千転一穂 (凍り灯)
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そして朝が来る

この人また違う作品始めてる…

どろろとのクロスオーバーです。
タイトルは【せんてんいっすい】と読みます。
呪術廻戦ちゃんと読んでないのでしっかり読むまで更新しないのですが、一先ずプロローグ的なあれをば。







 

 

 

 

ある片田舎で、こんな話があった。

 

今ではもう行われていないはずの、稲の『ニ期作』をしている村があったという。

ニ期作と言えば三月~七月と七月~十一月あたりの時期に行われるものであり、しかもそれなりに温かい地域でなければ行うことはできない。

だというのにそこでは、通常の稲刈りの時期の九月である秋を手前にして最初の収穫を行うのだ。

その後に二度目の田植えが始まるというではないか。

 

聞けばその収穫された種籾は育苗日数が短いらしく、本来二十日はかかるはずが僅か数日で田植えができるまでの状態になるんだとか。

そうして土作りもしないままに、すぐさま植えられた茎はすくすく伸びるのだ。紅葉が見える季節に、だ。

 

雪が深くは積もらない地域ということと、冬でも水が凍らないように畑の管理を怠らないことを加味したとしても、明らかに異常である。

 

だがここでは、それこそが古くからの習慣であり、誇りであった。

厳しい冬の中でも伸び続け、桜咲く季節の手前、収穫が始まるのだ。

 

そうしてまたすぐ田植えが始まる。

 

本当か嘘か、それが五百年もの間続けられていたらしい。

だから村の中でその稲は『万年稲』と呼ばれていたとか。

 

ニ期作というのには奇妙な、一年で二度収穫される逞しい稲の育つ、そんな村の話だ。

 

 

 

 

 

だが人知れず21世紀に入ったばかりのその年に、秋に芽が出ることはなくなったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、再び百穂(ひゃくすい)は人ならぬ気配を感じ取った。

 

能面の様な顔から、人形にはめ込まれたビー玉ような無機質な目が開かれる。

 

そこは並べられれた敷布団によって静かな寝息を子供たちがたてる大広間。

百穂を囲むように、遠慮もなく投げ出された手や足が彼の上へと幾つも乗せられていた。

それに気づいた百穂は()()()()()すっぽり覆う藍色の手袋をつけた手で静かにどけながら自らの布団を抜け出す。

 

自身の長い髪の毛を掴んで離さない子供が3人もいたせいで少し手間取ってしまった。

 

少し街から外れた山の辺りにあるせいか街頭の光も届かないため、本当に真っ暗闇で足元すら見えないような暗闇が部屋に満ちている。

だが彼はまるで見えてるかのようにすいすいと子供たちの間を縫って板張りの床を歩き、この大広間の出口へと向かった。

 

たまに古いためか、足元から小さくきぃと木板が彼の体重によって歪み軋む音が聞こえており、加えて歩くたびに小さく何かの無機物がぶつかり合う音も。

だがそれで起きるような繊細な子供はいないようだ。

 

そうしてやっとこさ部屋を出るため障子に手を掛けることができ、静かに押し開けていく。

建て付けが悪いためか音を出さずに開けるのが難しいようで、百穂はさらに慎重になるも僅かな木のぶつかり合う音は避けられなかった。

 

それでも幼い子供たちは起きる気配はなかった。

だが一番出口に近いところで一人、目を薄く開く人物がいた。

 

(ひゃく)…?」

 

その声を聞けば思わず百穂は息を吞む。

驚いた、ということもあるが、如何せん"彼女"の声は()に響くのだ。不意打ちであるならば尚更の事。

 

この暗闇だ、彼女には見えていないだろう。そもそも意識もはっきりしていないだろうに。

それでも彼女はすぐさま自身の存在を看破した。

 

いつだって彼女は自分を見つけてしまう。

百穂は彼女のその寝言かもわからない小さな声に、僅かに不安や恐怖の感情が乗せられているのを感じ取った。

 

だから衣擦れの音も立てないようにしゃがみ込み、右手の長い手袋を外してその()()()で彼女の頭を、頬を撫でる。

 

安心させるように、ゆったりと、愛おしそうに。

 

間もなく彼女は周りの子供たちと同じように夢の中へと落ちる。

それを見届けた百穂は部屋を出て、また起こさぬようにさらに慎重に障子を閉めることになったのは仕方のないことだ。

 

部屋を出れば灯り一つない廊下を真っ直ぐ歩き、管理人のいる玄関前の寝室を通り過ぎる。

膝上まですっぽり覆う、長手袋と同じ藍色のソックスを履いたままに、頑丈そうな革製のブーツを素早く履いてガラス戸を引いて"孤児院"の外へ出た。

途中長く垂れ流した髪の毛を後ろで乱雑にまとめ、取り合えずそれで良しとした。

 

幸いにもここで飼っている子犬にも気づかれることもなかったようで、張り詰めていた緊張を小さく息と共に吐き出すことで解いた。

 

振り向き、今出てきたばかりの"寺"を見上げる。

今時珍しい寺を孤児院とした施設だ。勿論近代化はされているので冬がちょっと寒いと言うこと以外は不便はない。

今は夏の終わりの時期であり、百穂も寝巻きである変わった(いかり)柄の着物を着たまま出てきてしまってはいるが真夜中とはいえ寒さを感じることはない。

 

百穂は数歩歩き、灯りの消えた寺の方をもう一度だけ振り返った。

灯りすらなくとも、彼はここに生きる小さな生命たちの鼓動を確かに感じ取ることができた。

 

特に"彼女"の鼓動は一際強く。

 

百穂は先ほどの忍び足の時とは違う、あたりの空気をひりつかせるような緊張感を纏わせて視線を前へと戻す。

 

そして自身が感じている禍々しい気配を頼りに、孤児院と隣接する山の暗がりへと駆け出したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だに朝日の片鱗すら届かない山奥の中、まるで見えているのように枝や葉を、果ては蜘蛛の巣すら躱して百穂は駆ける。

身に着けている着物の濡羽色が、夜の帳の中へと溶けていくようだ。

さらにはその足は恐ろしく速く、人が見れば豹と見間違えてもおかしくない程の速度だった。この真っ暗な森の中であろうと、彼には(はな)から関係ないのだ。

 

そうして間もなく、真っ直ぐと自身に向かい接近してきている"何か"を感じ取る。

彼に()()()()()()()()()木を強引に削る様な耳障りな破壊音と、べちゃっという粘性のある液体が叩きつけられるような音を不快に思ったことだろう。

まだ大分先だが、その音が徐々に大きくなってきた。

 

百穂は一旦足を止め、その無機質な瞳を遥か先に向けると木々の合間に()()()蠢く"それ"を()()

 

(まるで液体状…体は細長く、木々の合間を文字取り縫うように走っているのか)

 

すぐさま今まで走っていた方向とは真横に逸れ、惹きつけるように速度を落として走り出す。

そうすればまだ姿も見えない"それ"が自身を追うように進路を変更したのを感じ取った。

 

(()()()俺を追っている…)

 

改めて百穂は確信する。"それ"らは何故か自分が目当てなのだと。

 

この()が理由かもしれないと思うが、しかし問う手段がない以上はその答えも期待できない。

それに、"それ"らは確かに口のような器官を備えていることはあったが、何かを言っているのはわかっても()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

(怨嗟(えんさ)や悲嘆の声なんだろうが…)

 

言葉に乗せられた感情を読み取ることはできる。だが、どちらにせよ会話が出来るような理性など"それ"らにないのは彼にでも理解できた。

 

(だが追ってきてくれるならば好都合。子供達や"伶奏(れいか)"に矛先が向かわないのであれば)

 

彼我の距離を一定に保ちつつ、さらに山の奥深くへと誘導し、十分寺と距離を離したところで彼は立ち止まる。

 

だんだんと破壊音が近づいてくる。

最中、百穂は完璧な無表情を貼り付けたままに、右腕の手首あたりを首の下で挟み込む仕草をした。

 

その時着物の袖が捲れ、その手袋を外したままだった右腕が姿を現す。

 

 

それはまるで球体関節人形のように…いや、まさにその言葉通りと言える作り物の義手だ。

 

皮膚の色を模すように塗装されており、その内部は硬質だが表面はやや弾力性のあるゴム質の"肌"が貼られている。

ただし、手首から先は可動性を優先したのか無機質な構造を隠すことをしていない。

 

指先から辿っていけば肘から先、所謂肘頭(ちゅうとう)からまるで骨がそのまま伸びて飛び出たかのように、肌色に染めた"箱"のようなものがあるのが見える。

パッと見は僅かに湾曲した、長めのペンケースのようだ。

 

 

そうして百穂が首で腕を挟んだまま右腕を払うように()()()()()、よく磨かれた鏡面を持つ美しい刀が闇夜に僅かな星明りを鈍く反射する。

 

その()は前腕の途中で綺麗に切り取られたように途切れ、鉄の金具が(つば)のようにその義手の断面にはめ込まれている。

 

そこから伸びる刃は明らかに先ほど引き抜いた腕の長さより長く不自然だが、これは肘先に取り付けられていた"箱"の中身が答えになる。

その"箱"は切先とは反対側の、刀身の根元と"(なかご)"が収められていたのだ。

腕を引き抜くと同時に"箱"も内側へスライドして腕の中に収まることで、"箱"の中の刀身が押されて飛び出し、長さを確保していたのだ。

 

 

彼は力を失うように手首のぶら下がった右腕を丁寧に木の足元に置き、左腕も同様に半ばまで引き抜き、切先の峰に引っ掛けたまま右腕の隣へと運び置く。

 

準備を終えた百穂は、両腕の肘を相手に見せるように額の前まで持ち上げクロスさせ、腰を落として体を前傾姿勢に保ち、その時を待った。銅をがら空きにする、攻撃的な構え。

 

交差した腕の間から無機質な目玉が暗がりを射抜く。

 

そして百穂の前に、"それ"は姿を現した。

 

"それ"は言うなれば泥だった。

 

形は巨大なムカデのようにも、蛇のようにも見えるシルエットを形作っており、木々を縫う―――というよりは接触した樹木の表面を削りながら一心に百穂に向かってきている。

木々にぶつかると同時にべちゃりと、自身の泥のような一部を叩きつけるように飛散させていたのが水音の正体だ。その身体の内側に詰め込まれた数多の動物の骨の様なものが、木をまるでチェーンソーのような削り取り、耳障りな破壊音と傷跡を残していたのだ。

 

鈍い黄色の目玉と思われる器官を二つ頭頂部に揃えた"それ"は百穂の姿を認めると、泥状の頭頂部が、まるでヤツメウナギのような凶悪な底の見えない口となり開いた。この様子ではやはり会話などは望めないだろう。

それに人一人飲み込むのも容易いその大きさは、どう考えても吸血程度で済むはずもない。

 

そんな姿を前に百穂は全く怯むこともなく、だが静かに額の前で交差させていた両腕の内、左腕を腹の前程の高さまで降ろして構えを変える。

次の瞬間、ただ一直線に駆け出した。

 

 

交差は一瞬だった。

 

 

"それ"がまるで槍のように細く突きさすように伸ばしてきた()を、左手の刃を逆袈裟斬りの動きで斜め下から振り上げ斬り払う。

泥は百穂から見て斜め上に派手に飛び散り、その飛沫を追うように"それ"の頭上へと跳躍した。

 

鋭さを与えずに雑に斬り払ったために、壁に水が打ち付けられたかのごとく泥が拡がるように"それ"の視界を(さえぎ)る。

 

しかし元々どう言う訳か、百穂を遠くから捉えてここまで来たのだ。

"目潰し"をして頭上へと逃れた所で、数瞬の後に再度彼の位置を特定してしまうだろう。

 

当然のように"それ"は後ろへと百穂が逃れたことを認識し、再び手を伸ばして襲い掛かろうと振り向き――――――そのまま頭部から赤黒い血液か泥かもわからない何かを噴き出させて倒れ伏した。

大質量の泥の身体が飛び散り、内に隠れた骨の塊が力なく飛び出しガラガラと崩れ落ちる。

 

辺りは静寂を取り戻した。間もなく、"それ"は細かく空気に溶けるように(ほど)けて消えた。

 

何てことはない、一瞬で事足りたのだ。"それ"を仕留める時間など。

 

頭上に飛び上がり通り過ぎる時に右手の刃を上段から振り下ろし、そのままの勢いで宙返りしながら"それ"の頭頂部から額までを深く斬ったのだ。

ただただ、百穂の方が早かった。

 

(………)

 

息を乱すこともなく無感動を顔に貼り付けたまま、彼は木の根元に置いた両腕のある場所まで戻ってくると、右手の刀の切っ先を置かれた腕の断面部分へと近づける。

 

すると"右腕"は磁石に引かれたかのように断面部分が浮遊して引き寄せられた後、"右腕"の中へ切先が入り込む。そのまま刀身がするすると昇り上げ、最後には静かに元の位置へと収まった。

 

と、同時に今まで力なく垂れていた右手の指が、手首動き出し、一度感触を確かめるように閉じて開いた。

左腕も同様に触れもせず近づけただけで独りでにあるべきところに収まった。

 

それが済めば手袋もしないままに百穂は走り出す。

 

自身の感知能力が他の"それ"が既に近くにはいないことを告げてはいるが、どうにも落ち着かないのだ。

戻って、彼女の無事な姿を確信するまではどうしても…

 

(ほんの僅かな時間だった、大丈夫のはずだろう…?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行きとは違う心情で急いで戻ったためか、心なしか息が荒い。

寺は出た時と変わらず安らかな命の鼓動を内包しているのがわかり、やや()()()()()()()拳を解く。

 

(無用な心配だとわかっては、いたんだが)

 

思わず小さく、はぁっと気の抜けた溜息を吐く。表情は変わらないが。

自身の臆病さに呆れつつも、再度音を立てないようにゆっくりと玄関を抜けて子供たちが雑魚寝する大部屋へと戻った。

途中汚れがないか確認するのも忘れず、手袋もきちんと身に着ける。

 

部屋の前まで戻ると、伶奏が廊下に背を預けて眠っていた。

―――いないことに気が付いて、待っていてくれたのだろうか?

 

(…相変わらず、伶奏は俺を見つけてくれる)

 

それが嬉しく、先ほどの焦りも綺麗に洗い流されたような心地になる。

彼女を起こさないように横に座り込み、その頭を細心の注意を払って自身の肩に預けさせ、そこでようやく本当に肩の力を抜けた気がした。

そうして壁を背に瞼を閉じて、寄り掛かる彼女の方を()()

 

彼の"目"には綺麗な()()()()()()が見えていた。

 

先程の"泥ヤツメ"などとは違う、混じりけのない"赤"。

 

しっかりとその赤い輪郭を心に焼き付けた後、彼女の投げ出された手に自身の義手をそっと重ね、百穂は安心して意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 








全然漫画読んでないのに人物設定作ったせいで、多分読んだ後に修正箇所出てひーひー言うのでやっぱり更新遅くなると思われます。そもそも他の小説終わらせないといけないのでいつになるのか…
10話以内予定。


■戸隠 百穂【とがくし ひゃくすい】
身体の多くが作り物の少年。仕込んだ刀で自身を狙う異形と戦っていた。
四肢もなければ五感もない。
過酷な人生を歩んできているも、稚拙さなど見られず大人びている。


■沙雨 伶奏【ささめ れいか】
孤児院の子供たちの世話をする少女。百穂とは何か"縁"があるようだ。
そのためなのか、百穂の感情もある程度わかるらしい。
歌が得意らしい。




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ウケノミタマ

だいぶ間が空きましたが、単行本が出てる分はやっと読めたので投降します。
でも次もそれなりに間が開く予定なのでご容赦ください。

"ウケノミタマ"は漢字で書くと"稲魂"です。
稲の中に宿ると信じられている神霊のことを指します。







 

 

 

 

 

―――500年程前、植物の(ささや)きから奇妙な"稲"が育つ村があることを知りました。

 

植物は呪力を孕まない。

 

だけどその"稲"は、呪力を持っていたのです。自然と起こり得ることではありません。

えぇ、人為的要因ならばそのようなこともあるかもしれない、恐らくその稲もそうだったのでしょう…ですが、術師の生み出した産物か、或いはそうでない人間の偶然による産物としてはあまりに呪霊じみていました。

 

確かな"意思"をそこに感じたのです。

だというのに、()()()()()()()のです、あの呪力は。

植物であったからこそ、私にはより感じることが出来ました。その透き通った呪い(願い)を。

呪いに使うにしてはおかしな言葉ですね。

 

…えぇ、だから収穫の時期、一体その"稲"は()()()()()()()なのか、それを見に行きました。

 

しかし何もしないのです。

 

ただ次へと世代を繋げるだけ。

まるで人に食べてもらうためだと言うように逞しく、寒さも暑さも何もかも関係なく育ち…そして刈られることを良しとしている…

 

それから私はずっと、その()を見守ってきました。

500年、人に刈られるその瞬間を見届けてきました。

 

そしてほんの十数年前、私はついにその子()()の誕生に立ち会ったのです。

 

後は真人の知る通り、私はその村の人間を殺しました。

 

…あの"子"はまさに"稲の子"、人々には受け入れられなかった。

あの子を抱えた時、確かに感じたのです。

えぇ、確かに人です、だけど、片割れより遥かに"人"であるはずなのに、人として失ってはいけないものを持たずして生を保っていた。

 

―――その"子"は少しの間、私の"言葉"と"呪力"によって育ちました。

 

興味があったのです。

人とも呪霊とも言えないその子の行く末は、一体どこなのかと。

そして生まれて間もないあの子を人のいない寺へ捨て置きました。

 

それでも"生き延びる"、どこかそういう確信があったのです。

あの子には不思議な力…生き抜くための、強い力があると。

 

…そうですね、見逃した時点で私の撒いた種も同然、もしまた巡り合うことがあれば私が始末しましょう。

ご心配なく…私たちは人間(呪霊)なのですから―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ日の高い時間。

山中にある小さなダムの管理施設、関係者しか立ち入ることのできないそのさらに奥に無断で作られた隠し部屋。

たった今扉を押し開けた百穂(ひゃくすい)は全身に包帯を巻いた男を正面に捉える。

 

百穂は、動きやすいようにと伶奏(れいか)に渡された真っ黒なジャージを着ていた。

少しサイズが大きいのかダフっとしている気はするが、これは育ての親の"寿海(じゅかい)"のおさがりだからだ。

 

「来たか、戸隠(とがくし)

 

百穂は何かの薬液を溜めた浴槽に浸かった男、"与幸吉(むたこうきち)"がこちらを振り向いた動きを察知して小さく頷く。

その視線はどこまでも無機質に幸吉を()()()()()()

しかし幾つも垂れた太い管の隙間から見える包帯だらけその姿に、彼が何か言うこともない。

百穂には何も見えていないのだから。

 

―――百穂の見える世界は()()()だ。生まれながらにしてその両目がそもそも無いからだ。

 

全盲であれば霧がかった白であったりと暗闇とは違う見え方をするらしいが、彼はそもそも光を認識する目玉自体が存在しない。

 

…だが、彼は「他の人間とは違う物が見えている」のだ。

 

薄っすらと、ぼんやりと。

暗闇の中に人の輪郭を描く白や灰色がまだら模様に入り混じり、ゆらりと揺れ動く様は炎のよう。

それが()()()()()

 

人の本質または、人ならざる者の本質を"色"で識別することが百穂には可能なのだ。

見てくれで判断できない"中身"が見えるというべきか。

 

或いは呪術的に言うならば"呪力が見えている"と呼ぶべきか。

以前、幸吉はこう当て推論をした。

()()()()()()()()の縛り…"天与呪縛"によって"六眼"に近い性質を得ているのではないか?と。

 

百穂にそれを詳しく知る術はない、しかし彼は理屈は分からなくても、しっかりと自身の見える世界の意味を理解している。嫌と言うほどに。

 

そして、見えている色だけで全てを判断できないことをも百穂は知っている。

 

「人」は"白"

「呪力を纏った術師、その呪力」は"黄"或いは"橙"

「呪霊、その呪力」は"赤"

 

…そうやって簡単に区別などできればどれだけ良かったか。それは人を見た目で判断できない事と似ている。

"色"として判断することはできても、結局それは一部分しか見えていないのだ。

人はもっと、いろんなものが複雑に絡み合って出来ている。

常にそれは揺れ動き、混ざり合い、変化するもの。

 

人間の喜怒哀楽や感情がそれだ。

 

それすらも色によって百穂は見ることができるが、それでも()()()()()()()()()()()()()()()

彼は"かつての経験"からそれを学んでいる。

 

 

 

百穂は肩から下げた帆布(はんぷ)のメッセンジャーバッグから、どこにでも売っていそうな黄色い表紙のスケッチブックを取り出す。

ご丁寧に"戸隠"と書かれている。前見た時には書かれていなかった。

 

幸吉はこいつの文字ではないなと思いつつ、以前見せて貰った写真の少女を思い浮かべる。女性らしい丸みのある文字。

しばしボールペンが紙面を走る音がした後、書かれた文字が見せられる。

 

〈また呪霊に襲われた。変わらず俺を狙っている〉

「またか…何が呪霊を引き寄せるのか…天与呪縛と言うには少々荒唐無稽だな」

 

呪霊を引き寄せるなど、天与呪縛によるそんな縛りを聞いたことがない。

もしもそうだったならば術師の家系ではない百穂は、生まれて間もない時期を生き残ることが出来なかっただろう。

六眼のように呪力を認識できるという、呪術界に知られれば絶対に面倒なことになること間違いなしのイレギュラーが起きてるので、正直何が起きても不思議ではない気はするものの、キリがないので一旦その可能性は捨てた。

 

…であれば答えはそれ以外の要因か。

 

「その両腕に仕込まれた刀…"呪具"に引き寄せられているのだろう」

 

がりがりがり。

幸吉のすぐ横にある丸椅子に座った百穂のさらに横、スケッチブックに幸吉の出した言葉をそのまま書き込む"メカ丸"がいる。

最低限の命令だけ与えた自動操作のためやや乱暴に文字を書き連ね、それを百穂へと()()()

 

百穂はその文字を()()頷き、だけどどこか納得のいかないような反応。それもそうだ。

実際の所、伝えた本人である幸吉もあまり納得がいってなかった。

 

"特級呪物"であればわかる。

例えば有名なので言えば"両面宿儺"、その指だ。

今こそ魔除けとして機能してるものの、一度封印が解かれれば逆に強力な呪霊を呼び寄せる呼び水となる非常に危険な"呪物"。

あれならば誰もが「両面宿儺だから…」で済ませてくれる。

 

だがそれは、あの強力すぎる呪いが込められているからこそ。

規格外なのだ。正直な話、幸吉は特級呪物であってもあそこまで厄を引き込む呪物に心当たりはない。

加えて百穂の刀は"呪物"ではなく"呪具"。

 

確かに呪具の中でも恐ろしい程の呪いが込められている特級呪具であれば可能性があるかもしれない。

だがその実、そういった話を聞いたことは幸吉にはやっぱり無い。

 

さらに言えばその二振りの刀はせいぜいが見積もっても2級~準1級レベル。

それなりに古いものらしいので隠された力があるかもしれないが…今のところそれは見受けられない。とても呪いを寄せるようには見えないのだ。

 

とすると他の可能性は…

 

「お前から僅かに漏れ出ている呪力…か…?」

〈やっぱり呪力の制御をしていかなくては駄目か〉

 

戻り戻って当人に問題がある可能性。

 

百穂は呪術師としての教養がほとんどない。そのための手解きを受けていないし、彼の身体の状態が状態だ、何もかもを我流でやらざるを得なかった。

しかしそれがなくとも戦うための呪力の扱いは心得ていたし、なんと"術式"すら行使している。

 

…だが大雑把だ。幸吉も人の事は言えないが、天与呪縛による強力な呪力出力があるために制御が雑になっている。百穂の場合は師となる存在がないために無意識に回りに漏れ出させたままにしていた。

 

"僅かに辺りに漂わせている呪力に引き寄せられた"となればなんとか納得がいく…気がする、か…?

…もしかしたら百穂の呪力に特別な"何か"があるのかもしれない。

 

結果として"天与呪縛によって得た、呪霊を引き寄せる特殊な呪力を持つ体質"という以前変わらない答えしか出てこない。なんとも答えのない答えだ。

それ以上はその解明に本腰を入れていない現状、分かりようがなかった。

 

「呪力制御は出来て損はないだろう…長い間"あの子"の元を離れるのが不安か?」

〈当然だ〉

「…まぁさすがに()()()に時間を取るのは厳しそうか…その件については考えておく。幸い術師と接する環境がこっちにはあるからな」

〈すまない幸吉。また頼りきりだ〉

「一応はギブアンドテイクだ…それに、他人事とも思えないからな」

 

―――幸吉もまた"天与呪縛"に苦しむ人間だ。

 

先天的な五体不満足…右腕の欠損や下半身の間隔欠如、月光に焼かれるほど脆い肌。それら望んでもいない生まれながらの"縛り"を持つ。

対して、同じ天与呪縛によって見えもせず、聞こえもせず、匂いも痛みも味もわからない。該当する「目」「耳」「鼻」、「四肢」がなく、「皮膚」すらもない。「舌」はあるが唯あるだけで、「歯」は生まれて間もない頃生えてなかったためか失っていない。聞けばおぞましいことに脊椎すらない。それが百穂に課せられた"これ以上ない程の天与呪縛"だ。

 

唯一の救いは痛みを持ち得ていない事だろうか。

剥き出しの肉体に対して、人工皮膚として薄いストッキングのような肌着を隙間なく身につけなければいけないのだが、幸吉はその様を見て絶対自分より痛いと確信している。

 

幸吉は自身のその境遇から、自分なんぞよりもあまりに悲惨なはずの百穂が不満を言わずに、ただ一人の少女のためにストイックに生きる姿に尊敬の念を抱いていた…本人に言ったことはないが。

 

偶然出会ったあの頃、最初こそ義手義足の強化などのあくまで利害関係未満の関係を築こうと思っていたが、それが崩れるのは早かったし、後悔をしているわけでもない。

 

言葉にはせずとも、互いに親近感が生まれてしまったのは当然の帰結と言えよう。

 

 

カリカリ、と百穂がボールペンを走らせる音がする。

筆談による意思疎通を見つけたのもまた幸吉である。

 

百穂は何も見えていない。

だが"呪力"は見えている。

 

この天与呪縛が生んだ代物は、当初、本当に見えているというよりは、五感がない代わりに第六感のような超感覚として感じ取っている結果、"見えている"と錯覚していると幸吉は考えていた。

今や知る人は少ないが"禪院甚爾(ぜんいんとうじ)"という前例もあるため、その可能性を見ていたのだ。

 

だがこれまた偶然、僅かに呪力の込められたペン(幸吉が"ある物"の原案を隠しきれない上機嫌(ハイテンション)でスケッチしていたため無意識に呪力が込められていた)で描いた絵に百穂が反応したことで今までの仮説を否定することになった。

 

確かに見えていたのだ。視覚の範囲も人間の持ちうる視角であることも判明している…まるで人とは違う()()()があるように描かれた"線"をはっきり認識していた。

だから今や文字すら覚え、過不足なく意思疎通が出来る程になっている。

 

結局前例のないイレギュラーとなっている理由も未だに分かっていない。というのも、互いにそれを知ろうとする気持ちがあまりないからだ。

幸吉は単純に今取り組んでいる"あること"によって忙しく、百穂は呪霊を払う方法以外の自身の力には興味がない。

 

ただ幸吉は、自身と似てるようで全く違う百穂の"術式"が関係しているのだろうと思ってはいる…その術式も二人ともよくわかってないせいでこれも結局、当て推論でしかないのだけれど…

 

 

 

「―――前の"28番"の続きだ。呪力を巡らせる管の流れを見てくれ、些細な誤差も教えてくれると助かる」

 

その言葉を書き出された文字に百穂が頷く。

 

百穂が背中に"弐"と描かれた"メカ丸弐号"の一体の後ろをついて歩く。

メカ丸自体は幸吉の術式、"傀儡操術(かいらいそうじゅつ)"によって動いているため、幸吉より流し込まれる呪力の流れを彼は見ることが出来ている。その色は百穂には黄色に見える。

 

幸吉のいるこの部屋よりさらに奥。そこにあるドアを開けたメカ丸弐号は扉の先の階段を下りていき、百穂もまたそれに(なら)う。

 

階段を降りたその先、天井が高く開けた工場のような大部屋…その中心に寝そべっている巨大な何か。

その"腕"、骨格しかないそれに乱雑に這わされた大小さまざまな管から飛び出た"紐"のようなものの先端を掴んだ。

 

彼は聞こえないが、回りでは何かを叩いたり削ったりと、喧しい作業音が室内に響いており、何体ものメカ丸が歩き回ってはその巨大な"何か"を作っているようだ。

 

百穂もまた、呪力操作や義肢の強化、改造を交換条件としてその"何か"の制作の手伝いをしている途中なのである。

見るからにとても高度な技術だ。当然、専門的な知識すらなければそもそも見えてもいない状況でできる作業は限られる。

 

それでも彼にしか任せられないことはある。

呪力をその"巨体"に()()()()ための管、その"流れ"の良し悪しの判断がそれだ。

 

呪力がハッキリと(むしろそれしか見えていないが)目に見えている百穂にとってはうってつけの"視診"だった。

何のために必要なものかはわかっていない。だけど百穂は幸吉が自分が想像もしないような壮大な何かをしようとしていることだけは分かってはいるし、実はあんまりにも想像の域を飛び超えているせいでいろいろ突っ込みづらかった。

 

"視診"の際に管に流すのは百穂自身の呪力。それを掴んだ"紐"から循環させる。

百穂は物に呪力を流すことが上手い。というのも、戦闘の際には全身の義肢、そして両腕の二振りの刀に流し込んでいたからだ。加えて彼の"術式"も関係していたりする。

 

「………」

 

呪力を流し始めて間もなく、百穂は無言のままマーカーで管にバツ印を書いていく。

巡りの悪い管を幸吉へ伝えるためだ。

 

『思ったよりも少なくなってきたナ…この調子ならアレも取りかかれるか』

 

傍に待機していたメカ丸弐号のスピーカーから幸吉の声が流れる。これは独り言。

 

管を介して呪力を流れさせる…簡単にそうは言ってもただの無機物に呪力を流したところで、それに纏わりつくばかりで流し込みたい箇所へと到達する量は多くはない。

呪いを溜め込むことは出来ても、流すことは難しいのだ。

この管もそうだ。管自身に呪いが溜まり、望んだ箇所に流れるのは僅か。

"普通の管"であれば。

 

この"管"は幸吉自身の呪力を流し続けた所謂"呪具"モドキなのだ。

 

―――例えば刀を扱う呪術師がいるとして、その刀は術師が呪力を流し込んで戦うための"武器"ではあるが正確には"呪具"ではない。

だがそれも使い込めば使い込むほど、呪力を纏わせれば纏わせるほどその性質は呪具()()になっていく。

呪具とはそもそも"呪力の篭った道具"の事なのだからそれなりの年月、或いは濃い呪いが入り込めば呪具となり得るのである。

幸吉は天与呪縛によって得た実力以上の(と自虐しているが)高出力の呪力を纏わせることで、やや強引に呪具の性質を獲得させていた。

 

呪具に近い性質であれば、術師が正しく使えば思うように呪力を流れさせることが出来る。

それを利用したのが幸吉が今作ろうとしている物だ。コレの感性には人間の身体のような呪力の流れを可能にする機構が必要なのだ。

 

こうしたことをするのも、自身の術式である傀儡操術だけではキャパオーバーとなってしまう程の大きなサイズの傀儡を動かすため。

少しでも理想の動きに近づけるように、彼はその"巨大な何か"の改良を日々続けている。彼はそれをロマンと呼んだ。

 

…そして何を作っているのかよく分かっていない百穂を、いつかこっちの"沼(ロボット趣味)"に引きずり込んでやると幸吉に思われていることを彼は知らない。

 

 

 

 

 

百穂の"赤ペン"がだいたい終わった夕刻頃。

 

彼は階段を上った幸吉のいる部屋へと戻っていた。

丸椅子に座ったまま、メカ丸弐号に「もう少し待て」と書かれたスケッチブックを突き付けられている。

幸吉自身はここにはいない誰かと話しているようで、それが終わるまで待つことは多かった。

百穂は何も聞こえないのでプライベートの心配はない。

 

待っている間、百穂は自身のスケッチブックに向き合ってペンを走らせる。

 

文字ではない。それは"絵"だった。

 

以前まではなんの娯楽も楽しめない身、ただ生きて、たまに襲い掛かる呪霊を祓うのみ。

だけれど今、彼でも呪力の"線"が見える。それ故の初めての娯楽なのだ。

 

百穂が描くのは、見えることの叶わない共にいた少女の絵。

何故か描くように勧められた幸吉の好きなロボットの絵。様々だ。

 

―――稀に、非術師の描いた絵も少し見えることがある。

 

誰かの無意識の呪力の発露。思いが込められた絵は、彼の目に留まる。

術師としての才能の有無はあるが、悲劇的、或いは鬱憤など強いストレス下で描かれた物ほど鮮明であり、休日に伶奏と共に美術館を巡るのが趣味となった。

 

…当然、滅多に見つかるわけでもない。

ちなみに今のお気に入りはアメデオ・モディリアーニである。簡単に言えばすごい不健康な持病餅の画家だ。多分ストレスから呪力がひねり出されたのだろう。

 

こうして孤児院の外に目を向けるきかっけを作ってくれた幸吉に、百穂は感謝していた。幸吉と違い彼はそのことをストレートに伝えている。

伝えられた幸吉が鼻を鳴らしてそっぽを向くまでがワンセットだ。

 

しばらくして、幸吉が百穂へと振り向く。

 

「待たせたな」

 

その声が聞こえているはずはないが、何かを察知してか百穂も顔を上げた。

手元には二カッと笑う少女の絵。

 

呪力ペンで書いた線を見れるとわかってから、その腕はあっという間に上がった。

人の顔など手本を見せたことがあったとは言え、まるでかつて見えていたかのように描いているのだ。そこは不思議ではあったが、失くしたものの代償に何かの技能が抜きんでることは非術師でもある話。

幸吉はそう思うようにしていた。

 

百穂がページをめくって白紙に文字を書き出す。

 

〈終わったのか〉

「…あぁ今な。悪いな、反省会が長引いた」

〈反省会?なんの反省会だ?〉

「交流会のさ。以前話したろう?日本に二校しかない呪術教育機関。そのもう一つの東京高専との交流会…その反省会だ」

〈幸吉は出てないんじゃなかったのか?〉

「出てはいないが話題に事欠かない事態があったそうだ。どうやら|向こう〈東京〉の一年に惨敗したらしい…その一年が色々問題があったあらしくてな、生徒全員が校長からのありがたいお言葉を頂いたのさ。その後先輩方にその一年の話を聞いてたら遅くなった」

 

肩をすくめた幸吉の話に、百穂は少し考えるように手を一瞬止め、新たな文字を書き出す。

 

〈学校は楽しいのか〉

「…どうした急に母親のようなことを言って」

〈伶奏もこの時間は学校に行っている。毎日、そこであったことを書き起こして教えてくれる。幸吉、俺もお前もこんな"なり"だ、まともには生きづらい。お前はメカ丸を通して学校に行ってはいるが、それでもやっぱりここから動けてはいない…それでも、ちゃんと楽しめてるのか?〉

 

幸吉は百穂の問いに口を閉ざす。

同じ境遇だからこその羨望故の疑問か、いや、これは幸吉への心配。

 

その無機質な目は呪力を見ることが出来る。

 

幸吉はそう思っているが、まるでそのさらに奥を覗くような感覚を覚えて時たま居心地が悪くなることがあった。心のどこか片隅にある、叶わない願いを知られてるようで。

 

…だけど、既に彼は先ほどの百穂の問いの答えを持っている。

 

「あぁ、楽しい」

 

嘘偽りのない想い。

だからこそ、いつか皆と一緒に…この身体で隣に立つことを夢見てる人がいるんだ、という言葉は飲み込んで。

 

メカ丸弐号は彼が口に出した言葉のみを書き出す。百穂がその願いを知ることはない、はずだ。

だけど同じ境遇ゆえか、きっと察しがついているんだろうな、と思っては困ったような苦笑いを浮かべた。

 

 

 

〈学校で好きなやつはいるのか?〉

「また母親みたいな俗っぽい質問するなお前は」

〈俺は伶奏だ〉

「…お前のその素直さは俺も見習うべきだと思ってる」

〈三輪〉

「は?何を言っている、同級生の女子に恋をするなんてありきたりな話もないだろうに、そういう浅い考えで決めつけるのはやめてくれ、そんな話は三流小説がするような拙い展開でしかないだろうに、そもそも三輪がそうだという確証もないんだろう?人数が少ないからって当てずっぽうは感心しないぞ、聞いてるか?違うからな?自分を悲劇の主人公と捉えてハッピーエンドなことを夢見てるようなバカじゃないからな?いや三輪がそうとか言ってるんじゃないんだ、わかるだろう?あくまでたとえ話であって、いや、ともかく違うんだ、確かにすごいいいやつだとは思うしスタイルもいいし弟二人を養うために頑張ってる姿が魅力的と思わないでもないが、それはそれで俺はこんな姿だし実際に会ったこともないわけで、それはお互いさまだからつまり俺も同じな訳で、三輪に対してそういう想いを抱いているとかそういう話はあるわけがないんだ」

〈よくわかった〉

「本当か?」

〈本当だ〉

「…ならいいんだ」

当然互いに違う意味で捉えている。

 

―――それから先程まで百穂がしていた"手伝い"のこと。

幸吉がメカ丸を通して見ている学校のこと。

百穂が払った呪霊のことなど再度話を詰めた後、百穂はもう大分馴染み深くなった隠し部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

百穂が済む寺とは山を一つ挟んだ反対側に位置するこの場所は、決して近くはないが彼の足にかかればさして時間もかからない。

草木などの植物、またはそれ由来の物もまた、百穂には"緑色"として見えている。

彼が今更、誤ってぶつかることなどない。

 

そうして山を抜けて寺を見る。夜の山で呪霊を狩り終わった後と同じように。

そこで変わらず佇む寂れた寺を見届けてやっと安心できるのだ。

 

引くたびにガタガタ煩い引戸を開け、ブーツを脱いで廊下を歩く。

百穂のことを知らない人が見れば見えているかのように自然な所作である。

 

―――彼が幸吉まだに話していないことが一つ。

百穂から漏れ出す呪力についてだ。

百穂から意図せず放出された呪力はあたりへと拡がり、その呪力が行き渡っていない箇所が()()()()()()として映ることで、地面や建物の位置を把握できていた。

それは本当にぼんやりと僅かではあるけれど、百穂では認識できない呪力を纏わない無機物を認識できるのである。

 

…とは言え、これが呪霊を呼ぶ原因ならば制御方法を知った後潔く止める腹積もりだった。便利なのは間違いないが、危険が及ぶのは自分だけではない。自身の不自由は彼にとって二の次なのだろう。

 

けれどこの、自身の呪力が暗闇に広がる様を、彼は気に入っていた。

 

無意識に足元から地面に広がるように放出しているそれは、まるで収穫を待つ稲のように地面から立ち上る。

呪力の"黄色"は闇によく映え、結果として"黄金"のような煌びやかさを楽しめる。

 

彼の見えている世界は誰にとっても奇妙ではあるのだけれど、その中のこの"稲"だけはとても美しかった。

 

 

「白い花 白い花 あの人の胸に 咲いて―――あっ、百。おかえりなさい」

 

黄金の稲が足元を埋め尽くす中、彼女―――怜奏は百穂に気が付き歩み寄る。

暗闇に敷き詰められた稲を掻き分け、赤い着物の彼女はそうしてまた歌うのだ。

 

―――あぁ、その歌を()()()ようやく安心できるんだ。

 

 

 

 

 









百穂の見えている世界、その色分けについてですが、呪術師でも呪力を流す、術式を使う等していなければ基本的には白く見えてます。呪詛師も同じです。

ただ術師の敵意や、感情によって呪力の色に差異が出ます。基本現在の状態が目に映る感じです。
どんな感じかと言うと呪術師の呪力は黄色。呪詛師の呪力はオレンジ色という認識です。呪詛師でも百穂に悪意が無ければ黄色になったりはします。例外はあるのであくまで基本的に、ということで。

後、常に無限を纏っている五条先生は黄金でまぶしいそうです。



余談ですが2019年のアニメ版どろろでの色分けは多分以下の通りです。

白:人間はだいたいこれ。色の変化はあまりない。黒が混じったりはする。
黄:妖怪とか、でも悪意なしの妖怪だと白よりになったりする。
橙:警戒色?悪意一歩手前ぐらい。
赤:鬼神は最初からどす黒い赤、憎悪や悪意のある妖怪も赤くなる。
緑:植物、植物由来の物(木刀とか)

基本的に百鬼丸に対して向けられた感情が色として見えていると思います。
紫とかもありましたけどややこしいので除外しました。
(誰か詳しい人がまとめてくれないかなぁ)

"鬼神"は呪術廻戦で言えば式神のことを指しますが、どろろの場合の鬼神は主人公の百鬼丸から身体を奪ったなんかすごい妖怪ってとこですね。

それと未だに百鬼丸が地面とかの段差で転ばない理由が分かってないです…そのため今作は"呪力による地形把握"としました。


■与幸吉
メカ丸現在一年生。
百穂との出会いは入学以前かららしい。
まだちょっと初めての感情に初々しさがある。

■どこかの呪霊
いつか再開することがあるだろうか。




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