あちらのキラキラな王子様達に夢中な彼女は、私の婚約者です (HIGU.V)
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はい、彼女達は花壇の側にいました

『女性に好かれていても、こんなに苦労しそうならいいや』

 

 

 

『不思議と嫉妬が湧いてこないんだよね、あいつを見ているとさ』

 

 

 

いつかの過去の俺が何かの本で読んだのか、それとも何処かの芝居で聞いたのか。

 

全く覚えていない言葉だが、まあよくある主役の複雑な異性関係は保留したままに進めるための常套句というやつだ。

 

 

 

いや、そんな難しい言葉を使わなくともいいか。それに対する俺の感想はもっとシンプルなのだから。

 

 

 

そんなわけないだろう、常識的に考えて。

 

 

 

だって、人間は真の意味で自分に置き換えてみて考えるなんて簡単にできない。

 

他人のものほど魅力的に見えるものはないわけだ。

 

 

 

何が言いたいかというと、異性に黄色い声をあげられている奴を見て、苦笑いや無反応でいられるほど、俺はまだ大人に成れていないということだ。

 

 

 

────それが自分の婚約者ならなおのことだ。

 

 

 

 

 

「見ました!? アルベルト様の御髪を掻き上げる姿! もう言葉が出ませんわ」

 

 

 

「ええ、本当にお顔が良いの。この学園であのご勇姿を拝見できる幸運だけで神に感謝いたしますわ」

 

 

 

「エイドリアン様と歓談しているだけでまるで絵画のようですもの!! 」

 

 

 

 

 

学園の中庭の小道。そこを歩くだけで黄色い声が上がる奴は学園の有名人。

 

家柄も、容姿も、成績も『A』評価な彼は、最近一人の少女に夢中ともっぱら噂。

 

 

 

最近そんな彼がよく一緒にいるのは妾の子と後ろ指を刺されながらも、持ち前の明るさと庶民かぶれした所作の少女だ。

 

 

 

「おや、奇遇ですね」

 

 

 

「アルベルト様! どうしてこちらに?」

 

 

 

だが、彼女は彼以外にも多くの人気な男子学生ともよく一緒にいる姿を見る。しかも全てが家柄や顔立ち、学問などでトップカーストの集団なのだから恐れ入る。

 

 

 

 

 

「あの小娘! アルベルト様にあんなにも気安く話しかけるなんて!!」

 

 

 

「許せませんわ!! アルベルト様にお似合いなのはあんな妾の娘なわけがありませんわ!」

 

 

 

それが気に入らないから、嫌がらせをしている有力なお家のご令嬢方々。それなり以上の家柄の彼女達は横の伝手がとにかく広く、色々と快くない行為をしているとは暗に囁かれている。

 

 

 

「こんな子供騙しな嫌がらせ、だが見過ごせないな」

 

 

 

「真に立場を弁えるべきは誰なのかを、その身に刻みこませよう」

 

 

 

そしてそれを庇う件の人物や、他のモテる学園の中心人物的なメンバー方々。

 

 

 

 

 

まあ、この学園はみんな恋愛ごとが大好きだ。

 

それは俺達がティーンエイジャーだからというのもあるが、この全寮制の学園で成立した関係は、家同士の婚約よりも優先されるべきという。規則とまでは行かないが、慣習程度のものがあるのだから。

 

 

 

だから同学年の先輩方は、アルベルト殿下ではなくアルベルト様と皆呼んでいる。それほどのルールなのだ。

 

 

 

唯一救いがあるのだとすれば、今年やっと追いついた俺の婚約者はまだ、恋人もおらず。

 

件の少女に嫌がらせをすることもなく────

 

 

 

 

 

「はぁ、額に入れて飾りたいわ……でもこれ夕陽が逆光になるわね」

 

 

 

 

 

遠巻きに騒動を眺めて満足している彼女、ベアトリス・ブラックモア子爵令嬢なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベアトリス様、それではごきげんよう」

 

 

 

「ええ、ごきげんよう、また明日」

 

 

 

 

 

友人と別れてこちらに来る彼女。

 

夕日に照らされているからか、いや先程興奮するほどよいものを見たからなのか、頬は紅いままだ。

 

未婚の令嬢にしては珍しく短く襟足辺りで切りそろえられた栗色の髪も、いつもより軽やかに歩みと共に揺れている。

 

平均よりは少しばかり高い背丈に。健康的とも言える、女性にしてはしっかりと肉がついているが、特有の柔らかさが見て取れる四肢を、品位を崩さない程度に早く動かして、こちらに向かってくる。

 

 

 

俺はその姿を見るだけで、いつも心が歓喜を上げる。あぁ今日も彼女は魅力的だった。

 

多分、流石に初めて会った時からは、今の燃えるような心のざわつきではないはずだが、それでも大分幼い頃から、俺の胸の中心に彼女はいたのだから。

 

 

 

でも、彼女は校舎の門で待っている婚約者である俺の元へと駆け寄ってきているのではない。

 

 

 

「はぁ、早くこの興奮を何かしらの形にして残さなきゃね! 絵? 詩? 塑像もいいわね」

 

 

 

「前を見て歩かないと危ないですよ、トリス先輩」

 

 

 

「ん? ああ……デリック。アンタもいたのね……って、あっ……」

 

 

 

「その様子ですと、やはりお忘れでしたか?」

 

 

 

俺の言葉で自分の世界から戻ってきたが、楽しそうだった顔がすぐに曇っていく。

 

これは、別に俺が嫌われているからでは……さすがにない。よなぁ。

 

 

 

明日は学園が休みであり、この街に居を構える彼女の家族と婚約者の俺のちょっとした食事会なのだ。顔合わせみたいな大事な話ではなく、お世話になっている俺が挨拶に行くという形に近い。定例的なもので今更かしこまるイベントでもないとも言えるが。

 

なので、彼女は今まさに自分の思うがままに衝動的に感情を発露しようとしていたのに、水をかけられたことになる。不機嫌な態度はそれが理由とそう思いたい。

 

 

 

「あー面倒、マジ無理。今日こそは、創作意欲の面倒を見てあげるつもりだったのよ!?」

 

 

 

多才な彼女は絵や詩、小説等を幼い頃から自在に作り上げていた。

 

誰に習っていたようにも思えないのに、それは見事なもので男性の俺まで聞こえてくるほどに。一方で塑像はここ数年で始めたためか、それほどの称賛は聞かないが楽しんでいる様子だ。

 

 

 

「予定は以前から入っていました故に、ご容赦ください」

 

 

 

「はぁ……はいはい、わかってますよ」

 

 

 

昔から大人びていた彼女は、先約をかなり大事にしてくれる。だから諦めたように大きくため息を吐くとこちらを見ることなく、行き先を変えてくれる。

 

肩を落として歩き始める彼女の横を、馬車へと誘導しながら歩く。婚約者に会って20秒の令嬢の態度ではない。校門なんて人通りのある場所で、婚約者と合流してすぐのため息など褒められるものではないのだが。それでも観念して付いてきてはくれる。

 

 

 

いつも彼女はこうなのだ。我儘だけれど、本当に人へ迷惑をかけるようなことはしない。だから自身の突発的な気分を優先せずに先約通り、婚約者と一緒に実家に帰省する。

 

だけども取り繕うことをしないから、他所行きのご令嬢モードでも、王子様方を前にした興奮モードでもなく。

 

素のままの面倒くさがりの彼女だ。それが見れるのは俺だけなんだと自分に言い聞かせれば、少しだけ気分も上向くものだ。そう言わなきゃやってられないとも言えるのだが、

 

 

 

俺が馬車の扉を開けると、彼女はこっちを一瞥して、ひょいと段差を飛び上がり、そのまま乗り込む。手を差し出そうとすることはもうない。しっかりとしたイブニングドレスでも着ている時でないと、ここのリードはやらせてくれない。なにせ彼女はとにかく、必要のないエスコートは嫌いなのだそうだから。

 

 

 

「ん、ありがと」

 

 

 

「いえ」

 

 

 

彼女の好みは、俺の頭のメモ帳にたくさん詰まっている。かなり多岐に渡る範囲で好きなものは有るのだが、その中で最も多く出てくる要素を抽出すればわかる、

 

 

 

王子様のような柔らかい物腰と、均整の取れた靭やかですらりとした体躯。優しげにはにかむような笑顔が似合う整った容姿。それでいて恋愛では結構強かで、外堀を埋めてきたりしながらジリジリと距離を詰められたいという。

 

 

 

俺の小さいサイズの制服ですら少し余る丈や、女性のそれと変わらない背丈。そのくせ太い首や太腿周りを思いながら、それでもせめて所作だけでもと縋らずにはいられない。

 

容姿に関しては全て自分にはないものだから、せめて言葉と態度だけでも、俺は好きでもない奴の言動を真似る。そうすればほんの少しでも彼女に嫌われないで済むかもしれないから。

 

 

 

「あーやだやだ、なんで折角の日に帰ってご飯なのよ」

 

 

 

「自分は楽しみですけどね、トリス先輩のご両親とお話できるのは」

 

 

 

「あっそ」

 

 

 

素っ気のない返事。学校では1年先輩の彼女といられる時間はあと2年もない。こういった用事がない限り近寄らせてくれない彼女。

 

動き出した馬車で、早速憂鬱げに窓へと目を向け景色を見つめている彼女の後ろ髪を眺めながら、俺は何時までこんな風にいられるのかを考えてしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺と彼女の関係を説明するのならば、二言で済む。

 

『親に決められた』『まぁまぁ不釣り合いな婚約者』

 

これだけである。

 

 

 

 

 

 

 

険しい山々の合間にポツポツとある程度の街々の代官をしている、貴種という枠になんとか手をかけている我がドビンス家は、弱小もいいところだ。加えて自分はなんと三男である。まぁ、家名に表札に書く文字以上の価値はないからどうでもいいわけだが。

 

 

 

普通ならば、こんな生まれの男に婚約者なんてものは望むべきではない。先にも言ったとおり学園で相手を見つけられるか、就職したあとに上役に世話してもらい見合いでもするか、開き直って市井の方と懇ろになるか。その何れかになればよくて、下手したら結婚できず割り切った『恋人』だったり、どこかの貴婦人の『遊び相手』なんかになるのも現実的な範囲だ。

 

 

 

だからこそ、学園で親友になり、年の近い子供ができたら婚約させようなんて話で盛り上がっていた両親同士でも、我が家の方は社交辞令みたいに思っていたらしい。

 

 

 

ブラックモア子爵のご令嬢。殆ど同い年だけど向こうは第四子で次女。

 

双方合わせて7人目の子供にしてやっと、相続や政略や性別や年齢やらの条件ともろもろの制約が解決したとの事である。

 

 

 

今でも昨日のように思い出せる。というのは流石に言い過ぎだが、可愛い女の子と会って嬉しかったというのは鮮烈に覚えている。

 

 

 

 

 

「ご紹介に預かりました、私はブラックモア家のベアトリスと申します」

 

 

 

「デリック……です」

 

 

 

「まぁ、素敵なお名前。お呼びしても宜しいでしょうか? 」

 

 

 

「……すきにして」

 

 

 

「ありがとうございます。ではどうか、私はトリスとお呼び下さい、デリック様」

 

 

 

 

 

確か初対面の会話はこんな感じだったはずだ。

 

細かいところは正直あまり覚えていない。10年も前の子供の頃の俺は、初めて会った1つ上の女の子に恥ずかしがってたはず。

 

そんな彼女は俺よりもずっと大人で、まさに深窓の御令嬢をしていた。町で見かけるきゃいきゃいと騒がしい女の子なんかとは全然違ったのだから。

 

 

 

俺は日が昇れば毎日のように、家────屋敷とかろうじて呼べる程度のもの────から野山をかけて隣の街に行ってはチャンバラして、日が暮れるギリギリに戻り。あくる日は逆の街へと走り騎士ごっこをしているような、絵に描いた腕白少年だったと思う。

 

そんな腕白坊主の俺とは、まさに住む世界が違ったお姫様だったから。

 

 

 

彼女と出会ってからは、年に何度か主に避暑などの目的で滞在に来るのが楽しみで仕方なくて。来たら来たでずっと後ろをついて回り、そんな俺を嫌な顔せずに優しく面倒を見てもらっていた。

 

 

 

どこまでも優しいお姉さんのようで、大好きな初恋の女の子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、彼女のそれは殆どが演技だったけどさ。恐ろしいことに。

 

 

 

 

 

 

 

「本当にアルベルト様の輝く相貌はどの角度から見ても絵になるのよ。それでいて外面は良い王子様然してて、あれで十中八九家柄とかじゃなくて能力で他人を下に見ているのよ、こういうやつはおもしれー女に弱いのよね、自分の価値観と経験則で読めない行動をする女が気になって仕方なくて目で追ってしまうの。陳腐でありきたりであるけれど古典から有る王道とも言えるわ。これだけで食べていけるし、酒が飲めるのよね。いるだけで美しい顔がいいやつがベッタベタのテンプレみたいなムーブをしているのよ!?」

 

 

 

こんなに早口で話す彼女は、実のところもう慣れてしまっている。昔からこうなるときは彼女が好きなものを語る時の特徴だからだ。

 

 

 

「御付きのあの人も陰気な眼鏡な雰囲気なのに、あれ絶対仲良くなったらめちゃくちゃ甘やかしてくるタイプよ。いかにも軟派なやつは嫌いと言いながら、その実裏表のない女性の好意を示す行動にころっと騙されちゃうやつ、やった側がこいつチョロ! ってなるまでが様式美なのよね!」

 

 

 

今日は、何時にもまして情熱的にまくしたてる彼女。その対象は先程のこの学園の中心人物達だ。正直話半分に聞き流したい位なのだが、彼女の好みを少しでも把握するために耳を傾けている。よくわからない表現や語彙も多いので集中は切らせない。

 

日によっては、他にも用務員の壮年の男性から、他所の家の連れ込んでいる幼い従僕までよくわからない方向に派生することがある。いつも思うのだが、彼女は年齢から何まで本当になんでも良いのでは? と思えてくる数の人物の良いところと傾向をあげている。

 

 

 

当然のように、俺の名前は出たことがない。

 

踵の高い靴を履かれると身長が逆転してしまう、この小柄な体躯のためかと言い訳できないほどに彼女の興味の幅は多様なのにだ。

 

 

 

「それで本当に……あー……何? 何か文句ある?」

 

 

 

顔を爛々と輝かせながら熱弁を振るう彼女を見つめながら、情報を抜き出しつつ過去から今までを思い出してたら、ようやっとだが気づかれてしまったようだ。

 

火が消えたように落ち着いていく彼女。時々暴走した後は、少しだけバツが悪そうにこちらに軽く当たるのだ。

 

 

 

「いえ、今日もトリス先輩はお綺麗ですねと、感じ入っておりました」

 

 

 

「……はぁ? なにそれアンタ違うんだけど、デリック」

 

 

 

あの少女が今はこうだからなぁ。胡乱な目でこちらを見てくる彼女は、俺は軽く口説いているつもりなのに、身構えすらしてくれない。こっちを探るようでいて、若干の苛立ちが有るような視線で見てくるだけだ。

 

そんな態度にこっちから幻滅できたらきっと楽なのに。なんてたまに思ってしまう。

 

先程の姿ですら楽しそうな彼女というだけで魅力的に見えてしまうのに。

 

 

 

「それは失礼いたしました」

 

 

 

彼女の事を諦める事ができないのは、自分が一番良くわかっている。

 

冷たい視線ですら、俺のことを見てくれると思うだけで喜べてしまうくらい、浅ましいのだから。

 

馬車で二人きりの今のこの場所で、目線が合うだけでこんな形でも酩酊程の喜びが湧き出てくるから。

 

 

 

「てか、いい加減『それ』やめてほしいんだけど」

 

 

 

「やめられませんよ」

 

 

 

貴方が俺を少しでも見てくれるのならば、王子様の真似事だってする。

 

それが、俺。デリック・ドビンスの初恋なんだから仕方がない。

 

 

 

貴方が俺を本気で拒むまでは。

 

 

 

「……ふぅん、本当それ解釈違いよ」

 

 

 

また意味がわからないことを言って、そのままもうこっちを見ることもなく窓を眺めている彼女を見つめながら、俺も馬車の揺れに身を任すのだった。

 

 




思考を停止して下半身で書きました。
数話で終わります、多分。


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そのキャンセルされた予約は、ツインルーム一晩でした。

10人は余裕で掛けられるような机。俺からすると大きいものだが、豪華なこの屋敷の中ではむしろ少しこじんまりとした、それでいて貧相さを感じさせない、アットホームな食事が取れる空間を演出している。

とにかく全体的に品が良い席についているのは、俺を含めて4人。トリスの両親と彼女自身で、兄姉たちは既に独り立ちをしていたり、今日は忙しかったりとのことだ。

 

 

「母なる恵みを与えてくださる精霊様、見捨てられし私どもへのお導きと、本日の糧に感謝いたします」

 

俺と彼女はアンバランスな関係ではあるけれど、彼女の家族にはとても良くしてもらっている。

まぁ、俺の実家は帰るのに2日はかかる山奥だし、学園に入ってからは彼女の家族のが会ってるくらいだ。1年上でそもそもが実家な彼女はともかく、新入生の俺からするとここに帰ってくるほうが帰省という気持ちになるほどに。

だから食事会にも緊張はなく意識しないで接することができて、非常に気が楽だ。これが他の貴族だったらこうは行かない。

 

「デリック君はもう学園には慣れたかい?」

 

「はい、ブラックモア子爵様。トリス先輩も含め色々な方のおかげで」

 

「ははっ、そうだろう。なにせ学園は身分の差を忘れさせてくれるからな」

 

子爵様は我が両親以上に、俺のことを目にかけてくれている。若い頃の父によく似ているとの事だが、贔屓目みたいなものだろう。とはいえ、我が家の男性は代々小柄で筋肉質なため、今でこそ背の低いオジさんの父と似ていると言われても強く否定はできない。

それはなんとなく、父もこんな感じで内心は苦労しながら友人になったのかもしれない。なんて馬鹿らしい想像が思い浮かぶほどに。

 

「トリスも、学園はどうなんだい?」

 

「変わらずお友達の皆様には良くしていただいてますし、なにも問題はございませんわ」

 

「勉強はそろそろ選択科目も始まっただろう?」

 

「そちらも順調です。楽勝です」

 

まぁ、実際彼女は内向的な女性達のグループにいるようだ。流石に学年も違うし、学園ではあまり俺に会ってほしくなさそうだ。1年も学園に通えば人間関係もあるだろうから仕方がないし、アンタも友達をしっかり作りなさいと彼女から言われれば、その通りなので従うしかない。

用事がないと会いに行けないから、彼女の様子の殆どは人伝に聞いた程度だ。

 

そんなトリスは成績も実は上位グループに入っている。成績優秀者だけが張り出される試験結果のリストに名前が入っていたくらいだから。

 

 

「そうか、食事はちゃんと……取ってるみたいだね」

 

「……お父様?」

 

「貴方もそう思います? トリスったらまたドレスの採寸をし直しましたのよ」

 

「お、お母様まで!」

 

「前回はともかく、今回は腰回りよ、未婚の女性としてどうなのかしら?」

 

これに関しては、俺はノーコメントでいる程度には愚かではない。ただまぁ、それは俺も感じてたことだし、全く不満はなく、むしろ喜ばしいことだが、口に出すことはしない。

 

兎も角。家での彼女は、まあご実家での令嬢という感じなのだろう、学園で学友といるときや、俺といるときとも違う。カジュアルよりもアットホームという感じか。ちなみに言うと俺の実家はサバイバルという感じだ。学園に来るまではそれが普通だったが、今ではもう大分おかしかったのかはわかる。

 

 

「まぁトリスは貰い手がいるし、問題はないだろう?」

 

「貴方、それはその通りですけど。学園生として最低限の摂生はするべきでしょう?」

 

「なぁに、今年でもう二人とも16歳を過ぎる、何時結婚してもおかしくないじゃないか」

 

「また、その話? 私、学生結婚はしたくないんだけど」

 

だが、正直当人同士の関係が一方通行な婚約者の前で、あけすけに結婚を勧めてくる義両親(予定)というのは、結構困る。流石に親の前で直接俺を否定することは言わないけれど、やはり肝が冷える。

彼女が思い切り『俺に興味はなくて、学園に気になる人が何人もいる』と言ってしまえば、俺はどうなってしまうのだろう? 彼女が学園に行ってからは本当にそんな悪い想像が頭から離れなくなる。

 

だけど、優しい彼女はそう言わないだろう。それは長い付き合いで俺が確信できていることでは有る。だが、その優しさだけで成り立っている関係は、俺の心を痛くする。

 

 

「二人に任せるが、まぁ後悔はしないようにな」

 

「何かあれば言ってくださいね、デリックさん」

 

「ありがとうございます、子爵様、夫人」

 

お礼をしっかり述べてから、気持ちを切り替えるように俺は食事に取り掛かる。少しでも食べて身長に変える必要があるからだ。こちらを不満気に見る彼女のその不満を少しでも減らせるように、まだ『逆転』の希望は有るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、やはり犬笛は良い物を揃えたほうがよいのだな……」

 

「はい、猟犬は何よりも戻ってくることが大事ですから、っと」

 

 

食事もとっくに片付き、食後の会話もかなり弾んでいたが、そろそろ夜も更けてきている。

出されたお茶で唇を湿らせながら話していると、気がつけば子爵様と彼の趣味である狩猟の話で質問攻めにされてしまい、いつの間にか夫人もトリスもいなくなっている。

 

彼と会うたびにこうなってしまうのは、なんというか苦笑しかない。まぁ我が家みたいな山奥の人間は、金持ちの貴族が使いやすい猟場なんかも整備するといい収入源になるし。俺は殆ど狩猟をやらなくても詳しくなっていってしまうから仕方がないだろう。これも貧乏の悪いところではあるが、ある意味家業を学んでいるとも言える。

 

兎も角、明日は残念ながら朝から予定が有るために、今日はもう帰らなければいけない。

 

「子爵様、すみませんそろそろお暇させていただきます、奥方様にお礼をお伝え下さい」

 

「ん? そうか?」

 

酒が回っているのか、いつもより少しのんびりとした声に改めて頭を下げて、部屋を後にする。少々礼を欠いている自覚は有るが、正直言って今更である。小さい頃は俺一人で泊まりに来た位なので、恐れ多いが親戚のおじさんに近い感覚なほどなのだ。

 

帰りの支度と言っても、俺にはというより我が家には、荷物持ちや付きの侍従などいるはずもないため、何時でも自分で持ち運びできる荷物しかない。そもそも今日はお土産以外なにも持ってきていない。

外套だけ身に纏い慣れた道順を玄関ホールへと、見つかっても怒られない程に急ぐ。実家とは違い、広くて平らな廊下は落ち着かないほどに清潔で埃一つない。それが彼女との差をまた感じてしまうが、これもやっぱり今更だ。

 

初夏の足音が聞こえるとはいえ、山間の実家ほどではないが街でも夜の冷えは馬鹿にならない。自身の体を大事にできないやつは、何もできないのだ。そう思いつつ玄関のドアを開けると案の定少しばかり肌寒い空気が頬に当たる。

いつもなら誰かしらがいるというのに、妙なまでに静かな屋敷に少しばかり疑問を覚えるものの、すぐに軽く流して。最後に彼女の部屋のある二階の一室の窓に明かりが灯っていることを確認して屋敷を後にするべく歩きだす。

 

「で、デリック様! しょ、少々お待ち下さい!」

 

「……副侍従長さん? いかがなさいましたか?」

 

しかし、慌てたように駆け寄ってきたブラックモア家の従者服に身を包んだ、銀のフレームのモノクルをかけた女性が声をかけてくる。あまり名前を覚えるのが得意でないが、顔と役職は知っている程度には馴染みがある人だ。

 

「お、お嬢様のお見送りがまだでございます!」

 

「トリス先輩の?」

 

昔は兎も角、ここ最近はわざわざ俺を見送りに来ることなど有ったであろうか? そういえば、彼女が入学する前位の頃は朝食まで頂いた後に、彼女の画材や彫刻の材料の買い出しをして解散という流れだったはずだ。

 

それでも見送りをしたいとひっついていたのは、小さい頃から自分側で。彼女はいつもあっさりとしていたと思う。それでも困ったように笑いながら、また来ることを約束してくれたのだ。

昔から、そういう優しいところは変わっていないのに、どうして気がつけばあんなに余所余所しくなってしまったのだろう。なんて少しだけ気持ちが重くなるが、表情にはもう出ない。これくらいは飲み込めるのだから。

 

「なにか用事があるのですか?」

 

「い、いえその……こんな時間に帰られるのですか?」

 

妙に歯切れ悪い彼女の態度に、俺は少々戸惑ってしまう。曖昧な記憶だが、副侍従長はなんというかハキハキと話をする手際の良い人だったと思う。こんな言い淀むなんてことはそうそうない。はずだ。

 

「はい、明日は用事がありまして……」

 

「で、でしてもお嬢様の婚約者を、お見送りもなしに返すわけには行きません!」

 

「いえ、大丈夫ですよ。旦那様にはご挨拶させていただきました。お疲れのご様子でしたし、なによりほら、寒いですし。既に部屋着になっていたら、風邪をひいてしまいますよ?」

 

上着もなしに女性があたるべき風の温度ではないのは、こういうことはまだ勉強中だという自覚の有る俺でも理解できる。

 

 

「そうよデリック。どうせ式典委員の力仕事かなにかを押し付けられただけでしょ? そんな事の為に私に寒い中玄関まで行かせるつもり?」

 

降ってきた声に上を見上げると、彼女の部屋の空いた窓からトリスが声をかけてくる。彼女によく似合う黄色いナイトガウンの袖が少しだけ見える。そんなに大きな声で話していなかったのに、気がついたのは使用人の誰かが知らせたのだろうか?

 

「それでも、頼まれてしまいましたから」

 

「アンタ先週も同じ事言ってたじゃない。別に足りなきゃ教員がやるからいいのよ。だからそんな事よりもわ────」

 

「あら、デリックさん? お帰りになられるの?」

 

玄関から出てすぐのところで、2階の彼女と話し込んでしまっていると、丁度通りかかったのか階段の上より子爵夫人が近寄りながら声をかけてくる。トリスにそっくりでいながら、優しそうな夫人にご迷惑をかけるのは大変心苦しい。

 

「はい、明朝に所用がございますので、御暇させていただきます」

 

「先程主人と話していたから、お泊りになると思い馬車を帰してしまいましたわ」

 

「いえ、大丈夫です。学園まででしたら、大した距離ではないので走って帰ります。体も温まりますし!」

 

まぁ日付が変わるまでにはつけるであろう。兎にも角にも副侍従長も含め女性3名を夜風に晒すのは良くない。何よりトリスの心象をこれ以上悪くしたくない。

 

「では、失礼いたしました!」

 

ということで、ブラックモア邸を後にする。婚約者の家に来て一番長く話したのが婚約者の父親というのは、長い目で見れば良いことなのだろうが、長い目で見れる関係になるのか、俺は内心不安だったが、それを振り払うように脚に力を入れて風を感じるのだった。

 

「────も、申し訳ございません!」

 

 

誰かのそんな声が、聞こえた気がした。

 

 



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失礼ですが、アポイントメントはお持ちですか?

人物紹介メモ

デリック・ドビンス 主人公 初恋拗らせ中
ベアトリス・ブラックモア 婚約者 愛称はトリス

アルベルト  ヒーロー1 王子様系王子様
エイドリアン ヒーロー2 知性派クール眼鏡
バクスター  ヒーロー3 兄貴系騎士様

まともに名前が出るのは後一人位です。


朝靄が辺りを覆っている。

 

雄鶏はとっくに鳴き終わっているだろうし、使用人や世話役の人々は仕事を始めている時間帯。それでも学生の俺達からすると、まだ寝台の上で微睡める時間帯。

 

 

 

そんな朝早くに、俺は学園の運動場を走り込んでいた。

 

 

 

もともと用事がない日は早朝に起き出して体を動かさないと、逆に調子が悪くなってしまう。トリス曰く根っからのカントリーボーイよね。なんて言われてしまったが、家族全員こんな感じだからもう仕方ないのだ。

 

 

 

今日は用事もないので、いつものように学園の外を走り込もうとしたら、何でも上級生の授業で使う教材が────いわく歴史的に貴重な品物────が運び込まれていて、周囲をうろつかないように言われてしまったのだ。

 

 

 

それゆえこっちに来たのだが、この運動場も別に使うことに制限はない。ないのだが、なんとなくここは騎士や軍の家系の中でも、有力な方々が中心となって使っている慣習がある。

 

それはつまり、書いてないけど守るべきルールというわけではなく。

 

もっと単純に、朝早くから体を動かす習慣を叩き込まれている家柄の中で、実家の目が無くても自発的に訓練をする人と。監視の目をつける余裕があるほどの名家の方々位しか利用しないのである。

 

 

 

乗馬クラブ等の団体系は自身の場所を持っているので、朝方のここは実質的にそういった家々の縄張りなのである。

 

 

 

なので、自分のようなそういった家の出身でもないけど、朝体を動かす奴らは中庭とかに行く。ただそこは狭いしストレッチ程度や半分散歩のジョギング勢が多いので除外した。

 

俺の周りに学園の外周を走るのに付き合ってくれるやつはいないので、俺はいつも一人だった。

 

 

 

適当に体をほぐしてなんてことは、毎朝着替えると同時に終わっているので、到着してすぐに周りの流れに合わせて走り始めていたのだが、平坦でよく整備されたこの場所は非常に走り易すぎる。

 

 

 

流すような速さで走っている先客の方々を外側から丁寧に追い越しつつ、ペースをあげていく。いつもは静かな街を一人で走り、起き始めた街の様子を片目に自由にやっていたので、本当に窮屈に感じる。

 

 

 

景色も変わらないような、小石1つ落ちていない場所を走っても何ら楽しくないが。走らないのはもっと気持ち悪いからと。少しずつ短くなっていく自分の影と、晴れていく靄をぼーっと見ながら加速して周回をしていると、急に日陰に入ったように景色の明るさが変わる。

 

 

 

何事かと思い視線を少し上げれば、そこにいたのは

 

 

 

「断りもなく追い抜いていく人物がいると騒がれているから来てみれば、見ない顔ですね」

 

 

 

「小せぇし、1年じゃねーの?」

 

 

 

左を見れば十分以上に鍛えげられた肉体を持つ、まるで猛禽類のような鋭い眼光の大男がいた。騎士団長の次男にあたる彼は、この学園の中心メンバーの一人である。

 

右を向けばそんな左の彼が仕える、金色の髪と涼しげな目という、力を感じる瞳を持ったスラリと高い背を姿勢良く維持しながら走っている人物。彼は学園1の有名人であり、学園1位の家柄の王子様。

 

 

 

「あ、アルベルト殿下に、バクスター先輩……」

 

 

 

双方とも学園の中心人物にして、『あの編入生の先輩』に夢中な人達の中核で。なによりもトリスの話に上がる頻度No1の殿下と、ベスト5に入る騎士様である。

 

 

 

「アルのことは殿下だってよ、さすが有名人」

 

 

 

「バックスの名前も覚えてますし、一概にそうは言えませんよ?」

 

 

 

 

 

何れは何かしらの形で会ってみたいとは思っていたが、実のところ話をするのは初めてなのである。彼ら『有名人達』は何をせずとも俺の所まで噂話は聞こえてくるし。トリスなんかは積極的に集めてご友人と共有している。

 

だが、まさかこんな場所でこんな形で会うことになるとは思っても見なかったが。考えてみれば納得だ。長子ではないため、王位を継げないであろう第三王子である殿下は、バクスター先輩の家と仲がよく、そのまま軍か騎士団に入るであろうというのは有名だ。

 

要するに、ここは彼らのテリトリーなのだ。そこに一方的に意識している俺が入ってきた形になる。

 

 

 

 

 

「あの、えっと……」

 

 

 

「おいおい、殿下がいたいけな下級生をいびっていらっしゃるぞ、これは王家に連なる者としてのあり方を疑わざるを得ませんな」

 

 

 

「バックスの顔とかが怖いから萎縮してるだけでしょう、ほらこの野人のような男に乱暴される前に私の後ろに」

 

 

 

「……御冗談を、『先輩方』」

 

 

 

が、どうやら軽口を叩いているだけでなにか俺に対して敵意を持ってきたのではなさそうだ。どちらかというと単純に気になって近づいてきただけだろう。並走している走り方が、追い越す時でも追い抜くときでも、ましてや仕掛ける時の脚の運び方ではない。

 

 

 

「申し遅れました。私は一年のドビンス家の者です。いつもは外周を走っておりますが、今日は禁止された故にこちらにお邪魔しました、ご迷惑をおかけしてしまっておりましたら、直ぐに改めさせていただきます」

 

 

 

彼らが知りたいであろう話を言えば、二人は顔を見合わせた後、すぐにこちらに向き直る。王子だけあって顔に殆ど出ていないが、慣れているので察せられる。たぶん、聞いたことのない家名だと首をかしげたいのであろう。

 

一応建前上、この学園では家格は考慮を控えるようになっているため、1年生で初回であれば多少のお目溢しも有るであろうから問題はないはず。

 

 

 

「いや、そんな固くなんな。オレらは単純にアイツらが無茶苦茶早い小さい奴に抜かれたって騒いでたから、ただ見に来ただけだ。現に今話しながらオレらを抜かそうとしてるだろ、お前?」

 

 

 

「私とバックスについてくる方はいませんからね、ドビンスでしたか……たしか狩猟場の管理をしている家でしたか? 昔は国境に面した武門の名家でしたが、内地になってからは衰退気味のところでしたね」

 

 

 

殿下と先輩のその一言で自分の不利を自覚する。確かに会話をする前までは、俺のほうが情報をたくさん持っていたが、たった一言二言話して隣を走っただけでかなり見透かされてしまっている。

 

 

 

「小さい山間の家の、跡継ぎですらない自分には、お二人の慧眼に驚くばかりです」

 

 

 

「ハハッ! そう拗ねんじゃねぇよ。そんなちっこいのに、オレたちが速度上げてるのに平然と付いてきてんだ。それに絡んだのは俺らだ、そんな気にするな」

 

 

 

「バックスを責めないで下さい、新入生が期待以下だったようで鬱憤が溜まっている所に、明らかに余力を残して走っている見慣れない子を見つけたので、ついいじわるをしちゃったんでしょう」

 

 

 

「おいアル! オレ一人のせいにしてんじゃねぇよ!!」

 

 

 

俺を挟んで楽しそうに騒ぎ始める二人を見て、追い抜きたいけど気が済むまで並走しなきゃだめだなと、諦めながら朝食の時間になるまで彼らに付き合うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────という事がございました」

 

 

 

そんな風に今朝のことを彼女に話す。

 

放課後の校舎。先日の創作意欲の暴走とやらで、結局作った俺の腰程までの大きさの塑像を送るのを手伝うように言われて、なんとか木箱に入れて運び終えた後、教室に戻り後片付けをしながら。

 

 

 

この後彼女へと話したいことの前フリとして使えそうだったのと。癪ではあるが、彼女の興味を引けそうだと話してみたのだが、段々と彼女の表情が険しいものになっていった。

 

 

 

「デリック!!」

 

 

 

そして、久方ぶりに見るような剣幕で俺の名前を読んでまくし立ててきたのだ。

 

 

 

「な、何でしょうか?」

 

 

 

いつもは基本的に俺の前であまり笑わないけれど、よく変わる表情とは打って変わって、まるで試験で難問を解いているかのような、そんな顔だ。

 

 

 

「あんた、ねぇ……いやもう、あー!」

 

 

 

大声をあげて、額に手をあててそのまま机に突伏してしまう。

 

 

 

「……大丈夫?」

 

 

 

「ええ、平気よ。良いのそう。あの二人の絡みの間に入るなんてアンタ何をやってるなことも思ったけど、お二人にはただ気が置けない仲であって。昔なじみで身分は近いけど明確な差があって、軽口を叩きあうような関係でしかないの。双方の間に友情以上の何かしらの感情が有るわけではないの。でもその間に入りに行くっていうのは美学的にありえないでしょ? いや確かにアンタは男であって、そこに別段何かしらの意図が発生するわけではないけれど、それを私が観測した時点で意味が生まれてしまうのよ!? そしてアンタがおもしれー奴ムーブしてどうするのよ!? 何よりもこの感情の行き場のなさを私はどう吐き出せばいいのよ!」

 

 

 

何時にもまして意味不明な彼女の叫びは、全く理解ができない。

 

ただ、どうやら怒りは俺に対してのものじゃないようだ。

 

 

 

「ト、トリス? あの、その本当に、平気?」

 

 

 

「平気じゃないのよ!! あーもうっ!!」

 

 

 

その後もしばらく意味不明な言葉を叫び続けたが、結局疲れてしまったみたいで、椅子に座り込んでしまった。全体的に令嬢としてどうなんだという言動だけど、いまさらだし言っても意味ないからおいておく。

 

 

 

「……それで、他になんか話したの?」

 

 

 

「え、あ、うん……いえ、色々簡単に話しました。家のこととか普段の生活の事とか」

 

 

 

「そう……まぁそんなものなのかしらね……」

 

 

 

水をかけられた炎のように、一気に勢いが落ちてしまう。まぁ時々このように一気に盛り上がって、一気に落ち着くので、そういうときもある。今回のは規模が大きかったが。しかしながら、本当になんか思ったように話が進まない。完全に話す話題を間違えてしまった感じがある。しかし日数的にも余裕がないので、切り出すことにする。

 

 

 

「話は変わりますが、トリス先輩は、その。週末の安息日ってご予定はございますか?」

 

 

 

「なによ、藪から棒に」

 

 

 

「いえ、トリス先輩が以前観劇して、とても良かったと私に話してくださった劇が、リバイバル公演をするとのことですので、よかったらご一緒に行きませんか?」

 

 

 

これを知れたのは本当に偶然だった。そう思えば多少の苦労をした甲斐は有るというものだ。

 

 

 

「その日は、朝アンタが割って入ってたアルベルト様のコンサートにイツメンで行くのよ。前から言っていたでしょ?」

 

 

 

「……そうでしたね。あと割って入ったわけではないです」

 

 

 

が、どうやら先約があったようだ。誘うことに頭が一杯で失念してしまっていた。やはり突発的な計画は上手く行かないか。

 

そう、前もそうだったが、彼女は先約をかなり大事にしている。だから予定があれば断られるのは当たり前である。

 

 

 

なにせ彼女は結構休日は活動的にご友人方と観劇やら、買い物やらお茶会などに参加する。なので事前にある程度の理由がないと予定を聞きづらいし、聞くならば余裕を持たなければならない。だから今まで自分からこうして誘うというのは、学園に入ってからは全くなかった。

 

 

 

まぁ今日は色々とタイミングが悪かった。そう思うしかない。彼女と付き合う際は気長に行くしかないから。

 

そう言い聞かせる。断られる理由以外は、ああ。昔からあることだ。気にしてはいけないのだと。

 

 

 

「では、またの機会に。では、失礼しますね」

 

 

 

「あ、うん。またね……ん?」

 

 

 

 

 

俺は、少しばかり落ち込んだ気分を見ないようにしながら、教室を後にする。

 

笑顔で彼女をエスコートできる気分じゃないから、そんな子供っぽい自分にますます嫌気がさすのだが。

 

俺の子供っぽいこの気持ちは昔から変えられないから。

 

 

 

その日の帰り道は、朝の運動場よりずっとキツイものだった。



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いいえ、ミルクとガムシロップは必要ありません。

別に俺もずっと、彼女と一緒にいるわけではない。

そもそも学年が違うし、俺達の本分は学生だ。基本的には同じ授業なんてものはない。選択式の講義で、既に実家の家庭教師に習ったので、上のクラスに混ざるなどの例外を除けばだが。

 

当然実家が山奥の貧乏代官ではそんなものはなく、特待生の商家生まれの奴らのほうがいい生活をして、良い教師に学んできていたと思う。

そんなわけで、俺は正直言うと勉強、というよりも座学が苦手だ。赤点は気にしないけれど平均点が分厚い壁として目の前にあるくらい。

 

そんな優等生ではないが普通の学生である俺が、もうそろそろ新入生と呼ばれなくなり、1年生と呼ばれるようになった頃。教室でテキトーな話題に話を咲かせていた。

 

やれ、あの講師は厳しいだの、学食のどのメニューが美味いだの。どうでもいい話がほとんどだが、中には過去問を手に入れてきたなどの有益な話もあるので、俺は隅の方で頷いていることが多い。別に混ざるのが苦痛というわけではなく。

 

「つーか、デリックその席で板書見えるの? 前のやつの背中で隠れね?」

 

「うるさい、殴るぞ」

 

「おーこわいこわい」

 

「実際痛いからなぁ、一昨日の奴で二の腕まだ違和感あるんだけど」

 

「それは、お前が人の飯を勝手に全部食うからだ」

 

俺の言葉に、周りも笑いながら同意する。あまり自分から話題を作るのが得ではないだけで、話を振られれば話す。お互いの家柄に大きすぎる差はないが、ある程度はバラバラのこの集まりでは、自然とこうなる。

何より俺は、空いた時間に男友達が時間をつぶすのに外で体を動かさないことに、結構ショックを受けてしまったほどに、学園の一般層と感覚が違ったのだから。

 

というわけで、付き合いながら話を聞いてるのが俺の常になっている。

そして、だいたいこの手の話は結局の所行き着く話は、女の話になる。

 

「てか、やっぱこの学園の女子レベル高いよな?」

 

「先輩達とかマジでやばいよな」

 

この手の話は、誰を狙っているかの探り合い及び牽制、有る種の紳士協定という意味合いのそれと。本当に単純にあの娘が可愛いという中身のない物がある。

今日のは自分が学園で一番気になる女子というテーマのようだ。まぁ、もうすぐお客さんではない初めてのダンスパーティーもあるし、誰を誘うのかという話でもあるのだろう。

 

「やっぱ、目立つのはあの編入してきた先輩だよね」

 

「いや確かに可愛いけど、あの周囲を見てまで行きたくないべ」

 

「だなぁ。おれはやっぱアリスちゃんだな、ほら隣の魔法学科クラスの」

 

「ああ、あの娘いいよなぁ……」

 

「僕は司書のお姉さんですねぇ!」

 

まぁ、なんとなく面子の好み的な物のはわかってきてるから、これは探り合いではないのだろうなーと思いつつ推移を眺めていると、一周意見を出し終わったのか、各々の審議の段階に入る。

というか、俺には発言のタイミングがなかったぞ。

 

「まぁ、1年はアリスちゃんで決まりだなぁ……どうしたデリック?」

 

「いや、別に」

 

「安心しろよ、お前の大好きな先輩は対象から外してるからさ、悪い意味じゃなくな」

 

「……そうか」

 

釈然としないが、別にいつものことだ。何よりここの連中には特に隠してもいないし、彼女も俺の贔屓目を抜いても人気の出るであろう女性だが、学園1を決めると成れば候補より外れるのもまぁ、わかる。

本当に、あの早口で意味不明なことを言うのがなければと思う。

 

「いいよなぁ、デリックには相手がいて」

 

「本当だよ。オレの婚約者はなぁ……うん、まじで学園中が勝負だし」

 

こいつらは人の気持ちなんか知らずに、羨ましいと言ってくる。婚約者がいるのが羨ましいと。それが可愛い人だということが。ダンスパーティーに誘うパートナーが有る意味で内定しているからか。

本当は、誘っても来ないということを考慮しないといけないのに。

 

 

「俺以外にも、婚約者がいる奴もいるだろ」

 

「そうじゃねーよ、デリック」

 

「お前だけじゃねーか、真面目に恋してるの」

 

「……真面目に恋?」

 

 

だが、帰ってきた言葉は、俺の考えと少し違った。あんまり俺の婚約者は掘り下げていなかったから、こんな風に言われるのは初めてだ。

 

「入学した時から、お前だけ普通に恋愛してるの」

 

「むっちゃ目立ってたよな、皆探り合いと情報収集しつつ、入学前の知り合いで固まるのに」

 

「どういうことだ?」

 

何を言っているのか、理解ができなかった。いや感覚でなんとなくはわかる、しかしそれがどういう意味なのかがわからないのだ。

 

「いいなぁとか、そういう憧れとか。婚約者だし好きになろうとしてとかじゃなくて、お前あの先輩の事好きだろ?」

 

「それが、何か?」

 

「それがすごいんですよ。僕達はただ気になる娘の情報を集めて距離を測ってるだけですからね」

 

「初恋だろ? 親が決めた婚約者に。なんともロマンチックだな」

 

言われた言葉を噛み砕く。それは思ってもいなかったことだ。

 

「俺はただ、ずっとトリス先輩が好きなだけだ」

 

「10年近いんだろ? よくもまぁって感じ」

 

「だからなのかねー」

 

俺等位の年齢ならば、当然異性への興味が強く有る。俺もそうだし彼女と結婚したらやりたいことはたくさんあるし、この場で言えないようなことも有る。

だから、別におかしく思わなかったけれど、そんなに変なことなのか?

 

「まぁ、お前はそれで良いんじゃね? 先輩もその辺わかってそうだったし」

 

「それなー、んじゃ次は2年のNo.1を決めるか」

 

ぐるぐると言われたことが頭を回るけど、結局何も変わらなくていいということだったので、俺は思考を切り上げて、話に加わるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前にも言ったが、そろそろ学園は夏季休暇前の大きなイベント、ダンスパーティーがある。

元々は、貴族同士の社交場という意味合いも強かった学園なので、当然その手の催しは多く有るのだが、これと卒業記念のパーティーは別格である。

 

というのも、今の校風の恋愛主義になったのも、このダンスパーティーのおかげだからだ。

下級貴族の娘が、自身と想い人の家紋を刺繍でいれたハンカチを、身分の高い生徒に送って気持ちを伝えた所、それに感激した男子生徒がそのハンカチをポケットチーフ代わりにして、彼女をパーティーに誘ったとのことである。

 

まぁそういう言い伝えのようなものが有るため、パーティーの誘い文句は男性は、君のハンカチを貰えないかで、女性側が家紋入りのハンカチを渡すことである。

 

まぁこの手の習慣に対して盛り上がれるのは、恋愛における強者達だけだ。

俺にはあまり関係ない。

 

このダンスパーティーは新入生ではなく、学園の一員ということで、強制ではなく自由参加。パートナーを連れてくることは必須ではないが、推奨されている。

学園のためそこまで堅苦しくはないが、この前またドレスが入らなくなった彼女は行きたがらないであろう。

 

「あれは……トリス?」

 

そう思いつつも、放課後に中庭を歩いていると、2階の教室の窓から彼女が見えたので足を向けてしまう。なにせ針と糸を片手に持っていたのだから。

 

いや、まさか彼女に限ってそんな事。普通はこの時期から気になる相手の家紋を調べるところで、皆盛り上がるらしいのだが。あいにく俺も彼女も何も見ないで相手の家紋を書ける程度にはお互いの家が繋がっている。

 

少しばかりの期待と、えも言えぬ不安を覚えながら、早足に彼女の居たであろう教室に向かう。少なくとも、俺には彼女から誘われて断る理由は塵一つない。乗り気でないであろうトリスを誘うのは気が引けていたが、彼女から行きたいというのならば、何をしてでも行く。

だが、彼女がもし別の誰か、そう想い人がいて。そいつの為に作っていたのだとしたら。

俺はどうすればいい?

 

 

乾く喉を無理やり唾を飲み込んで抑えつつ、ついに教室の前にたどり着く。半開きの扉から身を隠しながら覗き込むと、意外にも彼女は一人ではなくご友人の方と一緒にいるようだ。

何度か顔を見たことが有るのでわかる。よくトリスと一緒にお茶会を開きながら盛り上がっている先輩たちだ。

 

そして、全員が手元の刺繍に集中しているが、お喋りをしながら和気あいあいと和やかな雰囲気だ。別におかしなところはない。この時期には学園の多くの場所で見られるであろう光景のはずだ。1年の俺ですら既に何度か似たようなものを見ていた。

 

刺繍は嫁入りの礼儀作法の区分に入るので、ほとんどの女性ができるらしいが、得手不得手もあり一緒に教え合いながら作っている。それは学園の初夏の風物詩らしい。

 

 

だが、この場で一つだけ違和感が有るとすれば、彼女たちの横においてある布の山であろう。

 

 

「え、何その枚数?」

 

「ん? って、デリックじゃない? 何? 見ての通り今忙しいんだけど?」

 

思わず猫を被るどころか、自分が覗きに近いことをやっていることを忘れて声が出てしまい、当然のようにこちらを見る彼女に見つかってしまう。

しかし、仕方ないであろう。彼女達の真ん中にある机には、無地の布の山が積み上げられており、それぞれの手元には何枚か重なって刺繍済みのハンカチが有る。

 

「あら、デリック君来たの?」

 

「それじゃあ、休憩にしましょう。トリスさん私達は飲み物でも買ってきますので」

 

「私達20分ほどは戻らないからねー」

 

「余計なお世話よ!」

 

事態を飲み込む前に、トリスを除いた先輩方は反対側の扉から出ていってしまう。必然的に俺と彼女の二人だけが、大量の布が置かれた机を挟んで向き合っている。

どういう状況だろうか?

 

「あの、トリス先輩、そのハンカチは?」

 

「見てわからなかったら、正直ドン引きなんだけど、ほら」

 

そう言って彼女が一枚刺繍が終えたハンカチを渡してくる。そこに描かれていたのは俺は当然として、この学園の者であれば、どういう意味の家かは一目瞭然の紋章だった。

 

「……王家の紋章じゃないですか」

 

「ええ、だってまだ公爵家になられてないじゃない、アルベルト様」

 

ハンカチを返して、他の物を見れば彼女の手元に有るのは全て王家の紋章の物であった。他の先輩方のも王家の物が多く、いくつかは別の紋章だ。しかしそれはよく見ると見たことの有る名門の家の物であったりする。

 

そして何よりも、1つの紋章しか────彼女たちの紋章はなく────渡される側の物しか刺繍されていないのだ。

 

「あの、結局これは何ですか?」

 

「見てわかるでしょ? 皆で刺繍してたのよ。ハンカチの話は知ってるでしょ?」

 

「はい、勿論です」

 

そう、先程からしっかりわかっている。これは女性側から男性を誘う事のできる数少ないパーティーで、その手段でもあり、事実上のアプローチである事を。

 

「女子の多くは好きな人にハンカチを渡すでしょ? だから、毎年人気のある方は、多くのハンカチを受け取られるの。だから何時からか、バロメータになったのよ」

 

「バロメータ?」

 

「基準の事よ。ハンカチをもらった数、即ちイケメンランキングになるの!!」

 

 

また、彼女はわけのわからないことを言い出した。いや、今回は何となく分かる。友人の先輩方も付き合っているだけあって、ある程度学園基準であってもおかしくないことなんだろう。

 

「つまり先輩方は、ハンカチの刺繍をたくさん作っていたと」

 

「ええ! これは乙女のプライド賭けた戦いよ! 愛の形はないけれど、見えるのは数字! ならば推しに捧げるはNo.1 じゃない!! 食べ物を送るのは色々問題あったし、これは良い催しよ!! 集計は委員会がやるし、そっちに提出だから、彼らの重しにもならないし。女の子たちは練習で作った刺繍をそのまま提出もできて本命にはよくできたのをくれる、無駄がないわ!!」

 

つまりは、いつもの発作だったようだ。

彼女は、いや彼女たちは、自分の好きなこの学園の中心人物達へ好意を伝えているのだ、ハンカチに込められた気持ちではなく、送られたハンカチの枚数という形で。

そして、この行いはある程度慣習化していると。

 

「王家の紋章は誰でも諳んじてるし、2か3番目に習うものですもの。そして大量投票の場合自分の気持ち、つまり自家の紋章は刺繍しないで済む、つまり誰でも量産が簡単にできる! つまりアルベルト様が有利!! だけど、油断はできないの!! ライバルは多いわ! 私が目移りするほどにね!!」

 

「それは大変ですね、トリス先輩」

 

目をキラキラさせながら彼女はそう語る。本当に楽しそうだ。

相変わらずズレているし、もしかしたら、この教室の今日の集いは彼女から言い始めたのかも知れない。なので、説明が面倒になり、先輩方は俺にトリス先輩の相手をするように逃げていったのだろう。

 

 

どっと疲れながら、これは少なくとも今日は誘う空気でもないし、俺にハンカチをくれそうな気配もない。今日は出直そうかと思い肩を落とすと、入り口から誰かが入ってきた気配がする、もう戻ってきたのかと思い振り向くと、そこにいたのは意外な人物だった。

 

「楽しそうな声がすると思えば、ドビンス君でしたか」

 

「他の教室まで声が聞こえる、余暇活動は自由だが多少は慎め」

 

今まさに話していたアルベルト殿下と。銀縁の眼鏡をかけた冷たい彫像のような印象を受ける、殿下のご友人の一人エイドリアン先輩だった。

 

「アッ! アルッアル!! アルベルト殿下様!! エイドリアン様まで!?」

 

案の定、隣のトリスのテンションはMAXを超えてキャパシティーをオーバーしている。殿下は気さくな方で、この前の一件といいいろいろな人に話しかける社交性をお持ちだが。エイドリアン先輩はあの『編入生の先輩』や昔なじみだという殿下やバクスター先輩たち以外には本当に冷たい。俺の友人も誰もいない廊下を走っていたら注意されたらしい。

 

「落ち着いて下さいレディ。同学年ですし殿下は結構ですよ」

 

「またか、そのアルベルトの懐柔策。卒業後の足場硬めはわかるが、さっさと終わらせてくれ」

 

「エイディー、君は冷たすぎなんですよ。ドビンス君、彼女が君の?」

 

「え、ええ。はい。以前お話させていただきました、婚約者です」

 

 

正直殿下を前にすると、俺はあまり冷静でいられない。この前みたいに普通に俺だけで合うのならば兎も角、トリスを会わせたくない。だってそうだろ。こんなハンカチの山を用意する程、殿下のことを────

 

 

「レディ、私は貴女をどうお呼びさせていただけますか?」

 

「あ、あのベアトリス・ブラックモアです!! どうぞ、私のことはビービーとお呼び下さい!」

 

「え、ええ。ブラックモア子爵の……なるほど承知しましたミスビービー」

 

「あ、やば、まじでハンドル呼び。やば、つら、むり、顔光ってる、後光見える」

 

完全にテンションが振り切り始めて、いつも以上にわけのわからない事になっているトリスを見て、俺は思わず少しだけ腰を落とす。本当に無意識に握っていた拳を緩めながら。

 

「それで、そのハンカチは……おやエイディー君のもありますよ?」

 

「興味無い」

 

「ふむ、そうですか。これだけ情熱的に誘われてしまえば、王子である前に一人の男として答えなければ……」

 

その先は、言わせてはいけない。

その言葉だけは、彼女に届かせはさせない。

 

この後どうなるかなんて頭からもう抜け落ちてた。俺は半歩前に出て────今日はヒールがないので、俺より少しだけ小柄な────彼女を後ろに隠す。

元々俺はそんなに口は回らない、だから態度で示す。それしかできない。

 

「と、思いましたが。ナイトが怖いですし、お邪魔者は退散しましょう。ミスブラックモアも、子爵によろしくお伝え下さい」

 

「はいぃ! アルベルト様!!」

 

しかし、するりとではなく、ふわりと殿下は距離を取って、そのまま教室の扉へと足を向ける。

完全にからかわれていたのはわかった。だが、それでも俺はそうせざるを得なかった。エイドリアン先輩もこちらを一瞥すると興味なさげに殿下に続いていく。そして横のトリスは夢見心地で、手を上品に振っている。

 

「ああやば、顔が良すぎる」

 

俺は二人が扉を閉めたの確認すると、そのまま呆けたように同じ場所を見つめ続ける彼女をもう一度見る。

そして覚悟を決めた。

 

いや、正しくはもう何も考えられなかった。あんな風な王子様のような態度で近づけないような所作の差とか、卒業後の地盤作りの一貫で中級位の貴族の支持を得ようと動いているからであろうとか。ずっと呆けていたトリスとか。そんなのは後から思い出してわかったものだ。

 

ただ、彼女の廊下に向けて振っていた手の手首を握って、俺の前に持ってきた。

 

「きゃ! って、デリック、何する────」

 

「トリス、俺と一緒にダンスして」

 

彼女の鳶色の瞳に俺の顔が映る。彼女の顔をみたら怯んでしまいそうだから、瞳に映る自分の顔を覗き込むように顔を寄せる。

 

「え? ちょ、ちょっと待って」

 

「やだ、待たない。トリスが良いって言うまで、俺は離さない」

 

猫を被ることを忘れた事も、彼女が少しだけ痛がっていることも、全部後から思い出して気づいた事。

本当に今は、何もなく此処で離したら彼女がどっかに行ってしまうような、そんな気持ちで真っ直ぐと、ほとんど同じ高さの瞳を覗き込んで俺はそう言った。

 

「あ、あの、その、私その日は……」

 

「だめ? トリス、俺のこと嫌い?」

 

「いえ、そんなことはないのよ? ただ、そのね?」

 

「じゃあ、一緒に行こう?」

 

「……あぁう……そ、そうね! わかったわ! 一人じゃ不安でしょうし先輩の私が案内してあげるわ!!」

 

その言葉を聞いた時俺はきっと安心して笑ってしまったのだろう。

急に頭に登っていた血がふわっとどこかに行ったような、そんな気持ちになったのはよく覚えている。

 

「うん、嬉しい。トリスと一緒にダンスだね、楽しみだ」

 

「はぁ……えぇ、そうね。久しぶりじゃない」

 

浮かれた気持ちで、彼女の手を軽く引いて椅子に座らせて。

俺は走り出したいほどの気持ちで、その場をあとにした。

 

「じゃあ、俺は帰るね? バイバイ」

 

今夜はよく眠れそうだなという晴れやかな気持ちと、頑張って学園生として振る舞っていた演技が殆どできていなかった恥ずかしさ。そして癪だけれども殿下への少しだけ感謝しても良いと思えるそんな気分だった。

 

途中すれ違った、飲み物片手に戻ってきた先輩達に笑顔で会釈して、自室に戻るのだった。

 

 

 

 





こいついつも走り去ってんなぁ……


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フロアの右側にある赤い照明の横で踊りましょう?

沢山の閲覧、感想、評価誠にありがとうございます。
好きなように描いた作品ですので、若干不定期ですが今しばらくお付き合い下さいませ。

私は毎日貴方からの感想をお待ちしております。


「ありがとう! 困ってたところなのぉ!」

 

「いえ、お気になさらず」

 

トリスとダンスの約束をしたあとの俺は、それはもう浮かれた。

別に初めて参加するわけでもない。彼女の誕生日は子爵家にふさわしい規模のパーティーもやるし、そういった場所には何度も行っている。

 

だけれども、学園に入ってから自分が婚約者だと、そう周りに宣言できるような機会はなかったのだから。1年の俺と、2年の彼女にはやはり大きな差がある。だから彼女に会いに行くのは決まってこの前のような荷物持ちであったり、家の用事だったりと。

俺が会いたいから、教室に顔を出すことは初日に禁止されてしまったし。かと言って彼女が教室に来たことはない。一番多い呼び出しの方法は寮あての伝言で、次は手紙だ。

 

だから浮かれた気分をそのまま。数少ない自分の自由にできる小遣いを手に、ダンス用の服は持っているが、靴やカフスなどの小物でも見に行くということまでしていたのである。

 

学園付近の商店を覗くと、この時期はまさにそういった学園生向けの店の様相をしている。そんな中でも俺の小遣い────家業の手伝いや、猟の案内をした際のチップ等────と見比べて見るとまぁ、うん。冷静になれる程だった。

無理すれば買えなくもないが、正直我が家は学園に通わせていただいているだけで感謝しなければいけないといった経済事情。親への無心などできるはずもなく。

 

仕方なしと踵を返して帰路を行くと、そんな浮かれ気味な学園生をちらほら見かける。昼食とティータイムの合間のようなこの時間は、人通りは多い。

 

そんな中で、何やら大量の荷物を抱えてフラフラと歩く、同じ制服を着た小柄少女を見かけたので、俺は見かねて荷物を持つことを提案したのだ。リボンの色からして同学年のようである。まぁ俺からみて小柄って思えるほどだし年上ということは考えにくいか。

 

「わぁーすごい! そんなに小さいのに力持ちだねぇ! すごいすごぃ!」

 

「そうですね」

 

いくら双方の目的地が一緒だからといっても、正直いきなり異性に話しかけて荷物を持とうかなどと聞くというのは、随分と厚かましい行為だ。

 

家によってはただ使用人を待っているだけだったり、そもそもその使用人だったりとするのだから。余計なお世話になるのが普通だ。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………えーと、いい天気だねぇ!」

 

「ええ、そうですね」

 

「…………」

 

「……あー……」

 

だから、適当に話しながらちょっとでしゃばりだったかと反省しつつ。最初は遠慮気味だったが今はあまり気にした様子のない彼女の荷物を、特に労することもなく女子寮の入り口まで運ぶ。

 

「それでは、また学園で」

 

「え!? それだけぇ!?」

 

色々反省がてら、今日は大人しく部屋か図書館で課題でも進めるかと思いその場を後にする。いやしようとしたのだが、彼女のその声で思わず立ち止まる。何か落としたり壊したりしてしまったのであろうか? 靴が入る位の大きさの箱が5つほどで持ちやすいものだったから、そんなはずはないのだが。

 

「えっと、ほらぁこう、なにかないのぉ?」

 

「? 何かとは?」

 

「え? そのお礼にぃ~~とかぁ」

 

「お礼?」

 

目の前の彼女の話が全くわからなかった。いや別にお礼を言われたくて親切をしたわけではないが、まさか荷物をもたせてありがとうございます。というべきだったのだろうか?

実際にそういうことを言えそうな家柄の女生徒はいるが、彼女にはそういった空気はなかったと思う。人を使うのには馴れてないわけではなさそうだが。

 

「だから、荷持ちのお礼にデートしよ? とかそういうのだよぉ」

 

「……あぁ、そういうことですね」

 

そう言われて、やっと理解する。ようするに彼女はお礼が言葉では足りないと罪悪感を覚えているのであろう。香油かなにかでよく手入れされているである髪や、桃色ですこしばかり光る爪からして、しっかりとした家の生まれなのかも知れない。

きっかけは兎も角、親切をするならば相手を不快にしてはいけない。しかし、名前も知らないような人とデートしたところで疲れるだけだ。

 

「特に見返りは必要ありませんよ、それでは」

 

「いやいや、こんなチャンス本当にないよ!」

 

再度断ろうとしたら、なにやらそれでも納得がいかないのか呼び止めてくる。暑い中元気だなと自分でも的外れと自覚できることを考えながら。

 

「……それでしたら今度、幾何学の過去問持ってたらいただけます?」

 

「?? なにそれ? 君、ガリ勉君?」

 

「いえ、友人がそれと交換で昼食を奢ってくれる約束なので」

 

「えぇ? ご飯の誘いじゃなくてぇ?」

 

「知らない人と行っても疲れるだけですよ。お互い」

 

「……ア、アリスのこと知らないの?」

 

ああ、この娘がアリスというのか。確かにこの顔は何度か見たこと有るし、言われるだけ整った顔立ちをしている。顔と名前が一致してなかった。

しかし、学校の有名人ということは多くの人と知り合えるような顔の広い娘なんだろう。それならば過去問も期待できそうだ、よし手に入ったら一番高い物を頼もう。

 

「それでは改めて、失礼しますね」

 

「ま、待って! 名前と学科を教えてよぉ!」

 

「ああ、確かにそうしないといけませんね。自分は普通科のドビンス家の者です。改めてお名前をお伺いしても?」

 

「……アリスはアリス。アリス・アレラーノ」

 

「承知しました、ミスアレラーノ」

 

そして俺はやっとの事で女子寮を後にする。妙に疲れたような気がするので課題の前にひとっ走り行こうかと考えながら。

 

 

 

 

「ドビンス君かぁ……ふーん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして迎えたダンスパーティー当日。

 

会場は学園のホールであり、こういった行事ではよく使われる。特に迷うこともないその場所へ行くために、こういうのは形からだと思った俺が、中庭で彼女と待ち合わせして合流した時。

それはもう幸せのピークだった。今日の彼女は前に見た真紅のロングフレアドレスとは異なるものだ。

 

「そりゃ、あれは私の誕生日で、私が主役だったからよ。この学園でそんなの着れるわけないじゃない……それにあれもうキツイし……胸とか腰回りが

 

淡い水色のそれは、大人しい印象を受けて。活発な彼女のイメージにはそぐわないような気もしたが。近くに立たれると、そんな考えは吹き飛んだ。言葉で言い表せないほどに美しいのだ。

夜風に髪が揺れて香ってくる空気から、指先の動き一つまで。普段の制服も魅力的だが、今日は特に全てが俺を魅了してやまない。

 

「トリス先輩、お綺麗ですよ。本当に」

 

「ありがと、本当にを付けると嘘っぽくなるわね」

 

「嘘ではなく、本心からの言葉ですよ。貴女に誓いましょうか?」

 

「……そうじゃないでしょ」

 

少しだけ気になるのは、彼女が踵のある靴を履いてきていることだ。これで目線は完全に同じ高さになってしまった。すると、急に自分の格好が気になる。兄のお下がりを仕立て直した着慣れた感が出て、晴れ着感が薄れてしまったダークグレーのスーツ。装飾品も少々強弁すればアンティーク的趣がある、直截に言えば古っぽいそれだ。

靴だけは入学に合わせて新調したので、そこだけ妙に小綺麗なのが不格好に見えるだろう。

 

こういう時に自分は彼女との差を更に強く感じる。

いや、正直言うなれば、彼女の両親にパーティーに一緒に行く事になったの一言相談すれば、俺の身の丈にギリギリ余るような、それでも胸を晴れる格好の衣装をプレゼントくらいはしてもらえる。その方法も考えたが、なんとか小さいプライドがかったのだが。

 

今思うと、どのみち恥はかいてしまうのだと、少しだけ心が痛みながら言葉を飲み込んだ。

 

「それでは、お手を」

 

「必要ないわ、行きましょう」

 

「……ええ、そうですね」

 

気持ちを笑顔に隠しながら、彼女の手を取ろうとすれば、いつものように一人で行ってしまう。まぁこれは想定内だ。それでも僅かな好機を狙って彼女に尋ねる。

 

「よくそんな靴で歩けますね」

 

「慣れよ、慣れ」

 

細めの踵のついた靴を履いている彼女は、正直見ていて不安になる。これは俺の身長を追い抜かされる不安がないわけではないが、殆どは転ばないかどうかである。

 

「その気になれば、ヒール履いてもアスファルトを……じゃなくて石畳の上だって走れるのよ」

 

「接着剤の上を? それはすごいですね」

 

「階段だって駆け上がれるわよ」

 

そんな事を話しながら、あっという間にたどり着いた会場。既に開始時間は過ぎており、参加者は思い思いの形で過ごしている様子だ。

綺羅びやかに飾られたホールの装飾、色とりどりの食や酒。着飾り楽しげに笑う人達自信まで、この会場をひと目で『素敵なもの』につくりあげている。

 

だがそんな中でも何よりも目立つのは、中央のダンスフロアであろう。

 

「トリス先輩、一曲踊りましょうか?」

 

「いきなり?」

 

「ええ、だっていつもすぐ面倒になるでしょう? 先に済ませてのんびりしたいっておっしゃってますし」

 

「それもそうね……ってアンタの案内で来てるの忘れないでよね」

 

「はい、光栄です」

 

そして彼女の手を取って、音楽の切り替わりに合わせてフロアの隅の方に陣取る。

 

 

ああ、少なくともこのダンスまでは、学園生活で最高の日だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ!? はぁああ? 白のタキシードに赤い薔薇とかやば、アルベルト様狙いすぎでしょ。やばない、オールドファッションすぎるのに、それを顔面偏差値の暴力で殴りつけてきてるとか、反則も反則なんですけど」

 

今俺の隣で壁の華をしながら、顔を真っ赤に染めているのは婚約者のトリスです。

 

正直に言うなれば、この可能性は想定していなかった。いや、普段の俺だったならばもっと冷静に考えてこの状況もしっかり準備しただろう。具体的には時間を調整したりとかで。

 

まぁ、ダンスパーティーというのは各々着飾ってくるわけで、そのためこの場の方々の外見的な勝ち負けがあるとすれば、容姿の元々の良さに家の財力によって用意できる衣装であるわけだ。

つまり、認めたくはないが俺には勝ち目がないというわけで。さっきまであまり表情を変えないで、少し強張った顔で、俺とダンスをしていた彼女はご覧の有様だ。

 

「ダンス完璧じゃない! あの娘もリードに甘えず踊ってるけど、たまにミスってるのに、それを咎めることも無く優しくフォローしてるし。やばい。エスコートって言葉を辞書で引くと載ってるのはあの光景よ」

 

俺の拙いエスコートでは、彼女は踊り難かったであろう。これでも今までの人生で必死に練習をしてきたので、動きや足の運びはなんとかなっているはずだ。だが貧乏地方代官の我が家には、トリスの誕生日以外まともにダンスなんてものが有る話に参加した経験などないのだ。

 

2度ほど自分の動きで精一杯になり、軽く脚を当ててしまったりした。そのたびに恐る恐る彼女の顔を覗き込み謝ったが、強張った顔をさらにそらして目を合わせてくれないくらいだったのだ。

 

「は? バクスター様やべぇ。もう夜でも暑いのにジャケットまで含めてスリーピースかっちり着てるし。ガタイ的にタキシードに衣装チェンジしたほうが良いような体格のキャラなのに。普段は豪快で兄貴分してるのに、外見でフォーマル感だしてできる男アピしてくるとか何刀流? それやばやばのやばなんだけど」

 

俺に身長がもう少しあれば、教養があれば。何よりも外見がもっと彼女好みだったら、こんな風に思うこともなかったのかも知れない。

 

「ん゛ん゛っ!! ローブ!! マント付きローブですって!! やりやがりましたねエイドリアン様。ものぐさ陰気眼鏡だから、魔法使いの正装だったら周りに文句言われないっていう判断をしたと思われるようで居て、あの娘に見て欲しい格好良い自分アピールとかいじらしい……やば……」

 

自分にピッタリ合うなにか。話し方とかから格好まで。そういうものがあればもっと彼女も違った風に見てくれるのだろうか。

 

 

その後も彼女の熱弁は続いていき、時たま御学友の先輩方が訪ねてきて。俺は楽しそうに話す彼女に飲み物を差し出したり、つまめるものを用意しながら話を聞いていた。

まぁパートナーと来ても、1曲踊ったら解散して各自好きなようにと言うペアもいる。それよりはずっと良いのだろう。そんなことをしているからなのか、特に俺もトリスもダンスに誘われることはなかった。

 

そして、宴も終わりに向かい、学校行事ということで見回っている教師に帰るように指示される。家柄を盾にしないように教師も貴族なので、こういう場にふさわしい格好をしており、それもまたトリスがついばむように酔いしれる。

 

「トリス先輩、少し話しませんか?」

 

「ん……まぁちょっとなら」

 

それを宥めながら、彼女を女子寮に送る道すがら、予め調べておいたあまり人が来ないが静かすぎない、生け垣の側のベンチへと彼女を誘った。

季節はもう夏が始まったと言える頃で、夜風は長く当たらない限り気にしなくて良い時期だ。

 

「今日は、ありがとうございます。パーティーにお付き合いいただいて」

 

「別にいいわよ。私も楽しかったし……てか、ごめん。案内とか言って私殆ど何もしてないわね」

 

まぁ、それはいつもの事なので俺は気にしない。気にしないが折角なので乗らせてもらう。トリスの隣に腰掛けてまた少しだけ俺のほうが高くなった目線で彼女の顔を覗き込む。

 

「ならば、一つだけ。一つだけ質問に答えてくれますか?」

 

「……いいわよ」

 

少しだけの沈黙と、その後に肯定の返事。彼女のそれは緊張ではない、多分困っている様子だ。ずっとトリスを見ていたからだと思うけど、そう感じた。

 

「今日のパーティーで、沢山の方を観察されてましたね、ご友人の先輩方と」

 

「ええ、そうね。こればっかりは息するようなものだし」

 

「じゃあ、どの空気が一番美味しかったですか?」

 

今日、俺はふわふわに浮かれてきてた。当然だ、トリスと一緒に居られるのだから。だけども少しばかり決めてたことも2つ有る。1つは、いい感じに踊れたらもっと踏み込んでみよう。そんな曖昧で楽観的な決意。

もう1つは、悲観的で現実的な妥協。あまり相手してもらえなかったり、途中で別行動と言い出したらいつものように、でももう少し能動的に情報をあつめようと。

 

「え?」

 

「今日、一番格好良かった人と、どこがかを教えて下さい」

 

彼女の好みを、もう少し洗い直す。そんな予防線みたいなことを考えてきていた。なにせ、いままで彼女が語り散らすことはあっても、俺から事細かに聞くことはなかったから。

 

 

「あー……えっと? その、デリック?」

 

「いつも饒舌に語っていらっしゃいますし、今後の参考にさせていただければと思います」

 

賭けではあったが、それでも聞いておきたかった。彼女の好みは一応知ってるつもりだ。前に言ってたから、王子様みたいな人が居てすごかったって。でもそれだけじゃないのはわかってきていたから。

 

 

「もしかして……」

 

「どうしました?」

 

そっか、そうだったのね……いえ、なんでもないわ」

 

「それで、誰ですか? やはり、一番語りが長かったアルベルト殿下ですか?」

 

 

俺は真っ直ぐ彼女を見てそう尋ねる。夜風が吹き彼女の短い髪が揺れる。熱くなったからと言って、少し前に更に短く、曰くショートボブという髪型にした彼女は、俺の質問にしばらく黙っていた後、口を開く。

 

 

「一番は、その、アルベルト様じゃないわ」

 

「それでは……」

 

 

俺は誤魔化されないように、一人ずつ順番に彼女が殿下以降に語っていた人物の名前を思い出しながら尋ねていく。

 

「いいえ、彼でもないわよ」

 

「そう、ですか……」

 

しかし、終ぞ彼女の首は縦に動くことはなく。今一度俺は記憶を手繰る。確かに4度程飲み物などを取りに離れた。その間に心が動かされていたのか? 記憶力に自身があると断言できるほど頭は良くないが、それでも彼女のことならば別だとは精霊に誓える。

それならば、誰だ?

 

「はいっ! 時間切れよ! デリック」

 

「そうですか……仕方ないですね。もう遅いですし帰りましょう」

 

はぐらかされてしまった気がするが、致し方ない。今日は情報に関しては収穫0だ。だが、そういう日もある。それでも彼女と踊れただけ、今日来た意味はあった。

 

「残念賞でどこが格好良かったか。それは教えてあげるわ」

 

「それは、ありがたいですね」

 

しかし、上機嫌な彼女は珍しいことにヒントをくれるようだ。俺は改めて心のメモ帳を開いて傾聴の姿勢を取る。

 

「ちょっとずれてるけど、一生懸命な所が私はす…せ…そうね! 格好良かったわ! あと真っ直ぐなところね!」

 

「真っ直ぐなところ……誰でしょうか」

 

やはり、バクスター先輩などが候補か。

こんなドロドロとひねて考えている俺は真っ直ぐとは言えない。

 

「考えておきなさい。ただまぁアンタは『成長しないでほしい』わね、そのまま」

 

一瞬、夏なのに少しだけ背筋に寒気を覚えたが、夜だからだろうと思い直し。

俺はその日、トリスを女子寮まで送って。寝台に体を預けながら、彼女からの課題を深く熟考するのであった。

 

 

答えは出そうになかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 




君は感じられるか……? 波動を……


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回想:起きている時のような鮮明な夢は、しばしば人を混乱させます

沢山の閲覧と感想ありがとうございます。
非常に励みになります。
特にこんな、人を選びそうな話なので。

この話で物語も後半戦です。
分量的にではなく、話の山場的に。
今しばらくお付き合い下さいませ。


夢を、夢を見ていた。

 

 

懐かしい記憶だ。

 

これは、誰の夢だろうか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏の日差しがてる時期、高原にあり手入れされた森に囲まれたドビンス家の領地は、避暑地としては知る人ぞ知ると言った地域である。逆に言えば狩猟と避暑以外売りがない地域でもある。

ドビンス家が住んでいる屋敷よりも大きいサマーハウス(別荘)が何軒も建っているが、彼らが落とすお金が、この地域のかなり重要な収益になっているほどに。世知辛い田舎の代官の収める地域の、だがありふれた光景だ。

 

そんな避暑で滞在中のブラックモア家のサマーハウスの庭に、小さな影があった。

 

「トリスちゃん! トリスちゃん! これっ!!」

 

夏の日差しを吸収して、暑くなっているであろう黒色の髪には、急いできたのか葉っぱやなにかの種がついている。浅黒く良く焼けている小麦色の肌と合わさって、そこら辺の平民に見違うような少年。

 

彼はしきりに庭に設置された東屋で、年不相応なまでに落ち着いた様子で読書と洒落込んでいた少女に向けて話しかけている。栗色の髪が東屋を抜ける風に揺れている少女は、少しだけ苦笑を浮かべながらすっかり懐かれてしまった少年に向き直る。

 

「あら、どうかなさいました? デリック様」

 

「あのねっ! あっちの村の外れの森で見つけたから、トリスちゃんに」

 

そう言って誇らしげに彼が差し出したのは、棘を落としてすらいない一輪の桃色の薔薇。夏の時期故に花びらの枚数も少なめで、そうでなくとも持ってくるうちに少しよれてしまっている。有り体に言えば、花屋には並ばないレベルの花が一輪だ。

 

「まぁ、ありがとうございますデリック様。素敵なお花を」

 

「うんっ!」

 

それでも彼女はニコリと笑みを浮かべて、ハンカチでそっと花を受け取る。前回の春に初めて会ったときは恥じらってあまり近づいてこなかったが、それでも興味はあるのか滞在している間に物陰から良くこちらを観察していたのを思い出す。

それに比べれば、今はもう随分懐かれたものだ。

 

「ですが……」

 

「何? 」

 

「御髪に色々ついてしまっておりますよ、どうぞこちらに」

 

彼女は、自分の隣の椅子に少年を座らせて髪を整える。このぐらいの年頃の子供だからかそれとも彼の気質なのか。

外見を整えるということをせずに、この場まで来てしまっているのであろう。

 

女性へのプレゼントというアプローチとしては、全体的にかなり甘めに採点しても赤点かも知れないが、ただ素直に好意を向けられることが嬉しくはあった。

 

「ありがとっ! トリスちゃん」

 

「いえいえ。とんでもないですわ、私のためにご用意頂いたのでしょう?」

 

「うん、トリスちゃんが好きだと思ったんだ」

 

娯楽の少ない田舎だ。時折年の近い子供が遊びに来ることはあっても、御付きの従者等がいる家がほとんどだ。

そんな彼にとっての遊び相手は、年の近い地元の子供達だけだった。しかし街の子供達はたいてい家の手伝いが有るため、彼といつも一緒に居られるわけではない。

 

だから夏の間だけとはいえ、遊びに行けば何時でも一緒に居てくれる彼女のことが、彼は大好きだったのだ。

 

「ありがとうございます。でもあまり危険なことはしないでくださいね、怪我されたら、私は悲しくて泣いてしまいますわ」

 

「えっ!? 泣いちゃうの?」

 

「はい。会いに来てくれなくなったりもしたら、とてもとても悲しくなってしまいますよ?」

 

彼女も、少年のどこまでも素直な態度に、柄にもなく育ちの良い令嬢として、憧れのお姉さんとして振る舞っていた。両親にマナーなどの授業をもっと真面目にやってもらえればと言われるほどに、彼女は大人しくそして優しくしていた。

 

「わかった、危ないことはしないね」

 

「はい、約束です……指切りしましょ?」

 

「うん、これだねっ」

 

少年の差し出してきた小指に自分の小指を絡ませて、彼女はニコリと微笑む。すると少年も返すように大輪のような笑顔を向けてくる。

いつか、こんなに年の離れた自分ではなく、もっと良い人を見つけたときに。この日のことを思い出すことはないのだろうと。少しだけ寂しく思いながら。彼女は彼へ教えた通りの歌を口ずさむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、トリスっ!」

 

「デリックじゃない、おはよう」

 

「もう、昼だよ。トリスはお寝坊だ」

 

赤い絨毯の敷き詰められた豪華な屋敷。そのサロンにて少年は、やってきた少女に向けて明るく声をかける。

客分として招かれている彼は、朝の散歩も朝食も終えて、ブランチとして食後のティータイムを取っている。そこにしっかりと身なりを整えてこそいるが、朝食の席にも居なかった少女がやってきた形だ。

 

「本を読んでいたら、本が書きたくなったの。そして書いてたら、読みたくなっての繰り返しよ」

 

「ちゃんと寝なよ? 体に悪いよ」

 

「わかってるのだけどねぇ、やめられたらこうはなってないのよ」

 

「んまったくもぅ」

 

そろそろ変声期なのか、少しだけ声を出しづらそうに彼が呆れを表しつつも、表情に責めるようなものはない。手慣れたやり取りであった。彼が招かれてこの屋敷に寝泊まりする一月の間に、既に何度もかわされたやり取りだからだ。

 

「子爵様も心配してたよ? 今度やったら侍従長に折檻させようって、奥様が言ってたから」

 

「それは、勘弁ね」

 

流れるように彼の向かい側に腰掛けて、自分の手ずからに飲み物を用意した彼女は、ごまかすように笑顔を作って彼に話しかける。それもまた、手慣れた様子だった。

そしていつものように懐柔策をさらりと実行に移すことにした。

 

「そうだ、デリック。あなたの見たがってたサーカスのチケット。知り合いのご婦人からもらってきたわよ」

 

「えっ! 本当!? ありがと! トリス!! 俺象使いが見たかったんだ!!」

 

「それはよかったわ」

 

コロコロと表情を変えて、無邪気に感情を隠すこと無く表す少年を微笑ましげに眺めながら、彼女は内心安堵する。心が落ち着くと余裕ができて悪戯心が芽生えるものだ。

ひとしきり彼の喜びが落ち着くと、彼女は頬を差し出すように、体をテーブルの上へと乗り出す。

 

「ほら、お礼をいただけないかしら?」

 

そして、右手で頬を強調するように軽く叩いてそう告げた。すこしだけからかう様に笑顔を浮かべて。

 

「っ! トリス!! それやめてよ!」

 

「あら? 貴方の感謝の印だったじゃない? もうしてくれないのかしら?」

 

それは前にもう少し幼かった彼が、どこからか覚えてきたのか。もう何だったかは覚えてないほどの些細な何かのお礼と称して、彼女の頬に軽い口づけをしたころから起因する。

その時は少しだけ驚いたものの、幼い少年が大人の真似事をするさまに、思わず口が綻ばせてしまい、後ろから搔き抱いて彼の頭に顔をうずめてしまったほど。

それから何度かその習慣は続いたが、いつの間にか誰かが入れ知恵したのか、彼女にしてこなくなったのを、時たま彼女はからかっているのだ。

 

「もう!! 知らない!!」

 

怒ってあっと言う間に走り去ってしまった彼の、昔よりも大分大きくなった背中を見ながら。彼女は少し冷めたカップに口をつけ思い耽る。

 

「もう、思春期かぁ……早いわねぇ。子供の成長は」

 

ついこの間まで拳2つ分はあった身長の差は、拳1つほどに。声だって本格的ではないにしろ、前よりも低くなった気がする。たしかにまだサーカスに目を輝かせるような子供っぽいとことはある。

それでも、異性に対する恥じらいがすっかり芽生えた。軽く抱きついてみれば、恥じらうように逃れようとするし、彼女の家の女性の侍従へと話しかけるのをためらったりしてる。

幼い頃から見知っており、婚約者でもある少年は。彼女にとって年の離れた弟のような、親戚の子のような存在だったので、その感覚もひとしおだ。

 

「婚約……ねぇ? 親の決めた関係かぁ……」

 

ずっと一緒に居たのだ。憎からず以上に思ってくれているのはわかる。それでも、彼女からしてこれはフェアでなかったのだ。こんな、行き遅れも良いところの相手への刷り込みに近いかたちは。

 

「まぁ、なるようになるかしらね」

 

色々と思うところはある、だが、元来が楽観的で刹那的、享楽的な彼女は深く考えずに。どうやって母親に告げ口をした場合の言い訳をするかを考えることに思考を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、それでね。本当にやばいの!! まさかまさかよ。本当に本物の王子様がいたの!! 」

 

赤らめた顔で興奮気味に語る女性が居た。彼女は自分と同じほどの背の高さの少年に。詰め寄るようにして熱く語りかけている。

 

きっかけは些細でなくとも、大げさなことではなかった。毎年のように、だが去年よりも大きく遅れてサマーハウスへと避暑に訪れた彼女。彼に連れ出された先は、毎年代わり映えはしないが、それでも彼女が好んだ眺めの良い丘の中腹にある、大樹の影。周りに人はおらずともすれば逢瀬中の二人にも見えるが、その実は全く異なっていた。

 

始まったばかりの学園生活。集団生活を覚えるためだからなのか、長期休暇が限られているため、今までのように夏以外にも訪れることはできなくなってしまった彼女が、その学園生活の仔細を話していただけだった。

仲良くなった友人の話、学食の美味しいメニューの話。とめどなく溢れるそれは、久方ぶりに会う親しき人へと共に共有したいがためであった。

 

そこでできた友人の話が、いつの間にか彼女が同じ学年となった数多の目立つ学園生の話となり、そしてそれが弾けたのである。

 

「……王子様かぁ」

 

「それ以外も色々居たのだけどね。本当に入学したら世界が広がったわ……はぁやばい」

 

「そっかぁ……」

 

彼女は彼がなにかを思い悩む様子に気がつくこともなく、ただ彼女がたった数ヶ月で随分と目まぐるしい生活を送るようになったことを改めて思い直す。学園に通う前は二桁に届くかどうかだった顔と名前の一致する以上に仲の同年代の知己が、数倍以上に膨れ上がった。

彼女からすれば懐かしさすら覚えるほどの学園生活は、多くの若者にとっては刺激的な毎日であり、その余波を受けた形なのであろう。

 

だから、そう。彼女自身無意識のうちに変わってしまったのかも知れない。

そして、もしかしたら彼もまた変わってしまうかも知れない。

 

なにせ、彼女が確信を持てたほどにあの【学園】だったのだから。

 

「ねぇトリス。王子様って、どんな感じ?」

 

「そうね、まずは何よりも立ち振舞が────」

 

そして、彼に聞かれる形で件の王子様の話を学園の友人にするように話していると、どこか安心する自分がいることに彼女は気づいた。

なんの事はない、彼女も久方ぶりに会えた彼へと。まだ背丈こそ小柄なままだが、成長期を迎え随分手足に筋肉が付き、体が逞しく育った彼に対して、少しばかりの不安があったのだ。お互い変わらずには居られないのだと。

 

馬車に揺られて、ドビンス領家に来る時から漠然と思っていたのだ。学園前までは仲の良かった婚約者同士が、入学を境に環境や交友関係の大きな変化に揺られて、ぎくしゃくしたり場合によってはなかったことになる。それはありふれている学園の風物詩だった。たった数ヶ月の夏季休暇までの期間ですら、起こり得る。

 

だからこそ、会うたびに少しずつだけど、確実に男性になっていく彼が。学園に入ったらもっと成長するのであろうことを、自分の周囲の変わりぶりから感じ取っていたのかも知れない。

 

それが、彼のためになるのだというのは理性的な彼女はわかっているし、そうしてきた。だが、このままで居てほしいという彼女自身がいることは眼を瞑るべきなのだ。

なにせ、彼女を彼女たらしめているものが、そういった変化を好意的に受け入れるべきだとしている。

 

「トリスは本当すごいよ。昔から、なんでも詳しい」

 

「そうかしら、好きなものには一生懸命になるでしょ? それだけよ。だから学園生の期間くらいは、一度全力で好きなものを探してみなさい?」

 

だから、彼女が言えることはそれだけだった。元来好きなものに溺れる程度しか能のない自覚があるのだ。その結果がどうであれ。

 

「私はもうなるように、好きにするしかできないもの」

 

二人の間に風が吹いた。つられるように地平線まで続く眺めへと目を向ける。

相変わらずなにもない。人だって周囲の村をあわせても、彼女の住んでいる街の10分の1ほどしかいない。そんな狭い場所で育ってきた彼にとって、彼女はきっと素敵なものに見えているのであろう。

そう見てもらえると嬉しいから、そう接してきた自負が彼女にはあった。

 

だからこそ、学園というあの人の集まる恋愛信仰の場で。一度彼がどんな身の置き方をするのかを見ないというのはあまりにも不公平であった。

 

そんな崇高とも言えない、使命感を脇において。

 

ひとまず彼女は心の赴くままに、学園で実際に見れた魅力的なあらゆる事柄を事細かに彼へと話す。

その話題の選択が過分以上に彼女の好きが詰まってしまっていることには、あまり深く考えることはなかった。

 

 

そんな晩夏の一時であった。

 

 




そして、やっぱり。トリス曇らせ隊が多いですねぇ。


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この湖は残念ながら遊泳が禁止されている場所です

人物紹介メモ 2

アルベルト  王子様、最近『彼女』に本格的にお熱。ハンカチ投票の得票数断トツ1位
エイドリアン 魔法使い、『彼女』が気になる、婚約者はいるが好意も興味もなし。4位
バクスター  騎士様、恋愛と忠義と友情の合間で揺れる男心。投票数は2位

ベアトリス・ブラックモア 色々限界系女子。ハンカチ投票数は貫禄の3桁台。
デリック・ドビンス  最近真実の愛(笑)に悩み始めた主人公、103位タイ(得票数1)

アリス・アレアーノ あるルートのライバル令嬢(非悪役)一人称名前系女子。アリスは刺繍できないよ?


「あっリッキー!おはよっ!」

 

「おはよう、アレラーノ」

 

「アリスでいいっていってるでしょ? リッキー?」

 

 

あっと言う間に夏が過ぎて、夏季休暇が終わり今日から学園生活が戻ってきた。といっても夏休みの最終週は寮にいたし、その前まで学園近くの友人の家にいたのであまり切り替わった気はしないが。

 

1年である俺たちも、秋からは本格的な進路や所属科別の講義が増えてくる。まぁ普通科の俺はそのまま普通に必死に勉強するだけだ。

そんな俺に彼女、魔法科前期課程首席のアリス・アレラーノは変わらずによく話しかけてくる。

 

「みんなもおはよっ!」

 

「えーアリスちゃん、オレはついでかよぉ!」

 

「挨拶してもらえるだけありがたいと思いなよ。あ、おはよー」

 

というのも、俺だけではなく。彼女達のグループと俺達のグループが夏の間に一緒に遊びに行ったのがきっかけだ。それ自体は別に驚くようなことではなくて、ただ学生らしいイベントだった。

 

「そういえば、再来週にはもう中間試験だな」

 

「あーそういえばそうだな」

 

周りのそんな声に、ふと思う。自分はなんのために勉強しているのだろう。最近『ちょっとしたこと』から、思う所があって色々悩んでしまっている。

 

いや確かに自分の将来を考えると、学はいくらあっても困ることはない。今している実家の手伝いの狩猟場の管理や案内だって、長兄の子である甥が俺の11個下ということを考えれば、卒業した後も続けられるものではないだろう。

なにせ元々家は長子が相続するものだ。

 

まぁ無難に軍に行く感じになるかなと思う。そうすると軍学校に行かないと下士官にすらなれない。まぁ軍学校は学費も安いし問題はないだろう。

 

「おい、デリックどうしたんだ黙り込んで?」

 

「さては、試験の点数が心配なんだな、お前勉強苦手だし」

 

「そうなのぉ? リッキーはアリスが教えてあげるねぇ?」

 

「アンタは魔法科じゃないの」

 

ワイワイと騒がしい周囲は将来をどう考えているのであろうか? 気にはなるが、朝の通学路で聞く話でもないと考えをまとめて。俺は馬鹿にしてきた奴の背中にソバットを決めることにした。手加減はしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トリス先輩、少々宜しいでしょうか?」

 

「ん? 何デリック。改まって」

 

始まりは夏季休暇に入る前、試験が終わりどの学年も一息ついて時間に余裕ができていた頃だ。

今年の夏の予定をどうしようといった具合の話をしながら楽しく廊下を歩いている先輩たちの横を抜けて、彼女がいるであろう空き教室へと向かい、周囲に誰も居ないことを確認して声をかけたのだ。

 

「いえ、今年の夏はどうされるのですか? と両親が聞くようにと」

 

「ああ、別荘なら両親の仕事もあるし、昔みたいに私だけで行くということもしないわ。去年と同じかしらね」

 

去夏に学園生になった彼女は、毎年夏の始まりから訪れていた避暑を夏本番まで遅らせた。去年は随分そのことに気を揉んだけれど、学園生になってみれば、身に沁みてわかった。

課題も人付き合いも大事なのだ。実家が遠方なら最初から割り切れるかもだが、彼女は近所住まいであるし。

 

「かしこまりました……そう伝えておきますね」

 

別に何かをするわけではないのだが、一応俺たちは婚約者。最近知ったが婚前の婚約者が相手の家にお呼ばれすることや、一晩泊まることはあっても、数週間の逗留は珍しいとのことだ。

まぁウチの場合は彼女自身の別荘に来るか、資金差が有る俺が招かれるかなので、一概には言えないかも知れない。

 

「それなら、課題は後半に回せるし。休みの前半は街で遊び倒すわよ!!」

 

「お土産を楽しみにしてますね」

 

「ん、あれ? デリックは直ぐにドビンスの領地に帰るの?」

 

一瞬何を聞かれたのか理解できないまま、目を瞬きさせながらこちらに尋ねてくる、あまり見られない可愛いトリスの姿に顔が熱くなる。長いまつ毛も、少しかしげた首も、本当に魅力的だから困る。

というよりも、最近のトリスは前よりも少しだけ、張っていた気が緩んでいる気がする。

 

「え? ええ、まぁ。休暇の後半は、学園周辺に家のある友人同士で、スリープオーバーをローテーションすることになりまして」

 

「…………お友達と?」

 

「はい、なので前半くらいは実家に顔をだします。トリス先輩とは、入れ違いになってしまうかも知れませんね」

 

両親も失礼のないようにと軽く注意する程度で賛成してくれた。学園にいる間に友達をつくることは将来のためにもなるとのことだ。俺自身も遠方の友人の家に遊びに行くなんて初めてのことなので、とても楽しみだ。

 

なにせ今年の夏は、遅咲きのハイドレンジアの花弁をむしりながら、毎日トリスが来る日を待つ日々ではないのだから。

今まで夏は地元の友人は何かと忙しく、トリスだけが俺の楽しみだったから。

 

「そう……そうね、ええ。楽しんでらっしゃいな?」

 

「はいっ!」

 

トリスは、少しだけ何かを考えていたように、言おうとしたことをやめたように見えたが、笑顔でそう言ってくれた。

ブラックモア子爵様も、遠慮すること無く自宅のように泊まっても良いと言ってくれたし。何ならゲストルームの一つを俺の私室にしても良いとまで言っている。時々怖くなるくらい子爵家の方は俺に優しい。

だが、あくまで婚約者で、しかもトリスは別に家を継ぐわけでもない。線引きは必要だろう。

だから、今年の夏は何時もつるんでいる男友人グループで過ごしてみるのである。

 

「それじゃあ、私。今日は用事あるから帰るわね」

 

「お供しますよ」

 

「……結構よっ! それじゃあ」

 

「え? ま、待って!!」

 

そんな事を考えていたら、手早く帰り支度を始めていたトリスが、いきなり帰りだした。

慌てて今日の本題を切り出す準備を始める。今日は予定の確認をしに来たのは勿論だけれど、もう一つある。そのために先輩方に手伝ってもらったのだから。

 

駆け出すような勢いで窓際から出口へと向かう彼女を、軽く地面を蹴って大きく横から回り込む。壁の棚を右手で掴み支えにして、三角飛びのようにドアの前ですとんと着地したら、くるりと振り返って通せんぼをする。

 

「きゃっ! も、もうっ! アンタそういうのだめでしょ!」

 

「あの、その、トリス! これっ!」

 

驚かせてしまったけれど、無事彼女は止まってくれた。怒ったようにまくし立てて来るトリスも綺麗だとは思うけれど、今日の本命はこの前のお礼をする事。

懐から今日渡そうとした物を取り出す……やはり何か袋等に入れてくるべきだったか?

 

「……えっ? これ……」

 

「また、今度もよろしくね。その、下手でごめんね?」

 

思わずつい、みたいな様子でトリスが受け取ってくれたのは、2つの刺繍がされた白いハンカチ。

実家に無理を言って我が家の家紋の入った物を急いで送ってもらい。ブラックモア家の家紋は、トリスの友達が型紙をつくってくれたから、それを元に少しずつ勉強の合間に。

その成果の不格好な彼女の家の家紋と、我が家のそれが入ったハンカチ。これを作るのは結構恥ずかしかった。

 

「あっ……これ、刺繍が……」

 

自分の顔が赤いのはわかる。でも仕方がないのだ。

 

なにせ、結局トリスからは貰えなかった。だからちょっと悲しかったのだ。

そんな時に、毎年恒例らしいハンカチ集計委員会の中に居た彼女の学友と偶然出会い。ご友人の抱えていたハンカチいっぱいの箱を運ぶのを手伝ったときに、アドバイスを貰ったのだ。

 

『それなら逆に渡してみたらいかがでしょうか? きっとトリスさんも喜びますよ? 』

 

なんて言ってくれたから。トリスの友達が言うことならばきっと間違いがない! と思ってやってみたのだ。わかったのは自分に刺繍の才能がないということだったけど。

困ったときには、他の先輩も来てとても親切に教えてくれたのに、上手にはできなかったのだから。

 

「……ありがと」

 

「うん! どういたしま、あ、違。えっと、喜んでいただけて光栄です。それでは!」

 

ともかく、トリスも急いでみたいだし今日の目的は完了。本当はもっと踏み込みたかったけれど。もう恥ずかしくて限界だった。よく考えれば先輩に上手くからかわれた気もしてきたし。

今朝渡そうと思うって相談したときに、トリスを教室に誘導してくれると言ってたけど、すごい笑ってたし。

 

でも、だって、さっき。トリスがすごく驚いて、理解できないみたいな顔をしていたから。

だけど、次のパーテイーの約束みたいなものだし、今日は十分よくできた。

 

俺はそう言い聞かせながら、茹だってしまった頭を冷ますように、運動場へと急ぐのだった。

 

視界の端に先輩たちが見えたので、こういうときは走るに限るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────僕のパパの友達が湖畔に貸しコテージをいくつももっていてね。夏の間にぜひ使ってくれっていうんだ。最近の若い子達はあんまり来ないから僕の友人に使ってもらって、評判を広めてほしいんだってさ。困っちゃうよねぇ。

 

晩夏のその日に、1年生達の中で学園近郊に住んでおり、なおかつそこまで大きな家の出身でない学園生達は。前髪が長い友人の一人の自慢のような、懇願のような。そんな言葉から始まった遠出の計画に参加していた。

その中には参加者の家に泊まっていた俺も当然含まれている。

 

個人的には、確かに人が住まない別荘の管理は大変だけど、農閑期のご婦人の雇用にもなるからありがたいんだよなぁ、費用は向こう持ちだしと。少し近い境遇故に変なところで共感をしている位だ。

 

ともかく、計画自体は先の休暇前の試験休みからなんとなく立っていたのだが、思わぬ形で話が大きくなった。

 

「デリック君! それなぁに?」

 

「アレラーノさん?」

 

メンバーの中でマメな奴がまとめてくれた旅程の計画書を

『試験中によく作ったなぁ』

なんて刺繍をしていた自分には言えないことを思いながら読んでいたら。いつかのどこかで出会ったアリス・アレラーノさんが話しかけてきたのだ。

 

同世代と比較してずいぶん小柄な体躯を、ひょこっと言う擬音が付きそうな位の勢いで屈めて覗き込んできた。彼女の桃色の長い髪が揺れて、少しだけ柑橘系の香りが漂ってくる。

 

「計画書ですよ。それで、過去問は用意できましたか? もう試験終わってしまいましたが?」

 

「ごめんねぇ。アリスまた用意できなかったのぉ。それで、これなんの計画書?」

 

彼女とは。結局あの後から何度か話をしても、過去問はまだ貰えずにいる。だからなのか、それとも暇なのか、まだ用意できていないことの謝罪をかねて、ときたま話しかけに来る。

 

あえて言うのならば、彼女とは世間話程度をする知人という所だろうか?

 

ともかく、暇なのか隣の椅子に腰掛けてきた彼女に、さわりを掻い摘んで説明すると。

 

『おもしろそう! アリスも行きたい!!』

 

と興味を示し。さらに、彼女の魔法科の同級生の友人たちも乗り気であり、俺の友人達も当然ながら賛成と。トントン拍子に進んでいき。

最終的には彼女たちも参加する大所帯となったのだ。

 

まぁ俺たちは泊まりだが、彼女たちは日帰りであるが。

それでも周囲の友人たちのテンションが大きく上がったのは当然だろう。

 

「本日はよろしくおねがいします」

 

「お招きいただきありがとうございます」

 

「こちらこそ、ようこそ」

 

乗馬用のパンツルックでやってきた女性陣。いや別に乗馬をするわけでもないがと思ったが、彼女たち的にはドレスか制服かこれしか選択肢がないのかも知れない。

兎も角、挨拶もそこそこに各々好きなように過ごし始める。釣りをするものもいれば、木陰に座り込み読書を始める者も、貸しボートに早速女子を誘っているのもいる。

 

ここは静かな湖。周りにはかなり綺麗に手入れされた森に囲まれている。つまりは我が家の商売敵である。

俺は敵情視察がてら周囲の散策でもしようとすると、服の裾を引かれる感覚に振り返る。

 

「ねぇねぇ、アリスもついていって良い?」

 

「あのっ、おねがいします」

 

「ええ、構いませんよ」

 

後ろに居たのはアレラーノさんと、彼女の友達であろう同じ様に小柄な少女だった。まぁ二人きりより緊張しなくて良いかなと思い、同道してもらうことにする。

 

「気持ち良い風だねぇ?」

 

「そうだね、アリスちゃん」

 

この遊歩道は、整備された道がトレイルコースの様になっているため、かなり歩きやすい。もとより散策用で歩きやすい距離のルートを練られているのだろう。

 

「きゃー」

 

「ほら、気をつけて」

 

「わぁ、デリック君ありがとっ!」

 

それでも、アレラーノさんは躓いたのかよろけてこちらに倒れ込んできたので、失礼にならないように背中に手を回して支える。

しかし、彼女の足元には何もなかったように見えるし、動きやすい格好なので転ぶように見えないが、まぁ森を歩き慣れていないのだろう。

 

「本当に力持ちなんですね……」

 

「でしょ? びっくりだよねぇ。アリスまた助けられちゃったねっ?」

 

「別に普通ですよ……おや?」

 

そんな風に歩を進めていれば、すぐ横によく育ったワイルドプラムを見つける。妙な所に生えているし後から植えたのであろうか? 予め此処一帯の収穫などの許可はもらっているので、いくつか拝借させてもらう。

 

「わぁ、スモモだねぇ!」

 

「これ、食べれるのですか?」

 

「ん……見た所恐らくかなり酸味が強いので、ジャムにするのに向いてますかねぇ?」

 

実家の近所の森にも生えており、子供の頃はよくおやつ代わりに食べたっけ。無茶苦茶酸っぱかったけれども、自分で見つけて採ってくることが楽しかったのだ。トリスにもあげたら微妙な顔をしてた気がするし、味はそんなものだと思う。

 

「すっごい、デリック君は詳しいね!!」

 

「まぁ生まれも育ちも田舎なもので」

 

手頃のものをもういくつか回収した後は、そのまま湖の岸辺へと戻ってくる。長くない道のりだったが。何度も何度もアレラーノさんが話しかけてくるので、妙に疲れた気がする。

というか、彼女は地味に体力が有る気がする。無駄に振り返ったりウロウロしているのに息も乱していない。

ちょっとだけ彼女を見直しつつ、湖に目を向けてみれば、何やら盛り上がっている。

 

「おい、デリックなんだそれ?」

 

「お土産。それでなんの騒ぎ?」

 

近寄ってきた奴にワイルドプラムを押し付けながら聞いてみると、貸しボートで野郎どもが競争を始めたとのことだ。なんでも最初は女子を乗せてのんびりだったのに、気がつけば男同士のガチンコバトルになっていたという。

楽しそうに女性陣も応援しながら見ている様子だし、ある意味では良かったのか?

 

「うおーっ! イケイケ!!」

 

「そこで差しなさい!!」

 

あまりマナーの良い遊びとも思えないが。過去の自分を省みると何も言えないので黙って推移を見守る。

すると、レースも終盤なのか首位争いをしていた2艘が接触して、片方がひっくり返ってもう片方もオールを手放してしまう。

 

「ほら、言わんこっちゃない」

 

小さくそう呟きながらも、なんか馬鹿をやっている空気が楽しいな。と思う俺も大概かも知れない。タオルでも用意してやるかと荷物の方に向かおうとすれば様子がおかしい、というかっ!

 

「おい、やばいって!!」

 

「ちょっと! あれ溺れてない!?」

 

俺は直ぐに上着だけを脱ぎ捨てて湖へと飛び込む。一番近くの奴はボートの上で必死に手を伸ばしているだけだし、他のボートに乗っていた奴らも、スタミナ切れなのか、鈍い動きで方向を変えてそちらへと向かっているが、遅い。

落ちたやつは確か学園の直ぐ側に住んでいるやつで、つまりは十中八九泳げない。パニックになって手をばたつかせている。

 

本当は溺れている人に泳いで助けに行くのは良くないが、背に腹は代えられない。幸いゴール目前で岸に近かったからか直ぐに泳ぎよると、案の定混乱しているようだったので、潜って底を蹴った勢いのまま、背中から掴みかかり、その場に『立たせた』 

 

「おい! 足つくぞ! おまえなら! 」

 

「ゴホッ!! ゲホぉ!! 助け! ……え? 本当だ」

 

俺より頭2つ程背の高いこいつなら、背を伸ばせば肩が出るほどの水深だ。それでもまともに泳いだことがない人には怖かったのかも知れない。

 

ともかく、もう大丈夫だと判断して俺は岸まで手を引いてやるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後、溺れかけたやつはショックだったのか、一足先にコテージに戻ってしまった。他の連中も心配していたが、大事がないとわかると、少しだけ動揺しているが元に戻っていった。

 

俺はと言うと、少し離れた所で苦戦していた。

 

「むぅ、種火より大きくならないな」

 

木々からは離れた開けた場所で、服を乾かそうと火を起こそうとしているのだが、石を打てども濡れてしまっているからか上手く行かない。別に俺もコテージに戻っても良かったが、そうするとお開きの空気になりそうだったので、少し離れた所でこんなことをしているのだ。

 

「《点火》 はい、どうぞ?」

 

「え? あ、ああ」

 

すると、突然目の前に火が現れる。人差し指の先に灯った火はそのまま、俺の積んでいた木に引火して『魔法のように』大きく安定する。

 

「ありがとう、アレラーノさん」

 

「もぅ、アリスで良いって」

 

もはや驚かない程自然に、彼女は気がついたら俺の前に居た。なにか気配を消す魔法でも有るのだろうか? そんなどうでも良いことを考えていると、自分の格好を思い出す。今の俺は素肌の上にそのまま上着を羽織っているだけ。下はしょうがないので履いたままだが、女性に見られるのは恥ずかしいので前のボタンを閉める。

 

「ふーん……恥ずかしいんだぁ」

 

「と、当然です!」

 

アレラーノさんは何がおかしいのか笑いながら、隣に腰掛ける。それで、ふと気がついたことが有る。彼女は可能な限り俺の横に座ろうとする。でも、トリスは座れるのならば俺の前に座るなって。あのきれいな鳶色の瞳の輝きを見なかったことはないなって。

そんなことを考えていると、アレラーノさんは俺の肩に手をかけてくる。

 

「デリック君は、皆に優しいね?」

 

「そうでしょうか? でも、そうありたいとは思ってます」

 

いきなりの言葉だったが、思わず答えた言葉は意外なほど自分に染みた。そうだ、俺は優しくて物腰が穏やかな王子様みたいにならなきゃいけないんだ。

 

「ねぇ、君はアリスの事どれだけ知ってる?」

 

「そうですね、アレラーノさんは、魔法科で1年生で成績優秀なんですよね。それ位です」

 

「……ほんとに、それだけ?」

 

「? ええ、はい……あぁ、あとは」

 

彼女の質問の意味がわからないままに答えた。そういえば彼女のことはあまり知らない。友人は定期的に彼女がいかに可愛いか、優秀な数少ない魔法使いだという事を熱く語るが、それは彼らの知ってるアリス・アレラーノのことであり。伝聞だ。

 

だから、俺が知る彼女は────

 

「幾何学の過去問を試験前にくれなかった人ですね」

 

「なにそれ、ひどーい!」

 

「ひどいはこちらのセリフですよ、おかげでまた平均点未満です」

 

頬を膨らませ抗議してくる彼女は、湖畔で涼しいとはいえ水に濡れてもいない人が火に当たれば暑いだろうに、汗一つかいていない。これもまた魔法か何かだろうか。

 

「ねぇ、同学年だしさ。友達に話すみたいに話してよ。そしたら過去問持ってきてあげる」

 

「わかった、アレラーノ。今度は全教科の過去問を頼む」

 

「切り替え早っ! そんなに、アリスより試験のほうが大事なの!?」

 

別に彼女には敬語をつかって、自分を良く見せたいわけではない。言われてみれば同い年だし、その通りだ。元々年上のトリスにすらもそうだった訳だし、別に畏まる必要はないかも知れない。

 

「勿論。あと、昼飯もね」

 

「本当、ひどいっ! リッキーの薄情者!!」

 

「なんだよ、リッキーって。初めて呼ばれたよ」

 

「ふぅーん……?」

 

軽口を叩き合うと、なんだか少しだけ空気が軽くなった気がする。少しだけだから、その分だけはアレラーノに感謝だ。

 

パチリと木が熱せられて爆ぜる音がして、なんとなく黙り込む。早く服が乾かないかなぁなんて思いながら、揺れる焚き火を見ていると、また横でアレラーノが口を開いた。

 

 

「ねぇ、リッキーはなんでブラックモア先輩のことが好きなの?」

 

「なんでってそれは……ずっと、いっしょに……いた……し」

 

そう、ずっと小さい頃から、俺にはトリスだけだった。彼女が俺の初恋で。憧れで、大好きな女の子だ。遊び相手になってもらって、本を読んでもらって、お出かけに連れて行ってもらって。

 

トリスといると楽しかった。幸せだった。嬉しかった。だから大好きだ。

それは昔から変わってない。トリスと出会ってから、トリスが居ない時期は寂しかったことも、つまらなかったことも同じだ。

 

でも、それって。本当に好きなのか?

 

俺の好きって。本当に、女の子のことが好きっていう。

周りの奴らと一緒の『好き』なのか?

 

 

「婚約者で初恋で、そう、婚約者で! 昔会った時に一目惚れしたから。そう、だから俺はトリスが好きだ」

 

 

そう口には出せたけれど。アレラーノの言葉は火の前にいるのに少し寒かった。

 

俺がトリスを好きなのは、好きだから好きなんだ。

そんな言葉しか頭に浮かばなかったから。好きなことに嘘はないし、一緒に居たい気持ちに偽りもない。でもそれって本当に好きなのだろうか?

 

「そっかぁ……それがリッキーの特別かぁ……」

 

アレラーノが横で呟いた言葉の意味が頭に入らぬまま、思わず上着のポケットに手を入れると、一つだけ入っていたワイルドプラムに触れる。

 

俺はおもむろに取り出して、それに齧り付く。

 

プラムは酸っぱくて渋く、そして少しだけ苦い味がした。

 

 




余計なシーンを書いてたら長く、遅くなりました。
本当に申し訳ない。


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彼女は今日のパーティーで話されたスピーチに、大変驚かされました

『登場人物達』の名前の頭文字(イニシャル) は結構気を使ってます。ずばりランクそのもの的な形です。
皆ラストネームも有るのですが、ややこしいので最低限に割愛してます。
あまり生かされていない設定なのですが。だからこんな名前の子達になってます。


「芸術の秋! いい言葉よねっ! 」

 

「ええ、仰るとおりですね、トリス先輩。試験前でなければ」

 

一段高くなっている教壇の下にある台の上に立って、腰に手をあてて服の上からでも膨らんでるのがよく分かる胸を反らせながら、キラキラ輝く笑顔でそう言ってくるトリス。

その体勢は俺にとってとっても目に毒だし、そこに立たれると身長が逆転するから、切実にやめてほしかった。

 

授業も本格的に再開したある日の安息日。俺は珍しく呼び出してきたトリスの元へと向かっていた。色々あったせいで、少しだけ期限を超過してしまった夏季休暇の課題の再提出も終わり、さあ試験勉強をするぞという日にである。

 

正直色々な点で悩ましかったが、結局の所トリスにお呼ばれした際に、先約がなければ俺は行かない選択肢はなかった。これはもう考えるとかではなく、そういうものなのだ。

 

「私、自慢だけど、去年の学園内のコンクールでは絵も小説も大賞だったのよねぇ」

 

「素晴らしいですね」

 

実際の所文化的な活動をする学園生は多く、音楽や絵画など多くの部門を持つコンクールが毎年秋の精霊の降誕祭前に行われる。時期としては試験の少し後という頃で実質的に夏の間に作成するものだ。事実夏の間学校で作成していた人もいるようだ。

 

そこで彼女は何年かぶりの1年生での二冠を取ったとのことである。

 

トリスは「応募人数が少ないからよ」と言うが、本当に彼女の書く絵や話は人気がある。門外漢の俺には聞きかじった程度だが、芸術性は低いけどとにかく大衆受けが良いものを題材にして書かれるそうだ。

 

小さい頃に約束した《トリスが見せてくる作品以外は見ない》を守っているので、詳しくは知らないが。ファンレターの入った箱は枕ほどの大きさなのに、もうすぐ溢れそうなほどで。

なんでもご婦人や若い女性の間では新作を待ち望む声が跡を絶たないのだという。

 

俺は勿論、去年の彼女の受賞作は学園生なら誰でも読めるので目を通している。あまり良さはわからなかったけれど

 

「今年はやっぱりマイブームの塑像をって思ったのだけど、先生から今年も期待してるって言われちゃったのよ」

 

「まぁ……仕方ないのでは?」

 

そしてその反面なのか塑像の完成度は、素人目に見ても『学生が授業で作っています』というレベルだ。決してすごく下手というわけではないが、別に秀でているとは思えない。

将来は彫刻家になる!! みたいな夢に邁進しているわけではなく、最近興味を持って始めてみたからだ。

 

先生方もトリスの将来の進路までとは言わなくとも、持たせるべきは石膏や粘土ではなく、筆かペンであるという認識なのだろう。正しい判断と俺も思う。

 

今日も試験勉強で使う人向けに開放されている空き教室に呼ばれた時点で、塑像の線はないと思っていた。かと言って買い物の荷物持ちなら外で集合だし、何の用事であろうか?

 

「実は去年の作品は絵も小説も入学前に書いたのを手直ししただけ。そんな時間もかけてないの。色々忙しいし今年は一枚絵ですますつもり」

 

「……何を描かれるのですか?」

 

こちらを見た彼女の瞳が輝いたような気がしたので、正直半ば以上に予想はできているが、一応聞いてみる。

 

「勿論、今年のハンカチ得票数の上位5人……3、いや作画コスト的に2人かしら? テーマは学園の双璧ね!」

 

「要するに、アルベルト殿下とバクスター先輩ですね」

 

案の定というか、いつもどおりのトリスだった。なんともまぁ元気なことであり。相変わらずだった。彼女は本当に気合を入れる時はこうだ。

 

「王家を描くのは黒に近いグレー、でも学園生の間は学生の勉強なのでセーフ! その特権期間中に描いておかないとね!」

 

将来空きページを埋めるのに使えるわ! などとわけのわからないことを言い始めるトリス。最近は落ち着いていたが、またいつもの発作が始まってきたようだ。

 

頬に紅がさし鳶色の瞳を輝かせる。大きく動かす手足に合わせて、襟足で揃えた曰くショートボブというスタイルの栗色の髪が揺れる。そんなトリスは本当に綺麗で、だからこそ彼女がアルベルト殿下のことや、他の人のことを考えていると────

 

そこまで考えて俺はふと気づいた。こんなに色々悩んでいるときでも、やはりこの気持ちは変わらないのだと。

色々下手なりに考えては見たものの。ある意味では最初から自分の中では答えは出ている。もうしょうがないのだって。

 

心の痛みと共に痛感できてしまった。

 

「それで、何をすれば宜しいのでしょうか? 」

 

肩をすくめながら、俺はそう尋ねる。

わざわざ呼び出すくらいだ。興奮してアルベルト殿下のことを語りたいのならば友人のところに行くであろうし。

この試験前の期間に、俺の成績があまり良くないことを知っているのに呼び出したのだから、大事な理由があるのだろう。きっと。

 

「あれ? 言ってなかった? 実はね、プ────」

 

「あっ! リッキーこんな所に居た!!」

 

風を切る音と硬いものが何かに当たるような大きな音を立てて開いたドア。そこからこの教室を覗き込んでいるのは、ひょこりと顔を出したアレラーノだった。

まあ、見る前にわかる、俺をリッキーと呼ぶのは彼女だけだから。

 

 

「……アリス(A)アレラーノ(A)!?」

 

「何のようだよ、アレラーノ」

 

「えぇー? 今日は皆来れる人で教室に集まって勉強しよっ! って決まってたでしょぉ?」

 

確かに、何時ものメンバーがそんな話をしていたのは小耳に挟んだ。だけれども、俺は一人でないと勉強ができない。集中できないのだ。

 

ギリギリで誰かに教えてもらうという形での2人くらいで、皆で見張りながら広い所で勉強するのは苦手だ。

自室より広い場所にいれば、走りたくなってしまうし、人がいれば話したくなる。だから勉強会には参加せずに、自室で勉強するつもりと軽く答えていたはずだ。

 

「一人で勉強するつもりだったし」

 

「じゃあ、なんでブラックモア先輩と一緒にいるのぉ? サボり?」

 

「そんなんじゃないし、用事があるって言われたからだし」

 

「アリスの半分ちょっとの点数なのにぃ、本当余裕だね?」

 

いつもに比べて妙に刺々しく絡んでくるアレラーノ。どうしたのだろうか? というよりやっぱりトリスと面識があるのだろうか?

トリスも名前を呼んだっきりだし、アレラーノは教室に入った瞬間に少しだけトリスに目線を向けた後、ずっと真っ直ぐ俺のことを見ているし。

 

「デリックは、彼女と、親しいのね?」

 

「ええ、夏に湖に皆で遊びに行きまして」

 

「湖に……そう。」

 

結局、溺れてしまったやつはあの後しばらくして元気を取り戻して、浪費した時間以上に楽しむぞと周囲を巻き込んで色々はしゃぎまわった。

そのおかげなのか、俺も知り合いが増えたし、男連中はその前後の泊まりもあり、かなり仲良く慣れた。良い夏休みだったと思う。

 

「とにかく、俺は行かない。勝手にやってて」

 

「えぇ? 皆で過去問持ち寄ってるのにぃ? リッキー来ないのぉ? アリスはリッキーに来てほしぃけどなぁ?」

 

「うっ……い、行かないし!」

 

俺だって、勉強は効率よくやりたい、過去問が揃ってれば、その対策をやって、試験に出るって言われたとこを復習して終わり! みたいのが良い。

だけど……トリスが俺に用事があるって呼び出してくれた。その理由は俺にとってなによりも大きい。勉強は深夜に回せるけど、トリスは夜に会えない。

 

「……行ってきなさい」

 

「トリス?」

 

そう思って、きっちり断ろうとしたのに、いつの間にか教壇の裏でなにかを片付け始めたトリスは俺にそう言ってきた。

 

「あんた勉強も頑張りなさい。今日は良いわよ。本当に、大した用事でもなかったし」

 

教壇から手だけが伸びてヒラヒラと振っている。声も軽い様子で言っていることもまともだ。トリスじゃないみたいに、まっとう過ぎるくらいだ。ここから覗き込んでも顔を教壇へ隠してしまって見えない。

 

「ほら、ブラックモア先輩もそう言ってるよ? リッキーにはアリスが教えてあげるね?」

 

「でも、トリスが」

 

さっきまであんなに楽しそうに王子様の良いところを語っていたトリスが、水のかかった焚き火のように、普通の元気に戻っているような声の調子で、ジェスチャーだけであっさりと追い出してくる。

 

俺は、試験があるけど、それでもトリスが呼んでくれたのが嬉しかった、だから今日は来た。色々思うところはあったけれども、それでも此処に来たのは、トリスに会いに来たのは自分で決めたことだ。

 

それなのに、トリスは勉強の誘いが来たくらいで、別にいいっていうんだ。それはいやだった。むかついた。なんでそんな事を言うのか。そんな風に不満が湧き出てくる。

今日はトリスに呼ばれたのに、期待してないと言ったら嘘になる。それをこんな風にされたから。

 

「成績やばいんでしょ、赤点取るのも経験とは思うけど、オススメはしないわよ」

 

「……わかったよ」

 

「ほら、許可も出たし、行こ?」

 

アレラーノが急かすように俺の腕を引いてくる。小柄な俺よりさらに小柄で華奢な彼女に引っ張られたところで、体幹は揺るがないが。

もう、俺は振り払う気も起きなかったので、そのまま教室を後にした。

 

こんな気分で勉強しても集中できるとは思えなかったけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ……やば……既に吐きそう……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────勉強の成果からか、なんとか平均点に食らいついていると言えるような点数の書かれた答案用紙を受け取ったのも幾分も前。俺は一人で玄関ホールまで来ていた。

 

あれからトリスとはあまり話せていない。でも無視をされているわけではない。試験が終わった後に彼女の絵画の為に、備品にないどうしても欲しい色があると言われて、一緒に買い物にも行ったりもした。

 

そのときに話はしたけれど、この前の約束のこともアレラーノ達との勉強のことも聞かれず、ただ試験の結果をたしなめられたり、逆に彼女の成績の良さを褒めたりと。

 

でも、どこかなにか違うような気がしていた。何かトリスに聞きたいことと、トリスが俺に聞きたいことが有るのにそれを言わないようにしているような。

 

だからこのホールに飾られている、『銀賞』の枠に飾られている彼女の絵を見に来ていたのだ。

先日から飾り始められたこの絵。惜しくも2年連続にはならず、大賞を取ったのは噂の編入生の先輩だ。もう編入してだいぶ経つのにまだ《編入生》そう言われている。

 

トリスの描いた王子と騎士の絵は、それこそ王族の別荘の私室くらいなら飾れそうな完成度だけれども、残念ながら大賞を逃した。小説は今回応募していない。

結果を知ったトリスに何ていうか少し悩んだけれども、彼女は驚きもせずにまぁ、当然の結果ね。と言っていた程度だ。変な所が無頓着なのだ、彼女は。

 

彼女の絵を見ながら俺はここ数日の、友人やアレラーノ達とのやり取りを思い出す。

 

「学園生活は、楽しいな」

 

そう、楽しいのだ。俺の今までの人生で、仲良くなった友人は歳を重ねるにつれて家の仕事の手伝いが増えてあまり遊べなくなっていった。そんな中でトリスだけが俺と一緒にいてくれた。

 

年に3,4回会いに来てくれる彼女は、本当に素敵で優しくて。俺の宝物だった。

彼女の家に遊びに行かせてもらったときは、本物のお姫様なんだと勘違いした。

 

なにもないドビンス領の俺の拙い案内を楽しげに聞いてくれた。

怖い話を聞いて眠れなくなった時に寝かしつけてもらった。

 

だから、彼女があんなに楽しそうにこの学園のことを話していた時は、正直あまり実感がなかった。

そんなことよりも彼女が夢中だった、王子様とやらの事で頭がいっぱいだったから。俺の入学まで彼女がドビンス家にもう来ないと聞いて、不安でいっぱいだったから。

 

その後はひたすらに彼女から聞いた話や、戯曲や詩を聞いて王子様らしい仕草を勉強した。少しでも彼女に見てほしくて。

得意でない学問にも取り組んだ、彼女の他の人を話す熱心な語りにも耳を傾けた。一緒に居たくて。

 

だけれども、学園が始まってわかった。この学園は俺には広すぎる。

 

沢山すぎる人が居て、色々すぎる物がある。友だちもできたし、同級生達とも仲良くなった。アレラーノなんかは学科が違うのによく遊びに来る。

 

毎日があっという間で、トリス以外と話している時間が、トリスと話している時間より長くなった。

家族に書いてみた手紙も、トリス以外の事であんなにスラスラ出来事を書けるなんて思わなかった。

トリスがいない時間がこんなに楽しい物だって、俺は知らなかった。

 

だからこそ、俺はトリスの描いた絵を見つめながら、決めた。

 

王子様と騎士が格好良く描かれたそれは、両方とも長身で豪奢な服を纏っている俺にはないもの。

 

身長は入学してからも変わらないし、家は貧乏とまでは言わないけど裕福ではないから。

顔だって整っているとは思えない彫りの浅いものだし。

 

彼女の求めていた者は俺にないものがたくさんあった。

そんな風にずっと、劣等感を感じない日はなかった。

 

俺は、次に進む為に、そんなもの達を乗り越えなくちゃいけないのだ。

 

だから、俺は次の精霊祭、降誕祭へトリスと一緒に参加する約束を交わしたのだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────瞳を開ける、降誕祭の飾り付けがされた中庭の会場を包む明かりに少しだけ目がくらむけれど、数日前あの絵の前で誓った事を思い出す。

 

今日のこの降誕祭は、学園と言うよりも国の行事で。学園は場所を貸しているという形で前回のパーティーよりもカジュアルだ。

神という存在が消え、精霊様だけが見守ってくれるようになった。その事を感謝して奉る。その名目で美味しい物を食べる。この国では、秋の大収穫の後のお祭りが担っているところが殆ど。

 

そんな風な催しだからなのか、今回トリスを誘った時も少しだけ悩まれたけれども、以前に俺からハンカチを渡したことを言い出せば、比較的素直に頷いてくれた。簡単な条件はつけられたけれども。

 

トリスから、俺に出された条件は

 

「このパーティーは騒がしくなるから、ダンスはなしね? 2階のテラスでのんびりするならいいわ」

 

そんな何時ものようによくわからないものだった。

 

今回は彼女の希望で、テラスで待ち合わせをしているが、此処は会場全体がよく見渡せる。『目立つように大理石で作られている階段の踊り場』と会場の中心部を挟んで反対側に有るからであろう。

周囲にはあまり人もいないし、生け垣が少しだけ目隠しになっている。静かな場所でトリスの好みそうなところだ。

 

時計をみれば、そろそろ約束の時間だ。下の階にちらほら知り合いの姿は見えるがトリスの姿はない。

加えて言うとこの手の行事で目立つアレラーノもいないようだ。彼女も少しだけ用事が有るとのことであったしそれなのだろう。

トリスとの約束の時間はパーティーも中盤。早く行ってもつまらないし意味ないから。そんなよくわからない理由だ。

 

そろそろ音楽が小休止して、学園長だか生徒会長だかが話す頃。精霊への感謝の言葉が始まるタイミングが目安。ちょうどこの曲で切り替わるはずだと考えていると、まさに今という所で。

 

「あっ、もう来てたの」

 

「ええ、気が急いてしまいました」

 

トリスは俺の後ろの廊下側の窓から、ひょいとドレス姿のままで開けた窓枠を乗り越えてテラスへと出てきた。なんというか、相変わらずだ。

 

「そろそろ、始まるわね……ベストタイミングよ。さて、『あの娘』は誰を選んだのかしら?」

 

時々、学園に入ってからは何度かだが、彼女はまるでこの先になにかが起こる予感のようなものを感じているように振る舞う、それはなにか大事なことなのだろうけど。

 

そんな何時ものように掴みどころのないまま、シンプルなドレスを夜風に揺らす彼女を見つめる。昼よりも淡い橙色の光で照らされている彼女は、いつまでも見ていられるほどに美しい。

 

囚われたかのように見つめていたら、眼下の会場では、踊り場を演説台代わりにして話していた学園長がそろそろ終わるようだ。

 

「……トリス」

 

「何? 急ぎ目でお願いね、本当にもうすぐなんだから」

 

 

黄色の布地にフリルのついたドレスはトリスのイメージによく合っている。この会場の令嬢たちの中では、ブラックモア家は中堅の下の方というところなので、もっと豪奢な服を纏っている方はたくさんいるけど。それでも輝いて見える。

 

待ち合わせの時間通りに来て、何をするわけでもなくただ会場を遠目に見つめて、俺の方を向いてくれない。何時もの仕草。

 

 

 

 

嗚呼、トリスは今日もトリスだった。

 

 

 

 

そんな彼女に、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベアトリスさん、俺は貴方が、ずっと好きでした」

 

 

 

 

今日俺は告白した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向かいの階段の踊り場へと誰かが登っていく姿を見つめていた彼女の首が、ゆっくりとこちらに向き直った。

 

 

今日始めて、彼女と目が合った。

 
















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『人生はお菓子の箱のようなもの、食べてみるまでわからないものです』

朝にピッタリなお話をイメージしました!


「ずっと、ずっと好きでした」

 

彼女の耳にその声は、どこか遠くの音の様に聞こえた。

水に潜っているときに水面の上から呼ばれたような、馬車や人々が行き交う密集した向かい側の会話のような。何かを言っているのかも、誰に向かっているのかもわかるのに、何を言っているのかだけがわからない。

とても分厚い膜の向こう側の言葉だった。わからないのだ。認知が働いてくれないのだ。

 

彼女の瞳に映るのは、まだ少しばかりの幼さが残る少年。10年余りの時間をともにした相手のはずだ。

 

当然のように声の調子やちょっとした仕草、目線の運びからだけでも、感情や意図が何となく分かる。だからこそ。この声の調子で、この視線の運びで、この雰囲気で言っていることが理解したくなかった。

 

遥か遠くで群衆がざわめく声がする。今日特に話す予定のなかった『誰か』が、踊り場に現れて何かを言った様子だ。嗚呼、そうだ。彼女は今日それを見に来たことを思い出す。

 

本当は仲の良い同性の同好の士とともに、こっそりと眺めるつもりだった。その出来事がなんで起こるかは言えないけれど、良い予感がするとして周りを誘い出して。

そうして、その光景を目に焼き付けて、語り合って、自分のモチベーションにして。ソレを完成させたら、それを題材にまた趣味の合う人達と盛り上がる。

 

尊さにふらついて手元が狂い飲み物をこぼしても良い様に、最低限のドレスで。書き留めたくなったとき様にメモ用紙を胸元に忍ばせて。足腰が効かなくなって倒れないように、踵のない靴まで用意していた。

そんないつもの、非生産的な生産的行動を繰り返して、そんな毎日を送るための活力を得る1ページのつもりだった。

 

「初めて会って、その時かはわからないけれど。昔からずっと」

 

それをするだけの立場や家柄の準備はいままでずっとして生きてきた。文字も絵も漫画も長年の経験と、ここでは自身が開拓者となってしまったことで、このジャンルにおいてはある種の第一人者だ。

学生であることを差し引いても十分以上に、彼女がその創作活動を続けながら好きに生きていくだけの大義名分をもっている自負は有る。

 

その横に、彼が何時までいてくれるのか。そう考えた日はなかったわけではないけれど。それでも、只々漠然としていた。昨日と同じ今日が来て、今日と同じ明日へ迎える。そんなことを誰かが保証してくれているような。

 

「あっ……えっと……」

 

いざとなると言葉は何も出てこなかった。だって、こんな風に言われることを想像したことがないわけではない。それでもそれはもしもの可能性であって。

自分の胸の奥にしまってあるような、そんな妄想にも近いもしかしたらの願望。

 

忌避感や背徳感を甘い独占欲で煮詰めて、グズグズになるまで変質した自分のエゴ。それは彼女を慰めることもあり、縛り付けることもあり、なによりも突き動かすものだった。

 

「学園に入ってからなんでトリスがあんまり来るなって言うのか、わからなかった」

 

こちらを見つめる自分よりも少しだけ低い瞳が、彼女を見上げてくる。干し草と太陽の香りがする黒い髪、つぶらな瞳に反する様に意思の強そうな相貌。日に焼けて活発そうな印象を受ける肌も。全て彼女が良いと思っている『運が良かった』部分。

 

「でも、友達がたくさんできてわかったよ、学園って楽しい」

 

子犬がじゃれつくように、無邪気に甘える様。女性に優しくそれでいて照れ屋で若干奥手気味な所。ちょっとずれた感性だけど困っている人は放っておけないのに、そうでない人には厳しい所。贈り物のセンスが今ひとつな所。食や嗜好の好みが子供じみている所。寂しがりな所。

 

それらは、少しずつだけ彼女が干渉した結果の部分。

 

彼という少年が、一人の女性へと出会ったことで伸ばして来た、成長してきた証そのものだ。タップ一つで変えることができない二人の足跡だ。

 

「トリスは、優しいから。ずっと教えてくれてたんだよね?」

 

遠くのざわめきがより大きな声となり、女性の黄色い声や男性の歓声まで聞こえる。それらはまるで聞き取れず、今目の前の少年だった彼から発せられた言葉に上書きされて行く。

 

「あっ……それ、ちがっ……ッ!! くない……の」

 

「うん、だから、俺はトリスが好きだった……大好きだったよ」

 

それがどんな意味なのか、本当はわかっていた。長い付き合いだから当たり前なのだ。どういう解釈をするべきかなんて、彼の目を見るまでもなくわかっていた。ああ、なんてきれいな光だ。

 

「トリスが他の男の、アルベルト殿下とかの話をしているのはずっと辛かった。だから色々やってみたんだ。そうしたらわかったよ」

 

少年はいつの間にか、初恋を『知った』。 物事を知るということは、それはつまり一つの区切りをつける必要がある。成就でも頓挫でも。彼はそう、この書物に栞を挟めるところまで、読み進めたから一度本を閉じて立ち上がったのだ。

 

「俺、トリスが誰か他の人のこと見ると寂しいんだって。でも、その寂しさは消えないけれど友達とか、アレラーノとかと一緒にいると小さくなるんだって」

 

「あ、あぁ……!! あっ……!! それは、良い……ことねっ」

 

夜なのに、晴れやかな太陽のような。それでも少しばかりの影がさすような。そんな『無垢な少年では浮かべられない様な』表情で彼は彼女へと微笑んでいた。

 

「すっごい、悩んだよ。でも、こうするのが一番何だって、トリスがきっとそう言いたいんだと俺は思ったから、だからさ」

 

もう、彼女は声を出すこともできなかった。まるで定められた筋書きに従うしかない役者のように。只々彼のその横顔を、遠くを見つめこちらを見てないその顔を見つめるだけだ。

この演目のきっと、クライマックスなのだ。彼女はその瞳に反射する光の像を心で感じ取り続ける、この一瞬を逃さないために。

 

「一人で、少しだけ頑張ってみるよ」

 

彼は遠くのある一点を眺めながらそう告げていく。彼女には今此処に至ってもなお、それでも何かできることはないかと、彼の視線の先を追う。

 

「自分の気持ちが何なのか、わからないから。俺が本当に誰が『好き』なのか、大切なのか、将来何をしたいのか。全部まだわからない。だから一回ここまでにしようと思うんだ」

 

遠く、遙か先にいたのは銀色の光。小柄で彼女よりも随分幼く見える少女が自信有りげに踊り場へと躍り出る所。

 

「また会うべき時に会いに行きますね、ブラックモア先輩」

 

「ッ! ……まっ! あっ!! あぁ!! 」

 

遠くの群衆では、更に何かが盛り上がっている。不思議と冷静な部分で彼女は、これから始まる、学園の中心人物達から起因する一斉婚約解消の狼煙なんだと、理解して。

 

────王子殿下!! なぜそのような小娘とっ!! 家の家格も持参金も立場も何もかもないのにっ!!

 

狂乱した女性の、遠くで響くそんな声が、耳を通り抜けていく中。そして、彼女は何拍か遅れて、これもまたそうなんだと実感した。してしまった。

 

「だから、一度、解消しましょう、お互いの為に」

 

そして、彼女は急速な充実感と達成感と喪失感と絶望感に包み込まれて、すとんと、膝をつく。目の前の手すりに乗せたままの手がするりと滑り落ちて膝へと叩きつけられるが、そんな些細なことが気にならない。それほどまでに彼女は自失していた。

 

────恋愛は損得ではない、そうでしょう?

 

いつもならば、駆け寄って起こしてくれる彼が、何故か既にいない事を認識できぬまま、彼女の意識は白く濁っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春、よく晴れたある日のこと。

人々はとある一つの建物に集まっていた。

 

そこは我々を見捨てた神々ではなく、今も見守り続けてくださる精霊様の前で、永遠を誓う場所。

 

今日はその場で新たな一組の男女が新たな門出を迎えていた。

 

「おめでとー」

 

「幸せにしろよー!」

 

「羨ましいぞー! この野郎!!」

 

小さな湖の畔に達建物の前で、数名の男女に囲まれた二人は、幸せそうな笑顔を周囲に振りまいている。今日の主役だ。

 

少しばかり男性のやっかみの声が聞こえるのも仕方があるまい。

 

その男女はあまり釣り合いが取れているとは言えなかった。

才気煥発、才色兼備の天才肌の魔女。若手宮廷魔術師の双璧の片翼であり、少女のような愛くるしい外見が見るものを虜にする、智も美も兼ね備えている女性であり。

 

もう片方は、その彼女と並べて背丈だけは釣り合うようなやや小柄な男性だった。

 

それでも男性側の参列者は、彼が全く悪い奴でないことをよく知っている。誰かのために本気で動ける人間だと身を持って知っている。だからこその親愛の野次が飛ぶのだ。

 

半場形骸化すらしている精霊への宣誓も済まし、オープンテラスに広げられた食事の数々を皆で囲う中、思い思いに新郎新婦への思い出話を前に出て披露していく。

和やかで微笑ましい、そんな幸せを形にしたような光景。中には新婦へと未練タラタラに告白する者もいるが、断られて笑いが起こるまでが一つのショーとなっている様だ。10年後も笑いながら思い出せるであろう、素敵なハレの日だ。

 

そして、ついに一人の美しい女性がそっと前に出る。彼女の人柄そのものをよく知らない人はいても、彼女が元来はどういった関係性の人間かを知らない人物は、この場に誰もいない。

この場の人間は自然と無意識にワイワイ騒がしかったのに、徐々に彼女を目にした人物より順に口を閉ざして静かになっていく。

 

そんな聴衆と化した周囲へと軽く礼をしてから、彼女はよく通る声で語りだす。

 

「結婚、おめでとう────いつか貴方が立派に大人になって、素敵な女性を連れてきてくれる日が来るのだと、私は幼い頃から夢に見ていたわ。寂しがりやで素直で甘えん坊だった貴方が、恋をして決断して、そして誰かを幸せにしたいって思える優しい子に、いえ優しい男性になれたことを誇りに思うわ」

 

彼女は晴れやかな表情で、慈愛の笑みを浮かべながらそうスラスラと話す。聴衆はその彼女の言葉に不思議と嘘がない様に感じた。未練も後悔も悲しみもなく、まるで大団円の演劇の最後のシーンのような。そんな趣だったのだから。

 

「貴女も、結婚おめでとう。最初に彼と一緒に居るのを見た瞬間から、実は貴女ならば。なんて思ってたのよ? だって貴女は人の寂しさを知っているはずの人だったから。そばにいてくれるだけで満たされる幸せというものを、いずれ理解してくれそうな人だったから」

 

嫉妬も憐憫も陶酔もないその言葉が会場を駆け抜ける。新婦はもしかしたら事前に聞いていたのかも知れない。自信満々な笑みで、当然だと言わんばかりに話し手の彼女の方を見つめているのだから。

 

「長い人生、二人で一緒に歩いていくのよ? 喧嘩することもあればもう顔を見たくないということも有るでしょう。彼はプレゼントのセンスがないし、彼女は時々堪え性がないからね、きっと色々あるわ、断言してあげる」

 

クスクスと小さな笑いまで起こる。人生の先輩が、大事な後輩二人へと丁寧に語る激励と祝福の言葉。そう周囲は心で受け止めたのだ。

 

「でもきっと、二人で協力すれば平気よ。喧嘩して相手の顔を見たくないってなったら、二人のどちらでも我が家にいらっしゃいな? 愚痴くらいなら聞いてあげるわよ。料金は格安。その次に来る時は二人で手を繋いでお土産を手に来ることよ」

 

彼女はどこまでもきれいな笑みで、この場で求められている最大の役割を果たした。なにせ彼女は事実上の仲人だったのだから。どうして彼女がそうなったかを知る1年度からの友人は誰しも口を閉ざしていたが。

 

「改めて、結婚おめでとう!! お幸せにね!」

 

万雷の拍手を受けた彼女、幸せそうに一度顔を見合わせた新郎新婦に向けて一礼をして席へと戻っていった。

 

それはもう軽やかな足取りで、すれ違った人はふわりとクリサンセマムの香りをかいだ気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、彼女は昼間に許容量を超えて摂取してしまったアルコールのためか、それとも特別な場ゆえか、余り食事を取れなかったが為の空腹感を覚え自室にて寝台に腰掛けていた。

夜食を頼むほどではなく、さりとて眠るのに気にならない程度でない空腹だったからだ。

 

さて、どうしたものかと、思考を続けるべく新たな議題を脳内に投じた所で、ふと目にとまるものがあった。

寝室からつながる開けっ放しのドアをくぐり、視界の端に捉えた箱へと向かう。帰宅した際に書斎の休憩用のテーブルの上に無造作に置かれたそれは、本日の戦利品。パーティーフェイバー、彼女の脳内の言葉に直せば引き出物だ。

 

昔、ずっと昔にこういったときには何を送るべきか、どこかの可愛い無邪気な誰かと話したような気がする。アルコールで鈍った頭がゆっくりと思い出そうとしたら、日に焼けた肌がちらつき、鈍い痛みがわいてきたので、中断してソファへともたれかかる。

 

そう、縁起の良い菓子でもあげておけば問題ないわよ、木の年輪みたいなの。そんな風に半ば投げやりに答えた記憶がある。

 

まあ、小腹を満たすのにちょうど良いかと思い箱に手をかける。フォークもハンカチーフもないことに気がつくが、一人深夜の間食に何を気にするかとばかりに。

こんな日の夜に、懐かしい甘ったるいケーキの口になっていく自分に苦笑しながら包装をとき、丁寧に箱を開ける。

 

 

「……あぁ、素敵ね」

 

 

そこには、思っていた年輪のような縁起物のケーキはなかった。色とりどりのフルーツを砂糖で固めたであろう、宝石のような菓子が。

チョコレートで作られた切り株のような台座の上に、所狭しと鎮座している。

その周りをこれまた色彩豊かな季節の花を模した、可愛らしい飾り菓子で囲まれている。

 

お菓子の国の、森の奥にある開けた場所で。小さな妖精たちが楽しく語り合っているような。そんな、もし恋を夢見る少女がこれを受け取れば、素敵な結婚を夢見れるような。そんな只々綺麗で素敵なお菓子だった。

 

 

 

 

 

────とても、彼女の知る彼が選べるような物ではない、美しい贈り物だった。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、綺麗で、素敵な、贈り物じゃないの」

 

化粧を落としてから寝台に腰掛ける程度に、自身がしっかりとした女性で有ることを、彼女は感謝した。甘い菓子のはずなのに、これだけ苦くドロドロと辛いのだから。

 

 

一つ綺麗な宝石をつまめば、彼と語った黄昏時の高原の景色。

一つ花を摘めば、彼に送られた花を。

台座のチョコレートまで手を伸ばすこともなく。

 

 

「あぁ、美味しいわ、ね。本当にッ!」

 

 

もう、上がってこないように、体の奥底に彼女は思い出を詰めていく。

 

既に、空腹は感じない、感じる物がもうないのだから。

 

 

ただただ、酷い飢えが苛んでいるが、それは彼女が打ち立てた渇望が満たされたからだ。

 

 

 

 

一人、夜の部屋で、彼女はただただ菓子を口に運び続けた。

 

 

 

ああ、今宵も彼からの贈り物はキラキラと、婚約者だった彼女とともに輝いて見えるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Baumkuchen ENDE~

 























正統派でストロングスタイルなバウムクーヘンです。
たくさん頂いていた、曇らせていくスタイルです。

なので、感想を書いたらQ_Loadできます。
本当です。作者嘘つかない。


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あのキラキラな元婚約者は、私の王子様です。

あまりの感想の多さに、驚いてしまいました。誠に感謝です。
舞い上がって仕事中に踊り出しそうでした。

その御蔭で、自分でも驚く速度でかけました。

というわけで、こちら本編です。
あ、そうそう。前話はハッピーENDのつもりです。

それでは、お約束の物を




つ Q_LOAD






















この話の一部分から、本作は書き始めました。

一番やべー奴の登場です。


「ベアトリスさん、俺は貴方が、ずっと好きでした」

 

心が、空気がざわついた。空も、星も、風も全て周囲が皆こちらを見ている。そんな錯覚を覚えてしまう程に俺の平衡感覚はない。

周りには誰もいないはずなのに。だから、きっと俺は緊張をしているのだろう。

 

けれども、口出した言葉は戻らない。身を隠す木々も、匂いを消してくれる草花もここにはない。開けた場所で獲物の前に身を乗り出したのだ。

 

何かしらの決着がこの場では必要だった。

 

「……デリック、やめなさい」

 

「この学園生活が楽しいのは、多分友達が多いからだ」

 

ベアトリス。彼女の名前。愛称はトリス。たまに彼女はビービーなんて言うけれど。俺の世界で一番好きな言葉だ。

その名前を持つ彼女が、俺の言葉の続きを促して『いない』。

 

俺が何を言おうとしているかを、彼女はもう、最初からわかっているはずだ。

だって、彼女の鳶色の瞳は、何時の俺に向かって王子様達の話をする時の様に輝いている。

彼女は、俺の事を一番理解しているはずだから、きっとわかっていて言っている。

 

「アイツらと馬鹿なことやって、テストの成績に一喜一憂して、運動場で誰かと競ってさ。気が向いたときに誰かと会えるのは、すごい楽しいんだ」

 

「今なら、聞かなかったことにできるわ。ねぇ、だから、そこでやめて頂戴? 」

 

だからこそ俺は口に出す。逃げ出したのならば組み伏せても最後まで聞かせるつもりで。

彼女の好みを俺は知っていた。優雅で知的、クールで情熱的な顔も要領も良い王子様。

俺はそんな格好良い姿形じゃないけど。不器用で洗練されてない田舎者だけど。

今日だってトリスが踵のない靴を履いてやっと少しだけ俺が背の高い位だけど。

 

でも、彼女を欲しいのは俺だけだから。俺はずっと優しい王子様を演じてたけど、多分俺はもっと我儘だから。

 

「トリスと昔会った時から、ずっと思ってたんだ。俺は楽しいのが好きだって」

 

遊んで、笑って、たまに勉強して、怒られて。ただただ一人で家で家族の手伝いをするか、野山を走るかしかしてなかった俺は、そんな今の退屈しない生活が、最高に好きだ。

トリスと会えない時はすることがなかった、そんな子供の時に向けていた彼女への感情と。

今の学園生の俺の心のあり方は。きっと、それはもう全く違う程になった。

俺はこの学園で沢山の事を学べた。

 

「だからさ、もっと楽しく過ごしたいんだ」

 

友達とバカやって、クラスメートと学んで、皆で騒ぐ。そんな生活の中で楽しく暮らしたい。

 

「……ねぇ、聞いて? デリック、いぢわるしないで? おねがいよぉ」

 

トリスは、震えていた。目には涙が浮かんで、輝いて綺麗で。

思わず謝ってしまいそうになるのは、ずっと一緒にいたからだ。俺は今トリスに酷いことをしているんだ。そう思えば思わず膝をつきたくなる。

 

 

でも、それだけじゃだめだって。俺はもう知っているんだ。

 

 

俺にはもう、トリスしかいないわけじゃないのだ。

 

彼女の額に汗がじんわり浮かんでいるのが見える。

────短い髪なのにこめかみの辺りに二筋程、髪が張り付いているからだ。

 

初めて会った時は、絵本の中のお姫様に思えたトリス。

────話してみれば優しいお姉さんだった。

 

栗色の髪の毛は確かに良く手入れされているけれど。

────同じ学年でよく顔を合わせる女子の中には、腰まで届く髪が輝くほどにまで磨かれた子もいる。

 

会う度に色々な彼女を知れて、面倒くさがりな所や、少しズボラな所が有ることを知った。

 

少し着慣れた感じの、あえて言うのならば簡素なドレスは、階下の会場の御令嬢の物に比べれば見劣りしてしまう作りだし。身を包まれている彼女は、全体的に緩めなドレスなのにサイズが少しばかり小さいのではないかと思う肉付きだ。

 

そして、最近は他の男の事ばかりを見ている。そんな女性だ。

 

俺が誘っても他の先約を優先する女性だ。

 

ハンカチを沢山作って嬉しそうに配る女性だ。

 

雑用や荷物持ちを押し付けてきて、趣味に没頭する女性だ。

 

 

学園で、多くを学んだ。アレラーノや他の女子達とも話しをするようになって。

普通の女子の良いところは何かを、俺は知った。

女性の魅力を話す友人共から、評価するべきポイントを聞いた。

 

 

それならば、もう。答えは定まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから、トリスは俺の隣にいて欲しい」

 

 

うるさいっ!! 俺が好きなんだからそれで良いんだよ!!

 

 

「いけないわ、だめよ、デリック」

 

「友達がいて、遊び相手がいて楽しい。でも、トリスがいたら俺はもっと楽しい」

 

簡単だ。学園は楽しくて、同じ学年の人と遊ぶのが好き。でも、どっちかを選ばなきゃいけないわけでもない。トリスも俺の側にいて欲しい。

 

これは、我儘だとは思うけれど、駄目だなんて誰にも言われてない。

 

トリス以外には。

 

「トリスが、俺の事を『遠く』にしたいのは知ってる、なんでだか知らないけど。でも」

 

「嫌っ!! 聞かない!!」

 

大声で叫んで、耳を塞ぐトリス。まるで我儘な子供みたいだ。彼女のほうが今までずっとお姉さんだったから、少しだけ可笑しかった。

癇癪を起こしたみたいに大声で嫌がられたけれど、それももう知らない。

だって、トリス俺から逃げようとしないんだから、逃げても逃がすつもりはないけど。

 

「俺はトリスとずっと一緒に居たい」

 

「~~~~~ッ!!」

 

彼女の手を掴んで持ち上げる。非力なトリスが思い切り耳を塞いでも、俺なら簡単に外せる。そのまま手を引いて体を近づけて、よく聞こえるように、彼女の右の耳に俺は顔を寄せる。形の整った彼女の耳たぶに向かって

 

「これで、聞こえるでしょ? 無視しちゃやだよ、トリスちゃん」

 

そう言うと余計に手を振りほどこうとする。

とっさにちゃん付けしてしまったのは、自分でもなぜだかわからないけれど。

彼女の動きが一瞬ピクッとして遅くなった。でももう掴んだままだ。だから俺は放さない。トリスが良いって言うまで絶対に離さない。

 

「し、知らない!! 知らないわよ!!」

 

「トリス……ねぇってば?」

 

しばらくじたばたしてたトリスも疲れたのか、だんだんと落ち着いて肩で息をしながら呼吸を整えていく。本当に体力ないよなぁ、なんて。

トリスは前に階段で5階までかけ上がるだけで、休憩したがっていたのだから。

そんな事を思い出していると、俺も何か笑えてきた。

 

「本気、で。そう、なのね。わた、アタシと」

 

「うん、そうだよ」

 

やっと口を開いたトリスは何か、すごく難しい顔をして考え始めた。もう逃げる体力もないだろうと思って、握る力を緩める。でも放しはしない。だってトリスは時々訳わからない事を言って、訳わからないで逃げるから。

 

じっと、顔を覗き込んでいると、苦い顔に辛い顔、甘いものを食べたときの顔みたいに、コロコロと表情が変わっていく。どの顔もとても可愛い。

見ていると心がドキドキして、ぽかぽかする。俺がこんな風に思えるのはトリスだけなんだ。

 

しばらくすると、大きく息を吐いた。まるでそう、この前見た『出陣前の将軍』役の役者の様に、勇ましい表情でやっと、トリスは口を開いた。

 

「冬まで、あなたの次の誕生日まで待って」

 

「え?」

 

それは、以外な言葉だったから、思わず聞き返してしまう。

なんでここで誕生日が出てくるのだろうか?

 

「あなたが16になったら、考えてあげる、本当に、考えるだけよ」

 

頬を赤く染めながら、潤んだ目で、少しだけ斜めから覗き込むように、そう言ってくる。

これは多分、妥協か、仕方ないなぁって思っている時の表情だと、思う。なんでそんな顔をしてるのか、なんで年齢が出てくるのか、俺にはわからない。

 

「……トリス?」

 

「せ、せいぜい? それまでの束の間の、独り身を楽しんでおきなさい? ほ、本当に考えるだけだけど、そういうこともあるかも知れないからね!?」

 

トリスは何を言っているんだろう?

俺はただ、トリスと学園でもっと仲良くしたい。恋人みたいなことがしたいなって。そう言ってるのに、なんで誕生日まで待たなきゃいけないんだろう?

 

でも、誕生日が来て、俺が16歳になれば、OKという事なんだろう。そう考えると嫌いな寒い季節の、その先の終わりが楽しみになってくる。

 

「うん、約束だね」

 

「そうね、本当、それまでは頑張るから、本当に頑張るけど。もうちょっと……」

 

一息をつけたなぁと思っていたら。明るく、アップテンポな音楽が聞こえる。

ふと前を見ると、いつの間にか、目の前の踊り場の騒ぎは解散していたようだ。

 

それにしても、この後どうしようかなと、少しだけ悩ましい。トリスからの返事はこれは、保留というやつなのだろう。でも、今までみたいになるべく会いに行かないとかそういう事もしなくて良いだろうと、そうも思う。

 

当のトリスに確認しようと、目線をまたトリスの方に戻すと、聞き覚えのある足音が聞こえてくる。小さい歩幅でカツカツと素早く足を動かしているのが聞こえるこの足音は────

 

 

 

 

「リッキー!! なんで!? どうして先輩なの!?」

 

「アレラーノ? なんで此処に」

 

走ってきたのか、少しだけ息を乱しているアレラーノの姿だった。

彼女がこの二人きりだったテラスに急に現れたのだ。

 

「アリスはさっき、王子様達と一緒にバイバイしてきたの! メガネに! そしたら、此処でリッキーが先輩にキスを、ってそれはもうどうでも良くて! ねぇリッキー考え直そ?」

 

「えっと、何のこと?」

 

アレラーノは基本的に何を考えているかわからないが、何時も余裕というかふわふわと掴み所がない。それなのに今日の今夜の彼女は違った。

バッチリと決まった黒を基調としたレースで飾られたドレスに、長い桃色の髪をハチドリの描かれた大きなバレッタで高い所で留めている。この場でも有数に見事な格好だろう。

 

「おかしいでしょ! アリスがやっと見つけた特別な人なのに! この人はずるいし、おかしいよぉ!」

 

魔法を使ったのか、少しだけ薄暗い中でもはっきり見える彼女の顔は、今まで見た何よりも必死で。何時もよりも大人びて見える。格好も有るだろうけれど、俺は確かにそう感じた。でもなぜか同時にすごく迷子のこどもを見ているような、そうとも思ったけど、直ぐにそんな感覚は立ち消えていった。

 

「アリス・アレラーノ……事情は、わかる、とは……言わないわ、でも────」

 

「好きでもないのに、なんで誰かの特別になれるの!! ずるいよ! アリスわかんないよぉ!」

 

いつの間にかトリスが、俺の前に出て、アレラーノと俺の間に立つ。トリスの栗色の髪が風に揺れているのはよく見えるけれど、表情が見えなくなってしまった。

 

今のアレラーノがなんで怒ってるのか、俺にはわからない。何か俺が悪いことをしてしまったかも知れない。

でも、アレラーノが俺でよく遊ぼうとしている時とはぜんぜん違う、そんな風に見える。

 

 

「ブラックモア先輩はリッキーの事『特別』に好きじゃないのに、なんで簡単にリッキーの『特別』を雑に扱えるの!? おかしいよ!」

 

ただ、彼女の特別というのは、何かすごい大切な言葉な気がした。

それが、何かわからないけれど、トリスか俺の何かが許せなかったのだろう。

それを俺は知らなかったけれど、知るべきではなかったような、そんな気がした。

 

「……違うわよ」

 

「違くない! リッキーがあんなに悲しそうな顔してるのにっ! 放っておくなんて、本当に好きなの!? アリスはそう思えない! だから特別に見てくれないメガネとバイバイしてきたの、リッキーはもうちょっとで、きっとアリスの特別に、本物の特別になってくれるから……」

 

「訂正しなさい、好きじゃないわけ、ないじゃないのっ……」

 

アレラーノは俺の方を見ながらそう言う。だけれど目の前のトリスからいつか感じたような、寒い感じがしてくる。これは、なんだろう?

 

 

「なに、先輩は、リッキーのこと好きなの? 今まであんな風にしてるたのに、それウケるんだけど」

 

ちっとも笑ってない顔でアレラーノはそう言い放った。

その言葉にトリスは、まるで高い建物から飛び降りる様に、最後の段差を乗り越えたように。ふわりと前に出て。アレラーノの肩を両手で掴んだ。

さっき俺がやったみたいに、アレラーノの顔に、顔を近づけて、大きく息を吸い込んだ。

 

そして、トリスは口を開いて語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とても、とても────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────いままでに聞いたことのない位の早口で

 

 

 

 

 

 

「そうよ! 好きよ!! 大好きよ!! 目に入れても痛くないくらいに大切なのよ! でもそれって普通のコトでしょ? 自分の婚約者なのよ!! 世間一般的に何も問題もないわ。確かにアタシの家の家格のほうが上だけど、二人とも家を継ぐわけじゃないじゃない。年齢だって一個しか離れていないことになっているの。 仮にアタシが実はもうすぐ四捨五入したら50に行くような年齢だったとしても、それが何の問題なのよ!? これでもアタシずっとずっとずっと我慢もしたのよ!? せめて16歳になるまでは我慢するつもりだったのよ! 最初は18までだったけどそれはもうなんか無理だって直感で3年くらい前にわかったから16の誕生日まではちょっといじわるで優しいお姉さんでいようって頑張ってたのよ!! 恋愛が上手く行けないから大好きなオタ趣味に逃げて何が悪いの!? だって彼はまだ15歳よ!! 無茶苦茶好みのお年頃よ! じゃなくて学年的には1年生だけどアタシの体感だと彼の15歳はDC3なのよ!? それをアタシが手を出したらだめだってずっと思ってたのよ!? こんな刷り込みみたいにやばい女に捕まるとか、アタシの最推しがそんなやばい女に捕まるっていうのがね、本当に最大の解釈違いなのよ!? わかるアタシのこの辛さ。理想の好みの子を育て上げたら、その完璧なお相手の子を作ってあげられる機能が最低限ないとだめでしょ!? それはそれで、無茶苦茶キツイ気がするけど! 基本的にアタシは推しの同担はいけるけど、最推しはNGっていうタイプの女なの! 面倒な自覚は有るけど、そういうものなのよ!? でも、もし本当にデリックが好きな娘ができて『お姉ちゃんごめんね』なんて言ったら笑顔で送り出してあげるつもりだったのよ!? 嘘じゃないわよ! 仮に好きでしたなんて告白されて、好きな人ができたんだとか言われてもアタシなら笑って許してたと思うわ。その後はもう大泣きも大泣きよ。子爵の次女として一人で生きていくどころか、デリックも養える分のお金は稼ぐプランが十分あるのよ!? でも学校に通わせないで囲うようんな女に捕まるのは本当に、本っ当にぃ! 解釈が違うの!? わかるアタシのこの苦しみ! わからないでしょ!? シミュレーションゲームで理想の相手を作ってそれがこんな気持ち悪い女に捕まるのよ!? そんなのもう脳みそ壊れるわよ!! デリックの相手は、可愛くて優しくて情熱的で変な思想がなくてしっかりとした理念があって頭脳明晰で気品にあふれてて優雅さをいつだって忘れないで勤勉に暮らして彼を妻として子は母として支えられるのが最低条件なのよ!? 知ってる? デリックの最初に話した言葉はトリスちゃんってことにアタシの頭の中ではなってるのよ!? このゲームの最推しも出てきてないけどデリックだったはずなのよ!?デリックはね、アタシが遊びに行きますって描いたお手紙を全部アタシがあげた箱の中に保管してるの。デリックの部屋にある家具は全部アタシがあげたものなの。椅子も机もベッドも枕もクッションも全部アタシがデリックにあう用に大きさを計算して毎年採寸して送ってるの。デザインは全く同じものをデリックの家に遊びに行ったときに、二人ででかけているときに搬入させてるから気付かれてないだろうけどね。勿論傷の位置まで覚えてるの、どうやって使ってつけたんだろうって考えるだけで楽しいの。12歳になるまでアタシが遊びに行っているときは、次の日のデリックの洋服はアタシが決めて、事前にお義母様にお渡しして着るようにしてもらってたの、半ズボンより七分丈が好きなの、それと長めのソックス+袖あまり気味パーカーとかリクエストしてたし、下着の色もお揃いにしてたの! アタシの家に来たときに口に運ぶものは可能な限りアタシが選んでたの。そうすれば体の全てが私が作ったみたいに感じられるから。デリックはね、歩くときは右足から踏み出すけど、走ろうとするときは左足を先に出すの。動物は基本的に好きだけど、子犬とか子猫はか弱すぎてで少し怖がるの。デリックが好きなアタシの服装は水色のワンピースに麦わら帽子なの。そうなるようにその格好の時は身体的接触を小さい頃から増やしてたの。デリックが朝自分で自分の下着を洗ったことを密告してもらった時は、わざわざ取り寄せてお赤飯を炊いたの。でもデリックでアタシはしたことないの、可愛すぎてデリックではしたくならないの。いえ、本当はすっごくアリなんだけど、此処数年それをしたら翌日には本物を取りに行くだろうから我慢してるの。デリックの着られなくなった洋服は全部アタシの2番目の私室の隠し部屋に年齢ごとに保存してるの。その部屋の存在を当然デリックは知らないわ、アタシの家族は知ってるけどね。その部屋にはデリックが沢山いてね? デリックを描いた絵は三部だけ製本してもらった物が今7冊目なの。選び抜いてるからまだ少ないのよ? だから、デリックがもし好きになる女の子は、最低限アタシよりデリックのことを好きになっているはずなの。だってデリックが選ぶ娘なのよ? きっと素晴らしい娘なはずでしょ? そう考えてずっと生きてきたの。きっとデリックが相手をしっかり見つけて、アタシなんかとはただの親が勝手に決めた婚約者だっていう風に気づいてくれる方が幸せだって、頭ではわかってるの。でも、もし、本当に万が一でもデリックがアタシのことを選んでくれたら、アタシがそれを受け入れられたら、何でもするの、何でもしてあげるの。デリックは無邪気系寂しがりや野生児であって、優男系王子様ではないの。背伸びは可愛くなかったといえば嘘になるけど! でもその所作の違和感のおかげで、学園で毎日のように顔を見れる場所にいるのにアタシは自制できて少しだけ安心できた。普通の婚約者でいられた。でもでも、さっき告白されたときに、一瞬でバームクーヘンを食べるまでを幻視したわよ。自分の妄想力にはびっくりよ! でもね、やっぱダメなの。デリックが私の関係にしっかりとした形を求めてきたら、もう私は同意するしかないの。好きだから、愛しているから、愛おしいから。私はデリックを不幸せにしない自信はあるけど、世界一幸せにしてあげられる自信がないの。だから、それができる娘なら、デリックのことを一番に考えるのならば、きっと良かったの。そう思って生きてきたの。デリックに会えない時間はデリックがいないって考えたらストレスがすごいから、もう私は趣味に没頭するの。ソレがいい感じにデリックがまた成長するきっかけになるんだって自分に言い聞かせながらずっとずっとずっとずっとずっと我慢してたの。人として、最後の一線だけは超えないように、私は今日さっきまで耐えてたの。もう限界なのよ? 私最近朝起きたら何時もデリックが隣りにいるのよ? 授業中は膝の上にいるのよ? 休日はずっと私の上にいるのよ? そんな幻覚をずっと見てるの。だから、最近夜には本当に会うのが辛いの。かなり強く意識を保ってないと何時送り狼をするか、させるように誘導するかわからないから。休み時間の度に会いに来られたら夏休み明けにアタシ退学してたと思うわよ? パパと子供の誕生日を揃えられるかもね? 会うたびに触りたかったの、可愛がりたかったの、触ってほしかったの、求めてほしかったの。だから、もう、アタシは諦めちゃうわ。正直ね、本当の本当の妥協点の16歳まで、待てるかもわからないんだもの。だからもし、アタシのこれが特別な思いじゃないっていうのなら、人生を2つ分くらいかけて挑んできなさいよ、アリス。アタシはもう、自重も我慢もしないの。本気の本気でデリックの事を愛するからね。後ろ指刺したいなら好きにすればいいわ。どう? 貴女はその覚悟有る?『特別』っていうのは、これくらいの思いがあっても手に入るかわからないものなのよ」

 

 

 

 

「え、え? なに、それ、わかんない、アリス、そんなの知らない」

 

正直、俺も半分も何を言っているかわからなかった。アレラーノの肩をつかんで、耳に向かってものすごく早口で何かを言ってきたのだから、

 

でも、トリスが早口で何かを語ってるのはいつものことで。

何かよくわからないのだけど、きっとあの調子で俺の良いところを言ってくれていたのだろう。

たくさん俺の名前を言っていた様子だったし。

 

ただ、アレラーノは慣れてないのか、顔を青くしている。初めて夫の狩りについてきて、獲物を解体して毛皮を剥いでいるところを見たご婦人のようだ。すると不思議なことにしばらくお肉食べれなくなってしまうのだ。

 

「トリス、お話今日は長かったね」

 

それは可哀想だから、トリスを俺の方に呼ぶ。トリスの熱量は聞いていると疲れるときもある。特に俺は他の男の話をされているから特に。でも、今回は俺の話だったみたいだし、アレラーノも何か感じるものがあったのだろう。

 

 

「あら? アタシ、いえ私の言葉に耐性ができちゃってたのね、デリック。これは嬉しい誤算ね」

 

ニッコリと、まるでぐっすりと温かいベッドで思う存分眠った後の朝みたいな。とても晴れやかな顔をして、トリスが戻ってくる。

とても、とっても綺麗で、素敵だった。本当に魅力的だ。俺の、俺だけのトリス。

 

「お、おかしいよ、二人とも。」

 

「ええ、そうよ、私、とってもおかしいの。我慢ができない悪い大人なの」

 

「アレラーノ、トリスは前からこうだから。トリスは俺の特別だから」

 

ただ、言えるのは、アレラーノにとっての何かの『特別』に、俺はもうなれないなぁって、そう思った事だ。

初めてハチドリの求愛を見た女の子みたいに、アレラーノは信じられない物を見てしまったような目で俺たちの事を見ているから。

そんなことよりも、今日は何よりもトリスだ。

 

「さぁ、デリックまずは、うちの両親に挨拶に行きましょう? 始発の馬車で、いえ。日が昇ったら一緒に歩いて行出発よ。そして降誕祭休暇中は、ずっとうちで一緒に過ごすの」

 

「うんトリス、行こう! でもなんで?」

 

「勿論お父様も、お母様も喜ぶからよ」

 

それは、俺も嬉しい。いつも親切な子爵も優しい子爵夫人も最近は会えていなかったから。

 

でも、早く16歳になってトリスと『恋人』になりたいな。

そう俺は考えながら、トリスと手を繋いで会場を後にする。

 

 

 

 

 

 

そういえば、今日はトリスと踊れなかったな。そんな事を少しだけ寂しく感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、翌晩俺とトリスは一晩中踊り明かしたけれども。情熱的に、激しいテンポで。

招かれるままにいたら、それはもう流れるように。

 

そのとてもとても幸せなダンスに、俺はまた不安になってしまった。

 

ああ、もう絶対に────俺はトリスがいないと生きていけないなって。

でも、それもそんなに悪くない。だって、トリスはこんなにも可愛いのだから。

 

「愛してたわ、デリック。ずっと昔から」

 

もう、俺は大人の王子様の振りをしなくて良い。変に斜に構えて悲観しないで良い。

きっと、俺は俺のままでいれば良いんだ。

 

「貴方が私の王子様。もう離さないわ、絶対に、一生……いえ、なた来世があれば、そこまでは」

 

「うん、トリス。ずっと一緒にいようね」

 

何年か振りの彼女の部屋の天蓋のついた大きな寝台の上で、久しぶりに彼女の胸に抱かれ頭を撫でられながら。俺はそう呟きながら眠りに落ちる。もう不安は感じない。他の人より背の低い俺の体が俺は好きになれた。

世界に二人だけしかいないように感じながら、俺は朝が来るまでトリスに溺れてしまおうと。薄れていく意識のなか微かにそう思った気がする。

 

 

「おやすみなさい、デリック」

 

 

彼女の掛けた布団には、一面にブラックモアの家紋が誂えられており、

その裏側には当然のようにドビンス家の家紋が綺麗な刺繍で描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~Fin~









というわけで、ラブでコメな話のコメな部分でした!!
特殊タグをどこまで使うか悩みましたが、この形に。

逆なんです。順番も優先順位も目的も矢印も全部、逆だったというわけです。
感情は本物で、実際素直ではなかったわけなのですが。スタートの方向が反対だったのです。
求められている形とは違うとは思いましたが、私は二人をこう解釈しました。

だって、男性諸兄の方、少女を引き取る疑似家族ものの話の結末って
男が手を出す結末なの受け付けない、親子で良い。って人結構いますよね?
トリスはそうだったわけです。

キャラクリ要素のあるゲームで、自分を作ってプレイする人、理想の相手を作ってプレイする人等々いますが。そんなキャラが作中イベントで変なのとフラグが建つのが嫌だったタイプ。というわけです。
それはつまり、彼女がそう思っているからで。

サンドボックス系か、ジ●●ウガ●●ンみたいな世界だったら、彼女は幸せだったでしょう。
まあ、尋常じゃないほどに拗らせてましたがね。

なにせ、限界まで彼女の描写を削っていましたから。
だから感想で、トリスの人気が出ないでその女やめとけって。
皆さんが言ってるのを見てニコニコしてました。その通りですよって。
たぶん、その意味合いは近いようで少し違っているなぁって思いながら。

でも、私こういう毒沼みたいな女の人に、少年が良いようにされるの大好きだから書きました。
以前書いたFGOの方も、似たような感じになっていったので、性癖だと思います。
(RTA風で人を選びますが、気が向いたら読んであげて下さい、冬木から人理修復して完結済みです)

そして、アリス。前話の脳を破壊されてしまった方が多かったENDですが、事実客観的に見て彼女とくっつく方が累計では幸になるかもしれません。でも、デリック君の幸せ瞬間最高値は、こっちの話のほうが上になります。

彼女に関しても、デリックの視点からの主観的女性の美醜に関しては、トリス以外に0に近くしたので。かなり掘り下げがされないままになってます。
















だから、あと、本当にもう少しだけ続きます。
皆様の解釈違いな話になるでしょうが、今しばらくお付き合い下さいませ。


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ミス・ブラックモアの華麗なる計略、またはトリスパイセンの劣情

沢山の感想、評価ありがとうございます。

先のトリス怪文書は、お気に召していただけたようで何よりです。
早口なセリフということも有り、デリックの相手に求めていたのが
『お前に足りないもの』だったりこっそりしてます。
そこから拙作は書き始めました。嘘のような本当の話です。


さて、この話が、一応の最終話。

またまた、特殊な形式です。
最後までお付き合いください。


私『馬場 紅子』! 永遠の19歳!!

あ、酒飲みたいしやっぱ20歳で!

 

社会人キャリアも10年超えの美少女!!

 

みたいに自分に酔える様な年ではなく、代わり映えしない生活を送る、ただの独身女性。でも別に自分の人生を悲観したことはない。私は健康な体で生まれて、人よりも少しだけ根気強くて器用だった。

 

全国の馬場さん共通の理由からか、小さい頃から男子にはババァって言われてからかわれて色々嫌になった。だから高校からは女子校で、所属グループは影の者の陣営で。うっかり自費制作本なんか出しちゃったりして。

それでも、最低限の体裁は取り繕えるから、社会人になって程々に働きながらも創作趣味は続けられた。よく同人は儲かると言われるが、とんでもない。投資と経費として色々買っていれば、プラマイ0と自分に言い聞かせる事ができるギリギリ位の収支だ。

 

まぁ、そんな事はどうでもよくて。

アタシはある日ぽっくりと死んでしまったようだ。徹夜明けに駅のホームに落ちたとか、トラックに引かれたとかじゃなくて、死因すらあやふや。

そして気がつけばお嬢様! なんちゃって中世ファンタジーの世界! まぁ素敵ねっ。

 

幸いだったのは、所謂思い出す感じでの前世継承だったからことかしら? 乳児プレイは自分でする物ではないのよ。

でも、前世から引き続いて末っ子という、よくわからない業を引き継いでいるので、周囲からはそれはもう子供扱い。正直しんどかった。

 

ともかく、物心ついて、お稽古が始まったあたりに前世がふわっと湧いた私は、いざ知識を利用してバリバリ成り上がりを……なんて考えもしないで、適当にやる気なく過ごしてた。

いやぁ、国の名前とか聞いてもいまいちピンとこなかったからね。そう、この世界がソシャゲ化までしたあの乙女ゲーだって気がついたのは実は、結構後なのよ。

なにせ、ブラックモアなんて名前も聞いたことなかったし? 創作活動に勤しんであんまり噂とか集めてなかったし?

 

そんな若干不真面目だけど文才と絵才はある、そこそこな生まれのお嬢様をしてた、6歳の春。

 

私、運命に出会いましてよ。

 

「はじめまして」

 

父の旧知の仲で元同級生という、代官の治める小さな領地。そこにお前の婚約者がいるから会いに行くと言われたときの私のテンションは、雨の前日の燕もかくやという所。

なんでそんな田舎くんだりまでと思いましたが、所詮私食わせてもらっている子供。文句は言えず尻尾振るしかねぇ。

 

「ご紹介に預かりました、私はブラックモア家のベアトリスと申します」

 

子ども用のドレスの裾を軽くつまんでお辞儀をして、ニコリ。可愛くておしゃまなお嬢様よ、オホホ。なんて思いながら、妙に背の低い割に筋肉質なオジサマへとご挨拶。

微笑ましく見てくださるけれど、正直私の意識はその後ろの黒い髪の毛へと向けられていた。

 

「デリック……です」

 

彼の父親譲りの黒い髪、母親譲りのブラウンの瞳。恥ずがしがっているけれど、興味津々で父親の背後に隠れつつこちらを見つめてくる姿。

 

あぁ!! なにこのかわいい子!!

 

なんちゃって中世ファンタジーの世界なのに、どことなく故郷のような、それでいて少しだけ違うような。とにかく、黒髪黒目の少年だ。それが、なにやら私の婚約者だというのだ。

天才か? やば、まるで死後の世界に来たみたいだぁ(直喩)

 

「まぁ、素敵なお名前。お呼びしても宜しいでしょうか? 」

 

「……すきにして」

 

少しだけはにかんだように笑顔を浮かべて、可愛いお顔を覗き込んで見ると、ぷいっとそっぽを向いて言ってくる。あらあら、照れてるのね。Araaraしたくなってくるじゃない。

 

「ありがとうございます。ではどうか、私はトリスとお呼び下さい、デリック様」

 

「とりす、トリスちゃん、はじめまして」

 

「はいっ、はじめましてデリック様」

 

それでも、彼の興味は充分以上に引けたようで。ああ、素晴らしい。

私は昔からずっと弟がほしかったのだ。私を慕って甘えてきて、時々生意気な弟。考えるだけで甘美な響き。

 

婚約者だなんて、身構えたけれども、親同士の口約束。貴族の令嬢令息達の婚約は学園に通えば、半分以上空中分解するというこのぶっ壊れた世界観。

それでもこの出会いには感謝するしかない。ただ、流石に前世の死んだときの同期の子供と同い年だなんて考えると、こう。なんていうの、湧き上がってくる気持ちは、そう母性本能。庇護欲的な物になっていく。

 

さすがに一桁の少年やプレティーンにハァハァ言うやばい女ではない。十代なんてまだ殻のついたひよっこ。男の魅力は20代を折り返してからよ。

 

私、これでも理性を知る現代日本人。HENTAI文化には一家言ありましてよ。YESロリショタNoタッチ。

リアルに手を出したらいけません。しかし、観測されなければそれは触ったことにならないかもしれないとか考えないニャー。

黒髪には黒猫耳だし、猫耳パーカーを発注して貴人向けに売り出しましょう。また一つビジネスチャンスを掴んでしまいましたわ。

 

かわいいかわいいデリックくん。学園に通う頃まで、立派に育って欲しい。貴族としてはかなり貧しいご家庭のはずだし、少し心配。放任主義みたいになっているかも知れない。でも、他の家の教育方針に口をだすのはあまりにも差し出がましい。私ベアトリス、ペンネームはB・B、恥を知る女。衣食足りてるので。

 

でも、婚約者だし養育対象じゃないから、無責任に甘やかしたいと思います!!

 

まずは、仲良くなりましょう!! あっちのお部屋でおままごとしましょ? お医者さんごっこでもいいわよ?

 

 

こうして、私はデリック・ドビンスの婚約者に、厳密にはベアトリス・ブラックモア子爵令嬢の婚約者がデリック・ドビンスになった。

 

 

可愛くて仕方がない、息子のような弟のような婚約者がいて、私は幸せだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾年か経って、私の学園への入学が見えてきた頃

 

「なぁ、トリス。いくらお兄ちゃん達が家を出たからと言って、部屋を3つも使うのはどうかと思うぞ」

 

ある日の午後、今日も今日とで、部屋で書き物。そんなふうにしていたら。お父様より苦言が入る。

勘弁して欲しい、本業の執筆業はご婦人たちに続きはまだなのかしらと迫られているのだ。今の時間は色々惜しい。

 

「空き部屋でしょ、良いじゃない」

 

「それは……そうなんだが……」

 

私は私室を元々2つ持っている。寝室と書斎兼グッツ部屋だ。2つ目の書斎は仕事部屋でも有るので、この生業が軌道に乗ってからは好意的に頂戴できた。しかしこの度、兄が王城勤務で寮生活となったので、嬉々としてもう一つ占拠させてもらったのだ。

実直的な兄の部屋の家具は最低限であり、私の長年の夢が叶えられる良い場所だったから。

 

父の視線の先を追うとそこには、絨毯の敷かれた部屋で一段不自然に高くなった場所がある。底は私にとっての聖域。土足なんてもってのほかで、入る時は当然靴を脱ぐ。

 

勘の良い人には、なるほど和室でも作ったのかなんて思ってくれるかも知れないが、そんなちゃちな物じゃ断じてない。

 

「だって、これを作るには私の部屋だと、ちょっと光の入り具合が微妙なのよ」

 

「いや、よくできているとは思うが……」

 

この兄の部屋の片隅には、わが子爵家には少々ではなく、幾分もランク劣る家具が並べられている。やや粗末な寝台に、勉強机と本棚。非常に簡素だが、置き場所は可能な限り記憶に従って、窓から入る光まで拘った。

 

「この、1/1デリックルームは、この部屋が一番雰囲気に合うのよ」

 

私は、デリックの部屋の家具を毎年こっそり新調している。そして回収した家具だが流石に使うわけにも行かなかった。だからこの部屋に展示して、デリックの部屋を再現した。

一般的なオタクなら、誰しも推しの部屋や、好きな作品のよく出るシーンの見取り図を作ったり部屋を再現する。私はそれがちょっと場所を取っているだけだ。

 

「この部屋を作っても、この家具は使わないだろう?」

 

「鑑賞は何よりも得難き使用方法よ。取材でもあるの」

 

私の万能の言い訳、取材。これを口に出せばよほどの迷惑をかけない限り許してくれるのだ。

 

今日も何かを諦めたかのように出ていく父を尻目に、デリックのお部屋に私はお泊りするのだ。寝かしつけだってするのである。

 

だが、この部屋は本当に私の創作意欲を刺激して、デリックに会えない時期を慰めてくれる、我ながら悪魔的な発想、やはり天才だった。

 

 

さて、癒やされたところで、来年から入る学園の対策を考える。

流石のわたしも7,8年生きていれば王家のメンバーの名前は覚えるし、その御蔭で色々わかった。

 

私は《主人公》と同い年、つまり彼女は2年時に編入してくる。

そして私以外に前世持ってる人いないかなーって少し探してみたけど、割と派手にオタク文化の植え付けしてる私に接触がないし、特にいないとおもう。

《主人公》ちゃんは、まだどっかの田舎町で暮らしているだろうし、今わかる範囲で情報をまとめていく。

 

王子様に騎士様、魔法使い。先生に用務員まで。乙女ゲー原作でソシャゲ化してモブ男子増えたせいで途方も無いなぁなんて。

 

目立つ動きといえば、アレラーノ家が3年前に養女を迎えたことだろうか? 魔法適正が凄まじい孤児を領内から召し上げて、主君筋の跡取りの婚約者にしたそうだ。

つまりは、エイドリアン様ルートのライバル令嬢、アリスの件だなぁこれ。

 

こんなに覚えているのは、彼女の話が好きだったからだ。あのルートは陰気眼鏡ことエイドリアンと、それを攻略する主人公がくっつく過程が醍醐味で。可愛くて人気者で才能あふれるけど、生まれが傷という。主人公と被る部分があるライバル、そんなアリスに自分を重ねて劣等感を持っていく。

 

エイドリアンなんて毛ほども興味のない、自分で特別を勝ち取りたいアリス。乙女ゲーなのにヒロイン力で負けてる主人公。主人公好きなのに女性不信気味で素直になれないエイドリアンの3人が、それぞれ血筋と才能という継承してきたものに折り合いをつけて、自分の大切なものを掴むという話だ。

 

まぁ、実際に始まってみないことにはわからない。そもそもなんとなくの流れ、大きなイベントのある日くらいは覚えていても選択肢なんて全くなんだし。

 

適当に外から眺めるのが良いだろうなぁ。

 

ああ、対策会議なんて言ってみたけどやる気が出ない。

デリックと創作のことだけ考えてたい。

 

そんな午後の一時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやっと始まったかれこれ20年ぶりくらいの学園生活。

始まってみれば意外と楽しかった。元が日本のゲームだからか、設備も豪華なのに妙な所日本的だし。世界観さん仕事サボりがちだし。

 

この学園に入学前に会ったデリックの色気が正直だいぶクラクラくるほどになっていたから

────少し距離を取れて安心した。

年々自分の中で抑えが効かなくなってきている。もう思春期かなんて笑っていられなくなってきた。言動の端々から、男性を感じるようになってきてしまっていて、正直危うかった。

 

すぐに友人もできた。私の作品のファンという繋がりや、元々の顔見知りなど。お嬢様方の中でもやはり影の者が集う。やはり、私は闇タイプ。キラキラ光る光源の王子様の周りを引き立てる。

集まって専らやることは、他の令嬢と同じお嬢様ムーブ。魅力的な男性の噂や恋の話で盛り上がるだけ。

 

「はぁ、アルベルト様は今日も顔が良いですね」

 

「エイドリアン様はあの険しい表情でも絵になりますわ」

 

「バクスター様のあの、永遠の二番手感たまりませんわ!!」

 

のだが、だんだん私に影響されてきたのか、それとも素質は有ったのか。最初は自分が気になるちょっといい感じの殿方。っていうのがメインのトピックだったのが、自信の推しができて来て。箱推しみたいな娘が増えてしまった。その先は地獄だぞ。

 

まぁ、些細な問題だ。私も久々に童心に帰って彼らを愛でている。

事実、顔が良くて見ているだけですごく心が洗われる感じがある。活力ももらえるし似合う衣装なんかを考えていれば、止まらなくなる。そそるシチュエーションを語り合えば夜まで、関係性を語れば朝まで余裕。

 

それでも私にとっては、どうしても彼らと恋愛したいという欲は湧いてこない。自分を主人公にして恋愛をしたいっていう、若々しい気持ちが衰えてきているのかも知れない。

 

もっとこう、デリックのお臍がちらっと見えた時にバッキバキに割れてた腹筋を見たときの、私の胸にドロッとしたリビドーがたまる感覚。そういったものもないのだ。

 

そんな自分を見て見ぬ振りをして、今日も私は推しに溺れる。

自分でもこれがきっと、代償行為なんだというのは、薄々感じていたのだけれど。そうでもしないと不味いのは身に沁みてわかっていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ベアトリス様の婚約者さん、聞いてた話と少し違いますわね?」

 

あっという間に1年過ぎて、デリックが入学してきた。此処1年は勉強やらなにやらをしつつ、ヒーローを愛でているだけだった。自分のなかのデリックへの対応も正直決めきれていなかった。

先輩として屹然とした態度で接して、なんとか距離をとってもらおうかくらいだ。

 

私の、私だけの婚約者。私好みに育ててきた、可愛い弟。もはや息子。目に入れても痛くないし、彼のためなら秒で臓器を差し出せる。

周囲からは、お似合いだって言われたことも有る。中堅どころの令嬢が、背伸びしている少年を優しくリードしている図は絵になるのだろう。

 

私はそんなんじゃない。

無駄に長く生きて、自分を晒す勇気もなくて、なんとなくで人間関係を築いて。テーマと概念を決めないと本気で人と話せなくて。自分に素直になれない。

でも、人からの評価が気になるから、中途半端に自分をセーブしてしまう。そんな面倒な女が、デリックのことを幸せにできるはずはない。

 

うだうだとまとまらない頭でいたけれど、入学してから会いに来たデリックは、去年の夏に出会ったときに比べて大きく態度が変わっていた。

 

粗野な少年ぽさは、ものすごく違和感のある王子様ムーブに。

無邪気な微笑みは、少しだけ影のある微笑みに。

飾らない所作は、気障ったらしく。

 

「本当にね、子供の成長早いわ」

 

「また、母親ムーブされてますね、トリスさん」

 

学園でもあんな感じで甘えられたらどうしようか本気で悩んでいた私が馬鹿みたいだ。決してしょうがないなー なんて思いつつ、周囲の影の者にマウントを取っちゃって人間関係が悪くなったらどうしようなんて思ってない。残念だなんて思ってない、それはデリックの為にならない。

 

「変わった理由はわかりましたの?」

 

「それが、食事会のあとになし崩し的に泊めて聞こうとしたら、帰られてしまって」

 

「トリスさんの捕食から逃げたのでは?」

 

「ちがうわよ、ええ、きっと」

 

そんなはずはない。私は今彼から見たら。学園に入って変わってしまった年上のお姉さんに見えているはずだ。多分。

本当は友達を作って、楽しく学園生活を送ってほしい。でも私の事もかまって欲しい。でも私なんかに時間を使うくらいならば、クラスメイトと青春を謳歌して欲しい。

デリックはそんなにモテるタイプではないけれど、真面目で、何より脱いだら物凄いから、きっとニッチ受けはする。いや私のデリックがニッチとかなんだよ喧嘩売ってるのか? はぁ? ふざけんなよ。

 

「あんなに一生懸命アピールしているのに、トリスはなんで意地はってるのよ?」

 

「そうですわ、家格も年齢も容姿だって完璧とまでは言いませんが、順当な釣り合いで、お似合いでしてよ」

 

「初めてもらったお花、栞にしてまだ持ってるのは、ちょっと重いわよ?」

 

「そ、そんな事ないし!? 私とデリックは親の決めた婚約者。弟みたいな感じで、私はノータッチの淑女ですし!? それに物持ちが良いだけよ」

 

きゃいきゃいと騒いでいると、遠くの廊下でエイドリアン様が、苛立たしそうに1年生に声をかけているのが見える。私の視線に釣られたのか、周りの皆もそちらを注視する。

 

「あら、また怒っていらっしゃるわね、エイドリアン様」

 

「まぁ、アレラーノさんのお噂を考えれば……」

 

新入生のアリス・アレラーノ。

彼女は入学早々にその抜群の容姿につられて秋波を送った何人もの男子へ、色良い返事を返してはひっくり返しとハチャメチャな事を繰り返している。婚約者の彼からすれば自身の評判が下がりうる行為に良い顔はできないだろう。

そんな荒れている彼の心の隙間を主人公が埋めるのだけど。きっと言っても理解されないし。

 

「奔放な婚約者を持つと大変よね」

 

そう、周囲にあわせて言っておく。

 

 

なんだその、お前が言うなって目は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、平穏とは少し言い難いほどの日々が続いた。

ダンスに誘われた時は、自分の理性を限界までつかってなんとか耐え抜いた。

 

本当はデリックの全身をコーディネートしたかったけど、男の子には見栄もあるし、そこまでやるとその過程かその後で私の理性が負ける。デリック負けする。しかし、デリックしか勝たん。

とにかく、デリックに酔いそうになれば、その分ヒーロー成分で中和をする、本当顔がいいからなんとかなる。

 

徐々に、少しずつ私の心の重心がずれて来ていることは目をつぶる。デリックが最近グイグイくるからだ、かなりギリギリ耐えきった。私は素のまま甘えられて抱きつかれただけで堕ちると思うけど、まだごまかせている。

 

平穏ではない心のまま迎えた二度目の夏季休暇は地獄だった。

描こうと思った絵も、書こうと思った文も遅々として進まないまま、最低限の課題を終えて、デリックのいないドビンス領へと行く頃には夏バテ気味だった。

ひと夏丸々デリックと会わない。去年なんかは夏しか会ってないのでそれに比べれば大したことはないし、その前にしたって年に顔を合わせているのは2ヶ月位。実のところ私が取り繕える限界の期間とも言える。

 

でも、学園が始まって。ちょっと脚を運べば会えるようになって。こっちが止めても会いに来るようになって。正直この夏の虚無期間はきつかった。

この辛さは弟離れできない姉の辛さなんだと自分に何度も言い聞かせる。

 

デリックと一緒にいれば、なにもない森も湖も、美しいスチルの背景の様に感じられたのに。今の私には魅力的に見えなかった。

 

はやく、どっちでも良いからトドメが欲しい。

 

そう思えるほどに苦しかった。

 

 

 

だから、夏休み明けのわたしは、かなりはっちゃけてしまった。

後ろ手に隠したのは、元の世界観か商業的な理由からかわからないけれど、魔法でオールシーズン使える商業施設、プールのペアチケット。婚約者という形なのだから、別に二人で出かけてもよいであろうし、これはデートではなく取材なのだ。

 

かなり冷静ではなかったと思う。ウェスト周りとかを考えれば、よくその選択肢が出てきたななんて思うほどに。

 

 

「あれ? 言ってなかった? 実はね、プールに行かないかって」

 

「あっ! リッキーこんな所に居た!!」

 

だから、彼を呼び出して誘おうとした時に彼女が入ってきたことに反応が遅れた。

 

アリス・アレラーノ。可憐で幼い外見と、手慣れた様に男心をくすぐる所作が人気の後輩。彼女と親しげに話すデリックを見て、私は安心とそして後悔と嫌悪感。自分でも言葉にし難いそれを覚えた。

彼女は、色々あったがそれでも最後は真っ直ぐに、BADENDでもNORMALでも彼女らしく生きて行けていた。それを私は知っている。なればこそという思いもある。

 

だから、少しばかり強引にデリックを追い出した時は、きっと晴れやかな気持ちになれると思っていたのに。

ただただ吐きそうだった。

 

ああ、もうきっついなぁ、なんて。

 

私の幸せがほしいけど、そんなものはどうでもいいのに。

私はただ人から後ろ指刺されない程度に幸せになりたいだけなのに。

だから、私はわたしの中の常識が私がデリックと結ばれるのを否定するのに。

 

デリックが欲しいのに、踏み出せない。

デリックを渡したいのに、差し出せない。

 

中途半端な私が生まれるのだ。

 

 

 

 

 

 

そんな気持ちで描き上げた絵が、最高のものになるわけもなく。どうやら芸術にパラメータを振ったのか主人公が大賞をとっているのを見ていると、自分が本当に半端なんだと気づく。

 

わかっている、本当に人として筋を通すのならば、責任をとってデリックと結婚する。

それを反対する人間なんていない。私が美しすぎて王子に見初められるなんてことはないから。

これで私を悪く言うのは、私の中の私だけ。でも、自分に嘘はつけないのだ。

 

私は、私が納得できないと幸せになれない程、欲深い。

皆に祝福されて、欲しい物は全部手に入れたい。

 

それはきっと悪いことなんだって、そう思いながら。

私は誘われたパーティーの誘いを断れない。

 

「今度の降誕祭、婚約者君と行ってあげないの?」

 

行きたい。推しの鑑賞よりも。デリックと一緒に彼の隣で、彼のエスコートされる方がきっと幸せだ。

 

「まぁ、年下で少し子供っぽくみえますし。中々そういう相手として見えないのでしょう? 」

 

そんなことない、倫理観以外全ての私が、デリックを欲している。

今から最低40年間が一番美味しい時期だって心が叫んでいる。

 

「数年もすれば気にならなくなりますわ、なにより背伸びしてて可愛くありません?」

 

それは激しく同意する。ずっと見てきているから。大切だから、

 

 

 

 

 

せめて、あと1年間は彼が16歳になるまでは。

それまでに嫌われたり、愛想を尽かされればきっぱりと諦めよう。

 

恋人ができれば笑って祝福して、その恋に障害があれば応援のために助力して、結婚式でスピーチなんてしちゃおう。

 

そう決意したのに。

 

 

「俺はトリスとずっと一緒に居たい」

 

ああ、貴方のその一言だけで、私の全ては揺り動かされる。

いつの間にか男性らしくなった、体つきは小さいけどもう立派に大人のそれだ。顔つきだってそう。

 

いつからか、私の心の中はずっと二律背反だ。

 

彼に愛想をつかしてほしかった。

いつも貴方に手折って欲しかった。

 

彼に叱ってほしかった。

私に欲情して衝動的に求めてほしかった。

 

彼に幸せを見つけてほしかった。

私の勝手な思わせぶりな行動に怒って、強引に奪ってほしかった。

 

ああ、本当に私、自分で決められない。

やっと返せたのは、保留の言葉だけ。

 

なのに、アリス・アレラーノに少し煽られただけで我慢できなくなる。

 

私は、一度私のものになったら、もう二度と手放せない。彼の吐く息すら、自分のものにしたくなる。

創作で作られた彼女の執着よりは、私の溜め込んだ情念が強かったようだ。

 

いつだって、そう流されるまま。中途半端に行動して。

目の前の美味しそうな餌を我慢できない。待てができない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、朝の日差しに目が覚めて、半身を起こしたら胸にかかったシーツが、体に沿ってゆっくりと落ちていく────胸は兎も角、腹でも少し止まるのは我ながら悩ましい────そして、隣に何も着ていないデリックが居た時の私が最初に思ったのは。

 

「死ぬか……」

 

いやいや、何私負けてるの? 夜に起きだした時は、まだ雰囲気に酔えていたけれど。シーツを掛けて微笑んだりできたけど、

 

朝の太陽を前に色々暴かれた。

 

婚前交渉は婚約者だしギリセーフ。

場所も実家の自室で問題なし。

枕元に忍ばせていた物で在学中の退学のリスクもほぼなし。

今日明日は休みなのでスケジュールもOK。

 

我ながら予防線の貼り方が手慣れていて怖い。

 

罪悪感と充足感。昨日の夜は0:100万くらいだったのが、加速度的にイーブンに戻っていこうとする。

でも、横で目を瞑っているデリックの顔を見つめて思う。

 

「絶倫巨根ショタはちょっと……解釈がちがうわね」

 

口から漏れたのはそんな言葉、笑ってしまう。もっとこう、うじうじした後悔とか罪悪感みたいのが続いてくれないのか。ご両親に顔向けは、喜ばれるなぁ、ありがてぇ。あぁ本当に、デリックの顔を見てしまうと全て吹き飛ぶ。

 

ああ、なんて浅ましい!!

 

「トリス」

 

「あら? おはよう、デリック良い朝ね?」

 

いきなり肩を掴まれて、ベッドに引き倒される。身長は同じ位なのに筋力差はすごい。

あらなんて強引。なんてドキドキしてると、覆いかぶさられる。

まぁ、彼が寝起きなはずはないだろう。なにせ彼は早起きで毎朝走るし体力おばけだ、昨日嫌というほど知った。

 

多分、寝た振りをして私が起きるのを待っていたのだ。寝顔とか覗かれていたかも知れない。そのことに思い当たると、ああっ! 背筋に甘い痺れが走る。どうしようもない。

 

 

「解釈がなにかわからないけど」

 

「うん」

 

男として一皮剥けたからか、昨日よりも自信に溢れた顔で私を覗き込む。ああ、逃げ場がないわ、どうしましょう。

 

「トリスの中で俺が一番になるようにするから、俺がトリスを俺のものにするから」

 

耳元で囁かれる。ちょっと痛い程の力で握られて思わず声が漏れる。

 

「そう、俺で染めるから、俺以外見るな」

 

そして、耳たぶを甘噛される。ゾワゾワする。息がかかってくすぐったいのに体の奥底が熱くなる、朝なのに我慢ができそうもない。

 

誰ぇ! 誰がこんなの教えたの!! そうねっ! 私の本にある奴じゃない!!

 

「わ、我儘俺様系!! これも、いいわねっ!!」

 

思わず漏れた私の嬌声に、彼が笑顔になるのを感じる。この顔だ。この顔をしてもらえても嬉しい。

ああ、わたしが中途半端だったのはきっと。何でも良かったからなんだなって

 

デリックであったら、彼が幸せならば。

彼がくれるすべての態度や接し方が、好きで。

私はどんな形でも幸せを感じられるのだから。

 

彼の手が私の体の下へとなぞるように伸びていくのを感じながら、彼に身を委ねた。

ああ、でもお腹はいじらないで、プニプニするのは本当にやめて────

 

 

「やだ、これも俺の」

 

「ああっ! デリック!」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰に文句を言われようと、私は彼がいれば幸せなのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おしまい

 

 

 

 

 

 

 

 




ご愛読、ありがとうございます。
たくさんの感想評価励まされ続けました、誠に感謝です。





ベアトリスについて

あいつデリックのことになるとさらに早口になるよな。
最終話はトリス視点のあれこれでした。
こんなひどい終わり方です。
面倒な女が面倒にこじれるはなしですから。

本当は本編各イベント彼女サイドの心境を描く個性だったのですが、前回の怪文書に詰め込む以上、いらないのでこんな感じに。

彼女はギャグにもシリアスにもロマンスにもなりきれない、中途半端な女です。
一貫性がないことに一貫性があるというキャラの逆で、一貫性があることに一貫性がないのです。

転生者だというのは、本当はもっと匂わせる程度の構成だったのですが、必須タグじゃねーかとなり、今の性格になりました。神はいない設定なのに、1話目で神に感謝してたりするのが名残です。

そんな彼女の性格は絶対万人受けをしないであろう地雷臭たっぷりの、面倒な女です。本編を読んで序盤から彼女に好意的な読者は、中々訓練されてると思います。最後まで読んでもだめな人はだめだと思います。
横恋慕とかの経験が有る人には多分より辛くなるのかも知れませんね。

でも、僕は好きです。





タイトルとキャラ名について

筆力や構成力は訓練で上がっていきますが、ネーミングセンスは上がりません。
そのため拙作は
・人名を極力出さない
・命名にルールを設ける
という方法でやってました。イニシャルがそのまま、そのキャラの外見的魅力にしようと思ってましたが、乙女ゲームパートの人物の描写を削ったために死に設定に。
頭文字AとBと主人公しかいない変な話になりました。作中で各々が言い合うあだ名は名前に対してオーソドックスなあだ名です。トリストリス言いすぎて、ベアトリスが出てこなくなる作者がいるらしい。

各話及び拙作タイトルは、怪しい英語翻訳文ぽいのです。
まともに考えるセンスが無いゆえに。

ただ、9話バームクーヘンENDの話のタイトルはもっと露骨なものだったのですが、ネタバレになると思って、最終話で使うつもりだったものをあてました、
これだけは元ネタがあって、その元ネタの作品の男女関係のようなものを色々オマージュしてます。一途なすれ違いとか。伝わる人だけ伝わればいいです。





全体について

本当はもっと、シンプルな話で。
主人公以外に夢中な彼女が、気持ちを諦めて主人公にほだされる形でくっつく。その過程で周囲にからかわれたりする温度差で悶える。という話でした。

もっというと、一番最初に構想を練り始めたのは、
《はめフラ二次でアランが野猿に惚れずにメアリに本気で惚れてしまったけど、メアリは野猿に夢中な話》
というのを思いついたところからです、色々考える間にオリジナルになり、要素が混ざっていきました。そのまま書いてたら百合の間に挟まる男の話でしたね。私は平気ですけど。

別にNTRが好きとかそういうのじゃなくて、一途な思いが踏みにじられながらも壊れないのが好きみたいです。

拙作は、本編開始時点でトリスにデリックが抱きつくか告白すれば、その時点で終わるという前提で話を書いていました。
王子様ムーブなんてせず、素のまま行けばそれでOKだったわけです。ハピネスをはどうだんで倒そうとしてたルカリオみたいなもんです、インファ打っとけ。

二人の独り相撲という変な話でした。


これで、ひとまず完結です、今後は小話をちまちま乗っける方向にシフトです。なんか希望があったら言って下さい。
余裕があったら、アリスちゃん大勝利ルートを書く……書けるか……?
油断するとトリスちゃん大勝利になるからな……


長々とありがとうございました。


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AAちゃんがんばる

なんかでました。


アリスにとってそのその少年との出会いは、まさに奇貨だった。

彼自体はどこにでもいそうな風貌ではある。少し背の小さい、しかし鍛えられた体躯を持っている以外は、別段優れた容姿や人目につく特徴などはない。

浅黒く焼けた肌は、典型的な田舎育ちを思わせるのは、減点と見る事もできるか。

何れにせよそんなどこにでもいる少年であった。

 

 

魔法の才能に愛され、美を司る精霊にも愛されて生まれた彼女は、しかしながら、ごく普通とは言えない家庭の生まれだった。

 

養育院の前におくるみに包まれて籠の中に置いて置かれたのが、彼女が聞いている自身の最も古い経験だ。

籠のなかには咲き始めたばかりのヘレボルスが一輪だけ入っており、それだけが申し訳程度の罪悪感という、産みの母親より残されたものだった。

 

捨て子、それ自体は宿場町が近いその村ではよくあること。故に彼女は本当の名前すら知らない、いや、親から名前すらもらえなかった彼女は、養育院で「アリス」となって、しかして前向きに生きてきた。

 

圧倒的な魔法の才能と、誰もが振り返るような美貌により周囲の耳目を集め、宿場町の交通量の多さがそれを遠くへと運び、領主の耳にまで届くという幸運まで。

好機をつかみ取り、あれよあれよと今では有数の魔法の大家である有力な貴族の婚約者の位置まで上り詰めた。

 

それ自体が戯曲出来るほどの立身出世のサクセスストーリーである。

だが、それも彼女が別段望んだものではなかった。

 

アリスの心の中には、常に重く石のようにある『捨てられた』という負い目。

それは彼女が評価されればされるほどに、どれほどの価値があっても、彼女の持っていた才能や美貌という内容物を知られようとしなければ、簡単に捨てられるのだという恐怖心。

ただ彼女は自身の好きなことをして、好きなように生きたいだけなのに、その経験が不安を呼び込み続けるのだ。

 

人生の目的を果たす、そのためには魔法や、勉学も頑張れた。

「アレラーノ」になってからは、その積み上げたものを見て周囲から持て囃された。

肯定され評価される。当たり前だが彼女の自尊心は大きく満たされていった。

 

だが、こんなにも素晴らしい自分のことを見ようともしない、あの陰気眼鏡男(こんやくしゃ)が嫌いだった。

こちらが今まで積み上げてくるために、どれほどの努力をしたことなど知りもしないで、親から貰うだけの家名やら富が欲しいだけだと決めつけ値踏みするような。陰険で甘ったれで嫌味な、そんな男が蛇蝎よりも嫌いだった。

 

そもそもとして、アリスは美貌によってくる男も本質的に嫌いだった。小さい頃はそうでもなかったが。

その嫌悪感は、婚約者から受けた態度に対する同族嫌悪に近いということに、彼女自身気づいてはいなかったが。

魔法と違い彼女が背負っているものを見ないで、維持や向上のために確かに努力はしているが、その本質を見ることなく、ただ身につけた物を評価してくる有象無象が嫌いだった。

 

最も、それを上手く使う手腕を身に着けている以上、今まで問題になったことなどなかったが。微笑んで首を傾げれば、周囲の男は傅く。傅かない立場の男は彼女に価値を見出していないのだ。

 

それでもその気になって彼女が指一本動かせれば、家を覆うような炎を起こせるのだから、彼女を望めど、手折ろうとするものは一人もいなかったが。

 

 

 

つまるところ、彼女はありのままの自分を、彼女が希望する範囲で見て理解しながら、彼女の望む有様で評価してくれる

『都合の良い存在』が欲しかったのだ。

 

 

 

別に、デリックだけが彼女に興味を示さ(びぼうにひかれ)なかったわけではない。

学生になってからも、適度な距離感を保とうとする者もいれば、むしろ距離を取っておこうとする者もいた。

 

しかし彼は、デリックはその辺の同学年の他人程度の付き合い方しかしてこない。

 

大勢の男子学生のように、距離を詰めようと近寄ったり離れたりもしない。

魔法科のクラスメイトのように魔法の才能に嫉妬や謙りもない

家格の高い者のように、尊大に蔑んだ目で見ても来ない。

家格の低い者のように、謙って媚を売ろうともしてこない。

同性の他人のように、美醜によって敵視をしてもこない。

 

ただただフラットに関係を維持する程度しかしてこない。邪険に扱って距離を取ろうともしてこない。

そもそも、彼女をまともに見てもいないが、無視もしてこない。

話しかければ反応するし、時間が合えば歓談もする。

 

それは彼女が今まで集めてきた、しかして価値を見出せなかった。彼女の中の物をくすぐった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リッキー! ねぇねぇ、今日暇? 空いてるよね?」

 

「いや、空いてないけど、部屋に帰って試験勉強しないと」

 

「えーなにそれ、そんなガリ勉じゃ詰まんないよ」

 

太陽が沈むのが早くなったと、ひしひし感じられる少し薄暗い放課後、わざわざ人が残っている普通科の教室に、単身乗り込んできなアレラーノは周りを気にせずそう俺に詰め寄る。もはや見慣れた光景だ。

 

 

「そもそもさぁ、リッキーって勉強苦手なのに、無駄にガリ勉とか。嫌われちゃうよぉ?」

 

「アレラーノは別に好きでもないだろうし、構わないが」

 

「えぇーそんなことないよ? リッキーのことは好きだよ?」

 

桃色の髪、小さな唇。小動物のようでいて、天才的な魔法使いという武器を持っている彼女。

俺のクラスメイトも彼女に夢中なのは多い。守ってあげたくなる雰囲気と、手玉に取られたくなる態度が、男心をくすぐるらしい。

囚われるなら手球どころか生殺与奪くらいのほうがいいし、今一つわからない。と言うと、お前は訓練されすぎてるといわれた。解せぬ。

 

二人きりの放課後の教室、今ここに揃っている理由は、別に呼び出されたわけでもなく。俺の補修が終わった後に、教師と入れ替わりで彼女が来ただけだ。そう、補修だ。

最近は時間ができたのに、勉強に身が入らなかったので、猛省しているのだ。

でも普通の男子ならばたとえ相手が美少女じゃなくとも、異性のクラスメイトと二人きりいうだけで心が躍る状況だとは思う。そのくらいを理解できる程度には俺にも常識はある。

 

「まぁ、いいや。じゃあ行こう? 南町の市場で冬用コートのフェアやってるの。コートは重たいから荷物持って」

 

話しながらも続けていた片付けが終わり、立ち上がろうとすれば彼女はそう言って俺のカバンを引っ張る。一瞬手を離していた隙を狙われて、そのまま教室のドアまで走られれば、ついて行かざるを得ない。

たぶん、彼女もこうして強引に俺を引っ張れば断らないことを、悪態をついてもついていってしまうことを、それなり以上になった付き合いで知っているのだろう。

 

「俺に荷物を持たせろと、そう言わせたいのはわかったから、カバン返せ」

 

「よし、それじゃあ急ぐよ!」

 

相変わらず周囲に気を使わせたままなのか、とも思いながら久方ぶりの誰かの荷物持ちの為に彼女の後を追いかけることにする。時間はあるが、今日の放課後は有限なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー買ったね」

 

「ああ、持った、いや持たされた」

 

結局、何着も何着も試しながら、俺の1年分くらいの小遣いをポンと払って買い込んでいく彼女にある種の気持ちよさすら覚えながら。優等生の彼女特権で出していた、外出届けのお陰で時間に余裕があるので、買い物を終えて学校近くの店で食事を取ってから帰る事になった。

それ故にもう日もとっぷりくれる時間まで付き合う羽目というわけだが。

 

似合う? 似合わない? などと聞かれてもわからんとしか言えないのだが、ふと目に留まったときにその毛皮の加工が甘いとか、彼女が迷っているときに、こちらのほうが下処理がしっかりしているから長持ちするなどと。

実用性のことをぽろっと口にしてしまうと、じゃあこっちは? なんて急に嬉しそうに聞いてくるので長引いてしまった。

 

 

「だからお礼に、この店奢ってあげてるんだけどなー」

 

「……奢りでなかったら、そもそも飯など食べないが」

 

値段表をみて目玉が飛び出そうになった。朝のランニングなどで近くを通ったことはあり、知り合いが利用しているのも遠目に見たことはあるが、自分にはもう縁のない場所だと思って、価格帯をみていなかったのだ。

 

「ねぇ、リッキーはさ」

 

「なんだ」

 

メニューからアレラーノに視線を戻すと、少しだけ口をすぼめながらこちらを不満気に睨んでくる。

こんなふうにすぐに機嫌が変わるから、みていて飽きないが疲れるから嫌なのだ。

 

「なんで、アリスの事何も言わないの?」

 

そう洩らすと彼女はフォークを置いて、口元に手を当てる。表情はさらに代わり真剣と言ってもいい物になってる。どうやら真面目な話なようで、それでいて、俺にもどういう意味で聞いているかはなんとなくわかる。

わかるのだが……

 

「どうしてほしいんだお前は、アレラーノ」

 

「ふぅーん、そこでそう聞いちゃう? 案外リッキーて意気地なしだね」

 

 

煽られているのはわかる、こちらを怒らせようとしているのもわかる。そしてその奥に見えるのも、なんとなく、だけれども。だからこそ、俺はため息を吐く仕草をしてから、面倒だって言うことを隠さないようにして、自分の考えを口にすることにする。

 

 

 

「アレラーノは、金払いの良い貴族に似ている」

 

「何? リッキーの故郷の何かの謎掛け?」

 

地頭がいい彼女はすぐに考え込む仕草を見せるが、別に比喩とかではない。

前から思っていたことだ、言葉にするのは初めてで難しいが、いうべきだろうという自分の直感を信じて口にしてみる。

 

「俺の家に、いや裏の山や周りの森に来る貴族は、狩猟を目的としている。そういう家だ」

 

「うん、前に言ってたね」

 

「アレラーノは肉を食べるとき、店で処理されたのを買う。でもその肉はたいていが、牧場から来てる」

 

「当たり前でしょ?」

 

「街に住んでいる俺たちは、狩りをして肉を食べる必要はない」

 

話題がとっちらかっているのはわかる。俺の話し方が下手なのも自覚している、でもこんな一つずつテーブルに材料を叩きつけるような話し方でも、アレラーノは真面目に考えながら俺をみて聞いている。だから、もっと踏み込む。

 

「そう、俺の家の数少ない資金獲得の方法の狩猟というのは、体験を売りにしたレジャーというやつだ。本質的には、釣りとかボート遊びとかと変わらない」

 

肉を食べたいから狩りをするという貴族は、いないんだ。

 

「だから、大きい獲物を取ってそれの一部を成果を持ち帰るのが楽しいのであって、それを食べたいからやるのは少ない」

 

たまに来ていた2つ隣の伯爵様は、猪を仕留めたことを自慢していたし。枢機卿とか呼ばれていたおじさんは、オオカミを仕留めて喜んでいた。二人とも、毛皮だけを持って帰りそのままだ。

それ以外もシカの角を持って帰るのが普通だ。

 

「角や牙は、民営品として売ってる。肉は地元の料理屋におろしたりしてる。皮は剥製にしたい人以外はいらないから儲かる」

 

「リッキー、だんだんわからなくなってきた。狩りを楽しめばいいってこと?」

 

アレラーノがそう言うので、俺の言いたい事のためのものは全部出たんだろう。狩りを楽しむというのは、似ているけれど少し違うから、話を進める。

 

「アレラーノも目的は同じだと思う」

 

「アリスも?」

 

「その獲物が食べたいとか、どこかが欲しいじゃなくて、自分の腕ですごい獲物を狩りたいだけだ」

 

そう、狩りはたとえのつもりだ。アレラーノはただ

 

「俺は、アレラーノから見たら、寄ってこないし餌に食いつかない、手強い獲物なんじゃないのか?」

 

そう、自分でもいうのがおかしい気もするが。俺は少し有名だったみたいだ。

変わり者の先輩婚約者にゾッコンな1年として。

 

「そこからが偶然で、どこからが狙ってかは知らないけど。アレラーノはたぶん俺というよりも、婚約者がいるやつに婚約者以上に見られたい、とかそういうのじゃないのか?」

 

「……」

 

だから、俺はそう思った。黙っているアレラーノは────

 

 

 

 

「なーんだ。じゃあリッキーは、やっぱわかってたんだ」

 

こともなげにそう言って何時ものように笑った。

 

「まぁ、なんとなくは」

 

別に、それが悪いとは思わない。多分それは普通のことで、後ろ指をさされるようなことじゃないと思う。

 

アレラーノの好意ベクトルが自分に向いているというのは、正直わからなかった。

なんか付きまとわられているのは、自分が田舎者で、珍しいからだと。

珍獣への対応みたいなものと捉えていた。

 

それでも関係は長く続いて、俺の同性の友人たちよりの面倒な絡みも続き、やっとのこと好意っていうものなのだとは思ったが。そもそも俺は同年代の友人は幼少期以降は殆ど居なかったから、わからなかったんだ。

そう認識してから、考えて出した結論だ。

 

「……昔からそうなの。アリスはかわいくて、無敵だから、いつもこう」

 

「……何を言ってるんだ?」

 

アレラーノはどうでもよくなったとでも言うように、荒っぽい所作になりながらテーブルに組んだ両の手を置く。

今までのお姫様のような所作が、その辺の村娘のそれになるのは、まるで2役を演じる役者のようだ。

 

「院長先生も、魔法の師匠も、おねーちゃんも。みんなそうだった。本当に簡単にアリスの事を好きになってくれたのに、アリスが好きだったら許して欲しいのに、ちょっと確かめる(ほかにいく)と、すぐに怒って、アリスのこと嫌いになるの」

 

先生も師匠も誰だか知らないが、まあ彼女のことだ。

好かれるために笑顔で近づくいて、愛想よくすることはしてきたのだろう。

そうして、一歩踏み込むふりをしたり、引いたりして、反応を見て、失望してきたのだろう。

 

「アリスを好きな人を、アリスは好きになりたいだけなのに」

 

きっと、それが彼女の本心なんだと思う。強く力と何処か諦めを含んだ言葉だったから。

普段だったら、そうかと流すだけだが、今日は食事を奢ってもらっている。

 

だから、俺はもう少し踏み込むことにした。

 

 

 

「そうか、それでどうするんだ?」

 

「え? まず、リッキーはどうなの?」

 

しかしながら、何か話がかみ合ってない気がする、

俺はアレラーノにどうして欲しいのかを聞いているのだ。

 

「だからそれで、アレラーノは俺にどうして欲しいんだよ」

 

「だって、アリス。リッキーのこと、本当は別にそんなに好きじゃないよ?」

 

「ああ、そんなもんだろ」

 

 

それはわかる。好きだったらもっと苦しくなる。他の人のところに行くかもだなんて考えただけで気持ち悪くなる。アレラーノはそういうのはなかった。俺のことを変だと言ってたが。

そう、俺でどうにかしたいようには感じたが。俺にどうして欲しいかは、分からなかったんだ。

 

 

「リッキー何言ってるか、アリスわかんないよ」

 

「だから、別に好きかどうかを探るのに、好きになってもらうように演じるのは、普通の事じゃないのか?」

 

 

誰だって、好きな人にはいいように見てもらいたい、それは当然だ。

好きな人が自分を好きか確かめたい。当たり前だ。

それは悪いことなら、誰も着飾ったりしないし、デートにも誘わない。

 

「狩りで殺すことだけしたくて、別に毛皮しか興味なくても、残った分はこっちが買い取ればいい」

 

「リッキー?」

 

「興味があるから、近寄って。自分の方に傾けようとしてもいいし。傾いて倒れてくるのは面倒で嫌いだからポイ。それで別にそれでいいんじゃないか?」

 

「……? なにそれ?」

 

「うまくいえないけど、多分アレラーノはそれが好きなんじゃないのか? 自分の方に倒れそうで、倒れないのが」

 

 

積み木で城を作るとすれば、俺は格好良くて堅牢な城を作りたいけど、アレラーノは崩れそうで目が離せないのを作りたいとか、そのくらいの差なんだと。

 

これは、普通にそう思った、アレラーノはアレラーノを好きな人が好きなんじゃなくて、アレラーノが気になる位の人を好きにさせることが、好きなんだと思う。

 

「アレラーノ程に可愛いくて強いなら、自分を好きにさせるのはできてただろうし。そうだよ、やっぱ狩りと同じなんだ。獲物との駆け引きが好きで、獲物は別に好きじゃないだけだ」

 

まぁ、彼女に好かれたい場合、そういう面倒なこともきっとあるだろう。

確かそう、あの人は『試し行動』とか言ってた気がする。

それみたいのをされて、正解し続けないとだめというわけだ。

 

でも、そんな絶妙なバランスが、楽しいという人もきっといるだろう。あの人もそう言っていた。自分で言うのも変だが、好みなんて人それぞれだし、他人に言われる筋合いはない

 

「アレラーノにアプローチかけられて、嫌な奴はきっといないだろうし。それを続けて、そんなお前でもいいっていう、懐が広い奴が見つかれば、それでいいだろ?」

 

「リッキーさぁ……本当、変わってるねぇ」

 

「そうか? ……そうかもな?」

 

否定したさはあるが、今までのことを、あの日のことを思うと否定はできないと思う。

 

「アレラーノは顔『は』いいし、いい性格もしてるから。そんなに苦労しないと思う、男は学園にしかいないわけじゃないだろうし」

 

アレラーノはあの日パーティーで、名目上は婚約者に振られている、本人曰く振ってやって背中叩いてやったで、清清してるそうだ。まぁ家の繋がりとかを考えると、アレラーノが下に出ないとなんだろう。

その後のことを見るに、まぁ両方の家同士で、合意になったという事だろう。

ならばなにも問題はないはずだ。

 

 

「だから、そのうち見つかるだろうよ。お前のことを受け止めて、怒らないで、甘やかしてくれて、叱ってくれるような奴がさ」

 

「……そっか、ありがと」

 

 

ヘタで遠回りで、何度も脱線したけれど、やっと伝わったようだ。アレラーノは少しだけはにかんだみたいに笑う。

似合わないと思う、彼女はもっといたずら気に自信満々に笑ってる方がらしいけれど、たまには良いのかもしれない。

 

「じゃあさ、もし見つからなかったらさ」

 

そこまで言うと、いつもの自信満々な何かを企んでいるような、俺の知っているアレラーノの笑顔になる。

 

「アリスは見つかるまで、リッキーで遊んでいいってことだよね?」

 

 

その顔を見れれば、俺も安心できる。

あの日から、彼女と距離をおいた日から、ずっと俺のことを気にかけてくれたアレラーノが、いつもみたいに笑うのなら、多少の面倒くささなんて、気にするものじゃない。

 

「ああ、好きにしていい。俺は別に試されようと気にしないし、早々お前に溺れないし、お前のこと嫌いじゃないからな。それに一緒にいると楽しいし」

 

それがきっと友達ってもんだろうから。

 

「だから、これからも一緒にいてくれよ。面倒なときでもなるべく付き合うから。そうしてアレラーノも楽しいなら、俺はすごい嬉しいから」

 

これまでの迷惑をかけていた分はなって思いながら俺がそういうと、アレラーノは顔を隠すように組んだ手を、肘を立てるようにして顔を隠す。

 

「(あぁあああ、こういうとこ! こういうところが、あのデブ女先輩が! デブ先輩は、こういうとこに! あういう感じにされたんだ!アリスも油断したら飲み込まれるんだぁ)ぁぁぁ!」

 

「どうした?」

 

どこかで見た感じな震え方をするアレラーノ。なんか既視感と安心感を覚えながらそう尋ねる。

 

 

「……ううん、なんでもない、それじゃあ好きにするね。アリスが心の底から満足するまで、一緒にいるからね!」

 

いつもの自信満々な、いや、自信過剰とも言える笑いを浮かべながら桃色の長い髪と、それを束ねるヘレボロスの髪飾りが揺れる。

この笑顔を見ると、多少落ち込んでたりしても元気をもらえるし、面倒だって感じてもなんだかんだで最後は笑えるから、俺は嫌いじゃなかった。

 

調子が戻った彼女を見て、俺は苦笑しながら口を開く。

 

「はは、お手柔らかに……アリス」

 

感謝を込めて、昔名前で呼んで欲しいと頼まれたのを思い出して、名前で呼ぶことにした。お互いに悩みを共有し和えたなら、もう親友と言ってもきっと良いはずだし。

 

「そういうの! そういうの反則! リッキー! あの女仕込みでしょ! アリス知ってるんだからね!」

 

「あ、すまんつい、アレラーノ」

 

と思ったが、違うらしい。確かに女子の名前は簡単に呼んじゃだめと教わってきたから、結構踏み込んだつもりで、距離を間違えてしまったようだ。

 

「違うの!そうじゃないの! アリスはアリスなの!! あーもうっ! リッキーは本当鈍感! アリス怒るよ!」

 

「ああ、好きなだけ怒れ、俺は聞いてるからさ」

 

コロコロ変わる表情を見ながらそう言えば、アレラーノは何かを堪えるようにこぶしを握り締めて、肩を落とした後。俺の肩をぽすりと殴ってきた。

 

「ううん、今日はいいや、でもアリスは天才だから、放っておいたり、距離を置いたりなんかしないから」

 

「ん、そうか。ありがとうな」

 

急に寒気が。少しだけだが、森でクズリに合ってしまったような寒さを感じた。そうだ、もうすぐ冬本番だ。冷えないようにしないと。

そう思って今日彼女が買っていたコートを1枚渡して、二人で店を出る。

 

 

学校までそんなに長くない道を一緒に帰る。何回も繰り返したことで、珍しくもないこと。

だけれども。

 

「アリス」

 

「なに、リッキー」

 

「これからもよろしくな」

 

「うん!」

 

そう言えたことが、すごく俺は嬉しかった。

きっと、彼女も笑ってくれているのを、顔を見なくてもわかったから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────相手を試すような行動をして、それでも良いって言ってくれる彼が好き

────でもまだまだ満足はしてないから、もっと確かめたくて今日彼と結婚しました。

 

どこかの女の部屋にある、引き出物に入っていたメッセージカードより抜粋

 

 





中身は15歳だからねちっこくはならないよ。
横恋慕負けヒロイン救済は流行って良いよ。

1年かけてできたアリスちゃん勝利ルートでした。久々に筆を執ろうと新作を書いてたら
大まかなアイデアが固まってかきたくなったので完成しました。


新作の方はまた変な男女の話です。お手すきでしたら是非読んで下さい。

キレイ系お姫様が俺の部屋に来たが縮尺がおかしい
https://syosetu.org/novel/287970/

ではまた


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