイルに高圧電流が流れ。

 

 「爆縮、今!」

 

 ガッ!

 

 爆轟の音が、くぐもる。

 

 コイルを包む鉄パイプの内壁に塗られた火薬が、コイルを瞬間的に圧縮し、コイル軸方向に発生していた磁力線を押しつぶし。

 

 強力な磁場は、そのまま、発電機に作用して大電圧大電流を生み出す。いわゆる「磁束圧縮ジェネレーター」だ。

 

 パイプの中を冷却の魔法で流されていた液体アルゴンにより、超電導状態となってもう一つのコイルを流れるそれなりに強力な電流が生み出す磁場と、爆薬発電機の電流が直交し。

 

 フレミング左手の法則に従い、交点上にあった空薬莢が、レールガン銃弾となって飛び出した。

 

 衝撃波が、装置を破壊する。

 

 電流が、火薬に着火し。

 

 マッハ15の速度がもたらす摩擦で薬莢は蒸発し。

 

 出現したばかりのヒュドラは、体内をズタズタにしてから貫通する寸前で爆発した火薬によって、胴体を一瞬膨らませたのち、ドシンと倒れこんだ。

 

 「『縛光鎖』」

 

 「『ニュートンの粘性流体の法則』」

 

 あわれ、6つの首が落ち、7つ目の首も血圧が足りず血流が停止して涙と共に倒れた。…お気の毒に。巨大な首7つに酸素をいきわたらせるのには、魔法がなくては瞬時に脳死確定である。

 

 「さあ、行きましょう。101層ではなさそうよ。」

 

―*―

 

 「ふふ、ハジメ…」

 

 天蓋付きのベッドの上で、全裸で横たわる意識のない青年。それを覗き込むように、少女が舌なめずりしている。

 

 少女の手が、ハジメの首筋の噛み痕をなぞり…

 

 「ストオォーーップ!!」

 

 「そこまでっ!」

 

 2人の少女の、叫び声が響いた。

 

 「ん…!?」

 

 青年ー南雲ハジメは、目を開けた瞬間に漂う修羅場感に、震え上がった。




 はい、ギリギリゴール!というか、オルクス大迷宮RTAみたいになってて震える…

 錬成は香織が例のサソリモドキの残骸の残りから得ています。ハジメほど使い勝手は良くないです(天職ではないので)。
 
 磁束圧縮ジェネレーターは、ソ連が誇る叡智です(今は西側にもありますが)。レールガンのような高電圧を必要とする兵器に使用される計画だったようです(アメリカのSDIとか)。

 やっぱりハジメ×香織推しなのですが、ハジメがいったん非情に堕ちてしまわないとシアを見捨てたりしてくれないし、ユエの立ち位置も怪しくなるし云々で、結局タイミングはこうなりました(おかげで香織さん御一行には残敵処分&死肉あさりみたいなことをさせてしまい申し訳ありません。)。でもコレで、香織も原作ハジメに準ずるくらいの強さになってくれたのでは?(ハジメに対し物理7割、魔法9割くらいを想定しています。先駆者のみなさんほど才能がないので、ステータスプレートは考えません。)

 だんだん投稿時間が遅くなっていますが、実はライセン編まで書き終わっています。単純に投稿処理は課題とか終わってからしているだけ…うう。


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7 「ヒカリ・ヒトツイシの思考実験その1」

 どうも、大事なシーンを「その間考え事してました」で飛ばすことで定評がある2次創作者です。…原作をお読みください。ただ実は私自身今手元に書籍版がないのですが。


―*―

 

 「神代魔法というのは、理解不能ね…」

 

 私は、呟いた。

 

―*―

 

 「あ、あなた、何してるの!」

 

 「何って…食事?」

 

 「しょ、食事って…」

 

 香織とユエがお互いに視線で牽制しながら穏やかに会話する中で、後ろにいた一石光は、「DNA検査したいわね。吸血鬼…」と、ユエの鋭い犬歯を見つめていた。

 

 パンパン。

 

 「はいはい2人。いったん落ち着く!

 

 じゃあ南雲君借りていくから!」

 

 「「ゑ!?」」

 

 バタン。

 

 「ちょっと!抜け駆けするの!?」

 

 「光ちゃん!光ちゃんはハジメくんのこと好きなわけじゃないと思ってたのに!」

 

―*―

 

 「…うすうす、気づいてなかったわけじゃないわよね?」

 

 「まあ…な。

 

 って言うか一石さん、よくわかるな、俺が南雲ハジメだって。」

 

 「いろいろ落としていってくれたからね。クマの毛皮に始まり、助けられたわ。」

 

 一石は、破れた部分にパッチ状に毛皮を当てているうちに革製にすり替わってしまった自分のブレザースカートをひらひらさせて見せた。

 

 「…見栄え悪くない?」

 

 「…今までそんなに明るくなかったんだから、贅沢言わないの。それより、そう思うなら白崎さんに服を作ってあげなさい。私じゃカボチャの馬車のおばあちゃんは身に余るわ。」

 

 「…いや、ここまで連れてきてくれただけでも。死んだものと思っていたからな…」

 

 「あなたがそう思って1層の探索を打ち切ったころ、私たちは神水の鉱脈をたどってあなたが生きている希望を得たわ。」

 

 「そんな入れ違いをしてたのか…

 

 …大変だったか?」

 

 「私は、何もしてないわ。あなたがねぎらうべきは私じゃない。

 

 それに、私は、別にあなたに求めるところがある。」

 

 「お、おう、なんだ?」

 

 「…私の、友達に、なってくれる?」

 

 え?と、変わり果てていたハジメは首をかしげた。

 

 「友達じゃないのか?」

 

―*―

 

 「…話は付いたわ。白崎さん、後は2人でゆっくりじっくりしっぽり」

 

 「良かったね光ちゃん、友達が増えて。それと、疑ってごめん…そうだよね、光ちゃんはそんなずるくないよね。」

 

 「ん。脳みそが恋人の女。」

 

 キリリ、一石は顔をしかめさせた。確かに真理の探究のあまり枯れていると自分でも思う彼女だが、オシャレはすることからわかるように、そこまで言われる筋合いもない。

 

 「で、ユエさん、あなたにはお話が」

 

 「ダメ。香織が抜け駆けしないか見張る。」

 

 「後から現れたあなたが何を。」

 

 「…どうしても邪魔すると言うなら容赦はしない。『蒼天』」

 

 「『熱対流』」

 

 魔法陣とともに生み出された青い炎の塊は、その熱量を持つ空気が軽いことによって、天井までまたたく間に上昇して消えた。

 

 (上昇速度から察するに熱量は数千度…白崎さんと同レベルか、それ以上?)

 

 「…気遣いはうれしいんだけど、光ちゃん、私も、ユエちゃんもいっしょがいいと思う。」

 

 「え?なぜ?」

 

 「…だって、ハジメくん、きっと、ユエちゃんがいなくなったら、悲しむから。」

 

 「なんだ。

 

 あなた、ただのヤンデレじゃなかったのね。」

 

 「…悪口?かな?かな?」

 

 「まさか。」

 

 (行ってらっしゃい)

 

 (行ってくるね。ありがとう)

 

 やっと、ハジメと香織を、引き合わせることができたーきっとこれが、最初のハッピーエンドだと、一石は涙をこぼしながらも、今いる穏やかな空間を調査するため歩き出した。

 

―*―

 

 「南雲くん…ううん、ハジメくん。

 

 守れなくて、ごめんね。」

 

 香織は、思い切りハジメを、抱きしめた。

 

 「し、白崎さ…」

 

 ハジメが、どうするべきか、両腕を泳がせる。

 

 「もう、絶対、離さないから…っ!

 

 私は、ハジメくんを、失いたくないっ!

 

 ずっと、じんぱい、しでっ…」

 

 グスッ。

 

 常に、香織はハジメの足跡をトレースしてきた。だからこそ、「まだ生きている」と「次の足跡の奥で、死んでいるかもしれない」という心理のはざまで、彼女は揺さぶられ続け。

 

 後はもう、言葉にならない。

 

 ひとしきり泣いてから、香織は、顔を上げ、ハジメの顔を見つめた。

 

 「…ん。」

 

 ユエが、うなずきを香織に送る。なんだかんだ言って、認めたのだろう。

 

 「ハジメくん。

 

 私は、あなたが好きです。あの日出会ってから、ずっと…

 

 お互い変わってしまったけど、でも、私の気持ちは変わらなかった。ううん、むしろ…

 

 だから、私と、私と付き合ってください。」

 

 「…俺は、奈落に落ちて、地球に帰ること以外、全部、捨てたつもりだった。

 

 だけどずっと、一緒に落ちた2人はどうなったか、そればかりが頭から離れなかった。

 

 香織…こんな俺で、いいのか?」

 

 「ハジメくんだから、いいんだよ?」

 

 「…ん、私も。

 

 私も、ハジメに助けてもらった。だから…

 

 私も、ハジメのことが好き。香織よりも遅かったかもしれないけど、気持ちなら絶対負けない。」

 

 「…香織、ユエ、優柔不断で、ごめん。」

 

 (どっちも好きじゃ、ダメですか?)

 

 ((いい)よ)

 

―*―

 

 「で?3日3晩出てこないって言うのはどういうつもり?」

 

 一石光は、さすがに呆れかえった。

 

 「いや、その、うん、大人になっちゃった。」

 

 「仲間外れ。」

 

 「…やっぱり、魔法がどうこうに関わらず、ユエは私の敵ね。」

 

 「受けて立つ。」

 

 「いい加減にしろ2人とも。

 

 それで一石、そのアーティファクトの山は?」

 

 「神代の『解放者』オスカー・オルクスが作った、宝の山よ。」

 

 まあ私には持ち腐れの宝だけど、と一石は自嘲した。

 

 「…解放者?」

 

 「詳しくは、本人に聞いてごらんなさい。3階の書斎にいるから。ついでに神代魔法がもらえるわよ。…私は弾いちゃったけど。」

 

 「神代魔法が!?」

 

 「そう。

 

 さあ、百聞は一見に如かず。行った行った!」

 

―*―

 

 生成魔法ーあらゆる物質を、意のままに操る魔法。

 

 原子組成すら変成している節があるが、南雲君に依頼したガイガーカウンターでは放射線を検知できなかったーつまり、原子核変化は起きていないか、起きていたとしても高度に制御され素粒子やエネルギーを放射していない。

 

 少なくとも、質量保存の法則が破られた様子はない。破られていたらエネルギーの流入を心配する必要が…というよりは私が触れた瞬間にE=mc^2でトータスが消滅する可能性を心配しなくてはならなかった。良かった良かった。

 

 魔法の正体も、謎のままだ。

 

 故オスカー・オルクス氏(危うく資源利用されるところだった。「脳みそを持ち歩いてるヒカリは人のこと言えない」には傷つい…ユエ!)によれば、やはりエヒトは邪悪な存在だった。しかし、「天職:無神論者」などという、一歩一歩ごとに神様の存在を冒涜し否定する人物の存在を許容し、あまつさえ魔法によって動くアーティファクトであるステータスプレートに表示させているところを見るに、エヒトは創世神と言えるほどの、少なくともあまねく世界のすべてを統べるほどの存在ではない。

 

 仮に赤方偏移を発見してトータスもビッグバンにより生まれた世界であることを証明しても、それは神様の否定にはならない。それどころか、あらゆる無神論は「そう見えるように超越的な神様が創世した」という有神論を否定できない。…真にこの世界を創った者については議論できる段階ではない。

 

 いずれにせよエヒトは、トータスの法則を理解し、それを飛び超え、私たちの世界の法則をも掌握して召喚に成功したと考えるのが妥当だ。いくつもの平行宇宙マルチバースが同じ法則で動いている必要性は必ずしもないーが仮にそのようないくつもの宇宙をまたがって存在する法則があるとして、エヒトはそれを知っているから召喚に成功したとし、これを「超統一理論」と呼ぶことにしよう。

 

 超統一理論を知れば、私たちの世界の物理法則の源である大統一理論のすべてと、その来歴の手掛かりを得ることができる。エヒトは、ニュートンが指す「知識の巨人」を大きくしてくれる存在だ。

 

 そして、探求すべき目先の謎は2つ。「魔法の法則的原理」「なぜ、私は魔法を無効化できるのか」。

 

 2つ目の謎については、表面的には理解できた。

 

 私の技能「法則準拠」は、おそらく、「ある一定の空間に、物理法則を押し付ける技能」、「異法則排除」は、「ある一定の空間から、物理法則と反する事象(=魔法)を排除する技能」だ。「全否定」は、おそらく2つの総称。

 

 これ以上は、魔法の原理を問わなければならない、か。

 

 情報が、足りない。

 

 …残る迷宮の攻略も、ヒントを得るには必要、か。神代魔法を得られるわけでもないのに。

 

 「参ったわね…」

 

―*―

 

 時間を、数週間さかのぼらせてみよう。

 

 「オルクス大迷宮にて、勇者と騎士団の部隊がトラップ事故により下層に落とされ、3名が行方不明」という報は、またたく間にハイリヒ王国を駆け巡った。

 

 軍部は愕然とした。メルドら軍官は目の前で3人も失ったことにショックを受けていたし、文官は「これでは先が思いやられる」と嘆いた。

 

 一方で、報告を聞いた畑山愛子教諭は、卒倒した。

 

 3日後、やっと目が覚めた畑山先生は、机の上に置かれていた2枚の紙の内容に、再び卒倒することになる。

 

 〈仮に南雲ハジメが何らかの事故に巻き込まれるとしたら、それは高い確率で檜山大輔によるものでしょう。彼は男女トラブルで南雲君を逆恨みしています。

 

 錬成師を軽んじているこの国の兵站に私は憂いを禁じ得ません。この国が「勇者」や「英雄」を求めるのは、ひとえに軍事力の不足であり、突き詰めれば兵站、防衛計画の致命的な失敗によって奇跡に頼っているだけのことです。

 

 武器を研究し、誰もが戦うことのできるような武器を開発し、それによって国民皆兵を成す。疑似戦時下にある国でありながら銃後の備えを行わないこの国には、それだけの覚悟が必要です。

 

 ですが、一方で軍拡、総力戦体制への突入は、国全体を、あらゆる国民を戦争に引きずり込むかもしれません。

 

 私はフリッツ・ハーバーにはなれない臆病者です。ですから、このメモは先生に託します。

 

 社会科教諭ですから、火縄銃の構造は御存じでしょう。

 

 ヒカリ・ヒトツイシ〉

 

 そして、2枚目の内容は「ハーバー・ボッシュ法を用いた窒素固定による火薬の製造法、及び魔法によりこれを行う方法」だった…

 

―*―

 

 オルクス大迷宮の底、解放者の住処で4人が合流してから2か月。

 

 彼ら彼女らは、人工太陽まばゆい地下にて鍛錬に注力した。

 

 ハジメの失くなってしまっていた片目片腕は、義眼義手が取り付けられた。とりわけ義手には一石が協力し、さまざまなギミックが組み込まれた(光ちゃんってマッドサイエンティスト?と香織は呟いたし、ハジメすら時々ひいた)。

 

 現状、パーティーは1つの配置に至りつつある。近接アタッカーでありメカニックのハジメ、魔法アタッカー(でありハジメの側室)であるユエ、汎用サブアタッカー兼ヒーラー(であるハジメの正室)である香織、そして知恵袋でありハジメの技術顧問の一石光。

 

 わけても、万単位のステータスを誇るハジメたち3人と比べて、食べた魔物肉の恩恵を受けることも直接戦うこともなかった一石は、桁単位でしょぼい。今さらどうにもなるまいとすっぱりあきらめた一石は、あきらめて頭脳労働に特化することにしたが、それでも最低限の自衛能力は求めた。

 

 2か月が終了した時点での一石のステータスは以下。

 

 一石 光 17歳 女 レベル35

 

 天職:無神論者

 

 筋力:50

 

 体力:120

 

 耐性:100

 

 敏捷:650

 

 魔力:ー

 

 魔耐:∞

 

 技能:法則準拠(+視界内制限標的)・魔法法則排除(+発動停止・+視界内制限標的)・全否定・並列思考処理・瞬考(+火事場のバカ力)・設計・超速演算・測量・精密照準・見切り・言語理解

 

 …未だ、人外に至らず。自分が開けられないフタをハジメや香織が壊してしまうのを見ては陰で寂しく思うことしばし。

 

 服も制服のままに思われたが、スカートの裏、太ももには無粋な銃「ゴク」「マゴク」が隠されている。この銃はもとはと言えば世界の壁を崩して攻め込む悪魔の名前で、トータスを構成する魔法法則を否定しつつ世界の法則の源に迫ろうとしている彼女らしいが、銃床についた鎖鎌を勘案するに実際はハジメが「特命戦隊ゴーバスターズ」から命名したらしい。

 

 また、代わり映えがしないように思われたブレザーとスカートも、実際には鉛糸、鉄糸で編まれて、たいていの攻撃を弾くくさりかたびらとなっていた。左手には折り畳み式光学測距儀(!)、右手にはオルクスの部屋で見つけた収納魔法のアーティファクトの中に無数の機材。さらに、水戸黄門のような仕込み杖のてっぺんにも同じような「宝物庫」を備え付けるーそれでもなお、ハジメのような威圧感、危険人物感は、とうてい出せなかったか。

 

 「さて、と、そろそろ行くか。」

 

 「久しぶりの外だよね。雫ちゃんも待ってる…ユエちゃんは300年ぶり?」

 

 「ん。楽しみ。」

 

 「ちょっと待って3人。」

 

 オルクスの住処を照らす人工太陽に、杖にてっぺんの宝物庫を外すと現れるもう一つの宝物庫を近づけ、スッと吸い込み、一石は「これでいいわ。実験室は迷宮から野外へ移転ね。」と呟いた。それで、空間は闇に包まれる。

 

 「……俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう…兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい。」

 

 (大きいどころか100%。けれど、私たちは屈することはならないわ。この世界にアルフレッド・ノーベルは要らないからこそ、独立し、あらゆることを背負って、すべてをはねのける、そうでなければならない。)

 

 「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

 

 「知ってしまったことは、なかったことにはできないわ。いずれ、何らかのカタチで、私たちと奴らは、交錯せざるを得ないでしょう。

 

 例え偽りの神と言えども、絶大な力には変わりなく。それでも、理屈が及ぶ存在である限り、超えられないことはありえない。」

 

 「一石の言う通り。世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りない、神様だって打ち破らなきゃならないくらいな。」

 

 「とりわけ私は、守ってもらうことになる。…ごめんなさい。」

 

 「光ちゃんのぶんまで、私が強くなってみんなを守るよ。」

 

 「ん、私も、ハジメと、ついでに香織と脳みそ女守る。」

 

 「ああ。俺が香織とユエと一石を守って、一石が俺たちを助けて、道筋を考える。

 

 それで俺たちは、最強だ。」

 

 「必ず、世界だって、超えられるわ。理論を知り尽くし事象の地平面を超え真理に至り、そしてなんとしても、私たちの世界へ帰るわよ!」

 

 「ああ、そうだ。俺たちは負けない。負けられない。

 

 あらゆる困難をはねのけて、帰るぞ!」

 

 「うん!」「ん!」 

 

 闇の中で、外への転移魔法陣が、輝き始めたー




 一石光はハジメのメインヒロインは香織だと思っている人です。当方の思考実験の結果によりますが、オリ主がハジメハーレムに加わらないように最大限努力します(だってただでさえ人数多くて気を配り切れない…他の皆さん、原作にないハーレム要員とカップリングを増やして、良くフェードアウトキャラ出しませんね…今からシアとティオが心配なのに…)

 なお、「全否定」を難しく分離して説明していますが、簡潔に言うと、「魔法とか理屈の通らないこと言ってないでおとなしく物理法則に従えそこの空間」です。ただし、「魔法によって発生している事象」はなくなっても「魔法によって発生し終わった事象による物理的事象」はなくなりません(例:ミレディ氏の重力でモノを引き寄せたとする。「全否定」で「重力球が魔法で成長すること」は消えるが、「すでに発生した相対論的空間のゆがみによる重力」「それによっての物体進行」は消えない)。

 (+視界内制限標的)=視界の中の限られた部分にのみ技能を発動すること。これがないと自分の技能で治癒が消えるので。

 (+火事場のバカ力)=ピンチの時ほど頭が回ります。皆さんも使えるはずです。私は入試の時に使って「最後の10分でこれだけ解けるなら最初の10分何してたの…」と思いましたw

 実験室が移転:アインシュタインは郵便局員時代に「大学の実験室にいないのは才能がもったいない」的なことを言われ、「考えるだけならどこでもできる。郵便局が僕の実験室だ」と言ったそうです。

 ※21,2,10付けで、行方不明者数を2→3に訂正。


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方法:神代魔法と、再会への道筋
8 「子曰く、人に貴賤貧富の別なし」


 ライセン編スタートです。
 戦闘行為、それも異世界でのことでありますから、多少のエグいことは行われます(特定の人種=亜人族へのジェノサイドじみた扱い、大勢力=神の肩入れ下で緊張下の2大勢力=人間と魔人など)。最初の最初にハイリヒ王国をイスラエル、トータス全体を中東に例えた(これも語弊がありますが)ことを思い出してー
ーここから先は、容赦のない紛争地帯であるかもしれません。


―*―

 「…そんなことだろうとは思ったけど!」

 

 真っ暗な洞窟の天井を見上げ、一石光は叫んだ。

 

 「…ヒカリちゃん、解放者の住処なんだから、隠すのは当たり前じゃない?」

 

 「ビタミンDが足りなくなってホネがポキンといったらどうするのよ。」

 

 「…一石、その…」

 

 「私は再生で治るし、ハジメと香織はそんなにヤワじゃない。」

 

 なんともごもっともな話で、一石はうなだれた。

 

―*―

 

 「戻ってきたのか、やっと。」

 

 「ん」

 

 ハジメが呟き、ユエが答える。香織は感無量でお日様を見上げ、一石は両腕をいっぱいに広げて身体を反り返らせる。

 

 「よっしゃぁああーー!! 戻ってきたぞぉおおおおおっ!!」

 

 そして、広げた両腕を縮め、耳をふさいだ。

 

 一石は先手先手で動く人柄なので、他の3人は「思う存分叫んでくれっていうメッセージか」ととらえた。

 

 一石が、指輪になっている「魔晶石」を黙って差し出す。香織が、歓喜の叫びを上げながら魔力を注ぎ込む。

 

 「さて、と。」

 

 「…不粋なやつら。」

 

 「でも、ずいぶんと気配が弱くない?」

 

 「それだけ俺たちが強くなったってことだ。」

 

 ガシャン。

 

 ボンボンボンボンボンボンボンボン!

 

 いつの間にか現れ、今にも襲い掛かろうとしていた魔物たちが、血しぶきを上げた、というより、血しぶきに変わった。

 

 「南雲君、コレ、すごいわね…」

 

 「ん、ハジメはアーティファクトの天才だから。」

 

 ボンボンボンボンボンボンボンボン!

 

 「故障癖があるかもしれないから心配したんだがな。」

 

 「壊れてもハジメくんなら直せるんだよね?」

 

 「もちろん。」

 

 上下2段に4つずつ重心が並び、両側をドラム型の弾倉が回転する。秒に数発吐き出される砲弾の反動を、台車がしっかり受け止めていた。

 

 8連装機関砲「ポンポン砲(らしきモノ)」は、直径40ミリの銃弾(炸裂弾)で魔物を引き裂いた。オリジナルは故障や連射性能、飛距離に問題があったが、魔法で動き本格対空戦を想定しないならばそれらは特段問題ではない。

 

 「ありがとう。これで最低限、身を守れるわ。」

 

 「そりゃどうも。」

 

 他にもいろいろと作っていたので、ハジメは「身を守れる」どころではないと思ったが、言及すれば自画自賛になりかねないのでせずに、地面に手を触れて錬成をした。

 

 作り出されましたるは4輪駆動の4座席荷台付きトラック。荷台に200㎏以上あるポンポン砲を乗せればあら不思議、地球では武装勢力に愛用される即席戦闘車両、いわゆる「テクニカル」の完成である。

 

 「さあ、行くぞ!」

 

 「ここがライセン大渓谷であるからには、西が砂漠、東が樹海よね。どっち?」

 

 「もちろん東!」

 

 ハジメが運転席に座り、香織が助手席、ユエが後部座席。一石は荷台で機関砲座にとりつき、テクニカルは枯れはてた渓谷を疾走していった。

 

―*―

 

 グルガアアアアアアア!!!

 

 「射撃用意…いえ、待って。」

 

 「ひいい!お助けをー!!」

 

 「…なんだあれ。」

 

 「ハジメくん、ああいうの、好きだったよね?」

 

 「…ハジメ」

 

 ユエのジト目が、ハジメに突き刺さる。香織も、顔は笑っているが声が笑っていない。

 

 泣き叫びながら、頭が二つあるティラノサウルスのような魔物から逃げ惑う、ウサ耳の露出が多い少女。

 

 「兎人族…?でも、亜人が樹海から出てくるのは奴隷としてだし、ここは本来処刑場…」

 

 「じゃあ、悪ウサギ?」

 

 「ハジメくん、どうする?」

 

 「どうしようか…」

 

 ハジメ的には助けるつもりはなかったが、香織に言われてはどうしようもない。これは、自動発生ではない魔物全てが倒されてから後を追ってきた香織には、まだまだ非情さが足りないと言うことでもある。

 

 と、ウサ耳が猛然とテクニカルへと走ってくる。

 

 「やっどみづけまじだよおー!だずげでぐだざいーっ!死んじゃう!たすけっ、おねがいじまずうーっ!」

 

 「南雲君、射撃許可を。あの魔物は解剖したいわ。」

 

 「…香織、治癒を。助けるぞ。」

 

 「うん!」

 

 キキ―っとテクニカルが停車し。

 

 ボン!

 

 ポンポン砲が、火を噴いた。

 

 脚を吹き飛ばされた双頭ティラノは、バタンと倒れる。

 

 もがく魔物。ユエが魔法で氷漬けにした。

 

 「し、死んでます……そんな、ダイヘドアが二撃なんて…」

 

 「ユエ、首の付け根からこう、胴体を縦に真っ二つに…いける?」

 

 「余裕。『風刃』」

 

 魔力が10分の1まで低減されるライセン大渓谷にあってなお、ユエは魔法だけでダイへドアといわれるらしいそれを、フリーズドライ&2枚おろしにした。

 

 「結合双生児か、あるいは…どっちの脳の命令が優先されるのかしら…」

 

 「…ひい、あの人、神経鉄なんですか…?」

 

 「…そうかもな。」

 

 「あなた、名前はなんて言うのかな?それと、どうしてこんなところに?」

 

 「あ、あの、治癒までしていただき、ありがとうございます!私は兎人族ハウリアの一人、シアと言いますです! とりあえず私の仲間も助けてください!」

 

 「…はあ?」

 

 「…ごめんハジメくん、思ったよりややこしいことになりそう…」

 

 「あ、ユエ、ダイへドアの頭も、おろしちゃってもらえる?」

 

 「ん、絵面が猟奇的。」

 

―*―

 

 「なるほど、未来が見える固有魔法で、一族ともども追い出されちゃった、と…」

 

 「ヒカリとは正反対。」

 

 「なんか呼んだ?」

 

 「呼んでないぞ。コイツと真逆、魔力を持ってる亜人族と、魔力を持たない転移者って話だ。」

 

 …あっ、そう。

 

 それにしても、あの頭、結合双生児にしてはしっかりつながっていたわね…「もともとそういう種類」であるかのように。でも、結合双生児は奇形であっても遺伝じゃないし、突然変異でああなったとしても次代に引き継がれるわけが…

 

 「おーい、樹海の案内人が手に入ったぞ。…ってまた聞いちゃいない…」

 

 「あれで警戒は出来るんだから、ヒカリもたいがいバケモノ。」

 

 …そもそもこの魔物の谷で、あのような形状が有利に働くとは思い難い。頭2つなんてどう考えても不便だし、脳みそが両方同じ大きさだったからには独立意思。ということは左右で判断が別れたら動けないわけで、そりゃあ攻撃力は2倍でしょうけど…

 

 「…ねえ、魔物が強くて、一番困ってきたのは?」

 

 「…私たち、弱い亜人族です…ヒカリさん、それがどうかしましたか…?」

 

 「いいえ、やっぱりエヒトはクソ真面目なクソだって話よ。」

 

 「光ちゃん、女の子がクソとか言っちゃダメだよ!」

 

 …今さら…

 

 「そんなの分かり切ってると思うが?」

 

 「…後で話すわ。それより、そろそろじゃない?」

 

 「知ってる。」

 

 「あ、そうでした!皆のいる場所です!」

 

 「砲座、準備よし!」

 

 「いや一石、俺たちも、そろそろ戦いたい。」

 

 「わかったわ。なんか飛んでるみたいだけど、いけそう?」

 

 「もちろん。さて、と…

 

 吹っ飛べ残念ウサギ!」

 

 シア・ハウリア、この短時間であなたいったい何をしたの…

 

―*―

 

 「いやはや、ハジメ殿、香織殿、ユエ殿、光殿。娘のみならず一族までもお助けいただき、何とお礼を申し上げたらよいか…父として、族長として、深く感謝いたします。」

 

 「それについては樹海の案内ってことで話は付いてる。」

 

 「そうでしたな。」

 

 「…ところで、カム・ハウリア族長、聞きたいんだけど、私たちを恐れないの?」

 

 「何を言います。シアが信頼する相手です。信頼しない理由がございません。」

 

 …いやいっぱいあるけど。

 

 とりあえず、南雲君がトラックをしまいたそうにしているので、宝物庫にポンポン砲を戻す。…もうすぐ、渓谷は終わりらしい。

 

 朝に大迷宮、昼に渓谷、夜には樹海。旅というのはこういうものなのね。

 

―*―

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁーこりゃあ、いい土産ができそうだ。」

 

 渓谷を登ったうえでは、30人ほどの帝国軍が待ち構えていた。暇なの?

 

 「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

 

 「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

 …待ちなさい。まだまだ兎人族については知りたいことが…というかだいぶ無茶言ってない?

 

 「おい、お前らは…人間、か?なんで渓谷から…」

 

 「おおかた奴隷商だろう。後ろの女なんか、質屋のおばちゃんそっくりだ。ケチな顔してやがる。」

 

 …は? 

 

 「とりあえず、まあ、全部、国で引き取るから置いてけ。」

 

 「断る。」

 

 「は?聞き間違いだよな?俺たちが誰だかわかって」

 

 「ハジメくんは、断る、って言ったのよ。」

 

 「あきらめてとっとと帰るべき。」

 

 「あぁーなるほど、よぉーくわかった。てめぇらがただの世間知らずの糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。

 くっくっく、そっちの嬢ちゃんたちはえらいべっぴんじゃねぇか。真ん中の奴、四肢を切り落とした後、てめぇの女を目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 ユエが、珍しく感情をー嫌悪感をはっきりと表情に見せる。

 

 香織の表情が抜け落ち、背中に幻視された般若を見て、南雲君が怒りを引っ込めた。

 

 顔をうつ向かせ、2人が歩き出す…前に、右手に杖を持って、私は、歩き出していた。

 

 「…みんな、待って。」

 

 「ん…」

 

 「ダメ。私、あの人たち許せない。」

 

 「…だからこそよ。」

 

 自分の怒りを理由にして、「人を殺せる心の強さを手に入れられたか」を確かめようとするのは、止めなさい。戦争に直面した時に、怒りなく殺せるかどうかとは、別問題よ。

 

 「防御魔法をお願い。」

 

 「あ、うん…え?」

 

 ヒーラーはいないと思われ…

 

 「すみません、当方もいろいろと慌てておりまして、手違いがあったようで。」

 

 「なんだ女。今さら命乞いか?」

 

 「いえいえ、ただ、当方としても、こちらの兎人族奴隷は渓谷まで苦労して手に入れたものでして。

 

 それというのも、ハイリヒ王国で召喚されました『勇者』が、できるだけ美しい亜人族を見てみたいと仰せなのです。

 

 ほら、英雄色を好むと申しますでしょう?」

 

 「へえ、で、その勇者、が?」

 

 「はい。なんでも物好きで、仲間も大所帯にもあらせられますれば、一族まとめて、あらゆる手を使って入手せよとのこと。それで、密命を受けておりまして。

 

 しかし亜人族もむさくるしく、酔狂には応えられず。どうしようかと思っていたところ、渓谷の底に、要望通りの兎人を見つけまして。」

 

 「ふむ…わかった。勅許はあるのか?」

 

 「ございません。なにぶん外聞が悪くございまして…」

 

 …騙されてる騙されてる。こいつら、バカね。

 

 「そうか、しかし…」

 

 「小隊長閣下は、おそれながら、王国と教会相手に、帝国が武力衝突を引き起こそうとのお考えですか?」

 

 「いやいやそんなめっそうもない。失礼しました。」

 

 「では、残りの奴隷を引き渡していただけますか?」

 

 「あいやしかし、奴隷として売れない亜人は処分したのでありまして…」

 

 下手に出てきた…まったく。

 

 「わかったわ。遺品だけでも、即刻、すぐに、なんとしても、あらゆる限り、持ってきなさい。」

 

 「はっ!ただちに!」

 

 …早い早い。

 

 「これで全部ですね?」

 

 「全部であります。また、生き残りの兎人族もお連れ致しました、勇者の御用達様!」

 

 「では、ただちに帰還してください。

 

 …ああそれから、勇者様の国では、資格のない者が奴隷を扱うと天罰が下るそうで。

 

 では、皇帝陛下によろしく。今後も、ヒカリ・ヒトツイシをごひいきに。」

 

 「ところで、少し、吐き気がするのですが、そちらの女性はヒーラーとお見受けし…」

 

 やはりヒーラーはいない、よし。

 

 「軍人ならば気合で何とかしなさい!」

 

―*―

 

 「…ヒカリ、私は、あの結末は不満。」

 

 「私も、ハジメくんを殺すって言った人を、無罪放免はあり得ないと思うかな。」

 

 「それに、ヒカリさん、私たちのことを奴隷だって…

 兎人族だししかたないけど、でも、仲間だって思ったのに…」

 

 …いやいや、魔力を持たない私は、あなたより弱いわよ。

 

 「大丈夫。私は、ハウリアを奴隷とは思っちゃいないし、奴隷制度も嫌いよ。

 

 そもそも、アインシュタインも『ユダヤ人が他の民族より優れているとは思えない』と言った通り、人種が他の人種を差別することに、特段、合理的な理由は見当たらないわ。

 

 私の見立てでは、亜人族は人間族と本質的に極めて近縁ね。

 

 それに、確かに私の頭は勇者にされても奴隷にされてもはたらくけれど、犯されるのはごめんよ。まして、香織がなんて。」

 

 香織はやはり、ハジメの隣が一番似合う。

 

 「…え、でも、じゃあ、なんで?」

 

 「防御は、張ってくれたわよね?」

 

 「あ、うん…」

 

 「…一石も、結構エグいことをするな。マッドサイエンティストなんじゃないのか?青い光が見えたぞ。」

 

 「…これで、帝国軍が急性放射線障害で苦しんで悲惨に死んだら、帝国は天罰を恐れて奴隷の扱いを止めるかもしれない。体内除染は出来ないから治癒魔法も白血病を誘発して苦しみを長引かせるだけだろうし、そうなれば、最低でもすでに売られたハウリアを買い戻して天之河のところに送るくらいはするんじゃないかしら?」

 

 「え…」

 

 「原爆は絶対作らないって言いながらプルトニウムを生成魔法で作ってほしいって言われたときに、こうなる気はしたんだよなあ…」

 

 「えっと、皆さんすさまじくひいてらっしゃいますけど、そんなヤバそうなことして、良かったんですか…?もしかしたら、いい人だって…」

 

 「いや、一石の判断は正しい。

 

 一度敵意を向けたんだ。殺されても仕方がない。その上で、最上の効果を得た。俺たちが怒りに駆られて殺すよりも、な。」

 

 そこまで、評価されることではない。もし反省の色を見せたら、私は除染処置を取るつもりがあった。…わざわざ、申告することでもないが。

 

 「ん、ハジメの言う通り。助けられたんだから、それで文句を言うのは間違ってる。」

 

 擁護される、べきではない。

 

 「でも光ちゃん、ハウリアたちが気付かないように、心の中に留めておくつもりだったでしょ。私にすら隠して。

 

 なんでもかんでも、抱え込んだら、寂しいよ?」

 

 私はただ、個人的に理由のなかった私が、アインシュタインの跡を継ぐ者としての禁忌を冒してもなお、香織たちのために行動できるか…魔法を否定した私が、この世界で生きると言うことまで否定してしまうのか、この世界で戦っていけるのか…

 

 「袖すりあうも他生の縁。同じ特殊な事情の下にあって、出くわしたんだから、あなたの家族を救うくらいのことはしてもいいじゃない。」

 

 キョトンと、シアは首をかしげ。

 

 それから、こちらの事情を尋ねてきた。

 

 一人一人が答え、やがて、シアが号泣し。

 

 …友達の次は、仲間が、できたか。

 

 こんな偽善まみれの私を、それでも仲間だと言ってくれるのなら。

 

 私は、何だって。




 アルセーヌ・ルパンシリーズに「三十三棺桶島」というのがありましたね。一石の杖は宝物庫の収納場所であるとともに、そこに出てくる杖(でしたよね?)です。…放射能兵器など使って申し訳ありません。一応、まき散らしてはいないので汚染はほとんどないし、体内被曝が進む前に治癒すれば治る…ということだと思います(それでもなお禁じ手、ジョーカーと思われますが。アレクサンドラ・リトビネンコの2の舞が続発しそうなやり方ではあります。不快に思われたら本当に申し訳ありません。さらに原作ハジメは曲がりなりにも理由がありましたが、今回の一石には理由が希薄です。自分の身を守るだけなら自衛に留めてハジメに任せても良かったし、人権意識を以てするにもやり過ぎ…ですがこれは、ハジメたちのために一線を超えられるかという禊であり、同時に香織の手を汚させたくないからでもありました。

 …ところで、多頭の種って本当どうなってるんでしょうね?ジヘッドやサザンドラなんか明らかに「頭同士で意思が対立することがある」って書かれてますけど、それ、体内恒常性の観点からは致命的じゃないですか?例えば、血圧が少し下がったときに両方の脳が血圧を上げるホルモンを出したら、通常動物の2倍量…心臓止まると思います。


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9 「神はメンデルの法則を知っていたか?」

 大学、後期、終わった。



―*―

 

 「お前達…何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 筋骨隆々の亜人族は、出会い頭に問いただした。

 

 「あ、あの…私たちは」

 

 「白い髪の兎人族…だと?…貴様ら……報告のあったハウリア族か…亜人族の面汚し共め!長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する!」

 

 「え、外交チャンネル皆無?」

 

 問答無用と言わんばかりの亜人の態度に、一石は呆れかえった。

 

 どこかと争うつもりがあるのならば、どうしようもない泥沼戦に陥らないように、最低限、偶発的開戦を防いだり、戦争が大戦争にならないうちに止めたり、外交チャンネルというものは必要である…つまるところ、亜人族の国フェアベルゲンは、国として当然あるべきシステムがない。

 

 頭痛をこらえつつ、一石光は、ハジメが銃片手に亜人を脅しているのを眺め、それから、自分の思考世界へ潜っていった。

 

―*―

 

 …結局、亜人族とはなんであるのか。

 

 王立図書館の資料には、「神に見放されたため魔法を使うことができない『混ざりもの』と書かれていた。

 

 もちろん、そんなデタラメを信じる義理はない。が、一方で問題となるのは、ライセン大渓谷にいた双頭ティラノ「ダイへドア」。

 

 どんな染色体構造なのか考えるだけで吐き気がするが、あのティラノには確かに、卵巣があり、同じ形状のヒナ(?)入り卵があった。つまりは、あの魔物は繁殖で増えている。奇形ではない。

 

 自然界において、どう考えたって、2つ頭がある生物は、自然には種類として確立しない。つまり、人為的な圧が働いて、「ダイへドア」は維持されているー誰が、なんのために?

 

 言うまでもない。やはり…

 

 ならば、亜人族に魔力がないのも、また人為。それどころか、亜人族とは本来…

 

 「なら、こんな人間族が資格者だとでも言うのか!!敵対してはならない強者だと!!」

 

 「そうだ。」

 

 「…正気か、アルフレリック?そこの小僧はまだいい。小さい女は、まあ、人間族に見えないからこれもいいだろう。」

 

 「ジン、もう一人の女も、杖の細工が細かい。上級の魔法師かもしれないよ?」

 

 「…グゼの言う通りだとしよう。だが、最後の一人!お前はなんだ!さっきから話も聞いていないようだし!」

 

 「…光ちゃん、人が話してる時くらい、いい加減聞いてるふりしようよ…」

 

 …はい?聞いてるつもりだけど?

 

 「そんなヤツを資格者だと認める口伝など…」

 

 やはり、人間族、魔人族、亜人族の遺伝子を調べられないのは辛いけれど、私にはPCRシークエンスの仕組みなんてわからないし…

 

 「口伝は口伝だ。」

 

 私自身のやり方で、考えをこねくり回し、どこまでも頭でっかちに考え続けるしかない。

 

 「よろしい、ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 …なんか突っ込んできた。

 

 「ん?

 

 ビーーーム。」

 

 「なんだ?避けるのか?卑怯、も、の…うっ…」

 

 …あーあ。

 

 「ごめん、つい、反射で。」

 

 「痛い、いたいっ!」

 

 「…光ちゃん、次から、股間に重粒子線ビームは禁止ね。治すの私だよ?」

 

 「本当にごめんなさい。」

 

 長老衆にドン引きされた気がする…え、受ける臓器と線量と時間によっては死ぬわよ?

 

 「で、ジンさん、言うことは?」

 

 「は、はい、ナマ言ってすんませんでした。言う通りにします。」

 

 「お、おいジンーーーッ!

 

 あ、なんでもない、謝罪するからそれを下げてくれ。」

 

 …ゴク向けたら土下座された…

 

 「納得はされないだろうし、あなた方はフェアベルゲンの法にのっとりハウリアを処刑するつもりでいる。私も、これ以上の無用の争いは避けたい。

 

 アルフレリック、何か方法はないの?」

 

 「…はあ…奴隷であれば、死んだものとして扱うことになっております。死人を罰する法はありませんのでな。」

 

 …奴隷制度を認めない私が、そんな名目上とはいえ奴隷の持ち主に仕立て上げられるなんて…

 

 「…それで手を打っていい?」

 

 「もうそれでいいんじゃないか?一度助けた人を途中で放り出すなんて真似、俺にはできねえよ。」

 

―*―

 

 「…南雲君、なんか、『ヒトツイシを見習え!お前らよりも弱く魔力も持たないアイツは自分を守るために敵の股間を焼いてのけたぞ!それに比べてお前たちはなんだ!敵を倒すこともできない『検閲済み』か!虫一匹仕留められない『検閲済み』か!違うだろう!お前らは今日から生まれ変わり、そしてあの『検閲済み』どもに教えてやるのだ!』とか言ってハウリアを洗脳したそうじゃない。」

 

 「だって、お前の戦い方とハウリアのすべき戦い方って、いっしょだろ?」

 

 「だからって…あんな金的の発展形みたいなことでいちいちそこまで言われるのは心外なんだけど…なんか、シャブ中のヤクザみたいになってたのを見たわよ。」

 

 「それより、ずっと、何を考えているんだ?」

 

 「…生物学はわからないのよ。

 

 ただね、長老衆は失念していたけれど、オルクスの手記によれば、フェアベルゲンの始祖で、口伝を伝える発祥の亜人解放者リュ―ティリス・ハルツィナ女王は、かなり上級の魔法使い。それにそのころの亜人族はほとんどが魔法を使えた。どうして、魔法は失われたと思う?」

 

 「そういうこともあるんじゃないのか?」

 

 「その理由を捜すのが学問なのよ…

 

 私は、魔法が劣性遺伝なのではないかと思っているわ。」

 

 「どういうことだ?」

 

 「私が思うに、エヒトは、高度な遺伝子テクノロジーを持っている。そうでなければ、いくらファンタジーでも、2つ頭は自然淘汰されて根付かないはずよ。

 2つ頭のティラノが、1つ頭に対して優位なのは、弱い相手に対する火力。とすれば、ダイへドアは、亜人族をはじめとする弱い人がイジメられるのを見て喜ぶために種類が維持されているのよ。」

 

 双頭ティラノが、素早く動けて判断を迷うこともないだろう他の生物に対し不利なのに、種類として確立しているのは、誰かが保護しているから。人間が入らないライセン大渓谷にてそれをできるとすれば唯一、エヒト一味でしかありえない。

 

 「なるほど、確かに、手間をかけてまあクソ真面目なクソ共だな。」

 

 「亜人にも、同じようにして、血の苦しみが与えられている。

 

 例えば、ある部族に、優先遺伝子で魔力が失くなる者がいたとする。

 

 魔力が使える者との子供は、双方の遺伝子を受け継ぐけど、使えない遺伝子が優先するから魔法を使えない。その子供も、子供も…魔力を使えない形質は、遺伝子に乗って部族全体を汚染する。

 

 幸い、さげすまれている人間族や魔人族は、亜人族とは交わらなかった。だから、亜人族だけが、魔力を喪失した。」

 

 「待て、一石の説だと、シアはどうなる?」

 

 「魔力を失わせる遺伝子があるから魔法を使えない。だけど、魔法に関する遺伝子自体は残っている。たまたま両方の親から受け継いだ遺伝子に、魔力を失わせる優性遺伝子が含まれていなかったら?先祖返りは起こりうる。

 

 正確には、本来、魔法は使えてしかるものなんでしょうけどね。でなければ魔法のない世界から来た私たちが…いや、もしかしたら、魔法遺伝子を転移の時にエヒトから植え付けられたのかも…」

 

 「なるほど…でも、仮設は仮説だろ?」

 

 証明しなければ、意味はない。

 

 「…え?あなたが日本に帰ったときに、シアの遺伝子を調べればいいんじゃない?ついでに、シアとの子供も魔法が使えることを証明してくれるといいけど、まあ現状証明することは何の役にも立たないわね。」

 

 「…は?子供?いやいやおい待て。」

 

 「え?気づいてないの?あの子きっと」

 

 「ハジメさーん! 私、やりましたよぉー!!というかヒカリさん、気付いても言わないって言ってくれたじゃないですか!」

 

 「あ、ごめんなさい、ついうっかり。」

 

 「うっかりじゃないですよ!せっかくユエさんに勝ったのに、他の人から伝えられたらなんかアレじゃないですかーっ!」

 

 「…マジか、マジでユエに勝ったのか。」

 

 「ヒカリが言う通り、魔法を使う能力は低かった。」

 

 「やはり、魔力がないから魔法を使う能力も進化の中で退化したのね。」

 

 「でも、身体能力に特化してる。バケモノクラス。」

 

 「具体的にどれくらいだ?」

 

 「強化してないハジメの6割、香織の9割くらい。」

 

 一石は「じゃあ私の〇十倍くらいね」と言ったが、皆聞こえないふりをした。

 

 「…もう、ヒカリさんに言われる前に言ってやるです!私はハジメさんのそばにずっといたいんですぅ! ハジメのことがしゅきなんですぅ!だから、旅に付いて行かせてくだしゃい!」

 

 「は?」

 

 「噛んだよね。」

 

 「ん、噛んだ。」

 

 「いやいや待ってくれよ。お前、なんで俺のことを好きになるんだ?」

 

 「もう、ハジメくん、私が好きになった優しくて強いハジメくんを、他の人も好きになっちゃうのは仕方ないよ?

 

 謙遜はダメだよ。きっとシアも、やり方はどうあれ、その優しさに惹かれたんだよ。」

 

 香織がそう言うのならそうなのだろう…と、ハジメは納得してみた。ここで謙遜を続けようものなら、「優しさ」を同じく好きになってくれた香織を、貶めることになるからだ。

 

 「…俺には、香織とユエがいる。それでも、いいのか?というか、香織とユエはいいのか?」

 

 「そんなことは知っています。それでも、私は、何があってもハジメさんのそばにいると、決めているんです。」

 

 「まあ、ハジメくんは譲らないけどね。シアが勝手についてくる分にはいいよ。」

 

 「ん、覚悟するといい。ハジメに浮気なんかさせない。」

 

 途中から出てきたユエがそう言う?と一石は誰にも聞こえないようにつぶやいた。

 

 「…なんかプレッシャーがかかってきた…真面目な話、俺たちの旅に付いてきたら、命が幾つあっても足りないかもしれない。」

 

 「バケモノで良かったですよ。そのおかげであなたたちに付いていくことが出来ますから。」

 

 「俺たちの旅に付いてくるなら家族には二度と会えないかもしれないぞ。それに俺の住んでた世界はお前にとって住みにくい世界だ。」

 

 「それでも…ですよ。それだけの覚悟を私はもう決めているんです。何があってもあなたのそばにいると。」

 

 「…やっぱり、シアが勝ったわね。」

 

 「何の勝敗だ。というか、後ろで手を引いてやがったな!」

 

 「シアの想いが勝つか、恋の障壁が勝つか…恋は障壁があるほど燃えるから、どんな障壁も役に立たないってほうに賭けたのよ。…カム族長と。」

 

 「こらあっ!」

 

 「あ、私も賭けてた。シアに。」

 

 「ん。私も。でも賭け不成立。」

 

 「はあ…外堀も埋められてたか…降参だ。」

 

 シアが、ハジメの胸に飛び込む。香織は早くも、秒数をカウントし始めていた。




 え?メンデルの法則への理解が正確ではない?…私は学部一回生です。
 原作では兎人族の敵となった熊人族ですが、こちらでは一石の容赦のないふるまいに震え上がります。ただ、ハウリアを元通り迎えてはフェアベルゲンの面子はつぶれ世論も納得しないので、結局その後原作通りとなりーしかし、熊人族の襲撃は行われませんでした。

 重粒子線ビーム:魔法がなくても、先進医療においては活用されています。正常な細胞に作用するほどの出力は普通出さないらしいです。


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10 「ニュートン:『ミレディ・ライセンめ!すりリンゴを俺の頭の上に落としやがった!』」

 母がフィッシングメールに引っかかりいろいろ入力してしまったそうなのですが、「パスワードがわからないから適当になんかのパスワードを入力した」と言われまして、おかげで大変でした…送り主だってびっくりするだろうよ。

 


―*―

 

 ハイリヒ王国王都。

 

 王女リリアーナは、困惑した。

 

 「お納めものにございます。貴国の勇者様が欲しておられるとのことで、帝国国内の兎人族を、できうる限り買い戻しました。そちらにて御処分願えれば幸いです。」

 

 そう言ってリリアーナの元から、一刻も早くと逃げ出していく、ヘルシャー帝国の使いたち。後ろにずらりと鎖でつながれていた兎人族ざっと500ほどが、あぜんとして、言葉を交わしている。

 

 ヘルシャー軍は、すぐにでも、兎人族を勇者に送りつけたかった。なにせ兎人族を狩っていた帝国兵が、身体の穴という穴(目口鼻や肛門から、毛穴の一つ一つに至るまで)から血を染み出させ、冷やしても冷やしても火傷は直らずに増えていき、血液や内蔵にウジと腐臭を伴い、治癒魔法をかけるほど苦しみ(癌/白血病細胞も同時に治癒しているから当たり前である)、「勇者のような資格のある者以外がみだりに奴隷に触れると天罰が下るらしい」と言い残して死んでいったばかりであるーしかも、担当治癒師にも1名、同じ症状がおこり、「治癒師が奴隷に関わった者の治癒を嫌がる」という現象まで発生、帝国軍部は激震していた。

 

 一方でリリアーナ姫としては、わけがわからない(帝国使者は、あまりにおぞましい帝国兵の最期を姫に告げることができなかった。まして帝国兵の遺言曰く、兎人族の扱いは国際問題になるほどデリケートらしいのだからなおさら)。とりあえず「勇者が奴隷を欲しがっていると王国が武装商人を送ってきた」かららしいことだけは理解できた。

 

 「すみません。」

 

 「な、なんでしょうか。」

 

 「その、商人の名前は?」

 

 「ヒカリ・ヒトツイシと言うそうです。では。」

 

 (ヒカリ・ヒトツイシ…確か、迷宮から消え、死亡認定が出された3人のうちの1人!目撃されたのはホルアドの迷宮を挟んだ反対側、ライセン大渓谷…なぜ?

 

 …愛子様からも、「手紙を預かったがあまりに影響が大きいから見せられない」「檜山様を監視してほしい」との使いがあった…)

 

 リリアーナも、一石光という人間を、ただの「使徒の1人」としてではなく、とらえている。最初にあいさつした時、教皇に口づけする父を、そしてリリアーナ自身を、見定めるように見つめたまなざし、「訓練に一度も来ない無能」という評判、王立図書館で見かけた「世界をまったく違うやり方で見ているかのようなまなざし」、いなくなってからの「魔人族ではないか」という悪評まで、良くも悪くも印象は強かった。

 

 (一石様、あなたは今どこで、何を、そのタカのような眼で見ていらっしゃるのですか?)

 

―*―

 

 「…いやいやお前、本当に『勇者』か?軍部から聞いていたにしては野望も下衆さも見えんし、かと言ってアレが嘘と思えるようなずる賢い女がそれでもついてくる器にも思えねえんだが。」

 

 皇帝ガハルドもまた、困惑していた。

 

 軍部が騒ぐさまも、実際に「天罰」で苦しみ死ぬ兵の様子も見て、仕方なく、兎人族だけは王国に送り付けた。結果的に入れ違いになってしまったが。

 

 しかし、フタを開けてみれば、女を侍らせる好色勇者には見えない。ならば一杯食わされたかと思っても、そうするだけの知恵袋がついてくるような覇気、魅力があるようにも思えない。金色に輝いていても、メッキなのは丸わかりの、ただのちょっとかっこいいことになれたガキだった。

 

 「…うーん、そこの、誰だ?恵理様、だったか?

 

 …お前か?」

 

 「な、なんの話、ですか?」

 

 「いや、お前が、一番賢そうだから…うちの兵を30人ほど苦しめたのは、なんのためだ?」

 

 「こ、皇帝だからってエリリンをいじめるなんてダメ!」

 

 「そ、そうだぞ!だいたい、何の言いがかりだ!」

 

 「…そうか、勇者も、仲間も、知らないのか…」

 

 誰かが、勇者の名前で帝国をたばかった?いやしかし…

 

 「…ヒカリ・ヒトツイシという女に、心当たりは?」

 

 「光…あ、あいつ…」

 

 ガツン。

 

 八重樫雫が、後ろから天之河をみねうちで昏倒させるー一石が帝国と関わり、あまつさえ帝国兵と交戦したのなら、それは迷宮で落下した後。それはとりもなおさず、香織やハジメも生きている可能性を指摘し、だから今回ばかりは、天之河に余計な発言はさせられない。

 

 「…もう少し、お話を聞かせていただけますか?」

 

―*―

 

 ブルックの町にて。

 

 「南雲君…

 

 …昨夜はお楽しみでしたね。」

 

 「…ああもう!

 

 超特急で造るから、造りゃいいんだろ!」

 

 南雲ハジメは、恥ずかしさをごまかすように、宝物庫から取り出した鉱石を錬成し始めた。

 

 「しかし、一石、スマホをばらしていいだなんて…本当に良かったのか?」

 

 「ええ。もう時計機能よりあなたの技能のほうが正確だし、下手に計算を打ち込むより私のほうが早くなっちゃったから。」

 

 人間、極限状態に至ると、計算や時間測定では機械を超えることもあるのである。

 

 「はい、これで、できたと思う。」

 

 「じゃあ、キャサリン支部長と、適地を相談してくるわ。

 

 デート、楽しんでらっしゃい。」

 

 「…帰ってきても、からかうなよ。ってかお前は行かなくていいのか?」

 

 「雫の話を聞く限り、私が行くと、香織の着せ替え人形にされそうで怖いのよ…」

 

 町に行かなくても、帰ってきた香織に着せ替え人形にされるぞ…とは、ハジメは言わない。ちょっとした意趣返しであった。

 

 …なおこの後、ただでさえジンの股間を治癒させられた経験があってストレスがたまっていたこともあり、香織が主犯となってブルックの町に「漢女」なる存在が若干数名生まれた事件もあった。2度目はないらしく、ヒーラーながらも彼女は自分の攻撃の結果を治癒しなかった。

 

―*―

 

 「3,2,1…

 

 …0,発射!」

 

 夕方。

 

 ブルック郊外の草原。

 

 5人が見守る中で、一筋の光が、夕焼けの中へ消えていった。

 

―*―

 

 1日経って。

 

 ライセン大渓谷を探索してみたハジメたちだが、オルクス氏が書き残した「ライセン大迷宮」は見つからない。

 

 「なあ、一石、パッと大迷宮が見つかる技術知らないか?」

 

 知っていたら提案するだろうと思いつつも、8つの大迷宮を巡り神代魔法をコンプリートする目的上、見つからないでは話にならないため、テントを広げながらハジメは呟いた。

 

 「地震波測定か、μ粒子測定か…どちらにしても大規模で時間もかかるし、データだって裸のままじゃ何もわからない。こういうことは魔法のほうが向いていると思うわ。」

 

 「やっぱりか…

 

 …ん?どうしたシア」

 

 「えっと…ちょっとお花を摘みに…」

 

 4人が、手を振る。

 

 「どうする?この後。見つからなかったら。」

 

 「今見つけないと二度手間だというリスクが一つ。他の迷宮でライセン大迷宮の位置がわかるかもというリスクが一つ。

 

 どちらにせよ、迷宮の性質によっては私は入れないから、投票権は棄権するわ。」

 

 「…私は、雫ちゃんに、一言…言いに行きたいかな。」

 

 「ん。ハジメがしたいほう。」

 

 「…いったん飛ばすか…」

 

 「ハ、ハジメさーーん!」

 

 「何だよ、そんな慌てて」

 

 「た、大変ですぅ!皆さんを連れてきてください!」

 

 「むぅ…どうしたの、シア…?」

 

 「見つけたんですよ、大迷宮の入り口!!」

 

 お手柄なのに、残念な奴…と、この時、4人の意見は一致した。

 

―*―

 

 〈おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮♪〉

 

 「…え、ハジメくん、本物?」

 

 「ん…多分本物。名前がその証明。」

 

 「1度目は落下、2度目はコレ…入口って概念が解放者にはなかったのね…」

 

 「間違いなくオルクスとは別の意味でたいへ…っておいシアあんまりさわ」

 

 「キャッ!?」

 

 ガタン。

 

 文字が刻まれていた岩壁が、忍者屋敷のように回転し、シアを消してしまう。

 

 またしても…と4人は思いつつ、岩戸をもう一度押す。

 

 ヒュン!

 

 一本の矢が飛んでくるが、香織が電光を飛ばして焼き切る。

 

 「っと。こりゃ間違いなく大迷宮だな…」

 

 「あ、あれ?シアちゃんは?」

 

 「…そこよ。でも振り返っっちゃダメ。」

 

 無数の矢によってはりつけにされ、さらに足元に水たまりを作っているシアを見て、一石は着替えを差し出しつつ言った。

 

 〈ビビった?ねえビビった?もしかしてチビっちゃったり…ニヤニヤ♪〉

 

 〈もしかしてスタートで誰か怪我した?それとも死んじゃった?…ププッ!〉

 

 「んビーーム!」

 

 ついでに、無表情で、マゴクから中性粒子ビームを発射する。

 

 〈ざんねーん。この石版は時間が経つと自動修復されるよー!無駄な頑張りお疲れ様ー!プークスクス!〉

 

 「おらあああああ!ですうううう!!」

 

 「ごめんなさい。平静が保てないからこの迷宮は降りさせて…くそっ!」

 

 「…いきなりつまづいてんじゃねえかよ…」

 

 「ん、今なら、ヒカリ、今なら魔法が使えそう。」

 

 「あはは…気を付けてね?」

 

 「アレを借りていくわ…

 

 …こんなに気持ちが爆発しそうになったのは、南雲君に火球が落ちた時以来よ…」

 

 ハジメは、ぼりぼり頬をかいた。

 

―*―

 

 翌朝。

 

 ガシャン!

 

 ハジメから借りた大砲「カール」の上で、魔物に時折発砲しながら(渓谷がビリビリ震えた)、一晩中を思索に費やしていた一石は、背後で聞こえた音に、顔をひきつらせた。

 

 ガタン。

 

 「ハジメさん、ミレディ絶対つぶしますですぅ…」

 

 「ミレディ許すまじ、慈悲はない…だよね。」

 

 「ん。あやつは世界の敵。」

 

 「だな。」

 

 「…とりあえず、全員落ち着きなさい。もしかして『残念賞、スタート地点だよー!』とか?あとは、『ちなみに地形は随時変化するから頑張ってねー』とか?」

 

 それだけで、殺意のこもったまなざしを向けられ、あやうく一石は砲手席から転がり落ちかけた。

 

 「…とりあえず、全部話して。対策を考えましょう。」

 

 「ヒカリさんは直接やられなかったからそんな冷静にしていられるんですぅぅ!」

 

 「…そりゃ冷静にできるように行かなかったのだしね。

 

 イライラするなら、今頃エセ勇者がどんな噂されてるか考えて心を落ち着けなさい。」

 

 「…え?」

 

 「ほら、帝国兵からハウリアを助けた時。」

 

 きっと天之河は一部では、兎人奴隷を集めたがる変人と噂されているだろう…ということに気づき、「コイツにもミレディ化の素質があるんじゃないか?」と疑ってみるハジメたちである。

 

 一部始終を話し終わるのに、半日かかった。なお、半分以上はただの悪口であるー途中から、オタクであって作品をいろいろ読み込んできたハジメの巧い語り口によって一石までも感情移入し、収拾がつかなくなっていた。

 

 「…もういっそ、ミレディにも天罰を与えましょう、そうしましょう!」

 

 「いいですねえ!イヤガラセにはイヤガラセで応えてやるですぅ!」

 

 「目には目を、歯には歯を、だね!」

 

 「甘い、ただ攻略するんじゃ甘すぎる。生き返らせてでも仕返ししてやろう。この南雲ハジメに喧嘩を売ったこと、後悔させてやる…」

 

 「…ところでそいつ、なんらかのカタチで、生きているわよ?」

 

 「へ?」

 

 「解放者のリーダー、そしてメンバーに魂魄魔法持ち…要素があって、さらに、誰かが管理していると思われる精密な制御の迷宮。

 

 途中で、揺れたわよね?」

 

 「ああ、砲撃したんだろ?」

 

 「落石の様子が、おかしかった。岩盤はおそらく、大迷宮だけではなく、オルクスからの通路やかつての解放者の隠れ家で、穴だらけ。数世紀以上放置して、誤差なくトラップが作動するほどには、堅固じゃないのよ…簡単には破壊できなくても、粒子が詰まったりしてうまく動かなくなっているはず。」

 

 「…ミレディの魂が、どこかで、それも物理的に干渉してたってことか?」

 

 「鑑賞してたですぅ!?ぐるるぅぅぅぅう…」

 

 「…だから、そんなにまでして来てほしくないなら、向こうから出向いてもらうわよ。」

 

 くふふっ。

 

 「何でもやるぜ。」

 

 「絶対、倍返ししようね!」

 

 「ん、復讐の時。」

 

 「ざまあみろ、ヒカリさんを敵に回すとはついてないな、ですぅぅ…」




 きらファンの前イベントの「ゲーミング宇宙人」がツボだったので「んビー――ム」とう謎の発言がございますが、ユエの発言ではございません。

 調べた限り、大気圏内では荷電粒子ビームは減衰するようです。なので中性粒子ビームの御登場ーはいそこ、「電荷がないから質量効果だけで破壊性に劣る」とか「中性子線は原子核に作用するから放射能を生み出しそうで危険」とか言わない。確かに加速器式の中性粒子ビームって正負の荷電粒子ビームを中和させただけだから中性子ビームしか現実的じゃないけどさ…。

 さて、ネットは使えない、電話もメールも無意味、計算と時計の機能は要らない…では、ばらしたスマホはどこへ使われたのでしょうね?


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11「ニュートン:『だがどうだミレディ!!月は落とせまい!これが万有引力の法則だ…アイテッ!』」

 どの2次創作でも、たいていなんらかの目にあって、でも半分がた生き返らされるミレディ氏。


―*―

 

 誰も寄り付かない、ライセン大渓谷の底。その地面を半紙に、巨大な習字が成されていた。

 

 「『ちきゅう』通過まであと5分よ。終わった?」

 

 「ああ。書道検定1級がとれると思う。」

 

 ハジメくん書写検定だよ…とは言わない。香織はやはり天使であった…わけではなく、魔力をハジメに分けていたのでくたびれていたからである。

 

 「ごっそり持っていかれたですぅ…」

 

 「ん…10分の1はキツい…あとでハジメの血を吸う。」

 

 やはり、魔法使いの天敵のような場所で、錬成で地上絵は無理があった。でも、彼らは恨みだけでやってのけた。

 

 しばらくして。

 

 「お、来た来た。

 

 …これはもう0級だな。」

 

 「ハジメくん、それはさすがにおかしいよ…」

 

 トータス文字なのだから達筆に書けるわけはないけれどー

 

 ちなみに、書かれた文章は以下の通り。

 

 〈ププー!ミレディ・ライセンちゃんだよーっ!お待たせーっ!

 あ、もしかして、年取って認知症で忘れちゃった?ボケちゃった?あれ?それとも老衰で死んじゃった?

 神様のクセに、ダッサー!でも、ミレディちゃん生きてます♪

 ねえ今どんな気持ち?どんな気持ち?〉

 

 

―*―

 

 甲冑ドレスに大剣2本を背負い、銀色の翼を以て飛ぶ、機械天使のごとき銀髪碧眼の女。

 

 ソレは、表情を全く変えずに、ハジメが一晩かけて書いた傑作を、銀色のビームで消していく。隆起して黒色の岩で色づけられた文句は、少しずつ、地面ごと削られていった。

 

 文字だけを削ってしまったので、文字のカタチのへこみがくっきりできる。

 

 「ちっ」

 

 透明な音色だが、舌打ちなのがもったいない。

 

 ソレは、谷底を長い時間かけて削り、なんとか、跡形もなく文字を破壊した。

 

 なんとなく、右隣に視線を向けてみる。

 

 〈ちなみにミレディちゃんはとっても

 

      ユ♪ カ♪ イ♪

 

       こっちまでおいでーっ♪〉

 

 「…望み通り、”神の使徒”として、主の盤上より不要な駒を排除します。」

 

 銀光が、岸壁に刻まれた文字を削り、中からガラガラと岩が次々崩れ落ちては消滅していき。

 

 「もう!

 

 ミレディちゃんの大迷宮に、なんてことするの!直すの大変なんだよ!

 

 もう怒った!プンプン!」

 

 その奥から、巨大なゴーレムが姿を現し、そのゴツイ巨体に似つかわしくない動きでなぜかクネクネポーズを取り。

 

 「砲撃、今。」

 

 ゴッォォォォォーーーーーォーーーーーンッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

 渓谷全体が、ビリビリと震えた。

 

―*―

 

 「「「「「よし!」」」」」

 

 ミレディ名乗るゴーレムと、神の使徒を名乗る銀髪女。その2つが抱き合うのを見て、ハジメ、香織、ユエ、シア、一石は笑い出しそうになった。

 

 もし、表情をゴーレムと機械天使が持っているなら、マヌケにぽかんとしているだろう。

 

 「だがこれからだ!いくぞみんな!」

 

 「うん!」「んっ!」「はいですぅ!」「任せて。」

 

 「う、後ろから!?」

 

 「な、何なの!?なんかブサイクに抱き着かれたし!もう!」 

 

 「誰がブサイクですか。『分解』」

 

 「おっと、させねーよ!」

 

 ハジメが、魔法レールガン銃「ドンナー」「シュラ―ゲン」を、機械天使に撃ち込む。

 

 「次弾装填開始。

 

 …香織、またアレ、行くわよ。」

 

 「照準は?」

 

 「右33,上29,距離17!」

 

 「おっけー…『纏雷』!」

 

 バッ!

 

 衝撃波とともに、オルクス最深部でも使われた爆縮ジェネレーターレールガンが、あの時より格段に強力な砲弾を撃ち出した。

 

 極超音速。1秒で数キロ飛ぶー衝撃波だけでも生身の人間はジュース待ったなしのそれを、避けられるわけがない。

 

 機械天使の腰から下が、消失する。

 

 「こうなっては、イレギュラーもまた、神の駒にふさわしくない。

 

 改めまして、ノイントと申します。”神の使徒”として、主の盤上より不要な駒を排除します。」

 

 「あれあれー?操り人形ちゃんに、ミレディちゃんが負けるとでも本気で思ってるのかなー?」

 

 「…私を怒らせようというのなら、無駄です。」

 

 (どういうこと?

 

 本当に、感情がない?

 

 いや、だとしても、身体に指示を出す神経回路、電子回路がないことには…)

 

 ノイントの下半身が、アーマーごと銀の光に包まれ治っていく。

 

 (…まさか、「魂」と呼ばれるモノには、神経回路や物理的存在とは関係がない?でも、じゃあ、私たちは何?)

 

 「どっちも砕け散れえ!ですう!」

 

 巨大なハンマー「ドリュッケン」が振るわれ、衝撃でゴーレムとノイントが同時に吹き飛ばされる。

 

 「て、敵なの、味方なの!?どっちなのさーっ!」

 

 「こんなところに召喚しやがった恨みと!」

 

 「さんざん罠にかけてくれたお返しだよっ!」

 

 ハジメと香織が、必殺兵器「バイルバンカー」を電磁加速で発射し、ノイントの翼をゴーレムの持つ鉄球に縫い留めた。

 

 「消えなさい、神の反逆者!」

 

 鉄球が、銀色の光によって消失する。

 

 (質量保存は?原子単位で分解しているのなら、再結合で熱を出すはず。かといって質量保存則を破って消失させているのか?それとも、もしかして…)

 

 「一石、あの分解魔法?消せないか!?」

 

 (そもそも銀色の光の正体は何?なぜ、後ろからの砲撃で抱き合わせた時に、ミレディゴーレムはやられなかった?どこから、魔力は出ている?

 

 …わかったかも。)

 

 「無理よ!

 

 それから2つ!」

 

 「何だ!」

 

 「1つ目!そのゴーレムは本体じゃない!本体は奥にいるはず!」

 

 (どこかで修復している。だからこそ、消えてしまう鉄球による攻撃でも、勝てる自信があるし、ゴーレムを使いつぶしても問題がない。それに、迷宮の試練としてでなければ、自分が戦えるゴーレムに入る必要は薄いけど、戦って負けても2度目の挑戦を受けられるように、バックアップが要る。)

 

 「2つ目!

 

 ノイントは、どこかから魔力の供給を受けている!それに分解だって本人は思っているけど、それは分解じゃなく、無数のマイクロブラックホール!」

 

 (鉄球が消える寸前に行使してみた「魔法法則排除」が通用しなかった。光の粒はブラックホールで、銀光がホーキング輻射なら、魔法なしでもあの現象は再現可能!)

 

 「付け加えて3つ!ミレディの魔法は重力操作!無意識にブラックホールが弱まっているから、やられにくい!」

 

 「バ、バレてる!?」

 

 「そ、そうなのですか?」

 

 (ノ、ノイント…知らないの?)

 

 「でも、重力魔法の気配はないけど…ミレディちゃん違うと思う!」

 

 「…南雲君、香織、覚えてる?私が、最初の日に言ったこと!」

 

 …ブラックホール=事象の地平面。すなわち、召喚魔法を「相手先の世界の法則を組み込まず」トータスの魔法法則のみで使用すると、どこにもつなげることができず、ポッカリと世界に穴が空くー一石は、それこそが分解魔法の正体だと言い当てた。造るのには魔法が使われても、「物質を吸い込み、そのホーキング輻射エネルギーで対象を崩壊させ、ブラックホール自体は蒸発する」全行程は、故スティーブン・ホーキング博士が予測したとおりである。

 

 「…とにかく、あなたがたを排除すれば同じこと。まずは小娘、消えなさいっ!」

 

 「っやられてなるものですか!」

 

 カール砲の砲手席から飛び降りた一石を追うように、銀色のビームが奔る。

 

 「ハジメ、行って!」

 

 「わかった!香織、ついてこい!」

 

 「うん!」

 

 「シア、ヒカリを助ける。」

 

 「一族の恩人、やらせはしない、ですぅ!」

 

 「ちょ、ちょっとミレディちゃんは…うう、とりあえずクソ神の手下からだ!えい!『魔力吸収制限解除』!」

 

 「ん、ミレディ、まだ貸しは多い。」

 

 「えー…って、そこの子のまわりだけ、解除できてないんだけど…まあいっか!」

 

 (魔力の吸収が、私はデフォルト?いや、そんなわけない…

 

 …私に魔力が存在しないのではなく、できない?あるいは…)

 

 「ぼっこぼこですぅ!」

 

 鉄球とドリュッケンが乱れ飛び、銀色の光がサーチライトのごとく舞う。

 

 「『雷龍』」

 

 紫電の龍が飛び。

 

 「『分解』。まったくちょこまかと!」

 

 「ユエ、借りるわよ。んビー――――ム!」

 

 大気分子を破壊して放つプラズマビーム(ハジメ曰くには荷電粒子砲と言うらしい)が、不可視のエネルギー線となって、雷龍の電場にそって渦を巻きながら、亜光速でノイントを穿つ。

 

 ーそれでも、無限の魔力がもたらす無限の回復力は、攻撃力を上回り続ける。

 

 「って待って!ミレディちゃんの本体!あ、ちょっと、らめえーーっ!」

 

 (召喚魔法の出来損ない…超統一理論のヒントになりうるか?)

 

 「戦いのさなかに、よそ見ですか、2人とも。」

 

 刃が、ゴーレムのアザンチウム製の右腕を鉄球ごと吹き飛ばした。さらにもう一本は一石にせまり、シアのドリュッケンがギリギリ止める。

 

 「う、お、押し負ける、ですぅ…ぅぅぅ…っ!」

 

 「充電切れっ!」

 

 ゴクとマゴクのビームは、電気によってすべてを発射している。質量弾用の銃口もあるが、分解されてしまうそちらは役に立ちそうもない。

 

 「ちょっとミレディちゃんもそれどころじゃないかもー…わーっ!」

 

 「このタイミングで戦線離脱はひどい。」

 

 「さんざんあおっても、これでおしまい、ですか。あっけない。」

 

 その時、ノイントが分解魔法で穿っていた岩壁から、ハジメと香織が、にこちゃんマークが顔に張り付けられたちっちゃいゴーレムを抱え、現れた。

 

 一石が、目配せするとともに。

 

 「カール砲、今!」

 

 ゴッォォォォォーーーーーォーーーーーンッッッッ!!!!!!!!!!!!

 

 モデルはナチス・ドイツの60センチ自走臼砲「カール」。2トンあるその砲弾は、ノイントと言えども一瞬消し去ることはできず、再び、直撃を受けた機械天使を吹き飛ばし。

 

 ハジメと香織が、ちっちゃいミレディ・ゴーレムを、放り投げた。

 

 「シア、私も投げて!」

 

 「えっ、いいんですか?えいっ。」

 

 できるだけそっと投げたつもりでも、一石も死にそうになりつつ空を飛ばされ。

 

 ミレディ・ゴーレムが、ノイントと接触し。

 

 「なんですこのふざけた顔は」

 

 「思考を保証するのは、脳神経回路。感情なき生きた人体も、感情ある死んだ無生物も、私は同様にー

 

 ー『魔法法則排除』『物理法則準拠』。」

 

 一石光が、ノイントの頭に触れた。

 

 「!!??」

 

 声にならない叫びが、ノイントから漏れた。

 

―*―

 

 え、うそ…

 

 …「私」が、ゴーレムが、見えるよ?

 

 えっミレディちゃんどうなって…

 

 「もしかして、入れ替わってる!?」

 

 ゴーレムは、動かなくて、私の背中に翼が…え、どうなってるの、どうなっちゃったの!?

 

 「…さーてミレディ・ライセン?

 

 おびき出すのにずいぶん手間をかけたけど…」

 

 「「「「覚悟はできてる(か/よね/はず/ですね)?」

 

 えっいやあの後でって聞いてなぎゃーーーーっ!




 他に「銀光を発し、物質を消滅させる」科学的事象に心当たりのある方、お教えいただけると我が知的好奇心がぴょんぴょんします。なお個人的に、マイクロブラックホールというよりは裸の事象特異点でしょう(違いが判らないけど)。

 勝手に「ミレディ氏はライセン峡谷の魔力吸収を逃れてるし他人も逃れさせられる」モノだと思ってたけど、どうなんでしょう。でもあれだけの迷宮、人力で造れるわけないから、きっと魔力吸収を解除するバックドア的なにかくらいあるか。

 それはそうと、カール60センチ自走臼砲、ロマンですよね。史上最大の移動式重砲ですよ(射程なら46センチ三連装砲に、移動を限定するならドーラ80センチ列車砲に、条件を限定しないならリトル・デーヴィッド92センチ迫撃砲に負けるかわいそうな子とか言わない)!きっとハジメくんも知ってたはず。


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12 「XーYを算出せよ。Xはフューレン、Yはブルックである。」

 大学の英語リスニング成績が公開されたのにサイトを開けなくて困り果てていた2次創作者です。なろうに投稿しているオリジナル創作が、こちらに2次創作を投稿し始めてから書きにくくなった気がします…1度に3つも4つも投稿しているハーメルンの皆さんが怖いです(まあ行間空けをはじめとする文体実験でもあるので仕方ないですが)。


―*―

 

 「「「香織様、私めの女神になって下さい!」」」

 

 「「「ユエちゃん俺の彼女になってくれ!」」」

 

 「「「シアちゃんボクを奴隷にしてくれ!」」」

 

 「…え、何、これ…」

 

 「ミレディちゃんが寝てる間に世界は変わっちゃったよ…」

 

 ブルックの町に戻ってきたハジメ、香織、ユエ、シア、一石に加え、ノイントの身体のミレディ(なおよほど嫌な格好だったのか、フーデッドケープで全身を隠している)。6人は、町の入り口で待ち構えていた群衆のひさまづきを受けて、あっけにとられた。

 

 「…もしかして、私たちが出てから、ずっと待ってた?」

 

 「「「「「もちろん!!!」」」」」

 

 一石、心労が重なったのか、座り込む。

 

 「大事にならないうちに…えい♪」

 

 ハジメが銃を抜くより先に、ミレディが地中に重力球を作った。群衆が、落とし穴に一斉に落ちる。

 

 仕方がないので、ハジメは代わりにミレディの頭を握りしめて、怒りを発散してみる。

 

 「え、なんで、あたた、痛い痛いもう修復できないみたいだからこれ以上はホント…あ。」

 

 はらり。

 

 ケープが落ちる。

 

 銀髪碧眼、そしてなかなかに愛嬌ある表情でわめくスタイル抜群の女。

 

 「「「姐御、いじめてくだせえ!」」」

 

 「…え、いいの?えい♪ついでに記憶も飛んじゃえ♪」

 

 ゴンッ!

 

 「なんでタライなんて隠し持ってたのよ…」

 

―*―

 

 「いらっしゃい…増えたねえ…」

 

 ギルドのカウンター係であるキャサリンというおばちゃんは、不審者然としたミレディを見て、女だと即座に見抜き、簡潔に状況を評した。

 

 なにせ、はた目から見たら、ハジメは5人もの女を連れているように見える(実際3人であってもあまり状況が改善したようには思えないが)。

 

 「あ、冒険者の登録と、ちょうどいい…そうね、フューレン方面への依頼があるかどうか確かめるのは、頼めるかしら?」

 

 「こらこら嬢ちゃん、あんまり男を甘やかしちゃダメだよ。」

 

 「甘やかされているのは私のみなんだけれどね…」

 

 「ん?なんか言ったかい?とりあえず、一人1000ルタね。そっちの3人は…」

 

 ユエとシアとミレディが、首を横に振る。

 

 「あんたたち、厄介な事情を抱えていそうだねぇ。ちょっと、待ってなさいな。」

 

 キャサリンは、ハジメと香織と一石の隠蔽済みステータスプレートを持って奥へ引っ込み、そして、しばらくして、封筒を添えて戻ってきた。

 

 「これは?」

 

 「あんたたち、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね。」

 

 「手紙1つで役に…」

 

 「あんた何者だよ…」

 

 「ハジメくん、女性のことあんまり詮索したらメッ!だよ。」

 

 「香織の言うとおりだったな。失言だった、忘れてくれ。」

 

 「いい感じに尻に敷かれてるねえ。これならあの娘たちを泣かせることもなさそうだ。」

 

―*―

 

 翌朝。

 

 キャサリンから受けた商隊護衛任務の集合地点である町正門に行く前に、ミレディがフーデッドケープの中から手を挙げた。

 

 「あのー…ミレディちゃんちょこーっとおねがいがあるんだけどいいかな?」

 

 「ダメって言ったら?」

 

 「泣いてからあのおばちゃんに言いつけちゃおっかなー♪クスクス。」

 

 「…さっさと行って来い!」

 

 ミレディがノイント相手に真剣に戦いゴーレムであるにもかかわらずかなり互角だったこと、そして確認してみれば数千年もの時(本人すら数えようと思わなかったくらいの長さ)をエヒトからトータスを解放するためたった独りで過ごしてきたことは、ハジメたちも神代魔法(重力魔法)を授かったときに知ったから、敬意がないわけではない。ただ、事情はどうあれ、ミレディはミレディ、相応の扱いである。

 

 「もう、ついつい偉い人に歯向かいたくなる反抗期ってや」

 

 ジャキッ!

 

 「すみません、行ってきます。」

 

 言うなり、ミレディは垂直に飛び上がって、「神の使徒」としての翼を出すことすらなく、重力魔法だけでライセン大渓谷のほうへ飛んでいった。

 

 「…南雲君、今から考えれば、燃焼石はいらなかったわね…ごめんなさい。」

 

 「まあ後知恵ってもんだ。」

 

―*―

  

 まあ、仕事は南雲君がやってくれるし、いいわよね。

 

 ミレディから聞いた情報、そして、私が今まで得た情報。これらをまとめていきましょう。

 

 ・この世界トータスを動かす基本法則は、大統一理論ーおそらく超ひも理論によって駆動される私たちの世界と同じに見え、オッカムのカミソリ的論理から言えばこの世界もまた私たちの世界と同じ物理法則を根底としている。

 

 ・物理法則に反する存在として、魔法法則が「浮いて」いる。

 

 ・魔法法則の根幹をなすと思われる「魔力」。これは、発動の際に「魔法陣」というエントロピー則に反した形成をしなければ意味をなさず、人や動植物といった生物の意思を介在させなければ機能しないという、普遍的法則の定義に反する不自然な力であり、従って、人為性が強く疑われる。

 

 ・魔力は、空間を伝播する。この点では、電磁力、重力、弱い力、強い力の4力にも共通する性質である。従って魔力とは「トータスにしかない、自然界の5つ目の基本力」と思われる。また、この4力よりも格段に強い魔力の作用について説明する理論はない。

 

 ・私の技能は、おそらく、私が望む一定範囲に魔力を存在させないことで魔法を無効にしている。従って「現在進行形で作用する魔法の効果」は消せるが、「すでに発動し終わった魔法の結果の産物とそれによる物理現象」は消せない。

 

 ・魔力が伝播するスカラー量である以上、私が「全否定」している正体はその伝播子or場である。

 

 ・魔力が人為的である以上、これの伝播子or伝播場もまた、人為的に植え付けられたモノである可能性が高い。

 

 ・魔法法則にまつわる力、伝播場が植え付けられたモノであるとすれば、創世神とたたえられるエヒトも深く関与しているかもしれない。

 

 ・またエヒト自身が他世界を包括するような法則を知っていると思われることも、召喚に成功したことで明らか。

 

 ・ミレディ・ライセン曰く、世界を渡るような魔法もまた、7つの迷宮で神代魔法を集めれば、手に入るらしい。それは概念に干渉する…と私にだけ教えてくれたが、物理物質ではない「概念」に作用することなどができるはずはない。

 

 A:やはり概念魔法を一度見てみないことには、何もわからない。しかして、概念魔法の真偽こそ、魔法とはなんであるか、そして宇宙を支える法則の真理、「超統一理論」への道筋。

 

 「難しいわね…見落としばかりでしょうから精査を重ねないといけないし、計算を交えるのは反吐が出るわ…」

 

 「…やっぱりか。」

 

 「あら?南雲君?」

 

 いつの間にか声に出てた?

 

 「香織とユエとシアは?」

 

 「警戒にあたってる。」

 

 「要らないでしょ。」

 

 あわただしい局面でもないし、「ちきゅう」もある。別に問題は…

 

 「まあ、こんなのは訓練にしかならないがな。」

 

 「みたいね…私にも、気配くらいわかるわよ?どうする?」

 

 魔物が、2桁?3桁?

 

 「あれだけ熱心に、食う時も寝言呟きながらでも考え続けてて、わかるのか…お前もたいがい…

 

 そんじゃ、ちょっと行ってくる。」

 

 「行ってらっしゃい。」

 

 「…一石こそ、なんかテストしなくていいのか?」

 

 「ミレディが帰ってこないからね…」

 

 帰ってきたら、面白い攻撃を考えてあるんだけど。

 

 ーしばらくして、雷光の龍なんてモノを見た…水墨画、習っておけば良かったかも。

 

―*―

 

 かくて、商隊はフューレンに到着した。

 

 案内人を雇い、ギルドに向かう。

 

 「あ、ブルックで依頼を受けた者です。報酬をいただけますでしょうか?加えて、魔石の取引を行いたいのですが…」

 

 「あ、わかりました。」

 

 「量が多いので、奥に通していただいても?」

 

 「かまいません。」

 

 ハジメがいきなり樹海産魔石をすべて放出したために、ブルックのギルドが値崩れで価格を下げていたことを、一石は見抜いていた。キャサリンはただの優しいおばちゃんではなかったのであり、そして数字に強い人間が交渉すればそうはならない…というのはすべて一石の作り話であって、実際はハーレムの一員と見られるのはよしておきたかっただけのこと。

 

 一石は、ギルドの職員とともに、宝物庫1個を持って奥へ(もちろん、ギルド訪問者に宝物庫から魔石をゾロゾロ出すところをあまり見せたくなかったのもある)。

 

 宝物庫は魔晶石を触れさせることで出し入れだけは出来る(借り物であって自分の魔力ではないので、出すものの選択は不可)。そこから出した色とりどりの魔石の山を見て、職員は驚愕した。

 

 「放出させていただくものに関してですが…」

 

 しばらく、商談は続く。大商業都市フューレンと言えども引き受けきれない量の魔石であるし、引き受ければ破綻か、他の冒険者から買い取れなくなって波乱を産む。交渉は一筋縄ではいかず。

 

 「ふむ、まあまあこんなもの…

 

 …何の騒ぎですか!?」

 

 ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! 

 

 一石は、はあ…とため息をついた。

 

 「どうせただのナンパです。当事者双方の言い分、なんて言うと彼ら、敵に回りますよ。」

 

 「いやいや、ギルド内なのだからギルドのルールに従ってもらわなくては困ります。とにかく、事情聴取を…」

 

 職員が、騒ぎの音がしたカフェのほうへ出ていく。

 

 「…こういう時ってむしろ、『駐車場内での争い等については当方は一切責任を負いません』じゃないの…?」




 この後しばらく、オリ主の理論的検討はなされないでしょう。理論物理学は常に実験物理学による実証を必要とします。
 
 …ところで、「による」と書いたら「に夜」って変換されるの、どうにかならないかな…

 21,2,9注記:何を勘違いしたか大迷宮の数を8にしていたので修正。うっかり神山迷宮数え忘れて6にする可能性はともかく…他でもやらかしてたらすみません。随時修正はしていくつもりですがご指摘いただけると自尊心とかが喜びます。


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13 「6次の隔たり理論に基づき、一度別れた人間と再会できる可能性を算出されたし。」

―*―

 

 湖畔の町ウル市か…正直なところ、避けたいのが本音だけど…

 

 「光ちゃん、なんかあるの?」

 

 「南雲君から聞いてないの?」

 

 「え?ハジメくん、隠し事?」

 

 「香織、言わなかったか…?」

 

 「ウル…あ、思い出した。先生がいるかもしれないんだっけ?」

 

 畑が急激に増えていることからして、作農師の天職持ちが滞在している可能性が高い。そもそも、王国各地のデータを見るに、平地が余っていて生産量が低くて住民も余っている点で、ウルほど先生に適している場所もないし。

 

 「で、どうしてダメなの?」

 

 「…なんか、イヤじゃないか?」

 

 面倒なことにもなりそうだし…って、私のみならず南雲君も思っていそう。

 

 「でも…雫ちゃんにも会いたいし…」

 

 「でも、香織、八重樫はたぶんウルにはいないぞ。」

 

 「うん、でも、さびしくない…?」

 

 すべてを一度切り捨てた南雲君と、南雲君を再び拾うことに特化した香織…同じ迷宮でも、先発と後発の差ね。

 

 「ん。でも、協力しろって言われるかも。」

 

 「早く神代魔法を手に入れたいですしね…

 

 …あ、でも、ミレディ置いていけますよハジメさん。」

 

 「「「「「よし、行こう(か/よ/です)。」」」」」

 

―*―

 

 かくて、湖畔の町、ウル。

 

 置手紙一つをブルックに残し、テクニカルは夕方には到着した。

 

 双方、積極的な理由があったわけではないし、ハジメ側には特に畑山先生一行を捜し出す理由は今もない。

 

 にもかかわらず。

 

 (…このレストラン、よく見たら、〈召喚されし神の使徒愛子様御一行御用達〉って札がかかってるんだけど…

 

 …マーフィーの法則、あるいはフラグ、なんてね。)

 

 気づいていないなら、言うまい…それに数か月ぶりの米料理も悪くない…と、一石は黙っておくことにした。

 

 「何食べます?ハジメさん、香織さん、ユエさん、シアさん、ヒカリさん。」

 

 「お米のご飯だよ!?ハジメ君もそう思うよね!」

 

 「ああ。今となっちゃ香織の弁当が懐かしいな…うっとうしいとか昔思っててホントごめん。」

 

 「もう…いつでも作ってあげるのに。」

 

 「…あのー、ちょっと二人の世界作りかけるのやめてくれません?ハジメさん、香織さん。」

 

 「ん…仲間に入れて。」

 

 「ユエさんは宿で一緒だったじゃないですかあ!私なんか、ヒカリさんと一晩ですよ!ときどきわけわかんない寝言言ってるし…」

 

 「失礼な!香織、私、寝言癖なんてないわよね!?」

 

 「うーん、えっと、その…」

 

 「え」

 

 ピシャーーーーーッ!

 

 「南雲君!?白崎さん!?一石さん!?」

 

 カーテンが勢いよく引かれ。ギョッとして6人が硬直する。

 

 「せ、先生!?」

 

 最初に、香織が動き出し、畑山先生に飛びつくー残念ながら先生のほうが小さいので、先生はあわれ押し倒されてしまった。

 

 「え、香織さん、そういう趣味が…」

 

 逆にシアが飛びのこうとして、ユエに首根っこをつかまれ、「ぐえ」。

 

 「ちょっと違うけど…でも、白崎さん…生きていたんですね!それに、変わってしまったけど、南雲君もいっしょに…一石さんも、ありがとうございます。」

 

 ハーバー・ボッシュ法のやり方についてのメモを、畑山先生は突き返した。

 

 「…私独りで決められないから先生に委ねようだなんて甘かったわ。

 

 あ、注文いいですか!?この、ニルシッシル?っていうの6つ、それから、ついでにこの紙、厨房で焼き捨てて、灰もかきまぜちゃってください!」

 

 「はい、注文承りました。」

 

 オーナーのフォス氏が、クシャクシャのメモを受け取り、下がっていく。ちなみに一石が文明を変えかねないメモをオーナーに託せたのは、どうせ素人にはわかるまいということもさることながら、ぞろぞろ奥からやってきた他のクラスメートや騎士の存在が「ここのオーナーは重要人物と接する人物で、信用ということを良くわきまえている」と判断する材料になったからでもある。

 

 「…それで南雲君に白崎さん、その格好…何があったんですか? こんなところで何をしているんですか? 何故、すぐに皆のところへ戻らなかったんですか?

 

 事情があるのはわかりますが…」

 

 「…先生、とりあえず、食べながらでいいですか?私も、先生に尋ねたいことが…」

 

 「…一石さん、相変わらずマイペースですね…

 

 あ、それと、南雲君…そちらのお2人は?」

 

 「ユエ」

 

 「シアです!ハジメさんの女ですぅ!」

 

 「…シアはまだ。」

 

 「香織さん、正妻として、ユエさんにいい加減なんか言ってあげてくださいです!」

 

 「シア、落ち着いて…先生がいる、か、ら…」

 

 「なーぐーもーくーんー?」

 

 クラスメートや騎士たちはおろか、バケモノぞろいのハジメたちが、ちっこい畑山先生が首を少し曲げながら出した声に、震え上がった。

 

 「あ、こちら注文のニルシッシルにございます。」

 

 「ありがとうございます。会計は?」

 

 フォスと一石だけが、暢気なもので。

 

 「こ、こともあろうに、きれいな女の子をよ、4人も侍らせて!すぐに帰ってこなかったのは、遊び歩いていたからなんですか! もしそうなら…許しません! ええ、先生は絶対許しませんよ! お説教です! そこに直りなさい、正座しなさいっ!南雲君!」

 

 (いっしょにしないでください先生…南雲君は3股です。…ってダメじゃない。

 

 あ、これどっちかっていうとハヤシライス?おいしい…)

 

―*―

 

Q:橋から落ちた後、どうしたのか?

 

A:ハジメ「超頑張った」

 

 香織「ハジメくんのおかげ。ついでに光ちゃんも。」

 

Q:なぜ2人とも白髪なのか、ついでに一石だけそうでないのか。

 

A: ハジメ「超頑張った結果」

 

  香織「光ちゃんが自分では頑張らなかったから」

 

Q:その目はどうしたのか

 

A:ハジメ「超超頑張った結果」

 

  香織「これはこれでかっこいいと思います」

 

Q:なぜ、すぐに戻らなかったのか

 

A:ハジメ「戻る理由がない」

 

香織「ハジメくんが戻ろうとしなかったから」

 

 「真面目に答えてくださいバカップル!」

 

 …もー何やってるのよまったくもー。…こんなことなら「香織が全部知っています」なんて言うんじゃなかったわ…

 

 「はあ…」

 

 「ヒカリさん、幸せが逃げますよ?」

 

 「癖になったわ…」

 

 「ね、ねえ、一石さん…」

 

 「何?園部さ」

 

 見当は付くけ

 

 「おい、お前ら! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

 

 「…まあ道理よね…」

 

 「あはは…」

 

 介入したほうがいい…?

 

 「でもまあ、ハジメが答えたがらないのもわかるのよ。ジョークみたいに苦労を重ねてるから。まさか一冊本を突き付けて『これを読めば全部わかる』とは言えないのに、『じゃあ代わりに音読してください』って言われてるようなモノだし。」

 

 「…そんなに、大変だったの?」

 

 「ん」

 

 「私が望んだことですけどね。」

 

 「私は全然。」

 

 私ごときが苦労したなんて言うことは、許されない。

 

 「こら!お前も、何をこそこそ話している!」

 

 「…別に?あいにく人種差別主義者に話せる口は付いてないの。出直してこないとあなたは話を聞けないってこと。」

 

「ふん、出直してこいだと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が出直してこい。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう。それになんだその白髪は。その女はその年にしてもうしわくちゃのババアなのか?」

 

 「…はい?撤回して出直しなさい。」

 

 …神殿騎士さん、神の使徒と呼ばれるところの香織も銀髪だから、その発言は半ば自己矛盾よ…どちらにせよ、宗教的価値観に凝り固まった人たちとの対話はごめん被りたいけど。 

 

 「何だ、その態度は? 無礼だぞ!さては、貴様が魔人族の手先というのは真実だったのだな!おい、こいつをひっとらえろ!殺して構わん!」

 

 もう、勝手にやってなさいよ…

 

 「さすがヒカリ。動じないし」

 

 「に、にべもないですう…」

 

 「それにしても、小さい男。」

 

 ユエ、「器の」を付けたほうがわかりやすいわよ。

 

 「な、何?貴様も、神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

 

 騎士さん、後ろでハジメと香織が銃身なでてるのに、気付かないの…?死んだわね。

 

 「ちょ、ちょっと待って!一石がスパイ!?ないない!」

 

 「使徒優花様、その言い分は聞きかねます。」

 

 「だって、オルクスであたしのこと助けてくれたんだよ!それがスパイなんて」

 

 「そうやって信頼を得ようとしたのですこやつは!」

 

 はあ…粒子線源をマゴクの中の遮蔽弾倉に…

 

 「ちょおーーっと待ったぁ!」

 

 「だ、誰だ!?」

 

 「話は全て聞かせてもらったっ!

 

 ミレ」

 

 「バカーーーーーーーっ!」

 

 「え?あ、あ!」

 

 歴史上の反逆者の名前を、軽々口に出してどうするのよ! 

 

 …ああ、もうこれ!どう収拾付けるのよ!

 

 「…じゃあどうすればいい?」

 

 「ウザディとでも名乗りなさい。」

 

 涙ぐましい努力がうかがえる…ノイントの人間離れしたところはなくなってるし、ちょっと縦横比もコホンコホン。そんなにその見た目がイヤなのね…

 

 「えー…

 

 名前なんかどうでもいい!」

 

 良かないわよ…

 

 「とにかく、ウサ耳ちゃんをいじめるなんて、さては弱い者いじめが好きなのかなぁ?騎士の風上にも置けない奴!自分に自信がないからって相手の実力まで見誤るなんて、弱すぎ!プークスクス!」

 

 「なにをほざくっ!」

 

 「まして、そこのちびっ子に好かれたいからって、正義気取り!自分で考えることもできないのかな?ざんねーん!そんなんじゃ女の子の心はつかめないゾ☆」

 

 …あの、その人、先生…

 

 「え、えっとどうすれば…」

 

 「どうにでもなればいいのよ…私はごちそうさまだし。清水知らない?」

 

 「し、清水?最近姿を消してて…捜してるんだけど…」

 

 …なんで?

 

 「とにかく、今日は早く寝るわ。おやすみ。」

 

 付き合ってらんない。

 

 「お山のガキ大将みたいな真似はかっこ悪いからメッ!服だけ『分解』♪」

 

―*―

 

 「なあ一石…起きてるか?」

 

 「おはよう。

 

 …まだ深夜?おやすみ。」

 

 「おいおい…

 

 …なあ、先生に、話しておくべきだと思うか?」

 

 「エヒトについて?

 

 敵になったとして、戦力的には問題にならないし、行動で先生に誤解されても寝ざめが悪いし…

 

 …ただ、知ってしまえば、知る前には戻れないわ。」

 

 「わかった。知らせてくる。」

 

 「そう…おやすみ。」



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14 「ウル市防衛に必要な戦力総数は?ただしキル・レシオを1:10000とする。」

 ※まさかミレディがミレディを名乗るのはまずいだろうとのことで、「ミレ」と名乗らせます。ユエと一緒で苗字なし。他の皆さんどうしてらっしゃいましたっけ?


―*―

 

 翌朝。

 

 フューレンギルド支部長イルワの依頼を果たすため、ハジメ、香織、ユエ、シア、一石、ミレディは、早朝から宿を出て、町の北門のあたりで、重力魔法を連続使用して予定を前倒しに達成した後、テクニカルにポンポン砲とロケット砲を据え付けようとしていた。

 

 そこへ、畑山愛子教諭と生徒たち数人が走ってきた。

 

 「…何しに来たんだ?」

 

 「人捜しですよね? 人数が多い方が良いですから私たちも手伝います。」

 

 「…ハジメくん、どうする?砲座を取れば詰め込めない?」

 

 「…まだしも1台増やしたほうがいいだろ。同行を許可するつもりはなかったんだがな…

 

 …だれが運転する?」

 

 武装なしのテクニカル(=ただの装甲トラック)がポンと出てきたことに、クラスメートたちは唖然としている。

 

 「魔力直接操作ができないと話にならないし…私はハジメくんから離れたくないし…」

 

 「あ、じゃあミレちゃんがやろっか?」

 

 「…任せた。できるのか?」

 

 「おやおや少年、魔法の天才、ミレちゃんを舐めちゃダメだよー♪」

 

 こいつ、どっちがアクセルでどっちがブレーキかわかるのか?という問いだったのだが。

 

 ともかくも2台の装甲トラックは、途中で時々魔物をポンポン砲で掃討してはクラスメートたちを瞠目させつつ、大陸北山脈を踏破していった。

 

 「ハジメくん、見つかる?」

 

 「香織、まだ軌道に放り込んだばっかだからそううまくは…

 

 おっと、そうでもない。『ちきゅう』がお手柄だ。」

 

 なおも、テクニカルが走り、荒っぽい運転ながらもミレディのトラックが続く。

 

 キキ―ッ

 

 テクニカルが停車したのは、なんらかのビームか何かで削られたと思しき、小川の回りの荒れ地だった。

 

 イルワが依頼した「冒険者とともに旅立った貴族子弟ウィル・クデタの発見、『回収』」。その、冒険者たちの遺品も、いくつも発見される。

 

 油断すれば、そしてハジメたちと離れれば、自分もこうなる…あらためて、この世界は死と隣り合わせであることを確認し、一石は気を引き締め。

 

 そして、川の下流へ下っていき、滝つぼの奥の洞窟に、ウィルを発見したその時。

 

 ハジメの顔色が、変わった。

 

 「敵だ。上から来る!」

 

 「わかったわ。ウィル氏はこちらで保護するから。」

 

 「うん、頼んだよヒカリちゃん。」

 

―*―

 

 「対空戦闘用意っ!」

 

 テクニカルの荷台の上に据えられたポンポン砲に、シアがとりつくー身体能力特化のために近接戦闘はともかく遠距離戦闘には向かない彼女にとっても、キロ単位の射程を持つ高射機関砲は福音である。

 

 ボン、ボン、ボン、ボン!

 

 砲声とともに、未だ影でしかない空からの襲来者に炸裂弾が吸い込まれていくーが、いっこう、こたえた様子がない。

 

 そんな姿を、滝の裏から、一石はウィルに覗かせていた。

 

 影は急速に降下し、シアが砲座から飛び降りてドリュッケンを手にする。

 

 ハジメが盾を、香織が磁束爆縮ジェネレーター付きレールガンを構える。

 

 徐々にあらわになるその姿、龍。

 

 「ひっ…」

 

 龍の口から、猛火のブレスが吐き出される。盾が半ばまで溶ける。

 

 レールガンが、自らを犠牲にして炸裂弾を発射するーが、空に撃つモノではない重砲的な砲なので、発射された時から当たりそうにないことは目に見えていた。

 

 「香織、大丈夫か?」

 

 「うん、まだまだ。」

 

 あらためて銃を持ち直すハジメと香織を追うように、ブレスが発射され、しかしユエとミレディの重力球に全量が吸収されていく。

 

 上から重力魔法で重さを付けてドリュッケンを振り下ろすシア。

 

 「…わかる?ウィルさん。多くの人が、これだけの力を振り絞っている。

 

 あなたは、自分の実力を見誤り、仲間を死なせてしまったかもしれない。ましてそれを喜ぶのが最低だというのは、一考の余地はある。

 

 だけど、だけどそれでも、自分が生き延びたことを非難するのは、ここにいる全ての人と、あなたを生き残らせるために死んだ冒険者たちへの、冒涜よ。

 

 あなたの生き残った意味がなかったら、なんのために冒険者たちは死に、なんのために彼らは今戦っているの?

 

 だから、生き続けて、その真の意味を示しなさい。

 

 どうして生き残ったのか。

 

 死んだ人の命の価値と、生きている人の努力の値打ちを十字架に、生き続けなさい。

 

 しょせん、命なんて足し算も引き算もできないんだから。」

 

 「い、生き続ける…」

 

 「そう。

 

 精一杯輝けば、きっと…」

 

 ドスン!

 

 「う、ううー、酷い目にあったのじゃ…

 

 早くコレ、抜いてたもれ…」

 

 「ああもう、何やってるのよ…」

 

 聞こえてきた声、そして、黒龍が変化して現れた美女。

 

 興味がないではなかったが、面倒の予感に、一石はまたも頭を抱えた。

 

―*―

 

 ウルの町。

 

 湖畔に栄えるこの町は、突如として存亡の危機に陥った。

 

 (おそらく)一人の男に率いられた、数万の魔物の大軍の襲来。

 

 今はまだハジメの義眼でしかとらえることができないが、いくら冒険者をかき集めてみても、視界に入った瞬間に敗北が決定している。

 

 「…ハジメくん、どうする?このままだと町は…」

 

 「香織…

 

 …でも、俺たちは香織のためにも、急がなくちゃならない。香織も、わかってるよな?」

 

 「うん…雫ちゃんたちがオルクスの真の大迷宮に到達したら、きっと死んじゃう。

 

 だけど、私は…

 

 ハジメくん、ハジメくんが、私より辛い思いをしてあの大迷宮を生き抜いたのは、ホネの山を見てきたから知ってる。優しさを捨てないといけなかったことも。

 

 だから、私が、ハジメくんの優しさを補う。それじゃ、ダメ?」

 

 「断れるかよ。」

 

 ごねるウィルの手足を砕いてでもフューレンへ向かうつもりでいたハジメたちは、Uターンし、そのままウル市街を囲む壁を錬成で造ることにした。

 

 一方で、もう1台の装甲トラックにいたミレディ、そしてテクニカルから降りてカール60センチ自走臼砲を取り出していた一石は、早くもウル北側の平地に、防御陣地の構築を始めていた。

 

 「…あの、一石さん、南雲君は?」

 

 「いろいろあるのよ。彼は…

 

 …この町を助けることを、嫌がるから。」

 

 「…それでも、来ると信じるのですか?」

 

 「先生、私たちは、小ならず変わってしまったし、もう元には戻れない。南雲君を見れば、わかるわよね?」

 

 「見た目の話ではなく、ですね…。あんなに穏やかだった南雲君が、ここまですさんでしまうとは、思ってもみませんでした。

 

 でも…大事な時に、そばにいられなかった先生の言葉はきっと軽くてっ!

 

 私は、本当は、南雲君に先生づらすることなんてできないんですっ!」

 

 「それでも、先生だから、優しさを忘れてほしくない。

 

 …私も、ただ、口を出しているだけ。本当は、仲間づらしていいのか、今も悩んでる。

 

 だけど、そうするのが最善と思うなら、立場は気にしてなんかいられなかった。

 

 先生、きっと南雲君が自分で切り捨てたと思ってるものは、彼の隣にまだ残ってる。」

 

 「白崎さん、ですね…共依存のような気がして不安なのですが…」

 

 「人間関係とは足りないものを補完しあうことだと、私はあの2人に学んだ。だから私は、彼について行くの。」

 

 (それに、トータスの存在をも真理探究への近道ととらえる私に、ただ地球に帰ることを目指す純粋な人たちを難ずることは…)

 

 「一石さんは?あなたは…」

 

 「私に優しさを期待しないで。私が動いているのは、知っていることに伴う義務、責任からよ。

 

 E=mc^2を知ったアインシュタインが、核兵器で戦争を終わらせ、今度は核戦争を防がなければならなかったように。

 

 ここで、ウル市の危機を知ってなお何もしないのがあり得ないから私は動く。だけどそれは、優しさなんかじゃない、ただするしかないから。」

 

 「それもまた、立派な優しさですよ。」

 

 「昨日、エヒトのこと、聞いたわよね?

 

 …知ってしまったあなたは、知らなかったままではいられない。どうするの?」

 

 「それでも、私は教師です。」

 

 「みんなを、地球に…

 

 そう。それで、私たちに戦うことを、期待?」

 

 「…それは…」

 

 「もとより、少々の矛盾なんてなんの問題にもなりえないし…

 

 …南雲君も、動き始めたわ。」

 

―*―

 

 ウル市は、昨夜まではなかった防壁に囲まれ、急造の要塞都市となっていた。

 

 迫りくるのは、自身の土煙に紛れて全貌すら不明ながらも、大地を覆いつくすような魔物の大軍。

 

 「南雲君、終わったわ。」

 

 「こっちもだ。」

 

 「…覚悟は、いい?」

 

 「ああ、ためらう理由なんてない。」

 

 「あ、そう…」

 

 一石の声には、失望が隠れていたー少しは、ためらってほしかったのだ。

 

 「発射用意。」

 

 カール60センチ自走臼砲の砲身が、ゆっくりと上がる。

 

 同時に、ノイントボディのミレディが、双翼広げ飛び立った。慌てて、ティオ・クラルスー龍人族であった、洗脳が溶けた黒龍が龍の姿で舞い上がる。

 

 空を飛ぶ魔物のうち1体に、黒いローブの男が乗っかっている。そこへ、ブレスで周りの魔物を撃墜しながら、黒龍が迫り。

 

 ミレディの飛ばした重力球によって、魔物は引かれてはるか遠くへ落ちていった。

 

 「…加害半径を脱したわ。」

 

 「てっ」

 

 引き金が引かれ、60センチ砲弾が空高く撃ちだされ、それからゆっくりと惑星の重力に導かれ降下に転じていきー

 

 「『蒼天』」

 

 ユエが、砲弾を加熱した。

 

 砲弾に詰め込まれた液体燃料が沸騰、砲弾を破裂させて気化、急速に膨張しつつ空気と混じりあい。

 

 ゴッ、ズー キューーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!

 

 蒸気雲が、内部にはらむ酸素によって発火ーその爆発は、低密度の数十メートルの爆弾が爆発するに等しく、衝撃波が数キロにわたって駆け抜ける。

 

 爆轟波は、直下にいた魔物を下向きに吹き飛ばした。

 

 否、爆風で張り叩いた。

 

 否、地面と十数気圧で、プレスした。

 

 半径60メートルにわたり、魔物は文字通り粉々になって焼滅し。

 

 半径170メートルにわたり、魔物は文字通りひき肉になって大地にしみこみ。

 

 半径290メートルにわたり、魔物たちは外傷はないのに体内に深刻な損傷を負って行動できなくなった。

 

 爆発が広げた熱気の塊は、急速に上空へ上昇していく。その見た目はまさしく、キノコ雲。

 

 「行くぞ!」

 

 ハジメ、香織、ユエ、シアが、おのおの武器を手に、壊滅手前の魔物軍へ突っ込んでいった。

 

 「…一石さん!」

 

 放心状態にあったクラスメートと騎士団、それに、地面そのものが吹き飛んだとしか思えない大爆発を形容するすべを持たずにかたまる、防壁の上に招かれていた市民たち。

 

 最初に再起動した畑山教諭は、即座に、一石を怒鳴った。それも、つかみかからんばかりの形相で。

 

 「あれでは、あれではまるでっ!

 

 これが、あなたの言う、責任ですかっ!」

 

 社会科教員として、座視するわけにはいかない。だって、けた違いの威力、そしてキノコ雲。これではまるでー

 

 ー原子爆弾ではないか。

 

 「…大丈夫。核兵器ではないわ。燃料気化爆弾よ。」

 

 「ですが…」

 

 「なんの言い訳にもならないことも、なんの言い訳もしてはならないことも、わかってる。

 

 だけど、ほら。」

 

 ロケット弾が乱れ飛び、機関銃がうなる。

 

 重力のじゅうたんが魔物を押しつぶし、稲光とともに煙が上がっていく。

 

 「遅かれ早かれ全滅する魔物に、慈悲を問うても仕方がないし。それに、幸い、誰にも伝わることはない。

 

 デビッド騎士団長、まかり間違っても、あの攻撃をしたいとは思わないわよね?」

 

 「な、なぜだ?あれさえあれば魔人族も一撃で」

 

 「扱いを誤ったら消滅するのは王都。敵の手にアレが渡れば消滅するのは人族と魔人族の首都全部。造り方が渡れば消滅するのはあまねく3族すべて、後には荒野しか残らない。

 

 それでも、憎い神敵を滅ぼしたい?」

 

 「当然、神のお告げなのだから」

 

 「えい」

 

 防壁の上から、下へ、デビッド騎士団長を押し落とす。

 

 「な、何をする!?」

 

 「目の前にいる神敵、魔物を、滅ぼして見せなさい。」

 

 「な…ぐぬぬ。」

 

 突っ込んでいくデビッド。剣を振るい、魔法を詠唱しー

 

 ーしかし、無我夢中で戦っても、なおも3桁で残る魔物を前に、剣を落とした。

 

 「ビー―――ム。」

 

 中性粒子ビームで魔物の行動力を奪い、退路を作ってやると、一目散にデビッドは逃げ、情けなくも防壁の上に這い上がる。

 

 「…私たちが味わってきたのは、こういうこと。

 

 死の恐怖の前で、信仰は役に立った?エヒト様とやらは、ハジメと香織が落ちた時に、あなたがさっき死にかけた時に、何かしてくれた?

 

 …万民を、ただあなたの個人的な信仰のために、同じ恐怖に陥れる覚悟はできた?」

 

 うなだれるデビッド。

 

 「…戦略兵器の投入なんてあからさまにやってはいけないことかもしれない。

 

 だけど先生、私は、私の目標のために、手段を選んでなどいられない。

 

 それでも先生は、生徒一人一人のための先生で、いられる?」

 

 「はい。

 

 あなたの覚悟、あなたたちの経験を、今だけで推し量ることなんてできませんけど…はい。

 

 いざという時は、私はまた、あなたを叱り、あなたを、必ず、止めます。」

 

 「それでこそ、私の担任よ。」

 

 アインシュタイン曰く、科学の進歩は病的犯罪者の手の中の斧である。だから一石は、自分にストッパーが必要であると、誰よりも理解していた。

 

 しばらくして、銃声も雷鳴も止み、一人の男が、テクニカルの荷台に縛られて引きずられてきた。

 

 「し、清水君!?」

 

 「え、なんで、清水君が…くっ!まさか、そんな…」

 




 ロシアが2007年に、核兵器並みの威力の気化爆弾を実用化したと発表しています(まあ戦術核ですが)。


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15 「裏切りと真実のリスクマネジメント(注:あらゆる要素を計算した場合、ボーナス得点を与える)」

 何度書き直しても、しっくりいかない。


―*―

 

 「清水君……なぜ、こんなことをしたのですか?」

 

 重々しい雰囲気の中で、清水君は、畑山先生をにらみつけた。

 

 「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって…勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに…気付きもしないで、モブ扱いしやがって…ホント、馬鹿ばっかりだ…だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが…」

 

 「だから、魔人族に、価値を示そうと?」

 

 これは、私の失策でもある。

 

 「ああ。王宮にいた時に、届いたんだ。

 

 俺の闇術は、魔人族の魔物使役と同じで、魔物を操ることができるかもしれない。その方向性で頑張れば、勇者に認められなくても、勇者よりも活躍できる。場所を間違えなければ…ってな。

 

 だから、俺は、俺が活躍できる場所を見つけたんだ!」

 

 「…そう…あなたは、そう決めたのね。」

 

 失策、失策、失策!

 

 でも、私は、悔やんでもいられない。

 

 「…魔人族が、俺をスカウトしたんだよ。俺を、魔人族の勇者にしてやるってな!だから俺は…

 

 なのに、なのに、なんだよアレは!あれじゃまるで、ヒロシマじゃねえか!もう意味わかんねえよ!

 

 なんなんだよ!南雲と白崎はもうなんか中二病だし!もうなんなんだよ!」

 

 …燃料気化爆弾が、ビジュアル的に、メンタルへの威力がここまであるとは…錯乱一歩手前じゃない。

 

 「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

 …あ、本当に錯乱した!?

 

 「な、何を!?」

 

 「先生も、クラスメートも、王国の誰一人として、俺を認めてはくれなかった…だから俺は!

 

 いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

 

 しかたない…

 

 「南雲君、武器を、捨てさせて。

 

 …武器を。」

 

 「な、一石、その必要なんて」

 

 私は、南雲君に目でメッセージを送った。

 

 ゴトン、ゴトンゴトン。

 

 ドンナーが、シュラ―ゲンが、ドリュッケンが、ゴクが、マゴクが、香織の名前の呼ばれない2丁拳銃が床に落ちる。

 

 「よし…先生、そのまま立て。」

 

 「は、はい…」

 

 「ハジメさんっ!」

 

 すべてが、スローモーションに流れて見えた。

 

 シアが、畑山先生に飛びつき。

 

 ビームらしきものが、清水君の胸を撃ちぬこうとし。

 

 私は、とっさに、この中で最下位レベルの敏捷力を振り絞った。

 

 南雲君が、ビームの出どころの方角へ、義手を構え。

 

 私の背中に、激痛が走り。

 

 義手が光り。

 

 ミレディが、破壊された窓から飛び出し。

 

 あ、痛くなってきた…

 

 「ヒカリ!?」

 

 「ヒカリさん大丈夫ですか!?」

 

 「一石さん!?」

 

 「光ちゃん、待ってて、治すから…死んじゃダメーッ!」

 

―*―

 

 状況は、混沌を極めた。

 

 毒にやられて早くも倒れている畑山先生。

 

 背骨が傷口から見えている一石光。

 

 2人に押し倒されて床に頭を打ち付け昏倒する清水。

 

 そして、義手を窓に載せ、片目で何度も義手を震えさせてから振り返り、絶句するハジメ。

 

 香織が、一石のブレザーと下着を破き、背中を出させて治癒を始める。

 

 「ハジメさん!神水を呑んでくれません!」

 

 「くそ、どうすれば…香織、ユエ、すまん!」

 

 シアの手からグイッと神水を呑み干し、畑山先生の唇に口を押し付けるハジメ。

 

 「あーっ、もう、ハジメくんったら!

  

 シア、私にも!」

 

 「は、はい!」

 

 「ん、私も手伝う!」

 

 治癒師として最低限の知識として習うことに、傷ついてはいけない重要臓器がある。背骨の内部の脊髄もその一つー迅速かつ完璧に治さなければ、脊髄損傷により運動機能が、神経感染症により頭脳が永遠に失われる!

 

 傷口に神水を直接かけるわけにはいかない。神水に除菌作用などないから、脳みそと基幹神経だけには使えないし、ハジメの片目片腕が戻らなかったことからわかるように神水は失われたものまで戻さない。あくまで、平常で数年かかるような自然治癒を一瞬に起こすだけである。

 

 香織とユエが、手を添えて治癒魔法を全力で行使し、シアが塞がりつつある傷口へ神水をスポイトで垂らしていく。

 

 畑山先生が、顔を赤くして起き上がり、数秒後、状況を把握して今度は真っ蒼になった。

 

 「みなさん、一石さんと清水君は、無事なのですか!?」

 

 「ぶ、無事よ…っ」

 

 「光ちゃん、しゃべっちゃダメ!数十秒待って!」

 

 「ダメ!

 

 だって、その間に、南雲、君、清水君を、撃つ、でしょう!」

 

 畑山先生、そして園部優花らクラスメートは、一斉にハジメを見つめた。

 

 「ああ。」

 

 「な、南雲君…」

 

 目を覚ました清水が、自分を感情の感じられない目で見つめ、義手の人差し指の指先を向けるハジメを見て口をぽかんと開け震える。

 

 「…ま、待て南雲、謝るから、話し合おう!

 

 お、俺、何だってするから、心入れ替えて、お前に忠誠を誓う、女だってやる、だから」

 

 「見苦しい真似は、やめなさい、清水、君…」

 

 「「「「「え…」」」」」

 

 「私が、悪かったのよ…」

 

 「ひ、光ちゃん?」

 

 やっと塞がった傷口だが、痛みにまだ顔をしかめ。

 

 一石は、なんとか、椅子に座りこんだ。

 

―*―

 

 「清水君、手紙は、2枚あったわよね?」

 

 「先生に渡せって書いてあった…」

 

 「し、清水君、それは、まさか…」

 

 「置いてあったのは?」

 

 「迷宮から帰ってきた時だ」

 

 「…だから、その手紙を置かせていったのは…

 

 …私よ。」

 

 「やっぱりか、俺を認めてくれたのは…」

 

 「そんな小芝居は要らないわ、清水君。

 

 私はちゃんと、手紙に書いたのを覚えているから。

 

 …『できうるのならば、魔人族のところへ行け』って。」

 

 「な…」

 

 「光ちゃん、嘘だって言ってよ!」

 

 「噓じゃないわ。」

 

 「き、貴様、やはり魔人族のてさ」

 

 「私、もう傷は治ったから。黙らせるわよ。」

 

 「…ヒカリ」「ヒカリさん…」

 

 「一石さん、どういう、ことですか?」

 

 「あの手紙は、私が無事に帰っていたら、回収していたのよ。

 

 あの時点では、普通に考えて、地球に帰る方法は3つ。

 

 1つ目は、魔人族を滅ぼし、エヒトに帰してもらう。

 

 2つ目は、独力で召喚魔法の謎を解明して、独力で戻る。

 

 3つ目は、魔人族と結んで、魔人族の神様に帰してもらう、あるいは、教会と魔人族を脅して協力して帰させる。

 

 訓練用の迷宮で壊滅し解明に不可欠な私も消えるようであれば、もう、1つ目と2つ目の目はない。

 

 迷宮で私たちを失ったあの時点で、戦術単位でしかない勇者たちが戦争の中ですりつぶされることも、人間族側にいても漸減されゆくだけで帰る方策など見つかりっこないことも、はっきりしていた。」

 

 「う、嘘だろ…」

 

 クラスメートの誰かー仁村か、玉井か…が呟いた。

 

 「嘘じゃない。

 

 だってあなたたち自身、思ったから、オルクス迷宮から逃げたんでしょう!

 

 このままじゃ、戦争に勝てないって!戦争になんかならないって!」

 

 「そ、それは…」

 

 「だから、なんとしても、クラスは、人間族だけじゃなく、魔人族へのチャンネルも必要だった。

 

 ううん、違うのよ。

 

 私であっても、帰るには、神代魔法を超える魔法についての充分な知見を必要とする。

 

 神格との直接交渉権を得なければ、帰る手段は手に入らない。」

 

 「そこまで読んで、魔人族の神様との直接交渉を?」

 

 「そう…

 

 わからずやの天乃河はともかく、冷静に立ち止まって考えれば、魔人族を根絶やしにするわけにいかないことはわかっていたはずだし…本当は、いずれ私が魔人族の側へ行って、講和へお互いのチャンネルになり、神格との直接交渉権を得るつもりだったのよ。

 

 それが私はあにはからんや生き残り、清水君はこんなところで何を行方不明になっているのかと思ったら…魔人族は召喚された高ステータス勢と言えども使いつぶすつもりでしかなかったし、私は清水君が先生に相談すらしないほどにクラスで孤立してこじらせているとは思わなかった。すべて、私の独断専行と考えの甘さゆえよ。

 

 すべての責任は、私、ヒカリ・ヒトツイシにあります。」

 

 「違うだろ一石!あんた書いてたじゃないか!

 

 『魔人族のところに行け。人間族にむりやり戦争に放り込まれる前に、先生たちを亡命させろ』って。ついつい、最初に接触した時に、俺だけが勇者になれるかもってそそのかされた、俺が悪かったんだ!」

 

 「…一石さん、清水君、顔を、上げてください。

 

 あなたたちも、あなたたちなりに考えたのですし、戦っていない先生に、言えることはありません。けれど…

 

 2人とも、おごらないでください。そして、抱え込まないでください。

 

 ただどうしようと無力感に震えていた先生には、何も…」

 

―*―

 

 沈鬱な雰囲気で、清水、一石、そして畑山教諭がうなだれる中。

 

 「捕まえて来たよー♪ミレちゃんお手柄☆」

 

 瞬間、ユエが、絶対零度のジト目をミレディに向けた。そればかりか誰もが、お前空気読めよと言う目をした。

 

 「え、ミレちゃん要らない子?」

 

 「しかもそいつ死んでるぞ。」

 

 「え…?魔物の背中から引きずりおろしてきただけだから…あ、ホントだ。ポイッとな♪」

 

 誰もが、唖然とした。

 

 「それで、え、どういう話になってたの?」

 

 かくかくしかじか。

 

 「まるまるうまうま…

 

 …もう、隠し事は、ないんだよね?ならもう、入れ違いとゴタゴタに付け込めてたはずなのに気が付いたら魔物数万とコイツ失ってた魔人族ホント間抜けプークスクス!で、いいんじゃない?

 

 でも、ミレちゃんは、魔人族とも仲良くしたいと思うな。

 

 神様を信じられない故の、昔は、よくあった悲劇だから…」

 

 そんなところが、妥協点だった。

 

 一石が独走し、清水が野望を見て、魔人族が振り落とされ、魔物たちがはざまですりつぶされた。

 

 最初から、真実など明らかにならず、負けた清水が反省すれば良かった話を、ただただ後味が悪くなっただけだった。

 

 この事実は、亀裂を生んだだけ。それで、明らかにする必要はあったのか?

 

 事実、真実、真理というものの性質を、状況は顕著に示していた。

 

―*―

 

 「…光ちゃんは、私とハジメくんがなんとか前だけ向こうってしてた時に、私たちを戻そうと頑張ってたんだね。」

 

 「俺より、決意が、早かったのか。」

 

 「…やり方は褒められたことではなかったし、神格との直接交渉も、半分は私の、真理への道筋を教えてもらいたいスケベ心よ。ここで撃たれたって文句は言えない。」

 

 「そんなことできるわけない。」

 

 「ヒカリさん、仲間なんですから…」

 

 「一人で抱え込むのはダメじゃぞ」

 

 「そうだよ。だから今度は、ちゃんと、考えてることを教えて?きっと、わからないけど…」

 

 「一石が力になってくれるように、俺も、力になる。」

 

 「そうじゃな」

 

 「…おいドM、なんでいる?」

 

 「妾は、仲間ではないのか?認めてもらえんのもそれもそれで…」

 

 「ちょ、ちょっと、ハジメくんに変態は近づけたくないかなー。」

 

―*―

 

 「…一石さん、あの時は、ありがとう。」

 

 「園部さん…あの、迷宮での件ね。」

 

 「…結局、みんなから責められつつも、あたしたちのことを裏で一番考えててくれたのは、光っちだったんだよね。」

 

 「あの時はうまく行って、今回は裏目に出た。プラマイゼロよ…」

 

 「それでも、あたしは、絶対に、光っちのことを忘れないから!ありがとう!」

 

―*―

 

 「…愛子様、あの2人を、討ちたくございます。」

 

 「ダメです。

 

 もとはと言えば、先生である私がしなくてはいけない、考えなくてはならないことなのです。

 

 私は、使徒である以上に、生徒たちの先生なんです。だから、一刻も早く、手段を択ばず、生徒を、御家族に帰さなくてはいけないんです。

 

 王国に見捨てられた時のことも、魔人族との戦争を終わらせる方法の模索も、魔人族の神様の手を借りることも、すべて、私が考えなくてはいけなかったんです!」

 

 「…愛子様、しかし…」

 

 「こんなことを言っても仕方ありませんが…

 

 無理やり連れてこられた私たちは、無理にでも帰りたいし、そのために奮闘する生徒たちは、まがりなりにも成長しているんです。

 

 無理やり連れてきたあなた方には、わからないかもしれませんが…」

 

―*―

 

 「清水君、ごめんなさい。」

 

 「いいんだ。ついつい誘惑された俺が悪い。

 

 …こんな俺でも、はじめて才能を認めてもらえて、うれしかったんだ。それを、忘れてた。

 

 なあ、一石」

 

 「アホなことを言わないで。

 

 私は私で動こうとしたこと自体は消えないし、真理を追い続ける私が、そこにいていいはずがない。

 

 いい?

 

 次私がやらかした時は、いっしょに撃たれるのではなく、撃ちなさい。そうでなければ、ロクでもないことをする。」

 

 「…わかったよ。

 

 でも、絶対に。

 

 俺は、感謝してるから。だから今度は、一石がくれたものを、もう2度と、忘れない。」

 

―*―

 

 かくて、夜は更けていった。

 

 水面下で混乱は終息し、もつれは静かに戻り、種火はそっと消化されていった。

 

 そして、翌朝、2台に増えたテクニカルに分乗するハジメ、香織、ユエ、シア、ティオ、ミレディ、そして一石へ、クラスメートと畑山教諭は見えなくなっても手を振り続け、騎士団も、せめてもの敬意の証として剣を地面に置いていた。




 微妙に前の話と整合性がとれない?すみません。きっと今までが忙し過ぎて、奈落に落ちる前のことを忘れていたんでしょう。
 ただ、たかだか数十人の勇者パーティーで戦況を大きく変えられるわけがありません。現にルーデルはナチスを勝利させませんでした。

 それはそうとして、2次創作ではよくある清水生存ルート…ですがこれで何か変わるか?


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16 「人身売買のコスト計算」

 買って半年の大学生協推奨PCのキーがいくつかひび割れていて、もはや笑うしかない…タイピングのやり方見直すべきなんでしょうけど、カタカタという連打音がないとやる気が出ないんですよね…

 ところで、察した方も多いと思いますが…サブタイトルがネタ切れ気味だw


―*―

 かくて、一行は、ウィル・クデタを引き連れ、フューレンに帰還した。

 

 気が付けば、ハジメ、香織、ユエ、シア、ティオ、そして一石とミレディ。7人とも言うし、事情を知る口さがない人間は(いればだが)「5+1+1」「A+a1~4+B+Z」とかのたまうのかもしれない。

 

 とにかく、その、「5」のほうー休養日とされたその日は、ハジメがシアと出かけていった。そして香織はユエと企んでインドアな一石を引っ張り出した(なおミレディはティオの監視役にされた。体のいい厄介払いとも言う)。

 

 「ほら、光ちゃん、着て着て♪」

 

 「…私、そんなに制服似合わない?」

 

 「そうとは言ってない。ただ、私も似合うと思う。」

 

 白衣っぽいコートを着せられ、フリフリしたドレスっぽいモノを着せられ、かと思えば羽根(?)のついた帽子。

 

 正しく2人の着せ替え人形である。

 

 「ま、待って、ワンピースは、ワンピースだけはダメなのーっ!」

 

 「なんで?」

 

 「な、なんか落ち着かないの!」

 

 「そう思うのは慣れてないから。いいから早く着るべき。」

 

 味方がいない…目を虚ろにして、一石は試着室へ引きずり込まれる。

 

 「私より胸があるなんて生意気。」

 

 「うう、落ち着かない…」

 

 「似合ってる似合ってる♪」

 

 「そ、そう…?」

 

 「もっと自信もって…あれ?」

 

 「どうしたの?」

 

 「…下から、なんか感じた気が…」

 

 「下って…ここに地下階なんてないわよ?」

 

 「ん…気のせい、でもなさそう。動いてる。」

 

 「動いてるって…魔物?」

 

 「気配だけだから違うと思う。」

 

 「地下…気配ね…?掘ってるわけじゃなければ、トンネルでもあるのか、し、ら…」

 

 はっと顔を上げ、一石は財布を取り出した。

 

 「な、なんか気づいたの?」

 

 口に人差し指を当て、「しー」。

 

 「私が払うから、早く。

 

 下水道よ。マンホールがあるからには地下下水道がある。たぶんそこに、誰かいるのよ。」

 

 「わ、わかった。助けに行くんだよね?」

 

 「香織、怪しい人かもしれない。」

 

 「あ、そっか。」

 

 「どっちにしても急ぐに越したことはない。私は着替えるから早く行って。」

 

 「う、うん、でも、それも買っといてね。あとで私が払うから!」

 

 「え!?」

 

―*―

 

 …な、南雲君が…

 

 …幼女になつかれてる!?

 

 「ロ、ロリコン?」

 

 「ちげえぞ。」「そんなわけない」「ん…ん?」「なんとな!?」「ひ、引くんですけど…」

 

 …不規則発言だったわ…

 

 「下水道の中に、その子が?」

 

 「ああ、海人族で、ミュウって言うらしい。オークションから逃げてきたんだと。」

 

 「どうするの、ハジメくん?」

 

 香織が、南雲君に背中を預けながら、南雲君の膝の上の幼女にお団子をあげている…なによこれ。

 

 「…確か、海人族って保護されてたわよね。」

 

 「ああ、というか、人間の子供もいたらしいぞ。」

 

 …思いっきり違法じゃない!

 

 「誘拐して売りさばく、裏オークション…ってところ?」

 

 シアが、身体を震わせている。

 

 「つぶしちゃう?」

 

 「ミレディ、それはあまりお勧めできないわ。下手をやって官憲と衝突したら目も当てられない。」

 

 「ここは保安署に届けよう。あとは役人が何とかするだろ。」

 

 「ハジメくん…そうだね。」

 

 南雲君は、ミュウを抱え上げて立ち上がった。

 

 …眼帯奪われてるし。

 

 「やっ!お兄ちゃんとお姉ちゃんたちがいいの! 二人といるの!」

 

 「無理言わないで、ね?…いたっ」

 

 なだめようとした香織も、やられてるし…ちっちゃい子ってまさかこの2人のウィークポイント?

 

 ともかくも。

 

 「すみません、人身売買から逃げ出してきた海人族の幼女を発見したので、保護と捜査をお願いします。」

 

 「な、なんですと?わかりました。ただちに手続きを取ります。」

 

 これで、一息付けた。

 

 「ハジメくん、ミュウちゃんかわいかったね!」

 

 「ああ」

 

 ああって…

 

 「あんな子、欲しいなあ…」

 

 「私も。」

 

 「私もですう…」

 

 こら、そこの3人、熱い目で南雲君のことを見つめないの…

 

 ドォン!

 

 「…うそでしょ…」

 

 「ハジメくん!」

 

 「ちくしょう、やりやがった!」

 

 ちょっ、置いてかれる…!

 

―*―

 

 窓が吹き飛び、煤まみれの保安署で。

 

 香織は、一枚の紙を拾い上げ、私たちに見せた。

 

 〈海人族の子供を死なせたくなければ、女どもを連れて〉

 

 グシャ

 

 「ハジメくん、いいよね?」

 

 「ああ、許しておけるか。つぶす。」

 

 南雲君が、香織が、ユエが、シアが、ティオが、立ち上がる。

 

 「ま、待って。」

 

 …まだ、決意するには、早い。

 

 「あ?」

 

 「今度こそ、人を、殺すつもり?」

 

 相手は官憲を吹き飛ばしてなんとも思わず、違法人身売買をやる裏組織。全面抗争になる…!

 

 「ああ。奴らは、俺たちが一度助けたものを傷つけ、あまつさえ香織を、ユエを、シアを、お前を、差し出せときた。

 

 叩き潰す。」

 

 「…その結果、香織、その白い手を血に染めるの?」

 

 「止めないで。

 

 私は、光ちゃんが人殺しだって言っても、我慢できないの。」

 

 「ん。ヒカリ、きれいごとだけでは生きていけない。」

 

 「痛い目見なきゃわからない人たちもいる。覚悟はできてます。」

 

 「そうじゃの。しつけてもどうにもならん奴はおる。妾も行くぞ。」

 

 「自由な意思のためだからね。ミレディちゃんもこういうのは久しぶりかなあ。」

 

 …そう。

 

 はっ、もう、等しく、血に濡れる覚悟はできている、と?

 

 「わかったわ。

 

 怨嗟を凱歌に、血と反吐と肉片と灰の上に。

 

 果たしてやろうじゃない。」

 

―*―

 

 「イルワ支部長、借りるわ。

 

 至急、事後承諾でいいから、私宛に、フューレンの人身売買に関与する組織討伐の依頼を出して。」

 

 「…いきなり支部長室に押し入ってそれかい?」

 

 「組織が消滅してから許可したのと、消滅する前に許可するのと、どっちがギルドの体面が保つと思う?」

 

 ふーん、このビルとこのビルはダウト、っと。

 

 「あ、ティオ、次は地図のCー13区画へ。それからユエ、Dー8かSー45の地下に虜囚がいる。」

 

 「あーこらこら、ギルドの資料を…あーもう、いいや。許可、出せばいいんだろう!?」

 

 殴り書きで依頼が飛んできた。

 

 「あ、今、殲滅許可が出たわ。

 

 南雲君?本拠がわかった?はいはい、Hー11ね。

 

 シア、Hー11へ。南雲君が肉塊にする前にボスだけひっとらえて?こっちで始末するから。」

 

 えーっと、ツチハンミョウの乾かしたやつはーっと…

 

 「ミレディ、Q-3に奴隷の宿舎っぽいのがあるから、廃墟にできる?

 

 あ、ユエ?了解。イルワ支部長、ギルド職員をD-8へ…ってわかんないか。地図のここへ送って。保護した子供たちが数十人。」

 

 「あ、あごで使うね…」

 

 「そうそう、それから、次、J-23へ。地上は消し飛ばしてもらって構わないわ。」

 

 「消し飛ばす…おいおい…」

 

 「あ、地図と資料はもらったから私もそろそろ。

 

 南雲君?ああ、そのあたりは無意味に用地が確保されてるから地下が怪しいと思ってた。

 

 うんうん、私も行くわ。香織は?ああいる。そう。」

 

 さて、と。

 

 「あ、支部長、もうすぐしたらシアが首領を連れてくるから、この虫呑ませてそこらへんの街角に縛っといて。」

 

 たぶん1週間くらい死ねないけど。

 

―*―

 

 フューレンを裏で牛耳る犯罪組織「フリートホーフ」。

 

 そのアジトは数百を誇り、構成員は末端も含めれば数千人に及ぶ。

 

 そういったやつら相手に人外一歩手前の連中が荒らしまわったおかげで、フューレンのあちこちから無数に煙が昇り、市街戦のさなかのごとき様相を呈していた。

 

 ミレディが双翼で飛び回りながらビラを散布し、市民に屋内に入るように布告する。その下で、フリートホーフと、巻き添えを食った他の犯罪組織は、建物ごと消し飛ばされていく。

 

 そんな中で、まだしも平穏な地下では、大ホールの中で、違法オークションが行われていた。

 

 ずらっと並ぶ、仮面の男たち。そして、オークションの司会者の元へ、海人族の幼女ーミュウを入れた水槽が床を引きずられてくる。

 

 ミュウを泳がせようと、水槽を蹴る司会者ーの頭が砕けた。

 

 ハジメが、ミュウを抱え上げて飛び上がる。そして、舞台側のドアをすべて閉じ、向かってくる男たちも撃ち殺した。

 

 ジャンプで一飛び、天井の破孔から上階へ。

 

 その時になって、客たちは逃げ出そうと、客席の出口に殺到しー

 

 ー開かない。

 

 「どんな気持ち?閉じ込める側から閉じ込められる側になるのって、どんな気持ち?ねえ?」

 

 「金は、金はやるから!」

 

 「出して!」

 

 「いくらほしい!?そうだ、一生遊んで暮らせるだけやろう!だから」

 

 「じ、ご、う、じ、と、く。ププーッ!」

 

 ミレディの嘲笑。

 

 そして、誰かが、天井の破孔から出る方法がないかと振り返り、上を見上げた。

 

 ーそこには、パラボラアンテナに見えなくもない、黒光りする円形が覗いていた。

 

 カチ、カチッ、カチッ!

 

 「あ、熱い!?」

 

 「痛い!痛い!」

 

 「助けてくれっ!」

 

 仮面を捨て、服を脱ぎ捨て、誰かが魔法を使い、それでも悲鳴は止まらず。

 

 血に染まり、煙が上がり、吐瀉物の臭いに満ち。

 

 一切の声、音がしなくなってしばらくして、アンテナは引っ込められた。

 

 同時に、市内各所から、爆発音が響き。

 

 花火が、フューレン全市を彩った。

 

 かくて、フリートホーフ、及び付随・対立する犯罪組織は、比喩でも統計的表現でもなく、文字通り消滅させられた。

 

 誰もその正体がいわゆる「アクティブ・ディナイアル・システム」に近い「電磁波で電子レンジのごとく人体を加熱する指向性エネルギー攻撃」であるとは言い当てられなかったが、トータス中の裏社会を絶句させ、激震させ、沈黙させ、瓦解させるには「そこに残っているのは人型の焼肉だけだった」という伝聞だけで充分だった。

 

 〈人身売買を今後行ったのならば、フューレンギルド支部長イルワお抱えのパーティーは、無限大のコストを支払わせるだろう〉という噂は、ただただ人身売買を王国やフューレンから一掃するのみならず、亜人奴隷売買について「天罰」の噂で売りにくくなっていたところに続き買い手も減った帝国軍の財政を直撃。「しゃらくさいこと言ってんな」と軽んじられるばかりの帝国軍文官は頭を抱え、中立商業都市にして震源地のフューレン侵攻をも会議の俎上に載せるありさまとなる。

 

 ハジメ一行は、また、畏怖のまなざしを増やし、ミュウを親元に連れていく依頼を請け負って、フューレンを後にすることとなった。




 ※ツチハンミョウの乾かした奴:猛毒カンタリジンを2~3人分の致死量で含む甲虫です(コレの標本3匹持ってるんですけど…)。消化器系などに作用するほか、尿道など排出系に激烈な炎症を起こし、男がこれで死ぬ時はそれはそれはみっともないとか(そんなものを媚薬として流通させた人間とは…リア充恐るべし、ですね)。

 致死性マイクロ波兵器もそうですが、単純な殺戮ではなく、アピール(言い方を変えれば見せしめ)に重点を置いています。ジュネーブ条約…?

 そう言えば、亜人族関係の殺戮を回避したせいで、ハジメにとってはこれで最初の殺人か…


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17 「迷宮突破のコストパフォーマンス」

 未完で終わらせまいと急いているせいで、他の方の2次創作に比べて以上に進行が早い。


―*―

 

 「…懐かしいね。」

 

 雫ちゃん、元気ですか?

 

 「ああ、そうだな」

 

 「まあ、そうねえ…I shall return…か。」

 

 私は今、ハジメくんといっしょに、仲間といっしょに、ホルアドに帰ってきました。

 

 「パパ?香織お姉ちゃん?ヒカリお姉ちゃん?どうしたの?」

 

 「ミュウちゃん?ううん、ただ、前にも来て、いろいろあって、すっごい駆け抜けて来たなあって。」

 

 「ふむ…正妻様と御主人様は、やり直したいとは思わんのか?」

 

 あ、「パパ、正妻、御主人って…」って、光ちゃんに笑われた。むー。

 

 「俺は、ないな。あの時落ちたから、今こうしてここにいる。今さら、やり直そうとは思えない。」

 

 「私は…ま、あの勇者たちがいつか破局に陥るのは読めてたから、泥船に乗りなおす博奕は打てないし、結果として世界の真理の糸口も見つけたし、これで良かったわ。

 

 何より、『あり得たかもしれない未来』なんて、ねえ…マルチバースの自分が考えればいいのよ。」

 

 私は…

 

 「やり直せるのなら、今度は、ハジメくんをちゃんと守りたい。だけど、それはきっと、ハジメくんのためにならないから…

 

 …ハジメくん、今が一番、これが一番、幸せ?」

 

 「ああ。」

 

 私も♪

 

 「あま、甘いですう…」

 

 「香織に独り占めされた…」

 

 「うむ、見せつけられるのもなかなか…」

 

 「ねえ、今の時代って、みんなこんななの…?時代が遠いよお…」

 

 「あの5人を現代人の代表例みたいにしないでミレディ…」

 

 …あの時、ここの宿屋で、ハジメくんがいなくなる夢を見て。

 

 ハジメくんのところに行くのを禁止されてたから泣いたよね、雫ちゃん。

 

 私まで消えて、ごめんなさい。

 

 心配してるよね?今、行きます。

 

 ギギーッ。

 

 「…なーんかピリピリして」

 

 「ひう! パパぁ!」

 

 「「よしよし……」」

 

 大丈夫、ミュウちゃんかわいいから大丈夫。…あと、ハジメくん、何して… 

 

 …えー。

 

 「…おじさんたち、悪いけど、見苦しいから下がってくれる?」

 

 ああ、頑張ってミュウちゃん笑わせようとさせられてたのに、グサッと…

 

 「で、受付さん、フューレンのイルワ支部長からの依頼で、手紙なんだけど…」

 

 「し、支部長からの依頼、ですか?」

 

 「ええ。南雲ハジメ、白崎香織、一石光に。確かめる?」

 

 「は、はい…き、金ランク!?少しお待ちください!」

 

 ズダダダッ!

 

 「お、おい、南雲、白崎さん、一石さん!?どこだ!?って本当に一石さんいるじゃないか!?」

 

 …だれ?

 

 「あ、遠藤君?」

 

 「南雲は?白崎さんは?2人はどこだ!?」

 

 わ、私…?あ、そう言えば遠藤君って、いたような、いなかったような…

 

 「…アレと、アレ。信じられないでしょうけど。」

 

 アレって…

 

 「マジ?マジか、マジだよな…なんか随分と変わったな。雰囲気とか見た目とか。」

 

 …それより、なんで遠藤君、ボロボロ?

 

 いやな予感が…

 

 「ってことは、とりあえず、迷宮を攻略して脱出できたんだよな!なら頼む南雲、白崎さん、一石さん!俺と一緒に迷宮に潜ってくれ! このままだと八重樫さんや重吾たちも死んじまうんだよ!」

 

 「し、雫ちゃんが!?」

 

 「ちょ、ちょっと待ちなさい。落ち着いて、状況を。あとミレ、アレの準備。」

 

 「あ、うん…オーちゃんの迷宮落とすんだね。わかった。」

 

 「お、落ち着いてられるか!団長だって、騎士たちだって、俺のために死んじまったのに!」

 

 「ハ、ハジメくん…

 

 …行こう。」

 

 雫ちゃんたちを、助けに。

 

 「ああ、だが話を聞いてからだ。」

 

 「あなた支部長よね?可及的速やかに、私たちに、勇者パーティー救出の依頼を出しなさい。さもないと依頼が事後になるわよ。

 

 あとついでにミュウちゃんの部屋を。ティオはお守りで。」

 

 「了解じゃ。」

 

 「ユエ、シア、先行して座標を探査。ミレ、道案内してあげて。」

 

 「ん」

 

 「急ぐですう!」

 

 「任せて☆」

 

 「ハジメくん、行くよ!」

 

 「ああっ!」

 

 「ちょ、話についてけねえ…」

 

 「あ、遠藤君?敏捷最下位だからお姫様だっこでよろしく。」

 

 「俺だってこんな奴らについていけねえのに!」

 

 …?遠慮して走ってるよ?

 

―*―

 

 勇者がいることの、戦力パーティーがいることのプレゼンスは計り知れない。

 

 残ったクラスメートには、安心感を。

 

 王国と教会には、クラスメート全てを守る義務を。

 

 帝国には、政治的威圧を。

 

 魔人族には、軍事的威圧を。

 

 そして私には…私には?

 

 …香織を、悲しませたくない。

 

 「ミレディ、この地下?」

 

 「うん…そうだね。90層あるけど。」

 

 「15メートル下がって、最低威力でお願い。重力方向だから間違えないで。」

 

 「もう、ミレディちゃん昔もここで落っことしたし、問題ないって。

 

 …『分解』、重力球生成、維持…」

 

 白熱する、群体マイクロブラックホール…

 

 「全員目と耳をふさいで!」

 

 ホーキング輻射、放てっ!

 

 「…いけえっ!」

 

 ヒュンッ!

 

 …すごいものね…

 

 「あ、下まで抜いちゃったかも…」

 

 「計算誤差かしら…降りる層を間違えないように…ってもう飛び降りてるし。ミレディ、私と、ついでに遠藤君を安全に降ろして。」

 

 「い、いやあ神結晶落っことした時といい、あはは…っと。」

 

 「え、この人飛んでる!?どうなってんの!?」

 

―*―

 

 「久しぶりだね、雫ちゃん。遅くなってごめん。」

 

 「え…?か、お、り…?」

 

 「白崎、香織だよ。」

 

 「香織ぃぃ…やっぱり生きてたぁ…」

 

 「よしよし…」

 

 「え、カオリン!?」

 

 「か、香織が…?」

 

 「鈴ちゃんも恵理ちゃんも、今癒すから。

 

 ハジメくん!」

 

 「任せとけ。

 

 おいそこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、香織たちに指一本触れず…

 

 …とっとと失せろ。」

 

 「何だって?」

 

 トン。

 

 「ここは戦場。一瞬一秒が生死を分けるから、判断は迅速にしなさい。それとももう、タダのタンパク質の塊になる覚悟はできてる?」

 

 わー魔人族の表情が消えてる。でも…

 

 「雫ちゃんを、みんなを傷つけたのも、あなた?もとから許したくなかったけど…

 

 敵意を見せたら、もう文句、言えないよね?」

 

 パンパンパン!

 

 「香織、跳弾だけは止めてね。私じゃあなたの弾を避けられないから。」

 

 「大丈夫。こんな半端な気配遮断、丸見えだから。」

 

 「大道芸だもんなあ香織。あ、一石、俺は気にしないぞ?跳弾」

 

 「じゃあ香織、防御を。」

 

 「みんなを守るんだね?あと光ちゃんも。」

 

 確かにハジメくんの兵器だと、跳弾からクラスのみんな逃げられないからね…

 

 ガシャン。

 

 「私にはその大道芸が見えないから、おとなしく…

 

 …マップウェポンで対処させてもらうわっ!」

 

 「『聖絶』!」

 

 ボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボン!!!! 

 

―*―

 

 うっわ、思った以上に跳弾してるわね…それも狙いだけど。

 

 ボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボンボン!!!! 

 

 「な、なんだいこれは!わっ!」

 

 「ポンポン砲の、秒に数発の40ミリ弾からなる鉄の暴風!いかが!?」

 

 「いや作ったの俺で、魔力もお前のじゃないだろ…っと、いけないいけない、撃ちこぼしだ。」

 

 ドン!

 

 「結果として1分足らずで勝利できたんだから赦して?」

 

 「でも、ちょっと見てて怖かったですう…」

 

 「今のシアなら防御なしでも耐えられる。大丈夫。」

 

 「お前ら迷宮はわけわかんないビームでぶちぬくし、どうなってんだよ…」

 

 失礼な…

 

 「ちくしょう…『落牢』」

 

 さらさら…

 

 「…久しぶりに、『物理法則準拠』『魔法法則排除』。」

 

 生き物が一瞬で石になる?バカも休み休み言いなさい。それたぶんフリーズドライだし。

 

 「き、効かなぐはっ!」

 

 あっけない。

 

 「よそ見は良くないってことも知らないみたいだな?」

 

 「く……はは。仕掛けたときから詰みだった訳だ。」

 

 「こういう時、『何か言い遺すことは?』って聞くのがテンプレなんだろうけど、私が聞いても答えてくれないし、それよりは説明と、落とし前を付けて欲しいかな、かな?」

 

 「あたしがそんなことをすると思うかい?人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね。」

 

 「なら代わりに説明するわ。魔物は神代魔法産、で、神代魔法攻略と、あわよくば、私が考え…おっと、勇者パーティーの魔人族への裏切りをさせようと。」

 

 「あ、ヴァンちゃんかー。」

 

 「それを何故……まさか」

 

 「お前の想像通りだ」

 

 「……そうかい。なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……この化け物め。」

 

 「魔法が使えるあなたが、それを言う?」

 

 私は、ゴクとマゴクをスカートの下から取り出した。…魔人族との交渉はウル市の件で難しいし、真理への路は神代魔法でいい。ただの敵に、容赦は出来ない。

 

 「いつか、あたしの仲間があんたらを殺すよ。」

 

 「偽りの神様の幻影を見て、仲間って…哀れ。」

 

 「偽り?あたしらの神様は、ちゃんといるよ。言っても信じないだろうけどね。」

 

 「もういい?」

 

 「あ、うん。」

 

 香織が、銃を抜いた。

 

 「ま、待て香織!」

 

 「…光輝くん?」「あ?」「はあ…」

 

 「彼女はもう戦えないんだ! 殺す必要はない!その2人に毒されるな!」

 

―*―

 

 一瞬、私は、躊躇した。

 

 「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて絶対ダメだ。俺は勇者だ。香織も仲間なんだから、思うところはあるだろうけど、ここは俺に免じて引いてくれ。」

 

 「…ハジメくん、どうする?」

 

 「香織がしたいようにすればいい。」

 

 「そう。でも、捕虜にすべきかどうかはまた…それは勇者が考えればいいことだったわ。」

 

 でも、この人は雫ちゃんたちを傷つけ、ハジメくんとみんなの敵になった。

 

 そうして今、死を望んでいるなら、きっとそう言うことなんだと思う。

 

 ーそれにいつどこで、また、私の大事な人を傷つけるか。

 

 「私は、もう、守れなくてごめんなんて、言いたくない。」

 

 「香織…」

 

 雫ちゃん…ごめんなさい、私の手はもう、真っ赤です。

 

 「それでも、前を向かなきゃだから!」

 

 バン!

 

 「名誉の戦死であれ、ね。」

 

 「やすらかに。」

 

 「ああ。」

 

 「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか…」

 

 あったよ。




 マイクロブラックホールからのホーキング輻射(要するに量子力学的な蒸発です)によるエネルギーに指向性を持たせて発射…

 …はい、波動砲(2199版)ですね。もっとも同じ原理の攻撃は他にいくつか見たことあると思いますが。なお1つのマイクロブラックホールはCERNの科学者を喜ばせたり超対称性粒子を叩き出したりするくらいにしか役に立ちませんが、目に見えるほど無数に集められるのならまた別です。

 ところでメルドを光輝が超えた今、魔人族戦の先頭は彼なわけで、つまり魔人族の女を捕虜にしたところで彼が処刑しなくてはならなかった可能性も高くー本当はそれを指摘させようかとも思っていましたがそういう流れになりませんでした。


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18 「恋とコスト主義は対義語である」

 オリ主、キレる…!


―*―

 全員の安全も確保した、騎士たちも生きていた、懸念事項はまだ一つ残っている…

 

 …なのに、コイツときたら。

 

 「ふぅ…香織、ありがとう。

 

 だけど、南雲や一石に言われて人殺しをする必要なんてない。俺が許すから、脅されているならすぐに離れろ。俺が守る。」

 

 「ちょ、ちょっと光輝、なに言って…」

 

 「光輝くん」

 

 「香織、さあ…こっちへ来るんだ。」

 

 「なに言ってるの?」

 

 「…は?」

 

 呆気にとられてる…いやいや。本気でそう思ってる?

 

 「私、誰にも脅されてなんかないよ?」

 

 「え、いやでも、なんで、だったら南雲に」

 

 「それはね…

 

 …私が、ハジメくんのことが大好きだから、だよ。」

 

 あ、ユエとシアが、あからさまにほっぺた膨らませた。

 

 「ど、どういうことだ?待ってくれ!意味がわからない。香織が南雲を好き?えっ?どういう事なんだ?なんで、いきなりそんな話になる?」

 

 「天乃河、洗脳だぜきっと。コイツ、自分が弱いからって」

 

 「そうか、檜山、ありがとう、そう言われれば全部納得がいく。

 

 おい南雲、すぐに、香織に、それに他の女性たちにかけた洗脳も解いてもらうぞ!」

 

 「天乃河、言わせておけば」

 

 「南雲君、ステイよ。」

 

 「光輝、南雲君が、一石さんが何かしたと、本気で思っているの?そんなわけないでしょ。光輝は気がついてなかったみたいだけど、香織はずっと前から南雲君のことを想っていたのよ。それこそ日本にいるときからね。どうして香織があんなに頻繁に南雲君に話しかけていたと思うの?」

 

 「雫、何を言っているんだ?…あれは香織が優しいから南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、陰キャでオタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか。それに一石は、魔人族のスパイ…」

 

 あーそれは完全に否定できない…

 

 「光輝くん、じゃなかった、天乃河くん。

 

 もう、やめて。

 

 私はずっと、ハジメくんのことが好きでした。だから…

 

 …これ以上言ったら、許せないかも。」

 

 香織が、銃口を天乃河へ向けた。

 

 「ま、待て香織。

 

 香織はそんな、簡単に人を傷つけたりしない、優しい女の子だったじゃないか…

 

 南雲、一石、お前らこんなに香織を変えるなんて!」

 

 「ううん、私が変わったのは…確かにハジメくんのためで光ちゃんのためだけど、でも、私のため。

 

 私は、もうハジメくんを失いたくないし、守りたい。だから、そのためにしなくちゃいけないことは、何でもする。これは奈落の底で、天乃河くんが助けに来ようとすらしなかった頃にできちゃった価値観で、変えられない、かな?だって、そうしないと奈落では生きられないし、ハジメくんをこの世界で守れないから。

 

 だから、もし、天乃河くんが邪魔をするなら、元幼馴染でも、もう、容赦できない。」

 

 「香織…くそっ」

 

 誰のセリフよ…

 

 …さて、そろそろ、言いたいことを。

 

 「はっ、勇者君、言いたいのはそれだけ?

 

 それとも、私をあしざまにののしるのはいいけど、誰があなたの大事な元幼馴染を突き落としたのか、知らないの?」

 

 「突き落とした?いやいや、あれは事故で」

 

 …事故?

 

 「誰かに聞こうって思わなかったの?それに…

 

 …畑山先生から、手紙が来てたでしょ?握りつぶしたの?」

 

 「まさか、だって、香織を守ろうとしてくれてたんだぞ!犯人なわけないだろ!」

 

 「もう、いい。

 

 あなたがそう思うのなら、あなたは、勇者であるべきでも、勇者でも、ない。」

 

 知ることにはそれに基づき行動する責任が伴う。

 

 無知に伴う責任がないことは、責任は知により生じることの裏返しでもある。

 

 ならば、無知なる愚者が責任あるべき地位につくことはならない。

 

 無知が人類の敵であるように、無知にして責任あるべき者は、もはや敵以下でしかない。

 

 「南雲君も見ていたはずだけど、私は、その人物の動きを前々から注視していたから、はっきりわかった。

 

 檜山大輔、もう、王都には戻れないと思いなさい。

 

 そして天乃河…

 

 類推するに、香織を南雲君がストーキングしていて、檜山が守っていた…とでも、あべこべに考えてる?

 

 八重樫さん、あなたは、どちらが正しいと思う?」

 

 「南雲君よ。香織は、ずっと南雲君を追っかけてた。光輝は間違ってるわ。ごめんなさい。」

 

 「雫、お前まで南雲と一石に…許さん!」

 

 「ちょ、ちょっと光輝、非戦系の一石さんに剣を抜くなんて!」

 

 「天乃河」「天乃河くん」

 

 南雲君、香織、引いて。

 

 「…私の性格的に、誰かを洗脳できるのなら全員、あるいは天乃河君を真っ先に洗脳してさっさと収めるけどね。誠に残念ながらできないのよね…」

 

 マゴクを抜き、銃床を振る。

 

 「なっ!?」

 

 機構を作動させ、鎖鎌で巻き取った聖剣を奪い取る。

 

 「なんてことするんだ!おい、一石!」

 

 「なんてことって…

 

 …勇者には、勇者たる資格を。

 

 せめて、知ることを拒む分、強くなることはできたのよね?まあ、目的が後付けにされる強さが最悪であることは核爆弾の例を持ち出すまでもないけど。

 

 だからまあ、65層からやり直してきなさい!」

 

 私は、近くに見えていたグランツ鉱石の露出面に、聖剣をぶつけた。

 

 転移陣が現れる。…メルド団長がなんかうなってるけど、無視。

 

 「選択肢は2つ。勇者たりえないことを認めるか、それとも一人、危険因子でしかない蛮勇を振るうか!

 

 せいぜい私たちのうっぷんを思う存分晴らしなさいっ!」

 

 天乃河は、あわてて転移していった。坂上君が続いて飛び込んでいくー本当の蛮勇はあっちか…

 

 「八重樫さん、谷口さん、中村さん、いいの?」

 

 「…光輝も、さすがに今ならなんとか勝てると思うわ。龍太郎は…はあ。」

 

 「聖剣だってあるしね…正直鈴も、光輝くんの言ってることは無理筋だと思う。

 

 カオリン、おめでとう。」

 

 「…一石さん、無茶苦茶やるよね…何か言ってもしかたないし…」

 

 OK、と。それから不満そうなのがもう一人。

 

 「あ、メルド団長、意見は求めてないから。私たちが3人ではるか下を生き抜いたのに、たかだか65層でステータスが圧倒的な2人が死んだら、責任は明確よね?

 

 それと、王都に戻るまでもなく、檜山を拘束するように。さもないとさらなる面倒を招くわよ?自分で解決するか、後から私たちが解決したのを承認するか、好きな方を選びなさい。」

 

 悪い人じゃないけど、勇者パーティーの3人が行方不明になったのをあやふやな責任で済ませた人は、反省すべき。

 

 私は、両手を打ち合わせ、解決を宣言した。

 

―*―

 

 「パパぁー!!お姉ちゃんたち―!!おかえりなのー!!」

 

 谷口鈴が、「パパ!?」と叫んで八重樫雫と顔を見合わせる。

 

 「ただいまミュウ。ティオはどうしたんだ?」

 

 「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは…」

 

 「妾はここじゃよ。」

 

 「あれ、お前こんな人混みで離れたら不味いだろ。」

 

 「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ。」

 

 「でも、ティオ、ちっちゃい子はすぐどっか行っちゃうんだから、ちゃんと手をつないであげなくちゃダメだよ?」

 

 「それなら香織はずっとハジメと手をつないでる。ちっちゃい子。」

 

 「んー…?ユエ、私の若さがうらやましくなったのかなー?」

 

 「み、醜い争いですう…」

 

 「ミレちゃんはノーコメントかな…」

 

 「あなたの年齢のカウントは確かに考えるべきよね…」

 

 ミレディ・ライセンと一石光は、あまり同類と思われたくないと、すりより抱き着きあっているハジメたちからなるべく離れながら、中村恵理のほうへ近づいていった。

 

 「ミレディ、ウルに来る前、オルクス大迷宮に行ってきたのよね?自分の迷宮を無人で動けるようにするためでもあるでしょうけど。」

 

 「うん、オーちゃんの迷宮、数千年ぶりだからね…まさかもう一回来るとは思わなかったけど。」

 

 「じゃあ生成魔法は確保した?」

 

 「あー…この身体、神代魔法全部に適性があるのかも。それが?」

 

 「音波遮断のアーティファクト。」

 

 「はいはい。」

 

 そして一石は、音波遮断を自分と中村恵理の間にかけさせる。

 

 「…な、なに?」

 

 「中村さん、そういうのいいから。

 

 …さっき、一連の騒ぎの間、ずっと私の動きを見てたわよね?」

 

 「それは、だって、危ないことになりそうだったから…」

 

 「うそ。だってあなたずっと、私を殺すつもりだった。」

 

 それに対応するためにこそ、一石はゴクを使わないで温存していたのだから。

 

 「大丈夫、それに関して、とやかく言うことはできないし。」

 

 「な、なんのはな」

 

 「もう、猫をかぶるなって話。」

 

 すっと、中村恵理は、目を細める。

 

 「まあ、具体的に何があったか知らないけど、天乃河が好きなの?」

 

 「…そうだよ!悪い!?」

 

 「いいえ?そりゃあ笑うけど。

 

 大丈夫、これで天乃河の株は墜ちて、あなたのしたいようになるから。というかそうでないと、誰かが矯正しないと天乃河、致命的にやらかして南雲君か香織に始末されてしまうかも。」

 

 中村恵理の目は、明確な殺意を帯びていた。

 

 一方の一石光の目は、一切の意思をのぞかせない。

 

 ある種のバケモノどうし。

 

 「そうはならないよ。ボクがそうはさせないからね。」

 

 「降霊術で?」

 

 「まさか。使えないよ。」

 

 「あ、そう…まあいかようにもやり方はあるか。南雲君ですら一人で生き抜いたものね。」

 

 人間、やろうとすれば何だってできるー身をもって証明してきた一石は、中村が今は何もできないにしろ危険因子だと判断した。しかし自身がそれなりに無茶苦茶をやっている以上、先回りして危険因子を排除しておくわけにもいかない。

 

 「で?結局、ボクの敵なの?味方なの?」

 

 「二元論なんてロクなモノじゃないわ。」

 

 「答えになってないよ。」

 

 「あなたが勝手にあの見放された勇者と2人でロマンスをやるつもりなら知ったこっちゃないし、その過程で真理への糸筋を増やしてくれるのなら願ってもないってこと。でも、目的の達成にあたって無情過ぎると、同類としては介入せざるを得ないし。」

 

 善意で何をしでかすかわからない天乃河、多少の悪意を持っているとはいえ首輪をつけてくれる相手がいるのならばそれに越したことはないー一石はそう考えた。ただ、中村それ自体が何をしでかすか危ういような気がして、釘を刺さざるを得なかった。

 

 「それで…

 

 …それで、もし、思うところあるのなら、あるいは、願うところがあるのなら。」

 

 ポンと、一石は、トランシーバーのようなものを渡した。

 

 「できうる限りの落としどころは捜すわ。だから、連絡して。

 

 それじゃあ。」

 

 ハジメがテクニカルを取り出したのを見て、そろそろ次の町へ出発かと乗り込む一石。

 

 (私個人としても、すでに血にまみれる覚悟はできているとはいえ、返り血は少ないほうが良い。それに、今は使えないとはいえ「降霊術」、霊魂というトータスに横たわる謎存在について解明する手がかりもくれる。失いたくはない。

 

 いいほうへ、動いてほしいけど…こればっかりは彼女の意思、ね。)

 

 ハジメと談笑しながら助手席に乗り込む檜山の目からは、ハイライトは消失している。

 

 そして、そんな檜山を見つめる視線。

 

 (アイツ、ボクの気持ちなんか、愛も苦しみも知りはしないくせに、上から目線で!

 

 もうタネは蒔いた。思い知れ!)

 

 ハジメ謹製の通信機は、ひっそり、地面にたたきつけられた。




 中村恵理ってだいぶ酷い機会主義者ですよね(※個人的に「機会主義者」を特別に、ただその時その時気を見るに敏と言う意味だけではなく、後々のために自ら機会を生み出せる人たちと言う意味でも使わせていただいてます。あまりにもこの言葉を最初に見かけた作品の印象が強烈だったからです)。

 しかし、「チャンスという神様には前髪しかない」と聞いて、ただ急いで神様の前髪をつかむのではなく、捕虫網に接着剤を塗って待ち構えるような性格と言う意味では、オリ主も似たようなモノですが。


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結果:そして、人間族はひっくり返った
19 「火山噴火の防災コスト」


 最初は海底遺跡編と抱き合わせの予定でした。無謀!

 総UA10000超え、感謝してもしきれません。このダイジェスト一歩手前の妄想実験にお付き合いいただけていることに震えが止まりません。いよいよ折り返し(おそらく40で終わるでしょう。ありふれ2次創作の中でも記録的な短さ!)なわけで、最後までお付き合いいただけると2回生で対面授業だらけとなっても次作への励みとなるかも知れません(それはそれで勉学の徒としてどうなんだというのはともかく)。ともかく、思考実験そのものが破綻しない限り、きっちり完結させられるよう頑張ってまいります。


―*―

 

 露天荷台に機関砲/ロケットを搭載するテクニカルという車両の性質上、対天候性能はお世辞にもいいとは言えないーが、戦車にしてしまうと汎用性は著しく悪化するし、普通車仕様に戻すには男1人女5人幼女1人、ちと人数が多い(なにより武装を省くのは無理がある。引き金を引けば魔力要らずでミュウですら迷宮の魔物を撃破できるであろう機関砲は捨てがたい)というわけで、応急策としてアクリル様の素材で荷台を覆うことになった。

 

 「前に来たときとぜんぜん違うの! とっても涼しいし、目も痛くないの! パパはすごいの!」

 

 装甲を兼ねた遮蔽版の内側には魔力式の冷房を回している。ソマリアゲリラが見たら地団駄踏みそうな贅沢仕様だが、常に砂が吹き上がり上下前後左右を覆い隠す「グリューエン大砂漠」は金星のごとく過酷な環境で、航空偵察ができないばかりか、驚くべきことにはレーダー波を反射するチャフの役割を果たす鉱物が混入しているらしかった。

 

 「まあミュウの健康には気を使いたいからな…」

 

 「びっくりだよね…まさかトータスにも黄砂があるなんて…」

 

 「赤いけどな。」

 

 顕微鏡で砂を眺めてみたハジメと香織は、長時間滞空する微細さながらも針のように鋭い砂粒に戦慄していた。長時間の曝露はPS2,5やアスベストと似たようなモノであるという一石の説明にはさらに戦慄した。

 

 だからー

 

 「…ところでハジメくん、気付いてる?」

 

 「ああ…」

 

 ー砂漠の中で倒れる人間と、それを取り巻く魔物を察知して、緊張感が生まれるのも無理はない。

 

 「ん?ミレディちゃん試し撃ちしたいんだけど」

 

 「バカ、砂が舞い上がるでしょうが。」

 

 波動砲をこんな砂地で発射するなど常軌を逸しているし、一石も測距の正確さを保証できる自信がないのであわてて止めた。

 

 「それじゃあ妾も遠慮したほうが良さそうじゃの。」

 

 「止めて、是非止めて。

 

 シア、任せていい?私測距するから。」

 

 言うなり、一石が潜望鏡のような形状のレンジファインダーを覗き込み、遮蔽板の上の1メートル測距儀を回転させ。

 

 「15秒後、方位52度傾斜28度!」

 

 「了解ですぅ!」

 

 遮蔽板が開かれ、多連装ロケット弾ポッドから16発のロケットが同時に、砂煙の中へ消えていく。

 

 ドォン…

 

 魔物ーサンドワームたちが爆死したのを確認し、テクニカルが停車する。健康に悪いので倒れていた男を荷台に引き上げ、遮蔽板が閉じられた。ポンポン砲をしまってスペースを作り、香織が助手席から出てくる。

 

 男は行き倒れ人のくせに王子で、この先のアンカジオアシスで中毒症状が多発、魔力暴走で倒れ伏す人間が続発して治療のための「静因石」を捜しに行き道中で行き倒れたらしい。

 

 香織を女神だとあがめようとする男を運転席からハジメが張り倒しつつ、テクニカルは一路アンカジオアシスへ向かった。

 

―*―

 

 …魔力の暴走?

 

 魔力は重力、電磁気力、弱い力、強い力に続く第5の力と仮定してきた。しかし実際に治癒師である香織が技能で「魔力の暴走」と言うのなら間違いなく、魔力は暴走している。

 

 …どうなってるの?

 

 多いのは、伝播子?それとも仮定からして間違っていた?

 

 もし、伝播子が多すぎたのだとする。これは自由電子が多くて体が導電体になってしまったようなもので、電流がそばに在ればもれなく感電することになる。魔力もまた、そのような状態を起こし得て、それを暴走と称する…ということ?

 

 物理的な想定をするには、あまりに魔法法則は「人」に依存しすぎる…

 

 「光ちゃん、オアシスの魔物は倒したんだけど、毒が抜けないみたい。どうなってるの?」

 

 「逆浸透膜は試した?」

 

 …あるいは、魔物の肉を食べた時の人間の変質を見るに、魔力は本来は暴走的に制御されるもので、安全にコントロールされるには体内因子が必要、とか?それを毒物が阻害する…生物学的な要因を求めたほうが良いかもしれないわ。

 

 「圧力が足りないって重力魔法かけたら破れちゃって…」

 

 「じゃあもう魔力にあかして貯水塔でも造って蒸留でもなんでもすればいいじゃない…」

 

 「あ、それもそっか。ユエ―っ!」

 

―*―

 

 「ねえ、ホントに、ナっちゃんの迷宮を攻略しなくていいの?」

 

 「ええ。香織の背中を押しておいて、私まで行ったら誰もアンカジの状況を収束させられないしミュウもお守りできないし。」

 

 「ミレディちゃん一人じゃ心配だと言うのかー!」

 

 「もちろん…って言うか、どうせオルクスと一緒で、バックドアがあるんでしょ?」

 

 「まあ、万が一のことがないとも限らないし、脱出路から逆に入れる方法はあるから、ミレディちゃんも後で行くけど…でも、ズルだから絶対ダメだよ。」

 

 「はあ…魔法が使えない私でも?」

 

 「うーんどーしよっかな…そうだ、日ごろの扱いを謝ってくれたら」

 

 「…そうも言ってられなくなったわね…」

 

 「え、なんで?」

 

 「この映像、どう思う?」

 

 「灰色の、龍?ダッサいねえ…」

 

 「じゃなくて、背中に乗ってる魔人族。南雲君たちと接敵するわよ。」

 

 「あー…でも、手助けするのはちょっと…」

 

 「あいつら火山ぶっ飛ばすかも。」

 

 「ヤバいヤバい、来て!」

 

―*―

 

 「やっほー、待った?ミレディちゃんは待ちすぎて汗かいちゃったよー♪」

 

 「「「「「うるさい(わ/よ/です/のじゃ)!」」」」」

 

 グリューエン大迷宮最深部、マグマのドームの下で、手を振って出迎えたミレディと一石に、一斉に舌打ちが向けられた。

 

 「おっと、そんなこと言っちゃっていいのかなー?」

 

 パチン。

 

 指の音とともに、マグマでできた蛇が百体以上、マグマの中から現れた。

 

 「…あいつ後で〆る。」

 

 青筋を立てるハジメ。今回は傍観者に徹しているミレディと一石は、奥の扉から解放者ナイズ・グリューエンの部屋へ引っ込む。

 

 それをよそに、電磁の奔流が走り、銃弾が乱れ飛び、ハンマーが宙を舞い、マグマ蛇は1匹また1匹と姿を消していく。

 

 そして、最後の1匹ー

 

 「行っけえ!」

 

 ーその時、かすかに開いた扉のスキマから、白色の閃光が瞬間的に空気を割り、天から降り注いできた極光を打ち消した。

 

 なおも引き続く白色の閃光と銀色の極光は、伯仲を続け、姿を現したミレディの手元にある銀色の光=マイクロブラックホールの集合体は徐々に小さくなっていく。

 

 「天文学的な威力の波動砲を打ち消すとか、どうなってるのよ…」

 

 「あれはヴァンちゃんの魔物だね…」

 

 冷や汗をかく待ち伏せ組。ハジメたちもすぐに動き出し、ビームが上方へと乱れ撃ちされる。

 

 「…看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは…おまけに報告にあった強力にして未知の武器や光線…しかも総数五十体の灰竜の掃射を耐えきり撃ち返すなど有り得んことだ。貴様ら、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」

 

 白龍に乗った魔人族が、上から現れ、呟いた。

 

 「うーん、ちょっと違うかなー?

 

 我が名は解放者ミレディ・ライセン!自由な意思のもとに復活した者ここに!

 

 どう?まさか御本人登場とは思わなくて驚いちゃった?驚いて心臓止まっちゃたり」

 

 ピースしてポーズするミレディに、魔人族は一言

 

 「『界穿』」

 

 ミレディを背後から襲う極光。分解を打ち消していく。

 

 「もう!あっぶないなー!なんてことするの!せめて名乗ってからじゃないと!」

 

 小指をちっちと振るミレディ。しかし、背後に突如現れた魔人族は表情をピクリとも変えない。

 

 「貴様が、神に逆らった反逆者か。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である。私の名を骨身に刻み滅べ。」

 

 キュイン!

 

 シャー芯ほどまで細く絞られた極光が、ユエと香織とミレディが重ねがけした障壁を貫こうとする。

 

 「今だティオ!」

 

 その間に、ティオが姿を黒龍へ変え。

 

 「解放者の次は龍人だと!?」

 

 「紛い物の分際で随分と調子に乗るのぉ! もうご主人様の邪魔はさせぬぞ!」

 

 漆黒のブレスを上へと吐き出した。

 

 「若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが『龍』のブレスよぉ!」

 

 灰龍は一掃されていく。

 

 一方で、フリードがふいに、血を吐いた。

 

 「ぐはっ…何を…」

 

 何もしていないかに思われた一石のゴクとマゴクの銃口から、青い光が漏れているー放射線源の臨界光である(なお電磁的に指向性を持たされている)。

 

 「いったん戻って治癒したほうがいいか…くそっ。

 

 だが黒龍のブレスを利用してマグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。間も無くこの大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様らをここで仕留められるなら惜しくない対価だ。自らの仲間が造った大迷宮によって果てるがいい。」

 

 ミレディが「ププッ、自動で修復されますけどー」なんて言っているが、それどころではない。フリードは上へと飛び去ろうとしている。

 

 ハジメが静因石の入った宝物庫をティオに渡す一方で、一石はナイズの部屋への扉を開き残りの4人を招き入れる。

 

 誰1人、あきらめた様子はないーそれに、一石がミレディとだけで普通に来られるはずはないので、どこかにバックドアがあるのだろうと、もう全員勘づいていた。

 

 「ミュウに伝言頼む。『後で会おう』だ。」

 

 そして、黒龍は飛び去った。

 

―*―

 

 「南雲君、時間がないから潜水艇を出して。」

 

 「…バックドアは?」

 

 「その要石の中を通るのよ。」

 

 「マジか…ダメじゃん。」

 

 「海への路は変わって無ければわかるよ。ミレディちゃん昔オーちゃんと通ったし。」

 

 なんなんだ解放者って…と、誰もが思いつつ、質素な部屋で神代魔法を回収した5人である。

 

 ハジメが、宝物庫から潜水艇を取り出す。球形のアクリル船殻に筒型の航行装置がかぶさっているスタイルだ。

 

 いそいそと6人が乗り込み(狭かった。そして香織とユエとシアはお互いがもっともハジメに密着できることを望んで騒ぎ一石に怒られた)、直後にマグマがなだれこんですべてを押し流す。

 

 「右、左、そう、直進、後ろ右…」

 

 ミレディが懐かしそうにつぶやくのに従い、ハジメが流されまいとマグマの路の中を必死に操縦する。

 

 「下、右下、左下…しばらくまっすぐ」

 

 「おい、本当にあってるのか?」

 

 見えるのは灼熱の赤のみ、魔法瓶のような断熱構造とはいえ熱さは完全にはなくならないし、冷やし過ぎれば表面でマグマが凝結してしまうし、操縦に魔力は使うしで不安しかない。

 

 「下、左下…ミレディちゃんをボケ老人呼ばわりなんて右上、下ありえないよ少年、左…」

 

 半信半疑ながらも、体感で数時間後、潜水艇は無事に海底火山から海中へ。

 

 しかし。

 

 「…ソナーに感アリ!正面!」

 

 「うっそぉ…」

 

 「これは…」

 

 モニターを点滅させる、数十メートルはある巨体+触手。

 

 ハジメは思わずガリガリと頭を搔き、潜水艇の内壁に「宝物庫」の指輪をかざした。

 

 「あ」

 

 一石が止めようとするが時すでに遅く。

 

 艇体側面から発射された魚雷は、巨大クラーケンの触手に弾き飛ばされて海底へ激突、爆発し。

 

 潜水艇が出てきた海底火山の火口が、爆発に巻き込まれ。

 

 「っ、全員何かにつかまれっ!」

 

 マグマが海水に触れた直後、水蒸気爆発が、海底を爆破して周りのすべてを吹き飛ばし、白が海中を埋めつぶした。




 ※ロケット弾は曳火(エアバースト)射撃なのでそこまで正確な測距は要らないです。どうせ真っすぐ飛ばないし。波動砲は直線上以外にはダメージをもたらさないので敵の位置が不正確な状況では危ない。


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20 「宗教主義の非コスト性」

―*―

 

 「はあ…」

 

 酔った。

 

 危うく海底二万マイルするところだった。

 

 「ホント、なんでこんなに魔物が集まってきたのよ…」

 

 「なんでだろうな…」

 

 …あなたたちの魔力に引かれてきたんじゃないの?再現実験はごめん被るけど。

 

 「お疲れ様。」

 

 「ああ…」

 

 「でもまだ大変そうね。」

 

 南雲君の後ろに香織が見える。…艇内に戻るか。

 

 「南雲君、耳栓と睡眠薬ちょうだい。」

 

 今日も10時間寝かせてもらうわ、「私は」。

 

―*―

 

 「起きて!光ちゃん起きて!」

 

 「…時間は?ダメ、1時間7分足りない。」

 

 「そんな場合じゃないよ!」

 

 香織、元気ね…徹夜テンション?

 

 …なんで囲まれてるの?

 

 「ちょっとした行き違いだ。」

 

 「なるほどね。起きなくて迷惑かけてごめんなさい。」

 

 王国のバッヂをつけた兵士…潜水艇の錨泊場所が領海侵犯してた、と。…で、たぶん南雲君、撃った。だから揉めてる…と。

 

 「しかもなんか落ちてきてるし。」

 

 ミレディ、騒ぎになるから絶対に飛ばないで。

 

 「おいまさか…」

 

 「──パパぁー!!」

 

 南雲君が、しかめ面でジャンプしたのを見て、私は香織と顔を見合わせ。

 

 「ティオのバカーッ」「ティオの変態ーっ!」

 

 …香織、私情混ぜないで。著しく同感だけど。

 

―*―

 

 「あれっ?何してるのかな?」

 

 「ああミレディ、ちょっと、大火山で回収したペンダントを調べてるのよ。」

 

 「ん?で、なんで赤い光なのかな?もしかして、ミレディちゃんがあげた『月の光に導かれて』ってヒント、忘れちゃった?」

 

 「忘れてないわ。それと、香織が治したとはいえ隣の部屋にはさっきまで足をやられてた重傷者だった人がいるんだから」

 

 「ププー、ムキになって強がってごまかしちゃって。素直に忘れたって言えば…あれれ?え、なんで?なんで光がたまって」

 

 「プルキニエ効果。人間、暗いところでは赤い光より青い光に反応するから、月の光って蓄光すると褐色優勢なのよ。」

 

 …赤系波長の蛍光?むしろ光エネルギーの直接変換?

 

 「とにかく、このビームの行く先は南雲君が確認しているから、メルジーネ海底遺跡迷宮の場所はおおよそわかったわね。どう?」

 

 「…恐れ入ったよ。」

 

―*ー

 

 潜水艇は、人間と海人族の港町エリセンを離れ、メルジーネ海底遺跡へ向かった。

 

 月の光を浴びたペンダントからのビームが指す海面の下を捜索しても、いっかな扉のようなものは見当たらず、一石は「迷宮は動いている」「樹海迷宮と同じくまだ資格がない」などいろいろ考えたものの、ミレディに笑い飛ばされ逆ギレ、「もう海底ごと吹き飛ばしてやって!」と叫んでミレディに羽交い絞めにされた(なお、一石には、「その時の爆発で地震波測定する」というアイデアもあった)。

 

 しかし、そんな一石をあざ笑うように、月の光を再び浴びたペンダントからのビームは海底を指して岩盤をこじ開け、潜水艇を海底遺跡へ導いた。

 

 襲い来る魔物は香織とユエの魔法で退治され、流れの先、なぜか空気がある空間へゴトンと落着した。

 

 「香織、電流攻撃!」

 

 四方八方の岩盤に攻撃を試みる魔物たちがいるのを見て、一石が叫ぶ。

 

 オルクス大迷宮で培ったコンビネーションで、香織が高圧電流を四囲に放ち、網の目のように壁面を這いずり回る電流がフジツボやらヒトデやらの魔物を焼き焦がしていった。

 

 ハジメが先頭、ティオが最後尾で、一同は並んで海底遺跡の奥へ。

 

 「ゼリー?」

 

 「私がやります! うりゃあ!!」

 

 「ひょい…ってああ!」

 

 壁をふさぐゼリーのようなナニカをドリュッケンで破壊しようとシアが前に出て、一石が引き止めようと襟首をつかむもステータスが2ケタ違うので引きずられ。

 

 「ププッ、引っかかってやんの。」

 

 2人して、ゼリーを浴びた。

 

 「ひゃわ! 何ですか、これ!」

 

 「ちょっ、熱い!」

 

 「シア、ヒカリ、動くでない!」

 

 ティオが、絶妙な火加減で付着したゼリーを焼き落とす。

 

 「アルカリ?やってくれるじゃない…」

 

 「あの、ハジメさんお薬「天恵」あう…」

 

 一石のおかげで服は金属糸製になっていたのだが、にもかかわらず、反応して白くなってしまっている。

 

 ゼリーの奥から現れる触手は、ユエが張る障壁すら溶かしていく。

 

 (魔法的な力場にも作用している?そもそも、アルカリならタンパク、酸なら金属に反応するはずなのに、両方腐食すること自体が…)

 

 「…ハジメくん、本体は?」

 

 「…すでに、全部だ。」

 

 「え?」

 

 「…南雲君、じゃあアレは、舌?」

 

 壁の中から抜け出すように現れた巨大なクリオネを指さし、一石が震える。

 

 「あ、あれ…?あんなの、この迷宮に入れたっけ…」

 

 全員の意見が一致したーおい、解放者。造ったモノの管理くらいしてくれよ、と。

 

 「ミレディ、ちなみに、バックドアは?」

 

 「うーん、あの向こうだけど…魔法もダメにしちゃうならさすがのミレディちゃんもお手上げかも…」

 

 誰かが舌打ち。

 

 一石が杖の宝物庫に魔晶石を触れさせ、その後に杖を真上へ掲げた。

 

 ハジメと香織とユエとティオが必至に魔法を振るうが、どうも効いているようには思われず、触手は障壁を破り四方八方から現れるーが、杖の先端にだけは近づこうとしない。

 

 だんだんと、触手が崩れていくー露出した放射線源により被爆したクリオネ(?)は、確実に弱っていた。

 

 「下だ!一度体勢を整えるぞ! 全員俺のそばへ!」

 

 ハジメが指し示す、地面に開いた穴。水が入ってきている。

 

 一石が、線源を回収しつつ、手榴弾を放り込み。

 

 どこからか流入する水が、一同をどこかへ洗い流していった。

 

―*―

 

 「…ここは?」

 

 木造船の、中?まるで昨日できたかのように…ここの神代魔法は「再生」なのね。 

 

 「迷宮の、管理室みたいなところかな。」

 

 「ミレディ…他のみんなは?」

 

 「それはズルになるからねえ…この迷宮は実体のある幻覚のようなモノを出すけど、魔法でしか払えないから、キミにはちょっとどうにもならないし、神代魔法をどうせ手に入れられないならまあ…って。

 

 感謝するんだゾ☆」

 

 「はいはい感謝した。」

 

 魔力伝播子ー魔力場仮説が正しいのならば、魔力場としてだけ存在し、人間の視覚野に作用するとともに力学作用を伴う物理実体、と。

 

 「それで、どんな幻覚を?」

 

 「…見たい?」

 

 ミレディは、真剣な面持ちで、白亜の壁をスクリーンに魔法で迷宮の中を見せてくれた。

 

 「全ては神の御為にぃ!」

 

 「エヒト様ぁ!万歳ぃ!」

 

 「異教徒めぇ!我が神の為に死ねぇ!」

 

 「我が魂は…エヒト様と共に有りいい!!」

 

 ー本当に、神というモノは。

 

 「…本当に、虫唾が走るわね。」

 

 誰もが狂信者で、誰もが十字軍。

 

 でも、これはタダの集団ヒステリーではなく。

 

 背後に、銀髪の女が映ったーノイントそっくりな。

 

 「はっ。

 

 暗躍し、扇動し、悦楽する。

 

 …くだらない。」

 

 人類種の存在意義が好奇心の追及だとするならば、このトータスで知の巨人の肩上に立つ者は。

 

 さらにその先の知へ至ろうとする私に対し、そして知を、真理を追い続けてきたすべての人々に、なんという冒涜。

 

 「あらためて、このプレパラートに誓うわ。

 

 私はエヒトを、必ず、超えて見せる。」

 

 「うーん…倒してくれるなら、いっか。

 

 ありゃりゃ、みんな早いねえ…ミレディちゃんビックリ。」

 

 …でも、大量虐殺、か。

 

 私は、それでも、死をもたらす必要性に追われるのだろうか?

 

 180万を救うために14万を焼く覚悟が求められるとして、では、私はアインシュタインがそうであったように、後悔しながらも胸を張れるのだろうか?

 

 世界が解放されるまでに流される血は、解放により正当化されるのだろうか?

 

 「…どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

 …メイル・メルジーネ、その幸福は、血で贖うべきですか?

 

 私はどうであっても、真理を追うけれど。

 

―*―

 

 ミレディが、「ヤな予感がする」と言った通り。

 

 迷宮から放り出された潜水艇を、巨大クリオネが襲った。

 

 触手は魚雷によりしのぎ、一同は潜水艇本体を囮に香織とユエの空間魔法により空中へ。黒龍体のティオに飛び乗るーが、背後から、高さ数百メートル幅数キロはあろう高さの津波が迫ってきていた。クリオネモドキに操られているのだ。

 

 (…魔法も、質量体も溶かしている、攻撃が効かない上に再生する魔物。海水を操っている。魔法は無効化できても水自体の質量だけでもキケンだし…

 

 本体を攻撃できれば…

 

 燃料気化爆弾ほどの火力であれば、吹き飛ばせる。けれど、燃料気化爆弾は燃焼、水でダメに…

 

 …そう、必要なのは戦略級の威力、一撃で焼き尽くす力。

 

 …するしか、ないのか?

 

 …それしか、ないのか?

 

 幸い、陸地は見えない。ここだけの秘密にできる。

 

 これしか、ない、か…)

 

 「南雲君、十字架は私が背負う。

 

 アレを。」

 

 (背負いきれないけど!)

 

 「ああ…」

 

 ガション。

 

 それは、一方のみ開かれた太い筒であり、そうとしか思われなかった。

 

 香織が目を真ん丸にして一石をにらむも、一石の目が本気なのを確認し、筒に手を添える。

 

 筒の底に刻まれた生成魔法用の魔法陣にハジメが手をかざし。

 

 筒の上に取り付けられたレーザーポインターが、津波の中心を照らす。

 

 「照準…」

 

 障壁魔法が、筒を延長するようにして、津波の中へ。そして内部のクリオネモドキが障壁を打ち消していく。

 

 「対ショック、対閃光防御!」

 

 全員、目をつぶる。

 

 「ユエ、あの光の先に、重力魔法を一点で。一瞬だけでいい。」

 

 「ん!」

 

 暗黒の重力球。クリオネモドキの粘液で消えるが、重力の作用は数瞬残りー

 

 「爆縮!」

 

 カッ!

 

 生成魔法で造られていた金属水素が、爆発的に昇華、筒の開口部から障壁筒内部へ吹き出し、重力球の名残へ殺到する。

 

 再び強く圧縮された水素は、核融合に至り。

 

 数億度の極点が、一瞬にして火球へと膨れ上がる。

 

 史上初の純粋水爆の炎は、津波ごとクリオネモドキを蒸発させた。

 

 キノコ雲の下、黒龍は行く。

 

 (改良を重ねるべきではないけれど…

 

 …エヒトにこの「フュージョンカノン」でしか対抗できないのならば、私はきっと。)

 

―*―

 

 南雲君と香織が子煩悩なおかげで、私も助かる。

 

 放射性物質を徹頭徹尾含まず出さず魔法を使い燃料を送り込みローソン条件を達成する「フュージョンカノン」は、従来の核兵器とは一線を画す安全性があるが、魔力の消耗は酷いらしいしスタイリッシュとは言えない。やはり、「仮にエヒトが物理実体であった場合の決戦兵器」としては厳しい。

 

 …空間魔法を低燃費に使えるようになれば、砲である必要性すらないんだけど…

 

 そもそも空間魔法はどういう仕組み?ワームホールとは全く違って、脈絡なく空間を連続させているように思われる。

 

 わからないことが多すぎる。これで次に向かう迷宮で魂魄魔法が魂魄の実在を証明するのなら、「物理定数と法則が地球と同一であるにもかかわらず」「物理学標準理論がこの世界において当てはまらないという想定をしなければならなくなる」。

 

 「はあ…これ以上の考えは休むに似たり、か…?」

 

 …ん?

 

 「ヒカリお姉ちゃん」

 

 いつの間にか膝の上にいた。軽い。

 

 「なあに、ミュウ?」

 

 「…ミュウ、悪い子?」

 

 「なんで?」

 

 「だって、ミュウのせいでパパもお姉ちゃんたちも、出て行きたそうなのに…」

 

 出て行けない、か。

 

 「ちゃんと他人のことを優しく思いやれるのなら、ミュウはいい子よ。」

 

 「でも…」

 

 「それに、誰しも、別れは辛いのよ。私だって。

 

 だけど、別れてもまた会える、絆は永遠だ、そう信じてるから。」

 

 まあ私がオルクス大迷宮で信じたのは絆じゃなくて香織の南雲君への愛情だけど。

 

 「…じゃあ、いってらっしゃいしても、また、会えるの?」

 

 …なんの確証もないものを、はいとは言えない。だけど、この純真な瞳に、残酷なことは言えない。

 

 「…誰かに、『そんなのできっこないよ』って、笑われたこと、ある?」

 

 だから私は、私らしくなく、ごまかしてみることにした。

 

 「私の世界の人たちの話なんだけどね。

 

 ある人は、『翼のない人間が空を飛ぶなんてできない』と笑い。

 

 ある人は、『家畜や人に引かれず車を動かせるわけない』と笑い。

 

 ある人は『月に人間が行けるわけない』と笑い。

 

 ある人は、『異世界に人間が無傷で行けるわけない』と笑った。」

 

 でも、理屈なんて現実の前には無力。

 

 「全部、できちゃった。

 

 みんなね、やろうと思えばどんな不可能も超えられるのよ。

 

 特に、ミュウちゃんのパパはそう。

 

 最弱の無能、戦えないし生き残れない…なんて言われて、でも、史上最強の人たちがたどり着くことすらできなかった迷宮から生きて帰った。

 

 南雲君は、どんなに不可能と思われる困難も、乗り越えてきたの。

 

 だから。

 

 ミュウちゃんも、南雲君の娘なら、きっと、誰が笑っても、不可能なんてどこにもない。

 

 南雲君が、ずっと、ミュウちゃんのパパなら、きっと、なんだってできるわ。

 

 ミュウちゃんも、南雲君も。」

 

 「うん!」

 

 どうせ、どんなにそれが希望的観測かなんて、この子はわかっちゃいない。だけど、意思だけはちゃんと受け取ってくれたと思うーだって、私も、父から、よくわかってなかったけれど、強い意志だけはプレパラートとともに受け取ったのだから。

 

 だからきっと、この子も、また。

 

―*―

 

 いつか必ず迎えに来よう、再会しよう。だって父娘なのだからーと、ミュウと決意しあって、ハジメが仲間たちと共にエリセンを旅立ったころ。

 

 王都では、暗闘が行われていた。

 

 王宮をとりまく異様な雰囲気。闇術師である清水幸利には、自らが使うのに近い魔法が作用していることは明らかであった。

 

 ウル市から帰還してきた畑山先生たちのまわりの騎士や侍従も、どこかおかしい。上の空だ。

 

 (人間を洗脳するなんて、最適な天職持ちの俺でもあきらめたのに…)

 

 「清水、なに考えてるの?」

 

 「いや、なんかいろいろとヘンだな、と。

 

 …ん?」

 

 ウル市襲撃事件のキーパーソンが清水であることは居合わせた関係者以外には伏せられたが、いちおう監視役として園部優花が見張っていたーが、この場合、それこそが僥倖となった。

 

 「あれ、メルドさんとリリアーナ姫じゃない?」

 

 「だな…誰と話して…っ!?」

 

 濁った眼の男子生徒ー檜山大輔。

 

 (なんで、南雲を殺そうとした罪で収監されてた檜山が?)

 

 その時、檜山が、どこからか取り出した長い針を、リリアーナの首筋に突き付けた。清水自身も畑山教諭へ使ったものである。

 

 「待って園部さん」

 

 「なんで?このままだと」

 

 「メルドさんが反応しないなんてありえない。誰かがこっそり術を…」

 

 「でも、誰?」

 

 後ろにも前にもいない。一本道であるからには隠れる場所などー

 

 清水と園部は、上を見上げ、そして、目が合った。

 

 「ちっ!」

 

 「誰っ!」

 

 短剣が飛び。

 

 廊下の天井裏(?)にいたらしい不審人物が板を戻して姿を消し。

 

 続いて檜山にも短剣を投げられるが、その背後から現れた女性騎士が弾き落とす。

 

 「何?おい、お前、なぜ檜山をかばう?」

 

 騎士を問いただそうとするメルドだが、動きが鈍い。

 

 「園部さん、あの騎士を、刺して。」

 

 「え?」

 

 「いいから、早く!」

 

 短剣が再び、今度は5本同時に飛び、うち1本が女性騎士の胸に刺さり。

 

 「うっ…し、清水、刺しちゃった…」

 

 「園部さん、よく見て…やっぱり!」

 

 騎士は、痛そうなそぶりすら見せず、短剣を胸から引き抜き捨てた。

 

 呆然とするメルドとリリアーナ。一方で女性騎士は檜山を担ぎ逃げ出す。

 

 女性騎士の背に、銀髪が、翻っている。

 

 「…あ、あれ、何?」

 

 「一石さんに聞いたんだ…たぶん、アレが本当の、『神の使徒』だ…」

 

―*―

 

 なぜ、南雲ハジメらを殺そうとした檜山大輔が秘密裏に釈放されていたか。

 

 その答えは、オアシスを再生するためアンカジ公国を再訪したハジメたちのほうが早く得ることになる。

 

 香織が、オアシスを浄化し、喜びに包まれる人々の前に、彼らはー聖教教会司教団と神殿騎士は現れた。

 

 ハジメたちを包囲する騎士団。進み出た司教が、公爵の手を引く。

 

 「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ。」

 

 「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険? 二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼等への無礼はアンカジの領主として見逃せませんな。」

 

 「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ。」

 

 ー檜山の標的となったハジメが異端者なれば、問う罪はない。

 

 「異端者認定……だと? 馬鹿な、私は何も聞いていない。」

 

 そして、この決定にもっともキレているのは、一石光であった。

 

 「ちょっと待ちなさい。

 

 いつからあなた方教会は、私を異端者認定できるようになったわけ?」

 

 「なに?小娘、畏れ多くもエヒト様の決定に文句を」

 

 「違うわ。

 

 異端者って言うのは、その宗教において教えから外れた人たちのこと。破門ってことよね?」

 

 キリスト教などにおいては、他の宗教に対して異端認定をしたことがあるーが一石はそれを知らないし、そもそもある宗教にとって他の宗教が異端なのは言うまでもないことであり、さらにこの世界の人間族は一神教。他の宗教や主義への異端認定はなく、異端認定とは「教えから外れた信徒を糺すモノ」である。

 

 「それが?」

 

 「司教、私はそもそも、いつ、聖教教会の信徒になったの?」

 

 そして、彼女はステータスプレートの隠蔽機能を無効化した。

 

 「この『無神論者』の天職を持つ私を、どうやってエヒト様とやらの信徒にしたの?

 

 どうやって、できもしない異端認定をしたの?」

 

 詰め寄る一石に、司教は一歩下がり、神殿騎士は一歩前へ出た。

 

 「私と私の天職は、一歩ごとに、神を否定する!

 

 嘘つきばかりの教会関係者!

 

 誰も見たこともないし何かしてもらったわけでもない神様!

 

 それで、何もしない、いてもいなくても変わらない、いるかすらわからない神様に、それでもなぜ、何を求める!?」

 

 (ならば私は、もう何も、神には求めない。)

 

 神様に救われたことなどついぞなく、親を失い、異世界に放り込まれた一石の叫び。

 

 公国民に、戸惑いが広がるーそうだ、神様は、我々が苦しんでいる時、何をしてくれた?

 

 「今こそ、私以外にも問い直そう!

 

 神は我らの救い主か!?」

 

 「…否。」

 

 「神は病を失くし、借金を払い、税金を下げ、飢饉に食糧を配り、干ばつに水を降らせ、洪水に雨をやませ、戦争に子供たちの代わりに赴いたか!?」

 

 「「「否。」」」

 

 だから、一石は調子に乗ったー人は、賛同する者がいると声を大にする。

 

 「神は苦しむ我らにほめたたえられるべきを成したか!?」

 

 「「「否!」」」

 

 「神は我らの神たる資格を持つか!?」

 

 「「「「「否!!!」」」」」

 

 「神は、宗教は、存在するべきか!時間とカネを心を払った分、対価を払ったか!それともただの泥棒、詐欺師、簒奪者か!」

 

 「「「「「そうだ!」」」」」

 

 「「「「「詐欺師を許すな!!!」」」」」

 

 「「「「「泥棒の手先!!!」」」」」

 

 そして、魔力暴走病とそれによる体力減退に付随する病とさらに誰もがまともに動けなかったことによるあらゆる産業のマヒー今日のご飯が店に売っていなかったことへの怒りに燃える民衆は、たやすく点火された。

 

 「アンカジから出て行け!」

 

 「病気も治せないなら献納金返しなさいよ!」

 

 「そうだ!お前らも女神香織様と静因石に助けてもらったくせに!」

 

 「恩人の粗さがしてる暇あるなら砂嵐でも止ませて見せろやぁ!」

 

 そして、燃え上がった炎は簡単には消えない。それどころか、時には石を飛ばさせ人を傷つける。

 

 一石がはっと我に返ったとき、神殿騎士は石を投げられ防戦一方だったー革命を起こしてしまっていたのである。

 

 「…あ、やり過ぎた。」

 

 だらだらとこぼれる汗。

 

 「と、とりあえず、アレなんとかしてくるな?」

 

 呆気に取られていたハジメが、デモ隊の中で胴上げされている香織とユエとティオを救いに飛び込み、はじき出されるー超人的なステータスも、群衆のエネルギーにはかなわなかったらしい。

 

 「こ、こんなことってあるんだねえ…」

 

 ミレディちゃんの苦労は何だったんだろう…と、ミレディのため息。

 

 「シア…とりあえず、収拾付けるわよ。

 

 教会関係者を叩き出して。」

 

 「えっ、いいんですかあ?」

 

 「坂道で転がりださせてしまった石は、誰にも止められない。

 

 南雲君、いいわよね!?」

 

 「ああ!すでにお前の言った通りに配備した!それに俺もいろいろいい加減うんざりしてたところだ!」

 

 「…シア、ミレディ、OK出たわ!」

 

 「正直イライラ来てたですぅ!」

 

 「ひっさしぶりでスカッとするねえ!」

 

 かくて、アンカジから聖教教会勢力は追放された。

 

 ハジメらは、責任として、王都に戻り神山地下の迷宮を攻略しつつ聖教教会を破却することとなり、急ぎアンカジを旅立つ。

 

 ー衝突は、目前。




 実際問題、「今」何かしてくれるのでなければ、創世神なんて「過去の人」ですからね…

 合理主義者と蔑まれそうですが、何かしてくれるわけでもないのにお供えを求めるのはナンセンスであり、まして御利益を騙るのならばそれは詐欺だと考える次第です。まあ日本の宗教は道徳と哲学的叡智を提供するので存在意義があるのですが、それができない聖教教会はただの原理主義テロ組織に過ぎません(語弊を恐れず言及すれば、アレってかつてのタリバンですよね)。


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21 「一国のコスト」

―*―

 

 2台のテクニカルは、ポンポン砲とカチューシャロケット、1メートルレンジファインダー測距儀をフル装備で、アンカジから砂漠をかけぬけ王都へ向かった。

 

 なにしろ、聖教教会に正面から挑もうというのだーそも、なぜ敵の親玉の本拠地たる神山に解放者の大迷宮があるのか、そんなにミレディは教会をあざ笑いたいかと呆れたが、問いただしてみれば神山迷宮の作り主は元教会関係者らしかった。

 

 そして、もうすぐ王都というところで。

 

 「対地レーダーに感アリ。」

 

 「方向は…っと、俺のほうでも見つけた。」

 

 ハジメ、香織、ユエ、シア、ティオのハーレム車に比べ、一石とミレディしかいない分、2台目は観測車両化しており、従って状況の捕捉も早かった。

 

 「商隊が襲われてる?それに、これは…」

 

 「光ちゃん、リリィと」

 

 「メルド団長に園部、清水までいる。なんだいったい…」

 

 「とりあえず、助けに行こう!」

 

 「ああ…団長が苦戦するってことは、デバフがかかったままってことだからな…行くぞ!」

 

 「気を付けて!先行するわ!」

 

 遠方からの火力投射は、誤射の危険があるーハジメと香織がテクニカルを止め、2台目のみ先を急ぐ。

 

 しばらくして、いくつかの爆発音。

 

 「もしもし、聞こえるか一石さん!」

 

 「清水君、どうしたの?」

 

 荷台で風を感じながら、無線(魔力式)から聞こえる声に、耳を傾ける。

 

 「畑山先生が、さらわれた。」

 

 「はい?」

 

 「王宮の様子がおかしくて、みんな上の空で、いろいろ探ってたら、檜山が釈放されてたのを見たんだ。その後ろに、一石さんの言ってた、銀髪女も。

 

 それでいろいろ調べようと思ったんだけど、朝になったら先生の姿が消えてて。」

 

 「これはヤバい、と?」

 

 「…雰囲気が変だから愛ちゃん警護隊に厳重に見晴らせてたのに…それで、唯一無事だった姫様と団長を逃がそうってことで、とりあえずついてきたんだ。一石さんに助けを求めたかったし。」

 

 「…そう。

 

 引き続き詳細な説明を。それから、南雲君に伝えて、『666を王都へ』。

 

 もう実質的には王都は陥落しているかもしれない。時間がないわ!」

 

 畑山先生や護衛組のクラスメートが王都に戻っているのに先生の意見を押しのけ異端認定が出ること自体、おかしい。またリリアーナ姫とメルド以外ダメだと清水が言うからには、王宮は魔法によって陥落しているのだと、一石は読んだ。

 

 「ミレディ、飛ばして!」

 

―*―

 

 夜明け。

 

 何者かの手引きにより、王都を包む大結界が崩壊した。

 

 愕然とする守備兵は上層部の指示を仰ぐが、肝心の上層部は魔法らしき精神攻撃を受けて腐っている上、騎士団長は不在ときている。とうてい、有事に対応できる状況ではなかった。

 

 現場がおろおろしている間に、なし崩し的に、王都へ魔物の群れが陸空からなだれ込みー

 

 ー直後、王都上空1000メートルで、いくつもの爆発が連続して発生した。

 

 空を飛ぶ魔物の群れが、真上から圧力を受け、ふらついたり墜落したりしている。

 

 「燃料気化爆弾攻撃、完了!

 

 ミレディ、やっちゃって!」

 

 「うん!」

 

 (かまうことはない。ここは、戦場。

 

 誰が何と言おうとも、私は、私の、香織たちの、そして人々のためにこれをする!)

 

 郊外にひっそり設置されていた、空間魔法の転移陣。魔物が現れては王都へ向かっていくそこへ、空中に浮かぶミレディの「宝物庫」から、気密タンクが放り込まれるー塩素ガスにより、魔物は次々と倒れていくことになった。

 

 かくて、魔人族の王都襲撃は、出だしから大きくつまづいた。

 

 それでも、勢いが削げたのは、わずか十数分ーそれは、今回の攻撃が魔人族の本気であることを示していた。

 

―*―

 

 いよいよ、魔物は市街地にも表れ始め、さすがにカール60センチ自走臼砲をぶっ放すわけにもいかなくなった。戦局は市街戦へ移行する。

 

 王都へ到着したハジメたちは、分散することになった。

 

 リリアーナ姫の案内により王宮を制圧し、清水が見た「正体不明の影」を押さえる、香織と一石、園部、清水。

 

 市街戦はユエとシアが支える。そしてメルド団長は浮足立つ兵を現場でまとめ、2人の手が回り切らないところを防戦する。

 

 最終的に、ハジメとティオが、神山迷宮まで飛び、神山を制圧、畑山先生を奪還し、ミレディの案内を受けつつ迷宮の神代魔法(魂魄魔法)を押さえ、王国内の異変を収拾する。

 

 手はず通り、彼らは散って行った。

 

―*―

 

 ユエには、波動砲を撃つことはできない。ブラックホールの蒸発速度は大きさに反比例するので、分解魔法に使われるフェムトメートルサイズ規模でなければ実用的なホーキング輻射エネルギーは放出されないが、ヒトの感覚ではそんな大きさは理解し得ないからである。

 

 だけれども、一石はそれに代わる攻撃手段を提示していた。

 

 重力とは空間のゆがみであると、特殊相対性理論は語っている。ならば、空間の切れ目を生成させる空間魔法と組み合わせ、ゆがみを強制的に断ち切った場合どうなるかー

 

 ー「一定の条件で空間のゆがみそのものが干渉しあい、ビーム様に直線放射される」という計算上の答えは、まさに、王都の空を飛ぶ灰龍を襲った。

 

 寸断された魔物は、瞬時に切断面の化学物質再結合により発火する。王都上空は火の玉に彩られていった。

 

 足元では、ドリュッケンが猛威を振るい、特別にメルド個人に貸し出されたテクニカル2台がポンポン砲で魔物をひき肉へ変える。

 

 そしてまた、飛行禁止区域と化した王都上空に空間転移で現れた白龍とフリード・バグアーも、浅慮を反省せざるを得なくなったー「直線/扇形の空間のゆがみ」などというモノが空気分子すら破壊する中に、空間断面など発生させた結果、白龍は羽を素粒子に分解され、再結合のエネルギーによる爆発でフリードも左腕を失い撤退することになった。

 

―*―

 

 一方で、神山から畑山愛子を救出したハジメは、いきなり、「神の使徒」の強襲を受けー

 

 ー一拍、ハジメが愛子を抱き尖塔のてっぺんの牢を脱出した直後に、白色の閃光が、尖塔ごと戦天使を吹き飛ばした。

 

 「ミレディ、後でぶっ飛ばす。」

 

 ハジメが内心、右ストレートの決意を固めるその先へ。

 

 「マイクロブラックホール充填120%、ミレディ・ライセンちゃん、参上!

 

 横っ面張られた間抜けな操り人形はどこかな♪」

 

―*―

 

 未だ、魔物肉を食べた者と食べていない者には、大きなステータスの差がある。当然、敏捷にも。

 

 最初にたどり着いた香織が見たのは、ほとんどのクラスメートが騎士や兵士たちに背中から刺され、組み伏せられた光景。

 

 そして、数分後に一石、園部、清水がたどり着いた時、事態は破局へ至っていた。

 

 「そうだ、香織?

 

 雫を助ける方法を教えてあげよっか。

 

 ボクも、雫ちゃんくらいは見逃してあげなくもないかな、キミがそこの檜山のモノになるのなら。」

 

 「香織、ダメっ!」

 

 「ニア、もう少し深く。えぐっちゃって。」

 

 「ぐっ」

 

 地獄絵図に、天井から見ていた3人は絶句。

 

 「なんで、なんでそんなこと言うの!?」

 

 「ちょっとした意趣返し。

 

 だって、光輝くんはボクのモノなのに香織も雫も、離れてくれないからね。それに、アイツも…愛なんかわかりやしないくせに、わかったような顔で偉そうに口だけ出して!

 

 だから、香織には嫌いな男のモノになってもらうし、雫にはその選択の引き金を引かせるし、そして一石には大事な人を失う痛みを教えてあげようと思ってさ。

 

 感謝してよ?ボクが何の価値もないゴミクズのためにわざわざ頭をひねったこと。

 

 ね、聞いてるんでしょ?一石。」

 

―*―

 

 こんな時、一石さんは、どうするのでしょう。

 

 先生である私が殺人と言う禁忌を冒すなんて…でも、私は、先生である以上に、生徒のための先生なのです。

 

 きっと、一石さんだって、倫理的に許されなくても、大事な人のためなら、十字架を背負うことを惜しまないでしょう。

 

 「ティオさん、ブレスを。」

 

 私は、だから、ミレディさんを助けて、南雲君を助けて、そして、人々を助ける。

 

 イシュタルさん、教会の皆さん…ありがとうございました。

 

―*―

 

 私は、ためらわず、天井裏から飛び降りた。

 

 「聞いてたわ。

 

 それで?言いたいことは、それだけ?」

 

 「それだけさ。

 

 キミのとりえは頭だけど、ボクの魔法は頭脳まで残せないからね。香織を傀儡にしたら、死んでもらうよ。」

 

 「そう。」

 

 それはそれで、肩の荷が降りそうね。

 

 「そんなに、天乃河君が欲しいの?」

 

 「当たり前じゃないか。

 

 ボクのヒーロー、救世主、王子様!

 

 …どうせ、キミにはわからないんだろうけどね。」

 

 失礼な。後回しにしてるだけよ。

 

 それに、この兵士たち…こっそり放射線を照射してるのに、変化が見られない?

 

 「そのために、あなたは、この兵士たちに、何をしたの?」

 

 …死斑!?まさか、そういうことなの?

 

 「…もしかして。

 

 人間は死亡すれば代謝が止まり、腐り始め、崩壊する。だけど、生命活動を止めた状態でも、電気的信号を脳の代わりに全身に発信し恒常性が保てるなら」

 

 生物学者はデタラメを言うなと言うかもしれないけど、私は門外漢。

 

 「ゾンビは、脳の代わりに外部出力してくれるデバイスがあれば、創りうる。」

 

 降霊術、魂魄魔法…科学的に説明するならば、それはおそらく、電気信号を模倣し、掌握すること。中村がしたのはおそらく。

 

 「あなたは、ここにいる兵士や騎士を殺して簡単なプログラムを植え付け、ゾンビにしたのね。」

 

 「うーん、そういうこと、なのかもね。

 

 で、だから?

 

 そんなこと、どうでもいいじゃん。どうせ、ゴミ共なんだしさ。

 

 道徳?だって、この世界には、もう、ボクのことをとやかく言ううるさいやつらはいない。光輝くんは、ボクのモノ。」

 

 「ははっ、冗談うまいじゃない。

 

 私には、天乃河君こそ、存在の正当性を欠くように思えるけど?

 

 こんなのも、相対性理論?」

 

 「時間稼いで、何がしたいのさ。

 

 いいや、檜山、刺しちゃって。それで1分後には、ソレは檜山のモノだ!」

 

 「い、いいのか…?それじゃ、やるぜ!」

 

 私は、天井の清水君にハンドサインを送った。これで、闇術で十数秒の強烈なデバフをかけて動けなくし、「ためらっているように見せる」ことができるはずだ。

 

 クラスメートほぼ全員を人質に取られ、頼みの綱の香織も動けず、兵士と騎士がすべて敵ー最弱の私には、ふさわしい。

 

 「…世の中には、行われるべき実験と、行われるべきであっても行うべきではない実験がある。

 

 すべてを奪えば自分だけを見てくれるか…なんてのは、マンハッタン計画と同じたぐいの、最悪の実験。」

 

 理論的にはリスクが無くなっていないから、したくなかったけど…それに、ヤな予感がするけど、私は、だから、実験により、実証する。

 

 「指定域内の魔力と魔法を存在させなくする『全否定』とはどんな技能か?

 

 悩んだけど、魔力が、標準理論上の自然の4力に続く第5力だとすれば、この世界を私たちの世界と違うモノたらしめているのは、その第5力の正体である力場と伝播子であり、私は、標準理論に書かれないその存在を拒絶している…

 

 …私がトータスであることを否定する限り、そこは地球世界なのよ。」

 

 香織が、クラスメート皆が、ギョッとして見てきた。

 

 「もちろん、理論上は同じ法則でエミュレートされているってだけだけど。

 

 魔法力場理論を証明する最後のデータが、そろいそうだったし。

 

 『魔法力場全否定』!」

 

―*―

 

 一石が切り札を切ったころ。

 

 爆発する神山山頂の上空で、戦天使2体が互いに飛びあっていた。

 

 無数の分解魔法が乱れ飛ぶ。

 

 魔力が無限に使える相手を敵に回したミレディは不利に思われたが、質量の大きいマイクロブラックホールを直接飛ばすのと、その蒸発エネルギーの飛散方向に指向性を持たせるのとどちらが楽か、言うまでもない。

 

 もちろん、ミレディには経験もあった。「神の使徒」との戦闘は、初めてではない。

 

 かくて、「神の使徒」は、射貫かれて地へ叩きつけられた。

 

 「…それで、コレに魂魄魔法を授けろ?正気とは思えないんだけど…」

 

 残骸をお姫様抱っこで持ち上げ、ミレディは呟き、翼を広げた。

 

―*―

 

 瞬間、兵士や騎士たちが、糸が切れたように倒れ伏した。

 

 背中を刺されていたクラスメートたちがぐえっと倒れ伏すのにも構わず、香織、雫、園部優花、清水幸利が動き出し、中村恵理を捕まえたその時。

 

 「お前が、お前が余計なことをしなければぁぁぁっ!」

 

 絶叫しながら、檜山大輔は、懐から取り出した針ー畑山教諭を清水が殺しかけたモノと同じ針を投擲した。

 

 グサッ。

 

 「ひぃやぁぁまあぁぁーーーーーっ!」

 

 香織が、怒りの叫びと共に空間魔法を起動する。

 

 「二度はない、二度はないんだよっ!

 

 私のハジメくんを、友達を…

 

 二度は、ないんだよっ!」

 

 「し、しらさ」

 

 空間のゲートが王宮の床に開き、檜山は、王都郊外上空数百メートルから放り出され、魔物の群れのただなかへと落下していった。

 

―*―

 

 私は、針を抜き捨てた。

 

 …もう、両腕がしびれ始めてるわね。心停止までどれくらいかかるかしら…

 

 「香織、今から超特急で、ミレディを引っ張ってきなさい。」

 

 私の脳細胞が耐えられるうちに。

 

 私は、一枚のメモをーノイントの姿を見てからずっと温めてきた秘策を、取り出した。

 

―*―

 

 「何をしているの、私。」

 

 「そうだぞ、ヒカリ・ヒトツイシ。」

 

 「何って…

 

 …ふふ、コレが臨死体験だなんて、信じないわよ。」

 

 「嘘言いなさい。

 

 最初は、中村恵理を丸め込むつもりだったんでしょう、私?」

 

 「先入観は科学の探究において時に毒となる。とはいえ君は無茶苦茶だな。」

 

 「簡単なことよ。」

 

 「私ですら、そうは思っていないくせに。

 

 あなたは、暴く真実が禁忌である可能性をわかっていて、その方法に手を染めた。」

 

 「決してまともな方法じゃないのはわかっているわ。

 

 でも、ニュートンは光の性質を知るために目に針を刺した。

 

 だから私も、私をお供え物にしようと思ったのよ。」

 

 「…うまく行ったらどうするの?

 

 いえ、私は、うまく行くと思っている。」

 

 「僕の理論だからね、相対性理論は。

 

 観測者の速さによって時間の流れが異なる。つまり僕は、観測者によって世界の見え方が異なる可能性を示唆したわけだ。」

 

 「そしてあなたは、同じように、観測者によって魔法が異なる可能性、つまり、魔法は魔法力場理論に支配される法則的産物でありながらも観測者の自我に起因する可能性を考えたわけ。

 

 創造論を否定する私が人間原理に行きつこうとしているのは、ある種のジョーク、見もの、笑いものよね。」

 

 「何がおかしいの、私?」

 

 「だってそうでしょう?

 

 神様を否定した私が、神様になろうとするご都合主義。あっはっはっは!しかもそのために、人間の脳の活動が、魂が最も弱くなる、死に際をわざわざ作り出すなんて!」

 

 「もういい、黙りなさい、私。」

 

 「ふふ…くふふ、真理はどこにあるのかしら。ね?」

 

 「僕が、僕たちが託す科学史の終着点。目だけは、そむけないでほしい。」

 

―*―

 

 「ちょっと、ミレディ、急いで!」

 

 「…誰かを救う方法だとしても気が進まないんだけど。

 

 こんな、『自由を知りすらしない意思を一つ増やす』なんて。」

 

 ミレディ・ライセンはそう言いながら、回収した戦天使の頭に左手を、心停止した一石光の頭に右手を乗せた。

 

 香織が、再生魔法をかける。

 

 ー解放者が神代魔法を授けるやり方は、人間の脳をコンピューターに例えれば、むりやり魂魄魔法(=コンピューターウイルス)っぽいもので新たな「神代魔法」というファイルをインストールしているに等しい。

 

 ところが、一石光のOSには、肝心の、魔法に対応するためのプログラム、魔力を定義する関数がまったくない。だから彼女のOSとプログラムが作用すると魔法は消えてしまうし、神代魔法ファイルも実行できないでいる。

 

 では、新たな、まっさらのOSを脳みそにインストールすれば、どうなる?

 

 そして、なんとも哀れなことに、人格のなく、魔法を動かし身体能力を発揮させるためだけの、しかも上から命令を受けることを前提としたOSが、そこにはあって。

 

 中村ですら、そのあんまりなやり方に、顔を歪ませた。

 

 ーそして、死体が転がり息を呑む生徒たちが囲む中ー

 

 ー天井を破り、極光が、降り注いだ。

 

―*―

 

 …再起動。

 

 「…はっ。

 

 そう言うことそう言うことそう言うこと。」

 

 極光を浴びて崩れ行こうとしていた一石光の身体は、崩れ落ちながら立ち上がり、そして再生した。

 

 「スティーブン・ホーキング博士には感謝しておかなくてはならないですね…

 

 …そういうわけだから、帰りなさい、魔人族…『波動砲』。」

 

 まるで、「神の使徒」が憑依したかのような口調ーそれもそのはず、今の一石は、「一石光」というOSの下で、「神の使徒」というOSをエミュレートしている。だからそうー

 

 ー数体の灰龍が、哀れ、蒸発した。

 

 「いつまでも、私が魔法を使えないとは思えないことです。

 

 物理法則への信頼と言う枷のない使徒の魂を通してならば、私を阻むものはありません。

 

 即座に踵を返して降参することです。」

 

 舞い降りてきた白龍、そしてフリードは、勝利を確信した笑みを浮かべて、一石を眺める。

 

 「…貴様こそそこまでだ。大切な同胞たちと王都の民たちを、これ以上失いたくなければ大人しくすることだ。」

 

 「相互確証破壊ですね。あなたが私たちを傷つけたならば、あなたもまたあなたたちを傷つけられるでしょう。

 

 ですから私は、おとなしく、流れる血の量を最低限とします。

 

 『サンシャイン6・6・6』システム、発動。」

 

 「どういうつもりだ?同胞の命が惜しくないのか?お前が抵抗すればするほど、全員が傷ついていくのだぞ? それとも、それが理解できないほど愚かなのか?外壁の外には十万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に百万の魔物が控えている。お前がいくら強くとも、全てを守りながら戦い続けることが…」

 

 「私は愚かではありません。そして、もはや無力でもないのです。

 

 …くっ。」

 

 苦しそうに、一石は呻き、膝をついた。

 

 「戦う前から膝をつくなど」

 

 「照射。」

 

 直後、王都中の魔物が、絶叫を上げた。

 

―*―

 

 「サンシャイン6・6・6」システム。

 

 それは、偵察衛星、発電衛星、通信衛星6基ずつを使い構築された、惑星トータスすべてを射程内とする戦略兵器である。

 

 人工衛星「ちきゅう」1~6までがハジメの義眼に情報を伝えハジメに照準させ。

 

 人工衛星「たいよう」1~6までは常に昼半球で太陽光発電し。

 

 人工衛星「つき」1~6までが通信管制による制御と、蓄電されたエネルギーを魔力のカタチで地球へ発射することを実行する。

 

 重力魔法や空間魔法があったおかげで、これだけの衛星を投入し操作できるようになっていた。そしてハジメは、いつでもこれらを使えるように王都中の魔物を照準しつつ、神山迷宮に入っていったのである。

 

 後は、コントロール権限のある誰かが、引き金を引くだけだったのだ。

 

―*―

 

 最強の魔物である白龍すらも衛星攻撃の効果の例外ではなく、音を立てて王宮の床へ落下する。

 

 「ど、どういうことだ!?」

 

 「照射量さいだ…い」

 

 そして、一石光もまた、崩れ落ちた。

 

 「ちょ、光ちゃん!?」

 

 「ん…揺さぶらないでよ。何?確か神の使徒をエミュレートしてそれから…ああ。」

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 「大丈夫。とはいえ二重人格は予想外ね…きっと、まっさらとはいえ新たな『魂』を脳内にぶち込むのは無理があったんでしょう。」

 

 ーあるいは、一石光の知識と神の使徒の力を持つソレは、一石光が知るべきでないことを隠そうとしたのかもしれない。

 

 「いずれにせよ、あまり長いことやると弊害がどんな形で出るか。乗っ取られるならいいけど…真理も隠されちゃったしね。

 

 それで、どうする?

 

 この感じはサンシャイン6・6・6を照射したと思うけど、なすすべなく焼き果てる前に落としどころを」

 

 「『界穿』」

 

 「あっ」

 

 フリードは、中村恵理の首根っこをつかみつつ、空間魔法で姿を消した。

 

 後に残されたのは、多大な傷を負った生徒たち、ミレディ、そして香織の膝にもたれる一石、さらに白龍と騎士や兵士の死体だったー




 私は今回において、いわゆる「オリ主無双」をやりたいわけではありません。とはいえなんの加護もなくここから先の展開に放り込めないという考えもあったのです(最大の要因を言ってしまえば、原作から強化されている香織が檜山にやすやすやられそうにはないし、一方で2体目のノイントはよりあっけなくやられるだろうし…と考えた結果、余ったノイントを一石はほっておかないで有効活用するだろうという結論です。当初は原作香織と同じ目にあってもらおうかとも思いましたがミレディとかぶるので止めました。

 現状、「普通の、魔法力場を否定する一石光」の主人格の下、押し込まれた使徒人格(?)があります。使徒人格は操り人形に過ぎず、直接主人格が動くのではなく使徒人格を通して動く場合は主人格の先入観や技能は作用していない状態となっています。これは「魔法は人そのものではなく自我、観測主体に起因する」という論理に基づいてです。

 今後、よっぽどでない限り、使徒人格は出しません。なぜなら別に必要ないからですー半分嘘です。いずれ明かしますが他に理由はあります。


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22 「総決算」

 終戦工作なく、雪崩れるようにして聖教教会を打倒するまでに至った、そして。


―*―

 

一石 光 17歳 女 レベル:??? ランク:金

 

 主人格OS

 

  天職:無神論者

 

  筋力:110

 

  体力:250

 

  耐性:360

 

  敏捷:1220

 

  魔力:ー

 

  魔耐:∞

 

  技能:分類整理・再解釈・魔法力場存在否定[+発動停止][+視界内制限標的]・思考最適化[+並列思考処理][+瞬考][+超速演算]・超視力[+精密座標把握]・余剰意識領域活用[+副人格駆動][+他者思考模倣]・言語理解

 

 副人格OS アイン リヒト レベル:ー

 

  天職:追加主体 被操縦者

 

  筋力:110

 

  体力:250

 

  耐性:360

 

  敏捷:1220

 

  魔力:12000

 

  魔耐:ー

 

  技能:常限界突破・余剰意識領域活用[+主人格常駆動]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法

 

  注:この主体OSは不正規にエミュレートされています。ただちにアンインストールしてください。

 

―*―

 

 「…この、『再解釈』ってたぶん、ステータスプレートの表示がみんなと違っちゃってる説明よね…」

 

 きっとだけど、私の理論や考えに応じて、「分類整理」と「再解釈」が勝手なことをしてるのね…それにしても、見るからにめちゃくちゃなモノが入り込んでるわ…

 

 「ミレディちゃんは呆然だよ…だいたい、タネもしかけもわからないし。」

 

 「仕掛けは予想は付くわ。『余剰意識領域』…若干疑似科学入ってるけど、人間が普段、本来意識に使えるうちの20%しか使ってなくて、残りの80%は無意識として動いている。火事場のバカ力とか走馬灯とか、ピンチの時にいつもよりも能力が出るのは、そういう普段無意識に使われる思考領域が顕在化するからだ…みたいな話があるのよ。

 

 まあ眉唾だから信じなくていいけど。

 

 元々傀儡人形を動かすために使われてた最低限のいろいろは、そこ、無意識領域に定着したわね。」

 

 あえて、わかりやすく「魂」というくくりを持ち出すのなら。

 

 「本来の私の魂に加えて、私の魂の中で使われていない部分に、ソイツの魂っぽいやつが入って、私の魂によって動かされることで魂のふりをしている、といったところ?」

 

 「ヒカリ、操り人形に魂は…」

 

 「でも、まったく何もなかったら、判断することも、選択することもできない。ただの死体になる。中村恵理がゾンビにしたように、最低限、脈絡のある受け答えができるように、それだけのモノは入っていたはずよ。」

 

 「魂には至らない、無以上のナニカ…ってことか。うんうん、ビックリだよ…」

 

 まあそんなところでしょう。

 

 「それとごめんなさい。よくよく考えたらズルよね。」

 

 「まあ、今さらだし取り上げられるわけでもないしいいけど…それに充分に覚悟を見せて危険を払ったし?」

 

 「なら良かった。

 

 まあそれでも、簡単には使うわけにはいかないわね…ステータスプレートからしておっかないこと言ってるし。」

 

 「いくら未満の魂でも、魂を取り込むなんてねえ…」

 

 「…そういうわけだから、面倒は南雲君に押し付けたいんだけど。」

 

 でも、そうはいかなさそうね…

 

 「天乃河、暇じゃないから、帰ってくれる?」

 

 「一石、お前も、エヒトの正体、俺たちが手のひらの上で踊らされていたこと、全部知ってたんだよな?」

 

 「何を今さら?」

 

 「なんでもっと早く教えてくれなかったんだ?」

 

 「南雲君に聞いて。

 

 …でも、予想は付くんじゃない?

 

 あなたが勇者であるべきではないように、彼は勇者であろうとはしない。」

 

 「なんで、なんで俺が勇者でないって」

 

 「雫に、話を聞いたわ。」

 

 彼はいじめから救ったつもりで、そして、何も解決してはいなかった話。

 

 「中村恵理のことも、周辺情報から推測は付いた。実は、なにも解決してないんじゃない?

 

 私は性善説なんて最初から信じてないから、究極には、人は殴られなければ行動を変えないと思ってる。

 

 それであなたは、殴ったの?

 

 そんなことしなくてもって抗弁するなら、私は、あなたの注意の後も雫はいじめられたという反証を以て応えるわ。

 

 あなたがどう考えるかは、私にとって何ら問題じゃない。

 

 私が満足するたった一つの解決手段は、私の考えに沿ってあなたが行動すること。」

 

 「…そんなことできるか!」

 

 なんか言いたそうなミレディを、視線で黙らせるーたぶん、ミレディも性善説なのよね…

 

 「気づいてなさそうだけど…

 

 …あなたの目的は、私たちと一緒に神様を倒すこと、それでこの世界の人々を救うこと。そうよね?」

 

 「ああ」

 

 「いいけど、その神様も、人間よ?」

 

 「は?」

 

 いちいち説明する気も起きない。

 

 「本当に神様なら、世界を創ったなら、まかり間違っても『無神論者』なんて天職の人物を召喚したりしないし、そもそもそんな存在を許すように世界を創らない。

 

 私と私の天職は、一歩ごとに、神を否定するのよ。

 

 本当に神様ならば、とっくに天罰が落ちているでしょう。ある意味エヒトは、私の同類よ。知ったことを邪悪に使っているだけで、やつもまた、積み上げた知識の上にあぐらをかく一人の人間でしょう。

 

 それで、いつかの魔人族と同じように、あなたは最後にはそれを捕虜にしようと言うかもしれない。はっきり言ってそんなやつは邪魔よ。

 

 何より、檜山については自ら知ろうとしなかったあなたが、一方で『なぜ教えてくれなかったんだ』なんて…

 

 …知ろうとすることはそれ自体、知的好奇心を持つ唯一の生物である人類種の責務なのよ?それを放棄したあなたが、今さら、知ってみてから後出しなんて、お笑い沙汰よ。

 

 なんであなたが勇者じゃないか?そんな簡単なことも知ろうとしないなんて…」

 

 南雲君は、全てを知ることも責任を持つこともしょせんできないと知ったうえで、彼に負えるだけのこと、負うべきことに留めていると言うのに…

 

 「…じゃあ言ってみろ。なんでなんだ!」

 

 「あなたの行動には責任が伴わない。

 

 女の子独り救えなくて、何が勇者なの?

 

 彼はすべての、トータス丸ごとの責任なんて背負いきれないから、自分が把握して責任を負える、負いたいと思う、大事な人だけを背負っているの。この世界がどうでもいいのは、どうせ背負いきれないからよ。

 

 そしてあなたは、大事な人はおろか、泣いている女の子独り背負えないときた。」

 

 天乃河がしたことは、中村恵理を変質させたことだけ。

 

 「クラスメートを率いようとしながら、もめ事について把握し、解決する責任を負わない。

 

 女の子を救うことを請け負っておきながら、最後まで状況を知ろうとせず、そして責任を投げ出した。

 

 あなたには、知ろうとする意欲、そしてそこから派生する責任が、決定的に欠けているの。

 

 何かを知ろうと知識を求め、そして知ってしまった分の責任を果たすという、種としての責任。

 

 …で?勇者としての責任は果たさないで檜山は野放しにし中村恵理には火をつけているわ、それらを知ろうとしないで軽々しくいじめの仲裁に戦争参加に捕虜に神殺しに次々背負おうとするわ…」

 

 頭痛くなってきたわ…

 

 「反省して帰りなさい。あなたがあらゆる事実を知り中村恵理への責任を果たさない限り、勇者でもリーダーでもなんでもないわ。誰かに認められることはともかく、何かを果たせることは永劫にありえないでしょう。少なくとも私はそれでしか満足しないし。」

 

 …まだなんか言おうとしてる?

 

 「聞く耳持たないから反論せずに帰りなさい!

 

 あ、あとミレディ、録音した?」

 

 「ヒカリの同胞にバラまけばいいんだよね?ミレディちゃんにまかせなさい♪」

 

―*―

 

 魔人族の王都侵攻はともかく。

 

 中村恵理の魔法は王宮を内側から腐らせ、無政府状態にしていた。今や中央政府幹部と言える者はリリアーナ姫とメルド団長しかおらず、王家も騎士団も近衛兵も壊滅していた。

 

 一方で畑山教諭の生成した発酵ガスとティオのブレスによって爆破された神山は、奥深くに眠っていた迷宮が露出してしまうほどであり、聖教教会の総本山も、信長の延暦寺焼き討ちすら生ぬるいほど消滅していた。

 

 王都の首都機能は、政教両面で崩壊したと言っていい。

 

 いくらなんでもこれをほっておくわけにはいかなかった。王国が倒れればパワーバランスが崩れて情勢は一気に動きすぎるだろうし、第一、社会科教諭がいながらにして足元の王国が倒れて右往左往するようでは話にならない。

 

 リリアーナを中心に、国の立て直しが急遽図られたーが、この間、十数枚に及ぶ要求書が畑山教諭から送りつけられた(くちさがない者は「まるでGHQのようなやり方だ」と言うかもしれない。なおこの王国改革の必要性を教諭に説いたのは言うまでもなく一石光であった。改革を通して道理が通る国になってくれないと、混乱に乗じた聖教教会原理主義者や野心家が自分たちに迷惑をかける可能性があったからである)。しかし図らずも法治的な改革は、神政政治一歩手前の王国を近代国家に作り替えようとしていた。

 

 神山が吹き飛んだことについては、ごまかしようがなかった。王都住民はほとんどが屋内にいてなおかつ戦争中であったとはいえ、隠しきれるわけがない。これについてはミレディと一石の提案で「神山はイシュタルのミスで自爆した。総本山を加護することすらできない、エヒトとはその程度の存在である」といった論調の世論操作が成されていくことになった。誰がなんと言おうとも神山消滅の事実は覆らないので、笑いものである聖教教会はマイナスからのリスタートの憂き目を見ることとなる。

 

 クラスメート一同はエヒトにまつわる真実を知り絶句させられる。そうして、積極的な解決を望む者と、消極的な停滞を望む者に別れることとなった。

 

―*―

 

 「園部さん、いる?」

 

 「あ、えっと、光っち?」

 

 「ああ、いたのね。良かった。

 

 2つ、引き受けてくれない?

 

 1つ、先生と他の生徒、つまり留守組の護衛と見張り。

 

 2つ、異変があったら教えてほしい。

 

 私たちは、エヒトに喧嘩を売り過ぎたわ。」

 

 「うん、わかった。

 

 清水とも相談してみる。」

 

 「いいコンビになってきたわね。」

 

 「なっ…」

 

 「冗談だから睨まないで。

 

 そうそう、優先権はさすがにないけど、衛星コンステレーションの送受信機。困ったらこれで見て、伝えて、撃って。」

 

 「…光っち、なんであたしに?」

 

 「一度死にかけたあなたなら、2度目はないことをわかっているから?

 

 …ごめんなさい、説明できないわ。」

 

 「じゃあ友情と信頼の証だって思うことにする。」

 

 「ともだちってこと?」

 

 「そう。…ってすっごいうれしそう!?」

 

―*―

 

 夜半球での活動制限というサンシャイン6・6・6システムの致命的欠点をどうにかするべく、サブ18基を空間魔法で直接衛星軌道に放り込み。

 

 そうして初めて、ハジメ、香織、ユエ、シア、ティオ、ミレディ、一石は王都へ出発しようとしたその矢先。

 

 「南雲君、香織…

 

 私も、ついて行かせてもらっていいかしら?」

 

 八重樫雫は、彼らのテクニカルを呼び止めた。

 

 「ハジメくん…いい?」

 

 「ああ、任せた。」

 

 ほとんど目だけで会話している。

 

 「…雫ちゃん、とっても、危険だよ?

 

 とっても、辛いよ?

 

 とっても、無謀だよ?」

 

 「それでも、よ。

 

 私は、そうしたいの。」

 

 「そっか…」

 

 天乃河の振る舞いが、そして「知ろうとする志と、知ってしまったことへの責任を」という一石の主張が、さらに何より親友と離れその死地にいられなかったことが、彼女を追い詰めたのだろうか?

 

 彼女の決然とした瞳に、香織はうなずいた。一石がパラボラアンテナをどけて2台目荷台にスペースを確保する。

 

 が。

 

 「だったら、俺たちもついて行くぞ。この世界の事をどうでもいいなんていう奴に雫は任せられない。それに、南雲も一石も何もしないなら、俺がこの世界を救う!そのためには力が必要だ!神代魔法の力が!お前らに付いていけば神代魔法が手に入るんだろ!」

 

 天乃河の言い草に、一石は眉間にしわを寄せた。

 

 「反省して帰りなさいって言ったでしょう!神代魔法の力が欲しいなら南雲君がそうしたように奈落に独りで落っこちて来ればいいじゃない!」

 

 いっぺん死んで頭冷やせ、と言うようなものである。

 

 「…ヒカリ?攻略の証がないと海底遺跡と大樹の迷宮に入ることは…」

 

 うるっさいわねミレディ、と言わんばかりにねめつけ、火砲除く全ての機材を荷台からしまった一石。それを見てハジメは「なんだ観測の必要はないのか」と飛行艇を取り出した。これはロシアの計画機「Beー2500」に近いエクラノプランとしての能力も持つ100メートル級輸送機(!)である。一同愕然。

 

 「もう乗りたい奴全員乗ってけ。自己責任で。」

 

 いちいち問答していたらキリがない、とハジメは両手を打ち合わせ言う。と、坂上龍太郎、谷口鈴が手を挙げー

 

 ーさらに、リリアーナ姫が手を挙げた。またも一同愕然。

 

 「…ひ、姫さん?」

 

 「リ、リリィ?」

 

 「途中で帝国領内を通るのですよね?でしたら、私も、帝国とも話し合わなければならないことが山ほどありますし。」

 

 もう好きにしてくれ…と一石は呆れた。

 

 「ハジメくん、いろいろ迷惑もかけちゃったし…」

 

 「まあ、香織の友人だしいいか…」

 

 とはいえ乗り合いバスではないのだから無秩序に便乗者を増やしたくないと、ハジメはさらなる手が挙がらないうちに乗り込んでいった。

 

 かくて、総勢12名が、機上の人となったのである。




 残る迷宮、2つ。

 昇華魔法のところで魔法力場理論についての最終回答、そして概念魔法のところで超統一理論とその先が明らかになることでしょう(これ自体が思考実験だから違うかもだけど)。

 樹海迷宮にはDDTかBHCでも撒かれるのかな?と思ったけど、下調べの結果、数が多すぎると無意味だそうです…なんだかんだ最後はバ火力か…

 どうやらエタらないで済みそうだ。でもユーザー情報で言及するありふれとマギレコのクロスオーバーは予想以上に難しい(特にウワサが最初に出てくるまで)です。いっそマギウス3人だけ転移させるか…でもそれだとこっちと同じになりそうだし…

 ※私は心理学は全くわかりません。人格をOSなんぞに例えるなとか、自我が何かわかっとらんだろとか言われるとうなずきます、うなずくしかありません。それでもなお感想欄で質問してくださると喜びますが初歩的に論外な回答を返すかもしれません。


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23 「いざ帝都へ」

 大学が春休みに入ったのでこの機会に艦これなど進めているわけですが、うん、西方海域きついな…


ー*―

 ハジメ一行の乗る飛行艇は、エクラノプランー日本語訳すれば「地面効果翼機」でもある。これは飛行機が地面や水面に近いところを飛行すると地面と翼の間の気流で浮き上がる現象を利用しており、つまり、平らな場所を飛行するのであれば地面に近づくほど燃費が良くなる。

 

 というわけで。

 

 真っ黒な100メートル超の翼が自らのほうへ突っ込んでくるのを見て、さしもの帝国軍も肝を抜かした。

 

 地面を削るように近づいてくるブラックは、飛行するどんな魔物より1桁大きく、その気流は草原に生えた灌木などをなぎ倒さんばかりなので、至近では山が迫るに等しい。

 

 呆然、立ちすくむ帝国兵の首が、スパッと飛んだ。2つ、3つと。

 

 轟音がさらに高まりを見せ、飛行艇が着陸した。

 

 そこへ、どこからともなく現れた群団が、首をいくつも手に整列する。

 

 「お久しぶりです!ボス、正妻様、ユエ様、姐御!」

 

 「…誰が姐御ですって?」

 

 開いたランチから、光線が奔った。

 

 群団ー兎人族、ハウリアたちが、光線を避ける。

 

 「漢磨かせてもらい、ありがとうございます、sir!」

 

 一石は、うなだれた。

 

―*―

 

 かつて、樹海でハウリアに出会った時。

 

 樹海迷宮に挑戦することはついにできなかったー神代魔法の数が足りなかったからーが、その前に、ハジメと香織は、シア、そしてハウリア一族を鍛えていた。

 

 ハウリアは弱いー臆病なうえに、身体能力も亜人族最下位である。が、いくら酷い身体能力とはいえ一石よりは上、そしてさらに臆病すなわちすばやさと察知能力に長けると言うことなのだから、心を変えれば恐ろしく強くなるのは自明である。だから彼らはそれはもう思い切り鍛えたーのだが、その時に一石のことー容赦のなさや冷酷さを引き合いに出したのがまずかったらしいことは、美しかった樹海の現状を見れば言うまでもない。

 

 「…ここまでやっちゃダメだよ…」

 

 「香織、なんで私のことを見るのかしら。やらないわよ私も。」

 

 樹海を通りフェアベルゲンへ向かう道の両側は煙が上がる灰の園となっており、樹海を満たす霧は完全になくなってしまっていた。

 

 「いえボス、最初に樹海に火をつけたのは帝国兵ですぜ。」

 

 ーカムの語るところによれば。

 

 ある日、樹海へ帝国兵が攻めてきた。従来は樹海の中で霧に迷わないためには亜人の案内役が必要であり、亜人も仲間を守るために、拷問される前に舌を噛み切っていたのだが、帝国兵は樹海ごと焼き払うことにしたのである。

 

 「どうせ焼き払われるのならって、アルフレリックに直訴したんだな。…したんです。」

 

 熊人族の族長ジンが付け加えた。今にも一石に平身低頭せんばかりである。ハジメへの尊敬の塊であるハウリアと一石への畏怖の塊である熊人族は、奇妙な平衡で結び付いて共闘していた。

 

 「で、焦土作戦、と。」

 

 「奴ら『検閲済み』のくせに頑丈でなかなかくたばらなかったんで、『検閲済み』して『検閲済み』したら『検閲済み』になったんですよ。」

 

 …これが、手段を択ばない効率主義とハジメ式地獄の特訓が最悪のカタチで組み合わさった結果であった。

 

 「…光ちゃんがハジメくんといっしょに大迷宮を踏破しなくて、本当に良かったよ。」

 

 「香織、酷いわ…」

 

 しくしく。

 

 「それで、被害はどうだったんだ?」

 

 シアなど、気が気でない様子ー焼け野原の先にフェアベルゲンが見えると言うことはつまり、帝国軍はフェアベルゲンに到達したのだ。

 

 「…私が、私たちがフューレンで非合法の亜人密売を根絶やしにしたからよね…」

 

 一石は、どうして帝国軍が直々に奴隷狩り侵攻をせざるをえなくなったのか読んで、内心罪悪感に駆られた。

 

 「兎人族は狩られてはいませんが、他の部族は…

 

 …それに、戦死も200を数えています、ボス。」

 

 兎人族が捕虜にならず犠牲が抑えられたのは、帝国軍をむしばむ、「兎人族に手を出した時の天罰」の噂による。カムも、危ういところで見逃されたことが何度もあったらしい。

 

 「ひどくやられたな…」

 

 「こんな…」

 

 とりわけリリアーナ姫は、心を痛めたー王国に並ぶ人間族の強国であり、魔人族との戦いにおける頼れる盟友である帝国、その軍勢によって、フェアベルゲンが涙と鳴き声に満たされているのを目の当たりにしたから仕方がない。

 

 「アルフレリック?おーい、アルフレリック?」

 

 「ヒカリ殿、お久しぶりです。

 

 …そちらは?新顔のようですが」

 

 「今から説明するわ。リリアーナ?」

 

 一石は、よりにもよって王国の長であるリリアーナを、フェアベルゲンの長の前に突き出した。そして、リリアーナに向き合う。

 

 「姫様。

 

 …姫様はこの惨状を知って、何を思った?

 

 …この惨状を知って、あなたが取るべき責任は、あると思う?

 

 …エヒトのことも知って、魔人族との戦いの真相も、亜人族が力を失った理由が『エヒトがイジメられて楽しむ弱者を眺めたかったから』だって知って、どう思う?

 

 …その上で、あなたは、この焼け野原の真中で、何を思うの?どうすればいいと信じるの?」

 

 「…私は、それでも、姫なのです。」

 

 「それで?

 

 何かを知り、何かで応える。その営みは人間として当然にして普遍。王族だろうと奴隷だろうと、宮殿だろうと迷宮だろうと、考えることだけは変わりがないわ。」

 

 リリアーナは、沈黙し、うつむき。

 

 そして、アルフレリックに向き直った。

 

 「謝って済まされることではありません。

 

 絶対に、私が、何とかします。

 

 …赦さなくても、いいですから…」

 

 アルフレリックが、温厚な顔を歪め、手をパーにして、思い切り振り、姫の端正な顔にビンタする。

 

 「…後は、己自らで、お示しなさってください。」

 

 姫は、赤くなった頬をさすり、深々と頷いた。

 

 「…南雲様、香織様。

 

 いますぐ、帝国に向かい…力を貸していただけませんか?」

 

 「ああ。」

 

 「リリィ、任せて。」

 

 でも、すべて台無しにしちまうかもな、とハジメは呟いたが、香織にしか聞こえなかった。

 

 かくて、飛行艇は、再び空へ。

 

―*―

 

 「リリアーナ、手順を確認するわよ?

 

 このメモにも書いた通り。」

 

 「はい…

 

 …でも、本当にこれで、私は、いいのでしょうか?それに、私に、できるのでしょうか?」

 

 「あなたが救いたい人間は、蹴る人間か蹴られる人間か。それだけの話よ。」

 

 ハジメはハジメで何かもくろんでいるようだけど。…私は、蹴られる人間を蹴る人間にしてキリがないよりは、蹴る人間を蹴り飛ばして脅したほうが早いと思う。

 

 さて。

 

 「いってらっしゃい。

 

 …覚悟のほどは?」

 

 「私は、父君からずっと、困っている民を救える王族になれるようにと教わってきました。

 

 神の慈悲がないのなら、私は、王族として、せめて、苦しむ者への慈悲になりたいと思います。」

 

 「その心があるのなら、あなたは必ず、なれるわ、立派なリーダーに。」

 

 それが例え、少なきの血と反吐と肉片と灰の上に、多くの救いをもたらすことだとしても。




 エクラノプランは漢のロマン。Beー2500はロシアが誇るロマン(でもべリエフ設計局さん、あの大きさはさすがに無理があると思います)。

 原作登場のハジメーカムの非正規外交に対し、一石ーリリアーナーアルフレリックの正規外交ルートも出してみました。

 ※21/2/19誤字訂正。報告ありがとうございます!


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24 「帝都は燃えて居るか?」

 原作と違い、ハジメーハウリアの側には唯々諾々と手なずけられた熊人族がいますーが。

 あえて、それらを踏み台にー


―*―

 

 最悪だと、ずっと思ってまいりました。

 

 まだ7歳のわたくしを、あの方、皇子バイアス様は、舐めるように、ねぶるように見て。

 

 怖い、嫌いだと、一度だけお父様に申し上げた時、お父様は烈火のごとくお怒りになられましたー王族とは、自分の気持ちを押し殺し、民のために尽くすのだ、と。だから、人間族のために、そのような事を言ってはならぬと。

 

 だから。

 

 私は、何度だって、ドレスを選んだのです。これが、唯一、私にできる戦いですから。

 

 「ほぉ、今夜のドレスか……まぁまぁだな」

 

 …バイアス様!?

 

 「…バイアス様。いきなり淑女の部屋に押し入るというのは感心致しませんわ。」

 

 「あぁ? 俺は、お前の夫だぞ? 何、口答えしてんだ?」

 

 あ、侍女、騎士の皆さん…

 

 独りにされると、私…

 

―*―

 

 「…リリィ、どう?」

 

 「…香織、見るか?」

 

 ハジメは、こっそり忍び込ませたクモロボットアーティファクトのカメラからの映像を、義眼と同じ仕組みで映像を映すプロジェクターに出力した。

 

 ドレスを破り捨てられ、押さえつけられ、両手は頭の上、足の間に膝を挟まれ、動くこともできないも顔を真っ赤にして胸を揉まれている。

 

 「ハジメくん、早く、助けてあげて。」

 

 「ああ…

 

 …ちょっと待て、香織。」

 

 ハジメは、耳にイヤホンをさした。

 

 「『バイアス様、わたくしを犯される前に、一つだけ、約束してはくれませんか?』

 

 『ほう、俺に対価を求めるか。何が欲しい?金か?服か?メシか?』

 

 『奴隷を…あのかわいそうな亜人を、民を、救っていただけませんか?わたくしのことは、いくらしいたげなさってもかまいませんから。』」

 

 「えっ…」

 

 香織が、ユエが、ティオが、、息を呑み。

 

 シアが、声を出しそうになって口を押えた。

 

 「ふん、ダメだな。

 

 誰の入れ知恵か知らんが、弱い奴は黙って従っていればいい。ただ強くなればいいのに、なぜしない?

 

 強くなれない奴など家畜も同然だ。お前のようにな!」

 

 バイアスは、まだ残っていたドレスを一気にはぎ取った。

 

 シミ一つない玉のような肌を隠すモノは、もはや、何もなく。

 

 「ハジメくん!」

 

 すっと、ハジメは指をピストルのカタチにして、撃つ真似をした。

 

 パタッと、バイアス皇子が足をもつれさせて倒れ。

 

 極小の☢マークをつけたカプセルが、ひょいっと皇子の股間へ。

 

 リリアーナ姫が、ハジメたちの側を向いておじぎした。

 

―*―

 

 「出番よ、もう一人の私。」

 

 ーそうですか。

 

 「なかなか、酷いことを考えますね、さすが私です。

 

 さて、長い間こうしていては感づかれてしまうでしょうから、手早く済ませましょう。

 

 『生成魔法』『錬成魔法』

 

 フリッツ・ハーバーにも、エドワード・テラーにも、なる気がなかったのではないのですか?

 

 それでも、そうすべきと、それが大勢を救う選択だというのならば、私は行い、隠しましょう。」

 

 ーっ!?

 

 「コレ…

 

 …でも、リリアーナに、私情で国を動かすように勧めたんだから、私も私情だけではいられないわよね。

 

 リリィ…せめて、微笑みだけは絶やさないでくれるかしら…」

 

 「姐御、こんなところで何を?」

 

 「あら熊人族の…って、こんな数十人も集めて何を?」

 

 「ボスから聞いてないんですか?

 

 夜に、パーティーに乗じてハウリアが花火を上げるから、熊人族は帝城へ入るはね橋を占領しろ…って。」

 

 …南雲君、何やらせてるのよ…

 

 「いいけど…熊人族にも兎人族にも徹底して。

 

 日が落ちたら、絶対に、帝城北門の北にある草原には出ないように。街道より北にいると危ないわよ。」

 

 「了解であります、姐御!」

 

 …ヤクザじゃないわよ!?

 

―*―

 

 夜。

 

 パーティーは、リリアーナ姫とバイアス皇子の婚約を発表するモノでもある。にもかかわらず漆黒のドレスで現れ、バイアスと踊るときも作業のような踊り方の姫に、誰もが困惑した。

 

 そして、踊り終わった後。

 

 今度はハジメと踊り、名残惜しそうな様子を見せるリリアーナに誰もが嘆息しー

 

 ーそして、1人だけ、そんな場の様子を見もせずに、右手を震わせている者が。

 

 「…どうしたのですか?」

 

 珍しく、本当に珍しく制服ではなく、一石光は、フューレンで香織に買ってもらったヒラヒラの藍色ワンピースを着ていたーが、服が落ち着かないそわそわも、今は問題にならない。右腕だけが小刻みに震え、左腕はそれを隠すために右手首を押さえている。

 

 踊り終わったリリアーナ姫は、そんな一石に、声をかけた。

 

 「踊らない?」

 

 そして、一石は、リリアーナ姫の笑顔を見て、手を差し出す。

 

 男女で踊るのが暗黙の了解の中において、2人の美少女が、暗めの服をひらひらと泳がせるさまは、前にもまして客たちの目をひきつけた。

 

 ハジメが、一瞬、目をつぶる。

 

 「リリアーナ姫、これが、覇道を以てあなたを王道へ押し上げる一助よ。」

 

 手をつなぎ、踊りながら、右手の中のボタンを、誰にも気づかれぬように受け渡す。

 

 「あなたは、絶対に後悔する。私がしたように。

 

 それでも、あなたは誰かを、誰もを救いたい?」

 

 それは、禁断の果実。

 

 「はい。

 

 私は、リリアーナ・ハイリヒ、弱い民を扶けてこその王族なのですから。」

 

 会話もまた、音楽と喧騒に紛れて交わされた。

 

 「ノーブレス・オブリージュ、ね。

 

 いいわ、後悔し、呪われ、そしておびえなさい。その限りにおいて、神は誰一人祝福しなくても、地獄と、地獄の上にそびえる平和が、あなたたちを祝福するわ。」

 

 「コホン」

 

 ガハルド皇帝の空咳で、2人は離れた。

 

 「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と義理の娘の門出に対する何よりの祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

 

 貴族が、令嬢が、グラスを掲げる。

 

 「この婚姻により人間族の結束はより強固となった!恐れるものなど何もない!我等、人間族に栄光あれ!」

 

 「「「「「「「栄光あれ!!」」」」」」」

 

 「そして、祝福あらんことを!」

 

 唇の端を思い切り歪めた一石が、グラスを放り投げー

 

 ー帝城は、闇に包まれた。

 

―*―

 

 …ああ、帝城が、血にまみれていきます。

 

 私は、まだまだ、青二才だったのですね。

 

 …皆様を、勇者だからと戦争にほうりこもうだなんて。

 

 守られている私ですら、怖いのに。

 

 でも。

 

 …ああ、首がまた一つ、飛んでいます。

 

 「この死体を死体ではなく数と数えられなくては、王様は務まらんのだ、娘よ。」…でしたね、お父様。

 

 私は、そうはなれそうもないけど。

 

 騎士や兵士の死体が並び、美しい森が焼かれ、犬人族が蹴り飛ばされ、首が積まれ…そうしないためなら、私は。

 

 カムさん、もう、いいのです。

 

 「止めてください!」

 

 「ヒカリ・ヒトツイシが、姫殿下の名において命ずる!総員、剣を引け!」

 

 ありがとうございます、ヒカリさん。

 

 「おい、何のつもりだ、姫さんに、会おうとしてくれなかった謎女?こっちは真剣な戦いの最中だってのに。」

 

 「そうです、姐御。その皇帝に、我らが狩られるだけの弱者ではないと」

 

 「弱者と強者、そんなくっだらないことを示して、何がしたいの?

 

 自分が弱者でないことにこだわるのは、『他人より強い』ことにしか自分の価値を見出せないから、自分に、矜持がないから。

 

 自分の強さを示さなければ満足できない、確認しあっていなければ安心できない、そんな心の小さい弱者どもに、あなたたちはいつ成り下がったの!?」

 

 「はっ、すみません、ボス!ですが」

 

 「こんな弱者どもより、強い人間を、私は、いくらでも知っている。

 

 自分より弱い者をこうしていたぶることでしか強さを証明できない弱者は、そこのへなちょこ皇子でも斬り捨てて安堵していなさい!」

 

 …いつもより、気が立っていらっしゃいますか?

 

 それも、罪の重さ…私が、ふがいないから…

 

 「リリアーナ姫、あなたは、ここの弱者どもとは、違うわよね?」

 

 「はい。

 

 …ヒカリ様、お借りします。」

 

 「おい、おいおいおい…姫さんが、直々に、戦おうって言うのか?」

 

 「この国は、実力を示せば、それに見合ったものを、という国でしたよね?

 

 私があなたに実力を示したなら、皇帝陛下、どう、なりますか?」

 

 「どうもこうもあるか。万が一にも俺を倒す奴がいたら、そうだな、そいつが次の皇帝だろう。」

 

 「ならば、私も、この国を、人間族を、変えたい。」

 

 「いってらっしゃい、姫。」

 

 「はい。

 

 …ガハルド陛下、決闘を申し込みます。」

 

 音が、遠くなった。

 

 私は、信じられないことに、皇帝陛下と向き合っている。

 

 …しっかりするのよリリアーナ!あなたの肩に、王国と、すべてのか弱い人々、救うべき人々が載っているのだから!

 

 「ちょっ、リリィ!?」

 

 「リリィ、ダメだ!

 

 くそ、一石、やっぱりお前、洗脳を!」

 

 「…ハジメくん、これ…」

 

 「あれだけ覚悟してるんだ。シアも、待て。」

 

 「お、いい目つきだ。

 

 …斬っちまっても、後で文句言うなよ?」

 

 「はい。陛下こそ、後で泣き言は」

 

 「言うかそんなもん。

 

 じゃあ、手加減なしで、いくぜ!」

 

 圧が、すごい…

 

 …でも、立つのよ、リリアーナ…

 

 「行くぞおらぁっ!」

 

 「行きますよ!御覚悟!」

 

 私は、左手に、力を込めたのですー

 

―*―

 

 ピカーーーッ!

 

 ドォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!

 

―*―

 

 ーそれは、夜空に浮かぶ太陽だった。

 

 誰もが、窓の外、帝城北方面、草原がある方を見た。

 

 巨大な火の玉が、膨れ上がり、衝撃波が城下を走り抜けて窓をビリビリ震わせる。

 

 令嬢たちが、へなへな倒れこんだ。

 

 「神よ…ああ神よ…」

 

 誰かが呟く。

 

 生成魔法の利点は、生産するのに気が遠くなるほどの手間が必要な物質を、ノーコストで作り出せること。そして、錬成魔法の利点は、イメージ通りに完成する以上作業誤差があり得ないこと。そしてまた思考系の技能は、超常的な計算速度をもたらした。

 

 6㎏の球状プルトニウムを、数ミリ秒の誤差すらなく一点に爆縮レンズにより圧縮した結果、それらは臨界に到達、連鎖核分裂を起こす。

 

 ーインプロ―ジョン式プルトニウム原子爆弾「微笑む王女の矜持」。

 

 推定核出力12キロトン。

 

 それは、トータスに、神の火が灯された瞬間だった。

 

―*―

 

 お日様?

 

 天のいびき?

 

 「…ひ、姫さんが、これを、か?」

 

 「は、はい…

 

 …私も、使うのは初めてです。」

 

 まさか、これほどとは…

 

 「もしこれが、帝城のてっぺんに在ったら、帝都の中はともかく、どこまで焼けるかしら。…リリアーナ姫、100個もあればトータスからヒトが消えるから、絶対ダメよ?」

 

 そ、そうですね…

 

 まさか、これほどのものを、これほどのものを、この世界に生み出して、使ってしまったなんて。

 

 「ああそれと、アレ、兎人族奴隷をさらおうとした帝国兵への『天罰』と同じ効果を、爆発があったところに近づくか爆発の数日以内に降った雨をかぶるだけでもたらすから、1時間以内に治癒魔法をもたらさないと悲惨なことになるわ。」

 

 「…ああ、すぐに指示を出す。

 

 姫さん、確かに、お前さんは強者だ。

 

 いくら俺たちが1軍の中で俺が強いお前が強いとやっても、軍まるごと吹き飛ばされちゃ話にならん。

 

 俺は降りる。好きにしろ。

 

 そうだ、バイアス…」

 

 「父上!俺は、納得しないぞ!他人の力に頼るなんて!」

 

 「…俺たちの心は、確かに弱かったかもしれん。一人で強くなろうと剣を振るい続けた結果がこれだ。貴様、あの火の玉に勝てるか?

 

 勝てるなら、それもいいが。

 

 ここで俺らがハウリアに殺されて、帝国が復讐を誓ったとして、帝国が消滅しましたではどうにもなるまい。」

 

 …ここまで、弱るのですね、あの皇帝陛下が…

 

 「うるさい!

 

 もういい、俺が、貴様らも父上も倒し、皇帝としてぇっ!」

 

 っ!?

 

 私は、無我夢中で剣を振るいました。

 

 「ぐ、ぁ

 

 ひ、え、な、ささっ

 

 げぇっ!ほっほっ!」

 

 吐き出されたこれは…赤い

 

 血

 

 剣が、首筋に、突き刺さって…

 

 「だ、ずげ…」

 

 すみませんー

 

 「ー私が救いたい人間に、あなたは、入れられないのです。」

 

 私は、剣に思いきり力を込め、その首を落としたのです。

 

―*―

 

 「王国の姫が、皇帝陛下を下した」

 

 ニュースは夜のうちに帝都を駆け巡った(「雨が降ったら外出禁止」「体調の異変があったら軍に報告」「北門より北立ち入り禁止」の命令と共に)。

 

 核実験「スマイル・オブ・ノーブレス・オブリージュ」を見逃した人間など、牢屋の中にいた亜人族くらいである。誰一人、疑いようもないーあれがリリアーナ姫によってなされたのなら、そりゃあリリアーナ姫は絶対的強者にして皇帝に足ると、誰もが思った。

 

 王国大使館はまったく蚊帳の外だったために、朝になり姫の命令で「帝国を王国により保障占領すること」という検討事案を押し付けられ愕然震え上がった。

 

 さいわい、すべての門は熊人族総出で封鎖され、また主要な軍事施設がハウリアの破壊工作を受けていた今となっては、さほど帝都の占領は大したことではないかに思われるーが、しかし、広大な領土までは手が回りそうにない。そもそも王国も魔人族侵攻後で人材は払底していた。

 

 ちょうどいいタイミングで、いやいや帝冠をかぶった帝城のリリアーナ姫から「亜人奴隷の即時解放」という勅令が発され、王国は最後の手段として、帝国内にいくらでもあふれている解放奴隷を取り立てて占領官にすることを思いついた。

 

 もちろん、昨日まで蹴飛ばしていた者たちの大昇格に反乱を起こしそうな者たちもいたが、ガハルド前皇帝は呆けているしバイアス皇子は姫自ら成敗されてしまったと言うし、それに大地をえぐり天にも届く雲を生み出し爆風を吹き果てさせる火の玉に対し剣で立ち向かおうとか考えるほどにはバカではない。

 

 かくて、着実にヘルシャー帝国は「ハイリヒ=ヘルシャー二重帝国」への道を歩み、フェアベルゲンも満足したというか原爆に気おされたので、人間族との関係をやり直すのに前向きになった。

 

 リリアーナ姫が積み重なる2国分の書類に泣くようになったのは、言うまでもない。




 オリヒロは、ハジメやシアやハウリアが何かしかけていることを知っていました。その上でその企画に被せて来たのです。

 コードネームの由来は「微笑むブッダ」です。初めて実験した原爆にそんな名前を付けようとは、正直当時のインド政府の正気を疑います。


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考察:そこで、問われる世界の真理と真価
25 「大樹、ないし心の深奥へ突入せよ」


 大量のGアンド感情反転の回。実際これやられたら後で自殺しますね。


―*―

 

 ハルツィナ樹海にかつてそびえたっていたのであろう巨樹。

 

 再生魔法や4つの迷宮の証を用いた結果再生されたそれは、見る者の心を否応なしにつかむーまったく、「サンシャイン6・6・6」といい「微笑む王女の矜持」といい、起きること起きることのスケールが大き過ぎはしないだろうか?

 

 「『紡がれた絆の道標』ね…」

 

 「光ちゃん、どうしたの?」

 

 「石板にわざわざ書いてあるってことは、絆を試すような試練があるってことでしょ?」

 

 「どうだろうねぇ?」

 

 ミレディはニヤニヤ笑って見せたが、それ自体、イヤガラセの存在を証明していた。

 

 一石が、人差し指で、天乃河光輝を指さした。

 

 「絆?」

 

 「…私たちで何とかするしかないよね…」

 

 「それで何とかなるかな?いきなり大迷宮に挑戦しようだなんて身の程知らず、プークスクス!」

 

 「そんなわけない!俺たちは絶対に神代魔法を」

 

 「生首見て腰抜かしてた勇者が何言ってるのかしら。私はもう行くわよ。」

 

 根っからの寄生型冒険者である彼女をして、天乃河との絆をでっちあげるくらいなら一人で行こう、そう思わせた。

 

―*―

 

 …まったく、話にならないと言うか、話にならなさすぎると言うか…なんなのよ、天乃河…

 

 南雲君はそれしきの魔物、殴ってペロリと食べちゃうわよ?

 

 「…っと、危ないわね。」

 

 ゴクを抜き撃ちしながら、私は、しみじみ、エヒトが何を考えているかはともかく、天乃河光輝を勇者に選んだことだけは何も考えていなかったのかもしれないと思った。

 

 確かに、聖剣を抜けば、決して魔物を倒せないわけではないし、もちろん本人の身体能力も間に合っている。

 

 …だけど、魔物をなんとか倒すことくらい、私にだってできる。人間族の最高戦力だったら、ハジメと愉快な恋人たちがしているように、アリを踏み潰すように魔物を倒せなくてはならない。

 

 「…香織、魔力の補充、頼める?」

 

 「うん!」

 

 ゴクを投げ渡し、マゴクに持ち替えながら、私はそう考えた。

 

 …って、転移陣!?

 

―*―

 

 「…で、ミレディ、説明してくれる?どうして私、ゴブリンになってるの?」

 

 「なんて言ってるのかわっかんないなー。さては美少女じゃなくなってがっかりしてるんだね、プギャー!」

 

 …なるほど、そう言うこと、そう言うこと。

 

 絆…この迷宮は精神面を試すモノだと。

 

 幸い、ポンポン砲もカール砲もカチューシャも弾薬充分だし、いざとなれば副人格を呼び出せばいい…よくないけど。

 

 「『魔法力場全否定』展開範囲体組織全体。」

 

 「あるえぇっ!」

 

 「ミレディ、ハジメたちは相応に苦労し、勇者は挫折するでしょう。

 

 …私の心も、危ないかもしれない。

 

 私は、決して冷血女ではないけれど。

 

 むしろ、あらゆる選択に後悔してきた。

 

 血を流したことも、放射能を、原爆をもたらしたことも。

 

 だから、精神攻撃なんて受けたら、絶対に保たない。

 

 だけどね。そんな理由で、真理の探究と言う叡智の歩みを止めるわけにはいかないの。

 

 だから、試練を拒否し、お先に行かせてもらうわ。」

 

 「えっ…えー…」

 

―*―

 

 転移陣だけは、否定の技能を使うわけにはいかない。

 

 彼女の技能は、魔法を動かす魔力を伝える力場の存在を否定するものである。であるからには、転移魔法だけ可能にして付随効果は帳消し、とはいかない。

 

 だから、彼女はなぜか、バイオリンが置かれじゅうたんが敷かれた欧風の部屋で、書棚に並んだ本を眺めていた。

 

 「…論文の、原稿?」

 

 一枚、テーブルの上にある、流麗な筆記体で書かれた英文を手に取る。

 

 「…『運動している物体の電気力学について』?」

 

 変な感じがするな、と彼女は窓の外へ目を向ける。

 

 時計塔が、視界の中に入った。低い塔だが、時計盤はかなり大きい。

 

 「おや、キミは誰かな?」

 

 入ってきた、おひげの青年を見て、一石はハッとしたーアルベルト・アインシュタイン!?

 

 「マ、マイネームイズヒカリ・ヒトツイシ」

 

 おろおろ、彼女は英語で応えた。

 

 「ふうむ、キミも、真理の探究者かな?」

 

 論文名と、部屋の様子…間違いなく、1905年、アインシュタインが特殊相対性理論を思いついたころのベルンの彼のアパートである。

 

 「イエス。バット、ワイドゥユーノウアバウトミー?」

 

 「昨日鏡で見た僕と、同じ顔をしているからだよ。」

 

 (…あれ?なぜ、言葉が日本語で聞こえる?

 

 ああ、そうか、「言語理解」ね、なんだ。

 

 …え、「言語理解」って、何?

 

 トータス、技能?あ!)

 

 最も望む世界を見せ誘惑する大迷宮のトラップは、一石光が外国を望んだだけにあっけなく看破されてしまった。

 

 「ねえ、私のこと、どう思う?」

 

 けれど彼女はあえて、抜け出そうとはしない。

 

 「自分がしたこと、していくことは、自分でいつまでも後悔するし、引きずるけど、それでもやるからいいの。

 

 でも、私は、怖い。

 

 このまま、本当に真実が明かされて、全てが終わってしまうかもしれないのが。」

 

 そうして、この光景がしょせん夢幻だとわかっていながらも、助言を求めた。

 

 「キミは、そうやってあがきながらも、真理を求め続けるのだろう?

 

 神に人格はなく、自然法則こそが万象の神だ。僕たち人類は、こうして、その神秘に迫り続けてきた。」

 

 隣に座り、アインシュタインは論文を広げて、ペンを手に取った。

 

 「キミもまた、神秘を知ろうとし、知識を得ようとしている、ただの子供だ。僕と同じ、ね。

 

 僕は弱い力のことすら知らずに一生を終えた。そしてキミはまだ、今の僕より若いのに、4力全てを知っている。知の営みとはこういうものだ。

 

 面白いからと本を読み、面白いからと考えてみて、面白いからみんなにも教える。無邪気なモノだろう?

 

 キミも、童心に帰ればいい。」

 

 「…私、そういうわけにはいかないの。」

 

 「なぜだい?

 

 どこでも、考えることはできる。夢の中だって立派な研究室だ。わずらわされることなく、真理を追えばいい。」

 

 「だけど、私は、知ってしまったわ?」

 

 「状況は状況だ。時には責任より命を優先すべき時もある。

 

 僕は、キミが戦わなくても何とかなる、そう思う。」

 

 「…1度目の大戦であなたは兵役拒否を勧め、2度目の大戦ではあなたは兵役拒否を許さないと言った。

 

 戦中には原爆を勧め、戦後には廃絶を試みた。

 

 私は、あなたの科学者としてストイックに真理を追い続ける姿勢は尊敬するし、すぐに過ちを改める姿勢も見習いたいけど、でも、人格を全肯定する気はないの。」

 

 「ほう?」

 

 ペンが、論文の余白を奔る。

 

 「私は私の路を往くわ。だからもう、誰にも頼らない。

 

 さようなら、私の尊敬するDV男!」

 

 「そうか。」

 

 アインシュタインは、立ち上がり、一文を一石の目の前へ突き付けた。

 

 〈バット、ユーアー三―、ビカウズユアロールイズマイロール、リレイティブリー!〉

 

 そうして、景色が薄れゆくー

 

―*―

 

 どういう意味?

 

 まあいいわ、じっくり考えましょう。とりあえず…南雲君、寝言がうるさいわよ。

 

 「ミレディ…自分の仕掛けた試練で爆睡してどうするのよ…」

 

 「オーくん、あっ、ダメえ…

 

 えへへ、ミレディちゃんの美貌に遂におちたか…」

 

 …幸せそう。

 

 「ポンポン砲の弾は装填よし、と。

 

 台車もスムーズね、油を指した甲斐があったわ。

 

 先に行きましょうか。」

 

 私は、ストイックに真理を追い続ける。でも、無邪気に知りたいと思うから知を求めても、無邪気ではいられない。

 

 …果たさなければ。知ったことによる、責任を。

 

 でなければ、このプレパラートを、世界の真実を求める意思を、遺志を、引き継いだ意味がない。

 

 「…なんか、ネバネバするわね…

 

 それに、むしょうになんというか…」

 

 ムラムラする。ホルモンバランスでもおかしくなったかしら…10時間寝てないものね…

 

 …こういう時は、考え事をするに限るわ。…って前が真っ白で何も見えないじゃないああもう!

 

 「んビー―――ム。」

 

 重粒子線ビームを最大出力で、目の前のスライム(?)だけ焼き払わせてもらう。なんか癌の切除みたいね…っていうか、催淫物質込み?

 

 「…あのハーレム、大丈夫でしょうね。」

 

 特に香織。

 

 …それにしても、そわそわ落ち着かないけど、でも、照射を止めたらあっという間にスライムに埋もれるから手を下げられないし、服に触ってねばねばとろとろを払おうにも取り返しがつかなくなっちゃいそうだし…

 

 ああもう!ベッドで盛ってるハーレムの人たちほど発散できてないのよ!

 

 …でも、同じ基本欲求なら、個体の三大欲求より、種の欲求を満足させなくちゃ…

 

 …知識の欲求…

 

 「で、どういう意味なのかしら。」

 

 ー〈しかし、キミは僕だ。なぜならキミの役割は僕の役割だから、相対的に〉…あれだけは、私の心の代弁ではないと思うのよね。

 

 私の役割?

 

 アインシュタインの役割?

 

 平和を目指すのがアインシュタインの後半生の使命…違う、違うわ。だってあの時のアインシュタインは反戦運動にはまってなかった頃だもの。

 

 じゃあ、役割は「真理の探究者」?それはそうでしょうけど…

 

 文脈的に、私もまた、彼が原爆投下や家族の不幸を、その人格もあって招いたように、私も不幸を招く運命にあると言うこと?

 

 …あってほしくはない。

 

 真理を求めるだけじゃない。

 

 私はちゃんと、その過程で得た知識に対する、責任を果たす。

 

 だから…

 

 …無責任に、悲劇を呼んだりは、しない。

 

 それでも、私が選択せざるを得ないのなら。

 

 私はまた、香織に「生き血をすすって」と頼む、そちらの選択をするだけのこと。

 

 何も、悩むことはないわ。

 

 …なんか、考えてる間に冷めてきちゃったし。

 

 これで最後?

 

 着替えてから、偵察だけしてみるとして。

 

 今頃南雲君たちは後ろで何を…うわ、うっすら炎が見える…

 

 「あ、あの…」

 

 「ミレディ、何しに来たの?」

 

 「ここの迷宮の最終試練、ほんっとうに、ヤバいんだよ…

 

 …ミレディちゃん、ちょっと、隠れていい?」

 

 「バックドアは?」

 

 「ない。」

 

 ない!?

 

 「『お友達から逃げる必要などありません。仲良くなればいいのですわ』って…うう、寒気がするよぉ…」

 

 お、お友達?

 

―*―

 

 転移してみたら、なぜか、光ちゃんとミレディちゃんが座り込んでました。

 

 「…あの、光ちゃん?」

 

 「か、香織?

 

 …今すぐ、キ〇チョーか、アー〇製薬か、フ〇キラーか、何でもいいからホームセンターに言って買い占めてきてくれない?」

 

 「…え、何言ってるの?」

 

 ここ、トータスだよ?

 

 「香織…

 

 …俺も、同意だが、ちょっとスプレーじゃどうにもなりそうにないぞ…」

 

 「ハ、ハジメくん…?うっ」

 

 「ハジメさん、初めて目と耳の良さを後悔したですぅ…」

 

 あ、じかに見ちゃったの?シア、ウサ耳かわいいのにかわいそうに…

 

 ぞ、ぞろぞろ…私にも、羽音が聞こえる…うう…

 

 「香織、ユエ、シア、ティオ…

 

 行くぞ。」

 

 「う、うん…」

 

 「ん…」

 

 「さすがに背筋が凍えるのう…」

 

 そうじゃない人いたら怖いよ?あの大量の黒いのは…

 

 「ひいっ!か、香織…置いてかないでえ…」

 

 「ひ、光ちゃん、苦手?ゴ」

 

 「止めて!昔間違って食べちゃいそうになったの思いだしうぇっ」

 

 余計なこと言わないでよ!

 

―*―

 

 G怖いG怖いG怖い…

 

 ヒトのカタチになって…

 

 こ、こっち来ないで!やあっ!だめっ!

 

 G、じー、ジー…

 

 金色に…

 

 …あれ?

 

 なんで、こんなの、怖いと思ってたの?

 

 かわいらしいじゃない。毛があって、黒光りしてて。

 

 ホモ・サピエンスと違って戦争もしないし殺人もしないし爆弾も落とさない!すばらしきかな3億年の歴史!

 

 ゴキブリ万歳!

 

 こんなにかわいいんだから、食べちゃってもいいくらい…

 

 あーん

 

 ー「お前、いつも黙ってて、なんか考えてるし、面白いのか?」

 

 ー「正直アンタ、何考えてるかわかんないし気味悪いのよ。」

 

 ー「おい、なに喰ったか気づいてねえだろ」

 

 ー「あっはは、いい気味よ!

 

 アンタ今、ゴキブリ食べちゃったのよ!いつもボーとして、あたしたちの相手をしないからこうなるのよ!」

 

 ー「だな!天才の振りしてすまして、コイツ、バッカじゃねえの!ぎゃはは!」

 

 ー「そ、そんなんじゃないわよ!ただ、どうせ消化されちゃえば同じ栄養分だって思っただけ!」

 

 ー「強がりやがって、バッカじゃねえの、バーカバーカ!」

 

 …思い出した。

 

 「嫌いよ。

 

 ゴキブリも、人間の醜さも!」

 

 だから私は、香織が南雲君の話を中学校舎の片隅で八重樫さんにしているのを見て、この人と同じ高校に行くんだと思った。

 

 「蹴飛ばされてる人を、笑うでも、蹴飛ばすでもなく、惚れた、そんな香織を、私はずっと!

 

 尊敬して、目標にしてきた!

 

 一回限りだから、無駄にしないで!

 

 香織、あなたは南雲君が好きなんでしょ!」

 

 「南雲君が、好き…?何言ってるの?こんなに大嫌いで…」

 

 ああ、ゴキブリの海の中にある天使。だから、私は、どんなに香織が、あの小学生と同じ顔を私に向けても、託せる。

 

 「そんなにボヤっとしてると、ユエやシアにとられるわよ!

 

 優しい香織の王子様は!?

 

 笑った顔がちょっとかわいいってのろけてたのは誰!

 

 その感情は、事実をごまかさないわよ!

 

 証明しなきゃわからないの!?証明するまでもないでしょう!

 

 だから、今、あなたのために戦う人のために、これを使いなさい!」

 

 私が嫌いならば、それでもかまわない。

 

 私はそれでも、あなたのようにきれいな心を持てば、アルフレッド・ノーベルにはならないから。

 

 杖を、投げた。

 

―*―

 

 そうだ、私は…

 

 「ハジメくん、大好きだよーっ!」

 

 「ん!?」「香織さん!?」「抜け駆けかの!?」

 

 「ああ、もちろんだ!」

 

 「ありがとう、光ちゃん。」

 

 あの奈落で追いついたんだ。私とハジメくんを引き裂こうだなんてできないし…

 

 「お仕置きだよ。解放者っ!

 

 『縛界鎖』!」

 

 100万度の炎で焼かれればいいんだよ!

 

 「『フュージョンプラズマビーム』!」

 

 「む、負けていられないですぅ!」

 

 「ブレスが無意味に見えるのう!最大出力じゃ!」

 

 「こんなところでアピールしようだなんてずるい。『神罰之焔』!」

 

―*―

 

 空間魔法によって発生させた空間の切れ目は、それ自体が攻撃を可能にする。

 

 しかし、一石光はその上を行った。

 

 光の鎖を生成する「縛光鎖」の空間魔法バージョンで四方に伸ばした空間魔法のチューブに、オルクス大迷宮で回収した人工太陽をつなげた場合?

 

 人工太陽は、夜には月に見える謎性能を持っていたが、確かに核融合の炎を出していた。つまり、空間魔法で昼は太陽、夜は月面につながる球体なのだ。

 

 では、人工太陽を成す空間魔法に、チューブ状の空間魔法をつなげれば?

 

 太陽磁気より圧倒的に弱い地球磁気は、シーリングされていない部分からのプラズマの吹き出しを防げない。結果、チューブから、太陽コロナが噴出することになる。

 

 ゴキブリによって形作られたヒトガタは、四方八方へ照射される100万度からの放射エネルギーをじかに受けて焼き尽くされた。

 

 バラバラに分散させられた数百万匹のゴキブリは、そういうアルゴリズムなのか、上へと集まっていく。

 

 そこへ、ユエがふわり浮かび上がり、彼女が魂魄魔法で認めた者以外は生き残れない超絶的かつ超常的な炎の噴流をぶつけた。

 

 かくて、史上最も大げさな害虫駆除は、終幕となった。




 大迷宮、陥落。

 そもそもアインシュタインは日常会話では英語ではなくドイツ語を使っていたとか突っ込まない(遺言もドイツ語で、看護師はわからなかったとか)。

 残る大迷宮、1つ。


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26 「理からの昇華ー万象の軽重を問え。鼎の譲渡を認めよ。」

 オリヒロだけの回。


―*―

 

 「ミレディ、どういうこと?

 

 リューティリス・ハルツィナの言っていたことは、本当?」

 

 「そうだよ。

 

 神代魔法を、さっきゲットした昇華魔法で一段進化させ、組み合わせれば、神の御業、概念魔法に至る。

 

 ミレディちゃんも使ったことあるよ。

 

 『極限の意思』で、やっと、使える程度だけどね。

 

 理を超えて、概念を生み出す。」

 

 「そうよね…

 

 …あの『導越の羅針盤』、なんとなく地球の位置までわかったものね。

 

 ミレディ、それで、ずっとおかしいと思ってたことに、疑問が一つ増えたのよ。

 

 技能って、全部、魔法よね。『魔法力場全否定』すら。

 

 よくよく考えれば『言語理解』すらおかしいのよ。言葉が通じるのも読めるのも当然だと思ってたから気づけなかったけど。

 

 それに、『魔法力場全否定』じたい、別の世界の法則を押し付ける、超常的なモノ。

 

 私は、魔力がないから魔法を使えない、そう思ってきたけど…

 

 …ミレディ、本当に、魔法に魔力は必要なの?

 

 言い換えるわ。

 

 概念魔法は、魔法の理すら、超えているんじゃない?」

 

 「…どういう、意味?」

 

 「私が魔法を嫌ってきたのは、魔法が、私が知る理に反してきたから。

 

 でも、魔法もまた、私が魔法力場理論と呼ぶ理論にそって、魔力を伝播子で伝播させ、魔力場を形成し、それによりエネルギーや物質に作用してその状態を変えている。その限りにおいて、この世界の法則。

 

 そこにあって、概念魔法は、なに?

 

 それは、本当に魔法?

 

 概念は、物理法則とは何の関係もなく、人間の頭に根差すもの。それを、どうして作れるの?」

 

 「ミレディちゃんには、ヒカリが何言ってるのかさっぱりだよ…」

 

 「ごめんなさい。

 

 …でも、それくらい、わけがわからないでいるの。」

 

―*―

 

 もしかしたら、すべてを、見直さなければならないかもしれない。

 

 科学の法則と言うのは、誰によっても差が出ない、再現的なモノ。それが科学とオカルトの違い。

 

 火をつける時に、誰がやっても同じ火がつくのなら科学だが、ある人が呪文を唱えた時だけ炎の魔人が現れるというのならそれはオカルトで、なんかのマジック。

 

 だから、誰がやっても、同じ魔力を同じ魔法陣なら同じ魔法で同じ結果になる以上、ト-タスの魔法は科学の範疇に入るべきもので、だからこそ私は「魔力はエネルギー伝播」「伝播子が存在し、力を伝える場を形成する」「伝播されたエネルギーによって、物質の状態が変化する」までの仮説を立て、特に反証が見つからないと思ってきた。

 

 すでに、標準理論上での、魔力伝播子の絞り込みまで行った。もしかして、魔法の法則は、地球にすでにあった法則なのではないかと言うことも。

 

 けれど、「概念に干渉し、概念を創造する」、これだけはどうにもならない。

 

 概念などというものはそもそも、理論でどうにかするものではない。人間に根差すものだ。

 

 それどころか、概念って…

 

 …日本人は虹を七色だと思っている。だけど、多くの国の多くの民族にとって、「七色の虹」はフェイク。

 

 虹は6色だったり、5色だったり、人によっては2色だったりする。それぞれの人にとって、虹というのはそういうもので、概念とはかくのごとく各人に依存する。

 

 よりにもよって「概念を生み出し、作り替える」だなんて…

 

 概念を構成するのは、物質でも、エネルギーでもない。単純に各個人の認識でしかない。

 

 …でも、だったら、概念でしか認識できないこの世界そのものも…

 

 ダメよ、ヒカリ・ヒトツイシ。それは、世界の仕組みを根底からひっくり返す連想だわ。

 

 世界が誰にも由来しないから、誰が実験しても同じ結果という根本の下に、科学的思想が成り立ってきた。

 

 その連想は、非科学、オカルト。

 

 いくら、魔法が、各人に根差しているように見えても。

 

 現象の主語は常に「it」でなければならない。

 

 さて、そう考えた上で。

 

 概念と言う、人間がいて初めて成り立つそれに立脚する魔法?

 

 …魔法を加えたこの世界の法則すら、捻じ曲げている。

 

 あくまで行使者の人間だって、物理的実体だ。そこから発せられる質量粒子の運動量とエネルギーで周囲と相互作用を起こしている点は、たとえ計算式に「魔力エネルギー」「魔力伝播子」を含めたところで違いはない。

 

 その大前提を、無視する魔法…?それはもはや、魔法でも何でもないし、それに…

 

 …それでも、それは、この世界の法則の法則の外側で動く作用だ。それならば法則が異なる宇宙の間に存在する「事象の地平面」などという煩わしいものに邪魔されず、別の世界へ行くことも、容易いのかもしれない。

 

 だけど…

 

 …概念魔法は、字面だけで理解していいのならば、法則によって駆動していた世界を、人間の想い、認識のもとに引きずりおろす魔法。

 

 私が信じ、追い求めてきた、万象を司る法則、その真理は、「極限の意思」なんていう、たった一人の気持ちに世界を譲り渡してしまうほど、軽いものなの?

 

 私は、何を信じて、何を求めるべきなの?

 

 私が、そして人類すべてが求めてきた真理は、もしかして、探究に値するモノじゃなく…

 

 「ダメね。知らないことが多すぎるのに考えすぎて、結論が出せないのに悪いほうへ考えてしまうわ。」

 

 いつでもどんなところでも考え事ができる…ってクセも、良し悪しね…

 

 「たまには、香織だけじゃなく、シアの恋路も応援することにしましょうか。」

 

 「な、なんでいるって気づいたんですか!?」

 

 「え?

 

 …まあいいじゃない。それより、私、南雲君を誘惑する方法をいくつか知ってるんだけど…

 

 …宝の持ち腐れだから、伝授されてはくれないかしら?」

 

 あ、食いついた。



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27 「ハジメ・ナグモの迷宮攻略の公式」

―*―

 

 シュネー雪原。

 

 大陸南東部にある、白銀の世界で、年中雪が降り積もるすさまじいところである。その奥に、凍結した峡谷が、「氷雪洞窟」なる大迷宮として存在する。

 

 もちろん、普通ならば迷宮へ行くまでに八甲田山雪中行軍もかくやの惨事を引き起こすこと必定なのだろう。が、雪が降り積もりまっ平な平原であると人工衛星の合成開口レーダーが教えてくれた今となっては、エクラノプランに飛べと言っているようなものである。

 

 雪を後ろへ巻き上げながら、100メートル級の怪物機が雪原のすぐ上を滑っていく。

 

 そろそろ峡谷だという段になって、太い胴体の上、軸線上に3つに並んだ土管のような物体から、煙で吹雪を灰色に汚しながら、ミサイルが発射されていった。

 

 ミサイルは、凍てつく峡谷に上空から入り込み、そして峡谷の内部、大迷宮の屋根を吹き飛ばしてくぐもった音を立てる。

 

 「よし、行くぞ!」

 

 ハジメが、雪の結晶型の防寒アーティファクトを配りながら立ち上がった。

 

 後部ハッチが開き、吹雪が吹き込む。

 

 峡谷の底、煙が上がるのははるか真下ー勇者たちにすら劣る身体能力の一石は、青ざめた。

 

―*―

 

 広がる、氷のミラーでできた迷路。

 

 その入り口に、南雲ハジメ、白崎香織、ユエ、シア・ハウリア、ティオ・クラルス、一石光、そして天乃河光輝、八重樫雫、坂上龍太郎、谷口鈴。この10人の挑戦者が、ある者は最後の神代魔法を手に入れるため、ある者は最初の神代魔法を手に入れるため、大迷宮の作り主の一人であるミレディ・ライセンに見守られつつ、立っていた。

 

 ーもっとも、当のミレディは、せっかくの大迷宮の試練のうちいくつかを「爆撃で天井をぶち抜きショートカットルートをつくる」などという邪道で突破され涙目だったが。その上迷路も「導越の羅針盤」のせいで意味を成していないし。

 

 「こんなはずじゃなかったのにぃ…」

 

 ライセンでも結局迷路状の迷宮は攻略せず、ラスボスであるミレディ本人を外へ引き出した。解放者の迷路は不憫な目にあう運命なのかもしれない。

 

 「どうせいやらしい仕組みは他にも無数にあるんだからいいんですぅ。」

 

 「この雪だって、触れただけで凍り付くような代物みたいだからな。」

 

 「…ってコレ、雪じゃなくて、ドライアイスじゃない…」

 

 オイミャコン村ではあるまいに、気温がCO2の凝華温度を下回るなど、正気とは思えなかった。

 

 そして、頭の痛いことに、後ろからいくつもの人型実体が迫ってきている。

 

 ガタリと、いくつもの機関砲が並べられた。

 

 カタカタと連射音がすべての音をかき消すも、フロストゾンビと言うべきナニカは、再生でもしているのか、かえって増えている。

 

 誰ともなく、連射状態の機関砲を台車に載せ引きずりながら、走り出した。

 

―*―

 

 行きついた先は、氷でできた半球状のドーム。

 

 どうやら、その向こうに、フロストゾンビを動かすコントローラーがあるらしいーが、その前に、上下前後左右から無数に現れた氷の魔物をどうにかしなければならない。

 

 「天乃河君、坂上君、こういうわけだから。

 

 …私がわざわざ65階層に再挑戦させてあげた分、強くなってくれたのよね?ちょっと、あのカメさん倒してくれる?」

 

 一石は、氷壁が変形して現れたフロストタートルを指さした。

 

 「え、は?な、なんで俺?」

 

 「何でって…戦いに来たのに、戦えって言われて、何でって…」

 

 絶句しつつ、一石は自らもポンポン砲に徹甲榴弾を装填し、向かっていく。

 

 「南雲君、香織、雪人形を止めてくるわ。」

 

 「おう!」

 

 「気を付けてね!」

 

 そのまま、弾倉をカラカラ回転させ、着実に魔物の群れをかき分けていく一石の背中を見て、天乃河は呟いた。

 

 「アイツにできるなら、俺にだって…

 

 …俺にだってやれる!絶対に倒して見せる!」

 

 「その意気だぜ光輝!俺も手伝うからな!」

 

 「防御は任せて!全部、防いでみせるよ!」

 

 そして、彼らが苦戦を始めたその前で。

 

 ハジメは銃砲弾の雨を降らせ。

 

 香織は磁束爆縮ジェネレーターを生成・錬成魔法で修理しながらレールガン攻撃を連発し、氷の魔物を数十体ずつ串刺しに倒し。

 

 ユエとティオは豪炎で魔物を昇華させていき。

 

 シアが、重力を上乗せしたドリュッケンで魔物を氷の結晶へと還元していく。

 

 台風の目のごとく平穏の中にあるミレディは、ヒビがやっと入り始めた天乃河らのフロストタートルの姿を見て、どうしたものかと首をひねった。

 

 「1体に時間がかかり過ぎかな?」

 

 「龍太郎!雫!下がれ!行くぞ、化け物!〝神威〟!!」

 

 聖剣から、純白の砲撃が放たれる。

 

 ヒビが目に見えるようになり、魔石にまでヒビが伝わっていく。

 

 フロストタートルが絶叫し。

 

 「このまま消えてくれぇ!!俺は、俺にはっ!力が必要なんだぁああああ!!!」

 

 「…こんなふざけきった力!『魔法力場全否定』!」

 

 ーどちらが、早かっただろうか?

 

 スイッチが切れたようにへたり込もうとしたフロストタートルが、完全に砕け散り、爆散する。

 

 ほぼ同時に、ドームの中央で両手を広げた一石を基点とした広範囲にわたり魔力の伝播が成されなくなったことで、全ての魔物が身体を維持できず氷塊と化して砕け散り始めた。

 

 急に力が失われ、倒れこむ天乃河、坂上、谷口。雫のみが、剣をささえになんとか立っている。

 

 「おい、一石、なんてことするんだ!俺が倒せてないことになったら、迷宮に認められないじゃないか!」

 

 「どうせ大筋と関係ないチュートリアルでガタガタ言わないの。」

 

 息1つ切らさない一石の様子を見て、天乃河は表情を暗くした。

 

 ただ、一石の表情も、同様に、優れない。

 

 (今まで、イメージ力によって魔法が成されるのは、脳が伝播子を発散させるからだと思ってきた。

 

 だけど、一定範囲の法則をトータスのそれから地球のそれに変える私の技能において、伝播子が使われることはあり得ない。

 

 …じゃあ、何物にも伝達されないイメージを、現実のものとしているのは、いったい何?)

 

―*―

 

 ドームを抜けた先の通路では、しばらく、弱い魔物の急襲や氷壁に隠されたトラップが乱立する中を進むこととなった。

 

 もっとも、今さら、ハジメたちがそんなものに引っかかるはずもない。

 

 これくらいはなんとかするだろう、というかできなきゃ笑う、くらいの心持で天乃河のほうへ意図的に魔物を取りこぼしていきながら、ハジメたちは進み、そして、4つのカギ穴のある扉へたどり着いた。

 

 ハジメとしてはまだ進めると思ったが、同行者たちはそうも限らないだろうしと、コタツを取り出しまったりしていた。

 

 一石に至っては、つっぷし熟睡している。ロングスリーパーにはつらい道のりだったらしい。

 

 「…ふーん、なるほどな。」

 

 眼帯の奥で義眼をチカチカと瞬かせ。

 

 「香織、キーのありかがわかったぞ。」

 

 「どうするの?」

 

 「ここはやっぱり…」

 

 パタッと倒れるようにして、ハジメが香織の膝に転がった。ユエもシアもティオも、暖かいものを見るまなざし。

 

 だが天乃河だけは、歯ぎしりせんばかりの表情をしていた。

 

 (なんで、なんで、あんなに香織は幸せそうに南雲の髪を撫でているんだ…)

 

 「光輝、顔がさっきから暗いけど、大丈夫?」

 

 「あ、ああ、雫、大丈夫だ。」

 

 「…そう…」

 

 「『サンシャイン6・6・6+』照射。」

 

 「ん、『界穿』」

 

 ユエが作り出した空間のゲートの向こうの魔物が、不可視の高エネルギー光線を受けて蒸発させられ、キーだけが回収された。ミレディが「うそん」と呟きつつ、シアと鍋の中の肉を奪い合う。

 

 同様のことが、2回繰り返される。

 

 「…ビームも撃ち止めか。

 

 天乃河、行ってくるか?」

 

 開いた口が塞がらないでいる天乃河らに、起き上がってミカンの皮をむきながら、ハジメは問いかけた。




 フロストゾンビってSCPっぽくありません?迷宮による制御が暴走したらKeterシナリオですよね。

 ※「サンシャイン6・6・6+」:発電衛星は常に昼半球にいる軌道だが、それでは常に全球を攻撃範囲に収めつつ一点を集中攻撃できるようにもしたい攻撃衛星や、常に偵察を行う通信・偵察・蓄電衛星とうまくかみ合わず無駄と攻撃不能時間・域が生まれるため、反射衛星などを投入して対応したシステム。ビーム波長にもこだわっているので氷を貫通できた。


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28 「ヒカリ・ヒトツイシの第一心理」

 ここにきてやっと、広げ過ぎた大ぶろしきをたたんで行こうと思います。

 …ドイツ語の単位落としてたんだがどうすりゃいい?(苦笑)まあ来年再履修しろよって話ですが。にしても50点台はかえって60に届きそうなのが悔しい。


―*―

 

 鏡屋敷…とでも、言い表すのかしらね。

 

 氷が、全反射を起こして、私たちの姿をきれいに映し出している。…あれ?額の赤いのは何かしら…あ、さっきまで突っ伏して寝てたから…

 

 「…ん?」

 

 「何かしら?」

 

 「どうかしたのか?」

 

 「あ、いや、今、何か聞こえなかったか?人の声みたいな。こう囁く感じで…」

 

 「天乃河君には人の声に聞こえたのね?私にもなんかこう耳をくすぐる感じで…参考までに、なんて聞こえたの?」

 

 「『このままでいいのか』って…」

 

 そりゃああなたの場合良くないでしょうけど…

 

 …あ、私にも聞こえて来た。

 

 ー「本当は、怖いんでしょう?」

 

 「『本当は、怖いんでしょう?責任なんか果たしたくないくせに』…?」

 

 「ひ、光ちゃん?

 

 …っ!?」

 

 「香織、どうした?

 

 …なるほど、そういうことか。」

 

 「ん…もしかして、心の声?」

 

 「とりあえずミレディをボコればいいですかぁ?」

 

 「それだ。」

 

 ー「そうはしていられないのはいつも口に出している通りなのに、御託で正当化して、偉そうに口だけ出す。変わってないのね?」

 

 「な、なんで流れるようにしてミレディちゃんにしわ寄せがいくかな!」

 

 「だって自業自得じゃろう…」

 

 変わってないも何も、私にできることなんて口を出すことだけでしょう。

 

 ー「そうやってまた屁理屈を並べても、着実に否定されようとしてるのに。」

 

 …あんまりマジになって聞くなと、南雲君も言っているわよ?これ以上聞くべきなの?

 

 ー「そうやって、いざとなると他人の優しさに頼る。

 

 どうせあなたには、今リフレッシュのためにかけてもらってる魂魄魔法すら、使うことができない。否、怖がって使っていない。

 

 そうですら、ないでしょ?」

 

 …それで?この非常事態に、そのことが何の関係があるの?

 

 ズルくても、利用してるだけだとしても、それでも私は生き抜いて、追い求めるわよ?

 

 ー「うんまあそうなんでしょうね。

 

 でも、とっくに気づいてない?

 

 だって、あなたが思う魔法の正体は。

 

 だったら、使えないんじゃなくて、意地とわがままで使ってないんでしょ?」

 

 …だったらどうだと言うの?

 

 ー「もう、あなたは知っているんでしょ?

 

 どうして、責任を果たせないの?果たさないの?

 

 もはや、行く先を阻む者はなく。

 

 すでに、世界は私たちの手の中にあると言ってもいいのに。」

 

 それはおごりよ。

 

 私たちは強くなりすぎた。だから万能感を抱いているだけで、私が奥底で考えてることは、誤謬、とまで言わなくても科学ではなく哲学。

 

 ー「とうに状況を、インフラトン理論なんてわけわからないものを持ち出してなお説明しきれなくなっているのに?」

 

 思考による脳内の電位変化によって魔力伝播子に運動量が与えられ、目的の物質に光速で到達して状態を改変する。それだけの話。

 

 ー「ミレディが嘘をついてないのはわかってるくせに。

 

 技能は、言語理解にしても、魔力と関わりない技能にしても、本当はそれ自体一つの概念魔法。そう仮定したら、おのずと答えは出てこない?

 

 科学を、実験者によって結果が変わらない物事のことだとしたら、だって、言うまでもなく、個人によって種類も発動の結果も異なる技能は?」

 

 …百歩譲って、この世界に、科学を超えているように見える事象があることは認めましょう。魔力も他のエネルギーや伝播子・力場なしに当たり前のように使われている「技能」がその一つかもしれないことも。

 

 ー「それを概念魔法になぞらえる意味は分かっているわよね?

 

 『極限の意思』が、何かを成し遂げようとする強力な想いのことだとしたら、あって当然で発動して当然の各技能に対しても各人は、『発動して当然だろう』って言う『究極の意思』を持っているものね。

 

 『勇者として異世界に来たんだから、なにか特殊な技能の一つもあって当然だ。』

 

 それどころか『あいつらは勇者として召喚されたんだから、強くて当然だ』って言うのも、『究極の意思』?そりゃあ一人一人なら弱いでしょうけど、聖教教会だけで何千何万といて『エヒト様が呼ばれた者だから世界を救えるすごい力を持ってて当然』って想ったらすごいわね?

 

 そしてあなたは思った。『魔法なんてそんな馬鹿な』って。

 

 それどころか、今も、そう思っている。心の底で」

 

 原理がわかった今、そう思うわけないでしょう?

 

 ー「私はあなたの深層心理なのに?」

 

 ああそう?

 

 表に出ている心理は深層心理から見て氷山の一角、意識は無意識に比べてはるかに少ない…なんて、疑似科学でしょうに。

 

 「ゴールだよ!」

 

 「…太陽、いや、罠だな。一気に突破するぞ!」 

 

 タイムアップよ。どうせ、睡眠時間が足りなかっただけのことでしょう。

 

 「わかったわ!」

 

―*―

 

 ダイヤモンドダストと雪煙の中から現れた氷の巨人、フロストゴーレムは、全員の前に立ちふさがった。

 

 ミレディだけは、ピースを片目に添えるポーズをした瞬間にゴーレムがおじぎして道を開け、転移陣が現れたが、他の10人はそうは行かない。

 

 「あ、一人一体だからね!寄生プレイでうまく行くと思った?残念でした、プギャー!」

 

 これまでのうっ憤を盛大に晴らすかのような叫びとともに、ミレディは転移で逃げた。

 

―*―

 

 時折、天乃河君の飛ばしているのであろう聖剣砲撃が飛んでくるんだけど…

 

 …ささやき声で、意識を誘導しているのかしら?

 

 いや、これは、暗示ね…

 

 …絶妙なタイミングで、深層心理の存在と、認識によって人間はいくらでも世界を歪んでとらえられることを証明しに来るなんて…なんと意地の悪い。

 

 でも、そこまでイヤガラセするのなら、私にも考えがある。

 

 レンジファインダー、セットよし。

 

 光干渉度、最大を確認。

 

 距離10,方位右56…ジョークみたいにズレてるわね。

 

 でも、私の目が私を裏切っても、光速度不変の原理は私を裏切らない。

 

 「カチューシャロケット、てっ!」

 

 よし、倒せた。

 

 借り物の力、頼りきりの私でも、とにかくもできてることがある。心を縮れさせるにはまだ早いじゃない。

 

―*―

 

 しばらくして、天乃河を最後とし、全員が脱出を完了した。

 

 ミレディの姿はすでになく、それはミレディほどの魔法使いであっても無効化できないのみならず脅威となる仕掛けがあるためにバックドアで回避したことを示す(当然魔物ではありえない。服従させていないわけがない)。

 

 香織が、面倒そうながらも回復魔法を投げつけるようにして使い、それでボロボロになっていた天乃河は全回復する。

 

 そして、10人は踏み出す。

 

 ーいや、5人と4人と1人か?

 

 彼ら彼女らの足元に、転移魔法の魔法陣が現れ、そして、どこかへ連れ去った。




 次回はオリヒロ単独の種明かし回です。

 追記:昨日深夜、ありふれ×マギレコのクロスオーバー「ありふレコード ー いつかありふれていた魔王と異世界×魔法少女みたま☆マギカ」などという冒険作を先行投稿しました。本編ではないので別にどうでもいいっちゃいいのですが、それでも良ければ、作者の暴走っぷりがうかがえます。


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29 「ヒカリ・ヒトツイシの第二心理」

 標準理論に沿い、延長するカタチで魔力を説明するのは困難だった…(インフレーション前を持ち出した時点で全然沿ってないが)。


―*―

 

 …完っ全に、分断されたわね。

 

 氷鏡の道を進め、と。

 

 それにしても、よく映るわよね。

 

 温度がめったに上がらないから、水蒸気が発生せず、霜が降りないせいで永久に氷の様子が変わらない、と。

 

 …まるで、氷の向こうで、生きて、動いているもう一人の私がいるみたい。

 

 それにしたって、危ないわよ?銃なんて向けちゃ。

 

 カッ!

 

 [殺伐としたものね。銃弾に銃弾をぶつけるなんて。]

 

 「あなたが先に、ゴクを向けてきたんでしょう?

 

 それと、その黒の服、喪服のつもりにしても趣味が悪いから、止めてくれる?」

 

 [意図がわかっているのなら、止めるはずないでしょ?]

 

 「あなたも、大迷宮の試練でしょう?

 

 自分に打ち勝つー私自身が目を背けてきたネガティブパートや矛盾に打ち勝つことで、神につけ込まれないことを示せ、と。だから、負の自分との対戦をしなければならない。

 

 だけど、あいにく、私の今のステータスは知っての通り。

 

 借り物の武器は無数にあり、その中には燃料気化爆弾も、そして使徒人格を使うことを決心したのならば波動砲で惑星すら危うくなるかもしれない。

 

 だけど、耐久値は雀の涙。使徒人格で障壁魔法を用いたところで、フュージョンカノンの前には何の意味もなさない。

 

 大迷宮の試練として、自ら大迷宮を吹き飛ばした後で反省するか、それとも今戦うことを辞めるか、どうする?」

 

 [ペンは剣よりも強し。

 

 武器を一つも使わずに、屈服させて見せるわ。]

 

 「なるほど、答え合わせに来たのね?」

 

 私に、真理を突き付けるカタチで。

 

―*―

 

 [まず、異論なく、標準理論の延長線上として構築したこの世界の法則、自然界の第5力『魔力』に関する法則をおさらいしましょうか。]

 

 「物質の状態を変化させるには、エネルギーを与えなければならない。

 

 魔法の一部には、明らかにエネルギーを増減させているものがある。

 

 以上から、魔力の正体は、力と考えられる。

 

 でも、どう見ても、電磁気力、重力、弱い力、強い力の4力とは相互作用していても別物。

 

 そして、この上で、魔法の頂点であり祖先である神代魔法を分析する。

 

 生成魔法は、強い力による素粒子の核子化と、弱い力による核子の原子核構成で、好きな原子を生成する。

 

 重力魔法は、言わずもがな、重力を操る。

 

 魂魄魔法は、電磁気力に作用して、脳内の電子作用を再現する。

 

 昇華魔法も、同じく脳内の電子作用に作用して、潜在能力を引き出し、処理能力を向上する。

 

 こうしてみれば、魔力は4力が未分化な姿だと解釈することができる。」

 

 [『自然界の4力はもともとは1つの力であり、1つの式で説明することができる』っていうのが、現代物理学が目指す世界の真理、『統一場理論』だものね。具体的には超ひも理論がその答えで、ひもの状態によって力の性質が変わるって言う仮説が有力だったけど、トータスには統一された力が実在した、と。

 

 私は、その、統一状態の力こそが魔力の正体で、魔法としての物質への作用は、魔力が4力に分化した結果起きている、と、そう考えた。

 

 でも、空間魔法は?再生魔法は?

 

 空間魔法は連続していると考えられる空間を不連続につなげる。

 

 再生魔法は不可逆と考えられている時間を逆転させたかのような現象を引き起こす。

 

 これらは、4力では説明がつかない。

 

 これを踏まえて、4力統一粒子の正体は?]

 

 「踏まえるまでもないわ。

 

 4力は、宇宙創成の時には1つで、その後インフレーションに伴う場の相転移により、重力、強い力、弱い力、電磁気力と派生した。

 

 その前の世界、つまり、インフレーションの前の世界を満たしていた力場が、この世界にはまだ、分化しきらずに残っている。

 

 魔力伝播子であり魔力でもあるとはすなわち、標準理論では説明しきれないインフレーション前を満たす、エネルギーか質量であるかすら未分化な存在、『インフラトン』。

 

 インフラトンは空間そのものに伴い発生し、宇宙が膨張しても薄まることはなく一定の密度で存在し、かつそれ自体が不安定なために質量物質かエネルギーになるその過程で放出する大量の相転移エネルギーによってインフレーションを引き起こしたと考えられている。

 

 けれどこの世界、トータスでは、インフレーションが完全な形で起こらず、インフラトンが併存し、空間がある限り存在し発生し続け、そして、その不安定さによって容易に分化、作用している。これを指して、トータス人は『魔力で魔法が起きた』と言うのね。」

 

 [インフラトンは原初の粒子にして、宇宙が今のカタチになるインフレーション前の粒子。だから、時間にも空間にもとらわれないし、ないがしろにしても驚かない、と。

 

 でも、それだけですべてを説明できたことにはならない。

 

 空間魔法だって再生魔法だって、作用そのものを説明することができない。

 

 さて、現状の理論では一切を説明できないとされている謎の存在、インフラトンとは何でしょう?

 

 どうして概念魔法は、インフラトンを介して、物質でもエネルギーでもなく、概念そのものに干渉できるのでしょう?]

 

―*―

 

 科学とは、多分に数学的なモノであり、論理の飛躍は厳禁である。

 

 物事の証明は、原因と結果を積み重ね、要素の欠落なく行われなければならない。

 

 すでにその点で、一石の考えは穴だらけだったが、「魔法」という訳の分からないものを無理やりに既存の体系に当てはめる過程での無理は排除できない。

 

 彼女は、考えた。

 

 ある一面から見ればー

 

 ー概念魔法でも、魔力を消費する。それはインフラトンが、4力への分化によって質量に作用しつつも、また別口で、「概念、または、その裏側にあるもの」に作用することを示す。

 

 概念の上にあるもの。

 

 概念を裏打ちするもの。

 

 そしてまた、インフラトンが「質量とエネルギーが未分化な存在」であるからには、インフレーション前には質量もエネルギーも存在しなかった。

 

 では、インフレーション前にあったのは?

 

 「宇宙を成す情報ビットが、インフラトンの正体?」

 

 [確証はないけど、そう思ってるのよね?

 

 宇宙の根幹は、結局、構成情報そのもの。

 

 どの粒子がどの位置にどのエネルギーで存在するか、それ自体が1つの情報であり、物質とエネルギーの集積である世界は、それと同時に、それらの位置と状態の情報の集積の裏返しでしかない。

 

 インフラトンの『空間における密度が決まっている』という性質も、空間が内包する情報の規定量だとすればそうであるべきだとわかる。

 

 当然のことながら、それは情報そのものであり、情報を集めれば概念になるのだから、大量の情報粒子インフラトンに干渉することで、時空の座標を書き換える空間魔法や再生魔法はおろか、概念そのものを造り出し、それどころか世界の情報そのものを新たに作り出したり壊したりすること、概念魔法さえできる。

 

 でも、ここでまだ、私には疑問があった。]

 

 真っ黒なもう一人の自分に対し、一石光は首を横に振る。

 

 「ないわ。」

 

 [あなたは私。

 

 ないって言っても、あるものはあるのよ?

 

 すべての事実と同様に。

 

 世界のすべてと同様に。]

 

 一石は、口を開かなかった。

 

―*―

 

 [沈黙は了解とみなすわよ。

 

 魔力を伝えて現象を起こす魔力伝播子にして、魔力そのもの。それが創世の粒子インフラトン。

 

 そしてまたインフラトンは、空間そのものに内在してこの世を裏打ちする情報の構成要素でもある。

 

 では、どうして、それ自体ちっぽけな情報の集積でしかないはずの人間が、情報の構成要素に働きかけることができるのか。

 

 そもそも、なぜ、地球世界とトータス世界が同じ情報の規格に基づいているのか。

 

 そして、魔法が、人格、自我、主体に依存している。

 

 もはや逃げることは許されないでしょ?

 

 メディアリテラシー…って言うのもおかしな話だけど、情報が存在した時に、どう受け取り、その結果世界をどう見るかは、受け手に委ねられている。

 

 わざわざ私が人間原理を持ち出して説明する必要性は、ありそう?

 

 …もう、口答えでごまかす元気もないか。

 

 この世界が人間が存在できる世界なのは、人間が存在できる法則である世界なのは、人間が存在しなければこの世界が存在しないからだ…なんて説くのはたしかに開き直りに思われても仕方ない。

 

 だけど、この世界の情報が人間が存在できるような情報であるのは実際、人間が存在するからかもしれない。

 

 あるいは、宇宙の構成情報はさまざまな受け取り方があるけれど、人間が存在できるような受け取り方にしか人間は情報を解釈することができないのかもしれない。

 

 あるいは、あるいは?

 

 無数の情報でできたこの世界が、私たちが見て聞いて感じるような世界として理解するまで、そのプロセスのどこかには、私たちの、観測主体の介入がある。

 

 ここで『なぜ人間がいる世界なのか』を、『なぜ私がいる世界なのか』に置き換えても、結果は同じ。]

 

 「止めて!もう、止めて!」

 

 [そう思う、どれだけ多くの人たちに、あなたはこの世界で選択を強いてきたのかしら?

 

 そう、選択。

 

 一見『私がこうである世界』『私がこうでなかった世界』を選べるように思えても、現にこうであるからには、私に選ぶことなどできない。

 

 この世界を私に対して存在させ続けているのは、ただ一人、私。

 

 その限りにおいて、主体にとってこの世界は、主体が見ている夢と言っても過言ではない。

 

 過去も今も未来でさえも、誤謬なく、ある一点において、観測者の脳みそが観測者に感じさせている幻想でしかない!

 

 味気ない情報のかたまり、羅列が、私たちが感じてきた『地球』『トータス』になったのは、ただただ、そのカタチでしか私たちの脳みそが構成情報を解釈できなかったから!

 

 『概念魔法に極限の意思が必要』?

 

 言うまでもない!

 

 この世界が今あるように受け止められること自体に、意思が大きく介在する。特に、その大部分は、無意識、潜在心理、深層心理!

 

 ならば、意思、表層心理で世界を捻じ曲げるには、必然、強力な意思が要求される!

 

 普段当たり前だと誰もが思っている情報の集積を、意思の力で捻じ曲げ、読み替える、それこそが、概念魔法の正体だとしたら!

 

 そして、『言語理解』のような技能も、その存在と使えることに疑問を心の底から持ってこなかったからこそ、何の問題もなく、当然のごとく使われてきた!

 

 私が魔法を使えないことすらも!ただ、私が心の底で認めている情報が、標準理論の枠内に過ぎないから!

 

 技能、それは、トータスにおける自らの定義!

 

 …さて、これだけのことを確信した上で。

 

 強情にもあなたは、トータスに入ってもトータスに従わなかった。

 

 最初からわかっていてもなお、人間の深層心理における情報次元の解釈は、各人の間で齟齬をきたしていないことからわかるように共通フォーマット、世界の在り方を変えるようなことはできなかったかもしれない。それでも、魔法の一つや二つ使えたかもしれない。

 

 でも何より罪深いのは!

 

 この世界が、根本的には、観測者である私の情報解釈によって存立しているというこの一点!

 

 ならば世界のあらゆる事象の責任は、今まさに、私自身に帰す!

 

 私の両親が死んだのも!

 

 私が香織たちを巻き込んでこの世界に来たのも!

 

 私がお荷物になっているのも!

 

 みんなみんな、観測主体である私、私こそが望んだ結果!

 

 その事実を知ったうえで、私は今、何を果たすの?果たせるの?

 

 いや、違うか。

 

 情報を取捨選択して、どんな世界を選ぶつもり?]

 

―*―

 

 ドタッ。

 

 一石光は、氷の上に倒れ伏した。

 

 反論は、何一つ浮かばない。

 

 いつか、南雲ハジメが、「涼宮ハルヒの憂鬱」という一冊を勧めたことがある。そのヒロインの能力は、「世界を夢のように、願望によって好きに改変できる」というものだった。

 

 しかし現実たるや。

 

 己がいる世界の実存を証明できるのが己の脳みそであり、また世界は脳みそによってつくられていると言いきらないまでも解釈されていること。

 

 それに気づいたことは、世界が自らの掌の中に落っこちていたことに気づいたにも等しい。

 

 そして、また。

 

 探究者たちが求め、解明を願い続けてきた「万象の真理」はここで、その一端をあらわにした。

 

 ・世界はつまるところ、情報の集まりである。

 

 ・質量、エネルギー、魔法というのも、情報が人間の脳に受け入れられるカタチで解釈された結果そう見えるだけ。

 

 ・情報を解釈し、見えている世界を構築する能力は、主体、意識によって達成されている。だから、人格が2つあれば技能もまったく違う2つなのも道理。

 

 ・明らかに潜在意識のほうが意思より大きいので普通はそうはならないが、極限の意思の場合はその限りではなく、脳が情報の解釈と取捨選択を意志的に変えることで世界の在り方をも変えることも可能である。これこそ、空間魔法や再生魔法の根幹である時空操作であり、情報そのものに干渉する概念魔法である。

 

 ・技能のような誰も気にしていない能力、また、本来は人間にできない情報粒子インフラトンへの作用による魔法行使も、使用者がそれをできて当然だと思っていることが世界の在り方に作用し、可能にさせている。

 

 あえて、ややこしい要素をすべて省き、結論だけを簡潔に表すことを許されるのなら。

 

 ・「ある人にとって世界の在り方を保証するのは、その人自身の脳みそだ」

 

 ・「だから、世界の在り方は、その人が思った通りに変えられる。それが、概念魔法。」

 

 ・「実際は、意識的に思っていることより、無意識に思っていることのほうが多い。だから、世界は変わらない。」

 

 ・「だけど、極限までに強く無意識に伯仲できるほどの意志の力があれば、世界は好きなように書き換えられる。」

 

 ・「逆に、今の世界の在り方のいくつかは、、その人がこれで当然だと心の底で思っていることに由来する。」

 

 ・「さあ、キミは真実を知った。世界を、変える力は、もう近い。」

 

―*―

 

 「私は…」

 

 違う。

 

 [え、何?]

 

 「決定的な間違いと、些細な間違いが、1つずつ。」

 

 [ここまで追い詰めても、まだ?

 

 すべてのとがが私にあると知ってなお?]

 

 「虚像の私なら、言うまでもないでしょう?

 

 どんな状態に置かれても、私、考えることだけはやめてないの。」

 

 [ああ、なるほど…ね。それはまいったね。]

 

 「まず、些細な間違い。

 

 この世界の主体を私に置くのは、間違っている。」

 

 […否定するの?

 

 それに、世界の真理に関わることが、些細?]

 

 「私は今まで、世界の観測者、存在の保証者を私自身に位置づけようとしてきた。

 

 その場合、他の人の存在は、私が脳内で生み出した幻想でないのなら。」

 

 [それは確かに理論的に厳しいところね。私の深層心理が魔法を否定しているのに、私が脳内で生み出した幻想の人物が魔法を使えるのはおかしいから。

 

 でもそれは、ホログラム理論で解決しない?

 

 この世界の真象は、情報次元の羅列情報。それを、それぞれの人がそれぞれの見方で見た結果が、物質世界。そして、同じ人間の脳構造、だいたい見え方は一緒、と。

 

 多少ご都合主義に情報の見え方や情報そのものを変えたところで、それなら]

 

 「だとして、なぜ、知りもしない別の情報次元に突然放り込まれたのか。

 

 そして、何より。

 

 概念魔法の存在は、さすがに、齟齬が大き過ぎる。

 

 その存在を知らない万人にも同じように作用することについては」

 

 [だから情報の在り方そのものに]

 

 「…そもそも、私という存在の根拠を私自身の存在に求めている自家撞着と言う点を、人間原理そのものが解決できていない。

 

 私が求める理由は、そこにはない。

 

 真理より先の、私が求める、真理の存在理由。『そうなっているものはそうだから』じゃない。なぜそうかを聞いているの。

 

 …間違いない。

 

 観測者は、別にいる。」

 

 [インテリジェンス・デザイン?

 

 せっかく私自ら私を絶対神の地位に引き揚げておいて、それを言い出す?]

 

 …ああ、この虚像の私、リアルタイムスキャンをしているわけじゃないのか。

 

 今の私の気持ちまでは、わからないのか、それとも迷宮のキャパシティーが私の思考速度に追い付いていないのか。

 

 「情報次元の外側に、観測者がいて、私たちと私たちの世界の在り方を破綻なく意味づけている。

 

 だから、だからこそ私たちは意味として存在するし、破綻なく脈絡を以て存在するための脈絡を近似的に見たら、私がたどり着いたとおりの理論でつじつまが合ったのかもしれない。

 

 [それじゃ、まるで…

 

 …まるで、まるでその、外側の観測者の世界の脈絡が、私たちの世界と同じであるかのような…

 

 まあいいわ。

 

 それで、これが、インテリジェンス・デザインが些細なことって、どういうこと?

 

 知ることができた真理と、それに伴う責任。それより重いものなんて]

 

 当然、あるわよ。

 

 「私は、過去も、今も、見ていない。

 

 私が目指すのは、未来だけよ。

 

 そしてあなたは、私に、私が目指す未来を得るためのカギを手渡した。」

 

 諸刃の剣でしょうけど。

 

 「誰もいない、今だからこそ。

 

 もはや、私の魔法に、詠唱は一通りでいい。そう、教えてくれて、ありがとう。」

 

 そう、たった一通り。

 

 [あらら…

 

 …ダメだったか。

 

 それで?

 

 もはや、私には、この大迷宮の神代魔法を手に入れる必要性すら薄いわよね?

 

 どうして、迷宮の試練に過ぎない虚像の私を、生かしておくの?]

 

 うーん、私が、機会主義者だから?

 

 「私が望む世界を、つかみ取るためよ。」

 

 [まだ、私は、私自身の力では、何もできないのね。]

 

 「私は、私の世界の存在を証明し存在させることができて、それで手一杯だって、さっき示したじゃないの。」




 あえて例えるならば、この理論は「魔法科高校の劣等生」の魔法理論と微妙に似ています。情報の世界があって、それを反映するようにこの世界があり(=情報の世界が人間にはかくのような世界に見え)、通常の魔法は情報世界のビット(=魔力・魔力伝播子)を4力へ相転移させることで魔力をエネルギー作用に転換して作用し(なお失われたインフラトンは空間密度一定則で補充され)、神代・概念魔法はビットを生み出し/書き換えて情報世界を改ざんしています。

 その上でー
 
 ー理論の要旨は「誰もがハルヒパワーを持っている。ただ、意識がハルヒパワーで世界を書き換えようとしても、それ以上に強い無意識が書き換わるわけないという方向に常にハルヒパワーを働かせているので、改変できない。」というところにあります。しかし、神代魔法、概念魔法という説明と「究極の意思」によってはじめて、無意識を乗り越えて世界を改変できるようになったのです

 では、法則に絶対の信頼を置く一石光の場合は?


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30 「コウキ・アマノガワと真なる強さの法則」

 ハーメルンでは「天乃河光輝をいたぶると高評価される」向きがあるようで、ここで天乃河が死ぬ2次創作も存在するようです。

 …さて、どうしましょうかね。


―*―

 

 天乃河光輝は、ひしと、輝く聖剣の先を、南雲ハジメに向けていた。その後ろには、真っ黒な虚像天乃河。

 

 南雲ハジメは、その背に八重樫雫を背負い睨み返している。

 

 そして、ノイントに戻ったかのような無表情を天乃河に向ける、ミレディ。

 

 「…せっかく厄介ごとを片付けて帰ってきたのに」

 

 [よりにもよって修羅場とはね。まあ、こんなことだろうと、思っていたけど。]

 

 「この勇者は矛盾が多いものね。」

 

 一石光と虚像の一石光は、交互に喋りながら、2つの天乃河が1つになっていくのを眺めていた。

 

 [さぁ、俺。ヒーロータイムだ。悪者からヒロインたちを助け出そうじゃないか!]

 

 「うるさいっ。お前の指図は受けない。今だけ使ってやるだけだ!南雲を倒した後は、お前の番だということを忘れるなっ」

 

 「その今すらもあり得ないんだけど。」

 

 そして一石光は、流れをぶった切ったー

 

 ー彼女の望むとおりに、世界を変えるため。

 

 「『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』」

 

 ーその、概念魔法と言うべきかすら怪しい御業は、情報の解釈をー世界の法則を可能な範囲で書き換える。

 

 天乃河の姿が揺らぎ、0と1のバイナリが、その表面で無数に光る。

 

 そして、左右に割れるようにして、実像と虚像は分離させられた。

 

 「「な、なぜだ!?なぜ融合できない!?」」

 

 「い、今の、概念魔法、でもない、何!?」

 

 「魔力もなしに、何を…」

 

 再び、無数の情報が、書き換えられていく。

 

 確かに天乃河は、その虚像の存在情報を観測しようとしていた。それだけでなく、他のメンバーも。

 

 だが、それは、一石光の観測しない意思に、勝つことはできないー世界を世界たらしめるのが己自身の観測であり解釈だという真理を確信した今、彼女の無意識は世界の改変を邪魔しない。

 

 「『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』

 

 だから私は、ネコがいる箱のふたを開けて、天乃河の虚像が存在しない世界を選ぶわ。」

 

 その一言で、あっけなく、虚像天乃河は0と1の光を放ちながら消滅した。

 

 「なっ、なっ」

 

 「一石、お前、どこでそんな力を…」

 

 ハジメをして、目の前で起きたことが信じられずにいる。

 

 そして、そんな状況で、とりあえずと言わんばかりに、天乃河は聖剣を一石に向けた。

 

 「お前さえ…お前さえ裏で手を引いていなければ、全て上手くいってたんだ!香織も雫も、ずっと俺の物だった!この世界を勇者として救うはずだった!それなのにお前が全てを滅茶苦茶にしたんだ!」

 

 「そのことすら…

 

 いいえ、まったくもって反論の余地もないわ。」

 

 一石光とその虚像は、まったく同じしぐさを―両手を広げて見せた。

 

 「でもそれは、あなたが私に認められるに足りないから!

 

 知ろうとする欲望も、知ったことを活かす義務の達成も、すべてがないあなたに、滅茶苦茶にされない権利はない!

 

 あの時、一緒になって奈落の底に飛び降り、魔物をかじって生きながらえると言うことを果たさなかったあなたに、今さら『たら』『れば』を言わせるとでも!?

 

 私の世界の中心は、私よ!あなたじゃない!だから、私たちを認めないあなたを、認める義理はない!」

 

 意識の振れ幅が少し大きければ、一石光はこの時、「天乃河光輝が実在しない世界」のみを観測し、選び取り、世界を改変したかもしれない。

 

 だが、彼女はそれを望まず。

 

 「最初から、間違っていたのは、あなた。」

 

 「何を…っ」

 

 「『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』、聖剣のみ重力定数を100倍に。」

 

 「がっ!」

 

 重力を強めたのではなく、定数、法則そのものをいじくるという所業。天乃河の腕が聖剣に釣られ、身体が倒れ伏し、聖剣が柄まで氷の床に埋まる。

 

 「ひ、光ちゃん、なんて無茶苦茶を…」

 

 「まるで、エヒトみたいな…」

 

 ミレディが、ポツリと何事か漏らした。

 

 「それでは、舞台を譲りましょう。

 

 もう一人の私に、ね。」

 

 そして、一石光は、己の虚像を指さした。

 

―*―

 

 力は奪った。

 

 正直、無意識を意識で上回って、世界の在り方を脈絡なく想像することでその通りに改変するのは、精神力、とりわけ想像力を恐ろしく使う。…とっとと、ペンで剣を倒しましょう。

 

 「私の分身は、言葉で人を追い詰める迷宮特製。

 

 今ここにいるという茶番にすら意味を見出していいのなら、それもまた知識欲、真実欲を満たすため。

 

 あなたのおじいちゃんがそうしたように、真実をつまびらかに知ることで、それに対する責任を評決する法廷とすることができる。

 

 どんな場所でも考え、知り、行動を起こすことができるのなら、大迷宮の底もしかり。

 

 さあ、思考実験を始めましょう。」

 

 八重樫さんから、だいたいのことは聞いた。パラメータは充分。

 

 [今回の想定は、3点。

 

 まず『もし天乃河光輝が、間違って香織とともに奈落に落下していたら』

 

 そして『もし香織が、中学の時すでに南雲君を見かけていなかったら』

 

 最後に、『もし天乃河が、香織か八重樫さんに告白していたとしたら』。]

 

 あ、香織と八重樫さんがイヤそうな顔を。

 

 …そしてユエ?どうして、したり顔するの?

 

 [まず第一]

 

 「うるさい!余計なことを!」

 

 「天乃河、被告人は静粛に!」

 

 [あの奈落の底で必要とされた力は、蛮勇ではなかった。

 

 とりわけ、3・3・3の法則に従えば、3週間以内に充分な量を食べなくてはならないけれど、残敵掃討のみを行った場合でも、奈落の底を突破するのに1か月かかり、その間に魔物以外の食糧はない。

 

 さて、魔物の肉を食べなければ奈落の底から脱出できないことが証明された。

 

 では、魔物の肉を食べた場合。

 

 魔物肉を食べることに伴い神経をはじめとした各種器官が異常発生する過程で、体組織の90%以上が損傷する。もちろん、通常の動物には耐えられない。

 

 この現象を防ぐためには、ただ一つの例外を除けば、神水を呑むことで治癒速度を上回らせるしかない。そうでなくとも、神水は、あの迷宮において出現する魔物によって受けるケガを治すのに必要不可欠。

 

 さて、神水の自然湧出量は、決定的に足りなかった。そもそも液体状の神水は持ち運びに適さない。神結晶を得るには、錬成による掘削とその取得を目的としないという偶然の手助けが必要。

 

 つまり、南雲君が落ちていなければ、そしていっしょか先行していなければ、あそこで生き延びることは不可能だった。

 

 そして言わずもがな、奈落の底を香織が生き延びた原動力は、南雲君に追い付き、再び出会うことだった。

 

 よって、結局は南雲君と香織が結ばれる展開は変わらなかった。

 

 そもそも、奈落に落ちた段階で、香織の心はあなたを向いていなかったことが、あなたのすべての勘違い。

 

 まあ、もちろん、香織が一緒に落ちなかった場合は、南雲君が気付くまでに時間がかかり、優先順位が上下したかもしれないけど。]

 

 そしてティオ?何を思ったか知らないけど、例えそうでもあなたの順位は上がらないと思うわよ?

 

 [そもそも、八重樫さんの供述によれば、あなたが聞いていなかっただけで一目ぼれだったのだから、付け入るスキがない。

 

 それならばその時に洗脳したのではないかとの検証をしようにも、香織が初めて南雲君を見かけた時、彼は気づいてすらいなかった。それに同じ高校に行くことになるとその時点で知る由もないのだから、洗脳により好きにさせたと考えることは無意味。]

 

 私としては、例え洗脳であっても幸せならばそれはそれでいいんじゃないかと思うけど。当人が幸せならどこにも矛盾はないし、わざわざ真実を暴いて誰もを不幸にするのは愛や恋の場合褒められたことじゃない。偽りの幸せでも、砕く権利なんか誰にもないのだから。

 

 [そこで2つ目。

 

 もし、一切の南雲君との接点がなければ。]

 

 「そ、そうだ!それなら」

 

 [って言ってるけど、八重樫さん、どう思う?]

 

 「ありえないわ。」

 

 あらばっさり。

 

 [トータスに呼ばれて、普通に鍛錬して、普通に戦争に駆り出されることになり、普通に65層から何とか生還し。

 

 さて、当然オルクス迷宮が訓練場であるからにはまた迷宮を進み、どこかの段階で魔人族に出くわし。

 

 そして、私たちが助けに来なければ、死んでいた、と。]

 

 「そんなことはない!あそこから逆転して」

 

 [仮にそうだとして。

 

 弁護士であるあなたのおじいちゃんなら言ったでしょうね。

 

 戦争への参加をあなたが決めた時点で、どうあがいても殺人教唆だって。

 

 日本へ戻ったときに、どれだけの人が、あなたをヒーローだと認めてくれるかしら?]

 

 もっとも、帰ってから魂魄魔法で聞いてもらっても構わないけど。インフラトンではなく情報次元に直接干渉する神代魔法ならば、もしかしたら可能でしょう。

 

 「っ、でも、でも俺は正しい!」

 

 「[それが何か?]」

 

 [存在する事実はただ、亜人族へのジェノサイドを行っていた国家へ、協力していたというだけ。

 

 残念ながら、何も知らずに戦っていました、では、済まされるわけがない。]

 

 あの時すでに私たちは、等しく血にまみれる運命にあったのだから。

 

 [第一、10万の兵に勇者と聖剣を加えて20万にぶつけたら勝てるほど、世の中は甘くない。

 

 誰一人欠けずに、胸を張って、香織を隣に日本へ凱旋できる…そんなわけはないのよ。]

 

 まあ、どうあがいても戦争に参加した時点で絶望だったということね。

 

 [トータスに召喚された原因からして、勇者が必要だったから。

 

 つまり、他のクラスメートは巻き込まれたに過ぎない。

 

 であればあなたはまず最初に、頭を下げなくてはならなかった。私たちを帰すのは、できるかできないかではなくて、やらないといけないことだった。

 

 そして、あなたはやっぱり、その裏で中村恵理が企むことに気づけなかったでしょう…自分を中心にした痴話げんかで死人を出しちゃ世話ないわよ。誰も奈落に落ちていなかったら、王都ですべてが失われていたわね。]

 

 「そんな、そんなことは…」

 

 [ないというのなら、私は記憶を消したうえで時間を巻き戻す。]

 

 …返事なし、と。それと南雲君、銃口向けないで。

 

 [自信をもって、戻していいとは、戻った場合に香織が死なないと言い切れない、と。

 

 まあハッタリなんだけど。]

 

 …あ、みんな脱力した。

 

 [南雲君がいた結果、香織と八重樫さんが救われた。そのことを否定できないじゃない。

 

 さらにボーナスステージ。

 

 今まであなたは、話し合えば戦いは何とかなると思ってきた。だけど、事ここに及んで南雲君を斬ろうとしている。それは、人間には譲れない時、そして誰かを殺さざるを得ないと思う時があることの証左。

 

 それ自体が自らへの反証だけど。

 

 このさや当てが起きなかった場合、つまり、南雲君がいて香織と八重樫さんが救われておきながら、同時に2人をあなたがモノにできていた唯一の場合。

 

 『もし天乃河が、事態がここまで複雑化する前に、2人を自分のモノにするために告白していたとしたら』]

 

 「そ、そうだ!それだ!」

 

 …コイツ、やはり、致命的に勇者に向いてない。

 

 […無能と呼んだ南雲君に自分の恋人の安否を数か月任せる?

 

 その上、ねえ…まさか、二股したいとこの状況下で叫ぶバカでアホな勇者がいるとは思わなかったわよ。

 

 そもそもにして、2人ともいつまでも隣に、なんてストーカーじみた発想からして、おじいさんが見たら泣くわよ。そんな人に、誰が本当に自分の人生をなげうとうと思うのか…

 

 …いつまでもなんてしょせん幻想になったでしょうね。

 

 そう、その、自分にとって重要な人だからいつまでもいてくれと望む狂執的な心持ち。

 

 同じことを考えた人が、もう一人。]

 

 …後は私がやれと?虚像のクセになんとまあ…

 

 私はゴクを抜き、虚像の私を撃ち抜いた。

 

―*―

 

 「さて、仕切り直しましょう。

 

 あなたの最大の失敗は、そう。

 

 『香織も雫も、ずっと俺の物だった』?

 

 一番、あなたの物でいることを望んでいた中村恵理を、あなたは知らず、がけっぷちへ追いやった。

 

 自分のモノも管理できないのに、何を高望みをしているの?

 

 あなたが果たすべき責任は、ここにはないんじゃないの?

 

 本当に、何もかも失われたの?

 

 治し、そして取り戻し、手に入れられる、手に入れるべきもの。

 

 今南雲君を前にして初めて、、血と反吐と肉片と灰の上に得たいものを得、受け入れる覚悟ができたのなら。

 

 あなたは、まず、もう一度、血と反吐と肉片と灰にまみれ過ぎた彼女を、回収するべきで、それが果たせる責任で、残された選択肢。

 

 でなければ、この失敗を取り返さなければ、また、隣にいるべき人は掌の上から零れ落ちるわよ?

 

 これ以上失ってしまった後で過ちを認めるか、パンドラの箱に残る最後の希望が失われない前に過ちを認め箱を持ち去るか。」

 

 「俺の、最後の、希望…」

 

 「私ならば、この機会、逃せはしないけれどね。」

 

―*―

 

 ディスイズザラストチャンス。

 

 チャンスの神様の後頭部にわざわざ育毛剤をふりかけるような真似をしたのは、きっと。

 

 「ミレディ、何とかして、天乃河の虚像をもう一度作ってあげて。」

 

 「は?

 

 勝手に消しておいて、その言い草は酷いんじゃないかとミレディちゃんは思うんだけどなあー。

 

 もしかして、もうネタ切れ?さんざんミレディちゃんをいじめて来たけど、もうネタ切れ?ぶっざまー!」

 

 「ああはいはい。

 

 …後で土下座でもなんでもするから。」

 

 「…どうしてヒカリは、この勇者モドキに、ヴァンちゃんの魔法を授けさせる必要があると思うわけ?」

 

 …さあ、良心?

 

 「私も失ってはいけないものを失い過ぎたから?

 

 流れた血の量を減らしたいから?

 

 …わかんないけど、ただのワガママよ。」

 

 「…そういう、自由な意思なら、ミレディちゃんもうなずかざるを得ないねえ…それっ!」

 

 あ、出てきた。

 

 あわただしくてよく見てなかったけど、虚像天乃河、グロいわね。

 

 「もう、さらに失わないための力。

 

 さあ、天乃河光輝!

 

 最後に残されたソレを、せめて力強く、握りしめなさい!」

 

 …聖剣は、どちらを向くかしら?

 

 「…香織、今、あの聖剣」

 

 「喋った、よね?」

 

 「認めるとかなんとか言ったわね。」

 

 「ん…道理で魔力があり過ぎると思った。」

 

 「止めたほうがいいですかね?」

 

 「いや、その必要はなさそうじゃぞ。」

 

―*―

 

 [ほう、甘言に乗って妥協するのか?俺。]

 

 「妥協じゃない!」

 

 [いやいや、妥協だろ。香織と雫がどうあがいても手に入りそうにないから手に入りそうな恵理で我慢しようって。

 

 「っ…

 

 だとしても!

 

 まだ手に入るものを手に入れて、何が悪い!

 

 恵理だけは、恵理だけはまだ、俺の手が届くんだぞ!」

 

 [ほう、やっと、醜くなったな、俺。

 

 欲しいものを欲しいって言ってつかみ取る。

 

 まるでヒーローじゃねえ!ヴィランだぞ!]

 

 ー「だが、いい顔だ」

 

 「どいつもこいつも勝手なことを…

 

 俺は、俺は、俺はぁぁっ!」

 

 [おお、強くなったな、俺!

 

 ついに悪の味方になったか?]

 

 「…一石は何もかも間違ってる!アイツが正義だとは絶対思わない!

 

 だけど、俺が恵理のことに早く気づいていればっていうのはそうだった!

 

 時間を巻き戻すのは怖い、ああ、怖いさ!だから俺は、俺は!

 

 これ以上、せめて未来で、誰にも奪わせないぞ!

 

 お前にも!南雲にも!一石にも!この世界にもだ!」

 

 [俺自身納得がいってないくせに!弱いぞ!?]

 

 「納得できるわけないだろ!

 

 うりゃぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 [くっ…

 

 …くっそおぉぉぉっ!!!]

 

 「あっヤバい!障壁!」

 

 「うそ、光輝くんの攻撃なんて鈴には」

 

 「ミレディちゃん防御はにが」

 

 黒と白の光が、すべてを埋め尽くしたー




 天乃河、生きろ。

 生きてないと、中村が不憫すぎる。

 すべての責務を、果たしてこい。

 ーというわけで、心を折り、その中で希望を見出させるやり方を取りました。洗脳だとか言わない。彼の御都合主義的な思考回路なら、「今さら手に入らないことが確定的に明白な香織や雫を無理に奪おうとしてできないより、一石の恩情に甘えて、それができそうかもしれないうちに恵理を手に入れ守り通す」方へうまく誘導すればできそうだし、「恵理の心を壊してしまった責任をとるんだ」と自分の心を納得させれば勇者精神とも折り合いがつくし。

 何より、「すべてを守ることはできないけど、手に入れたいものだけは絶対に守る」。この根性は、クラスメートも世界もどうでもいいと言いながらハーレムメンバーだけは守ろうとするハジメのそれと同じです。一人の人間にできることなんてこれが限度で、だからこそ天乃河にも目覚めさせました。


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31 「ヒカリ・ヒトツイシの第三法則、及びヒカリ・ヒトツイシの最終予想」

 そりゃ第一と第二があったら第三がありますよね。


―*―

 

 すべてを終えて、私たちはいよいよ、最後の神代魔法を手に入れられる。

 

 天乃河君が私の望み通りに動いてくれるかは賭けだったけど、結局はそれもうまく行った。

 

 遅ればせながらも、なんとか、私が望むラストへたどり着けそう。

 

 …問題は、私が、その間で寄り道する、その余裕があるかよね…

 

 っ…!

 

 「くっ…」

 

 これは、予想以上の…

 

 ー概念魔法が私が予想する通り、「魔力伝播子(=インフラトン)に関わらず脳の力で世界を解釈し情報次元を書き換える力」だとするのなら、「世界は書き換わらず、昨日と同じように今日は続き、今日と同じように明日が始まる」という無意識の力に拮抗するだけのモノを脳内にインストールしなければならない。

 

 今までと違い、魔法を受け入れてるから、脳みそがアップデートされて対応端末になっちゃってるのよね…

 

 7つに分けてなおファイルが重いわけだわ…

 

 …南雲君も香織もユエも気絶してることだし、私もそうしても…あっ、ミレディが笑いながら見てる…意地張らなきゃ…

 

 …もう、限界…

 

―*―

 

 「香織、どう?」

 

 「…どれだけ神代魔法と概念魔法が反則か、思い知らされたよ…」

 

 地球を知るハジメと、魔法の天才であるユエ。その2人が地球へ帰る概念魔法を「究極の意思」で作り出す間に、一石は、他のメンバーに車座に囲まれながら、香織と話をしあっていた(「これが、神代魔法の力…」などと廚二に陥りかけている天乃河除く)。なお、香織が参加しなかったのは、万が一事故があった時に治療要員がいないとさすがにまずいという配慮である。本妻の余裕?…違うったら違う。

 

 「やはり、基本的には神代魔法は、構成情報を改変するものだったわね。」

 

 「光ちゃんにはそう感じられたの?」

 

 「逆にあなたは?私の考えはいつでも独りよがりだから。」

 

 「…光ちゃんはおかしいって言うかもしれないけど…

 

 生成魔法は無機物に。

 

 重力魔法は星のエネルギーに。

 

 空間魔法は境界に。

 

 再生魔法は時に。

 

 魂魄魔法は生物の持つ非物質に。

 

 昇華魔法は存在するものの情報に。

 

 最後の変成魔法は有機物に。

 

 これで、この世界におけるあらゆる理を自由自在に操ることができるようになったのが、概念魔法。

 

 どう、かな…?」

 

 「ミレディちゃんもその通りだと思う。」

 

 「それで、世界の構成情報すべてでしょ?

 

 あまねく世界すべての情報の操作権がそろった。

 

 後は書き換えるだけ。『この世界の情報はこうで、人間なんかには書き換わらない』という無意識の先入観を極限の意思で打ち破って、ね。

 

 まあ、物事の見え方なんて人それぞれだって、相対性理論にも書いてあるし、香織が思っている通りのこともまた事実よ。」

 

 概念魔法も、また一つの「想像の現実化」に過ぎない。

 

 しかし一石は、世界そのものが想像の現実化に支えられているということを鑑み、あまり語り過ぎはしない。

 

 「また、なんか隠してますぅ…」

 

 「初めに会ったころのように『まだなにか抱えてる』って顔をしとるのう…」

 

 「どうせ後は帰るだけなんだからいいじゃない。

 

 ところで香織は、虚像になんて言われた?」

 

 「あー…」

 

 「え、わ、私…?」

 

 八重樫雫は、じっと見つめられてうろたえた。

 

 「…えっと、独り占めしたくないのかって…ハジメくんを。」

 

 ーひたすら、気まずい。

 

 「ユエにシアにティオにレミアさんに愛ちゃん先生にリリィに…このままだと雫ちゃんまでって。

 

 でも、私の力なら、独り占めできるかもって。」

 

 八重樫が、タラタラ冷や汗を流す。坂上と谷口、修羅場の気配に震える。ミレディはー

 

 ー静かに笑い転げる。

 

 「あ、あの、香織?」

 

 どこからともなく銃を抜き、香織は、まず、銃口を八重樫の額へ突き付けた。

 

 「ひぃっ」

 

 バァン。

 

 「なんちゃって。」

 

 ひょろひょろ、八重樫はへたり込み、シアに至っては地面に染みを作っている。…なぜか嬉しそうに震えているティオは論外。

 

 「私は、そんなことしなくても、ハジメくんの一番なんだから♪」

 

 あ、怖い。ー衆目が一致した。

 

 「それに、そんなことしたら、ハジメくんも悲しむし…私、ハジメくんの幸せが一番だから…」

 

 あ、でもやっぱりかわいい。ー衆目は一致した。

 

―*―

 

 膨大な量のインフラトンが流出し、チェレンコフ光が空間を汚し、その中に内包された情報である、ハジメとユエの想起するものー奈落での日々が映し出されていく。

 

 ハジメは、決意したー必ず、香織たちと、地球に帰る。

 

 ユエは、決意したー必ず、ハジメたちと地球へ行く。

 

 香織は、決意したー必ず、ハジメたちと地球へ帰る。

 

 シアは、決意したー必ず、どこまでもハジメたちについていく。

 

 ティオは、決意したー必ず、いつまでもハジメたちに従う。

 

 雫は、決意したー必ず、今まで見逃してきた幸せを、ハジメたちとつかむと。

 

 坂上は、感動したーこれほどの苦労をしてきたハジメは、「漢」だと。

 

 谷口は、決意したー必ず、中村恵理を連れ戻す。

 

 天乃河は、決意したーもう、2度と、奪わせない、手に入れる。

 

 ミレディは、確信したーこれで、やっと、クソ神をつぶせる。

 

 光が収まり、アーティファクトが、ハジメとユエの手の中に収まる。

 

 一石は、微笑したーこれで終わりではないが、やっと、誰もが幸せになれるエンディング、知を追い求めてきた人類史のゴールが見えてきた。

 

―*―

 

 もはや、私は、地球に戻ることすら容易いかもしれない。

 

 それだけの威力を、この「想像の現実化」は秘めている。なにせ、世界が最初から私の掌の中にあったことを利用する魔法…魔法?だ。

 

 これこそ、事象の地平面を軽々踏み越え、世界を思い通りにする、否、気付かぬうちにしてきた、「真理」。

 

 だけどー

 

 ー情報次元を眺め、私たちと私たちの2世界の存在を確実化させる、外側の観測者。それについて知るという最後のピースを埋めて、初めて、私は真理とその理由と言う人類の叡智の最終目的を達成する。

 

 例え、茶番にして独り相撲だったとしても。

 

 …まだ、帰るのはまだね。

 

 偽神エヒト、必ず、あなたの肩の上に乗せて、はるかな先を見せてもらうわよ。

 

 「…来たわね、ノコノコと…神の使徒。」

 

 「お久しぶりです、イレギュラー。

 

 まずは、返してくださいませんか?我が同胞の疑似魂。」

 

 さてと…

 

 …これは平和的な交渉が始められそうじゃない。

 

 「断るわ。

 

 こんなにぞろぞろ引き連れて、どこへ連れて行こうと言うのか知らないけど、手駒は減らせないもの。」

 

 「…わかりました。

 

 我が主の命令の元、居城への招待の任を果たしに来たのです。」

 

 来たっ…!




 次回、玉座へ。

 そこでも、原作から話が大きく転換します。


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結論:さらば狂言綺語の意味を問うべし
32 「アルヴヘイトによる悪魔の証明」


 まだ、原作と同じ展開です。

 ※21,2,25追記 20000UAありがとうございます。励みです。


―*―

 

 衛星コンステレーション「サンシャイン6・6・6+」。

 

 王都大乱において使用され、氷の迷宮でも使用された高エネルギー粒子線攻撃システムのスイッチの1つは、王都、園部優花の下にあった。

 

 だから、一石光は驚かない。

 

 空の玉座の両脇の檻に、園部優花が、他のクラスメートや先生と一緒にいても。

 

 「うう、ごめんなさい、光っち…

 

 …あたし、できなかった…」

 

 「俺もだ…すまん!」

 

 「いいの、悪いのは…

 

 …別に必要不可欠でもないタイミングでビームを使って充電切れにした南雲君だから。」

 

 奥から出てきた金髪紅眼の老人をにらみながら、一石は言った。…充電さえあれば、この正体不明な魔人族の命はなかったと言うのに。

 

 「まあ別にそこまで予定が狂うわけでもなし?」

 

 そう呟きながら、振り返り、口をパクパクさせているユエを見る。

 

 「やぁ、アレーティア。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい。」

 

 「…叔父、さま…」

 

―*―

 

 ついに、現れた、神格。

 

 そう、でも、私の予想が正しければ、これはまだ、序章。

 

 さすがに、ディンリードーユエの叔父を名乗る人物が、魔人側の神格とは思わなかった。そうと知っていれば他に手はあったものを。

 

 だけど、人間族と魔人族の争いが遊戯として成立しているのは、お互いの神格がつながっているからであり、その限りにおいて、この神格アルヴヘイトも、また、エヒトの眷属であると分かり切っていた。

 

 まだ、まだよ。

 

 「地上にわざと降りて戦争を激化させ、使徒たちの言う“イレギュラー”を探そうとしたんだ。その者と協力し、地上からエヒト神に対抗しようとしたのさ。私はアルヴに選ばれた者ということだ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ。一石光君、使徒の疑似魂魄を取り込んだ君と似ているね。」

 

 え…どこが?

 

 というより、だったらなんで、あなたは南雲君と香織に、撃たれているのかしら?

 

 さあ、出て来なさい…さもないと。

 

 「シア、ティオ、ミレディ!

 

 迷わず、殲滅して!」

 

 私は、ゴクとマゴクを取り出した。

 

 「ハハハハハ、ハジメさん!?香織さん!?何してるんですかいきなりっ!それにヒカリさんも」

 

 「ためらうなと言ったでしょ!」

 

 まずはフリード、あなたから…ビー――ム!!

 

―*―

 

 使徒と魔物が、電撃の嵐に、質量の投下に、極細波動砲の乱射に狩られていく中。

 

 「…ハジ、メ?かお、り?」

 

 「…もし私だったら…

 

 …私は、大事な人と一か月離れるのも、耐えられなかったのにね!」

 

 「あ」

 

 その一言で、ユエは察したーディンリードがユエを何らかの理由でやむなく封印したとして、300年会いに来ないとはさすがに馬鹿げている。

 

 「それとハジメくん?

 

 …私が『俺のかわいい香織』とか言われても、同じくらい嫉妬してくれるかな?かな?」

 

 「もちろん、俺の許可得ずそんなこと連呼するやつは…

 

 …手足引き千切って肥溜めに沈めてやるぞ、ゴラァ!!」

 

 「ただの嫉妬じゃないですかっ!」

 

 「わーい!」

 

 「か、香織、あなたそれでいいの…?」

 

 「…ん、わかった。もう平気。

 

 ハジメが嫉妬。私に嫉妬。香織じゃなく。嬉しい。」

 

 「あー、まあこればっかりは感情を抑えられなくて……ユエの暗闇での苦しみを知ってたから余計に、な。」

 

 「ん。私こそごめんなさい。無様を見せた。」

 

 今も周囲では『神の使徒』こと戦天使と魔物が消滅させられている超戦場であるにもかかわらず、どこでも甘い空気を出せる連中であるー「これが、リアルハーレムの中心なのね…と約一名は呆れかえった。

 

 「…せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか。」

 

 水を差すように、崩れかけのオブジェとなったアルヴヘイトが言う。その傷口は修復するそばから崩れ、煙を発していた。劣化ウラン弾の焼夷効果で延焼しつつ、ウランの放射線汚染と魔法による再生で傷口が急速にガン化している。

 

 「面目立て直す前に腫瘍人間になりそうね。」

 

 一石が、杖の宝物庫の放射線源を放り込もうと杖を振りかぶり、小さな銀色のかけらが空を舞いー

 

 カン。

 

 ーかけらは、空中に突然現れた光の柱によって弾き落とされた。

 

 「なんだ、あれは…?」

 

 ハジメが、首をひねりながら、銃弾を撃ち込むーが、それもまた、弾かれる。

 

 そして、一石光は、誰にも聞かれないように小さくつぶやいた。

 

 「来たわね…やっと…エヒト!」




 そして、事態は回転していきます。


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33 「エヒトルジュエに対する万象の存在証明」

―*―

 

 光の柱は、移動し、ユエを包む。

 

 情報という観点から見れば、それは、巨大な、そして異常な、「反映する物を持たない情報」が、ユエの構成情報にアクセスし、ユエを実体にしようとする状態だった。

 

 ここにおいて一石が「インフラトン場全否定」を用いれば、物質世界に露出したインフラトンは相転移を起こし、それなりのエネルギーを対価にエヒトの情報をエントロピーを無視し消失させたかもしれないーが、彼女はそれをせず。

 

 そして、ユエが、手刀で、ハジメと香織の胴を貫く。

 

 「さて…

 

 …貴様らも問題だが、まずは、アンチテーゼ、貴様は知り過ぎた。」

 

 「ユ、エ…」

 

 「エヒト…なのか…」

 

 ドタっと、ハジメと香織が崩れ落ちる。

 

 「エヒトの名において命ずるー『動くな』」

 

 そして、その場にいた全員が、ユエの、否、エヒトの、たった一言によって、口を開こうとしたまま硬直させられた。

 

 「なかなか興味深いやつだったが、しかし、好奇心は猫をも殺すのだぞ?世界をゆるがせにしたのはやり過ぎたな。

 

 エヒトの名において命ずるー『ここで死ね』」

 

 一石は、右手に握ったゴクの銃口を右のこめかみに突き付けー

 

 ー引き金を引いた。

 

 左のこめかみから、脳漿と血液が醜く飛び散った。

 

 「ふむ、あっけない。もう少し手ごたえがあるかと思ったが。」

 

 誰もが、言葉もない。

 

 「こんなやつらに油断のしすぎだ、アルヴヘイト。」

 

 もはやぶよぶよのかたまりでしかないアルヴヘイトが、ユエの手をかざされ、もとの美丈夫へ戻っていく。

 

 「め、めっぞもごさせ。このよなじったいをびせてしまい、ゴホ、見せてしまい、申し訳ありませんでした、我が主。」

 

 「よい。久しぶりの戦闘であったからな。それに、イレギュラーやアンチテーゼの力も異常だ。仕方のないことと割り切ろうではないか。」

 

 「寛大なご配慮、心より感謝申し上げます!」

 

 「おや、健気なことだな。

 

 もう一度、エヒトの名において命ずるー『動くな』」

 

 檻の中から攻撃を加えようとしていた清水の目が、血走ったモノからヘビににらまれたカエルのそれになったまま、硬直させられた。

 

―*―

 

 ー再起動。

 

 「やはり、ユエの天職『神子』と、封印された意味は、エヒトの依り代だったのですね。」

 

 「何?

 

 アンチテーゼ、死にぞこなったか。」

 

 そう、死にぞこないました。それも、再び。

 

 「『生成』」

 

 「貴様、何をした?」

 

 「私の目的が、最初から、『神格との直接交渉権』であったこと、皆さんお忘れのようでしたが。」

 

 「なっ、一石お前やっぱり裏切ったのか!」

 

 「天乃河君、だから私はあなたに『すべて滅茶苦茶にした』と言われた時、これからそうすると確信したうえで、否定しなかったのですよ?」

 

 まあ、エヒトの御業を前に口を動かせるとは、そうとうな正義感がまだ生きているのですね。

 

 「エヒト神が下りるとしたらユエ。その条件は、アルヴヘイトと使徒が蹂躙され、盤上がひっくり返された時。

 

 そしてあなたは、その通り、今ここに現れました。」

 

 あ、南雲君と香織が、にらみ殺そうとしてきています。…すべて読んでいてその上であえて踊らされてきたのですから、裏切りと取られても当たり前でしょうね。

 

 「ほう。そして、死ぬ瞬間に読み込んでおいた使徒の人格で再生魔法を行使したわけか。

 

 だが、貴様に話すことなど何もない。この世界は我の世界であり、貴様の世界ではないのだからな。

 

 そして、貴様らが来た世界も、今にそうなる。」

 

 おもちゃを見つけた子供の目…

 

 くふっ。

 

 「ユエの身体で、物質世界への干渉権を得て、トータスの次は地球で遊ぼう、と?」

 

 「その通りだ。だが、アンチテーゼ、ここで排除される貴様には阻めまい。」

 

 「ええ。

 

 確かに、あなたの行動は阻めないですけど。

 

 でも、あなたも、私の要求を拒めません。」

 

 「大した自信だ。しかしそれもこれまで。

 

 エヒトの名におい」

 

 「時に、『ストレンジレット』というものを、知っていますか?」

 

 「なんだそれは?」

 

 「先ほど、生成魔法で作り出し、この空間のどこかに存在させている素粒子です。

 

 サイズはたった5,6フェムトメートル。

 

 わかりますか?もし、私が死んだら、1プランク時間5.391×10の-44乗秒以内にトンネル効果を起こし、存在位置があっという間にシュレディンガー方程式的未確定になるサイズです。

 

 あなたが私を殺すか、要求を呑まないか、あるいは自我を奪うかした瞬間に、私が観測により位置情報を確定させている1素粒子は、デッドマンスイッチ的に解放され、もう誰にも捕捉できなくなります。」

 

 「それが、どうした?」

 

 「ストレンジレットの別名、御存じでないでしょうね。

 

 『終末粒子』…ストレンジレットは、アップクォークとダウンクォークだけの原子核よりも安定な、ストレンジクォークを含む粒子体にして、触れた通常の物質をストレンジレットに転換する触媒になる物質なのですよ。」

 

 あ…さすが神格。みんなポカンとしているのに、慌てましたね。

 

 「私がコントロールを失わせた瞬間、ストレンジレットは運動し、衝突したすべての物質をストレンジレットに転換させながらエネルギーを発生させ、最終的には、トータスの全ての原子核が転換され、トータスは熱いストレンジ物質の塊へと変貌します。

 

 あなたが別の世界に言ったにしても、そのゲートは空気に混入したストレンジレットが向こうへ転移することを防げません。」

 

 例え何らかの防壁を施したところで、トンネル効果ー素粒子は小さければ小さいほど同じエネルギー準位であれば障壁をすり抜ける可能性があります。ゲートにおいてストレンジレットのトンネル効果転移が全く起きない確率が有意にあるなら、トンネル効果利用の量子コンピューターなんか誰も考えないでしょう。

 

 今でこそ、量子テレポーテーションによりストレンジレットの位置を固定していますが…

 

 「残念ながらすでに、私の要求を断った場合、あなたの逃げ道は、数秒で真っ赤な巨大粒子に変わる世界しかないのですよ?

 

 さあ、すべてが意味を失くした後で後悔するか、物事に意味を見出せるうちに要求をすべて呑むか、好きな方を選んでください。」

 

 「…よかろう。要求を聞こう。」

 

 よし。

 

 「私は、ただ、知りたいのです!

 

 この世界の真理!

 

 我らが万象の理論!

 

 では!如何なる理由がそれらを定め!そして、我らを用意したのか!

 

 ですからー

 

 ーあなたが知るすべてを、私に教えて下さい。」

 

 「すでに、知り過ぎだ。『神言』の正体にまで気づいた貴様に、これ以上のことを」

 

 「知ることができるのなら、この命、対価に捧げても構いません。」

 

 「…ふむ。

 

 アルヴヘイト、イレギュラーを代わりに始末せよ。

 

 我は、この小娘にいろいろと教えつつ、魂をこの身体に固定し、再び舞い戻ろうぞ。」

 

 「は、はっ!お任せください!」

 

 「では、行こうか。ついて来い。

 

 …その、ストレンジレットとやらは、神域からでもコントロールできるのか?」

 

 「もちろん。すべてを教えてもらった暁には、励起ハイペロン核子にして核崩壊させますので。」

 

 重力魔法で消去する手もあったけど、ブラックホールの情報エントロピー問題ってことでホログラフィックな情報次元的に残るんですよね…まあいくらでも手はあるし。

 

 「はい、参りましょう。」

 

 知の巨人の、肩の上へ。




 アンチテーゼ:「魔法」という体系そのものへのアンチテーゼ的存在です。

 このエヒトへの自爆的脅迫展開は、割と最初の方から「こうしたいな」と思ってきました。だからこそここにたどり着いてくれてうれしいです。

 ストレンジレットに「終末粒子」なんてあだ名はないです。すべての物質を膨大な熱エネルギーを放出しながらストレンジレットに変え、しかも反物質と違って全量が増えていくと聞けば危険極まりますが、実際には重力の作用を受けるので、他の星に飛び散ることはあまりないでしょう(もっとも地球をサッカーコート並みに縮めることはできますが)。一方でインフレーション前に宇宙を満たしたインフラトンは正真正銘の「創世粒子」ですが、最近の日本人は外国用語をカタカナ語で受容するのでそんなかっこいい名前では呼ばれません。

 一石がエヒトを脅し、これで逆転ーと思ったハジメたちの如何に絶望したことか。しかし彼女は、まったく違うモノを見ていてー

 ー次回、あらゆる真実が明かされる!


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34 「ヒカリ・ヒトツイシの超統一理論」

 ※すみません。感想への返信にメッセージ返信を行ってくださった方がいらっしゃいますが、そちらの設定がお気に入りユーザーからのみメッセージを受け付けているようで返信を送信できませんでした。


―*―

 

 「神域」。

 

 それは、創世神ともいわれるエヒトが、普段いるとされる空間である。

 

 その正体は、トータス宇宙の子宇宙的な空間であるーインフレーションがきれいに終わらなかったトータス宇宙では、インフレーションの際に生成された子宇宙との情報的連絡が、絶たれてはいなかった。

 

 そして、そんな空間の中で、一石光は目を覚ました。

 

 「よくやるね、ボク、びっくりだよ。」

 

 中村恵理に、顔を覗き込まれながら。

 

 「光輝くん以外はゴミクズだと思ってたけど、撤回するよ。

 

 まったく、すごいゴミクズだね。」

 

 「お褒めの言葉をありがとう。

 

 ところで、ちょっと具合がおかしいんだけど」

 

 「ああ、使徒の人格だけ神域についてきたら危ないって、人格を融合させたらしいよ?難しくてよくわからなかったけど。」

 

 「簡単に言えば、二重人格が、キャラの使い分けになったってことね。

 

 ああ、ところで中村恵理。」

 

 「何?まだ、ボクの邪魔を?」

 

 「いいえ。むしろ逆よ。

 

 私は、あるべきものをあるべき場所に戻して、あまねく人に幸せになってもらえるなら、そっちの方がいいの。もちろん、わざわざボランティアするかは検討の余地だけど。」

 

 「…はっきり言って。」

 

 「わかったわ。

 

 今すぐ、荷物をまとめて地球に帰れる準備をしなさい。

 

 あなたのたった一つの宝物は、すでに、あなたをたった一つ最後に残された宝物だと気づいているから。」

 

 「え…?」

 

 「神の使徒に会っているのなら、あなたなりに、天乃河君を守る意図があったんでしょ?」

 

 「それは…まあ…どう見たって光輝くんがボクと生き残れそうになかったし…」

 

 「命がけでここまで守り抜いてきたものがあるのなら、しょせん似た者同士、命がけで守り抜いてもらえるわよ。

 

 じゃあ。」

 

 「…一石…」

 

―*―

 

 「それで、あなたは何を見せてくれるの?」

 

 極彩色。まともじゃないこの世界で、すでに私自身の存在もおそらくは怪しいでしょう。

 

 では、リスクをそれぞれが負って、何を見せてくれるのかしら?

 

 「そうだな…

 

 しかし、貴様らの世界は我がトータスよりも上位の世界なのだ。その上で、面白いことを語れるとは思わんぞ。」

 

 「なるほど、エネルギー準位が違うのね。

 

 でも、きっとそれは、叡智の蓄積には関係ないと思うわ。

 

 できれば、頭の中を全部見せてくれると助かるんだけど。」

 

 「それは困るのでな…よし、それじゃあ、こうしよう。」

 

 ユエーの姿をしたエヒトは、私の額に手を触れた。

 

 変成魔法にもさらに勝る知識量が、私の脳内に入ってくるのがわかる。…ああ、知識欲が満たされるわ…

 

 …

 

 …

 

 「そういうこと。」

 

 「これで、全て知ったか?」

 

 「いえ、ちょっと、2,3、考えることがあるわ。」

 

 …この世界は、誰かの観測によって存在を立証されている。

 

 この世界の法則は、つまるところ、その誰かの都合によって存在する。

 

 それは、その「誰か」が知る法則、もっと言えば、その誰かの世界の法則が同じだからであり、そして私たちの思考回路がその誰かの模倣であるからだと考えていた。

 

 では、なぜ、この世界の法則はかくのごとくで、この世界は存在するのか。

 

 エヒト、否、エヒトルジュエの魔法の知識は、すべて、私のインフラトン理論と創造現実化世界理論に沿っている。

 

 それはいい。

 

 それとは別のー

 

 ーこの世界の、記憶。

 

 あまりにも、出来過ぎていて、それでいて、スキがなく。

 

 エヒトに関する歴史をたどる限り。

 

 そして、何よりも。

 

 欠けた情報が、多すぎる。

 

 エヒトは、確かに人間だった。

 

 人間が、ある日天から知識を与えられ、ついに、神と呼ばれるべき権能を得て引きこもる情報体にまで昇格し、そしてついに依り代を得た、それだけのものだった。

 

 では、どこから知識は降ってきたのか?

 

 思い付き。

 

 そう、思弁を重ねたわけではなく、思い付きだった。

 

 「屈辱だと思うけど。

 

 エヒト、再生魔法とかなんやかんやで、情報次元の、あなたが神格に至ったまでのログの確認をさせてもらえる?」

 

 「ぐぬぬ…わかった。」

 

 前にもまして膨大な…これ、物理脳だったら最大収容ビット数上回って脳波がピー言いそうね…

 

 …

 

 …

 

 …情報は、みだりに増えることがない。

 

 情報エントロピーの問題を持ち出すまでもないが、ブラックホール情報パラドクス問題を持ち出すまでもなく、量子状態に関する情報は増えることはなく、常にある情報によって次の情報へ変化していく。

 

 量子情報、空間情報とはそういうもので、それを裏打ちするのがインフラトンだったはず。

 

 別の世界から情報を持ち込んだ私たちの転移はともかく。

 

 エヒトが神格に至るまでに、情報の量が増加し、因果律が完全に破綻している。

 

 ー無から有が生まれるはずがない。

 

 唯一、外部の観測者がこの情報を、書き加えた。

 

 なんのために?

 

 …やはり、理論的に説明するには、この世界は少々の問題がある。

 

 それならば、それは、外部観測者の都合。

 

 では、なぜ?

 

 これではまるで、エヒトの興亡のみにしかこの世界の意味がないかのような…

 

 あ。

 

 もしかして。

 

 これだけの情報があれば、この世界を、わけても私たちが転移する情報を創造した観測者の思考を、模倣することができる。

 

 「どうしたのだ、アンチテーゼ。」

 

 そして、その目的を、逆説的にたどることすら。

 

 「アンチテーゼ、ね。

 

 …そうね、私って、もともとは『魔法と言う、万物の理論によって説明できない現象』への、アンチテーゼだったのよね。」

 

 ーそうか、そういうことか。

 

 これが、天啓。

 

 「何に気づいたか知らんが、気は済んだか?」

 

 …しかも、観測者の思考回路は、まったく違うモノがいくつも想定される。二重人格じゃないとすれば、南雲君の言っていた通り。

 

 「ええ。」

 

 パチン。

 

 「今、ストレンジレットも崩壊させたわ。

 

 もう、私は、万象の訳を知った。」

 

 「では、消えてもらおう、アンチテーゼ。

 

 エヒトルジュエの名において命ずるー『消滅せよ』」

 

 終わり、なのね…もう。

 

 私は、終わりになる、べきなのね。




 エヒトくんったらサービス精神旺盛。「どうせ殺すし余興」くらいのつもりでしょうね。

 さて、すでに、一石光が気が付いたことについて、気が付かれた方もいるかと存じます(章タイトルが大きなヒントか?)。

 そして、物語は原作を逸脱し、クライマックスへ!


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35 「エリ・ナカムラの生きる意義の証明」

 ※舞台裏では、原作通り、ハジメがぶちぎれています。


―*―

 

 エヒトは、己の演出する舞台であるからこそ、神山に現れて、世界を完全に破壊するだろうー

 

 ー概念魔法「我、汝の絶対なる死を望む」によってハジメと香織に殺される寸前、アルヴヘイトはそう言い残した。

 

 だから、ハジメは、決意した。

 

 ユエをさらったエヒトを殺してユエを奪い返し、ついでに、一石光も、中村恵理ともどもぶっ殺す。

 

 そのために、まずは手始めに、先陣きって現れるだろう無数の「神の使徒」をどうにかしなくてはいけない。

 

 神山を標的として、3つの、真円形の金属リングが錬成で形成された。その構造たるや、オルクス大迷宮とライセン大迷宮を利用した周長100キロに及ぶバケモノである。

 

 これに、概念魔法を付与。用いた「究極の意思」は「我、敵を害するまで止まることを許さず」ーなんともはや、つまり、概念魔法によって駆動する円形加速器である。

 

 通常、粒子加速器は誰かを傷つけたりはしない。しかし、概念魔法駆動ともなると桁の10や20は飛び超え、魔力伝播場そのものを(LHC加速器がヒッグス場からヒッグス粒子を叩き出したように)物理的にぶち壊して魔力伝播子を移動させる、つまり、物理的に、何もなさそうな空間を膨大な魔力で爆発させるだけの超常的な粒子ビームを生み出すことができるーと、一石光が、計算式や設計図と共に書き残していた。

 

 他にやり方もあったろうに、こんなふざけきったものをわざわざ用意したのは、つまり、その理論を実証させてやろうという意趣返しにほかならない(もちろん、エヒトが最初に出てきたとしても、加速器の超エネルギービームはユエのいる空間から魔力を叩き出す=エヒトをユエからたたき出すことができる)。

 

 今の一石光ならば、言っただろうー「その出力は、理論的な許容限界を超えている。それほどのビームは、インフラトンを破壊することで、情報そのものを崩壊、消滅させる、いわば『局所的ビッグクランチ』によって『局所的な宇宙終焉』を引き起こさせる最悪の量子兵器だ」と。

 

 因果律的に本来起りえない「情報の消滅」を、引き起こしてしまう、概念魔法を悪用した超常兵器。そのスイッチがまだ入っていないのは、誰にとっても、幸運だった。

 

 神山上空に、ポンと、虚空から放り出されたように、灰色の翼を備えた少女が、何かを抱えるように舞い降りた。

 

―*―

 

 「エリリン…」

 

 「恵理…」

 

 「ユエ…」

 

 「ユエちゃん…恵理…」

 

 「ユエさん…」

 

 「ユエ…」

 

 「恵理、ユエ…」

 

 丸くなって寝ているように見えるユエと、そして、それを抱き灰翼を震わす中村恵理。

 

 本来は、駆け付けた誰しもが言うべきことがあったのだが、わけのわからない状況にセリフを絶した。

 

 こういう時、ある程度離れた者がいると一番助かるー誰が、坂上龍太郎に感謝する日が来ると思おうか?

 

 パンパン!

 

 「なあ、とりあえず、何が何だかわかんねえ。

 

 で、誰をぶん殴ればいい?」

 

 「「「「「「「バカ?」」」」」」」

 

 「何でだ…あ、バカだからか!?」

 

 自分で納得するのかよーと誰もが思いながら、研鑽の日々は無駄ではなく、一気に全員が動いた。

 

 ハジメが義眼でユエをにらんで一気にジャンプ、ユエを奪い取って30メートルほど先に着地し、香織が銃口を中村に向け、龍化したティオの上にシアが飛び乗って中村の上でドリュッケンを構える。そして、谷口は中村を覆う結界を作り、天乃河は、聖剣の腹で香織の銃口をふさいでいた。

 

 「天乃河、殺すよ?」

 

 「香織…言いたくないが、恵理をも俺から奪うなら、もう、容赦はしないぞ。」

 

 「え…光輝くん?」

 

 「ああ。恵理の…

 

 …お前の、勇者だよっ!」

 

 聖剣が、ハジメ謹製の銃をひん曲げた。

 

 「なっ!」

 

 香織が、困惑しながら飛びのき、中村は、天乃河の背中にしがみつく。

 

 「光輝くぅん…」

 

 「何よこの状況っ!」

 

 どっちについてどうすればいいのかわからなくなっていた雫が叫ぶー「説明しなさいっ!」と。どうやら彼女の苦労人気質は終わりが見えない。

 

 「…雫の言うとおりだ。説明してもらおうか。」

 

 無茶苦茶な威圧を放ちつつ、ハジメが言った、否、命令した。

 

 「まず、ユエに憑いてた、クソ神はどうなった?寝てるだけでユエのどこにも見当たらないんだが。」

 

 「…殺されたよ。一石にね。」

 

 「「「「「「「「「はい!?」」」」」」」」」

 

 中村とユエを見た時に倍する衝撃が、彼らを襲った。

 

―*―

 

 「王都のアレが終わってから、ボクはずっと、エヒトのところにいた。

 

 だけど、そんなボクでもわかる。

 

 あれは、圧倒的すぎた…」

 

 ゴミクズだなんてとんでもない。

 

 ボクが敵に回していいナンカじゃなかった。

 

―*―

 

 「では、消えてもらおう、アンチテーゼ。

 

  エヒトルジュエの名において命ずるー『消滅せよ』

 

 ふ、消えたか…あっけない。

 

 …ん!?」

 

 ズ!

 

 世界が揺らぐ、音がした。

 

 そして、つかの間、エヒトと中村は、何もかもが0と1に還元されて消えていくのを幻視しー

 

 ー気づけば、一石はちゃんと、そこにいた。

 

 「バカな!?

 

 『消滅せよ!』『消滅せよ!』『消滅せよ!』なぜ消えない!」

 

 「…私の世界の軸は、私しか、ありえないから?」

 

 例えば、「太陽がない世界」を仮定する。

 

 それは、「太陽がある世界」から見れば、世迷言、戯言に過ぎない。

 

 ならば、「1秒後に太陽がある世界」から見ても、「今、太陽がない世界」は戯言に過ぎない。

 

 「生成魔法で作り出したの、ストレンジレット1粒子だけじゃないのよ。

 

 あなた、うかつにもその間、神域との間を開けていたでしょう?

 

 だから、その間に。

 

 神域に、膨大な超光速子タキオンを生成した。」

 

 「タ、タキオン?」

 

 「タキオンは、相対性理論的に、未来から過去にさかのぼる、虚数質量の粒子よ。」

 

 「遡時、だと…バカな!そんなことができるはず!」

 

 「だって相対性理論を十分に理解していないと、タキオンをイメージすることは不可能だし、そもそも計算式の上の存在を実体化するなんてねえ…

 

 …現に、あなたには、遡時粒子なんて想像できないし、だから創造できない。私には数式と生成魔法で創ることはできるけどあなたはそれを知らない。

 

 もちろん、虚数質量物質なんて地球でもトータスでも存在しえない計算上のあやだけど、ここは神域、自由度は無限大!

 

 私はね?

 

 タキオン粒子で1秒後の自分の構成情報を常にバックアップさせてるの。

 

 …1秒後の存在する私にとって、今消滅した私は、戯言に過ぎない。」

 

 「では『1秒後に消滅せよ』

 

 …なぜだっ!」

 

 「タキオンがどういうものかわかってないのに、タキオンの私の消滅をイメージできるわけないでしょ?

 

 だから、1秒後の私によって私の存在が保証される限り私の消滅は戯言に過ぎず、1秒後にタキオンが生成された時点で、『私が消滅した世界』のみが消滅する。

 

 シュレディンガー的に言えば、箱の中から出して1時間後にネコが生きていることが確定しているのに、箱を開けたらネコが死んでいた世界は、存在できないのよ。」

 

 「それでは、我は貴様を倒せんではないか!」

 

 イメージできない、すなわち概念を作用させられない未来の何かによって存在情報を裏打ちされ、上書きされる一石光。つまり「人を殺してみたら未来からそいつが来て『未来で生きてるのに死んだわけないだろうに』と言うとともにその人が死んだ世界線がなくなっていた」というジョークのような事態である。

 

 「さて、と。

 

 ずいぶん、いいようにしてくれたわね。

 

 『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』。

 

 だから私は、ネコがいる箱のふたを開けて、ユエが偶然にも解放された世界を選ぶわ。」

 

 主体に観測されない世界は、ないも同じ。

 

 エヒトの「神言」も、突き詰めればコレだ。しかし、一石光のそれは究極的である。

 

 「なっ、ただの人間ごときに、我の存在に干渉することができるだと!?」

 

 ユエから、白光でできた人型実体が分離し、その過程で幾度も神域が「エヒトが望む世界」の観測的存在否定をかまされて鳴動する。

 

 「それができちゃうのよ。困ったわね。

 

 …ホント、困ったわね。」

 

 エヒトはいよいよ震え、無数の魔法が光の濁流となり一石を襲うーが、「未来に自分が存在すること」が存在の証明である存在に攻撃をしたところで「たまたますべての攻撃が無効・失敗・外れである世界」以外は戯言でしかない。

 

 「や、止めろ!止めろ!このエヒトルジュエが止めろと言っている!言うことを聞け!止めろと言っているのだ!」

 

 ビクビク震えるエヒト。

 

 「中村さん、ユエを地上へ。

 

 贖罪しろなんて、どうせ誰も言えやしないわよ。誰もが等しく血と反吐と肉片と灰の上に立っているのだから。」

 

 「う、うん…」

 

 「絶対、殺されるんじゃないわよ。

 

 本来、正史では、原作では幸せになれなかったあなたを生かせるとしたら、それが私の、たった一つの存在理由なんだから!」

 

―*―

 

 「そうして、ボクは必死に、神域から飛び出したんだ。ユエを抱えてね。

 

 …後ろで、エヒトの断末魔が聞こえたよ。

 

 『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、アンチテーゼ』って叫びながら、最後には『ありえない!こんな結末、認めてなるか!』って言ってね。

 

 怖すぎて、一目散で逃げてきた。

 

 …あれは、世界を滅ぼす目だったよ…」

 

 「…光ちゃんが、世界を滅ぼす?」

 

 「うん…

 

 …香織。

 

 エヒトが、最後に一石さんに知識を与えた後。

 

 一石さんの目は、鏡で見たどんなボクの目より、ヤバかった。」

 

 狂いきってた。あれは、あの目は、消される…

 

 「愛情と、冷静で冷酷な気狂い。

 

 ボクにはどうにもできない…だから、せめて最期の日は、一石さんが望んだとおり、ボクの王子様の傍にいたい…」

 

 「ん…

 

 …私も、見てた。

 

 アレは、ダメ…」

 

 「ユエ、大丈夫なのか!?」

 

 「ん、大丈夫…

 

 …ヒカリは、全部、壊すつもりだと思う…

 

 私は、絶対、ハジメとの未来を壊されたくない。だから…」

 

 「ああ。」

 

 「私も。」

 

 「ぶっ飛ばす相手が変わっただけですぅ!」

 

 「少々予定変更じゃの。」

 

 「私も、いいわよね?」

 

 「恵理は、必ず守る。もう一石に奪わせてたまるか!」

 

 「いっちょやってやるかあ!」

 

 「クソ神を倒しても世界を壊されちゃうんじゃあね。

 

 ミレディちゃんも加勢するよ!」

 

 …バ、バカなの、このゴミども…

 

 「ほら、エリリン♪

 

 思ってたのと違うけど。

 

 エリリンも。」

 

 そっか、みんな…

 

 「ボクも、いいのかい?」

 

 「そのために、鈴はここまで来たんだよ。」

 

 はは…

 

 …光輝くんとボクの世界、そして愉快なサブキャラクターたち!

 

 もうちょっと、頑張ってみるか!




 ハジメ作加速器、通称:「空間魔力を空間から叩き出し機」。

 一石光の能力は、世界の可能性そのものの否定です。ートンネル効果により、同じ準位にあるならば障壁を飛び超える可能性があります。コップの中の陽子は同じエネルギーだけ存在に要するコップの外へすり抜けるかもしれません。しかし質量が大きいほどその確率は低くなり、人間が扉の外へすり抜ける/エヒトがユエから分離するには宇宙を何回リセットしても足りないほどの試行回数が必要でしょう。しかし、そうならない世界の存在が観測されなくなっては、もはや、そうなるしかないのです。

 かくて一石光は、無意識による束縛を乗り越え、世界を思い通りに想像で創造する力を得ました。

 -最終決戦です(オリヒロをラスボスにする2次創作者なんてハーメルンでも珍しいかもですね)。


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36 「真理は1ページごとに希望を否定し万象を肯定する」

 今や、エヒトルジュエは死んだ。

 新たな神域で、最後の戦いが始まる。


―*―

 

 「来るぞ」

 

 日の出とともに明るくなり始めた世界が、急速に、赤黒くなった。

 

 神山の上空に、黒よりもなお黒い黒が現出する。

 

 アインシュタイン=ローゼンの橋。事象の地平面であり、宇宙と子宇宙を物理法則にのっとってつなぐワームホール。その両端はブラックホールであり、光が吸い込まれ波長がゆがみ空間すらもねじ曲がって鳴動する。

 

 空に、真円形の暗黒が姿を現し、そこから光の柱=ホーキング輻射が神山を照らし、ブラックホール情報パラドクスを解決するカタチで、ホーキング輻射に含まれる神の使徒の情報が再生され、物質となって次々に顕現する。

 

 「一石、使徒も使うのか…手段を選んでねえな。

 

 さて。

 

 存分に食らって逝け。」

 

 その一言とともに、神山を標的としていた加速器の1つが、ほぼ光速の陽子ビーム数京個を発射した。

 

 あるソ連科学者が誤って加速器の陽子ビームを頭に直撃させてしまった時、針路上の脳組織は焼け、千個の太陽よりなお明るい光を見たという(もっとも被曝範囲が細かったので彼は今もなお生きている)。加速器のビームが直撃するとはそういうことで、しかも使徒たちが浴びたそれは不幸なソ連人とは桁が違う。

 

 無数の神の使徒は、存在を裏打ちする構成情報をインフラトン場からたたき出され、あわれ、消滅させられた。空間が白熱し、膨大な魔力がバーストする。

 

 直後、黒い穴が、収縮し、虹色の光の輪を形作る。

 

 カー・ホワイトホール。その輪の内側は、事象の地平面ではなく露出特異点を形成し、さらにカー・ブラックホールと異なり計算上の解でしかないホワイトホールの概念は破綻なく質量体が通過することを可能にする(単純に、別宇宙への出入り口がこのカタチを取りえただけである。これがエヒトなら扉だったりしたかもしれないが、新たな神域の主は変なこだわりがあった)。

 

 説明されずとも、それが「神域」にいまや唯一君臨する「無神論者」へたどり着く路であろうと誰もが理解した。

 

 ハジメが飛び立とうとしたとき、清水幸利が、ハジメを呼び止めた。

 

 「南雲。

 

 一石をぶん殴る役目、俺にさせてもらえないか?」

 

 「なんでだ?」

 

 「…俺は、ウルで言われたんだ。

 

 『次私がやらかした時は、いっしょに撃たれるのではなく、撃ちなさい。そうでなければ、ロクでもないことをする。』って。

 

 俺は、はじめて才能を認めてくれた一石が、好きだ。だから、あいつとの約束は、果たしたい。」

 

 「はあ…

 

 …行って来い。でも、待たないからな。」

 

 「ああ、ありがとう、南雲!」

 

 「ティオ、乗せて行ってやれ!」

 

 「合点承知!」

 

 かつて、自分を洗脳した清水を乗せて。

 

 黒龍となったティオが飛び立とうとしたとき、園部が、天乃河と中村が、飛び乗った。

 

 「あたしも、このままにしておけないから。」

 

 「一度はアイツに勝たせろ。」

 

 「勝てるか勝てないかじゃなくて、ボクの気が収まらないんだよね。」

 

 誰もが、何らかの形で一石光に救われている者どうし。

 

 使徒が存在を消滅させられていく粒子ビームが奔る中で、黒龍は宙へと駆けあがっていった。

 

―*―

 

 せっかく、破綻のない理論上存在を持ち出したって言うのに、南雲君より先に来てしまうなんて。

 

 …でもまあ、謝っておかないといけないし。

 

 せめて、私が存在する意味を確定させてからでも、世界を滅ぼすには遅くない。

 

 しょせん、自己満足に過ぎないこんな結末なら、それも悪くない。

 

 ハロー、マイ、ワールド!

 

―*―

 

 距離感を喪失した、まったく真っ白な空間。

 

 本来はエヒトルジュエの認めた者しか通れないのだろう扉も、開け放たれている。それどころか、外部では無為に消滅と発生を繰り返す使徒の姿もなく、神域は完全に空っぽであるー新たな主の意図が透けて見える。

 

 「いらっしゃい、みんな。

 

 まさか、旅の行く末がこんな場末とは、最初にトータスに到着した時は思わなかったわよね?

 

 私はそう、希望に、満ち溢れていたわ。」

 

 後ろから、一石光の声がする。

 

 「希望に?」

 

 びっくりして、園部優花は聞き返した。

 

 「そう。

 

 あの頃の私が聞いたら否定するでしょうけどね。

 

 ステータスプレートがこんなになってしまった私からすれば、言うことはないわ。」

 

 一石光は、ステータスプレートを、白亜の玉座の上から投げた。

 

 一石 光 17歳 女 レベル:??? ランク:金

 

  天職:無神論者

 

  筋力:可変

 

  体力:可変

 

  耐性:可変

 

  敏捷:可変

 

  魔力:可変

 

  魔耐:可変

 

  技能:思考最適化[+並列思考処理][+瞬考][+超速演算]・超視力[+精密座標把握]・余剰意識領域活用[+他者思考模倣]・真理の確信[+想像の現実化]・言語理解

 

 「おいおいおい…『想像の現実化』ってなんだよ…」

 

 「もちろん、私の無意識が許す範囲の話ではあるけれど、その中で、意識によって世界を回転させる技能よ。概念魔法のさらに上にある何かね。」

 

 これはまったくふざけ切っている、勝てないわけだ、と、天乃河光輝は納得せざるを得なかった。

 

 中村恵理は、言われたとおりにユエを連れて神域から逃げた過去の自分を褒めた。

 

 「あの頃の私は、万象の真理を解き明かし、世界の存在理由にたどり着くことを、人類の至上命題と疑わなかったし、使命感に燃えていたし、他の世界の理を知って干渉できるエヒトという存在が私にさらなる叡智を加え、すべてが明らかになる大きなヒントが得られると信じて疑わなかった。

 

 だけど。

 

 まず、この世界の存在は、誰かの観測によって成立することがわかって。

 

 その誰かに納得しやすいから世界がこのようなカタチであることがわかって。

 

 その誰かの思考を模倣してみた時の、私の絶望は、きっと、誰にも分らないと思うの。

 

 観測者は、2人いた。

 

 まず初めに1つの世界が存在を保証された。それは、『南雲ハジメらの1クラスが異世界に召喚され、悪神から世界を救う』世界。

 

 そして、そこへ、もう一人の観測者が、私と言う異質な存在を加えた。

 

 何を考えて、2人の観測者は、それぞれ、そんな世界を存在たらしめようとしたのか。

 

 この世界の存在と、エヒトを巡る次第から、『他者思考模倣』で解析した。」

 

 「それで、どうだったのさ。」

 

 「…清水君、あなた、オタクよね?」

 

 「あ、ああ…なんで?」

 

 「『2次創作』って、知ってる?」

 

 「もちろん。それがどうし…

 

 …あ、ああ!まさか!くそおぉっ!!」

 

 清水が、絶叫しながら、膝をついた。

 

 「し、清水?どうしたんだ?

 

 おい、一石、お前、清水に何を」

 

 「天乃河、違う、違うんだ。

 

 2次創作ってのはな。

 

 『アニメとかラノベとかの作品に、設定を加えたりして、改変する事』なんだよっ!」

 

 その一言で、全員に平等に、衝撃が走った。

 

 「ボクたちが、創作…?」

 

 「嘘だろ、おい!」

 

 「あたし…あたし!」

 

 ひとしきり落ち着いたのを見て、やっと一石は、再び口を開く。

 

 「別に、この世界が誰かの創作であることそれ自体は、まだ『水槽の脳』でないだけマシよ。創作する世界と創作された世界を区別する方法があるわけでもなし。

 

 ただ、ね。

 

 最初にこの世界の存在を保証した観測者の思考を模倣する限り。

 

 この世界に本来私はおらず、本当ならば、内部的にこの世界を観測し保証するのは、主人公だった。

 

 でも、私は、思考実験的に、第二の観測者によって不当に加えられた。

 

 だから私は、この世界のエヒトと南雲君たちにまつわる本筋から第一観測者の思考を模倣することで、原作世界の様子を推察した。

 

 その結果、本来あるべき歴史は、第二観測者の『一石光という存在を加えたらどうなるのか』という思考実験で大きく歪められていたことが分かった。…実験を行った第二の観測者は、よほど陰惨か無邪気かどちらかね。

 

 そうして、私が加えられたことで、結果的には私は、本当は幸せであるべき人たちの幸せを奪ってしまった。

 

 例えば、ユエは本来、ハジメの一番になるはずだった。

 

 例えば、園部さんは南雲君を好きになれるはずだった。

 

 もちろん、代わりに、正史よりも幸せになれた人だって多い。少なくとも私は、私が幸福の総量を減らしたことはないと確信できるわ。

 

 でも、それでも。

 

 すべては、私がもたらした幸せを正当化してはくれない。

 

 すべては、私の存在を正当化してはくれない。

 

 すべては、私の世界の存在を、正当化してはくれない。

 

 私は確かに、私の世界を存在させ観測したことで、あるべき幸せを奪い、世界のカタチを歪めた。

 

 だから、私は、この世界を壊す。

 

 そうすれば、あるべき姿の世界だけが残るから。

 

 でも、私が私の世界を消すには、私はこの世界の観測を止め、『私が存在しない本来の世界』を観測しなくちゃいけない。観測者が自己の存在を否定することは因果上の矛盾だからできないの。もちろん、私が自殺しても、私が過去に存在した事実まではどうにもならないし。

 

 だから代わりに、私は、この証明に、私史上最後の実験を以て実証にすることにした。」

 

―*―

 

 2次観測者が、1人とは限らない。

 

 その仮定をもとに、私は情報次元へ探りを入れ、そして予想通り、無数の2次創作世界が情報次元では多方向ホログラフィック、同一存在に帰着する関係としてつながっていることを探知した。

 

 そのどの世界でも、『南雲ハジメ』は主人公で、ハーレムを築いていた。

 

 つまるところ、それらが、この世界の本来の存在意義で、真理だ。

 

 だとしたら、私がいる世界という絶望も、それらの情報を喪失することによって論理意義を失い、破綻する。

 

 「主人公を消滅させしめることで、この世界は、なかったことになる。

 

 そうすれば、あるべき世界へと再編され、あるべき幸せ、あるべき未来が守られる。

 

 私が成したいのは、まさにそれ。そのためにこそ、この歪んだ世界は滅ぼされるべき。

 

 でもね。

 

 本来。

 

 清水幸利、あなたは、ウルで死んだ。

 

 中村恵理、あなたは、神域で谷口鈴に敗北、消滅した。

 

 だから。

 

 正史では死ぬはずだったあなたたち2人を幸せの段階へと引き上げ、天乃河君、あなたに、最初から掌の中にあったのにつかめないでいた中村恵理という幸せをつかめさせられたのなら、それが唯一の、私の存在意義だったの。」

 

 「ま、待って!

 

 あたしにはよくわかんないけど、思いつめ過ぎなんじゃないの!?」

 

 「園部さん、その通りよ。

 

 でもね。

 

 思いつめてでも、世界はあるべき姿に戻されるべきだと、私は思う。だって、私は茶番の存在、本来あり得ない変数だから。

 

 清水君、あなたは私が好きみたいだし、本当は死んでたはずの人物でもあるから、ここに来るまでは手加減した。

 

 でも、この世界は、茶番の上にも茶番なの。

 

 だから私は、主人公を消し去ることで、この世界を消滅させて証明に変える。

 

 ごめんなさい。本当に、ごめんなさい。

 

 南雲君に教えて。

 

 無神論者である私が神の玉座から降りるため、撃たれに来てください…って。

 

 『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』。帰って、せめて最期のひと時に、平穏を。」




 これが、「私たちは、改変された物語にいる」が、一石光のたどり着いた「万象の真理」です。…察していた方も多いでしょう。そして法則の理由は「それが観測者に理解しやすい『脈絡』だから」です(決して、観測者の世界の法則だからではないです)。

 そんなメタフィクショナルな真理でいいのか、とあっけなく思った方も多いでしょうし、ガッカリされた方もいらっしゃるでしょう。それについては最終話で少し補足しますので、それをばどんでん返しと思っていただければ幸いです(ただ、ありふれ世界の「真理」について皆さん、ご存じでしたよね?)。


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37 「ならば万象、絶望のみと証明するに足るか?」

―*―

 

 「光ちゃんは、本当に、そう言ったの…?」

 

 「ああ…闇魔法で、記憶力を上げて聞いてたから、一言一句間違いない。

 

 アイツ、自分がオリ主だから、世界を変え過ぎたから、世界のほうを消し去ってチャラにするつもりなんだよ…くそっ、俺が、俺が、もう少し長くいて説得できれば!」

 

 「清水、一石はそんな、説得したくらいで揺らぎはしないぞ。」

 

 「じゃあ南雲!お前どうすんだよ!

 

 アイツは、一石さんは、自分がいちゃいけないと思ってるんだぞ!

 

 そんなこと、あっていいはずないのは、南雲だってわかってるだろ!

 

 アイツはアイツなりに、俺たちのために動いてくれた!少なくとも俺は、アイツのおかげで生きてる!

 

 そんなアイツが、『あるべき幸せを奪った』なんて言って、全部なかったことにして消えようなんて、いいわけないだろ!

 

 俺が生きたいから言ってるんじゃねえぞ、南雲!

 

 お前、本当に、それでいいのかよ!」

 

 「清水、ちょっと、黙ってろ!

 

 いいわけあるか!

 

 俺のところに、あんなステータスで香織を連れてきてくれたのは、誰だと思ってんだ!張っ倒すぞ!」

 

 「私も。

 

 光ちゃんがいなかったら、私は落ちなかったかもしれないけど。

 

 でも、私はこれで良かったと思ってるし、何より、光ちゃんがどう思ってるかなんてどうでもいい、私は、光ちゃんに消えてほしくない!友達だから!」

 

 「…香織にとって友達なら、私もね。

 

 概念魔法なんて持ってないけど、南雲君、私を連れて行って。」

 

 「ん。脳みそが恋人だからって頭でっかち過ぎ。」

 

 「ヒカリさん、恋心をバラされた恨みと賭けの対象にされた恨みは晴らしてやりますから、戻ってきて恋路を応援したことを感謝されればいいんです!」

 

 「妾も一度やらかしてしまったからのう…立場逆転じゃな。」

 

 「先生も、いいですか?

 

 先生は、また一石さんが何かしたら、その時はまた叱ると、約束しました。

 

 悩める生徒に手を差し伸べるためなら、私は、どこにでも行きます。」

 

 「ミレディちゃんも、この世界が書き換えられた本の中っていうのはちょっと納得いかないけど、まだ仕返し足りないし。」

 

 「南雲、アイツにゃ根性が足りないと思ってたんだ。

 

 俺にも殴らせてくれ。」

 

 「鈴も、だって、エリリンが助かったのはヒカリンのおかげでもあるんだから!」

 

 「鈴にそう言われちゃ、俺も、俺の恵理のために、もう一度行かざるを得ないな。勝てる気しないが。」

 

 「光輝くんが行くなら、怖いけど、何度だって死にに行くよ。」

 

 「俺を認めてくれた一石さんを助けに行くんだ。行かないとか、6万の魔物が負ける以上にありえねえ。」

 

 「南雲…

 

 …本当の歴史では、あたしも、南雲の隣にいたかもしれないらしいんだけど。

 

 あたしも、今、そっちのほうも幸せなのかもって思ってる。

 

 だけどあたしは、光っちがそうなる未来を奪ったとしても、これから先の未来はまだ決まってないと思う。

 

 未来は、世界は、あたしたちが創るんでしょ!

 

 行かせて!」

 

 「ああ…

 

 …行くぞ!

 

 目的変更だ!一石の奴をぶん殴って、目を覚まさせて、連れ戻す!」

 

―*―

 

 神域。

 

 極彩色の世界の中に、さっきまではいなかった神の使徒が、0と1の羅列の中から生み出されていく。

 

 無限に生み出される、神の使徒。おまけに加速器からの陽子ビームは露出特異点を超えられない。

 

 そんな中で、まさに無限湧きバグ状態にある使徒の壁を、ハジメたちは吹き飛ばしていく。

 

 ハジメによる概念魔法「我、汝の絶対なる死を望む」は、信じがたいことに、それ自体で疑似的力場を形成した。神の使徒が雲散霧消させられていく。

 

 ユエの「界天龍」が空間そのものごと使徒を喰い荒らす。

 

 シアは方向さえもわからない世界で使徒を足蹴にどこまでも飛び上がり、路を捜していく。

 

 ティオのブレスは軽原子のローソン条件を軽々超え、使徒の身体を構成する原子が核融合を始め、超新星爆発を起こして砕け散る。

 

 ミレディの重力波攻撃は概念魔法でひも状に引き伸ばされ、宇宙ひもとなって使徒をひきつけ吸い込みながらダークマターへと崩壊していく。そのエネルギーが、空間を拡大し、極めて低速のビッグバンを引き起こした。

 

 攪乱に対し、香織の概念魔法「我、望んだ物すべてを癒す」が、世界の均衡を支え、空間の相転移をギリギリ押しとどめていた。

 

 エヒトの私物と化していた神域に、星が、重力のムラが生まれーそれはまさしく、宇宙に星々が創られていく創世の過程だった。極彩色の風景も徐々に晴れ上がって暗黒の星空へと変わっていく。

 

 ついてきた天乃河、坂上、谷口、畑山教諭、清水、園部は、超スペクタクルな光景に口をポカンとするしかない。八重樫雫の刀と天乃河の聖剣が、時折自分たちに吹いてくる脅威ー各種爆発で飛んでくる宇宙的飛来物ーを斬撃ではじく。

 

 そして、ついに、一行は、閉じられ「開けたら閉める!」などと丁寧にも貼ってある扉にたどり着いた。

 

―*―

 

 「やっと来たのね、主人公。」

 

 「…俺か?」

 

 「そう、南雲君。

 

 本来の主人公であるあなたが消えれば、帰納的結論だけど、この世界は消滅し、なかったことになれる。

 

 その瞬間にすべては証明されるし、その瞬間に私も消えて、あなたたちは本来あるべきさやに納まれる。

 

 私は、いるべきではなかったから。

 

 私が消えるために、死んでくれる?」

 

 「断る。

 

 お前、いつか言ってただろ。『あり得たかもしれない未来』なんて、マルチバースの自分が考えればいいって。

 

 平行世界の俺がどう思うか知らんが、この世界の俺にとって、お前が消えてうれしいことなんて一つもねえよ。」

 

 「だけど、残念ながらアイドントシンクソーなの。

 

 じゃあ、どうする?」

 

 「一発殴ってわからせる。お前が造ったこの義手で!」

 

 「それでこそ、南雲君だわっ!

 

 『想像は現実化しうる。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』!死ね、南雲ハジメッ!己らのために!己らの世界に帰るがいい!」

 

 「「「「概念魔法『我らの朽ち果てない絆をここに』!!!!」」」」




 ※ハジメ、元は「エヒトに裏切った一石は粛清」と思っていたが、エヒトが死んだこと、そして何より一石が曲がりなりにもハジメの幸せのために決断したことを知り、考え直す。

 ※帰納的結論=どんな2次創作でもハジメは最後まで生き残る。つまり一石の判断は、ハジメたちの神殺し・ハーレム物語が世界の存在意義で、彼が死ねば存在意義を失った世界は消滅し、そうならない世界=一石光が存在しない世界だけが残る。

 次回、ドン引きの義手ギミック大公開&決着!


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38 「最強にして、ありふれた法則」

―*―

 

 誰も、こんなことを望まないから。

 

 「想像の現実化」も、概念魔法も、同質の力に過ぎない。だから、概念魔法の取得者たちが逆の概念を生み出してきたのなら、世界の改変力が足りないのは明らかだった。

 

 ならばおとなしく、「想像の現実化による直接改変」に頼らず、世界を滅ぼすしかない。

 

 「さあ、あらゆる物理学者が憧れた、超常たる思考実験を現実のものとしましょう!

 

 『超対称性粒子の顕現』!

 

 『アクシオン磁気崩壊』!

 

 『反素粒子ビーム』!

 

 『真空期待値からのエネルギー取り出し』!」

 

 ダークマターたりえる質量成分を増やして全員にかかる重力を倍化させ。

 

 プリマコフ効果による閃光で視力を奪い。

 

 対生成させた反物質を照射し。

 

 その過程で余剰6次元からエネルギーを取り出して使わせてもらう。

 

 これだけすれば、まず間違いなく、粒子的に対象を破壊できる。

 

 できる…できてない!?

 

―*―

 

 「そんなヤワな攻撃が効くと思ったか。」

 

 「ヤワどころか不可視だと思うんだけど、いったい何がどうなって、粒子ビームを耐えてるわけ?」

 

 「こうやるんだよ。」

 

 白亜の空間の中で、ハジメの腕ー義手が、震えた。

 

 「まさか、亜光速で腕を動かして…っ!」

 

 「この親指と人差し指のギミック、お前が思いついたんだったよな。

 

 走査型電子顕微鏡の原理を応用した、素粒子ピンセット!」

 

 「光速の10%で発射した粒子をつかみ捨てるとか無茶苦茶でしょう!

 

 …いいわ。

 

 『位相欠陥相転移』

 

 『振動モノポール陽子崩壊』

 

 『量子テレポーテーション0時間転移』」

 

―*―

 

 戦い慣れてないからか「想像の現実化」とやらのためなのか、視線と殺気でだいたいの位置がわかるのが救いだが…

 

 …次から次へと、明らかに致命的な、しかも原子よりちゃちい攻撃を転移させてきやがる…

 

 「香織、ユエ、シア、ティオ、雫」

 

 俺は、目でメッセージを送った。ーさっきから、攻撃は俺しか狙ってない。しかも玉座に座ったままと来た。なら、俺の彼女たちならやってくれる。

 

 「どうした?打ちとめか?」

 

 「そんなに欲しいなら宇宙滅亡クラスを投げんでもないけど、それで私が先に死んで修復されると困るのよ…とかく、量子力学攻撃は威力がアレなわりに見えにくいし、想像力を浪費するし、おまけに観測してないとトンネル効果でどっか行っちゃうのよね…

 

 …あなた、エヒトルジュエや私のような『知り過ぎて、神』と比べて、充分に『魔王』でしょうよ。」

 

 「じゃあ、そろそろ言うことを」

 

 「聞けないの。

 

 あなたのためだから。

 

 『想像は現実化している』発動。

 

 全可変ステータスを∞に。」

 

 …俺のために?余計なことを!

 

 薬指のギミック…「生成」「錬成」!

 

 「私が、その義手のスペックを忘れたと思ったの?

 

 ウルの魔人族と一緒にしないで!」

 

 カーボンナノチューブが、消されたっ!

 

 「さすがにナノサイズは耐性とかの問題じゃないからベヒモスでも貫通できる…なんて言ったのは私だけど、タネがわかってれば致死毒を送り込まれる前に燃やすに決まってるでしょう。

 

 自分に向けられた時のことを、考えないとでも!?」

 

 「お前、中指は対策しようがないって言ってたよな!」

 

 「っ!大盤振る舞いじゃない!今まで機会なかったのに、最期に使ってるとこ見せてくれてありがとう!」

 

 なに勝手に最期にしてやがる。

 

 「お前が先手先手読むから義手を使うほど追い詰められたことがなかったんだろうが!感謝してるよホント!」

 

 おっと危ない、間違ったら俺が吹っ飛ぶ。

 

 「ちょっと、私の体内の窒素使ったでしょ!

 

 グハァッ!」

 

 やったか!?

 

 「…やるじゃない。

 

 神格でもないのに、私にタキオンバックアップを使わせるなんて、まさに魔王ね…」

 

 …データで再生してる、だと…!?

 

 「…『想像は現実化している。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』ー『私の無意識領域を意識領域へ同化』『脳の100%を随意領域へ』」

 

―*―

 

 これが、ホモ・サピエンスの脳みそにかけられた「想像現実化に対する無意識セーフティーネット」を破ると言うことなのね。

 

 世界が、掌の中じゃない。

 

 「概念魔法『神威の前に因果はうつろ』

 

 概念魔法『道化たれども神の慈悲』

 

 概念魔法『神威見通すは森羅万象』」

 

 さあ、現実改変の難易度は論外クラス。

 

 0と1からなり、質量とベクトルからなる情報の世界が、鮮明に見えるわ!

 

 今ぞ、存分に、殴りあいましょう!

 

 …ついでに言うけど、情報次元にあると、上下前後左右関係ないのよね。

 

 「概念魔法『押しとどむ時間の矢』

 

 …なんで、止まらないの!?」

 

 時間が止まってるのに進むだなんて!それほどまでに香織、あなたたちの「究極の意思」が堅いの!?

 

 「っ、仕方ないわね。

 

 想像の現実化『押しとどむ時間の矢』」

 

 よし。

 

 いくら私でも、香織を目の前にして殺すのはちょっと無理。

 

 …さて、いくら魔王でも、時間には勝てないか。

 

 仕上げね。

 

 「想像の現実化『我、汝の相対的なる死を望む』」

 

 …これで、良かったのよね、アインシュタイン…

 

 「まだまだだ、一石光。」

 

 ー!?

 

 「今、消したはず!?それに時間は止まって」

 

 「小指」

 

 あ、まさか…

 

 「宝物庫に自分を隠したって言うの!?でもアレは一度入ったら誰も出てこれないはず!」

 

 面白過ぎるわよ!

 

 もう、万物の理論とか関係ない!

 

 戦いが、こんなにも愉しいだなんて!

 

 「想像の現実化『神威ありて超えられない壁』」

 

 「概念魔法『臨んだ場所へ我を運ぶ』!」

 

 「想像のげんじ」

 

 「させねえぞ!『弱魄』!」

 

 「光輝くん行って!『縛魂』!」

 

 っ、情報干渉!?

 

 まずいまずい、今思考能力低下は想像力が落ちて改変力が

 

 「概念魔法『汝、我より速く考えることを禁ず』」

 

 「概念魔法『我、汝の一手先を知ることを望む』」

 

 「香織、ユエ、仲良くなったじゃない…!

 

 でも、なんで邪魔するの!

 

 私はただ、あなたたちが元居る場所に帰してあげようとしているだけなのに!

 

 これが世界の摂理、真理なの!

 

 こんなまがい物の世界失くして!

 

 おとなしく、戻ろうよっ!戻ってよっ!

 

 いなくなる私に、いなくなりたくないだなんて、思わせないで!」

 

 「そんなこと、私はしてほしくない!

 

 たとえ本来いないはずの人物でも!

 

 この世界がまがい物でも!

 

 私と光ちゃんの絆は、私にとって本物、真理だよ!

 

 だから!

 

 いなくなっちゃダメ!」

 

 そんなこと、言わないでよ…

 

 「もう、躊躇なく殴って言うこと聞かすわよっ!」

 

 「上等だよっ!」

 

 もう、理屈とか理論とか仮説とかどうでもいい。

 

 「おせっかいな私の想い、受け取れぇぇぇっっ!!!」

 

 「光ちゃんのバカぁぁぁぁっっ!!!」

 

―*―

 

 もはや理論も仮説も何もなかった。

 

 想いの強いほうが勝つ、ただそれだけ。

 

 自分を否定するか。

 

 友達を認めるか。

 

 衝突した拳を基点に、いかなる理論でも説明できない、何が何だかわからない何かが、物質世界と情報次元をひとしなみに駆け抜けた。

 

 トータスでは、まだ頑固にエヒトを信奉していた者たちが一斉に卒倒した。

 

 地球では、実害はないにもかかわらずあらゆる地震計が一斉に振り切れ、重力波望遠鏡は巨大すぎる重力波を感知し天文学者をビビらせた。

 

 汎次元空間を伝わるその想いは、あらゆる可能性世界を駆け抜けたし、あらゆる物語世界で主人公とは何の関係もないところに一波乱を巻き起こした。どんな世界にもバタフライエフェクトがなかったのは単なる必然である。

 

 そして、衝突点では。

 

 星が、一つ、流れた。

 

 暗黒が、白亜の世界に生まれた。




 最強の法則ーその名は「想いの強いほうが、勝つ!」
 
ーオマケでギミック一覧(指1つに1つ、第1のみ親指&人差し指)ー

 ギミック1:どこぞの第二位もビックリな、素粒子つまみとりピンセット(ただし、正確には指先からのエネルギービームで粒子をはさみその運動を制限してつまんでいる)。

 ギミック2:カーボンナノチューブの極細針(地平線まで届く強度)を瞬時錬成。管の中からポロニウムなど毒物を毛細管現象で注入し即死させる。細すぎるので細胞膜と細胞膜の間に入り込める(塗り薬が皮膚にしみこむのと一緒)ため、一切の装甲は無意味。

 ギミック3:遠距離ポリ窒素錬成。空気伝いに遠距離にある窒素を瞬時に最強の爆発物(化学性。核変化性や量子性は別)であるポリ窒素へ転換。

 ギミック4:宝物庫爆弾。マトリョーシカ式に詰め込まれた宝物庫を一気に開放する。相手を取り込んだ後無秩序に収納しなおされるので誰にも取り込まれたものを取り出せない。


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39「ありふれていなければならない物理法則で世界永遠」

 タイトル回収(?)です。


―*―

 …なんだ。

 

 「失敗、したのね…」

 

 でも、ここで死ぬのも悪くないわ。

 

 「おっと、死なせないからね。」

 

 「あら、ミレディ。

 

 自由な意思の下に、じゃなかったの?」

 

 「ミレディちゃんの世界が、誰かが創ったモノ、書いたモノだとしても。

 

 ミレディちゃんの自由な意思は、少しも揺らがないよ。

 

 未来は、創れる!」

 

 …そうか、そう言えば、相対性理論も言っているわね…世界は相対的だって。

 

 なら、この世界が、この私が書き加えられた道化で変数だとしても、私はちゃんと考えているし、私はちゃんと生きている。

 

 「それもまた一興、ね。」

 

 まだ、知りたいことも出てきたし。

 

 「あー…っ!やっと、解放されたわ!」

 

 肩の荷が下りた。うん。

 

 知ったことへの責任は、もう、果たそうとした。

 

 でも、どんなに果たそうと頑張っても、私の世界と私を消し去ることは、手に余りました。

 

 だから私は、せめて、近いところで、私に何とかなる範囲で、生きて行こうと思います、まる

 

 「…南雲君たちも、放出されたわね。

 

 これで、神域のエネルギー値も収縮に転じたはずだから、ビッグクランチ起こしてそのうち無くなるわ。」

 

 「これでハッピーエンド、かなぁ?」

 

 「でしょ?

 

 それと言い忘れてたけど、私も翼出せるから。」

 

 「あ、そう?」

 

 無意識領域を縮めて、羽根をっと。

 

 …ん?

 

 …ん!?

 

 「なあ一石、なんか、あの隙間、揺らいでないか?」

 

 「南雲君、さっきまではごめんなさいね。」

 

 「もう気にしてない。裏切ってユエを神にささげたかと思った時はぶっ殺してやると思ったが。」

 

 怖い怖い。

 

 「それにしても揺らいで…

 

 揺らいで…

 

 ねえ、ガタガタうるさいし情報エントロピーがおかしなことになってたから扉閉めたんだけど、向こう側、どうなってたの?」

 

 「使徒がいっぱいいたからつぶした。宇宙になってたな。」

 

 …はい?

 

 「どうやらまだ一波乱…というかまだ、世界を壊さないといけなかったらしいわ。」

 

 「え?」

 

 「だから、あなたが神域でぐちゃぐちゃやったから。

 

 …だから、あの神域が宇宙化して、もしかしたら知的生命体が生まれて、もしかしたらつぶれようとする宇宙を守ろうとして…

 

 …なんてことがあったりすると、アレじゃない?」

 

 「いやいや、ついさっきだぞ?」

 

 …事象の地平面の向こうとこっちで時間を比べても仕方ないでしょ。誰も時間を同期させる観測者はいないのよ?

 

 「それはないにしても、熱的死シナリオにおけるボルツマン脳ってこともあるのよ…

 

 もともと、ムラが多い空間だったし。

 

 でも、神域の法則は微妙に異なるから、向こうがむちゃくちゃやった末に崩壊すると、この世界が危ないのよ。」

 

 「どうすればいい?」

 

 「今から神域に戻るのも非現実的ね。神側も私もいなくなったらビッグバンまっしぐらの不安定さだったから、行ったら100億光年くらいあるかも。」

 

 「それはごめんこうむりたいかな。」

 

 香織、さっきのパンチは効いたわよ。「感情そのもの」で殴られるとは。

 

 …最強の法則は物理でも魔法でも観測でもなく、感情そのものだったとは、ね。

 

 「考えられるとしたら、神域の法則が直で触れた瞬間に、ただでさえ地球よりエネルギー準位の高いトータスの準位が低下する、ありていに言えば、『真空崩壊』して、『法則が全部書き換わる』かしらね。」

 

 「な、なんかヤバそうですぅ…」

 

 「シア、そこで震えると妾支えきれんぞ。」

 

 「ん。黙って座る。

 

 それで、どうすればいい?」

 

 「概念魔法で固定するのよ。

 

 ただ、概念もなにも1から違う世界との接点だから、神言レベルじゃ塵芥でしょうね。」

 

 「どんな概念だ?

 

 …いやもう、言わなくてもわかる。『物理法則』だろ?」

 

 「コングラチュレーション!その通りよ。

 

 魔法のほうは空間側でインフラトンごとどうにかしてくれるはずだから、私たちは物理法則を維持すればいい。たった1プランク時間だけね。

 

 …とっても、困難よ。」

 

 なにせ、暴走して壊れる世界を、安全に壊れさせる…

 

 「何言ってるんだ、一石?

 

 俺に、『できるかできないかではなくて、やらないといけないこと』があるって言ったの、一石じゃないか。」

 

 うっわ天乃河に諭されるなんて。

 

 …やりましょうか。

 

―*―

 

 幸いに超加速器があることで、「微妙に違う法則を持った宇宙となった神域」が崩壊するまでの猶予がしばらくあると分かった。

 

 「いい?

 

 適用範囲はあの、紫に胎動する、神域があったあたり!

 

 概念魔法の種類は「物理法則」だけど、魔法のほうはそれで何とかなるから心配しないこと!

 

 それじゃあみんな、始めるわよ!」

 

 シアが、オルクスのヒュドラを攻略しに「界穿」で消える。戻ってこれば、概念魔法持ちのハジメ、香織、ユエ、ミレディ、それに「想像の現実化」持ちの一石に加わり、現実固定側が6人になる。

 

 「それと、私の、『想像の現実化』は、みんなの想念によって増強されるはず。頼むわよ!」

 

 誰もが、うなずいた。

 

 世界を守る、最後の戦いが始まった。

 

―*―

 

 神山のてっぺん、もう教会の加護がないからやたら寒いし空気が薄いところ。

 

 わずか2時間前に世界を消滅させようとしてた人間とは思えないけど。

 

 私は今、世界を救おうとしている。

 

 「香織、ユエ、シア、やるぞ。

 

 ミレディ、一石、いいか?」

 

 私も、うなずく。

 

 「「「「「概念魔法『物理法則』」」」」」

 

 「『想像は現実化している。世界を証明する私の存在こそが、唯一の世界の真理』ー『物理法則』」

 

 ーっ!

 

 来た!

 

 でも、これが、この世界の法則なの!

 

 消えなさい、神域!標準理論の向こう側へ!

 

 「…くぅっ!ハジメくん、肩借りるね!」

 

 「す、すごい魔力持っていかれる…!」

 

 「概念魔法ってみんなこんなのなんですかぁ!?」

 

 「ミレディちゃんもうびっくり!」

 

 私は魔力は要らないって無意識が確信してるから「現実改変に魔力が必要」なんて誤謬関係ないけど、それでも、これだけの集中力を以てして、紫が広がろうとしてるだなんて…!

 

 ピーーッ!

 

 真空崩壊を起こし始めた!?

 

 「誰かが維持をしくじった瞬間に光の速さで全宇宙を汚染するわ!すべてが無に帰す前に、押しやって、消し去るわよ!」

 

 物理法則以外の理を、全否定ー…っ!

 

 ーたくさんの人が、祈ってくれている。

 

 ハウリアが、亜人族や魔人族や王都の民と帝都の姫とその他の人間すべてが。

 

 園部さんが清水君が八重樫さんが天乃河君が坂上君が谷口さんが中村さんが先生がクラスメートが。

 

 ティオがミュウがレミアさんが。

 

 昨日と同じように今日が続き、今日と同じように明日が始まることを、知ってか知らずか、心の底で確信している。

 

 だから、祈ったならば、想像したならば、観測されるならば、それは現実に。

 

 ーなんで、なんでなくならない!?

 

 せいぜいがボルツマン脳が引き起こす他世界侵食!因果律を無視するにしても、これだけの意志力を跳ね返すなんて…

 

 待って?

 

 あの神域宇宙の宇宙構造の因子になりえる、概念魔法をはねのける存在…まさか、エヒト!?

 

 エヒトの情報残骸が、年月の間に揺らぎの中で確率論的に再構築してボルツマン脳化したとでも!?

 

 「おい、ありゃ転移魔法だぞ…!」

 

 「急がないと、詰みだねっ…」

 

 「見るからにヤバいですぅ!」

 

 「ティオ、魔力分けて!」

 

 「うう、ミレディちゃんの身体使徒ボディだからか魔力が少なくなってるよぉ…」

 

 「エヒト…あなたは確かに消したのに、まだ、まだ、バラバラにしてプールに撒いた腕時計がひとりでに元通りになるような確率論を以てしてまで、私たちを苦しめようというの!?」

 

 さすがに、集中力が…

 

 …ダメだと言うの!?絶対の物理法則すら、相対で、消え去るべき時が来たと!?

 

 ー「その通りだ、ヒカリ・ヒトツイシ。

 

 時も空間も、そしてそれを司る法則も、絶対のものはなにもない。

 

 神エヒトが死んだように、自然法則という神にも、死ぬべき時はある。」

 

 だったら、どうすれば…

 

 ー「しかしまあ、いつぞや僕も言ったな。『バット、ユーアー三―、ビカウズユアロールイズマイロール、リレイティブリー!』と。

 

 …時間と空間が、異なる次元が交錯し、真理が明かされる局面において、同じ役割を持つ観測者が現れることがある。

 

 ある時は光と時空の関係を解き明かす天才。

 

 ある時はタイムトラベルを監督する管理官。

 

 またある時は、時空を渡り真理に迫る少女。

 

 あらゆる次元で、あらゆる世界で、誰かが考え、解き明かし、僕が果たしたその役割を果たす。

 

 そのような者たちの存在は、あらゆる次元で、世界で、宇宙で、可能性で、必然であり、そして時空が交錯し法則が揺らぐ時そこにいる。

 

 トリニティ原爆実験の時にも、世界の崩壊を予測する者がいた。だが世界は崩壊していない。

 

 世界は、いつだって、守られてきたのだよ。」

 

 …世界を決める物理法則を物理学者が調べているとともに、物理学者が「見つけた」物理法則によって世界が支えられている…

 

 ー「アルキメデス君が浮力を見つけたから王冠は浮かぶようになり、マゼラン君が世界一周したから地球は丸くなり、ニュートン君がリンゴを落としたから月は落ちなくなり、僕が相対性理論を見つけたから誰も光を追い越せなくなった。

 

 世界はこうして、保たれてきた。」

 

 そうか、物理法則からして異端なことを心の底から信じる観測者が増え過ぎたら、世界は書き換わり、今までの世界は観測を外れて消滅する…だから、物理学者は、「見つける」ことで守ってきた…

 

 「今は、キミこそが僕で、僕の役割はキミの役割だ。

 

 けれどまあ。

 

 僕の信条は、神は無人格であることだ。

 

 だから、キミに力を貸そう。」

 

 私は、その幻聴に従いー

 

 ープレパラートを、叩き割った。

 

 私たちは、私たちが生きる今この世界をー

 

 「「想念魔法ー」」

 

 ー観測し、確定し、そして探求しよう、いつまでも。

 

 「「ー『ありふれていなければならない物理法則で世界永遠』!!」」

 

 ああ、空が、青い。

 

 今まで、ありがとう。すべての探究者たち。




 誰かに書かれた世界であることと、その世界の人物に自由意志があることは、実は少しも矛盾しません。なぜならばその人が自由意志でそれを成したと思う限り自由意志に過ぎないし、実際その人が自由意志で決めたことが実際には創作者の意思で行動決定されていても同じことだからです。

 エヒトもまた観測者。例え消滅させられていても、バラバラにした腕時計もプールの中で悠久の時を過ごす間に水流だけで組みなおることがあるように、再生し、災いを成したのです。

 魔法のある世界にやってきて魔法を極めて神殺しをなした一行が最後に行うのは「物理法則の固定」でした。そして、最後には再びーそれは幻覚か、亡霊か、運命か…

 次回で、この2次創作は終了です。


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余白:彼女の愛する世界
40 「ヒカリ・ヒトツイシの、次にページをめくる諸君への覚書」


○○年×月×日(トータス新暦1年6月23日) 一石光 Hikari Hitotsuisi

 ほんの気の迷いを書き留めてみる。


―*―

 

 この世界が創作であり2次創作であるというのなら、作者であるあなたは、物語が終わった後でも続く平穏な日常のことなど興味がないでしょう。

 

 それでも、私の世界が創造された理由が思考実験であろうという推測からすれば、この文章が目に留まるかも知れません。

 

 私は今、新たな真理を追っています。

 

 え、懲りないなって?

 

 あなたがた創作者の世界が、誰かの創作でない理由など、どこにもありません。

 

 なぜならば、創作の中の世界と外の世界に人間を放り込んだ場合、言われなければ気づかない場合がほとんどだからです。現に、トータスでも地球でも、誰一人自分が創作世界の人間とは気づいていませんでした。

 

 きっと、物語世界の中で、それが物語であることを気づいていない人間がほとんどです。

 

 では、この世界に無限に存在する物語の物語世界と、たった一つのそれら物語が創作された私の世界。

 

 無作為に抽出したある「自分の世界が物語世界かどうか知りすらしない」人間が存在するとして、その人間がいる可能性が高い世界はどちらでしょうか?

 

 ある人物にとって、彼の世界が創作であるか否かを気にする時には、その前に「充分に自立した物語世界はそれを創造する世界と区別がつかない」ということを念頭に入れなければなりません。

 

 同じことは、役回りについても言えます。

 

 創作の主要登場人物などごく少ない。

 

 大多数の人間が、「この世界には、70億の人間がいます」というたった1文、説明されない暗黙の了解の0文を事実とするための、作中人物に絡まない背景に過ぎないでしょう。

 

 無作為に抽出された一人ーあなたが、そうした人間である可能性は、極めて高いと思います。

 

 宇宙の存在が、内部の観測者によって一意的に定まるという見方についても、私はあの「神話大戦」を終えた今、非常に懐疑的です。

 

 常に宇宙は外部の観測者、つまり創作者によって維持されるのではというアイデアを提案したところ、南雲君と清水君は「創作の重層構造」、つまり、ある物語が創造される世界を物語として創造する世界を物語として創造する世界を…というアイデアを返しましたー香織と優花をそれぞれ膝に乗せて。

 

 ですが私は、創作世界がツリーのように無限に上へとつながっていくこの構造にも懐疑的です。なぜなら始まりの世界を定められないから。

 

 なので、私は今、世界の補完について探求しています。

 

 お互いの世界が、相手世界を物語として観測しあうことで存在を確定させているという仮説です。

 

 あなたの世界にいる誰かは、私の地球/トータスにある物語の主人公かも知れないのです。

 

 実際に、南雲君や香織たちが日本で起こる様々な犯罪組織の暗躍やら何やらをつぶしている裏では、「学園都市」やら「ザ・ファウンデーション」やらを名乗る組織の私への接触がありました。…リスキーなので「我、汝が新たな知を得ることを禁ず」をかけた上で適当な大迷宮に放り込んでおきましたが。

 

 ともかくも、私たちの幸せが茶番でないように、あなたがたの幸せもまた、茶番ではなくとも誰かに見られている、いや、見られてすらいないかもしれないのです。

 

 おごるな。

 

 うぬぼれるな。

 

 ものみなすべて相対的、絶対のものなど何一つない。

 

 笑うな。

 

 その限り、笑われまい。

 

 私たちは生きている。

 

 あなたたちも生きている。

 

 最後に、もし何かの事故で、私たちと同じように奈落に落ちてしまったのならメッセージを一つあげます。

 

 「望めばなんだってできる。私たちの世界は、私たちを中心に回っているのだから。」

 

 では、私はミュウの東京旅行に付き合ってる南雲君がどっかの誰かの陰謀に巻き込まれて立てこもり犯をしばいてる感じだから、行ってくるわ。

 

 …ああ、せっかくリリィとディナーの予定だったのに、間に合うかしら!

 

 …ってなんでこんなことまで日記に書いてるのよ、もう!

 

 …そうね、こんな余計なことまで書いたことに意味があるのなら。

 

 「今日も、地球もトータスも騒がしいです。

 

 私は、そんなところにいます。

 

 元気です。」




 あなたも、誰かの物語の背景に過ぎない。そんなことを否定する証拠は、ありますか?

 ーそんな一石光の問いに、私は「はい」と、応えられませんでした。

 ですがそれでも、我々は未来を自らの手で切り開き、そして人間、困ったときはなんだってするのです。





 …それはそうと告知です!

 ありふれ2次創作第2段として、「マギア・レコード」とのクロスオーバーを開始します。まどマギキャラやマギウスの皆さんがハジメくんに絡み大騒ぎします(魔法少女陣営からハジメハーレムは出しません。設定がややこしくなるのでトータスにキュゥべえは出ません。魔女もあんまりいません。そして私は香織推しです)。なろうの1次創作も書き溜めが減ってきたので書かなければならないし、4月から対面授業だしで投稿ペースは落ちるかもしれませんが、引き続きねこのここねこししのここじしをよろしくお願いします!


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