海と恋とスクールアイドルと (昼瀬七)
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設定

・天野詩音(あまの しおん)♀︎

 

 

 

桜内梨央の幼馴染。中学入学前に引っ越してしまい、梨央とはそれ以来久しぶりの再会である。人見知りであまり他人が得意ではなく、誰かの背中に隠れがち。

明るい茶髪のボブで、瞳の色は桜色。身長は160センチ程度。

 

 

 

 

 

・高海大翔(たかみ ひろと)♂

 

 

 

高海千歌の兄で、3年生とは幼馴染。かれこれ数年ほど鞠莉に片想いをしている浦の星学院の王子様枠。当の本人はダイヤと並ぶほどの鈍感である。

ショートヘアで、髪色と瞳の色は千歌と同じ。少し癖のあるはねっ毛が特徴。アホ毛は無し。身長は175センチ。

 

 

 

 

・渡辺蒼(わたなべ そう)♀︎

 

 

 

渡辺曜の義理の双子の妹。ある日突然血の繋がっていないことを知り、ショックを受けた。それから兄ではなく男子として曜を見ることが増え、現在片想い中。ブラコンを広めているのは他の女子を牽制するため。

アッシュグレーの癖のあるショートボブで、身長は165センチとやや高め。

 

 

 

 

 

・高海千歌♀︎

 

 

 

大翔の妹で4人姉弟の末っ子。おにーちゃん大好きの甘えん坊で兄離れはもうしばらく来ない。「それでもいいもん、おにーちゃん優しいからチカのこと受け止めてくれるし!え、暑いから離れろ?ひどいよおにーちゃん!」

 

 

 

 

 

・渡辺曜♂

 

 

 

蒼の兄だが血の繋がっていないことを知らない。妹が甘えてくれるのが嬉しくて幸せになるが、イマイチどんな感情なのか把握しきれていない。

 

 

 

 

 

・桜内梨央♂

 

 

 

詩音の幼馴染で、初恋が詩音。数年ぶりに再会した詩音に忘れていた恋心が再燃する。最近の悩みは無自覚天然の詩音に振り回されること。

 

 

 

 

 

・黒澤ルビィ♀︎

 

 

 

幼い頃に大翔に助けてもらってから彼のことが好き。鞠莉より先に出会って、鞠莉と彼が出会う前から好きなのに報われない可哀想な子であり、待つと決めたからいつまでも我慢出来る一途で真っ直ぐな子。

 

 

 

 

・国木田花丸♀︎

 

 

 

ルビィの親友で、津島喜人の幼馴染。ルビィの恋が実ることを切に願うが、大翔の好きな人に気づかないくらいに天然なので話を聞く専門と化している。

 

 

 

 

 

・津島喜人♂

 

 

 

花丸の幼馴染。詩音とは共通点もないのに1番を自負するほど仲がいい。詩音のことは好きだが異性間のそれでは無いので、カレカノ並の距離感を保つことは余裕。梨央にマウントとりがち。

 

 

 

 

 

・松浦果南♂

 

 

 

海好きの筋肉バカ扱いを食らうことが多い。実際そう。大翔とは兄弟のように仲が良く、大翔のものはオレのもの(らしい)。千歌を本当の妹のように可愛がっている。

 

 

 

 

・黒澤ダイヤ♂

 

 

 

堅物生徒会長。鈍感と言われるのが不服であり、からかう際には彼の機嫌を損ねる可能性あり。意外と毒を吐く。

 

 

 

 

 

・小原鞠莉♀︎

 

 

 

なぜ幼馴染3人の男の中でよりにもよってダイヤを好きになったのか。そんな自問自答は彼との軽口の言い合いの度に繰り返している。マリーの王子様は白馬が似合う人が良かったなぁ。



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詩音の場合。一話

誤字脱字、それから設定の齟齬がありましたので訂正させていただきました。大まかなストーリーの変更はございませんのでご安心ください。


人見知りの私にとって自己紹介の機会が訪れることは、まるで地獄のように感じるものだ。ほんの一瞬、秒数にして10秒ほどで済むそれにどうしてこんなにも緊張してしまうのか。簡単だ、私が私を紹介するのに、名前以外の情報なんて必要としていないからだ。

 

 

 

それなのに人は知りたがろうとして色々と話を聞いてくる。何も話せないから黙るのに。

 

 

 

これ以上はやめておこう。せっかく転校初日だというのに、これほどまでにテンションの下がる話題はない。憂鬱であるのには変わらないが、初めの一歩くらい明るく振る舞おうと努めてもバチは当たらない。

 

 

 

担任の先生に呼ばれ、教室に入る。ああやっぱり、どうしても慣れない。

 

 

 

 

 

 

「……東京から来ました、天野詩音です。よろしくお願いします」

 

 

「詩音ちゃん……?」

 

 

「桜内くんうるさいよ〜、天野さんの席は……どこか空いてるかな?」

 

 

「僕っ、僕の隣空いてます!!」

 

 

「はいはい分かったから。じゃあ、あの主張の激しい彼の隣の席ね」

 

 

 

 

 

 

勢いよく立ち上がって手を挙げた、ワインレッドの髪色の男の子。数年前の記憶にいる少年の面影がある彼の名前を、私はつい呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「久しぶりだね、梨央くん」

 

 

「本当だよ、……会いたかった、詩音ちゃん」

 

 

「ふふ、私も」

 

 

「はーい2人ともイチャついてるとこ悪いけど、SHR終わらせるよ〜」

 

 

 

 

 

 

と、先生の声で我に返る。いわゆる自分たちの世界に入りかけていたようで、一気に恥ずかしさが押し寄せてくる。隣に座る梨央くんも顔が真っ赤で、顔を合わせて2人で笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「天野さん、私、高海千歌!」

 

 

「俺は渡辺曜。こっちは双子の妹の蒼。梨央くんにはいつもお世話になってます」

 

 

「詩音って、呼んでもいいかな?」

 

 

「うん、もちろん。名前で呼んで……私も、名前の方がいいかな?」

 

 

「うん!梨央くんとは知り合いなの?」

 

 

「僕たち、幼馴染なんだ。彼女が転校しちゃって以来、久しぶりなんだけどね」

 

 

 

 

 

 

それからは休み時間の度に思い出話に花を咲かせ、私は放課後に彼らの部活動にお邪魔することになった。千歌ちゃん達はスクールアイドルをしていて、浦の星学院の廃校を阻止しようと奮闘していたらしい。蒼ちゃんはそのマネージャーさん。

 

 

 

 

 

 

「みんなーっ、お待たせ!梨央くんの彼女さん連れてきたよ!」

 

 

「ちょっ、千歌ちゃん!彼女はそういうんじゃないよ……!」

 

 

 

 

 

 

距離の近い2人。梨央くんは"そういうんじゃない"と、千歌ちゃんの言葉に即座に否定をした。勘違いされるのは誰だって困るし、私もさせてしまったことなどに罪悪感は感じる。だからといって、あんなに早くなくてもいいのでは。んん、なんでこんなにモヤモヤするんだろう?

 

 

 

 

 

「……前途多難だねぇ、曜?」

 

 

「そうだね、梨央くん大変そー」

 

 

「……2人とも、なんの話してるの?」

 

 

「んーん、詩音は知らなくていいんだよ。梨央ー、ちょっと詩音借りていい?」

 

 

「いいけど……詩音ちゃん、いつでも帰っておいでね」

 

 

「もう、子供じゃないんだから」

 

 

「まずは女の子から仲良くなろっか。ほら自己紹介して」

 

 

 

 

 

 

蒼ちゃんに促され、まずは私から。それから順番に紹介してくれた。

 

 

綺麗な金髪で、スキンシップの激しい小原鞠莉さん。マリーと呼ぶことを強制された。人見知りの私でも接しやすく、彼女なりの踏み込み方は心地よかった。

 

 

小説を読むことが好きで、つい方言が出ちゃう国木田花丸ちゃん。気にしすぎな所はなんだか親近感を覚えちゃって、実は1番仲良くなれそう。

 

 

ルビーチョコレートのように甘い髪色の、黒澤ルビィちゃん。彼女も人見知りのようで、蒼ちゃんの背中から顔を出す姿はとても可愛らしかった。妹みたい。

 

 

あとは千歌ちゃんと蒼ちゃん。この2人は似た者同士というか、今日一日で振り回されるのに慣れてしまった。

 

 

 

 

 

 

「……あの、天野先輩」

 

 

「ルビィちゃん、普通に呼んで。千歌ちゃん達みたいに。人見知りなのはお互い様だから……ゆっくり、ね?」

 

 

「はいっ……!」

 

 

「花丸ちゃんも。マリー先輩みたいにとは言わないけれど」

 

 

「じゃあ、詩音ちゃん」

 

 

「うん、なんだか妹が出来たみたいだなぁ」

 

 

「……チカっち、蒼。詩音ってばすごい可愛い子ね?」

 

 

「でしょ〜?あの子はああ言うけど、チカ達のがお姉ちゃんになった気分なんだよね」

 

 

「私も千歌も末っ子だからさぁ、すっごく可愛くって!だから鞠莉に早く紹介したかったんだ」

 

 

「そしたらルビィちゃんも花丸ちゃんも、すっかり懐いちゃったみたい」

 

 

 

 

 

 

何やら後ろも後ろで楽しそうに会話をしている。躊躇いがちに見上げてくるルビィちゃんの頭を撫でてあげると、嬉しそうに目を細めた。小動物のような可愛さだ。アイドルをやっていることも含め、胸に突き刺さる何かがある。

 

 

しばらく後輩2人と談笑をしていると、梨央くんに名前を呼ばれる。彼の綺麗な瞳で見つめられると、なんだか少し照れくさい。

 

 

 

 

 

 

 

「男も紹介するね。よっちゃんからどうぞ」

 

 

「ふっふっふ、……我が眷属は、今ここに召喚された!そなたの主の名は堕天使ヨハネ!しかと記憶するがよい!」

 

 

「はぁ……彼は津島喜人くん。厨二病だけど優しい子だから、詩音ちゃんも大丈夫だよ」

 

 

「おいリリー、邪魔すんな!」

 

 

「リリーやめて。それに、自己紹介くらい真面目にやろうよ」

 

 

「悪かったよ……津島喜人、好きなように呼べ」

 

 

「分かった、ヨハネくん」

 

 

「……お前、すげえな」

 

 

「だって堕天使なんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

先ほど彼が自分で紹介した堕天使ヨハネという総称。私の記憶上ヨハネは堕天使などではなく聖書にも登場する清らかな人物であったはずだが、彼が自称するなら彼自身はそうなのだろう。ともかく響きが気に入ったし私から歩み寄らなければ何も進まないから、ヨハネくんと呼ぶことにした。

 

 

その後は何の変哲もない(と言うと失礼かもしれないけれど、ヨハネくんの後だとインパクトは無い。多分彼のキャラが濃すぎるせい。)自己紹介を聞き終え、一通り会話をすることにした。

 

 

松浦果南先輩。エメラルドグリーンの明るいTシャツを制服の下に着ている派手な外見の先輩。海が好きだそうで、袖から覗く筋肉は明らかに鍛えられたものだった。

 

 

ルビィちゃんのお兄さんの黒澤ダイヤ先輩。生徒会長を務めているそうで、分からないことがあれば何でも聞いて欲しいと親身に接してくれた。いい人そうだけれど、果南先輩にからかわれていた。

 

 

千歌ちゃんのお兄さんの高海大翔先輩。千歌ちゃんとはあんまり似ていない優しくて爽やかな印象だ。3年生の皆さんは幼い頃から仲良しだそうで、通りで特有の雰囲気があると思った。

 

 

 

 

 

 

 

「詩音ちゃんは僕の幼馴染で、人見知りだから距離感気をつけてね、果南くん」

 

 

「なんでオレ指名?」

 

 

「この中で距離感バグってんのお前だけだよ、果南」

 

 

「大翔も近い方だろ」

 

 

「果南より年下の女の子には慣れてるんでね、ルビィがいるから人見知りの子も平気だ。とにかく、仲良くなろうと焦らなくていい」

 

 

「さすがひろにぃ、王子様って呼ばれるだけあるね」

 

 

「曜〜?」

 

 

「あはは、ごめんって!」

 

 

「……ふふっ」

 

 

「あっ、詩音ちゃん笑ったろ〜?」

 

 

「ごめんね、曜くん。何だか面白くて」

 

 

 

 

 

 

 

 

眺めているだけでこちらも気分が良くなるというのは、彼らの性格からくるものなのだろう。私の隣をずっとキープしている梨央くんがふと、私の名前を呼んだ。その瞳を見上げても、彼は悲しそうに歪ませているだけだった。私、何かしてしまったかな。

 

 

不安になって私も梨央くんと呼びかける。けれどその声は、混ぜてほしそうに飛びついてきた千歌ちゃんにかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。



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蒼の場合。一話

この作品は、こういったスタイルで、お送りします。


「蒼、起きてる?」

 

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

世界で1番大好きなお兄ちゃんの声。私が寝てると思って優しく声をかけるその瞬間が私は大好きで、だからこうして寝たフリで兄を待っている。

 

 

彼の少し骨ばった手が私の髪を梳いて、それから頭を撫でる。大事そうに撫でてくれるのがくすぐったくて、つい身動ぎをしてしまう。曜にこれ以上の寝たフリは通じなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「蒼、起きてるでしょ」

 

 

「ん……ふふ、バレちゃった。曜が頭撫でてくれたから」

 

 

「なんだよそれ。頭くらい、いつも撫でてるだろ?」

 

 

「私ってばほら、お兄ちゃん大好きのブラコンだからさ。愛情を感じるだけでも反応出来ちゃうんだよね」

 

 

「はいはい、冗談はいいから。起きたならご飯食べよう、今日も学校だよ」

 

 

「はーい、お兄ちゃん愛しの千歌に会いに行かないとね〜」

 

 

「愛しって、お前なぁ。確かに千歌ちゃんは大事な幼馴染だけど、蒼には敵わないよ」

 

 

「……ふーん」

 

 

 

 

 

 

爽やかに笑った曜。笑顔にドキッと鼓動が鳴って、私はつい彼から顔を逸らす。顔は見えないけれど、そんな私に笑っているのが分かる。

 

 

 

 

 

 

「照れてるの?」

 

 

「うるさい」

 

 

「俺のは冗談じゃないからな。蒼が1番、他の誰よりも」

 

 

「〜〜〜っ、私も冗談じゃないし!!」

 

 

「ぶっ!?」

 

 

 

 

 

 

力任せにクッションを投げる。顔にクリーヒットした曜の叫びを無視しながら、階段を駆け下りる。洗面所に逃げ込み扉を閉めると、力が抜けた。へなへなと座り込み、意味もなく顔を隠す。

 

 

 

「蒼が1番、他の誰よりも」

 

 

 

そう言って笑った曜が、隣で育った今までで1番カッコよく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ってことがあってさ、朝からまともに曜の顔見れないんだよね」

 

 

「そうだったんだ、通りでよそよそしいというか、なんというか」

 

 

「あれ、ひょっとしてバレてる?」

 

 

「蒼ちゃんが曜くんの顔を見てないなんて、こっちからしたら違和感なの。多分、曜くんも気づいてるよ」

 

 

「げっ……マジかぁ」

 

 

「しょんぼりしてたもん。でも理由には気づいてないみたいだから、誤解が解けるといいね」

 

 

「ん、詩音に言われたら頑張るけどさぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

体育の着替えの途中、周りが騒がしいことをいいことに私は詩音に今朝の出来事を愚痴る。彼女は私と曜が本当の双子ではないことを知っている数少ない人の一人だ。ちなみに言うと千歌や果南、曜だって知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私がいれば、曜に彼女は出来ないって分かってるからベタベタしてたけど。あんなふうに言われたら、もしかしたら私も候補なのかなって思っちゃうよね」

 

 

「そうだね。曜くん、本当に好きな人いないの?」

 

 

「双子の私が見てていないんだよ、聞かなくても分かるもん。千歌にはちょっと、特別な気持ちで接してるみたいだけど」

 

 

「……それで、蒼ちゃんが1番って言われたんだよね。脈アリなんじゃない?」

 

 

「無責任なこと言うなっての。曜は私のこと、妹だと思ってるんだから」

 

 

 

 

 

 

 

私だって血の繋がった兄妹じゃないことを知ったのは不可抗力だった。健やかに寝付いた曜の隣を抜け出して階段を降りた夜、たまたま両親の会話を盗み聞きしてしまった。聞かなかったことになんてできるほど大人じゃなかった私は、つい両親に問いただしてしまったのだ。

 

 

真実を知ったあの日から10年、私は曜の双子の妹を続けている。いつからか私にとって曜は"お兄ちゃん"ではなく"男の子"になってしまったけれど、彼が兄であることは変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……男って、元気だねぇ」

 

 

「蒼ちゃんは人のこと言えないと思うな。あんなふうに元気に動いているでしょう?」

 

 

「やだな、さすがに曜ほどアクティブじゃないよ。……じゃないよね?」

 

 

「ふふ、じゃないから、安心してね」

 

 

「良かった、詩音ってたまにそういうこと言うよね」

 

 

 

 

 

 

せっかくの体育の時間。私も運動は好きだから本当は目一杯に体を動かしたいんだけど、天気はあいにくの雨。体育館ではしゃぎ回る男子を眺めているうちに、視線は曜に固定される。

 

 

 

 

 

 

 

「蒼ちゃん、曜ちゃんのこと見すぎだよ」

 

 

「千歌」

 

 

「千歌ちゃんお疲れ。次は?」

 

 

「詩音ちゃん達だよ。行ってらっしゃい!」

 

 

「はーいっ、蒼ちゃんちょっとセンチメンタルな日だから、よろしくね」

 

 

「任された!」

 

 

 

 

 

 

 

だいぶ失礼なことを残していった。隣に座り込んだ千歌が私の視線を追いかけて、それから微笑んだ。太陽のように明るくはないけれど、雨の日に見るには十分なほど暖かい笑顔だ。

 

 

 

 

 

 

 

「千歌だって、練習中にひろにぃのこと見るでしょ。それと同じ、好きな人の活躍してるとこは……見たく、なるじゃん」

 

 

「そこで照れるんだ。チカだって蒼ちゃんが曜ちゃんのこと好きなの知ってるよ?」

 

 

「別に濁してるわけじゃないの。ただほら、私たちは双子だから。誰かに聞かれたりでもしたら、曜に迷惑がかかっちゃう」

 

 

「もぉ、蒼ちゃんなんでそこでヘタレちゃうかな〜」

 

 

「はあ?」

 

 

 

 

 

 

千歌は私のほっぺをむにっと引っ張る。一通り感触を楽しんだ後、またにっこり笑って立ち上がる。さっきゲームをしてきたばかりだと言うのに、また千歌の出番なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

「蒼ちゃんがどれだけ曜ちゃんに迷惑をかけたって、2人は双子のまんまだよ。曜ちゃんだって蒼ちゃんのこと、大好きなんだから」

 

 

「……何を根拠に」

 

 

「幼馴染を根拠に!」

 

 

「何それ……」

 

 

 

 

 

 

 

目に見える保証も無いけれど、千歌の笑顔と言葉には不思議と信頼できる何かがあることを知っている。だからAqoursのみんなも彼女に着いてきたし、私も曜もその背中を追いかけて育ってる。

 

 

まぁ、千歌に言われなくても曜が私の事大好きだって知ってるけどね!!

 

 

 

 

 

 

 

「千歌、次のゲームどこ?」

 

 

「蒼ちゃん達だよ。サボる気?」

 

 

「んーん、やるよちゃんと。曜は私の事見ててくれるかな」

 

 

「見るよ、絶対」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真剣な瞳に射抜かれ、別の意味でドキリとする。私のワガママもここまで来ればお姫様のようだ。必ず叶えてもらうことが出来る、私にその自覚はないけれど。

 

 

うだうだ悩んでいるのは性にあわない。思い切り体を動かして、気持ちに正直で行動するのが私だ。

 

 

 

 

 

 

「行ってくるね、千歌!!」

 

 

「行ってらっしゃーい」

 

 

 

 

 

 

 

やけに清々しい気持ちで駆け出した私に、その後呟いた千歌の言葉は聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと待って。おにーちゃんのことは大好きだけど、蒼ちゃんのそれとは違うからねー?」



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大翔の場合。一話

「……鞠莉」

 

 

「なによ?」

 

 

「呼んだだけって言ったら怒る?」

 

 

「怒らないけど、珍しく面倒なのね」

 

 

「そうかもな……」

 

 

 

 

 

 

呆れた笑みを零した彼女の隣に並ぶ。鞠莉の視線の先にいるのは果南とダイヤ。俺たちの幼馴染で……黒髪の堅物野郎は鞠莉の好きな人。

 

 

我ながら女々しいなと思う。振り返らなくてもいい、ただ傍に居られたら俺はそれでいいんだ。4人姉弟の3番目、俺以外は全員女の子だから、女々しくたって仕方ないと思う。

 

 

 

 

 

 

「大翔、果南のこと止めなくていいわけ?」

 

 

「いいんだよ、あんなふうに騒いでるダイヤも新鮮だろ?」

 

 

「……まぁ。マリーは知らないからね、大翔がダイヤにお説教されても知らんぷりするから」

 

 

「いいぜ、別に。……そうだ、鞠莉」

 

 

 

 

 

 

 

俺は果南とダイヤと、3人で計画していた黒澤家でのお泊まり会に彼女を誘った。あくまで自然に聞こえるように、はやる鼓動を無理やり抑え込む。やましい気持ちはない、幼馴染ならば当然だと。そう聞こえるように。

 

 

 

 

 

 

「なんで男3人に囲まれてお泊まり会なんてしなきゃいけないの。私の寝る場所どこになるわけ?」

 

 

「ルビィがいるだろ。俺らはダイヤの部屋で雑魚寝するし」

 

 

「それ、ルビィに許可は取ったの?」

 

 

「取った。けどなんか……俺が一緒に寝るみたいな反応したな、一瞬だけ」

 

 

「……大翔、それでよく私の恋を応援するわよね」

 

 

「何の話?」

 

 

「べっつにー?学院の王子サマは鈍感なのねって思って」

 

 

「そりゃあ、鞠莉と果南だろ?硬度10ってからかってんの」

 

 

「ダイヤの話なんかしてないんですケド」

 

 

「じゃあ果南か。あれ、あいつ王子様なんか呼ばれてたっけ?」

 

 

「私が言ってるのはあんたのことよ、バカ大翔」

 

 

「俺!?」

 

 

 

 

 

校内を歩いていて、変に注目されているなと思ったことはある。でもそれは隣に果南やダイヤがいるからで、俺に向けられた視線じゃないだろう。そう、女の子たちに手を振って黄色い歓声が上がるのだって……俺じゃないよな?

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ、俺も含まれてたんだ」

 

 

「まさか、今気づいたわけ?」

 

 

「だってあいつらへの歓声かと思うだろ。俺はスクールアイドルじゃないしさ」

 

 

「女の子からすれば、爽やかに笑いかけてくれるだけでも嬉しいものなのよ」

 

 

「ふーん……鞠莉も、そういうのキュンてする?」

 

 

「しない訳じゃないけど……残念ながら、あんた達みたいなバカ相手じゃ可能性は低いわね」

 

 

「果南ほどバカじゃねぇよ、俺。ダイヤには勝てねぇけど、俺だって学年トップ争ってんだから」

 

 

「大翔のそういう所がバカだって言ってんの。はぁ……疲れてきちゃった」

 

 

 

 

 

 

 

大きくため息をついた鞠莉。会話が切れたのと同時に、海からは果南とダイヤが上がってくる。楽しそうに笑う果南と、苛立ちを隠しきれていないダイヤ。俺はそれを眺めているだけで楽しいのだけれど、ダイヤは俺に助け舟を出して欲しかったみたいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「大翔、どうして果南を止めてくれなかったんですか」

 

 

「悪い、海に入る気分じゃなくてな。服貸してやるから怒んなよ」

 

 

「それで僕が父さんに怒られたら、君らのせいですからね」

 

 

「だったら俺が言い訳してやるさ。"最後の青春を謳歌してた"ってな」

 

 

「大翔、なんか今日ポエマーだな」

 

 

「ちょーっとばかし、センチメンタルな心でね。な、鞠莉?」

 

 

「話振らないで、そんな会話なんてしてなかったわよ」

 

 

「ははっ、ジョーダンだから怒らないでくれ。お前ら風邪引くぞ、風呂入ってけよ」

 

 

「さんきゅ。ダイヤ、旅館まで競走しよーぜ!」

 

 

「僕らの家でもないのに、……って、果南!」

 

 

 

 

 

 

騒ぎ散らしながら駆け出す姿は、どんなに図体がデカくなろうとも変わらない。自然と溢れ出す笑みは鞠莉も一緒で、俺はそんな彼女の肩にパーカーを掛けた。驚き見上げた鞠莉はやっぱり綺麗で、アイツらを追いかけるのが嫌になるくらいで。このまま2人きりの時間が続けばいいのにな、なんて思ってしまうのはきっと、彼女が遠く離れていた間も忘れられないくらいに好きだからだ。

 

 

でも、どんなに引き止めていたって俺が鞠莉のことを捕まえられる日は来ない。

鞠莉が幸せなら、俺の幸せなんていらない。

 

 

そのくらいの覚悟はあるのに、手を伸ばせないのがもどかしい。

 

 

 

 

 

 

「大翔?」

 

 

「ん?」

 

 

「ボーッとして何よ、風邪でも引いた?」

 

 

「いーや、そんなんじゃないさ。ただそうだな……」

 

 

 

 

 

 

 

"置いてくなよって、なんで言えねえんだろうな"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉side

 

 

 

 

 

静かに笑った彼の横顔は見慣れてしまった。同い年だと言うのにやけに達観した物事の捉え方をするコイツは、時折私たち幼馴染にすら考えていることが分からなかったりする。

 

 

小さい頃、年相応の笑みを浮かべながらも大人びた言動を取る彼に、私は初恋をした。甘酸っぱさが理解出来ないほど小さかった私は恋だと認識したが、本当にそうだったのかは今でも分からない。

 

 

こっちに来た時、髪色やハーフということもあり少しばかり浮いた存在だった私に、構わず声を掛けてくれたのは果南であり、手を引いて連れ出してくれたのがダイヤだ。そして躊躇う私の隣で何もせず見守ってくれたのが、大翔だった。

 

 

男子3人の中、女子が1人混ざっているのなんて小学生当時ですら目の敵にされるもの。それを分かっていた幼き日の大翔は無理に私を連れ出そうとせずに隣に立ってくれていたのだ。彼の優しさはずっと変わらない。

 

 

 

 

 

 

 

『小原さんがどうするかは自由だけどさ、おれらは君と遊びたいって思ってるだけなんだよね。アイツら馬鹿だから、小原さんのこと考えてないみたいだけど』

 

 

『メイワクなんて思ってないけど……マリーも一緒でいいの?』

 

 

『一緒がいいんだよ。男と女なんてカンケー無い、一緒に遊んだ方が楽しいと思う』

 

 

『……じゃあ、遊びたい』

 

 

『おうっ、行こーぜ!』

 

 

 

 

 

 

 

手を差し伸べてくれたこの時の笑顔こそが、年相応のものだった。気がつけば彼は私に惚れていて、背伸びをする笑みしか見られなくなってしまったが。しかし時折見せる幼い表情に胸の奥を掴まれるのは確かで、私が再び大翔を好きになるなんてことは有り得ないのに、心がグラグラと揺らされる。

 

 

大翔はきっと最後まで私に想いを伝えてくれない。その一途さがまた私にとって歯がゆいものではあるのだけれど、それは時に女の子を傷つけることになる。

 

 

彼が私以外を好きになった日には、私も昔のことを話してみよう。

 

 

「アンタが好きだった」って。

「本当は、今でもドキドキする」って。

 

 

驚いた顔が赤く染まったら、私の勝ち。

知ってたさなんていつもの顔で大翔が言ったら、背中を向けたマリーの負け。



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詩音の場合。二話

更新が遅れました、申し訳ございません。


梨央side

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女が転校してきてどのくらいが経っただろう。毎日詩音ちゃんを家まで送って行く道中、僕は少しずつ僕の知らない彼女のことを聞いていた。例えばそう、部活は何かやっていたのか。音楽は何を聴いているのか。

 

 

他人と距離を詰めるには当たり前の質問を繰り返し、僕はどうしても気になることは彼女に聞けないでいた。

 

 

怖いのだ。もし彼女が僕の欲しい答えをくれなかった時が。

 

 

 

 

 

 

 

「……梨央くん?」

 

 

「……ねぇ、詩音ちゃん」

 

 

「はい」

 

 

「好きな男とか……いたりした?」

 

 

 

 

 

 

 

ついに聞いてしまった。告白したわけじゃないのに、心臓がバクバクと音を鳴らす。他の音が何も聞こえなくなって、もしかしたら僕の鼓動は彼女にも聞こえているくらい大きいのではないか。

 

 

自然と2人は立ち止まっていた。あと数メートルもすれば彼女の家に着く。だと言うのに鉛のように足は重く、これ以上進んではいけないような気さえした。

 

 

僕の質問に、真っ直ぐ見上げて固まった詩音ちゃん。やがて、見たことも無いほど綺麗な笑みを浮かべて、僕の名前を再び呼んだ。綺麗とは言ったものの、妖艶の方が正しいまである。また大きく、心臓が跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしてそんなことを聞くのかな」

 

 

「どうしてって……それは……っ」

 

 

 

 

 

 

僕の小さな独占欲だと言えたなら、どれほど良かっただろう。言えるわけもないし、言ったとして彼女が僕の思う通りに受け止めてくれるとは限らない。つまるところ、今の彼女には僕が好奇心で尋ねている以外の選択肢がないということ。

 

 

 

 

 

 

 

「……なーんて。ちょっと意地悪しちゃった」

 

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

なんて間抜けな声だろう。僕らを包んでいた緊迫感もどこかに消えてしまって、耳にはまた環境音が入ってくる。クスクスと笑う詩音ちゃんは数メートル進んで、家の玄関へと立った。振り返るその仕草がスローモーションに見えたのは、彼女が紡ぐ言葉を僕が待ちわびているからだろう。

でも。僕を見つめる彼女の瞳は暗く、虚ろに見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「いないよ、1人も。そもそも私、友達出来なかったから」

 

 

「……え?」

 

 

「私の友達は、ずっと梨央くんだけだったの。それは中学でも、転校する前の高校でも」

 

 

「あっ……!」

 

 

「人付き合いは苦手だから、私が壁を作ってしまえば誰も話しかけて来ない。それで良かったんだ」

 

 

 

 

 

 

悲しそうに瞳を揺らす彼女に見覚えがある。僕と離れ離れになる前だ。また会おうねって約束した時も同じ顔をしていた。あの時の僕はまだ小さくて、引っ越すのが嫌だから悲しそうなんだと思っていた。

今なら分かる。違うんだ。詩音ちゃんが怖くてたまらなかったのは、1人になることだったんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ごめん。無神経な質問して」

 

 

「気にしないで、友達がいないのは私のせいだもん」

 

 

「でもっ、今は僕がいるよ!」

 

 

「……そうだね。また明日、バイバイ」

 

 

 

 

 

 

手を振り返す。力なく笑った彼女を引き留めることなんて僕には出来なくて、無意識に踏んだのは地雷だったということをやっと理解した。意地悪な返しをしたのも、僕に思い出して欲しかっただけなんだ。「ずっと仲良しでいようね」なんて可愛い約束。お互いしか友達がいなかった僕らの、僕がした口約束。

 

 

 

 

 

 

「……馬鹿だ、僕」

 

 

 

 

 

何が「好きな男とかいたりした?」だ。彼女は健気に僕のことを覚えていてくれたのに。後にも先にも、そのチャンスは僕にしか無いのに。

 

 

今度こそ繋ぎ止められるはずだった手は、また何も掴めなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「__ってことがあってね」

 

 

 

「あってね、じゃねーよ。相談に乗るとは言ったがお前の惚気に付き合う気はないからな?」

 

 

 

「惚気だなんてそんな。彼女は僕のこと、なんとも思っていなかったんだよ」

 

 

 

「……そうとは限らなくね」

 

 

 

「え?」

 

 

 

「詩音が言ったんだろ、リリーしかいなかったって」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「お前しか、詩音の隣には並べないんじゃないの?まっ、今じゃオレのが仲良いみてーだけど!」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「なっ、おい梨央!冗談くらいまともに受け取れよ、オレがお前傷つけたみたいになるだろ!?」

 

 

 

「……っふ、ごめん喜人くん。ありがとう、君のおかげで大事なことに気づけた気がするよ」

 

 

 

 

 

 

 

惚けた顔でもしていたのだろうか。笑いをこぼして感謝の一言を告げてからようやく、喜人くんの表情は焦りから和らいだ。どうして彼に言われるまで気づかなかったんだろう。彼女の心にはずっと僕がいて、僕だけが友達で、僕にしか、隣に立つチャンスは存在しなくて。

 

 

 

今は喜人くんがいるから、もしかしたら僕だけではないのかもしれないけれど。それでも、詩音ちゃんが振り向いてくれる確率は、僕の方がいくらか高いだろう。安堵と同時に僕に襲ってきたのは、言い知れぬ恐怖。なぜなのだろう。僕は今、ホッとしたはずなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おせーんだよ……んで、詩音のことどうすんだ?」

 

 

 

「どうって?」

 

 

 

「誰かに取られちまってもいいのか?このままオレが好きになって、アイツのこと貰っても、お前は詩音のこと応援してくれるのか?」

 

 

 

「それはつまり、君が詩音ちゃんのことを女性として見ているってことでいいのかな」

 

 

 

「さぁな。オレ別に女として見てないなんて言ってないから。見てるとも、言わねぇけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

そうか。僕が恐れたのは、喜人くんに彼女を奪われる可能性だ。詩音ちゃんの彼氏になるチャンスは確かに僕の方が多く、高い確率かもしれない。でもそれは、あくまで僕たちが感じるものである。

なぜなら今の詩音ちゃんはAqoursのみんなと仲が良くて、その中で僕が抜きん出ているだけに過ぎないからだ。

 

 

 

当の詩音ちゃんが僕を選んでくれる可能性なんて、それはAqoursの男子全員にも当てはまる可能性なわけである。

つまるところ、詩音ちゃんの目線の先にすでに誰かがいる可能性を、僕以外の男で考える必要があるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんだ、そんな簡単な事だったんだ」

 

 

 

「はあ?いきなりなんだよ」

 

 

 

「言い訳してたんだよ、自分にも君にも。ようやく分かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__僕はただ、強引に彼女を攫う口実を見つけたかっただけなんだ。だってもう、諦められないことを知っているんだから。



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蒼の場合。二話

大変長らくお待たせいたしました。


曜side

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曜ってさ、彼女作んねーの?」

 

 

 

 

 

体育の時間、クラスの男子にふとそんなことを聞かれる。彼女か、思春期男子のわりに考えたこともなかった。俺の近くにはずっと蒼や千歌ちゃんがいたから、女の子への耐性もないわけじゃない。むしろ慣れているまであるんじゃないか?首を傾げてしまったのはそう、本当に改めて考えさせられているだけだ。

 

 

 

 

 

 

「……彼女かぁ、考えたことなかったや」

 

 

「もったいねー、お前モテんのに」

 

 

「ははっ、冗談やめてよ。次そっちゲームでしょ?行かないとヤバいんじゃない?」

 

 

 

 

 

 

半ば強引に話を切り上げ、俺は体育館の隅に腰を下ろした。この空気感に耐えられそうにない梨央くんがそこにいたからだ。俺に気づいた彼は顔を上げ、それから苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「曜くんが彼女作らなかったのって、蒼ちゃんがいるから?」

 

 

「そうかも。蒼と四六時中一緒だから、俺あんまり女の子と遊んだりしないでしょ?」

 

 

「……これ、僕のセリフじゃないだろうけど。曜くんって彼女のこと好きだよね」

 

 

「そりゃあもちろん。大好きな妹だからね、……ああ。それで蒼、朝から不機嫌だったんだ」

 

 

「ふふ、何かあったの?」

 

 

 

 

 

 

 

柔らかく微笑んで俺の顔を覗き込んだ梨央くん。女の子は彼のこういう顔にキュンとして恋に落ちるんだろうなと呆然と考える。自覚はないんだろうけれど。もちろん俺は男だしドキドキしたりはしなかったのだが、つい見とれてしまう。俺から見ても綺麗な顔ってズルいよね。__じゃなくて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今朝、蒼に世界で1番大好きって言ったんだ。そしたら顔を真っ赤にして逃げちゃって。おかげで俺の顔面にはクッションがクリーンヒット」

 

 

「どういう経緯でそれを言ったのか分からないけれど……」

 

 

「愛しの千歌ちゃんって言われたらさ。より大事な人がいるってこと、ちゃんと伝えなきゃいけないと思って。俺の1番は蒼だって本人が知らなきゃ意味ないだろ?」

 

 

 

 

 

 

まぁ、素直に気持ちを伝えたっていうのに八つ当たりされると困るんだよね。蒼がお兄ちゃん大好きなら、俺だって可愛い妹のことが好きだもん。蒼のことなら割と何でも知っている自信があったのだけれど、俺にも分からないってことはもしかしたらこれが乙女心ってやつなのかも。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね、その通りだ。でも曜くん、大胆なこと言った自覚はある?」

 

 

「へっ?」

 

 

「僕だったら……勘違い、しちゃうかもな」

 

 

 

 

 

 

 

梨央くんはそう言って遠くを見つめる。視線の先にいるのは楽しそうに笑っている詩音ちゃん。彼がきっと彼女に1番だと言われたら、そういう意味に捉えてしまうということだろう。蒼はどうだったんだろうか。

詩音ちゃんの隣にいるのは、俺の可愛い妹。俺の知らない笑い方をしている蒼に心がザラつく感覚。なんなんだ、これ?

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、蒼に限って無いでしょ。蒼は俺のこと兄貴だとしか思ってないんだから」

 

 

「曜くん……」

 

 

「何その哀れんだ目!」

 

 

「君、本当に好きな人いないの?」

 

 

「蒼がいるから。急にどうしたの?」

 

 

「曜くん。そろそろ自分の気持ちに気づいてあげて」

 

 

「……え?」

 

 

「世界で1番大好きな妹なんでしょう?」

 

 

「うん、俺は蒼以外に妹はいないしね。でも……梨央くん?」

 

 

 

 

 

 

 

ため息をついた梨央くん。それでも呆れた雰囲気ではなくて、苦笑と共にもう一度名前を呼ばれる。彼が気づいて俺が気づいていない蒼のことがあるのが何だか嫌だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「曜くん、君と同じように蒼ちゃんが誰かに"彼氏作らないの?"って聞かれたとするよ?」

 

 

「うん」

 

 

「欲しいんだよね、って彼女が答えてたら?」

 

 

「……まぁ、思春期だしね」

 

 

「……蒼ちゃんが、君の知らない男を連れてきたら、曜くんはどんな気持ちになる?」

 

 

 

 

 

 

 

蒼が、俺の知らない男を連れてくる。

人生で1度も考えたことの無いそんな状況に、俺は少なくとも動揺していたのだと思う。数秒か、それとも数分か。俺にとっては無限に感じられたその時間を経て、ようやく梨央くんに答えを返す。

 

 

 

 

 

 

「…………嫌だ。蒼が俺の知らない奴といるとこなんて見たくない。知ってる人がいい……ううん、違うや」

 

 

「曜くん……!」

 

 

「蒼の隣は俺だけだよ、……これからも」

 

 

「分かった?自分の気持ちが」

 

 

「やっと。ありがと、梨央くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

言われてから気づくなんて、果南くんやダイヤくんのこと鈍いって言えないな。そんなだから千歌ちゃんにずっと俺のセリフじゃないって言われてたんだよ。

 

 

でも、自覚したならもう諦めない。他の誰にも蒼は譲らない。だって俺の、世界一可愛い蒼だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……世界で1番、俺は蒼のことが好きだよ」

 

 

 

 

 

 

今朝とは違う意味。大好きな妹、でもそうじゃない。

誰にも譲れない、愛している妹だ。

 

 

 

 

 

 

 

「蒼、驚くかなあ?」

 

 

 

「驚くと思うよ、だって彼女も……·」

 

 

 

「うん、俺のこと好きだもんね」

 

 

 

「……気づいたの?」

 

 

 

「いーや、確証はないんだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

だって俺ら双子だし。俺が好きなら、蒼もきっと俺のこと好きでいてくれてるよ。



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大翔の場合。二話

お待たせしました。このペースだと投稿する度に謝罪から始まってしまいますね笑


ルビィside

 

 

 

 

 

 

 

ルビィの王子様は、大好きなおにぃちゃんのお友達だった。

おにぃちゃんの背中に隠れたままの私に優しく笑いかけてくれて、慣れるまで静かに傍に居てくれたことを覚えている。

 

 

 

大翔くんは千歌ちゃんという妹がいるから、年下の女の子の扱いには慣れていると言っていた。実際、私も彼を兄だと思ったことが少しばかりある。例えば外で遊ぶ時とか。おにぃちゃんが果南くんに連れて行かれるのを寂しく見送った私の隣に、大翔くんは並んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ルビィ、追いつこうと走らなくていいんだよ。おれとゆっくり、お兄ちゃんのとこ行こうな』

 

 

 

『……ひろとくんは、どうしてルビィに優しくしてくれるの?』

 

 

 

『なんでだろうな?守ってやりたいっていうか……あー、恥ずかしいから教えない』

 

 

 

『いじわる』

 

 

 

『ほーら、いいから行くよ。それともルビィ、このままダイヤに置いてかれたまんまでいいのか?』

 

 

 

『やだ。行こう、ひろとくん。ルビィでもおにぃちゃんに追いつくかな?』

 

 

 

『追いつくよ、だってルビィはダイヤとおれの、自慢のルビィだから』

 

 

 

 

 

 

 

くしゃっと笑った大翔くんが頭を撫でてくれた感触は、今でも覚えている。温かくて胸がいっぱいになって、今思うと多分それから私の恋が始まったんだと思う。

 

 

 

その出来事があってから、またしばらく経った日のこと。

 

 

 

1人で小学校からの帰り道を歩いていた時、前を歩いていた上級生が不意に後ろに歩いてきて、ルビィにぶつかった。

泣き虫で弱かった私は、何も言えずに責められるだけで。

 

 

 

ギュッと目をつぶって、泣きながらおにぃちゃん達のことを呼んだ。助けてほしいって、届かないことを知っていたのに。

それなのに彼は、大翔くんは、息を切らして私の前に立ち塞がってくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……っ、男が寄って集って女の子を責めてるの、ダセェから」

 

 

 

「なんだよ大翔、その子のこと庇うのか?」

 

 

 

「庇うも何も、ルビィは謝ってるし、おれ見てたからな。お前らが後ろにふざけて下がったんだ、この子がぶつかりに行ったわけじゃない」

 

 

 

「そんなの、前を見て歩けばいいだろー!」

 

 

 

「道端で遊んでるやつのがどう考えたって悪いだろ。年下の、それも女の子相手に何ムキになってんだよ。いいから、ルビィに謝れ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「おれらの大事な妹なんだ。泣かせたから容赦しない、おれもダイヤも。いいんだな?ルビィ、帰ったらお兄ちゃんにちゃんと相談するんだぜ?」

 

 

 

「分かった、謝るから!!悪かったよ」

 

 

 

「おれにじゃなくて、ルビィにだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

それから上級生は丁寧に謝ってくれた。幸いだったのは、彼らが大翔くんやおにぃちゃんの同級生であったこと、教室でも度々私の話題を出してくれていたことだった。

 

 

 

大翔くんやおにぃちゃん、果南くんや鞠莉ちゃんにとって、ルビィは大切で自慢したい妹だったんだって。

 

 

 

妹って言われたのに、守ってくれた時の、私のために怒ってくれた大翔くんがかっこよくて。それからずっと、私は大翔くんが好き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ルビィ、起きろ」

 

 

 

 

 

 

肩を揺らされる感触。ああ、寝ちゃってたんだ。夕日が差す眩しい部室には誰の姿もない。ただ1人、ルビィの傍に立って起こしてくれた、愛しい王子様だけ。夕焼けに溶け込む彼のみかん色の髪の中に、優しい紅い瞳がこちらを見ている。好きだなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

「ひろと、くん……」

 

 

 

「疲れてるなら家で休めよ、送っていくから。曜はどうした?」

 

 

 

「予定があるって言って、4時半までは一緒に作業してたんだけどね。申し訳なさそうに帰って行ったよ、曜くんらしいよね」

 

 

 

「そうだなぁ……あいつも兄貴だからな。蒼よりよっぽどルビィのがしっかりしてるから、ちょっとは安心してるだろ」

 

 

 

「今の聞いたら、蒼ちゃん怒っちゃうよ?"ひろにぃひどい"って」

 

 

 

「好きに言わせておけ。ほらルビィ、帰るぞ」

 

 

 

 

 

 

 

私が帰り支度をしている間、部室の窓を全て確認してくれていた。そういう気が利くところもさすがだと思う。大翔くんは何ともないようにこなしちゃう事も、私も含めて感心してしまうんだ。

 

 

 

 

 

 

 

「あれ、そういえばおにぃちゃんは一緒じゃないんだね」

 

 

 

「ああ、その歳でワーカーホリックになるなって鞠莉が連れて帰ったんだ。人使いが荒いったらねえよ、あいつ」

 

 

 

 

 

 

 

呆れた物言いとは裏腹に、どことなく嬉しそうな顔。鞠莉ちゃんがおにぃちゃんを引っ張って帰ったのならどうせルビィのことを迎えに来てくれるつもりだったのだろうけれど、彼女に念を押されたんだろうなぁ。好きな人からの頼まれ事、私も大翔くんも舞い上がってしまうもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルビィのことなんて置いて帰っても良かったんだよ。鞠莉ちゃんと一緒が良かったでしょ?」

 

 

 

「お前がそんな気を使わなくてもいいんだよルビィ。鞠莉だって……ダイヤと帰りたかったんだろうから」

 

 

 

 

 

 

 

一変して寂しそうな顔に変わる。言わなければ良かったなんて後悔はしても遅い。大翔くんはきっと気づいてない。鞠莉ちゃんがおにぃちゃんと一緒に帰りたかったことには気づくのに、彼女が私と帰るように念を押したことに、気づいてはくれない。

 

 

 

誰だって自分の恋が実るように、自分の気持ちに正直だ。

でも大翔くんはそうじゃない。いつだって鞠莉ちゃんの幸せだけを願って、自分は叶わなくたっていいからと。

だから、自分のことなんて気にしないから。大翔くんを見てるルビィにも気づかないんだ。鈍感って、おにぃちゃんのことからかえないこと自覚してる?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルビィ、鍵はどうすればいい?」

 

 

 

「持ち出し許可貰ってる。ほら、明日は土曜日だから」

 

 

 

「おっけー、じゃあお前に預けとく。どうせ一番乗りはルビィだろ?」

 

 

 

「あはは……そろそろ衣装、完成させなくちゃだからね。大翔くん」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「明日、一緒に来ない?」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「ダメかな?」

 

 

 

「いや……なんていうか、ごめん。ルビィがそんなまっすぐに俺のこと誘うの、初めてじゃないか?」

 

 

 

「えー、もっとあるもん。一緒に帰ろって言ったり、ルビィ結構ワガママ言ってたよ?」

 

 

 

「……いいぜ、明日ルビィのとこ迎えに行く。ダイヤのこと置いて、2人で行こうな」

 

 

 

「うんっ!」

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとだけ頬を赤くした大翔くんと、明日の約束をした。鞠莉ちゃんがくれたチャンスを、しっかり私の手に握って。

鞠莉ちゃん褒めてくれるかな?頑張ったねって。

まだ少し耳が赤い彼の後ろ姿を、微笑みながら着いていく。振り返って笑ってくれるのが嬉しいから、どこまでだって一緒に。




独白の部分でルビィが「ルビィ」又は「私」と言っていますが、全て仕様です。

細かい心情の変化や色を一人称の使い分けで表現しているつもりですので、皆様どうかそれぞれのルビィの気持ちを考察してあげてください(*^^*)


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詩音の場合。三話

社交性の欠片もない私は人と関わることが苦手だ。他人に興味がないというのも理由の一つではあるけれど、どうにも自分の話をすることが出来ないのだ。話しかけられてもほとんど黙ってしまうことが多くて、そうして梨央くんと離れ離れになってからは友達を作っていない。

 

 

 

壁を作れば誰も近寄らない。私が得たライフハックのひとつである。

 

 

 

なのにどうしてこの子は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……千歌ちゃん、壁打ちの会話は楽しい?」

 

 

 

「聞いてくれてはいるでしょ?」

 

 

 

「そうだけど……本を読んでいる時くらいは静かにして欲しいかなぁ」

 

 

 

「やだよ。せっかく詩音ちゃんと一緒なのに」

 

 

 

「私先に言ったよね。読みたい本があるって、分かったって言ってくれたよね」

 

 

 

「でもチカ本なんて読めないし。お喋りのが楽しいよ?」

 

 

 

「はぁ……千歌ちゃんにこの手の理解を求める私が間違ってたのかな。いいよ、続きを話しても。今度はちゃんと返してあげるから」

 

 

 

「えぇ……お情けで聞いてもらうくらいなら壁打ちでいいや。だいじょーぶ、邪魔しないから!」

 

 

 

「もう嫌……蒼ちゃん早く帰ってきて……」

 

 

 

「ちょっと。まるで私が面倒みたいな」

 

 

 

「今回に関してはそう言ってるんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰もいない放課後の教室。今日は職員会議があってどこも部活はなし、それなのに蒼ちゃんは少し用事でいない。生徒数の少ない浦の星で未だに告白されることがあるらしくて、それの不思議さを千歌ちゃんはずっと話していた。当の私は花丸ちゃんに借りた文庫本を読んでいて、それは会話というよりも独り言であったわけだけど。

 

 

 

私が本を閉じると、少しだけ申し訳なさそうな顔をした千歌ちゃんは、窓側へと向かい始める。後悔の念があるなら閉じる前にして欲しかったかな。

 

 

 

釣られて私も窓の奥の景色を眺める。ほんのりオレンジ色に染まった空には雲1つなく、東京で見た覚えの綺麗な風景がそこに広がっていた。なるほど、この空を見るためだったとしたら、確かに活字から目を離して良かったのかもしれない。

 

 

 

しばらく2人で無言のまま眺めていると、教室の扉が開くのが分かった。誰が入ってきたか振り返らずとも分かった。まっすぐ私の隣に並んだ蒼ちゃんも、同じように空を見上げる。これで3人仲良く感傷に浸っている。何故かは分からないけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんかさ、おにーちゃんみたいだね」

 

 

 

「大翔先輩?」

 

 

 

「ひろにぃみたいって、あの空が?」

 

 

 

「うん。なんかこう……理由とか特には無いんだけど、そうピピッて感じたの」

 

 

 

「……私は、曜みたいだなって思った。暖かくて爽やかで……やっば、これめっちゃ恥ずかしい」

 

 

 

「あー、でも曜ちゃんみたいってちょっと分かるかも。ねえ詩音ちゃんは?」

 

 

 

「私?」

 

 

 

「おにーちゃん?それとも曜ちゃん?誰かのこと、考えた?」

 

 

 

「私は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時浮かんだのは、青空の下で笑顔で踊るAqoursのみんなの姿。ダンスの練習は決して楽なものじゃない。それなのに楽しそうで幸せそうで、滴り落ちる汗すら輝いて見えるくらい。

みんなが踊っているところを見る度思うのは、梨央くんはあんまり汗をかくほど何かをしているのが似合わないということ。ピアノを弾く彼のことを良く覚えているからなのか、なんだかしっくり来ない。

 

 

 

だから、空色とオレンジが混ざったあの景色は、なんとなくピンと来ない。

 

 

 

 

 

 

 

「……梨央くんにはちょっと、似合わないかな」

 

 

 

「へ?梨央くん?」

 

 

 

「似合わないって何でまた。まぁ……梨央って運動、あんま得意じゃなかったよね。インドアのイメージ」

 

 

 

「梨央くんはきっと、ピアノを弾いている時が1番キラキラしてるんだよ。スクールアイドルが輝いてないって言うわけじゃないけど……私にとって梨央くんは、白と黒だから」

 

 

 

「詩音ちゃん……それ、」

 

 

 

「え?何かおかしなこと言った?」

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃんと蒼ちゃんは、そっくりな表情でポカンとしている。それからお互いの顔を合わせて首を傾げる。あ、すごい。鏡合わせになった。仲良しだなぁ本当。じゃなくて、失言があったのだろうか?でもでも、私は訂正したよね。ピアノを弾いている梨央くん、私は1番好きだし。

 

 

 

 

 

 

「ううん、なんにもおかしくはないんだけど!千歌、今の聞いた!?」

 

 

 

「聞いた、チカの頭でも噛み砕けてるよ、聞き間違いじゃない!!」

 

 

 

「よく分からないけど……2人とも、馬鹿にしてる?」

 

 

 

「「それは無い!!」」

 

 

 

「なら別にいいんだけど……本当に、何かまずいこと言ったわけじゃないんだよね?」

 

 

 

「それは安心して、そういうんじゃないの。ちょっとね、千歌?私たちが驚いただけ!」

 

 

 

「そーだよ、気にしないで!!」

 

 

 

「その驚いてる理由が分からないから不安なんだけど……いいや。教えてはくれないんでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろんと良い笑顔で返される。人に隠し事をしておいてそんな顔をしないで欲しいよね。

何を聞いても答えてくれない2人を放置し、再び空を眺める。

今頃、梨央くんは何をしてるんだろう。ヨハネくんに引きずられてショッピングとか?それとも曜くんと図書館にいるのかな。それとも……すっかり見慣れた横顔で、ピアノを弾いているのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……会いたい、なぁ」

 

 

 

 

 

 

 

今度の呟きは誰にも届かなかった。あの雲のようにふわりと浮かんで、そうして私の胸の中に溶けていく。



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蒼の場合。三話

誤字の訂正をしました。他の話でもそうですが、読者の皆様、誤字脱字を見かけましたら遠慮なく報告してくだされば幸いです。


「第1回!Aqours+αのガールズで恋バナ女子会〜!!」

 

 

 

「yeah!」

 

 

 

「……千歌、そのテンションに誰も着いていけてない」

 

 

 

「マリー先輩だけですよ、そんなに楽しそうに出来るの。誰かにこういうのを話すのって、緊張するんですから」

 

 

 

「マルに関しては、本当にここにいていいのかな?」

 

 

 

「ルビィは、詩音ちゃんに同意かも……」

 

 

 

 

 

 

 

やけにテンションの高い千歌と、その手の話に飛びついてきそうな鞠莉が、私たちのブーイングに唇を尖らせる。そんな顔したって、乗り気になれないものはなれない。そもそも恋バナだなんて、発起人の千歌さえ無縁である。

 

 

 

渋る私と詩音、控えめに難色を示すルビィ、我関せずと文庫本を開き始めた花丸。それにダル絡みする鞠莉となおも唇を尖らせる千歌。混沌と化したこの空間(千歌の部屋)の空気を破ったのは、女子会には相応しくない人物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「千歌、人数分の飲み物持ってきたぞ。……悪い、入っちゃマズかったか?」

 

 

 

「ううん、ありがとひろにぃ!」

 

 

 

「何がだよ。とりあえずオレンジジュースをボトルで置いとくな。足りなくなったら自分でキッチンに行けよ、千歌」

 

 

 

「はーい。そだ、おにーちゃん」

 

 

 

「なんだ?女子会なんだろ、俺は梨央を連れてどこかに行けばいいんじゃなかったのか?」

 

 

 

「えーっとね……」

 

 

 

 

 

 

千歌は一瞬、ルビィの方を見た。ひろにぃはその事にもちろん気づいていない。相変わらず鈍いんだから。目を向けられたルビィはと言えば、その視線に気づいて立ち上がる。最近、なんだかあの子が強かになったように思う。ひろにぃに強くアピールをするようになったとでも言うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「大翔くん、ルビィお茶菓子持ってきたの。キッチン借りてもいい?」

 

 

 

「ああ、わざわざありがとう。だったら俺が預かるよ、部屋で待って……」

 

 

 

「ううん、使ってもいいお皿を教えてくれるだけでいいの。梨央くん待ってるんでしょう?」

 

 

 

「そうだが……家に来てくれた女の子をもてなさないで、男を迎えに行くのもなんだかなぁ……」

 

 

 

「おにーちゃん、チカからもお願い。そもそも梨央くんだけじゃなくて、曜ちゃんも待ってるもん」

 

 

 

「お前なぁ……そんなに言うくらいならそもそも、千歌が連れて行ってやらなきゃ駄目だろ。お前のお客さんだろうが」

 

 

 

「いやっ、ほらなんて言うかさ!チカ今、ちょっと頭が痛くて、だからルビィちゃんのこと連れてけないの!」

 

 

 

「そうとは思えないが。まぁいいさ、行こうルビィ。悪いな、千歌が迷惑かけてるみたいで」

 

 

 

 

 

 

ワガママな妹と、それからいつになく強情なルビィに折れて、ひろにぃは部屋を出ていった。眉を下げながらもエスコートする姿は、彼がみんなの王子様と呼ばれる理由の1つだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……で、千歌はなんでそんなに必死なの?」

 

 

 

「あれね、ルビィちゃんに頼まれたの。どうにか2人の瞬間が欲しいって。言ったらおにーちゃんはくれるだろうけど、それじゃ意味ないんだって」

 

 

 

「よく分からないけど……ルビィちゃん、最近すごくアピールしてるみたいずら。ちょっと複雑な気持ちだなぁ……」

 

 

 

「花丸ちゃん、寂しいの?」

 

 

 

「多分、そうなんだと思う。背中を押してあげるしか出来なかったマルが何を言っても無駄なんだけど……それでも、大翔くんとの距離を縮めればきっと、ルビィちゃんは……」

 

 

 

「大丈夫だよ、花丸。ルビィは親友思いの子でしょ?」

 

 

 

 

 

 

寂しそうな顔をする花丸を見て、思わず声をかけた。Aqoursの末っ子がそんな顔してるのに無視なんて出来ない。頭を撫で出す詩音と、そんな花丸を抱きしめる私。1歩引いて見守るのは、今日は鞠莉の役目のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫、ルビィちゃんなら。応援してあげよう?」

 

 

 

「……うん。マルがしなきゃ、ダメだもんね。親友なんだから」

 

 

 

「ありがとう、花丸。私の代わりにルビィと大翔のこと、応援してあげてね」

 

 

 

「マリー先輩?」

 

 

 

 

 

 

 

元気を出した花丸とは打って変わって、今度は鞠莉が悲しげな顔になる。年長者を慰めるってのは変な話だけど、仲間なんだし。

 

 

 

 

 

 

 

「ルビィのことは応援してるわ。でもね、マリーはズルいの。ズルくて仕方ない私は、ルビィと大翔のことは応援出来ないのよ」

 

 

 

「鞠莉?」

 

 

 

「……なんでもないわよ。さっ、ガールズトークに花を咲かせましょ!」

 

 

 

 

 

 

傷ついた心を隠すように笑った鞠莉が、無理やりテンションを上げて立ち上がる。タイミング良く戻ってきたルビィのその頭を撫で、それからまた悲しげに笑った。ルビィはそんな鞠莉に何かを言いたそうに顔を顰めたが、言葉を飲み込んでしまったようだ。

 

 

 

鞠莉のあの笑い方、どこかで見たことがある。

ひろにぃがよく鞠莉に向けるその笑い方と、全く一緒だった。



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大翔の場合。三話

恋とは何か。根本的にはきっと今でもガキの俺がいくら1人で考えたところで答えなんて出て来やしない。ずっと傍に居たいのが好きってことなのか?それとも触れたいと、そんな欲求があるからこそなのだろうか?

 

 

 

小さい頃、ダサい話だけど俺はそんなことを考えすぎて知恵熱を出したことがある。結局あとは何も考えられなくなって、さらに言うならお見舞いに来てくれた鞠莉に嬉しくなって、また好きになったことを実感した。

 

 

 

とどのつまり、恋とは何か知らないのである。俺にとっては鞠莉がその恋に落ちた人であり、哲学的または理性的にそれについて言及することは出来ない。なぜなら俺がそう信じているだけかもしれないからだ。

 

 

 

難しいよなぁ、人間て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、なぜ俺が唐突に恋だのなんだの語り出したかと言うとだな。俺の隣では今、ルビィが眠っている。勘違いしないでほしい。布団に入っていたりするわけではない。女の子相手にそんな距離の詰め方しないし出来ない。

 

 

 

彼女は今、俺の肩を枕にしている。厳密に言えば二の腕辺りではあるが、健やかに眠る彼女を起こすことなんて俺には出来ないのだ。気持ち悪いと思うなかれ、ルビィから漂う柔軟剤の匂いがとても良い匂いで、それがドキドキするっていうか。頭が真っ白になるってこういうことなのだろうか?

 

 

 

あーもう、意味わかんねえよ。だって俺、鞠莉のことが好きなはずで。もし生涯をかけて守り抜くのなら彼女だと、ダイヤとのことを応援するって、覚悟を決めていたはずで。

 

 

 

なのに今、隣にいるもう1人の妹に、ルビィに、女の子に、ドキドキしてるんだ。

自慢ではないが、パーソナルスペースに女の子が居るのには慣れている。千歌に鞠莉、蒼にもちろんルビィも、小さい時からずっと知っているから。それなのに今、信じられないくらい動揺してる。

 

 

 

だっせえ、俺。

カッコつけてるくせに、こんなにゆらゆらするなんて。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、ルビィ?」

 

 

 

 

 

俺のホンモノの気持ちはアイツとルビィ、どっちを選ぶんだろうな。答えは俺じゃあ出せない。その覚悟はまだ、決まっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉side

 

 

 

 

愛らしい少女の髪を梳きながら、私はふと窓の外にいるみかん色の少年を追いかけてしまう。数年前と同じように果南とダイヤと3人で馬鹿やってるそんな背中に、私の胸は静かに音を鳴らす。もうそろそろいい加減にしないと、大翔にもルビィにも、好きだと公言しているダイヤにも悪い。ダイヤ自身は知らないけれど。

 

 

 

一体、どちらにときめいたのだろうか。答えは簡単、どちらもだ。

 

 

 

恋の定義を知らないから、私は今でも大翔に恋をしているし、ダイヤのことが好きなんだと思う。我ながら馬鹿だ。どちらも選べないんじゃなく、大翔への恋を、大翔からの好きから逃げているだけなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

「……鞠莉ちゃん」

 

 

 

「ルビィ?どうかした?」

 

 

 

 

 

 

 

私に黙って髪を弄られていたルビィは、いつの日か見た冷たい瞳で鏡越しに私を見つめていた。温度を感じないと言うより、問い詰められているような気分だ。恐らく彼女はそのつもり。愛らしい少女は一変してクールな表情に変わる、こう見えてもダイヤの妹なんだなって改めて実感させられた。

 

 

 

 

 

「大翔くんのこと、見すぎだよ」

 

 

 

「……あら、ダイヤかもしれないじゃない」

 

 

 

「私、知ってるから隠さなくても平気、鞠莉ちゃん。大翔くんのこと好きだよね、昔からずーっと」

 

 

 

 

 

 

 

息が詰まる。誰にもバレたことなかったのに、私にとっても妹同然のルビィは、いとも簡単に私の隠し事を暴いた上で、その罪を精算させようと試みている。もはや逃げ道なんて無い。今のルビィはそれを許してくれないし、そんな気力も残っていない。緊張で鼓動が高鳴って、冷静な判断なんか出来やしない。

 

 

 

 

 

 

 

「ズルいよ、鞠莉ちゃん。望めば手に入るのに、どうして捕まえないの。大翔くんはそれを望んでいるのに、鞠莉ちゃんしか、彼を解放出来ないのに」

 

 

 

「そ、れは……」

 

 

 

 

 

 

大翔は、私に告白するつもりなんてない。最後まで私のことを応援してやるって苦しそうな顔で告げられた私の気持ちだってきっと、彼は1度も考えたことない。そうしてそれで傷つく女の子がいることも、それに甘えた最低な女がいることも、彼は知らない。

 

 

 

それは一重に私のせいであって。

私が海外に留学しようと決めて、旅立つ前に。

2人で浜辺を歩いたの。大翔はあの2人と違って、私の意思を尊重してくれるって信じていたから。だから彼にだけ打ち明けた。

 

 

 

その心に、ちょっとした傷を付けられたらいいなって、イタズラ心からだった。

 

 

 

 

 

 

 

『離れていても、ずっとマリーのこと応援してくれる?』

 

 

 

『……ああ、約束する。アイツらがどれだけ何も言わない鞠莉に怒っても、俺だけは……ずっと、鞠莉の味方だから。帰ってこいよ、お前がいないと寂しいからさ』

 

 

 

 

 

寂しさを押し殺したくしゃくしゃの笑顔を見た瞬間、我慢していた涙を零してしまいそうになった。スクールアイドルのこと、本当は3人と遊んでいたいこと。大翔の傍に並んでいたいこと。全部を殺して、私は無理して笑った。飛行機の中でようやく素直になれた。

 

 

 

あの日、大翔に言った「応援してくれる?」という言葉は、呪いのようなものだった。もちろん留学先での勉学もそうだし、彼にとっては私とダイヤのことだ。

 

 

 

それでも私はあの日、彼に押し付けたのは「ずっと私を好きでいてくれるか」のその一言。私は大翔に、私以外の女を好きになって欲しくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……バカよねぇ、大翔も。私のワガママなんて、忘れちゃえばいいのに」

 

 

 

 

 

 

 

思わず呟いた、私のワガママに、ルビィは黙って振り返った。エメラルドの綺麗な瞳は、片想いをしているはずのあの人と同じ色。それなのに、心はいつでも紅色を探している。

 

 

 

 

 

 

 

「鞠莉ちゃん、意地張るのやめよう?大翔くんも、おにぃちゃんにも失礼だと思うな」

 

 

 

「……そうね、その通りだわ。でも私に今更そんなこと出来ると思う?出来たらとっくにやめてるのよ、無理だから引きずるの」

 

 

 

「ルビィ、お手伝いするよ?だって鞠莉ちゃん、すごく辛そう」

 

 

 

 

 

 

 

暖かな瞳が私を見上げる。彼女の好きな人を傷つけて振り回している私に、どうしてこの子はそんなことが言えるのか。渇きかけた涙は再び込み上げてきて、ルビィが力なく笑う。いつからこんなに強い子になったのだろう。私の方がお姉さんのはずなのに。

 

 

 

 

 

 

「さっきはごめんなさい。でもね、鞠莉ちゃん。私は鞠莉ちゃんにも幸せになって欲しいの。ルビィにとって、鞠莉ちゃんはおねぇちゃんみたいな人だから」

 

 

 

「……こんな、私でも?」

 

 

 

「完璧なおねぇちゃんなんていないよぉ、だってそうでしょ?おにぃちゃんも大翔くんも、どこか抜けててそれでもカッコイイんだもん。ね?」

 

 

 

「ふふ、そうかもね。確かにそうだわ」

 

 

 

「一緒に帰ろっ、鞠莉ちゃん!明日からはきっと、正直になれるよ」

 

 

 

「……うん、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

どういたしまして。太陽みたいに笑ったルビィの笑顔を、私はどこかで見たことがある。

どこで見たかなんて思い出せない。でもきっと、ダイヤの笑顔じゃない。だってアイツに似てたら、もっと胸がいっぱいになるはずだから。



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詩音の場合。四話

自分がどれだけ色恋に無頓着であるか、それを思い知った。目の前にいる男子生徒は少なくとも浦の星の生徒。小規模校の人なんて例え学年が違くたって顔くらいは覚えていられる私が、一切この人のことを知らなかった。答えは簡単、そもそも私は人見知りだからだった。

 

 

 

転校初日から千歌ちゃんに引きずられてAqoursに囲まれてしまった私に気安く話しかけてくれる人なんておらず、ましてや男子なんてもってのほかだ。登下校は基本隣に梨央くんがいるし、そうじゃなくても曜くんも一緒だから。

 

 

 

だからなのか、付き合ってくださいの一言を貰ったのに、あんまり嬉しくない。名前も知らない人に告白されて、素直に喜べるほど恋に憧れているわけじゃないのだ。

 

 

 

 

 

 

「……えっと、私あなたのこと知らないんですけど……」

 

 

 

「これから知ってくれればいいからさ、ね!お願い!」

 

 

 

 

 

 

緑のネクタイを揺らし、勢いよく頭を下げてまで要求することなのだろうか。別に私の容姿が整っているわけでも、私の性格が特別いいわけでもない。地味だと散々言われてきたくらい。

ほんのちょっとだけ、迷惑だなと感じてしまった。好きですの言葉に、感情がこもっているように感じなかったからだ。

 

 

 

どうしても付き合いたくて、でもそれほど好きじゃない。

ああ、そうか。私に近づいた理由、分かっちゃった。

この人は多分、私経由でAqoursの女の子と仲良くなりたいんだ。千歌ちゃんも花丸ちゃんも、ルビィちゃんもマリー先輩も、メンバーじゃないけど蒼ちゃんだって、可愛いもの。

 

 

 

そうじゃなきゃ、こんな目立たない私を好きになってくれる人なんていない。

胸が痛む。恋なんて興味無いし知らなくても困らないはずなのに、事実を知って酷く痛い。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり、すみません。先輩とはお付き合いできないです」

 

 

 

「なんで?オレのこと知らないから?」

 

 

 

「ちょっと違うんですけど……とにかく、無理です。ごめんなさい」

 

 

 

「いーじゃん、どうせ彼氏居ないんだろ?あんたはステータスになんだから、暇なら付き合えよ」

 

 

 

「は、離して……!」

 

 

 

「あの。その子から手を離してもらえますか」

 

 

 

「はあ?」

 

 

 

「……りおくん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

手首を掴まれ、男の人の力には抵抗出来ない。怖くて痛くて、泣き出しそうになったその時、聞きなれた綺麗な声が聞こえた。いつも優しく名前を呼んでくれる彼の声に、反射的に振り返る。

 

 

 

いつになく怒った表情をした梨央くんが、先輩の手を乱暴に振り払う。それから私を守るように抱き寄せてくれて、もう一度胸が痛む。なんだろう、これ。嫌な感じはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌がってるの見えないんですか?」

 

 

 

「あ、桜内じゃん。何してんの?」

 

 

 

「先輩には関係ありません。詩音ちゃん、大丈夫?」

 

 

 

「う、うん……ありがとう、梨央くん」

 

 

 

「オレ今詩音ちゃんと話してんだよね。邪魔しないでくれない?」

 

 

 

「気安く名前を呼ばないでください。勘違いしているようなので僕から言わせてもらいますが」

 

 

 

 

 

 

 

怒気を孕んだ低い声に、不思議と怖いなんて思わなかった。私の知らない梨央くんのそんな一面にむしろかっこいいとさえ思う。知らない感情、胸が暖かくなるような苦しいような、そんな感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

「彼女を傷つけるのは、僕らAqoursを含むスクールアイドル部全員を敵に回すことを意味します。先輩の思惑通り詩音ちゃんを出汁に誰かと近づけたとして、大切な仲間を傷つけた相手を受け入れるメンバーはいません」

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

「浦の星でこんなことするなんて、先輩も物好きですね。詩音ちゃん、行こう。みんなが待ってるよ」

 

 

 

「梨央くん、……あの」

 

 

 

「…………なんだよ」

 

 

 

「先輩とはお付き合い出来ません。ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

 

わざとらしい舌打ち。それに少しだけ驚くと、私を抱きしめる梨央くんが力を込める。逃げるように去っていく先輩を見送って、彼が目線を合わせてくれた。琥珀色の瞳が揺れて、心配をかけてしまったことを実感する。

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れてごめん、詩音ちゃん。怖かったよね」

 

 

 

「ううん、梨央くんが来てくれたから平気。怖いのもそうだけど……なんだかすごく、悲しくなっちゃって」

 

 

 

「悲しく……?」

 

 

 

「あの人は、私を好きになってくれたわけじゃないから。梨央くんも先輩の思惑に気づいてああ言ってくれたんでしょ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

梨央side

 

 

 

 

 

瞳に涙を浮かばせ、それでも彼女は無理に笑う。思えば小さな頃から、彼女が本気で泣いたところを見たことがなかった。別れのときでさえ寂しそうに笑っただけだと言うのに、ここまで彼女の心を曇らせた先程の先輩を、僕はどうして許すことが出来るだろう。

 

 

 

泣いていることに気づいていない詩音ちゃんの涙を拭う。驚いたように目を見開いた彼女はまた、ボロボロと涙を流してしまうばかりだった。

 

 

 

僕はなんて声をかけてあげるべきだろう。女の子どころか他人への距離の詰め方なんて分からない。それでも確かなのは、彼女に泣き顔なんて似合わないってことだけだ。

 

 

 

考えてたって仕方ない。僕はもう一度彼女を抱き寄せた。控えめに背中に腕を回した彼女の手は、とても小さかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……詩音ちゃん、今から最低なことを言うね」

 

 

 

「え……?」

 

 

 

「さっき君が先輩のこと振った時、ちょっとだけ安心した。君が傷つくことがなくて良かったのと、君が誰かの彼女にならなくて良かったって」

 

 

 

「梨央くん……?」

 

 

 

「僕、ずっと詩音ちゃんのことが好きだよ。誰も見ていなくても、僕だけは君のことを愛してる」

 

 

 

 

 

 

 

桜色の瞳は今、どんな輝きを放っているだろう。隠してしまったからもう見えない。見えたとして、僕が正面から覗き込める自信もない。心臓の音が伝わっていないといいな。情けないくらい大きな音を鳴らす、それでも今までで1番勇気を出した僕の鼓動。

 

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、梨央くん。私、好きとかって気持ち、なんだかよく分からないの」

 

 

 

「うん、知ってるよ」

 

 

 

「でも、嫌じゃない。すごく嬉しくて、苦しくて、ムズムズする」

 

 

 

「ねえ、詩音ちゃん。恋とか好きとかって気持ちが分かったらでいいから、その時になったら僕に返事をくれない?」

 

 

 

「そんな……いいの?梨央くんが傷つかない?」

 

 

 

「うーん、僕は君に振られる方がキツいかなぁ」

 

 

 

「え」

 

 

 

「ふふ、そういうことだから。今度こそちゃんと、みんなの所に行こう。焦らなくてもいいんだ、僕はずっと、待ってるから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の手を引いて連れ出す。赤く腫れてしまった目元にはまた、新しく涙が。その涙の理由は僕の言葉にある。

誰かを好きになる感覚が分からない子が、僕の言葉に胸を痛めて喜んで、そうして噛み締めてくれている。

 

 

 

今は、それだけでいいから。彼女の隣はこれからも僕の特等席なのだから。



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蒼の場合。四話

今回はめちゃくちゃな話になっています。描きたい要素だけを詰め込んでしまったため、もしかしたら辻褄が合わなくなる可能性まであります。申し訳ございません。



それから、アンケートありがとうございました。
票数を見るとどうやらTSものを好んでらっしゃる方がいてくれて嬉しい限りです。この作品にもタグは付いていますので、苦手な方はどうかご自衛なさってください。


それはいつもの夜の出来事だった。父さんが家に帰ってきて、蒼も手伝って作られた夕飯は少しだけ豪華で、俺も父さんも年甲斐なく喜んで腹に入れた。休暇を貰えたからとはしゃぐ両親に注いだ酒が、俺の心を乱すことになってしまっただけだ。誰も悪くない。

 

 

 

強いて言うのなら。何も知らずに今までをのうのうと生きてきた、俺がたった1人悪者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「デカくなったな2人とも」

 

 

 

「父さん、飲みすぎだよ。水汲んでくるから待ってて」

 

 

 

「私たちもう17だよ〜、誕生日プレゼント期待してるね」

 

 

 

「おー、楽しみにしてろ。しっかし、まぁ……こんなに良く育ってくれるとは思わなかった」

 

 

 

「本当ねぇ、蒼を引き取った時はどうしようかと……」

 

 

 

「母さんっ……!」

 

 

 

「……何それ、どういうこと?」

 

 

 

 

 

 

 

明らかにしまったという顔をする親と、慌てたように母さんの言葉を止めさせた蒼。俺だけが知らない何かが確かに今、ここにある。青ざめた蒼の瞳に涙が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

「……なぁ、蒼。母さん達の話が分かるのか?」

 

 

 

「私は……」

 

 

 

「いいんだ、蒼。成人する前には曜にも教えてやらなきゃいけなかったことだ。それが早まっただけ、お前は何も悪くない」

 

 

 

「父さん……でも!」

 

 

 

「曜、今から大事な話をするの。受け入れる覚悟はある?」

 

 

 

 

 

 

 

堪えていた涙を流した蒼が俺を見る。どうして泣いてるんだ?俺はここにいる、泣かなくていい。言葉は頭に浮かぶのに、声は出なかった。何があっても俺に抱きついてくれる蒼が、不安になる今に限って来てくれない。それが両親の言葉を肯定しているようで、心の中はすでにぐちゃぐちゃだ。

 

 

 

震える拳をグッと握りしめ、母さん達にそっと頷く。話を聞く覚悟は出来た。受け入れられるかどうかは、後の俺に掛かっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……蒼はね、親戚の子供なの。蒼を産んですぐに、母親は亡くなってしまったわ。タイミング悪く、ほとんど同時刻で父親も事故に遭って……」

 

 

 

「葬式の時、1人になった蒼を引き取ろうとする人はいなかった。両親が名前を付けることすら叶わなかった蒼を、父さん達が引き取ったんだ」

 

 

 

「誕生日はたまたま近くだったの。曜のが少し先だったから、あなたがお兄ちゃん。双子として育てようと決めたから……だから名前が無かった赤ちゃんに、蒼って付けた」

 

 

 

「……だから私たち、双子なのに髪色が違うんだよ。目の色は同じなのに……誤魔化せる範囲で、違っちゃった」

 

 

 

「蒼はこの事……知ってたのかよ……」

 

 

 

「…………うん」

 

 

 

「…………っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

頭が真っ白になるってきっと、こういうことだ。

蒼が俺の妹じゃない。今までずっと大好きで、離れたくなくて、離したくなくて、これからもずっと双子で生きていくんだと思っていたのに。

 

 

違った。俺は蒼のお兄ちゃんなんかじゃなかった。血の繋がりはあっても、限りなく他人に近い間柄だった。

 

 

申し訳なさそうに顔を伏せる父さんと、俺を信じてくれた母さんと、__泣き止むことなんてない蒼。

 

 

もう、何も見ていたくない。

俺のせいで泣く蒼の傍に、俺は並べない。

 

 

 

 

 

 

「……待って、曜!!」

 

 

 

「…………!」

 

 

 

「置いてかないで、どこにも、行かないでっ__お兄ちゃん__!」

 

 

 

 

 

 

 

家を飛び出すその前に聞こえた蒼の声。気にせず閉まったドアの奥で、彼女はより大きな声を上げて泣き出してしまう。

こんな俺をまだ、お兄ちゃんって呼んでくれるんだな。

でもごめん、俺はもう妹なんて思えない。

 

 

だってさ__俺、最低だから。



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双子の場合。

『……もしもし、ひろにぃ?』

 

 

 

「曜、こんな夜遅くにどうかしたか?」

 

 

 

『今から家に行ってもいいかな』

 

 

 

「いいけど……外は雨降ってるだろ。それにバスだって出ないはずだ、明日じゃダメなのか?」

 

 

 

『今がいいんだ、家には……帰りたくない』

 

 

 

「……分かった、お前のこと待ってる。だから走ってる間に話したいことをまとめておけ、俺は全部聞いてやれるから」

 

 

 

『ありがとう、ひろにぃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

それを最後に通話が切れる。電話越しにでも聞こえる雨音の大きさは、例え鍛えている男だとしてもタダじゃ済まない。

大事な弟分が、こんな夜遅くに電話を掛けてきた。只事じゃない雰囲気だっていうのは十分に伝わってきたが、俺が心配してしまうのは、曜の隣には蒼がいるのかいないのかだった。

 

 

双子はいつでも一緒だった。千歌と遊ぶ時も、俺に着いて海辺を歩くのも。

だから今、その日常が壊れていそうで怖いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……千歌、曜から電話があった」

 

 

 

「曜ちゃんから?」

 

 

 

「ああ、お前に頼みがある。風呂を沸かして、それから姉さん達に曜が来ることを話してくれ」

 

 

 

「……分かった。おにーちゃんの判断だもんね、チカも曜ちゃんのこと待つ」

 

 

 

「サンキュ。頼んだからな」

 

 

 

「らじゃー!」

 

 

 

 

 

 

 

元気よく部屋を出る千歌を見送る。その間に曜に着せるルームウェアを適当に見繕い、洗面所に置いた。俺の服くらいなら着れるだろう。身長もさほど変わらないしな。

 

 

家には帰りたくないと言っていたから、部屋には布団を敷いた。俺と曜だけでは不安だから千歌も一緒に寝ると駄々をこねられたが、曜もその方が安心するだろう。承諾すると大袈裟に驚かれた。兄妹なら普通だろと言うと、訂正しているのかしていないのか分からない態度でうやむやになった。なんだったんだ。

 

 

しばらくして曜が来た。予想通りびしょ濡れで、表情は暗い。その傍らに蒼がいないのを確認し、同時に蒼と何かがあったことを確信する。

 

 

 

 

 

 

「……ごめん、こんな時間に」

 

 

 

「いいって。謝るより先に風呂入ってこい、風邪引くぞ」

 

 

 

「……何から何まで、ありがとう。千歌ちゃんも」

 

 

 

「ううん、チカは何も……」

 

 

 

 

 

 

 

無理して笑おうとする曜の頭に、タオルを投げる。顔を覆い隠せる程度なら、前は見えるだろう。

千歌に温かい飲み物を用意してもらい、俺は濡れた廊下を拭く。あの蒼が、雨の日に兄貴を1人外に出すなんて信じられない。止める声を振り払って家を出たと考えても、兄妹喧嘩でそこまで大事になるような奴らじゃないはずだ。

 

 

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

 

 

 

「うん、……あのね」

 

 

 

 

 

曜は深く深呼吸をした。それでも口から零れたのは自嘲じみた笑いだけで、俺たちには待つことしか出来ない。話すことがまとまっていないのではなく、今から話すことを自分が噛み砕くことが出来ていないのだろう。

 

 

 

 

 

 

「曜、ゆっくりでいい。話すのが辛いなら寝て起きた明日でも構わないから」

 

 

 

「いいんだ、こんなんじゃ俺、寝れるか分かんないから」

 

 

 

 

 

曜はもう一度、深呼吸をした。持ち直した表情は、覚悟を決めたというよりかは、諦めたように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

「……父さんが帰ってきたんだ。久しぶりだからって、俺も……蒼も、2人に酒を注いでさ。それがいけなかったのかな……母さんが、口を滑らせたんだ」

 

 

 

「口を滑らせた?」

 

 

 

「うん……蒼は、俺の妹じゃなかったんだ」

 

 

 

「え……!?」

 

 

 

「親戚の子らしいんだ。彼女の両親は生まれてすぐに亡くなってて……だから、母さん達が蒼を引き取ったって言われて」

 

 

 

「そんな!……おにーちゃん……?」

 

 

 

 

 

 

感情に任せて言葉を出そうとした千歌を止める。俺たちの言葉なんて今の曜は求めていない。彼は今、ショックだった出来事を俺たちに吐き出すことで、受け入れようと努力をしているのだから。

 

 

 

 

 

 

「俺、その事知らなかったんだ。なのに蒼は先に知ってて……」

 

 

 

「だから、家を飛び出して来たのか?」

 

 

 

「……だってさ、蒼はずっと妹だと思ってたんだよ?だから俺の恋は、……叶わないと思ってたのに」

 

 

 

「曜ちゃん……」

 

 

 

「隣にいるだけで良かったんだよ、俺は!なのにっ」

 

 

 

「……蒼を自分の女に出来るって考えた、自分が嫌いになったか」

 

 

 

「…………っ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苦しそうな顔で頷く曜。妹じゃないと知ってしまって、恋心を我慢しなくていいんだと認識してしまっただけなら、こうはならないはずだ。曜が本当に苦しいのは、一体なんだろう。

 

 

 

 

 

 

「……家を飛び出す前、蒼が置いてかないでって叫んだんだ。"お兄ちゃん"って……兄貴でもない俺を、そう呼んでくれた」

 

 

 

「……ああ」

 

 

 

「蒼はいつまでも俺のことを兄貴だって思ってくれるって言うのに、俺はその気持ちに答えてやれないのが……本当のことを知ったことより、何よりも苦しいんだ」

 

 

 

「…………」

 

 

 

「なぁ、ひろにぃ。俺はどうすればいいのかな。このまま彼女の傍に帰っても……許されるのかな、俺は兄貴なんかじゃないのに」

 

 

 

「……おにーちゃん、……」

 

 

 

「好きにすればいいさ。何があったってお前らは双子だよ」

 

 

 

「でも俺ら、本物じゃないんだよ……!」

 

 

 

「だからなんだよ。17年間の絆は一晩で切れるほど弱いものなのか?少なくとも俺には、そんなふうには見えないね」

 

 

 

 

 

 

 

強い言葉。背が高くて筋肉質でいかにもスポーツマンの曜は、その見た目に反して繊細だ。大切な妹を傷つけないために、自分が傷つこうと揺れる、優しい男。だからこそ俺は強い言葉をかけてやることで自信を持たせてやりたい。

 

 

 

 

 

 

「……曜。蒼がお前のことをお兄ちゃんって呼んだんだろ?お前は確かに、あいつのことが好きなんだろ?」

 

 

 

「…………うん」

 

 

 

「じゃあ周りの目なんて気にしなくていいさ。蒼にとってお前は兄貴で、曜にとってあいつは可愛くて大切な妹。それでいいじゃん」

 

 

 

「本当に?」

 

 

 

「誰かに何か言われたら俺に言え。果南とダイヤ連れて、そいつのことボコボコにしてやる」

 

 

 

「ふはっ、俺もうそんなガキじゃないよ!自分の身は守れる、蒼のことだって」

 

 

 

「ならもう大丈夫だな。寝るぞ、曜」

 

 

 

「……いいの?そんなに世話になっちゃってさ」

 

 

 

「今さら気にすんなって。客なんだからベッド使え、俺と千歌は布団で寝るから」

 

 

 

「サンキュー、ひろにぃ!」

 

 

 

 

 

 

 

いつもの明るい笑顔。腫れた目元も、潤んだ綺麗な目も、きっと明日にはいつも通りになっている。

俺と千歌は静かに顔を合わせてそれから笑った。妹への愛おしさも、兄の大切さも、俺らは2人よりよく知っているから。



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