大崎さんには負けられない。 (バナハロ)
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プロローグ
始まりの日。


 高校生活の始まりは、誰もがバラ色生活のスタートに感じる事だろう。何せ、高校とは青春の代名詞。人によって様々だが、友達とバカやるも良し、彼女を作って思い出を刻むも良し、部活に入ってスポーツに真剣に打ち込むも良し、愛好会を作って好成績を残すとは別の目標を立てるも良し……とにかく、なんでも出来る時期なのだ。

 俺も、新しく始まる高校生活に胸を躍らせていた。何せ、中学まではソシャゲに全てを注ぎ込み、友達や彼女を作ることなどなかったのだ。

 その結果、残ったのは虚無感のみ……ということを、中学の卒業式を迎えて思った。いや、正直、今でも少しやってるんだけどね……。そんなすぐには卒業出来ないから。

 そんな事はさておき、とにかく俺はこれから変わるんだ。まだどんな青春を送るかは考えていないけど、友達でも彼女でも部活でも愛好会でも作って、みんなで仲良くワイワイやる。

 この入学式後が、その第一歩だ……と、思っていた時期が私にもありました! 

 

「はい、アルベールー」

「ひぃん……ず、ズルい……! もう、レヴィオンはこれだから嫌い……」

「いやいや、甜花の黄金都市も似たようなもんだからね」

「そ、そんな事ないよ……! 少なくとも……甜花のデッキは、一枚のカードで……逆転されるものじゃ、無いし……」

 

 こうして、クラスの女の子と友達になってゲームをやるようになっていた。まさかのスマホゲームに逆戻りである。いや、一緒に遊ぶ相手がいる以上、全くもって前と同じというわけでもない。

 ただ、まぁ少し虚無感はあるよね。

 事の発端は、入学初日。友達欲しいなーと思っていたけど、スマホ以外の友達がいなかった俺は、話しかけるきっかけすら見つからなかった。

 そんな中、教室に今、一緒に遊んでいる子が、グスッと鼻を鳴らしながら入って来たのだ。

 

『ぐすっ……な、なーちゃん……別のクラス……たすけて……』

『え、ちょっ……な、なんで泣いてんの⁉︎』

 

 俺に妹がいる事もあって、反射的に大慌てでフォローしたのがきっかけだ。

 で、その後、何とか泣き止ませて(ゲーセンでとったデビ太郎のモチモチストラップを差し出すことで)、少し話せるようになって、その日の放課後に遊びに誘ってみた。

 

『あ、ね、ねぇ! よかったらこの後、飯行かない?』

『え……て、甜花……お昼寝したいから、嫌だ……』

 

 まさかの友達との親睦よりもお昼寝を取られてしまい、俺の中に大きなトラウマを残されるハメになった。誘い慣れてない奴が誘って断られると本当に死にたくなるんですよ……。

 で、その日の帰り際、ふと独り言で「仕方ない……家で、A○EXでもするか……」と、呟いた時だ。

 急に俺の肩に手を置き、急接近して声を掛けてきた。

 

『て、甜花もっ……一緒に、やりたい……! フレンドになろう……?』

 

 との事で、初日から一応、連絡先を交換するに至ったのだ。で、次の日以降は土日だったのだが、その日は二日ともA○EXだけでなく、モンハン、アソビ○全、グラブルVSなど様々なゲームで交流を交わし、今日に至る。

 現在、二人でお昼を食べながら、スマホゲームをしている。

 

「そ、そもそも……ず、ズルい……! 甜花対策に、熾天使の剣3枚も積むなんて……!」

「そりゃ、正直、俺は甜花ちゃん以外とこのゲームやらんし。甜花ちゃん対策取るのは普通じゃね?」

「うう……こうなったら、甜花も小宮くん対策を……」

「やめろよ」

「にへへ……やめない……」

 

 なんて話しながら、二人でゲームをぽちぽちいじっていると、教室に先生が現れた。

 

「あ、先生来たよ」

「むっ……せっかく、対策が終わった、のに……」

「後でいくらでも相手するから」

 

 もしくは他のゲームやっても良いんだけどね。グラブルとか。

 実を言うと、卒業してから甜花ちゃんと会うまでの間、ソシャゲにはなるべく触れないようにしていたので、また割と置いていかれている。

 ただでさえ、俺は無課金勢。その上、リミテッド(強キャラ)と干支(強キャラ)は当たらない病気にかかっているので、どこまで行っても限界がある。

 ちなみに、唯一にして多数持っているリミテッドが杉玉。幸か不幸か、これだけ7回当たってるから、水だけ神石編成という課金者向けの編成が出来てる。

 ……でも、こうして一緒にゲームできる友達が出来たって事は、またガチでやっても良いのかな……。それこそ、バイトとかして課金してみても……。

 

「……ちなみに甜花は、課金とかした事ある?」

「……ノーコメントで……」

 

 あるのか……。まぁ、薄々そんな感じはしてましたけどね。

 

 ×××

 

 さて、昼休み。とりあえず、高校が始まってから初の昼休みであり、給食がない生活は初めてのことだ。

 学食、というものが気になった俺で母ちゃんに弁当を断った俺だが、登校中に「あれ? 学食って一人で行って平気なのかな」と勝手に不安になり、コンビニでざるそばを買った。すみませんね、小心者で。

 

「甜花、飯食わん?」

 

 ちなみに、下の名前で呼ぶようになったのは、甜花の一人称が「甜花」だからだ。大崎、よりも呼びやすいし、甜花自身も気にしてなさそうだったので、俺も甜花と呼ばせてもらっている。

 

「う、うん……! ……にへへ……友達と、お昼……!」

「あー良いよな。給食みたいに一緒に食べる人が決められてなくて」

「……甜花、給食中もあまり……同じ班の人と、話さなかったから……」

「……そうか」

 

 俺と一緒かよ……。なんか、気持ちが分かるのが困る。

 ま、悲観することはない。これから一緒に食べるんだからな。

 

「甜花、弁当は?」

「……おべんとう?」

 

 え、留学生? お弁当の発音がひらがなに聞こえた。

 

「いや、昼飯」

「……あ、そ、そっか……給食ないから、自分で用意しないと……!」

「買ってないの?」

「ど、どうしよう……甜花、お金ない……」

 

 おいおい……本当に高校生ですか……? 

 

「こ、この前のグラフェス、張り切り過ぎて……」

 

 しかも同情の余地無しときましたか……。とはいえ、まぁ生活リズムの変化、と言えば分からなくもないので、とりあえず今日くらいは優しくしておくか。

 

「なら、ざるそば半分食べて良いよ」

「え……?」

「箸は……俺が逆側使うから。はい。先に食べて」

「……良いの?」

「良いの。代わりに帰ったらランク戦ね。カジュアル飽きてきたからそろそろ本格的にやりたい」

「う、うん……分かった……!」

 

 よし、決まり。そんなわけで、箸を手渡した。

 

「良いよ、先に」

「あ、ありがと……にへへっ、優しい……」

「っ……」

 

 ……ダメなとこが目立ってて忘れてた。この子、困った事に、普通に可愛いんだよな……。あー、守ってやりてー! 

 っと……いかんいかん、あまりにオープンになり過ぎると下心が出る。無いとは言えんけど、何もそういう裏があって仲良くしてるわけじゃない。単純に友達になりたいし、甜花を逃したら多分、友達ができなくなるから誘ってる。

 

「よし、じゃあとりあえずやるか! シャドバ!」

「う、うん……! 今回は、勝つよ……!」

 

 なんて言い合いながらスマホを起動した直後だった。教室の扉が勢いよく開かれると共に、後ろから大声が響いてきた。

 

「甜花ちゃーん! お弁当持ってきたよー!」

「! な、なーちゃん……!」

 

 え、噂のなーちゃん? たまにゲーム中に、甜花がよく自慢してきた双子の妹さんだっけ。

 

「一緒に食べ…………はっ?」

「? ……なーちゃん?」

「甜花ちゃん、その男誰?」

 

 ……え、何この冷たい声。雪女か何かなの? 本当に甜花の妹? 

 

「え……あ、なーちゃんは、初めてだね……。えっと……小宮秀辛、くん……」

「……ふぅん?」

 

 軽く会釈したものの、甘奈の目つきは冷たいままだ。何これ、喧嘩売られてる? 

 ……と、思ったが、なーちゃんと呼ばれた少女はニコリと笑みを浮かべた。

 

「大崎甘奈です。よろしく☆」

「あ、うん。よろしく」

 

 握手を求められたので、とりあえず応じる。直後、甘奈は足元をもつれさせた。

 

「わっ……!」

「ちょっ、あぶなっ……!」

 

 慌てて支えようとしたが、咄嗟だったので甘奈は俺に抱きつくように姿勢を崩してくる。

 

「ごめんごめん☆ ちょっと慌てちゃったみたい」

「な、なーちゃん……大丈夫……?」

「大丈夫だよ。甜花ちゃん」

 

 まぁ、怪我は無さそうだけど……しかし、まぁ甜花の妹って感じだな。ドジというか何処か抜けてるというか……。でも、妹の分、社交性はありそうではあるけどね。

 なんて思っている時だった。耳元で、ボソッと囁かれた。

 

「……甜花ちゃんを変な目で見るようなら、これから夜道では気をつけてね☆」

「……」

 

 ……。

 

「さ、甜花ちゃん。コンビニ弁当なんて身体に悪いし、甘奈が作ったお弁当食べて!」

「あ、ありがと……そっか、甜花のお弁当、なーちゃんが用意してて、くれたんだ……!」

「もち☆」

 

 ……やばい女だ、こいつ……。シスコンどころじゃねえ、姉を守る最後の盾とも呼べる女だ……。

 目の前で勝手に他人の机に座った甘奈が、甜花の机に弁当を広げる。

 なんつーか……やばいなコイツ……。姉のためなら手段は選ばない感じ、割とマジで普通じゃない。

 これは……どうしよう。そもそも変な目で見る、という基準も曖昧な上に、それらの判断を下すのも全部、あの妹だ。このままじゃ、俺の命が危ない。

 これは……甜花と友達になるのは諦めた方が……と、思った時だ。ふと、大崎妹と目が合った。

 

「……」

「……ふっ」

「!」

 

 ……そ、そうだ。俺は中学でインキャは卒業すると決めたんだ。ならば、例え誰とぶつかってでも、友達を作る! そのためには、まず第一歩として甜花と仲良くなるしかない! 

 夜道? やってみろコラ。女に手を挙げるほどクズじゃないつもりではあるが、命の危機となればそうも言っていられない。そっちが来るならやってやるよ! 

 

「甜花、とりあえず妹さんが弁当をくれるなら、そばは平気?」

「う、うん……。ごめんね……?」

「気にしなくて良いよ。とりあえず、飯を食った後で、ゲームはゆっくりやろうな」

「そ、そうだね……!」

「‼︎」

 

 大崎も、驚愕の表情でこっちを見る。が、それに対して俺はほくそ笑んで答えてやる。甘く見るなよ、大崎甘奈。青春に憧れる男子を甘く見るな! 

 

「にへへ……なーちゃんと、小宮くんと……一緒にご飯……! 甜花、嬉しい……!」

「「……そうだね☆」」

 

 無邪気に大崎が作ったご飯を食べる甜花を挟んで、俺と大崎は火花を散らす。これから先の高校生活、何がどう転ぶか分かったものではないが、少なくとも悪くないスタートダッシュを切れた。

 何せ、友達と好敵手が同時に出来たのだ。こんなカオスなスタート、そうそう切れるものではない。

 甜花をめぐる決戦、存分にやり合ってやるよ。

 

 



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戦は敵が想像しなかったことをした方が勝つ。

 FPSゲームは、友達と仲良くなるのにうってつけなゲームであると思う。何故なら、助け合いが重要となるからだ。玄人同士なら助け合い、素人と玄人なら玄人が助け、素人同士ならやはり助け合い、まぁとにかく助け合いだ。

 ぶっちゃけ、甜花としかやった事ないから確証はないけど、少なくとも玄人同士が仲良くなる説は今の所、一人中一人……つまり100%だ。

 今日も、夕方から二人でゲーム中である。

 

「甜花、あそこ敵いる」

『まか、せて……! ジャンパ、投げます……』

「ほいほい」

 

 画面上で、甜花がいじるキャラが突撃し、その後に俺が続く。敵がいるのは、二階建ての小屋の中。その中に別々の入り口から突撃し、挟み撃ちだ。

 連射速度の速いサブマシンガンを乱射し、敵のキャラのアーマーを破る。

 

「レイスアーマー割った。……あ、そういえばさ、甜花」

『了解。……何……? あ、一人ダウン……』

「好きな食べ物とかある?」

『好きな食べ物……うーん、なんだろ……特に、嫌いなものはないけど……あ、漁夫、来るかも……』

「ほいほい。……マジかー」

 

 うーん……それだと困るんだよな……いや、まぁ困りはしないけど。

 明日、俺も弁当を作っていこうと考えてるんだけど、流石に甜花の分、丸々は出会って数日で引かれると思うから、俺のおかずを少し分ける予定なのよ。何せ、甘奈には負けられないからな。あらゆる力を持ってして、甘奈よりたくさん昼休みに甜花とお話ししたい。

 その為には、少しでも話題となるものをもっていくしかない。

 

「うーん……じゃあ食べたいものは? あ、一旦シールド巻く」

『了解。……え、どうして……?』

「いや、まぁなんとなく……あ、いや、ちょっと料理してみたいんだけど、味見してもらえると嬉しいなって」

『にへへ……食べさせてくれるの?』

「うん。おk、ワンダウン。あ、野良が一人やってくれた」

『じゃあ〜……あ、終わった』

「ナイスゥ」

『にへへっ……ぶいっ』

 

 嬉しそうな甜花の声を聞きながら、漁夫も捌いてひとまず落ち着いた。ようやくアイテムを拾える。

 

『甜花、唐揚げが良い……!』

「唐揚げね。了解」

 

 さっきはああ言ったけど、俺は料理は苦手ではない。高校デビューしようと考えた時から色々と努力してきたけど、その中に料理も含まれている。明日はせいぜい、美味いもの食わせてやろう……あ、ラッキー。こいつボルト持ってた。

 武器を切り替えていると、マイクの奥から声が聞こえてくる。

 

『うう……ど、どうしよう……』

「どうした?」

『な、なんでもない、よ……? ……なーちゃん、おシッコ……ペットボトルとって……!』

「聞こえてるわ! いいからトイレくらい行ってこいよ!」

 

 俺でもボトラーはした事ねえぞ! ていうかよくVCつけながらそれ言えるな⁉︎

 

『でも……今、マッチ中……しかも、ランク戦で……』

「野良も一人いるんだから平気だよ。てか、早くしないと尿結石になるよ」

『うっ……じ、じゃあ……行ってくりゅ……!』

 

 そんな優しい言葉を噛むなよ……。

 半ば呆れながら、しばらく甜花のキャラを守る事にした。

 ……にしても、だ。今までVCつけてやったことなかったから知らなかったけど、知り合いとやるとこんなに面白いんだな。それに、やりやすい。

 このゲームは、野良同士でプレイすることも想定されているため「あそこに行こう」「あっちに敵がいる」「あの辺でアイテムを探す」などのサインを送れるが、それでも「あそこに敵がいるから、俺はここで狙撃して牽制する。だからお前はポータルを引いて奇襲できるようにしてくれ。それが終わったらEMPを飛ばす」といった細かい作戦は伝えられない。

 だから、まぁとてもやりやすいという話だ。

 

「ふぅ……」

 

 とはいえ、割と疲れもするが。結構、こう言っちゃなんだけど勝手な子で、自分の欲しい武器特有の銃声が聞こえてくると、こちらの準備が済んでいなくても突撃しに行ってしまう。

 その際、VCをつけていると止めないといけない。無けりゃ「まぁ仕方ないか」と諦めることも出来るんだけどね。

 待ってる間、何とか野良の人を落ち着けるため、二人で屈伸ごっこをしてみたり、棒立ちになってる甜花のキャラを殴ったりして待っていた。

 すると、耳元に声が届く。

 

『にへへ……お待たせ……』

「ちゃんと手、洗った?」

『洗ったよ! ……あっ、じ、じゃなくて……あ、洗ったもん……!』

 

 なんで言い直した? 

 

「じゃ、行こうか。そろそろ高台取ろうや」

『うん……』

「って、そっちじゃねえよ! そっち思いっきり林の中じゃん!」

『あ……にへへ、そっか……。間違えちゃった……』

「や、まぁ甜花がそっち行きたいならそっちでも良いよ」

『だ、大丈夫……バカッタレ……小宮くんの、後に続くから……』

「え、今、バカッタレって言いかけた?」

『かけてない』

 

 ……そんなに手を洗ったのか洗ってないのかが頭に来たのかな。まぁ良いや。ひとまず、高台を取りに……ん? 

 

「あ、あそこ敵いるわ」

『じ、じゃあ……あそこはやめて……』

「殺して奪い取ろう。多分、次の安地もあそこ含まれそうだし、取っといた方が良いよ」

『えっ……?』

「じゃ、先行くわ」

 

 それだけ言うと、一気に突撃した。まだ銃声してるし、行けば混ざれそうだな。

 そのまま三人で突撃し、まずは一人目を捉える。持ってるボルトで完全に隙を突いたので一人ダウンさせ、壁の裏を通って敵に接近すると……。

 

『きゃー! わー! た、助けてー!』

「えっ、ちょっ、甜花⁉︎」

『ギャーギャー!』

 

 何その聞いたことない悲鳴⁉︎ こういう修羅場、大好きだったじゃん! 

 もう狙う事もせず、まるでシティーハンターの映画に出てきた「アイ・コンタクト」の如くマシンガンをやたらめったら撃ちまくる。

 一発当たれば致命傷を負うリアルならともかく、アーマーがある上にHPが100あるゲームにおいて、その弾幕は何の意味もない。

 

「ちょっ、落ち着けええええ! てか、野良が死んでるから! 一旦、退こう!」

『秘孔ってどこ────⁉︎』

「北斗神拳じゃねえよ! って、待てええええ! そっちは退くどころか突撃コース!」

 

 何してくれて……ああああ! 別パ、別パ来てる! 死ぬって、逃げないと……いや、甜花を置いて行けるか! このまま戦っ……あ、全滅した……。

 

「……おい」

『……にへへっ、ごめん……』

「じゃねえよ! お前、大崎だろ⁉︎」

『え? ……甜花も……大崎だよ……?』

「その答え方がもう妹だっていう証拠だわ!」

『ふんっ、当たり!』

 

 お前……ランク戦でそれはダメだろ……いや、まぁ何キルか取ってるし、ポイントもトータルで見たらプラスだから良いんだけどさ。それでも野良の人に申し訳ないでしょ。

 

『にしても、アレだよね。最初の方、めっちゃ騙されてたよね』

「っ、う、うるせーな。てか、お前こそ最初の方、素が出てただろ」

『いや、普通、女の子にああいう事、聞かないからね。自分のデリカシーの無さを嘆いたら?』

 

 ……そういうもんかね。

 

『ていうか、もうこれでハッキリしたよね。甘奈と甜花ちゃんの声も聞き分けられない人に、甜花ちゃんの彼氏は無理だから!』

「かっ、かかっ……彼氏になりたいとか思ってないわ! 友達くらいのつもりだから!」

『じゃあ、学校でもう一度、甘奈が甜花ちゃんのモノマネしたとして……見破れる?』

「うぐっ……そ、それは……」

 

 ……学校で、ということは、髪型や表情も真似るつもりだろう。あの姉妹、目と髪の分け目以外は割とそっくりだし、まだ出会って一週間ほどの俺じゃあ厳しいかもしれない……。

 

『でしょ? 彼氏でも友達でも、双子の妹と間違えるような人じゃ、甜花ちゃんを任せられません!』

「クッ……こ、この野郎……!」

 

 なんて女だ。何がすごいって、何一つ理屈にもなっていない。いや別にあなた方の女友達でも、モノマネすれば甜花と大崎を見分けるのは難しいと思うが、それが出来ないと友達にもさせられないってのは、全然リンクしない。

 だからこそ、こっちは突破口がない。強化系バカには理屈が通じない、というのと同じだ。

 どうしたものか、と悩んでると、別の声が聞こえてきた。

 

『なーちゃん……何、してるの……?』

『え? あ、甜花ちゃん。悪は甘奈が撃退しておいたよ! だから、ゲームなんてやめて、私と遊……』

『……部隊全滅してるけど……もしかして、勝手に……いじった……?』

『え……』

 

 おや? 

 

『なーちゃん……ひどい……ランクマッチだから、ポイントの移動があるのに……』

『え、て、甜花ちゃん……? 怒ってる……?』

『……なーちゃんの、バカ……!』

『‼︎』

 

 ……何を聞かされてるんだ俺は……。というかどうすりゃ良いのか。いや、まぁ大崎が悪いんだけどな。

 なんなら、俺も聖人君子ではないので、正直な感想を漏らそうと思う。

 

「大崎、大崎……!」

『な、何……?』

「ザマァ〜〜〜ミロ〜〜〜」

『ッ、あ、あんた……覚えててね……!』

 

 それだけ話すと、ヘッドホンの奥から「甜花ちゃん、ごめんなさい〜!」「……知らないっ」「こ、今度、一緒にゲーム付き合うから〜!」「……こ、今回だけだからね」という声が聞こえてくる。あいつら楽しそうだな毎日……。

 

 ×××

 

 さて、翌日。俺は早速、唐揚げをサッと揚げて来た。ひとまず、我が家の中でもウケが良いわさび風味の唐揚げ。俺の中で唐揚げのバリエーションは4つあるが、妹が最も好きな味だ。ちなみに、他のは普通のと柚子とガーリック。

 柚子とどっちが良いか悩んだんだけど、甜花も一応、高校生だし、大人向けな方が良いかなと思ってワサビにした。

 時早くして、春休みとなった。

 

「甜花、飯食おうぜ」

「うん……! 唐揚げ、楽しみ……!」

「覚えてたか」

 

 昨日、ゲームしながら話してた奴ね。

 

「てか、昨日大丈夫だった?」

「何が……?」

「大さ……甘奈との喧嘩。ゲームの後も仲良く出来た?」

「う、うん……! 小宮くんとのゲームの後……なーちゃんと、二人で……ア○ビ大全、やった……!」

「そっか」

 

 あー、そういうのなら大崎も楽しめそうだもんな。やっぱりゲームは人の輪を繋ぐ。ソロ推奨の奴を除いて。

 一応、甜花も大崎のことは好きみたいだし、俺もこの二人に仲違いして欲しいわけではない。ただ、まぁ……なんだ。でも絶対に負けないってだけ。

 とりあえず、先手必勝と行こうか。早めに唐揚げを食べてもらい、空腹という名の最高のスパイスは俺の唐揚げにかけるとしよう。

 

「さ、食おう」

「う、うん……! いただきま……」

「甜花ちゃーん! お昼食べよー!」

 

 ! は、速い……⁉︎ 別棟にある教室からここまで、およそ30〜40メートルはある廊下を、弁当を持ったままほんの2分弱で移動して来たというのか……! 

 

「さ、甜花ちゃん。食べて食べて!」

 

 クッ、この圧力……この勢い……間違いない。こいつもHungry spiceを狙っているのか……! 

 マズイな、こうなっては……甜花は甘奈の方へ傾くか……? 

 チラッと甜花の方を見ると、甜花は意外にもやんわりとした笑みを浮かべている。

 

「う、うん……! でも……甜花、今日は小宮くんの唐揚げを……」

 

 ! よっしゃ、やっぱり約束ってのは強いな。先に頼み込んでおけば、向こうもそれに応じてくれる。昨日のうちに声をかけておいて良かったぜ。

 さぁ、甘奈。どう出る? 

 

「……そっか。じゃあ仕方ないね☆ 甘奈のは後で良いよ」

「う、うん……ごめんね……?」

 

 ……意外とあっさり引き下がった、だと……? こんなに慌ててここに来ておいて……? 

 いや、そもそも甘奈は俺が甜花に唐揚げを分けること自体、知らなかったはずだ。Hungry spice狙いだと思うことが既におかしかったか……。

 しかし、それなら遠慮なく行かせてもらおうか! 

 

「はい、唐揚げ」

 

 弁当箱を開けて差し出した。今日の唐揚げはいつも以上に完璧だったぜ。ゲームが終わった後、うちの冷蔵庫を引っ剥がしたらワサビと生姜が無かったから、わざわざ買いに行ったくらいだからな。

 それとついでに、妹に「ジャスティスマン・ウエハースチョコ」をついでにお土産で購入し、徳も上げておいた。完璧な出来だ……! 

 

「おお……美味しそう……!」

「そりゃ美味いよ。何せ、妹に好評な奴だからな!」

「え……? 料理してみたいから、甜花が味見なんじゃ……」

「あ、いや、えっと……き、昨日の夜! 夜にも作ったんだよ!」

「あ、そ、そっか……」

 

 ふぅ……危なかった……。ついうっかり何もかもバレる所だったぜ。もう少し発言を気を付けないと。

 ……そうだ。牽制しておくか。チラリと大崎の方を見ると、そっちにも声をかけた。

 

「お前も食べる?」

「……いただきます」

 

 敵情視察のつもりだろう。食べるって言うの分かってた。そして絶望しろ。この味は、唐揚げの革命だ……! 

 姉妹揃って、ほぼ同時に唐揚げを食した直後、二人とも揃って目を見開く。

 甜花は新鮮さを感じたように。

 そして大崎は意外なものを感じたように。

 

「お、美味しい……! わさび……?」

「ホントだ……ちゃんとお弁当に合うように揚げてあるし、わさびも程よく練り込んである……」

「味もしょっぱ過ぎないし……なんだか、あっさりしてて……お肉の中にまで、味が染み込んでて……」

「本当に上手だったんだ……」

 

 甜花だけでなく大崎まで饒舌になるほどの旨味とはなぁ……。こういう感想、素直に嬉しいの困るなぁ……。

 こうしてると、高校デビューのために培った技術の一つが意味を見出したみたいで、正直少し嬉しい。

 

「甜花、もう一つ食べたい……!」

「どうぞ」

「本当に美味しいね、甜花ちゃん。少し見直したね」

「う、うん……! 小宮くん、良いお嫁さんになる……」

「嫁かよ」

 

 ……しかし、なんだ? 褒められているのに、この違和感……。甜花の方ではなく、大崎の方から感じる……。

 まるで、俺の気分を高揚させ、油断を生み落とそうとしているような……。

 

「ね、小宮くん。甘奈も、もう一つ、もらって良い?」

「どうぞ?」

「ありがとう☆ ……んー、本当に美味しいなぁ。……うん、美味しい」

「……?」

「……美味しいからこそ、思うよ。本当に、惜しいなって……!」

 

 それと同時に、甘奈は邪悪にほくそ笑む。まるで「計画通り……!」と言わんばかりの笑みだ。

 直後、俺の脳天から首、背筋、そして踵までの間に、冷たい稲妻のようなものが流れた。嫌な予感、いや……死期さえも悟らせる程の悪寒と寒気。鳥肌が立つ程のそれだ。

 

「じゃ、甜花ちゃん。甘奈のお弁当も食べて?」

 

 そう言った直後、大崎が開いたパンドラボックスから姿を表したのは、俺と同じように唐揚げだった。

 

「っ、こ、こいつ……!」

「わっ……なーちゃんも、唐揚げ……?」

「そうだよ?」

「すごい……唐揚げの、コラボ……!」

 

 こ、こいつ……まさか、昨日の俺と甜花の会話、聞いていたと言うのか⁉︎

 

「はい。甘奈のは、甜花ちゃんが大好きな柚子風味だよ☆」

「や、やった……!」

 

 しかも、汚ねえ! 自分だけ審査員の好みに合わせやがった! なんてエゲツない真似しやがんだこいつ⁉︎

 

「んー……やっぱり、なーちゃんの唐揚げが最高……!」

「ありがとー☆」

 

 それわざわざ言わなくて良くない? 

 そのまま二人で仲良く弁当を食べる姿を眺めながら、ひとまず反省する。このままじゃ終われない。

 一先ず、今回分かったのは、料理では大崎に敵わないということ。腕的な事ではなく、甜花の好み的な問題だ。

 ならば、ここから先は、甜花の好みが必要なものは避けよう。その上で、大崎に情報が漏れるようなことも回避した方が良い。

 面白い……ここから先は俺の発想力が試される。やってやんぞオラ。

 

 



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猛き者も遂にはほろびぬ、偏ひとへに風の前の塵におなじ。

 さて、その日の夜。一先ず甜花とゲームをする。今日は呑気にカジュアルのデュオである。いつもランクなんてやってると殺伐とするからね。何より、大崎に邪魔をされると困る。

 そんなわけで、のんびりと遊べるカジュアルマッチである。

 

「そういや、甜花。明日は何が食いたい?」

『明日も……作ってきて、くれるの……?』

「もちろん。料理の練習だし、今日は甘奈に勝てなかったけど、負けたくないし」

『……す、すごいね……』

 

 おっと、少し引いてる? ていうか、あまり「君のために作ってるんだ!」感は出さないようにしないと。

 

「か、勘違いしないでよねっ! 甜花のために作ってるんじゃないんだからねっ! 自分のためなんだからねっ!」

『あ……ツンデレ……? ……気持ち悪い』

「え、き、気持ち悪いって言った?」

 

 傷つくよこれでも? 

 俺の問いを無視して、甜花は本来、聞いていた方の質問に答えた。

 

『甜花……じゃあ、生姜焼きとか……!』

「了解。じゃあ、材料あったら作っていくね」

『うん……! あ、敵きた。撃って良い? クレーバー、使いたい……!』

「どうぞ」

 

 よし、おk。そのまま、二人で今日の所はそのまま呑気に戦った。

 

 ×××

 

 翌日、また昼休み。大崎が早くも現れ、食事の時間となった。やはりというかなんというか、大崎は秒でこちらに到着した。

 

「甜花ちゃーん! お昼にしよー!」

「う、うん……! なーちゃん……!」

「毎回毎回それ言わないと気が済まないの? 声デカいわ」

「は? うるさいんですけど。元気よく挨拶するくらい良いじゃん」

 

 挨拶を交わしながら、大崎は近くの席に座る。ホント、その席の子が部活仲間と食いに行ってなかったらどうするつもりなのあなた? 

 そのまま大崎はお弁当箱を用意したので、俺も弁当箱を取り出した。

 昨日と同じように来るか? と思ったが、今度は大崎が先手を打つ。どうやら、叩き潰すつもりのようだ。

 

「はい、甜花ちゃん。生姜焼きだよ? 大葉と大根おろしをトッピングした、甜花ちゃんの好きな奴」

「にへへ……あ、ありがとう……」

「甜花ちゃん、前に言ってたもんね。この二つがないと生姜焼きじゃないって」

「あれ……そ、そうだっけ……?」

 

 嘘エピをぶち込んでまで潰しに来たか……。こいつホント性格悪いのな。

 

「さ、食べて?」

「う、うん……小宮くん、ごめんね……。今日は、先になーちゃんの、もらうね……?」

「どうぞ」

 

 はっ、仕方ないさ。Hungry spiceはくれてやる。

 そのまま甜花は大崎の作った生姜焼きを食べる。

 

「にへへ……おいひい……」

「ホント? ほら、キャベツもちゃんと入ってるから、味を変えたかったら豚肉で巻いて食べてみて?」

「うん……!」

 

 フォークを使い、上手いこと器用にキャベツを肉で巻いた甘奈が、甜花の口元に運ぶ。学校の教室で、何食わぬ顔で「あーん」をやってのける勇気を讃えたいまである。

 

「どう?」

「おいしい……! なーちゃん、料理上手……!」

「えへへ、甜花ちゃんのために頑張ったからね……!」

 

 言いながら、大崎は俺を見てほくそ笑んだ。その後出しジャンケンで勝利した戦にドヤ顔で返す神経は中々のものだ。

 だが、まぁ想定内だ。ガッツリと甜花と俺の会話を聞いてるだろうって踏んでた。

 だからこそ思う。後出しジャンケンに勝つには、さらにその後出しジャンケンをすれば良いと! 

 

「すまん、甜花」

「? 何が……?」

「むっ……?」

「実は、うちの豚肉が切らしてて、生姜焼きは作れなかったんだ」

「そ、そうなんだ……残念……」

 

 しょぼんと肩を落とす甜花。その横で、大崎は警戒して俺の弁当箱を見ている。そうだ、それで良い。警戒しろ。人は正体不明なものこそ恐ろしく感じる生き物だ。

 

「だから代わりに、生姜焼きの付け合わせとして好まれる、レンコンの柚子胡椒炒めを持って来た。甘奈の生姜焼きと一緒に食べてくれ」

「ーっ……⁉︎」

「わっ……い、良い香り……美味しそう……!」

「甜花が好きっぽい柚子風味だからね」

 

 大崎はガビーン、と言わんばかりに顎をあんぐりと開けた。はっ、バカめ。貴様の行動など筒抜けだ。肉を切らせて骨を断つ! 要は甜花を喜ばせる、という点に重きをおけば、同じ品で競うことに意味など無いのだよ! 

 

「すごい……レンコンのサクサク感と、柚子胡椒の風味がバッチリ……! これと……生姜焼きを交互に食べれば、いくらでも入っちゃいそう……!」

「だろ? いやー良かったわ」

「ぐ、ぐぬぬっ……!」

 

 悔しそうに俺の作った炒め物を睨む大崎。フッ、その顔が見たかった。そのためにここまで頑張ったまである。

 思わずニヤニヤしながら睨み返していると、そんな俺と大崎を見て、甜花はにこりと微笑んだ。

 甜花の笑みに気付かないはずがない俺と大崎は、敏感に察知して尋ねる。

 

「どうした?」

「……なんで笑ってるの?」

「ふふ……いや、なーちゃんと小宮くん……その、仲良しだなって……」

「「……は?」」

 

 いやいや、言って良いことと悪いことがあるからな? こいつと仲良くするくらいなら、俺はバナーの回収時間が切れる前に即抜けする奴と仲良くするわ。

 

「甜花? いつからそんな下品な言葉を覚えたの?」

「そ、そうだよ甜花ちゃん! どの辺にそう思う要素があったの?」

「だって……二人とも、甜花のために……美味しく生姜焼きを、食べさせてくれたから……」

「「……」」

 

 ……確かに。結果的に……いや、元は俺も大崎も甜花のために頑張ってたっけ……。

 

「だから……その、甜花……嬉しい……!」

 

 言われて、俺と大崎は目を合わせる。そのままお互いに真逆の方を向いた。

 確かに……そう言われると、まぁその通りだ。俺も大崎も甜花のために頑張ってたし、美味いものを食わせたい、ていう気持ちは同じだ。

 ……それに、俺も大崎も、甜花を困らせたり、気まずい思いをさせたいとも思わない。

 そう考えると……俺と大崎は争う理由がないのか……? 

 

「……」

「……」

「「……ふんっ」」

「あ、あれれ……?」

 

 やっぱダメだ。こいつと俺の出会いはあまりにも最悪過ぎた。争う理由? あるに決まってる。俺と甜花が友達になることも許さない奴とは一生、相容れないね。

 ここは、甜花が察する前に話を逸らすのがベストだろう。

 

「それより、甜花。さっさと飯食ってゲームしようぜ。今日はSwi○ch持ってきたから」

「それより、甜花ちゃん。ご飯食べたら、二人で反対ごっこしよー?」

 

 見事にハモリ、俺と大崎はお互いに睨み合う。

 

「は? 反対ごっこってなんだよ。てか、お前は家でも甜花と遊べるだろ。早く教室に戻れよ」

「は? あんたの方こそ家で私の甜花ちゃん独占してるじゃん。学校でくらい甘奈に譲ってくれない?」

「ふざけんな。面と向かってやるゲームとマイク越しのゲームじゃやっぱ違うから。そんなことも分からんがか」

「それどこ弁? 地方の方言を急に使う人って面白くない人の象徴だよね」

「今のがどこ弁なのかも分からないあたり、学力の低さが窺えるな」

「ふ、二人とも……お、落ち着いて……」

 

 あ、ヤバい。なんか泣きそう……。甜花を泣かせるのだけは絶対にダメだ! 

 

「「大丈夫、甜花(ちゃん)! 喧嘩なんてしてないから!」」

 

 チッ……甜花をビビらせないようにする、というのも同じ意見か。恐ろしいほどの速さで俺と大崎が肩を組むと、甜花はホッと胸を撫で下ろした。

 

「そ、そっか……良かった……にへへっ」

 

 あ、今ので誤魔化せたんだ。この子も大概、ヌケてんな。

 肩を組んだまま、大崎が小声で俺に囁いた。

 

「……とにかく、甜花ちゃんを泣かせるのだけはやめよう? 表面上は、甘奈もあなたも仲良しで。良い?」

「……同意しておこう。甜花だけは絶対に泣かせないってことで。決定」

 

 そんな密約が、二人の間で交わされた。そう言うと、一度、俺と大崎は離れる。あんまりくっ付いてると、その……なに? 例え相手が大崎でも女の子だし、俺としては、うん。困る。

 すると、何も知らない甜花が、ふと思い出したように言った。

 

「そ、そうだ……小宮くん……!」

「何?」

「今日の放課後、暇……?」

 

 直後、俺はニヤリとほくそ笑み、大崎は手に持っている割り箸をへし折ったが、甜花はそのまま続けた。

 

「あの……入学式の日に、くれたデビ太郎なんだけど……」

「ああ、あれ? ゲーセン産だし、別に返さなくて良いよ」

「あ、ううん……。甜花……それは、返す気ない……」

 

 いやそれはそれでどうなんですかね。

 

「甜花ちゃん、そんなもの返しちゃった方が良いよ! ばっちいよ?」

「テメェどういう意味だコラ」

 

 なんなのこの姉妹。失礼さを売りにしてんの? 

 

「それで……また新しいぬいぐるみが出たから、取りに行きたくて……」

「ああ。それで? ……あ、も、もしかして……一緒に?」

「う、うん……」

「甜花ちゃん⁉︎」

「も、もちろん、なーちゃんも……」

 

 ……なんだろう、少し嬉しい。前は気持ちが良いほど清々しく振られたからかな。

 

「俺は暇だし、全然行きたい!」

「や、やった……じゃあ、約束……」

 

 うお、その小指は指からですか? 隣の席なんだから、そんな儀式するまでもない、なんて無粋なことは言わない。元々、うちにいるJSの妹よりも幼いJKみたいなものだし、なんの問題もない。

 俺も小指を差し出し、結ぼうとした時だ。

 

「あ、ま、待ったー! 指切りなら甘奈がする、甘奈がするから!」

 

 当然のように妹が割り込んで来た。当然「仲良くなった」と思い込んでいる甜花は不思議そうに小首を傾げる。

 

「……どうしたの?」

「甘奈と甜花ちゃんでしようよ! ほら、同じクラスなら指切りなんてするまでもないでしょ? 学校にいる間はずっと一緒なんだし!」

「あ……た、たしかに……!」

 

 チッ、余計な事を。予測していたとは言え、やっぱ邪魔されると腹立つな……。

 そんな中、甜花はやはり不思議そうな顔で返した。

 

「でも……甜花となーちゃんの間でも、必要ないような……」

「あ、そ、そうだね……」

 

 それもその通りだ。いつも一緒にいるんだし、なんなら指切りくらいいつだって出来ることだ。正直、俺も女の子と指切りとか、正直かなり緊張するし、少しホッとしてる。

 とにかく、大崎の目論見通り指切りはこのままお開きかな……? って、大崎少し寂しそうだな……。お前、妹と指切りする機会を逃しただけでどんだけしょぼくれてんのさ……。

 それを察したのか、甜花は何かを思いついたのか、すぐに声を上げた。

 

「あ……じ、じゃあ……なーちゃんと、小宮くんが指切りするのは……?」

「「えっ……」」

 

 な、何故そうなる……? 

 大崎も同じように、困ったような表情で冷や汗を流す。

 

「いや、それは別に……ねぇ?」

「うん。そんなのする必要は……」

「え……ふ、二人とも……やっぱり、仲悪いの……?」

「「そんな事ない。超仲良し」」

 

 急に涙目になられ、俺と大崎は仕方なく顔を見合わせ、頷き合った。ことこうなった以上、やるしかない。

 心の中でため息をつきながら、二人で小指を差し出し、巻きつけた。……直後、やたらとギリッと指から軋む音がする。大崎が、小指の爪を強引に皮膚に突き立ててきた。

 

「っ……!」

 

 ……ヤロウ、ただでは仲良しを演じないってことか? 上等だよクソボケ。

 今度は、俺が強引に小指で小指の関節を逆折りする向きに力を入れる。

 

「ーっ……!」

「……二人とも?」

「「さ、さぁ、指切りしよっか!」」

 

 痛い、泣くほど痛いが、やるしかない。そのまま二人で苦笑いを浮かべて言った。

 

「「ゆっびきっりゲンマン、嘘ついたら針千本飲ーます! ゆっび切った!」」

 

 ほんとに切ったわ! 少し血が出てる! 

 手が離れた直後、俺も大崎もすぐに背側に手を回してプラプラと軽く振る。これで、ひとまず甜花の機嫌は保たれた……と思ってチラ見したが、甜花は微妙にむくれている。

 

「て、甜花ちゃん……やったよ?」

「どうかしたか?」

 

 まさか、不仲がバレた……? と思った直後、甜花は両手の小指を大崎と俺に向けてきた。

 

「……甜花だけ、仲間外れ……やっぱり、したい……!」

「あ、ああ。そういうこと……」

「勿論、良いよ」

 

 言いながら、今度は三人で指切りをした。高校生三人が、円になって、教室の端っこで。

 フッ……なんつーか、友達付き合いってのも、割と疲れるもんだな……。

 

 



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協定の日

 ゲームセンターに来た大崎甜花、大崎甘奈、そして小宮秀辛は、早速目当てのデビ太郎のぬいぐるみを見かけた。

 

「あ、あった……!」

「あったね」

 

 目の前にあるUFOキャッチャーの筐体を前に、甜花は身構える。早速、財布から金を入れた。

 その様子を眺めながら、思わず秀辛は甜花に声をかけた。

 

「え、グラフェスに注ぎ込んで金ないとか言ってなかった?」

「……」

 

 無視ですか、そうですか……。いや、集中してると考えよう。大崎でさえ、待っている間、甜花に声をかけようとしていない。

 しかし「一緒に行こう」と言った割に黙ってゲームに集中するあたりは、流石甜花と言うべきだが、まぁ待つのが好きな秀辛は特に気にしていない。

 が、その結果「暇だし大崎に声でも掛けてみよう」と思った事は悪手だった。

 

「なぁ、大崎。そういや、甜花とお前って中学はどこ出身?」

「何処だって良いでしょ」

「……」

 

 すぐに黙った。ホント、良い性格をしている奴である。仕方ないので、秀辛ものんびりと待機した。

 が、すぐにネイチャーコール。そういえば、昼休み以来、トイレには行っていない。

 

「ごめん、トイレ行ってくるわ」

 

 一応、言うだけ言って秀辛はトイレに向かった。

 ……その背中を、甘奈はチラッと眺めた。正直、変な男である。あれだけ冷たく接しられて、それでも自分達姉妹に絡んで来るなんて、普通の神経ではない。そんなに彼女が欲しいのだろうか? 

 しかし、自分に変な目を向けて来るならまだ我慢できるが、甜花をそんな目で見る男は許すわけにはいかない。

 

「にへへ……取れた」

 

 いつのまにか、甜花はミッションを終えていた。嬉しそうにはにかみながら、もちもちしたクッションを抱えている。

 

「わっ……す、すごい。甜花ちゃん! もう取れたの?」

「うん……! ここの、取りやすかった……!」

 

 あまりお金はかかっていないようだ。それなら、それに越したことはない。

 しばらく、その柔らかい触感を楽しんだ後、ふと甜花は一人足りないことを思い出す。

 

「あれ……小宮くん、は……?」

「ん?」

 

 一応、さっきのは聞いていた。トイレに行ったらしい。しかし、ここは甜花と二人でゲーセンデートをするチャンスでもある。

 故に、こうするしかない。

 

「さぁ? 帰っちゃったのかな?」

「え……ど、どうして……?」

「もしかしたら、用事があったのかもねー」

「そ、そっか……残念……」

 

 しょぼんと肩を落としてしまう甜花に、甘奈は続けていった。

 

「ま、それなら仕方ないし、せっかくだから二人で楽しも?」

「……あ、L○NEだ……!」

「え?」

 

 甘奈のセリフをまさかのスルーした甜花は、自身のスマホの震えを感知して開く。秀辛からだった。

 

 妹に身長が抜かされそうな兄『トイレ行ってたんだけど、今どこにいる?』

 

 チッ、と甘奈は心の中で舌打ちをする。ちゃんと予防線を張っていた、この野郎は。

 

「え、えっと……『デビ太郎のとこから動いてないよ』……とっ」

 

 それに引き換え、目の前の姉は高校生にもなって、口に出しながら文字を入力してしまっている。可愛いにも程があるというものだ。

 こんな娘を、あの男とくっつけるなんて……うん。絶対に無理だし許さない。

 

「あ、甜花ちゃん! あれ、甘奈やりたい!」

「え? ……あ、太鼓?」

「うん。たまには、甜花ちゃんと一緒にゲームやりたいなあって」

「う、うん……良い、よ? あ、じゃあ……小宮くんにも連絡を……」

「ほら、早く早く!」

「あっ……なーちゃん……!」

 

 スマホに文字を打とうとしたが、甜花は甘奈に引き摺られていってしまった。

 

 ×××

 

 ようやく、デビ太郎のぬいぐるみが取れるクレーンゲームの筐体に到着した秀辛。

 

「おーい、お待た……あれ?」

 

 しかし、その場には誰の姿もなかった。

 

 ×××

 

 そのまま、ゲーセン内でしばらく鬼ごっこが続いた。甘奈が巧みに甜花を誘導しながら様々なゲームをしつつ、たまにL○NEさせる事によって、偶然、遭遇することを回避しながら、二人でデートを堪能した。

 太鼓○達人の後は、マリカー、もう一度UFOキャッチャー、エアホッケー、戦場の絆と、とにかくゲーセンを遊び尽くした。

 

「ね、甜花ちゃん! プリクラ撮ろ?」

「う、うん……でも、小宮くん、平気かな……」

「大丈夫だって。場所は逐一、報告してるんだし、むしろそれなのに会えない向こうが悪いから☆」

「そ、そう……なのかな?」

 

 微妙に甜花は悩むが、まぁ悩むほど頭が無いのがすぐに切り替えた。

 

「なんなら、今日はずっと甘奈と甜花ちゃんだけでゲーセンに来た!」

「え? そ、そうだっけ……?」

「そうだよ! 他に誰かいたっけ?」

「え、えっと、えっと……」

「さ、とにかく撮ろうよ! 二人で、初高校プリクラ!」

「そ、そうだね……!」

「じゃねえだろおおおおおおッッ‼︎」

 

 直後、ぬいぐるみの亀の甲羅が、甘奈の顔面にスマッシュヒットした。柔らかいが、あまりの威力に後ろにひっくり返る甘奈。

 

「何、人のこと避け続けておきながらプチ洗脳してんの‼︎ お前はほんとに悪魔か⁉︎ なんだ『今日はずっと甘奈と甜花ちゃんだけでゲーセンに来た!』って⁉︎ 絶対無理だよねその押し込みは!」

「あ……小宮くん……久しぶり……!」

「つい一時間ぶりだよ甜花! 久しぶりじゃないよ!」

 

 そうだっけ? と言わんばかりに小首を傾げる甜花。直後、ひっくり返った甘奈から、秀辛に甲羅が投げ返される。それはキャッチされた。

 

「な、何すんのいきなり⁉︎」

「こっちのセリフだバーカ!」

「女の子にいきなりぬいぐるみ投げる普通⁉︎」

「鬼がいない間に洗濯して干して埃叩きまでしてた奴に言われたくねえよ!」

「そんなにしてないもん! まだ洗剤入れた所だから!」

「どんだけ欲まみれなんだよお前は!」

 

 ていうか、と秀辛は続ける。

 

「テメーのおかげで一人ゲーセンの中、彷徨ってた奴によく逆ギレ出来んなお前は⁉︎」

「はぁ? 偶々の偶然、入れ違いが起きちゃっただけでーす」

「なわけあるかよ! お陰でこの亀の甲羅に1000円も注ぎ込んじゃっただろうが⁉︎」

「キッチリエンジョイしてるじゃん! 遊んでた人に文句言われる筋合いはありません!」

「心臓に育毛剤でも突き刺してんのかテメェは‼︎」

 

 などと口論が徐々にヒートアップしていく中、その二人の間に甜花がやんわりと口を挟む。

 

「ふ、二人とも……? 仲良しなんじゃ……」

「「仲良しだよ!」」

「ひぃん……こ、怖い……」

 

 む、それはマズい、と二人は顔を見合わせる。甜花を怖がらせてはいけない、と言葉も交わさずに頷き合うと、すぐに行動を開始した。

 

「仲良しだよー、甜花ちゃん。甘奈、小宮くんのことが好きで、ついちょっかい出しちゃうんだー!」

「そうなんだー! 気持ち悪いからやめてね! 鳥肌たった!」

「え……?」

「ふんっ!」

「あふんっ⁉︎ ……じ、じゃなくて……お、俺も甘奈のこと大好きだから、ついうっかり憎まれ口叩いちゃった! いっけなーい☆」

「き、気持ち悪い……」

「気持ち悪いって! 死ねば?」

「え……な、なーちゃん……?」

「ふんっ!」

「ぶふぉっ……!」

 

 脇腹を突かれたので、仕返しに甲羅クラッシュをお見舞いしつつ、二人は引き立った笑みを作る。

 しかし、これには流石の甜花も違和感を抱く。というか、抱かない人間はいない。

 

「……二人とも、本当に仲良いの……?」

「「良いよ!」」

「じゃあ……二人で、プリクラ撮れる……?」

「「え……?」」

「……ほら、やっぱり……」

「「撮れる!」」

 

 ほんの少し戸惑った隙に言われたが、ノータイムで2人は肯定する。そうなると、もはや撮るしかないわけで。

 二人とも、顔を見合わせると、再度、頷き合ってプリクラ機の中に入った。外はゲーセン内なだけあって騒がしいので、中の声は聞こえない。

 従って、ようやく二人とも一息つくことが出来た。

 

「「はぁ……なんでこんな事に……」」

 

 当然、目の前でそんなことを言えば、お互いの反感を買うわけで。

 

「は? 何、あんた他人の事に文句言える立場?」

「こっちのセリフだボケカス。そもそもの原因はお前だろうが」

「それを言ったらあんたが甜花ちゃんに色目使ってたからじゃん!」

「使ってねえって言ってんだろ! 俺は、単純に友達が欲しかっただけだ!」

「はぁ⁉︎ ……あっ」

 

 すると、何かを察したように、甘奈は黙り込む。要するに、友達が出来たことが無い悲しい人なのだろう。

 

「……ごめん」

「おい、そこで謝んな。悪かったな、今年の3月まで話し相手が犬と妹しかいなくて」

「…………ごめん」

「謝んなっつーの!」

 

 そんな話をしつつ、秀辛はお金をプリクラの機械に入れる。

 

「……とにかく、お前はもう一々、俺の邪魔をするなよ。本当に彼女にしたいとか思ってねえから」

「嫌だね。もし、今はそうでも、後々絶対に好きになるもん。甜花ちゃん、可愛いし」

「……」

 

 このシスコン、とっても面倒臭い。色々と面倒になった秀辛は、ため息をつきながら思いついた案を提示した。

 

「……分かった、じゃあこうしよう」

「何?」

「取引だ、取引。こっちから要求することは、甜花と友達になる事を許可する事。これだけだ」

「だから……それはダメだって……」

「取引だっつってんだろ。そっちからもこっちに要求すりゃ良い」

「……」

 

 言われて、甘奈は顎に手を当てる。そういうことか、と甘奈は理解しながら、とりあえずプリクラのフレームをいじった。なるべく地味な奴を。

 つまり、この男の狙いは、甜花と友達になる事ではなく、取引をすることで平穏を手にすること。でないと、今回のように二人でプリクラを撮るハメになる。

 それに関しては甘奈も同意見だ。確かに、表面上だけでもそういう事にしておかないと、今後もさらにこういう事が何度も起こるかもしれない。

 

「じゃあ、甘奈の要求は、甜花ちゃんと未来永劫永遠に会話しないこと」

「八つ裂きにすんぞ」

「冗談。甘奈は……そうだな。学校では、可能な限り甜花ちゃんを助けてあげて」

「……」

 

 それを聞いた直後、秀辛はなんとなく察してしまった。この女は、本当に甜花が心配なだけだ。だから、自分がいない間に仲良くしようとした自分に対して威嚇するし、クラスが別れたことにより、尚更、不安も増えている。

 まぁ、それでも過保護過ぎる気がするが、何となくその気持ちは分かってしまうのが困る。何せ、あと二年経てば自分の妹も中学に上がるし、それはもう中学生男子が蔓延るモンスタースクールに送り出すのは不安だ。

 なら、この辺で了解しておくのも……と、思ったら、さらに甘奈は自分の腕にしがみつき、プリクラのカメラにピースした。

 

「お、おい?」

「撮らないとっ。仲良く」

 

 あ、そっか、と切り替えつつ、秀辛は困惑したようにピースをする。プリクラの経験なんてなかったから、どんな顔をすれば良いのかわからない。

 にも関わらず、さらに甘奈は次のポーズを決めながら内容を追加した。

 

「あと、甜花ちゃんと二人きりになるのはダメ。昼休みと放課後は必ず甘奈に声をかけて、特に放課後は、甘奈が他の友達と遊ぶ時に甜花ちゃんと遊ぶのダメ」

「え、他に友達いたの?」

「ふんっ!」

「ゴフッ……!」

 

 見事にボディブローが鳩尾に決まった直後、カシャっとマズルフラッシュが発生する。

 

「て、テメェ……!」

「それから、甜花ちゃんと家でゲームするのは、一日一時間まで!」

「お、おい! いくつ条件を出すつもりだよ⁉︎」

 

 流石に割りに合わない、と思って口を挟むが、甘奈はどこ吹く風。無視してさらに要求を増やす。

 

「それから……」

「あ、じゃあこっちだって要求するから! 俺と甜花がゲームしてる時の会話を盗み聞きすんのはやめろ!」

「はぁー⁉︎ そう言ってこっそり告白する気でしょ! じゃあこっちだって増やすもん!」

「いや俺はお前が増やしたから増やしてんだよ!」

「甘奈はそっちが増やしたら増やすからね!」

「ふざけんなお前⁉︎ 全力の阿呆かお前は!」

「あんたに言われたくない、から!」

「ぶごっ……⁉︎」

 

 手元に抱えていた赤甲羅のぬいぐるみを奪われ、顔面に叩き付けられる。直後、再びカシャっと横から音がした。

 

「て、テメッ……ざけんな! 返せコラ……ブモッ⁉︎」

「ふざけてんのは、そっちだし!」

「あ、あの二人とも……? 騒がしいけど何か……」

「「何でもない!」」

 

 中に甜花が入ってきたことにより、慌てて二人揃って肩を組んで振り返った。この不自然さを流せる甜花も、やはり只者ではなく、すぐに要件に入った。

 

「あ、あの……寂しいから……やっぱり甜花も、一緒に撮りたい……」

「「もちろん良いよ!」」

 

 との事で、取引の話は一時的に中断となった。

 後になってから、結局、取引の内容は「甜花と友達になる事を許可する事」と「放課後に甜花と遊ぶ時は甘奈も同行できる日のみ」のみとなった。

 あと、プリクラはとりあえず二人とも財布に入れておくことにした。

 

 



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激闘編
目的を見失うと、色んなものも失う。


 俺と大崎の間に結ばれた協定により、一先ずは平穏が保たれた。

 

「甜花ー! 昼休みに、一緒に二人きりでゲーセン行こうぜ!」

「ちょっと、規約違反! 二人で遊びに行くのは禁止!」

「昼休みだったら良いんだろ⁉︎ 友達との遊びを邪魔する事こそ禁止だ!」

「いやそもそも昼休みに遊びに行くのはダメでしょ⁉︎ 馬鹿じゃないの⁉︎」

 

 全然、保たれてなかった。しかし、そんな俺と大崎に、甜花が微笑みながら間に入る。

 

「ふ、ふたりとも……落ち着いて……あと甜花、お茶飲みたい……」

「「まかせて! こいつより早く買ってくるから!」」

 

 甜花が間に入れば、ひとまず俺たちの喧嘩は収まった。そのまま走って、俺は食堂、大崎は中庭に買い物に行った。

 

 ×××

 

「だー、ムカつく!」

「ど、どうしたの? ヒデちゃん」

 

 現在、放課後。結局、今日は甜花と一緒にゲーセンに行くことは叶わず、俺が果穂の誕生日とクリスマスとホワイトデーの日に毎回、お世話になる雑貨屋さんに立ち寄っていた。勿論、誕生日以外の二つも果穂のためのプレゼントを買うためだ。

 もう小六の頃からずっと通ってて、それ故に用がなくてもたまに話すようになったお姉さんがいる。

 それがこの人、桑山千雪さんだ。

 

「ムカつくんだよなぁ、うちのクラスメートの双子の妹が」

「へぇ、ヒデちゃんがクラスメートの話なんて珍しいわね」

「それ俺のことディスってる?」

「だって、昔からずーっとゲームに夢中だったでしょ?」

 

 そりゃそうだけど……。

 

「でも、今は違うし」

「ふふ、そうね。それで、何にムカつくの?」

 

 俺の愚痴を聞いてくれるために、話を戻してくれた。

 

「あ、うん。クラスメートの双子の妹。もう毎日毎日、俺と友達の間に入ってきてさぁ……。もう全然、一緒に遊びに行けないんだよ」

「あらら……大変ね」

「まったくだよ。協定さえ結べばもう少し平和になると思ったんだけど……全然、そうでもなくて」

「え、協定って?」

 

 あー……まだ説明してなかったな、そういえば。

 

「いや、その妹とこの前、友達の取り合いになってお互い酷い目に遭ったからさ、二人で平和になれるように協定を結んだんだよ」

「か、変わった交友関係だね……?」

 

 俺もそう思う。友達いた事ないけど、今の状態は割と特殊であることは理解してる。

 

「それなのにさぁ、あいつ昼休みに俺と友達がゲーセン行くのも止めるんだよ」

「いやそれは止めるでしょう……」

「でも協定違反!」

「その協定の内容っていうのは何なの?」

「ああ、あれ。えーっと『友達になる事を許可する事』『俺と姉がゲームしてる時の会話を盗み聞きするのは無し』で、向こうからは『学校では、可能な限り姉を助けること』『放課後に姉と遊ぶ時は妹も同行できる日のみ』だよ」

「えーっと、お姉さんの方がお友達、ってことよね?」

「あ、うん。そう」

 

 本当にあの野郎は許さんからな。もうホント毎日毎日……はぁ。

 

「妹だけ別のクラスだから、昼休みに姉と二人で飯食うのは許されてるんだよ。だから、それを逆手にとって昼休みにゲーセン行こうかと……」

「いや、その逆手にとってっていうのは分かるけど、それ以前の昼休みにゲームセンターっていうのがおかしいの」

「え、なんで? 高校サボってボウリング行くーとか聞いたことあるんだけど」

「それかなり特殊な人だから憧れちゃダメ」

 

 ……え、そうなの? 少し憧れてたし、試してみたかったんだけど……。その背徳感とか、友達とのエンジョイ感とか、バカやってる感とか、そういうのも味わってみたかった……。

 

「でも、お昼休みだって使いようによっては、そのお姉さんともっと仲良くなれると思うよ?」

「例えば?」

「うーん……その仲良くなりたい、の方針にもよるけど……恋人になりたい、とかだったら、校舎裏とか誰もいなさそうな場所で二人きりになるの。そういうのを繰り返していくと、二人だけの空間が他の所と閉鎖されたような感じがして、特別感が生まれたりするそうよ?」

「詳しいね。もしかして、学生時代そういうの試してた?」

 

 言うと、桑山さんは頬を少しずつ真っ赤に染めていく。それとほぼ同時に、まるで八つ当たりするように俺の頬に手を伸ばし、抓った。

 

「いふぁふぁふぁ!」

「生意気言うのはこの口かしら?」

「ご、ごへんふぁふぁい!」

「それと、私はやったことないから。ドラマの影響で少し調べたってだけだから」

 

 いやそれどちらにせよ若かりし頃の過ち……なんて言ったらまたつねられるからやめよう。

 ヒリヒリする頬を撫でながら、ひとまず誤解があるようなので、改めて説明する。

 

「ていうか、別に恋人になりたいわけじゃないよ。そんな事したら協定違反だし」

「あら、どうして?」

「あいつが認めたのは『友達』になること。そこが『恋人』になったら、それまた喧嘩になるでしょ」

「う、うん……そこまで深読みする必要がある内容だったんだ……」

「そりゃそうだよ! あの野郎、最初に三人でゲーセン行った時、俺がトイレに行っている間に姉を連れて逃げて、情報を巧みに操作しつつ一時間半も逃げ回ったんだぞ⁉︎」

「思った以上に拗れてるんだね……」

 

 その通りだよ。ホント、あの女一生許さん。

 

「ていうか、そんな事になってるなら協定の意味があんまりないような……」

「あ、いやその事があって協定が作られたから」

「ああ……なるほどね」

「つまり、友達より上を目指す気はないの。とりあえず、俺は高校からちゃんとした学生生活を送りたいんだ。だから、誰でも良いから友達が欲しかったの」

「ふふ……そっか。偉いね」

 

 いや褒められるほどのことじゃないと思うんだけど……。とはいえ、嬉しくないと言えば嘘になるが。

 

「でも、お友達かぁ……妹さんから提示された条件はなんだっけ?」

「『学校では、可能な限り姉を助けること』と『放課後に姉と遊ぶ時は妹も同行できる日のみ』」

「その前者のは何なの?」

「さぁ? 俺もよく分からんけど……あの姉、授業中はほぼ寝てるし、多分、試験前には助けてやれってことだと思うよ」

「なるほどね? ……あ、じゃあ放課後も二人で一緒にいられる良い案があるよ?」

「マジで⁉︎」

「うん。マジで」

 

 マジでか! そんな奇跡的な案が……面白い。やってやるよ。俺は早速、その案を聞き入れた。

 

 ×××

 

 翌日の放課後。俺と甜花は、ゴクリと唾を飲み込む。目の前にあるのは、喫茶店。つまり、リア充が多くが集まる場所だ。高校生は「カフェ」というものに憧れる。

 中学で部活をやっていた人は「買い食い」というものを覚え、そこでファストフードやコンビニでお金を使うようになる。俺は使わなかったけど。

 で、そこからさらに進化した高校生になると、ラーメン屋や喫茶店、ファミレスなどに行くようになるのだ。

 その中でも、喫茶店というのはリア充しか行かない。オシャレなものに興味がない人間にとって、喫茶店の飲み物など「高いコーヒーや紅茶」でしかないのだ。

 俺と甜花にとってはまさにそれだ。だが、行かねばならない。今回は、大崎にも許可を得たことだ。

 

『じゃあ、放課後に一緒に勉強すれば良いんじゃない?』

 

 という、桑山さんの提案で、俺は早速、大崎の前で堂々と甜花を誘った。ちょうど中間考査まで近かったし、大崎は友達と遊ぶ予定があったので、長考の末、許された。

 

『甜花ちゃんは必ず18時までに返すこと!』

 

 だそうです。ゲーセンかよ。

 で、ここは高校生らしくカフェで勉強、となったのだが……まぁ、なんだ。やっぱりこういうとこに入るのは緊張する。慣れないから。甜花も同じみたいで、ガチガチに身体に力が入っているのが丸わかりだ。

 

「……こ、小宮くん……ここ、入るの……?」

「び、ビビるな甜花。俺達だって高校生だ……!」

「う、うん……!」

 

 そう気合を入れると、俺も甜花も店の自動ドアを開けた。中に入り、とりあえず列に並ぶ。なるほど、先に会計と商品の受け渡しを済ませてから席に座るマック形式ね。

 二人でそのまま商品を購入する。さて、飲み物だが……。

 

「……」

「……」

 

 フラペチーノって、何……? あれ、ここだけカタカナ使ってる外国? 意味が分からないんだけど……。

 

「て、甜花……何書いてあるか分かる?」

「え……さ、さぁ……甜花、こういう最近の高校生っぽいの、分かんない……」

「だ、だよな! まだ高校生の入り口に立ったとこだし、分かんなくても仕方ないよな!」

「う、うん……! 甜花達は、甜花達に出来ることを……しよう……!」

「おう!」

 

 そんなわけで、スタバは諦めて近くのファミレスに入った。ここなら、ドリンクバーがあるしね。お腹空いたらほどよく安い金額でおやつも食えるし、気取ったカフェなんかより全然、良い判断が出来たな、うん。

 ……負け惜しみじゃないからねマジで。

 

 ×××

 

 早速、ファミレスで勉強を開始した。二人で向かい合って、机に勉強道具を広げ、飲み物を持ってきて準備万端。

 

「よし、やるか!」

「うん……! ……あ、小宮くん。もうすぐ……その、古戦場だけど、ワンパン編成、出来た……?」

「ああ、一応。クリュサとメガネとシルヴァでゴリ押しする」

「ふふ、でも……アビポチ数多そう……」

「うるせーな。そっちは?」

「カツヲ剣豪……ぶいっ」

「このガチ中のガチめ……」

 

 もう脱線したが、二人で気づかずにそのままゲームトークに移行する。で、ゲームトークとなれば、もはやゲームをする流れになるのも必然なわけで。

 気が付けば、二人とも Sw○tchを出していた。ソフトは、ア○ビ大全。その中にある、ルードというゲームをしていた。

 これはサイコロを振って駒を進める、スゴロクのようなゲーム。ただし、駒は各自、4つずつ持ち、「ふりだしにもどる」とか「一回休み」のようなクソ要素は無く、ゴールもない。

 代わりにあるのは「ピッタリ他人の駒を自分の駒が踏むとふりだし返せる」というのと「6が出るともう一度サイコロを振る、或いは新たな駒を出せる」というもの。そしてゴールは、一周し、自分の陣地に駒を収納というもの。先に四つの駒、全てを陣地に置いた人の勝利だ。

 

「甜花、5……! やった……!」

「うわ、出たよ……。サイコロてめぇ可愛い子だけ贔屓してんじゃねえぞコラ。こっちにも、せめて4以上出させろ」

「うわ……このCPU、急に6を3回連続……!」

「やってんなこいつ! 急にサイコロを買収し始めた!」

「甜花、4……! デーデン、デーデンッ……! はいどーんっ」

「あっ、テメッ……俺の駒、返却すんなや!」

「あ……み、緑、もう二つも格納してる……」

「まずそいつ叩き潰すか」

 

 と、勉強道具をしまい、小さなモニターに二人で食い入るようにプレイしていた。喉が渇いたので飲み物を口に含み、小腹が空いたらポテトを摘む……まるで、休日に友達の家に集まって遊んでいるみたいだ。

 いやー、桑山さんありがとう……。あなたのおかげで、少し高校生らしく楽しめてる気がするよ……! 

 そんな事を思ってる時だ。後ろから、トントンと肩を叩かれる。

 

「ちょっ、うるさい。今良いとこだから」

「やった……緑、追い出した……!」

「良いぞ、甜花! じゃあ甜花も帰れ」

「あっ……ず、ずるい!」

「俺に言われても困る。サイコロに言えよ」

「さ、サイコロさん……!」

 

 トントン。

 

「だからうるせえって。今、遊んでんの分かんないの? これから大逆転するんだから」

「ふふ、よそ見してる間に……甜花もどーん!」

「あ、このやろっ……! ほらぁ、お前が邪魔するから!」

「にへへ、サイコロの運に、邪魔も何もない……全ては、日頃の行い……」

「言ったなテメェ……!」

 

 ゴスッ、バギッ。

 

「痛っ⁉︎ テメッ、何すん……ゴフッ⁉︎」

 

 頭を二発殴られ、振り返ろうとする前に首をホールドされた。後1ミリひねれば、首の骨がサヨナラバスレベルの締まり加減だ。

 

「……随分と楽しそうなことしてるね?」

「っ……!」

 

 そ、その声は……! 

 

「甘奈を追い出して、ファミレスでゲーム大会ですか」

「……」

「二人は何をするためにここに集まっていたのかな?」

 

 ……やべぇ、そうだ。全然、勉強してなかった……。

 

「いや、先に勉強してたんだよ? それで……」

「言い訳は教科書くらい出してからしたら?」

 

 ……この野郎め……全くその通りだよ畜生……! 

 ていうか、甜花ー! 助けてくれー! てかこっち見ろ! 殺人未遂だぞ、目の前で! お前の妹が、お前の友達を! 

 

「さて、じゃあ……一先ず眠っててもらおうかな☆」

「え」

 

 その後、目を覚ました時刻は、閉店時間だった。

 

 



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何事もライバルがいた方が捗る。

 いつものように甜花とのゲームを終え、俺は明日の弁当の準備をする事にした。

 味見役は、いつものように妹。もうすぐ遊びから帰ってくる時間帯だし、それに合わせて調理を開始した。

 まずは、豚肉を解凍する。レンジの中にぶち込んだ後、その間に卵を割って溶く。めちゃくちゃ混ぜまくっていると、レンジの中から解凍した肉を取り出し、包丁の皆で叩いて柔らかくする。

 その後、溶いた卵の中に豚肉を入れて漬け込んでおく。その間に、もう一枚の豚肉を包丁で叩く。

 終えると、鍋に油を敷いて火にかけつつ、近くの皿にパン粉をまぶし、卵につけておいた豚肉を乗せた。

 衣をつけると、油の中に豚肉を投入。強火でジュワジュワと揚げている間に、叩いていた豚肉を卵に……あっ、胡椒かけるの忘れた。

 慌てて胡椒をまぶしてから卵に漬け込み、最後の一枚を包丁で叩く。親父、すまないな……家にある豚肉が三枚しかなかったんだ。母親と半分こしてくれ。

 さて、鍋の中の肉をひっくり返す。良い感じに狐色になって来ている。

 

「……弱めるか」

 

 弱火にして、しばらく放置。その間に卵につけておいた奴を取り出し、衣をつけ、ラスト一枚を胡椒、卵の順で漬け込む。

 で、衣をつけた肉を鍋にぶち込み、中火まで上げた。母ちゃんの帰宅は20時を回るだろうし、あとであげるとするか。

 で、中に火が通るまでの間に、サラダの準備をする。白状すると、完全に忘れてた。

 

「……適当で良いか」

 

 メインは今、使ってるやつだし。レタス、きゅうりを刻み、ミニトマトを添えておいた。

 そんな時だった。

 

『……じゃあ……ま……日、学……ね!』

 

 俺の耳が、エンジェルの神託を捕捉した。すぐに台所から飛び出し、壁を蹴って方向転換すると、玄関に向かって猛烈ダッシュしゃがみジャンプ、これはかなり愉快。

 それとほぼ完璧なタイミングで、玄関が開かれた。

 

「ただいまー!」

「おかえり果穂おおおおおおお!」

「出たな、おかえり星人『ヒ=デユキ』! ジャスティスレッドが成敗して見せます!」

「かかって来いやああああああ!」

 

 即ヒーローごっこが始まった。まずは果穂が俺のボディに一発、カマしにくるが、それを俺はひらりと躱すと共に背後をとり、後ろから果穂を抱き上げた。俺と身長1センチしか変わらない小学生の妹を抱っこすると、そのまま振り回し始める。

 

「こ、このっ……離せ、卑怯者!」

「あっはっはっはっ、ヒーローと言えど所詮は小娘よ! ロリロリしい良い香りがするわ! 故郷の妹を思い出す!」

「な、なにぃ⁉︎ あなたの方こそ、生き別れのお兄ちゃんの匂いが……ハッ、ま、まさか⁉︎」

「「生き別れの兄妹⁉︎」」

 

 なんてバカなことをやりながら、果穂を一度下ろした。腰に来たわ。運動が苦手じゃないけど得意でもない平均的な男が、身長だけは俺とさほど変わらない妹を持ち上げるのは割と限界感ある。

 すると、果穂が俺の上でクンクンと鼻を鳴らす。

 

「何か、良い香りするね! 今日のご飯も、お兄ちゃんの手作り?」

「あ、やべっ。揚げ物の最中だった。戻んないと」

「よし、私も手伝う!」

「その前に手洗いうがいな。終わったら、ご飯をよそってサラダと一緒に机に並べといて」

「了解です!」

 

 ああ、良い子すぎる……可愛い……。これが、大崎甘奈と同じ誰かの妹……きっと、俺の教育が良かったんだなこれ。

 改めて台所に戻って、調理の続きをする。

 

「わっ、トンカツ⁉︎」

「そう。トンカツ」

「美味しそう! ちょうど食べたかったんだー!」

 

 そうだろうそうだろう。ホント、素直で可愛い奴だよ。勿論、果穂の反応次第で明日の弁当に採用するつもりだ。

 ……なんか最初の時以来、大崎ともシェアするようになったから、下手なものは作れねんだ。あいつも美味いもん作ってくるし、下手な品は出せない。

 

「また、クラスの子に分けてあげるの?」

「そうだよ」

「良いなぁ、お兄ちゃんのお弁当。あたしは遠足の時しか食べれないし……」

 

 果穂はまだ小学生だから、給食というものが存在するからね。

 

「でも、今年から運動会の日も作ってあげられるよ」

「あ、そっか! 楽しみ!」

「うんうん」

 

 頷きつつ、トンカツを上げる。完璧だな。あとは中に火を通ってるから確認するだけ。

 そのため、まな板の上において、ナイフで中身を切り開く。うん、完璧。

 中を確認した後、皿に乗せて運んだ。

 

「おお……美味しそう……」

「あ、ソース忘れた」

「良いよ、あたしが取ってくる!」

 

 元気な奴だ。さて、早速、食事の時間。二人揃って手を合わせると、食べ始めた。

 

「んーっ……おいひいよ、お兄ちゃん!」

「口に物が入っている時は、手で覆ってから喋りなさい」

「あ、ごめんなさい……」

 

 慌てて口を塞ぐ果穂。可愛い。

 

「でも、その……お友達? も大変だね」

「何が?」

「こんなに美味しいと、つい食べ過ぎちゃうと思うから」

「別に食べ過ぎても良くね?」

「良くないよ。女の子にとって、体重と美味しいものは死活問題だから」

「……」

 

 ……そういえば、甜花の奴……体重は平気なのか……? 

 

「……今更だけど、揚げ物って太りやすい?」

「と思うよ? よく知らないけど」

「……」

 

 明日、聞いてみるか……。

 

 ×××

 

 翌日、早速、昼休み。いつものように隣の席に座っている甜花と飯にする。

 

「……今日は、トンカツ……?」

「そうだよ」

「にへへ……やった……!」

 

 あなたがリクエストしてくれたんですけどね。そういや、今日は大崎は来ないのかな? いつもより遅いけど……。

 まぁ、あいつもクラスメートに友達がいるみたいだし、いなくても不思議じゃないけど。

 

「甜花、弁当はあるか?」

「う、うん……今日は、なーちゃんが持たせてくれたから……!」

 

 そいつは良かった。……と、言いたい所だが、気になる点が2〜3つほどある。ごめん、カッコつけた。気になる点は1つだけです。

 

「あー……甜花」

「? なに?」

「その……そういや、最近は毎日のように俺のオカズを摘んでるけど、大丈夫?」

「何が……?」

「あー……なんだ」

 

 こういうのって、男が聞いても良いのかな……一応、体の事だし……。

 

「いや、ほら、揚げ物とかたくさん食べてるから……その、何? 胸焼け?」

「……甜花、全然平気……!」

「あー……いや、ごめん。胸焼けじゃなくて……」

「…………もしかして、体重のこと……?」

「ちゃいます!」

「……わ、分かりやすい……」

 

 ……すみませんね、分かりやすくて。

 

「心配してくれるのは、嬉しいけど……甜花、平気……! こう見えて、リングフィット、やってる……!」

「ああ、あれ」

 

 なるほどね。あのSwit○hの身体を動かす奴か。如何にもゲーマーらしいけど、効果的なのだろう。いらない心配だったようだ。

 

「なら良かったよ」

「それより……その、早くトンカツ……」

「あ、そ、そうだな」

 

 そんなわけで、弁当のシェアを始めた。弁当箱を開けると、甜花は「わぁ……!」と感嘆の息を漏らす。そういう反応してくれると嬉しいよね。作った甲斐しかない。

 そんなことを思っていると、今度は甜花が聞いてきた。

 

「あの……むしろ、小宮くんこそ平気……?」

「え?」

「体重……。なーちゃんと、よく……おかず、シェアしてるから……」

 

 ……考えたこともなかった。確かに、うちの親父も30代までは痩せ型だったらしいが、気がつけばお腹が出てきている……。

 俺も、こんな風に食うだけ食って運動してなかったら、いずれああなるのか……? 

 

「……お、覚えておこう」

「にへへ……太っても、甜花をダイエットに誘わないでね……」

 

 ……う、うん。この子、前々から思ってたけど、しれっと辛辣だよね……。

 

 ×××

 

 さて、放課後。大崎が一緒じゃないので、俺は甜花と一緒に帰れない。まぁ元々、家の方向が違うのだが。

 そんなわけで、とりあえず早めに教室を出た。何にしても、帰れば甜花とゲームだし、早めに帰った方が良い。

 昇降口に到着し、下駄箱を開けると……。

 

「……?」

 

 なんか、紙入ってる……。え、ラブレター的な? ちょっ、マジか……え、俺なんてクラスでオタサーの姫に貢いでる痛々しいオタクだと思われていると思っていたが……意外にもモテていたのか? だとしたら、甜花以外に親しい友達が作れる可能性がある上に、何なら彼女にすることも……! 

 ウキウキしながら手紙を開くと、丸文字でこう書かれていた。

 

『今夜20:00に、校門前にて待つ。     大崎甘奈』

 

 ……何のつもりだ、あのバカ女……。マジで闇討ちでもするつもりか?

 

 ×××

 

「ダイエット、付き合って!」

「……」

 

 ……なんなんだ一体。こんな夜遅くに呼び出して……。

 

「殺すよ?」

「それはこっちのセリフ! 誰の所為で太ったと思ってんの⁉︎」

「人の所為かよ⁉︎」

「そうだよ!」

「言い切ったよ、スゲェなこいつ!」

 

 この時間に人のことを呼び出しておいてその態度かよ! 

 現在、大崎が指定した20時5分前。一応、5分前にきておいたら、向こうも同じ時間についたようだ。呼び出した以上、遅れるわけにはいかないという自覚はあるようだ。

 

「何、自覚がないの⁉︎」

「あるわけねえだろ!」

「美味しいお弁当を毎日、シェアしてるからだよ!」

「え……今褒めた?」

「甘奈のおかずの方が甜花ちゃんには好評だけどね?」

「うるせーよ!」

 

 この野郎はホントに一言多い。仕方ないでしょ。結局、弁当の料理対決だけは続いているし、絡め手に持っていっても甜花の好みを把握している分、負ける事が多い。ちなみに、勝敗は甜花のリアクションを見てお互い、勝手に決めているので、日によっては二人とも勝ちだったり二人とも負けだったりする。

 

「……てか、なんで俺なの? クラスに物好きな友達いんだろ?」

「どういう意味の物好きで言ってんの? てか、まだ出会って数日の友達に『ダイエット手伝って』なんて言えるはずなくない?」

「そういうもんか?」

「本当に友達いたことないんだね。可哀想……」

「可哀想とか言うなよ!」

 

 正直、友達と遊んでるより、ゲームやってた方が楽しかったんだよ。でも、ある日の果穂の一言が効いた。

 

『お兄ちゃんって、ずっとひとりぼっちだから、果穂がずっとついてるよ!』

 

 そんな風に笑って言われた直後、俺は決めた。友達を作り、果穂からのイメージを払拭すると。

 まぁそんな話はどうでも良くて。

 

「じゃあ中学の時の友達は?」

「私と甜花ちゃんは富山県出身なの。今年の4月に越して来たばかりだから」

「ならもう甜花に頼めば良いだろ」

「甜花ちゃんに運動なんてさせられないよ!」

「もう単刀直入に聞くわ。なんで俺なの?」

「お父さんが、女の子が夜道を一人で走るのはダメだって言うから。あんたなら、何があっても見捨てられるじゃん?」

「ぶちのめすよ?」

 

 手伝ってもらうっていう自覚ある? 

 にしても、ダイエットか……めんどくせえな。てか、冗談じゃねえよ。何が悲しくてお前とダイエットなんて……。

 

「ま、断っても良いけどね。痩せたら、甘奈だけ甜花ちゃんに褒めてもらえるし」

「……あ?」

 

 ……そういや、俺も甜花に心配されてから少し不安になってたな……。幸い、今の格好は寝巻きのパジャマ。何の問題もない。

 

「……ま、付き合うだけだからな」

「行こうか」

「何するか決まってんの?」

「ランニング」

 

 なるほど。まぁ、オーソドックスだな

 二人で並んで、適当に走り始めた。

 

「……」

「……」

 

 しばらく、たったかたったかと走りながら、夜の街を走る。こうして走っていると、中々こういうのも悪くないと思える。

 季節的に良い時期というのもあるが、涼しさと「深夜に外を走る」という感動が大きい。今まで夜に家から出ることなんてなかったからかな。正直、玄関を開けるのもドキドキした。

 ……まぁ、大崎と一緒、というのは少し不満ではあるが、それにしても良い感じだ。

 そのまま前を走る大崎の後ろを続く。一応、付き添いだし、先導は任せた方が良いと思って。

 すると、目の前の大崎は公園の中に入っていく。遊具が数多くある場所だ。

 まさにそこ、と言わんばかりに、前で足を止めた。

 

「……よし、とうちゃーく!」

「え、ランニングなのに目的地があったの? あと、走った後、急に足止めるの悪いからやめた方が良いよ。少し歩いて」

「あ、そ、そうなんだ」

 

 言われて、少し歩き始める大崎。身体が温まってきたからか、ジャージを脱いでTシャツ一枚になりながら、しばらく歩きながら、ベンチにそのジャージを置いた。これくらい普段から素直なら可愛いんだけどなぁ……。

 

「で、何すんの?」

「まず、二の腕のプニプニ感を落としたいと思います」

「じゃあ何、腕立てとか?」

「バカチン!」

「久々に聞いたわその悪口」

「泥だらけの地面に手をつけて腕立てなんてしないよ!」

 

 それは道理だけど……。

 

「じゃあどうすんの?」

「これです!」

 

 大崎が指さした先にあったのは、ウンテイだ。梯子が頭上にあって、ぶら下がって腕力だけで進んでいく奴。まぁ、たしかに腕力はつきそうだけど……いや、まぁ何も言うまい。

 

「頑張って」

「何他人事みたいに言ってんの? あんたもやるの」

「はぁ? 俺は別に二の腕とか気にしてねーんだけど」

「ふーん?」

「なんだよ」

「ウンテイ、一往復する自信ないんだ?」

「上等だよ、やってやんぞコラ」

 

 まずは俺からだな。端っこから棒を握り、そのまま前に進む。結構腕に来るけど、何とか行って戻ってくることが出来た。まぁこのくらいは楽勝。

 

「はい、終わっ……何してんの?」

 

 ウンテイから手を離して降りると、大崎がそのタイミングでスマホの画面をタップする。すると、ニンマリと微笑んだ。

 

「ふーん……36秒?」

「測ってたのかよ」

「じゃ、次は甘奈の番ね」

 

 そう言いながら、大崎はウンテイに手をかける。腹立つから、こいつのも測るか。

 

「いっくよ〜! よっ、と」

 

 そのタイミングで、大崎はウンテイを始めた。割とスイスイ進んでいき、向こう側に着いた時点で引き返してくる。

 ……なんだ。女の子が薄着でウンテイとかしてると、うん。その……胸が気になるな。大崎が大き過ぎず小さ過ぎずで助かった。……いや、にしても揺れてるな。悪くない……。

 

「はい、終わり!」

「っ、お、おう」

 

 危な。つい見過ぎてたわ。慌ててスマホに視線を戻し、タイマーを止める。相手は大崎だぞ、俺。いくらえっちでも欲情すんな、あんなのに。

 頭を軽く殴りつつ手元のタイマーに目を落とすと、28秒……10秒近く差が……。

 

「何秒だったー?」

「え? さ、38秒!」

「……」

 

 やべぇ、思わずサバを読んじまった……。こんな嘘、すぐバレるだろうに……! 

 案の定、大崎は疑い深そうな目で睨んだ後、すぐに俺の手元からスマホを奪い取った。

 で、画面を見た直後、にんまりと笑いながら俺を睨む。

 

「ふーん……? 38秒、ねえ?」

「う、うるせーな! 読み間違いだよ!」

「甜花ちゃんに言っちゃおーっと」

「ま、待てって! 俺にもっかいやらせろ!」

「どうぞ?」

 

 ぜってー負けねえ。さっきのはのんびりやっただけだ。本気でやれば、楽勝なんだよ。

 再び俺の番となり、ウンテイを開始した。なんか手のひらが少しヒリヒリするけど気にしない。

 サクサクと進み、戻って来て声を掛けた。

 

「何秒⁉︎」

「……49」

「嘘こけお前!」

 

 スマホを奪い取り、中を眺めると25秒だった。

 

「14秒もサバ読むのは無理だろ!」

「24秒だよ!」

「え? ……あ、そっか」

「え……大丈夫?」

「うるせーわ! どのスタンスで心配してやがんだお前は⁉︎」

 

 腹立つ奴め……! こいつ本当なんかもうすごいや、この全体的にブーメラン投げて来る感じ、本当に訳がわからない。

 

「次、甘奈の番! 本気でやるから!」

「やってみそ? ま、お前には無理だろうがな」

「は? 楽勝だから」

「やってみろよ」

 

 翌日、手のひらが揃ってズタズタになった。もう二度と大崎のダイエットには付き合わない。

 

 



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いらない才能を持つ奴は少なからずいる。

 うちの高校の選択科目に「芸術」というものがある。大まかに分けられて、三つに分かれる。音楽か、美術か、書道か。その中から好きなものを選び、三年間学ぶことになる。

 俺が選んだのは美術。今日は、えんぴつとパンの耳で描くアレだった。あ、デッサンか。

 さて、俺の相手は勿論、甜花。二人で向かい合いながら、鉛筆を動かし、一心不乱に絵を描いていた。仮にも甜花を描くわけだし、下手なものは描けない。

 そう思って、毎時間毎時間、心頭滅却して真剣に鉛筆を動かした結果……。

 

「……」

「……」

 

 俺と甜花は、並んで美術室の前に立っていた。

 目の前には、俺が描いた甜花の絵。そして、その右下には、銀メダルの形と色をした紙が貼られ「銀賞」という文字が綴られている。

 

「……は、恥ずかしいんだけど……」

「ごめん……」

 

 本気で描き過ぎた結果、なんかこうなった。授業で描いたもんコンクールに出すなよ……。

 ……しかし、愛が溢れ過ぎたか……。甜花と帰れなかった日とかも、美術室から盗んで教室で描いてたりしたからな……。

 これでも、髪型を少し妥協したんだよ。何せ、美術の授業の前は数学。甜花が嫌いな科目なだけあって爆睡しているわけですが、そのお陰で毎日、違う寝癖がつくもんだから、日によって髪型が変わりやがる。

 つまり……この妥協とも呼べる作品を甘奈に見られるわけにはいかない。

 

「甜花、もうお嫁に行けない……」

「いやいや、胸の谷間とか描いてるわけじゃないし、別に良いでしょ」

「というか……小宮くん、絵上手なんだ……?」

「中学の時は美術2だったんだけどね」

 

 正直、甜花じゃなかったらここまで丁寧に描かなかった。甘奈とかだったら棒人間で終わらせるね。

 

「……とにかく、次からは甜花、小宮くんとは組まない……」

「ええっ⁉︎ な、なんで⁉︎」

「……またこうなったら、恥ずかしいから……」

 

 グッ……確かに少し気合入れ過ぎた気がしないでもないけどよ……。

 まぁ、何にしても、移動した方が良い。昼休み中に覗きに来たとはいえ、次英語だし。

 

「甜花、そろそろ戻ろう」

「う、うん……」

 

 それだけ話して、二人で廊下の方へ歩こうとした時だ。

 

「あっ」

「えっ」

「……」

 

 いつの間にか、大崎が隣で絵を眺めていた。真剣な表情で、甜花の似顔絵を仏像のように固まって眺めている。

 ……はい、死んだ。死にましたよ、俺。少しとはいえ妥協した甜花の絵を見られたばかりか、銀賞なんて半端な賞を貰った暁には、確実に……。

 

「……」

「?」

 

 うおっ、こ、こっち見た……。え、何。ここで俺のこと殺る気? 甜花の前で? 頼むから勘弁して欲しいんだけど……。

 と、思っていると、大崎はキッと鋭い目つきになった。

 

「もうっ、甜花ちゃんの可愛い顔を全国に見せつけるなんて、どういうつもり⁉︎」

「や、やっぱり怒ったか……! てか、これ市内コンクールだから全国ではねえよ!」

「こういうの、ネットにあげられるし、結局は全国に見られるから!」

「う、うるせーな! 俺の許可も得ずに、勝手に美術教師がやったことなんどよ!」

「大体、髪型これ少し妥協してるでしょ⁉︎ そんな半端な絵で賞は取らないで!」

「いや俺が選んだわけじゃねえし!」

「ホンッッットにもう、ああ言えばこう言う人だな〜……!」

「いだだだだ! 耳とれる、とれやすいんだ俺のは!」

「な、なーちゃん……! ……え、とれやすい耳ってなに?」

 

 グタグタと文句を言いながら、大崎は俺の耳たぶを引っ張った。な、なんでここまでされなきゃいけねんだ……と、思っていると、大崎が俺の耳元で囁いた。

 

「……放課後、屋上で待ってるね……?」

「は?」

「まったく、次はもっと上手に描いてよね!」

 

 聞き返した俺の事など無視して、大崎は続けて誤魔化すように文句を言って耳から手を離し、そのままスマホで絵の写真だけ撮って引き返して行った。

 結局、撮るのかよ、と頭の中でツッコミを入れながら、ヒリヒリする耳たぶを撫でる。

 

「だ……大丈夫……?」

「あ、ああ……平気」

 

 優しい優しい甜花ちゃんが、俺を気にかけてくれる。本当に真逆だよな、この姉妹は……。

 ……しかし、放課後に屋上、か……。大丈夫かな、俺殺されないかな……。なんか、嫌な予感しかしないんだが……。

 

 ×××

 

 嫌な時間がある時ほど、時間の流れは早く感じるようで。気がつけば、放課後になっていた。

 本当は逃げ出したかったのだが、大崎は甜花に、既に「今日、そっちの教室行くの遅れるねー☆」と送っていたそうで、待機させている。

 つまり、甜花がそれを俺に伝えてしまったことは、後になって大崎にも伝わるわけで。

 それならば、俺も腹を括るしかない。やる気なら、こっちもやってやんぞ……! 

 

「……あ、遅い!」

 

 屋上の扉を開けると、すぐに気づいた甘奈が文句をぶちまける。

 

「うるせーな、お前の教室がある校舎の屋上で待ち合わせたからだろが」

「は? 言い訳?」

「ブッ殺すぞお前。てか、そんな遅くねーだろ」

「甘奈が来てから2分過ぎてる!」

「2分も待てねえのかよ。カップ麺も食えねーじゃん、お前」

「は? 食べれるし。あんたを待つ時間が2分も耐えられないって言ってんの」

「あ?」

 

 一々、言うことにめくじら立てやがって……。話が全然進まないんだけど。

 

「てか、何。なんか用?」

「ああ、そうだった」

 

 コホン、と大崎は咳払いをすると、改めて偉そうにふんぞり返りながら言った。

 

「甘奈は、あなたの絵心に大変、興味を抱きました」

「は?」

「多分、髪型の妥協は毎回、甜花ちゃんの寝癖が変わるからでしょ?」

 

 ご名答。よくお分かりで。

 

「それでさ、それでさ。絵、上手いじゃん?」

「まぁ、甜花限定だと思うけど」

「だから、こうしよう。甘奈が甜花ちゃんの写真をあげるから、その甜花ちゃんに色んな服を着せた絵を描いてくれない?」

「お前何言ってんの?」

 

 狂った? それとも元々? 

 

「だから、実際には甜花ちゃんにも着てもらえないような服を、絵によって着させたいの!」

「いやホント意味分かんない」

「例えば、メイド服姿の甜花ちゃんとか、逆に学ラン姿の甜花ちゃんとか見たくない⁉︎」

「見たい(即答)」

 

 それはアリだな。もしかして、大崎って天才なのか? よし、絵の勉強をしよう。

 

「勿論、タダでとは言わない。……まぁ、描いてもらうたびに甜花ちゃんの写真をあげるわけだし、それで納得してもらえるのが一番なんだけど……」

「それで良いよ」

「よし、決まりね! じゃあ、はい。早速これ!」

 

 本当に早速だな……。てか、紙袋の中身、これ全部甜花の写真なわけ? 

 

「あ、スマホから印刷して来た奴だから、汚しても良いよ。汚したら殺すけど」

「お前疲れてんの?」

「でも気持ちわかるでしょ?」

「わかる」

 

 分かっちゃうんだよなぁ……。要するに、返してくれなくて良いものだし、気を遣わなくて良いけど、でも甜花の顔を汚したらブチギレるって事だよね。

 

「大丈夫。帰りにホルダー買って帰るから」

「うん。良い心がけ」

 

 だろ? じゃ、早速、鞄の中に……と、思ったのだが、大崎が俺の手を止めた。

 

「あー待って待って。まだ説明してない」

「説明? なんの?」

「中の写真見て」

 

 言われて、とりあえず適当に一枚、取り出した。甜花がサイドポニーに髪をまとめ上げてある写真と一緒に、クリップで剣道着の写真がセットに束ねられていた。

 

「何これ?」

「その甜花ちゃんは、剣道着を着させてあげてってこと。サイドポニーの侍で甜花ちゃんとか、超似合いそうじゃん☆」

 

 ……なるほど。そういう感じか……。それを、この紙袋いっぱい分……。

 

「……時間がかかるな」

「え?」

「妥協は可能な限りしたくない。最初のうちは慣れないから、一枚で一週間くらいかかるかも」

「それでも良いよ。甘奈は、量や速さより質を求めています」

「OKだ」

 

 契約成立だな。早速、今日から取り掛かるとしよう。

 大崎と握手をして、甜花と合流して三人で家に帰宅した。

 

 ×××

 

 さて、それから1週間ほど経過した日。ようやく一枚、完成した。言われた通り、まずはサイドポニー侍甜花から。

 いや、ホント勉強したわ。髪型を参考にする為、果穂がこっそり買ってコソコソ研究しているおしゃれの雑誌を無断で借りて、髪型の研究をして、剣道着についても色々と動画や写真を見て調べ、書き上げた。

 しかし……お絵描きも楽しいわ。なんかハマりそう。

 さて、朝のうちに大崎の下駄箱に入れておいた手紙に書いてある時間まで、あと少しだ。

 現在、俺がもたれかかっている屋上の扉に、コンコンとノックの音がした。

 

「……」

「合言葉は?」

「この世に存在するありとあらゆる天使が出て来る神話は、甜花ちゃん生誕の伏線」

 

 正解だったので、扉を開けた。

 

「ねぇ、この合言葉やめない?」

「ダメでしょ。誰も思い付かない真実だよ」

「……や、でも……」

「じゃあお前、間違えて俺が描いた甜花が本人に見られても良いのか?」

「ダメだね。よし、合言葉はこのままで」

 

 あっさりと流すと、続けて俺は例のブツを紙袋から取り出した。手の中にあるのは、黒いファイル。

 

「ほれ、約束のモンだ」

「おお……ありがとう! 見て良い?」

「どうぞ?」

 

 ファイルの中をながめる大崎。顎に手を当て、真剣な表情で中の絵を眺める。

 ……なんか、審査されてる気分なんだが、これ実際、審査されてるんだろうなぁ……。

 

「ど、どう……?」

「……」

 

 聞いても、大崎はしばらく無言のままだった。真剣な表情で甜花の絵を眺める。まるで、贋作の鑑定士のように。

 それは勿論、贋作なのだから厳しくなるのは仕方ない。何せ、本物はあくまで甜花。俺はそれを、俺の頭の中による補正とモデル代わりの写真を元に写生したに過ぎない。

 しかし、それでもベストは尽くしたと言える。……ただ一点を除いて。おそらく、大崎もそこにひっかかっているのだろう。

 しばらく黙り込んだ後、大崎は結論を出した。

 

「……うん。良いと思う。『自分に剣道なんて似合わない』と自覚した上での恥じらいの表情、剣道の素人を再現したような素振り、完璧な甜花ちゃんだよ」

「さんきゅ」

「でも、一箇所だけ」

 

 やはりか。

 

「この胸、甜花ちゃんこんな大きくないよ」

「モデルの写真の甜花からじゃ、胸の大きさまで分かんなくてさぁ」

「うーん……なるほどね……あ、それならさ、他の写真も見てみなよ。浴衣の甜花ちゃんの写真があるはずだよ」

「え、あいつお祭りとか行くの?」

「いや、甘奈が着て欲しかったから強引に着てもらったやつ」

 

 なるほど。それなら確かにあり得そう。あの子多分引きこもるタイプだしね。

 

「浴衣と剣道着なら、似てるし胸の強調のされ方とか似てるでしょ? そんな感じで、他の写真と見比べながら描けば良いんじゃない?」

「あー、そういう感じか。良いね。じゃあ、これ描き直す?」

「ううん、これはこれでもらっておく。……相変わらず上手だし」

 

 そっか……もらってくれるのか。なんだかんだ、大崎も良い子なのかな、なんて思ってしまった。

 

「じゃ、引き続きよろしくね」

「おう。任せとけ」

「でも、下手くそな甜花ちゃんを描いたらやり直しだからね」

「わーってる」

 

 一先ず、俺と大崎の間に、休戦に近い何かが結ばれた。

 

 



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得手不得手が極端過ぎる。

 中間試験まであと僅か。だからなんだよバーカ。

 そんなわけで、俺は今日も今日とて甜花の絵を描く。今日のお題は、アウトロー甜花。カウガールの格好をさせ、リボルバーを構えている甜花を描け、との事だ。

 そのため、もらった写真は中学の時の体育祭甜花だった。これを上手く使い、銃を持った甜花を描く……! 

 ゴオオオッ、と魂を燃やして鉛筆を動かしていると、ふと気になる点が出てきた。大崎にもらったカウガールの参考画像、おへそが出てるんだけど、ちょっと腹筋が割れ過ぎている。甜花にあの腹筋はありえない。

 

「……うーむ」

 

 どうしたもんかな……。でも、うちはパソコン一家で一台共通だし、調べることはできない。スマホには履歴を残したくないし……。

 まぁ、想像で補完するしかないか。なんであれ、やるからには全力だ。

 ガリガリと鉛筆を動かし、とにかく少しでも甜花に似せるように、そして甜花に似ないように描く。矛盾してなるようでしてないんだこれが。

 まぁ、んなことはどうでも良くて、とにかく大崎をもっと喜ばせてやる。あいつが喜べば喜ぶほど、俺の絵の精度は上がるって事だからな。

 完成した時が楽しみだ。

 

 ×××

 

 それから二週間が経過した。中間考査が終わり、俺は甜花と教室で駄弁っていた。もちろん、ゲームの話題だ。

 

「つまり……最近は、ちゃんと当てられるなら、センチネル+P2020が最強だと、甜花は思う……!」

「シールドワンパンで割ってからのトドメでしょ? たしかに弾薬の消費は少なさそうだけど、センチネル一発でも外したら、近距離じゃ終わりじゃね? 特に、ワールズエッジとかオリンパスは見渡しの良いステージが多いし。それなら、俺は普通にクイックドロウホルスターのウイングマンとRE使う」

「で、でも……REはちゃんと当てないと、全弾当てても、倒し切らないことも、あるし……」

 

 なんて話していると、教室の後方の扉に、見知った顔が見える。今、俺と話している少女とそっくりな奴だ。

 そいつは、人差し指と中指と親指を立てると、それらで自身の顎を撫でて上に向け、手首のスナップを効かせて横に倒す。立てている指が3本、ということは、3分後に取引のサインだ。

 3分の時の取引場所は、屋上と決まっている。ちなみに1分の時は近くの非常口の奥、5分の時は学校の裏門である。

 

「悪い、甜花。トイレ」

「あ……う、うん……」

「帰ったら、どっちが各々の武器でキル取れるか勝負だからな」

「……負けた方が、勝った方に次の日、絶対服従……!」

「良いだろう」

 

 そんな話をしながら、俺は一度、教室を出た。すぐに階段を駆け上がり、屋上の扉を開けると、大崎が待っていた。

 

「お待たせ」

「遅い」

「うるせーよ」

 

 開口一番で文句ですかこのヤロー。

 

「例のブツは?」

「こちらだ。中身は注文の品、3枚揃えてある」

「流石だね。前に比べて描くスピード上がった?」

「そうでもないよ。試験期間中だから、自習の授業が増えたおかげだ」

「それはそれでどうなのかな……」

 

 ……るせーな。

 

「じゃ、戻ろう。甜花ちゃんが怪しむ前に」

「だな」

 

 それだけ話すと、俺と大崎さっさと屋上を後にする。残念ながら、利害の一致があるだけで、別に仲が良いわけではない。

 二人でそのまま階段を下っていると、担任とすれ違った。

 

「あ、小宮。良い所にいた」

「え?」

「お前、中間ちゃんと勉強したのか?」

 

 あ、な、なんだよ急に……? 

 

「まだ採点してないけど、見回りしてる時とか全然、回答埋まってなかったじゃねえか。てか、何なら問題用紙に落書きしてただろお前」

「落書きなんてしていません。練習です」

「え、お前、美術部だっけ?」

「違いますけど?」

「???」

 

 あれ、混乱してる。なんでだ? 

 

「と、とにかく、ちゃんと勉強しろ。じゃないと、夏休み補習になっちまうぞ」

「えー、それは嫌だ」

「なんてシンプルな台詞なんだ……。嫌なら、ちゃんと勉強しろ。最近、授業中もなんか絵を描いてるみたいだし、もし何度注意されてもずっとダラダラそんなことを続けるようなら、禁止にするからな」

「えっ⁉︎」

「え、なんで大崎が反応するの?」

 

 おい、大崎。バレるだろ、甜花の絵について。多分、その絵のことバレたら怒られるよ? 

 

「先生、よくこいつが大崎って分かりましたね。うちのクラスの大崎とは別人ですよ?」

「いや分かるけど。でもそんだけ顔が似てて他人の空似って事はないだろ」

「それな」

「タメ口?」

 

 とりあえず誤魔化しつつ、胸前で控えめに手を振るう。実はこれもハンドサインの一つだ。万が一、絵を他人に見られそうになった際のシグナル。「さりげなく絵を隠せ」だ。

 俺のタメ口に担任が気を取られている間に、大崎は手に持っている紙袋を、実に自然な動きで背側に隠す。

 

「とにかく、勉強しろよ。美術が5になったとしても、大学進学には影響しないんだからな」

「それおかしいですよね。科目ごとに優劣つける必要なくないですか? 美術くんや家庭科くんの気持ち考えたことあります?」

「お前何言ってんの? 工学部に入るのに美術が必要になると思ってんの?」

「美大なら影響するかもしれないでしょう」

「美大行きたいの?」

「いや?」

「お前、生徒指導室来るか?」

 

 あ、ヤバい。怒ってる。てか、怒られる。

 冷や汗をかいていると、隣の大崎が口を挟んだ。

 

「小宮くん? 早く行かないと、甜花ちゃん待たせてるよ?」

「あ、ああ。そうか」

「待ち合わせしてんの?」

「は、はい。じゃあ、俺急ぐんで」

「なら早く行け。でも、勉強はしろよ。じゃないと補習になるからな」

「うぇーい」

「体育教官室でも良いよ?」

 

 無視して二人で逃げた。そのまま階段を降りながら、ひとまずお礼を言わないといけない。

 

「悪い、大崎。助かった」

「何、成績悪いの?」

「……」

「……いや、なんとなくそんな気はしてたけど」

「は? お前、俺が馬鹿だって言いたいんか?」

「馬鹿じゃん。結構、その節は感じてたから」

「お前に言われたくねーんだよ。どうせお前だってそのチャラチャラした格好からして……」

 

 直後、ぐいっと目前に紙が差し出される。数学の小テストだ。

 

「……満点?」

「あんたとは違うから」

「……勉強できる馬鹿もいるもんね」

「勉強できない馬鹿に言われたくないから!」

 

 しかし、勉強か……面倒なんだよなぁ。興味ないことはあんま頭に入んないし、やってても成果を感じられないから楽しくないんだよ。

 

「とにかく、補習で絵を描けなくなんてなったら許さないからね! 夏休みであっても!」

「あそう……まぁ、やるだけやるよ」

「よろしい」

 

 俺だって夏休みは甜花と遊びに行きたいし、学校に時間を取られている場合ではない。……とはいえ、その返事は何様だとは思うが。

 しかし……まさか、こいつに助けられるとはなぁ。多分、甜花を待たせるわけには行かない、という意識が働いたのだろうが、借りができた事には変わりない。今度、何かお礼しないと。

 俺の教室がある階に到着し、声を掛けた。

 

「大崎、お前この後暇?」

「は? なに急に。通報されたいの?」

「なんで通報になんだよ……いや、今助かったから何か礼を……」

「いらない。キモい」

「……」

 

 キモいってなんだコラ。喧嘩か? アァン? 

 

「じゃあいいわ。この後、甜花と遊びに行くし」

「は? 何それ聞いてないし、甘奈このあと予定あるから無理なんだけど」

「お前は来なくて良いわ。甜花と二人で行くし」

「協定違反!」

「お前がさっき待ち合わせしてるって言い出したんだろうが!」

「甘奈が言ったのは『待たせてる』って言っただけでーす!」

「でも待たせてる以上は待ち合わせと相違ねえだろ! 先生に嘘つくことになるのは嫌だし、絶対行くからマジで!」

「はぁー⁉︎ 言っとくけど、二人でデートなんてしたらマジ許さないから!」

「邪魔したら許されねーのはそっちだから!」

 

 なんて徐々にヒートアップしていき、周りの視線を感じてきた頃だ。いつのまにか教室から出て来た天使が、俺と大崎の間に入った。

 

「二人とも、何してるの……?」

「「何でもないよ!」」

 

 慌てて二人で弁明するしかなかった。

 

 ×××

 

 結局、待ち合わせはネットワークを介して行う事になった。そのままその日はゲームをし、自身のマイブームの装備を整えて戦った。

 途中から「どちらが多くキルを取れるか」の競争を思い出したこともあってか、普通に負けた。

 

「あーあ……マジかよ……。てか、今日ウィングマン、全然当たらなかったな……」

『にへへ……なんで負けたか、明日までに考えておいて下さい……!』

 

 この女……まぁ良いや。ムカつくけど可愛いし。

 

『……それで、覚えてる……?』

「競争だろ? 覚えてるわ」

『じゃあ……ば、罰ゲームも、覚えてる……?』

「え……なんか約束してたっけ……?」

 

 そんな事したっけ……いや、してたな、多分……。

 

『う、うん……。負けた方、は……勝った方に、絶対服従……!』

「え……ぜ、絶対服従……?」

『明日、一日……!』

 

 ちょっ、な、何それ……? いや、確かにそんな話してたっけ……やべ、忘れてた……。

 ……でも、まぁ良いか。流石に「死ね」とか「お金くれ」とか、そういうのは言ってこないと思うし。

 

「はぁ……まぁ良いか」

『じゃあ……早速』

「え、明日じゃないの?』

『明日の、甜花のお昼だから……』

「あ、なるほどね。良いよ、好きなので」

『ラーメン!』

「まさかの汁物ですか。それは無理」

『学食があるよ……?』

 

 ホント、ナチュラルに人を傷つけるなこの子は……。俺の飯より学食ですかこのヤロー……。てか、それなら今日のうちに言っとく必要ねえだろ。

 

「まぁ、うん。分かった」

『それと……ね?』

「何?」

『……なるべく、なら……二人で、食べたい……』

「……え?」

 

 い、今なんて……? と、俺が思ったのとほぼ同時、マイクの向こう側から、ガタガタっと何かにぶつけたような音がする。多分、大崎が盗み聞きしているのだろう。

 

「別に食べるのは良いけど、それは大崎と一緒じゃないって意味で良いのか?」

『う、うん……』

「なんで?」

『その……聞きたい事、あるから……』

「聞きたい事?」

『う、うん……じゃあ、甜花もう寝るね……!』

「分かった。お疲れー」

『おやすみー』

「『合わせて親カレー』」

 

 意味のわからない挨拶と共に、今日のゲームは中断した。

 

 



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変わらないと諦めるより、変わろうと思うことが大事。

 女の子からの「今日は二人でご飯食べたい」の意味する事は数多くあるだろうが、男にとっては一つしかない。

 そう、つまり……「あなたともっと仲良くなりたい」しかない。いや、だってそうでしょ。ましてや、今回の相手は「え、君達、姉妹でデキてるの?」でお馴染みの大崎甜花だ。

 そんな子に二人で飯が食いたいなんて言われたら……それはもう……「やったでおい」の一言でしょ。

 もう、昼休みまでの授業がずーっと長く感じた。昼休みが楽しみ過ぎてもうね。甘奈、お先にごめんね! 甜花の絵、バリバリ描いてやるから、闇討ちだけは勘弁な! 

 

「じゃ、今日の授業はここまで。日直号令」

「きりーつ」

 

 で、今はその4限目。起立の号令で、俺は勢いよく立ち上がりすぎて天井に届かんばかりの勢いでジャンプしてしまった。一番後ろの席でよかった、甜花以外、誰にも見られてねえ。

 

「礼」

 

 直後、俺は机におでこをぶつける勢いで頭を下げる。こう見えて体は柔らかい。長座体前屈、鼻が床につくからね。

 そんなことはどうでもよくて、そのまま一気に甜花に声を掛けた。

 

「さぁ、甜花! 昼飯にしようか!」

「う、うん……!」

 

 すぐに二人で教室を出た。さて、何の話をしようか……! ゲームトークなら生憎、5000通り考えて来たぜ! 

 

「ラーメンで良かったんだっけ?」

「う、うん……。なるべく……味に、集中しなくて良いのが、良かったから……」

「それはつまり……俺のいつもの弁当は、むしろ集中しないとダメだった、という事?」

「……あうぅ……そこは、察さないで欲しい……」

 

 うおおおお! 嬉しいなんてもんじゃねえあああ! 今まで頑張ってきた甲斐があったというものよ! 

 そのまま二人で、食堂に向かい、食券を購入し、席に座る。ラーメンを早速、啜りながら、まずはこちらから聞くことにした。

 

「で、話って?」

「あ、う、うん……!」

 

 モテない男は相手の話を聞かない奴、というのを聞いたことがある。元々、今日の飯は甜花が俺に聞きたいことがあるってことだったし、まずは聞き手に徹するのがベストだろう。

 

「ちゅるるっ……え、えっと、実はね……」

 

 啜る音可愛いなぁ……。なんてほっこりしてしまったのが、運の尽きだった。油断している時に、甜花は可愛い顔してとんでもない事を聞いて来た。

 

「……ごくんっ、その……最近、なーちゃんと二人で……なに、してるの……?」

「取引! ……あ、やべっ、な、何もしてないよ」

「無理だよ! ……な、何の取引……?」

 

 しまったあああああああ! 口が滑ったあああああああ! 

 

「な、何でもないから!」

「な、何でもなくない……!」

「そういや甜花、この前俺、最強の戦術思いついたんだよね」

「後で良い、から……! 取引に、ついて……!」

 

 あ、あわわわわっ……いつになく強気じゃないこの子……! そんなに気になるのかしら……? 

 

「な、なんでそこまで……?」

「だ、だって……コソコソ隠れて喧嘩してたら、嫌だし……」

「いやいや、俺と大崎はマジで仲良しだからホント」

「それに……なーちゃんが……誰かと、甜花より仲良くしてたら……それはそれで、嫌だし……」

「……え?」

 

 え、それって……もしかして、甜花が俺に声をかけてきたのって……『もっと甜花と、仲良くなろ……?』ではなく……『甜花と仲良しのなーちゃんとらないで……』だった……? 

 ていうか、もしかして割と俺って、友達とかじゃなかった感じか……? 

 

「そんな、事より……取引って、何……?」

 

 地味に……というかかなりショックを受けている俺に、甜花は構わず追撃して来た。

 が、頭に入って来ない。そのままラーメンを食べる手さえ止めてぼんやりしていると、俺と甜花の間に似たような人影が混ざってきた。

 

「甜花ちゃーん! 探したよー!」

 

 そこに介入してきたのは、大崎甘奈。元気な声で横から抱きつくと、俺を心底、敵視したような目で睨みながら、甜花に続けて声をかける。

 

「まったくもう、ずーっと見当たらないままだったんだから! どっかの誰かの所為でー!」

「……」

「……?」

 

 ……うーん、たしかに俺の所為、かも……? 大崎はともかく、甜花が俺と別にそこまで仲良くなりたいと思ってないのなら……引いた方が良い、のか……。

 

「ごめん……」

「?」

 

 大人しく謝り、とりあえず麺だけ啜る。なんか……かなり居づらく思えてきたな……。

 

「ね、ねえ……なーちゃん、取引って……」

「甜花ちゃん、甘奈も一緒に食べて良い?」

「も、もちろん……!」

 

 そのまま仲良く話しながら食事をする二人を前にして、俺は少し居心地悪く思いながら、ボンヤリした。

 

 ×××

 

 昼休みが終わった後の授業中、俺は珍しく真剣に授業を受けていた。甜花の似顔絵には、あまり身が入らなかったからだ。

 そのため、ボケーっとしてるよりは、何となくでも先生の話を聞いていた方が良いと思った。

 

「……はぁ」

 

 隣の席でガッツリ寝息を立てている甜花は、それはもう幸せそうな顔だ。何でここまで授業中に安眠できるのか分からないが、まぁ放っておこう。嫌われたくないし。

 

「……」

 

 いや、まぁ嫌われてるのかもしれないが……。なんか、一人で舞い上がってたのかな、俺……。

 でも、一緒にゲームやってた時はとても楽しかったし……向こうも楽しんでたと思っていたが、そうでも無かったのかな……。

 考えてみれば「ゲームやろう」って誘ったの、ずっと俺からで甜花からは来なかったし……いや、2〜3回は来たっけか。でも俺から誘ったことの方が多かった。

 はぁ……なんか、考えれば考えるほどネガティブになっていくなぁ……。いや、元々、俺ってそういう人間なんですけどね。今までガンガン甜花と遊んだり、大崎と喧嘩してた時の方が余程、俺らしくなかった。

 

「……今日は久々に、ソロでやろうかな……」

 

 それで虐殺しよう、あらゆる敵を全員。俺とミラージュならやれるはずだ。全員、血の海に染めてやる……! 

 そんな憎悪を燃やしていると、授業終わりのチャイムが鳴り響いた。それとほぼ同時に、安眠していたはずの甜花が目を覚ます。こいつホントどうなってんだ……? 

 

「ふわあぁぁ……よく、寝た……」

「……」

「おはよう……にへへ」

 

 かわいい。じゃなくて。いや、まぁ教室にいる間は、大崎が介入する余地がないんだから、話していても何の問題もないのだろうが……。

 でも、何? アレだ。なんか気まずい。ここで気まずく思ってしまう辺りが、やはり俺という人間の性なんだろうなぁ……。

 

「……? 小宮、くん……?」

「え? あ、あー……何でもない、から……」

 

 ……うっ、なんだこの感じ……気まずくて申し訳なくなって息苦しくなってる……。俺って一体、何なの……? 

 帰りのホームルームに突入し、俺と甜花の間に会話はなかった。中学時代、おそらく俺から自動的に放たれていた「話し掛けないで」というオーラが漏れていたのだろう。

 今なら分かる。あれって単純に「一人の方が良い」っていう盾を使って逃げてるだけなんだよな……。

 

「……」

「……」

 

 教室にいる間くらい、甜花と仲良くしたい。大崎の前では距離をおいた方が良いのだろうが、クラスには甜花だって俺以外に友達はいないだろうし、なるべくなら話とかしておきたいんだが……。

 はぁ……なんかもう、なんでこんなに悩んでんだ俺は……。

 結局、何一つ会話できないままホームルームは終わり、下校の時間になった。

 

「あ……小宮くん……! また、明日……!」

「んっ、またね」

 

 結局、さよならの挨拶も素っ気なくなってしまった。明日からは土日。甜花とは会えなくなってしまうが……まぁ、それは仕方ないよね。

 休日なら、向こうも大崎と遊びたいだろうし、こっちからゲームの誘いをするのはやめておこう。

 教室を出ると、走ってきた大崎とぶつかりそうになった。

 

「甜花ちゃ……わっ、と! 危ないなぁ!」

「悪い」

「はぁ?」

 

 そのまますれ違い、帰宅した。

 

 ×××

 

 月曜日。けど、学校に来ても何の楽しみもない。教室にいる間は良いけど、それ以外の時はボーッとしてるだけ。

 ……また、スマホゲーやり込もうかなぁ……。高校時代にしか出来ない事がやりたかったけど、友達作りもダメだったみたいだし、今更部活には入れないし……諦めようかな。向いてなかったんだね、きっと。

 

「はぁーあ……」

 

 ……なんか、入学初日だけイキってて、気付いたら便所飯になったデビュー失敗系インキャみたいな……てか、そうだわ。

 そのままボケーっとしたまま1日を過ごした。昼休みだけ教室を離れてボンヤリ食堂で昼食って、そのまま一日を終えて帰ろうと下駄箱を開けた時だ。なんか紙入ってた。

 

「……なんだこれ」

 

 眉間にシワを寄せて、その紙を手に取る。その表紙には「屋上に集合」と書いてあった。

 こんな真似をするバカは一人しかいない。大崎甘奈だろう。勝利宣言でもするつもりなのか? あの野郎。それとも、絵の催促か? 言われなくても、取引した分は描くっつーの。

 まぁ、どうせ関わるのも最後だ。顔出してやっても良いかな。

 そう思って屋上まで移動した。家帰った時に何するか考えながら扉を開けると、そこにいたのは意外な人物だった。左の額で分けられた分け目、トロンとした垂れ目、微妙に猫背気味で、自信なさそうに胸前で重ねられた両手……。

 

「……なんで甜花の真似してんの?」

「あ、バレた? さすがだね☆」

 

 いや、真似られても分かるから。何枚、甜花の絵を描いてきたと思ってんの? 真似た髪型と本物の違いくらい分かるわ。

 

「絵の件か? 一応、出来てるのは3枚あるけど、まとめて渡そうと思ってたから……」

「違うよ。……あ、でも今あるならもらっておこうかな」

 

 鞄のチャックを開けられ、大崎はクリアファイルを取り出す。それに倣い、俺も鞄から絵を取り出す。

 

「あい」

「ありがと」

「で、もういい?」

「ダメだったら。甜花ちゃんと何かあったでしょ」

「……ないよ」

「いや無理だから。もう甜花ちゃんから聞いてるし」

 

 ……じゃあ聞くなよ、って言おうとしたが、聞かれてなかったわ。

 甜花のあの時の台詞。あれはつまり「なーちゃんと一番仲良しなのは甜花が良いから、あんま仲良くしないで」という事だろう。

 そして、大崎も「甘奈が一番、甜花ちゃんと仲良しだから」と思っているのは明白だ。

 つまり、もうそこで友愛が発生しているため、俺が入る隙間などないのだ。

 

「バカじゃん?」

「えっ」

「甜花ちゃんは、甘奈とは甜花ちゃんが一番仲良しでいたい、って言っただけで、あんたと縁を切りたいなんて一言も言ってないから」

「や、それはわかるけど……」

「分かってたら、いつもと同じようにしてくれる? 認めるのは癪だけど、土日とかあんたからゲームの誘い来なくて寂しそうにしてたんだからね」

「……」

 

 ……マジか。勝手に悩み込んでいただけだった……? 

 

「え、でもなんでそれ俺に教えてくれんの?」

「か、勘違いしないでよねっ。あんたを倒すのは、この甘奈なんだからねっ。勝手に潰れるなんて許さないんだからねっ」

「ベジータかお前は」

「それと、絵を描いてもらえなくなるのは困るからなんだからねっ」

「それが本音だろ」

 

 しかし……まぁ本当に甜花が淋しそうにしていたのなら、俺も変に気を使うべきでは……いや、気遣いですらなかったかも。

 

「ごめん、ありがとう。大崎」

「え、いやあんたの為じゃないから」

 

 いや、人のお礼は受け取ってくれませんかね……。

 

「それより、元々今回の件は甜花ちゃんに2人で密会しているのがバレたことから始まったわけだし、もう少しバレないようにしようよ」

「あー、そ、そっか。どうする?」

 

 多分、学園内は無理だ。甜花が教室で熟睡しているのならまだしも、起きている間に、バレないよう教室を出るのは不可能だ。同じクラスな上に隣の席だからね。

 しばらく考え込んだあと、大崎が思いついたように言った。

 

「うーん……夜とか暇?」

「暇だけどなんで?」

「じゃあ夜にしようよ! 学校に甜花ちゃんもいるのに、学内で待ち合わせっていうのが無理あるんだと思うし」

「なるほど……いや、でも夜はそっちダメでしょ。危なくね?」

「じゃあどうすんの?」

 

 どうする、どうするか……。……あっ、そうだ。

 

「大崎、俺に勉強教えてよ」

「いきなり何? 嫌だけど」

「作戦だよ……嫌なの? や、まぁ良いか。甜花は勉強嫌いだし、勉強会って言っても来ないでしょ。そういう場を作れれば、それで勝ちでしょ」

「なるほどね……」

「実際に勉強は教えてくれなくて良いからさ。集まって交換だけして帰宅でも良いし」

「……」

 

 俺の提案に、大崎は再び顎に手を当てて考え込む。悪くないアイデアだと思うんだけどな……。会う頻度も減らせば、それだけ安全になるし。

 

「……良いかもね。でも、どうせ集まるなら勉強はみっちり教えてあげる」

「え、な、なんで?」

「成績悪いんでしょ? それで補修とかになられたら困るし」

「や、平気だって」

「ダメです」

 

 ……こいつ、意外と真面目ちゃんなのか? 

 

「とにかく、決まりだからね」

「はいはい……」

 

 まぁ、良い機会だと考えるか……。こいつ、多分本当に俺のことしごきそうだし、今のうちに少しずつ復習しておいた方が良いのかもしんない……。

 

 



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バレた日

 高校一年の中間試験は、その後の高校生活に一番、大きく響くものである。何に影響を及ぼすか? 単純に、モチベーションだ。

 高校一年ということは、他の生徒達とほぼ学力は一緒。勿論、滑り止めできた高校か、それともここに来たくて来たか、など細かいスタート地点は異なるが、ほぼ均一と言っても過言では無い。

 その平均的なレベルの中でも「賢い方」なのか「バカな方」なのかで、大きくその後の勉強に対する意欲が変わって来る。

 要するに「何事も最初が肝心」なわけだ。

 さて、そんな中間試験に備え、甜花、秀辛の二人は、甘奈先生の指導の元、全力で勉強した。

 

『ねぇ、バカ。あんたなんで同じ間違いを繰り返すわけ? 学習する気あるの? それとも学習を知らないの?』

『す、すみません……』

『あ、甜花ちゃん。その問題解けないのは分かるよ。難しいもんね? 基礎だけど。大丈夫、甘奈がついてるから』

『にへへ……あ、ありがと……』

 

 区別でも分別でもなく、明らかな差別がそこにはあったが、とにかく勉強をした。

 それでようやく、中間試験を終えたのだった。そんな日だからこそ、甜花は何となく予想していた。甘奈でも秀辛でも、どちらかが「打ち上げやろう!」とか言い出すのを。

 だが、試験が終わって放課後になるや否や、秀辛はすぐに教室から出て行ってしまった。いくら甜花でも、これに引っかからないということは無かった。

 

「……」

 

 そんなわけで、尾行を開始した。秀辛の後ろをついて歩く甜花。何があるのか分からないが、とにかく気になった。どうせ、秀辛がコソコソ待ち合わせする相手なんて決まっている。

 

「……お待たせ」

「誰にもつけられて無いでしょうね?」

「無いよ。俺のステルス技能は芸術だ」

 

 いやつけられてるから、なんてツッコミは入れず、黙ってその様子を眺める。

 相手は、分かっていた事だが大崎甘奈、自身のよく出来た妹だ。いやほんとによく出来た妹。

 しかし、これから何が始まるのだろうか? 決闘かと思ったが、どうもそんな感じでは無い。だとしたら……。

 

「はっ、ま、まさか……こくはく……?」

 

 あり得る、と頭の中を切り替える。ちょいちょい密会しているらしいし、たまにすごく仲良しになったりするし、十分ある。

 だとしたら、阻止しなければならない。何故なら、甘奈を取られるのは困るからだ。もし、彼氏彼女の関係にってしまったら、もうお世話したくれなくなってしまうかも……。

 こうなったら、強引にでも……と、様子を見ている間に、二人は話し合いを始めた。

 

「なら、良いわ。……ずっと、この時を待ってたんだからね」

「俺もだよ」

 

 そのセリフ、やはり間違いない……! と、甜花は胸の底を思わず高鳴らせる。どうしたら良いのか。

 さっきは迷わず「邪魔してやる」と思ったが、もし愛する妹が本気で恋しているのならば、応援するべきだろうか? というか、告白のシーンなんて初めて見るから、純粋に見ていたい気持ちもある。

 しかし、でもやっぱり普通に自分の面倒を一生見てほしいし、やっぱりこのまま告白はさせない。

 あっさりと傾いていた天秤を逆回転させて捻じ切ると、一気に突撃しようとした時だ。

 

「はい、ご注文の甜花、ビキニアーマー絵」

「ありがとー! こっちも、ご注文の甜花ちゃんのブルマ姿」

「うおおおお! 可愛い! あんま似合ってない辺りが!」

「きゃー! とうとう、甜花ちゃんのビキニアーマー見ちゃったー☆ でも、甜花ちゃんもう少し胸あるよ」

「あー、じゃあ修正する? ビキニの甜花あればもっとうまく描けるよ」

「甜花ちゃんがそんなの着るわけないじゃん」

 

 それを聞いて、ピシッと固まる。が、固まった位置が悪かった。もう引き返せない所まで走って来てしまっている。

 そんなことを気にする余裕もなく、なんか知らない所で着せ替え人形にされているような気がした甜花は、顔を真っ赤にしたまま大声を出してしまった。

 

「え、えっち────!」

「「っ⁉︎」」

 

 慌てて二人は振り返りながら、手に持っているものを背中に隠す。

 

「て、甜花⁉︎ 盗み聞きなんて趣味が悪いぞ!」

「そ、そうだよ甜花ちゃん!」

「あ、あうう……それ、二人には……言われたく無い……」

「「何の話?」」

「せ、背中に隠したもの、見せて……!」

「「背中?」」

「う、うう……いき、ぴったり……」

 

 完全に惚ける気満々である。汗一滴流していないのが腹立たしい。どうにかして何をしていたのか吐かせたい所だったが、良い手が思い浮かばない。ここに来てコミュ障の弊害が出て来た。

 そんな時だった。悪戯な風さんが、スカートではなく甘奈が隠した紙をさらい、甜花の顔にへばり付かせたのは。

 

「ひゃうっ……?」

「あっ!」

「ちょっ、バカ……!」

 

 思いがけず、顔に欲しいものが飛んできてくれた。恐る恐るその紙を見ると、本当にビキニアーマーの格好をした自分が、フルカラーで描かれている紙があった。

 

「え……な、何これ……?」

 

 ゆっくりと二人を見る。二人とも、全力で目を逸らしていた。

 冷静に、足りない頭を全力で捻って、現状がどうなっているのかを考える。おそらく、この絵を描いたのは小宮秀辛だろう。彼の画力ならば可能だ。

 が、彼が得意とするのはあくまでも模写。つまり、写真の提供者がいるはずだ。それが、甘奈だろう。今なんか小学生時代の恥ずかしい体操服姿の写真を渡していたのを覚えている。

 そこから導き出される結論は一つ。こいつらが、今の今までの密会で行っていたのは、写真と模写の交換だ。それも、甜花のものを、だ。

 

「……」

 

 徐々に怒りが込み上げる。流石に腹が立った。こいつら、ホントこいつら……! 

 

「二人とも……どう言う事……⁉︎」

 

 聞くと、二人は慌てて弁解をした。

 

「「こいつが取引を持ちかけて来た!」」

 

 しかも、お互いにノータイムで責任を押し付けあう始末である。よくもまぁ怒っている人間の地雷をそこまで的確に踏み抜けるものだ。

 

「そういうの良いから。……で、どういうこと?」

 

 もう察してはいるのに聞いておいた。嘘をつくようなら、それこそ断罪である。

 

「こいつが、写真を渡す代わりに絵を描いてくれって!」

「こいつが、絵を描いてやるから写真をよこせって!」

「「なんだと⁉︎」」

「だから、喧嘩しないで。質問に答えて」

 

 まぁ、答えたも同然だ。今のが全てだろう。そのまま説教でもかましてやろうと思ったのだが、二人はそのまま喧嘩をおっ始めてしまう。

 

「うるせえ! そもそもお前が手から紙離すから!」

「あんたこそ甜花ちゃんに尾行されてた癖に!」

「お前が今日くらいは校舎裏で密会してもバレないとか抜かしたんだろ⁉︎」

「今まで試験期間中、どっかの誰かの勉強を見る事になったおかげで、毎日顔を合わせるハメになったから、今日くらいは解放されたかったんだよ!」

「お前が勉強見てやるとか抜かし始めたんだろうが!」

「あんたがバカだからでしょ⁉︎」

 

 などなどとさらにヒートアップ。今にも殴り合いになりそうな空気になってしまったが、一番殴りたい衝動を抑えているのは甜花である。

 ビリィっ……という、紙を引き裂く心地よい音と共に二人は黙り、横にいる自分を見る。

 甜花としては、本当に怒っていた。絶対に許さない、と断言してしまいそうな程度には頭に来ていて、もう顔も見たく無いくらいだ。

 が、仮に怒ったとして、それが怖いかどうかは別問題である。いや、怖く無いだけならまだ良い。要するに、怒っていると言うことが伝われば良いのだから。

 しかし、甜花の場合は、そうもいかなかった。頬を子供みたいにぷくっと膨らませ、ふいっとそっぽを向いてしまったからだ。

 

「二人とも……きらいっ」

 

 その結果、甜花が言った台詞など頭に入らず、二人をほっこりさせてしまった。

 

「「かわいい!」」

「ほんとに、きらいっ!」

 

 二人が正気に戻ったのは、膨れっ面の甜花が校舎裏から立ち去った五分後のことだった。

 

 ×××

 

「そんなわけで『どうやって甜花ちゃんと仲直り出来るか』会議を始めます」

 

 そう言ったのは、大崎甘奈。甜花マジギレから一日経過した土曜のカフェでの出来事である。

 

「うん、まぁ俺らが悪いわな」

「だよね……やっちゃったよね……」

 

 しかも、秀辛を頼るくらいだから相当、甘奈は参っている。昨日の夜、何があったのだろうか? 

 

「昨日、どうだったの?」

「本当に怒ってたよ……。全然、口聞いてくれないし、ご飯も部屋で食べちゃうし、ソファーにも隣に座ってくれないし……」

「あらら……」

「それに、歯磨きもさせてくれないし、着替えも手伝わせてくれないし……」

「あーあ……ん?」

「お風呂にも一緒に入ってくれないし……一緒に寝てもくれないし、夜中のトイレについて行かせてもくれなくて……」

「君達、付き合ってんの?」

「うん」

「ほざくなボケナス」

 

 その内容に、普通に秀辛は引いた。異性とはいえ、自分と果穂でさえ、そこまで見境なくは無い。

 とはいえ……まぁ、今の自分だって、果穂に口聞いてもらえなくなったら死にたくなる。気持ちが分からないことはないため、そのシスコンっぷりは気にしないことにした。

 

「で……どうするか、か……」

「うん! もうこんな生活耐えられない! 生き甲斐が奪われたみたいで、もう死にたいくらいなんだもん……」

「……素直に謝るしかないんじゃね?」

「……だって、話も聞いてくれないんだもん……」

「……」

 

 つまり、まずは一緒に会話できる空間が欲しいのだろう。

 

「自殺のふりでもして見たら? 部屋の角でロープを首から下げて扉に背中向ける奴。本当は首じゃなくて、体を支えてるアレ」

「今度こそ口聞いてくれなくなるよ多分……」

「……確かに」

 

 あんまりヘヴィーなのはダメだ。

 

「じゃあ、ゲーム付き合うとか? 甜花だってテレビゲームやるでしょ? ゲーム中に隣に座れば良いんじゃね?」

「甜花ちゃん、単純にゲームやってる最中に邪魔すると嫌がるもん。今、隣に座ったらそれこそ嫌われちゃうよ」

 

 そう言うところは確かにありそうだ。甜花は割と子供が大きくなっただけである。

 

「じゃあ、俺が甜花と甘奈、二人が仲良くしてる絵でも描こうか?」

「それで許されるのはあんただけでしょ」

「……チッ」

「あんたブッ飛ばすよ?」

 

 ダメか、と秀辛は内心で毒づく。しかし、本当に頭の良い妹である。自分が提示する案に対し、すぐに速烈で返事を返せるのは流石だ。この頭の回転の速さは、FPSをやる自分にとっても割と見習う所が……。

 

「……あっ」

「何?」

「ゲームやろうか」

「は? ゲーム? あんたまた自分だけ……」

「違う違う、俺の甜花じゃなくて、俺と大崎で」

「え……あ、甘奈と?」

「俺と大崎が楽しそうにしていれば、甜花もこっちに来るでしょ。この前、甜花の奴、俺と大崎が密会してるのを見て嫉妬してたじゃん。後は、上手いこと話せば良いんじゃね?」

「ああ……そんなこともあったね。嫉妬甜花ちゃん、可愛かったなぁ……」

「おい、よだれよだれ」

 

 言われて、甘奈は慌てて口元を拭う。

 

「うん。じゃあ、それで行こう! ゲームなら、甜花ちゃんも簡単に釣れるしね」

「酷い言い方だな……。つーか、お前の家、プレ4二つあんの?」

「無いけど、Sw○tchでも出来るでしょ?」

「あー……Swi○ch版かぁ。まぁ良いや、良いよ」

 

 その日の夜、結局、甜花も混ざって三人でチャンピオンを目指す三人の姿があった。

 

 



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闘争編
周りの目が見えてない。


 夏休み、それは始まる前が一番、楽しい長期休暇だ。俺は甜花と大崎と何処かに遊びに行けるように、計画を立てる。

 夏休みが始まるのが7月後半。その為、8月に入るまでに短期バイトを探し、8月の頭の一週間でお金を稼ぐ。

 その後、8月の中旬で多分、4〜5日くらい家族で泊まりの旅行やら里帰りやらして、思いっくそ遊べるのは後半からだろう。

 ざっくりとはこんな感じ。いやー、充実した夏休みだよなぁ。これが理想だと思っている。これが実行されれば一生の思い出となるだろう。

 で、今は8月の頭。早速、短期のアルバイト。今日明日明後日の三日間、頑張ります。

 しかし、夏休みってホント恐ろしいよね。たかだか一週間ちょいで、早起きの習慣がもう乱れてるんだもん。もう既に早起きするのが少しだるい。初めてのアルバイト、というワクワク感がなければバックれてた可能性さえある。

 ま、なんであれこれからお金をもらう分、働くのだ。適当な真似は出来ない。間違っても、このプールにマイナスな影響を与えるようなことはしてはいけないのだ。俺にとってはバイトだが、ここの社員さんにとっては人生が掛かっているのだから。

 

「よし、やるか……!」

「うん。頑張ろうね、小宮くん!」

「おう! ……おう?」

 

 あれ、なんか聞き覚えがある声が……。恐る恐る横を見ると、大崎がこのプールのスタッフ用の水着の上にパーカーを羽織って立っていた。

 

「え……なんでいんの?」

「いや、普通にバイト。てかなんであんたこそいるの?」

「いや、普通にバイト」

 

 ……ちっ、同じ考えかよ。甜花に飯を奢るのは俺の役目だと思ってたのに……。ま、良いやな。金はあって困るモンじゃない。

 それよりも気になることがある。

 

「てか、なんでここ?」

「なんでって、短期で探してたまたま良い所がここだったの」

 

 や、そういうことじゃなくてさ。

 

「お前ならこんな炎天下に身を焼かなくても、モデルとか出来るだろ」

「え?」

「?」

 

 え、何この意外そうな顔。

 

「それ、どう言う意味?」

「どういうって?」

「……そ、それ、甘奈のこと……かわいいって、言ってる……?」

 

 こいつ、今更何言ってんだ? 

 

「甜花と似た見た目をしてる時点で、お前も自覚はあるだろ」

 

 直後、フッと大崎の瞳から光が抜けた。まるで上げて落とされた後の人のような表情に、俺は思わずギョッとしてしまう。

 

「え、なに」

「あんた……なんで素直に褒められないわけ? てか、甘奈そんなぶりっ子じゃないし」

「は? 双子の癖に何言ってんだ。そこは自信持てよ」

「違うから! 甘奈と甜花ちゃんじゃ、何もかも違うし!」

「双子で顔は似てるけど、自分は可愛くなくて甜花は可愛いと?」

「そう!」

「それは中身の話だろ。外見にまで優劣つけんなよ」

「ねぇ、あんた今、甘奈のこと性格悪いって言った自覚ある?」

「あるよ?」

「あんたの方が百倍性格悪いじゃん!」

「お前よりはマシだっつーの!」

「はぁ⁉︎」

「ああ⁉︎」

 

 徐々にメンチを切り始める。なんなのコイツまじで。お前、大体自分と甜花が全く別の生き物である事くらい把握してんだろ。それを口に出しただけで、なんでそんな文句言われなきゃいけないわけ? 

 ここは一発、マジでやったろうかホント。言っとくけど、口喧嘩は俺得意よ? 中学の時、オンゲでどれだけバトってきたと思……や、あれは黒歴史だ。思い出すな、俺。

 とにかく、このまま口喧嘩を続行してやろうかと思った時だった。臨時のバイトが集合している待合室に、オーナーが入って来た。

 それにより、俺も大崎も押し黙り、ミーティングの開始まで待機した。

 

 ×××

 

 昼になった。と言っても、昼は客がフードコートを使うため、スタッフは遅めのお昼になってしまう。

 現在、午後14時。この時間になってようやくお昼である。けど、昼食はプール側が持ってくれるようで、オーナーにお金をいただいてしまった。

 割と空いているフードコートで飯を食べていると、向かいの席に大崎が座った。

 

「休憩?」

「それ以外にここに来ないでしょ」

「わざわざ俺と飯食うの?」

「良いじゃん。一人よりマシだし」

 

 まぁそりゃそうだけど。てか、大崎のコミュ力なら友達くらい作ってんじゃねえのかな、と思ったが、よくよく考えたらこのバイトって基本、一人だから友達とか作れねえんだよな。

 一応、一緒についていてくれる先輩もいるが、客がお昼を食べている時に、先にお昼へ行ってしまう。や、そのタイミングで行かないとお昼が俺達より遅くなっちゃうし、客が昼食ってる間ということは、監視員も暇なのだ。だから、短期の俺たちに任せておいても安心して飯に行けるというわけだ。

 

「どう? そっち。ウォータースライダーだっけ?」

「もう大変だよー。浮き輪から手を離さないよう、毎回言わないといけないし、出発前は姿勢を崩さないでって言ってるのに、みんな写真を撮るのに夢中だし、そもそもウォータースライダーにスマホ持ってくるし……」

「うーわ……」

 

 こっちは流れるプールの一部を見張るだけだったから問題なかったけど、そっちは大変そうだ。

 

「ああいうの、注意されるよりする側の方が嫌な気分になるものなんだね……。これから、せめてラーメン屋とかでご飯食べるときくらいは写メ撮ってツイスタに上げるのやめようかな……」

「ああ、やっぱ大崎もそういうのやるんだ」

「まぁね。……あ、ほら見てよ。駅前のカフェで撮ったショートケーキ、めっちゃよく撮れてるでしょ?」

「あーうん。てか普通に美味そう。美味かった?」

「美味しかったよ? でも甜花ちゃんが食べてたチョコレートケーキの方が美味しかった」

 

 話しながら、スマホの写真を眺める。確かに、綺麗に撮れてる。まぁあんま写真について詳しく無いから分からんけど。

 スッスッと画面をスワイプさせながら写真を見ていると、甜花が映り込んできた。なんかやたらとオドオドしている様子だ。

 

「あ、それとこれ。お洒落なカフェに入ろうとしてヒヨる甜花ちゃん。可愛く無い?」

「可愛い!」

「でしょ⁉︎」

「ちょうだい!」

「だめ。だって、あんた甜花ちゃんに絵を描くの禁止されてたじゃん」

 

 うぐっ、そ、そうだった……。アレ以来、次に甜花の変な絵を描いたら、今度こそ絶交らしい。

 

「もう取引も何も無いし、可愛い甜花ちゃんを独占出来るもん」

 

 ちっ、やっぱこいつ変わってねえなぁ。気持ちが分かってしまうから、タチが悪い。俺でもそうするだろう。てか、そもそも写真を勝手に、俺に譲渡するのも禁止だったわ。

 

「はぁーあ……なんか、お絵かき禁止って思ったよりキツいなぁ……」

「ふふん、その点、甘奈は甜花ちゃんの写真だけで妄想補完は可能だからね。双子の姉妹は、この世で唯一無二の存在だもん」

「そうか、俺も甜花の唯一無二の存在になれば良いんだ! ちょっと愛の告白してくる!」

 

 ドガっ、バギッ、ゴスッ、ズゴッ! 

 

「二度と言いません! 二度と!」

「ならば良し」

 

 四回も殴られた、四回も! こいつほんとにJKか⁉︎

 

「でも、普通に羨ましいわ。甜花と……と言うか、誰かと写真撮れて」

「え、なんで?」

「や、ほら。俺はあんま友達いないし、甜花に『一緒に写真撮って』なんて言えないし、そもそもタイミングないし」

 

 あいつ引きこもりだから、外に出かける事はない。たまにゲーセンに行くくらいだが、ゲーセンのどんな設備を背景にして、二人で写真を撮ると言うのだろうか? ハイスコアを出しても、画面を写真に収めるだけだ。

 何より……その、なんだ。女の子に「写真撮らせて」って言うの、普通に恥ずかしいし……。

 

「なんで言えないの?」

 

 しかし、このデリカシーをへその緒と一緒に切り落として来た女には分からないらしい。

 

「そりゃそうだろ。中学の時までボッチだったんだぞ? そもそも、下の名前で呼ぶのにも割と勇気が必要だったのに……」

「ヘタレなだけでしょ」

「じゃあお前は男と写真撮れんのかよ⁉︎」

「撮れるよ普通に。……ほら、ちょっとこっちに顔寄せて」

「え?」

 

 机を挟んで、言われるがまま俺は身を乗り出した。大崎も同じように身を乗り出し、真横にスマホを構える。

 

「撮るよ?」

「え、ちょっ……えっ?」

 

 俺の反応などどこ吹く風、普通に指でシャッターを切った。カシャっというシャッター音がしたと思ったら、大崎は俺の頭をどんっと押し退ける。おかげで俺は椅子からひっくり返ってすっ転んだ。

 

「ぷっ……マヌケな顔してる……!」

「てめっ、何すんだクソ女ァッ!」

「ほら、撮れるでしょ? 写真」

「はっ? と、撮れるでしょうって……!」

 

 確かに撮られた。クソ、こいつやはり普通にリア充タイプか……! 考えりゃ、俺が嫌われてる理由は甜花と仲良くしているからだ。逆に言えば、甜花を知らない奴には対しては、男だろうと女だろうと仲良く出来るのだろう。

 

「プフッ……にしてもマヌケな顔してる。ま、そもそも甘奈と小宮くんじゃ、人とのコミュニケーション力に差がありすぎるもんねー。仕方ないよねー」

 

 クッ……そうだ。たかだか友達との写真も撮れないなんて情けない。俺だって、写真くらい……! 

 

「お、俺だって撮ってやるわ! 大崎、テメェこっち来い!」

「はいはい。やれるもんならやってみ?」

 

 言われるがまま、俺はスマホを構えて大崎と並んだ。スマホの画面を見ると、大崎は普通に横ピースをしてウインクを保っている。すげえなこいつ。

 ……それに引き換え、俺の顔は強張ってんな……。ほんと、なんかこう言うの慣れないから……。

 いや、しっかりしろ。このままじゃ結局、大崎の勝ちだ。ならせめて、引き分けくらいにはしておきたい。

 そんなわけで、俺は指を2本構えて、隣の大崎の鼻の穴に刺した。

 

「ぶごっ……!」

「ぷふっ……!」

 

 その隙に一枚撮った。くふっ、変なツラして横ピースしてやんの。

 

「っ、ち、ちょっと! 何すんの⁉︎」

「いや、なんか腹立ったから。……うわ、指に鼻毛ついた。返す」

「いらないから! そんな写真、何処かにアップしたりしないでしょうね⁉︎」

「しねえよ。俺はツイスタやってないし、友達もいな……あ、甜花に見せちゃおうかな」

「ブッ飛ばすよホント‼︎ そんな事したら、夜道に気を付けてもらうしかないから」

「やってみろよ。俺の我流北斗神拳が火を吹くぞコラ」

 

 そのまま口喧嘩が勃発し、次の日のバイトから大崎と口を聞くことは無かった。

 

 ×××

 

 その日の夜、俺は一人でベッドの上で寝転がっていた。スマホに映っているのは、大崎と俺との写真。

 

「……」

 

 ……よくよく考えたら、これ家族以外で……そして女の子との初めてのツーショットなんだよな……。

 

「……」

 

 ……やばい。少し嬉しい。例え相手が大崎でも、なんか、こう……写真が撮れたってのが、嬉しくて……。

 っ、落ち着け、俺……なんか、まるで俺が大崎との写真を喜んでるみたいだろうが……。

 

「っ……ふぅ、よし……落ち着いた」

 

 そう考えれば落ち着けるな。何せ、相手は大崎だし。俺との会話の時だけやたらと口調が荒くなる、あの見た目以外可愛く無い大崎だ。まだ友達ってわけでもねえし、むしろ敵同士。そんなのとの写真なんて、むしろ恥だろ。

 ……でもやっぱ嬉しい。

 

「だークソっ!」

 

 スマホを放り、そのまま寝転がった。ダメだダメだ。もうこの写真見ないようにしないと、なんかどうしたら良いのか分からなくなる。

 明日から、またバイトなんだ。とりあえず、今は忘れろ。……あ、でも大崎と顔を合わせるんだよな……そしたら、また……。

 ……だーもうっ! なんか俺が大崎を意識してるみたいじゃんかクソが! 

 

「よし、寝よう」

 

 ……なるべく、明日は大崎と顔を合わせないようにしておこう。念には念を入れてだよ、他意はない。

 

 



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コミュ障はパーソナルスペースの測り方を知らない。

 短期のバイトを終えて小金持ちになった俺は、少し気晴らしに来た。いや、家にいても俺しかいないから、クーラーつけられないんだよ。親にせめて二人以上いないとつけるなって言われてて。

 なので、仕方なく表に出た。ちょうど暇だったし、久々に近くのショッピングモールに来ていた。金を使うわけにもいかないし、冷やかし目的なんだけどね。なんか良さそうなものないかなーみたいな。

 特に、服装については今、勉強中で、どんなのがオシャレなのか色々と探っているところだ。男子高校生はその辺にも気を使うらしいからな。

 そう、あくまで表をブラブラ歩いて、腹減ったら飯食って、飽きたら帰る、そのつもりだったのだ。

 そんな俺の耳元に、一本の電話が届いた。大崎甜花からである。

 

『小宮くん、たすけて……なーちゃん、遊びに行っちゃって……お昼ご飯、ない……』

 

 現在、午後15時。お昼ご飯は大体、12〜13時の間。それくらいが丁度、お腹が空いてくる時間だからだ。

 つまり、それからもう2時間、甜花は飢えている。そう思うと、俺の脳内は自然と「何とかしてやらないと」と考えていた。

 

「外で飯食うか?」

『お金、無い……。そもそも甜花、まだ家の周り、ゲーセン以外、把握してない……』

「普段どうやって生きてんの?」

『いつもは、なーちゃんが……お昼の、作り置きしてくれてるけど、今日は無い……』

 

 なるほど。ま、それなら俺が奢ってやれば良いか。こういうのもたまになら別に良いでしょ。

 そう決めて、とりあえずゲーセンで待ち合わせをしよう、と口にする前に、甜花が先手を打つように声をかけて来た。

 

『だから……小宮、くん……。お昼、うちに作りに……来て?』

「え?」

 

 え、うちって……大崎家? 本気で言ってんの? 

 

「ほ、本気?」

『? う、うん? ……なんで?』

「なんでって……や、ほら俺、甜花の家知らんし……」

『ゲーセンからの道のりなら甜花、近道を教えられる……!』

 

 なんで近道はわかるのにファミレスの場所ひとつ分からないんだよ。興味あることに記憶力のパラメータ振りすぎでしょ。

 でも、とにかく断らないと。いや、嫌なわけじゃなくて……こう、男と女が一つ屋根の下とか、倫理的に、ね? 

 何より、大崎にバレたら俺の命が危ない。

 

「あ、あー……甜花。でもさ……」

『そ、それに、ね……?』

 

 女の子は本当に男の話とか聞かないなぁ……。頼むから少しはこっちの話に耳を傾けてくれると嬉……。

 

『たまに、は……甜花、作りたての小宮くんのご飯も、食べたい……!』

「……」

 

 ……いや、その一言の方が嬉しいわ……。そんなん言われたら、もう俺作りに行くしか無いじゃんよ……。

 

「……わかった。今行く。飯作るだけだからな?」

『え……それだけで、帰っちゃう……の?』

「え」

 

 な、何その反応……何か期待してるの……? いや、学習しろよ俺。前に甜花に対してドギマギして痛い目を見たろうが。

 

『一緒にゲーム、したい……!』

 

 だよね、知ってた。俺の学習能力は異常だな。

 

「じゃ、今から行くね」

『う、うん……急いでね……。……お腹が空き過ぎて……そろそろ』

「すぐ行く」

 

 変なことはしない、と心に固く誓った。いや誓うまでもない事なんだけどね。

 

 ×××

 

 インターホンを押すと、ギッ……とホラー演出でもしてるの? と言わんばかりに、控えめに玄関が開いた。

 少しギョッとしながら顔を向けると、頬こけたパジャマの甜花が今にも死にそうな顔でこっちを見ている。

 

「怖っ⁉︎」

「い、いらっ……しゃい……小宮、くん……」

 

 直後、グギュルルルルっという甜花らしからな音が聞こえたが、それに恥ずかしがる余裕もなく、甜花は玄関を半開きにさせて支えていた。

 

「は、早く……小宮、くん……」

「しっかりしろ甜花! 今、作るから少し待ってて!」

「う、うん……!」

 

 大崎、こうなるならもう作るの忘れていっちゃダメだ! 後で言っておかないと……! 

 なんかもう女の子の家だとか他人の家だとか気にする余裕もなく、とりあえず冷蔵庫を開けて、適当に食材を出し、全力で焼いた。

 軽く生姜焼きを作りながらサラダを刻んで小皿によそいながら、おそらく朝の残りである味噌汁に火を通し、注ぐ。料理が出来るようになっておいて、心底良かったと思う。

 

「TENGO!」

「テンゴってなんだよテンゴってー!」

 

 よし、まだ元気だ! 

 

「できた! 食え!」

「あ、ありがと……!」

 

 食卓でグッタリしている甜花の前に料理と箸を置くと、ようやく食べ始めた。モッモッ……と、口を控えめに動かす甜花。徐々に空腹が満たされていくのを感じたのか、その食べる手の勢いが増していく。

 その食事の様子を、俺はニコニコしながら正面で見ていた。ふふ、本当に小動物みたいな奴だな。

 

「うう……生き返る……生きとし生ける者、全てに感謝……」

「難しい言葉知ってるんだな」

「うん……甜花、物知り……」

 

 やっぱ少し意識朦朧としてるな。まぁ、食べればすぐにそれも戻るさ。それより、借りた食器を洗っておかないとな。

 そんなわけで、まな板と包丁とフライパンを洗い、ようやく一息つく。甜花は食事を終えて、お腹をさすっていた。

 

「ふぅ……おなか、いっぱい……」

 

 ……女の子がお腹をさすってると、なんか少し変な気分になるな……。でもここで「何ヶ月?」とか聞くとマズイのは俺でも分かる。

 

「美味かったか?」

「う、うん……! ありがとう……」

「いや、全然、気にしなくて良いから」

 

 それよりも、気にして欲しい所はたくさんある。冷静になった今だからこそ気になる点が、ちょっと多くてね……。

 例えば、その……ほら。パジャマ姿とか? 夏休みなだけあって、薄着で寝ていたのだろう。その……胸元がはだけてるし……てか、それか前に女の子が寝癖だらけの頭で大丈夫? とかさ……。

 

「ね、ねぇ……小宮、くん……! ゲーム、ゲームしよう……!」

「う、うん。それは良いけど、まず口元。タレついてる」

「え?」

「それから……その、何……せめて着替えてくれると、俺としては……ていうか、もう一回、洗面所行っておいで」

「ひ、ひぃん……は、恥ずかしい……」

 

 ……今更かよ。

 甜花は一度、リビングから出て行った。その間、俺は部屋の中を見回す。流石、JK双子が暮らしている家なだけあって、家の中はどちらかと言うと女の子っぽく明るいものが多い。けど、ちょいちょい……例えばテレビの前にある小物や、ソファーの上のぬいぐるみには、アニメやゲームのキャラが多い。

 本当なら、甜花や大崎の部屋とかも見てみたいものだが、その辺は同性の友達というわけでもないので我慢。デリカシーという奴だ。

 

「お、お待たせ……」

 

 そうこうしているうちに、甜花が戻って来た。寝癖は相変わらずだけど、服装はしっかりと私服になっている……んだけど、なんでこの真夏にトレーナー? 

 

「その格好、暑くねえの?」

「だ、大丈夫……! クーラー、つけるから……!」

「まぁ、甜花がそう言うなら良いけど……」

「そ、それより、ゲームしよう……!」

 

 なんか焦ってんな。別に良いが。

 せっかく家でのゲームなんだし、FPSとか家でも出来る奴じゃなくて……こう、別のゲームが良いだろう。

 

「アレある? 例えばほら、マリカとか……」

「甜花、これやりたい……!」

「え、どれ?」

 

 言いながら甜花が棚から出したのは、人生ゲームだった。普通にボードゲームの懐かしい奴。

 

「この前……なーちゃんが掃除してたとき、見つけて……久々に、やりたくて……!」

「良いよ。やろうか」

 

 まさに、顔を合わせないと出来ないゲームだもんな。もう一人くらい人数がいればもっと楽しいんだろうけど、まぁそれは仕方ないって事で。

 早速、甜花と一緒に、ソファーの前に置いてある低めの机に、ボードを広げた。

 続いて、専用の紙で作るスタンドに、それぞれの金、株券、各種保険、約束手形を置き、最後にコマを用意。

 

「よし、やるか」

「最初はグー」

「「じゃんっ、けんっ、ほい」」

 

 甜花が先行。前屈みになってルーレット回す。その時、ふと俺の視界に何かが見えた気がした。気の所為だろうか? いや、まさかそんなはずはないと思いたいけど……うん、気の所為だな。

 ルーレットの出目は7。中々の高数字……と言いたいところだけど、残念ながらこのゲームの序盤は、高ければ高い方が良いと言うものではない。良い職に就くことが重要だ。

 

「え、ええと……1、2、3……」

 

 言いながら、甜花は再度、前屈みになってコマを動かす。あれ? やはり、何かチラリと見えた気が……と、思って、つい反射的にそっちを目で追ってしまった。追わなけりゃ良かったのに。

 良くも悪くも、トップは見えなかった。ただし、妹が最近、ブラをつけ始めたからこそ分かる「いや、そこには布がないとおかしいだろ」という位置まで見えた。

 つまり、早い話がこいつ、ノーブラなのだ。トレーナーの下にシャツ一枚さて、着ていない。

 

「ブハッ!」

「っ、こ、小宮くん……⁉︎」

 

 思わず吹き出しちゃったよ! なんで⁉︎ なんでそんな半端な格好……いや、分かりきったことか! おそらく、着替えさえまともに出来ない子なんだ。そんな子がおそらく中学から、早い子でも小学生高学年から着けるようになるものを、甜花が出来るはずがない! 

 

「っ、わ、悪い……でも、大丈夫だ。ちょっとなんか詰まっただけ」

「そ、そう……?」

 

 クッ……見るな、見ないようにしろ。多分、この季節のトレーナーも、ゆったりした服を着てノーブラであることを隠しているのだろう。

 

「にへへ、見て。甜花……タレントになった……!」

「ん、お、おお」

 

 一方の甜花は、俺の視線になど全く気付くこともなく、タレントになってご満悦だ。こんな子を、穢れた目で見ることなんてできない。

 とりあえず、話を逸らす。タレントってだけで喜んじゃう素直に可愛い子なのは助かる。そこに乗れば簡単に話は反らせるのだから。

 

「まぁ、甜花ならタレントくらいなれそうなモンだよな、うん」

「え……ど、どうして……?」

「え? 可愛いから?」

「……えっ、な、何を……いきなり……」

「……あっ」

 

 ……やべっ、なんか口説くようなことを言っちまったか……? そんなつもりはなかったんだけど……。

 今はただでさえ、男女が一つの部屋にいるのだから、あんまりそう言うことは言うべきではない。

 

「悪い、忘れて」

「あ、う、うん……」

「それより、先進もう。確か、専門職コースは終わったらすぐ給料日までワープでしょ」

 

 褒め言葉にあまり慣れていない相手に意識をさせないためには、さらっと流す事である。基本的に人の顔色を窺うのがコミュ障であるため、空気を変えればそっちに流されるものなのだ。

 タレントの給料はルーレットを回し、出た目の五千倍ドル札。再び甜花は7を出した。

 

「おいおい、デビューしたてで7千ドルと35000ドルってエグいな。超売れっ子じゃん」

「にへへ、甜花……華々しい新人歌手……!」

「いや、甜花はどちらかというとアイドルじゃね。何も出来なくてもなんか売れそう」

「て、甜花、ゲームはできるもん……!」

 

 そう言う面でもオタクに好かれそう。

 

「生命保険は?」

「入る……!」

「はいはい」

 

 続いて俺の番。ルーレットを回した。

 

「お、5か」

「5? 何かな……」

「あ、先生だってよ」

「え……小宮くんが、先生?」

 

 ちょっ、何その言い方。や、気持ちは分かるけど口に出さなくて良くない? 

 

「何を教わるの……?」

「道徳?」

「そこは家庭科だと思うけど……」

「あ、そっか」

 

 確かにそうかも。そうじゃん、俺家庭科ならなんでも教えられるわ。

 俺の駒も給料日まで進め、12000ドルと生命保険を得た。甜花より遅れたスタートだが、安定しているのはこっちだ。……いや、甜花より多く給料を得るには、甜花が2以下を出すのを期待するしかない。

 そんなわけで、何も出来ないゲーマーアイドル大崎甜花と、男の癖に家庭科教師小宮秀辛の人生がスタートした。

 

「ところで、小宮くん……」

「何?」

「負けた方は……罰ゲームで、何でも言うこと聞く……!」

 

 そういうのは給料日になる前に言えや。

 

 ×××

 

 ゲーム脳というのは「負けず嫌い」とも言い換えることが出来る。や、ごめん。だいぶ、飛躍させたわ。

 言いたかったのは、どんな事にでもゲーム性を見出し、どうすれば勝てるのか、どうすれば効率良く勝利条件を満たせるのか、を考えるから。それも、プレイしながら。

 所詮はルーレット、所詮は運次第。それでも、俺と甜花のバトルは熾烈さを極めた。

 

「にへへ、やった……! パリ・ダカールラリーで大怪我! 生命保険に入ってれば、5万ドルもらえる……!」

「怪我して喜ぶなよ。……お、チョロQレース大会で優勝した。15000ドルもらう!」

「チョロQでどうやってレースするの……? わっ、給料日……! 株券買える!」

「あ、俺もだ。買おう」

「げっ……婚約指輪、24000ドル払う……直前で止まらないでよ……」

「太っ腹だな甜花。じゃ、お先に結婚するわ」

「指輪、買わないでも結婚できるの、納得いかない……」

 

 序盤ではほぼ互角。若干、俺が優勢かと思ったが、甜花はタレント。俺とは収入が違う。

 続いて中盤戦のハイライト。

 

「甜花、家は……マンションで良い……!」

「ふっ、こう言うのは高いの買っときゃ安パイなんだよ。俺、40,000ドルの家で」

「え……甜花、小宮くんとは結婚したく無い……」

「なんでだよ!」

「あ、テーマパーク……ひぃん、入場料が意外と……で、でも……お金もらえるマスが多い……!」

「テーマパークでどうやって金稼ぐんだ……? うわ、こっちはキャンプかよ。こっちは割と支払いイベントが多い……」

「にへへ、落とし物を届けて、8000ドル……! 良いことはするものだね……!」

「それは実際にやってから言えよ」

「え……甜花、まず実際にテーマパーク行かない……」

 

 引きこもり宣言かよ……。や、気持ちは分かるが。まぁこれからは、俺はそういう楽しめる場所にも興味を持とうと思っているが。

 さて、後半戦だ。

 

「転職……!」

「甜花はアイドルのままで良いんじゃね。なんか意外としっくり来るし」

「そ、そう……かな?」

「うん。だから俺は教師ランクアップするわ」

「あ、ず、ずるい……!」

「運良く止まったんだから仕方ないでしょ」

「……あ、て、甜花もランクアップ……!」

「チッ、やるな……は? 職を捨ててフリーターになる? ランクアップしたのに? 馬鹿なの? 死ぬの?」

「プフッ……わ、やった……! 近所のよしみで、家を交換……!」

「全然、近所じゃねえだろふざけんな⁉︎」

 

 完全に甜花が押し始めてきた所で、いよいよクライマックスだ。

 

「ひぃん、ゴッホの絵なんていらない……!」

「ふっ、アイドルだからってコくからだ。たけき者も遂にはほろびぬ、と言う言葉を知らんのかね? ……おっしゃ、先に橋渡った上に給料日と仕返し! おまけに景気アップで株券の枚数だけ1万ドル!」

「や、やめてぇ〜……! あ、甜花も溺れてる人を助けて2万ドルもらえる……!」

「むしろ一緒に溺れそう」

「ひぃん……いじわる……」

 

 そして、いよいよゴール! 

 総額は……甜花、87万9千ドル。俺、85万5千ドル。

 

「か、勝った……にへへ……!」

「うーわ……やっぱタレントずるいわ」

 

 でも割と食らいついた方だよね。ラストスパートが特に。や、やめておこう。負けは負けだし。

 ……考えてみれば、俺基本的に甜花にはゲームで負けてるんだよな……。中学の時に会ってれば、良いライバルに慣れていたかもしんないのに。

 ま、とりあえず罰ゲームだ。

 

「で、何? 罰ゲーム」

「あ、う、うん……!」

 

 ま、甜花は良い子だし、そんな無茶苦茶な罰ゲームは来ないだろう。大崎なら「切腹」とか「自害」とか言って来そうなものだが。

 

「にへへ……じゃあ、甜花の部屋に……来て、くれる……?」

「……え?」

 

 不意にそんなことを言われ、俺は滝のように汗をかいてしまった。そういえば、白熱してて忘れてたが、今、男女で一つ屋根の下だった。

 そんな中、部屋に来いって……え、なんで? いや、ていうか外もう日が沈んできてるじゃん。もし大崎が帰って来たら……。

 

「ほら、命令……!」

「っ……」

 

 ……ダメだ。甜花に袖をこんな風に引かれたら……断れるもんも断れない。こいつ自分がノーブラのことも忘れてんだろ……。

 仕方なく、俺は甜花と一緒に部屋に向かった。この後、部屋の掃除を手伝わされた。全然、残念じゃなかったからな。

 

 



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反省し過ぎて一番反省すべき点を見落とす。

 ある日、いつものように俺と甜花と大崎はゲームに勤しむ。地味に大崎が加わっているのは、この前、甜花と仲直りするために、一緒にやって以来、たまに一緒にやるようになった。

 まぁそんなガツガツはやらない。なんかみんなでわちゃわちゃ楽しみたい時だけ。あと、大崎が家にいる時。

 

「甜花、あれ狩るぞ。俺、突撃かますから、カバーよろしく」

『う、うん……!』

『甘奈はどうしたら良い?』

「そこで見てろ」

『あ、ひどい! 甘奈も突っ込む!』

 

 まぁ、そうなるわな。それで結構です。生きたデコイになってくれるなら、それはそれでありがたいし。

 そのまま三人でなんか良い感じに戦い、何とかその場の戦闘は勝利した。いや、大崎も意外と侮れないんだよ。甜花の援護が上手いからだけど、とりあえずショットガン持たせて適当に撃たせておけば、カスダメが入って地味に役立つの笑う。

 まぁ、案の定、ダウンは真っ先にするんだけどね。俺のキャラは蘇生中に透明になれるため、俺が大崎のキャラを起こしてやる。

 

「あれ、甘奈ちゃん? どうしてそんなところで寝てるの? あ、もしかしてHP0になっちゃった感じ? おかしいな……そのキャラ、ピンチになったら虚空に入れるキャラクターのはずなんだが」

『う、うるさーい! 今日はちょっと調子悪いだけなんだから! 甜花ちゃんと二人の時はすごいんだよホント⁉︎』

「はいはい、それはもう良いからアイテム漁れよ」

『あ、信じてない! 甜花ちゃん、甘奈すごいよね⁉︎』

『え? う、うん……まぁ』

 

 甜花に聞いても自分の測りしか持ってないから、ちょっと活躍した程度じゃ覚えられないぞ。

 そうでなくても、今はアイテム漁りに夢中だし。

 

「分かった分かった。そう言うなら次頑張れ」

『そ、そもそもあんたが甘奈を邪魔扱いするから、力が入っていつもの実力が出ないんだからね⁉︎』

「や、だから分かったって。次、エンカウントした時も、なるべく引っ込んでてくれるか?」

『分かってなーい!』

『にへへ……やった。シャッター拾った……! これで、甜花無双……!』

「『それはすごいな! 甜花(ちゃん)のカッコ良い所が見てみたい!』」

『ま、任せて……!』

 

 さっきまで口喧嘩していた二人とは思えないくらい、声が揃ってしまった。言うことまで被るとか、打ち合わせでもしたのかとか疑われるレベル。

 アイテムを漁り終えたので、別の場所に向かいながら、カレンダーを見る。なんだかんだ、もう8月も最初の一週間が終わった。今の所、バイトとゲームしかしていない。や、一日だけ甜花のお世話をしに行ったが、それだけだ。

 なーんか……夏休みってこれで良いのかなぁ。や、まぁこう言うのも楽しいんだけどね。あのプールのバイト以外にもイベントスタッフとかやって金は稼いだが、あんまり使う機会が無い。何せ、もう明日からは家族旅行だし。

 

「あ、そういや甜花。俺、明日からしばらくゲーム出来んわ」

『? どうして……?』

「婆ちゃん家に帰るから。あとついでになんか色々観光するし」

『やったね、やっと鬱陶しいのがいなくなる』

「うるせえバカ。そう言うなら、お前少しは戦力になれ雑魚」

『ざ、雑魚じゃないし! 本当ならもっと強いって言ってるじゃん!』

「だから強くなった証拠を見せてみろって言ってるでしょ」

 

 言うと、ぐぬぬっ……と、悔しそうに黙り込む大崎。

 そうそう、どんなに口で言っても実戦で発揮できなかったら何も変わってないのと同じなのよ。次こそ少しは頑張ってみろや。

 すると、今度は甜花が聞いてきた。

 

『何処に、帰るの……?』

「京都」

『『京都⁉︎』』

 

 うおっ、なんだよ。声を揃えて。

 

「そうだよ。だから中学の修学旅行とかマジでクソだったわ。そこそこ行ってたから、あんま旅行感なくて」

 

 今にして思えば、修学旅行を楽しもうと思えなかったのは、それも一つの要因になっていたのかも。まぁ、8割はソシャゲのが楽しいとかクソみたいなこと思っていた事なのだが。

 

『でも……京都は、羨ましいな……』

「え、甜花が?」

『て、甜花だって……旅行くらい、しなくもないもん……。京都は、らき☆すたの聖地だし……』

「聖地巡礼だろそれ」

 

 でもどんな理由であれ、外に出るってことは良い事だよね。……まぁ「しなくもない」と言う言い回しの時点で、何となくツチノコ並みにレアな事柄である事は察しているが。

 

『良いなぁ、京都かぁ……』

「楽しいよ。果穂……妹とか、もう毎年行ってるのに、毎年同じテンションではしゃぐし」

『可愛いじゃん、妹ちゃん。あんたと違って』

「お前とも違ってな」

『んがっ……!』

 

 なんか断末魔が聞こえた気がしたが、その隣で甜花がやんわりと言った。

 

『そっか……じゃあ、ゲーム出来ない、んだ……』

「そう。だからしばらく、誰かとランク上げは諦めて、野良でやっててくれ」

『ちょっと! 甘奈がいるじゃん!』

『え、なーちゃんとランクはやりたくない……』

『甜花ちゃあん⁉︎』

 

 もう俺も甜花もプラチナだしな。そもそもシルバーで頑張ってる大崎とはランクに挑めない。

 

『うう……最近、甜花ちゃんが冷たい……』

「いや、元から割とそんなもんだぞそいつ」

『違うよ! こうなったのも全部、あんたの所為なんだから!』

「なんで俺⁉︎ てか、人の所為にする暇があったら、テメェの腕を磨けや!」

『うぐっ……も、もうあんたとなんかゲームやらないからいいし!』

「はぁ⁉︎ おまっ……あっ」

 

 パーティ部屋から蹴られた。や、まぁ良いし。どうせ明日から旅行だ。ゲームなんてやる暇ないし。精々、上手くなってから出直して来いや。

 ……それはそうと、甜花の奴……俺と大崎が喧嘩してる間、全く仲裁する様子を見せなかったな……。ホント、ゴーイングゴーイング・マイウェイな奴だ。

 

 ×××

 

 京都に到着し、早一日が経過した。祖父母に顔を見せに来たわけだが、もう歳なだけあってあまり体調が優れないから、表を出歩くことはできない。

 けど、せっかく京都に来た、と言う事もあって、両親が家に残り、俺と果穂は表を歩くことになった。

 で、早速、有名な世界遺産に足を踏み入れる。

 

「お兄ちゃん、すごいよ! どう見ても15個には見えない!」

「そうだな! その感想、もう七回目だな!」

 

 本当に素直で可愛い子だよ、うちの妹。甜花の妹にも見習って欲しいレベルで。

 やっぱ可愛げというのは大事なものだよね。あと素直さ。人はそうでないと成長しない。……俺も素直に「ゲームばかりやるな」っていう親の忠告を聞いていれば、中学三年間を棒に振る事も……いや、やめておこう、考えるのは。

 

「でも、ジャスティスレッドなら、おそらく心眼を持ってして15個全部見破れるんだろうなぁ……」

「俺にも15個見えてるよ」

「えっ、本当⁉︎」

「本当」

「すごい! お兄ちゃんもジャスティスレッドだ!」

「バレたか」

「サイン下さい!」

 

 ……少し素直過ぎて心配になるな。全力のアホの子かしら? まぁそこも可愛いんだが。

 とりあえず、俺もその庭に散っている14個しか見えない石をスマホに収める。よし、これ甜花に送ろう。なんか羨ましがってたし。

 

「お兄ちゃん! 私も撮って!」

「はいはい。メチャクチャ可愛く撮ってあげるから」

「カッコよく撮って!」

「はいはい。カッコ良くね」

 

 まぁヒーローに憧れる気持ちは分かる。俺はどちらかと言うと、日本よりアメコミのが好きだけど。

 果穂の写真を撮ると、ちょうど甜花から返信が来た。

 

 てんか『それ何……?』

 

 龍安寺知らんのか己は。世界遺産だぞオイ。とりあえず、甜花が一番、興味示しそうなことを教えてあげることにした。

 

 小宮ピースキーパー『この写真の石、いくつに見えるよ?』

 てんか『多分、14』

 小宮ピースキーパー『それが15あるんだよ。この石と水平の位置に立って見れば、どこから見たって14個なのに、上から数えると15個あるっていう、有名な庭なんだよ』

 てんか『なるほど。面白いね!』

 

 文面だからか? 声を聞くより元気に見える。

 

 小宮ピースキーパー『気になるならググってみ。色々面白いよ』

 てんか『うん。見てみる』

 

 あら素直。ま、あいつも色々と探ろうとしてるって所かな。せっかくだし、他にも色々と写真を送ってやるとするか。

 ……大崎も見たいかな。あいつも京都には興味あるだろうし……や、でも興味あんなら甜花に声かけたりとかすんだろ。

 

「お兄ちゃん! そろそろ次に行きたい!」

「おー」

 

 もう何度も来ているからか、飽きるのも早かった。果穂と一緒に、次の地へ向かった。

 

 ×××

 

 いやー、甜花ってほんと良い反応してくれるわ。やっぱあいつもゲーム以外に興味あるものも、たくさんあるんだよね。ていうか、みんなそうだよね。

 金額の情報も、清水寺からの風景も、ググって画像を拾って来た東大寺でさえ、それは京都だと騙されたまま感激していた。

 甜花はやっぱり可愛いわ。なんか、こう……彼女にしたい、とかじゃなくて、普通に可愛い。

 ……けど、なんだろ。何この感じ。なんか、足りない。なんか騒がしいのがもう一人足りない気がするんだよな……。

 

「……」

 

 ……でも、それを認めるのは癪なんだよな。だってなんか、そいつを望んでるような気がしてさ……。なんで鬱陶しいと心底、思ってんのに、それが無くなると物足りなく感じるんだろうな……。

 昨日は丸一日、清々してたけど……なんか、今日になって少しアレな感じがする。

 

「お兄ちゃん、どうしたの? ぼんやりして」

 

 お土産屋の前で、スマホを見ながらボケっとしていると、果穂から心配するような声が聞こえてくる。

 

「何でもないよ」

「もしかして、疲れて歩けなくなった? 大丈夫だよ、一昨年の夏休みみたいに、私がおんぶして運んであげるから!」

「それあんま大声で言わないで。黒歴史だから」

 

 なんてこと言うんだこいつ……。てか、忘れてよ……。妹におんぶされて帰宅なんてなかなか無いよ。

 

「でも……なんか元気無さそうだし、気になるよ?」

「大丈夫だよ、果穂は気にしないで」

「……むー」

「むくれるな、可愛いだろうが」

 

 ホント、たいしたことじゃないし。なんにしても、俺には大崎と連絡取る手段なんかない。どうすることもできないのだ。

 ……けど、まぁ……甜花にだけお土産買うのは感じ悪いし、大崎にも何か買って行くとするか。

 となると、何を買って行くか、だが……。

 

「果穂」

「? 何?」

「なんでもない」

「え、な、何⁉︎」

 

 果穂が欲しがるものなんて木刀くらいしか思い付かないし、聞いても仕方ないっつーの。

 一先ず、自分で少し考えてみるか。女心を知る良い機会にもなりそうだしな。

 

「ねーえー! なーにー⁉︎」

「果穂にはまだ難しい話だよ」

「意地悪言わないでよー!」

「じゃあ女の子が欲しがる京都のお土産、五つ挙げてごらん?」

「え? えっと……木刀?」

「ほら、聞いても無意味じゃん」

「なんで⁉︎」

 

 分かんねえのかよ。そんなバイオレンスな女に誰がお土産買っていくかよ。大崎の場合、俺に対して普通に使って来そうだから尚更、お土産にするわけにはいかない。

 

「ほ、他にもまだ案があるからー!」

「大丈夫だ、果穂。俺はそう言う果穂の少しアホっぽい所が大好きだから」

「え? えへへ……そっか……って、アホじゃないもん!」

「はいはい。分かったから、欲しいものあったら言えよ。少しなら出してやれるから」

「そうじゃなくて、欲しがるもの五つでしょー⁉︎」

「0個で良いよー」

「きーいーてーよー!」

 

 うぐっ、これ以上、騒がれると他の人の視線がヤベェな……。こうなると果穂は強情だし……仕方ない、少しだけ耳を傾けるか。

 

「分かったよ。何?」

「着物が欲しいです!」

「やっぱりアホじゃん。無理に決まってんだろ」

「ええっ⁉︎ じ、じゃあ……えーっと、えーっと……」

 

 焦ってるうちの妹ホント可愛いなぁ……。思わずほっこりしてしまう。

 

「……あ、あれです! よ○じやのあぶらとり紙!」

「万事屋の坂田銀時? フィギュアなら確かに欲しいけど、京都じゃなくて良くね?」

「言ってないよ! よ○じや!」

 

 よ○じやってなんだっけ? ……ああ、去年あたりもそういやなんか買ってた気がする。

 

「それ何なの?」

「お肌の余計な脂を取るための紙だよ。京都に来てこれ買わない女の人いないよ?」

「……なるほど?」

 

 そこまでいう一品ならば、大崎も喜ぶかもしんねえなぁ。や、あいつが喜ぼうと喜びまいとあんま関係ないんだけどね。

 

「よし、行ってみるか」

「うん!」

 

 採用されたのが嬉しかったのか、果穂は元気に頷いた。

 

 ×××

 

 楽しい旅行というのはあっという間。ほとんど果穂とのデートだったから本当に短く感じた。

 さて、帰宅した翌日。早速、お土産を渡す事にした。二人とも運良く暇らしいので、すぐに遊びにいく。勿論、大崎家には初めていく、という提でだが。じゃないと、大崎に「甘奈のいない間に、いつうちに来たの?」と包丁を持って脅される。

 で、甜花の案内の元、家の前には来たのだが……。

 

「……」

 

 ……ここに来て緊張して来たな……。考えてみたら、家族以外にお土産を買って来たことが初めてだ。甜花への八橋はまだしも……大崎へのあぶらとり紙は喜ばれるのか……? ただでさえ、姉に似て肌綺麗なのに……。

 ていうか、よくよく考えたら、肌をケアするものを渡すと言うことは、裏を返せば「もう少し気を使えよ」と伝えていることになっちゃうのでは? 無論、そんな気は毛頭ないけど。

 そもそも、なんで俺、大崎にまでお土産買った? や、そりゃ甜花にだけ買って来たら悪いからだけど……でも、仲良いわけでもない男に物を貰ったって気味悪がられるだけなんじゃ……。

 

「……」

 

 ……あ、やばい。なんか自信無くなって来たな……。やめておこうかな……でも、やめるなら甜花のお土産もやめた方が……いや、八橋だし、二人へのお土産ってことにしちまえば……。

 

「何してんの? 早くインターホン押したら?」

「ひょおおおおおおおおおッッ‼︎」

 

 いつの間にか玄関から出て来ていた大崎が声をかけて来て、思わず背筋が伸びてしまう。その後ろには、甜花がにへらっとした笑みを浮かべて立っていた。

 

「お、おまっ……い、いつからそこに……?」

「今。てか、いつまで玄関の前でウジウジしてんの?」

「う、うううるせーわ!」

「まぁ分かるよ。甘奈達、JKが二人も住んでる家だもんね。緊張するのは良くわかる」

「お前は別。甜花の成分が10割」

「せめて1割くらい混ぜてよ!」

 

 うがーっと食い掛かる大崎を無視して、俺は甜花に片手をあげる。

 

「よう、久しぶり」

「う、うん……でも、ずっとメッセージ送ってたから……久しぶりって感じは、しないね……」

「まぁな」

「何、あんた甜花ちゃんとずっとそんな事してたの?」

「グラブルやりながらな」

「ずるい! 甘奈も旅行行ってくる!」

「いやずっと一緒にいる方が良いだろ……」

 

 こいつバカじゃね? 俺これに勉強教わってたの? 

 軽く引いている間に、大崎は俺のカバンに手を伸ばす。

 

「で? お土産どれ?」

「おい、勝手に漁んなよ!」

 

 慌ててカバンを引っ込めた。あっぶねぇ、ついうっかり何もかも見せる所だったわ。

 が、甘奈も目を丸くして俺を眺めていて、ふと正気に戻る。やべっ、今のはやりすぎだったか……? 

 

「あ、わ、悪い……」

「や、別に良いし。どうせ、甜花ちゃんの分しか無いんでしょ?」

「え?」

「ごめんごめん。じゃ、お土産渡す時くらいは退散しといてあげる。……‥でもこの後、デートとか行ったら殺すから」

「あ……」

 

 ……家に戻っちまったな……。残ったのは、俺と甜花だけ。少し気まずいのが困る。

 どうしようかな、あぶらとり紙……。甜花にあげてもメモ用紙にしちまいそうだし……果穂にでも渡すか? 

 

「あ、あの……小宮、くん……」

「何?」

「なーちゃんに、お土産……ないの……?」

「え、なんで?」

「小宮くんと連絡取れない間、ちょっとだけ……いやほんとにちょっとだけど、たまに少し稀に、退屈そうな時があったから……」

「……」

 

 甜花、やっぱ妹には優しい子だよな。そんなわけないのに、そんな嘘ついてまで大崎に気をかけてあげてるから。……まぁ、普通にお土産はあるわけだが。

 でも、なんかこの流れで「お土産あるよ」は普通に恥ずかしい。いや、むしろ向こうの方が恥ずかしい思いをするかもしれない。

 とりあえず、何も言わずに鞄から袋を取り出した。中には、元より渡す予定だった二つが入っている。

 

「ほれ。お土産。いらなかったら大崎に回せ」

「あ……う、うん……」

「じゃ、俺帰るから」

「え、も、もう?」

「この後、妹とデートだし」

 

 嘘です。果穂は相変わらず学校の仲良しな友達と遊んでいます。ただ、まぁ何となく今日、この後顔を合わせるのは気まずかった。

 

 



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危なかった日

 大崎甘奈は、少し元気が無かった。お土産が無かったからではない。いや、究極的に言ってしまえばソレなのだが、それ以上にやはり、甜花にはお土産を買っていて、自分には何も無い、と言うのが気になってしまった。

 なんだかんだ言って、甘奈にとって不満やらストレスやらを遠慮なくぶちまけられる相手が秀辛のみだと気づいたのは、ここ2日間のことだった。いや、まぁそのストレスと不満を生み出しているのもその少年なので、カケラも感謝などはしていないが。

 しかし、それらの本音は決してマイナス的なことだけでは無い。多分、そいつに自分がどう思われても良い、と思える相手だからだろう。双子の姉と、実はいまだに入浴や睡眠を共にしてる、と言う普通ならドン引きされる話も言える。

 実際、引かれているのだろうが、そいつに引かれたって何とも思わない。何なら、彼も自分と同類な匂いさえするし、それ故になんでも言えると言うポジションが嬉しかった。

 つまり、良くも悪くもお互いに遠慮がない関係だからこそ、他の友達とは違う……ある意味特別な関係だと思っていたが……多分、彼は自分にお土産を買う、と言う発想すら無かったのだろう。家の前で固まっていたのはその所為だと考えられる。

 

「……はぁ」

 

 つまり、自分は彼にとってその程度の存在なのだ。特別視しているのは自分だけ、彼にとってはただのウザい女、のような。

 別にどのように思われても良い、と思っていたはずなのに、それがなんか納得行かなくて、ムカムカして。自分で自分の気持ちに芽生えている矛盾にも何処か腹が立って、頭の中が上手く回らない。

 だからとにかく今は一人になりたかったのだが、そんな甘奈の元に控えめなノックが響き渡った。

 

「? はーい?」

「な、なーちゃん……入るよ?」

「そんな確認しなくても、甜花ちゃんならいつでもウェルカムだよ」

 

 元々、同性同士、それも羊水に浸かってた時から一緒にいる仲に、いまさら礼儀など不要である。着替え中だろうと構わないとさえ考えている。

 入って来た甜花の手元には、この辺じゃ見かけないビニール袋が握られていた。

 

「それお土産?」

「う、うん……なーちゃんと、一緒に食べたくて……」

「……」

 

 本当に、こう言う時は優しい姉である。あの男のことだ。おそらく「これ、二人にお土産」とでも土壇場で抜かしたのだろう。まぁ食べ物ならそれで通るし、全く気を使わずに「お前には無いけどな」と言うよりマシである。まぁバレバレではあるのだが。

 

「ありがと、甜花ちゃん。今日、一緒にゲームやろうね?」

「う、うん……!」

「で、お土産って?」

「甜花、まだ見てない……。なーちゃんと……一緒に、見ようと思って……」

 

 オタクはこの手の開封の儀を誰かと一緒にやりたがるものなのだ。ガチャも同様である。当たらなかったら「代わりに引いて」とさえ言ってくる。それで甜花のマーリン、ヴァジラ、ライスシャワーは甘奈が引いた。

 でも、多分今回はお土産をもらえなかった甘奈でも楽しめるように、と気を遣ってくれたのだろう。

 

「ありがと」

 

 お礼を言いながら、甜花と一緒にベッドの上に座った。早速、甜花は袋の中身をひっくり返す。

 出て来たのは、八橋とあぶらとり紙であった。

 

「……わっ、美味しそう……!」

「えっ?」

「……え、なーちゃん……八橋嫌い?」

「あ、いやそっちじゃなくてね……」

 

 あぶらとり紙を見て、甘奈は顎に手を当てる。これを、甜花に渡すつもりだったのだろうか? いや、それは無いだろう。甜花にこれをあげて喜ぶとは思えない。

 

「何これ……ティッシュ……?」

 

 ほら、そもそも知らない。その女の子らしからぬ無知さがまた可愛いのだが、これを渡して甜花が喜ぶのかどうかは微妙な所である。

 何故なら、甜花はその辺、ズボラだから。美容に使う気をゲームのスキル振りに使うので、甜花へのお土産として適しているかは微妙な所だ。八つ橋だけで事足りるのだから。

 じゃあ、これは誰の分か? 思い当たる節は一つしかない。

 

「……ちゃんと、甘奈の分もあるんじゃん……」

 

 それを、自分は……無いと決めつけ、少し拗ねたように退散してしまった。せっかく買って来てくれたのに、向こうにも不快な思いをさせてしまった事だろう。

 少し、後悔が残る。正直に言って嫌いな相手だが、嫌いだからって嫌な思いをさせて良いわけではない。

 

「なーちゃん?」

「っ、な、何?」

「どうしたの?」

「な、なんでもないよ!」

 

 思わず誤魔化してしまうが、甘奈は甜花が放っておけない唯一の人物でもある。しつこく聞いて来た。

 

「な、なーちゃん……甜花、気になる……。もしかして、なーちゃんの分のお土産が無かったから、ショック受けて、る……?」

「いや、そんな事ないよ?」

「でも……いつもより、元気ない……。甜花、何も出来ないけど……これでも、なーちゃんのお姉ちゃん、だから……えっと……」

「……」

 

 こんな風に気にかけてくれるのなら、話さない方が悪いと言う気がして来た。本当に大したことではないし、なんなら気遣われるようなことでも無い。

 

「いや……ホントはあいつ、甘奈にお土産用意してくれていたのに、悪いこと言っちゃったなって……」

「え……? どれが、なーちゃんのお土産……?」

「このあぶらとり紙。甜花ちゃんは喜ばないでしょ? 多分、甘奈の分。あいつは何も言わなかっただろうけど」

「あっ……」

 

 なるほど、と言った表情を浮かべる甜花。確かに何も言っていなかったが、その通りなのかもしれない。

 

「よく、分かったね……?」

「分かるよ。もう一つのお土産も八橋とかだったら、そうもいかなかったと思うけど」

「でも……そっか。それで、小宮くん少し残念そうだったんだ……」

「あーあ……近いうちに謝らないとなぁ……」

 

 少し気が重いが、言ってしまったことには責任を取らねばなるまい。小さなため息を漏らしていると、甜花が声を掛けた。

 

「あ……じ、じゃあ、さ……なーちゃん」

「何?」

「またみんなで、ゲームをすれば……」

「や、そうかもしんないけどさー……」

 

 ……なんか、自分のためにお金を使ってお土産を買ってくれた相手に、ゲームしながら謝る、と言うのは少し違う気がする。気にしすぎかもしれないが、相手がライバルと言っても良い関係だからこそ、もう少しちゃんと謝罪したい。

 そんな風に思っていると、ヴーッヴーッとバイブ音がする。震えていたのは、甜花のスマホだった。

 

「わっ……小宮くんからだ」

 

 あまりに良いタイミングでかかって来たものだ。とりあえず応答する。

 

「もしもし……?」

『甜花か? なんか今、近くの公園で祭りやってんだけど、夕方行かん?』

「え……お、お祭り……?」

『そう』

 

 すっごく嫌そうな顔をする甜花。引きこもりらしい反応である……が、これはまた願っても無い機会だ。何せ、ちょうど甘奈が謝りたいと言っていたのだから。

 ここは、姉として少し頑張ろうと思える。

 

「わ、分かった……! なーちゃんと一緒に……行く、ね……?」

『え、大崎も?』

「? どうして……?」

『あ、あー……いや……少し、気まずいなって……』

「???」

 

 何せ、秀辛は「甘奈の分のお土産を買っていなくて、甜花が自分のお土産を甘奈に分けた」と言う風に思っている。つまり、甘奈に買ってきたわけではない、と思われていると思っているため、少し気まずいのだ。

 しかし、そこまで考えていない甜花には理解出来ない。

 

「甜花ちゃん?」

「あ、なーちゃん……今日、夕方お祭り行こうって、小宮くんが……」

『ちょっ、甜花おまっ……』

「うん。行く☆」

 

 甘奈としては願っても無い機会である。これで貸し借りなしに出来る。

 

「じゃあ……夕方の17時に、駅前で待ち合わせね……?」

『お、おう……』

 

 待ち合わせしてしまった。

 

 ×××

 

 さて、夕方。残念ながら浴衣を借りる時間はなかった為、私服での参戦。人に謝る、と言う名目で来ているため、あまり明るかったり露出がある服装は控えた甘奈だった。

 待たせると悪いと思い、待ち合わせ時間より少し早めに来て待っていると、二人の前に二人の男が立ち塞がる。

 

「あれ、お姉さんたち二人?」

 

 その男達は、同じ顔をしていた。髪の毛の色までお揃いの金に染めていて、如何にも仲良しという印象を受ける。

 

「てか、双子? 俺たちも双子なんだよねー」

「良かったら、一緒に祭り回らん?」

「ひっ……」

 

 見りゃわかるわ、と思いつつ、甘奈は隣を見る。甜花は完全に怯えきっていた。それでも甘奈の背中に隠れようとしないのは、少しでも「妹を守らないと」という意識が働いてのことだろう。

 けど、まぁ向き不向きがあると思い、甘奈が応対した。

 

「あー、ごめんなさい。今、ツレを待ってるんです」

「ツレ? 女の子?」

「な、なーちゃん……」

 

 怯えている甜花は、控えめに甘奈の服の裾をつまむ。かわいい。

 

「いえ、男です」

「ちぇー、男かよ。おい、行こうぜ……」

「良いじゃん、そんなのより俺らと遊んだほうが楽しいだろ」

 

 片方は引こうとしたが、もう片方は引く気がないようだ。その時点で片方はモテるけど、もう片方はモテないんだろうな、と何となく思ってしまったり。

 

「ほら、行こうぜ」

「いや、ですから……」

 

 断りを入れようとした時だ。ふとその二人の後方で、見覚えのある少年が右往左往しているのが見えた。多分、助けに行くか行かないか迷っているのだろう。

 

「……はぁ」

 

 まぁ、ヘタレそうだし彼には無理かもしれない。もし来たとしても、弟のフリとか彼氏のフリとか、絶対できない演技をして来そうなものだ。

 謝る立場で彼に負担をかけたく無いし、ここは自分がビシッと……と、思っている間に、秀辛はアキレス腱を伸ばしながら、なんかこほんと咳払いしている。

 え、なにする気? と思ったのも束の間、背筋が伸びるほどゾッとする作り満面の笑顔を浮かべて、大声を上げて走ってきた。

 

「お……おかあさーん、お待たせー!」

「それは無理があるよ!」

 

 思わず持っていた鞄をぶん投げ、双子のナンパ男の間を通して顔面にヒットさせてしまった。

 そのまま甜花の手を引いて、走ってバカの元に向かう。

 

「て、テメェ何すんだコラァッ⁉︎」

「こっちのセリフだよ! あんま気色悪い真似しないでくれる⁉︎ 何お母さんって、同い年でしょうが!」

「うるせえな! 良い設定が他に思いつかなかったんだよ!」

「だからって親子は無理しかないよ! せめて姉弟とか思い付かなかったわけ⁉︎」

「本当にウルトラ可愛い妹がいんのに、誰がお前なんか妹にしたがるかよ!」

「なんで甘奈が妹設定なの⁉︎ そこはあんたが弟になりなさい!」

「お前の下になるのだけはごめん被るわ!」

「そりゃこっちのセリフだし!」

 

 んぎぎっ……と、口喧嘩していると、その二人の袖を甜花がくいっくいっと引っ張る。

 

「「何?」」

 

 それにより同時に顔を向けると、甜花はいまだに少しビクビクしながらも、周りを見た。

 

「あ、あの……二人とも……周りの人が、見てる……」

「「……」」

 

 二人揃ってあたりを見回すと、確かに他の人が自分達を見ていた。ナンパ男達でさえ、他人のフリをして他の女の子に声を掛けている。

 

「……お前の所為だぞ」

「あんたが原因でしょ……」

「い……行こう、か……?」

 

 険悪になりながら、お祭り会場に向かった。

 

 ×××

 

「……」

「……」

「……ひぃん……」

 

 もう謝るどころではなかった。甜花が泣きそうな声を漏らすほどに空気が悪い。

 が、内心はそうでもない。甘奈としてはなるべく早く謝りたいところであった。というか、ついお母さんなんて呼ばれて腹が立ってしまったが、あれでも自分達を助けてくれようとしていたのだ。そんな人に対し、またいらない事を言ってしまった。

 

「……あ、あの、小宮く……」

「甜花、見ろあれ! くじの景品にプレ4のコントローラある!」

「わっ……ほ、ほんとだ……!」

「……」

 

 わざとではなく、タイミングが悪かったと信じたい所だ。が、まぁ本当の所は分からない。結構、意地悪なところもあるし。

 

「よし、引くか」

「う、うん……! なーちゃんも、行こう?」

「あ、うん」

 

 そのまま三人でくじの列に並んだ。順番が来て、甜花と秀辛がはしゃいでいるのを、甘奈は黙って後ろから眺める。

 なんだか、少しアウェイ感というものを味わってしまった。謝ろうと思ってきたのに、喧嘩してそのまま口も聞けなくなっている……そんな自分が、なんだか、こう……格好悪くて。

 

「……ちゃん、なーちゃん……!」

「っ、な、何……?」

「引かないの? くじ」

「あ、う、うん……!」

 

 言われて、甘奈も財布を取り出そうとする。正直、欲しいものがあるわけでは無いが、こういうのはノリが大事なのだ。

 

「ちなみに、二人は何か当たったの?」

「ビニールの炎剣リオレウス!」

「ビニールの火竜刀・椿!」

「要するに、当たらなかったんだね……」

 

 呆れ気味に言いながら甘奈もカバンの中を弄る……が、おかしい。何度探しても見当たらない。

 

「なーちゃん?」

「……やばい、甜花ちゃん……」

「どうしたの?」

「……財布、落としちゃったかも……」

「……ええっ⁉︎」

 

 ついてないことが続き過ぎて、甘奈の目尻に涙が浮かぶ。それを見て、甜花は慌てた様子で声をかけた。

 

「え、だ、大丈夫?」

「はぁ……ヤバいよ、学生証とか入ってるのに〜……」

「ええっ⁉︎ さ、探さないと……!」

 

 個人情報も顔も学校も、何もかもが晒されてしまう。大崎姉妹が揃って慌てる中、一人冷静な秀辛は、小さくため息をついた。

 

「……はぁ、俺知らね。探すなら二人で探せよ」

「えっ……ちょっ、小宮くん……!」

 

 冷たく、秀辛はそのまま祭りの列の奥に歩いて行ってしまった。甜花は追おうとしたが、それを甘奈は止める。

 

「っ、な、なーちゃん……?」

「……大丈夫、甜花ちゃん。落とした甘奈が悪いし……」

「え、で、でも……」

「……」

 

 やはり、来るべきじゃなかったのかも……と、甘奈は肩をすくめた。そんな妹の姿を見て、甜花は胸前で小さく握り拳を作る。

 

「だ、大丈夫! 安心して、なーちゃん……! 甜花が、絶対に見つけてあげる、から……!」

「う、うん……」

 

 そのまま二人で元来た道を辿った。

 

 ×××

 

 あれから30分。元の道を辿り、もしかしたら鞄を投げつけた時に落としたのかも、とも思ったが、影も形も見当たらなかった。

 

「はぁ……」

 

 現在、捜索中にトイレに行きたくなってしまった甜花のために、一度、お祭り用の仮設トイレに立ち寄った。

 お祭りの運営委員がいる落とし物のところにも行ったが届いていない、との事で、もう諦めるしか無いか、と肩をすくめてしまう。

 考えてみれば、旅行に行く前にも秀辛とは喧嘩してしまっていた。あれは本当の自分の実力を信じてくれない秀辛に頭に来たとはいえ、一方的にパーティー部屋から追い出してしまった。

 その上、お土産を買ってきてくれたのに、無いと勝手に決めつけ、謝ろうと思った当日にさえ、まず最初にカバンを投げつける始末……全て、因果応報と言わざるを得ない。

 自己嫌悪に暮れて、今日はもう帰ろうかな……なんてふと頭をよぎった時だ。自分の額に、ペシっと何かが当てられる。頭を上げると、そこにはボロボロの秀辛が立っていた。

 

「あ……」

「おら」

「え……?」

 

 そして手渡されたのは、甘奈の財布だった。

 

「あ……ありがとう……」

「気にすんなっつの。祭り回ってたら落ちてんの見えただけだから」

「ど、何処にあったの⁉︎」

「え? えーっと……金魚掬い屋の前」

「……」

 

 嘘だ。金魚掬い屋なんて行っていないし、彼の両手に祭りを回った後のような荷物はない。……というか、よくよく見ると頬や腕に青タンが出来ている。

 

「ね、ねぇ……どうしたの? その怪我……」

「転んだ」

「真面目に」

「すっ転んだ。そりゃもう派手にスパーンっと」

「……」

「……最初にナンパしてきた連中が、射的屋で女モノの財布使ってるの見えたから、取り返しました」

「えっ……」

 

 多分、鞄を投げつけた際、中から吹っ飛び、落ちたのをすぐに察した二人が拾い、足早に別の女をナンパしに行った、とかそんな所だろう。奴らは、他人のフリをした、というより他人のフリをせざるを得なかったのだろう。

 

「けど、中身は使われてた。とりあえず学生証とかどっかのポイントカードとかは無事だったから、それだけで勘弁して」

「……な、なんで?」

「あ?」

「なんで……そこまで、してくれたの……?」

「……」

 

 とても、ナンパを助ける時にこちらを「お母さん」とか呼んできた人と同じとは思えなかった。多分、暴力だって振るわれたろうに。

 聞くと、秀辛は頬をぽりぽりかきながら目を晒す。

 

「……別に、なんか悪いと思っただけだよ」

「え?」

「お前にお土産あったけど……なんか、渡すの照れ臭くて……それで、嫌な思いさせたから。……あと、その射的屋に知り合いの綺麗なお姉さんが豪遊していたから、少し良いとこ見せようと思って。結局、むしろ助けられちまったけど」

「……」

 

 どちらが本音なのだろうか、と一瞬思ったが、どっちでも良かった、結局は、助けられているのだから。

 

「……甘奈こそ、ごめん……」

「あ? 何が?」

「この前、パーティからキックしたし……お土産も、せっかく買ってきてくれたのに……勝手に勘違いしたし……さっきだって、助けてくれようとしたのに、カバン投げつけちゃって……」

 

 ポツリポツリ……と、呟くように言うが、秀辛は真顔のまま答えた。

 

「何言ってんの。そんなの、いつもの喧嘩の延長だろ。お前がしおらしくなんな、気持ち悪い」

「痛っ……」

 

 言いながら、額にデコピンされる。少し、ほんの少しだけ、胸の奥が小さく高鳴った気がした。あれ、この人、こんな人だったっけ? と、頬が熱くなる。今までに甜花にしか味合わされたことのない、この胸の高鳴り、これはまるで……。

 

「てかごめん、それより俺、トイレ行きたいわ」

「あ、う、うん」

「よっ、と……って、え?」

「ほえ……?」

 

 扉を開けると、甜花が前屈みになってズボンをあげている途中だった。それにより、一気に頬を赤く染め上げると共に、甘奈も別の意味で頬が赤くなる。

 

「え……おまっ、鍵……え?」

「ひぃん……小宮くんの、え、えっち……」

「や、ちが……むしろ、お前の方が鍵かけてなくてえっ」

「いいからまず視線を逸らしなさい!」

 

 結局、横からタックルをかますハメになり、喧嘩が勃発した。ちなみに、前屈みになっていたのが幸いし、秘部は見えなかったらしい。

 

 



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特別を探す必要なんてない。

 夏休みも後半戦。この時期に何処か甜花達と出掛けたいなー、と思っていた俺は、大事なことを失念していた。

 

「……ふーむ、何処に行こうか……」

 

 お祭りに行こうとしていたが、この前、行ってしまった。プールや海は少し恥ずかしい。見られるのなら、上半身をもう少し鍛えたいし、何より向こうも嫌がるだろう。大崎ははしゃげるだろうが、甜花は恥ずかしがる未来しか見えない。

 けど、まぁ京都のお土産にこの前のお祭りでお金はだいぶ使った。あの後、お金のない大崎のためにご馳走しちゃったから。

 ま、何にしてもまだ「行こうぜ」と約束したわけでもないし、しばらく考えるか。夏っぽくて、みんなで行っても楽しめそうな場所……うん、考えても分かんないや。そもそも、大崎と甜花二人と遊ぶ、って時点でハードルだいぶ高いもの。

 大崎なら甜花と何処でも楽しめるのだろうが、甜花はそうもいかない。外出の気分じゃない時に誘っても断られるだろうし、介護の方が大変そうだ。そして、甜花が楽しめないと大崎も楽しめない。ていうか、甜花と遊ぶのがハードル高い。ゲームなら単純明快で良いんだけどね……。

 

「……でも、せっかくの夏休みだし……もっとこう、アウトドアな事がしたいなぁ……」

 

 遊園地とか、観光とかさ……や、観光は金銭的に考えて無理だな。遊園地とか果穂が行くって言った時しか行かなかったし、今になって行ってみたいという気持ちが出てきてる。もっと子供の時、純粋にエンジョイしておけばよかったなぁ……。

 何かヒントになるものがないか、と思って、今は散歩中だ。ついでに、果穂の代理でマメ丸と一緒に。まぁ、そう簡単には無い

 

「わんっ」

「あ?」

 

 真下から吠えるような音が聞こえる。片眉を上げると、マメ丸がグイッと別の方向へ誘導しようとする。

 

「なんだよ。そっちは嫌だよ。元中の奴らの家に近いから」

「わんっ」

「嫌だっつの。なんだお前、やんのか?」

「わんっ」

「よっしゃ、上等だコラ。人間なめんなよ」

 

 言いながら、俺はリードから手を離し、左肘を曲げて半開きにした左手を額の前に置き、右肘は脇腹につけ、握り拳を作って腰を落とす。

 それにより、マメ丸も姿勢を低くし「グルルッ……」と、唸り声を上げる。

 お互い、隙を窺うようにジリジリと間合いを詰める。直後、一斉に俺とマメ丸が飛び出した。

 

「あだだだだっ! ご、ごめんなさい! そっち行きますから!」

 

 左手を噛まれた。ぴゅるるるっと出血し、水鉄砲のように手のひらから流血する。

 

「……何してるの?」

「えっ?」

 

 珍しい声が聞こえ、振り返ると大崎が手に袋を持って立っていた。

 

「っ、大崎⁉︎ いや、違うんだよ。今のは……」

「小宮くんが悪い」

「あ、はい。そうですね……」

 

 言い訳を封殺され、もう項垂れるしかなかった。

 いや、そんな事よりも、だ……これはまずいことになった。

 つい、家でマメ丸と一緒にいるテンションを、他人に見られたと言うのが一番、痛い。特に、よりにもよってこの世で一番バレたくないデビルにバレた……。

 

「犬飼ってたんだね」

「あ、うん。俺が、というよりも、妹が、だけど」

「良い子そうじゃん」

「今のやり取りちゃんと見てた?」

「お名前は?」

「犬っころ」

「がぶっ」

「いだだだ! お前、なんで家族で俺にだけ噛むわけ⁉︎」

「今のも小宮くんが悪い」

 

 く、クソ……これだからワン公は……! いや、ホント俺には当たりが強いのなんでよ、この犬。

 いや、そんなことよりも、だ。なんでこんな矢継ぎ早に質問を……? 何か裏に意図があるのか……? 内容だけは普通の質問な所がタチが悪い。

 

「それよりさ、小宮くん」

「な、なんだよ」

「手、洒落にならないくらい血が出てるけど」

「……へ?」

 

 見下ろすと、たしかになんか血が出てる。いっぱい。そして、痛みも少しずつ増していく。

 

「い、痛い……てかこれ、死ぬんじゃ……」

「家で手当てしようか?」

「お願いします……」

 

 お言葉に甘えるほか無かった。

 

 ×××

 

 夏休みに入ってから、もう三度目の大崎家。それ故か、もう慣れてしまって変な緊張はしなかった。

 マメ丸が庭で待機している間に、俺は手に包帯を巻いてもらっていた。

 

「……」

「はい、これで平気でしょ」

「あ、ありがとう……」

「別に良い。……お祭りだと、世話になったし」

 

 あれ、なんかしおらしいな……。もしかしてあれか? 借りができると強気にいけないタイプか? 

 や、まぁ正直、それはそれで悪くないんだけど、調子が狂うわ。

 

「まぁ、そうだよね。俺、あの時すごい借り作っちゃったからなーうん。これはもう、甜花の写真3枚分くらいの価値はあったよね。あ、いや別に良いのよ? お礼とかほんと。そんなつもりでやったことじゃないし? 気持ちがあれば良いのよ。感謝の気持ちがあれば」

「……うざっ」

 

 やべっ、予想以上にすげぇマジな反応返ってきた。普通に傷つく。下手にテンション上げさせようとしなきゃよかったな……。

 

「てか、甜花は?」

「今、部屋でゲームかな? なんか真剣な顔してたから、多分邪魔しちゃいけない奴」

 

 

 ふーん……つまり、ランクか。それなら確かに邪魔しない方が良いやな。ついでに一緒にゲームできりゃ良かったんだけど……ま、手当してもらったし、今日はマメ丸もいるし、帰るか。

 

「じゃ、俺帰るわ。マメ丸の散歩の途中だし」

「あ、ねぇ」

「? 何?」

「一緒について行っても良い?」

「え、良いけど……なんで?」

「なんとなく。暇なんだもん、甜花ちゃんが一人で遊んでると」

「あそう」

「ちょっと待ってて。準備して来るから」

 

 そう言うと、大崎は自室に戻って行った。

 その間に、俺は庭で待っているマメ丸を迎えに行き、リードを握る。

 

「わんっ!」

「待ってろ。なんか一人、ついて来るらしいから」

「わんっ」

 

 あら素直。どうしたの、猫かぶってるの? 犬なのに。

 しばらく待機……つーか遅えな。女の子の準備が遅くなると言うのは本当だったか。

 10分ほど経過した所で、ようやく玄関が開いた。そこから現れたのは、大崎だけでなく甜花も一緒だった。

 

「お待たせー☆」

「遅えよ……つか、甜花も?」

「う、うん……少し、目が疲れてきてたから……」

「そうだよ、甜花ちゃん。ちゃんと休憩入れないと、ほんと目が悪くなるからね」

「わ、わかってるよ……」

 

 とはいえ、真夏に甜花が出掛けるのも珍しい事なのだろう。大崎も少し意外そうにしている。

 けど……まぁ、甜花の顔見りゃ分かるよね。多分、あのキッとした目付きは……。

 

「甜花ちゃん?」

「なんでもない、よ……? なーちゃん……」

 

 大崎を独占するな、と言う目だろうな……。いや、俺から誘ったわけじゃないし……てか、なんなら俺から大崎を誘うことはねえから。

 

「来るのは勝手だけど、そんな遠回りしないからな。これから土手沿い歩いて帰るだけだし」

「それで良いよ」

「う、うん……ワンちゃんと、お散歩……にへへ」

「あ、甜花。マメ丸抱き締めて一枚、撮らせてくれない?」

「ち、ちょっと! 抜け駆け禁止! 甘奈にも撮らせて!」

「い、良いけど……じゃあ、えっと……」

 

 早速、マメ丸を見下ろした甜花だが、俺はそれを止める。

 

「あー待った待った! せっかくだし、土手沿いで撮ろうや」

「え……な、なんで?」

「あ、そうだね。被写体は良いんだし、背景も凝らないと……あ、確かパパの部屋に一眼レフがあったような……」

「大崎、一眼レフはそれなりに経験積まないと難しい。スマホかデジカメにしておこう」

「は? あんた甜花ちゃんの写真を撮るのに妥協する気?」

「バカ言うな。妥協じゃねえ。今ある手札の中で切れるカードを切っているに過ぎない。例えどんなに……納得がいかなくとも、だ」

「……そっか。それなら仕方ないね」

「ひぃん……二人とも、大袈裟……」

「わん(訳:人間の兄妹ってどこもこんな感じなのかな)」

 

 そのまま三人と一匹で、土手沿いに向かった。

 

 ×××

 

「よーし、良いよ良いよ甜花ちゃん!」

「可愛いよ、甜花! そのままマメ丸の頭に手を添えて笑みをこぼしてみよう!」

「は? そこは真顔のままミステリアスな空気を表現でしょ?」

「いや、甜花本来の柔らかい面を押し出すべきだろ」

「マメ丸ちゃんとセットなんだから、いつも出さない空気を出すべきだから」

「あ?」

「は?」

「ひぃん……音楽性の違いで解散しそう……」

 

 俺と大崎が眉間にシワを寄せてメンチを切り合う中、甜花がやんわりと間に入る。ホント、甜花推しな所までは気が合うのに、そこから先はこいつとは合わない。一生、分かり合える気がしない。

 

「あ、あの……というか、甜花……恥ずかしいから、そろそろ……」

「わんっ! (訳:てか散歩でしょこれ? 歩かせてくれない?)」

「……こうなったら、やる事ぁ一つだな」

「そうだね。正々堂々といこうか」

 

 拳をコキコキと鳴らし、両手を組んでグイッと関節を伸ばす。お互いの目に宿る光は闘志のみ、目の前の奴を犠牲にしてでも、この戦いを制する。

 お互いに拳を作り、グッと力を入れて一気に腰まで引いた。

 

「「じゃんけんっ、ぽいっ!」」

「よしっ!」

「あー!」

 

 勝ったぁ! 

 

「はっ、バカめ! 銀魂でも言ってただろうが! 女の1番の化粧は笑顔だってな!」

「うぐぅ〜……ず、ズルい……!」

「いや正々堂々だろ。そんなわけで、甜花! 笑って!」

「う、うん……にへへっ」

 

 良い笑顔を、スマホに収めることができた。これホーム画面に……あ、いや、流石にストーカーじみてるな。やめておこう。

 

「わんっ」

「あーそうだな。さっさと先進まないとな」

「……確かに優しい笑みの方が良かったのかも……? いや、どちらにせよ甜花ちゃんだし可愛いことに変わりはないか……」

「にへへ……嬉しい……」

「て、甜花ちゃん⁉︎ 聞こえてたの⁉︎」

「う、うん……でも、なーちゃんも同じことしたら可愛いと思う、よ……?」

「大崎がやったらあざといだけだろ」

「マメちゃん、噛み砕く」

「ガブッ!」

「なんで手懐けられてんだテメェは⁉︎」

 

 慌てて回避した。てか、砕くってなんだ砕くって! 骨まで取りに来てんだろうが、それは! 

 その俺に、歩きながら甜花が質問して来た。

 

「え……でも、小宮くん。なーちゃんの写真も……欲しく、ない……?」

「え?」

 

 言われて、思わず想像してしまった。大崎が、マメ丸の顔に手を添えて柔らかい笑みを浮かべている絵面……あれ、想像してみると思ったよりあざとくないかも……ただ、まぁ大崎の場合は柔らかい笑み、というよりも、普通に元気なJKのギャルっぽい天真爛漫な笑みのが合うかも……。

 ……と、そこでハッとする。って、何で俺、大崎の笑顔をそんな詳細に妄想してんだ、と。

 ふと顔を向けると、大崎が俺の顔をニヤニヤとほくそ笑みながら覗き込んでいた。

 

「何、もしかして想像したわけ?」

 

 っ、こ、こいつ……! 

 

「ああ、したよ。でもやっぱあざといだけだったわ」

「んなっ……! か、可愛いか可愛くないかで答えてよ!」

「可愛げがない」

「あんたやっぱりムカつく!」

 

 蹴りが飛んできたが、ひょいっと回避する。空振りして尻餅をつく甘奈に、甜花が優しく声を掛けた。

 

「だ、大丈夫だよ、なーちゃん……! 甜花は、可愛いと思うから……!」

「て、甜花ちゃん……!」

「おい、すぐイチャイチャすんな」

「わんっ!」

「あー分かった分かった。だから先に行くな」

 

 マメ丸が歩き始めてしまったので、俺もとりあえずそっちに合わせて歩く……というか、川岸に降りて行くんだけど……。

 

「どこ行くんだよオイ!」

「わんっ!」

「ああ?」

 

 なんか見つけたようで、クンクンと草むらの中で鼻を鳴らす。俺も草をかき分けて何があるのかを見ると、エロ本が落ちていた。

 

「えっ」

「何何、何かあった?」

「にへへ、マメ丸ちゃんが興味あるもの、見てみたい……」

 

 さらに続々と現れるJK二人。直後、二人とも頬を赤らめて、揃って「ブハッ」と吹き出す。

 

「なっ……何を見つけてんの、小宮くん⁉︎」

「俺かよ⁉︎」

「こ、小宮くん……最低……」

「ガハッ……!」

「わんっ!」

 

 甜花の一言は効いた……。思わず膝をつき、倒れた俺の背中の上にマメ丸は乗った。この犬いつかぶっ飛ばす……。

 

 ×××

 

 そのまま、なんだかんだ言って遠回りして散歩をしてしまった。……が、遠回りしたような気がしない程、早く回り終えてしまった。

 なんつーか……楽しかった、のかな? うん、楽しかったんだろう。多分、大崎姉妹も。二人の様子を見ていれば分かる。

 

「んーっ……なんか久々に散歩とかした気がするー!」

「て、甜花も……この時間は、ずっとお昼寝してたから……」

 

 そんな二人の顔を見て、なんか安心してしまった。二人が来たいと言い出したとはいえ、ただの散歩に付き合わせても退屈させちゃうんじゃないか、と思ってたから。

 なんか……さっきまで二人と夏休みっぽいことをしたくて色々考えてたけど……別に、そこまで気張らなくても良いのかなって思えてきたな。

 だって、普段、学校がある日は、こうやって散歩する事もできないんだから。こういう遊びも、十分「夏休みっぽいこと」なんじゃねえのと、と思ってしまった。

 それ故に、思った。また、こうして三人で集まりたいな、と。

 

「甜花、大崎」

「「? 何?」」

「暇があったらで良いんだけど……また、一緒に」

「へくちっ!」

 

 ……大崎のくしゃみに遮られた。大崎の服装は、男心をくすぐる肩を出すスタイルの薄着。8月後半の夕方特有の涼しさが出てきたことにより、くしゃみを漏らしたのであろう。

 何にしても、無邪気にキョトンとした笑みを向けられ、なんかイラッとした。

 

「え、何?」

「甜花、良かったらまた二人で散歩行かん?」

「なんで甘奈だけ外したの今⁉︎」

「良いよ」

「甜花ちゃあん⁉︎」

 

 予想外の二つ返事に、さらに声を張り上げる大崎。でも今のはお前が悪い。

 俺のジトーっとした視線を掻い潜り、大崎は甜花の腕にしがみつく。

 

「ていうか、だから抜け駆けは禁止だから! 甜花ちゃんは甘奈のなんだからね!」

「知ったことかよ! お前は家で甜花の写真見ながら妄想してろ!」

「はぁー⁉︎ 何その言い方! 絶対に嫌だからね! 甜花ちゃんとあんたが二人になる機会なんて、この先ないと思っててよね⁉︎」

「うるせええええ! 俺は絶対に甜花と2人で遊んでみせるわ!」

「あ、あの……二人とも、だから周りの目を……」

「わん(訳:果穂ちゃんそろそろ帰ってきてるかな……今日は一緒に寝かせて欲しいな……)」

 

 結局、その後も夏休みは三人で色々と遊び尽くした。

 

 



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最終日

 夏休みも残り1日、大崎甘奈は小さく伸びをしながら、お昼に目を覚ます。今日は遊びの約束がない。明後日から学校のため、最終日は準備したいと言って遊ばない事にした。でも甜花とは遊ぶ予定である。

 そんなわけで、早速、一緒にゲームやろう、と誘おうとした時だった。インターホンが鳴り響いた。

 

「はーい?」

 

 誰かな、と思ってインターホンのカメラを確認すると、そこにいたのは秀辛だった。なんか尋常じゃないくらい滝のような汗をかいている。

 

「……どうしたの?」

 

 思わず怪訝な目で聞いてしまうと、カメラの向こうから今にも泣き出しそうな声なのに、追い詰められた笑みを浮かべた秀辛が懇願して来た。

 

『宿題。やってない。手伝って』

「……」

 

 とりあえず、家の中に招き入れた。

 

 ×××

 

「ひぃん……巻き込まれた……」

「いや、宿題はやったほうが良いだろ。甜花のためだぞ?」

「あんたが言うな、あんたが」

 

 自分の部屋で、全くもってその通りの台詞を吐き捨て、小さくため息をつく甘奈。せっかく、昨日までで合わなければ「最後にカラオケで熱唱」と言う最高の思い出で終わっただろうに、ここに来て今までの思い出をすべて塗り潰さん限りのイベントである。

 一方の秀辛は、ソワソワしながら部屋の中を見回していた。

 

「女の子の部屋、あんまジロジロ見ないでくれる?」

「あ、悪い。いや俺も甜花の部屋のが興味あったんだけどな?」

「て、甜花の部屋は、ダメ……! あんまり掃除してない、から……」

 

 それ故に、寝る時も甘奈の部屋で一緒に寝ている。だから甘奈は甜花の部屋の掃除を手伝わない。……だから以前、急に甜花の部屋が綺麗になっていた時は、本当に何があったのかと勘繰ったものだ。結局、何があったのか分かっていないが。

 

「エロ本とかないの?」

「あんたぶっ飛ばされたいの? そんなのあるわけないでしょ」

「ふーん……少し残念だな。友達の家に集まったらエロ本探しは定番のイベントだと思ってたのに」

「ここ女の子の部屋だからね?」

 

 ちなみに、探せば「甜花ちゃん秘蔵写真集☆ Vol.1〜109」まであるのは内緒である。これを隠すために甜花とは別の部屋になっている節もあるし。

 だから、本当は部屋に秀辛を入れるのはゴメンだったのだが……残念ながら、今日は甜花と甘奈しかいないわけではない。

 コンコン、というノックの後に、扉が開かれ、飲み物を用意してくれた母親が入ってきた。

 

「ふふ、初めまして。甜花と甘奈の母です」

「あ、初めまして。なんかすみませんね、夏休みも終わりって時に……」

「いいのよ、気にしないで?」

「あ、これ今日お邪魔するので、よかったら……」

「あら、お気遣いありがとうね」

 

 え、お前誰? と思ってしまうほど、大人な対応をしながらケーキ屋のケーキを手渡す秀辛を見ながら、思わず甘奈はため息をついてしまう。母親にだけはバレたくなかったのだ、この男の存在は。

 

「あら、これ高い所のケーキじゃない?」

「あ、はい。バイト代余ってたんで」

「ふふ、ありがとう。じゃあ、勉強が一区切りついた頃に切り分けるわね?」

「すみません、ありがとうございます」

「ところで、あなたはどちらのお友達?」

 

 ほら、興味を持たれる。双子ではあるものの、二人とも男に興味を持つことはほとんどなかったため、ぶっちゃけ異性を家に連れてくること自体が珍しいのだ。

 

「どっちもですよ。クラスが同じなのは甜花の方ですけど、大……甘奈も友達です」

「……!」

「あら、そうなの?」

 

 それを聞いて、甘奈は思わず目を丸くしてしまった。いや、母親の前だから、かもしれないが、自分に対してもそんな風に言ってくれるとは思わなんだ。

 

「はい」

「じゃあ……ぶっちゃけ聞いても良い?」

「なんですか?」

「付き合うなら、どっち?」

「「ブフッ!」」

 

 吹き出したのは、秀辛ではなく双子だった。

 

「ま、ママ!」

「な、何聞いてる、の……⁉︎」

「だって気になるもの。何だったら、両方もらっても良いのよ?」

「甘奈は嫌だよ! こんな男!」

「あら。何てこと言うの、甘奈? お友達は大事にしなさい。そんな言い方しちゃいけません」

「んがっ……⁉︎ ま、ママは知らないでしょ⁉︎ こいつがどんな男か……」

「甘奈」

「っ……!」

 

 大崎家の母親は基本的に優しいが、怒ると怖いのだ。特に無言の圧は、このように甘奈でも言い返せない。

 しかし、今は日は親よりも秀辛の方が怖かった。何故なら、彼にとってこの状況を利用しない手はないから。

 

「にしても、アレなんですよ。甜花はそうでもないんですけど、甘奈は前から俺に突っかかってくることが多くてですね?」

「あら、そうなの?」

「ちょっ、小宮く……!」

「甜花と俺が一緒に飯食ってると、必ず決まって邪魔しに来るんですよね。シスコンも良いとこですよ、彼女」

「へぇ?」

「この前なんて、俺がナンパから助けてあげたのに、鞄を顔面に投げつけられましてね。それはもう痛かったんですよ」

「あれはあんたがお母さんなんて気持ち悪い設定作るからでしょー⁉︎ ていうか、余計なこと言わないでってば!」

 

 イライラしながら甘奈は秀辛を止めようとするが、甜花がそれを許さない。何となく面白い空気を察したのか、甘奈の両腕を封じて自身の方に抱き寄せる。甘奈は正直な所、少し嬉しくて抵抗出来なかった。

 それから、秀辛は甘奈にされた事を何一つ包み隠す事なく喋ってしまった。言わなかったことと言えば、甜花の絵の件くらいだろう。

 後が怖い、と甘奈は大量に汗を流す。恐る恐る母親の方を見ると、自分を微笑みながら睨んでいた。

 

「ふふ、甘奈。少し下にいらっしゃい?」

「え」

「お話があります」

「……」

 

 嫌な予感が脳裏をよぎる中、渋々従うと、秀辛と目があった。にやにやしたその表情はとても癪に触る。

 とりあえず、後でぶん殴ろうと心に決めて、母親に連れられて部屋を出て行った。

 連れられた先はリビング。割とマジでビクビクしながらソファーに座らされると、母親からの第一声は意外なものだった。

 

「あなた、恋してるのね……」

「ブフォッ!」

 

 この短いスパンの中で二回も吹き出してしまった。ホントに何を言い出すのか、この母親は。

 

「い、いきなり何の話⁉︎」

「あら、違うの?」

「違うよ! 甘奈、あいつ嫌いだし!」

「なんだ、そうなの。あの子は甘奈の事も甜花の事も大好きなのに……」

「はぁ? な、何言ってんの……?」

 

 あり得ない、と甘奈は首を横に振る。この女の人、よくもまぁそんな出鱈目言えるもんだと感心すらしてしまった。

 

「あいつも甘奈のこと嫌いだから。さっきだって、甘奈がママに怒られるのを予測した上で余計なことをペラペラと……!」

「でも、あなたとの思い出、全部覚えてたじゃない」

「え……や、そ、それはあいつ……えっと……そ、そうだ。人の弱点握るのに必死だからだもん! 甘奈のこと好きなんて、絶対にないから!」

「ふーん……そうなの」

 

 何とか熱弁するものの、全くもって納得している様子はない。

 

「でも、あなたも嫌がっていないから、今日……というか、今日以外も家にあげたんでしょう?」

「っ……そ、それは……ていうか、なんで今日以外って……?」

「分かるわよ。学校の女の子の家に入るのに、もう慣れた様子だったじゃない」

 

 確かに、と頷かざるを得ない。もう少し緊張してくれれば良いのに……もしかして、自分も甜花も女と思われてない? と、思ったが、甜花のことを見る目はペットを見る目だし、自分はライバルだし、割とその通りなのかもしれない。

 いや、そんな事よりも、だ。

 

「あ、甘奈は嫌がってるもん! 何かあったら、悲鳴をあげてあいつ警察に突き出してやろうと……」

「いや、それはやめなさい。ご近所の目が痛いし」

「と、とにかく! 甘奈もあいつも仲良くなんかないから!」

「あらそう……それなら、お説教かしら?」

「あーうそうそ! 仲良し!」

 

 クッ、と奥歯を噛み締める甘奈。どうにも弄ばれている気がする。やはり、自分の母親には敵わないものなのだろうか? 

 

「じゃ、お母さんちょっと出掛けてくるから」

「え、そうなの?」

「ケーキの切り分け、あなたがやってあげなさいね」

「あ、うん」

 

 どんなケーキか知らないが、秀辛の分だけ小さく切ってやろうか、と少しイラつきながら思う甘奈に、母親は言った。

 

「彼にだけ意地悪しようとか思うのやめなさいよ。今まで、あなたと甜花、共通の友達なんて滅多にいなかったんだから、仲良くしなさい?」

「っ、な、なんで分かるの⁉︎」

「分かります。あなたのお母さんですから。……じゃ、仲良くするのよ?」

 

 それだけ言うと、母親は出かける支度をしに行ってしまった。

 結局……何が言いたかったのだろうか? ただの勘違い? いや、あまり意味のないことはしない母親だ。よーく言われたことを思い出す。

 恋してるのね、とか言われたが、自分が彼を好きではないことは、自信を持って言える。全然、好きなんかじゃない。……や、悪い人ではない、と言うことはお祭りの一件やら何やらで理解している。

 でも、それで惚れる程、チョロくはない。たしかに趣味も一緒だし「高校の間でしか楽しめないことを楽しみたい」と言う考えも同じ。一緒にいても退屈しないし……。

 

「っ……」

 

 そんな彼から嫌われている、と思うと、少し胸が痛んだ。何故だろうか? 自分だってあんな男、嫌い……ではない、のかもしれない……? 

 あーもうだ、情緒不安定かっ! と、頭の中で悩みながら、ひとまず部屋に戻ることにした。ケーキはおやつ。まだ勉強会なのに勉強も始められていない状態で出すわけにはいかない。

 部屋の扉を開けた甘奈の目に飛び込んできたのは……。

 

「あーそこそこ。そこで曲」

「あ、ホントだ……にへへっ、やった」

「てか、甜花あんまこれやってなかったん?」

「う、ううん……ただ、あそこにいたのは、少し意外……」

「俺はやり込んだからね。FPSとは真逆のゲーム性なのにエイムが重要な点に惹かれて」

「幻は、全部撮れた……?」

「うん。☆4までコンプした」

「す、すごいね……」

 

 二人揃って、隣同士に寝転んでゲームをやっていた。肩と肩がくっつく距離でいるにもかかわらず、何一つ照れている様子なく写真を撮っている。

 その様子を見て、甘奈は思った。

 

 ──ーやっぱこいつ嫌い。

 

 と。そんな風にリラックススタイルで一緒にゲームなんて、甘奈でもした事ないのに。

 後ろから秀辛の背中に跨り、腰のあたりにお尻を置く。

 

「っ、な、なんだ? 誰?」

 

 無視して、甘奈はそのまま秀辛の両頬の横に手を通し、顎を掴んだ。それと同時に、ギリギリギリっと顎を持ち上げる。

 

「アガガガッ⁉︎ 何でキャメルクラッチ⁉︎ てかお前、大崎だろ! 何してんだコラ⁉︎」

「ふふふ、勉強をしに来たのに、人の可愛いお姉ちゃんとイチャついてる泥棒ネコは誰かなー?」

「イチャついてねえよ! ってか、ヤバいって、ホント……や、うそうそ! 

 すみませんでし……ああああ!」

 

 とにかく締め上げられた。

 

 ×××

 

 さて、勉強会開始。甘奈は宿題なんて初日で終わらせているため待機。代わりに、甜花の宿題を手伝ってあげていた。教える、とかじゃなくて完全に甘奈が解いている。甜花には、自分の回答が載っているノートを手渡し、写させていた。

 

「あの……俺にも写させ」

「ダメ」

「……」

 

 キッパリと断る。

 

「甘奈の宿題を写させたって、小宮くんの為にならないでしょ?」

「お前どの口が言ってんの?」

「甜花ちゃんは良いの。甘奈が一生、一緒にいるんだから」

「にへへ……甜花も、なーちゃんとずっと……一緒にいる……」

「「ねー?」」

「クソぅ……」

 

 その仲睦まじい姿を見て、正直「可愛い」と思いながらもため息をつく秀辛を見て、甘奈は少し黙り込む。

 前までなら「ざまぁ〜www」と思えたのに、今では少し同情してしまう。何というか……まぁ、一応、友達だし、留年されたら困るな、みたいな感覚だ。

 

「……はぁ、仕方ないなぁ。貸して」

「え?」

「手伝わないからね。教えてあげるだけ。コツとか」

「え、大崎が?」

「そう」

「……熱でもあんの?」

「……」

 

 落ち着け、深呼吸だ。ここでキレても何にもならない。

 

「ベランダから落として欲しいの?」

 

 だめだった。キレちゃった。

 でもそのまま続けた。

 

「普通に教えるだけ。嫌なら別に良いし」

「あ、いやお願いします……」

「うん。素直でよろしい」

 

 ウインクすると、少し秀辛は頬を赤らめる。照れてる? と一瞬、思ったが、目の前の男のことだ。多分、おぞましいものを見たと思って逆に頭に来たのだろう。

 まぁ無視して教えてあげる事にした。

 

「ほら、まずはここからね」

「あ、うん」

「二次関数ねぇ……や、だからまずはxとyの同類項にまとめないと……」

 

 隣に座って、教科書の下に線を引きながら教える……というか、この男の教科書、綺麗すぎる。何一つアンダーラインや蛍光ペンによる強調部位も出ていない。勉強の仕方を知らないのだろうか? 

 しばらくそのまま教えてあげていると、自分の裾を甜花が引っ張った。

 

「ね、ねぇ……なーちゃん」

「? 何、甜花ちゃん?」

「ここ、分からないんだけど……」

「え?」

 

 意外だ。甜花が何かを学ぼうとするとは。いや、まぁそう言う気持ちを持ってくれるのは嬉しいのだが。

 とりあえず、甜花のために隣に移動した。

 

「え、ちょっ、こっちの宿題は?」

「甜花ちゃん優先に決まってんじゃん。暇が出来たらまた教えてあげる」

「ええええっ⁉︎」

「さ、甜花ちゃん。どこが分からないの?」

「ぜ、全部……!」

「任せて☆」

「お前ふざけんな!」

 

 結局、放っておかれた。

 

 ×××

 

「ふぅ、終わった……!」

 

 夕方、甜花は小さく伸びをした。丸写しと甘奈の指導の元、宿題はサクサクと進み、現代文、OC1、数1の中で、数1とOC1が終わった。

 

「お疲れ様、甜花ちゃん」

「あ、ありがとう……にへへ」

「あとは明日やれば終わるね」

「う、うん……!」

 

 勉強後だと言うのに、元気な返事が甜花から戻って来た。やれば出来る子なのだ。

 甘奈も単純に甜花とイチャつけたことだけでなく、甜花の力になれた事に少し、嬉しさを見出せた。

 と、そこでそういえばもう一人、一緒に勉強している男がいたことを思い出す。そいつの方に視線を送ると……。

 

「……すぴー」

「え……」

 

 寝息を立てていた。ちゃぶ台に両腕を枕にして、完全にダウンである。

 

「あれ……小宮くん……?」

「くかー……」

「……普通、女の子の部屋で爆睡する?」

 

 勉強しなよ、と心底、思ってしまった。

 ノートには、途中まで踏ん張っていた形跡はある。……が、宿題範囲の最後の応用問題にダウンしている様子だ。

 

「……どうする、の……?」

「放っておこうよ。それより、甜花ちゃん。一緒にゲームしよー?」

「え……で、でも……」

 

 甜花はチラリと秀辛を見る。その心配そうな態度が甘奈にも伝染した。考えてみれば、教えるのを中断して甜花の面倒を見始めたのは自分だった。

 うぐっ……と、甘奈は冷や汗をかく。

 

「……はぁ、仕方ないなぁ……」

 

 甘奈は呟くと、秀辛の肩に手を置いて揺すった。

 

「小宮くーん。起きてー!」

「んぐっ……むにゃ……」

「こーみーやーくーん!」

「んっ……んだよ、るせぇな……まだ夏休みだぞ、父ちゃん……もう少し寝かせてや」

「もう終わるよ、夏休み。あと誰が父ちゃん?」

「んんっ……?」

 

 うっすらと目を開け、ぼーっ……とした表情で甘奈を見上げる秀辛。あいかわらずぬぼーっとした顔だ。決して不細工ではないが、半端な顔をしている少年だ。まぁ、オシャレも頑張っているから、格好悪いと言うわけではないが。

 けど、こうして寝ぼけている顔はマヌケっぽい。マヌケっぽいのだが……こんな風に同い年の男子に、ボンヤリと自分の顔を眺められると、これはこれで少し恥ずかしくなってくる。

 

「っ、み、見過ぎだから……!」

 

 思わず両手で秀辛の顔を反対側に押し退ける。そのまま秀辛は後ろに倒れ、寝息を立て始めてしまった。

 

「だ、ダメだね。起きないし、やっぱり遊ぼっか。甜花ちゃん」

「……こ、小宮くん……起きてくれたら……甜花の絵、一枚なら描いて良い、よ……?」

「て、甜花ちゃん……いくらこの人が単純でも、そんなので起きるわけ……」

「じゃあ早速、モデルをお願い」

「ひぃんっ⁉︎」

「なんでよ! あれだけ身体揺すって後ろに押し倒されても起きなかった人が、何で絵一枚で覚醒するの⁉︎ どこまで現金⁉︎」

「大崎、色鉛筆とスケッチブックを」

「……」

 

 甘奈のツッコミを無視して図々しい要求をしてくる。その態度が、少し甘奈は気に入らなかった。別に良いけど、自分の顔をぼんやり眺めても覚醒しなかった癖に、甜花の絵一枚の許可ですぐに目を覚ますのは、なんかムカつく。いや別に良いけど。でもムカつく。いや別に良いけど。

 

「ね、ねぇ、小宮くん? 甘奈の絵でも良いよ?」

「いやいいわ」

「……」

 

 でもやっぱムカついた。額に青筋を浮かべて、色鉛筆を探し始めるバカの両肩に手を置き、力を入れて、強引に座布団の上に座らせた。

 

「ちょっ、あぶなっ……てか、力強っ?」

「勉強しにきたんでしょ? 終わるまで休憩無しだからね」

「あ、そういえば、課題……」

「みっちり面倒見てあげるから」

 

 本当に容赦なく絞ってやった。

 

 



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抗争編
休み明けは思ったより怠くない。休み明け明けが怠い。


 夏休みが終わり、学校が始まった。

 登校中、学校が近くなってくるほど、同じ学校の生徒達が友達を発見し、声をかける。「久しぶりー」「夏休み何してたん?」「ずっとゲーム。お前は?」みたいなやり取りが聞こえるが、そんな連中を俺は薄く笑って通り過ぎていった。

 お前らなぁ、友達なの本当に? 友達なら休みの間、少しくらい連絡とって近況を報告しあうもんだろ? もしくは、ずっと一緒に遊んでいるか。

 その点、俺は珍しく充実した夏休みを過ごせたし、それ故に甜花や大崎と「ひさしぶり」「夏休み何してたん?」なんて話はしない。いつもと変わらないものなのだ。

 ……逆に言えば、その二人しか友達はいないんだけどね。へへっ(自虐的な小笑)。

 さて、そろそろ俺にも夏休み明けに友達と出会う、というイベントがあっても良い頃だろう。例えば、甜花か大崎辺りとすれ違って、背中をポンっと叩かれながら「おはよう」と挨拶を……。

 

「おっはよー!」

「お、おはよう……!」

「ぐぇぺっ……⁉︎」

 

 直後、背後から背中を四つの掌によって強く押された。余りの威力に、普通に前方に転倒した。

 その後ろから、元気よく挨拶してくる二人のバカがいた。

 

「何転がってんの? 前転の練習を路上でやるのやめた方が良いよ?」

「にへへ……甜花タックル……!」

 

 なんだろうな、同じことされて、二人とも何一つ謝ってないのに、この可愛げの違いは。片方は単純に腹立つし、片方は単純に可愛い。

 不思議だ……同じ顔なのに、ホント不思議。

 

「テメェら……何の真似だよ……?」

「「挨拶?」」

「疑問系で声を揃えるな!」

 

 クソ、なんか俺の思ってた交友関係と違う。……や、こういう遠慮がない関係も嫌ではないが。

 

「ほら、遅刻するよ? 早く学校行かないとっ」

「誰の所為だと思ってんだオイ」

「行かない、の……?」

「……行くよ!」

 

 とりあえず、登校した。

 

 ×××

 

 夏休みが終わってからの初日は、始業式のみ。昼飯さえ食う時間はなく解散になる。……が、まぁこれから部活がある奴は部室に集まるし、帰宅部は帰宅する。

 俺も中学までなら速攻帰ってゲームだったが、今はそうもいかない。早速、ホームルームが終わったら、甜花に声をかけてみることにした。

 

「じゃあ全員、最後に課題を提出しろー。忘れた奴は先に言えよー」

 

 先生の指示によって、俺と甜花も鞄の中から課題のノートを漁る。昨日、死ぬつもりで終わらせた課題だ。大崎には本当に感謝しねえと……あり? 

 

「……」

「……小宮、くん?」

「っ、な、何?」

「どうか、した……?」

「や、なんでもない。うん」

 

 ……やべぇ、一冊忘れてきた……。いや、まぁ大丈夫か、一冊くらい。とりあえず、これから飯なのに止められてたまるか。

 幸い、課題の提出は先頭に並んでいる机の上に置くことになっている。大丈夫、置くフリをすればバレない。

 二人で一緒に前に歩き、左から順番にノートを置いていった。それまで、人混みに紛れたのもあって、先生に止められることはなかった。

 

「ふぅ……よし」

「にへへ、昨日頑張ったから、だよね……!」

「だな」

 

 そんな話をしながら、とりあえずほっと胸を撫で下ろした。ノートの数を数えるのは、おそらく職員室に戻ってからだろうし、問題ない。

 そのままホームルームは続き、早くも帰りの挨拶になった。

 全員が鞄を持ち、部活やら帰宅やらの準備に入る中、俺も乗っかるため、甜花に声をかけながら立ち上がった時だ。

 

「甜花、この後さ……」

「甜花ちゃーん! 帰ろー!」

「ひでぶっ……!」

「あ、なーちゃん……! うん、帰ろう……!」

 

 甘奈に跳ね飛ばされた。こいつ何なの? 闘牛なの? 

 

「ご飯食べて帰っちゃう?」

「う、うん……」

「じゃねえよ! 何普通に会話始めてんだ愚妹の方!」

「何、あんたも一緒に来たいの?」

「ちげえ! お前、なんなんだいきなり⁉︎」

 

 こいつ……なんか昨日から当たり強くね? なんか勉強の面倒見てくれている間も口調強かったし、そんな悪いこと言ったかな……? 

 

「小宮くんも、一緒に……お昼ご飯……?」

「え?」

 

 声を漏らしたのは甘奈。あ、なるほどね。今の反応で分かったわー。

 要するに、スタートダッシュキャンペーンね。二学期が始まったから、出だしでライバルとの差をつけろ、と。

 だが、そっちがその気なら負けないよ? 

 

「良いのか? 甜花」

「もち、ろん……! 良いよね、なーちゃん……?」

 

 げっ、もう一度、甘奈に確認取るの? そうなると、断られるが可能性が……と、思ったが、甘奈は微妙に頬を赤らめたままそっぽを向く。

 

「……別に、良いけど……」

「え、良いの?」

 

 思わず意外そうな声で返してしまった。なんだよ、なんかやたらと当たりが強かったと思ったら許可出すとか……もしかして、必要以上に拒絶して、甜花に嫌われることを避けた? 甜花は俺と大崎が必要以上に仲良くなることを嫌うが、俺を嫌いなわけではないし、友達でいたいとも思ってくれている。

 ならここは、機会を活かすほかない……! 

 

「いやあ、悪いなぁ大崎! 俺、甜花と友達だからさぁ。甜花はやっぱ、どっかの誰かと違って一人だけハミろうとか思わない優しい子だからね、うん」

「う、うるさいから! やっぱ一緒に食べたくない!」

「え、なーちゃん……小宮くんが一緒は、ダメ……?」

「うぐっ……」

 

 よーし、良いぞ甜花! そのまま押し切ってしまえ! 

 

「ま、まぁ……勝手にすれば?」

「おおっす!」

 

 そんなわけで、とりあえず教室を出……ようとした所で、後ろから肩を掴まれた。振り返ると、先生が待っていた。

 

「?」

「小宮、お前数学のノートはどうした?」

「……」

「職員室来いや」

 

 肩を震わせて爆笑している大崎を背に、俺は職員室に連行された。

 

 〜30分後〜

 

 何とか許してもらった。や、本当にやったんです、と。持ってくるの忘れただけなんです、と、とにかく捲し立てたが信じてもらうのにかなり時間がかかった。次から真面目に授業を受けます。

 しかし、散々だよマジで……。結局、一緒に飯もいけず、家で一人飯を食うしかないのか……。

 ため息をつきながら職員室を出ると、大崎と甜花が待っていた。

 

「……え?」

「遅い! どんだけ怒られてんの?」

「仕方ないよ、なーちゃん……小宮くん、授業中は常に、寝てるし……」

「お前が言うな、甜花。てか、待って」

 

 ちょちょちょっと待て。なんで? ドユコト? 

 

「……待っててくれたの?」

「そうだけど?」

「な、なんで……?」

「別に、一緒にご飯食べるって話になったし……」

「なーちゃんが……ま、待ちたいって……」

「っ、て、甜花ちゃん!」

 

 え、大崎がそんな事を……? ……いつからそんな優しい子になっちゃったの……? いや、優しくなってくれる分には全然、良いんだけど……。

 何にしても、少し嬉しい。いや、少しっつーか普通に嬉しいんだが……まぁ、これまでのあいつの性質上、何か企んでいる可能性は十分にあるな。

 

「もしかして、奢り狙いか? セコい奴だなまったく」

「はぁ?」

「んな真似しなくても、宿題で世話になったし奢るくらい別に良いよ。さ、飯行こうぜ」

 

 提案してみたものの、大崎は少し微妙な表情。違うの? それとも前に許可もらった甜花の絵の件か? まぁどっちでも良いが。

 

「甜花も良い、の……?」

「もちろん」

「にへへ、やった……!」

「ま、奢ってもらえるならそれで良いや」

 

 大崎も同意してくれたみたいで、そのまま三人で飯を食いに行った。

 

 ×××

 

「ふぅ……お腹いっぱい……」

「ねー☆ デザートまでついてきたねー!」

 

 こいつら……遠慮がないにも程があるだろ……。ハンバーグステーキセットにサイドメニューのポテト、セットドリンクバーにデザートで一人二千円かよ……。もう夏のバイト代溶けちゃったよ完全に。

 やっぱりこういうつもりだったんだな、この野郎……。や、まぁ良いけどよ。

 

「てか、今更だけどさ、あんた宿題忘れたわけ?」

「ん、まぁ……」

「まったく、バカじゃないの? 何の為にしごいてあげたと思ってるわけ?」

「それに関しちゃ悪かったよ……」

 

 まぁ、大崎にとっては教え甲斐のない事にしちまったからな……。

 

「でも、本当お前には感謝してるよ」

「はいはい。気持ちはもう伝わりました」

「甜花には感謝してない、の……?」

「甜花には、生まれてきてくれたことに感謝してるから」

「ひぃん……き、キモい……」

 

 え、泣きそう。痛く傷ついた。

 

「いや今のはあんたが悪い」

「じゃあお前は甜花が生まれたことに感謝してないのかよ」

「何ふざけたことほざいてんの? 生まれてきたことを後悔させるよ?」

「そういう事だよ」

「なーちゃん……甜花も、なーちゃんと一緒に生まれて……感謝してる、よ……?」

「甜花ちゃん……!」

 

 何をファミレスでやってんだこいつらは……。家でやれそういうのは家で。

 まぁでも、今日ばっかりは二人の邪魔をするのはやめておこう。別に仲違いさせたいわけじゃないしね。

 それに……なんか、大崎の方も俺に負担はかけて来てもハミろうとはしていないし、なんだかんだ言って助けてくれる事もある。特に、前々から思ってたけど、勉強教えるのが上手だから助かったわ。スパルタ式ではあったけどね。

 

「二人とも、ドリンク空いてるけどなんか飲む?」

「ジンジャー!」

「コーラ」

「はいはい」

 

 二人とも炭酸ね、と思いつつ、俺もジンジャーを取りに行った。三つのグラスを持ち、セットしてズコーッと飲み物を注ぐ。

 シュワシュワと泡が上がってきたタイミングで次のグラスに飲み物を注ぎ、また次を注ぐ。

 三つ分用意して置きに戻ろうとしたところで、ふと足を止めた。

 

「……やべ、俺のどれだっけ……」

 

 コーラは甜花のものなので問題ない……が、俺と大崎の分がどうにも分からない。

 え、どうしよう……。俺、間接キスとかした事ないから、少し困るんだけど……。いや、果穂とはした事あるけど、あれは妹だし……。

 そうでなくても、大崎だって俺が口つけたコップなんて使いたくないだろうし……あ、ヤバい。なんか変な汗が……。

 一人でドリンクバーのとこでウロウロしていたからだろうか? いつのまにかこっちに来ていた大崎が声を掛けてくる。

 

「ちょっと、遅いよ」

「っ、お、大崎……?」

「早く帰ってこなきゃ、ドリンク頼んだ意味ないじゃん」

 

 そう言いながら、大崎は俺の手からコーラとジンジャーを一つずつ持ってしまった。手伝ってくれるその心意気はありがたいんだけど……その、それ本当にあなたのだよね? 

 しかし、それを聞くと気まずい事になるのは目に見えている。仕方なく俺も黙って後に続いた。

 

「ごめん甜花ちゃん、あの人グズグズしてたからさー」

「大丈、夫……!」

「わ、悪い……」

 

 誰に対して謝っているのか知らないが、とにかく小さな謝罪をしつつ、俺は自分の飲み物を見下ろす。

 ま、大丈夫大丈夫。確率は二分の一だ。もう大崎も飲んじゃってるし、これを飲むしかない。

 そう決めて、口をつけようとした時だった。ふと、コップの蓋にピンク色の薄い唇の跡が見えたのは。

 

「え……」

 

 く、口紅……いや、色付きのリップクリームか。こんなもん、俺は付けた覚えがない。つまりこれ……大崎の、なのか……? 

 

「っ……」

 

 やべっ……ちょっ、飲めない……てか、飲んじゃいけないような……ここ以外の場所から……や、でもなんか少し勿体無い気も……や、勿体なくねえよ。これ大崎のだぞ? ……いや、大崎のだからとかじゃなくて、女の子との間接キスになるから……。

 

「……」

「小宮くん? 顔、赤いよ?」

「っ……!」

 

 いつの間にか、大崎がこっちに身を乗り出してきていて、思わず狼狽えてしまった。気になるのは、大崎の唇。桜餅のような色をした形が良い唇に目がいってしまう。

 

「っ、だ、だいじょうぶだから……」

「や、まぁ正直そこまで心配なんかしてないけど」

「ーっ……」

 

 そ、そうだ。あの唇から放たれる言葉なんて? ほとんどが俺への憎まれ口だろ。一々、この程度のことで一喜一憂してどうする。意識するな。少し唾液が混ざるだけ。そもそもキスじゃない。

 うん、そう……だから、一思いに飲めよ。頑張れ、俺。手を動かせ、俺……! 

 

「……」

 

 胸をドギマギさせながらグラスを手に取り、持ち上げる。そして、ジンジャーエールを口に含もうとした直後だった。

 大崎と甜花が同時に立ち上がった。

 

「そろそろ行こっか」

「う、うん……帰ったら、みんなでゲーム……!」

「ぶぐっ……!」

 

 あまりのタイミングに、飲まずに机の上にコップを戻してしまった。

 明らかに挙動不審な行為に見えたのだろう。実際、俺でもそう思う。大崎は、俺を見下ろして聞いてきた。

 

「何してんの?」

「……うるせぇ」

 

 結局、飲み物を飲むことはできなかった。

 

 



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もっとシンプルに考えりゃ良いものを。

 秋と言えば、スポーツの秋、芸術の秋、食欲の秋など、様々な秋が存在する。夏のように暑過ぎず、冬のように寒過ぎず、そして春のように新たな環境に置かれる、と言ったことも少ない季節で、何をするにも適した季節だから言われることだろう。

 さて、まず最初に迫ってきたのは文化の秋イベント……つまり、文化祭である。

 そのために各クラスでは出し物を開催する。その為の準備期間に入った。

 さて、俺はその期間どうするか? せっかくの機会だ。甜花以外にも友達を作るチャンスである。頑張るしかねえ! 

 

「あ、あの……なんか手伝うことない?」

「え? あー……山田が知ってる」

「山田くん、何か手伝うことはない?」

「あ? あー……田中がなんか人手がいるとか」

「田中さん、何か手伝うことはない?」

「は? あー……良いよ好きなことしてて。あ、中島くん。ごめん、少し手伝ってくれない?」

 

 気が付けば、俺は屋上で体育座りしていた。……ふふ、友達作りって難しいな……。考えてみれば、俺にとっては友達を作る良い機会なわけだが、他の奴にとっては親しい奴、或いは恋人を作る機会なのだ。ボッチなんて、相手にされるわけがない。

 

「……はぁ」

 

 現実は甘くないなぁ……。一応、振り分けられたはずの料理係の中でも役立たずの烙印を押され、たらい回し。残念ながら、俺の居場所はあの教室にはなかった。甜花は別の係になっちまっていたしなぁ。

 さて、そんな仄かに苦い青春を味わったわけだが……どうしよう、この後。

 帰りたいんだけど……なんか帰ったら人として終わってしまう気がする。でも、何も仕事がない(というより振ってもらえない)のに教室にいるのは普通に気まずい。

 その変なジレンマの結果、ここに逃げ込んだわけだが……ここにも長くいられない。多分、ここにいても「あいつ何サボってんの?」みたいに思われると思うから。

 

「どうしようかなぁ……」

 

 格好悪い……と、自虐的に思っていると、ふと耳に届いたのは足音。階段を上がってくるものだ。

 やべっ、ここ立ち入り禁止だ。まず間違いなく、こっちにきているのはサボり組なのだろうが、何にしても俺がここにいるのは知られたくない。

 どこに隠れるか? 決まっている。というより、屋上では一箇所しかない。

 

「よっ、と……!」

 

 出口の上に乗っかって隠れた。ここなら入ってきた奴の動向も窺えるし、登ってくるようなら、逆にこっちが降りて帰れる。

 しばらくそのまま待機していると、いよいよその来訪者が屋上に出て来た。

 

「あ、空いてるよ、屋上!」

「ホントだ。てっきり何処かのクラスが使ってると思ったけど……」

「まぁ、普通は立ち入り禁止だからね」

「バレなきゃ平気だって」

 

 おいおい……大崎のとこか……。女子二人と男子二人でこんなとこ来やがって。校則違反だぞ。

 てか、サボりか? 友達がいて混ざれる立ち位置にいるくせにサボりとかふざけんなよ。

 と、思ったら、四人の手元には何か握られている。あれは……本か何かか? 

 

「じゃ、軽い読み合わせから始めるからね」

「うん。文化祭あと二週間だし、しっかりやらないとね」

「うしっ、やりますか!」

 

 そう気合を入れると、一人の女子がコホン、と咳払いをして本を開いた。なんか……台本っぽいなあれ。

 何をするつもりなのか……と、思っていた時には、台本は読み進められた。

 

「昔、どっかの坊主が言った。『この世は苦界だ。極楽はあの世にある。仏に縋れ、念仏唱えろ。切符はこの手にあるぞ』」

 

 ……? あれ、なんだっけこれ……? なんか聞いたことあんな、この導入……。

 

「そいつを手にこっちへやってきた連中は俺に言った。『極楽浄土? そりゃあんた達が今までいた世界さ』」

 

 そのセリフの後、大崎と男子二人がモゴモゴと動き出す。

 

「あ、自転車ないけど……どうしようか?」

「甘奈が腰に手を当てるから、とりあえず電車ごっこみたいな感じで追えば良いんじゃない?」

「あ、なるほど」

 

 腰に手を……? 何するつもり……てか、なんかあの導入聞き覚えがある。聞き覚えっつーか……文字で見たっつーか……。

 あー……クソ、ていうか大崎。テメェ甜花が居ながら、なに男子の腰に手を当ててんだよ! あ、こら男子! イケメンは死ねコラ。

 

「『苦しかった? そりゃあんたらが念仏ばかり唱えていたからさ』」

「はい、行くよー」

「はいはい!」

 

 すると、男子の一人がダッシュしながら屋上を横切るようにダッシュする。その後を、電車ごっこした二人が走りながら追い掛けていた。ぷふっ……ちょっと面白……! あの絵面ダサすぎる……! 

 

「コラあああ! 待てっつーのに!」

「『坊主の妄想に振り回されるくらいなら、自分の夢に……』ぷふっ、はっはっはっ! ち、ちょっと待って! そのまま走んのやめて笑っちゃう!」

「「え?」」

「あ、ホントだっはははは!」

 

 ナレーションの一人と先に走っていた方が振り返り、笑い始める。いや、正直、高校生にもなっている二人があれやってんのは面白かった。当の二人が分かっていないのもまたね。

 ……って、ああ! 思い出した。これ「だんでらいおん」か! 

 銀魂の作者の人のデビュー作で読み切り漫画。にも関わらずやたらと人気があって、未だに劇の題材にされてるって奴……本当にされてるとは……。

 確か、死んで地縛霊となった魂達を、全く天使に見えない天使達があの世に成仏させるっていう奴だよな……。序盤のシーンは、天使の主人公とその班長が地縛霊の爺さんをチャリで追いかけ回すシーンから。

 ナレーションがあの女の子で……プッ、最初に走ってた奴、お前その若さで爺さんの役かよ……! で、あのイケメンが主人公……チッ、ムカつく。あれ? てことは、大崎があの博多か広島あたりの方言を使う班長……。

 

「ーっ、ーっ……!」

 

 ちょまっ……だから笑わせんなっちゅーに……! 絶対、あり得ねえだろその配役は! 全く似合ってねえよ! 

 一人、バレないように笑いを噛み殺している間に、大崎が全員に言った。

 

「もー、笑わないでよー!」

「そうだっつの。てか、とりあえず流れだけでも掴んどかねえと、二週間で全部覚えんだから」

「ああ、悪い悪い。じゃあ、続きやるか」

「えーっと、何処からだっけ?」

「まだ何処までも進んでねえよ」

「最初からやる?」

「「それはやめて。笑ってまう」」

 

 ……楽しそうにしてんなぁ、あいつら……。

 そのまま続く演劇の練習を、徐々に俺は見ていられなくなり、目を背ける。大崎の奴も楽しそうにしてるし、他の男子二人と女子一人も「誰もいない所で秘密の特訓」が楽しいのか、みんな笑顔のまま劇を続けた。

 ……羨ましい。……すごい羨ましい、すごく羨ましい……! 

 

「……」

 

 もっかい、俺も教室に戻ってみようかなぁ……や、でもあいつらにバレないためにはしばらく動けないのか。

 とりあえず、なんか楽しそうに聞こえてくる声もなんかムカつく。シャットアウトするため、イヤホンでもつけようかと思った時だ。

 

「こらテツ」

「あん⁉︎」

「もっと気張って漕がんかー。こげんスピードじゃ振り切られてしまうぞ」

「「「ブハッ!」」」

「ちょっ、な、何⁉︎」

 

 い、や……! それは……笑う……! 

 

「大崎、お前広島弁、似合わなさすぎるわ!」

「それなっひっひっひっ!」

「ごめっ、甘奈……! 面白過ぎる……!」

「も、もー! だから笑わないでってばー!」

 

 プンスカ怒る大崎だが、俺も笑いを堪えるのに必死だ。……つーか、お前いい加減にしろよ。人がさっきから笑い堪えてんのに畳み掛けてきやがってよ……! ここにいるのが別の意味で苦しくなってきたわ……! 

 やべぇ、もっかい聞きたい。いや、聞いたらまた笑い堪えなきゃいけないし……や、でも聞きたくないけど聞きたい。

 

「……」

 

 スマホに録音しよう。そして、後で甜花にも聞かせてやろう。そう決めて、とりあえずしばらくそこでスマホをいじった。

 

 ×××

 

 文化祭の準備時間は、最終下校時刻まで続く……が、部活に行く奴は途中で抜けるし、用事がある人も帰れる。要するに、最初の一時間以降は自由参加である。

 それでも遅くまで参加する人がいる辺りは、やはり「怠い」「面倒い」などと言っていても、みんな楽しんでいるのだろう。

 一応、現在は部活の開始時刻となり、残らずに帰ることもできる時間。

 俺は何もしていないのに帰るのも申し訳なく、かと言って教室でウロウロしていても目障りに思われ、声をかけても仕事をもらえないのでいづらい。

 

「……それに引き換え……」

 

 甜花はしっかりと仕事をしていた。他のクラスメートに声を掛けられて少し狼狽えていたものの、普通に受け答えしていた。いつのまにか、甜花もコミュニケーション能力というものが身についていたようだ。

 ……むしろ、身に付いていなかったのは俺の方か……。甜花の世話をして来たつもりだった。初日から涙を流し、給食がないことに途中で気づき、出会って数週間ほどの俺に弁当をねだるような甜花のために色々やって来たが、今では俺の方がダメなヤツ。

 なんか自己嫌悪にふけって教室の前で唸っていると、そんな俺に声がかけられた。

 

「何、サボり?」

 

 声をかけられて振り返ると、大崎が立っている。まぁ、サボりにしか見えんわな。

 

「そんなとこだよ」

「うーわ、いけないんだー。それとも仕事とか振られてない感じ?」

「……うるせーよ」

「え、ごめん……」

 

 言葉に気をつけような。本当の事をそうズケズケと言っちゃダメだからな。

 

「甜花ちゃんは?」

「仕事中」

「え……だ、大丈夫なの? ていうか何やるの?」

「メイド喫茶」

 

 直後、大崎は俺の肩に思いっきり手を置く。スパァンッとビンタされたような音が響き渡り、普通に痛い。その上、メキメキと肩の骨を軋ませる音さえ聞こえて来た。

 

「っ……な、何……?」

「期待してるからねッ⁉︎」

 

 言いながら、スマホをポケットから取り出し、カメラのレンズを指さした。うん、分かった。分かったから肩から手を離せ。痛い。

 

「てか、お前こそサボりかよ?」

「甘奈達のとこは演劇やるの。同じ主人公の人がサッカー部だから、甘奈も自動的に解散」

 

 あ、なるほどね。あの作品、主人公と班長は常に一緒にいるから、一緒じゃないと練習できないのか。

 しかし、あのイケメンはサッカー部だったんだな。サッカー部で? イケメンで? 演劇では大崎と一緒に主役はって? 文化祭でも普通に友達と仲良くやれて? ……何それ、一人で何でも持ち過ぎでしょ……。

 

「大崎も……イケメンは好きか?」

「え、い、いきなり何?」

「……や、悪い。何でもない」

「まぁ、それは勿論、どちらかと言われればイケメンは好きだけど……でも、甘奈は中身の方が大事だと思うよ?」

「……」

 

 ……気を使われてんのか? そういや、大崎とあんま異性の話とかしたことねえな。まぁそもそも俺と大崎が異性だから仕方ないけど。

 

「ていうか、どうしてサッカー部の人がイケメンって知ってるの?」

「え……」

 

 あ、やっべ。覗き見してたのがバレる。

 

「あーいや、サッカー部なんてどうせイケメンかなって。てか、演劇の主人公に選ばれる時点でイケメン確定だと思ってるから」

「そういうコト。……ねぇ、暇なら食堂で甜花ちゃんのこと待たない?」

「帰んなくて良いのか?」

「や、甜花ちゃん置いて帰るわけにいかないでしょ」

「じゃなくて、甜花を連れて帰んなくて」

「ダメだよ。せっかくクラスメートと仲良くできる機会なんだし、こういうのは邪魔しない方が良いの」

 

 いやー……まぁそうかもしんないけど。でも、そろそろ甜花も帰りたがってると思うぞ。ゲームの時間減らされるし、そもそもメイド喫茶って言ったって、そんな本格的な奴じゃない。つまり、衣装合わせさえ終われば、いてもあんま意味ないはずなのだ。

 それでも姿が見えないのは、甜花のかわいさに惹かれた女子達に着せ替え人形にされているのだろう。

 甜花からしたら溜まったものではないはずなのだが……ま、良いか。

 とりあえず、甘奈と一緒に食堂に向かった。飲み物だけ自販機で購入して、二人で席につく。

 

「でも、メイド喫茶かぁ……確かに男子はやる事ないのかもね?」

「いやあるよ。会計とか客引きとか、小道具の準備とか諸々。俺も一応、飯係だし」

「あ、そうなんだ。てか、持ってこいじゃん。なんで仕事ないの?」

「手伝うこと聞いても好きなことしてて良いよって言われたから」

「……」

 

 多分、嫌われてるんだと思うよ。食事係に放り込まれたのは余ったからだと思うし。逆に、うちのクラスは料理できる奴が少ないという裏返しだ。ふっ、情けない……。

 

「あんたはそれで良いわけ?」

「まぁ、誰かと文化祭準備を楽しむってのは来年頑張るよ。今年は当日を楽しめれば良いかな」

「……」

 

 高校生活は三年間あるしね。まだ慌てるような時間じゃないさ。

 そんなことを思っている時だった。大崎から、とんでもないような提案が飛んで来た。

 

「じゃあさ、甜花ちゃんと二人で学園祭でも回ってきたら?」

「……保健室行くぞ」

「いや違くて!」

「何馬鹿言ってんだ⁉︎ 取り返しのつかない病気だったらどうすんだ!」

「違うから話聞いてよ!」

「じゃあ……お前まさか偽物か? 俺の友達に化けるとは良い度胸だ。もう生きて息できると思うなよ」

「いや死んでたら息できないし! 甘奈本人だから落ち着いてってば!」

 

 うるせぇ! 大崎がそんな事言うわけないだろ⁉︎ じゃなきゃ……はっ、まさか……。

 

「クローンか……?」

「ビンタと落ち着くのどっちが良い?」

「落ち着きます」

 

 あ、なんか今のは大崎っぽかったわ。

 

「で、何を思ってそんな寝言を?」

「いや、普通に少し気の毒だっただけだよ。高校生活を楽しみたいって気持ちは分かるけど、それなのに学祭の準備期間っていう……ある意味、当日より楽しいイベントを楽しめないなんて」

「……ああ」

 

 そういうことか……。そんな事のために、わざわざ自分の命より大事な甜花と二人きりにさせてくれるなんて……なんだろ、少し女神に見えてきた。

 ありがたく頂戴しよう……と、思ったところで、俺の口は止まった。何故なら、甜花の自由時間は割と限られているから。

 メイドをやる以上、役割がない俺や演劇で一日に一度しかないステージに立つ大崎とは違い、甜花は比較的、長く仕事をする。

 そんな限られた時間、本当は大崎だって甜花と一緒にいたいんじゃないのか? 

 ……あ、ダメだ。なんか一度、そう思うとお言葉に甘える気にならなくなる。どうせなら、三人で楽しめた方が良い。

 

「俺は、回るなら三人で回りたいかな」

「……え?」

「お前も一緒に行こうよ」

「……」

 

 おい、そんな顔を赤くするほど意外かコラ。

 

「保健室行く?」

「行かない」

「取り返しのつかない病だったらどうするの?」

「あいにくピンピンしてるわ」

「偽物かクローン?」

「人の心配を丸々、返してきてんじゃねえよ!」

 

 ブッ殺すぞこの野郎! と、続けて言おうとしたのだが、ふと大崎の笑顔が目に入る。その顔は、本当に嬉しそうでありながら、心の底から笑っているような、そんな笑みが浮かんでいた。

 

「冗談だよ☆」

 

 そのまま、ふふっ、くすくす……と楽しそうに笑う大崎。

 え……ちょっ、なにその顔……今まで、俺にそんな笑顔を浮かべたことあった……? やばっ、なんか胸の奥で、鼓動が……いや、でも、しかし……相手は大崎……違う違う違う。これは甜花と同じ顔であんな笑みが見られたから! それ以外に無いだろコラ! 

 

「じゃあ、三人で回ろっか?」

「……っ、お、おう……」

 

 なんか変な返事をしてしまったが、腹の底ではワクワクしていた。出鼻がトチった文化祭だが、少しは楽しみになってきたわ。

 

 



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分からないこと考えたって仕方ない。

「田dieマ」

「おかえり……お兄ちゃん⁉︎」

 

 なんか変なイントネーションで帰ってくると、果穂が元気よく出迎えてくれたのだが……なんか心配された。

 

「……何が?」

「なんか、見たことない顔してたよ。ジャスティスピンクに抱きつかれた後のジャスティスレッドみたいな……」

「いや、心配いらないよ。少し疲れただけ」

「ほんとに?」

「ほんと」

 

 適当に返しながら靴を脱いで、ローファーに消臭スプレーをかける。

 

「話してくれたら、私も全力で応援するよ! 誰かに、話せば楽になると思うし!」

「そう? それじゃ……え、何今の果穂らしからぬ発言……」

「ん?」

「や、な、なんでもない……とにかく平気だから」

「えー……」

 

 無理無理無理。果穂に心配されるレベルで放心していたのかもしれないが、大したことじゃないって。ちょっと大崎にドキッとしただけだから。

 そもそも、妹にそんなこと相談出来るかよ。なんか恥ずかしいし。

 

「果穂はどこか行くのか?」

 

 わざわざ玄関にまで出迎えてきた辺り、多分出かける予定なのだろう。もう夕方なのにけしからん。

 

「うん! マメ丸のお散歩!」

「へぇ。で、その肝心のマメ丸は?」

「あれ? おいでって言ったのに……」

 

 ……あのワン公め……。俺が帰ってくるから、途中で足を止めやがったな……。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ……。

 

「お兄ちゃんも一緒に行く?」

「行く」

「わんっ⁉︎」

 

 はっ、ザマーミロ犬っコロ。お前も、果穂の言う事には逆らえないしな。

 

「着替えて来るから。ちょっと待ってて」

「あ、うん!」

 

 そんなわけで、着替えに戻った。

 

 ×××

 

 散歩は決まったルートを流すわけだが、その途中でマメ丸が行きたい場所があればついて行くのが、果穂の流儀である。飼い主の鑑だよね。嫌がる俺とは真逆だ。

 さて、そんな散歩中、マメ丸は花や草に興味があるのか、クンクンと鼻を鳴らす。そして……やがて食べ始めた。

 

「わっ……ま、マメ丸ダメ! お腹壊すよ?」

「や、別に平気だと思うぞ。野良猫は雑草とか普通に食うし」

「え、そ、そうなの?」

「うん」

 

 まぁ犬はどうだか知らんが。しかし、果穂はマメ丸を止めることをやめた。素直で可愛い子だよ、ホント。

 マメ丸の気がすむまで待っていると、果穂がリードを握ったまま声を掛けてきた。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「どうした? トイレか?」

「違うよ! ……えっと、ちょっと聞きたいことがあって……」

「なんだ、相談があったのはそっちだったのか」

「……う、うん……」

 

 ホント、なんで俺の妹ってこんなに可愛いんだ? 俺が同い年でこいつの友達なら、速攻で告白してたわ。

 

「何でも言えよ。例え世界中の人間が果穂の敵になっても、俺は味方でいるよ」

「ありがとう!」

 

 ふっ、眩しすぎるくらい素敵な笑みだ。その笑みが、少し頬を赤く染め上げて、恥ずかしそうな笑みに切り替わる。果穂が恥ずかしそうにする、というのは珍しい。基本的に明るくて純粋無垢で天真爛漫な完璧小学生なのだ。笑顔以外が、むしろ珍しいレベルなまである。

 その恥ずかしそうなままの果穂は、控えめに口を開いた。

 

「実は……クラスの男の子が、私のことを……す、好きとか言ってる……内緒話を、聞いちゃって……」

「消して欲しいのか?」

「ち、違うよ! ていうか、友達なんだからやめてよ?」

「俺は友達じゃないのか⁉︎」

「お兄ちゃんでしょ」

 

 クッ……! そ、それはそうだが……! しかし、小5で好きな人? 何こいつら、マセ過ぎじゃねえの? 俺なんて初恋もまだだぞ。

 

「今まで、一番仲良くて、ヒーローごっこにも付き合ってくれてた子なんだけど……本当は、私と手を繋いだりだとか、プリクラ撮ったりだとか、したいって……言ってて……」

 

 如何にも小学生のデートって感じの内容だな。マセてんのかマセてねえのか分からんわ。

 

「嫌なのか? 嫌なら殺して良いと思うぞ。嫌じゃないなら、半殺しにしちまえ」

「お兄ちゃん、真面目に聞いてよ」

 

 真面目なんだけど……。

 とりあえず、黙って耳を傾ける。

 

「私はね、まだ恋人とかよく分からないし……というか、その話を聞くまで考えたことも無かったから……その、どうしたら良いのか、分からなくて……」

「……」

「そもそも、そんな風に思われてた、って事も気付いてなくて……ずっと、みんなで仲良く出来れば良いと思ってたから……」

 

 その話を聞いて、俺も少しハッとしてしまった。

 果穂が悩んでいるのは、おそらくその後。今の果穂は、恋愛なんてよく分かっていないから友達のままでいたいのだろう。

 しかし、そんな果穂でも唯一、分かるのは、告白されて断ってしまえば、その後は友達の関係に戻れなくなるのではないか、という事だ。

 そして、その問題は全く他人事ではないのだろう、

 何せ、小学生でもそれなのだ。恋愛にもっと興味津々な高校生同士、俺が甜花や大崎にそういった感情を芽生えさせないとは限らない。頭の中でいくら理屈をこねようが、どう感情が動くかわかったもんじゃない。

 特に、大崎姉妹は二人とも美人、二人が俺に惚れる要素はなくとも、俺があの二人に惚れる要素は十分、ある。

 そうなった際、俺達の関係はどうなるのだろうか? 

 

「……ちゃん、お兄ちゃん?」

「っ、な、何?」

「マメ丸、満足したって。行こ?」

「ああ……」

 

 そうだ、とりあえず今は妹の相談と犬の散歩。自分のことは後回しにしよう。

 

「果穂、さっきの話だけど、お前はそいつの事嫌いなんだよな?」

「や、嫌いじゃないよ……。ただ、恋人とかじゃなくて、こう……友達のままでいたいなって」

「なら、良い手がある。お前も噂を使え」

「どういうこと?」

「恋バナ好きな女子の恋バナに付き合ってやりゃ良いんだよ。そういう奴って人一倍色恋に興味がある癖に人一倍、色恋に縁が無いから、必ずお前にも好きな人がいるか聞いてくる。そしたら、割と周りにも聞こえる声の大きさで『今はまだそう言うのよく分からない』みたいな事、言ってやりゃそれで良い」

 

 大体、男なんてチキンだからな。好かれたい、よりも、嫌われたくない、が勝つ。

 その上、噂話は信憑性は無いのに信頼性は何故か抜群だ。余程のバカか怖いもの知らずじゃない限り、信じてしまうだろう。

 それを言うと、少し感動したように果穂は目を輝かせた。あ、尊敬の眼差しだ。あとは結論を放ってやるか。はっはー、また果穂からの親愛度があがっちゃうよー。

 

「それでも向こうが告白してきたら仕方ない。殺してやれば良い」

「殺しちゃうの⁉︎」

「人の話も理解できない、空気も読まない、好きな人の気持ちも考えられない、そんな奴は死んじまえば良いんだ」

「うう……だ、台無しだよ……」

 

 まぁ、そもそも果穂に告白なんて真似した時点で万死に値するが。

 

「……でも、分かった。ありがとう」

「大したこと言ってないから」

「ううん。……ち、ちなみに……お兄ちゃんは、恋人とかいないの?」

「死ねば許してくれる?」

「話がさっきから飛躍し過ぎだよ!」

 

 まぁ……さっきは少し自己投影したけど、俺も甜花も大崎も三人揃って初恋もまだだし、大丈夫だろ。

 そう楽観的に思いながら、そのまま散歩を続けた。

 

 ×××

 

 翌日、俺はいつものように登校していた。まだ二週間前なだけあって、学校もお祭りムードに包まれてはいない。

 とはいえ、それも時間の問題だろう。実行委員は少しずつ門の前に飾るアーチや、校内の飾り付け、実行委員用のテントなどを配置していくだろうから、まだまだこれから。

 それらが完成して行くに連れて、生徒達のテンションも少しずつ上がっていくものなのだろう。

 さて、そんな登校中、ふと前を歩くほぼ同じ背中が二つ見えた。ちょうど良い、この前の仕返しに、今度はこちらからタックルを仕掛けてやるか……と、思い、身構えた時だ。

 

「大崎、おはよっ」

「あ、佐々木くん。おはよー☆」

 

 俺の後ろから、学校指定の体育着ではない運動着に着替えた男が通り過ぎ、大崎の肩を軽く叩く。ていうか、演劇の主人公のサッカー部のクソイケメンじゃん。死ね。

 唐突に現れたリア充により、甜花は小さく萎縮してしまうが、佐々木とか言う奴は軽く声をかける。

 

「あれ、そっちの子が噂のお姉さん?」

「そー。可愛いでしょ?」

「え? お、おう……?」

 

 どっちも同じじゃん、と言いたげだなコラ。殺すぞベイビーフェイス。

 

「てか、そっちはその格好で登校?」

「いや? 朝練の走り込み」

「え、じゃあこんな所でサボってる場合じゃないんじゃ……」

「その通り」

「じゃないよ! 怒られるよ?」

「だな。また後で!」

「うん。じゃあねー☆」

 

 それだけ話すと、佐々木とやらは走り去っていった。ほんの一瞬、朝の挨拶程度の会話。それなのに、やたらと親しげに見えたのは、俺の目がイカれてるからか? 

 

「……」

 

 いや違うな……確信は持てないが、おそらく甜花に目をつけたように見えたのだろう。甜花を気にかけるとは、良い度胸してやがるな。その顔覚えたぞ。

 ていうか、大崎さん? あなた俺にはそんな笑顔見せたことなくない? なあにさっきの素敵な笑顔? 

 ……やっぱりあり得ないわ、俺と大崎姉妹で男女間の関係になることなんざ。俺も改めて思った。甜花と言う小動物でも、大崎という喋るアイワナみたいな女でも、それらが俺の初恋になることはない。

 そんなわけで、とりあえず後ろから二人を驚かせるように両手を肩に当てた。

 

「わっ!」

「ひぃんっ⁉︎」

「きゃっ……こ、小宮くん⁉︎」

「も、もう……驚かさないで……!」

 

 二人とも頬を膨らませて文句を言うが、俺は聞き流して大崎に聞いた。

 

「何、大崎さっきのヤツ。彼氏か?」

「は? 全然、違うし」

「じゃあボーイフレンド?」

「だから違うって」

「あ、分かった」

「違う」

「友達って言おうとしたのに……てことは恋人か⁉︎」

「んがっ、ぜ、絶対嘘!」

 

 まぁ嘘だが。でもこう言えば食いつく奴がいる。

 狙い通り、甜花が不安そうな表情で大崎を見上げていた。

 

「え……な、なーちゃん……彼氏、いるの……?」

「ち、違うってば、甜花ちゃん!」

「だ、だって……さっきの人、あんなに親しげに……」

「や、あれはクラスメートで……もう、あんたが余計なこと言うから……!」

「せっかくだし、彼氏にタオルでも持ってってやれよ」

「だから彼氏じゃないってば!」

「甜花は俺が送って行くから」

「アホかあんたー! 一番、美味しいとこ持って行こうとしないでよ!」

「なーちゃん……彼氏……」

「いない!」

 

 なんてワーキャーはしゃぎながら、三人で登校した。

 

 



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なんだかんだ良いトリオ。

 うちの高校の文化祭は三日間行われる。しかも、土日をぶち抜いて。その分、代休がもらえるわけだが、それなら平日潰せよ、と思ってしまわないでもないが、まぁ平日の休みはありがたい。何故なら、カラオケやボウリングが安いから。

 わざわざアドバルーンまで用意されているわけだが、その辺には「□○大学合格!」だの「剣道部○○君(2年生)インターハイ出場!」などと書かれている。まぁ文化祭って学校の宣伝をする良い機会でもあるからな。

 おそらく、客の中には中学3年生がいる。だから、まぁ……なんだ。なるべく大崎との口喧嘩は控えよう。怖がらせてしまう。

 

「で、どうする?」

「メイド喫茶!」

「お前女の子だよね? 何その男子高校生みたいな提案」

「ていうか、甜花ちゃん喫茶?」

「うちのクラスでそれ言うなよ」

 

 こいつホント怖いもの知らずな。他の女子に失礼だから頼むよホント。

 

「ちなみに、メイド喫茶ってどんなことするの?」

「さぁ?」

「え、知らないの?」

「知るわけないじゃん。ハブられてんだぞこちとら」

「えー、じゃあ甜花ちゃんが接客してる時間帯は?」

「10時〜11時、13時〜14時の2時間だけだ。明日は丸々、休み、最終日に11時〜12時まで入ってる」

「流石」

「YEA!」

 

 コツン、と二人で拳を合わせる。さて、学祭は10時〜18時まで。つまり、今すぐに行くしかない。

 二人ですぐにうちの教室に来た。中に入ると、まだ朝になってばかりだからか、客は少ない。別のクラスに友達がいる人ばかりだ。

 だからこそ、少しはゆっくりできると言うものだ。出迎えて来たメイドのうちの一人は、天使かと思った。

 

「「おかえりなさいませ、ご主人様」」

「お、おかえりなさいましぇ、ごちゅじん様……!」

「「この子、指名で」」

「ひぃん……即決……というか、小宮くんになーちゃん……⁉︎」

 

 さて、早速二人で甜花を連れて席に座った。その直後、大崎がスマホを取り出す。それを俺は止めた。

 

「待て、大崎!」

「何⁉︎ ここで止めるつもりなら、甘奈はあなたを倒してでも前に進むよ?」

「馬鹿野郎、学祭のメイド喫茶で写真なんて撮ったら、他の客まで真似し始めるだろうが! そしたら、全国に甜花のメイド服が拡散されるぞ!」

「ッ‼︎」

 

 その言葉に、内容には引きつつも他の店員達も「確かに……」と言った表情を浮かべる。友達同士なら良いが、知らない奴にこの格好を見られるのは普通に死ねるのだろう。

 

「で、でも……そしたら甘奈の、この熱いパトスは……!」

「姉妹ですよね? それなら今のうちに写真撮って良いですよ。お客さんまだあんまいませんし」

「え? あ、そ、そう……」

「ねぇ、ちょっと教室のドア閉めて。なるべく外から見られないようにしとこう」

 

 なんか思ったより柔軟な発想で、あっさりと許可を得てしまった。うちのクラスの女子、なんか普通に良い人なのでは? 俺をハブるとこ以外。

 

「じゃ、甜花ちゃん! ポーズとって」

「え、ぽ、ポーズって言われても……」

「まずはお盆を股関節の前で抱えてお辞儀! 次は転んで飲み物をこぼして女の子座りのポーズ! その次は、箒を持って転んでクイックルワイパーみたいになってる感じで……」

「ひぃん……注文が多いけど……なーちゃんを、取り戻すためなら……!」

「大崎、落ち着け! 最後の奴は衛生的に勘弁してやれ!」

 

 興奮した大崎は、それはもう暴走していた。初代チャージライフルの如き暴走である。

 クラスメートに使わせた気を最大限に活かして写真撮影会が始まった。30分ほど教室と甜花を占領してすみませんでした、皆さん。もちろん、心の中の謝罪は届かず、後日、うちのクラスのブラックリストに、俺と大崎の名前が載った。

 

 ×××

 

 一時間まるまる使ってメイド喫茶で過ごしたあとは、俺と大崎は一度、うちの教室の前で待機する。

 すると、甜花が出てきた。……メイド服の上に、ブレザーを羽織って。

 

「ぎゃあああああ! 可愛いいいいい!」

 

 写真を撮ろうとした大崎のスマホを、甜花は横からスパァンとスマホを取り上げる。

 

「え……て、甜花ちゃん……?」

「……なーちゃん、甜花……恥ずかしかった……」

「あ、あれ……?」

 

 あ、甜花おこだ。かわいい。

 

「ご、ごめんね……? つい、可愛くて調子に乗っちゃって……」

「やだ」

「ええっ……⁉︎」

 

 あーあ……俺は割と途中で止めてたのにな……。まぁ、今回は大崎が悪い。

 

「よし、甜花。俺と二人で学祭回る?」

「ええっ⁉︎ そんな競馬場から馬を奪うようなこと……!」

「う、うん……!」

「そ、そんなああああああ!」

 

 涙目になる大崎。勿論、俺はそんな鬼じゃない。この先の事は考えてある。

 

「大崎はサッカー部の奴と一緒に回ってくれば?」

「え?」

「は? あんたぶっ殺……あ」

 

 あ、察した。

 

「う、うん……一人では回りたくないし、そうしようかな……」

「ま、待ってなーちゃん! 許してあげるから、ダメ……!」

 

 よし、ちょろい。三人で改めて学園祭を回ることにした。とりあえず、昼飯が食べたい。俺や大崎はメイド喫茶で少し食べたが、甜花はまた一時間後に働いて来ないといけない。

 

「とりあえず、腹ごしらえだな。何食うか?」

「甜花……もうおなかぺこぺこ……」

「別に甘奈達が食べてた奴、摘んでも良かったのに……」

「いや……だって、あんまり料理上手な人、いないから……」

 

 割と酷ぇこと、言うなこいつ……。一応、料理班の半分以上が女子だったろうに……。

 それに対し、同意するように大崎も口を開いた。

 

「あー確かに。甘奈もあんま美味しいとは思わなかったなー。クッキーは美味しかったけど、オムライスとかは小宮くんが作った方が美味しかったかも?」

「え……そ、そう?」

 

 俺は食べてないから知らんが……ていうか、大崎が褒めてくれた……? 

 

「うん……小宮くんが作ってくれた、ふわとろオムライスの方が……おいしかったな……」

「甘奈の作った奴とは違う良さがあったよね」

「っ、ば、バカやろっ。煽てたって何も出ないぜ?」

「そう考えると……甜花のクラス、もっと売り上げ出そうなのに……勿体ない……」

「仕方ねえだろ? あいつらは鯛を釣るポテンシャルを持つ海老を簀巻きにして海にぶん投げたんだ」

「よっ、隠れた名作!」

「裏ボス!」

「川○李奈!」

「幻の撃墜王!」

「よし、お前ら! 料理同好会に行こうか。美味い飯作ってやる!」

 

 確かパンフレットによれば、参加型の料理教室やっていたはずだ。そこで二人にとびきり美味い飯を食わせてやる。

 

「せっかくだし、甜花にも料理教えてやる」

「ええっ⁉︎ で、でも……甜花、料理用ダガー握ったことない……」

「いや包丁な? 大丈夫、俺と大崎がいれば同好会の人達がいなくても絶対に美味くなるから。な?」

「もちろん!」

「……じ、じゃあ、甜花……頑張る……!」

「よっしゃ!」

「甜花ちゃんのエプロン姿!」

 

 そのまま三人で料理教室に向かった。

 

 ×××

 

 あの後、全員で食事をして一時解散となった。労働後の料理で疲れ果てた甜花が、あの後、なかなか教室から動こうとしなかったので、ひとまず三人でのエンジョイはそこまでとなった。

 甜花は仕事に戻り、大崎も演劇一時間前となったので、自身の教室で打ち合わせ。

 一人になった俺は、しばらく学祭をぶらぶらした。

 それからさらに一時間。今度はもうメイド服を着る必要がなくなり、完全に制服に着替えた甜花と合流した。

 

「大丈夫か? 甜花」

「う、うん……!」

 

 急いで二人で体育館に向かう。もうそろそろ、大崎の演劇が始まる頃だからだ。

 早足で到着したが、まだ始まっていなかった。どうやら入れ替わりの準備時間中のようだ。

 

「ふぅ、間に合った……」

「良かった。甜花、さっき買っといた飲み物。まだ口つけてないから」

「あ、ありがと……」

 

 甜花のためだ。俺より余程、劇を見たがっているだろうしね。

 

「何の劇、だっけ?」

「だんでらいおん」

「にへへ、懐かしい……」

 

 分かるんか。銀魂好きなのは少し意外。どちらかというと美少女アニメが好きそうなイメージがあったから。

 

「でもさ、大崎が班長はめっちゃ面白くね?」

「う、うん……なーちゃんには悪いけど……似合わなさそう……!」

「だって大崎は今時の茶髪ロングのJK、班長は黒髪ショートの着物……笑い堪えんの大変そう……!」

「……わ、笑っちゃダメだよ……? 他に、人もいるのに……」

 

 そう言われてもな……屋上の練習見てる時も危なかったし……。

 そうこうしているうちに、劇が始まった。耳に、一度だけ聞いたナレーションの声が届く。

 

「……昔、どっかの坊主が言った。『この世は苦界だ。極楽はあの世にある。仏に縋れ、念仏唱えろ。切符はこの手にあるぞ』。そいつを手にこっちへやってきた連中は俺に言った。『極楽浄土? そりゃあんた達が今までいた世界さ。苦しかった? そりゃあんたらが念仏ばかり唱えていたからさ』」

 

 来るぞ、自転車に乗りながら。全然似合ってない大崎が……! 

 

「コラー! 待てっつーのに……!」

 

 直後、自転車に乗って現れたのは……普通に着物の大崎だった。あれ? というか普通に似合うっつーか……お祭りで見られなかった浴衣が今、見られてるっつーか……。

 

「……意外と綺麗……?」

「へ?」

「っ……」

 

 思わず口走った時だ。聞こえていた甜花がこっちを見る。それにより、俺も思わず顔を背ける。おい、見るな、そんな目で。やめろ。何も言ってないよ。

 

「……小宮くん、もしかして……」

「や、違うよ」

「まだ、何も言ってないけど……」

「綺麗なのは、一緒に乗ってるイケメンの顔だよ」

「え……ほ、ホモなの……?」

 

 ……その勘違いのされ方は不愉快だな。

 

「ごめん嘘。普通に大崎が綺麗に見えた」

「にへへ……なーちゃんに、言っても良い……?」

「絶対にやめてくれ……」

 

 そんな事されたら、大崎の奴、それはもう偉く調子に乗って俺を弄り始めるだろが……。

 

「……甜花、小宮くんなら……良い、よ?」

「え、な、何が?」

「小宮くん、なら……付き合っても、甜花に構ってくれそう、だし……」

「……バカ言ってないで劇を楽しもうや」

 

 あり得ねえから、安心しとけ。大崎は甜花にしか興味ないし、俺も同じだ。

 そんな事を思いながら、サッカー部の男子と大崎が主人公を張る演劇を眺める。たどたどしい広島弁に一切、ツッコミを入れずにこなすサッカー部。

 普段の俺なら爆笑しかねないその絵面であったが、なんか……こう、少し複雑だ。

 もし、あの劇……いや、あの劇じゃなくても、三人で何か真剣に文化祭でもなんでも、打ち込むことが出来たら……。

 

「……」

「……来年は、三人一緒のクラスが良い、ね……」

「……だな」

 

 甜花のセリフに、俺は控えめに頷いた。

 

 



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すれ違った日(1)

 文化祭二日日を終えた。今日もほとんどずっと一緒にいた三人だが、途中で甘奈がクラスの女友達と一緒に回ったり、秀辛が文化祭に遊びにきていた果穂や千雪と一緒に回ったりもしたが、とにかく満喫した。

 さて、そんな日の夜。遊び疲れとゲームは別腹のようで、三人はまた一緒にFPSをやっていた。

 

「なーちゃん……投げ物あったら、爆撃して……?」

「はいはーい。アークスターなら5個あるよ」

『お、たまには役に立つな、大崎』

「ショットガンとマークスマン持ってれば、弾少なくて済むからね」

 

 持たせたのは甜花である。何発か当てないとカスダメにしかならない連射武器より、何発も外しても一発で40近いダメージになるものの方が良いと踏んだのだ。

 その結果、バックパックに空きができて、当てなくても敵の行動を一時的に制限できる爆弾も積めさせた。

 三人で暴れつつ、敵を蹴散らしたので一息つけるタイミングで、秀辛が二人に声をかける。

 

『そういえば明日は一日、三人で回るんで良いのか?』

「うん。甜花はそれで良い、よ……?」

「あ、ごめん。二人とも。明日、午前中は甘奈、別行動で」

「『え?』」

「ちょっとあんた、何甜花ちゃんとハモってんの?」

 

 そんなこと言われても、意外なのだから仕方ない。

 明日は、甜花が11時〜12時まで仕事で、甘奈の演劇は今日で終わり。つまり、甜花と一緒に回る時間がありながらも、甜花と秀辛を二人きりにすることを許すという事だ。文化祭開始時刻の10時〜11時までの間だけだが。

 

「クラスの子に、一緒に回ろうって頼まれちゃったんだー。ほら、サッカー部の佐々木くんに」

『え、あいつに?』

「そう。だから、本当に癪だけど小宮くんには一時間だけ、甜花ちゃんと一緒に回るのを許可したげる」

 

 今日はお互いに甜花と二人で回れる時間を取れたから良い。だが、明日はそうもいかないだろう。何故なら、最終日は平日だから、果穂も千雪も現れない。ほとんど学内のみでのお祭りになるのだ。

 だから、文化祭ニートの秀辛は甜花と離れる理由が無いのだ。

 

「せっかくだし、甜花ちゃんと思い出作ってきたら?」

『……だな』

「ていうか……午前中だけの話で、大袈裟じゃ……」

 

 甜花から冷静なツッコミが来て、マイクの向こうで秀辛のハッとした声が甘奈の耳に届いた。

 

『お前、まさかあれか? 借りを作るつもりか?』

「は……?」

『ま、良いだろう。そうなれば、振休の一日はお前に甜花を譲ってやろう』

「……」

 

 そんなつもりは無かった甘奈だが……まぁ、言い出したのは向こうだし、それでも良い。

 

「はいはい。それで良いよ」

「……ねぇ、なんか足音、聞こえない……?」

『あ?』

 

 言われて秀辛がスキャンをすると、敵影をキャッチした。

 

『いる! 敵!』

「えっ、ちょっ……!」

「甜花、持ちこたえるから……なーちゃん、高所とって……!」

「りょうかーい!」

 

 そのままゲームを続けた。

 

 ×××

 

 文化祭もいよいよ最終日。スタート5分前となったものの、秀辛の内心は全く落ち着く様子を見せなかった。

 

「小宮、くん……?」

「っ、な、何?」

「どうしたの? なんか……挙動不審、だけど……」

「や、別に……」

 

 別に、という割に、やはり落ち着きのない様子の秀辛を見て、甜花は小さく冷や汗をかく。何を不安に思っているのか? そんなの、考えるまでもないくらいに分かりやすい。昨日の戦闘中も、あの話が出て以来、ダメダメだった。

 

「……なーちゃんのデート……様子見に、行く……?」

「はぁ? いや、何もそこまでしなくても……」

「でも……気になるんでしょ……?」

「き、気にしてねえから! 別に、あいつが何処で誰の佐々木と何して文化祭を楽しんでようと知らねえし!」

「ひぃん……日本語、少しおかしい……」

 

 やはり、気にしているのは間違いない。ここまで分かりやすい男も珍しいものだ。

 

「でも……もし、なーちゃんが告白でもされたら……?」

「……」

 

 あのイケメン、それもサッカー部期待の超新星。一緒に文化祭で主人公まで張った……いわば相方に告白なんてされようものなら、如何に甘奈と言えども……。

 

「……し、知った事、かよ……!」

 

 完全に知ったことではないようだ。目がフラダンスしている。最近、甘奈と秀辛の関係が変化しつつあることには、流石の甜花も気付いていた。

 正直、最初は甘奈がとられると思うと、たとえ相手が秀辛でも容赦したく無かったが、今は割と考えが変わり「他の男に取られるくらいなら秀辛と付き合って欲しい」と考えていた。

 そのためには、甜花的にも敵情視察をしておきたい所だった。

 

「じゃあ……小宮、くん……」

「何?」

「甜花が……気になるから、なーちゃんの尾行……する?」

「……」

 

 流石にこんなに子供しか掛からない手は無理か? と思った直後だ。パァッと明るくなった秀辛は、甜花の手を握った。

 

「是非頼む」

「……」

 

 甜花の脳裏に浮かんだのは、入学初日。泣きながら教室に来た自分を、優しく接してくれた一つ上のお兄さんのようなオーラを放った秀辛だ。

 が、半年たった今、改めて彼を見ると、むしろ一つ下の後輩にさえ見えてきていた。

 まぁ、どんな人間にも欠点はある、と思っていると、ピンポーンとスピーカーから声が聞こえた。

 

『文化祭最終日です。最後まで怪我や事故が起きないように楽しみましょう。では、みなさん。自由な行動を開始してください』

 

 文化祭開始時刻となり、甜花と秀辛は甘奈のクラスに直行した。同じクラスメートであれば、そこからスタートするからだ。

 スイスイと移動していると、教室から出てきた甘奈とイケメンが目に入った。

 

「いた……!」

「俺は足跡を追跡する。甜花はドローンを頼む」

「小宮くん、これリアル……」

 

 なんて話して教室から出てパンフレットを見下ろす二人を見る。パラパラと表紙から捲り、右上の方を指差している。

 

「うう……ここからじゃ見えない……」

「あれは野球部だな。やってるのは、ストラックアウト」

「え、どうしてわかるの?」

「めくった枚数は二枚、その右上……いや、左上のコマは野球部だろ」

「……」

 

 本気過ぎて視力が爆上がりしていた。正直、引く。

 

「先回り、する……?」

「甜花、俺達の学祭の廻り方を思い出してみろ」

「え?」

「目的の場所に行く途中も、寄り道とかしてただろ? 慎重に後をつけるぞ」

「……う、うん……」

 

 洞察力までキレ始めた。この人、怖い……と、思った直後だ。男の方が、移動開始する際、甘奈の手を取った。

 直後、隣の男が手に握っていたパンフレットを握り潰した。

 

「行くぞ、甜花」

「ひ、ひぃん……」

 

 本当に殺さないよね……? と、少し不安に駆られた。

 

 ×××

 

 野球部の出し物は表にある。校舎の最上階からそこに行くまでの間、割といろんな店の前を通るわけだが、同行しているのが甘奈なだけあって、色んな店に寄っていた。

 その間、佐々木とやらが嫌がる素振りを見せたことは一度もない。何を話しているのかは聞こえないが、ずっと二人とも笑顔のままだ。

 その度に殺気が膨れ上がるバカだったが、甜花は無視している。もうテンションの上がり下がりに慣れたようだ。

 で、到着したのは野球部の出し物の場所。30分かかった。

 

「あれ、佐々木くんサッカー部だよね? 野球できるの?」

「大丈夫だっつーの。どんなスポーツでも、必要なのは基礎体力と運動神経。狙った場所にボール投げるくらい出来なきゃダメだ」

「へぇ〜、すごいね」

「俺は昔から運動神経だけは良かったからな。中学まで野球部の連中より速い球も投げれたし、バレー部の奴らよりジャンプ力あったりしたからな」

 

 自慢かコラ、と、とても運動神経が良いとは言えない秀辛は眉間に皺を寄せる。

 

「えっと……小宮くん、甜花たちもやる……?」

「甜花がやりたいなら」

「え……て、甜花は、いい……」

「なら監視するぞ」

「ひぃん……すごい、迷惑……でもない、のかな……?」

 

 よくよく見ると、周りには冷やかしのように見物人が割と多くいる。やるかやらないか迷っているのだろう。

 そんな中、甘奈と佐々木の番になる。

 1〜9番のパネルがあり、球は10球。残ったパネルの枚数が少ない程、景品が豪華になる一回200円の仕様だ。

 

「佐々木くん、頑張れー☆」

 

 甘奈の応援が鼻につく。あの野郎、誰にでも愛想振りまきやがって、と言わんばかりだ。というか、何度も思うが何故、自分以外の男にはあそこまで人当たりが良いのか。普通に腹が立つ。

 

「よっ、こい……せっ、と!」

 

 まず一球目。見事にど真ん中を打ち抜いた。

 

「うわ、すごい! いきなりど真ん中⁉︎」

「右下を狙ったんだけどな」

 

 嘘つくんじゃねえよ、と、また秀辛は眉間に皺を寄せる。あの手のゲームは、真ん中を狙えば、狙いが逸れても何処かしらに当たるため、良いスタートを切るためにも中央をまず狙うのは定石だ。

 そのまま投球は続き、見事にパカンパカンとパネルに穴を開けていった。

 最終スコアは、3番を残して全開け。それを見て、甘奈は少年のようにキラキラと目を輝かせた。

 

「すっごーい! ほぼ全部じゃん!」

「いやー、ここまで来るとあの一個が悔しいんだよな……」

「あー分かるかもしんない。でも、甘奈だったら絶対、3個以上は当たらないもん」

「そんな事ないだろ。俺が教えれば、5個はいけるって」

 

 ……イラリ、と再び秀辛はトサカに来る。なんか癪に触る。自分でも何に怒っているのかわからなかったが、とにかく腹が立った。

 いや、すぐに分かった。自分に持っていないものを持っているあの男が腹立って仕方ないのだ。綺麗に自分の武器で良い所を見せやがって……。

 

「でも、甘奈はいいや。今の見た後だとやりづらいし」

「そうか? 気にしなくて良いと思うけど……ま、良いや。景品取り行こうぜ」

 

 そう言うと、二人で景品の元に歩いていく。

 

「8枚抜きの人はこの辺ね」

 

 野球部の人が指す場所はぬいぐるみとか置いてある。その中から、黒いお餅みたいなクッションを手に取る。

 

「これ可愛いんじゃない?」

「それが良いのか? じゃ、それやるよ」

「良いの⁉︎」

 

 デビ太郎のぬいぐるみだった。大崎姉妹が大好きな悪魔のモチモチクッションだ。

 

「ありがとー!」

 

 そう言って次の出し物に向かう。その楽しそうな背中を、甜花と秀辛は遠い目をしながら追うしかなかった。

 

 ×××

 

「はぁ〜〜〜……なんかもう、ど──ーでも良いやっ……」

 

 結局、二人きりのデートを満喫され、甜花に付き添って教室に引き返してきた秀辛は、メイド喫茶の裏方でダラけていた。

 衛生面に気を配って片付けられた教室は、制服で寝転がっても埃一つ付くことはない。

 その上、なんか不機嫌極まりない秀辛は、もはや他の誰かにどんな目で見られようが、気にならないメンタルを有していた。

 そんな秀辛に、着替えを終えた甜花が顔を出す。

 

「小宮くん……にへへ、準備完了……」

「おう、甜花。相変わらず死ぬ程、可愛いぞ」

「あ、ありがと……」

「これから昼飯食いにくる奴も増えると思うから、頑張れよ」

「う、うん……!」

 

 そんな話をしながらスマホゲーをしている中、甜花は表に出ようとした、そんな時だった。クラスの女子が、何かヒソヒソ話しているのが見えたのは。

 自分の悪口か? と一瞬思ったが、どうにも違うようだ。割と困った顔をしている。

 

「どうする……?」

「え、無理だって……あたし、料理とか出来ないし……」

「そうだよ、さっちゃんいないと困る……」

「でも、風邪じゃ仕方ないし……」

 

 大体わかった。どうやら、料理班の一人が風邪でいなくなってしまったようだ。

 ま、なんであれ自分には関係ない。どうせ声を掛けても「や、大丈夫」「てか誰?」と言われるのがオチだ。

 なので、ゴロンと身体を横に転がした直後だった。聞き馴染みのある声が、一番ありえないことを言った。

 

「ぁっ……あにょっ……!」

「「「ん?」」」

「そこに、料理できる人が……いましゅっ……!」

「……えっ?」

 

 ×××

 

「え、メイド喫茶?」

「うん!」

 

 色んな出し物を見て回った甘奈は、最後にもう一度、メイド喫茶に行きたかった。甜花のメイド服を見られるのも、もう最後だからだ。

 

「良いけど……え、妹がいる所って、あんま飯うまくなくね?」

「良いの、ご飯食べに行くわけじゃないから!」

「あそう……」

 

 ぶっちゃけ、コーヒー一杯で十分だ。

 二人でメイド喫茶の教室に向かうと、一瞬、大量に列が出来ているように見えた。が、その中のほとんどがギャラリーのようだ。教室の扉から、中を覗き込もうとしている。

 

「なんだ?」

 

 佐々木も気になったようで、声を漏らす。

 

「なんだろうね?」

「これ並んでるわけじゃないよな? 無理矢理通って平気かなこれ」

「良いんじゃない? というか、甜花ちゃんの就業時間終わっちゃうし、通ろうよ」

 

 そんなわけで、強引に人の波を掻き分けて入ったその中央では……どこかで見た腹立たしい男がメイド喫茶なのに女の子より囲まれて料理を作っていた。

 四つのカセットコンロの上でフライパンを振るい、超高速でオムライスを作っている。左二つで卵を焼き、右二つでチキンライスを作っているようだ。

 めちゃくちゃ慣れた手つきでチキンライスをフライパンの上のみで整形し、そのまま平たくした卵の上に乗せ、振るいながら包んでいく。

 それが終わると、今度はもう片方の卵の中にライスを入れ、包み始める。

 

「……え、職人?」

 

 佐々木のリアクションは尤もだった。甘奈でさえ普通にビビってしまうレベルの手慣れさ。絵の件といい、この人の才能パラメータおかしい。

 だが、何より気に入らないのは……。

 

「ねぇ……なんか、すごくない?」

「いつも大崎さんに付き纏ってるキ○ガイのイメージあったけど……少し良いかも……」

「ね、カッコ良いよね」

 

 なんて噂をされている事だ。何が悪いって、学生服の上着を脱ぎ、ネクタイも外し、ワイシャツの第二ボタンを外し、腕捲りをしたままフライパンを振るっている姿がサマになっている事だ。

 だから、女子達がキャーキャー騒ぐのもわかる。わかってしまう。そして何より、わかるからムカつく。

 何より、秀辛が作った料理を、甜花が得意げに運んでいるのがまた腹立った。なんか名コンビっぽく見えてしまうからだ。

 

「……甘奈?」

「っ、な、何?」

「とりあえず、席座るか」

「うん」

 

 案内してもらって席に座る。

 なんか、面白くない。彼がクラスで甜花以外に友達ができるのは良いことのはずだ。単純に秀辛自身のためでもあるし、甜花にも友達が出来るかもしれないし、甘奈と甜花が二人になれる時間が増える。

 なのに、なんか面白くない。

 

「……なぁ、甘奈。もし良かったら、午後も一緒に回らないか?」

「え……?」

「……」

 

 その佐々木の表情は真剣だ。本当は二人と一緒に文化祭を楽しむ予定だったのだが……と、チラッと二人を見る。が、忙しいみたいでこちらに気付いてくれない。

 

「……うん。良いよ」

「! や、やった……!」

 

 なんか、自分だけ腹立たしい思いをしているのはむかつく。なんとかして、あの男にも同じ思いをさせてやりたかった。

 

「じゃ、食べたら行こっか」

「おう!」

 

 そう約束し、とりあえずオムライス以外のものを注文した。

 

 



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すれ違った日(2)

「ふぅ……疲れた……」

 

 一時間、活躍してしまった秀辛は、ベランダに腰を下ろした。外まで掃除していたわけではないので、ベランダに座ると大分埃がついてしまうが、そんなの気にする余裕もなくへたり込む。

 本当はのんびりしている余裕はない。何せ、外では甘奈が待っているはずなのだから。……のだが、甜花が着替えている間だけでもゆっくりする事にした。なんかギャラリーに増えられて少し困っていたのだ。

 あの後、クラスの女子に焼き方のコツだけ伝授して抜けることにした。それが残業の要因となったとも言える。

 そんな秀辛に、横から声が掛けられる。

 

「あ、あの……小宮くん」

「?」

 

 クラスの女子が二人ほど、集まって来ていた。

 

「何?」

「その……謝りたくて」

「あ? 何を」

「準備期間中……手伝いの声を掛けてくれたのに、断っちゃったから」

「……ああ。別に良い。俺も、今日まで誰とも関わってこなかったのが悪いからな」

 

 慣れていなかったとはいえ、甜花以外に友達はいらない、という態度を貫き過ぎていた。それでは人も離れるというものだ。

 

「ううん、でも……拒絶したのは私達だから」

「だから、謝らせて」

「許した。これで良いか?」

「「早いよ!」」

 

 まぁ気にしていなかったと言われれば嘘になるが、謝ってくれたのなら突っぱねることはしない。

 

「それでさ、お詫びと言ってはなんだけど……何か奢らせてくれない?」

「何でも良いから。剣道部のクレープが美味しいって話題だよ!」

「え、マジで?」

「うん、マジで」

 

 そんなつもりはなかったのだが、そこまで気を使われると逆に申し訳なくなる。……まぁ、実際はハブられたり、時間外出勤(元々、1日も働いてなかったとはいえ)したり、料理を少しだけ教えたりと色々していたから、奢ってもらえるのなら悪い気はしないが。

 ……けど、まぁ今は無理だ。

 

「悪い、もう甜花とその妹と、約束しちまってんだ」

「妹……ああ、あの子?」

「初日に来て大崎さんの写真撮りまくってた子だよね」

「奢りはまたの機会で良いよ。……あ、そういやそろそろ消しゴム使い切りそうなんだよね。消しゴム奢って」

「そんなんで良いの⁉︎」

「もしくはシャー芯」

「実用的過ぎるよ!」

 

 そんな事言われても、他に欲しいものなんてない。食べ物とかになると、放課後外に出かけることになってしまう。同性が相手ならともかく、異性でそれは慣れた相手じゃないとキツい。

 そんなわけで文房具をチョイスしていたわけだが、女子二人はプフッと笑みをこぼす。

 

「なんか……意外と話せる人なんだね」

「え、俺外国人か人っぽい猿に見えてた?」

「や、そういうんじゃなくて。大崎さん以外にあんま興味ない感じだったから」

「うん。普通の子だった」

「……あそう」

 

 なんかとても不本意な褒められ方をしている気がする……と、思っていると、ベランダの扉が開く。出て来たのは甜花だった。

 

「お待たせ……小宮、くん……」

「おう」

「じゃ、今度消しゴム買っとくね」

「私はシャー芯で」

「んー」

 

 適当に返事をして、女子達と別れた。友達と呼ぶには程遠いが、まぁ甜花以外に話せる人が出来たのは大きい。

 立ち上がりながら、甜花に声を掛ける。

 

「うし、行こうか」

「う、うん……」

「どした?」

「……よかったの? 断っちゃって……」

 

 さっきの話、聞かれていたようだ。まぁ聞かれて困ることは話していないが。

 

「良いんだよ。先に約束してたのは甜花と大崎なんだし」

「……そ、そっか……」

「ほら、教室出ようぜ。大崎にドヤされるわ」

 

 そんな話をしながら出て行く。これからようやくまた三人ではしゃげる、そんな風に思いながら軽く伸びをして教室を出る……が、甘奈の姿はなかった。

 

「……あれ、大崎?」

「いない、ね……?」

「何処行ったんだ? あのバカ……」

 

 呆れ気味にため息を吐きながら辺りを見回すが……やはりいない。

 

「トイレ、かも……?」

「電話してみろよ」

「あ、う、うん……」

 

 甜花がスマホを取り出し、電話を掛けるが、応答がない。というより、電源が入っていないようだった。

 

「……な、なーちゃん……どうしたん、だろう……?」

「まだデートしてんじゃねえの? 佐々木とかいう奴と」

「え、そ、それは……どうだろう? なーちゃんが、甜花との約束を忘れるとは、思えない……。小宮くん、連絡してみたら……?」

「や、俺大崎の連絡先知らねーし」

「……え、な、なんで?」

「必要ないと思って」

「……」

 

 ここに来て意外な事実を知り、甜花は思わず引いてしまう。あれだけ本音を言い合えて、夏休みもたくさん遊んで、絵と写真の取引までしていた仲で、連絡先を知らないなんてことある……? と、もはや引いてしまうレベルのことだ。

 

「しゃーねぇ、少し探しにいくか」

「え……じゃあ、甜花も……」

「や、甜花はここで待ってて。入れ違いになると困るし」

「わ、分かった……!」

 

 それだけ話すと、秀辛はとりあえず校内を見て回ることにした。

 

 ×××

 

「……」

 

 甘奈は、少し後悔していた。一緒に歩いている佐々木の本性が、早くも見え隠れし始めたからだ。

 悪い人ではない。こちらの話も聞いてくれるし、奢ってくれるし、一緒にいてつまらないということはない。

 ……しかし。

 

「でさ、この前の体育の時、サッカー部の奴らと結託して、チーム分けでサッカー経験者を固めたりしたんだよ。そしたら、俺らボロ勝ちしちまってさー」

「へー」

 

 全然面白くない話が続き始めた。やってることがただただ陰湿である。途中から、何か様子がおかしくなってきたと思った。自分への褒め言葉も、他の女子と一々、比較に出して「甘奈はあいつよりまつ毛長くて可愛いよなー」とかそんな事ばかり言われる。

 正直、そんな褒められ方をしても嬉しくない。なんなら不愉快である。

 つまらない事で意地を張って、こんな男と文化祭の一日目を潰すことになり、正直言って後悔が残る。今からでも、スマホで連絡でも取ろうか? と思ってしまった。

 

「全然、本気でやってなかったのにな。みんな小学生とか中学の時、サッカーやんなかったんかね。トラップもまともにできない奴が多くてさー」

「ふーん」

 

 本職と比べられても困るというものだろう。「俺、高校生だからハイハイしなくても歩けるんだぜ。赤ん坊ダッサ」と自慢されている気分だった。

 

「てか、この後どうする? もしアレなら、ちょっと屋上辺りでゆっくりしねえ? 歩き疲れたわ」

 

 サッカー部の癖に歩き疲れたらしい。現在、時刻は15時半。あと少しで後夜祭である。後夜祭でまでこの男と一緒にいるのは絶対にごめんだ。

 

「あー、良いよ。でも、甘奈は甜花ちゃんと16時になったら合流するから」

「え、後夜祭も一緒じゃないの?」

「昨日から約束してたから。ごめんね」

 

 あくまで不愉快にさせないように返事をする。プライド高そうだし、下手に刺激すると面倒な事になりそうだ。

 

「で、どこでゆっくりするの?」

「あ、ああ。……屋上とかはどうだ?」

 

 屋上なら一年生の教室に近い。すぐに甜花達と合流出来る。

 

「良いよ」

 

 そんなわけで、階段を上がっていった。

 ガチャっと扉を開けると、9月らしい涼しい風が吹き荒れる。髪型が崩れるが、あまりの心地良さで、あまり不愉快な感じがしなかった。

 屋上には、誰の姿もない。いるのは甘奈と佐々木のみ。柵に近寄ると、そこから賑わっている校庭が一望できた。

 

「おお……意外と良い眺めだね」

「ああ」

 

 自分達が歩いていた文化祭の会場であり、明日からはもう見れなくなってしまう景色だ。

 そう思うと、割と感慨深くなる。正直、甜花と別のクラスになってしまった時は、こういうイベントの時が心配だった。引っ込み思案という言葉では済まないほど控えめな性格なだけあって、何も出来ず一人で蹲っているのではないか、と。

 しかし、蓋を開けてみれば、なんか変な男と仲良くしていた。友達がその男しか居ないあたり、寂しい思いはしていなくて良かった、言うべきだろう。

 文化祭当日では、甜花は周りに馴染んでいて、むしろその男の方が不安になる程、一人になっていた。ザマーミロ。

 が、その男も結局は、今は女子に囲まれてキャーキャー言われているのだろう。満更でもなさそうだった……かは分からなかったが、女子に好かれて嫌がる男はいない。

 結局、文化祭を最後まで楽しめなかったのは、自分だけ……なんて思ってる時だ。

 

「甘奈」

「何?」

「後夜祭、どうしてもダメか?」

「え?」

 

 しつこ、と思いながら横を見ると、また佐々木は真剣な表情で自分を見ている。緊張しているのか、少し頬が赤い。

 なんか、嫌な予感がする。脳裏に浮かんだ可能性は告白。なんて、断ろう、と真っ先に脳裏に浮かんだ。だって、付き合いたくない。見かけは良い奴に見えて、中身は人を小馬鹿にして自分をあげる男だ。

 何より、自分にあいつが……なんて思った時だ。屋上の扉が勢い良く開かれた。

 現れたのは、さっきまて職人レベルでフライパンを振るっていた男だった。全身汗だくで、ワイシャツが濡れてヒョロヒョロの身体が透けて見えている。

 

「やぁ──ーっと見つけたぞ、バカ」

 

 開口一番、毒を吐いてきた。ホント、甜花と自分では態度が違う男だ。佐々木とは違う意味で腹が立つ。

 

「誰がバカだし。てか、なんでそんな汗だくなの?」

「お前ほんと殺すぞコラ。お前を探し回ってたからだろが」

「え……?」

 

 少し意外で狼狽えてしまった。まさか、汗だくなのも自分を探すため走り回っていたから? 

 いや、それはない。何故なら、隙あらば甜花とデートをしたがるはずだからだ。

 

「……甜花ちゃんとデート出来る良い機会だったんじゃないの?」

「はぁ? 何言ってんだお前」

 

 それを言ったが「割と本気で理解できない」と言わんばかりにキョトンとした顔で、言い返してくる。

 

「二人より三人で回った方が面白えだろうが」

「え……?」

「何拗ねてんのか知らんけど、さっさと行くぞ」

「……」

 

 今度こそ、自分勝手に悩んで自分勝手な行動をしていた自分を恥じた。もう一緒に楽しむ機会は後夜祭しか残っていない。探している間もそれは分かっていたはずだ。

 だと言うのに、こうして探してくれた。少しでも、三人で一緒にいるために、時間をくれた。それが嬉しくて、足を踏み出そうとした時だ。

 

「いやいや、待て待て待て。待ってよ。俺のセリフはスルーなわけ?」

 

 そう言って口を挟んだのは、ずっと黙っていた佐々木だった。

 

「今、超大事なこと言おうとしてたんだけど」

「今度じゃダメかな?」

「や、ダメだろ。シチュエーションとしちゃ今日がベストなんだっつの。大体、後夜祭が始まるまでは俺と一緒にいるって約束だろ」

 

 言われて、甘奈はハッとする。確かにそんな約束らしきものはした。良いと言ってしまったし。

 しかし、おそらくこの男は告白をするつもりなのだろう。というか、この人自分のこと好きだったの? とさえ思っているのだが、頼むから告白は勘弁して欲しい。ただでさえ、目の前に秀辛がいるのに……って、なんで秀辛がいるとダメなの? あれ? 今そんなことで悩んでたっけ? 

 

「……そういう事なら、俺は甜花と教室で待ってるけど……」

「……」

 

 心底、佐々木のことなんかどうでも良いのか、何一つ察していない。……いや、心なしか嫌そうな顔をしているように見えるのは気の所為だろうか? ……気の所為だろう。あの男が、そんな嫉妬に近い感情を抱くとは思えない。

 それに佐々木は乗っかる気満々っぽい。ここで決めてやるぜ、みたいな顔をして甘奈を見ていた。

 ここは自分でなんとかした方が良い、と踏んだ甘奈は、腕を組むと仁王立ちして言った。

 

「良いよ。16時まで一緒にいよう」

「! 本当か?」

「でも、どうなっても後悔しないでね?」

「……」

 

 告白されるのを自覚しているみたいで嫌だが、これで向こうがどうするのか把握できる。

 もし、告白なんてする気がないのであれば、普通に食い下がるだろうし、告白するのであれば……。

 

「……や、やっばり、いいや……」

 

 こうして、退散する。あの態度を貫いてやったのに、なお告白を強行するほどバカではなかったようだ。

 

「じゃあ、俺は教室に戻るから」

「うん」

 

 それだけ話すと、佐々木は屋上から出て行った。その背中を目で追いつつ、甘奈は小さくため息をつく。午前中に一緒にまわっていた感じなら楽しかったのに、午後は酷かった。外面に騙されないようにしないといけない。

 ……その反面、目の前のバカなら外面もクソもないから気が楽だ。

 そのバカが、自分に聞いてきた。

 

「あー……大崎。良かったのか?」

「何が?」

「や、その……多分、あいつ……告白する気だったろ」

「え……?」

 

 もしかして、気付いていた? 

 

「もし、お前にその気があったんなら、邪魔しちゃったから……」

「は? そんな気ないから。余計なお世話」

「……あそう。なら良いけど」

 

 ホッとしているように見えるのは気の所為だろう。この男にとって、自分はむしろあの男とくっ付いてくれれば甜花と遊ぶ時間が増えると考えているはずだから。

 

「……でも、なんか午前中、楽しそうにしてたし……」

「午前中は実際、楽しかったか……は? 午前中?」

「あ、しまっ……!」

 

 慌てて口を塞ぐバカだが、もう遅い。甘奈はイラリとしたのを隠そうともせず片眉を上げる。

 

「……何? その実際に見たかのような言い方」

「あ……いや……」

「つけてたの?」

「っ、ち、違っ……」

「つけてたんだ?」

「……」

 

 あり得ない。やっぱこの男、デリカシーも無いし、人としてもあり得ない。

 

「最低!」

「い、いやいやいや! でも言い出したのは甜花の方だから!」

「二人でつけてたの⁉︎ 尚更あり得ない!」

「っ、う、うるせーな! お前だって約束すっぽかしてデートしてた癖によ!」

「それは今、カンケーないじゃん!」

「関係ない、かもだけど……でも、仕方ねえだろ! ……な、なんか……気になっちまったんだし……」

「はぁ⁉︎ どういう……」

 

 と、言いかけたところで甘奈は頬を赤らめる。自分と他の男がデートしていて気になる、とはどういう意味だろうか? 

 そもそも、それなりに気遣いが出来るチキンのこの男が、告白されると分かっていながらあのタイミングで邪魔する事自体が意外でもある。曲がりなりにも、佐々木にとっても一大決心して告白するつもりだったのだろうに。

 

「っ……ね、ねぇ、小宮くん……そういえば、なんで告白……邪魔した、の……?」

「うぇっ……?」

「い、いや……その……気になったから……」

「……」

 

 言われて、秀辛は頬を赤くして目を逸らす。多分、考えているのだろう。

 

「な、なんで……?」

 

 なんか言い訳して逃げられる前に畳みかける。自分でもよく分からないが、その答えが気になってしまった。

 しかし、急かし過ぎたようで、すぐに秀辛は吐き捨てた。

 

「あーうるせーうるせー! 多分、あれだ。甜花のためだ! お前に彼氏が出来たら甜花が困るだろ。だからだよ!」

「っ、そ、そう……なん、だ……」

「っ……」

 

 少し、ショックを受けた。結局、甜花のためか、と思ってしまう。けど、まぁそれでも良いか、と思っておく事にした。どんな事情があれ、自分をそんな汗だくになってまで探してくれたのは秀辛だから。

 

「じゃ、行こっか。そろそろ」

「あ、うん。もう後夜祭始まりそうだし、甜花も心配してるからな」

「あ、そっか……甜花ちゃんに謝らないと。あと、そんな汗だくで一緒に歩かないでね。タオルとスプレー貸すから、それくらい整えておいて」

 

 そんな話をしながら、二人は早足で屋上を出た。

 

 



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モテる相手との交友には弊害が多い。

 文化祭が終わり、いつもの日常が戻った。振替休日があったわけだが、大崎は甜花に謝って謝って謝り倒し、その日は二日間とも召使いと化していたらしい。途中で一緒にゲームやってた時に聞いた。

 で、今日からまた学校。大崎を探して全力疾走していた疲れもようやく取れて、呑気に登校する。

 のんびり歩いていると、後ろからポンっと背中を叩かれた。

 

「小宮く……」

「おはよ、小宮くん」

「おはよー!」

 

 聞き覚えのある声が届いた気がしたが、それを塗りつぶすように別の声が飛び込んできた。顔を向けると、そこにいたのはクラスメートの女子二人だ。文化祭の日、俺に謝ってきた奴ら。

 

「? もう一人いなかった?」

「え、うちら二人だよ?」

「1人で登校?」

「いつも一人だよ」

「じゃ、一緒に行こうよ」

「良いけど」

 

 なんでわざわざ? と、思ったが、学祭を機に俺に興味でも抱いたのか? 料理得意になっておいて、ホント良かったわ……。

 そのまま三人で一緒に登校する。どうでも良いけど、名前を教えて欲しいな。聞いて平気なのか? 

 片方が、俺に聞いてくる。

 

「ね、ぶっちゃけさ……大崎さんとどういう関係なの?」

「? なんだ急に?」

「だって、気になるじゃん」

「男の子と女の子があれだけ親密にしてるんだもん」

 

 親密って……何を見て言ってんだこいつら。

 

「別に、あいつとは敵同士だよ。どっちがより多く甜花を餌付けできるかの勝負してるだけ」

「え?」

「なんだよ? てか、俺は大崎と仲良くなんかしてないけど。……や、そりゃ最近は一緒にいて楽しい奴ではあるけど、基本的には甜花をエアリスとしたら、俺がアバランチで大崎が神羅の関係だし、そもそもあいつの連絡先さえ知ら……」

「いや、そうじゃなくて。うち、大崎さんって甜花ちゃんの方を言ってたんだけど……」

「……え?」

「てか、なんで妹さんの方だと思ったん?」

 

 ……言われてみれば。こいつらうちのクラスじゃん。

 

「……え、むしろその子とどういう関係?」

「え……や、だからあいつとは敵同士だから」

「そういえば、この前の文化祭も妹さんの事を探してたよね。わざわざ甜花さんとのデートを蹴ってまで」

「……や、あれは別に……ほら、あいつが迷子になってると思ったし甜花だって大崎を心配してると思ったし三人で一緒に回るって約束してたしもしかしたらサッカー部の変なやつに何かされてるのかもとか思ったし別にあいつが気になったわけじゃないからマジで!」

「どんだけ早口?」

「何言い訳してんの?」

 

 べ、別に言い訳とかじゃないから! ただ単純にほんと、あいつのことなんて何とも思ってないってだけでな……! 

 

「おっはよー☆」

「おぶっ⁉︎」

 

 いっでえええ! 背中蹴られたあ⁉︎

 転びながら慌てて振り返ると、立っていたのは大崎だった。

 

「テメッ……な、何しやがんだコラ⁉︎」

「ごめん、サンドバッグと間違えちゃった」

「どんな間違え方したんだよ! 通学路をなんでサンドバッグが歩いてると思ったんだよ⁉︎」

「え、前に言ってたじゃん。『俺の中学時代のあだ名は歩くサンドバッグだった』って」

「言ってねえよ! それ完全にいじめられてんだろうが!」

 

 な、なんだこいついきなり……あ、後ろから甜花も来た。

 

「な、なーちゃん……待って……!」

「あ、甜花ちゃんきた。じゃ、またね。サンちゃん」

「サンちゃんって誰だ! サンドバッグのサンじゃないだろうなそれ⁉︎」

「ほら、行こ。甜花ちゃん」

「どうしたの? なーちゃん……」

「別になんでもない。……それより、後で甜花ちゃんにお願いがあるんだけど……」

 

 そのまま、甘奈は甜花とお喋りしながら、手を引いて先を進んで行ってしまう。

 ったく……あの野郎、なんだってんだ一体……。服についた砂埃を払いながら立ち上がると、女子二人が微妙な顔をして俺を見ている。

 

「……なるほど、そっちが相手か」

「今のは小宮くんが悪いよね」

 

 ええ……なんか急に女子二人が冷たくなったな……。

 

 ×××

 

 朝のホームルームが終わり、俺と甜花は軽く伸びをする。本当に疲れたわ、なんか朝から……。

 

「だいじょうぶ……?」

「ああ。平気。……てかさ、大崎はなんであんな怒ってたわけ?」

「さ、さぁ……」

 

 なんか、ゲームやってる時は俺にやたらと優しかったのに。欲しいアイテムくれるし、回復も分けてくれるし、初動で武器ない時は自分のをわざわざくれたりした。

 

「そ、それより、小宮くん……」

「何?」

「なーちゃんと……その、連絡先は交換しない、の……?」

「え? ……ああ」

 

 連絡先なぁ……今まで、無くても困らなかったけど、文化祭の日は少し困ったからな。……や、大崎の奴が電源切ってたし、あれは連絡先の有無は関係なかったか。まぁでも、二人で出かける機会があったとして、逸れたら必要にはなるかな。

 

「そうだな。交換しとくか。教えてくんない?」

「え?」

「え?」

 

 え、自分から言ったのに何その反応? 

 

「……あ、そ、そっか。……甜花でも連絡先渡せちゃうんだ……」

「え?」

「あ、え、な、なんでもないよっ。……それで、えっと……」

 

 何言ってんのか聞こえなかったけど、何か悪いことあるのか? 

 

「あ、そ、そうだ……! な、なーちゃんに許可もらえないと……ダメだと思う、から……」

「え、なんで?」

「なんで? ……え、えっと……あっ、こ、交換してないのに、連絡来たら……普通は、嫌かなって……」

「むっ……確かに」

 

 そうかもしんない。俺のスマホには甜花と家族のしか入ってないから分からなかったけど、スマホのアドレスとか番号って簡単に交換しちゃいけないのか。

 

「ふーん……じゃあ、本人に直接、聞いた方が良いのか」

「う、うん……! それが良いよ……!」

 

 なんか……甜花の言い分はどうにも言い訳臭く感じたが、多分言ってることに間違いはないのだろう。

 なら……次の休み時間に聞きに行ってみよう。これで、大崎ともいつでも話せるようになるわけだ、うん。

 ……あれ、何今の。なんか、俺が大崎といつでも話したいみたいじゃん……。ていうか、そう思うとなんか恥ずかしくなってくるんだけど。

 

「……」

 

 あれ、俺甜花とどうやって連絡先交換したっけ……? あ、ゲーム一緒にやるためか。大崎ともその手でいけるか? ……いや、俺と大崎が二人でゲームやることなんてないし、誘うなら甜花に連絡すりゃ良いべ? ってなる。

 ……や、大丈夫だろ。だってほら、さっき自分で考えてたじゃん。もし二人で出かける事があったとして、逸れた時のために……。

 

『……え、甘奈、あんたと二人で出かけることなんかないけど』

 

 あ、頭の中の大崎にめっちゃ言われそうなセリフを返された。ただでさえ、朝もなんか不機嫌だったし……この言い訳は無理だ。

 

「な、なぁ、甜花。……仮に、仮に自分がめちゃくちゃ嫌ってる相手から連絡先交換しようとか言われたら、どう思う?」

「え……て、甜花なら、絶対渡さない……スマホ、忘れたとか言っちゃうかも……」

 

 ……マジか。どうしよう。どうやって言えば良いかな……。みんな、どうやって連絡先の交換とかしてるんだろ……。

 少し、調べてみようかしら。

 

「はーい全員、席につけー。数学始めんぞー」

 

 ちょうど、自由時間みたいな授業だし、調べてみるか。

 

 ×××

 

 すげぇな、調べてみたんだけど、何一つ役に立ちそうな情報が無かった。なんか「受け身ではいつまでも進展しない」だの「自分からアクションを起こせ」だのと心意気ばかりは立派だ。無責任な煽りしてんじゃねーよ。

 そもそもタイトルが「気になる相手との交換の仕方!」なのが腹立つ。大崎の事なんか全然気になってねーよ。

 50分間、調べりゃ何かしら出るかと思ったんだが、もう休み時間になってしまった。

 

「……小宮、くん……? 交換しに行かない、の……?」

「えっ?」

 

 しかも、なんか甜花に急かされるし……。なんで今日に限って、甜花はそう言ってくるんだ? 

 

「や、いくけど……も、もう少し後で良いかなって……」

「ええっ、こ、困るよ……⁉︎」

「え、なんで?」

「え? い、いや……えっと……」

 

 なんで甜花が困るんだよ。どういう因果関係? いや、そんな事よりも、今は大崎の連絡先だ。どうやって聞くか、だ。

 

「と、とにかく行かないと! い、今ならなーちゃん……多分、暇だし……!」

「え? や、そうなの……?」

「10分しかない、んだから……!」

 

 す、すごい急かしてくるな……わ、分かったよもう、行けば良いんだろ。

 

「わーったって、行くから急かさないで」

「う、うん! 急いで!」

 

 いつになく押しが強い甜花に押され、渋々、教室を出た。

 しかし……どうしよう。どうやって連絡先を聞けば……いや、変に意識し過ぎなのか? でも調べてみてどんなサイトでも「異性に連絡先を聞く=恋愛的に意識している」みたいな考えみたいだし……。

 え、待って。てことは、俺が大崎に連絡先を聞いたら「え、この人、甘奈のこと好きなの?」みたいに思われるってわけ? 何それキレそう。絶対嫌だ。そんなんじゃねえし。

 

「ううーん……」

 

 なんとか「別に君のこと意識してるわけじゃないけど連絡先くれ」と言わなければいけないのか……。

 考えながらも結局、ロクな案も浮かばずに教室の前に着いてしまった。どうしようかな……なんて言えば、連絡先……。

 

「あれ、お前……」

「?」

「甘奈と一緒にいた奴じゃん」

 

 声を掛けられ、振り返ると佐々木とかいう奴が立っていた。確か、大崎に告白しようとしてた奴だよな? 

 その後ろには、サッカー部なのか、何人か友達を連れている。連れションか? 

 

「なんか用?」

「いや教室に戻るとこ。むしろこっちのセリフだから」

「え? あー……」

 

 え、こいつには知られたくねえなあ。こいつほど女の連絡先知るのに慣れてる男もいないだろうが、俺にだってプライドはある。

 

「え、もしかして甘奈に会いに来たのか? この少ない休み時間で? どんだけ好きなんだよお前」

「は? 別に好きじゃ……」

「いや、否定すんの早過ぎかよ。分かりやすっ!」

 

 あっはっはっはっ、と後ろの取り巻きと一緒に爆笑し始める佐々木。え、何こいつ。何なの? 喧嘩売ってんの? 負けちゃうから買わないけど。

 

「いや、早く教室戻れよ。段差一つで山まで回り道しなきゃいけないフエンタウンか?」

「何、意味わかんねえこと言ってんの? 俺が甘奈呼んできてやろうか?」

「いや、いい」

「遠慮すんなよ。おら、行こうぜ」

 

 強引に腕を掴まれる。面倒臭えのに捕まったな……。うざっ。

 あんまりウザかったので、腕を横に引いて払った。

 

「触んなよ。お前の指紋が移るだろ」

「は? 俺だって触りたくて触ってねえし。親切でやってやってんだろ」

「いらねえ世話だっつんだよ。親切な言葉の意味を辞書で調べてこいバカ」

「てか、さっきからその言い回しなんだよ。カッコ良いと思ってんの?」

 

 直後、またあっはっはっと身内で笑いが起きる。お前らこそ、その笑いはなんなの? 打ち合わせしてあんの? 

 割とイライラしてきた時だった。またタイミング悪く、バカが教室から出て来た。

 

「……ちょっと、小宮くん」

「? あ、大崎……」

「何してんの? うるさいんですけど」

「あー、悪……」

「よう、甘奈。悪いな、こいつがお前のこと好きでどう話しかけて良いか分からなかったんだって」

「……えっ?」

「は?」

 

 ヤバい、いい加減ムカついてきた。ここまで言われても人のこと殴っちゃいけないの? 日本の法律ってほんと卑怯者が有利になるように出来てるよね。

 もう喧嘩負けても良いから殴ろうかな、と思って指をゴキゴキと鳴らした時だ。ふと、大崎の顔が目に入った。

 その大崎は、顔を真っ赤にして唖然としている。

 

「…………ほ、ほんとに……?」

「えっ……?」

 

 間抜けな声を漏らしたのは、俺ではなく佐々木。唖然として甘奈を見ている。

 ……なんかよく分かんないけど……ようやくバカが黙った。この隙に甘奈だけ借りるか。

 

「とにかく、話があるから来いよ」

「えっ、ちょっ……!」

 

 呆然としてる双子の妹の手を握り、愕然としてるバカの横を通って移動する。

 とりあえず、落ち着いた場所……屋上で良いか。階段を上がり、屋上の扉を開けた。

 

「ふぅ……ったく、あのバカ本当ウゼェな……」

「……」

「何が楽しくてああいう事言って来んのかな。てか、俺とほとんど接点ないくせによくああいう事言えるよね。もしかして友達になりたいのか?」

「……」

「最後はなんかボケっとしてたけど。なんかあったのか? お化けでも見えてたのか?」

「……」

「……おい、なんか言えよ。独り言話してるみたいじゃねえか」

 

 さっきから静かだな、大崎……と、思って後ろを見るが、顔を真っ赤にして俯くばかりだ。

 

「おい、どうしたの?」

「……ほんと?」

「え、何が?」

 

 絞り出すような声に対し、反射的に聞き返してしまった。

 顔を赤くしたままの大崎は、恐る恐る俺に質問してくる。

 

「や、だから……甘奈の事、好きなの……?」

「は? そんなわけないじゃん」

「えっ」

「連絡先を聞きに来たんだよ。……あっ、いや恋愛的に気になってるから、聞きに来たとかじゃなくて、なんか単純に欲しくて聞きに来たというか……」

 

 しれっと目的を言ってから、慌てて弁解する。危ね危ね……ついうっかり告白まがいの事を言う所だった。違うって言った後にそんな事言ったら、説得力もクソもあったもんじゃないからな。

 スマホをポケットから取り出して言ったが、大崎はスマホを出そうとしない。ていうか、なんか怒ってない? 

 

「? 大崎?」

「……バカ」

「え? や、バカでも良いから連絡先を……」

「スマホ家に忘れたから無理。じゃあね」

「えっ、ちょっ……」

 

 今の、甜花が「嫌いな相手に連絡先の交換を強請られた時の返答」と被ってるんだけど……。……あれ、もしかして、俺って大崎に嫌われて……や、そんなの元からじゃね? え、でもなんか……思ったよりショックなんだけど……。

 俺もまた愕然として膝をつく中、大崎は屋上から出て行ってしまった。

 

 



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早い者勝ち。

 あー……ムカつく。なんだあの野郎、そんなに俺のことが嫌いかコンチクショウ。

 もういいわ。そっちがその気なら、俺だって連絡先なんかいるかよバーカ。どうせお前なんか甜花のオマケだ。だから、お前なんかともう一生遊んでやるかっての。

 そう心に決める度に、胸の奥がズキっと痛むのを感じる。なんなのこれ。最近の俺はホントおかしいよ……。大崎関係の事になると、この胸の痛みは何度も再発している気がする。

 なんか、こう……間違いだと分かっている答えを正解だと相手に捲し立てているような、そんな感覚だ。

 

「……あ、こ、小宮くん……」

 

 そんな俺に、甜花から声がかけられる。

 

「何?」

「お昼……食べ、よ……?」

「あ、ああ……食うか。はい、甜花の分の弁当」

「ありがとう……にへへ、久しぶり」

 

 久しぶりって言っても文化祭以来だけどな、まぁ今日の弁当は甜花リクエストだし、そういう意味じゃ久しぶりか。

 

「はい、今日の弁当は秋刀魚、サーモン、マグロの秋の海鮮ちらしだ」

「わっ……お、美味しそう……! ……でも、本当に作れると思わなかった」

「や、悪いけど俺に不可能はないよ? 料理と絵なら」

 

 あ、母ちゃんに炊飯ジャーの中、酢飯だって言うの忘れた。今頃、親父と母ちゃんの昼飯は酸っぱくなっているに違いない。まぁ良いや。

 

「ちゃんと保冷剤もつけておいたし、保冷バッグに入れておいたからダメになってないと思うけど、早めに食べてくれ」

「う、うん……!」

「……」

 

 ……大崎は来ないのかな、今日は……って、何考えてんだ俺は。あいつとは決別したろ。

 なんか、最近はホント三人でいるのが当たり前になって来て困るわ。

 

「食べよっ、か……」

「だな」

 

 俺も秋の海鮮ちらしを用意する。最後に、鞄の中から醤油のボトルとワサビのチューブを取り出した。

 

「はい。欲しかったら使って」

「す、すごい……完璧……!」

「だから、俺に不可能は無いんだよ。甜花が望むのなら、なんだって作ってきてやる」

「じゃあ、明日は二八蕎麦が良い……!」

「任せろ! ……でもザルで良い?」

「勿論……!」

 

 流石に汁物は……いや、保温ボトルとお椀を用意すればいけるか保温用の……水筒? を用意して、弁当箱に茹でる前の蕎麦を入れて、あとは電気ポットを用意。

 その中に水と蕎麦を入れて教室のコンセントで沸かし、その間にお椀に汁を注ぎ、別の弁当箱に天ぷらと長ネギを入れておいて……うん。いける! 後は、本当に電気ポットで麺を茹でられるか、だな。

 そんな事を思っている時だ。

 

「ところで、さ……小宮くん」

「何?」

「なーちゃんも一緒に……食べない、の……?」

「え? あ、ああ……食べたいなら甜花誘って良いよ」

 

 まぁ来るかは分からないが……でも、甜花が呼べば来るか。そうなったら、俺は黙っていよう。喧嘩になるかもだし。

 

「え? あ、あー……甜花じゃなく、て……」

「小宮くんが誘って、あげた方が……」

「え、あ、あー……」

 

 心の臓を貫かれた。そうか、甜花は連絡先の交換に成功したと思ってるんだよね……。

 

「や、それが、その……」

「?」

「まだ、交換出来てない、みたいな……」

「……」

 

 え、ちょっ……何その顔。何その甜花らしからぬ冷たい目は……? 

 

「……チキったの?」

「いや違うって! ……まぁ、色々あって拗れたんだよ……」

「色々って?」

「えっ……あー」

 

 どこから話せば良いんだ? あの大崎狙いの男のこと? わざわざ連絡先聞くために屋上まで連れ出しました、って? なんか普通に恥ずかしいわ。

 

「まぁ、色々だよ」

「言って」

「え?」

「……」

 

 あれ……もしかして、甜花怒ってる? 弁当作ってもらっておいて? 

 

「て、甜花さん……?」

「なーちゃん……今朝、甜花に相談して来たんだよ……?」

「え?」

「小宮くんの、連絡先持ってないから……欲しい、って……」

「……マジ?」

「マジ」

 

 ……なんか、甜花の言動がやたらと不自然だったのはその所為か。

 

「だから、その……なーちゃんを、傷付けたなら……甜花、許さない……」

 

 ……なるほど、そういう感じね。それなら、素直に白状するしかない。そんなわけで、さっきあった出来事を話した。言い訳臭くなるかもしれないが、一応、サッカー部のゴリラどもに絡まれた話も含めて全部。

 すると、甜花の瞳は尚更、ジトっとしたものに変わる。口に海鮮チラシを運びながら、ダメな人を見る目で見られた。よりにもよって甜花に。

 

「え、何その顔」

「なーちゃん、可哀想……ご飯の前に、ちゃんと謝って来なさい」

「えっ」

「手作り弁当、没収します……!」

「だからそれ誰の手作り?」

 

 しかし、強化系バカには理屈が通じないように、甜花も大崎の事になると通用しない。俺の海鮮チラシを取り上げてしまった。

 

「え……それ俺が作ったヤツ……」

「じゃないと、甜花……なーちゃんとしか、もう喋らない……!」

「……」

 

 それは困るな……ここに来て、甜花を失うのは絶対にごめんだし。

 

「でも……何が悪かったん? あれ俺が嫌われてたってことじゃないの?」

「違うよ……。なーちゃんが小宮くんのこと嫌ってる、なんてこと絶対に無いよ……」

「え、で、でも……甜花が嫌いな奴から断る方法で連絡先の交換を切られたんだけど……」

「アレは……え、ええと……なーちゃんのこと、好きじゃないなんて言っちゃったから……」

「え、だって別に……」

「本当に、好きじゃない……の?」

「え?」

 

 ……好きじゃないか、か……。や、まぁ確かに嫌いじゃないよ? 多分、最近大崎について悪く考える度、胸の奥で痛みが走るのは、なんだかんだ本当は嫌いじゃないからだ。

 でも、好きかどうかと問われると……うーん、まぁ好きと言えば好き、なのか? なんだかんだ一緒にいて楽しいし、甜花と2人より、三人一緒に遊んだ方が楽しいと自覚するようになって来た。

 そういう意味じゃ、確かに好きなのかもしれない。

 

「うん、好きだわ」

「にへへ……じゃあ、頑張ってね……!」

「はいはい」

 

 仕方なく席を立った。まぁ、大崎を相手に緊張なんかしたって仕方ない。リラックスして、謝って、一緒に飯誘おう。

 ……あ、でもこのまま行くと、普通にまたサッカー部に会いそうだな……。あの大崎大好き人間と愉快な仲間達が、また変に茶化して来そうだ。

 

「……」

 

 やっぱ、連絡先持ってないのはキツイなぁ。甜花に呼び出してもらうか? いや、甜花の代わりに俺が姿を表したら、それこそブチギレそうだ。

 ……あれ? 割とどうしようもない? ペルソナ5なら川上先生の出番なのだが、残念ながらこの高校に川上先生はいない。

 大崎のことに関し、甜花以上に詳しい奴はいないから、謝れば許してくれるという事に疑いはないが、それ以前の問題だった。

 

「どうしようかな……」

「何が?」

「ひょおおおおおおッッ⁉︎」

「ぎゃああああああッッ⁉︎」

 

 ビックリした! なんか目の前いた! ビックリした! 

 

「な、何⁉︎ 急に脅かすのやめてくれない⁉︎」

「こっちのセリフだっつの、バーカバーカ!」

「子供か⁉︎」

 

 な、なんでいんだよ! 心臓バックンバックン言ってるわ! それはもう土管から出てくる人食いフラワー並みにバックンバックン言ってるわ! 

 

「な、なんでここに……?」

「甜花ちゃんから、大事な話があるからって」

「……」

 

 クッ……て、甜花の世話になるとか……! いや、良いんだけどさ……でも世話する側だった小さいプライドが、悔しいと轟き叫んでいやがる……! でも明日、クッキー焼いて来てあげるね。

 とにかく、せっかくのチャンスだ。活かさねば。

 

「あー……えっと、まぁ……なんだ。まずは、朝は悪かったなって……」

「……別に良い。甘奈も、勝手に舞い上がってたし……それに一番、悪いのは佐々木だし」

 

 すげぇ、大崎に呼び捨てされる奴初めて見た。相当嫌われてんぞ、あいつ。

 ……って、そんな場合じゃないだろ。まずは大崎との仲直りだ。

 

「でさ、今良いなら……甜花も一緒で、三人で飯食わん?」

「うん。もち☆」

 

 っ、な、なんだ? 俺以外の誰かにしかやらない、あのキャピキャピな笑みを、急に……。

 

「ね、小宮くん」

「っ、な、何……?」

「甘奈、もう少し素直になるからね……!」

「え?」

 

 ……素直って……どういう……? 

 

「ん、何でもない。でも……手始めに……そうだな」

 

 え、何する気? と、思ったのも束の間、大崎がポケットから取り出したのはスマホだった。

 

「な、何? スマホゲーのフレンド申請? 俺こう見えてグラブルとFGOとウマ娘とポケGOとパズドラとドラゴンボールレジェンズとドラクエタクトしかやってないよ」

「大分やってるじゃん……」

「どれ?」

「どれでもない。強いていうなら、チェインのフレンド」

 

 ……あっ、そうだ。連絡先の交換する予定だったんだっけ? 

 忘れてたので、俺も同じようにとりあえずスマホを取り出す。QRコードを読み取り、交換完了。……なんだこれ。こんな簡単なことに、俺は半日もかけてたのか……? 

 

「? どうしたの?」

「いや……なんか、悪かったな……」

「え?」

「こんな簡単な事で、喧嘩とかして……」

「良いの、それはもう。そんな事より、ほら。早く行こ?」

「え、行こって……あ、飯か」

「うん!」

「ーっ」

 

 ……この今までツンツンした態度を貫き続けて来たはずの大崎から放たれた、天真爛漫な笑みが、俺の胸を少しずつ的確にエグっていく。

 何というか……「あれ? この子こんなに可愛かったっけ?」って感じ。

 

「ほら、早く!」

「っ……!」

 

 俺の腕に腕を絡め、大崎は廊下を歩く。胸が当たっているのが気になって、なんかもう色々とダメだこれ……。なんで、俺は大崎に翻弄されてるんだ……? 

 悶々としたまま、教室に歩く。まるで恋人のように腕を組んだまま。なんか……リア充を求めて、実際にそれっぽい空気になると、なんか……ヤバい。なんか、こう……気色悪いって意味じゃなくて吐き気がする。心臓の高鳴りで口から食道、胃、腸がそのままリバースしそうだ。

 

「っ……」

「秀辛くん?」

「っ、え、今……名前で呼んだ?」

「……長いな。ヒデちゃん」

「ちゃんっ⁉︎」

 

 っ、こ、こいつ……な、なんだよ急に……? 

 

「今日はどんなお弁当作ったの?」

「えっ? あ、あー……海鮮チラシ……」

「へぇ、すごいね。具は?」

「サーモンとマグロとサンマ」

「おお、旬……楽しみ!」

 

 え、食べる気? なんてツッコミも起きない。とにかく緊張で鼓動が止まらない。

 ヤバい……大崎が、か、可愛く見える……! 俺ってどんだけ単純な男なんだ……! 

 大量に汗をかきながら教室に戻ると、口元にご飯粒をつけた甜花が振り向いた。……目の前に、空の弁当箱を二つ置いて。

 

「あっ、お、おかえり……!」

「……おい、甜花。俺の昼飯」

「にへへ、美味しかった……!」

「……」

 

 その日の午後は、空腹で授業に集中なんて出来なかった。

 

 



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一歩ずつ。

 最近、悩みがある。その悩みは、多くの男性陣に取っては「は? お前それ悩みとかふざけてんの? 死ぬの?」と言った内容だろう。

 しかし、俺の立場になれば必ず気持ちが分かってくれるはずだ。全員では無いだろうけど、何人かの男子にも、苦手な女や仲が悪い女の一人くらいいるだろ? 

 その女が、急にこれだよ。

 

「甜花ちゃん、ヒデちゃん。帰り、ゲーセン寄らない?」

 

 はい、ここであり得ないポイントを復習してみようと思う。まず、呼び方。俺の事をつい最近まで他人行儀なことに「小宮くん」と、名字+くん付で呼んでいたのだ。呼び捨てより嫌われてないかもしれないが、呼び捨てより距離感はある感じがする。

 それが、下の名前である「秀辛くん」では飽き足らず、後半をカットし「ヒデちゃん」というあだ名。親しみがあるだけでなく、溺愛されている姉、甜花の「甜花ちゃん」という、ちゃん付け呼びが被っている。

 その上で、俺と甜花を二人、誘っている点。甜花を誰よりも溺愛する大崎は、多少甜花と仲良くする程度なら許容するが、誰かが自分以上に甜花と仲良くすることを許さない。その事で俺とかなり揉めたはずなのに、それをあろうことか、俺も一緒でゲーセンに誘っている。

 ゲーセンとは、俺と甜花が共通している趣味の一つだ。つまり、敵にアドバンテージを与えるようなもので、これまたあり得ないポイント一つ。

 つまり、一見普通に同じ学校の友達を遊びに誘ったように見えるこれだが、あり得ないことがてんこ盛りなのだ。

 そこから導き出される答えは一つ……これは、罠だ……! 

 

「俺は良いよ。甜花は?」

「勿論、OK……!」

「やったー!」

 

 考えられる手段はまだ分からない。が、備えておけばどんな罠であろうと看破できる。今まで一進一退の攻防を大崎を続けていた俺だから、そう確信できた。

 なんだっけ、オケツに入らずんば、媚びを得ず? だっけ? それだ。自ら敵の罠の中に飛び込み、逆襲を狙う。

 

「でも、大崎はゲーセンで何すんだ?」

「何って……ゲームでしょ」

「足手まといはゴメンだぞ。ゲーセンのゲームは基本、二人用が多いんだから」

「大丈夫。甘奈、自分がやりたいんじゃなくて、甜花ちゃんとヒデちゃんのカッコ良い所が見たいだけだから☆」

「……」

 

 ……な、なんでそういうこと言うの……? 甜花だけでなく俺も……? これじゃ、俺がすごい嫌な奴見たいじゃん……。

 

「……ほら、行こう!」

 

 大崎に背中を押されて、三人で校舎を後にした。

 

 ×××

 

 ゲーセンに着くまでの間も、ちょいちょい三人で会話して来たのだが……あー疲れた。まぁー疲れた。なんか、皮肉ひとつ言わない大崎のセリフ全てに裏がある気がしていたのだが、それも無い。

 甜花に対してはもちろん、俺にさえほぼ全肯定して来る。だから、なんか変に備え過ぎて気疲れしてしまった……。

 だが……まだ奴の作戦の内かもしれないんだ……! 俺を疲れさせた所で叩く気か? なんにしても、気は抜けない。

 

「あ、そうだ。甘奈、ヒデちゃんにとって欲しい景品あるんだよね」

「え、俺に?」

「うん!」

 

 ……なるほど、そういう魂胆か。それくらいなら、別に駆け引きなんかなくても取ってやるのに。

 

「任せろ。どれ?」

「これ!」

 

 大崎が指差したのは、デビ太郎のもっちりクッションだった。あれ、これどっかで見たことあるぞ。

 えーっと……これ確か……。

 

「これ、この前、佐々木とのデートでもらってた奴じゃね」

「デートじゃないから、ただの付き合いだから。間違えないで」

「っ、お、おう……」

 

 ちょっ、急に豹変すんなよ……そんなに嫌なこと言った? 思わずビビりながら甜花の背中に隠れてしまう。

 

「……俺そんなに悪いこと言った?」

「言った」

 

 ま、マジか……気を付けよ。

 

「でもなんで?」

「あれ売っ払ったの。ヒデちゃんに負けてるからって子供みたいに仕返しする人からもらったものなんて、家に置いておきたくないし」

 

 ……なんかごめんな、佐々木。下の名前も知らんが、お前もう完全に大崎に嫌われてんぞ。

 

「それに……ヒデちゃんからもらった方が、嬉しいし……」

「……」

 

 えっと……それどういう意味? なんか恥ずかしいんですけど……あ、ま、まぁ要するにあの男なんかにもらったものは要らないってことだな、うん。

 

「ま、まぁ……とりあえず、取ってやるよ」

「ありがと☆」

 

 クッ……逐一、ウインク入れて来やがって……可愛いのが腹立つ! ……でもやっぱり可愛い……くそう。

 半ば、大崎の笑顔から逃れるように、筐体に向かう。俺自身、下手ではないが、動画とか出してる人に比べれば上手い方ではない。

 だから、まずアームのやる気次第で取れたり取れなかったりする。とりあえず、100円だけ入れて様子見するしかない。

 しばらくトライし、700円で取った。出口の方に少しずつズラして、引っ掛けて、ケツ持ち上げるのが定石だよね。

 

「はい」

「おお〜……! すごい、こんなにあっさり……!」

「ふふんっ……甜花なら、500円で取れた……!」

「は? 言ったな?」

「言った……!」

「ま、まぁまぁ二人とも! 甜花ちゃん、この前A○EXで課金したのに、今お金使って大丈夫?」

「あうう……そ、そうだった……」

 

 ……やはりおかしい。大崎が甜花の味方をせず、仲介するなんて……。こんな事、あるはずがないのに……! 

 少しヒヨっている俺に、大崎は手を差し出して来た。何かと思って思わず手を出すと、そこに乗せられたのは700円だった。

 

「えっ?」

「はい。お金」

「や、別にいいよ」

「ダメ。タダってわけには……」

「甜花のいう通り500円で取れたのなら、200円は余分だから」

「ああ、そういう……てか、そういう問題じゃないよ。せっかく、頑張ってくれたんだから」

「じゃあもらうわ」

「……は、早いね……」

 

 おい、甜花。何引いてんだよ。何事も男の奢りで済むのはバイトしてる奴か、アニメの世界だけなの。男子高校生は基本、金欠なんだから。

 さて、そろそろ本来の目的に戻るか。

 

「じゃあ、甜花。あれやろうぜ。バイオ」

「にへへ、良いね……!」

「甜花と俺でやって良いよな? お前が俺達のプレイを見たいって言いだしたんだもんな?」

「うん。良いよ☆」

「……」

 

 ああああ! 何これ、なんかすごく調子狂う! 俺の立ち位置がどんどん、悪くなってる気がする! 

 大崎、お前ホントどうしたんだ⁉︎ 何か悪いものでも食ったのかホントに⁉︎ はっ……まさか、あの佐々木のクソ野郎に……よし、今からでも殺……。

 

「ヒデちゃん、何してんの?」

「あん? ああ、今から殺し屋でも雇おうかと……えっ?」

 

 むぎゅっ♡ と、腕に何か柔らかい感触が当たる。甜花と一緒に先を歩いていた大崎が、わざわざ戻って来て俺の腕にしがみつき、胸が当たったと理解したのは、それから5秒ほど経過した後の事だった。

 

「っ、お、大崎⁉︎」

「は、早く……行くよ?」

 

 あ、少し大胆なことをしたからか、顔が赤い。かわいい。

 ……じゃねえだろおおおおおおッッ‼︎ 死ねえ俺えッッ‼︎ なんなんだ、なんなんだこの……なんか胸の奥がむず痒いこのッ……ああああッ! 

 

「ひぃん……ヒデくん、キモい……」

 

 いつの間にか甜花まで一緒に下の名前で呼ぶようになっていたが、正直そっちに気を回す余裕は無かった。それくらい、大崎の豹変っぷりがエゲツない。

 なんやかんやで、バイオの筐体版の前に到着した。

 甜花と筐体の前に立ち、二人で銃を持つ。お金を入れて、ゲームスタート。

 コキコキと首を鳴らし、とりあえず頭の中を切り替える。ゲームのコツは呆れるほど簡単なことだ。自分がその場にいたら、と言う想像力が大事だ。そうなれば、没頭出来るだろ? 死にたくない、と言う気持ちを胸の奥底に潜ませ、その上で無双する。

 そう、俺はケヴィン……いや、レオだっけ? 主人公の名前忘れたけど、とりあえず俺はそいつだ……。

 

「頑張ってね、甜花ちゃん。ヒデちゃん!」

「う、うん。頑張りましゅ……あうう、噛んじゃった……!」

「……」

 

 ……まぁ、少しは大崎に良いとこ見せようかな? うん。瞬殺で瞬殺を繰り返していこう。

 

「行くぞ……甜花」

「う、うん……!」

 

 直後、一気にヘッドショットを二人でぶちかます。最初のステージは余裕よ。ドドドドっと銃声を鳴らし、敵を駆除していく。

 今の所、撃ち漏らしはない。一番、楽するためには撃ち漏らしをしないことだから、一つずつ丁寧且つ迅速にこなしていけば、心に余裕が出来る。

 

「おお……二人ともすごい……! 頑張ってー!」

「……にへへ、う、うん……! 任せ、て……!」

「……」

 

 ……なんか、やっぱりやりづらいな……。なんで、こう……やりづらいんだろう。やりづらいというか……うん、やりづらい……。

 ミスはしなかった。引くほど順調に敵を倒し、完璧なコンビネーションでステージクリアを果たした。100円でここまで遊べるの、ホントゲーセンのゲームは上手いと得しかしないよね。

 ……うん。せっかく、クリアしたのに……大崎にもおそらく、良い所を見せられたはずなのに……なんだろうな。この満たされない感じ……。

 

「二人とも、やっぱ上手だね! トリオにデュオで挑んで勝てるだけあるよ……!」

「いつもキル数多いのは、甜花……!」

「まぁアシスト多いのは俺なんだけどな」

「……む、むぅ……」

 

 そんな話をしつつ、俺はなんか満たされない感じに冷や汗をかく。甜花と遊んで楽しかった。完璧な作戦と腕前を、息を合わせてこなしていくのはとても心地良い……それなのに、なんか大崎を見てると……こう、なんか違う感じがするんだよな……。

 簡単にクリアし過ぎたからか? 

 

「ヒデちゃん?」

 

 一人、ボケッとしていたからか、大崎に心配そうに小首をかしげられてしまう。

 

「どうしたの?」

「……や、なんでもない……」

 

 普段ならこんな風に気にかけて来ないのに……。あー、やっぱ調子狂うな、くそう。

 頭の中でモヤモヤさせていると、甜花が少しモジモジしながら口を開いた。

 

「あうう……て、甜花……トイレ行きたい……」

「あ、じゃあ一緒に行こっか。ヒデちゃんは?」

「俺はいいよ。行ってこい、適当に見て回ってるから」

「うん!」

「ぬいぐるみ、持っててやる」

「ありがとう!」

 

 それだけ話すと、二人はトイレを探しに行く。その背中を眺めながら、小さくため息をついた。

 はぁ……なんか、調子狂うなぁホント……。大崎、何があったんだろうな……。喧嘩したい、ってわけじゃないんだけど……もしかしたら、喧嘩し過ぎて気を遣わせてんのかな……。

 結構、暴言や罵倒とはいえ、遠慮なくぶちまけあえるのは、あれはあれで楽しかったんだけど……。

 

「ヒデちゃん?」

「あ? もうウンコ終わったのか大崎……あっ、く、桑山さん」

「久しぶり」

 

 あぶね、ついうっかり口が滑った。別人だったか。相変わらず胸でかいなぁ……。

 

「何してるんですか? 平日の夕方からこんなところで」

「平日の夕方から見知った子がここにいるのを見かけたから、挨拶しておこうかなって」

 

 あ、ああ……すみません。ありがとうございます、わざわざ。

 

「でも、何か悩んでるの?」

「え?」

「いつもあなたの愚痴をお店で聞いてたんだもの。すぐ分かるわよ」

 

 すみませんね……俺なんかに詳しくさせてしまって。

 

「まぁ……少し。前に話した、愚痴の相手覚えてます?」

「ええ」

「そいつが……なんか企んでるみたいで……やたらと俺に、フレンドリーに接してくるんですよ。なんか……勘繰っちゃって」

「……ふぅん? どんな風に?」

 

 どんな風にって……どうだろうな。とりあえず、あった事を言っておくか。

 

「なんか、こう……前まで皮肉を言い合う仲だったのに、こっちの皮肉は受け流して、俺の言う事は全肯定されて……なんか、前まで気遣いとかしない本音をぶちまけあえる仲だったのが、気を遣わせるようになっちまったのかなって……それで、なんか俺もすごくモヤモヤして……一緒にゲームやってて楽しいのに、なんか変な感じなんですよ」

「なるほどね……ふふ、青春してるのね」

「はい?」

 

 青春? そりゃ甜花とはしてるけど……や、一緒にゲームしかしてないのって青春って言うのかな……。一応、文化祭を一緒に回ったり、してはいたわけだが……。

 

「道理で、最近はあんまりお店に来ないわけね」

「え?」

「何か物足りないのは、ヒデちゃんが自分にいつまでも嘘をついてるからだよ」

 

 ……え、嘘って……。いやいやいや、まっさかー。

 

「俺は基本的に正直な男ですよ。桑山さんと会ったら、まず視線は胸に行ってしまいますし……」

「も、もう……! そんな所で正直にならなくても良いの! ……って、そんな話じゃなくて」

 

 コホン、と咳払いすると、改めて桑山さんは説明する。

 

「本当は、その妹さんの方とも仲良くしたいんでしょう?」

「そんな事ないですから!」

 

 な、何を言い出すんだいきなり⁉︎ 俺は別にあいつと仲良くなりたいとかまぁ少しは思ってるけどでも基本的にやっぱり甜花のついでみたいな感覚が最近は薄れて来たとはいえ無いわけでもなくだから別にあいつとめちゃくちゃか仲良くなりたいとかせめて一緒に二人でも遊びに行けるような仲になりたいとかそんなんじゃなくて……! 

 

「即答してる辺りが逆に拘ってる感じするのよね〜?」

「ーっ!」

「ふふ、ごめんね。少し言い過ぎちゃったかしら?」

「あ、頭を撫でないで下さい!」

 

 子供じゃねえのよ俺は! 

 

「とにかく、素直になる事。たったそれだけで、少なくとも今の悩みは解決されると思うよ?」

「っ、す、素直にって……」

「ふふ、じゃあまたね。たまには遊びに来てね」

 

 たまにはって……あ、確かに最後に行ったのって、7月に果穂の誕プレ買った時だったっけ……。

 ……そうだな。いつのまにかあんま愚痴こぼさなくなってた。たまには遊びに行かないと……と、思っていると、後ろからクイックイッと袖を引かれる。見ると、少しムクれた表情の大崎が俺を睨んでいた。

 

「誰? 今の綺麗な人」

「え? あ、ああ……まぁ、行きつけのお店のお姉さん」

「キャバクラでも行ってるの?」

「いやそういう店じゃないから。果穂の誕プレ買う時とかに行ってんの。たまにお前の愚痴とかこぼしに行ってるわ」

「……そう」

「……」

 

 ……しゅんっとするなよ。

 ……。

 …………。

 …………素直になれ、か……。

 

「あー……大崎」

「……何?」

「あのさ、お前がもし良かったらなんだけど……お前もやらん? バイオじゃなくて良いから……」

「え?」

「あー……その、なんだ……」

 

 ……普通に気恥ずかしいな……。でも……なんだ、言わないと……大崎、しゅんっとしたままだし……その、何。もしかしたら、物足りなさが無くなるかもだし……。

 

「……大崎と、一緒にゲームしたい……」

「え……?」

「……って、思ってたり思ってなかったりしてまーす……」

 

 ……ダッセェな俺……なんで最後にヒヨって変なこと付け足したし……。

 思わず直視出来ず、目を逸らす。これだから俺と言う人間はダメなんだよな、多分……。人とロクに目を合わせて会話できないなんて……。

 思わず自己嫌悪しつつ……少し反応がないのが気になって大崎にチラッと視線を移すと、にっこりと微笑んでいた。それはもう、JKらしい天真爛漫な笑みで。

 

「うん! やりたい!」

「っ……」

 

 ……ま、眩しい……。もしかしたら、これが本来の大崎の姿なのか……? 

 そのまま、とりあえず甜花を待ってから、ウォーキン○デッドをやりに行った。

 

 



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遊んだ日

 その日の夕方、自宅についた大崎甘奈は、自室に戻って部屋着に着替えた。外出用の服装でゴロゴロするとシワになってしまうため、長めのTシャツを一枚、上に着込んだ服装でベッドの上で寝転がり、スマホを取り出す。

 秀辛と一緒にゲームをした後は、三人でマリカー、音ゲーをこなし、最後にプリクラを撮って帰宅した。流石にゲーセンで満喫した後、さらにFPSゲームをやるのはやめておこう、という事になり、今日はこのまま秀辛と会話することは無くなった。以前までなら。

 しかし、今は連絡先を交換してある。つまり秀辛へ、遊びに行った後の「今日は楽しかったね! また遊ぼう!」的な内容を送ることが出来るのだ。

 

「……っ」

 

 今日、色々と勇気を出して彼に「仲良くなりたい」とアプローチをかけてみたが、微妙に警戒していた。まぁ今まで敵同士だったのだし、仕方ないだろう。

 だからこそ、警戒心を解いてもらうためのチェインだ。さて、内容を考える。これが同性のクラスメートなら「今日は楽しかったねー」みたいな内容で良かったのだが、彼の場合はそうもいかない。

 何せ、反目し合っていた仲から、せめて甜花と同じように甘やかしてもらえるくらいの距離感になりたいと考えているのだ。もっと、こう……良い感じの内容を送りたい。

 でも、距離が近すぎてもいけない。余計に警戒させてしまうかもしれないからだ。

 

「どうしようかな……」

 

 まずは、やはり今日誘ったのは自分なのだから、お礼からだろうか? ぬいぐるみも取ってもらってしまったし、やはりお礼だろう。

 文面を頭に思い浮かべ、とりあえず文字を入力してみる。最初に今日のお礼を言ってから、後からぬいぐるみの写真を撮ろう。

 

『今日は付き合ってくれてありがとー☆ ヒデちゃんと一緒に遊べて、とっても楽しかったよ!』

 

 ……少し恥ずかしい。特に後半。や、本音ではあるのだが、やっぱりこう……「一緒に遊べて」って部分が恥ずかしい。

 

「……少し直球過ぎるかな……」

 

 口にできない事を文面で言うのは嫌だった。慌てて「×」を押して文章を消す。

 少し考えてから、別の文を入力する。

 

『今日は付き合ってくれてありがとね。甜花ちゃんも楽しかったって言ってたよ!』

 

 ……これもダメだ。なんでお礼を言うのに甜花の名前を出す必要があるのか。なんか、安易に逃げている気がした。

 もっとこう……自分の気持ちを伝えたい。

 

『今日はありがとう、とても楽しかったよ! ヒデちゃんと一緒にやったゲーム、最高でした☆ 何度も守ってくれてありが……』

 

 そこで入力を止め、消す。やはり恥ずかしい。守ってくれた、というお礼で言えば、文化祭の時に告白を止めてくれた時のお礼も言えていないのに。まぁ、あれは実際のところ偶然だったから、秀辛の事だから「気にすんな」の一言で終わるだろうけど。

 

「はぁ〜……あー、もうっ……」

 

 枕に顔を埋め、足でパタパタと布団を蹴る。なんでこんなに悩んでしまうのか……いや、理由は分かってる。だからこそ、自分らしさと彼への気遣いは捨てられない。

 そうだ。恥ずかしがってなんていられない。あの誠実に見えて偏屈で不器用な男と親密になるとはそういうことだ。

 そのため、まずは写真から送ることにした。

 取ってもらったクッションを抱き抱えると、頬と腕で挟んでもう片方の手にスマホを取り、斜め上に上げる。

 

「っ、よ、よし……!」

 

 JK力で鍛えた自撮りテクニックを活かし、完璧な一枚を撮った。

 それを終えると、ここでトークルームに入り、画像を選択。送信のアイコンをタップする直前、手が止まる。

 

「……」

 

 ……いや、やはり文面からだろう。いきなり写真を送るのはちょっとヤバイ気がする。

 

『今日はありがとう☆ 取ってくれたデビ太郎と超仲良しになったよ。またゲーセン行こうね』

 

 ……ちょっと比喩表現は恥ずかしい……などと、試行錯誤を繰り返し、寝転がって早一時間が経過。

 実は部屋の入り口で、甜花が「なーちゃん……青春してる……可愛い……」などと呟いていることにも気づかず悶える。

 そして、ついに文章が決まった。

 

『今日は、付き合ってくれてありがとう☆ とっても楽しかったです! 取ってくれたデビ太郎、大事にするね』

 

 あとは、これと写真を送信……送信、送し……送信……! 

 

「んにゃああああああっ!」

 

 扉の向こうにいる甜花が、唐突の奇声にビクッとしたのにも気付かず、ボタンを押した。その後で、勢いのまま写真を送信。

 ヒュポッと言う間抜けな音が響く。送ってしまった、と言う事実が脳内に反復し、真っ赤な羞恥心が満たしていく。

 

「うわああああ! 送っちゃった、送っちゃったよー!」

 

 送ってから嫌なことを思い出してしまうのは、男でも女でも一緒だった。そういえば、たまにクラスのサッカー部がツイスタとか見ながら「自撮り女子ってなんでぶりっ子が多いんだろうな」「そりゃ顔面に自信があるから自撮りなんてしてんだろ?」みたいなことを話しているのを聞いたことある。

 女子である甘奈からすれば、全然そんな事はない、人によりけり、という感じなのだが、それを秀辛がどう思うのか、といった所だ。

 そう思うと少し気恥ずかしくなり、足をパタパタさせながら枕に再び、顔を埋める。……一瞬、トーク画面を見る。……あ、既読ついた。

 

「〜〜〜っ⁉︎」

 

 たったそれだけで布団を被りたくなってしまう。今更になって、甜花と一緒に撮ったもの送れば良かったかな、なんて事まで思ってしまった時だ。

 向こうから第一声が届き、反射的に目を閉じた。や、文面なので声ではないが。なんと言われたのか? 写真はスルーして向こうも「楽しかった」とか? 

 それとも、普通に写真に触れて「可愛い!」とか? や、それはない。褒めるとしても良いとこ、デビ太郎について触れるくらいだろう。

 いや、可能なら明日の朝までチェインで夜更かしとかしてみたい。どんな内容でも繋いでやる、

 そう決めて、目を見開いた。

 

『太ももすごい』

 

 慌てて自分の服装を見直した。そういえば、ズボンを履いていない。いやしかし、自撮りで下半身まで映すのは至難の技……と思って写真を確認する。

 

「……〜〜〜っ!」

 

 写っていた。両膝を折りたたみ、足を左右に開いた女の子座りでしっかりと。長いTシャツが下着は隠してくれているが、それでも履いていないのは丸分かりだろう。

 思わず、真っ赤になった顔を隠すように、手に持っているデビ太郎に頭突きをかました。

 そのまま両手を頭の上に乗せ、髪を掻きむしる。普段ならボサボサになってしまうから絶対にやらない行動であったが、そんなこと気にしていられないくらいにやらかした。

 

「うがああああああ! し、死ぬう〜……これじゃただの痴女みたいな……」

「……いや、諦める前に訂正しなよ……」

 

 側から見ていた甜花が思わずツッコミを入れた時だ。ハッとして甘奈は天井を見上げる。

 

「ハッ……い、今の天の声……まさか、天花ちゃん⁉︎」

 

 どんな勘違いをしているのだろうか、この妹は。と、扉の向こうの甜花は思った。おそらく、追い詰められてポンコツ化しているのだろう。

 ここは、いつも助けてもらっている姉として、今度は自分が力になる番だ。

 

「にへへ、天花ちゃんです。アマツハナと読んでアストレイじゃないよ」

「ど、どうしよう、天花ちゃん! 甘奈、下着姿の写真を……!」

「今ならまだ、間に合う……! 訂正すれば、回避できる……!」

「! そ、そうだよね! よし、すぐに……!」

 

 と思って画面を見ると、引き続きメッセージが届いていた。

 

『Tシャツめくってくれても良いよ』

 

 さらにカアッと頬が熱くなる。この男、少しくらいそういうえっちな部分を隠そうとか思わないのか。

 

『めくらないよ!』

『えっち!』

『デビ太郎を見てよ!』

 

 思わず連続で送ってしまう。が、すぐに向こうも連続で返してきた。

 

『いやえっちなのはそっちだろ』

『そんなカッコの写真来たら、そりゃお前に目が行くって』

 

「……っ?」

 

 なんだろう、一瞬だけ嬉しかった。後半の言葉の響きが、ほんの少しだけ。まぁ比較対象はぬいぐるみなのだが。

 ちょっとだけ頬を赤らめていると、また向こうからメッセージが送られる。

 

『や、今のは別にお前に視線が釘付けだったとかそう言うんじゃなくて、いくら大崎でもそんな部屋着丸出しの太ももが見えてたらそこ見ちゃうから決してお前を目で追ってる癖があるとかそんなんじゃなくて、例えば隣に同じ格好してる甜花がいたら俺は迷わず甜花を見るから』

 

 ……どこまで言い訳しているのか。ここまで来ると一周回って微笑ましいものがあったが、複雑な面もあった。

 それは……やはり、最後の部分の事だ。なんだか普通に悔しい。甜花の可愛さは色んな人に知ってもらいたいが、彼にだけは自分も……せめて同じ目線で見て欲しいと思ってしまっているから。

 

「……」

 

 それをすぐにこなすには、方法は一つだ。ゴクリと唾を飲み込むと、Tシャツに手を掛け、スマホを手に握る。

 そして、デビ太郎を自分の後ろに置いて、ほぼ同じポーズでもう一度、写真を撮ろうと思った時だった。

 再びその画面にチェインが届いた。

 

『あの……もしかして怒った?』

『嘘嘘。全然、大崎はえっちじゃないから』

『さっきの写真はトーク画面から消しといたから』

『あと、だからデビ太郎の写真もっかい送って』

 

 しばらく返信しなかったのを、別の受け取り方をしたのだろう。なんにしても、助かった。二つ目の「大崎はえっちじゃないから」で、自分が今、何をしようとしていたのか気付く。それと同時に恥ずかしくなるを超えて真っ青になった。

 文でもある通り、トークルームから写真は消えている。

 

「……はぁ」

 

 そうだ、元々甜花とはスタートラインが違う。それに、一緒にいる時間も違うのだし、彼の中の好感度に差があるのは仕方ない。焦って暴走するのは後悔しか残らない。よく甜花もガチャで爆死してるだろ、と頭の中で言い聞かせる。

 落ち着かせると、甘奈はまず返信をする。とりあえず、横にどかしたデビ太郎を膝の上に乗せ、モチモチと触りながら、前後のやり取りに食い違いがないように文を考える。

 

『うむ。よろしい』

 

 少し上からなのが気が引けたが、まぁ今は写真優先だ。デビ太郎をベッドの上に置き、写真を撮る。せっかくなら、何処に飾るか教えておきたいものだから。

 早速、写真を送信。ベッドの枕元に飾ったものだ。

 

『抱き枕に使う予定だよ』

 

 枕にしようと思っていたが、少し分厚くて大き過ぎる。すると、向こうからまたメッセージが届く。

 

『大崎は映ってないの?』

 

「……え?」

 

『欲しいの?』

 

 反射的に聞いてしまった。そんなことを聞けば、彼が意地を張るのは目に見えていることなのに。

 

『別欲しくないし。ただまぁ人間が映ってない写真とか送られても困るし、かと言ってそれ大崎に取ってやったものだから甜花が映ってるのもなんか違うし、だからまぁ別にどうしても欲しいとかじゃなくて、誰もいないくらいならいてくれた方が良いなって思って』

『いや、気の迷いだわ何でもない』

 

「そこは頑張ってよ!」

 

 そこまで言ってよく撤退する気になったものだ。もう本当に、この人何なんだろう。

 こちらから折れてあげることにした……が、ただ折れるだけはゴメンだ。こちらにも、何か+αが欲しい。

 

「っ……よ、よしっ……」

 

 決心すると、意を決して文を入力した。

 

『じゃあ、ヒデちゃんの写真も欲しい』

 

 入力し終えた所で、指が止まる。……これは、どうする? やはり、やめた方が良いか? 焦ってこんなことを言えば、向こうは敬遠してしまうかもしれない。言い方は悪いが、好きでもない相手からの執拗なアプローチは「気持ちは嬉しいけど、普通に迷惑」というカテゴリーなのだ。ソースは佐々木。

 ……けど、あのバカタレに対しては、果たして通常通りの攻略で行けるのかは疑問だ。やはり、ここは突撃した方が良い。

 

「っ〜〜〜!」

 

 勇気を振り絞って、いざっ……と思った時だ。また追加でメールが来た。

 

『ホントにやっぱ良いや。甜花にもらったから』

 

「……は?」

 

 思わず声を漏らし、ふと部屋の扉の方を見る。隙間から、フード付きのブランケットを被った甜花がスマホを構えていた。

 

「っ、て、甜花ちゃん!」

「ひぃん……ば、バレた……!」

「確信犯か己はー!」

 

 慌てて追いかける甘奈と、逃げる甜花。しかし、何処へ逃げようと言うのか。ここは二人の家なのに。

 リビングに到着してすぐに追いつき、甜花の脇の下に指を差し込んだ。

 

「捕まえた!」

「ひゃわっ……く、くすぐったい……!」

「もー怒ったからね、甜花ちゃん! どんな写真送ったの⁉︎」

「み、見せるっ! 見せるからっ、ひっ……ひゃ、ひゃめてっ……なーちゃんっ……!」

「やだー!」

 

 しばらくくすぐっていると、甜花の手元からスマホが落ちたので、拾い上げる。画面はまだ落ちていなかったので、そのまま送信画面を見ると、そこに映っていた甘奈は、膝の上にデビ太郎のクッションを置き、スマホの画面を見ながら頬を赤らめている絵だった。背中を向けているが、しっかりと顔も映っている。パンツは映っていない。

 

「〜〜〜っ、て、甜花ちゃ〜ん……⁉︎」

「だ、だって……ヒデくんが、A○EXパック10回分、奢ってくれるって言うから……!」

「なんでそういうのに釣られるのッ⁉︎」

 

 信じられない、とばかりに言う甘奈は、自分のスマホを取り出し、すぐに文句を言う。

 

『ズルい!』

『しかも、結局まだズボン履いてない奴だよ!』

『消して!』

 

 すぐさま抗議するが、返事がない。というか、既読さえ付かない。

 

「こ、この男〜!」

 

 慌てて返信しようとした直後だった。甜花の方のスマホにメッセージが届いた。

 

『サンキュー。これでようやく甘奈の絵が描ける』

 

「……」

 

 ……自分の絵を描こうとしていたようだ。それなら、まぁ、許してあげないことも、ない……。

 そう思うことにすると、とりあえず甘奈のスマホからメッセージを送った。

 

『可愛く描いてね?』

 

 その後、彼からメッセージが来ることはなかったが、おそらくスマホの向こうで悶えていると思うと、甘奈は枕を高くして眠ることができた。

 

 




次から一気に12月になります。


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抗戦編
都合の良い頭。


 季節は真冬。もう少しでクリスマスという季節にまで近付いた。

 大崎姉妹と一緒にいるのが当たり前になり、その状況に慣れて来たこの頃、今日は果穂と二人でマメ丸の散歩に来ていた。

 

「お兄ちゃん、もうすぐクリスマスだねっ!」

「ああ、そうだな」

「今年はサンタさん、何くれるかなぁ。楽しみだな〜」

 

 この未だにサンタさんを信じている純粋さ……不安になるレベルだ。

 

「ジャスティスVのDXブレードとか?」

「あ、欲しい!」

「はいはい。メモっとくよ」

「なんでお兄ちゃんがメモするの?」

「ん、なんでだろうな?」

 

 俺はもう両親にプレゼントをもらう年齢ではない。むしろ、俺は妹の手本になるべき存在だ。

 だから、果穂の手本になる為には……俺は、全力でお兄ちゃんを遂行する‼︎

 なんてどっかでみたフレーズを頭の中で繰り返しながら歩いていると、マメ丸が「ワン」と吠えて公園の中に入る。

 

「どうしたの? マメ丸、行きたいの?」

「早く帰るぞ。オイコラ、ワン公。我慢しろや」

「ガブッ!」

「いだだだだ!」

「今のはお兄ちゃんが悪い! マメ丸、行こう!」

 

 ……クッ、妹よ……お前は、俺より犬か……! 

 そのまま公園でしばらく、マメ丸と遊ぶ果穂。その様子を、俺はぼんやりと眺めながら、自販機で買った缶コーヒーを飲む。勿論、ブラックだ。

 クリスマス……クリスマスか……。今年はどうするんだろうな。多分、大崎からまた「一緒に遊ぼう」とか誘われるんだろう。

 だとしたら楽しみだなぁ。クリスマスは今までイベント走りしかして来なかったから。

 そんな俺の元に、電話がかかって来る。大崎からだ。

 

「もしもし?」

『あ、ヒデちゃん? 甘奈!』

「分かってるよ」

『ちょっと相談したいことがあるんだー☆ 今日暇?』

「あー悪い、今は果……妹と犬と散歩中だ」

『あーそっかー。じゃあ、明日の放課後は?』

「良いよ」

『やったね☆ じゃ、またね』

 

 それだけ話して、電話を切った。噂をすれば、って奴か。意外とあるもんだな、こういうの……なんて思ってると、再び電話がかかって来た。

 

「もしもし?」

『あ……ひ、ヒデくん……? 甜花だ、よ……にへへ』

「どうも。どうしたの、急に」

『あ、あの、ね……相談したいことが、あって……』

 

 お前もかよ。

 

「悪いけど、今日は無理」

『あうぅ……ざ、残念……』

 

 まぁ、大崎も来るし一緒で良いか。

 

「明日で良いか?」

『う、うん……! じゃあ、明日の放課後……にへへっ』

 

 それだけ話して、また電話を切った。まったく、騒がしい姉妹だよ。なんて思ってる時だ。ふと顔を上げると、マメ丸と遊んでいる果穂の前に、スーツの男が名刺を渡そうとしているのが見えた。よし、誘拐か。殺そう。

 

「テメエエエエ‼︎ クタバレロリコン野郎があああああああッッ‼︎」

「ぎゃああああああああッッ‼︎」

 

 走り込んでドロップキックをお見舞いしに掛かった。躱されてしまい、ドロップキックの経験がない俺は、そのまま着地失敗。足を捻りながら地面に強打し、慣性を疑うしかなかった。

 

「あがあああああ⁉︎ だーれにもーじゃーまさーせーないー!」

「あっぶないな⁉︎ なんなんだ、君は一体⁉︎」

「お兄ちゃん、何してるのっ⁉︎」

「お兄ちゃん⁉︎」

 

 心配そうな声を果穂にかけられてしまったが、そんなの気にしている場合ではない。さっき足首がバギッて言った気がするのも気にせず、襲い掛かった。

 

「テメェ、うちの妹に何の用だああああッ‼︎」

「い、いや自分は怪しい者では……!」

「この世で怪しくない人間なんて、大崎達と果穂以外にいるかああああ⁉︎」

「どんな価値観⁉︎ てか、大崎って誰だよ⁉︎」

「お兄ちゃん、待って!」

「待つよ」

 

 果穂の命令じゃ仕方ないな。しかし、何があっても動けるよう備えておく必要はある。

 俺が動きを止めたことに驚きつつも、男は改めて説明する。

 

「えっと、せっかくなので……お兄さんにももう一度、説明しますね。自分は283プロダクション所属のプロデューサーです。本日は、小宮果穂さんをアイドルにスカウトさせていただこうと……」

「コテコテの人身売買詐欺の手口だろうがああああああ! テメェの臓器を闇に流してやろうか、アアッ⁉︎」

「こちらの事務所です! サイトもあるのでご覧になって下さい」

 

 言われて、差し出されたタブレットの画面を見ると、煌びやかなサイトが出てくる。社長の写真から始まり、スタッフの顔写真が並んでいる。その中に、目の前の男の顔もある。

 

「……でもふざけんな。うちの可愛い妹に、汚ねえ萌え豚ファンをつける気か? マジお前、大型二輪で引き摺り回すぞコラ」

「お、お兄ちゃん……! 私はやりたいって思ってるんだけど……」

「果穂ぉっ⁉︎ お兄ちゃんは反対だぞ。よく考えろ。芸能人になるってことは、もう今までの生活は帰ってこないんだぞ? 今、仲良くしてる学校の友達と毎日遊べるわけではなくなるし、外を歩いていても『あいつ、小宮果穂じゃね?』って知らない人から言われるかもなんだぞ? ただ歌って踊るだけじゃないんだぞ?」

「い、意外としっかり考えてる……」

「テメェは黙ってろロリコン!」

 

 テメェに褒められたって全く嬉しくねえんだよ⁉︎

 そんな俺に、果穂は満面の笑みで応えた。

 

「でも、アイドルになればそれだけ、新しい出会いがあるってことだよねっ? 私、カッコイイ、ヒーローアイドルになりたいんです!」

「っ、か、果穂……ヒーローアイドルって何? プリキュア?」

「ヒーローみたいに、みんなを笑顔にする存在ってことだよ」

「いやいやいやいや、待て待て待て待て。そんな綺麗事じゃ済まされないから。どうせこのオッサンから、メリットしか聞いてないんだろ? それ詐欺の手口と同じだから。捲し立てるようにメリットを大量に提示し、一番大事なデメリットを黙っておくとか、もう胡散臭さしかないから。もっと親父やお袋とよく話し合って……」

「ねぇ、君」

「うるっせぇなハゲ! 今大事な話してんだよ⁉︎」

「いや、そうじゃなくて……足、変な方向に曲がってるけど……」

「え?」

 

 言われて足元を見た。さっきの着地失敗で、どうやら左足が折れてしまっているようだ。

 

「……」

「……」

「……」

「あ、あわわわっ! お、折れてる⁉︎ 痛だだだだッ……!」

「あ、あわわわっ! だ、大丈夫お兄ちゃん⁉︎ どうなってるのそれ⁉︎」

「や、やばいやばいやばい! スカウト中に怪我人が出たなんて笑えない、救急車!」

 

 結局、その日は名刺だけもらって救急車に運ばれた。しかし、この男……果穂を選ぶとは見る目はあるようだが、命知らずではあるようだ。これから夜道では気をつける事だな……! 

 

 ×××

 

「大丈夫? 足」

「大丈夫ではない……」

「ごめん、流石に言うよ。バカなの?」

「……」

 

 翌日、思いの外、ボッキリ言っていた俺の足は、二週間入院する事になった。全治一ヶ月の為、クリスマス会は絶望的である。ついでに期末テストも絶望的である。いっそ追試にしてくれれば良いのに、ギリ期末に間に合う時期に退院とか、ホント人生クソだ。

 今は、お見舞いに来てくれている大崎と甜花の二人になじられている。

 

「ホント、心配かけさせないでよね。骨折した、なんて聞いた時は焦ったよ?」

「ふふっ、なーちゃん……その時、涙目だった」

「っ、て、甜花ちゃん。言わないでそういうの!」

「可愛かった……」

「て、甜花ちゃーん!」

 

 ポカポカと甜花の肩を叩く大崎と、それをニコニコしたまま受け止める甜花。百合百合してんなぁ、相変わらず……。

 

「でも、その後……ドロップキックに失敗して骨折したって聞いたら、なーちゃん……笑ってた」

「そりゃ笑うよー。そんな変な理由で骨折する人、普通いないよ?」

「うるせーな。意外と難しかったんだよ」

「はいはい。文句を言う前に『心配かけてごめん』くらい言ったら?」

「ごめんな、甜花」

「う、ううん……?」

「なんで甘奈には言わないの⁉︎」

「二週間も甜花を占領しやがって……許さんぞ」

「相変わらず小さい……」

 

 うるせぇ。お前らどいつもこいつも……ていうか、なんでドロップキックしたんだっけ? なんかあの日の記憶、微妙に薄れてるんだよな。マジギレするとたまに記憶消えるんだよ。

 なんて思ってると、甜花が席を立った。

 

「にへへ、ごめん。ちょっと甜花、トイレ……」

「大丈夫か? 一人でいけるか?」

「い、行ける……! こう見えて、甜花はバイオも得意……!」

「知らない人について行ったらだめだよ?」

「わ、分かってる……!」

 

 それだけ言い残すと、甜花は病室から出て行った。残されたのは、俺と大崎。ふと思い出したように、大崎は「そうだ」と手を叩いた。

 

「りんご買ってきたんだった」

「え? ああ、さんきゅ」

「うん。家で切っておいたから、そのまま食べられるよ」

 

 言いながら、お皿を差し出してくれた。美味そうだな、普通に。一つもらってから、俺もふと思い出す。そういや、何か相談があったんだっけ? 蹴っちまって申し訳ないな。

 まぁ、甜花が戻ってきたら聞けば良いか。そう決めた時、大崎も同じことを思ったのか、口を開いた。

 

「で、ヒデちゃん」

「何?」

「昨日、言った相談なんだけど……」

「え?」

 

 あー……まぁ良いか。甜花と二人で聞ければ二度手間にならないと思ったが、本人が話そうと思ったのならそのタイミングのが良いだろう。

 

「何?」

「今月の25日……実は、甜花ちゃんの誕生日なの」

「え、そうなん?」

「うん」

 

 マジか。それは知らんかったな……。てことは、むしろ甜花がいなくなったタイミングで声をかけて来た、ってことか。

 

「だから……サプライズがしたかったんだ」

「良いんじゃね? 俺は行けないけど」

「いつ退院なの?」

「20」

「? それ、クリスマスダメなの?」

「いやダメじゃないけど……怪我してる奴が行くと気を使うだろ」

「そんなの気にしなくて良いよ?」

「……そう?」

「うん。そう」

 

 そうか……じゃあ、行こうかな? 

 

「それで、クリスマス会っていう風に装ってるけど、実際は甜花ちゃんのバースデーパーティーにしたいなって思って」

「ああ、なるほどね」

「手伝ってくれると、嬉しいなって」

「全然、手伝うわ。その代わり、試験手伝ってね」

「うん。勿論☆」

 

 よし、これでとりあえず赤点は回避できそうだ。

 すると、ガラララっと扉が開く音がする。甜花が戻ってきた。それに伴い、大崎は俺の耳元に口を近づけてくる。えっ、ちょっ……き、急に何? 甜花の前でそんな大胆な……なんて思ってたら、大崎はぼそっと囁く。ああ、ヒソヒソ話ね。

 

「じゃあ、明日は甘奈が一人で来るから、その時に会議だからね」

「ん、おお。そうしようか」

 

 まぁ、サプライズだしな。本人にバレては意味がない。

 とりあえず話し合いを終えて、大崎は元の位置に戻った。それとほぼ同時に、甜花も大崎の隣に座る。

 

「? 何の話、してたの……?」

「え? あ、ああ……大崎が実は甜花に欲情してるんだとよ」

「えっ……」

「甜花ちゃん、金属バット持ってない?」

「ごめん、嘘だからやめて。大崎」

 

 それ普通に死んじゃう奴。なんて思ってると、今度は大崎が席を立った。

 

「ふぅ……なんだか、喉乾いちゃった。甜花ちゃん、何か飲む?」

「え? えっと……コーラとポテチ!」

「飲み物を聞いたんだけど……まぁ良いや。買ってくるね」

「う、うん……!」

「あ、あの……あとでお金払うんで、僕の分も良いですか……?」

「金属バット?」

「いやバットじゃなくて、飲み物……」

「……仕方ないなぁ」

 

 よ、良かった……。俺は近くの棚の中から財布を取り出し、150円手渡す。そんなに姉に欲情してると言われるのが嫌だったのか……? まぁ、嫌だわな。俺も果穂に欲情はしないから。最近、胸大きくなったなーとかは思うけど。

 そのまま出て行く大崎の背中を眺めながら、俺はふと思った。

 そういえば……甜花の誕生日って、大崎の誕生日でもあるんじゃねえの? と。

 あれ? てことは、昨日の甜花からの相談って……。

 嫌な予感が脳裏に浮かぶと共に、甜花が重々しく口を開いた。

 

「あ、あの……ヒデくん……昨日、言ってた……相談、なんだけど……」

 

 大崎がいなくなったタイミングで切り出す……やべっ、間違いない。

 

「クリスマスの日、ね……? 甜花、なーちゃんにサプライズしたくて……でも、どうしたら良いのか、わからなくて……」

「だから手伝って欲しい?」

「う、うん……!」

 

 ……やべぇ、骨折して良かった、とか思ってしまった。これ仮に待ち合わせしたとして、その場所に二人来てたらどうなってたんだ……? 

 しかし、サプライズしたいと思って二人のアレを手伝う? そんなミッション、死ぬほどキツいぞ。てか無理だろ。

 

「あー……」

「っ……(期待に満ちた目)」

「……」

「ッ……(仔犬のような目)」

「……」

「〜……(うるうるした目)」

「っ、ま、任せろ……!」

「良いの⁉︎」

 

 ……これで断れてたら、俺天下取ってるわ……。

 

「任せな。完璧なサプライズをサプライズしてやる」

「あ、ありが、とう……!」

 

 は、ははは……どうしよう……。

 

 



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二股してるみたいだ。

「ここすき」の所を見たらとんでもない数になっていました。投票してくれた方々、ありがとうございます。


 入院中というのは、あまりに退屈だ。身体も好きに動かせないし、飯もお腹空いた所で時間にならないと食えない。

 基本的にはベッドの上。スマホゲーをやっていても今はそこまでガチ勢では無いため、すぐに飽きてしまう。スマホゲーをやり込むコツは、まず「やろう」と思う気持ちだからね。

 そんな退屈な入院生活だけど、たった二つだけ暇じゃない時間がある。一つは、大崎姉妹がお見舞いに来てくれる時間。そしてもう一つ、それは……。

 

「小宮さーん、足の包帯取り替えますねー?」

「はーい」

 

 ナースさんに、お世話してもらう時間だ。いや、運が良かったよ。俺の面倒を見てくれるナースさんは超絶美人さん。胸は普通だけどお尻がエロい最高のお姉さんだ。

 

「新島さん、彼氏いますか⁉︎」

「ふふ、いません」

「マジすか! 俺も彼氏いないんですよ!」

「いたら驚きます」

「あ、そ、そっか。彼女か。いやあ、ついうっかり変な性癖開示するとこでしたよ。あっはっはっはっ」

「はいはい。良いから足動かさないで下さい」

 

 は、ははは……少しキレ気味のボイスだったわ……。相変わらず、女の人との仲良くなれない……。仲良くなる方法がわからない……。せめて病室に入ってくるなり泣いててくれれば……いや、それはそれで死にたくなるな……。

 

「というか、小宮さんにはここの所、毎日お見舞いに来てくださる双子の女の子が二人、いるでしょう?」

「あいつらが俺の彼女になる、なんてことありませんよ。片方はほとんどペットだし、もう片方は……まぁ、嫌われてはないんでしょうけど、好かれてもないですし」

「あら、そうなんですか? 遠目から見てるととても仲良さそうに見えますけど」

「や、まぁ仲は良いんですけどね。なんつーのかな……親友? マブダチ? みたいな立ち位置です」

「ふふ、私の経験で良ければ教えて差し上げましょうか?」

 

 ? 何をだ? 

 

「男女間の友情は、いつか成立しなくなるものですよ?」

「え?」

「どちらかに、彼氏か彼女が出来ない限りは」

「……」

 

 えっと……どういう事だ? それはつまり……。

 

「こんにちは……!」

「お姉さんは俺の彼女になりたいとっ⁉︎」

「え、なんでそうなるの」

「……は?」

 

 直後、ガララッと扉が開いたと思ったら、大崎の視線がキュッと鋭くなる。隣にいる甜花が「ひぃん……」と泣きそうな声を漏らすほどには鋭い。

 

「ふーん……ナルホド。そういう感じなんだ。ふーん、へー……」

「あ、あの……違いますよ? 私は別に……」

「あ、大崎。なんで怒ってんの?」

「甜花ちゃん、ナースセンター行こう。患者に色目使ってるナースがいるって」

「待って待って! それは私がヤバい! 使ってない、使ってないからやめてって!」

「馬鹿野郎、この方は色目なんて使わなくても十分、色っぽいんだぞ」

「……ふーん」

「馬鹿野郎はお前だこの野郎! 頼むから黙ってろ!」

 

 え、今なんかすごい口が曲がってたような……もしかして元ヤン? いや、元ヤンが嫌いとかじゃないんだけど……うん、なんかこれから変に口説こうとするのはやめよう。いつか殴られるかも。

 それより、大崎が来てくれたのなら、とりあえず話したい事はたくさんある。

 

「てか、大崎。来るの遅えよ。朝からずーっと待ってたんだぞ」

「朝から来れるわけないでしょ! ……でも、待っててくれたんだ」

「入院生活暇すぎて、お前と甜花が来ないとつまんねーのよ。あ、でもたまにチェインしてくれるからまるっきり暇なわけじゃないけど」

「ふ、ふーん……甘奈達がいないと暇なんだ。……そ、そっか……」

「あ、いつもお見舞いに何か買ってきてもらってるから、今日は俺が用意しといたよ。売店のシュークリーム。二人分あるから食べろよ」

「……し、仕方ないなぁ……」

 

 あ、嬉しそうな顔になった。そんなにシュークリーム嬉しかったのか? 

 そんな中、いつのまにか包帯を巻き終えたナースさんが耳元で囁いた。

 

「あなた、いつか刺されますよ?」

「え、な、なんで……?」

「……刺された時に考えなさい」

「何のための忠告⁉︎」

「では、お大事に」

 

 しかし、それ以上は何も言う事なく、ナースさんは立ち去ってしまった。もしかして……あの人、暗殺者か何かなのか? 俺は重要な機密でも知らぬ間に握ってしまったのか? うん、絶対違う。

 少し冷や汗をかいている間に、大崎姉妹がベッドの隣に椅子を置く。

 

「なんの話してたの?」

「俺、いつか刺されるらしい」

「ああ……かもね?」

「なんでだよだから!」

 

 俺のツッコミを無視して、大崎は鞄からノートを取り出した。

 

「はい。じゃあ今日の授業、始めるよ」

「なぁ……別に俺、そこまでしてくれなくても……」

「ダーメっ。ただでさえ勉強が苦手なのに、甜花ちゃんが取ってくれたノートを写しておしまいじゃ何もならないでしょ?」

「そーだそーだ……!」

 

 くっ、甜花のやろう、ここぞとばかりに煽ってきやがって……! 

 結局、中間でも大崎のお世話になってしまった俺達は、二人平等に地獄を見た。特に、授業中に「見ないで描けるかな」と思って描いた大崎と甜花が一緒のベッドで寝ている寝顔の似顔絵を見られ、顔を真っ赤にして怒られ、終いには没収されてしまったのは恥ずかしい経験だ。

 とにかく、その地獄を見ている者同士で、さらに俺と甜花は「どっちの方が大崎に怒られるか」で足の引っ張り合いをしているのだ。どうしようもないね、オタクという生き物は。

 

「まずは、ノート書き写して。で、甘奈が『ここはどういう意味か』を説明するから」

「ええ……てか、なんでお前が甜花のノート持ってるの?」

「ここに来るまでの間、どう教えたら良いか予習してたから」

「……」

 

 ……そこまでしてくれると、俺も嫌がってばかりいないでしっかりやらないといけない。てか、なんでそこまでしてくれるんだろうな……。もしかして、俺のこと好きなの? ……いや、その妄想はやめよう。普通に気持ち悪い。

 となると……あ、もしかして誕プレをお望みか? さりげなく甜花の誕生日を教えてきた、ってことは自分の誕生日も教えることになるわけだしな。なら、少し良い奴買っていってやるか。どんなのが良いかな……。

 なんて考えながらノートを写し終えると、大崎の授業が始まる。残念ながら、例の相談がある為、練習問題を解くような時間はない。

 けど、代わりに大崎のとてもわかりやすい教え方は、すぐに頭の中に吸収された。こりゃ、二人が帰った後も復習だな。

 しばらく経って、ふと甜花が立ち上がる。

 

「そろそろ、外でレイドあるから……甜花、取ってくる……!」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

 甜花は退屈しちまってただろうな。あの手の人種はスマホ一台あれば、暇つぶしは出来るとはいえ、もう少し勉強以外のこともできると良い気がする。

 甜花が部屋から出ていくと、大崎がコホンと咳払いする。

 

「……で、どうするの?」

「誕生日か?」

「うん。部屋の準備を甘奈がすれば良いんだよね?」

「ああ、料理は任せろ」

 

 適材適所、という言葉はあるが、まぁ実際の料理の腕は、俺と大崎の間に、大差はない。バリエーションは少し俺の方が多かってくらい。

 じゃあ何故、大崎が部屋、俺が料理にしたのか? 単純だ。甜花も逆サプライズを企んでいるからだ。お互いの意思を尊重する方向でいくことにしてしまった以上、まず大崎と甜花の仕事を同じにしてはいけない。サプライズじゃなくなる。

 その上で、昨日の夜、電話で甜花が「料理を作りたい……!」と可愛らしく宣言していたので、これまたそうする事にした。

 一見、逆の方に見えるかもしれないが、そんな事はない。むしろ、大崎に料理を任せるとサクッと終わらせてしまう。そうなると、部屋に来ちゃうでしょ? それに、甜花に飾り付け任せると尚更、散らかりそうだし、それなら料理で甜花に俺がついていた方が良い。勿論、甜花には「俺が部屋の飾り付けをやる」と言うから、ずっとではないが。

 

「ところでさ、ヒデちゃん」

「何?」

「ヒデちゃんの誕生日はいつなの?」

「5月」

「終わってるじゃん!」

「まぁな」

 

 あの時はお互いギスギスしてたからな。誕生日なんてクソほどの興味もなかった。

 

「別に気にしなくて良いよ。俺、誕生日は家族にしか祝ってもらったことないけど、気にしなくて良い。今年こそとか思ってたけど、全然皆目まんじりたりとも気にしなくて良い」

「気にさせる気、満々じゃん!」

 

 冗談だよ。今年は仕方ないしね。……あれ、いや待てよ? 

 

「……あ、家族だけじゃないや。今年一回だけ祝ってもらえたっけ……」

「え、そ、そうなの? 誰に?」

「誰でも良いでしょ」

「……秘密なの?」

「いや別にそういうんじゃないけど」

 

 ちょっと説明しづらい人だから。雑貨屋の女の人って自分とどういう立ち位置なのか分からないし。

 しかし、誤魔化したのが気に食わないのか、大崎はムスっと頬を膨らませる。

 

「っ、な、なんだよ?」

「どういう関係なのっ」

「え、べ、別に普通に近所のお姉さんみたいなもんだから……」

「年上の異性なんだ」

「や、ホント1つ2つとかじゃなくて、5〜6個上の人だから……」

「つまり、それくらいの女のお姉さんが恋愛対象なんだ、ヒデちゃんは」

「なんでだよ。大人の女の人は確かに好きだが、別に恋愛対象ってわけじゃ……」

「さっきナースさんにデレデレしてた癖に」

「で、デレデレなんてしてねーよ!」

 

 な、何なんだよ急に……? なんか急に怒りっぽくなりやがって……。

 なんて少し狼狽えている間に、大崎は布団の上に置いてある俺の手を握り、グイッと自分の方へ引き込む。少し体勢が崩れるが、そんな事よりも胸に腕が当たっていることの方が気になってしまう。

 

「っ、な、なんだよ……?」

「そんなに……年上が、好き?」

「え、いやだから好きとかそういうんじゃ……」

 

 やばいやばいやばいやばい、柔らかい柔らかい柔らかい柔らかい、可愛い可愛い可愛可愛……じゃなくて! クソッ、文化祭終わった後あたりから、やたらとこういう揶揄い方して来やがって! 

 そっちがそのつもりなら……! 

 

「な、なんだ大崎。もしかして、嫉妬してんのか?」

「えっ……?」

「いやー、モテちゃうなー俺。はっはっはっ」

「……そ、そうだよ……って、言ったら……どう、するの……?」

「はっはっはっはっえっ?」

 

 ……え、今なんて……? と、聞こうとした直後だった。顔を真っ赤にした大崎がハッとした表情になり、俺から離れて肩をバシバシ叩いて来た。

 

「な、なーんちゃってね! なーんちゃってね⁉︎ そ、そそそそんなわけ無いじゃん!」

「っ、だ、だよな! びっくりしたわー! ナイス演技だったわー! 女優とか向いてんじゃね?」

「ホントー⁉︎ 芸能界とかー⁉︎ チャレンジしてみようかなーなんて……あはははっ、ははっ……」

「あははははっ」

「ははっ、はぁ……」

「……」

 

 ……何、この空気……。まるで告白予行演習した直後のようだ……。あの後、よくちょっとだけ寄り道して帰れたな……。

 そうこうしているうちに、甜花が戻ってきて、さらに俺と大崎は背筋を伸ばして誤魔化しの姿勢に入る。

 

「あ、甘奈トイレ……!」

「えっ、な、なーちゃんっ……?」

 

 逃げるように出て行った大崎。うん、まぁ少し助かる。このまま二人で冷静に授業なんて受けられそうになかったし。

 そして、それは甜花にとっても良いタイミングだった。

 

「そ、それで……ヒデくん……!」

「何?」

「お誕生日の日、作る料理なんだけど……」

「あ、ああ。何が良い?」

「北京ダック!」

「練習の時に使う食材がいくら掛かるかも考えような。大崎に買うプレゼントの金も無くなるぞ」

「ひぃん……そ、そうだった……」

「順当にケーキにしとけ。俺が教えるんだから、アレンジ加えなきゃどうとでもなるよ」

「よ、よろしくお願いしましゅ! ヒデくん先生!」

「任されよ」

 

 ……バイトしてえな。なんにしても、金が足りなさすぎる。俺からも二人に何か買ってやりたいし。

 

「……」

 

 無理だろ……。桑山さんのところでなるべく安い奴……や、でも値段を気にして買ったものを喜んでもらえるか分からんし……いや、少なくとも大崎にはかなり世話になってるから良いもんあげたいし……。

 

「……」

 

 退院するまでの間、ずっと悩みは尽きなかった。

 

 



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プレゼントにかけるべきは金ではなくエンタメ。

 退院してからも、しばらくは松葉杖。片足首折れただけで、移動には両腕と残ったもう片方の足を使わなければならない。やっぱり、怪我なんてするものではないね。

 移動がかなり不便になったにも関わらず、入院する前より遥かに忙しくなった。

 現在はテスト期間。あと一週間で試験が始まる……にも関わらず、まず昼休み。勉強を教わると銘打って、屋上で飾り付けの相談。

 

「大体、準備は整ってきたよ。あとは当日、飾るだけ」

「クリスマスも兼ねてるから、ミニツリーとかの用意は?」

「元々、うちにある奴使うよ」

「それにさ、デビ太郎とかA○EXのストラップとか飾ったら面白いんじゃね?」

「わっ……良いかも」

「って思ったから、色々持ってきてあるよ」

 

 言いながら、手に持ってる紙袋をひっくり返す。落ちたのは、俺がハマっていたゲームやアニメ、漫画のキーホルダーだ。中には自作したものもある。

 

「あ、その袋それだったんだ……。もう、怪我してるのに荷物増やすようなことして」

「良いんだよ。使えそうなもんがあれば持って帰ってもらうから」

「……あ、うん。まぁ良いけど」

 

 そんなわけで、飯を食べながら二人で中のキーホルダーを漁る。

 

「これ何?」

「グフの盾」

「グフ?」

 

 イントネーション。なんで俺が言った後で間違えるんだよ。

 

「モビルスーツだよ。ガンダムに出てくる青い巨星」

「いやそう言われても分からないけど……あ、これ可愛い! これは?」

「アシマリ。俺が大好きなポケモン」

「はえ〜……甘奈もこれ好きかも。……気が合うかもね?」

 

 っ、そ、そういうのやめよう! てか、そもそも甜花のこと大好きな時点で趣味が一緒なのはわかってるだろ。

 そんな中、大崎が「あっ……!」と嬉しそうな声をあげて一つのストラップを手に取る。

 

「これ、プラウラーじゃない⁉︎」

「ああ、そうだよ」

 

 プラウラーとは、みんな大好きA○EXに出てくるサブマシンガン。ケアパッケージという救援物資からしか出て来ない特殊なSMGだ。装填数35、単発15ダメージの上、鬼の連射速度を誇る最強のSMGだ。現在のケアパケ武器では、トリプルテイクの次に使いやすい。

 ……甜花はともかく、大崎みたいな最近の女子高生がSMGを見て喜ぶようになったのは、俺の所為なのだろうか? 

 俺の複雑な心境を他所に、目を輝かせた大崎は聞いてくる。

 

「これどこで買ったの⁉︎」

「自作した」

「自作⁉︎ 何者ほんとに⁉︎」

 

 や、そんな大したもんじゃないよ。プラ板とプラモのランナーとかを削って色塗って重ねただけだから。

 よーく見れば手作り感に気付くと思う。引き金とか引けるように細工したかったんだけど、流石に無理だった。

 

「でもなんでプラウラー? あんまりケアパケ武器好きじゃないって言ってなかった?」

「昔は普通に落ちてる武器だったんだよ。5点バーストのサブマシンガンで、セレクトファイアってポップアップをつけるとフルオートに出来る奴」

「そうだったんだ……」

「その時、愛し過ぎてて自作した。他にもほら、EVA-8、ウイングマンのもある」

「す、すごい……ね、甘奈にR-301作って!」

「今度な」

「やたっ……!」

 

 ……う、嬉しそうに……。これは、下手なもの作れないぞ。

 他にも、色々あるデビ太郎やらキングワルりんやらモンスターボールやら、もうやっていないゲームのキャラまでいくつか見繕い、俺が持ってきたビニール袋に大崎はしまった。

 

「えへへ、たくさん借りちゃった。ありがとう!」

 

 ……あげないからね? 貸すだけだからね? 

 

 ×××

 

 さて、昼休みが終わった後は、放課後である。これまた勉強をする、という名目で甜花とケーキ作りの練習。場所は大崎家。

 ちなみに、大崎も一緒。名目は「俺がクリスマスに作るケーキの試食だけど、甜花には料理を教えてあげるって伝えてある」という頭がこんがらがりそうな理由である。

 

「とりあえず、今日のはチーズケーキな」

「おお〜……美味しそう……!」

 

 完成し、甜花と一緒に大崎の前にお皿を置く。早速、フォークで先端を割いて掬った大崎が口へ運ぶ……様子を、甜花は目を爛々とさせながら緊張気味に眺めていた。可愛い。

 もぐっ、もぐっ……と、咀嚼してから、大崎は思いっきり目を見開く。

 

「美味しい!」

「にへへっ……」

 

 甜花が嬉しそうにはにかむ。俺は隣で指示出してただけ。作ったのは甜花だからな。

 

「美味しいのは結構だが、どのケーキが良いか教えてくれよ。てか、なんなら小さいケーキを少しずつ作ってやっても良いけど」

「うーん……それやると、体重が……」

「なーちゃん、全然太ってない、よ……?」

「や、甘奈じゃなくて甜花ちゃんの……」

「ひぃんっ……⁉︎」

 

 まぁ俺も冗談のつもりで提案したから。とりあえず、二人で試食する様子を眺めながら、俺は台所の片付けを進めつつ、話しかけた。

 

「それなら、残りは両親に取っといてやれよ。お前ら、試食だからって食い過ぎると死ぬぞ」

「……た、確かに……?」

「ぱ、パパならもう手遅れだし、いくら食べても平気だよねっ!」

 

 ひでぇこと言いやがる……。俺もいつか将来、娘が出来たらこんな態度を取られるんだろうか? そんなの、普通に死にたくなる。妹でさえ溺愛しているのに、俺が娘を溺愛しないわけがないからな。

 ……ていうか、まず果穂に反抗期が訪れたらと思うと……。

 

「……」

 

 ……考えるのはやめよう。ただでさえ疲れてるのに。

 や、ホント甜花に料理を教えるのは大変だよ……。やる気十分なのは良い。ちゃんと邪魔にならないよう、長い髪をサイドポニーに束ね、腕捲りをしてエプロンもデビ太郎のクソ可愛い、鼻血出そうになる程、似合ってる奴で死にそうになる。

 その上、素直でありがたいんだけど……たとえば、生クリームを仕立てるために泡立て器使う時も、ボウルをひっくり返すのは一度や二度じゃない。包丁を使う時だって、指が真下に来ることもある。

 こっちの心臓がヒヤヒヤだよ……。甜花に泣かれると俺も嫌だ、というのもあるけど、何より大崎に殺される。ちょうど包丁あるし。

 

「……はぁ」

 

 片付け大変だよ……。片足使えないから尚更……。でも、一応教えている立場の俺が片付けをしないと不自然だ。二人が食べている間に、手早く片付けねえと……。

 

 ×××

 

 大崎家での仕事を終え、ようやく帰宅……と、思ったが、まだダメだ。二人の誕プレを買わなければならない。

 そんなわけで、退院してから色んなショッピングモールを見てまわっている……が、やっぱダメだ。何を渡せば良いのか分からん。果穂ならヒーロー系のものを渡せば安パイだが、他の女子ならそうもいかないだろう。……いや、二人ともデビ太郎関係の何かをやれば喜びはしそうだな。

 しかし……そうなると、キャラ物グッズはかなり値段が終わってるし、格好つけて甜花の料理練習の材料費を少しだけ出してあげたりとかしている身としては、あんま高いのは勘弁だ。

 

「……やはり、アレしかないのか」

 

 桑山さんに頼るしかないか……と、思いながら、松葉杖を付いていると、後ろから「ヒデちゃん……?」と声を掛けられる。振り返ると、桑山さんが驚いた目をしていた。

 

「あ、どうも……」

「どうしたの? その足」

「あ〜……ちょっと、ヤンチャしちまいまして……」

「あらあら……もしかして、普段しない行動をして怪我した、みたいな?」

「……」

 

 なんで分かるんだよ。エスパーかあんたは。

 あの時の話はいまいち原因を思い出せないだけあって話したくない。それより、話を逸らそう。

 

「桑山さんは仕事は?」

「買い出し中よ」

 

 確か、全部手作りの店なんだっけ? つまり、その袋の中は材料とかそういうのか。

 ここで会えたのはちょうど良いや。とりあえずお店にお邪魔して、何か選ぼう。

 

「桑山さん、今からお店お邪魔して良いですか?」

「良いけど……果穂ちゃんのクリスマスプレゼント?」

「あ、いえ。今日はちょっと別の……」

「あ、前に言ってたクラスの子?」

「まぁ……そうですね。特に、片方には世話になったんで、良いの買いたいんですけど……どんなのが良いかなと思って……」

 

 ……なんすか、その生暖かい目は。

 

「ふふ、クリスマスに、女の子にプレゼントなんて……本当に仲良しになったのね?」

「や、そういうんじゃないんで。世話になったから……」

「はいはい。で、どんなの渡したいの?」

「それが困ってましてね……その子の姉と俺の妹にも渡したいし、でも資金は最大限度額5000円しかなくて……どうしたら良いですかね?」

「……」

 

 すると、少しむっと考え込むような姿勢を取る。仕事中なのにこんな質問にも真剣に考えていただいて……どうもありがとうございます。

 しばらく黙り込んだ後、ふと何か良い案が浮かんだのか、笑顔で提案してくれた。

 

「手作りとかどう?」

「……は?」

 

 いきなり何を言い出すんだこの人は。

 

「ヒデちゃんが作れば、コストなんてかからないでしょ?」

「それはそうですけど……でも、特に妹の方には入院中、めっちゃ世話になったんで、良いもん渡したいんですよ」

「良い物、を決めるのは貰う側だよ? 要するに、気持ちが大事にも限度があるから、女の子にウルトラマンの人形とか送っても仕方ないけど、想いが篭った物をあげれば大体、喜んでくれると思うよ?」

 

 ……前も思ったけど、ほんとこの人ロマンチストだな。学生時代、かなり憧れたんじゃないだろうか。

 でも、この人の事だ。憧れなくても普通にモテてそう。だって胸とか死ぬ前に一度は揉んでみたいと思えるほど柔らかそうだし。

 ……っと、そんなことよりも、相談だ相談。手作りって言うと、飯とかか? 

 

「でも、俺もうだいぶ二人に手作り料理ご馳走してますし……今更、手作りのもんを渡して喜ぶかは……」

「手編みの物とかは?」

「え、使える物ってそういう?」

「うん」

 

 手編みか……一応、出来なくもない。経験はあるけど、それでも素人に毛が生えた程度。

 ……でも、金がないのも確かなんだよな……。

 

「コツだけなら、教えてあげられるよ?」

「え、桑山さんがですか……?」

「うん」

 

 ……ここまで言ってくれているんだ。お言葉に甘えて良いかもしれない。

 

「じゃあ……よろしくお願いします」

「うん。じゃあ、早速今から見てあげるね」

 

 ふっ、これから更に忙しくなるぜ……。でも、もう頑張るしかないさ。

 

 



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思い掛けないダブルワーク。

 さて、そうこうしているうちにクリスマス当日となった。試験をなんとか終えた俺達は、そのままの足で大崎家に向かった……のだが、とりあえず昼飯は外で食うことになり、ファミレスに立ち寄ってからきた。食ったもの? もちろん安いパスタ。ドリンクバーも控えた。

 さて、ようやく家に到着した。

 

「えーっと、クリスマス会は大崎の部屋で良いんだよな?」

「うん!」

「悪い、その前に俺トイレ借りるわ」

「どうぞ」

 

 まぁ、尿意も便意も無いわけだが。お互いの役割を話し合う前に俺が消えないと、あの二人は各々の立ち位置に立たないだろう。だって、部屋の飾り付けをする大崎には、俺は料理すると言ってあるし、逆に料理をする甜花には、部屋の飾り付けをすると言ってある。

 お互い、サプライズのつもりなので、二人きりになれば離れたがるはずだ。案の定、トイレから出ると二人とも各々で暮らしている。

 とりあえず、持ってきた荷物はリビングに置いといて、まずは近い甜花から会いにいくか。

 

「おう、甜花。やってる?」

「う、うん……! やってる、よ……?」

 

 まだ仕込みの段階。チョコレートケーキにしてみたが、まぁ割とたくさん練習したし、ちょいちょい俺が見に行けばなんとかなる。

 

「困ったらスマホで呼べよ? 俺はいつでも手伝いに来るからな?」

「あ、う、うん……! なーちゃんは?」

「今、甜花の部屋を片付けてるよ」

 

 そういう事にしておかないと、家にいるけど自分の部屋にもリビングにもいないこの現状はどうしても不自然になってしまう。

 

「にへへ……や、やった……! 一石、二鳥……!」

「難しい言葉知ってるんだな。すごいな」

「こ、これは……一般常識……! 甜花のこと、バカにしすぎ……!」

 

 ムクれながら俺の肩をポコポコ叩く甜花。可愛い。

 

「冗談だから、集中しなさい。慣れてきた自称中級者ほど痛い目見るんだよ、何事も」

「むぅ……わ、分かった……!」

 

 それだけ言って、とりあえずキッチンを後にした。一応、甜花には部屋の飾り付けをすると伝えてあるから、キッチンにいつまでもいるわけにはいかない。

 ヒョコヒョコと歩きながら、大崎の部屋に向かった。扉を開けると、大崎は手早く飾り付けを進めていた。割と壮大な計画にしておいた為、時間掛かるはずだ。

 

「大崎、どうだ?」

「あ、うん。順調だよ。ケーキは?」

「始まる前に様子だけ見にきた」

 

 適当に返しながら、部屋の中を見回す。本当に手際良いなこいつ、もうツリーの飾り付けが終わってる。……その飾りが銃だったりゲームのキャラだったりしてるが。

 ……すげぇな、大崎。勉強も出来て家事も出来て面倒見も良くて、この手の飾り付けの仕事も早くて……ほとんど完璧超人じゃん。

 このままだと、大崎の方が準備早く終わり兼ねない。そうなると、甜花が料理しているところを見られるかもしれない。

 

「あ、そうだ。大崎」

「? 何?」

「この前言ってたR-301のストラップ作ったよ」

「え、見せて見せて⁉︎」

 

 本当は、プレゼントと一緒に渡す予定だったものだ。でも、まぁよくよく考えたら甜花の分のこれは用意出来てないし、少しでも作業を止められるなら今、渡した方が良い。

 すぐに俺の目の前に来た大崎に、ストラップを手渡す。

 

「おお〜……! す、すごい……綺麗……!」

「久々だし、あんま上手くないかもだけど……」

「いや、上手だよ! ……これ本当にプラ板で作ったの?」

「まぁ、一応」

 

 まるで少年のように目を輝かせてストラップを見回す大崎。こいつもホント、素直になったもんだよ。夏休みとかに俺がこれ渡したら、目の前でへし折られそう。

 ……あっ、へし折れると言えばそうだ。

 

「それ、鞄とかに飾らない方が良いよ。ストラップになってはいるけど、銃身クソ脆いから」

「えー、勿体無いなぁ……」

「ストラップは何もつけなきゃいけないわけじゃないよ。俺も前までは銀魂の根付ストラップとかカバンに付けてたけど、刀身折れたりするから家に飾るようにしてる」

「ふーん……」

 

 俺、割と趣味に関しては完璧主義なとこも少しだけあるから、折れたりしたらもうそれ要らなくなっちゃうんだよな。

 

「ちなみにこれスキンは?」

「デフォルトの。基本、黒だから作りやすかったんだ」

 

 レジェンダリースキンとかだと形さえ変わるからやりづらいのよ。

 

「じゃあ……どうしようかな。机の上に飾っちゃうね」

「お好きにしてくれ」

 

 なんて話しているときだ。スマホが震える。画面を見ると、甜花から呼び出しだ。

 

「っと、そろそろケーキ作りに戻るわ」

「あ、うん。おいしいのお願いね?」

「はいはい」

 

 適当な返事をしつつ、俺は一階に戻る。呼び出した、という事は何か問題でもあったか? 

 台所に顔を出すと、甜花が涙目でこっちを見ていた。その足元には、ココアパウダーがぶちまけられている。チョコレートクリームを使っている最中に肘でもぶつけたのだろう。

 

「任せろ。何とかしてやるから、甜花は料理を続けて」

「あ、ありがと……」

 

 まだ足を自由に動かせるわけではないので、掃除機で吸うしかな……いや、埃が舞うな。箒を借りてはじに寄せ、埃が舞わないかな? って距離で掃除機で吸い取った。

 

「……甜花、手伝おうか?」

「だ、だいじょうぶ……! 甜花、一人で頑張る……!」

「や、大崎の方が早く終わっちまったら、それこそ困るでしょ。下に来ちゃうよ?」

「あ、そ、そっか……」

「手伝うのは下処理だけだから。例えば、チョコレートクリームは俺が仕立てるから、生地とかやっちまえよ」

「わ、分かった……!」

 

 ……うん、これで時間短縮。一緒に練習したのが幸いしたな。レシピは頭に入ってる。

 そのままとりあえずクリームだけ完成させ終えると、またスマホが震える。大崎から呼び出しのチェインだった。

 

『ちょっと、上の方届かないから手伝って』

 

 何の話だかわからないが、とりあえず天井か壁の上の方につける飾りだという事は分かった。届かないってそういうことでしょ。

 

「甜花、これチョコクリーム。そろそろ上行くわ」

「あ、う、うん……!」

 

 それだけ話し、再び二階へ。扉を開けると、大崎がキャスター付きの椅子に乗って天井に紙の鎖を貼り付けていた。

 

「あれ、大崎?」

「あ、ごめん。椅子使えば何とかなっちゃった」

「あ、そう」

 

 ……まぁ良いか。でも、その上に乗るって、普通に危なくない? 

 と、思った時だ。案の定、キャスターがグラリと揺れた。あ、やばっ……。

 

「えっ……?」

「あぶねっ……!」

 

 反射的に、身体が動いた。が、忘れてた。俺、松葉杖だった。

 そして、杖の先端が落ちていた紙の上に乗り、ズルリと滑る。お陰で、ヘッドスライディングしてしまった。

 

「あへ?」

 

 そんな呟きと共に、大崎の真下に滑り込む。まぁ、真下に滑り込んだわけだから……当然、真上に大きなお尻が落ちてくるわけで。

 

「げへぇっ⁉︎」

「あいたぁっ……くはないけど、だ、大丈夫⁉︎」

 

 すぐに真下にいたのが俺だと気づいたようで、慌てて上から退いた。でも、大ダメージです……腰と、あと足首にダメージがいかないよう強引に曲げた股関節に……。

 

「い、いでで……お、重かった……あ、いや体重じゃなくて衝撃が」

「今はそんなフォローいらないよ! 立てる?」

「お、おう……」

 

 言われて、とりあえず手を借りて立ち上がり、ベッドの上に座らせてもらった。

 その俺の前で、足の心配をするようにしゃがむ大崎。

 

「だ、大丈夫……?」

「大丈夫だから。……てか、キャスター付きの椅子は危ねえだろ。そういうのは俺やるから」

「ご、ごめん……」

 

 ……いや、まぁそこまで凹まれると困るんだけど……。果穂が俺の作ったシャアザクのツノを折ってマジギレしそうになった時と同じ顔してやがる……。ツノがないシャアザクって、一般兵がシャアのコスプレしてるだけだからね。

 なんとなく、妹と姿を重ねてしまい、思わず手が動いた。

 

「はいはい、気にするな。それより、甜花が来る前に飾り付けしちゃわないと」

「ーっ……」

 

 やってから気づいた。つい、頭を撫でちまっていた。同級生の女の子の頭を。

 慌てて、手を引っ込める。ヤバい……最近は関係も良好になってきたと思ったが……流石に気を抜き過ぎたか……? と、思ってると、隣の大崎が俯いたままながらに、視線だけこちらに向けて呟くように言った。

 

「……も、もう少しだけ……続けて……?」

「え……あ、ざ、座布団役?」

「じゃなくて……その、ナデナデ……」

「……」

 

 ……え、ていうかナデナデって言い方可愛い……じゃねえよクタバレ俺! 

 

「……ほ、ほら……はやく……!」

 

 視線も感じなくなるほど、さらに俯く大崎。っ、な、なんだこの感じ……? まるで、甜花のよう……いや、甜花以上の妹属性を感じさせるこの大崎は一体……? いや、大崎は妹じゃん実際。つまり、このままでも全然、正しいわけで……いやしかし、そしたら甜花は姉という事になってしまう。え? いや甜花は姉じゃないよ。大崎と双子で少し早く生まれた妹だよ。つまり、大崎も甜花も妹なわけで……あれ? なんか何言ってるかわからなくなってきた。

 や、そんな場合じゃなくて、えーっと……あ、頭? 撫でれば良いんだっけ? と、とにかく大丈夫だ。撫でる、撫でる……もう甜花にも果穂にも何度もやって来たこと。今更緊張なんてする事ぁ、ない……はずなのに、手が……頭上に置かれたがらない……! 

 プルプルと震える手が、まるでハンドパワーでも行おうとしているように見えてきた時だ。いつの間にか、大崎が視線を上に向けていた。少し不満そうに。

 

「……いくじなし」

「えっ?」

「んっ……」

「っ……」

 

 ヒヨっていると、大崎から頭を上げて俺の手に触れてきた。思わず、それに乗じて頭を撫でてしまう。……うわ、てか髪サラサラ……それに、普通に頭近いというか……シャンプーの香りがふわっと鼻まで届いて……。

 どうしよう、女の子の髪を梳くの、少しハマってしまいそうな……。そういえば、女の子ってこういう綺麗な髪をさらに纏めたりして、オシャレもするんだよな……。

 

「大崎」

「何?」

「髪結んでも良い?」

「え……?」

 

 ……あ、やばっ。興味本位で言っちゃったけど、普通あり得ないよな。女の子の髪を結ぶ男なんて。

 

「あー、悪い。何でもない」

「良い、よ?」

「え?」

「……だから、髪……お願い……」

「……」

 

 ……良いんだ。じ、じゃあ……えっと、とりあえず……どうしよう。髪を結ぶ知識なんて、ゆるキャンくらいしかないし……。

 ……それで、やってみるか。うん。

 絵や工作、料理なんてやってると、少しずつ俺にも「ものづくり」の感覚が芽生えて来たみたいだ。

 サラサラの髪をグチャグチャにしないように……尚且つ、大崎が綺麗に見えるように……その上で、まんまゆるキャンではなく……たとえば、チャイナ服が似合いそうに二つ作って……よし、出来たっ。

 

「大崎、こっち見て」

「? っ、わっ」

 

 カシャっと音がした後、大崎は顔を背ける。……が、遅い。普通に撮れた。

 

「ち、ちょっと、いきなり撮らないでよ⁉︎ 今、すごいアホっぽい顔してなかった⁉︎」

「はい。これ」

 

 鏡がどこにあるか分からなかったんだよ。スマホを差し出すと、大崎は意外そうに目を丸くした。

 

「わっ……お、おだんご?」

「似合うかなーと思って」

「……」

 

 ……鏡を見せたんだけど、なんかリアクション薄い……? と、思ったのも束の間、鏡に写った大崎の顔は、ほんのりと赤い。

 

「……そ、そっか……似合いそうな髪型に、してくれたんだ……」

「……」

 

 ……そ、そんな喜ぶなよ……。こっちまで恥ずかしくなってくるだろ……。

 ようやく俺の前から退いた大崎は、ポーチから手鏡を取り出し、自身の顔を見る。すると、また再び嬉しそうにはにかんだ。

 

「てか、上手だねーヒデちゃん。経験あるの?」

「や、ないけど……」

「どれだけ手先器用なの……その器用さ、勉強に活かせないの?」

「どんなに強い柔道家がいても、時速140キロを超えるストレートは投げられないだろ。要はそういう事だ」

「いや、全然違うと思うけど……ま、いいや☆ ありがとね」

「ーっ」

 

 あ、ダメだ今の……。まるで目の前に瞬間移動されて、かめはめ波を撃たれたような、そんな感覚。消えちゃう。てか、消えよう。

 ちょうど良い事に、甜花からヘルプのチェインがくる。

 

「っ、そ、そろそろケーキの様子見てくるから!」

「あ、うん。よろしく」

 

 逃げるように部屋から出て行った。クソッ、なんなんだ一体。

 すぐに台所に到着した。そこには、両手を汚したままの甜花が涙目で立っていた。

 

「甜花、どうした?」

「あ、ごめん、ね……? 袖が、下がってきちゃって……」

「あ、ああ。今やるよ」

 

 慌てて甜花の袖を捲る。今、割と長いこと上にいたし、しばらくここで甜花の様子見ててやるか。というか、上にあまり行きたくない。

 

「ほい。他に何かあるか?」

「う、ううん……特にないよっ」

「え、いや何でもやるよ? 何なら俺が作るよ?」

「だ、だいじょうぶ……!」

「何でもいいから役割を振ってくれよ! 他に何かあるだろ?」

「ひぃん……し、しつこい……」

 

 うぐっ……ま、マジかよ……てか、周りに呼ばれない時、俺は逆にどうしたら良いんだ? 

 と、迷っている時だった。たんったんったんっ、と階段を降りる音が聞こえる。

 

「ヒデちゃーん、何度も悪いんだけど……」

 

 っ、やばっ。甜花が作ってるのバレる……⁉︎

 

「甜花、隠れろ」

「え、ど、何処に……⁉︎」

「とりあえずしゃがんでて!」

 

 甜花を座らせながら、腕捲りをして手を洗い、そのまま捏ねる生地に突っ込む。それと同時に、大崎がリビングのカウンター越しに台所を覗き込む。

 

「よ、呼んだか?」

「うん。そういえば、まだ飾り付けしてくれてなかったなって」

「あ、ああ……悪い」

 

 そういや忘れてた……と、思いながら、頬を掻く。こういう何かを誤魔化す場面ってどうにも慣れねえな……。

 

「今、行くから」

「あ、ちょっと待って」

「?」

 

 って、え、な、なんでこっちに来る……? 少し狼狽えつつ、甜花がいた場所を見下ろす。バレるぞこれ、と思ったら、棚の扉を開けて、その後ろに隠れていた。おお、甜花にしては機転がきいてる。

 

「? ど、どうした大崎?」

「ん、手にクリームつけたまま顔触るから」

「え?」

 

 言いながら、大崎は指で俺の頬を拭うと、少し辺りを見回してから、その指をぺろっと舐めた。

 

「「!」」

 

 っ、こ、こいつ……何してんだよ……ホントに。

 

「えへへ、甜花ちゃんには内緒ね?」

 

 ……ごめん、それ無理。

 

「……それクリームじゃなくて生地だから」

「あ……だ、大丈夫だったかな、食べちゃって」

「まぁ少しなら平気だろ、今行くから、先に上行ってて」

「あ、うん!」

 

 とりあえず、手を洗いながら頬を撫でる。何なのあいつ……ちょっ、マジでなんなの……? 

 一人、狼狽えている中、ガタッという音がする。その方向を見ると、少し頬を赤らめた甜花がこっちを見ていた。スマホを構えて。

 

「なーちゃん……だいたん……」

「おい、なんだそのスマホ」

「激写……」

 

 画面を見せてきた。大崎が俺の頬に手を添えている。後頭部しか映っていないのが災いした。キスしてるように見える。

 

「てめっ、ざっけんな消せ⁉︎」

「い、いやだー!」

「こんな時にだけしっかりした拒絶を見せるな!」

「そ、そんなことより……なーちゃん、呼んでたのに……上、良いの? ていうか、なーちゃんと上で何してるの?」

 

 っ、うわやっべ……! そうだった。甜花には隠さないとじゃん……! 

 

「飾り付け、とか言ってたよね……?」

「あー……な、そ、そう。今、上で甜花の部屋を片付けてんの」

「えっ、ほ、ホント⁉︎」

「じゃないと、大崎が時間を持て余しちまうだろ?」

「にへへ……や、やったぁ……! 甜花、年末もお母さんに文句、言われない……!」

 

 ……嘘、とは言いづらいな……。仕方ない。甜花と大崎から呼び出されなかった時は、甜花の部屋を片付けるとするか……。

 

 



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お誕生日

「ふぅ……こんなものかな」

 

 大崎甘奈は、飾り付けを終えた部屋を見て、ほっと一息つく。完璧だ。ツリー、垂れ幕、紙の花、くす玉、全てが程よく並べられている。

 後は、彼がケーキを用意してくれるのを待つだけだ。……というか、彼は今、どんな塩梅だろう? 様子を見に行こうか……と、思い、部屋を出ようとした時だ。ちょうど良いタイミングで秀辛が部屋に入ってきた。

 

「終わったか?」

「うん、終わったよ。そっちは?」

「終わった」

 

 なら良かった、と甘奈は胸を撫で下ろす。これで準備は完璧だ。

 

「どうする? もう始める?」

「そうだね。じゃあ、甘奈が甜花ちゃん呼んで……」

「あー待て待て。俺が呼びに行くから。大崎はベランダで待ってて」

「え、な、何でベランダ……?」

「や、ほら。サプライズでしょ? 俺が『入って来い』って言ったら、甜花が入って来るから、それと同時にベランダから入ってきて、クラッカーでも鳴らしてやれよ」

「なるほど……」

 

 悪くない、悪くないな……と、思いつつ頷いた。

 

「うん、それでいこう」

「じゃ、はい」

 

 部屋の中に掛かっているハンガーから、秀辛はコートを差し出す。

 

「外寒いから、防寒しとけよ」

「……あ、ありがと……」

「じゃ、呼んで来る」

 

 それだけ言うと、秀辛は廊下に出ていった。別に、ここは甘奈の部屋なのだし、コートなんてわざわざ貸してくれることなんてない。

 でも、そういう気遣いが、何だか嬉しい。もうコートなんていらないくらい、頬が熱くなっているのを感じながらも、一応秀辛のコートに身を包んで、ベランダに出た。

 

「……ほっ」

 

 不思議と、外は寒くない。コートのお陰だけではない。頭についてる二つのおだんご、彼の頬についた生地を取った指と、それを舐めとった口、全てが暖かく感じる。

 もう、とっくに気が付いていた。この気持ちが、恋である事は。何度か猛烈にアタックしてみて、彼自身は少なからず自分を意識してくれていると思う。

 でも、甘奈は告白するつもりは無かった。何故なら、間違いなく今の関係が崩れてしまうから。

 彼と二人きりで遊ぶのも楽しいけど、甜花も一緒に三人で遊ぶのも同じくらい楽しいのだ。それは、彼自身も同じ考えなんだと思う。文化祭でも「二人より三人」と言っていた。

 

「……」

 

 恋人になれてもなれなくても、今の関係は必ず崩れる。ああ見えて、秀辛はメンタルが弱いのだ。ちょっとしたことで気まずさを感じてしまうのだ。

 そうこうしてるうちに、扉が開く音がする。その後に続いて「入ってこい!」という言葉が聞こえた。出番のようだ。

 ま、しばらくはこのままで良い。彼とは友達以上、恋人未満の関係を続けたいと考えている。この関係が、心地よいから。

 そう思いつつ、ベランダから飛び出し、クラッカーを鳴らした。

 

「甜花ちゃん、誕生日おめでとう〜!」

「なーちゃん、お誕生日、おめでとう……!」

 

 ほぼ同時だった。流石、双子。部屋に入った大崎は目を丸くして固まってしまい、甜花も驚いたようにケーキを構えて固まる。

 

「「……え?」」

 

 あれっ? と、二人して目を丸くしつつ、中心にいる片足ギプス男に目を向ける。

 

「ひ、ヒデくん……? ど、どういう……こと?」

「甜花ちゃんのサプライズって、甘奈……言ったと……」

「……という、お悩み相談が二件ほど届いた為、それらを解決するような解答を用意しました」

「「……」」

 

 二人して、目を丸くしてお互いを見る。嬉しさで、頬が赤く染まっていくのを少なからず感じていた。

 そこから先の動きは、お互いに緩やか且つ衝動的なものだった。気がつけば、クラッカーを放り投げ……或いは、ケーキを机の上に置き、お互いにハグしていた。

 

「うええ〜……! 甜花ちゃーん、ありがとー!」

「にへへっ……! な、なーちゃん……こちらこそ、ありがとう……!」

 

 お互い、目尻に涙を浮かべながら、キスする勢いで抱き合っていた。やはり、これが正解だ。このまま三人で仲良く、友情の三角関係のままでいたい。

 もしかしたら、これから先、甜花が他の男の人を無自覚に惚れさせてしまうかもしれない。或いは、秀辛がこの前のナースさんのように惚れてしまうかもしれない。

 それでも、甘奈はこの二人を手放したくない。だから、全力でこの関係を維持する。そう心に強く決めた。

 

「ちなみに、部屋の飾り付けは大崎がやったし、このケーキは甜花が作った。二人とも、お互いにサプライズするため、一生懸命動いてたよ」

 

 その二人に、横から秀辛が口を挟む。その意外なセリフに、一度甘奈は甜花から離れ、目を丸くしながら、ケーキを見下ろす。

 

「ええっ⁉︎ じ、じゃあ……この美味しそうなチョコレートケーキも、甜花ちゃんが?」

「う、うん……おいし、そう……?」

「うん! すごいよ、甜花ちゃん!」

「にへへ……あ、ありがと……なーちゃんも、お部屋の飾り付け、綺麗……」

「うん。ヒデちゃんから色々キーホルダーとか借りたんだよ」

「……あのプラウラーも?」

「うん! 手作りだって」

 

 そのままさらに深く抱きしめあった。ホント、頬にキスでもするんじゃないか、というほどだ。

 隣でその様子を眺めながら合掌しているバカを捨て置いて、甘奈はすぐに声を掛けた。

 

「よし、そうと決まれば早く食べようよ! ……あ、でもその前に写真撮らないと」

「そう、だね……!」

「じゃ、俺撮るよ。二人とも、並んで」

「ありがとう……!」

 

 ようやく、合掌を解いた秀辛はスマホを構える。ケーキが置かれたちゃぶ台の後ろにあるベッドに二人揃って並んで座り、肩と肩をくっ付けてピースする。

 その様子を、ケーキも映るように秀辛はスマホに収めた。

 

「ど、どう……?」

「可愛く撮れてるっ?」

「うん。尊い」

「いやそれは聞いてないんだけど……」

 

 適当な返事にげんなりしつつ、秀辛はその写真を三人のグループチェインに送った。

 

「じゃ、食べるか」

「え? 待ってよ」

「? なんで?」

「……ひ、ヒデくんも……映らないと……」

 

 二人で誘ったが、目の前の男はキョトンと小首を傾げている。本当にこういう時はアホっぽいツラをしている男だ。

 

「俺今日誕生日じゃないよ?」

 

 というか、アホそのものなのだろう。仕方なさそうなため息をついた甘奈は、わざわざ立ち上がると秀辛の手を引いた。

 

「そういうの関係ないから。せっかく、三人でお祝いしてるんだから、三人で撮るの」

「え、あそう……でも俺真ん中にするのはやめてね」

「甜花ちゃん、少し詰めて。この人隣に来るから」

「うん……!」

「お前ら話聞いてる?」

 

 完全に無視して、真ん中に秀辛を置く。少し前に三人で自撮りをした時は、甜花が真ん中だった。甘奈は写真を撮るから端っこじゃなければならない、とか、二人とも甜花が好きだから、とか色々と理由はあった。

 が、今は真ん中に甜花を置かなくても写真を撮れるようになっている。それだけでも、二人の仲が少し良くなったことを示していた。

 あの後、今度は甘奈+秀辛とか、甜花+秀辛とか、わざわざ全てのパターンを用意し、ようやく食べるターンに回った。

 秀辛が切り分けるために包丁とフォークを手に取ったが、それを甜花が横からとる。

 

「甜花が、やる……!」

「ん、ああそう」

「あ、ヒデちゃん。飲み物たくさんあるけど何が良い?」

「や、俺入れるよ」

「良いから。これくらいで気を遣わなくて良いよ」

「じゃあ……サイダー」

「はいはい。甜花ちゃんは?」

「甜花も、同じ……!」

「じゃあ、甘奈も同じで良いや」

 

 そう言って、準備を完全に完了させ、三人でグラスを持った。

 

「よし、じゃあ……改めまして!」

「二人とも、誕生日おめでとう!」

「め、めりーくりすましゅ……!」

「甜花ちゃん誕生日おめでとう!」

「「「いや、合わせてよ!」」」

 

 見事にバラバラな掛け声と共に乾杯した。

 さて、ようやくご賞味する時となった。甘奈がフォークを持ち、目の前にあるケーキの先端を割く。

 その様子を、甜花は緊張気味にゴクリと唾を飲み込む。

 

「今、改めて思えば……甜花ちゃんに料理を教えるってアレ、本当に実践用に教えてたんだねー」

「まぁな」

 

 そんな話をしながら、口に運んだ。舌の上に乗せた直後、甘奈は思わず目を見開いてしまった。

 

「っ、おいひい! これ、ホントに甜花ちゃんが作ったの……⁉︎」

「に、にへへっ……やった……!」

「やったな」

 

 甜花とハイタッチする秀辛を前に、二口目を運んだ。

 

「良かった……さっき、台所で舐めてた時は、感想聞けなかったから……」

「あん? そりゃお前、アレまだ焼く前の生地だから……」

「え? ち、ちょっと待って……甜花ちゃん」

 

 秀辛の台詞を遮って、甘奈が口を挟んだ。その表情はほんのり赤く、その時点で秀辛は「あっ……」と言わんとすることを察してしまった。

 

「も、もしかしてさ……甘奈が、ヒデちゃんの頬についてたの、舐めたの……見てた、の……?」

「……」

 

 それを聞いて、甜花はしばらく真顔のまま見つめ返す。え、甜花の顔がここまで真顔になることある? と聞きたくなる程の真顔だ。

 お陰でドッドッドッ……と、心音が加速する。有罪か、無罪か……あるいは天国か地獄か……神は振り上げた小槌をどう振り下ろすのか、審判の時を待った。

 やがて、神は動き始める。スマホを取り出し、その上を指で滑らせ、一枚の写真を選択した。

 そこには、一枚の写真が写されていた。……完璧なアングルにより、キスしようとしているように見える自分の写真が。

 

「わー! や、やめて〜!」

「なーちゃん、大胆……!」

「消して〜!」

 

 慌てて甘奈は甜花に掴み掛かる。

 甘奈が大崎を押し倒し、まるで組んず解れつしているように見える絵になり、再び合掌しているバカがいたが、その裏では甘奈は耳元で甜花に囁いていた。

 

「……あ、あとで……送ってくれ、る……?」

「……にへへ、もちろん……!」

 

 秀辛に見えないよう、親指を立てて応えた。

 

 ×××

 

 さて、それから三人はケーキを食べながらゲームをした。パーティ用のゲームをSwit○hで行い、メチャクチャ盛り上がって来た。

 しかし、流石に目の疲れを感じてきたので、三人とも一旦、コントローラを置いた。

 

「ふぅ……休憩」

「だな。腰痛いわ」

 

 腰をトントンと叩きつつ、秀辛がふと自分の鞄に目をやったのを、甘奈は見逃さなかった。先程から、ゲームをやっている最中も、チラチラと鞄を見ている。

 何となくだが、甘奈には何を気にしているのか分かってしまったが、逆に分からないこともあった。

 おそらく、プレゼントを渡す機会を窺っているのだろうが、そのくらいで彼がヒヨるのは珍しい。一体、何を買ってきたのだろうか? 

 何にしても、こちらから機会をあげる事にした。少し図々しいセリフな気もするが、用意しておきながら渡せない、というのは可哀想なので聞く事にした。

 

「ヒデちゃん、そういえばプレゼントはくれないの?」

「っ、え、な、何……?」

「や、だからプレゼント」

 

 やはり、狼狽えている。そんな中、甜花も顔を出した。

 

「わっ……あ、あるの……?」

「ま、まぁ一応……?」

「やった……な、なんだろう。にへへ……」

 

 ……何か噛み合わない空気。何故、少し恥ずかしそうにしているのか? 

 

「ヒデちゃん、どうしたの?」

「あ、あー……いや……欲しい?」

「え、何その質問。何渡すつもりなの?」

「……」

 

 これは……失敗したかも、と甘奈は冷や汗を流す。多分、本人的にはかなり大きな賭けに出たのだろう。彼のペースで受け取った方が良かったかもしれない。

 だが、それはいらない覚悟だ。例え趣味の範囲外であっても、彼から物を貰えるのであれば普通に嬉しいことだ。

 

「……大したもんじゃねえぞ?」

「それでも良いよ。気持ちが嬉しいから。……ね、甜花ちゃん?」

「う、うん……! 欲を言えば、そろそろ新しいコントローラーが欲しい……!」

「うぐっ……!」

「て、甜花ちゃーん!」

 

 割と空気が読めていない姉は置いといて、すぐに甘奈は話を戻した。

 

「と、とにかく! 何もらっても甘奈は喜ぶから、だから自信持って!」

「……じ、じゃあ……」

 

 こういう面は、少し可愛いかも、と思わないでもない。

 すると、秀辛は渋々、鞄を手に取って中を確認する。チラリ、と中を見てから、甘奈と甜花を見た。

 

「……や、やっぱりもう少し待ってくれない?」

「ホントにいくじなしだなぁ……」

「うぐっ……」

 

 ついさっきも言った気がする言葉を聞き、秀辛は冷や汗を流してたじろぐ。

 

「……笑わない?」

「笑わない」

「趣味じゃなくても?」

「じゃなくても」

「……いらなかったらいらないで良いけど、俺が見てる前で捨てな」

「捨てないよ。ていうか、普通にしつこい」

「……」

 

 ……そこまで言われてしまっては、秀辛も観念するしかないようで、鞄からそれを取り出し……取り、出し……取……。

 

「早く!」

「っ〜〜〜! あーわかったよ! もってけドロボウ!」

「ドロボウ⁉︎ って、わぷっ……!」

「ひゃうっ……⁉︎」

 

 二人の顔面に、プレゼントが直撃する。恐る恐る甘奈がそのプレゼントを顔から取ると、マフラーだった。冬っぽい白とグレー……いや、シルバーとグレーの迷彩柄のマフラーだった。

 所々、薄いピンクが見え隠れしていて、雪解けの後に訪れる春を想起させる柄となっていた。そして、マフラーの先端には「Amana Osaki」という筆記体と、その最後にアサルトライフルの刺繍が小さく入っている。

 

「わっ……す、すごい! すごく綺麗⁉︎」

「なーちゃんの……マフラー?」

「うん! ほら、見て見て甜花ちゃん!」

「ほ、ホントだ……。綺麗……!」

「甜花ちゃんのは?」

「にへへ……甜花は、手袋……!」

 

 そういう甜花の手袋は、濃紺と青の迷彩手袋だった。手首の部分には白いファーのようなモコモコしたデザインになっていて、指を入れる部分は親指を除いて4本まるまる包む袋のようになっていて、手首を包むファーの手前には「Tenka Osaki」と筆記体で入っている上に、名前の後ろにはスナイパーライフルの刺繍がついている。

 二つとも、銃のアイコンと迷彩柄であるにも関わらず、軍人的な多生臭さと鉄臭さを微塵も感じさせないようになっていた。

 

「わー! 甜花ちゃんのも、クールで可愛いね!」

「う、うん……! 綺麗だし、カッコ良い……!」

「これ何処で買ったの……何してんの?」

 

 ガバッと秀辛の方を見ると、ベッドの上で布団にくるまっていた。人のベッドで何してるんだこの人は。

 

「ねぇ、何してるの?」

「わ、わーわーわー! 聞こえなーい! 辛口レビューは受け付けてませーん!」

「いや全然、辛口じゃないんだけど……」

 

 ……どこにそこまで照れる必要があるのか……。いい加減、勉学と運動神経の能力値ゼロにした代わりに芸術面に振り切っている事を自覚して欲しい所だ。

 

「ヒデちゃん、落ち着いて? ホント嬉しいから……」

「死ーぬー!」

「甜花ちゃん……」

「ひぃん……て、甜花に振られても、困る……」

 

 二人して困った顔を浮かべる中、秀辛は布団から出て来ない。まぁ、もうしばらく放っておく事にして、改めて手袋とマフラーを見る。わざわざ刺繍を入れてもらうなんて、相当お金が掛かったんじゃないだろうか? 

 生地自体は、決して高いものではないのだろうが、デザインがその点を補うどころか余っている。

 ……というか、ホント何処で買ったのだろうか? 女性向けデザインとミリタリーを重複させ、どちらのイメージも消さず、かと言ってどっち付かずにもならないデザインなんて、簡単に出来ることではない。そもそも、その矛盾と言える立ち位置のアクセサリーを売っているお店が気になる。

 

「……ヒデちゃん、これホントどこで買ったの?」

「こーろーせーよー! どうせ俺なんかダメ人間だよー!」

「話聞いてくれないと足を蹴るよ」

「……」

 

 言われて、布団を被ったまま渋々、振り返る秀辛。

 

「……え、えっと……何処で、っつーか……まぁ……」

「うん」

「…………自分で、編んだと言うか…………」

「「……はい?」」

「ああああああああッ! 死にたいいいいいいい!」

「い、いやいやいやいや。落ち着いて、ホント」

「恥ずかしいいいいいい!」

「そういう嘘良いから。どこで買ったの?」

「だーかーらー! じーさーくー!」

 

 何でこんなに今日は会話にならないのかこの男は……と、軽く引いていると、甜花が甘奈の肩を突っついた。

 

「なーちゃん、なーちゃん……」

「何?」

「デザインから、見て取れるキーワードでググったけど、無いよ……? このマフラーと手袋……」

「え?」

「というか……このマフラーも手袋も、作ったお店や会社の名前やアイコンも入ってないし……もしかして、本当に……」

「……」

 

 二人して、改めて秀辛を見る。なんと言うべきか……本当にこの人、何なのだろうか? 人間? 

 いや、それ以前に、だ。そもそもここ最近はかなり忙しかったはずだ。なにせ、今日まで期末テスト。そうでなくても飾り付けの相談に甜花のケーキ作りの手伝い……わざわざ、今日の為に何もかも用意してくれたみたいだ。

 

「……」

 

 それを思うと、再び嬉しさが込み上げてくる。頬が赤く染まり、胸の奥が再びドキドキと高速で動き出す。

 他人の為にここまで尽くせる。そう考えるだけで彼に対する想いが、再び溢れ出そうになって来ていた。

 

「……なーちゃん?」

 

 甜花に呼ばれたのも無視して、甘奈は正面から布団を剥がしながら、秀辛を抱き締めてしまった。

 

「っ、な、なんだよ大崎⁉︎」

「……ありがとう、ヒデちゃん。これ、大事にするね……?」

「え? あ、ど、どうも……って、あれ?」

 

 今更になってハグされてる事に気がついたようで、目をパチパチと瞬きさせる。それと同時に、甜花がスマホを構えているのに気付いたが、それを止める気力が無いほど、半ば放心していた。

 

「お、オオサキさん……?」

「甘奈と、甜花を……来年もよろしくね」

 

 まるで年末みたいな事を言いながらハグされ続け、胸やら何やらがしっかりと当たっていた秀辛は、オーバーヒートして気絶した。

 

 



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合戦編
全力でお兄ちゃんを遂行する。


 ポンッ、と、シンプルな音がスマホから響く。チェインの着信音である。去年なら、例え大晦日であってもソシャゲに夢中だったが、今年はそんな事はない。例えスマホ越しでも、イベントの一つ一つを楽しむと心に決めたのだ。

 

『もうすぐ今年も終わりだね』

 

 大崎からだ。グループである以上、おそらく甜花からも来るだろう。

 

『皆さん、戦闘準備はよろしいですか?』

 

 ほら来た。何の準備だよ。

 

『おk』

 

 本当なら初詣の約束もしたかったが、二人とも帰省するらしい。富山だっけ? 良いなぁ。富山に何があるのか知らんけど、なんか羨ましい。

 とりあえず、二人に聞いた。

 

『二人とも初詣行くん?』

『行くよー☆ ヒデちゃんとも一緒にきたかったなー』

『ヒデくんは、行くの?』

『俺は行かない。お前らいないとあんま意味無いし、足もまだ完治してないし』

 

 もうすぐギプス外せるんだけど、早く治すには安静にするしかない。

 怪我の具合を診てもらったついでに、この前のクリスマスの思い出を久々に会った看護婦さんに話したら「あんた安静って言葉の意味知ってる? 死にたいの? あと、それだけの相手がいてよく私に声かけてきたね。ちゃんとどっちでも良いけど大事にしてあげなさいよ」と、とても怒られた。

 すると、向こうから返事がくる。

 

『ひぃん……この男、あざとい……』

『えへへ、ありがとね。ヒデちゃん』

 

 あれ? なんか二つとも返事噛み合ってなくない? てか、あざとくねーよ。

 

『二人は今、何してんの?』

『紅白終わって、今はジ○ニーズのカウントダウン見てるよ』

『甜花は、ゲームしてる』

 

 なるほど。まさに各々の過ごし方って感じか。でもお婆ちゃん家でまったりしてるなら、ゲームはやめような。

 

『紅白ってどんな歌手出んの?』

『R○Dとか、欅○46とか……その年話題だった人達とか、五○ひろしとか福○雅治みたいにずっと出てる人とか色々だよ』

『(誰一人分からなかった事は黙っておこう)』

『言ってるじゃん笑』

 

 ……甜花から返事がないな。多分、ゲームに夢中だ。まぁ別に良いけど。

 すると、大崎から連続してメッセージが飛んでくる。

 

『ヒデちゃんは今、何してるの?』

 

 俺? 俺は見ての通りだ。

 

『見りゃ分かるだろ』

『いや分からないし』

『編み物だよ』

『おかんか! 笑』

『妹がこれから初詣行きたいって言うから、少しでも風邪ひかないようにマフラー編んでるの』

『間に合うわけないでしょ笑』

『合わぬなら、合わせてみせよう、ホトトギス』

『何故秀吉』

 

 なんて話しながら、とりあえず編み物を終えた。マフラーを完成させ、とりあえずそれを机の上に置く。

 

『出来た』

『早くない⁉︎』

『編み始めたのが二時間前だからね』

『あ、なるほど。写真送ってー』

『恥ずかしいから嫌だ』

『いやそんな所で素直になられても……』

 

 だって恥ずかしいもの。ストラップや料理とかならセーフでマフラーはアウト、というのは我ながらよく分からないが、とにかく恥ずかしいんだよ。

 今回のは、赤とオレンジの二本ライン。シンプルだが、太めのマフラーにしたので、最近流行りのタテに折ってから巻くスタイルを想定してみた。

 

「果穂ー」

「何? お兄ちゃん」

「マフラー出来たよ。ちょっと巻いてみて」

「はーい!」

 

 俺の前にちょこんと座る果穂の首周りに、俺はマフラーを通して巻いてみる。まずは縦に折って、その後は横半分の所で折り畳んで、首の後ろに通して……。

 

「ごめん、襟足上げてくれる?」

「あ、うん」

 

 髪を上げた果穂の首の後ろを改めて通し、折り畳んだ隙間に先端を通して……よし、完成っ。

 うん、赤とオレンジの面が見え隠れして、割と思った通りに出来た。

 

「どう⁉︎」

「ん、まぁ……二時間しか無かったから、こんなもんか。次はもう少しカッコ良い奴作ってやるよ」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん! これで十分だよ?」

 

 うぐっ……な、何で素直で良い子なんだ……! 思わず、涙が……! 

 

「お兄ちゃん?」

「何でもないよ。お母さん達に見せておいで」

「うん!」

 

 それだけ言うと、とりあえず俺は両手を軽く振る。ふとスマホを見ると、大崎からまたチェインが来ていた。

 

『今暇?』

 

 ? なんだ? 

 

『どうした?』

『電話しても良い?』

『良いけど何で?』

『声、聞きたいから』

 

 ……なんだよ。いきなり……や、良いけど。一昨日まで毎日ゲームやってて、声なんて何度も聞いてるのに。

 すると、すぐに電話がかかって来た。ちょっ、待って。まだ心の準備が……。

 

「もしもし?」

『あ……ヒデちゃん? 甘奈』

「分かってるよ。……どうした?」

『だから、声聞きたくて。甜花ちゃん、ゲームに夢中で相手してくれないし、お婆ちゃん達はもう寝ちゃってるし』

 

 ああ、まぁお年寄りだもんな。わざわざ遅くまで起きていられないのだろう。例え年末でも。

 ……でも、声が聞きたくて、とか言われちゃうと、やっぱ普通に気恥ずかしいんだけどね……。お前は俺の恋人かって思っちゃう。

 

『……』

「……」

 

 ヤベェ、改めて電話したけど……何話して良いのか分からん……。文面ではあんなに饒舌だったってのに……。

 

「あ、あー……大崎? そういえば、そろそろ今年も終わるけど……来年は同じクラスになれるかな?」

『え? あ、あー……どうだろ?』

「来年は修学旅行だし、同じクラスになれると良いな?」

『う、うん。そうだね』

「……」

『……』

 

 もっと広げろよ、この野郎。

 

『あっ、し、修学旅行と言えば……来年どこに行くか知ってる?』

「エジプト?」

『や、どんなチョイス? 知らないの?』

「知ってる。ハワイだろ?」

『そうそう! 気をつけようね、ハワイって意外と雨が多いから』

「英会話はお前に任せるからな」

『いやそこは一緒に頑張ろうよ……。甜花ちゃんにカッコつける良い機会だよ?』

「や、もうゲーム以外でカッコつけるのは諦めた。そもそも特技が料理、絵、何かの創作の時点でカッコ良くねえ」

『そんな事ないと思うよ?』

 

 え? い、今なんて……? と、いう俺の心の中の疑問に応えるように、大崎は続けて言った。

 

『文化祭最終日、四つのコンロを独占してる時のヒデちゃん、カッコ良かったよ?』

「……」

 

 ……っ、こ、こいつ……クソ、乱されるな。もうこいつがこういう歯が浮くようなセリフをほざくようになって、2〜3ヶ月くらい経ってんだぞ。俺は純情少年かよ。

 

「……お前さ、誰にでもそういう事、言ってんの? もしくは言ってたの?」

『え?』

「や、仲良い奴になら誰にでもそう言うこと言ってたら、いつか刺されるぞ」

『……いや、ヒデちゃんに言われたくないんだけど……』

 

 俺はもうやめたよ。この前も怒られたし。それに、大崎と甜花と果穂と桑山さん以外に、そういうの言う相手いないし。

 

『…………いよ』

「え?」

『……ヒデちゃんにしか、言わないよ……』

「……」

 

 ……え、それどういう意味……。

 

「お兄ちゃあああああああん!」

『な、なーちゃん……? 何してるの?』

「『ぴゃあああああああああ⁉︎』」

 

 思わず俺と大崎の声がハモった。二人して肩をビクビクっと振るわせ、背筋が伸びる。

 振り返ると、果穂がキラキラした目で俺を見ていた。

 

「お兄ちゃん、初詣そろそろ行こう?」

『なーちゃん……お母さん達が、そろそろ初詣行くって……』

「あ、ああ。え、俺も行くの?」

『あ、うん。甜花ちゃん。少し待ってて』

「当たり前だよ! お母さん達も、ヒデが行かないなら行っちゃダメだって言うし」

『所で……ヒデくんと電話?』

「あそう。……しゃあない、少し待ってて」

『っ、う、うん……どうしても、声が聞きたくて……』

 

 それだけ話すと、果穂はひょこひょこと部屋から出ていく。ふぅ、ビックリした……。ただでさえ、果穂の声は耳に響きやすいからな……。まぁ別に良いけど。

 

『あー、ごめん。ヒデちゃん、少し出て来る』

「俺もだわ」

『……じゃあ、良いお年を、だね』

「んっ」

 

 それだけ話して電話を切った。……もう少し、話したかったな……いや、まぁ仕方ないか。

 そのまま、果穂と家を出た。

 

 ×××

 

 もう何度も言った初詣に使う小さな神社。昔から、自宅付近で年越しする際はここにきてる。まぁ俺も中一〜中二の間は来てなかったが。

 隣にいる果穂は、元気に俺が自作したマフラーを巻いて、隣を歩く。

 

「アンドロ軍団、倒すため! 燃える怒りを、うち放て!」

 

 ……キャシャーンはマニアック過ぎるだろ。果穂のヒーロー好きは本当に筋金入りだ。

 

「所でお兄ちゃん、さっきは誰と話してたの?」

「え?」

「なんか、すごく楽しそうだったから」

「あー……」

 

 なんだ。あいつとはなんていう関係? 友達ではあるけど……でも、あいつ他の男には言わないって言ってたことを俺には言うし……それに、その……‥なんだ。あいつとは、友達という言葉で終わらせたくない。

 

「……なんだろうな……。友達以上……」

「恋人未満なの⁉︎」

「じゃなくて」

 

 っ、なんでそこで興味津々になるの。びっくりした……。

 

「恋人では絶対にない関係だけど、友達よりは親しげな関係ってとこじゃね?」

「……つまり?」

「や、だから……まぁ、何だ。つまり仲良い奴だよ」

「良いなぁ、私も会いたいなぁ……!」

「マメ丸なら会ってるぞ」

「そうなの⁉︎ ……うう、マメ丸ぅ……ず、ズルい……!」

 

 ……果穂とあの二人を会わせるのは良くない気がすんな……。何せ、果穂は昔の俺を知っている。仲が良い奴の過去を知りたがるのは、おそらく大崎も同じだろう。

 さて、そうこうしている間に、神社に到着した。思ったより賑わっている。

 

「……なんか、久しぶりだな」

「そうだねー。お兄ちゃん、3年くらい前から一緒に来てくれなくなっちゃったから」

「悪かったよ」

「……だから、今年は嬉しいな。お兄ちゃんと一緒で」

「俺も超嬉しい! その言葉が!」

 

 あー、やっぱ俺の妹かわいいわー。身長、俺と5センチしか変わらないけど、やっぱ好きだわもう。

 内心でホクホクしながら、列に並んだ。すると、大崎から写真が送られてくる。甜花と大崎が、俺が作ったマフラーと手袋をしている自撮りだった。

 

「……似合ってやがるな」

 

 さすが俺。完璧なデザインだ。もうホントそっちの道目指しちゃおうかな。

 

「? お兄ちゃん?」

「果穂、写真撮るか」

「うん!」

 

 そんなわけで、二人で写真を撮った。こっちも同じように写真を送る。

 

『その子が妹ちゃん? 可愛いね』

『だろ? 超愛してる』

『分かる! 姉妹って超愛しちゃうよね』

 

 大崎とならいくらでも語れる気がする。甜花に言ったら「ひぃん……普通にキモい……」って言われるの必須だし。

 お参りの列に並びながら文面で会話していると、ふと時計の時刻が全て0になった。

 

「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」

「あけおめ」

「早い⁉︎ あけましておめでとう!」

 

 そう言いつつ、俺は指も動かす。言わないといけない奴が、もう一人いるからだ。

 ヒュポッという卒業証書を入れるケースのような音ともに送信するのと、向こうから受信するのがほぼ同時だった。

 

『あけましておめでとう。今年もよろしく』

『あけましておめでとう。今年もよろしく』

『あけましておめでとう。今年もよろしく』

 

 ホント、今年もよろしくな。

 

 ×××

 

 お参りを終えた。

 果穂がお願いしたいことがあると言うので、絵馬を描くことになった。

 

『カッコいいヒーローアイドルになれますように!』

 

 と、描いてあった。

 一ヶ月ほど前の、記憶が蘇った。

 

 



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バカと天才は紙一重っつーか表裏一体だよね。

「と、いうわけで、お願いします。雇って下さい」

「いや困るんだけど……」

 

 現在、283事務所。そこで、俺は前にあったプロデューサーさんに頭を下げに来ていた。

 あの後、なんとか果穂と両親に直談判したが、決心は堅いようだし、果穂はアイドルになる気満々だった。

 だが、やはり俺としてはどうしても心配だ。もし、SNSで「あのアイドル可愛くなくね?」とか言われ、それが果穂の目に届いた暁には、ハッキングの勉強をして特定して暗殺するまである。

 従って、せめて俺も加勢したいと思った次第だ。

 

「果穂をアイドルにする、という話をついこの前まで聞かされていなかったんです! 人が入院しているのを良い事に! ですが、もう引き止めません。あいつがやりたいというのなら、もう血涙を流して応援するだけです!」

「それ応援してるの?」

「でも! それならせめて俺が守ってやれる立ち位置に行くのは当然ではないでしょうか⁉︎」

「気持ちは分かるけど……」

 

 あいつを芸能界なんてブラックホールに飛び込んだのを、俺に黙って見ていろと⁉︎ そんな真似、兄として出来るかっ! 

 

「この際、給料もいらないので! たまに毎日、来て雑用して帰るハイスペック高校生くらいに思っていただければ!」

「待て待て待て! ツッコミが追い付かない! 無給は普通に無理だから! たまに毎日ってどっち⁉︎ あとそんな高校生に通われたらある意味怖いわ!」

「雇ってくれるまでここから帰らないぞ!」

「分かった! じゃあせめて履歴書見せてから決めるから! 持ってきてるんだよね、それくらい⁉︎」

「あります!」

 

 良かった、用意しておいて。少しでも採用率上がるよう、ちゃんと調べながら書いてきた。

 その履歴書を見ながら、プロデューサーさんは小さく呟く。

 

「……意外と、字綺麗だね」

「そうですか?」

 

 まぁ、人並みには綺麗だろうけど、そんな感動されるほどの物じゃないと思う。人に読ませるものだし。

 そんな所より、書き方とか見てよ。ちゃんと志望動機とか、果穂以外のことも書いたのに……。

 

「特技多いな……料理に絵に小物作りに編み物にって……ホントに?」

「ホントですよ。……今日って果穂来てるんですか?」

「うん。まだユニットとか何も決まっていないけど、色々なレッスンに参加してもらってる」

「マフラーしてませんでした? 赤とオレンジの」

「ああ、うん。してた。果穂によく似合うよね。シンプルだけど……え、まさか?」

「はい。自分が編みました」

「……」

「あ、あとこれ。一応、持って来ましたよ。自作ストラップ」

 

 鞄の中から、プラ板で使ったピースキーパーを見せる。

 

「……え、これも? もうまんまカチャコンショットガンじゃない」

「え、A○EXやってるんですか?」

「君も?」

「はい」

「……絵は?」

「絵はー……あ、スマホ使っても良いですか?」

「どうぞ?」

 

 電源を入れて、ついついっと指を動かし、検索する。去年の春頃のコンクールの情報がまだ残ってるか……あ、あった。

 

「これ、銅賞のです。今年の春のコンクールで」

「あ、美術部なんだ?」

「いえ? 授業中に描いた奴、勝手に応募されました」

「……じゃあ最後の料理は?」

「そればっかりは……台所お借りして良いのなら」

「ここまで来たら気になるな……良いよ?」

 

 そんなわけで、なんか面接中に台所を借りる事になった。

 

「せっかくなんで、なんかリクエストあります?」

「ふむ……そうだな」

 

 呟きながら、プロデューサーさんは手帳を見る。何かを数えるような仕草をした後、答えた。

 

「これから、三人ほどアイドルがレッスンから戻って来るんだけど……レッスン前に力が出るように、お腹いっぱいにならない程度で、摘める甘いものでも作ってあげられる?」

「合点。……それ果穂もですか?」

「ううん。果穂は今、ビジュアルレッスン。これから戻ってくるのはダンスレッスンの子達。あと20分ぐらいかな?」

 

 運動後の甘いもの、か……。うん、良いだろう。

 

「食材は何を使っても?」

「良いよ。あ、でもメモ用紙に名前書いてあるスイーツとかは使わないようにね?」

「はいはい」

 

 二年前くらいに、間違えて果穂のプリン食べちゃって1日、口聞いてもらえなかった。食べ物の恨みは恐ろしいね。

 そんなわけで、俺は早速、冷蔵庫を開ける。食材を取り出し、調理を始めた。

 高速で手を動かしながら、冷静にプロデューサーさんの狙いを見定める。ダンスレッスンの情報と、20分の情報……つまり、クッキーだのスイーツだのはアウトだ。

 作るべきメニューは、もう決まっている。

 しばらく動いた後、手を動かした後、ようやく完成した。あとは盛り付けだけ……というところで、扉が開く音がした。

 

「ふぅ〜……疲れたー。ただいまー」

「ほわ……冬なのに、汗だくになっちゃったね……」

「うん。お疲れ様、真乃。めぐる」

 

 ……可愛いな。俺と同年代のアイドルか? でも、大崎と甜花の方が可愛いや。

 

「お疲れ様、3人とも。疲れてる所、悪いんだけど……審査員してくれるか?」

「何のー?」

 

 金髪の女の子がおっぱいでかい声をかける。一瞬、煩悩が混じったが気にしない。

 

「ん、食事」

「ほわっ……ご飯、ですか……?」

「というより、おやつかな。もう出来ると思うから、座って待っててくれ」

 

 茶髪さん。ほわっ、て何だ。ホワッツか? 

 

「誰か作ってるんですか?」

「ん、んー……まぁね」

 

 黒い髪のあの人が唯一、胸も性格も落ち着いてそうだな……。多分、あの胸。果穂より小さいし。

 そんな事を思いながら、お皿に乗せ、包丁で五等分し、完成させた。お箸を四膳分用意し、持って行った。

 

「お待たせしました」

「? どちら様……ですか?」

「ん、3人とも彼の事はあんま気にしないで食べて」

 

 まぁまだ採用か決まっていないしな。とりあえず、席についた三人とプロデューサーさんに箸を手渡し、いざ実食。

 作ったメニューは、だし巻き玉子だ。

 

「……だし巻き玉子かい? 甘いものって言わなかった?」

「甘めに作りましたし、コストもあまり掛かりませんし、時間も15分ちょいで作れますし、タンパク質ですから運動後、筋肉がつきます」

「……なるほど?」

 

 完璧だろ。案の定、ほぼ同時に口に運んだ四人は、目を見開いた。

 

「っ、な、なんだこのだし巻き玉子……⁉︎」

「ほわぁ……し、舌の上でとろけますぅ〜……」

「ふわふわしてて、とろとろしてて……まるで、魔法みたいに口からとろける……」

「しかも甘さも絶妙だよこれ! ちょっと意味わからないくらい美味しい!」

 

 知らない人にも、俺の料理は通用することが分かった。やはり、嬉しいものだ。こういうのは。

 

「どうすか? これは、もう専属料理人として採用するしかないのでは?」

「いやうち芸能プロダクションなので……」

「え、なになに。プロデューサー、この人雇うの?」

「や、めぐる。そういうわけじゃ……」

「私はアリだと思います。このほわほわしただし巻き玉子、また食べたいです……!」

「いやそれ餌付けされてるだけ……」

「最後の一つ、もらって良いですか?」

「お前ら少し落ち着いて!」

 

 はっ、こういう時、女の子の援護射撃はでかいなぁ。これはもう雇うしかなくない? そう思わない? 

 

「とにかく、まぁ君のことは社長に話しておくから。どうするかはまた後で連絡します。良いね?」

「つまり、社長にもだし巻き玉子を作ってあげれば良いという事ですね?」

「どういう事だよ! とにかく、今日はもう帰りなさい! 俺達にも仕事あるんだから!」

「お疲れですね。美味しいケーキでも焼きましょうか?」

「露骨に媚びるんじゃない!」

 

 その日は追い出された。

 

 ×××

 

 冬休みは今日でラスト。まだプロデューサーさんから連絡は来ていないため、待つしかない。

 少しでも危険がないように、果穂の事は毎日、送り迎えしていた。

 今日も果穂を送る為、283事務所までやってきた。

 

「じゃあ果穂、頑張れよ」

「うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 それだけ話して別れた。さて、俺は……どうしようかな。しばらくやることないし、大崎と甜花でも誘って遊びに……と、思っている時だ。

 

「あ、秀辛くーん!」

 

 ふと、背後から声をかけられた。聞き覚えがあるような無いような声だったわけだが……まぁ名前を呼ばれている時点で俺の事なのだろう。振り返ると、この前や金髪アイドルさんが立っていた。俺の名前を知っているのは、果穂かプロデューサーから聞いたのかな? 

 まぁ、何にしても俺の評判に関わるかもしれないし、邪険に扱うのは良くない……というか、なんか走ってくるのに全然、勢いが落ちない。君それ両手広げてどうしたの? 関取? 関取より大きい胸がバインバインに揺れて……。

 

「こんにちはー!」

「ぽえっ……(魂が抜ける声)」

「どうしたの⁉︎」

 

 とんでもないパイ圧が、俺のかけらの大胸筋もない薄い胸によっこらしょ……じゃなくて! 

 

「っ、い、いきなり何してんすか⁉︎」

「え? 挨拶のハグ」

「外国人か!」

「あ、バレた? 昔はアメリカにいたんだよねー」

「当たりかよ!」

 

 っ、こ、この人……パーソナルスペースぶち壊しエイリアンか……! 

 慌てて引き下がり、とりあえず紳士的に挨拶する。……おっぱい柔らかかった……。

 

「あ、どうも。えーっと……」

「めぐる、だよ。八宮めぐる」

「八宮さん。妹がいつもお世話になっています」

「わっ、意外と丁寧」

 

 そりゃそうだろ。面接受けた職場の真前だぞここ。……とりあえず、簡単に距離を縮めてはマズイ。またさっきみたいにハグされ、その現場をプロデューサーさんにでも見られたら、果穂の護衛どころではない……! 

 そんな俺の警戒心など何処吹く風、八宮さんは笑顔で聞いてきた。

 

「何してるの?」

「妹の送り迎えです」

「あ、さっきの子? 可愛いよね」

「だろ? めっちゃ可愛いんだよ、うちの妹」

「……う、うん……食いつき早いね?」

 

 しまった、大崎で慣れ過ぎてしまったか。ほぼ初対面で妹の溺愛っぷりを紹介するのはドン引きされるらしい。

 

「じゃあ、俺帰りますので。頑張って下さいね」

「あ、うん。もう?」

「もう。八宮さんだって仕事でしょ?」

「……そっかー。少しお話ししたかったなー。この前は、あまりプロデューサーが会話させてくれなかったし」

 

 ……そう言われると、少し申し訳なくなる。冷たくしちゃったかな。

 

「あーそういや、この前のだし巻き玉子の感想聞きたいんでした。こう見えて、料理勉強中だから……」

「あ、うん! じゃあ、話そう!」

「時間は平気ですか?」

「うん。……実は楽しみで少し早く来過ぎちゃってたんだ……」

 

 との事で、立ち話もアレだし、とりあえず近くのカフェに入る事になった。

 

 ×××

 

 その日の夕方。いつものように三人でFPS。敵を発見したので、早速ちょっかい出す事にした。

 

「甜花、大崎。さっさとあそこ片付けようや」

『了解……!』

『はいはーい』

「一発ぶちかますから、あとよろしくね」

 

 言いながら、俺は空を飛びながらミサイルを発射し、撃ち終えるとさらに空から爆弾を放り投げる。あっはっはっ、一発も当たらなかった。

 

「ごめーん、敵元気。でも小屋に全員こもってるの見えたよ」

『りょうかーい☆』

『な、なーちゃん……脱初心者になったばかりの方が、死にやすいから気をつけて……』

『分かってるよー』

 

 よし、俺も行こう。空から屋根の上に着地すると、扉にアークスターを突き刺してから、一度また飛んでショットガンを構える。爆発と直後に乗り込み、ショットガンを乱射した。壁越しに隠れて撃ってまた隠れて、を繰り返している間に、大崎と甜花が突入。銃を乱射した。

 その隙に俺はシールドを巻き、再び突入。

 

「あ、レイス抜けた。甜花、あと追って」

『りょうかい。……なーちゃん、行ける?』

『あたぼーよ!』

「よしよし、じゃあ大崎。まずジブがローだから、そいつから頼むわ」

『了解っ!』

 

 元気な返事だ。大崎がジブにトドメを刺している間に、俺はもう一人のホライゾンと殴り合う。上手いことアビリティ使えば逃げられるのに、このホライゾン初心者だな。

 ショットガン二発でアーマーを割り切ると、大崎の元気な声が響く。

 

『倒したよ!』

「はいはい。リロードするからホライゾンもよろしく」

『任せて!』

『レイス、片付けた……!』

「流石」

『ホライゾンも倒したよ!』

 

 うしっ、終わり。リロードと回復をいち早く終えた俺は、建物から出て空から索敵する。

 

「漁夫来てない、かな? 多分」

『甜花ちゃーん、甘奈2キルしたよ!』

『なーちゃん、すごい……!』

「あ、嘘。来てた。足止めるからすぐ来てね」

『『ラジャー!』』

 

 などと言いながら順調に進んでいった。

 なんやかんやあって殲滅し、チャンピオンを取った。すると、甜花が声を掛けた。

 

『次行く前に、おトイレ……行っても、良い……?』

「はいはい」

 

 それだけ話し、一時休憩する。

 

「いやー、取れたな。チャンピオン」

『うん。そうだね。ヒデちゃんのおかげで結構、キル取れたし。ありがとね?』

「? 何が?」

『ショットガン、二発しか撃ってないのに何でリロードしたの?』

「……」

 

 バレてんのかよ……。

 

「別に、お前のためじゃねーし」

『ふふ、そういうことにしとくね』

「てか、お前こそどうしたん? なんか、ゲームやる前、少し不機嫌じゃなかった?」

『え……そ、そう?』

「そうだろ。最初の2ゲームくらい、全然言うこと聞いてくれなかったし」

『……ごめんね。表に出さないようにしてたんだけど……』

 

 まぁ、ちょっと妹のことがあって最近、返信遅れたりもしたけど……。

 

『うん……単刀直入に聞くね?』

「え?」

 

 直後、大崎は。入学当初でも聞いたことがなかったほど、背中をぶち抜いて心臓を鷲掴みするかのような冷たい声で聞いてきた。

 

『公衆の面前で、堂々と久々に再会した幼なじみみたいにハグをしていたあの女は、誰なの?』

「ぽえっ……(口から心臓が飛び出す声)」

 

 出たー、本日二度目ー。

 

『友達? それとも彼女?』

「え? あ、あー……な、なんだろうな……」

『かなり仲良しなんだよね? だって、アレだけ密着してたんだし』

「……や、いや全然……」

 

 ……うん、下手に隠すより正直に話そう。なんか怒ってるし……自惚じゃなきゃ、理由はわかるし……。や、まぁ、自惚れかもしんないんだけど。

 仕方ないので、果穂の事から全部話した。まずは骨折の本当の原因から、兄のいぬ間にアイドルを決心され、反対も覆らずバイトとして潜入しようとして、最後にその面接を受けた事と、その時にいたアイドルと知り合い、その子のパーソナルスペースは無限に広がる大宇宙に相違ないこと。

 

『……なるほど?』

「改めて言うとわけわかんねえな……でも、バイトするって点はよく分かるだろ?」

『分かる』

 

 だろ? 妹とか姉のためなら、普通はバイトでも何でもするよな? 

 

『ちなみに……バイトは、するの?』

「するよ。……あ、でもそっか……バイトしちまったら、二人と遊ぶ時間減っちゃうのか……」

 

 それは少し嫌だけど……でも、果穂まだ小学生だしな……。放ってはおけない。

 

『……なんてプロダクション?』

「283、だったかな。なんかアイドル募集してたよ。所属してる子達も、可愛い子多かったし」

『……ふーん?』

「まぁ三人しか会ってないけど。てか、甜花の方が可愛いし」

 

 いや、まぁ好みだと思うけどね。俺は甜花の方が好き。

 ……と、思っていると、ヘッドホンからか細い声が届いた。

 

『……あ、甘奈とは……どっちが、可愛い……?』

「っ……」

 

 っ、こ、こいつは本当に……そんな、言うまでもねえことを……。

 

「……お前も、甜花と似た顔してんだし……察しろよ……」

『っ、そ、そっか……えへへ、ありがと……』

「……」

 

 顔を突き合わせているわけでもないのに、目を逸らしてしまった。ダメだ。やっぱり恥ずかしいわ! 

 

「ま、まぁ果穂が一番なんだけどな! 俺も、果穂の可愛さが全国に伝わるお手伝いが出来ると思えば、それはもうバリバリ働いちゃうから! うん!」

『……なるほど。全国に、可愛さを伝える……』

「?」

 

 あれ、なんか今……やっちゃいけないことをやってしまったような……そんな感覚が……。

 

『ふぅ……お、お待たせ……』

『あ、甜花ちゃん来た! さ、続き行こう!』

「お、おう……?」

 

 嫌な予感がして止まらねえんだけど……。

 

 



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初日から乗れない仕事は辞めた方が良い。

「雇用形態はアルバイト。職務内容は雑務全般。清掃、茶菓子出し、ゴミ捨て、必要であれば買い出し、あとあんま無いと思うけど、俺が迎えに行けない時のアイドルの迎え。良いね?」

「おっす!」

「服装はこちらで用意するよ。清掃も含まれている以上、ジャージは必要だからね」

 

 雇ってもらえることになりました。時給は900円。果穂が行く日のみ、俺も行く事になった。

 普通に男子高校生だし、時間も夕方からのみ。土日の場合は朝から。一応、シフト表を出し、俺が行ける日と行けない日は報告した。

 

「じゃあ、早速今日からよろしく頼むよ」

「あ、はい。何をすれば?」

「そうだな……じゃあ、まずはお茶出しからお願いしようかな」

「社長に、ですか?」

「ああ。お菓子も一緒に持っていってあげると良い」

「分かりました」

 

 そんなわけで、まずはお茶を淹れることになった。お菓子は……まぁ流石に毎回、手作りである必要はないだろう。てか、別に男の手作りなんて食べたくないだろうしね。

 

「それと、今日はこの後、新しい子を獲得するためのオーディションがあるんだ。その子達が来たら更衣室に行ってもらうから、その案内とお茶をお願いしたい」

「分かりました。待合室って何処ですか?」

「その辺ははづきさんに教えてもらって。後で声をかけておくよう言っておくから」

「あ、わかりました」

「それまでは掃除を」

「はい」

 

 それだけ話して部屋を出た。やる事多いんだな、今日。

 とりあえず、頑張ろう。

 

 ×××

 

 さて、社長へのお茶出しを終えたら、今度は基本の仕事である掃除。正直、そんなに大きな事務所ではない上に、正月明けなだけあってあまり汚れはない。

 それでもこだわりを持ってやることが重要なのだ。サッシの隙間の溝を割り箸にティッシュを巻きつけて、ゴミを取る。

 

「……よしよし、良い感じ……」

「いや、そこまで細かくやらなくて良いですから」

「?」

 

 顔を向けると、緑色の髪のお姉さんが立っていた。

 

「同じアルバイトの七草はづきです。よろしくお願いします」

「あ、どうも。小宮秀辛です。よろしくお願いします」

 

 綺麗な人だなー……。この人も既にアイドル並みなのでは? 

 

「小宮さん、お掃除は学校でやるような所だけで良いですよ? 窓や床、机……あと流しみたいな所です」

「分かりました」

「ふふ、社長が褒めてましたよ。お茶の淹れ方が上手だって」

「マジすか。やったぜ」

 

 まぁ、雇ってもらう以上はしっかりと仕事はしたい。金もらってるしね。

 

「では、事務所内を案内するので、ついて来てください」

「はい」

 

 そのまま、二人で事務所の中を見て回った。正直、あまり大きな所ではない。レッスンルームは3階で、2階は寛ぐラウンジのような場所や、待合室や応接室、更衣室も2階にある。

 ……などと、お触りながら、とりあえず聞いてみた。

 

「バイトと仰っていましたが、七草さんはどんなお仕事を?」

「私は、主にパソコンを使った事務作業をしています。エクセルとかで表を作ったり、社長やプロデューサーさんの代わりにメールを送ったり……色々です」

「パソコン……なんか、カッコ良いですね。ハッキングとかもするんですか?」

「しません。……もしかして、あまり事務の仕事にピンと来てない?」

 

 来てません。情けない話だけど。俺は清掃員だし。

 

「ふふ、まぁ私の仕事は小宮さんに行くことはありませんから、安心して下さい」

「そ、そうですか……良かった」

「それと、はづきで良いですよ?」

「え、いや女性を下の名前で呼ぶのは少しハードルが高いと言うか……」

 

 ……いまだに大崎のことも下の名前で呼べてないし……。単純にタイミングがなかったのもあるが。

 すると、そんな俺の様子を見て、七草さんはクスッと微笑む。

 

「ふふ、意外と照れ屋さんなんですね?」

「え、いやそんなことは……」

「では、私で練習しましょう。アイドルの子達も下の名前で呼んであげた方が喜ぶ子もいますし、慣れておいた方が良いですよ?」

「……わ、分かりました。……は、はづきさん……」

「はい」

 

 ……少しむず痒いな……というか、年上の女の人ってこんな感じなのか……。なんか、俺ってスゲェガキなんじゃないかって思えてきたぜ……。

 すると、ふと何かを思い出したように、はづきさんが紙を手渡してきた。

 

「あ、そうだ。それと、こちらが今、うちにいるアイドルの顔と名前です」

「どうも?」

「顔と名前は覚えてあげてくださいね。一応、このプロダクションのスタッフですから、見掛けたらちゃんと挨拶もお願いします」

「了解です」

 

 紙を受け取った。この前、だし巻き玉子を食べてもらった三人以外にも、割と多くアイドルがいるようだ。

 

「では、私はお仕事に戻りますね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 そのまま俺もはづきさんも仕事に戻る。……まぁ、割と普通に果穂を預ける分には問題ない職場……なのか? いや、まだ最初だからと言う可能性もある。油断しないようにしないと。

 そんな事を思いながら、紙を見ながらとりあえずスタッフルームに向かっていると、後ろから声を掛けられた。

 

「あっ、秀辛くーん!」

「? おっふ……」

 

 相変わらず大崎の2倍はありそうなパイ圧が背中に当たる。

 

「じゃなくて、や、やめて下さいよ。男の人にそんな簡単にハグとかしちゃダメですから……」

「ぶー」

「いや、ぶーじゃなくて……」

 

 こんな所、誰かに見られたら……と、思ってあたりを見回すと、廊下の奥で身を隠してこちらを覗いている黒いクールな髪の女の子がいた。

 

「八宮さーん! 離れてー!」

「えー、どうしてー?」

 

 こ、こいつ……あれだ。人当たりが良いタイプ。ラブコメで言う、コミュ力お化け枠の女の子。主人公の男はこういう女の子に対して「男を勘違いさせる女」と評するのだ。

 まさか、実在するとは……。女の子の巨乳を味わっといて文句言うなよ、と思っていたが、確かに文句は出る。感触を楽しむより、誰かに見られて噂され、最悪殺人予告が届くほうがよほど怖いわ。

 

「ほ、ほら! アイドルの子……えっと、まだ名前聞いてないけど……見られてるから!」

「え、誰? あ、灯織ー!」

 

 知り合いかよ! てか、よく恥ずかしげもなく合流しに行けるなお前は……。

 とりあえず、離れてくれたことにホッと胸を撫で下ろす。

 さっきもらった紙を見て、顔を判別する。えーっと、風野灯織さん……ね。大人しめで、割と鋭い毒を吐きそうなイメージがあるな……。あの人と俺、なんか相性悪そう。

 

「ほら、灯織! この前のだし巻き玉子の人!」

「え? あ……採用されたんだ……。風野灯織です。よろしくお願いします」

「あ、はい。小宮秀辛です」

 

 ……礼儀正しいな。良い子だ、普通に。

 なんであれ、友達同士の間に入るのは趣味じゃない。八宮さん、風野さんに思いっきり抱き付いてるし、百合畑を荒らすのは許されないのだ。

 

「じゃあ……俺は仕事に戻るので」

「えー、待ってよ。話そうよ?」

「いや仕事中だし」

 

 いつまでもくっちゃべっているわけにはいかないよ。果穂を長く見守るためには、なるべく長くここで働く必要がある。

 

「めぐる、お仕事の邪魔はダメだよ」

「はーい」

 

 あ、風野さんの言うことは聞くんだ。紙を見る限り同じユニットみたいだし、仲良いのだろう。

 そのまま離れようとした時だ。そんな俺に、はづきさんが再び合流する。

 

「小宮さん、オーディションの子達が来る時間ですので、そろそろ準備の方を……」

「あ、はーい」

 

 そんなわけで、ちょうど良いタイミングで来てくれたので、二人と別れた。

 はづきさんと二人で並んで、事務所に上がるための階段を降り、入り口に用意されている机と椅子に座る。

 

「来たらどうすれば良いですか?」

「まずは名前を聞いて、その紙にチェック表があるので、名前の横にチェックを入れて対応するナンバーカードを手渡します。その後、更衣室で着替えてもらって、ダンスレッスンに使う部屋の廊下に椅子を並べてあるから、そこで待機してもらって下さい。私がここでチェックをするので、小宮さんは来た方の案内をお願いします。それと並行して、廊下で待っていただいている方々にお茶をお願いします。すぐに捨てられるよう、紙コップで結構ですので」

「分かりました」

 

 要領良くやらないとダメだなそれ。ま、とりあえず女の子が来るまで待機だ。

 

「ちなみに……アイドルって何人くらいを予定してるんです? 48人?」

「いえ、そこまでではないと思います。というか、偉くピンポイントですね?」

「じゃあ46?」

「あんま変わってないですよ」

「29!」

「それは男性ユニットでしょう。というか、あれ29何ではなく肉の29ですよ?」

 

 結構、詳しいんですねあなた……。マッチョを知ってる人は中々いないと思ってた。俺は好きだけど。

 

「良い子がいれば皆取るつもりみたいですよ? 四つほどユニットを組みたいと考えているそうです」

 

 すごいな……。要するにジ○ニーズタイプね。全員で一グループにするのではなく、たくさんのユニットを作りたい感じ。その方が個性出るし、グループ内の役割とかも出来そう。

 

「なるほどね……」

「ちょっとよろしいかしら?」

「?」

 

 適当に相槌を打った時だ。声を掛けられた。綺麗な長い茶髪に、すらっとした身長。俺よりも高い。その上、かなり高そうな私服……。

 何より、美人さんだ。自信に満ちたその笑みは、俺とはづきさんを眺めている。

 

「アイドルのオーディションはここで良いのかしら?」

「はい。お名前を教えていただけますか?」

「有栖川夏葉よ」

 

 はづきさんが表にチェックを入れてから、数字が書かれているバッジを手渡したのを見て、俺は席から立ち上がる。

 

「あ、はい。ご案内します」

 

 少し圧倒されそうになったが、気を持ち直して案内した。

 階段を上がる俺に、後ろから声がかけられる。

 

「随分と若いスタッフね?」

「まぁ、バイトですけど」

「芸能プロダクションに……バイト? 派遣とか?」

「いえ、妹がここに所属してるんです。ちょっかいかけてくるバカがいたら沈めないといけないので」

「し、沈める?」

「寒い時期ですからね。東京湾の海水もまだ冷たいんじゃないんですか?」

「……」

「ここが更衣室です。着替えたら、声掛けてください。自分、待ってますので」

「え、ええ。分かったわ」

 

 それだけ話してから、一度その場から離れた。電気ポットでお湯を沸かすためだ。セットし、電源を入れた所で下から声が聞こえてきた。

 

「小宮さーん、この方もお願いしまーす」

「あ、はーい」

 

 続いてきた女の子もロッカーまで案内する。

 しばらく待っていると、有栖川さんと女の子、両方同時に出てきた。

 

「じゃあ、会場までお送りするのでついて来てください」

「「お願いします」」

 

 二人を上に連れて行くと、椅子が並んでいる廊下を見つけたので、そこに座っててもらった。

 

「時間になるまで、ここで待っててください」

 

 それだけ言ってから、下の階に戻る。すると、またはづきさんに案内されたらしき、バッヂを持った女の子が目に入る。

 

「……どうぞ。更衣室までご案内します」

 

 思ったより忙しいな……。頑張るしかないか。

 何とか上手いこと周回させつつ、お茶も淹れて続々と仕事を回す。トントンと腰を打ちながら、3階の階段から降りた時だ。

 

「小宮さん、この方達もお願いします」

「はいは……は?」

「「よろしくお願いします♪」」

 

 ……なんか、見知った顔が二つ程、並んでるんですが……? 

 大崎甘奈と大崎甜花の二人が、楽しそうな顔でそこに並んでいた。

 

「……え?」

「ほら早くー。案内してよー」

「にへへ……久しぶり……」

 

 情けない話、しばらくぼけっとするしかなかった。

 

 



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どっちもどっち。

「なんで⁉︎」

「なんでってー?」

 

 サプライズがうまく行ったのが嬉しいようで、大崎はニヨニヨしている。オーディションに二人揃って合格したようで、テンションも高い。

 俺の仕事が終わるまで待っててくれた二人と、ファミレスに来ていた。

 

「お、おまっ……お前ら、アイドルになるの? 甜花も?」

「う、うん……! 頑張る……!」

 

 や、ホント頑張ることになるぞそれ……。最近は確かに、クラスメートの女子とも会話くらい出来るようになって来たし。

 ……でも、甜花が自らやりたいと言い出すとは思えない。多分、大崎がやろうとか言い出した影響、なんだろうなぁ……。

 

「でも、本当にアイドルやるのか……? 大丈夫か?」

「大丈夫! 甘奈、元々興味あったんだよ。それに、アイドルに挑戦なんて、今しか出来ないことでしょ? そういうの、どんどん挑戦していきたいんだ」

「……まぁ、そこまで言うなら止めはしないけど……」

「……それに」

「それに?」

 

 ? なんだ? 俺を見て……。

 

「……ヒデちゃんが、他の女の子と一……」

「あー、秀辛くんだー!」

「……あ、は、八宮さん……」

 

 顔を上げると、八宮さんと風野さん、そして資料にあった櫻木真乃さんがたっている。

 よく会うな。運命かな? 

 

「すごい、よく会うね! 運命かな?」

「めぐるちゃん、この人が……?」

「そう、真乃! うちの雑用係の秀辛くん! ……長いな、ユキくん!」

 

 ……お、大崎の体温が、上昇してる気が……心なしか、髪が逆立って見える……。

 

「よ、よろしくお願いします……!」

「こちらこそ。何か食べたいものあったら、言ってくれれば作りますので」

「あ、は、はい……ありがとうございます」

「いえいえ」

 

 それだけ答えて、手早く別れる。何せ、体温赤丸急上昇中の大崎さんに風野さんも甜花もビビり散らしているから。

 その圧が向けられているのは、俺なんですけどね……。

 

「……ふーん」

「な、なんだよ」

「べっつにー。……ただ、甘奈はずっと見てるからね。ヒデちゃんのこと」

「えっ……」

 

 ……な、なんだよそれ? なんか……可愛いけど怖いんだが……だって、目が笑ってないもの……。

 

「さ、とにかく明日から頑張ろう。二人とも!」

「う、うん……?」

「わ、分かった……」

 

 とりあえず、押し切られるように頷くしか無かった。

 

 ×××

 

 さて、翌日。学校もすでに始まっているわけだが、放課後になればやる事が多くなる。大崎姉妹と同じ職場に向かうのだ。

 

「まさかの電車移動だもんな……。なんで放課後までお前らと一緒にいなきゃいけねえのよ……」

「え、い、いやなの……? ヒデ、くん……」

「嫌じゃないけどさ……なんか、仕事してる所をお前らに見られるのが嫌だ」

「……何かやましい事があるんだ?」

 

 ……あ、やべっ。大崎の奴、食いついてきた。

 

「だ、だってほら……お前らの前で……いや、場合によっちゃお前らにも敬語使わないといけないわけだし、少し恥ずかしいじゃん」

「……ふーん、あの八宮って子とイチャつきたいだけじゃないの?」

 

 なんでそこで八宮さんが出て来るの。一回、事情全部説明したでしょ。あの子は侵略者なの。どんな壁や罠もアフロダイAの如く解決しちゃうの。

 

「いや、ホントあれは俺も困ってるんだって。……あのたわわに実った二体の柔らか戦車が……」

「最低」

「違うって! あんなの人前で当たったら、周りの目線が集中して晒し者にされるって話!」

「だとしても、たわわに実ったとか言う必要ある?」

「……な、ない……」

「うるせえ!」

 

 あーもうっ、その辺はほら、少しテンション上がっちゃったの。実際、柔らかかったんだし、俺だって男の子だし。

 しかし、俺の言い訳なんぞどこ吹く風。頬を膨らませたままそっぽを向いた大崎は、不満げな声音のまま聞いてきた。

 

「……ちなみに、ヒデちゃんは……その、大きい方が好き、なの……?」

「大きい? ……あ、胸?」

「デリカシー」

「あ、はい。スミマセン……」

 

 単語だけで人に怒るな。ある意味、文にされるより怖いわ。それと隣の甜花、楽しいものが始まったような顔で目をキラキラさせるな。

 ……とりあえず、返事をしないといけない。ちらりと大崎の顔を見るが、頬を赤らめた膨れっ面のままこちらを見ようともしない。

 

「え、えっと……」

「正直に答えて」

 

 言い淀むが、それを逃さないように大崎は詰め寄ってくる。俺がどのくらいの胸が好きか、なんて知ってどうするんだよ……? ていうか……前々から思ってたけど、何なのその態度? 嫉妬するかのように怒ったと思ったら、俺が好きな胸のサイズを把握って……もしかして、本当に俺のこと……。

 だとしたら、正直に、と言われてはいるが「うん、巨乳が大好き! 貪りたくなるくらい!」なんて言えば睡眠中、タルG敷き詰めた顔面に溜め砲撃である。

 というか、本当に俺の事がアレなのなら、言うべき言葉は一つだ。

 

「大崎くらい小さ過ぎなくて大き過ぎないくらいが大好きだよ!」

「ーっ!」

 

 頬に大きな紅葉が出来た。やっぱ全然、好かれてなかったわ。

 

 ×××

 

 大崎姉妹は早速、レッスン。その間、俺は事務所で仕事である。仕事というか雑用。いつものように掃除をしていると、事務所の扉が開く。現れたのは、紫色の髪をツインテールにまとめたJKとバインバインの女の人だ。ていうかあれ大き過ぎでしょ。メガ粒子砲でも搭載してんの? 

 

「おっはよーございまーす!」

「恋鐘、声大きいー。おはようございまーす」

「……あ、おはようございます」

「おはようございます。摩美々ちゃん、恋鐘ちゃん」

 

 はづきさんのお陰で、そういえばこの前もらった資料に名前と顔があったことを思い出す。

 田中摩美々さんと、月岡恋鐘さん。二人とも俺より年上の方なので、丁寧語を使っても特に恥ずかしくない。

 田中さんの方が俺に気付き、顔を向けてくる。

 

「? 誰ー?」

「あ、お二人は初めてでしたね。アルバイトの小宮秀辛さんです。掃除、お茶、おやつ、送り迎えなどなど……何でもしてくれますよ?」

 

 はづきさんが解説すると、大きな反応を見せたのは月岡さんだった。

 

「ほええ〜、なんでん出来るんやなあ〜。すごか!」

「まぁ、そうね。あと、絵と工作と編み物も、割となんでも出来ますよ。自分、すごいんですよ」

「そ、そこまで極めとーなんて……感動したばい! ご褒美にお姉さんがオヤツば作っちゃるね!」

「いやそれ俺の仕事なんで」

 

 ……しかし、俺の特技をまだ何も見る前なのに感動してくれるなんて……嬉しいな。こういう反応、なかなか見てきてなかったから。

 

「ふーん……なんでも、ね……?」

 

 そんな俺に、田中さんがニヤリとほくそ笑んで視線を向けて来る。

 

「っ、な、なんですか……?」

「じゃあ、恋鐘に爪やってあげてよ」

「へっ、な、なんでうち⁉︎」

 

 急に突き出された月岡さんだが、田中さんは説明しない。ニヤニヤと俺を見るばかりだ。

 

「爪って……何、切って欲しいんですか?」

「ふふっ……そうそう〜」

「え、う、うちん爪長かった? 気付いてくれてありがとうね、摩美々」

 

 素直だなこの人……しかし、爪とは一体……? てか、そもそもアイドルの爪を俺が切って良いのか? 

 一応、許可を得るため、はづきさんの方を見ると「どうぞ?」と言うように頷いてみせた。

 その時点で、俺は棚から爪切りを取り出し、手元でくるくると回転させながら構えた。

 

「任せろ」

 

 けど、普通に爪を切るだけでは芸がないよね。俺に頼む意味もない。つまり……可愛くすれば良い。

 鞄の中からアイルーペを取り出し、片目に装着。指と指を組ませ、軽く伸ばし、指を少し鳴らして月岡さんの手を借りた。

 

「では、お借りします」

「え、な、何それ?」

「アイルーペですよ。工作に使うことも多くて」

 

 確かに割と爪は長いな。そろそろ切りときであったろうに。

 とりあえず、両手を動かす。慎重に型を揃えるように爪切りでコンマ数ミリずつ切り続け、ようやく左手分が終わった。

 よし、完成。

 

「見ろ、題して……桜並木道!」

「「えっ……」」

 

 爪を少しずつ削ることで象った、桜の花の上半分だ! 爪の形的に一輪、丸々は無理だったが、半分ならなんとかなったぜ。

 

「……す、す……すごかー! これほんなこつ爪なん⁉︎ 桜やー!」

「ん、まぁそうですね。爪ですね」

「いや……すご過ぎでしょー……爪やるって、マニキュアって意味だったんですけどー……」

「え、そ、そうなんですか?」

 

 そうか……女の人の爪って言ったら普通そうか……。

 

「いや、面白いからおっけー。……でも、先端とか尖ってるし、普通に危ないかもねー」

「あー……そうですね。切っちゃいましょうか」

「いやばい! 今日一日はこれで良か!」

 

 ええ……どうしよう……と、思いながらアイルーペを外してはづきさんを見ると、無言の圧力が迫っていた。

 

「切りなさい? 普通の爪に」

「じ、自分が、ですか……?」

「あれ誰がやったの?」

「……すみませんでした……」

 

 冷静に考えたら、爪の形を桜の花にされても困るってもんだよな……。なんかちょっとグロいし。

 

「あー……月岡さん、やっぱ切りません?」

「いや!」

「じゃあ、マニキュアやってあげますから。やったことないけど、何とかなりますよ多分」

「不安しかなかよそれ!」

「……田中さん、どうします?」

「んー……仕方ない。恋鐘、料理する時、その爪だとカケラが落ちて、衛生的に良くないかもよー?」

「はっ、そ、そっか! じゃあ切ってもらうばい!」

 

 すごい、扱いに慣れてる。とりあえず、月岡さんの爪を切らせてもらった。少し深爪みたいになってしまったけど、マニキュアで誤魔化せるだろう。

 スマホで調べながら、月岡さんに似合いそうな塗り方を探しつつ、田中さんにマニキュアのセットを借りていると、俺の耳元で田中さんが囁いた。

 

「君、使えるねー」

「え?」

「今後、色々と協力してもらおうかな〜……」

「……」

 

 あれ、なんか背筋がゾッとしたような……き、気の所為かしら……? 

 とりあえず、爪を塗り終え、何とか元々以上に良い出来にすることは出来た。

 すると、唐突に立ち上がった月岡さんが「よしっ」と言いながら俺の頭に手を置いた。

 

「お礼に、うちがばりうまかご飯、作っちゃるけんね!」

 

 いや、あなたにお礼を言われることじゃ無いんですよ。何せ、一回やらかしてますから……。

 とりあえず、これでお礼をもらうのは忍びなかったので、なんとか理由をつけて断る事にした。

 

「え、いやいいです。自分で作った方が美味しいので」

「……なんやと?」

「あっ」

 

 あれ、今度はなんか月岡さんの地雷を踏んだ……? 

 

「言うばい、少し料理なるたけん癖に……?」

「?」

「そこまで言うなら、うちと料理で勝負ばい!」

「えー……」

 

 なんでこうなるの……。

 

「審査員ははづきさんと摩美々! うまか料理ば作り、舌ば唸らせた方ん勝ちやけんね!」

「ええ……」

「ふっふっふっ……定食屋ん看板娘に生意気言うたことば後悔させてやる……!」

 

 なんだよ、この事務所……巨乳は基本、変人ばかりかよ……。

 

 ×××

 

 30分後。

 

「なるほど……そこで鶏ガラスープの素を……」

「うちならこうするかな。ばってん、好みん違いやけん何とも……それより、うちん炒飯はどうやった?」

「や、滅茶苦茶美味かったですよ。鰹節の隠し味は面白かったです」

「褒め言葉より、改良点が欲しかと!」

「えーどうだろ。鰹節と合わせるなら、この辺も入れたほうが?」

「むっ……確かに。盲点やったかも……」

 

 なんか、意気投合した。楽しいね、他人と料理するのも。この人、俺なんかより全然、料理上手だし、吸収出来ることが多い。

 いつの間にか勝負なんて忘れて、二人で料理を作りまくり、その香りで事務所の人をたくさん集めてしまっていた。

 

「すごーい、これも美味しいよ夏葉ちゃん!」

「そうね。食べた分だけ燃やせば良いものね!」

「たくさん食べれば、私も夏葉さんみたいにカッコよくなれますか⁉︎」

「ほわっ……この青椒肉絲、おいひい……」

「ホント……私も料理、教わろうかな……」

「すごいよねー、これならここはシェフ要らずだよ」

「摩美々ちゃん、この唐揚げさんも美味しいよ……?」

「うんうんー。やっぱり使えるねーあの子ー」

 

 ……ほとんど女の子なのは居心地が悪いが。でも、そんなの月岡さんとの研鑽で気にならない。

 一瞬、はづきさんやプロデューサーさんに怒られるかも、と危惧したが、二人とも喜んで参加して食べているので問題ないのだろう。

 

「ふぅ……こんなところか」

「ありがとう! め〜〜〜っちゃ楽しかったばい!」

「っ」

 

 や、やばっ……油断してたけど、この子普通に可愛いな……。そりゃそうか、何せアイドルだし……何より、年上なのにこの天真爛漫純粋無垢な笑顔はもはや反則だろ……。

 熱くなった顔を、思わず顔を背けてしまったが、ふと何かに気付いたように月岡さんはニヤリとほくそ笑む。

 

「もしかして……照れとーと?」

「っ、て、照れてないです……」

「は〜〜〜っ、や、やっぱり! 歳下の男の子って、意外と可愛いか〜!」

 

 あっ、こ、ここに来てお姉さん属性出して来ますか⁉︎ ちょっ、やめて! 男の弱点ゴリゴリ削って来るのは! 

 

「あ、頭撫でないで下さい!」

「良かけん良かけん。年上が褒めとー時は、甘えるもんばい!」

 

 そうじゃなくて! あなたの正面に立つと、胸に視線が引き寄せられるんです! 見ないようにしてもユサユサと気になって気になって……。

 クッ……ダメだ、このままでは抗えなくなる。とりあえず、俺は掃除にでも戻ろうかと思い、声を掛けた。

 

「すみません、月岡さん。一応、俺も仕事中なんで……」

「恋鐘」

「え?」

「呼び方、恋鐘で良かばい! うち、ヒデんこと気に入ったけん!」

 

 ……ま、マジか……。はづきさんが言った通り、下の名前で読んで欲しい人もいるのか……。

 いや、まぁ大丈夫……。甜花やはづきさんのことはいつも下の名前で呼んでるし、仕事だと思えばいける……! 

 ゴクリ、と喉を鳴らし、深呼吸してから、口を開いた。

 

「っ、こ……」

「だめ──────ッ!」

 

 唐突に、大声と一緒に俺と月岡さ……や、恋鐘さん? 一先ず月岡さんの間に、大崎が飛び込んで来た。

 

「っ、お、大崎? どうした急に……」

「急にじゃないから! ずっと見てるって言ったでしょ⁉︎」

「え、いやあれ比喩じゃなかったの……?」

「フィフティーフィフティーだよ!」

 

 半分本気なのかよ! 怖いわ⁉︎

 

「ていうか、なんだよ。大崎? 何がダメなの?」

「何がって……いきなり会って一日目の女の子を下の名前で呼ぶのはズルだよ!」

「いや『ズルだよ』言われても困るんだけど……仕事だし、そうして欲しいって言うなら仕方ないでしょ」

「っ、だ、だからって……ううう〜っ……!」

 

 っ、な、なんでそんなに睨んで来るの……? 如何にも「がるるるっ……」とか言い出しそうな顔じゃ……いや、涙目だしそうでもないか……? 

 や、ていうかなんで涙目? 俺、もしかして何かしちゃった……? 

 同じ事を思ったのか、月岡さんもキョトンとした顔になりつつも、にへらっとした笑みを浮かべて大崎の方を見た。すごいな、これが年上の余裕か。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず、うちらが作った炒飯でも食べて?」

「っ……」

 

 その笑顔を見れば、大崎も文句は言えなかった。悔しそうに「うぎぎっ」と唸った後、俺を見てから、月岡さんを見て、最後に月岡さんの胸を見る。

 そして、やがて目尻に溜めた雫が少しずつ大きくなる。何か負けた、と思ったのか、しょぼんと項垂れながら、月岡さんの手元からお皿を受け取った。

 

「いただきます……」

「うん!」

 

 そのまますごすごと台所を後にする大崎。去り際、ちらりと俺を見る。

 

「……このおっぱい星人」

「はっ⁉︎」

「べっ」

 

 最後に舌を出して出て行きやがった……! ガキかよ、あの野郎……。

 はぁ……なんかよく分からんけど、月岡さんは怒ってないかな? と思って顔を見ると、ニコニコしながら聞いてきた。

 

「今ん子、知り合いと?」

「あ、はい。なんか知らんけど、急にアイドルのオーディション受けたみたいで……俺がここの初日だった時に、いきなり顔を出してきたからビックリしましたよ」

「ふーん……ん?」

「同級生なんですけどね。もう一年くらい、あいつともう一人とずっと遊んでまして」

「いや、それ……」

「最初は犬猿の仲だったんですけど、夏休みとか文化祭から少しずつ仲良くなって、今じゃ何するにも一緒になって来たのに……たまにああやって癇癪起こすけど、普通に良い奴なんて仲良くしてやって下さい」

「そんセリフ、そっくりそんまま返はぶて」

「いや、今の見てからだと近寄り難いのは分かりますけど……ホント、姉想いで自分より他人の事だし、いつも楽しそうにする奴だから……」

「そう言う意味やなかけん」

「え、じゃあどういう意味です?」

「さぁ? とにかく、うちば呼ぶときは苗字でよかばい」

「え、何でですか?」

 

 答えてくれることなく、後片付けを俺に丸投げして台所を後にした。

 

 



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難しい日々

「あームカつく! ほんとにムカつくー!」

 

 大崎甘奈は荒ぶっていた。それはもう、赤いレオタードを見た闘牛が如く。

 アイドルを始め、早二週間。学校も始まり、忙しいけど普通に楽しい日々が続くはずだった。

 実際、楽しくはある。まだデビューまで時間はあるが、ダンスやらボーカルやらビジュアルやらのレッスンをこなす日々はとても充実感を与えてくれた。

 しかし、テンションが上がっている時こそ、別方面からのネガティブに弱いものなのだ。

 例えば、こんな具合。それだけの充実感の後に……こいつである。

 

「はづきさん、清掃終わりました」

「お疲れ様です。綺麗になりました?」

「そこそこですね。元が綺麗なんで、正直あんま働いてる気がしなくて申し訳ないです」

「いえいえ、その清潔さを保つことができるのが、今後は小宮さんのお陰になるんです。自信を持って下さい」

「あ、ありがとうございます……。……お茶飲みます?」

「お願いします。今日は……紅茶で」

「うっす」

 

 美人な先輩のためにお茶を淹れるあのバカが。

 

「ヒデ、何しよーと?」

「ん、紅茶淹れてる。はづきさんの分」

「じゃあ、うちも手伝うけん!」

「ありがとうございます。でも、紅茶淹れるだけなんで大丈夫ですよ」

「ふっふーん、ヒデともあろう者が紅茶になーんの付け合わせも付けん気?」

「あ、じゃあクッキーお願いします。……でも、間違いなく紅茶の方が早く入っちゃいますよ? すぐ淹れないと意味ないし」

「みーんなの分も作れば、問題なかよ?」

「じゃあお願いします」

 

 気が合うアイドルと、息を合わせておやつの準備をするバカが。

 

「あ、ユキくーん! 私も飲みたーい!」

「はいはい。分かったからはしゃがないで下さい」

「ミルクティーにして欲しいなー」

「了解です。風野さんと櫻木さんも飲みます?」

「ほわっ……わ、私達も、ですか……?」

「大変じゃないですか?」

「や、それが仕事なんで」

「……じゃあ、いただきます」

「私も」

「砂糖とミルクは?」

「私は大丈夫です」

「私も……」

 

 仕事とはいえ、歳下の子達にもしっかりと気を配るあのバカが、非常に癪に触る。スッキリした後なのにムカムカして来るのだ。

 

「……ふんっ」

 

 廊下から部屋の中を覗き込んでいたが、不愉快になって廊下に戻り、更衣室に引き返そうとした時だ。

 ピンポーンとインターホンが鳴り響く。事務所のインターホンだ。それにより、扉の奥から声が聞こえてくる。

 

「すみません、月岡さん。俺出てきます」

「うん。こっちはうちに、任せて良かばい」

「ありがとうございます」

 

 というやり取りがまた頭に来てしまった。というか、あの男は自分の猛アタックに少しは何か気付かないものなのだろうか? 仕事とはいえ、明らかに必要以上にスキンシップをとっている女の子はいるし、そういうのを見れば甘奈が不愉快になる事くらい分かってもらえないだろうか。

 なんて、不満をさらに募らせてしまったからだろう。扉を開けられる事に気付かなかった。

 

「ふげっ……!」

「あ、スミマセンっ」

 

 忙しそうなバカは、こちらに見向きもせず謝ると玄関に行ってしまった。

 

「……」

 

 気に入らない。忙しいのは分かるが、やっぱり腹が立つ。立ってしまう。自分にも、少しは構って欲しい。本当は友達以上の関係になりたいと思っているのに、それを我慢しているのに、何故こんな想いをしないといけないのか。

 

「はーい」

 

 そんな自分の気も知らず、元気良く秀辛はお客さんの出迎えに行く。

 ガチャっと扉を開けると、出て来たのは何処かで見た気がするお姉さんだった。

 

「こんにちは……あ、ヒデちゃん」

「あ、桑山さん」

「……は?」

 

 思わず声を漏らしたのは甘奈。聞こえなかったのは幸いだった。

 とはいえ、あんな美人さんと知り合い? どういうこと? と言わんばかりに眉間に青筋が浮いた。

 

「なんでここに?」

「それは私のセリフよ。どうしたの? いつも話す双子の同級生がいるのに、アイドルの事務所で……」

 

 それを聞いた途端、少し胸がスッとした。もっと言ってやれ、的な感じで。

 

「バイトしてるんです。妹がここのアイドルになってしまいまして……あの育ちの良い妹をチャラチャラナンパするゲボカス野郎がいたら、汚い花火にしてやろうと思いましてね」

「そうなの。私は、この前ここのプロデューサーさんにスカウトされたの。その返事をしに来たのよ」

「え、ざ、雑貨屋さん辞めちゃうんですか……?」

 

 何その残念そうな感じ、と再びイラリとしてしまう。そんなにその女のお店に通いたかったのか、と。

 

「……ふふ、辞めないわ。一応、両立させてもらうって形になっているもの」

「そうですか……良かった。……あ、プロデューサーさんに用事ですよね? ご案内します」

「ありがとう」

 

 なんだか久々に会った叔母と甥みたいな雰囲気でスリッパを用意し、中を歩いてくる。やはり、気に食わない。

 引き返してきて、甘奈の横を通る直前、目が合う。キッと睨んでやると、秀辛は目を逸らした。

 ビビりめ……と、思いながら、何となく千雪も見上げると、千雪はニコニコと笑みを浮かべたまま見返してきた。

 

「……」

「ふふ、ヒデちゃん。この子は?」

「え? あ、ああ、一応アイドルの大崎です」

「……どうも」

 

 紹介され、ペコリと頭を下げて会釈する。すると、千雪は笑顔のまま同じように会釈した。

 

「初めまして。桑山千雪です」

「あ、は、初めまして」

「ふふ、あなたもアイドルという事は、私の先輩になるのね。よろしくお願いします」

「いえ、甘奈もまだここに来たばかりなので、同期だと思います」

「そっか。そうだね」

 

 丁寧な対応をしつつも、内心穏やかでないのが溢れ出ていた。どうしたものか、と秀辛が悩んでいる中、千雪が笑顔のまま口を開いた。

 

「ヒデちゃん、案内してくれる?」

「あ、は、はい。そうですね」

「では、また後ほど」

 

 その一言でひとまずお別れになってしまった。

 

 ×××

 

「はーあ……」

 

 更衣室で、憂鬱そうなため息を漏らしてしまった。今更になって自己嫌悪していた。少し、彼に冷たく当たり過ぎた気がしたから。

 ホント、我ながら面倒臭い女である自覚はあった。だが、実際に嫌思いをしてしまうのだから仕方ない。彼に八つ当たりしないようにしたいものだが……やはりどうしても気になり、態度に出てしまっている。

 そんな自分が座る椅子の上に、コトッとティーカップが置かれる。温かい紅茶が入っていた。

 

「甘奈、どうかしたと?」

「月岡、さん……」

「恋鐘で良かばい」

 

 にかっと微笑まれ、思わずヒヨってしまう。こんな無邪気な笑みを浮かべられる人に、自分は嫉妬していたのか、と思ってしまう程だ。

 

「ずーっとさっきからヒデと変な空気出とったばってん、喧嘩でもしたと?」

「え? あ、いえ……」

 

 喧嘩、と言うか少し気まずい空気にしてしまっただけだ。……いや、それを喧嘩というのか? しかし、言い争いをしたわけではないし、勝手に自分がイライラしているだけで……うん、喧嘩ではない。

 

「……何でもないですよ?」

「それも良かばい」

「え?」

「敬語。タメ口でいっちょん、大丈夫ばい?」

「あ、じゃあ……うん。ありがとう」

 

 なんだか、普通に悪い人じゃない気がしてきた。というか、自分が勝手に嫉妬しているだけで、実際悪い人ではないのだろう。

 それは、千雪やめぐるにも言える事だ。だから尚更、自分を嫌いになりそうだった。たかだか、好きな男の子と仲良くしている、と言う理由だけで人を嫌いになりそうな自分が。

 

「ぜーんぜん、大丈夫って顔しとらんばい」

「え……?」

「ちょっと待っとってくれる?」

 

 そう言うと、恋鐘は更衣室を出ていった。どうしたんだろう? と、思ったが、聞く間も無く戻って来た。

 両手には、さっき使っていたクッキーがたくさん乗ったお皿を持っている。

 

「さ、まずは腹ごしらえばい! ようけ食べて、元気にならんば……ぴゃっ⁉︎」

「ちょっ……!」

 

 走ってやってきたものだから、思わずドジって足をつまずかせた恋鐘を前に、甘奈も反射的に動いた。

 慌てて片手で恋鐘を抱え、もう片方の手でクッキー一枚落とさずにお皿を手にする。

 

「せ、セーフ……」

「あ、ありがとう……?」

「ううん……」

「うう……またやってしもうたばい……」

 

 また? と、聞こえ、体を起こして上げながらも、思わず反射的に聞いてしまった。

 

「よくやるの?」

「よ、ようはやらんばい! 今日はたまたま調子が悪かっただけやけん!」

「……」

 

 よくやる人の返事を聞き、少し頬が赤くなる。

 秀辛と肩を並べるにふさわしい料理の腕を持っている割に、おっちょこちょいなとこがあるらしい。これが年上だと思うと、微笑ましささえ浮かんで来た。

 

「さ、うちんことより、甘か物でも食べて元気出して! 話しとうなったら話してくれれば、それで良かばい!」

 

 さっきまで転んでいたはずなのに、元気よく胸を張るその姿に、励まされてしまった。頼りになる、とは言い切れないけど、なんだかこの人の笑顔を見ていたら、自分まで笑顔になってしまう、そんな底知れない力が秘められているような、そんな気がして来た。

 気がつけば笑みを浮かべていた甘奈は、いつもの明るい笑みを浮かべて言った。

 

「ありがとう、恋鐘ちゃん。クッキー、いただきます」

「良かと良かと。さ、たんと食べんね!」

 

 とのことで、ひとまずクッキーをいただいた。

 すっかり打ち解けた後のように心を許した甘奈は、クッキーと紅茶を口に含みながら、少しずつ悩みを打ち明ける。

 

「恋鐘ちゃんは、好きな人とか……いる?」

「? 好きな人……?」

「いないのね……」

 

 恋鐘、という名前の割に言葉の意味さえ分かってないようなイントネーションだったが、一先ず続けた。

 

「甘奈には、いるんだ。変な人だけど、すっかり心を持ってかれちゃった人が」

「心って……ほえええ〜っ⁉︎ もしかしてそれって……こ、こここっ……恋バナって奴ん事⁉︎」

「う、うん……」

 

 新鮮なリアクションである。自分の話ではないのに顔を真っ赤にして、片手では覆い切れないほどに大口を開けている。恋鐘も薄々察していたが、まさか本当に自分の予測通りだと思わなくて、結局普通に驚いてしまっていた。

 むしろなんの話だと……と、半ば呆れつつも話を続けた。

 

「そ、それで……その人が、の事務所の人なんだけど……」

「だ、だだだっ……誰⁉︎ はづきさん⁉︎」

「いや、恋って言ったよね?」

「あ、そ、そっか……そうばいね。てことは、男ん人?」

 

 そりゃそうだろ、というツッコミも飲み込む。少しずつ「この子実はアホな子なんじゃないだろうか」と思い始めて来てしまった。

 そんな甘奈の前で、恋鐘は顎に手を当て、唸るように思考を漏らす。

 

「男の人……プロデューサーか社長かカメラマンの人か……いや、でもみんな歳が離れ過ぎてるし……あっ」

 

 気が付いたようで、目を丸くしてガバッと振り向いてくる。察されたのが恥ずかしくて、思わず甘奈は俯いてしまった。

 

「え、も、もしかして……そ、そん好きでしょんなか人って……」

「そ、そこまで言ってないよ……」

「ひ、ヒデ⁉︎」

「……」

 

 問われて、こくっと無言で頷くと、さらに大きな悲鳴が聞こえて来た。

 

「ぎょえええええ〜〜〜〜〜ッッ⁉︎」

「こ、声大きいよ、恋鐘ちゃ……」

「どうした⁉︎ なんか悲鳴聞こえたけど⁉︎」

「「ぎゃあああああああああああ⁉︎」」

 

 声を聞きつけた当本人が飛び込んできて、今度は二人揃って悲鳴をあげてしまった。

 

「ど、どうしたんだだから? ……ってか、なんでここでティータイムしてんの?」

「男子禁制の話だからだよ!」

「そ、そうばい! ていうか、ここ女子更衣室ばい⁉︎」

「ああ、悪い……って、もしかして百合百合タイムの時間だった? 邪魔しちゃった?」

「「違うわ〜〜〜〜ッッ‼︎」」

 

 バカを追い出した。はぁーっ、はぁーっと肩で息をしつつ、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「……あれのどこに惚れたと?」

「いや、うん。気持ちはよ〜く分かるんだけど……」

 

 デリカシーは無いし、頭は悪いし、手先は器用だけど人間関係は不器用、運動神経も悪いし、元ソシャゲ廃人、顔だって中の上……オシャレをすればイケメンに見える程度だ。

 

「……でも、優しいし、ああ見えて意外と世話焼きで面倒見が良いし、自分より他人のために力を発揮してくれるし……素直じゃないけど、分かりやすくてそこが可愛い人なんだ」

「ほええ〜……」

 

 まるで惚気話でも聞かされたように頬を赤らめる恋鐘。恋愛ってすごい、と感動しているみたいだ。

 

「何より、ね。甘奈と同じで姉妹が大好きだから、とーっても趣味が合うんだ」

「そ、そうなんや……」

 

 そこでそれかよ、という顔をされても、甘奈は気にせず続けた。

 

「でも、ね……? ヒデちゃん、アイドルプロダクションでバイト始めちゃって、他の女の子とも仲良くする機会が増えちゃって……だから、少し複雑なんだ。他の女の子と、ヒデちゃんが仲良くしてるのを見るのが、すごく嫌で……」

「なるほどね〜……」

「でも、恋鐘ちゃんみたいに、ヒデちゃんと仲良くしてる女の子が良い子なの分かってるから、そんな子の中身も知らないで嫌いになりそうな、甘奈が……すごく、嫌で……」

 

 そういう通り、少しずつ語気が弱くなっていく。さっきまでニマニマしながら彼の好きな点を語っていた人とは思えないくらい弱々しい。

 それ以上、言葉は出てこなかった。何故なら、その嫌いになりそうになっていた人の中に、恋鐘も入っていたから。

 と、そこで「あっ、やべっ」と気付いてしまう。せっかく仲良くなれそうだったのに、いらないことを言って嫌われてしまう所だった。

 

「い、今はそんな事ないけどねっ? 恋鐘ちゃん、良い人だし……あ、でもその大きな胸は妬ましいかなー! あははっ」

 

 冗談も交えつつ誤魔化すように笑うと、その甘奈を恋鐘は抱き締めた。

 

「えっ……?」

「大丈夫ばい。甘奈は胸なんか関係なかくらい、とーっても可愛かけん。そこまでヒデん事ば見とったんなら、きっと気持ちは伝わっとー。後は自分に、そしてヒデに正直になるだけばい」

「……恋鐘、ちゃん……」

 

 それを聞いて、思わず胸の奥が暖かくなっていくのを感じた。

 甜花がいるから、告白は出来ない。でも、彼にも自分の気持ちは伝わっているのなら、彼もおそらく、多少自分に負い目を感じてくれているはずだ。

 だとしたら、やはり自分は彼が少し女の子と話しても気にしない事だ。気になっても、表に出さない。恋人になりそうなら邪魔するが。

 ……でも、正直な所、どうせなら彼から特別な扱いをされたい。付き合いの長さは自分が一番なのだから。

 

「……恋鐘ちゃん、どうしたら良いと思う? 甘奈、なるべくならヒデちゃんに特別に思って欲しいから……」

「告白するんじゃつまらんの?」

「お付き合いは、出来ないよ。甜花ちゃんがいるし」

「ふーむ……つまり、勇気がなかわけね」

「いや、そうじゃ……それで良いや」

 

 言えない。甜花と実は二股みたいな関係になっている、なんて言えない。そこは置いといて、話を続けた。

 

「それより、とにかく他の子とは差別化して欲しいの! どうしたら良いかな?」

「ふっふーん。そこはうちにおまかせばい!」

「え……?」

 

 自信満々に胸を張った恋鐘だった。

 

 ×××

 

 早速、恋鐘に教わった作戦を実行するため、更衣室を出て行った。ちょうど、3階のダンスレッスン部屋から戻ってきた。

 

「果穂ー! すごかったぞレッスン!」

「本当っ⁉︎ カッコ良かった⁉︎」

「ああ! これならヒーローも夢じゃないぞ、果穂!」

「違うよ。私がなりたいのは……」

「「カッコ良いヒーローアイドル!」」

 

 気が付いたら跳び膝蹴りしてしまった。

 

 



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本質を捉えていない正義はありがた迷惑。

「お兄ちゃん……だ、大丈夫……?」

「大丈夫だ……」

 

 いつものように、事務所からの帰り道。果穂と一緒に帰宅しながら、ちょっと今日は晩飯作る気力が無かったので、食べて帰る事にした。

 ファミレスの中でぐったりしている俺に、果穂が声をかけてくれる。本当に優しい妹だよ……。

 

「全然、大丈夫に見えないよ……」

「は、ハハハ……平気だよ、ホント……」

 

 何があったか知らないが、ここ一週間ほど大崎にいじめられている。なんかドロップキックされたり、コーヒーに塩入れられたり、お茶を運んでる間に足引っ掛けられて転びそうになったり。

 特に、果穂と話してる時にその妨害を受けることが多いのはなんなんだろうか。あの野郎、シスコンは正義、みたいな顔して何してんだホント……。

 ……あれ、そういや俺、果穂のこと大崎に見せたことあったっけ。まぁ良いや。

 

「……でも、今の所、たった一度のミスもしてないの、やっぱりお兄ちゃんすごいよ!」

「ありがとうな……果穂のその言葉だけで救われるよ……」

「そ、そんなお爺ちゃんみたいな……」

 

 でもー……なんか、辛いんだー……。身体よりー……むしろ、心がー……。

 俺、大崎になんかしたかなぁ……。でも、記憶に無いんだよな……。

 

「……はぁ、死にたい……」

「し、死んじゃダメだよ⁉︎」

 

 いや死ぬ気は無いけども。そんなマジで受け止められても困る。

 でも……なんでだろうな。ホント、大崎に嫌われてこんな凹むことになるとは思わなんだ……。なんか、今なら一思いにお空の遠くに飛んでいける気がする。

 

「……はぁ」

「……」

 

 また、ため息出ちゃったな……。果穂の前であんまり暗くなるのは良くないのに……。

 反省しつつも、どうしても明るくなり切れずにいた時だった。果穂が、やたらと決意に満ちた眼差しで立ち上がった。

 

「よし、私に任せて、お兄ちゃん!」

「? 何を?」

「私が、解決してあげるから!」

 

 ……嫌な予感しかしない件について。何する気だよお前……。

 

 ×××

 

 翌日、またまたバイト。正直、最近はここに来ることさえ少し怖い。大崎ホント機嫌悪いんだよな……。

 立場的に、俺はアイドルをサポートする側……つまり、大崎の要望は少なからず答える立場にある。故に、大崎に「焼きそばパン買ってこいよ〜、あとジャンプも。もちろんお前の金でな」とか言われたら買いに行かなければならないわけだ。もちろん、領収書はプロデューサーさんの元に持っていくが。

 

「はーあ……」

 

 気が重い……。果穂は事務所に着くなり何処かへ行っちまったし……。

 ため息をつきながら、ダンスレッスンをする部屋を掃除していると、扉が開かれた。現れたのは、大崎と甜花だった。

 

「お疲れ様で〜……あれ、まだ誰もいないや」

「な、なーちゃん……一人、いる……」

「え、何処に?」

 

 頭っから絶好調ですね、双子の妹さんや……。シカトできるあの子と違って、俺は立場上、挨拶をしなければならない。

 マップがけをする手を止めて、二人に頭を下げた。

 

「おはようございます」

「……」

「おはよう……」

 

 返事をしてくれた甜花とは対照的に、シカトを貫く大崎。何が気に食わなかったのか知らないが、頬を膨らませてそっぽを向く。

 そんな大崎の態度を見て、甜花はモップがけを再開しようとする俺の元に走って来た。

 

「? どうしました?」

「あ、あの……甜花と、なーちゃんには……敬語、いらないよ……?」

「いや……俺、仕事中だし……それに、なんか大崎怖いし……」

 

 これ以上、嫌われたくない、と遠回しに言ってみたが、甜花は首を横に振ってしまう。

 

「むしろ……その、ヒデくんが……なーちゃんを他の子と同じ扱いすると、余計怒る気が……」

「え……なんで?」

「……それは、自分で考えた方が……ほ、ほら、とにかくなーちゃんにはなるべく、ふ……ふら、フランキーに接した方が……」

「フランクな?」

「か、噛んだ、だけ……」

 

 いやそれは無理があるから安心してくれ。

 ……ふーむ、まぁ大崎に一番、詳しい甜花が言うのなら、信憑性はある。ここは、一度仕事を忘れて声をかけてみるべきか。

 

「あー……お、大崎……」

「……つーん」

 

 ……聞いちゃいねえ。てか、つーんって口に出す人初めて見た。

 が、ここで折れてちゃいけない。とりあえず、何か話しかけないと……と、意を決した時だった。扉が開かれた。

 

「そこまでです!」

 

 ……ジャスティスレッドのお面を被った妹の姿が見えたんだけど、目の錯覚だろうか? 

 

「お兄……弱いモノいじめをする卑怯者は、このジャスティスレッドが許しませんッ!」

 

 ビシィッ! と、グレートサイヤマンばりにポーズを決める果穂を見て、俺も大崎も甜花も黙り込む。どう反応して良いのか分からない、と言わんばかりのリアクションだった。てか、俺を呼ぶ事キャンセルして弱いモノいじめって言うのやめない? 

 

「? 何してんのあんた?」

 

 冷ややかな大崎のセリフにも、こればっかりは同意だ。何やってんだお前。

 そんな冷め切った視線を振り切り、ジャスティス果穂は走って大崎の前に立ち塞がり、構えをとる。

 

「あなたがしていることは、カッコ悪いことです! いじめなんて、悪者がすることです!」

「いじめじゃないから。人聞きの悪い言い方しないでくれる?」

「いじめです! おに……ひ、秀辛さんはいつも毎晩、泣いています!」

「ま、毎晩……⁉︎ あなたこそヒデちゃんとどういう関係なの⁉︎」

「あの……果穂、その『秀辛さん』って呼び方、もう一回言ってもらえる?」

「ああんっ⁉︎」

「なんで大崎がキレ……あ、いやごめんなさい!」

 

 怖っ! この子、怒ると口曲がるの⁉︎

 でも、そんな言い方するとうちの可愛い可愛い妹ちゃんが黙ってな……。

 

「むー! だから、そういう言い方をやめなさーい!」

「大体、あなた何? 関係ないでしょ。引っ込んでてくれる?」

「関係はあります! 私は、秀辛さんの……!」

「ヒデちゃんの、何?」

「っ、ひ、ヒーローの正体は誰にも秘密なのです!」

「さっきからヒーローヒーローって……良い歳して何言ってんの? 恥ずかしくないわけ? 小学生みたいなこと言って」

「んなっ……わ、私は小学生です!」

「いやいや、甘奈より背が高い小学生なんていないから。もしかして、バカにしてる?」

「それはこっちのセリフです!」

 

 ……まずいな、どんどん険悪になっていく……。ていうか、果穂はあまり口喧嘩強くないから、このままだと泣いちゃうかも……。

 というか、そうでなくても大崎と果穂の仲が悪くなるなんて絶対にごめんだ。

 ため息をつきながら、俺は後ろから果穂のお面を外した。

 

「あっ……な、何するの⁉︎」

「果穂、そこまで」

「……下の名前呼び」

「大崎、悪かった。とりあえず、ここは……」

 

 引き下がってくれ、と言おうとした所で、果穂が大声で叫んだ。

 

「どうしてお兄ちゃんが謝るの⁉︎ 悪いのはこの人でしょ⁉︎」

「え、お兄ちゃん……?」

 

 その声に、甜花がつぶやいた。よっしゃ、ある意味ナイスだ。果穂。

 

「ああ、こいつは俺の妹。俺と大崎の仲が険悪になってたから、心配してくれてるだけなんだよ」

 

 ……ったく、俺が果穂を守るつもりでこの事務所に来たのに、こんな情けない話があるかっての。

 

「果穂、この二人が俺と高校で友達してくれてる双子だ。だから、そんなにめくじら立たないでくれ」

「え、こ、この人達が、ですか……?」

 

 まじまじと果穂が大崎姉妹を見るのに釣られて、俺も二人の顔を見る。見てしまう。

 ということは、向こうも俺と果穂の顔を見る良い機会であって。ジト目……というより、もはやドン引きした表情のまま、大崎と甜花は言った。

 

「……いや、それは無理」

「は?」

「……か、顔、似てないし……身長も、大差ない……」

「変な嘘つかないでくれる?」

 

 ええ……そ、そんな信用されないレベルなの……? 

 いや、確かに果穂は背高いし、俺はそんな背高くないし、髪の色だって俺は黒で果穂は……なんか、こう……赤のような茶色のような形容し難い色。

 中身でさえ、俺は去年まで友達の作り方も知らなかったし、今でも大崎姉妹しか友達がいない、隠キャと陽キャの間、果穂は陽キャというか……そろそろ純粋さが抜けてくる年齢にも関わらず、未だに小学一年生レベルの純真を持つ心優しきヒーロー。

 ……確かに側から見たら兄妹に見えないのでは? 

 

「……もういいよ。付き合ってるなら、付き合ってるって言ってくれれば良いのに」

「いや、だからホント……!」

 

 そのまま、大崎は部屋を出て行こうとする。……このまま出て行かせたら、なんかマズい。そんな予感がした。

 せっかく仲良くなれてきた所なのに、このまま終わりにさせてたまるかよ。最近は、時間がなくなってきたとはいえ、ほとんど一緒にゲームもやれていないんだから。

 そう決めて、部屋を出る前に走って大崎の手首を握った。

 

「っ、な、何……?」

「頼むから、話を……」

 

 と、言いかけた時だ。ガチャっとレッスンルームの扉が開かれる。奥から出て来たのは、桑山さんだった。

 

「お疲れ様で……あら、ヒデちゃん」

「……」

 

 なんで今日はこんなにタイミング悪いんだ朝からああああああッッ⁉︎

 そんな俺の気も知らず、桑山さんは俺の頭に手を乗せて撫でてくれる。

 

「ふふ、お掃除? いつもありがとね。お店に来てくれたら、サービスするからね」

 

 しかも言い方ァッ! 

 案の定、怒りをさらに爆発させた大崎は、もうせっかく可愛い顔の原型がなくなるほどに、顔を真っ赤にして頬を膨らませ、俺の手を振り解いた。

 

「そんなに背が高い人が好きなら、そういう人と付き合えば⁉︎」

 

 そのまま出て行かれてしまった。何故……付き合うって話に……やっぱり、あいつ……! 

 

「? どうしたの?」

 

 俺の頭上から、いつの間にか手を外した桑山さんがキョトンと小首を傾げる。色々と恋愛について詳しかった割に、こう言う時だけ鈍いんですね……。

 

「そうだ、ヒデちゃん。部屋のお掃除終わったら、社長にお茶淹れてって七草さんが仰ってたわよ」

「ありがとうございますッ……‼︎」

「なんでそんな悔しそうに⁉︎」

 

 ……仕事をひと段落させてから、後で声掛けねえと。

 でも……もしかして、大崎ってやっぱり俺のこと……勘違い、と思い込むにも限度がある。残念ながら、俺はラノベの主人公じゃない。相手の気持ちに気付いた以上は、それ相応と行動を取る必要がある。

 ……多分、好かれてるんだよね? 急に「そういう人と付き合えば⁉︎」とか、好きじゃないと出てこないよなぁ……。

 付き合う、付き合わないは……まぁ、別として……大崎がヤキモチ妬いた気持ちも分かってしまった以上は、何かしないと。少なくとも、果穂が妹である事は証明しないと。

 大崎はまだデビューしていないし、しばらくはレッスンだと思うから、今日は事務所にいるはずだ。なら、帰るまで待機するしかない。

 

 



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色んな人にお世話になる日

 レッスンを終えた甘奈は、身体を動かして少しストレスが晴れた……が、それでもモヤモヤは心の奥底では晴れていなかった。

 まさか、兄妹なんてそんな変な言い訳をされると思わなかった。つまり、それだけあの果穂とか言う子とはやましい関係なのだろう。思い出すと腹が立つ、本当に腹が立つ。

 シャワーを浴び終え、身体を拭き、ドライヤーで乾かし、服を着て更衣室で少しのんびりする。

 

「甘奈ちゃん」

 

 そんな中、その次に腹立つ女性が声をかけてきた。なんの冗談かと思ったが、なんとこの人が自分と甜花とユニットを組むらしい。

 

「……どうも」

「ふふ、何となく分かったわ。あなたが、ヒデちゃんがよく話してる子なのね」

「え?」

「改めて、桑山千雪です。よろしくお願いします」

「あ……ええ、大崎甘奈です」

「え、えっと……甜花は、大崎甜花でしゅっ……あうう、噛んじゃった……」

 

 甘奈の素っ気ない挨拶にも、甜花のダメダメな挨拶にも、余裕の笑みを浮かべたまま頷いて返す千雪。正直「大人の女性になるならこんな人になりたいなぁ」と思う理想像だった。何より、胸が大きいし。

 しかし、それと同時に秀辛がこの人と仲良くする理由もわかってしまう。だから、どうしても嫌悪感を隠し切れなかった。多分、この人だって良い人なのだろうに。

 そんな自分に尚更、嫌気が差していると、千雪は笑顔を浮かべたまま二人に言った。

 

「ヒデちゃんが言ってた通り、可愛い子達ね」

「にへへ……あ、ありがとうございます……」

 

 甜花は秒で懐いていた。頭を撫で撫でされて嬉しそうな顔をする。本当にチョロい姉で困ったものだ。

 ……いや、まぁ実際はあれくらいの愛想が正しいのだろう。お互い初対面で、向こうは年上なのだから。

 

「安心して、甘奈ちゃん」

「え?」

「私とヒデちゃんは特別な関係じゃないから。お店っていうのも、雑貨屋さんの事だよ」

「……ふえ?」

 

 ホッとするより先に羞恥が襲ってきた。それはつまり、自分が秀辛を好んでいることが、ほぼ初対面でバレているわけであって……一気に顔が赤く染まった。

 

「な、何をっ……!」

「好きなんでしょ? ヒデちゃんの事」

「ーっ!」

 

 他人からハッキリ言われ、顔から火が出るかと思う程に頬が熱くなった。

 

「んなっ……なんで……?」

「そんなのさっきの見れば分かるよ。だから……ごめんね。まずは」

「あ、いえ、そんな……私も、すみません。印象悪かったですよね……」

「ふふ、気持ちは分かるから、気にしないで」

「ううっ……」

 

 気にしないで、と言われるが、恥ずかしいものは恥ずかしい。顔を赤くしたまま俯いている自分の頭に、千雪は片手を乗せてくれる。

 

「12月……クリスマスの日だったかな? ヒデちゃん、その日までにマフラーと手袋を仕上げるんだって、私に編み物をわざわざ習いに来たんだよ」

「え……そ、そうなんですか……?」

「うん。……まぁ、あまりにも吸収が早すぎて、教え甲斐はなかったんだけどね……」

 

 もう少し苦戦するのを想定していたらしい。実際、甘奈もプロ並みだと思ってしまったほどだ。

 

「とにかく、あの子は甘奈ちゃんと甜花ちゃんの為……というより」

 

 そこで言葉を切って、甘奈の耳元で囁くように言った。

 

「多分、甘奈ちゃんのための割合が大きいかな」

「え、いやそれはないと思いますけど……」

 

 何せ、あのバカは自分と同じくらい甜花を溺愛している。甜花のため、それについでで甘奈、はあり得ても、自分のため、ついでで甜花はあり得ない。てか、それはそれで許せない。

 しかし、付き合いの長さは甘奈より長い千雪には、何かしら確信があるように笑顔で続けた。

 

「ヒデちゃんが入院してるとき、甘奈ちゃんがたくさんお世話してくれたから、そのお礼がしたいから頑張ってたんだよ?」

「っ、え……」

 

 それを聞いて、甘奈は頬を赤く染める。嬉しさで爆発しそうな程だ。

 

「……そ、そうなんだ……」

「そうよ」

 

 でも、その嬉しさの反面で、すこしだけ彼の話に耳を傾ければ良かった、と後悔してしまう。妹、なんて話を信じるつもりはないけれど、まぁ本当である可能性はゼロでは無いのだし。

 

「妹さんの件は、調べてみれば分かるんじゃない?」

「え?」

「ヒデちゃんは元々、妹のためにここ来たんでしょ? なら、小宮って苗字の子を探してみれば良いんじゃない?」

「……」

 

 確かに、と思ってしまった。というか、何故そんな事に頭が回らなかったのか。

 

「桑山さん」

「千雪、で良いわよ?」

「あ、じゃあ……千雪さん。ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 それだけ話すと、早速探すことにした。探す、といっても簡単だ。プロデューサーに声を掛ければおしまい。履歴書見せて、とは言わないけど、そこで嘘をつく理由はないだろう。

 早速、プロデューサーを探しに行った。ラウンジ代わりのリビングのような部屋に入って、早速はづきに聞いてみる。

 

「プロデューサーさんいますか?」

「いませんよ? 先程、恋鐘ちゃんと出掛けてしまいました」

「えっ……そ、そうですか……」

 

 いきなり出鼻を挫かれてしまった。よりにもよって、いなかったら次に聞こうと思っていた恋鐘と一緒である。

 普通なら明日にしよう、とか思う所だが、大崎甘奈はそうもいかない。早急に真実を確かめたかった。

 

「……なーちゃん、帰ろ?」

 

 そんな甘奈に、甜花は小首を傾げて言う。確かに甜花を夜遅くまで連れ回すわけにもいかない。

 故に、甘奈は笑顔で言った。

 

「ごめんね、甜花ちゃん。甘奈、用事あるから先に帰ってて?」

「え、でも……甜花、一人で帰れる自信ない……」

「うん。ちょっと待っててね」

 

 平然と「一人じゃ何も出来ない」宣言を当然のように受け止めると、甘奈は鞄から紙とペンを取り出す。

 カリカリと高速でペンを動かすと、甜花に手渡した。

 

「ここから駅まで、それと駅からうちまでの道のりと、降りる駅のメモだよ。それ見ながら帰れば大丈夫。もし、それでも帰れなかったら、甘奈に電話してね」

「あ、ありがと……」

「あとここ。ちゃんと読んでね。『知らない人にはついて行かない』『美味しい匂いが漂ってきても誘われない』『欲しいプライズがあっても寄り道しない』。……良い?」

「う、うん……! 甜花、がんばりましゅ!」

「ごめんね。甘奈の勝手で……」

「ううん……なーちゃん、ヒデくんが気になる、んでしょ?」

「っ、う、うん……」

 

 この自分のこと以外に鈍い姉にさえ勘づかれてしまうほど、分かりやすいらしい。少し恥ずかしいが、でもここはお言葉に甘えるべきだろう。

 

「甜花ちゃんも、気を付けてね! 何かあったら、本当に言うんだよ? 甘奈に遠慮なんてしちゃダメだからね」

「う、うん……! じゃあ、またね。なーちゃん」

「甜花ちゃんも……元気でね!」

 

 海外への挑戦を控えるスポーツ選手のような別れを終えて、甜花を見送った後、甘奈は事務所内に戻る。

 さて、どうやって二人が兄妹であることを突き止めるか? 簡単な話だ。ストーキングである。同じ家に入れば、もうそれは確定だろう。

 

「……さて、ヒデちゃんは……」

 

 ……そういえば、秀辛の事を千雪もヒデちゃんと呼んでいた。被るのは嫌だし、別の呼び方を考える事に……って、それよりも、今は彼の居場所である。

 再びはづきの元に戻り、声を掛けた。

 

「はづきさん、ヒデちゃ……小宮さんは?」

「ふふ、ヒデちゃんですか?」

「ーっ!」

 

 一発で顔を真っ赤にした甘奈を見て、はづきは実に微笑ましそうな表情を浮かべ、満足そうに頷いた後、改めて教えてあげた。

 

「小宮くんならさっき、慌てて事務所を出ましたよ?」

「え?」

「果穂ちゃんが『もうすぐ金ロー始まっちゃう!』って言って、帰っちゃいました」

「お先に失礼します!」

 

 高速で荷物を持って消え去った。以前、本人から聞いた話だが、秀辛の家の最寄り駅とこの事務所の最寄りは一緒だ。

 走って外に出て辺りを見回すと、見覚えある影が二つ、歩いているのが見えた。

 

「……っ」

 

 慌てて、その後をつける。かなりヤバい人に感じないでも無いが、とにかく慎重に気付かれないよう、二人の背中を目で追う。手を繋いでいるわけでもないし、腕を組んでもいないのに、とっても楽しそうにしていた。

 

「お兄ちゃん、今日のレッスンね、お化粧をたくさん教えてもらったんだ!」

「マジか。この可愛い子がさらに綺麗になっちゃうの? 見てみたいなぁ」

「あー……落としちゃったんだ、メイク。一緒にメイクしたチョコ先輩って人が、まだ小学生で肌綺麗なんだから、あまり長時間つけると将来、後悔するって」

「そうなのか……その子の名前、本名分かる?」

「園田智代子先輩だよ?」

「今度、菓子折り持って行くか……」

 

 なんて話が聞こえてくる。腹が立つ。ホント、なんであの子にはあんなベタ褒めなのか。……羨ましい。

 

「……そういえば、果穂が参加するユニットはどんな人がいるの?」

「えーっと……チョコ先輩と樹里ちゃんと……凛世さんと夏葉さん! みんな年上の人なんだ!」

「だろうな。いじめられそうになったら言えよ? そいつにあらゆる痛みというものを思い知らせてやらないといけないから」

「……放クラのメンバーの人をいじめたら、嫌いになるから」

「果穂⁉︎」

 

 まぁ、今のは秀辛が悪い、と甘奈は頷く。あの果穂という子は、どうにも人に懐きやすい性分のようだ。

 そのまましばらく移動していると、ふと視界にほこりのようなものが上から落ちてくるのが目に入る。上を見上げると、白い雪がチラホラと降って来ていた。

 

「っ、う、嘘……!」

 

 ヤバっ、と思い、甘奈は鞄の中を見る……が、傘は入っていない。今日に限って折り畳みを忘れてしまったようだ。

 ていうか、このままだと同じ場所に雨宿りする事になるんじゃ……と、恐る恐る前を見ると、秀辛が鞄から折り畳みを取り出していた。

 

「ほら、果穂。もっとこっち寄って」

「大丈夫だよ! それより、雪だよ⁉︎ 遊ぼう!」

「積もったら、明日の朝一でな? ……つっても、この勢いだと30分もすれば積もりだけど」

「やったー! 明日、楽しみにしてるね?」

「はいはい」

 

 ……相合い傘まで始めやがった。羨ましい……。仲良く腕まで組んじゃって、どう見てもカップルにしか見えない。

 ……それに引き換え、自分は……好きな男の子が、他の女とイチャイチャしてるのをストーキングしながら、傘を忘れて頭に白い雪を積もらせる……惨めだ。

 

「…………はーあ」

 

 もう帰ろうかな……なんて思っていると、ふと前の二人が足を止め、甘奈も反射的に近くの電柱に隠れた。

 

「あー……悪い、果穂。忘れ物したっぽい」

「え、本当に?」

「うん。先帰ってて……って言っても、家もうそこか。走って行けるか?」

「うん!」

 

 それだけ言って、果穂は家に走って行った。足を止めたままの秀辛は、小さく「さて……」と呟くと、傘を持ったまま回れ右をする。

 こっちに歩いてくるので、少しずつ角度を調節して、電柱の周りをぐるりと回りながら隠れる。

 が、まるでその甘奈の動きを読んでいたかのように、秀辛は先回りさせた傘を頭上に置いた。

 

「っ!」

「何してんだオメーは」

「っ、ひ、ヒデちゃ……!」

 

 バレていた事にびくついてる、と言うより、普通に怒られる気がしてしまった。

 自分より少し高い同級生の顔色を覗き込むように尋ねる。

 

「……ば、バレてたの……?」

「気付いたのはついさっきだけどな」

「…………ごめん」

「……」

 

 なんか、謝ってしまった。元々、疑っていた立場の癖に。

 そんな自分を前に、秀辛は真顔のまましばらく見下ろした後、自分の手を掴んで引き寄せた。

 

「っ、な、何……?」

「うち、上がって行けよ」

「え……?」

「なんか話あるんでしょ? 外じゃ風邪引くし」

「……あ、ありがと……」

 

 お言葉に甘える事にして、秀辛の傘の下に入って「小宮」の表札が付いている一軒家に入った。

 

 



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更新日

「たでーまー」

「お兄ちゃん! 早かっ……ええええっ⁉︎」

 

 出迎えた果穂が、驚いたような声を上げる。そりゃ驚くよね、と甘奈は目を逸らしながら冷や汗をかく。

 何せ、この子とは悪い空気のままお別れしたのだ。確実に歓迎はされないだろう。

 

「わ、忘れ物じゃなかったの⁉︎」

「忘れ物こいつ」

「え……え?」

「ごめん、なんでもない。……おら、上がれよ」

「お、お邪魔します……」

 

 物扱い? というツッコミも出ず、甘奈は靴を脱いで上がった。

 その甘奈に対し、果穂はジト目で睨みながら、まるで尋問するかのように問い詰める。

 

「何しに来たんですか? またお兄ちゃんをいじめるつもりですか?」

「果穂、この時期インフルだぞ。手洗いうがいしたか?」

「したよ」

「なら、俺らはまだだ。先にリビング行ってなさい」

「はーい!」

 

 上手くあしらっている。妹の扱い方をご存知のようだ。甘奈を連れて、秀辛は洗面所に向かう。

 冷静になってから、改めてあたりを見回しながら、その秀辛の後を続く甘奈。

 ここが秀辛が普段、暮らしてる家なんだ……と、興味深そうに見回す。大きく新鮮に感じるような点はないのに、何故かソワソワしてしまう。

 そんな甘奈に、前から声が掛かる。

 

「甜花は?」

「さ、先に帰ったよ」

「ふーん……らしくないな。そんなに大事な話なん?」

「え、えっと……甘奈にとっては、そうかも……」

 

 少しヒヨってしまっていて、上手く返せない。そもそも、好きな人の家、というだけで少し緊張していた。

 

「……ふーん」

 

 ……そのそっけない返事は、さっきまで喧嘩別れをした後だからだろうか? 

 洗面所に入り、手洗いうがいをする間も、二人に会話はない。それが、少し甘奈には気まずかった。

 

「あ、あの……」

「どうするよ、この後。飯食ってく?」

「え……」

「や、すぐ帰るなら今、部屋で話聞くし、雪が大人しくなるまで待つなら、先に飯食うし」

 

 そう言う通り、もう良い香りが漂ってきている。秀辛の母親が晩飯を作って待っているのだろう。

 

「で、でも……迷惑じゃない?」

「平気だろ」

「じゃあ……いただこう、かな……」

「はいよ」

 

 それだけ話して、二人でリビングに入った。中に入ると、おそらく母親と果穂の趣味であろう、明るい色の家具で囲まれた部屋が待っていた。

 

「ただいま」

「お、お邪魔してます……」

「お帰りなさ……え、女の子?」

「友達の大崎甘奈」

「は、初めまして……」

「……」

 

 呆然とする秀辛の母親。呆然というか、愕然とさえしているように見えた。どこにそんな衝撃を受けるポイントがあったのだろうか? 

 そんか甘奈の問いに、母親は行動を起こして答えた。盛り付けを終えると、お皿を持って食卓に並べ、それと同時にエプロンを外しながら、秀辛の腕を掴んだ。

 

「きなさい」

「え、なんで?」

「良いから来なさい」

「え、ちょ……あ、大崎。先座って待ってて……!」

 

 そのまま廊下に引き摺り出されてしまった。待ってて……と言われても、これから食事をするのに何も手伝わないわけにはいかない。何か手伝える事を探したい所ではあったが……それをすると、果穂と二人きりになってしまう。

 

「……」

 

 それに、自分の顔を見るなり急に目を背ける親御さんも気になった。

 そのため、そーっと扉を開けて廊下の様子を眺めると……母親が息子にスタイルズクラッシュを決めていた。

 

「あんた……あの子を何して洗脳したの! 薬? 盗撮? 拷問⁉︎ 吐きなさい、じゃないとこのまま頭に血が上り切るまで離さないわよ!」

「違うから! 何もしてないから! てか、なんであんたそんなに信用ないわけ⁉︎」

「今までずーっとゲームの中に彼女がいた男が女の子なんて連れてきたら、性犯罪に手を染めたと思うでしょうがあああああああ!」

「ああああ! 外れちゃう、肩外れちゃうってばああああああッ‼︎」

「わあああ⁉︎ ま、待ってくださーい!」

 

 慌てて止めに入るしかなかった。

 

「あら、大崎さん……よね? 恥ずかしいところを見られちゃったわね」

「恥ずかしいというか、勇ましいというか……と、とにかくヒデちゃ……小宮く……秀辛くんを離してあげてください! 別に、甘奈は何もされてませんから……!」

「ヒデちゃん……? あなた本当に何したのおおおおおおおッッ‼︎」

「おごろおおおおおおおおッッ⁉︎」

「ホント、誤解ですからあああああああッッ‼︎」

 

 とにかく頼み込んで止めた。というか、大人は何故、言い直す前の呼び方を採用するのだろうか? 

 

 ×××

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。美味しかった?」

「はい! 流石は秀辛くんのお母さんですね」

 

 秀辛の料理の腕は母親譲りで、母親はプロの舌も唸らせるレベルである。色々と化物している秀辛の一面の根源を見た気がした甘奈は、少し引きつつも笑顔で受け流した。

 その甘奈に、母親が笑顔で尋ねる。

 

「それで、甘奈ちゃん。どうするの?」

「? 何がですか?」

「外。積もってて電車も止まってるけど」

「……え?」

 

 言われて、冷や汗を流しながら窓の外を見る。さっきまで埃程度の大きさだった雪が、タンポポの綿毛の集合体程度に大きくなっていた。

 

「……うわー」

「泊まって行っても良いわよ?」

「うえっ⁉︎」

「おい、母さん……」

「その時は果穂の部屋でも、バカの部屋でも良いけど、ちゃんとご両親に連絡はしてね?」

「あ、は、はい……」

 

 時間は8時を回っている。今から話をして帰宅を始めて、止まっている電車が動き出しているとしても、帰宅は10時を超えるだろう。

 父親もおそらく帰宅に時間がかかっているだろうし、迎えも呼べない。

 ……いや、その辺の事情は言い訳だ。正直に言わせてもらうと、泊まりたい。それも、彼の部屋で。

 エッチな事がしたいとかではなく、単純に一緒にいたいけど……でも、少し気まずいし、もしかしたら本人には迷惑かもしれないし……なんて悩む甘奈に、秀辛がやんわりと声をかける。

 

「大崎、別に無理しなくて良いからな。帰るんだったら、お袋に駅まで送ってもらえよ。傘も持ってって良いから……」

「泊まる」

「は?」

「すみません、お母さん。お世話になります」

「どうぞどうぞ。自分の家だと思ってくつろいで良いからね?」

 

 秀辛の意思など無視して、泊めてもらうことにした。そんな事になるなら泊まった方がマシだ。せめて秀辛が送ってくれるのならまだしも。

 

「おい、大崎……」

「じゃ、先にお風呂入っておいで。果穂、パジャマとか貸してあげてくれる?」

「はーい! 甘奈さん、一緒にお風呂入りたいです!」

「良いよ!」

 

 夕食の間に仲良くなっていた二人が意気投合する中、秀辛はポツンと置いていかれるしかなかった。

 残された秀辛は、仕方なさそうに食器の片付けを手伝う。すると、洗い物をしている母親が声を掛けてきた。

 

「あの子のこと、好きなの?」

「好きじゃねーよ」

「ふーん……告白できないなら、お母さんが代わってあげようか?」

「だから違うって言ってんだろ」

「同じ部屋に泊まるなら、付き合う前にエッチなことしちゃダメだよ?」

「しねえよ! 付き合ったとしても!」

「まぁ付き合った初日にそういうことしたら、流石の私もドン引きだけど」

「いやもう勝手に引いてろよ……」

 

 もう知らん、と言うように手伝いを続ける秀辛に、母親が言った。

 

「でもあんた、せっかく高校で頑張って作った友達でしょ?」

「まぁ、うん。あいつは最初、付属品みたいな感じだったけど」

「なら、素直になりなさい。仲良い人には、ね」

「……だから、違うっつんに」

 

 そんな話をしながら、そのまま洗い物を続けた。

 

 ×××

 

「うん……そう、友達の家。泊まらせてもらうから。大丈夫、いつも甜花ちゃんのお世話してくれてる人だから。うん……じゃあね」

 

 シャワーと親への連絡を終えた甘奈は、先に秀辛の部屋に向かう。本当は寝る時くらいはブラを外しておきたかったのだが、男の子の前でノーブラは普通に恥ずかしい為、今日くらいはつけたままでいる事にした。

 

「……にしても」

 

 自分の胸元を見下ろす。借りたパジャマは、ジャスティスVの柄だった。高校生にもなって、まさかこんな服を着る事になるとは……と、少し引き攣った笑みを浮かべる。いや、貸してもらえるだけありがたいのだが。

 この服装のまま秀辛と一緒の部屋で寝る、と思うと、少し恥ずかしかった。

 そうこうしている間に、部屋の前に到着する。ゴクリ、と控えめに唾を飲み込み、扉を開けた。

 部屋の中は意外と綺麗であったが、おそらくどうしても手放せなかったフィギュアや漫画、ポスター等のオタクグッズは揃っている。本当に高校デビューを頑張っていたんだな、と言う名残があった。

 今、秀辛がお風呂に入っているため、甘奈は秀辛の自室に一人でいる。……つまり、チャンスは今しかない。

 

「ゴクリ……!」

 

 喉を鳴らし、視界に入っているのは秀辛のベッド。緊張気味に布団に手を伸ばすと、一気に中へ潜り込んだ。

 

「〜っ、ふわっ……ひ、ヒデちゃんの匂い……!」

 

 布団の中で、思わずゴロゴロと寝転がって、クンクンと鼻を鳴らす。その度に「ふへ、ふへへ……」と笑みを溢しながら、少しだけ興奮してしまった。

 まぁ、人の家に来てそんな真似をすれば、目撃者がいないはずがなく。

 

「わー! 甘奈さんもベッドでゴロゴロとかするんですね!」

「っ⁉︎ か、果穂ちゃん⁉︎」

「私も混ぜてくださーい!」

 

 見られた⁉︎ と思ったら、なんか突然、隣に寝転がられた。良かった、純粋な子でと胸を撫で下ろす。

 二人で布団の中に入ったまま、顔を見合わせる。こうして見ると、やはり果穂は秀辛の妹とは思えないほど可愛い。秀辛がイケメンと呼べるほどイケメンではないのもあるが、何より心の汚れが真逆過ぎて、正直見ていて眩しいくらい……なんて、思っていると、ふと果穂の胸が目に入る。パジャマの襟の隙間からチラつかせているその胸には、割と深い谷間があった。

 

「……⁉︎」

 

 ……考えてみれば、この子はタッパもかなりある。顔以外は完全に年上にしか感じないが、末恐ろしいのはこれで小学生という点だ。

 

「あの……果穂ちゃん? 普段はどんなもの食べてるの?」

「? 何でですか?」

「いやちょっと、気になって。……ほら、お兄さんもお母さんも料理上手だから」

 

 流石に、小学生に「胸大きいから気になる」とは聞けなかった。変なことを教えれば、秀辛がブチギレそうでもあったし。

 人を疑うことを知らない詐欺師にカモられそう……いやむしろ詐欺師でさえ浄化してしまいそうな果穂は、すぐに答えてくれた。

 

「普段は……そうですね。基本的には野菜炒めとかですよ? お肉より野菜が多い炒め物に、お味噌汁とご飯と……たまにお漬物とかです。たまに、唐揚げとかハンバーグみたいに、お肉がメインの日もありますけど」

「ふーん……じゃあ、普段は何してるの?」

「ヒーローごっこです!」

「ひ、ヒーロー?」

 

 困惑する。あれ、自分が小学生の時、そんなことしてたっけ? と言わんばかりに。

 しかし、果穂は恥ずかしげもなく……いやむしろ誇らしげに言った。

 

「お兄ちゃんが買ってくれるオモチャで、一緒にお兄ちゃんが遊んでくれたり、クラスの男の子と戦っています!」

「お、お兄ちゃんもやるんだ?」

「はい!」

 

 なるほど、と甘奈は少し納得する。甜花や自分の、少し面倒臭い面にも付き合ってくれるのは、普段から付き合いが良いからか、と理解する。

 

「それに、お兄ちゃんの怪人役は面白いんです! 固技ばかりこなしてきて、捕まったら最後、横四方固や袈裟固で捕まっちゃうんです!」

 

 妹相手にセクハラすんなよ、とやっぱり普通に引いた。自分でさえ、甜花のお世話をする時に煩悩は打ち払っている。

 しかし、まぁカラクリは分かった。要するに、バランスが良い食事と適度な運動。これに限るのだろう。それでダメなら、まぁもう少し別の事をしたい。バストアップ体操とかそういうの。ただでさえ、秀辛の好みは、おそらく「巨乳」なのだから。

 明日から頑張ろう、と思いつつ、とりあえず聞き捨てならない言葉が聞こえたので、続けて質問した。

 

「ちなみに、なんだけど……これは他意もなくて、興味があるとかじゃなくて、単純に興味本位で聞くんだけどね」

「はい。……え、興味あるのかないのか……」

「……あの人にやられる横四方固はどんな感じ?」

「? どんな、とは?」

「いや、だから……その、何……? ごめん、やっぱなんでもない」

「???」

 

 危なかった。彼と身体が密着できる、と思ったら、少しだけ興味が出た。主にやましい興味だが。それをこんな純粋な子に言う事はない。純粋じゃなくなってしまう。

 しかし、甘奈はまだ分かっていなかった。甜花とは、違うベクトルの純粋さを持つ子供の脅威というものを。

 

「興味があるのでしたら、お兄ちゃんにやってもらったらどうですか⁉︎」

「ええっ⁉︎ い、いやそんな……!」

「大丈夫です! お兄ちゃん、私とやる時もちゃんと加減してくれるので、痛くも苦しくもないですよ?」

「いやむしろそっちの方が困っ」

「ふぃ〜……大崎、いる……お前ら人のベッドで何してんの?」

「いやああああああああっ!」

「わぷっ……!」

 

 最悪のタイミングで現れたお兄さんの登場に、思わず甘奈は悲鳴をあげて飛び上がってしまった。

 布団によるとばっちりを受けた果穂を気にかける余裕もなく、甘奈はベッドの上から転がり落ちて、膝を床に強打し、そのまま倒れ込む。

 まるでスライディングによるファールを受け、コート上で蹲るサッカー選手のように膝を押さえている自分に、秀辛は真顔のまま聞いた。

 

「一人で楽しい奴だな、お前」

「う、うるさい……! 少しは心配してよ……!」

「わーってるよ。少し湿布を……」

「あ、お兄ちゃん! 甘奈さん、横四方固してもらいたいんだって!」

「ちょっ、果穂ちゃん⁉︎」

「……心配って、そっちの心配した方がよかった奴?」

「違うから!」

 

 兄妹のコンビネーションアタックが炸裂した。本当になんなのだろうか、小宮家は。

 顔を真っ赤にしたままの甘奈をよそに、果穂は兄を大声で促す。

 

「お兄ちゃん、ほら! 横四方固」

「やらねーよ。てかお前、普段ヒーローごっこやってるの大崎に話したの?」

「え? うん?」

「……誰にも言うなよ。他の人には。絶対に」

「えー、でも樹里ちゃんとチョコ先輩には話しちゃったよ?」

「なんて事してくれたんだ!」

 

 少し、同情の念を沸かせてしまった。流石、純粋無垢。ここまで来ると普通に純粋悪ですらある。

 なんか、このままでは話なんかせずに終わってしまう気さえしてきたが、それは秀辛も同じ考えのようで、すぐ果穂に声を掛けた。

 

「果穂、下でマメ丸が寂しそうにしてたよ。遊んでやれよ」

「あ、ホント⁉︎ じゃあ、行ってきます!」

 

 本当に簡単にあしらえる子供だ。あれに翻弄されていたと思うと、自分で自分が恥ずかしくなってしまった。

 そんな自分を他所に、秀辛は部屋の引き出しから湿布を取り出すと、甘奈に手を差し出した。

 

「大崎、膝に湿布貼るから。ベッドに座って」

「え、あ、う、うん……?」

「膝まで裾上げて」

 

 ベッドに座った自分にそう言うが、正直少し恥ずかしい。膝が見えるあたりまで裾を上げる、と言うのは、割と素肌が見えるからだ。

 上から秀辛を見下ろす形になったので顔色は見えないが、どうにも動揺しているようには見えない。……同級生の女性の足なのだから、少しはこう……動揺してくれても良いのに。

 

「ひゃっ……つ、冷たっ……」

「我慢しろ。場所はあってる?」

「う、うん……」

 

 ピタッ、と貼ってもらえた。正直、そこまでしてもらうほどの怪我でも無いのだが、まぁ甘えられる所では甘えておきたかった。

 貼り終え、ひとまずのんびりする。その自分が座るベッドの前に、勉強机の前にあった椅子を移動させた秀辛は、改めて自分を見た。

 

「プッ……ふっ」

「っ、な、何……?」

「いや、そのパジャマ死ぬほど似合ってないなって」

「っ!」

 

 今更になって、今の服装がジャスティスVであることを思い出し、一気に顔が赤くなる。

 

「し、仕方ないじゃん! 果穂ちゃんから借りた奴なんだもん!」

「いや、にしても……JKがジャスティスVってお前……プフッ」

「わ、笑わないでよー!」

「写真撮って良い?」

「ダメ!」

 

 絶対に嫌だ。撮られるならせめて、可愛い格好で撮られたい。相変わらず無神経な男だ……と、呆れていた甘奈だが、何故、目の前の男が自分の写真を欲しがるのか、までは頭が回らなかった。

 少し緊張が和らいできた甘奈に、改めて秀辛は声を掛ける。

 

「で、話って何?」

「えっ? あ、そ、そっか……」

 

 そういえば、その要件でここまできたことを思い出す。……と言っても、話がある、と言うより、本当に兄妹であるかどうか、を見定めに来たのだ。が、母親公認でここまで日常を繰り広げられれば、もはや疑う余地はない。

 だが、それが分かった今、言うべきことは出来たのは間違いない。

 

「いや、その……ごめんね。今日は」

「? ……ああ、レッスンルームでの話か」

「うん……本当に、兄妹だったんだね……」

「別に気にしなくて良い。逆の立場なら、俺も疑ってたかもしんないし」

「……でも、甘奈なら……甜花ちゃんと本当に姉妹か、なんて疑われるのは、絶対に嫌だからさ……」

 

 それは本当の事だ。まぁ、実際、自分と甜花を姉妹かどうか疑う人間なんていないだろうが。

 だが、秀辛は本当に気にした様子なく、キョトンとした顔のまま聞いてきた。

 

「てか、それだけ?」

「え?」

「いや、もっとこう……なんかあるんだと思ってたから」

「? ……っ!」

 

 言い淀むように、言うその様子を聞いて、思わず甘奈は冷や汗をかきつつ、ドキッと心臓を高鳴らせる。

 もしかして……この鈍すぎる男も、まさか気づいたのだろうか? 元々、機嫌を悪くしたのは、ヤキモチを焼いていたからと言う事に。

 ……だとしたら、マズイ……いや、マズくはないのかもしれない。良い機会だ。今こそ、恋鐘にもらったアドバイスを活かす時……そうきめて、勇気を振り絞った。

 

「じ、実は……」

「うん?」

「あ……わ、私の事は、甘奈って呼んで欲しいの!」

「……はい?」

 

 何言ってんのこいつ? と、心底理解していないような顔で見られ、恥ずかしさが込み上げてくる。でも、負けじと顔を真っ赤にしたまま力説した。

 

「だ、だって……甜花ちゃんはともかく、他の子と甘奈は付き合いの長さは違うんだし、甘奈以外の子を下の名前で呼ぶのはダメなの!」

「は、はぁ……」

「とにかく、下の名前で! お願い!」

「……」

 

 とにかく頼み込む。いや正直、自分からそんなことを頼むのは少し痛い気がする。でも、この男と長く一緒にいるには、それしかない。

 チラッ、と秀辛の顔を覗き込むと、秀辛はキョトンとしたまま自分を直視していた。

 

「……それだけ?」

「だけって何⁉︎」

「いや、別に……って、それならお前も俺に下の名前で呼べ、って言えば良いじゃん。仕事なら、俺は誰のことでも下の名前で呼ぶよ」

「仕事じゃダメなの! プライベートでも、いつでも、下の名前が良いのー!」

「いや『良いのー!』とか言われても……じゃあ甘奈」

「……気持ちがこもってなーい!」

「なんなんだよ……」

 

 むしろそれは甘奈のセリフだった。この男、人を下の名前で呼ぶのに慣れているのか慣れていないのか……どちらにしても、腹立たしい。こちらがこんなに勇気を振り絞っているのがバカみたいだ。

 

「もっと恥ずかしそうに、意識してよ!」

「……お前ホント何言ってんだ?」

「切実に言わないで! 自分でも分からないよ! でも意識して!」

 

 もうなんか恥ずかしさと怒りで頭が回らなくなってきた。ただでさえ、さっきは布団の中で妹と戯れている所を見られて恥ずかしかったのに、今はほとんど追い討ちである。

 徐々に話の焦点がずれてきているにも関わらず、秀辛はしばらく真剣に考えた後「あ、そうだ」と手を叩いた。

 

「じゃあ、大崎のことはあだ名で呼ぶよ」

「え?」

「それなら良くない? 俺も桑山さんと同じ呼ばれ方してるし」

「……い、良い、かも……」

 

 それならまぁ良いかもしれない。というか、あだ名で秀辛が誰かを呼ぶのは見たことがないため、なんだか嬉しい。

 ……が、自分が他の女の人と同じ呼び方をするのは嫌だ。

 

「じゃあ……甘奈も、別の呼び方考える!」

「や、なんで?」

「良いじゃん! じゃあ、まずはあなたの呼び方から考えるね!」

 

 もう既に「ヒデちゃん」ではなく別の呼び方を考え始めていた。

 

「ヒデくんは甜花ちゃんと一緒だし、ヒデだと恋鐘ちゃんと同じだし……あ、ユキくんは?」

「八宮さんと一緒だな」

「むぅ……あのおっぱいお化け……!」

 

 あの子はおそらくいずれ大きな敵になるかもしれない。注意せねば……。

 

「……よし、決めた! ヒデッチ……」

「ヒデちゃんで良いよ」

「え、な、なんで? せっかく決めたのに……」

「や、なんつーか……せっかく最初にお前が決めてくれた呼び方だし……桑山さんと被ってる事くらい、気にする事はないっつーか……」

「……え?」

 

 言われてハッとして顔を上げると、秀辛は少し照れたようにそっぽを向いて、頬をポリポリとかいていた。

 もしかして……少しは、彼自身も甘奈を意識してくれているのだろうか? そう思うと、なんだか嬉しくて胸の底が少し高鳴る。

 

「……うん。じゃあ、ヒデちゃん、ね?」

「……やっぱり苗字でも」

「だーめっ。決定」

「いや、でもなんか自分で『ちゃん』が付いたあだ名を呼んでほしいみたいに言う男ってなんかキモい気が……」

「平気平気。むしろ少し可愛い」

「ーっ……て、てめっ……!」

「ほら、次は甘奈の番っ」

 

 照れたように怒る秀辛だが、なんだかんだ押しに弱い彼なら、ゴリ押しで誤魔化せる。

 ニコニコしながら顔を眺めると、秀辛は観念したようにため息をつき「甘奈、甘奈か……」と、あだ名を考え始める。こんな事にも真剣になってくれるのは、きっと良い事なのだろう。でも、その真剣さ、少しでも勉強に分けてもらいたい。

 すると、思いついたように手を打った。

 

「よし、あまさん!」

「お坊さんじゃん、それ!」

 

 絶対に嫌だ。と言うか、普通に安直すぎる。

 

「えー……じゃあ、甘奈……あ、甘納豆!」

「ビンタすれば良いのかな?」

「う、うそうそ……」

 

 イラっとした。

 

「じゃあ、アーマーナイト!」

「怒るよ?」

「……少し考えさせて下さい……」

 

 なんだ、アーマーナイトって、という感想しか出ない。帰って甜花に聞いたら、ファイアーエンブレムのキャラらしい。

 

「ぐっ、ぐぬぬっ……あ、甘奈……甘奈……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 全然、思いついていない。おもわず甘奈も少し退屈になり、ベッドに横になった時だ。

 

「だー! もう分かんねーよ! なーで良いだろ、なーで!」

「……なー?」

「なーちゃんから、ちゃんを取っただけ! もうそれで良くね?」

「なー、なーか……」

 

 どこかで聞いた気がするが、とりあえずスルーした。なー……悪くないかもしれない。甜花と被っているけど、一つのあだ名を人によって違う呼ばれ方をするのも中々……うん、良いかも。

 

「……うん。じゃあ、早速呼んでみて!」

「え、い、いきなり? 用もないのに?」

「良いでしょ。……ね、ヒデちゃん?」

「……」

 

 声を掛けると、秀辛は困ったように目を逸らし、頬をかきながら答える。

 

「……なー」

「え? 聞こえなーい」

「っ、こ、このやろっ……! な、なー!」

「もう一回!」

「ブッ飛ばすぞお前!」

「お前って……誰?」

「小学生か!」

「ねぇねぇ、ほらほら! なーって、なーって!」

「もう寝る!」

「だめー! 今日は寝かせませーん!」

「おまっ……ちょっ、やめろって……!」

 

 その日の夜は、割と深夜まで秀辛をいじり回した。

 

 



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激戦編
やり過ぎだから。


 2月に入った。学校再開より、約一ヶ月が経過するこの季節。真冬特有の薄暗い空の下、東京では二度目の雪が降りそうな空模様の中、うちの高校の男子達が浮き足立ちつつある季節でもあった。

 去年の俺にとっては、ソシャゲの推しキャラ達から、そして今年の俺にとってはリアルな女の子たちから愛の象徴(それは親愛であれ友愛であれ)である特別な物をもらうイベント……そう、バレンタインデーの季節だからだ。

 

「よう、佐々木! お前はチョコたくさんもらえるんじゃねーの?」

「どうだろうなー。まぁまず甘奈からは確実にもらえるだろうし、俺はそれだけで十分だわ、お前らは?」

「どうだろうなー。ソフト部のあいつからならもしかしたら……」

 

 などと、朝連中のサッカー部がランニングしながらそんな話をするのを聞きつつ、俺はのんびりと外を歩く。

 ……いや、のんびりではない。何となく、ソワソワしてしまっている。正直、この高校の女子生徒は本命ではない。いやそれなりに話すようにはなっているんだけど、それでも「義理チョコがもらえれば良いなー」程度である。

 あくまでやましい気持ちはない。けど、俺の場合は……アイドルからもらえるかもしれないのだ。それも、たくさんのアイドルから。

 特に俺と仲良くしてくれる恋鐘さん、めぐるさん、桑山さん、あと妹関係で少し仲良くなった放クラメンバーからは貰えるかもしれない。

 めっちゃ楽しみだぜベイベ。だが、それを表に出すのなんかカッコ悪いし、とりあえず今は平常心……そう心に言い聞かせながら登校していると、後ろから勢いよく腕にしがみつかれた。

 

「おっはよー☆」

「っ、うおっ……び、びっくりした……」

 

 俺に一番、チョコをくれそうな可能性がある人ランキング堂々の一位の子だった。

 

「おはよう、大崎」

「むっ……」

 

 挨拶するも、その可愛い派手すぎないギャルのような少女は、むすっと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまう。

 

「甜花ちゃーん、呼んでるよー?」

「ひぃん……な、なーちゃん……走るの、早い……」

 

 お前、双子の姉を置いて来たのか……。

 少し呆れつつ、後ろを見ると朝からバテバテの甜花が目に入った。

 

「おはよう、甜花。大丈夫か?」

「う、うん……平気……」

「……む〜」

 

 唸る大崎は、俺の耳たぶを引っ張る。

 

「いたっ、な、なんだよ⁉︎」

「先に挨拶したのは甘奈なんですけどー」

「っ……あー」

 

 や、やっぱそのことか……。今だにこれ呼ぶの慣れないんだけどな……。

 

「な、なー……おはよう……?」

「うん。おはよう、ヒデちゃん☆」

 

 ……あ、朝から元気な奴め……。思わずため息を漏らし、黙って後を続く。

 

「ね、もっかい呼んで?」

「え、お、大崎?」

「怒るよ!」

「っ……な、なー……」

「えへっ、えへへっ……なーにっ?」

 

 ……なーにっ? じゃねーよ。お前から呼ばせておいて……。大崎……じゃない、なーと仲良くなって初めて、別のクラスで良かったと思ってしまったほどだ。同じクラスでこのテンションだと、俺は多分、保たなかった。

 

「甜花……」

「ご、ごめんね……ヒデくん……。こうなっちゃったら、甜花でもなーちゃん……止められない……」

「だよね……」

 

 まぁ、止めたら姉妹間の仲が悪くなりそうだし、しゃあないわな。

 

「ほら、早く行こ? 二人とも。お昼、一緒に食べよーねっ☆」

「お、おう……」

「う、うん……」

 

 すごい元気に振り回されながら、昇降口まで歩かされた。

 

 ×××

 

 ソワソワソワソワ、と体が微妙に揺れてしまう。これ、なーの所為な? なーが来ると、あのテンションに振り回され、別れると「なんであんなテンション高いの?」となり「もしかして俺のこと好きだから?」と思うと「バレンタインもらえるかも」などと思ってしまい、バレンタインを思い出すとソワソワしてしまう。

 で、今日はバイト。仕事に励んでいると、嫌でもこんな話が耳に入って来る。

 

「そういえば、夏葉ちゃん。もうすぐバレンタインだね?」

「そうね。智代子は誰かにあげるの?」

「うん! 放クラのみんなに。あたしチョコ好きだから、つまみ食いできるからね」

「つまみ食いのために作るのね……。じゃあ、私も最高級のチョコを用意しないとね?」

「やった! 楽しみ」

 

 などという会話が耳に届き、やはり少しソワソワしてしまう。でもチョコあげるリストに俺の名前はなかったな……。まぁ、そんなに関わってないしね。すれ違ったら挨拶すると同時に、果穂の様子を聞くくらいだし。

 

「他には誰かにあげないの? 男の人とか」

 

 お……良いぞ、有栖川さん。

 

「そうだなぁ……プロデューサーさんにはお世話になってるからあげるけど……他には」

 

 むっ、ま、マジ? 俺の分なし? あ、もしかしたらあれか。俺の存在さえ忘れてるパターンかもしれない奴か。

 ここは一つ、さりげなく二人の近くを通ってトイレに行ってみよう。

 

「はぁ〜……べ、便所便所〜……」

「……」

「……」

 

 そのまま廊下に出て扉を閉め、慌てて扉の奥で壁に耳をくっつけて二人の会話を聞く。

 

「……すごいアピールして行ったね」

「そうね……まぁ、気持ちは分かるけど……ハッキリ欲しいって言えば良いのに。男らしくない」

「ね。樹里ちゃんの方がよっぽどイケメンだよね」

「あれくらいしないと、チョコもらえないんでしょ。きっと」

 

 ……なんかボロクソに叩かれていた。そこまで言わなくても良いんじゃないですかね……。

 

「でもまぁ、果穂のお兄さんだし、用意してあげましょうか」

「うん。なんだかんだお世話にはなってるし」

 

 義理チョコというより、慈悲チョコという感じだった。まぁ、貰えるから良いとして……それでも少しはアプローチの方法を考えないといけないな。幸い、何がダメでどうすれば良いのかは理解した。

 さりげなく存在をアピールすると、男らしくない。なら、男らしく行けば良いのだ。

 すると、ちょうど良いタイミングでまた新たな子達が事務所に現れた。

 

「ふぃ〜、来るのに時間かかっちゃったねー。……おっ、ひーたん! おはよーう!」

「あ……小宮さん、おはよう……」

 

 むっ、三峰さんと幽谷さんか。ここは男らしく……といっても、まず挨拶だよね。

 

「おはようございます」

「うんうん。礼儀正しい良い子だねー、相変わらず。……そういえば、もうすぐバレンタインだけど、誰かに貰えそうなの?」

「っ」

 

 そっちから振ってくるか! お、男らしく、男らしく……男らしいってなんだ? とりあえず……バレンタインを気にしない男のことか? 

 

「えっ、ば、バレンタイン? 何それ、聞いた事ないなぁ! そうか、世の中にはバレンタインという催しがあるんだなぁ!」

「えっ」

「……小宮さん、バレンタイン知らないの……?」

「いや、久々に聞いた言葉の響きだなぁ、うん。まぁ俺くらいの実力者になると、あんまりバレンタインとか気にした事ないからなぁ。毎年、自分のサーヴァントと騎空団の仲間にもらえるもんだからなぁ、うん。だから全然、全く皆目、今話になるまで忘れてたけど、そう言えばバレンタインか、うん。全然気にして無かった!」

「……」

「ふふ、そうなんだ……。男の子って、みんな気にしてるんだと思ってたな……」

 

 お、この作戦来てね? 来てるなこれ。行ける気がする! 

 

「小宮さんは、チョコレートさんをもらった事がないんだね……」

「ふひっ?」

「ぷふっ……!」

 

 あれ? 今、ゲイボルグ投げられた? あと、三峰てめぇ笑ったか? 

 あれ、なんか動けない……。というか、呼吸も出来ない……。空笑いのまま表情筋がフリーズしちゃった……? 

 

「……? 小宮、さん……?」

「っ……ふふっ……! き、きりたん……そろそろ、行こっか……ふふっ!」

「あ、うん。じゃあ、またね……。小宮さん……」

 

 ……あれ、なんか涙が流れて来たよ……? ……あれれれれ? 

 

 ×××

 

 ……この作戦もダメだ。思わぬカウンターパンチをもらう……。ていうか、チョコを貰うの難易度高すぎない? なんでこんな人間って難しいの? 

 せっかく、今年はチャンスだと思ってたのに……普通に泣きそうなんですけど。

 いや、でもまだ諦めるのは早い。俺には、イルミネのみんながいる! この事務所に来て最初に知り合ったアイドル達。特に、めぐるさんからは貰えるだろう。

 ……けど、男としてここは一つでも多くのチョコをもらいたい所だ。つまり、他の二人にもアプローチをかける。これしかない……! 

 

「めぐるとか、チョコあげるの?」

「うん! クラスの男子全員に配るよ?」

「ほわっ……す、すごいねっ。大変じゃない?」

「かもだけど……でも、みんな友達だからさー。あと、今年で中学も最後だし」

「あ、あまり勘違いさせないようにね……?」

 

 バレンタインの話題で盛り上がっている3人が目に入る。めぐるさんの所業は悪魔そのものだが、まぁ帰国子女なら仕方ないのだろう。知らんけど。

 他二人は、逆にチョコを渡すタイプには思えない。櫻木さんとか、鳩にチョコ撒きそうなまであるし。

 つまり……ここでアプローチをかけるかかけないかに、夢のチョコ二桁が懸かっている……! 

 男らしく、と言うのなら、ここはオープンに豪快に行くべきだろう。たまには、自分から声をかけろ! 

 唾を飲み込んで気合を入れると、勇気を振り絞って三人の前に歩いて行った。

 

「やぁ、我が三人の愛しきプリンセス達?」

「えっ」

「あ、ユキくーん!」

「ほわっ……おはようございます」

「おはよう。……何の話をしているのかな?」

「あの……何か悪いものでも食べました?」

「灯織⁉︎ 急に何言ってんの⁉︎」

「し、失礼だよっ。灯織ちゃん……!」

「だ、だって……」

 

 刺さる事を言う風野さんを置いといて、めぐるさんが笑顔で答えてくれた。

 

「バレンタインの話だよ、ユキくん」

「は、はいっ。みんな、誰にチョコ渡すのかなって」

「そうかそうか、バレンタインか。もうそんな季節だったね」

「アッ……(察し)」

「なら、みんなにはこれをあげよう」

 

 言いながら、俺は財布から五千円札を抜き、三人の前に差し出した。

 

「ええっ⁉︎ な、何これ!」

「ほわっ⁉︎ な、なんですかこれ⁉︎」

「えっ……(ドン引き)」

「たくさんの人にチョコを配るのなら、それだけ資金が必要だろうからね……三人で、こいつを分け合って少しでも足しにして欲しい」

「いや、受け取れませ」

「わーい、ありがとう!」

「大事に使わないとね、めぐるちゃん。灯織ちゃんっ」

「二人とも!」

「じゃあ、俺はこれで」

 

 それだけ話して、俺はその場から立ち去った。うん、みんな喜んでくれたし、これが正しいバレンタインチョコのもらい方、か……。

 ……金かかるな。なんか、もう他の人にはいいや……。あ、でも果穂にはちゃんとあげないとだけど。

 

 



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どんなに安直な努力でも、やらないで終わった後に愚痴るよりはマシ。

 バレンタインの日が近くなるに連れて、俺の計画も加速して行った。チョコを貰うアピールは、何も金だけじゃないことを学んだ。

 しばらく、仕事に対する取り組みを人一倍の力でこなす。事務所のどこを舐めても良い、と思えるくらいまで綺麗にゴシゴシと掃除に力を入れる。

 力を入れるのは掃除だけではない。たまにくるプロデューサーさんからの無茶振りも全て応えた。

 

「小宮くん、今日お客さん来るから、お茶菓子の準備を手作りで頼む! 先方は君の手作りがお気に入りだ! あと10分で!」

「了解です!」

「小宮くん、悪いけど俺の代わりに恋鐘を迎えに行ってくれ! 20分以内に!」

「分かりました!」

「小宮くん、結華の髪を頼む! 三つ編みとサイドテールで!」

「任されて?」

 

 ゾーンに入った俺を止められる奴はいない。片っ端から仕事を片付けていく。特に、20分以内に迎えに行った時は死ぬかと思った。近くの現場とはいえ、タクシーの運ちゃんを引くほど急かさせた。

 そのうち「283プロダクションには、幻のアルバイトマンがいる」とか言われそうだ。てか、言われないかなー。

 そんな俺に、大崎がニコニコしながら褒めてくれる。

 

「さ、最近すごいね……ヒデちゃん」

「まぁな。大崎もすごいじゃ……んむっ⁉︎」

「……何?」

「な、なーも……すごいですね?」

「うん。良し」

 

 未だにそこだけは慣れねえ。だって、なんかバカっぽくない? なんだよ、なーって。猫の鳴き声かっての。

 現在、俺となーは二人でカフェに来ている。あれから数日が経過し、今日は学校が休みの日なので、二人で外に飯食いに来た。

 ボンヤリとパスタを啜っている俺に、大崎が心配そうに声を掛けてくる。

 

「でも、無理してない? 大丈夫?」

「大丈夫だよ」

「と言うか、なんでそんなに頑張ってるの?」

「え?」

 

 そんなん決まってるでしょ。チョコのためだよ、と言いたかったが、堪えておいた。ていうか、冷静に考えると、もしなーが俺の事、本当に好きなのだとしたら、たくさんの女の人からチョコをもらおうとしてたら俺は、かなり悪いやつになってるんじゃ……。

 ……でも、友チョコとか義理チョコ貰うくらいなら別に良いんじゃないの? ダメなのかな? 

 

「……なんでだと思う?」

「もしかして……バレンタインでチョコたくさん欲しいから?」

「……」

「ふーん……そうなんだ?」

 

 あ、これあかん奴だ……。やっぱり、ダメですか……? 

 

「べ、別に良いだろ! 俺今まで一回もチョコもらった事ないんだから! 紙袋いっぱいに持って帰るチョコとかやってみたいんだよ!」

「別にダメなんて言ってないよ?」

「え?」

「ヒデちゃんのことは一応、分かってるつもりだし、男の子な事も分かってるから」

「……」

 

 ……え、ちょっ、分かってるって……そんな、思いが通じ合ってる、みたいな言い方するなよ……。少し、緊張するだろうが。

 もう既に心音が高鳴り始めていたが、そんな俺に追い討ちを掛けるかのように、なーは俺の腕にしがみつき、上腕二頭筋に頬を置く。

 そして、少し恥ずかしそうにしながらも、俺の耳にしっかり届くようハッキリと言った。

 

「そ、その代わり……甘奈が作ったチョコレートを……一番、味わって食べて、ね……?」

「……」

 

 浄化された。何もかもが。まるで超巨大扇風機を浴びたかのように吹っ飛ばされるかと思った。いや本当に。

 しかも、さりげに「チョコあげる」って言われちゃってるし……なんか、もうこれ、なーのチョコひとつで俺満足しちゃうのでは……? 

 味わって欲しい、とか言っちゃってるし……も、もしかしたら……俺の好みとか、知りたかったりする、のかな……。

 

「……なぁ、なー……?」

「っ、な、何? どうしたの、ヒデちゃん?」

「俺は……こ、こう見えて……生チョコが、好きだったりするんだけど……」

「……え?」

 

 あ、やべっ。バレンタインチョコのリクエストとか俺何言ってんだ? キモ過ぎだろ! 

 

「な、なんてな! 冗談冗談! 別になーからのチョコならなんだって良いかな! ハハッ、ハハハッ……!」

「……わ、分かった」

「な、何が?」

「頑張ってみるね。ヒデちゃんのためだから☆」

「……」

 

 ……な、なんて良い子なんだ……本当に大崎甘奈かお前……? もうなんか思いっきり、心臓を射抜かれたような、そんな感覚だ。

 

「……」

 

 俺も、バレンタインだからって貰うばかりで良いのかなぁ……。逆チョコ、みたいなのってありそうだけど、無いのかな? 

 まぁ良いや。とりあえず聞いてみるか。

 

「あ、あー……なー。なーも、食べたい?」

「? 何を?」

「チョコ」

「えっ、逆チョコくれるのっ⁉︎」

 

 あら嬉しそう。そんなキラキラした笑みをされると、思わず心が汚れている俺は目を逸らしてしまう。

 

「……ほ、欲しいなら……みんなの分、作るけど……」

「うん! 欲し……あ、いや……やっぱいいかも……」

 

 えっ、な、なんで……? あれ、もしかして最近の俺の料理不味い……? 何それ死にたくなってきた……。

 そんなのが少し顔に出ていたのか、なーは慌てて弁解するように言った。

 

「……あ、ううん。違うの! ヒデちゃんのチョコがいらないとかじゃなくてね? ……その、普通に……ホワイトデーもある、から……逆チョコを用意してくれるなら、甘奈だけに用意して欲しいなって……」

「……」

「……ダメ、かな」

 

 ……クッソー。ホント、なんかこう……これだよ。俺が求めてた青春みたいな奴は。最初こそ、仲悪かったけど……でも、なんかこう……男女で仲良くしているのがもうとても楽しくて……嬉しくて、なんか心地良くて……。

 ああああ、これが「友達と親密になる」って奴か! サーヴァントの絆レベルが上がるより、余程有意義だ! 

 

「わ、分かった……」

「や、やった……! えへへ……」

 

 嬉しそうにはにかむのやめてー! 可愛いからマジでー! 

 

「じゃあ、バレンタイン当日は、仕事終わったら何処か行こっか?」

「えっ、ど、何処かって……?」

「例えば……そうだな。ナイトデ○ズニーとか」

「っ……」

 

 そ、それは高校生の青春を超えてやがる……! 良いのか? 本当に良いのか⁉︎

 

「い、行く、か……?」

「ヒデちゃんさえ、良ければ」

 

 にこりと微笑んだなーは、少し恥ずかしそうに頷く。ナイトデ○ズニー、大学3年〜4年の少し落ち着きが出てきた学生や、20代の社会人のカップルがしていそうなデート……おそらく、その夜にはリゾートで泊まり、大人の時間を……。

 

「死ね俺ッ‼︎」

「どしたの急に⁉︎」

 

 こんな純情な女の子を穢れた目で見るな! そもそもまだ付き合ってもねえだろ! ……あれ? じゃあ俺となーの距離感ってなんなんだ? 付き合ってないけど……でも、なんか友達と呼ぶも違う気が……というか、俺自身が嫌だな、なんか知らんけど。決して友達以下とか、そういう意味ではないが。

 ちょっと、聞いてみるか。

 

「なぁ、なー……」

「ふ、二人とも……お待たせ……にへへ」

「あら、もう食べ終えちゃったのね」

 

 声をかけた直後、後ろから聞き馴染みのある声が割り込んでくる。甜花と桑山さんがなーの隣に座った。

 

「うん。……あ、二人とも! バレンタインの日ね、ヒデちゃんとナイトテ○ズニー行くんだ。二人も行かない?」

「にへへっ……た、楽しそう……」

「でも……良いの? 甘奈ちゃん」

「何が? みんなで行った方が楽しいし……それに、甘奈とヒデちゃんだけじゃ、年齢的に止められちゃうよー」

「そっか……そうね」

 

 っ、あ、だ、だよね……なんか、勝手に二人きりだと思ってたわ……。そもそも、俺と二人きりが良かったら、もっと別の場所を指定してるよな……。なんか、舞い上がっていたかもしれない。

 ま、なんだ。何も悲観することは無いよ。大さ……なーと一緒にいられるだけで、俺は楽しいし心地良い。

 

「……ヒデちゃん、どうしたの?」

「何でもないよ」

 

 なーに聞かれたが、首を横に振るう。大した事じゃない。

 

「それより、ヒデちゃん。さっき甘奈に何か言おうとしてた?」

「いや、全然?」

「嘘。甘奈が、ヒデちゃんが呼ぶ『なー』を聞き逃すわけないじゃん」

「っ」

「あらあら♪」

「な、なーちゃん……すごい乙女力……!」

 

 直球やめろ、照れちゃう、なんて思ったが、そんな俺の逃げをさせないように、なーは目の前に顔を近づける。もうホント、鼻と鼻がくっ付くくらい目前まで迫られてる。お嫁に行けちゃう。

 

「ねぇ、なんて言おうとしたの⁉︎」

「っ、な、なんでもないって……!」

 

 言えるわけないじゃん! 自分とお前の距離感を聞こうと思った、なんて! さっきなんで何となく聞いてみようと思ったのかさえ分かってないんだから! 

 ちょっ、桑山さん、甜花! 助けて……! 

 

「……(ワクワク)」

「……(ソワソワ)」

 

 お前らぶっ飛ばすぞほんと! 二人揃ってなんだその顔⁉︎

 どうしよう、と迷っていると、電話がかかって来た。プロデューサーさんからだ。

 

「ちょっ、ごめん。電話」

「あっ、逃げちゃダメ!」

「いや仕事だから」

 

 適当に誤魔化しながら、店の外に出て電話に出た。

 

「もしもし?」

『すまん、小宮くん! 悪いけど結華の事、迎えに行ってあげてくれないか? 電車賃はあとで渡すから!』

「アイアイサー!」

 

 よっしゃ、ナイスタイミンっ! カフェで食う飯なだけあって、会計は商品引き換えと共に終わっている。つまり、このまま出られる! 

 でも黙って行くのは申し訳ないので、電話してから行くことにした。メッセージだと少し素っ気ない気もするからね。

 

「もしもし、なー?」

『あ、ヒデちゃん? どうしたの?』

「いや、悪い。ちょっとすぐ仕事行かないとだから、このまま行くわ」

『えっ、いやさっきの話は……』

「え、なんだって? ノイズが酷くて何も聞こえないよ!」

『わざとらしい! 嘘つ……』

「桑山さんと甜花によろしくっ」

 

 電話を切って、早足で迎えに行った。いや迎えに行くのはほんとの事だし。

 

 ×××

 

 三峰さんのお迎えを終えて事務所に戻ったときには、なーも甜花も桑山さんもいなくなっていた。

 現場に行ったのか帰ったのかは知らないけど、まぁひとまず助かった。俺もそのあとは夕方くらいまで仕事を終えて、終業時間になった。……になったのだが、まぁもう少し頑張る事にした。チョコ欲しいから。

 頑張っている姿を見せれば、もらえるかもしれないしね? 果穂も、まだ同じユニットのメンバーと談笑でもしながら着替えている最中みたいだし、ギリギリまで頑張っていこう。

 事務所の階段下で掃き掃除をしていると、横から歩いてくる人影に声をかけられる。

 

「あれ、小宮さん。もう終業時間過ぎてますよ?」

「あ、はづきさん。お疲れ様です」

 

 相変わらずなんでこの人もアイドルやらないんだろうってくらい綺麗な人だな。マフラー超似合うし。……この人からもチョコとかもらえるかな。

 

「いや、まだ妹着替えてるみたいなんで、待ってる間だけでもお手伝いしようと思いましてね」

「待っている間くらい、体を休めてください。最近、忙しいでしょう?」

「大丈夫ですよ。こう見えて根性は誰にも負けた事ないので」

 

 そんな話をしている時だった。上から「お兄ちゃん!」と声が聞こえて来る。顔を上げると、果穂が降りて来ていた。

 

「お待たせ!」

「あ、きた。10秒待ってて。ほうきとちりとり片付けるから」

「あ、いえ。私が片付けておきますので、小宮さんは休んで下さい」

「え……良いんですか?」

「はい」

 

 ……じゃあ、お言葉に甘えるか。

 

「じゃあ、はづきさん、お疲れ様でした。お先に失礼します」

「はい。果穂さんも、お疲れ様です」

「お疲れ様です!」

 

 それだけ話して帰宅し始めた。さて、とにかく頑張るぞ。俺! 

 

 



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ヴァレンティヌスの日(1)

 バレンタインデーも、ついに前日までになった。だが、そんな大事な日でもアイドルの仕事とは関係ない。普通に出勤である。

 明日の夕方、思いっきり楽しむ為に、甘奈は今日の仕事も全力でこなす。その休憩時間中、同じダンスレッスンにいた園田智代子と有栖川夏葉が、話しているのが聞こえてきた。

 

「……で、どうする? 夏葉ちゃん」

「そうね……」

「ちょっと、ハードル高いよね……。何せ、相手はあのハイスペック高校生だし……」

「まぁ、私は買った物にはするけど……それでも、割と変なものは選べないのよ。何せ、果穂のお兄さんだし、恥ずかしいものは渡せないわ」

 

 どうやら、秀辛へのバレンタインについて悩んでいるようだ。同じ事務所のメンバーとは言え、わざわざチョコを用意しようとしている辺り、彼はなんだかんだ好かれている……と、少し喜ぶ反面、自分の想い人が女の人に好かれているのは複雑に感じてしまったり。

 何にしても、自分は彼からリクエストまで受けちゃってるし。二人の会話を聞いた感じ、リクエストをしてくれたのは自分だけなのだろう。

 その事が嬉しくて、ニヤニヤしそうになるのを必死に噛み殺していると、二人がいつの間にかこっちを見ているのが見えた。

 

「っ……智代子、見た?」

「うん……なんか、一人でニヤついてたね……」

 

 変な噂が流れ始めてしまった。そこで、ふと甘奈は思った。情報を独り占めして、一番喜んでもらうチョコは、このままなら自分が作ったものになる。

 ……しかし、本題はそれ以前に、彼が喜ぶ事だ。ならば、自分が握っている情報は共有した方が、彼は喜ぶ。

 そう判断すると、コホンと咳払いして声をかけた。

 

「ご、ごめんね? あの、実は甘奈……ヒデちゃ……秀辛く……小宮くんが好きなチョコ、知ってるから、教えてあげようか……迷っちゃって……」

「え、そうなの?」

「意外ね。あなた、あの子と仲が……いや、あの調子だと割と平気でリクエストとかかましてそうだけど……」

 

 あの調子、とはどういう意味だろうか? そんな疑問が顔に出ていたのか、夏葉が逆に聞いてきた。

 

「あら、あなたはアピールされなかったの? あのチョコレート食べたいアピール」

「え、あー……リクエストの事?」

「……リクエストされたなんて……あなたも大変ね」

 

 ……何の話だろうか? そんなに大変なことはなかったのだが……。

 隣の智代子が、うんざりした様子で返した。

 

「私達の時は大変……というか普通に気の毒なくらいだったんだよー……。バレンタインの話で盛り上がってる時に、わざわざ私達の後ろを通ってね」

「そうね……まるで自分の存在を認知させるかのように、大きな独り言で『はぁ〜……べ、便所便所〜……』って……聞いてるこっちが辛かったわ」

「ねー。正直、果穂のお兄ちゃんじゃなかったら普通に引いてた」

 

 何してんのあの子、と甘奈も流石に呆れてしまう。……とはいえ、元インキャらしいと言えばそれまでだが。行動に起こすのは結構だが、よりにもよって自分より年上の人と同い年の人にそのアピールは無い。

 その人、甘奈の好きな人なんだけどな……と、ホロリと涙を流しそうになった。

 

「で、あなたはどんなアピールをされたの?」

「あー気になる。リクエストまでかますとか、どんな感じだったんだろ」

「えっ、あ、甘奈の時は普通だよー」

「あの子の普通は少し信用ないわね」

「もし、嫌な目にあったのなら、私達が味方するよ!」

 

 親身になってくれるのはありがたいけど、むしろ嬉しかったくらいなのだから、二人のご期待には添えないだろう。

 ……とはいえ、聞いてくる分には仕方ない。この幸せ、お裾分けしてあげる事にした。

 

「甘奈の時はね、ヒデちゃんが色んな人からチョコ欲しくて頑張ってお仕事してたから、甘奈が『色んな人にもらうのは良いけど、甘奈のチョコを一番、味わって食べてね』って言ったら、ヒデちゃんが少し照れたみたいに『俺は……こ、こう見えて……生チョコが、好きだったりするんだけど……』って呟くようにリクエストしてくれて……その時のヒデちゃん、少し可愛くて……あっ」

 

 しまった、と身体が硬直する。つい幸せが過ぎて、つい詳らかに何もかも話してしまった。

 案の定、二人は呆然と……いやむしろ普通にドン引きしたような表情で甘奈を眺める。

 

「うえぇ……ゲロ甘っ……」

「智代子、女の子が下品な言葉使わない。……まぁ、全面的に同意するけど」

「い、いやっ……今のは違くて……!」

 

 甘奈が弁解するが、二人はそんな甘奈の反応などまるで無視。畳み掛けるように質問する。

 

「え、二人はそういう関係なの?」

「てか、そうでしょ。そんな会話してて付き合ってないとかないわよ」

「いや、あの……」

「だよね。ていうか、逆にあの人、そんな相手がいるのに他の女の子のチョコも欲しがるとかどういう了見?」

「女の敵ね。一回、囲んで話し合った方が良いわ」

「や、違くて……」

「明日、当日だし、これは雷だね」

「ええ。果穂の前で説教してあげた方が効きそうね」

「つ、付き合ってないからそんなに言わないで!」

 

 慌てて割って入る甘奈。正直、好きな人への悪口は聞くに耐えない。自分がボロクソに言う分には構わないが、他の人が言うのは許せないワガママガールだった。

 しかし、そのセリフはまた余計な情報を与えてしまった。2人は目が点になり、涎が垂れそうな程、ぽけーっと半端に口を開く。

 

「え……付き合ってないの?」

「何処からどう見ても相思相愛じゃないの」

「そ、それはその……えへへぇ」

 

 照れ臭いように笑みを浮かべる甘奈は、二人が少しそれでイラっとしたのにも気が付かない。

 

「実は……色々あって、お付き合いはするつもりないんだー。まぁ……多分、相思相愛だと思ってるし……それで良いかなって」

「? どうして? 付き合っちゃった方が良くない?」

「いや、ほら。ヒデちゃんはあんなんだし、他の女の人にモテる要素なんてないでしょ? それに……甜花ちゃんと三人で、仲良しなんだ。だから、甘奈とヒデちゃんが付き合っちゃうと、甜花ちゃんの肩身が狭くなっちゃうんだ」

 

 だからこのままで良いの、と甘奈は答える。付き合いたいけど、でも甜花を一人にもしたくない。そんな複雑な思いが、甘奈の中で駆け巡り、とりあえず今はこのままを望んだ。

 そんな中、智代子がキョトンとした様子で聞く。

 

「じゃあ、どうしてあの子が欲しがるチョコを教えようとしてくれたの? 甘奈ちゃんにとっては、敵に塩を送るようなものじゃない?」

「好きなチョコたくさんもらった方が、ヒデちゃんが喜ぶでしょ?」

「……」

 

 にこりと微笑むと、二人は思わず押し黙ってしまう。この子、良い子過ぎる。

 そんな甘奈に、夏葉がコホンと咳払いをしてから言った。

 

「じゃあ、そうね。教えてもらおうかしら?」

「うん☆ 生チョコが好きなんだって」

「じゃあ、智代子。私達は生チョコ以外を買いましょうか」

「どうして⁉︎」

 

 意地悪か! と、思わず甘奈はツッコミを入れてしまう。その甘奈に、二人は微笑みながら答えた。

 

「だって、甘奈は秀辛と付き合うつもりはなくても、秀辛が他の子と付き合うのも嫌なんでしょう?」

「だったら、私達が好かれるかもしれない事はできないよ。……それに、チョコが被ると甘奈ちゃんのチョコを見た時のインパクトが減っちゃうかもしれないしね」

「ふ……ふたりとも……!」

 

 まるで甘奈のことしか考えていないその発言に、思わず涙が出そうになった。なんて良い人達なのか、と。

 

「ありがとう……甘奈、頑張るね!」

「ええ、頑張りなさい」

「応援してるよ!」

 

 告白するわけでもないのに、元気良く三人は仲良くなった。

 

 ×××

 

「よしっ……完成……!」

 

 そう満足そうに微笑む甘奈は、自身のチョコを見下ろして頷く。ハート型の生チョコ……型取りに苦労はしたが、まぁなんとかなった。練習を積み重ねた成果でもある。

 明日を思うと、改めてソワソワしてしまった。これを今から、自分は想い人にチョコレートを渡す……それも、バレンタインデーに。

 こんな青春っぽいイベント、自分にはあると思ってなかった。自分の本命チョコは甜花にしか渡していなかったし、これからもそうだと思っていたから。

 

「……えへっ、えへへっ……」

「なーちゃん……出来たの?」

「あ、甜花ちゃん! ……ごめんね? 甜花ちゃんのチョコまで、買ったものにしてもらって……」

「……ううん、甜花……チョコ作りメンドいから、ちょうど良かった……!」

 

 それはそれでどうなんだろう、と甘奈は思ったが、今は幸せオーラが満ち溢れているのでスルー。

 少し頬を赤らめたまま、胸元でチョコを抱き抱えながら、少し俯く。心臓の鼓動がチョコを通して腕に伝わって来る。

 

「喜んで、くれるかなぁ……」

「大丈夫だよ、なーちゃん……なんだかんだ、ヒデくんもなーちゃんの事、好きだと思うから……」

「そ、そうかな……えへへっ……」

 

 なんとなく分かる。もし、甘奈の事が好きではなかったら、リクエストなんかかまさないだろう。好きじゃないのに好きな気持ちを利用してリクエストをかますような人じゃない。

 相思相愛、その自覚はある。でも、付き合えない。なら、今のこの「友達以上、恋人未満」の期間でしか楽しめない事も楽しみたい。……それに、あの男はおそらくまだ自分が甘奈を好きであることに無自覚っぽいし。

 

「でも……なーちゃん」

「なぁに? 甜花ちゃん」

「……お付き合いは、しないの……?」

「え?」

 

 そのセリフは、少し予想外だった。寂しがり屋な甜花が、そんな風に言ってくれるとは思わなくて。

 

「なんで?」

「なんでって……なんで?」

 

 本当に理解していないようで、キョトンと小首を傾げられてしまう。

 

「だって……甘奈とヒデちゃんが付き合ったら、甜花ちゃん……」

「別に、いづらくない……よ?」

「え?」

「相手が、ヒデくんだから……甜花も一緒に、混ぜてくれると思うし……どうしても二人きりになりたい時は、甜花……お昼寝する、し……」

「……ほんとに?」

「う、うん……甜花、お姉さんだから……だから、妹のなーちゃんは……ワガママ言っても良い、んだよ……?」

「て、甜花ちゃん……」

 

 マズイ、と甘奈は冷や汗を流す。そんな事を言われたら、それこそ告白したくなってしまう。

 何がまずいのか分からないが、とにかくまずい。

 

「大丈夫だよ、なーちゃん……」

「え?」

「なーちゃん……とっても可愛い、から……だから、ヒデくんもきっと……頷いてくれる、から……!」

「……うん。そうだね」

 

 甜花にここまで言われて、ビビるわけにはいかない。相思相愛と分かっているのだから、そもそもビビる理由がない。

 

「分かったよ、甜花ちゃん……甘奈、明日頑張るからねッ……!」

「にへへっ……応援してる、ね……?」

 

 気合を入れた甘奈は、明日に備えて早く眠る事にした。

 

 ×××

 

 翌日、午後から仕事の甘奈は早速、事務所に顔を出す。甜花と一緒に扉を開け、元気な挨拶をぶちまけた。

 

「おはようございまーす!」

「お、おはようございましゅ……!」

「おはよーございまーす」

「おっ、2人ともおはよう」

 

 はづきとプロデューサーが元気良く返してくれる。今日はバレンタインデー。勿論、秀辛以外の人にもチョコを用意している二人は、早速、職場でしか会わない二人にまずチョコを渡した。

 

「はい、プロデューサーさん、はづきさん。ハッピーバレンタイン! 甘奈と甜花ちゃんからだよ」

「にへへ……はっぴーばれんたいん!」

「ああ、ありがとな。甜花、甘奈」

「私もですか? ありがとーございまーす」

 

 二人に小さい袋を渡すと、今度ははづきが二人に紙袋を渡す。

 

「どーぞ、私からもチョコレートです」

「わっ、良いの? ありがとうございます!」

「にへへっ……やった……!」

 

 高そうなチョコレートだ。こんなのもらってしまって良いのだろうか? と思ったが、まず確認することがある。

 ソワソワした甘奈は、二人に当たりを見回しながら聞いた。

 

「あの……ヒ、小宮くんいる……?」

「小宮さんならいませんよ?」

「何処ですか? ……え、い、いない……?」

「ああ、ここ最近の無理がたたって、体調崩したらしい。今、家で寝てるって果穂が言ってたよ」

「…………えぇへ?」

「ひぃん……なーちゃんが、動かない石像に……」

 

 変な声だけが甘奈から漏れると共に、しばらくフリーズするしか無かった。

 

 



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ヴァレンティヌスの日(2)

 呆れる程、気の毒な事になっている秀辛に、思わず甘奈はため息をついてしまう。ホント、なんかたまに生きてるのが可哀想なくらいな目に遭っている男の子だ。

 今日、色んなアイドル達に風邪でいない事を伝えると、各々、呟きを漏らしていた。

 

 真乃ちゃん『ほわっ……風邪ですか? じゃあ、私の分、渡してあげてください』

 灯織ちゃん『私のもお願いします。あと、ちょうど持ってきてたポカリも持って行ってあげてください。……大丈夫です、まだ口はつけてませんので』

 金髪おっぱい『あたしのもお願い。ていうか、あたしが看病に行ってあげたほうが……あ、ダメ? あなたが行くの? 一緒に……ダメ? 絶対?』

 

 おっぱ……恋鐘ちゃん『あらら、風邪かぁ……じゃあ、うちがドーンと風邪も吹き飛ばすような栄養満点の料理ば……え、行くとは夕方? じゃあ、ネギだけでん持って行っちゃって!』

 結華ちゃん『ええ……風邪って……まぁ良いか。じゃあ、三峰のチョコ、渡してあげて』

 霧子ちゃん『風邪さん、ですか……? それは大変ですね……待ってて下さい、今お薬さん出しますね……あと、私のチョコレートさんもお願いします……』

 

 果穂ちゃん『夏葉さんのおうちで、今日は放クラのみんなでお泊まり会をするそうなので、私の分もお願いします!』

 智代子ちゃん『あーあ……なんか、ホント可哀想……まぁ良いや。私のチョコ、持って行ってあげて?』

 夏葉ちゃん『ホント、普段以上に無理するから……あ、これ持って行ってあげて』

 

 千雪さん『あらあら、風邪引いちゃったの……昔から、空回りが上手な子だったものね。じゃあ、私のもお願いできる?』

 

 と、愛されてるんだか愛されてないんだか分からないが、お陰で甘奈が紙袋いっぱいにチョコを持って行ってあげるハメになった。

 

「はぁ……別に甘奈がこれをしたかったわけじゃないんだけどな……」

 

 レッスンをいつもより早めに切り上げて、夕方には秀辛の家へ向かっていた。以前、ストーキングしたことにより道は覚えていた為、すんなりと家まで歩けた。

 

「……」

 

 前の時は招かれたわけだが、今日はそうではない。その為、以前には無かった緊張が胸を駆け巡る。

 少し、深呼吸をした。寒空の下特有の白い息が漏れ、彼にもらったマフラーに少し掛かる。

 

「ふぅ……よしっ」

 

 勇気を振り絞ると、インターホンに人差し指を乗せ、押し込んだ。ピンポーン……という音が鳴り響く。

 甘奈が来たんだし、少しは喜んでくれると嬉しいな……なんて思ってると、インターホンから声が聞こえてきた。

 

『……あい……』

「あれ……あ、秀辛くんのお父さんですか?」

『あ……?』

 

 声が低過ぎる。とても秀辛の声には聞こえなかったのだが……。

 

『げほっ、げほっ、ぶえっくしっ……うぷっ、やばっ……!』

「ちょっ、え、え……?」

『少々、お待ちく……!』

 

 直後、家の中からドタドタと足音が響いて来る。もしかして、泥棒かも……と、甘奈は冷や汗をかいた。

 どうしよう、と思い、まず思いついたのは警察。けど、泥棒では無かったら迷惑をかけてしまうし……。

 

「っ……」

 

 でも、放っておけない。弱っている秀辛の命がかかっているのだ。緊張気味に喉を鳴らすと、玄関に手を掛ける。鍵は空いていた。おそらく、果穂が閉め忘れたのだろう。

 ますます泥棒である可能性は高くなり、慎重な足運びで家の中に入る。さっきまでとは別の意味で緊張していた。

 抜き足、差し足、忍び足……なんて頭の中で繰り返していると「もしもし……あれ、帰っちゃったかな……」なんて声が耳に届く。相変わらずゾンビのような低い声だ。電気が付いているリビングから聞こえる。

 中を覗き込むと、そこにいたのは……パジャマの上からはんてんを羽織り、冷えピタを貼った秀辛の姿だった。メチャクチャ風邪と戦うスタイルである。

 

「ひ、ヒデちゃん……大丈夫?」

「……おおさ……なー……?」

「うわっ、顔赤っ⁉︎ どうなってるのそれ⁉︎」

「…………ばか、なんできた……移るぞ、ワンチャン……」

「い、良いから寝てないとダメだって!」

 

 大慌てで甘奈は荷物をその場に置いて、秀辛の元に向かい、肩を貸す。ふと香って来たのは、口臭。おそらく、さっき戻してきてしまったのかもしれない。

 それでも、距離を置く事なく甘奈は秀辛の自室まで運んだ。

 ベッドの上に乗せてあげると、布団をかける。

 

「だ、大丈夫? ご両親は?」

「いない……朝はごんなんじゃながっだがら……夜遅ぐまで飲み……」

「あーあーもうっ……お昼、何か食べた?」

「消費期限切れのうどん……」

「アホー!」

「ぞれじがなぐで……」

 

 仕方ないので、甘奈が食事を作るしかないが……その前に、まずはどんな症状が出ているのか聞いておきたい。

 

「症状は?」

「頭痛、腹痛、吐き気、眩暈、咳、くしゃみ、寒気、高熱、節々の痛み……」

「全部じゃん! ちょっと寝てて!」

 

 もうチョコどころではない。よく意識を保っていられるな、と感心するまである。

 本当なら食事にしたほうが良いのかもしれないが、戻してしまった後なら、食欲は皆無だ。無理矢理、食べさせても戻させてしまうだけかもしれない。

 ならば、まずは容態が落ち着くまで寝かせるしかない。

 まず、冷えピタを剥がすと、新しい冷えピタを探し出す。それと同時に、恋鐘にもらったネギをタオルで巻いて、あと歯ブラシに歯磨き粉を垂らし、上に持って行った。

 

「ヒデちゃん、寝る前に歯磨きだけしちゃおうか」

「え……いや……」

「はい、あーん……」

「ふあ……」

 

 意識が朦朧としているのか、素直に従ってくれた。シャカシャカと秀辛の口内をブラシで磨く。虫歯ひとつない綺麗な歯並びだ。

 

「……口、ゆすぎに行ける?」

「んー……」

「甘奈がおんぶしてあげるから。頑張って」

 

 とりあえず、再び秀辛に肩を貸した。下まで運び、洗面所で水を注いでうがいさせる。

 

「あと、汗すごいから着替えよう。身体も拭いてあげる」

「あ、うん……」

「じゃあ、動かないでね」

 

 あくまでも、秀辛の為だからだろう。甘奈はずっと真剣な表情のまま、秀辛のパジャマを流し、身体をタオルで拭いてあげた。

 新しいパジャマを探り探りで引っ張り出し、上から着させ、ズボンも履かせる。そのまま腕を引いて、再びベッドの上に寝かせつけた。

 

「はい、横になって」

「……ゼェ、ヒィ……はぁ……」

 

 かなり辛そうだ。……が、まぁやれることはやったので、次に目が覚めた時は、少しは楽になっているだろう。

 

「ふぅ……あ、そうだ」

 

 今度は台所に向かった。下にはさっき、置いてきてしまった紙袋がある。その中にはチョコレートが入っているので、とりあえず冷蔵庫に入れておかないといけない。

 霧子の薬だけ別にして、冷蔵庫に入れておいてから、ついでに料理を始めた。

 念の為、ここに来るまでにスーパーも寄ってきていたし、うどんは作れる。ネギとかまぼこを刻み、鰹節やら昆布やらで出汁を取ったスープを作り、あとはうどんを茹でるだけにして、再び部屋に戻った。

 

「……」

 

 視界に入ったのは、目を閉じて眠ろうとしている秀辛。まだ眠れないのだろう。風邪ひいている時に限って中々、眠れない気持ちはよく分かる。

 そのベッドにもたれかかるように、甘奈は床に座った。両端を秀辛の枕元で重ね、頬をツンツンと突く。

 

「まったく……ホント、バカだなぁ……」

「……」

「やっぱり、ヒデちゃんに男の人が夢見るようなハーレムは似合わないよ。たくさんのチョコより、ひとりの本命チョコの方が絶対に良いって」

 

 そう言いながら、ニコニコと笑みを浮かべる。

 

「……でも、どんなに他の女の子がヒデちゃんにチョコを渡しても……甘奈は、絶対に譲らないからね……?」

 

 本当なら、今日告白しようと思っていたが、この様子ではそれは無理なので延期。その代わり、聞いているのか聞いていないのか分からない彼に、言いたいことを言わせてもらった。

 そんな中「すぅ、すぅ……」と寝息が聞こえてくる。どうやら、眠ってしまったようだ。

 

「……」

 

 さて、眠られた事により、ようやく甘奈の中で緊張の糸が切れた。ホッとしたというか、少し疲れ過ぎたというか。

 どちらにせよ、完全に冷静になった。そうなれば、頭の中でさっきまでのことを思い返してしまうわけで。

 例えば、歯磨きをしてあげたとか、着替えを手伝ってあげたとか、トランクスと太ももの隙間からキ○タマ袋っぽいナニかが見えたとか。

 

「〜〜〜っ、な、何やってんの甘奈……!」

 

 顔を真っ赤にして、本人の真横で悶える他なかった。

 

 ×××

 

 目を覚ますと、頭が軽かった。まだ節々の痛みやら咳やらは収まっていないが、少し楽になっている。もしかしたら、思いっきり便器に食ったものを吐き出したからかもしれない。あれは割とスッキリした。

 ただ、微妙に秀辛はどうやってここまで戻ってきたか覚えていない。……というか、パジャマの柄も変わってる気がする。

 ふと机の上に置いてある目覚まし時計を見ると、時刻は記憶にあるうちから二時間経過していた。……そして、その下に表示されている日付は、2月14日。

 ……そうだ、バレンタインだった……。確約でもらえると思っていた甘奈のチョコまで貰う機会を失った。

 はっ、はははっ……と、笑いが溢れる。

 

「滅べ世界ィィイイイイッッ‼︎」

「わっ……ちょっ、な、何⁉︎」

「うえっ⁉︎」

 

 横を見ると、今一番見たいと思っていた顔が隣にある。

 

「っ、お、大崎⁉︎」

「……何?」

「じゃなくて……えっと、な、なー? なんでここに……?」

「看病。後、チョコ渡しに。欲しがってたから、みんなの分も貰ってきたよ?」

 

 それを聞いて、少し涙腺が緩んだ。まさか、わざわざ家に来てまで届けにきてくれるとは思わなかった。

 泣きそうになるのを必死に抑え込みつつ、思わず秀辛は行動に移してしまった。両手を広げて、甘奈の体を包み込んでいた。

 

「大さ……甘奈ああああああっっ‼︎」

「きゃああああああああああッッ⁉︎」

 

 思わずギューっと抱きしめ、絶叫してしまった。釣られて甘奈まで絶叫してしまう程の衝撃だった。

 

「にゃっ……ひ、ヒデちゃっ……い、いったい突然っ、にゃっ……にゃにをっ……⁉︎」

「っ、あ、わ、悪い……移しちまうな……」

 

 本当は別のことで狼狽えていた秀辛だが、言い訳臭く言いつつ離れる。その秀辛に、甘奈は照れを誤魔化すように笑顔を浮かべながら言った。

 

「あ、あははっ……元気になったみたいだね……?」

「あ、ああ……まぁ……あれ? てか、甘奈が看病してくれたのか?」

「ん……ま、まぁ……大した事はしてないよ。身体拭いてあげて、着替え手伝ってあげて、歯磨きしてあげただけ」

「……えっ、俺そんな介護みたいなことしてもらってたの……?」

 

 言われて、小さく狼狽える秀辛。まさか、そんな甜花みたいな事されるとは思わなかった。

 

「てことは……もしかして、俺のチ○コも見た……?」

「み、見てないよ! 流石にそこまではしてないよ!」

「あ、そ、そう……」

 

 少しホッとした。……いや、まぁそれでも大分、お世話されてしまったが。

 

「な、なんか……すまん。なー……」

「だ、大丈夫だよっ。それより、お腹空いてない? うどん作るよ?」

「い、いや大丈夫だ! 流石にそこまでされるのは男として情けない!」

「いやいや、寝てないと治らないでしょ?」

「じゃあ、なーが寝ててくれ。俺が代わりに作るから」

「いやそれ全然意味ないから!」

 

 立ち上がろうとする秀辛を、甘奈は強引にベッドに戻す。

 

「ほらほら、無理しない。こういう時くらい、甘奈に甘えてよ。……ね?」

「っ……ご、ごめん……」

「そんな事で謝るくらいなら、チョコを貰うためだけに無理した事を謝ってよね。……まったく、甘奈の計画、全部ダメにしてくれちゃったんだから」

「計画?」

「なんでもない」

 

 誤魔化されたものの、これ以上、追求する気力はない。仕方なくベッドの中に引きこもる。

 うどんを作りに行った甘奈の背中を眺めながら、秀辛は反省する。確かに、少し無理し過ぎたかもしれない。冷静に考えれば、昨日、帰る時には社長から「うちの事務所、知らない間に改修工事でもした?」と言われるくらい綺麗にし過ぎてしまった。

 バレンタインにチョコを貰えないくらい毎年の事だし、今年だけわざわざ焦る事はなかったのだ。

 その結果、チョコは貰えたものの、仕事を休み、こうして自分がリクエストまでかました少女に、バレンタインに看病に来させる始末だ。

 

「……はぁ」

 

 思わず自己嫌悪からため息が漏れた時だ。甘奈が早くも戻ってきた。

 

「お待たせ。うどんだよ。シンプルだけど……」

「……なー」

「どうしたの?」

「ごめんな……俺、バカで……」

 

 言われて、甘奈は一瞬、キョトンとする。が、すぐに笑みを浮かべて、秀辛の隣に座ると、うどんを箸で摘み、ふーっふーっと冷まし始める。

 

「はい、あーん……」

「っ、な、なー……?」

「ふふ、甘奈は……ヒデちゃんのバカなところも大好きだよ?」

「ふわっ……」

 

 思わず、着替えさせられたと自覚した時より恥ずかしくて、頬が熱くなってしまった。この子、今自分が告白したことに気付いているのだろうか? さりげなさ過ぎて言葉が出なかったが、甘奈はうどんを摘んだ箸を近づけて来た。

 

「ほら、あーん……」

「うっ……あ、あーん……ちゅるっ、ちゅるちゅる……」

「どう?」

「お、美味しいです……」

「ふふっ、良かった」

 

 甘奈の善意が、好意が、全てが秀辛の体温を再び上げた。

 

 



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二人の世界に入り浸った結果。

 翌日、体調は少し回復したが、今日も大事を取って仕事は休み。てか、まだ熱下がり切ってないし。

 またちょっと頭が寝ぼけているが、とりあえず廊下は歩ける。ぼんやり下に向かい、ぼちぼち朝飯でも食うかーなんて思ってリビングに入った。

 

「はよーっす……母ちゃん、朝飯食った?」

「あら、おはよう。ヒデ」

「ヒデちゃん、おはよー☆」

「はよ、なー。食ってないなら、リハビリがてら俺が作るよ。……っげほっ、ぇほっ……!」

「衛生面。甘奈が作るから席でマスクして待っててね?」

「ゔっ……す、すまん……」

 

 クッ……朝起きて自分の飯も用意できないとは……我ながら情けない。

 仕方ないので、すごすごと食卓につき、しばらく待機。台所では、母親となーが楽しそうに料理をしている……いや、母親がなーに指導しているのだろう。

 なんつーか……花嫁修行? でも見ている気分だ。

 にしても……なーが、花嫁か……。あいつのウエディングドレス姿は、それはさぞ似合うことだろう。なんか、今から見るの楽しみになって来た。

 ……あれ? つーか、俺今……なんで俺があいつの花婿みたいな妄想してんの? なんか、余りにもうちの台所に立つ甘奈がしっくりきてて……。

 

 ──つーかなんでなーがうちで朝飯作ってんの? 

 

 俺の疑問の直後、朝食が完成したのか、エプロンを身に纏ったなーが、朝ご飯を俺の前に運んでくれる。味噌汁、焼き鯖、白米、お漬物とオーソドックスなメニューだ。

 

「お待たせ、ヒデちゃん。冷めないうちに食べて?」

「お、おう……?」

 

 ……いや、食べて? じゃなくて。

 

「お前なんでここにいるの?」

「……ふふっ、勿論ヒデちゃんの看病だよ?」

「いや勿論とか言われてもな……」

「朝早くあなたのお見舞いに来てくれたのよ。ホント、良い子ね」

 

 母親が付け足すように言う。ホント、そういう気持ちは嬉しいけど……良いの? 甜花の事は放っておいて。あいつまた一人で家で拗ねてるんじゃ……。

 

「なーちゃん……甜花もご飯、食べる……!」

 

 お前もいんのかよ……。てかお前は本当何しに来たの? 人の家のテレビ占領してゲームやってんなよ。

 甜花がそそくさと俺の隣に座り、甘奈は俺の向かいに腰を下ろす。

 甜花の前にも料理が運ばれた。

 

「じゃあ……えっと、いただきます……?」

「にへへっ……ヒデくん、緊張してる……」

「う、うるせーな……」

 

 なんか、こう……女の子に朝食作ってもらうのは初体験なんだよ。いや、だって普通、朝食作ってもらう機会なんかないし。ましてや、出来立てホカホカのご飯なんてあり得ない。

 そんな話をしながら、俺は早速、朝飯に手をつける。まずはお味噌汁から。

 ズズズッ……と、汁を口に含む。白味噌の控えめな甘み、ワカメとネギ、ナメコとシンプルな具は、俺の好みを知り尽くしている母親らしいチョイスだ。

 思わずほっと一息付いてしまう一品。そんな俺の顔色を伺うように、甘奈が緊張気味に頬を赤らめて聞いてきた。

 

「ど……どう?」

「なーちゃん……ヒデくんより緊張してる……」

「て、甜花ちゃん……!」

 

 茶化すように言われ、甘奈は頬をさらに赤くする。可愛いなほんと……っと、うっとりしている場合ではない。言うべきことは言わないと。

 

「お、美味しいよ……」

「え、えへっ……えへへっ……」

 

 あ、やばっ……ダメだ。かわい過ぎて直視出来ない。おい、ホント何度も思うけど、本当にこれが初対面で「夜道に気をつけてね?」とか言ってきた大崎甘奈かよ。

 

「ま、まぁ母ちゃんがレクチャーしたんなら、それくらいできて当然なんだけどな! あはっ、あははっ……」

「……そ、そっか……」

「……あーあ……」

 

 っ、い、言わなくて良い事、だったか……? 

 思わず冷や汗が頬を流れ落ちる。すると、母ちゃんがため息をつきながらなーに声をかける。

 

「ごめんなさいね、甘奈ちゃん。そんなダメ息子で」

「い、いえいえ……照れ隠しって分かってますし、それが分かれば可愛いものですから」

「……おい、なー……けほっ、けほっ……」

 

 くっ……このタイミングで咳はやめろ……。

 案の定、なーはニコニコしながら俺に正面から声をかけてくる。

 

「ほらほら、ちゃんと食べないと治らないよ?」

「っ……わ、分かったよ……」

「っ、も、もし……食づらかったら……食べさせて、あげようか……?」

「っわお」

「なーちゃん……本当に大胆……」

 

 外野がうるせえんだが……でも、俺よりも恥ずかしいはずの甘奈が、顔を赤くしたまま耐えて俺の返事を待っているのだから、文句は言えないし言うわけにもいかない。

 何より……これ「恥ずかしいからいいです」とか絶対言えないよね。

 

「じ、じゃあ……よろしく……」

「う、うん……あーん……」

「っ、あ、あーん……」

 

 お漬物を口まで運ばれる。……俺は母親の前で何をさせられてるんだろうな……。

 そんな考えが頭に浮かんだまま、なーの手で朝飯を完食した。

 

 ×××

 

 その後、一度寝てから、改めて目を覚ました。しかし……改めて甘奈と甜花には迷惑をかけた。また何か埋め合わせしないとな……。

 さて……もうほとんど体調も戻ってきたし、チョコ食うか。そう決めて身体を起こすと隣にはまだ、なーがいてくれた。

 

「あ、起きた?」

「……まだいたんだ」

「っ、め、迷惑だった……かな……」

 

 っ、さ、些細なセリフで傷つくなよ……。

 

「な、なわけないだろ……」

「そ、そっか……にへへ……」

 

 甜花の笑い方移ってる! あーもうっ、なんだこれ。やりづらいなぁ! 

 

「今、何時?」

「まだ11時だよ」

 

 昼には少し早いな……朝も割とガッツリ食べて腹は減ってないし……今こそ、チョコレートの出番なのでは? 

 

「……あー、なー?」

「……穴?」

 

 うん、いつかそういう聞き間違いが出ると思ってた。

 

「あの……そろそろこのあだ名やめても良い? 普通に『甘奈』じゃダメ?」

「……つーん」

「あの、じゃあせめて代案ない?」

「え……自分のあだ名を自分で考えるって……や、まぁ良いけど……」

 

 頬を赤らめながらも、甘奈は顎に手を当てて考え始める。正直、甘奈って名前クソ可愛いから、それで良いと思うんだけどなぁ……。

 

「あ、じゃあ……あまにゃんっていうのは⁉︎」

「メイド喫茶に憧れでもあるの?」

「ごめん……自分で言ってて恥ずかしくなった……」

 

 あずにゃんかよ、というツッコミが浮かぶのは俺だけじゃないはず。甜花でも同じこと思っただろうな。

 でも……まぁ、さっきはああ言ったけど、俺も特別な呼び方、というのは理解出来る。どうしようかな……。まぁ、他の人はもう下の名前で呼んじゃってるし……。

 ……なら、いっそのこと……呼び方より関係を進める他ないのか……? でも、俺は甘奈のことをどう思っているのだろうか……。好きなのかな……初恋もまだだからいまいち分かっていないんだけど……。

 でも、顔を見るだけで最近、少し緊張して、挙動の一つ一つに胸が高鳴る事もあって、ずっと一緒にいたいと思えるのは確かに甘奈だけ……。

 あれ……これひょっとして俺……だとしたら、まさか相思相愛? なら、付き合っちまった方が……。

 

「な、なぁ、甘奈……」

「な、何?」

「もし、俺が……」

「? 俺が?」

 

 ……いや、まて。まだ甘奈に俺が好きだって言われたわけじゃなくない? いやチキったわけじゃなくて、もしかしたら俺の思い込みである可能性はゼロじゃないわけで……そもそも一緒にいて一番楽しい相手ってだけで、甘奈のことが好きだと決まったわけじゃないし……うん、勢いで告白するのはよそう。別にチキったわけじゃないけど。

 

「な、なんでもない……」

「な、何⁉︎」

「あ、じゃあ……えっと……な、なんだ。わざわざ名前をもじらなくても良いんじゃない? 例えば……甘奈の特徴を捉えた呼び方、みたいな……」

 

 追撃は面倒だったので、代案を出してみた。まぁ、割と悪くない聞き方なんじゃないの? 

 

「たとえば……大崎妹とか」

「その例えは却下」

「あ、う、うん……」

 

 甘奈の特徴、か……ジッ、と甘奈を眺める。ぱっちりとした瞳、ギャルっぽく見える反面、何処か純粋無垢で幼い顔立ち、長いまつ毛、形の良い唇、健康体そのもののほんのり赤い肌、腰まで伸びた綺麗なチョコレート色の髪と、右側で分けられたオシャレな前髪、全てが特徴と言えるから、ここからあだ名を考えるのは……と、思っていると、いつの間にか顔を赤くした甘奈は、俺の顔面を奥へ押しのける。

 

「っ、み、見過ぎだから……!」

「いや、綺麗な顔してるなって……」

「ば、バカ……!」

 

 っ、や、ヤベッ……なんでそんなナンパみたいなこと言った俺……⁉︎

 

「ご、ごめっ……」

「いや……謝らなくても良いよ……普通に、嬉しいし……」

「っ、う、嬉しいって……」

「それより……そ、その……綺麗な顔から、あだ名は浮かんだ……?」

 

 自分で言ったー! なんておちょくる気にはならなかった。だって先に言ったのは俺だし……本当に、綺麗だし。

 そうだ、とりあえずさっきの特徴からあだ名を考えないと。

 

「じゃあ……パッチリお目目甘奈とか?」

「だ、ダメ!」

「うーん……なら、純粋まっすぐちゃん甘奈は?」

「ダメに決まってるったら!」

「ロングまつ毛甘奈」

「まつ毛くらい英語で言いなよ! ダメ!」

「じゃあ……えっち唇甘奈とか……」

「あ、あのっ……ま、待って! お願いだから!」

 

 あれ、なんだろ……なんかさっきより急激に顔が真っ赤になって……あれ? つーかこれ……俺、甘奈の顔で見てたとこを言ってただけじゃね……。

 俺も顔が赤くなった……つーか何なら熱が上がった事さえ感じた中、甘奈が真っ赤になった顔を片手で隠しながら答えた。

 

「……甘奈で良いので、これ以上は勘弁して下さい……」

「……ご、ごめん……」

 

 思わず謝っちゃったよ……。なんか、俺マジで少し頭回ってないな……。なんか気まずくなっちゃったし……話逸らさないと……。

 

「あ……そ、そうだ! 昨日のチョコ、食べて良い?」

「あ、そ、そうだね! 食べよっか! 今、取ってくるね。冷蔵庫に入ってるから!」

「お、おう!」

 

 そのまま甘奈は、部屋を出て行った。

 ふぅ……危なかったな。あの様子だと、ドン引きしてるわけじゃなかったと思うけど……でも、少し辱めちゃったし、謝った方が良いよな……。

 そうこうしている間に、甘奈が引き連れて戻ってきた。

 

「お待たせー☆」

「そういや、甜花は何してんの?」

「下でお昼寝してたよ」

「え、いや……あの、ここ俺ん家……」

 

 すごいなあの子。お構い無しだな。

 

「……そういえば、この中に甜花のチョコも入ってるの?」

「入ってるけど……どうして?」

 

 あれ、目が笑ってない。なんでだろ。

 

「いや……甜花がチョコを作る姿をいくら想像しても、ボウルを頭から被ってココアパウダーまみれになってる姿しか思い付かなくて……」

「あ……あー、そういう意味ね☆ その甜花ちゃん可愛いね。……絵で表現できる?」

「甜花の許可さえ降りれば余裕」

 

 少しいつも通りの様子に戻しながら、甘奈が早速紙袋からチョコを取り出す。

 

「じゃあ、まずは誰の食べる?」

「甘奈の」

「え、い、いきなり……?」

「そりゃそうでしょ。……甘奈のを、一番味わって食べるって、約束したし……」

「っ、そ、そっか……」

 

 その嬉しそうで恥ずかしそうな顔やめて……ガノトトスの腹を鬼哭斬破刀・真打で掻っ捌いてるようなもんだから……。

 

「で、どれが甘奈の?」

「あ、あー……ど、どれかな……?」

 

 紙袋を床に置いて、甘奈は両手を突っ込んで探す。

 

「あ、あれあれ……? なんか、見当たらないや……間違えて置いてきちゃったかなー……うん、そうかも……」

 

 え、そ、そうなの? てか、何その棒読み……と、思っていると、ふと甘奈の左手が動いていないことに気付く。紙袋を固定しているのかな? とも思ったが、どうもそんな感じには見えない。

 ……もしかしてこいつ……。

 ふと思い、ベッドから身を寄せて、甘奈の左手首を掴んで持ち上げると……ハート型にラッピングされた箱が出てきた。箱の表面には「ヒデちゃんへ♡」と書かれている。

 

「……あ、あははっ……バレちゃってた、かな……?」

「一応、聞くけど……桑山さんからのって事は?」

「はっ?」

「う、嘘だよ……」

 

 そもそもお前が誤魔化そうとするから……。

 

「……ありがとう、甘奈」

「あ、あの……目の前で、開ける感じ……?」

「だめか?」

「だめじゃ、ないけど……」

 

 なら良いよね。……あれ、これもしかしてデリカシー問題か? じゃあ……後にしようかな? 

 

「やっぱめぐるさんのにし」

「は?」

「あ、嘘です」

 

 違った。普通に照れ隠しだった。

 とりあえず、甘奈からもらったチョコをあげる。箱をパカっと開くと、中から現れたのはハート型の生チョコが複数。しかも、味が違うのか、色合いがカラフルだ。

 

「わっ……す、すごい……美味そう!」

「そ、そうかな……えへへ」

「全部ハート型だし、綺麗……食べて良い?」

「う、うん……!」

 

 まずは茶色の生チョコを手に取り、口に含む。舌の上に乗せ、口内で圧迫。蕩けてて、甘味と苦味が同時に広がる。

 

「うまっ……」

「っ、ほ、本当⁉︎」

「ひとつ食べる?」

「うん! ……あっ、いや……甘奈は作った側だから……全部、ヒデちゃんのだよ」

「いや、たくさんあるから。てか、俺がもらったもんなら俺に使わせてや」

 

 そうだ、さっきの仕返しだ。今度はこっちからやってやろう。

 そう決めると、俺はチョコをひとつ摘み、甘奈の口前に差し出した。

 

「ほれ、あーん……」

「ふえっ⁉︎」

「人に散々やったのに、自分は嫌だって言うのか?」

「っ……」

 

 言うと、甘奈は頬を赤らめて俯いてしまう。そして、少し悩んだ後、俯きがちに髪を耳にかけながら、半開きにした口を少しずつ近づけて来た。

 

「あ、あーん……」

 

 甘奈の唇が、チョコを覆い、若干俺の指に触れ……っ、や、柔らかっ……やべっ、つか普通に口がついちゃって……あっ、下唇も少しあたった……。

 唇が触れたのは、ほんの一瞬。にも関わらず永劫の時に感じるほど長かった。

 

「っ、え、えへへ……おいひい……」

「っ、そ、そう……」

 

 思わず、食べさせるために伸ばした手を伸ばしたままにしてしまったのが、俺の最大のミスだった。

 何を思ったのか、甘奈は俺のその手を見て、手首を掴み、親指に舌を当て……。

 

「何してんの⁉︎」

「っ、指に付いてるココアパウダー、勿体無いから……嫌?」

「嫌じゃ、ありませんけど……」

「ふふっ、なんで敬語……?」

 

 なんで勝ち誇った顔? 顔真っ赤なのバレてんぞお前。

 そのまま綺麗にパウダーを舐め取られた時だ。部屋の扉が開いた。入って来たのは、甜花だった。

 

「なーちゃん……そろそろ、お昼作らないと……あえ?」

「「……あっ」」

「……ご、ごゆっくり……」

「「……」」

 

 リアクションさえ起こせなかった俺と甘奈は、そのまま固まるしかなかった。

 もちろん、その日は一睡も出来ず、翌日に熱が普通に上がった。

 

 



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激戦編
強敵出現!


 高校入学して、もう1年経過した。春休みになり、もうすぐ俺と甘奈と甜花は二年生。特に三年生に親しい人がいたわけでもなかったため、卒業式後に顔出したりとかそういうのはしなかった。

 で、今日は3月14日。事務所では、ホワイトデーということで、アイドル達が俺の作ったお菓子を目前に「うわあ……!」と声を漏らした。

 

「すごい! 可愛い! ……でも男子高校生の技術じゃない……」

「バラの形した……何かな、これ?」

「ほわっ……アップルパイだと思うよ……?」

「ホント、この道目指したら良いのにー……」

「これどれ食べて良いの?」

「みんなで一つずつ作ってあるって。とりあえず、アイドルとはづきさんとプロデューサーさんの分、全部」

「あたしも来年からチョコくれてやるか……」

 

 なんて声が聞こえてきて、俺の中で何かが満たされていくのをしみじみと感じた。

 そんな話をしつつ、アイドル達の真ん中にいる甘奈に手招きする。まだアップルパイは……手にしてないな。良かった。

 それにより、甘奈はヒョコヒョコとこちらに駆け寄ってくる。それを眺めながら、俺はそのまま廊下に出る。

 

「どうしたの?」

 

 後に続いて、甘奈も廊下に出てきて、俺が指差す衣装倉庫に入る。

 少し、緊張気味に唾を飲み込みながら、俺は甘奈に紙袋を差し出す。それを受け取った甘奈は、小首を傾げる。

 

「これ何?」

「ホワイトデー」

「え、あれじゃないの?」

 

 甘奈が指差した方向は、みんなでアップルパイを食べている部屋。いや、うんまぁそうなんだけどね……。

 

「や、これは……なんだ。お前の分だけ、特装版みたいな……」

「え?」

「い、良いから開けろよ!」

「ここで開けて良いの?」

「いや……やっぱ家で」

「開けまーす」

「おい」

 

 なんか恥ずかしくなって来たから勘弁して欲しい、と思ったが、勘弁してくれなかった。

 中を開けると、甘奈のバラは赤と白の二つセット。アップルパイと、ホワイトチョコも織り交ぜたホワイトアップルパイ。それをバラの形に仕立てた。

 

「き、綺麗……!」

「……そう?」

「写メ、写メ!」

 

 満足するまでまずは写真を撮る。いろんなアングルから撮った後、甘奈がパイを持って、俺まで写真を撮らされた。

 そして、改めて実食の時間。

 

「うん。食べて良い⁉︎」

「あー……うん、まぁ……」

「いただきます!」

 

 普段の10倍界王拳で気合入れた料理を目の前で食われるのって、なんかやっぱ恥ずかしいや。

 

「あむっ……んっ、お、美味しい……というか、美味し過ぎる……?」

「あそう……」

「……でも、何か足りないなー」

「え、な、何……?」

 

 マジ? 完璧な出来だと思ったんだけど……え、でも何処が? ていうか、甘奈がそういうこと言うの珍しいな……。

 少し悩んでいる間に、甘奈は俺にパイを手渡す。何となく受け取ってしまうと、甘奈は目を閉じて口を開いた。

 

「え……な、何……?」

「分かるでしょ?」

「いや、分かるけど……え?」

「足りないのはそれだから」

「……」

 

 そ、そういうことかよ……嵌められた。そんなに食べさせてもらうのが気に入ったのか? まぁ良いけど……。

 

「あ、あーん……?」

「あー……」

 

 少しずつ、アップルパイを甘奈の口元に近付けて行く。……その綺麗な歯並び、綺麗な桜色の唇が控えめに開かれた口に少しドキッとしてしまい、胸が高鳴る。

 いかんいかんいかん、変なこと考えるな。いや、何を考えた? とにかく、食べさせるだけだ。バレンタインの時もやったろ。

 煩悩を打ち払いながら、口の中にパイを運ぼうとした時だった。

 

「あ────! 甘奈さんがお兄ちゃんに『あーん』してもらってます!」

「「っ‼︎‼︎‼︎」」

 

 俺も甘奈も思いっきり動揺して両肩が震え上がった。慌ててお互いに扉の方を見ると、アホが胸前で握り拳を作って、全力で目を輝かせて、他のアイドル達を呼びに戻った。

 そんな馬鹿でかい声を出されれば、他の女子達がやって来るかも時間の問題なわけで。

 

「っ、あ、甘奈っ、隠れるぞ」

「か、隠れるってどこに……!」

「と、とりあえずその辺!」

 

 慌ててパイを持ったまま部屋の中を見回す。幸い、ここは衣装の倉庫。隠れられそうな場所はいくらでも……! 

 ふと目に入ったのはロッカー。……でも、あれにはおそらく甘奈が入る。つまり、俺は別のを探さないといけない。

 そんな中、横に長い(おそらく)衣装を入れるための箱。背が低い俺ならギリギリ寝転がって入るくらいの大きさだ。

 

「よっしゃ! 俺はあの衣装箱の中!」

「あ、ず、ズルい!」

「お前も隠れるとこ見つけろよ!」

 

 甘奈のセリフを無視して箱の中に飛び込む。パイだけは汚さないように胸前で抱えるため、仰向けになって寝転がった。

 その直後だった。俺の真上から、甘奈が入って来る。

 

「ええええっ⁉︎ な、なんでだよ⁉︎」

「隠れる所ないんだもん!」

「ロッカーがあんだろがいッ!」

「もう遅い!」

 

 言いながら、甘奈はさらに少しずつ俺の方へ体重をかける。それと同時に、顔が近づいてきて、俺も甘奈も頬が赤く染まっていく。

 足が絡まる。腰から胸まで、一部の隙間もなく密着する。お互いの吐息がかかる。そんな距離まで接近……というか吸着し、鼻と鼻が触れ合った。

 

「「っ……!」」

 

 何とかパイは回避させたものの、お互いにフリーズしてしまう。いや、ホント近っ……もうこれ、キス手前ギリギリで止まってる感じ……。

 吐息が荒くなる。お互いの胸から胸へ、鼓動が交信される。羞恥だけではなく、緊張と興奮から頬の紅潮が濃くなる。

 

「ひ、ヒデちゃん……」

「ぁ、あまな……」

 

 ヤバい、もうとにかくヤバい。何がヤバいって……なんか、このまま色々と間違いが起こりそうでヤバい……! 

 焦燥感さえ迫ってきて、さらに鼓動が激しくなる。つか、甘奈の胸、柔らかっ……ふあっ、頭が回らなくなっ……。

 

「ほらここです! ……ってあれ?」

 

 戻ってきたことにより、俺と甘奈の意識は一気に現実へ引き戻された。ビクッとするのを必死に抑えられたのは、ホントそういう訓練を受けてるのでは? と錯覚するほどだ。

 とりあえず、俺は耳をすませる。他に何人、いるか確認する為だ。

 

「なんだよ、果穂。誰もいねーじゃん」

「見間違いだったんじゃない?」

「いやでも……あの二人、最近そういうのやりかねない空気は、ある……」

「ふふ、双子の天使の片割れと幻の万能手が、周囲の目を盗んで行う逢引きか……可愛らしいじゃないか」

「逢引き……まるで少女漫画のようでございますね……」

「さくやんとりんりんって詩人だよねー」

「ほわっ……あ、あの二人……付き合ってたんですね……」

「あの……みんな、邪魔しない方が……」

「何言ってるのよ、千雪。こういうのは見ておかないと損するのは私達よ」

「付き合ってたんだったら……私少し悪いことしてたかも……」

「大丈夫ばい、めぐる。ヒデも甘奈も、そがん小さかこと気にする人やなかけん!」

「ふふっ……あそこ、ホワイトチョコパイさんが置いてある……」

「ほほう……一人だけ特別製……付き合ってるのは間違いなさそうですねー」

「あ、あるんですね……こういうの……」

 

 なんでフルメンバーで見に来たんだあのバカドルどもがああああああああッッ‼︎ どんだけ人の恋路に興味津々⁉︎

 ヤバいって、甘奈! うっとりしてる場合じゃな……! 

 

「ひ、ヒデちゃん……どうするの……? こんなとこ、バレたら……」

「お、落ち着け……甘奈。一応、プランは三つある……一つずつ紹介していくから聞き逃すな」

「う、うん……」

 

 よし、行くぜ。

 

「プランA……このまま隠れ続ける。物音一つ立てずにここにいれば、探すのをやめる可能性はある。……ただしこれは我々に行動すべき行為がなく、その上敵には田中摩美々軍曹が現場に出向いている為、ほとんど運試し的な要因に賭ける他ない事を示している……!」

「プランBは?」

「プランB……スマホを使う。さっき撮ってた写真を加工し、何とか屋上にいるように見せてツイスタに上げた上で、甜花や桑山さんに助けを求め、全員を屋上に誘導。その隙に脱出。しかしこれはこの狭い空間でモゾモゾと動か必要があり、最悪外に伝わるというリスクを冒さなければならない……!」

「プランC……!」

「プランC……逢引きって事にしちゃう」

「はえ……?」

「……もう、付き合ってることにして、その上で堂々としてる」

「……」

 

 ……まぁ、確実なのはBか? Cなんて開き直ってるだけだし。Aも無理だと思うし。

 とりあえずそうなっても良いように、手を動かしてポケットを弄ろうとした時だった。甘奈が、少し覚悟を決めた表情で顔を赤らめながら言った。

 

「……Cが、良いな……」

「え?」

「……だから、Cが良い……」

 

 ……え、あの……そ、それってどういう……と、思った時だった。唐突に外から声が響く。

 

「みんなー、もしかしたら屋上かもよー?」

 

 田中摩美々の声が耳に届いた。まだ工作は行っていないのに、だ。

 

「なんで?」

「いやほら、隠れるならパイの片割れをここに置いていくわけないでしょー? だからー、もしかしたらさっき果穂が呼びにきた時には、もう移動してたのかもー」

「っ、な、なるほど……!」

「あり得るわね」

「よし、行こう!」

 

 ドタドタと衣装部屋からみんな出て行く足音がする。そのまま静かになり、約一分経過。俺が恐る恐る顔を出すと、もう誰もいなくなっていた。

 ……もしかして、もう終わった、のか……? なんか、助かったな……結局、プランAで良かった、ってことかな……? 

 

「あ、甘奈、もう平気だよ」

「……そ、そっか……」

 

 なんで少し残念そうなんだお前は。もしかして、バレたかったのか? それとも……。

 何にしても、せっかくのホワイトデーなのにそんな顔していてほしくない。甘奈の口に、俺は食いかけのパイを運んで入れた。

 

「とりあえず、食べて元気出せよ」

「あ、ありがと……」

「ホワイトの方は家で食べる……ってことで良いか?」

「うん。ありがとう」

 

 それだけ話して、念のため、甘奈が先に部屋を出て行った。残ったのは俺だけ。手ぶらのままひとまず戻るため部屋を出て行こうとすると、たくさんぶら下がった衣装の隙間から手が伸びてきて、肩を掴まれる。

 

「ちょい待ちー」

「っ⁉︎」

 

 っ、くりしたぁ……口から心臓が飛び出すかと思っ……あれ? つか、一人残ってた……? 

 ギッギッギッ……と顔を向けると、そこにいたのは田中さんだった。

 

「っ……た、田中さん……?」

「やっぱりいたねー。しかも、まさかあの衣装箱にいたとはー……大胆ですねー、小宮?」

「……いや、あの……今のは……」

 

 やべっ……甘く見てたか……もう少し、様子を見ておくべきだったか? 

 とにかく冷や汗をかく俺に、田中さんはニコニコ……というよりニヤニヤ笑いながら言った。

 

「安心しなよー、別に誰にも言わないし、お金を要求とかそんなんもしないからー」

「いや……でもホント付き合ってるわけじゃないんで……」

「うんうん。ただ……ひとつ貸しだからねー?」

「……」

 

 ……嫌な予感だけはビンビンする……そんな冷や汗を大量に流しながら、とりあえず俺も戻った。

 

 




高校一年生編でここまで長くする予定はありませんでした。反省してます。


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程々に、程々にったら、程々に。

 翌日、午前中の仕事を終え、俺は昼飯を食べていた。甘奈と甜花は現場が違うので別。少し残念に思いながら、持ってきたお弁当を摘んでいると、俺の隣にひょこひょこ揺れるツインテールが座る。

 

「どうもー、小宮ー」

「ごちそうさまでした」

「まだ残ってるよー?」

 

 逃げられない! ってなるゲームの主人公ってこんな気持ちなんだろうな。

 

「な、何か用ですか……田中さん。いや田中様」

「摩美々で良いよー」

「じゃあ、摩美々女帝」

「なんで女帝ー? 別に良いケドー」

 

 良いのかよ、と思いつつ、そろそろ話はまとまったと思い立ち去る事にした。

 

「では、摩美々女帝。そういうわけで……」

「いやいや、何も終わってないからー」

「いえ、女帝とお呼びする事が決まった時点でお別れでも」

「バラすよー? ツイスタで」

「どうか、我がお戯れをお許し下さい、レディ」

 

 跪くしか無かった。なんて事言い出すんだ、この人は。

 

「何かお話でしょうか?」

「うんうん。素直でよろしー」

 

 よろしーじゃねえよ……覚えとけよこの野郎め……。

 少しイラッとしている間に、摩美々女帝は書きたいことを聞いてきた。

 

「小宮は、なんでも作れるんだよねー?」

「え、いや何その確認? 核兵器とかは無理ですよ?」

「いやそんなのお願いしないからー。例えば……めっちゃリアルな虫のおもちゃとか」

「ええ……何そのリクエスト……」

 

 ……ちょっと普通に無理だよ……。紙粘土を使って細かく彫って色付けても、脆さだけはどうしようもない。何に使うつもりか知らんけど、すぐ壊れるよ。

 

「無理だから。500円のガチャポンの奴、買った方が良いですよ」

「ふーん……使えなー」

「何に使うんです?」

「咲耶が今、使ってるロッカーの中に入れておくだけー」

 

 なんて事するんだ、この人……ん? 待てよ? 

 

「咲耶って……白瀬咲耶さん?」

「うんー」

「運動と勉強も出来て?」

「うんー」

「背もそこらの男より高くて? 顔もシュっとしたイケメンで?」

「うんー」

「男が羨ましがる要素を全て持ち得る、生まれる性別を間違えたアイドル?」

「うんー」

 

 あの人が慌てふためく姿……正直、見たいけど……でも、俺も一応、アイドルをサポートする仕事に就いてるしなぁ……迷惑を掛けるのは……。

 

「すみません。手伝いは出来ません」

「あっそー。そういえば、昨日なんだけどねー」

「?」

「こんなの撮っちゃったんだー」

 

 言いながら、摩美々女帝はスマホの画面を見せつけてきた。そこに映っていた動画では……。

 

『ふぅ、お腹すいちゃったなー。何食べようかな……』

『おや、愛しい声が聞こえてくると思えば……双子の天使の片翼じゃないか』

『あ、咲耶さん。こんにちはー』

『今からお昼かい?』

『うん。甜花ちゃんも誘ってね』

『なら……(壁ドンっ)、私もご一緒させてもらってよろしいかな?』

『はうっ……う、うん……良い、よ……あっ』

『おおっと、すまない。お財布を落とさせてしまったね。(甘奈の前に跪いて財布を拾う)……落とし物だよ、私のバンビーナ』

『あ、ありがとう……(瞳に♡)』

 

 ……。

 

「よし、泣かすか」

「うんうん。やっちゃおー」

「明日まで時間が欲しい。大丈夫、例のブツは確実に納品して見せましょう」

「よろしくー」

 

 誰に手を出したか教えてやろう、あのクソイケメンめ……! 

 

 ×××

 

 悪戯に使う道具だが、泣かしても絶対にトラウマにさせてはならない。俺がクビになっちゃうからね。

 従って、虫のモデルはゴキブリは絶対にダメ。ていうか、俺も虫好きじゃないんだ。ゲームに出てきたり、映像で見る分には平気だけど、リアルで見ちゃうと最悪。

 そんなわけで、吟味に吟味を重ねて作ったモデルが……こいつだ。

 

「お納め下さい。摩美々女帝」

 

 手渡したRGM-79のガンプラの箱の中に入っているのは、カミキリムシと芋虫と蛾のオモチャだった。

 

「うわっ……す、すごい……」

「種類はアオスジカミキリ、マイマイガ、アゲハ蝶の芋虫でございます。マイマイガは羽の関節部を敢えて緩めに作り、羽自身は紙に柄を描いて作りました。故に、宙に浮かせておくだけで、僅かな風圧により羽が多少、動きます」

 

 大変だったのよ、マジで。風とかで最初に仰ぐとマイマイガ自体が回っちゃってね。

 今でもそれは変わっていないけど、本当に関節を緩くしたから、羽も動く。おかげで他二つにはギミックを仕掛けることが出来なかった。

 

「なるほどー……いやぁ、想像以上だねー」

「如何でしょう?」

「うんうん、ありがとー。じゃあ、仕掛けの方は悪い子の摩美々ちゃんに任せてねー」

「良いですか? 如何にいたずらと言えど、やり過ぎはよくありません。完膚なきまでに叩きのめす程度にして下さい」

「それ以上の表現があるのかを聞きたい所ですねー」

 

 言いながら、摩美々女帝はロッカールームに行った。あそこは男子禁制だから、俺はリアクションを見ることはできない。

 でも、まぁ悲鳴くらい聞こえるでしょ。とりあえずそれで十分かな。

 俺と摩美々女帝が組んだ事は気取られないよう、敢えて他人のフリを貫く。

 しばらく、リビングのような場所で掃除し、社長やプロデューサーさん、はづきさんの為にコーヒーなどを入れ、次に疲れたアイドルのために、適当に摘めるレモンの蜂蜜漬けを用意していると、その俺の肩に手が乗せられた。

 

「ヒーデちゃん♪ 何してるの?」

「ああ、甘奈。レモンの蜂蜜漬け。まぁこれ二、三日寝かさないとだから、三日後の分なんだけどな」

「ふーん……一枚ちょーだい?」

「話聞いてた?」

「……ダメ?」

「仕方ないな……三日前に作った奴が冷蔵庫にあるから、そっち食べなさい」

「ありがとー!」

 

 く〜〜〜っ…………可愛い……。なんだ、この子……俺の心を全力で溶かしてくるな……。良かったよ、俺。お前と知り合えて……。

 すると、甘奈は辺りを見回す。人を探しているのか? どこに何があるかくらい、甘奈なら把握しているだろうし……あ、甜花と一緒に食べるつもりなのか。なるほど。

 残念ながら、この部屋には俺と甘奈しかいない。先に冷蔵庫から蜂蜜漬け取っとけよ。……と、思っていると、甘奈は俺の耳元で囁くように言った。耳元がくすぐったい……でも、せっかく甘奈から寄ってくれてるし、離れたくない……。

 

「あ、あのさ……」

「何?」

「た、食べさせて欲しいな……なんて……」

「っ、お、お前……ここ事務所だぞ?」

「い、良いでしょ? ……誰も、他にいないんだし……」

「っ……」

 

 ……少し前から、甘奈は誰かに食べさせてもらうのにハマってしまったようだ。いつも、甜花のお世話をしているから、お世話をされるのが新鮮なのかもしれない。

 とりあえず、手元のビンの蓋を閉めて冷蔵庫にしまうと、入れ替えで別のビンを取り出す。

 キュッと開けて、レモンを取り出す。蜂蜜が垂れても良いように、右手を真下に添えて。

 

「甘奈、あーん……」

「あ、あーん……」

 

 蜂蜜を垂らさないためとはいえ、甘奈は少し斜め上を向いて口を開ける。その感覚が、少しなんか既視感があって……。

 ……なんか、犬にジャーキーをあげる直前みたいだな……。

 そんな風に思いつつ、差し出そうとした時だった。

 

「ピギャアアアアアアアアアアッッ‼︎」

 

 唐突に悲鳴が聞こえ、それと同時に扉が勢いよく開かれる音がする。さらにその直後、ゴシャッと重たい音が聞こえた。

 

「っ、な、何……⁉︎」

 

 いや、俺もそう思う。悲鳴の後の扉が開かれる音は、おそらく更衣室の扉が開いた時の音だろうけど……ゴシャってなんだ? 

 と、思っている間に、今度はまた扉が開かれる音。俺と甘奈がいる部屋の扉だ。

 どんな顔してんのかなーと思い、顔を出すのと、白瀬さんが鼻血が出たまま涙目でこっちを見るのがほぼ同時だった。

 あの鼻血……もしかして、更衣室から飛び出した時、顔面を壁に強打でもしたのか? 

 

「あ……咲耶さん……」

 

 甘奈が声を漏らしたが、白瀬さんには聞こえていない。俺の方へガンダッシュ。そのまま顔面に胸を押し当てるように抱き締めてきた。

 むぎゅっ……や、柔らかい! え……マジ柔らかい。何これ、宇宙? 

 

「……は?」

「たっ、助けてくれヒデ! む、虫っ……虫がっ……わ、わたっ……私の、ロッカーに……!」

「んーっ、んーっ!」

 

 あ、ヤバい。心地良すぎる……。なんという、なんという大きな……ゴム? ゴムゴムの実でも食べたのか? 

 巨乳とか、もはやそんな話じゃない。柔らかさの奥に感じる優しさと慈愛……それはまるで、母なる大地の恵にも似た幸福が……。

 

「咲夜さん! ひ、ヒデちゃんを離してー! 苦しがってます……!」

「っ、す、すまない! 大丈夫か、ヒデ……ヒデ?」

「む、胸が……巨乳が……おっぱいが……」

「……は?」

「あっ……あ、甘奈。すまない……彼も、少し急に衝撃が来たから驚いてしまっているだけだ。だから、どうか落ち着いて……」

「おっぱいイズワンダホー」

 

 甘奈のビンタで、正気に戻ったけど意識を失った。

 

 ×××

 

 はい、怒られました。プロデューサーさん、はづきさん、白瀬さん、そして何故か恋鐘さんにまで怒られた。

 まぁでも、摩美々女帝も一緒だったし、その辺は怒られて仕方ないよね、と思う。もう二度とするなどまで釘を刺されました。

 だが、俺にしか怒らなかった奴が、一人だけいる。

 

「あ、甘奈……ホント、マッチポンプとかそんなんじゃなかったんだって……」

「最低男」

「摩美々女帝の口車につい乗っちゃって……だから、ホント胸が目当てだったわけじゃ無くて……」

「女泣かせ」

「お願いだから、話聞いてくれ……分かった、お前が気になるなら、バストアップ方法一緒に探すから……」

「くたばれ」

 

 ……相当怒ってる……。

 ……自分だって、イケメンに壁ドンされてうっとりしてた癖に……。

 

「……自分はいいけど、他人はダメなんだな?」

「……は?」

「お前だって、白瀬さんに壁ドンされて頬を赤らめてた癖に」

「っ、そ、それは……ていうかなんで知ってるの⁉︎」

「俺ばっか怒られるのおかしくね」

「……」

 

 ……しまった、つい言いたいこと言ってしまった。仲直りする気あんのかよ、俺。謝らないと……でも、今の言ってから謝ると、ご機嫌取りしてるように見えそうだな……。

 あーもうっ、なんで俺はこう……ガキなんだ。何か、何か言わないと……と、思っていると、甘奈が顔を赤くしたまま先に口を開いた。

 

「……う、し……から……」

「え?」

「……妄想、してたから……」

「え……白瀬さんで……? もしかして、レズなの?」

 

 またビンタされた。両頬に大きな紅葉を作ったままの俺に、再び甘奈は言った。

 

「だ、だから! ヒデちゃんにあんなこと言われて、そんなことされたって脳内で補完してたの!」

「え……いや俺はあんな恥ずかしいこと言わないよ。死んでも」

「妄想なんだから良いの!」

 

 そ、そんなこと言われてもな……でも、そうか……。白瀬さんにときめいていたわけではない、んだな……。

 

「……ごめん、甘奈。俺が悪かった」

「何で謝ってるの⁉︎」

「いや妄想の件じゃなくて。普通に、その……少し今のは、逆ギレだったわ……」

「あ、う、ううん……でも、反省してよね。女の子をいじめるような人、甘奈好きじゃないから。……というか、なんでそんな事したの?」

「え? いやだから摩美々女帝に唆されて……」

「それでも、そんな事する人じゃないでしょ。ヒデちゃん」

「……え、そ、そう……?」

 

 いや割と人によって意地悪はする方だけど……まぁでも確かに職場でそういうことするタイプではないか。

 え……でも、言うのは、ちょっとな……。だって、早い話がみっともなく嫉妬しただけだし……。

 

「な、なんでだろうな?」

「言ってくれないと許さない」

「……」

 

 ……そ、それはずるいだろ……。

 

「……や、まぁ……だから、甘奈をナンパしてたから……ちょっと、イラついただけ、というか……」

「……えへっ、えへへへっ……」

 

 ……う、嬉しそうにすんなよ……。クソ、恥ずかしいのに可愛い……。

 少し照れていると、甘奈は不意に決心したような表情になり、唾を飲み込む。思わず、俺にまで緊張が移ってきてしまった。

 

「ね、ねぇ、ヒデちゃん……」

「っ、な、何……?」

「甘奈、ね……実は……」

「……へ?」

「ずっと、前から……ヒデちゃんのこと……」

「っ……」

 

 え、ちょっ……まさかこんな所で告白って……マジで……! 

 

「ヒデー! 今度はうちんロッカーに虫ば入れたなー⁉︎」

「「っ! っ! っ!」」

 

 慌てて二人で飛び退いた。というか、甘奈がジト目で俺を見た。

 

「……入れたの?」

「俺じゃないよ絶対! お前ずっと一緒にいたろうが!」

「摩美々がヒデって言うとったけん!」

「なんであの歩くデタラメ吐き出し機みたいな奴の言うこと信じられるんだよ⁉︎」

「誰が歩くデタラメ吐き出し機?」

「じ、冗談っスよ〜、摩美々女帝〜」

「さっきから思ってたけど、その呼び方なんなのヒデちゃん!」

 

 いつの間にか、告白とかそんな空気はなくなっていた。

 

 



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仕事だ、そら耐えろ。

 大学の春休みは長いと聞くが、高校はそうでもない。長く見えて長くないのだ。

 でも、正直あれだよね。二週間弱も休みがもらえれば十分だよね。一ヶ月ちょっと休める夏休みくんが強過ぎるだけで、冬休みさんや春休みどんも十分過ぎるほど強力だ。

 さて、そんな日の中、本日は夕方から283事務所総出でお花見である。それに備えて、みんな仕事に励んでおり、それは俺も例外ではない。

 気合を入れて表の掃き掃除を完了させ、2階に上がった。もう直ぐ、昼頃。お昼になると、今日の俺のお仕事は変わる。

 それは、俺だけではない。可能な限りスケジュールを合わせたメンバーで、料理係、場所取り係、買い出し係に分かれて行動開始。割り振られていないメンバーはお仕事で夕方から参加、という具合だ。

 さて、そんなわけで、料理メンバーは次の四人。

 

「よし、じゃあみんな、力合わせて頑張るばい!」

「うん! 私、お菓子作り以外も得意だから任せて!」

「私も……餃子なら任せて下さい……!」

「……がんばりまーす」

 

 恋鐘さん、園田さん、風野さんが気合を入れる中、一人だけテンション低い奴がいる。

 

「甘奈、一体どがんしたと? なんでそがん元気なか?」

「ヒデちゃんも料理係だと思ってた……」

「……あー」

 

 おい、二人してそんな目で見るなよ。仕方ないでしょ。

 

「花見の場所取りを女の子だけで行かせられんでしょうが。料理なら、俺以外にうまい奴はたくさんいるでしょ」

「うう……でも、ヒデちゃんがいると思って、料理にしたのに……」

 

 ……うるせーな。でも、他の人にあんま仲良いとか関係バレない方が良いだろうし、仕方ねーでしょ。

 でも……かなり甘奈はしょんぼりしちゃってるな。何か声をかけてやった方が……。

 

「おーい、ヒデ。場所取り行くぞ。早くしろよー」

 

 ヤンキー西城さんから声が掛かる。あんまり時間がないようだ。

 仕方ないので、しょんぼりしている甘奈の頭に手を置き、耳元で囁いた。

 

「花見で食う甘奈が作った飯、楽しみにしてるから」

「っ……う、うん……! 任せて!」

 

 よし、解決したな。そうと決まれば、俺はさっさとヤンキー西城さんに合流した。

 

「……やるじゃん、小宮くん……」

「……あれで他の子達に隠してるつもりなんですから、正直驚きですよね」

「隠す? 何ば?」

「恋鐘さんですら気付いていますしね」

 

 ……なんか話しているが、よく聞こえなかったので無視した。

 

 ×××

 

 さて、改めて場所取りメンバーを見た。

 

「むんっ。皆さん、頑張って良い場所とりましょうね……!」

 

 むんっと気合、ほわっと抜ける、櫻木真乃さん。

 

「ああ。私達の頑張りで、今日の宴は大きく変化するんだ。各々、絶景とも言える場所を探そう」

 

 男の敵、白瀬咲耶さん。

 

「もう既に埋まりつつあるし、手分けした方が良いわね」

 

 高身長高収入、有栖川夏葉さん。

 

「じゃ、あたしはあの辺見てくるから。なんかあったら連絡くれ」

 

 唯一貧乳、西城樹里さん。

 ……アグレッシブな人達が集まったなぁ。いや、だからこのメンバーなのか。何にしても……少しいづらいな……年上の人の引率も俺が兼ねてるわけだし。

 いや、いかんいかん。ヒヨってどうする。引率兼護衛として、仕事は全うしろ。

 

「あー……すみません。実はプロデューサーさんから、5人纏まって動くようにと言われてるので……」

「あら、どうして?」

「別行動して騒ぎになったら、面倒だからです。お花見どころじゃなくなりますよ」

「あら……確かにそうね」

 

 まだデビューから間もないメンバーだが、それでも知っている人は知っているだろう。WINGとかいうのに出場、或いは優勝している人もいる。

 今だって、仮装してはいるけど、美人のオーラは隠れていない。せめて花見が始まるまでは、姿を隠してもらわないと。

 

「……けど、まぁ確かにチンタラ見て回ってたら日が暮れそうではあるので、手分けはしましょうか。俺と櫻木さんと有栖川さん、西城さんと白瀬さんで」

「? なんであたしと咲耶なんだよ?」

「あんたら二人が一番、ナンパされなさそうだから。なんなら、ナンパしそうな奴を止めてくれそうだから」

「厄介ごとをあたしに押し付けてるだけじゃねーか!」

「じゃあよろしくね、樹里」

「ほわっ、樹里ちゃん。がんばってくださいねっ」

「お前らも早々と身を引いてんじゃねえ!」

 

 なんてツッコミを入れる西城さんの手を取る白瀬さん。手の甲にキスをすると、目前まで近づいてウインクをした。

 

「ふふっ、こんな愛しい乙女とデート出来るとは、私はなんて幸せ者なんだ。では、参ろうか。お姫様?」

「おーい! 早速ナンパされてんぞ! 大丈夫なんだよなこれ? あたし平気なんだよな⁉︎」

「大丈夫、西城さんが白瀬さんに食われる分には問題ないから」

「食われるのかよ⁉︎ ちょっ、マジで待っ」

 

 置いていった。

 

 ×××

 

「中々、空いてる場所ないですね〜」

 

 ほわほわゆるゆるぽわぽわした声でそう言うのは、櫻木さんだ。頭悪い擬音を三つ並べてしまったのだが、実際ゆるゆるな声なので仕方ない。

 場所は公園なのだが、プロデューサーさんから聞いた条件は、花が見える上で人が少ない場所。んなとこあるかよって感じだが、広い公園ではあるので、あると信じるしかない。

 

「そうね……やっぱり、何処も人でいっぱいね」

「既にチラホラと出店も出てますからね。……まぁ、俺らは自分で持ち込むから、あんま関係ないわけですが」

「と言うと、出店が少ない辺りが良いんじゃないかしら? 食べ物を持ってきていない人にとっては、出店が近い方が良いじゃない?」

「なるほど……では、そっちの方を探してみましょう」

 

 その辺はA○EXと同じか。初動の際、なるべく敵プレイヤーとかち合いたくない人は、物資が少ない場所に降りる。そういう場所を巡って、ちょっとずつ集めるのだ。……まぁ、俺と甜花はキル厨なので、例え甘奈が一緒でも激戦区に降りるが。

 でも今は、その物資が少ない場所を探す必要がある。

 何となく「こっちは少なそうじゃね?」という場所に向かう。

 ……せっかくこういう機会なんだし、少しは声掛けた方が良いかな。でも、どう声をかけたら良い。二人とも初対面ではないが、あんまりゆっくり話とかしたことないし……。

 そうだ、お互いの趣味とかどうだろう? と、思って、まずは有栖川さんに声をかけてみようと横を見た時だ。

 ……なんか、ダンベル持って肘を視点に上げ下げしてるんですが。

 

「……何してるんですか?」

「? トレーニングよ?」

 

 いやそんな「見てわからない?」みたいな言い方されてもな……。

 

「いやあの……なんで歩きながら?」

「ただブラブラしてても、時間が勿体無いでしょう? トップアイドルを目指すためには、こういう隙間時間もしっかりと自分を追い込むのが大切なの」

「あの、外でアイドルとか言わないでくれません?」

「真乃もそう思わない?」

 

 いやこの人は少なくとも歩きながらダンベル担ぐような人には見えないだろ……と思って横を見ると、櫻木さんの頭上には鳩が止まっていた。え……や、だから何してんの? 

 

「ほわっ……? 私は、こういうのんびりお散歩する時間も大好きですよ?」

「いや、これお散歩じゃないんで……てか、その鳩どこから連れて来たんですか?」

「連れて来てませんけど……?」

 

 や、だから「野生に決まってるでしょ」みたいな顔されてもな……。どうしよう「ナンパされそうな人達」という理由以外にも「顔見知りではあるから」という理由で選んだ二人だけど、なんか早くも俺が知らない一面が見え隠れしてるんだが……。

 

「ふふっ、そうね。真乃は歌、上手だものね」

「へぇ、そうなんすか」

「そんな事ないですっ……! 夏葉さんこそ、ダンスがお上手で……私では、あのキレは出せないので」

「お上手、なんて言われるほどの事じゃないわ。昔から身体を動かすのが好きだったから、それが活きているだけだもの」

「体育会系なんすねー」

 

 適当に会話に混ざったのが、運の尽きだった。唐突に、有栖川さんは俺の方を見る。なんだ? と視線で聞くと、俺にそのまま聞いてきた。

 

「あなたはどうなのよ」

「え?」

「男の子なのに、見たところ全然、筋肉ついてないわよ。両腕だけ少し逞しいようだけど……もう少し運動したら?」

「え、嫌です……」

「良い機会ね。3人で軽く走りながら場所を探しましょう!」

「なんで⁉︎」

 

 なんか変なスイッチ入ったああああ! 

 

「い、嫌ですよ! なんで急に走り込みになるんですか⁉︎」

「あなたには根性が足りないわ。甘奈にいつになったら告白する気? いつまでヒヨっているの?」

「はっ⁉︎ こ、告白って何の話ですか⁉︎」

「そんなんだから、いつまでも恋人未満、恋人以上……あれ? なんか、そんな……曖昧な関係になるのよ! 私が、しっかりと教育してあげるわ!」

 

 なんでこんな、スポコンなんだこの人⁉︎ 俺が想定してたアイドルとなんか違う! 

 

「疲れるのは嫌だ! しんどいから!」

「堂々と情けないこと言わないの! 真乃はやる気満々なのよ⁉︎」

「はっ⁉︎」

 

 横を見ると、アキレス腱を伸ばしている櫻木さんが目に入る。

 

「……なんで?」

「むんっ、頑張ります!」

「いや、頑張らなくて良いから!」

「私、お散歩する時に鳥さんを追いかけたまま、気が付いたら県を跨いだ事もあるので大丈夫です!」

「大丈夫じゃねえよ⁉︎」

「ほら、男なら覚悟を決めなさい」

「いーやーだー!」

 

 そのまま連行された。

 

 ×××

 

「おお〜、良い場所見つけたなぁ」

 

 そう言うのは、西城さん。小さな丘のようになっているそこにビニールシートを複数、敷いて、とりあえず場所取りは完了させた。

 

「ああ、とても美しい場所だ……特に、夜桜は綺麗に映りそうなものだね」

 

 白瀬さんも感慨深そうに呟く。喜んでもらえたのは普通に嬉しい。頑張った甲斐があったというものだ。

 ところで、と西城さんが声を漏らし、こっちを見る。

 

「あいつはなんで行き倒れてるんだ?」

「走り込みをしながら場所を探してて、すぐにバテたのよ。情けない」

「ふふっ、走り始めて5分でしたね」

 

 こ、こいつらめ……でも、甘奈より体力ないのは情けないし……確かに鍛えた方が良いのかな……? 

 

「とにかく、良い時間だし、そろそろみんなを呼んでこようじゃないか」

「だなー」

「私とヒデがここに残る。3人はみんなを呼んできてくれ」

「分かりました」

 

 と、サクサクと役割が与えられていく。ほんとは俺の役目なのに……。でもダメだ、ほんとに死んじゃう……あのスパルタスポコン女、疲れたって言ってもやめさせてくれないし、歩き始めても背中を押して走らせてくれやがる……。

 グデっと息倒れている俺の肩に、西城さんが手を置いて一言はなった。

 

「……お疲れさん。後で飲み物くれてやる」

「……ありがとう、ございます……」

 

 どうやら、あの阿呆の暴走はいつものことのようだ。優しさが胸の奥まで沁みて、普通に泣きそうになった。この人、ヤンキーはヤンキーでも人情派ヤンキーだった。

 そのまま三人は事務所に戻り、俺はそのままうつ伏せで突っ伏した。あー……だめだ。疲労が、ちょっとエグいな……死んじゃいそう。

 

「ふふ、お疲れ様。ヒデ」

 

 そんな中、優しい声と共に頭を撫でられた。

 

「何、夏葉も悪気があったわけじゃないさ。君を思ってのことだから、どうか嫌いにならないであげて欲しい」

「……」

 

 ダメだ、疲れで……意識が……。

 

「ふふ、眠いのかな? なら眠れば良い。……でも、地面は硬いだろう? そうだ、頑張った君にご褒美を差し上げよう」

 

 ご褒美……? ふわっ、なんか顎と頬に柔らかい感触が……あっ、でもダメだ……心地良すぎて、寝ちゃう……。

 

 



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未遂になってしまった日

 たくさんお弁当を作った甘奈は、歩きで公園に向かっていた。後ろには、買出係、料理係がお弁当を担いで歩いている。プロデューサーは仕事組のお迎えだ。

 秀辛は、咲耶と一緒にとった場所で待っているらしい。喜んでもらえるだろうか? 

 

「〜♪」

「な、なーちゃん……楽しそう、だね……」

 

 甜花が横から控えめな声を発する。それに、甘奈は笑顔で答えた。

 

「うん。頑張って作ったから。ヒデちゃんが好みの味も、この前お義母さんが教えてくれたし」

「にへへっ……もう、なーちゃんったら……まだ、結婚まで行ってない、よ?」

「あっ……え、えへへ……恥ずかしい……」

 

 ……と、いうバカ姉妹の会話を聞きながら、恋鐘と夏葉は真顔で前を歩いていた。

 

「……ねぇ、私達は何を聞かされているのかしら?」

「耐えるしかなかばい。例え、色んな意味で聞くに耐えんでん」

 

 何故、片割れがいないのに惚気話が展開される? そして何故、甜花は平気でいられる? 

 

「……はぁ、というかあの二人はそもそもどういう関係なの?」

「うちに聞かれてん分からんばい。お互いに好き合うとってイチャイチャしとって、それば他人に隠せとー気になっとって……ばってんいざ関係ば聞くと顔ば真っ赤にしてウブな反応ばするけん……」

「そうね……わけがわからないわね……」

 

 というか、お互いにお互いの気持ちに気付いているのではないだろうか? 甘奈に至っては、その自覚もある。

 何にしても、その手の話が日常的に聞こえてくるのは少し辛い。いや、普通に鬱陶しい。なんか胸焼け起こしそうで。せめて自分達が同じ立場なら、少しは緩和されそうなものなのだが……。

 

「……」

「……」

 

 まぁ、何にしても気にしないようにする他ないのだ。それに、胸焼け以外を除けば、普通に甘奈は楽しそうにしているのだし、文句を言うのは野暮というものだろう。

 そんな話をしている間に、公園に到着した。

 

「着いたー!」

「甜花、もうギブ……」

「甜花ちゃん、もうちょっと! 頑張って!」

「ひぃん……体育会系……」

 

 よりにもよって、入り口から遠い場所なのだ。まぁ出店が少ないが故に人が少ない場所なのだから、当然と言えば当然だが。

 とにかく、全員を引き連れ、目的地に到着した。直後、先頭を歩いていた二人が立ち止まり、半眼になる。

 ……何故なら、事務所一のイケメンが、事務所唯一の男子高校生に膝枕をしていたから。

 

「……恋鐘」

「……夏葉」

 

 すぐに頷き合い、真後ろの双子の進路を塞ぐ事にした。

 

「甘奈、そういえば私、プロテイン飲むの忘れてたわ。買ってきてもらえる? あなたの荷物、持ってるから」

「甜花、うちもプロテインが飲みたか!」

「えっ……月岡さん、プロテイン飲む、の……?」

 

 あまりにも嘘が下手過ぎた。思わず、夏葉が肘で脇腹を小突いてしまう程に。

 そんな時だった。後ろの甘奈が、ふと眉間にシワを寄せる。ドキッ、とした夏葉の反応は正しかった。

 

「……ヒデちゃんの香りに、女の子の匂いが混じってる……?」

 

 普通にゾッとするしかなかった。なんだ、ヒデちゃんの香りって。そして女の子の匂いって。

 が、それが一瞬の隙だった。気が付けば、甘奈は横から抜けてシートの上を見てしまった。

 

「なっ……!」

 

 甘奈が声を漏らすのと、恋鐘と夏葉が片手で顔を覆うのが同時だった。

 その後、メンバーが来たことに気づいた咲耶が、ウインクをしながら全員に対し、人差し指を立てて口元に近付ける。起こすな、という事だろう。

 しかし、それこそ甘奈にとって一番のキレポイント。羨ましい上に現状維持を望むとは、甘奈の発狂を望むことと同意だ。

 靴を脱いで、弁当をその場に置いた甘奈は、すぐに咲耶の方へズカズカと歩く。

 

「やぁ、甘奈。君の大切な可愛い王子様は、お眠のようだ。この場所を譲……」

「ヒ〜デ〜ちゃ〜ん〜……ッ!」

 

 あ、ヤバい、と察した咲耶は耳を塞ぐ。直後、ヴォルガノスに音爆弾が炸裂した。

 

「なんで私以外の人に膝枕されてるのッッ‼︎‼︎」

「ッピィィィィィィィィンッッ‼︎⁉︎」

 

 どんな悲鳴だよ、とほぼ全員が思ったが、唯一思わなかった甘奈が、ガクガクと秀辛の胸ぐらを掴み、揺する。

 

「ねぇ、ヒデちゃん! なんでいつもそうなの⁉︎ 酷いよ!」

「ぐぼっ……ちょっ、何がっ……てか、寝起きのシェイクはやめて……!」

「毎度毎度……もしかして、甘奈を嫉妬させて楽しんでるの⁉︎ それとも、嫉妬されてる事に快感でも得てるの⁉︎ アニメだと可愛いとか思うかもだけど、実際にやるのは最低だよ!」

「待っ……な、何の話っ……! てか、待っ……目ん玉飛び出……!」

「そういうことするんなら、甘奈にだって考えあるんだからね! もう今日はずっと甜花ちゃんと千雪さんと一緒にいるんだから!」

「死んじゃう、出ちゃう……口から、内臓がそのまま……!」

「知らないっ!」

「あうっ! ……ぐふっ」

 

 最後に押し飛ばして、逃げ出した。

 

 ×××

 

 お花見とはいえ、秀辛は仕事中。なるべくシートの端の方で見張りをしている。

 プロデューサーは参加すれば良いと言ってくれたが、なんだか気まずかったから逃げてきてしまった。

 甘奈とは話せない……かと言って、他の女の子と話すと甘奈が来る……その結果、一人で警備の真似事をするしかなかった。

 ……そんな秀辛を、後ろから甘奈は眺めつつ、ふいっとそっぽを向く。

 

「……なーちゃん、良いの?」

「っ、な、何が?」

「あのままにしておいて……」

「……」

 

 言われて、甘奈は少し黙り込む。

 

「知らないもんっ……膝枕なんて、甘奈もした事ないのに、なんて思ってないし……」

「なーちゃん……分かりやす過ぎて逆にツライ……」

「……」

 

 そこまで典型的な拗ね方、中々なかった。どうしたものか甜花が考えていると、ふと秀辛の隣に女の人が歩いて行った。

 

「ふふ、ヒデちゃん」

「あ……桑山さん……」

「一緒に食べない?」

「いえ……俺は見張りですので」

「そんなこと言わないの。プロデューサーさんだって、そこまでしなくて良いって言ってたし、おいで?」

 

 強引に秀辛の腕を引いて連行していった。……胸に肘の先端が当たっているのは偶然か、それとも気にしていないだけか……なんにしても、すぐに甘奈は唇を波のように歪ませて憤慨する。

 

「〜〜〜っ、い、行ってくる!」

「にへへ……千雪さん、さすが大人……」

 

 早くも扱いに慣れていた。

 手元にあった唐揚げが入ってる弁当箱を一つ手に取り、のっしのっしと歩いて行った甘奈が、その二人の間に割り込んだ。

 

「ヒデちゃん、甘奈と話そう!」

「えっ、いやお前さっき怒って……」

「怒ってない!」

「いやそれはだいぶ無理が……」

「嫌なの⁉︎」

「嫌じゃないです……」

「じゃあ、決まり!」

 

 そう言うと、甘奈は切り離した千雪に「べっ」と舌を出す。しかし、そんな甘奈に千雪は何一つイラっとする事なく、むしろニコニコしたまま受け流すと、こう返して来た。

 

「せっかくなら……二人きりになれるところ行ってきたら?」

「「えっ……」」

「大丈夫。お花見、多分9時ごろまでやるから。少しの間くらい、抜けてきても平気だよ」

「「……」」

 

 それはアリかも……なんて思っている間に、ちらっと秀辛を見るが、秀辛は表情を引き攣らせている。さっきまで怒ってた奴(というか今も少し怒ってる奴)と二人きりになるのだ。

 気まずいのはわかる……が、それが余計に甘奈の強引さを引き立たせた。

 

「ありがとう、千雪さん。行こ? ヒデちゃん」

「二者面談……勘弁して……」

「は?」

「嘘です……」

 

 そのまま連行した。

 

 ×××

 

 狭い場所だけど、桜に囲まれ、切り株という自然の椅子がある場所に来れた。甘奈がそこに腰を下ろすと、半分だけ空けてポンポンと空いてる部分を叩く。

 

「……え、狭くない?」

「……良いじゃん、別に。まだ、少し肌寒いし……」

 

 そんなに大きな切り株ではない。二人で座れないこともないが、お尻の半分はお互いに落ちてしまうような大きさだ。

 しかし、甘奈は逃げを逃さない。ジッと顔を眺めると、観念した秀辛は大人しく隣に座った。左半身がピッタリと密着する。肌寒さは確かに残る季節のはずだが、やたらと熱く感じた。心臓の鼓動が肩越しに伝わり、頬が紅潮する。

 

「食べる前に……さっきの、聞いても良い……?」

「え、さっきのって……白瀬さんの?」

「そう……」

 

 やはりか、と秀辛は冷や汗を流す。……いや、今なら話を聞いてくれるのだ。話すならむしろ今しかない。

 

「や、あの……まぁ、櫻木さんと有栖川さんと走りながら場所探しさせられて……バテて、シートの上で寝てたら、いつの間にか白瀬さんが膝に頭乗せててくれて……」

「……じゃあ、ヒデちゃんの意思じゃないの?」

「そりゃそうだろ。俺には……」

「……には?」

「……お、お前がいるし……」

「っ……そ、そっか……えへへっ」

 

 嬉しさで口元が緩む甘奈と、言ったことに後悔して恥ずかしさで爆発しそうな秀辛。

 ニコニコと素敵な笑みを浮かべている甘奈は、お弁当箱から唐揚げをつまみ、秀辛の口元に運んだ。

 

「はい、あーん……?」

「っ……あ、あーん……」

 

 もう抵抗をやめた秀辛は、照れながらも口を開け、食べる。もぐっと咀嚼すると、思わず目を見開いてしまった。

 

「う、美味い……」

「え、えへへ……そ、そう?」

「うん。まだ暖かいし、ニンニクとわさびの味がよく出てる」

「〜〜〜っ」

 

 再び顔を真っ赤にして俯く甘奈。そんなはにかむようすが可愛くて、秀辛も胸の奥底で再びドクンッと揺れる。

 そんな秀辛の腕に、甘奈は腕を絡めて、頬を赤らめたまま言う。

 

「……ヒデちゃんのために、頑張ったんだよ……?」

「っ……」

 

 そんな言葉一つが、嬉しくて、恥ずかしくて。

 ここまで、自分に尽くしてくれる同級生の少女。怪我した時も、風邪をひいた時も、今日のお弁当の時も、いつも秀辛を気に掛けてくれて、常に秀辛のために骨を折ってくれた。

 それに思わず、秀辛もようやく自身の本音に気がついた。おそらく、いや確実に、この優しくて明るくて世話好きで、それでも何処か妹特有の幼さがある甘奈が、好きなのだと。

 そう思った時、秀辛は絡まれた腕を若干、動かし、手を繋いだ。

 

「……なぁ、甘奈?」

「っ、な、なぁに……?」

「俺……さ、ダメダメだけど、興味あることにしか、力を発揮出来ないけど……」

「う、うん……」

「でも、甘奈の為なら……どんな事でも頑張れる。……だから、俺と……」

「……俺と?」

「……お、俺と……」

 

 付き合って下さい、そう言おうとした時だった。

 

「ちょっ、押さないでよっ……!」

「仕方ねーだろ、見えねんだから……!」

「ねぇ、まだ? まだ?」

「これなんの集まりなんです?」

「果穂にはまだ早いかもね」

「ほわっ……でも、良い空気です……!」

「ドキドキするねっ……!」

 

 ……なんか聞こえてくる。野生の野次馬の鳴き声が。モンスターボールでも投げつけてやろうかと思ったほどだ。

 2人して半眼になり、振り返ると、バカ達の一部が木陰から漏れていた。バカ成分と一緒に。

 

「……甘奈」

「……うん」

 

 とりあえず、キレ散らかした。

 

 




やっと高一編終わりです。本来の予定なら、ここまでがプロローグでした。


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激突編
クラス分けとか、教員は考えてるようで考えてないから。


 高校二年生、高校生活にも慣れ、先輩も減り、後輩が増え、おそらく遊ぶ機会が一番多い学年に、俺と甘奈と甜花は進級した。

 高校2年生にはイベントが多い。まずうちの高校のみかもだが、4月には大学見学。進学校を意識しているうちの高校は、そういうのもしないといけない。

 そして6月には校外学習。なんと、デ○ズニーランドに行けちゃいます。経営に関する話をランドの方から聞く機会を与えられ、それが終わった後は遊び回れる。

 9月には修学旅行。しかも、なんと沖縄! 9月だから、まだ海に入れるという奇跡! 最高だー! 今年の夏はいつもより長いぜ! 

 とにかく、他にも色々とイベントがあるが、俺は楽しみであることこの上なかった。

 

「おはよー、ヒデちゃん!」

「お、おはよ……ヒデ、くん……にへへ」

 

 そんなウキウキな俺に、二人の天使が声をかけて来た。

 

「甘奈、甜花。おはよう」

「今日から2年生だね」

「今年は、なーちゃんも……同じクラス、かな……」

「だったら良いな」

 

 うちの高校は高三から文理選択。そのため、少しでも同じクラスになれるよう調整、みたいなことは出来なかった。ちなみに、俺は文系の予定。まだ何も決まってないけど、とりあえず楽な方行きたいから。

 

「同じだろ。少なくとも、さ……ささ……笹本? だっけ? あいつと同じクラスは無いでしょ。もう小学生じゃないし、あからさまに仲悪そうな奴と同じクラスに入れる、みたいな反強制的なアレはしないと思うし」

「……だよね」

 

 というか、小学生の頃のアレはなんなんだろうな。もちろん、証拠があるわけじゃないけど、心なしか俺はいつもクラスで浮いていた気がする。あれ? あれってもしかしてクラスじゃなくて俺の所為……? 

 ……考えないようにしよう。ついうっかり泣いてしまいそうだ。

 そうこうしているうちに、校門前まできた。なんか見たような見ていないような顔が昇降口に向かう。どんだけ俺の交友関係の幅は狭いんだ。

 昇降口前に、クラス分け表が貼ってあった。

 

「お、あるじゃん。見ようぜ」

「うん」

「今年こそ、三人一緒が良いね?」

「だな」

 

 去年、割とマジで寂しかったんだろうな、甘奈の奴。まぁでも、確かに仲良し三人の中で一人だけ違うクラスってのはキツいわな。

 まぁでも、先生方だって鬼じゃないし、その辺は空気読んでくれるだろう。仮にダメでも、隣のクラスくらいとかならすぐ会いに行けるし……。

 

「あっ、甘奈のあった! わっ……甜花ちゃんも一緒だよ!」

「ほ、ほんと……? 何処……?」

「ほら、あそこ」

「わっ……ほ、ほんとだ……! にへへっ、やった……!」

「やったね! 今年こそは同じクラスだよー!」

 

 ギューっと抱き合う二人。いやぁ、去年見たら不愉快極まりなかったろうに、今となっては心の底から「良かったね」と言ってやれる。……でもまあ、今は二人の世界だし邪魔はしないが。

 さて、俺もいい加減、自分のクラスを探さないと……というか、まず大崎姉妹のはだれだ? ……あ、アレか。大崎って二つ並んでるから分かりやすい。

 てか、そのクラスを辿って行けば分かるじゃん。えーっと……お……金子、木下……倉田、け……夏油……夏油って苗字の人、本当にいるのか。で、次は……佐藤? 

 あ、あれ……おかしいな。あっ、と、隣のクラスか……。隣のクラスの……こ、小林……ジョニー……あれ? またいない……。

 そのまま隣、さらに隣……と、見て行った結果、いた。一番端っこのクラスに。はっ、はははっ……。

 

「あれ? ヒデちゃんは?」

「分かんない……どこ行っちゃった、のかな……?」

 

 そんな声が聞こえ、俺は逃げるようにその場から去ってしまう。俺は別に悪くないのに、なんか気まずさを感じて逃げてしまった。

 

 ×××

 

 クラス? もちろん、馴染めなかったよ。いや、すごいよね。運って。まず俺の前の席があの佐々木というね。

 その上で、斜め前もサッカー部、左隣もサッカー部、右隣はサッカー部のマネージャーの女子、左斜め後ろもサッカー部、真後ろはバスケ部、右斜め後ろもバスケ部。つまり、馴染めるわけがなかった。

 久しぶりにクラスで誰とも会話することなく教室を出たな。

 

「次の席替えが待ち遠しい……」

 

 思わず遠い目をしながら昇降口を出ると、やたらと映える二人の美少女が待っていた。

 

「あ、ヒデちゃん遅いよ! ていうか、朝いきなりいなくなったでしょー?」

「も、もう……甜花達……探して、遅刻しそうになっちゃったよ……?」

 

 ……あれ、なんだろうこの気持ち……なんか、胸の中が満たされて行くような、この感じは……。

 そうだ、いくらクラスが変わったって、俺にはこうしてわざわざ別の昇降口まで迎えに来てくれる二人がいる。

 たかだか別のクラスになったくらいで、俺は……! 

 

「甘奈、甜花ー!」

「ぎゃえええええっっ⁉︎」

「わあっ、大胆……!」

 

 思わず二人をまとめてハグしてしまった。

 

「ちょっ、ひ、ひひヒデちゃん! 人が……人が見てるから……!」

「愛してるぞお前ら!」

「にへへ……巻き込まれちゃった……」

 

 そのまましばらく気が済むまで両腕に力を込めた。勿論、照れが爆発した甘奈に、鼻の頭へ張り手をもらい、正気に戻った。

 

「も、もう……! そういうのは、誰もいないところでやって……!」

「あの……鼻血出ちゃったんだけど……」

「ほら、ティッシュ。女子力高いでしょ?」

「いや、あるからいい。ティッシュとハンカチとアルコールスプレーは嗜みだろ」

「この人にいつか絶対、女子力で勝ってやる……!」

「あの、二人とも……そろそろ事務所行かないと……」

 

 甜花のセリフで、ようやく学校を出ることにした。

 ここから事務所までは電車。なので、まずは駅に向かう必要がある。俺の場合は事務所の最寄りがさらに自宅の最寄りでもあるため楽だが、二人は家から真逆の方向。まぁ、だからといって何がどうというわけでもないが。

 ぼんやりと歩いていると、甘奈が聞いてきた。

 

「そっちはどうだった? クラス。楽しそうな人とかいないの?」

「360度あらゆる角度をサッカー部とバスケ部に囲まれてる俺の話する?」

「……ごめん」

「しかも佐々木の取り巻きにいたサッカー部の連中がいてさぁ。もうあれ完全に意図的に無視してるから。ゴールデンウィークまでに、席替えしないといじめが始まるぞあれ」

「え……そ、そんな事になったら、甘奈……」

「おいおい、俺がいじめられたままで終わるとでも? 手を出してくるようなら、こっちはコンパスでも差し出すよ」

「ヒデくん……仕事人みたい……カッコいい……!」

「いや褒めないで甜花ちゃん! 甜花ちゃんに褒められると、この人も甘奈も本気にしちゃうから!」

「お前もかよ」

 

 お前はダメだろ、女の子だよね、一応。いや男でもダメだが。

 そんな中、俺の手を、甘奈が横からきゅっと握る。何かと思って横を見ると、少し心配そうな顔で俺を見ていた。

 

「でも……本当にいじめられそうになったら、すぐに言ってね。甘奈が、助けてあげるから」

「て、甜花も……協力する、から……!」

「……大丈夫だよ。お前らに守られなくても、自分の身くらい自分で守れる」

 

 ていうか、女の子に守ってもらうとかダサ過ぎでしょ。男としてないわ。

 

「お前らはクラスどうなん?」

「めっちゃ楽しいよ!」

 

 即答かよ。

 

「う、うん……! 甜花も、なーちゃんと一緒に友達、出来た……!」

「しかも、アイドルやってる甘奈たちのこと知っててくれてさぁ。今度みんなで1○9行く約束までしちゃったんだよねー」

「甜花は、少し緊張……するけど……でも、楽しみ……!」

「へー、良かったじゃん」

 

 まぁ、良い奴には良い奴が寄ってくるもんだよな。結局、そういうとこなんだよ。人間関係。

 でも、気になるのはそこじゃない。

 

「やー、その……男子とは?」

「え、あ……」

「男子もめっちゃ良い人多いよ! 甘奈の隣の……なんだっけ。小池くん? サッカー部の。ゴールキーパーで渋くてカッコ良いの! そんな人と、少し話せちゃったんだ」

「……あそう」

「ひぃん……甜花の妹、すごくバカ……」

 

 ……や、まぁ良いけどね。友達が出来ることは別に。男であれ女であれ。