俺がやらない夫だ (GT(EW版))
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やらない夫に憧れた男

 

 

 人生を変える出会い。

 

 それは、物事の善悪を教えてくれる先生との出会いであったり。

 それは、掛け替えのない無二の友人との出会いであったり。

 それは、生涯を添い遂げる伴侶との出会いであったり。

 

 人の出会いとは、その者の人生を決めるターニングポイントになるものだ。

 

 今から6年前のことだ。そういった運命の出会いが、ある日俺の人生に訪れたのは。

 それは、俺の心に新たな光を与えてくれた――「やる夫スレ」との出会いである。

 

 

 

 君は、やる夫スレというものを知っているか?

 

 

 

 やる夫スレ――かつて匿名掲示板にて誕生したそれは、文字を使った芸術「AA(アスキーアート)」をキャラクターとして登場させ、絵本や漫画と同じ感覚で読むことができる創作の世界である。

 これを読んでいる君ならば、どこかでその手の作品に触れたことがあるかもしれない。

 発足当初、スレッドは「やる夫は○○をするようです」「やる夫で学ぶ○○」と言ったタイトルが定番で、主人公「やる夫」がふとしたことをきっかけに何かに挑戦したり、学んだりする内容が一般的だった。

 多くの物語は主人公のやる夫が相方である「やらない夫」を振り回しながら展開していき、最終的にはやる夫にタイトルの目的を達成させるというのがおおよその流れである。

 

 また、さらに流行が進んだ頃にはドラゴンクエストシリーズ等既存の版権作品を原作にした二次創作や歴史上の人物をやる夫に演じさせる歴史系、TRPGの流れを汲む読者参加型の安価スレetc、そのバリエーションは多岐に渡る。

 原作の無いオリジナルの作品も多く連載されており、中には書籍化や漫画、アニメ、映画化されたタイトルも記憶に新しい。今も尚進化を続けているやる夫スレとは、それほどの可能性を秘めた界隈なのだ。

 

 それら「やる夫スレ」の名作と名高い作品群は、当時10歳の俺を深い沼へと引き釣り込んだ。

 アニオタが面白いアニメに惹かれてアニオタになっていくのと同じように、この俺「内藤 昭夫(ないとうあきお)」は初めて出会った新鮮な世界に身を委ねていったのである。

 

 

 やる夫スレには、スレ住民たちが生み出したオリジナルのキャラクターが存在する。

 スレッドの主人公の多くはやる夫で、まずその何とも言えないデザインが俺を狂わせた。そしてそのやる夫のAAを改変したり偶発的な事故が起こったりした結果、数々のキャラクターが派生して生まれ、やる夫スレの歴史を彩っていったものだ。

 やらない夫、できる夫、やる実、やらない子、できる子、できない子……数多く存在するキャラクターたちは作者の数ほど幾多の物語を紡ぎ、俺の貴重な睡眠時間を奪っていった。

 

 中でも衝撃的だったのが、やる夫派生キャラ一番手にしてやる夫の相方である「やらない夫」の存在だった。

 

 俺の人生を変えたやる夫スレにおいて、最も俺に影響を与えてくれたのがこのキャラクターである。

 出会ったその日から、やらない夫という存在は俺の心の支えとなった。

 幼い少年がヒーローに憧れるのなら、やらない夫こそが俺のヒーローだったのである。

 

 やらない夫――まず名前からして面白い。やらないって何をやらないんだよ。

 やらない夫――その姿が面白い。見た目からしてやらない夫って感じだもの。

 やらない夫――その立場が面白い。やる夫の友人役や世話係、ツッコミ役、頼りになる常識人かと思えば時にはやる夫よりも派手に暴走して変態キャラになったりするのだからもう堪らない。

 

 定番のAAでも格好付けた巨大AAでも、何をやっても面白い。それがやらない夫の魅力である。

 中でも俺が好きなのが、「常識的に考えて」という彼の人物像を象徴する口癖だった。

 

 常識的――色々と事情があって、やる夫スレと出会うまでの俺にはそれがめっきり欠けていた。

 しかしやる夫スレのやらない夫と出会ったその日から、俺は常識というものが少しずつわかるようになってきたのだ。

 小さな頃から常識的な存在になりたいと心掛けていた俺にとって、常に常識を語るやらない夫の存在は心の師匠でもあった。

 

 以来、俺は自分自身がやらない夫のような漢になる為に日々研鑽を重ねてきた。

 特に肉体的にやらない夫のような筋肉質で細長いボディーになる為の栄養バランスの調整やトレーニングであったり、やる夫の問い掛けに完璧に答える為の知識の習得には一層厳しく取り組んできたと自負している。

 それでもやらない夫を目指すことで少しずつ常識的な人間に近づいているのが自分でもわかった為、鍛錬の日々は苦しくはなかった。

 その甲斐もあってか、16歳の今、俺は190センチ近い長身に着痩せしたマッチョな肉体を持つ概ねイメージ通りのやらない夫ボディーを手に入れることができたのだ。尤も身長ばかりは遺伝の影響も大きいので、これに関しては恵まれた身体に生んでくれた両親には感謝するばかりである。

 

 知識に関してはまあ、日々精進を重ねていくしかないが、それなりの雑学は身につけているつもりである。流石に学年で1、2を争うほどの学力はないが、ほどほどの位置には来ている。やらない夫のイメージに反しない程度の学力はあるつもりであり、こちらも大体やらない夫である。

 何より、内藤昭夫という名前から「ナイオ」というあだ名で呼ばれるようになったのは嬉しい誤算だった。

 

 ふふ、今日もプロテインが美味い。俺の筋肉がエキサイトしている。

 予定通り理想のやらない夫ボディーを高校入学までに完成させることができた俺は、毎朝自分の肉体に惚れ惚れしていた。ナルシズムは筋肉の成長に重要なのだ。ボディービルダー的に考えて。

 

「ふっ、はっ、ほっ!」

 

 休日の朝、少し遅めに起床した俺は服を脱ぎ捨てブリーフ一丁になると、鏡の前で上機嫌にマッスルポーズをとっていた。胸筋を寄せ、上腕二頭筋を隆起させ、己の肉体美に惚れ惚れする。

 筋肉が嫌いな男の子はいないだろ、常識的に考えて。ムキムキのドラえもんやアンパンマンを自由帳に書き殴るのが小学生男子の必修科目だったように、男は誰しも潜在的に強い肉体に憧れるものなのだ。

 もちろん、俺だってみだりに人前で筋肉趣味を披露するわけではない。自分のやらない夫ボディーを見てニヤニヤできるのは、あくまでもここが俺の城であり、俺以外誰も見ていないからだった。

 

 今朝は筋肉のハリがいい。色んなポーズをとってみるか。

 

 マッスルやらない夫のAAは好きだ。俺はやらない夫のAAなら大抵のものは大好きな男である。やる夫の横顔から誕生した原初のやらない夫は勿論、版権キャラのカッコいいAAをやらない夫に改変したスタイリッシュなAAはもちろん、カタストロフィー行為をしている変態AAすらイケる口である。

 故に……俺はこの朝、お気に入りAAの一つを自分自身の身体で再現することにした。

 

「常・識・的! 常・識・的!」

 

 上下揃えて女性用下着に着替えた後、D・V・D!的な台詞を自らの口で叫びながらゆっくりとホックを外していく。今日はやらない夫AAの中でも変態なポーズをとりたい気分だったのでそれはもうノリノリである。カタストロフィーとの二択で迷ったが、こちらのAAの方が画面の圧が強いと思ったので採用してみた。

 常識を語りながら常識外のことをしているこの背徳感が心地良い。別に俺は露出狂ではないが、このように月1ぐらいの頻度で行うハジケ行為は何かこう、ボボボーボ・ボーボボを視聴している時のようなストレス発散になるのだ。

 常識的に考えて……今の俺はやらない夫だろ。よっしゃ、次は全裸になってアレをヘリコプターのように振り回しているやらない夫のAAを再現するぞ!と、俺がブラを脱ぎ捨てようとしたその時だった。

 

 

「ナイオいるかゴルァ!」

 

 

 ガラガラガラッと、我が聖域(へや)のドアが乱暴に開かれた。

 

「あ」

「あ」

 

 目と目が合う。瞬間、俺たちの間で時の鼓動が脈を止めた。

 俺の手には自ら大胸筋につけていた女性用下着。向き合うは、無法な侵入者である悪友の姿。

 数拍の間無表情同士の沈黙が場を支配した後、侵入者の手によって何事も無かったようにそっとドアが閉められる。

 

 フッ……やれやれ、入ってくるならノックぐらいするべきだろ常識的に考えて。俺は相も変わらずそそっかしいマイフレンドの行動にやれやれと首を振リながら、速やかに常識的な服装へと着替え直す。

 変態AA再現のフルコースは、また次の機会にするとしよう。

 

「……入っていい?」

「おう」

 

 クールに身嗜みを整えた俺はキャスター付きの椅子に腰を下ろして脚を組みながら、侵入者の訪問を快く迎え入れてやった。

 

「ナイオいるかゴルァ!」

「朝から騒々しい奴だな。今日は何の用だ? ルオ」

 

 先ほどの数秒は無かったことになった。

 鍵を掛けていなかった俺も悪いし勝手に入ってきたコイツも悪い。今回はお互いに落ち度があったということで、俺たちの間ではそういうことになったのだ。いやはやあれだけのアイコンタクトで通じ合える俺たちは、まさに血ではなく魂で繋がったベストフレンドという奴なのだろう。

 

「おいさっきの……」

「何の用だ? ルオ」

 

 ベストフレンドという奴なのだろう!

 

「コイツこのまま押し通す気だ!」

 

 そう、今俺の部屋に上がり込んできたのは小学校からの幼馴染みであり、同級生で最も付き合いの長い友人である。

 名前は「古矢 琉音(ふるや るお)」通称「ルオ」。その名前が示す通り、俺をやらない夫とするならば彼女はさしずめやる夫である。尤もコイツは太っていなければ白豚のような顔をしているわけでもない。見た目は全然やる夫じゃないし、そもそも性別から違う。名前負け甚だしいやる夫度合いだった。

 

「なんでお前が呆れ顔してるんだよ。呆れたいのはこっちだよ」

 

 ……ふっ、だが俺はお前がやる夫じゃなくても一番の友であるという認識に変わりは無い。

 俺の部屋の中にこうしてルオが唐突に上がり込んでくることもまた、俺にとってはありきたりな日常の一つだ。

 それは、やる夫スレのやる夫がやらない夫の部屋に上がり込むのと何ら変わらない。或いは、そんな日常を手に入れる為にこそ、今日まで俺はやらない夫ポイントを稼いできたのかもしれない。

 ふとしたきっかけで何かを思いついたルオに付き合わされ、協力していくのがこういった時のお約束だ。

 さて、今日はどんな話題を持ってきたのかねマイフレンド。

 

「……ああ、あまりの衝撃に忘れてた。プラモ作りに来たんだよ。アドバイスしろよ」

「なんだプラモか。作り方ならついこの間教えたばっかりじゃね?」

 

 見ればルオの手には、購入したてほやほやと思われるプラモデルの箱が抱えられている。どうでもいいが「ロリロリ熟女モノ」と書いてある本をニヤニヤしながら抱えているやる夫のAAってなんか好き。それと比べてルオの何と健全な姿か。お前のやる夫度の低さにはがっかりだよ。

 

「ルオはお前の頭にがっかりだよ」

 

 さて、どうやら今日の話題はプラモ作りのようだ。

 実を言うと先日、コイツは今日と同じようにプラモデルの箱を持って家にやってきたものだ。俺もそれなりに嗜んでいる趣味だったので、この家には工具や設備、材料などが程よく揃っている。それらを使う為に家にやってきたというわけだ。

 しかし当初のコイツは工具の使い方からパーツの扱いまで見てられない危なかっしさだったもので、見かねた俺は彼女にプラモ作りのノウハウを叩き込んでやったのである。その結果、今では彼女も一端のプラモビルダーである。

 基本的に面倒くさがりだが、物事に一度のめり込むとメキメキ力を付けてくるところに関してだけはやる夫っぽい。そんなマイフレンドだった。

 

「今日は改造に挑戦しようと思うんだ!」

「ほう……改造とな?」

 

 おお、今度は前回よりも一段ステップアップしようと言うんだな? ビルダー的に考えて。

 プラモ改造はいいぞ、ルオ。プラモは自由に作っていいのだ。正規品をより精巧にブラッシュアップするのもいいし、ガンダムをベースに別作品のロボットへとカスタマイズするのもいい。ツイッターでは最近そんな画像ばかり見ているだろ。そして俺も作りたいと頑張ってみるが、あえなく挫折するまでがセットである。多分、その繰り返しで技術は磨かれていくんだろうな、職人的に考えて。

 

「何をどう改造したいんだ?」

 

 俺もビルダーの端くれ。マイフレンドが具体的に、どんなプランを持っているのかは気になった。

 問い掛けてみると、ルオは「これを……」と言いながら手持ちの箱を見せた後、自身のスマホから画像を開いて見せつけてきた。

 

「こんな風にしたい」

「ふむふむ……このHGスーパーパイセンを……こんな風に改造したいとな」

 

 原型となるプラモデルは、日本で一番売れているメーカーが販売している美少女プラモである。

 因みに言うがルオは女だが美少女フィギュアとか美少女ゲームとか大好きである。そのやる夫指数、イエスだろ。

 そんな彼女が改造後の理想として差し渡してきたスマホの画面には、俺にとって……いや、この国の人々にとって物凄く見覚えのあるヒロインの姿だった。

 

「おお、レッドのフィギュアか!」

「ああ! レッドのプラモ出てないからね! もう自分で作ってやろうと思ったんだ!」

 

 鼻息荒く、ルオは語る。彼女はこの画像――真紅の鎧を纏った赤い髪の少女の大ファンだった。

 今となっては珍しい話ではない。赤い髪のヒロイン、レッドは二年前、この国を外敵から救ってくれた英雄なのだ。俺はその人物をそれなりに知っている。

 

 

 ――君は知るだろう。

 

 この世界は一見常識的に見えて、その中身は非常識的に混沌としていることを。

 世界の裏側ではこの平和を脅かそうとする脅威が蠢いていて、それらと日々戦っているヒーローたちがいる。わかりやすく言えば戦隊ヒーローとか改造人間とか、怪獣とかそういう奴らだ。

 

 これまでの常識を疑うことから生まれていく、この世界の非常識。

 

 そんな日常の中でこそ俺は、今日までのように常識的に考えて生きていきたい。あの時の……やらない夫のように。 

 

 

 俺の名前は内藤昭夫。

 コードネームは「アスキー・ホワイト」。

 

 その正体は、あらゆる脅威から常識を守る為に誕生した超戦士「アスキーエース」いわゆる変身ヒーローの一人である。

 自慢になるが、俺は10歳の頃からこの世界の脅威と戦ってきた。

 悲劇的な出来事も、喜劇的な出来事もそれなりに経験している。

 

 そんな俺の直近の悩みは同僚たちの中で、俺を立体化したフィギュアやプラモデルだけが際だって売れていないことだ。理由はデザインが卑猥だとか、きりたんぽみたいだとか、ムカつくとか、キモいとか、他のヒーローと並べて飾っても他の連中と比べて明らかに浮いているからとか何とか。ムカつくはわかるけどキモいは言いすぎだろ、常識的に考えて。

 フッ……どうやら俺のセンスはまだ、世間には早すぎたらしい。或いは遅すぎたのか。

 だがいずれ来るだろう。世界が俺を通してやらない夫を理解する、その刻が。

 

 

 

 ――これは一人の馬鹿がヒーロー活動の中で、理想のやらない夫に近づく為に奮闘していく常識的な物語である。

 

 

 

 

 

 






 久しぶりにやる夫スレを読み始めたら眠る時間が無くなって困るだろ、常識的に考えて。
 あの何とも言えないデザイン考えた人天才だろ、常識的に考えて。


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ホワイトアスパラガス

 

 

 かつて、世界は異次元からの侵略者に襲われていた。

 

 彼らの名は「パンデミリアン」。富士山から繋がっていたゲートより突如として出現した彼らは、手始めにこの国の人々を葬り去るべく未知のウイルスを撒き散らし、彼ら自身もその非科学的な暴力を持って街々をパニックに陥れた。

 パンデミリアンは常に特殊なバリアを張っており、それ故に通常兵器では有効打を与えられることができない。そんな悪魔たちを前に、日本の抵抗はあまりに無力……かと思われた。

 

 しかし、そんな彼らに立ち向かう戦士たちがいた。

 

 秘密結社「アスキーエース」。90年代から人知れず活動し、世界の裏側から絶えず人類種の敵と対峙してきた機動戦隊である!

 これまで表舞台に上がることの無かった彼らは、事態が深刻化しようとする折に、ついにその姿を現したのだった。世界の平和を守る唯一の希望として。

 

 白き身体に不動のハート! 非常識は許さない! 常識の守護者アスキー・ホワイト!

 黒き鎧に光の刃! 闇と光が超融合! 混沌の使徒アスキー・ブラック!

 黄金の輝きが世界を照らす! 聖なる鼓動! 暁の射手アスキー・ゴールド!

 

 ……と、そんな感じに三人のヒーローが表の世界に降臨したわけだ。

 彼らが纏う聖衣「アスキーアーマー」はパンデミリアンのウイルスを受け付けず、振るう聖剣は敵の肉体を問答無用で討ち滅ぼすことができた。

 まさに、絵に描いたような勇者たちである。

 公的にはパンデミリアンの来訪に備えて政府が秘密裏に準備していた特殊部隊という扱いになっているが、その辺りの難しい話は上の仕事だろ。大人的に考えて。

 ともあれそうして表舞台にデビューすることになった俺たちアスキーエースは、パンデミリアンと相対することになった。

 その期間、大体3年ぐらい。奴らとは11歳の頃から戦っていただろ。

 奴らはマジでヤバい連中だった。人から人へ感染るウイルス攻撃って言うのがまた悪どく、敵との戦い以外にも人間同士の疑心暗鬼を誘い、一歩間違えればゾンビ映画どころかデビルマンみたいな世界になりかねない事態だった。当初は有効な治療手段が無かったのがまた絶望的である。

 

 そう、当初は治療手段が何も無かった。俺たちアスキーエースや自衛隊員たちの奮闘でどうにか大元のパンデミリアンを抑え込むことはできたのだが、既に広がってしまったウイルスにはどうすることもできなかったのだ。

 

 そしてその状況を打破したのが、俺たちに次いで現れた二人のヒロインだった。

 

 しなやかな肢体にそれぞれ真紅と蒼の鎧を纏った謎多き少女。背中から4枚の翼を広げ世界中を飛び回っていた彼女たちは、その可憐な姿も相まって天が遣わしたエンジェルだったのではないかと専らの噂だ。

 二人の名称は不明だが、それぞれ「レッド」、「ブルー」と呼称されている。戦隊ヒーローで言えば、代表的な主役カラーがまさかの追加戦士枠である。

 突如現れた二人はアスキーエースではなく、その素性は俺たちにもわからない。しかし、彼女らは積極的にパンデミリアン殲滅に協力してくれた。

 

 二人の登場を機に、俺たちアスキーエースとパンデミリアンの戦況は一気に傾いた。

 レッドは炎、ブルーは水の力を持ち、ブルーの力は感染した人々の身体を癒し、レッドの力はウイルスを完全に焼き払うことができた。

 そう、それまで治療手段が無かったパンデミリアンのウイルスに対して、二人の力は特効薬となったのだ。その結果ウイルスの拡散は無事収束に向かっていき、パンデミリアンは大幅に弱体化した。

 追い詰められたパンデミリアンは、ボス自ら出陣し最終決戦となる。

 俺たちは見事それを討ち破り、パンデミリアンは地上から駆逐された。

 そうして日本は、人類は、異世界からの侵略者に勝利したのである。

 

 それから2年が経ち、ヒーローとしての役目に一区切りをつけた俺たちアスキーエースの三人は今、それぞれ平和な学生生活を満喫している。レッドとブルーは不明だが、二人ならどこかで元気にしているだろう。彼女らには多大な恩があるので、詮索する気にはなれなかった。

 

 そういうわけで今、パンデミリアンから世界を救ったヒーローとヒロインたちの存在は人々から受け入れられていた。

 

 もちろん、俺は自分の正体を身の回りに明かしていない。ルオなんかは俺がレッドと一緒に戦っていたヒーローの一人だとは夢にも思わないだろ、常識的に考えて。

 この世界に蔓延る非常識は、パンデミリアンのような異世界からの侵略者だけではない。連中との戦いが終わってもその内また俺たちの出番は来るのだろうが、今はこの平和に浸っていた。ヒーローにだって休憩は必要だろ。

 

「胸盛り過ぎじゃね?」

「盛ってないって!」

「いや盛り過ぎだろ常識的に考えて」

「だから盛ってないって!」

 

 そんなこんなで俺は今、ルオの自作プラモであるレッドちゃんの製作を手伝っていた。

 この2年間は、自分のやらない夫磨きに専念できたから楽しかっただろ。こうして何気ない常識的な日常を取り戻すことができて、俺は奮闘してくれた仲間たちに感謝している。もちろん、レッドのこともな。

 

「しかしアレだな。やっぱレッド人気ってすげーんだなぁ」

 

 マイスマホをポチポチと弄りながら、画像検索を行う。検索ワードは「レッド プラモ」。そうしてみると表示されるのは、数々のビルダーたちが自主製作した実在ヒロインのプラモやフィギュアの画像だった。しかしその中に、市販の商品は無い。

 俺を含むアスキーエース三人のプラモは大手玩具メーカーから公式グッズとして然るべき手順を踏んで販売されたものだが、レッドとブルーは俺たちと違って神出鬼没で、どの組織にも属していない謎のヒロインたちだ。それ故に、需要がありながら公式でグッズを売ることができないでいるのだ。肖像権的に考えて。

 しかし、あの二人はその容貌と活躍ぶりから根強い人気があり、ルオのように自主製作で独自に立体化しようとするビルダーたちは非常に多かった。人気者は大変だろ。

 それ故に玩具メーカーは彼らの改造ビルドを支援する為にレッド、ブルーに良く似た造形の拡張ビルドパーツを売りさばき、ちゃっかりと多大な利益を得ている。鬼退治グッズは鬼滅グッズじゃないからセーフ的な理論だ。

 政府に属さない謎のヒロイン(美少女)とか人気出ないわけないからな。女児人気はもちろん、大きなお友達的に考えて。

 

 だが、しかし! 俺たちアスキーエースの人気も負けていない!

 

 俺たちだって3年間パンデミリアンと戦い抜いた戦士だ。プラモやフィギュアを始めとするアスキー・ブラックとアスキー・ゴールドの公式グッズは新作が出る度に飛ぶように売れており、ちびっ子たちはもちろん大人のお姉様がたにも大人気である。

 二人のコスチュームになっている聖衣アスキーアーマーは、聖騎士然としたドストレートにスタイリッシュなデザインをしているからな。カッコいいだろ王道的に考えて。

 そんな彼らだからグッズ需要は平和になった今でも、いや、平和になった今だからこそ衰えていない。俺たちの戦いを描いた映画も近日公開されるようで楽しみだろ。

 

「ホワイト以外は大人気だよね」

 

 ああ、そうだな。

 俺のグッズ? 売れてねぇよ。

 

 いや別に、ヒーローたちの中で俺だけダーティーなことをやっていたり、一人だけやられてばかりいたとか、そういう事実は一切ないのだ。俺にだってファンはいるし、真っ当に活躍した結果民衆からも支持されている。

 ただまあ単純に、他の四人の人気が俺より凄いってだけの話だ。ガンダムWのガンプラの中で僕のサンドロックだけ売り上げが見劣りしていたとかそのぐらいの立場である。俺は大好きだけどな。ヒートショーテル最高だろ。

 

 そんな俺が変身したヒーロー、アスキー・ホワイトの姿は何を隠そう「やらない夫」がモデルである。

 

 アスキーアーマーは構築する際、解放者の深層心理が望む理想のヒーローを聖衣として具現化する。その性質によって、変身した俺の姿は俺自身の理想のヒーローである「やらない夫」として具現化されたというわけだ。

 それ故に、変身時の俺は普段よりも実写版やらない夫である。ねらーにおいてその人気ぶりはカルト的ですらあったが、一般人気は微妙である。彼らにとってやらない夫を模した全身白タイツ&きりたんぽヘッドは少々ニッチ過ぎたのだろう。

 

「あと単純にキモい。三次元にするとリアル過ぎてキモい」

「ムカつくはわかるけどキモいは言い過ぎだろ、常識的に考えて……」

「……まあ、強いし助けられたからルオは嫌いじゃねーけど」

 

 それは何よりだ。

 まあ別に、俺だって自分の承認欲求の為に戦っていたわけじゃない。同僚たちと比べて不人気だという話も、俺はそこまで気にしていないだろ常識的に考えて。

 

 ……気にしていないだろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘です。めっちゃ気にしています。

 

 日が暮れてルオが帰った後、俺は如何にしてこの俺アスキー・ホワイトの魅力を引き出すか考えていた。

 俺自身のプライドはまあどうでもいいのだが、ホワイトの姿はやらない夫の具現化だ。すなわち、ホワイトが悪評を受けるということはやらない夫への冒涜に繋がってしまう。それは断じて、許されることではない。

 

「三次元にするとリアル過ぎてキモい、か……言い過ぎだと思うが貴重な意見だろ」

 

 流石ヒーローオタク。的を射た意見をくれる幼馴染でありがたい。

 確かに、本物のやらない夫はデフォルメ化されたアスキーアートだからこそ、いい感じのゆるキャラ感があるのだ。それを三次元ヒーローとして具現化したところで、他所から同じ感想が得られるかと言うとまた別の話である。

 全身白タイツくらいならアメコミヒーローにも似たようなものは多いし俺はイケると思うのだが、世間の目は厳しいらしい。

 

「アスキー・アップ!」

 

 鏡の前にたった俺は、懐からアスキー・ホワイトへの変身アイテム「アスキーオーブ」を掲げ、それを解放する。

 俺の手のひらに収まる大きさの宝石から拡散していく白い光がこの身体を包み込むと、俺の姿が一瞬にして白き英雄へと変わった。

 鍛え上げた細マッチョの肉体と長身はそのままだが、頭の天辺から足のつま先までピッチピチの白タイツに覆われていく。頭部にはふぐりのついたきりたんぽ型の兜が装着され、俺の素肌の一切を覆い隠す。

 これが俺のアスキーアーマー。人知を超えた者たちと戦う為に作られた、超戦士の聖衣である。

 

「常識の守護者、アスキー・ホワイト!」

 

 最後に口上を述べて変身完了である。

 こうして変身するのも久しぶりだし、いざという時の為に定期的に起動するのは悪いことではない筈だ。

 そう自己弁護しながら、アスキー・ホワイトに変身した俺は顎を支えながら目の前の鏡と向き合った。

 

「うーん、いつ見ても惚れ惚れするだろ」

 

 こうしてまじまじと変身した自分の姿を見つめるのは、初めて変身した日の夜以来だろうか。

 見れば見るほどに実写版やらない夫である。俺としては非の打ち所のない完璧なコスチュームであり、ルオたちからのウケが悪い理由が今ひとつわからなかった。

 だが俺自身では満足していても、グッズの売り上げという客観的なデータが出てしまっている以上考慮しないわけにもいかない。大きなお友達ならばともかく、児童人気が劣っている事実はショックだった。

 

「日本の男の子は俺みたいなアメコミ系よりも、ゴールドやブラックみたいにガチガチの鎧で固めた方が好きなのかもな」

 

 子供受けの良さ、と言うとやはり武器も重要だろう。ブラックは日本刀二刀流でゴールドは二丁拳銃。そりゃカッコいいわ。

 だが、独創性は俺の方が上だ。

 

「来い、聖剣ジョーシキブラスター!」

 

 俺にも彼らと同じように自分の武器がある。呼び出せば、どこからともなく俺の手にそれが召喚された。

 聖剣ジョーシキブラスター――その姿は1.5メートルほどの長さに及ぶ、ホワイトアスパラガスのような形をしていた。

 一般的な聖剣のイメージとは異なる造形をしているが、コレ一本で剣としてはもちろん、先端部からビームを発射するビームライフルとしても扱える遠近両用の万能武器である。

 俺としてはこれ以上なくイカした愛剣なんだが……

 

「そんなに変な形か?」

 

 三年前、戦場で出会ったレッドがこれを見て露骨に嫌そうな顔をしていたことが記憶に新しい。普段表情を変えない子だったので妙にインパクトがあった。ブルーは爆笑していた。

 俺としてはやらない夫の頭みたいでいいと思うのだが、一部の女性陣たちからの受けはすこぶる悪かった。アスパラガス美味しいじゃんかよ。

 まあ、これについてはデザインに凝っている余裕がなかったので確かに改良の余地はある。ライトセーバーを扱うジェダイやシスが人気であるように、カッコいい武器を持っていることはそれだけでステータスになるからな。今度博士に相談してみよう。

 

「後はそうだな……他の奴らより背中が寂しいかもしれない」

 

 武器の改善点は後にして、ジョーシキブラスターをしまった俺は自分の背中に目を向けた。

 今日ルオのプラモ改造を手伝って改めて思ったが、アスキー・ホワイトは他のヒーローと比べて最もシンプルな姿をしている。白タイツときりたんぽ兜を纏った俺のアスキーアーマーは、デザインを彩る装飾が極めて少ない。四枚の翼と常に炎のように輝いているレッドのアーマーとはあまりに対照的である。

 実用的な意味は無くとも、他のヒーローと並んだ場合俺だけ視覚的に浮いてしまうのはその辺りだろう。

 特に背中が寂しい。レッドとブルーはそれぞれ背中に四枚の翼があり、ゴールドはメカメカしい二基のバーニア、ブラックは漆黒のマントを纏っている。うわ、私の背中寂しすぎ……

 

 別に背中になんか付けなくても俺たちは空を飛べるのだが、確かに羽でもマントでも背負っていた方が見栄えがいいかもしれない。強化パーツとして出せば玩具も売れるし。

 よし、ここは俺もあいつらに倣って、何か着込んでみよう。

 

「おっ、案外イケんじゃね?」

 

 丁度良く手近のハンガーに掛けていた高校の学ランを羽織ってみたところ、思っていた以上にやらない夫フォルムに似合っていた。

 やらない夫もヒーローもシンプルイズベストだと思っていたが、こういうのもアリかもしれない。

 と言うか、やらない夫は学ランを着た巨大AAも多いからな。俺に似合うのは当然だろ、常識的に考えて。

 

「ふっ! はっ!」

 

 軽くポーズを決めて学ランの裾をマントのように翻しながら、俺は学ランを羽織ったアスキー・ホワイトの姿を堪能する。

 学ランを着たやる夫の格好つけたAAはなんかムカつくが、学ランを着たやらない夫の格好つけたAAはなんか面白い。あんたもそう思うだろ?

 やる夫スレの巨大AAを再現した決めポーズを続けていく内に楽しくなってきた俺は、今朝の続きということで風呂に入るまで理想的な角度の俺を探ることにした。おっ、この角度の俺カッコいい。撮影者がいないのが惜しいだろ。

 

「――俺は子供たちの平和を守るだろ、常識的に考えて――」

 

 俺が華麗に登場するシチュエーションを妄想しながら、脱ぎ捨てた学ランをバサリと肩に掛けて決め台詞。

 振り向きざまに、チラリと横目だけを相手に向けるのがこのポーズのポイントだ。

 そうして見つめられた子供たちは、ヒーロー登場への安心感に包まれ、思うのだ。やらない夫カッコいい、僕もやらない夫みたいになりたい、と。

 

 フッ……と息を尽き、俺は脱いだ学ランをハンガーへと掛け直しに行く。

 そんなシチュエーション、来ない方が良いに決まっているが、残念ながらいつかは来てしまうのだろう。

 この世界は非常識に溢れている。そんな世界に常識の光を見せるのが、俺たちアスキーエースの使命なのだ。

 

 そう、だから……

 

「ナイオ! 忘れ物取り来たんだけど……あ」

「あ」

 

 おもむろに振り向いた瞬間、目と目が合う。

 そこには開け放たれたドアと、アスキー・ホワイトの変身を解除した俺の前で呆然と突っ立っているルオの姿があった。やれやれ、どうやら鍵が壊れていたらしい。

 

 変身ヒーローの正体バレシーンは、やむを得ない事情であったりヒーローが覚悟を決めるカッコいいシーンであることが多い。バットマンがゴードンに正体を明かすシーンとかマジ泣ける。

 

 一方、内藤昭夫16歳。この日、俺はポージングの練習を目撃されるというヒーローにあるまじきカッコ悪い正体バレを果たした。

 

 

 

 

 



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変身ヒーローの正体バレイベント

 二年という平和な時間は、俺には長すぎたのかもしれない。

 

 生い立ちから今に至るまで、人々を守るヒーローとして気を張り詰めて生きてきた俺にとって、この平和な時間は新鮮で落ち着かないものだった。

 だからだろうか、常識的な日常の中でどこか平和に馴染めず、地に足が着いていない自分がいた。そんな浮ついた気持ちが、この度の正体バレを起こしてしまったのだと思う。

 普段から気を緩めることに慣れていない為に、戦士としてのスイッチの切り替えが円滑に行えなかったのだ。

 

「いや、お前が迂闊すぎるだけだろ」

「確かに」

 

 幼馴染のルオに正体がバレた翌日――俺は母校である私立したらば高校の昼休み時間、昼食を摂りがてら屋上にて緊急会議を開いていた。

 同じアスキーエースの同僚であるアスキー・ゴールドとアスキー・ブラックに対して、昨日の出来事を嘘偽り無く打ち明けたのである。もちろんこのことは上司である司令にも報告したのだが、同じ機動部隊である彼らの率直な意見が聞きたかったのである。

 親しい人間にすら正体を打ち明けることができないヒーローの苦悩は、同じ立場である二人にこそ共感してもらえると思ったのかもしれない。ほら、ゴールドなんか正体バレの常習犯だろ?

 

「そりゃあ、俺だって彼女の何人かにはバレちまってるけどさぁ……流石にそんなバレ方はしねぇって」

 

 同じ高校生ヒーローの立場ならわかってくれると思ったんだが、当の本人たちからの意見は予想以上に辛辣だった。

 二丁拳銃を武器に戦う黄金の射手アスキー・ゴールド。その本名は「清船 誠氏(きよふね せいじ)」。俺と同い年であり、今は同じ学校に通っている高校生である。

 黒髪中背の端正な顔立ちのイケメンは、一見人畜無害そうに見えるが、この男もアスキーエースらしい中々の問題児だ。

 具体的に何が問題児かと言うと、モテることだ。それはもう尋常じゃないぐらいモテる。泣かせた女の子は数知れず、下は小学校高学年から、上はアラサーまで交際しては別れてきた太ぇ野郎だ。現在進行形で十人ものハーレムを築いているらしいが、男女問わず刺された回数も片手では収まらない。

 名前と言い、その人物像と言い、この男を見ているとやる夫スレレジェンド俳優である氏ね様を思い出す。この間例のアニメ最終回を見せてみたのだが、この男は「俺は刺されても死なないからおk」とか脳天気に言ってみせたものだ。ヒーローらしい潔さだがヒーローらしからぬ不埒さである。

 

「自覚はしているが、お前にだけは言われたくねぇわ」

 

 しかし付き合ってきた女の数だけ正体バレのリスクを負い、実際何度となく正体バレを経験してきた彼だ。

 だがそれでも一度も苦労している様子を見せたことがないゴールドなら、何かこういい感じのフォローを思いつく筈である。

 だから協力してほしいだろ、戦友的に考えて。

 

「やだよ、なんでお前の為にそんなことしなきゃいけないんだ」

 

 そこをなんとかしてほしいだろ! 同じアスキーエースの仲間じゃないか!

 

「ハッ、それが人に頼む態度か? 土下座しろ土下座!」

「じゃあいいや、ブラック助けてくれ」

「おい」

「はは……」

 

 どうやらゴールドは助けてくれないようだから、もう一人の仲間の方に向かって土下座することにした。

 もう一人の仲間――混沌の騎士アスキー・ブラック。本名「一家内 央麻(いつかない おうま)」。こちらも同級生である。

 変身時はTHE・厨二ヒーローって具合にイカした黒騎士の姿になるのだが、彼自身は至って温和かつ礼儀正しい性格である。

 身長は俺と同じぐらいひょろ長いが、見た目は至って普通の高校生であり、丸刈りにした髪型も相まってモブキャラ感が漂っている。その姿だけ見れば、どう見ても世界の危機に立ち向かったヒーローには見えないだろう。

 しかし、彼もモテる。しかもそれは誠氏のような男女の恋愛的な意味ではなく、もっと別の、カリスマ的な意味でとてつもない人気があった。

 人徳もあるが、何かこう言葉に言い表すことができない謎のオーラが出ているのだ。そんな彼は、何故かただ廊下を歩いているだけで男女問わずサインを求められることが多々あった。

 さしずめ、俺がやらない夫なら、コイツはいかない夫さん、であろう。この三人のまとめ役でもある為、俺もこの男のことはヒーローとしてはもちろん、一人の男としても尊敬していた。

 そんなアスキー・ブラックこと一家内央麻は俺の頼みを真摯に受け止めると、食べ終わった弁当箱の蓋を閉め、熟考のポーズを取りながら言った。

 

「古矢琉音さん、と言いましたね。その方は貴方に対して、どのくらい追及してきましたか?」

 

 やはり同僚として、第一に気になったのはそこだろう。

 仲間の一人の正体がバレたことで、自分にも跳び火する可能性がある。その件関しては既に司令とも話を付けているが、ヒーローのまとめ役であるブラックにも伝えることにした。

 

「あまり問い詰めてはこなかったな。アイツもヒーローの事情っていうのはすぐ察してくれて、俺の正体にも最初は驚かれたけどすぐ納得した感じになって、今朝からは何事も無かったように接してくれている」

「ふむ……そうですか」

 

 そう。

 正体バレしたあの時、ルオは深く問い詰めてこなかった。アイツはヒーローマニアでこの二人のこともめっちゃ応援していたのだが、いざ俺がアスキー・ホワイトだと知ると言葉少なく、一言謝るとあっさり自分の家へと帰ったのである。

 それが下手な気を遣われたのはわかっている。あっちの方は子供の癖して、俺が思っていた以上にルオという幼馴染は大人になっていたらしい。

 

「いい女じゃねぇか!」

「大凡、ヒーローの正体を知った者としては最良の反応ですね」

 

 ああ、少なくとも俺の正体を拡散するようなことはしないだろうよ。

 ただ、知らなくていいことを知ったことでこの先アイツが俺たちのバカ騒ぎに巻き込まれるかもしれないと思うと、気が気じゃなくてな。

 アイツもそう思ったからこそ、今朝は何も見なかったように振る舞ってくれたんだろうが。

 

「本部に行けば記憶の処理も出来なくはないでしょう。しかし……」

「記憶処理は、消したくない記憶も消してしまうリスクがあるんだろ? そんなのヒーローがすることじゃないだろ、常識的に考えて」

「まあバレる時はあっさりバレるもんだ。ウダウダ悩んでたってしょうがねぇよ」

「経験者は語りますね」

「うっせぇ」

 

 ……まあ、あのままアイツと友人付き合いしていたら、遅かれ早かれその時は来ていたのだろう。思い返すと、アイツも時々俺のことを疑っていたような節もあったしな。決定的になったのは昨日だったというだけの話だ。

 確かに、ウダウダ悩むのは建設的じゃないだろ。バレた時はバレた時なりに上手く付き合っていくしかないわけだ。

 今目の前にそれを実践している仲間がいることは、俺にとっては頼もしい話だった。

 そんな先駆者――アスキー・ゴールドこと清船誠氏が言う。

 

「この際、あの子と婚約しちまえよ。そうすりゃ四六時中監視できるぜ?」

「そりゃ酷いだろ常識的に考えて」

 

 いちいち判断が早いやっちゃな下半身的に考えて。

 そんなことを繰り返しているから何人も囲う羽目になるんだろ。

 

「別に俺苦労してねーし。ハーレム最高」

 

 ゲス顔で言い切ってみせたゴールドの考えは、実に男らしいが常識的に考えてリスペクトできないものだった。

 しかしこの場で最も頼りになるまとめ役、ブラックの意見はそんな彼に追従していた。

 

「いえ、ゴールド……誠氏の言うことには一理あります。家族になってしまえば、我々の仲間にも優先的に庇護してもらえますからね。僕個人としては気が進みませんが、そういう意味では悪い提案ではないと思いますよ」

 

 もちろん、古矢さんがどう思っているかが一番重要ですが――そう続けられたブラックの言葉は、ぐうの音も出ない正論だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、普通に嫌だけど」

「だよな!」

 

 これがラブコメ系やる夫スレの主人公なら、今まで仲の良い幼馴染としか思っていなかった異性へのどうたらこうたらで悶々としていたところかもしれない。

 しかし、俺は常識的な人間である。

 常識的に考えて、まずあり得ないだろうなと思いながらゴールドの提案を馬鹿正直にルオへと告げてみたが、予想通りと言うべきか奴はあっさりとした反応で断ってみせた。

 

「そんな理由で婚約とかマジないわー。なんで目に毒な光景見せられた上にルオの将来まで決められなあかんのや」

「ごもっともだろ。目に毒じゃないが」

 

 乙女の柔肌ではあるまいし、俺の美しいポージング姿を見ただけで責任を取らされるなど確かに堪ったものではないだろう。

 帰宅後、今日も何事も無かったように家に上がり込んでレッドちゃんプラモの改造を進めに来たルオの返答に俺は安堵する。

 ルオは一晩挟んで、そして俺は二人との相談を挟んだことで今ではすっかり冷静さを取り戻していた。

 揶揄う余裕も出てきたのか、ルオがパーツをヤスリ掛けしながら、ニヤついた顔で言ってきた。

 

「おうおう、もしかして期待してた? してた?」

「いや、寧ろ安心しただろ常識的に考えて」

「うん、お前はそういう奴だわ」

 

 悩んでいた俺を見てマウントを取るチャンスだと思ったようだが、まだまだ甘いなルオ。そんな程度で動じる俺じゃないだろ。

 それに……

 

「よくよく考えると今更の話だし、要らない心配だったからな」

「ん……心配?」

 

 お前が正体を知ったことで、いつか訪れる俺たちの戦いに巻き込んでしまうことを恐れた。だがそれは親しい関係である以上、前までも同じリスクはあった。

 つまり正体がバレようがバレなかろうが、俺がやるべきことは今までと何も変わらないということだ。

 

「この先お前がどんな危機に陥ろうとも、俺はお前を助けに行く。俺がお前を守るのは、昔から何も変わらないだろ」

 

 アスキー・ホワイトは常識の守護者。お前を襲うような非常識は、何があっても許さないだろヒーロー的に考えて。

 そう宣誓する俺に向かって、ルオはヤスリ掛けの手を数秒止めた後、吹き出して笑った。

 

「ははっ、ワロス」

「こら、せっかくヒーローっぽいこと言ったのに!」

 

 いつもの調子で言った後、何事も無くヤスリ掛けを再開していく。

 まったく、空気の読めない奴である。

 

「……とっくに助けられてるよ、ばーか」

 

 さて、俺も何か積みプラでも消化しておくか!

 そうだな、今日は俺を作るとしよう。MGアスキー・ホワイト(エクストラ・フィニッシュ・バージョン)。最近販売したばかりのキットで、俺の可動域を完璧に再現した見事な出来栄えだと評判だろ。

 ちょっと改造すればやらない夫も作れそうだしワクワクするだろ。

 

「自分のプラモを組むってどんな気持ちなの」

「普通に楽しいぞ? アイドルだって自分のグッズが売れたら嬉しいだろ常識的に考えて」

「それならさ、今度レッドとブルーに会ったらお願いしてよ! グッズ出してーって!」

「まあそれは構わんが……いつ会えるかわからんぞ?」

 

 ヒーローの幼馴染がいて、真っ先に頼むのがそれとは。平和的な友人で何よりだろ。

 ただ、ブルーはともかくレッドはまず受けてくれないだろうなぁ。明らかにそういうの嫌いですって態度してたし。

 パンデミリアンとの戦いだって、ブルーが強引に引っ張ってこなきゃ共同戦線すら張れなかっただろ。なんだかんだでブルーの言うことだけは考慮してくれるけど、ありゃあ根っからの一匹狼気質だな。

 

「解釈一致やー!」

 

 そこ、興奮するところか。

 

「当たり前じゃん! クールで無愛想なレッドと、明るくて気さくなブルー! 性格は正反対な二人だけど、戦う時は阿吽の呼吸でお互いを支え合う! どっちが受けでも成立するベストカップルだって常識だよ常識!」

「日本を守りたくなくなるだろ常識的に考えて……」

「つまりレブルがジャスティス! 間に挟まろうとする奴は死ねばいいよ」

 

 カップリングの話になると早口になるだろ。どうでもいいがレブルって言うとなんだか凄くスペシャルな漫画っぽいな。俺はレイエ派だろ常識的に考えて。

 パンデミリアンとの戦いでは、見目麗しいヒロインは二人組で行動することが多かった。それ故に、彼女らはその手の人気も根強い。去年ルオと行ったコミケでは恐れ知らずの奴らが百合ん百合んな本とかえっちい本とか出しまくっていただろ。買えるだけ買っておいたわ。因みに俺たちアスキーエースでは主にブラックとゴールドが被害に遭っている。まあ平和だって証拠だろ。

 

 思えばそういうくだらないものこそが、自分が守れたものに対する実感を得られるものなのかもしれない。でも俺を巻き込むのは勘弁な。

 

 

 

 

 

 

 

 



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で? っていうwww

 

《起きるだろ。常識的に考えて……常識的に考えて……常識的に考えて……常識プチッ》

 

 嗚呼、今日も素晴らしい朝が来た。

 愛用のやらない夫型目覚まし時計を止めた俺は、清々しい寝覚めで朝を迎えた。もちろん、この目覚まし時計は俺の自作である。やらない夫のAA職人は時々意味のわからない面白AAを作るから堪らないだろ。

 気分は快調。ヒーローたる者、有事の際はいつでも出動できるように備えておかなければならないからな。だからこそ俺は、日頃から始動の早い身体を作るように訓練していた。かのでぇベテラン声優のように、寝起きからかめはめ波を叫べるぐらいが理想である。肝心な時にヒーローが舟を漕いでいたら話にならないだろ常識的に考えて。

 

 そんな俺は早速外出の支度を整えると、厨房に立って今日も元気に朝食を揚げていく。その際、「食材どもよ、我が力によっておいしくなるがよい! ゲーッハッハハ!」と元気に高笑いを上げるのは忘れなかった。

 やらない夫と言えば料理上手であり、料理中は常にハイテンションの男である。俺もそんな彼に倣い、人並み以上に料理ができる男だった。

 そうしているとカウンターの向こうでいつの間に我が家に上がり込んでいたのか、二人分の食器を並べながら我が物顔でダイニングテーブルに待機しているルオの姿が見えた。

 お前の分も作れと? いいだろう! お前の、お前だけの為に美味しく、美味しく仕上げてくれるわぁ!

 

「へい! トンカツ定食お待ちぃ!」

「うお、朝から重いなぁ……おいしそうだけど」

「揚げ物は得意分野だろやらない夫的に考えて」

「はいはいありがとありがと」

 

 朝は胃にもたれる料理を好まない者が多いが、俺的には朝食こそがっつり摂りたいタイプである。特に俺たちの日常はカロリー消費が激しい為、食生活には細心の注意が必要だった。

 パンデミリアンと戦っていた頃はとにかく時間が惜しかったのでサプリメントや流動食で済ませることが多かったが、今は平和になったのだ。自分が美味い物を食べる為にも、せっかく覚えた料理の腕を腐らせておくのはもったいなかった。

 ……うむ、外はサクサク、中はジューシー、我ながら良い揚げ具合だろ。野原ひろしじゃない人も絶賛するクオリティだろ。目の前でちまちまと咀嚼しているルオの顔もわかりやすく綻んでおり、自然と俺の頬も緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気は快晴で、絶好の行楽日和である。

 そんな日に俺たちが向かったのは、市の駅の近くにある映画館だった。

 今日は世間で一番アツイ映画である「映画アスキーエース 〜パンデミリアン襲来〜」の公開日である。

 俺たちアスキーエースとパンデミリアンの戦いを描いたというその映画は、人気芸能人を惜しみなく投入した贅沢な布陣に加え、日本のCG技術をふんだんに注ぎ込んだ超大作とのことだ。これは当事者として見に行くしかねぇと期待に胸を膨らませながら、ルオと共に拝見させてもらいに来たというわけである。

 まあ、当のルオはと言うと期待よりも不安の方が大きいようで、今朝からジト目でパンフレットを見つめていたが。

 

「なんかすっげぇ地雷臭がするんだよなー」

「そんなの見てみなきゃわからないだろ常識的に考えて」

「当事者的に、楽しみなもんなの?」

「そりゃ楽しみだろ! 俺役の人すっげぇイケメンだったし」

「そういうところが不安なんだよ……いかにも狙いすぎてて」

「捻くれてんな。こういうのは楽しまなきゃ損だろエンタメ的に考えて」

「それはそうだけど」

 

 ルオの推しであるレッドとブルーが一切PVに登場していなかったことや、ヒーローたちが全員人気アイドルグループながら演技経験無しの若手だったりと、そこはかとなく不安を感じる要素が揃っているのはわかるが、見る前からネガティブな思考に固まるのは良くないことだ。何事も自分の目で見なければ本質は掴めないし、売られた映画は定価で買う。それが俺のポリシーである。

 

「バカ映画感覚で見ればいいんだよああいうのは」

「……私は時々お前のことがわからなくなる」

「ははっ、私はいつもお前のことがわからんわ」

 

 ほら、道行くあそこの女子高生たちもああ言っているだろ? 不安なら期待値を低くして見ればいい。面白かったらそれでいいし、つまらなくてもダメージが少なくて済む。映画なんてそれでいいんだよ。

 ……ってか、あの子らすっげー美人だな。目の保養になるだろ男の子的に考えて。

 

「ほうほう、ナイオはああいうのがタイプと……ふむ、ええのうええのう!」

「ニヤニヤすんなよレズっ子が」

「レズじゃねーし」

 

 二人の姿に思わず見とれていると、ルオがにゅっと隣から覗き込みながら同意を返す。

 ラブコメヒロインならこういう時、嫉妬で俺の脇腹を小突いたりだとかそういう可愛い一面を見せる場面かもしれないが、おあいにくとも彼女の感性は男の子に近い為、妙な空気になったりすることはなかった。

 

 さて、そうこう話している間に映画館に着いた。

 見せてもらおうか、俺たちアスキーエースを描いた日本映画のクオリティーとやらを!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん……まあまあの出来でしたわ。期待値のちょっと下ぐらい。映像は綺麗だった。いやあ、日本のCG技術も上がったもんだろ!

 今見た映画の余韻に浸りながら映画館を速やかに後にすると、人混みから離れたところで開口一番にルオが言った。

 

「糞映画だったね」

「面白い糞映画だったからいいじゃない! やる夫が人生でいいじゃない!」

「どんな地獄だよその人生」

 

 ……うん、なんかこう、評価のし難い出来だったな正直。

 ああ、つまらなくはなかったのよ。戦闘シーンは派手だったし、ゴールドが親指を立てながら溶鉱炉に沈んでいく場面とか、月をバックに舞い降りるブラックの登場シーンとか、イケメンすぎる俺とか、エンタメ的に楽しめる場面も多かった。俺含めて三人ともカッコ良く演じられていたし、何なら本物より美化されていたぐらいだ。

 ただ、こう、何というか……

 

「意味の無い冗長な会話が多すぎるし、四人目の知らないヒーローとか出てくるし、主演は顔はいいけど大根過ぎるしヒロインはルーさんみたいな喋り方だし、なんか大体予想通りだったわ……」

 

 そうそう、そんな感じ。PVでは派手な戦闘シーンを推していたのに、蓋を開けてみればやたらと会議シーン(特に伏線とかではない)が多く、主役の出番も少なく眠くなる展開が続いた。内容の内、見たいところは全部PVに詰まっていた映画だったのだ。あとよくわからないオリキャラが出ていた。大人の事情で出せなかったレッドとブルーの代わりに出したんだろうけど、なんか雑に登場して雑に強くて、終盤になるともう全部アイツだけでいいんじゃないかってぐらいに暴れていた癖して、なんかよくわからないままあっさり死んだ。構成的には盛り上がる筈のシーンなのに、展開に説得力が無さすぎて置いてきぼりになったのである。

 糞映画と言うには普通に面白かったんだけど、傑作と言うにはおこがましい。そんな感じの、よくある雑な映画だった。俺としては戦闘シーンの見応えだけで及第点ではある。あと入場特典でアスキー・ホワイトのミニフィギュアを貰えたのが良かった。大切にしよう。

 

「で、あれってどのぐらいノンフィクションなの? オリキャラは置いておいて」

「ああ、ほとんどフィクションだよ。史実通りなのは俺がいい男だってところぐらいかな?」

「ハハッワロス」

 

 あの戦いには、秘匿事項が多いからな。ノンフィクション映画なんかはなから無理だとわかっていたし、だからこそ俺は最初からエンタメ映画として見ていた。なので脚色部分には落胆もせず楽しむことができたが、ルオの方は思いの外ガッカリしている様子だった。

 あっ、でもルー語で話す博士役のヒロインは再現度高かったと思う。本物は男だけど。

 まあそういう映画で。

 

「ゴジラを足せばもっと面白くなったかもな」

「出たなラドン信者」

 

 サプライズゴジラ理論である。

 今回の映画は特撮ヒーロー物にしては中途半端にリアルに寄せすぎていて、かと言ってリアル路線で描いたにしては雑すぎた。ならばいっそゴジラでも足した方が面白かったであろうことは間違いない。シリアスもバトルもシュールギャグさえも完璧に全うするゴジラはすげぇよ……ということを改めて再確認しながら、俺たちは帰りのバス乗り場へと向かっていく。

 

 そう言えば、ああいうドラゴンタイプの怪獣とは戦ったことなかったなと思い出す。

 

 パンデミリアンの外見はどいつもこいつもグロテスクな異形って感じだったし、正統派な怪獣とはまだ俺たちも戦ったことはない。戦ってみたいかと言われれば、もちろんNOだが。

 「裏」の世界にはきっと、ああ言った怪獣もいるんだろうな。フィクションならなんぼでも足していいが、現実世界には足してほしくないもんだろ。苦笑しながらそう思った。

 

 

 ――そう思った、丁度その時だった。

 二年間の平和が、終わりを告げたのは。

 

 

 怪獣映画を見たくなった俺の思考がフラグになってしまうなど、夢にも思わないだろう。

 しかし、それは現れた。人混みが賑わうこの町の中に、大地の激震させながら。

 

「!? な、なんだぁ!?」

「ちっ!」

「ふぎゃっ」

 

 唐突に地震が起こり、危うく転倒しそうになったルオの身体を強引に抱き抱えながら身を伏せる。

 現代の建物が崩落するほどではないが、立っていられないほどの強い揺れだ。

 この時俺の頭の中には、嫌な予感が過ぎっていた。ヒーローとしての勘という奴である。

 この揺れが自然災害ではないことに、何となく気づいていたのかもしれない。

 そして、その予感は正しく証明されてしまう。

 隆起していく交差点のアスファルトを突き破りながら現れた、一体の「(ドラゴン)」の姿によって。

 

「おいおい……冗談キツいだろ常識的に考えて」

 

 怪物の存在を目にした人々からざわめきが広がり、程なくして悲鳴が上がる。

 馬よりも遙かに発達した強靱な足腰を持ち、腕は短いながらも手は大きく、両手を覆う赤い鱗はボクシンググローブのように見える。

 全身は緑色の皮膚に覆われており、丸みを帯びた大きな眼差しが動揺する人々を見渡していた。

 全長は推定約15メートル。その姿はゴジラでもアメリカのアレでも無いが、まさしく正統派なドラゴンタイプの怪獣だった。

 

「むぐっ……おい、苦しいんだけど」

「ああ、すまん」

「なんだなんだ険しい顔して? そこに何かいるの……って、アレは!?」

 

 揺れがおさまったところで抱きかかえていたルオを離すと、俺の神妙な顔を見て彼女も視線の先にいる怪物に気づき、その姿に言葉を失った。

 ああ、俺も驚いている。

 そこに怪獣が現れた――と言うことはこの際いいとして、現れた緑色のドラゴンの姿が、どうにも日本国民にとって見覚えのあるカラーリングをしていたからだ。

 その姿はまるで、世界中の人々に愛されているゲームキャラクターの……

 

「ねえ、あれってヨッs」

 

「DETTEYOUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUッ!!」

 

 ヨッシーではない! でっていうだコレ!

 

 ルオが危うく言いかけた元ネタの名を遮るように、緑色のドラゴンが甲高い鳴き声で咆哮を上げた。うるせぇ!

 特徴的な咆哮は人々の鼓膜を震わせ、脳神経を威圧していく。

 比喩抜きに窓ガラスが破れそうな咆哮である。慌ててルオの耳を塞いでやったのはいいが俺自身の頭がガンガンするだろ。

 しかしこの異常事態……あの怪獣が撒き散らす災いが、騒音だけで済む筈が無いだろう。

 やれやれと首を振りながら、俺はやれやれ系やらない夫AAのようにフッとため息を吐く。平和が壊れる時は、いつもこうだ。

 だが人々にとって幸運だったのは、俺がいるこの場所に奴が現れたことか。

 俺にとって不運だったのは、ルオがいるこの場所に奴が現れたことだが。

 

「ルオは逃げろ」

 

 ルオの耳から手を離すと、呆けたような顔でこちらを見つめている彼女の顔を見据えながらそう命じる。

 すると、彼女もハッと現状をすぐ認識したようで、俺の言葉にコクコクと頷いてくれた。

 実を言うとかつてパンデミリアンが襲来した時、彼女も何度か過去に出歩いた先でこういった事件に巻き込まれている。それ故に、並の市民よりはトラブルに慣れており、冷静な対応が出来る子だった。プロ市民という奴だ。

 そんな彼女は俺の目を見つめ返すと、心配そうに問い掛けてくる。

 

「……戦うの?」

 

 もちろんだろ、ヒーロー的に考えて。

 その為に俺は今、ここにいるんだからな。

 

「悪いな。楽しい平和は終わりのようだろ」

 

 アスキー・オーブを掲げ、目映い光と共にアスキー・ホワイトへと変身する。

 二年ぶりの実戦になるが……相手が「でっていう」擬きとはな!

 でっていうとは、かの国民的ゲームの人気キャラクターをモデルにした2ch派生のAAキャラクターである。本物のスーパードラゴンとは似て非なる不細工な外見をしており、やる夫スレではひたすらにウザいキャラ付けをされていることが多い。

 因みに俺はそのでっていう、2chAAの中ではやらない夫の次に大好きである。でっていうが良いキャラをしているやる夫スレにハズレ無しという持論を高らかに叫べるほどには、俺はでっていうのことを気に入っていた。

 だからさ……

 

「DEDEDE! DEDEDEDE!? DETTEYOUUUUUUU!!」

「うっせぇぞこの野郎!」

 

 芝が足りねぇし、微妙に発音がおかしいんだよパチモン野郎ッ!

 どういうわけか知らないが、でっていうを連想させるカラーリングをしている癖して色々とコレじゃない感を漂わせているドラゴン怪獣をいの一番に蹴り飛ばすと、俺はやらない夫を目指すヒーローとして怒りに打ち震えた。



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