百合ゲー世界なのに男の俺がヒロインをNTRしてしまうまで (流石由々しき字隊3)
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一年目
1話 思い、だした


「おい、日辻先輩、奥さんと一緒に出掛けて交通事故で死んだらしいぜ」

 

 

その知らせはいきなりだった。埼玉県所沢市市役所で事務の仕事をしていた俺の耳にいきなり届き、俺はその知らせを聞いて驚かずにはいられなかった。

 

「マジかよ……」

 

 日辻先輩とは俺の新人教育をしてくれた人だった。お世話になったと言えばお世話になったのだが……かなり奇抜と言うか、何というか。忙しくなると不機嫌になって俺達新人にあたったり、飲みの誘いを断るとごちゃごちゃ言われるし。行ったら行ったでいきなり歌を歌えとか、一発ギャグをやれとか無茶ぶりが凄かった。

 

 特に女性職員が居る時はマウントを取りたいからなのか、無茶ぶりが酷かった。そんな先輩だから俺を含めた新人はあまり関わらない様にしてたのだが……そんな間に死んでしまうとはな。

 

 嫌いな人でも死んでしまうと何処か哀愁が漂ってしまう。

 

 

 

 

「マジ」

「そうか……」

「まぁ、こんなこと言うのはあれだけどさ……」

 

 

俺と同期の佐々木小次郎が何かを言いかける。彼も日辻先輩には無茶ぶりを要求された人でよく愚痴を言っていた

 

 

「それ以上はあまり言わない方が良いぞ。いくら何でも不謹慎だからな」

「……そうだな」

「それより、仕事戻った方がいいぞ。資料纏められてないんだろ?」

「おっとそうだ」

 

 

隣の彼は仕事に戻った。日辻藤間……死亡か……こんな話何処かで聞いたことが……あるような気がする。何処だ? ニュース? 夢? 新聞? 夕刊? ポスター? 張り紙? インターネット?

 

 何処だ。考えても頭の記憶にもやがかかったようにそれ以上分からなかった。この感じ、日辻藤間先輩に初めてあった時も感じたんだ。何処かで会った事があるような、知っているような既知の感じ。

 

 

いくら考えても分からず、俺は思考を止めて仕事に集中した。

 

 

そして、正式に日辻藤間先輩の訃報と葬儀のお知らせが届き、役所に勤めている一同で出席することになった。

 

 

 

◆◆

 

 

 夕暮れ時、仕事終わりの午後六時。そこそこの人が集まる葬儀場に俺達は来ていた。黒のスーツ、ネクタイ、シャツ、ベルトは光沢のない地味な物を着こんで葬儀場を進んでいく。

 

 受付をして、葬儀場の館内に進んでいく。

 

「俺達は左側だよな?」

「そう、だな……」

「どした?」

「いや……前にもこんな感じの何処かで」

「大丈夫か? 疲れてるんじゃ……」

 

 

佐々木にそう言われ、確かに疲れでも溜まっているのではないかと思った。最近、頭の中にずっとある『日辻』と言う苗字。それを何故かずっと考えてしまうからだ。目頭を指で押してこれから葬儀だと言うのにこんな気持ちではいけないと思い気持ちを切り替える。

 

眼を再び開けて、祭壇の左側に座ろうとすると……前の方に日辻先輩の写真。そして、その写真の前に子供が四人いるのが見える。背丈が全く同じで髪の色と髪型が違う。後姿しか見えないがやはり何処かでと思ってしまう。読経や焼香、それらをこなして僧侶が退場。遺族挨拶などを終えて帰宅する途中である声が聞こえてくる。

 

「誰が、あの姉妹たちを引き取るの?」

「私の家は無理よ……」

「水を凍らせたって聞いたぞ」

 

 

夕暮れに照らされながら日辻先輩の親族の会話が何処か聞き覚えがある気がした。最近、こういうこと多すぎないか。まぁ、気にしないで帰ろう

 

と思いながらも足を止めてその話を聞いてしまった。

 

「おい、俺達は帰るぞ」

「ああ、そうだよな」

「おーい」

 

 

佐々木は肩を叩く。だが、俺の足は不思議と動かなかった。止まったままただ、親族たちの話を聞いてしまった。

 

「四つ子なんて……しかも、化け物」

「おい、それは」

 

年老いた婆さんが何かを言おうとしたのを爺さんが止める。あの人たちは日辻先輩の両親だろうか? ……いや、きっと両親だ。話を聞く限り、あの祭壇で見た四人は四姉妹なのだろう。それと化け物って……それは四人のことを指しているのだろう。

 

 

不思議と全てが分かる。そして、老人たちが話している途中で……()()()()()が老婆たちの側による。

 

 その内の一人が聞いた。肩にかかるくらいのピンク髪のショートヘアー。海のように澄んでいる碧眼は鋭い。背丈は小さく小学生くらいであることが容易に想像できる。

 

 

「この後、どうすればいいんですか?」

「……もう、今日は休んでいいから。四人共、ホテルに戻って」

「……はい。じゃあ、皆行くよ」

 

 

 化け物を見るような恐れや差別を含んだ瞳。それらを向けられた四人は特に何も言わずに去って行く。

 

「やっぱり、私達は引き取れない」

「いつ、凍らせられるか」

「私達も無理だ」

 

 

母方の祖母も祖父も、父方の祖母も祖父も四人を拒絶する。あの四人は日辻先輩の子供……達で……近しい親族たちも誰もが四人を拒絶する。こいつらの話し声は絶対あの四姉妹に聞こえてるはず。

 

いや、わざと言ってるんじゃ……どちらにしろ聞こえてる。

 

 

「おい、いつまでここに」

 

 

この光景見たことあるぞ。こちらのヘイトを物凄く湧きたたせるこの……()()()()

 

 

『これ、面白いからやってみろよ』

『百合ゲー……かよ』

『いや、絶対面白い。このゲーム』

『何て名前?』

()()()()

 

 

その時、頭の中で爆弾が爆発したかのような大きな衝撃が襲った。記憶が次々に溢れてくる。自分の知らない、いや、忘れていた記憶が。

 

 

「おい、大丈夫k」

 

 

佐々木が言う前に俺は親族たちの元に向かった。かなりの早歩き、親族たちは俺に気づいてなんだなんだと息を飲む。

 

 

俺はその人達のすぐそばによるとかなりの大声で言った。

 

 

「俺がっ、あの四姉妹引き取っちゃダメですかッ!?」

 

 

 

その声はきっと葬儀場から去って行く四姉妹にも聞こえていただろう。そして、この会場に居る全ての人たちにも聞こえていただろう。

 

 

「は、はい?」

 

老婆がハテナマークを頭に浮かべて急にどうしたんだと言う疑問の声を向ける。

 

 

「あの、俺は日辻先輩にお世話になった者です!! それで、話は変わりますが皆さんあのご息女の引き取り先で揉めているようなので、俺があの四人を引き取りたいんです!」

「きゅ、急に」

「急ですいません。でも、皆さん渋ってるから。だったら俺が……」

「バカ、お前何言ってるんだ!」

 

佐々木が急いで俺の側に寄ってきて手を掴む。無理やりにでも帰らせようとしているのかもしれない。だが、俺の手を引いても俺は一切動かない。

 

 

「俺なら、あの子達を引き取れます。家も大きいです。貯金もまぁまぁあります!」

「……そうは言ってもねぇ?」

「どこの馬の骨かもわからん……」

 

 

 四人を拒絶しておいて何故か、引き取りは渋る。まぁ、確かに俺なんて全く関係のない部外者だけれども。だが、このままこいつ等に引き取らせるのだけはごめんだ。こいつらは孫のはずの四人を煙たがって、愛情の一つも与えないクソ野郎ども。育児を放棄するクズどもだからだ。

 

「……お願いします。先輩の遺志を俺に引き継がせてください」

 

 

俺は頭を下げた。本当は下げたくもないが下げた。俺が下げている頭の上で小さい声でこそこそと話す奴らの声が聞こえる。

 

 

「……でも、いいんじゃない? 私達が化け物を引き取るより」

「そうだな」

「変に子育ての時間が増えてもゲートボールとか水泳の時間が減るだけ」

「だったら、この人に押し付ければいいんじゃない? 変に責任感のある感じだし」

 

 

全部、聞こえてるぞ。クソ野郎どもが……耳は滅茶苦茶良いんだよ。馬鹿が。

 

 

「コホン、ちゃんと育てられるのであればあの子達の意見を聞いて考えることにしましょう」

「ありがとうございます! いや、俺先輩にお世話になったからつい、変な責任感が出ちゃって……ハハハ」

「おい、良いのかよっ?」

「いいんだよ。俺がこれをしたいんだ」

「お前、全然お世話になってねぇだろ。寧ろ」

「シャラップ、黙れ。良い流れが来てんだ」

 

 

老人どもは恐らく話を俺の後ろで聞いていたであろう四姉妹たちを呼んだ。ホテルに行くはずだったが話が聞こえて足を止めていたんだろう。徐々に子供の足音が近くなっている気がした。

 

葬儀場では俺に視線が集中している。

 

この日が俺と、彼女達四つ子姉妹、百合ゲー世界のヒロイン達との出会いであり、この日から運命が大きく変わり動き出したのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

感想よろしくお願いします

 

 

 

 



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2話 運命の日

 『響け恋心』と言うゲームを俺は遊んだことがある。このゲームは女の子同士の恋愛シュミレーションゲーム、つまりは百合ゲーだ。所沢市が舞台であり、そこにある埼玉県立中央女子高校に入学した女主人公とヒロインの四姉妹がハプニングに遭ったり、喧嘩したり、出掛けたり、言葉を交わしながら徐々に恋に落ち、そして結ばれる。

 

 ヒロインは四姉妹と言う事もあり四人なのだが、それぞれが独自に主人公と恋に落ち恋人になり結ばれるルートと四姉妹全員が主人公を囲むハーレムルート、合計で五つのルートが存在する。面白いのが独自ルートに入った場合、結ばれなかったヒロイン同士が恋仲になると言うとんでも展開もあると言う事だ。

 

 百合ゲーをしたのがこの『響け恋心』で初めてだったと言う事もあるがこういう結ばれなかったヒロイン同士が結ばれるのは結構百合ゲーでは当たり前だと言う事を俺は初めて知って驚嘆したのを覚えている。ずっと、普通のギャルゲーとか、シューティングゲームしかやったことなかったからである。

 

 何故、百合ゲームをプレイしたのかと言うと友人がいきなり俺におススメをして来たのだ。

 

 別に百合ゲーには興味なかったのだがかなりおススメをされたので何事も経験かなと軽い感じで手持ちのテレビゲームでプレイすると……キャラが一人ひとり魅力的でイベントフルボイス、細かいところまで繊細に書かれた挿絵、独自の葛藤やドラマ。

 

 端的に言うとハマった。全ルート攻略するくらいにはハマった。俺はその中でもハーレムルートがお気に入りであった。

 

 

……まぁ、全部前世での俺の話なんだが。

 

 

 どういうわけか、俺は転生をしてヒロイン四姉妹の両親の葬式で記憶を思い出した。こんなことがあるのだろうかと思ったのも束の間、俺は直ぐにでも四姉妹を引き取ろうと決めた。

 

 理由は単純、死んだ日辻姉妹もそうだが日辻家の大人はろくな奴が居ない。四人を引き取っても育てもしないで、放逐。部屋に四人を閉じ込めて腫れものを扱うような処遇。

 

 高校に入学するまでは親族間を転々とするのだが、彼女達は常にこういった扱いを受け続ける。ゲームではそういう背景、経歴だと割り切っていたが、彼女達は俺の推しだぞ。そんな目に遭わせるわけには行かねぇ、と言う使命感が働く。愛着もある。

 

 

 だから、俺が引き取ると心に決めた。

 

 

 

◆◆

 

 

 夕暮れ時の葬儀場。視線が俺に注ぎひそひそと話し声が聞こえてくる。同期の佐々木がどうするんだと頭を抱えている。

 

 後ろから子供の足音が聞こえる。それがドンドン近くなり俺のすぐ後ろまで近づいた。

 

 親族たちが俺の後ろに目を向けて口を開く。

 

「……話は聞いていたね?」

「はい。聞いていました」

「どうするかね?」

 

 

 背中から子供の声が響く。どこか冷めていて氷のような声。俺が何度も聞いた声で知っている声。少し幼さを感じるが幼くても可愛いらしいと言う事実は変わらないようだ。

 

 

「……千夏(ちなつ)千秋(ちあき)千冬(ちふゆ)どうする……?」

「「「……」」」

 

 

 そう簡単にどこの馬の骨か分からない奴の家には行きたくないよな。でも、そいつらの家よりは俺の家の方がいいぞ。と言いたいが信用なんてしてもらえないだろうし。

 

でも、何かしら言わないとな。色々大人の汚い事を知っている彼女達だ。にこやかに笑って、清廉潔白さをアピールして同居を提案する。これだ! だが、絵面を見ると危ない感じがするけど、まぁ、仕方ない。

 

 

 俺は笑顔を浮かべて後ろを振り返る。そこには未来のヒロインの幼い姿が広がっていた。

 

 一人は、ピンク髪を肩にかかるショートヘアーで目つきの鋭い碧眼。ちょこっとギャルのような雰囲気がある。先ほどからずっと姉妹を代表して外部との接触、そして姉妹たちを導いていた。

 

 この子が長女にして、氷結系ヒロインと言われている。日辻千春(ひつじちはる)

 

 二人目は千春の後ろに隠れている、金髪のツインテールに千春と同じく碧眼。少しの怯えを見せているが世の中全て敵だと言わんばかりの疑惑の眼をしている。

 

 この子が次女にして、吸血鬼ヒロインと言われている。日辻千夏(ひつじちなつ)

 

 三人目は肩にかかるほどの銀髪でオッドアイ。千春に隠れている千夏の後ろにさらに隠れている。

 

 三女、厨二病系ヒロインと言われている。日辻千秋(ひつじちあき)

 

 

 四人目は茶髪に碧眼。カチューシャで髪を纏めておりデコが出ている。彼女は誰に隠れる事もなく長女の千春と並んでいる。

 

 四女、しっかり者系ヒロイン日辻千冬(ひつじちふゆ)

 

 すげぇとしか言いようがない。画面の中でしか見たことがないからいざ、現実で彼女達を見ると不思議と緊張してしまう。

 

 だが、こんな挙動不審ではいけない。堂々としてやましい事など何もないと言う雰囲気を醸し出さないと……膝を地面につけて彼女達と視線を合わせようとする。するのだが四人の内三人はそっぽを向いてしまった。

 

 ……ま、まぁ仕方ないよな。俺怪しさ全開だし。だが、一人だけ視線を合わせてくれた長女の千春と話してみることにする。

 

 

「え、えっと、俺は悪い大人じゃないぞ。どう、どうですかね? 俺と一緒に住まないか? あ、住んでみませんか?」

「……」

 

 自分で言うのもあれだが怪しさしかないな。ああ、これで断られたらなんて説得しようかな……。そんな事を考えながら彼女と視線を逸らさず瞳をまっすぐ見ていると……

 

 

「……うちは、それでもいいと思っています」

「「「え?」」」

 

長女の告白に残りの姉妹たちが思わず驚きの声を上げる。彼女達だけでなく、近くに居る親族や同期の佐々木、勿論俺も声こそ上げないが表情には驚きを浮かべている。

 

 

「三人はどうしたい?」

「……わ、我は千春がそれでいいと言うなら、そうしてやらんでもない……」

「千冬も、それでいいっス……」

 

 

 千春の問いに三女の千秋と四女の千冬は彼女が言うならと肯定の意を示す。

 

「千夏は?」

「……ノーコメント」

 

 

 次女の千夏はノーコメントだがその返答には好きにすればいい、私は三人が行くところに行くと言う意味があるのかもしれない。

 

 

「そっか……じゃあ、そうします。貴方の家に住ませていただきたいです」

「お、おう……俺はいつでも歓迎だ」

「でも、今日はホテルで過ごしたいと思いますのでこれで失礼します」

「は、はい」

 

 彼女がそう言うと親族たちもそれに便乗して色々言ってくる。

 

「では、荷物は後々送りますから連絡先を」

「はい……」

 

 連絡先を交換すると、再び千春と目が合う。彼女はぺこりとお辞儀をして妹たちを連れて去って行った。何故か分からないがあっさりと決まってしまい少々拍子抜けしてしまう。

 

 遺族も去り佐々木と二人きりになると彼は俺の肩を叩く。

 

「おい、お前何考えてるんだ!?」

「色々考えてる」

「マジか? 何考えてるんだ?」

「ああ、それはまた今度話す」

 

 

 佐々木と別れて。日は暮れて辺りが暗くなっている帰路を俺は歩いた。

 

 

◆◆

 

 

 

 場所は変わってとあるホテルの一室。長女の千春に鋭い眼を向ける次女の千夏の姿があった。長女である彼女が色々自分たちの事を気にして動いてくれたのは分かるが、流石に今回の行動には思う所があるのだ。

 

 

「千春、アンタ何考えてるのよ?」

「……」

「あんな良く分からない、馬の骨の家に住むなんて……どういうつもり? 千春が言ったから流れでそうなったけど、いくらなんでも……」

 

 千秋と千冬の目線は二人を行ったり来たりして、この事態をどうするべきか考えていた。

 

 千夏の言葉に千春は僅かに考えると口を開いた。

 

「眼が、違ったから」

「眼?」

「他の人たちが侮蔑の眼を向ける中であの人だけが、何というか、愛情のある眼をしている感じがしたから……そうした」

「……そんな事で……」

「でも、親族の家に行くより良いでしょ?」

「そうだけど……アイツは私達を知らないから。もし、正体が分かったら……」

「うん……でも、うち達にとってあの人に縋るのが最善だったと思う。だから、バレない様にすればいいんじゃないかな……と思う」

「……そう。分かった。でも、もし、バレたら?」

「……大人しく、親族たちの家に行くしかない」

「……それが一番最悪ね」

 

 その言葉を最後に互いに会話を止めた。彼女達にとって親族の家に行くことは最悪なのだ。

 

 

 化け物と言われ、後ろ指を指されることが確定しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 家

感想ありがとうございます。


 俺が彼女達を引き取ると決めて数日後、俺は家でコーヒーを飲みながら彼女達が来るのを待って居た。

 

 正直言って冷静になると、俺は何をやっているんだと思う事もある。この家には俺以外住んでいる者はいない。両親は他界して、この家と貯金を残したからだ。

 

 亡くなったのは前世の記憶がない時で、大泣きしたのを覚えている。まぁ、それは過ぎた事だから一旦おいておこう。

 

 問題なのは社会人なり立て21歳の俺が現在小学四年生の世話を出来るのかと言う問題だ。正直なところ、前世でも子育てなんてやったことがない。

 

 だが、引き取ったからにはしっかりとやらないといけないと言う責任が発生するのは勿論心得ている。だとするなら、しっかりと四人と向き合わないとな!!

 

 21歳社会人が10歳の幼女四姉妹と向き合うか……あれ? ちょっと危なくない?

 

 自身が大分ヤバい奴なのではと感じていると家のインターホンが鳴る。どうするのか明確な事柄が決まらないうちに四姉妹が我が家に到着してしまったようだ。

 

 

 落ち着かない足取りで玄関に向かい、ドアを開ける。

 

「いらっしゃい、えっと四人共……」

「こんにちは。お兄さん……ほら、三人も挨拶」

「……どうも」

「わ、我は、三女の千秋……よ、よろしく……」

「あー、えっと千冬っす。四女っす……」

 

 凄い緊張しているな。俺も緊張はしているんだが、ここは大人の姿勢を見せて余裕のある行動をとろう。

 

「遠慮しないで入っていいよ。どうぞ、どうぞ」

「ありがとうございます。皆も挨拶したら靴ちゃんとそろえて入って」

 

 

 長女の千春。ゲームでもそうだったが超過保護。姉妹全員を大事にして甘やかす、甘やかしすぎてしまうところもある。彼女は本当はもっと砕けた話し方のはずなんだが、そこはお世話になると言う事で切り替えて話しているのだろう。

 

いや、流石ですね。小さいのに偉い。

 

 

 長女の陰に隠れて千夏と千秋は俺と目を合わせずに靴を脱ぎそろえてフローリングに乗る。そこからどうしていいのか分からないようで、目を合わせずにキョロキョロとあたりを見回す。

 

「そこがリビング。入っていいよ」

「「「……」」」

「ありがとうございます。お兄さん」

 

 

 三人はこくこくと頷き長女は一礼をして三人を率いてリビングに入って行く。俺も彼女達を追ってリビングに向かう。次女と三女は後ろの俺を恐れているようで何度もチラチラ見る。そして早歩きでリビングに入って行った。

 

 怖がられてるな。ニコニコしているつもりなんだが……

 

 

 俺が入るころには全員が正座をしていた。堅苦しいが子供ながらにこういった事が出来ていることに感心と歪さを感じた。

 

 以前と同じように長女と四女が前に、その後ろに隠れるように三女と四女。

 

「これから、お世話になります。お兄さん」

「もっと、砕けた感じでいいよ? 自分の家だと思って好きにやって」

「それはできません……」

「あ、そう……荷物は?」

「最低限だけ持っています。残りは後日改めて届くらしいです」

「そっか……ここまでどうやってきた?」

「タクシーとか電車乗り継いできました」

「子供だけで?」

「はい」

 

 おいおい、いくら何でもそれはあんまりなんじゃないか? まぁ、こういう扱いされると分かっていたから引き取ったんだけどさ。

 

「そっか、しっかりしてるね」

「ありがとうございます」

 

 全部長女である千春が受け答えしてくれるのだが凄い堅苦しい。ゲームであったギャルっぽい砕けた感じが俺は好きなんだが……無理強いはダメだよな。それ以前にもっと楽にしてほしい。

 

 クソな境遇でクソな生活をするから、それを変える為に引き取ったのにこれではあまり変わらない。ゲーム開始までどうか快適で楽しい生活をしてほしい。

 

 どうすれば四人が心置きなく生活ができるか考えないとな。俺がこの家の主だから頭が上がらない的な感じだから俺と気軽に話せるようになればいいはず。

 

 だとするなら先ずは、自己紹介をしよう

 

 

「これから一緒に暮らすんだし、改めて自己紹介しようか?」

「はい、うちは日辻千春。この子達とは四姉妹の関係で長女です。次は千夏、お兄さんにご挨拶して」

「……日辻千夏です……よろしく……お願いします……」

「わ、我は日辻千秋……よ、よろしくしてやっても良いぞ……」

「千冬は、千冬っす……」

 

 

 千夏はもっとツンデレって感じなんだがそれを出せるほど今は元気もない。三女は厨二的な発言が魅力だがそれを出すほど元気なし。四女の千冬は普通に元気なし。殆ど元気なし。

 

 ここは俺が歌のお兄さんのように心を掴む挨拶をしたいが下手に滑ったら余計に溝が出来そうだから普通に挨拶をしよう。

 

「俺は、ブラックかいと(黒魁人)。よろしく」

「「「「……ブラック?」」」」

「ああ、珍しい苗字だと思うけど、黒と書いてブラックと読むんだ」

「……我、そういうの好きかも」

「素敵な苗字ですね。お兄さん」

「「……」」

 

 

 何か良く分からないけどちょっとだけ、三女が心を開いてくれた。だが、次女の千夏と四女の千冬は数の子くらいの興味しかないようだ。

 

 

「えっと、何度も言うし、これからも言うけどこの家は自分の家だと思って好きに使っていいからね」

「「「「……」」」」

 

 結構良いこと言ったと思ったのだが全員が黙りこくってしまった。

 

「どうして、お兄さんはうち達を引き取ったんですか? あの人に……父にお世話になったからですか? それが理由なんですか?」

 

 千春がそう言った。その時の彼女の眼は疑惑、恐怖、負の感情で溢れていた。あの時は親族の前だからそれっぽい理由を言ったけど彼女達にとって父は、いや母も憎悪の対象でしかない。

 

 自分達を最初に化け物だと言って、それを親族たちに知らせたのは自分たちを守るはずの両親だから。

 

 そんな人と仕事関係とは言え関係を持っている俺は何処か不安を拭えないのだろう。何と説明すべきか、大人の事情とか言うより正直に言うべきだと思うが……前世の推しだからって言うのもな。

 

 四人と向き合いながら生活をすると決めたから嘘はダメだ。言える範囲で言う事にしよう。

 

 

「正直に言うと、君たちのお父さんには全くお世話になってない。いや、多少は世話になったけど正直言うと嫌いだった」

「「「「ッ!?」」」」

 

 

 凄い驚いてるな。じゃあ、何で引きとったんだよと言う疑問が四人の顔に書いてある。

 

「じゃあ、どうして……?」

「親族の人たちより俺の方が四人を幸せに出来ると思ったから」

「っ……そう、ですか……」

「そうなんだ。まぁ、そう簡単に俺を信用は出来ないと思うが……それなりには心を休めてこの家を使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 あ、全然心休んでいないみたいですね。顔が強張ってますね。顔見ればわかる。これは無理に今接するよりも彼女達だけにして心を落ち着かせる方が良いだろうな。落ち着いたら話をする方向に作戦をチェンジしよう。

 

 

「上の階に部屋用意してるから案内するよ」

「わざわざ……」

「気にしないで。じゃ、行こうか?」

 

 

 俺はリビングを出て二階に上がって行く。我が家は二階建ての37坪の4LDKである。二階部屋が三つある。まぁ、今は四人一緒が良いだろうから一部屋で、中学生くらいになったら二部屋に分けると言うプランを個人的に考えている。もし、今の段階で部屋を分けたいと言ったらそうすればいい。臨機応変に四人の願望に答えよう。

 

「この部屋、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

「気にしないでいいよ」

 

良い大人感を出して俺は特に何も言わず下の階に降りて行った。後ろから四人の視線が背中越しに注がれる。色々深く考えてしまっているようだけど……

 

 早く、四人がこの家に慣れてくれればいいな……

 

 

 



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4話 姉妹会議

 うちは日辻千春。日辻家四姉妹の長女である。うち達四姉妹はお兄さん用意をしてもらった二階の部屋で足を崩して床に座っている。案内された部屋は布団が四枚ほどたたんで置いてあり、それ以外には目立った物はないが開放感にうち達四姉妹は包まれていた。

 

「ふっ、我の名演技によりこの家になんなく忍び込めたな」

「何言ってんのよ。ビビッてずっと後ろに隠れてたくせに」

「は、はぁ? ビビッてねぇし! あれ、実は実力がある主人公ムーブだし!」

「嘘つけ」

 

 

 四姉妹の中のビビりの千夏と千秋がいきなり喧嘩を始めてしまう。喧嘩を見ながらふと思う。どうしてうちの妹たちはこんなにも可愛いのかと。こんなに可愛い子は全世界でも確実に五本の指に入るほどの可愛さだ。永遠に見ていたけど。下にはお兄さんが居るから騒いだら迷惑かもしれない。

 

「二人共喧嘩はダメだよ」

「我は喧嘩してないし、千夏が一人でしてるだけだし」

「はぁ? 秋が一人で喧嘩してんじゃん」

 

 

 二人が顔を近づけてメンチを切る。これも可愛い、うちの妹がこんなに可愛いなんて……うちの妹達は毎秒事に可愛いさの最高値を更新する。

 

「ちょっと、ちょっと流石にそこまでにしとくっすよ。夏姉(なつねぇ)秋姉(あきねぇ)も。折角心休まる所に住めることになったんスから」

「うぐっ、ま、まぁそうだな。今は我が引いてやろう」

「……そうね。私もほどほどにしとくわ。変に騒いで出てけなんて言われるだけは避けないとね」

「その通りっすよ」

 

 

流石四女の千冬。しっかり者である。硬式プロテニスプレイヤーの体幹よりしっかりしてる。流石うちの自慢の妹。

 

うちの人生で数少ない幸運はこんな素晴らしい妹に出会えた事であるのだと思う。

 

 

「でも……確かにこの家自体は良いけどアイツは本当に安心できるやつかしら?」

「悪の科学者的な感じか!?」

「バカの秋は放っておくとして、冬はどう思う?」

「うーん、そこに関しては何とも……でも、悪い人って感じはしないスけど」

「冬はそう思うのね……でも、絶対に心は許しちゃダメよ。いつ、誰が私達を殺そうとするなんてわからないんだから」

 

 

……そうだよね。あのことはそう簡単に忘れられないよね。千夏の言葉に千秋も千冬も僅かに顔を暗くする。

 

 特に千夏は一番……

 

 

 全員の空気が重くなり始めるとそれを何とか軽くしようと千秋が急に声を上げる。

 

 

「何か、お腹空いた」

「はぁ!? この空気でそれ言う!?」

「だって、空いたんだもん」

「だもんって、子供か!」

「子供だよ」

「あ、そっか」

「そうだ」

 

 

先程の会話とは脈略もない、さらに全く関係もない千秋の発言に思わずツッコミを入れてしまう千夏。だが、ツッコミが少々外れたようで逆に千夏が千秋にツッコミをされる。

 

 

 

千秋は素で変な事を言ったりすることもあるが、雰囲気が悪くならない様に敢えて場の雰囲気を崩すようなことを言う事もある。彼女が居なければ今、うち達は笑っていないかもしれない。

 

「千冬もお腹空いたっス。朝から何も食べずここに来たから……」

「そうだね。もう、お昼の時間だし……うちがお兄さんに何か食べさせてもらえないか聞いてくるよ」

「じゃ、千冬も一緒に行くっス」

「大丈夫、一人で行くから三人は休んでて。うちはお姉ちゃんだから一人で行ける」

「そうか、何かあったら我を呼べ、我が邪眼の力でものの数秒で駆けつけてやろう」

「同じ家に居るんだから使わなくても数秒で行けるじゃない。と言うかそもそも秋にそんな力()ないし」

 

 

三人はまだこの家に慣れてない。お兄さんとの接することにも慣れてない。ここまで来るのに疲れてもいるはず。

 

だから、休ませてあげないと。

 

 

「じゃあ、行ってくる。良い子にして待ってて」

 

 

部屋を出て階段を下りる。お兄さんの所に向かいながらこの家の内装を眺める。白を基調としている。汚れが僅かにはあるがそれでも掃除が行き届いている。お兄さんが綺麗好きだと分かる。

 

 

リビングのドアを開けるところで、僅かに体が止まる。ご飯を食べたいと言って不機嫌になられたらどうしよう。我儘な子供だと思われたりしたらどうしよう。そのまま追い出されたらどうしよう。

 

あの人はそんな人ではないのではな気がするけど、急に気が変わることもあるかもしれないし……

 

体が止まり考えているとリビングからお兄さんが出てきた。お兄さんの手にはトレイがある、トレイの上にはおにぎりが八個。卵焼きやウインナーもお皿にもってありさらにはデザートのグミまで置いてある。

 

 

「あ、お腹空いてるよね。今、持っていこうと思ってたんだ。これ、食べて」

「あ、ありがとうございます」

「気にしなくていいよ」

 

お兄さんはふらっとリビングに戻って行った。トレイを渡された。至れり尽くせり、こんな良くされたの記憶に殆どない。あの人が悪い人ではない事は流石に分かったけど親切すぎるような……もしかして、噂に聞く……ロリ、コ……ペド……いや、でも、そんな事を考えてしまうのは失礼ではないだろうか。

 

 

でも、四姉妹小学生を引き取って育てるなんて普通はしない。やっぱり、ロリ、コ、ペド、本当にこれ以上はいけないと思い頭を空っぽにして三人の待つ部屋に戻る。

 

 

「うわぁぁ、おにぎりだぁぁ! 卵焼きとウインナーも、グミもあるぅぅ!!」

 

千秋が早速目をキラキラさせて涎を垂らす。

 

「……待遇良すぎじゃないかしら?」

「うちもそう思ったけど素直に貰っておこう?」

「……そうね」

 

千夏はお兄さんの好待遇に疑惑が尽きないようで。

 

 

「美味しそうっスね。かなりの好待遇はありがたいっすけど……もしかして、ペド……ロリ、コ……いや、何でもないっス」

 

 

千冬は何かを言いかけるが口を閉じた。そのままおにぎりに三人は手を伸ばす。

 

「コメが我の口の中で、踊っているぞ……こんな美味しい料理久しぶりだ……」

「……確かにね」

「この卵焼きも美味いっス……」

 

 

 うちもおにぎりに手を伸ばす。三角に纏まっている白いコメ。本当に誰かに作ってもらって食べるのは久しぶりだ。そのままおにぎりに被りつく。その時、過去が少しフラッシュバックした。

 

 何もしてくれない。遠ざける両親。

 

 寂しくて泣いてしまう妹達。寒くて、お腹が空いて、只管に寂しくて寒い毎日。普通に生活できるのであればどれだけ良かったか。そう、何度も思った。自分が普通とは程遠い事は分かっている。でも、それでも願わずにいられない。

 

 

 普通のご飯と愛情が欲しいと。

 

 

 普通がどれだけ、欲しいか。願ったか。今、ようやく、その普通に手が届いた気がした。薄っすらと瞳に涙が浮かんでしまうが長女が泣くわけには行かない。それを直ぐに拭いておにぎりにもおかずにも被りつく。

 

 

 

 美味しい物を食べているときは人は無口になると聞くがその通りだと思った。自分も三人も何も言わずに只管にご飯を口に運んでいるのだから。

 

 

 デザートのグミも四人で分けた。レモン味の引き締まった甘さが凄く美味しかった。久しぶりに外からの愛情を感じた。安住の地を見つけた。ここでなら、普通になれる。三人も真っすぐ育つ。そう、うちは確信した。多少のロリコン疑惑なども少し心配だけど……

 

 だから、絶対にうちが、うち達が超能力者であることはバレてはいけない……

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

主人公ロリコンだろうなぁと思った方、面白いと思った方はモチベになりますので感想お願いします。

 

 

 

 

 



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5話 お風呂

 『響け恋心』と言うゲームを語るうえで欠かせないのがヒロイン達の特徴ともいえる、超能力である。全ての始まりであり、同時に歪みでもあり、最後には希望。

 

 主人公が所沢市中央女子高校に入学して、ヒロインと恋に落ちる。その過程で明らかになる超能力。そして、まさかの主人公も超能力者であると言う事実。

 

 超能力者とはその名の通り、超能力が使えると言うものだが中々に独創的な能力もある。

 

 千春は単純に氷結、何でも凍らせたり氷を生み出したりできる。この世界は別に悪の科学者とか居ないし、謎の能力者集団、謎の生命体などは一切出てこないからバトル描写なんてない。だが、もしバトルがあったらと仮定すれば彼女が一番強力な能力を持って言えると断言できる。

 

 

 何でも凍らせる。単純にとんでもないものだ。だからこそ彼女の両親は恐れて遠ざけた。そして、それを親族に話し化け物だと話したのだ。

 

 人は幽霊とか妖怪などの未知を恐れると言うがそれは正しく本当なのだろう。彼女が能力が目覚めた時から両親は一切面倒見ずに遠ざけ続け、挙句の果てには殺そうともしたのだから。

 

 こういう事を思うのは悪い事なのかもしれないが彼女達の親としてクズだ。面倒も見ずに軟禁のような事をして殺そうともするとは胸糞にもほどがあるとゲームをプレイしているときも感じていた。

 

 その後も高校に入学するまでは各地の地方などを転々とするときも胸糞。親族たちからも居ない者扱い。

 

 それを変える為に引き取ったのに何だか彼女達四人の心が安らいでいない気がする。

 

 どうしたものか。先ほど手軽にできるお昼を渡したがあの程度では足りなかっただろうか。心置きなくこの家で過ごすにはある程度の俺の信頼、好感度と言っても良いかもしれないがそれが必要だろう。だから三女の千秋の好物のグミもさり気なく添えていたのだが……

 

 ゲームとかだと好物とかをプレゼントとしてあげると無条件に信頼、好感度が上がるがここはゲームではないからそういうのはないのかもしれない。

 

 

 うーん、どうしよう。やっぱりまだ小学生だからレクリエーションしたら楽しくなって俺の事を信頼しないかな?

 

『俺と一緒にレクリエーションしようぜ!』

『『『『お巡りさんこいつです』』』』

 

 

ダメだ。21歳が小学生で10歳の四姉妹たちとレクリエーションはどう考えてもアウトだ。あ、お風呂ならどうだ?

 

日本の伝統、お風呂で湯船に浸かれば安心感を得て気軽に楽しくこの家で過ごせるんじゃないか?

 

『お風呂湧いたから四人ではいれよ』

 

 

これも、何か癖があるな。これくらいなら大丈夫だろうと一瞬思ったが絵面見るとなんか危ない感じがする。

 

不干渉は……それは引き取った身としてできないし。どうしよう。

 

 

俺が頭を抱えて考えているとリビングのドアが開く。そこにはお結びやおかずが乗っていたお皿とトレイを持った千春が居た。

 

「ごちそうさまでした。お兄さん」

「お粗末様。どう? 美味しかった?」

「はい、とっても」

「それは良かった」

「この食器、うちに洗わせてください」

「いや、大丈夫。俺が洗うから」

「でも、ご馳走になったのに」

「大丈夫。気にしないで」

 

 

俺は彼女からお皿を預かり洗面台に向かう。水を流してスポンジで洗る。ふと彼女が気になり視線を向けると彼女はおろおろして落ち着かない様子。そうか、洗い物任せて勝手に部屋に戻るのは忍びないのか。と俺は察した。

 

 

「部屋に戻っていいよ? ここじゃ、落ち着かないだろうし」

「あ、いや、そんなこと」

「大丈夫、気にしないで戻っていいよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 彼女は一礼して部屋を出て行った。良い子だな。本当にいい子。でも、俺はやっぱりギャルな感じの話し方を推したい。

 まぁ、彼女に強制をするつもりもないが。ある程度心を開いてくれればそう言うときも来るだろう。いつになるかは分からないけど。

 

 彼女は普通に憧れているから普通通りに生活してほしい。長女として責任感を感じるのは彼女の美徳とも言えるがそれは負担もかかっている。ありのままで少しでも生活できるようになって欲しいと常々願う。

 

 

 願っているうちに洗い物が終了した。

 

 

 そう簡単に心は開いてくれないのは分かっている。不用意に関わってもダメだろう。俺はソファに座り暫くはどのように接するべきか考えることにした。

 

 

◆◆

 

 

 

「我、お風呂入りたい」

 

 

 昼食を食べ、一息を付いたうち達。この家の床が綺麗で良い色をしていると言う話をしていると唐突に千秋が話を変える。

 

 

「秋……アンタ相変わらず話が急ね……」

「だって外は熱いし、ここまで来るのに汗かいたし、べたついて気持ち悪い」

「まぁ、秋姉の言う事も分からなくはないっス。でも、それを言うのはちょっと気が引ける感じが……」

「いや、でもあんなにご馳走してくれたし、良い奴そうだし、グミくれたし、お風呂くらい入らせてくれんじゃないかと我思う」

 

 

 今の季節は夏。太陽の日照りは強く気温も高い。千秋の言う通りここに来るまでに相当汗もかいた。うちも実を言うとお風呂入りたいと思っている。だが、千冬の言う通りお風呂入りたいと言うのが躊躇われると言うのも分かる。

 だが、さらに千秋の言う通り親切なお兄さんがお風呂入らせてくれると言うのも分かる。

 

 

「でも、それで機嫌損ねられたらとんでもないわ」

 

 

 だが、さらに千夏の言う事も分かる。うちの妹達言う事全部分かってどうしようもない。

 

 

「いや、行ける!」

「その根拠は何処にあるのよ?」

「グミくれたから!」

「根拠に説得力がなさすぎる……」

 

 

千夏は頭を抱えて根拠の無さを嘆く。反対に千秋は目をキラキラさせている。彼女からしたら

 

 

「ご飯もくれて、引き取ってもくれた。多分あの男は良い奴で懐も大きいはず、だからお風呂も入れてくれるはずだ」

「……その理由なら多少根拠に思えなくもないわね」

「でしょ!? でしょ!? じゃあ……千夏、後はよろしく……」

「はぁ!? 何で私!?」

「我は、あれだから、秘密兵器だから」

「意味わかんない! 秋が発案者なんだから秋が行きなさい!」

「だが、断る」

 

 

千秋はお兄さんを信じ始めてはいるが自分から話したり頼んだりするのはまだ抵抗があるようだ。千夏は何とも言えないし、信じられないけど千秋が信じるなら多少は信てよい、だがだからと言って直接話すのは躊躇われると言う心境だろう。

 

 

「うちが行くよ、お姉ちゃんだし」

「じゃあ、千冬も一緒に行くっス」

「え? いいよ、うちが……」

「春姉だけに負担かけられないっスから」

「でも」

「偶には千冬も頑張るっスよ」

 

 

 千冬は親指を立てて笑顔でサムズアップしてきた。何て可愛い子に愛らしいのだろう。恐らく芸能界に入れてしまえば子役タレントの仕事を世紀の大泥棒のように盗ってしまうこと間違いない。そして、そのまま大スターになってしまう。この子と同じ時代に生まれてきた子役タレントたちが少し可哀そうに思えてならない。

 

 この子には無限の選択肢がある。その選択ができるようになるなら、自由に羽ばたけるようになれのであればこの子の為ならうちは何でもできると本気で思った。

 

 

「ふ、二人が行くなら我も行くぞ……特別に」

「ちょ、それじゃ、私が一人になっちゃうじゃない! だ、だったら私も行く」

 

 

二人より、三人、三人より、四人。皆がうちを支えてくれるのが嬉しい。うちも皆を引っ張ってあげないと……

 

「じゃ、うちが先頭で行くよ」

 

部屋から出て下の階に降りていく。そして下の階のリビングに入るとお兄さんがソファに座って難しい顔をしていた。

 

 

お兄さんはうち達に気づくと顔にぎこちない笑みを浮かべる。

 

「どうしたの?」

「あ、あの、」

 

うちが言い淀み何とも言えない空気が場を支配する。千冬も後ろにいる千夏も千秋も緊張でどう言葉を使えばいいのか分からない。

 

失礼なく、頼み事。それは非常に難しいのだと思った。お兄さんはうち達が頼みづらいのが分かるとお兄さんから色々聞いてくれた

 

「お菓子、食べたいの?」

「違います……」

「あ、それは食べたい……」

 

 

うちが否定するが後ろでコッソリと千秋がお菓子食べたいアピールをする。

 

「じゃ、テレビか?」

「違います……」

「あ、でもお猿のジョニー見たいかも……」

 

 

後ろで千秋が好きなアニメを見たいとコッソリアピールする。うちの陰に隠れてはいるが意外と千秋が一番この中でお兄さんに心を許しているのかもしれない。

 

「もしかして……お風呂か?」

「は、はい」

「そうか……それくらい、もっと堂々と言えばいいのに。沸かすからちょっと待ってて」

 

 

お兄さんは部屋を出て行った。あっさりと頼み事が成功してホッと全員が一息をつく。

 

「ちょっと、秋ッ。アンタ後ろでごちゃごちゃ五月蠅いのよ」

「だって……食べたいし、見たいし」

「私だって、堅あげロングポテトとか食べたいわよ。クッキングスーパーアイドルとか見たいの。でも、我慢してんの」

「いいじゃん、頼み聞いてくれそうだし」

「それで気分害されたらどうするのよ」

 

 

千夏と千秋が小声で喧嘩を始める。膨れた顔してそっぽを向く千秋に千夏が詰め寄る。

 

「お風呂入れてくれるみたいだし、良いじゃないっスか。もう、その辺にしとくっス」

「もし、我がお菓子貰っても千夏にはあげないから」

「いらないし」

「喧嘩はダメだよ。二人共」

 

 

小声だが喧嘩を止めない二人。あっかんべぇをする千秋をみて顔が徐々に赤くなっていく千夏。可愛くて一時間耐久で見たいけどこれ以上騒がれると大変なことになりそうだから流石に仲裁に入る。二人の間に無理に体を入れてそこで喧嘩を強制中断。

 

二人は互いにそっぽを向きっぱなしだが偶に千秋が千夏の方を向いて再びあっかんべぇをする。

 

千夏がそれに気づくがそれを千冬が宥めて何とか喧嘩を完全に鎮火することが出来た。そこでお兄さんが戻ってきて再びぎこちない笑顔を浮かべる。

 

 

「お風呂湧いたからどうぞ、脱衣所はあっちね」

「ありがとうございます。お兄さん」

「どうも……」

「と、特別に我が眷属に……してやらんでもない、ない……ないですよ?」

「ありがたく入らせてもらうっス……」

 

 

お礼を言って逃げるように脱衣所に向かう。服を脱いだけどこれはどうすればいいんだろう。洗濯機に入れて良いのだろうか? でも、それだと洗濯しろよって言っている感じがするし。

 

千夏はツインテールを解いて、髪をかき上げてそのまま服を脱ぐ。千秋も千冬も服を脱ぐがそこで動きが止まる。

 

「これ、洗濯機入れて良いんスかね?」

「いいじゃないか? 我入れる」

「ああ、もう、この遠慮無し」

 

 

千秋が服を投げ入れてお風呂に入って行く。うちはすかさず洗濯機から千秋の服を取り裏返しになっている靴下とズボン、上着を整える。

 

「ねぇ、洗濯機入れて良いと思う?」

「……千冬は良いと思うっス。もう、何か信用できる気がするっス」

 

 

千冬も服を入れてお風呂に入る。ただ、千夏は固まって動けない。

 

「千夏、どうしようか?」

「……千春はどうする?」

「……うーん、でもお兄さん良い人そうだし」

「上っ面は……そうね」

「……難しいね。人を信じるって」

「私達の場合は特にね」

 

千夏の顔は複雑そのものだった。信じたい気持ちと信じらない気持ち。人から遠ざけられ続けた経験はそう簡単には消えない。彼女一人では決してその記憶から解放はされない。

 

「……よし、千秋と千冬が服入れたし、うちらも入ろう」

「良いの?」

「うん、良いと思う。もし何かあってもみんな一緒。それで勇気が湧いてこない?」

「……うん」

 

千夏は脱いだ服を洗濯機に入れた。それを直ぐにうちは取り出す。

 

「あ、下着重なってる。靴下も裏っ返しだから直さないと……」

「あ、なんかごめん」

 

 

服を洗濯機に入れてお風呂に入ると千冬が千秋を頭を洗ってあげていた。

 

「痒い所は無いっスか?」

「ないぞ」

「流石千冬。四女なのに……お姉ちゃんみたいに見える」

「秋が幼過ぎるからじゃない?」

「おい、聞こえてるぞ」

 

 

体を洗いっこしたり、髪を洗いっこして浴槽入る。湯気が立ち昇りお湯につかると疲れが取れる気がした。

 

「ああ、ラーメンが食べたい」

「相変わらずの食いしん坊ね」

「だって、食べたいんだもん。千夏は食べたい物の無いのか?」

「ナポリタン」

 

 

 

千夏と千秋が話しているのを眺めているとコッソリ耳打ちで千冬が話しかけてくる。

 

「春姉」

「どうしたの?」

「あの人の事どう思っスか?」

「良い人……?」

「まぁ、千冬もそう思ってるっスけど……その、それで、これからお世話になる人にこんな事思うのあれなんスけど……」

「うん?」

「あの人、ロリ……」

「それ以上はダメだよ。考えちゃダメだよ」

「でも、十歳四姉妹を引き取るって……ぺ、ペド……」

「だから、メッだよ」

「でもでも、考えちゃうっス。この千冬たちが入ったお湯とか変な事に使うとか……」

「本当にやめようか?」

 

 

千冬は意外と博識だから変な知識がある。お兄さんの事が良い人だと分かっても、もしかして変態なのではと言う疑問が湧いてしまうのだろう。良い人と変態はイコールになる場合もあると考えてしまうだろう。

 

「この、お湯……大丈夫っスかね?」

「もう、お湯は良いから。千冬は疲れてるんだよ、このお湯で疲れを取って?」

「う、うん……確かにそうかもしれないっス。ご、ごめんなさい、春姉」

「分かればいいよ」

 

千冬が自身を反省して湯船にゆっくりつかる。うちも浸かって疲れをとっていると隣の話し声が聞こえる。

 

「あのテレビでこの間放送されたラーメン屋さん。お湯に豚骨入れて何時間も煮込むらしいぞ」

「美味しそね、良い出汁が出て」

「秋姉と夏姉……その話やめてもらっていいスか?」

「え? 何でだ?」

「何でもっス。可愛い妹の頼みを聞いて欲しいっス」

「ああ、うん。分かったぞ」

「どうしたの? 冬? 頭抱えちゃって」

 

 

千冬が何を考えているのか分からないが頭を抱えている。この子の賢い所は良いことだけど変な知識も持ってるからそれはそれで問題かもしれない。

 

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面白い、主人公がロリコンだと思った方はモチベになりますので感想、お願いします

 

 

 

 

 

 



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6話 長女

感想、誤字報告ありがとうございます。主人公がロリコンだと思った方、面白いと思った方は感想お願いします


今回は多少、残虐な表現がございますので苦手な方はブラウザバックをお願いします

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 うち達はお風呂から上がって用意していた呼びの服を着る。お風呂に入り全身がさっぱりしてとても心地が良い。

 

 ホカホカと体も心が温まりながらお兄さんのいるリビングに戻る。お兄さんはソファの上に座りながらスーパーのチラシ、そしてお菓子を並べていた。背中に隠れている千秋がそれを見てソワソワしている。

 

「温まったか?」

「はい。とても……ありがとうございます」

「気にしないでいいよ」

 

お兄さんはそう言いながらお菓子を差し出す。柑橘系のグミとロングポテトのスナック菓子。

 

「あー、えっと食べたいって言ってたから……良かったら食べて?」

「ッ!! え? 良いのか!? 我嬉しい!」

「ありがとうございます」

 

 

後ろから出てきた千秋がお菓子を持っていく。背中に居るから見えないが目をキラキラさせているのは容易に想像できた。

 

「晩御飯、何か食べたい物ある?」

「何でも大丈夫です」

「ハンバーグ!」

 

後ろからまた千秋が声を上げる。お兄さんとは殆ど目を合わせないが徐々にわがままを言い始めている。それが良いことなのか、悪い事なのか分からない。でも、あんまり言いすぎると不機嫌になられて、愛想をつかされて家から追い出されて……と言う心配はうちの中にもう、殆どなかった。

 

この人はそういう事はしない。それは僅かな時間だが分かった。恐らくだけど今まで出会って来た大人の中で一番やさしい人だと思う。

 

 

千秋もそれが分かってきたから徐々に我儘を言い始めているのだ。千秋が我儘を言うのは姉妹だけだった。外には一切感情を出さず内の中で留めるだけ。それが外に出始めているのは嬉しい事だと思う。

 

 

「分かったよ。今日はハンバーグだ!」

 

恐らくお兄さんは無理をしてテンションを上げているのだろう。安心感をうち達が抱けるようにこの家に慣れるように、気心なく家で解放感に浸れるように。この人そうしている。

 

その証拠に笑顔がぎこちない。凄くぎこちない。でも、そのぎこちなさに何処か安心感を抱いてしまったのも事実だ。

 

 

お兄さんは部屋で四人でゆっくりしてと言ってくれた。だから、リビングを出て二階に上がって行く。千夏は未だに不信感を拭えない表情だ。千秋はお菓子を嬉しそうに持って、千冬はうちに負担がかかり過ぎていないか気にしてこちらをチラチラ見ている。

 

千冬に大丈夫だと視線を送る。互いの蒼い眼が交差する。彼女もホッと安心して目を逸らした。心配してくれるなんて、姉思いの最高の妹であると感じた。うちはそれに恥じない様に最高の姉で居ようと思った。

 

今、目が合って思ったがやっぱり千冬の眼は綺麗な目だな。海のように澄んでいる感じがする。

 

千夏も千秋も綺麗な眼だ。……眼か……そう言えばお兄さんと初めてあった時、うちはあの眼に優しさや安心感を感じた。

 

その後、三人には言わなかったけど実はもう一つ感じたことがあった。

 

あの時のお兄さんの眼……何処かで見たことがあるような……既知感のような、何か。お兄さんは黒い眼。でも、その黒い眼のどこか感情の無い透明のような無機質のような……何かがあった気がした。

 

 

気のせいと言えばそれまでかも知れないが……考えても分からない。これ以上、考えるのは止めよう。意味もない。うちは目の前の姉妹たちの事だけを考えることが精一杯なのだからそれに集中しよう。

 

 

部屋につくと早速千秋がお菓子を食べ始める。

 

「美味すぎて、草」

「私にも寄越しなさいよ」

「嫌だ」

「むっ」

 

またまた取り合いを始める二人。

 

「千秋、分けてあげて」

「千春がそう言うなら……」

「元々、皆の分って事で貰ったんじゃない」

「このお菓子食べるの久しぶりっスね」

 

 

千夏、千秋、千冬が床に腰を下ろす。部屋の中には机も置いてあるからそこにお菓子を置いて楽しそうに食べている。その光景が昔の光景に重なった。

 

 

自分達を化け物だと恐れ、古いアパートにほったらかし。その家はトイレは汚くて、お風呂も狭い。小さい一人用のちゃぶ台に僅かに与えられたお金で買った食事を置いた。食事はスーパーで半額になるまで待ったり、パン屋さんのパンの耳を貰ってそれを食べた。

 

お菓子なんて滅多に食べられない。食いつなぐために必死だった。普通の子達がお菓子を買って貰って食玩を買って貰って、誕生日にはケーキとプレゼントを買って貰って、それが羨ましかった。それが普通だったから。そんな毎日になって欲しいと何度も思った。

 

それが、今は綺麗なお風呂に入れて、お菓子も食べられる。三人が幸せそうにしている。それを見て思う……うち達にはお兄さんが必要だ。

 

この先の三人の幸せの為には絶対に必要。

 

 

――何が何でも必要だ。

 

 

「ちょっと、千春も座りなさいよ」

「うん、今座るね」

 

 

千夏がうちを呼ぶ。薄く笑って三人の和に入る、不意に視線を感じる。千冬がうちを心配そうに見ていた。

 

 

「春姉……大丈夫っスか? 何か……思いつめてる様な」

「大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」

「……何かあったらすぐに言って欲しいっス」

「うん、ありがとう」

 

 

千冬は優しい、視野も広い。本当に良い子。千冬だけは超能力が無いのに親にいつか化け物になると恐怖され、うち達は能力があるのに一人だけなくて疎外感を感じているときもあるのに長女であるうちを心配してくれる。

 

お姉ちゃん……ガンバラナイトね……

 

 

◆◆

 

 

 俺は四人を引き取った。快適な生活を送ってもらいたい。本来の生活より楽しく過ごして本来の彼女達の人生とは違った経験をしてほしいと思っている。考えも僅かに変えて欲しいと思っている。特に日辻千春には……彼女がゲーム開始まで辿る経歴は一番の胸糞だ。

 

 日辻千春と言う少女は姉妹絶対至上主義だ。四姉妹の長女でありしっかり者。超が付くほどの過保護。

 

 姉妹に対する愛は本物だが同時に歪んでいるともいえる。

 

 彼女は小さい時から両親から虐待を受けていた。姉妹全員虐待は受けていたが彼女が最も受けていた。それは他の姉妹を庇っていたから、庇える範囲で庇っていた。最悪な生活でも彼女が正気を保てていたのは姉妹が居たから。

 

 ちょっと強気だけど優しい千夏、可笑しなことを言って笑わせてくれる千秋、心配をしてくれる千冬。彼女は僅か小学一年生と言う若さで姉としてこの姉妹たちをなんてもしても守り抜くと誓ったのだ。

 

 超能力が発現し、軟禁されても彼女は他の姉妹を気遣い、母親代わりのように愛を与え続けた。

 

 他の家を転々としても常に後ろに姉妹を置いていた。正面には自分が立って、常に守り続けた。だが、その過程で彼女は知ってしまった。人の悪意や恐怖。彼女が全部それを受け止めたからこそ……気付いてしまった。

 

 

『不条理な世界』

 

 

 ……それに気づいた彼女はそれでも姉妹たちを気遣い続けた。中学になったら勉強も運動も頑張り三人の手本となるように頑張り、勉強を教え、運動を教え、家の住人から小言を言われ。

 

 三人にお小遣いを上げたくて臓器を売ろうかと本気で考えていたこともある。それか、自身の体かと……

 

 彼女の自己犠牲に千冬が気付いて止めた事で何もなかったが彼女の姉妹愛と自己犠牲の心は異常である。

 

 

 この家での生活で何かが変わって欲しいと思う。彼女が楽しく、楽観的に生活できるように俺も色々考えないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話 三女千秋

感想、誤字報告ありがとうございます


 夜ご飯はお兄さんが手作りのハンバーグを作ってくれた。お兄さんはうち達の部屋に運んでくれてのでそれを食べた。まだ、リビングでお兄さんと一緒に食べるのは抵抗がある……それをお兄さんも分かってくれているのだろう。

 

 テーブルに料理を置くと三人は一目散にご飯を口に運ぶ。特に千秋の料理が乗っているお皿が掃除機のように減って行く。横でそれを見ながら千夏が小声でフードファイターか、と突っ込んで、千冬は確かにそう見えると千夏に同調しクスクスと笑っている。その光景が微笑ましい。

 

 食べ終えると千冬が千秋が口に周りにソースをつけまくっていたのでそれを拭いてあげる。本当はうちが拭きたかったのだが……ちょっと残念な気持ちになる。

 

「妹に拭いてもらう姉ってどうなのよ?」

「五月蠅い」

「これくらい、普通っスよ」

「そうかしら? まぁ、千秋は幼過ぎるから仕方ないよね」

「な、何だと!!」

「あら? 本当の事を言っただけよ?」

「千夏、口にハンバーグのソースがついてるから拭いてあげる」

「あ、ありがとう、千春……」

 

 

千夏の口にもソースが付いていたのでそれをうちがティッシュで拭きとった上げる。千秋のを拭きとれなかったから代わりと言うわけではないがふき取る。姉妹のお世話をするのが自分の中でトップレベルで楽しい。

 

 

「ブーメランで草」

「う、うっさい!」

 

 

千夏の口を綺麗にしてティッシュをごみ箱に捨てる。ふと、千冬を見ると千冬のくちにも僅かにソースが付いているのが分かった。

 

「千冬、拭いてあげる」

「え? 自分で……」

「いいからじっとして」

「んッ……どうもっス……」

 

 

子ども扱いが嫌いな千冬は気まずそうな顔をするがそれもまた可愛い。さて、姉妹全員が食べ終わったのであるからトレイに使った容器を置いて下の階に持っていかないといけない。

 

 

うちがトレイを持っていこうとすると

 

「我が持っていこう」

 

 

三女、千秋が立ち上がりトレイを掴んだ。彼女の顔は何故かドヤ顔であり両目のオッドアイも輝いている。トレイを持っていくと言う事はお兄さんと自ら接する機会を作ると言う事だ。

 

どうやら彼女は餌付け……ではなくお兄さんを信頼した。姉妹にしか話そうとしなかったあの千秋が自分から進んで何かをしようとするなんて、お姉ちゃん涙が出てきちゃうよ……

 

 

「……千秋、アンタ、ビビりの癖に行けるの?」

「行けるとも」

「ふーん……」

 

千夏は不機嫌そうにそっぽを向いた。千夏はお兄さんを信用できないのに、千秋は信用をし始めているのが心のどこかに引っかかりがあるだよね?

 

千夏は十歳だけど分かっている。姉妹は一番の理解者だけど姉妹の中でも共感できない事は必ずある。

 

それは分かっているけど、いざ目の前にすると心がざわついてしまう。何でも一緒が良いと思ってしまう。自分達には自分達しかいない、自分たちだけが真の理解者であるから。

 

異端な自分たちを受け入れるの人は居ないから、存在しないから。それが少しでも遠ざかると思うと寂しくてどうにかなってしまうから。

 

千夏はそっぽを向いているがその背中からは僅かな、いや多大な寂しさを感じる。千冬もそれを感じて何か声をかけた方がいいのではないかと悩ましく考えている。

 

うちも姉としてこういう時は何かを言わないと……

 

「なーに、このハンバーグと作ったシェフに挨拶をするだけだ。すぐに戻ってくるから安心しろ」

 

 

そう言って千秋が安心させるように笑った。千秋は偶に変わった事を言ったり、こちらが予想もしない様な事を言う凄い子、唯一無二の子。そして、何より凄いのは場の空気を簡単に変えられる事。

 

 

昔らか暗い中に居たうち達にとって光であり続けたのが千秋だった。寂しくても痛くても悲しくてもこの子はそれらを吹き飛ばすことができる。吹き飛ばし続けてきてくれた。

 

 

それを聞いて先ほどまで悲しそうな千夏がクスリと笑みを溢す。

 

 

「ふふ、そう……じゃあ、せいぜいお皿落として割らない様に気を付けることね」

「ふっ、あたぼうよ」

「……それ、意味わかって使ってる?」

「知らない。カッコいいから使った。逆に千夏は知ってるのか?」

「知らないけど?」

「あたぼうよって確か当然とか、当たり前だ、とかの意味っス」

「おお、流石千冬やるな。まぁ、知ってたけどね。敢えて、知らないふりをしただけだから」

「勿論、私も知ってたわ。三女と四女を試したのよ」

「へぇー、そう何スか……」

 

 

魔法使いと言っても過言じゃない。流石千秋。うちや千夏、千冬が場の空気を換えたいときはどうしても齟齬が合わないような、違和感を残してしまう。それを一切残さない正に匠の技。お姉ちゃんは今感動している。

 

 

「では、行ってくる」

「うちも付いてくよ。何かあったらあれだし」

「気にするな、一人で行ってくる」

「でも、お皿溢したら危ないよ?」

「あたぼうだから大丈夫」

 

千秋がドヤ顔でそう告げた。だが、トレイを持つ手が少し震えて心配だ。

 

「何か、使い方違くないっスか?」

「気にするな」

 

そう言いながら彼女は両手でトレイを持って部屋を出る。だが、そこでやはり震えている手が気になってしまった。千秋がお兄さんと接して何かしらの良い経験を積むことは良いことだと思う。千秋が自分から姉妹だけの内でなく外の何かと交流をドンドンしていくのは良い事だと思う。でも、もし、階段で落としてガラスが散らばりその上に千秋が落ちたらと考えると体が勝手に動いてしまう。

 

「やっぱり、お姉ちゃんが持っていくよ」

「え? いや、だからべらぼうだから……」

「うんうん、危ない」

「いや、だから、べらぼうだって……」

「危ないよ」

「だから、べら」

「危ないから寄越して」

「……はい」

 

心臓を蜂に刺されたかのようにちくりと痛みがするがこれはしょうがないのだ。万が一怪我でもされたら大変。怪我の可能性があるならうちは未然に防がないといけない。

 

「春姉って偶に凄い過保護っスよね?」

「私もそう思ってたのよ……」

「まぁ、でも千冬たちを思ってのことっスから」

「そうなんだけどね……」

 

 

後ろでひそひそと声が聞こえてくる。うちは全然過保護じゃないと思うけど、そう見えるのだろうか? まぁ、姉妹でも多少の感性は違うものだ。気にしなくてもいいだろう。

 

「……べらぼうなのに」

「ごめんね。でも、怪我したら危ないから」

「むすぅ」

「膨れないで?」

「だって……」

「じゃあ、一緒に行こう? 役割分担してさ……うちがこのトレイを持つから、このフォーク四本持って貰っていい?」

「ねーねーはいつもそうやって全部一人でやる……」

 

 

……どうしよう。いじけてしまった。流石にまずかったか……でも、怪我したら危ないのだ、そこは分かって欲しい。でも、こんな状況でも偶にしか言ってくれないねーねーが嬉しくて喜んでしまう自分が居る。

 

ねーねーかぁ。昔は凄い頻度でそう呼んでくれたのに……最近では眷属とか姉上とか、呼び捨て……はぁ、昔みたいにねーねー、ねーねーと呼んでくれないかなぁ?

 

ねーねー、たった四文字でこれ以上の無い満足感。低GI食品より満足する。うちは何を考えているのだろう……いけない。千秋をいじけさせてしまったのに……どうすれば……はっ!

 

 

「……お姉ちゃんの背中を守る係やって貰っていい?」

「それ、どんなの?」

「もしかしたら、急に堕天使とか悪の科学者とかがお姉ちゃんを後ろから襲ってくるかもしれないからそれを守って欲しいの」

「……おお、それやる!」

「うん、お願いね?」

 

さり気なくフォークを貰い、トレイに乗せ部屋を後にする。後ろから千秋が付いてくる。

 

 

「偶に秋姉が……心配になるっス」

「……そうね。私もそう思う」

 

 

コソコソと千夏と千冬が話しているがよく聞こえなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

長女が過保護と思った方、面白いと思った方は高評価、感想、モチベになるのでお願いします

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 三女とお兄さん

 私事でございますが、ハーメルン日間1位、他サイト(なろう)でも日間1位を取ることが出来ました。
 普通に嬉しかったです。いつも応援や感想、誤字報告全て励みになっております。

 そして、感想欄で目に入ったいくつかの疑問についてお答えさせていただきます。

Q主人公の名前
A凄い名前メーカーで珍しい苗字を検索したら出てきたので使いました。今までない名前にしたかったので面白そうかなと思ったのですが……まぁ、次回からはそう言った事は止めておきます

Q引き取るまでの描写
A滅茶苦茶雑でした。すいません。最初が肝心なのに手を抜いてしまった事は否めません。小説家として一番最初の引きが大事なのに……失敗したと感想欄を読みながら気づきました。ここで主人公の印象と等が決まるのに、と思いながら失敗しました事を悔いています。感想等が私自身の成長などにも繋がります。本当にありがとうございます。

 これからもよろしくお願いします。




「姉上、背中は任せろ」

「うん、分かった」

「クククク、野菜人は全員皆殺しだ」

「皆殺しなんて怖い事言ったらだめだよ?」

「はーい、じゃあ、お命頂戴しますって言う!」

「うーん……まぁ、それなら……」

 

 

野菜人って誰なんだろう? うちが知らない様な事を知っていて凄いなぁと感心をしながら下の階に降りる。リビングに入ると先ほどまで起きていたお兄さんがソファに座りながら夕食を食べていた。うち達を同じハンバーグと白米。

 

 

「食べ終わったの?」

「はい、ごちそうさまでした」

「そっか……ん?」

 

 

お兄さんがうちの後ろに隠れている千秋に気づく。千秋は先ほどまでの勢いは何処へやら、部屋に入った途端にいつものように背中に隠れてしまった。うちの肩に手を置いてひょっこり顔の一部だけ出してお兄さんを見る。その状態で緊張で手を震わせながら口を開く。

 

「あ、あの……ご、ごちそうさん……だ、だ、です……」

「美味しかった?」

「う、うむ」

「そうか、それは良かった」

 

千秋はコソコソしながらもお兄さんとしっかり話す。そして、千秋はリビングに置いてある机にグミが置いてあることに気づく。まだ封の開いていないグレープ味。

 

「これ、食べたいのか?」

「う、うん」

「姉妹で食べるだぞ」

「あ、ありがとう」

 

 

腕をわなわなと恐れるように出してグミを受け取る。すると早速開封音とグミの咀嚼音、幸せそうな美味しさを抑えられないような何とも言えない声が聞こえてくる。

 

「ありがとうございます。お兄さん」

「気にしなくていいぞ」

 

お兄さんと言葉を交わすと再び背中越しに千秋が口を開く。先ほどより出してる体の面積が大きい。

 

「あの……その……(あるじ)のことは何と呼べばいい? これから一緒に暮らしてくれるなら、何か決めた方が良いと思って……」

「うーん、何でもいいけど……」

「じゃあ、ブラック……?」

「……カイトで頼む」

「分かった。カイト」

 

 

お兄さんはブラックと呼ばれると苦笑いをした。こんなことを思っていいのか分からないけどやっぱり変わってる。

 

「我、は千秋でいいぞ? それかサウザントハーベストか……」

「あー、じゃあ千秋で……」

「……そうか」

 

 

千秋はちょっと残念そうな顔をした。サウザントハーベストの方が良いのだろうか? 千秋の方がうちは可愛いと思うけど。千秋はそうだ、重要な事を言い忘れていたと再び口を開く。

 

 

「あ、あと、さっきの自己紹介で言えなかったけど我は天使と悪魔のハーフ、だから、そこのとこよろしく」

「そうか、奇遇だな。俺も氷の一族(北海道民)炎の一族(沖縄県民)のハーフなんだ」

「えっ! そうなの!」

 

千秋はお兄さんがハーフだと知ると背中から勢いよく飛び出した。炎と氷の一族とは千秋に合わせて言ったんだろうけど……なーんか、千秋の扱い方を心得てる様な気がする。

 

「ああ、だからハーフのよしみで遠慮せずこの家を使っていいぞ」

「おおおおーーー、! お前、超良い奴!」

 

 

千秋の会話についてくるのは殆どいなかった。姉妹でも偶にどう返していいのか分からない時があった。だから、息をするかのように自身と同じテンションで返してくれたのが嬉しいのだろう。

 

「お、おう……急に、凄いな……」

 

 

お兄さんもここまで千秋が活発化するとは思ってなかったようで僅かにたじろいている。

 

「ふふ、そうか。お前があの夢に出てきたアイツか……」

「え?」

「えっ……?」

「あー……コホン、可笑しいなあの時の記憶は消したはずなんだが……」

 

 

千秋が急に返事が難しそうな事を言うとお兄さんは一瞬、複雑な顔になる。だが、返事がもらえない千秋の悲しそうな顔を見ると右手で右目を抑えて声を低くしてそれっぽい回答をする。お兄さんノリが良いな……

 

 

「ふぁぁぁぁぁ!! ねーねー、コイツ凄い!」

「良かったね……」

「うん、ここに来てよかった!」

「そ、そう……」

 

 

何だろう、妹を取られたような、手を離れていくようなこの喪失感は。良いことのはずなのに、良いことのはずなのに……悲しいなぁ……

 

千秋も右手で紅の右目を抑える。

 

「ふっ、記憶は消せない。人間は一度会ったことは忘れない。ただ、思い出せないだけだ」

 

 

それを忘れたと言うんじゃ……

 

 

 

「なん、だと……」

「ムフフ、コイツすげぇとしか言いようがねぇ……」

 

 

 

ううぅ、寂しい……。お姉ちゃんだってそれくらいできる! お兄さん、そこ代われ……でも、千秋の楽しそうな顔を見るのは幸せな気分。うちが変わってもお兄さん以上のセリフが言えるとは思えない。天国と地獄とはまさにこのことだ。

 

 

「カイトすげぇ」

 

 

 

眼が、眼がキラキラしてる。星々の天の川を詰め合わせたような、太陽に照らされたハワイの海のような、彼女の眼には本当に輝きがあった。

 

千秋はきっと期待をしているのだろう。ご飯もお風呂も綺麗な部屋もある。優しくて、自身の好みにもあっている。この家に来て僅か数時間だけど、それでもこれからが今までない素晴らしいものになると感じたのだろう。

 

 

苦笑いをしながら千秋に付き合うお兄さん。

 

「我が眷属よ……なぜ、頬を膨らませているんだ?」

「べっつに……」

 

 

千秋が首をかしげる。そのままうちの頬をぷにぷに触る。

 

「おお、フグのようだな」

「うちは魚介じゃない」

「分かっているぞ?」

「むっすー」

 

 

お兄さんは微笑ましそうな顔で見て何も言わなかった。そのままうちはフグのママ、リビングを出て部屋に戻った。

 

 

ちょっと、面白くないけど。でも、千秋が心を許せる人が増えたのは嬉しかった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 食器を返してくれた二人が2階に戻って行った。てっきり長女だけか、来るとしても千冬かと思っていたが、三女で厨二の千秋が来たので僅かに驚いた。

 

 何となく話せるくらいにはなりたいから言葉を交わしてみた。それで少しでも仲良くなればよかったと思ったからだ。

 

 ずっと堅苦しいのは疲れてしまう。同じ家にいるのだから、家ですれ違った時、鉢合わせた時、洗面台で歯磨きをするとき一緒になったりするたびにに気まずいのは精神が擦り減っていく。

 

 だから、それらを未然に防ぐために何となく気がれなく話しができるように、彼女が好きな厨二的な話し方をしたのだが思ったより効果があって少々驚いた。少々で済んでいないような気もするが……

 

 あの、仲間を見つけた見たいなキラキラした目で見られたらいやでも厨二を演じなければならないと言う使命感が湧いてしまう。

 

 

 ……これから常にあの感じで行かないといけないのであろうか……?

 

 

 キッツいなぁ……まぁ、なるようになるか。あんなに喜んでくれたわけだし……しかし、心を開いてくれるのは嬉しいけどあんなに急に懐くとは……

 

 

 うん、まぁ、ゲームでも好感度が上がりやすいキャラではあったけれども。

 

 ゲームでは好感度を上げる方法は3つあった。まず一つはイベントが起こりそれを乗り越えたり、経験したり、協力したりすることで上げる方法。2つ目は単純にプレゼントを上げる事。3つめは触れ合いモードと言う方法。

 

 

 イベントやヒロインによって好感度上がり方に差異があったりはするが、千秋はかなりスムーズに好感度が上がりやすい。『響け恋心』で俺が一番最初に攻略したのが千秋だったのを覚えている。

 

 このまま行ったら……ままままま、まさか俺が千秋の攻略を……!?

 

 なーんて、あるわけない。そう言った要素で好感度が上がるのは主人公だから上がるのであって、俺がいくらプレゼントをしても幾分か上がる程度で恋愛対象になるには程遠いだろう。

 

 

 

 と言うかあり得ないだろう。そもそもこの世界は百合ゲーなんだし、最終的には主人公がフィニッシュを決めるだろう。俺としてはそのフィニッシュをハーレムルートでお願いしたいが……それは今考えても仕方ないか。

 

 何にせよ、千秋が過ごしやすくなったのは良い傾向だ。このまま姉妹全員がそうなってくれるのを願うばかりだ。

 

 

◆◆

 

 

 ふかふかのお日様の香りがする布団。クーラーが使えて部屋の中が涼しい。部屋の電気はオレンジの光の常夜灯。

 

 今までの夏は蚊が居て暑苦しいから寝苦しくて、うちが部屋の一部を凍らせたっけ……。千秋が寝相が悪くてお腹を出してしまうからそれをしまってあげて千夏が夜は怖いからと甘えてきて、千冬は気を遣って甘えたいのに甘えなくて。

 

 お腹が空いて皆眠れない日もあった。

 

 でも、今は違う。千夏はお腹いっぱい食べて気持ちよく寝ている。千秋も枕を抱き枕にして寝ている。

 

 あの時とは違う。親から虐待され、超能力が目覚めて放逐されて、彷徨っていた時とは違う。今は最高の幸せに近い。

 

 

 境遇が違いすぎて僅かな違和感が湧いてなかなか眠れない。ぼーっとオレンジの常夜灯を見上げていると隣から声が聞こえてきた。

 

「春姉……起きてるっスか?」

「うん、起きてるよ」

 

 

千冬も眠れないようでうちに声をかけたようだ。彼女の方を向くと薄暗いが彼女も自信を見ているのが分かる。

 

 

「眠れないの?」

「そうっスね……」

「そう、うちも眠れないよ」

「いろいろ違いすぎるからっスか?」

「そうだね……体がびっくりしてるんだと思う」

 

 

千冬は確かにと同調しつつ会話を続ける。

 

「でも、秋姉はかなり馴染んでるような感じっスね」

「そうだね、千秋は素直だし人を見る眼があるから直ぐにここが理想の場所って気付いたんだろうね」

「……直ぐに信じれる秋姉は凄いっスね」

「うん……」

 

 

その後は千冬は何も話さなくなった。千冬は……きっと羨ましいんだね。自分にない、自分にしかない物を持っている千秋が。

 

 

でも、それを口には出せない。うちが普通を欲しいと彼女は知っているから、憧れていると知っているから。それを言えない。

 

 

うちも千冬には何も言えない。彼女が特別を求めているから、そこにどのように踏み入って良いのか分からないから。異端である自分が彼女にかける言葉は彼女からしたら同情のようにしか聞こえない耳障りな物だから。

 

 

難しいなと感じて、でもこれからどうするか、どのように向き合っていくか考えながらうちもきっと千冬も重くない瞼を無理やり閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9話 光源氏

 4人が家に居候して数日が経過した。未だに2階の一室が彼女達の行動範囲の主軸であるが千秋と千春はリビングで偶にテレビを見るようになった。まぁ、千春の場合は千秋の面倒を兼任しているが。

 

『団地ともや君面白かった!』

『日本語で遊ぼうぜは良く分かんなかった……諸行無常? でも、億兆の次が京ってのは歌で分かった!』

 

 

 ただ、はしゃいでいる子供のように千秋は話す。千秋はテレビを一緒に見ようと千春、千夏、千冬を誘うが千夏と千冬の二人は部屋の中で良いと言うらしい。二人は基本的には部屋の中で話したり勉強をしたりすることしかしない。

 

 

 俺として二人にももっと外に出て欲しい。理由は単純に外の世界を知ると言うのは良い事だから。知りたくても知れなくて怖くて動けなかった前とは違う。

 

 一種の経験として姉妹以外の人とかかわる事は大きな意味があると思う。外が怖いのは分かるけどもっと自由になってもいいはず。だけど出来ないのは俺に最低限の信頼さえないからだ。

 

 ずっと部屋にいるのは健康に悪いと思う。体を動かして心身ともにリラックスをしてほしいけど……無理に俺が誘ったりするのもダメだろうな。気遣いされて逆にストレスとかになってしまう可能性もあるし。

 

 

難しい。どう、接するべきか非常に難しい。千夏と千冬も色々抱えているものがあるがだからと言ってそれに踏み込むのも良くない。

 

頭の中で色々考えているとテレビを見ていた千秋が俺に話しかける。

 

「カイト! 今日の夜ご飯は!?」

「あー、まぁ、野菜炒めかな?」

「おー! やったぁ!」

 

 

この子、何を出しても喜ぶから作り甲斐がある。ご飯と食べた後にわざわざ下の階に降りてきてお礼を言って行くほどだ。この子を見ているとどんな便宜でも図ってあげたいと思ってしまう。

 

それほどまでにこの子は良い子なのだ。

 

 

ただ、やはり厨二的な行動には困らせられる。

 

『逆流性食道炎!!』

『それは……必殺技じゃいないんだが……』

『え? そうなの? じゃあ、……どんなのが良い?』

『え? そうだな……狂い咲き千本桜……とか?』

『おおおおお、何かカッケェ』

 

心臓が痛くなる。だが、そんなことは言えない。そして、何故か千春がライバル視をしてる様な気もする。

 

『むぅ、お姉ちゃんも考えられるよ?』

『どんな?』

『……逆流性食道炎』

『おお! それもいいな!』

 

 

 

俺もそんなに厨二的な物に詳しいわけではない。だから、そんなに厨二を振られても応えられるか分からない。そして、逆流性食道炎は必殺技じゃないだろう。

 

偶にだがテレビを見ているときに千秋を膝の上にのせて両手をシートベルトのようにお腹に回す。その様子を見ていると千春が『この子は渡さない』的な視線を向けてくることがある。

 

既に今日、二回あった。

 

獲るつもりもないんだが……ゲームをやっているときでも中々のシスコンっぷりだったがそれを間近で見ることはいつかあると思っていたが……実際に見るとやはり、ゲームの世界に居るんだなと感じる。

 

 

「からくり侍面白れぇ」

 

 

銀髪でオッドアイ、厨二と言う属性を詰めるに詰め込んだ女の子千秋。彼女は現在10歳だ。一般的に見たら年齢以上に幼く見えるのかもしれないが彼女は今まで子供の時を過ごせなかった。だから、これから思う存分過ごしてほしいものだ。

 

 

もう時間は5時半を回った。夕ご飯を作り始めようと台所に向かい、冷蔵庫から野菜を出し、肉を出し、テキパキと一口大に切り炒めているうちに時間は過ぎていく。料理に集中して気付かなかったが千春が側にいた。

 

「お兄さん、何か手伝います」

「いや、大丈夫だ。千秋と一緒にテレビ見ててくれ」

「いや、でも」

「じゃあ、味見してくれ」

 

 

俺は野菜炒めを小皿に入れて小さいフォークと一緒に渡す。彼女はそれを受け取る。だが、これがお手伝いになるのかと言う疑問があるようで食べるのを一瞬渋る。

 

「遠慮せず手伝ってくれ」

「ああ、はい……美味しいです」

「味薄くないか?」

「丁度いいです」

 

 

彼女がそう言うとひときわ大きな声がリビングから聞こえてくる。

 

「ああ~! ずるい! 我も味見したい!」

 

こちらに指を差しズルいズルいと言いながらこちらに走ってくる。顔はむすっとしている。

 

「カイト! 我も味見したい!」

「分かったよ、千春その容器貸してくれ」

「はい」

 

 

俺は容器を返してもらいそこに野菜を再び乗せて千秋に渡す。彼女はフォークで野菜を指して口の中に入れる。何回か咀嚼してごくりと喉を通すとニッコリ笑顔になる。

 

「美味い……旨すぎて馬になりそう」

「味薄くないか?」

「んー、ちょっと薄いかも」

「塩コショウ入れるか……」

 

 

味を足して再び容器に野菜を乗せる。

 

「肉味見したい」

 

千秋はフライパンの中をのぞいて野菜以外にも肉が入っていることを確認している。だから、今度は野菜ではなく肉を食べたいと言う事だろう。野菜と一緒に炒めた薄いバラ肉もガラス容器の上に乗せる。

 

 

「ほい」

「うむ……美味しい……おいしすぎて……えっと……なんだろう……とにかくおいしい!!!」

「そうか、じゃあ、これでいいかな」

 

 

味を整えて料理をおえる。

 

「もう、夕ご飯か!?」

「ちょっと早いけど食べてもいいかもな」

 

 

俺はそう言っていつものようにトレイにご飯やら汁もの、野菜炒めと箸をおいて千春に渡す。

 

「ありがとうございます。お兄さん」

「ありがとうな! カイト!」

 

 

ピンク髪に碧眼の千春。銀髪にオッドアイの千秋。髪の色と眼の雰囲気も僅かに違うが顔の造形が似ている。性格も違うけど二人が並ぶと姉妹だなと感じた。

 

 

 

千春がトレイを持って千秋が彼女の背中を守るように出て行った。一体全体千秋は何を吹き込まれたのか……まぁ、大体予想はつく。

 

 

俺も野菜炒めを食べるかとダイニングテーブルにご飯を置いて適当にテレビのチャンネルを回す。すると、子どもの育成術と言う番組がやっていた。どうやら、若いアナウンサーが成金おばさんのような人にインタビューしている場面が写ったので気になって見る。

 

『どうやって、東大に合格を?』

『それはもう、幼いころからの勉強を』

 

 

勉強か……千春が一番頭がよくて、千冬は二番目なのは知っているが千夏と千秋は全くと言っていいほどできないんだよな。ゲームが始まるのは高校生からだが、主人公と一緒に勉強するイベントが起こるのだが鬼が付くことわざを答えなさいと言う問出て千秋は『鬼の眼を移植』とか答えるくらいだ。

 

 

これは勉強に力を入れるべきだろうか。ゲームが始まるときまでにこういった欠点を潰すことをしていいのか迷うところだがエンディングの後がゲームではないがこの世界ではあるはずだ。

 

今俺は彼女達の親の様な立ち位置、そこら辺も考えないと。取りあえず俺は子育てなんてやったことないからテレビを見て勉強しよう。

 

『我が家では一度も勉強しろなんて言ったことありませんの』

『ええ!? そうなんですか!?』

『勉強とは自分からやること。親がやれと言うなんて言語道断』

 

 

俺、前世からだが自分から勉強したことないんだが……そういう風に育てないといけないのだろうか?

 

 

無理じゃね?

 

 

勉強してない奴が勉強しろって言えるだろうか? 否、無理であろう。どうしたものだろうかと頭を悩ませているとリビングのドアが開く。

 

 

「カイト、ご馳走様! 美味しかった!」

「お兄さん、ごちそうさまでした」

 

 

千春がトレイを持って、千秋はニコニコ笑顔で部屋に戻ってくる。

 

 

「カイト! 明日はハンバーグが良いぞ!」

「考えておくよ」

 

 

何というか、推しがこんなに懐いてくれて尚且つ、ご飯を美味しいと言って食べてくれるとは何だか素直に嬉しい。

 

 

三人で少し話した後、千春と千冬は出て行った。

 

◆◆

 

 

『いっ、いだいよぉ』

 

 

肩を抑えてうずまる。ジンジンと痛みが広がり、瞳から涙が零れ落ちる。千春が我の頭を撫でる。千秋と千夏は部屋の端で震えて泣いている。

 

千春だけが立ち上がって……母と向かい合う

 

 

『もう、止めて上げて。皆限界だからっ』

 

 

 千春がいつも守ってくれた。ずっと、守ってくれて、慰めてくれた。それでも、怖かったのは変わりない。

 

 千春も千夏も、千冬も怖い。いつも泣いていた。千春は隠れていたけど泣いているの知っていた。超能力が目覚めて誰からも遠ざけられて。それで、自分たちが世界に受けいれられない事が悲しかった。

 

 暗い中に居た。我も、千春も千夏も千冬も。寒い、お腹が空いた、怖い、寂しい。狭くて、小汚い部屋、四人で一緒の時は楽しいけど何処かにいつも負の感情があった。

 

 お腹いっぱいにご飯を食べたい、お日様のにおいのする布団で寝たい、安全で清潔な家に住みたい。暖かい目で自分たちを見て欲しい。

 

 ずっと、願っていた。

 

……皆で幸せでになりたい。

 

 

 

「……んんっ」

 

 

 

我は目覚めた。上にはオレンジの光、下は布団。近くには長女の千春、一応姉の千夏、妹の千冬が気持ちよさそうに寝ている。変な夢を見て自分だけ起きてしまった。

 

 

もう一度、寝ようと思ったがいつもすぐに眠れるのに不思議と眠れない。

 

 

そして、徐々に不安が湧いてくる。今は幸せだけどそれがいつまで続くなんてわからない。また、辛い日々が来るのでないかと。

 

 

幸せからの絶望は一番つらい。一度知ってしまった幸せの味は忘れられない。

 

 

また、皆が泣く姿は見たくない。

 

 

 

心がざわついて眠るなんて気に全くならなくなってしまった。それでも寝ないといけない。明日から新しい学校に通わないといけないからだ。

 

 

寝ないといけないのに……不安がドンドン大きくなっていく。雪が降り積もるように心に負担が積もっていく。

 

 

 

ダメだ、眠れないと思った時にふと下の階から音が聞こえてきた。まだ、カイトは起きているのだろうか。

 

 

カイト……優しくて、ご飯を食べさせてくれる。この家に住まらせてくれて、ご飯を食べさせてくれる。

 

今まで会って来た大人の中で一番やさしくて安心する人。カイトも本当の我らを知ったら拒絶するのだろうか。父や母のように親族のようになってしまうのだろうか。

 

 

そう考えると益々怖くなり居ても立っても居られない。部屋を出て、下に降りていく。リビングはまだ電気付いており中に入る。

 

 

「あれ? 眠れないのか?」

「……うん」

 

 

カイトはどうしたと言う心配の眼を向ける。膝を地面に下ろして目線を合わせる。優しい眼だ、これが変わってしまうと思うと、元の生活に戻ってしまうと思うと怖くて、怖くて、皆がまた泣いてしまうと思うと、悲しくて悲しくて涙が溢れてくる。

 

 

 

「大丈夫か? 何かあったのか言ってみてくれ、最後まで聞くから」

「うっ、うん」

 

 

 

 寄り添ってくれる。自分たちを同じ目線に立ってくれる。そんな人と巡り会えたこは自分達四姉妹にとって数少ない幸運なのだろう。だからこそこの人から見放されて、過去に戻ることがこんなにも怖い。

 

 

「あ、あの、カイトには感謝してるッ……ご飯も布団も部屋も、全部。面倒を見てくれて、感謝してるッ」

「……うん」

「それでね、ずっと泣いてた千春も千夏も千冬も今じゃ泣かないの。安心して皆眠れるのッ。凄く毎日が楽しくて嬉しくて幸せだから。カイト……」

 

 

 自分でも何が何だか分からず、言葉が上手く出てこない。頭の中に伝えたいことがあるのに繋がらずちぐはぐになってしまう。でも、それでもただ、伝えたくて口を開いて紡いだ。

 

「――我らを捨てないでくださいッ」

 

 

 自分がどんな顔をしているか分からない。きっと大きく歪んでいるのかもしれない。涙があふれて、嗚咽もして、鼻をすすってしまう自分は良くは映っていないと言うのは分かる。

 

 

 カイトは近くにあるティッシュ箱から数枚紙を取って我の涙を拭いた。怖くて目線が合わせられなかったがふと目を上げるとカイトはぎこちない笑みで真っすぐ我を見ている。

 

 

「捨てないさ。絶対に。引き取りたいと言ったのは俺だから、俺からは投げ出したりはしない。約束する」

「本当に?」

「嘘ついたら、針を千本飲んでやるさ」

「絶対?」

「絶対だ」

 

 

 ジッと見つめ合う数秒間。カイトが嘘を言っていないのが分かった。完全にじゃない、でも、少しだけ安心と嬉しさがこみ上げある。

 

「鼻水出てるからチーンしようか」

 

 

カイトがティッシュを取って我の鼻にあてる。そこにチーンをして後は涙を再び涙を拭いてもらった。

 

 

「夜泣くと明日の朝、顔が腫れるんだよな……」

 

 

カイトがごみ箱にティッシュを捨てながらそう口からこぼす。その後、再び目線を近づけた

 

「千秋。俺は何があっても捨てないし、何が分かってもそれがどんな事実であれ、捨てはしない。千秋たちが笑ってハッピーエンドを迎えるまで」

「……ハッピーエンドになったら捨てちゃうの?」

「いや、そういう事ではないんだが、何というか親の手を離れると言うイメージ……難しいかもしれないが……」

「イヤだ! 我はカイトと一緒にいるぞ!」

「……娘が好きなるパパの気持ちが分かった気がする……えっと、まぁ、千秋が心配しているような事にはならないから安心していいぞ?」

 

 

そう言って再び出る涙をティッシュで拭く。

 

「だから、もう泣くな。明日から学校なのに顔が腫れちゃうぞ?」

「うん……でも、カイトが変な事言うから」

「それは悪かった……えっと、さっき言った通り捨てないし投げ出さないから安心して寝てくれ。分かったか?」

「うん……」

 

 

 

再び、涙を拭き、チーンをしてそれをごみ箱に捨てるカイト。カイトはこちらを見ずに恥ずかしいことを言うようにそっぽを向いたまま話した。

 

 

「千秋たちは辛い経験があったと思う」

「……うん……今でも忘れられない、忘れたいのに」

「そういうつらい経験は忘れることは難しいと思う」

「そうなのか……」

「だから、ここで姉妹たちと楽しく過ごして一つでも多く幸せな経験をしてくれ。そうして、思い出を増やして、辛い思いで以上の思い出の数にして。最後に詰まらない事があったなとか、面白いあんなことがあったなと笑えるくらいにさ……なればいいと思わないか?」

「ッ。そう思う!」

「だよな……」

「我、そうできるように頑張る!」

「……俺も協力するよ」

「本当か!」

「ああ。だから、今日は寝るんだぞ? 明日学校だからな」

「うん、了解した!」

 

 

我はリビングのドアを開けて外に出る。

 

「我、カイトの事が大好きになったぞ! おやすみ!」

「お、おう……これが、娘を過保護にしてしまいそうになる父親の気持ちか……」

 

 

 

手を振って二階に上がって行く。気持ちが軽くて顔がニヤニヤしてしまう、心が躍って、どうしようもない。

 

結局、そのせいで夜は中々眠りにつけなかった

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 何か良いこと言って安心させたくて……それっぽいことを言ったんだが、何か恥ずかしさが湧いてくる。

 

 

 ああいうの苦手なんだよな。

 

 

 泣いている千秋を見てどうしても安心させてあげたい欲のような物が出てしまった。頭を撫でることで安心させようと思ったが流石にそれは何か出来なかった。よく、アニメとか漫画でNaturalに出来る奴がいるが……どういう心境でやっているんだ?

 

 まぁ、そこはどうでもいい。

 

 

 問題は千秋が可愛すぎると言うことだ。俺は、断じて、全く、これっぽちも、微塵もロリコンではない。

 

 可愛いと言うのは娘として見てと言う事である。よく、アニメとかで過保護な父が娘に嫌われると言うのがあるが、どうして過保護になっていしまうのか良く分かった気がする。

 

 引き取ったからには責任もある。だからこそ、俺は四姉妹の理想の父ポジを目指そう。

 

 そうすれば、最終的にゲームが始まった時に腕を組んで、後ろでニヤニヤしながら見守ることも出来る。

 

 よし……

 

 ――理想の父に、俺はなる

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

主人公がロリコン、面白かったと思った方は高評価よろしくお願いいたします。

 




ふぅ、ようやくヒロイン堕としが出来た……


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10話 学校

 朝、うちの顔に朝日が差し込んだ。布団から体を起こして背伸びをする。まだ眠気が取れずウトウトしながらも布団をたたむ。

 

 うち以外はまだ誰も起きておらずうちの地域、いや……県、いやいや関東、いやいやいやいや世界、いやいやいやいやいや宇宙一の可愛い姉妹たちが天使も尻込みするような女神のような顔でスヤスヤと寝ている。

 

 

 千冬の寝顔をうちは見る。あー、可愛い。茶髪もふわふわしている。だらしなさそうに口の開いた寝顔。カメラが合ったらパシャリとシャッターを切りたい。まぁ、姉妹でも勝手に写真で撮るのは嫌がられるかもしれないからやらないが。

 

 

 今度は千秋。銀髪が輝いている。ああー、可愛い。ん? 眼が少し腫れているような……どうしたんだろう。もしかして、昨日の夜一人で泣いてた? 

 

 悪い夢でも見たのだろうか? 色々あったもんね。今が幸せでも思い出してしまう事もあるだろうし。あとでハグして頭をなでなでしてあげよう。ついでに耳かきも……

 

 

 さて、最後は千夏。まさに金塊。黄金の髪の毛。涎を垂らして寝ているのも、いと可愛い。可愛い。大事な事だから何でも思ってしまう。可愛いと。

 

 いつもの凛とした目は閉じている。まつ毛も長くてパーフェクト。パーフェクトシスターだ。

 

 

 うちの妹達は今日も可愛すぎる。

 

 

 こんな時間を永遠と過ごしていても良いのだがそんな訳にはいかない。何故ならば今日から学校に行かなければならないから。うち達は今日からこの近くの小学校に通う事になっている。

 

 今までは夏休みであったから九時ごろまで寝られたけど、もう、そうしてはいられない。

 

 

「皆、起きて。朝だよ、学校に行く準備を……」

「んんッ……」

「「すぴー、すぴー」」

 

 

 

そう言って起きてくれたのは千冬。流石しっかり者の千冬、いつも助かっているありがとう。

 

「おはようっス……春姉……」

「うん、おはよう」

 

千冬は起きてくれたが未だにウトウトしており、眼も開いたり閉じたりを繰り返している。多分、まだ寝ぼけているんだろう。

 

 

「……キクラゲはどうなったんスか?」

「起きてー、千冬ー、今日から学校だよー」

「はッ! そうだった!」

 

 

どうやら、完全に起きてくれたようだ。でも、寝ぼけている姿も可愛いかった。起きた彼女はそのまま千秋の方に寄って体をゆする。

 

 

「秋姉ー、朝っスー」

「んーん!」

 

千冬が体をゆするとまだ起きたくないのだろう。一枚だけある掛布団で頭を隠す。そのままモグラのように隠れてしまった。

 

「隠れてないで、起きるっス! 千冬だって寝てたいんス!」

「んーー!!」

 

 

掛布団の引っ張り合い。思わず見てしまうがうちは千夏を起こさないといけない。

 

 

「千夏ー、起きてー」

「……」

「千夏が朝弱いのは知ってるけどお願い起きてー!」

 

 

うちは千夏の体をゆする。しかし、彼女は起きない。一切目を開けず、体も動かさない。

 

 

「千夏ー!」

「ん……すぴー」

 

 

一瞬反応するが再び夢の世界に旅立っていく千夏。本当は寝かしておいてあげたいけど起こさなと。

 

心を鬼にして彼女の体を強くゆする。姉妹の中で朝が一番弱いのは千夏だからかなり強めにゆすらないといけない。

 

「千夏ーーーーーーー!!!!」

「んんッ!」

「おはよう!」

 

 

ようやく、起きてくれた。

 

 

「すぴー」

「千夏ーーー!!」

 

と思ったら旅立ってしまう。全然起きない。

 

 

「秋姉! 起きるっス!」

「んんん!!!」

 

 

あっちではまだ布団引きをしている。これじゃあ、キリがない。本当にこれは一番やりたくなかったけど……ごめんね?

 

うちは千夏の布団を引っ張て位置をずらし日の光が差し込んでいる場所に彼女を誘導した。

 

 

「んんんん!! ま、まぶしい!! やめてー」

「ごめんね? でも起きて! 学校だから!」

「が、学校……ああああ、眩しい……力抜けるー」

 

 

うちは再び日の光が差し込んでいない方に布団をずらした。千夏は起きてくれたようだった。眼もぱっちり開いて完全に目覚めている。寝ぼけ率0パーセント。だが、若干のジト目をうちにしている

 

 

「酷くない? 今の起こし方……私、日の光凄い苦手なんだけど?」

「ごめん……これしかなかったから」

「体ゆすればいいじゃない」

「それじゃ、起きなかったの」

「……大声出すとか」

「それもやった。ほら、今日から学校だから早く着替えて」

「……はーい」

 

 

少し、不機嫌そうにしながら彼女は着替えを始める。さて、隣でやっている布団引きも終わらせないと

 

「ほら、千秋。もう起きよう?」

「んーん!」

「もう、こんな調子っス……」

「うーん……ごめんね?」

 

 

うちはかなり強引に布団を引っぺがした。千秋は投げ出され布団の上を一回転。そして、そのまま彼女を日の当たる方へ。

 

「眩しい……」

「はい、おはよう」

「眠い……」

「それでも、おはよう」

 

 

うちは千秋を無理に起こして万歳をさせる、そのまま上着を脱がして着替えを手伝ってあげた。

 

 

「春姉……秋姉を世話しすぎじゃ」

「いいんだよ。これくらい姉妹なら普通」

「そう、っスかね?」

「そうだよ。ほら、千冬も着替えて着替えて」

 

 

その後は顔を洗ってあげたり、歯磨きや髪型を整えて上げたりして、リビングに向かう。まだ、お兄さんと接するのに慣れていない千夏と千冬は一旦自室に戻らせた。部屋に入ると既にお兄さんが朝食を作ってくれていた。

 

 

「自分で起きてこられるなんて偉いな」

「フフフ。まぁな!」

 

 

千秋がドヤ顔をしている。腰に手をやって胸を張る。……まぁ、自分で起きた? ということでいいのかな?

 

 

「それより、カイト今日の朝食は!?」

「卵焼きとみそ汁、白米だな。あと、麦茶」

「おおー、やったぁ! カイトの卵焼き、大好きだ!」

 

 

……んんん!? 千秋、あんまり大好きって単語使わないんだけど……いや、使うけど、大好きってお姉ちゃんあんまり言われたことないんだけど? 精々328回くらい……それをこうも簡単に大好き一回を稼ぐなんて……

 

 

卵焼きめ……いや、違う。これは卵焼きとしてカウントするのかな? お兄さんにカウントが入るんじゃないだろうか?

 

んんん!? しかも、二人の距離が前より近いような……気のせいかな? いや、明らかに気のせいじゃない。これは、どういう事?

 

 

いや、いいんだよ。お兄さんと仲良くなって楽しくお話ができるようになるのは。この家での生活も楽しくなるし、ずっと話せないままなのはダメだし。

 

でも、急にそんなにさ、距離が近くなるのは寂しいよ。ずるいよお兄さん。

 

 

確かにお兄さんには感謝している、お世話になっている。千秋が懐くのは分かるし、楽しくお話もしていいけど。この短時間でこんなに好感度が上がってしまったと言う事はその内、特別な関係とかになるのではと感じてしまう。年齢的には離れてるけどどうなんだろう。

 

 

でも、千秋だけは渡せない。

 

 

勿論、思い過ごしと言う事もある。だから、当面は現状把握位にとどめておこう。思い過ごしではなかった時は……

 

 

もし、お兄さんが良い人でも千秋は渡さないよ!

 

 

 

◆◆

 

 

 

「カイト! 今日の晩御飯は!?」

「あー、そうだな」

「ハンバーグが良い!」

「それ、この間やったばかりなんだが」

 

 

お兄さんが仕事に行くついでに車で運んでくれるらしいのでうち達は現在車内。助手席には千秋が乗っている。後ろにうちと千夏と千冬。

 

 

「ねぇ? 秋の奴、いつの間にあんなに懐いてるの?」

「さぁ……千冬は知らないっス」

 

 

車で学校に向かう途中で凄い二人が話している。千秋がお兄さんにこれでもかと話しかける。

 

確かに大人と話す機会なんて今まで無かった。でも、お姉ちゃんだってそれくらいできるよ。

 

 

「春が凄い眼してるんだけど?」

「秋姉が取られたと勘違いしてるんじゃないっスか?」

「ああー、そういう事……まぁ、確かに私も思う所はあるけどね……」

 

 

 

隣でひそひそ話声をしているが全く聞こえなかった。

 

 

「我、ハンバーグが良い! じゃないとやだ!」

「うーん……でも、同じ料理をずっと続けるのはな……健康的な問題とかもあるし……ピーマンの肉詰めは……」

「絶対ヤダ! ピーマン嫌い! カイトのハンバーグ大好きだからハンバーグが良い!」

 

 

ああ! 大好きって言った! また言った! 

 

ハンバーグの野郎……

 

って違う。これもお兄さんのカウントに入るのか。じゃあ、既に二回目!? ええ!? それは無いよお兄さん!

 

 

「何か、春が悔しそうな顔してるわね」

「嫉妬っスね。普段のクール顔が凄い崩れてるっス」

 

 

 

嫉妬に心を支配されながらうち達は新たに通う小学校に到着した。市立所沢中央小学校。校庭に複数の遊具やサッカーゴール、そして年季の入った校舎。ここで今日から勉学に励むのかと眺めながら同時に、前のお兄さんと千秋を見る。

 

 

途中でお兄さんは色々先生と話したりもしてうち達を預けた。

 

「じゃあなーカイトー! ハンバーグ約束だぞー!」

 

 

手を振ってお兄さんを見送る千秋。嫉妬もあるがこの子が少し成長したような感じがして嬉しくもなった。

 

 

だが、やはり嫉妬の方が強い。

 

 

お兄さんに嫉妬しながらも校舎の中に入って行く、外からでも分かるがやはり年季が入っている感じがする。この学校はどうやら各学年、2つのクラスがあるらしく、一組にうちと千秋。二組に千夏と千冬、と言うことになるようだ。

 

 

できれば、一緒が良かったなと思いつつも途中で二人と別れる。二人は二人の担任の先生の方についていき、うちと千秋は手を繋ぎながら担任の女の先生について行く。

 

「フッ、転校生の謎感を出して大いに箱庭に囚われた人間たちを驚かせてやろう」

「そう……自己紹介できなくなったらうちが代わりにしてあげるからね?」

「心配には及ばないぞ。姉上。余裕のよっちゃんだ」

 

 

そう言って不敵に笑う千秋。

 

「ここが四年一組だから、ちょっと待ってて」

 

 

そう言うと先生は教室内に入って行く。そして生徒達の前である程度話し終えるとうち達を見た。

 

「それじゃあ、入ってきて」

「はい」

「ひゃ、い」

 

千秋が凄い緊張している。うちの服の裾を掴み背中に隠れてチラチラ教室内の生徒達を見る。

 

 

教室はさほど大きくもなく広くもなく丁度いい広さ。後ろに本やら掃除用具入れ。壁には画鋲で絵などが貼り付けにされている。

 

生徒人数は大体、四十人かな? 転校生と言うのは興味を引くようで凄い好奇な視線が注がれる。あんまり好きじゃないな、この視線。千秋もきっとそうなのだろう。

 

 

「自己紹介お願いしてもいいかな?」

「日辻千春です。後ろの子は日辻千秋です。よろしくお願いします」

 

 

このクラスの生徒達はうちがそう話すと拍手したり、ひそひそ話したりしている。そして、一人の生徒が手を上げた。先生がその子に聞いた。

 

「どうしたの?」

「双子なんですか?」

「いえ、千春ちゃんたちは四つ子だそうです」

「「「すげぇぇぇ!!」」」

 

 

生徒達の大声にびくりと後ろの千秋が震えた。珍しいのは分かるが出来ればやめて欲しいな。一部、そう言った人はいないけど、大多数で声を出せば自然と大きな声になってしまう。

 

大声はあんまり好きじゃない。

 

 

うちと千秋の席は後ろの様でそこに二人が列からはみ出して並んでいる。何かあればすぐに手助けができる位置。

 

これは最高だ。ビクビクしている千秋を窓側にしてうちはその隣に座る。席についても視線が凄い。

 

 

この視線が収まるのはだいぶ先だろう。千秋をあんまり見て欲しくない、ビックリしてしまうから。とは言ってもそんなことを言うわけにもいかない。はぁ、とため息を溢した。

 

千夏と千冬は大丈夫だろうか? こちらはあまり良い感じはしない。二人も同じ心境なのではないだろうか?

 

 

隣のクラスの二人が心配になった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 四姉妹は大丈夫だろうか。本来なら親族の元に居て違う小学校に通っている。違うのは僅かな事だけどそれがどのような変化を及ぼすのか……

 

 考えながら書類を整理していると……隣の佐々木小次郎が話しかけてくる。

 

 

「なぁ、引き取った四姉妹どうなった?」

「一人の子とは少し話せるようになったくらい……か?」

「へぇー……」

 

 

 

 何やら変な目で俺を見てくるがそんなことを気にしている暇はない。夕ご飯とか四姉妹事、考えることが沢山ある。

 

 

「お前、給湯室に居る女の人達に何て言われてるか知ってるか?」

「知らないけど」

「光源氏」

「……そいつらひっぱたく」

「やめとけ」

「俺はロリコンじゃないし、健全なんだよ。普通にスタイルが良い人が好きだし。言っても通じないだろうけど」

「ロリコン予備軍が言いそうなことだな」

 

 

まぁ、傍から見たらそう見えるだろうな。納得も理解もしたくないが、そうなってしまう事もあるのだろう。

 

仕方ないなと思いながら書類を整理する。頭を切り替えて、夕ご飯の事も考えながら。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

主人公が光源氏予備軍、面白いと思った方は感想、高評価お願いします

 



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11話 フラグ……?

感想、誤字報告ありがとうございます


 うち達は体操着に着替えて外で準備運動をして校庭を走っている。体育は一組も二組も合同で行うらしい。

 

 

「な、なんで、こんな日に走らないと、いけないのよー」

「あ、ち、千冬、走るのはむ、無理っス……」

 

 

 

 太陽に照らされながら校庭を何周も走る。千夏と千冬は運動が苦手だ。まぁ、千夏は日が出ている限定だが……二人はもフラフラになりながら校庭を走る。千夏のツンテールは凄い揺れて、千冬はカチューシャで髪を縛っているでこに僅かに汗が滲んでいる。既にうちやほかの生徒とは何周も差がついてしまっている。

 

 

「ワハハ! 一位だ! わっしょいわっしょい! 俺ツえええ!」

 

 

 一人だけ明らかに違う速度で走り抜けていく千秋。その速さ正に閃光。姉妹の中で一番運動神経が良い彼女は千夏と千冬だけでなく他の同級生さえも置き去りにする。

 

 千秋はフラフラの千夏と千冬を再び抜いて走って行く。と思ったら二人の速度に走るペースを変えた

 

 

「だらしないぞ」

「はぁ、はぁ、室内だったらアンタなんかに負けないわよッ。ああ、もう、世界が暗黒に包まれればいいのに!!」

「おおっ……」

「仲間見つけたみたいな顔しないで! 私とあんたは違うわ!」

 

 

千夏と千秋が話しているのを少し後ろで見て僅かに頬が緩む。

 

 

「千冬、覚えておけ」

「な、何スか? もう、正直、は、話す気力も……」

「姉より優れた妹など存在しない……」

「それ、いま、言う必要あるっスか? 言いたいだけっスよね?」

「フッ、また会おう」

 

 

千秋は再び走り出す。誰よりも速く、銀色の髪が激しく揺れる。それを見届けた後、うちはふらふらの二人にそばに寄った。

 

「背中、押してあげよっか?」

「じ、自分で走れるっス」

「わ、私も」

「そう……何あったら言ってね? ずっと後ろで待機してるから」

「そのセリフ、既に四回は聞いたっス……」

「過保護過ぎよ……」

 

 

 

二人に手助けの相談をするのはこの体育時間だけで既に四回目だけどかなり控えめにしてるんだけどな……。まぁ、いい。

 

いつ手助けできるように二人のちょっと後ろを走っていよう。

 

 

 

◆◆

 

 

「よし、俺はもう帰るぞ」

「定時帰宅か? 珍しいな」

 

 

佐々木が俺の宣言に反応する。俺は以前までそんなに定時帰宅はしなかった。特に行きたくもない飲み会に付き合いとして行ったり、残業をしたりで殆ど八時を回る。

 

「これからはこれが普通になる」

「ああー、四つ子ね」

「その通りだ」

「……この後は夕飯を作ったりするんだろ? 大変だな」

「いや、別に? 俺は高校からずっと自炊だから慣れてる。夕飯なんて一人も五人も大して量は変わりない」

「意外に高スペック……そう言えばお前親になんて言われたんだ? 引き取る事」

「両親は両方他界してるから何も問題は無い」

「何か、すまん」

「いや、大丈夫だ。心の中に居るからな」

「……そうか」

「じゃあ、そういう事で」

「お疲れ……」

 

 

 

俺は荷物を纏めて佐々木や同僚、先輩などに挨拶をして市役所を出る。急いで車に乗って家に帰る。今日は初めての四姉妹の登校日だから、先生とも色々話す必要があった。だから、ついでに送ったが本来ならバスがあるらしい。

 

 

学校が終わるのが大体3時くらいで帰りはバスを使うからもう帰ってるはずだ。千春に鍵は渡してるし。

 

お腹を空かせているかもしれない。法定速度を守ってなるべく早く帰ろう……

 

車を走らせて、家につく。ドアを開けるとリビングからテレビの音が聞こえてくる。

 

 

「カイトー! お腹空いたー!」

「お帰りなさい。お兄さん」

 

 

 リビングに居たのは千春と千秋だけだった。千春がソファに座り、膝の上に千秋を乗せている。帰って来て一番最初に言うのがお腹空いたとは千秋は食いしん坊だな。まだ、千夏と千冬は部屋から出られないか……。

 

 このままではいけないだろうけど、どうしようか。あー、思いつかない。

 

 

「カイト、速くハンバーグ!」

「あーそれなんだけど、この間作ったばかりだから……今日は肉じゃがにでも……」

「いやだー! ハンバーグが良い!! ハンバーグじゃないと嫌!」

「千秋。可愛すぎ……お姉ちゃんドキドキしちゃう」

 

千春の膝の上でジタバタする千秋。クソ、可愛いじゃないか。純粋な意味で!!

 

でも、バランスとかあるし、もっと色んな料理を知ってもらいたいと言う俺の願望もある。仕方ないが今回はハンバーグを断る方向で……

 

 

「カイトぉ~、ハンバーグじゃダメ?」

「ハンバーグにしようか」

「わーい!」

 

 

いけない。つい、言う事を聞いてしまった。断るつもりだったのに。口から真逆のことを言ってしまった。眼を潤んでいる千秋にはあらがえなかった。

 

 

クソ! これじゃ、俺が百合ヒロインにパパとして攻略されてるじゃないか!!!

 

 

ハンバーグ作るか。言ってしまったからには仕方ない、誘導されたけど仕方ない。スーツを脱いでワイシャツをズボンの中から出してラフな格好に。

 

そのまま、キッチンに行く。腕をまくって手を洗って、冷蔵庫の中からひき肉を……

 

 

な、何か視線を感じるんだが……後ろを向くと千春がじっとこちらを見ていた。上に乗っている千秋はもこちらを見ている。千秋は純粋にな興味だろうけど、千春は何か違う気がする。

 

 

どうかしたのだろうか? お腹が空いたのか? それとも、なんだろう? 何か言いたい事でもあるのだろうか?

 

ハンバーグが嫌いとかではないはずだし、それとも他に食べたい物があったとか。それも違う気がする。

 

 

良く分からないが取りあえず夕飯を作ってしまおう。レンジに入れて肉を解凍しているわずかな間に玉ねぎをみじん切りにしてゆく。

 

「おおー、カイトすげぇ!」

「ッ……」

 

 

 千秋が感嘆の声を上げ、千春の射貫く視線が強くなる。そして、玉ねぎを炒めながら付け合わせのキャベツを切って行く!

 

 

「あー、キャベツは……あんまり……」

「ほっ……」

 

 

千秋はキャベツ嫌いだっけ? まぁ、栄養バランスだから仕方ない! 二人の雰囲気が変わる。千秋は少し沈み、千春はほっとしている。

 

俺はそのまま解凍した肉にボールに入れて、調味料を入れる、玉ねぎ、パン粉、卵を入れて手でこねる。本当はヘラとかで混ぜた方が良いらしいが時短だ!

 

 

「おおー! 豪快でカッコいい!」

「…………………………」

 

ソースをケチャップとウスターソースをベースで作ればあっという間にハンバーグの出来上がる。あとはハンバーグに火が通るのを待つだけだ。我ながら料理に関しては高スペックだなと思う。

 

みそ汁は残りがあるし、作り置きしているニンジンきんぴらを添えれば僅か、三十分ほどで夕飯になるな。

 

 

「カイト! ソース味見したい!」

「いいぞ」

 

小さいスプーンにソースをすくって渡す。それを千秋が舐めると目をキラキラさせる。

 

「うめぇ! カイトの料理、我、大好き!」

「ッ……!!」

 

 

 

千秋が嬉しそうな顔をしてくれるのはこちらまで心躍るんだが、千春が凄い顔でこちらを見ているんだけど……

 

 

そう言えば、千春は姉妹に大好きとか言われた回数を数えていると聞いたことがある。それほどまでに姉妹全員を愛していると言う事、だが同時にシスコン過保護で有名だった千春の事だからそれが面白くなかったのかもしれない。

 

 

ここは何かうまい事、行動したい。俺は膝を地面について千秋と視線を合わせる。

 

 

「いきなりだけど千秋は千春の事どう思ってるんだ?」

「急に何でそんなこと聞くんだ?」

「まぁ、気になったからだな」

「ふーん、そっか。……うーんとね……千春の事は大好きだぞ!」

 

 

元気よく恥じることなく、堂々と彼女はそう言った。にっこりと笑った屈託のない笑顔を見ると嘘全くついていない事がよく分かった。

 

「ッ……ち、千秋……お姉ちゃんも大好きだよ」

 

 

思わず頬が緩んでしまう千春。彼女の周りの雰囲気も幸せでいっぱいの花畑のようなグラフィックが見える。

 

 

「千夏も千冬も、あとカイトも大好きだ!」

「くっ、眩しい……」

 

 

思わず手で顔を覆ってしまった。千秋の笑顔や言葉が天使のようなグラフィックを想像させる。

 

 

「どうした? カイト?」

「いや、何、光で眼が眩んだだけさ」

「おおー、そのフレーズ今度使う!」

 

 

少し、彼女と話している間にハンバーグが出来上がりそれを食器などによそって、トレイ上に。それを千春に、ペットボトルの水などを千秋に渡す。

 

千秋はニコニコしながら、千春は千秋に言われた大好きと言う言葉が未だに忘れられないようで頬が緩んでいる。笑った顔がそっくりである。

 

 

 俺も夕飯を食べる為にテーブルの上に運んで、テレビのチャンネルを回して食事をはじめた。

 食べながら四姉妹の事を考える。特に千夏と千冬。あまり話せていない。と言うか全くと言っていい程話せていない。部屋からも全然出てこない。

 テレビとかも見て良いんだぞ。ソファで昼寝とかしても良いんだぞ。そう思ってはいるがそれを流石に口に出しにくい。

 

 そんなことも言ってられないんだろうけど。あとで、何か話してみよう。

 

 

 食事が終わったらお風呂の湯を沸かす。いつも通り千春と千秋が食器を返してくれるのでそれを洗っている間に湯が沸くので四姉妹にさきにお風呂を進める。

 

 千冬と千夏が下に来るのはお風呂の時くらいしかない。ここで何か話さないと。

 

「お兄さん、お先にお風呂いただきます」

「カイト。先入るぞ」

「さ、さき、頂くっス」

「……先に入ります」

 

う、滅茶苦茶警戒されている。もうかなりの時間を過ごしているのに警戒されている。でも、何か話しかけないと大人の俺から寄り添わないと何も始まらない。

 

「あー、ち、千冬。が、学校はどんな感じだ?」

「え!? あ、そ、そうっスね……えっと、校舎にヒビがあった感じっスかね?」

「な、悩み事とかあるか?」

「い、いえ、滅相もないっス」

 

眼を全然合わせてくれない。床の木目しか見ていない。取りあえずぎこちなくても話しかけ続けるのが大事なんだろう。今度は千夏だ。

 

「ち、千夏は、どうだ? 学校は?」

「……普通です」

「な、悩み事か……」

「……無いです」

「そ、そうか……」

 

……今日はこのくらいにしておこう。気まずくなっていくのが辛い。部屋の中の空気が黒くなり、重力がいきなり何倍にでもなったかのような感じがする。もう、このまま地面に沈んでしまうのではと思ってしまう。

 

「ねぇ、カイト! 我ね、我ね! 今日、マラソンで1位だった! 俺っええした! 褒めて褒めて!」

 

 

まさに、現代の生きる加湿器。まさに、万有引力殺し。鶴の一声とかこのようなことを言うのだろう。一気に部屋の悪い風がどこへやら、重力が軽くなる。

 

「凄いな、それは」

「男子達も置いてけぼりだ。しかも、我はまだ本気を出していない。子供の遊びに付き合った気分だ」

「おー、凄いな。無双だったわけだ」

「そう、まさに無双無双無双だ」

 

 

エッヘンと胸を張る彼女のおかげで事なきを得た。4姉妹はそのままお風呂に向かい、俺は千秋に感謝をささげた。

 

4人がお風呂を上がった後は今度は無理に話しかけないようにした。明日また話しかけてみよう。

 

姉妹たちが2階の自室に戻って行くのを見届けて俺もお風呂に……と思ったらリビングのドアが再び開いた。

 

「お兄さん、ちょっといいですか?」

「どうした?」

 

 

千春だ、ハートマークの沢山入ったピンクのパジャマを着ている。

 

「話したいことがあって」

「聞こう」

「はい。それじゃあ聞いてください。お兄さんには感謝しています、話を聞いてくれて、面倒を見てくれる。清潔な家、美味しいごはん。うち達の今まで生活とは全然違います。だから、もううち達はお兄さん無しでは生きられない体にされてるかもしれません」

「……ちょっと、後半の言い回しは危ないな、外では絶対やめてくれ」

「気を付けます。それで、お世話になっている身ではありますがお兄さんにお願いがあります。聞いてくれますか?」

「ほう? いいぞ? 欲しい服でもあるのか?」

「いえ」

「じゃあ、夕飯の献立希望でも?」

「いえ」

「……じゃあ、なんなんだ?」

「……」

 

千春はゆっくり口を開く、彼女が我儘を言うなんて。多少の事なら聞いてあげよう。一体何だろう……と俺も少し身構えてしまう。

 

 

「……千秋には手を出さないでください」

「……それはどういう意味で言ってるんだ?」

「色んな意味です。お兄さんくらいの年齢なら意味は分かってると思いますが」

「……出さないよ。それがお願い?」

「はい」

 

 

出すわけねぇ! ロリコン確定演出じゃん。そんなことするわけない。何を心配してるんだこの子!?

 

 

「安心してくれ、出さない。そもそも千秋は俺に懐いてくれてるがそれは、何というか親的な、頼れるお兄さん、もしくはコック、そんな感じだろう」

「……そうですね」

「他にお願いはあるのか?」

「無いです」

「……無いんかい」

 

 

 

この子は本当に過保護と言うか、何というか。色々心配し過ぎだろう。

 

「じゃあ、あれだ。もう寝なさい。明日も学校だろう?」

「……はい。ありがとうございました。おやすみなさい」

 

そう言って彼女はリビングのドアから出て行った、と思ったらまだ居た。

 

「約束ですからね?」

「約束しよう」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 

 

念押しが凄すぎる。全く……でも、こんな感じの前に何処かで見たことがあるような。あ! 『響け恋心』のイベントだ!

 

 

 主人公が姉妹の誰かの好感度を一定以上上げると、千春が主人公に手を出すなと念押しをするイベントにそっくりだったような気がする。

 

 いや、千秋はどう考えても恋愛的な好きじゃないぞ? 懐き具合、雰囲気を見てもそんな感じは一切しなかった。

 

 勘違いか心配のし過ぎか分からないが似たような状況になったと言う事か……。いや、手は出さないよ。

 

 出したら永遠に肩書に光源氏が付くよ。そんなこと俺はしない。

 

 はぁ、とため息をついて俺は風呂場に向かった。

 

 

◆◆

 

 

 

 お兄さんに思わず釘を刺してしまった。正直、我儘や願望は言うつもりはなかったが、お兄さんの人柄やこれまでの言動を見て思わず言ってしまった。確かに千秋がお兄さんに抱いている物は恋愛的な物ではない。

 

 

「でも、それは今現在の話の可能性もあるよ、お兄さん」

 

 でも、いつか、それがいきなりそう言ったものに変わることもあるかもしれない。まだ、千秋は成熟していないからそう言った感情が分からないだけ、感じていないだけ。感じていても理解していないだけかもしれない。

 

 千秋には手を出させない。出させたくない。うちにとって姉妹が全てだから。失うわけにはいかないから。

 

 

 それが恩人でも、誰であっても姉妹に手は出させない。

 

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面白かった、千春がシスコンだと思ったら、高評価、感想よろしくお願いします

 



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12話 四女

感想、評価ありがとうございます


 うち達がお兄さんの家で生活をし始めてから2か月以上経過した。夏の暑さが和らぎ少しづつ寒さが出てくる。木々から枯葉が落ちて徐々に1年の終わりが近づいている気がする。その間にお兄さんは千秋と仲良くなり、千秋はかなりお兄さんに懐いてしまった。

 

 昔は余り我儘を言わなかった千秋が毎日のように我儘を言っている。殆どが食べ物の事だが。

 

 反対に千夏と千冬は未だに懐けない。お兄さんがお風呂の入る前や入った後に二人に話しかけるが中々素を出せずしどろもどろになってしまう。

 

 

 お兄さん的にはもっと我儘を言って欲しかったり、少し懐いてもらい自室以外にも使えるようにして伸び伸び生活をしてほしいと思っているんだろう。お兄さんは本当に優しいなと思う。 

 

 だから、千秋が懐いたのだと改めて納得するのと同時に勢い余ってその先に行かないか心配だ。

 

 

「ちょっとー、千春聞いてる?」

 

 授業と授業の間の僅かな休み時間、とある女子生徒がうちに話しかける。最近、仲良くなった。北野桜(きたのさくら)さん。うち達を見ても特に珍しがることはなく普通に接してくれるいい女の子。

 

「あ、ごめん聞いてなかった」

「全く……俺の弟たちのトンデモ話を聞けっての」

「ごめん」

「まぁ、いいけど。そう言えばお前の妹達の話も聞かせてくれよ」

「うちに妹達か語らせたら日付け変わっちゃうけどダイジョブ?」

「俺もだがお前も相当のお姉ちゃんだな……」

 

 

 当たり前だ。姉妹は自身の全てだから、愛するも当然。良いところがあり過ぎて語りきれないのも当然。

 

 

「……なーんか……お前訳アリっぽいな……」

「ん? 何か言った?」

「いや、なーんでもない。それより今日はテストがあるから復習しといた方がいいぜ」

「うん、勿論、長女として勉学でも好成績をキープしないとね」

「……ほどほどにな」

 

 

 桜さんはそのまま自身の席に戻って行った。うちは桜さんの妙な視線に一瞬首をかしげたが気にしないことにした。

 

 テストがあるから予習をしないといけない。社会で都道府県のテストが行われるから地図帳を広げて眺める。前の席では千秋が左頬を机につけて寝ている。千秋は常に元気いっぱいだからどういても体力が持たないのだろう。それに、最近は特に……

 

「おい、何寝てんだよ。厨二」

「ん? ……? 何だ?」

「お前あほの癖に寝てていいのかってことだよ」

 

 

妙に千秋に絡む同じクラスの男子。(にしのただし)。鼻にばんそうこうを張っていかにも不良と言う感じである。彼は千秋の頭をゆすって無理やり千秋を起こす。おい、何してんだ?

 

そもそも、寝てる千秋を無理に起こすな。千秋はあほじゃない、素直なだけ。起こすにしてもやり方があるだろ? どんどん疑問が湧いてくる。

 

 

「五月蠅い、短パン小僧、あっちいけ」

「あほの癖に生意気……ッ!?」

 

 

正はうちの千秋ではなく後ろのに居るうちを見た。そのまま雪女でも見るような目をしながら千秋のそばを逃げるように去って行った。

 

恐らくうちの暗黒のオーラがそうさせたのだろう。

 

 

「千春……」

「どうしたの?」

「我、あの短パン小僧嫌い」

「最近、妙に絡んでくるから?」

「うん。それ以外にもあほあほ五月蠅い」

「千秋はあほじゃないのに酷いよね」

「ほんとそれ」

 

 

千秋もあほと言われるのは心外のようだ。二人で話していると先生が教室に入ってくる。

 

「はい、社会のテスト始めるよー。都道府県テストだぞー」

「やべぇ」

「ど、どうしようお」

「勉強してねぇ」

 

 

一部の男子達が大慌てをし始める。それを見て先生が笑いながら指示をする

 

「ほら、地図帳とか特産品の載ってる教科書しまえー」

 

 

そうは言ってもしまわない生徒達。

 

 

「普段から勉強しないのに今更勉強をする男子達、あれだけ勉強しろと先生は言ったのだから慈悲ないぞ。今更、テストヤバいと言ってももう遅い……ぷっ、最近のラノベタイトルみたいで草……」

「「「……」」」

「ほら、しまえー」

 

 

先生は何か良く分からないことを言っている。ラノベタイトル……ライトノベルと言う本のタイトルの事だろうけど、読んだことないから先生が笑う意味が分からない。最近はそう言うのが流行っているのだろうか。

 

 

テストが配られ、全ての問題に答えを書いてホッと一息。前の千秋が目に入る。

 

 

「……ええ? こ、この形は……大きいから、ほ、北海道……で、これは……ええ? さ、埼玉は分かるけど……他は……」

 

 

都道府県全部覚えるのは難しいから答えられなくても仕方ないよ。もし、難しかったら一緒に勉強しよう思いながら悩む三女の背中をテスト終了まで眺めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 学校終わりの帰りのバス。揺られながらうちと千冬で二人用の席に座り、後ろに千夏と千秋が座る。

 

「今日、テストどうだった?」

「ばっちりっス。今回こそ、春姉に勝つっス!」

 

 千冬が凄い息込んでいる。相当気合が入っているようだ。千冬はしっかり者だから相当高得点なんだろうなぁ。

 

「わ、私は……まぁまぁよ」

「わ、我も……それなりには」

「あとで、一緒に勉強しようね」

「え? そ、それはちょっと……大体都道府県の形なんてどれも同じに見えるのよ。あと、覚えて何の意味があるってのよ」

「そ、そうだぞ」

「秋姉も夏姉も勉強してないのまるわかりっス。もっとしっかりしてほしい所っスけど……」

 

 

 

 四姉妹で笑いあえる日常がうちにとって最高の癒し。フフフと上がって行く頬を我慢が出来なかった。

 

 

 

◆◆

 

 

「お前、最近給湯室でなんて言われてるか知ってるか?」

「……また、それか……知らないが……」

 

 

 仕事場で隣の佐々木が俺に話しかけてくる。給湯室で俺が何と言われているのか知らないが大体想像がつく。俺は純粋な善意で引き取ったが周りから見たら変に勘ぐってしまうのは当然だ。引き取るときにその覚悟はしているけど……

 

 

「気になるか?」

「一応……」

「豊臣秀吉」

「確かに秀吉と寧々の差は10から12くらいあったと聞くが……俺とは関係ない」

「武田信玄」

「確かに十代の上杉の方と婚姻したが年齢の差はそんなにないだろう」

「ムハンマド」

「確かにアイーシャ九才を妻にしたが俺とは関係ない」

「昔の人」

「……え? それはどういうことだ?……ああ……昔の人は14、15で結婚したらしいがそれはデマだ」

「……詳しいな」

「これくらい普通だ」

 

 

 給湯室に居る奴ら俺で遊んでるな。まぁ、あまり親しくない人に何言われても気にしないけど。

 

 

「口じゃなくて手を動かしなさい」

「うげ、出た……」

 

 

後ろから年を取った女性の声がする。佐々木がヤバいと口を急いで閉じてデスクに向かう。

 

「魁人君はしっかりやってるみたいで良いけど、小次郎君はさぼってんじゃない?」

「す、すいません」

 

 

ほうれい線が目立つベテラン女性職員の宮本武蔵さんだ。真面目で結婚もしており三人娘もいるらしい、簡単に言うと勝ち組だ。

 

「そう言えば……魁人君、最近引き取った子達はどんな感じ?」

「……アンタも話して……やめとこ」

 

 佐々木は何かを言いかけるが口を閉じた。まぁ、そこから先は言えるわけない。そう言えば、この宮本さんも俺が親族に頭を下げた時に見てたんだよな。この人もロリコンだと思ってるのだろうか? 結構、俺と姉妹たちを気にかけてくれる感じはしているけど……

 

 

「まぁ、ぼちぼちですかね」

「何かあったら聞きなさい。我が家も三姉妹だから何か力になれるかもしれないし」

「あー、じゃあ一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「千秋って子が居るんですけど。その子は苦手な食べ物と好きな食べ物の差がはっきり分かれてて、嫌いな方は全く食べれないんですよ」

「ふむ」

「それで、俺は大人になったら好き嫌いが激しいのはあの子に不利になる感じがして食べれるようになって欲しいのですが……だからと言って嫌いな物を無理に食べさせるわけにもいかなくて。ほら、教師が給食も無理に食べさせると体罰とか言うじゃないですか? 千秋はアレルギーとかがあるわけじゃないんですけど……嫌いな物を細かく刻んで入れてもいいんですけど嘘をついてる感じもするし、それがあの子に悪影響になるかもしれないし、どうしたらいいと思いますか?」

 

「「……」」

 

 

宮本さんと佐々木が黙った。何だ、何か変なことを言ったか?

 

「お前、メッチャ考えて親してんな」

「私は分かってた。魁人君が責任感のある父親に慣れるって」

 

何か褒められた。

 

 

「えっと、魁人君の言いたいことも分かる。私の娘も好き嫌いが激しかったから。まぁ、でもその内食べられるようになることもあるし。あとは苦手な食べ物を上手い事調理するとか。例えばピーマンが苦手なら、ピーマンとか塩茹ですれば良いらしいって言うし。時間が経って大人になるのを待つのも一つの手よ」

「……なるほど……待つのもありか。あとは、塩ゆでか」

「うん……あと、そんなに思いつめると体壊すわよ?」

「体は丈夫なので大丈夫です。ありがとうございました、今後も何かあればよろしくお願いします」

「ああ、うん」

 

 

 

 

そう言って再びデスクに向かう。そうすると今度は宮本さんから俺に問いをする。

 

 

「魁人君、私も聞いて良いかしら?」

「どうぞ」

「私の娘がね、同性愛婚をしたいんだって」

「そうなんですか」

「私自身は相違のもありだと思ってるけど。でも、そういうのって何処か、世間は抵抗があるって言うか。子供もできないし……変な目で見られないかなって」

 

 

 ――そう言えば『響け恋心』の世界は婚姻の幅が広いんだったな。

 

 俺もゲームをしてはいたがそこら辺の意味を詳しくは良く知らない。だが同性婚が認められているのはゲームでも明言していた。だから、主人公とヒロインが結ばれても安心と言うのがあったがこの世界の世間では僅かに抵抗があるのも事実。未だに男女が婚姻が普通と言うのはよく聞く、と言うかほぼそれしか聞かない。

 

 

「魁人君ならどうする?」

「俺なら……えっと、あんまり参考にならないと思いますし、親なり立ての俺が何言ってるんだと思うかもしれませんが……背中を押しますかね?」

「……そう」

「……えっと、あくまで俺の意見ですけど」

「……そうね、背中を押す。もし何かあれば私が守ればいいものね。ありがとう。魁人君」

「いえ……こちらこそ」

 

 

彼女はそのまま自身の仕事デスクに戻って行った。やっぱり子供の事でみんな悩むんだな……。

 

 

俺もそろそろ千夏と千冬と話せるようにならないとな。

 

 

 

◆◆

 

 

 千冬は自分の事が嫌いだ、自己嫌悪していると言っても良いかもしれない。

 

 

 千冬は昔から何の取り柄もなかった。三人の姉と同じ日に生まれ、同じ最悪の環境に育ったのに自分だけ何もなかった。素敵な三人の姉を見ていると自分が空っぽのようなただの器のように見えた。

 

 

 

 痛い思いをして、放置されて寒くて怖い思いをずっとしている日々の中で常にそれを意識せざるを得なかった。姉妹全員で寄り添うのは暖かくて安心感もあって寂しさも薄れたけどその考えは消えない。

 

 

 何故自分だけ超能力が無いのか、何故自分だけ何の取り柄が無いのかそれを考えるのが本当に嫌だった。勉強は春姉には敵わない。夏姉のような可愛さもなく特徴的な超能力もない。秋姉のような元気さ話を変えるようなことも出来ない。

 

 自身の才能や長所は全部取られてしまったのではないかと考えるが凄い嫌だった。なぜ、自分だけ、何もないのか。

 

 悩んでいるのも辛い思いをしたのも千冬だけではないのは分かっている。でも、それでもねじ曲がった考え方をしてしまう。自分には超能力が無いのに何でこんなつらい生活をしなければならない。

 

 そう、考える。千冬は特別になりたい。誰にもない長所が欲しい。でも、それはきっと三人と反対の願望だから絶対に言う事は出来ない。超能力が欲しい自分とそんなものは手放したい三人。

 

 特に春姉はその願望が一番強いのは何となく分かった。だから、そんなことは言う事なんて出来るはずがない。

 

 

 だから、せめて何かで一番になりたかった。姉妹の中で一番でありたいと思っていた。

 

 運動は無理だった。勉強は……ずっと春姉に負けっぱなし。でも、千冬が一番になるにはこれくらいしかない。笑顔を浮かべて何てことの無い顔をしながらその裏で強い焦りや悲壮感と戦っていた。

 

 勝手にライバル意識をしているだけだがそれでもこのテストは、今回のテストは本気で挑んだ。いつもそうだけど、本気も本気。清潔な家で綺麗な机もある環境で臨んだ。

 

 春姉のように秋姉の面倒も見ていない。テレビも見ずに頑張った。遊びも娯楽もも本当に最低限にした。

 

だから、今回は今回こそは勝てるはず。

 

そう思って、いた……




面白ければ、感想、高評価モチベになりますので宜しくお願い致します


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13話 千冬(普通)

感想、誤字報告ありがとうございます。お気に入り登録がまさかの10000突破!? 前作もかなり多いと思っていたのですがそれを超えてしまって少々困惑が……

何はともあれ10000超えて見たいと思っていたのでありがとうございます!

三つのサイトで投稿しているのですがこのサイトが断トツで感想数やブクマも多くて本当に励みになります。ありがとうございます!!


「ほら、テスト返すぞ」

 

 

 先生が千冬たちにこの間のテストを返す。都道府県、県庁所在地、名産などの複合問題。

 あんなに勉強をしたのだ、絶対に百点だろう。そうに違いない。

 

「え? お前何点?」

「お前の先見せろよ」

 

 先生に答案用紙を渡されると生徒同士で得点の部分を隠しながらよそよそしくする。

 

「はぁ……46点、まぁまぁね」

 

 

夏姉がため息をつきながら席に戻る。千冬も先生に名前を呼ばれたので教卓の前まで歩きそこで、テストを返してもらう。

 

女の優しそうな先生が千冬にテストを渡す。

 

「惜しかったね、千冬さん。うっかりミスが一か所あったかな」

「え?」

 

 

答案用紙の左上に書かれていた点数は『98点』。何処を間違えてしまったのか急いで数多の問題を目で追って行く。あっ、島根県の県庁所在地松江なのに松山って書いてる……

 

思わず、テストを握り締めた。文字の羅列が歪み、問題文と回答も点数も歪んだ。

 

「ち、千冬?」

「……」

「聞こえてる?」

「あっ、な、何スか?」

「えっと、何か怖い顔してたから」

「す、すいませんっス。特にこれと言った意識はないんスけど……」

「テストぐちゃぐちゃになってるけど……」

「ああ、た、確かに……」

 

 

急いで答案用紙を机に広げて、しわを伸ばす。そうすることで点数を再び見ることが出来て、夏姉もそれを見ておおっと声を上げる。

 

 

「凄いじゃない、私の倍以上! 98点なんて」

「まぁ、そうかもしれないっスね」

「十分凄いわよ! 誰でも出来る事じゃないわ!」

「……そうだと良いっスね」

 

 

 

 笑顔で夏姉が褒めてくれる。本心から言ってくれているのは分かる。でも、その言葉が上から目線の同情にしか聞こえない。憐れんでいるようにしか聞こえない。そのように感じてしまう自分にも嫌気がさす。ずっと一緒にいる姉妹なのに、何でも頼りにしてきたのに……それがぐるぐると負の感情を掻き立てる。心の中は鈍色の雲で覆われているようだった。

 

 

 その日の授業は余り頭に入らなかった。千冬の頭にあったのは姉たちだった。夏姉と秋姉には何とか勉強だけでも勝つことができる。でも、春姉は常に一番先に居て何一つ敵わない。何でも自分で抱え込む。千冬は春姉に何かをしてあげたかった。でも、何も必要が無いのではと感じる。

 

 

 

 自分が無能で仕方ない。と感じる。特別になりたい……特別になって姉たちに並び立ちたい。置いて行かれたくない。一人ぼっちは嫌なのだ。特別になりさえすれば……

 

 

 春姉はテストで何点だったのだろう。もし、負けていたら。自分は姉妹の中で本当の意味で無価値で何の特徴もない、ただの四女、いや姉妹ですらないと感じてしまう。

 

 もし、勉強すらも勝てなかったら……あんなに勉強したのに、全てを捧げたのに一番になれず、超能力もなく、ただただ空っぽの自分になってしまう。特別なつながりもない居る意味さえもない。ただの、人形のような存在になってしまうのが怖い。

 

 

 怖くて、聞きたくない。でも聞かないといけない。バスに揺られながら何気無い雰囲気で春姉に聞いた。

 

「春姉」

「どうしたの?」

「あの、テスト何点だったんスか?」

「……100点、だったよ」

 

 

 姉が気を遣うような声でそういった。

 

 彼女は姉として常に模範的な姿を見せないといけない、使命感のような物がある。だから、テストでは手を抜かない。体育でも常に自分たちを助けたりするとき以外は全力だ。

 でも、今回は自分がかなり有利だった。時間も多大にあった。環境も良かった。でも負けた。

 

 嗚呼……自分は姉妹の中で本当に居てもいなくても変わらないような存在なんだと思ってしまう。特別になって三人の姉に追いつこうとしたけどそんなのは無理で、だったらと勉強に力を注いでも長女に負け、三女のような元気活発で魔法のように場を変える力もなく、次女のような可愛くて特徴的な能力もない。

 

 

 何で、自分だけ……何も無いんだろう……

 

 

 ずっと寂しかったんだよ。自分だけ仲間外れみたいで、笑ってたけど苦しかったんだよ。

 

 超能力がいらない?

 

 じゃあ、くれよ。それをくれよ。千冬にくれよ。いらないとか普通が良いとか言わないでよ。そういう雰囲気を出さないでよ。

 

 

 顔が似てるから差がもろに出るんだよ。

 

 

 髪だって茶髪ってなんか地味だよ。銀髪に金髪に桃色って何さ、明らかに千冬より派手できれいじゃん。顔だってなんか、三人の方が可愛いじゃん。性格だって、何だって……

 

 ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、イライラが止まらない……自分に。何も無く、何の成長も出来ないただの凡人の自分に。只管に嫌悪をする。姉妹に嫉妬をしてしまう自分に浅ましさを感じてしょうがない。

 

「千冬、大丈夫……?」

「何か浮かない顔をしてるようだが」

「顔色も悪そうね」

 

 

三人が心配してくる。

 

「……大丈夫っス」

 

 

 複雑だ。心配してくれているのにまた同情と思ってしまう。でも、気にかけてくれるのは嬉しいとも感じる。

 

 これ以上心配はかけられない。もう、いい。特別も一番も何もかも諦めて普通に徹しよう。今のままでは普通以下になってしまうかもれない。薄っすらと笑って普通にして……

 

 

「あのね……千冬……お姉ちゃんは」

「あ、もう降りる所っスよ!」

「ああ、うん」

 

 

 

 春姉が何か言いかけるが降りる場所だったので席を立つ、ランドセルが異様に重く、体も一気に怠くなった。倦怠感が体を支配して頭の中がテレビの砂嵐のように荒れてしまう。

 

 

「千冬……大丈夫か?」

「秋姉心配してくれてどうもっスけど、それよりテストの復習をした方が良いっスよ」

「ううぅ。確かに……」

 

 バス停から歩いてあの人の家につく。春姉がカギを開けて中に入る。流石は長女、春姉。千冬が何を思っているのか、取り繕っているのが分かっているんだろう。

 

 

 でも、何も言えない。自分と春姉は一番の対極、正反対だから。千冬と千春の持つ感情は相容れない感情だから。

 

 

 

「あ、ち、千冬……お姉ちゃんね……その……」

「何ともないっス! ほら、こんなに元気!」

「でも……」

「気にしないで欲しいッス。本当に元気っスから!」

「そ、そう……」

 

 

ごめんなさい。こんな面倒くさくて。本当は春姉が一番つらい思いをしてきたのに妬んで嫉んでごめんなさい。

 

今も心配をかけてしまってごめんなさい。あの時、何もできなくてごめんなさい。

 

千冬は笑ってそのまま二階の自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 




モチベになるので感想、高評価よろしくお願いします


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14話 千冬(特別)

シリアスって難しい……

感想、誤字報告ありがとうございます


 俺はデスクに向かって業務にいそしむ。毎年十月にある所沢祭などの企画確認や運営などで最近忙しいが自身の仕事は最低限終わらせて定時で帰宅する。

 

 

 本日も定時で仕事終える。

 

「じゃ、お先」

「おーう」

 

 

 佐々木に挨拶をして役所を出て車に乗って自宅に戻る。夕暮れ時、車の数は意外と多い。自分以外の社会人も定時で帰る人が居るんだろうなと思いながらアクセルを踏んで家に進んでいく。

 

 

鬼のように左右確認をしながら家に向って行く。安全に気遣いながらも頭の中には姉妹の事があった。夕ご飯何が食べたいのか。学校で悩みがないか。

 

 色々彼女達も悩みがあるのは知っている。ゲームでもそうだった。だけど、それってゲームの終盤に主人公だから解決できた、変えられたみたいな、感じがあるからな。俺が不本意に踏み込んでも不快になるんだろうし。

 

 

 理想の父になりたいと感じはしたが、俺には最低限の事しかできないんだろう。だが、俺にし出来ない事もきっとあるのだと思い一緒に生活をしていくしかない。

 

 

 と、内心恥ずかしい事を考えているうちに自宅に到着した。

 

 

 家の鍵を開けて入るといつもなら勢いよく出迎えてくれる千秋が顔を暗くして、目尻に涙を浮かべていた。

 

 

「ど、どうしたんだ!? 何処か痛いと事でもあるのか!?」

「か、カイトぉッ……」

「お、落ち着いて! えっと、先ずはァ、お、落ち着いて話をしてくれ」

「う、うんッ、千冬が、千冬がね、何か元気なくて、2階の部屋に一人で閉じこもって、千春も何か元気なくて、千夏も訳分らなくて泣いちゃって、わ、我も、もう、悲しくて、悲しくてッ」

 

 

 千冬が部屋に引きこもってると言う事か!? 何か学校であったのだろうか? でも、もしそうなら何で千春が何もしないんだ!? 大抵の事は千春がしてくれるはず。お世話で過保護、そして姉妹の事が何よりも最優先の千春が……ゲームでも全てにおいて優先をするのが千春と言う少女なのに。

 

 

「千春は今何してるんだ?」

「えっと、リビングでソファの上で顔を隠して体育座りしてる……」

「何か、言ってなかったか?」

「分かんない……」

 

 

 千春は必ず何かをする、起こす。それが姉妹の為であればやりすぎと言う位の事をする。でも、それをしないと言う事はしないのでは無くできない。

 

 

 ……それって、かなりとんでもない問題じゃないか!?

 

 どんなことがあったのか、もっと詳しく聞かないといけない。

 

「千秋、今日何があったのか教えてくれ」

「朝は皆でバス乗って、クラスで別れて……うぅ」

「大丈夫か? ゆっくりでいいからな?」

「う、うん……」

 

ポケットティッシュで鼻や涙を拭きながら彼女に続きを促す。朝は俺も千冬の姿は見たが特に変わったところはない感じがした。千春もいつも通り姉妹を見てほのぼのしていた。朝の時点では何もなかったはずだ。

 

「それで、学校で勉強して、給食お代わりして、午後の授業はちょっと寝て先生に怒られて、それでっ、バスで4人で話してたら千冬の様子が可笑しくなって……」

「バスで何を話してたんだ?」

「えっと、テストの話……」

「テスト……千冬の点数って何点だったんだ?」

「98……」

「千春は?」

「100……だから我は二人とも凄いなって、思って。千春は何時も100点で、千冬は勉強熱心で部屋でよく勉強してるからそれが、結果に出たなって思って……」

 

 

千冬は殆ど部屋から出ない。千秋から偶に様子を聞いて部屋ではよく勉強をしていると言っていたな。もしかして、そのテストにかなりの労力をかけて何が何でも勝ちたくて、それで負けてしまったから落ち込んでいる、いや自己嫌悪。姉妹に対して負の感情を向けてしまう自分が嫌で仕方ない、無能が嫌で仕方ないと感じているのかもしれない。

 

千春も勉強はしているが千秋の面倒やほかの姉妹の事も気にかけている。対して自分は全てを注いだのに、負けた……。それで、自分を見失ってしまった

 

 

これ、ゲームのイベントであったな……高校生になった姉妹たちは主人公と出会いそこからイベントが始まって行く。

 

 イベントにも数種類あるが、千冬が千春、千夏、千秋に対して嫉妬や様々な感情を抱いていたがそれが爆発。差別感や自分は超能力無いのにどうして酷い目に遭って来たのか、特別になりたい。感情の奔流を主人公に語る。

 

 

これは好感度がある程度ないと発生しない。恐らくだが好感度が無いとそもそもこのイベント事態が何の解決もしないから。

 

『千冬は特別になりたいッス……』

 

泣きながらそう告白する千冬に主人公は自分にとって貴方は特別な存在だと語る。努力が出来る貴方は素敵だと、一番になれなくても頑張り続ける貴方が眩しく見えたと話す。

 

 

『……そうっスか? ○〇さんにとって千冬は特別なんスか?』

 

 

『えへへ、○○さんに話聞いてもらって良かったッス。○○さんって面白い人なんスね……”ありがとう”』

 

 

そんな感じで彼女との親密度が益々上がる。好感度のある主人公が特別であると言うから意味がありそうでなければただの戯言。好きな人からの言葉だから動かされる。姉妹以外の好きな人だから響く。

 

姉妹だとどうしても余計な気遣いがあるではないかと考えるからだ。

 

 

俺に何ができるんだ……? 主人公でもなく、好感度があるわけでも無く、年齢だって離れている。近しい特徴がない……これは……俺にはどうしようもないかもしれない。

 

 

「……千秋、取りあえず部屋に入ろう」

「う、うん……」

 

 

もう一度、彼女の涙などを拭いて、立ち上がりリビングに向かう。部屋に入るとソファの上で千春が座っていた。彼女の膝の上で千夏が寝ており目頭が腫れている。泣いていたのだろう。

 

「……お帰りなさい。お兄さん」

「……ただいま」

「ごめんなさい、お兄さん仕事頑張って疲れてるのに。家にいるだけのうち達がこんなのんびりしてたら不快ですよね……でも、今は千夏を寝かせてあげてください」

「あ、ああ、全然いいぞ……」

「ありがとうございます……」

 

千春も心ここにあらずと言った感じでただ只管に千夏の頭を撫でていた。テレビもつけず、この無音の空間で俺が帰って来るまで過ごしていたのだろうか。

 

「千春……どうして、千冬はあんなに落ち込んでるんだッ、()、何を言っていいのか分からない、部屋の前で話しかけても何も言ってくれないし、ねーねーッ、どうしたらいいのッ!?」

 

 

再び涙があふれる千秋を千春は抱き寄せて頭を撫でる。

 

「大丈夫、お姉ちゃんが何とかしてみるから。何とかするから。千秋は何も心配しないでいいよ」

「……本当に?」

「うん。本当。だから、安心して。疲れたでしょ? ほら、ここおいで」

「うん……」

 

 

そのまま千秋を自分の横に座らせる。そして、千夏の頭を少しずらして千秋の頭も太ももの上に乗せる。そして、千秋の頭も撫でた。張り付けた笑みのように微笑みながら安心させるように頭を優しく只管に撫でる。

 

そうすると再び千秋は泣き始めるが、その内姉の安心感に包まれて寝息を立て始める。

 

 

「……お兄さん……夕ご飯お願いしてもいいですか?」

「……分かった」

 

 

 俺も何を言っていいのか、どう行動すればいいのか分からない。ただ、言われるがままに台所に向かって冷蔵庫から材料を取り出し手を動かす。

 

 

 ふと千春が気になった。彼女はただ二人の頭を撫でている。泣きもせず、表情も変えずただ撫でた。

 

 

 ゲームだったら多少そう言う描写があっても直ぐにスキップとかできた。千冬が姉妹たちと仲が悪くなり、何を言っても響かないのは見ていて気持ちのいい物じゃない。俺も千冬が感情を出して姉妹たちと格差が出来たところは少し飛ばした。あまり見たくはなかったからだ。飛ばしてハッピーエンドの所だけを抜き取った。

 

 

 でも、今はそんなことはできない。

 

 

 

「夕食出来たけど……食べるか?」

「うんうん……うちは大丈夫……でも、この子達が起きたら食べさせてあげてください」

「分かった……」

「ソファ、占領しちゃってごめんなさい……」

「気にすんな……」

 

 

俺は、何もできない俺は千春のすぐ近くに腰を下ろした。地面に座ると自然とソファに座る千春より目線が低くなる。下を向いている彼女の顔がよく見えた。

 

泣いていない。無表情。でも、確かに悲しんでいるようだった。互いに何も言わず時間が過ぎていく。何秒経ったか分からないが少し時間が空くと千春が口を開いた。

 

 

「お兄さんが帰って来た時、千秋は何処に居ましたか……?」

「玄関で座っていたけど……」

「そうですか……」

「それが、どうかしたのか?」

「きっと、千秋はお兄さんに期待をしてたんだと思います……この子は少しほかの子より素直で幼い所もあるけどきっと、うちが思っている以上に大人だから。だから、分かっていたんです……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「本当はうちが何でもしてあげたい。全部を与えてあげたい。悩みなんて全て無くしてあげたい。でも、それは無理だと……そんなことは分かっていたつもりでした。今までは心の余裕がなかったんです。只管に互いに身を寄せ合って生きるしかなかった。だから、窮屈な視界で色んな事に目を向けられなかった。でも、お兄さんが現れて心に余裕が出来て周りが見えるようになった時に……千冬は自分と姉妹を見つ直してしまった……」

「……」

「……何を言っているのか、分からないと思います。だからと言って、どんな悩みとかも具体的には言えません……それでも、お願いします……それがどんな結果になっても構いません。千冬に声をかけてあげてください。気にかけてあげてください……あの子に必要なのは、姉妹以外の何かだから……」

 

 

 

 千春が頭を下げた。髪に隠れてしまって顔は見えない。でも、尋常じゃない程の悔しさや怒り、悲しみが感じ取れた。

 

 

「……分かった。出来るだけの事はやってみるよ」

「……お願いします」

 

 

 

  俺はリビングを振り返らずに出た。そのまま階段を登って行く。何を言えば良いのだろうか。何を言っても俺では意味がないのではないかと不安が募る。でも、千春に頼まれて、了承したのだからその責務果たさないといけない。

 

 

 部屋の前に立ってノックをする。

 

「魁人だ……、話をしたいんだが……大丈夫か?」

「……」

 

 

返事がない。寝ているのか、それとも聞こえていて反応をしないのか分からないがドアノブを捻って押し込むが何かに突っかかってドアが開かない。何か重い物でも置いているのか?

 

「……千冬。起きてるならどかしてくれないか?」

「……」

 

やっぱり起きていないのだろうか。いや、でも起きているような感じがする。勘だけど……。

 

「その、起きてるなら少し、話しないか? ほら、この家に来てからあんまり話す機会も無かっただろう? 気分転換にもなるかもしれないし……」

「……」

 

 

やっぱり起きてるな。それにすぐそこに居る。この部屋には余計な物は置いていないし彼女自身が錘のような役割をしているのだろう。

 

「千冬……本当に少しで良いから俺と話してみないか?」

「……」

 

 

再度語り掛けると部屋のドアが開いた、中は暗くてよく見えない。でも、廊下の光が僅かに部屋に差し込み千冬がドアの側に体育座りで座っているのが見えた。

 

 

部屋の電気はつけない方が良いのかもな。泣き顔とか見られたくないと思っているかもしれないし。

 

 

「ありがとう。千冬……」

「……」

 

 

俺は入り口付近で体育座りをした。そして、彼女に話しかける。

 

「最近、どんな感じだ?」

「……普通ッス……いつも通り」

 

 

いつも通り……か。この一言で彼女がどれほど日々悩んできたか、同時に声のトーンでやはり俺は未だに微塵も彼女と打ち解けていないことが分かった。

 

 

「……そうか」

「……春姉に何か言われたんスか?」

 

彼女は体育座りのままそう言った。嘘はつけない。ついたとしても何の意味もない。ただ、しこりが残るだけのような気がする。

 

「そうだな。千冬が悩んでいるから気にかけてくれって言われたんだ」

「……そうっスか」

「……だから。聞かせてくれないか? 悩みを」

「……」

「訳の分からない大人がいきなり何言ってるんだと思うかもしれないけど、ごめん、俺はあんまり遠回しの言い方とかできないんだ」

「千冬達の事なんてどうでも良いじゃないっスか。家族でも無いし、親族でもないただの他人なんだから放っておいても良いじゃないっスか……」

「引き取ったからには責務がある。それに俺も千冬の事は放っておけないんだ。話せる範囲で良いから聞かせてくれないか……?」

「……つまらない話ッスよ」

「そうだとしても聞かせてくれ」

「……」

 

 

 

そう言うってしばらく時間が空く。すると彼女はこちらに顔を向けないまま暗闇に顔をうずめてまま話し始めた。

 

 

「千冬たちは……ずっと遠ざけられてきたんスよ……普通とは違う特別だからって……特別なのは姉だけで。千冬だけは特別じゃなくてそれが嫌で、だからせめて勉強くらいで一番になって姉たちに追いつきたかったッス」

「……」

「でも、それも無理だって分かって、千冬には何にもなくて、千冬にあるのは姉にあって、姉にあるのは千冬にはないから……それが辛くて、特別じゃないのに辛い目に遭って来た事に不満が募って、そう思ってしまう自分も嫌になってッ……」

 

 

 彼女の震えた声を聞いてしまうとやはり不本意に介入しなければよかったと後悔をした。何も出来る事がない。言えることが無いと感じる。

 

 ずっと超能力が理由でひどい目に遭って来たのに自分にはそんな目にある理由はない事に納得がいかない。姉妹は特別なのに自分はそうでない事が寂しい。超能力があると言う事実に自分達以外には分かり合えない人生。そこで自分だけ特別でない事に自分が家族ではないと思ってしまう。

 

 一人ぼっちに思えてしまう。

 

 

 何にも言えないよ。こんなの……主人公のように寄り添う事も言えない。意味をなさない。

 

 

 でも、千春に頼まれた。やるだけやってみると約束をした。意味をなさなくても何か言うだけ行ってみよう。

 

 

「……ごめん、俺には千冬を救ってあげられるような事は多分言えない……でも、多分、千冬は特別だと思うよ……」

「どこがっスか?」

「……世界に特別じゃない人はいないよ。何兆分の1って言うし……千冬が何を基準に特別だと思っているかは分からないけど、そこに居るだけで特別……じゃないか?」

「……」

「あー、ごめん、綺麗事言った……こんなの意味ないよな……」

「あ、いや、別に……」

 

 逆に千冬に気を遣わせてしまった。綺麗事じゃ人間動かないよな。でも、それくらいしか言えない……

 

「……とにかく俺には千春も千夏も千秋も千冬も特別に見えたって事だ。何を抱えてたとしても、持っていたとしてもそれは一つの人を構成する要素でしかない」

「……」

「千冬は茶髪がとても綺麗だし、眼も綺麗で二重で語尾も良い感じだ。あ、口説いてるわけじゃないぞ。その点、俺なんて黒髪に黒目で平安時代だったらモテただろうなって顔だ」

「……平安時代?」

「あー、まぁ、昔は美の基準が違うって聞いたから、すまん、ちょっと笑わせようと思って……現代ならフツメンって事だ」

 

 

ギャグが外れた。気分を変える一言が湧き水のように頭に浮かんでくればいいんだろうけどな……

 

 

「つまり、俺には全員が特別に見えたから少し元気を出してほしいって事だ。姉妹でも嫉妬とかはあるなんて大前提、それを気にする必要もない。寧ろ無い方がオカシイ」

「そうっスかね……」

 

 

あんまり響いてない感じがするな。さっきよりは反応をしてくれているけど。

 

 

「何度も言うけど……俺は千冬を特別だと思ってるよ。それを一番言いたかった。騙されたと思って信じてみてくれないか?」

「……騙されたと思ってッスか?」

「ああ。それでも、自分自身の事を信じられないなら俺が信じるから。それを覚えておいてくれ。絶対に自分が特別だって思える日が来るから、未来に期待をしててくれ」

 

 

そう言うと彼女は初めて隠していた顔を出した。僅かな光で見える彼女の目元は腫れていた。未だに目尻には涙が溜まっている。

 

 

「……どうもっス……」

 

 

彼女はそう言って頭を下げた。少しだけでも元気出れば良いんだろうけど。俺の安い、中身のないような話じゃ意味なかったのかもしれない。俺の言葉じゃやっぱり動かないよな。

 

夕食でも食べてもらって、僅かな幸福感に浸ってもらうくらいしかできない。

 

「すまん……大した事言えなくて」

「いえ、そんなことないッスよ……ちょっと、元気出た気がするっス」

「本当か?」

「はい……本当っス」

「無理してないか? 何か他に言いたい事とかないか?」

「大丈夫っス、ありがとうございまス……」

「そ、そうか……なら良いんだけどさ……夕食持ってこようか?」

「……はい、お願いしまス」

「分かった。いつもより大もりで持ってくるぞ! たくさん食べてくれ」

 

そう言って部屋を出る。彼女は元気が出たと言ったが本当なのか、どうなのか。分からない。でも、本当に元気が僅かにでも湧いたのなら。嬉しい、俺には大した事が出来ない。

 

でも、これからも微力ながらも頑張ろうと思った。取りあえず夕食を持っていこう。

 

 

◆◆

 

 

 千冬は結局自分の弱さに負けてしまった。姉妹である姉たちとの関りが嫌になって部屋に閉じこもってしまった。春姉も夏姉も秋姉も千冬を気にしてくれる。でも、誰の言葉も響かなかった。

 

 どうしても、同情されているのではないかと変なフィルターを張ってしまう。もう、何が何だか分からなくなって只管に泣いてしまった。

 

 

 そこに、あの人が来た。春姉が何か言ったから来たのだとすぐにわかる。でも、話を聞いて欲しいと思った。どうしてそう思ったのかは分からない。ただ、一人では居たくなかっただけかもしれない。

 

 何を言われるのか、大人の難しい言葉で説得や励ましをしてくれるかと思ったが意外にもあの人の言葉は捻りもないような言葉だった。

 

 初めてかもしれない。姉妹以外からあそこまで熱い言葉を掛けられたのは。春姉にも夏姉も秋姉も気にかけてくれる。言葉を交わしてくれる。それは嬉しい。

 

 

 でも、あの人の言葉から感じる嬉しさは今までに感じた事の無いものだった。目の前にいる人は普通の人だから。自分と同じ普通で普通の言葉で特別だと言ってくれたから心にすっと入ったのかもしれない。

 

 嬉しかった。髪を褒めてくれて、何度も特別だと言ってくれたのが。

 

 自分でも信じられない千冬を信じると真っすぐ言ってくれたのが。

 

 凄く嬉しかった。初めて外からの愛情はこんな味なんだと知った。困惑してどんな反応をしていいのか分からなかったけど、少しだけ笑ってしまった。暗くてあの人は気が付かなかったんだろうけど。

 

 凄く、凄く、凄く、嬉しかった。

 

 

  姉妹でも何でもないのにあんなにも千冬に特別だと言ってくれるなんて、変わっている。姉たちの差にきっとこれからも悩んでしまうんだろうけど、もう一度、頑張ってみようと思えた。そう思わせてくれた。

 

 

 

 あの人は面白いだな……

 

 少しだけ、あの人の事を知りたいと思った。

 

 

 でも、その前に……心配をかけてしまった事を謝らないと。春姉はずっと気が気でなかったはず、夏姉と秋姉のことは泣かしてしまった。

 

 

 ごめんなさいと言わないといけない……千冬は体育座りを止めて腰を上げるとそのままリビングに向かった。

 

 

 

 




面白ければ感想、高評価がモチベになるのでよろしくお願いいたします。



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15話 千冬

感想、誤字報告ありがとうございます。


私自身の法理解や単純な描写不足や実力不足などに対して、改善点などをご指摘いただけるのは幸いなのですが、そう言った事に関しましては活動報告にお願いします。

最近、そういう風にしないといけないと聞き及んだので……よろしくお願いいたします。


 俺が千冬と話をして彼女に夕食でも持って行こうと一度リビングに戻る。リビングでは千春が千夏と千秋の顔を眺めていた。俺に気づくと彼女はこちらに目を向ける

 

 

「どうでしたか?」

「少し、元気は出たって言ってくれた……俺が気を遣われたのか、そこら辺は分からないんだが……」

「そうですか……多分、それは嘘ではないと思います。ありがとうございます。お兄さん」

「どこまで、俺が役に立ったか分からないが……一応どういたしまして。それで千冬が夕食食べるって言ってるけど一緒に食べるか?」

「もう少し、時間をおいてあげたいので今はいいです。千夏と千秋ももう少し寝かせて……」

 

「「パチッ」」

 

千春がそう言うとタイミングよく二人の目が開いた。二人は千春の太ももから頭を上げて周りを見る。千夏は俺を見て千春の背に隠れる。千秋は俺を見たが直ぐに周りを見渡す。千夏も背に隠れながらも周りを見渡して二人して千冬を探す素振りを見せた。

 

「千冬なら大丈夫。お兄さんが話を聞いてくれたら元気出たんだって……」

「そうかッ! ありがとうカイト!」

「……ありがとうございます」

「ああ、まぁ、そんなお礼言われるほどの事じゃ……どういたしまして」

 

 

千秋と千夏がお礼を言ってくれる。素直にお礼は貰っておこう。

 

「じゃあ、飯だな! カイト、夕食はなんだ!」

「肉じゃがだな」

「そうか! きっと千冬も喜ぶぞ! カイトのご飯は食べると元気が出るからな!」

 

 

そう言われると普通に嬉しい。しかし、どうするんだろうか。4人で食べるか、時間を置くか。

 

千春に目を配ると彼女は僅かに考える。複雑そうな顔をして考えているとリビングのドアが開いた。誰が来たのかなんてすぐにわかる。そこには千夏や千秋のように目元を腫らせた千冬が居た。

 

千秋は元気が出たと信じてやまないから、直ぐに駆け寄る。

 

「おお! 千冬! 元気出たのか!」

「ごめんなさいッス秋姉。心配かけて……」

「気にしてないぞ! お姉ちゃんだからな!」

「夏姉もごめんなさいッス……」

「私も心配かける時あるし、気にしなくていいわ」

「……春姉もごめんなさいッス」

「うちもごめんね……何も言うことが出来なかった。長女なのに……」

「そんなこと」

 

「もう、互いに謝ったんだからもういいな! ご飯食べよう!」

「そうだね……一度謝ったんだからしつこくしなくてもいいね」

「そうっスね……」

 

 

千秋が険悪になりそうな会話に入り込み会話を止める。そして、そのまま良い笑顔で俺の方を向いた

 

「カイト! ご飯お願い! あー、お腹空いた~! そうだろ!?」

「そうっスね」

「うちも」

「私も」

「良し、じゃあ、準備するから待っててくれ」

 

 

 俺はいつも通りトレイに料理を乗せる。トレイは千春だが乗り切らない物は姉妹で分担して持っている。

 

 そして、そのまま4人は再びお礼を言って部屋を出て行った。4人が2階に上がって行く音が聞こえる。このまま部屋で4人でご飯を食べるのかと思ったが今度は階段を下る音が聞こえてきた。

 

 誰が再び戻ってきたのだろうか。気になってドアに注目すると来たのは千冬だった。

 

「魁人さん……」

「千冬。どうした? 箸が足りなかったか?」

「そうじゃないっス。その、さっきはありがとうございました。千冬、あんなに熱い言葉を言われたのが姉妹以外では初めてで、そのとっても嬉しかったッス……えっと、その、抑えられない感謝と言うのを伝えたくて、でも、姉たちの前だと恥ずかしいから、だから……お礼を言いたくて、来たッス」

 

若干、しどろもどろになりながらも彼女がそう言った。俺は全然良いことを言えなかったが僅かでも彼女の為になったのであればよかったと思う。

 

 

「あー、どういたしまして。何かあればまた聞くからな」

「はい、その時はお願いするッス……じゃあ、この辺で。あ、あといつも美味しいごはんありがとうございまス……」

「おう、いつも残さず食べてくれたありがとうな」

 

 

彼女はちょっとだけ笑って一礼すると再び上に上がって行った。

 

 

俺に何が出来たのか良く分からない。

 

あの時、もっと良いことを言えたはずだが何も言えずに綺麗事しか言えなかった。共感をしてあげたりするべきだったのかもしれないが彼女の人生での苦悩や葛藤は俺が分かるはずがない。

 

 

それを分かったふりなんて出来ない。千冬の事を知っていたはずなのにそれなり以下の事しか言えず、つまり、何も出来なかった。

 

 

千冬は本当に元気になったのだろうか。気を遣っているだけなのではないだろうか。

 

 

難しいな……

 

 

 

 

◆◆

 

 

 4姉妹は以前のように楽しそうに話すようになっていた。夕食を食べお風呂に入り、その時に僅かだが様子を見えた。

 

 目元が腫れていたが4人共笑顔だったので良かったなと思う。

 

 そのまま4人は2階に上がって行った。お風呂から上がったところも見たが既に千秋と千夏は欠伸をしていたからグッスリだろうな。

 

 

 一人、リビングでソファに座っていると千冬との会話を思い出す。千冬、大丈夫かな。元気になったのか。これからも悩んでしまうのかと考えると気が気がじゃない。音のないリビングで考えていると再び誰かが下の降りてくる音が聞こえる。

 

 

「お兄さん」

「千春、どうした?」

 

 

 降りてきたのは千春だった。

 

 

「もう一度お礼を言いたくてありがとうございました」

「ど、どういたしまして……でも、そんな気にしなくてもいいぞ? 何度も言うがあんまり大したことは言っていないんだ」

「そんなことは無いですよ。うちはどんな話をしたのか具体的な所まで聞いてはいませんけど千冬が元気になったのは間違いなくお兄さんのおかげです。千冬は姉妹の中の特別しか知らなかったけど、お兄さんと話して色んな特別があるって分かったからもう一度頑張ろうって思ったんだと思います……多分ですけど……」

「そうか……」

「お兄さんにとっては大した事のないと思っていたとしても、千冬には今までにない大きなものだったのではないかと……」

「そういう事なのか……難しいな……」

「そうですね……」

 

 

そういう事があるのか……難しいな。本当に難しい。逆もあると言う事だよな。俺の何気ない発言が傷つけることもある。そうはならない様にするのが大前提だけど、俺も完璧じゃない、言葉の意味の食い違いなどで傷つけることもある。

 

下手にトラウマに関わったりしても……余計な事だった場合もあった。千冬が偶々上手く行っただけ……なのかもしれない。

 

自分のトラウマとかってあんまり触れて欲しくない事もあるだろう……

 

 

……考え過ぎてしまった。千春を待たせている。

 

 

「……ああ、すまん。つい考えてしまった。お礼は受け取ったからもう寝てくれ。わざわざありがとう」

「いえ、こちらがありがとうございました。おやすみなさい」

「おやすみ

 

 

彼女の階段の上がる音が聞こえた。千春も疲れているだろう。今日はゆっくり休んでほしい。

 

俺は……洗濯や明日の準備もある。いつまでも座っていられないと俺はソファから腰を上げた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 昨日は姉達と少し溝が出来てしまいかけたが、魁人さんと話してそれを修復できたと同時に何か大きな物を得ることが出来た気がする。

 

 

 ランドセルが軽くて視界と頭の中がクリア、非常に体の調子がいい。姉達とも昨日の事が嘘のように気軽に楽しく話せる。

 

 

 自分を、千冬を特別だと言ってくれた。それだけの言葉と事実があるだけでこんなにも違うのだと驚いてしまう。

 

「ねぇ、昨日、アイツと何話してたのよ」

「え?」

 

 

教室の一角、窓側の一番後ろの席で座っていると夏姉が千冬に昨日の事を聞いてきた。魁人さんとの会話は誰にも言っていない。昨夜の夕食の時に秋姉にも聞かれてもお茶を濁すようにしたから気になっているのだろう。

 

 

「あー、まぁ、世間話的な感じっス……」

「ふーん。で?」

「で? って言われても……」

「どんな世間話だったのって聞いてるの。昨日も誤魔化すし、姉の私にも言えない事なの?」

「あ、いや、そんなこと……無いっスけど」

「じゃあ、何? 元気が出るような事言われたんでしょ? もしかして、魔法ステッキとか買ってくれるって言われたりとか?」

「それは流石に違うっス……」

 

 

 

夏姉はどうして昨日千冬が落ち込んでいたのは分からない。分かっているのは春姉だけだと思う……。

 

昨日、真っすぐに特別と言ってくれた時……行って貰えた時……

 

 

「アンタ、顔赤いけどダイジョブ?」

「へ、平気ッス……」

「なら、良いけど……あ、それで昨日の……」

 

 

夏姉が聞いてくるのを流したり、誤魔化したりしながら思った。

 

 

きっと、姉妹である以上、誰かに比べられることがあるだろう。自身で比べてしまう事もあるだろう。

 

それで一人ぼっちと思うかもしれない。寂しいと思うだろう。

 

姉たちは特別であると言う認識は変わらない。それに何度も悩むだろう。

 

一生、悩むかもしれない。

 

でも、自分を特別と言ってくれる人が居てくれるだけで少しだけ、未来が明るく見える気がした……

 

 




今更ですけど、読者の皆さんは地震大丈夫でしたか? 

色々大変な時代ですが私の小説が娯楽の一つになれれば幸いです。


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16話 トラウマ

感想、誤字報告ありがとうございます。

何点を難点は私も笑いました。どこかで使いますねー


 千冬がうち達と僅かにすれ違い再び、もう一度仲良くなってから数日後。日に日に寒さが強くなって生徒達も長袖長ズボンが増えてきている。千冬とはあれから特に互いに何を言う事もなく、気にする事もなかった。

 

 千冬がお兄さんに何を言われたのか分からないが元気になって本当に良かった。でも、千冬の笑顔を見てまた、悩んでしまう時も来るのだろうな、と確信のような何かを感じ取った。

 

 そう簡単に全てが解決がするはずがない。同じ悩みを何度もしてしまう、何度も同じ過ちをしてしまうのが普通だから。

 

 ……あんまり、マイナスな思考は止めよう。うちは頭をわずかに指で押してマッサージのようにして思考を取っ払った。すると前の方の声がよく聞こえる。

 

「もうすぐ、クリスマスだけど、何買ってもらう?」

「藤井さんの将棋トレーニング」

「へぇ」

 

 

 目のまえで女子たちが話している。小学4年生くらいになればサンタさんが居ない事には気づいている。だが、サンタからはもらえたくても親からはクリスマスプレゼントがもらえる一大イベント。女の子たちが湧かない方がオカシイと言うものだ。

 

 現在、12月2日。……毎年、食パンの耳を砂糖で味を付けて油で揚げてラスクのようにするくらいしかやることが無かったけど今年はどうなのだろう。お兄さんはケーキとかプレゼントとか買ってくれるのだろうか……いや、そもそもそんな我儘を言っていいのだろうか。

 

 

 あんまり我儘は言えないけど、千夏と千秋と千冬には楽しいクリスマスを過ごしい。七面鳥、パエリア、ケーキ、プレゼント。皆、そう言ったものを貰ったり食べたりしたいはず……

 

 特に千秋はもう、毎日のようにワクワクしている。ソワソワしてバスで登校するときにイルミネーションが見えるたびにもうすぐクリスマスだ、ケーキだと笑いながら話している。

 

 

 教室でも女の子達とケーキについての議論が止まらない。ショートだ、チョコだ、ハーフアンドハーフだ、ロールケーキもあるぞと。

 

 今もそう

 

「やっぱりクリームが良いのか!? 生が良いのか!? チョコか!?」

「あー、生クリームって美味しいけど食べ過ぎると重いよ……」

「そ、そうか……そんな秘密がケーキには……」

 

 

まだ、20日以上あるのに楽しみ過ぎるらしい。まぁ、そんな姿が可愛いんだけど。

 

このクラスの可愛さなら千秋しか勝たない。このクラスの女子は可愛い人多くて桜さんも可愛いけど……やっぱり千秋しか勝たない。異論も認めない。

 

 

 

だが、そんな千秋に、世界最高である至高である千秋に喧嘩を売る馬鹿が居る。

 

「餓鬼かよ、クリスマスケーキ楽しみにしてるとかだっせぇ、寧ろ馬鹿」

「またか、短パン小僧……」

 

鼻にばんそうこう、冬なのに半そで短パンと言う服装をしている西野正。うちは全く興味もなく、寧ろ不快感があるが女子からはかなり人気者らしい。足が速いし、顔立ちも整っている感じがするからだろうか。

 

ワカラナイ、千秋しか勝たない。

 

正が千秋に目を付け始めたのが体育のドッジボールの時間。両チームコート内には一人ずつしかいない。それが千秋と正。外野の応援も白熱しており、千秋もかなり乗っていた。

 

 

青いゴムボールを片手で掴み千秋が正に向かって叫ぶ。

 

『これで、全てが変わる。赤チームの運命、我の運命』

 

『――そして、お前の運命もッ!!』

 

『キュいんーん、シュオン、シュオン、シュオン。これで最後だぁぁ!』

 

 

何やら、エネルギーを溜めるような音を自分の口で出して、そのまま投げる。千秋は運動神経が抜群で昨日の晩御飯にハンバーグを食べているからエネルギーもばっちり。千秋のボールは正に直撃してそのままダウン。

 

そこから女に負けただの何だの言い始めてやたらと絡み始めた。

 

 

「おい、今日の体育俺と勝負しろ」

「いや、今日長縄……」

 

 

千秋は正が苦手らしい。意味もなく絡んできて、いつも馬鹿にしてくる。奇遇だね。うちも千秋を馬鹿呼ばわりする奴は嫌い。

 

千秋がうちの元に寄って来る。

 

 

「ねーねー、アイツまた馬鹿って言った……」

「馬鹿じゃないよ、千秋は」

「だよな! 分かってくれるのは千春だけだ」

 

そこはねーねーが良かったんだけど……でも、元気いっぱいの千秋も可愛い。そう言いながら自分の席につく千秋。

 

千秋はうちの前の席、そこで姿を眺めるのも一興。

 

「千春はケーキは何が良い!? カイトだから絶対買ってくれる!! 今のうちに予約しないと! スーパーで!」

「うーん……そうなのかな?」

「そうだよ! 絶対今年はケーキ食べれる。初ケーキだ! あと、プレゼントも!」

「そうだね……」

 

 

お兄さん、きっと買ってくれたり、食べさせてくれたりしてくれるんだろうけど。そんなに我儘を言っていいのかと僅かに悩む。信頼はしてる。だが、我儘にも限度と言うものは必ずあるはずだ。

 

千秋が我儘を言うならうちはあんまり言わない方が良いんだろうな。

 

「あ、先生が来た。では、また会おう」

 

そう言って千秋は前を向いた。最近、寝て怒られることがあるからちゃんとしないと言う意識があるらしい。うちも起こせるときは起こしているのだが、偶に気付かない時もある。

 

そう言うときに限って先生にバレてしまい怒られ、涙目になってしまう。千秋をもっとよく見ないといけない。

 

うちは授業に集中するのと同時に千秋にも意識を割いた。

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、じゃあ、授業はここまで、次の授業の準備しておくように」

 

 

そう言って先生が教室から出て行った。その瞬間に教室中の緊張が解ける。眠気を我慢してそれを一気に開放する者や、背もたれに寄りかかる者。

 

「終わったぁぁぁ!! ああもう、社会つまんなすぎるわ!! 特産品なんか覚えられるわけないし!」

 

夏姉のように授業に愚痴をこぼす者。夏姉は背筋を伸ばしてストレッチをしながら解放感に身を浸す。

 

社会だけでなく全授業が夏姉にとってはストレス。

 

「ねぇ、冬は社会楽しいと思う?」

「まぁ、特産品とかは面白くないっスか?」

「赤べことか知ってもどうとも思わないわ」

「千冬は結構、可愛いと思うっスよ」

「うっそ……」

「それに福島には自分で色を塗れるのもあるらしいっス、そういうのって面白そうじゃないっスか?」

「……うーん、多少は思わなくもないけど。でも、やっぱり詰まんない」

 

 

夏姉は社会だけでなく、算数も国語も毎授業詰まんないと言う。千冬は詰まんないとか面白いとかそういう感情で勉強をしようとは思った事がないから分からないが、やはり小学生は勉学が面倒くさい、やりたくないと思っている人が多いのだろう。教室には夏姉以外も愚痴をこぼしている人がチラホラ。

 

 

夏姉はしばらく授業への愚痴を言ってはいたが、急に雰囲気を変えた。僅かにだが眼光が鋭くなる。

 

 

「そう言えば、アンタ、最近アイツに随分と懐いているように見えるけど? 何、もしかして好きにでもなった?」

「えッ!?」

「冗談よ」

「あー、そ、そうっスか……」

 

 

何故だろうか、物凄い慌ててしまった。確かに最近魁人さんと話せるようになってはいるがだからと言って好きとか、そんな感情は一切抱いていない。全く、これっぽちも、1ミクロンも。

 

「何か慌ててない?」

「いや、滅相もないッス!」

「そ、そう……冬が大声を出すなんて珍しいわね……」

「そ、そもそもと、年の差があり過ぎっス! 感謝とかはしてるけど恋とかそんなのは微塵もないッス!」

「確かに年が1回り位違うもんね。じゃあ、このクラスに居るの? 好きな人」

「居ないっス。そもそもあんまり話す人すら居ないっス」

「ふーん。まぁ、私もそんな感じか」

 

 

夏姉は一瞬雰囲気を柔らかくするが直ぐに元の鋭い雰囲気に戻る。

 

 

 

「ああ、言いたいことが言えなかった。秋や冬が懐く理由も分からなくはないわ。上辺だけ見れば良い奴ではあるかもね……でも、あの男の部下でしょ。あんまり深入りしすぎない方が良いんじゃない?」

「でも、凄いお世話になってるし……そんな言い方は……」

「いつ、誰が牙をむくなんてわからないのよ。気が変わるかなんて分からない。再三言ってるけど心を許しすぎない事は意識した方がいいわ」

「魁人さんはあの人たちとは違うっスよ……それは夏姉も分かってるはずっス」

「……」

 

夏姉はばつが悪そうな雰囲気になり、会話を断ち切って前を向いてしまった。最近、千冬が魁人さんと話すようになり、夏姉だけが魁人さんと未だに話せていない。

 

 

 

何と言えば良いのだろう、自分には言えることがない。魁人さんは信用できる、秋姉も春姉もそれは分かっている。あの人たちを違うのは分かっている。

 

徐々に信頼の値も大きくなっている。それが夏姉だけが最初と変わっていない。それはきっと寂しいはずだ。辛いはずだ。自分だけが信用できない、和から外されて、姉妹を取られたような気持ちになるはずだ。

 

千冬にはそれが分かった。でも、何か彼女の気持ちを変えるような言葉は見つからない。

 

トラウマは易々と触れて良い物じゃない。知っているからと言って安易に触れてはいけない。

 

一歩間違えば相手を不快にさせるだけでは済まない。

 

……春姉はこんな気持ちだったのだろうか。

 

悩んでいるのを知っていて、でも何も出来ることがない。思いつかないのはこんなにもモドカシイ。それを背負っていた姉の背中が遠くに見えた気がした。

 

 

千冬は夏姉に何と言えば良いのだろう。信用してなんて安易に言えるはずがない。

 

 

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17話 信頼

感想等ありがとうございます。すべてに返信は出来ませんが目を通しています。モチベになります!!!


 大昔から世界には様々な未知が存在する。幽霊や妖怪、世界破滅の予言、etc。そして、人々は未知を恐れる。自身の常識を外れた存在を恐れる。

 

 

 例えそれが自身の血縁者だとしても、親族だとしても、子供だとしても関係ない。恐れて恐怖して排除しようとする。非道で残虐な者達が世界には居るのだと知った。望んで異端になったのではないのにどうしてこんな目に遭う必要があるのだろうか。

 

 

 ただ、只管に世界は残酷だと思った。でも、そんな中でも僅かな希望はあった。光があった。

 

 姉と二人の妹だ。一緒に居てくれる、信じあえる唯一の家族であり存在。世界も周りの人たちも信用なんて出来ない。背中なんて見せることはできない。私が背中を見せて気を許すのは姉妹だけだ。

 

 

 どんな時でも4人で居れば、寒くても怖くても平気なはずだ。お腹が空いても、他の家の子がお母さんやお父さんと手を繋いでいる光景を見ても平気だ。

 

 ……本当は少しだけ寂しさや嫉妬、妬みなどもある。でも、それでも虚勢を張れるくらいには耐えることが出来た。

 

 環境は最悪でも自分には姉妹が居るからそれだけで幸せ者だと自分に言い聞かせてきた。

 

 両親は最悪だけど、環境も世界も最悪だけどそれでも自分には信頼できる姉妹が居るから幸福。

 

 

 そんな考えがずっと頭の中にあった。そんな中で生活をしていたある日、全てが変わった。

 

 両親が死んだ。交通事故らしい。普通の子なら何かをを感じるのかもしれない。悲しみや喪失感、悲壮。でも、私は不思議と何も思わなかった。そうなんだ、くらいしか思わなかった。

 

 私だけじゃない。きっと姉妹も何も思わなかっただろう。それより誰が自分たちを引き取るのかと言う事の方が気になっていた。両親が自分たちの事を親族に言いふらしていると分かったのはお葬式の時だ。視線が物語っていた。

 

 世界が全部、敵に見えた。この中の誰かに引き取られることになるなんて最悪にもほどがある。視線と聞こえるように言っているのではと思うような話声。

 

 イライラが止まらなかった。だが、それ以上にその視線に恐怖を感じて姉や千冬の背に隠れてしまった。

 

 ずっと、不躾な視線を送られ続けていたその時にある男に出会ったのだ。そいつは今まで出会った事のない不思議な奴で私達を引き取りたいと言う。

 

 意味が分からない。ただ只管にそう思った。あの男の部下? 何故、春はそんな男の元に行くと言った? 疑問が尽きないまま生活がスタートした。

 

 環境は恵まれたものであった。でも、そいつを信頼は出来ない。私だけじゃなくて姉妹もそうであると思っていたがそれは違った。自分以外はどんどん信頼を向けていく。

 

 自分だけが信頼が出来ない。それに困惑して怖くもなった。

 

 『疎外感』

 

 自分が周りからずれた異端な存在なのではないかと言う恐怖が襲って来た。

 

親が死んでも何も感じない。満月の光を浴びると……明らかに自分の見た目は人知を超えてしまう。人を信用できない。

 

 化け物は人の心が分からない。異形な姿をしていると聞いたことがある。それが自分なのではないかと思ってしまう。その内姉妹すらも信用が出来ないのではないかと思ってしまう。

 

 それが怖くて怖くて仕方ない。どんどん自分がその存在に近づいているのではないかと考えてしまう。自分ではどうしようもないこの感情。

 

 

 

 ただ、私にはそんな日が来ないで欲しいと願う事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 最近、千冬が俺に話しかけてくれる機会が多くなった。千秋も以前より懐いてくれる。千春は相変わらずシスコンで何かと目を光らせているが会話は以前より出来ている気がする。

 

 日辻四姉妹が俺の家に来てもうすぐ4ヶ月が経とうとしている。日に日に会話が全体的に増えて家の中が賑やかになっている気がする。それは非常に嬉しいのだが千夏だけは中々コミュニケーションをとるのが難しい。毎日話しかけてはいるのだが良い返事があまりない。

 

 ずっと、緊張するのはきっと疲れる。ストレスもたまる。体にも悪いだろう。

 

 

 もうすぐ、クリスマスだ。盛大に行きたい。今までにない素晴らしい経験をしてほしいと思っているがどうするのが正解なのだろうか。

 

 

 無理に千夏に関わってしまうのもどうかと思う。彼女は彼女自身の両親によって包丁で刺されそうになったトラウマがある。姉妹以外の人を信じるのが彼女にとっては何よりも難しいものになっている。最初はある程度ゆっくりで良いと思っていた。だが最近自分以外が俺と関わる姿を見て何かしら思う事はあるだろう。

 

 千夏が最近、悲しそうな顔をしているのを何度もしているのがその証拠だ……どうにかしたいと思ってはいるが……

 

 それに自分の超能力の事でも悩んでいる。彼女は満月の光を浴びると身体が成人並みに成長する。そして、眼が青から赤になり歯が少し鋭くなる。それで自分は人間なのかと悩むのがゲームでイベントとしてあった。

 

 

 

 

 それは分かっているんだ。だが、俺に何ができると言うのだろう。ゲームだったら主人公がイベントなどを得て順調に好感度を上げて、不正解なく、彼女からの信頼を得た。それで貴方の事が人にしか見えない。自分と同じと一緒にしか見えないと言う事で彼女は一歩進むことが出来る。最初はかなり嫌な顔や拒絶をされたがそれも好感度が上がるほどに緩和されていく。

 

 そんなの分かっている。

 

 だが、それが出来るのは主人公だからだ。

 

 俺は主人公じゃない。

 

 

 知っているからと言って何が出来ると言うのだろう。俺はお前を信頼しているからお前も俺を信頼してくれと言うのが正解か。それは違うだろう。お前は人だと言う事が正解か。そんなことに意味はない、そんなことで信頼が獲得できると言うなら、彼女が立ち直るなら千夏はこんな苦労はしない。

 

 

 知っているのに何もできないとはこんなにもモドカシイ。

 

 

「おい、大丈夫か? 仕事中だぞ」

「……ああ、そうだな」

「何かあったのか」

「……信頼を得るにはどうしたらいいと思う?」

「プレゼントとか?」

「……ゲームだったらな……」

「いや、どうした?」

 

 

仕事場にまで私情を持ち込んで良いのだろうかと言う理性的判断は俺には出来なかった。そんな俺の肩を誰かが叩く。振り返ると宮本さんだ。

 

 

「何かあったの? 悩みあるなら聞くけど?」

「ああー、その……色々、悩みがあるんですけど。取りあえず、千夏って子が居るんですけど。その子の信頼ってどうやったら得れますか?」

「……うーん。色々方法はあると思うけど……何かとんでもない事を起こすと言うのが一つかしら? その特定の子に対して劇的なアプローチと言うか、そんな感じ」

「……なるほど」

 

 

千夏に劇的な事って何すればいいんだ? 

 

 

「あとは、普通に時間が経つのを待つ」

「……今すぐにってのは無理ですかね?」

「難しいわね。時間ってそれほど凄い物だから。時間で人は育ち、信頼も時間をかけてゆっくりと得るもの。人が誰かを信頼するときそれは劇的じゃない方が普通。一緒に居たり、話したり、遊んだり、積み重ねた時にふと信頼って出来るのものだからね」

「……そうですよね。それが普通」

 

 

千秋と千冬は何か劇的な事が偶々起こっただけ。でも、それが特別なんだ。信頼を得るのは普通じゃない。想像以上に難しい。

 

「うちの娘も反抗期とか色々あってね……でも、真摯に真っすぐ向き合い続ければいつか必ず信頼は得られる。その人に響く言葉もかけてあげられる。それを私は親をしながら学んだわ」

「……」

 

 

真摯に真っすぐ向かい合うか……時間をかけて。そう言えばゲームでも高校一年から始まってエンディングを迎えるのは高校三年の卒業式だったな……

 

 

いや、今更ゲームを基準に考えるのは馬鹿か。千冬の時に分かった。本来ならあり得ない事が起こるのはゲームじゃないから。

 

あの子達は俺と関わって変化していった。それが普通だ。

 

 

きっと、知っていたとしても千夏の悩みを解決することなんて俺には出来ないし、信頼も得ることは難しいのだろう。それがゲームではなく現実だから。

 

 

でも、千夏と向き合う事を放棄する理由にはならない。クリスマスまで時間がない。少しでも良いから千夏と……いや、四人全員と向き合う事を大切にしていこう。

 

 

ふと時間を見るともう、定時だ。帰らないと

 

 

「宮本さん、ありがとうございました。何か、変わった気がすると言うか、頑張ろうって思えました」

「そう、よかったわ」

「あれ? 俺は?」

 

 

俺は定時で帰宅した。

 

 

 




面白ければ高評価、感想宜しくお願い致します。


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18話 千夏(信頼度5)

 定時で退社した俺は帰りにコンビニでスイーツ等を買った。物で釣ろうとしているわけではない。単純に喜んで欲しいと言うだけだ。

 

 車を走らせて家に帰る。真摯に真っすぐ向かい合うと言うが何をするのかと自問したときやはり対話くらいしか思いつかない。だからと言ってずっと対話をすればいいと言うものでもない。

 

 四人と一緒にご飯を食べたりとかするのもいいんじゃないかと思うけど……俺が居ることで妙にかみ合わない事もある。

 

 

 色々考えてしまうがやはり会話をして対話をしてお互いをもっと知って行くのが、今の俺に出来る真摯で真っ直ぐな最低限の精一杯かもしれない。

 

 とは言うけれどもなんか緊張もする。向かい合うとかそういうのって結構こそばゆかったり、ソワソワしてしまうのは俺のコミュ力がないからではないだろう。誰でもきっとそうだろうな。

 

 熱い言葉を言ったり、良い話な感じの雰囲気も実は苦手だ。途中で恥ずかしくなって俺なにを言ってるんだっけと思ったり、どこまで話したっけと頭が混乱する。だからと言って雑に語るのも気持ちが悪い。

 

 どういうスタンスで話すのか悩んでいる間に家に到着した。

 

 

 

 

◆◆

 

 私は春と一緒に2階の自室で宿題をしていた。おやつを食べて後回し後回しをしているうちに五時を過ぎても終わっていないと言う今の状況になってしまった。頭悪い組のはずの千秋は早々に宿題を終わらせた。

 

「千夏、ここ違うよ」

「あ、そっか……えっと……」

 

 

長女である春は自分の宿題なんか秒で終わらせたのにも関わらず秋の手助けをして、さらには現在、私の宿題の手伝いもしてくれている。以前から思っていたが本当に過保護が過ぎる。

 

全てを自分以外に注ぐ姿に思う所はある。だが、きっと春は甘えたり頼ったりすると喜んでくれる、逆に頼ったりしないと不機嫌になるのを知っている。

 

だから、甘えてしまう私。

 

 

「こう……かしら?」

「正解、よくできたね。えらいえらい」

 

プリント宿題の間違っていると指摘されたところを消して、新たな回答を書く。それが正解していたようで春が私の頭を撫でる。それが嬉しくて口角が上がってしまうのと同時に赤ん坊のような接し方に思えて少し複雑。

 

 

春は私の頭を撫でながらあやすように聞いた。

 

 

「お兄さん……どう、思ってる?」

 

 

 

相変わらず、よく見ていると言うか良く分かっていると言うか。私が、私だけがアイツを信用できていないと春は見抜いている。そして、その事実に心を曇らせていることも。

 

「信用できない?」

「……うん」

「……うちもね、完全にお兄さんに心を許したわけじゃない。千秋も千冬もそうだと思うから……一人じゃないから。安心してね」

「……ありがと」

 

 

春の言葉は私の心にすっと入ってきた。それと同時に焦らなくても良いという安心感なども湧いた。でも、春は優しいから気を遣ったのではないかとも思ってしまった。もしかしたら、春の言っていることは本当でも、いつか自分だけ信用できない日が来るのではないか恐怖もした。

 

 

「大丈夫……」

「うん……」

 

 

私の僅かな感情の変化を読み取ってくれる春。春の撫でる手が凄く暖かく感じた。私が落ち着くと彼女は手を離した。

 

そして、宿題を再開していると

 

『おおー、カイト! お腹空いた!』

 

 

千秋の嬉しそうな声が聞こえてきてアイツが帰ってきたことがすぐに分かった。

 

「お兄さんが帰ってきたみたいだね……お世話になってるし、おかえりは言いに行こう?」

「……分かってる」

 

 

毎日、おかえりなさいは必ず言うようにしている。私もお世話になっているのに不義理な態度をとってしまっていることは理解はしているつもりだ。だが、やはり距離が取れるなら取りたいと言う感情が強く、言うだけ言ったらすぐに二階に戻る。

 

 

春に手を引かれて階段を下りていく。リビングのドアを開けるとそこには自分より大きな存在。あの日の事を思い出して、思わず春の後ろに隠れてしまった。

 

 

「お兄さん、お帰りなさい」

「お、おかえり、なさい」

「ただいま。出迎えは嬉しいがわざわざ降りてこなくも良いんだぞ?」

「いえ、これくらいは……」

「じゃ、じゃあ、私はこれで……」

 

私は逃げるようにそこから去ってしまった。恐怖を思い出すのと自分だけが和から外れたような疎外感から逃げたくなったからだ。

 

階段を急いで上がって行く。最後の一段を上がった時に後ろか低い声が響いた。

 

「あ、ちょっと待ってくれ。千夏」

「ッ……」

 

 

思わず、びくりと体を震わせてしまった。アイツがそこに居る。どうしよう。あんまり会話をしたくない。自分より大きな存在と話したくはない。上手く話せずグダグダになってしまって相手も不快になるだけだろう。

 

でも、この状況で無視をしたり逃げたりすればそれこそ不快にさせてしまうだろう。ゆっくりを振り返って顔を見る。

 

アイツは階段のすぐそばで一段も登らずこちらをぎこちない笑みを浮かべている。

 

「な、なんですか?」

「えっと、その……まずは俺は無害だから安心してくれ!」

「は、はぁ?」

 

彼は敵でないと両手を上げたまま話を続けた。

 

「それでだな、そのー、言いずらいんだが俺と千夏は……あ、そもそも千夏って呼び捨てにして大丈夫か!? まだそこまで親しくないし苗字で読んだ方が良いか!?」

「いえ、名前で大丈夫ですけど……」

「そうか」

 

 

何という気遣い……ここはアンタの家なのにどうしてそんなに下から来るんだろう。どうしてそんなに親切にするのか良く分からない。

 

「じゃあ、千夏……」

「は、はい」

「俺と千夏はさ……その、言いづらいんだが……あんまり仲が良くないよな……」

「え? あ、それは……」

 

 

やっぱり不快だったのだ。どうしよう家主を怒らせてしまった……私が不安になると気持ちを理解したアイツが違うと再び大きく手を振った。

 

「あ、違う違う。怒ってるとかじゃなくてだな……その、だからと言うか、何というか、仲良くしたいんだ」

「な、仲良くですか?」

「そうだ、変な意味じゃなくて。一般的な意味でだぞ。そこは安心してくれ」

「は、はい……」

 

 

変な意味で仲良くなりたいと言うのがあるのだろうか。そこら辺は良く分からないが彼は話を続ける。ぎこちなさを感じさせる笑顔のまま。

 

「折角、一緒の家で住んでるんだ。いつまでもぎこちないんじゃ互いにとっても良い事じゃない。と言う理由だ、だから変な意味じゃないぞ」

「分かりました……」

 

 

変な意味じゃないと言う念押しが強い。変な意味は分からないがもしかしたら、変な意味でそれを隠すためにこんなに食い気味に否定をしているのか……

 

 

「えっと、それでだな。やっぱり、他人同士が仲良くなるのは凄い難しいと思うんだ。だから、今ここで対話をしよう」

「こ、ここでですか?」

「そうだ。ここでだ」

 

 

廊下の階段の上と下。この状況で会話……確かにここまで距離があれば、普段のように近くで話すより安心感があるような感じも……するような、しないような。

 

 

と言うか対話っていきなり過ぎないだろうか……ううぅ、緊張してきた。どれくらいやるんだろう。あんまり長くても正直……

 

 

「安心してくれ。対話と言っても僅か一分だ。それ以上やっても気まずくなるだけだからな」

 

い、一分か……と言うかさっきからこの人私の心を読みすぎのような。いや、私の感情が顔に出やすいだけか。

 

 

「それじゃあ、いきなりで申し訳ないが最近学校どうだ?」

「ふ、普通です……」

「そ、そうか……」

「は、はい……」

 

「「……」」

 

 

互いに探り探りの会話。話のテンポが上がらずおどおど状態。

 

 

「えっと、好きな食べ物とか……」

「と、トマト……です」

「じゃ、じゃあ、明日の夕食は……」

 

 

もしかしてトマト料理にしてくれるのだろうか。だとしたら非常に嬉しい。

 

「ローストビーフにしよう」

「……」

「あ、ごめん。緊張してるみたいだったから面白いことを言ってほぐそうとしたんだけど……今のは忘れてくれ」

「はい。そうします」

 

 

下のいる彼は気難しさのある顔のまま話を続ける。

 

 

「千夏は悩み事とかないか……? あれば聞くが……」

「いえ、大丈夫です……」

「だよな……その内、気が向いて話したくなったら話してくれ……一分、経ってしまった……じゃあ、また明日も一分話そう」

「え?」

「明後日も明々後日も一分間だけこうやって話してみよう。毎日無理のない程度に互いを知っていこう。と言う風に俺はしたいんだがどうだ……?」

「は、はい」

「あー、断れないよな。俺がそう言うことを言ったら……もし、少しでも気持ちに曇りがあったら無理はしないでくれ。逆にそっちが嫌だからな……と言うわけで今日はこの辺で……」

 

 

難しそうな顔をしている。それはきっと自分のせいなのだろう。私が彼を信用できない、未だに距離をとり続けている。だから、その距離を縮めようとしているが私が離れていくから難しい顔になっても不思議じゃない。

 

 

「ごめんなさい……」

「ん?」

「私がいつまでたっても、三人みたいに貴方を信用できないから。貴方に気を遣わせてしまって……」

「いや、それは謝る事じゃない気がする、かな? そう言うのって絶対個人差があるのが人間と言うか、普通と言うか……うん、そこは気にしなくて良いと思う……」

 

 

彼は少しソワソワしていると言うか先ほどよりももどかしそうになっている。恥ずかしいことを言ったように目線が僅かに泳いでいる。

 

 

「俺も何年も一緒にいるけど嫌いなやつとか笑顔だけで取り繕って、信用とか信頼してない奴多いし。寧ろ、信用してる人より多い……から、気にしないでいいぞ? あと、無理して信用とかもしようとしなくていい。全部これからってことにしよう」

「……はい」

「じゃあ明日の夕食はナポリタンとトマトジュースにするからな。またな」

 

 

そう言って彼はそのままリビングに戻って行った。

 

 

私は彼の背中が見えなくなったのでいつもの部屋に戻った。電気をつけて部屋の隅っこに座る。何だか、異様に疲れた気がした。あまりない経験、最近では拒絶をしていた経験。

 

学校でも千冬以外とはほとんど最低限以下でしか話なんてしない。

 

一分間と少しだけ。そんな僅かな時間を過ごしたがその記憶は一生忘れることが無いと言う位、頭に中に刻み込まれている。

 

 

会話を思い返していると部屋のドアが開いて春が入ってきた。心配そうな顔で私の隣に腰を下ろす。

 

「……どうだった?」

「……」

 

 

どうだった、アイツのと会話を言っているのだろう。もしかしたら隠れて聞いていたのかもしれない。いや、絶対居ただろう。

 

「聞いてたの?」

「うん。普通に聞いてた」

「……でしょうね」

「それでどうだった?」

 

 

そう言われた時に私は何と答えて良いのか分からなかった。言葉で表すのが頭の悪い私は苦手だがそれだけではない。本当に分からない。

 

「分からない……」

「会話は楽しかった?」

「分からない……」

「……信用で出来そう?」

「……分からない」

「お兄さんの空回りしたギャグは面白かった?」

「面白くなかった」

「それはうちもそう思った。全然、面白くなかったね」

「うん。そこだけはハッキリ言える」

 

 

分からない。信用できるのか出来ないのか全く分からない。だが、あのギャグが全く面白くないのは分かった。

 

そして春もそう思っていて、共感できたことに安心した。繋がりがある事に嬉しさを感じた。まだ、自分は姉妹と繋がっている事分かった。

 

 

「……ギャグは凄い滑ってたし、微塵も面白くなかったけど、お兄さん良い事言ってた気がしたな」

「それは私もそう思った……少しだけど」

「あと、良い事言ってるのにそれに恥ずかしがっているお兄さんがちょっと面白かったな……」

「あ、やっぱり恥ずかしかったんだ」

「多分、そうだと思う」

「そう……あと、毎日一分話しようって言われたけど……」

「無理して距離を詰めるのは出来ないから時間をかけようとしようって事じゃないかな?」

「なるほどね……」

 

私だけ、時間をかけるか……

 

 

「お兄さんの言葉を借りるなら人間なら個人差があって当然だから気にしない方が良いよ。お兄さんはうち達より多く生きてて、沢山色んな事も知ってるから、正しいのか間違っているのかうちには分からないけど、一つの答えでもあると思う……」

「相変わらず、私の心を読むのね。後、顔が赤いけど……」

「うちも、こういうのちょっと恥ずかしいっ……」

 

 

あまり表情を崩さない春の頬が僅かに赤くなる。体育座りして合わせてる足の親指が少し動いて、落ち着きが僅かになくなる。

 

 

「まぁ、うちもお兄さんと千夏が話しているのを聞いて思ったんだけど、お兄さんを信頼できるかどうかの事で悩むのはまだ早いんじゃない? 千夏が今抱えている悩みはこれから先考えれば良いと思う。この家に来てお兄さんと出会ってまだ、半年も経ってないんだから。悩むのは……2年後くらいにしよう」

「それは先過ぎない?」

「そうかな? 個人差がるのが普通ならもっとあっても良いと思うよ」

「……そうかしら?」

「うん。そうだよ」

「……」

「そうだよ!」

「あ、凄いごり押しで来た……」

 

 

確かにそうかもしれない。いつまでも馬鹿みたいに悩んでも意味がない。取りあえず、分からないことだらけなのは分かった。今は、姉の言葉に乗っかておこうと思った。

 

ふと、春と会話をしていて思った事がある。それを自問する

 

Qいつか、アイツを信頼できる日が来るのだろうか。

 

A分からない

 

 




面白かったと思った方は感想、高評価宜しくお願い致します。

最初はこんなシリアスにするつもりが無かったのですが……。プロットが役に立たない……


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19話 冬休み

感想等ありがとうございます!! モチベになります!


「クリスマスが、今年はやってくるー♪」

「その歌、何か悲しいんだけど?」

 

 

 

バスで学校に登校する僅かなひと時。クリスマスが楽しみ過ぎる千秋が先走り、周りに迷惑にならない絶妙な声の大きさで歌を歌っていた。その歌を隣の席で聞いていた千夏がため息をつきながら突っ込む。

 

 千夏……最近少し明るくなった気がする。明るくなったと言うより重々しく考えなくなったと言う風が正しいのかもしれない。最近は毎日お兄さんと一分間話している、互いに手探り状態だけどその経験は凄く千夏にとって良いものになっているのだろう。

 

 信頼とは簡単ではない。それが普通であり個人差がある。そのことが分かっただけでも大きな財産になることは間違いないだろう。そして、千夏は気付いていないがそれが自分に大きな影響を及ぼしている。

 

 お兄さんにはお世話になりっぱなしだ。

 

 

「何故だ? 寧ろ楽しみで仕方ないだろうに」

「そうかしら? まぁ、アンタには分からなくても仕方ないわね」

「はぁ? おいコラ、馬鹿夏」

「はぁ? 馬鹿って言った方が馬鹿なのよ」

「馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿だ」

「馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿よ」

「……えっと……今、どっちが馬鹿だ?」

「……あれ? どっちだっけ」

 

 

 

二人が何やら些細な事で喧嘩のような雰囲気になりかけたがすぐさまシリアスは吹き飛んでしまった。

 

前の席の二人の頭の眺めるのは意外に好きである。金髪と銀髪。並べるとこれまた風情がある感じがする。さらに隣には茶髪の千冬。姉としてここまでの贅沢は無いだろう。

 

前で二人は話しているが隣の千冬は黙って何かの本を読んでいた。学校の図書館で借りている本だろう。少し、年季が入っている。

 

「千冬、何読んでるの?」

「え!? あ! 何でも無いッス!」

 

千冬はうちがそう聞くと急いで本をしまった。あれ? これってお姉ちゃん嫌われているわけじゃないよね?

 

もしそうなら、今ここで魂が旅立ってしまう。

 

 

「あ、ごめん……」

「あ、いや、謝らないで欲しいっス……春姉悪くないっスから」

「そう……」

 

 

何を読んでいるんだろう。隠してしまったから分からないけど、気になり過ぎて夜絶対眠れない。

 

 

でも、無理に追及するわけにもいかない。はぁ、気になる……

 

 

「えっと、馬鹿って言った方が馬鹿だから……」

「あ、ここで私が馬鹿で次があんたが馬鹿で……」

「そうだな……えっと……我が馬鹿になるのか?」

「そうね」

「くっ、まぁ、実際我の方が頭良いしな……気にする事でもないだろう」

「馬鹿の負け惜しみね」

「ふっ、馬鹿の一つ覚えのように馬鹿馬鹿、連呼しよって……いいか! 何度も同じことを言う奴が一番馬鹿だ!」

「へぇ」

「むっ、ちゃんと聞け、大事な事なんだぞ。大事な事だからもう一回言うぞ。何度も同じことを言う奴が一番馬鹿だ」

「へ……ふーん」

 

 

前で行われている頬が緩む天使の群像劇に意識を割きたくて仕方ない。だが、どうしても千冬が読んでいた本が気になってしまう。お姉ちゃんに隠すような事って何なの!?

 

ううぅ、お姉ちゃん口固いよ。カルビンやウルツァイト窒化ホウ素より硬いんだよ。相談とか24時間営業中だよ。

 

 

何か知りたいことがあるなら春ペディアに聞いて……

 

「あれ? 千冬その本なんだ?」

 

悩んで周りが僅かに見えなくなっていた。気が付くと千秋が後ろを振り返っていた。千秋だけでない千夏も。二人の視線は千冬が隠している本。

 

「これは……何でもないっス」

「ええ? 気になるぞ」

「……あ! そろそろ降りる所着くっスよ」

 

 

千冬は僅かにたじろぐが誤魔化してそのまま席を立って出口の方に向かって行った。

 

気になる……

 

 

 

◆◆

 

 

 

危なかった……千冬は慌ててバス停から降りた。千冬の手に握られているのは一冊の本。

 

『恋とは、何か』

 

と言うタイトル。何故だか分からないがついついバレるのが恥ずかしくなってしまった。別に何がどうこうなると言うわけじゃないけれども。

 

なぜ、この本を読もうと思ったのかは分からない。ただ、図書室で目に入ったから借りたのか、自分の求めている答えがそこにあると思ったのかそこら辺はハッキリしない。

 

 

最近、心臓が妙に跳ねる時がある。ざわざわして落ち着かなかったりすることもある。それがどうしてなのか分からない。どこにもその答えが載っていない。

 

 

けれど、この本に何だか答えがある気がする……? 半信半疑のような状態で読み進めるとどうやら千冬の今の状態は恋と言うものに似ているという事が分かった。

 

 

いやいやいや、恋って。一体自分が誰に恋をすると言うのだろうか。逃げるように教室に入り、席に座りながら本を開いて自問自答する。

 

『恋をすると、特定の相手を見るとドキドキする』

 

ふむふむ、いやこれはない。魁人さんを見ると心拍数が上がって血行が良くなるような事はあるけどこれはそれとは違うだろう。

 

『相手と眼があうだけで嬉しい』

 

ふむふむ、これもない。確かに千冬は魁人さんと目を合わせると少しだけ、うれし……こそばゆくなるがそれとこれとは関係なし。

 

「ふーん、話せるだけで嬉しいと」

「ぴゅ!?」

「なによ、その声は」

「な、夏姉……急過ぎっス……」

「さっきから結構話しかけてたんだけど……冬がずっと集中して聞こえてないだけよ」

「そ、そうなんスか……」

「で? これがバスでも読んでた本なのね……何? 恋でもしてるの?」

「別に違うっスけど!?」

「いや、そんな食い気味に……」

 

 

夏姉が千冬が読んでいる本を覗き込んでいたのでそれを急いで隠す。

 

「別に隠さなくてもいいじゃない。恥ずかしい事でも何でもないと思うわよ? 恋をしてるのかしてないのか置いておくとして、恋を知りたいと思うのは人間の性よ」

「いや、別に恋を知りたいわけじゃないっス……ただ、偶々手に取っただけ……」

「ふーん。まぁ、何かあったらこの私に聞きなさい。インテリ恋愛分析をしてあげる」

「インテリ……分かったっス」

「……今、私を疑ったでしょ? インテリって意味知ってるのって思ったでしょ?」

「いや、そこまでは……」

「やっぱりちょっとは思ったのね」

「……」

「ちょっと、無言は止めてよ。私全然怒ってないから」

 

夏姉が問い詰めるように顔を近づける。これ、チクチク言われるパターンかもしれない。

 

その状況で先生が教室に入ってくる。た、助かった……そこで夏姉は前の席に腰を下ろす。

 

 

「あとでね」

 

 

あ、これ後でチクチク言われるパターンだ……今日が学校最終日で明日から冬休みと言うのに……最後の日に学校で姉にチクチク言われることになるなんて

 

 

苦笑いを浮かべながら本をしまった……

 

 

 

◆◆

 

 

デスクワークをすると肩がこる。ついつい姿勢も悪くなるからあちこちに余計な悪影響が出るのかもしれない。

 

昼休み、右肩を左手で揉みながら右手でクリスマスに食べるような豪華な料理の作り方を眺める。

 

四人が冬休みに入ってすぐにクリスマスがある。だからこそ、今のうちに知識を蓄えどのような見た目も味も楽しめて心が躍るような料理を作る準備をしないといけない。

 

「お前、真面目過ぎないか? クリスマス料理なんて全部買えばいいんじゃないか?」

 

隣からカップラーメンを食べている佐々木が俺に話しかける。確かに手作り料理を作るより、買った方が楽だし、もしかしたらそっちの方が美味しいかもしれない。だが、手作りをする事で……

 

「俺は手作りをして凄いねパパっと言われたいんだ」

「もう、自分で自分の事をパパと言うのも違和感ないな」

「当たり前だな、何故ならパパだから。だが、未だに誰からもパパと言われたことがない。これを機に俺がもっと頼れる存在であり頼っていい存在であることを知ってもらいたいんだ」

「真面目か」

「大真面目だ」

 

 

俺は只管にページをめくる。七面鳥を丸々使った料理が載っている。……食べにくいから普通に豚の角煮とかの方が良いかな……。ケーキはショートとチョコレート、フルーツはイチゴだけ派なのか、キウイオッケー派なのか……

 

豚の角煮にするなら圧力鍋が必要だ。最近あんまり使ってなかったから何処に置いたっけ? あ、キッチンの奥の戸棚だ。

 

 

「……言いづらいんだが、そんなに他人の子に入れ込めるなんて普通出来るか? 少なくとも俺には無理だな……」

「人それぞれ色々違いはあるだろうさ」

「……言っておいてなんだが、否定しないのか。俺の意見。てっきり何か言われると思ったんだが」

「頭ごなしに否定するのはパパとして一番やってはいけない事だろうさ。だから、日ごろからそこを意識している」

「真面目だな……」

「大真面目だ」

 

 

佐々木は隣でラーメンをすすっている。俺は右肩を揉んでいた左手を鞄の中にいれておにぎりを取り出し、それにかぶりつきながら本を眺めた。

 

 

あ、クリスマスプレゼント買いにも行かないとな……頭の中は考えることが多すぎた

 

 

 




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20話 最後の日は荷物が多い

感想等ありがとうございます。目を通させていただいています。


 うち達は四年生、二学期最後の小学校生活を終えてバスに乗っていた。小学校最後の日は荷物が沢山ありいつもより疲れる。

 

 

「冬休みは宿題が多いから嫌なのよね……」

「だが、ワークは答え見れば二時間で終わるぞ」

「確かに。いかに早く答えを写すか、違和感なく写すかそこが問題ね。算数は途中式の計算が無いと怪しまれるから気を付けないと」

「おお、そうだな」

「いや、それじゃ宿題の意味がないっスよ」

 

 

 千夏と千秋が前で冬休みの宿題をいかに早く終わらせるか話している。今は自由。そして、冬休みが始まる。やれることもやりたいこともあるから、宿題なんて足枷は早々に外したいのだろう。

 

 だが、真面目な千冬はそれを止める。前で座る二人に後ろから会話に混ざる。

 

 

「宿題って自分の為にやるものっス。だから、ズルとかは絶対にやってはいけないっス。特に二人は……その、もう少し勉学に励まないと……ね、ねぇ? 春姉?」

「……そうだね。ズルはダメかな?」

「ええーー? 面倒くさいぞ」

「そうよ、バレなければ良いのよ、所々適当に間違っておけば実際にやったリアリティでるし」

「あ、二人共千冬が言ってることを全く理解していないっスね……」

「二人共、しっかり宿題はやろう……ね。 じゃないと分からない問題をうちが教えてあげられなくて姉の威厳を見せる機会が減っちゃうから」

「春姉もかなり私的な理由……」

 

 

 答えを写すなんて言語道断。姉と妹のコミュニケーションの場が減るのだけは勘弁だ。

 

「とにかく、二人共宿題は答え写すの禁止。その代わり、うちが付きっきりで教えるから。勿論千冬も」

「あー、千冬は全部自分で」

「そんなこと言わないで。分かる問題も分からない問題もど忘れした問題も全部聞いても良いんだよ?」

「え、遠慮しておくっス……」

「そう……」

「あ、そんな悲しそうな顔しないで欲しいっス……わ、分からない所あったら春姉に聞くっス、それで……」

「うん! 任せておいて!」

 

 

うちの体から無限のエネルギーが湧いてくるようであった。妹達と落ち着いた環境で出来る宿題とは素晴らしい。

 

 

千冬は苦笑いをしながらも会話が途切れるのを見計らって窓の外を眺める。窓の外には灰色の雲から雪が町並みに降り注いでいた。

 

「……」

 

千冬は何も言わずにただ、外を見ている。何を考えているんだろうか。最近、こういう感じの千冬をよく見る、もどかしそうに何かを探しているような……

 

「それにしても西田は最後の日まで我に突っかかってきたな」

「西田?」

 

西野じゃなかったっけ? まぁ、どっちでもいいけど。そいつが今日も千秋に絡んできたのだ。今年最後の体育の時間。最後だからと先生がやりたいスポーツをやって良いと言うのことでアンケートでドッジボールをすることになったのだ。

 

『おい! 俺の勝負しろ! 馬鹿!』

 

例の如く西野の煽り。ああいうのカッコいいと思っているのであれば間違いである。小学四年生。そろそろ通じない時期が来るだろう。

 

まぁ、そんなこんなでドッジボールが始まり、それで千秋は無双をした。

 

その後の給食でもやたら絡む西野。

 

 

「へぇ、そんな奴がいるのね」

「そうだ。そんな奴がいるのだ」

「……ふーん。それってもしかしてアンタの事が好きなんじゃないの? その西田って奴」

「はぁ? どうしてそうなる? 仮に好きだとするなら何故煽ることをする」

「アンタには分かんないか。このウニのジレンマが……」

「どういう意味だ?」

「好きな相手にはついつい意地悪をしてしまうのが小学男子らしいわよ」

「それ何処ソース?」

「冬が読んでた恋の本」

「ぴゅえ?!」

 

千冬……こ、こここここ恋してるの? まさか、そんな……いやでも、もしかしたらうちの思っている恋とは違うかもしれない。もしかして故意? それとも鯉? の可能性もある。

 

千冬が千夏に本の事を話されると窓を向いていたはずの顔がギョッとする。

 

「ほう? 千冬よ。恋の本を読んでいるのか?」

「え!? あ、いや、え? 偶々手に取ったのがそれってだけで……その……」

 

 

どうして、そんなに顔が赤くなるの? その反応は犯罪の故意についてとか、魚の鯉についてじゃないよね。ええ!!? こ、恋の方で確定じゃん。

 

ち、千冬、一体だれに恋を……

 

「それ、どんな本なんだ? 我に見せてくれ」

「そ、それはちょっと……」

 

恥ずかしそうに両手の人差し指を千冬は合わせたり、離したりしている。うん、全世界にこの可愛さを伝えたい。

 

って違う。今は千冬の恋の相手を知らないと

 

「なんだ? そんな恥ずかしい本なのか?」

「そうじゃないっスけど……」

「まぁ、良い……話を戻そう」

「そうね。西田って奴は秋、アンタが好きだからそう言うことをしてるんじゃないか説を私は提唱するわ」

「ふむ、その心理がいまいちわからん。好きなら優しくするんじゃないのか? カイトみたいに」

「小学生男子限定の心理よ。まぁ、小四になって未だにそんな子供じみたアピールはどうかと私は思うけどね。あ、でも小四で厨二のアンタと同じか。案外お似合いだっりして」

「イヤ。だったらカイトの方が百倍良い」

「!?」

 

追究から逃れられてホッとして視線を足元に下げていた千冬が、急に顔を上げて千秋を見る。

 

「どうしたのよ? 冬?」

「いや……なんでもないッス……」

 

もしかして……お兄さんが……千冬の想い人なの!?

 

 

◆◆

 

 

 夕食はどうしようか。コロッケ、トンカツ、とかはちょっと時間がかかるからな。昨日は野菜炒め、一昨日はつくね、ならば今日は……どうしよう。二学期学校頑張ったな記念で豪華な料理でも、でももうすぐクリスマスがあるしあんまりカロリーが高い物が高頻度に夕食と言うのは良くないのでは?

 

 まぁ、アイスくらいなら買って行っても良いかな。餅のアイスを四つ買おう。

 

 

 雪が降り続けるそんな中で車を走らせる。道路がコンクリート色から雪の白に染まっている。

 

 スリップしたら嫌だな、ブレーキ効かなかったらどうしよう。昔は雪が好きだったけど今では嫌いとは言わないが苦手意識が付いてしまった。

 

 いつもよりスピードを少し落とすか。

 

 アクセルを緩めて、帰路のカーブ要所要所でブレーキをいつより多めに踏む。

 

 その為に少し、いつもより10分ほど遅れて家についてしまった。

 

 

「お帰り! カイト!」

「ただいま……今すぐご飯作るからな」

 

 

千秋が出迎えてくれる。いや、なんて可愛い。仕事で溜まっていた疲れが回復してしまう。聖女や僧侶と言っても過言ではない。

 

家の中に入るとすぐに階段が目に入るのだが上から千冬と千夏がひょっこり顔を出している。

 

「魁人さん、お帰りっス……」

「お、おかえりなさい……」

 

 

千冬は最近懐いてくれるからな。お皿を運んでくれたりもしてくれる。千夏とは凄い話せるわけじゃないが以前より話せている気がする。

 

つまり、ここまで順調に娘たちと仲良くなれている。何をするにも信頼とは大事だ。パパになる為にも大事だ。

 

いつか、皆で笑いあえる日常を……

 

な、なんだ!? この視線は!?

 

肌を刺すような強烈な視線。視線の方向に目線を向けるとリビングのドアからひょっこり顔を出している千春の姿が。

 

ピンクの髪が可愛い、碧眼も可愛い。だが、可愛いはずの眼が凄い怪しむような視線を向けている。

 

姉妹が取られてしまうのではないかと思っているんだな? 大丈夫だ、そんなつもりはない。

 

姉妹と獲ろうとか考えていない、ただ、だだ……ただパパになりたいだけだ! そこをしっかりと分かってもらおう。

 

夕食を作って、丁度良く時間が空いたらそのことを話そう。今日は麻婆茄子にしよう。

 

 

例の如く、数分で作り上げて四人は自室で食べる。

 

 

そして、俺はリビングでテレビを見ながら一人で食べる。やっぱり皆で食べるのは難しい気がするな。四人なら十分かみ合って楽しいんだろうが、俺が入れば上手く接することのできる千秋とかは大丈夫そうだが、千夏はそうじゃない。そうなると場を崩すことになる。

 

違和感のある食事は楽しくない。五人で食べるのはもうちょっと先になるかな。あ、千夏と言えば今日一分間何を話そう。

 

笑わせたくて昨日は饅頭怖いを話してみたけど、反応イマイチだったし。

 

『次はお茶が怖いって言うんだ』

『へぇ……そうですか』

 

 

あんまりそう言うのは子供は好きじゃないよな。食べ終えて食器を片付ける。そこで丁度、千秋と千冬が二階から持ってきた

 

「魁人さん、ご馳走様っス」

「カイト、ご馳走様」

 

ふむ、この組み合わせは珍しい。いつもなら千春が誰かと一緒に……いや、後ろに隠れているな。

 

隠れているつもりなのか、ドアの方で頭を出してる。

 

 

「カイト、カイト! 聞いてくれ、今日学校でな! 西田が……」

 

 

食器を受け取ると千秋が学校の事を話してくれる。あれ? 何気に千秋から学校の事を話してくれるのって初めてじゃないか?

 

くっ、嬉しいじゃないか。パパレベルがワンランク上がった気がするのは気のせいか? いや、間違いではないだろう。

 

 

 

 

「それで千夏が……」

 

 

ふむ、話を聞くと西田と言う奴が家の娘に暴言を吐いたり、ちょっかいをかけてくると。それが好きの証拠ではないかと言う事か。

 

先ずその西田に千秋を馬鹿呼ばわりしたことに憤りを感じる。だが、確かにそれが思春期特有の行動とも思える。

 

「成程、確かに千秋の事が好きなのかもしれないと言う可能性があるな」

「な、なんと!?」

「あ、いや確定じゃないぞ? もしかしてと言う話だ」

「そうだとして、何故意地悪をするのだ? その心理が分からない」

「うーん……男子って子供みたいなものだから、そう言う事やって気を引きたいんじゃないかな? 中学校でも女子の気を引きたくてワザとオーバーリアクションをとったり、話声を大きくしたりしたりする奴らは多いし」

「へぇ……そうなのか……」

「まぁ、あくまで可能性の話だ。色んな人が居るからな。これだけで決めつけるのは早計と言わざるを得ない。取りあえずのその西田君がどうしても嫌なら俺が学校の先生にチクると言う手もある」

「嫌には嫌だが、特にどうでも良いと言う意識もある。よく分からないから放置することにするぞ。明日から冬休みだし会わないし」

「そうか。千秋がそう言うならそれでいいが何かあれば直ぐに俺がチクるからな」

「おお、心強いな!」

 

 

 

子供のころか先生に何かを言うのが少し恥ずかしくもあったり、同時にあとでチクリ屋などの汚名を言われることもあったが大人になって考えればそれが一番効果的でもあったんだよな。

 

だが、そう言う事をすると若干クラスで浮いてしまうものでもある。千秋がまだ平気と言うのであればそれは使わない方が良いんだろうな。

 

 

さて、折角だ。千冬も居るんだし何か学校での出来事聞いても良いかもしれない。

 

「千冬はどうだった? 二学期?」

「あー、そうっスね……千冬は特にこれと言った事はなく……っスね」

「そうなのか」

「で、でもドッジボールで一回だけ男子が投げたボールをキャッチできたっス!」

「YRYNだな」

「えっと、どういう意味っスか?」

YRYN(やるやん)。凄いって意味だ。俺が作った」

「おおおー、カッコいいな! 我も今度それ使う!」

「あー、そういう……どもっス……」

 

 

ギャグのセンスも今日は冴えている。娘とのコミュニケーションが未だかつてない程に取れている。いずれPAPA(パパ)に慣れるかもしれない。

 

……だけど、千秋と千冬。両方から懐かれてはいるんだが何というか懐かれ具合が妙に違うような。子育てって難しいな……

 

 

千秋と千冬は少し話すと二階に戻って行った。すると入れ替わるように千春が入ってくる。一緒だった妹が取られてしまうと思うと寂しさや色んな感情が出てしまうものだ。それは良い傾向。

 

欲を出せる環境であると言う証明だから。この子は基本的に自分の感情を殺す。だから、俺はもっと我儘になって欲しい。

 

「千春、安心してくれ。姉妹をとったりしない。俺はパパを目指しているからな」

「……いえ、そういうわけじゃ」

「そうか。まぁ、ならいいんだが……何か不満があるなら言っていいんだぞ」

「……その……お兄さんに言う通り取られちゃうのが少し寂しかったのかもしれないです……」

「そうか。だよな。だが安心しろ。俺は絶対に取らない。寧ろパパだ」

「は、はぁ? ありがとうございます?」

「どういたしまして」

 

 

丁度いい、千春にも学校の事を聞いてみよう。悩みがあるかもしれない

 

「話は変わるが学校で悩みとか無いか?」

「千秋が可愛すぎるとかですかね」

「そうか……他には?」

「千冬と千夏が可愛すぎて男子達にちょっかいを掛けられないか不安です」

「うーん、まぁ、そうだな。千春がちょっかいを掛けられないのか?」

「うちはそう言うのとは無縁です」

「そんなことはないと思うぞ。千春も含めて四人は何処に出しても恥ずかしくないからな」

「……ありがとうございます」

 

 

あ、もしかして変な意味に捉えられたりしてないか。……心配し過ぎだな。逆にそんな風に考えてしまう俺が気持ち悪いと思えなくもない。

 

昔からのヘタレ思考の癖が未だに抜けていない。

 

 

もっとパパとしてちゃんとしないと。

 

「それじゃあ、うちはこの辺で失礼します。ありがとうございました」

「おう、こちらも話してくれてありがとうな」

「……はい」

 

千春はそう言って部屋を出て行く、だが去り際に再び口を開いた

 

「お風呂なんですけど、その、迷惑かと思ったんですけど洗わせていただきました……」

「ッ!? マジで!? ありがとう!」

「そう言ってもらえると嬉しいです。お兄さんにはお世話になっているのでこれくらいは」

「ありがとう、千春。助かった」

「……どうも」

 

 

そう言って今度こそ彼女はリビングを去って行った。うん、普通に嬉しい。俺はそのままお風呂を沸かしに行った。寒い冬の日のお風呂掃除は僅かに憂鬱だ。だが、今日はそんなことはなくスイッチを入れるだけ。非常に暖かく爽快な気分で会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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21話 プレゼント

感想等ありがとうございます


 お風呂をいつもよりスムーズに沸かすことが出来た。いや、普通に嬉しいな。感慨深い……。娘が良い子過ぎる……さて、あんまり幸せに浸り続けるのも良くないだろう。常に先を見続けていかないと。

 

 現在12月22日だ。そして明日から四姉妹は冬休み。俺は仕事があるから昼間は接する機会がない。そして、もうすぐ12月24日の夜、クリスマスイブがやってくる。クリスマスイブと言えば沢山の美味しい料理を食べると言う事がイベントの一つにあると言っても良いだろう。

 

 

 そして子供は喜んで普段食べられない料理を食べる。普段なら止められるジュースを何杯も飲むと言う行為も許される。まさに子供からしたら最高の一日。だが、本命はそこではない。いかに美味しい料理や素晴らしい飾りつけも本命になりえない。

 

 クリスマスプレゼント。それまでの全てが前置きと言えるほどの子供からしたら素晴らしい物。欲しいものが貰える。例えそれが普段なら買って貰えないゲームソフト、特撮のベルト、戦隊の巨大ロボ。どんなものでもギリ買ってくれる。

 

 

 俺も子供のころは親に買って貰って嬉しかったのを覚えている。その嬉しさを知っているからこそ四人に何かクリスマスプレゼントを買ってあげたい。

 

 買ってあげたいんだけど……

 

 絶対、遠慮するよな……

 

 

 今までは我儘を言えるような環境ではなかった。最低限以上の物は買って貰えなかった。プレゼント、なんて買ってもらえるはずはない。サンタクロースの存在が居ないなどいつ分かったかことだろうか。

 

 

 遠慮は美徳と言うこともある。確かに遠慮する子を俺は良い子だと思う。だが、遠慮はし過ぎるのも良くない気がするんだよなぁ……

 

 

「カイトー! お風呂入っていいかー!」

「いいぞ」

「おー、ありがとー!」

 

 

千秋がリビングに入ってくる。そのままお風呂直行コースらしい。

 

俺が入って良いと言うと千秋がにここ笑顔でお礼を言った。感謝を表せる、お礼を何の恥じらいもなく真っすぐ言えるのって才能だよな。マジで凄いと思う。最近の若者はこういう誠実さが足りない。

 

 

「なぁ、千秋」

「ん?」

「クリスマスプレゼント何か欲しいものあるか?」

「え? 良いのか!?」

「勿論だ」

「……でも、ご飯だけで十分だな。我はこの家に来て我儘沢山言ってるし……クリスマスにケーキ食べられるだけで幸せだからプレゼントはいらない!」

 

 

再び笑顔で答える千秋。本心で言っているのは分かった。何だろうな、この感じ。遠慮するのが普通って感じ。プレゼントはないのが普通ということ。ご飯だけ貰えれば幸せ。

 

うん、確かに良い子だ。そこを否定するつもりはない。小さな幸せを感じ取れる、欲を出さない、正に良い子。

 

でも……それって子供らしくないな。俺は子供の頃の事を全ては覚えていない。でも、クリスマスとかってはしゃいだり、プレゼントを買って買ってとねだったいた気がする。

 

 

「あー、そのだな。千秋は遠慮が出来るいい子だな」

「えへへ、そうだろうとも」

「そうなんだが、遠慮ってやり過ぎると逆に相手を不快にさせることもあるんだ」

「ええ!?」

「あ、怒ってるわけじゃない。ただ、その、なんだ、クリスマスなんだからもっと我儘を言っていいんだ。一年でたった一日しかない日だから。毎日好きな物を買ってあげるなんて言ってるわけじゃないんだ。だから、その日に渡すプレゼントを遠慮はしなくていい」

「そ、そうなのか?」

「う、うん。俺はそうだと思うぞ……」

 

 

ヤバい、これが正解なのか不正解なのか分からない。遠慮って確かに美徳に思えるし。

 

この、ちょっと教育論のようなことを言うのが恥ずかしいし。やべぇ、これ、言ってよかったのかな……

 

 

「うーん、我は……服が欲しい……かな……?」

「じゃあ、買いに行こう」

「良いのか? 本当に数字が四桁以上の物は買うのって大変じゃ……」

「遠慮するな。そういう感じを出すより、買って欲しいと強請る方が絶対いいぞ」

「そうか……? じゃあ……カイトっ、服、買ってほしいな?」

「勿論だ」

 

 

 

果たして、俺が言ったことが正解なのか、不正解なのか。良く分からない。でも、クリスマスの日に貰えるプレゼントを普段お世話になっているからと拒むより、買って欲しいと素直に強請る方が可愛いと言う事だけは分かった。

 

 

「服が欲しいのか……」

 

 

でも、そう言うのって日用品だからな。もっとこう、ゲームとか……あ、普段かえない服って事か。

 

「うん。ジュニアブランドの奴」

「へぇ、そう言うのがあるのか」

「千夏もそれが欲しいって言ってた」

「丁度いいな、二人分買おう」

「た、高いぞ?」

「クリスマスだから」

「そうなのか……クリスマスって凄いんだな……」

「千春と千冬は何か欲しい物あるって言ってなかったか?」

「うーん……分からない」

「そっか……」

 

 

千夏は千秋に具体的に欲しい物を聞くとして、千春と千冬はどうするか。あの二人は千秋よりもって遠慮するような気がする。

 

「千秋、千春と千冬に欲しい物それとなく聞いてみてくれ」

「う、うん、分かった」

「よし、頼む」

 

 

千秋に依頼を頼むと彼女は直ぐにリビングを出て行った。早速、スマホ、トレンドカジュアルブランド系の服を検索する。

 

……あら、結構いいお値段。上下に帽子とかイヤリングとか諸々で一万くらい。まぁ、クリスマスだから。特に問題は無い。

 

 

やっぱり女の子だな、こういうのが欲しいのか。不思議のダンジョンのゲームソフトとかじゃないのか。まぁ、そりゃそうだよな。

 

 

千秋も小学四年生の女の子。オシャレや化粧に興味を持つのも必然と言えば必然なのだ。

 

「カイト」

「聞いて来てくれたのか?」

「うん、二人共、服が欲しいって言ってた」

「やっぱりそうなのか……オシャレが気になるお年頃なんだな」

「本当に良いのか? 高いぞ……」

「クリスマスだから」

「クリスマスすげぇ」

「取りあえず、四人でお風呂入って来い。話はそれからだ」

「分かった!」

 

 

てててて、っと再び二階に上がって行く千秋。全員服か。ネットとかで注文して……ああー! 女の子でこの年代だと服は自分で選びたいのかな。千秋を通じて聞くより、やっぱり本人たちと話したほうがいいのかもしれない。

 

危ない、直前で気付いて良かった。

 

何という空回りとも言えなくもない。

 

いや、こうやって色々試すことは無駄ではない。千秋と少し仲良くなれた気がするしな。

 

まぁ、こういう事もある。変にサプライズとか俺の性に合わない感じもするし。本人たちにしっかりと選んでもらった方が確実だな。

 

だが、千夏が俺にまだ慣れていない。さて、どうしたものか。

 

 

◆◆

 

お風呂入っていいのかお兄さんに聞きに行くと千秋が下の階に降りて戻ってきた。

 

 

『千春と千冬は欲しいものあるか?』

 

 

急に千秋に聞かれた。

 

「お姉ちゃんは千秋の笑顔が欲しいな」

「そう言うのじゃなくてお金かかる奴」

「千冬は……服っスかね?」

「ちょっと、何で私には聞かないのよ」

「千夏はブランドの奴って知ってるから」

「あ、そう」

 

 

どうしてそんなことを急に聞くんだろう。でも、聞かれた事だし。お金が掛かって欲しい物と言ったらやっぱり服かな……。

 

 

「うちも服かな……」

「分かった」

 

 

とてとてっと下の階に千秋が下りていく、あれ? お風呂はどうなったんだろう。やっぱりここはお姉ちゃんも行った方が良いのだろうか。

 

 

考えていると再び千秋が戻ってきた。

 

「よし、お風呂入ろう」

 

 

そう言われたので着替えなどを準備して下に降りる。リビングのお兄さんに挨拶をしてお風呂に入る。背中を洗ってあげたり、頭を洗ってあげたりして至福の時間を過ごした。

 

お風呂から上がると、お兄さんがソファに座って待って居た。ソファの前に机がありその上にパソコンが置いてある。

 

「よし、全員上がったな。えっとだな、そろそろクリスマスだし、まぁ、プレゼントみたいなのをどうかって思ってるんだ」

「「「え?」」」

 

少し、よそよそしく恥ずかしそうにお兄さんがそう言った。うちと千冬と千夏がその言葉に反応する。ご飯だけでなくプレゼントまで貰ってしまっても良いのだろうか。今までそんな最低限以上は買って貰った事も与えてもらった事もない。

 

「まぁ、遠慮しようって気持ちがあるんだろうけどさ。クリスマスってあの、特別だし。寧ろ、こういう時しか凄い我儘は言えないんだ。だから、その、まぁ、欲しいの選んでおいてくれ。パソコン使って俺が風呂入っているとき選んでおいてくれ」

「やった! ねーねーも千夏も千冬も聞いたか! プレゼント買って良いって! 服買って良いって!」

「いやでも……それって……いいの?」

 

千夏が難色を示す。本当に良いのか。遠慮した方が良いんじゃないかと感じている。それはうちも千冬も。

 

「そうっスよ……クリスマスだからってプレゼントとか、無いのが今までだし、無くても」

「……うん。そうかもしれないね……」

「な! 遠慮するな! 折角カイトが買ってくれるって言ってくれてるんだぞ!」

「私、別に、服とか欲しくないし……」

 

 

お兄さんが折角好意をくれたのだがそれを素直に受け取ることが出来ない。遠慮をしてしまう。それが普通でそれをしないと今まで怖い目に遭って来たから。自然と遠慮する方になってしまう。

 

お兄さんに悪意がないのは分かっている。でも……お金が高い物にはどうしても手が出ない。小さな幸せだけで良いと割り切ってしまう。

 

 

「そうか……なるほど。四人の気持ちは分かった」

 

 

お兄さんが唐突に会話を止めた。うちと千冬と千秋、千夏はうちの後ろに若干隠れているがお兄さんに全員が視線を向ける。

 

もしかして、機嫌損ねてしまった……?

 

 

「よし……この家の家主として四人に初めてお願いをする。一つ、欲しい服上下、装飾品などを一式パソコンで選ぶこと。二つ、選んだ物の合計が1万円以上である事、三つ、クリスマスなのに遠慮しない事。四つ、俺が風呂に入って上がってくる間に服を選んでおくこと。もし、これが出来なかった場合は明日から料理のおかず抜きだ」

「えええ!?」

 

千秋が驚きと悲壮の声を上げる。

 

「良いか? 絶対選んでおけよ。家主のお願い断るとか、マジで失礼だからな。俺そういう事されたらマジ不機嫌だから。じゃ、風呂入ってくるわ」

 

そう言ってお兄さんはリビングを出て行った。

 

これは……

 

「うん、家主とお願いとあれば仕方ないな? な? な?」

「……そうかもしれないっスね」

 

千秋が笑顔で全員に催促をする。家主のお願いであるならと言う理由があることで、こちらが遠慮しなければならない。遠慮をして欲しい服を選ばないといけないと言う場が形成された。

 

 

「よーし! 服を選ぶぞ!」

「……」

「千夏、遠慮して服を選ばないといけないんだぞ!」

「……そうね」

「千春も!」

「そうだね」

 

 

ありがとう、お兄さん。

 

うち達はソファに座ってパソコンに向かい合う。

 

 

「我が使い方知っているぞ!」

「凄いッスね、秋姉」

「コンピューター室でいつも無双してるからな!」

 

 

千秋がカタカタと文字を打って服のページに飛ぶ。そこには色んな服があった。アップワイドパンツ、イヤリング、オシャレなくたびれていない新品で綺麗なパーカー。

 

 

こういうの一度着てみたかったんだ……

 

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ! 画面戻して! 良いの有った!」

「あ、千冬はそのダメージの奴が……」

「我が見てる! 我が先!」

「ああ! その服、戻して! 戻しなさいよ!」

 

 

こんな日が来るなんて思わなかった、ありがとう……お兄さん。

 

 

妹達に見えない様に少しだけ目を撫でた。一粒の雫程、僅かに手が濡れた。

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「失敗した……」

 

 

 

 

湯船に浸かりながら俺は思わず口に出してしまった。

 

 

あのやり方はダメだった。権力を振りかざして無理に命令のようなやり方。それで服を無理やりに選ばせる。そして、四人を前にした時なんだか緊張をしてしまった。プレゼントを四人にしたいって言うのって少し恥ずかしいからだ。子供か俺は。

 

最初は言葉で説得して、俺が居ると選びずらいからお風呂に入っている間に選んでもらおうと言うクリーンな方法を思い描いてた。

 

だが、それが無理なのではないかと感じて咄嗟に強引なやり方をしてしまった。

 

 

これはダメだ。これが悪影響とかになったらどうしよう。ついつい、思わずあんな風に言ってしまった。あれはダメだ。大人はああいうやり方をすると言う背中を見せてしまった。

 

 

そもそもパソコンより、実際に見て選びたいかもしれない。今日は空回りして、失敗もした。

 

そう言う事って終わった後に気づくんだよな。

 

はぁ、ああー、今頃服選んでくれてるだろうか。女の子って服選ぶの時間かかるって言うし、スマホ持ってきたからお風呂の中で時間を確認しつつ待つ。

 

一、二時間位で良いのかな? 

 

ああー、この時間憂鬱だ。

 

ここからは失敗はしないぞ。料理も凄いの作ってやる。後はしっかりと良い背中を見せないと…‥

 

一、二時間を待つ間、俺はスマホでクリスマスの料理について検索を始めた。

 

 

 




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22話 クリスマスイブ

感想等ありがとうございます


 そして、俺のふろ場での時間つぶしが開始された。

 

 フライドチキンは美味しいけど手が汚れるのはな、汚れないチキンを作りたい。豚の角煮も美味しいし、でもクリスマスだからビーフシチューとかも良いな。考えながら湯を入ったり上がったりを繰り返す。

 

 ずっとお湯に入っているのはのぼせてしまうとは言え、この繰り返しはダサいな。まぁ、そんなことはどうでもいい。

 

 今の俺は娘に美味い物を食べさせてあげてぇなと言う気持ちしかない。

 

 まさか、俺がここまで娘に入れ込むことなるとはな。最初はただ何となくで引き取るつもりだったのにな。

 

 そう言えばこの世界が百合ゲーなのすっかり忘れてた……いや、百合ゲーに近い世界と言った方が良いか。

 

 昔、初めて『響け恋心』をプレイしたときは感動したな……

 

 ――あの時、全部どうでもよかった。

 

 無気力で無感情な倦怠感を抱いていた。見かねた親友が何となくで進めてきたゲーム。話を聞くと親友も制作に一枚かんでいるらしいから、試しにやってみろと言われた。

 

 

 どうでも良かったけど、暇つぶしや娯楽になればいいと試しにプレイした。

 

 

 ボイスとかキャラデザとかストーリーとか、凄く感動した。でも、一番心に響いたのは進み続けた先に幸せがあるのだと言う事実。

 

 過去に何があっても前を向いて歩き続ければいずれ報われる。幸せになった姉妹にに感情移入をどうしようもなくしてしまった……ネットに感想書いたらたかがゲームにそこまでハマるとかどうかしてるとか、言われたな。

 

 いや、個人の感想だろ。前世の16歳で高校一年俺はそう思ったのだ。あれ? そう言えば俺って今精神年齢って幾つだ?

 

 死んだのが17歳だから……それで今は21歳だし。普通の人よりは大人か? 17+21と言う計算をするのか?

 

 いやでも、昔のこと思い出したのつい最近でそれまで普通の人生を歩んで生きてきたしな……

 

 

 まぁ、パパになるのにそんなこと関係ないから、どうでも良いか……

 

 

「お兄さん」

「うぉ!」

 

 

 過去に浸っていたらいつの間にかかなりの時間が経過していのかもしれない。千春の声が風呂場の外から聞こえてくる。スマホの時間を見ると大体一時間位経っていた。あれ? 思ったより時間がかかっていないな。

 

 

「え、選べたのか?」

「はい、選べました」

「思ったより早かったな。ちゃんと選んだのか?」

「はい。元々学校にある図書室のファッション誌をうち達読んでましたので欲しいの大体、決まってました」

「あー、そう言う事か」

 

 

やっぱり欲しかったんじゃないか。ああ、クソ、方法さえ間違えなければパパとして合格点だったのに。

 

風呂のガラス越しに千春のシルエットが見える。よく見ると千春だけなく、千夏と千秋と千冬のシルエットも僅かに見える。今一体どんな顔をしているのだろうか。

 

 

「お兄さん、ありがとうございます」

「クリスマスだからな……」

「カイト! ありがとう!」

「まぁ、クリスマスだからな……」

「魁人さん、ありがとうございまス……」

「く、クリスマスだから……」

「……ありがとうございます」

「う、うん。まぁ、クリスマスだしね」

 

 

お礼をそんなに言われると少々恥ずかしい。そう言うお礼ラッシュにまだ慣れていないんだよ…‥

 

 

「クリスマス、凄く楽しみにしていますね……」

「楽しみにしててくれ」

「はい。そうしますね」

 

 

彼女達はお礼を告げると去って行った。去り際に浮足立つような声が聞こえた。単純に嬉しいな。つまり、クリスマスプレゼントをあげると言うこと自体は正解だったと言う事だ。

 

 だが……やはり方法を間違えてしまった事は否めない。結果より過程が大事と言う言葉があるが俺は両方大事だと思う。今回は結果が良かったが過程がダメだ。

 

次回から気を付けよう……しっかりと良い大人の背中を見せなといけない。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

「にひひ、遂にオシャレが出来るぞ!」

 

 

うち達は布団の中に入っている。もう、寝る時間で部屋は暗い。だが、未だに喜びの熱が冷めずに眠気がやってこない。

 

「五月蠅いんだけど? 静かにしなさいよ……」

 

 

千秋の言葉に千夏が反応する。千夏はもう寝たいと遠回しにアピールをしている。のだが、本人も寝るなんて出来ないんだろう。先ほどから何やら布団の中でソワソワしている音が聞こえる。

 

「秋姉の気持ち、千冬も分かるっスよ……寝るどころじゃないっスよね」

「そうだ! 寝るなんて出来ない! 新品の流行りだぞ! そんなものが我が家に降臨するんだぞ!」

「たかが、服一着で大袈裟なのよ……(うずうず)」

 

千夏のプレゼントが待ちきれないと言う心の声が聞こえてくる。お姉ちゃんも待ちきれないよ。

 

あんまり欲とか出さない様に私的な感情を出さないようにしてきたけど、今回ばかりは声を大にして言いたい、楽しみ過ぎると。

 

 

「寝れないね……」

「そうだな!」

「こんなの寝れるわけないっス」

「……まぁ、いつもよりはね」

 

 

そんなこんなで寝るのに大分時間がかかった。千夏と千秋と千冬はクリスマスが早く来いと夢の中でも思った事だろう。

 

何故なら、うちもそう思っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠れない夜の日を何とかまたいだ次の日。いつもより僅かに起きる時間が遅かった。お兄さんは仕事に行っているからいない。

 

 

あまり、不規則の生活になってしまうのはいけないと思って妹達を起こす。

 

 

「はい、起きる時間だよー」

 

布団をとったり色々して何とか三人を起こす。寒いので手早く千秋を着替えさせる。歯磨き、顔洗い、お兄さんの作り置きの朝食を食べてもう一度歯磨き。

 

うち達姉妹は、朝起きたら歯磨き、朝ごはん食べても歯磨き、つまりは二度歯磨きをすると言う謎のルーティーンがある。

 

一通り朝の行動を終えると冬休みの宿題をする。答えを見ないで自分の力で問題を解くように言うと千夏と千秋はブーイングをするがやると言ったらやるのだ。

 

「めんどくさい……」

「答え見たいのよ……」

「お姉ちゃんに任せて!」

 

 

いつもの部屋で下に座布団を敷いて机の上に問題集を広げる。千冬はさらさらと脳にペンが追いついていないのではないかと言うスピードで問題を解いて行く。

 

「ほら、夏姉と秋姉も宿題をやるっスよ」

「「ぶーぶー」」

「ブーイングしてないでやるっス」

「「ブーブー」」

「はぁ……これが姉が妹にする事なんスかね……?」

 

 

千冬は再びさらさらと問題を解いて行く。千冬の頑張る姿に感化されたのか二人もとうとう問題集を開く。

 

二人共、ペンを持ちさらさらと問題を……

 

 

「二人共、机の下にある答えだして。お姉ちゃん没収するから」

「「ッ……」」

「ほら、渡して」

「「か、隠してない……」」

「渡して」

「「はい……」」

「あのね、前に千冬が言ってたけど答えを見たら意味がないんだよ? この問題集だってただじゃないんだから……1200円!? 高い……」

 

思わず値段に反応してしまった。いけない、お金にがめついなんて姉としての威厳が損なわれてしまう。しっかりと姉としてお手本となる背中を見せないといけない。

 

「コホン……うん、だからね? 頑張ろう? お姉ちゃんが手取り足取り教えるから」

「「はーい……」」

 

 

うん、流石うちの妹、何だかんだで真面目に取り組む二人。分からない場合はすかさずうちが助っ人に入る。

 

最高のルーティーンが完成する。

 

 

その最高のルーティーンを2時間ほど繰り返し、休憩に入る。千冬と千夏は学校の図書室から借りてきた料理の本を読んでいる。

 

千秋ははがきくらいのサイズの画用紙に色鉛筆で何やら絵をかいている。

 

「千秋何描いてるの?」

「えっとね、色々」

「その画用紙はどうしたの?」

「カイトに頼んだらくれた」

「そうなんだ……」

 

 

クリスマスツリーとか、サンタクロース、プレゼントボックスを鮮やかに赤や緑黄色を使って再現して、メリークリスマスと言う文字をオシャレに描く。

 

「それは……どうしてそう言うの描いてるの?」

「ん? カイトにクリスマスカードあげたくて!」

「ああ、そういうね……ああー、そういうパターンね……はいはい……」

 

 

……ズるいよ、お兄さん。勿論普段の感謝の気持ちとか勿論あるけど。ううぅ、いいなぁ……でも、お世話になってるから恨めないよ……

 

 

「勿論、千春と千夏と千冬にも作るぞ!」

「ッ……ありがとう!」

 

 

 何なの、この妹は可愛いよ。ちゃんと普段の感謝を表そうともしてる。そうだよね、言葉だけじゃなくて小さいけど千秋みたいに想いを形にするのも大事だよね……

 

 

「うちもお兄さんに描いても良いかな?」

「うん! 一緒に描こう! 画用紙沢山貰った!」

 

 

はがきサイズの画用紙を沢山机の下から取り出す千秋。何枚も重なった束から一枚をうちに渡す。

 

千秋よりは絵は上手くないけど、姉として出来るだけ負けない様にしないと。

 

 

姉は常に一番出ないといけない……

 

 

「アンタ達、何描いてるの?」

「お兄さんと千夏と千秋と千冬にクリスマスカード描いてるの」

「へぇ……」

「それなら千冬も書くっス。絵全然上手じゃないんスけど……」

 

 

本を読んでいた千夏と千冬がこちらに興味を示した。そして、千冬は自分もと千秋から画用紙を貰う。

 

千夏は僅かにどうしようか迷っているようだ。

 

「……まぁ、プレゼントも貰うしね……私にも頂戴」

「うん!」

 

 

渋々と言う感じで千夏も画用紙を貰う。色鉛筆で画用紙に描きだす。描きながら僅かに頬杖をついて愚痴のようにポツリと言葉を溢す。

 

「こんなの喜ぶわけないと思うけどね……」

「千夏、大事なのは気持ちだ! 気持ちを形にして伝えるんだ! その形はどんなものでも良いんだ!」

「急に熱いのよ……アンタ……」

 

 

 千秋の猛絶な熱さにしかめっ面になる千夏だが頬杖を止めて真面目に絵をかき始めた。そして、描き始めて数時間が経過した。描いている間誰も一言も話さずに寡黙になった。

 

 

 

 

 

 

 そうして12月24日になる。この日は休日である。だが、それなりに忙しい。

 

 クリスマスに食べる料理を作る為に朝から起きて台所で腕を動かす。ケーキの生地を焼いて、ビーフシチューを圧力鍋で作って、千秋がから揚げが食べたいと言っていたのでもも肉を取りあえずタレに漬け込んで、ビーフシチューで圧力なべを使っているから炊飯器で豚の角煮を作って……

 

 

 ごちゃごちゃしている台所を掃除して、そうしたら生クリーム泡立てて……

 

「千秋、味見するか?」

「うん!」

 

こそこそ涎を垂らしながら見ている千秋にスプーンでクリームをすくって渡す。それを千秋は頬張る。すると幸福感に溢れた笑顔満開になる。

 

 

「おいしいー!」

 

 

うん、可愛いな。その後も千秋は俺の料理姿をジッと見ていた。スタイリッシュな料理シェフな気持ちになってつもりで調理を続ける。やはり、娘の前ではカッコいい姿を見せたい。

 

「カイトそれは何をしているんだ?」

「片栗粉で鶏肉をお化粧しているんだ」

「おおー! 化粧か!」

 

スタイリッシュに受け答えをして鶏肉を油に入れていく。鶏肉が油で上がる音が台所に鳴り響いている。

 

鶏肉は生のままだとカンピロバクター菌で食中毒を引き起こしてしまう可能性がある。娘に食べさせる以上それは絶対に避けなければならない。だからと言って油で火を通しすぎると固い鶏肉を食べさせることになってしまう。

 

この匙加減が非常に難しい。

 

暫く、上げて一番大きいから揚げを一番最初に上げる、それを包丁で切って断面を見る。綺麗な白だ、赤みがない。

 

一番大きいから揚げが大丈夫なら他も大丈夫だな。

 

「……味見するか?」

「うん!」

 

 

一つ、爪楊枝に刺して千秋に渡す。

 

 

「うまぁい!」

 

あ、千春と千夏と千冬にも味見してもらうかな。今は二階に居るから千秋に持って行って貰って……小皿に三つよそってそれぞれに爪楊枝を刺す。

 

 

「これ、千春たちに持って行ってくれないか? 味見してほしいんだ」

「……分かった!」

 

 

小皿を持って千秋は部屋を出て行く。だが、階段を上がって二階に行く足跡が聞こえてこない。

 

数秒後に千秋が小皿を持って戻ってきた。数秒前にあったから揚げが全て綺麗に消えている。

 

 

「千春たちに味見させてきた!」

「ありがとう……」

 

 

絶対廊下で全部一人で食べてたんじゃないだろうか。まぁ、三人には後で食べてもらえればいいな。

 

その後も千秋に味見係をしてもらいながら調理を続けて、日が落ちる前には全ての料理が完成した。

 

 

◆◆

 

 

 

「千春、ご飯できたって! 今日の凄いぞ! 全部美味しい!」

「そうなんだ、ありがとう千秋」

「うん!」

 

 

うち達はクリスマスカードの続きを書いたり、宿題をしていた。ずっと下に居て一度も二階には上がってこなかった千秋。お兄さんの料理姿をずっと見ていたんだろう。

 

 

「うち達もクリスマスカード描けたよ」

「じゃあ、カイトにカードを渡そう!」

「そうだね」

「千冬はあんまり上手く絵が描けなかったっス……」

「気にするな! 気持ちだ!」

 

 千冬、千夏ははあまり絵が得意ではない。絵心がないわけではないと思うが千秋と比べるとかなり見劣りしてしまうかもしれない。

 

 

 はがきサイズの完成されたクリスマスカードを持って下の階に降りる。リビングに入ると既にいい匂いが鼻をくすぐる。自然と姉妹全員がごくりと生唾を飲んだ。お兄さんは台所でご飯の盛り付けをしていた。

 

 

「クリスマススペシャル出来たぞ。今日はご飯が多いから上に持っていくの手伝うからな」

 

 

あ、そうだよね。いつもうち達は四人で食べてるから……お兄さんの気遣いにうち達は少し複雑な心境になる。

 

「今日はカイトも一緒に食べないか?」

「え? あー、いや、四人で食べるといい」

 

千秋が五人で食べようと誘うがお兄さんはそれを断る。まだ、千夏が慣れていない。僅かな違和感があるとお兄さんは分かっている。だからこそ身を引いたのだと思う。

 

「うぅ、でもな……千夏、今日はみんな食べても良いだろ?」

「……そうね……」

「えっと、気を遣わなくていいんだぞ?」

「気は遣ってないです……私もそうしようと思ってましたから」

 

 

千夏はうちの後ろに隠れながらもそう言った。

 

 

「そうか……なら、そうしてもいいのか?」

「うん! 我もそうしたい!」

 

 

千秋の言葉に呼応するように千冬もうちもコクリと頷いた。お兄さんは少し嬉しそうにしながらダイニングテーブルに料理を並べ始める。

 

うち達はそんなお兄さんの近くに寄って、隠していたクリスマスカードを差し出す。

 

「これは……俺にくれるのか?」

「うん、カイトの為に作った!」

「お兄さん、いつもありがとうございます……これくらいしかできませんけど」

「魁人さんどうぞっス……」

「これ、どうぞ……」

 

 

四枚のカードをお兄さんは受け取ると噛みしめるように喜びの声を上げた。

 

 

「これはあとでラミネート加工しないとな。流石に……ありがとう。嬉しいよ。大事にする」

 

 

カードを大事そうにクリアファイルにしまってお兄さんはご飯をダイニングテーブルに運ぶ。それをうち達も手伝って全員でクリスマスイブの日に初めて夕食を食べた。

 

 少しだけ、ぎこちなさもあったけどそれも悪く思わなかった。皆でテレビに映るバラエティを見たり、既にカットしてあるケーキを食べていつもよりお腹が膨れた。

 

 

 

 

 

 その後はお風呂に入って、二階の部屋に戻っていつものように布団に入る。すると千秋は笑みを溢した。

 

「えへへ、カイト喜んでくれた」

「良かったね」

「うん。我、カイトの事大好きだから喜んでくれて本当に良かった!」

「ッ……!」

 

大好きという単語に千冬が反応したが千秋は気付かずにお兄さんの事を話し続けた。

 

「千冬だって……」

 

小声でぼそぼそと千冬が何かを言っているがそれはうちには聞こえなかった。

 




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23話 オシャレ

感想等ありがとうございます。




 素晴らしいクリスマスイブを過ごした次の日。珍しく千秋と千夏が早起きをした。先日頼んだ服や装飾品が今日届くからだ。黒のダウンコート、そして、うちはベージュのマリンキャップ。イヤリングもピンクのひし形の物だ。

 

 オシャレなロゴの入ったTシャツもピンク。ダメージジーンズとダウンコートはピンクじゃないけどうちはピンク色好き。

 

 

 うずうずと待って待って待ち尽くす。取りあえず宿題を机に広げてはいるが千冬ですら全く集中できていない。

 

 

「ああー! はやく新品の服着てー!」

「五月蠅い! 集中できないでしょ!」

 

 

 これでは宿題どころではない。本当にただ広げているだけになってしまっている。

 

「千夏一問も解けてないじゃん」

「アンタの声がうるさくて集中できないの!」

 

二人が言い争っているとピンポーンとインターホンが鳴る。三人が来たと期待のこもった視線が交差する。

 

千秋が真っ先に部屋を出て下に降りていく。

 

その後に千冬が向かい、それをうちが追いかけるように向かい、千夏はさらにうちの後をついてくる。

 

玄関でお兄さんが宅配の人から大きな段ボールの荷物を受け取っているのが見えた。お兄さんはそれをうち達の近くに置く。

 

「開けて良いのか!?」

「勿論だとも」

 

 

千秋が大きな段ボールを開けるとその中にはこの間頼んだ衣類の詰め合わせ。

 

うわぁぁぁ、うち早く着たい……いけない! 威厳! 姉として常に落ち着いた姿勢で臨まないと。

 

「うわぁぁぁ、我の頼んだダウンコート!」

「千冬のダメージっス……」

「私の黄色キャップ……」

 

 

三人が無我夢中で開封の義を執り行って行く。お兄さんはそれを見て満足そうな表情。

 

「ありがとう、お兄さん」

「何度も言わなくていいよ」

 

そう言ってお兄さんはリビングに戻って行った。

 

 

「早速着て見よう!」

 

千秋の号令を皆聞いて、ワクワクしながら部屋に戻って全員で服を着る。帽子をかぶる。イヤリングを耳につける。

 

 

「おおお! オシャレインテリ系美女って感じだな!」

「確かに私もオシャレインテリ系美女って感じね」

「インテリ……」

 

 

三人がオシャレに身を包んだ姿を見る。三人のセンス抜群。センスが光ってるね、眩しいよ。

 

だけど、全員色が違うだけで大体一緒な雰囲気は拭えない。ダウンコートは全員黒。ロゴシャツはうちがピンク、千夏が黄色、千秋が赤で千冬が青。イヤリングはひし形でシャツのように色が違う。

 

ジーンズはうちが黒で、千夏も黒、千秋が青で、千冬はダメージの青。マリンキャップもシャツに合わせてそれぞれ色が違う。

 

パソコンで選んだ時に分かってたけど、やっぱり姉妹って好みとか似るのかなぁ

 

「カイトに見せに行こう!」

「そ、そうっスね……着る時に少し髪型ずれたかも……」

「まぁ、買ってもらったしね……」

 

 

千秋を先頭に再び下に降りていく。いつもより足取りが凄く軽い感じがする。身につけている物が違うだけでここまで変わるのだと思う事に僅かに驚きも感じた。

 

「カイトー! どうだ!」

「似合ってるぞ」

 

お兄さんが親指でグッとマークを出す。お兄さんの褒め言葉は千秋だけでなく全員に万遍なく行き渡るような褒めだった。

 

「えへへ、そうだろう!」

「完璧だな」

「おおー! ありがとう!」

「……あー、それでだな。その、初詣それでいかないか?」

「良いな! そうしよう! それでいいよな!?」

「そうっスね……確かにこの格好で初詣行って見たいッス」

「お兄さんのご迷惑でなければ」

「千春が行くなら……」

 

 

お兄さんの提案に千秋が強く肯定する。千冬とうちと千夏もそれに同調する。

 

「カイト、何処に行くんだ。初詣」

「狭山不動尊かなぁ」

「それって何処だ?」

「西武球場の近くだな。初詣は車止めるの大変だから、電車で行くことになるかもな」

「おおー、最高だな! また楽しみが増えた!」

 

 

千秋の屈託のない笑顔にお兄さんはほっこり。うちもほっこりである。

 

そして、うちも初詣が少し楽しみである。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「と言う事があったんだ」

「つまりクリスマスプレゼントを喜んでくれた事が嬉しいってことを言いたいのか?」

「そうだな」

 

 

クリスマスと言う一大イベントを終え数日。仕事場にて書類を整理しながら隣の佐々木に俺は最近の数日の事を自慢げに話した。

 

「それで、そのクリスマスカードを貰ったと?」

「ああ、その通りだ」

 

 

俺の手にはラミネート加工された四枚のカードがある。四人の娘から貰ったこれ等のカードは仕事場に持ってくることにしたのだ。

 

 

「見て良いか?」

「汚すなよ」

「いや、ラミネート加工されてるだろ」

 

 

佐々木に日頃の感謝の言葉と可愛い絵が描かれている四枚のクリスマスカードを渡す。

 

「『我はカイトが大好きです。どれくらい好きかと言うとハンバーグとから揚げと同じくらい好きです。毎日ご飯を作ってくれてありがとうございます。カイトの料理は全部上手で味噌汁とか、ポテトサラダも好きです』この子、ご飯の事ばっかりだな……」

「そこがいいんだよ、あとこの子も色々考えてるからご飯事だけじゃない」

「へぇ……」

 

最初に千秋のカードの読んだ佐々木は二枚目のカードを見る。

 

 

「『千冬たちにいつも色々なことをして下さりありがとうございます。寒くなってきましたので寝る時は暖かくしてくださいね』……何だこの堅苦しい文は、あとこの子絵下手……」

「真面目で良い文じゃないか。あと下手言うな、個性的と言え」

「そ、そうか、すまん……えっと、次は」

 

 

千冬のカードを見てそれを束の一番後ろに持っていき今度は千夏のカードを見る。

 

「『いつもお世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします』……簡潔だな」

「シンプルイズベストと言うからな。千夏なりに四苦八苦したんだろうさ」

「ふーん、まぁ、可もなく不可もなくだな」

「可しかないだろう」

 

 

佐々木は最後に千春のカードを見る。

 

「『お兄さんいつも大変お世話になっております。大したことが出来ないのですがこのカードで少しでも感謝の思いが伝わればいいなと思います。今後ともよろしくお願いいたします』……この子も堅苦しいな」

「真面目なんだよ」

 

 

佐々木にカードを返してもらうとそれをすぐさま机の引き出しにしまう。何だか、仕事場に娘の写真を置く父親の気持ちが分かった気がする、やる気がわくと言うか元気が出来ると言うか。

 

 

「クリスマスが終わるとすぐに正月だけど、お年玉ってあげるのか?」

「当たり前だな。金額は四年生だから4000円にしようと思っている」

「何だその謎理論……いや、うちの親もやってたけど」

 

 

 

お正月は大掃除もやらないといけないし、お雑煮とかおせち作らないと。

 

「あんまり無理しすぎると倒れるぞ?」

「大丈夫だ。今はぴんぴんしている」

「ならいいが……仕事休まれると俺に負担が来そうだからやめてくれよ」

 

 

この同僚にはうちの娘の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな。

 

それにしてもクリスマスに続いてお正月とはイベントが続くな。だから、おもちゃとかゲームとかを企業は安売りをするんだろうけど。

 

お年玉、本当に4000円で良いのか、相場実際どれくらいなんだろう。後で宮本さんに聞いてみるかな。

 

そんな事を考えていると急に鼻もムズムズするので手で口を抑えて思わずくしゃみをした。

 

「おい、休むなよ! 俺が職場で話せる人が居なくなる!」

「分かったから」

 

 

隣の佐々木が凄い顔でこちらを見るが偶々寒気がしてくしゃみをしただけだ。余り仕事中に話しすぎるのは良くないのでそれ以上は特に話さず目の前の業務に没頭した。




 小学生の女子服とかブランドとか知らないからネットで調べた私はヤバい奴かな……

 妹と親に調べてるのバレそうになってマジ焦った……

 


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24話 熱

感想等ありがとうございます!!!!!!!


 クリスマスが終わるとすぐにお正月がある。お正月と言えばおせち料理やお餅、お年玉と言う子供が大好きなイベントの詰め合わせだ。

 

 うち達はそんな経験は記憶にないからそんなざっくりとしたイメージしか湧かない。お正月とは一体どんなことをするのだろうか。リビングのコタツに入りながら考えていると天使の話し声が聞こえてくる。

 

 

「お正月とは餅を食べるらしいぞ!」

「醤油とかバター醤油で私は食べたいわね」

「千冬はクルミダレってのが気になるっス」

「我はおせちも気になるなぁ」

 

 

 あれま、天使が会話していると思ったらうちの妹達だった。うっかりうっかり。この年で既に幻覚が見えるとは、もしかしたらうちは老眼かもしれない。

 

「千春はどうだ?」

「うちは皆が食べたいのが食べれることが出来ればそれでいいよ」

「ええ!? そう言うのじゃなくて我は語り合いたいんだ、正月を」

「そっか……うんまぁ、かまぼことか何気に楽しみかな」

「かまぼこ、無限に食べれると思えるようなあれか……じゅるり」

 

 

千秋が思わずよだれを垂らしそうになる。うん、欲望に素直なのはとてもいいことだね。

 

「そろそろ、『お前たちの令和って醜くないか』がやるからチャンネル変えて良いか?」

 

千秋がテレビのチャンネルを変える。最近になってうち達姉妹の活動範囲が格段に広くなった。

 

基本的には部屋の中であったがクリスマスを終えてからはリビングに居ることが増えた。夕食も五人で食べるし、テレビも見るようになった。

 

以前よりお兄さんの信頼値が上がっている。だからこその活動範囲拡大。千冬はお兄さんと会話がちょっと多い気がするけどそれもただの信頼だけだと思いたい。

 

千夏はまだ目が合わせられない時もあるけど、毎日一分の会話が一分三十秒に増えている。

 

ただ、千冬と千夏が徐々に懐き、会話が増える中で千秋だけは別格で懐き、そして会話量もべらぼうに多い。さらにさらに活動範囲もべらぼうに広い。

 

「お腹空いたな」

 

そう言って千秋は台所の方に向かって冷蔵庫を開けたり、手の届く範囲で戸棚をガサゴソとあさり始める。

 

「アイツのあの胆力と言うか遠慮の無さには関心するわ……」

「本当にそれは思うっス……」

「千秋の素直な所は良いところだよね」

「長女のアンタが甘やかしすぎるからああいう風になっちゃったんじゃないの?」

「良い子に育ってくれたよね」

「……もう、いいわ。その馬鹿姉脳に何を言っても私の求める答えが返ってこないのは分かったから」

 

 

千夏がはぁっとため息を吐きコタツ中に深く潜る。そして、置いてある座布団を枕のようにして寝る体制に入った。

 

「眠くなったんスか?」

「そうよ、眠くなったから寝る」

「今寝ると夜眠れないっスよ」

「この暖かいコタツが私を眠りに誘うから仕方ないのよ」

「いや、それでも生活のバランスが」

「おやすみー」

 

 

千夏はそう言って夢の世界に旅立ってしまう。まぁ、冬休みだしね、少しくらいは生活のバランスを崩しても問題ないかな。

 

「さくさくぱんだちゃんチョコあった」

「秋姉、ちょっとは遠慮した方が良いんじゃないスか?」

「カイトが遠慮しなくて良いって言うから」

 

 

千秋がお菓子の袋と牛乳の入ったコップを持ってコタツに再び入る。チョコには牛乳が合うよね。

 

「でも、ちょっとは遠慮ってものを……」

「カイトがしなくていいって言うからしない!」

「そんなドヤ顔で……言う事じゃ……」

 

 

千秋は封を開けてパンダチョコを口に入れていく。さくさくとした食感とチョコの甘みが美味しいんだろうな。

 

 

「甘ーい! うまい!」

「……そんなに美味しいんスか?」

「美味いぞ! 食べるか?」

「……一つ」

「あーんしてやろう」

 

 

千秋が食べてる姿を見ていると自然と何か食べたくなってしまう。将来はテレビのバラエティとかにも出れるだろうな。

 

 

「あーん」

「あ、あーん……あまい……」

「だろ、甘旨だろ!」

「まぁ……」

「こんなチョコを食べさせてくれるカイト大好き!」

「っ……大好きとかってあんまり言わない方が良いんじゃないスかね?」

「なんで?」

「ほ、ほら、勘違いさせてしまうからっスよ……」

「どう勘違いするんだ?」

「えぇ!? ああ、あの恋愛、的な?」

「んん? 恋愛? そんなことあるか?」

「か、魁人さんは男の人っスから、男の人ってそう言うに過剰に反応するって聞くし、消しゴム拾ってあげるだけで勘違いするって本に書いてあったんスよ……だから、大好きは控えた方が……」

「むぅ? 大好きだから大好きと言って問題は無いと思うぞ。カイトはそんな単純な男じゃないからな」

「い、いや、万が一……」

「そうなったら、責任取って我が結婚してやろう!」

「「ええええええ!!???」」

 

 

思わず、うちも声を上げてしまった。千冬は驚きのあまり立ち上がる。

 

「い、いやいや、年の差があるし! そう言うのってちゃんと順序を!」

「人の数ほど愛の形があるのにそれに基準を当てるのはダメだぞ千冬」

「いや、すごーい深い事言ってきた! い、いや結婚って金銭とか、そういう問題も」

「カイト、結構持ってるって言ってた」

「え!? あ、そうっスね……ほ、ほら、でも、流石に結婚は!」

「結婚は……冗談だぞ?」

「ええ!?」

「ふっ、この我の名演技に見事に騙されたようだな妹よ」

 

 

どうやら、冗談だったようだ。お姉ちゃんも見事に騙されてしまったよ。

 

「千秋凄いね、うちも騙されちゃった」

「ふふふ、もっと褒めてくれ」

「凄い」

「ふふ」

「未来のハリウッド女優だね」

「えへへ」

 

 

千秋の素直さが可愛い過ぎる。それにしても千冬は千秋の名演技に騙されたとはいえ大分、うろたえていたような……

 

 

「な、なんだ。冗談なんスか……分かりづらいっスよ……」

「妹が姉の演技を見破れるはずがないのだ!」

「……さっきから五月蠅いんだけど?」

 

千冬が一息ついて千秋がえっへんと胸を張る。……最近、少しづづだけど身体が成長している気がするんだよね。将来はきっとナイスバディの素晴らしい女の子にと考えていると寝ていたはずの千夏が起き上がる。うち達の声で起きてしまったようだ。千夏は座布団で寝ていたから少し髪が乱れている。

 

 

「あ、ごめんね。千夏」

「春じゃなくて、秋の声よ……」

「あ、すまん」

「ちゃんと謝りなさいよ……もう、眠気があるのか無いのか分かんない微妙な気分よ……あ、チョコある……」

「食べるだろ?」

「食べる」

 

千秋にチョコを渡して貰い千夏が口に放り込む。チョコの甘さで眠気が完全に吹き飛んだのである。先ほどよりきれいな二重の眼がぱっちり開いている。

 

「うま……」

「ちゃんとカイトにありがとう言うんだぞ」

「……分かってるわよ」

「なら良し! それにしても千夏って食いしん坊だな!」

「いや、アンタだけには言われたくないんだけど? 秋が一番の食いしん坊でしょ」

「むっ、我も千夏には言われたくない。千冬はどう思う?」

「秋姉が大ネズミで、夏姉が小ネズミなイメージっス」

「はぁ? ネズミって何よ? まぁ、今はチョコ食べるからいいけど、冬は後で覚えておきなさい?」

「ご、ごめんなさいッス夏姉」

「全部後で聞いてあげる」

 

そう言って千夏はチョコをわんこそばのようにパクパクと口に運んでいく。千冬、あとで千夏にチクチク言われるパターンだ。

 

千夏って偶にチクチクぶり返すように攻める時があるからなぁ……

 

 

「あ、千夏喰いすぎだ!」

「良いじゃない、シェアよ、シェア」

「我のお菓子なのに!」

「この机に置いた時点で姉妹でシェアの義務が発生するのよ。ほら、春もあーん」

「良いの?」

「千春と可愛い妹の千冬は食べても良いぞ、だが、千夏お前はダメだ」

「はぁ?」

 

 

千夏にあーんしてもらってチョコを食べる。美味しい。あーんがあるだけでチョコが100倍甘くなってコクが100倍になっている気がする。

 

 

「……千冬は可愛いんスかね?」

「千冬が可愛くなかったら一体何が可愛いの?」

「フォローありがとうっス。春姉」

 

 

千秋に可愛いと言われた事で自分を見つめなおす千冬。この子、毎日ちゃんと鏡見てるのかな? 可愛い以外何物でもないのに。

 

 

可愛いと言う事実をもっとしっかり自身で分かって欲しい。もっと自身に溢れていいのに。今度可愛いところをノートに纏めてあげよう。

 

 

ふふふ、きっと脳が手に追いつかねぇぜ……そして、千冬は喜んでくれるだろうなとほくそ笑みながらうち達の優雅な時間は過ぎて行った。

 

 

◆◆

 

 

「なんか、頭が痛くなってきた……」

「おい、おい、俺をボッチにさせる気か?」

「そんなつもりはない。さて、そろそろ定時だから帰る……」

「明日は休むなよー」

 

 

頭が痛い。何だか関節も痛い気がする。まさか、風邪をひいてしまったのか……くっ、大人として体調管理が出来ないなんて情けないにもほどがある。

 

手洗いうがいは毎日忘れずにしていると言うのに。

 

 

仕方ないな、万が一にも娘に移さない様にマスクをして、帰りにОS-1でも買って行こう。

 

 

帰りの道の業務スーパーで風邪対策グッズを購入して車を走らせる。何だか、いつもより帰りの道が遠い気がする。今日の夕ご飯はいつもより簡単な物にしても良いかな。冷凍の揚げ茄子があるからそれと肉を炒めて、買ってある味の素で味付け。あとは、茹でるだけの水餃子。

 

作り置きの切り干し大根と白米で……頭の中で手抜き料理を考えながら家に到着。

 

「た、ただいまー」

「おかえり、カイト……お腹すいた……なんか、元気ないけど大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。すぐに夕食作るからな……」

 

 

千秋が出迎えてくれて何だか、体の重しが取れたかもしれない。急いで手洗いうがいをして着替えて台所に立つ。

 

「お兄さん……マスクして顔赤いけど、もしかして風邪……」

「千春気にするな。それよりコタツの上片付けておいてくれ」

「う、うん……」

 

 

ある程度作るのは決まっているし、下拵えも殆どやらなくてもいい。体は怠いけど料理が出来ない程ではない。数分経てば直ぐに完成した。お皿によそって姉妹たちがそれを机に運んでくれる。

 

「風邪移したらいけないから、今日は俺は着替えて寝るよ……食べたお皿は水につけておいてくれ……」

 

 

俺は脱衣所で着替えて、蒸しタオルで体を拭いて、OSー1とスマホと氷枕を持って部屋に向かった。明日も仕事も朝ごはんも作らないといけない。

 

一晩寝ればすぐに良くなるだろうさ……

 

 

 

◆◆

 

 

「カイト、元気なかったな……」

「お兄さん、疲労が溜まってたんだよ……」

「そうっスよね……ご飯とか仕事とか、あれだけやってれば」

「……」

 

 

いつもとは違う弱ったお兄さんを見てそれぞれ思った事があるんだろう。コタツの上にはご飯が並んでいるが誰も手を出していない。

 

どうするべきか、何が出来るか、自然とそっちの方に思考が向いて行く。うち達姉妹が迷う中で始めにそれを決めたのは千秋だった。

 

「よし、看病しよう!」

「アンタに出来るの?」

「出来る! 冷たいタオル作る!」

「他には?」

「……おかゆ?」

「火は絶対使うなっていつも言われてるじゃない」

 

そう、お兄さんは絶対に火を使わない様にと釘を刺している。IHコンロはもっと大きくなったら使っていいらしい。

 

「じゃあ、添い寝!」

「アンタに移ったら元も子もないわ」

「……取りあえず、冷やしタオル!」

 

そう言って千秋はコタツから出て台所に向かい、金属のボールに氷と水を入れる。そこに脱衣所からタオルを持ってきて水に浸す。

 

「ちゅべたい……っ」

 

冷たいを思わずちゅべたいと言ってしまう千秋。手が寒さに震えながらもタオルを両手で雑巾のように絞る。それを持って二階に上がって行く。

 

千秋の階段の登る音が部屋に鳴り響いて暫く経つと千秋が戻ってきた

 

「ありがとうって言われた!」

「そっか」

「でも、風邪がうつるのが一番ダメだからもう来ないでって、俺はオーエスワン飲めば治るって言ってた。あと、寝る時はコタツの電気を忘れずに消してって言ってた」

「うん、分かった」

 

 

うちも千冬も千夏も何かをしようと思ったけど、動けなかった。その中で千秋だけは動いた。その事実にやっぱり千秋は凄いな……長女として少し情けない気持ちになる。

 

うちも出来る事を探さないと……

 

 

◆◆

 

 

 頭がボーっとする。眠ってるんだが、起きてるんだが良く分かんねぇ。

 

 

『○○君……』

 

 

 頭の中に小学生くらいの女の子が浮かんだ。顔は見えないけどそのシルエットに面影がある。ああー、これはあんまり良い思い出ない奴だ……

 

風邪で訳の分からない夢のような物まで見る始末。

 

体調管理……今後はもっとしっかりしないと。氷枕があるおかげで多少は寝心地が良い感じがするけど……

 

あれ? 額が急に冷たい。眼を開けると銀髪のオッドアイの少女が……

 

「大丈夫か……? カイト……」

「千秋。看病してくれたのか……」

「出来る範囲でだがな……」

「そうか、ありがとう……でも、うつしたら悪いからここには居ないでくれ」

「やだ、カイトが治るまでここに居る」

「そう言わないでくれ。もし、千秋が風邪ひいたら俺はもっと体調が悪くなる」

「そうなのか!?」

「うん、心配で何も手につかない」

「……そうか、じゃあ、戻る」

「そうしてくれ、あとコタツの電気は消して寝るように皆に言ってくれないか?」

「分かった!」

 

 

元気よく返事をすると千秋はドアの方に向かう。

 

「はやく、元気になってね! いつも、()達の事気にしてくれるカイトが大好きだから!」

 

 

私……ああー、そう言えば、……彼女は……

 

 

……そんな俺の前世知識よりも千秋の笑顔可愛かったな。死ぬ気で寝て、風邪を治そう。俺はそう心に決めた。

 

 

 




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25話 いってらっしゃい

感想等ありがとうございます


 場所は二階のお兄さんの自室前。扉の前でお風呂上がりのうちと千冬は立っていた。寒気の満たされた廊下で肌寒いく足の底はそれ以上に冷たい。

 

「魁人さん、大丈夫かなぁ……」

「お兄さんなら大丈夫だと思うよ」

 

 

千冬がお風呂上がりの可愛らしいパジャマ姿で心配の声を上げる。だが、お兄さんの部屋には入ることはできない。お兄さんの伝言は風邪をうつさないためにこれ以上部屋に入らないでくれとと言うものだ。

 

 

「千冬、何も出来なかったっス……」

「しょうがないよ……うちも何もしてない」

「何かしたかったなぁ……」

「そうだね」

 

 

お兄さんが心配で何かしたいと思えるだけで、それは大きな事だと思うけどな。ただ、千秋と自分を比べて自分が大したことが無いと言う気持ちはわかる。うちもお姉ちゃんなのに率先して行動が出来なかったことに思うところもある。

 

姉として妹を導かないといけないのに。

 

悔しさもある。

 

自分なんてどうでもいいから、全ては妹の為に成長の為に尽力すると誓ったのにこのざまは不細工にも程がある。

 

 

「……今日はもう寝よう。冷えてきたから……このままうち達が体調崩したらお兄さんに余計な心配かけちゃう」

「……はいっス……」

 

 

もうすでに湯冷めをしてしまった。体温が低下する。冷たい。

 

ふと、あの日の事を、あの時の事を思い出した。寒くて寒くて、怖くて怖くてどうしようもなくてただ只管に周りとの格差をひがんだ時を。

 

僅かに、心に影が差す。だが、直ぐに冷静になった。

 

自分はどうでも良いと、感情はどうでも良いと。

 

「春姉、大丈夫っスか?」

「うん? 何が?」

「いや、その……眼が……」

「眼?」

「ちょっと、曇ってたと言うか……」

「それは見間違いだよ……」

 

 

そんな感情は殺そうと思っているから。自分を殺すのがあの日の誓い。ダメだな。最近は何だかその誓いが揺らぐ時がある。

 

「ほら、部屋戻ろう」

 

うちは会話を無理に止めて千冬の手を取って自室に戻って行った。何枚も熱い羽毛の毛布をかけたがその日の夜は少し寒かった。

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 治った。完全に治った。気だるさも倦怠感も額の熱さもきれいさっぱりない。

 

これが千秋の看病の力なんやなって……

 

俺はベッドから体を起こし着替える。今日も仕事だからな。今日だけ行けば年末年始の休日がある。最後の一日しっかりと頑張って行こう。

 

下に降りて早速朝ごはんを作らないといけない

 

本日の食材は卵とウインナー、これでをメインで朝ごはんを作って行く!

 

弁当はおにぎりとかで良いだろうさ。パパっと作ろう。パパだけに……これ、何処かで使ったら娘たちの爆笑が取れるのでは?

 

大事なのは使いどころ。これ、絶対使おう。

 

味噌汁なんて、買い置きの味噌にほうれん草と玉ねぎ入れてそれっぽくして完成だな。後は卵焼きとちょこっとオシャレなたこさんウインナー。

 

よし、出来た。早い所コタツ上に並べて俺は仕事があるから先に食べてしまおう。寝癖直し、顔洗い、歯磨きなどをして再びリビングに戻ると寝癖でアホ毛になっている千春が心配そうな顔で待って居た。

 

「お兄さん……大丈夫なの?」

「おかげ様で、心配してくれてありがとうな」

「ああ、うん……」

「魁人さん、大丈夫っスか!? 朝から無理してないっすか!?」

 

 

いつの間にか千冬も起きていたようだ。後ろに居たので少しビックリである。

 

「心配してくれてありがとう。皆の気遣いのおかげで元気なった」

「そうっスか……元気なら良かったっス」

「いや、本当に昨日はすまん。コタツの電気ちゃんと消してて偉いな」

「それは、はい……」

「何か元気ないけど大丈夫か? 千春も千冬も」

「その、普段お世話になってるのに、いつも何もできなくて、昨日何もできなかったから……それが申し訳ないッス……」

「うちも同じく」

 

 

そんなに重く考えなくても良いと割り切って良いぞとそれをそのまま伝えるのもありかもしれない。だが、そこにあるのは俺の感情だけ。

 

言葉を選んだ方が良いんだろう。

 

「あー、その、心配してくれるだけで俺は嬉しいんだぞ?」

「でも、秋姉は看病をしたのに千冬は何の役にも立っていないっス……」

「……今、この瞬間まで俺が元気になった時まで心配してくれて、気遣ってくれただけでそれは凄い感謝するべき事なんだ……それが何の役に立ったのかと言いたそうな顔だがそういう思いやりが俺の活力となるんだ」

「「活力?」」

「そうだ、二人の思いは無駄じゃない。何の役にも立ってないことはない。俺の仕事でもモチベとか単純な元気に大いに尽力をしているんだ。二人からしたら大したことじゃなくても俺からしたら大した事なんだ」

 

そういう話を前に一緒にしたよなと千春に視線を送る。相手に教えたことでも自分では気づかない、忘れたり見失ったりすることなんてよくあるだろうさ。それを互いに教えあえるってなんかいいな。

 

「っ……」

 

千春は軽く頷いた。あとは千冬にもう一押しだろうか。何か納得のある父として大々的で記憶に残るようなことを言いたい。

 

 

「千冬、心配してくれてありがとう。俺は本当に嬉しい。だから、そんなに自分を下にするな。千冬は自分を過小評価するのが悪い癖だぞ」

「そうっスかね……」

「そうだ。謙遜も行きすぎると嫌味になるから気を付けるように。まぁ、その、一番言いたいのは気付かないうちに千冬は俺を支えているって事だな。うん」

 

 

あ、やばい、恥ずかしさがこみあげてきた。こういうのって言うのも恥ずかしいけど、間違ってたらどうしようと言う恐怖もあるんだよな。ようは子供にデマ情報を流していると同じだもんな。

 

 

ただ、まぁ、千冬が俺を支えているとのは嘘じゃない。いってらっしゃいと彼女は冬休みに入ってからでも毎日言ってくれる。

 

 

「いってらっしゃいとかお帰りとか、気持ちが暖かくなるんだ。だから、いつもお世話になってるのはお互い様だ」

「……そうなんスか? 千冬のそれが役に立ってたんスか?」

「勿論だ。この眼を見てくれ」

 

 

ジーっと視線が交差する事三秒。互いに気まずくなりそっと視線を逸らした。

 

 

「あー、はい、つまりそう言う事なんだ。だから、昨日以上にいつも支えてもらってるから気に病まないでくれって事だ。分かったか?」

「はい」

「はいっス……」

「よし、じゃあ、俺は仕事に行くからな」

 

そう言って鞄を持って玄関に直行だ。

 

「か、魁人さん」

 

 

直行した俺を千冬が追いかけてきた。パジャマ姿の茶髪碧眼の可愛い千冬。しっかりした一面しか見せない普段の彼女とは違い寝癖でアホ毛が一本立っている。そのことが若干恥ずかしいのか、僅かに赤面したまま天使のような微笑みで口を開いた。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

……普通に元気が湧くんだけど。尊いな、これが娘の力か……

 

「いってきます。二人とも頼んだ。知らない人が来たら絶対にドア開けちゃダメだぞ」

「は、はいっス」

「うん」

 

 

 

鍵を開けてドアを開けると日差しが差し込む。

 

 

「お兄さん行ってらっしゃい」

「おう」

 

 

普通に元気が湧くんだけどパート2だな。しかも効力二倍。

 

 

太陽が眩しいぜ。まるで俺のパパとしても成長を祝福してくれているようだ。パパレベルが2ぐらいは上がったかな?

 

 

よし、最後の仕事を頑張るぜ。俺は車に乗って出社した。

 

 

◆◆

 

 

「魁人さん……」

「千冬、うち達役に立ってたみたいだね」

「うん……嬉しいっス……」

 

千冬はお兄さんとのやり取りの余韻に浸っているようだった。そして、両手を胸の前で合わせてまた微笑む。

 

うん、純度100パーセントの尊さ。

 

 

「そろそろ、夏姉と秋姉を起こさないとっスね」

「そうだね」

 

 

うちと千冬の頭の上にはアホ毛が一本立っている。あ、もしかして久しぶりの姉妹全員寝癖アホ毛ビンゴが本日出るかもしれない。

 

 

これは早い所二人の頭を確認しないと。

 

うちと千冬はそれぞれ微笑みながら二階に上がって行った。

 

うちは寝癖が楽しみだが千冬が微笑んでいるのもそれが理由なのかなぁ? ……そうだよね?

 

僅かに変な考えをしたが思考を取っ払って二人が寝ている部屋に突入した。

 

 

 

 




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26話 年越し前

感想等ありがとうございます


「へぇ、じゃあアイツ風邪治ったのね」

「うん。お兄さん元気ハツラツで仕事行ったよ」

「おー、それは良かった!」

 

 お兄さんが出社した後に千夏と千秋が起きてきて、四人で朝ごはんを食べながら会話を弾ませる。

 

 うち達の頭の上にはアホ毛が立っている、いつもなら歯磨きをして身だしなみを整えて朝食だが、本日は着替えて歯磨きをして顔を洗った。髪だけは少しだけこのままで放置したかったからだ。

 

 ふふふ、寝癖ビンゴ揃った……ピンクとゴールド、シルバー、ブラウンのアホ毛ビンゴ。

 

 

 何という記念すべき日であろう。ビンゴビンゴ、皆揃ってビンゴ♪ ウー♪

 

 思わず歌いだしたい所であるがそれをしてしまうと姉の威厳が損なわれてしまうのでそれは止めておく。

 

 朝ごはんを食べて、流石にアホ毛は直すことにした。水で髪を濡らした時のアホ毛のぺたりと水圧に負けて倒れる瞬間は悲しかった。

 

 ――ああ、さらば、うちのアホ毛……

 

 

 

 さて、アホ毛を直した後は勉強の時間である。例の如くうちが三人にアドバイスをしながら進めていく。教える時に肩と肩がある瞬間が幸である。

 

「千春、ここ分かんない」

「うんうん、どれどれ」

「春、ここちょっと見て」

「うんうん、いいよいいよ」

「……」

「千冬? どこか分からない所は?」

「無いっス」

「おー、流石千冬だね……」

 

 

でも、少し悲しいなぁ。千秋と千夏は聞いてくれるのに千冬は自分の力で問題を解く。凄い偉いし、誇らしいのになぁ。

 

頼って欲しいなぁ。

 

この感情は何度も思う。姉妹に頼られたい、でも成長はして欲しい。この感情は矛盾しているんだろうなぁ

 

 

「あれ? ここって……」

 

千冬の止めどなく動いていた綺麗な神の右手が止まる。これは姉のお世話チャンス

 

「あ、そこ分かんないの?」

「はいっス」

「あのね、そこは」

「あ、いや自分でやるっス」

「だ、だよね……」

「……」

 

成長するチャンスを奪うのはダメだよね。ショボーン……なんだか一気に元気がなくなった。でも、妹の自分で頑張ろうと言う素晴らしい姿が見えたので元気になる。

 

「その、春姉……千冬が自分でこの問題を解くから、そしたら答え合わせ一緒にして欲しいっス……」

「……うんっ、しよう! 全問しよう!」

「あ、いや、それはちょっと……」

 

 

流石千冬だなって。うちの心境を分かって絶妙な案を提案してくれるなんて、嬉しいなぁ。こういう接し方もあるんだなぁ。

 

 

この後、互いに正解であったために答え合わせが数秒で終わりちょっと物足りなさがあった。

 

 

◆◆

 

 

 時間が過ぎて、四時頃。もうすぐお兄さんが帰ってくる。そんな中でうち達はテレビを見ている。勉強の息抜きや単純な娯楽を兼ねて最近の姉妹ブームである四時に再放送しているドラマだ。

 

 

 毒舌天才執事とお嬢様の推理物。ソファに姉妹ならんで黙ってただただ画面を見るだけ。面白過ぎて何も言えないのだ。

 

 

「……おおー、そう言う事か……」

 

 

 千秋だけは偶に声を漏らしたりもするが基本的に部屋にはテレビの音だけ。ドラマが終わると一気に場の静けさが消える。そして、面白かったと全員が余韻に浸る。

 

「いやー、流石ね。私もあんな結末になるなんて予想もつかなかったわ」

「我には全てがわかっていたぞ。最初から怪しかったからな」

「嘘つけ」

「嘘じゃないし、始まって一分でわかったし」

「いや、犯人が出始めたの始まってから五分くらいたってからだけど?」

「……」

 

 

千夏と千秋が早速感想を言い合いっこ、うらやましい。うちは千冬としよう。

 

「千冬、どうだった?」

「面白かったっス。犯人のトリックも巧妙で興味深いもので」

「そうだね」

「答えが出た時のあの小骨が取れたような爽快さが溜まらないっス」

「推理ドラマってそこが良いよね」

 

 

やはり、ドラマは面白い。しかも平日毎日どんどん更新してくれるから再放送はお得感が凄いな。普通に放送しているドラマより若干の特別感もある。

 

まぁ、そんなことよりももっと特別感があるのが千冬と感想を言い合えたと言う事なのだが。

 

よし、今度は千夏と千秋と感想を言い合いっこしよう。今はまだ二人で話しているからちょっと待機。

 

 

「はぁ、あの女優の美しさも魅力の一つよね」

「そうだな、確かにあの女優は可愛い」

「可愛いって言うより美しいって感じだと思うけど……まぁ、ここの部屋にも彼女に負けず劣らずの美人が居るわよね」

「……誰の話してるんだ?」

「あらあら千秋、眼が汚れているんじゃないかしら? ほら、ここよ、ここ」

「……どこ?」

「ここよ。ここ」

 

千夏が自分を指さす。確かに千夏は少年週間マンガの表紙を飾るくらいの美人であるが、千秋はまだそれを知らないようだ。

 

「……え? 素でどこ?」

「ここよ!!」

「……」

 

千秋が首をかしげながら千夏の後ろを見る。指が指している場所が千夏を貫通していると思っているらしい。

 

「おい、こら。ワザとでしょ?」

「え?」

「え? じゃないのよ。これはお仕置きコースね」

 

 

千夏は千秋の後ろに回り込んで抑え込みつつ、わき腹をくすぐり始める。綺麗で美しい指を滑らかに生きた蜘蛛のように動かす。

 

「ほれほれ、」

「あ、ちょ、やめ、て、それ、ダメな奴。ククク、アハハ、ちょ、ちょと千夏」

「ほら、ごめんなさい言ったら一分で終わらせてあげるけど」

「ご、ごめんなさい。ワザとやってましたぁ! アハ、だか、ら、や、やめてぇ、らめ、そこぁ、クク、アヒヒ」

 

 

ジタバタと手足を動かして、笑いが止まらない千秋。是非ともうちも体験してみたい。

 

「春姉、何か変な事考えてないっスか……?」

「全く考えてないよ。うちも体験したいとか全く思ってない」

「いや、思いっきり思ってるじゃないっスか……」

「いやいや、思ってないよ」

 

 

眼福だなとただただ思う。

 

 

「やっぱりわざとなんじゃない!」

「ご、ごめんよぉー」

 

 

優しい千夏はそれから一分ではなく十秒ほどでくすぐりを終了させた。あれ、うちもふざけた事言えばやってくれるかな……前みたいに。

 

 

「はぁはぁ、クソ夏コラ! 許さないぞコラ!」

「はい? 呼んだ?」

「あひゅ!」

 

 

千夏は千秋の首元を指先で僅かに触れる。それだけで千秋は声を上げた。

 

「くすぐった後にアンタの体が過敏になるのは知ってるのよ、ほれほれ、ツンツン」

「ううぅ、もうやめろ! 今日は我の負けで良いから!」

「なら良し!」

 

一体いつの間に勝負になっていたんだろう。でも、なんか仲良さげだから問題ないよね。

 

「毎回思うっスけど夏姉って……やり過ぎじゃ……」

「あら? これでもかなり抑えてるわよ」

「ええ? そうなんスか……? ……やっぱり夏姉はドエス……」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も」

「そう……冬もくすぐってあげよっか? 前みたいに?」

「い、いや、それは勘弁っス!」

「遠慮しないで良いのに。前は喜んでたじゃない」

「……そんな時期ないっスよ……いや、本当にちょっとだけあったっスね……」

 

 

千夏がくすぐりを始めてやったのって寒い冬の日だったなぁ。狭い古い部屋で面白いことなくて暇でそんな時、ふと思いついたように急にそれをやり始めた。

 

寂しくて、寒い。そんな悲しい感情を一時忘れられた。多分だけど、あれは狙ってやってたんだろうなぁ。うちもやられて、千秋も千冬もやられてやり返したりもした。あの時の事は忘れない。

 

お腹から笑って汗をかいて体が暖かくなった。だけど、それ以上に心が暖かかった。

 

何だか、懐かしいな。今ではその喜びも薄れてしまう程に幸福だけれでも

 

 

「千夏、うちにやって」

 

 

 

やっぱりくすぐって欲しい。

 

 

「ええ? 春はちょっと……」

「なんで? 姉にやってよ」

「春って、その、私の期待してる感じじゃないんだもん……なんか、リアクション薄いって言うか」

「アハハは! これでどう? これくらいで笑うよ?」

「う、うーん……キャラ崩壊してるし、今回は止めておく……」

「そ、そんな、姉と妹の大事なコミュニケーションなのに……」

「そ、そんな落ち込む? わ、分かったわよ、ちょっとだけね?」

「是非」

「……落ち込んだふりしてたわね」

 

 

千夏がしてやられたと言う表情でうちのわき腹をくすぐる。ふふふ、姉は強しなんだよ。千夏。

 

「何だか、懐かしくて嬉しいな」

「これが?」

「そう、これが」

「ふーん……」

 

ぶっきらぼうに返事して彼女はすぐにくすぐりを止めた。僅かな時だったけど懐かしく嬉しかった。だけど、あの時ほどの幸せではなかった。

 

――酷い環境ではあの瞬間は煌めいたのだ。

 

辛い物を食べた後に甘い物を食べるとその甘さをより一層感じられる。だけど、甘い物を食べた後に甘い物を食べても甘いけど、前者には劣る。

 

今どれだけ幸せなのも再認識した。当たり前になりつつあるこの日常にもう一度感謝をしないといけないのだろう。

 

お兄さんに感謝をしないと……

 

 

そう考えていると辺りが暗くなり始めている。家のシャッターを閉めないと、最近うちが覚えたこの家の仕事をきっちりやって行く。大したことはないけれども。

 

そうこうしていると家のドアが開く音が聞こえる。お兄さんが帰ってきたのだ

 

「カイト! お帰り! 熱下がって良かった!」

「ただいま、千秋のおかげだ」

「えへへ、そうかそうか、我のおかげか!」

「ああ、後は皆のおかげだな」

「そうだな! 千春も千夏も千冬も心配してからその心が伝わったんだな!」

「良い事言うな、まさしくその通りだ」

「魁人さんお帰りなさいっス」

「ただいま千冬」

「お兄さんお帰り」

「ただいま千春」

 

千秋良い事言うなぁ、詩人になれるねこれは。千秋とうちと千冬がお帰りとスムーズに言う中で千夏は上手く言葉で出ないようだ。

 

「ただいま、千夏」

「お、おかえりなさい……」

 

 

あまり上手くは言えないけど千夏もお帰りと言う。眼は逸らしてうちの背中には隠れているけど距離は格段に近づいている。

 

「カイト、お正月だぞ。餅食べたい!」

「そうだな、年越したら食べよう。だが、その前に初詣だな。早起きしないとかなり混雑するからな。帰って来て落ち着いたら食べよう」

「おおー、良いな!」

「何味が食べたいんだ?」

「我は全部だな」

「よし、出来る限り準備しよう」

「おおー! 最高!」

 

 

……千秋、距離近すぎじゃない? 良い事だけどね……うん、良い事だけどね。

 

 

「カイト見て! この宿題のドリル終わらせた!」

「凄いな」

「答え見てないぞ!」

「益々凄い」

「えへへ、偉い我の頭撫でても良いんだぞ?」

「え? 良いの?」

「勿論」

「そ、そうか。あまりそう言う接触はしていいのか悩んでいたんだが……よし、撫でるぞ」

「うん」

 

お兄さんは軽く右手を千秋の頭の上に乗せた。そして、ちょっとだけ撫でる。

 

「宿題頑張って凄いな、千秋」

「っ……」

「あれ? 何か不味かった」

 

 

頭を撫でられた千秋が固まった。その挙動にお兄さんが心配して千秋の顔色をうかがう。

 

「うんうん、違う。初めてでビックリしただけ……カイトの手って大きいんだな……暖かくて安心する……」

「そ、そうか? まぁ、大人だから普通かな?」

「もっと撫でて」

「あ、ああ、いいぞ」

 

頭を撫でで貰う千秋の顔は凄く嬉しそうだった。新鮮な姉妹以外の他者からの愛情。それを知ってまた一歩彼女は大人になったのかもしれない。

 

そして、お兄さんは数回撫でてこれくらいで良いかなと言う所で手を止める

 

「まだ、やって」

「え? まだか?」

「まだまだだ」

「お、おう……ちょっと恥ずかしいな……」

 

 

お兄さん的には少し恥ずかしいらしい。千秋はお兄さんの頭ナデナデをかなり気に入ったようだ。

 

「もう、いいか?」

「まだ」

「ご飯作らないといけないんだ。まだ、後でさせてくれ」

「……分かった」

 

そう言ってお兄さんは千秋から手を離す。お兄さんは撫でていた手を見てちょっとだけ嬉しそうにしていた。

 

 

……うちも千秋の頭を撫でたくなって来た。別にお兄さんに対抗したいとかではない。

 

 

「千秋、おいで」

「ん?」

 

うちが手を広げてこっちにおいでと手招きをする。

 

「どうした?」

 

撫でたいと言う意思表示に手のひらを見せる。これで千秋は分かってくれるだろう。

 

「お、分かった。へい!」

 

パチンと千秋がうちの手にハイタッチをする。違う違うそうじゃ、そうじゃない。

 

「そうじゃなくて頭を撫でたいって事」

「あ、そっちか! どうぞどうぞ、好きにするが良い」

「うん、それじゃあ」

 

 

うちも軽く千秋の頭を撫でた。

 

 

……久しぶりに撫でたけど前より大きくなった気がする。あの時とはもう違うよね。成長してるんだなぁとしみじみ感じる。新しい経験をして、知らない愛を知って、どんどん離れていってしまうような気がして寂しい。

 

 

本当に離れ離れになるときって来るのかなぁ……違う道を歩んでいくときって来るのかなぁ。出来ればずっと一緒が良いよ。

 

ずっと一緒に。四人で……うんうん、違う。()()()

 

 

 




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27話 お正月

感想等ありがとうございます


 年末とは忙しいものだ。大掃除やら忘年会などイベントが目白押しだ。特に社会人にとって忘年会は面倒くさい物だと俺は考えている。特に行きたくも無いのに割り勘でお酒やら食い物を気を遣って飲み食い。

 まぁ、ここばかりは好き嫌いや人間関係の多様さなどによって変わるんだろうけどさ。

 

どちらにしろ、俺は忘年会に言っている暇がないと今年は断った。

 

 

 パパの時間を優先すると言う正当かつ絶対の理由があるからだ。だからこそ現在、布団を外に干している。

 

 

「お兄さん、新聞紙で窓ふき終わりました」」

「ありがとう千春」

「いえ……あとは何をすればいいですか?」

「うーん、特に後はいいぞ?」

「ですが……」

「あー、じゃあ、千秋と千夏の様子を見ててくれ。お風呂掃除してくれてるんだが……」

「分かりました」

 

 

家の窓を開けて空気の入れ替えや窓ふきをやってくれた千春。三角巾を頭に巻いてテキパキ仕事をしてくれる。更に自ら次へ次へと私語を所望するなんて嬉し過ぎるぜ。四人が手伝ってくれているために例年より早く終わりそうだ。

 

千夏と千秋はお風呂掃除。千冬は掃除機を至る所でかけてくれている。

 

俺は布団干しやトイレ掃除などに集中できるから本当に助かっている。自分の仕事に集中していると今度は千冬が俺の側に寄って来る。彼女も頭に三角巾を巻いて髪を纏め、手には掃除機。

 

「魁人さん、掃除機で粗方掃除終わったっス」

「ありがとう。後は休んでいいぞ」

「そうっスか……」

 

 

しっかり者の千冬の事だから粗方なんて言うけど、念入りに掃除したんだろうなぁ。気を入れ過ぎて疲れてるだろう。一旦休んだ方が良い。と思い彼女に言ったのだが彼女は掃除機を持ったままソワソワしてその場から動かない。

 

「あ、あの、魁人さん……」

「どうした?」

「ち、千冬は、掃除を頑張ったっス……多分、一番……だから千冬は良い子で……その、秋姉みたいに頭を……」

 

 

あれ? 天使かな? と思ったら千冬だった。全く、俺の老眼にも困ったもんだぜ。千冬は顔赤くして三角巾をして掃除機を持ったまま俯きながらもチラチラとこちらを見る。

 

俺は彼女の三角巾を外して手をポンと乗せて数回撫でた。千冬は最初はビックリしたのかくすぐったいのか分からないが肩を強張らせていたが撫でるたびに落ち着いて行った。

 

「んっ……えへへ……」

 

 

 

可愛すぎるぜ。頭を撫でると言う行為をやって良いのか分からず、四苦八苦するときもあったが千秋をきっかけに千冬も頭撫でを許可してくれるなんて……勢い余ってパパ呼びしてくれないかな?

 

「千冬」

「ん?」

「パパって呼んでも良いんだぞ?」

「……? 魁人さんはパパって感じがしないっスから……それは千冬的に違和感が残るっス……」

「そ、そうかー」

 

 

娘にパパと呼んでもらうにはまだまだパパレベルが足りないみたいだ。ま、まぁ、しょうがないよな、これから頑張って心を開いてもらおう……

 

パパがダメならお父さんとか、父さんとかでも良いんだがそれはもう少ししてからだな。

 

遠い目になりながらも僅かに未来を幻視する。

 

 

「あ、そろそろ掃除再開しても良いか?」

「も、もうちょっとだけ、このままでっ……」

「わ、分かった」

 

 

千秋と千冬は頭の感触が似ている気がする。あと、笑顔とか……それはそれとして普通に恥ずかしいな……

 

世の中のお父さんたちはこういうことしてるのか? 反抗期とかくる中でどこまで頭とか撫でて良いのか。思春期になるとパパに反抗したり話したくない娘は居ると聞く。

 

父親の情報とかも集めた方が良いのかもしれない。

 

 

「ああー! 千冬ズルい!」

 

いつの間にか、お風呂掃除を終わらせた千秋がベランダに来ていた。

 

「カイト、我も頑張ったぞ! 頭撫でて!」

「頑張ったな千秋、ありがとう」

 

 

左手で千秋の頭を撫でる。最近、これをやる頻度が増えて何だか嬉しい。千秋と千冬の顔ってやっぱり似てるな、姉妹だから当然だけど。

 

目元とか、高い花、笑った時の口元。似てるなぁ……。

 

 

守りたいこの笑顔。

 

 

反抗期来たら俺は大分、萎えるだろうなぁ。ゲームではないこの現実で、知っているようで知らない二人を見ながらそんなことを思った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 新年まであと少し、俺はそんな中でコタツに入ってテレビを見ていた。四姉妹は掃除で疲れているのだろう。すぐに寝てしまった。明日は早起きをして初詣に出かけると言う理由もあるんだけど。

 

 本当に掃除を頑張ってくれた……以前よりも接する機会も会話も増えた。出会ったのは夏なのにもうすぐ年を越す。時間の流れと言うのは速いような遅いような、何とも言えないこの気持ち。

 

 引き取ると決めて、勢いで引き取り、何となくで子育てをしている今。複雑な現在であるのだが不思議と充実以外の何物でないと感じている。

 

 食事も会話も睡眠も何もかもが新鮮で常に何か得るものがある気がする。それが経験値となり自分が変わっている気がする。気のせいかもしれないけど……

 

 

 今日の掃除だってそうだ、新たな経験。娘と大掃除なんて誰にでも体験できるものじゃない。そもそも俺が誰かと掃除をしたなんて学校での班清掃くらいしか記憶にないな。前世ってどんな感じだったっけ?

 

 普通に義務教育をしながらも多少の部活動……中学時代はバレー部で活動。一度も公式戦に出ることなく、高校へ。高校でもバレーをやってたった一度だけ公式戦に出場してそれっきり退部して、そこから『響け恋心』やって、死んで……

 

 ああー、ろくな人生ではない事だけは確かだ。色恋沙汰なんて一切無縁、結婚のけの文字すらない人生。

 

 子供に恵まれるなんてあり得ない。今世の記憶も全てではないがある程度あるが今世も色恋沙汰なんて殆ど、いや全くない人生である事は知っている。

 

 だからこそ、娘に囲まれる生活は本来ならあり得ない。手が届かないような幸せ。

 

 俺は四人に感謝をされている。だが、俺もまた感謝を忘れてはならない。この広い家にたった一人。テレビの音、食器を洗う時の水道の音くらいしか聞こえなかった。だが、最近はちょっとうるさいのではと言う程に声が聞こえる。

 

 それがどれだけやすらぎ、幸福、安心、至福の感情になる事だろう。どれだけ、明日をその日その日を頑張れる活力になる事だろう。

 

 最初は俺が施しを与えるつもりだった。だが、それは今では全くの逆になっている。

 

 四人が起きてきたら真っ先に言おう、

 

 

――今年もよろしくと……

 

 

 

◆◆

 

 

「早く起きろ! 初詣に行くぞ!」

 

 

珍しく千秋が一番に起きて、うちや千冬、千夏を起こすと言ういつもとは真逆のパターン。うち達を起こすと寝癖がついたまま彼女は下に降りていく。楽しみで仕方ないのだろう。

 

いつも通り、身だしなみを整える。髪を纏めて上げたりとかしてあげたり、買って貰った服に着替えて……ある程度を終えてリビングに入る。するとうち達はちょっと珍しいものを見ることになる。

 

「あれ? カイト寝てる……」

 

お兄さんがパジャマ姿でコタツに入って寝ていたのだ。

 

「魁人さんが寝坊って今まで無かったっスね……なんか、起こしたくないっス……」

「そうだね……疲れてるのかもしれないし、初詣はなs……」

「カイトー! 起きろー!」

「秋って遠慮しないわよね……」

 

 

千秋がお兄さんの体をゆさゆさと両手で揺さぶる。千秋は本当に早く狭山不動尊に行きたくて仕方ないんだろうなぁ……

 

 

数回揺さぶるとお兄さんは目を覚ます。

 

「カイト、初詣行くぞ!」

「……あっ!? ごめん! 直ぐしたくする!!」

 

 

お兄さんは大慌てでコタツから出て足をぶつける。

 

「いつっ……」

 

 

そのまま急いでリビングを出る前にクルリとこちらを振り返り寝癖のついた髪のままぎこちない笑みを溢す。

 

「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」

 

 

そのまま猛ダッシュでうち達の反応を見ることなく二階に上がっていた。千秋が大声でこの部屋に居ないお兄さんに聞こえるように返事をする

 

「今年じゃなくて、ずっとよろしくな! カイト!」

 

お兄さんの顔は見えないけどきっと笑っているんだろうな。

 

今年もよろしくお願いします。お兄さん。

 

 

◆◆

 

 

「ああー、混んでるなぁ」

 

電車に乗り西武球場前で降りたうち達は本堂でお参りをするために現在、大行列に並んでいる。坂がジグザクに上に続いており、それと同じに人も本堂に向かってジグザクに並んでいる。

 

 

「すまん、俺が寝坊したから」

「いや、カイトのせいじゃないぞ。どちらにしろ並んだはずだ」

「そうっスよ、この人の数じゃあまり大した変わりはないはずっス」

「そうだね」

「……まぁ、そうね」

「ありがとうな、四人共。寒いだろ、これ暖めといたホッカイロだ、使ってくれ」

 

 

お兄さんが黒いジャンバーのポケットから既に暖かいホッカイロ四つ取り出し、うち達にそれぞれ渡す。冷えていた手がじんわりと暖かい。

 

「サンキュー、カイト」

「ありがとうございまス」

「ありがとう、お兄さん」

「……どうも」

 

 

お兄さんは気にするなと一言言った。本堂までの道のりは長い、これで快適に過ごせる。

 

「あったけぇ……これで我の冷えた手に再び闘志がやどるぜぇ」

「新年から見事な厨二だこと……」

「まぁ、それが秋姉っスよ」

「そうだよ、厨二な千秋は可愛くて素敵だよ」

 

 

姉妹で手を温めながら会話をしているとピコンと何やら電子音が。発信源を全員で見るとお兄さんの懐だ。

 

お兄さんは懐からスマホを取り出して画面を見る。

 

 

「お兄さん、どうしたんですか?」

「会社の同僚から挨拶が来たんだ」

「へぇー、そうなんですか」

 

 

そう言えばあんまりお兄さんの仕事の話とか聞かないな。実際どんな感じなんだろう。

 

「お兄さん、仕事場の人ってどんな人ですか?」

「え? あー、名前は佐々木小次郎」

「歴史上の人物と同じですね」

「ああ、なんでも親が佐々木小次郎が好きらしくて、佐々木と言う苗字なら子供の名前は小次郎だと言う理由から佐々木小次郎になったらしい。因みに性格は歴史以下だな」

「そうなんですか……」

「だが、こういう律儀な所もあるから憎めない不思議な奴だな」

 

 

お兄さんは画面にタップして返信を送っているようだ。佐々木小次郎、もしかしてお葬式の時にお兄さんと一緒にいた人かな……

 

そんな事を考えていると千秋がお兄さんのスマホをジィーっと見ていた。お兄さんもその視線に気づいてどうしたと千秋に視線を返す。

 

「カイト、スマホ貸して! 使いたい!」

「ああ、そう言う事か。勿論いいぞ」

「わーい!」

「あ、ちょっと待った! 削除削除……文字変換初期化……」

 

 

お兄さんは一体何をしているのだろう。時間にして数秒お兄さんは千秋にスマホを渡す。スマホなんて今まで使う事なんて無かったから新鮮で未知でワクワクしていることが伝わってくる。

 

「おおー! 動画見て良いか!?」

「いいぞ」

「わーい。えっと、料理動画、それともゲーム実況か……はたまた可愛い動物か……」

「ちょ、ちょっと、私にも見せないさよッ。独り占めはずるいわ」

「千冬も見たいッス……」

 

皆、興味津々だなぁ。やっぱり動画見れたりゲームできたりするスマホは子供にとって魅力以外の何物でもない。

 

千秋が独占して両隣から千夏と千冬が割り込むように覗き込む。

 

「「「おおー」」」

 

三人がなにやら感嘆の声を上げる。一体何を見ているのか少し気になるけど、うちが割り込むと姉の威厳が損なわれそう。

 

「千春は見ないのか?」

「うちは大丈夫です」

「そうか……よし、千秋、使うのは十分交代だ。十分したらスマホを渡して皆で仲良く使うんだぞ」

「分かった!」

 

 

お兄さんはうちの気遣ってくれたのだろうか。お兄さんを見ると列の先を見ていてこちらの視線には気づかない。

 

偶然か、狙ってなのか……どちらにしろ感謝はしないと。

 

「ありがとうございます」

「ん? あー、うん、仲良く使ってくれよ」

 

 

お兄さんは何てことないように言って再び視線を先の列に向ける。そして、まだ先は長いなぁっとため息を吐いた。

 

一方、妹達は列の事なんて忘れてスマホの画面に喰いついている。

 

「はい、次私! 私の番!」

「いや、まだだし」

「私よ、もう十分経ったじゃない!」

「っち」

 

千秋は舌打ちして千夏に渡す。

 

「私はね……魚をさばくやつ見るわ」

 

 

千夏はタップしてそのまま横画面にして動画を見る。暫くすると千冬に交代。ちょっと離れたところからうちは見ている。

 

「千冬は恋愛雑学って奴にするッス」

「また恋愛? アンタ本当に好きね」

「恋愛マスターでも目指しているのか?」

「いや、別に……」

 

 

千冬はそっぽを向きながら動画を再生。何やら真剣に知識を蓄えているが千夏はまだ興味ありげに見るが、千秋は全くと言っていい程興味がないようで欠伸をしている。

 

そして、再び十分が経ってうちにスマホが……おおー、この金属感、僅かな重み、これがスマホ。

 

「春は何見るの?」

「うちは猫の動画かな」

「おおー、我も好きだぞ」

「千冬も猫好きっス」

「じゃあ、皆で見よっか」

 

 

うちは画面の横にする。するとうちと妹の肩と肩が当たる、そして、背中からも体が密着すると言う最高の陣営。

 

猫も可愛い、妹も可愛い、ああ、ここが天国かぁ。列が凄い長いはずなのに天国の時間はあっという間で直ぐに本堂近くまで列は進んだ。

 

本当に楽しい時間はあっという間。浦島太郎の気持ちが良く分かる。あの陣営のままおばあさんになってもうちは気付かないだろうなぁ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、百円玉。これをお賽銭箱に入れるんだ」

 

 

行列に並んで一時間ほど、とうとう本堂まで到着した。後ろにもお客さんが控えている。なるべく早く場所は空けないとな。

 

四人に百円玉を渡す。お賽銭の為だ。お賽銭を賽銭箱に入れて二礼二拍手一礼、四人もお賽銭を入れて目を閉じ何かを願っている。俺は何をお願いすればいいんだろうか。

 

 

実を言うと神様とかそこまで信じているわけじゃない。全く信じていないとも言えないがだからと言って信じているとも言い難い。

 

「ハンバーグと豚の角煮とハンバーガーが食べれますように、あとはパンダチョコと

タケノコチョコとキノコチョコも食べれますように、あとは……」

 

 

千秋、それは神ではなく俺に頼んでくれればいいんだぞ。千秋は声に出すが千春と千夏と千冬は声に出さず黙って手を合わせている。

 

 

何を願っているのだろう。意外と食べ物だったりするのかな?

 

俺はどうしようか。神に頼むつもりはないが……

 

良いパパになれますように……と祈ろう。あとは全員の健康、健全な成長。

 

だが、これって全て俺行動次第だからあまり当てにはしないけど。

 

お願いをした後はすぐさま本堂を離れる、帰りは本堂に来た時とは別の道を歩いて行くとおみくじがある。千秋を見ると目がおみくじしたいと言っているので百円を渡す。

 

勿論、千春たちにも。

 

「お兄さん、良いんですか?」

「いいんだよ。気にするな」

「ありがとうございます」

 

 

二百円でそんな遠慮とかしなくていいんだがなぁ。いや、お金は凄い大事だからそういう所は律儀と言うかしっかりしているなぁとも思うけどさ。

 

「よっしゃー! 大吉! 見て見て! カイト!」

 

 

俺も子供の頃はおみくじが好きだったなぁ。元気よく俺に紙を見せる千秋をみながらそんな感慨深げに過去を振り返る。

 

 

「おおー、凄いな」

 

 

 俺は千秋の広げたおみくじを読んでみる。

 

 ふむふむ、学問、難あり。相場、関係なし。旅行、ドンドン行け。失せ物、いずれ見つかる。商売、関係なし。待ち人、既に捕まえている。

 

おみくじってこんなんだっけ? あんまり引かないから分からないけど……

 

「どうだ!」

「凄いなぁ」

 

エッヘンと胸を張る千秋。さてさて、千春とかはどうだ?

 

俺と同じように気になっている千秋が三人に聞いていく。

 

「千春たちはどうだ!?」

「うちも大吉だった」

「私も……」

「……千冬は吉っス……」

 

 

吉って大吉の次だからそんなに悪くはないんだが自分だけ吉って言うのは嫌だよな

 

「千冬、もう一回引こう」

「え? で、でも」

「気にするな。何度も引いて四人全員大吉にしよう」

 

再び、百円を渡す。

 

「ありがとうございまス……」

 

千冬はもう一度お金を払っておみくじを引く。

 

「あ、だ、大吉……」

「やったね、千冬」

「おおー、良かったな! 千冬」

「良かったわね」

 

どうやら、今度は大吉のようだ。良かった良かった。まぁ、出るまで何度でも引かせるつもりだったけど。

 

 

「か、魁人さん、み、見て欲しいッス……」

「やったな。大吉じゃないか。新年良いスタートきれそうだな」

「はいっス」

 

 

彼女の大吉のおみくじに目を通す。学問、難無し。相場、商売関係なし。旅行、行け。失せ物、見失った時は見つけて貰え。待ち人、既に居る

 

 

 学問問題なしか。まぁ、確かに千冬なら問題なんて無いような気がするな。意外と当たってるのか? でも占いってバーナム効果って奴で誰に対してもそれっぽい事を言うらしいと言う事を聞いたことあるかな。実際どうなんだろう。

 

 まぁ、嘘だとしてもプラシーボ効果で自分は運があると思った方が人生楽しいし、どちらにしても大吉で悪い事は無いな。

 

 

「カイトは引かないのか?」

「あー、どうしよう」

「引くんだ! カイト! カード開封動画見てる気分になって我が楽しいから!」

「じゃ、引くか」

 

俺も百円を払って一枚おみくじを引いて見る。

 

 

「あ、吉だな」

「そうかぁ……カイトは吉か……一緒が良かった……」

「もう一回引こう」

 

 

千秋の顔見たら大吉以外の結果はあり得ない。再度、百円を支払っておみくじを引く。

 

「よし、大吉だ」

「おおー! やったぁ! 全員で大吉だ!」

 

 

千秋の喜ぶ顔が見えて嬉しいなぁ。さて、折角だから大吉に書かれている事でも読んでみるか。

 

学問、導くべし。相場商売、大抵うまいく。旅行、連れていけ。失せ物、その内見つかる。

 

 まぁ、それっぽい事書いてあるなぁと冷めてしまうのは俺が心の荒んだ大人だからなぁ。

 

 待ち人、育成中

 

 ははっ、ふざけた事も書いてあるなぁ。こういうユーモアも最近のおみくじは取り入れているのかな?

 

「さて、千冬、俺達は吉の紙をあの縄に括りに行こう」

「は、はいっス」

 

 

今年引いたおみくじは持ち歩くのが普通らしい、古い物は括り付ける。大きい二つの木の板の間に縄が三本程かかっている。

 

「ここに括るんだ? できるか?」

「は、はいっス……」

 

中々、手こずっているようだな。手伝ってあげたいが俺も括れない。縛れない。紙が破れそう……薄皮一枚繋がった紙で何とか出来た。あと一歩で完全にちぎれてきた。寒くて手がかじかんでしまうから難しい。

 

「千冬、お姉ちゃんあやってあげよっか?」

「これくらい一人で……」

 

千冬も手こずってるな。この寒さや意外に小さいおみくじの紙だとそうなってしまう。

 

「で、できた」

「おおー、千冬器用だな。綺麗に括ってある」

「ど、どうも」

 

俺より綺麗なんだけど。やり直した方が良いかな……いや、別にいいや。時間かかるし寒いし、四人もそろそろ帰りたいだろう。

 

「……よし、じゃあ帰るか」

「カイト! あそこに牛の焼き串売ってるから食べたい!」

 

 

千秋が本堂から少し外れたところにある牛串焼き屋さんを指さす。こんな所にあるのか。西武球場前の駅からここまでにも出店は沢山あったけど。確かに良い匂いが漂ってきて食べたいと言う気持ちが良く分かる。

 

「そうだな、少し小腹も減ったし食べよう」

「わーい!」

 

 

五人で出店のような串焼きやに並ぶ。

 

 

「千秋は牛串でいいのか?」

「うん! あ、でも後はつくねも!」

「千冬はどうする?」

「ち、千冬はお腹空いてないっス……」

「そうなのか?」

「千春は?」

「うちもお腹空いてないです」

「千夏は?」

「同じく……」

 

 

また遠慮しているのか。確かに串は一本500円くらいする、ワンコインって結構高いけど……クリスマスから年末年始は出費がかさむと言う事はパパであるなら誰でも理解している世界の真理だろう。

 

だから、俺は全く気にしていない。

 

「……三人共、千秋を見習うんだ。千秋のような甘え上手を目指せ。俺はもう、正月とは金を使うものだと思っている。だから、遠慮せずに甘えたり強請たりしてくれ」

「じゃあ、クレープも食べたい!」

「いいだろうさ」

 

千秋が真っ先にお願いをする。さて、三人はどうだ? どうする、どうすると言う視線を交差させている三人。

 

「「「……」」」

 

 

まぁ、そう簡単にはね。クリスマスの時もそうだが遠慮しすぎでは? だが、駅までの帰りの道にはお正月と言う事もあり沢山の出店が立ち並んでいる。絶対何か食べたい物は一つあるはずだ。

 

「はい、牛串とつくねお待ち」

「わーい!」

 

千秋がつくねと牛串を両手で持って贅沢二刀流スタイルで食べる。それを見て三人がごくりと生唾を飲んだ。

 

匂いも肉汁も食欲を掻き立てる。そして、なにより美味しそうに食べてる子を見ていると腹が減る。ラーメン番組を見ているときにラーメンが食べたくなる原理だ。

 

「あ、秋……それ、特にその牛串美味しいの?」

「言わないと分からないか? この肉の汁を見よ」

「……一口くれない?」

「カイトに買って貰えばいいだろ?」

「……いや、まぁ、そうかもしれないけど……」

 

 

なるほどな、千夏は牛串の方が食べたいのか。よし、買おう。ワンコインで購入してそれを千夏に渡す。

 

「はい、千夏」

「……良いんですか? これ、高いです……」

「そこはありがとうって言うんだぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 

千夏は恐る恐る牛串を手に取る。そのまま小さい口でぱくぱく食べ始める。千冬はつくねの方が気になっているようだからつくねにしよう。

 

「はい、千冬」

「あ、はい……ありがとうございまス……」

 

 

本当は千冬たちからどんどん我儘を言って欲しいけどそれは難しいから、こんな強引な手になってしまった。

 

 

「千春はどうする?」

「うちは……」

「クレープとかあるぞ」

「……でも、千秋に言ったが遠慮しすぎるのも逆に相手を不快にする場合がある。俺は千春が良い事言うのを分かっているからそんなことはないけどさ」

「……じゃあ、あの鳥の塩皮の奴を買って欲しいです」

「渋いな」

 

 

千春がちょっと照れながらメニューの看板を指さす。千春と千夏と千冬は遠慮が癖になってるんだろうなぁ。環境がそう言うのを抑制するのが当たり前だから。

 

「はい、これ」

「ありがとうございます、お兄さん」

 

四人と食べ歩きながら駅の方向に向かう。

 

「千春、それ一口頂戴!」

「いいよ」

「……う、うめぇ。なにこれ?」

「鳥皮だよ」

「そっかぁ。お返しにこのつくね一口あげる!」

「っ……感動。ありがとう」

 

 

微笑ましい。今日は寝坊をしてしまったけど無事に初詣終わって良かったなぁ。プレゼントした服も着てくれてるし。

 

最高のスタートがきれたぜ……

 

四人の歩く背中を見ながら俺はそう思った。

 

 

◆◆

 

 

 初詣に行ったうち達はお兄さんの家に帰ってきた。帰りにクレープやらたこ焼などを食べたのでお腹が膨れている。

 

「う、うーん、今日夕食食べれるかしら?」

「難しいかもね」

 

 

うちと千夏は二階の部屋で着替えをしている。イヤリングを外して簡易な服に身を包む。初詣って凄く楽しい行事なのだと初めて知った。そういえば、千夏のおみくじ大吉だったことしか知らない。

 

「千夏、おみくじどんな感じだったか見ていい?」

「いいわよー」

 

そう言って千夏はおみくじをうちに渡す。正直言うと神と言う存在をうちは信じていない。だが、なんとなく気になった。

 

バーナム効果やプラシーボ効果など頭に浮かぶ。実際神っているのかな? 今日もおみくじって信憑性あるのかなと思いながらも姉妹と同じことをしたいと言う気持ちでお兄さんにおみくじを引かせてもらった。

 

「どうよ、私の強運は」

「凄いね」

 

学問、難あり。相場商売、関係なし。旅行、行った方が良い、失せ物、なし。待ち人、灯台下暗し。

 

あんまりおみくじって引かないけどこういうのが最近普通なのかな? 何とも言えない変わった感じがする。ただ、最初の学問は当たっている気がするなぁ。

 

ここはうちの千夏育成次第かもしれない。結局は自分の努力などが一番大事だけど……

 

それにしても……待ち人、灯台下暗しってどういう事? 人は身近な物に気づかないって意味だけど。ユーモアも最近は取り入れているのかな?

 

 

そう言えばうちの引いたおみくじにも変わった事が書いてあった。

 

 

学問、問題なし。相場商売、関係なし。旅行、行け。失せ物、いずれ見つけられる。ここら辺までは割と普通だなと思った。ただ、最後の待ち人の欄に意味が分からない事が書いてあった。

 

 

待ち人、育成中。

 

 

なに? 育成中って……って思ったけど。ユーモアかぁ……確かに時代は変わりゆくからこういうおみくじが最近の主流なのかな?

 

 

 

「ねぇねぇ、あそこのたこ焼美味しくなかった!?」

「美味しかったね。うち的にはエビの入った奴も好きだったけど」

「そうよね! あとあのチョコバナナクレープ! クリームの量が多くて!」

 

 

千夏も食べることって好きだから、お兄さんに食べさせてもらった今日の食べ物が忘れられないようだ。

 

確かに美味しかった。初めてああいう場で食べ歩きをした気がする。お金に上限があるのが以前だったから凄く自由で楽しかった。

 

ついつい遠慮をしてしまったけど、そこはお兄さんが上手く場を回してくれた。あと、千秋が遠慮しない事で自分たちもしていいのかなと思えたことも今日を楽しめた要因だろう。

 

お兄さんと千秋って凄いなぁ……

 

「ねぇ、あの輪投げはズルくなかった! 我が人形に入ったのに下まできちんと落ちないと商品ゲットじゃないとか、あと射的絶対、重石使ってた!」

 

 

千夏も大分楽しめたみたいで良かったなぁ。ありがとうございます、お兄さん。頭が上がりません。

 

 

 




面白ければモチベーションになるので高評価、感想宜しくお願い致します。


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28話 冬休み

感想等ありがとうございます。


 おみくじ。特に信じてもいなければ、これからも信じるような事は無いと思う。だが、娘信じているのであれば話は違う。

 

「カイト、旅行に行きたい」

 

 

初詣に行って家に帰ってきた後、暫くして落ち着いた時間が取れるとおみくじで旅行に行けと千秋は出たようでそこから行きたいと俺に懇願する。

うーん、確かにおみくじにも連れていけと書いてあったが急にはな。予約とか色々あるし。行くなら良いところに行きたい。それにこの時期はどこも混んでいるだろう。

 

 

「春休みにしないか?」

「うーん……分かった!」

 

 

千秋は良い子だな。旅行は絶対に奮発していい場所にしよう。

 

「千秋、何処に旅行行くか今のうちに決めておこう」

「おおー、そうしよう、そうしよう!」

 

スマホを取り出して千秋にそれを見せる。俺が座っているソファの隣に千秋が座る。

 

 

「美味しい物食べたい!」

「そうだな、北海道のザンギとかいいな」

「ザンギって何だ?」

「北海道版から揚げみたいな感じだな。でもから揚げじゃない。そして凄く美味しい」

「じゅるり……北海道行きたい……」

「食べ歩きなんていいんじゃないか。エビ、ホタテ、いくら、豚丼、ジンギスカン、札幌ラーメン」

「ゴクリんこ……北海道にしよう」

 

千秋、思わず二度も唾を飲んでしまっている。余程、食べたくて仕方ないんだろう。そして、さらにぐうぅっとお腹が鳴る。

 

聞こえないふりをしてあげよう。

 

「あわわわっ……」

 

 

顔を真っ赤にしている千秋を見たらそうするしか選択はない。千秋も幼い言動を見ることが多いが一人の立派な女の子。お腹が減ってなってしまった音は恥ずかしいのは至極当然。

 

「ち、ちがう! 今のは、えっと……げ、げほんげほん。せ、咳だ!」

「そうか、良く分からないが何も聞こえなかったから気にしなくていいぞ」

「そ、そうかぁ、聞こえなかったなら良かったぁ……」

 

 

 

ほっと胸をなでおろす千秋。レディーである娘を尊重するのも父としての役割だろう。聞こえないふり、分からないふり。眼を細めて口元をへの字にして惚ける。上手く行って良かった。

 

 

 

「あ、北海道も良いんだが千春や千夏、千冬にも行先を聞いておこう」

「分かった! 我が聞いてくる!」

 

 

 勢いよく部屋から出て行く千秋。旅行が楽しみで仕方ないと言うのが走り去る天真爛漫な姿から伝わってくる。彼女の元気のよい足音は不思議と心地よい。

 

 そして、あと、笑顔が可愛い。全部ここに持ってかれる。結局、可愛い笑顔が良いんだ。あと、性格も可愛い。ここが重要だ。

 

 

 正直、全国で一番うちの娘が可愛いんじゃないか? と思わず思ってしまう。授業参観で千秋の眩しい姿を見たら他の子が千秋の眩しさで見えないかもしれない。

 

「カイト! 聞いてきた。皆北海道が良いって!」

「そうかぁ、じゃあ北海道で美味しい物を食べ歩きツアーをしよう」

「わーい!」

 

――ぐぅぅ

 

再び千秋のお腹の音が聞こえて、千秋の顔は真っ赤になる。聞こえないふり、口をへの字にして目を細めて惚ける。

 

「あ、あうあうっ……は、はずい……」

 

 

聞こえないふり聞こえないふり。そんな可愛いお腹の音なんて放っておいて、もっと大事なお年玉をあげよう。

 

 

「ほれ、千秋。お年玉」

「え!? こ、ここでか、ああ、ありがとう……」

 

お年玉より乙女のプライドの方が大事らしい。そう言う所も可愛いな。

 

「あと、これ千春たちの分だ。渡しておいてくれ」

「う、うん……」

 

 

千秋にお金の入った可愛らしいキャラが描かれた封筒を渡す。封の所には金色のシールを張っている。千秋は受け取ると恥ずかしさに顔を紅にしながら急ぎ足で部屋を出て行った。

 

お腹相当空いてるんだなぁ。出店でかなり食べたと思うんだが……牛串につくね、たこ焼にエビ焼き、ポテト、クレープ。凄い食べた。一番食べてたのだ。それはもうガツガツと遠慮なしに。

 

千春と千夏と千冬の流石に遠慮しろよと言う視線に晒されても食べたのだ。

 

 

全く、それなのに千秋ときたら……

 

 

 

全く………‥食べ盛りでよろしい! 良いんだよ、子供は食べて成長するんだよ! 食べ過ぎくらいがちょうどいいんだ!

 

 

こっちも奢りがいがあるってもんだ。本当に千秋は可愛いな。一日に何回思うだと言う位、可愛い。自慢できる、何処に出しても恥ずかしくない娘だ……そんな娘がお腹を空かしているのであればすることは一つ。

 

 

俺は台所に向かった。

 

 

 

 

 

可愛い可愛い、白雪姫も嫉妬して、鏡を見れないくらい可愛い、うちの可愛い妹である千秋が顔を少し赤くしながら二階の部屋に来た。

 

 

 

何でもお兄さんがお年玉をくれたから届けれくれたらしい。

 

「お兄さんがお年玉を?」

「うん。くれるって」

「お礼言わないと……」

「我はもう言ったぞ! そして中も見た! 4000円も入ってた!」

「「「よ、四千円!?」」」

 

 

よよよ、四千円も!? 驚いて思わず目を見開いてしまう。うちだけじゃない、千夏と千冬も同様だ。

 

「よ、四千円って大金ッスよね……? そんなに貰っても……」

「そ、そうよ。こんなに……」

「でも、クリスマスの服の方が高いぞ」

「あ、アンタは何でそんなに何でもないような反応できるのよ!」

「我だって驚いたぞ?」

「全然、そんな風に見えないわ! 大金よ! 私達、大金をアイツから貰ったのよ!? さっきも飲み食いしたのに更に施しを貰ったのよ!? 夏から食費とか、筆記用具の補充、光熱費、全部アイツが払ってくれてるのに、ここに来て更にお年玉って!」

「おおー、千夏感謝の気持ちがあって偉いな!」

「そう言う事じゃない! いくら何でも……」

「遠慮するなってカイトは言ってたぞ?」

「だ、だけどさ……何か、引っかかるのよ……」

「だったらカイトにありがとうって言うべきだ。心に引っかかりが無くなるまで感謝を示し続けるべきだ! あとアイツって言うな! カイトか魁人さんか、お兄さんと言え!」

「……な、なによ……急に……」

 

千秋が千夏に真っすぐ視線を向ける。それに僅かに圧倒されて目を逸らす。千夏は以前とは比べ物にならないくらいお兄さんと距離が縮まっている。事情が事情の千夏がそこまでなれたのはお兄さんが良い人で良くしてくれるからと言う事もあるけど、千夏自身も何とか歩み寄ろうとした成果でもある。

 

 

千夏だって頑張っている。色々な所に視点を向けてお兄さんに気を遣っているときもある。それは千秋も分かっている。だから、千秋も無理に二人を仲良くさせようとはしない。

 

でも、真っすぐ好意を貰って、誰かに甘えて真っすぐお礼を言うことも大事だと千秋は知っている。

 

「すまん……千夏も色々あるのは知ってる。千冬も千春も大人の考えを持ってるのも知ってる。でも、時には頭を空っぽにしてカイトに甘えよう! そっちの方がカイトも喜ぶ、私達も絶対楽しい! 遠慮するより、甘えて感謝しよう!」

「……秋……アンタ……いつの間にそんな事言えるようになったのよ……」

「ふん、当たり前だ。我は何度も転生を繰り返しているからな!」

「意味わかんない……けど、それより前に言ってることはちょっと分かったわ」

「フフフ、そうかそうか。じゃあ、今すぐ行ってこい!」

「はいはい、分かってるわよ」

 

千夏が一番最初に部屋を出る。

 

「千冬、うち達も行こうか?」

「はいっス」

「我も行くぞ!」

 

部屋を出て四人で階段を下りる。降りながら千夏が千秋に話しかける。

 

「ねぇ、千秋、アンタさっき私って言わなかった? いつも我、我、言ってるのに」

「……言ってない」

「あれ? そうだっけ?」

 

千夏は気のせいかと首をかしげているけど気のせいじゃないよ。うちもそれが気になったから。

 

偶々、言葉の綾のように口走ってしまっただけかな?

 

 

僅かに考えてしまいそうになるがリビングの前についたので思考を彼方に追いやる。ドアを開けて中に入ると何やら甘い美味しそうな香りがする。

 

台所でお兄さんが何かを焼いている。

 

「カイト。何作ってるんだ!?」

「ホットケーキを作ってるんだ」

「ははーん、さてはお腹が空いたんだな? カイトは食いしん坊だな」

「あ、ああ、そうだな……」

 

 

お兄さんは返事をしながら目を逸らした。何か、隠してるのかなと思いつつも台所のお兄さんの元に四人で向かった。

 

「カイト、お年玉ありがとう! 嬉しい!」

「魁人さん、ありがとうございまス。大切に使わせてもらいまス」

「お兄さん、ありがとうございます」

「あ、ああ……そ、そんなに一斉にお礼を言われると恥ずかしいんだが……まぁ、お正月だからな」

「正月スゲー!」

 

 

恥ずかしがるお兄さんを目の端に捉えながら隣に居る千夏を見た。千夏は気まずそうに口を紡いでいる。

 

でも、意を決したように空気を吸い込んではいた。

 

「あ、あの、()()()()。あ、ありがとう()()()()()()()……ご、ございます……」

 

千夏、一皮むけた成長の姿を見せてくれたのだがまさかの噛む。だが、そこが可愛い。きっとお兄さんもそう思っているのだろう。額を抑えて千夏を直視できていない。

 

 

千夏は噛んでしまった恥ずかしさで顔が真っ赤に、ぷるぷると震えて金髪が揺れる。うん、可愛い。

 

 

「ああ、どういたしまして……」

 

 

お兄さんもぎこちない笑みで俺を言う。そして、千秋は大爆笑。

 

「アハハハh! バッカでぇ! 噛んでやんの!」

 

――ぐぅ

 

「ひゃ!?」

 

可愛いお腹の音がなって今度は千秋の顔が真っ赤になる。千秋は何も言わずに下を向く、千夏も下を向く。静寂が支配する中で千冬は自分は何も知らないとそっぽを向く。

 

 

「さぁ、ホットケーキを食べよう」

「「は、はい……」」

 

 

優しいお兄さんのおかげで何とか、場の気まずい雰囲気が霧散する。その後はホットケーキを皆で食べた。ただ、うちと千冬、お兄さんはあまり食べずに殆ど千秋と千夏が食べた。

 

あんなに食べたのに……

 

 

全く、千夏と千秋は……

 

 

全く……いっぱい食べる二人が好き! 育ち盛りだからね。甘えても良いって分かったんだし、少しくらい食べても問題は無いよね。

 

何だか、千秋のおかげで皆、成長した気がする。今日一日を通して甘え上手の千秋を見て、あの熱い言葉を聞いて、もう少し甘えても良いと分かった気がする。

 

 

だから、今日のMVPは……千夏と千秋と千冬。

 

 

結局、全員可愛くて全員成長した気がするから全員だ。うん、新年早々、うちの妹達は可愛いい。

 

年越し前より可愛く見えるのだから不思議だ。

 

きっと、これからどんどん変わって可愛くなるんだろうなぁ。楽しみで仕方ない。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 お正月と言えば、何を思い浮かべるだろうか。カルタ、駒や凧揚げ、福笑いだろう。

 

「カイト、正月らしいことして遊ぼう!」

「うーん、鉄のカスタマイズできるコマとか、トランプならあるけど……カルタと普通のコマは無いんだよな。それでよければ」

「おー、じゃあみんなでトランプやろう!」

 

 

トランプって正月らしいのかな? まぁ、それはそれとして折角娘との接する機会があるんだ。

 

――ここは俺の偉大な背中を見せるチャンス

 

 

コタツに五人入って、二階の自室から取り出してきたトランプを出す。

 

 

「さて、何をしようか?」

「えっと、神経衰弱!」

「千冬もそれでいいっス」

「私も……」

「うちもそれが良いです」

「カイト! 本気で勝負だ!」

 

 

さてさて、ここで手を抜いて娘を勝たせると言うのも一つの手だ。だが、千秋もこういっている、さらにここでそんなことをするのは何か、カッコ悪い。

 

やはり、娘に見せる姿はカッコよくないと。そうすればきっと……頭の中では四人の娘が目をキラキラと輝かせているのが浮かんでくる。

 

 

 

 

『ええ! カイト凄~い! カイト本当に凄い! あ、カイトじゃなくてパパ凄い!』

『魁人さん……いや、お父さん……流石っス」

『やるじゃない……まぁ、私のパパなら当然だけど』

『うち感動したよ。パパ』

 

 

――このトランプにはパパになる必勝法がある

 

 

ここでカッコいい姿を見せてパパレベルを上げよう。

 

そして、神経衰弱が始まった。ルールは千冬、千秋、千夏、千春、俺と言う順番。カードの数字が揃った場合はもう一度カードをめくれる。

 

普通のルールだ。

 

 

だが、記憶力なら誰にも負けない自信がある。

 

 

先ずは自分の引いたカードは若干斜めにして、さらに四人がめくった所を場所法で効果的に記憶していく。場所法は世界の記憶力比べとかでも使われていると聞いたことがある。

 

場所と情報を関連付けて覚えることで記憶力がアップするらしい。

 

5はトイレ、3は下駄箱……

 

 

「「「「……」」」」

 

 

そして、必勝法を使いゲームの最終スコア。

 

俺、40。千春6。千夏2。千秋0、千冬6。チートを使いすぎたな。でも、これで尊敬の念を出さざるを得ないだろう。フフフ。

 

「カイト、大人げない……ずっと俺のターンで我は全然楽しくない」

「え!? で、でも本気でやれって」

「確かに、魁人さん……大人げないッス……」

「うん……魁人さんもう少し手加減した方が良いと思いました……」

「お兄さん、うちも流石に……やり過ぎだと思いました」

 

 

……次からは手を抜こう。娘の冷めた目に晒されて、俺は嫌われたくないからトランプで程よく勝負することを覚えた。

 

 




面白ければ感想、高評価宜し奥お願いします。


私の更新ペースを気にしてくれる読者の方がいらっしゃるのですが、私は現在学生でコロナで一年、自宅学習を余儀なくされていて時間はあるのでお気になさらずで大丈夫です。

ただ、もうすぐ引っ越しするので高頻度での更新は近いうちに難しくなりますが、今後ともよろしくお願いいたします。





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29話 三学期

プリンセスメーカーと言う言葉が感想欄によく見受けられたので調べてスイッチでプレイしてみました。


確かに似てますね。エンディングの多さがあちらは多いですが。


あと、進みは遅いかもしれませんが春休みになったら大きくイベントいれますのでそれまでは……ご容赦を


 充実した冬休みが終わり学校へ再び行く日がやってきた。案の定と言うべきか、冬休み中に体内時間が少しずれていたせいで千秋と千夏の目覚めが悪い。なるべく休みに入る前と同じような生活を心がけてはいたのだがやはり長期の休みになってしまうと僅かに狂ってしまうし、こちらも甘やかしてしまう。

 

 ついつい朝の十時くらいまで寝かしてしまったのだ。

 

 

だが、千冬は直ぐに起きて布団をたたみ二人の起こすのを手伝ってくれる。やはりしっかり者である。

 

うちも姉として鼻が高いなぁ。

 

 

「ほら、秋姉」

「んんっ……学校行きたくない」

「そんなこと言わずにほら、起きるっスよ」

「ううぅ、寒い……」

 

 

無理やり掛布団を剥がして千秋を起こす。千冬も心を鬼にして千秋を起こしているんだろう。うちも寝顔が可愛くてずっと見ていたいけど、鬼になり千夏を起こさないといけない。

 

「千夏、起きるんだよ……朝なんだよ。今日から学校だよ」

「……んー」

「……ごめんね、日光……」

「ぎゃあぁあああ!!」

 

 

 

日光が苦手の千夏をの当たる元へ。千夏の叫びが響き渡る。いつものように千夏をうちは起こした。

 

 

◆◆

 

 

 

 久しぶりにバスに揺られながら学校の最寄りの駅に向って行く。千秋と千夏は欠伸をして目をこする。

 

 いつもより足取りが遅く瞼も重い二人。冬休みの宿題や絵の具セット色々持っているから肉体的にも負担が大きい。それが余計に気分を重くしている。

 

 

 だが、そんな中でも体に鞭打って最寄りから学校に歩いてく。うち達と同じように他の生徒達も沢山の荷物を持っている。途中で千夏と千冬と別れて教室に入る。

 

 

 以前のように席につき、荷物を置く。千秋も同じように席について荷物を纏めていた。

 

「おっす、千春」

「桜さん。久しぶり」

「ひさしー、どうだった? 休み」

「凄い充実してたよ。狭山不動尊に初詣も行ったし、新年になって妹もますます可愛さが増すし。桜さんは?」

「俺も充実したぜー。旅行行ったし、映画見たし」

「へぇー、それは良かったね」

 

 桜さんと久しぶりに話して何となく学校の調子を取り戻することが出来た。二学期でも思ったけど桜さんとは同じ穴の狢なような気がするから仲良くできる。

 

 

「ふぁ」

 

 

 前では千秋が欠伸をしてコクコクト頭が眠そうに揺れている。

 

 

「千春の妹って、二学期の時もそうだけどよく眠そうにしてるよな」

「そうだね、ちゃんと睡眠は確保するようにしてるんだけどやっぱり休みで少し体内時間がずれちゃったし、若い時はいくらでも眠れるからね」

「言う事が子供っぽくないな……」

 

 

 うちと桜さんが会話していると千秋に例のあの男が絡んでくる。年が明けて、新学期になっても奴には関係ないようだ。

 

「おい、久方ぶりだな」

「ん? あー、短パン小僧か。何か用か?」

「別に? どんな貧相な冬休みを過ごしたか聞いてやろうと思っただけだ」

「そうか……凄い充実な冬休みだったぞ。初詣も行ったし、クリスマスも楽しかったし、トランプもしたし」

「へっ、その程度か。俺なんかハワイ行ったんだぜ」

「おおー、凄いなぁ」

「ふん、俺の父ちゃんが凄いんだ。お前の父ちゃんと違ってな」

「……そうか」

「お前の父ちゃんってどんな奴なんだよ」

「特に言う事もない。ただ、我の保護者はカイトだ。カイトが全部面倒を見てくれている」

「ふーん、まぁ、そいつより俺の父ちゃんの方が凄いけどな」

 

 

 

千秋になんてことを言うんだ。短パン小僧、何故いつもそうやって千秋に絡む。千秋がそう言ったら何だとと言って追いかけまわしてくれるとでも思っているならそれは大きな間違いだ。

 

そんな子供のような事は千秋はしない。

 

よそはよそうちはうち。それくらい普通だ、比べることじゃない。そもそも、千秋にあまり両親の事を思い出せないで欲しい。

 

怒りに肩を震わしていると桜さんがうちの肩を叩く。

 

「落ち着け、眼が凄いことになってる」

「落ち着いてるよ」

「握り込んだ手が震えてるぞ。まぁ、気持ちも分かるけど。正って千秋に本当に絡むよな……掃除の時とか絶対千秋の机は運ぶし」

「千秋が可愛くて話したいなら素直に会話すればいい……」

「それが出来ないんだろ……正ってそう言う感じだし」

 

 

千秋は西野に話しかけられても特に何か特別な反応をする事は無かったのだが、お兄さんの事が話の主軸になった瞬間に目つきが変わった。

 

 

 

「カイトの方が凄いぞ!」

「な、なんだと?」

「カイト料理上手いし、運転免許ゴールドだし、左右確認鬼のようにするし、綺麗好きだし、マンガも持ってるし!」

「俺の父ちゃんもそれくらい出来るっての。それに俺の父ちゃん、運動何でも出来るし」

「ふん、カイトだって出来るもん」

「じゃあ、今度の授業参観、二分の一成人式が終わった後にある大人バレー球技大会でどっちの親が凄いか勝負しようぜ」

「い、いいだろう……や、やってやろう」

「あとで、吠えずら……ッ!?」

 

 

西野がうちの視線に気づく。ゾクリと背筋を振るわせて千秋から離れて行った。三学期初日からこんな目つきになってしまうとは。

 

元々だけど。

 

そう言えば、お兄さんって運動できるんだろうか?

 

 

「ち、千春」

「どうしたの?」

「カイトって運動できるのか?」

「さぁ……うちにも分からないなぁ」

「ど、どうしよう。勝手に勝負することにしちゃった……」

「う、うん……ま、まぁお兄さんって何でも出来る感じだし」

「そ、そうだよな。カイトなら運動できるよな!」

「た、多分……」

 

 

千秋もその部分は気にしているようだ。僅かに心配そうに顔をあわあわと慌ただしく変化させている。

 

 

「まぁ、大丈夫じゃない?」

「むっ、お前はブロッサム」

「ぶ、ブロッサム?」

 

 

先ほどまでのやり取り、そして千秋とうちの会話を全て見ていた桜さんが声をかける。

 

 

「良く分からないあだ名付けられてのが気になってしょうがないけど。バレー大会って住んでる地域事にチーム組んで緩くやる奴らしいし、勝負って雰囲気にもならないでしょ」

「おおー、ブロッサム!」

「ブロッサムね……別にいいけどさ」

 

 

 

桜さんの鶴の一声で心配が事が強い風の日の新聞紙のように吹き飛んだ。それなら安心だと千秋はほっと一息。安心すると再び眠気が襲ってきたようでうとうとし始める。

 

 

その雰囲気で千秋は始業式でもうとうと、学期初の授業でもうとうと……うちもちょくちょく、肩をポンポン叩いたり、小さい紙に質問を書いたりして眠気を削ごうとしたのだが……

 

ついに先生にバレてしまう。

 

 

「千秋さん、起きなさい」

「はぅ!?」

「今寝ていましたね?」

「い、いえ!? 寝てません!」

「ですが、今目を閉じてたようですが?」

「そ、それは……あ! 世界一長い瞬きをしてました!」

「なるほど、面白いから許します。次から気を付けるように」

「よっしゃ!」

 

 

流石千秋。機転が利くとはまさにこのことなんだろう。だが、再びうとうとし始める。勉強が詰まらないと言うのも理由にあるんだろう。冬休みお兄さんと一緒に遊んでるときは一切眠くならなかった。

 

千秋は集中力がない訳じゃない。寧ろ、一度ハマったらかなり入れ込むタイプだ。クリスマスカードも一番集中して長い時間をかけていた。

 

多分、勉強もその気になればかなり出来ると思うんだけど……人には向き不向きがあるのは当たり前だけど……

 

 

出来れば、千秋にも、勿論千夏にも勉強を出来るようになって欲しい。かと言って無理やりは出来ないし。

 

新学期になった事だし、心機一転勉学にも励んで欲しい。でも、嫌な事はさせたくない。

 

 

難しい、妹達とどのように接すればいいのか分からない……三学期はイベントも多い。授業参観は特に大きいと言っていいだろう。

 

そう言えば、授業参観の前に縄跳び大会もある。

 

何だか、色々波乱万丈な三学期が始まったような気がした。

 

◆◆

 

 

 

 冬休みが終わり四姉妹は学校へと再び通い始めた。休み中に出来た癖は中々抜けないようで起きて準備するのに四苦八苦するのはこちらも思わずにっこりだ。

 

「なぁ、冬休みどんな感じだったんだ?」

「特にこれと言って変わった事はしていない、よくある家族サービスだ」

「へぇ……あの四姉妹の子達にどんな感じで接してるんだ?」

「どんな感じとは?」

 

 

 仕事場で佐々木は偶に四姉妹の事を聞いてくる。恐らくだが暇つぶし程度に聞いてやろうと言う魂胆しかないのは分かってはいるが俺が冬休みの事をはして、己自身で生活を振り返った時になんらかのパパとしての改善点が分かるかもしれない、よし、話そう。

 

 

「えっと、抱っことかお風呂とかしてんのかなって」

「頭を撫でるのがギリだな」

「へぇ。もっとベタベタするのかと思ってた。子供だし」

「……お前、何か変な事を考えてるな。一つ言っておく。あの子達は小学四年生だ。最近知った事を例に挙げる一般的に父と娘がお風呂に入るのを止めるのは個人差はあれど大体7歳から10歳ごろ。あの子達は丁度その年齢と合致する。小学四年生にも成れば徐々に精神も成熟して色々考えることもある。よく、父親が接してくるのを嫌がると言う娘がいるが同時に嫌がらない娘もいる。だが、嫌がらない子にも父親が接するのが楽しそう等と言うのに気を遣って嫌ではないふりをするケースもあるんだそうだ。だとすると、下手に接触を重ねるのはダメだな。ぎりぎりのぎりで頭撫でるくらいがちょうどいいと言う結論だ。まぁ、これも嫌そうだったらすぐにやめるが」

「お前何歳だっけ?」

「21だ」

「うっそー」

「普通だな」

「いやいや、ちょっとお前怖いわー」

 

 

父親についてエゴサして知っているだけなんだがな……

 

俺は大したことはない。ただ、エゴサをしただけなのだから。まぁ、周りがどう言おうと関係はない。

 

俺は俺なりに頑張るしかないのだ。

 

 




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30話 縄跳び

 冬休みが終わり学校が始まるとすぐにとあるイベントがある。それは縄跳び記録会である。

 

 

 前飛び、後ろ飛び、二重飛び。三つの飛び方でそれぞれ得点を稼いでその合計点上位三つが賞を貰える。

 

 前飛び五分飛べたら5点、後ろ飛び五分飛べたら5点、二重飛び五十回飛べたら5点。前飛びだけは例外として五分飛べて満点だったとしても引き続き飛び続け最後まで飛んだ人をまた別の賞として表彰すると言う。

 

 

 去年は一時間とんだ人が居たらしい。凄いな。と素直に感心した。だが、そんな異常ともいえるような記録をいともたやすく超えてしまいそうな猛者が一人いる。

 

 

「はーははははっ、これが我の(ウィップ)の実力」

 

 

一組と二組、二つのクラスの生徒が体育の時間に体育館で縄跳び記録会の練習をしている。その中に明らかに断トツで軽やかに飛ぶ千秋。

 

 二重飛びが終わらない。一人だけ五十回を裕に超えても飛び続ける。前飛びはこれ以上飛ぶと次の授業に響くので強制終了。体育終わりに挨拶をするために整列をする。千秋の額には僅かに汗が。元気いっぱい。この年になると頑張ることが恥ずかしいとか思う人が居る中でぶっちぎりの一位を取る。

 

 流石千秋。他人に流されない芯の強い女の子だ。

 

 

 

「千秋、凄いね」

「まぁな。カイトが買ってくれたこのなわ……ウィップの力のおかげでもあるが」

 

千秋の手にはピンク色の縄跳びがあった。うちの手にもちょっと遠くで整列している千夏と千冬の手にも同じ色の縄がある。お兄さんが冬休みに買ってくれたのだ。

 

冬休みのお便りを読んで他にも必要な物を買いそろえてくれた。千秋はそんなお兄さんに良い報告をしたいようだ。

 

記録会で一番になり、褒めてもらい、夕食はハンバーグ。そんな事を考えているらしい。

 

 

「千秋ちゃんって凄いな」

「確かに」

「スゴ~イデスネ」

「ふん、あれくらい俺だって」

 

周りでも千秋の凄さに驚きを隠せない人が多いようだ。西野は何やら思う所があるそうだがそんなことはどうでもいい。

 

うちも千夏も千冬も頑張ったけど千秋には及ばない。姉は一番にならないといけないからこっそり練習をしようと心に誓った。

 

だけど……千冬が少し心配だな。運動が苦手であまり飛べていなかったように見えてしまった。それを気にしているんじゃないかとも感じた。

 

後で、出来るだけ早く話したい……

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ああー。千秋飛びすぎ。ドンだけ飛べば気が済むのよ」

「……そうっスね」

 

 

体操着から私服へと着替えた夏姉が呆れたように愚痴をこぼした。席に座り頬杖を突きはぁとため息も溢す。

 

「私、秋と比べたら全然飛べなかったわ」

「千冬もっス……全部一点くらい……二重飛びなんて0……」

「あ、ああ、そ、そうだったの……私も似たようなものだし、運動なんて出来なくても将来意味なんて無いしさ……まぁ、元気出しなさいよ……」

 

 

千冬は全く飛べなかった。沢山の人が飛ぶ中で真っ先に縄に引っかかってしまった。全然、飛べなくて周りの落胆と言うべきか嘲笑と言うべきなのか。特に男子の運動が出来る生徒の馬鹿にするような笑いが聞こえてきた。

 

 

今は秋姉を称える声。

 

「千秋ちゃんって凄いんだね」

「うん、びっくり」

「千春って奴も結構飛んでたな」

「あいつら姉妹らしいぜ。全然飛べてないけど」

「千冬なんて二重飛び一回も飛べてなかったしな。本当に姉妹か? 全然違うじゃん」

 

 

 

姉妹とは顔も似ていて、苗字も同じ。比べやすい。

 

「なによ、アイツら。勝手に比べるなんて」

「しょうがないっスよ……それが姉妹と言うものなんスから……」

「そうかもしれないけど……」

 

 

比べるし、自身でも勝手に比べてしまう。周りは比べるのをやめてくれない。知っていた。これが世間であると。

 

 

「あんまり気にしすぎじゃダメよ?」

「勿論っスよ……」

 

 

夏姉はそう言ってくれる。でも、再び思うのだ。自分に何もない。姉妹との差を周りからも自分でも諭されると急に寂しくなったりする。

 

自分が一番飛べなかった。周りから、自分は才能が無くて姉妹との繋がりを疑われるのが辛い。

 

特別が良いと再び欲が出てくる。自分はそれだけで居るだけで特別だと魁人さんは言った。その言葉に元気を貰ったけど、本当にそうなのかと疑いを持ってしまう。

 

本当の特別とは誰もが届かない圧倒的な物を持っている人ではないのかと。ただそこに居る、それだけでは特別とは言えないのではないか。多分、周りはただ居るだけでは特別だなんて思ってくれない。

 

 

 改めて思う、自分は無能ではないかと。姉妹で唯一特別ではないのではないかと。

 

 

「千冬、アンタ大丈夫なの?」

「ダイジョブっス……」

 

 

 いやだ、そんな風に思いたくない。自分だけ違う、仲間外れのような疎外感を感じたくない。周りからも自分でもそう判断したくもないしされたくない。今からでも縄跳び記録会まで時間がある。

 

 

 秋姉に並べるように……春姉に並べるように、夏姉に並べるように。運動では絶対に勝てないと分かっている。ならば、少しでも近づかないと。ここまで秋姉に運動に勝った事はない。

 

 春姉にも一度も勉強で勝った事がない事を思い出す。

 

 自分には……何も出来ないのか……何も超えられないのか……そう考えると自分の弱さを強く感じた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

デスクワークに勤しんでいると宮本さんに話しかけられた。いつもいつもお気遣いありがとうございますと言う心境しかない。

 

 

「魁人君、最近四姉妹はどうなの?」

「皆、良い子です。気遣いもしてくれますし……」

「そう……あ、前に自分に劣等感を感じてる子が居るって言ってなかったっけ?」

「そうですね。ただ今は落ち着いている感じもしますが」

「でも、子供っていや、大人もだけど何度も似たような悩みを持ってしまうのよ。そう言うのって自分とかではどうしようもないから気になったら声をかけることをお勧めするわ」

「ありがとうございます」

 

 

 

そう言って宮本さんは去って行った。確かにそうだな。一時期よりは落ち着いてるし、毎日楽しそうに生活もしてくれてる。だからと言って以前の悩みを再び持たないと言う理由にはならない。

 

あの子はまだ悩みを解決できてない。俺が言った以前の言葉は綺麗ごとで悩みの解決を引き延ばしただけだ。目の前の壁に登ることが出来ない尻込みしてしまった少女を立ち上がらせただけなんだ。

 

そこに居るだけで、産まれたそれだけで特別だなんて正直に言ってしまえば嘘に近い。

 

俺はそうであって欲しいと、きっとそうだろうと思ってはいるが周りはそんなことはない。常に人と人の才能や結果を比べて忖度をし、評価を下すもの。

 

それに気づいたときに俺の言葉はどうしようもなく薄いものになってしまうだろう。人は周りを気にする。世間を気にする。

 

それらが知らず知らずのうちに自身への評価になってしまうこともある。

 

 

何か、千冬に言ってあげた方がいいのだろうか。でも、それで気分を害してしまったり、平気で平穏だったのに再び想起をさせて波風を起こすのはどうなんだろうか。それは……

 

良くないだろう。冬休みも楽しくて、ここまでも楽しい。それだけで良いのではないか。

 

……それに何を言えると言うのか。以前のような薄い言葉が今度も響いてくれると言う確証はない。

 

千冬は俺に心を許してくれつつある。そんなことをして離れられるのも正直言えば嫌だ。

 

仲良くなりつつ、家族になりつつある和を崩したくはない。

 

 

それならば……だが、逃げで良いのか? でも……

 

 

全く思考が進まない。どのようにアプローチを掛けるべきか分からない。何もかもが分からず淡々と仕事こなすだけ。

 

そうこうしているうちに定時になってしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

私は二階のベランダからこっそりと妹の冬の様子を秋がうかがう。私は隠れて報告を聞くだけ。春も近くで見ているらしいが何も言えずにただ黙っている。

 

冬は必死に二重飛びの練習をして、何度も縄を脚に引っ掛ける。

 

 

「ねぇ、冬はどうなの?」

「ずっと、縄跳びの練習をしてる……」

「そう……秋、アンタはどう思ってるの?」

「……分からない。我の縄跳びが原因ならそれは……でも、謝るのと余計に変な気分にさせる気がする。今度から縄跳びで手を抜いても同じ……だから、何も分かんない」

「……そう。春もこういう時には傷つけまいと行動して何も出来なくなっちゃうし」

 

 

……私の言葉も冬には届きにくい。超能力とか色んな事情があるけど。一番は私はあまり姉妹との繋がりについては悩みがない。

 

冬の感情を深く理解をしているわけではないのに下手に分かっている風を装うのが一番危険だ。

 

 

――お前に何が分かる

 

そう、きっと思われる。体験したことのある人にしか、似たような境遇を受けたことがある人しか分からない物がある。

 

 

 もし、私が冬に超能力って無くても有っても変わらない……なんて言われたらきっと その場で胸倉を掴んでしまうだろう。

 

 

 これって……姉妹である私や秋、春にはどうしようもないのではない事だと思う。もし、この状況を打破出来て冬を良い方向を導けるとするなら魁人さんが一番可能性がある。

 

 以前のテストの時もそうだった。あの人がきっと何かを言った。

 

 

 姉妹ではどうしようもない、出来ない事を関係のないあの人だから何か変わった。いや、違う。それだけじゃない。きっと何かあったのだ。冬の心を揺さぶる何かが。

 

 言葉だけじゃない。才に悩む冬と魁人さんの何かがマッチしていた。これもきっと理由であるはずだ。

 

 

 だから、今回もどうにかしてくれるのではないかと期待をしてしまっている。

 

 

 外が徐々に暗くなり始めた。冬の縄の回す音がずっと聞こえてくる。春の偶に気遣う言葉が聞こえてくる。

 

 

 秋のどうしたらいいのか分からない。ただ、見ているだけで歯がゆさを覚える心が感じ取れる。

 

 

 ただ、何も出来ずに隠れていると車のエンジン音が聞こえてくる。車は駐車していつもの日常に組み込まれている優しい声が耳に届く。

 

「ただいま……縄跳びの練習か?」

「はいっス、もうすぐ記録会があるっスから」

「そう、だったな……何か、あったんじゃないか?」

 

 

魁人さんは何かを感じ取ったように冬に疑問を持ちかける。

 

「……魁人さん、一つ聞いてもいいでスか?」

「なんだ?」

「姉妹って比べられるものっスか?」

「……そうだな。だけど、姉妹だけじゃない、世の中の大体の人は比べられるだろうな。学校で誰かになんか言われたのか? それとも、周りの比べる声が聞こえてきたのか?」

「……はいっス」

 

 

以前なら惚けていたであろう冬は自分から疑問を持ち掛け、相談する。きっと、冬は魁人さんに聞いて欲しかったのだろう。ずっと外で練習をしていたのはただ、記録会に向けて練習をするだけじゃない。誰よりも速く会って話をしたかった。

 

 

「なるほどな。それでまた、自分が大した事のない空っぽだと感じたのか?」

「……はい」

「そんな事は無いと俺は思うんだがな。でも、人それぞれ感じ方もある。何か良いことを言ってあげたいが……そうだな……前に俺が言った事は覚えてるか?」

「覚えてまス……」

「……そうか。覚えてはいるのか。だが、周りの評価は時に考え方も変えたり、するからな……」

 

 

ふと、魁人さんの溢した言葉に私は違和感を持った。私だけじゃない姉妹全員が持ったはずだ。

 

今の言葉はまるで自分の経験のような話し方だったからだ。

 

「魁人さんもそういう事があったんスか?」

「え? どうしてそう思ったの?」

「何となく……」

「……そうか。まぁ、当たりだが……とは言ってもそんな千冬とは境遇とか違いすぎるしな。多分千冬の方が苦労人だし」

「……もし、よければその話……」

「聞きたいのか?」

「……」

「そうか。そうだな……これで何か変わるわけじゃないと思うが何かのきっかけになれば……」

 

 

隠れている私には冬の返事が聞こえないがコクリと頷いたのだろう。きっと秋は共感をしたいんだろう。自分だけではないと思いたい。それを何となく感じた魁人さんは軽い感じで話し始めた。まるで大したことではないと言わんばかりに。

 

 

「昔さ、俺バレーボールやってたんだよね。あ、中学の話ね」

「……そうなんスか……」

「そうそう、あの時、どうしてもレギュラー入りたくてさ。毎日必死に練習をしたんだ。夜に練習とかしたくて顧問の先生とか校長先生とかに頼んで特別に練習沢山した。九時くらいまで毎日やってたかな? 後は体幹とか、その他もろもろ、動画サイトで上手い人のプレー見たり……まぁ、でもそれでもレギュラーにはなれなかったけど」

「え? そんなにやったのに……」

「うん。俺って試合に出ると緊張しちゃったり、元々センスが無かったりでどうしてもレギュラーにはなれなかった。俺より全然練習もしてないセンスのあるやつはレギュラーだったけど」

「……」

「でさ、周りが言うんだよ……アイツ才能ないのに練習して意味ないって。他の奴の方が出来るんだからって」

「……」

「まぁ、その後色々あって、バレー部をやめたんだ。それで高校でもう一回バレー始めて公式戦一回目でやらかしてお終い。と言う話だ。色々省いて言ったけど要するに俺はその時に諦めてしまった。自分は凡人で周りには才能がある奴らばかり。大したことない存在で今までやってきたこと全部が意味ないって」

「……何か、すいません。変なことを言ってしまって」

「ああ、いや気にしないでくれ。俺が話したんだ。それで、境遇は違うけど言えることがある。今後、生きてくうえで絶対に比べられる。その度にきっと千冬は壁にぶつかるんだと思う。今もそうだろ? 何度も同じ壁が立ちはだかる」

「……はい」

「……でも、覚えてくれ。誰かが千冬の頑張りを見てくれている。そして、俺はそれを見て千冬を特別だと思ってるし三人に負けない才能も有ると思ってる」

「え……?」

「何度も頑張ろうとする姿勢、悩んでも立ち上がって向って行くなんて普通出来はしない。一緒に生活して千冬が掃除とか片付けとかコマ目にしてくれてる事に気づいた。勉強も誰よりもしてる。朝早起きしてちょくちょくやってるだろ? 単語帳作って夜一人で英単語勉強してるだろ? 図書室からも色々勉強の本も借りてる」

「……」

「成功者は皆朝に色々やってるデータがあるって言うしな。継続して工夫して頑張り続けるって凄い事だ。少なくともそれが出来る奴は俺はあんまり聞かない。千春も千夏も千秋もしてない事を千冬はやってる。それが特別じゃなくて何が特別なんだ?」

「……ッ」

 

 

 冬の息を飲む声が聞こえた。冬が何よりも求めていた。誰でもない人からの自分だけの個性の指摘。何気ない会話にそれが混ざっていた。

 

 

「もし、それでも自分が劣ってると思っているなら千春を勉強で抜かしてみよう。千秋より縄跳びを飛んでみよう」

「そんなこと……出来るわけないっㇲ……」

「弱気になってしまう気持ちはわかる。でも、今頑張ってるのはどこかに一番になりたいと言う気持ちがあるからだ。俺も分かるんだ。そこだけは。例え無理だと分かっていてもレギュラー発表の時はつい思ってしまう。もしかしたら自分がレギュラーに選ばれるのではと。人は期待してしまうことは知ってるからな」

「……もし、無理だったら? 現実にはどうしても超えられない壁があるっス」

「子供の内は夢を持って進んでいこう。夢の無い現実を知るのは大人になってからで十分だ。千冬は凄くて才能ある特別な女の子だ。やればできる子だ!」

「……」

「……」

「……」

「あ、あの、なにか言ってくれないと俺もどうしていいか……」

「あ、すいませんッス。ただ、ちょっと嬉しくて」

「そ、そうか?」

「はい……頑張ろうって思えて、一人じゃないって思えて、同時にみんな一緒だなって思えたから」

「うん……なら良かった……実は途中から俺も何話してんだかわからなかったんだけど……それなら良かった」

「え?」

「嘘だ。ちゃんとパパとして娘に言う事を筋道立てていたぞ……うん。それより、丁度いい、折角だ。縄跳びの練習をしよう」

 

 

魁人さんはそう言って家の中に大急ぎで入って行く。

 

「あ! 千春居たのか。ただいま」

「お帰りなさい。お兄さん……それとありがとう」

「いやなに、父としてそれっぽい雰囲気を出しただけさ」

 

 

春が魁人さんに感謝の言葉を言った。

 

 

「やっぱり、カイトは良い奴で凄いやつだ。我の眼に狂いなど無かった」

「そうね……凄い人で変わった人ね」

「むっ、変わったいらない」

「褒めてるのよ」

「あ、ならいい!」

 

 

 

凄くて変わった人。いい意味で。心の底からそう思った。今時、あんなことを言える人はいない。

 

父親って……ああいう人が普通なのかな……

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬は自分を特別だと言ってくれる人を求めていた。そして、自分にしかない物を見つけてくれる人を待って居た。

 

 その人は意外と近くに居た。

 

 

 ――はい……頑張ろうって思えて、一人じゃないって思えて、同時にみんな一緒だなって思えたから

 

 

 お兄さんも自分と同じで嬉しくて、特別だと言う事を改めて前より深く知って姉妹一緒だと気づけた。

 

 千冬は決めた。もっと、高みを目指す。勉強も運動も頑張る。春姉も夏姉にも秋姉にも負けないくらい凄くなってやる。

 

 

 「よし、千冬早速特訓だ」

 

 

 魁人さんがジャージ姿で縄跳びを持って家から出てきた。辺りはもう暗いけど千冬に付き合ってくれるらしい。

 

 

 

「先ず、二重飛びを見せてくれ」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんは行動が速い。早速特訓が開始され千冬は縄を回して飛んだ。だが、ドンっと大きなコンクリートを叩きつける音が聞こえて縄が引っかかり一回も飛べない。

 

 

「なるほどな。大体わかった」

「え?」

「千冬は二重飛びをするときに両足の底をついてしまっている。それだと次の縄が来た時に飛べない。なるべくつま先で何度も飛ぶイメージだ。あと、縄の回しも一回飛べれば十分位の回り方で途中で回しが失速している」

「そ、そうなんスかね?」

「そうだ。あとは単純にイメージ不足だ。スポーツ全般に言えるがイメージとはすごく大事だ。よく、思い描くは最強の自分だと言うだろう?」

「そう、っスかね?」

「あれ? 違う? うーん、とにもかくにもイメージだ。そこで縄がない持ち手だけを用意した」

 

 

魁人さんの手には縄がない持ちてが二つ。それを左右の手で持ってくるくると回してつま先で何度もジャンプ。

 

「いいか。ここからひゅひゅひゅん、ひゅひゅひゅん、ひゅひゅひゅんのイメージで何度も飛ぶんだ」

「あ、はいっス」

 

 

「クスクス、何あの人……」

「面白いしかーわーいーいー」

「「……」」

 

 

通りすがりの女子高生らしき人に見られて若干、千冬と魁人さんの雰囲気が気まずくなる。

 

「ま、まぁようはイメージだ。取りあえずさっきのリズムでやってみよう。そして、イメージが出来たら普通の縄で反復練習だ。イメージを持って何度もやれば何処かでコツを必ず掴めるはずだ」

「は、はいっス」

 

 

千冬は早速、持ち手を渡されてそれを回す。イメージイメージ。つま先で飛んで何度も飛ぶイメージ。秋姉みたいに……

 

 

実戦イメトレをしながらチラリと魁人さんを見る。

 

 

――魁人さんって結構カッコいい顔してるかも……

 

 

魁人さんって好きな人とか居るのかな……? もし、居るならなんか嫌だ。居ないなら千冬が立候補を……いけない、変な事を考えている。きっとそんなはずはない。そうだ、そんなことは……

 

……いや、違う。きっと千冬はこの人に……抱いてはいけないものを……

 

 

胸がざわつく。この人の事をもっと知りたい。そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 




感想、高評価よろしくお願いいたします。

ただ、すいません。もしかしたら30話書き直すかもしれません……反響を見て・・・・・

個人的に展開を急ぎすぎたかなとも感じているので


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31話 千冬……

感想ありがとうございます。お陰様で悩みが吹き飛びました。このままで行かせて抱けます。

何だか、感想欄と見ていると色々な楽しみ方をした頂いているようで作者として嬉しい限りです。

今後ともよろしくお願いいたします。


 縄跳び記録会。どのように取り組むかは人それぞれだ。たかが縄跳びに何を必死になるかと冷める者、自分には無理だからと最初から諦める者、誰かに勝ちたいと必死に努力する者、ただ単純に頑張る者。大した事の無いイベントのように思えるがそんなことはない。

 

 人の性格や個性がかなり出るイベントである。

 

 

「千冬、もっとこう、アグレッシブに縄を回そう。足の付け根に縄が当たると痛いのは分かるがそれじゃあ、どうしても引っかかる可能性がある」

「は、はいっス」

 

 

 記録会は明日。魁人さんとの縄跳び練習を今日までずっと続けてきた。

 千冬は誰かに勝ちたいから努力をすると言う理由で臨んではいる。だが、

魁人さんとの練習を……少しだけ目的に……

 

 

「あとは慌てない事だな」

「なるほどっス」

「縄跳びはリズムだからな。自分のペースで頑張るのが一番だ」

「……」

 

 

もう一度、縄を回して飛ぶ。

 

 

「おお」

「っ……五回」

「やるじゃないか。凄いぞ! 新記録だ」

「あ、は、はい」

 

 

初めて二重飛びで五回も飛べた。驚きと感動が湧き出るどちらかと言うと驚きが強くてあまり、反応が出来ない。

 

「よし、今日の所はこの辺にしておこう。明日に疲労を残さない為にもな」

「は、はいっス。あ、ありがとうございましたッ」

「俺も運動不足だったから丁度良かったしお互い様だ」

 

魁人さんにお礼を言って家に戻る。二人で玄関に向かって歩く。魁人さんがドアを開けてお先にどうぞと促してくれる、だが千冬は中に入らず途中で歩みを止めた。

 

「どうした?」

「い、いえ、お先にどうぞ……」

「お、おう……」

 

なるべく、魁人さんに今は近寄りたくない。

 

縄跳びやり過ぎて、汗、かいてるから……匂い気にされたりしたら嫌だし……

 

恋の本で読んだが匂いの相性は凄く大事らしい。香りとかで好きになるどうか決まる場合もあると書いてあった、軽く、服の中に空気を通して自身のにおいを嗅いでみる。特に異臭はしない。どちらかと言うと柔軟剤のいい匂いだと思う。

 

良かった……でも、ちょっとべたついてる。

 

 

早くお風呂入りたい。魁人さんに頼んでみよう……

 

 

◆◆

 

 

 

 

 そして、縄跳び記録会の日がやってきた。千冬はこの日の為にずっとお兄さんと練習を重ねてきた。

 

 うちはその姿を毎日、二階の部屋から見ていた。何度も何度も縄に引っかかり、その度に何度も何度も縄を回し始める千冬。お兄さんは的確にアドバイスしたり、スマホで動画を見せたり、しながら支える。

 

 お兄さんの人柄の良さを感じた。そして、千冬の成長も感じて瞳から汗が出てきた。

 

 

 

今、千夏、千秋、千冬がそれぞれ縄を飛んでいる。千冬が一生懸命、前飛びで縄を飛んでいる。今までなら17秒くらいで終わりだったのに、今は47、48、49まだまだ上がって行く。

 

1分と15秒それが千冬の記録。後ろ飛びは57秒、二重飛び6回。

 

昨日の夜お兄さんと練習してた時は5回で新記録だったのにそれを超えて6回。本当に千冬は凄い。

 

……でも、記録だけ見るのであればかなり下位の方になってしまうのが現実。それは千冬も分かってはいるだろう。

 

だけど……千冬は自然とスッキリとした表情だった。周りの評価はもう分かった、その評価を次こそは変えてやろうと前を向いているからだと思う。

 

次こそは次こそは、百回負けても最後に勝ってやると言わんばかりに周りではなく

自分を見ているのだと思う。

 

……多分だけど。

 

それとも頑張って、新記録を出してそのことが成長をしたと言う事が単純に嬉しいのかも、今は成長を誰よりも見てくれて理解してくれる人が居るから……。

 

お兄さんは千冬にとって理解者でもあり、似た境遇を持っているから余計に褒めて欲しいのかもしれない。共感できることは人にとって至福の喜びだ。

 

うちも妹達と共通の事があったりすると嬉しい。寝癖ビンゴ最高だ。

 

千冬もそれと同じ。辛い事、ずっと分かってもらえない、複雑な心境に近しいものがお兄さんにあった事は安堵や希望であったはず、距離が縮まってしまうのは当然だろう。その証拠に最近千冬の様子が変わってきた。

 

髪型を以前より念入りに気にしたり、隙あれば手鏡で自身をチェック。自身のにおいを気にしたり、お兄さんのお手伝いも沢山している。

 

……まさかとは思うけど、察しは付いていたけど、お兄さんに好意を抱いてしまったのでは……。それだったらどうしよう。千冬を取られたくないけど、千冬の自由にさせてあげたい。でも、取られたくないし、でもお兄さん良い人だし。

 

千冬は気持ちを隠しているつもりだろうけどうちは直ぐに分かった。千秋と千夏はお手伝いして偉いなとか、やーい、自意識過剰とか言ってからかったりするくらいである。

 

だが、明らかな千冬の変化に察しの良く色々視野の広いお兄さんはあれ? と言う表情をしていた。だが流石に十歳の千冬が二十一歳の大人である自分に恋愛的な意味で好意を抱くなんて可能性は低いなと思ったのだろう。気にしたのは一瞬だったように見えた。

 

 

 

千冬がようやく会えた理解者……一緒に居たいと思ってしまうのは普通だろう。

 

 

でも、明らかに縮まり過ぎと感じる……

 

お兄さんの事は最初はロリコンとかペド、光源氏狙ってる等と疑いを持っていたが、今ではすっかりその疑惑はなくなった。

 

お兄さんは良い人で優しい人だから。過ごしてきた時間でそれはこれ以上ない程に分かった。

 

 

でも、千冬は渡したくない……お姉ちゃんはまだまだ一緒に居たいんだよ。どうしよう、千冬に何と言えば……応援するなら心の底から出来るようにならないといけないはずだし……

 

……取りあえず、保留にしよう。うちの勘違いの可能性のあるし……

 

 

 

◆◆

 

 

「ああー、縄跳びどうなったかなぁ……」

「そのセリフ、もう十回目なんだが」

「まだ、十回目か……」

「おいおい、仕事をしておくれよ?」

 

 

隣の佐々木小次郎を無視して、ただ只管に縄跳び記録会の事が頭から離れない。千冬は練習を沢山した。だが、そう簡単には行かない事もある。

 

次に次にと、いつかはと切り替えられればいいんだけど……

 

 

「お前さ、もうちょっと自分の事とか考えたら?」

「自分の事か。考える必要はないな。自分の事は大体分かっているからな。体調万全」

「……お前、絶対また体調崩すぞ? 料理位教えろよ」

「馬鹿が。危ないだろう」

「IHなんだよな? お前の家。だったら」

「火は危ないんだ……火傷でもしたら……いやだが、このままと言うのも良くないな。だけどな」

 

 

千夏が包丁のトラウマがあるだろうし、それで三人だけ教えると言うもそれはそれでハブるようで俺には出来ない。でも、料理とか触れた方が良いよな、食育と言う言葉もあるし……包丁を使わなくて安全な物……

 

……フルーチェなら行けるか?

 

いけるな。今度はフルーチェだな。

 

 

ってそうじゃない。縄跳びだ……うーん、親も見に行っていい行事なら良かったんだけどそうでもないらしいし。学校側連絡くれないかな。

 

千冬、大丈夫かな……また、周りに色々言われて悩んでしまう事もあるのではないかと心配になる。

 

 

……でも、信じることも大事か。あんなに練習をしたんだ。きっと何か得るものがあると無駄でないと千冬は感じているはずだ……もし、違くても頑張ったと褒めて伸ばす。

 

次へと足を踏み出せないなら背中を押すくらいの度胸がないとダメかもな……

 

うん、でも心配……

 

 

千冬だけじゃない千秋と千春と千夏もどんな感じだろうか? 頑張ってるのは間違いないだろうけどさ……

 

 

帰りにケーキでも……頑張ったで賞みたいな感じで買っていくか。そうしよう、女の子は甘いものが好きだ。結果に満足いかなくても元気が出るかもしれない。満足いっているなら単純にご褒美に。

 

 

よし、そうしよう。そうと決まれば早く定時で帰宅して結果を聞ききたい。仕事を急いで終わらせないと……

 

絶対に残業なんてしないと言う俺の意思が思考と身体を加速させた。

 

「……急に動きが四倍速になったな」

「そうか?」

 

佐々木はあきれ顔でこちらを見ているがそんなものは気にせず、俺は目の前の業務に集中した。

 

 




『今の所、世界の命運は俺にかかっている』
https://syosetu.org/novel/233853/

と言う私の以前書いていた作品になります。実を言うとこちらの方が……面白く出来てるのではと個人的には思っています。恋愛メインの現代ファンタジーです。

某サイトで日間で3位、ハーメルンサイトで1位も獲得しているので面白さは保証します。完結もしていますので見たことない方はこの休日に是非是非ご覧になってください。

この作品はかなり渾身の出来なので、もっと色んな人に知って欲しいと我ながら恥ずかしいのですが思ってもいます。一度お目を通してみてください


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32話 千秋対千冬(やんわり)

感想等ありがとうございます。


 俺は帰りの道でケーキ屋に立ち寄った。舌を出している女の子のお店だ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 うーむ。千秋は何でも喜んでくれると思うし、千夏も何でも食べてくれる。千春も千冬も甘いもの好きだから何でも食べてくれる。

 

 我が家の娘はいい子達ばかりだからなぁ。何でも美味しいと食べてくれる。ただ、みんな一緒だと面白くないから別種類のケーキを買って行こう。

 

 

 ショートケーキ、チョコケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ミルフィーユ。まぁ、こんな所だろう。代金を払い箱詰めされたケーキを貰う。

 

 

 どれを食べるかはジャンケンだな。

 

 

 喜ぶ顔が目に浮かぶようだなと思いながら車を走らせる。

 

 

 縄跳びの結果が気になる。全員気になるんだが特に千冬……、あんなに練習をしたんだ。それは分かっている。でも、どうなるか。

 

 迷いながらも家に到着して鍵を開けて玄関を開ける。

 

 

「カイト、お帰り!」

「魁人さん、お帰りなさいっス」

「た、ただいま」

 

 

千秋と千冬が元気よく出迎えてくれた。どうやら俺の心配は杞憂だったようで一安心。千冬の縄跳び記録会での結果は分からないが前を向けていると言う事は自分自身の中で何か得るものがあったのだろう。

 

 

「カイト、それ、お土産か!? ケーキだろう!?」

「あ、ああ、そうだ」

「わーい! 舌出してる奴だ!」

 

 

千秋にケーキの箱を渡すとそのままリビングに嬉しそうに戻って行った。

 

「千冬、縄跳びはどうだった?」

「えっと、姉妹の中では最下位だったっス……でも、全部自己ベストで特に二重飛びは6回飛べたっス!」

「おおー、頑張ったな!」

 

 

 自分の成長を感じ取れると言うのは嬉しいだろな。縄跳びとか回数とか飛んでいる時間で数字として結果が出る。そこで自己ベストを出せたり、いい結果が出せるとまた頑張ろうとモチベーションになる。

 

 それは千冬が頑張ってきたと言う過程があったからこそだからちゃんと褒めないとな。

 

「えへへ……」

 

 

笑う姿も可愛い。

 

 

「が、頑張ったから、あ、頭も……」

「お、おう……」

 

 

照れながらも頭を撫でて欲しいと少しだけ上目遣いの千冬。これは絶対に同学年の男子達は放っておかないだろう。だが、千冬は男子達からモテたり、千秋のようにちょっかいをかけられる事もないと言う。

 

見る眼がないな、そして時代が千冬に追いついていない。

 

小さい頭を手で撫でる。まるで子猫のように撫でるのを嬉しそうにしてくれるのは大変うれしいと思う、信頼関係が出来ている証だから。ただ、大分懐いてくれて凄く嬉しいのだが……

 

う、うーん。千秋とはまた別の懐き具合の感じがするんだけど……これは気のせいなのかな? 

 

 

女の子は複雑だから色んな心情を抱いたり、人それぞれ接し方や態度が違うのは当たり前だしな。

 

 

……取りあえず、家に上がって夕食を作ろう。これ以上考えてしまうと訳の分からない方向に思考が進んでしまう気がする。

 

「それじゃあ、俺は夕食を作るから……」

「あ……」

 

手を頭から離すと千冬は名残惜しそうに声を溢す。うぅ、そんな目で俺を見ないでくれ。いつまでもこのままと言うわけにもいかないし、皆お腹を空かせているから仕方なく中断したんだ……

 

……早く夕食を作らないといけない。

 

「カイト、お腹空いたー!」

「あ、ああ、今作るから」

「むぅ……」

 

 

ケーキを冷蔵庫にでもしまったのだろう。手に何も持ってない千秋が再び玄関に戻ってきた。急いでスーツを脱いで夕食の支度を開始する。

 

千秋が若干駄々をこねる可愛らしい子供のように夕食を強請るので急いでキッチンに向かう。俺が準備しようとすると千秋は花のような笑顔を見せる。

 

 

ただ、反対に千冬は今度は膨れ顔をしていた。

 

 

今回はちょっと……俺の気のせいかもしれないから保留にしておこう。

 

 

◆◆

 

 

 

 お兄さんがケーキを帰りに頑張ったで賞として買って来てくれた。夕食を皆でコタツの中で食べた後に冷蔵庫からケーキの箱を取り出して封を開ける。

 

 

 中から甘い香りがして五つのケーキが顔を見せた。

 

「わーい! 我はね! ショートケーキ!」

「じゃあ、私はモンブランで」

「千冬はチョコがいいッス」

「お兄さんは?」

「俺は余りでいい。千春先に取るといい」

「ありがとうございます。じゃあ、うちはチーズケーキにします」

「そうか、俺はミルフィーユにしよう」

 

 

 

うち達が先に取りお兄さんは最後にケーキをとった。何気ないが三人が遠慮をしていないと言うお兄さんに以前よりさらに心を許していると言う事が分かった。

 

 

「ありがとうカイト、頂きます!」

 

千秋はショートケーキの周りのベールを綺麗にはがしてそれについたクリームを一口舐めた。

 

「はぁ、みっともない。やめなさいよ。そういうの」

「ふん、我の勝手だ」

「はぁ、子供ねぇ?」

 

 

千夏が千秋に呆れながらフォークでモンブランを一口食べる。千夏のモンブランはてっぺんに大きな栗が乗っていてクリームがソフトクリームのように渦巻いている。食べなくても分かる、美味しい奴だ。

 

「はぁ~、美味しいぃこの栗の濃厚なクリームが堪らないぃ。前から食べてみたいと思ってたのよ」

「……そんな美味しいのか? モンブランは?」

「秋は子供だから分からないわよね? チョコかショートの二択くらいしかないもんね? あーむっ、おいひぃ……」

「モンブラン、食べたことない……頂戴」

「……しょうがないわね。その代わり生クリームがたっぷりの所貰うわよ」

「よし」

「あ! 馬鹿秋、何でてっぺんの栗食べんの!?」

「シャアだから?」

「それを言うならシェア! ああー、もう楽しみにしてたのに! そのイチゴ貰うから。あむっ」

「ああ!? なんで!?」

「なんでじゃない!」

 

 

千秋と千夏が喧嘩のようになってしまうのでお兄さんが仲裁に入る。

 

「二人共喧嘩は止めよう。折角美味しい物を食べてるんだ。笑顔で食べよう」

「だ、だって……」

「秋が悪い……」

「ほら、俺のミルフィーユ全部食べて良いから」

「ええ!? 良いの!? カイト大好き!」

「で、でも、それは」

「大丈夫、まだ一口も食べてないから。エキスついてないぞ」

「いや、そこではなく……と言うかエキスって……」

 

 

エキスって……多分だけどうち達が共感しやすいい言葉を使ってくれてるんだろうけど。それ使うのって男子くらい……

 

 

「あの、これは魁人さんのケーキですよね?」

「大丈夫、俺は酒とおつまみがあるから」

「そ、そうですか?」

「うん。マジマジ。俺は鳥皮を油で香ばしく焼いて、後枝豆で優勝するから」

「じゃ、じゃあ、ありがたく……」

「鳥皮、枝豆……じゅるり」

「どんだけ、食いしん坊なのよ……アンタ、いや確かに美味しそうだけど……」

 

 

千夏は少し遠慮しながらもケーキを貰った。お兄さんはそのまま台所に行ってしまう。そのまま冷蔵庫からプラスチックトレー容器を出す。

 

そして、そのまま調理開始。

 

 

「ミルフィーユだ! おいしいぃ」

「確かに美味しいわね」

 

パクパク二人は口に運んでいく。その様子を見て千冬が口をはさむ。

 

「いや、流石に魁人さんに遠慮した方が良いんじゃないっスか……」

「うっ、そ、そうね。流石に甘えすぎたかしら? で、でも、加減が分からないのよ……どの程度まで甘えて良いのか」

「え? でも、カイトが食べて良いって」

「そうっスけど。それが本心だとしても、こう、何というか、ずっと甘えったりは……ダメじゃないっスかね? 貰うにしても一口とか、五つケーキあるんだから一人食べられないってのは無しって言うか、そう言うのは見てても寂しいって言うか。そんな感じっス……」

「な、なるほどな。千冬、良い事言うな! 確かにそうだった!」

 

 

 何だか、この会話。さりげないけど凄く大事なターニングポイントのような気がする。それはどうなんだ、それでいいのかと言いあえる環境

後悔してすぐさま納得。そして、ケーキを持って台所へ千秋は向かう。判断が早い、行動も早い。

 

 

「カイトぉ、遠慮しなくてごめん。カイトも食べるべきだった」

「おお、急だな……でも、気にせず食べていいんだぞ」

「うんうん、そんなことなかった。皆で食べるのが一番なのに食い意地はっちゃった、ごめんね」

「全然、大丈夫だ……俺が食べて良いって言ったんだからな。それにしても、なんだ、この感情は……まるでハッピーセットからてりやきバーガーセットに子供がシフトチェンジしたときに成長を感じる父親の心境のような……くっ、とにもかくにも嬉しいな……」

「どうかしたか?」

「いや、何でもない」

「そうか。じゃ、カイト、あーん」

「いいのか? それ千秋のショートケーキ。しかも、かなりクリームたっぷりの所だぞ?」

「良いんだ! 食べて? 凄く美味しい所だから!」

「ありがとうな……」

「元々、カイトが買ってきれくれたケーキだからな。お礼はいらないぞ」

「でも、ありがとうだ」

 

 

千秋がお兄さんにあーんをして食べさせる。間接キス、と言う言葉がうちと千冬と千夏の頭をよぎる。千夏はちょっと驚いたけど千秋だからと納得の表情。

 

うちは、ただ単にうちにもあーんをして欲しいからお兄さんへの嫉妬の表情。

 

千冬は……

 

 

「か、かかか、間接キシュッ……そ、そんなの、いくら何でも無防備すぎ……」

 

 

照れながらも千秋への僅かな嫉妬の表情を見せる。今まで千冬が千秋や千夏、うちにしてきた嫉妬とは全く違う新しい嫉妬。千冬は超能力と言う絶対に嫉妬をしてきた。今までなら嫉妬をするだけの事が多かったのに。

 

 

「か、魁人さん! ちょ、チョコレートケーキも甘いッスよ!!!」

 

 

最近は、対抗する事の方が多くなった。千冬はチョコレートケーキを持ってお兄さんの元に向かいスプーンでチョコの部分をすくう。

 

「あ、ありがとう……良いのか?」

「も、勿論っス! エキスも気にしないっスから! ど、どうぞ……」

「あ、ああ、それじゃあ、貰おうかな……」

 

 

お兄さんは戸惑いながらも口を開ける。

 

照れているわけではないし、邪な感情はない。困っているようで迷っているようで、戸惑っている。何かを察しているのか、違和感を持っているのか。そこまでは分からない。

 

だが、明らかに戸惑いが隠せていない。

 

 

お兄さんは何かに気づいたのだろう。だが、お兄さんからすれば娘であり子供、自分は大人であり父の立ち位置。さらに、そもそも勘違いだったら気持ち悪いどころの話じゃ済まない。

 

和をお兄さんは大事にしているようだし……困るのは当然。

 

互いの位置を理解しているお兄さんには千冬の変化に対応が出来ない……

 

 

と冷静に分析をしてしまったがうちもあーんして欲しい。千秋と千冬は台所。千夏は……眼で訴える。

 

「……なに?」

「いや、何もないけど……」

「……ほら、あーん」

「ありがとう!」

 

モンブランって美味しいな……千夏のあーんで美味しさが引き立つ。

 

「少し、魁人さんに残した方が良いかな……」

 

千夏も……少しずつ変化がある。でも、本質の優しい所は変わってない。千秋も前よりお兄さんと仲睦まじくなり我儘になったけれども、真っすぐで間違ったと思ったら直ぐに正すことが出来る。人の話に耳を傾けることが出来る。

 

千冬も前を向き続けることが出来るようになり、自分を特別だと思えるようになり、お兄さんに好意を持つようになったけど、実は負けず嫌いのとこは変わってない。

 

 

姉妹の変化に少し寂しくなって、変わらない良い所に嬉しくなった。

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。
あと、SNS等でも拡散して頂けると嬉しいです……お願いいたします。


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33話 親

感想等いつもありがとうございます。


 帰りの会。教卓の前に先生が立ってうち達四年一組の生徒達に連絡事項を話す。

 

「えー。今週の土曜日ですが二分の一成人式があります。二分の一成人式とは成人の半分の年齢になった事を祝うものですね。皆さんの保護者の方々にも来てもらう事になっているので張り切っていきましょう!」

 

 

「ええー!」

「親来るのかよー」

 

 

先生の言う事に反発心を出す生徒達。二分の一成人式と言っても授業の一環であり、それを親が見に来ると言うのはどこか拒否感のような物が出るのかもしれない。

 

 

「はいはい、静かに。そこで皆さんには保護者の方々の前で将来の夢と日々の感謝を原稿用紙一枚ほどで発表してもらいます」

 

「ええー!」

「お母さん達にそれはねぇよ」

「恥ずかしいー。親の前でそれは無理」

「面倒くさい」

「ふーん、面白そうじゃん」

 

 

 

「私のお母さん見に来るって言ってた」

「我が家はお父さんとお母さん両方だって」

「そうなんだ。まぁ、何処の家もお母さんたちの張り切り具合がちょっと」

「それな。子供より親の方が張り切ってるんだよね」

 

 

やはり、年頃だと感謝などを言葉にするのは難しいようで反発の精神が強い。だが、中にはそんなことのない大人な生徒もチラホラ、桜さんもその一人で特にこれといった反応は示さない。

 

 

その中で唯一と言う特別な反応をしている者がいる。それは複雑そうに歯切れの悪いように何とも言えない雰囲気を醸し出している千秋だ。

 

席が目の前で顔が見えないが明らかに複雑な心境をしているが手を取るようにわかる。

 

 

いつものように終始笑顔で楽しそうな千秋が窓の外を向いて、何処か寂しそうにただ空を見上げている。

 

 

「それでは、連絡事項は以上です。発表することは早めに考えておいた方がいいですよ。もし、前日までに出来上がらなかった人は居残りが確定演出ですからね。それでは日直の人は号令お願いします」

 

 あ、今日の日直はうちと千秋だった。どちらかが号令をしなければならない。だが、千秋は上の空で話が聞こえていない。

 

 

「起立……」

 

 

 うちが全員に号令をかけると次々と生徒達は椅子から腰を上げる。その音で千秋もようやくハッとして外から視線を教室に戻して起立。

 

 

「これで、帰りの会を終わります。さようなら」

「「「さようならー」」」

「さっさー」

「したー」

「さっした」

 

 

挨拶を適当にしてすぐさま教室を出て行くものが数名。殆どが男子であるが中には口パクの女子もいる。挨拶って大事だと思うがそれを注意したり気にしたりするのはお節介になるし、そもそも気にする余裕はない。

 

 

 

日直は黒板を綺麗にして、黒板消しをパンパンして綺麗にして、明日の日直の名前を書いたり、チョークの粉の掃除。教室のごみ捨て等々仕事が目白押し。日直はそれを優先的に終わらせないといけないのだ。

 

いつもなら、日直の仕事に真っ先に向かうのだがそれより先に気に欠けないといけない事がある。うちは学校が終わった事に浮足立つ生徒達を意識の外にやり前で複雑そうな心境の千秋に話しかける。

 

「千秋大丈夫?」

「……うん」

「何かあったの?」

「何でもない」

 

 

そうは言うが明らかに何でもないと言う雰囲気ではない。千秋はそのまま日直の仕事を思い出したのだろう、黒板に向って行く。

 

黒板消しを手に持ち、黒板を綺麗に拭き始める。

 

 

「……」

「……」

「千秋、お姉ちゃん……千秋の事気になるんだよ。だから、教えてくれないかな?」

「……」

 

 

千秋が言いよどむなんて珍しい。目を逸らして深く深く考え込んでいる千秋。

 

「大丈夫、ここだけの話だから。誰にも言わないから。千夏にも千冬にも、勿論お兄さんにも」

「……本当に?」

「うん」

 

 

三人には聞かれたくないような事なのだろうか。それともただ単に誰にでも話すような事じゃないのか。

 

「本当の本当?」

「うん、本当の本当」

「本当の本当の本当?」

「本当の本当の本当」

「でも……千春にもあんまり言いたくない……傷ついちゃうから」

「良いんだよ? お姉ちゃんだもん。千秋の思ってるより強いんだから」

「でも……」

 

迷ってるな。それにしてもうちが傷つくってどんなことかな?

 

「良いから良いから、途中で止めてほしかったら止めるし」

「……う、ん……じゃあ……でも」

「本当に大丈夫。取りあえず言ってみて、話はそれからだから」

 

うちは千秋の手を握って目を合わせる。千秋の両眼が迷っているから下に視線を落とす、だが、少し経つとゆっくり話し出す。

 

「……あのね、我はね……」

「うん」

「さっきの帰りの会で……」

 

 

「おい、千秋」

 

 

 

千秋が話そうとすると低い男子の声が教室に響く。もう、誰もいないと思っていた。だって、普通残る生徒なんていないし。日直以外は残る意味もない。

 

 

「……な、なんだ。短パンか……何のようだ」

「あ、ほら、お前ずっと帰りの会で、元気なさそうだったから。いつも、馬鹿みたいに笑ってるのに」

「……我だって元気のない時くらいある」

「そうかよ……で? 何でしょぼくれてるのんだよ?」

「お前に関係ない」

 

 

西田……じゃなかった西野。お前、今、姉と今世紀最高に可愛い妹が大事な事を話そうとしていたと言うのに……

 

はぁ、邪魔しないで欲しい。だが、どうやら帰りの会でずっと千秋を見ていたような言い回し。以前から察しは付いていたが西野は千秋に好意を持っているらしい。

 

千秋は可愛いから理由は分かる。だけど、だったらもっと優しくしたりすべきだろう。いつも馬鹿だとか、子供のようないじりをして千秋を怒らせる。

 

千秋は少し幼い所があるが、思ってる以上に大人の面も持ち合わせている。だからこそ、千秋をその辺の子供と思って接しても大して響かない。

 

 

 

「んだよ、けちけちすんな」

「……良く分からないが心配をしてくれていると言う事に関しては礼を言っておこう。だが、人に話すような事じゃない」

「今、千春に言おうとしてたじゃん……」

「千春は別だ。姉だからな」

 

 

西野は一応心配で聞きに来たと言うのはうちにもすぐに分かった。だが、普段の行いとか、聞き方とかそこら辺でどうしても千秋は心を開かないのだ。

 

……心配してくれたところは感謝だけどね。

 

「んだよ。折角聞いてやろうと思ったのに」

「そうか、ならいい……」

 

 

……今日の千秋は何だか、いつもより冷めてる気がする。何だろう、そんなに難しい悩みなのかな……。

 

 

「……お前、本当になんだよ……今日はいつもと違うぞ」

「いつも……いつもか……。そうだな。そうかもしれないな……西野、お前には両親は居るか?」

「え? ああ、居るけど」

「毎日、ご飯作ってもらって掃除をして貰ってるか? 物を買って貰ってるか?」

「だ、だったら何だよ……」

「そうか……ちゃんと感謝しろよ。今すぐ家に帰って作文を書け」

「え?」

「早く行け……今日の我と絡んでも互いに何も生まないし、お前が求める反応も出来ない」

「ああ……そう、だな」

 

 

千秋がそう言うと流石に西野は去って行った。再び教室内に二人きりになる。音が殆ど消えて、時折風で窓が揺れる程度の音しかない。静寂を切るように千秋が弱弱しい声で話し始めた。

 

「……ねーねー」

「どうしたの?」

「……両親って、感謝するような物なのかな?」

 

そう言う事か。と直ぐにうちは納得をした。

 

 

教室に居る生徒は全員、両親に感謝の作文を書く。普段からお世話になって育ててもらっているからだ。

 

でも、うち達は違う。拒絶され、隔離され、傷を受けた。周りが両親に感謝を示すと言う教室の空気が昔の、最悪の両親を千秋に思い出させてしまった。

 

「……我には分からない。両親が不の対象でしかない。皆、難色を示したけどそれでも感謝を示すと言う事に否定的な人が一人もいなかった……。自分の辿ってきた人生が他の人と違うって思って、そしたら昔の事を思い出した……」

 

 

千秋は無意識なのだろう。右目の僅かに上の部分の髪に隠れているオデコを抑えた。

 

「そっか…‥」

 

 

そこは、昔あのクソどもに付けられた初めての傷がある所だ。仕事で上手く行かない事でお酒を只管に飲んだクソの父は不機嫌になり、自制心が効かなくなり大人しく過ごしてい千秋を蹴飛ばした。

 

壁にぶつかって血が出た。擦りむいた程度で僅かだったが恐怖心は心の中にずっと渦巻いている。

 

他にも背中を蹴られたり、ビンタをされたりもした。けど、千秋にとってはおでこの傷が一番心に残っているらしい。

 

血が出た、初めて。怒鳴る程度だったのにとうとう手を出した。我儘なんて言わないし、最低限以下の生活を文句の一つも言わないで過ごしていたと言うのにだ。

 

もう、殺されるかもしれないと思ったのだろうか。ただ初めてだったから恐怖が残っているのか。そこまでは分からないし、聞けない。

 

ただ、恐怖が呪いのように残っているかのように擦り傷は千秋に残っている。心にも額にも。忘れていただけ、目を背けていただけ。

 

 

「これ言ったら千春も嫌なこと思い出すと思ったのに……ごめん。一人じゃ、抱え込みたくないって思っちゃった……」

「大丈夫。そんなことより千秋の方が心配だから」

「……ごめん」

「忘れられないのはしょうがないよ。思い出すのもしょうがない」

「ごめん……」

「そんなに謝らないで。そうだ! 元気が出るように頭なでなでしてあげる」

「うん、ありがと……」

 

 

弱弱しい千秋は本当に久しぶりに見た。最近は笑顔しか見ていなかったから。でも、これが千秋なんだ。いや違う、これがうち達四姉妹なんだ。

 

本当に危ない、不安定で弱くて脆くて、ちょっと間違えばすぐに泣いてしまう。落ち込んでしまう、壊れそうになってしまう。

 

こうやって、目を逸らして誤魔化すくらいしかできない姉を許してほしい。傷は薄くなっても残ったまま。治ることはない、治す方法は今はない。時間のかけて少しづつ傷を無くしていくしかない。

 

「ねぇ、春、秋、バスの時間……どうしたの?」

「今日は日直だったんスね……って、秋姉、何があったんスか?」

 

千夏と千冬がいつものバスの時間になってもバス停に来ないから気になって教室まで来てくれたらしい。時計を見るといつも、バス停で合流する時間を十分以上過ぎている。

 

 

二人は千秋の様子を見てすぐに変化を感じ取る。

 

「べ、別に……何もないぞ……」

「嘘下手すぎるわよ。アンタ」

「そうっスね……確かに下手っぴっス」

「な、何でも無いったらなんでもないぞ!」

 

 

千秋もわざわざ言う事に意味がないと思っているのだろう。うちに気遣ったのと同じように不の記憶を思い出させるようなことはしたくないのだ。

 

「で? そう言うの良いから早く言いなさい」

「べ、別に」

「言わないと、くすぐりで吐かせるっスよ」

「ええ!? いや、でも……」

 

 

二人がじりじりと千秋に近寄る。あわあわと逃げようとするが囲まれ退路を断たれる。

 

「でも、言いたくない。きっと二人が嫌な気持ちになるから……」

「ふーん、良かった。言えない理由が私達で。そうでしょ? 冬?」

「そうっスね。どうしても言いずらいコンプレックスとかの悩みだと踏み込むか迷う所っスけど。千冬たちが嫌な気持ちになる悩みなら大して気にする必要ないっスから」

「アンタがしょぼくれてる方が嫌なのよ。私達は。自分が嫌な気持ちになるよりね」

「まぁ、いつも秋姉には妹としてお世話になってるっスから悩み相談には是非ぜひ是非にでも乗りたい所っすね」

「……お、お前ら……」

 

 

こうなると思っていた。相手でなく自分が傷つく程度なら何としても話させて相談に乗ってやるとすることは予想がついていた。ジーンときた。

 

全てが姉妹で解決する事など無い。でも、姉妹だから出来る事もあるのだ。こうやってずけずけと懐に飛び込めることもあるのだ。

 

 

「で? 話なさいよ。でないと冬とダブルでスパイダー地獄よ」

「ほらほら、吐かされるより吐いたが方が楽っスよ」

「……本当に良いのか?」

「「良い!」」

「……ごめん」

「「謝るな!」」

「……うん、謝ってごめん」

「「……」」

「あ、謝っちゃった……」

「もう良いから早く話しなさいよ」

「そうっスよ」

「うん、実は……」

 

そう言って千秋は言い淀みながらも声を発し始めた。自分が過去を思い出して悲しい気持ちになってしまったと。

 

数分、千夏と千冬は黙って話を聞いていた。そして、話が終わると二人揃って千秋の頭に手を乗せて撫で始めた。

 

「そう言う事ね。まぁ、気持ちはわかるわ。さっき、私も自分のクラスで同じような事思ったし。ほかの子は普通に親に育てられて私の両親のクズっぷりが際立つなぁって」

「千冬も思ったっスよ。でも、秋姉達が居るから寂しくはないし、悲しくもないっス。だから、秋姉にも千冬たちが居るっスよ」

「ッ……」

 

うちも千秋の頭に手を置いた。

 

「大丈夫。もう、怖い物なんてないから。千秋が寂しくなって怖くなっても何度でも励まして慰めるから安心して」

 

「ううぅ゛」

「ちょっと、何で泣くのよ。そんな感動的な場面でもないでしょ。姉妹ならこれくらい普通よ」

「いやいや、結構感動的っスよ」

「そうだね、うちも心中大洪水だよ」

「出た、姉妹馬鹿長女……はぁ、もうしょうがないわね。ほら、日直の仕事手伝ってあげる。バスの時間来る前に終わらせるわよ」

 

千夏が号令共に動き出す。だが、その前に千秋がうち達三人抱き着いた。

 

「「「ッ」」」

「あ゛じがどぉ゛、うれじい……我、幸せ……」

「そう、それは良かったわね。って私の()()()のは止めなさい!」

「我を元気づける為にダジャレを言ってくれるなんて……良いあねだぁッ」

「姉としての株が上がったようだけどそんな意図は無いわ。それより、速く仕事終わらせないとバスで帰るわよ。今日の四時ドラマが」

「ううん、このままが良い、我、このままが良い」

 

 

千秋がぎゅっと抱きしめる。全員を抱きしめる。腕がまだ成長しきっていないから長くないけど、それを精一杯伸ばして抱きしめる。

 

 

「我ね、最近、ありがとうとか、いただきますとか、ご馳走様を言うのが少し適当と言うか感情がこもってない時が多かった。恵まれたのが当たり前のように感じる日々になってた」

「それは良い傾向ともいえるんじゃないっスか? 幸せが普通って」

「うん、そうともいえるけど。改めて感謝するのも大事だって今思った」

 

 

千秋、一旦うち達を離して一歩下がる。

 

『――三人共、大好きだ。ずっと一緒に居てくれてありがとう』

 

 

ちょっとだけ、涙目だけどいつもの、いやいつも以上に千秋は良い笑顔を浮かべていた。

 

 

「ま、まぁ、姉妹だしね」

「そ、そうっスね」

「う、うん、そろそろ日直の仕事しないとね。ね? 冬」

「は、はいっス」

 

 

面と向かれてお礼を言われると恥ずかしい二人はそそくさとうち達の日直の仕事をやり始めようとする。

 

だが、再び千秋がうち達を捕まえる。漁業の網のように手を広げて。

 

 

「えへへ、もうちょっとこのまま」

「あ、アンタ、恥ずかしくないの? こっちは凄い恥ずかしいんだけど……」

「そ、そうっスね。千冬も恥ずかしさで顔が熱いッス」

「うちは最高の気分だよ」

「我も最高で恥ずかしさは一切ないからこのままだ!」

「ああ、もう、しょうがないわね……四時ドラは諦めるわ」

「そうっスね」

「わーい、我幸せ」

 

 

十分くらいこのままで居たら先生が来たので解散し、日直の仕事を疾風のように終わらせてバス停でバスに乗って家に帰った。

 

 

家につくとドラマを見ながら原稿用紙を全員で取り出した。どうやら二つのクラスは両方ともお題は同じらしい。

 

 

「ふーん、アンタ達も将来の夢と日々の感謝なのね」

「そうだ!」

「うーん、感謝は書けそうっスけど……将来の夢となると……」

 

 

千夏、千秋、千冬が何を書こうとかと頭を悩ませている。お兄さんへの感謝は書けるが将来の夢となると話は違うようだ。

 

「我は、怪盗になりたい!」

「冬、将来の夢ってある?」

「あんまり、決まってないっスね。想像も出来ないっス」

「そうよねー」

「無視するな!」

「千秋、うちはその夢応援するよ」

「流石、ねーねーだ!」

「春はもうちょっと厳しくすることを覚えた方が良いわね」

 

 

 

むっ? そこまで言うの? 

 

結構、厳しめの時もあるつもりだ。

 

だから、うちが甘いのではなく千夏が厳しいのだと勝手に思っている。

 

 

「因みに、私は女優よね。月9時は私のものよ」

「そうだね、千夏なら勢い余って一週間9時全部総なめだよ」

「いや、だからそう言う所を私は直すように言ってるんだけど?」

「真実だと思うよ?」

「はぁ……甘やかすのもほどほどにするのよ?」

「これでもかなり抑えてるよ」

「嘘でしょ……」

 

 

千夏が頭を抱えている隣で千秋と千冬が話している

 

「我は探偵にもなりたい」

「へぇ、でも探偵って実際秋姉が思ってる様なモノじゃないっスよ? 身辺捜査とか地味な事が多いっス」

「え? じゃ、じゃあ、週一で事件遭遇して解決は……?」

「そんなのアニメだけっスよ」

「……じゃあ、声優になる!」

「急っスね」

「だって、アニメ好きだしラジオも面白そうだし」

「でも、声優業界ってかなりシビアらしいっスよ。アニメとラジオ出るだけじゃあまり稼げないし、最近じゃCDとか写真集とかで事務所も売り上げ稼いだりもしてるらしいし、そもそも声優だけで生活は出来ないのが殆どだから厳しい世界っスよ」

「ううぅ、なんか楽しくなさそう……」

「でも、秋姉は可愛いし声も良いから、行けそうな気もするっスよ」

「おおぉ! 声優、第一候補!」

 

 

千冬って博識だなって改めて思う。一体どこでそんな知識を得ているんだろうかと思ったら思い当たることがある。お兄さんのスマホだ。最近ではソファで千夏、千秋、千冬で誰が使うか取り合いになることもしばしだ。

 

時間を決めて使ってるからその時かな。

 

「声優ねぇ……私もいけるかしら?」

「行けると思うっスよ。声も顔も良い感じっスから」

「うちも行けるとしか思わないよ」

 

 

夢を持つと言うのは良い事だ。可能性を探ると言うのも勿論いいことだ。だが、才能が有り余るうちの妹達は何をしても上手く行って業界を荒らしそうで先輩声優から恨まれそうで心配だ。

 

 

そんな事を考えていると千秋が声を上げる。

 

 

 

「そうだ! 我ら四姉妹で声優やろう! そして、天下取ろう!」

「いや、何の天下よ。でも、私達が声優デビューなんてしたら、人気過ぎてアニメ引っ張りだこね。おいおい、またあの子がヒロインかよ、主役かよって言われることは間違いないわね」

「確かにそうだな! 我らインテリ声優四姉妹で売り出そう!」

「それ良いわね。ついで動画サイト侵略して、俳優にもなってバラエティとか情熱大陸とか出て、あ、でも絶対私達のアンチが現れるわよ。不仲説か提唱されて、引退したり、浮いた話が出たら急にアンチになる奴も居るわ」

「そう言う奴はラジオで愚痴ろう!」

「いやいや、声優とか俳優とかも大事なのはイメージよ。そんなことしたら仕事減るわね」

「うーん」

 

 

……スマホって本当に色々は知識が手に入るんだなぁって思う。千夏と千秋の会話を聞きながらそう思う。

 

「いや、流石にそんなトントン拍子で行くわけないっス……まぁ、考えるだけならタダだからいいっスけど。春姉は夢はあるんスか?」

「うちは三人が幸せになる事かなぁ。まぁ、でもこれは夢と言うより最低減の使命って感じだけど」

「……そうっスか。千冬は春姉にも幸せになって欲しいッス」

「三人が幸せならうちも幸せだよ。これぞウィンウィンだね」

「……それは違うと思うっスけど……」

 

 

千冬は本当に優しい子だ。自慢の妹だなぁ。そして可愛い。ここが大事。千夏も千秋も可愛い。ここが大事。

 

三人はどんな未来を歩んでいくのかなと想像を膨らませて、きっとどんな未来でも幸せにしたいと思った。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「おい、お前何やってんだ?」

「見て分からないか? 筋トレだ」

「昼休み中に握力にっぱーにみたいなので食事しながら鍛えるってどうなんだよ。普通に引くわ」

「もうすぐ、授業参観があるんだ。そして、そのまま親子バレー大会もある。俺は娘にカッコいい姿を見せないといけない」

「へぇ」

 

昼休み、自席で座りながら握力ニッパーみたいなので鍛えつつ、おにぎりを頬張る。全ては親子バレーで良い格好をするため。横に居る佐々木がとんでもない奴を見る目になっているが気にしない。

 

 

「どう考えても俺の年齢は他の親より若い、アドバンテージがあるんだ。そこで活躍して、パパ凄いと言わせて見せる」

「あっそ……バレーって握力関係あるの?」

「まぁ、ジャンプ鍛えた方がいいだろうな。だが、大事なのは自分はやってきたという心理的有利性だ。だからこそ一秒も無駄にしない」

「ふーん。あ、そうだ、お前にこれやるよ」

「何だこれは?」

「チャンピオンカレー、俺実家石川県金沢市なんだけど、毎年大量にそれが送られてくるんだ。だからやるよ。娘と喰っとけ」

「無料か?」

「無料だ」

「おお、ありがとう」

 

佐々木が紙袋に沢山詰められているのは商品のカレー。パックに入っている540グラム、甘口と辛口がそれぞれ三個づつ。かなりの量だ。そう言えば美味しいって聞いたことあるな、チャンピオンカレー。

 

……これ、俺が作ったと言って出したらどうなるんだろう。いつもより美味いとか言われたら立ち直れねぇ。

 

 

「じゃあ、お前の娘達からバレンタインよろしく」

「……え? いやだけど」

「おい、頼む。毎年、親からしか貰えない俺の立場をよくすると思って」

「え? それはちょっと」

「じゃ、カレー返せよ」

「お前……」

「冗談だ」

「嘘つけ」

 

 

 

ちょっと良い奴だと思ったが直ぐに株を落とす、佐々木小次郎。だが、今回はカレーを貰えたからプラマイしても若干プラスだな。何か、美味しそうだし、普段食べられない物を食べさせられるってなんかいいな。

 

 

今日の夕食は早速カレーにしよう。楽をしたいとかではない。合理的判断である。

 

 

 

◆◆

 

 

定時になったので、法定速度を守りつつ急いで車を走らせて家に到着。折角だから豚バラでミルフィーユカツでも作るか。

 

そんな事を考えながらドアを開けると、いつものように千秋が出迎えてくれる。だが、いつもとは違い、抱き着いてきた

 

「おかえり、カイト」

「どうしたんだ?」

 

 

普通にパパとして嬉しいんだが、急にどうしたんだ? 

 

 

「いつもありがとうって言いたくて、感謝伝えたくて、あとは甘えたかった!」

「うん、なるほどな。そういう所、本当に千秋の良いところだ。あとそこ凄く可愛い」

「えへへ、カイトに可愛いって言われた……」

 

 

何だ、この可愛い娘は。これは何としてもバレーで良い所見せないとな

 

「今日の夕食はなに!」

「今日はカレーに豚バラでなんちゃってカツを合わせてカツカレーだな」

「おおおお!! 豪華!」

「期待して待っててくれ」

「うん! カイトの料理期待して待ってる! いつもありがとう、大好きだぞ。カイト」

 

 

……っといけない。思わず思考が飛んでしまった。それくらい可愛い。だが、不味いな。これは。授業参観で千秋が可愛すぎて他の親が嫉妬してしまうかもしれない。

 

うちの子よりあの子の方が可愛いと目立ってると文句が出るかも……

 

 

おっといけない。急いで夕食を作らないとな。娘たちが腹を空かせている。俺はスタイリッシュに台所に向かった。

 

 

 




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作品に対してご意見がある方は活動報告の方によろしくお願いいたします。


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34話 授業参観1

感想等ありがとうございます。よくタイトルのことを言われるのですが……私はNTRの意味をあまり知りませんでした……

まぁ、タイトル詐欺作品と言う事にすればいいんですかね? 

それとも、百合ゲー世界の光源氏、とかに改名も考えたのですが……今の所このままでいきます。




 うちには可愛い妹が三人もいる。

 

先ずは次女の千夏。少し強気な面を見せるが本質は凄い優しい。お兄さんとも会話が滞ることなくが出来るようになるが、それはうち達姉妹が居る時に限る。

 

一対一だとどうしても、まだ抵抗感や怖さがあるようだがそれでも普通に話せている。千夏は教室では千冬以外とは話さないらしい。人に背中を見せたり隙を見せない千夏と姉妹以外で隙を見せて言葉を交わせるのはお兄さんだけだ。

 

 

そんな千夏だが教室ではかなり、モテるらしい。まぁ、当たり前。男子達からかなり人気でお前が話しかけろよとと言う話し声がよく聞こえるらしい。

 

本人はどうでもいいし、興味ないねっと一瞥していたが。

 

 

 三女の千秋はやはり元気いっぱいで一番お兄さんに懐いている。甘えたい年頃でもあるからギュッとしたり、一番会話の量も多い。

 

 千秋もだがモテる。まぁ、当たり前のことだ。可愛いのだから。姉であるうちも可愛い過ぎて呼吸をうっかり忘れて酸欠になる時があるのだ。当然当然。

 

 

 だが、千秋はオシャレとかには気を遣ったりするが、恋愛とかには興味はないらしい。西田ではなく西野を全く相手をしないし、そもそも男子ともあまり関わらない。関わるとすればドッジボールでボコボコにしたり、給食で余ったプリンをじゃんけんで決める以外にない。

 

 それに千秋はきっと子供っぽい人じゃなくて包容力のある人が好みだ。経済的にも安定を求めているはずだし、安定している職業に貯金もある人が……ってそれは千秋だけじゃなくて姉妹全員の好みか……

 

 辿ってきた境遇に戻りたくないのだから自然とそのように好みが行くのは当然であるが、普通に誰でもそんな風な好みにもなる。

 

 やっぱり、経済力があって包容力があるのが一番だよね……

 

 

 最後に千冬。

 

 可愛い。特に最近、さらに可愛くなって来た。今までは学校の男子の見る眼が全くないためにそこまでモテるわけではなかった。

 

 いや、本当に見る眼がない。眼、洗った方が良いって何度も思っていた。

 

 だが、ようやく時代が追いついたのか千冬の人気が徐々に高まり、今では一番人気かもしれない。

 

 千冬は二組だけど、一組の男子もちょくちょく千冬の話をする事が増えているし、うちに千冬の事を聞いてくる男子もいる。

 

 まぁ、聞かれてもあんまり教えないし紹介もしませんが……

 

 千冬は確かに可愛いが最近になってますます可愛さが増している。一体どこまで可愛くなってしまうのか恐らくだけど円周率が無限のように、可愛さの値も答えが出ない無限なのだろう。

 なぜ、ここまで可愛さが増しているのか。単純に意識をしていると言うのが理由に上がるだろう。

 

 見た目を意識すると言う事に以前から千冬は気を遣っているが、さらに上乗せで気遣い。……後は恋をする乙女は自然と雰囲気も変わる。

 

 それに勉学も運動も何でも一生懸命に頑張る姿が魅力的なのだ。

 

 

 端的に言えばうちの妹達は只管に可愛いのだ。一体一日に何回思うのかと言う位。

 

そんな妹達が現在、授業参観の二分の一成人式で発表する作文を書いている。テレビをつけてドラマを見ながらコタツに入っているが進行状況に差がかなりある。

 

 

千夏はドラマ見ながらペンを回して、千秋はペンを両耳にのっけてドラマを見て、千冬はドラマを見ずに真面目に書いている。

 

うちはもう書き終えているので何もせず姉妹を眺めている。

 

「ようやく終わったっス」

「そうね、今回も面白かったわね」

「そうだな、まさかアイツが犯人とはな……」

「いや、千冬はドラマの事言ってるのではなく作文の事を言ってるんスよ」

「え? 嘘、アンタも終わらせちゃったの!?」

「やるな千冬。流石我の妹だな」

「夏姉も秋姉も早い所、書くっスよ。ドラマを終わったんスから」

「わ、分かってるわよ」

「我はオフロスキー見たらやる」

 

千夏がようやくペンを持って文をかき始める。夢や感謝を文に綴るのは意外と難しい。特に千夏と千秋は簡潔に物事を述べてしまうのが得意だからこそ、話を膨らませると言う事が苦手だ。

 

いつもありがとう。夢はこれだ。

 

大体、こんな感じで言ってしまう。ド直球で言いたいことを言える二人の長所が裏目に出てしまうからこそここまで作文の完成が遅れている。

千冬は単純に賢いから終わっている。話を発展させつつ、本質からずれない文が原稿用紙を埋めている。

 

千冬は一息ついて、消しゴムの消しカスを纏めている。不意にうちは違和感を覚えた。千冬が消す場所も無いのに紙の上で消しゴムをこすっているのだ。

 

 

まるで、消しゴムを早い所消費したいように。

 

その様子に千夏も気づく。

 

 

「冬、アンタまさか、ねり消し作ってるの? 子供ねー」

「え? あ、そ、そうなんスよ……練り消し作りたくて」

「全く、まだまだおこちゃまね」

 

 

テレビを見ていた千秋もその話声が聞こえたようで会話に混ざる。

 

「え? 千冬もか! 我も授業中作ってる時あった! だけど、普通の消しゴムで作ってもあまり良い奴は出来ないぞ? 伸びもないし」

「へ、へぇ……そうなんスか……じゃあ、止めるっスよぉ……」

 

 

何やらうろたえている千冬。これ以上話はしないと言わんばかりに筆箱に消しゴムをしまってさらにランドセルの中に入れる。

 

 

千冬の反応を見る限り、消しゴム消費の理由は練り消しではなさそうだ。だとしたら一体何だろう。

 

あまり詮索されたくないみたいだから放っておくけど……

 

 

「千春、我の作文手伝って!」

「いいよ」

「え? ずるいだったら私も」

「勿論いいよ」

「いやいや、春姉、手伝ったら意味ないッスよ。自分で書かないと」

「確かにそうだね」

「ええ、ねーねー手伝ってよ」

「勿論」

「……春、三人の内誰かは否定しなさいよ」

「確かに。否定も大事だよね」

「春姉、いいえと言って欲しいっス……」

「いいえ」

 

 

オカシイ、妹が可愛いからついつい全肯定してしまった。いけない、これは妹達の為にならない。心を鬼に、いや龍にしないと。

 

 

結局、なんやかんやで二人は自分の力で作文を完成させた。そして、二分の一成人式の日を迎える。

 

 

◆◆

 

 

 やべぇ、緊張してきた。空色のワイシャツと黒のスーツと青のネクタイ。いつも仕事場に着ていく着て俺は校舎内をうろうろしていた。

 

 昼下がりの時間、俺以外にも保護者と思われる人たちが大勢いる。かなりの人数だ。当然だ、全学年授業参観を行うのだから。

 

 よし、緊張をほぐすために今日の予定を確認しよう。

 

 先ず、娘の参観をする。そして、保護者会、ここでは面倒な役員にならない為に息を殺してやり過ごす。そいて、保護者さんバレーで良い結果を残して娘からの信頼を得る。

 

 これで決まりだ。何としても頑張ろう。緊張はほぐれないが……

 

 初めての娘の晴れ舞台ここまで緊張と言うか浮足立ってしまうとは……あと、普通に今どきのパパさんたちがオシャレでカッコいい。俺は若いからどう考えても娘からの株も上がるはずだったのだがこれでは目論見が大きく外れてしまった。

 

 

 計画が狂った事に頭を抱えながらも四年生の教室に向かう。ここで問題なのは千春と千秋。千夏と千冬、それぞれ教室が違うと言う事だ。だからこそ、全員の発表を聴く為には教室を常に往復し続けないといけない。

 

 

 これは骨が折れる作業になるだろう。あと、周りの保護者達からあの人若いなとちょこちょこ言われている声が聞こえるのは何気嬉しい。まぁ、まだ21歳ですから? 若々しくて当然ですよ。パパですがね。

 

 最初に一組を覗くと千秋と千春を発見。最初に千秋を目が合って、ぱぁっと顔を明るくし手を振ってくれる。早くも泣きそうなのですがどうしたらいいですか?

 

 千春も俺に手を振ってくれているので手を振り返す。さてと、二組に行くかと言う所でもう一人の女の子と眼が合う。千春と同じピンクの髪だが目は異なる黒。どこか面影の思わせる強気な顔立ち。

 

 

 あ……この子、友人キャラだ。名前は北野桜。そう言えば、千春が前に桜って子と仲良くなったと言っていたな。あまり意識はしていなかったし、深く考えなかったがまさか友人キャラの子供時代を拝むことになるとは。設定では幼いころは所沢に住んでるんだから知り合いになるのも当たり前か。

 

 『響け恋心』ではヒロイン一人ずつに一人の友人キャラが付く。全員女の子でヒロインと僅かだが打ち解けていると言う設定でありそれぞれがかなり個性的。主人公は攻略のヒントや好感度をそれぞれの友人キャラが聞くのが攻略の第一歩。

 

  っと、俺の尺度で測るのは良くない。友人キャラに酷似した人と言う認識の方が良いかな? それにしても現実としてこの世界をとらえているからあまり知識に頼らない事にしているが前提があるとついそのように考えてしまうのは止めた方が良いな。

 

 北野桜は千春のただの友人。これからも北野桜には千春の良い友達で居てもらおう。

 

 

 一組を覗いた後は二組だ。覗くと早速千冬と目が合い、彼女は恥ずかしそうにしながらも手を振ってくれた。可愛いじゃないか。

 

 そして、このクラスの男子達から凄い目つきをされているのはどうしてだ? いや、千冬が人気者なのか。そりゃ、あれだけ可愛いのだから当然か。前に千冬と話しているときにあまりモテないと聞いたときはそのクラスの男子は全員花粉症で目がよく見えていないのだろう、良い眼薬でも差し入れようとかと考えたがその必要はなさそうだ。

 

 千冬……変わって行っているよな、良い意味で。一生懸命なのは元からだが自分に自信を持っているというか、前を向き続けて言るというか。それは嬉しい。だけど、一つだけ気がかりなのは……いや、今は止めておこう。

 

 

 

 千夏も俺に気づいて手を振らずにぺこりと少し頭を下げる。相変わらず少し堅苦しいとこもあるが大分軟化したな。

 

 

 いけない、四人の対応に何だか心が暖かくなる。そうこうしてるうちに授業が始まってしまう。さてと、二つの教室をうろうろしていると、ふと思う、色んな子が居るんだなぁ。

 若さとは実に多彩。一人一人が異彩で輝いているように見える。

 

 年寄りクサい事を考えていると千秋が席を立って発表を始めるので軽く頭を下げながら教室に入り千秋の近くに向かう。

 

 

「我の夢とカイトへの感謝。我はカイトに毎日ご飯を作ってもらって、洗濯してもらって、その他にもたくさんの面倒を見てくれます。カイトは何でもできて優しくてとっても大好きです。でも、我はカイトに甘えてしまうばかりで、幸せな日常への感謝が薄れてしまう時があります。幸せが当たり前でない事を日々忘れずにカイトへの感謝を忘れずにしていきたいと思っています。これからも一緒にいて欲しいです。そして、我の夢はそんなカイトとずっと一緒にいることです。これから先、我がカイトと同じ大人になっても、一緒に年を取っておじいちゃん、おばあちゃんになってもずっと隣で笑いあえたらいいなって思います。カイト大好きです、いつもありがとうございます」

 

 

……眼から汗が出てしまう。俺だけじゃない、周りの保護者達も俺につられて涙が落ちない様に上を向いている。だが、まだ涙は墜ちていない。泣いている所は見せるとダサい感じがするから泣かないぞ。

 

だが、畳みかけるように千春の発表が始まる。

 

 

「お兄さんへの感謝と夢。私はお兄さんに感謝をしてもしきれません。衣食住、これらはすべてお兄さんがうち達姉妹に与えてくれています。恵まれた生活が当たり前だと心に余裕が出来て今まで見えてこなかったものが見え始めていることで様々な変化が姉妹に起こりました。その度にお兄さんは自身に出来る事を最大限尽力をしてくれました。そのおかげで妹である千夏と千秋と千冬に大きな変化が見受けられます。これはきっとこの子達にとって大切な大切な財産になるものであると確信しています。私達姉妹はずっと四人の中で絆を育むことが殆どでしたが絆だけでは生きていけません。内ではなく外に羽ばたこうとしている三人を見て僅かに寂しさを覚えることもありますがそれを嬉しく思ってもいます。それもこれも全部お兄さんが寄り添ってくれるおかげです。本当にありがとうございます。これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。私の夢ですが特にありません。三人が幸せならそれで十分です。以上、日辻千春」

 

 

手紙だからうちではなく私と一人称を千春は変えている。

 

これを聞いて誰もが良い子だと思うだろう。俺も思わず涙があふれる……が彼女の手紙からは自分の事は後回しと言う心情が透けて見えた。それはゲーム知識ではなく、生活してきてずっと感じていたこと。日辻千春は俺と生活をして一番良い子で居てくれている気がするが一番変化が無いのではと思ってしまった。

 

そして、ここで俺が何かを言っても変わらないと言う事が分かってしまった。彼女の本質はきっと変わらない。そう簡単に変えられるものではないと冷水をかけられたように実感させられた。

 

もっと、自分の欲を出してほしい。自分が自分がと彼女が言えるように俺はもっと寄り添って変えていかないと……

 

 

千春の書いてくれた作文は素晴らしかった。だけど、同時に寂しさも感じた。俺は大層な事は言えないし、身の丈以下の事しか出ないが。

 

俺も成長して今以上の事を出来るようになるからな。千春。

 

 

 




――――――――――――――――――――――――――――

面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。

あと、とある方が四姉妹の絵を描いてくれました。流石にURLを乗せて良いのか分からないので載せませんが。

twitterの方に載っているので是非見てみてください。この作品のタイトルを検索したら出ます。めっちゃ可愛いです。


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35話 授業参観2

感想等ありがとうございます。




 一組と二組は進行速度が違うために全員をしっかり参観できるのは運が良かった。カメラとかを使うのも考えたがそれだと恥ずかしいだろうし。

 

 一組で千春と千秋の発表を聞いた後に二組に入る。すいませんっと頭を下げながら千夏と千冬の近くに。

 

 

 千冬がチラチラとこっちを見てくるので手を軽くあげて何となく合図を送る。するのと同時にクラスの男子からギロリと睨まれる。

 

 作文を聞かないといけないのでそれを済まし顔でスルーしていく。俺以外の保護者さんは自分の息子の姿に頭を抑える者や俺を見て若いなと訳アリかと勘繰る者が多い。

 

 それも澄まし顔でスルー。俺は気にしないし、俺が気にすると千冬も千夏も気にしてしまうかもしれないからだ。

 

 さて、先ずは千夏の番が回ってくる。彼女は席を立って原稿用紙を両手で持ち読み始める。

 

 

「感謝と夢。私が今一番感謝を示さないといけない人は魁人さんです。魁人さんはいつも私達の面倒を見てくれるとてもやさしい人です。最初は全く話せずに魁人さんが悪い人ではないかと疑ってしまう事もありましたが今では良い人なのだと言う事が凄く分かりました。今の私はお兄さんに恩返しは出来ませんし、役に立つことは何一つできませんが感謝だけは忘れずにしていきたいと思います。これからも宜しくお願いします。そして、私の夢ですがvチューバー、声優、アイドル、女優、辺りに成れればいいなと思っています。何故かと言うと楽しそうで面白そうだからです。私はまだやりたい事したいことが明確に無いのでそれを見つけると言うのも夢の一つです……以上です」

 

 

千夏、夢を持つのは良い事だぞ。どれも難しいかもしれないが千夏ならどんなことでも出来そうだから不思議だ。千夏とは食卓とか五人いると気軽に話せるがまだまだ距離があることは否めない。

 

以前よりはと言ったら良いように聞こえるがそこで満足はしてはいけないのだろうな。

 

清らかな拍手が教室中にこだまする。千夏はほっと一息を吐きながら席に着いた。

 

そして今度は千夏の後ろの千冬が立ち上がる。千冬は軽く呼吸を整えて口を開いた。

 

 

「魁人さんへの感謝と私の夢」

 

千冬も作文だから一人称を変えているようだ。緊張をして僅かに肩を震わせている。頑張れっと念を送る。

 

「私にとって魁人さんは恩人です。衣食住と言う面でお世話になっていることが理由の一つですが何より、私が悩んでいるときに親身になって相談相手になってくれたことが心に残っています。魁人さんと話をしていると私の視野が広がったり、もう一度頑張ろう、前を向こうと思わせてくれます。魁人さんが居なければ今の私はありません。本当に感謝していますしこれからもしていきます。どんな時も私と同じ目線に立ってくれて頑張ったなと頭を撫でてくれる魁人さんの事が……」

 

 

千冬は急にしどろもどろになってしまった。

 

「私は、す、好きですッ……。え、えっと、ど、どんな時でも……あッ、ここ読んだとこだった……え、えっとえっと……こ、れからもよろしくお願いします。私の夢はお世話になった魁人さんに恩返しをする事ですッ。い、以上です」

 

 

教室中がほんわかと言う思考で埋め尽くされた。保護者さんたちも可愛いなと思わずニッコリ。

 

先生も生徒達もニッコリ。

 

 

勿論俺も感謝してもらえてニッコリである。ただ、思わず何とも言えない心境にもなったがそれでもほっこりである。

 

 

今日は来てよかった。四人の晴れ舞台を見ることが出来て心が暖かくなり、感動したからだ。

 

 

もうすぐ授業も終わる。この後は保護者会をしてバレーだ。俺も良いところを見せないとな。

 

拳をギュッと握って覚悟を決めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 授業参観が終わった。うち達は保護者会が終わるまで多目的ホールで宿題をしたり話したりしながらお兄さんを待って居る。

 

 

 多目的ホールは下に絨毯のような物が敷いてある大きな部屋でシューズを脱いで過ごすことが義務付けられている。四人で机を囲み腰を下ろしながら二分の一成人式がどうであったのか話し合う。

 

 

「はぁ~」

「ちょっと冬、アンタため息つき過ぎ」

「だって……はぁ~」

「千冬よ、どうしたのだ? 姉である我に言って見るがいい」

「いや、遠慮しとくっス……はぁ」

 

 

千冬は頬を机に乗せてため息を吐き続ける。

 

 

「はぁ、もうアンタはあの程度大したことじゃないでしょ?」

「あ、千夏もため息ついた」

「うっさい。秋は黙ってなさい」

「だが、断る」

「もう、冬、たかがちょっとのミスなんて気にすることないじゃない」

「おい、毎度無視するな」

「だって、折角魁人さんに良いところを見せるチャンスだったのに……」

「魁人さんは頑張ったなって言ってくれたじゃない」

「でも、見せるならより良い姿が良いんスよ……」

「わ、我も怒るときは怒るぞ! 無視するなって言ってるだろがい!」

 

千秋は千夏と千冬を肩をゆすり始めた。

 

「おい、仲間はずれするなぁー!」

「はいはい、分かってるわよ。そう言う秋はどうだったの?」

「もう、完璧だ!」

「……はぁ~」

 

千秋は自信満々に胸を張ると再び千冬がため息を吐いてしまう。

 

「もう、秋もちょっとは冬の顔をたてなさいよ」

「うっ、確かに……すまない妹よ」

「いや、いいっすよ。これは千冬がやらかしたこと。千冬のせいっス……なんで同じ行二回読んじゃうかなぁ……」

 

 

どうやら、同じ行を千冬は二回読んでしまったらしい。よくある事だ。うち達のクラスでもそう言う人はいた。気にすることないし寧ろそういうお茶目なポイントは可愛いのではと思うがそれは所詮うちの感想。

 

でも、視点を変えればどんなことでもプラスに考えられると言う事は伝えたい。

 

 

「お姉ちゃんはそう言うのも可愛いと思うよ」

「そうっスか?」

「そうだよ、だって普段真面目で才色兼備で完璧でミスパーフェクトで可愛すぎて非の打ち所がまるでない千冬がちょこっと、そう言うドジみたいなことをするとギャップで可愛いと思う」

「……前半の推しが凄いっスけど……ドジって可愛いんスかね?」

「可愛いよ。まぁ、極論千冬は何をやっても可愛いんだけどさ。ドジるから千冬が可愛いのではなく、千冬が可愛いからドジが可愛いみたいな?」

「いや、それは曲論が過ぎるのではと思うっス……しかも後半意味が分からないっス……」

「はぁ、春。アンタはもうちょっとシスコンを抑えた方が良いわ。ただ、春の言ってることも確かね、冬がミスった時の様子は可愛かったことは事実。プラスに考えてもいいかもね」

「そ、そうっスかね?」

「うん、我も良く分からないがそうした方が良い気がする」

 

 

何だか、話がまとまってきた気がする。よし、ここは姉としてしっかりと話を纏めて締めよう。

 

パチンと手を叩いて視線を集中させる。するとうちの可愛い妹達のクリクリした目がこちらに向く。

 

「話を纏めると三人共可愛いから、今日の二分の一成人式は大成功って事で良いね? 異論は認めないよ」

「おおー! 大成功か! 千春が言うならそうなんだな!」

「いや、話のまとめ方がトリッキー過ぎるわよ……」

「まぁ、元気づけようとしてくれた事には感謝っス。ありがとう、春姉」

 

 

ふふふ、少しは姉の偉大な姿を見せられたかな。これくらい出来ないと姉失格だけどね。

 

さてさて、そろそろ宿題をしないと。お兄さんが来る頃には終わらせておきたいし。うちは三人の宿題を手伝いながらお兄さんを待った。

 

 

◆◆

 

 

 

宿題を終わらせて暫く待って居るとお兄さんが向かいに来てくれた。シューズを履いてランドセルを背負ってお兄さんの元に向かう。

 

「お兄さん、お疲れ様です。保護者会大変だったですよね?」

「いや、変な役員押し付けられない様にアサシンのように気配を消していたからな。ほぼ、座ってるだけで終わったぞ」

「おおー! カイトはアサシンにも成れるのか! すげぇ!」

 

 

やるね、お兄さん。うちとの会話を成立させつつ、千秋が思わず反応してしまいそうなフレーズを入れると言う高等テクニック。うちの会話と千秋のコミュニケーションと言う二つの要素を兼ねているムーブ。

 

うん、これは見習いたい。一朝一夕でこれは出来ないだろうから

 

 

「まぁな、千秋も明鏡止水の心を会得すれば出来るようになるぞ……多分」

「おおぉ、今度一緒にやろう! 是非ぜひぜひにでも会得したい!」

 

 

お兄さんと千秋が楽しそうに廊下で会話をしていると、お兄さんの背中方面から見慣れた男子が保護者と思われる男性と一緒に歩いてくる。

 

 

「出たな……西田」

 

お兄さんが千秋が嫌そうな顔に反応して後ろを振り返る。千秋はそのままお兄さんの背に隠れる。

 

お兄さんは千秋の反応を見て呟く。

 

 

「成程……大体わかった……」

 

 

お兄さんは過去の千秋との会話、一瞬千秋の呟いた名前、そして表情の変化からすべてを読み解いたようだ。

 

……お兄さんって普通に凄いと思う。千夏と千冬も西……にし、二氏、NISHI、なんだっけ? あ、西野だ。西野と言うよりそのお父さんが怖いようでスッと距離とる。

 

千夏はうちの後ろに、千冬はお兄さんの背中に。なんだろう、この負けた感じ……

 

 

お兄さんは営業スマイルのような顔で頭を軽く下げて挨拶をする。

 

「あ、どーも、初めまして」

「こちらこそどーもどーも。西野の父です」

「この子達の父です。どうもどうも」

 

凄い、お兄さんの営業スマイル、全く違和感がない。そして、絶対に俺の苗字は言わないと言う意思が言葉回しから読み取れる。

 

「……いや、うちの子がいつもいつも千秋ちゃんに迷惑をかけているようで本当にすいませんね」

「いや、それn……いえいえ、そんなことはありませんよ」

 

本当にそれな。正直迷惑だよ。西野。

 

そして、お兄さん滅茶苦茶、音速を超える早口で『いや、それな』と言った。恐ろしく速い滑舌、うちでなければ聞き逃していただろう。

 

現に誰も気づいた者はいない。

 

 

「でも、この子ヤンチャですけど悪い子ではないんです。今後とも仲良くしてやってください」

「いえいえ、こちらこそ」

 

お兄さんは張り付けた笑みを浮かべているが内心はオコである。何故なら千秋から西野の悪行を聞かされているからだ。だが、騒ぎ立てると千秋だけでなく姉妹であるうち達の学校での立場が浮いてしまう可能性があるかあどうしてもになるまでは監視の目線である。

 

だが、それはきっとリトル西野に対しての怒り。ビッグ西野さんはかなり良い人そうなのでその人自体には怒りはないようだ。

 

 

「ほら、正。千秋ちゃんに謝るチャンスだぞ。いいか? 女の子には優しくしないといけないんだ。優しくして褒めてあげないとモテないぞ」

「……っち、悪かったな」

「……別にどうでもいい」

「……あと、見た目より若く見えるな。お前」

「……どうも」

 

 

千秋はお兄さんの陰に隠れながらひょっこり顔を出して西野と話した。だが、すぐにお兄さんの背中に隠れる。お兄さんのスーツのほつれた糸を発見して、取ってあげようと言う善意からビィーっと引っ張っている作業を始めた。

 

 

それが思ったより長く糸が続いてしまい、ドンドン長くなる。千秋はそろそろ切らないと服を全部糸に戻してしまうと考えているんだろう。

 

あわわっと慌てながら糸を引っ張る。

 

いや、可愛いなぁって。

 

 

あと、見た目より若いってどっちなんだろうって思わず口に出しそうになったが、ギリギリのと事で止めた。

 

 

「すいませんね。うちの子が」

「いえいえいえ、今後ともよろしくお願いします」

「いえいえ」

「いえいえ」

 

 

 

 

まぁ、そんなこんなで西野家と別れて一旦、お兄さんと一緒に着替える為に車に戻った。駐車場には止められないので校庭も駐車場として使われている。

 

お兄さんは着替えてから、体育館に向かうようでランドセルなどの荷物を置いてうち達は体育館に向かった。

 

 

◆◆

 

 

 体育館は非常に大きい。いつもうち達は体育の時間に使っているのでその広さは十二分に知っている。二階と一階があり、二階はちょっとした運動スペースがある以外は基本的に鑑賞するスペースである。

 

 

 うち達は四人で並んでお兄さんの応援である。

 

 下では高いネットが四つ程並んでいる。その一番端のコートで運動着に身を包んだお兄さんが準備運動をしていた。

 

 

「頑張れー! カイトー!」

「まだ、準備運動よ」

「でもそれでも頑張れー!」

 

 

地域ごとに分断されたチーム。勝てばお菓子の詰め合わせが授与されるらしい。

 

 

千秋もお兄さんやる気は十分だ。

 

 

体育館は大人たちの熱気と子供たちの応援で熱い。だが、中にはスマホで遊んでいる子やPSPで遊んでいる子もいる。

 

 

今は電子機器の時代か……そんな事を考えていると試合が始まった。

 

 

「ガンバれー! カイトぉ!」

「魁人さん……」

 

 

千秋と千冬がそれぞれ応援をしている。千夏も応援はしているが声を出すのは恥ずかしい様子。

 

そして、下のコートではお兄さんが最も目立っていた。若さ、洗礼された動き、様になっていると言うボールタッチ。お兄さん前にバレーやってたって言ってたっけ……

 

 

だから上手だ。

 

 

お兄さんが助走をつけて、鳥の羽のように手を広げて高く飛び高い打点でボールを打った。

 

スパイクが決まる。会場はドッと湧き上がる。大人も子供も凄い凄いと口に出す。

 

「ふふふ、我のカイトは凄いんだぞ!」

「なんでアンタが誇らしげにしてるのよ」

「良いんだよ! だって、カイトが褒められたら嬉しいんだもん」

「ふーん……そう。アンタのそういう所は見習わないとね」

「そうだな!」

「いや、謙虚になりなさいよ」

 

千夏は千秋と会話しながら下のコートを誰よりも集中して見ていた。また、お兄さんがスパイクを決める。

 

「バレーボールか……面白そう……」

 

 

あれ? 千夏、バレーに興味が? そう聞こうとした瞬間に千冬が叫ぶ

 

「あ! か、魁人さん大丈夫っスか!」

「カイト!」

 

千秋も続いて叫びうちも慌てて目線を下に移す。そこには足をびっこひいているように歩くお兄さんの姿が。

 

「ッつー!」

「大丈夫かい?」

「これは足吊ってるよ」

「これは交代だね」

 

 

心配になった千秋と千冬が慌てて下のコートに走っていく。うちと千夏もその後を追って行くが、この試合は言わば遊びのような物らしく、お兄さんは万が一重症になってはいけないと大事をとって試合は出れないと言う事になった。お兄さんが居なくなってしまったチームは結局一回戦で負けてしまった。

 

 

 




ー――――――――――――――――――――――――――――――――

面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。




https://twitter.com/7655tsfv/status/1369210101681168385

それとイラストを描いてくれた方に許可を頂いたのでこちらから見てください。凄い可愛いです。


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36話 ある意味モテ期

感想等ありがとうございます


 足を吊ってしまった。そのまま試合に負けて帰宅と言う明らかに醜態と言える惨状。恥ずかしい。家の鍵を開けて五人で家に入り思わず肩のコリをほぐすように揉んだ。

 

 何だか、全身的に疲労が溜まっているだけでなく筋肉痛も発症しているような気がする。

 

 

「カイト、足大丈夫か?」

「あ、ああ大丈夫だ」

 

 

 千秋が心配しているように顔を下から覗かせる。本当ならこの顔が尊敬いっぱいになるはずだったのに。

 

 千秋だけじゃない、全員が心配をしてくれた。千冬、千夏、千春も声をかけてくれて、心配の眼を向けている。

 

 手洗いうがいをして、運動したから軽く汗を風呂で流してコタツに入る。四人はテレビをつけて見ている和に俺も加わる。

 

 

 はぁ、四人は俺がダサいとか思って無さそうだけど、周りで見ていた他の小学生とか西野とか笑ってたからダサいって思ったんだろうな。千秋が凄い怒ってくれて嬉しかったけど何だか笑われても仕方ないとすら思った。

 

 

 まぁ、子供だから当たり前と言えば当たり前だ。足吊ってリタイア、小学生だとそう言う事をカッコよくないと素直な気持ちを抱くだろう。

 

 

 

「カイト?」

「……どうした?」

「いや、何か複雑そうな顔してたから」

「ああー、そうかな? まぁ、何でもないさ」

「むっ、嘘だな。我にもそれくらい分かる。……はッ! さてはバレーで足吊ったのを気にしてるんだな?」

 

 

千秋は少し考える素振りをしてすぐに俺が思っていると事を当てた。

 

「周りは笑ったが我はカッコいいと思ったぞ! 流石我のカイトだとな」

「そうか?」

「そうだ! あのぴょーんって飛んで、ドーンって打つやつマジでカッコよかった。一番だった!」

「そ、そうかぁ」

「笑った奴はマジで許さん! オコだ! 激おこだ!」

「千冬も魁人さんはカッコよかったと思うっス……足吊っちゃったけどそれだけ頑張ってたって事だから……」

「私も魁人さんの姿はとても良かったと思います」

「うちもお兄さんは少しもカッコ悪くなかったと思いますよ」

 

 

元気が一瞬で戻った。千秋と千冬と千夏と千春は人を元気付ける天才だな。筋肉痛などがあるから体にシップを貼ろうと思っていたら、先に娘が心のシップを貼ってくれるなんてな。

 

 

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」

「ふふふ、そうかそうか、それなら我が励ました甲斐があったと言うものだ」

「本当にありがとうな、よし、今夜はカレーだ。みんな頑張ったと言う事で、目玉焼きもつけよう」

「わーい!」

 

千秋の喜ぶ顔を見て早い所料理を始めないと言う心境になり、コタツから出ようと腰を上げようとすると先に立ちあがった千秋が俺の肩を両手で掴んだ。

 

「なんか、さっきからカイトが肩触ってたから揉んでやろう」

「え? いいのか?」

「勿論だ。もみもみで癒してやる」

 

 

千秋が小さい手で肩の凝っている部分を精一杯力強く揉んでくれる。うんしょ、よいしょ、と時折発する言葉も可愛くて仕方ない。

 

何という幸運だ。寧ろ足を吊って良かったとすら思う。

 

 

肩を揉むと言うのはかなり疲れる作業だ。手の親指の付け根の母指球が凄い疲れて吊ったような感覚になる。それを我慢して俺の為に尽くしてくれる千秋に感動を感じるしかない。

 

 

「千秋、無理しなくていいぞ」

「いや、これくらいダイジョブだ」

 

 

そうは言うが両手かなりきついだろう? 子供には肩もみはかなり疲労が溜まる。無理はしなくていいんだ。気持ちだけで嬉しいのだから。

 

「うぅ、手が……」

「もう、大丈夫だ。元気になったからな」

「本当か?」

「ああ、もう、肩が軽すぎて生まれ変わったのではないかと錯覚しているくらいだ」

 

 

よし、今度こそ夕食を作る為に腰を上げようとすると再び肩に手があてられる。

 

「今度は千冬が魁人さんを、癒す役目を果たしまス……」

「いいのか?」

「はいっス!」

 

 

千冬は元気よく返事して肩を揉んでくれる。

 

「どうっスか?」

「勿論、気持ちいいぞ」

「……秋姉とどっちが気持ちいいっスか?」

「……両方甲乙つけられないな」

「じゃあ、つけられるように頑張るっス……」

「そ、そうか……」

 

 

千冬はツボとかを意識している。凝ってる所を重点的に施術してくれるし満足しないはずはない。だが、千秋も頑張りがどうしようもなく伝わってきてどちらが上とか言えるわけがない。

 

 

「むっ! 千冬、我も負けないぞ! もっとやる!」

 

 

千秋も再び参戦してくれる。右肩を千冬、左肩を千秋。二人の愛を感じて幸せに浸りながら体も癒された。

 

 

終わった後に千冬からどっちが良かったと聞かれたのでどっちもと正直に答えて。複雑そうな顔にしてしまった。

 

 

……ごめん。千冬。

 

 

 

◆◆

 

 

 

  うち達の初の授業参観、二分の一成人式が終わりコタツでカレーを五人で食べていると、千秋が不思議そうに話を切り出す。

 

 

「そう言えば、最近、男子がソワソワしてるな。なんでなんだ?」

「そう言えばそうね。なんでかしら?」

 

 千秋に同調するように千夏も首をかしげる。千秋と千夏は天然な時があるから分からないのだろう。バレンタインと言うイベントがあることに。

 

 

「きっと、バレンタインっスよ」

「そうだね。うちもそうだと思うよ」

「ほぉ! バレンタイン、そうか! あれか! あげれば三倍で返してくれるやつ!」

「いや、それは違うと思うわよ。でも、そっか、うっかりしてたわ。バレンタインがあったのね……」

 

 

千夏と千秋と千冬と言う存在からチョコが欲しくなってしまうのは当然である。姉であるうちも欲しいのだから。

 

千秋がお兄さんに話の流れで聞いた。何気ない一言だが千冬は気にしていないふりをしながらもチラチラと目線をお兄さんに。千夏は特に反応をしないがお兄さんの話を聴く為に視線を向ける。

 

 

「カイトはチョコ欲しいか?」

「うーん、貰えたら嬉しいけど。俺はどっちかと言うと千秋たちに美味しいスイーツを作ってあげたいな」

「おおー!」

「あ! 最近は友チョコってのも普通だからな。作りたいなら協力するけど……どうする?」

「我は……特に、あ、でもブロッサムに一応上げたい」

 

 

確かにうちも桜さんには友チョコとしてあげたいな。

 

 

「千冬は……春姉と夏姉と秋姉と魁人さんにあげたいッス」

「……そうか。それじゃあ、折角だし皆で作るか」

「おおー、カイト、ナイスアイデア!」

 

 

確かにそれは良いアイデアだ。可愛い妹達からチョコを貰えるなんて、神イベ過ぎる。

 

「うちもそれは是非ともするべきだと思います」

「よし、じゃあ何作りたい?」

「我はカカオからチョコレート」

「千冬は想いが伝わる物なら何でも……」

「私は……特にこれと言ってないです」

「うちは姉妹から貰えるなら何でも構わない所存です」

「うん……簡単にできるクッキーにしよう……」

 

 

何を作るのか、議論は一瞬で決まった。うち達の意見はかなりバラバラであったが最終的にお兄さんがまとめてくれたおかげである。

 

 

バレンタインが楽しみだとほくそ笑みながらカレーを食べた。妹から貰ったクッキー勿体なくて食べられないかもしれない。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 授業参観が終わり数日が経過しバレンタインが近づいてきた。俺は現在定時で仕事を終わらせた帰りにスーパーでクッキーの材料を購入している。

 

 

 

 クッキーとは意外と簡単にできる。卵やらバター、バニラエッセンス、ホットケーキミックス、砂糖、生クリーム、牛乳とかまとめて型抜いて、予熱したオーブンで焼けばいいだけである。

 

 

 今まで危ないなどを理由で料理は姉妹にさせてこなかったが今回ばかりは違う。殆ど危ない所は無いしオーブンに入れるのも俺がやる。危ないところなし。危ない所が無いと言うのが大事だ。千夏の心境的にもな……

 

 

 

 最近、どうやら小学男子はかなり娘達にアピールをするらしい。そろそろ、二月だと直球で言う者、俺潔癖症だからいらないとか言う者、そもそもバレンタインって何と惚ける者、貰っても返すのが面倒だからいらないと大声で言う者。

 

 それを聞いて俺は思う。欲しいんだなと。

 

 

 分かる。千春、千夏、千秋、千冬。可愛いよな。俺も同年代でクラスが一緒だったら欲しくてたまらないと思う。

 

 だが、現実は非常なのだ。コッソリ期待して靴箱と確認してもない事が九割である。そういう経験を通して男子はこのままではダメだとオシャレに目覚めたり、髪型を気にしたりなる場合もある。

 

 まぁ、小学男子の諸事情とかどうでもいいけど。

 

 

 娘の事の方が重要だ。

 

 

 一緒に料理をする事で食育と言う一種の学びになる。色々な経験をして大人になって欲しいと言うのが俺の願望だから頑張ろう。

 

 

 そんな事を考えながら車を走らせて家のドアを開ける。いつも通り千秋が一番に出迎えてくれた。

 

 

「カイトー! おかえり!」

「ただいま」

 

「魁人さんお帰りなさいッス」

「ただいま。千冬」

 

後ろには千夏と千春もいる。出迎えてくれる娘なんて早々居ないだろうから俺は幸せ者なんだろうな。

 

思わず湿っぽくなってしまった。

 

 

今日は皆でクッキーを試作でも作ってみよう。積み重ねだ。時間も会話も出来事も積み重ねて絆を育んでいく今を俺は幸せに思った。

 

 

 

◆◆

 

 

「ああー、チョコが貰えなかった……」

「当たり前だ。当日だけ、髪型ワックスで整えても意味がないって事だ」

「クッソ」

「これやるよ。俺の娘が作って形が崩れたクッキーだが」

「おおぉ! 母からしか貰えない俺に遂に救いの手が!」

 

 

 佐々木よ。それで喜んでいいのか。袋につめて口をモールで縛った若干失敗したクッキーを上げる。美味しいから全然問題は無いんだが。

 

 

 クッキーを作るのは意外とあっさり何事もなく終わった。いつもの変わらぬ日常のように。

 

 材料を皆で交代で混ざて、形を抜き取る。そして焼いて、味見して、渡し合う。気軽にそれが出来たのが嬉しかった。出来るようになっている事にも嬉しさを感じた。

 

 

 だが、どうしても、満足がいかない。

 

 千春と千夏にはまだ距離があり、それをどのように詰めるのか分からない。

 

 

 

「魁人さん」

「はい?」

 

職場のデスクで仕事をこなしながら考えていると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると小野妹子さんと言う同期の女性が

 

「これどうぞ。バレンタインと言う事で」

「あ、どうも」

「娘さんと食べてくださいね」

「ありがとう……」

 

 

まさか、意外と職場男性人気の高い小野妹子に貰えるとは。佐々木の眼が凄い。

 

「魁人先輩どうぞ」

「あ、どうも」

「こっちも」

「あ、どうも」

「どうぞです」

「どうも」

 

全員娘さんにと言う肩書付きだがまさか、鞄に入りきらない程のバレンタインのプレゼントを貰えるとはな。

 

過去最大だぞ。前世含めても。

 

 

普通に嬉しいが……何か複雑。まぁ、それより娘がこれを食べて美味しいと笑顔になってくれる方が大事だからその複雑な気持ちはどうでも良い。

 

 

もう、四人は三学期が終わる。来年から五年生。そして、その前に旅行に行くと言うイベントが待ち構えている。

 

楽しみであるがまだまだ俺は四人と向き合えていない部分がある。すぐに無理な所、目を逸らしている所、全ては無理かもしれないが何かを変えたいと思うのだ。

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします―――――――――――――――――――――――――――――――



すいません。とある方にご指摘を受けまして楽天のダンスは著作権が危ないかもしれないので修正したのでよろしくお願いいたします。


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37話 旅行

感想等ありがとうございます


 うちは世界一の幸せ者である。何故なら可愛い妹達からクッキーを貰うことが出来たからだ。本当にこのような機会を作ってくれたお兄さんには感謝をしたい。

 

 クッキーを互いに渡し合い食べる。最高であった。どんなに最高級で値段の張るスイーツよりも妹が作ったクッキーと言う事実がハッキリわかった。

 

 学校で桜さんにもうちと千秋でクッキーを渡すと非常に喜んでくれた。ホワイトデーのお返しをするからと男らしい返事をくれたのは素直にカッコいいと思う。

 

 

 あと、男子達は興味ないふりをして期待している人もいたが最後まで期待で終わった。西野、千秋に話しかけても効果なし。

 

 普段からお兄さんみたいに優しくすればもしかしたら……

 

 いや、それでも無理か。

 

「今日の四時ドラマは密室の奴ね……」

「おやつは余りのクッキーだぁ」

 

 

リビングのコタツに入りながらバレンタインで作り余ったクッキーを食べる。ハート、星沢山の形を型にとったクッキー。

 

千夏と千秋もドラマ見ながらクッキーを食べる。二人は次々とお皿の上のクッキーに手を伸ばす。だが、千冬はハートのクッキーを手に取りそれを口に運ばず眺めている。不服、と言う表情だがそれほどまでではなく何処か諦めもある。

 

そう言えばお兄さんにハートマークのアイシングをしたクッキーをプレゼントしてたっけ。

 

確かにお兄さんは喜んでくれたけど、千冬が求めている反応ではなかった。恋愛と言うドキドキと夢があるような物ではない、家族愛と言う父と娘の反応と対応。

 

そこに複雑さを感じているが同時に納得もしているのかもしれない。子供と大人。父と娘と言う関係が前提にあるのは千冬も分かっている。

 

難しい。ヘタに動けばそれはお兄さんの迷惑になり、平穏な父と娘の関係すらも壊してしまうのだから。

 

だから、最低限のラインで動かざるを得ない。

 

 

千冬はアイシングのされていないクッキーを口に入れる。食べたのはその一枚だけで、あとはドラマにただ視点を向けていた。

 

時間が経つと、いつものようにお兄さんが帰ってくる。千秋が真っ先に出迎えていってその後を千冬が追う。

うちと千夏もその後を追う。

 

「おおー、沢山だな。カイトはモテモテだな」

 

 

お兄さんは袋一杯にバレンタインプレゼントを持っていた。千秋は驚き、千夏も意外だと驚き、うちは確かにお兄さんは良い人だけどそんなにモテるかと驚き、千冬はちょっと嫉妬の表情。ちょっとと言うかかなり嫉妬と心配。

 

「いや、これは俺にではなく千秋たちにらしい。俺は全くモテていないしモテてるのはむしろ……いや、なんでもない。俺が貰ったのは千春と千夏と千秋と千冬からだけだ」

「おおー我にか!」

「皆で食べるんだぞ。チョコとか、クッキーとかエクレアとか色々あるけど食べ過ぎると鼻血出ちゃうかもだからな、気を付けるんだぞ」

「はーい!」

 

 

千秋が袋を貰うとそれを持ってリビングに戻って行く。お兄さんは自分が全くモテていないのに沢山貰えているのが複雑そうだがすぐに顔を明るくした。

 

「よ、良かったっス……」

 

 

ホッと、一息をついている千冬。ライバルが居なくて良かったとでも思っているんだろうけどまた顔をしんみりさせる。……本当は手紙も書いてたからだろうか。

 

隠れて書いていたから中身は分からない。でも、封にハートのシールを貼っているのは分かってはいる。遊びではない純粋で強い想い。最早認めなければならない。千冬が恋をしていると言う事を。

 

だが、その想いの手紙をお兄さんに渡すことは最後までなかった。結果は言わずもがなだと分かっていたのだろう。

 

 

バレンタインはプレゼントより、気持ちを伝える行事だと思う。だが、千冬はそれを伝えることに意味を感じない為に手紙を封印した。それをしたところで何もない変わらないと。

 

 

ここでうちは何と言えば良いのか分からずに、気づかないふりをしてしまった。千冬も隠れて書いていたと言う事は秘密にしたかったと解釈したと言う理由もある。

 

 

うちが口を挟んでいいことなのか分からないし。恋愛ってかなりセンシティブな物でもあるし。

 

 

――報われる可能性だって低いと思ってしまったから。

 

 

 うちは気付かないふりをした……してしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

 三学期が終わり、春休みがやってきた。寒さも徐々に和らいでいるがもう少しだけコタツには活躍してもら和いといけないかもな。休みが始まり、俺は約束した通り北海道への食べ歩き旅行に行く準備をしている。

 

 パンツなどの衣類をケースに詰めている。他にも手提げのバッグにティッシュや除菌シートなど何処かで使えそうな物等々。

 

 

 今頃、上で四人も準備をしているだろうな。手伝おうかと思ったが衣類とか見られたく無いものがあるかもしれない。程ほどにしておかないと嫌われてしまう。

 

 

 それに旅行の準備を自分でするって言うのも、楽しかったりもするからな。

 

 そう言えば全員北海道行くことを知ってるのかと思ったら、全員笑顔をしてくれたのだが千秋しか知らない様子だった。 千秋、全員で行きたい所打ち合わせたって言ってなかったか?

 

 

 ……まぁ、良いんだけどさ。

 

 

◆◆

 

 

 楽しみな事があると夜は眠れないと言うのはよくある事だ。布団の中では明日の事で頭がいっぱいで眠る何てこと出来るわけがない。

 

 クリスマスの時もそうだったが単純に楽しみで仕方ない。アドレナリンでもドバドバ出ているのではないだろうか。

 

 

「えへへ、明日は何食べよっかなぁ」

「秋、アンタのせいでさっきから五月蠅くて眠れないのよ」

「まぁまぁ、夏姉。眠れないのはみんな同じなんスから」

 

 

 千秋、千夏、千冬皆眠れないようだ。ここは姉として子守唄でも歌ってあげよう。膝枕で。

 

 

「じゃあ、うちが膝枕で子守唄をするよ。ほらほら、三人共頭置いて」

「三人は無理よ。それに私は遠慮するわ」

「千冬も」

「そ、そんな……じゃじゃじゃーん」

 

うちの頭の中にベートーヴェン交響曲第五番『運命』が流れる。と言うか思わず声に出してしまった。

 

「いや、口に出すんかい」

「千冬もそのツッコミをしようと思ったっス」

 

千夏と千冬が的確にツッコミをしてくれる。

 

――実は今の口に出した運命はわざとなんだよね。

 

コミュニケーションをとるために敢えての運命なのである。

 

そして、千秋もベートーヴェン交響曲第五番『運命』をうちに合わせるように声に出してくれた。

 

「じゃじゃじゃじゃーん」

 

千秋はうちに乗ってくれる。分かっていたよ、千秋がうちに乗ってくれることはね。

 

「じゃじゃじゃじゃーん」

「じゃじゃじゃーん」

「テレレれ」

「テレレれ」

「「じゃんじゃんじゃーん」」

 

 

偶にこういう謎のコミュニケーションがとりたくなってしまう。良く分からないけどその場の雰囲気や流れで一つの筋のような物を演出する。これがかなり楽しい。ありがとう、千秋。

 

「え? 何やってんの、アンタ達」

「我は何となくその場に乗っかった」

「うちもそんな感じ」

 

 

千夏の強烈なツッコミが入る。千冬は苦笑い。本当なら四人でハーモニーを奏でたかったけどそれは次回。

 

「そろそろ、我眠くなって来た」

「アンタ……本当に自由奔放ね」

「偶にはお姉ちゃんの布団で一緒に寝てもいいんだよ?」

「うん、じゃあ、今日は千春の布団入る」

 

 

あれ? まさか、本当に入ってくるなんて。最近は断るのに、冗談のつもりだったが千秋はうちの布団に枕を持って入ってきてそのまま横になる。

 

「秋、急にどうしたのよ?」

「今日は何となく千春と寝たくなった」

「あー、偶に千冬もそう言うときあるっスね」

「え!? じゃあ、千冬もおいでよ!」

「え? ……急に……いやでも、じゃあ、今日はお邪魔するッス」

 

 

まさかの千冬も。どうしたのだろうか。今日は。幸運が過ぎるんだけど。

 

二人が入ってきて千夏はなんだか寂しくなったようで目を少し細めている。これは自分から言えない奴だよね?

 

「千夏、おいで」

「まぁ、春がどうしてもって言うなら……」

 

 

しょうがないと言う風貌で枕を持ってくる千夏。そして、気が聞く千冬は一つの布団では狭いだろうと自分の布団とうちの布団を合体させて二枚で一枚にする。真ん中にうちと千秋、うち側の隣は千冬で千秋側に千夏。

 

「……今度からこの陣形で寝ることを義務にしようか」

「いやそれは……流石にそれは止めた方が良い感じがするわよ」

「千冬も以下同文っス」

 

 

そっか。反対か……じゃじゃじゃじゃーん……

 

うち的には義務どころか法律にしたけど、二人が反対なら仕方ない。二人が言う事は憲法みたいなことだしね。

 

「それにしても、あんなに騒いで一番に寝るってどういうことよ」

 

千夏が既に眠りについた千秋を見る。千秋はうちの左手を握ってすやすやと夢の世界に旅立ってしまっていた。

 

うーん、可愛い。寝顔がこんなに可愛いってどういうこと? 可愛すぎて一周周ってまた可愛いよ。

 

写真撮りたいけど、機器が無い。残念。

 

 

「ふふ、そこも千秋の良さだよね。ほら、二人ももう寝よう? 子守唄歌うから、ねーねん、こーろーりぉ」

「いらないわよ」

「千冬も大丈夫っス」

 

あ、そっか。昔はよく歌ったんだけどなぁ。皆で眠るのが普通だった。最近はそんな風にならなくなってしまって寂しかったけど、こうやって皆で眠れるのは最高。

 

ただ、悔やまれるのは手が二つしかないから二人の手しか握れないと言う事。足で手を繋ぐなんてことはできないし……ここだけがどうしても悔やまれる。

 

くっ、うちは一体千夏と千冬どちらと手を繋げばいいの?

 

「二人共、どっちの手を握ればいいかな!?」

「いや、フリーで」

「千冬もそれで、春姉、両手共繋いでると寝ずらいっスから」

 

 

二人共うちの方向に顔を向けつつ目を閉じて、眠りについてしまった。三人共、可愛いなぁ。本当に。

 

……どうして、こんなに可愛い子達が酷い目に遭わないといけないのかと何度も思った。

 

 何も悪くない。ただ、人と少し境遇が違っただけだと言うのに。

 

 アイツらは許さない、口に出さないが死んでしまって清々した。三人を不幸にする存在は許さない。

 

 もし、犯罪がバレなくて……

 

 そこまで考えて狂気的な考えに自分が向かっていること気付いた。姉としての理想像がこんな事で揺らぐなんていけない。

 

 落ち着け。もう、アイツらは居ない。平穏が今はあって三人が幸せ。それでいい。それだけでいい。余計な思考は排除しよう。

 

 

 明日もあるのだから、もう寝よう。今日は可愛い妹に囲まれているのだから、寝心地も良いはずだ

 

◆◆

 

 

「よし、先ずは車で羽田に向かおう」

「おおー!」

「お兄さん、よろしくお願いします」

「魁人さんお願いします」

「お願いしまス」

 

四人が車に乗る。後ろに千夏、千秋、千冬。助手席には千春。乗り込んだら早速、羽田空港に向かおう。駐車所の予約はしてあるし、飛行機の予約も万全でいざ出発。

 

車を走らせると、すぐにバックミラーに欠伸をしている千秋が写った。朝早めの出発だからまだ眠いだろうな。

 

……これ、寝ていいよって言わないと寝ずらいかな?

 

「眠いなら寝て良いからな」

「ん、じゃあ……我寝たい」

「いいぞ」

「本当に寝て良いの? カイトが連れてってくれるのに寝るのは」

「いいんだ。俺は飛行機寝るからな」

「ん、ありがとぉ……すぴー」

 

 

寝るのが速いな。

 

「千夏と千冬と千春も寝て良いんだぞ」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」

「千冬は起きてるっス」

「うちも起きてます」

「え? じゃあ、私も……」

 

 

千夏は眠るつもりだったのだが千春と千冬が起きてると言うので起きるように思考が向かっている。

 

「千夏、眠いなら寝ていいんだ。気を遣うな」

「は、はい。じゃあ、おやすみなさい……」

「千冬も瞼が重そうだぞ。一緒に寝るんだ」

「じゃあ……そうしまス」

 

 

後ろの二人が瞼を閉じる。

 

「千春も寝て良いんだぞ」

「いえ、うちは三人の寝顔が見たいので」

「そ、そうか」

 

 

千春は嘘を言っているわけではないようだが眠気があると言うのも本当だろうな。眠気か姉妹の寝顔か、どちらが良いかと聞かれたら確かに寝顔かもな。シートベルトしているために上手く動けないが偶にチラチラと後ろ振り返る。

 

本当に姉妹が大好きなんだよな。

 

 

「お兄さんは眠くないですか?」

「俺は大丈夫だ」

「一人運転だと眠くなりやすいと聞いたのでうちが何か話します」

「それは嬉しいな」

「そうですか……しりとりしますか?」

「しりとりか……」

 

後ろしか見てない千春と会話をする。気遣いが嬉しいがそんな態勢だと首が痛くなりそうだけど大丈夫か?

 

「しりとりは余りお気に召しませんか?」

「いや、そんなことは無いんだが……それよりその態勢は首痛くならないか?」

「大丈夫です」

「そ、そうか……しりとりより、俺は千春の事を聞きたいな」

「うちですか?」

「そう、好きな食べ物とかってあるか?」

「三人が好きな物がうちの好きな物です」

「……そうか。千春自身が食べたいってものは無いのか?」

「特に思い当たりませんが、お兄さんの料理は全部好きです」

「ありがとう……」

 

 

そう言ってくれるのは嬉しいんだがな。ゲームでも全部姉妹基準と言うのはあった。千春には好きな食べ物とかは無くて欲がない。

 

 

……何か、好きな物を発見したい。もしくは好きにさせたい

 

「北海道行ったら滅茶苦茶旨い物たくさん食べような」

「……はい。ありがとうございます」

 

 

俄然、この旅行を成功させたくなって来たぜ。何事も一歩一歩の重ねだ。千春と言う少女の心を動かすために何が出来るか色々考えてきた。

 

先ずは好きな食べ物を発見すると言う事に決まりだな。

 

北海道よ、待ってるが良い……旨いものを用意してな

 

俺は千春と会話しながら車を走らせた。

 

 




展開が飛び飛びで申し訳ありません。


面白ければ★、感想、レビューよろしくお願いします。


それと松羅弁当様がTwitterにて掲載されている。四姉妹の絵はご覧になりましたか?

滅茶苦茶可愛いですのでまだ見てない方は是非。


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38話 テレパシー

感想等ありがとうございます


 北海道についた……うぅ、腰が痛い。飛行機で少し酔っちゃうし……幸先が悪い感じがする。新千歳空港には

 

 だが、寒いだろうと厚着をしてきたのは正解だったな。ベルトコンベアーから流れてくる荷物を取り外へ出る。冷たい風が吹き抜ける。

 

 

「おおー!! 寒い!」

「体温が違うわね……」

「寒いッス」

「うちと全員ハグしようっか?」

 

 

 さて、先ずは旅館に荷物を置きに行こう。そして、一旦昼食をゆっくり取って千歳水族館に行って、旅館で美味しいもの食べて就寝。

 

 明日は空港で美味しいも食べて流れで帰宅。

 

 プランはばっちりだ。さて、行こう。

 

 

「じゃあ、先ずは荷物を近くの旅館においてこよう」

 

 

 俺が先導になって歩き始めると四人はついてくる。四人共リュックを背負って縦一列に並んで歩いている。偉い、横ではなく縦。他の通行人の人の事も考えているあたり偉い。

 

 

 

 十分ほど歩いて大きな旅館にたどり着いた。部屋は姉妹たちと俺の二つ。畳が敷いてあり外の景色も良く見える三階にある部屋だ。チェックインをしつつ部屋を最低限だけの荷物を持って旅館を後にした。

 

 

◆◆

 

 

 

 うち達は大きな旅館に背負っていた衣類などが入ったリュックを置いた。置いたらすぐに隣の部屋のお兄さんと合流して外に美味しい物を食べに行くのだ。

 

 

「むふふ、夜は皆でトランプだ」

「秋姉はトランプが好きっスね」

「皆でやるのが楽しいからな!」

 

 

千秋はリュックからトランプを取り出してニヤリ。確かにトランプは楽しいからね。それにしても相変わらずお兄さんの気遣いは徹底していると思う。部屋二つってお金もかかるのに。

 

年頃とか理由はあるんだろうけど、距離感を無理に詰めない。そこに、無理をしなくてもいいんだと言う安心感が生まれる。

 

うち達はお世話になっているの事が頭にある以上、感謝は常に持っている。だが、お兄さんがそれを強制することは無いし、大袈裟な感謝などもすると一言挟む。

 

無理せずに普通に限りなく近い境遇を演出をしてくれている。これは誰にでも出来る事ではないとうち達は知っている。

 

そして、普通の愛情と生活。普通な家族の想い出。これを与えてくれることに変化があるのは当然なのだ。

 

 

「千春! 早く行くぞ!」

「うん、そうだね……」

 

千秋の無垢な笑顔を見て自然と自分も笑顔になる。千秋だっていつも笑顔だけでも闇を抱えている。誰よりも元気で活発な彼女は正に光そのものだ。うち達は何度も救われている。

 

千秋は何を考えているのだろう。姉でも分からない事がある。その笑顔の下には……こんなことを考える場面ではないのに……

 

複雑な思考をしてしまうのは、そういう事を出来るのではなく、そういう風になってしまったからなのか。

 

姉である自分がそれを出来ると言う事は……

 

 

「全く、我は腹が減っているだ! とっとこハムスターのように行くぞ!」

 

 

千秋がうちの手を取った。引っ張り外に無理に出してくれる。部屋の外にはお兄さんと千夏と千冬が待って居てくれた。

 

「よし、上手い海鮮食べにいこうぜ。もう、調べはついてるんだ」

「千冬凄く楽しみでス……」

「私だってそうよ」

「我もだ! 千春もそうだろ!?」

「……うん」

 

……幸せである事は普通でない、当たり前でないと知っている。何度も思う。だが、今は素直に余計な事を考えずにお兄さんに付いて行こう。何処まで素直になれるか分からないけど……

 

折角旅行に来たのだから。

 

 

◆◆

 

 

 

さてさて、俺達はとある海鮮の料理が有名な食事処に来ている。何故、俺がここを昼を食べる場所に選んだかと言うと単純にネットの評判が良いからだ。しかも、ザンギとか海鮮以外の食べ物を食べられるらしい。沢山の美味しい物を食べると言う経験にはうってつけだろう。

 

 

「いらっしゃいませー、ご予約はされていますか」

「はい。予約した、黒です」

「……あー、例の変な名字の……コホン。ご案内しまーす」

 

 

おい、苗字の事に触れたな。まぁ、それくらい良いだろう。

 

「ゴクリ、美味しそうなにおいがするぞ」

「千冬は大ネズミでも小ネズミでもないっスけど……思わず口に涎がたまるっス……」

「ね、ねぇ、春。今日何食べても良いのよね?」

「良いと思うよ。お兄さんもそのつもりで連れてきてくれたんだから」

 

 

どうやら、四人も食べたくて仕方ないようだな。俺もだけどね。

 

個室の部屋に案内されると五人で机を囲んでメニューと睨めっこ。部屋は座布団が敷いてある和風の部屋だ。他の部屋と隔離されているからか自然と解放感が生まれる。

 

 

「カイトカイト! これ、この刺身セットとザンギと豚丼、頼んでも良いか!」

「ああ、全員好きな物を好きなだけ頼んでくれ」

「「「「おおー」」」」

 

全員の驚きと嬉しさの声。これを求めていた。さて、俺は余り頼まずで良いかな。四人が沢山頼んで食べきれなかったりしたら店の人に悪いからな。それを俺が食べよう。

 

「ええっと、私は……ピザもあるんだ。いやでも海鮮が」

「千夏、両方で良いんだぞ」

「じゃ、じゃあ……両方で」

「千冬は……この刺身定食……」

「それだけでいいのか? エビフライとかあるぞ」

「そ、それもお願いしまス……あの、断じて千冬は食いしん坊ではないので! そこは分かって欲しいでス!」

「分かってるさ」

 

千春はメニューを眺めているけど、あまりこれと言って注文は無いな。千春の事だから俺と同じ残り物とか考えているのかもな。

 

「千春はどうする?」

「うちはこのミニミニ刺身にします」

「それだけじゃ、足りないだろう。サバの味噌煮とかマグロのから揚げとかあるぞ。姉妹が残したらそれを食べるとか考えているのかもしれないがそれは俺の役目だ。純粋に頼みたいのを頼むといい」

「……じゃあ、今お兄さんが言った二つを……」

「分かった」

「……ありがとうございます。お兄さん」

「どういたしまして」

 

やはり、残り物の事を考えていたな。と思いながら注文の為にボタンを押して、店員を呼ぶ。

 

 

「はいー。ご注文をお伺います」

「えっと、これとこれと、これとこれとこれと、これとこれとこれ。あとこれとこれとついでにこれこれこれをお願いします」

「はい。では注文を繰り返させていただきます……これとこれと、これとこれとこれと、これとこれとこれ。あとこれとこれとついでにこれこれこれ。でよろしいでしょうか」

「はい、それでお願いします」

「少々お待ちください」

 

 

あの店員さん、さてはベテランだな。注文繰り返しが途轍もなくスムーズだった。

 

 

「お腹空いたー」

「まぁまぁ、秋姉すぐくるっㇲよ」

「こんなに頼んで良いのかしら?」

「大丈夫、千夏気にしすぎだよ」

 

 

まぁ、注文してから料理が来るまではじれったくて落ち着かないよな。

 

「カイトは何を頼んだの?」

「俺はカニの茶わん蒸しと伊勢海老の刺身だな」

「おおー……茶わん蒸しと伊勢海老の刺身……カイト、シェアしよう!」

「いいぞ」

 

千秋は本当に素直で食べることが好きなんだな。しかも食べても全然太らないと言う神体内特性だし。

 

年頃の女の子はちょっと妬む特徴だよな。

 

「あ、じゃじゃあ、千冬も……」

「勿論だ」

 

 

元々、沢山の種類の料理と食べて欲しいから四人と被らない料理を選んだんだ。千夏と千春は何も言ってこないが流れで二人にもあげれば問題は無いだろう。

 

 

「お待たせしましたー、豚丼でーす」

「はいはいはーい! 私! じゃなくて我です!」

「熱いのでお気をつけてー」

 

 

店員さんは流れる海の波のように去って行った。千秋は早速割りばしを割った。そして、チラリと周りを見る。

 

「千秋、先に食べて良いぞ。皆も良いか?」

 

俺が三人に聞くと千春たちは頷いた。

 

「いただきます! あーむっ、……おいひぃ」

 

 

……俺も今度豚丼作ろう。

 

 

「この、豚の油のうまみのとタレがすげぇ」

 

 

千秋って美味しそうに食べるな。その姿を見ていると自然と見ている方も腹が減る。ラーメン特集のテレビ番組を見ているときにラーメンが食べたくなるような物だ。現に千夏と千冬と千春が食い入るように見ている。

 

 

「ご、ごくり、そ、そんなに美味しいの? 私も豚丼に……」

「千冬もなんだかお腹が……」

「千秋、可愛いぃ……」

 

 

千秋は自然と人の視線を惹きつけてしまうからな。こうなってしまうのは当然だ。

 

「千秋、折角だから姉妹全員でシェアしたら良いんじゃないか?」

「おおー。確かに!」

 

 

そう言って千秋は箸で豚とご飯を挟み千夏の口元に持っていく。

 

「ほれほれ、あーんしろ」

「……あ、あーん。モグモグ、ごっくん……お、おいひぃ」

「ほれ、千冬」

「あーん……もぐもぐ、ゴックン……おいひぃ」

「ほれ、千春も」

「あーん、もぐもぐごっくん。美味しい。タレが深いね」

 

 

計画通り。基本的にシェアが目的なのだ。千春の好きな物も見つかる、もしくは生まれる可能性も高い。それすら考慮に入れているのだ。

 

「カイト! あーんして」

「良いのか?」

「うん!」

 

 

千秋が俺の席の近くまであーんをしてくれている。これは考えていなかったが素直に好意は貰っておこう。

 

 

「……旨いな。この豚丼」

「もっと食べるか?」

「いや、後は千秋が食べるといい。だけど、この後にも料理が控えてるからな」

「うん」

 

 

そう言って千秋は席に座り再び満面の笑みで豚丼を食べ始めた。すると、丁度に店員さんが。

 

 

「刺身定食とエビフライお待たせしました!」

 

 

千冬が頼んだ奴だな。千冬のテーブル前に豪華な食事が並ぶ。だが、千冬は直ぐに自分では食べずに俺の元にたっぷりとタルタルソースを付けたエビフライを小皿によそって持ってきた。

 

 

「か、魁人さん……あ、あーん……して欲しいっス……」

 

 

箸を持った手が僅かに震えて、恥ずかしそうに目線を下に落としながらもこちらにチラチラと視線を送る千冬。

 

「い、いいのか?」

「も、勿論っス……」

「じゃあ……これも旨いな。ありがとう、千冬」

「い、いえ……あ、あとでその魁人さんも千冬に……い、いえ、何でもないっス」

 

 

千冬が顔を真っ赤にして席に戻った。

 

「ねぇねぇ、我にもエビフライちょうだーい」

「私も食べたーい」

「わ、分かってるっスよ……」

 

 

千秋と千夏に挟まれて急いでエビフライを切り分ける千冬。しっかり者で優しくして賢い女の子と言うのが伝わってくる。

 

……どうしよう、チラチラとこっちを見て逸らす彼女に俺はどうしていいのか分からず、水を口に運びながら少し目線を上げたり下げたりを繰り返していると、

 

「はい、カニの茶わん蒸しと伊勢海老の刺身お待たせしました」

 

俺の料理が到着した。

 

「カイト! あーんして」

「あ、ああ。そうだな」

 

茶わん蒸しとスプーンですくって千秋の口元に運ぶ。

 

「あーんっ、んー、美味しい! 刺身頂戴!」

「いいぞ」

 

箸で透明なエビの刺身を醤油に潜らせて口元へ。

 

「んー! 美味しい! あとで我もするからな!」

「ありがとう」

 

 

入れ替わるように千冬が恥ずかしそうに近くに正座して座った。

 

「じゃ、じゃあ、最初は茶わん蒸しだ……」

「あ、ありがとうございまシュッ……まス……あ、あーん……おいひぃれふ……で、でス……」

「じゃあ、今度は刺身だ……」

「……美味しい……魁人さんありがとうございまスッ。あとでまた……」

 

そう言って再び席に戻る千冬……恥ずかしそうながら期待するような視線を気付かないふりをしてしまった。

 

 

俺は……

 

 

今は……止めておこう。

 

 

俺は刺身と茶碗蒸しを二つの小皿に取り分けて、千夏と千春の元へ。

 

 

「良いんですか?」

「いいんだ、千夏。気にせず食べてくれ」

「ありがとうございます……」

 

 

千夏は箸で刺身を食べて顔を幸せに染める。

 

「お兄さん、ご厚意頂きます」

「おう」

 

 

千春もエビの刺身は嬉しそうに食べてくれてたので良かった。

 

 

◆◆

 

 

 

お昼は沢山の種類の料理を食べられて大満足。ただ、案の定、全てを食べきる前にお腹が満腹になってしまったがそこはお兄さんが綺麗に平らげてくれた。

 

千冬が間接キスだと、小声で言っていたのは内緒だ。

 

昼食をとった後はサケのふるさと千歳水族館で観光である。新千歳空港駅から千歳駅まで電車で乗って徒歩十分ほどで到着する場所だ。当り前だが魚が沢山いて飽きない。そしてただ見るだけでなく色々なことが出来る。例えば現在千秋が水槽に裸足を入れてくすぐったそうにしている。可愛い

 

 

「すげぇ、これ、ドクターフィッシュ! あ、うふ、くすぐったい……」

 

 

これはお兄さんから借りたスマホで連写するしかない。ボタンを長押しして只管に可愛い千秋をメモリに納める。

 

「春姉、ほどほどにした方が」

「可愛い千冬もパシャリ」

「あ、今のは消してほしいッス! 魁人さんの携帯に残るならもっと、眼をパッチリに開きたいッス!」

「……うん、じゃあ、もう一回。はい、チーズ」

「……ど、うスか?」

「可愛い。あとは尊いとか」

「加工って出来るっスかね……」

「する必要ないよ」

 

 

少しだけ、お兄さんが羨ましいと感じてしまった。そういうお兄さんは千秋の側にいながらもこちらを視界に入れている

 

「ねぇ、春! あっちに世界の魚ゾーンがあるんだって!」

 

千夏も楽しそうにしててよかった。そして、可愛い千夏をパシャリ。

 

「お兄さんに言ってくるから待ってて」

 

千秋とお兄さんが体験ゾーンから帰ってきた。

 

「お兄さん、世界の魚の方に」

「行きたいんだな。よし、行こう。その前に千春ちょっとスマホ良いか?」

「はい」

 

お兄さんにスマホを渡すとそのままうちにスマホのレンズの裏面を向ける。

 

「撮って良いか?」

「え? あ、はい……」

「はい、チーズ」

 

 

パシャリとシャッター音が鳴った。お兄さんは画面を向ける。そこには何とも言えない表情のうちの写真があった。千夏と千秋と千冬とは比べ物にならない。

 

「やっぱり姉妹だな。同じ位可愛いぞ」

「……それは」

「嘘でもなんでもないさ。さて、世界の魚ゾーンにいこう!」

「おおー!」

 

 

千秋が腕を天に向ける。うちは何とも言えない気持であったが皆で水族館を歩いているうちにその気持ちを忘れてしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

 うち達は今、露天風呂に入っている、。

 

 

 

 楽しいと時が過ぎるのは速いと言うのは本当のようだ。水族館での時間なんて最早秒であったのではないかと感じたが実際は三時間以上のようでかなり驚いた。

 

 千秋が帰りたくないと駄々をこねる姿にもどかしさを覚えたが、お兄さんが旅館での夕食があると言う話を聞いた途端に帰ると切り替えた千秋の姿に……素直で可愛いと言う印象しかなかった。

 

 旅館でビュッフェスタイルの夕食を食べてそのままお兄さんと一旦別れて、露天風呂と言う今に至る。

 

 

 お湯が暖かくて本当に気持ちいい。

 

 

「はぁ、このお湯気持ちいいっス……」

「すぴー」

「ちょ、秋! お湯の中で寝るな!」

 

 

千冬が顔を綻ばせてお湯の中でほっこりしている。バスタオルを体に巻いているが胸部が前より盛り上がっている。千夏と千秋もそれは同じだ。心身共に大人に近づいている証拠だろうか。

 

今日一日、楽しみまくって疲れたと言う理由とお湯が気持ち良すぎと言う二重の理由で千秋は寝てしまった。いそいで千秋の体を支える。千夏が肩をトントン叩き千秋を起こす。

 

千冬もトントンと千夏とは反対の肩を叩く。

 

「ん?」

「起きるっスよ」

「ん……朝?」

「いや、風呂っス」

「風呂で寝るとか……まぁ、あれだけ騒げば当然ね」

 

 

ちゃぷちゃぷと水面をはじく音が聞こえる。湖の妖精もとい、うちの妹達が楽しげに風呂場で話す姿はいつまで見ていてもあきない。

 

白くてもちもちな肌が美しい。触っても良いだろうか。

 

 

周りの女性客さんたちも千秋たちを見てここは温泉ではなく、妖精の泉ではないかと勘違いしているんじゃないかと思う。

 

 

「秋が危ないし、そろそろあがりましょう」

「そうっスね」

「んー……」

 

 

千秋がもう眠くて眠くてしょうがないようで、早足に脱衣所に向かう。濡れた体を拭いて、旅館で用意してくれた浴衣を着て、髪を乾かし荷物を纏めて脱衣所も出る。赤い暖簾の先にお兄さんも浴衣を着て待って居た。

 

「お兄さんお待たせしました」

「いや、全然待ってないぞ……千秋がもう眠くて仕方なさそうだな」

「はい。今日が楽し過ぎて体力を使い切ってしまったようで」

「じゃあ、早い所寝た方が良いな」

「んー、トランプぅー……や、やりたい……」

 

 

トランプがやりたいようだけど今にも寝てしまいそうな千秋。お腹がいっぱいで温泉に入って体温も常温以上、今日一日楽しみまくったのだから眠くて仕方ない。

 

 

「トランプはまた今度な」

「んーんー、今日やる……」

 

部屋まで千秋の手を繋いで一緒に歩き、部屋の前でお兄さんと別れる。

 

「魁人さん、今日はありがとうございまス」

「ありがとうございました」

 

 

千冬と千夏がお兄さんにお礼を言った。お兄さんは気にするなと笑う。

 

「お兄さん、本当にありがとうございました」

「早めに寝るだぞー」

 

そう言ってお兄さんは部屋のドアを閉めた。千秋が瞼をこすってトランプトランプと言うが布団に寝かせて掛布団をかけて頭を撫でると数秒で寝息を立ててしまった。

 

「二人も今日は早く寝よう。沢山楽しんで疲れもたまってるだろうし、明日もあるんだから」

 

そう言って部屋を暗くすると二人も布団に横になった。川の字で布団を並べてそこに横になる三人。

 

幸せそうな三人の顔にうちの心も軽くなる。

 

今日は楽しかった。このまま明日の楽しめるといいな。

 

 

◆◆

 

 

 

 

――助けて

 

 

 

――助けてッ

 

 

 

――カイトッ

 

 

 

それはいきなり頭の中に響いた。夢の中で誰かに話しかけられるような声。この声は何処かで聞いたことがあるような声。千秋だ。

 

 

俺はハッと目が覚めた。携帯で時刻を確認すると夜の十一時。今の声は気のせいなのか、いや、違うだろう。

 

テレパシー……千秋には相手の思考は読めないが自分の思考を相手に送ることが出来る能力があると断片的な情報を俺は持っている。

 

ゲームでは初めて能力が発現したときは全ての思考が両親と姉妹に流れてしまい、それを両親は気味悪がって妖怪だの化け物と罵る。

 

彼女自身も能力のコントロールが難しかったらしい。自覚無しの為に何が何だか分からずに混乱状態にも一時期陥ってしまった。その後は何とか抑制が出来るようになったらしいが

 

今のは……

 

テレパシー能力による物ではないか? 助けてと言っていたと言う事は何かあったのかもしれない。急いで部屋を出て隣の部屋に。ノックをしようとしたら、する前に部屋が開いた。

 

「カイト……丁度、今呼びに行こうと思ってた……」

 

目に涙をためて、顔を恐怖に歪ませている。いつもの笑顔では無くてただ顔を暗くしている。

 

この様子から見てテレパシーを意識的ではなく無意識で使っていたのかもしれない。超能力についてはどうでもいい。今は千秋の事をよく聞かないと。

 

 

「どうしたんだ?」

「また、怖い夢を見て……カイトと話したくなった……」

「そうか。じゃあ、話そう……」

 

 

廊下では話ずらいかもしれない。千春達が居る部屋は安心感はあるが起こしてしまうかもしれない。

 

だとするなら、俺の部屋が良いか。だけど、一人で俺の部屋は怖いかもしれないな。そこが心配だが……

 

「三人起こすしちゃうとあれだし、俺の部屋で良いか……?」

「うん……」

 

 

弱っている千秋を見ているとこちらまで心が廃れていくような気分になる。千秋は自分たちの部屋に鍵を掛けて俺の手をギュッといつもより強く掴んだ。手は震えて俯いている。

 

ゆっくり、千秋の手を引いて部屋に入る。

 

「電気はつけないで……今は顔見られたくない……」

「分かったよ」

 

 

だが、暗い部屋で全く見えないから少しだけ月明かりの方へ向かう。見え過ぎず、見えな過ぎない場所。俺だけ月明かりに当たり顔をよく見えるようにして、安心感を与えられるようにする。千秋は見られたくなくても、だからと言って真っ暗は怖いだろう。闇を相手に話をするより人の顔が見えた方が話もしやすい。そこで腰を下ろす。

 

「どんな、夢だったんだ……?」

 

 

腰を下ろしたが手は繋いだまま、なるべくプレッシャーをかけない様に俺は千秋に聞いた。

 

 

「話したくないなら、全然関係ない話でも良いんだぞ? 食べたいご飯の話とか、休み前の学校での出来事とかでも」

「……夢の話聞いて欲しい」

「分かった。ゆっくりで良いからな、自分のペースで話してくれ」

「うん……」

 

 

急かしたりするのは良くない。待つことも大事。シーンッと静けさが部屋を包んで数秒。千秋が震えながら口を開いた。

 

「また、同じような夢を見た……髪を引っ張られて、リモコンを投げられて……蹴られて頭をぶつけて……ただただ怖い夢を見た……怖くて怖くて、前より、比べられないくらい怖くて……ねぇ、カイトは私達を捨てないんだよね? 約束したよね? 私達を捨てないって……」

「そうだ。捨てたりしない。だから、安心してくれ」

「ありがとう。カイト……」

 

少し、安心したのか千秋の手の震えが収まってきた。

 

「皆、不安定なの……。アンバランスでいつ崩れてもおかしくないの。泣いたり、悲しくなったりしてもおかしくないの。今が幸せ過ぎて昔を思い出した時の恐怖は計り知れなのくてその度に心があの時に戻って怖くなるの」

「そうか……」

「私達、面倒くさい?」

「そんなことない。全然そんなことないから安心してくれ」

「……うん、安心した」

 

 

声音が落ち着いて優しそうでいつもより大人な千秋の声が響く。良かったと安心すると千秋が急に抱き着いてきた。

 

胡坐で座っていた俺の背中に手を回して、胸板に自身の頭をグイグイと押し付ける。

 

「こうさせて……」

「いいぞ」

「頭も撫でて……」

「分かった」

「名前も呼んで」

「千秋……」

「……私、カイトの事好き……」

「ありがとう……俺も千秋の事は好きだぞ」

 

 

頭を撫でながら俺も千秋の背中に手を回して、抱きしめた。千秋は再び、啜り泣きしてしまった。でも、悲しさではなく、嬉しさであると分かった。

 

「カイト。聞いて。もう、隠す意味もなくなったから」

「分かった」

「私はね……昔はこんなに笑顔でも無かったし、話すことも無かったし、自分の事を我だなんて言わなかった」

「……」

「根暗で姉妹で一番話さなかった。話せなかった。会話は最低限で、姉妹とも話すことも少なくて背中に隠れるのが普通だった。でも、昔は皆が泣いてて、空気が暗くて……何かしないと、何か変えないと思って……勢い任せで……訳分らないキャラを演じてみた。千春と千夏と千冬は最初は驚いたけど、笑ってくれた。急にどうしたのって、良く分からないけど面白いって。そんな一面があるなんて知らなかったって……その時、決めたの」

 

 

千秋が変わった話。そのきっかけは姉妹である。本当に優しい子だ。

 

 

「――私は、我は……誰よりも楽しく笑って、話して、はしゃいで、姉妹の役にたとうって。背中にずっと隠れて黙って根暗な自分を変えてようって」

「凄いじゃないか……誰にでも出来る事じゃない」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。でも、最初は姉妹の為にと思ってたけど、今では我の方が素だし、厨二病って心の底からカッコいいと思うし、自分の生き方を誇れるし、我は今の自分が好きだ」

「そうか。誰かの為に変えたことが自分の為になったんだな」

「うん。こういうの情けは人の為ならずって言うんだろ? 最近覚えた」

「そうだ、賢くてカッコいいぞ。まるで賢者だ」

「えへへ……これはカイトと我の二人だけの秘密だぞ? 三人には言ってないんだ」

「分かった」

「……他にも秘密はあるけどそれはまた今度にする。……また、話をしていいか?」

「勿論だ。明日でも明後日でも、一年後でも十年後でも話してくれ」

「……やっぱりカイトの事、大好きだ」

「ありがとう……俺もだ」

 

 

 

千秋が胸板から頭を離して俺の顔を見上げた。月の光が千秋を照らす。眼が少し腫れているが今まで見てきた中で一番だと俺は感じた

 

 

「今日はこのままがいい……このまま、ここで寝る」

「風邪ひくぞ」

「この部屋暖房効いてるから大丈夫」

「そうか。分かった……」

 

 

 

千秋は再び胸板に頭を押し付けて、体も預けて、スヤスヤと眠りについた。腰を上げて千秋を持ち上げ、布団に彼女を横にして自身も横になる。

 

 

そのまま、俺も目を閉じた

 

 




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39話 ママ

感想等ありがとうございます。

すいません。北海道の事なのですが、実際にある店舗などは採用しておりません。とある方々に空港に近くに旅館はないとか、色々言われたのですが流石に旅館の名前使ったりは出来ないと判断しました。

ギリギリで水族館と駅と空港なら良いかなと……


あと、北海度に行って伊勢海老食べるかよと言う意見もあったのですが。とある片栗粉の魚捌く御方の動画を見ていたら食べたくなったので何となくで使いました。

ボタンエビとか北海道あったんですね。知りませんでした。

えっと、この物語はフィクションですので……多少はご容赦を……

あと、私宛に訳の分からないクラブの誘いみたいなメールは止めて欲しいです。思わず気になってしまうので……


えっと、あとは松羅弁当先生が千夏の大人バージョンの絵を描いてくれました。ツイッターで是非是非見てください。








 朝日がうちの顔に差し込んで目を覚ます。おぼろげな視界がクリアになって行く。布団が起き上がり、早速可愛い妹の寝顔でも……見ようと思って。

 

 えっと、千夏、千冬……あれ? ち、千秋は……? うちの千秋は何処?

 

 さーっと血の気が引いて行く感覚に陥った。誘拐、いや、この部屋は鍵がかかっていた。だとしたら、どうして、いや、そんなことはどうでもいい。早く探さないと、速く速く、探さないと。

 

 急いでドアの元へ向かう。ドアには鍵がかかっている、と言う事はこの部屋の何処かにいるのか。でも、鍵があるから鍵を持って外に出た? 

 

 

「春姉? どうしたんスか……?」

 

 

 眠そうに千冬が瞼をこすっている。どうやら急ぎ過ぎてその足音で起こしてしまったのだろう。

 

 

「千秋が居ないのッ!」

「え!?」

「取りあえず千夏も起こして!」

「は、はいっス」

 

 

千冬が布団で気持ちよさそうにしている千夏を起こす。

 

「夏姉、起きて! 起きて!」

「う、ん?」

「秋姉が何処にもいないから! 起きて欲しいッス!!!」

「……え? ほ、んとう?」

「そうっス!」

「大事件じゃない!!」

「そうっス! 三人で早く探さないと!」

「分かったわ」

 

 

千夏が布団から起き上がる。三人で探しつつ、あとお兄さんにも協力を……そんな事を考えながら部屋を出て隣のお兄さんの部屋をノックする。

 

「お兄さん! お兄さん! 起きて! お願い!」

 

最早、ノックと言うより拳の殴打ともいえるかもしれない。だが、そんなことを気にしている場合ではないのだ。ドンどんどんっと大きな音が館内の廊下に響き渡る。すると、ゆっくりと扉が開いた。

 

「お兄さッ……え?」

「え?」

「ええ!?」

 

うち、千夏、千冬の順に驚きの声を上げてしまう。何故なら部屋から出てきたのはお兄さんではなく、寝癖でアホ毛の生えた天使が居た。浴衣が少し着崩れて、瞼が少し重そうだ。

 

「グっモーニングー、我が眷属たちよー。今日のお昼はカレーらしいぞー」

 

千秋、良かったぁー。無事だったんだぁー。いや、良かった良かった。何かあったら死んでも死にきれない。

 

いやー、本当に良かッ、いや良くない!

 

どうして、ここに居るの! どうしてお兄さんの部屋から!? 朝チュンなの!? いや、お兄さんはそんなことはしないのは分かってる。だとしても!

 

 

「いや、良かったわ。千秋。アンタが何処かに行っちゃんたんじゃないかと思ったわ」

「ふっ、千夏よ。我は不滅だ。それより、朝ごはん食べる為に身だしなみ整えようー!」

「そうね、何でもこの旅館は朝からビュッフェ形式らしくて、オムレツが絶品と言う情報を得ているわ」

「ふっ、我もその情報は得ている。朝からおかわりも一興だな。カイトは歯磨きとか今してるから我らも急ごう」

「そうね」

 

 

千夏は千秋が無事な事に安心してホッと一息。そのまま会話が朝ごはんの方向にシフトチェンジ。

 

まぁ、特に何もされていないだろうし、朝チュンとかでもないようだし良いかな。と、うちは思ったが納得できない物が一人。

 

「え? いやいや、朝ごはんの話をしてる場合じゃないっス! 話し戻して戻して!」

「え? オムレツ……」

「じゃないっス。秋姉! どうして魁人さんの部屋に!?」

「あー、昨日の夜。我が誘って、そしたらカイトに誘われたからかな?」

「えぇぇ!? あ、朝チュン? いや、魁人さんはそんな人じゃないからそれはないとして……昨日の夜はどんなことをしたんスか……?」

「えっと、ハグして貰って、話聞いてもらっただけ。あと、一緒の布団で寝た」

「い、いいいいいい、一緒の布団で!? ふ、不純じゃないっスか! そういうの千冬はダメだと思うっスよ!」

「そうか? ふーん。そんなことより朝ごはんだ!」

「ううぅ、何でそんなに先をいつも行くんスか……千冬にはそんな腕枕で添い寝なんて……」

「いや、そんなことされてないぞ」

「……そうっスね……はぁ、今後はそう言う事は控えて欲しいッス」

「それはやだ。ハグとか幸せになるから!」

「ううぅ……もう、良いっス……」

 

千冬はがっくり肩を落としてもういいと顔を暗くする。すると丁度、髪型を整えて歯を磨いて眼が冴えているお兄さんが部屋から出てきた。

 

 

「おはよう。あー、その千秋なんだけど昨日の夜ちょっと話してな。変な事はしてないから許してくれ」

「おはようございます。うちは気にしてないですよ。千秋がお世話になったみたいでありがとうございます」

「あ、ありがとう」

「魁人さん、おはようございます……」

「おはようございまス」

「二人共お、おはよう」

 

 

千夏と千冬もうちに続いてあいさつをする。その後は千夏と千秋は朝ごはん論争を繰り広げる。

 

千冬はちょっと、膨れ顔。上目遣いでお兄さんに訴える視線を送る。まるで自分もハグしてと言わんばかりだ。

 

「か、魁人さん、夜に秋姉みたいな年頃の女の子と二人きりで本当に、ハグとか、会話とかしたんスか?」

「あ、ああ、すまん、軽率だったかもしれない……次から気を付けるよ……その、ごめん……」

「その、謝って欲しいんじゃなくて……秋姉にしたなら千冬にも、海外だとハグとか挨拶だし……」

 

 

 ええ、? お姉ちゃんこの展開は予想はしてなかったよ。もう、好きって言ってる様なモノでは……千夏と千秋は全然気にしていない。こちらの空間を一切理解していない。

 

 ど、どうしよう。邪魔をしたいと言う気持ちと何とも言えない気持ちが共存している。

 

 お兄さんは若干千冬に押され気味で額に汗をかいている。

 

 

「「オムレツ、オムレツ、オムレツ♪」」

 

 

 隣で謎の音楽を奏でる二人。朝から耳が溶けるように幸せな気持ちになるがそれは今は置いておこう。同じ廊下なのにこうにも雰囲気が違うとは……。

 

 

「えっと、どうすればいいのかな……」

「軽く、ハグすれば良いと思うっス……秋姉には出来るのに千冬には出来ないっスか……?」

 

 

……そんな断れないような言い方をするなんて。しかも、そんな大胆な告白発言。小学四年生でこんな事言える女の子は居ないよ。

 

いつの間にそんなちょっとあざとい女の子発言が出来るようになったの!? お姉ちゃんビックリどころじゃないよ。前はそんなこと言えなかった。言う必要もなかったと言う理由もあるかもしれないけど。

 

まぁ、それも可愛いけれども……さらに成長を感じるけどさ。単純な成長では無くて

成熟。と言う言葉一番適切かもしれない。

 

以前の縄跳びから身だしなみを以前より気にして、人として成長をしてる千冬。そこからさらにお兄さんを引き寄せる為に変わったのだろうか。

 

 

無意識か、意識的か……どちらにしろ、それもチャームポイント! 上目づかいで健気に想いを伝えようとする千冬に愛おしさを抱く。

 

千冬にとって、千秋は最早ライバルともいえるかもしれない。どんどん、先にさきに行ってしまう千秋。今の所、恋愛的感情ではない為にお兄さんも接しやすい。自分が一歩進むたびに千秋は十歩ほど進んでくと言っても過言ではない。

 

十倍、それほどの差があると尻込みを誰もがするだろう。だが、千冬も今までとは違う。お兄さんに変えて貰ったから、千冬だって積極的に行く。

 

恋は人を変えて盲目にさせる。

 

 

「う、うーん……出来ないとかはないぞ。絶対。どちらかを優遇とかじゃなくて、どっちも大事だから……」

「……じゃあ、少しだけ良いっスか?」

 

 

ただ、千冬の恋は単純な恋ではないのかもしれない。千冬以外の姉妹にも言えることだけど安心感、強烈な愛情、それらを求めているのかもしれない。

 

お兄さんみたいな、包容力のあって、経済的に安定もして、優しくて、逞しくて、善悪の区別もついて、距離感も絶妙な人を本能的に手放したくないと言う想いがあるのかもしれない。

 

こんな良い人が自分の元から離れてしまうのかと思うのが怖いから、愛に飢えているから強烈な何かが欲しいのか。それ故にハグとかを求めるのか。

 

 

……良く分からないけど、普通にうちもハグをしたい。

 

 

「「オムレツ、オムレツ、オムレツ♪」」

 

 

隣では千秋と千夏がオムレツの音楽を奏でて、隣では床に膝を付けてお兄さんが躊躇しながらも千冬に手を伸ばす。

 

 

カオスと言うのはこのような事を言うのかもしれない。

 

 

千冬はゆっくりお兄さんの元へ近づいた。お兄さんもそっと優しく背中に手を回す。千冬はお兄さんの首元に顔をうずめて、抱きしめられる。千冬お兄さんの浴衣をギュッと握った。

 

顔を赤くして、でも、甘える。

 

「か、魁人さん……も、もっと強く」

「……う、うむ……」

 

千冬はやっぱり、強い愛情を求めているのかもしれない。自分を特別だと言って、呪縛から解き放ってくれた人からの愛情が欲しくなるのは当然。今までは厳しい環境でずっと悩んできた。

 

だから、その特別な愛情を知ってしまったらその味から逃れられない……

 

今までの過去があるから、よりその味が経験や愛情の良さを感じさせる。お兄さんは気まずそうにしながらも千冬を少し強く抱締める。

 

すると、

 

「あー! 千冬ズルい! 我もハグする!」

 

 

千秋がお兄さんと千冬に気づいたようだ。千冬とお兄さんの腕と体の僅かな背中をくぐるように下から張り込む。結果的にお兄さんは千冬と千秋を抱きしめると言う。

 

 

幸福を超えた慶福状態に陥る。そこ代わってくれませんか? お兄さん。

 

 

「おおー、このぎゅうぎゅうな感じも悪くないな!」

「そ、そうか?」

「秋姉……今は千冬の時間なのに……」

 

 

千秋、お兄さん、千冬がまさに三者三様の反応を示す。千秋は笑顔でニコニコ状態、お兄さんは戸惑い。千冬はちょっと嫉妬、でも、今はこれくらいがいい。今の自分には上出来だろうと言う雰囲気。

 

 

「秋と冬もいつの間にあんなに懐いたのかしら?」

「つい、最近かもね。それより、ちょっと重要な事を相談したいんだけど」

「なによ?」

「千夏ハグしよう」

「断る」

「なんで!? 朝ハグしようよ!」

「えぇ……それより、朝ごはんとか身だしなみ整えたいんだけど」

「ううぅ……千夏、反抗期?」

「違うわよ……ああ、もぅ、そんな反応されたらするしかないじゃん! ここ、廊下なのよ! 普通朝から廊下でハグなんてしないけど、特別!」

 

流石、千夏。優しいね。ぎゅっと千夏を抱きしめる。小さいけど、とても柔らかくて安心する。抱き枕にこれからしたい。

 

 

「……じゃあ、そろそろ朝ごはん行こうか?」

 

 

数分後、ハグをし終えた。お兄さんがそう言ったので一度うち達は部屋に戻って髪型を整えたり、顔を洗ったりして食堂へ向かった。

 

 

◆◆

 

 

 

 朝食を食べた後は、ゆっくりと荷物を纏めてチェックアウトをした。その後俺達はお土産やら何やらを購入したり見学したりするために帰りの飛行機を待ちつつ、空港に来ていた。

 

 四人の通っている教室にお土産は買っていきたい。別にお世話になっているとかそういうのではなく、普通にお土産を買っていくことで何だか教室内の立場が良くなると思っているからだ。

 

 

 白い恋人とか買って行けばいいのか? なるべくセンスがあるのを選んでお土産として持って行って欲しいけど。

 

 

 生キャラメルとか……

 

「カイト、チーズケーキ食べたい!」

「どこにそれはあるんだ?」

「あっち!」

 

 

千秋が俺の手を引いて商品の方へ向かわせる。千春と千夏と千冬もついてくる。学校だけでなく家で食べたりする用のお土産も有っても良いかもしれない。

 

あ、職場にも買って行かないと。下手に変なもの買ってく訳に行かないけど……オシャレな小分けされるクッキーで良いか。何処かしらにあるだろうし、それより四人が気になっている物を巡りながらショッピングだな。

 

 

◆◆

 

 

 

 

「腰がいてぇ……」

「大丈夫ですか? お兄さん?」

「だ、大丈夫だ。飛行機って意外と腰にくるんだな……」

 

 

ショッピングを楽しんだ後、飛行機に乗り数時間。羽田の駐車場から車に乗って帰宅途中。助手席に乗るうちはお兄さんが時折腰を抑えているのに気づいた。さらに、腰だけでなく頭も抑えている。

 

 

気圧の変化にやられてしまったのだろうか。

 

 

「頭痛大丈夫ですか?」

「ああ、ダイジョブだ」

 

 

お兄さんは只管に隠している。千夏と千秋と千冬に気を遣わせない様に空港内では毅然と振る舞い帰りは車では寝て良いと語り、うちにも寝て良いと言って、腰や頭を抑える時もうちに見えない様にしている。

 

 

左側の腰のあたりが痛いのだろうか。この距離なら手が届く。

 

 

「ん?」

「うちが腰、マッサージします」

「嬉しいけど、大丈夫だぞ? 疲れるだろうし」

「うちも疲れ位大丈夫ですから」

 

 

千秋から細部までは聞いていないが少しだけ聞いた。昨日の夜に何があったのか、怖くなって慰めてもらったと。安心して眠れるようにしてくれたと。この程度では意味があるとは思わなが少しでも何かを返さないといけないと感じた。

 

座る場所をずらして、腕を伸ばして腰を押した。上手く力が入らない。

 

お兄さんは感動したようにこめかみを抑えている。

 

 

「お兄さん、昨日の夜はありがとうございました」

「あー、まぁ、あれくらいはな……」

「凄い事だと思いますから謙遜はしなくて良いと思います」

 

この人は良いパパを目指していると以前言っていた気がする。

 

「……お兄さんは良いパパを目指しているんですよね?」

「まぁ、そうだな」

 

良いパパとは何なのか正直、想像がつかない。言葉の意味は分かるけれども、それまでだ。

 

でも、この人はきっと良い人なのは分かる。この人なら三人をより良い方向に導いてくれる可能性が高い。

 

信じている、信用している。でも、良い人が良い方向に良い影響だけを与えるとは限らない。

 

人は一人では生きていけないし、出来る事は限られている。

 

もし、お兄さんが真の意味で三人を、良いパパとして導く時が来たら大変な事があるかもしれない。一人で出来ない事があるかもしれない。三人を良い方向に導きたいのはうちも同じ。嫌な事はしてほしくないし、嫌な目にもあって欲しくない。

 

もし、そうなったら……

 

そうしたら、うちが……

 

――ママになってもいいかもしれない。

 

お兄さんと三人の背中を押したり、支えたり、慰めたり、愛を与えたり……っと僅か1%だけ思った。

 

 

「千春、好きな食べ物は出来たか?」

「そう、ですね……生のエビの刺身は美味しかったです」

 

 

お兄さんに話を振られ、その考えは消えた。やっぱり、そんな考えに意味はない。そもそも千冬がそれを良しとしないだろう。

 

全ては姉妹の為に捧げると誓ったのだからこんな思考に意味はない。実現するわけにいかないし、良い方向に導くと言うのであれば方法は他にもあるはずだ。

 

「もう、いいぞ、疲れただろう?」

「次は腕をします」

「そ、そうか……」

 

 

腕もこってる感じがする。感謝を示し続けた方が良い。それが誠意だから。先ほどの思考は何処にやら行ってしまった。

 

今はただ、助手席に座る人の役目として、運転手を支えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 




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40話 真・五年生

感想等ありがとうございます。

何だか、大規模なスパムがあったみたいで……皆さんも気を付けてください。

あと、実際の地名とのズレですがあれは私の未熟さゆえのものです。作品に入り込んでくださるからこそのご指摘があったのだと思います。

気にされた方は申し訳ございません。






「感想文どうしようか……我悩む」

「ああ、もう……無理ゲー」

 

 

うちの可愛い可愛い妹が二階の自室の机の上で頭を悩ませている。北海道から帰宅して幸せ気分なのは良い事だが、家に帰ってくるとすぐに現実に引き戻される。

 

千夏と千秋は冬春休みの宿題が終わっていない。冬休みの宿題には超面倒くさいものが一つある。

 

読書感想文である。もう春休みも終わりの季節が近づいている。そろそろ終わらせないと不味いのだ。

 

「ううぅ……面倒だ。読書感想文したくねぇ……原稿用紙四枚半とか過剰すぎる……」

「そうよそうよ!」

「一枚でも過剰なのに! あと、本読むのも面倒くさいし」

「そうよそうよ!」

「おうどん食べたいし」

「そうよ、そっ……え? なんでうどん?」

「お腹空いたから」

「自由過ぎよ……」

 

可愛い。うちが二人の事を感想文として書いたらレポート用紙軽く十枚は埋まるだろうなぁ。

 

「ねぇ、春手伝ってよ。読書感想文なんてちゃちゃっと終わるでしょ」

「おおー、千春が手伝ってくれれば百人力だ!」

「ううぅ、うちも是非とも手伝いたいけど……千冬が……」

「ダメっス。二人共宿題は自分でするように!」

 

千冬はこちらを監視するように千秋と千夏の近くに座っていた。机を四姉妹で囲んでいるがうちは手を出せない。

 

「無理無理、むーり! 私に読書感想文はむりー!」

「駄々こねないで欲しいっス……夏姉」

「むーりー」

 

 

千夏が駄々こねるように背中を床につけて寝転がる。それを見て千秋がハッとする。

 

「これは妖怪の仕業か!」

「そうよ、妖怪のせいで私は宿題が出来ないの。だから、手伝って」

「……夏姉は取りあえず本を読むっス。妖怪とか言ってる場合じゃないっスよ」

「ケチ」

「ケチで良いっス」

 

 

そう言って千冬は一冊の本を差し出す。千夏はちぇっと口をとがらせつつ本を受け取る。これ以上しても意味ないと感じているのだろう。

 

「うわぁ……文字の羅列ってこの世とあの世で三本の指に入るくらい嫌いなのよね……」

 

 

千夏が愚痴をこぼして本を開く。すると、千秋がうちに耳打ちをしてきた。

 

「実は千夏も我と同じ厨二じゃないかと思っている……」

「そうなの?」

「うん、時折厨二の片鱗を感じさせるんだ。こちら側に引き込めないか……ククク、その才を開花させてもいいだろうっと思っている」

「厨二の千夏も可愛いなぁ」

 

『クククク、私の真の力を目覚めさせてしまったようね』

 

 

ついでに千冬も厨二になっても問題なし。普段真面目な千冬が厨二も可愛い

 

『今日は風が泣いてるっス……っと千冬は語ってみるっス』

 

 

ああ、可愛い。でも、今はそれよりも

 

「千秋、読書感想文書かなくて良いの?」

「うっ……ねーねー、手伝って?」

 

 

うっ、この甘えにうちは弱いんだぁ……。千秋って偶にこういうあざとい所があるんだよぉ。眼をキラキラさせて上目遣いはダメだぁ

 

 

「……ちょっとだけだよ?」

「わーい!」

「ダメっス!」

 

 

手で親指と人差し指を近づけて、本当に少しだけだとアピールする。すると、千冬は腰に手をあててダメだぞっと顔をしかめる。

 

「えぇ、千冬ケチ!」

「ケチで良いから秋姉も宿題を」

「もういい。カイトに付きっきりで教えてもらうから」

「えぇ!? あ、そ、それは……でも、宿題は自分でやらないと」

「カイト困ったら頼って良いって言ってた!」

「……ううぅ、それなら……千冬が手伝っス……」

「え!? 良いの!?」

「……う、うん」

「え!? 何それズルい! 私にも教えてよ!」

「こ、今回だけっスよ……」

 

 

千夏もそれに便乗して千冬に寄り添う。教えてー、教えてーっと千夏と千秋に挟まれどうしてこうなったと頭を抱えながら千冬は本をもう一冊鞄から出して千秋に渡す。

 

「取りあえず二人共、本を読むっスよ。どっちも千冬は読んだことあるから、二人が読み終わったら色々手伝うっス……」

「「はーい」」

 

 

千冬は沢山本を読んでる子だからいくらでも感想文なんて書けるんだろうなぁ。二人は生徒のように返事をすると本を読み始めた。千冬は複雑そうな顔をして腕を組んでいた。

 

千夏と千秋は欠伸をしたりしながらも読み進め、読み終わると原稿用紙に仏頂面で向かい合う。千冬は最低限と言う立ち位置で手伝った。

 

結局、うちも手伝って手早く読書感想文は終了した。。

 

 

◆◆

 

 

 

春休みと言うのはあっという間に終わってしまうものだ。あと、何日だとカレンダーで数えている間に気づいたら数日しか休みが残っていない、明日が登校日だと気づき慌ててしまうのはよくあることである。

 

春休みとはそれだけ充実した行事と言えるだろう。

 

 

だから、終わってしまうと途端に元気がなくなり学校に行くことが苦痛になる。現在妹達も学校に向かうバスの中で気だるそうに窓の外を見たり、腕を組んで難しそうな顔をしたりしている。

 

 

今日から五年生だと言う事で勉強などが難しくなることへの不安などもあるのだろうか。

 

他にはもしかしなくても、クラス替えの不安はあるだろう。

 

四年生徒の時は二つのクラスにそれぞれ、うちと千秋、千夏と千冬と別れていた。だけど、今回は分からない。もしかしたら、三対一という構図になってもおかしくない。四姉妹である以上誰かと一緒のクラスが良いと思うのは当然だ

 

今後の学校生活が懸かっている。

 

クラスとはそう言うものだ。

 

バスから最寄りのバス停で降りると学校への道を歩く。桜の花びらが散って空に舞う。千夏と千秋と千冬が五年生に進学したことを祝福するように綺麗に舞う。

 

可憐な三人と美しい花弁。渾然一体となってまるで女神のお遊戯を絵画にしたかのようだ。

 

三人が美しいのは世界の事実だが、それを主軸にしてこの桜がいつもと違った面をのぞかせう。桜の花びらいい仕事する、褒めてあげよう。

 

 

さて、学校に向って行き下駄箱前に張り出されている新たなクラス表を確認する。

 

「っ! あ、私達全員一緒じゃない!」

「おおー!」

「こういう事もあるんスね……よかったぁ」

「そうだねぇ」

 

 

まぁ、当然だよね。何と言ってもうちが学校アンケートの自由記入欄に長文で姉妹と同じにするように頼んだからね。

 

これで違うクラスだったら抗議だ、抗議だ! である。

 

「あ、これ、秋姉が言ってた西野君じゃないっスか? 同じクラス見たいっスよ」

「良かったじゃない。仲良しの西野と一緒で」

「へぇー。そうなのか。今日って給食あるのか?」

「今日は無いっすよ」

 

 千夏と千冬が西野が一緒だと千秋に言うが特に反応もせずに千秋は給食の方に思考が向いてしまう。

 

「なんだー、無いのかー。学校に来る八割の意味が消えたなー」

「これだから大ネズミは……」

「五月蠅いぞ千夏。お前も小ネズミって呼ばれてるからな」

 

 

 千夏と千秋の会話をBGMにしながら下駄箱で靴を履き替えて、シューズを履いて新しい教室に向って行く。

 

 教室に入ると席が黒板に張り出されている。窓側の列に全てうち達四人はそろっていた。千秋、千夏、うち、千冬の順番だ。

 

 最高。

 

 さてさて、席に着いた後はお土産を配る。隣のクラスにはうちだけでなく、千夏と千冬の元クラスメイトもいる。取りあえず、四人で分担して渡して渡して、を繰り返す。

 

「え? いいの?」

「ありがとー」

「サンクス」

 

 

 皆、嬉しそうにオシャレクッキーを受け取る。やっぱりお兄さんの言っていた通りお土産って凄い効果だ。これだけで何か良い奴のように見えるのかもしれない。賄賂と言うわけではないが何だか物で人気を稼いでいる気分になる。

 

 まぁ、うちの妹はそんなことをする必要がないのだけど。

 

 

「よし、お前たちにこの恩恵(ギフト)やろう」

 

 

千秋が男子達にお土産のクッキーを数枚手渡す。その他大勢と言った感じだが中にはあの西野がいる。

 

「ま、まぁ、しょうがないから貰ってやるよ」

「そうか。おーい! そこの風来坊たち! お土産やるぞー!」

 

「これ、お土産っス。どうぞ」

「あ、ありがとう」

「いえ、そちらの方も」

 

「これ、あげる。そっちのアンタとあそこにいる人にも私貰っていいかしら?」

「あ、うん」

 

 

皆、照れてるなぁ。まぁ、仕方ないよね。そんな感じで教室の隅でニヤニヤしているとポンと肩を叩かれる。

 

「おっすー、千春」

「久しぶり、桜さん。あ、これお土産」

「おー、サンキュ。あと、これから一年シクヨロで頼むわ」

「こちらこそよろしく」

 

 

桜さんはちょっとチャラい感じだけど親しみやすいから何も問題は無い。これから同じクラスと言うのは少し嬉しい。

 

 

「それにしても、四人一緒で良かったな」

「うん。毎回学校アンケートで長文でクラス一緒にするように頼んでたから」

「あー、そういうことか……だから、前はあんな○×アンケートでカリカリ鉛筆の音がしてたのか……」

「うん。そうだよ」

 

 

桜さんは若干の苦笑いをしていた。流石にやり過ぎたのだろうか。でも、同じクラスになったわけだしどうでもいいか。

 

 

「じゃ、俺あっちの席だからバイビー」

 

そう言って桜さんは自身の席に向って行く。桜さんとは近くの席が良かったけど仕方ない。

 

桜さんは前に男子に一人称でからかわれる時があった。女の癖に俺とか馬鹿じゃないのとか、男女男女とからかわれてたりもした。その中に西野もいた。年頃なのか女の子をからかってしまう事もあったのだろう。

 

それをうちや千秋が止める時もあったけど。

 

ただ、桜さん本人は特にどうでも良いと言った。一瞥して相手になどをしなかった。

 

どうしてと聞いた。一対一になった時に思わず聞いてしまった。

 

『自分の生き方に信念を俺は持っているからだな。俺って一人称は昔、弟たちが虐められてたから、守る為に使い始めたんだ。まぁ、弟が同じ学校に居るから弟たちに手を出したらどうなるか分かっているな見たいな不良の雰囲気って言うか、そんな感じを出したいって言うか……それは効果覿面でビクビクしてたよ、虐めてた奴はさ』

 

思わず、この人とんでもない人だと口に出しそうになった。素直に好感を抱いた。何だか、同じ穴の狢だと感じた。

 

この人とは仲良くが出来ると素直に思ったのだ。

 

ただ、それと同時に西野は無理だと思った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「北海道に行ったとはな」

「まぁな。他にもデパートに行って買い物とかな」

「ふーん」

 

 

隣で例の如く佐々木に我が家の事情を説明する。佐々木も意外と気にしてくれているのだろう。根は良い奴だと言うのは知っている。

 

「もう、半年以上経過したが大変な事とかあるのか?」

「そうだな……一緒にテレビを見ているときに芸能人がトンデモナイ下ネタとか言うと場が凍るな。千秋と千夏は知らないからどういう意味っと聞いてくるのはちょっと気まずい」

「あー、それ分かる。俺も両親の一緒のテレビ見てるときに、普通にテンガとかテレビで言うから気まずかった」

「あとは、そうだな……四人も年頃だからな。どこまで接していいとか、触れて良いのかとかか?」

「大変だな」

「いや、そうでもないさ。四人全員良い子だ。常に行動に配慮がある……無意識だろうけどな」

「小四で無意識な配慮って……それだけ育った環境が影響してるって事か」

 

 

……そう言えば佐々木にはこの話を……してないな。四人の生い立ちとか。と言う事は前に宮本さんと話してるときにこっそり聞いてたなコイツ。

 

まぁ、言いふらす奴じゃないからいいけど。

 

 

「日辻部長って頭おかしいとは思ってたけど、やっぱりおかしかったのか」

「そうだな」

 

特段、今更そのことをどうこう言うつもりはない。だが、四人と関わるうちに避けては通れない物ではあると思うがな。

 

「まぁ、死んでる人をどうのこう言うつもりはないけどさ。死んだのに影響が残るってのは怖い事だな」

「そうだな」

 

 

間違いなく彼女達の両親は彼女達に悪影響を及ぼした。だからこそ、その影響をいい影響に出来るのかどうかと言うのが大事なのだ。

 

 

俺が良い方向に導けるのかどうか……

 

 

「魁人君、お土産ありがとー」

 

 

僅かに思考の海に飛び込んでしまう一歩手前で宮本さんの声が聞こえた。

 

「美味しかったわ。やっぱ、こう、センスがあったわ」

「ありがとうございます」

「他の社員、男女問わずセンス、センスって言ってたわ」

「そうですか」

「魁人君って結婚したらモテるタイプなのかもね」

 

 

結婚したらモテるタイプって何だ? 別に結婚はしてはいないんだが。ただ、パパなだけで。

 

結婚飛ばしてパパって他にいるのか。どうでもいいか。

 

 

「っち、俺もお土産買って来ればよかった」

「お前もどっか行ったのか」

「沖縄と石川と福島と茨城かな」

「いや、それは職場になんか買ってこい」

 

 

良い奴なのに勿体ないな。もしかして、こいつも結婚したらモテるタイプかもしれない。

 

「あー、そうだ。魁人君、娘の写真見せてよ」

「フッ、良いですよ」

 

 

思わずほくそ笑んでしまった。自慢の娘を合法的に嫌見なく自慢できるからである。スマホに千秋の食事の写真を映し出す。

 

「あー、可愛い。昔を思い出すわ」

「これ、ネットにあげたらバズるんじゃね?」

 

宮本さんと佐々木、それぞれ反応する。どちらも褒めと言うか尊いと言う感情は持っているようだ。

 

「これをネットにあげたら一々ネットニュースになってしまうからな。今の所、娘達には普通の生活をして欲しいからネットにはアップしない。それに身元特定とか訳分らないことになっても困るしな」

 

 

四人ならいずれ芸能界とか入って大ブレイクをしそうだが、しばらくは平穏が良いのでないかと考える。ネットは誰が見ているのか分からないから上げられないとか理由は沢山だ。

 

 

「そうね。私も娘をネットにはあげないわね」

「ですよね」

「ふーん、そういうものか」

 

 

まぁ、これが正解とは言えないが一つの答えでもある。佐々木の言った事も答えであることに変わりはないだろうな。

 

「そう言えば、魁人君。運動会とかあるんじゃない」

「はい、親子バレーで活躍出来なかったのでリベンジに燃えてます」

 

 

あの時の、足をつった記憶は忘れない。今度こそ大活躍をすると心に決めているのだ。

 

「また、写真見せてもらっていいかしら。何だか、昔を思い出して心が躍るのよ」

「良いですよ」

「じゃ、ついでに俺も」

「仕方ないな」

「……いや、お前の宮本さんと俺の反応の差よ」

 

 

そうだな、運動会に向けて体を鍛えなおさないとな。あとは冷めても美味しいお弁当の研究とかしないとな

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


あと、Twitterでの絵をご覧になっていない方はぜひ見てみてください。ついでに私のフォノーのして下さると幸いです、


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41話 予兆

感想等ありがとうございます。


 五年生としての学校生活が始まり、特に何かが変わることなく時は過ぎていった。がやがやと騒がしい教室。誰もが既にこの環境の変化に慣れたのだと実感する。それほど四年生とすることは変わりないからだろうか。

 

 

 変わる事と言えば人間関係があげられる。クラスが変わり教室内の勢力図と言うのだろうか、そう言ったものが多少なりとも変わる。

 

 以前まで仲良かった人が他のクラスに行ってしまうと教室で不思議と浮いてしまったり、苦手な人と一緒のクラスで難しい関係を続けたりとなる場合もある。

 

 だが、うちのクラスでは今の所、そんな事はないようだ。周りを見渡しそのような人はいないようだと確認する。誰もが誰かと笑顔で話している。

 

 男子は男子で、女子は女子で話すのが基本スタンス。だが、男女で話している人を発見するとヒューヒュー五月蠅い人たちも若干見受けられる。男子数名の西野グループだ。

 

 

 垢が抜けないと言うか、まだまだ子供と言う感じがすると言うかだがこれが普通なのかもしれない。寧ろ、このように見えてしまう事の方が異端なのだ。だが、西野そんなんでは千秋は一生君を見ないよ。

 

 

「ねぇ、昨日のあれ見た?」

「世界恐怖物語でしょ?」

「うんうん、あれヤバかったよねぇ」

 

 

「俺あれ見たぜ」

「怖い奴か」

「そうそう、マジヤバい」

 

 

 

教室にいる殆どの者はホラー番組の話をしている。そう言えば最近ブームが来ているらしい。何でも、世界で本当に実在した心霊体験をもとに俳優や女優がそれを演じて作り上げる番組。

 

ただ、うち達はそんな番組は見ない。単純な理由だ、怖いからである。

 

うちは別に怖くはない。ただ、別にわざわざ見る意味は無いよと言う話だ。何が楽しくて心霊の話など聞かねばならないのか。

 

それにうちは怖くないが、うちの可愛い可愛い妹達がそれを怖がる。さらに怖いのに何故か三人共そう言ったものを見たがる。

 

心霊とか妖怪とか怖い怖いと言いながらもついつい三人は興味が湧いてしまうのだ。まだ、心霊系の番組は見たことはない。だが、お兄さんのスマホで千秋が一度見たことがある。

 

その時は一人でトイレに行けないと何度も泣きついてきた。姉妹をお世話し隊のうちからしたら面倒とかそう言った感情は湧かないが怖がる姿を見るのはあまり好きではない。

 

だから……見せない様にしてたのだが……

 

 

「おいおい、お前心霊番組も見れないのかよ」

「……別にそんなんじゃないし」

 

 

おい、西野。お前またか!? そんなに千秋に絡んで欲しいのか!? なら、もっとなんか優しくする方法があるだろうが!?

 

「ったく、千秋はお子様だな」

「別に子供じゃないし」

「じゃあ、今度感想聞かせろよ」

 

 

西野、千秋を子ども扱いして、偉そうにして、この教室でボスにでもなったつもりか。

 

あと、シンプルに下の名前呼び捨てすんな

 

西田ぁ、さんを付けろよ、短パン野郎……

 

うちは思っていることがある。人を呼ぶと言う行為に配慮がない人は嫌いと言う事だ。親しくの無いのに勝手にあだ名をつける、勝手に慣れ慣れしく下の名前で呼ぶ。配慮とはこの僅かなやり取りでも分かってしまうのだ。

 

相手がどう思うのか、こうしたらどうなるのか、考えなしに行動する者はうちは好かない。それは千夏と千秋と千冬も同じ。例え好意的に相手が思っていても配慮が無いと意味がない。

 

配慮が無いから、千秋は西野に好感を抱かないのだ。

 

「分かった。今度の夜の見てくるから」

「お、おぅ……感想聞かせろよ」

「分かった」

 

 

だが、小学生は若いから仕方ない。まだまだ、発展途上の子供だから仕方ない。間違いはあるはずだ。それに一々難癖をつけるのはうちがただ単に過敏に感じているだけかもしれないが、

 

だとしても、少なくとも千秋はうちと同じ感情を抱いたはずだ。

 

 

配慮は大事。特に仲が良くない時は。

 

 

◆◆

 

 

 

帰りのバス、うち達は揺られながら今日一日を振り返る。

 

 

「あれが西野ってやつなのね。秋から話は聞いてたけど、まぁ、聞いてた通りって感じね」

「千冬も感想は同じっス。特にこれと言って他には」

「まぁ、西野も悪い奴ではないとは思うがな。まだまだ、青いと言った感じだ。だが我は海より広い寛大な心で対応しているからな、どうとも思わん」

「ふーん、まぁ、ああいう人って結構居そうだし、そんなものかしら?」

 

流石、うちの妹。心がマリアナ海溝より深い、そして大草原より広い。

 

「それにしても、誰も彼も心霊番組の噂しかしてないわ」

「そうっスね……そう言うのってついつい見たくなってしまうっスよ……見たら眠れなくなる分かってるのに」

「そうそう、そうなのよ……。この間の千秋はトイレ一人で行けなくなるし」

「はぁ? 行けるし、一人で行けなかったんじゃないし、一人で行かなかったんだし」

 

 

千秋と千夏が口げんかのようになり、まぁまぁと千冬が止める。配慮は大事だが、ある程度仲が良くなれば遠慮しすぎも良くない事はお兄さんから教わっている。

 

偶には言いあわないとね。

 

 

「ふーん、頓智はお上手だ事」

「そもそも、我、心霊怖くないし。怖い話とか全然怖くないし!」

「いや、それは無理があるわよ。春と冬もそう思うでしょ?」

「う、うーん。確かに秋姉が心霊怖くなって言うのは……ちょっと」

「まぁ、怖いものがあるのが人間だから」

「……別に怖くないもん。本当だもん」

 

うちと千冬は千秋が心霊怖がってたのを知っているから千夏を肯定してしまった。そうすると口を頬を膨らませてプイっとそっぽを向いてしまう千秋。

 

「ごめんね……千秋」

「いいもん、カイトが信じれくれるからっ」

 

 

ああ、千秋が完全にいじけてしまった。今日は早く帰れるから皆で運動会に向けて家の前を走ろうと言う約束をしてたのに。

 

バス停で降車して家に帰る道を歩く時も千秋はそっぽを向いた。

 

「ねぇ、秋。これから帰ったら皆で運動会に向けて走りの練習するのよ。やるんだったら皆で楽しくやりたいじゃない」

「そうっスよ。秋姉は笑顔の方が可愛いっス」

「……ふむ、そうか」

「そうよ、アンタが一番速いんだからアンタがいいお手本になってくれないと。日辻姉妹の隼の異名を見せてよね」

「そうっスよ、TGVの二つ名もあるんスから」

「千秋の最高に可愛くて、速い所をお姉ちゃんみたいな」

「…………やれやれ、仕方ないなぁ! 本当に困った姉妹だ!」

 

 

どうやら千秋の機嫌が戻ったようだ。うちと千夏と千冬がホッと一息。千秋が落ち込んだり気難しい表情になると場の空気ががらりと変わる。

 

千秋は素直で可愛いなと思う時もあるが、それよりも心が広い。すぐに切り替えが出来る。これは誰にでも出来る事ではない。きっと、うち達が何か言わなくてもすぐに笑顔で接してきただろう。いつものように楽しげな雰囲気を出してくれただろう。

 

うちも千夏も千冬もそれは分かっていた。だが、分かっていても褒めの言葉を言った理由は直ぐにでも笑顔を見たかったから。

 

千秋も本気でイジケタわけでも無い、信頼できるから、個性を出せる。本音を出せる。

 

 

配慮は生きていく中でずっと必要で、例え仲が良くても上手く出来ない時はある。

 

だが、うち達は僅かにだが配慮が入らない完成された間柄。言いたいように言えるのだ。

 

それを確認して思わず、ニヤニヤとしてしまった。三人の妹にどうしたのと首を傾げられたが何でもないと笑った。

 

 

 

 

「ぜぇぜぇ、ど、どんだけ、速いのよ……」

「はぁはぁ、速すぎッス」

 

 

大丈夫だろうか。二人共。全員がジャージに着替えて家の前を走る。通りすがりの人たちは微笑ましい顔で見ている。先頭の千秋が後ろを振り返る。

 

 

「おいおい、ダイジョブか!」

「だ、大丈夫よ。クソ、この僅かな太陽光がウザい」

「た、単純にもう、足が」

「大丈夫? お姉ちゃんが後ろから支えるよ」

 

 

家の目の前で何度もシャトルランのように、往復で走るのを繰り返す。千秋はわははっと笑ったり、きーんっと両手を飛行機のように広げて走る。

 

それに何とか付いて行こうとした千夏と千冬がダウン寸前。ふらふらな足を何とか進めて走って行く。

 

「も、もう無理ッ。限界、限界、ギブギブ」

「ち、千冬はもうちょっと……ううぅ、はぁはぁ」

 

千夏が両膝に手をついて走るのを止めた。うちは支えていた手を外す。千冬はまだまだ走ると只管に進む。

 

千冬頑張ってるなぁ。

 

「か、魁人さんに、褒めて、もらう、ッス、ああ、でも、足が……もう、らめぇ……」

「おっと」

 

 

千冬が体力の限界まで走って思わず転んでしまいそうになるのを千秋が支えた。

 

「あ、あ、りが、ろうッス」

「気にするな、妹よ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「だ、ダイジョブか? 千冬」

「ら、らいひょうふ……」

「もう、何と言ってるのか分からん。取りあえず休憩だ」

 

 

千秋がゆっくりと肩を組んだままこちらに歩いてくる。家の目の前で思わず千冬は腰を下ろした。

 

頑張る姿がとっても素敵だ。だが、大丈夫だろうか?

 

 

「千冬、もう今日は」

「は、春姉、ま、ら、まらいけるっふよぉ」

「もう、ダメ。今日はお終い」

「あ、あと、い、いっかりらけ」

「う、うーん……千冬に無理はお姉ちゃんしてほしくないな」

「あ、あと、ワンだけ」

 

 

何とか呂律も回り始めた。やる気もある妹の望むままに頑張って欲しい。でも無理しすぎてもダメだろうし。

 

「はぁ、あ、あと一本だけ往復したら、終わり」

「う、うん。それなら」

 

千冬がフラフラの足を起こして走り出した。フラフラになりながらも走って走って、汗を流して、往復をした。

 

「頑張るわね、冬」

「ふっ、実はあの超頑張り屋の娘……あれ、我の妹なんだ」

「いや、私もよ」

 

 

頑張れーっと三人で応援する。はぁはぁっと息切れをしながらも何とか走り終えた千冬はスッキリした顔をしていた。

 

「頑張ったな千冬」

「やるじゃない」

「流石千秋だね」

 

三人で褒めると千冬は嬉しそうにピースをした。額に汗をかいて、膝に片手を突きながらも。

 

「えへへ、これくらい当然っス……」

 

 

可愛いー。

 

 

「じゃあ、今日はこれくらいにするぞ!」

「あ、宿題あるの忘れてた」

「うわぁぁ!」

 

 

千秋と千夏が頭を抱えながらも家に入って行く。うちも入ろと千冬と並んでいくと千冬が足を止めた

 

「ッ……」

「どうしたの?」

「い、いや、何でも無いっス……」

「そう? そんな風に見えないけど……」

「疲れてフラフラしただけっス……」

「じゃあ、腕組んで行こう。支えるよ」

「あ、ありがとうっス。春姉……」

 

 

千冬と腕を組みながら家に入って行った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ねぇねぇ、カイト聞いて! 教室の皆は最近、怖い話にハマってるんだ」

「そうなのか。確かに幽霊とか妖怪とか曖昧な物は興味は湧くよな」

「うん、我も今度の奴は見ようと思ってる」

「う、うーん……そう言うの見ると夜眠れなくなるじゃないか?」

「我、そう言うの怖くないんだ! 凄いだろう!」

「そ、そうだな」

 

 

夕食を共にしていると千秋が俺にそう言った。

 

この間もスマホでホラーを見てビクビクしていると千冬が言っていたし、怖いけど興味があると言う感じなんだろうな。

 

だが、千秋が言う事をいやいやそれは違うだろっというわけには行かない。

 

 

「ムフフ、やっぱりカイトは信じてくれるな!」

「う、うん」

「ねぇねぇ、カイトは怖い話知ってる?」

「う、うん、多少はな」

「じゃあ、聞かせて!」

「う、うーん……千秋が良くても千春たちが怖いんじゃないか?」

 

ゲームでは姉妹全員ホラー苦手と言う設定があった。それを全て当てはめるわけではないが過ごしていると千春はホラーを無意識に回避している感じがある。

 

「ち、千冬も魁人さんの話を聞きたいッス!」

「私も少しなら……」

 

千冬と千夏は興味ありげだな。

 

「う、うちも全然、興味ありです……」

「……この話はまた今度にしようか」

「ええ!?」

「お兄さん、言ってください。うちも聞きたい、です……」

 

 

千春はあんまり聞きたくない感じだから、話をやめようとしたのだが千秋が悲しげな顔をして、千春が俺の話を促す。

 

いや、怖いなら怖いって言っていいだぞ。

 

だけど、千秋が聞きたそうだし。あんまり、怖くない奴にしよう。

 

 

「そうだな、じゃあ、恐怖の味噌汁なんてどうだ」

「おお! 気になる!」

「そうだろう」

 

「「「……」」」

 

千夏と千冬と千春が息を飲む。怖くても知りたいと言う矛盾した感情。知ったら後悔するのが分かっているのが怖い話だ。

 

ある程度俺も知識はあるが四人が知ってしまったら怖くて仕方ないだろう。

 

 

「……これは本当にあった話なんだが」

「「「「……」」」」

「ある所に男の子とそのお母さんが暮らしていました。夕暮れ時、男の子がお母さんに聞きました。今日の晩御飯は何の味噌汁? すると、お母さんはニタっと笑いましたッ」

「「「「ッ……」」」」

「今日は麩の味噌汁よ……今日は麩の味噌汁。恐怖の味噌汁……」

「アハハ! カイト面白ーい!」

「そうかぁ」

 

「「「……」」」

 

 

千秋は爆笑してくれたが他の三人は俺を数の子を見るような目で見ていた。流石に詰まらなかったか。

 

「魁人さん」

「どうした? 千夏」

 

千夏が俺に話しかけてくるなんて珍しい。

 

「あの、前から思っていたんですが」

「うん」

「魁人さんの、お話って……結構、その、何というか……」

「……詰まらないか?」

「そこまでは言わないですけど……」

 

 

千夏が気まずそうにそう言った。これがジェネレーションギャップと言う奴か。だが、思った事を言ってくれるのは素直に嬉しい。

 

そして、詰まらないと言われたことに少し悲しい。

 

「カイトの話は面白いぞ! 偶に詰まらない時あるけど!」

「そ、そうか、具体的にどれが面白くなかったんだ?」

「うーんとね、あの風が吹いたら桶屋が儲かるって話が難しくて詰まらなかった」

 

 

千秋も面白くないって思っていた時があるのか。これからネットで流行りの話とか調べないとな

 

「それより、カイト本当に怖い話して! ダジャレとかじゃなくて!」

「う、うん。でもな……悪の十字架とかダメだよね。うん……」

「お兄さん、うちに気を遣わないでください。うちも本当は興味ありますから」

「う、うーん。本当に大丈夫か? 千春」

「大丈夫です」

「千夏は?」

「大丈夫です」

「千冬はどうだ?」

「大丈夫でス」

「千秋」

「大丈夫!」

 

 

ここまで言われてしまっては言わないわけには行かないだろう。そこそこ怖い話にしておけば大丈夫だろうか。

 

「じゃあ、ちょっと怖い話を……ある日、A君と言う男の子が引っ越し業者に頼んでとあるアパートに引っ越しをしました。荷物を粗方設置し終えた新しい部屋をA君が眺めていると部屋に穴が開いていることに気づきます。あれ? どうしたんだろうっとその穴を見ると……」

「「「「ゴクリ……」」」」

 

少し、話しを溜めると四人は恐怖が来ても大丈夫のように覚悟を決めている表情になる。

 

「その穴の先は真っ赤。ただただ、真っ赤でした」

「「「「え?」」」」

「何だこれっとA君はその穴を気にしないことにしたのですが、暫く暮らしているとどうにも、その赤い何かが気になって気になって仕方がありません。思わずA君は部屋を飛び出して大家さんに尋ねます。あの、隣の部屋は何の部屋なんですか? 誰が住んでいるんですか? ずっと、赤い何かしか見えないのですが……すると、大家さんはこう言いました。隣には目が真っ赤な住人が住んでいる以外特に変わった事はないですよ。はい、これでお終いだ。あんまり、怖くなかっただろ?」

「そうだな! 我全然怖くない!」

「私も」

 

千秋と千夏は全然平気、いや、もしかしたら話の本質にまだ気付いていないだけかもしれない。その証拠に千春と千冬が顔を真っ青にしている。

 

「なによ! アンタ達、情けないわね。まぁ、私くらいの大人になるとこんな話怖くもないけど」

「まぁ、人には苦手な物があるのは仕方ないからな!」

「夏姉、秋姉本当に話聞いてたんスか……?」

「「ん?」」

「隣の部屋に真っ赤な目の人が居るって事は……穴がずっと赤しか見えないって事は……隣の人はずっと、ずっと、ずっと、部屋を覗いていたって事っスよ……?」

「「えっ……」」

 

 

……怖かったのかな? 結構優しめの奴を選んだつもりだったんだが……

 

「千春、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。所詮作り話。科学的根拠もない、空想のお話ですから」

「う、うん。その、なんかあったら言ってくれよ」

「はい……」

 

 

食卓の温度が一気に下がってしまった。これからは楽しく食卓を囲むために話題を増やさないとなっと思った。

 

 

 




―――――――――――――――――――――――――――

面白ければ★、感想、レビューよろしくお願いいたします。


私が以前書いていた物なのですが『今の所、世界の命運は俺にかかっている』

とあるサイトのコンテスト。中間突破しました。応援ありがとうございます。まだ読んでいない方は読んでみてください。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054898450665


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42話 近くて遠い人

感想等ありがとうございます。


 うち達は校庭に集められていた。理由は単純だ。運動会の走る順番を決める為だ。この学校では全学年一組が赤、他が白となっている。

 

 そして、運動会前は普段なら合同で行う体育授業もクラス別になる。

 

 

「えっと……運動会は本気で臨んでほしいですね。その為にはまず、リレーの順番を決めないといけません。五十メートルの記録とるので準備運動をしてください」

 

 

 

女教師がそう言って生徒達から距離をとる。生徒達に任せると言う方針なんだろう。体育委員の子が前に出て屈伸やらアキレス腱伸ばしをする。

 

大体の体ほぐしを終えると今度は数週の校庭ランニング。

 

 

「に、日光が」

「夏姉、大丈夫っスか?」

「う、うん」

 

 

赤帽子をかぶった千夏と千冬が走る。千夏は帽子深くかぶって少しでも日の影響を軽減しようとするが上手く行かない。うちは千夏と千冬の背中を押す。

 

だけど、千冬は押す前に足を速めた。もう、自分で走れると言う事なのだろう。最近、毎日走っている、縄跳びもしている。体力が大分ついてる。

 

思わず、千冬が走る姿に……手を伸ばしそうになった。先に行かないでと掴んでしまいそうになった。

 

だけど、そんなことはしない。できない。

 

 

「冬、いつの間にあんなに……」

「成長は速いんだね」

「そうね……」

 

 

しんみりとした空気。それでも千冬が走り去る、進んでいく姿を止めることなんて出来なかった。

 

 

「変わったのね……」

「そうだね……」

 

 

しんみりとした空気……

 

 

「どうした、千夏と千春よ。まだまだだな」

 

 

それを壊すように千秋が後ろから来た。一番先に走った彼女は一周してまた戻ってきたのだ。

 

「体力馬鹿のアンタにかなうわけないのよ……」

「ふっ当然だな」

 

 

そう言って千秋は笑った。そして、そのまま千秋は走り去ろうとする。負けないと千夏も走るが千秋は遠くなる。

 

暖かい空気を切るように走る。

 

ふと、校庭を見回すと頑張って走る千冬、笑顔でまっすぐ進む千秋、姉としての立ち位置もある為に負けじと走る千夏。

 

それぞれがそれぞれの思いを持ちながら常に行動して進んでいる。きっと最高の結果が結末が待って居るだろう。

 

……でも、全てが上手く行くなんてそんな都合のいいことはないのだ。そのことを知るのは直ぐであった

 

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬は魁人さんに褒められたい。もっと自分を見て欲しい。千冬の中でその感情がドンドン強くなっている。その想いがドンドン強くなっている。

 

 魁人さんは秋姉を沢山褒めたり、一番会話をしたり秋姉と一番絡む。そこに嫉妬をしてしまう。

 

 秋姉は悪くないし、魁人さんも悪くない。秋姉は自分から進んで魁人さんの元に向かうし、して欲しい事を求めることを口に出す。だから、魁人さんも接しやすいのだろう、嬉しいのだろう。

 

 頼ってくれて、言いたいことを言って我儘になってくれるのが。

 

 でも、それが出来るのは秋姉だからなのだ。千冬にはあんな風に大胆に近づいたり好きだと伝えたりは出来ない。

 

 だって、恥ずかしいだもん

 

 そんなポンポンぽんぽん息を吸うように好きだなんて言えるわけがない。秋姉が特別なのだ。

 

 以前ならここで折れていたかもしれないが、そうはならない。秋姉には千冬は敵わない部分がある。だけど、秋姉も千冬に敵わないところがある。それにこれから負けている所は勝とうと努力をして前に進むつもりだ。

 

 

 勝手にライバル視。

 

 普段から隠しているが秋姉に負けないくらい頑張ってやろうと言う気持ちがある。走って走って、運動会の個人徒競走で一番になって、褒めてもらう。

 

一番だって言って貰う

 

そんな目標を勝手に一人で掲げている。

 

 

「はひゅー、も、もう無理」

 

 

家の前の道路で四人で走る。学校では体育の授業を全力で頑張り、体力を消耗したが関係ない。只管に頑張らないと。

 

学校の体育の授業は本気でやれば約一時間のトレーニングになる。家に帰ってさらにトレーニングもすれば絶対に効果が表れるはずなのだ。

 

 

「大丈夫か! 千夏」

「走るの無理ー」

「また妖怪か!」

「違う!」

 

 

夏姉がフラフラになりながらも走っている。それに活気を飛ばす秋姉。夏姉はやはり日が苦手なのだろう。春姉はそんな夏姉に寄り添っている。

 

「大丈夫千夏? 喉乾いた? タオルいる? 今日はもうやめる?」

「大丈夫よぉー、これくらい、秋と冬が走ってるんだからぁ」

「そう……直ぐにフォローできるようにお姉ちゃん構えてるからね!」

 

 

春姉は元々の運動神経が良いがいつも姉妹に気遣っている。夏姉は日が出てると辛いはずなのに負けじと頑張っている。

 

千冬だって負けない、四女の意地を見せてやるのだ。絶対に実を結ぶなずだ、だって、こんなに頑張ってるんだから。絶対に……

 

 

そう思いながら走っていると……不意に、足のふくらはぎを鋭い痛みが襲った。

 

「ッ……」

「千冬! 大丈夫か!」

 

思わず、転んでしまうそうになったのを近くに居た秋姉が支えてくれたおかげで転ばなずにすんだ。だが、ふくらはぎの鋭い痛みが治まることはない。

 

「千冬! 大丈夫!」

「冬! どうしたの!?」

 

 

春姉と夏姉も気になって近づいてくる。足がつってしまったような痛みじゃない。

 

「あ、足がちょっと痛くなっちゃって……でも、平気」

「そんなわけない! もっとよく見てもらわないといけないわ! 秋! すぐに7119に電話!」

「分かった!」

「いやいや、それほどじゃ……」

「今すぐ、電話しよう」

「春姉!?」

 

確かに痛いけど、そんな緊急連絡をするような大袈裟な物ではない。もしかしなくても、肉離れかもしれない。足に違和感が最近あった。でも、無理にトレーニングを続けてしまったから。

 

「あの本当に大丈夫っス! 取りあえず冷やしたりすれば……」

「念のために病院行った方が良いんじゃないかしら?」

「行かなくていいっス……冷やせば」

「カイトに連絡するぞ!」

「魁人さん、まだ仕事中っスよ。帰ってきたらでいいっス……春姉も心配いらないっスから慌てなくていいっスよ」

 

 

春姉が心配そうにして今すぐにでも連絡をしたいと言う顔をしていたから思わず止めてしまった。どこに連絡をするにしても魁人さんに連絡が向かってしまう。あまり困らせるような事はしたくない。

 

肉離れは冷やしておけば大丈夫だろう、報告するにしても帰って来てからで大丈夫なのだ。

 

 

「取りあえず、家まで肩借りて良いっスか?」

「勿論だ!」

「勿論、お姉ちゃん支えるよ」

「私は……家のドアを開ける係やるわ!」

 

 

良い姉妹に恵まれたなと思った。足の鋭い痛みは治まらないが特に気にする事もない、痛みには慣れている。これくらい大したことはない。思わず拳を強く握ってしまったり、歯を食いしばれば耐えられる。

 

そのまま家の中に運んでもらって、保冷材などをタオルでくるんでふくらはぎにあててもらった。

 

 

◆◆

 

 

魁人さんがいつもより一時間弱程早く帰ってきた。ふくらはぎを冷やしてソファに座っていると魁人さんは千冬と目線を合わせる。

 

 

「千冬、大丈夫か?」

「大丈夫でス。魁人さん、いつもより帰ってくるのが早いっスけどどうして……」

「千秋が電話をしてきたんだ。千冬が怪我したからって」

「スいません。わざわざ」

 

 

言わなくていいと言ったのに、魁人さんに連絡をしてくれたらしい。

 

「一応、整形外科とか行った方が良いな。もうすぐ、運動会もあるんだ」

「いや、でも」

「いや、もう、予約したんだ」

「え?」

 

 

魁人さん、流石の計画性である。春姉達も魁人さんの行動力におおっと感嘆の声を上げている。確かに千冬も気にかけてくれるのは嬉しい。

 

 

「千春達は……待っててくれ。すぐ帰ってくるから。それまで夕食は我慢してほしい」

「分かった!」

「よろしくお願いします。お兄さん」

「冬をお願いします」

 

 

お兄さんは仕事場のスーツのまま出掛ける準備をする。仕事の荷物はソファの上に置いて再び千冬を見る。

 

 

「歩けるか? 痛いならおぶっていくが」

「歩くくらいなら大丈夫でス」

「そうか……ゆっくりでいいぞ」

 

 

言われるがままゆっくりと腰を上げて、部屋を出て玄関で靴に履き替える。

 

「じゃあ、なるべく早く帰ってくるからな。待っててくれ」

 

お兄さんがそう春姉達に行って玄関ドアを開ける、すると外は雨が降っていた。さっき走った時は雨なんて降っていなかったのに。

 

ザァーっと大量の雫が地面に落ちる音は嫌いではない。心が何だか落ち着く気がするから。大量の雨音が自分の心を洗い流しているような気がするから。

 

「降ってきたな……」

「そうでスね……」

「……傘使ってくれ」

「……はい」

 

 

魁人さんは千冬に傘を渡してくれた。そして、自分は傘を使わずに車に乗り込んでエンジンをかける。

 

その後、気遣うように千冬の元へ寄って来る。濡れても良いと言う事なのか。濡れるより千冬の方が大事なのか。

 

「大丈夫か? 足」

「大丈夫でス」

 

千冬は思わず傘を魁人さんより上に掲げた。濡れて欲しくないから。

 

「ありがとう。でも、俺は良いから乗ってくれ」

「はい……」

 

 

助手席に初めて乗った。いつもならそこは春姉の位置だ。乗った事は今まで一度もない。ただ本音を言うなら乗りたいときは何度もあったし、乗ろうとした時も何度もあった。

 

でも、助手席は運転手を支える役目がある。千冬はきっと魁人さんの隣だと緊張をしてしまったりして会話とかが上手にできる自信がないから座らなかっただけ、避けてきただけ。

 

千冬が席についてシートベルトを着用する。お兄さんも着用してそのまま出発。ワイパーが左右に揺れてガラスに着いた雨跡を消していく。エンジンの音と外の雨の音、他の車両の音、全てがはっきり聞こえる。

 

音があるのに静けさを感じる。それを割くようにお兄さんが話をした。

 

 

「足はどんな感じだ? どれくらい痛いんだ?」

「そんなには痛くない感じでス」

「……家の前で走ってたら急に痛くなった感じか?」

「はい」

「……最近、頑張り過ぎてたからな。俺がオーバーワークを止めていれば」

「魁人さんのせいではないでス……絶対!」

「そ、そうか?」

 

 

魁人さんが自分を責めるので思わず強く反応をしてしまった。あまり、子供のような一面は見せたくなかったので少し恥ずかしい。

 

 

「……あんまり、頑張り過ぎないようにな。頑張ることを否定はしないけどさ。でも怪我はしてほしくない。俺もこれから一緒に考えるからさ、程よいトレーニングを考えよう」

「は、はい……」

 

 

 

気にしてくれているんだと、感じる。それが嬉しくて、ドキドキして次の言葉が上手く出てこない。会話が弾まず拙い交流になってしまう。

 

 

何かをもっと話したい、知りたい。でも、言葉が頭が回らない。

 

 

「今日はもしかしたら、コンビニ食かもな。コンビニだったら千冬は何が食べたい?」

「え、えっと……サラダチキンとか……」

「確かに美味しいよな。サラダにもばっちりあう」

「か、魁人さんは何が……」

「俺は……アジフライとかサバの味噌煮とか、グミとか」

「お、美味しいでスよね!? アジフライとか……」

 

 

コミュニケーションが出来ない。ただ相手が言った事実を復唱するか、繰り返して聞き返すことすら満足にできない。

 

 

もっと、話したいのに……

 

 

上手く出来ず、結局病院に到着してしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

「ふむふむ、これは……軽い肉離れですね」

「そうですか……」

「無理な運動とか、してましたかね?」

「そう、かもしれないですね……」

 

 

 

整形外科の女の先生が千冬のふくらはぎを見る。少し腫れていて触られると痛い。魁人さんは隣に座ってお医者さんと話している。

 

「湿布とか貼って、暫く運動は控えるようにすれば大丈夫でしょう。ただ、一応、電気治療はしておきますね」

「お願いします……それでいいか?」

「は、はい……」

 

 

魁人さんにそう聞かれたので思わずアタフタしながらも肯定してしまった。

 

「それじゃ、別室にどうぞー」

 

別室には大きなマシーン的な物が。そこからコードが伸びており、色のついた湿布的な物についている。

 

「それじゃ、ベットの上でうつ伏せになってくださいー」

 

「俺は待合室で待ってる方が良いか?」

「か、魁人さんもここに居て欲しいでス……初めてだから少し、怖くて」

「分かった」

 

 

看護師さんがふくらはぎに電気が流れる湿布のような物を貼って微弱の電流を流す。足がしびれたような感触がふくらはぎに広がる。

 

「それでは、音が鳴ったら終了でーす」

 

看護師さんはそう言って部屋を出て行く。

 

「痛くないか?」

「はい」

「そうか……軽い肉離れって言ってたし、直ぐに良くなるだろう。安心したよ」

「す、すいません。ご心配を」

「謝る事じゃないさ」

 

 

優しい。痛いのかってそんなに気にしてもらった事はない。大人の人にこんなに気にかけてもらった事はない。

 

鼓動が只管に速くなる。

 

他愛もない話をしながらも常に落ち着きはない。施術が終わって会計の時間を待つ時も。

 

 

「えっと、このシップをですね……」

「はい……」

 

 

会計で魁人さんがお医者さんと話しているときも、いつものように車に乗るときも落ち着きはない。落ち着けるはずがない。

 

 

好きな人と二人きりだから……落ち着ける訳なんて無い。

 

 

◆◆

 

 

 

 帰りの車の中。辺りも暗くなり始めているが未だに雨はやまない。

 

「やっぱり、今日はコンビニだな。あーでも、スーパーでもいいかもしれないな。千冬はどっちがいい?」

「え、えっと……じゃあ、こ、コンビニで」

「じゃあ、そうしよう。千春達に電話して買ってきて欲しい物聞かないといけないから、任せて良いか?」

「も、勿論っス!」

 

 

魁人さんがスマホを渡してくれた。頼られていることに喜びを得た。タップして電話を自宅にかける。

 

「あ、春姉……だ、大丈夫……その、今日はコンビニで、何が食べたいか夏姉と秋姉にも聞いて欲しいっス。かつ丼、マルゲリータ、ナポリタン、親子丼……」

 

 

春姉の心配の声、夏姉と秋姉の心配と食欲の声が聞こえてくる。それを聞くと思わず笑顔になってしまうから不思議だ。

少し話して、電話を切った。魁人さんにそれを話してほんわかした空気になりながらコンビニに向かって車は進んでいく。

 

 

会話が楽しい。ただただ楽しい。ずっとこのままで居たいと思ってしまう。足を怪我した瞬間は思わずどうして自分だけこんな目に僅かに思ったが……今は怪我してよかったとまでは言わないが不思議と悪い気はしない。

 

ずっと、このまま……。そんな日々がずっと続いて欲しい。前までならそう思っていた。それで満足していた

 

でも、千冬が本当に求めるのはそれではない。

 

 

この関係ではない。親子ではない。

 

 

優しくて、カッコよくて、視野も広くて、逞しいこの人が千冬は……好きなのだ。親としてとかではない。

 

親友に向ける感情ではない。姉妹に向ける感情でもない。

 

 

この人に向ける感情は恋愛的に好きと言う感情だ。

 

 

でも、それは言えない。もし、それを伝えて失敗して関係を崩したくない。それに、千冬はまだまだ子供だから。

 

結果は分かっている。大人と子供だから、結果なんて分かりきっている。魁人さんはきっと、断るだろう。

 

頭では理解している、でも僅かに期待をしてしまう自分もいる。もしかしたら、もしかしたらと。

 

 

今、もし、言ったらどうなるんだろう。

 

 

貴方が好きだと、貴方だけの特別になりたいと。

 

子供だけど、好きになっていいですかと。

 

ずっと、隣に居いたいと。

 

 

そして、受け入れられたらどうなるんだろう。

 

 

……やめよう。分かっている。自分は今、負け戦をしようとしている。何の意味もなく、ただただ自身と相手の関係を悪くするような事をしようとしているんだ。

 

 

雨の音が好きだ。気持ちを落ち着かせて冷静な判断をさせてくれるから。

 

 

――好きです

 

そう、言う選択肢は消えた。

 

 

「魁人さん、あそこのコンビニに寄るんですか?」

「そうだな……あそこにするか」

 

 

雨で僅かに見えにくいガラス越しにコンビニを見つけて、他愛もない話をする。他愛もない話は悪くないし、このままでいい。

 

 

この時間がずっと続けばそれでいい

 

 

 

 




面白ければモチベになりますので高評価、感想よろしくお願いします


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43話 擬人化

感想等ありがとうございます。いつも励みになります。


前回のアジフライネタに気づいてくれた方が多くてちょっと嬉しいです。やはり、前作の愛着があるので……。

ただ、魁人と十六夜は正反対かもしれないですね。

慎重と向こう見ずみたいな……いや、十六夜も慎重な所とかありますが。




 体がふわふわする。只管にふわふわする。

 

 

 俺は気付いたら玄関の前に俺は立っていた。空がピンク色でシャボン玉のような物がそこら中に浮いている。何だろう、まるでヘンテコなアニメの妖精界にでも来てしまったような……

 

 だが、取りあえず目の前にある我が家に入ろう。鍵を開けて中に入る。

 

「おかえりー! カイト!」

「魁人さん、お帰りなさいっス」

「魁人さん、お帰りなさい」

「お兄さん、お帰りなさい」

 

 

家に入ると千春達が出迎えてくれた。非常に嬉しいのだが何故か服装が体操着なのはどうしてだろう。赤を基調としている半そでと短パン、動きやすそうだな。俺も昔こんな服を着ていたことがあるような気がする。

 

 

「カイト! 疲れただろう! ご飯にする? お風呂にする? それとも……我か?」

「……どこで覚えたんだ? そういうのはまだまだ……」

「ちょっと、魁人さんは私が癒すのよ!」

「違うっス! 千冬っス!」

「じゃあ、中間をとってうちが」

 

 

……なんだ、この空間は。俺は夢でも見ているんだろうか。ふわふわッとしているこの感じ、そこら中にあるピンクの雰囲気、そしてシャボン玉。これは夢だな。

 

確定演出だ。

 

 

「カイト! 我を選べ! そしたら、極上の気分になれるぞ!」

「私の方がいいですよ。魁人さん」

「千冬を選んでくれると……嬉しいっス……」

「お兄さん……」

「お、おい! 今日は我だぞ!」

「はぁ!? 私よ!」

「最近、出番のない千冬が」

「……間を取ってうちが……」

 

 

こんな夢を見てしまう自分にも責任があるのだろうか。

 

 

「なぁ! カイト! 私を選んで!」

 

 

千秋がそう言う。そう言う彼女の手にはメロンソーダが握られていた。そして、体操服にはいつの間にかタスキがかかっており、そこにはこう書かれていた。

 

『メロンソーダ擬人化』

 

 

いつもの笑顔で彼女は俺にメロンソーダをサムズアップで手渡そうとする。そして、それを邪魔する千夏……いや……

 

『レモンサワー擬人化』

 

「何言ってんのよ。魁人さんの今日の気分はレモンサワーなんだから!」

 

 

彼女にもいつの間にかタスキがかかっており、そこには千秋と同様に『レモンサワー擬人化』の文字が。そして、千夏はレモンサワーが握られた手を俺の元に伸ばす。これを取ってと言う事だろうか。

 

「ち、千冬を……」

 

 

ハッとする。千夏、いやレモンサワー擬人化の隣には千冬、いや……『巨峰ワイン擬人化』。彼女はグラスにコトコトっと一生懸命ワインを注いでそれを俺に捧げるようにする。

 

「魁人さん……、これ……」

「あ、ありがとう……」

「え? カイトはワインを選ぶの? 私じゃないの?」

「いや、千秋……じゃなかったメロンソーダ擬人化。そう言うわけじゃないんだ」

「え? か、魁人さん?」

 

そ、そんな目で俺のを見ないでくれ。千冬。じゃなくてワイン擬人化。ただでさえ、最近は……思わず悩んでしまうと

 

 

「お兄さん、うちを選んでくれるんですよね?」

「ち、千春……」

 

 

そう言う彼女の体操着にはタスキが例のようにかかっており、『ピーチチューハイ擬人化』と言う文字が。

 

「口移しで飲みますか?」

「いや、普通でいいよ……」

「そうですか。ではどうぞ、グイッと一杯」

「う、うーん」

「え? 飲んでくれますよね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 

そんな淡々と言われても飲めない物は飲めない。と言うか何なんだ、この夢は、何だか姉妹間の雰囲気も殺伐してきているし、夢とは言えそんなものは見たくない。

 

これは夢だ、覚めてくれ。

 

 

「……お兄さんは誰も選ばないんですね」

「残念。コンビニで買いたて新鮮のレモンサワーなのに」

「カイト……毎日、メロンサイダー飲むって約束したのに」

「ワインは王の薬なのに」

 

 

何だか、四人の雰囲気が暗くなる、それにつられて部屋のピンクの雰囲気が消え、シャボン玉が次々と消えていく。

 

そして、ドンっと玄関の床が消えて奈落が現れる。

 

「ええああああAAA?!?」

 

俺は言葉にならない声を上げて落ちていく。下に下に。腰が浮くような気分になる。ジェットコースターに乗っている気分に少し似ている。

 

 

「うあぁっぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 

ドンっと勢いよく背中に僅かな痛みが走る。そこでハッと意識が覚醒する。自分の姿を確認するとパジャマ姿で場所も自分の部屋。ベットから落ちたようだ。

 

時間を確認すると丁度いつもの起きる時間なのでカーテンを開けて日を浴びる。そして、夢を振り返る。

 

何という、夢だ……

 

 

「か、魁人さん?」

「ワイ、ン……じゃなかった千冬、おはよう」

「えっと、おはようございまス……ワイン?」

「ああ、すまん噛んだんだ。気にしないでくれ。それにしても今日も早起きか偉いな」

「い、いえ、別にそんな……」

 

 

どうやら、俺がベットから落ちた音を気にしてわざわざ部屋に来てくれたらしい。ありがとう。千冬は本当に偉くてすごいな。身だしなみも整っているし、眼もぱっちり開いている。本当に努力家で真っすぐな子だな。

 

「でも、頑張り過ぎは良くないから控えてくれよ」

「は、はいッス」

「よし、俺も頑張って朝ごはん作るか」

 

 

そう言って俺は僅かに背を伸ばした。千冬は背中が大丈夫かと気遣う視線をくれた。本当に優しい子だ。

 

こんなに優しい子に

 

 

……いつまでも、気づかないふりは良くないのかなぁ。

 

僅かに思ってしまったが、俺には何も言えない事を悟ってしまった。だから、それをする選択肢を俺は見ないことにした。

 

……ごめん

 

俺にはそこに踏みこむ勇気も資格もないのだ

 

 

◆◆

 

 

 

「大丈夫? 千冬?」

「大丈夫っスよ」

 

 

うち達は現在体育の授業をしている。運動会の個人徒競走の練習をしているのだ。運動会にはクラス競技と個人競技、親子競技がある。

 

クラス競技はリレー、個人競技は徒競走、この二つは走る距離は同じだ。バトンがあるかないかくらいの違いしかない。

 

トラックを一周する、それだけ。親子競技も同じ、親子で手を繋いでトラックを一周。レパートリーが少ないと感じるが五年生はそう言う競技が伝統らしい。

 

千冬は足が不調なために、練習には参加できないがちゃんと体操服に着替えて、整列して他の生徒の走る姿を見ている。無理をしないでと言いたいが千冬はやるべきことはしっかりやると言う性分なので敢えて言わない。

 

 

今は千秋と千夏がトラックを走っている。千秋がぶっちぎりだ。千夏はちょっと後ろで頑張って走っている。腕をめいいっぱいに振っている。

 

 

「相変わらず速いっスね」

「そうだね」

「夏姉はガッツがあるし」

「千冬は律儀で可愛いよ」

「どうも……」

 

千冬はちょっと苦笑いをした。褒められて恥ずかしいのかな。

 

「……本当は徒競走で一番になって魁人さんに褒めて欲しかったッス」

「お兄さんなら、頑張った事を褒めてくれると思うよ」

「確かにそうっスけど……」

 

 

過程も結果も大事。そんなことは分かり切っている。うち達は全員頑張っている言うのがお兄さん。それを言われるのは当たり前で今までならそれ満足できた。だけど、結果でも結果を出して特別に褒められたいと言う事かな?

 

 

一番になるってそんなにいい事なのかな?

 

 

千冬がお兄さんを意識しているのは知っている。だけど、それはそんなに良い事なのかと疑問に思った。お兄さんは良い人だけど、一番とか、特別とか、そんな気持ちになったことはない。

 

ママは少しあるけど。

 

 

「私ね、徒競走で一番になったらご褒美に欲しいもの買ってもらうんだ」

「へぇー。何買ってもらうの?」

「グルメスパイザー」

「へぇ」

 

 

思わず隣から聞こえてきた会話を意識する。別に千冬は物が欲しいとかじゃないらしいし。気持ちか……そう言うの欲しくなるってやっぱり成熟してきてるのかなぁ。

 

 

「おーい!」

 

 

走り終わった千秋がダッシュでこちらに向かってくる。笑顔で走れない千冬を元気づけるように。

 

「じゃじゃじゃじゃーん! 紅白マン!」

 

千秋は紅白帽子を立てて、帽子のつばが空に向かうようにする。そしてそれを頭にのせる。まるでどこぞのヒーローの様である。

 

これは、千冬の気分を上げる為にやっていると姉として推測する。

 

 

「ふっ、ちょっとだけ面白いっスよ」

「え? ホント!?」

「ちょっとだけっスけど」

「わーい!」

 

 

三人で集まっていると、肩で息をしたフラフラな千夏がこちらに向かってくる。

 

「き、キツイ……この、太陽(ライジング・サン)が、キツイ」

「お疲れっス……夏姉」

「ふ、冬、応援ありがとッ……おかげでいつも以上の力が出たわ……ぜぇぜぇ」

「いや、お礼は良いっスから、休んで欲しいッス……ほら、肩を」

「いいわ、アンタ、あ、足を、怪我、して、るから」

「千冬より重症に見えるっスよ……」

 

 

千冬はずっと応援してた。それに気づいてちゃんとお礼を言う千夏も偉い。千秋も可愛いし偉い、千冬は偉い。無限に褒めてしまいそうになるのでこの辺りで止めておこう。

 

 

「ほら、うちが肩を貸すよ」

「あ、ありがと。でも、これくらい貸りるほどじゃない」

 

千夏は自分で立った。本当に千夏は太陽が苦手だ、だけど千冬にだらしない姉としての姿を見られない様にしている。

 

「千冬、いっせーのーせぇー、やろう」

「……秋姉、負けると不機嫌になるから」

「ならないならない!」

「じゃ、じゃあ……少しだけ」

 

 

千秋、一人だけ千冬を退屈させない様に……涙が出るよ。千秋は両手をグーにしてそれを立ててカニのように合わせる。数字を言うのと同時に親指を立てる遊びを今ここでやろうと言うんだ。

 

確かに、暇つぶしと同時に無理に体を動かさないと言う最高のベストマッチ。

 

 

「ああ! も、もう一回!」

「あ、はいっス……」

 

 

「むぅ! もう一回!」

「……」

 

 

「今、わざと負けたな! お姉ちゃんには分かるんだぞ!」

「ご、ごめんっス……」

 

 

「も、もう一回!」

「やめなさい、みっともない。アンタじゃ冬に何度やっても勝てないわ」

「はぁ?」

「冬、私が相手をしてあげる」

 

そう言って千夏は両手を合わせてカニの甲羅のようにする。きっと、二人が遊んでいるのを見て自分をしたくなったと言うのと単純に千冬と接したいと言う気持ちもあり、さらに千冬への気遣い。

 

 

「ふふ、覚悟しなさい、秋は四姉妹の中でも最弱よ。同じと思って私にかかると後悔するわ」

 

 

ミステリアスにそう笑って手を出す千夏、千冬もカニの甲羅のようにした手を出す。

 

「「いっせぇーの……」」

 

そして、二人の勝負が始まる。

 

「ふ、ふーん、やるじゃない。ただこれは三回勝負よ」

「あ、はいっス」

 

 

「……三って数字が悪いのよ。五回勝負にしましょう」

「……」

 

 

「今ワザと負けたでしょ! 分かるのよ!」

「ご、ごめんっス」

 

 

負けず嫌いで素直なのが千夏のいい所である。本気で臨んでくれるから接しやすいし見ていて、一緒にいて微笑ましくなる。千冬もだんだんと笑顔が。

 

 

「じゃあ、最後はお姉ちゃんとやってみようか」

「春姉と……?」

「うん。大丈夫、一回だけだから」

「是非」

 

千冬と何かで勝負すると言う事はあまりしない。勉強くらいだろうか。でも、千冬は最近あまりうちの点数とか意識しない。

 

気にしないからわざわざ言わないけど、ちょくちょく負けてる……。姉として一番であり偉大な背中を見せないと言う意識がある。

 

テストで負け始めている以上、これは負けられない。

 

 

「「いっせぇーの……」」

 

 

そして、高度な心理戦が始まったのだ。だけど、ごめんね。

 

「あ、あれ? ま、負けた?」

「惜しかったね」

「も、もう一回、良いッスか!?」

「勿論」

 

 

この勝負には必勝法がある。それは姉として妹の様子をずっと見てきたから大体の考えていることは分かると言う事。勿論、全部ではないけれどこういうゲームならほぼ確実負けない自信がある。

 

 

「う、うーん。全然分かんないっス……」

「春は私と同じでポーカーフェイスが得意ね」

「いや、千夏ではなく我に似て得意だ」

「いや、アンタは秒でわかるわ」

 

 

――うちの姉妹は全員、負けず嫌いである。

 

 

やっぱりと言うか姉妹なので思考とか、好みとか性格が似てしまう所は多々ある、朝のアホ毛とか。こういう負けず嫌いなとことか。

 

嫌いじゃない、そう言うの。寧ろ好きだ。

 

 

「春姉強すぎっスよ……」

「お姉ちゃんだから。これくらいはね」

「もう一回だけ良いっスか!」

「いいよ」

「我も参戦する!」

「じゃあ私も」

「いいよぉ」

 

 

あ、これ体育の授業だった。すっかり忘れていた。だけど、まぁ、良いか。偶にはさぼってもね……

 

 

◆◆

 

 

 

 

 仕事場の昼休み、冷めても美味しい弁当と言う題材の本を読んでいると佐々木が俺に話しかけてきた。

 

 

「お前、何見てるんだ?」

「運動会に作っていくお弁当だ」

「また、お前はパパ活しやがって」

「……おい、その言い方止めろ」

「良い意味でパパ活しやがって」

「良い意味でって付ければ何でも言っていい訳じゃないからな」

 

 

佐々木は無視しよう。それよりも膨大の数ある料理の中から何を作るか決めないとな。

 

だが、無理して本の中から選ぶ必要もないかもしれない。定番と言うのあるのだからそれにあやかって作ればいいと言う考えもある。

から揚げ、卵焼き、アスパラのベーコン巻、たこさんウインナー。

 

 

本を眺めるだけだが、不思議と本に書かれている以外の色んな料理が頭に浮かんでくるから不思議だ。

 

インスピレーションを受けているのかも。作りたいものが色々浮かんでくる。だが、それは俺の好みとかエゴが反映している可能性もある。

 

 

何が食べたいか、四人にドラフトしてもらう方が良いだろうな。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いします。


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44話 子供は時に残酷

感想等ありがとうございます。




 俺はその日、早起きをした。いつもより一時間三十分ほど早い。理由は二つある。一つはお弁当を作らないといけないと言う理由。もう一つは運動会の閲覧場所の確保である。

 

 

 運動会は保護者さんたちの場所取り合戦の場でもある。如何によく見え、如何に応援の声が響く場所に陣取れるか。場所を取る時間が遅ければ自身の領地が狭まり、更に後ろと言う微妙なポジションに。

 

 

 お弁当を何だか心苦しい場所で食べないといけなくなってしまう。だからこそ、朝から早起きをして車に乗って学校に向かう。ブルーシートで領地を確保。ただ取り過ぎてもなんだか図々しい感じになってしまうため、取り過ぎず、だからと言って心のゆとりを確保する絶妙な領地を確保する。

 

 

 

 これは常識と言うか、親たちの運動会での伝統のような物らしい。

 

 

 

 日が昇りきっていない学校、校庭のトラックの周りには既にある程度の人の数が。これはいけない。早い所、場所を取らないと。

 

 

 一番に来たと思っていたのだが敵は沢山いるらしい。

 

 トラック近くの場所にブルーシートを敷いて行く。これを風で飛ばない様に持ってきた重石を乗せる。

 

 やはり、運動会とは場所取り合戦がゼロ番目のプログラムに入っていると言っても過言ではないな。

 

 俺がシートを敷いていると次々と他の保護者が乱入をしてくる。保護者さんたちは次々を場所を取り、一番見やすい前が無くなる。

 

 そして、遅れた者は青い顔をして電話をかける。

 

『すまん、場所とれなかった』

『はぁ! だからあれだけ早起きしロッテ、言ったのに!』

 

 

何故か場所取りはパパさんが多いのはどうしてだろうか。そして、場所が取れなくて責められる。ちょっと可哀そうだ。

 

俺は奥さんは居ないから、良く分からないがきっと何とも言えない気持ちなんだろうな。

 

 

場所取り勝ち組の俺はそんな人たちを後にして一度、家に戻って行った。

 

 

 

 

昨日漬け込んだ、鳥のもも肉に衣を付けていく。本当はにんにくをたっぷり入れようと思ったが女の子は食べ物とか気を遣うだろうなと思ったので少し、にんにくは入れない。

 

四人のお弁当ドラフトは、ニッコリポテトフライ、たこさんウインナー、から揚げ、卵焼き。最早お弁当オールスターと言える定番中の定番がリクエストだった。

 

ちょっと、揚げ物が多い気がするがそこは運動会だから仕方ない。付け合わせに茹でたブロッコリーを入れるつもりだ。

 

 

テキパキと台所で作業をしているとリビングのドアが開いた。

 

「カイト! おはよう!」

「おはよう」

 

 

行事があるとついつい早起きをしてしまう、あるあるだ。俺も修学旅行とか、運動会で朝は目がぱっちりと言うのはよくあった。

 

千秋もそれと同じなのだろう。体操服に着替えて身だしなみを整えて彼女は一番にこの部屋に来た。千秋が来ると千春と千夏、千冬もご入場だ。

 

「カイト、朝ごはんは?」

「お弁当に入れる物の余りだな。から揚げとか卵焼きになる」

「おお!」

 

 

運動会の日あるある。朝ごはんはお弁当の余りだから妙に豪華になる。お皿に盛りつけてテーブルに並べていく。

 

「わー! 朝からから揚げ!」

「秋姉、食べ過ぎると動けなくなるから気を付けるっスよ」

「分かってる!」

 

 

美味しそうに食べてくれて何よりだ。

 

 

四人は食べ終わると再び洗面台で歯磨きなどを行い、洗濯した紅白帽子を頭にかぶり、肩からピンク色の水筒をかけて、準備万端。

 

いつも、ランドセル姿の四人を見送ることはあるが体操着姿の四人を見送ることは初めてだ。

 

「行ってくるな! 待ってるぞ!」

「お兄さん、行ってきます」

「魁人さん、行ってきます」

「魁人さん、待ってまスね……」

 

 

四人が元気よく飛び出して行った。さて、俺はカメラとか準備とお弁当の最後の詰め合わせが残っている。

 

俺は作業を再開した。

 

 

 

 

 

 ざわざわと校庭は騒がしい。俺は一番前に陣取りカメラスタンドを立て、いつでもビデオ撮影をしても良いように準備をする。

 

 やはり、このブルーシートのポジションは最適解と言えるだろう。よく見え、ほぼ百パーセントの映えがある。

 

 先ずは開会式。

 

 生徒達が赤と白に別れて整列している。千春たちは全員赤組で近い場所に居るから大体、全員を全体像で写すことが出来る。

 

 千秋がこちらにコッソリと手を振ってくる。可愛いな。俺も手を振り返す。千冬も手を振ってくるので手を振り返しながらスマホでパシャリ。ビデオカメラとスマホで儚くて大切な今を記録する。

 

 

 開会式が終わるとすぐさま競技が始まる。生徒は生徒で集まって、組ごとに別れて自身の陣営の応援をするのだ。

 

 こちらはただ、手が届かない、場所で見守るのみ。知らない生徒の競技の時は応援をしている四人を写し、クラス競技の時は四人を写す。

 

 俺がするのはそれだけだ。あとは、届くかわからない応援をする。それだけなのに自然と緊張をして手に汗を握るから不思議だ。

 

 ある程度、時間が経つと千秋達の競技の番になる。だが、千冬は陣営で応援に徹していた。

 

 足を怪我してしまってから千冬はあまり無理な運動を控えたが、念押しと言う事で今回は走らないことにしたらしい。まだ、万全ではない事を考慮して、治りが遅くなることを考慮して、千冬は決めた。

 

 

 クラスメイト、姉妹たちが走って行く中で自分だけが走れない。走らないと言う選択肢を選んだのは自分だが今、彼女は何を思っているのだろうか。

 

 リレーで頑張る千春達の姿を見れて俺は嬉しい。だけど、千冬の走る姿も見たかった。頑張る姿を、走り切って疲れても清々しく笑う姿をただ、見たかった。

 

――残念だ

 

 そう思った。ごちゃごちゃしているいつもの頭の中は自然とそれ一択となる。他にも考えることは沢山あるし、考えないといけない事もある。だけど、それらがたった一つに追いやられて、頭から抜けてしまったよう。

 

 

 残念だ。ただ、そう思う。

 

 

 千春達が今度は徒競走を走っている。それが終わると、ただ、ただ、自然と俺はブルーシートから立ち上がってしまった。そして、一度、その場から離れて応援する生徒達の方へ向って行った。

 

 

 校庭をグルリと遠回りして、千冬の元に向かった。何か、言わないといけない事がある気がしたからだ。

 

 沢山の人混みの抜けていく。校庭では次の学年の競技が始まり、熱気が高まる。沢山の人を避けていくうちに千冬たちの応援の陣営についた。だが、千冬の姿がない。

 

 千秋たちは居るけど、千冬は居ない。

 

「おお、カイト!」

「千秋、お疲れ様。いきなりで悪いけど千冬は何処に行ったんだ?」

「……あれ? さっきまで居たんだけど」

「千夏と千春は知っているか?」

「私も分からないです。さっきまで居たのに」

「うちも……今すぐ探しに行きます」

「いや、俺が行くよ。三人は休んでてくれ。これからも行う競技があるだろう?」

 

 

三人はコクリと頷いた。

どうやら、居なくなってから時間は経っていない。お花を摘みに行ったのか、それとも何となくでその場を離れたのか。可能性は色々あるが取りあえず探すことが先決だな。

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬はただ、応援の陣営地から僅かに離れていた。

 

 誰もが走る姿、別に仕方ないとは思っている。だけど、自然とやりきれない気分になってしまった。

 

 聞こえてしまったのだ。とある子達の会話が。

 

 

『千秋ちゃんが二回走ったから勝てたね』

 

 

 聞こえた、それは他のクラスの子で他の学年の子の話し声。千冬が走らない事で秋姉が二回走ると言う事になった。

 

別にそれは仕方のないことだ。納得もしたし、悪い事だけでもない。それは分かっているし、どう思っても仕方ない事。それが覆しようのない事実。

 

ああ、やりきれない。

 

そんな風に言われてしまうのは思われてしまうのはどうにも虚しさが湧く。自分が居なくて良かったと思われるこの状況に……

 

たかが、運動会の競技。赤と白の闘争。

 

詰まらないくだらないと割り切ってしまって良いのであれば、その虚無のような感情も抱かないことも出来るかもしれない。

 

でも、あんなに姉達が頑張って毎日自身を高めていたのに、それをそのように割り切ってしまうのは、卑下してしまうのは千冬には出来ない。

 

泣きはしない、泣く程でもない。だが、心の中を倦怠感が渦巻く、動いても無いのに疲れる。詰まらないと口に出してしまいそうになる。独り言を言うようになると心境的に危ないと聞いたことがあるがどうなのだろうか。

 

何となく学校の裏で校舎に寄りかかる。校庭側から歓声が聞こえてくる。詰まらない、どうせ自分だけ参加できないしこのままでいいかとも感じた。

 

だけど、応援は大事だ。暫くこのまま休み続けらたら陣営地に戻ろう。

 

気持ちを落ち着かせて、クリアにして

 

「千冬……」

 

声が聞こえた。安心感のある、低い声。大きい校庭側の歓声があるはずなのにその声がとてもつもなく鼓膜に響いた。

 

 

「か、魁人さん……ど、どうして」

「え? あぁ、えっと……何となくかな……」

「そ、そうっスか……」

 

 

どうしてここに、と言うか急に話しかけられてビックリをしてしまった。魁人さんは本当に何となくで来たような風貌だった。何かいい理由を探すように眉を少し顰めている。

 

魁人さんも校舎に寄りかかる。

 

 

大きな、歓声が聞こえくなる気がした。校舎に寄りかかり日陰で二人きり。日陰だけど肌寒くもなく暖かくて、寧ろ急に熱くなってくる感じがする。

 

 

このシチュエーションなら体操服なんて着ていたくない。オシャレな服を着て、イヤリングとかつけて、ベレー帽とか被りたい。

 

 

 

「……か、魁人さん、見なくていいんですか?」

「今は特にいいな。俺は運動会じゃなくて、千春と千夏と千秋、あと、千冬を見に来たんだ。他はどうでも良い」

「ッ……そ、そそ、そうでスか……」

「……変な意味に捉えて欲しくないんだけど俺は残念だった」

「え?」

「俺は、千冬の走って、競技に参加する姿を見たかった……千春達の姿を見れたのは良かったけど、やっぱり千冬が居ないんじゃどうにもって感じだよ」

「……」

「う、うーん、こういう事を言うは難しくて小恥ずかしいからあまり、得意じゃないんだが……でも、応援する姿は立派だったよ。自分が参加できない、出場できないのに、真っすぐ活躍している人たちに応援をするって誰でも出来る事じゃない」

「……」

「俺には出来なかったことだ。俺は、前に言ったバレーの話だが、自分以外に活躍する人を見るとどうにも応援を渋る癖があった。素直に応援は出来ないんだ。だけど、千冬は違った。応援する姿は眩しく見えたよ」

 

 

また、この人に何かを与えてもらった。

 

衣類も、食事も、お風呂も、寝床も、安心、温もり、テレビとか、未知、旅行、感情だけじゃない。物だけでもない。ずっと与え続けて貰っている。

 

この人から愛を貰った。

 

だから、この人に恋をした

 

 

「だ、だから、何と言えば良いか……複雑なんだ。千冬が出れなくて残念だし、でも千冬の良いところも見れて良かったと言うか……これを一言で片づけることは出来ないけど、まぁ、そんな感じ?」

 

 

不器用で手探りで寄り添ってくれるこの人に恋をした。

 

 

「魁人さんが言いたいことは伝わりました……ありがとうございまス」

「そ、そうか」

 

 

先ほどまでの感情が洗い流されたようになった。先ほどまでもやりきれない気持ちは何処へやら。

 

――何か、色々ごちゃごちゃ考えたけど、忘れてしまった

 

 

「……あのさ、親子競技っておんぶして出ても問題ないかな?」

「え?」

「だって、手を繋いでトラック一周だろう? だったら、おんぶも同じなんじゃないかなって……いや、変に目立つのが嫌なら辞めるけどさ。もし、千冬が何かの競技に出たいなら、そう言う手もありかなって思うんだ」

「ど、どうなんでしょうね? 千冬にはちょっと」

「聞いてみるか? 学校側に。あんまり変に断ったりはしないだろうから、もし、それもでいいって言われたらどうする?」

「……」

 

 

……競技に出たいと言う気持ちはあった。いつまでも日陰に居たくないと言う気持ちもあった。

 

だから……

 

 

◆◆

 

 

「か、魁人さん……」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいな……」

 

トラックで次の親子組が来るのを魁人さんの背中の上で待つ。赤と白の攻防は続いている。

 

今は千冬たちの赤組がこの競技では少しリードしている。おんぶは明らかに注目された。そして、恥ずかしい……

 

「おお! カイト千冬頑張れ!」

「まさか、こんな隠し手があるなんて……」

「お兄さん、視野が広い……あと、おんぶ羨ましい……」

 

 

姉達が応援してくれている。や、やっぱり断れば良かったかな。重いとか思われてたら多分死ぬ。

 

 

「か、魁人さん。お、重くないでスか……?」

「綿あめより軽いから安心してくれ」

 

 

何という紳士……絶対ちょっとは重いと思ってるはずなのに。

 

 

「バトンが来たら、千冬が受け取ってくれ」

「は、はいっス」

 

 

日が降り注ぎ、わぁわぁと盛り上がる校庭。こんなに騒がしいのに、自然とこの人と二人きりの空間になっている気がする。

 

バトンを受け取り、魁人さんが走り出す。彼の肩を持って落ちないように自身を支える。周りの声とか、評判とか、評価とか全部、今だけはどうでもいい。

 

 

頑張って走るこの人を誰よりも近くで見れている。それだけでいい。

 

 

「はぁはぁ、お疲れ、千冬」

「魁人さん、お疲れ様でス……」

「ふ、流石はカイト! 我、切腹!」

「それを言うなら感服よ」

「千冬もお兄さんもお疲れ様です」

 

 

走り終わって肩で息をしている魁人さんに秋姉と夏姉、春姉が近寄ってくる。やはり、子供一人をおぶって走るのは疲れただろう。

 

何かをもっと言いたいけど。この場じゃ言えない。

 

「カイト! 我もカイト号で走りたい!」

「……、も、勿論いいぞ」

「わーい!」

「ちょっと、秋、無茶を言うんじゃないわよ」

「ち、千夏、俺は大丈夫だ……」

 

あと、三回走ることになるけど魁人さん、大丈夫だろうか。頑張って応援しよう。魁人さんは秋姉と一緒に再びスタート地点に向かう。

 

 

さっきの顔は忘れない。言葉も忘れない。

 

 

まだ、千冬以外は聞いたことのない話。初めて聞いた、魁人さん話。これは千冬だけのもの。

 

魁人さんは応援できない事を欠点と言ったけどそれはきっと、普通の事だ。誰でもそうなのだ、誰にでもある欠点。

 

千冬もそうだ。どこかに応援しきれない気持ちがあった。

 

 

貴方の欠点も秘密ももっと知りたい。

 

 

そして、それは千冬だけのものしたい……等と恥ずかしい事を考えて、一人で悶えた……

 

 




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45話 五月病

感想全て拝見しています、ありがとうございます。


 外には雨が降っていた。空は鈍色の雲に覆われて、じめじめとした湿気が部屋を包む。

 

「あーあ、つまんなーいーのー」

 

 

 二階の部屋、四人で机を囲んで宿題をしていると千秋がそう切り出した。休日と言う事もあり宿題が平日より多く出されている。その宿題をずっとこなすことに飽きてしまったのと同時に雨と言う事もあり外に出られない事に文句を言ってしまったのかもしれない。

 

 

「宿題つまんなーいーのー」

「五月蠅い! ああ、もう、今分りそうだったのに!」

 

 

千秋が机の頬をつけながら言う文句に、千夏が反応する。千夏は頭をうがぁっと抱えながらペンを置く。どうやら集中力が切れてしまったらしい。

 

 

「さっきからー欠伸してーペンをくるくる回してーまた欠伸してたくせにー」

「うっ、そ、そうだけど! アンタの声のせいで私の神がかった集中が途切れたのよ!」

「もうー切れてただろうにー」

「あーあ、もうやめた。秋のせいで宿題タイム終了」

 

 

千夏はそのまま、机から少し、離れて横になる。もしかしたら、宿題を辞める理由を求めていたのかもしれない。

 

仕方ない。ずっと宿題で頭も限界だろう。

 

 

うちと千冬は宿題を一足先に終わらせて二人を手伝いながら過ごしていたのだが、流石にここで休憩を挟んでも良いだろうと千冬も目線で訴えてくる。千冬の事を先生と呼びたい。

 

 

「ねぇ、冬。何でアンタはそんなに勉強できるの?」

「うーん……特に考えたことはないっス」

「勉強って何の役に立つのよ……目的が無いとやる気湧かないわ」

「う、うーん……」

「はぁ、宿題が終わる気がしない、これはあれね、五月病って奴ね」

 

 

千夏が気だるそうにそうつぶやいた。確かにこのじめじめとした感じと言い、薄暗い外の景色。何となく意識が重くなるのも分かってしまう、ここで自身の苦手な事をするなんてことは難しいだろう。

 

勉強とは何のためにやるのか。勉強が苦手で嫌いな人からすればこの疑問があり、解決しないで勉強をしろと言うのはかなりレベルの高い事を求めているような物だ。恐らくだが千秋もその部分が頭から抜けないのだろう。

 

「我も五月病でダウンー、脳に糖が足りなーい、我が眷属たちよー、おやつを所望するー。持ってまいれー」

「いや、何キャラなのよ。それは」

「姫ムーブー」

「その話し方止めてくれない?」

「ごーがーつーびょーうー」

「あーあー、わーたーしーもーうーつってーしまーーたあぁ」

 

 

ゴロゴロっと二人して床に寝転んで気だるそうに話す二人。五月病、恐ろしい。五月病、六月病ともいうが主に環境の変化で訪れ、やる気などをそる精神病の一種だったと思うけど。どうなんだろう。

 

これは本当に五月病なのだろうか。まぁ、可愛いからどうでも良いけど。

 

 

「夏姉と秋姉は宿題に関してはいつでもやる気が無いから、それは五月病ではないのではと思うっス……」

 

 

千冬が苦笑いをしながらそうつぶやいた。ただ単に集中力が切れただけだと思っているらしい。

 

そんな時、丁度部屋をノックする音が聞こえてくる。お兄さんだ。

 

「すまん、ちょっと良いか?」

「カイトー、入ってくれー」

 

 

千秋が代表して返事をするとトレイの上にクッキーとか、紅茶を乗せてそれを持っているお兄さんが部屋に入ってきた。

 

「お疲れ様。差し入れのおやつだけど、良かったら食べてくれ」

「おおー、ありがとー、糖が欲しかったー」

「大分、お疲れのようだな……特に千秋と千夏……」

 

 

お兄さんがトレイを机の上に置く。紅茶の落ち着く香、クッキーの甘い香り。それぞれが混ざり合ってじめじめとした雰囲気が一気に華やかな物になったような気がする。

 

千秋がお兄さんが来ると愚痴をこぼす。勿論、勉強の事だ。

 

 

「勉強がダルイー、する意味も分からないー」

「ふむ……なるほど……まぁ、そうだよな。勉強は何となくでやっても、やる気も湧かないよな。俺の持論だが……」

「パクパク、モグモグ」

「あ、今はお菓子の方が大事だよな……」

 

 

千秋、自分から話を振ったのに全然話聞いてない。千夏と一緒にクッキーを次から次へと口に運んでいる。その後、グイッと紅茶に口を付ける。

 

幸せそうに笑顔で手を合わせる。

 

 

「ごちそうさまでした」

「少しは疲れが取れたか?」

「とれた!」

「宿題終わりそうか?」

「……」

 

 

五月病、再び発症。食べ終わった時は笑顔だったのに宿題の事が話題になると無に変わる。丁度、そのタイミングで千夏もおやつタイムを終えて、お兄さんへ話しかける。

 

 

「あの、魁人さん」

「どうした。千夏」

「どうして、勉強ってしなくてはいけないのんですか?」

 

 

目を思わずパチパチと閉じたり開いたりしてしまった。千夏は基本的に姉妹以外に自身から話しかけることは滅多にない。質問とか先生にもしないし、するならうちとか千冬とか、姉妹くらいにしかしない。

 

姉妹以外とはあまり、会話が続かないし心を開きたくない、隙を見せたくない。クラスでも自身の情報を明かすことなどほとんどない。

 

 

最近はお兄さんへの話しかける頻度も増えてきている気がする。千秋や千冬と比べたら全然、及ばないけど日に日に増えてきている事は明白だった。

 

以前の一日一分の対話約束は既にあってないような物だ。毎日、五分は必ず話しているから。

 

 

「そうだな……俺の持論ですまないが、簡単に言うと自身の選択肢を増やすためだな」

「選択肢?」

「今の社会は学歴社会と言われてるように勉学が出来るかできないかで人を見ることが多い。当り前だが勉強だけが重要と言うわけじゃない。勉学では測れない才能やセンスもあるのは明白だ……だが、勉学が出来るか出来ないか、これは最も簡単に人を測る出来ると言っても良いかもしれない。将来就職をするにしても、どこも欲しいのはやはり優秀な人材だから、勉強は大事と言う事だな。生きていくためには……」

「な、なるほど?」

「すまん。俺もうまく言えない……こういう事を言うのは苦手なんだ……すまん」

「い、いえ……」

 

 

 

千夏は少し、理解が及ばないようで首をかしげる。お兄さんはモドカシそうにしながら眉を顰める。千夏の質問に何とか良い答えをしたかったが思ったようにいかないと言う心境なのかもしれない。

 

 

 

そこへ、その話を聞いていた千秋がそこに口を挟む。

 

 

「じゃ、じゃあ、勉強が出来ない奴は……淘汰されるのか!?」

「い、いや、そこまでは言わないが……出来る方が裕福になれる可能性は高いかもな」

「じゃ、じゃあ! 我はまた、ボロアパート暮らしになるのか!? そんなの嫌だぞ!」

「安心してくれ。その時はこの家で住めばいい」

「おお! 我カイトとずっと一緒!」

「安心はしていいが勉強はしてくれよ。勉強は保険でもあるからな」

「保険?」

「やりたいことをするのも、進みたい道に進むのは悪い事じゃないが、それが出来なくなったり、他の道に行きたくなったり、逃げたいって時に勉強してると転職とか便利なんだ、だから保険みたいな感じだ」

「お、おお……勉強、兎にも角にもやらないとダメなのか……」

 

 

 

千秋は頭を抱えてしまっている。やりたくない勉学、得意でない勉学。だからと言って、嫌いでしたくないと切り離していけない事が少しわかったのかもしれない。

 

 

「ううぅ、勉強したくない……はッ!」

 

 

頭を抱えて数秒。まるで雷にでも打たれて何か世紀の発明品でも思いついたような表情になる。

 

 

「そうだ! 我は専業主婦の勉強をする!」

「ん? どういう事だ?」

「我がカイトと結婚して、我がカイトの妻になれば問題ない! 専業主婦なら勉強も苦じゃない!」

「いや、流石に俺と結婚と言うのはな……」

 

 

まぁ、千秋も冗談で言ったのだろう。その場にいた誰もがそう思った。だけど、若干一名勘違いした天使が居たようで。

 

「ダメっス! そんなの絶対にダメ!」

「何故だ」

「理由が適当過ぎるッスよ! それなら、ちふ、そうじゃなくて、もっとちゃんとした理由じゃないと! 結婚って大事な物だし!」

「……いや、流石に冗談だぞ?」

「え……? じょ、冗談?」

「そうだ」

「ううぅ、それ一番恥ずかしい奴じゃないッスか……」

 

 

 

千冬は赤くなった顔を手で隠す。乙女だ、乙女がここにいる。恥ずかしすぎてうずくまる千冬の頭をよしよしと千秋が撫でる。

 

 

 

ほのぼのとした空気が部屋を包む。ゆっくりと時間が過ぎていき、その内にお兄さんは部屋を後にして再び、宿題をうち達は始めた。

 

千秋は先ほどのお兄さんの話を聞いたからか、先ほどより集中してペンを走らせる。隣を見ると千秋と同じように集中はしているがペンが走っていない千夏が目に映る。千夏は深く考えるように頭を抑えていた。

 

 

「勉強しないと、ダメ。やりたい事の保険……そもそも私の、やりたい事? それは、なに? したい事、やってみたい事……私のしたいことは……」

 

 

大丈夫だろうか。集中に見えたが同時に悩んでいるようにも見えたから。

 

「千夏、大丈夫?」

「……大丈夫よ、春」

「そう? 何か悩んでいるようだったけど」

「大丈夫よ。それより宿題をやらないと……」

 

 

 千夏はペンを持って机の宿題と向かい合い始めた。これより先を問い詰めたい気もしたがやめておいた。折角宿題に集中した彼女に無理やりに話を振るのが良くないと思ったから。

 

 

◆◆

 

 

 

「料理のさしすせそと言うのを知っていますか? 分かる人は手を上げてください」

「はい!」「はい!」「はい!」

 

 

 

 とある日の教室。家庭科の授業をうけながら私はこの間の休日の事を思いだしていた。それは魁人さんが言っていた事の一部にあったやりたい事、と言う部分。

 

 

 やりたい事、私のやりたいことはなんだろう。春は姉妹の為にする事と言うだろう、秋は食べる事と言うだろう、冬は取りあえずまっすぐ進みたいと言うだろう。魁人さんは自由をくれている。

 

 だが、この自由の中でこれをしたい、これをやりたいと言う事が見つからない。私は最近思うのだ。

 

 変わって行く、進んでいく姉妹を見て、自分も何かをしないとと思うのだ。周りを見て思うのだ。信念が私に無いのではと。

 

 

 

「はいはい、では、千冬さん答えてもらっていいですか?」

「砂糖、塩、酢、醤油、味噌でス」

「大正解。華丸シールを教科書に貼りましょう」

 

 

 

私の妹であり四女であり末っ子の冬。優等生と言う言葉が良く似合う。才色兼備で運動は苦手だがだからって逃げたり投げ出したりはしない。頑張り屋さん。

 

私の方が姉のはずなのに、私よりしっかりしている。

 

 

「……」

 

 

前で教科書に落書きをしている秋。子供っぽい一面が多くて、私より子供だなと思う時があるが、時折、誰よりも大人の顔をするから不思議だ。

 

 

そして、後ろから暖かい視線を向ける千春。彼女が居なければ今の私はない。長女と言う存在は私が考えているよりずっと大きくて、重圧も凄いのだろう。

 

春は私の憧れだ。

 

春は本当は弱い、脆い。

 

それを知っている、あの時の事は忘れもしない。春が私達を拒絶したときの事は。

 

でも、春は自信を弱さを恐怖を振り切って、姉として振る舞っている。彼女には信念がある。誰よりも強くて真っすぐな信念が。

 

私は敵わない。春に敵わない。それは分かっている。勝負する気も最初からない。このまま姉妹で仲良くそれとなくこの環境で生きていければいいと思っていた。でも、妹達が変わる姿に感化されている。

 

やりたい事、それが見つかれば何かが変わるかもしれない。

 

そう思っているのだ。

 

 

「はい、では来週は調理実習ですからエプロンと材料を忘れない様にー」

「起立、気を付け、礼、着陸」

 

 

授業が終わってしまった。詰まらない男子のギャグを聞き流して、教科書を机の中にしまう。

 

そう言えば調理実習があったんだ……。実物の包丁を扱うと言う事だ。周りでは楽しみ、待ちきれないと言う雰囲気のクラスメイト達。私を気にしてあまり喜ばない姉と妹達、何とも言えない気持ちになった。

 

 

気にしないでと笑いかけると、先ずは千秋が私の元に寄って来る。

 

「ここで、超難問!」

「急ね」

 

いきなり、千秋クイズが始まった。恐らくだが私を元気づけようとしてくれているのだろう。

 

 

「蟻が十匹、カマキリに倒されようとしているのを助けました。すると蟻は何と言ったでしょう? 正解すると我の今日のお菓子をプレゼント! 不正解の場合は千夏のお菓子を没収です!」

「ふむ、これは簡単ね。蟻が十匹、つまり、蟻はお礼に『ありがとう』っと言った。それが答えよ」

「ぶっぶー! 不正解! そもそも蟻は喋りません! なので正解は何も言わないでした! 残念! お菓子没収!」

「はぁ!? それズルくない!?」

「超難問って言っただろう?」

 

 

その様子を見ていた春と冬がクスリと笑っている。秋は時に道化を演じる時がある。本心から道化の時もあるが。狙っているときもかなりあるはずだ。今がそれ。

 

前はそんなことは無かった、いや私が気付いていなかっただけかもしれないが。やっぱり皆、大人になっているのだなと私は感じた。

 

 

 

因みにお菓子は無事だった……

 

 

◆◆

 

 




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46話 慎重次女

感想等ありがとうございます


 調理実習。それは小学生からすれば楽しみなイベントだと俺は認識している。普段勉強をする時間に調理をする。

 

 単純に勉強をしなくて良いと言う事実で心理的にも普段より違う部分があるだろう。エプロンを着て皆で友達と料理をするのも人気の一つだろう。

 ただ、誰もかれもが楽しみであると言われたらそうでないと思う。気乗りしない人も必ずいるだろう。

 

 

 千夏もその一人であるのかもしれない。

 

 

 ゲームの頃の知識から結論を出すのであれば、彼女は包丁、刃物が苦手だ。それは自身の両親に包丁を向けられて殺されそうになったからと言う過去があるから。

 

 現実とゲームは違うとはいえ、共通する部分があるのもまた事実、このことにどのように向き合えばよいか。

 

 

 俺は渡された学校のお便りを読みながら、どうしたものかと眉を顰めた。調理実習の日程やら、エプロン、三角巾などを持参。爪をしっかり切っておいてください。等書かれている。

 

 

 この調理実習を千夏はどう思っているのだろうか。やはり、気乗りしないと思っているのだろうか。一度、話を聞いておきたいんだが……

 

 

 千春達が居ると話しにくいかもしれない。千春達はどうして千夏が調理実習に気乗りしないか知っているかもしれない。

 

 変な意味じゃないが何とか二人きりになりたい……

 

 

「カイト、カイト! 聞いて! 我、今日全ての授業で一睡もしなかった!」

「おおー、偉いな」

「えっへん!」

 

千秋がソファに座っている俺に話しかける。どうだ、凄いだろと言わんばかりに彼女は胸を張って笑顔を向ける。

 

リビングにはテレビの音が鳴り響いている。千秋は俺の隣に、千冬はもう片方の俺の隣に座っている。千春は千冬の隣に。更にまたその隣に千夏が座っている。少し距離があるな。

 

ここで話を持ち出すのは危険だろう。

 

 

テレビでは世界が仰天する情報番組が放映されている。千春と千夏はそれに目線を向けている。千秋は俺に話しかけたり、テレビ見たり目まぐるしく対象を変える。

 

「魁人さん」

「どうしたんだ? 千冬?」

「あの、心理テストしてみませんか?」

「ふむ、やってみよう……」

「えっと、目の前に薔薇が散らばっていまス。その、それは一体何本ありまスか?」

「……ふむ」

 

 

心理テスト、あまりあてにしたりしたことは無いし。興味を持ったことないから千冬の出題した心理テストがどのような物か分からない。

 

下手な答えはしたくないな。

 

だが、嘘をつくのも良くない。思いついたとおりに答えよう。薔薇が散らばっているのか。散らばっているのであれば多いような印象を受ける。

 

「九本くらいだな」

「きゅ、九人も……だ、大家族……」

「それ、何のテストなんだ?」

「い、いや、ぜ、前世の友達の数らしいっス……」

「そうか……」

 

 

絶対違う感じがするが、これ以上問い詰めるのも良くない気がする……。テレビを見たり会話したり、していると時間が過ぎていく。するとお風呂が沸くと合図の音が鳴る。

 

「あ! カイト、お風呂鳴った」

「先いいぞ」

「良いのか」

「いいぞ」

「いつもすまんなー」

 

 

千秋は一番風呂が好きだ。千秋と言うより、姉妹全員か。いつも千秋が遠回しに一番風呂に入りたいと俺に告げる。眼がもう、入りたいと訴えてくるのだ。

 

俺は別に何番でもいいなと思うが、女の子は一番風呂が良いなと思うものだろうか。いつもなら、ここで四人一緒に風呂に向かう。

 

 

チャンスだ。ここで千夏を呼び止めよう。

 

「じゃあ、我らはお風呂にって来るぞ!」

「おう」

「お兄さんお先に頂きます」

「分かった」

「魁人さん、お先に失礼しまス」

「ゆっくりで良いからな」

「魁人さん、私もお先に」

「あ、ちょっと千夏は待ってくれ」

「「「「え?」」」」

 

 

千夏を呼び止めたら、千夏を含めて全員にどうしてっという視線を向けられた。

 

「あ、いや、大したことじゃないんだがちょっと、聞きたいことがあってな」

「そうか! じゃあ、我はお先に!」

「……そうですか。うちもお先に」

「……そう言う事なら、千冬もお先にっス……」

 

千秋、千春、千冬は着替えのパジャマを持ってリビングを出て行った。残った千夏はどうしてだと言う視線を向けてくる。

 

彼女はやっぱり一対一だとどこか、気を許しきれない感じがあるんだよな。慎重と言った感じか。

 

 

「えっと、何か……ありましたか?」

「いや、最近、悩み事とかないかなって……」

「悩み事……? どうしてそう思ったんですか?」

「気難しそうな顔をしていたような気がしたんだ……いや、でも無理に言わなくてもいいんだぞ。話したくなったらで……」

 

 

これは嘘ではない、最近妙に思い悩んでいるような表情をしているのは確認していた。どうかしたのだろうかと気にしている所に調理実習のお便り、そこから知識と重ねて仮説を立てたのだ。

 

調理実習が気乗りしないのではないかと

 

 

「……実は」

「何だ、言ってくれ」

「……最近、髪が傷んでる様な気がして」

「ん?」

 

あれ? 俺が考えていた返答ではない気がする。だが、千夏はいたって真面目な表情である。

 

彼女はツインテールをほどいて腰ほどまでに長い髪をかき上げる。

 

「特にこの毛先が……傷んでいる感じがします」

「……そうか…………他には?」

「……特に」

「そ、そうか……」

 

 

俺の勘違いなのか? 調理実習はそこまで苦ではないのか? 前提の知識がやはり現実は違っていたのか?

 

そして、この千夏の期待する視線はなんだ……

 

 

不味い、分からない。考えろ。この状況。

 

 

彼女は俺の仮説とは違い。毛先が傷んでいるのが悩み……

 

――あ、普通に高いシャンプーとかが欲しいって事じゃね?

 

 

「……今度、モンドセレクションで金賞とった、シャンプーとリンス買うか?」

「え!? 良いんですか!?」

「……それは全然いいぞ」

「ありがとうございます!」

 

 

そうか、俺はあまりシャンプーとかリンスまでは気を配っていなかった。髪は女の命と言ったり、肌より繊細と言ったりもする。年頃の千夏はどうしても品質にこだわった商品を使いたかったんだな。

 

 

「え!? 良いのか!?」

 

 

バンっと、急にリビングのドアが開いて千秋が乱入してきた。ドアの近くには千春と千冬もいる。聞いていたのか。

 

 

「勿論、良いぞ」

「わーい!」

 

 

千秋も髪を気にしていたんだな。と言う事は千春と千冬も気にしているんだろう。これはシャンプーとかだけでなく、洗顔商品、化粧水、洗顔クリームにも買い替えるべきか……

 

「それじゃ、我は今度こそお風呂に行ってくるぞ!」

「肩まで浸かって、三十数えるんだぞ」

「ふふふ、我はその十倍位軽く入るぞ!」

 

 

 

そう言って千秋は今度こそお風呂に向かった……のか? 千春と千冬も近くに居るはずだが……二人もお風呂に行ったのか気になるな。

 

だが、今は置いておこう。

 

 

「千夏、他に悩みはないか?」

「……あの、実は最近、肌がカサカサしているような気がして」

「洗顔だな、洗顔商品を買い替えよう」

「ありがとうございます!」

「うん」

 

 

そうじゃない、そうじゃなくて俺が言いたいのは調理実習の悩みなんだが。

 

 

「他に無いか?」

「……いえ、特には」

「本当か?」

「……はい」

「そうか」

 

嘘だな。俺も伊達に約一年であるがこの子達の父親をしてるわけではない。全てを見抜けるのわけではないが、今回は嘘だと分かった。

 

 

無理に聞き出すのはな……。子供は俺が思っているより繊細だ。言いたくなったら行って貰うと言うのが理想のスタンス。だが、調理実習はすぐそこに迫っているのだ。

 

どうする……

 

俺が悩んでいると彼女は先ほどの物を買って貰える子供の笑みから、年齢相応ではない悲し気な表情になった。眼線は下に、急に彼女の顔色も悪くなったような気もした。

 

「魁人さん、一つ聞いて良いですか?」

「いいぞ」

「あの、どうして、私を、私達をそんなに大事に出来るんですか? 他人の子ですよ? 私達……。血のつながりもなければ、縁もゆかりもなかったのに」

「……そうだな。その質問の答えは……愛着……とでも言えば良いのかもしれないな」

「愛着?」

「ああ、だが……最初は、何となくだった。何となく引き取って、何となく育てようって思った。何となく、四人の行き先を見ようと思ったんだ」

「何となく……それは凄いですね。何となくで私達みたいな子供を引き取るなんて」

「凄くないさ」

「え? 凄いじゃないですか……、誰にでも出来る事じゃないと思いますけど」

「違うな。俺がしてしまった事は許されない事だった」

「それは……どういう事ですか?」

「俺は、何となくで四人の命を引き取ったんだ。浅ましい行為だった。何となくではいけなかった。覚悟無いといけなかったんだ。引き取ると言う行為に信念がないといけなかったんだ」

「ッ……」

 

 

そう、俺は過去の自分の行動に伴う、責任を考えていなかった。行動に愛が無かった。信念と覚悟無かった。

 

 

人の命とはそんな簡単に預かっていいものではないと言うのに。

 

 

「だが、今は違う。一緒にいて、暮らして、成長する四人を見て、愛着がわいた。本当に自分の子供のようだなと実感したよ。まぁ、子供なんて出来なことないけど、きっと出来たらこんな感じなんだろうって思ったって事だ。そして、俺はこのままではダメだと思って、俺の信念は精神は弱いと感じた」

「……」

「まぁ、そんな感じだ……だから、俺は決めた。向き合おうって、時間がかかるのは承知さ。だって、俺達は他人からのスタートだからな。でも、俺は育てるって、寄り添うって決めたから」

「……それは凄く大変じゃないですか……?」

「まぁ、大変と思う時もあるが、()()()()()だとそこまで気にする事もないさ」

「――ッ……」

 

 

 

 

――やべぇ。ドヤ顔で語っちまって恥ずかしくなって来た……

 

 

不味いな。顔が熱くなってきた。何かこの子の為になって、少しでも響いて欲しいと遠回しに大々的に語ってしまったが。これで何か変化があるだろうか。

 

 

 

「……わ、私は……わた、し、は…………いえ、何でもないです」

「そうか」

「……すいません、何か煮え切らない感じになってしまって」

「気にしなくていい。そう言う時もあるさ。何か言いたくなったら、その時に話せばいいさ」

「はい……」

「お風呂行ってきな」

「はい……ありがとうございます」

 

 

全てが上手く行くなんてあり得ないこと。現実であるなら尚更だ。俺は何処にでもいる脇役の様な奴なのだから、出来る事は小さくて限られている。

 

だから、積み重ねるしかないのだ。すぐに結果が出なくても

 

 

 

◆◆

 

 

「ううぅ、我、感動じだッ。ガイドッがあそこまで、我らの事を、考えてくれているなんてッ」

「魁人さん、そういう所が千冬は……」

 

 

魁人さんとの話を終えて、私がフローリングに出ると妹2人が涙ぐんでいた。泣いていないがちょっと、嬉しそうな姉と目が合う。

 

「聞いてたのね」

「ごめんね、うち達も盗み聞ぎするつもりは……あったんだけど……」

「でしょうね。盗み聞ぎするつもり無いならここに居ないでしょう」

「うん、ごめんね?」

「いや、別に私は良いけどさ……」

「そっか、取りあえずお風呂、行こうか」

「……そうね」

 

 

私達はフローリングから脱衣所に向かって、お風呂に入る為に服を脱ぐ。すると、いつまでも服を脱がずに泣いている秋が目に入る。

 

「ううぅ、カイトぉ」

「いつまで泣いてるのよ」

「だって、だって、嬉しくて、我、こんなの初めて」

「そう……」

 

 

妹である秋から涙が止めどなく溢れる。

 

「よしよし、うちの胸でたんとお泣き」

「ううぅ、ねーねー」

「よしよし、よーしよし」

 

 

長女である春が秋を抱きしめて頭を撫でる。世話好きの春からしたら純粋で無垢な妹が可愛いくて仕方ないのだろう。

 

「冬も春に抱き着いたら?」

「いや、千冬は遠慮しとくっス」

「そう……」

「……夏姉はどう、思ったんスか? さっきの、魁人さんの、話……」

「気になるの?」

「まぁ、はいっス……」

 

 

千冬がそう言うが横でハグをしている千秋と千春までも私に視線を向けた。話をしていた当人であるからだろうか。

 

「そうね……良い人だと思ったわ」

「……それだけっスか?」

「そうよ。良い人。あと、凄い人追加」

「あとは?」

「……それだけよ。自分から弱みを出そうとは思わなかったわ……」

「……そうっスか」

 

 

淡泊に答え過ぎただろうか。千冬は少し悲しそうな顔をする、私の何かが変わって欲しいと思っていたのかもしれない。ただ、思った事はこれだけだ。ただ、一つを除いては。

 

だけど、これは言っても仕方ない。言葉で表現できる領分を超えてる気がする。だから言わない。言っても意味がないから。

 

「違うよね」

 

 

不意に、春の声が響いた

 

 

「なにが?」

「何か、他に思った事があるでしょ?」

「何でそう思うの?」

「勘」

「……」

「話してみてよ。うちは凄く気になる」

「……これは言っても分からないわ」

「どういう事?」

「私でも、分からないんだもの。言葉で表現できる領分を超えてる気がする」

「何となくでいいよ」

「何となくよ……一瞬だけ、本当に僅か、瞬きをする一瞬だけ……景色が変わったの」

「景色?」

「……そう。分からないけど、見方、視点、視野、ありとあらゆるものが一瞬だけ、変わった気がしたのよ……」

「そうなんだ」

 

春と私が話していると抱きかかえられた秋が口を開いた。

 

「いや、普通に言葉で表現出来てるじゃん」

「いや、だから! 何となくでこう、ばぁぁぁっと凄い感じになったのよ! 言葉で表現できないくらい! それを無理に表現したの!」

「絶対、ちょっとカッコつけたな。我には分かる」

「つけてないわ!」

 

 

シリアスキラーと言うべきか。秋の言葉で場の空気が変わる。ただ、嘘ではないのだ。言葉で表現できないくらいに何かが変わりかけた気がした。

 

 

あんなの初めてだった。言葉を聞いたとき、感情が揺さぶられて、魁人さんの覚悟が伝わってきて、

本当なら見たくも無いもの、見えてなかったもの、見なくていいもの、それらもあの瞬間なら見えた気がした。

 

あらゆるものがあり過ぎて、膨大過ぎて理解が出来なかったけど。

 

 

ただ、一つ言えるのは

 

 

……普通に言葉で表現できかたも…………しれない。

 

「ま、まぁ、夏姉も何か感じ取ったって事で良い感じなんスかね?」

「そうだな、あと千夏はやっぱり厨二だ」

「違う!」

「厨二の千夏もうちは好きだよ」

 

 

私は厨二ではない。断じて違うのだ。クスクスと笑っている三人をジト目で睨んで黙らせる。

 

そのままお風呂に一番に入った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――




お知らせ。

どうでも良い事なのですが

私の作者名が

流石→流石由々しき字隊3

になりました。理由はあるのですが読者の皆様にはどうでも良い事だと思うのでこの場では言わないでおきます

取りあえず流石由々しき字隊3と言う名前を憶えて頂けると嬉しいです。


あと、面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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47話 本音一つ

感想等ありがとうございます。


 調理実習は明日だ。うち達は教室で担任の先生に改めて連絡を受けた。エプロンや食材などを忘れない様にと。

 

 

「はぁ……」

「げ、元気を出せ! ほ、ほら、我のおやつのおっとっと一つあげるから! クジラ型が出たら真っ先に食べさせてやるぞ!」

「そう……」

「ぴ、ピノもあげるぞ! 星型のやつが出たら千夏にやるぞ!」

「ありがとー」

 

 

 

 バスに乗って、家近くの最寄り駅におりてそこから歩いている際中、千夏が少し元気がなさそうなので千秋が励ます。

 

 

「うちがハグを」

「それはいいわ」

「あ、そっか……」

 

 

 

 千夏、少し冷たくない? 前ならどんどんハグハグを沢山してくれたし、それで元気になってくれたのに。

 

 

 彼女はそのまま歩き続ける。すると今度は千冬が千夏の並んで歩き笑顔で話しかける。ただ、少し表情はこわばっているが。

 

 

「きょ、今日は千冬が宿題をバリバリ教えるッスよ!」

「そう、お願いするわ」

「ま、任せて欲しいっス」

 

 

 

 歩いて歩いて、家に到着。鍵を開けて中に入りいつものように手洗いうがい、等を済ませてリビングの机の周りに腰を下ろす。

 

 

「……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そこまでお嬢様扱いしなくても良いのよ?」

「いや、別に我は気を遣ってはいないぞ」

「千冬も」

「うちも」

「いや、バリバリ遣ってたでしょ。秋がお菓子をあげるとか言うわけないじゃない。それに冬なんて宿題は自分でやれっていつも言うのに自分から手伝うとか言うし、春はいつも通りだけど……」

「我……そんな食い意地はってない」

「前に私がアポロ一つ頂戴って言ったら、はぁ? 見たいな顔したじゃん。しかも、一個くれたけど凄い嫌な顔してたし」

「してない。そんなことしてない。我は笑顔でしかもアポロ十個あげた」

「それは大分、記憶が捏造されてるわね」

 

 

 

 やはり、うち達が千夏を気にしているのが分かっていたらしい。気にしないで普通でいいよと言うのは千夏もまたうち達に気を遣っているのだろう。

 

 

「いつもの方が私は良いからいつもの通りにして。それが一番良いから」

「じゃあ、うちがまずハグを……」

「しなくていいわ」

「ぐすんっ……」

 

 

これが反抗期と言う奴なのかもしれない。千夏はやらないと僅かに距離をとる。

 

寂しいな。最近は寂しいことが多すぎる。これからもっと寂しいことがあるのだろうか。

 

 

そう思いかけて思考を切り替える。明日はどうやって千夏と楽しく調理実習をしようか。

 

うちはそのことだけに思考を向けた

 

 

◆◆

 

 

 私は明日の準備をしていた。明日の授業の教科書をランドセルに入れたり、鉛筆の芯を尖らせたり、エプロンをしまったり。

 

 

 明日は面倒くさい調理実習、あまり気乗りはしない。だが、魁人さんが可愛いエプロンを用意してくれたおかげで少しだけ楽しみでもある。

 

 可愛いイルカが海の上で跳ねている刺繡が入っているエプロン。これは私の好みに合っている。

 

 単純にこういう可愛いのは嫌いじゃない。

 

 

「我、もう、眠い……」

「秋姉……もう、瞼が閉じかけてるっス」

 

 

秋が寝たくて仕方ないと言う表情をしている。健康な生活が染みついているために、秋は平日は金曜日を除いて夜の十時までにはお眠になるのだ。

 

 

例外として金曜日は映画が九時から十一時にかけて映画がやるのでそれを見て、休日は普通にバラエティとかを見る。

 

 

「ほら、千秋、うちの布団に……」

「おやすみ……」

 

 

秋が自身の布団で気絶するように眠りにつく。寂しそうな春がため息を溢す。一緒に寝たいと言う姉心なんだろうけど。

 

 

「夏姉、眠れるっスか? もし、眠れないなら千冬の布団に」

「遠慮しとくわ。気にせず明日に備えてアンタは寝なさい」

「じゃ、じゃあ、おやすみっス……」

「はい、おやすみ」

 

 

 

しっかり者の四女も気にしてくれるが彼女を先に寝かせる。きっと彼女も健康生活が染みついているから眠いはずだ。

 

 

冬と秋は私が夜眠れないのではないかと思っていたから、自分たちも起きていようとしてくれたのだろう。だが、一応私は次女であり姉と言うポジション。妹に甘えると言う行動は控えないといけない。

 

 

それが絶対のルールと言うわけではないが春を見ていると次女の私もそうしなければならないという使命感的な物が湧く。

 

 

「春も先に寝てよ」

「うちはずっと起きてるよ。オールだよ」

「いや、逆に寝にくい……」

「そう? でも、どちらにしても、すぐには寝られないんじゃない?」

「そうかもね……」

「だったら、うちも起きてるよ。しりとりでもする?」

「しないわ……」

 

 

部屋は茶色の間接照明で満たされている。魁人さんの話だと真っ暗で寝た方が良いらしいけど、怖いから私達姉妹はこの明るさでいつも寝る。

 

いつもなら、この光で直ぐに眠れるのに今日は眠れない。明日が怖いからだろうから。

 

 

取りあえず少しでも早く眠れるように布団に横になる。すると春は布団を移動させて私の布団の横に自身の布団を置いた。

 

 

「……なによ」

「眠れるまでここに居るよ」

「……ありがと」

 

 

私はついつい姉である春に甘えてしまう。それが負担になるではと感じているのに春には甘えてしまう。

 

昔も今も。

 

 

「手、繋いで……」

「いいよ」

 

 

妹が見ていないと甘えてしまう。きっと、私は一番甘えん坊かもしれない。春の手は暖かった。

 

自身の手と似ているようで違う苦労人の手のような気がした。

 

昔は……よく、こういうことをしていた。こうすることでしか、保てなかった。辛うじて触れ合いで寂しさと恐怖に耐えていた。

 

 

懐かしさと安心感に包まれて、私は、次第に……

 

 

 

◆◆

 

 

 

 小汚い部屋だ。壁は染みだらけ。床には焦げたような跡が多数。窓は古くて風で揺れて不気味な音を出す部屋だ。

 

 トイレもお風呂も古い。照明がチカチカ点いたり消えたりを繰り返す。

 

 

 

 ある日から私は、私達はここで過ごすことになった。

 

 

 拒絶されて、隔離された。肉親である両親から。物心ついたころから面倒なんて最低限以下で私達を支えてくれたのは春だった。

 

 

 どんな時も彼女が支えてくれた。そんな彼女に憧れを持った時期もあった。いつか、私もこんな風になれたらと思う時もあった。

 

――ただ、超能力が目覚めてから状況は悪くなり、変わることも多かった。その時に憧れは捨てた。無理であると分かったから。

 

 

 春が最初に力に目覚めた。次に秋でその次に私。

 

 超能力と言う異端に恐れた両親は、隔離と拒絶だけでは満足しなかった。自分たちのしてきた事に、育ててこなかった罪悪感、等から恐怖を感じて、私達を殺そうとした。

 

 いつか、復讐されると考えて。

 

 

――お前たちなんか、産むんじゃなかった……

 

 

 母親だなんて思ってもいなかった。感謝なんてしていなかった。愛着もない、信頼なんてしていない、他人以下だ。だけど、まさか、包丁を、刃物を向けてくるなんて思っていも無かった。

 

 血は繋がっているはずなのに。

 

 

私は両親が大嫌いだった。死ぬほど嫌いだった。

 

 

ずっと怒りを抱いていた。何故面倒を見ないのか、満足のいく食事を与えないのか、他の子のように誕生日を祝ってくれないのか。

 

手を繋いでくれないのか。

 

 

でも、母親が私に包丁を向けて、その様子を見ても止めない父親を見て、怒りが消えた。

 

私は少なからず二人に期待をしていたのだ。酷くて最低で底辺な二人でも、もしかしたら普通になってくれるかもしれない。

 

改心をして愛のある家族になれるかもしれない。異端の私達を愛してくれるかもしれない。

 

怒りはそこから来ていたのだ。だが、それが消えた。

 

見限った。

 

 

それと同時に恐怖が湧いてきた。鋭利な包丁の先。明確な死の予感。私は怖かった。只管に死のイメージが頭から離れない。

 

死ぬ瞬間、私の間の前に大きな氷の膜が出来た。秋と冬は震えて震えて私の少し後ろで泣いていた。ただ、彼女だけが違った。私の前に立って、春が私を守ってくれたのだ。

 

 

あり得ないと、両親は恐怖していた。冷気が徐々に二人を包んでいき、それに恐怖した二人は部屋を出て行った。

 

『大丈夫……? 怖かったよね? でも、もう大丈夫……』

 

姉が私を抱いてくれた。涙が止まらなくて、恐怖の余韻で体の震えも止まらない。でも、彼女のおかげで少し平気だった。

 

 

その日から、本当の意味で私は他人を信じられなくなった。そんな自分に恐怖を抱くようになった。

 

誰も信じれない。満月の光を浴びると大人の姿になる自分。死の恐怖。それらを思い出し嘔吐する日もあった。

 

 

その度に姉が妹が支えてくれて……そんな生活の中で、私の世界は、内の中で完結していたのだ。

 

 

◆◆

 

 

 

 

 目覚ましが鳴り響いて俺は起きた。いつものように下に降りて、歯磨きやら顔を洗い、髪型を整えて、着替える。

 

 そのまま朝ごはんを作り始める。毎度の事だが千冬は早起きだから、リビングで既に勉強をするのが習慣になっていた。

 

 俺も子供の頃こんなに勉強するときは無かったぞ……

 

 

 朝ごはんを作りながら俺は思う。今日は調理実習だが、千夏は大丈夫だろうかと。包丁が怖いのに、無理に調理実習をするってどうなのだろうか。普通に休ませると言う選択もありだろうな。

 

 

 全部を頑張る必要はない。適当に流すことも大事だ。

 

 

 そんな事を考えているとリビングのドアが開いて、千春と千秋と千夏が入ってきた。

 

 

「おはよう。朝ごはんだけど、もうちょっと……」

 

 そこまで言いかけて俺は千夏の異変に気付いた。彼女の頬がいつもより赤かったのだ。顔も少し気だるそうな感じもする。

 

「……お兄さん、ちょっと千夏が熱っぽくて」

「熱測ってみるか」

 

 

 俺は体温計を探し始める。何処に置いたっけな。前に俺が自分で使って……確かテレビの横の棚に収納したような

 

「夏姉、大丈夫ッスか!?」

「うん、何か、ぼうっとするだけ……」

「わ、我に出来る事は……」

「大丈夫」

 

 

 四人の声を聴きながら思うのはやはり、良い姉妹だなと思う以外にない。絆を強く感じる。

 

 

「あった、よし、これは脇に挟んでちょっと待っててくれ」

「はい、ありがとうございます……」

 

 

 多分、風邪をひいてしまったんだろうと俺は感じる。咳も少ししてるし、鼻詰まりもしている。風邪の可能性が高いな。

 

 

「魁人さん、測れました……」

「少し、微熱があるな……今日は学校休んだ方が良いかもな」

 

 

微熱だけど無理に行かせるなんて事はできない。今日は早めに病院に行って、診断をしてもらい、薬を貰って飲んで休む。

 

これでいこう。

 

「じゃあ、我も休む!」

「夏姉が休むなら千冬も」

「うちも……」

 

 

四人一緒が良いんだろうけど……どうしたものか。自分達だけ調理実習をしたり、学校に行ったりはしたくない。後は純粋に心配をしていると言うのが伝わってくる。

 

 

「アンタ達は学校に行って……」

「で、でも……我らは」

「行って、じゃないと逆に私が気を遣うから」

「う、うむ、そうか……」

 

 

 

三人が残ろうとしたが千夏の鶴の一声のような、言葉で三人はそれ以上何も言わなくなった。複雑そうな顔をしながらも三人はいつものように学校に向かった。

 

 

「じゃあ、俺達は病院に行こうか」

「すいません……」

「気にするな」

「その、仕事は……」

「休んださ」

「すいません」

「いや、そんな謝らないでいいぞ?」

 

 

 

仕事場へ休みの連絡をしたら即で許可が出たから良かった。助手席に千夏を乗せて発進。

 

病院に向かっている途中で手を抑えて下を向いて、時折千夏が咳をする。

 

 

「大丈夫か?」

「大丈夫です……」

「もう少しで着くからな」

「……ありがとうございます」

 

 

いつも、彼女はあまり俺には強く何かを言ってはこない。姉妹に強気の言葉をかけたりはするが俺には基本弱気な感じだ。

 

だが、今日の彼女は一段と弱っているような気がする。体調が悪かったりすると自然とそう言う風な感じになってしまうのはよくある事だ。

 

 

調理実習の事には触れない方が良いのか、触れて良いのか、敢えて触れたの方が良いのか、色々悩んでいる間に病院に到着してしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、お薬です。朝昼晩、食後に飲んでくださいね。あとですね……」

「……なるほど」

 

 

魁人さんが受付で私に処方された薬を受け取ってくれたりしてくれている。その後にスーパーで飲料水などを買って家に帰った。

 

 

オデコに冷えるシートを貼って貰って二階の自室で布団の上に横になる。魁人さんは私を寝かせると部屋を出て行った。

 

 

きっと、自分が居ると私が気を遣ってしまう事を分かっているからだ。私が眠れないのが分かっているからだ。

 

私は姉妹以外の場で眠ることは殆どない。学校ではいくら授業が詰まらなくても寝ることはない。周りに信用できない人たちが居るからだ。

 

正直、今日は風邪をひいて良かったと思う。だって、どうせ楽しめない。信用できない人が自分の周りで包丁を振るうと言う空間は恐怖でしかない。自分に害を与えて、最悪殺すかもしれない物を持っているなんて嫌で仕方ない。

 

 

でも、四人で調理実習をしたかったな……とも思う。

 

 

変に思考を巡らせていると部屋のドアをノックする音が聞こえる。

 

 

「入っていいか?」

「ど、どうぞ」

 

 

魁人さんが雑炊のような物を持って部屋に入ってきた。そのままそれを机に置いた。

 

「消化に良いお粥だ、味は薄めですまないが早く食べて、薬を飲んだら寝るんだぞ。それが一番いい」

「はい」

「……あーんでもしようか?」

「大丈夫です」

「あ、そ、そっか……」

 

 

前から思ってたけど、この人、春に少し似てる……。過保護っぽい所とか、優秀そうな所とか。

 

 

「じゃあ、俺は……」

 

 

そう言って苦笑いしながら部屋を出て行きそうになる魁人さん。別にいつものように一礼して、一言言って出て行って貰っても良かった。でも、

 

「あの、一緒にいてくれませんか……?」

 

 

思わず、呼び止めてしまった。春に似ているからか、風邪で思考が弱って一人では寂しいからか、ただ、この人ともう少し話をしたかったからか。

 

理由は自分でも分からない。

 

 

「ん? ……勿論いいけど、俺が居たら気持ちが休まらないんじゃないか?」

「大丈夫です」

「そうか……ならいいんだけど

「はい。ありがとうございます」

 

 

魁人さんは私の布団の近くに腰を下ろした。特に会話もなく数秒経過する。

私は魁人さんの指示に合った通りに机の上にあったお粥を取って口に運ぶ。

 

 

「味薄だろ?」

「そうですね……」

「良くなったらナポリタン作るからな」

「ありがとうございます……でも、何でナポリタンなんですか?」

「一番好だと思ったからだ。前に作った時にお代わりしてだろ?」

「……そうでした」

 

 

この人、よく人を見てる。ちゃんと私達の事を見てくれているんだ。少し、嬉しい。お粥をお腹に入れて、苦い薬を飲む。口元を少し歪ませるが我慢して飲みきった。

 

 

「じゃあ、もう寝た方が良いな」

「はい……」

「寝られないなら子守唄でも」

「それは大丈夫です」

「あ、はい……」

 

 

 

お腹が膨れて、薬を飲んで布団で横になっていると自然と眠気が襲って来た。少し、その事実に驚いた。私が姉妹以外の人が目の前に居るのに寝ようとしていることに。

 

「手……」

「ん?」

「手を、繋いでくれませんか……?」

「……ああ、勿論いいぞ」

 

 

魁人さんの手は暖かかった。春とは全然違う感触。彼は私の手を優しく握りしめてくれた。

 

 

「私、本当は、調理実習したかったです……」

「……そうか、じゃあ、体調が良くなったら家ですればいい」

「……はい」

「でも、勝手に四人でやってはダメだぞ。危ないからな、俺が居る時にやることが条件だ」

「はい……」

「……他に話したいことはあるか?」

 

 

どんどん、意識が遠のくように瞼が重くなっていく。話したい事、それはきっと沢山ある。聞きたいことも沢山ある。

 

魁人さんの手が暖かくて、優しくてそれに安心して、眠気が……

 

 

「今はいいです……でも、いつか聞いてくれますか? 私の、私達の話を……」

「聞くさ」

「……はい、ありがとうございます……魁人さん……あと、ナポリタン、楽しみにしてます」

「分かった。だから、もう寝てくれ。そして、早く良くなってくれ」

 

 

 

私はコクリと一回頷いて、その、まま……

 

 

◆◆

 

二階の自室で既にオデコから冷えのシート外して、私は帰ってきた姉妹たちから話を聞いた。

 

 

「で? 調理実習はどうだったのよ?」

「不味かった、凄く失敗した。カイトのせいだ! カイトがいつも美味しい料理を作るから舌が肥えてしまった! おかげでより一層不味かった!」

「そう……」

「千冬は……砂糖と塩を間違えて、デザートを塩味に……してしまったっス……」

「いや、どんな間違いしてんのよ……」

「うちはミスはなかったよ。ただ、お皿を二枚ほど割ってしまったけど」

「アンタが一番、ミスしてるじゃない!」

 

 

不思議な事に私は直ぐにいつもの体調に戻った。起きた時には気だるさはなくなっており、魁人さんの手を握っていた。

 

「千夏はどうだったんだ!」

「私は……体調が良くなったから、アイス食べた。300円の」

「ええ!? ずるい!」

「あと、イチゴ牛乳も飲んだ」

「ずーるーいー!」

「だって、三時くらいにはもう良くなってたから。食べるかって聞かれたから、食べるって言っただけよ」

「ずるいずるいずるい! 我なんて千冬のせいでクソ不味いデザート食べさせれらるし!」

「いや、ちょっと傷つくんスけど……」

「千春が煮込みがあまくて、がりがりのジャガイモだし!」

「ごめんね……」

 

 

妹である秋がかなりの毒舌で春と冬を攻撃していく。

 

「つまり、アンタ達の調理実習はどうしようもなく失敗したと言う認識で良いのかしら?」

「そうだ……ううぅ」

「秋元気出しなさい。魁人さんが今度家で調理実習してくれるって」

「ええ! 本当に!」

「本当よ、因みにしーすーらしいわ」

「おお! しーすーか!」

 

 

秋が喜んでいる、春と冬も喜んでいるのが少し伝わってきた。私は思わず、魁人さんに握って貰っていた右手を握った。

 

優しくて、感じたことがない暖かい手だった。あの人に手を引かれて進んでいけば何か、他にも見えるかもしれない。進むべき道もそうでない道も……

 

◆◆

 

 

 

昨日は千夏が直ぐに体調が良くなって良かった。だけど、何だかんだでアイスとイチゴ牛乳を与えてしまった。お粥作って消化に良いとか言っておきながら、消化もクソもないな……。体調が良さそうだからついついサービスをしてしまった。

 

 

いつものように朝ごはんを作り、時折勉強をしている千冬を見る。いつもの朝の光景だ。

 

 

すると、いつものようにリビングのドアが開いて千夏と千秋と千春が入ってくる。

 

「おは、よう……どうした?」

「お兄さん、千秋が熱っぽいって……」

「本当か?」

「う、うーん……」

 

千春が珍しく言葉を濁らせる。千夏は呆れ顔で千秋を見て、何かを察した千冬は苦笑い。

 

「う、うーん、我、何だか、頭通が痛い……だから、今日休む……」

「そ、そうか……」

「だから、300円のアイスとイチゴ牛乳ね! あと、じゃがありゴも!」

「う、うん?」

「あとね、あとね! 刺身!」

「食欲はあるんだな……」

「う、うーん、どうかなぁ? 栄養とった方が良いと思っただけだし……あたたた、懐が……」

「痛いのは、頭じゃなかったのか……?」

「はッ!」

 

 

いや、これは絶対仮病だろ……だけど、頭ごなしに否定をしていいのか。先ずは信じると事から始めた方が……でも、これは……。

 

 

「魁人さん、秋は仮病なので無視してください」

「はぁ? 仮病じゃないし!」

「嘘つけ! じゃあ、熱測る?」

「いいだろう」

「服で擦ろとしても無駄よ。私達が監視するから嘘なら一発でばれるわ」

「……むぅ」

「やっぱり仮病じゃない」

「っち」

 

 

千秋が舌打ちをして悪い顔をする。そういう所も可愛いな。純粋な意味で。

 

「そう言う千秋も可愛いよ。お姉ちゃん的な意味で」

「アンタが甘やかすからこうなったのよ」

「でも、妹は甘やかさないと」

「いや、だからそういうとこよ……」

 

 

 

これは、朝食作りを再開しても問題なさそうだな。朝からちょっと騒がしい四人を見ながら俺は台所でスタイリッシュに卵焼きを作った。

 

 

◆◆

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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48話 空回り

感想等ありがとうございます。


 じめじめとした空気が次第になくなり始めて、夏の到来が近づく今日この頃。千冬は朝から机の上で教科書、教科のワークを開いて問題を解く。

 

 

 千冬にとって朝早く起きて勉強をすると言うのは最早習慣になっている。秋姉と夏姉によくそんなに朝早く起きて勉強できるねと言われるが癖になってしまえばあまり、苦ではない。

 

 早起きをする人は人生の成功者になりやすいとか、そんな噂を聞いたことはあるが実際は知らない。成功者になりたいとは思っているが……

 

部屋の中は静まり返って、外の音が聞こえてくる、ぴよぴよと外で小鳥のさえずりが聞こえているような気もする。

 

 手鏡でちょっと自分の姿を確認。いつもと変わらない自分が居る。

 

 髪を整えてカチューシャを付けるのは女子小学生にとっては常識。

 

 鏡に自分を写しながらニッコリ笑顔。笑顔が素敵な人がモテるのは小学生にとって常識。

 

 笑顔の練習を毎日しているからか以前よりも自然で違和感なく表情筋を操れるようになった気がする。ただ、秋姉の笑顔に劣っているのは気のせいではないだろう。

 

 ううっ、どうしてあんな笑顔が出来るのか、小一時間位問い詰めたい。

 

 あれはモテる。だって現にモテているから。時折見せるあの無邪気で華のある美しく尊い顔。

 

 顔面偏差値が元々高いと言うのもあるがあれは本人の性格がかなり影響している。秋姉がモテる理由はそこだ。

 

 

 西野が秋姉に惚れる理由は分かる。正直そこはどうでもいい。問題は魁人さんも秋姉には甘いと言う事。キラキラした笑顔を向けられるとニコニコで仕方ないなと何でも言う事を聞いてしまう。

 

 勿論、千冬にはそんなことをする度胸はない。してみようかなと思ったとがあったけど失敗したら地獄のような雰囲気になる気がするからやめた。

 

 それを成功させる姉に畏怖と敬意と嫉妬をした。

 

 別に魁人さんを自身の思うとおりに動かしたいとか、そんなことは思わない。ただ、思わず可愛くて言う事を聞いてしまう位はしたいなっと思うだけだ。

 

 

顔面偏差値なら秋姉には負けていない

 

 

なら、自分にも出来るのではと日々笑顔をの練習をコッソリとしているのだ。可愛くなりたいなー

 

 

そんな事を考えながら口元を吊り上げたり、眼をパチパチ開いたり色々なことをしているとリビングのドアが開く。

 

急いで手鏡をしまって机の問題に意識を割く。

 

 

「おはよう、今日も早起きして勉強か?」

「おはようございまス。魁人さん。えっとまぁそんな感じでス……」

「千冬を見ていると小学生時代の自分が恥ずかしくなってくるよ……」

「あ、いや、千冬もそんな大したことはないでス……」

「しかも、謙虚とは……」

 

 

魁人さんは千冬に凄い関心を示してくれる。ちょっと嬉しいなと思いながら姿を目で追う。

 

魁人さんはいつものように台所でスタイリッシュにクッキングを開始する。

 

秋姉が言っていた。

 

『カイトの包丁捌きはイキリ散らかす感じだな、良い意味で』

 

 

良い意味でも悪い意味でもそんな風に思われたくは無いだろうなと考えつつ、チラチラと魁人さんの姿を見る。髪を整えて目もぱっちり開いているが、パジャマ姿の魁人さん。

 

 

今日の朝ご飯も卵焼きかな? 定番で魁人さんの十八番だし。

 

 

 

ワークと魁人さんにそれぞれ気を配る。そして、魁人さんが朝食を作り終えた時が好奇なのだ。

 

一息を入れて、ついでにコーヒーを淹れて、千冬には紅茶を入れてくれる魁人さん。ダイニングテーブルに互いに座る。

 

よし、今だ!

 

「あの、魁人さん……」

「どうしたんだ?」

「ここの問題がちょっと……」

「ふむ、見せてくれ」

 

 

本当に分からない問題を魁人さんに聞ける唯一の時間。それが今なのだ。

 

二人きり(ここ大事)で問題を聞いて、ワンツーマンの家庭教師のように教えてもらえる時間。

 

 

「あ、これは……割合か……えっとな……」

 

 

魁人さんは聞きたいことがあれば何でも聞いて良いと言った。だから、それを実行しているのだ。何も可笑しなことはしていない。

 

でも、自然と頬が熱い……

 

 

「確か、ここをこうすれば……」

「あ、なるほど。魁人さんは教えるのが上手でスね」

「そう言ってくれると嬉しいな。あと分からないところはあるか?」

「いえ、大丈夫でス……」

「そうか、じゃあ俺は着替えてくるから、ほどほどにな」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんはそのまま部屋を出て行く。千冬は基本的に毎朝一問しか聞かない。理由はあんまり聞いてしまうと魁人さんの朝の時間が無くなってしまうから。二つ目にワークの聞くところが無くなってしまうから。

 

一遍に聞くと楽しみが無くなってしまうのだ。

 

明日もまた早起きして、聞こう……あれ? 

 

思わずワークをぺらぺらとめくる……分からないところがない。全部一度は解いたことがある……

 

どどどど、どうしよう……

 

明日からの朝の魁人さんとの時間が……

 

そう悩んでいるとリビングのドアが開いて春姉達が入ってくる。

 

 

「グッドーモーニング!」

「イントネーションおかしくないかしら? まぁ、正解知らないけど」

「千冬、偉いね。もう、偉いとか言う次元じゃないけど。取りあえずおはよう」

「おはようっス……」

 

 

いつも千冬は姉達が起きてくると勉強を終了する。いつものようにランドセルに教科書類をしまう。

 

「くっ、朝から勉学に励むとは……千冬よ……我はお前が末恐ろしい」

「秋に冬の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわね」

「なんだと!」

 

 

朝から賑やかな姉達に苦笑いを浮かべながらも頭の中ではどうしようと悩んでいる。明日からの唯一の特別的コミュニケーションの場をどうやって確保するか。

 

何だか、秋姉ばかりが魁人さんに優遇されているようでちょっと心細い時がある。いや、それは秋姉が誰よりも心を開いたりしているからなんだろうけど……

 

 

負けたくないと言う気持ちが強い……。別に勝負をしているわけではないし、秋姉は魁人さんに恋愛的な心境を向けているわけでもないけれども!

 

 

勝手に勝負しているのだ。

 

 

接する時間、話す時間、笑いあう時間。全部で劣っている。ここで何か打開策を……

 

 

考えたが特に何も浮かばなかった。

 

 

◆◆

 

 

「カイト、早く帰ってこないかなー、我お腹空いたー」

「私もお腹空いたわー」

 

 

秋姉に張り合う策を学校でも考えていたのだが、全くと言う程に思いつかなかった。どうしてだろう、算数には公式があるのに恋愛には公式が全くない。だから、全然思いつかない!

 

恋愛小説も場面が限られすぎて参考にならない。同居で十歳差とかあり得ない……

 

 

「カイトー、早く帰って来てくれー」

 

こんなにポンポン凄いことを言えるライバルがいる小説なんて存在しない。最早、何をすればいいの……?

 

 

千冬に出来る事は何?

 

 

「あ、! カイトの車の音がする!」

 

 

ダッシュでリビングを出てく秋姉。その行動力。

 

千冬は何か、好きって言っているような気がして恥ずかしくなり真っ先には絶対にいけない。で、でも、秋姉には負けられない……

 

 

「カイト、おかえり!」

「魁人さん、おかえりなさいっス……」

「ただいま。今、ご飯作るからな。待っててくれ」

 

 

魁人さんは帰って来てからの行動も速い。コタツで魁人さんのクッキングを眺める。手伝いしたいけど、素人が手伝っても邪魔なだけだろうし……

 

悩みに悩んでいると魁人さんが夕飯を完成させてそれをテーブルに運ぶ。全員が席について手を合わせる。

 

今晩はハンバーグだ。付け合わせにマッシュポテトとレタス。秋姉の大好物である。

 

「いただきまーす!」

 

目をキラキラさせて秋姉が手を合わせる。春姉と夏姉と魁人さんはそんな無邪気な秋姉の姿を見て微笑ましそうな顔になる。

 

そ、そうか。こういうのが魁人さん的にポイントが入るのか……。

 

これ、千冬がやったらどうなるんだろう……? 魁人さんに引かれるか、千冬に魁人さんが惹かれるか……二択。どっちなのー!

 

でもでも、普段あまりテンションが高くない千冬が急に元気になったら、引かれそうー。それはやだー。

 

 

どうしよう……何も行動を起こさない方が……あれ? 何だろう? このハンバーグのにおい、いつもと違うような気がする

 

 

「あれ? カイト、このハンバーグいつもと違くないか? 匂いが違う!」

「……千秋、気づいたのか?」

「ふっ、だいたい一年も一緒に居たら分かってしまうものだ! 我のセンサーがビビビッと反応した!」

「……それは会社の同僚から貰ったハンバーグなんだ。後で言おうと思ってたが、言う前に気づいてくれるとは……いや、嬉しいな、そこに気づいてくれるとは……」

「ふふふ、カイトのご飯はいつも美味しいからな! ちゃんと覚えてるぞ!」

「嬉しいなー」

 

 

……千冬だって、千冬だって気付いたもん!

 

「魁人さん! 千冬も気付きました!」

「そうか、ありがとうな」

「い、いえ、たいしことではないでス……いつもの魁人さんの、美味しい料理の香りを、覚えてる、だけで……」

 

 

二番煎じ、圧倒的二番煎じ。最初に言いたかった……あ、秋姉のせいだ……。思わずジト目を秋姉の方に向ける。

 

 

「むっ、どうした、千冬……はッ! そ、そんな顔をしても、ハンバーグはあげないぞ!」

 

違う(若干ぷんぷん)!

 

 

「別にハンバーグを狙ってるわけではないっスよ……」

「そうかぁ! じゃあ、良し!」

 

 

こういうのが可愛いのかなぁ? でも、無邪気ってどうやるの?

 

 

「カイト! おかわり!」

「分かった! いやー、そんな美味しそうにたくさん食べてくれると俺も嬉しいなー」

 

 

魁人さん……頬が緩み過ぎ! 千冬はいつもおかわりはしない。太ったらいやだとか、食い意地が張っているとか思われたくないと言うのが理由にある。

 

秋姉は逆でいつもお代わりをする。こういう所は真似ないといけないかも……でも、太りたくないな……

 

 

でも、ここまで負けっぱなし……千冬だって、お代わりしてニッコリしてもらうもん!

 

「魁人さん! 千冬もお代わりしたいでス!」

「……そ、そうか……(しょんぼり)」

 

 

あ、あれ? どうして魁人さん残念そうに……そこまで考えて千冬は気付いてしまった。自分の犯したトンデモナイミスに……

 

 

嗚呼ぁぁぁぁ! し、しまったぁぁぁあぁ。

 

 

いつもお代わりしないのに、貰ってきたハンバーグの時だけお代わりしたらいつもより、美味しいからお代わりしてるって思われるじゃん!

 

自分の作る料理との時はお代わりしないけど、市販のハンバーグの時だけお代わりする子って思われてるー!

 

さ、最悪だ……

 

 

「か、魁人さん、千冬は別に、その、市販のハンバーグだからお代わりするのではなくて……た、単純に今日はお腹が空いてて……」

「分かってるよ。そう言う時もあるよな(眩しい笑顔)」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんは眩しい笑顔を千冬に向けてくれた。でも、誤解は解けたのだろうか?

 

ううぅ、でもなんか失礼な感じに……秋姉のせいだ……またしても自身の姉にジト目を向ける。

 

「むっ? どうした……はッ! そ、そんな顔しても、付け合わせのマッシュポテトはあげないぞ!」

「別に狙ってないッス……」

 

 

秋姉に釣られてしまって墓穴を掘ってしまった。で、でもこれぐらいじゃ