ダンジョンでアトランティスが続くのは間違っているだろうか? (食卓の英雄)
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放尿するもの/射抜くもの

一ヶ月に一度更新出来ればいい方じゃ無いですかね?

後、ちゃんとここの神は神話してます。神秘の薄れた現代から逃れる為に隠れて、こっちの世界を創ったのがいたから来たみたいな。


「はあ…!はあ…!はあ…はあ…!クソッ、キリがない!!」

「うぎゃああああああっ!」

「っよくも仲間を!」

「あなた達!組を作るのを怠らないで!」

 

 人が叫ぶ。女神が叫ぶ。眼の前の大蠍とその子供は獰猛に吼える。

 ここは『エルソスの遺跡』。現在、アルテミス・ファミリアは眼前に狭る大蠍共を見据える。

――大蠍の名は、アンタレス。恐るべき脅威、嫌悪すべき災禍、狂しい程の憎悪。これら全てを併せ持つ魔物。

 

 かつてアルテミスの眷属である古い精霊が封印していた存在。けれどその封印は解かれ、外界へと出ようとしていた。

 それはさせまいとするのがアルテミス・ファミリアである。彼ら彼女らは全身全霊を用いてアンタレスに対抗する。

 けれど、アンタレスはものともせずに蹂躙していく。

 

 数多くの冒険者がいたが、それもまともに立っているのは後何人だろうか。辛うじて息がある者もいれば既に事切れた者もいた。

 

 けれども未だに生きている者の方が多いのは神が憐れんだか、或いは、狙いが絞られているからか。

 

「ウオオオオオオォォォォッッッ!」

 

 アンタレスを囲む冒険者は次々に己の獲物を突き立てるが、意に介した様子もなく吹き飛ばされ、戦線へ復帰できないほどの怪我を負う。

 

「アルテミス様!オラリオに救援を求めましょう!」

「くっ…!そうするしかないみたいね。みんな、撤退よ!今の私達では勝てない!」

「了かッガハァッ!」

 

 迫るアンタレスに敗れていく彼ら。しかしなんとしてでも主神を逃がそうと決死の殿を務める。

 しかし小蠍もいかんせん数が多い。単体ならともかく、無尽蔵に増え続けるそれらに注意を払わねばならず、救助に駆けるのが遅れているのが現状だ。

 そんな冒険者たちを放り、アンタレスは冒険者達の包囲の穴を突き破り、女神アルテミスへと襲いかかる。

 

「アルテミス様ぁぁぁっ!」

「っしまった!?」

 

 今、アルテミスには護衛は数えるほどしかいない。アルテミスも戦えるとはいえ、小蠍ならばともかく、この規格外の大蠍に通じるとはとても思えなかった。

 

「アルテミス様!逃げて下さい!!」

「うおぉぉぉ!アルテミス様を守れぇぇ!」

 

 団員が次々と駆けつけ、またも包囲は為されるが、元の木阿弥。弱った冒険者は虫の様に吹き飛ばされる。殺す気が無いのか、はたまた障害とすら見なしていないのか知らないが追撃は無く、奇跡的に命を繋いでいた。

 

 そして駆けているアルテミスを追うアンタレス。 

 引き剥がされた団員は小蠍に包囲され、追いつけない。

 

「オオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

 

(今私が死んだら、全員の神の恩恵(ファルナ)も消える…!私が死ねば、戦う力を持った家族たちが全滅してしまう…!)

 

 故に走る。走る。走る。――走る。――走る。――走る。――走る。――走る。――走る。――走る。――走る。

 

 そして、とうとう追いつかれた。

 アンタレスは待ちきれないとばかりに大口を開けてアルテミスを捕食せんとし――

 

チョロチョロチョロチョロチョロ……

 

(((アンタレスに雨が降っている…?)))

 

 この瞬間、皆がそう思った。その雨がアンタレスの口に入ると、蠍は堪らずというか、反射的にというか、後ろへ下がる。

 

「はぁ…またこれかよ。何で俺は冠位を捨てたのに冠位で呼ばれてんだ?記憶も地続きだしよ〜。つうか、やっぱり催すのはおかしいだろ。よりにもよって冠位が催すのかー、そうかー。……はぁ……俺が何したって言うんだ…。あ、結構やらかしてたな」

 

 確かに、人の声が聞こえた。

――馬鹿な、居るはずがない。何故ならば、この場所の封印がいかに危険かは知り合いの神にも伝えており、ここは立入禁止にしているからだ。

 

 しかし、見上げれば吹き抜けの上、人影が確かに見える。

 

「なっ!?人!?」

「どういう事だ!?」

 

 それに気付いた冒険者も声をあげる。それは警告でもあり、逃げてほしいという願望だった。

 

 アルテミスも、これが武装した大勢の冒険者ならば増援を喜ぶところだが、数は一人。部外者を巻き添えにする訳にはいかない。

 

「っそこの貴方!逃げなさい!今すぐに!出来ればオラリオへ伝達を!アルテミス・ファミリアは全滅したと!ヘルメス・ファミリアに頼む!」

 

 そう言い切るか言い切らないかの時、アンタレスは苦味を与えた人物へ怒りを顕にして突撃する。

 

「あぁっ!」

「駄目だぁーっ!」

 

 この場にいる全員が予想していた。あの見知らぬ人物は殺されてしまうと。それは団員だけでなくアルテミスやアンタレスすら、そう信じて疑わなかった。

 

ドグンッ!

 

 心臓へ直接響いたかの様な轟音。見慣れたはずの死がやけに新鮮味を帯びて訪れる。――ああ、守れなかった。そんな脱力感が襲ってきていた。しかし――

 

――何故、アンタレスは動かない?

 

 ファミリアが絶望に暮れる中、あまりにも長い硬直に違和感を覚える。

 

――こちらには、向かってこないのか?

 

「うおおおぉぉっっ!?俺、蠍苦手なんだけどっ!」

 

 その場に似つかわしくない陽気な声が聞こえてきた。

 

 見れば、その男はアンタレスを受け止めているではないか。

 ざわざわとどよめきだす。まさかこんな事になるなどと想定もしていなかったのだ。

 

「オラァ!」

 

 その手に持った棍棒で殴りつけると、アンタレスは宙を舞い、壁へと激突する。

 

「嘘だろっ!?」

「あの魔物をいとも容易く!?」

 

 団員達の困惑の視線が刺さる中、アルテミスはその人物を見つめていた。

 

「まったく、サソリは危ないからな…。さて、そこのお嬢さん。今アルテミスって聞こえた気がしたがそれはどういう………あれ、お前…アルテミス?」

「ダーリン!?」

 

 またもや、疑問符の連続。

 ――おい、今アルテミス様がダーリンって。――確かにそう聞こえた。――どういう事だ?

 

「おいおい、こんなとこで何を……何だその姿?それに神核自体はまだしも、この神気……神性を封印でもしてんのか?」

「そ、それよりダーリン、まだアンタレスが…」

 

 殴り飛ばされた事に困惑し、アンタレスは生まれて初めて最大限に警戒する。

 

「天蠍だあ?………あれが?マジで?えー、嘘だろ。だってアイツ如何にもな魔性じゃん。俺が知ってる天蠍ってのはあんな禍々しい奴じゃないんだが」

「それはギリシャの天蠍!私が言っているのはこの世界のアンタレス!もう、ダーリンったらよく考えもしないで…」

「え、今の俺が悪いの?むしろ俺ギリシャの天蠍しか知らないんだけど」

 

 この危機的状況にも関わらず呑気に話す二人に一瞬呆気に取られるアルテミス・ファミリアのつれづれ。

 それに、いつでも厳格な姿勢を崩さない主神のあの態度への戸惑いが脳内を駆け巡る。

 

「オオオオオオオォォォォッッ!!!!」

 

 痺れを切らしたアンタレスは立ち止まる二人へ目掛けて数いる小蠍を指し向ける。どうやら自分を吹き飛ばした男を最優先に排除するべき障害だと判断した様だ。

 

「おい、アンタ!アルテミス様を連れて逃げてくれ!そいつ等は進化しながら無限に増殖し続ける!いずれはジリ貧になってしまう!」

 

 ある冒険者が忠告する。それは並の…いや、超一流の冒険者であっても絶望的な話だった。

 アンタレスは確かに強い。それこそ第一級冒険者が束になってもとても敵わないだろう。そしてそれが産み出す小蠍もまた厄介なものであった。

 最初の方は、レベル1でも勝てる程度の強さだった。しかし、時が経つに連れ、アンタレスに近づくに連れ、その強さは格段に向上していった。

 もしもこれが繰り返されたら?

 そう、ダンジョンに比べて弱いモンスターの多い地上に、高レベルモンスターが大量出没することに違いない。

 目下の脅威はアンタレス。アンタレスを倒したとて、将来的な脅威に小蠍はなり得る。

 だからこそ、救援を頼んだのだ。

 しかし、彼らは知らない。その男の名を――

 

「お願いダーリン!」

「おう!何がどうなってんのか分からねえし、色々と聞きたい事もあるが、愛する女にこうまで頼まれちゃあ、それに応えるのがイイ男ってなあ!」

 

「ウウオオオオオッ!!」

 

 周囲を小蠍が取り巻き、行動を制限し、アンタレスのその巨大な尾が男目掛けて襲いかかる。

 

 そんな時にも男は一歩も引かず、その眼で迫るアンタレスを見据える。

 その逞しい豪腕は左手に握る弓を引き、その矢には恐ろしいほどの魔力が込められる。

 

「ただの蠍だったら、或いは今の霊基じゃなければ、もう少しはかかったかもな。いくぜ――」

 

 限界まで引き絞られたそれは正に絶技。只人が永久の時を掛けても決して辿り着けぬ極地が一つ。

 

我が矢の届かぬ獣はあらじ(オリオン・オルコス)!!!」

 

 その輝きは、一条の幻想。尊き奇跡。命の炎にして、嘗ての祈り。人間の幻想を骨子に創り上げられた貴き幻想。彼らが生前に築き上げた伝説の象徴であり、物質化した奇跡である。

 

 放たれた神域の矢は凄まじい輝きを纏い、アンタレスに直撃する。アンタレスは踏みとどまり、一瞬耐えたかのように見えたが…

 

パキッ…ピキピキッ…

 

「オ、オオオオオオオオッッッッ!!!!??」

 

 アンタレスは、自らの装甲が削られていく事に驚愕を隠し得ない。いや、既にそんな余裕は無いだろう。

 

「オオオオオッッ!!!」

 

 それはアンタレスの頭から尾までを真正面から貫き通し、およそ三メートルにも余る風穴を開ける。

 

「おおっ!?」

「な、なんという……!」

 

 その桁違いの威力にアルテミス・ファミリアの冒険者達は恐れを抱く。

 

「いえっ!まだ終わってません!小蠍が外に!!」

 

 親玉を失ったからか、我先にと遺跡から逃げ出していく小蠍。今はまだ繁殖は出来ないが、しないとも限らない。

 

「いや、終わりだ」

 

 そう呟くや否や、矢は曲がり、蔓延る小蠍を片っ端から粉砕していく。

 

「し、信じられない……」

 

 この男が現れて、たった数分足らずで全滅してしまった。ここまでの事を為せるのはオラリオでも数えるほど…いや、もしかするとあの猛者すらも超えているかもしれない。

 だが、その様な実力があれば見たことも聞いたこともないというのは有り得ない。

 つまり、目の前の男はオラリオを何かしらの理由で追放されたか、闇派閥、犯罪に関わっている可能性もあるのだ。

 

「助力、感謝します。アルテミス様とは知り合いの様ですし、悪人の類では無いでしょう……。しかし、その様な強さでありながら私達は見たことがありません。礼も含め、名と所属を教えてはくれませんか?」

 

 ファミリアの団長、レベル4である女性、『変鹿猟犬』たるアクタイオンが声を掛ける。

 

「アクタイオン。紹介します。この人は私のダーリン!」

 

 それに返すのはアルテミス。逞しい腕に両腕を絡め、処女神として色々駄目な気もするが、本人が幸せそうなので多分問題無い。

 

 今までのやり取りで分かってはいたが、とても同じ人物には見えない。ファミリア内での色恋沙汰を禁止した厳格な神とは似ても似つかない。表情も大分柔らかくなっている。

 流した血と合わさり、目眩がしてくる。

 

「アルテミス、それじゃあ紹介になってないだろ……。あー、そこのアルテミスが言った通りに、一応恋仲って感じか?所属は無い」

 

 その言葉一つに、オラリオ全土を驚愕させる程の情報が入っているとは思いもしていないだろう。

 

「コホン…それじゃ、改めまして紹介を。我が名はオリオン!人の身を超越した感じの狩人だ!」




アルテミスはスイーツ。はっきり分かんだね。

まあ、今まではオリオンと離れてたから、と言う事で。オリオンの影響でこうなったと考えてくれれば…。

このアルテミスはオリオン関係ではスイーツになります。


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夢見る白兎/英雄間者

えぇ…なんかすごい…。一日で評価バーに色ついたよ……。
こんなの初めて。たった一話しか投稿してないのに……。
期待が重い……。


…………すか。

 

(何だ、何を言っている?)

 

大……で…か。…丈夫……か。大丈……すか。

 

(大、丈夫……で…か、すか。…ああ、大丈夫ですか、か。何だ、この俺を心配しているのか。ふむ、中々悪くないな。アルゴノーツにいた頃はこんな声をかけるのはメディアくらいで………)

 

「大丈夫ですか!」

 

「ギャアアアアアッッッ!」

 

「うわあっ!」

 

「メディア!?まさかメディアなのか!?俺が寝ている間にどんな恐ろしい事を…ヒイッ!」

 

 この男に声をかけ続けていた少年は、突如大声を上げて立ち上がった男に驚き、尻もちをつく。

 しかし当の男は立ち上がると青ざめた顔で辺りを素早く見回していた。

 

「お、起きたんですね」

 

 声をかけるとやっと気づいたのか、視線が止まる。180cmという高身長から見下された少年は少し怖気づくが、目を見て真摯に向き合おうとしている。

 

「…何処だ、ここ?そんでお前は誰だ?」

「え、えーと、水汲みをしていたらそこで倒れているあなたを発見して……あっ、場所でしたね。ここは僕達の村です。僕はベル・クラネルって言います」

 

 ベル・クラネルと名乗った少年は、純真無垢といった言葉が服を着て歩いているような。とにかく、ギリシャにはほぼ全くといっていい程いない人間だということは、この僅かな交流だけでも直感的に理解した。

 

 そこで、この少年が村を『村』という区切りで紹介し、個別の名称を話していない事を言及する。

 

「えっ………と…。すみません。名前はあると思うんですけど、誰も呼ばないので……ちょっと分かりません」

「は?おいおい、村の名前も言えないのか?じゃあ国でもいい。とにかく地域を言え」

 

 イアソンは人が聞けばまず好感を抱かないような高圧的な語りで聞いた。しかし少年は悪い顔一つせずに疑問に答える。

 

「ここは確か、何処かの国とかには入ってないっておじいちゃんが…」

「ほう…無主地ときたか…。じゃあ大雑把でもいいから聞かせろ。色々あるだろ。ほら、ギリシャなり、タタールなりウェールズなり。ここは何処だ?」

 

 イアソンにとって、記憶を引き継いでいるというのは初めての事ではない。現に特異点の記憶を持ちながら異聞帯に召喚されたのだから。

 だからこそだろう。今の状況をただの再召喚だと思っていた。

 

「え…ギリシャやタタールって……物語の国ですよね?…あっ、もしかしてそういうジョークが外で流行ってるんですか?」

 

「は?おま、お前、それは本気で言っているのか!?」

 

―――…

 

「なる程…『迷宮都市オラリオ』、『ダンジョン』、『冒険者』………知らん!

「ええっ!?」

 

 ベルの家にて、現在イアソンは訪れていた。それは情報収集の為である。決してもてなすと言ったからではない。

 

 しかし、得られた情報はどれも知らない事ばかりで、それはここでは常識らしい。

 神が地上に降りてきているというだけで頭痛ものだが、それが冒険者を率いているだと?

 

「笑い話もいいとこだ」

「何か言いましたか?」

 

 一人零した言葉はベルに届かない。

 話を聞く限り、どうやらベルは今日の昼頃、オラリオとやらに行って、冒険者になりにいくらしい。

 

「ん…旨いな。この私の舌を唸らせるとは…いい酒だな。ふむ、神酒というのか」

「はい。おじいちゃんがたまに飲んでいるとっておきのお酒だって。いい人が出来たら飲みなさいって、前から言ってました」

 

(そのいい人の意味とは違うと思うんだが……)

 

 そう、この場合のいい人とは、恋人やらのことであり、決して客の事ではない。しかしそれを指摘するつもりは無い。

 

「で?お前は何でそのオラリオとやらに行くんだ?戦ったことどころか鍛えたことすら無いだろお前」

 

 そう聞くと、目を輝かせて食い気味に応える。

 

「それは勿論、女の子との出会いです!おじいちゃんも、男ならハーレムを目指せ、って!」

 

 イアソンは、ウサギのような顔のこの少年がこんな事を言うとは思っておらず、呆気にとられる。

 

「やめとけやめとけ、ハーレムなんてロクな事にならないぞ?女どもの醜い争いに付き合い方を少しでも間違えたら直ぐに後ろから刺されるぞ?いやホントマジで。冗談じゃなく。……それ以外の理由は無いのか?」

 

 バッサリ両断すると、少し悩み、ある本を持ってくる。

 

「実は僕、こういう物語の英雄とか、特に『アルゴノーツ』が大好きで……あ、恥ずかしいので秘密にしてくださいね?」

「ふむ、いいじゃないか」

「僕は、英雄になりたいんです。……その、無茶だとは思ってますけど…でも、強くなればその分女の子にもモテるって言ってたし」

「結局それか…」

 

 その言葉を最後に、お互い黙り、気まずい沈黙が訪れる。イアソンは情報の照らし合わせと考察をし、ベルはこの間をどうにかしようと、話題を考えていた。

 

「あ、あの…あなたは冒険者なんですか?」

「はあ!?何故そうなった!?確かに俺は船で冒険をしたが、オラリオとやら等知らないと言っただろう!」

 

 ベルは怒鳴られたことによりビクッとなるが、それでも言葉を知りすぼめに続ける。

 

「いや、そのぅ…とても凄そうな鎧や剣をしていたのでそうなのかなぁ…と」

 

 どうやら、イアソンの装備から判断したらしい。

 

「ほう?中々いい目の付け所だな。この装備は俺だけの為に作られた技術の粋を込めた装備だ!他の船員に比べると遥かに見劣りするが、それでもそこらの剣なんぞには負けん!」

 

 残った酒を流し込むと、鼻高々に装備を自慢しだす。

 そして聞いてもいないのに自らの活躍を次々に語りだす。内容はどれも指揮官としてや船長としてのものだったが、それでも英雄譚好きなベルには刺さった。

 聞いてみれば出るわ出るわ旅の話。まるで聞いたことのないものから何処かで聞いたことのあるような話まで。イアソンは話し上手で、退屈等はしなかった。

 

 そして話しは一段落し、イアソンも一息つくと、ベルは顔を上げ、目の前のイアソンに頼み込む。

 

「あのっ、もし良かったら僕と一緒にオラリオに来てく「断る!」れっ……て、えぇっ!?」

「な、何でですか!行きましょうよ〜!」

 

 まさかここまで食い気味に断られるとは思ってもおらず、困惑した様子で聞き返す。

 するとイアソンは、非常に面倒臭そうな顔で首を振ると、ベルの胸を指差す。

 

「いいか!神なんてのは基本ロクでもない奴ばっかりだ!人を助けた神でも理不尽な殺害や人生を狂わせるのまでいる連中だぞ!しかも娯楽目的だと!?嫌な予感しかしないぞ!?」

 

 ここまで否定されても尚折れぬベル・クラネル。彼は外へ出ようとするイアソンを必死に止める。

 

「お願いしますー!一人は寂しいんですよー!」

「ええい離せっ!纏わりつくんじゃないっ!!」

「『お願いします!ついてきてください!』」

 

 そう言うと、ベルの左手は赤く発光し、強い魔力の光が迸る。

 

「え…今のは…?」

「お…」

「お?」

「お…」

「お前…お前が、マスターだったのかっ!?クソッたれ!令呪使いやがったな!?クソッ!行けばいいんだろう、行けば!」

 

 やけくそ気味に言葉を捲し立てたイアソンは、未だ困惑しているベルに一連の事情を説明する。

 

「分かったなベル・クラネル!」

「え?え~と?サーヴァントっていうのは死後、認められた人で…座からクラスを……?」

 

 取り敢えず最低限は説明したが、マスターや契約はこの世界でも魔法や使い魔等の話はよくあるので、ベルにも理解出来たが、サーヴァントはあまり分からなかったらしい。

 ……普通の人間はこんな事を話されても疑いの目を向け、距離を取るのだが、そこは白兎クオリティ。令呪やら云々の時点で、(外にはそんなのがあるのか〜、凄いな〜)位の反応であった。無知ってこわい。

 

「分からないなら死んだ英雄を復活させたとでも思っとけ」

「は、はいっ!」

 

 完全にとまでは言えなくとも、大方説明し終えると、これが最も大事な事だが…と付け加える。

 

「お前は確かに俺のマスターだ。その令呪が証拠だ。しかし、お前の方が上だとは思わないことだ!くれぐれも注意しろ!」

 

 一応、ベルに限ってそんなことは無いだろうがそう宣言する。

 やはりというか、ベルは慌てて手を振り、否定する。

 

「そ、そんな!物語に出てくるような英雄にそんなこと言う訳ないじゃないですか!?」

「……ふん、まあいい。俺はお前に着いて行かざるを得なくなったからな。ただし、お前のに付き合うのだ。ある程度は俺の意見も通させて貰うぞ。そして、俺の事は様づけで呼べ。……ま、このくらいの条件で勘弁してやろう。私は寛大だからな」

 

 何処かご満悦、といった表情で語るイアソン。もし、これが第三特異点、及びにアトランティスを経験していないイアソンだったならば、是が非でも妥協せず、条件も遥かに厳しかっただろう。

 これも全てはあの色濃い記憶とお人好しのマスターのせいか、あるいは今のマスターに引っ張られたのか…。

 それは本人にも分からないだろう。

 

「はい。……えーと…」

 

 何故か言い淀むベルに、その端正な眉を顰める。

 

「何だ?まさか条件を呑まないつもりか?行っておくが、この条件は私でも甘過ぎると思っているくらいだぞ?」

「いえ、その条件で全然いいんですけど、そうじゃなくて……。僕、名前聞いてないと思うんですけど……」

 

 確かに。そういえば説明やら聞くことがありすぎて自己紹介をしていなかった。

 

「そういえばそうだったな。では心して聞くがいい!セイバー、イアソン。何を隠そう、貴様が好きだと言ったアルゴノーツの船長その人だ!…どうだ、驚いたか?」

 

 声高々に真名を叫ぶイアソン。しかし当のベルからは何の反応も無い。期待していた反応が無く、不機嫌そうにベルを見下ろす。まさか不満でもあるのか?と。

 

「え、えええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっ!!!???」

 

 違った。ただあまりにも予想外なネームに彼の脳が追いつかなかっただけであった。

 期待していた反応よりもかなりオーバー気味だったが、無いよりも遥かに良い。

 

「ホ、ホントですか!?」

「嘘をついてどうなる。ヘラクレスと言って欲しかったのか?確かにヘラクレスは最強の英雄で、俺の親友だ。故に名を騙っても多少は許される……筈だ。しかし、そんなことをしてみろ。俺…私は勇者だが、その前に船長だ。自らが前線で切った張った等せず、知恵と勇気で戦う指揮官なのだ。名を騙って前線に出てみろ。すぐ死ぬ。秒殺だ。そんなことになるくらいならば名を騙るよりも真名を伝えたほうが無茶な前線に出されることなく、実力を最も発揮出来る。Win-Winの関係と言うヤツだ」

 

 イアソンは早口に捲し立てる。言っていることは間違いなく事実なのだが、8割が保身の為である。残りの1割は優しさ。最後の1割はまだ理解の及んでいるとは言い難いベルに気を使った形だ。

 何度も言うが、もしこれが初召喚のイアソンならば、こうはいかなかっただろう。

 ベルは気恥ずかしそうに頬を掻くと、はにかみながら応えた。

 

「い、いえ、驚いただけです!じ、実は僕…アルゴノーツではイアソン……様が一番好きで…」

 

「お世辞か?……いや、その顔はただ恥ずかしがってるだけか。何故俺だ?もっとこう、ヘラクレスとか無双の大英雄とか十二の試練を為したヤツなどあるだろ?」

 

 イアソンの言うことはまあ、当たり前の事だ。船長で偉大な勇者だとはいえ、彼は伝承では他の船員達に劣るのだから。

 

「いや、その…ちょっとだけ言いにくいんですけど…。イアソン様は他の英雄達と違って、自分の功績とかはあまり無いのに、いつも色んな策を思いついたりしてて…。あの凄い人達の中でも、強くは無いのに船長をしていたって考えると、何だか他の英雄譚とは違った感動があって……!」

 

 そのキラキラ輝く尊敬の念の籠もった瞳を向けられたイアソンはたじろぐ。

 尚も語ろうとするベルを片手で制したその時、丁度オラリオ行きの馬車が到着した。

 

「あ、来ましたよイアソン様!」

「ボロ馬車……まあ、アトランティスの時よりはマシだが…。おい、ベル。いい席は私に譲れよな?」

 

 冒険者を夢見る少年と、卑屈で小狡い英雄。

 どこか噛み合わないような二人組を乗せた馬車は『迷宮都市オラリオ』へとその足を進めていったのだった。




ま、満足できましたか…?どこか解釈違いとか無いですかね?
ここで言うことじゃないんですけど、ダンまちはゴライアスのとこくらいまでしか知らないんですよね。後はハーメルンの情報だけというね。


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七日目の今 〜ヘスティア・ファミリアにて〜

テスト期間なので危ないです。
暫くは無いと思ってくださいな。

《追記》
ステイタスの表記を少し変えました


『迷宮都市オラリオ』

 この街は、中世ヨーロッパを彷彿とさせる街並みで、街の中央には、ダンジョンの蓋の役割を兼ねつつ、様々な用途を持つバベルの塔が、堂々と聳え立っていた。

 

 迷宮都市という名は、ダンジョンがあるからに他ならないが、もう一つの理由として、大通りを除くと細々とした道や分岐した通路が多く、まるで迷宮の様な構造になっているのだ。

 

 そんな都市のある一角。具体的に言うと北西と西のメインストリートの間。そこには一つの寂れた廃教会があった。

 

 誰も寄る事などない様な廃教会だが、夕方、その廃教会に訪れる者がいた。

 

「神様ー!イアソン様ー!今帰りましたー!」

「ええいっ、叫ぶな!無駄に響くだろ!普通に言え普通にっ!」

「おっかえりー!まあまあ、確かにイアソン君の言う事も一理あるけど…外まで響いてるわけじゃないんだから…ね?」

 

 地下室への扉を越え、その部屋に入ってきたのは穢れのない真っ白な髪にルビーの様な輝きを持つ少年、ベル・クラネル。

 それに返すのは金髪碧眼のこれまた端正な顔立ちの男、イアソン。

 そしてベルの帰還を喜び、イアソンを宥めるのは、黒い髪を二つに結んだ美少女。胸元が開いたホルターネックの白いワンピースに、左二の腕から胸の下を通して体を巻き付けるように青いリボンを結んでいる。用途は謎だ。

 

 ここは『ヘスティア・ファミリア』のホーム。

 オラリオに着いたベル達は、早速ダンジョンへ殴り込みをかけたが、ファミリアに所属して恩恵を貰っていないという理由でギルドに止められる。

 ならばとファミリアを探すも、見た目ヒョロそうなベルは入れてもらえず、入れてもらえそうな所は大概ソッチの意味でだったりする為蹴った形だ。

 

 こうしてイアソンが愚痴を連ねていた所をヘスティアが勧誘した形になる。

 当初、ギリシャ系の神格を悟ったイアソンは全力で拒否したが、名前を聞き(ヘスティア。竈の神にして不滅を司る存在…か。変な神、それこそ他の十二神クラスに拾われるよりも遥かにマシだ…)と容認している。

 

 その身に不釣り合いな立派なモノを持つ彼女は嬉しそうなベルに問う。

 

「どうしたんだいベル君。何か嬉しいことでもあったのかな?」

 

 その言葉に待ってましたとばかりに食い付くベル。懐から取り出したのはヴァリスの入った袋。ここまでは冒険者として何の変哲もない日常の風景だろう。

 

「こ、これはっ…!」

「ん?昨日より多いな。色でもつけてもらったのか?」

 

 数字にして約一二〇〇〇ヴァリス。これまでの収入が平均して八〇〇〇ヴァリス程であることを考えるとその差は1.5倍である。これにはヘスティアもニッコリ。

 ベルが「今日はいつもより多く倒したんですよ〜」と呑気に言っているが、これは異常である。

 

 第一、レベル1冒険者5人のパーティーの一日の稼ぎが二六〇〇〇に少し及ばない程度。レベル1冒険者の一人あたりの収入は約五〇〇〇ヴァリスと言うことになる。

 ここまでなら、ステイタスの高いレベル1なのだろうと納得することもできる。しかし、このベル・クラネルはまだ冒険者登録をしてから七日しか経っていないのだ。

 初日こそロクに稼げなかったが、それが当然であり、むしろそこから如何に発展していくのか…というのが一般的な冒険者である。

 

 先に述べた平均収入も、ある程度以上の月が経ち、安定したパーティーを持って、という条件がついている。

 

 とても冒険者を始めて一週間の者が手にする金額ではないが……。平均を知らないのでイアソンもヘスティアもそれに驚きはしない。精々が『思わぬボーナスが入って嬉しい』程度の感情だろう。

 

「ここから生活費諸々とファミリアの貯金分を抜いて……と。はい、ベル君とイアソン君の分だね。勿論、稼いでるのはベル君だから7:3だよ」

「ありがとうございます、神様。えーと、今ある分も合わせれば…ちゃんと自分の装備が買えるかも…!」

 

 ベルは自分の装備の新調を夢見て、イアソンは黙って懐にしまう。

 夕飯の前にステイタス更新をしよう。という話になり、上着を脱ぎ、寝転がるベルの背中にヘスティアが跨がる。

 

 背のエンブレムは言葉のとおりに各個人のステイタスを表し、ダンジョン等で得た経験値(エクセリア)をここで更新するのだ。

 

「……おぇ……ふむふむ、今回もかなり上がってるよ。スキルは……残念ながら、うん。残念ながら発現していないようだけど、それでも凄いさ!うん、凄い!」

「そ、そうですか…」

 

 ステイタスを見てやや硬直したヘスティアだったが、直ぐにベルのステイタスを鬼神もかくやという勢いで写し始める。

 

「はいっ!これがベル君のステイタスさ!」

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 

 力:G228→F301(+73)

 耐久:I86→F143(+57)

 器用:G283→F347(+64)

 敏捷:E426→D513(+87)

 魔力:G240→G280(+40)

 

《魔法》

 

----

 

《スキル》

 

----

 

「あれ?スキルの所にシミが…」

「ところでイアソンくん!!君は本当に神の恩恵を刻まなくていいのかーい!?今ならついでにやっちゃうぞー!」

「いらんわそんなもの!そんなものに管理される気は無い!第一、俺はそのダンジョンには潜らないのだからいいだろう別に」

 

 ベルが言及しようとするも、突然大声を上げたヘスティアに掻き消されてしまう。

 

 少々納得のいかない顔をするが、その考えは直ぐに消える。

 

「あれ、ところでイアソン様って普段何をしているんですか?」

 

 イアソンとつかみ合いになっていたヘスティアも、ここ一週間ダンジョンに潜らず、昼にぶらぶらしている眷属()の収入元が気になるようで、ベルに便乗して聞いてくる。

 

 イアソンはやれやれと肩を竦め、当然の様に語りだす。

 

「おいおい、この俺がただ街を歩いているだけだとでも思ったのか?この俺にかかれば金を稼ぐ事などそう難しい事ではない」

「何をしてるんですか?」

 

 ベルが問うと、イアソンは勿体をつけて応えた。

 

「――ギャンブルだ」

「え?」

「はい?」

 

 ヘスティアとベルは共に鳩が豆鉄砲を食らった様な顔になる。

 

「ちょ、ちょっとイアソン君!ギャンブルなんてこんな零細ファミリアでやることじゃ無いだろう!?いや、お金持ちになっても僕はあまり推奨しないけど、ああいうのにのめり込むとロクな大人に――」

 

 ぷんぷんと怒りながら説教をするが、当のイアソンはどこ吹く風。耳をほじりながら適当に受け答えしている。

 

「あ、あの、イアソン様。ギャンブルで稼げてるんですか?それなら神様も…」

「いや、今の所ちょいマイナス位だな」

「ええ!?」

 

 なんとも自信満々に語るものだから儲かっているのかと思ったベルは驚愕する。そしてヘスティアもそのツインテールを振り乱しながら説教に拍車をかける。

 

「まあ落ち着け。これは狙ってやった事だ」

「狙ってやった?」

「ああそうだ。ポッと出の金も無い奴がいきなり勝ちまくりの様じゃ、不正を疑われるか、単純に反感を買う。ひょっとしたら負け勝負に呼ばれるかもしれん。まあ、そんなものに騙される俺では無いが、その後入れなくなるだろう。故に、今は足繁よく通い、勝ち負けをウロチョロする一般人だと思わせている。負けの回数や掛け金を調整してプラスにしていくつもりだ。そうすれば、いずれは大金を稼ぎ、このファミリアの資金に出来るのだ…!どうだ?ただ遊んでいる訳では無いと分かったか?」

 

「うぅ…ごめんよイアソン君。眷属を疑うなんて…」

「眷属じゃない。いや、いいんだヘスティア。間違いは誰にだってある。この私にだってヘラクレスにだってあるんだ。本当に大切なのはその先だと言うだろう?」(ここでキラン、とウィンクする)

「おお…!イアソン君…!君やベル君みたいな眷属を持てて僕は幸せだよ!」

「はっはっは。ベルは眷属だが私は違うぞー」

 

 感無量と言った様子で喋るヘスティアだが、ここでベルが気づく。

 

(あれ、ギャンブルは駄目だって話をしてた様な…。それに、必ず勝てるわけじゃ………。まあいいか)

 

「あ、夜ご飯何処かに食べに行きませんか?折角稼げたんですし。ちょっと奮発しちゃいましょう!神様の分は僕が奢ります」

「いいねそれ!さあイアソン君、準備をしようじゃないか!よーし食べるぞーっ!できれば胃に優しいのをねっ!!!!」

「どっちだ!?」

「あははははは……」

 

 態度が豹変したヘスティアに二人は少し引き笑い。

 ヘスティアはベルの手を握り外へ駆け出し、それを面倒くさそうにイアソンが追う。

 ヘスティア・ファミリアの一日とは大体こんなものである。




 ベル・クラネル
 Lv.1

 力:G228→F301(+73)

 耐久:I86→F143(+57)

 器用:G283→F347(+64)

 敏捷:E426→D513(+87)

 魔力:G240→G280(+40) 

《魔法》

----

《スキル》
【英雄憧憬】
・早熟する。
・憧れの続く限り効果持続
・憧れる英雄の数に応じて効果上昇
・その英雄への理解が深い程効果上昇

尚、アルゴノーツの船員の話は事細かにイアソンが毎日しているものとする。
ヘスティアの胃壁はかつてないほどの速度で削られていますね。
これはもはや“成長”を超えて“飛躍”……を超えて“飛翔”!


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冒険者 ベル・クラネル

今回ベル君だけです。ご注意下さい。

《追記》
ちょい修正しました


「はっ!せいっ!てやぁっ!」

 

 分かる。分かる。分かる。

 自分の知らない戦い方が。敵の隙が。何処が脆弱で何処が硬いかすら。

 

(あの夢のお陰だ――)

 

 妙にリアルで、賢者の教導、華華しい冒険や無双の英雄と征く船旅。その感覚は朧気ながら彼は覚えていた。

 

――ベル・クラネルは今、12階層で死闘を――否、風の様に舞っていた。

 相対するは複数のシルバーバックに盾役と言わんばかりに立ち並ぶハードアーマード。

 しかし、その大半の体にはいくつもの切り傷が付けられており、弱々しい息を吐いている。

 

「ゴアアアアアァァァァァッッ!」

 

 ここで一匹のシルバーバックが我先にと飛び出す。それは防御を捨て目の前の存在を叩き潰すための攻撃態勢。

 しかしそれを見逃すベルではない。

 

「そこっ!」

 

 腕を振り上げた瞬間、身をより低くし、股を滑り抜ける。その際、アキレス腱を切り裂くのは忘れない。

 アキレス腱を裂かれたことにより、シルバーバックはその場に倒れ込む。

 

 その瞬間、地面へ向かう首筋へナイフが振り抜かれる。鮮血が迸り、血を赤く染める。

 地面へ倒れる事すら理解できなかったシルバーバックに、それに対応しろというのが酷な話だ。

 

 そして一匹が倒されたことにより、均衡――いや、ただの時間稼ぎにしかなっていなかったそれのバランスは崩れだす。

 振り切った勢いそのままに身を翻し、ハードアーマードの顔に砂をかける。当然、目を塞いだソイツは、そのまま目を開くことはなかった。なんてことない。ただ甲殻の隙間を貫いただけである。

 言うは易し行うは難し。確かにハードアーマードは上層のモンスターであり、ある程度以上の力があれば甲殻など豆腐のように切り裂く事だって出来るだろう。しかし、常に動き回るそれの隙間に刃を立て心臓部を突き刺す。そのような芸当が出来るものがこのオラリオに一体どれだけいるか。

 

 ベル・クラネルという少年は異常だ。

 

 それはまだ彼の主神しか預かり知らぬ事である。

 

 ちゃっかり今の群れを殲滅したベルは、魔石を取り出す作業に移る。そこでも苦戦はせずに、手際よく魔石を取り出していく。

 

「やった!ドロップアイテム!こっちにも!あそこにも!?す、凄い…!これだけあれば色んな事が出来そう」

 

 それはもうドロップアイテムが出るわ出るわ。既にこの時点で『幸運』の予兆が出ているのか、あるいは『幸運A+』というステータスを持つ者のマスター故か。あるいはその両方が作用しているのか、それは神すらも預かり知らない事だろう。

 

「フンフフフ〜ン♪フフフフフフフ〜ン♪フフフ〜ン♪フン♪」

 

 気分は何処ぞの狩人。ホクホク顔でバックパックに仕舞い込むと、ダンジョンの壁に亀裂が走る。

 

 これはダンジョンにおいてはよく見る風景であり、これこそがダンジョンが生きていると言われる所以。

 

 モンスターの誕生だ。

 

 ダンジョンでは、壁から次々にモンスターが誕生する。なので辺りを狩り尽くしたと思っても油断をすれば思わぬ事故の繋がる。なので普通は壁に傷をつけ、そちらの修復にリソースを割かせるのが冒険者の常識なのだが…。生憎とドロップアイテムに目が眩み、忘れていたようである。

 

「グルルルル……」

 

 それは小さな竜だった。小さいというと語弊を生みそうだが、竜にしては小さいと言うことである。

 

 この階層に現れるドラゴンなどベルは一体しか知らない。

 

 『インファントドラゴン』

 

 11、12階層に希に出現する希少種(レアモンスター)で、階層主のいない上層では実質上のボスと言われている。

 

 まずレベル1がソロで勝てる相手ではない。本来なら現れた時点でファミリアの垣根を越えて対峙すべき敵だ。

 

 しかし生み出し途中というのが悪かった。

 

「グルルゥォ……?」

 

 居ない。先程まで視界の先にいた獲物が居ない。どこに逃げた。食ってやる。殺してやる。何処だ、何処だ。

 

「よいっ……しょっ!」

 

 インファントドラゴンの頭に、それは降ってきた。

 振り落とそうとしているそれは、紛れもなくベル・クラネルであった。

 これはトリックも何もない。ただインファントドラゴンの生まれる位置より高い場所にナイフを突き刺し、そのまま頭に落下しただけである。

 

「おわぁっ!?おっ、あぅっ!」

 

 暴れるインファントドラゴン。しかしベルは負けじとそれに食い下がる。眼窩を探り当てたベルは持っていた2本のナイフの内、一本を揺れる勢いを乗せて突き刺した。

 

「ギャアアアアアアアッッ!!?」

 

 インファントドラゴンは想像を超える痛みに絶叫する。より一層暴れるが、まだ完全に出現出来ていない為壁にぶつける事すら出来ない。

 そんな中途半端な状態で暴れた為か、直ぐに息は切れ、揺れは大分収まった。ここが狙い時だ。そう判断したベルはもう一つのナイフを逆手に取り、柄で思い切り眼球に刺さるナイフの柄を叩く。

 またも絶叫するが、これでもかというほどにベルは叩き続ける。

 

 少しして、インファントドラゴンは完全に沈黙した。その場には無傷の白兎ただ一人。

 信じられない。状況が良かったとはいえ、冒険者になって僅か半月の少年がインファントドラゴンを無傷で倒す等と吹聴した所で、誰も信じはしないだろう。…嘘を見抜ける超越存在以外は。

 

 そして魔石を取り出すと、またもやドロップアイテムが落ちる。この幸運には喜ぶべきか引くべきか…。

 インファントドラゴンの魔石とドロップアイテムを回収したベル・クラネルはパンパンのバックパックを見て、一度地上へ帰還する。全速力で走りながら。

 というのも、イアソンに『ヘラクレス、いや、俺の船の奴らはこの程度軽いウォーミングアップ程度にしかならない』と言われたのだ。ならばそれをやってみようと思うのが男の性。強くなるに越したことは無いと、体力の残っている日はこうして帰っていたのだった。

 

 そうして5階層に差し掛かった所で、何かおかしな音が聞こえる。それは到底人間とは程遠い程の重さを持つ足音で、モンスターかと思ったが、担当アドバイザーのエイナによると、この階層にはその様なデカブツは出るはずもない。

 警戒態勢に移り、何が起きてもいいように周囲を見渡す。

 足音はますます近くなり、その曲がり角からひょっこりとその正体を現した。

 

――毛に包まれた筋肉質な肉体、雄々しく天を衝く双角。手に持つ自然武器が処刑道具のようにも見える。何より、その圧倒的な存在感はこのインファントドラゴンすらも優に超えている。

 

「ミノタウロス…!」

 

 それは本来中層にいるべき存在ではない。推奨レベルが2以上だといえば、その異常さが分かるだろう。

 

「ブモ!?」

 

 ミノタウロスは目の前のベルに驚き声を上げる。しかし目の前の人間が弱そうだと見るとたちまち獰猛な笑みに変わる。

 

 普通のレベル1ならば、このあまりに突然の遭遇に対処出来なかっただろう。しかしベルは違う。すぐにUターンし、別路から上へ上がろうとする。

 

 しかしミノタウロスも黙っている訳では無い。咆哮轟かせ、眼前の人間を追い始める。

 

 

「はあっ、はあっ、ツイてると思ったのに…!」

「ブモオオォォォ!!!」

 

 暫く追いかけっこは続いたが、未だに差は縮まらない。一見するとこのまま逃げてしまえばいい様に思えるが、それがそうも行かない。とにかく差をつけるために滅茶苦茶に走り回ったせいで現在地が分からなくなってしまったのだ。

 

 それに体力も残り少ない。連戦につぐ連戦。そしてその後の全力疾走。荷物の重みも加わって少しずつだがベルの速度が遅くなる。そこに追い打ちがかかる。

 

「行き…止まり…」

 

 逃げた先は不運にも行き止まり。道を引き返そうにも背後からはミノタウロスが迫る。

 

 その顔は愉悦と喜色に彩られ、ベルと同じ紅の双眸が爛々と輝いていた。逃げ場は無い。引き返すことも出来ない。…ならば導き出す答えは一つ。

 

「…ここで倒すしかないっ!」

 

 邪魔になる荷物は端に置き、闘志を滾らせナイフを握る。

 

「ブモオォォォォォォォ!」

「避け……れるっ!」

 

 本能のままに振り回されるそれを小さな体を捻って躱し、懐に潜り込む。僅かな硬直の隙にありったけの力で左胸を突き刺す。狙うは魔石。されどミノタウロスも伊達に恐れられているわけではない。

 

(硬い…!)

 

 ナイフは浅い部分で止まり、軽い傷を作るだけに終わった。

 いつまでもここにはいられない。通り抜けるようにして攻撃範囲を抜け出す。ナイフは刺さったままだが仕方ない。あそこに留まっていれば死んでいたのだ。

 

 そこからはただひたすらにそれの繰り返しだ。ミノタウロスは斧を縦横無尽に叩きつけ、その隙を逃さず少しずつ傷を増やしていく。

 ベルは一撃も喰らわず、ミノタウロスは傷だらけで血を全身から垂れ流している。状況はベルに味方しているように見えるが、実のところそうでもない。

 単純に、生物としての違いである。

 ベルは一撃も喰らっていないが、これまでの疲労は積み重なり、こちらの攻撃はロクにダメージを与えられないばかりか、少しでもミスをすれば死ぬという極限状態で常に行動していた。反して、ミノタウロスは一撃でも当たれば勝ちと言う事が本能的に理解しており、体の傷もモンスターにとっては然程重いわけではない。即ち余裕があった。

 

――そしてその時は訪れた。

 またもや抜けようとした時、今までとは違った行動を見せた。両手で空気を斬って振られていた斧は地面に突き刺さり、何者も触れてはいない。

 ならばその手は何処に?

 

「しまっ……!」

 

 ベルの華奢な足は剛腕に掴まれていた。なんてことは無い。学習しただけだ。

 ニィッと笑ったような気がする。ひょっとしたらそれは本当に笑っていたのかも知れない。だがそれも関係のない事だ。 

 

 叩く。叩く。叩く。叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩いて叩きつける。

 

「あぁっ!!…がっ!ごふっ!ぎっ!?ぬぅごっ!!?…ふぐっ、ガハッ!……ぐっ…!う…あ"ぁ"ぁ"っっっ!!!」

 

 それはもはやただの攻撃ではない。リンチだ。ベルの体はミノタウロスの剛力で岩へ激突する。

 

 ドロリ

 

 何かが目にかかる。前が見えない。ああそうか、これは僕の血か。…このまま……死ぬのかなあ。

 

(痛い、痛い、痛い。初めて叩かれたときよりも痛い。あの時のモンスターよりも怖い。………でも)

 

 ベルは意識の覚醒も共に手から離れかけていたナイフを強く握り直す。

 

(まだ、夢を叶えてない!イアソン様と、神様に恩返しも出来てない!)

 

 ならばやることは一つ。

 

「っうあぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 ミノタウロスが掴んでいた足を無理矢理に動かす。ゴキリと嫌な音を立てるが、今はそんなことに気にしていられない。振り被った空中、さっきと同じ要領で目に突き刺す。

 

「ブモォォォ!!?」

 

 すると慌てて手を離す。思わぬ所からの攻撃で、ミノタウロスは混乱している。

 もうナイフは無い。解体用ならあるが、戦闘に耐えられる代物ではない。ならばどうした。そこにあるだろう。自分の求める武器が―――!

 

「うおおおぉぉぉぉっっっ!!」

 

 手にしたのは斧型の自然武器。取り回し等分かる訳もなく、力任せに振り回す。ぐるんぐるんと回転し、高まりに高まった遠心力は今開放される。

 

「狙いはッ、胸ぇっっ!!」

 

 迫る、迫る、岩の戦斧が。制御等出来ていない。正確に狙える筈もない。だがしかしそれは一直線に突き刺さるナイフの束へと吸い込まれ――

 

 パキン

 

「…ブモォ……」

 

 軽い音を立て、ミノタウロスの魔石を破壊され、灰と化す。その場にいたという証は何処にも残っていない。

 

 ベル・クラネルは格上殺し(ジャイアントキリング)を成し遂げたのだ。

 

「や、やりましたよ…。神様、イアソン様…」

 

 その一言を最後に、ベルはその場に倒れ込んだ。

 意識を失う直前、視界の端に、淡く輝く金色が見えた様な気がした。




今やるもんじゃないわこれ


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限界のその先へ

ふう……難産だった……


◆◆◆

 

「よし、面舵いっぱーい!進めぇ!アルゴノーツ!」

 

 それは古の英雄船団。それぞれが一騎当千、万夫不当のメンバー達。50名の英雄を纏めるのはこのヒョロくて偉そうな、なんとも反感を買うような人物だった。

 現に、その態度に不満を持つ者はいるし、マトモに戦ったら負けるはずもない。では何故誰も反対しないのか。

 

 それはその男の事を皆が認めていたからだ。普段は小物もかくやという人物だが、操舵の技術は誰よりも高く、風を読む能力も優れていた。それだけではない。人間真に追い詰められた時程力を発揮出来るとは言うが、この男はその一種の完成形にあった。

 

 そんな彼だからこそ、親友であるヘラクレスが、他人に厳しいアタランテが、医術バカのアスクレピオスが、傲岸不遜なカイネウスが、人間嫌いのカストロが、物腰穏やかなポルクスが、人類最初の詩人オルフェウスが、テセウスが、ピロクテーテースが、ペーレウス、カライス、ゼーテース、アウトリュコス、メレアグロス、パライモン、イオラオスが―――彼に従ったのだ。

 

 彼の名はイアソン。アルゴノーツ船長にして人任せなギリシャの勇者である。

 

 

◆◆◆

 

「…気がついた?」

 

 パチ、と目が開く。頭がクラクラする。何でこんな所で倒れて……ああ、ミノタウロス。そっか、倒せたんだ…!ここでようやく、あの猛牛に打ち勝ったという実感が溢れ出す。思わず叫びたくなった所で、はたと気がつく。

 

(あれ?僕ってうつ伏せに倒れて……柔らかい?)

「……大丈夫?」

「!!!!!????」

 

 ベルはようやくこちらを覗く金の瞳に気がつく。むしろ何故気が付かなかったのか不思議ではあるが……。

 起きがけに知らない美少女に覗き込まれて冷静でいられるほどベルの女性耐性は高くはなかった。声も出せず、咄嗟に背後へ転がる。

 

 その少女は、見れば見るほど可憐な乙女にしか見えなかった。美しい金の砂の様な髪に、同色の瞳。表情は読み取り辛いが、そこが却ってその少女の神秘性を高めているのは言うべくもない。

 

 その少女――アイズ・ヴァレンシュタインは突然転げたベルをポカン、と眺める。離れた今なら気づく。なにやら膝を畳んで地面に座っていることに。

 

(ま、まさか今のって…ひ、ひ、膝枕!?)

 

 何が起こっているかも分からず困惑するベル。ベルは驚愕と困惑で、アイズは素の性質から、お互いに押し黙る。体を動かすこともままならず、膠着状態に陥る。

 

「「ごめんなさい!」」

 

 どちらが先に口を開いたか、それは定かではないが両者が共に謝罪する。

 

「え、えーと、どうして謝るんですか?」

 

 先に問うのはベル。相手の深刻そうな顔から空気を読んだのだ。

 

「…ミノタウロス、私達のせい」

「…へ?…あー、もしかしてあなたのファミリアがミノタウロスと戦ってて……勝てないと思ったミノタウロスはこの階層まで逃げてきた……って事ですか?」

「ん、そう。ごめんなさい」

 

 またも顔を伏せる。これは女心に疎いベルでも落ち込んでいるのが分かる。

 

「だ、大丈夫ですよ!ミノタウロスは倒せましたし、足も腕も動きますので!……あれ、足は折れてた筈じゃあ……」

 

 見た目こそ同じ血まみれだが、明らかに傷が癒えている。折れていた足や限界まで酷使した腕、ベルは気づいていないが割れていた頭骨までもが回復しており、先程までの姿は見る影もない。

 

「危なそうだったから万能薬(エリクサー)を使った」

「エッ…万能薬(エリクサー)!?良いものなら40万は下らないというあの!?そ、そんな…今ある分を換金してやっと半分にいくかどうか…」

 

 一応言っておくが、慣れてきたレベル1冒険者の平均収入は5000ヴァリス程度、今のベルのポケットマネーは13万ヴァリス程になる。今ある分を売れば手元に7万は手取りで貰えるのだが…。冒険者歴半月の稼ぐ額ではない事をよく自覚して欲しい。

 

「ううん、私達のせいだから…」

 

 それでも尚頑なに否定し続けるアイズ。

 

「で、でもファミリアの人に怒られないんですか…?」

「うっ…、……説得する」

「やっぱり駄目じゃないですか!」

「でも…」

 

 お互い譲らず、払う。払わなくていい。払う。払わなくていい。と続いたので、ベルが妥協案を出す。

 

「…じゃ、じゃあっ…半々にしましょう!僕が半分出して…あなたがもう半分を!これでファミリアの人も納得するんじゃないですか!?…はい!これで終わりです!ありがとうございました!!」

 

 美少女と顔を向き合わせての会話、という状況にとうとう耐えられなくなったのか、言うだけ言って荷物を担ぐと、全速力で逃げてしまう。

 

 その後、ベルは見覚えのある道に出て、地上へ向かい、残されたアイズも仲間と合流して地上へと帰ったのだった。

 

「「あ………名前」」

 

 ちょっとしたうっかりを残しながら……。

 

◆◆◆

 

 オラリオ北西部【第七区】

 ベルが血まみれでギルドに突入して暫く、冒険者通りと呼ばれるそこに人だかりが出来ていた。

 

「くぅ……ここはこうだ!」

「残念、チェックメイトだ」

「逃げ道は……無いな。…リザイン」

「おいおい、アイツ今ので何連勝だ?」

「いや、最初から見てたが全部勝ってる。挑んだのが……19人だから19連勝だな」

「マジかよ…イカサマでも使ってんじゃねえのか?」

「いや、チェスでイカサマは無理だろ」

「それもそうだな…」

 

 そこで行われていたのは小規模なチェス大会と言うべきか、挑戦料が1000ヴァリスで、勝てたら勝ち取った総額を全て手に入れられる。という内容だ。男はずっと勝ち続けたので、今貯まっている賞金は19000ヴァリス。小遣いにしては高額な為、一か八かで多くの者が挑んだのだ。

 ある時はたまたま通りがかった一般人と、またある時は冒険者と、とにかく誰でも挑戦出来るが、男が強く誰も勝てないのであった。

 

(そろそろ潮時か…)

 

 やはり勝ち続けると挑戦者は尻込みする様になる。そう考えたは男――イアソンは引き上げようとする。

 

「じゃあこの位で――」

「――ちょっと、いいかな?」

 

 その時、イアソンに尋ねる者がいた。すわ挑戦者か?と見た所、周囲のギャラリーがザワザワと口々に困惑の言葉を吐く。

 

「おい、アレって……『勇者(ブレイバー)』と『怒蛇(ヨルムンガンド)』…だよな?」

「あ、ああ。天下のロキ・ファミリアがこんな事に口を出すなんてな…」

「いや、ひょっとしたら挑戦するかも…」

「それこそ無いだろ。向こうは金はあるし、現場の指揮も地頭もいいんだからよ」

 

 周囲は当人達そっちのけで色めき立つが、イアソンは目の前の少年の、いや、少年の様な外見の男に尋ねる。

 

「どうした?ロキ・ファミリアの団長とやら、文句でもあるのか?言っておくがこれは相手の同意もあるし騙しも誤魔化しも無いぞ?」

「ああ、うん。少し前から見ていたけどそんな事は無かったね。つまりあなたの純然たる実力な訳だけど……店じまいをする前に、僕が挑戦したいと言ったら?」

「団長!?」

 

 共に来ていたアマゾネスの少女、ティオネ・ヒリュテは声を上げる。そんな事をしなくても…と宥めるがフィン・ディムナの意思は変わらない。

 

「……本気か?なんでまたこんな路端の勝負に挑むおつもりで?」

「いや、ただ上手いだけなら感心するだけで挑もうとはしないさ。でもそうだな…強いて言えば……指が疼いたから、かな?」

「指、ねえ……。フィン・マックールかよ…」

「…?確かに僕はフィンだけど…受けてくれるかい?」

 

 さてこのフィン・ディムナだが、実のところそう言う訳でもない。確かに普通の勝負を見かけただけならば、こうはいかない。自らの言った通りに、眺めただけで終わっていただろう。遠征から帰還した当日の為、やることがあるのだが、どうにも指が疼くので勝負を持ちかけたのだ。

 

「………まあいいだろう。見てたなら分かると思うが普通のチェスだ。ルールは分かるか?」

「ああ、ボードゲームじゃチェスが一番得意だよ」

 

 ルールを確認しながら駒を並べていく二人。それを眺める野次馬ではボソボソと様々な事が呟かれる。

 

「なあ、どっちが勝つと思う?」

「そりゃさすがに勇者(ブレイバー)だろ、ロキ・ファミリアの司令塔だぞ?戦略やら先読みやらが絡むなら圧倒的だぜ」

「じゃあ勇者(ブレイバー)が勝つのに賭けるぜ」

「俺も」

「俺も」

「ちくわ大明神」

「いや、俺は大穴で金髪に賭ける」

「誰だ今の」

 

 お祭り好きの神々まで加わり、賭け事まで始まる始末。これもひとえにフィン・ディムナの知名度故だろう。

 

「ははは…何だか悪いね」

「いや、気にしなくていい。負けた時に文句を言われてもアレだしな。ギャラリーは多い方がいいだろ」

 

 ダン、と卓を叩き挑発的に笑う。

 

「…へえ、言うねぇ」

「なっ…!テメェ団長が負けるとでも…」

「ティオネ、落ち着いて。こういう掛け合いはあるから。……ただ、一つ条件を飲んで欲しい」

「何だ?手加減して欲しいとかなら聞かないぞ?」

「いや…逆だ。本気でやって欲しい」

 

 先程までニヤニヤとした笑みを浮かべていたイアソンが真剣な顔つきになる。

 

「ほう……中々いい目しているな」

「そりゃあね。無駄な駒がやたら多くあるのに、決めるときは外していないからもしやと思ったらね」

 

 この会話は喧騒の激しいギャラリーには聞こえておらず、二人だけの会話が続く。

 

「ふーむ本気か……嫌だね」

 

 断られるとは思っていなかったのか、不思議そうに尋ねる。

 

「それはまた、何でだい?」

「あまり本気出しすぎると挑戦者が居なくなるだろ!俺は暇つぶしと金稼ぎを同時にしたいんだよ」

 

 投げやりに放つイアソン。ならば、とフィンは条件を出す。

 

「じゃあこっちは10万ヴァリスを参加料として出すさ。程々で切り上げるつもりだったよね?それなら5万も稼げればいい方。ならば倍の額出すさ」

「…仕方ない、いいか?負けても恨むなよ?」

「こちらも負けるつもりは無いよ」

 

――――こうして、オラリオの勇者(ブレイバー)対ギリシャの勇者のチェスが始まった。

 

 

 一方その頃、説教を乗り越えてヘスティア・ファミリアに帰り着いたベルはというと、ヘスティアに肩を揺さぶられていた。

 

「き、君ってヤツは〜!何で戦おうとなんてしたんだい!君は成長が早いとはいえレベル1!ミノタウロスはレベル2だから勝てるはずもないんだぞ!?」

 

「ご、ごめんなさい…。で、でも倒せましたよ?」

「でもボロボロだったんだろ?ならその間にモンスターが出たら、それこそ良からぬことを考える輩までいるんだぞー!……まったく、心配させないでおくれよ」

「はい…すいませんでした」

 

 ベルも流石に悪いと思ったのか、13層にいくのはもう少し後にしよう、と思った。……つまり行く気はあったらしい。

 

「さて、説教はここまでにして…と。それだけの事をしたんだ。ステイタスの更新でもしようじゃないか」

「はい!」

 

―――…

 

 

「さて…今のベル君は…と」

 

 以前と同じく、ベルの背中に跨り神血を垂らす。背に刻まれたステイタスが更新され、変動する。その変動値は常軌を逸したものであり、他の神が見れば驚き戸惑うことだろう。

 だがしかし、今回に限ってはそれ以上の変化だ。

 

「…………」

「…か、神様?」

 

 突然沈黙し、動かなくなったヘスティアにベルは不安になる。

まさか何か異常でも起きているのではないか―と。むしろお前の成長スピードが異常だよとは言ってはいけない。

 

「ベル君………何言わずに聞いてくれ。君、レベルアップ出来るよ。スキルと魔法も発現してる…。僕はもう寝る。休ませてくれ。説明は後でするから……」

 

 そう言うと、のそのそとソファに倒れ込み意識を失った。

 

「え、ちょっ、神様!神様ー!?」

 

 その炉の紋章を刻んだ背には、神聖語でこう記されていた。

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 

 力:A859→S999(+140)

 耐久:A803→SS1162(+359)

 器用:A843→SS1094(+251)

 敏捷:S957→SSS1232(+275)

 魔力:D522→D554(+32)

 

《魔法》

【エレクト】

・付与魔法

・雷属性

 

《スキル》

【英雄憧憬】

・早熟する。

・憧れの続く限り効果持続

・憧れる英雄の数に応じて効果上昇

・その英雄への理解が深い程効果上昇

英雄(偽)(アルゴノーツ)

・能動的行動アクティブアクションに対するチャージ実行権

・[イアソン]に心の底から認められる事で進化

【求めし英雄の影】

・任意発動。対象を回復後、弱体化状態をランダムで1つ解除

・使用後、6分のインターバルが必要

・魔力を消費して発展アビリティ「精癒」「治癒」の一時取得。持続時間は一日。

 

 たった半月でレベルアップ可能。挙げ句にSすら超えた限界突破したアビリティに強力すぎるスキル。この中では霞んで見えるものの、魔法すらも発現した。

 ヘスティアが寝込むのも無理は無いのであった。




はい、サブタイトルはヘスティアの胃のことを表していたんですね。すごいね〜限界突破だってよ?


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ちょっと陰の者

ピコーン、ピシャピシャピシャピシャ! テッテケテッテーテーテテー『第6話』〜


「……参った。降参、リザインだ」

 

 それはどちらの声だったか、集中していた観客は判別出来なかった。

 

「どうした、続けないのか?」

 

 そう応えたのは金髪の男。

――つまり、降参したのはフィン・ディムナだと言うことになる。

 

「いや、このまま続けてもきっと負けるだろう。僕の推測だと後5手目には僕は何も出来ないはずさ?」

「やってみたら案外抜けられるかもしれないぞ?」

「……いや、無理だね。正真正銘、普通に降参だよ」

「…つまり私の勝ちでいいのだな?」

「ああ」

 

 ここに勝負は決した。フィンは敗北を認め、ヴァリスは男の懐に収まった。勿論、賭けていた人々も阿鼻叫喚の様相だ。大多数はフィン・ディムナに賭けており、負けた悔しさ。イアソンに賭けていた者は勝利の喜びと入る金から。人々の喧騒はより一層熱がこもる。

 勝負を終えたフィンは寄って来るティオネを眺めながら先程のチェスを思い返す。まるで未来でも見たかの様な采配。まさか最初に何でもない所に置いたポーンによって拘束されるとは思っていなかった。

 

「これでもチェスは得意なつもりだったんだけどな…」

「…そうですか団長?結構惜しかったように見えましたけど…」

 

 ポリポリと少年のように頬を掻くショタおっさんに、ティオネは追従するように問う。本当なら今の男を追いかけ回し、愛する団長の顔にゲームとはいえ、泥を塗った事を後悔させたいところだったが、フィンからの評価と世間からの評価に関わる為、今だけは見逃している。

 

「いや、完敗だよ。彼はあの局面だけを最初から狙っていたように見える。あくまで予想だけどね」

「じゃあ、あの男は団長より…!」

「いや、あくまで遊戯の話さ。……でもまあ、経験を積めば司令塔として……いや、実戦とごちゃまぜになってるね。…取り敢えず、彼は平時の僕より頭の回転が速いって事だね」

 

 いつの間にかイアソンは消えていたが、残っているチェス盤を見る。

 そこにはポーンで円状に包囲されかけているキングが残っていた。

 

「ファミリアに入っていないなら勧誘してみたかったけどね」

「でも恩恵は貰ってないって」

「あくまで恩恵さ。ほら、ギルド職員もファミリアの構成員と言えるけど神の恩恵は刻んでないだろう?それと同じさ。確か……『ヘスティア・ファミリア』と言ってたかな?」

 

 そう言うと、フィンは帰路についた。彼本来の仕事に戻ったのである。頭の中で、先程の勝負を復習しながら…。

 

◆◆◆

 

「はあ……」

 

 ロキ・ファミリアのホーム、黄昏の館のある一室、そこにはどんよりとした空気が広がっていた。

 山吹色の長髪に、尖った耳を持ち、露出の無い服装をしているという、正に典型的なエルフらしいエルフがいた。

 彼女はレフィーヤ・ウィリディス。『千の妖精(サウザンド・エルフ)』という二つ名を持つ第2級冒険者である。

 そんな彼女だが、エルフの特徴である尖った耳は絶賛垂れ下がっていた。

 

 彼女はレベル3でありながら、その特異な魔法と、火力だけならレベル5に匹敵する事で、唯一レベル3でありながら深層である59階層への同行を許可されていたのだ。

 …しかしその際、活躍するどころか他の足を引っ張ってしまった事深いに負い目を感じていた。

 

「私がもっとちゃんとしていれば……」

 

 思い出すのは気迫に圧倒され案山子と化した己、その時は助けてもらえたがそのせいで前線の戦力が低下し、その後も挽回の機会は来なかった。

 

「まあまあ、いきなりはみんなそうなるから。レベル3ならしょうがないよ。私なんかレベル3の時に深層に行ったらすぐ死んじゃうって」

 

 励ますのはアマゾネスの少女ティオナ・ヒリュテ。彼女はロキ・ファミリアの幹部で、『大切断(アマゾン)』の二つ名を持つ第一級冒険者である。

 ちなみにティオネ・ヒリュテとは姉妹で、ある髪の長さと()()()()以外はそっくりである。

 

 彼女とその姉、アイズ、レフィーヤは同じファミリアでもよくつるむメンバーだ。

 

「ティオナさんは前衛だからそうかも知れないですけど…私は後衛で守られていたのにも関わらず…アイズさんの手まで煩わせてしまって……」

 

 ティオナの励ましも効果は無く、気まずい空気が広がる。

 

「あ〜もう、こんな時にティオネとアイズったら出かけちゃってさ〜!」

 

 自分は魔法を使えないし、聡明でも無いため的確なアドバイスも慰めも出来ない。そんな心境からの言葉だった。

 ティオネは愛する団長と共にギルドへの報告、アイズはある少年の所在を知る為ギルドへ。たまたま噛み合わなかったのである。

 

「ほ、ほら、ステイタス上がってるかもよ!レフィーヤはレベル3なのに深層に潜ったから、レベルアップしてるかも知れないし!」

「…!……そう、ですね。なるべく早めにしてもらいたいです」

 

 ここでレフィーヤの瞳に生気が宿る。それを逃さず、どのようになりたいか等など、話を進めていく。その頃にはすっかりいつものレフィーヤだ。

 

(ふっふーん。私も中々できるじゃん)

「―――でして!……あの、ティオナさん?」

「あっ、ごめんごめん!…何の話だっけ?」

 

 話を聞いていなかったティオナに、「やっぱり聞いてませんでしたか…」と怒るレフィーヤ。話の内容とはどうなりたいか、だった。

 

「私が足手まといにならない為には、リヴェリア様の様に並行詠唱を覚えるか、私自身が強くなる事ですが……。どちらも今のままでは難しそうです」

 

 またも顔を沈ませる。これでも彼女なりに努力はしているのだ。現に、彼女はかなり優秀な部類に入るのだが、それでは満足しないらしい。

 そこでティオナが「あっ!」と声を上げる。

 

「どっ、どうしたんですか?」

「私思いついちゃったー!レフィーヤを守るには強い人が必要。でも他の人には任せられない。って事は、使い魔とかがいればいいんだよ!」

 

 ソレはあまりに突飛な発想だった。

 

「使い魔……ですか?」

「そう!色んな英雄譚とかでも出てくるじゃん!使い魔がいればそれはレフィーヤの力だし、他の戦力を削らないじゃん!」

 

 名案とばかりに顔を輝かせて語るティオナだが、対するレフィーヤは困惑の表情だ。

 

「あの…ティオナさん?使い魔とか、出来ませんよ?そういうスキルがあれならば兎も角……」

「そっかー、ちょっと見てみたかったけどねぇ。…じゃあスキルでそういうのが出るように祈ったら?神頼みってヤツ」

「あはは……神頼みって…ロキ様にですか…。まあ、確かにそんなスキルがあれば便利ですよね」

「うんうん、じゃあ一回だけ祈ってみようよ!」

 

 そう言うやいなや、レフィーヤの手を取り、祈りのポーズをやたら細かく説明してくる。

 

「何でそんなに具体的なんですか?」

「えへへ、えっとねー。ある英雄譚で神様に祈りを捧げる人がやってたポーズなんだー」

「……分かりました。やるだけやってみましょう」

 

 レフィーヤは膝を立てると懇願するように手を握り、目を伏せて顔を下げる。

 初回にして中々様になっている。少しの間続けたが、何の変化も無かった。当然だ。

 

「…ふぅ。終わりましたよ」

「どう?何かある?こう、力が湧き上がってくるー!みたいな」

「いえ、別にそんなことは何も………いえ、何か手が熱く……痛っ!」

「っどうしたの!?」

 

 慌てて駆け寄るティオナ。流石にこんなことで何かあるとは思っておらず、少し反省中。

 痛みを訴えていた左手を見ると、木と花が絡み合ったような、赤い紋様が浮き上がっていた。

 

「何コレ……」

「……これから、物凄く高い魔力を感じます」

「レフィーヤ、大丈夫?」

「…はい、痛みはもうありません。それより、これは何でしょうか?」

「うーーーーん。新しいスキル……とか?」

「やっぱり、そうなんで…!?」

 

 突如、部屋の中央に爆発的な魔力の渦が出来る。それにいち早く察したの魔力に長けるレフィーヤ、続いてティオナは、武器こそ無いもののレフィーヤを庇う姿勢に入る。

 

「嘘…こんな魔力、今まで見た事も…!」

 

 魔力の異常さに気づいた瞬間、その渦の中央が輝き、その光と風によって目を閉じる。

 

 再び目を開けたとき、その渦は消えており、そこには何かが立っていた。

 見たところ人型で、防具等も装備しているが、あんな異常な発生をしたのだ。突然変異のモンスターでもおかしくはない。

 そう警戒していると、その人型はこちらに剣の様なものを突きつける。

 

「っ!」

 

 武器を突きつける。即ち敵対的な行動であり、警戒レベルを更に引き上げ――

 

「サーヴァントライダー、マンドリカルド。問おう、アンタが俺のマスターか?」

「えっ何それ」

「えっ」

「えっ」

 

「「「…………」」」

 

 なんとも言えない静けさが漂った瞬間だった。




テルスキュラって調べて、テだけ消すと全部ネルスキュラ関連になるの草

こんなことに後書きって使っていいんだろうか?


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思い込みと勘違い

過去一番の難産でした……。

今日は2月17日
これは両儀式の誕生日!みんなで祝いましょう!


「つまり…あなたは私の使い魔で、英雄譚に出て来るような人物って事ですか?」

 

 黄昏の館にて、レフィーヤは目の前の男に問う。先程の男の説明通りに、目の前の男との魔力的な繋がりを感じ、どこかシンパシーすらも感じていた。

 

「そうだな。…そうッス。あ、いや、でも俺は英雄とかそんな大仰なモンじゃ無くて…」

 

 マンドリカルドと名乗った男は、何故か余所余所しそうに正座している。女子の部屋の物に勝手に座るのはアレかな、と配慮した結果であった。

 

「えーと、ティオナさん。多分大丈夫ですけど……どうしましょう?」

「うーーん…本当ならロキとかに知らせた方がいいと思うけど…。奥の手にしたら?」

 

 幹部であるティオナに尋ねるも、帰ってくるのは一組織の幹部としては有りえない一言。それに苦言を申するレフィーヤだが、これが混乱を齎すものだと言うことは感覚で理解していた。

 

「ほら、英雄譚の英雄達も実は隠し玉とか持ってるじゃん!スキルじゃないんだから大丈夫だって!」

「…そう、ですよね。これはスキルでも魔法でもありませんし…そう、大丈夫ですよね……」

 

 いつものレフィーヤならば兎も角、急に手に入った新たな力に目が眩んでしまった。

 

「それで…マンドリカルドさん?ですよね?」

「あ、はい。そうッス。…えーと、やっぱり知らないよな?」

 

 「誰?」というのが見透かされていたのか、少しだけ複雑そうな顔で尋ねるマンドリカルド。

 

「ごめんなさい…」

「いやいや!大丈夫だから!自分でもマイナーだって分かってるから!」

 

 知らないのも無理は無い。というか世界が違うのだからマトモに残っている筈も無い。唯一の情報源である英雄譚等は神々が持って来た物なのだから。

 

「えぇと…ど、どんな事で有名な方なんですか?」

「シャルルマーニュ十二勇士……の敵に回った、地味なサーヴァントっす」

「しゃるるまーにゅ……?」

 

 こてん、と首を傾げるレフィーヤ。流石にそれは予想していなかった様でマンドリカルドの目は大きく見開かれる。

 

「…そ、そっスカ。いや、そうッスよね。最近はアーサー王伝説も知らない人は多いって聞きますし……。……そっか、そんなに有名じゃないんだな……」

 

 そう独り言ち、知らぬ間にテンションが下がっていく。お互い聞きたいことはあれど、その気質から沈黙する。

 とうとう屋内にも関わらず「いい天気ですね」と言おうとしたその時

 

「あったーー!」

 

 先程から何処かへ行っていたティオナがバタバタと忙しない様子で部屋に入ってきた。話を続けてくれそうな人物の到来に、目に見えてホッとする二人。

 

「あったっ、て…何がですか?」

 

 レフィーヤが尋ねると、コレコレ!と手にもつ古本を指すティオナ。その付箋だらけの本の表紙には『シャルルマーニュ伝説』と書かれていた。

 その本を「ここでもない」「あそこでもない」とパラパラとめくり、ティオナの手が止まる。

 

「ここじゃない?」

 

 そこは『狂えるオルランド』においてのマンドリカルド登場のシーンであった。

 

「あー……そうッス。それが俺です。……黒歴史が……」

「何か言った?」

「あ、いや、何でも」

 

 そしてレフィーヤは読み進めていくのだが………。

 

―――

 

「最低最低最低最低!最っ――低です!」

「うぐっ」

 

 ヘクトールの鎧を手に入れる所はまだ良かった。しかしその後が問題だった。

 ドラリーチェ姫を「護衛が相応しいか試してやる!」とか言いながら姫を連れ去ったり、ローランの放り出したデュランダルを盗み、それを止めようとした王子ゼルビンの殺害。帰るついでに名馬ブリリアロードまで奪い去ってしまった。さらにはロジェロに喧嘩を吹っ掛け、最後は慢心して殺される。等と、出るわ出るわ黒歴史。

 本人は魔が差したと言っているが、正直魔が差したでは済まない行為の数々である。

 それに粗暴な王だという事もレフィーヤの癇に障った。レフィーヤが教えを請うリヴェリア・リヨス・アールヴは、エルフの王族、ハイエルフであり、知的でその権力を振りかざすことを良しとしない人物である。

 つまりは、生前のマンドリカルドはレフィーヤの嫌いな要素がマシマシな男であったのだ。

 

「あなたのした事は闇派閥のやっている事と大差ありません!!不愉快です!顔も見たくありません!!」

 

 レフィーヤは矢継ぎ早に言うと、怒り心頭と言った様子で乱暴にドアを開けて出ていってしまう。

 

「………」

 

 残されたマンドリカルドは去って行ったドアの方を暫く眺めていると、ティオナが優しく肩に手を置く。

 

「あー、私あんまりそういうの気にしないから大丈夫だよ?」

 

 マンドリカルドは泣いた。

 

◆◆◆

 

「うわあ〜、人がいっぱい居ますよイアソン様」

「ええい、俺に隠れるな!俺まで田舎者だと思われるだろうが!」

 

 時は進み夜。ベルは朝に誘われた飲食店にイアソンと共に訪れていた。

 因みにヘスティアはバイト先の打ち上げでいない。金はあった方がいい、と未だに続けていたのだ。この台詞のせいで辞め時を見失ったとも言う。

 

「あ!来てくださったんですね!」

「は、はい…来ちゃいました…」

 

 声をかけてきたのは銀髪の女店員。シル・フローヴァ。彼女とは朝に出会い、この店の紹介をされた仲である。つまりほぼ他n…

 

「こちらの方は?」

 

 シルがイアソンの方を向き尋ねるが、イアソンは不服そうにまじまじとシルの顔を眺めている。

 

「ちょっとイアソン様!聞かれてますよ!」

「……ん、ああ。俺はこいつのとこの団長をやってるイアソンだ」

 

 少し立ち話をし、席に案内される。

 ベルが料金の高さや量に圧倒される中、イアソンは露骨に顔を歪める。

 それにはとある訳があるのだが、傍から見ると料理に対して不満があるように見える。

 それに従業員はいい顔をしないが、一口食べたイアソンの目が見開かれる。

 

「…美味いな。少なくとも俺がここに来てから最も美味い」

「当然ニャ!なんたってミア母ちゃんの料理だからニャ〜」

 

 イアソンの反応に、ふふん!と得意げな顔をする猫人のアーニャ。仕事をサボるなと怒鳴られ、直ぐにウェイトレス業に戻る。

 ジョッキを置いて見回すと、時間帯もあって店には様々な人間がいた。ワイワイと話に花を咲かせる者や、酒盛りをする者。酒場といえば酒場らしい光景に目を瞬かせる。

 

「…なんだ、随分騒がしい所だな」

「ふふっ、それがいいんじゃないですか」

 

 微笑むシルに胡散臭そうな視線を向けるも、素直に目の前の料理に舌鼓をうつ。

 

「お、おいっ」

「ん?おっ、えれえ上玉揃いで…」

「ウホッ!いい男…」

「馬鹿!あいつらのエンブレムを見ろ!」

「ちくわ大明神」

「あのエンブレムは……」

「誰だ今の」

 

 周囲の客がざわつく。何やら可笑しい言動の者がいるがそれは気にしてはいけない。

 その原因は先程入店してきた集団にあった。

 

「皆!ダンジョン遠征ご苦労さん!今夜は宴や、思う存分、飲めぇ!」

 

「シルさん、アレって…」

「ああ、ロキ・ファミリアの皆さんはウチのお得意様なんです。彼らの主神、ロキ様がここをいたく気に入られたみたいで…」

 

 そこには、昨日助けてもらったアイズさんがいた。どの人も強く、今の僕では歯が立ちそうにもない。

 ちびちびと果実水を飲みながら、件のテーブルへと耳を傾ける。冒険者の大先輩達の会話が気になったのだ。

 すると、狼人の青年がジョッキを叩きつける。

 

「おいアイズ!そろそろ例のあの話、みんなに披露してやろうぜ!」

「あの話……?」

「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の一匹を5階層で始末したろ?」

「……」

 

 ベルはつい昨日の冒険を思い出す。アイズから聞いていた通りで、しかも5階層とくればまずあれに違いないだろう。

 

「そんでほら、そん時にいたトマト野郎。如何にも駆け出しのヒョロくせえガキ。来た頃には血塗れのボロボロでよ、終いにゃアイズのエリクサーまで使わせたんだぜ?」

「…アイズ?僕はそんな事聞いてないよ?」

「………忘れてただけ…」

 

 ここでハッと気づく。チャンスは今しかないのでは?と。実際、アイズに直接会える保証も無いし、アイズが独断で使ったエリクサーも元はファミリアの資産。自分が弱かったせいで使わせてしまったのだからその関係者にも侘びを入れるべきだ、とも。

 

「怪我の上からくっせえ牛の血を浴びてよ、潰れたトマトみたいになっちまったんだよ!」

 

 あれ、僕は魔石を壊したから返り血は……浴びたかな?……浴びてたかも。ってことはそんな汚い状態で膝枕をして貰ってたってことに………も、申し訳無い。

 

「そんでだぜ?そのトマト野郎、アイズと何か言い合った後によ、荷物だけ持って逃げてっちまってよ、ウチの姫様、助けた相手に逃げられてやんの!ハハハハ!情けないったらねえぜ!」

「……何も逃げることは無かったと思います」

「だろ!?」

 

 因みにこれは認識の相違であり、アイズはエリクサーの弁償代金についての事を言っているのだが、気づくはずもない。

 

 その後、ベートを諌めようと会話は進む。

 

「あの、イアソン様…」

「何だ」

「ちょっと弁償用のお金をホームまで取りに帰るので、少しの間だけ保証人として残ってくれませんか?これ、もしもの為のお代です」

「ふむ、この私にそんな扱いをするのか…」

「すみません……でもやっぱりこういうのは早めにしとかないと…」

「まあいいだろう。早くいけ」

「ありがとうございます」

 

 女将に話を通してもらい、店から急いで退出する。

 

「あ……」

 

 それを金の瞳が物悲しそうに見つめているとは知らずに……。

 

 ここには三つの間違いがあった。

 

 まず一つ、ベートはミノタウロスを始末したのがアイズだと思っていること。

 次に二つ、アイズはベルが中傷により逃げたと思ってしまったこと。

 そして三つ、目を離したその際に掴んだジョッキが自分のものだと思いこんでしまったことだ。

 

 この三つの要因のどれか一つでも欠けていればあんな悲劇にはならなかっただろうに……。




やーい、幹也の嫁さん41ー!
40過ぎたらおば/さんだるぉ???

『』

食卓の英雄だったもの


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神授の智慧(A+)

すいません!遅くても金曜にはとか言ってたのにこんなに遅くなってしまった!!
実を言うと火水木に熱が出てたんですが……アッ、言い訳ですねこれ。
すいません許してください!何でもしますから!(何でもするとは言ってない)


「……えっ―――と、何ですかこの状況?」

 

――今現在、豊穣の女主人は正に混沌(カオス)と化していた。

 椅子は倒れ、内装は滅茶苦茶になり、息を荒くしたロキ・ファミリアの冒険者がこぞってアイズを押さえつけている。

 よく見れば、体をぐるぐるには縛られた何かが床にめり込んでいるし、屈強なドワーフが青い顔で蹲り、何よりイアソンが料理の中に顔面を突っ込んで突っ伏しているのだ。

 

「いや、ホントに何があったんですか!?」

 

 ホームから全速力で戻ってきたベル・クラネルは己が双眸の写し出す光景に思わず困惑の声を上げた。

 死屍累々、正にその言葉が相応しいだろう惨状になった理由とは?

 それはベルが豊穣の女主人から飛び出した直後まで遡る。

 

―――…

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねえ」

「……」

 

 流石に口が回りすぎたのか、ベートは皆の手で拘束され始めており、見事な手際で縄でぐるぐる巻きにされている。

 今回の様な事に慣れているのだろうか。

 

「……」

「さあさあアイズたん。ベートなんてほっといてウチと飲もうや。そんでやけど…酌を頼めへんかなーって思てな。な?ええやろ?」

「……」

 

 テーブルが空いたことをいい事に、いつの間にかアイズの隣に来ていたロキがアイズに酌を頼み込む。

 しかし返答は無く、ロキはこっそりとアイズの背に手を回し、これまたいやらしい手付きで撫で付ける。

 

「……」

「…ん?いつもならこの辺で手を出してくるんやけど……」

 

 不審に思ったロキのセクハラはエスカレートしていき、とうとう胸元に手が伸びる。

 

「アイズたーん。ええんかー?胸揉んじゃうで?そりゃもう凄い揉みしだくでー?」

「………」

「…返事が無いってことはいいってことやな。………いざ、アイズたんの聖パイ目掛けて、ロキいっきまーす!」

 

 ロキがそんな事を宣い、ベートがリヴェリアに頭を踏まれたその時、ティオナが言った。

 

「あれ、アイズ顔赤くない?」

「「え?」」

 

 見ると、アイズの顔は真っ赤に染まり、焦点は何処にもあっていない。そしてみなが恐る恐る手元を見ると、そこにはアイズのものではないジョッキ。勿論中身は酒である。

 

「うへへ、アイズたんの聖パイはウチだけのもん”っ”っ”っ”!!?」

 

 まず真っ先に、最も近い神物であるロキがテーブルに叩きつけられる。その一撃は全知零能たる身ではとても耐えうるものでなく、言葉を言い切る暇もなく気絶した。

 

「………うにゅ」

「確保しろー!」

 

 こうして緊急クエスト、酒乱アイズの拘束が始まった。

 

「はっ、やっ、このっ!」

「無駄にはっやいわね!」

 

 前に出るのは同じレベル5のヒリュテ姉妹、だが悲しいかな、俊敏はアイズの方が上であり、酔っているとは思えない動き、むしろ捉えどころの無くなった体運びでのらりくらりと交わし続ける。

 

 勿論、他の客や従業員は避難しており、残っているのはそれを見世物とする野次馬や、店主であるミア・グランド位のものである。

 

「アイズに酒を飲ませた奴は誰だ!」

 

 後方で待機しているリヴェリアが叫ぶが、今回は誰のせいでもない。強いて言えばベートとベルが悪い。

 

「ガレス、頼む!」

「おう!」

 

 ここで投入されたのはこのオラリオでも僅かな第一級冒険者の中でもさらに一握りのレベル6『ガレス・ランドロック』。ロキ・ファミリアの最古参のメンバーであるドワーフだ。

 俊敏こそ低いが、そこはレベル差でなんとか食らいつく。ガレスは耐久に関してならばドワーフという種族特性とスキルのお陰で丸々1レベル差のある猛者とも渡り合えるのだが……

 

「おぅふっ!??」

「「「あっ…」」」

「うわぁ…」

 

 股の間をすり抜けられ見失った瞬間、アイズが剣を手に取り股関を強打する。

 幸いにも、鞘はつけられていて切断されることこそ無かったが、酔って力に任せた剣戟は芯に響いており、ガレスは股間を抑えて沈黙する。

 これでアイズにまともに追いつくことがさらに難しくなった。この場で明確にアイズよりも早いのは団長であるフィンと同レベル帯ですら見失う速度を誇るベートだけである。

 しかしながらフィンは武器を携帯していないし、無手も得意とするベートは簀巻き状態の所を鞘でボコボコにされている。

 

「あがっ、うぐっ!待っ、アイ…ぐぇっ!あぶっ!」

 

 何故かベートへの攻撃が苛烈だが特に意味はない。無いったら無いのだ。

 すでにボコボコにされ続けたベートの顔、情けからか柄を側頭部に叩き込み、ミシミシという音を立てて凶狼は落ちた。

 

「んっ…」

 

 沈んだベートを足蹴にし、そして抜刀。流石の一同もこれには冷や汗を流す。

 

「アイズ!やめるんだ!」

「アイズさーん!」

「アイズーー!」

 

 必死に呼びかけるもこのバーサーカーには一切届かない。

 アイズは混濁した意識の中、白い髪と赤い目を持った少年を思い返し……そしてその少年と共にいた金髪の男へと視線が向けられる。

 

「……」

「…ん?おい、アイツこっち見てないか…?」

 

 ふらりふらり、と幽鬼の様に歩くアイズ。最初は意図が理解出来なかったフィンが声を上げる

 

「まずいっ!アイズを止めるんだ!彼は恩恵無しのレベル0だ!」

「えぇっ!?何でレベル0がこんなとこに残ってんの!?」

「逃げてー!!」

 

 慌てて追いすがるも既に時遅し。アイズはその剣を振りかぶり――

 

「おい、貴様…この私に命令か?」

「嘘!?」

 

 男を切り裂くかと思われたその剣は彼の目の前で止められていた。いや、その実力もさながら驚いたことが一つ。

 

(何だ…!?虚空から剣が現れた!?)

 

 皆が呆気にとられる中、イアソンとアイズの剣戟は続く。

 

「……」

「そらそらそら!」

 

 いくらアイズが酔っていて本来の戦い方ではないとはいえ、イアソンは互角に渡り合えていた。

 

「あいた!くそっ、あっちょ、ぬわっ!?」

 

 情けない悲鳴を上げながらだが……。

 

「おい、貴様らの仲間じゃないのか!?何故何もしない!」

 

 自ら剣を交えたのにも関わらずこの言い草。確かに事実なのだがなんとも言えない空気が漂い出す。

 

 奇妙な展開になったな、と思いながらもいつでも介入出来るようにするフィン達。そしてその機会は直ぐに訪れた。

 

「…!?」

「おぐぉべ!?」

 

 埋まっていたベートの尻に激突したのだ。酔っていたアイズはレベル5のケツの硬さに姿勢を崩す。それを見たイアソンはすかさず手元を払い握る剣を振り落とす。

 

「おい、剣は払ったぞ!」

「今だ!」

 

 剣を失ったアイズはロクな抵抗も出来ずに確保された。しかしそれでも意識はあるようで抑えるのには苦労している。

 それを見届けたイアソンはさっさと席につき酒を飲み始める。

 

「ふう、女将よ。今のを抑えたんだ。…何かサービスとかは無いのがぁっ!??」

 

 しかし返ってきたのは拳骨であった。イアソンは顔から料理の中に沈み込み沈黙。

 拳骨をした張本人、ミア・グランドはこう言い残した。

 

「ウチの店で真剣なんぞ振り回すんじゃないよ」

「な、何で…俺だ……け…」

 

―――…

 

 だいたいこんな感じである。色々と酷い。ベートはもう自業自得だが巻き込まれた方は溜まったもんじゃない。

 

「イアソン様!?それにロキ・ファミリアの皆さんも……」

 

 駆け寄るのはこの騒動を知らないベルただ一人。純粋な彼は善意100%で心配し、何事かと駆け寄る。

 

「彼は?」

「あの男の人の知り合いみたいですけど……」

「兎みたい…」

 

 上からフィン、レフィーヤ、ティオナ。イアソンを揺すり起こす姿を見て、関係性だけは掴めたらしい。

 

「う、うーん…。…ベルか」

「大丈夫ですか?」

「イテテ…クソッ、ヘラクレスには遠く及ばないがなんていう力で拳骨をするんだあの店主…。俺は剣で襲われたから自衛の為にやりたくもない剣戟をさせられたというのに……!」

 

 イアソンが頭を擦りながら恨みがましくミアを見つめて復活する。レベル6の拳骨を食らってこの程度で済んだというべきか、サーヴァントである身にこれ程のダメージを与えたというべきか。

 

「ええっ!?け、剣戟って…どうしてそうなったんですか!?も、もしかして傷をつけたりなんか……」

「貴様の目は節穴か!?そこの金髪が酔って斬りかかってきたんだ!むしろ俺の方が傷をつけられたぞ!ほら見ろ、俺の腕に結構ざっくりと!」

 

 実際はそこまで深くなく、うっすらと血が滲んでいる程度だがイアソンは本気で痛がる素振りを見せるため、本当に深いのかも、と思い始めてきたベル。

 だが忘れてはいけない。まだアイズの意識は落ちていない(火は消えていない)ということに……。 

 

「『目覚めよ(テンペスト)』」

「わっ!」

「嘘でしょ!?」

 

 酒を飲む直前、強く思っていた少年を目にしたアイズは活性化。魔法まで用いて拘束から脱出してしまう。むしろ目覚めるのはお前だ。

 突然の事に頭が追いつかないロキ・ファミリアの主力達。

 

 幸いな事に抜け出した時点で魔法の効力は切れており、勢いは衰える。が、レベル1のベルにとっては些細な違いだ。勿論、圧倒的格上という意味で。

 

 逃げる?不可能だ。受け止める?無理。死ぬ予感しかしない。ならば避けるか?まだ可能性はあるが、まあ無理だろう。

 

 ならばどうするか?

 

(“受け流す”!)

 

 ベルから見て左から降り下ろされる剣の鞘。

 それを視認する事は出来ないが、そこに来ると確信していたベルは腰だめに構えると、左拳を握り締め、右腕を前に構える。

 

「!あの構えは……」

 

 ここにただ一人、イアソンのみがその構えを理解し、それと同時にありえないと口を零す。

 左手で突貫してきたアイズの腕に食らいつき、鞘は顔を反らしてなんとか回避。そしてベルは突撃の勢いを殺すことなく巧みに体重を移動させ―――

 

「へぶぅっ!!?」

 

――る事は無かった。なんとか避けたと思った鞘はそのまま肩からベルの体を強打し、嫌な音を立てながら崩れ落ちた。

 

 その直後、アイズは暴れ足りたのか眠りに落ち、ロキ・ファミリアによる弁償が始まり、騒動は終わりを告げた。

 

 その作業を進めながら、フィン・ディムナは異常な二人組みに目を向ける。かたや恩恵無しでアイズと互角に打ちあった金髪の男に、名無しにも関わらずアイズを投げようとした白髪の少年。レベル0というのは嘘かもしれないが、無名という事は少なくともオラリオでは活躍していない人物なのだろうと予想はつく。頭も相当にキレる様だし、何処か場馴れしている様にも見えた為納得はいく。しかし、少年の方はまた違う異常さが際立つ。

 

 まずその若さだ。自分達のファミリアにも、7歳で冒険者を始めたアイズがいるのだが、この少年はどうにも場馴れしている様に見えず、今までに幾度も見た新人冒険者。それもまだ半年も経っていないだろうと推測出来る態度だったのだが、アイズを投げようとした時、シンプルな構えながらに研鑽された業を感じた。さらに言えば、途中で力尽きたとはいえ、あの速度で襲い来る一撃を回避し、さらには手首を掴んだ。

 目の前で白目をむき気絶する姿ではとても想像出来ず、どうにもちぐはぐな印象を覚えるのだった。

 

―――…

 

「う、うーん」

「起きたか。立てるな?ならばさっさと降りろ」

 

 目を覚ましたベルはその言葉で自分がイアソンに背負われていることを自覚し、慌てて地に足をつける。

 

「痛っ!な、なんで…?」

「そりゃあ、肩が砕けてるからな」

「えっ!?」

 

 お、思い出してきたぞ…!確かアイズさんに技をかけようとして……

 

「し、失敗しちゃった……。夢で散々見たのに……」

「むしろ何故お前がパンクラチオンを知っているのかと思ったが……経路が繋がったことで記憶が流れ込んだのか。まあ、そう落ち込むな。直々に教えを乞いた訳でもないのに中々上手かったぞ?……どうした、何故引く」

 

 いや、だってイアソン様が素直に人を褒めるなんて、裏があるとしか…

 

「声に出てるぞ」

「えっ、す、すいません!」

「まったく、俺とて人を褒めること位はある。アルゴーではそれが当たり前だったからだ。あいつ等の様な事をお前如きに期待すると思うか?無いな。それは優秀な船長ではない」

 

 どうやらイアソンにはイアソンなりの拘りがあるらしく、注意するように語る。

 

「その肩ではダンジョンには行けないだろ?」

「あっ、ど、どうしましょう…!?僕が安定した収入を出さないと神様が…!」

「フン、それで責めるような奴ではない。それに金は暫く暮らせる位は貯まっているだろう?ならば明日は大人しく魔力を上げることに専念しろ。ダンジョンには潜れなくともその位は引きこもっていても出来るはずだ。……そうだな、明日中に魔力がSに辿り着いたらいいものを見せてやろう」

 

 何処か自信に溢れた様な顔で語る『いいもの』にベルの興味は津々だ。

 

「よーし、やってや痛ッ!?」

 

 ……肩が折れてるの、忘れてました。

 




イアソンはこんな事を言っていますが危機に陥ると普通にアルゴノーツが良かっただのヘラクレスがいれば…。とか言い始めます。

《追記》

このお話は後に繋げるため。ぶっちゃけて言えば借りを作らせる為にあえてこのようなことにしてしまいました。
いくら後の展開の為とはいえ一部キャラを貶めるような表現や行動がいくつか見られますが、これも全てこうでもしなきゃ話が思いつかなかった作者が悪いです。


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閃烈な蒼雷/コミュ力の嵐

遅れました!すいません!

何よりも怖いのが展開が遅れることよりも喋り口調や性格、解釈違いなんだよなぁ…

※前話において作者にはロキ・ファミリアを貶める意図はございません


「お、おお…!おのれぇーっ!ヴァレン何某ー!!!ベル君に何て事をっ…!世間では色々とちやほやされている様だけどとうとう正体を表したな!へんっ、所詮ロキの子供、親に似たんだな!」

 

(あの、神様は何でこんなに怒ってるんですか…?)

(は?マジで言ってんのかお前?)

 

 肩を折った翌日、ヘスティア・ファミリアホームである廃教会にて、ヘスティアは荒れていた。勿論その理由は先日の一件。

 ごく当然の事だが、いくら冒険者とはいえ、他者を理由なく傷つけてはいけないし、他ファミリアともなればそれ相応の対応というものがある。

 ……そちらに関しては、イアソンが逃げ出した為に交渉の場にすら漕ぎ着けていないのが現状だ。

 

「あぁーっ!もうムシャクシャする!いいかいベル君、僕は今からバイトだけど君は安静に、間違ってもダンジョンなんかに行くんじゃないぞ!イアソン君も!」

「はい、最初からそのつもりですよ」

「……うん!嘘じゃないね。それじゃ、行ってきまーす!」

「いってらっしゃーい!」

 

 ダンジョンに行くつもりは無い、ただ訓練はする。嘘は言ってない。嘘は。

 

◆◆◆

 

「さて…」

 

 ちらほらと街へ繰り出す人が見えだした頃。ベル・クラネルは廃教会の裏手で魔法の練習を始めようとしていた。直ぐに始めるのではなく、先にスキル【求めし英雄の影】を発動する。これで精神力の4割程が削られるが、発展アビリティ「精癒」「治癒」が擬似的に発現する。今日一日魔法だけを行使すると考えたらかなりお得だ。

 

 ガクンといきなり大量の精神力がもっていかれたことによりバランスを崩しそうになるが、踏みとどまる。…やっぱり発動する時はダンジョンに行く前にやっておこう。少し慣れない。

 

 この世界の魔法についておさらいすると、一部の種族のみに許された神秘の力である魔法は神々の降臨――即ち神の恩恵により誰しもが可能性を手にした。発現するかは素質によるものが大きいが、それでも以前よりも魔法を扱える者は増え、多岐に渡る魔法が発見されている。

 

 基本、詠唱を唱えなければ魔法は発動せず、定められた詠唱は一つとして同じ物は無い。

 だが全ての魔法に共通点はある。それは詠唱の長さによる効果の程や消費魔力で、どのような魔法詠唱者であれこの理からは外れることは出来ない。

 

「ふぅー……いい感じかな?」

 

 しかし、ここに例外がいた。ベル・クラネルの魔法【エレクト】は、付与魔法であり、雷属性ということしかステイタスに記されていない。ならば詠唱はどうしたのかというと、そんなものは無い。

 付与魔法エレクトはただの一言も発さずに発動できる異例中の異例の魔法であった。

 

 その証拠に、ベル・クラネルの体には淡い燐光が迸り、表皮からは蒼い稲妻がのたうち回る龍の様に駆け巡っている。

 

 頭、体、腕、脚、掌、足の甲、指先、武具――。

 ただただこれだけを繰り返し、熟練度とステイタスを上げている。

 効果の全てを把握したとは言い辛いが、現在把握できている部分は頭に叩き込んでいる。

 

・一つ。付与魔法を掛けた対象に電気による損傷は無い(ただそのまま振るうと耐久値を削りやすい)

・二つ。どうやらそこらへんの小石なんかにも付与できるらしい。

・三つ。自分以外の生物は効果範囲外であるということ。

・四つ。身体能力以外にも、感覚などを研ぎ澄ませたり、無茶な動きを可能に出来る。ということだ。

 

 それを十分に理解しているベルは鍛えに鍛えた。消費される精神力は「精癒」と、あらかじめ買い込んでおいた『マインド・ポーション』により今日一日は大丈夫だ。

 【ミアハ・ファミリア】の懐が温まったのは言うまでもない。

 驚くべきことに、ベル・クラネルは必要時以外はこの鍛錬を止めることはなく、そのまま一日が過ぎ去ろうとしていた。

 

◆◆◆

 

「……」

 

 ロキ・ファミリアホームの自室にて、アイズ・ヴァレンシュタインはその人形の様に精巧に整った顔を僅かに歪ませた。

 原因は先日の酒乱アイズ暴動事件だ。

 酒で酔い店で暴れ、挙げ句の果てには他ファミリアへ手を出してしまった事だ。酒に酔っていたから、なんて言い訳は通るはずもない。直ぐ様(口封じも含めて)補償しようとはしたのだが、いつの間にか居なくなってしまっていた。

 更にファミリアも分からない為、先の戦闘から実力を逆算し、レベル3以上がいるファミリアを片っ端から探しているが見当たらない。よってロキ・ファミリアはいつあの事件の事を口外されるか分からないのだ。

 

 ロキ・ファミリアは都市最大派閥だけあって敵も多い。このような弱みなど見せたら些か面倒なことになるだろう。

 ファミリア内で秘する事は出来なくもないが、これも被害者に訴えられたら終わり、神は嘘を見抜ける。情報の真贋など今更なものだ。

 

 その主犯であるアイズには勿論責任が追求されたが、緊急時以外の外出禁止という謹慎程度で収まった。これはレベル5で、貴重な戦力であるということと、ロキ・ファミリアというブランドによるもので、立場に救われたとも言えよう。

 勿論当時現場に居たものにしかこの処分は知らされていない。情報の出所を増やしたくないのは当然のことだ。

 

(……嫌われちゃったかな…。痛かった、よね)

 

 そして脳裏に浮かぶのは白髪赤目の少年。新米の証ともいえるギルドの装備でミノタウロスを斃した、勇敢な少年。

 ステイタスの伸びが悪くなり、荒んでいた心を癒やしてくれたあの少年。

 今はもう懐かしい微睡みへと誘う暖かい記憶を思い出させてくれ、幸せな気持ちになれた。

 

 そんなある意味では恩人とも言える少年に、己は暴力を振るい、その仲間にも剣を振るったのだ。死人が出なかったのが不思議な程だ。

 恐らくあの少年はレベル1。ミノタウロスを倒してからは分からないが、あの時点ではレベル1の新米冒険者だったのだ。レベル2以上の動きにギルド支給のナイフではとても耐えられない。いくら金欠でもそれ位はなんとかなるだろう。

 

 自分も嘗て、遥かに高みに居る冒険者に嬲られた事はある。しかし今の自分は件の冒険者よりも強く、更に言えば当時の己のレベルは2だったのに対してあちらはレベル1。土台が違うのだ。

 

「あ、剣…」

 

 愛剣『デスペレート』の代剣として神ゴブニュに頂いた剣。これも一級品で、自分が扱っても耐えうる正真正銘の一級品だが、それも今では何の意味もない。折角ゴブニュの好意に甘えたのに、あろうことに当の本人はそれを冒険者に振るい、それをダンジョンで活かす事なく謹慎となってしまった。

 神ゴブニュとしても、与えた代剣が壊されなかったことに安堵すればいいのか、それとも敵に振るわれることなく置物と化した己が作品に悲しめばいいのか、複雑な心境だろう。

 

「……謝りたいなぁ…」

 

 ポツリ、と零した言葉は風に拐われ、誰の耳にも届くことは無いまま消えていった。

 

◆◆◆

 

 そしてここにも一人、悩める乙女がいた。

 

(アイズさん、今日も元気なさそうだったな…)

 

 山吹色の長髪に体全体を覆い隠す様でいて、女の子らしい服装のエルフがいた。何を隠そう、レフィーヤだ。

 彼女は敬愛するアイズの暗い雰囲気に気付いたが、かける言葉が見当たらずに肩を落としていたのだ。

 

「う〜…『アイズさんは悪くありませんよ』はとても言えませんし『気にしないでください』だとファミリアに迷惑がかかっているのに…って。なんて言えば……」

 

 うんうんと唸りながら自室へ入る。

 

「お、お帰りなさいッス…」

「お帰り〜」

「あ、はい。ただいまです」

 

 かけられた二つの言葉に軽く返答し、ベッドに腰掛ける。

 さてどうしようかと悩ませると、ある事に気がついた。

 

(あれ?二つ……?)

 

 ここは己ともう一人のルームメイトの二人部屋だった筈。客でも来ているのだろうか?話し方はラウルに似ていたが……。声の正体を見ようと顔を上げ―――

 

「って、あああぁぁぁぁぁぁーーーっっ!!」

「わ、何何レフィーヤ!?どうしたの!?」

 

 そこには何故だかセイザ?をしているマンドリカルドの姿があった。

 

「あ、あ、あなた何で……!」

「ス、スイマセン。急にこの人「エルフィちゃんでーす」……エルフィさんが入ってきて…」

「レフィーヤの知り合いでしょ?」

 

 彼女、エルフィ・コレットはレフィーヤのルームメイトにして、自称「誰とでも仲良くなれる美少女かつムードメーカーで火災魔法が得意な才媛」らしい。長い。

 そしてテーブルに並ぶ紅茶やお茶請けの後にレフィーヤは何となく察した。

 

(ル、ルームメイトが居るって言ってなかったぁーー!)

 

「その人は危険です!は、離れて下さい!」

「そうなの?」

 

 くるりと振り返るエルフィ。

 

「いやいや!?危険だなんて……いや、まあ、危険っちゃ危険じゃあるが……。少なくとも危害を加える気なんて俺には無い!…ッス」

 

 突きつけられた杖に両手を上げながら応える。それでもレフィーヤは親の敵でも見るかの様な瞳で睨んできたが、それをエルフィが静止する。

 

「まあまあ、落ち着きなよレフィーヤ」

「で、ですがあの人は粗暴で残虐な…!」

「んー。それはレフィーヤが見たの?」

「え?」

 

 エルフィは続ける。曰く、顔を見合わせてちゃんと話したことはあるのか、と。そこまで嫌うにしてもちゃんと話した末なのか、と。ただ聞いただけの事に囚われ過ぎやしないか、と。

 

 そう言われるとレフィーヤは押し黙るしかない。確かにそんな伝説はあるし、本人も認めていたが、今の彼はとてもそのような人物には見えない。なんなら本人が最初に恥じていた程だ。

 

「もし本当にそんな事があったとして、大切なのは今でしょ?」

 

 ラウルさんだってお金チョロまかしてたし、と笑いながら語ると、いそいそと紅茶の準備を始める。

 

「「何を…?」」

 

 言葉が被ったことに少しムッとしながらも、今はエルフィの行動だ。

 どうやら今の問いは届かなかったようで、すっかり茶会の準備は整った。

 

「はいっ、ここでお茶でも飲んでお互いに話してみましょう!あ、私は暫く出かけてきますからお気になさらず」

 

 そう言うと、止める暇も無いまま扉の先へと言ってしまう。

 正に嵐の様な人物だった。お世辞にもコミュ力が高いとは言えない二人は扉へと腕を伸ばすが、力なく垂れ下がる。

 

((ど…どうしてこんな事に……))

 

 二人の心境はシンクロしていた。やっぱり相性いいじゃないか。




ベル・クラネル
 Lv.1
 
 力:SS1013→SS1200(+97)
 耐久:SS1164→SSS1451(+287)
 器用:SS1114→SS1209(+95)
 敏捷:SSS1238→SSS1462(+224)
 魔力:C626→S912(+279)
 
《魔法》
【エレクト】
・付与魔法
・雷属性
 
《スキル》
【英雄憧憬】
・早熟する。
・憧れの続く限り効果持続
・憧れる英雄の数に応じて効果上昇
・その英雄への理解が深い程効果上昇
【英雄(偽)アルゴノーツ】
・能動的行動アクティブアクションに対するチャージ実行権
・[イアソン]に心の底から認められる事で進化
【求めし英雄の影】
・任意発動。対象を回復後、弱体化状態をランダムで1つ解除
・使用後、6分のインターバルが必要
・魔力を消費して発展アビリティ「精癒」「治癒」の一時取得。持続時間は一日。

ベル君の雷が青い理由?そんなもの魔術回路のバチバチがカッコいいのと私がジンオウガとラギアが好きだからに決まっているでしょう。


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(恐らくは)世界で最も有名な

またも遅れてしまった…。……もう週一投稿でいいんじゃないかな……?

関係無いんですけどフェルズの詠唱載せときますね。

□ディア・パナケイア
【ピオスの蛇杖、ピオスの母光。治療の権能をもって交わり、全てを癒せ】

□ディア・オルフェウス
【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く。ピオスの蛇杖、サルスの杯。治療の権能をもってしても届かざる汝の声よ、どうか待っていてほしい。王の審判、断罪の雷霆。神の摂理に逆らい焼きつくされるというのなら、自ら冥府へと赴こう。開け戒門、冥界の河を越えて。聞き入れよ、冥王よ。狂おしきこの冀求を。止まらぬ涙、散る慟哭。代償は既に支払った。光の道よ。定められた過去を生贄に、愚かな願望を照らしてほしい。嗚呼、私は振り返らない】

説明しよう!
パナケイアとはアスクレピオスの娘である癒しを司る女神である!
オルフェウスとは、嘗てハデスに自らの妻エウリディーケを蘇らせる様に冥界に単身突入したアルゴノーツの一員である!
サルスの盃とはアスクレピオスの娘であるヒュギエイアが持っている盃の事である!アスクレピオスの杖が医学のシンボルとされるのに対し、ヒュギエイアの杯は薬学のシンボルとして用いられる場合が多いのだ!

関係ないけど!


『うん、確かに魔力がSに到達しているよ』

 

 昨日の夜に言われたその一言。それは自らの課題が達成したことを意味するもので、少年――ベル・クラネルは年相応に喜色いっぱいの顔を見せた。

 

『ほ、本当ですか!?書き間違いじゃなく!?』

『失礼な。キミは僕が簡単な読み書きも出来ないとでも思っているのかい?………間違いだったら、ここまで胃は痛くならないのさ』

 

 何か言っていた様な気もするが、うまく聞き取れなかった。再度言うこともなかったので僕に伝えるべき内容では無かったのだろう。

 

 それよりも今はイアソンの言う『いいもの』だ。

 今いるここはダンジョン5層。あのミノタウロスを倒し、アイズさんと出会った思い出深い階層。人目につかない方が良いらしく、早朝―それこそまだ日も昇っていないような時間―に潜っていたのだ。

 

「あの…イアソン様。これって本当にダンジョンがいいんですか?僕まだ治ってないんですけど…」

「アホめ、だからこそだ。いつものセットは持ってきているだろ?」

 

 目の前で飄々とした雰囲気を出す男は岩に腰掛けながら辺りを軽く見回している。

 

「…よし、ここらでいいか。ベル、今からお前の魔力を大幅に使う。気を張っておけよ?」

「は、はい」

 

 イアソン様からそんな言葉を聞くのは初めての事だった。つまりは今回の事は結構に凄い事なのだろう。何がすごいかは分からないが、物語の英雄、それも数多の英雄を率いて旅をした船長からの忠告だ。

 ごくりと唾を飲み込みいつでもマインド・ポーションが飲めるように折れていない方の手で構える。

 

「ではいくぞ――『天上引き裂きし煌々の船(アストラプスィテ・アルゴー)』!!」

 

 そう叫ぶと、目の前で強烈な光と共に僕の中の魔力がガクッと持っていかれるのが実感できる。思わず膝を着きそうになったがなんとか耐え、眼前の奇跡を見逃さないように目を見開く。

 そこにはまるで大中小と並んだかの様な三つの影があった。

 

「――ハハハハハ!これが俺の栄光であり旅の結晶!こいつ等は正真正銘アルゴーの一員にして一人一人が名高き英雄!どうだベル!すごいだろう!ハハハハハ!!」

 

 そのまま腕を組み高笑いするイアソン様。それはともかくとして、その言葉が本当なら、いや、感じられる気配や雰囲気は紛う事なくサーヴァントのものだ。いつもイアソン様を見ているからそこは分かっている。

 

「これが、英雄……!」

 

 憧れの存在が目の前に居る。忘れもしない。何度も何度も読み返し、その都度心を踊らせた伝説の人。

 筋肉が凄い人はもしかしてあのヘラクレスだったりするのだろうか。あの少女は?杖を持っているし魔法使い辺りだろうか。黒いフードとコートに嘴状のマスクをつけた人に至っては分からない。誰なんだろう?いや、待て待て僕。落ち着くんだ。目の前に居るのはどれも偉人。失礼の無い様に何か……!あ、自己紹介を…いや、挨拶しないと……。

 

「ぼっ、僕は僭越ながらイ、イアソン様にょマスターをさせてもらっているベル・クラネルと言いまひゅっ!」

 

「「………」」

 

 ……か、噛んだ……!!大事なとこなのに、あぁ〜!恥ずかしい!!穴があったら入りたい!

 

「■■■■■◼◼◼ーーー!!」

「うひぃっ!?」

「あの、イアソン様のマスターさん。えと…ベルさんでいいんでしょうか?初めまして。私はメディアです。サーヴァントキャスター……でいいんてしょうか?こちらはヘラクレス。見かけは恐いですが、大丈夫ですよ!」

 

 そう言って、メディアと名乗った彼女はヘラクレスと紹介された彼を諌めるように言い、それに少ししょぼんとする大男には微笑ましい空気が流れるが、僕の心はもうはち切れそうだった。

 

(いい匂い……じゃなくて!メディアって…あのコルキスの王女の…!?魔法のエキスパートでイアソンの……こ、ここ恋人の……!!というか、やっぱりあの男の人はヘラクレスで……あのヘラクレスが目の前に…!!)

 

 多分オラリオに来て一番興奮していると思う。あ、汗とか身嗜みって大丈夫かな…!?

 

「………待て、何故アスクレピオスがいる。私はヘラクレスとメディアしか呼んだ覚えが無いんだが……」

 

 イアソンは予想だにしない船員の登場に驚きの声を上げる。アスクレピオスはその問いに応える事なくズカズカとベルに歩み寄っていく。

 

「な、何ですか…?」

 

 急に無言で見つめられたベルは居心地の悪さを感じながらも、失礼に当たらないようにじっと耐える。

 

「お前、これはいつ何時どんな原因でどうやって出来た」

「え?」

 

 突如語りだしたのはアスクレピオス。視線は左肩の包帯に固定され、その淡々とした口調と感情の伺えない瞳――顔の殆どが隠されている事でより一層怪しさに磨きが掛かっている――で問うてくる様子は何処か狂気を感じさせる。

 

「ぐずぐずするな、さっさと答えろ。僕は医者で、お前は患者だ。医療の妨害をすると言うのなら……」

 

 剣呑な雰囲気を醸し出し始めた人物に慌てて答える。それを聞いたアスクレピオスは包帯を解き、腫れている部分に触れる。

 

「……殴打によるただの骨折か。それにほぼ完治しかけている。つまらん」

 

 医者として何という態度だ、とベルは思った。こういうのってもっと優しくしたり献身的だったりするっておじいちゃんは言ってたのに……。更には触っただけで処置もしない。

 

「あの、治療とかってしないんですか?」

 

 ベルはいざ勇気を振り絞って問いかける。すると、気だるげそうに振り返ったアスクレピオスは「はあ…」とため息をついた。

 

「何を言っている?もう終わっているし、お前は健康体そのものだ。分かったら返事をしろ」

 

 頭に疑問符を浮かべた直後、左肩の痛みが消えている事に気づく。見ると、痛々しく腫れていた痕跡などどこにもなく、触っても何の痛痒も無く動作に何の支障も無い。

 目にも止まらぬ早業にベルは目を点にして驚愕するのであった。

 

―――…

 

 それから少し話した後に、傷の癒えたベルはそのままダンジョンへ、イアソンは地上へと戻ったのだが……。

 

「………おい」

「何だ船長。用がないなら話しかけるな」

「なんでお前だけ残っている?普通あの面子で残るとしたらヘラクレスかメディアだろう!?」

 

 そう、アスクレピオスは他の二人が還った後も居座り続けたのだ。

 今は廃教会の修復を再び呼び直したメディアと共に行っており、外壁を完全に直した後に元から備え付けられていた祭壇などはアスクレピオスの手により粉々に粉砕された。

 なぜお前がと告げるイアソンに見向きもせずに言う。

 

「何故残っているか…だと?医療の発展の為に決まっている。どうやらここは僕の知る世界ではない。つまり、僕も知らない傷病があるかもしれない。いや、あるに決まっている。僅かに環境が変わるだけで流行る病などは変わる。それが世界丸ごと違うとなるとより顕著に出るに決まっている。更には種族まで違うとなるとそれ以上にバリエーションが豊かになる。それにこちら特有のポーションも面白い。僕の知る手順ではないが効果の程はどうなんだ?素材もモンスターの物か?はたまた薬草か?ああ…知りたい事が多すぎる…新たなる医の扉……フフッ、楽しみだ」

 

 目を爛々と輝かせて矢継ぎ早に語るアスクレピオスの姿はダンジョンで見せたベルへ見せたそれとは比べ物にならない程の狂気、いや、狂喜。

 

「クソッ…相変わらず医術にしか関心のない奴め…。まあいい、他の奴らに比べれば燃費も悪くない、医者は必要だしな。……だが、呼び出したのは俺だからな…?俺が死んだらお前も消える。健康診断は常に私を優先しろよ?その次はベルだ。分かってるな!?」

「うるさい。お前は兎も角としてマスターはパトロンの様なものだ。それに僕が患者を放っておくとでも言いたいのか」

 

 少々の怒気を込められたその言葉にイアソンは息が詰まる。

 

「チッ…分かっているのなら他は何も言わん」

「イアソン様、それでは私はここで」

「ん、ああ。良くやってくれた」

 

 アスクレピオスは変わらず教会の内部を己の陣地へと変えていく。新たな医術への切っ掛けを得た彼は不敵な笑みを浮かべ、神殿に相応しい魔術処置を施す。

 だがしかし、この男の現界理由は正しいとは言えない。無論、先程述べた医術の発展も彼の本意だし、この世界の医術に興味があるのも嘘ではない。ただ、言っていないだけなのだ。それは直感によるもので、理由等無く、説明も出来ない。けれど彼は確信している。理由は分からないが、()()は必ずいると――

 

(――待っていろ。この世界に根付く悪性腫瘍め。今度こそ根絶してやるぞ)




各々の反応

◆ベル・クラネルの場合

ベ「うわぁ……何が起こったんだろ?壁も直ってるし……何か気分がいいような」
イ「帰ったか」
ベ「イアソン様。これは一体」
イ「アスクレピオスがやった。ああいや、修復はメディアがやったが、この設備を整えたのはアスクレピオスだ。まあ…悪い様にはならんだろう。あんな奴だが医療にかける思いは本物だ。怪我をした時はヤツに言え。下手に抵抗しなきゃ何だかんだ言いながらも治療はしてくれるさ」
ベ「って事は回復ポーションに使う費用が……」

ナ「……嫌な予感がする」


◆ヘスティアの場合

ヘ「たっだい…えぇ…?凄い綺麗になってる。あぁっ、祭壇が!…いや、そこはいい。良くないけど今はいい。中に入って分かったぞ…。神殿クラスの領域に……何で神性の気配が……」
イ「戻ったか」
ヘ「イ、イアソン君。これは…?いや、やっぱりいい。これ以上聞きたくない!」
ア「ヘスティア…。ヘスティアか。アテナ、アルテミスに並ぶ処女神にして不滅を司る神…。そしてゼウスの姉であり僕の婆さんか」
ヘ「きっ、君は!?というか、婆さんだって!?」
ア「ッフフ……婆さんと呼ぶのを辞めてほしければ、この薬にアンタの力をだな…」
ヘ「むっ、無理無理!今の僕たちは力を制限されてるんだ!」
ア「チッ…なら血でもいい。それで完璧には届かずとも限りなく近い蘇生薬が…!!」
ヘ「アアァァーーッ!聞こえないーーっ!!蘇生薬なんて何も聞こえないぞ僕はーーー!!!」
ア「さあ、早くしろ。医療の発展がかかっているんだ」
ヘ「待って!!近い近い恐い恐い!!ベル君助けてーーーーっっ!!」

《追記》
このヘスティアはちゃんと神回からの帰りです


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鍛冶師に武器を注文するのは間違っていない筈だ

ギリ一週間やぞ!


◆◆◆

 

 イアソンがかつての船員を呼び出し、ガネーシャの宴から二日。

 ヘスティアは神友ヘファイストスの目の前で土下座し続けていた。

 下界に降りた時の自堕落で飽きっぽい様子からは考えられないその行動にヘファイストスは心中で舌を巻く。

 

(一体何があんたをそうさせるのよ……)

 

 神とはいえ地上ではただの人間と同じ肉体能力でしかない。眠らなければ健康に悪いし同じ体勢を続けるのにも体力は消耗する。ならばそれをする程の何かがあるに決まっている。

 それは今までにも頼られたことはあるが、今回のはある一種の執念さえ感じる強い意志が伝わってくる。

 

 目の前でこのような事をされ続ければ、流石のヘファイストスも、いや、善良なヘファイストスだからこそ仕事に身が入らない。

 夕日の光は薄らいできている。もうじき夜が近いというのに、それを気にする素振りすらない。どうやらこれはこちらが承諾するまで続くのだろう、と確信した。

 ヘファイストスは一度右目を覆う眼帯をなぞり声を飛ばす。

 

「……ヘスティア、教えて頂戴。どうしてあんたがそうまでするのか」

 

 ヘスティアはその問いに顔を挙げずに答える。

 

「……あの子の、力になりたいんだ!」

 

 間髪入れずにヘスティアは続ける。

 

「今あの子は進むべき道を模索し、劇的な速度で成長しているんだっ!それこそ、短期間で今の武器がベル君の力に追いつけない位に!それにあの子は冒険を続けるだろう!きっと、ボクの思う以上に高く険しくっ、辛い道のりの筈だ!」

 

 そこですうっと息を吸う。口に出した事実に押し潰されそうになりながらも、固く、芯の通った言葉を紡ぐ。

 

「ボクは、あの子の力になりたいんだ!!」

「―――っ!」

 

 果たしてこの様な表情を見たことがあるだろうか。顔を上げた彼女は今までに幾度も見た戦士の様相に酷似している。

 まさかあのヘスティアが――。とヘファイストスは後に語る。

 ヘスティアは、元々争いとは無縁とも言える女神である。他の神が争った時も、ラグナロクが起きかけた時も。彼女はそれらに関心を持たず、ただ己の守護するものに尽力していた。

 その時の彼女はまるで鉄で出来ているかのように表情は固まりまさしく己の守る者への絶対的で客観的な愛情を与えていた。――要するに、全てを愛すると謳いながらも、そのどれにも執着していなかった。

 

 地上に降りた時の自堕落な様子には思わず呆然と安堵が入り混じったものだ。仕事が関わらないヘスティアはここまで人間らしいのか(感情豊かなのか)、と。

 そのヘスティアが、自分に見せる初めての本気の懇願。同じ立場の神(十二神)として、一人の親友(神友)として、それに応えたいと思った。そうなるともう誰にも止められない。

 

「―――いいわ。あなたの言うベル君とやらに冒険する為の(武器)を与えましょう!」

 

 ギリシャ随一の鍛冶神は、そう宣言した。

 

(―――とは言ったものの、どうすればいいかしら)

 

 これは個人的な事で、自分の子供達の作品をあげるのは勿論アウト。何よりそれでは持ち主の為にもならない。一応自らが鍛つ事も視野に入れるが、それこそ本当に最後の手段だ。

 適当に造る等職人としてあり得ないし、本当に悩む。もういっその事ミスリルでも使って―――と、ふと最上級鍛冶師である己の子とのやり取りを思い浮かべる。 

 

―――…

 

『なあ、主神様よ。赤というのは、鍛冶と密接な関係にあるのではないか?』

『何よ急に。椿がそんな事言うなんて、何かあった?』

『鍛冶に必要な炎や熔けた鉄の色でもあり、主神様やヴェル吉のとこのクロッゾ一族、それに■■殿の様な鍛冶師の髪の色でもある』

『へえ、面白いことを言うわね。考えたこともなかったけど……確かにそういった意味では鍛冶によく関わる色ね。それにウチ一番の最上級鍛冶師(マスター・スミス)の貴女が入ってないじゃないの』

『いや、手前にもあるだろう?ほら、この紅玉(ルビー)の様な瞳に、下の袴も―』

『流石に服は含めないでしょ。ところでその―――』

 

―――…

 

「うん、うん」

 

 腹は決まった。これならいい。後に繋げることも出来るし、ちょっとした心残りも解消できる。

 

「………確認しておくけど、あなたの眷属ってレベル1よね」

「えっ……!あ、まあ…一応そう、だね……うん」

 

 レベルを問われた途端、先程までの決意の籠もった表情はどこへやら、その蒼い双眸は忙しなく動き回り、指を合わせては離しを繰り返す。

 明らかに挙動不審になったヘスティアに胡乱げな目を向けるヘファイストス。

 

「……何か隠してるわよね?ステイタスの事…レアスキルでもあるのかしら?」

「ビクッ………あ、あのさ、その……他の誰にも言わない?」

「当たり前じゃない。そんな非常識なマネ、私がすると思う?」

 

 冒険者のステイタスとは秘匿すべきものだ。それこそ同ファミリア内でも明かさない者がいるほどに。幾ら友神とはいえ何の契約も無く安々と教えられるものではない。―が、ヘスティアはヘファイストスを信頼し、告げることにした。

 ヘファイストスはそれを受け止めるつもりで紅茶を口に含み――

 

「あのね。ベル君なんだけども、実はもうレベルアップ出来るんだよね」

「ブッ!」

 

 ――吹いた。

 

「ゴホッ!ケホッケホッコホ、ゲフッッ」

 

 そして咽る。余裕綽々といった様子は一呼吸の間に崩され、そこに居るのは慌てふためく見た目は普通の一般女神である。

 

「ど、どういうこと!?確かあんたに眷属が出来たって言ったの二週間と少し前よね!!?もうステイタスがDに…改宗(コンバート)……?いや、でもお互い初めてで……えぇ?」

 

 下界においてかなりのベテランであるヘファイストスのその姿を見て、ヘスティアは冷静になる。ああ、これが普通の反応。っていうかやっぱりDでもおかしいよね。

 最近こんな事ばっかで自分の常識を疑い始めたヘスティアには特効薬だった。しかしそれは逆に言えば異常過ぎるほどに異常だということを証明しているのであって、決してヘスティアの心労が減った訳ではない。むしろ悪化した。

 

 ヘスティアは今まで誰にも相談出来なかったこの事を言える唯一の相手が見つかったのだ。もうそれはぶっちゃけた。正直徹夜土下座でまともな思考力が低下していたとも言う。

 

「ふっ、残念だったね。もう全アビリティSを超えていったさ。何かよく分からないSSとかSSSとかが今のステイタスだよ」

「エッ…!??ちょっ、何よそれ!?そんなのこの千年間一度も無いわよ!?」

「レベルアップはミノタウロスの単独討伐!魔法は無詠唱!スキルは三つ全部レアスキルだーい!」

「はあっ!!??待って!情報量が多い!ミノタウロス?無詠唱?スキル三つにレアスキルっ!?一体あんたのとこの子どうなってんのよ!?」

「ボクが一番知りたいよ!!何であんなになってるんだよー!??うわぁぁぁん!!」

 

 女三人寄れば姦しいとは言うが、たった二人でここまで喧しくなるのも稀だろう。

 そのままわちゃわちゃと戯れること数分、何とか情報を処理出来たヘファイストスが己の案を出す。

 

「ふぅ…。取り敢えずは分かったわ。未だに信じられないけど、嘘はついてない様だしね」

「普通嘘でもこんな事は言わないよ…」

 

 疲れ果て、ソファに突っ伏するヘスティアが力無く応えた。

 

「さて、それじゃあ私の案なんだけど、私のファミリアの子に鍛ってもらうってのはどう?」

「へ…?でもそれはいいのかい?」

「一応、聞いて駄目だったら次の手があるわ。それにその子にもいい機会になるだろうしね」

 

 そう言うと軽く身嗜みを整え、カツカツと硬質な音を響かせて退室する。

 

「……ちょっと、あんたも着いてくるの」

「は〜い」

 

◆◆◆

 

「俺が?その冒険者に?」

「ええ、あなたに頼んでいるの。この子、神ヘスティアの眷属の装備を作ってくれないかしら?」

 

 所変わって鍛冶場。ヘファイストスはある眷属の元に訪れていた。その名は『ヴェルフ・クロッゾ』かの有名な魔剣の一族の末裔で、レベル1でありながら魔剣に於いては他の追随を許さない程の腕を持つ鍛冶師だ。

 

「………」

「えっと、ヴェルフ君。ボクの眷属に武器を作ってくれないかな〜…なんて」

 

 ヘファイストスの紹介に預かり、顔合わせはしたものの、当のヴェルフは無言でヘファイストスとヘスティアの顔を見るだけで何も言わない。その威圧感に負けそうになりながらも声をかける。

 少しの間訝しむ様な視線を向けたヴェルフは最後にヘファイストスの顔を見て「はあ……」と息を吐いた。

 

「嫌だね」

「ええっ!?へ、ヘファイストス!?」

 

 すごく嫌そうな顔で拒否された。神であるが故にその言葉に嘘が無いことが分かり、より肩を落とす原因になっている。

 

「…ヴェルフ。何でか理由を聞いてもいい?」

「俺は魔剣は作らないって言っただろ。たとえ、それがヘファイストス様の願いでもな」

 

 より一層目に険のあるシワを作り、今度こそ敵を見るような目で睨みつける。

 

「……?魔剣…?」

 

 と、ここで唯一両者の情報を持つヘファイストスは認識に相違があると判断したので、詳しい訳を話す。

 

「…何?俺にクロッゾの魔剣を売れってことじゃなかったのか?」

「ええそう。このヘスティアの眷属用の武器を作って欲しいってこと。この子は最近降りてきたばっかだからクロッゾの魔剣なんて知らないわよ」

「むっ、失礼な。そのくらいはボクだって知っているさ。ただその末裔がこんなところに居たとはねえ」

 

 ヴェルフは誤解が解けたことで先程よりは自然体の様だが、それでも完全に脱力している訳ではない。

 

「それで、そのヘスティア様はどんなのを望んでるんだ?言っとくが俺は鍛冶スキルを持ってないからな?」

「うーーーーん…………。いや、君に任せるよ。ボクってばあんまり武器や戦いに詳しい訳じゃ無いし、ナイフってことだけ知ってくれればいいからね。ほら、それに君はあまり他につべこべ言われたくないタイプだろう?」

「誰だってそうだとは思うが…まあ、そうだな」

 

 口ではこう言っているが、実際ヴェルフは過去の経験からそういった事に人一倍過敏になっており、それを見抜かれたことに驚きながらもポリポリと頬を掻く。

 善神であるヘファイストスが信を置いている事と、何よりもこの表裏のない性格で、悪い神物ではないのだろうと何となく理解した。

 だがしかしそれと仕事では話が別だ。例え主神が善神であっても素行の良くない眷属がいるのも事実。さてどのような人物かと身構えたが、それも杞憂に終わった。

 

「ベル君っていって、白髪に赤目の只人の少年で――」

「ん?何だ、ベルのとこの主神だったのか」

 

 どうやら、既に二人は知り合っていたらしい。何でも、ダンジョンでたまたま出会ってそのまま少し臨時のパーティーを組んだ仲だとか。魔剣に対する姿勢もヴェルフの気に入る点だったらしく、そこからの話はトントン拍子に進んだ。

 

「なるほど、暫く専属鍛冶師みたいな真似をすればいいのか。それで体験して、気に入ったらそのままなってしまえばいいって事か」

 

 うんうんとヴェルフは頷く。相手がよく知っている相手で、経験も積めるという事で断る理由もない。今にも上達したいヴェルフにとっては正に渡りに船だったと言う事だろう。

 

「よし、引き受けた。ナイフの素材はどうする?」

「ありがとう!素材はいくつかあって、それを持ってきたんだけどね、やっぱり鍛冶師本人に選んでもらった方がいいよね!」

 

 そう言うと、そのばに風呂敷を広げてモンスターのドロップアイテムを並べ始め、早速とばかりにヴェルフはそのアイテムの選別を始めた。

―――ベルに内緒のサプライズが今始まった。

 

(何で風呂敷をと思っていたけど、まさかドロップアイテムが入っているなんてね………。というか最初からそのつもりで…)

 

 真顔で眺めるヘファイストスを残しながら…。




危ねー。


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渦巻く脅威

書いている途中に寝落ちしてしまった………。
ちょっと遅れたけど許して。何でもするから!(何でもするとは言ってない)
お詫びになるかは分かりませんが、いつもよりほんのちょっと長いです。

ガラテアちゃんかわいい……かわいくない?


◆◆◆

 

 この2日間は様々な事があった。イアソンによる英霊召喚。ヘスティアの土下座。アスクレピオスのアスクレピオスによる医術の発展の為のダンジョン探索。ヘスティアの土下座。アルゴノーツの武器指南。ヘスティアの土下座。そして武器の作製開始等々…。

 

 神会から三日。迷宮都市オラリオは今や祭りムードに染め上げられていた。

 オラリオの治安を担う大規模派閥『ガネーシャ・ファミリア』主催の『怪物祭(モンスターフィリア)』。この祭りはモンスターを調教する様子を公開し、市民への見世物としているのだと言う。

 

 そしてこの日、ベル・クラネルは普段通りにダンジョンへ向かおうとしていたのだが、ある頼まれごとを引き受けた。

 

「シルさん、今頃財布が無くて困ってるだろうな」

 

 僕が溢したその言葉に対する反応はない。それもその筈、アスクレピオスさんはそもそも祭りに興味が無く、イアソン様は財布の件を引き受けたら嫌そうな顔をして別行動になってしまった。やっぱりこういう事は相談した方が良かったかな…?まあ相談しても同じ結果になるだろうけど……。

 

「活気がすごい…」

 

 僕の育った村はお世辞にも栄えていたとは言えないが、それでも今のオラリオの熱気には思わず飲み込まれてしまいそうだ。様々な色の旗が至るところから垂れ下がり、露天は増え人々の喧騒すらもこの街の一部となっているのだろう。

 この中から探すのは骨が折れそうだけど、引き受けた以上は達成しなければ男が廃るって奴だろう 

 

 あっ、いい事を考えた。この人ごみの中から探すのはいくらなんでも時間が掛かる。それに背の低い僕では道行く人達に阻まれて見渡すことが出来ない。なら屋根から探しちゃえばいいんだ。

 思い立ったが吉日、すぐに近くの家をステイタスに任せてよじ登り周囲を見渡す。

 

 そしてあらゆる方位を見渡し、この付近にはいない事を確認した瞬間

 

「……ッッ!??」

 

 ―ゾクリ。まるで脊髄に灼けた鉄でもねじ込まれたかのような不思議でとても不快な感覚。実際にそんな訳は無いのだが、思わず背を確認して安堵する。肝が冷えた、とでも言うのだろう。今感じた何かは僕なんかでは計り知れないような高次元的な何かだと頭ではなく心で理解出来た。

 流れる冷や汗すらも気にならず、咄嗟に出処を探ってみるもののそれ以降は何の反応も無い。周囲の人もいつもどおりで、何かを感じ取った素振りすらない。

 

(今のは…何だったんだろう…?)

「おい坊主!さっさと降りろ!いくら祭りとはいえ屋根は登っていい場所じゃあ無いはずだぞ!」

「わわっ、すみません今降りまーす!」  

 

 硬直していた僕に投げかけられた言葉に慌てて下に降りる。先の感覚は気になったが、今の所何も起きていない。僕からすれば強い相手でも第一級冒険者とも言われる人達から見れば雑兵だなんて事は珍しくもない。

 それよりも今はシルさんに財布を届けなきゃ。もしこれが何かの予兆なら一般人の彼女にも注意喚起くらいは出来るかも知れないし。

 

「すいませーん、ちょっと通らせて下さーい!」

 

 ひしめく人の群れを縫って時には減速し時には足を止めながら真っ直ぐ円形闘技場へと進んでいく。

 

「……?」

 

 また何処からか視線を感じる。シルさんと出会った時と同じだ。……少し嫌な感じがする。殺気とか害意とかではないけど、視られていたようだ。それもただ注目されるような事とは違う。そう、何かに執着している様な粘っこい視線。でも何でそんなものが僕に?

 

「何かあるのかな…?」

 

 嫌な想像が沸々と湧き上がり、自然と体は固くなる。……万が一にもありえないとは思うけど、すぐに戦えるように身構えておこう。…いざとなったら令呪も考えなきゃいけないかも知れない。

 

◆◆◆

 

 同時刻、大通りに面する喫茶店の二階より、メインストリートを見下ろす影があった。もっとも、見下ろすと言っても目を軽く下に向けただけだが…この圧倒的な『美』の体現者からすれば些細な違いだ。

 深くフードを被ってなおその美しさに疑いを持つことすら許さないと言わんばかりの美貌。僅かに覗く唇は柔らかな弾力を感じさせ、一所作毎にその新雪の様なきめ細やかな白磁の肌が見え隠れする。

 これが美に魅入られた神、フレイヤ。彼女はある神物との話し合いをしていたのだが――何かを見て一瞬だけ驚愕したような顔を見せると、先の話などどうでもいいという様に切り上げる。

 

「ごめんなさい、急用ができたわ」

「はあっ?」

「また今度会いましょう」

 

 ぽかんとするもう一方の神――ロキを置いてフレイヤは店内を後にする。

 

「何や、アイツ。いきなり立ち上がって」

 

 怪訝そうな顔を浮かべるロキは暫くフレイヤの去った階段を見つめていたが、そこで自らの護衛として連れてきた――フレイヤへの牽制も含めて一時的に謹慎を解除された――アイズ・ヴァレンシュタインの異変に気がつく。

 

「アイズ、どうした?何かあったん?……というか、汗すごいけど大丈夫か?」

「……え?」

 

 ある方角をじっと眺めていたアイズはその言葉に初めて気づいたかの反応を返す。自身の体の異常に驚きつつも、その金色の瞳は見覚えのある白い髪を追っていた。

 

「なあ、ホンマ大丈夫か?風呂入る?近くに風呂屋あるんやけど、そこで汗でも流してきい。あ、なんならうちが一緒に入ってやっても……」

「結構です」

「それには反応するんか…」

 

 「でもそんなクーデレな所が萌えー!!」と宣う主神の事は意識の外に追いやり、汗を流しに向かうのだった。

 

 

◆◆◆

 

 それから少し経った頃。―ヘスティアがベルと合流し、警戒しながらもオラリオを練り歩く程には進み、ギルド職員がまだ異変を知覚出来ていない、丁度隙間の時間の事。

 

 薄暗く湿った一室。否、一室というには少し広く、広場とでも言うべきか。天井から吊るされる魔石灯はただ一つを残して沈黙し、散乱する木箱や立て掛けてある武器などの道具が大小様々な影を作り出している。

 

 一見して倉庫の様に見えるこの空間には幾つもの『檻』があった。中には鎖に繋がれたモンスターが閉じ込められており、荒い息遣いや金属の擦れる音が止むことなく続いている。

 地下部に設けられた大部屋は、闘技場の舞台裏であり、今現在モンスターの控室となっている。

 モンスター達はここから担当の者によってアリーナへ檻ごと運ばれ、中央フィールドにいる調教師と相まみえるのだ。

 遠くから反響するような歓声が響く中、この地下室へと近づく者がいた。カツカツと鋭い足音と共に扉が開かれる。

 

「何をしている、次の演目が始まるぞ!?何故モンスターを上げない!」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】の女性構成員が激しい形相を作って飛び込む。彼女は祭りの裏方を取り仕切る班長で、出番が間近に迫っているにも関わらず運ばれないモンスターに業を煮やし、大急ぎで様子を見に来たのだ。

 しかし、そんな彼女の言葉に答える者はいない。

 

「な……お、おいっ、どうした!?」

 

 部屋の中に広がっていたのは悉く床にへたり込む仲間たちの姿であった。驚き戸惑いながらも駆け寄ると息はある。外傷も無い。そして彼らの肩を掴むと示し合わせたかのように動き出す。

 

「ぅ、おお…」

「あああ〜!うぁ、ぁ、ぁぁ…ああああぅぅぅ〜!」

「いぎぃぃぃぃぃぃっっ!うっ、おぁぇ……っっ」

 

 しかしその様子は明らかに可笑しい。ある者は焦点の合わない瞳を宙へと向け、口からは呻き声を時折零すだけの人形と化し、またある者は赤子の様な言葉を発し、指を加えて泣いている。そして一人は口元から泡を吹き出し体中を掻きむしりながらバタバタと暴れるも何故か掻いた傷は端から癒えていく。

 

(何だ……これは…!??)

 

 明らかな異常事態。やもすれば都市でも有数のガネーシャ・ファミリアに仇なす敵がいることになる。

 そうして直ぐに来た道を戻ろうとして――気づく。

 

(待て、一…二…三人。運搬役は四人居た筈だ。後一人は何処に…?)

 

「グルルル……」

「っ!」

 

 奇襲を仕掛けてきたのは見慣れないモンスター。迫りくる鉤爪を何とか躱し、その鼻面に強烈な蹴りを叩き込む。

 

「グギャァッ!?」

 

 怯んだ隙にすぐさま駆け出し、壁際の武器を手に取る。動きは速く、繰り出される爪撃をなんとか凌ぐ。

 

「くっ…!…せえいっ!」

 

 今まで防御に徹していた武器を突き刺し、曲芸師じみた動きで上へと飛び上がる。四足獣の様な姿であるそのモンスターは一瞬敵対者を見失い……ごろん、とその首が地に落ちる。 

 

「……ふう、なんだったんだこいつは」

 

 今まで見たことも無いようなモンスターだった。ひょっとしたらこのモンスターが団員達をあのようにした手段を持っていたのかも知れない。一撃も食らわずに良かった、と安堵したその時。

 

「――」

 

 不意に、背後の空気が揺れた。いや、それは嘘だ。気配すら分からなかった。何故分かったかと言えば光に照らされた自分の影の後ろに新たな影が現れたからである。

 

「しぃーーーーー」

「――ぁ」

 

 そっと、耳の側で囁かれる。恐ろしく整った美しい声音だった。さら、とその声の主であろう白髪が横に垂れる。しかし、それも今の彼女には聞こえない。頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。意識の糸は容易く千切られ、声をあげる暇すら無い。

 

 ばたり、と女性も先程の彼らの様にぺたん、と臀部から崩れ落ちる。

 下手人はその女性には興味も示さず、数多並ぶ檻を吟味するように眺める。

 モンスター達は興奮しているのか四方八方から吠え声を浴びせかける。しかし、下手人がその人外の美貌を見せた途端にけたたましい声はピタリと止んだ。

 そして眺めていた視線はある一点で止まる。

 そのモンスターは真っ白な体毛を全身に生やしていた。大柄な人型で、そのごつい体つきの中でも肩と腕の筋肉はより一層の隆起しており、銀色の毛が背を流れて尻尾の様に伸びている。

 

 鉄格子は開かれ、野猿のモンスター『シルバーバック』が一歩外へと踏み出す。下手人はそれだけに留まらず、そのままいくつかの檻からモンスターを解き放っていく。数々のモンスターに囲まれたにも関わらず、モンスター達はいずれも警戒心すら抱かない、抱けない。

 

 そっ…とシルバーバックの顔にその真白の掌を添え、何事かを語りかける。

 

『フッ…フーッ…!!フーッ!』

『うおおおおぉん!!…ぅべぇぇい!!』

『グアアアォォォォォォッッ!!』

 

 モンスター達は一様にこの存在から与えられた命を実行せんと勇み、腹の底から咆哮を轟かせ地上目掛け走り出し、それを見届けた下手人は少しその場に留まっていたが、ふっ…とまるで霞のようにこの場を後にした。

 

 

「……」

 

 その人物が姿を消した後、何も居ないはずの檻の中に一つの影があった。

 この惨状を見た彼は檻の強度など知らぬと鉄格子を捻じ曲げ外へと飛び出す。倒れる四人の状態を軽く確認し、出口と思われる扉へと歩みだす。四人を抱えているとは思えないほどの速さで進み、まるで重さを感じさせないフットワークは見事なものだろう。

 

『ガァアアアアアアアッ!』

 

「これは…」

 

 自らのいるこの場より上から聞こえる遠吠えに一瞬戸惑うが、直ぐに己が為すべき事を理解した。

 

「ハッ!」

 

 地上へと繋がる階段を登り終え、彼は四人の構成員をその仲間らしき人の目につく所に下ろし、強い魔力反応のする所へと一目散に駆け出す。

 

 漆黒のマントをたなびかせ、脚鎧特有の衝突音を響かせ混乱するオラリオの街並みを疾駆する。

 

 銀色のフルフェイスメットに濃い紫の鎧を身に纏う男。その様相を伺うことは出来ないが、兜の奥で金色(こんじき)に光るその(まなこ)は確かな知性を携えたものであった。




わー、いったいだれなんだこのひとはー
次から戦闘あるよ!多分!


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その力の名は

筆がのった。勢いでやったら出来た。――等と申しており


「神様、エイナさんと何を話していたんですか?」

「ん。まあ、ちょっとね」

 

 神様と出会い、シルさんを探す為闘技場の周辺を一頻り見て回った僕は、また東のメインストリートに戻ってきていた。催しの本丸であるショーが始まったことで殆どの人が闘技場へ入場したのか、大通りの人影は随分とまばらだ。

 

「ところでベル君、あのアドバイザー君に何かあるのかい?」

「へ!?いや、そんな事は…」

「こーら。神に嘘は通じないよ。それにそんなのがなくても随分と気まずそうだったじゃないか」

 

 しまった、と顔を硬直させる。普段そんなことが起きないから忘れかけていたが、神は下界の人達の嘘を見抜くことが出来るのだった。何か弁明しようとしたが、それももう遅い。こうなったら僕から言うまで神様は待ち続けるだろう。そのため大人しく曝け出す事にした。

 

「あの、実は…エイナさんには到達階層を誤魔化していて……本当は12階層に潜っているんですけど、まだ4階層って伝えてます」

「ふむふむ。まあ、半月でここまで潜るなんてありえないからねぇ。更にはランクアップ出来ると来た。僕は流石に受け止めたけど、普通は半月じゃ5階層に行っただけでも無謀って言われてるんだろ?」

「そうらしいですね」

「でも魔石とか換金額とかでバレるんじゃないかい?」

 

 その事は僕だって考えたし、あまり造詣に深くない神様ですら考えつく。ギルド職員であるエイナさんが気づかない道理はない。勿論対策はしている。

 

「それなんですけど…魔石ってギルド以外でも売れるんですよね。僕はバベルにある換金所で大半を換金したり、物によっては持ち帰ったりした後、ギルドに4階層相当の魔石やドロップアイテムを持ち込んで怪しまれないようにしてるんですよ」

「……何か君、密売人とか脱税とか、その手の類みたいな事をしてるね」

 

 言わないでください…僕だって薄々思ってたんですから…!

 

 こちらを責めるような半眼で見つめる神様に何とか許してもらい、シルさんを探しに円形闘技場まで歩もうとして――

 

「――?っっ!!」

「……どうしたんだい、急に…」

 

 咄嗟に身構えた僕に怪訝な表情を向けるがすぐ理解したのか目つきが鋭くなる。

 

「……まさか、何かあったのかい?」

「……今、向こうの方から悲鳴が上がりました。それも沢山の」

 

 そう。歓声でも怒声でもなく悲鳴。明らかに祭りの喧騒とは一線を画す、切迫した恐怖の叫び。これには何かあったとしか考えられない。ホルダーから手持ちで一番いいナイフを抜き、迫りくるであろう脅威へ備える。

 直後、それを肯定するかの様に割れんばかりの大音声が響き渡った。

 

「モ、モンスターだぁあああああああっ!?」

 

 それを筆頭に、平和な喧騒に満ちた大通りは凍りつき一瞬の静寂に身を浸す。

 そして見えた。向かっている闘技場方面から伸びる道の奥、石畳を大きく震わせながら猛進してくる存在を。

 

(あのモンスター達は正気じゃないっ…!!)

 

 そう、ベルは確信した。人類の敵たるモンスターに正気云々を求めるのは無駄だと分かっているが、それでも様子が明らかに可笑しい。

 

 普通、モンスターとはダンジョンから生まれ、そのモンスターの種類が違おうとも基本は敵視する事はない。しかしそれが人間となると話は別だ。彼らは人間を視界に捉えた途端に目の色を変え襲いかかってくるのだ。これらの生態は解明されておらず、今もダンジョンの構造やモンスターの発生同様に広く研究されているが、どれも成果は芳しくない。

 

 そんなモンスター達が逃げ惑う住民などには脇目も振らずに直進してくるのである。眼の前の者には反応するが、それも少しでも進路からズレたりすれば途端に襲わなくなる。

 その行動のお陰で未だに目立った負傷者は居ないが、それもいつどうなるか分かったものではない。

 

「神様、この財布を持って下がってください。それと、住民の避難も出来ればお願いします」

「……やるんだね」

「ええ。これは英雄とかじゃなくて、僕がやりたいと思ったからやるんです」

 

 既に感覚は戦闘用に研ぎ澄ませ、闘いにおけるパターンは構築した。切っ先を眼前の脅威に向け、低く腰だめに構える。

 モンスターは三体。一体は純白の毛並みを持つ大猿『シルバーバック』。これは僕は何度も倒した事がある。しかし問題は後の二匹だ。剣のような角を雄鹿『ソードスタッグ』。ぶくぶくと肥大した様に見え、その実殆どが筋肉という大型の人型モンスター『トロル』。

 資料で見た限り、この二体は中層である20階層以上から登場するモンスター。その階層の到達基準はレベル2。ステイタス基準はCからSと、中層に於ける最後の関門とも言える地に棲むモンスター達だ。まず間違いなく、どちらもミノタウロスより強い。

 

『イアソン様、緊急事態です。街にモンスターが発生しています。今、僕の目の前にも、格上が二体…。いざとなったら、令呪で呼び出すかもしれません』

 

 経路(パス)を通じて、イアソンへと念話を飛ばす。

 

『…ベルか!それは俺も知っている。言っておくが俺は戦闘に参加する気は無いぞ!?ただでさえロキ・ファミリアとやらに目をつけられた。ここで目立ってでもしてみろ!逃げられなくなるぞ!?相手は大派閥だ。対してこっちは正規のメンバーは貴様しか居ない零細ファミリア!握りつぶされるに決まっている!更に相手は二体が格上だと!?貴様が死ねば俺も死ぬんだぞ!?船長命令だ。退け!お前よりも強い奴らも動いている筈だ!そいつらに任せて貴様は教会に籠もっていろ!』

 

 確かに、イアソン様が言うとおり。口封じに殺されるという可能性も無いわけではない。団員は一人で交友も狭い為、秘匿する。或いはダンジョン内であればどうにでもなるだろう。それだけでなく、モンスター自体も僕より格上だ。二つの危機にさらされていると言っても過言ではない。

 

『……でも、僕はやるって決めました。それに、どれほど手札が少なくとも、勝負のテーブルに着くことくらいは出来るんじゃないですか?』

『……ッッ!』

 

 モンスターにも、ファミリアにも。そんな意味を籠めて返答する。イアソン様からの返事はない。

 きっと怒られるのだろう。ひょっとしたらイアソン様の言うとおりに揉み消されてしまうかも知れないし、それよりも先にこのモンスターに殺される可能性だってずっと高い。……それでも後悔はしない。これが僕が選んだ道だから。

 

『貴様…どこでそれを……!いや、いい。…ああもうクソったれ!何で俺の部下は船長の命令を聞かない奴等ばかりなんだ!!』

『…僕、船に乗ってないですよ』

『比喩に決まっているだろう馬鹿め!……ええいっ!俺も向かう!それまで持ち堪えろ!死ななければヤツに治させる!命令は一つだ!生き残れ!死んだら勘当だ!分かったか!……クソっ、俺も焼きが回ったか……チッ、これも全部奴らのせいだっ!』

 

「イアソン様…」

 

 最後の最後まで恨み節で相変わらずだな、と思う。

 でも今のでハードルは幾分か下がった。肩の荷が下りたとは言わないが、希望は見えた。

 蒼雷を身に纏い、最大限力を込める。目をかっと見開き、その僅かな挙動すら見逃さない。

 唐突に膨れ上がる敵意に反応したのか、シルバーバックがその豪腕を眼前の小さな白兎へと振り下ろす。

 

 それは何度か見た。故にこそ効果範囲も十二分に把握している。

 

「シッ!」

 

 そのギリギリを見定め、身を捩り最低限の動きで躱す。叩きつけられるそれのインパクトと同時に全力の踵落とし。

 ミシリ、と音を立て手の甲は砕け、石畳の更に奥深くへと潜り込む。

 

『ゴアァ!??』

 

 あまりにも緻密に計算されたその一撃に、シルバーバックは何が起こったか理解出来ず。襲い来る痛みと抜けない腕に困惑の吠え声をあげる。

 無論、モンスターであるからには痛みにある程度の耐性はある。怯んだのは一瞬、されどベルにとっては十分な時間だった。叩き込んだ足をそのままに腕を伝い駆け上がる。

 その存在を知覚した瞬間、眼前を白刃がすれ違う。嗚呼、嗚呼、シルバーバックは崩れ落ちる自身を認識することすら叶わず、その命の鼓動を永久に停止させた。

 

「よしっ…!」

 

 空中で姿勢を維持しながら、シルバーバックを仕留めたことを確認する。そのまま地上に待ち受ける二体のモンスターを視界に捉え、弛緩しかけた気をより一層引き締める。

 着地したベルを襲う猛攻は凌ぐだけでも精一杯だ。これが一体ならやりようも在っただろうが、まるでお互いの隙を埋め合うように攻めたてる二体に苦戦は必至。むしろレベル1がこれを凌いでいるだけで十分に褒め称えられる偉業に違いないだろう。

 一合、トロルの表皮を削り取る。二合、ソードスタッグの突撃をいなし、続きトロルの脛を蹴りつける。その時に身に纏う蒼雷を放出して皮膚を焦がし、筋肉を硬直させて動きを止める。

 

――躱し、流し、蹴りつけ、殴り、跳び、駆け、伏せ、登り、躱し躱し躱し受けて放電し肉を削る。

 

 当のベルに疲労の影は見えこそすれ、未だ無傷。たった数秒ですら神業に近いその動きを、あろうことか既に数分続けていた。

 

 何もかもがベル・クラネルより上手だ。力、速さ、硬さ、数。戦略における最重要要素全てが欠けている。

 しかし、ベル・クラネルの目に恐怖の色は無い。ただ真剣にこの戦況を眺めている。負けを疑う気持ちは無いわけではない。顔に出ないだけで恐怖心も無いわけでもない。

 

 何故戦えるのか?それはたった一つ、単純な答えだ。――彼は優しかったのだ。だから恐怖を押し殺して立ち向かうことが出来た。ただそれだけの些細な違いだ。

 

 式もなく、質量もなく、形もなく、けれど確かにそこに在るエネルギー。誰にだって備わっていて、人の輝きの象徴にして、未来へと翔ける為の翼。

――その力を、人は“勇気”と呼ぶのだ。




急いで書いたから色々とアレな所が多いと思う…。


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小さな英雄

半月以上遅れてしまった……。
そ、その分ボリュームは増していますよ!?


「っ――はぁああっ!!」

 

 裂帛の気合と共に放たれる銀閃、激しい火花を散らしながら雄鹿の剣の表面をなぞり、鉄臭い粉が宙を舞う。

 削れているは果たして、少年の武器の方だった。

 中層においても高い能力を持つソードスタッグの最大の武器、曲刀の様に反り返った双角はベル・クラネルの持つナイフを凌駕する性能を持っており、刃を交わすたびにナイフは消耗していく。

 未だその体に刃を届かせる事すら叶わず、ただただ守勢に回るベル。超至近距離からの突撃を石畳に身を投げ出すことで躱すと、その先には棍棒を掲げるトロルの姿。即座にスライディングでトロルの股を抜け、叩きつける圧倒的な暴力を回避する。

 

『ブルルル……!』

『アグァァァッ…』

「ハァ…ハァッ…!」

 

 一向に攻撃を当てられないからか、相当に苛ついた様子の二匹。目は血走り口腔から白い吐息を吐き出すものの、疲弊した様子は無い。

 対して、ベルは既に肩で息をしており、外傷こそ少ないものの万全かと言われれば、否だ。エンチャントにより能力を強化しているため、ある程度は張り合えるものの、それは精神力と体力を同時に消耗していることに他ならない。いくらスキルの効果によりそのどちらもが徐々に回復するとはいえ、今のこの状況では気休め程度にしかならないだろう。

 

(大丈夫だ…まだ避けられる)

 

 と、強がってはみるが、正直そんな余裕はない。持ってあと数分、それも一手間違えれば終わってしまうという制限付き。

 

 実際の所、ベルが相手に完全に劣っているとは言えないのだ。それこそ一対一に持ち込めば、その身に染み付いた技で張り合え、それでいて優位に立てる程の能力を持っている。

 しかし、この怪物たちはそれを許さない。どちらかが隙を晒せば、それを補うかのように割り込むこのだ。知性を持たない迷宮の、それも別種のモンスターの連携など聞いたこともない。だが、現に今そうとしか思えない現象が起こっている。

 最も、それは彼らにとっては意図していない層への命令だったのだが……結果として、ベル・クラネルは窮地に陥っていた。

 

『ブルォオオォォォッ!』

「うっ――!?」

 

 そして今、疲れからか構えるソードスタッグの真正面に位置してしまった。

 頭を深く下げ、その大きくしなる刀身を『突き』の形に転換した。浮く片脚を何とか制御し、渾身の突撃(チャージ)を逸らそうと刃を当て――

 

―パキッ

 

「――っあ」

 

――折れた。この怪物共に対抗する力が。半ばから折られたナイフの刀身は宙へ跳ね、ベル・クラネルにはナイフを振るエネルギーが空回り、大きく姿勢を崩す。

 

「ぅぐ…、ああぁああああああああああぁぁぁぁっ―――!!」

 

 鮮血が舞う。激痛が走る。思考が加速し、この刺激を脳に焼き付ける。腕に突き立てられたソレは、未だ神経の通う腕の内部に異物感を確かに残し、痛みを拒絶する体に無遠慮に蹂躪する。

 

「ッガ…ハッ…!?」

 

 それだけではない。腕に根本まで突き刺さったままに、背後の岩壁へと打ち付けられる。

 

――じゅぐり。

 またもや穴が広がり、その傷跡には冷風と埃が入り込み、苦痛を与える。

 

『――ブルルッ!?』

 

 この中に一つ、予想外の事があるとすれば、刃を交わした瞬間、剣の様な角はひび割れ、岩壁に衝突した時点でぽっきりと折れてしまった事だろう。そのお陰で壁に縫い付けられず、追撃を食らうことは無かった。

 広場に踊り出て、構図がリセットされる。が、ベルの顔には苦痛の表情がありありと表れ、脂汗を垂らしながら必死に歯を食いしばっていた。

 

「―ふうっ…!ふぅっ……!!ぃぎ…ぁ…」

 

 折れた角の刺さる腕はバランスも悪く、ほんの少し動くだけでより一層穿たれた孔を拡げていく。あまりの痛みに震える膝を叱咤し、一息に角を引き抜く。

 

「―――ッッ!?!??!!」

 

 刃は少しの抵抗を見せたあとすんなりと抜け、軽い音を立てて石畳へと落ちる。力なく垂れ下がる右腕の損傷は激しいもので、丁度腕の中央、肘関節を貫き通しており、そこから先の部位はぴくりとも動かない。

 モンスターたちはその様子を眺め、顔を愉悦に歪める。

 

 まさしく絶体絶命。そんな時、背後から甲高い声が響いた。

 

「ベルくうぅぅぅぅ〜〜〜んっ!!」

 

 突然の乱入者にベルは勿論、モンスターとて動きは止まる。何やら袋を抱えて走ってくるのは、髪をツインテールに纏め、その小さな体とは正反対の豊かな胸部を揺らす神物。

 そう、ベルの主神――ヘスティアだ。

 

「か、神様っ!?な、なんで…」

「ベル君を助けに来たに決まってるだろう?なんたって僕は君の主神なんだから」

「で、でも…」

「うわぁっ、その傷…大丈夫なのかい!?えーっと、ポーションポーション…」

 

 問い詰めようとし、言葉に詰まるベルと、それに気づかないのか、どんどんと話を進めていくヘスティア。

 そんな隙をモンスターは見逃さず、咄嗟に主神を抱えて離れる。

 

「っ!神様っ、まずは逃げてください!今の僕でも、逃げに徹すれば少しは時間を稼げます!神様はその間に!!」

 

 切羽詰まった声を上げ、警告しても、神ヘスティアからの返事は無い。

 

「神様ぁっ!!」

「……このモンスター達は、強いのかい」

「へ?」

 

 抱えられる小さな女神は、ひと目で分かる情報を口にした。その語気には恐怖や怯えといった感情は読み取れず、何か覚悟を決めた人間の顔であった。

 今までに見たことのない主神の真剣な顔。気圧されたベルを置き去りにし、鈴のような声音で一つの提案をした。

 

「ボクに考えがある」

 

 

◆◆◆

 

 

「うおおぉぉおおぉおぉっ!!?…ふっ、ハッ……神様無事ですか!?」

「うおおぉぉ…。な、何とか……。……ごめんね、もう少し掛かりそうだ」

「いえ、大丈夫です。……っ来ます!」

 

 砕け散る街路を尻目に、跳び上がったベルは更に距離を取る。その背には一柱の神がしがみついており、ベルが激しく動くたびに振り回され、今にも剥がれ落ちてしまいそうな危うさを感じさせる。その奇妙な光景は、ヘスティアの作戦の骨子となるものだった。

 

―――…

 

『――まず、今の君は僕を背負って、あるいは背中にしがみついている状態で攻撃を回避する事は出来るかい?』

『え、まあ…神様に気を使わなければ…。まさか…?』

『そう、そのまさかさ。君が逃げている間に、僕が隙を見てステイタスを更新、及びレベルの昇華を行う』

『……分かり、ました。やってみます』

『…ああ、信頼してるよ!』

 

―――…

 

 よく視ろ、大きく躱せ。今の自分はただそれだけの機構。背負う期待は命の重さ、僅かなりとも掠ることなく、見て跳んで翻し駆けて身命を賭せ――!

 

(出来た――)

「―ベル君!」

「はいっ!」

 

 ベル・クラネル

 Lv.1

 

 力:SS1200→SSS1366(+166)

 耐久:SSS1451→EX1594(+143)

 器用:SS1209→SSS1427(+218)

 敏捷:SSS1462→EX1621(+159)

 魔力:S912→SS1241(+329)

 

(全アビリティ上昇値トータル1000オーバー…?…評価EX!?いや、それは後だ。ここにランクアップを……!)

 

「発展アビリティはどうするんだい!『狩人』『耐異常』『幸運』!幸運だけは知らない!」

「じゃあ幸運にします!今必要なのはその二つのどちらでもないですから!」

 

 ベル・クラネル

 Lv.2

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 幸運:I

 

 世界最速記録を軽く凌駕する程の規格外な成長速度。そして限界を超越した規格外のアビリティ。他の誰でもないベル・クラネルの特権。

 跳ね上がった身体能力に驚きを隠せないままに、ヘスティアをゆっくりと降ろす。

 突如動きが別人の様に変わったベルに、モンスター達の追撃が止む。

 

(…すごい。レベルが1つ上がっただけでこんなに違うのか)

「ベル君コレを!」

 

 何かを残った左手に握り込ませるヘスティア。

 その手触りはよく知っている。自分も今先程まで握っていた武器なのだから。

 

「神様、これは…」

「ヘファイストスのとこのヴェルフ君に作ってもらったナイフだ!それにはインファントドラゴンの牙と超硬金属が使われてる!レベル3でも通用する業物さ!」

「ヴェルフさんが?」

 

 道理で、手に馴染むはずだ。おそらくは前に整備してくれた時のことを覚えていたのか。ともかく、使いやすいのは有り難い。

 

 最近始めた二刀流を意識し、利き手ではない左手で構える。負傷によるバランスの悪化と血を失いすぎた事で、些か不格好に見えるが、その煌々と輝く赤い瞳はこれでもかと戦意を滾らせていた。

 

『ウゴオォォォオオッッ!』

「ッ!」

 

 痺れを切らしたトロルの強烈な一撃。今までのベルならば、受け止めた時点で骨がきしみ、肉が悲鳴を上げたであろう痛撃。

 

「ハアァァァァッッ!!」

『ゥガッ!??』

 

 それを受け止めた。これにはトロルも思わず声を上げる。腕を切り裂き、駆け上がった顔へ一閃。視界を喪失したトロルは、がむしゃらに腕を振り回し抵抗するが、その時既にベルはソードスタッグへと向かっていた。

 

「やああぁぁぁ!」

『ブモァァァッ!?』

 

 今までは追われるだけの獲物が、自らを刈り取る死神の鎌へと変貌した。高速で向かってくるベルに初動が遅れるソードスタッグ。駆け出すことすら叶わず、勢いよく首を貫かれたソードスタッグは灰と化した。

 

「次っ!」

 

 血を払い落とし、視界が回復したトロルへと跳ぶ。付与魔法により強化されたその動きは、トロルの予想を遥かに超えた斬撃となり、その豪腕から噴水の様に血を吹き出す。

 

『ウガアァァアァァァァァッッッ!!?』

(やっぱり、分厚いっ…!)

 

 その巨体を誇るトロルは、ぶくりと肥大した体通りに、刃が通りづらい。加えて、それを貫通したとして、相応のしぶとさを見せる。

 このナイフは容易くトロルを切り裂くことに成功したが、その長さまでもはどうにもならない。

 

『フーッ…!フーッッッ……!』

 

 今の攻撃で生命の危機を感じたトロルは攻めるのを中断し、鼻息荒くベルを見据える。こうなったトロルは守りを固め、持久戦へと持ち込もうとする。こうしている間にも、再生力の高いトロルに与えた傷は癒やされていく。現に、最初に与えた軽い火傷など、跡形すら残っていないのだ。

 対して、ベルは常に襲い来る痛みと、失い続ける血液。そして疲労と精神力の減少により、戦闘を長引かせる余裕は無い。

 果たして、今の自分にそんな決定的な一撃を放つことができるのか…?レベルが上がった所で、それまでの疲労が回復するわけでもないし、怪我も癒えない。つまりは限界が近い。

 既に視界はぼやけ、足も棒のように震えている。こんなコンディションでは、防御を剥がした上で、トロルを倒すまで削り切る事は不可能だろう。

 

(あと一手あれば…)

 

 そんな事を思った瞬間、英雄は現れた。

 

「おい、貴様。俺の部下に何をしているんだ?」

 

 トロルの背後、屋根から聞こえてくる男性の声。金髪の美丈夫の声音には苛立ちと怒りが感じられ、そのあまりの圧力にトロルは生存本能に従い、振り返った。振り返って、しまった。それは敵に背を向ける事に違わず。

 

――ここが好機!

 

 震える足を叱咤しろ!今だけの為に動かせ!なけなしの魔力を絞れ!狙うは胸、弱点である魔石。この投擲に全てを賭ける――!

 

 それは付与魔法の一極化。全身を覆っていた薄い蒼雷は、左肘から噴射放出。空気を弾けさせ、押される左手を全身の力で留める。自分の意志とは無関係に射出されようとするソレは、今の全体力を以てしても完璧には抑えきれず、とても狙いが定まるものではなかった。

 しかし、何故だか外れる気はしない。狙いは逸れていないのだから。…どうやら、幸運の女神はこちらに微笑んだらしい。

 

「『不滅の英槍(アルゴー・イロアピルム)』!!」

 

 放たれた剛槍。それは音すら置き去りにする瞬撃にして、全身全霊の必殺技。その威力は術者であるベルを地面に叩きつけ、一条の光が都市から打ち上がる。

 

『…ゥガ?』

「のわぁあぁぁぁっ!?」

 

 その矛先の向いたトロルは、攻撃されたという事実を認識出来ないまま、その魔石を()()()()()消し飛ばされた。ついでにイアソンは屋根から転げ落ちた。

 

 一瞬にして、その脅威を消し去った一撃。安全地帯から見ていた住民はその光輝の一撃を放った少年に次々と称賛の言葉を投げかける。都市の1地区を救った小さな英雄はというと、寝ているような姿で気を失っていた。

 

「ベベベっ、ベル君ー!死なないでおくれー!」

 

 今は健やかに眠っているように見えても、その有様は酷いものだ。左腕は内側から弾け、灼けた腕の一部は炭化しかけている。右腕は千切れかかっており、足も骨にヒビが入っているどころではないのだ。ヘスティアの心配も当然だろう。

 

「ベルの奴……気を失っているのか。…まあ、才能が無いなりにはよくやった方だな。そこだけは褒めてやる」

「ゔえぇ〜〜っ!イアソン君〜、ベル君が、ベル君がぁ〜」

「ええい煩いぞっ!さっきの凛とした姿はどうした!いいから貴様も手伝え!腕のいい医者を知ってる。運ぶぞ!」

 

 

◆◆◆

 

 

 付近の住民の協力もあり、即席の担架にベルを乗せてホームでもある教会を目指す金髪の男とロリ巨乳の女神。

 

 最短の道を駆け、いくつかの角を曲がった末に教会を目にした瞬間、何かが上から降って来た。

 

『ギシャァァアア―――ッッ!!』

 

「うひゃあ!?」

「んなっ!?」

 

 ソイツは到底まともな生物とは言えなかった。

 全身が黒い硬質な殻に覆われ、のっぺりとした目のない顔。鋭い鎌状に発達した多脚、そして異様に目立つ膨らんだ腹の怪物だった。

 

「モ、モンスター!?」

「何…?どういう事だ…!?」

 

 二人が驚愕している間にも、カサカサと生理的嫌悪を催す動きで這い寄ってくる。

 

「チッ…おい!さっさと教会に行くぞ!そこならどうとでもなる!」

 

 もう一度担ぎ直し、全力で振り払おうとするイアソン。が、目の前の存在がそれを許さない。ヘスティア諸共、その鉤爪が振るわれる。

 

『キュイエエェェェェッ!』

 

 その柔らかい頭を貫き、脳漿をぶちまけるかに思われたが、それは意外な人物により止められた。

 

 そう、イアソンだ。腐ってもセイバー。腐ってもサーヴァント。人間を遥かに超えた能力を持つのは当然。ならば何もできない神よりも武装もしているこちらが受ける方が合理的。…というよりは、今の攻撃は庇わなければベルが死ぬので、ある意味自分の為とも言えなくはない。

 

「ちくしょう!俺は指揮官だぞ!?前線に立つのが間違っているのだ!だいたいこんなに接近されるのもぐゎぱっ!?」

 

 無理だった。受け止めた剣ごと軽く払われ、見事に壁まで吹き飛んだのである。

 

「イ、イアソンくーん!!?」

『キェァアアアアアィアイエエッッ!!』

「ちょ、少しは待ってくれよぉ!」

 

 イアソンが一撃で離脱し、狙いはヘスティアへ。これがヘスティア一人だったら何とか逃げおおせることも出来なくは無い。が、彼女はベルを見捨てることは出来なかった。

 それが無意味な事だと知っても、客観的に見れば見捨てる方が良いと知って尚、子供を守ることを選んだ。それがヘスティアという女神の性質である。

 しかしそんな美しい親愛の形にも、平等に死は訪れる。倒れ伏すヘスティアの目と鼻の先。今にも鎌を振り下ろそうとするモンスターの姿が。

 

『キュイイエエエェェッッ!』

「うおぉぉ――っ!ごめんねヘファイストス!ロキは死ね!氏ねじゃなく死ね!ごめんよタケー!デメテルー!さよならイアソン君!さよならベル君!愛してたぜー!?」

 

 やけくそになり、滅茶苦茶な顔で今までの知己へ別れの挨拶を済ませたヘスティアは、最後にベルを庇うように覆いかぶさり、襲い来る痛みに耐える。

 

――…

―――…

――――…

 

「……?あれ、来ない?」

 

 いつまでたっても変化のない事を不思議に思ったヘスティアが恐る恐る目を開けると、そこには暗色のマントをたなびかせる一人の鎧騎士が立っていた。モンスターの鎌は、その鎧に傷一つつけることすら叶わず、勢いを失う。

 その男――オデュッセウスは言った。

 

「愛…愛か。俺に事情は分からんが、そう聞いて黙っていられる俺ではない!うおぉぉぉぉお!神体結界(アイギス)!」

「ひゅ……」

 

 「かふっ」と吐血したヘスティアを見て、オデュッセウスは驚愕した。アイギスで守っているにも関わらず、庇護対象が血を吹き出したからである。

 

「なっ…!?馬鹿な、アイギスは確かに…まさか、呪毒の類か…?くそっ、こうしてはいられん!」

 

 ガシャコン!

 

 こんな音を立て、彼の鎧は展開される。背部に8つのユニットが浮遊、片手を抑えて照準を合わせる。

 そして吹き荒れる魔力を循環させ、この聖鎧から射出する――!

 

「光に、消えろ!」

 

『……ッ!?』

 

 放たれた絶大の魔力砲。それは黒いモンスターだけを狙って放たれた一撃。並の英霊ですら耐えうるものでなく、当然、黒いモンスターは甲殻をひしゃげて吹き飛ばされる。20M程吹き飛んだそいつは力尽き、ぼろぼろと崩れていくのであった。

 

「ふう…」

「おい…オデュッセウス。お前、どっちだ?」

 

 いつの間にか戻ってきたイアソンは、庇うようにベルの前に立ち、その剣を首元に突きつける。

 その目はとても剣呑なもので、今にも人を射殺せてしまいそうな眼力である。普段のだらけた姿しか知らないヘスティアは、新たな一面を知ると共に、全てを教えてくれなかったことに幾許かの寂しさを覚える。

 

「ふっ…!くっくっくっ…どっちに見える?」

「あー、もういい。今ので分かった」

 

 何やら不穏に笑った瞬間、イアソンの纏う殺気は消え失せ、鞘にしまう。ヘスティアは(普通逆じゃないかな…?)と思っていたりするが、ことこの男に至ってはこちらの対応が正しいのだ。

 

「ふっ…イアソン、我が従兄弟殿。以前見たときよりも、いい面構えになったか?……なんてな」

「…取り敢えず、俺のマスターを運ばせろ。そこの教会にアスクレピオスがいる」

「む…酷い怪我だな…よし、分かった!手伝おう」

 

 ひとまずの脅威を排し、積もる話も後にし、テキパキと進め始める。

 

「……え。え?アイギス…?いや、でもそんな筈が……いや、でもこれ見たことあるし、神の力も…あれ?…オデュッセウス、オデュッセウスかあ〜……。何で?」

 

 ついていけない女神を置き去りにしたまま……。

 




ベル・クラネル
 Lv.2
 
 力:I0
 耐久:I0
 器用:I0
 敏捷:I0
 魔力:I0
 幸運:I

《魔法》
【エレクト】
・付与魔法
・雷属性
 
《スキル》
【英雄憧憬】
・早熟する。
・憧れの続く限り効果持続
・憧れる英雄の数に応じて効果上昇
・その英雄への理解が深い程効果上昇
【英雄(偽)アルゴノーツ】
・能動的行動アクティブアクションに対するチャージ実行権
・[イアソン]に心の底から認められる事で進化
【求めし英雄の影】
・任意発動。対象を回復後、弱体化状態をランダムで1つ解除
・使用後、6分のインターバルが必要
・魔力を消費して発展アビリティ「精癒」「治癒」の一時取得。持続時間は一日。


『不滅の英槍《アルゴー・イロアピルム》』

限界を超えた付与魔法を射出部位に一極化させ、ジェット噴射と自分の全力を込めて投擲する大技。
本来体に負担がかかることこそあれ、負傷などはしない筈の付与魔法であるにも関わらず、噴射した肘は内側から肉が弾け、周囲の肉は炭化し、半ばまで裂けた腕に火傷を負う捨て身の一撃。

あの状態では、あまり威力が出せなかったが、万全の状態で撃てば、威力だけならばレベル4魔導師の長文詠唱魔法にも匹敵する。

実はチャージ実行権の対象内


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閑話︰千の妖精は憧れの絶世の夢を見るか

前回、何故イアソンが直接戦ったかというと、魔力の関係で宝具を使える程には残っていなかったから何ですね〜。

今回は、怪物祭当日の朝のお話…。


――きっと、増長していたのだろう。いや、間違いなくしていた筈だ。常ならば笑い話にでも出来る道化のお話。だが、それは彼にとっては一生の恥であり、生まれ持った価値観を180度変えてしまうほどの騒動の始まりだったのだろう。

 

 彼は生まれながらに王だった。素質が、という意味ではなく、その横暴な振る舞いが、だ。

 粗暴で荒々しい彼ではあったが、人並みに、夢を追い求める少年の様な心を持っていた。その対象はある英雄の物語。ここまでは世界にごくありふれた話だろう。

 

『あなたは、彼の英雄の血筋を引いているでしょう』

 

 それは彼の心を更に冒険へと誘う魔力を持っていた。そうだろう。幼い頃よりその物語を見て、彼の英雄へと思いを馳せ、その一説ごとに目を輝かせていた人物の子孫だというのだから。

 

 そして彼の父が討たれたことを切っ掛けに始まった。彼の父を討った騎士が所持している剣こそが、己の憧れの名剣なのだから。

 

『俺は冒険者となり、必ずや父の敵を討ってみせよう!』

 

 そう高らかに謳う彼の目は自信に溢れており、失敗などという疑問は一片すら抱いていなかった。

 

 それからも男の冒険は続く。様々な英傑との出会い。精霊との邂逅。そして試練を打ち果たし手に入れた、憧れの英雄の無敵の鎧。

 彼は強かった。並ぶものなど、それこそ国でも片手の数ほどしか居なかった程に強かった。だからこそ、彼は不帯剣の誓いを交して尚、斃れずに居た。

 

 数多の死地を乗り越え、己の見聞を広げた。戦争にも参加したし、一時の逢瀬も楽しんだ。

 

――そして時は訪れた。

 

 因縁の相手との対面、互いに譲れぬ誇り故の闘争。偉大なる祖先の後継足り得る最高の証。嘗て何度想起したことか数えられぬ絶世の名剣、不毀なる極剣。その為だけに一生続く枷を自らに賭し、それこそ人生全てを掛けた旅の終点であった。

 

 両者互いに譲らず、明暗の分からない名試合。けれども、突如として相手が発狂。すべてを投げ出し去ってしまった。残されたのは夢想の剣、最高の誉れ。

 

――ああ、ここで間違ってしまったのだろうか。

 

 男は迷わず手に取った。諌める騎士すら手に掛け、卑怯と罵倒される汚名すら脳裏から放り出し、夢見心地に、純粋な欲求から目を背けることが出来なかったのだ。

 

 それからは呆気の無いものだ。魔法の鎧、栄光の剣、そして英雄の名馬。これを持って尚、完璧では無いと判断した。そしてその対象は英雄の盾を持っていた騎士に向いた。

 

 勝負の結果として、彼は心の臓を穿かれて死んだ。

 

――慢心した。一言で言ってしまえば、これに尽きる。幾つもの戦いを経て、英雄の装備に身を包んだ彼は負けるはずがないと息巻いていた。それは実績から来るものでもあったのだが、あまりに致命的な見落としをしていたのだ。

 

『…カッ……はっ…!』

 

 相対する騎士の魔剣はあらゆる守りを貫通する能力。英雄の鎧とて例外ではない。最後の力を振り絞り、頭蓋を割ることは出来たが、それだけ。刺し違える事も出来ず、血の海に溺れ伏す。

 

 結局、男は栄光を手にする事も叶わず、その有り様から英雄の敵として、その物語の端役として世に知られることとなったのだった。

 

◆◆◆

 

 

(今のは……?)

 

 時刻は早朝。まだ日も昇らない都市の一地区。黄昏の館の一室にてレフィーヤは目覚めた。

 寝ている時にかいたと思わしき汗は、爽やかな目覚めを最悪なものへと変貌させた。全身に染みつく寝汗の量は、先程の夢が原因だろう。

 

(夢…?それにしては、あまりに実感が……)

 

 そう理屈では考えるが、直感的に理解出来た。これはあの内気な青年の生前の出来事なのだろう、と。

 

 夢の中の彼は、確かにレフィーヤの忌み嫌う粗暴な王であり、傲慢な冒険者であった。その印象を撤回する気はないし、むしろ事実として確認出来た。

 

 ただ、(もしこれが自分なら――)彼の気持ちを自分へと置き換えて考える。

 

 幼い頃よりよく知る英雄の血が己に流れていると知ったら、その栄光の証を正々堂々と己の力で手に入れることが出来たなら――。

 きっと、自分はそれを誇るだろう。何せ、誰もが憧れる英雄の武具の正当な後継者として選ばれたと言うことなのだから。

 

 そして、己以外に存在を認めればそれは面白くないに決まっている。今までの人生を投げ捨て、一生を掛けて求めた物が他人の手にあるのだから。

 そして、形は違えど、似たような勝負事をして優劣を決めたい筈だ。何せ、その様な過去のない自分ですら同世代には負けたくない。ましてやあの様な実績をたった一人で成したのだからそれもある意味当然だ。

 

 そして、最も求めていた物、史上の誉れ。星のように手が届かない物が、求めれば手に入る場所にあったのなら、もし、それが悪いことだと知っていても、己の欲望に打ち勝てるものなのか。

 

(――私は。私…は……)

 

 きっと、葛藤して、悩みに悩んで、……結局の所、魔が差してしまうのだろう。

 そして得てしまったそれは、天上にも昇る程の至福、憧れの力を得た万能感。

 この様な失敗は、己もしたことがある。新しい魔法を覚えた時。器の昇華を行って、気が弾んでいた時。

 結局は、偉大な先達や気の許せる仲間によって叩き直される事となった。きっと、この都市では誰もが通る道。だが、彼の喜びはそれとは比較にならない筈だ。

 さて、増長した己には諌めてくれる人がいた。それは必ず自分より強く、経験も知識もあり、大派閥の一員としての責任があった。

 

――それが、彼には無かった。

 

 諌めてくれる仲間が、彼より強い先達、気の許せる友人が、彼には居なかったのだ。

 

 山吹色の妖精は、もしもの自分を見ている感覚だった。破滅へと向かって行くその姿は、客観的に見れば愚かだと映るだろう。だが、彼女は嗤わない。嘲笑うことなど、あって溜まるか。

 

(ああ…この人は――――)

 

 

「レフィーヤ!いつまで寝てるの!」

「へっ!?」

 

 そこまで考えた所で、すぐ近くから声がかかる。同ルームの仲間だ。気づけば、完全な闇夜だった空は明かりが射し込み、かなりの時間が経過していたことが伺える。

 

 狼狽えるレフィーヤに、ルームメイトは「朝食に遅れるよ〜」と言い残し、部屋を後にした。

 慌てて身支度を済ませ、先の少女に続いて部屋を後にする……前に、振り返って彼の姿を目にする。

 

「あの……夢の事なんですけど」

 

 そう言うと、彼は沈鬱な表情を浮かべる。

 

「あー、…見たっすか?俺の、生前の…」

 

 気まずそうに顔を逸らし、あいも変わらず腰の低い彼の問いに、コクリ、と静かに頷く。

 

「……あれが、俺の全てっす。自分で何もかも出来ると思い込んで、散々やらかした挙げ句に慢心しまくって、英雄の武具まで持って無様に殺された、所詮端役に過ぎない、愚かな人間が…俺だ」

 

 まとう雰囲気は、暗い。そんな彼にどう声をかければいいのか、まだ人生経験の浅いレフィーヤには分からなかった。出てくるのはどれも無難なものばかり。そんなありきたりな言葉が心に響くなどとは、到底思えなかった。

 

「………」「………」

 

 暫し気まずい雰囲気が流れる。互いに押し黙り、二人の間には静寂が訪れる。

 

「「その…」」

「「あ、先に…」」

 

 同時に切り出し、そして両者譲り合う。本質的な部分で似ているのだろう。結局、マンドリカルドの言葉が優先された。

 

「あー…。んんっ!マスター…その、あんま、気にしなくてもいいっすよ。もう済んだことだし、過去は変えられない。自分に対する後悔はそりゃあるが、それでも一応の折り合いはつけた。………それに、こんな俺には勿体ないくらいの最高の舞台があったからな」

 

 彼の纏う暗い雰囲気は一変し、それを思い出すようにはにかむ。

 

「生前の冒険をも越える、壮大で短かったあの戦い。人の希望を見た。頼もしい仲間がいた。と、友達も…出来た。状況は絶望的だったし、世界の命運まで掛かってる。楽な事なんて無かった。…でも、やっと正しい冒険が出来た。あの力を、あんな状態でも、諦めずに進む強い意志を見た。…アイツには、ずるい事言ったが、……親友を守る為に命を賭けるのは、全く以て、悪くなかった」

 

 誇らしげに笑うその顔は、夢で見た彼とは正反対の方向に輝いていた。

 

「…って、悪い。マスターの知らない事をぺちゃくちゃと。…ああくそ、最悪だ…。何が『悪くなかった』だ。あんな格好つけて…。恥ずかしい…」

 

 先程の憑き物が落ちたような笑顔から一変、うじうじと恥じ入る彼が何だかおかしく思い、引き結ばれた口からは自然と笑みが溢れた。

 

「ふ、ふふっ…!」

「わ、笑うことないじゃないっすか!?」

「いえ、何だかおかしくて…!」

 

 こうして、彼等の距離は確かに縮まった。親友とも、背を預けられるとも言えないが、一人の人間、一人の仲間として。確かに心にそう刻んだレフィーヤであった。 




尚、今回のお陰でレフィーヤが貫かれる前にマンドリカルドがしっかり受け止め、見事食人花はレフィーヤに倒されましたとさ。

……またアイズの出番が減ってしまった。別にわざとそうしようとしてるわけじゃないのになぁ…。むしろ好きな方です。


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小さな影/吉報

妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ開幕!
いざ進め!人類最後のマスター達よ!
CMの村正最高!色々と言いたいことはあるけど最高としか表せぬ!急いで平安京クリアせねば!
(新章開幕の勢いで一ヶ月半空いた事を誤魔化す作者の屑)

後書きの強さ、修正しました。(2021/06/12 23時00分現在)


 暗い暗い地底の大孔。その上層に当たる部分。

 

「おい!ちんたらやってんじゃねぇぞ!」

 

 唾棄するような罵声が迷宮に響き渡る。冒険者である男はその怒りを隠しもせずに、一人の少女に叩きつける。

 身の丈に合わない膨れに膨れた大荷物を背負い、体の殆どを覆ってしまえるローブに身を包んだ彼女は、その言葉に何の感情を示すこともなく、着々と斃れたモンスターから魔石を剥ぎ取っていった。

 

「………」

「チッ、役立たずのお前を使ってやってるだけありがたいと思えよっ、このカスが!」

 

 男はそう言うと、少女に向けて痰を吐きつける。それでも少女はただ黙っているばかりで、やがて男も興味を無くしたように岩肌へ足を進める。

 現れるモンスターを男は危なげなく処理し、少女は残った死体へとナイフを差し込んだ。

 この二人組は終始この調子で、口を開くのはそれこそ先程のような仕事の催促や罵倒ばかり。傍目から見て、信頼関係があるなどとは口が裂けても言えないだろう。

 

 苛立たしげに罵声を放ち歩む冒険者だが、生憎とここは神々でさえ見通せない未知の領域(ダンジョン)の腹の中。混沌の渦中にあり続ける特異点。何が起こっても、不思議ではない。

 

 ズズズズズズズズズッ……!

 

「な……何だ!?」

 

 揺れる、揺れる。全方位を岩壁に包まれたルームが。まるで何かの胎動を祝福するかの様に、冒涜的なまでの讃歌はダンジョンの内部を穿ち、そこに新たな孔を配置する。

 

 孔は暗く、まるで本物の洞窟の様であった。明らかな異常事態に、男は動揺するが、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「オイオイオイオイっ…何だよコレ…!最高じゃねえか…!」

 

 ダンジョンに新たに出来た道。当然、この存在を知るのはこの場にいる二人のみで、他の誰も。どんな一流ファミリアでも把握できていない。

 そう考えると、男の口角はさらに高く吊り上がり、未来の栄華を夢想する。所詮、皮算用という奴だ。

 

「おいサポーターッ!この事は誰にも言うんじゃねぇぞっ!!」

「…はい、冒険者様」

 

 男は意気揚々と洞穴へと歩を進める。誰も知らないという特別。ひょっとしたらという期待。もし何もなくとも、上層での未確認領域などはギルドに高く売れる。

 一抹の不安も覚えたが、この第7階層程度、10階層以降まで潜っている自分には容易いに違いない。それに…いざとなったら(サポーター)もついている。

 自らの明るい未来を信じて疑わない男は、サポーターを急かしてその暗闇の中に消えていった。それが如何に愚かな選択であるかを考えもせず。

 

――冒険者は冒険をしてはいけないとは、よく言ったものだ。

 

 サポーターの少女が蔑む様な顔で見ていた事にも、その右手に赤き刻印が刻まれている事にも、興奮している男では分からなかった

 

◆◆◆

 

 

「それじゃあ、ベル君のレベルアップを記念して〜!」

 

「「「乾杯!」」」

「■■■■ッ!」

「か、かんぱ〜い」

 

 怪物祭の激動から2日。すっかり動けるようになるまで回復したベル・クラネル。傷自体は次の日には完治していたが、極度の疲労と限界以上の魔力を使った精神疲労により今日まで寝込んでいた。

 

 そして今この時、ベルのレベルアップを祝う食事会が行われているのだが……

 

「あ、あの…。何で皆さんまでいらっしゃるんでしょうか…?それに、皆さんの様な英雄を饗すような食事なんてありませんし、お店なら前にイアソン様と行ったことのある場所があって……その」

 

 視線をあちこちへ移動させ、あわあわと震える様子はまるで迷子の兎のよう。

 居心地が悪そうに顔色を伺う彼に小さな紐神、ヘスティアが応える。

 

「それは僕の案さ!」

「え、神様の…?」

 

 怪訝そうに見つめるベルにウィンクしてからその豊満な胸部を張る。

 その表情はとてもイイ笑顔であった。

 

「いやあ〜、僕だってもっと豪勢にしたいのは分かるさ。うんうん。でもね。ちょ〜っと、問題が多すぎるんだ・よ・ね!」

「は、はひっ?」

 

 そのままズカズカと歩み寄り、困惑するベルの柔らかいほっぺを引き千切らんばかりにぐいーんと伸ばす。

 

「大幅な世界最速記録の更新に加え、こんな先史時代の英雄達なんて!おおっぴらに出来る筈が無いだろぉっ!!?」

「はみひゃま、いひゃい、いひゃいれふ…」

 

 それも当然。今までのレベルアップ最速記録は丸々一年。これでさえ当時のオラリオが湧いた程で、それを一ヶ月未満で成し得たのだ。不正を疑われても仕方無い。

 これだけならばまだ良かったのだ。

 真の問題は共にいる仲間の方だった。

 

「イアソンに王女メディア!僕達がこの世界に移る前の地球の英雄じゃないか!ヘラクレスやアスクレピオスなんかはその身一つで神にまで至った大英雄!!何でそんなのがこの世界にいるんだよぅ〜〜!!?」

「ふばば、ほふにも、わはいまへん!?」

「まったくもう!なんでそんなこと黙ってたんだようっ!イアソンくんも!早めに言ってくれればこんな事にならずに済んだのに…!」

 

 怒ったかと思えば急に涙目になり、しまいには青い顔でお腹を抱えるヘスティア。ベルは翻弄されているようで話が進まない。

 

「おい、いつまで漫才をやっている。この俺が祝ってやると言っているんだ。こんな狭苦しい場所での宴など本来なら即刻キャンセルしている所だぞ!」

「あ、ああ、ごめん。イアソンくん。ちょっと色々あって…。というか主なストレスが君達なんだけどね…」

 

 イアソンの言葉で気を持ち直したヘスティア。そこからはようやくと言った様子で小さな宴が始まった。

 

 

 新しく買ったテーブルには豪勢な料理が並び、どれも僕の好みに合うものだった。村では見かけなかった料理や、オラリオでも馴染みの料理などもあり、最初は量に圧倒されるも、全然苦にならない。

 話を聞いていく内に、どうやら豊饒の女主人へ行かない理由はいくつかある様で、僕のランクアップ早さに関する諸々や、問題になってしまった『ロキ・ファミリア』が常連だからだという。

 

「ふふっ、楽しんでますか?」

 

 舌鼓を打っていると、メディアさん…様?が腰掛ける。

 

「あ、はい。…いえ、実はまだ祝いとかは実感が湧かなくて…」

「いえいえ、私には分かりませんが、偉業を成したのでしょう?ならばそれは素晴らしいことです。イアソン様だってそんな日はありましたしね。…それで、その、どうでしょうか?」

 

 白磁の様に白い肌に、くりりとした大きな瞳。サファイアの如く輝く青い髪は、神様達と比べても遜色ない程に整っている。その幼い風貌は可憐な華の蕾の様。

 そんな彼女に問われ、思わず言葉に詰まる。

 

「え…っと、ど、どうとは…?」

「もうっ、イアソン様の事です!イアソン様はあの性格ですので、マスターとの関係は、と思ったので」

「あ、ああ!その事ですか!」

 

 意外にも、と言うと語弊が生じそうだが、話が弾み色々な事を聞いた。アルゴー号での出来事や、イアソン様のお話など、その場に居た人のそのままの話に、僕は惹き込まれていた。

 メディアさんもこっちでのイアソン様の事を話すと、楽しそうに笑ってくれ、段々と緊張は解れてきた。

 

「おいベル、くれぐれも気をつけておけよ?メディアは可憐だが、かつて俺の為にとはいえ幼いおと「イアソン様?」ハイゴメンナサイ……」

 

 ……怒らせたらいけない事も充分学んだ。綺麗な笑みだっただけになおさら怖い。そういえば昔、おじいちゃんに笑うとは本来攻撃的なものというのを聞いたことがある。それを今になって理解する日が来るとは思ってなかった。

 

「■■■…」

「何だヘラクレス?…あまり偏った食事を摂るな、だと?ハッ!俺はサーヴァント!生前と違ってそんなものに気をつけなくていいのだ!」

「■■■■■ッ!!!」

「待てっ、何をするつもりだ!?止めろ、バカッよりにもよってそれはっ…ギャーーッ!」

 

 ヘスティア様が何かに吹っ切れた様に爆食いしたり、ヘラクレスさんが天井に頭をぶつけて崩れかけたりと、色々あったけどとても楽しかった。

 

 飲んで騒いで、歌って踊り、宴も一段落という所で、ヘスティア様が包みを取り出した。

 

「さあっ、ここでプレゼントの時間さ!」

 

 故に、その言葉は正に寝耳に水だった。

 

「え…ええええええええぇぇぇぇっっっっっ!!?」

 

「むぅ…なんだいその反応、もしかして僕が子どもの祝い事にプレゼントもあげないようなヤツだと思ってたのかい?」

 

 僕の反応に目を丸くし、頬を膨らませてジト目で睨みつける神様。

 

「い、いえいえいえっ!そんな事はっ!?ただ、新しい装備を貰って、その上こんな事までしてくれたのに、更にあるなんて思ってなくて…」

「フム…君はちょっとそういうのに慣れてないのかな?まあ、貰えるものは貰っておいて損は無いさ。ということで受け取ってくれるかい?」

「は、はいっ勿論!」

 

 か、神様からの贈り物…!

 

「あ、開けてみてもいいですか!?」

「ふふっ開けてみてくれ」

 

 包みを開けると、出てきたのは柄から刀身まで真っ黒いナイフ。柄にはファミリアのエンブレムである聖火の灯った炉に、ロバの刻印が彫られ、刀身には輝く神聖文字がびっしりと刻まれている。

 

「ナイフの……レプリカ?」

 

 よく見ると、刃が潰されていて、柄にも穴がついていたりと、とても出来のいいアクセサリーだった。

 

「ふふん、僕がヴェルフくんに依頼したんだ。それでモンスターを斬るとかはあまり出来ないけどね。…まあ、一種のお守りみたいな物さ。…一応、超硬金属だから、そう簡単には壊れないよ。見た目はちょっと物騒だけど、冒険の最中に寂しくなったら、これを僕だと思ってくれ」

「ばい…ありがどうございまず……!」

 

 う、嬉しい…!まさかこんなものを貰えるなんて……!僕は幸せ者だ…。

 

「ほら、イアソン様も」

「う、うるさいっ、分かっているそんな事!」

 

 僕が感動していると、イアソン様がバックパックを渡してきた。

 

「あれ、イアソン様…これ、僕の…ですよね?」

 

 どこから見ても、今使っているバックパックだった。見た目が同じだけかとも思ったが、使われた跡がある。

 

「あー、その、あれだ。受け取るがいい。メディアに言って改良しておいた。見た目よりずっと多くの量が入る。まあ、精々役に立ててみせるんだな」

「イアソン様…!」

 

 そういえば、最近はバックパックの容量で一々戻らなきゃいけない、って愚痴ってたかも…。まさか、イアソン様それを聞いて…?

 

「中は異界になっていて、かなりの容量を確保しているらしい。詳しい話はメディアに聞け」

「はいっ!その内部はイアソン様の要望で空間の拡張に重きを置いています。内部の空間は5メート…こちらではM(メドル)でしたね。5M四方の部屋の様になっています。あ、もちろん出し入れの際に届かない、なんて事はありませんので安心してくださいね?」

 

 そ、そんなに凄い魔道具に…!?

 

「イアソン様、メディアさん……、ありがとうございました!!」

「……まあ、容量に力を入れ過ぎたせいで、重さはそのままなんですけどね」

「何?待て待て待てっ、俺はそんな事聞いていないぞ!?」

「…………てへっ☆」

「そうやって誤魔化そうとしても…ぐぅっ……可憐だ…!」

 

「ハ、ハハ…大切に使いますね」

 

 目の前で起こる寸劇に苦笑いを零しながらも、心からの感謝を告げるのであった。

 

「僕、あまりこういうのをした経験は無かったんですが、とても、本当にとても嬉しかったです。神様も、イアソン様も、改めてありがとうございました!」

 

 再度礼を言い、顔をあげると、そこにはしたり顔のヘスティア様が腕を組んでいた。

 

「ふっふー、これだけだと思うのかい?」

「へ?まさか、まだ…?」

「そうさ!まともな人間じゃないけどヘスティアファミリアの新メンバーさ!」

 

「ええぇっっ!?」

 

 し、新団員!?ヘスティアファミリアに!?こ、これで僕も二人でダンジョンに…!いや、待て待て、冷静になれ。戦闘をしたいとは限らない。取りあえずは話を聞いてから……。

 

「それじゃあ呼ぶよ?オデュッセウスくーん!!」

 

 新しいメンバーの名前を声高々に叫ぶヘスティア様。まだ見ぬ新メンバーに僕の心は早鐘をうち――!

 

 

「「…………………」」

「……あれ?」

 

 その声への反応は無く、あたりに沈黙が広がる。

 

「オデュッセウスくーん?おーい!」

 

 何度呼ぼうと、その新団員が姿を現す事は無く、痺れを切らした神様が上へと登っていった。……かと思えば血相を変えて戻って来て、イアソン様へ掴みかかる。

 

「イイイイイアソンくん!??こ、これはどういうことだい!?何処にも居ないじゃないか!?」

「あ?そんなもの霊体化して………??んん…?…メディア」

「はい…あの、本当にこの場にはいらっしゃらない様です」

 

 えっ……と、つまり?

 

「ど、何処行きやがったあの冒険野郎ーッ!!!??」

 

 顔合わせは、まだもう少し時間が掛かりそうです。




オデュッセウスがどこにいったのは知らぬ。何かそんな予定は無かったのにどっかに冒険しにいってしまった。

2021/07/23(追記)
よくよく考えれば強さとか明確に表しちゃうと使い勝手とか悪くなっちゃうので、消しました。それと新しい情報の解禁に伴い、本作の予定していたストーリーに多大な影響が及んでしまいました。どうしよう…。


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冒険野郎の邂逅〜神代じゃ割と普通〜

半年ぶりの更新!忘れられてる気がビンビンするぜ!
言い訳をさせてもらうとアヴァロン・ル・フェで設定が一回全部死んだので放置せざるを得なかったんですよ…。


 朝のオラリオ。その都市を高速で疾駆する一つの影があった。

 人々はその異様な外見に眉を顰め、次にその異常な素早さに度肝を抜く。暗い外套をはためかせ、機械的なその人型は風を切っていた。

 蒼い閃光を眦に宿し、黒い軌跡を描いているのは何者か。そう、汎人類史における稀代の軍師にして冒険者、オデュッセウスである。

 

 さて、このオデュッセウス、ベルとの対面も放ったらかして何をしているのか。それは彼が追っている存在にあった。

 

 少し時を戻して、廃教会(元)1階。サプライズの為と、ヘスティアに言われて律儀に待っていたその最中、自分に向けられた視線に気がついた。

 顔を上げると、復元された教会の窓ガラスのその外に、一匹の梟がじっとこちらを眺めている。「さて、俺に動物会話などあったかな…」等と言いながら手を振ると、梟は飛び去ってじい、瞳が陽に照らされ光を反射し……そこに魔力の輝きがある事を見抜く。

 

(使い魔か!)

 

 アスクレピオスの神殿と比べると、余りに微細な魔力の波長は、オデュッセウスの判断を一瞬だけ遅らせた。

 恐らくは、事前にこの世界での常識を教わっていたが故の意図的なものもあったのだろう。通常の聖杯戦争とは違い、魔力に過剰に反応する必要は無いと踏んでいたのだ。

 しかし今のは明らかにこちらを監視する目的のものだ。あの独特の視線。全く同じ場所から同時に向けられる意識は視界の共有あってこそのものであろう。現に、オデュッセウスが過去に出会った魔女も用いていた事もあり、裏付けも取れている。

 

 誰がどのような目的で放ったにせよ、見過ごすはずもない。この世界がいわゆる人類史とは異なっていても他人の拠点を勝手に覗き見る行為が褒められたものではないことは共通している。ともすれば、良からぬ思惑を抱く者、あるいは聖杯戦争関係者であるかもしれない。

 

 そうと決まれば、この男が飛び出さない理由にはならない。

 

「アイギス、起動!」

 

 鎧に宿る機能の一部を開放し、内に巡る魔力を発起する。

 

(方向は北北東、彼我の距離約250m、時速にして80km。魔術による強化幅はほぼ無し。霊体化は…するべきでないな、何が起こるか分からん)

 

 刹那の間だけ思考し、即座に街道を走る。空を飛ぶのは無し。どうやらこの世界では飛行、或いはそれに準ずるレベルの行為は人間で確認されていないらしい。

 石畳を踏み割らない程度の加速を幾度となく繰り返し、地上のルートからの追跡を試みる。

 

 誰しもが奇異の目線を向けるが、それは冒険者に向けるそれであり、オデュッセウスという一個人に対するものではない。恐らく明日には詳しい姿も忘れ、フルプレートで走っている冒険者として処理されるであろう。

 

 フクロウは追跡されている事に気がつくと、複雑奇怪に入り組まれた都市の各所に身を滑らせ、時には戻ってやり直す。

 空を飛ぶ鳥類は建造物などは無視できるが、オデュッセウスはそうも行かない。地の利は向こうにある。隠れ場所は無限、対して自分は制限がかけられている。

 あらゆる面で見て圧倒的に不利。

 

 だからどうした。

 

 この程度、英霊となった者ならば飽きるほどくぐっている。自らの人生がかかっているわけでもなく、転移も行わないただの使い魔など、ギリシャ一の知将にとっては児戯そのもの。かつて見た魔術の煌めきとは比べるべくもない。

 

「この程度で俺を撒けたと思うなよ」

 

 活動を再開した使い魔を察知し、オデュッセウスは仮面の内に好戦的な笑みを浮かべた。

 

 

◆◆◆

 

 ギルド地下。

 大きな石版が床に敷かれ、いかにも秘匿された神殿を彷彿させる。暗闇を照らすのは魔石灯の無機質な光ではなく、四炬の松明からなる陽炎が揺らめきを伴って神秘性を増している。

 冒険者や民間人はおろか、一般のギルド職員すら立ち入れないその場所に、二つの人影があった。

 

 一人は全身を黒衣に包み、部屋の雰囲気と合わせて不気味な様相を醸し出している。黒衣の人物は焦った様子で水晶玉を除き込み、もう一人の人物、神座に佇む巨体の老人へ向けて警告の意を示す。

 

「ウラノス……まずい、気づかれた。今追われている。ギリギリの所で躱しているが、時間の問題だ」

 

 ウラノスと呼ばれた老人――否、老神はフードの奥から蒼色の瞳を向けた。

 ニMを超すたくましい体はローブに包まれ、深く刻み込まれた皺と、顎には白髭を蓄え同色の髪がちらついている。老人ながらに整った彫りの深い顔はまるで彫像の様だ。

 太い両腕を肘掛けに乗せ、巍然として構えるその姿は、かつて人々が思い描いた『神』そのものだ。

 そんな神は、狼狽える黒衣を視界の端に捉え、静かに言の葉を紡ぐ。

 

「…やはり、想定はしていたが……」

「知っているのかウラノス!?」

 

 明らかな速度、見知らぬ姿。全ての冒険者の情報を把握している筈のギルド……ひいてはヘルメスからの情報提供もある彼らの未知。

 黒衣の魔術師――フェルズはそれへの警戒と驚愕を顕にする最中、ウラノスはどこか達観したように沈黙を貫いた。

 

「……よし、振り切れた。使い魔は一時オラリオの外まで飛ばして撹乱した甲斐があったか…」

「どうやら遅かったようだな、フェルズ」

 

 安堵の息を零す部下に、残念ながらといったように嘆息する。何を…と疑問符を浮かべるフェルズを尻目に、ウラノスは虚空を凝視する。

 ウラノスの視線の先、何もない筈の虚空を見つめるウラノスを怪訝に思いながらも、すぐに姿を現すと見て、レベル4に違わない速度で戦闘態勢を整える。

 右手に携えるのはこの世界でも所持者は二人といない砲塔。魔力を弾として衝撃波を生み出す攻撃はまさしく『魔弾』と言って差し支えないだろう。

 しかし、待てどもその謎の人物は姿を現れない。レベル4の知覚にもかからず、人が生きている以上生まれるはずの呼吸もない。あの鎧姿から見れば音を立てない隠密行動には不向き。姿が見えない理由については自身の魔道具という前例があるものの、それですら音や匂い、気配を誤魔化せるほどのものではない。

 

 フェルズには自負があった。たとえステイタスで劣っていようと、この悠久の研鑽を超えられる存在は未だ存在しないという自負が。これは驕りではない。客観的な事実である。自身の戦闘力や出来る範囲は弁え、その上で道具作成能力の高さは神のお墨付き。よもや自身を超える技術力など、大国の国家プロジェクトでもなければ…と考えを巡らせれば、その影は現れた。

 

 ウラノスが見据えていた場所に、空気から滲み出すように現れた影は眼晶で見た通りの全身金属鎧(フルプレートアーマー)

 だが、使われている金属は一切不明。800年の内に数多の冒険者の装備、道具を見てきたフェルズから見ても未知の物質が使われているその鎧は隙間に青い燐光が走り、とんでもない魔力を伴った物質であることだけは理解できた。

 武器に特殊属性を付与するのは上級冒険者の間ではそう珍しいことではないが、防具はあまり見たことがない。それも武器と違って属性付与が定着し辛いという法則から見ても伺えるが、それほどの代物を用意できる相手だ。今まで噂話にもならなかったことを踏まえ、気を抜いていい筈もない。

 

「……なるほど、そういう事か」

 

 低い男性らしい声が響く。全身鎧、ましてや兜も完全に密閉されているというのに明瞭に聞き取れるのはこれまた防具の特性故か。

 ただ一言発すると男は手を首元に伸ばす。

 が、魔化されている装備、また未知の存在の行動にはより一層の注意を向けているフェルズが許すはずもない。

 

「待て、それ以上動いたら…「よい」だ、だがウラノス…」

「よいと言っているのだ」

「わ、分かった」

 

 ウラノスが許可を出すと、鎧の男が行動を再開する。首元の何か押す仕草をすると兜が何処へか収納され、白と黒の2色染めの頭髪に4本の赤メッシュ。渋さと若々しさが混同した大人の男というべき風貌だ。これほどの伊達男であれば神のような…と形容されても可笑しくはないだろう。

 

「感謝する、ウラノス神よ。といっても、私がここへ来た理由は使い魔を送った術師を追ってきたが為なのだが…ここへは足を踏み入れないほうがよかったか?」

(神ウラノスを知っている……?)

「良い。元よりこちらの不手際だ。そこは謝罪しよう。……だが、何故貴様の様な存在がここにいる。サーヴァントよ」

「それは私にも預かり知りません。いつの間にか召喚されていたが、マスターも当初は居らず、土地に結び付けられているわけでもない。かといって、世界に呼ばれたわけでもないらしい」

 

 やれやれと頭を振る男はどこか親しげに、けれど敬意を払った物言いをするが、既にフェルズの知らない単語ばかりが上がっている。

 

「その身に授けられた恩寵、神体結界アイギスを鎧として纏う者……。私は終ぞ見えることは無かったが、貴様、オデュッセウスか」

 

 無言の肯定。男は剣呑な空気こそ纏っていないが、表情は硬い。

 

「一つ尋ねさせて貰うのだが、ウラノス神、貴方は私達の敵となり得るか」

「………」

 

 「敵か?」ではなく「なり得るか?」と問うた真意はウラノス、ひいては神としての意見と、目指すべき指標を訪ねているのだろう。

 オデュッセウスと呼ばれた男は鋭い視線でウラノスを貫いている。

 

「……おまえ達が都市の秩序を脅かさない限りは敵ではない。とだけ言っておこう。無論、私達の目的の障害になるというのならそれなりの対処はするが、始末するといった考えはない」

「随分と素直に話すのだな?」

「貴様のような音に聞く知将にはこの程度で丁度よい。悪神めと違って実行が早い貴様だからこそ、な」

「そうか、今の発言、嘘はないな?」

 

 威圧。

 信じられないほどの魔力をこの空間内に迸らせ、異形に等しい圧迫感で締め付ける。フェルズが固唾を飲んで立ち尽くす中、ウラノスは平然と、「是である」と答えた。

 途端、神威に近しき圧力は霧散し、元の静謐な空気が帰還する。

 

「そうか…。いや、申し訳ない。この様な真似をしてしまい。そちらの魔術師も、少し堪えたかな?」

 

 先までの高圧的な言動は鳴りを潜め、気さくな調子で話し始める男。あまりの落差に一瞬拍子抜けをした矢先、フェルズの黒衣がずれ、無機質な白――伽藍の頭骨が顕になる。

 混乱と不信感を抑えるために隠してきていたが、ここでは不味い。…そう考えたが、オデュッセウスはそれを一瞥するとなんてことないようにこう言った。

 

「む…死者、いや、延命術者か。貴方にも謝っておこう。何、使い魔を差し向けた理由は分かる。本格的な魔術工房が存在しないこの街に突如として現れた神殿クラスの超抜的領域。魔術師であるのなら気にしない筈もない」

「魔術工房…。いや、私のこの姿に何も無いのか…?」

「…?然程珍しくないと思うが。ああいや、そちらを侮辱する意は無いが、私のところにも巨人や不死者、神の子などもいたしな…。様々な神秘溢れる常世に置いては同じく等しいものと見えるのだが」

「そ、そうか」

 

 どこかズレたように返答した男は、今度こそこの場を去った。 嵐のように現れ、特に何もせず帰っていく。これが冒険者、オデュッセウスクオリティである。

 

 残された二人、隠れているような気配はない。というか、気がつけない以上本当にいないと思いこむ他ない。

 

「……私は普通なのか?」

 

 その問いに、主神は答えなかった。





神代じゃ割と普通。


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