春風のドルチェ (お日様ぽかぽか(zig))
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春風のドルチェ
春。厳しい冬の寒さが終わり、柔らかな暖かさに巡り合う季節。
あれほど恋しくて待ち遠しかった時間が、私達の街にもようやく流れ始めました。
「ゴンドラ、通りまーす!」
「ぷいにゅーい!」
影に覆われた狭い路地を抜けて、陽の当たる道に出ると、空から降り注ぐ太陽の光に包まれて、それだけでもう大変幸せな気分です。
「春ですねぇ、社長」
「ぷーい。ぷいにゅーい」
ゴンドラの上で春風に吹かれるアリア社長も、とても気持ちよさそう。
ともすると眠気に誘われてしまいそうな穏やかさ。
「春風が気持ちいいですねぇ」
「ぷーい。ぷいにゅい」
マンホームから離れた、かつて火星と呼ばれたこの惑星。アクア。
テラ・フォーミングによって人が住めるほど気候が制御されていても、一年中を通して同じ季節であることはありません。
大きな雪だるまが作れるくらいに街中が真っ白なお化粧をする季節だってあるし、日陰を求めて延々と歩くような白昼夢を見せる景色だってあります。
完全自動化されたマンホームからすれば、不便の多すぎる街。
それでも、このネオ・ヴェネツィアという街は、いつでも素敵な顔を覗かせてくれます。
それは、不便だからこそ、と言えるかもしれません。
「社長。こんな日は、なにかいいことがありそうな気がしませんか?」
「ぷいにゅ!」
私が微笑むと、アリア社長の声と一緒に、また春風が吹きました。
「わあ……!」
「ぷいにゅ!」
春。心安らぐ素敵な季節。
夜空いっぱいに広がる桜を探しに行ってもいいし、迷子のおじいさんと一緒にじゃがバターを食べても格別な、心うららか春爛漫な季節。
「灯里ー!」
「灯里せんぱーい!」
「あ! 藍華ちゃーん! アリスちゃーん! おはよー!」
「ぷいにゅー!」
楽しみながら漕いでいたら、いつの間にか、待ち合わせ場所に到着してしまいました。
姫屋の藍華ちゃんに、オレンジ・プラネットのアリスちゃん。
どちらも、私と同じウンディーネです。
「早く来なさーい! 今日もプリマ目指して特訓するわよー!」
「藍華先輩、朝からでっかいうるさいです!」
「にゃにおぉー!?」
「あはは!」
そう。目指すは、プリマ・ウンディーネ。
水の都と呼ばれたヴェネツィアをそのまま再現したこの街で、お客様をご案内する素敵なお仕事。
上達すればするほど、手に負担をかけず操舵できるという理由から身に着けている手袋も、一人前になれば外すことができるのです。
そしてそれは同時に、一人でもお客様を案内できる一人前になったということ。
憧れた一人前になるために、今日も私、水無灯里は、めいっぱい楽しみながら、ゴンドラを漕ぎたいと思います!
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