同盟上院議事録外伝 (kuraisu)
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宇宙暦788年〜エル・ファシル陥落後の平和共和国〜
戦争から生まれた国〜デルメル平和共和国〜(上)


「我々は忘れてはならないのです。まつろわぬ民として扱われ、同じ同盟市民からの謂れなき偏見と差別に苦しみ、憲章擁護局には罪人の如く扱われたことを。ゆえにこそ、この新たな故郷にて、我らは平和を享受し続ける為、抗い続けるのだと。我々が被った苦しみを、今後の同盟市民たちに味あわせてはならぬのだと。この切実なる祈りを込めて、我々はここにデルメル平和共和国の建国を宣言する!」(デルメル平和共和国建国式典における演説より)


 いわゆる【交戦星域】と呼ばれる領域に存在する同盟加盟国は、『銀河連邦サジタリウス準州』という開拓途上の植民惑星群を発端とするものが多く、その立地条件から頻繁に銀河帝国の脅威に晒されている国々であるのだが、何事も例外が存在する。

 

 その例外の国、デルメル平和共和国は【交戦星域】に存在する国でありながら、アルレスハイム王冠共和国と並んで新興国に分類されている。いや、アルレスハイムは帝国からの亡命者の収容施設であり自治区であった頃の前史を含めると、デルメルはアルレスハイムと比べても『新しい国』ということになるだろうか。

 

 デルメルの歴史は、常に帝国との戦争が密接に関わっていた。そもそものはじまりは、コルネリアス一世の大侵攻である。追い詰められた同盟諸国では反帝国感情が吹き荒れ、『帝国のスパイ』や『帝国の協力者』と見做された者達を、憲章擁護局が問答無用で拘束して回るという事が起きた。

 

 が、その拘束対象はというと、民間が独自にスパイ狩りをはじめ、民間からの密告情報に基づいて憲章擁護局の各部局が法律によらない主観的判断により拘束するかどうかを決定していたので、当然、拘束されて各惑星の収容施設に収容された者達の大半は冤罪という事態を招いたのである。

 

 からくも帝国軍を同盟領内から退けた後、憲章擁護局はこの真実が明るみにでないよう責任回避の隠蔽工作に走った。表向きは「当局に割り当てられた予算削減に対応し、収容者に人道的生活を送らせるため」という名目で、拘束していた収容者に自治を与えると称し、現在【交戦星域】と呼ばれている領域にあった寒貧な惑星デルメルを収容自治区に指定し、そこに収容者を居住させたのである。

 

 が、その実施はとなると、すべてが杜撰であった。そもそもデルメルが収容自治区に選ばれた理由というのが、コルネリアス一世の大侵攻によって大きな被害を受けたのが【交戦星域】であり、当然というべきか帝国の侵略に対する協力者の風評を得たものがこの領域に多かったので、移送が楽だと極めて雑な見積もりによるものだったのである。

 

 デルメルに移送された収容者たちは、『耕作地』という名目のまったく整備されていない広大な荒地、粗製乱造された性能の良くない農具、そして作物の種を与えられ、農作業をして自活することを憲章擁護局から求められた。収容者のだれもが無茶だと思ったが、畑を耕さない者に憲章擁護局職員は食料の配給を止めたりしたし、時折、見せしめとして公開処刑をしたりもしたので、収容者たちは生きるために畑を耕すしかなかった。

 

 やがて過度な全体主義的統制は、大多数の民衆の反感を招いて同盟政府で政権交代が起こり、前政権の罪悪の象徴のひとつとしてあげられた憲章擁護局が解体されると、デルメルの収容者たちは被害者と見なされ、同盟市民としての権利を復活させるなどの名誉回復が行われた。

 

 しかしデルメルの収容者たちは故地の住民から『帝国の手先』となじられ、魔女狩りのごとくに追放された者たちであったので、故郷へ戻ることを望まない者は多く、同盟新政権としても前政権の過ちを認めたとはいえ、【自由惑星同盟政府】の権限強化を目指していたので、その流れに大きなブレーキをかけるかもしれないデルメルの収容者たちの故地への帰還に対する支援は手厚いものとはならず、結局収容者の大半はデルメルに留まることを選んだ。

 

 それを受けて同盟政府はデルメル自治区を加盟国に格上げする方針を示し、デルメルの有力者たちが集まって議会を作り、デルメル平和共和国の創立を宣言した。わざわざ国名に「平和」の文字を入れたのは、当時の住民たちが心の底から平和を切望し、この新たなる故郷が平穏ならんことをという願望を反映してのことであると伝わっている。

 

 ――そんな建国者たちの平和への熱望は、現在、たしかに実現しているのかもしれない。それが建国者たちが望んだ形であるかどうかは、確かめようもないのであるが。

 

「これよりデルメル国民議会を開会します。ついては常任議事執行委員会より提案します」

 

 そんな国の議会では、開会の際に毎度一風変わった光景を見ることができる。

 

「本会議における議事進行役として、本委員会はアスダ・トエル・ナムを推挙します。異議ある方は申し出てくください」

「異議なし」「異議なし」「異議なし」

「では、国民議会の委任を受け、私、アスダ・トエル・ナムが本会議の議事進行役を努めさせていただきます」

 

 これはデルメル国民議会の様式美である。これにはデルメルの成り立ちが大きく影響している。元々『帝国に対する協力者』というレッテルが貼られた者たちの収容自治区であった経緯からして、デルメルの最初の国民は帝国からの亡命者一世や二世の割合が自然と高くなったのである。

 

 それはとりもなさず、帝国の価値観を色濃く残している者たちが多数派であること同義であり、そうではない背景の者たちからすれば大変な脅威であると言えたのである。この点について帝国系の有識者も問題に思っており、その解決策のひとつとして設置されたのが他の国なら議会議長に相当する、常任議事執行委員会である。

 

 最初期の常任議事執行委員会には様々な背景を持つ有識者たちが『選挙を経ずして』所属し、国民議会の『正常で公正な』議事進行を行うために強権を振るったが、時代が流れるにつれて徐々にその権限が剥奪され、現在では議長格としての名誉職として認識されている。

 

 認識されているが、今でも議会が開かれるごとに毎回人種や文化背景的に異なる議事進行を推挙し、それを国民議会が全会一致で承認することによって、この国の多様性を象徴する仕組みのひとつとも認識されているのだった。

 

「本日の最初の議題は、国民と議会に対する同盟弁務官の活動報告をしてもらうことです。同盟弁務官、アーノルド・フォルカー君」

 

 デルメル平和共和国国民議会の議事進行役に指名されて、黒髪碧眼の険しい顔の男、一目でゲルマン系だとわかる男の服には議員バッジと共に、この国の与党である協商平和聯合党の党章が輝いている。しかし演壇に立った彼を、仲間であるはずの与党議員も油断ならぬ警戒した視線を送っている方が多数派であった。

 

 フォルカーは軽く深呼吸をして、演説を始めた。

 

「賢明なる国民議会議員諸君。私が同盟弁務官として報告を行うのは、これが最後ということになりましょう。私めの同盟弁務官としての活動は、ともすればデルメルの国益に反すると一部の方々から思われ、この議事堂にいつも白熱の議論を巻き起こしてきたわけでございますが、それも今回で最後ということになりますので、議員諸君には今少しお付き合い頂きたく存じます」

 

 議場に苦笑いの波が起きる。フォルカーは同盟弁務官として、あまりにもデルメルより同盟全体の利益を優先させがちだと、多くの議員から認識されていたのである。同盟下院議員ならそれでもいいかもしれないが、同盟上院議員がそうした姿勢をとるのは好ましくなかった。

 

 同盟上院の正式名称は【同盟弁務官総会】であり、自由惑星同盟を構成するそれぞれの「共和国」から選出されて派遣される「共和国の利益代弁者」という側面が強い。そうであるからには、同盟全体よりかはデルメルの利益をこそ、フォルカーは優先すべきであろうに。そんな認識をする議員が多数派であったのである。

 

 そんなフォルカーは既に同盟弁務官を六年間務めている。つまり今年で任期切れであり、来期の同盟弁務官選挙に立候補する気はないことも宣言しているので、この破天荒な同盟主義者が自国の利益代表者という立場でいられるのは、あと少しの間の話なのである。

 

「とはいえ、今回の報告は多くの議員方から賛同をいただけると確信しております。仮に反発があったとしても、些細な事柄についてのみでしょう。ええ、私はこれまでの議会にしてきた報告を思えば、非常に晴れやな気持ちで報告することができるのであります」

 

 議員たちの大半が「はぁ?」とでも言いたそうな表情をした。議員たちは、またしてもフォルカーは上院でやらかしてきたと思っていたので、何を言ってるんだという気持ちになったのである。そして幾人かの議員が実際にヤジとして口にしていた。

 

 そのヤジに、フォルカーは柔和な笑みを浮かべて、軽やかに言った。

 

「なにやら疑問の声がとんできておりますが、ただ事実を言っております。私はこの国の同盟弁務官として、大変誇らしい仕事をしてまいりました。不幸にも帝国軍に郷土を占領されてしまった同盟友邦のエル・ファシル人民の生活のために、デルメル平和共和国の弁務官として叶う限りの最大限の支援を行い、同盟政府に対しては一刻も早いエル・ファシルの奪還を求めました。また、同僚のサウリュス・ロムスキー氏の同盟弁務官事務所にて結成されたエル・ファシル亡命政府に対しては支持を表明し、要望があればなんでも伝えてほしいと明言してきたのであります」

 

 宇宙暦七八八年八月、つまり、今年の八月のことだが、エル・ファシル共和国に駐留する同盟軍警備艦隊と帝国軍の小艦隊との間に小競り合いが起きた。これ自体は珍しいことではない。【交戦星域】においては、帝国軍との小規模な戦闘は日常的な脅威であると認識されており、今回もまたいつもの範疇におさまるはずのものであった。

 

 しかし帝国軍の勇猛さの前に、エル・ファシル警備艦隊が惨敗を喫し、帝国軍によってエル・ファシル共和国領域全土が占領されるという事態が起きるとあっては、『いつものこと』で済まされる範疇を遥かに超えていたと言える。

 

 よって同盟全体を重んじる姿勢をとりがちなフォルカーとしては、エル・ファシルの者たちに対して、最大限の支援を約束するのは至極当然のことであったが、それが当然とは言えない事情がこのデルメルにはあるのである。

 

「同盟市民である以上、生まれ育った郷土を理不尽に追われることが肯定される道理などなく、また郷土を追われた者たちが泣き寝入りせざるをえないなど、あってはならぬのです。かような悲劇は、我らが祖国を創設した建国の受難者たちで最後にしなくてはならぬ。これはデルメル建国以来の悲願であり、全デルメル国民が共有できる理想であると小職は確信しており、私の決断と行動を、多くの議員方が賛同してくれると思うのも、まさにこのためなのです」

 

 フォルカーが胸を張ってそう述べると、少なくない議員がばつの悪そうな顔をする。生まれ育った郷土を理不尽に追われた。そうした経歴の者たちが集って建国された国であるからこそ、幼き頃からそうした物語をよく耳にして育ったデルメル人は、他の【交戦星域】の国々に引けを取らぬほど、郷土愛の強い国民性と評されがちであり、それは事実でもあったから、正面切って否定しにくい「理想」であった。

 

 そうしてヤジをある程度押さえ込んだフォルカーは朗々と最後まで報告をし終え、「以上、同盟弁務官としての私の報告となります」と述べて自席へと戻っていった。

 

 最初に報告に対する質疑に立ったのは、フォルカーと同じ協商平和聯合党に所属する初老のパーギリニス議員である。同じ与党議員であるのに、パーギリニスが双眸に責めるような光を宿しているのは、フォルカーがデルメルの弁務官として異端児ぶりを発揮しているからという事情もあるが、それだけが理由ではなかった。

 

 協商平和聯合党は約半世紀前の結党以来、デルメルの与党であり続けている巨大政党であり、党内には様々な派閥を内包している。その中で二大派閥と呼ばれているものがあり、他国との交易・外交を重視する通商派とデルメル国内の内政全般を重視するのが内政派である。

 

 この二大派閥は一方の手で党のために固い握手をしながら、もう片方の手で党の主導権を巡って激しく殴り合っているような関係であり、国民議会における会派も別々である。党中央委員会の決議で結論が出ていない事案に関しては、ほとんど別政党といってもいいぐらいに方針も異なる。

 

 さらに加えて言えば、フォルカーは通商派に属する党幹部であったが、パーギリニスは協商平和聯合党の結党時から党籍を持つ古参党員であり、現在の内政派の領袖でもあるため、極端な行動をしがちな敵対派閥の若造に個人的にも好ましくない感情を抱いていた。

 

「まず最初にフォルカー弁務官の生まれ育った郷土を理不尽に追われることが肯定される道理などなく、また郷土を追われた者たちが泣き寝入りせざるをえないなど、あってはならぬとの意見には賛同し、肯定しようと儂は思う」

 

 そう前置きした上で老年な議員は挑むような視線を向けてきた。

 

「だが、エル・ファシル人民の生活のために弁務官として骨を折ってやったことは良いとしても、同盟政府に早期のエル・ファシル奪還を求め、さらには亡命政府の支持までやってくるとはあまりにスタンドプレーが過ぎないかね。無論、デルメル政府としても、亡命政府の承認、そして支持をすべきだとは思うが、色々と手続きというものがある。それを待たずに弁務官が独断で支持を表明するのは軽率ではないか。これについて、どのように考えている」

「フォルカー弁務官」

「お言葉ですが、同盟政府にエル・ファシル奪還に動くことを求めず、どのようにしてエル・ファシル奪還を行うつもりですか。まさかオリュンポス・カンパニーの警備部門の兵隊を派遣するというわけにもいきますまい。そしてエル・ファシル亡命政府の支持についてですが、多くの国の弁務官が、本国政府の亡命政府承認を待たずして、支持表明を行なっており、あくまで弁務官府の方針を表明するものに過ぎず、特に問題ないかと」

「パーギリニス議員」

「儂が問題にしたいのは、そのオリュンポス・カンパニーだ! そなたの先んじた行為のために、デルメル政府そのものが既にエル・ファシル亡命政府を支持したという風評がたってしまい、かの企業が大きな取引上の損害を被ったとの声が届いている! 別にオリュンポス・カンパニーに限った企業のことではないが、経済への影響を最小限に抑えるため、もっと政府で準備してから支持表明ですべきではなかったか!」

 

 予想していたこととはいえ、それをされてフォルカーの胸中に虚しい感情が湧いた。オリュンポス・カンパニーは、言うなればこの国の抱える歪みの象徴であり、【交戦星域】にある国家でありながらデルメルが平和を謳歌できるカラクリであった。

 

 そもそもデルメルは建国の時点では豊かな星ではなかった。大気が人間の居住に適しているだけで、資源に乏しく土壌もよくないと評価されていた星であったので、憲章擁護局が目をつけるまでろくに開拓されることもなく放置されていた星を、囚人たちが耕してできた生活できるようにしただけの環境であり、建国から半世紀ほどは【交戦星域】に存在しつつも、イゼルローン回廊と同盟中心地を結ぶ航路から微妙に離れた戦略的価値の低い場所に存在したこともあって、時折帝国軍の小艦隊の被害を受けながらも概ね平穏で貧しい農業惑星として存在する地味な存在にすぎなかったのだ。

 

  それが一変したのは、宇宙暦七ニニ年である。デルメル政府が実施した調査の結果、星の地中に大変貴重な資源が眠っていることが発覚したのである。

 

 最初の調査結果が出たとき、多くのデルメル人は諸手をあげて喜んだ。これでこの国も豊かにすることできると。だが、その後も数度実施された調査においても同じ結果が出ると、政府要人の顔色は青ざめた。しかもどういう運命の悪戯なのか、発見された資源が軍事的に極めて重要な資源ばかりなのである。

 

 もちろん、そうした状況に陥ることは事前に想定されていたので同盟軍上層部は帝国軍との交戦する前にデルメルの民間人避難を事前に行おうとした――何度も【交戦星域】に存在する国ではとられた前例のある措置である――が、デルメル人の多くはそれを拒否した。

 

 当時のデルメル人の多くは農民であったから、農地を捨てて避難することに対して本能的な拒否感があったし、この国の歴史から『この国以外の居場所など我らにあろうか』という意識も根強く、当然としてデルメルでの戦いは凄惨なものとなり、戦いが長引くにつれて反帝国反同盟を掲げるデルメル独立勢力が台頭して双方にテロリズムを行うなど、泥沼化していった。

 

 そんなデルメルの戦いが始まってから六年後、同盟軍がフォルセティ星域会戦で大勝利をおさめ、帝国軍が大規模な戦線の後退と整理を行うこととなったが、帝国軍首脳部はデルメルを諦めるか、厳しい状況にあっても同盟軍基地を建設させない為に戦い続けるべきか、選択を迫られることになる。

 

 そんな帝国軍の苦悩を利用しようと考えたのがデルメル政府首脳部であった。彼らは同盟軍ひいては同盟政府がデルメルの被害のほどをあまりに軽く認識をしているのではないかと深い猜疑を抱いており、たとえ同盟軍の力を借りて帝国軍を駆逐し得たとしても、その後に同盟政府はデルメルを重んじてくれるのかと不安を禁じえなかったのである。

 

 当時のデルメルの指導者であったジャピエンは斬新な解決案を思いつき、同盟軍の目を誤魔化しながら帝国軍上層部と密談を重ね、その構想を実現させた。適当な弱小なフェザーンの独立商会に高額の賄賂を送って傀儡化し、その商会に帝国軍占領区域を購入させ、駐留している帝国軍部隊を【警備要員】という名目で雇用するという形式をとった。これによって「デルメル政府は惑星全土の支配圏を完全に回復した」と宣言したのである。

 

 当然、同盟軍中枢は予想外で突飛すぎる事態に激怒したが、同盟法的には「商会に土地を売る」のはなんら問題なく、フェザーンとの協定には「帝国軍を警備として雇うことを禁ず」なんて条項がなかったので、渋々現状承諾した。突っ撥ねるとデルメルを帝国側においやって戦略資源採掘権を失いかねなかったからである。

 

 かくして同盟軍と帝国軍が睨み合いながら、デルメル政府と帝国軍現地司令部が傀儡のフェザーン独立商会を利用して戦略資源の採掘をする『同盟構成国デルメル』というなんとも珍妙な状況が成立し、【交戦星域】に存在する国でありながら、半世紀近くに渡って所謂『歪な平和』を維持して繁栄を遂げながらも、直接的な戦禍を受けることのない稀有な存在となっているのである。

 

 つまりパーギリニスが言っているのは、デルメル政府が即座にエル・ファシル支持を表明したと認識した帝国が不快に思い、フェザーン企業であるところのオリュンポス・カンパニーの帝国軍相手の取引が一部中断され、帝国側とのコネクションが途絶え、『歪な平和』を壊しかけているという主張なのだ。

 

「フォルカー弁務官」

「パーギリニス議員のおっしゃることもよくわかる。しかしながら、ことは同盟構成国としての義務的な問題であります。我が国が建国される以前より本土を失っているティアマト民国やアスターテ連邦共和国ならいざ知らず、エル・ファシルが失ったのはほんの先日。これの奪還に対する支持を弁務官が即座に表明できないというのでは、同盟加盟国たる誠意と義務に背くことになりましょう」

「引っ込め同盟主義者! そんなにバーラトの犬になりたいのか!」

 

 とんできた不快なヤジを、フォルカーは内心で「やったー」と思いつつ、利用することを決めた。

 

「えー、いま、バーラトの犬だとかなんとか聞こえましたが、パーギリニス議員も私のことをそうお思いで? もしそうならば、自由惑星同盟構成国の団結を示すことと、その差異についてはここでご教授しなくてはならなくなりますが……」

 

 申し訳なさそうにそう言われたパーギリニスは憤懣遣やるかたない雰囲気で「もうけっこう」と断り、それ以上質問しようとしなかった。

 

 二人の目の質問者は民主農民党代表のアメリア・デメジエールであった。女性ながらゴリラを思わせる巨大な肉体美を誇る議員であるが、それは彼女が頻繁に実家の手伝いとやらで農作業を手伝っているのと無関係ではあるまい。既に結婚しており、家庭では軟弱な夫を尻に敷いてカカア天下状態という噂もある。

 

 たとえパフォーマンスであるにしても『古き良きデルメルを愛する農民たちの政党』という立場を掲げる民主農民党の代表としてあまりにもぴったりなキャラクター性で、農民たちからの人気は頗る高い。

 

 デメジエールは容姿のイメージに違わぬ野太い声――フォルカーは意識して低音の声にしているのではないかと少し疑っている――で質問を開始した。

 

「弁務官にお聞きします。エル・ファシル亡命政府の承認と支持は、遠からずデルメル政府も行うものと考えておりますが、食糧援助も視野に含まれているのでしょうか。また、その種の話について、先方としたのでしょうか」

「フォルカー弁務官」

「エル・ファシルのロムスキー弁務官に食糧援助の要請に関する話をされました。ですが話を持ち帰ることができるが、弁務官の職権を超えての支援・援助となると、我が国の行政府、つまり国務委員会議の承認がなければ不可能であると私は答えました。これは食糧援助に限らず、すべてのことに対しても同じであるとも、答えております。具体的な内容については、国務委員会議に報告し、決断を仰ぎたいものと考えております」

「デメジエール議員」

「つまりまだエル・ファシル亡命政府に対するデルメル政府の支援としては、まだなにもされていないし、決まっている話もないと認識してよいのですね」

「フォルカー弁務官」

「はい、そのように認識していただいてけっこうです。いつだかのようなことはありませんと国民議会の皆様に確約しておきます」

「デメジエール議員」

「それなら、ええ、安心しました。私からの質問は以上です」

 

 デメジエールが心底安心したように議席に戻っていたのを見ながら、フォルカーはかすかに罪悪感を刺激されていた。以前、協商平和聯合党中央委員会とのみ折衝して、国民議会をそっちのけで弁務官として無茶をしたことがあったので、今回はそうじゃないだろうなと釘を刺しに来たのであろう。

 

「アエミリウス・ロイヒテンベルク=ホールリン議員」

 

 ナム議事進行役に指名されて演壇に立った三人目の質問者は、燃えるように鮮やかな赤髪と、生まれたばかりの乳児を思わせるほどに赤い肌の色、黄金と漆黒のオッドアイ、そして先ほどのボディビルダーのようなデメジエールほどの筋肉はついていないが、どこか鋼を思わせる剛健な肉体を持つ男であった。

 

 その容姿から想像できないが、彼は帝国貴族の末裔を主張しており、それは事実ではあった。ロイヒテンベルク家はルドルフ大帝以来の歴史を持つ名門貴族家であり、彼はその末裔である。ロイヒテンベルク家が亡命した理由はというと、一族の多くが帝国では禁忌の同性愛に染まり、それが表沙汰となり問題となったので、持てるだけの資産を抱えて帝国を脱出したのだという。

 

 つまり政治的・経済的な動機は一切ない同盟への亡命であったこともあり、名門の帝国貴族としての矜持と特権意識は亡命後も変わらなかったため、革命終結から間もなかったアルレスハイム王冠共和国から入国を拒否されてしまい、渋々貧しいデルメル平和共和国のほうへと移住した。豊富な地下資源を発見していなかった頃のデルメル政府としては、金を落としてくれるなら結果的に民のためになるし、多少の面倒は見てやろうという気になったのである。

 

 そんなロイヒテンベルクの一族が立ち上げた政党が『銀河ローマ同盟』である。曰く、真のゲルマンとはローマであり、ローマでは人種に強いこだわりなどはなく、同性愛も日常茶判事であり、ルドルフ大帝が作った銀河帝国は反ローマ・反ゲルマン的なので打倒しなくてはならぬ。そんな反応に困る立場から反帝国を主張する政党である。

 

 そうであるにもかかわらず、デルメルでは珍しいほどに苛烈な反帝国姿勢の主張、性的マイノリティへの熱心な活動、反差別主義的活動もあって、徐々に勢力を拡大していき、現在では民主農民党に並ぶ有力政党に成長したのは、他の同盟諸国から不思議がられることである。デルメル人の大半も、よくわかっていないのだから。

 

 このようなユニークな政党の党首を務める男が、アエミリウスという男である。亡命後の一〇〇年近い歴史の中で、異民族との婚姻を重ねまくった結果、ゲルマン民族の特徴的容姿の多くが失われ、貴族の称号である『フォン』も何処かへと消え失せたが、先祖と変わらずに亡命貴族であることをまだ誇りとしている人物であった。

 

「友邦たるエル・ファシルの住民に深い同情を示すと共に、弁務官殿の決断と勇気に銀河ローマ同盟を代表して私は敬意を払う! ローマ人たらんとするもの、帝国に奪われた領土は取り返すが道理であるがゆえ!」

 

 そこで一旦言葉を切り、アエミリウスは鋭い目で議場をみわたした。

 

「そこで我らがフォルカー弁務官殿にお尋ねするのだが、軍事的支援などは……」

 

 軍事的支援と口にした瞬間、激しいヤジが飛び交った。ただの支援でさえ、神経質になるというのに、軍事的支援となると、帝国との関係が潰れかねないと思った議員たちが超党派で罵声を浴びせ始めたのである。無論、議会は国民に公開され、記録されるものであるため、だれも「帝国」という名称を口をしないが。

 

「静粛に! 皆様方、静粛に!!」

 

 ナム議事進行役が声を張り上げてそう叫ぶが、ヤジの嵐が収まるまで数分の時間がかかった。

 

「はぁ、よろしい。では、ロイヒテンベルク=ホールリン議員、続きをどうぞ」

「感謝する。それでは話を戻しますが、フォルカー殿、軍事的支援などについてもロムスキー弁務官との話し合いの中で出たのですか?」

「フォルカー弁務官」

「話題になったならないでいうと、なりました。しかしながら、あなたも承知のことと思うが、我が国は正規軍が存在しません。言葉を選ばずに言えば、正式に軍を抱えるより、オリュンポス・カンパニーの警備を雇った方が安上がりというのがジャピエン政権以来の政府の判断であり、そしてオリュンポス・カンパニーとはデルメル防衛に関する契約を結んではいても、同盟諸国防衛の為に運用する内容はそこにないからです。よって、現実的に考えて、難しいであろうと答えました」

「ロイヒテンベルク=ホールリン議員」

「では、民間の志願者を募って、義勇軍を派遣するという可能性はあるのだろうか。もしそういうことなのであれば、私めがその義勇軍の司令官をやってもいい。それに専念するために、議会には辞表を出すことになろうが」

 

 アエミリウスが胸を張ってそう言った。ロイヒテンベルク一族の反帝国姿勢はたしかなものであり、一族のほとんどが一時は自由惑星同盟の国防軍に席を置いていたことがある者たちだからだ。アエミリウス自身、志願して兵隊として働き、軍曹にまでなった経歴の持ち主である。

 

「フォルカー弁務官」

「そこまでつっこんだ話は先方とはしていません。将来的にそうした可能性が検討されることもあるかもしれませんが、それは国務委員会議の仕事ということになりましょう」

 

 アエミリウスが戦場に出たら、帝国軍高官がガチギレして猛攻を加えるのではないか。主にこんな奴が貴族を自称しているという点で。そんなことを思いつつも、フォルカーは原則論的な答弁を行って席に戻った。するとアエミリウスは肩をがっくりと落として、それ以上の質問をしてこなかった。

 

 つづいて四人目の質問者の名前が呼ばれるのを聞いて、フォルカーはやや眉をひそめ、登壇した男の顔を眺めた。特徴に欠ける凡庸な容姿をした東洋系の男である。彼の名はヴァラ・ツォラコグルといい、協商平和聯合党中央委員の一人で、党内少数派閥の『独立派』の領袖である。

 

 独立派は……簡単に言えば、党内の異端派閥であり、通商派はもとより内政派からも好ましく思われてない派閥なのだが、一部の民意をたしかに受け取っている

 

「率直に申し上げる。フォルカー殿のなさりようは、あまりに売国的ではないでしょうか。なにゆえ、エル・ファシルのために、我々が支援しなくてはならぬのです?」

「フォルカー弁務官」

「先ほど申し上げたように、同盟構成国としての義務故です」

「ツォラコグル議員」

「はっきり申し上げて、その義務などというもののために、自業自得で帝国軍に領土を奪われたエル・ファシルを救わねばならぬと。フォルカー殿はそう主張なさるのか」

「フォルカー弁務官」

「自業自得とは聞き捨てなりませんね。エル・ファシルの人民は最善を尽くし、警備艦隊に見捨てられるという悲運にあってなお、民間人の犠牲者はゼロという奇跡を成した者たちです。脱出計画の立案・指揮をとったのはヤン・ウェンリーという中尉ではありますが、民衆の自主的行動がなくばゼロというのは難しかったでしょう。これでもなお、あなたは自業自得と言いなさるのですか」

「そんなことは言っていない。本土占領の憂き目にあったのが自業自得と言っているッ!」

 

 ドン、とツォラコグルは机を叩きつけた。

 

「別にエル・ファシルに限ったことではないが、我が国を除く【交戦星域】の国々は、戦争をやめる努力に欠けること甚だしい! ブルース・アッシュビー元帥が戦死されてより、帝国との戦争はシーソー・ゲームのような有様で、ただひたすら血を流すだけの愚行と成り下がっている! イゼルローン要塞が建設されてからはこの傾向が更にひどくなった!! 我らはイゼルローン回廊の向こう側に進出できず、ひたすら【交戦星域】内部で善良な同盟市民が戦争に巻き込まれ、死んでゆく! こんな悲惨な状況を維持しつづける理由がどこにあるのか!?」

 

 極端すぎる主張に、議員たちからヤジが飛ぶが、ツォラコグルはそれを搔き消すような大声で平然と演説を続けた。

 

「我らが為すべきは、自由惑星同盟に戦争の愚を知らしめ、帝国との対等講和、そしてそれによる平和と繁栄へと進むよう誘導することではないのか!? 無論、すべての国が幸せになれるわけではないでしょう。領土を諦めねばならぬ国もありましょう。ティアマト民国、アスターテ連邦共和国には『本土奪還』を諦めてもらうより他にない。だが、我らがフォルカー弁務官も言われたではないか。このデルメル建国以前に本土を失っているティアマト民国やアスターテ連邦共和国のことなど知らぬ、と。そこに新しくエル・ファシルが加わっただけのこと。もっと早く戦争を煽るのをやめ、帝国との講和という道に進めればこうはならなかったかもしれぬのに。これを自業自得と言わずしてなんと言うのか!?」

 

 身振り激しく演説を続けるので、フォルカーは苦虫を噛み潰した表情をした。そういう意図ではなかったとわかった上で引用しとるだろ。どうせ止まらないのだろうし、ちょっと微睡でもしようか? まともに聞く価値もないだろうし。フォルカーはそんなふうに思い始めた。

 

「そんな愚行に付き合い、振り回されることが、自由惑星同盟構成国であるため義務などというのであれば、それに愛する我が国デルメルが付き合うのは愚の骨頂! 同盟から離脱して、独立する道も考えなければなりますまい。さすれば、我が祖国は――――」

 

 ツォラコグルの演説は一〇分以上に及び、うんざりしたナム議事進行役が議事妨害のフィリバスターではないかと提言し、出席議員の九割以上の賛同によって強制的に黙らせられるまで続いた。

 

 これに対して、ツォラコグルは先ほどまでの熱狂ぶりが嘘のように消え、平然と「またか。でも決まりだから仕方ない」と述べて、自席へと悠々と戻っていた。



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戦争から生まれた国〜デルメル平和共和国〜(中)

「オリュンポス・カンパニーの警備部門の一課が着用する制服は帝国軍の軍服とよく似たものを用いており、違いは黒地ではなく白地の服であることだ。そして警備部門の二課は一課が着用する制服を黒く染め抜いたものを使用している」(警備部門所属者の皮肉より)


「それでは国務委員会議を開会する」

 

 デルメル平和共和国は建国時から多様な人種・文化的背景を持つ民衆を抱えていたことから、行政府に強大な権限を与えると、単一の価値観に基づく政権が誕生して他の価値観の所有者を迫害し出した場合、これを掣肘するのは困難であるという考えから、議院内閣制の中でも議会の権限が強い統治システムが採用されたことに由来する。

 

 このため、形式的には国民議会の下部組織であると定義づけしようとする考えから、閣僚は【国務委員】という呼称が採用された。本質的に議会の一部としての存在である、という建前であり、議会の強力な統制を受けるという実態を示す意味合いがあった。

 

 それは現在でも制度的には、その頃とあまり変わっていないのだが、『歪な平和』達成以来、協商平和聯合党が選挙で圧勝を続けており、現在に至るまで常に七割以上の議席を確保し続けてきたことから、全ての国務委員は協商平和聯合党員であり、最高行政官たる国務委員会議議長は協商平和聯合党の党首が兼務することが常態化している。

 

 そして議会の圧倒的多数派である与党の力と、行政府の権限が合わさって、野党を無視した独断的行政を行うこともしばしばであり、部外者からは【事実上の一党支配体制】と揶揄されることもあるほどの権限を握るに至っていた。

 

「今回の議題は、翌日の【上院】を前にしてこちら側の意思統一を行うことだ」

 

 議題を述べたのはルーベン・フォン・マルティノスという今年で七九歳の老人である。『歪な平和』達成前の青年時代にはデルメル義勇兵の一人として、帝国軍やゲリラ相手に戦った経歴もある古強者である。

 

 名前に『フォン』という称号からわかるように、彼も帝国からの亡命貴族に連なる血統の持ち主であり、どこぞの野党の党首とは違って、彼の容姿は【如何にも帝国貴族】といった感じのゲルマン系であり、片眼鏡が特徴的な油断ならぬ老紳士風の姿をしている。

 

 そしてその印象通り、数十年間にわたって党と政府の双方で要職ポストを歴任して通商派の領袖となり、現在では党においては中央委員会主席、国家においては国務委員会議議長の地位にあり、この国の首脳として、国家の舵取りを行う人物なのである。少なくとも形式上は。

 

「フォルカー弁務官、国民議会ではできなかった部分を報告したまえ。特にエル・ファシル亡命政府に関する事柄は仔細にな」

 

 議長の命を受けて、フォルカーはエル・ファシル亡命政府との間で話し合われた様々な支援の具体案を述べた。その内容が多岐に渡り、中にはエル・ファシル奪還時の軍事行動の際には、同盟軍への補給物資についても面倒を見ると言った内容をも含まれていた。

 

 ひととおりの説明を聞いたマルティノスは重々しく頷いた。

 

「私としてはその方向でよかろう。外務担当国務委員、なにか付け加えたいことはあるか」

「別に。ただ支援の前にエル・ファシル亡命政府と外相会談をした上でやりたいですね」

「よろしい。そなたの責任の下で好きにやれ。ただし予算を超過しない範囲でな。政府の方針としてはそうしよう。異論あるものはおるか」

「異議なし」「異議なし」「異議なし」

 

 フォルカーはおや、と思った。正直なところ、ここまでスムーズに閣議で了承が得られる内容だとは思っていたのだ。

 

 マルティノスが自由惑星同盟に向ける感情は単純なものではない。帝国という脅威がなくば、この星に眠る豊富な地下資源を奪うために手段を選ばなくなるだろうと思っている。しかし一方で、同盟の構成国であることで得られるメリット、とりわけサジタリウス腕における安定した秩序と航路は貴重なものであった。

 

 よってマルティノスも同盟という枠組みを重視する立場にいるのだが、あくまで帝国よりはマシという考えからであって、フォルカーほど積極的な同盟重視主義者ではない。いつも持ち帰った積極的な案に対して「やりすぎだ」と小言を言われたものだが、なぜ今回はこんなに前向きなのだろうか。

 

「独立派のポピュリストどもがなにか仕出かしましたか?」

 

 つい、一番ありえそうと思った可能性を口に出したフォルカーだった。

 

「いや、それもあるが、一番の問題はそこじゃない」

 

 そう答えたのはガフパリア・アラヴァノス人的資源担当国務委員であった。内政派の有力政治家の一人で、将来の内政派の領袖の有力候補に数えられている男であり、フォルカーとは同期の人物である。

 

「パーギリニス委員、私から説明しても?」

「いや、私から話そう」

 

 パーギリニス天然資源担当委員は心底不愉快そうに説明をはじめた。彼は内政派の領袖であり、国民議会や党の中央委員会での論戦では容赦のない人物であるが、時と場合をわきまえており、閣議の場でフォルカーへの激しい敵意を隠そうとするものの、不愉快さが消えていなかった。

 

「……近々、カストロプ公爵のオイゲンが財務尚書の立場を失いかねないというのだ」

「なんと。たしかな情報なので?」

 

 フォルカーは驚いてそう言った。およそ半世紀前にデルメルに侵攻した帝国軍は、主にカストロプ一門の強い影響下にあった集団であり、彼らを中心として帝国軍上層部ともオリュンポス・カンパニーを通じてこの星の豊富な戦略資源の輸出を行うことによって、デルメルの『歪な平和』は保たれている。

 

 それだけにカストロプ公爵家当主の帝国政界での状況に関しては、穏やかでいられようはずもない。別にカストロプ公爵家が帝国政界での影響力を喪失しても、これまで培ったコネクションを頼りに帝国軍上層部との取引を継続することは可能かもしれぬが、リスクは跳ね上がるし、『歪な平和』が崩壊して再びこのデルメルが戦場となる可能性だってあるのだ。

 

 それにパーギリニスは重々しく頷いた。

 

「今代のカストロプ公爵は優秀だからな、しばらくは持ちこたえるであろうし、もし閣僚の地位を失うにしても宮廷内における影響力は保つことだろう。だが、もっと悪い話もある」

 

 フォルカーは思わず生唾を飲みこんだ。これ以上に悪いことなどあるのだろうか。

 

「……カストロプ公爵の長子、つまり次期カストロプ公となるマクシミリアンに関する情報なのだが、帝国貴族基準でもかなり問題性のある人格の持ち主で、妙な奇行を繰り返して臣下の心を離れさせているらしく、しかも改善の兆しがないらしい」

「どれほどのものか知りませんが、あまりにも深刻なようであれば、廃嫡を検討するのではありませんか。あの抜け目のないカストロプ公であれば」

 

 直に会ったことはないが、デルメル政界に深く関わっていれば、カストロプ一門の存在感・影響力を無視できようはずもないし、彼らの悪辣な有能さも身にしみて実感している。その経験からして、無能な息子を自身の後釜に据えるカストロプ公爵家当主というのは、なかなかに信じがたいことではあった。

 

「……困ったことに現カストロプ公オイゲンは親バカと名高い。そして今までの息子に対する振る舞いから推測するに、そのまま自身の後継者として据え置く可能性が大との情報部の分析があってな」

「本当ですか」

「ああ、マクシミリアンの能力が未知数だし、今後の成長もあるかもしれんが、それに賭けるわけにもいかぬからな……」

「たとえマクシミリアンとやらが有能な貴族であったとしても、人望のない奴は力を失うのがはやい。順境の時は結果で黙らせることもできようが、結果が出ない逆境に陥ると、早々に部下の離反を招くことになろう。これでは取引相手にならぬ」

 

 マルティノスはそう断言した。カストロプ公オイゲンの人格はともかくとして、その手腕と人望を相応に評価しており、だからこそ取引相手となりうるとして、いくつもの偽装を凝らした上ではあるが、友好的関係を築いてきたのである。だが、カストロプ閥の先行きがここまで不透明となれば、デルメルの為に、別の方策も考えなければならぬ。

 

「よって政府としては、カストロプ閥との交流に関しては現状を維持しつつ、同盟に対する比重を高めながら、帝国の上層部と新たなコネクション開拓を模索することとする。これが現政権の方針だ」

 

 帝国軍という脅威がなくば、同盟軍の連中はデルメルの地下資源欲しさに進駐してくるに違いない。そう固く信じているマルティノスにとっては、いや、同盟軍と帝国軍の激突によって戦火に包まれたデルメルを生きた最古参の党員世代にとっては自明の理であった。 

 

 ゆえにこそ、カストロプ閥が役に立たぬようになるかもしれぬとあれば、その代わりを念のために探しておかなくてはならぬ。『歪な平和』を守ることこそは、デルメル平和共和国の国益であるはずであった。

 

 フォルカーは深くうなずきながらも内心で呟く。はたして本当にそれがこの国にとって最善の道なのであろうか。マルティノスとて、かつては外交官として他の同盟構成国の人たちと接しているはずであるが、他の同盟構成国がどんな目でデルメルを見ているのか、理解しているのであろうか、と。

 

 

 

 

 

 

 デルメル政府で国務委員会議が開かれた翌日、フォルカーは他の党中央委員のメンバーとともにオリュンポス・カンパニーの大会議室にいた。優に千人近く収容できそうな会議室は、どことなく国民議会の議事堂を連想させるものであり、株主総会の会議場として本社内に設置されたものであった。

 

 その株主総会の場を、帝国軍のそれとよく似た軍服を身に纏った、屈強な肉体をした男たちが議席を囲むように整列している。

 

 帝国軍によく似たというのは、彼らの着込む軍服は黒ではなく純白の白地であったからだ。これはオリュンポス・カンパニーの警備部門のユニフォームであり、デルメル人とフェザーン人によって構成されており、帝国人はいないということになっている。

 

 しかしそれは帝国人がこの会議場にいないということを意味しなかった。フォルカーたち協商平和聯合党中央委員会のメンバーが座る反対側の議席に、黒い帝国軍将校服を身に纏った者たちが座っている。彼らは警備部門二課司令部――という建前の帝国軍デルメル駐屯部隊司令部――の司令官とその幕僚、スタッフたちであった。

 

 現在、デルメルのあらゆるところに根を下ろしている巨大複合企業オリュンポス・カンパニーは、元を辿ればフェザーンに数多ある家族経営の会社で、フェザーンのヘルメス一族が細々と運輸業を営みながら、経営的には危うい自転車操業をしている小規模な商会に過ぎなかった。

 

 それが一変したのは宇宙暦七二八年である。当時のデルメル政府の国務委員会議議長ジャピエンが、ヘルメス一族の運輸業を対帝国の交渉窓口として利用しようとしたのである。以来、ヘルメス商会はデルメルの地下に眠る豊富な資源の採掘を一手に担い、その売買によってもたらされる富を活用して様々な事業に参入し、製造・建設などの第二次産業の分野を完全制覇しており、第三次産業の分野にも少なからず食い込んでいる。

 

 このヘルメス商会は、いつしか社名もオリュンポス・カンパニーと名乗るようになり、現在ではデルメルの就労者の六割以上がオリュンポス・カンパニーで働いているというデータもあるほどの巨大極まる複合企業へと成長を遂げており、星内における報道・通信分野をほぼ独占すらしてしまっており、『国家の中の国家』として、デルメル政界に対して多大な影響力を保持している。

 

 いや、影響力どころか、政府との境界線が曖昧になっている部門などもある。たとえばオリュンポス・カンパニーの傭兵・警備業を担当する警備部門は恒常的にデルメル政府防衛部に雇用されて、事実上のデルメル正規軍のような扱いを受けているし、そこまでいかなくても、政府の下請けを専門として、ほとんど官僚組織とかしてしまっている部門も多々あり、ある種デルメルの『歪な平和』を象徴する企業なのである。

 

 こんな強大極まる企業であるが、一応の首輪は嵌められている。デルメルに本社を移した時からオリュンポス・カンパニーの株はヘルメス一族、デルメルの協商平和聯合党中央委員会、そしてオリュンポス・カンパニーの警備部門二課司令部――という建前の帝国軍デルメル駐屯部隊司令部――の三勢力が均等に分け合い、定期的に開催される株主総会における合議によって、それぞれが【ただの株主】という建前の下、この巨大複合企業の大方針を議論し、決定するわけである。

 

「デルメル平和共和国は一院制を採る同盟構成国であり、形式的にも制度的にもその通りなのだが、デルメル人たちが皮肉を込めて【上院】と呼ぶ議会がある。オリュンポス・カンパニーの株主総会がそれで、実質的にデルメルの最高意思決定機関であると言っていい」とは、国立中央自治大学のエンリケ・マルチノ・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ教授の評であり、それは事実である。

 

 オリュンポス・カンパニー株主総会で出た結論は、よほどのことがない限りは協商平和聯合党中央委員会の決議として追認されて党議拘束がかかり、国民議会において協商平和聯合党議員の票によって賛成多数で可決される。それが『歪な平和』を達成してからのデルメル政界の常識であり、『歪な平和』が続くからには、協商平和聯合党が議会の多数派を占める与党である限りは変わりそうもない現実なのであった。

 

「それじゃあ、全員揃ったみたいだし、今回の株主総会を始めようか」

 

 軽快な口調で株主総会の始まりを告げたのは、藍色のタキシードを着こなした銀髪の美青年で、まだ三〇半ばであるにもかかわらず、一族内の争いに勝利してオリュンポス・カンパニーの社長の席を勝ち取ったギルガメス・ヘルメスである。

 

 本音を言えばデルメル政府にとっても帝国軍駐留部隊司令部にとっても、オリュンポス・カンパニーの社長はお飾りであったほうが面倒が少なくてありがたいのだが、ギルガメスは極めて優秀な企業経営者であり、同盟、デルメル、カストロプ閥、帝国軍上層部の四者が張り巡らすロープの上で巧みにバランスをとる才能にも長けていたために、すべての勢力から潰されることなく【主体的に実権を行使する社長】として君臨してしまった、歴史的に見ればイレギュラー的存在であった。

 

 そのため、歴代の社長と比べてかなり活動的であり、しかもギルガメスはかなり派手好きで社長就任式典を盛大に執り行ったりして、頻繁にメディア露出するものだから【影の国家元首】と過大評価されたり、【フェザーン自治領から派遣されたデルメル総督】【事実上のデルメルの支配者】などと陰謀論の対象となったりする人物でもある。

 

「えーと、最初の議題は、エル・ファシルに関する案件……だな」

 

 ギルガメスが面倒くさそうに議題が書かれた紙を読み上げると帝国軍側の席から怒声があがった。

 

「デルメル政府に要求する! 即刻、そちらの弁務官が表明したエル・ファシル残党への支援表明を撤回したまえ! すでにエル・ファシルは我が帝国軍によって【解放】されたのだ! その事実をデルメルは受け入れ、それを前提とした行動すべきだ!!」

「准将の言う通り! もし撤回せぬと言うのであれば、貴卿らはこの星を再びに戦場にする意思ありと見なされても仕方ないぞ!」

 

 そう主張するのはデルメル駐留部隊司令官リースリング准将とグラン大佐である。『歪な平和』達成後のカストロプ閥と帝国軍上層部との取引により、司令官職はカストロプ閥から、副司令官職は軍務省法務局から派遣される体制が出来上がっており、彼らは軍人としてより、交渉役としてこの地に派遣されている。

 

 特に副司令官であるグラン大佐は、帝国軍内において貴族諸侯の私軍と折衝を行う部局に長年身を置き、フェザーン駐在帝国弁務官府において駐在武官であった経歴もある人物で、ある意味では司令官のリースリング准将よりも警戒すべき人物であった。

 

「同盟構成国として、同じ構成国の領土が全土占領されて沈黙を貫くことなどできぬわ!」

「左様! どんな表現を用いるかはともかく、政府としてエル・ファシル亡命政府を支持する談話を発表し、同情的態度をとらねばならぬ!」

「そちらこそ良いのか!? 我々と決裂するつもりならば、そちらとの取引もこれにて中止ということになるぞ! 同盟構成国としての最低限の筋を通すためなら、一戦交えるのもやむをえぬわッ!」

 

 対する協商平和聯合党の中央委員たちも怯まずに感情的に反論を行う。議事堂のような雰囲気の場所であるが、この会議はあくまで株主総会であり、ここでの議論は決して一般に公開されることがなく、それだけに、大変皮肉なことであるが、中央委員たちは国民議会での議論以上に言論の自由をフル活用した()()を可能とするのである。

 

「静粛に! それ以上感情的に騒ぐようなら発砲許可を出しますよッ!」

 

 そう怒声をあげたのは、白い軍服をつけた屈強な容姿の女性である。彼女は警備部門の統括を務めるルクレツィア・ヘルメスである。デルメルに駐留する帝国軍部隊は、形式上はオリュンポス・カンパニーに雇用されている警備部門所属の社員ということになるので、社内においては彼女の部下として扱われている。

 

 そのため、オリュンポス・カンパニーの数ある役職の中でも、社長に次ぐ超重要ポストであると認識されており、デルメル政府にとっては、帝国軍駐留部隊とコンタクトを取りたい場合、まず最初に話を通すべき相手であると認識されていた。

 

「女風情が――」

「お待ちください准将、たしかにいささか感情的な応酬になっていました。もう少し理性的に話しましょう」

「……ん? ああ、そうだな」

 

 顔を真っ赤にしてなにか言い返そうとしたリースリングをグランが諌めると、リースリングはなにか不可思議な反応を一瞬した後、素直に席に戻った。

 

 全員が静まったのを確認するとルクレツィアは社長席に視線を向け、ギルガメスが口を開いた。

 

「同盟と帝国の政治的立場を重んじた議論では中々話が進まないと思うから、オリュンポス・カンパニーの社長としての視点からの意見を言わせてもらおう。我が社としては、デルメル政府がエル・ファシル亡命政府を支持することは別にいいのではないか。支援物資を政府がたくさん買ってくれる。そう思っていいんだよね、マルティノス老?」

「……たしかに、我が国が行うエル・ファシルへの支援物資等々は、貴社より購入することになるでしょうな」

「ということは大儲けのチャンスだし、株主である双方への配当金も増えるだろう。それでいいのではないか」

「たしかに我々への配当金が増えることは喜ばしい。だが、ことは帝国軍の威信に関わる問題だ。金勘定だけで譲ることはできぬ」

 

 リースリングの強気にそう発言して睨んだが、ギルガメスは全く痛痒に感じていない様子で話を続ける。

 

「帝国軍の威信に関わる問題と仰られるが、その帝国軍とは具体的に何を意味しているのか。正規軍か、それとも貴族の私軍のことか。今回の一件が、正規軍が長期的視野の上でやったことであるのだとすれば、ずいぶんと事前に情報がない話である。大方、小貴族たちが謎の団結をした上に、無駄な積極性を発揮して、勢いで占領してしまっただけであり、正規軍の首脳部はどうしたものかと頭を抱えているのではないかと推測しているのだが」

「社長殿は慧眼でございますなぁ……」

 

 グラン大佐は冷や汗を垂らしながら、そう呟いた。帝国が後方撹乱を企図して、門閥貴族の小貴族や零細貴族に私掠の権利を与えて、同盟内の補給艦や商船の略奪などを自由にさせていることは【交戦星域】ではよく知られている事実である。

 

 だが、帝国の正規軍が本質的に彼らに望んでいる役割は、同盟の軍事作戦や経済活動の妨害なのである。その報酬代わりとして略奪や人攫いを許しているにすぎないのである。なので、派手に略奪するために、貴族の私軍が連合を組んで有人惑星を丸ごと制圧してしまったことに、正規軍上層部は困惑気味であるとグラン大佐は軍務省からの連絡を受けていた。

 

「だとすれば、帝国正規軍はそう簡単には方針を決められんだろう。一方の同盟だが、こちらは、えーと、なんといったか。アーサー・リンチ司令官だったか。そいつがエル・ファシルの住民を見捨てて逃亡したとか聞いたから、地方を見捨てないというポーズのためにも、早々に軍事行動を起こさざるを得ない状況に追い込まれていると言える。これではエル・ファシルが同盟に奪還されるのは時間の問題だろう。だとすれば、無難な選択なのではないか」

「同盟の理屈からすれば、であろう。我が方には何ら益のない話ではないか」

「それなんだがな、パーギリニス老?」

「なんでしょうか」

「君の天然資源局の許可があればの話なんだが、エル・ファシルで攫った人間一人につき、一定の金銭と戦略資源の交換という形をとることはできないだろうか。いや、君たちがあまりこの星でとれる重要な戦略資源を帝国に流して欲しくないというのは承知しているが、同盟の報道からして、今回は攫われた数が少ないみたいだし、同盟が大事にする人道的観点から考えても――」

「お言葉ですが」

 

 言葉を遮る形になるが、これは訂正をしなければならないと思い、フォルカーは発言した。

 

「今回のエル・ファシル占領に関する一件で、帝国側に捕まった民間人は一人もおりません。公式報道通り、占領される前に全員脱出に成功しております」

「……は? 本当に一人もいないのか?」

「ええ、捕虜となったのはエル・ファシル警備艦隊に属していた軍人たちのみです」

 

 信じられないといった顔で、ギルガメスは確認するように帝国軍側の議席を見やると、リースリングは驚愕したような表情をしていて、グランは目を瞑って深刻そうな顔をしていた。

 

 やがてグランは決意して、非常に言いにくそうに語り始めた。

 

「フォルカー殿の発言は正しいですよ。エル・ファシルを占領した貴族たちが、肝心の攫える人がいないと憤激していたとの報告を受けております」

「……え、そんなこと自分は聞いてないんだが?」

「准将閣下にまで話していいか悩んでいたので。軍上層部から機密というわけではないが、あまり口外するなと言い含められていましたので」

「それなら仕方がないか。しかしエル・ファシルとやらはそれなりの規模がある都市惑星なのだろう? にもかかわらず、すべての民間人に逃げられるとは、どこの家門の連中か知らぬが、エル・ファシルを占領した貴族どもはマヌケの集まりであったのか??」

 

 リースリングは腕を組み、あきれきったようにそう呟いた。いくらなんでも、それはないだろうと帝国軍人としては言いたかったのだが、それが間違いのない真実であると知ってしまうと、ただあきれるしかなかった。

 

「いえ、この場合は同盟軍の動きが予想外だったというべき? フォルカーさん、よろしければ詳細を教えてくださるかしら。私も【エル・ファシルの奇跡】の報道は見ましたが、あれは誇張したプロパガンダだと思ってました」

 

 警備部門統括として、軍事知識も豊富なルクレツィアも民間人で取り残された人はいないというのは誇張表現であると自然に判断してしまった。いや、むしろそうした専門家であるからこそ、誤認してしまっていたとも言える。

 

「私も詳しい話は知りませんが、民間人のまとめ役を担ったフランチェスク・ロムスキー氏と脱出計画の立案・実施を担当したヤン・ウェンリー中尉――今は事実上の二階級特進で少佐だそうですが――の功績によるところが大で、後は公式報道が概ね偽りなしであるということは聞いております」

 

 議場に感嘆の声が満ちた。公式報道の類は、たいていの場合において、国家や軍に都合のよい解釈がなされるものと思っており、ヤンに関しても司令官リンチの逃亡による汚名から批判をそらすために祭り上げられただけの平凡な参謀であり、その実績部分は相当に粉飾されていると考えていた者が多かったのである。

 

 それゆえにほとんどが事実であると知ると、驚きを禁じ得なかったし、帝国軍側の出席者は苦々しい思いがあるとはいえ、軍人としては同盟の公式報道通りの無理難題を実際にやってのけたことに対して、わずかに賞賛の念が浮かぶのであった。

 

「リースリング准将、軍としての威信がどうのと言っておられていましたが、今回のエル・ファシルの一件に関しては既に面目が丸潰れになっていませんこと?」

「……たしかに」

 

 いかにも渋々といったていではあったが、リースリングは深く頷いて同意した。

 

 

 

 

 

 

 

 その後もいくつかの重要議題を議論して株主総会は終了したが、最後まで会議室に居残っていた人物が三名いた。一人はオリュンポス・カンパニー社長のギルガメス、もう一人は警備部門統括ルクレツィア、残る一人は協商平和聯合党の独立派の領袖ツォラコグルである。

 

「毎度のことながら、どちらも何をバカなことを言いあってるんだろうね」

 

 ギルガメスは遠い場所を見る目でそう冷笑した。彼の目からは、株主総会で行われる政治的議論の数々はあまりにもバカバカしく感じるものが多かったのである。

 

「だったら積極的に発言しに行こうとするのをやめればいいじゃない。協商平和聯合党もカストロプ閥も、ひいてはその背景にある同盟も帝国も、私たちの一族が政治的なプレイヤーたることは歓迎したくないことなのよ。物言わぬ置物であってくれればそれでよく、仮に政治的に動くとしたらバランサー役に徹してほしい。それだけなのに、あんたは社長になっても相変わらずデリケートな案件にアレコレと口出しをしていくんだから……」

「だってさあ! 俺ら一族が政治的意思を自由に示せるのってここだけじゃん! ここ以外だとそれは許されないんだからさあ!!」

 

 ルクレツィアの指摘に対し、ギルガメスは駄々を捏ねる子どものようにそう叫んだ。それは故のないことではない。

 

 オリュンポス・カンパニーはフェザーン企業である。その建前のため、経営者一族として、会社の要職の多くを自動的に付与されるヘルメス一族の公的な身分は、フェザーン自治領の公民ということになっている。それがギルガメスには不満なのであった。

 

 ギルガメスはこの国に愛着を抱いていた。一族の他の者たちもそうなのかは知らないが、ギルガメスはこの国で生まれ育ったこと一方で、惑星フェザーンには足をつけたこともないため、フェザーン人よりもデルメル人という認識の方が強いのである。

 

 にもかかわらず、『歪な平和』の維持の為に【フェザーン公民】という身分を押し付けられて、国籍変更が事実上不可能なのだ。その為に、デルメルにおける政治的活動を大きく制限されることとなり、デルメル人としてなら当然与えられる参政権の類はない同然なのである。

 

 それでもギルガメスはデルメルの住民の一人として、自由にこの国の未来を論じ、意見を主張したかった。そこで目をつけたのが株主総会であった。この会社の株主総会は、事実上、デルメルの最高意思を決定する議会であるのだから、そこで活動しようと考えたのである。

 

 ヘルメス一族の株主総会での発言力は、社内での役職の重要さに比例したので、ギルガメスは至上の発言力を求めて一族内の権力闘争に参加し、その結果として三〇代なかばにして社長の地位を手に入れた。手に入れてしまったのだった。

 

「まったくなんだって、こんな一族に生まれてしまったのか。なにもかもフェザーン自治領って存在がいけないんだ。くそっ、フェザーン企業ってだけの理由で、あんな国に多額の税金を支払わなきゃならんなんて。時折、一族の公民権剥奪をデルメル政府に対する脅しに利用したりすると噂に聞くが、脅しですまさずにやれば色々と清々するのに」

「……自重しなさい。そんなことを言っていては、暗殺者を送り込まれかねないわよ」

「わかっているさ、ルーシー! ちゃんと言う相手と場所は選んでるさ!」

 

 デルメル政府にしても、カストロプ閥にしても、ヘルメス一族が【フェザーン公民】としてデルメル国内にとどまり続けることを望んでいるし、星外へ出かける場合も、警護と称して監視役をつけるのはいつものことである。

 

 というのも、ヘルメス一族も株主として、非公開の株主総会に参加し、どちらにとっても口外してもらっては困る恥部によく触れている為、国外逃亡などされたらたまったものではないからだ。実際、この半世紀の歴史の中で、『歪な平和』の維持と秘密のために消されたヘルメス一族の者が何人もいるのである。

 

「早く現状を改善したいものですね」

「……ツォラコグル、気持ちは嬉しいが、当面改善の余地などなかろう。いや、君たち独立派の主張はよく知っているが、とても大衆の支持を得られるとは」

「そんなことはありません! デルメルの大衆は同盟構成国である負担にうんざりしている者は意外と多いのです。同盟から離脱し、正式な独立国として存在するようになれば、建前の積み重ねで色々とややこしいことになっているこの国のかたちを、変えていくことができる、と、私は信じています」

 

 そう言ってキラキラと目を輝かせるツォラコグルに、ギルガメスとルクレツィアはやや哀れなものを見る気持ちになった。

 

 独立派の主張は、内政派と似通っている部分もあるが、最大の違いとして自由惑星同盟から離脱し、中立自治国として立国することを目指しており、フェザーン自治領のように帝国との国交も正式に結ぶべきであると主張している派閥だ。

 

 『歪な平和』の歪みに耐えきれなくなった者たちの多くが支持者となっており、通商派と内政派による党内の二大派閥には遠く及ばぬとはいえ、無視できるほどの小さな派閥ではなくなってきており、領袖たるツォラコグルを筆頭に幾人かの派閥幹部が党の中央委員となって存在感を発揮しているのも、そうした背景があってのことである。

 

 だが、それはある種のガス抜きの一環であり、普通選挙が維持されている状況下において協商平和聯合党が国民議会で安定多数の七割以上の議席を維持するための選挙戦略のひとつであるとギルガメスは感じており、また主張に関してもデマゴーグ的なものがあると感じていて、あまり期待はしていなかった。

 

「どうやら疑わしく思っているようですね。見ていてください。このような状況が延々と続くようなのであれば、数年後には我が独立派は通商・内政の両派に匹敵する規模に膨れ上がってますよ」

「……流石にビックマウスすぎるのではなくて?」

「まあまあ、ルーシー。彼は議会で毎度フィリバスター判定を受けて黙らされている名物男だ。多少のビックマウスは可愛いものとして見逃してやれ」

「全く信じておられないじゃないですか! でしたら我が派の今後の戦略というものをご教授してさしあげよう。それはですね――」

 

 演説しだしたツォラコグルの言葉を聞き流しつつ、ギルガメスは微笑んだ。しょうもない奴であるが、なにかと型破りなツォラコグルの姿勢は、支持できるものではないが、個人的には痛快なので、嫌いではなかった。



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戦争から生まれた国〜デルメル平和共和国〜(下)

「我々は何者になりたかったのか」(デルメル国民議会前に設置されているジャピエンの像の台座に刻まれた名言)

「自分はただの同盟市民でありたかったが、叶わぬ願いである」(あるデルメル政治家の呟きより)


 夜になってもデルメルの都は眠らない。本日の業務を終えた部門のオリュンポス・カンパニーの社員たちが、居酒屋で酒をひっかけていくのは毎日のようによく見る光景である。そんな光景を見ながら、フードを被って顔を隠した男は、大変複雑な感情を抱きながら目的地に向かって歩いた。

 

 目的地はとある居酒屋である。デルメルに存在するこうした飲食店の半分程度はオリュンポス・カンパニーの飲食部門によって経営されているものが多いが、その店は少数派に属する個人経営の名店である。その店の扉を男は開いた。

 

「いらっしゃいませ。何名様でしょう?」

「すいません。友人が先に来ているんと思うんですが。アンダーソンっていう人の」

「ああ、アンダーソンさんの。それなら二階の三番の部屋になります」

 

 店主に告げられた番号の部屋へと足を運ぶと、そこでは既にビールジョッキを片手に飲み始めている男がいた。男は入室した相手の顔を確認すると、喜色に満ちた笑みを浮かべた。

 

「おお、待ったぞアーン」

 

 そう言われてフォルカーは乱暴にフードを外すと、疲れたような声で言った。

 

「こっちこそ遅くなってすまないな、ガーフ」

 

 先に待っていた男は内政派幹部のガフパリア・アラヴァノスであり、やってきた男は協商派幹部のアーノルド・フォルカーである。この二人は幼馴染であり、同じ学校で学び、同時期に協商平和聯合党に所属した親友であり、互いに愛称で呼び合う仲である。対立する二大派閥の大幹部になってからも、こうした交友は継続していた。

 

「いや、なに。同盟弁務官アーノルド・フォルカー殿ともなれば、故国に帰っても色々と仕事があるだろうかな。仕方がない」

「そういうお前だって、人的資源担当国務委員として、人的資源局の長を務める閣僚だろうが。あそこの仕事も暇とは到底思えないが」

「だとしても俺は基本的に国内にいるから、緊急案件でも来ない限り、ある程度は慣れた仕事が多くなる。一方同盟弁務官ともなれば、多くは同盟首都ハイネセン暮らしで、頻繁に故国の星の土は踏めぬわけだから、色々と仕事たまっていよう。その差だ」

「まあ、な」

 

 同盟弁務官は同盟中央において、デルメル平和共和国の利益代表者たる身分である。地元に帰れば、休暇というわけではなく、同盟中央政界の新鮮な情報欲しさにデルメルの有力者たちが大量に群がって来て、色々と説明をしてやらなくてはならない。

 

 いや、今回はまだしも楽な方だ。常ならば、次の同盟上院の議事に向けて民意の収集と取捨選択を行い、デルメル政府とも折衝して、次の上院の会期で何に重点をおいて主張していくのか決めていかなくてはならないが、今回は任期最後の年なので、次の同盟弁務官選挙で新たに選ばれる後任の同盟弁務官への引継ぎ準備だけですんでいるのだから。

 

「それでどうだ、同盟首都ハイネセンというか、バーラト共和国の様子は?」

「そうだな、相変わらずというか、バーラト・エリートどもの作り出した世界観の中に、バラート人は安住しているよ。近頃では反戦派とかいう政治勢力も台頭してきた。【距離の防壁】によって同盟の安寧は守られているのだから、戦争そのものに反対し、帝国との停戦・講和を模索しようという主張をして、相応の支持を集めているぞ」

「それって露骨に【交戦星域】のことを同盟から除外していないか。同盟議会の下院で少し議席を得たというニュースはみた覚えがあるが、たぶん一過性のものだろう?」

「いいや私はそうは思えん。現に同盟議会ではなく、バーラト共和国の議会に目をやれば、小なりとはいえ、反戦派の勢力はとても無視できぬほどの議席を占める勢力に成長しつつあるぞ」

「なに?」

 

 アラヴァノスは少し驚愕した。決して同盟中央の政界を軽視していたつもりはなかったが、デルメル国内の内政に忙殺されている立場もあって、やはりバーラト共和国の政界よりかは、同盟全体の政界、国政方面の情報蒐集に偏りすぎていたために、その情報は初耳であったのである。

 

「なんでそんな、棄民みたいなことを公然と主張する政治勢力に民衆の支持が集まるんだ。バーラト人どもは恥を知らんのか」

「その通りなのだが、なんて説明すればいいのかな。バーラト人たちは【交戦星域】の現状を、どうにも自業自得だと思い込んでいるようでな」

「…………は?」

 

 アラヴァノスは何を言っているのかが一瞬理解できなかった。自業自得? 何が???というのが率直な感想であり、あっけにとられるとしかなかった。

 

 そんな親友の様子を見て、フォルカーはいま少し説明を付け加える必要を感じて、口を再び開いた。

 

「本当になんと言えばいいのか。そうだな、良きにせよ、悪しきにせよ、バーラトの連中は国家というものに夢を見過ぎなのだ。国家権力とは死者を蘇らせることを例外とすれば、あらゆるすべてを実現することができる万能の力だと思い込んでいる節がある。六年間弁務官をやって、私は身に染みてよくわかった……」

 

 フォルカーはそこまで言うと、深くため息をつき、ビールジョッキをぐいっと傾けて喉を潤した。これ以上口に出して続けるには、アルコールの魔力による助力が欲しい気分であったのである。

 

「この国、デルメルは語るに及ばず、【交戦星域】にある星々は、コルネリアス一世の大親征以来、それぞれの波瀾の歴史を歩んで来た。帝国との最前線という役割を果たしつつ、紆余曲折の歴史を歩んだのだ。だが、バーラトやその周辺、首都圏の星々は違う。大親征後の首都圏は戦災からの復興を果たし、そのまま経済的にも政治的に絶頂期に突入するという順風満帆な歴史を歩んだ。そのせいなのだろう。『同じ同盟構成国なんだから、【交戦星域】の国だろうが自分たちの国と同じくらいの環境は整っているはず』という無意識の内に考えてしまうようなのだ」

「あーってことはなにか。帝国の侵略の被害なんぞバーラトの連中は理解できないと?」

 

 不機嫌そうに問うアラヴァノスに、フォルカーは苦笑する。

 

「そういうわけではないさ。バーラトの人たちも帝国の脅威は理解している。理解できてないのは、インフラの充実してなさとか、産業基盤の脆弱さだとか、日々の暮らしのありようとかだ。極端な例を言ってしまえば、中央の連中はヴァンフリート民主共和国みたいな、過酷な環境の国で、ろくな産業がないというのが想像できないのだ」

 

 フォルカーの声には皮肉の色があった。

 

「なんでそんなことになっているのか、という方向に思考が進むと、現地の政治家連中がそうした問題の解決方法を模索しようとしないからであり、どうして模索しないのかと自分たちの基準で考えて、現地政治家どもが既得権益に固執して腐敗しているから、という結論を出す。だから帝国の被害を受けた地域へ戦災復興費等が支払われるのは正当なことと理解できても、それらの費用が現地の復興のためではなく、現地の政治家連中が楽するために使用されていると錯覚し、『こんな怠け者どもを守るために、どうして自分たちが死地に赴かなくてはいけないのだ』と被害感情を拗らせて、反戦派勢力に対する支持へと繋がっていくわけだ。どうだ、中々に面白い話だろ」

 

 まったく面白くないし、ふざけているのか。その言葉が口から出かけたが、寸のところでアラヴァノスはそれを飲み込んだ。あることを連想して、それを問いたくなったのである。

 

「ってことはなにか、今の同盟中央は、歴史上の地球統一政府みたいな有様になってるっていうのか?」

「いや流石にあれよりはマシだろう。同盟構成国であれば、代表を上院に送ることができ、最低限の団結……団結というほど麗しいものでもないが、そうした共同体意識を持てているんだからな。だが一部の連中が主張している【上院における一票の格差是正】とかいう、上院の存在意義に正面から喧嘩売っているとしか思えない改革案が、なにかの間違いで実現するようなことがあれば、同盟も地球統一政府と同じ滅びの道を歩むことになるかもしれんな」

 

 フォルカーはそう言って肩をすくめた。正直、この種の主張をし出す輩には辟易するのである。とりわけ、地球統一政府の前例を出しながら『一票の格差是正こそは地方自治の推進』とかいう頭の痛い雑語りをバーラトで見かけると、めまいすら感じるほどなのだが、バーラトでそれなりに見かける主張だから困る。

 

 しかしあまりデルメルの外には出ない立場であるアラヴァノスには受け入れがたいことであったようで、バーラトを罵る言葉をこぼし続けたので、少しばかり補足をつける必要をフォルカーは感じた。

 

「つまり、私たちデルメル人がアスターテやティアマトの『本土奪還』にかける熱量をしばしば勘違いするのと同じように、バーラト人は【交戦星域】を誤解しているというわけさ」

「そう言われると、なんとなく理解できなくはない気がするな」

 

 アラヴァノスは感心したようにそう呟いた。たしかにそのあたりの錯覚は、どちらも生まれ育った環境に由来したものであり、一般的なデルメル人が陥る病理も同根のものといえなくもないのだ。

 

 デルメル人はそれの歴史から、生まれ育った郷土を最重視する。それが故に、自分たちの国がまだ存在してすらなかった頃より、本土を失っているティアマトやアスターテが、郷土奪還に固執するのは理解不能の領域にある。

 

 いや、理屈ならばわかる。国家としてのアイデンティティ、正統性の確保のために、そうした姿勢をとり続ける必要性があるのだろう、と。特にティアマトは全領土を失っており、現在はあちこちの同盟構成国内にある自治領の連合体のような形態になってしまっているので、本土の権利を主張し続けなければ同盟構成国としての権利をも喪失することになりかねない。その必要性のために、本土奪還を仕方なく主張しているのだと。

 

 だが、それは誤りである。外交の場で幾度となくティアマト人と接している内に気付かされたのである。理解できないが、彼らは本当に父祖が暮らしていた本土とやらを感情的にも本気で取り戻したがっているのだと。彼らが郷土を失ったのは、百年近く昔のことで、本土で暮らしたことのあるティアマト人などほとんど残っていないし、仮にいたとしても当時はかなりの幼子のはずで、記憶などろくに残っていないであろうに。

 

 極めて摩訶不思議な現象であるとフォルカーは思う。自分の祖先は、革命前のアルレスハイムで暮らしていたと聞くが、だからと言ってアルレスハイムに望郷の念など全く抱けないし、それが普通だとすら思う。そうした自分の感覚からすれば、あの過酷な環境のコロニーで暮らし続けるヴァンフリート人の方がはるかに理解できるように思えた。どんな場所であれ、生まれ育った故郷に愛着を持つのは当然だし、守ろうとするのも当然の感情だろう。

 

 だからフォルカーはティアマトやアスターテの者たちの本土にかける心情などわからない。そこで暮らしたこともなければ、見たことすらないであろう星に寄せる強い愛着心などサッパリわからないが、わからないなりに「そういうものだから」と想像で補い、同盟上院で彼らの弁務官と交渉をするのだ。

 

 そこでふと思い出したようにフォルカーがある人物の話題を出した。

 

「ああ、そうだ。ヒューイ・タロットとかいうビジネスマンを知っているか」

「知ってるぞ。少し前にこの国にやってきて、ヘイト・スピーチ一歩手前なことをやらかして、ちょっとしたニュースになってたぞ」

「この国にも来てたのか……。なら知ってると思うんだが、あいつも過激で派手なティアマト本土奪還主張する奴でな。ティアマト人たちの間では中々に人気の人らしいぞ」

「それって一種の芸人としての人気じゃないのか? なんか政治的な主張もしてたが、荒唐無稽な誇大妄想でしかないし、まともに相手したら負けだと思う。政治家としてなら人気なんかでないだろう。ティアマト人もそれを理解した上で、囃し立ててるだけだと思うぞ」

「……だよな、そうだと私も思うんだ」

 

 そう言いつつも、フォルカーは一抹の不安を覚えていた。ティアマト人の良識を疑うわけではない。だが、一部で『タロットといえばティアマト、ティアマトいえばタロット』みたいな認識が同盟のあちこちで蔓延しつつあることを思うと、政界進出して何処ぞの自治領の代表になるなんて展開が、もしかしたらありえるのではないかと嫌な想像をしてしまうのであった。

 

「荒唐無稽な誇大妄想といえば、うちの国でも無縁な話ではない。独立派なんていうポピュリストどもが勢力を伸ばしているではないか。それも小なりとはいえ党内の派閥として、だ。まったく、我が党も衰えたものだなぁ」

 

 協商平和聯合党は『歪な平和』の維持というただひとつの目的のために、それ以前の主要政党のいくつかが連合して出来上がった包括政党である。その点から言えば、デルメル独立などという、『歪な平和』を壊しかねない独立派が党内に勢力を持ってきているとはいうのは、大きな矛盾であるといえ、自党も民衆の支持を集めることに腐心しすぎて、大切なことを見失っていないかとフォルカーは感じざるを得ない。

 

「おい、アーンはバーラトの空気に染まりすぎじゃないか」

 

 だが、アラヴァノスは異なる見解を持っているようで、眉根を寄せてそう言った。

 

「ああしたポピュリズムを民衆が支持してしまうのは、言ってしまえば民意の汲み取りに俺たち政治家が失敗している証みたいなものだ。普通の政治家が自分たちの苦境に全く耳を貸してくれないというのなら、どんだけ不安な政治家であっても自分たちの民意を汲み取ってくれる方を民衆は支持する。いくら独立派の主張が危険なものであっても、それを内包することは党が民意を汲み取ろうとしていると民衆に示すためでもあるんだぞ」

「そのアピールのために、国を危険な方向へと向かわせやしないかという不安なのだ」

「その懸念はわかる。が、あれは必要悪だ。現にツォラコグルの演説を聞いていると、少しばかり共感してしまう」

 

 予想外の言葉にフォルカーは目を剥いた。あんな【フィリバスター野郎】の戯言に、親友が共感してしまう部分があるなど、とても信じられぬ気持ちであった。アラヴァノスはやや忌々しそうに口を開いた。

 

「率直に問うが、おまえはこのデルメルが民主主義国家だと思うか」

「……民主主義国家だろう。少なくとも、そうあろうとは努力している」

「『歪な平和』の許す範囲内で、だろう?」

「……まあ、まっとうな形ではないことは否定できんな」

 

 デルメル平和共和国は、国外からは【一党独裁国家】ないしは【フェザーン企業のオリュンポス・カンパニーが保有する国家】と評されることがあり、それは容易には否定しにくい風評である。

 

 無論、デルメルにおいて、協商平和聯合党が法的に執権政党たる役割が保障されているわけではなく、ちゃんとした普通選挙が実施されているし、その投票結果により国民議会において圧倒的多数派となるために政権与党となっているのであって、協商平和聯合党といえども選挙は重大な意味を持つイベントではある。

 

 しかし少し掘り下げると、これは一種の出来レースでしかない。デルメル国民にとって、オリュンポス・カンパニーの株主としての権利を持つ協商平和聯合党以外の党が政権与党となることは、帝国との秘密裏に交渉できる建前を喪失することであり、それはそのまま『歪な平和』の崩壊を意味し、この星が再び同盟と帝国が激しく軍事的衝突を行う場となる可能性を招来するので、他の政党への票を入れるのは相当に躊躇われることである。ましてやオリュンポス・カンパニーに務め、相応の地位についている者は、かなりの不満がなければ株主に叛逆するという行為は非常に躊躇するのは当然だ。

 

 その当然の結果として、協商平和聯合党は結党以来、常に圧倒的過半数の議席を確保し続けてきたのである。ゆえに【一党独裁国家】と呼ばれるのだが、一般で想像されるほど協商平和聯合党は絶対的な権力を有してきたわけではない。それにはいくつかの理由がある。

 

 ひとつには、結党当初の協商平和聯合党は、畢竟『歪な平和』の維持以外の同意がないも同然の勢力であったので、個々の政策では派閥間の対立が激しかったことである。今でこそ、通商派と内政派の二大派閥を中心として、安定とした党内の秩序が築かれているが、昔はもっと混沌としていたのだ。

 

 党内がそのように整理されていったのは、オリュンポス・カンパニー、ひいてはそれを仲介して行われる帝国勢力という『敵』を前に団結する必要があったからだ。協商平和聯合党が絶対的な権力を握れずにいるもうひとつの理由は、彼らに株主総会での主導権を彼らに握られれば、デルメルの地下に眠る豊富な戦略資源は際限なく帝国へと流出して、同盟全体の憎悪を買う事になり別方向から『歪な平和』が崩壊しかねないのだ。

 

 更にオリュンポス・カンパニーそれ自体も問題であった。経営者一族たるヘルメス家の者達は、会社の最高幹部たるどこかの部門統括に就任することが約束されているような存在であり、彼らの個々の動向も大いに気にかけなくてはならない。別に現社長のように積極的に政治発言をするようなのは稀だが、自らの部門の利益拡大のために行動されるだけで大いに国政に影響を与えてくる存在でもある。兵器開発等を担当する軍需部門が、帝国軍相手に商売しようと目論んで大問題となった前例さえあるのだ。

 

 こうした前例とデルメルの多くの産業を独占していることから【フェザーン企業のオリュンポス・カンパニーが保有する国家】とデルメルが嘲笑われることもあるのだが、オリュンポス・カンパニーと協商平和聯合党のパワーバランスは、様々な事情がとても複雑奇怪に入り組んでいて、これも実態を捉えているとは言い難い。デルメル政府として、国家権力を用いてオリュンポス・カンパニーにあれこれと干渉してきたのもまた事実なのだ。

 

 協商平和聯合党とオリュンポス・カンパニーの関係をあえて端的に説明しようとするならば……『互いに殴り合う関係なので別居したいのは山々なれども、様々な事情のために仕方なく同居状態を継続している』あたりが一番実態に近いだろうか。

 

 このように色々と複雑に絡み合った積み木細工のような形態で、『歪な平和』以後のデルメルの政治は動いており、非常にややこしく、建前のために余計な手間ができている点も多く、民意の汲み取りも他の同盟構成国と比べれば限定的なものになってしまっている。それでも協商平和聯合党政権が民衆に支持されているのは、歪ながらも平和を実現し、国内を富ませ続けているからである。しかし、この現状に不満を抱く者は決して少なくない。

 

「独立派は、こうなっているのはデルメルが無理に自由惑星同盟という共同体に属し続けているからと主張しているのだ。それを抜け出し、フェザーンのような中立勢力となれば、国内改革に手をつけ、民主主義の実質を取り戻せるとな」

「バカバカしい理想論だ。第一、そんなことをして同盟も帝国もデルメルの独立を尊重してくれるなぜ信じられるんだ。それに【交戦星域】の国々は、デルメルが同盟構成国としてとどまっているからこそ、辛うじて現状を許容してくれている節があるのだから、独立なんぞしたら彼らも参戦しかねん」

 

 アスターテ連邦共和国の艦艇群に乗り込んだ交戦星域諸国の連合軍が続々とデルメルに殺到してくる光景が、フォルカーにはありありと想像することができた。

 

「だいたいフェザーンとて、特殊な立地と政治的・経済的環境も考慮する必要があるが、それ以上に、形式の上では帝国の自治領であるから存在が許容されているのだろう。その点から言えば、デルメルもフェザーンもさして変わらん。フェザーンがデルメルより公然と敵対勢力――フェザーンの場合は同盟だが――と交流できているのは、帝国の国家体制が論外な代物だから、という事情の方が大きいからだ。ガーフ、こんな単純なことくらい、お前にもわかるだろう?」

「わかるとも。だが、わかった上でも、連中を拒絶しきれん自分がいるのだ」

 

 アラヴォノスは声には苦いものがあった。

 

「独立派の支持者たちの多くは若者だ。それがなぜだか、お前にわかるか?」

「……連中の主張が過激で小気味好く痛快だから。そう私は思うが、おまえはそう思っていないようんだな。でなくばこんな前振りはせん」

「その通りだ。理由は大きく二つ。ひとつは同盟構成国としての義務を若者は重荷だと感じているということだ。特に……徴兵がな」

 

 同盟構成国である以上、同盟軍の兵員補充のために徴兵を受ける可能性がある。それは非常に低い確率であるのだが、一般のデルメル人の間では、許容し難いと考えられているのだった。

 

 徴兵への忌避は一般的な現象であったが、デルメル特有の事情も絡んでいる。『歪な平和』達成後、同盟軍内において、デルメル出身者は差別対象であった。士官学校への入学を希望しても、書類選考の時点で失格になるし、徴兵もしくは志願により一兵卒から始めるにしても、ほぼ間違いなく過酷な運命が待ち受けている。

 

 具体的にはデルメル出身で徴兵にあえば、ほぼ間違いなく最前線へと送り込まれる。デルメルという国の立ち位置のために裏切る可能性が高いと見なされ【前線で活躍し同盟への忠誠を示せ】という理屈からくることであった。特にゲルマン系のデルメル人となると、ほぼ自動的に帝国系亡命者部隊に配属させられ酷使されるのだった。

 

 要は他の国の出身者と比べて戦死する率が桁違いに高いのだ。デルメル人が徴兵を強く厭うのも無理からぬ話ではない。この国で喜んで同盟軍で兵役につきたいとか言い出すのは、ロイヒテンベルク一族みたいな例外中の例外だけで、普通なら同盟への帰属心が強い者であっても兵役は忌避するものだ。

 

「だからこそ兵役満了者に対しては、我が国は退役後の生活を手厚く保護してきたし、戦死者遺族に対してもケアは惜しまなかったはずだ。無論、そんなもので、彼らの献身に報いきれているかというと、甚だ怪しいが……」

「その通り。『歪な平和』のために、そんな状況をほとんど手をつけずに俺たちは放置し続けてきたのだ。生きて兵役を満了した者たちが、独立派への支持を表明し、それに若者たちが共感して勢力を築くのは当然なことだ」

「だが、これはずっと我が国が抱えてきた問題ではないか。現に、私が物心ついた頃から、問題とされてきたことだ。だが、独立派が急成長して、党の中央委員になる奴すら出てきたのは、ここ一〇年くらいの話だろう。それが独立派が急成長した大きな理由だとは思えんが」

「ああ、そこでもうひとつの理由が密接に関係してくる。俺の息子もそうなんだが、最近の二〇代の連中、帝国への拒絶感や嫌悪の念がほとんどないらしいぜ」

「………………………………………………はぁ?」

 

 あまりに意外な発言すぎて、その内容を脳が理解するまでに二〇秒ほどの時間が必要であった。そしてようやく染み込んできた意味を吟味しても、フォルカーが得られた感情は困惑一色であった。

 

「すまぬ。さっぱりわからないのだが。え、どういうこと?」

「早い話、今の若者連中は、帝国の恐怖を実感できていないって話」

 

 アラヴァノスはそう吐き捨てた。

 

「俺たちはジャピエン政権が六〇年前に『歪な平和』を作り上げて、数年もしない内に産まれた世代だ。親たちからこの星で同盟軍と帝国軍がなにをしたのか聞かされて育ったし、大人たちが同盟に対してのもの以上に、帝国に強い警戒心を持っていたのを実体験として知っている。だから帝国に対しては強い警戒心をずっと持ってきた。おまえだってそうだろ?」

 

 フォルカーは深く頷いて同意を示す。

 

「だが、昨今の若者は違う。若い連中の帝国のイメージは、日頃身近で接する帝国人達だ」

「……警備部門の連中か?」

「いや、採掘部門のほうだ」

 

 採掘部門は、その名の通り、このデルメルの地中に大量に眠っている天然資源の採掘を管轄している部門であり、ヘルメス商会時代からやっていた事業である運輸部門と並ぶ基幹部門であり、現在のオリュンポス・カンパニーでも最も莫大な利益を生みだしている主力部門である。だが、ここには同盟の安全保障グループや人権派グループから問題として指摘され続けてきたことがある。

 

 安全保障グループが大きく問題としているのは、この部門で採掘された重要な戦略資源を帝国のカストロプ閥へと少なからず横流ししていることである。特に希少な流体金属類がイゼルローン要塞の工廠へと流れているのは重大な問題であり、利敵行為であると叫ばれているのである。

 

 しかしそう言われてもデルメルとしてはどうしようもないことである。デルメルで採掘された戦略資源をカストロプ閥におさめればこそ、カストロプ閥は帝国内でデルメルのために骨を折ってくれるのであり、帝国軍中央はカストロプ閥から少々割高ながら前線付近で安定して戦略資源を購入できる。そうした秘密の取引があればこそ、【交戦星域】に存在する国家でありながら、デルメルは『歪な平和』を半世紀近くにわたって謳歌してきたのである。

 

 もちろん、同盟側の声を歴代デルメル政権は決して軽視してきたわけではなく、カストロプ閥に横流しする戦略資源の量と種類についてはオリュンポス・カンパニーの株主総会で毎度帝国軍側と激しく論争が交わされている案件であり、規定以上の戦略資源が流出しないよう厳格な管理体制を敷くなどして、そうした声に【配慮】し自制してきたのだが……、フォルカーが同盟弁務官として活動してきた経験から言うと、それを【配慮】とは思わないデルメル国外の人間は非常に多い。

 

 しかし安全保障グループから特に糾弾されていることより、後者の人権派グループから糾弾されていることの方が、今回の場合は大きな問題を占めている。

 

「帝国からの出稼ぎ労働者か」

 

 表向きは『オリュンポス・カンパニーが雇ったフェザーン人労働者』が採掘現場で働いていることになっているが、その【フェザーン人労働者】とやらが、その実【カストロプ一門の領地から運ばれてきた帝国人】であることはデルメル国民のだれもが知っている公然の秘密である。

 

 そのようなことになった原因は極めて単純であり、地下資源の採掘にはそれなりの危険があり、人権だの何だののために、大きなリスクを背負う同盟人に現場での採掘をさせるより、そんな権利など最初からない帝国から人を雇って危険な作業に従事させた方が良いと半世紀近く前の採掘部門の統括が考え、時のデルメル政府も天然資源の採掘に及び腰になられては『歪な平和』が危ういとその方針を黙認してしまったことである。

 

 そしてそれが現在まで続いているのであった。無論、人権派グループからの糾弾もあって、昔のように使い捨てのような扱いをしているわけでなく、三〇年ほどまえから彼らの労働環境も徐々に改善されるようになり、今では他の同盟内にある地下資源採掘現場と比べても、平均くらいの労働環境が帝国人労働者たちに提供されているが、これによってまた別の問題を引き起こされているのだった。

 

「人的資源担当国務委員として、俺はこの問題に取り組んでいるんだが、帝国からの労働者は採掘部門が休日の時は普通にデルメルの街中で暮らしている。すると当然デルメルの民との間にも交流を持つ。それ自体は別に悪いことってわけじゃないんだが、どうも若い連中はそれを『平均的な帝国人』と誤解しているようでな」

 

 アラヴァノスは嘆息した。たしかにデルメルで出稼ぎにきている労働者が、帝国においては下層の階級に属する者達であることは間違っていない。彼らは平民であるし、高度な学問をおさめたインテリゲンツィヤではなく、肉体労働に従事して日々の糧を得ている者たちである。

 

 しかしカストロプ閥がデルメルに送り込んできている労働者は、そうした下層の中では最上層部に位置している者達なのだ。向こう側の意図としては、学がまったくない連中を派遣して問題を起こしたらそれはそれで面倒という事情と、帰還後のことも見据えて人材育成の意味も含めて派遣しているのであり、同盟側基準で言えば初等教育くらいは受けている者達のみが派遣されてきているのである。

 

 だが、若いデルメル人には容易にそれが理解できないらしい。だって派遣されてきている帝国の労働者たちの知識は、どうあがいても義務教育を完了しているかいないかというところなのだから、それより学がない大人が帝国には大量にいるというのは、なかなか想像しにくいことなのだ。

 

「で、採掘部門の労働者たちと仲良くなると、自然と警備部門の二課ってことになってる帝国軍の将校たちとも交流を持つ例が出てくる。労働者とオリュンポス・カンパニーの間を仲介しているのは、帝国軍とカストロプ閥だからな。そうして接していると若者たちは思ったりするわけだ。もし同盟軍に徴兵されて戦場に出ると『目の前で談笑している帝国人』と同じ者たちを敵として殺さなくてはならなくなるのか、と。だから若者たちの徴兵を嫌う心情は昔の比でない。なにせ、帝国とも話せばわかりあえると信じてしまっているんだからな」

「……マルティノス議長や、パーギリニスは気づいておられないのか」

「知っているが若者たちが何故そんな感覚になるのかがわからないんだろうな。ご老人方は、俺たちの親世代は、帝国の野蛮さを身に沁みて知っている。もはや『帝国が脅威』というのは、言葉に出すまでもない明白な真実だと思い込んでいる。だから独立派を若者が支持するのは、同盟嫌いの表現として、近頃流行している形態のひとつ程度にしか考えてねぇんだ」

 

 アラヴァノスはジョッキを掴んで、残っている中身を一気に飲み干した。かつて閣議の席において、彼は何度か独立派に対する懸念を表明したことであるのだが、それに対する議長の返答は以下のようなものであった。

 

 曰く、独立派の主張も一理ある。たしかに帝国は脅威ではあるし、デルメルが同盟に属しているのはその脅威からこの国を守って欲しいからだ。だが、同盟に守って欲しいのは【デルメル平和共和国】なのであって、同盟にとって都合のいい辺境領土デルメル、前線軍事基地デルメル、属国デルメルなどでは断じてない。同盟に属する共和国諸邦は、我々にとって心から信頼できる仲間か? かつて我らの先祖を不毛だったこの惑星に押し込めた分際で、不毛でないと知るや大胆に介入してきて、この国を焼き尽くした輩が。そして今もあれこれ注文をつけては、この国を戦場にしようとしてくる恥知らずな輩が。それを思えば、若者たちが独立派の派手な主張に共感するのもわからなくはない、と。

 

 そう熱く主張する通商派の領袖マルティノスに対し、対立派閥である内政派の領袖パーギリニスが深く頷いていたのが印象的な光景だった。政治信念の差異などどうでもよくなるくらいに、帝国への憎悪と同盟への猜疑が老人たちには根強く、その子ども世代である自分たちもまたそうなのである。自分の子から独立派の主張に共感する発言に耳を疑い、ちょっとした論争を起こさなければアラヴァノスも自覚できなかったのだから。

 

 一方、フォルカーは完全に飲み込めてはいなかったが、同盟弁務官として活動してきた経験もあって、その聡明な知能は事情を理解できてしまったらしく、無意識に渋い面を浮かべた。

 

「盲点だった。同盟内におけるデルメルの立ち位置ばかり問題視して、国内認識が甘くなっていたか……」

「いや、同盟弁務官としてデルメルをよく留守にしていたお前にはわからないのも無理ないさ。ずっと国内にいた自分でさえ、気づいたのは割と最近なんだぞ」

「そう言ってくれると、少し救われた気持ちになるよ」

 

 苦く笑った後、フォルカーの思考はややおかしな方向へと向かった。

 

「しかし息子か……今更な事ではあるが、五〇も半ばを過ぎているというのに、私はそっちの話と全く無縁に生きてきてしまったな」

「ほんとうに今更だな。だから俺、若い頃に何度か言ったろ? おまえ結婚する気ないのかって」

「とは言ってもだな。私は外交畑を歩んできたから、諸国を飛び回ってる事が多くて、腰が落ち着けられなかったんだ! そして長距離恋愛なんてやる気もなかったんだから、仕方ないじゃあないか!!」

 

 机をバンバン叩きながらそう熱弁する親友の姿は、五〇半ばの中年男性とは思えないほどガキっぽく感じられた。

 

「ああ、じゃあ、年の差恋愛にでもチャレンジしてみればだろうだ? 他の国ならともかく、この国だとそのあたりわりかし自由だぞ。主に銀河ローマ同盟の功績のおかげで。俺だって、それで嫁さんが二人と合法的に結婚できたわけだし。な、まだ可能性はあるって」

「おまえ、私に喧嘩売ってるのかッ!?」

 

 デルメルではやけに性的マイノリティに寛容的であり、一夫多妻、多夫一妻、多夫多妻なども制度として整えられており、同盟構成国の中でもジェンダーギャップがほとんどない国であると評されるほどで、その恩恵により年の差婚にも理解のある人が多いので、それを踏まえて助け舟を出したつもりであったのだが、フォルカーには勝ち組からの皮肉としか感じられなかった。

 

 さらに憤慨した親友の様子を見て、深く深呼吸をした。これ以上長引かせていると、本題に入ることなく話が終わってしまう気がしてきたので、スイッチを入れ替える儀式のような深呼吸であった。

 

「アーン、いや、アーノルド・フォルカー。真面目な話をしていいか」

「ん? ……ああ、いいぞ」

 

 声音が変わったのを感じ、私人として怒気を引っ込め、フォルカーの双眼には冷静な政治家としての鋭い光が宿った。

 

「おまえ、同盟弁務官の任期が終わった後、どうするつもりなんだ」

「どうするもりもなにも、政治家として働き続けるつもりだぞ。通商派幹部との間でポストの相談をしているが、たぶん、外務局のどこかのポストに就くことになるんじゃないかな。私の同盟弁務官としての経験と知識を活用したいと考えるものは多かろうし……」

「外務局の幹部ではなく、長になりたいとは思わないか」

 

 フォルカーは目を剥いた。

 

「外務担当国務委員にか。ガーフ、いや、アラヴァノス。それは冗談で言っているんじゃないだろうな?」

「冗談じゃない。実はマルティノス議長が、内閣の改造を考えていて、非公式に俺に副議長兼財務担当国務委員になってくれないかと打診されている。議長は、帝国内でのカストロプ公爵の地位動揺を鑑み、帝国と距離を置きたいと思っていて、そのためにウチのドンであるパーギリニスの影響力を削ぎたいらしい。俺は答えを保留しているが……世代交代を促進するためにも、受けようかと思い始めている。いつまでも戦場時代のトラウマが忘れらない老人に政治の主導権を任せきりと言うわけにもいかん」

「……それが私の外務担当国務委員になることとの関連性がわからないが?」

「俺が副議長職を受ける条件として、おまえを外務担当国務委員にすることを議長に要求しようと思うんだ」

「何故だ?」

 

 フォルカーの見定める視線を、アラヴァノスは正面から見つめ返した。

 

「正直に言う。俺はこの国のことはよく知っているつもりだが、同盟全体を見定める視野となると、自信がない。だから、おまえには俺の味方でいてほしいんだ。おまえほど同盟諸国を見渡せる奴はこの国には数える程しかいない。そして公人としても、私人としても俺が信頼できるとなると、もうおまえしかおらんのだ。だからどうか、俺を支えてほしいんだ。この国の『歪んだ平和』を、多少であっても、歪みが少ないものとするために」

 

 頭を深く下げてそう懇願してきたアラヴァノスの姿を見て、フォルカーの胸中に込み上げてくる感情があった。ああ、こいつ、駆け出し政治家だった頃から何一つ変わってないな! 

 

 フォルカーは顔をあげた。ずっと親友の頭を下げた姿を見ていては、感情的にアラヴァノスの懇願に是と答えてしまいそうだったからである。仮に受けるとしても、政治的に受けるべきかどうか知性で判断した後でなくば、親友に迷惑をかける結果になることだろう。

 

 一分ほど時間が経過した後、フォルカーは口を開いたが、それは返答ではなかった。

 

「どんな代議員も最初は国と民を思っている。より良い国にしようと願ってなる代議員になるものだと。しかし理不尽な政争に揉まれ、理想を踏みにじられている内に当初の志を見失い、腐敗していくのだと」

「え?」

 

 全く想定していなかったことを語り出されて、アラヴァノスは思わず顔をあげた。

 

「バーラト暮らしをしている時に聞いた話だ。だが、そんな不心得者、私の知る限り極少数だ。どんな形であれ、代議を務めている者は、自分を選んだ選挙区の声の代弁者として、完璧にではないにしても誠実に職務を果たしている。今の私たちがそうであるように。だからこそ、同盟の現状は深刻なのだ。わからぬこと、理解できぬことを、【腐敗】とみなして斬って捨てる空気が同盟全体で広がっていると言ってもいい」

 

 フォルカーは逸らしていた視線を戻して、再びアラヴァノスを見た。

 

「だから私を外務局の長になんぞしたら、あちこちの国にデルメルの事情を『わからせる』ために全力でやるぞ。同盟弁務官として活動していた時とか、政府の意向も考慮して、かなり自重していたんだからな。外交トップになったら自制なんか絶対にしないからな」

「え、あれで自制してたのか……」

「当然ではないか。で、おまえには私がそんなことを仕出かしても許容していく覚悟はあるんだろうな?」

「……おまえのことだ。何か考えがあってやるんだろう。ちゃんと納得のいく説明をしてくれるのならば、腹立たしく不快な事実であっても飲み干してやるさ」

「そして、私と一緒に頑固なマルティノス議長と対峙してくれると?」

「厳しいが、まあ、やるさ。うん。見捨てられないし……」

 

 そこでむしろ相手を不安にさせる返答をしてないかと悟り、キッとフォルカー睨みつけながら叫んだ。

 

「わかった! おまえがハチャメチャやらかそうが、ちゃんと俺と協力して仕事してくれるなら絶対に守ってやる!!」

「素晴らしい! じゃあ、誓いの盃ということでもう一度乾杯しようか!」

「……すまん、おまえ酔ってない?」

「大丈夫だ。別に酒だけに酔っているわけではない」

「ん? ……ああ、なるほど」

 

 フォルカーとアラヴァノスは互いのジョッキにビールを注ぎあい、取っ手を掴んだ。

 

「あー、そうだ、なにに乾杯しようか?」

「普通に『祖国デルメルに』でよくないか」

「わかった。『心の底から憎み、愛する祖国に』でいこう」

「長いな。しかも憎んでいるのか」

「真の愛国者たる者、愛する祖国の問題点の百や二百はあげれるべきだろう」

「なるほど。では……」

 

「「心の底から憎み、愛する祖国に!」」

 

 ガキィン、と音がなるくらいに強くコップをぶつけ合った後、二人はジョッキの中身を一気に飲み干した。二人の誓いが、今後のデルメル平和共和国の未来にどのような影響を与えていくことになるのか。少なくとも当事者二人には、良い影響を及ぼすことになろうと信じて疑わなかった。

 

 



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宇宙暦794年〜平和共和国の政権交代〜
人民元帥要請の対処相談、あるいはある老人の去就


「我々もデルメルの愛国者であるが、それは同盟市民たる義務を疎かにすることと同義ではない。我々はルドルフ大帝の子孫の中でも、胡座をかいて玉座に座り帝国を名乗る腐りきった連中に大罪の償いをさせるべきであり、その一助とならんが為に、私を含め、我が党の要職にある者の多くは望んで同盟軍に席を置いていた過去がある。対帝国戦争の終結は帝国自身の自省によってのみ可能なのであり、講和では不可能である。罪を贖う意思を示さない帝国は本質的に信頼に値しない。
帝国の侵略に苦しんだ過去は、帝国の屈服によってのみ晴らされる。デルメルの愛国者であれば当然の認識であろうし、また交戦星域の兄弟たち、アルレスハイム、ティアマト、エル・ファシル、ヴァンフリート、ムサンダム、アスターテ、そして大夏。これらの国々で起きた悲劇と屈辱も講和によってではなく、帝国の屈服と平穏なる休息によってのみ癒されることだろう」
(とあるTV番組に出演した際に協商平和聯合党独立派議員から「デルメルの愛国者であれば同盟の義務とやらで発生する無用な犠牲に怒りを覚えずにはいられない」の発言に対する銀河ローマ同盟党首アエミリウス・ロイヒテンベルク=ホールリンの返答より)

※本話は時系列的には同盟上議事録のヴァンフリート4=2防衛戦(1)と(2)の間


「外務局から少々判断に困る面倒な話が出た。これについて皆の意見を聞きたい」

 

 定例の国務委員懇談会が始まった直後に、椅子に深く腰掛けたマルティノス議長がそう切り出したので、出席していた国務委員たちは何かよほど面倒な事が起きたらしいと判断し、内心ため息をつきたい気分になった。

 

 外務局から面倒な案件が飛び込んでくるのは、珍しいことではない。それどころか、むしろ自然であるとさえ言って良いだろう。なにせデルメルは自由惑星同盟の構成邦でありながら、自国の『歪な平和』の為にフェザーン企業を介して帝国軍の中枢と表沙汰に出来ない関係を構築している。少なくとも年に二回は外務局が忙殺されるほど業務過多になる政治的な炎上が起こるのは常態となっていた。

 

 だが常態になってしまっていることもあり、それなりに対処能力があるのも事実で、四半世紀にわたって国務委員会議議長をしている老人がこんな前置きしてくるようなことはない。それにわざわざ懇談会の席で話を切り出すというのだから、どれほどの厄介事なのかと身構えるのも当然であった。

 

 国務委員懇談会は閣議とは異なり、行政府としての決定を行う場ではなく、国務委員同士で自由で忌憚のない意見交換・情報交換を行う場であり、差し迫った案件がないときは雑談に終始することもあるくらいには堅苦しくなく、言いたいことを比較的責任を負わずに発言できる比較的気安い場でもあり――議論内容と結論がなんら表に出ないまま闇に葬られることもよくある場であった。

 

「フォルカー委員、説明を」

 

 議長に促され、外務担当国務委員であるアーノルド・フォルカーが口を開いた。

 

「ヴァンフリートの元首モハメド・カイレの名において、【交戦星域】首脳会議の臨時招集が要請されました。曰く、帝国軍の次期出兵の目標がヴァンフリートであり、ついては各国邦軍の増援をあおぎたいとのこと。そして数日中にパランティアの首都ムンドブルクにて行う方向で調整をしている……と」

 

 国務委員たちの反応は様々だった。どうして帝国軍がヴァンフリートに侵攻をと訝しむ者もいれば、あの人民元帥がよそ者の助けを乞うとは意外だと驚く者もおり、会場がパランティアであることに苦虫を噛み潰したような表情をしている者もいた。

 

 そして全員が得心した。たしかにこれは面倒なことであると。

 

「あー、そもそもの疑問なんだけど、ヴァンフリートの望みが自国防衛の為に交戦星域の国々邦軍を派遣してくれることなのだから……我が国が出席したところで、彼らの期待に応えようがないのでは?」

「いや、そうとも限るまい」

 

 情報交通担当国務委員アークエットの判断に、防衛担当国務委員リュティが待ったをかけた。

 

「なぜですか。我が国には公式上邦軍が存在しない。オリュンポス・カンパニーの警備兵たちを送り込むわけにもいかないでしょう」

「タケミナカタから兵を借りれば、政治担当として幾人かの防衛局員を将校待遇で随伴させれば、一応の体面は整えることができる」

「それはタケミナカタが自分の邦軍を送るか否かは彼らが判断すべき事柄でしょう。タケミナカタとて、交戦星域会議への参加資格を持つ国。当然、彼らにも臨時会開催の報せが届いて……届いて……あ、なるほど。物理的に届いているわけないわね」

 

 アークエットは肩をすくめた。タケミナカタ星域は大変に不安定な恒星を有しており、更にそれに隣接する名もなき星系群の恒星も同じく不安定で、頻繁に恒星風だのパルス波だのを撒き散らしていることから大変な恒星間航行上の難所として知られている。

 

 が、恒星間航行以上に問題なのが、恒星間通信であった。かくも通信波に悪影響を及ぼす要素が多すぎる為に、あたかも何者かによって常時電波妨害をされているが如き有様となっているのだった。あまりの酷さに数十年前にティアマトとデルメルが奇跡の共闘体制を作り、ほとんど気合いでタケミナカタに通信回線を通して同盟の恒星間ネットワークに接続できるようにはしたものの……大宇宙の神秘の前には一歩及ばず、頻繁に通信回線の調子が悪くなってるのが実情だった。

 

 そのような星域にある国のため、下手をすれば今回の緊急交戦星域首脳会議が行われる情報がタケミナカタ政府の首脳に届く頃には、既に交戦星域首脳会議が終わっているなどということになりかねない。

 

「お気づきになれたようですが、その点、ヴァンフリートの皆様方も御承知であられるのか、今回の会談で最初からタケミナカタには呼びかけていないようですね……」

 

 フォルカーは神妙な調子でそう付け加えたが、その声に苦笑の色が混じっているは隠しようもなかった。

 

「外務担当国務委員。ひょっとしたら勘違いかもしれないから確認するが、それは言い換えれば意識的に俺たちには参加を呼びかけているって考えていいのか。あのヴァンフリートが、俺たちデルメルを」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべながらそう確認したのは副議長兼財務担当国務委員のアラヴァノスである。半ば冗談じみた口調での確認であったが、フォルカーが重々しく頷くのを確認すると揶揄うような表情がサッと消えた。

 

「……なるほど。たしかに、そいつは一大事だ」

 

 自分に言い聞かせるようなアラヴァノスの言葉であったが、その言葉は全国務委員の胸に深くのしかかった。『歪な平和』が成立して以来、デルメルは同盟の安全保障関連の案件には疎外されてきた。デルメルも属している【交戦星域】という頻繁に帝国軍の脅威に晒される安全保障関連の問題には特に。

 

 それは交戦星域諸国が望まなかったからであり、デルメル政府自身が帝国軍とも繋がりがある自分たちがいては腹の割った国防の話ができないだろうと意識的に避けてきたからでもある。同盟上院の安全保障委員会にも、交戦星域に位置する国家であれば一人は弁務官を所属させるものであるが、デルメルからは一人も所属させていない。

 

 そんな我が国に、国土防衛の直接的支援を求める首脳会議への出席を求める? よりによってあのヴァンフリートが!? その衝撃たるや筆舌に尽くしがたいものがある。【交戦星域】の中にあっても最前線に位置して同盟軍部と深い関係を築き対帝国戦争のために大きな負担をしているヴァンフリートが、同じく【交戦星域】にあって帝国軍とコネを築く邪道を用いて平穏を手に入れ、豊かに発展を遂げたデルメルをどのような目で見ているか、知る者であればこそ。

 

「無論、定期的に開催されている交戦星域首脳会議という枠組を利用しただけという可能性もあります。しかし、公式にタケミナカタへの呼びかけをしていない一方で我々には声をかけるというのは、なんからの意図あってのこと、と、考えるのが妥当でありましょう」

 

 フォルカーの見解に、多くの国務委員は考え込み、時間にすれば数分だが、永遠にも思える沈黙が流れた……。

 

「それで……外務担当国務委員としては、どうしたいと考えておられるのですか」

 

 沈黙を破ったのは防衛局の長であるリュティだった。

 

「私としては、首脳会議には参加すべきと考えている」

「タケミナカタから兵を借りれば、ヴァンフリートへデルメルとして援軍を出す、というのも不可能ではないでしょう。幸いと言っていいか、タケミナカタのホンマ棟梁は多くの諸邦とのコネを築くことに腐心されているお方ですゆえ、少々非礼な形になろうと交戦星域諸国に恩を売れるとなれば乗ってくるでしょう。精鋭のモレヤを気前よく貸してくれるかもしれません」

「……それ、二年前にアルレスハイムでやらかした連中じゃないか。たしかに強いといえば、強いのかもしれんが、あんな方向での面倒、私はもう二度と御免だ。彼らを送り込むくらいなら、銀河ローマ同盟のアエミリウス氏に頭を下げて退役軍人からなる義勇軍でも送りつけたほうがまだマシです」

「しかしそれではとても他の構成邦軍に質でも数でも大幅に劣ることになりましょうし、下手をすれば足手まといになりかねません」

「防衛担当国務委員、言葉が悪かったようだ。私は首脳会議には参加すべきとは言ったが、ヴァンフリートに兵を出すべきとは思っていない」

「は? それはどういう……?」

 

 訝しげな表情を作ったのはリュティだけではなく、他の国務委員もだった。フォルカーは噛み砕いて説明を始めた。

 

「我々が兵を出しても、それを信頼にたる戦力だとは絶対に思わないだろう。なにせ、我が国の立場が立場だ。どれほど立派な戦力であっても、たとえ間に同盟軍の仲介が入ろうとも同じこと。ではなぜ、そんなことがわかりきっているのに、ヴァンフリートの最高指導者は我らに首脳会議への出席を求めたのか」

 

 フォルカーは周囲を見渡し、自分の言っていることが伝わっているかを考えた。

 

「もう五年近く前になるが、本土を帝国軍に占領されたエル・ファシルに対し、我らは可能な限りの経済的支援をし、本土奪還後はその復興に惜しみない支援を行った。もちろん、他の同盟諸邦からの支援もあってのことではありますが、エル・ファシルは急速に立ち直りつつあります。その辺りを考慮し、我らに参加を呼びかけたのではないか、と」

「つまりヴァンフリートが私たちに求めるのは軍事支援ではなく、戦後のヴァンフリートの復興支援であるとあなたは見ているわけね」

「その通りです。また、現状我らが示せる同盟諸邦の連帯としてはその辺りが最も現実的であるとも思えます。残念ながら、一朝一夕でヴァンフリートが長年デルメルに募らせてきた猜疑心と嫌悪をどうにかできるわけでもない以上は」

「そこまで読んでのことと? 少し向こうが私たちを理解していることを期待しすぎではなくて?」

 

 アークエットは顎に手をあてて、懸念を述べた。あまりにもデルメルにとって都合よく考えすぎではないかと思えたのである。アラヴァノスもその意見に深く頷く。

 

「それに外務担当国務委員の見解が正しかったとしても、だ。アルレスハイムの時を思い出せ。あの時、我々はタケミナカタの邦軍がアルレスハイムに入る仲介役を担っただけなのに、帝国軍からあれこれと言われて『歪な平和』が揺らぎかけた。貴族私兵の私掠対策ならともかく帝国軍出兵対策にデルメルが参画するとなると、面倒な事態を招く恐れがあるぞ」

「ええ、それもありますから、私は直接的な軍事支援することには、はっきりと反対を表明します」

「同じことだ。今回の交戦星域首脳会議は、名目からしてヴァンフリートへの帝国軍侵攻への対策というものだろう。結果として、なんら具体的支援をしなかったとしても、そんな会議に参加したというだけで、今度のオリュンポス・カンパニー株主総会が荒れることになるのは必至だぞ」

「同意します。ですが、そのリスクを甘受してでも、今後のデルメルの同盟での立場を考えると会議には参加すべきです。これは外務局をまとめる者としての意見です」

 

 フォルカーは挑むようにアラヴァノスを見た。彼は数年前まで同盟弁務官として働いていたこともあり、同盟という【国家】におけるデルメルという【地方自治体】の立場の危うさというものを理解しており、それが故に同盟諸邦の連帯というものを絵として示せる機会は逃すべきではないと考えていた。

 

「数年前ならば、それもいいかもしれんが……」

 

 少し後ろめたそうにアラヴァノスはそう前置きし、述べた。

 

「今は時期が悪い。帝国でカストロプ閥を排された後であろうとも、帝国軍との秘密取引を、ひいては『歪な平和』を継続させる約定を帝国軍中枢との間でえられそうなところまできているんだ。もしこの会議に出席したことで、先方にヘソを曲げられたら、とても厄介なことになりかねん。カストロプ閥の凋落は日に日に勢いを増していることはお前とて知っているだろう。あと何年帝国中枢のプレイヤーとしての立場を保っていられるかわかったものではない。下手を打てば、この国がまた戦場になりかねないんだぞ」

「……なるほど。ですが、ここで首脳会議に参加しないという選択をした時、交戦星域諸邦からの我々への心象というものは、どうなるのです? ムサンダムは大丈夫でしょうが、大夏やエル・ファシルとの友好関係も失われる可能性がある」

 

 フォルカーの声には怒気が滲んでおり、アラヴァノスとの間で言い争いの様相を呈し始めた。他の国務委員たちも両者の主張には相応に重みがあるだけに、どちらの側に立っても角が立ちそうと思い、様子を見ながら深く思考を回転させていた。

 

 二人の言い争いがひと段落したところで、嗄れた咳払いが響いた。沈黙しながら議論を見守っていたマルティノス議長のものであった。

 

「議論が白熱しているところ悪いが、一言言わせてもらおうか。おぬしら、私は今年で八三歳ということを忘れておらぬか。今少しこの老骨の健康を案じて欲しい」

 

 すっとぼけたマルティノスの発言に、賢明なる国務委員たちは脱力した。

 

「さて、私の意見を言わせてもらうが、交戦星域首脳会議の臨時招集についてだが、ひとまずは参加前提で調整して良いのではないか」

「議長、しかしそれでは……」

 

 アラヴァノスがなにか言いかけたのをマルティノスは手をあげて制した。

 

「さて、話は変わるが、ここのところ連日の激務で疲れがたまっておる。諸君、このままでは明日か明後日には体調を崩してしまいそうだ」

「あ、あー……なるほど、療養期間はどの程度でしょうか」

「まあ、一週間程度では少々不安であるから……二週間から三週間ほどあれば十分ではなかろうかな」

「了解しました。人的資源担当国務委員、()()()()()()()の手配を頼めるかしら。政府としてどのように発表するか事前に打ち合わせしておきたいの」

 

 マルティノスの意を察したアークエットは良い笑みを浮かべながらその意に沿うために思考を走らせた。この国においては『歪な平和』に配慮した形での報道をしなくてはならず、事実を多少歪曲糊塗した政府見解を作成する準備は彼女の得意であった。

 

 もっとも報道管制をしているわけでもないため、同盟の国営メディアや他国から入ってきた情報でその矛盾をすっぱ抜かれることもままあるのだが……それでもレッテルとか穿った見方とか主張すれば、ある程度のデルメル市民からは信じられるくらい、彼女の真実と嘘の使い分けや事実の管理が巧みなところがあった。

 

「外務局としては、議長の唐突の体調不良により会議への参加が急遽取りやめになってしまうわけですから、侘びのために相応の格のある人材に謝意の手紙を持たせて派遣しなくてはなりません。私が行ければ良いのですが、それでは何のためにマルティノス議長に体調不良になってもらうのかわからなくなりますし……私としては、パランティアの駐在大使館に書記官として務めていた経験があり、現在は外務局交戦星域部次長の地位にある者あたりが妥当と考えますが」

「ふむ……そんなところであろう。謝意の手紙についてはすべての首脳に宛てて認めるつもりだが()()()()()を含んでおくべきは、エル・ファシルのペルリン首相、そして今回の会議を要請したヴァンフリートのカイレ元首でよいかな?」

「いえ、大夏のフー総統とムサンダムのタギーザーデ大統領にも()()()()()を含んだ手紙を送るべきです。両国は我が国の立場をよく理解してくれる友好国です。特にムサンダムは『歪な平和』成立直後に交戦星域で孤立を極めた我が国と一定以上の関係を保ってくれた得難い国。蚊帳の外にしてはマズイと考えます。謝意の手紙の詳細につきましては、議長が体調を崩される時までにいくつかのパターンを用意しておきます」

「あいわかった。その方向で任す」

 

 マルティノスは豊かな白髭を摩りながらそう言った。大まかな方針が決まった後は、雑談混じりの情報交換を少々した後、懇談会は終了となった。国務委員たちはそれぞれ次のスケジュールのために移動したが、アラヴァノスがまだマルティノス一緒に同じ部屋に残っていた。

 

 彼らに今後のスケジュールがないわけではなかったが、マルティノスがアラヴァノスを呼び止めたのである。建前とはいえ、体調不良になる身であるから、その間の政権運営を副議長である自分が代行することになるかもしれないのだから、その点についてなにか言っておくべきことがあるのだろうかとアラヴァノスは予想していた。

 

「……弁務官をしていた頃から顕著だったが、やはりフォルカーは危ういな。我が通商派の有力者で、実力もあるとはいえ、少々理想主義的で、同盟寄りに過ぎる」

「はあ」

 

 どうしていきなりそんなことを言うのかが理解できず、アラヴァノスは気のない同意をした。

 

「前々から考えていたことであるが、良い機会だから決心がついた。私はそろそろ議長と党主席を辞任しようと思う」

「え?!」

「何も驚くほどのことでもあるまい? さっきも言ったが、儂ももう八三歳だぞ。これ以上、デルメルの舵取りをし続けるのも難しいと思うようになってきた」

 

 マルティノスはハァとため息をついた。心なしかその姿が、いつになく老いているように感じられたが、アラヴァノスはそんな感情を振り切って言った。

 

「し、しかし議長はカストロプ閥が滅んだ後も『歪な平和』を維持できるようになるまでは引退する気は無いと党中央委員会で言っておりませなんだか?!」

「たしかに言ったが、一応のめどはついておろう?」

「ですが、議長ほど鮮やかに協商平和聯合党をまとめ、国民議会をまとめ、株主総会で帝国軍やヘルメス一族ともがっしりと組みあえる指導者など他におりますまい。どうか、カストロプ関連の問題にカタがつくまで、あともう数年だけ、党と国家のために老骨に鞭打ってはいただけませぬか」

「あともう数年か……」

 

 どこか遠い場所を見るようにマルティノスは視線を宙に向けた。遠い遠い過去に想いを馳せているようであった。そして唇の端を歪めた。

 

「議長になって五、六年くらいの頃はいつもそう思っておったな。ここまで長期間議長をしていた者などデルメルの歴史をひっくり返してもなかなかおらぬから次に任せることを考えてはどうか、などとよく言われたからな。だが、おぬしの言う通り、儂には調整屋として類稀な才能があったようで、自分がやった方が良い。後進に任せるにしても、もう数年は自分がデルメルの舵取りをしなくてはといつも思っていた。だがな、デルメル史上最長の国務委員会議議長となり、在任一〇年を過ぎたあたりの頃からもう数年などと思うことがなくなった。同世代の者達が引退するなりしていく中で、あることに気づき、若い世代に不信を抱くようになったからだ」

「不信、でありますか」

「そうだ。儂は『かつてのデルメル』を覚えている、最後の世代なのだとな」

 

 かつてのデルメル。それが何を意味するのか、アラヴァノスには瞬時に理解できた。過去の経緯はともかくとして、この国がまだ普通の同盟構成邦であった頃。この星に眠っていた豊富な地下資源の存在に知らず、帝国軍の毒牙に蹂躙されすらしてない頃、農業惑星だった頃のデルメル。

 

「老人の思い出話になるが、少し聞け。儂は一〇代になるまではそれなりに平穏に幸福に暮らしておった。そしてある日、帝国軍の畜生どもがこの星の地下資源を求めてやってきた。この国は戦場となり、儂らは生きるために国中を逃げ惑った。兵士として戦える年頃になると兵士として志願し、生命をかけて帝国の略奪者ども相手に戦った。ジャピエン政権が打ち出した『歪な平和』の方針に烈しく憤ったものだ。なんであんな連中と手をとりあわねばらん、とな。そして私は創立期の協商平和聯合党に入党した。こんなふざけた平和などぶっ壊してやる、などと思いながらな」

 

 そこでもう一度マルティノスは深いため息をつき、ぐるりと首を動かしてアラヴァノスに視線をぶつけた。マルティノスの瞳にはなんらの感情を有さない、冷たいものが宿っているように思われた。

 

「なあ、わかるというのか。幼き日の原風景が全て焼き尽くされる無力感と悲哀が。友や家族が理不尽に殺された悲憤と憎悪が。『歪な平和』のおかげで幼き子らが元気に遊んでいる光景を見て感じる喜びと辛さが。帝国と仲良く握手しているような体制を変えてやると政治の世界に飛び込んだくせに、それそのものに成り下がっている自分という存在に対する……喩えようもない惨めさと虚しさが。わかるというのか。おぬしら若い世代に」

 

 アラヴァノスは圧倒されていた。偉大な議長の政治的手腕のほどに圧倒されたことは数え切れないほどあったが、こうしたマルティノスの人間的感情の発露から何もいえなくなるほどの圧倒されたことは初めての経験であった。

 

 何度か深く深呼吸をしてアラヴァノスはようやく口を開くことができた。

 

「わかりません。強いていえば、幸せな国民を見て、この国の抱える歪みを思い、複雑な感情を覚えることはありますが……議長のそれほどとは、とても」

「当然だ。だが、その認識があるならば良い。儂は辞任後、次期党主席としておぬしを推薦するつもりだ。本当なら同じ通商派の幹部のだれかにすべきなのかもしれんが……だれもいさかか不安要素があるでな」

 

 特にフォルカーは力量そのものはありそうだが、若い頃の自分を思い起こさせることもあって非常に不安だ、とはマルティノスは口には出さなかった。

 

「その点、おぬしは内政派ではあるが、通商派とも顔が効く。それに党内の独立派が妙に規模を拡大させている今、これまで以上に内政派と通商派は歩調を合わせるべきと考えると、やはりおぬしが一番妥当であろう」

「本当に辞任なされるので……?」

「ああ、党内を始め、色々と根回しや引継をせねばならんだろうから、すぐにというわけではないが、今年の暮れか来年の初頭くらいには辞任するつもりだ。その際、今回の体調不良を引きずっていることを理由とする」

 

 マルティノスはすくりと椅子から腰をあげて立ち上がった。そしてスタスタと歩き、そのまま外に出て行く扉を開けた瞬間、くるりと首だけアラヴァノスのほうへと振り返り、モノクルを煌めかせながら言った。

 

「政権運営をどのようにすべきかについて儂はとやかくは言わん。だが、『歪な平和』は絶対に維持せよ。同盟軍がイゼルローン要塞を陥落させぬ限りにおいては、な。任せるぞ、アラヴァノス新国務委員会議議長殿?」

「……はっ!!」

 

 この瞬間、実質的にガフパリア・アラヴァノス政権が誕生することが確定した。よほど想定外の事態が発生しない限り、マルティノスはその手腕で持って協商平和聯合党内をまとめ、アラヴァノスを党の主席に選出させることだろうし、巨大与党として常に七割近い議席を確保し続けていることから国民議会での首班指名も間違いなくなされることだろう。

 

 もっとも、アラヴァノス政権が安定して政権運営できるかどうかは、アラヴァノスの国家指導者としての器量と運にかかっているのであろうが。

 

 自分に背負わされることになる責任の巨大さに、アラヴァノスは震えていた。

 



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