百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで (流石ユユシタ)
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一年目
1話 思い、だした


「おい、日辻先輩、奥さんと一緒に出掛けて交通事故で死んだらしいぜ」

 

 

その知らせはいきなりだった。埼玉県所沢市市役所で事務の仕事をしていた俺の耳にいきなり届き、俺はその知らせを聞いて驚かずにはいられなかった。

 

「マジかよ……」

 

 日辻先輩とは俺の新人教育をしてくれた人だった。お世話になったと言えばお世話になったのだが……かなり奇抜と言うか、何というか。忙しくなると不機嫌になって俺達新人にあたったり、飲みの誘いを断るとごちゃごちゃ言われるし。行ったら行ったでいきなり歌を歌えとか、一発ギャグをやれとか無茶ぶりが凄かった。

 

 特に女性職員が居る時はマウントを取りたいからなのか、無茶ぶりが酷かった。そんな先輩だから俺を含めた新人はあまり関わらない様にしてたのだが……そんな間に死んでしまうとはな。

 

 嫌いな人でも死んでしまうと何処か哀愁が漂ってしまう。

 

 

 

 

「マジ」

「そうか……」

「まぁ、こんなこと言うのはあれだけどさ……」

 

 

俺と同期の佐々木小次郎が何かを言いかける。彼も日辻先輩には無茶ぶりを要求された人でよく愚痴を言っていた

 

 

「それ以上はあまり言わない方が良いぞ。いくら何でも不謹慎だからな」

「……そうだな」

「それより、仕事戻った方がいいぞ。資料纏められてないんだろ?」

「おっとそうだ」

 

 

隣の彼は仕事に戻った。日辻藤間……死亡か……こんな話何処かで聞いたことが……あるような気がする。何処だ? ニュース? 夢? 新聞? 夕刊? ポスター? 張り紙? インターネット?

 

 何処だ。考えても頭の記憶にもやがかかったようにそれ以上分からなかった。この感じ、日辻藤間先輩に初めてあった時も感じたんだ。何処かで会った事があるような、知っているような既知の感じ。

 

 

いくら考えても分からず、俺は思考を止めて仕事に集中した。

 

 

そして、正式に日辻藤間先輩の訃報と葬儀のお知らせが届き、役所に勤めている一同で出席することになった。

 

 

 

◆◆

 

 

 夕暮れ時、仕事終わりの午後六時。そこそこの人が集まる葬儀場に俺達は来ていた。黒のスーツ、ネクタイ、シャツ、ベルトは光沢のない地味な物を着こんで葬儀場を進んでいく。

 

 受付をして、葬儀場の館内に進んでいく。

 

「俺達は左側だよな?」

「そう、だな……」

「どした?」

「いや……前にもこんな感じの何処かで」

「大丈夫か? 疲れてるんじゃ……」

 

 

佐々木にそう言われ、確かに疲れでも溜まっているのではないかと思った。最近、頭の中にずっとある『日辻』と言う苗字。それを何故かずっと考えてしまうからだ。目頭を指で押してこれから葬儀だと言うのにこんな気持ちではいけないと思い気持ちを切り替える。

 

眼を再び開けて、祭壇の左側に座ろうとすると……前の方に日辻先輩の写真。そして、その写真の前に子供が四人いるのが見える。背丈が全く同じで髪の色と髪型が違う。後姿しか見えないがやはり何処かでと思ってしまう。読経や焼香、それらをこなして僧侶が退場。遺族挨拶などを終えて帰宅する途中である声が聞こえてくる。

 

「誰が、あの姉妹たちを引き取るの?」

「私の家は無理よ……」

「水を凍らせたって聞いたぞ」

 

 

夕暮れに照らされながら日辻先輩の親族の会話が何処か聞き覚えがある気がした。最近、こういうこと多すぎないか。まぁ、気にしないで帰ろう

 

と思いながらも足を止めてその話を聞いてしまった。

 

「おい、俺達は帰るぞ」

「ああ、そうだよな」

「おーい」

 

 

佐々木は肩を叩く。だが、俺の足は不思議と動かなかった。止まったままただ、親族たちの話を聞いてしまった。

 

「四つ子なんて……しかも、化け物」

「おい、それは」

 

年老いた婆さんが何かを言おうとしたのを爺さんが止める。あの人たちは日辻先輩の両親だろうか? ……いや、きっと両親だ。話を聞く限り、あの祭壇で見た四人は四姉妹なのだろう。それと化け物って……それは四人のことを指しているのだろう。

 

 

不思議と全てが分かる。そして、老人たちが話している途中で……()()()()()が老婆たちの側による。

 

 その内の一人が聞いた。肩にかかるくらいのピンク髪のショートヘアー。海のように澄んでいる碧眼は鋭い。背丈は小さく小学生くらいであることが容易に想像できる。

 

 

「この後、どうすればいいんですか?」

「……もう、今日は休んでいいから。四人共、ホテルに戻って」

「……はい。じゃあ、皆行くよ」

 

 

 化け物を見るような恐れや差別を含んだ瞳。それらを向けられた四人は特に何も言わずに去って行く。

 

「やっぱり、私達は引き取れない」

「いつ、凍らせられるか」

「私達も無理だ」

 

 

母方の祖母も祖父も、父方の祖母も祖父も四人を拒絶する。あの四人は日辻先輩の子供……達で……近しい親族たちも誰もが四人を拒絶する。こいつらの話し声は絶対あの四姉妹に聞こえてるはず。

 

いや、わざと言ってるんじゃ……どちらにしろ聞こえてる。

 

 

「おい、いつまでここに」

 

 

この光景見たことあるぞ。こちらのヘイトを物凄く湧きたたせるこの……()()()()

 

 

『これ、面白いからやってみろよ』

『百合ゲー……かよ』

『いや、絶対面白い。このゲーム』

『何て名前?』

()()()()

 

 

その時、頭の中で爆弾が爆発したかのような大きな衝撃が襲った。記憶が次々に溢れてくる。自分の知らない、いや、忘れていた記憶が。

 

 

「おい、大丈夫k」

 

 

佐々木が言う前に俺は親族たちの元に向かった。かなりの早歩き、親族たちは俺に気づいてなんだなんだと息を飲む。

 

 

俺はその人達のすぐそばによるとかなりの大声で言った。

 

 

「俺がっ、あの四姉妹引き取っちゃダメですかッ!?」

 

 

 

その声はきっと葬儀場から去って行く四姉妹にも聞こえていただろう。そして、この会場に居る全ての人たちにも聞こえていただろう。

 

 

「は、はい?」

 

老婆がハテナマークを頭に浮かべて急にどうしたんだと言う疑問の声を向ける。

 

 

「あの、俺は日辻先輩にお世話になった者です!! それで、話は変わりますが皆さんあのご息女の引き取り先で揉めているようなので、俺があの四人を引き取りたいんです!」

「きゅ、急に」

「急ですいません。でも、皆さん渋ってるから。だったら俺が……」

「バカ、お前何言ってるんだ!」

 

佐々木が急いで俺の側に寄ってきて手を掴む。無理やりにでも帰らせようとしているのかもしれない。だが、俺の手を引いても俺は一切動かない。

 

 

「俺なら、あの子達を引き取れます。家も大きいです。貯金もまぁまぁあります!」

「……そうは言ってもねぇ?」

「どこの馬の骨かもわからん……」

 

 

 四人を拒絶しておいて何故か、引き取りは渋る。まぁ、確かに俺なんて全く関係のない部外者だけれども。だが、このままこいつ等に引き取らせるのだけはごめんだ。こいつらは孫のはずの四人を煙たがって、愛情の一つも与えないクソ野郎ども。育児を放棄するクズどもだからだ。

 

「……お願いします。先輩の遺志を俺に引き継がせてください」

 

 

俺は頭を下げた。本当は下げたくもないが下げた。俺が下げている頭の上で小さい声でこそこそと話す奴らの声が聞こえる。

 

 

「……でも、いいんじゃない? 私達が化け物を引き取るより」

「そうだな」

「変に子育ての時間が増えてもゲートボールとか水泳の時間が減るだけ」

「だったら、この人に押し付ければいいんじゃない? 変に責任感のある感じだし」

 

 

全部、聞こえてるぞ。クソ野郎どもが……耳は滅茶苦茶良いんだよ。馬鹿が。

 

 

「コホン、ちゃんと育てられるのであればあの子達の意見を聞いて考えることにしましょう」

「ありがとうございます! いや、俺先輩にお世話になったからつい、変な責任感が出ちゃって……ハハハ」

「おい、良いのかよっ?」

「いいんだよ。俺がこれをしたいんだ」

「お前、全然お世話になってねぇだろ。寧ろ」

「シャラップ、黙れ。良い流れが来てんだ」

 

 

老人どもは恐らく話を俺の後ろで聞いていたであろう四姉妹たちを呼んだ。ホテルに行くはずだったが話が聞こえて足を止めていたんだろう。徐々に子供の足音が近くなっている気がした。

 

葬儀場では俺に視線が集中している。

 

この日が俺と、彼女達四つ子姉妹、百合ゲー世界のヒロイン達との出会いであり、この日から運命が大きく変わり動き出したのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

感想よろしくお願いします

 

 

 

 



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2話 運命の日

 『響け恋心』と言うゲームを俺は遊んだことがある。このゲームは女の子同士の恋愛シュミレーションゲーム、つまりは百合ゲーだ。所沢市が舞台であり、そこにある埼玉県立中央女子高校に入学した女主人公とヒロインの四姉妹がハプニングに遭ったり、喧嘩したり、出掛けたり、言葉を交わしながら徐々に恋に落ち、そして結ばれる。

 

 ヒロインは四姉妹と言う事もあり四人なのだが、それぞれが独自に主人公と恋に落ち恋人になり結ばれるルートと四姉妹全員が主人公を囲むハーレムルート、合計で五つのルートが存在する。面白いのが独自ルートに入った場合、結ばれなかったヒロイン同士が恋仲になると言うとんでも展開もあると言う事だ。

 

 百合ゲーをしたのがこの『響け恋心』で初めてだったと言う事もあるがこういう結ばれなかったヒロイン同士が結ばれるのは結構百合ゲーでは当たり前だと言う事を俺は初めて知って驚嘆したのを覚えている。ずっと、普通のギャルゲーとか、シューティングゲームしかやったことなかったからである。

 

 何故、百合ゲームをプレイしたのかと言うと友人がいきなり俺におススメをして来たのだ。

 

 別に百合ゲーには興味なかったのだがかなりおススメをされたので何事も経験かなと軽い感じで手持ちのテレビゲームでプレイすると……キャラが一人ひとり魅力的でイベントフルボイス、細かいところまで繊細に書かれた挿絵、独自の葛藤やドラマ。

 

 端的に言うとハマった。全ルート攻略するくらいにはハマった。俺はその中でもハーレムルートがお気に入りであった。

 

 

……まぁ、全部前世での俺の話なんだが。

 

 

 どういうわけか、俺は転生をしてヒロイン四姉妹の両親の葬式で記憶を思い出した。こんなことがあるのだろうかと思ったのも束の間、俺は直ぐにでも四姉妹を引き取ろうと決めた。

 

 理由は単純、死んだ日辻姉妹もそうだが日辻家の大人はろくな奴が居ない。四人を引き取っても育てもしないで、放逐。部屋に四人を閉じ込めて腫れものを扱うような処遇。

 

 高校に入学するまでは親族間を転々とするのだが、彼女達は常にこういった扱いを受け続ける。ゲームではそういう背景、経歴だと割り切っていたが、彼女達は俺の推しだぞ。そんな目に遭わせるわけには行かねぇ、と言う使命感が働く。愛着もある。

 

 

 だから、俺が引き取ると心に決めた。

 

 

 

◆◆

 

 

 夕暮れ時の葬儀場。視線が俺に注ぎひそひそと話し声が聞こえてくる。同期の佐々木がどうするんだと頭を抱えている。

 

 後ろから子供の足音が聞こえる。それがドンドン近くなり俺のすぐ後ろまで近づいた。

 

 親族たちが俺の後ろに目を向けて口を開く。

 

「……話は聞いていたね?」

「はい。聞いていました」

「どうするかね?」

 

 

 背中から子供の声が響く。どこか冷めていて氷のような声。俺が何度も聞いた声で知っている声。少し幼さを感じるが幼くても可愛いらしいと言う事実は変わらないようだ。

 

 

「……千夏(ちなつ)千秋(ちあき)千冬(ちふゆ)どうする……?」

「「「……」」」

 

 

 そう簡単にどこの馬の骨か分からない奴の家には行きたくないよな。でも、そいつらの家よりは俺の家の方がいいぞ。と言いたいが信用なんてしてもらえないだろうし。

 

でも、何かしら言わないとな。色々大人の汚い事を知っている彼女達だ。にこやかに笑って、清廉潔白さをアピールして同居を提案する。これだ! だが、絵面を見ると危ない感じがするけど、まぁ、仕方ない。

 

 

 俺は笑顔を浮かべて後ろを振り返る。そこには未来のヒロインの幼い姿が広がっていた。

 

 一人は、ピンク髪を肩にかかるショートヘアーで目つきの鋭い碧眼。ちょこっとギャルのような雰囲気がある。先ほどからずっと姉妹を代表して外部との接触、そして姉妹たちを導いていた。

 

 この子が長女にして、氷結系ヒロインと言われている。日辻千春(ひつじちはる)

 

 二人目は千春の後ろに隠れている、金髪のツインテールに千春と同じく碧眼。少しの怯えを見せているが世の中全て敵だと言わんばかりの疑惑の眼をしている。

 

 この子が次女にして、吸血鬼ヒロインと言われている。日辻千夏(ひつじちなつ)

 

 三人目は肩にかかるほどの銀髪でオッドアイ。千春に隠れている千夏の後ろにさらに隠れている。

 

 三女、厨二病系ヒロインと言われている。日辻千秋(ひつじちあき)

 

 

 四人目は茶髪に碧眼。カチューシャで髪を纏めておりデコが出ている。彼女は誰に隠れる事もなく長女の千春と並んでいる。

 

 四女、しっかり者系ヒロイン日辻千冬(ひつじちふゆ)

 

 すげぇとしか言いようがない。画面の中でしか見たことがないからいざ、現実で彼女達を見ると不思議と緊張してしまう。

 

 だが、こんな挙動不審ではいけない。堂々としてやましい事など何もないと言う雰囲気を醸し出さないと……膝を地面につけて彼女達と視線を合わせようとする。するのだが四人の内三人はそっぽを向いてしまった。

 

 ……ま、まぁ仕方ないよな。俺怪しさ全開だし。だが、一人だけ視線を合わせてくれた長女の千春と話してみることにする。

 

 

「え、えっと、俺は悪い大人じゃないぞ。どう、どうですかね? 俺と一緒に住まないか? あ、住んでみませんか?」

「……」

 

 自分で言うのもあれだが怪しさしかないな。ああ、これで断られたらなんて説得しようかな……。そんな事を考えながら彼女と視線を逸らさず瞳をまっすぐ見ていると……

 

 

「……うちは、それでもいいと思っています」

「「「え?」」」

 

長女の告白に残りの姉妹たちが思わず驚きの声を上げる。彼女達だけでなく、近くに居る親族や同期の佐々木、勿論俺も声こそ上げないが表情には驚きを浮かべている。

 

 

「三人はどうしたい?」

「……わ、我は千春がそれでいいと言うなら、そうしてやらんでもない……」

「千冬も、それでいいっス……」

 

 

 千春の問いに三女の千秋と四女の千冬は彼女が言うならと肯定の意を示す。

 

「千夏は?」

「……ノーコメント」

 

 

 次女の千夏はノーコメントだがその返答には好きにすればいい、私は三人が行くところに行くと言う意味があるのかもしれない。

 

 

「そっか……じゃあ、そうします。貴方の家に住ませていただきたいです」

「お、おう……俺はいつでも歓迎だ」

「でも、今日はホテルで過ごしたいと思いますのでこれで失礼します」

「は、はい」

 

 彼女がそう言うと親族たちもそれに便乗して色々言ってくる。

 

「では、荷物は後々送りますから連絡先を」

「はい……」

 

 連絡先を交換すると、再び千春と目が合う。彼女はぺこりとお辞儀をして妹たちを連れて去って行った。何故か分からないがあっさりと決まってしまい少々拍子抜けしてしまう。

 

 遺族も去り佐々木と二人きりになると彼は俺の肩を叩く。

 

「おい、お前何考えてるんだ!?」

「色々考えてる」

「マジか? 何考えてるんだ?」

「ああ、それはまた今度話す」

 

 

 佐々木と別れて。日は暮れて辺りが暗くなっている帰路を俺は歩いた。

 

 

◆◆

 

 

 

 場所は変わってとあるホテルの一室。長女の千春に鋭い眼を向ける次女の千夏の姿があった。長女である彼女が色々自分たちの事を気にして動いてくれたのは分かるが、流石に今回の行動には思う所があるのだ。

 

 

「千春、アンタ何考えてるのよ?」

「……」

「あんな良く分からない、馬の骨の家に住むなんて……どういうつもり? 千春が言ったから流れでそうなったけど、いくらなんでも……」

 

 千秋と千冬の目線は二人を行ったり来たりして、この事態をどうするべきか考えていた。

 

 千夏の言葉に千春は僅かに考えると口を開いた。

 

「眼が、違ったから」

「眼?」

「他の人たちが侮蔑の眼を向ける中であの人だけが、何というか、愛情のある眼をしている感じがしたから……そうした」

「……そんな事で……」

「でも、親族の家に行くより良いでしょ?」

「そうだけど……アイツは私達を知らないから。もし、正体が分かったら……」

「うん……でも、うち達にとってあの人に縋るのが最善だったと思う。だから、バレない様にすればいいんじゃないかな……と思う」

「……そう。分かった。でも、もし、バレたら?」

「……大人しく、親族たちの家に行くしかない」

「……それが一番最悪ね」

 

 その言葉を最後に互いに会話を止めた。彼女達にとって親族の家に行くことは最悪なのだ。

 

 

 化け物と言われ、後ろ指を指されることが確定しているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話 家

感想ありがとうございます。


 俺が彼女達を引き取ると決めて数日後、俺は家でコーヒーを飲みながら彼女達が来るのを待って居た。

 

 正直言って冷静になると、俺は何をやっているんだと思う事もある。この家には俺以外住んでいる者はいない。両親は他界して、この家と貯金を残したからだ。

 

 亡くなったのは前世の記憶がない時で、大泣きしたのを覚えている。まぁ、それは過ぎた事だから一旦おいておこう。

 

 問題なのは社会人なり立て21歳の俺が現在小学四年生の世話を出来るのかと言う問題だ。正直なところ、前世でも子育てなんてやったことがない。

 

 だが、引き取ったからにはしっかりとやらないといけないと言う責任が発生するのは勿論心得ている。だとするなら、しっかりと四人と向き合わないとな!!

 

 21歳社会人が10歳の幼女四姉妹と向き合うか……あれ? ちょっと危なくない?

 

 自身が大分ヤバい奴なのではと感じていると家のインターホンが鳴る。どうするのか明確な事柄が決まらないうちに四姉妹が我が家に到着してしまったようだ。

 

 

 落ち着かない足取りで玄関に向かい、ドアを開ける。

 

「いらっしゃい、えっと四人共……」

「こんにちは。お兄さん……ほら、三人も挨拶」

「……どうも」

「わ、我は、三女の千秋……よ、よろしく……」

「あー、えっと千冬っす。四女っす……」

 

 凄い緊張しているな。俺も緊張はしているんだが、ここは大人の姿勢を見せて余裕のある行動をとろう。

 

「遠慮しないで入っていいよ。どうぞ、どうぞ」

「ありがとうございます。皆も挨拶したら靴ちゃんとそろえて入って」

 

 

 長女の千春。ゲームでもそうだったが超過保護。姉妹全員を大事にして甘やかす、甘やかしすぎてしまうところもある。彼女は本当はもっと砕けた話し方のはずなんだが、そこはお世話になると言う事で切り替えて話しているのだろう。

 

いや、流石ですね。小さいのに偉い。

 

 

 長女の陰に隠れて千夏と千秋は俺と目を合わせずに靴を脱ぎそろえてフローリングに乗る。そこからどうしていいのか分からないようで、目を合わせずにキョロキョロとあたりを見回す。

 

「そこがリビング。入っていいよ」

「「「……」」」

「ありがとうございます。お兄さん」

 

 

 三人はこくこくと頷き長女は一礼をして三人を率いてリビングに入って行く。俺も彼女達を追ってリビングに向かう。次女と三女は後ろの俺を恐れているようで何度もチラチラ見る。そして早歩きでリビングに入って行った。

 

 怖がられてるな。ニコニコしているつもりなんだが……

 

 

 俺が入るころには全員が正座をしていた。堅苦しいが子供ながらにこういった事が出来ていることに感心と歪さを感じた。

 

 以前と同じように長女と四女が前に、その後ろに隠れるように三女と四女。

 

「これから、お世話になります。お兄さん」

「もっと、砕けた感じでいいよ? 自分の家だと思って好きにやって」

「それはできません……」

「あ、そう……荷物は?」

「最低限だけ持っています。残りは後日改めて届くらしいです」

「そっか……ここまでどうやってきた?」

「タクシーとか電車乗り継いできました」

「子供だけで?」

「はい」

 

 おいおい、いくら何でもそれはあんまりなんじゃないか? まぁ、こういう扱いされると分かっていたから引き取ったんだけどさ。

 

「そっか、しっかりしてるね」

「ありがとうございます」

 

 全部長女である千春が受け答えしてくれるのだが凄い堅苦しい。ゲームであったギャルっぽい砕けた感じが俺は好きなんだが……無理強いはダメだよな。それ以前にもっと楽にしてほしい。

 

 クソな境遇でクソな生活をするから、それを変える為に引き取ったのにこれではあまり変わらない。ゲーム開始までどうか快適で楽しい生活をしてほしい。

 

 どうすれば四人が心置きなく生活ができるか考えないとな。俺がこの家の主だから頭が上がらない的な感じだから俺と気軽に話せるようになればいいはず。

 

 だとするなら先ずは、自己紹介をしよう

 

 

「これから一緒に暮らすんだし、改めて自己紹介しようか?」

「はい、うちは日辻千春。この子達とは四姉妹の関係で長女です。次は千夏、お兄さんにご挨拶して」

「……日辻千夏です……よろしく……お願いします……」

「わ、我は日辻千秋……よ、よろしくしてやっても良いぞ……」

「千冬は、千冬っす……」

 

 

 千夏はもっとツンデレって感じなんだがそれを出せるほど今は元気もない。三女は厨二的な発言が魅力だがそれを出すほど元気なし。四女の千冬は普通に元気なし。殆ど元気なし。

 

 ここは俺が歌のお兄さんのように心を掴む挨拶をしたいが下手に滑ったら余計に溝が出来そうだから普通に挨拶をしよう。

 

「俺は、ブラックかいと(黒魁人)。よろしく」

「「「「……ブラック?」」」」

「ああ、珍しい苗字だと思うけど、黒と書いてブラックと読むんだ」

「……我、そういうの好きかも」

「素敵な苗字ですね。お兄さん」

「「……」」

 

 

 何か良く分からないけどちょっとだけ、三女が心を開いてくれた。だが、次女の千夏と四女の千冬は数の子くらいの興味しかないようだ。

 

 

「えっと、何度も言うし、これからも言うけどこの家は自分の家だと思って好きに使っていいからね」

「「「「……」」」」

 

 結構良いこと言ったと思ったのだが全員が黙りこくってしまった。

 

「どうして、お兄さんはうち達を引き取ったんですか? あの人に……父にお世話になったからですか? それが理由なんですか?」

 

 千春がそう言った。その時の彼女の眼は疑惑、恐怖、負の感情で溢れていた。あの時は親族の前だからそれっぽい理由を言ったけど彼女達にとって父は、いや母も憎悪の対象でしかない。

 

 自分達を最初に化け物だと言って、それを親族たちに知らせたのは自分たちを守るはずの両親だから。

 

 そんな人と仕事関係とは言え関係を持っている俺は何処か不安を拭えないのだろう。何と説明すべきか、大人の事情とか言うより正直に言うべきだと思うが……前世の推しだからって言うのもな。

 

 四人と向き合いながら生活をすると決めたから嘘はダメだ。言える範囲で言う事にしよう。

 

 

「正直に言うと、君たちのお父さんには全くお世話になってない。いや、多少は世話になったけど正直言うと嫌いだった」

「「「「ッ!?」」」」

 

 

 凄い驚いてるな。じゃあ、何で引きとったんだよと言う疑問が四人の顔に書いてある。

 

「じゃあ、どうして……?」

「親族の人たちより俺の方が四人を幸せに出来ると思ったから」

「っ……そう、ですか……」

「そうなんだ。まぁ、そう簡単に俺を信用は出来ないと思うが……それなりには心を休めてこの家を使ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 

 

 あ、全然心休んでいないみたいですね。顔が強張ってますね。顔見ればわかる。これは無理に今接するよりも彼女達だけにして心を落ち着かせる方が良いだろうな。落ち着いたら話をする方向に作戦をチェンジしよう。

 

 

「上の階に部屋用意してるから案内するよ」

「わざわざ……」

「気にしないで。じゃ、行こうか?」

 

 

 俺はリビングを出て二階に上がって行く。我が家は二階建ての37坪の4LDKである。二階部屋が三つある。まぁ、今は四人一緒が良いだろうから一部屋で、中学生くらいになったら二部屋に分けると言うプランを個人的に考えている。もし、今の段階で部屋を分けたいと言ったらそうすればいい。臨機応変に四人の願望に答えよう。

 

「この部屋、好きに使ってくれ」

「ありがとうございます」

「気にしないでいいよ」

 

良い大人感を出して俺は特に何も言わず下の階に降りて行った。後ろから四人の視線が背中越しに注がれる。色々深く考えてしまっているようだけど……

 

 早く、四人がこの家に慣れてくれればいいな……

 

 

 



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4話 姉妹会議

 うちは日辻千春。日辻家四姉妹の長女である。うち達四姉妹はお兄さんに用意をしてもらった二階の部屋で足を崩して床に座っている。案内された部屋は布団が四枚ほどたたんで置いてあり、それ以外には目立った物はないが開放感にうち達四姉妹は包まれていた。

 

「ふっ、我の名演技によりこの家になんなく忍び込めたな」

「何言ってんのよ。ビビッてずっと後ろに隠れてたくせに」

「は、はぁ? ビビッてねぇし! あれ、実は実力がある主人公ムーブだし!」

「嘘つけ」

 

 

 四姉妹の中のビビりの千夏と千秋がいきなり喧嘩を始めてしまう。喧嘩を見ながらふと思う。どうしてうちの妹たちはこんなにも可愛いのかと。こんなに可愛い子は全世界でも確実に五本の指に入るほどの可愛さだ。永遠に見ていたけど。下にはお兄さんが居るから騒いだら迷惑かもしれない。

 

「二人共喧嘩はダメだよ」

「我は喧嘩してないし、千夏が一人でしてるだけだし」

「はぁ? 秋が一人で喧嘩してんじゃん」

 

 

 二人が顔を近づけてメンチを切る。これも可愛い、うちの妹がこんなに可愛いなんて……うちの妹達は毎秒事に可愛いさの最高値を更新する。

 

「ちょっと、ちょっと流石にそこまでにしとくっすよ。夏姉(なつねぇ)秋姉(あきねぇ)も。折角心休まる所に住めることになったんスから」

「うぐっ、ま、まぁそうだな。今は我が引いてやろう」

「……そうね。私もほどほどにしとくわ。変に騒いで出てけなんて言われるだけは避けないとね」

「その通りっすよ」

 

 

流石四女の千冬。しっかり者である。硬式プロテニスプレイヤーの体幹よりしっかりしてる。流石うちの自慢の妹。

 

うちの人生で数少ない幸運はこんな素晴らしい妹に出会えた事であるのだと思う。

 

 

「でも……確かにこの家自体は良いけどアイツは本当に安心できるやつかしら?」

「悪の科学者的な感じか!?」

「バカの秋は放っておくとして、冬はどう思う?」

「うーん、そこに関しては何とも……でも、悪い人って感じはしないスけど」

「冬はそう思うのね……でも、絶対に心は許しちゃダメよ。いつ、誰が私達を殺そうとするなんてわからないんだから」

 

 

……そうだよね。あのことはそう簡単に忘れられないよね。千夏の言葉に千秋も千冬も僅かに顔を暗くする。

 

 特に千夏は一番……

 

 

 全員の空気が重くなり始めるとそれを何とか軽くしようと千秋が急に声を上げる。

 

 

「何か、お腹空いた」

「はぁ!? この空気でそれ言う!?」

「だって、空いたんだもん」

「だもんって、子供か!」

「子供だよ」

「あ、そっか」

「そうだ」

 

 

先程の会話とは脈略もない、さらに全く関係もない千秋の発言に思わずツッコミを入れてしまう千夏。だが、ツッコミが少々外れたようで逆に千夏が千秋にツッコミをされる。

 

 

 

千秋は素で変な事を言ったりすることもあるが、雰囲気が悪くならない様に敢えて場の雰囲気を崩すようなことを言う事もある。彼女が居なければ今、うち達は笑っていないかもしれない。

 

「千冬もお腹空いたっス。朝から何も食べずここに来たから……」

「そうだね。もう、お昼の時間だし……うちがお兄さんに何か食べさせてもらえないか聞いてくるよ」

「じゃ、千冬も一緒に行くっス」

「大丈夫、一人で行くから三人は休んでて。うちはお姉ちゃんだから一人で行ける」

「そうか、何かあったら我を呼べ、我が邪眼の力でものの数秒で駆けつけてやろう」

「同じ家に居るんだから使わなくても数秒で行けるじゃない。と言うかそもそも秋にそんな力()ないし」

 

 

三人はまだこの家に慣れてない。お兄さんとの接することにも慣れてない。ここまで来るのに疲れてもいるはず。

 

だから、休ませてあげないと。

 

 

「じゃあ、行ってくる。良い子にして待ってて」

 

 

部屋を出て階段を下りる。お兄さんの所に向かいながらこの家の内装を眺める。白を基調としている。汚れが僅かにはあるがそれでも掃除が行き届いている。お兄さんが綺麗好きだと分かる。

 

 

リビングのドアを開けるところで、僅かに体が止まる。ご飯を食べたいと言って不機嫌になられたらどうしよう。我儘な子供だと思われたりしたらどうしよう。そのまま追い出されたらどうしよう。

 

あの人はそんな人ではないのではな気がするけど、急に気が変わることもあるかもしれないし……

 

体が止まり考えているとリビングからお兄さんが出てきた。お兄さんの手にはトレイがある、トレイの上にはおにぎりが八個。卵焼きやウインナーもお皿にもってありさらにはデザートのグミまで置いてある。

 

 

「あ、お腹空いてるよね。今、持っていこうと思ってたんだ。これ、食べて」

「あ、ありがとうございます」

「気にしなくていいよ」

 

お兄さんはふらっとリビングに戻って行った。トレイを渡された。至れり尽くせり、こんな良くされたの記憶に殆どない。あの人が悪い人ではない事は流石に分かったけど親切すぎるような……もしかして、噂に聞く……ロリ、コ……ペド……いや、でも、そんな事を考えてしまうのは失礼ではないだろうか。

 

 

でも、四姉妹小学生を引き取って育てるなんて普通はしない。やっぱり、ロリ、コ、ペド、本当にこれ以上はいけないと思い頭を空っぽにして三人の待つ部屋に戻る。

 

 

「うわぁぁ、おにぎりだぁぁ! 卵焼きとウインナーも、グミもあるぅぅ!!」

 

千秋が早速目をキラキラさせて涎を垂らす。

 

「……待遇良すぎじゃないかしら?」

「うちもそう思ったけど素直に貰っておこう?」

「……そうね」

 

千夏はお兄さんの好待遇に疑惑が尽きないようで。

 

 

「美味しそうっスね。かなりの好待遇はありがたいっすけど……もしかして、ペド……ロリ、コ……いや、何でもないっス」

 

 

千冬は何かを言いかけるが口を閉じた。そのままおにぎりに三人は手を伸ばす。

 

「コメが我の口の中で、踊っているぞ……こんな美味しい料理久しぶりだ……」

「……確かにね」

「この卵焼きも美味いっス……」

 

 

 うちもおにぎりに手を伸ばす。三角に纏まっている白いコメ。本当に誰かに作ってもらって食べるのは久しぶりだ。そのままおにぎりに被りつく。その時、過去が少しフラッシュバックした。

 

 何もしてくれない。遠ざける両親。

 

 寂しくて泣いてしまう妹達。寒くて、お腹が空いて、只管に寂しくて寒い毎日。普通に生活できるのであればどれだけ良かったか。そう、何度も思った。自分が普通とは程遠い事は分かっている。でも、それでも願わずにいられない。

 

 

 普通のご飯と愛情が欲しいと。

 

 

 普通がどれだけ、欲しいか。願ったか。今、ようやく、その普通に手が届いた気がした。薄っすらと瞳に涙が浮かんでしまうが長女が泣くわけには行かない。それを直ぐに拭いておにぎりにもおかずにも被りつく。

 

 

 

 美味しい物を食べているときは人は無口になると聞くがその通りだと思った。自分も三人も何も言わずに只管にご飯を口に運んでいるのだから。

 

 

 デザートのグミも四人で分けた。レモン味の引き締まった甘さが凄く美味しかった。久しぶりに外からの愛情を感じた。安住の地を見つけた。ここでなら、普通になれる。三人も真っすぐ育つ。そう、うちは確信した。多少のロリコン疑惑なども少し心配だけど……

 

 だから、絶対にうちが、うち達が超能力者であることはバレてはいけない……

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

主人公ロリコンだろうなぁと思った方、面白いと思った方はモチベになりますので感想お願いします。

 

 

 

 

 



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5話 お風呂

 『響け恋心』と言うゲームを語るうえで欠かせないのがヒロイン達の特徴ともいえる、超能力である。全ての始まりであり、同時に歪みでもあり、最後には希望。

 

 主人公が所沢市中央女子高校に入学して、ヒロインと恋に落ちる。その過程で明らかになる超能力。

 

 超能力者とはその名の通り、超能力が使えると言うものだが中々に独創的な能力もある。

 

 千春は単純に氷結、何でも凍らせたり氷を生み出したりできる。この世界は別に悪の科学者とか居ないし、謎の能力者集団、謎の生命体などは一切出てこないからバトル描写なんてない。だが、もしバトルがあったらと仮定すれば彼女が一番強力な能力を持って言えると断言できる。

 

 

 何でも凍らせる。単純にとんでもないものだ。だからこそ彼女の両親は恐れて遠ざけた。そして、それを親族に話し化け物だと話したのだ。

 

 人は幽霊とか妖怪などの未知を恐れると言うがそれは正しく本当なのだろう。彼女が能力が目覚めた時から両親は一切面倒見ずに遠ざけ続け、挙句の果てには殺そうともしたのだから。

 

 こういう事を思うのは悪い事なのかもしれないが彼女達の親としてクズだ。面倒も見ずに軟禁のような事をして殺そうともするとは胸糞にもほどがあるとゲームをプレイしているときも感じていた。

 

 その後も高校に入学するまでは各地の地方などを転々とするときも胸糞。親族たちからも居ない者扱い。

 

 それを変える為に引き取ったのに何だか彼女達四人の心が安らいでいない気がする。

 

 どうしたものか。先ほど手軽にできるお昼を渡したがあの程度では足りなかっただろうか。心置きなくこの家で過ごすにはある程度の俺の信頼、好感度と言っても良いかもしれないがそれが必要だろう。だから三女の千秋の好物のグミもさり気なく添えていたのだが……

 

 ゲームとかだと好物とかをプレゼントとしてあげると無条件に信頼、好感度が上がるがここはゲームではないからそういうのはないのかもしれない。

 

 

 うーん、どうしよう。やっぱりまだ小学生だからレクリエーションしたら楽しくなって俺の事を信頼しないかな?

 

『俺と一緒にレクリエーションしようぜ!』

『『『『お巡りさんこいつです』』』』

 

 

ダメだ。21歳が小学生で10歳の四姉妹たちとレクリエーションはどう考えてもアウトだ。あ、お風呂ならどうだ?

 

日本の伝統、お風呂で湯船に浸かれば安心感を得て気軽に楽しくこの家で過ごせるんじゃないか?

 

『お風呂湧いたから四人ではいれよ』

 

 

これも、何か癖があるな。これくらいなら大丈夫だろうと一瞬思ったが絵面見るとなんか危ない感じがする。

 

不干渉は……それは引き取った身としてできないし。どうしよう。

 

 

俺が頭を抱えて考えているとリビングのドアが開く。そこにはお結びやおかずが乗っていたお皿とトレイを持った千春が居た。

 

「ごちそうさまでした。お兄さん」

「お粗末様。どう? 美味しかった?」

「はい、とっても」

「それは良かった」

「この食器、うちに洗わせてください」

「いや、大丈夫。俺が洗うから」

「でも、ご馳走になったのに」

「大丈夫。気にしないで」

 

 

俺は彼女からお皿を預かり洗面台に向かう。水を流してスポンジで洗る。ふと彼女が気になり視線を向けると彼女はおろおろして落ち着かない様子。そうか、洗い物任せて勝手に部屋に戻るのは忍びないのか。と俺は察した。

 

 

「部屋に戻っていいよ? ここじゃ、落ち着かないだろうし」

「あ、いや、そんなこと」

「大丈夫、気にしないで戻っていいよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 彼女は一礼して部屋を出て行った。良い子だな。本当にいい子。でも、俺はやっぱりギャルな感じの話し方を推したい。

 まぁ、彼女に強制をするつもりもないが。ある程度心を開いてくれればそう言うときも来るだろう。いつになるかは分からないけど。

 

 彼女は普通に憧れているから普通通りに生活してほしい。長女として責任感を感じるのは彼女の美徳とも言えるがそれは負担もかかっている。ありのままで少しでも生活できるようになって欲しいと常々願う。

 

 

 願っているうちに洗い物が終了した。

 

 

 そう簡単に心は開いてくれないのは分かっている。不用意に関わってもダメだろう。俺はソファに座り暫くはどのように接するべきか考えることにした。

 

 

◆◆

 

 

 

「我、お風呂入りたい」

 

 

 昼食を食べ、一息を付いたうち達。この家の床が綺麗で良い色をしていると言う話をしていると唐突に千秋が話を変える。

 

 

「秋……アンタ相変わらず話が急ね……」

「だって外は熱いし、ここまで来るのに汗かいたし、べたついて気持ち悪い」

「まぁ、秋姉の言う事も分からなくはないっス。でも、それを言うのはちょっと気が引ける感じが……」

「いや、でもあんなにご馳走してくれたし、良い奴そうだし、グミくれたし、お風呂くらい入らせてくれんじゃないかと我思う」

 

 

 今の季節は夏。太陽の日照りは強く気温も高い。千秋の言う通りここに来るまでに相当汗もかいた。うちも実を言うとお風呂入りたいと思っている。だが、千冬の言う通りお風呂入りたいと言うのが躊躇われると言うのも分かる。

 だが、さらに千秋の言う通り親切なお兄さんがお風呂入らせてくれると言うのも分かる。

 

 

「でも、それで機嫌損ねられたらとんでもないわ」

 

 

 だが、さらに千夏の言う事も分かる。うちの妹達言う事全部分かってどうしようもない。

 

 

「いや、行ける!」

「その根拠は何処にあるのよ?」

「グミくれたから!」

「根拠に説得力がなさすぎる……」

 

 

千夏は頭を抱えて根拠の無さを嘆く。反対に千秋は目をキラキラさせている。彼女からしたら

 

 

「ご飯もくれて、引き取ってもくれた。多分あの男は良い奴で懐も大きいはず、だからお風呂も入れてくれるはずだ」

「……その理由なら多少根拠に思えなくもないわね」

「でしょ!? でしょ!? じゃあ……千夏、後はよろしく……」

「はぁ!? 何で私!?」

「我は、あれだから、秘密兵器だから」

「意味わかんない! 秋が発案者なんだから秋が行きなさい!」

「だが、断る」

 

 

千秋はお兄さんを信じ始めてはいるが自分から話したり頼んだりするのはまだ抵抗があるようだ。千夏は何とも言えないし、信じられないけど千秋が信じるなら多少は信てよい、だがだからと言って直接話すのは躊躇われると言う心境だろう。

 

 

「うちが行くよ、お姉ちゃんだし」

「じゃあ、千冬も一緒に行くっス」

「え? いいよ、うちが……」

「春姉だけに負担かけられないっスから」

「でも」

「偶には千冬も頑張るっスよ」

 

 

 千冬は親指を立てて笑顔でサムズアップしてきた。何て可愛い子に愛らしいのだろう。恐らく芸能界に入れてしまえば子役タレントの仕事を世紀の大泥棒のように盗ってしまうこと間違いない。そして、そのまま大スターになってしまう。この子と同じ時代に生まれてきた子役タレントたちが少し可哀そうに思えてならない。

 

 この子には無限の選択肢がある。その選択ができるようになるなら、自由に羽ばたけるようになれのであればこの子の為ならうちは何でもできると本気で思った。

 

 

「ふ、二人が行くなら我も行くぞ……特別に」

「ちょ、それじゃ、私が一人になっちゃうじゃない! だ、だったら私も行く」

 

 

二人より、三人、三人より、四人。皆がうちを支えてくれるのが嬉しい。うちも皆を引っ張ってあげないと……

 

「じゃ、うちが先頭で行くよ」

 

部屋から出て下の階に降りていく。そして下の階のリビングに入るとお兄さんがソファに座って難しい顔をしていた。

 

 

お兄さんはうち達に気づくと顔にぎこちない笑みを浮かべる。

 

「どうしたの?」

「あ、あの、」

 

うちが言い淀み何とも言えない空気が場を支配する。千冬も後ろにいる千夏も千秋も緊張でどう言葉を使えばいいのか分からない。

 

失礼なく、頼み事。それは非常に難しいのだと思った。お兄さんはうち達が頼みづらいのが分かるとお兄さんから色々聞いてくれた

 

「お菓子、食べたいの?」

「違います……」

「あ、それは食べたい……」

 

 

うちが否定するが後ろでコッソリと千秋がお菓子食べたいアピールをする。

 

「じゃ、テレビか?」

「違います……」

「あ、でもお猿のジョニー見たいかも……」

 

 

後ろで千秋が好きなアニメを見たいとコッソリアピールする。うちの陰に隠れてはいるが意外と千秋が一番この中でお兄さんに心を許しているのかもしれない。

 

「もしかして……お風呂か?」

「は、はい」

「そうか……それくらい、もっと堂々と言えばいいのに。沸かすからちょっと待ってて」

 

 

お兄さんは部屋を出て行った。あっさりと頼み事が成功してホッと全員が一息をつく。

 

「ちょっと、秋ッ。アンタ後ろでごちゃごちゃ五月蠅いのよ」

「だって……食べたいし、見たいし」

「私だって、堅あげロングポテトとか食べたいわよ。クッキングスーパーアイドルとか見たいの。でも、我慢してんの」

「いいじゃん、頼み聞いてくれそうだし」

「それで気分害されたらどうするのよ」

 

 

千夏と千秋が小声で喧嘩を始める。膨れた顔してそっぽを向く千秋に千夏が詰め寄る。

 

「お風呂入れてくれるみたいだし、良いじゃないっスか。もう、その辺にしとくっス」

「もし、我がお菓子貰っても千夏にはあげないから」

「いらないし」

「喧嘩はダメだよ。二人共」

 

 

小声だが喧嘩を止めない二人。あっかんべぇをする千秋をみて顔が徐々に赤くなっていく千夏。可愛くて一時間耐久で見たいけどこれ以上騒がれると大変なことになりそうだから流石に仲裁に入る。二人の間に無理に体を入れてそこで喧嘩を強制中断。

 

二人は互いにそっぽを向きっぱなしだが偶に千秋が千夏の方を向いて再びあっかんべぇをする。

 

千夏がそれに気づくがそれを千冬が宥めて何とか喧嘩を完全に鎮火することが出来た。そこでお兄さんが戻ってきて再びぎこちない笑顔を浮かべる。

 

 

「お風呂湧いたからどうぞ、脱衣所はあっちね」

「ありがとうございます。お兄さん」

「どうも……」

「と、特別に我が眷属に……してやらんでもない、ない……ないですよ?」

「ありがたく入らせてもらうっス……」

 

 

お礼を言って逃げるように脱衣所に向かう。服を脱いだけどこれはどうすればいいんだろう。洗濯機に入れて良いのだろうか? でも、それだと洗濯しろよって言っている感じがするし。

 

千夏はツインテールを解いて、髪をかき上げてそのまま服を脱ぐ。千秋も千冬も服を脱ぐがそこで動きが止まる。

 

「これ、洗濯機入れて良いんスかね?」

「いいじゃないか? 我入れる」

「ああ、もう、この遠慮無し」

 

 

千秋が服を投げ入れてお風呂に入って行く。うちはすかさず洗濯機から千秋の服を取り裏返しになっている靴下とズボン、上着を整える。

 

「ねぇ、洗濯機入れて良いと思う?」

「……千冬は良いと思うっス。もう、何か信用できる気がするっス」

 

 

千冬も服を入れてお風呂に入る。ただ、千夏は固まって動けない。

 

「千夏、どうしようか?」

「……千春はどうする?」

「……うーん、でもお兄さん良い人そうだし」

「上っ面は……そうね」

「……難しいね。人を信じるって」

「私達の場合は特にね」

 

千夏の顔は複雑そのものだった。信じたい気持ちと信じらない気持ち。人から遠ざけられ続けた経験はそう簡単には消えない。彼女一人では決してその記憶から解放はされない。

 

「……よし、千秋と千冬が服入れたし、うちらも入ろう」

「良いの?」

「うん、良いと思う。もし何かあってもみんな一緒。それで勇気が湧いてこない?」

「……うん」

 

千夏は脱いだ服を洗濯機に入れた。それを直ぐにうちは取り出す。

 

「あ、下着重なってる。靴下も裏っ返しだから直さないと……」

「あ、なんかごめん」

 

 

服を洗濯機に入れてお風呂に入ると千冬が千秋を頭を洗ってあげていた。

 

「痒い所は無いっスか?」

「ないぞ」

「流石千冬。四女なのに……お姉ちゃんみたいに見える」

「秋が幼過ぎるからじゃない?」

「おい、聞こえてるぞ」

 

 

体を洗いっこしたり、髪を洗いっこして浴槽入る。湯気が立ち昇りお湯につかると疲れが取れる気がした。

 

「ああ、ラーメンが食べたい」

「相変わらずの食いしん坊ね」

「だって、食べたいんだもん。千夏は食べたい物の無いのか?」

「ナポリタン」

 

 

 

千夏と千秋が話しているのを眺めているとコッソリ耳打ちで千冬が話しかけてくる。

 

「春姉」

「どうしたの?」

「あの人の事どう思っスか?」

「良い人……?」

「まぁ、千冬もそう思ってるっスけど……その、それで、これからお世話になる人にこんな事思うのあれなんスけど……」

「うん?」

「あの人、ロリ……」

「それ以上はダメだよ。考えちゃダメだよ」

「でも、十歳四姉妹を引き取るって……ぺ、ペド……」

「だから、メッだよ」

「でもでも、考えちゃうっス。この千冬たちが入ったお湯とか変な事に使うとか……」

「本当にやめようか?」

 

 

千冬は意外と博識だから変な知識がある。お兄さんの事が良い人だと分かっても、もしかして変態なのではと言う疑問が湧いてしまうのだろう。良い人と変態はイコールになる場合もあると考えてしまうだろう。

 

「この、お湯……大丈夫っスかね?」

「もう、お湯は良いから。千冬は疲れてるんだよ、このお湯で疲れを取って?」

「う、うん……確かにそうかもしれないっス。ご、ごめんなさい、春姉」

「分かればいいよ」

 

千冬が自身を反省して湯船にゆっくりつかる。うちも浸かって疲れをとっていると隣の話し声が聞こえる。

 

「あのテレビでこの間放送されたラーメン屋さん。お湯に豚骨入れて何時間も煮込むらしいぞ」

「美味しそね、良い出汁が出て」

「秋姉と夏姉……その話やめてもらっていいスか?」

「え? 何でだ?」

「何でもっス。可愛い妹の頼みを聞いて欲しいっス」

「ああ、うん。分かったぞ」

「どうしたの? 冬? 頭抱えちゃって」

 

 

千冬が何を考えているのか分からないが頭を抱えている。この子の賢い所は良いことだけど変な知識も持ってるからそれはそれで問題かもしれない。

 

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面白い、主人公がロリコンだと思った方はモチベになりますので感想、お願いします

 

 

 

 

 

 



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6話 長女

感想、誤字報告ありがとうございます。主人公がロリコンだと思った方、面白いと思った方は感想お願いします


今回は多少、残虐な表現がございますので苦手な方はブラウザバックをお願いします

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 うち達はお風呂から上がって用意していた呼びの服を着る。お風呂に入り全身がさっぱりしてとても心地が良い。

 

 ホカホカと体も心が温まりながらお兄さんのいるリビングに戻る。お兄さんはソファの上に座りながらスーパーのチラシ、そしてお菓子を並べていた。背中に隠れている千秋がそれを見てソワソワしている。

 

「温まったか?」

「はい。とても……ありがとうございます」

「気にしないでいいよ」

 

お兄さんはそう言いながらお菓子を差し出す。柑橘系のグミとロングポテトのスナック菓子。

 

「あー、えっと食べたいって言ってたから……良かったら食べて?」

「ッ!! え? 良いのか!? 我嬉しい!」

「ありがとうございます」

 

 

後ろから出てきた千秋がお菓子を持っていく。背中に居るから見えないが目をキラキラさせているのは容易に想像できた。

 

「晩御飯、何か食べたい物ある?」

「何でも大丈夫です」

「ハンバーグ!」

 

後ろからまた千秋が声を上げる。お兄さんとは殆ど目を合わせないが徐々にわがままを言い始めている。それが良いことなのか、悪い事なのか分からない。でも、あんまり言いすぎると不機嫌になられて、愛想をつかされて家から追い出されて……と言う心配はうちの中にもう、殆どなかった。

 

この人はそういう事はしない。それは僅かな時間だが分かった。恐らくだけど今まで出会って来た大人の中で一番やさしい人だと思う。

 

 

千秋もそれが分かってきたから徐々に我儘を言い始めているのだ。千秋が我儘を言うのは姉妹だけだった。外には一切感情を出さず内の中で留めるだけ。それが外に出始めているのは嬉しい事だと思う。

 

 

「分かったよ。今日はハンバーグだ!」

 

恐らくお兄さんは無理をしてテンションを上げているのだろう。安心感をうち達が抱けるようにこの家に慣れるように、気心なく家で解放感に浸れるように。この人そうしている。

 

その証拠に笑顔がぎこちない。凄くぎこちない。でも、そのぎこちなさに何処か安心感を抱いてしまったのも事実だ。

 

 

お兄さんは部屋で四人でゆっくりしてと言ってくれた。だから、リビングを出て二階に上がって行く。千夏は未だに不信感を拭えない表情だ。千秋はお菓子を嬉しそうに持って、千冬はうちに負担がかかり過ぎていないか気にしてこちらをチラチラ見ている。

 

千冬に大丈夫だと視線を送る。互いの蒼い眼が交差する。彼女もホッと安心して目を逸らした。心配してくれるなんて、姉思いの最高の妹であると感じた。うちはそれに恥じない様に最高の姉で居ようと思った。

 

今、目が合って思ったがやっぱり千冬の眼は綺麗な目だな。海のように澄んでいる感じがする。

 

千夏も千秋も綺麗な眼だ。……眼か……そう言えばお兄さんと初めてあった時、うちはあの眼に優しさや安心感を感じた。

 

その後、三人には言わなかったけど実はもう一つ感じたことがあった。

 

あの時のお兄さんの眼……何処かで見たことがあるような……既知感のような、何か。お兄さんは黒い眼。でも、その黒い眼のどこか感情の無い透明のような無機質のような……何かがあった気がした。

 

 

気のせいと言えばそれまでかも知れないが……考えても分からない。これ以上、考えるのは止めよう。意味もない。うちは目の前の姉妹たちの事だけを考えることが精一杯なのだからそれに集中しよう。

 

 

部屋につくと早速千秋がお菓子を食べ始める。

 

「美味すぎて、草」

「私にも寄越しなさいよ」

「嫌だ」

「むっ」

 

またまた取り合いを始める二人。

 

「千秋、分けてあげて」

「千春がそう言うなら……」

「元々、皆の分って事で貰ったんじゃない」

「このお菓子食べるの久しぶりっスね」

 

 

千夏、千秋、千冬が床に腰を下ろす。部屋の中には机も置いてあるからそこにお菓子を置いて楽しそうに食べている。その光景が昔の光景に重なった。

 

 

自分達を化け物だと恐れ、古いアパートにほったらかし。その家はトイレは汚くて、お風呂も狭い。小さい一人用のちゃぶ台に僅かに与えられたお金で買った食事を置いた。食事はスーパーで半額になるまで待ったり、パン屋さんのパンの耳を貰ってそれを食べた。

 

お菓子なんて滅多に食べられない。食いつなぐために必死だった。普通の子達がお菓子を買って貰って食玩を買って貰って、誕生日にはケーキとプレゼントを買って貰って、それが羨ましかった。それが普通だったから。そんな毎日になって欲しいと何度も思った。

 

それが、今は綺麗なお風呂に入れて、お菓子も食べられる。三人が幸せそうにしている。それを見て思う……うち達にはお兄さんが必要だ。

 

この先の三人の幸せの為には絶対に必要。

 

 

――何が何でも必要だ。

 

 

「ちょっと、千春も座りなさいよ」

「うん、今座るね」

 

 

千夏がうちを呼ぶ。薄く笑って三人の和に入る、不意に視線を感じる。千冬がうちを心配そうに見ていた。

 

 

「春姉……大丈夫っスか? 何か……思いつめてる様な」

「大丈夫だよ。ありがとう、心配してくれて」

「……何かあったらすぐに言って欲しいっス」

「うん、ありがとう」

 

 

千冬は優しい、視野も広い。本当に良い子。千冬だけは超能力が無いのに親にいつか化け物になると恐怖され、うち達は能力があるのに一人だけなくて疎外感を感じているときもあるのに長女であるうちを心配してくれる。

 

お姉ちゃん……ガンバラナイトね……

 

 

◆◆

 

 

 俺は四人を引き取った。快適な生活を送ってもらいたい。本来の生活より楽しく過ごして本来の彼女達の人生とは違った経験をしてほしいと思っている。考えも僅かに変えて欲しいと思っている。特に日辻千春には……彼女がゲーム開始まで辿る経歴は一番の胸糞だ。

 

 日辻千春と言う少女は姉妹絶対至上主義だ。四姉妹の長女でありしっかり者。超が付くほどの過保護。

 

 姉妹に対する愛は本物だが同時に歪んでいるともいえる。

 

 彼女は小さい時から両親から虐待を受けていた。姉妹全員虐待は受けていたが彼女が最も受けていた。それは他の姉妹を庇っていたから、庇える範囲で庇っていた。最悪な生活でも彼女が正気を保てていたのは姉妹が居たから。

 

 ちょっと強気だけど優しい千夏、可笑しなことを言って笑わせてくれる千秋、心配をしてくれる千冬。彼女は僅か小学一年生と言う若さで姉としてこの姉妹たちをなんてもしても守り抜くと誓ったのだ。

 

 超能力が発現し、軟禁されても彼女は他の姉妹を気遣い、母親代わりのように愛を与え続けた。

 

 他の家を転々としても常に後ろに姉妹を置いていた。正面には自分が立って、常に守り続けた。だが、その過程で彼女は知ってしまった。人の悪意や恐怖。彼女が全部それを受け止めたからこそ……気付いてしまった。

 

 

『不条理な世界』

 

 

 ……それに気づいた彼女はそれでも姉妹たちを気遣い続けた。中学になったら勉強も運動も頑張り三人の手本となるように頑張り、勉強を教え、運動を教え、家の住人から小言を言われ。

 

 三人にお小遣いを上げたくて臓器を売ろうかと本気で考えていたこともある。それか、自身の体かと……

 

 彼女の自己犠牲に千冬が気付いて止めた事で何もなかったが彼女の姉妹愛と自己犠牲の心は異常である。

 

 

 この家での生活で何かが変わって欲しいと思う。彼女が楽しく、楽観的に生活できるように俺も色々考えないとな……

 

 

 

 

 

 

 

 



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7話 三女千秋

感想、誤字報告ありがとうございます


 夜ご飯はお兄さんが手作りのハンバーグを作ってくれた。お兄さんはうち達の部屋に運んでくれてのでそれを食べた。まだ、リビングでお兄さんと一緒に食べるのは抵抗がある……それをお兄さんも分かってくれているのだろう。

 

 テーブルに料理を置くと三人は一目散にご飯を口に運ぶ。特に千秋の料理が乗っているお皿が掃除機のように減って行く。横でそれを見ながら千夏が小声でフードファイターか、と突っ込んで、千冬は確かにそう見えると千夏に同調しクスクスと笑っている。その光景が微笑ましい。

 

 食べ終えると千冬が千秋が口に周りにソースをつけまくっていたのでそれを拭いてあげる。本当はうちが拭きたかったのだが……ちょっと残念な気持ちになる。

 

「妹に拭いてもらう姉ってどうなのよ?」

「五月蠅い」

「これくらい、普通っスよ」

「そうかしら? まぁ、千秋は幼過ぎるから仕方ないよね」

「な、何だと!!」

「あら? 本当の事を言っただけよ?」

「千夏、口にハンバーグのソースがついてるから拭いてあげる」

「あ、ありがとう、千春……」

 

 

千夏の口にもソースが付いていたのでそれをうちがティッシュで拭きとった上げる。千秋のを拭きとれなかったから代わりと言うわけではないがふき取る。姉妹のお世話をするのが自分の中でトップレベルで楽しい。

 

 

「ブーメランで草」

「う、うっさい!」

 

 

千夏の口を綺麗にしてティッシュをごみ箱に捨てる。ふと、千冬を見ると千冬のくちにも僅かにソースが付いているのが分かった。

 

「千冬、拭いてあげる」

「え? 自分で……」

「いいからじっとして」

「んッ……どうもっス……」

 

 

子ども扱いが嫌いな千冬は気まずそうな顔をするがそれもまた可愛い。さて、姉妹全員が食べ終わったのであるからトレイに使った容器を置いて下の階に持っていかないといけない。

 

 

うちがトレイを持っていこうとすると

 

「我が持っていこう」

 

 

三女、千秋が立ち上がりトレイを掴んだ。彼女の顔は何故かドヤ顔であり両目のオッドアイも輝いている。トレイを持っていくと言う事はお兄さんと自ら接する機会を作ると言う事だ。

 

どうやら彼女は餌付け……ではなくお兄さんを信頼した。姉妹にしか話そうとしなかったあの千秋が自分から進んで何かをしようとするなんて、お姉ちゃん涙が出てきちゃうよ……

 

 

「……千秋、アンタ、ビビりの癖に行けるの?」

「行けるとも」

「ふーん……」

 

千夏は不機嫌そうにそっぽを向いた。千夏はお兄さんを信用できないのに、千秋は信用をし始めているのが心のどこかに引っかかりがあるだよね?

 

千夏は十歳だけど分かっている。姉妹は一番の理解者だけど姉妹の中でも共感できない事は必ずある。

 

それは分かっているけど、いざ目の前にすると心がざわついてしまう。何でも一緒が良いと思ってしまう。自分達には自分達しかいない、自分たちだけが真の理解者であるから。

 

異端な自分たちを受け入れるの人は居ないから、存在しないから。それが少しでも遠ざかると思うと寂しくてどうにかなってしまうから。

 

千夏はそっぽを向いているがその背中からは僅かな、いや多大な寂しさを感じる。千冬もそれを感じて何か声をかけた方がいいのではないかと悩ましく考えている。

 

うちも姉としてこういう時は何かを言わないと……

 

「なーに、このハンバーグと作ったシェフに挨拶をするだけだ。すぐに戻ってくるから安心しろ」

 

 

そう言って千秋が安心させるように笑った。千秋は偶に変わった事を言ったり、こちらが予想もしない様な事を言う凄い子、唯一無二の子。そして、何より凄いのは場の空気を簡単に変えられる事。

 

 

昔らか暗い中に居たうち達にとって光であり続けたのが千秋だった。寂しくても痛くても悲しくてもこの子はそれらを吹き飛ばすことができる。吹き飛ばし続けてきてくれた。

 

 

それを聞いて先ほどまで悲しそうな千夏がクスリと笑みを溢す。

 

 

「ふふ、そう……じゃあ、せいぜいお皿落として割らない様に気を付けることね」

「ふっ、あたぼうよ」

「……それ、意味わかって使ってる?」

「知らない。カッコいいから使った。逆に千夏は知ってるのか?」

「知らないけど?」

「あたぼうよって確か当然とか、当たり前だ、とかの意味っス」

「おお、流石千冬やるな。まぁ、知ってたけどね。敢えて、知らないふりをしただけだから」

「勿論、私も知ってたわ。三女と四女を試したのよ」

「へぇー、そう何スか……」

 

 

魔法使いと言っても過言じゃない。流石千秋。うちや千夏、千冬が場の空気を換えたいときはどうしても齟齬が合わないような、違和感を残してしまう。それを一切残さない正に匠の技。お姉ちゃんは今感動している。

 

 

「では、行ってくる」

「うちも付いてくよ。何かあったらあれだし」

「気にするな、一人で行ってくる」

「でも、お皿溢したら危ないよ?」

「あたぼうだから大丈夫」

 

千秋がドヤ顔でそう告げた。だが、トレイを持つ手が少し震えて心配だ。

 

「何か、使い方違くないっスか?」

「気にするな」

 

そう言いながら彼女は両手でトレイを持って部屋を出る。だが、そこでやはり震えている手が気になってしまった。千秋がお兄さんと接して何かしらの良い経験を積むことは良いことだと思う。千秋が自分から姉妹だけの内でなく外の何かと交流をドンドンしていくのは良い事だと思う。でも、もし、階段で落としてガラスが散らばりその上に千秋が落ちたらと考えると体が勝手に動いてしまう。

 

「やっぱり、お姉ちゃんが持っていくよ」

「え? いや、だからべらぼうだから……」

「うんうん、危ない」

「いや、だから、べらぼうだって……」

「危ないよ」

「だから、べら」

「危ないから寄越して」

「……はい」

 

心臓を蜂に刺されたかのようにちくりと痛みがするがこれはしょうがないのだ。万が一怪我でもされたら大変。怪我の可能性があるならうちは未然に防がないといけない。

 

「春姉って偶に凄い過保護っスよね?」

「私もそう思ってたのよ……」

「まぁ、でも千冬たちを思ってのことっスから」

「そうなんだけどね……」

 

 

後ろでひそひそと声が聞こえてくる。うちは全然過保護じゃないと思うけど、そう見えるのだろうか? まぁ、姉妹でも多少の感性は違うものだ。気にしなくてもいいだろう。

 

「……べらぼうなのに」

「ごめんね。でも、怪我したら危ないから」

「むすぅ」

「膨れないで?」

「だって……」

「じゃあ、一緒に行こう? 役割分担してさ……うちがこのトレイを持つから、このフォーク四本持って貰っていい?」

「ねーねーはいつもそうやって全部一人でやる……」

 

 

……どうしよう。いじけてしまった。流石にまずかったか……でも、怪我したら危ないのだ、そこは分かって欲しい。でも、こんな状況でも偶にしか言ってくれないねーねーが嬉しくて喜んでしまう自分が居る。

 

ねーねーかぁ。昔は凄い頻度でそう呼んでくれたのに……最近では眷属とか姉上とか、呼び捨て……はぁ、昔みたいにねーねー、ねーねーと呼んでくれないかなぁ?

 

ねーねー、たった四文字でこれ以上の無い満足感。低GI食品より満足する。うちは何を考えているのだろう……いけない。千秋をいじけさせてしまったのに……どうすれば……はっ!

 

 

「……お姉ちゃんの背中を守る係やって貰っていい?」

「それ、どんなの?」

「もしかしたら、急に堕天使とか悪の科学者とかがお姉ちゃんを後ろから襲ってくるかもしれないからそれを守って欲しいの」

「……おお、それやる!」

「うん、お願いね?」

 

さり気なくフォークを貰い、トレイに乗せ部屋を後にする。後ろから千秋が付いてくる。

 

 

「偶に秋姉が……心配になるっス」

「……そうね。私もそう思う」

 

 

コソコソと千夏と千冬が話しているがよく聞こえなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

長女が過保護と思った方、面白いと思った方は高評価、感想、モチベになるのでお願いします

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8話 三女とお兄さん

 私事でございますが、ハーメルン日間1位、他サイト(なろう)でも日間1位を取ることが出来ました。
 普通に嬉しかったです。いつも応援や感想、誤字報告全て励みになっております。

 そして、感想欄で目に入ったいくつかの疑問についてお答えさせていただきます。

Q主人公の名前
A凄い名前メーカーで珍しい苗字を検索したら出てきたので使いました。今までない名前にしたかったので面白そうかなと思ったのですが……まぁ、次回からはそう言った事は止めておきます

Q引き取るまでの描写
A滅茶苦茶雑でした。すいません。最初が肝心なのに手を抜いてしまった事は否めません。小説家として一番最初の引きが大事なのに……失敗したと感想欄を読みながら気づきました。ここで主人公の印象と等が決まるのに、と思いながら失敗しました事を悔いています。感想等が私自身の成長などにも繋がります。本当にありがとうございます。

 これからもよろしくお願いします。




「姉上、背中は任せろ」

「うん、分かった」

「クククク、野菜人は全員皆殺しだ」

「皆殺しなんて怖い事言ったらだめだよ?」

「はーい、じゃあ、お命頂戴しますって言う!」

「うーん……まぁ、それなら……」

 

 

野菜人って誰なんだろう? うちが知らない様な事を知っていて凄いなぁと感心をしながら下の階に降りる。リビングに入ると先ほどまで起きていたお兄さんがソファに座りながら夕食を食べていた。うち達を同じハンバーグと白米。

 

 

「食べ終わったの?」

「はい、ごちそうさまでした」

「そっか……ん?」

 

 

お兄さんがうちの後ろに隠れている千秋に気づく。千秋は先ほどまでの勢いは何処へやら、部屋に入った途端にいつものように背中に隠れてしまった。うちの肩に手を置いてひょっこり顔の一部だけ出してお兄さんを見る。その状態で緊張で手を震わせながら口を開く。

 

「あ、あの……ご、ごちそうさん……だ、だ、です……」

「美味しかった?」

「う、うむ」

「そうか、それは良かった」

 

千秋はコソコソしながらもお兄さんとしっかり話す。そして、千秋はリビングに置いてある机にグミが置いてあることに気づく。まだ封の開いていないグレープ味。

 

「これ、食べたいのか?」

「う、うん」

「姉妹で食べるだぞ」

「あ、ありがとう」

 

 

腕をわなわなと恐れるように出してグミを受け取る。すると早速開封音とグミの咀嚼音、幸せそうな美味しさを抑えられないような何とも言えない声が聞こえてくる。

 

「ありがとうございます。お兄さん」

「気にしなくていいぞ」

 

お兄さんと言葉を交わすと再び背中越しに千秋が口を開く。先ほどより出してる体の面積が大きい。

 

「あの……その……(あるじ)のことは何と呼べばいい? これから一緒に暮らしてくれるなら、何か決めた方が良いと思って……」

「うーん、何でもいいけど……」

「じゃあ、ブラック……?」

「……カイトで頼む」

「分かった。カイト」

 

 

お兄さんはブラックと呼ばれると苦笑いをした。こんなことを思っていいのか分からないけどやっぱり変わってる。

 

「我、は千秋でいいぞ? それかサウザントハーベストか……」

「あー、じゃあ千秋で……」

「……そうか」

 

 

千秋はちょっと残念そうな顔をした。サウザントハーベストの方が良いのだろうか? 千秋の方がうちは可愛いと思うけど。千秋はそうだ、重要な事を言い忘れていたと再び口を開く。

 

 

「あ、あと、さっきの自己紹介で言えなかったけど我は天使と悪魔のハーフ、だから、そこのとこよろしく」

「そうか、奇遇だな。俺も氷の一族(北海道民)炎の一族(沖縄県民)のハーフなんだ」

「えっ! そうなの!」

 

千秋はお兄さんがハーフだと知ると背中から勢いよく飛び出した。炎と氷の一族とは千秋に合わせて言ったんだろうけど……なーんか、千秋の扱い方を心得てる様な気がする。

 

「ああ、だからハーフのよしみで遠慮せずこの家を使っていいぞ」

「おおおおーーー、! お前、超良い奴!」

 

 

千秋の会話についてくるのは殆どいなかった。姉妹でも偶にどう返していいのか分からない時があった。だから、息をするかのように自身と同じテンションで返してくれたのが嬉しいのだろう。

 

「お、おう……急に、凄いな……」

 

 

お兄さんもここまで千秋が活発化するとは思ってなかったようで僅かにたじろいている。

 

「ふふ、そうか。お前があの夢に出てきたアイツか……」

「え?」

「えっ……?」

「あー……コホン、可笑しいなあの時の記憶は消したはずなんだが……」

 

 

千秋が急に返事が難しそうな事を言うとお兄さんは一瞬、複雑な顔になる。だが、返事がもらえない千秋の悲しそうな顔を見ると右手で右目を抑えて声を低くしてそれっぽい回答をする。お兄さんノリが良いな……

 

 

「ふぁぁぁぁぁ!! ねーねー、コイツ凄い!」

「良かったね……」

「うん、ここに来てよかった!」

「そ、そう……」

 

 

何だろう、妹を取られたような、手を離れていくようなこの喪失感は。良いことのはずなのに、良いことのはずなのに……悲しいなぁ……

 

千秋も右手で紅の右目を抑える。

 

「ふっ、記憶は消せない。人間は一度会ったことは忘れない。ただ、思い出せないだけだ」

 

 

それを忘れたと言うんじゃ……

 

 

 

「なん、だと……」

「ムフフ、コイツすげぇとしか言いようがねぇ……」

 

 

 

ううぅ、寂しい……。お姉ちゃんだってそれくらいできる! お兄さん、そこ代われ……でも、千秋の楽しそうな顔を見るのは幸せな気分。うちが変わってもお兄さん以上のセリフが言えるとは思えない。天国と地獄とはまさにこのことだ。

 

 

「カイトすげぇ」

 

 

 

眼が、眼がキラキラしてる。星々の天の川を詰め合わせたような、太陽に照らされたハワイの海のような、彼女の眼には本当に輝きがあった。

 

千秋はきっと期待をしているのだろう。ご飯もお風呂も綺麗な部屋もある。優しくて、自身の好みにもあっている。この家に来て僅か数時間だけど、それでもこれからが今までない素晴らしいものになると感じたのだろう。

 

 

苦笑いをしながら千秋に付き合うお兄さん。

 

「我が眷属よ……なぜ、頬を膨らませているんだ?」

「べっつに……」

 

 

千秋が首をかしげる。そのままうちの頬をぷにぷに触る。

 

「おお、フグのようだな」

「うちは魚介じゃない」

「分かっているぞ?」

「むっすー」

 

 

お兄さんは微笑ましそうな顔で見て何も言わなかった。そのままうちはフグのママ、リビングを出て部屋に戻った。

 

 

ちょっと、面白くないけど。でも、千秋が心を許せる人が増えたのは嬉しかった。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 食器を返してくれた二人が2階に戻って行った。てっきり長女だけか、来るとしても千冬かと思っていたが、三女で厨二の千秋が来たので僅かに驚いた。

 

 何となく話せるくらいにはなりたいから言葉を交わしてみた。それで少しでも仲良くなればよかったと思ったからだ。

 

 ずっと堅苦しいのは疲れてしまう。同じ家にいるのだから、家ですれ違った時、鉢合わせた時、洗面台で歯磨きをするとき一緒になったりするたびにに気まずいのは精神が擦り減っていく。

 

 だから、それらを未然に防ぐために何となく気がれなく話しができるように、彼女が好きな厨二的な話し方をしたのだが思ったより効果があって少々驚いた。少々で済んでいないような気もするが……

 

 あの、仲間を見つけた見たいなキラキラした目で見られたらいやでも厨二を演じなければならないと言う使命感が湧いてしまう。

 

 

 ……これから常にあの感じで行かないといけないのであろうか……?

 

 

 キッツいなぁ……まぁ、なるようになるか。あんなに喜んでくれたわけだし……しかし、心を開いてくれるのは嬉しいけどあんなに急に懐くとは……

 

 

 うん、まぁ、ゲームでも好感度が上がりやすいキャラではあったけれども。

 

 ゲームでは好感度を上げる方法は3つあった。まず一つはイベントが起こりそれを乗り越えたり、経験したり、協力したりすることで上げる方法。2つ目は単純にプレゼントを上げる事。3つめは触れ合いモードと言う方法。

 

 

 イベントやヒロインによって好感度上がり方に差異があったりはするが、千秋はかなりスムーズに好感度が上がりやすい。『響け恋心』で俺が一番最初に攻略したのが千秋だったのを覚えている。

 

 このまま行ったら……ままままま、まさか俺が千秋の攻略を……!?

 

 なーんて、あるわけない。そう言った要素で好感度が上がるのは主人公だから上がるのであって、俺がいくらプレゼントをしても幾分か上がる程度で恋愛対象になるには程遠いだろう。

 

 

 

 と言うかあり得ないだろう。そもそもこの世界は百合ゲーなんだし、最終的には主人公がフィニッシュを決めるだろう。俺としてはそのフィニッシュをハーレムルートでお願いしたいが……それは今考えても仕方ないか。

 

 何にせよ、千秋が過ごしやすくなったのは良い傾向だ。このまま姉妹全員がそうなってくれるのを願うばかりだ。

 

 

◆◆

 

 

 ふかふかのお日様の香りがする布団。クーラーが使えて部屋の中が涼しい。部屋の電気はオレンジの光の常夜灯。

 

 今までの夏は蚊が居て暑苦しいから寝苦しくて、うちが部屋の一部を凍らせたっけ……。千秋が寝相が悪くてお腹を出してしまうからそれをしまってあげて千夏が夜は怖いからと甘えてきて、千冬は気を遣って甘えたいのに甘えなくて。

 

 お腹が空いて皆眠れない日もあった。

 

 でも、今は違う。千夏はお腹いっぱい食べて気持ちよく寝ている。千秋も枕を抱き枕にして寝ている。

 

 あの時とは違う。親から虐待され、超能力が目覚めて放逐されて、彷徨っていた時とは違う。今は最高の幸せに近い。

 

 

 境遇が違いすぎて僅かな違和感が湧いてなかなか眠れない。ぼーっとオレンジの常夜灯を見上げていると隣から声が聞こえてきた。

 

「春姉……起きてるっスか?」

「うん、起きてるよ」

 

 

千冬も眠れないようでうちに声をかけたようだ。彼女の方を向くと薄暗いが彼女も自信を見ているのが分かる。

 

 

「眠れないの?」

「そうっスね……」

「そう、うちも眠れないよ」

「いろいろ違いすぎるからっスか?」

「そうだね……体がびっくりしてるんだと思う」

 

 

千冬は確かにと同調しつつ会話を続ける。

 

「でも、秋姉はかなり馴染んでるような感じっスね」

「そうだね、千秋は素直だし人を見る眼があるから直ぐにここが理想の場所って気付いたんだろうね」

「……直ぐに信じれる秋姉は凄いっスね」

「うん……」

 

 

その後は千冬は何も話さなくなった。千冬は……きっと羨ましいんだね。自分にない、自分にしかない物を持っている千秋が。

 

 

でも、それを口には出せない。うちが普通を欲しいと彼女は知っているから、憧れていると知っているから。それを言えない。

 

 

うちも千冬には何も言えない。彼女が特別を求めているから、そこにどのように踏み入って良いのか分からないから。異端である自分が彼女にかける言葉は彼女からしたら同情のようにしか聞こえない耳障りな物だから。

 

 

難しいなと感じて、でもこれからどうするか、どのように向き合っていくか考えながらうちもきっと千冬も重くない瞼を無理やり閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9話 光源氏

 4人が家に居候して数日が経過した。未だに2階の一室が彼女達の行動範囲の主軸であるが千秋と千春はリビングで偶にテレビを見るようになった。まぁ、千春の場合は千秋の面倒を兼任しているが。

 

『団地ともや君面白かった!』

『日本語で遊ぼうぜは良く分かんなかった……諸行無常? でも、億兆の次が京ってのは歌で分かった!』

 

 

 ただ、はしゃいでいる子供のように千秋は話す。千秋はテレビを一緒に見ようと千春、千夏、千冬を誘うが千夏と千冬の二人は部屋の中で良いと言うらしい。二人は基本的には部屋の中で話したり勉強をしたりすることしかしない。

 

 

 俺として二人にももっと外に出て欲しい。理由は単純に外の世界を知ると言うのは良い事だから。知りたくても知れなくて怖くて動けなかった前とは違う。

 

 一種の経験として姉妹以外の人とかかわる事は大きな意味があると思う。外が怖いのは分かるけどもっと自由になってもいいはず。だけど出来ないのは俺に最低限の信頼さえないからだ。

 

 ずっと部屋にいるのは健康に悪いと思う。体を動かして心身ともにリラックスをしてほしいけど……無理に俺が誘ったりするのもダメだろうな。気遣いされて逆にストレスとかになってしまう可能性もあるし。

 

 

難しい。どう、接するべきか非常に難しい。千夏と千冬も色々抱えているものがあるがだからと言ってそれに踏み込むのも良くない。

 

頭の中で色々考えているとテレビを見ていた千秋が俺に話しかける。

 

「カイト! 今日の夜ご飯は!?」

「あー、まぁ、野菜炒めかな?」

「おー! やったぁ!」

 

 

この子、何を出しても喜ぶから作り甲斐がある。ご飯と食べた後にわざわざ下の階に降りてきてお礼を言って行くほどだ。この子を見ているとどんな便宜でも図ってあげたいと思ってしまう。

 

それほどまでにこの子は良い子なのだ。

 

 

ただ、やはり厨二的な行動には困らせられる。

 

『逆流性食道炎!!』

『それは……必殺技じゃいないんだが……』

『え? そうなの? じゃあ、……どんなのが良い?』

『え? そうだな……狂い咲き千本桜……とか?』

『おおおおお、何かカッケェ』

 

心臓が痛くなる。だが、そんなことは言えない。そして、何故か千春がライバル視をしてる様な気もする。

 

『むぅ、お姉ちゃんも考えられるよ?』

『どんな?』

『……逆流性食道炎』

『おお! それもいいな!』

 

 

 

俺もそんなに厨二的な物に詳しいわけではない。だから、そんなに厨二を振られても応えられるか分からない。そして、逆流性食道炎は必殺技じゃないだろう。

 

偶にだがテレビを見ているときに千秋を膝の上にのせて両手をシートベルトのようにお腹に回す。その様子を見ていると千春が『この子は渡さない』的な視線を向けてくることがある。

 

既に今日、二回あった。

 

獲るつもりもないんだが……ゲームをやっているときでも中々のシスコンっぷりだったがそれを間近で見ることはいつかあると思っていたが……実際に見るとやはり、ゲームの世界に居るんだなと感じる。

 

 

「からくり侍面白れぇ」

 

 

銀髪でオッドアイ、厨二と言う属性を詰めるに詰め込んだ女の子千秋。彼女は現在10歳だ。一般的に見たら年齢以上に幼く見えるのかもしれないが彼女は今まで子供の時を過ごせなかった。だから、これから思う存分過ごしてほしいものだ。

 

 

もう時間は5時半を回った。夕ご飯を作り始めようと台所に向かい、冷蔵庫から野菜を出し、肉を出し、テキパキと一口大に切り炒めているうちに時間は過ぎていく。料理に集中して気付かなかったが千春が側にいた。

 

「お兄さん、何か手伝います」

「いや、大丈夫だ。千秋と一緒にテレビ見ててくれ」

「いや、でも」

「じゃあ、味見してくれ」

 

 

俺は野菜炒めを小皿に入れて小さいフォークと一緒に渡す。彼女はそれを受け取る。だが、これがお手伝いになるのかと言う疑問があるようで食べるのを一瞬渋る。

 

「遠慮せず手伝ってくれ」

「ああ、はい……美味しいです」

「味薄くないか?」

「丁度いいです」

 

 

彼女がそう言うとひときわ大きな声がリビングから聞こえてくる。

 

「ああ~! ずるい! 我も味見したい!」

 

こちらに指を差しズルいズルいと言いながらこちらに走ってくる。顔はむすっとしている。

 

「カイト! 我も味見したい!」

「分かったよ、千春その容器貸してくれ」

「はい」

 

 

俺は容器を返してもらいそこに野菜を再び乗せて千秋に渡す。彼女はフォークで野菜を指して口の中に入れる。何回か咀嚼してごくりと喉を通すとニッコリ笑顔になる。

 

「美味い……旨すぎて馬になりそう」

「味薄くないか?」

「んー、ちょっと薄いかも」

「塩コショウ入れるか……」

 

 

味を足して再び容器に野菜を乗せる。

 

「肉味見したい」

 

千秋はフライパンの中をのぞいて野菜以外にも肉が入っていることを確認している。だから、今度は野菜ではなく肉を食べたいと言う事だろう。野菜と一緒に炒めた薄いバラ肉もガラス容器の上に乗せる。

 

 

「ほい」

「うむ……美味しい……おいしすぎて……えっと……なんだろう……とにかくおいしい!!!」

「そうか、じゃあ、これでいいかな」

 

 

味を整えて料理をおえる。

 

「もう、夕ご飯か!?」

「ちょっと早いけど食べてもいいかもな」

 

 

俺はそう言っていつものようにトレイにご飯やら汁もの、野菜炒めと箸をおいて千春に渡す。

 

「ありがとうございます。お兄さん」

「ありがとうな! カイト!」

 

 

ピンク髪に碧眼の千春。銀髪にオッドアイの千秋。髪の色と眼の雰囲気も僅かに違うが顔の造形が似ている。性格も違うけど二人が並ぶと姉妹だなと感じた。

 

 

 

千春がトレイを持って千秋が彼女の背中を守るように出て行った。一体全体千秋は何を吹き込まれたのか……まぁ、大体予想はつく。

 

 

俺も野菜炒めを食べるかとダイニングテーブルにご飯を置いて適当にテレビのチャンネルを回す。すると、子どもの育成術と言う番組がやっていた。どうやら、若いアナウンサーが成金おばさんのような人にインタビューしている場面が写ったので気になって見る。

 

『どうやって、東大に合格を?』

『それはもう、幼いころからの勉強を』

 

 

勉強か……千春が一番頭がよくて、千冬は二番目なのは知っているが千夏と千秋は全くと言っていいほどできないんだよな。ゲームが始まるのは高校生からだが、主人公と一緒に勉強するイベントが起こるのだが鬼が付くことわざを答えなさいと言う問出て千秋は『鬼の眼を移植』とか答えるくらいだ。

 

 

これは勉強に力を入れるべきだろうか。ゲームが始まるときまでにこういった欠点を潰すことをしていいのか迷うところだがエンディングの後がゲームではないがこの世界ではあるはずだ。

 

今俺は彼女達の親の様な立ち位置、そこら辺も考えないと。取りあえず俺は子育てなんてやったことないからテレビを見て勉強しよう。

 

『我が家では一度も勉強しろなんて言ったことありませんの』

『ええ!? そうなんですか!?』

『勉強とは自分からやること。親がやれと言うなんて言語道断』

 

 

俺、前世からだが自分から勉強したことないんだが……そういう風に育てないといけないのだろうか?

 

 

無理じゃね?

 

 

勉強してない奴が勉強しろって言えるだろうか? 否、無理であろう。どうしたものだろうかと頭を悩ませているとリビングのドアが開く。

 

 

「カイト、ご馳走様! 美味しかった!」

「お兄さん、ごちそうさまでした」

 

 

千春がトレイを持って、千秋はニコニコ笑顔で部屋に戻ってくる。

 

 

「カイト! 明日はハンバーグが良いぞ!」

「考えておくよ」

 

 

何というか、推しがこんなに懐いてくれて尚且つ、ご飯を美味しいと言って食べてくれるとは何だか素直に嬉しい。

 

 

三人で少し話した後、千春と千冬は出て行った。

 

◆◆

 

 

『いっ、いだいよぉ』

 

 

肩を抑えてうずまる。ジンジンと痛みが広がり、瞳から涙が零れ落ちる。千春が我の頭を撫でる。千秋と千夏は部屋の端で震えて泣いている。

 

千春だけが立ち上がって……母と向かい合う

 

 

『もう、止めて上げて。皆限界だからっ』

 

 

 千春がいつも守ってくれた。ずっと、守ってくれて、慰めてくれた。それでも、怖かったのは変わりない。

 

 千春も千夏も、千冬も怖い。いつも泣いていた。千春は隠れていたけど泣いているの知っていた。超能力が目覚めて誰からも遠ざけられて。それで、自分たちが世界に受けいれられない事が悲しかった。

 

 暗い中に居た。我も、千春も千夏も千冬も。寒い、お腹が空いた、怖い、寂しい。狭くて、小汚い部屋、四人で一緒の時は楽しいけど何処かにいつも負の感情があった。

 

 お腹いっぱいにご飯を食べたい、お日様のにおいのする布団で寝たい、安全で清潔な家に住みたい。暖かい目で自分たちを見て欲しい。

 

 ずっと、願っていた。

 

……皆で幸せでになりたい。

 

 

 

「……んんっ」

 

 

 

我は目覚めた。上にはオレンジの光、下は布団。近くには長女の千春、一応姉の千夏、妹の千冬が気持ちよさそうに寝ている。変な夢を見て自分だけ起きてしまった。

 

 

もう一度、寝ようと思ったがいつもすぐに眠れるのに不思議と眠れない。

 

 

そして、徐々に不安が湧いてくる。今は幸せだけどそれがいつまで続くなんてわからない。また、辛い日々が来るのでないかと。

 

 

幸せからの絶望は一番つらい。一度知ってしまった幸せの味は忘れられない。

 

 

また、皆が泣く姿は見たくない。

 

 

 

心がざわついて眠るなんて気に全くならなくなってしまった。それでも寝ないといけない。明日から新しい学校に通わないといけないからだ。

 

 

寝ないといけないのに……不安がドンドン大きくなっていく。雪が降り積もるように心に負担が積もっていく。

 

 

 

ダメだ、眠れないと思った時にふと下の階から音が聞こえてきた。まだ、カイトは起きているのだろうか。

 

 

カイト……優しくて、ご飯を食べさせてくれる。この家に住まらせてくれて、ご飯を食べさせてくれる。

 

今まで会って来た大人の中で一番やさしくて安心する人。カイトも本当の我らを知ったら拒絶するのだろうか。父や母のように親族のようになってしまうのだろうか。

 

 

そう考えると益々怖くなり居ても立っても居られない。部屋を出て、下に降りていく。リビングはまだ電気付いており中に入る。

 

 

「あれ? 眠れないのか?」

「……うん」

 

 

カイトはどうしたと言う心配の眼を向ける。膝を地面に下ろして目線を合わせる。優しい眼だ、これが変わってしまうと思うと、元の生活に戻ってしまうと思うと怖くて、怖くて、皆がまた泣いてしまうと思うと、悲しくて悲しくて涙が溢れてくる。

 

 

 

「大丈夫か? 何かあったのか言ってみてくれ、最後まで聞くから」

「うっ、うん」

 

 

 

 寄り添ってくれる。自分たちを同じ目線に立ってくれる。そんな人と巡り会えたこは自分達四姉妹にとって数少ない幸運なのだろう。だからこそこの人から見放されて、過去に戻ることがこんなにも怖い。

 

 

「あ、あの、カイトには感謝してるッ……ご飯も布団も部屋も、全部。面倒を見てくれて、感謝してるッ」

「……うん」

「それでね、ずっと泣いてた千春も千夏も千冬も今じゃ泣かないの。安心して皆眠れるのッ。凄く毎日が楽しくて嬉しくて幸せだから。カイト……」

 

 

 自分でも何が何だか分からず、言葉が上手く出てこない。頭の中に伝えたいことがあるのに繋がらずちぐはぐになってしまう。でも、それでもただ、伝えたくて口を開いて紡いだ。

 

「――我らを捨てないでくださいッ」

 

 

 自分がどんな顔をしているか分からない。きっと大きく歪んでいるのかもしれない。涙があふれて、嗚咽もして、鼻をすすってしまう自分は良くは映っていないと言うのは分かる。

 

 

 カイトは近くにあるティッシュ箱から数枚紙を取って我の涙を拭いた。怖くて目線が合わせられなかったがふと目を上げるとカイトはぎこちない笑みで真っすぐ我を見ている。

 

 

「捨てないさ。絶対に。引き取りたいと言ったのは俺だから、俺からは投げ出したりはしない。約束する」

「本当に?」

「嘘ついたら、針を千本飲んでやるさ」

「絶対?」

「絶対だ」

 

 

 ジッと見つめ合う数秒間。カイトが嘘を言っていないのが分かった。完全にじゃない、でも、少しだけ安心と嬉しさがこみ上げある。

 

「鼻水出てるからチーンしようか」

 

 

カイトがティッシュを取って我の鼻にあてる。そこにチーンをして後は涙を再び涙を拭いてもらった。

 

 

「夜泣くと明日の朝、顔が腫れるんだよな……」

 

 

カイトがごみ箱にティッシュを捨てながらそう口からこぼす。その後、再び目線を近づけた

 

「千秋。俺は何があっても捨てないし、何が分かってもそれがどんな事実であれ、捨てはしない。千秋たちが笑ってハッピーエンドを迎えるまで」

「……ハッピーエンドになったら捨てちゃうの?」

「いや、そういう事ではないんだが、何というか親の手を離れると言うイメージ……難しいかもしれないが……」

「イヤだ! 我はカイトと一緒にいるぞ!」

「……娘が好きなるパパの気持ちが分かった気がする……えっと、まぁ、千秋が心配しているような事にはならないから安心していいぞ?」

 

 

そう言って再び出る涙をティッシュで拭く。

 

「だから、もう泣くな。明日から学校なのに顔が腫れちゃうぞ?」

「うん……でも、カイトが変な事言うから」

「それは悪かった……えっと、さっき言った通り捨てないし投げ出さないから安心して寝てくれ。分かったか?」

「うん……」

 

 

 

再び、涙を拭き、チーンをしてそれをごみ箱に捨てるカイト。カイトはこちらを見ずに恥ずかしいことを言うようにそっぽを向いたまま話した。

 

 

「千秋たちは辛い経験があったと思う」

「……うん……今でも忘れられない、忘れたいのに」

「そういうつらい経験は忘れることは難しいと思う」

「そうなのか……」

「だから、ここで姉妹たちと楽しく過ごして一つでも多く幸せな経験をしてくれ。そうして、思い出を増やして、辛い思いで以上の思い出の数にして。最後に詰まらない事があったなとか、面白いあんなことがあったなと笑えるくらいにさ……なればいいと思わないか?」

「ッ。そう思う!」

「だよな……」

「我、そうできるように頑張る!」

「……俺も協力するよ」

「本当か!」

「ああ。だから、今日は寝るんだぞ? 明日学校だからな」

「うん、了解した!」

 

 

我はリビングのドアを開けて外に出る。

 

「我、カイトの事が大好きになったぞ! おやすみ!」

「お、おう……これが、娘を過保護にしてしまいそうになる父親の気持ちか……」

 

 

 

手を振って二階に上がって行く。気持ちが軽くて顔がニヤニヤしてしまう、心が躍って、どうしようもない。

 

結局、そのせいで夜は中々眠りにつけなかった

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 何か良いこと言って安心させたくて……それっぽいことを言ったんだが、何か恥ずかしさが湧いてくる。

 

 

 ああいうの苦手なんだよな。

 

 

 泣いている千秋を見てどうしても安心させてあげたい欲のような物が出てしまった。頭を撫でることで安心させようと思ったが流石にそれは何か出来なかった。よく、アニメとか漫画でNaturalに出来る奴がいるが……どういう心境でやっているんだ?

 

 まぁ、そこはどうでもいい。

 

 

 問題は千秋が可愛すぎると言うことだ。俺は、断じて、全く、これっぽちも、微塵もロリコンではない。

 

 可愛いと言うのは娘として見てと言う事である。よく、アニメとかで過保護な父が娘に嫌われると言うのがあるが、どうして過保護になっていしまうのか良く分かった気がする。

 

 引き取ったからには責任もある。だからこそ、俺は四姉妹の理想の父ポジを目指そう。

 

 そうすれば、最終的にゲームが始まった時に腕を組んで、後ろでニヤニヤしながら見守ることも出来る。

 

 よし……

 

 ――理想の父に、俺はなる

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

主人公がロリコン、面白かったと思った方は高評価よろしくお願いいたします。

 



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10話 学校

 朝、うちの顔に朝日が差し込んだ。布団から体を起こして背伸びをする。まだ眠気が取れずウトウトしながらも布団をたたむ。

 

 うち以外はまだ誰も起きておらずうちの地域、いや……県、いやいや関東、いやいやいやいや世界、いやいやいやいやいや宇宙一の可愛い姉妹たちが天使も尻込みするような女神のような顔でスヤスヤと寝ている。

 

 

 千冬の寝顔をうちは見る。あー、可愛い。茶髪もふわふわしている。だらしなさそうに口の開いた寝顔。カメラが合ったらパシャリとシャッターを切りたい。まぁ、姉妹でも勝手に写真で撮るのは嫌がられるかもしれないからやらないが。

 

 

 今度は千秋。銀髪が輝いている。ああー、可愛い。ん? 眼が少し腫れているような……どうしたんだろう。もしかして、昨日の夜一人で泣いてた? 

 

 悪い夢でも見たのだろうか? 色々あったもんね。今が幸せでも思い出してしまう事もあるだろうし。あとでハグして頭をなでなでしてあげよう。ついでに耳かきも……

 

 

 さて、最後は千夏。まさに金塊。黄金の髪の毛。涎を垂らして寝ているのも、いと可愛い。可愛い。大事な事だから何でも思ってしまう。可愛いと。

 

 いつもの凛とした目は閉じている。まつ毛も長くてパーフェクト。パーフェクトシスターだ。

 

 

 うちの妹達は今日も可愛すぎる。

 

 

 こんな時間を永遠と過ごしていても良いのだがそんな訳にはいかない。何故ならば今日から学校に行かなければならないから。うち達は今日からこの近くの小学校に通う事になっている。

 

 今までは夏休みであったから九時ごろまで寝られたけど、もう、そうしてはいられない。

 

 

「皆、起きて。朝だよ、学校に行く準備を……」

「んんッ……」

「「すぴー、すぴー」」

 

 

 

そう言って起きてくれたのは千冬。流石しっかり者の千冬、いつも助かっているありがとう。

 

「おはようっス……春姉……」

「うん、おはよう」

 

千冬は起きてくれたが未だにウトウトしており、眼も開いたり閉じたりを繰り返している。多分、まだ寝ぼけているんだろう。

 

 

「……キクラゲはどうなったんスか?」

「起きてー、千冬ー、今日から学校だよー」

「はッ! そうだった!」

 

 

どうやら、完全に起きてくれたようだ。でも、寝ぼけている姿も可愛いかった。起きた彼女はそのまま千秋の方に寄って体をゆする。

 

 

「秋姉ー、朝っスー」

「んーん!」

 

千冬が体をゆするとまだ起きたくないのだろう。一枚だけある掛布団で頭を隠す。そのままモグラのように隠れてしまった。

 

「隠れてないで、起きるっス! 千冬だって寝てたいんス!」

「んーー!!」

 

 

掛布団の引っ張り合い。思わず見てしまうがうちは千夏を起こさないといけない。

 

 

「千夏ー、起きてー」

「……」

「千夏が朝弱いのは知ってるけどお願い起きてー!」

 

 

うちは千夏の体をゆする。しかし、彼女は起きない。一切目を開けず、体も動かさない。

 

 

「千夏ー!」

「ん……すぴー」

 

 

一瞬反応するが再び夢の世界に旅立っていく千夏。本当は寝かしておいてあげたいけど起こさなと。

 

心を鬼にして彼女の体を強くゆする。姉妹の中で朝が一番弱いのは千夏だからかなり強めにゆすらないといけない。

 

「千夏ーーーーーーー!!!!」

「んんッ!」

「おはよう!」

 

 

ようやく、起きてくれた。

 

 

「すぴー」

「千夏ーーー!!」

 

と思ったら旅立ってしまう。全然起きない。

 

 

「秋姉! 起きるっス!」

「んんん!!!」

 

 

あっちではまだ布団引きをしている。これじゃあ、キリがない。本当にこれは一番やりたくなかったけど……ごめんね?

 

うちは千夏の布団を引っ張て位置をずらし日の光が差し込んでいる場所に彼女を誘導した。

 

 

「んんんん!! ま、まぶしい!! やめてー」

「ごめんね? でも起きて! 学校だから!」

「が、学校……ああああ、眩しい……力抜けるー」

 

 

うちは再び日の光が差し込んでいない方に布団をずらした。千夏は起きてくれたようだった。眼もぱっちり開いて完全に目覚めている。寝ぼけ率0パーセント。だが、若干のジト目をうちにしている

 

 

「酷くない? 今の起こし方……私、日の光凄い苦手なんだけど?」

「ごめん……これしかなかったから」

「体ゆすればいいじゃない」

「それじゃ、起きなかったの」

「……大声出すとか」

「それもやった。ほら、今日から学校だから早く着替えて」

「……はーい」

 

 

少し、不機嫌そうにしながら彼女は着替えを始める。さて、隣でやっている布団引きも終わらせないと

 

「ほら、千秋。もう起きよう?」

「んーん!」

「もう、こんな調子っス……」

「うーん……ごめんね?」

 

 

うちはかなり強引に布団を引っぺがした。千秋は投げ出され布団の上を一回転。そして、そのまま彼女を日の当たる方へ。

 

「眩しい……」

「はい、おはよう」

「眠い……」

「それでも、おはよう」

 

 

うちは千秋を無理に起こして万歳をさせる、そのまま上着を脱がして着替えを手伝ってあげた。

 

 

「春姉……秋姉を世話しすぎじゃ」

「いいんだよ。これくらい姉妹なら普通」

「そう、っスかね?」

「そうだよ。ほら、千冬も着替えて着替えて」

 

 

その後は顔を洗ってあげたり、歯磨きや髪型を整えて上げたりして、リビングに向かう。まだ、お兄さんと接するのに慣れていない千夏と千冬は一旦自室に戻らせた。部屋に入ると既にお兄さんが朝食を作ってくれていた。

 

 

「自分で起きてこられるなんて偉いな」

「フフフ。まぁな!」

 

 

千秋がドヤ顔をしている。腰に手をやって胸を張る。……まぁ、自分で起きた? ということでいいのかな?

 

 

「それより、カイト今日の朝食は!?」

「卵焼きとみそ汁、白米だな。あと、麦茶」

「おおー、やったぁ! カイトの卵焼き、大好きだ!」

 

 

……んんん!? 千秋、あんまり大好きって単語使わないんだけど……いや、使うけど、大好きってお姉ちゃんあんまり言われたことないんだけど? 精々328回くらい……それをこうも簡単に大好き一回を稼ぐなんて……

 

 

卵焼きめ……いや、違う。これは卵焼きとしてカウントするのかな? お兄さんにカウントが入るんじゃないだろうか?

 

んんん!? しかも、二人の距離が前より近いような……気のせいかな? いや、明らかに気のせいじゃない。これは、どういう事?

 

 

いや、いいんだよ。お兄さんと仲良くなって楽しくお話ができるようになるのは。この家での生活も楽しくなるし、ずっと話せないままなのはダメだし。

 

でも、急にそんなにさ、距離が近くなるのは寂しいよ。ずるいよお兄さん。

 

 

確かにお兄さんには感謝している、お世話になっている。千秋が懐くのは分かるし、楽しくお話もしていいけど。この短時間でこんなに好感度が上がってしまったと言う事はその内、特別な関係とかになるのではと感じてしまう。年齢的には離れてるけどどうなんだろう。

 

 

でも、千秋だけは渡せない。

 

 

勿論、思い過ごしと言う事もある。だから、当面は現状把握位にとどめておこう。思い過ごしではなかった時は……

 

 

もし、お兄さんが良い人でも千秋は渡さないよ!

 

 

 

◆◆

 

 

 

「カイト! 今日の晩御飯は!?」

「あー、そうだな」

「ハンバーグが良い!」

「それ、この間やったばかりなんだが」

 

 

お兄さんが仕事に行くついでに車で運んでくれるらしいのでうち達は現在車内。助手席には千秋が乗っている。後ろにうちと千夏と千冬。

 

 

「ねぇ? 秋の奴、いつの間にあんなに懐いてるの?」

「さぁ……千冬は知らないっス」

 

 

車で学校に向かう途中で凄い二人が話している。千秋がお兄さんにこれでもかと話しかける。

 

確かに大人と話す機会なんて今まで無かった。でも、お姉ちゃんだってそれくらいできるよ。

 

 

「春が凄い眼してるんだけど?」

「秋姉が取られたと勘違いしてるんじゃないっスか?」

「ああー、そういう事……まぁ、確かに私も思う所はあるけどね……」

 

 

 

隣でひそひそ話声をしているが全く聞こえなかった。

 

 

「我、ハンバーグが良い! じゃないとやだ!」

「うーん……でも、同じ料理をずっと続けるのはな……健康的な問題とかもあるし……ピーマンの肉詰めは……」

「絶対ヤダ! ピーマン嫌い! カイトのハンバーグ大好きだからハンバーグが良い!」

 

 

ああ! 大好きって言った! また言った! 

 

ハンバーグの野郎……

 

って違う。これもお兄さんのカウントに入るのか。じゃあ、既に二回目!? ええ!? それは無いよお兄さん!

 

 

「何か、春が悔しそうな顔してるわね」

「嫉妬っスね。普段のクール顔が凄い崩れてるっス」

 

 

 

嫉妬に心を支配されながらうち達は新たに通う小学校に到着した。市立所沢中央小学校。校庭に複数の遊具やサッカーゴール、そして年季の入った校舎。ここで今日から勉学に励むのかと眺めながら同時に、前のお兄さんと千秋を見る。

 

 

途中でお兄さんは色々先生と話したりもしてうち達を預けた。

 

「じゃあなーカイトー! ハンバーグ約束だぞー!」

 

 

手を振ってお兄さんを見送る千秋。嫉妬もあるがこの子が少し成長したような感じがして嬉しくもなった。

 

 

だが、やはり嫉妬の方が強い。

 

 

お兄さんに嫉妬しながらも校舎の中に入って行く、外からでも分かるがやはり年季が入っている感じがする。この学校はどうやら各学年、2つのクラスがあるらしく、一組にうちと千秋。二組に千夏と千冬、と言うことになるようだ。

 

 

できれば、一緒が良かったなと思いつつも途中で二人と別れる。二人は二人の担任の先生の方についていき、うちと千秋は手を繋ぎながら担任の女の先生について行く。

 

「フッ、転校生の謎感を出して大いに箱庭に囚われた人間たちを驚かせてやろう」

「そう……自己紹介できなくなったらうちが代わりにしてあげるからね?」

「心配には及ばないぞ。姉上。余裕のよっちゃんだ」

 

 

そう言って不敵に笑う千秋。

 

「ここが四年一組だから、ちょっと待ってて」

 

 

そう言うと先生は教室内に入って行く。そして生徒達の前である程度話し終えるとうち達を見た。

 

「それじゃあ、入ってきて」

「はい」

「ひゃ、い」

 

千秋が凄い緊張している。うちの服の裾を掴み背中に隠れてチラチラ教室内の生徒達を見る。

 

 

教室はさほど大きくもなく広くもなく丁度いい広さ。後ろに本やら掃除用具入れ。壁には画鋲で絵などが貼り付けにされている。

 

生徒人数は大体、四十人かな? 転校生と言うのは興味を引くようで凄い好奇な視線が注がれる。あんまり好きじゃないな、この視線。千秋もきっとそうなのだろう。

 

 

「自己紹介お願いしてもいいかな?」

「日辻千春です。後ろの子は日辻千秋です。よろしくお願いします」

 

 

このクラスの生徒達はうちがそう話すと拍手したり、ひそひそ話したりしている。そして、一人の生徒が手を上げた。先生がその子に聞いた。

 

「どうしたの?」

「双子なんですか?」

「いえ、千春ちゃんたちは四つ子だそうです」

「「「すげぇぇぇ!!」」」

 

 

生徒達の大声にびくりと後ろの千秋が震えた。珍しいのは分かるが出来ればやめて欲しいな。一部、そう言った人はいないけど、大多数で声を出せば自然と大きな声になってしまう。

 

大声はあんまり好きじゃない。

 

 

うちと千秋の席は後ろの様でそこに二人が列からはみ出して並んでいる。何かあればすぐに手助けができる位置。

 

これは最高だ。ビクビクしている千秋を窓側にしてうちはその隣に座る。席についても視線が凄い。

 

 

この視線が収まるのはだいぶ先だろう。千秋をあんまり見て欲しくない、ビックリしてしまうから。とは言ってもそんなことを言うわけにもいかない。はぁ、とため息を溢した。

 

千夏と千冬は大丈夫だろうか? こちらはあまり良い感じはしない。二人も同じ心境なのではないだろうか?

 

 

隣のクラスの二人が心配になった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 四姉妹は大丈夫だろうか。本来なら親族の元に居て違う小学校に通っている。違うのは僅かな事だけどそれがどのような変化を及ぼすのか……

 

 考えながら書類を整理していると……隣の佐々木小次郎が話しかけてくる。

 

 

「なぁ、引き取った四姉妹どうなった?」

「一人の子とは少し話せるようになったくらい……か?」

「へぇー……」

 

 

 

 何やら変な目で俺を見てくるがそんなことを気にしている暇はない。夕ご飯とか四姉妹事、考えることが沢山ある。

 

 

「お前、給湯室に居る女の人達に何て言われてるか知ってるか?」

「知らないけど」

「光源氏」

「……そいつらひっぱたく」

「やめとけ」

「俺はロリコンじゃないし、健全なんだよ。普通にスタイルが良い人が好きだし。言っても通じないだろうけど」

「ロリコン予備軍が言いそうなことだな」

 

 

まぁ、傍から見たらそう見えるだろうな。納得も理解もしたくないが、そうなってしまう事もあるのだろう。

 

仕方ないなと思いながら書類を整理する。頭を切り替えて、夕ご飯の事も考えながら。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

主人公が光源氏予備軍、面白いと思った方は感想、高評価お願いします

 



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11話 フラグ……?

感想、誤字報告ありがとうございます


 うち達は体操着に着替えて外で準備運動をして校庭を走っている。体育は一組も二組も合同で行うらしい。

 

 

「な、なんで、こんな日に走らないと、いけないのよー」

「あ、ち、千冬、走るのはむ、無理っス……」

 

 

 

 太陽に照らされながら校庭を何周も走る。千夏と千冬は運動が苦手だ。まぁ、千夏は日が出ている限定だが……二人はもフラフラになりながら校庭を走る。千夏のツンテールは凄い揺れて、千冬はカチューシャで髪を縛っているでこに僅かに汗が滲んでいる。既にうちやほかの生徒とは何周も差がついてしまっている。

 

 

「ワハハ! 一位だ! わっしょいわっしょい! 俺ツえええ!」

 

 

 一人だけ明らかに違う速度で走り抜けていく千秋。その速さ正に閃光。姉妹の中で一番運動神経が良い彼女は千夏と千冬だけでなく他の同級生さえも置き去りにする。

 

 千秋はフラフラの千夏と千冬を再び抜いて走って行く。と思ったら二人の速度に走るペースを変えた

 

 

「だらしないぞ」

「はぁ、はぁ、室内だったらアンタなんかに負けないわよッ。ああ、もう、世界が暗黒に包まれればいいのに!!」

「おおっ……」

「仲間見つけたみたいな顔しないで! 私とあんたは違うわ!」

 

 

千夏と千秋が話しているのを少し後ろで見て僅かに頬が緩む。

 

 

「千冬、覚えておけ」

「な、何スか? もう、正直、は、話す気力も……」

「姉より優れた妹など存在しない……」

「それ、いま、言う必要あるっスか? 言いたいだけっスよね?」

「フッ、また会おう」

 

 

千秋は再び走り出す。誰よりも速く、銀色の髪が激しく揺れる。それを見届けた後、うちはふらふらの二人にそばに寄った。

 

「背中、押してあげよっか?」

「じ、自分で走れるっス」

「わ、私も」

「そう……何あったら言ってね? ずっと後ろで待機してるから」

「そのセリフ、既に四回は聞いたっス……」

「過保護過ぎよ……」

 

 

 

二人に手助けの相談をするのはこの体育時間だけで既に四回目だけどかなり控えめにしてるんだけどな……。まぁ、いい。

 

いつ手助けできるように二人のちょっと後ろを走っていよう。

 

 

 

◆◆

 

 

「よし、俺はもう帰るぞ」

「定時帰宅か? 珍しいな」

 

 

佐々木が俺の宣言に反応する。俺は以前までそんなに定時帰宅はしなかった。特に行きたくもない飲み会に付き合いとして行ったり、残業をしたりで殆ど八時を回る。

 

「これからはこれが普通になる」

「ああー、四つ子ね」

「その通りだ」

「……この後は夕飯を作ったりするんだろ? 大変だな」

「いや、別に? 俺は高校からずっと自炊だから慣れてる。夕飯なんて一人も五人も大して量は変わりない」

「意外に高スペック……そう言えばお前親になんて言われたんだ? 引き取る事」

「両親は両方他界してるから何も問題は無い」

「何か、すまん」

「いや、大丈夫だ。心の中に居るからな」

「……そうか」

「じゃあ、そういう事で」

「お疲れ……」

 

 

 

俺は荷物を纏めて佐々木や同僚、先輩などに挨拶をして市役所を出る。急いで車に乗って家に帰る。今日は初めての四姉妹の登校日だから、先生とも色々話す必要があった。だから、ついでに送ったが本来ならバスがあるらしい。

 

 

学校が終わるのが大体3時くらいで帰りはバスを使うからもう帰ってるはずだ。千春に鍵は渡してるし。

 

お腹を空かせているかもしれない。法定速度を守ってなるべく早く帰ろう……

 

車を走らせて、家につく。ドアを開けるとリビングからテレビの音が聞こえてくる。

 

 

「カイトー! お腹空いたー!」

「お帰りなさい。お兄さん」

 

 

 リビングに居たのは千春と千秋だけだった。千春がソファに座り、膝の上に千秋を乗せている。帰って来て一番最初に言うのがお腹空いたとは千秋は食いしん坊だな。まだ、千夏と千冬は部屋から出られないか……。

 

 このままではいけないだろうけど、どうしようか。あー、思いつかない。

 

 

「カイト、速くハンバーグ!」

「あーそれなんだけど、この間作ったばかりだから……今日は肉じゃがにでも……」

「いやだー! ハンバーグが良い!! ハンバーグじゃないと嫌!」

「千秋。可愛すぎ……お姉ちゃんドキドキしちゃう」

 

千春の膝の上でジタバタする千秋。クソ、可愛いじゃないか。純粋な意味で!!

 

でも、バランスとかあるし、もっと色んな料理を知ってもらいたいと言う俺の願望もある。仕方ないが今回はハンバーグを断る方向で……

 

 

「カイトぉ~、ハンバーグじゃダメ?」

「ハンバーグにしようか」

「わーい!」

 

 

いけない。つい、言う事を聞いてしまった。断るつもりだったのに。口から真逆のことを言ってしまった。眼を潤んでいる千秋にはあらがえなかった。

 

 

クソ! これじゃ、俺が百合ヒロインにパパとして攻略されてるじゃないか!!!

 

 

ハンバーグ作るか。言ってしまったからには仕方ない、誘導されたけど仕方ない。スーツを脱いでワイシャツをズボンの中から出してラフな格好に。

 

そのまま、キッチンに行く。腕をまくって手を洗って、冷蔵庫の中からひき肉を……

 

 

な、何か視線を感じるんだが……後ろを向くと千春がじっとこちらを見ていた。上に乗っている千秋はもこちらを見ている。千秋は純粋にな興味だろうけど、千春は何か違う気がする。

 

 

どうかしたのだろうか? お腹が空いたのか? それとも、なんだろう? 何か言いたい事でもあるのだろうか?

 

ハンバーグが嫌いとかではないはずだし、それとも他に食べたい物があったとか。それも違う気がする。

 

 

良く分からないが取りあえず夕飯を作ってしまおう。レンジに入れて肉を解凍しているわずかな間に玉ねぎをみじん切りにしてゆく。

 

「おおー、カイトすげぇ!」

「ッ……」

 

 

 千秋が感嘆の声を上げ、千春の射貫く視線が強くなる。そして、玉ねぎを炒めながら付け合わせのキャベツを切って行く!

 

 

「あー、キャベツは……あんまり……」

「ほっ……」

 

 

千秋はキャベツ嫌いだっけ? まぁ、栄養バランスだから仕方ない! 二人の雰囲気が変わる。千秋は少し沈み、千春はほっとしている。

 

俺はそのまま解凍した肉にボールに入れて、調味料を入れる、玉ねぎ、パン粉、卵を入れて手でこねる。本当はヘラとかで混ぜた方が良いらしいが時短だ!

 

 

「おおー! 豪快でカッコいい!」

「…………………………」

 

ソースをケチャップとウスターソースをベースで作ればあっという間にハンバーグの出来上がる。あとはハンバーグに火が通るのを待つだけだ。我ながら料理に関しては高スペックだなと思う。

 

みそ汁は残りがあるし、作り置きしているニンジンきんぴらを添えれば僅か、三十分ほどで夕飯になるな。

 

 

「カイト! ソース味見したい!」

「いいぞ」

 

小さいスプーンにソースをすくって渡す。それを千秋が舐めると目をキラキラさせる。

 

「うめぇ! カイトの料理、我、大好き!」

「ッ……!!」

 

 

 

千秋が嬉しそうな顔をしてくれるのはこちらまで心躍るんだが、千春が凄い顔でこちらを見ているんだけど……

 

 

そう言えば、千春は姉妹に大好きとか言われた回数を数えていると聞いたことがある。それほどまでに姉妹全員を愛していると言う事、だが同時にシスコン過保護で有名だった千春の事だからそれが面白くなかったのかもしれない。

 

 

ここは何かうまい事、行動したい。俺は膝を地面について千秋と視線を合わせる。

 

 

「いきなりだけど千秋は千春の事どう思ってるんだ?」

「急に何でそんなこと聞くんだ?」

「まぁ、気になったからだな」

「ふーん、そっか。……うーんとね……千春の事は大好きだぞ!」

 

 

元気よく恥じることなく、堂々と彼女はそう言った。にっこりと笑った屈託のない笑顔を見ると嘘全くついていない事がよく分かった。

 

「ッ……ち、千秋……お姉ちゃんも大好きだよ」

 

 

思わず頬が緩んでしまう千春。彼女の周りの雰囲気も幸せでいっぱいの花畑のようなグラフィックが見える。

 

 

「千夏も千冬も、あとカイトも大好きだ!」

「くっ、眩しい……」

 

 

思わず手で顔を覆ってしまった。千秋の笑顔や言葉が天使のようなグラフィックを想像させる。

 

 

「どうした? カイト?」

「いや、何、光で眼が眩んだだけさ」

「おおー、そのフレーズ今度使う!」

 

 

少し、彼女と話している間にハンバーグが出来上がりそれを食器などによそって、トレイ上に。それを千春に、ペットボトルの水などを千秋に渡す。

 

千秋はニコニコしながら、千春は千秋に言われた大好きと言う言葉が未だに忘れられないようで頬が緩んでいる。笑った顔がそっくりである。

 

 

 俺も夕飯を食べる為にテーブルの上に運んで、テレビのチャンネルを回して食事をはじめた。

 食べながら四姉妹の事を考える。特に千夏と千冬。あまり話せていない。と言うか全くと言っていい程話せていない。部屋からも全然出てこない。

 テレビとかも見て良いんだぞ。ソファで昼寝とかしても良いんだぞ。そう思ってはいるがそれを流石に口に出しにくい。

 

 そんなことも言ってられないんだろうけど。あとで、何か話してみよう。

 

 

 食事が終わったらお風呂の湯を沸かす。いつも通り千春と千秋が食器を返してくれるのでそれを洗っている間に湯が沸くので四姉妹にさきにお風呂を進める。

 

 千冬と千夏が下に来るのはお風呂の時くらいしかない。ここで何か話さないと。

 

「お兄さん、お先にお風呂いただきます」

「カイト。先入るぞ」

「さ、さき、頂くっス」

「……先に入ります」

 

う、滅茶苦茶警戒されている。もうかなりの時間を過ごしているのに警戒されている。でも、何か話しかけないと大人の俺から寄り添わないと何も始まらない。

 

「あー、ち、千冬。が、学校はどんな感じだ?」

「え!? あ、そ、そうっスね……えっと、校舎にヒビがあった感じっスかね?」

「な、悩み事とかあるか?」

「い、いえ、滅相もないっス」

 

眼を全然合わせてくれない。床の木目しか見ていない。取りあえずぎこちなくても話しかけ続けるのが大事なんだろう。今度は千夏だ。

 

「ち、千夏は、どうだ? 学校は?」

「……普通です」

「な、悩み事か……」

「……無いです」

「そ、そうか……」

 

……今日はこのくらいにしておこう。気まずくなっていくのが辛い。部屋の中の空気が黒くなり、重力がいきなり何倍にでもなったかのような感じがする。もう、このまま地面に沈んでしまうのではと思ってしまう。

 

「ねぇ、カイト! 我ね、我ね! 今日、マラソンで1位だった! 俺っええした! 褒めて褒めて!」

 

 

まさに、現代の生きる加湿器。まさに、万有引力殺し。鶴の一声とかこのようなことを言うのだろう。一気に部屋の悪い風がどこへやら、重力が軽くなる。

 

「凄いな、それは」

「男子達も置いてけぼりだ。しかも、我はまだ本気を出していない。子供の遊びに付き合った気分だ」

「おー、凄いな。無双だったわけだ」

「そう、まさに無双無双無双だ」

 

 

エッヘンと胸を張る彼女のおかげで事なきを得た。4姉妹はそのままお風呂に向かい、俺は千秋に感謝をささげた。

 

4人がお風呂を上がった後は今度は無理に話しかけないようにした。明日また話しかけてみよう。

 

姉妹たちが2階の自室に戻って行くのを見届けて俺もお風呂に……と思ったらリビングのドアが再び開いた。

 

「お兄さん、ちょっといいですか?」

「どうした?」

 

 

千春だ、ハートマークの沢山入ったピンクのパジャマを着ている。

 

「話したいことがあって」

「聞こう」

「はい。それじゃあ聞いてください。お兄さんには感謝しています、話を聞いてくれて、面倒を見てくれる。清潔な家、美味しいごはん。うち達の今まで生活とは全然違います。だから、もううち達はお兄さん無しでは生きられない体にされてるかもしれません」

「……ちょっと、後半の言い回しは危ないな、外では絶対やめてくれ」

「気を付けます。それで、お世話になっている身ではありますがお兄さんにお願いがあります。聞いてくれますか?」

「ほう? いいぞ? 欲しい服でもあるのか?」

「いえ」

「じゃあ、夕飯の献立希望でも?」

「いえ」

「……じゃあ、なんなんだ?」

「……」

 

千春はゆっくり口を開く、彼女が我儘を言うなんて。多少の事なら聞いてあげよう。一体何だろう……と俺も少し身構えてしまう。

 

 

「……千秋には手を出さないでください」

「……それはどういう意味で言ってるんだ?」

「色んな意味です。お兄さんくらいの年齢なら意味は分かってると思いますが」

「……出さないよ。それがお願い?」

「はい」

 

 

出すわけねぇ! ロリコン確定演出じゃん。そんなことするわけない。何を心配してるんだこの子!?

 

 

「安心してくれ、出さない。そもそも千秋は俺に懐いてくれてるがそれは、何というか親的な、頼れるお兄さん、もしくはコック、そんな感じだろう」

「……そうですね」

「他にお願いはあるのか?」

「無いです」

「……無いんかい」

 

 

 

この子は本当に過保護と言うか、何というか。色々心配し過ぎだろう。

 

「じゃあ、あれだ。もう寝なさい。明日も学校だろう?」

「……はい。ありがとうございました。おやすみなさい」

 

そう言って彼女はリビングのドアから出て行った、と思ったらまだ居た。

 

「約束ですからね?」

「約束しよう」

「ありがとうございます。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 

 

念押しが凄すぎる。全く……でも、こんな感じの前に何処かで見たことがあるような。あ! 『響け恋心』のイベントだ!

 

 

 主人公が姉妹の誰かの好感度を一定以上上げると、千春が主人公に手を出すなと念押しをするイベントにそっくりだったような気がする。

 

 いや、千秋はどう考えても恋愛的な好きじゃないぞ? 懐き具合、雰囲気を見てもそんな感じは一切しなかった。

 

 勘違いか心配のし過ぎか分からないが似たような状況になったと言う事か……。いや、手は出さないよ。

 

 出したら永遠に肩書に光源氏が付くよ。そんなこと俺はしない。

 

 はぁ、とため息をついて俺は風呂場に向かった。

 

 

◆◆

 

 

 

 お兄さんに思わず釘を刺してしまった。正直、我儘や願望は言うつもりはなかったが、お兄さんの人柄やこれまでの言動を見て思わず言ってしまった。確かに千秋がお兄さんに抱いている物は恋愛的な物ではない。

 

 

「でも、それは今現在の話の可能性もあるよ、お兄さん」

 

 でも、いつか、それがいきなりそう言ったものに変わることもあるかもしれない。まだ、千秋は成熟していないからそう言った感情が分からないだけ、感じていないだけ。感じていても理解していないだけかもしれない。

 

 千秋には手を出させない。出させたくない。うちにとって姉妹が全てだから。失うわけにはいかないから。

 

 

 それが恩人でも、誰であっても姉妹に手は出させない。

 

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面白かった、千春がシスコンだと思ったら、高評価、感想よろしくお願いします

 



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12話 四女

感想、評価ありがとうございます


 うち達がお兄さんの家で生活をし始めてから2か月以上経過した。夏の暑さが和らぎ少しづつ寒さが出てくる。木々から枯葉が落ちて徐々に1年の終わりが近づいている気がする。その間にお兄さんは千秋と仲良くなり、千秋はかなりお兄さんに懐いてしまった。

 

 昔は余り我儘を言わなかった千秋が毎日のように我儘を言っている。殆どが食べ物の事だが。

 

 反対に千夏と千冬は未だに懐けない。お兄さんがお風呂の入る前や入った後に二人に話しかけるが中々素を出せずしどろもどろになってしまう。

 

 

 お兄さん的にはもっと我儘を言って欲しかったり、少し懐いてもらい自室以外にも使えるようにして伸び伸び生活をしてほしいと思っているんだろう。お兄さんは本当に優しいなと思う。 

 

 だから、千秋が懐いたのだと改めて納得するのと同時に勢い余ってその先に行かないか心配だ。

 

 

「ちょっとー、千春聞いてる?」

 

 授業と授業の間の僅かな休み時間、とある女子生徒がうちに話しかける。最近、仲良くなった。北野桜(きたのさくら)さん。うち達を見ても特に珍しがることはなく普通に接してくれるいい女の子。

 

「あ、ごめん聞いてなかった」

「全く……俺の弟たちのトンデモ話を聞けっての」

「ごめん」

「まぁ、いいけど。そう言えばお前の妹達の話も聞かせてくれよ」

「うちに妹達か語らせたら日付け変わっちゃうけどダイジョブ?」

「俺もだがお前も相当のお姉ちゃんだな……」

 

 

 当たり前だ。姉妹は自身の全てだから、愛するも当然。良いところがあり過ぎて語りきれないのも当然。

 

 

「……なーんか……お前訳アリっぽいな……」

「ん? 何か言った?」

「いや、なーんでもない。それより今日はテストがあるから復習しといた方がいいぜ」

「うん、勿論、長女として勉学でも好成績をキープしないとね」

「……ほどほどにな」

 

 

 桜さんはそのまま自身の席に戻って行った。うちは桜さんの妙な視線に一瞬首をかしげたが気にしないことにした。

 

 テストがあるから予習をしないといけない。社会で都道府県のテストが行われるから地図帳を広げて眺める。前の席では千秋が左頬を机につけて寝ている。千秋は常に元気いっぱいだからどういても体力が持たないのだろう。それに、最近は特に……

 

「おい、何寝てんだよ。厨二」

「ん? ……? 何だ?」

「お前あほの癖に寝てていいのかってことだよ」

 

 

妙に千秋に絡む同じクラスの男子。(にしのただし)。鼻にばんそうこうを張っていかにも不良と言う感じである。彼は千秋の頭をゆすって無理やり千秋を起こす。おい、何してんだ?

 

そもそも、寝てる千秋を無理に起こすな。千秋はあほじゃない、素直なだけ。起こすにしてもやり方があるだろ? どんどん疑問が湧いてくる。

 

 

「五月蠅い、短パン小僧、あっちいけ」

「あほの癖に生意気……ッ!?」

 

 

正はうちの千秋ではなく後ろのに居るうちを見た。そのまま雪女でも見るような目をしながら千秋のそばを逃げるように去って行った。

 

恐らくうちの暗黒のオーラがそうさせたのだろう。

 

 

「千春……」

「どうしたの?」

「我、あの短パン小僧嫌い」

「最近、妙に絡んでくるから?」

「うん。それ以外にもあほあほ五月蠅い」

「千秋はあほじゃないのに酷いよね」

「ほんとそれ」

 

 

千秋もあほと言われるのは心外のようだ。二人で話していると先生が教室に入ってくる。

 

「はい、社会のテスト始めるよー。都道府県テストだぞー」

「やべぇ」

「ど、どうしようお」

「勉強してねぇ」

 

 

一部の男子達が大慌てをし始める。それを見て先生が笑いながら指示をする

 

「ほら、地図帳とか特産品の載ってる教科書しまえー」

 

 

そうは言ってもしまわない生徒達。

 

 

「普段から勉強しないのに今更勉強をする男子達、あれだけ勉強しろと先生は言ったのだから慈悲ないぞ。今更、テストヤバいと言ってももう遅い……ぷっ、最近のラノベタイトルみたいで草……」

「「「……」」」

「ほら、しまえー」

 

 

先生は何か良く分からないことを言っている。ラノベタイトル……ライトノベルと言う本のタイトルの事だろうけど、読んだことないから先生が笑う意味が分からない。最近はそう言うのが流行っているのだろうか。

 

 

テストが配られ、全ての問題に答えを書いてホッと一息。前の千秋が目に入る。

 

 

「……ええ? こ、この形は……大きいから、ほ、北海道……で、これは……ええ? さ、埼玉は分かるけど……他は……」

 

 

都道府県全部覚えるのは難しいから答えられなくても仕方ないよ。もし、難しかったら一緒に勉強しよう思いながら悩む三女の背中をテスト終了まで眺めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 学校終わりの帰りのバス。揺られながらうちと千冬で二人用の席に座り、後ろに千夏と千秋が座る。

 

「今日、テストどうだった?」

「ばっちりっス。今回こそ、春姉に勝つっス!」

 

 千冬が凄い息込んでいる。相当気合が入っているようだ。千冬はしっかり者だから相当高得点なんだろうなぁ。

 

「わ、私は……まぁまぁよ」

「わ、我も……それなりには」

「あとで、一緒に勉強しようね」

「え? そ、それはちょっと……大体都道府県の形なんてどれも同じに見えるのよ。あと、覚えて何の意味があるってのよ」

「そ、そうだぞ」

「秋姉も夏姉も勉強してないのまるわかりっス。もっとしっかりしてほしい所っスけど……」

 

 

 

 四姉妹で笑いあえる日常がうちにとって最高の癒し。フフフと上がって行く頬を我慢が出来なかった。

 

 

 

◆◆

 

 

「お前、最近給湯室でなんて言われてるか知ってるか?」

「……また、それか……知らないが……」

 

 

 仕事場で隣の佐々木が俺に話しかけてくる。給湯室で俺が何と言われているのか知らないが大体想像がつく。俺は純粋な善意で引き取ったが周りから見たら変に勘ぐってしまうのは当然だ。引き取るときにその覚悟はしているけど……

 

 

「気になるか?」

「一応……」

「豊臣秀吉」

「確かに秀吉と寧々の差は10から12くらいあったと聞くが……俺とは関係ない」

「武田信玄」

「確かに十代の上杉の方と婚姻したが年齢の差はそんなにないだろう」

「ムハンマド」

「確かにアイーシャ九才を妻にしたが俺とは関係ない」

「昔の人」

「……え? それはどういうことだ?……ああ……昔の人は14、15で結婚したらしいがそれはデマだ」

「……詳しいな」

「これくらい普通だ」

 

 

 給湯室に居る奴ら俺で遊んでるな。まぁ、あまり親しくない人に何言われても気にしないけど。

 

 

「口じゃなくて手を動かしなさい」

「うげ、出た……」

 

 

後ろから年を取った女性の声がする。佐々木がヤバいと口を急いで閉じてデスクに向かう。

 

「魁人君はしっかりやってるみたいで良いけど、小次郎君はさぼってんじゃない?」

「す、すいません」

 

 

ほうれい線が目立つベテラン女性職員の宮本武蔵さんだ。真面目で結婚もしており三人娘もいるらしい、簡単に言うと勝ち組だ。

 

「そう言えば……魁人君、最近引き取った子達はどんな感じ?」

「……アンタも話して……やめとこ」

 

 佐々木は何かを言いかけるが口を閉じた。まぁ、そこから先は言えるわけない。そう言えば、この宮本さんも俺が親族に頭を下げた時に見てたんだよな。この人もロリコンだと思ってるのだろうか? 結構、俺と姉妹たちを気にかけてくれる感じはしているけど……

 

 

「まぁ、ぼちぼちですかね」

「何かあったら聞きなさい。我が家も三姉妹だから何か力になれるかもしれないし」

「あー、じゃあ一つ聞いてもいいですか?」

「なに?」

「千秋って子が居るんですけど。その子は苦手な食べ物と好きな食べ物の差がはっきり分かれてて、嫌いな方は全く食べれないんですよ」

「ふむ」

「それで、俺は大人になったら好き嫌いが激しいのはあの子に不利になる感じがして食べれるようになって欲しいのですが……だからと言って嫌いな物を無理に食べさせるわけにもいかなくて。ほら、教師が給食も無理に食べさせると体罰とか言うじゃないですか? 千秋はアレルギーとかがあるわけじゃないんですけど……嫌いな物を細かく刻んで入れてもいいんですけど嘘をついてる感じもするし、それがあの子に悪影響になるかもしれないし、どうしたらいいと思いますか?」

 

「「……」」

 

 

宮本さんと佐々木が黙った。何だ、何か変なことを言ったか?

 

「お前、メッチャ考えて親してんな」

「私は分かってた。魁人君が責任感のある父親に慣れるって」

 

何か褒められた。

 

 

「えっと、魁人君の言いたいことも分かる。私の娘も好き嫌いが激しかったから。まぁ、でもその内食べられるようになることもあるし。あとは苦手な食べ物を上手い事調理するとか。例えばピーマンが苦手なら、ピーマンとか塩茹ですれば良いらしいって言うし。時間が経って大人になるのを待つのも一つの手よ」

「……なるほど……待つのもありか。あとは、塩ゆでか」

「うん……あと、そんなに思いつめると体壊すわよ?」

「体は丈夫なので大丈夫です。ありがとうございました、今後も何かあればよろしくお願いします」

「ああ、うん」

 

 

 

 

そう言って再びデスクに向かう。そうすると今度は宮本さんから俺に問いをする。

 

 

「魁人君、私も聞いて良いかしら?」

「どうぞ」

「私の娘がね、同性愛婚をしたいんだって」

「そうなんですか」

「私自身は相違のもありだと思ってるけど。でも、そういうのって何処か、世間は抵抗があるって言うか。子供もできないし……変な目で見られないかなって」

 

 

 ――そう言えば『響け恋心』の世界は婚姻の幅が広いんだったな。

 

 俺もゲームをしてはいたがそこら辺の意味を詳しくは良く知らない。だが同性婚が認められているのはゲームでも明言していた。だから、主人公とヒロインが結ばれても安心と言うのがあったがこの世界の世間では僅かに抵抗があるのも事実。未だに男女が婚姻が普通と言うのはよく聞く、と言うかほぼそれしか聞かない。

 

 

「魁人君ならどうする?」

「俺なら……えっと、あんまり参考にならないと思いますし、親なり立ての俺が何言ってるんだと思うかもしれませんが……背中を押しますかね?」

「……そう」

「……えっと、あくまで俺の意見ですけど」

「……そうね、背中を押す。もし何かあれば私が守ればいいものね。ありがとう。魁人君」

「いえ……こちらこそ」

 

 

彼女はそのまま自身の仕事デスクに戻って行った。やっぱり子供の事でみんな悩むんだな……。

 

 

俺もそろそろ千夏と千冬と話せるようにならないとな。

 

 

 

◆◆

 

 

 千冬は自分の事が嫌いだ、自己嫌悪していると言っても良いかもしれない。

 

 

 千冬は昔から何の取り柄もなかった。三人の姉と同じ日に生まれ、同じ最悪の環境に育ったのに自分だけ何もなかった。素敵な三人の姉を見ていると自分が空っぽのようなただの器のように見えた。

 

 

 

 痛い思いをして、放置されて寒くて怖い思いをずっとしている日々の中で常にそれを意識せざるを得なかった。姉妹全員で寄り添うのは暖かくて安心感もあって寂しさも薄れたけどその考えは消えない。

 

 

 何故自分だけ超能力が無いのか、何故自分だけ何の取り柄が無いのかそれを考えるのが本当に嫌だった。勉強は春姉には敵わない。夏姉のような可愛さもなく特徴的な超能力もない。秋姉のような元気さ話を変えるようなことも出来ない。

 

 自身の才能や長所は全部取られてしまったのではないかと考えるが凄い嫌だった。なぜ、自分だけ、何もないのか。

 

 悩んでいるのも辛い思いをしたのも千冬だけではないのは分かっている。でも、それでもねじ曲がった考え方をしてしまう。自分には超能力が無いのに何でこんなつらい生活をしなければならない。

 

 そう、考える。千冬は特別になりたい。誰にもない長所が欲しい。でも、それはきっと三人と反対の願望だから絶対に言う事は出来ない。超能力が欲しい自分とそんなものは手放したい三人。

 

 特に春姉はその願望が一番強いのは何となく分かった。だから、そんなことは言う事なんて出来るはずがない。

 

 

 だから、せめて何かで一番になりたかった。姉妹の中で一番でありたいと思っていた。

 

 運動は無理だった。勉強は……ずっと春姉に負けっぱなし。でも、千冬が一番になるにはこれくらいしかない。笑顔を浮かべて何てことの無い顔をしながらその裏で強い焦りや悲壮感と戦っていた。

 

 勝手にライバル意識をしているだけだがそれでもこのテストは、今回のテストは本気で挑んだ。いつもそうだけど、本気も本気。清潔な家で綺麗な机もある環境で臨んだ。

 

 春姉のように秋姉の面倒も見ていない。テレビも見ずに頑張った。遊びも娯楽もも本当に最低限にした。

 

だから、今回は今回こそは勝てるはず。

 

そう思って、いた……




面白ければ、感想、高評価モチベになりますので宜しくお願い致します


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13話 千冬 普通

「ほら、テスト返すぞ」

 

 

 先生が千冬たちにこの間のテストを返す。都道府県、県庁所在地、名産などの複合問題。

 あんなに勉強をしたのだ、絶対に百点だろう。そうに違いない。

 

「え? お前何点?」

「お前の先見せろよ」

 

 先生に答案用紙を渡されると生徒同士で得点の部分を隠しながらよそよそしくする。

 

「はぁ……46点、まぁまぁね」

 

 

夏姉がため息をつきながら席に戻る。千冬も先生に名前を呼ばれたので教卓の前まで歩きそこで、テストを返してもらう。

 

女の優しそうな先生が千冬にテストを渡す。

 

「惜しかったね、千冬さん。うっかりミスが一か所あったかな」

「え?」

 

 

答案用紙の左上に書かれていた点数は『98点』。何処を間違えてしまったのか急いで数多の問題を目で追って行く。あっ、島根県の県庁所在地松江なのに松山って書いてる……

 

思わず、テストを握り締めた。文字の羅列が歪み、問題文と回答も点数も歪んだ。

 

「ち、千冬?」

「……」

「聞こえてる?」

「あっ、な、何スか?」

「えっと、何か怖い顔してたから」

「す、すいませんっス。特にこれと言った意識はないんスけど……」

「テストぐちゃぐちゃになってるけど……」

「ああ、た、確かに……」

 

 

急いで答案用紙を机に広げて、しわを伸ばす。そうすることで点数を再び見ることが出来て、夏姉もそれを見ておおっと声を上げる。

 

 

「凄いじゃない、私の倍以上! 98点なんて」

「まぁ、そうかもしれないっスね」

「十分凄いわよ! 誰でも出来る事じゃないわ!」

「……そうだと良いっスね」

 

 

 

 笑顔で夏姉が褒めてくれる。本心から言ってくれているのは分かる。でも、その言葉が上から目線の同情にしか聞こえない。憐れんでいるようにしか聞こえない。そのように感じてしまう自分にも嫌気がさす。ずっと一緒にいる姉妹なのに、何でも頼りにしてきたのに……それがぐるぐると負の感情を掻き立てる。心の中は鈍色の雲で覆われているようだった。

 

 

 その日の授業は余り頭に入らなかった。千冬の頭にあったのは姉たちだった。夏姉と秋姉には何とか勉強だけでも勝つことができる。でも、春姉は常に一番先に居て何一つ敵わない。何でも自分で抱え込む。千冬は春姉に何かをしてあげたかった。でも、何も必要が無いのではと感じる。

 

 

 

 自分が無能で仕方ない。と感じる。特別になりたい……特別になって姉たちに並び立ちたい。置いて行かれたくない。一人ぼっちは嫌なのだ。特別になりさえすれば……

 

 

 春姉はテストで何点だったのだろう。もし、負けていたら。自分は姉妹の中で本当の意味で無価値で何の特徴もない、ただの四女、いや姉妹ですらないと感じてしまう。

 

 もし、勉強すらも勝てなかったら……あんなに勉強したのに、全てを捧げたのに一番になれず、超能力もなく、ただただ空っぽの自分になってしまう。特別なつながりもない居る意味さえもない。ただの、人形のような存在になってしまうのが怖い。

 

 

 怖くて、聞きたくない。でも聞かないといけない。バスに揺られながら何気無い雰囲気で春姉に聞いた。

 

「春姉」

「どうしたの?」

「あの、テスト何点だったんスか?」

「……100点、だったよ」

 

 

 姉が気を遣うような声でそういった。

 

 彼女は姉として常に模範的な姿を見せないといけない、使命感のような物がある。だから、テストでは手を抜かない。体育でも常に自分たちを助けたりするとき以外は全力だ。

 でも、今回は自分がかなり有利だった。時間も多大にあった。環境も良かった。でも負けた。

 

 嗚呼……自分は姉妹の中で本当に居てもいなくても変わらないような存在なんだと思ってしまう。特別になって三人の姉に追いつこうとしたけどそんなのは無理で、だったらと勉強に力を注いでも長女に負け、三女のような元気活発で魔法のように場を変える力もなく、次女のような可愛くて特徴的な能力もない。

 

 

 何で、自分だけ……何も無いんだろう……

 

 

 ずっと寂しかったんだよ。自分だけ仲間外れみたいで、笑ってたけど苦しかったんだよ。

 

 超能力がいらない?

 

 じゃあ、くれよ。それをくれよ。千冬にくれよ。いらないとか普通が良いとか言わないでよ。そういう雰囲気を出さないでよ。

 

 

 顔が似てるから差がもろに出るんだよ。

 

 

 髪だって茶髪ってなんか地味だよ。銀髪に金髪に桃色って何さ、明らかに千冬より派手できれいじゃん。顔だってなんか、三人の方が可愛いじゃん。性格だって、何だって……

 

 ムカつく、ムカつく、ムカつく、ムカつく、イライラが止まらない……自分に。何も無く、何の成長も出来ないただの凡人の自分に。只管に嫌悪をする。姉妹に嫉妬をしてしまう自分に浅ましさを感じてしょうがない。

 

「千冬、大丈夫……?」

「何か浮かない顔をしてるようだが」

「顔色も悪そうね」

 

 

三人が心配してくる。

 

「……大丈夫っス」

 

 

 複雑だ。心配してくれているのにまた同情と思ってしまう。でも、気にかけてくれるのは嬉しいとも感じる。

 

 これ以上心配はかけられない。もう、いい。特別も一番も何もかも諦めて普通に徹しよう。今のままでは普通以下になってしまうかもれない。薄っすらと笑って普通にして……

 

 

「あのね……千冬……お姉ちゃんは」

「あ、もう降りる所っスよ!」

「ああ、うん」

 

 

 

 春姉が何か言いかけるが降りる場所だったので席を立つ、ランドセルが異様に重く、体も一気に怠くなった。倦怠感が体を支配して頭の中がテレビの砂嵐のように荒れてしまう。

 

 

「千冬……大丈夫か?」

「秋姉心配してくれてどうもっスけど、それよりテストの復習をした方が良いっスよ」

「ううぅ。確かに……」

 

 バス停から歩いてあの人の家につく。春姉がカギを開けて中に入る。流石は長女、春姉。千冬が何を思っているのか、取り繕っているのが分かっているんだろう。

 

 

 でも、何も言えない。自分と春姉は一番の対極、正反対だから。千冬と千春の持つ感情は相容れない感情だから。

 

 

 

「あ、ち、千冬……お姉ちゃんね……その……」

「何ともないっス! ほら、こんなに元気!」

「でも……」

「気にしないで欲しいッス。本当に元気っスから!」

「そ、そう……」

 

 

ごめんなさい。こんな面倒くさくて。本当は春姉が一番つらい思いをしてきたのに妬んで嫉んでごめんなさい。

 

今も心配をかけてしまってごめんなさい。あの時、何もできなくてごめんなさい。

 

千冬は笑ってそのまま二階の自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 




モチベになるので感想、高評価よろしくお願いします


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14話 千冬 特別

 俺はデスクに向かって業務にいそしむ。毎年十月にある所沢祭などの企画確認や運営などで最近忙しいが自身の仕事は最低限終わらせて定時で帰宅する。

 

 

 本日も定時で仕事終える。

 

「じゃ、お先」

「おーう」

 

 

 佐々木に挨拶をして役所を出て車に乗って自宅に戻る。夕暮れ時、車の数は意外と多い。自分以外の社会人も定時で帰る人が居るんだろうなと思いながらアクセルを踏んで家に進んでいく。

 

 

鬼のように左右確認をしながら家に向って行く。安全に気遣いながらも頭の中には姉妹の事があった。夕ご飯何が食べたいのか。学校で悩みがないか。

 

 色々彼女達も悩みがあるのは知っている。ゲームでもそうだった。だけど、それってゲームの終盤に主人公だから解決できた、変えられたみたいな、感じがあるからな。俺が不本意に踏み込んでも不快になるんだろうし。

 

 

 理想の父になりたいと感じはしたが、俺には最低限の事しかできないんだろう。だが、俺にし出来ない事もきっとあるのだと思い一緒に生活をしていくしかない。

 

 

 と、内心恥ずかしい事を考えているうちに自宅に到着した。

 

 

 家の鍵を開けて入るといつもなら勢いよく出迎えてくれる千秋が顔を暗くして、目尻に涙を浮かべていた。

 

 

「ど、どうしたんだ!? 何処か痛いと事でもあるのか!?」

「か、カイトぉッ……」

「お、落ち着いて! えっと、先ずはァ、お、落ち着いて話をしてくれ」

「う、うんッ、千冬が、千冬がね、何か元気なくて、2階の部屋に一人で閉じこもって、千春も何か元気なくて、千夏も訳分らなくて泣いちゃって、わ、我も、もう、悲しくて、悲しくてッ」

 

 

 千冬が部屋に引きこもってると言う事か!? 何か学校であったのだろうか? でも、もしそうなら何で千春が何もしないんだ!? 大抵の事は千春がしてくれるはず。お世話で過保護、そして姉妹の事が何よりも最優先の千春が……ゲームでも全てにおいて優先をするのが千春と言う少女なのに。

 

 

「千春は今何してるんだ?」

「えっと、リビングでソファの上で顔を隠して体育座りしてる……」

「何か、言ってなかったか?」

「分かんない……」

 

 

 千春は必ず何かをする、起こす。それが姉妹の為であればやりすぎと言う位の事をする。でも、それをしないと言う事はしないのでは無くできない。

 

 

 ……それって、かなりとんでもない問題じゃないか!?

 

 どんなことがあったのか、もっと詳しく聞かないといけない。

 

「千秋、今日何があったのか教えてくれ」

「朝は皆でバス乗って、クラスで別れて……うぅ」

「大丈夫か? ゆっくりでいいからな?」

「う、うん……」

 

ポケットティッシュで鼻や涙を拭きながら彼女に続きを促す。朝は俺も千冬の姿は見たが特に変わったところはない感じがした。千春もいつも通り姉妹を見てほのぼのしていた。朝の時点では何もなかったはずだ。

 

「それで、学校で勉強して、給食お代わりして、午後の授業はちょっと寝て先生に怒られて、それでっ、バスで4人で話してたら千冬の様子が可笑しくなって……」

「バスで何を話してたんだ?」

「えっと、テストの話……」

「テスト……千冬の点数って何点だったんだ?」

「98……」

「千春は?」

「100……だから我は二人とも凄いなって、思って。千春は何時も100点で、千冬は勉強熱心で部屋でよく勉強してるからそれが、結果に出たなって思って……」

 

 

千冬は殆ど部屋から出ない。千秋から偶に様子を聞いて部屋ではよく勉強をしていると言っていたな。もしかして、そのテストにかなりの労力をかけて何が何でも勝ちたくて、それで負けてしまったから落ち込んでいる、いや自己嫌悪。姉妹に対して負の感情を向けてしまう自分が嫌で仕方ない、無能が嫌で仕方ないと感じているのかもしれない。

 

千春も勉強はしているが千秋の面倒やほかの姉妹の事も気にかけている。対して自分は全てを注いだのに、負けた……。それで、自分を見失ってしまった

 

 

これ、ゲームのイベントであったな……高校生になった姉妹たちは主人公と出会いそこからイベントが始まって行く。

 

 イベントにも数種類あるが、千冬が千春、千夏、千秋に対して嫉妬や様々な感情を抱いていたがそれが爆発。差別感や自分は超能力無いのにどうして酷い目に遭って来たのか、特別になりたい。感情の奔流を主人公に語る。

 

 

これは好感度がある程度ないと発生しない。恐らくだが好感度が無いとそもそもこのイベント事態が何の解決もしないから。

 

『千冬は特別になりたいッス……』

 

泣きながらそう告白する千冬に主人公は自分にとって貴方は特別な存在だと語る。努力が出来る貴方は素敵だと、一番になれなくても頑張り続ける貴方が眩しく見えたと話す。

 

 

『……そうっスか? ○〇さんにとって千冬は特別なんスか?』

 

 

『えへへ、○○さんに話聞いてもらって良かったッス。○○さんって面白い人なんスね……”ありがとう”』

 

 

そんな感じで彼女との親密度が益々上がる。好感度のある主人公が特別であると言うから意味がありそうでなければただの戯言。好きな人からの言葉だから動かされる。姉妹以外の好きな人だから響く。

 

姉妹だとどうしても余計な気遣いがあるではないかと考えるからだ。

 

 

俺に何ができるんだ……? 主人公でもなく、好感度があるわけでも無く、年齢だって離れている。近しい特徴がない……これは……俺にはどうしようもないかもしれない。

 

 

「……千秋、取りあえず部屋に入ろう」

「う、うん……」

 

 

もう一度、彼女の涙などを拭いて、立ち上がりリビングに向かう。部屋に入るとソファの上で千春が座っていた。彼女の膝の上で千夏が寝ており目頭が腫れている。泣いていたのだろう。

 

「……お帰りなさい。お兄さん」

「……ただいま」

「ごめんなさい、お兄さん仕事頑張って疲れてるのに。家にいるだけのうち達がこんなのんびりしてたら不快ですよね……でも、今は千夏を寝かせてあげてください」

「あ、ああ、全然いいぞ……」

「ありがとうございます……」

 

千春も心ここにあらずと言った感じでただ只管に千夏の頭を撫でていた。テレビもつけず、この無音の空間で俺が帰って来るまで過ごしていたのだろうか。

 

「千春……どうして、千冬はあんなに落ち込んでるんだッ、()、何を言っていいのか分からない、部屋の前で話しかけても何も言ってくれないし、ねーねーッ、どうしたらいいのッ!?」

 

 

再び涙があふれる千秋を千春は抱き寄せて頭を撫でる。

 

「大丈夫、お姉ちゃんが何とかしてみるから。何とかするから。千秋は何も心配しないでいいよ」

「……本当に?」

「うん。本当。だから、安心して。疲れたでしょ? ほら、ここおいで」

「うん……」

 

 

そのまま千秋を自分の横に座らせる。そして、千夏の頭を少しずらして千秋の頭も太ももの上に乗せる。そして、千秋の頭も撫でた。張り付けた笑みのように微笑みながら安心させるように頭を優しく只管に撫でる。

 

そうすると再び千秋は泣き始めるが、その内姉の安心感に包まれて寝息を立て始める。

 

 

「……お兄さん……夕ご飯お願いしてもいいですか?」

「……分かった」

 

 

 俺も何を言っていいのか、どう行動すればいいのか分からない。ただ、言われるがままに台所に向かって冷蔵庫から材料を取り出し手を動かす。

 

 

 ふと千春が気になった。彼女はただ二人の頭を撫でている。泣きもせず、表情も変えずただ撫でた。

 

 

 ゲームだったら多少そう言う描写があっても直ぐにスキップとかできた。千冬が姉妹たちと仲が悪くなり、何を言っても響かないのは見ていて気持ちのいい物じゃない。俺も千冬が感情を出して姉妹たちと格差が出来たところは少し飛ばした。あまり見たくはなかったからだ。飛ばしてハッピーエンドの所だけを抜き取った。

 

 

 でも、今はそんなことはできない。

 

 

 

「夕食出来たけど……食べるか?」

「うんうん……うちは大丈夫……でも、この子達が起きたら食べさせてあげてください」

「分かった……」

「ソファ、占領しちゃってごめんなさい……」

「気にすんな……」

 

 

俺は、何もできない俺は千春のすぐ近くに腰を下ろした。地面に座ると自然とソファに座る千春より目線が低くなる。下を向いている彼女の顔がよく見えた。

 

泣いていない。無表情。でも、確かに悲しんでいるようだった。互いに何も言わず時間が過ぎていく。何秒経ったか分からないが少し時間が空くと千春が口を開いた。

 

 

「お兄さんが帰って来た時、千秋は何処に居ましたか……?」

「玄関で座っていたけど……」

「そうですか……」

「それが、どうかしたのか?」

「きっと、千秋はお兄さんに期待をしてたんだと思います……この子は少しほかの子より素直で幼い所もあるけどきっと、うちが思っている以上に大人だから。だから、分かっていたんです……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……」

「本当はうちが何でもしてあげたい。全部を与えてあげたい。悩みなんて全て無くしてあげたい。でも、それは無理だと……そんなことは分かっていたつもりでした。今までは心の余裕がなかったんです。只管に互いに身を寄せ合って生きるしかなかった。だから、窮屈な視界で色んな事に目を向けられなかった。でも、お兄さんが現れて心に余裕が出来て周りが見えるようになった時に……千冬は自分と姉妹を見つ直してしまった……」

「……」

「……何を言っているのか、分からないと思います。だからと言って、どんな悩みとかも具体的には言えません……それでも、お願いします……それがどんな結果になっても構いません。千冬に声をかけてあげてください。気にかけてあげてください……あの子に必要なのは、姉妹以外の何かだから……」

 

 

 

 千春が頭を下げた。髪に隠れてしまって顔は見えない。でも、尋常じゃない程の悔しさや怒り、悲しみが感じ取れた。

 

 

「……分かった。出来るだけの事はやってみるよ」

「……お願いします」

 

 

 

  俺はリビングを振り返らずに出た。そのまま階段を登って行く。何を言えば良いのだろうか。何を言っても俺では意味がないのではないかと不安が募る。でも、千春に頼まれて、了承したのだからその責務果たさないといけない。

 

 

 部屋の前に立ってノックをする。

 

「魁人だ……、話をしたいんだが……大丈夫か?」

「……」

 

 

返事がない。寝ているのか、それとも聞こえていて反応をしないのか分からないがドアノブを捻って押し込むが何かに突っかかってドアが開かない。何か重い物でも置いているのか?

 

「……千冬。起きてるならどかしてくれないか?」

「……」

 

やっぱり起きていないのだろうか。いや、でも起きているような感じがする。勘だけど……。

 

「その、起きてるなら少し、話しないか? ほら、この家に来てからあんまり話す機会も無かっただろう? 気分転換にもなるかもしれないし……」

「……」

 

 

やっぱり起きてるな。それにすぐそこに居る。この部屋には余計な物は置いていないし彼女自身が錘のような役割をしているのだろう。

 

「千冬……本当に少しで良いから俺と話してみないか?」

「……」

 

 

再度語り掛けると部屋のドアが開いた、中は暗くてよく見えない。でも、廊下の光が僅かに部屋に差し込み千冬がドアの側に体育座りで座っているのが見えた。

 

 

部屋の電気はつけない方が良いのかもな。泣き顔とか見られたくないと思っているかもしれないし。

 

 

「ありがとう。千冬……」

「……」

 

 

俺は入り口付近で体育座りをした。そして、彼女に話しかける。

 

「最近、どんな感じだ?」

「……普通ッス……いつも通り」

 

 

いつも通り……か。この一言で彼女がどれほど日々悩んできたか、同時に声のトーンでやはり俺は未だに微塵も彼女と打ち解けていないことが分かった。

 

 

「……そうか」

「……春姉に何か言われたんスか?」

 

彼女は体育座りのままそう言った。嘘はつけない。ついたとしても何の意味もない。ただ、しこりが残るだけのような気がする。

 

「そうだな。千冬が悩んでいるから気にかけてくれって言われたんだ」

「……そうっスか」

「……だから。聞かせてくれないか? 悩みを」

「……」

「訳の分からない大人がいきなり何言ってるんだと思うかもしれないけど、ごめん、俺はあんまり遠回しの言い方とかできないんだ」

「千冬達の事なんてどうでも良いじゃないっスか。家族でも無いし、親族でもないただの他人なんだから放っておいても良いじゃないっスか……」

「引き取ったからには責務がある。それに俺も千冬の事は放っておけないんだ。話せる範囲で良いから聞かせてくれないか……?」

「……つまらない話ッスよ」

「そうだとしても聞かせてくれ」

「……」

 

 

 

そう言うってしばらく時間が空く。すると彼女はこちらに顔を向けないまま暗闇に顔をうずめてまま話し始めた。

 

 

「千冬たちは……ずっと遠ざけられてきたんスよ……普通とは違う特別だからって……特別なのは姉だけで。千冬だけは特別じゃなくてそれが嫌で、だからせめて勉強くらいで一番になって姉たちに追いつきたかったッス」

「……」

「でも、それも無理だって分かって、千冬には何にもなくて、千冬にあるのは姉にあって、姉にあるのは千冬にはないから……それが辛くて、特別じゃないのに辛い目に遭って来た事に不満が募って、そう思ってしまう自分も嫌になってッ……」

 

 

 彼女の震えた声を聞いてしまうとやはり不本意に介入しなければよかったと後悔をした。何も出来る事がない。言えることが無いと感じる。

 

 ずっと超能力が理由でひどい目に遭って来たのに自分にはそんな目にある理由はない事に納得がいかない。姉妹は特別なのに自分はそうでない事が寂しい。超能力があると言う事実に自分達以外には分かり合えない人生。そこで自分だけ特別でない事に自分が家族ではないと思ってしまう。

 

 一人ぼっちに思えてしまう。

 

 

 何にも言えないよ。こんなの……主人公のように寄り添う事も言えない。意味をなさない。

 

 

 でも、千春に頼まれた。やるだけやってみると約束をした。意味をなさなくても何か言うだけ行ってみよう。

 

 

「……ごめん、俺には千冬を救ってあげられるような事は多分言えない……でも、多分、千冬は特別だと思うよ……」

「どこがっスか?」

「……世界に特別じゃない人はいないよ。何兆分の1って言うし……千冬が何を基準に特別だと思っているかは分からないけど、そこに居るだけで特別……じゃないか?」

「……」

「あー、ごめん、綺麗事言った……こんなの意味ないよな……」

「あ、いや、別に……」

 

 逆に千冬に気を遣わせてしまった。綺麗事じゃ人間動かないよな。でも、それくらいしか言えない……

 

「……とにかく俺には千春も千夏も千秋も千冬も特別に見えたって事だ。何を抱えてたとしても、持っていたとしてもそれは一つの人を構成する要素でしかない」

「……」

「千冬は茶髪がとても綺麗だし、眼も綺麗で二重で語尾も良い感じだ。あ、口説いてるわけじゃないぞ。その点、俺なんて黒髪に黒目で平安時代だったらモテただろうなって顔だ」

「……平安時代?」

「あー、まぁ、昔は美の基準が違うって聞いたから、すまん、ちょっと笑わせようと思って……現代ならフツメンって事だ」

 

 

ギャグが外れた。気分を変える一言が湧き水のように頭に浮かんでくればいいんだろうけどな……

 

 

「つまり、俺には全員が特別に見えたから少し元気を出してほしいって事だ。姉妹でも嫉妬とかはあるなんて大前提、それを気にする必要もない。寧ろ無い方がオカシイ」

「そうっスかね……」

 

 

あんまり響いてない感じがするな。さっきよりは反応をしてくれているけど。

 

 

「何度も言うけど……俺は千冬を特別だと思ってるよ。それを一番言いたかった。騙されたと思って信じてみてくれないか?」

「……騙されたと思ってッスか?」

「ああ。それでも、自分自身の事を信じられないなら俺が信じるから。それを覚えておいてくれ。絶対に自分が特別だって思える日が来るから、未来に期待をしててくれ」

 

 

そう言うと彼女は初めて隠していた顔を出した。僅かな光で見える彼女の目元は腫れていた。未だに目尻には涙が溜まっている。

 

 

「……どうもっス……」

 

 

彼女はそう言って頭を下げた。少しだけでも元気出れば良いんだろうけど。俺の安い、中身のないような話じゃ意味なかったのかもしれない。俺の言葉じゃやっぱり動かないよな。

 

夕食でも食べてもらって、僅かな幸福感に浸ってもらうくらいしかできない。

 

「すまん……大した事言えなくて」

「いえ、そんなことないッスよ……ちょっと、元気出た気がするっス」

「本当か?」

「はい……本当っス」

「無理してないか? 何か他に言いたい事とかないか?」

「大丈夫っス、ありがとうございまス……」

「そ、そうか……なら良いんだけどさ……夕食持ってこようか?」

「……はい、お願いしまス」

「分かった。いつもより大もりで持ってくるぞ! たくさん食べてくれ」

 

そう言って部屋を出る。彼女は元気が出たと言ったが本当なのか、どうなのか。分からない。でも、本当に元気が僅かにでも湧いたのなら。嬉しい、俺には大した事が出来ない。

 

でも、これからも微力ながらも頑張ろうと思った。取りあえず夕食を持っていこう。

 

 

◆◆

 

 

 千冬は結局自分の弱さに負けてしまった。姉妹である姉たちとの関りが嫌になって部屋に閉じこもってしまった。春姉も夏姉も秋姉も千冬を気にしてくれる。でも、誰の言葉も響かなかった。

 

 どうしても、同情されているのではないかと変なフィルターを張ってしまう。もう、何が何だか分からなくなって只管に泣いてしまった。

 

 

 そこに、あの人が来た。春姉が何か言ったから来たのだとすぐにわかる。でも、話を聞いて欲しいと思った。どうしてそう思ったのかは分からない。ただ、一人では居たくなかっただけかもしれない。

 

 何を言われるのか、大人の難しい言葉で説得や励ましをしてくれるかと思ったが意外にもあの人の言葉は捻りもないような言葉だった。

 

 初めてかもしれない。姉妹以外からあそこまで熱い言葉を掛けられたのは。春姉にも夏姉も秋姉も気にかけてくれる。言葉を交わしてくれる。それは嬉しい。

 

 

 でも、あの人の言葉から感じる嬉しさは今までに感じた事の無いものだった。目の前にいる人は普通の人だから。自分と同じ普通で普通の言葉で特別だと言ってくれたから心にすっと入ったのかもしれない。

 

 嬉しかった。髪を褒めてくれて、何度も特別だと言ってくれたのが。

 

 自分でも信じられない千冬を信じると真っすぐ言ってくれたのが。

 

 凄く嬉しかった。初めて外からの愛情はこんな味なんだと知った。困惑してどんな反応をしていいのか分からなかったけど、少しだけ笑ってしまった。暗くてあの人は気が付かなかったんだろうけど。

 

 凄く、凄く、凄く、嬉しかった。

 

 

  姉妹でも何でもないのにあんなにも千冬に特別だと言ってくれるなんて、変わっている。姉たちの差にきっとこれからも悩んでしまうんだろうけど、もう一度、頑張ってみようと思えた。そう思わせてくれた。

 

 

 

 あの人は面白いだな……

 

 少しだけ、あの人の事を知りたいと思った。

 

 

 でも、その前に……心配をかけてしまった事を謝らないと。春姉はずっと気が気でなかったはず、夏姉と秋姉のことは泣かしてしまった。

 

 

 ごめんなさいと言わないといけない……千冬は体育座りを止めて腰を上げるとそのままリビングに向かった。

 

 

 

 




面白ければ感想、高評価がモチベになるのでよろしくお願いいたします。



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15話 千冬

 俺が千冬と話をして彼女に夕食でも持って行こうと一度リビングに戻る。リビングでは千春が千夏と千秋の顔を眺めていた。俺に気づくと彼女はこちらに目を向ける

 

 

「どうでしたか?」

「少し、元気は出たって言ってくれた……俺が気を遣われたのか、そこら辺は分からないんだが……」

「そうですか……多分、それは嘘ではないと思います。ありがとうございます。お兄さん」

「どこまで、俺が役に立ったか分からないが……一応どういたしまして。それで千冬が夕食食べるって言ってるけど一緒に食べるか?」

「もう少し、時間をおいてあげたいので今はいいです。千夏と千秋ももう少し寝かせて……」

 

「「パチッ」」

 

千春がそう言うとタイミングよく二人の目が開いた。二人は千春の太ももから頭を上げて周りを見る。千夏は俺を見て千春の背に隠れる。千秋は俺を見たが直ぐに周りを見渡す。千夏も背に隠れながらも周りを見渡して二人して千冬を探す素振りを見せた。

 

「千冬なら大丈夫。お兄さんが話を聞いてくれたら元気出たんだって……」

「そうかッ! ありがとうカイト!」

「……ありがとうございます」

「ああ、まぁ、そんなお礼言われるほどの事じゃ……どういたしまして」

 

 

千秋と千夏がお礼を言ってくれる。素直にお礼は貰っておこう。

 

「じゃあ、飯だな! カイト、夕食はなんだ!」

「肉じゃがだな」

「そうか! きっと千冬も喜ぶぞ! カイトのご飯は食べると元気が出るからな!」

 

 

そう言われると普通に嬉しい。しかし、どうするんだろうか。4人で食べるか、時間を置くか。

 

千春に目を配ると彼女は僅かに考える。複雑そうな顔をして考えているとリビングのドアが開いた。誰が来たのかなんてすぐにわかる。そこには千夏や千秋のように目元を腫らせた千冬が居た。

 

千秋は元気が出たと信じてやまないから、直ぐに駆け寄る。

 

「おお! 千冬! 元気出たのか!」

「ごめんなさいッス秋姉。心配かけて……」

「気にしてないぞ! お姉ちゃんだからな!」

「夏姉もごめんなさいッス……」

「私も心配かける時あるし、気にしなくていいわ」

「……春姉もごめんなさいッス」

「うちもごめんね……何も言うことが出来なかった。長女なのに……」

「そんなこと」

 

「もう、互いに謝ったんだからもういいな! ご飯食べよう!」

「そうだね……一度謝ったんだからしつこくしなくてもいいね」

「そうっスね……」

 

 

千秋が険悪になりそうな会話に入り込み会話を止める。そして、そのまま良い笑顔で俺の方を向いた

 

「カイト! ご飯お願い! あー、お腹空いた~! そうだろ!?」

「そうっスね」

「うちも」

「私も」

「良し、じゃあ、準備するから待っててくれ」

 

 

 俺はいつも通りトレイに料理を乗せる。トレイは千春だが乗り切らない物は姉妹で分担して持っている。

 

 そして、そのまま4人は再びお礼を言って部屋を出て行った。4人が2階に上がって行く音が聞こえる。このまま部屋で4人でご飯を食べるのかと思ったが今度は階段を下る音が聞こえてきた。

 

 誰が再び戻ってきたのだろうか。気になってドアに注目すると来たのは千冬だった。

 

「魁人さん……」

「千冬。どうした? 箸が足りなかったか?」

「そうじゃないっス。その、さっきはありがとうございました。千冬、あんなに熱い言葉を言われたのが姉妹以外では初めてで、そのとっても嬉しかったッス……えっと、その、抑えられない感謝と言うのを伝えたくて、でも、姉たちの前だと恥ずかしいから、だから……お礼を言いたくて、来たッス」

 

若干、しどろもどろになりながらも彼女がそう言った。俺は全然良いことを言えなかったが僅かでも彼女の為になったのであればよかったと思う。

 

 

「あー、どういたしまして。何かあればまた聞くからな」

「はい、その時はお願いするッス……じゃあ、この辺で。あ、あといつも美味しいごはんありがとうございまス……」

「おう、いつも残さず食べてくれたありがとうな」

 

 

彼女はちょっとだけ笑って一礼すると再び上に上がって行った。

 

 

俺に何が出来たのか良く分からない。

 

あの時、もっと良いことを言えたはずだが何も言えずに綺麗事しか言えなかった。共感をしてあげたりするべきだったのかもしれないが彼女の人生での苦悩や葛藤は俺が分かるはずがない。

 

 

それを分かったふりなんて出来ない。千冬の事を知っていたはずなのにそれなり以下の事しか言えず、つまり、何も出来なかった。

 

 

千冬は本当に元気になったのだろうか。気を遣っているだけなのではないだろうか。

 

 

難しいな……

 

 

 

 

◆◆

 

 

 4姉妹は以前のように楽しそうに話すようになっていた。夕食を食べお風呂に入り、その時に僅かだが様子を見えた。

 

 目元が腫れていたが4人共笑顔だったので良かったなと思う。

 

 そのまま4人は2階に上がって行った。お風呂から上がったところも見たが既に千秋と千夏は欠伸をしていたからグッスリだろうな。

 

 

 一人、リビングでソファに座っていると千冬との会話を思い出す。千冬、大丈夫かな。元気になったのか。これからも悩んでしまうのかと考えると気が気がじゃない。音のないリビングで考えていると再び誰かが下の降りてくる音が聞こえる。

 

 

「お兄さん」

「千春、どうした?」

 

 

 降りてきたのは千春だった。

 

 

「もう一度お礼を言いたくてありがとうございました」

「ど、どういたしまして……でも、そんな気にしなくてもいいぞ? 何度も言うがあんまり大したことは言っていないんだ」

「そんなことは無いですよ。うちはどんな話をしたのか具体的な所まで聞いてはいませんけど千冬が元気になったのは間違いなくお兄さんのおかげです。千冬は姉妹の中の特別しか知らなかったけど、お兄さんと話して色んな特別があるって分かったからもう一度頑張ろうって思ったんだと思います……多分ですけど……」

「そうか……」

「お兄さんにとっては大した事のないと思っていたとしても、千冬には今までにない大きなものだったのではないかと……」

「そういう事なのか……難しいな……」

「そうですね……」

 

 

そういう事があるのか……難しいな。本当に難しい。逆もあると言う事だよな。俺の何気ない発言が傷つけることもある。そうはならない様にするのが大前提だけど、俺も完璧じゃない、言葉の意味の食い違いなどで傷つけることもある。

 

下手にトラウマに関わったりしても……余計な事だった場合もあった。千冬が偶々上手く行っただけ……なのかもしれない。

 

自分のトラウマとかってあんまり触れて欲しくない事もあるだろう……

 

 

……考え過ぎてしまった。千春を待たせている。

 

 

「……ああ、すまん。つい考えてしまった。お礼は受け取ったからもう寝てくれ。わざわざありがとう」

「いえ、こちらがありがとうございました。おやすみなさい」

「おやすみ

 

 

彼女の階段の上がる音が聞こえた。千春も疲れているだろう。今日はゆっくり休んでほしい。

 

俺は……洗濯や明日の準備もある。いつまでも座っていられないと俺はソファから腰を上げた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 昨日は姉達と少し溝が出来てしまいかけたが、魁人さんと話してそれを修復できたと同時に何か大きな物を得ることが出来た気がする。

 

 

 ランドセルが軽くて視界と頭の中がクリア、非常に体の調子がいい。姉達とも昨日の事が嘘のように気軽に楽しく話せる。

 

 

 自分を、千冬を特別だと言ってくれた。それだけの言葉と事実があるだけでこんなにも違うのだと驚いてしまう。

 

「ねぇ、昨日、アイツと何話してたのよ」

「え?」

 

 

教室の一角、窓側の一番後ろの席で座っていると夏姉が千冬に昨日の事を聞いてきた。魁人さんとの会話は誰にも言っていない。昨夜の夕食の時に秋姉にも聞かれてもお茶を濁すようにしたから気になっているのだろう。

 

 

「あー、まぁ、世間話的な感じっス……」

「ふーん。で?」

「で? って言われても……」

「どんな世間話だったのって聞いてるの。昨日も誤魔化すし、姉の私にも言えない事なの?」

「あ、いや、そんなこと……無いっスけど」

「じゃあ、何? 元気が出るような事言われたんでしょ? もしかして、魔法ステッキとか買ってくれるって言われたりとか?」

「それは流石に違うっス……」

 

 

 

夏姉はどうして昨日千冬が落ち込んでいたのは分からない。分かっているのは春姉だけだと思う……。

 

昨日、真っすぐに特別と言ってくれた時……行って貰えた時……

 

 

「アンタ、顔赤いけどダイジョブ?」

「へ、平気ッス……」

「なら、良いけど……あ、それで昨日の……」

 

 

夏姉が聞いてくるのを流したり、誤魔化したりしながら思った。

 

 

きっと、姉妹である以上、誰かに比べられることがあるだろう。自身で比べてしまう事もあるだろう。

 

それで一人ぼっちと思うかもしれない。寂しいと思うだろう。

 

姉たちは特別であると言う認識は変わらない。それに何度も悩むだろう。

 

一生、悩むかもしれない。

 

でも、自分を特別と言ってくれる人が居てくれるだけで少しだけ、未来が明るく見える気がした……

 

 



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16話 トラウマ

 千冬がうち達と僅かにすれ違い再び、もう一度仲良くなってから数日後。日に日に寒さが強くなって生徒達も長袖長ズボンが増えてきている。千冬とはあれから特に互いに何を言う事もなく、気にする事もなかった。

 

 千冬がお兄さんに何を言われたのか分からないが元気になって本当に良かった。でも、千冬の笑顔を見てまた、悩んでしまう時も来るのだろうな、と確信のような何かを感じ取った。

 

 そう簡単に全てが解決がするはずがない。同じ悩みを何度もしてしまう、何度も同じ過ちをしてしまうのが普通だから。

 

 ……あんまり、マイナスな思考は止めよう。うちは頭をわずかに指で押してマッサージのようにして思考を取っ払った。すると前の方の声がよく聞こえる。

 

「もうすぐ、クリスマスだけど、何買ってもらう?」

「藤井さんの将棋トレーニング」

「へぇ」

 

 

 目のまえで女子たちが話している。小学4年生くらいになればサンタさんが居ない事には気づいている。だが、サンタからはもらえたくても親からはクリスマスプレゼントがもらえる一大イベント。女の子たちが湧かない方がオカシイと言うものだ。

 

 現在、12月2日。……毎年、食パンの耳を砂糖で味を付けて油で揚げてラスクのようにするくらいしかやることが無かったけど今年はどうなのだろう。お兄さんはケーキとかプレゼントとか買ってくれるのだろうか……いや、そもそもそんな我儘を言っていいのだろうか。

 

 

 あんまり我儘は言えないけど、千夏と千秋と千冬には楽しいクリスマスを過ごしい。七面鳥、パエリア、ケーキ、プレゼント。皆、そう言ったものを貰ったり食べたりしたいはず……

 

 特に千秋はもう、毎日のようにワクワクしている。ソワソワしてバスで登校するときにイルミネーションが見えるたびにもうすぐクリスマスだ、ケーキだと笑いながら話している。

 

 

 教室でも女の子達とケーキについての議論が止まらない。ショートだ、チョコだ、ハーフアンドハーフだ、ロールケーキもあるぞと。

 

 今もそう

 

「やっぱりクリームが良いのか!? 生が良いのか!? チョコか!?」

「あー、生クリームって美味しいけど食べ過ぎると重いよ……」

「そ、そうか……そんな秘密がケーキには……」

 

 

まだ、20日以上あるのに楽しみ過ぎるらしい。まぁ、そんな姿が可愛いんだけど。

 

このクラスの可愛さなら千秋しか勝たない。このクラスの女子は可愛い人多くて桜さんも可愛いけど……やっぱり千秋しか勝たない。異論も認めない。

 

 

 

だが、そんな千秋に、世界最高である至高である千秋に喧嘩を売る馬鹿が居る。

 

「餓鬼かよ、クリスマスケーキ楽しみにしてるとかだっせぇ、寧ろ馬鹿」

「またか、短パン小僧……」

 

鼻にばんそうこう、冬なのに半そで短パンと言う服装をしている西野正。うちは全く興味もなく、寧ろ不快感があるが女子からはかなり人気者らしい。足が速いし、顔立ちも整っている感じがするからだろうか。

 

ワカラナイ、千秋しか勝たない。

 

正が千秋に目を付け始めたのが体育のドッジボールの時間。両チームコート内には一人ずつしかいない。それが千秋と正。外野の応援も白熱しており、千秋もかなり乗っていた。

 

 

青いゴムボールを片手で掴み千秋が正に向かって叫ぶ。

 

『これで、全てが変わる。赤チームの運命、我の運命』

 

『――そして、お前の運命もッ!!』

 

『キュいんーん、シュオン、シュオン、シュオン。これで最後だぁぁ!』

 

 

何やら、エネルギーを溜めるような音を自分の口で出して、そのまま投げる。千秋は運動神経が抜群で昨日の晩御飯にハンバーグを食べているからエネルギーもばっちり。千秋のボールは正に直撃してそのままダウン。

 

そこから女に負けただの何だの言い始めてやたらと絡み始めた。

 

 

「おい、今日の体育俺と勝負しろ」

「いや、今日長縄……」

 

 

千秋は正が苦手らしい。意味もなく絡んできて、いつも馬鹿にしてくる。奇遇だね。うちも千秋を馬鹿呼ばわりする奴は嫌い。

 

千秋がうちの元に寄って来る。

 

 

「ねーねー、アイツまた馬鹿って言った……」

「馬鹿じゃないよ、千秋は」

「だよな! 分かってくれるのは千春だけだ」

 

そこはねーねーが良かったんだけど……でも、元気いっぱいの千秋も可愛い。そう言いながら自分の席につく千秋。

 

千秋はうちの前の席、そこで姿を眺めるのも一興。

 

「千春はケーキは何が良い!? カイトだから絶対買ってくれる!! 今のうちに予約しないと! スーパーで!」

「うーん……そうなのかな?」

「そうだよ! 絶対今年はケーキ食べれる。初ケーキだ! あと、プレゼントも!」

「そうだね……」

 

 

お兄さん、きっと買ってくれたり、食べさせてくれたりしてくれるんだろうけど。そんなに我儘を言っていいのかと僅かに悩む。信頼はしてる。だが、我儘にも限度と言うものは必ずあるはずだ。

 

千秋が我儘を言うならうちはあんまり言わない方が良いんだろうな。

 

「あ、先生が来た。では、また会おう」

 

そう言って千秋は前を向いた。最近、寝て怒られることがあるからちゃんとしないと言う意識があるらしい。うちも起こせるときは起こしているのだが、偶に気付かない時もある。

 

そう言うときに限って先生にバレてしまい怒られ、涙目になってしまう。千秋をもっとよく見ないといけない。

 

うちは授業に集中するのと同時に千秋にも意識を割いた。

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、じゃあ、授業はここまで、次の授業の準備しておくように」

 

 

そう言って先生が教室から出て行った。その瞬間に教室中の緊張が解ける。眠気を我慢してそれを一気に開放する者や、背もたれに寄りかかる者。

 

「終わったぁぁぁ!! ああもう、社会つまんなすぎるわ!! 特産品なんか覚えられるわけないし!」

 

夏姉のように授業に愚痴をこぼす者。夏姉は背筋を伸ばしてストレッチをしながら解放感に身を浸す。

 

社会だけでなく全授業が夏姉にとってはストレス。

 

「ねぇ、冬は社会楽しいと思う?」

「まぁ、特産品とかは面白くないっスか?」

「赤べことか知ってもどうとも思わないわ」

「千冬は結構、可愛いと思うっスよ」

「うっそ……」

「それに福島には自分で色を塗れるのもあるらしいっス、そういうのって面白そうじゃないっスか?」

「……うーん、多少は思わなくもないけど。でも、やっぱり詰まんない」

 

 

夏姉は社会だけでなく、算数も国語も毎授業詰まんないと言う。千冬は詰まんないとか面白いとかそういう感情で勉強をしようとは思った事がないから分からないが、やはり小学生は勉学が面倒くさい、やりたくないと思っている人が多いのだろう。教室には夏姉以外も愚痴をこぼしている人がチラホラ。

 

 

夏姉はしばらく授業への愚痴を言ってはいたが、急に雰囲気を変えた。僅かにだが眼光が鋭くなる。

 

 

「そう言えば、アンタ、最近アイツに随分と懐いているように見えるけど? 何、もしかして好きにでもなった?」

「えッ!?」

「冗談よ」

「あー、そ、そうっスか……」

 

 

何故だろうか、物凄い慌ててしまった。確かに最近魁人さんと話せるようになってはいるがだからと言って好きとか、そんな感情は一切抱いていない。全く、これっぽちも、1ミクロンも。

 

「何か慌ててない?」

「いや、滅相もないッス!」

「そ、そう……冬が大声を出すなんて珍しいわね……」

「そ、そもそもと、年の差があり過ぎっス! 感謝とかはしてるけど恋とかそんなのは微塵もないッス!」

「確かに年が1回り位違うもんね。じゃあ、このクラスに居るの? 好きな人」

「居ないっス。そもそもあんまり話す人すら居ないっス」

「ふーん。まぁ、私もそんな感じか」

 

 

夏姉は一瞬雰囲気を柔らかくするが直ぐに元の鋭い雰囲気に戻る。

 

 

 

「ああ、言いたいことが言えなかった。秋や冬が懐く理由も分からなくはないわ。上辺だけ見れば良い奴ではあるかもね……でも、あの男の部下でしょ。あんまり深入りしすぎない方が良いんじゃない?」

「でも、凄いお世話になってるし……そんな言い方は……」

「いつ、誰が牙をむくなんてわからないのよ。気が変わるかなんて分からない。再三言ってるけど心を許しすぎない事は意識した方がいいわ」

「魁人さんはあの人たちとは違うっスよ……それは夏姉も分かってるはずっス」

「……」

 

夏姉はばつが悪そうな雰囲気になり、会話を断ち切って前を向いてしまった。最近、千冬が魁人さんと話すようになり、夏姉だけが魁人さんと未だに話せていない。

 

 

 

何と言えば良いのだろう、自分には言えることがない。魁人さんは信用できる、秋姉も春姉もそれは分かっている。あの人たちを違うのは分かっている。

 

徐々に信頼の値も大きくなっている。それが夏姉だけが最初と変わっていない。それはきっと寂しいはずだ。辛いはずだ。自分だけが信用できない、和から外されて、姉妹を取られたような気持ちになるはずだ。

 

千冬にはそれが分かった。でも、何か彼女の気持ちを変えるような言葉は見つからない。

 

トラウマは易々と触れて良い物じゃない。知っているからと言って安易に触れてはいけない。

 

一歩間違えば相手を不快にさせるだけでは済まない。

 

……春姉はこんな気持ちだったのだろうか。

 

悩んでいるのを知っていて、でも何も出来ることがない。思いつかないのはこんなにもモドカシイ。それを背負っていた姉の背中が遠くに見えた気がした。

 

 

千冬は夏姉に何と言えば良いのだろう。信用してなんて安易に言えるはずがない。

 

 

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17話 信頼

感想等ありがとうございます。すべてに返信は出来ませんが目を通しています。モチベになります!!!


 大昔から世界には様々な未知が存在する。幽霊や妖怪、世界破滅の予言、etc。そして、人々は未知を恐れる。自身の常識を外れた存在を恐れる。

 

 

 例えそれが自身の血縁者だとしても、親族だとしても、子供だとしても関係ない。恐れて恐怖して排除しようとする。非道で残虐な者達が世界には居るのだと知った。望んで異端になったのではないのにどうしてこんな目に遭う必要があるのだろうか。

 

 

 ただ、只管に世界は残酷だと思った。でも、そんな中でも僅かな希望はあった。光があった。

 

 姉と二人の妹だ。一緒に居てくれる、信じあえる唯一の家族であり存在。世界も周りの人たちも信用なんて出来ない。背中なんて見せることはできない。私が背中を見せて気を許すのは姉妹だけだ。

 

 

 どんな時でも4人で居れば、寒くても怖くても平気なはずだ。お腹が空いても、他の家の子がお母さんやお父さんと手を繋いでいる光景を見ても平気だ。

 

 ……本当は少しだけ寂しさや嫉妬、妬みなどもある。でも、それでも虚勢を張れるくらいには耐えることが出来た。

 

 環境は最悪でも自分には姉妹が居るからそれだけで幸せ者だと自分に言い聞かせてきた。

 

 両親は最悪だけど、環境も世界も最悪だけどそれでも自分には信頼できる姉妹が居るから幸福。

 

 

 そんな考えがずっと頭の中にあった。そんな中で生活をしていたある日、全てが変わった。

 

 両親が死んだ。交通事故らしい。普通の子なら何かをを感じるのかもしれない。悲しみや喪失感、悲壮。でも、私は不思議と何も思わなかった。そうなんだ、くらいしか思わなかった。

 

 私だけじゃない。きっと姉妹も何も思わなかっただろう。それより誰が自分たちを引き取るのかと言う事の方が気になっていた。両親が自分たちの事を親族に言いふらしていると分かったのはお葬式の時だ。視線が物語っていた。

 

 世界が全部、敵に見えた。この中の誰かに引き取られることになるなんて最悪にもほどがある。視線と聞こえるように言っているのではと思うような話声。

 

 イライラが止まらなかった。だが、それ以上にその視線に恐怖を感じて姉や千冬の背に隠れてしまった。

 

 ずっと、不躾な視線を送られ続けていたその時にある男に出会ったのだ。そいつは今まで出会った事のない不思議な奴で私達を引き取りたいと言う。

 

 意味が分からない。ただ只管にそう思った。あの男の部下? 何故、春はそんな男の元に行くと言った? 疑問が尽きないまま生活がスタートした。

 

 環境は恵まれたものであった。でも、そいつを信頼は出来ない。私だけじゃなくて姉妹もそうであると思っていたがそれは違った。自分以外はどんどん信頼を向けていく。

 

 自分だけが信頼が出来ない。それに困惑して怖くもなった。

 

 『疎外感』

 

 自分が周りからずれた異端な存在なのではないかと言う恐怖が襲って来た。

 

親が死んでも何も感じない。満月の光を浴びると……明らかに自分の見た目は人知を超えてしまう。人を信用できない。

 

 化け物は人の心が分からない。異形な姿をしていると聞いたことがある。それが自分なのではないかと思ってしまう。その内姉妹すらも信用が出来ないのではないかと思ってしまう。

 

 それが怖くて怖くて仕方ない。どんどん自分がその存在に近づいているのではないかと考えてしまう。自分ではどうしようもないこの感情。

 

 

 

 ただ、私にはそんな日が来ないで欲しいと願う事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 最近、千冬が俺に話しかけてくれる機会が多くなった。千秋も以前より懐いてくれる。千春は相変わらずシスコンで何かと目を光らせているが会話は以前より出来ている気がする。

 

 日辻四姉妹が俺の家に来てもうすぐ4ヶ月が経とうとしている。日に日に会話が全体的に増えて家の中が賑やかになっている気がする。それは非常に嬉しいのだが千夏だけは中々コミュニケーションをとるのが難しい。毎日話しかけてはいるのだが良い返事があまりない。

 

 ずっと、緊張するのはきっと疲れる。ストレスもたまる。体にも悪いだろう。

 

 

 もうすぐ、クリスマスだ。盛大に行きたい。今までにない素晴らしい経験をしてほしいと思っているがどうするのが正解なのだろうか。

 

 

 無理に千夏に関わってしまうのもどうかと思う。彼女は彼女自身の両親によって包丁で刺されそうになったトラウマがある。姉妹以外の人を信じるのが彼女にとっては何よりも難しいものになっている。最初はある程度ゆっくりで良いと思っていた。だが最近自分以外が俺と関わる姿を見て何かしら思う事はあるだろう。

 

 千夏が最近、悲しそうな顔をしているのを何度もしているのがその証拠だ……どうにかしたいと思ってはいるが……

 

 それに自分の超能力の事でも悩んでいる。彼女は満月の光を浴びると身体が成人並みに成長する。そして、眼が青から赤になり歯が少し鋭くなる。それで自分は人間なのかと悩むのがゲームでイベントとしてあった。

 

 

 

 

 それは分かっているんだ。だが、俺に何ができると言うのだろう。ゲームだったら主人公がイベントなどを得て順調に好感度を上げて、不正解なく、彼女からの信頼を得た。それで貴方の事が人にしか見えない。自分と同じと一緒にしか見えないと言う事で彼女は一歩進むことが出来る。最初はかなり嫌な顔や拒絶をされたがそれも好感度が上がるほどに緩和されていく。

 

 そんなの分かっている。

 

 だが、それが出来るのは主人公だからだ。

 

 俺は主人公じゃない。

 

 

 知っているからと言って何が出来ると言うのだろう。俺はお前を信頼しているからお前も俺を信頼してくれと言うのが正解か。それは違うだろう。お前は人だと言う事が正解か。そんなことに意味はない、そんなことで信頼が獲得できると言うなら、彼女が立ち直るなら千夏はこんな苦労はしない。

 

 

 知っているのに何もできないとはこんなにもモドカシイ。

 

 

「おい、大丈夫か? 仕事中だぞ」

「……ああ、そうだな」

「何かあったのか」

「……信頼を得るにはどうしたらいいと思う?」

「プレゼントとか?」

「……ゲームだったらな……」

「いや、どうした?」

 

 

仕事場にまで私情を持ち込んで良いのだろうかと言う理性的判断は俺には出来なかった。そんな俺の肩を誰かが叩く。振り返ると宮本さんだ。

 

 

「何かあったの? 悩みあるなら聞くけど?」

「ああー、その……色々、悩みがあるんですけど。取りあえず、千夏って子が居るんですけど。その子の信頼ってどうやったら得れますか?」

「……うーん。色々方法はあると思うけど……何かとんでもない事を起こすと言うのが一つかしら? その特定の子に対して劇的なアプローチと言うか、そんな感じ」

「……なるほど」

 

 

千夏に劇的な事って何すればいいんだ? 

 

 

「あとは、普通に時間が経つのを待つ」

「……今すぐにってのは無理ですかね?」

「難しいわね。時間ってそれほど凄い物だから。時間で人は育ち、信頼も時間をかけてゆっくりと得るもの。人が誰かを信頼するときそれは劇的じゃない方が普通。一緒に居たり、話したり、遊んだり、積み重ねた時にふと信頼って出来るのものだからね」

「……そうですよね。それが普通」

 

 

千秋と千冬は何か劇的な事が偶々起こっただけ。でも、それが特別なんだ。信頼を得るのは普通じゃない。想像以上に難しい。

 

「うちの娘も反抗期とか色々あってね……でも、真摯に真っすぐ向き合い続ければいつか必ず信頼は得られる。その人に響く言葉もかけてあげられる。それを私は親をしながら学んだわ」

「……」

 

 

真摯に真っすぐ向かい合うか……時間をかけて。そう言えばゲームでも高校一年から始まってエンディングを迎えるのは高校三年の卒業式だったな……

 

 

いや、今更ゲームを基準に考えるのは馬鹿か。千冬の時に分かった。本来ならあり得ない事が起こるのはゲームじゃないから。

 

あの子達は俺と関わって変化していった。それが普通だ。

 

 

きっと、知っていたとしても千夏の悩みを解決することなんて俺には出来ないし、信頼も得ることは難しいのだろう。それがゲームではなく現実だから。

 

 

でも、千夏と向き合う事を放棄する理由にはならない。クリスマスまで時間がない。少しでも良いから千夏と……いや、四人全員と向き合う事を大切にしていこう。

 

 

ふと時間を見るともう、定時だ。帰らないと

 

 

「宮本さん、ありがとうございました。何か、変わった気がすると言うか、頑張ろうって思えました」

「そう、よかったわ」

「あれ? 俺は?」

 

 

俺は定時で帰宅した。

 

 

 




面白ければ高評価、感想宜しくお願い致します。


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18話 千夏 信頼度5

 定時で退社した俺は帰りにコンビニでスイーツ等を買った。物で釣ろうとしているわけではない。単純に喜んで欲しいと言うだけだ。

 

 車を走らせて家に帰る。真摯に真っすぐ向かい合うと言うが何をするのかと自問したときやはり対話くらいしか思いつかない。だからと言ってずっと対話をすればいいと言うものでもない。

 

 四人と一緒にご飯を食べたりとかするのもいいんじゃないかと思うけど……俺が居ることで妙にかみ合わない事もある。

 

 

 色々考えてしまうがやはり会話をして対話をしてお互いをもっと知って行くのが、今の俺に出来る真摯で真っ直ぐな最低限の精一杯かもしれない。

 

 とは言うけれどもなんか緊張もする。向かい合うとかそういうのって結構こそばゆかったり、ソワソワしてしまうのは俺のコミュ力がないからではないだろう。誰でもきっとそうだろうな。

 

 熱い言葉を言ったり、良い話な感じの雰囲気も実は苦手だ。途中で恥ずかしくなって俺なにを言ってるんだっけと思ったり、どこまで話したっけと頭が混乱する。だからと言って雑に語るのも気持ちが悪い。

 

 どういうスタンスで話すのか悩んでいる間に家に到着した。

 

 

 

 

◆◆

 

 私は春と一緒に2階の自室で宿題をしていた。おやつを食べて後回し後回しをしているうちに五時を過ぎても終わっていないと言う今の状況になってしまった。頭悪い組のはずの千秋は早々に宿題を終わらせた。

 

「千夏、ここ違うよ」

「あ、そっか……えっと……」

 

 

長女である春は自分の宿題なんか秒で終わらせたのにも関わらず秋の手助けをして、さらには現在、私の宿題の手伝いもしてくれている。以前から思っていたが本当に過保護が過ぎる。

 

全てを自分以外に注ぐ姿に思う所はある。だが、きっと春は甘えたり頼ったりすると喜んでくれる、逆に頼ったりしないと不機嫌になるのを知っている。

 

だから、甘えてしまう私。

 

 

「こう……かしら?」

「正解、よくできたね。えらいえらい」

 

プリント宿題の間違っていると指摘されたところを消して、新たな回答を書く。それが正解していたようで春が私の頭を撫でる。それが嬉しくて口角が上がってしまうのと同時に赤ん坊のような接し方に思えて少し複雑。

 

 

春は私の頭を撫でながらあやすように聞いた。

 

 

「お兄さん……どう、思ってる?」

 

 

 

相変わらず、よく見ていると言うか良く分かっていると言うか。私が、私だけがアイツを信用できていないと春は見抜いている。そして、その事実に心を曇らせていることも。

 

「信用できない?」

「……うん」

「……うちもね、完全にお兄さんに心を許したわけじゃない。千秋も千冬もそうだと思うから……一人じゃないから。安心してね」

「……ありがと」

 

 

春の言葉は私の心にすっと入ってきた。それと同時に焦らなくても良いという安心感なども湧いた。でも、春は優しいから気を遣ったのではないかとも思ってしまった。もしかしたら、春の言っていることは本当でも、いつか自分だけ信用できない日が来るのではないか恐怖もした。

 

 

「大丈夫……」

「うん……」

 

 

私の僅かな感情の変化を読み取ってくれる春。春の撫でる手が凄く暖かく感じた。私が落ち着くと彼女は手を離した。

 

そして、宿題を再開していると

 

『おおー、カイト! お腹空いた!』

 

 

千秋の嬉しそうな声が聞こえてきてアイツが帰ってきたことがすぐに分かった。

 

「お兄さんが帰ってきたみたいだね……お世話になってるし、おかえりは言いに行こう?」

「……分かってる」

 

 

毎日、おかえりなさいは必ず言うようにしている。私もお世話になっているのに不義理な態度をとってしまっていることは理解はしているつもりだ。だが、やはり距離が取れるなら取りたいと言う感情が強く、言うだけ言ったらすぐに二階に戻る。

 

 

春に手を引かれて階段を下りていく。リビングのドアを開けるとそこには自分より大きな存在。あの日の事を思い出して、思わず春の後ろに隠れてしまった。

 

 

「お兄さん、お帰りなさい」

「お、おかえり、なさい」

「ただいま。出迎えは嬉しいがわざわざ降りてこなくも良いんだぞ?」

「いえ、これくらいは……」

「じゃ、じゃあ、私はこれで……」

 

私は逃げるようにそこから去ってしまった。恐怖を思い出すのと自分だけが和から外れたような疎外感から逃げたくなったからだ。

 

階段を急いで上がって行く。最後の一段を上がった時に後ろか低い声が響いた。

 

「あ、ちょっと待ってくれ。千夏」

「ッ……」

 

 

思わず、びくりと体を震わせてしまった。アイツがそこに居る。どうしよう。あんまり会話をしたくない。自分より大きな存在と話したくはない。上手く話せずグダグダになってしまって相手も不快になるだけだろう。

 

でも、この状況で無視をしたり逃げたりすればそれこそ不快にさせてしまうだろう。ゆっくりを振り返って顔を見る。

 

アイツは階段のすぐそばで一段も登らずこちらをぎこちない笑みを浮かべている。

 

「な、なんですか?」

「えっと、その……まずは俺は無害だから安心してくれ!」

「は、はぁ?」

 

彼は敵でないと両手を上げたまま話を続けた。

 

「それでだな、そのー、言いずらいんだが俺と千夏は……あ、そもそも千夏って呼び捨てにして大丈夫か!? まだそこまで親しくないし苗字で読んだ方が良いか!?」

「いえ、名前で大丈夫ですけど……」

「そうか」

 

 

何という気遣い……ここはアンタの家なのにどうしてそんなに下から来るんだろう。どうしてそんなに親切にするのか良く分からない。

 

「じゃあ、千夏……」

「は、はい」

「俺と千夏はさ……その、言いづらいんだが……あんまり仲が良くないよな……」

「え? あ、それは……」

 

 

やっぱり不快だったのだ。どうしよう家主を怒らせてしまった……私が不安になると気持ちを理解したアイツが違うと再び大きく手を振った。

 

「あ、違う違う。怒ってるとかじゃなくてだな……その、だからと言うか、何というか、仲良くしたいんだ」

「な、仲良くですか?」

「そうだ、変な意味じゃなくて。一般的な意味でだぞ。そこは安心してくれ」

「は、はい……」

 

 

変な意味で仲良くなりたいと言うのがあるのだろうか。そこら辺は良く分からないが彼は話を続ける。ぎこちなさを感じさせる笑顔のまま。

 

「折角、一緒の家で住んでるんだ。いつまでもぎこちないんじゃ互いにとっても良い事じゃない。と言う理由だ、だから変な意味じゃないぞ」

「分かりました……」

 

 

変な意味じゃないと言う念押しが強い。変な意味は分からないがもしかしたら、変な意味でそれを隠すためにこんなに食い気味に否定をしているのか……

 

 

「えっと、それでだな。やっぱり、他人同士が仲良くなるのは凄い難しいと思うんだ。だから、今ここで対話をしよう」

「こ、ここでですか?」

「そうだ。ここでだ」

 

 

廊下の階段の上と下。この状況で会話……確かにここまで距離があれば、普段のように近くで話すより安心感があるような感じも……するような、しないような。

 

 

と言うか対話っていきなり過ぎないだろうか……ううぅ、緊張してきた。どれくらいやるんだろう。あんまり長くても正直……

 

 

「安心してくれ。対話と言っても僅か一分だ。それ以上やっても気まずくなるだけだからな」

 

い、一分か……と言うかさっきからこの人私の心を読みすぎのような。いや、私の感情が顔に出やすいだけか。

 

 

「それじゃあ、いきなりで申し訳ないが最近学校どうだ?」

「ふ、普通です……」

「そ、そうか……」

「は、はい……」

 

「「……」」

 

 

互いに探り探りの会話。話のテンポが上がらずおどおど状態。

 

 

「えっと、好きな食べ物とか……」

「と、トマト……です」

「じゃ、じゃあ、明日の夕食は……」

 

 

もしかしてトマト料理にしてくれるのだろうか。だとしたら非常に嬉しい。

 

「ローストビーフにしよう」

「……」

「あ、ごめん。緊張してるみたいだったから面白いことを言ってほぐそうとしたんだけど……今のは忘れてくれ」

「はい。そうします」

 

 

下のいる彼は気難しさのある顔のまま話を続ける。

 

 

「千夏は悩み事とかないか……? あれば聞くが……」

「いえ、大丈夫です……」

「だよな……その内、気が向いて話したくなったら話してくれ……一分、経ってしまった……じゃあ、また明日も一分話そう」

「え?」

「明後日も明々後日も一分間だけこうやって話してみよう。毎日無理のない程度に互いを知っていこう。と言う風に俺はしたいんだがどうだ……?」

「は、はい」

「あー、断れないよな。俺がそう言うことを言ったら……もし、少しでも気持ちに曇りがあったら無理はしないでくれ。逆にそっちが嫌だからな……と言うわけで今日はこの辺で……」

 

 

難しそうな顔をしている。それはきっと自分のせいなのだろう。私が彼を信用できない、未だに距離をとり続けている。だから、その距離を縮めようとしているが私が離れていくから難しい顔になっても不思議じゃない。

 

 

「ごめんなさい……」

「ん?」

「私がいつまでたっても、三人みたいに貴方を信用できないから。貴方に気を遣わせてしまって……」

「いや、それは謝る事じゃない気がする、かな? そう言うのって絶対個人差があるのが人間と言うか、普通と言うか……うん、そこは気にしなくて良いと思う……」

 

 

彼は少しソワソワしていると言うか先ほどよりももどかしそうになっている。恥ずかしいことを言ったように目線が僅かに泳いでいる。

 

 

「俺も何年も一緒にいるけど嫌いなやつとか笑顔だけで取り繕って、信用とか信頼してない奴多いし。寧ろ、信用してる人より多い……から、気にしないでいいぞ? あと、無理して信用とかもしようとしなくていい。全部これからってことにしよう」

「……はい」

「じゃあ明日の夕食はナポリタンとトマトジュースにするからな。またな」

 

 

そう言って彼はそのままリビングに戻って行った。

 

 

私は彼の背中が見えなくなったのでいつもの部屋に戻った。電気をつけて部屋の隅っこに座る。何だか、異様に疲れた気がした。あまりない経験、最近では拒絶をしていた経験。

 

学校でも千冬以外とはほとんど最低限以下でしか話なんてしない。

 

一分間と少しだけ。そんな僅かな時間を過ごしたがその記憶は一生忘れることが無いと言う位、頭に中に刻み込まれている。

 

 

会話を思い返していると部屋のドアが開いて春が入ってきた。心配そうな顔で私の隣に腰を下ろす。

 

「……どうだった?」

「……」

 

 

どうだった、アイツのと会話を言っているのだろう。もしかしたら隠れて聞いていたのかもしれない。いや、絶対居ただろう。

 

「聞いてたの?」

「うん。普通に聞いてた」

「……でしょうね」

「それでどうだった?」

 

 

そう言われた時に私は何と答えて良いのか分からなかった。言葉で表すのが頭の悪い私は苦手だがそれだけではない。本当に分からない。

 

「分からない……」

「会話は楽しかった?」

「分からない……」

「……信用で出来そう?」

「……分からない」

「お兄さんの空回りしたギャグは面白かった?」

「面白くなかった」

「それはうちもそう思った。全然、面白くなかったね」

「うん。そこだけはハッキリ言える」

 

 

分からない。信用できるのか出来ないのか全く分からない。だが、あのギャグが全く面白くないのは分かった。

 

そして春もそう思っていて、共感できたことに安心した。繋がりがある事に嬉しさを感じた。まだ、自分は姉妹と繋がっている事分かった。

 

 

「……ギャグは凄い滑ってたし、微塵も面白くなかったけど、お兄さん良い事言ってた気がしたな」

「それは私もそう思った……少しだけど」

「あと、良い事言ってるのにそれに恥ずかしがっているお兄さんがちょっと面白かったな……」

「あ、やっぱり恥ずかしかったんだ」

「多分、そうだと思う」

「そう……あと、毎日一分話しようって言われたけど……」

「無理して距離を詰めるのは出来ないから時間をかけようとしようって事じゃないかな?」

「なるほどね……」

 

私だけ、時間をかけるか……

 

 

「お兄さんの言葉を借りるなら人間なら個人差があって当然だから気にしない方が良いよ。お兄さんはうち達より多く生きてて、沢山色んな事も知ってるから、正しいのか間違っているのかうちには分からないけど、一つの答えでもあると思う……」

「相変わらず、私の心を読むのね。後、顔が赤いけど……」

「うちも、こういうのちょっと恥ずかしいっ……」

 

 

あまり表情を崩さない春の頬が僅かに赤くなる。体育座りして合わせてる足の親指が少し動いて、落ち着きが僅かになくなる。

 

 

「まぁ、うちもお兄さんと千夏が話しているのを聞いて思ったんだけど、お兄さんを信頼できるかどうかの事で悩むのはまだ早いんじゃない? 千夏が今抱えている悩みはこれから先考えれば良いと思う。この家に来てお兄さんと出会ってまだ、半年も経ってないんだから。悩むのは……2年後くらいにしよう」

「それは先過ぎない?」

「そうかな? 個人差がるのが普通ならもっとあっても良いと思うよ」

「……そうかしら?」

「うん。そうだよ」

「……」

「そうだよ!」

「あ、凄いごり押しで来た……」

 

 

確かにそうかもしれない。いつまでも馬鹿みたいに悩んでも意味がない。取りあえず、分からないことだらけなのは分かった。今は、姉の言葉に乗っかておこうと思った。

 

ふと、春と会話をしていて思った事がある。それを自問する

 

Qいつか、アイツを信頼できる日が来るのだろうか。

 

A分からない

 

 



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19話 冬休み

感想等ありがとうございます!! モチベになります!


「クリスマスが、今年はやってくるー♪」

「その歌、何か悲しいんだけど?」

 

 

 

バスで学校に登校する僅かなひと時。クリスマスが楽しみ過ぎる千秋が先走り、周りに迷惑にならない絶妙な声の大きさで歌を歌っていた。その歌を隣の席で聞いていた千夏がため息をつきながら突っ込む。

 

 千夏……最近少し明るくなった気がする。明るくなったと言うより重々しく考えなくなったと言う風が正しいのかもしれない。最近は毎日お兄さんと一分間話している、互いに手探り状態だけどその経験は凄く千夏にとって良いものになっているのだろう。

 

 信頼とは簡単ではない。それが普通であり個人差がある。そのことが分かっただけでも大きな財産になることは間違いないだろう。そして、千夏は気付いていないがそれが自分に大きな影響を及ぼしている。

 

 お兄さんにはお世話になりっぱなしだ。

 

 

「何故だ? 寧ろ楽しみで仕方ないだろうに」

「そうかしら? まぁ、アンタには分からなくても仕方ないわね」

「はぁ? おいコラ、馬鹿夏」

「はぁ? 馬鹿って言った方が馬鹿なのよ」

「馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿だ」

「馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿って言った方が馬鹿よ」

「……えっと……今、どっちが馬鹿だ?」

「……あれ? どっちだっけ」

 

 

 

二人が何やら些細な事で喧嘩のような雰囲気になりかけたがすぐさまシリアスは吹き飛んでしまった。

 

前の席の二人の頭の眺めるのは意外に好きである。金髪と銀髪。並べるとこれまた風情がある感じがする。さらに隣には茶髪の千冬。姉としてここまでの贅沢は無いだろう。

 

前で二人は話しているが隣の千冬は黙って何かの本を読んでいた。学校の図書館で借りている本だろう。少し、年季が入っている。

 

「千冬、何読んでるの?」

「え!? あ! 何でも無いッス!」

 

千冬はうちがそう聞くと急いで本をしまった。あれ? これってお姉ちゃん嫌われているわけじゃないよね?

 

もしそうなら、今ここで魂が旅立ってしまう。

 

 

「あ、ごめん……」

「あ、いや、謝らないで欲しいっス……春姉悪くないっスから」

「そう……」

 

 

何を読んでいるんだろう。隠してしまったから分からないけど、気になり過ぎて夜絶対眠れない。

 

 

でも、無理に追及するわけにもいかない。はぁ、気になる……

 

 

「えっと、馬鹿って言った方が馬鹿だから……」

「あ、ここで私が馬鹿で次があんたが馬鹿で……」

「そうだな……えっと……我が馬鹿になるのか?」

「そうね」

「くっ、まぁ、実際我の方が頭良いしな……気にする事でもないだろう」

「馬鹿の負け惜しみね」

「ふっ、馬鹿の一つ覚えのように馬鹿馬鹿、連呼しよって……いいか! 何度も同じことを言う奴が一番馬鹿だ!」

「へぇ」

「むっ、ちゃんと聞け、大事な事なんだぞ。大事な事だからもう一回言うぞ。何度も同じことを言う奴が一番馬鹿だ」

「へ……ふーん」

 

 

前で行われている頬が緩む天使の群像劇に意識を割きたくて仕方ない。だが、どうしても千冬が読んでいた本が気になってしまう。お姉ちゃんに隠すような事って何なの!?

 

ううぅ、お姉ちゃん口固いよ。カルビンやウルツァイト窒化ホウ素より硬いんだよ。相談とか24時間営業中だよ。

 

 

何か知りたいことがあるなら春ペディアに聞いて……

 

「あれ? 千冬その本なんだ?」

 

悩んで周りが僅かに見えなくなっていた。気が付くと千秋が後ろを振り返っていた。千秋だけでない千夏も。二人の視線は千冬が隠している本。

 

「これは……何でもないっス」

「ええ? 気になるぞ」

「……あ! そろそろ降りる所着くっスよ」

 

 

千冬は僅かにたじろぐが誤魔化してそのまま席を立って出口の方に向かって行った。

 

気になる……

 

 

 

◆◆

 

 

 

危なかった……千冬は慌ててバス停から降りた。千冬の手に握られているのは一冊の本。

 

『恋とは、何か』

 

と言うタイトル。何故だか分からないがついついバレるのが恥ずかしくなってしまった。別に何がどうこうなると言うわけじゃないけれども。

 

なぜ、この本を読もうと思ったのかは分からない。ただ、図書室で目に入ったから借りたのか、自分の求めている答えがそこにあると思ったのかそこら辺はハッキリしない。

 

 

最近、心臓が妙に跳ねる時がある。ざわざわして落ち着かなかったりすることもある。それがどうしてなのか分からない。どこにもその答えが載っていない。

 

 

けれど、この本に何だか答えがある気がする……? 半信半疑のような状態で読み進めるとどうやら千冬の今の状態は恋と言うものに似ているという事が分かった。

 

 

いやいやいや、恋って。一体自分が誰に恋をすると言うのだろうか。逃げるように教室に入り、席に座りながら本を開いて自問自答する。

 

『恋をすると、特定の相手を見るとドキドキする』

 

ふむふむ、いやこれはない。魁人さんを見ると心拍数が上がって血行が良くなるような事はあるけどこれはそれとは違うだろう。

 

『相手と眼があうだけで嬉しい』

 

ふむふむ、これもない。確かに千冬は魁人さんと目を合わせると少しだけ、うれし……こそばゆくなるがそれとこれとは関係なし。

 

「ふーん、話せるだけで嬉しいと」

「ぴゅ!?」

「なによ、その声は」

「な、夏姉……急過ぎっス……」

「さっきから結構話しかけてたんだけど……冬がずっと集中して聞こえてないだけよ」

「そ、そうなんスか……」

「で? これがバスでも読んでた本なのね……何? 恋でもしてるの?」

「別に違うっスけど!?」

「いや、そんな食い気味に……」

 

 

夏姉が千冬が読んでいる本を覗き込んでいたのでそれを急いで隠す。

 

「別に隠さなくてもいいじゃない。恥ずかしい事でも何でもないと思うわよ? 恋をしてるのかしてないのか置いておくとして、恋を知りたいと思うのは人間の性よ」

「いや、別に恋を知りたいわけじゃないっス……ただ、偶々手に取っただけ……」

「ふーん。まぁ、何かあったらこの私に聞きなさい。インテリ恋愛分析をしてあげる」

「インテリ……分かったっス」

「……今、私を疑ったでしょ? インテリって意味知ってるのって思ったでしょ?」

「いや、そこまでは……」

「やっぱりちょっとは思ったのね」

「……」

「ちょっと、無言は止めてよ。私全然怒ってないから」

 

夏姉が問い詰めるように顔を近づける。これ、チクチク言われるパターンかもしれない。

 

その状況で先生が教室に入ってくる。た、助かった……そこで夏姉は前の席に腰を下ろす。

 

 

「あとでね」

 

 

あ、これ後でチクチク言われるパターンだ……今日が学校最終日で明日から冬休みと言うのに……最後の日に学校で姉にチクチク言われることになるなんて

 

 

苦笑いを浮かべながら本をしまった……

 

 

 

◆◆

 

 

デスクワークをすると肩がこる。ついつい姿勢も悪くなるからあちこちに余計な悪影響が出るのかもしれない。

 

昼休み、右肩を左手で揉みながら右手でクリスマスに食べるような豪華な料理の作り方を眺める。

 

四人が冬休みに入ってすぐにクリスマスがある。だからこそ、今のうちに知識を蓄えどのような見た目も味も楽しめて心が躍るような料理を作る準備をしないといけない。

 

「お前、真面目過ぎないか? クリスマス料理なんて全部買えばいいんじゃないか?」

 

隣からカップラーメンを食べている佐々木が俺に話しかける。確かに手作り料理を作るより、買った方が楽だし、もしかしたらそっちの方が美味しいかもしれない。だが、手作りをする事で……

 

「俺は手作りをして凄いねパパっと言われたいんだ」

「もう、自分で自分の事をパパと言うのも違和感ないな」

「当たり前だな、何故ならパパだから。だが、未だに誰からもパパと言われたことがない。これを機に俺がもっと頼れる存在であり頼っていい存在であることを知ってもらいたいんだ」

「真面目か」

「大真面目だ」

 

 

俺は只管にページをめくる。七面鳥を丸々使った料理が載っている。……食べにくいから普通に豚の角煮とかの方が良いかな……。ケーキはショートとチョコレート、フルーツはイチゴだけ派なのか、キウイオッケー派なのか……

 

豚の角煮にするなら圧力鍋が必要だ。最近あんまり使ってなかったから何処に置いたっけ? あ、キッチンの奥の戸棚だ。

 

 

「……言いづらいんだが、そんなに他人の子に入れ込めるなんて普通出来るか? 少なくとも俺には無理だな……」

「人それぞれ色々違いはあるだろうさ」

「……言っておいてなんだが、否定しないのか。俺の意見。てっきり何か言われると思ったんだが」

「頭ごなしに否定するのはパパとして一番やってはいけない事だろうさ。だから、日ごろからそこを意識している」

「真面目だな……」

「大真面目だ」

 

 

佐々木は隣でラーメンをすすっている。俺は右肩を揉んでいた左手を鞄の中にいれておにぎりを取り出し、それにかぶりつきながら本を眺めた。

 

 

あ、クリスマスプレゼント買いにも行かないとな……頭の中は考えることが多すぎた

 

 

 




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20話 最後の日は荷物が多い

感想等ありがとうございます。目を通させていただいています。


 うち達は四年生、二学期最後の小学校生活を終えてバスに乗っていた。小学校最後の日は荷物が沢山ありいつもより疲れる。

 

 

「冬休みは宿題が多いから嫌なのよね……」

「だが、ワークは答え見れば二時間で終わるぞ」

「確かに。いかに早く答えを写すか、違和感なく写すかそこが問題ね。算数は途中式の計算が無いと怪しまれるから気を付けないと」

「確かに!!」

「いや、それじゃ宿題の意味がないっスよ」

 

 

 千夏と千秋が前で冬休みの宿題をいかに早く終わらせるか話している。今は自由。そして、冬休みが始まる。やれることもやりたいこともあるから、宿題なんて足枷は早々に外したいのだろう。

 

 だが、真面目な千冬はそれを止める。前で座る二人に後ろから会話に混ざる。

 

 

「宿題って自分の為にやるものっス。だから、ズルとかは絶対にやってはいけないっス。特に二人は……その、もう少し勉学に励まないと……ね、ねぇ? 春姉?」

「……そうだね。ズルはダメかな?」

「ええーー? 面倒くさいぞ」

「そうよ、バレなければ良いのよ、所々適当に間違っておけば実際にやったリアリティでるし」

「あ、二人共千冬が言ってることを全く理解していないっスね……」

「二人共、しっかり宿題はやろう……ね。 じゃないと分からない問題をうちが教えてあげられなくて姉の威厳を見せる機会が減っちゃうから」

「春姉もかなり私的な理由……」

 

 

 答えを写すなんて言語道断。姉と妹のコミュニケーションの場が減るのだけは勘弁だ。

 

「とにかく、二人共宿題は答え写すの禁止。その代わり、うちが付きっきりで教えるから。勿論千冬も」

「あー、千冬は全部自分で」

「そんなこと言わないで。分かる問題も分からない問題もど忘れした問題も全部聞いても良いんだよ?」

「え、遠慮しておくっス……」

「そう……」

「あ、そんな悲しそうな顔しないで欲しいっス……わ、分からない所あったら春姉に聞くっス、それで……」

「うん! 任せておいて!」

 

 

うちの体から無限のエネルギーが湧いてくるようであった。妹達と落ち着いた環境で出来る宿題とは素晴らしい。

 

 

千冬は苦笑いをしながらも会話が途切れるのを見計らって窓の外を眺める。窓の外には灰色の雲から雪が町並みに降り注いでいた。

 

「……」

 

千冬は何も言わずにただ、外を見ている。何を考えているんだろうか。最近、こういう感じの千冬をよく見る、もどかしそうに何かを探しているような……

 

「それにしても西田は最後の日まで我に突っかかってきたな」

「西田?」

 

西野じゃなかったっけ? まぁ、どっちでもいいけど。そいつが今日も千秋に絡んできたのだ。今年最後の体育の時間。最後だからと先生がやりたいスポーツをやって良いと言うのことでアンケートでドッジボールをすることになったのだ。

 

『おい! 俺の勝負しろ! 馬鹿!』

 

例の如く西野の煽り。ああいうのカッコいいと思っているのであれば間違いである。小学四年生。そろそろ通じない時期が来るだろう。

 

まぁ、そんなこんなでドッジボールが始まり、それで千秋は無双をした。

 

その後の給食でもやたら絡む西野。

 

 

「へぇ、そんな奴がいるのね」

「そうだ。そんな奴がいるのだ」

「……ふーん。それってもしかしてアンタの事が好きなんじゃないの? その西田って奴」

「はぁ? どうしてそうなる? 仮に好きだとするなら何故煽ることをする」

「アンタには分かんないか。このウニのジレンマが……」

「どういう意味だ?」

「好きな相手にはついつい意地悪をしてしまうのが小学男子らしいわよ」

「それ何処ソース?」

「冬が読んでた恋の本」

「ぴゅえ?!」

 

千冬……こ、こここここ恋してるの? まさか、そんな……いやでも、もしかしたらうちの思っている恋とは違うかもしれない。もしかして故意? それとも鯉? の可能性もある。

 

千冬が千夏に本の事を話されると窓を向いていたはずの顔がギョッとする。

 

「ほう? 千冬よ。恋の本を読んでいるのか?」

「え!? あ、いや、え? 偶々手に取ったのがそれってだけで……その……」

 

 

どうして、そんなに顔が赤くなるの? その反応は犯罪の故意についてとか、魚の鯉についてじゃないよね。ええ!!? こ、恋の方で確定じゃん。

 

ち、千冬、一体だれに恋を……

 

「それ、どんな本なんだ? 我に見せてくれ」

「そ、それはちょっと……」

 

恥ずかしそうに両手の人差し指を千冬は合わせたり、離したりしている。うん、全世界にこの可愛さを伝えたい。

 

って違う。今は千冬の恋の相手を知らないと

 

「なんだ? そんな恥ずかしい本なのか?」

「そうじゃないっスけど……」

「まぁ、良い……話を戻そう」

「そうね。西田って奴は秋、アンタが好きだからそう言うことをしてるんじゃないか説を私は提唱するわ」

「ふむ、その心理がいまいちわからん。好きなら優しくするんじゃないのか? カイトみたいに」

「小学生男子限定の心理よ。まぁ、小四になって未だにそんな子供じみたアピールはどうかと私は思うけどね。あ、でも小四で厨二のアンタと同じか。案外お似合いだっりして」

「イヤ。だったらカイトの方が百倍良い」

「!?」

 

追究から逃れられてホッとして視線を足元に下げていた千冬が、急に顔を上げて千秋を見る。

 

「どうしたのよ? 冬?」

「いや……なんでもないッス……」

 

もしかして……お兄さんが……千冬の想い人なの!?

 

 

◆◆

 

 

 夕食はどうしようか。コロッケ、トンカツ、とかはちょっと時間がかかるからな。昨日は野菜炒め、一昨日はつくね、ならば今日は……どうしよう。二学期学校頑張ったな記念で豪華な料理でも、でももうすぐクリスマスがあるしあんまりカロリーが高い物が高頻度に夕食と言うのは良くないのでは?

 

 まぁ、アイスくらいなら買って行っても良いかな。餅のアイスを四つ買おう。

 

 

 雪が降り続けるそんな中で車を走らせる。道路がコンクリート色から雪の白に染まっている。

 

 スリップしたら嫌だな、ブレーキ効かなかったらどうしよう。昔は雪が好きだったけど今では嫌いとは言わないが苦手意識が付いてしまった。

 

 いつもよりスピードを少し落とすか。

 

 アクセルを緩めて、帰路のカーブ要所要所でブレーキをいつより多めに踏む。

 

 その為に少し、いつもより10分ほど遅れて家についてしまった。

 

 

「お帰り! カイト!」

「ただいま……今すぐご飯作るからな」

 

 

千秋が出迎えてくれる。いや、なんて可愛い。仕事で溜まっていた疲れが回復してしまう。聖女や僧侶と言っても過言ではない。

 

家の中に入るとすぐに階段が目に入るのだが上から千冬と千夏がひょっこり顔を出している。

 

「魁人さん、お帰りっス……」

「お、おかえりなさい……」

 

 

千冬は最近懐いてくれるからな。お皿を運んでくれたりもしてくれる。千夏とは凄い話せるわけじゃないが以前より話せている気がする。

 

つまり、ここまで順調に娘たちと仲良くなれている。何をするにも信頼とは大事だ。パパになる為にも大事だ。

 

いつか、皆で笑いあえる日常を……

 

な、なんだ!? この視線は!?

 

肌を刺すような強烈な視線。視線の方向に目線を向けるとリビングのドアからひょっこり顔を出している千春の姿が。

 

ピンクの髪が可愛い、碧眼も可愛い。だが、可愛いはずの眼が凄い怪しむような視線を向けている。

 

姉妹が取られてしまうのではないかと思っているんだな? 大丈夫だ、そんなつもりはない。

 

姉妹と獲ろうとか考えていない、ただ、だだ……ただパパになりたいだけだ! そこをしっかりと分かってもらおう。

 

夕食を作って、丁度良く時間が空いたらそのことを話そう。今日は麻婆茄子にしよう。

 

 

例の如く、数分で作り上げて四人は自室で食べる。

 

 

そして、俺はリビングでテレビを見ながら一人で食べる。やっぱり皆で食べるのは難しい気がするな。四人なら十分かみ合って楽しいんだろうが、俺が入れば上手く接することのできる千秋とかは大丈夫そうだが、千夏はそうじゃない。そうなると場を崩すことになる。

 

違和感のある食事は楽しくない。五人で食べるのはもうちょっと先になるかな。あ、千夏と言えば今日一分間何を話そう。

 

笑わせたくて昨日は饅頭怖いを話してみたけど、反応イマイチだったし。

 

『次はお茶が怖いって言うんだ』

『へぇ……そうですか』

 

 

あんまりそう言うのは子供は好きじゃないよな。食べ終えて食器を片付ける。そこで丁度、千秋と千冬が二階から持ってきた

 

「魁人さん、ご馳走様っス」

「カイト、ご馳走様」

 

ふむ、この組み合わせは珍しい。いつもなら千春が誰かと一緒に……いや、後ろに隠れているな。

 

隠れているつもりなのか、ドアの方で頭を出してる。

 

 

「カイト、カイト! 聞いてくれ、今日学校でな! 西田が……」

 

 

食器を受け取ると千秋が学校の事を話してくれる。あれ? 何気に千秋から学校の事を話してくれるのって初めてじゃないか?

 

くっ、嬉しいじゃないか。パパレベルがワンランク上がった気がするのは気のせいか? いや、間違いではないだろう。

 

 

 

 

「それで千夏が……」

 

 

ふむ、話を聞くと西田と言う奴が家の娘に暴言を吐いたり、ちょっかいをかけてくると。それが好きの証拠ではないかと言う事か。

 

先ずその西田に千秋を馬鹿呼ばわりしたことに憤りを感じる。だが、確かにそれが思春期特有の行動とも思える。

 

「成程、確かに千秋の事が好きなのかもしれないと言う可能性があるな」

「な、なんと!?」

「あ、いや確定じゃないぞ? もしかしてと言う話だ」

「そうだとして、何故意地悪をするのだ? その心理が分からない」

「うーん……男子って子供みたいなものだから、そう言う事やって気を引きたいんじゃないかな? 中学校でも女子の気を引きたくてワザとオーバーリアクションをとったり、話声を大きくしたりしたりする奴らは多いし」

「へぇ……そうなのか……」

「まぁ、あくまで可能性の話だ。色んな人が居るからな。これだけで決めつけるのは早計と言わざるを得ない。取りあえずのその西田君がどうしても嫌なら俺が学校の先生にチクると言う手もある」

「嫌には嫌だが、特にどうでも良いと言う意識もある。よく分からないから放置することにするぞ。明日から冬休みだし会わないし」

「そうか。千秋がそう言うならそれでいいが何かあれば直ぐに俺がチクるからな」

「おお、心強いな!」

 

 

 

子供のころか先生に何かを言うのが少し恥ずかしくもあったり、同時にあとでチクリ屋などの汚名を言われることもあったが大人になって考えればそれが一番効果的でもあったんだよな。

 

だが、そう言う事をすると若干クラスで浮いてしまうものでもある。千秋がまだ平気と言うのであればそれは使わない方が良いんだろうな。

 

 

さて、折角だ。千冬も居るんだし何か学校での出来事聞いても良いかもしれない。

 

「千冬はどうだった? 二学期?」

「あー、そうっスね……千冬は特にこれと言った事はなく……っスね」

「そうなのか」

「で、でもドッジボールで一回だけ男子が投げたボールをキャッチできたっス!」

「YRYNだな」

「えっと、どういう意味っスか?」

YRYN(やるやん)。凄いって意味だ。俺が作った」

「おおおー、カッコいいな! 我も今度それ使う!」

「あー、そういう……どもっス……」

 

 

ギャグのセンスも今日は冴えている。娘とのコミュニケーションが未だかつてない程に取れている。いずれPAPA(パパ)に慣れるかもしれない。

 

……だけど、千秋と千冬。両方から懐かれてはいるんだが何というか懐かれ具合が妙に違うような。子育てって難しいな……

 

 

千秋と千冬は少し話すと二階に戻って行った。すると入れ替わるように千春が入ってくる。一緒だった妹が取られてしまうと思うと寂しさや色んな感情が出てしまうものだ。それは良い傾向。

 

欲を出せる環境であると言う証明だから。この子は基本的に自分の感情を殺す。だから、俺はもっと我儘になって欲しい。

 

「千春、安心してくれ。姉妹をとったりしない。俺はパパを目指しているからな」

「……いえ、そういうわけじゃ」

「そうか。まぁ、ならいいんだが……何か不満があるなら言っていいんだぞ」

「……その……お兄さんに言う通り取られちゃうのが少し寂しかったのかもしれないです……」

「そうか。だよな。だが安心しろ。俺は絶対に取らない。寧ろパパだ」

「は、はぁ? ありがとうございます?」

「どういたしまして」

 

 

丁度いい、千春にも学校の事を聞いてみよう。悩みがあるかもしれない

 

「話は変わるが学校で悩みとか無いか?」

「千秋が可愛すぎるとかですかね」

「そうか……他には?」

「千冬と千夏が可愛すぎて男子達にちょっかいを掛けられないか不安です」

「うーん、まぁ、そうだな。千春がちょっかいを掛けられないのか?」

「うちはそう言うのとは無縁です」

「そんなことはないと思うぞ。千春も含めて四人は何処に出しても恥ずかしくないからな」

「……ありがとうございます」

 

 

あ、もしかして変な意味に捉えられたりしてないか。……心配し過ぎだな。逆にそんな風に考えてしまう俺が気持ち悪いと思えなくもない。

 

昔からのヘタレ思考の癖が未だに抜けていない。

 

 

もっとパパとしてちゃんとしないと。

 

「それじゃあ、うちはこの辺で失礼します。ありがとうございました」

「おう、こちらも話してくれてありがとうな」

「……はい」

 

千春はそう言って部屋を出て行く、だが去り際に再び口を開いた

 

「お風呂なんですけど、その、迷惑かと思ったんですけど洗わせていただきました……」

「ッ!? マジで!? ありがとう!」

「そう言ってもらえると嬉しいです。お兄さんにはお世話になっているのでこれくらいは」

「ありがとう、千春。助かった」

「……どうも」

 

 

そう言って今度こそ彼女はリビングを去って行った。うん、普通に嬉しい。俺はそのままお風呂を沸かしに行った。寒い冬の日のお風呂掃除は僅かに憂鬱だ。だが、今日はそんなことはなくスイッチを入れるだけ。非常に暖かく爽快な気分で会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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21話 プレゼント

感想等ありがとうございます


 お風呂をいつもよりスムーズに沸かすことが出来た。いや、普通に嬉しいな。感慨深い……。娘が良い子過ぎる……さて、あんまり幸せに浸り続けるのも良くないだろう。常に先を見続けていかないと。

 

 現在12月22日だ。そして明日から四姉妹は冬休み。俺は仕事があるから昼間は接する機会がない。そして、もうすぐ12月24日の夜、クリスマスイブがやってくる。クリスマスイブと言えば沢山の美味しい料理を食べると言う事がイベントの一つにあると言っても良いだろう。

 

 

 そして子供は喜んで普段食べられない料理を食べる。普段なら止められるジュースを何杯も飲むと言う行為も許される。まさに子供からしたら最高の一日。だが、本命はそこではない。いかに美味しい料理や素晴らしい飾りつけも本命になりえない。

 

 クリスマスプレゼント。それまでの全てが前置きと言えるほどの子供からしたら素晴らしい物。欲しいものが貰える。例えそれが普段なら買って貰えないゲームソフト、特撮のベルト、戦隊の巨大ロボ。どんなものでもギリ買ってくれる。

 

 

 俺も子供のころは親に買って貰って嬉しかったのを覚えている。その嬉しさを知っているからこそ四人に何かクリスマスプレゼントを買ってあげたい。

 

 買ってあげたいんだけど……

 

 絶対、遠慮するよな……

 

 

 今までは我儘を言えるような環境ではなかった。最低限以上の物は買って貰えなかった。プレゼント、なんて買ってもらえるはずはない。サンタクロースの存在が居ないなどいつ分かったかことだろうか。

 

 

 遠慮は美徳と言うこともある。確かに遠慮する子を俺は良い子だと思う。だが、遠慮はし過ぎるのも良くない気がするんだよなぁ……

 

 

「カイトー! お風呂入っていいかー!」

「いいぞ」

「おー、ありがとー!」

 

 

千秋がリビングに入ってくる。そのままお風呂直行コースらしい。

 

俺が入って良いと言うと千秋がにここ笑顔でお礼を言った。感謝を表せる、お礼を何の恥じらいもなく真っすぐ言えるのって才能だよな。マジで凄いと思う。最近の若者はこういう誠実さが足りない。

 

 

「なぁ、千秋」

「ん?」

「クリスマスプレゼント何か欲しいものあるか?」

「え? 良いのか!?」

「勿論だ」

「……でも、ご飯だけで十分だな。我はこの家に来て我儘沢山言ってるし……クリスマスにケーキ食べられるだけで幸せだからプレゼントはいらない!」

 

 

再び笑顔で答える千秋。本心で言っているのは分かった。何だろうな、この感じ。遠慮するのが普通って感じ。プレゼントはないのが普通ということ。ご飯だけ貰えれば幸せ。

 

うん、確かに良い子だ。そこを否定するつもりはない。小さな幸せを感じ取れる、欲を出さない、正に良い子。

 

でも……それって子供らしくないな。俺は子供の頃の事を全ては覚えていない。でも、クリスマスとかってはしゃいだり、プレゼントを買って買ってとねだったいた気がする。

 

 

「あー、そのだな。千秋は遠慮が出来るいい子だな」

「えへへ、そうだろうとも」

「そうなんだが、遠慮ってやり過ぎると逆に相手を不快にさせることもあるんだ」

「ええ!?」

「あ、怒ってるわけじゃない。ただ、その、なんだ、クリスマスなんだからもっと我儘を言っていいんだ。一年でたった一日しかない日だから。毎日好きな物を買ってあげるなんて言ってるわけじゃないんだ。だから、その日に渡すプレゼントを遠慮はしなくていい」

「そ、そうなのか?」

「う、うん。俺はそうだと思うぞ……」

 

 

ヤバい、これが正解なのか不正解なのか分からない。遠慮って確かに美徳に思えるし。

 

この、ちょっと教育論のようなことを言うのが恥ずかしいし。やべぇ、これ、言ってよかったのかな……

 

 

「うーん、我は……服が欲しい……かな……?」

「じゃあ、買いに行こう」

「良いのか? 本当に数字が四桁以上の物は買うのって大変じゃ……」

「遠慮するな。そういう感じを出すより、買って欲しいと強請る方が絶対いいぞ」

「そうか……? じゃあ……カイトっ、服、買ってほしいな?」

「勿論だ」

 

 

 

果たして、俺が言ったことが正解なのか、不正解なのか。良く分からない。でも、クリスマスの日に貰えるプレゼントを普段お世話になっているからと拒むより、買って欲しいと素直に強請る方が可愛いと言う事だけは分かった。

 

 

「服が欲しいのか……」

 

 

でも、そう言うのって日用品だからな。もっとこう、ゲームとか……あ、普段かえない服って事か。

 

「うん。ジュニアブランドの奴」

「へぇ、そう言うのがあるのか」

「千夏もそれが欲しいって言ってた」

「丁度いいな、二人分買おう」

「た、高いぞ?」

「クリスマスだから」

「そうなのか……クリスマスって凄いんだな……」

「千春と千冬は何か欲しい物あるって言ってなかったか?」

「うーん……分からない」

「そっか……」

 

 

千夏は千秋に具体的に欲しい物を聞くとして、千春と千冬はどうするか。あの二人は千秋よりもって遠慮するような気がする。

 

「千秋、千春と千冬に欲しい物それとなく聞いてみてくれ」

「う、うん、分かった」

「よし、頼む」

 

 

千秋に依頼を頼むと彼女は直ぐにリビングを出て行った。早速、スマホ、トレンドカジュアルブランド系の服を検索する。

 

……あら、結構いいお値段。上下に帽子とかイヤリングとか諸々で一万くらい。まぁ、クリスマスだから。特に問題は無い。

 

 

やっぱり女の子だな、こういうのが欲しいのか。不思議のダンジョンのゲームソフトとかじゃないのか。まぁ、そりゃそうだよな。

 

 

千秋も小学四年生の女の子。オシャレや化粧に興味を持つのも必然と言えば必然なのだ。

 

「カイト」

「聞いて来てくれたのか?」

「うん、二人共、服が欲しいって言ってた」

「やっぱりそうなのか……オシャレが気になるお年頃なんだな」

「本当に良いのか? 高いぞ……」

「クリスマスだから」

「クリスマスすげぇ」

「取りあえず、四人でお風呂入って来い。話はそれからだ」

「分かった!」

 

 

てててて、っと再び二階に上がって行く千秋。全員服か。ネットとかで注文して……ああー! 女の子でこの年代だと服は自分で選びたいのかな。千秋を通じて聞くより、やっぱり本人たちと話したほうがいいのかもしれない。

 

危ない、直前で気付いて良かった。

 

何という空回りとも言えなくもない。

 

いや、こうやって色々試すことは無駄ではない。千秋と少し仲良くなれた気がするしな。

 

まぁ、こういう事もある。変にサプライズとか俺の性に合わない感じもするし。本人たちにしっかりと選んでもらった方が確実だな。

 

だが、千夏が俺にまだ慣れていない。さて、どうしたものか。

 

 

◆◆

 

お風呂入っていいのかお兄さんに聞きに行くと千秋が下の階に降りて戻ってきた。

 

 

『千春と千冬は欲しいものあるか?』

 

 

急に千秋に聞かれた。

 

「お姉ちゃんは千秋の笑顔が欲しいな」

「そう言うのじゃなくてお金かかる奴」

「千冬は……服っスかね?」

「ちょっと、何で私には聞かないのよ」

「千夏はブランドの奴って知ってるから」

「あ、そう」

 

 

どうしてそんなことを急に聞くんだろう。でも、聞かれた事だし。お金が掛かって欲しい物と言ったらやっぱり服かな……。

 

 

「うちも服かな……」

「分かった」

 

 

とてとてっと下の階に千秋が下りていく、あれ? お風呂はどうなったんだろう。やっぱりここはお姉ちゃんも行った方が良いのだろうか。

 

 

考えていると再び千秋が戻ってきた。

 

「よし、お風呂入ろう」

 

 

そう言われたので着替えなどを準備して下に降りる。リビングのお兄さんに挨拶をしてお風呂に入る。背中を洗ってあげたり、頭を洗ってあげたりして至福の時間を過ごした。

 

お風呂から上がると、お兄さんがソファに座って待って居た。ソファの前に机がありその上にパソコンが置いてある。

 

「よし、全員上がったな。えっとだな、そろそろクリスマスだし、まぁ、プレゼントみたいなのをどうかって思ってるんだ」

「「「え?」」」

 

少し、よそよそしく恥ずかしそうにお兄さんがそう言った。うちと千冬と千夏がその言葉に反応する。ご飯だけでなくプレゼントまで貰ってしまっても良いのだろうか。今までそんな最低限以上は買って貰った事も与えてもらった事もない。

 

「まぁ、遠慮しようって気持ちがあるんだろうけどさ。クリスマスってあの、特別だし。寧ろ、こういう時しか凄い我儘は言えないんだ。だから、その、まぁ、欲しいの選んでおいてくれ。パソコン使って俺が風呂入っているとき選んでおいてくれ」

「やった! ねーねーも千夏も千冬も聞いたか! プレゼント買って良いって! 服買って良いって!」

「いやでも……それって……いいの?」

 

千夏が難色を示す。本当に良いのか。遠慮した方が良いんじゃないかと感じている。それはうちも千冬も。

 

「そうっスよ……クリスマスだからってプレゼントとか、無いのが今までだし、無くても」

「……うん。そうかもしれないね……」

「な! 遠慮するな! 折角カイトが買ってくれるって言ってくれてるんだぞ!」

「私、別に、服とか欲しくないし……」

 

 

お兄さんが折角好意をくれたのだがそれを素直に受け取ることが出来ない。遠慮をしてしまう。それが普通でそれをしないと今まで怖い目に遭って来たから。自然と遠慮する方になってしまう。

 

お兄さんに悪意がないのは分かっている。でも……お金が高い物にはどうしても手が出ない。小さな幸せだけで良いと割り切ってしまう。

 

 

「そうか……なるほど。四人の気持ちは分かった」

 

 

お兄さんが唐突に会話を止めた。うちと千冬と千秋、千夏はうちの後ろに若干隠れているがお兄さんに全員が視線を向ける。

 

もしかして、機嫌損ねてしまった……?

 

 

「よし……この家の家主として四人に初めてお願いをする。一つ、欲しい服上下、装飾品などを一式パソコンで選ぶこと。二つ、選んだ物の合計が1万円以上である事、三つ、クリスマスなのに遠慮しない事。四つ、俺が風呂に入って上がってくる間に服を選んでおくこと。もし、これが出来なかった場合は明日から料理のおかず抜きだ」

「えええ!?」

 

千秋が驚きと悲壮の声を上げる。

 

「良いか? 絶対選んでおけよ。家主のお願い断るとか、マジで失礼だからな。俺そういう事されたらマジ不機嫌だから。じゃ、風呂入ってくるわ」

 

そう言ってお兄さんはリビングを出て行った。

 

これは……

 

「うん、家主とお願いとあれば仕方ないな? な? な?」

「……そうかもしれないっスね」

 

千秋が笑顔で全員に催促をする。家主のお願いであるならと言う理由があることで、こちらが遠慮しなければならない。遠慮をして欲しい服を選ばないといけないと言う場が形成された。

 

 

「よーし! 服を選ぶぞ!」

「……」

「千夏、遠慮して服を選ばないといけないんだぞ!」

「……そうね」

「千春も!」

「そうだね」

 

 

ありがとう、お兄さん。

 

うち達はソファに座ってパソコンに向かい合う。

 

 

「我が使い方知っているぞ!」

「凄いッスね、秋姉」

「コンピューター室でいつも無双してるからな!」

 

 

千秋がカタカタと文字を打って服のページに飛ぶ。そこには色んな服があった。アップワイドパンツ、イヤリング、オシャレなくたびれていない新品で綺麗なパーカー。

 

 

こういうの一度着てみたかったんだ……

 

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ! 画面戻して! 良いの有った!」

「あ、千冬はそのダメージの奴が……」

「我が見てる! 我が先!」

「ああ! その服、戻して! 戻しなさいよ!」

 

 

こんな日が来るなんて思わなかった、ありがとう……お兄さん。

 

 

妹達に見えない様に少しだけ目を撫でた。一粒の雫程、僅かに手が濡れた。

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「失敗した……」

 

 

 

 

湯船に浸かりながら俺は思わず口に出してしまった。

 

 

あのやり方はダメだった。権力を振りかざして無理に命令のようなやり方。それで服を無理やりに選ばせる。そして、四人を前にした時なんだか緊張をしてしまった。プレゼントを四人にしたいって言うのって少し恥ずかしいからだ。子供か俺は。

 

最初は言葉で説得して、俺が居ると選びずらいからお風呂に入っている間に選んでもらおうと言うクリーンな方法を思い描いてた。

 

だが、それが無理なのではないかと感じて咄嗟に強引なやり方をしてしまった。

 

 

これはダメだ。これが悪影響とかになったらどうしよう。ついつい、思わずあんな風に言ってしまった。あれはダメだ。大人はああいうやり方をすると言う背中を見せてしまった。

 

 

そもそもパソコンより、実際に見て選びたいかもしれない。今日は空回りして、失敗もした。

 

そう言う事って終わった後に気づくんだよな。

 

はぁ、ああー、今頃服選んでくれてるだろうか。女の子って服選ぶの時間かかるって言うし、スマホ持ってきたからお風呂の中で時間を確認しつつ待つ。

 

一、二時間位で良いのかな? 

 

ああー、この時間憂鬱だ。

 

ここからは失敗はしないぞ。料理も凄いの作ってやる。後はしっかりと良い背中を見せないと…‥

 

一、二時間を待つ間、俺はスマホでクリスマスの料理について検索を始めた。

 

 

 




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22話 クリスマスイブ

感想等ありがとうございます


 そして、俺のふろ場での時間つぶしが開始された。

 

 フライドチキンは美味しいけど手が汚れるのはな、汚れないチキンを作りたい。豚の角煮も美味しいし、でもクリスマスだからビーフシチューとかも良いな。考えながら湯を入ったり上がったりを繰り返す。

 

 ずっとお湯に入っているのはのぼせてしまうとは言え、この繰り返しはダサいな。まぁ、そんなことはどうでもいい。

 

 今の俺は娘に美味い物を食べさせてあげてぇなと言う気持ちしかない。

 

 まさか、俺がここまで娘に入れ込むことなるとはな。最初はただ何となくで引き取るつもりだったのにな。

 

 そう言えばこの世界が百合ゲーなのすっかり忘れてた……いや、百合ゲーに近い世界と言った方が良いか。

 

 昔、初めて『響け恋心』をプレイしたときは感動したな……

 

 ――あの時、全部どうでもよかった。

 

 無気力で無感情な倦怠感を抱いていた。見かねた親友が何となくで進めてきたゲーム。話を聞くと親友も制作に一枚かんでいるらしいから、試しにやってみろと言われた。

 

 

 どうでも良かったけど、暇つぶしや娯楽になればいいと試しにプレイした。

 

 

 ボイスとかキャラデザとかストーリーとか、凄く感動した。でも、一番心に響いたのは進み続けた先に幸せがあるのだと言う事実。

 

 過去に何があっても前を向いて歩き続ければいずれ報われる。幸せになった姉妹にに感情移入をどうしようもなくしてしまった……ネットに感想書いたらたかがゲームにそこまでハマるとかどうかしてるとか、言われたな。

 

 いや、個人の感想だろ。前世の16歳で高校一年俺はそう思ったのだ。あれ? そう言えば俺って今精神年齢って幾つだ?

 

 死んだのが17歳だから……それで今は21歳だし。普通の人よりは大人か? 17+21と言う計算をするのか?

 

 いやでも、昔のこと思い出したのつい最近でそれまで普通の人生を歩んで生きてきたしな……

 

 

 まぁ、パパになるのにそんなこと関係ないから、どうでも良いか……

 

 

「お兄さん」

「うぉ!」

 

 

 過去に浸っていたらいつの間にかかなりの時間が経過していのかもしれない。千春の声が風呂場の外から聞こえてくる。スマホの時間を見ると大体一時間位経っていた。あれ? 思ったより時間がかかっていないな。

 

 

「え、選べたのか?」

「はい、選べました」

「思ったより早かったな。ちゃんと選んだのか?」

「はい。元々学校にある図書室のファッション誌をうち達読んでましたので欲しいの大体、決まってました」

「あー、そう言う事か」

 

 

やっぱり欲しかったんじゃないか。ああ、クソ、方法さえ間違えなければパパとして合格点だったのに。

 

風呂のガラス越しに千春のシルエットが見える。よく見ると千春だけなく、千夏と千秋と千冬のシルエットも僅かに見える。今一体どんな顔をしているのだろうか。

 

 

「お兄さん、ありがとうございます」

「クリスマスだからな……」

「カイト! ありがとう!」

「まぁ、クリスマスだからな……」

「魁人さん、ありがとうございまス……」

「く、クリスマスだから……」

「……ありがとうございます」

「う、うん。まぁ、クリスマスだしね」

 

 

お礼をそんなに言われると少々恥ずかしい。そう言うお礼ラッシュにまだ慣れていないんだよ…‥

 

 

「クリスマス、凄く楽しみにしていますね……」

「楽しみにしててくれ」

「はい。そうしますね」

 

 

彼女達はお礼を告げると去って行った。去り際に浮足立つような声が聞こえた。単純に嬉しいな。つまり、クリスマスプレゼントをあげると言うこと自体は正解だったと言う事だ。

 

 だが……やはり方法を間違えてしまった事は否めない。結果より過程が大事と言う言葉があるが俺は両方大事だと思う。今回は結果が良かったが過程がダメだ。

 

次回から気を付けよう……しっかりと良い大人の背中を見せなといけない。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

「にひひ、遂にオシャレが出来るぞ!」

 

 

うち達は布団の中に入っている。もう、寝る時間で部屋は暗い。だが、未だに喜びの熱が冷めずに眠気がやってこない。

 

「五月蠅いんだけど? 静かにしなさいよ……」

 

 

千秋の言葉に千夏が反応する。千夏はもう寝たいと遠回しにアピールをしている。のだが、本人も寝るなんて出来ないんだろう。先ほどから何やら布団の中でソワソワしている音が聞こえる。

 

「秋姉の気持ち、千冬も分かるっスよ……寝るどころじゃないっスよね」

「そうだ! 寝るなんて出来ない! 新品の流行りだぞ! そんなものが我が家に降臨するんだぞ!」

「たかが、服一着で大袈裟なのよ……」

 

千夏のプレゼントが待ちきれないと言う心の声が聞こえてくる。お姉ちゃんも待ちきれないよ。

 

あんまり欲とか出さない様に私的な感情を出さないようにしてきたけど、今回ばかりは声を大にして言いたい、楽しみ過ぎると。

 

 

「寝れないね……」

「そうだな!」

「こんなの寝れるわけないっス」

「……まぁ、いつもよりはね」

 

 

そんなこんなで寝るのに大分時間がかかった。千夏と千秋と千冬はクリスマスが早く来いと夢の中でも思った事だろう。

 

何故なら、うちもそう思っていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 眠れない夜の日を何とかまたいだ次の日。いつもより僅かに起きる時間が遅かった。お兄さんは仕事に行っているからいない。

 

 

あまり、不規則の生活になってしまうのはいけないと思って妹達を起こす。

 

 

「はい、起きる時間だよー」

 

布団をとったり色々して何とか三人を起こす。寒いので手早く千秋を着替えさせる。歯磨き、顔洗い、お兄さんの作り置きの朝食を食べてもう一度歯磨き。

 

うち達姉妹は、朝起きたら歯磨き、朝ごはん食べても歯磨き、つまりは二度歯磨きをすると言う謎のルーティーンがある。

 

一通り朝の行動を終えると冬休みの宿題をする。答えを見ないで自分の力で問題を解くように言うと千夏と千秋はブーイングをするがやると言ったらやるのだ。

 

「めんどくさい……」

「答え見たいのよ……」

「お姉ちゃんに任せて!」

 

 

いつもの部屋で下に座布団を敷いて机の上に問題集を広げる。千冬はさらさらと脳にペンが追いついていないのではないかと言うスピードで問題を解いて行く。

 

「ほら、夏姉と秋姉も宿題をやるっスよ」

「「ぶーぶー」」

「ブーイングしてないでやるっス」

「「ブーブー」」

「はぁ……これが姉が妹にする事なんスかね……?」

 

 

千冬は再びさらさらと問題を解いて行く。千冬の頑張る姿に感化されたのか二人もとうとう問題集を開く。

 

二人共、ペンを持ちさらさらと問題を……

 

 

「二人共、机の下にある答えだして。お姉ちゃん没収するから」

「「ッ……」」

「ほら、渡して」

「「か、隠してない……」」

「渡して」

「「はい……」」

「あのね、前に千冬が言ってたけど答えを見たら意味がないんだよ? この問題集だってただじゃないんだから……1200円!? 高い……」

 

思わず値段に反応してしまった。いけない、お金にがめついなんて姉としての威厳が損なわれてしまう。しっかりと姉としてお手本となる背中を見せないといけない。

 

「コホン……うん、だからね? 頑張ろう? お姉ちゃんが手取り足取り教えるから」

「「はーい……」」

 

 

うん、流石うちの妹、何だかんだで真面目に取り組む二人。分からない場合はすかさずうちが助っ人に入る。

 

最高のルーティーンが完成する。

 

 

その最高のルーティーンを2時間ほど繰り返し、休憩に入る。千冬と千夏は学校の図書室から借りてきた料理の本を読んでいる。

 

千秋ははがきくらいのサイズの画用紙に色鉛筆で何やら絵をかいている。

 

「千秋何描いてるの?」

「えっとね、色々」

「その画用紙はどうしたの?」

「カイトに頼んだらくれた」

「そうなんだ……」

 

 

クリスマスツリーとか、サンタクロース、プレゼントボックスを鮮やかに赤や緑黄色を使って再現して、メリークリスマスと言う文字をオシャレに描く。

 

「それは……どうしてそう言うの描いてるの?」

「ん? カイトにクリスマスカードあげたくて!」

「ああ、そういうね……ああー、そういうパターンね……はいはい……」

 

 

……ズるいよ、お兄さん。勿論普段の感謝の気持ちとか勿論あるけど。ううぅ、いいなぁ……でも、お世話になってるから恨めないよ……

 

 

「勿論、千春と千夏と千冬にも作るぞ!」

「ッ……ありがとう!」

 

 

 何なの、この妹は可愛いよ。ちゃんと普段の感謝を表そうともしてる。そうだよね、言葉だけじゃなくて小さいけど千秋みたいに想いを形にするのも大事だよね……

 

 

「うちもお兄さんに描いても良いかな?」

「うん! 一緒に描こう! 画用紙沢山貰った!」

 

 

はがきサイズの画用紙を沢山机の下から取り出す千秋。何枚も重なった束から一枚をうちに渡す。

 

千秋よりは絵は上手くないけど、姉として出来るだけ負けない様にしないと。

 

 

姉は常に一番出ないといけない……

 

 

「アンタ達、何描いてるの?」

「お兄さんと千夏と千秋と千冬にクリスマスカード描いてるの」

「へぇ……」

「それなら千冬も書くっス。絵全然上手じゃないんスけど……」

 

 

本を読んでいた千夏と千冬がこちらに興味を示した。そして、千冬は自分もと千秋から画用紙を貰う。

 

千夏は僅かにどうしようか迷っているようだ。

 

「……まぁ、プレゼントも貰うしね……私にも頂戴」

「うん!」

 

 

渋々と言う感じで千夏も画用紙を貰う。色鉛筆で画用紙に描きだす。描きながら僅かに頬杖をついて愚痴のようにポツリと言葉を溢す。

 

「こんなの喜ぶわけないと思うけどね……」

「千夏、大事なのは気持ちだ! 気持ちを形にして伝えるんだ! その形はどんなものでも良いんだ!」

「急に熱いのよ……アンタ……」

 

 

 千秋の猛絶な熱さにしかめっ面になる千夏だが頬杖を止めて真面目に絵をかき始めた。そして、描き始めて数時間が経過した。描いている間誰も一言も話さずに寡黙になった。

 

 

 

 

 

 

 そうして12月24日になる。この日は休日である。だが、それなりに忙しい。

 

 クリスマスに食べる料理を作る為に朝から起きて台所で腕を動かす。ケーキの生地を焼いて、ビーフシチューを圧力鍋で作って、千秋がから揚げが食べたいと言っていたのでもも肉を取りあえずタレに漬け込んで、ビーフシチューで圧力なべを使っているから炊飯器で豚の角煮を作って……

 

 

 ごちゃごちゃしている台所を掃除して、そうしたら生クリーム泡立てて……

 

「千秋、味見するか?」

「うん!」

 

こそこそ涎を垂らしながら見ている千秋にスプーンでクリームをすくって渡す。それを千秋は頬張る。すると幸福感に溢れた笑顔満開になる。

 

 

「おいしいー!」

 

 

うん、可愛いな。その後も千秋は俺の料理姿をジッと見ていた。スタイリッシュな料理シェフな気持ちになってつもりで調理を続ける。やはり、娘の前ではカッコいい姿を見せたい。

 

「カイトそれは何をしているんだ?」

「片栗粉で鶏肉をお化粧しているんだ」

「おおー! 化粧か!」

 

スタイリッシュに受け答えをして鶏肉を油に入れていく。鶏肉が油で上がる音が台所に鳴り響いている。

 

鶏肉は生のままだとカンピロバクター菌で食中毒を引き起こしてしまう可能性がある。娘に食べさせる以上それは絶対に避けなければならない。だからと言って油で火を通しすぎると固い鶏肉を食べさせることになってしまう。

 

この匙加減が非常に難しい。

 

暫く、上げて一番大きいから揚げを一番最初に上げる、それを包丁で切って断面を見る。綺麗な白だ、赤みがない。

 

一番大きいから揚げが大丈夫なら他も大丈夫だな。

 

「……味見するか?」

「うん!」

 

 

一つ、爪楊枝に刺して千秋に渡す。

 

 

「うまぁい!」

 

あ、千春と千夏と千冬にも味見してもらうかな。今は二階に居るから千秋に持って行って貰って……小皿に三つよそってそれぞれに爪楊枝を刺す。

 

 

「これ、千春たちに持って行ってくれないか? 味見してほしいんだ」

「……分かった!」

 

 

小皿を持って千秋は部屋を出て行く。だが、階段を上がって二階に行く足跡が聞こえてこない。

 

数秒後に千秋が小皿を持って戻ってきた。数秒前にあったから揚げが全て綺麗に消えている。

 

 

「千春たちに味見させてきた!」

「ありがとう……」

 

 

絶対廊下で全部一人で食べてたんじゃないだろうか。まぁ、三人には後で食べてもらえればいいな。

 

その後も千秋に味見係をしてもらいながら調理を続けて、日が落ちる前には全ての料理が完成した。

 

 

◆◆

 

 

 

「千春、ご飯できたって! 今日の凄いぞ! 全部美味しい!」

「そうなんだ、ありがとう千秋」

「うん!」

 

 

うち達はクリスマスカードの続きを書いたり、宿題をしていた。ずっと下に居て一度も二階には上がってこなかった千秋。お兄さんの料理姿をずっと見ていたんだろう。

 

 

「うち達もクリスマスカード描けたよ」

「じゃあ、カイトにカードを渡そう!」

「そうだね」

「千冬はあんまり上手く絵が描けなかったっス……」

「気にするな! 気持ちだ!」

 

 千冬、千夏ははあまり絵が得意ではない。絵心がないわけではないと思うが千秋と比べるとかなり見劣りしてしまうかもしれない。

 

 

 はがきサイズの完成されたクリスマスカードを持って下の階に降りる。リビングに入ると既にいい匂いが鼻をくすぐる。自然と姉妹全員がごくりと生唾を飲んだ。お兄さんは台所でご飯の盛り付けをしていた。

 

 

「クリスマススペシャル出来たぞ。今日はご飯が多いから上に持っていくの手伝うからな」

 

 

あ、そうだよね。いつもうち達は四人で食べてるから……お兄さんの気遣いにうち達は少し複雑な心境になる。

 

「今日はカイトも一緒に食べないか?」

「え? あー、いや、四人で食べるといい」

 

千秋が五人で食べようと誘うがお兄さんはそれを断る。まだ、千夏が慣れていない。僅かな違和感があるとお兄さんは分かっている。だからこそ身を引いたのだと思う。

 

「うぅ、でもな……千夏、今日はみんな食べても良いだろ?」

「……そうね……」

「えっと、気を遣わなくていいんだぞ?」

「気は遣ってないです……私もそうしようと思ってましたから」

 

 

千夏はうちの後ろに隠れながらもそう言った。

 

 

「そうか……なら、そうしてもいいのか?」

「うん! 我もそうしたい!」

 

 

千秋の言葉に呼応するように千冬もうちもコクリと頷いた。お兄さんは少し嬉しそうにしながらダイニングテーブルに料理を並べ始める。

 

うち達はそんなお兄さんの近くに寄って、隠していたクリスマスカードを差し出す。

 

「これは……俺にくれるのか?」

「うん、カイトの為に作った!」

「お兄さん、いつもありがとうございます……これくらいしかできませんけど」

「魁人さんどうぞっス……」

「これ、どうぞ……」

 

 

四枚のカードをお兄さんは受け取ると噛みしめるように喜びの声を上げた。

 

 

「これはあとでラミネート加工しないとな。流石に……ありがとう。嬉しいよ。大事にする」

 

 

カードを大事そうにクリアファイルにしまってお兄さんはご飯をダイニングテーブルに運ぶ。それをうち達も手伝って全員でクリスマスイブの日に初めて夕食を食べた。

 

 少しだけ、ぎこちなさもあったけどそれも悪く思わなかった。皆でテレビに映るバラエティを見たり、既にカットしてあるケーキを食べていつもよりお腹が膨れた。

 

 

 

 

 

 その後はお風呂に入って、二階の部屋に戻っていつものように布団に入る。すると千秋は笑みを溢した。

 

「えへへ、カイト喜んでくれた」

「良かったね」

「うん。我、カイトの事大好きだから喜んでくれて本当に良かった!」

「ッ……!」

 

大好きという単語に千冬が反応したが千秋は気付かずにお兄さんの事を話し続けた。

 

「千冬だって……」

 

小声でぼそぼそと千冬が何かを言っているがそれはうちには聞こえなかった。

 




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23話 オシャレ

感想等ありがとうございます。




 素晴らしいクリスマスイブを過ごした次の日。珍しく千秋と千夏が早起きをした。先日頼んだ服や装飾品が今日届くからだ。黒のダウンコート、そして、うちはベージュのマリンキャップ。イヤリングもピンクのひし形の物だ。

 

 オシャレなロゴの入ったTシャツもピンク。ダメージジーンズとダウンコートはピンクじゃないけどうちはピンク色好き。

 

 

 うずうずと待って待って待ち尽くす。取りあえず宿題を机に広げてはいるが千冬ですら全く集中できていない。

 

 

「ああー! はやく新品の服着てー!」

「五月蠅い! 集中できないでしょ!」

 

 

 これでは宿題どころではない。本当にただ広げているだけになってしまっている。

 

「千夏一問も解けてないじゃん」

「アンタの声がうるさくて集中できないの!」

 

二人が言い争っているとピンポーンとインターホンが鳴る。三人が来たと期待のこもった視線が交差する。

 

千秋が真っ先に部屋を出て下に降りていく。

 

その後に千冬が向かい、それをうちが追いかけるように向かい、千夏はさらにうちの後をついてくる。

 

玄関でお兄さんが宅配の人から大きな段ボールの荷物を受け取っているのが見えた。お兄さんはそれをうち達の近くに置く。

 

「開けて良いのか!?」

「勿論だとも」

 

 

千秋が大きな段ボールを開けるとその中にはこの間頼んだ衣類の詰め合わせ。

 

うわぁぁぁ、うち早く着たい……いけない! 威厳! 姉として常に落ち着いた姿勢で臨まないと。

 

「うわぁぁぁ、我の頼んだダウンコート!」

「千冬のダメージっス……」

「私の黄色キャップ……」

 

 

三人が無我夢中で開封の義を執り行って行く。お兄さんはそれを見て満足そうな表情。

 

「ありがとう、お兄さん」

「何度も言わなくていいよ」

 

そう言ってお兄さんはリビングに戻って行った。

 

 

「早速着て見よう!」

 

千秋の号令を皆聞いて、ワクワクしながら部屋に戻って全員で服を着る。帽子をかぶる。イヤリングを耳につける。

 

 

「おおお! オシャレインテリ系美女って感じだな!」

「確かに私もオシャレインテリ系美女って感じね」

「インテリ……」

 

 

三人がオシャレに身を包んだ姿を見る。三人のセンス抜群。センスが光ってるね、眩しいよ。

 

だけど、全員色が違うだけで大体一緒な雰囲気は拭えない。ダウンコートは全員黒。ロゴシャツはうちがピンク、千夏が黄色、千秋が赤で千冬が青。イヤリングはひし形でシャツのように色が違う。

 

ジーンズはうちが黒で、千夏も黒、千秋が青で、千冬はダメージの青。マリンキャップもシャツに合わせてそれぞれ色が違う。

 

パソコンで選んだ時に分かってたけど、やっぱり姉妹って好みとか似るのかなぁ

 

「カイトに見せに行こう!」

「そ、そうっスね……着る時に少し髪型ずれたかも……」

「まぁ、買ってもらったしね……」

 

 

千秋を先頭に再び下に降りていく。いつもより足取りが凄く軽い感じがする。身につけている物が違うだけでここまで変わるのだと思う事に僅かに驚きも感じた。

 

「カイトー! どうだ!」

「似合ってるぞ」

 

お兄さんが親指でグッとマークを出す。お兄さんの褒め言葉は千秋だけでなく全員に万遍なく行き渡るような褒めだった。

 

「えへへ、そうだろう!」

「完璧だな」

「おおー! ありがとう!」

「……あー、それでだな。その、初詣それでいかないか?」

「良いな! そうしよう! それでいいよな!?」

「そうっスね……確かにこの格好で初詣行って見たいッス」

「お兄さんのご迷惑でなければ」

「千春が行くなら……」

 

 

お兄さんの提案に千秋が強く肯定する。千冬とうちと千夏もそれに同調する。

 

「カイト、何処に行くんだ。初詣」

「狭山不動尊かなぁ」

「それって何処だ?」

「西武球場の近くだな。初詣は車止めるの大変だから、電車で行くことになるかもな」

「おおー、最高だな! また楽しみが増えた!」

 

 

千秋の屈託のない笑顔にお兄さんはほっこり。うちもほっこりである。

 

そして、うちも初詣が少し楽しみである。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「と言う事があったんだ」

「つまりクリスマスプレゼントを喜んでくれた事が嬉しいってことを言いたいのか?」

「そうだな」

 

 

クリスマスと言う一大イベントを終え数日。仕事場にて書類を整理しながら隣の佐々木に俺は最近の数日の事を自慢げに話した。

 

「それで、そのクリスマスカードを貰ったと?」

「ああ、その通りだ」

 

 

俺の手にはラミネート加工された四枚のカードがある。四人の娘から貰ったこれ等のカードは仕事場に持ってくることにしたのだ。

 

 

「見て良いか?」

「汚すなよ」

「いや、ラミネート加工されてるだろ」

 

 

佐々木に日頃の感謝の言葉と可愛い絵が描かれている四枚のクリスマスカードを渡す。

 

「『我はカイトが大好きです。どれくらい好きかと言うとハンバーグとから揚げと同じくらい好きです。毎日ご飯を作ってくれてありがとうございます。カイトの料理は全部上手で味噌汁とか、ポテトサラダも好きです』この子、ご飯の事ばっかりだな……」

「そこがいいんだよ、あとこの子も色々考えてるからご飯事だけじゃない」

「へぇ……」

 

最初に千秋のカードの読んだ佐々木は二枚目のカードを見る。

 

 

「『千冬たちにいつも色々なことをして下さりありがとうございます。寒くなってきましたので寝る時は暖かくしてくださいね』……何だこの堅苦しい文は、あとこの子絵下手……」

「真面目で良い文じゃないか。あと下手言うな、個性的と言え」

「そ、そうか、すまん……えっと、次は」

 

 

千冬のカードを見てそれを束の一番後ろに持っていき今度は千夏のカードを見る。

 

「『いつもお世話になっております。今後ともよろしくお願いいたします』……簡潔だな」

「シンプルイズベストと言うからな。千夏なりに四苦八苦したんだろうさ」

「ふーん、まぁ、可もなく不可もなくだな」

「可しかないだろう」

 

 

佐々木は最後に千春のカードを見る。

 

「『お兄さんいつも大変お世話になっております。大したことが出来ないのですがこのカードで少しでも感謝の思いが伝わればいいなと思います。今後ともよろしくお願いいたします』……この子も堅苦しいな」

「真面目なんだよ」

 

 

佐々木にカードを返してもらうとそれをすぐさま机の引き出しにしまう。何だか、仕事場に娘の写真を置く父親の気持ちが分かった気がする、やる気がわくと言うか元気が出来ると言うか。

 

 

「クリスマスが終わるとすぐに正月だけど、お年玉ってあげるのか?」

「当たり前だな。金額は四年生だから4000円にしようと思っている」

「何だその謎理論……いや、うちの親もやってたけど」

 

 

 

お正月は大掃除もやらないといけないし、お雑煮とかおせち作らないと。

 

「あんまり無理しすぎると倒れるぞ?」

「大丈夫だ。今はぴんぴんしている」

「ならいいが……仕事休まれると俺に負担が来そうだからやめてくれよ」

 

 

この同僚にはうちの娘の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいな。

 

それにしてもクリスマスに続いてお正月とはイベントが続くな。だから、おもちゃとかゲームとかを企業は安売りをするんだろうけど。

 

お年玉、本当に4000円で良いのか、相場実際どれくらいなんだろう。後で宮本さんに聞いてみるかな。

 

そんな事を考えていると急に鼻もムズムズするので手で口を抑えて思わずくしゃみをした。

 

「おい、休むなよ! 俺が職場で話せる人が居なくなる!」

「分かったから」

 

 

隣の佐々木が凄い顔でこちらを見るが偶々寒気がしてくしゃみをしただけだ。余り仕事中に話しすぎるのは良くないのでそれ以上は特に話さず目の前の業務に没頭した。



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24話 熱

感想等ありがとうございます!!!!!!!


 クリスマスが終わるとすぐにお正月がある。お正月と言えばおせち料理やお餅、お年玉と言う子供が大好きなイベントの詰め合わせだ。

 

 うち達はそんな経験は記憶にないからそんなざっくりとしたイメージしか湧かない。お正月とは一体どんなことをするのだろうか。リビングのコタツに入りながら考えていると天使の話し声が聞こえてくる。

 

 

「お正月とは餅を食べるらしいぞ!」

「醤油とかバター醤油で私は食べたいわね」

「千冬はクルミダレってのが気になるっス」

「我はおせちも気になるなぁ」

 

 

 あれま、天使が会話していると思ったらうちの妹達だった。うっかりうっかり。この年で既に幻覚が見えるとは、もしかしたらうちは老眼かもしれない。

 

「千春はどうだ?」

「うちは皆が食べたいのが食べれることが出来ればそれでいいよ」

「ええ!? そう言うのじゃなくて我は語り合いたいんだ、正月を」

「そっか……うんまぁ、かまぼことか何気に楽しみかな」

「かまぼこ、無限に食べれると思えるようなあれか……じゅるり」

 

 

千秋が思わずよだれを垂らしそうになる。うん、欲望に素直なのはとてもいいことだね。

 

「そろそろ、『お前たちの令和って醜くないか』がやるからチャンネル変えて良いか?」

 

千秋がテレビのチャンネルを変える。最近になってうち達姉妹の活動範囲が格段に広くなった。

 

基本的には部屋の中であったがクリスマスを終えてからはリビングに居ることが増えた。夕食も五人で食べるし、テレビも見るようになった。

 

以前よりお兄さんの信頼値が上がっている。だからこその活動範囲拡大。千冬はお兄さんと会話がちょっと多い気がするけどそれもただの信頼だけだと思いたい。

 

千夏はまだ目が合わせられない時もあるけど、毎日一分の会話が一分三十秒に増えている。

 

ただ、千冬と千夏が徐々に懐き、会話が増える中で千秋だけは別格で懐き、そして会話量もべらぼうに多い。さらにさらに活動範囲もべらぼうに広い。

 

「お腹空いたな」

 

そう言って千秋は台所の方に向かって冷蔵庫を開けたり、手の届く範囲で戸棚をガサゴソとあさり始める。

 

「アイツのあの胆力と言うか遠慮の無さには関心するわ……」

「本当にそれは思うっス……」

「千秋の素直な所は良いところだよね」

「長女のアンタが甘やかしすぎるからああいう風になっちゃったんじゃないの?」

「良い子に育ってくれたよね」

「……もう、いいわ。その馬鹿姉脳に何を言っても私の求める答えが返ってこないのは分かったから」

 

 

千夏がはぁっとため息を吐きコタツ中に深く潜る。そして、置いてある座布団を枕のようにして寝る体制に入った。

 

「眠くなったんスか?」

「そうよ、眠くなったから寝る」

「今寝ると夜眠れないっスよ」

「この暖かいコタツが私を眠りに誘うから仕方ないのよ」

「いや、それでも生活のバランスが」

「おやすみー」

 

 

千夏はそう言って夢の世界に旅立ってしまう。まぁ、冬休みだしね、少しくらいは生活のバランスを崩しても問題ないかな。

 

「さくさくぱんだちゃんチョコあった」

「秋姉、ちょっとは遠慮した方が良いんじゃないスか?」

「カイトが遠慮しなくて良いって言うから」

 

 

千秋がお菓子の袋と牛乳の入ったコップを持ってコタツに再び入る。チョコには牛乳が合うよね。

 

「でも、ちょっとは遠慮ってものを……」

「カイトがしなくていいって言うからしない!」

「そんなドヤ顔で……言う事じゃ……」

 

 

千秋は封を開けてパンダチョコを口に入れていく。さくさくとした食感とチョコの甘みが美味しいんだろうな。

 

 

「甘ーい! うまい!」

「……そんなに美味しいんスか?」

「美味いぞ! 食べるか?」

「……一つ」

「あーんしてやろう」

 

 

千秋が食べてる姿を見ていると自然と何か食べたくなってしまう。将来はテレビのバラエティとかにも出れるだろうな。

 

 

「あーん」

「あ、あーん……あまい……」

「だろ、甘旨だろ!」

「まぁ……」

「こんなチョコを食べさせてくれるカイト大好き!」

「っ……大好きとかってあんまり言わない方が良いんじゃないスかね?」

「なんで?」

「ほ、ほら、勘違いさせてしまうからっスよ……」

「どう勘違いするんだ?」

「えぇ!? ああ、あの恋愛、的な?」

「んん? 恋愛? そんなことあるか?」

「か、魁人さんは男の人っスから、男の人ってそう言うに過剰に反応するって聞くし、消しゴム拾ってあげるだけで勘違いするって本に書いてあったんスよ……だから、大好きは控えた方が……」

「むぅ? 大好きだから大好きと言って問題は無いと思うぞ。カイトはそんな単純な男じゃないからな」

「い、いや、万が一……」

「そうなったら、責任取って我が結婚してやろう!」

「「ええええええ!!???」」

 

 

思わず、うちも声を上げてしまった。千冬は驚きのあまり立ち上がる。

 

「い、いやいや、年の差があるし! そう言うのってちゃんと順序を!」

「人の数ほど愛の形があるのにそれに基準を当てるのはダメだぞ千冬」

「いや、すごーい深い事言ってきた! い、いや結婚って金銭とか、そういう問題も」

「カイト、結構持ってるって言ってた」

「え!? あ、そうっスね……ほ、ほら、でも、流石に結婚は!」

「結婚は……冗談だぞ?」

「ええ!?」

「ふっ、この我の名演技に見事に騙されたようだな妹よ」

 

 

どうやら、冗談だったようだ。お姉ちゃんも見事に騙されてしまったよ。

 

「千秋凄いね、うちも騙されちゃった」

「ふふふ、もっと褒めてくれ」

「凄い」

「ふふ」

「未来のハリウッド女優だね」

「えへへ」

 

 

千秋の素直さが可愛い過ぎる。それにしても千冬は千秋の名演技に騙されたとはいえ大分、うろたえていたような……

 

 

「な、なんだ。冗談なんスか……分かりづらいっスよ……」

「妹が姉の演技を見破れるはずがないのだ!」

「……さっきから五月蠅いんだけど?」

 

千冬が一息ついて千秋がえっへんと胸を張る。……最近、少しづづだけど身体が成長している気がするんだよね。将来はきっとナイスバディの素晴らしい女の子にと考えていると寝ていたはずの千夏が起き上がる。うち達の声で起きてしまったようだ。千夏は座布団で寝ていたから少し髪が乱れている。

 

 

「あ、ごめんね。千夏」

「春じゃなくて、秋の声よ……」

「あ、すまん」

「ちゃんと謝りなさいよ……もう、眠気があるのか無いのか分かんない微妙な気分よ……あ、チョコある……」

「食べるだろ?」

「食べる」

 

千秋にチョコを渡して貰い千夏が口に放り込む。チョコの甘さで眠気が完全に吹き飛んだのである。先ほどよりきれいな二重の眼がぱっちり開いている。

 

「うま……」

「ちゃんとカイトにありがとう言うんだぞ」

「……分かってるわよ」

「なら良し! それにしても千夏って食いしん坊だな!」

「いや、アンタだけには言われたくないんだけど? 秋が一番の食いしん坊でしょ」

「むっ、我も千夏には言われたくない。千冬はどう思う?」

「秋姉が大ネズミで、夏姉が小ネズミなイメージっス」

「はぁ? ネズミって何よ? まぁ、今はチョコ食べるからいいけど、冬は後で覚えておきなさい?」

「ご、ごめんなさいッス夏姉」

「全部後で聞いてあげる」

 

そう言って千夏はチョコをわんこそばのようにパクパクと口に運んでいく。千冬、あとで千夏にチクチク言われるパターンだ。

 

千夏って偶にチクチクぶり返すように攻める時があるからなぁ……

 

 

「あ、千夏喰いすぎだ!」

「良いじゃない、シェアよ、シェア」

「我のお菓子なのに!」

「この机に置いた時点で姉妹でシェアの義務が発生するのよ。ほら、春もあーん」

「良いの?」

「千春と可愛い妹の千冬は食べても良いぞ、だが、千夏お前はダメだ」

「はぁ?」

 

 

千夏にあーんしてもらってチョコを食べる。美味しい。あーんがあるだけでチョコが100倍甘くなってコクが100倍になっている気がする。

 

 

「……千冬は可愛いんスかね?」

「千冬が可愛くなかったら一体何が可愛いの?」

「フォローありがとうっス。春姉」

 

 

千秋に可愛いと言われた事で自分を見つめなおす千冬。この子、毎日ちゃんと鏡見てるのかな? 可愛い以外何物でもないのに。

 

 

可愛いと言う事実をもっとしっかり自身で分かって欲しい。もっと自身に溢れていいのに。今度可愛いところをノートに纏めてあげよう。

 

 

ふふふ、きっと脳が手に追いつかねぇぜ……そして、千冬は喜んでくれるだろうなとほくそ笑みながらうち達の優雅な時間は過ぎて行った。

 

 

◆◆

 

 

「なんか、頭が痛くなってきた……」

「おい、おい、俺をボッチにさせる気か?」

「そんなつもりはない。さて、そろそろ定時だから帰る……」

「明日は休むなよー」

 

 

頭が痛い。何だか関節も痛い気がする。まさか、風邪をひいてしまったのか……くっ、大人として体調管理が出来ないなんて情けないにもほどがある。

 

手洗いうがいは毎日忘れずにしていると言うのに。

 

 

仕方ないな、万が一にも娘に移さない様にマスクをして、帰りにОS-1でも買って行こう。

 

 

帰りの道の業務スーパーで風邪対策グッズを購入して車を走らせる。何だか、いつもより帰りの道が遠い気がする。今日の夕ご飯はいつもより簡単な物にしても良いかな。冷凍の揚げ茄子があるからそれと肉を炒めて、買ってある味の素で味付け。あとは、茹でるだけの水餃子。

 

作り置きの切り干し大根と白米で……頭の中で手抜き料理を考えながら家に到着。

 

「た、ただいまー」

「おかえり、カイト……お腹すいた……なんか、元気ないけど大丈夫か?」

「ああ、大丈夫だ。すぐに夕食作るからな……」

 

 

千秋が出迎えてくれて何だか、体の重しが取れたかもしれない。急いで手洗いうがいをして着替えて台所に立つ。

 

「お兄さん……マスクして顔赤いけど、もしかして風邪……」

「千春気にするな。それよりコタツの上片付けておいてくれ」

「う、うん……」

 

 

ある程度作るのは決まっているし、下拵えも殆どやらなくてもいい。体は怠いけど料理が出来ない程ではない。数分経てば直ぐに完成した。お皿によそって姉妹たちがそれを机に運んでくれる。

 

「風邪移したらいけないから、今日は俺は着替えて寝るよ……食べたお皿は水につけておいてくれ……」

 

 

俺は脱衣所で着替えて、蒸しタオルで体を拭いて、OSー1とスマホと氷枕を持って部屋に向かった。明日も仕事も朝ごはんも作らないといけない。

 

一晩寝ればすぐに良くなるだろうさ……

 

 

 

◆◆

 

 

「カイト、元気なかったな……」

「お兄さん、疲労が溜まってたんだよ……」

「そうっスよね……ご飯とか仕事とか、あれだけやってれば」

「……」

 

 

いつもとは違う弱ったお兄さんを見てそれぞれ思った事があるんだろう。コタツの上にはご飯が並んでいるが誰も手を出していない。

 

どうするべきか、何が出来るか、自然とそっちの方に思考が向いて行く。うち達姉妹が迷う中で始めにそれを決めたのは千秋だった。

 

「よし、看病しよう!」

「アンタに出来るの?」

「出来る! 冷たいタオル作る!」

「他には?」

「……おかゆ?」

「火は絶対使うなっていつも言われてるじゃない」

 

そう、お兄さんは絶対に火を使わない様にと釘を刺している。IHコンロはもっと大きくなったら使っていいらしい。

 

「じゃあ、添い寝!」

「アンタに移ったら元も子もないわ」

「……取りあえず、冷やしタオル!」

 

そう言って千秋はコタツから出て台所に向かい、金属のボールに氷と水を入れる。そこに脱衣所からタオルを持ってきて水に浸す。

 

「ちゅべたい……っ」

 

冷たいを思わずちゅべたいと言ってしまう千秋。手が寒さに震えながらもタオルを両手で雑巾のように絞る。それを持って二階に上がって行く。

 

千秋の階段の登る音が部屋に鳴り響いて暫く経つと千秋が戻ってきた

 

「ありがとうって言われた!」

「そっか」

「でも、風邪がうつるのが一番ダメだからもう来ないでって、俺はオーエスワン飲めば治るって言ってた。あと、寝る時はコタツの電気を忘れずに消してって言ってた」

「うん、分かった」

 

 

うちも千冬も千夏も何かをしようと思ったけど、動けなかった。その中で千秋だけは動いた。その事実にやっぱり千秋は凄いな……長女として少し情けない気持ちになる。

 

うちも出来る事を探さないと……

 

 

◆◆

 

 

 頭がボーっとする。眠ってるんだが、起きてるんだが良く分かんねぇ。

 

 

『○○君……』

 

 

 頭の中に小学生くらいの女の子が浮かんだ。顔は見えないけどそのシルエットに面影がある。ああー、これはあんまり良い思い出ない奴だ……

 

風邪で訳の分からない夢のような物まで見る始末。

 

体調管理……今後はもっとしっかりしないと。氷枕があるおかげで多少は寝心地が良い感じがするけど……

 

あれ? 額が急に冷たい。眼を開けると銀髪のオッドアイの少女が……

 

「大丈夫か……? カイト……」

「千秋。看病してくれたのか……」

「出来る範囲でだがな……」

「そうか、ありがとう……でも、うつしたら悪いからここには居ないでくれ」

「やだ、カイトが治るまでここに居る」

「そう言わないでくれ。もし、千秋が風邪ひいたら俺はもっと体調が悪くなる」

「そうなのか!?」

「うん、心配で何も手につかない」

「……そうか、じゃあ、戻る」

「そうしてくれ、あとコタツの電気は消して寝るように皆に言ってくれないか?」

「分かった!」

 

 

元気よく返事をすると千秋はドアの方に向かう。

 

「はやく、元気になってね! いつも、()達の事気にしてくれるカイトが大好きだから!」

 

 

私……ああー、そう言えば、……彼女は……

 

 

……そんな俺の前世知識よりも千秋の笑顔可愛かったな。死ぬ気で寝て、風邪を治そう。俺はそう心に決めた。

 

 

 




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25話 いってらっしゃい

感想等ありがとうございます


 場所は二階のお兄さんの自室前。扉の前でお風呂上がりのうちと千冬は立っていた。寒気の満たされた廊下で肌寒いく足の底はそれ以上に冷たい。

 

「魁人さん、大丈夫かなぁ……」

「お兄さんなら大丈夫だと思うよ」

 

 

千冬がお風呂上がりの可愛らしいパジャマ姿で心配の声を上げる。だが、お兄さんの部屋には入ることはできない。お兄さんの伝言は風邪をうつさないためにこれ以上部屋に入らないでくれとと言うものだ。

 

 

「千冬、何も出来なかったっス……」

「しょうがないよ……うちも何もしてない」

「何かしたかったなぁ……」

「そうだね」

 

 

お兄さんが心配で何かしたいと思えるだけで、それは大きな事だと思うけどな。ただ、千秋と自分を比べて自分が大したことが無いと言う気持ちはわかる。うちもお姉ちゃんなのに率先して行動が出来なかったことに思うところもある。

 

姉として妹を導かないといけないのに。

 

悔しさもある。

 

自分なんてどうでもいいから、全ては妹の為に成長の為に尽力すると誓ったのにこのざまは不細工にも程がある。

 

 

「……今日はもう寝よう。冷えてきたから……このままうち達が体調崩したらお兄さんに余計な心配かけちゃう」

「……はいっス……」

 

 

もうすでに湯冷めをしてしまった。体温が低下する。冷たい。

 

ふと、あの日の事を、あの時の事を思い出した。寒くて寒くて、怖くて怖くてどうしようもなくてただ只管に周りとの格差をひがんだ時を。

 

僅かに、心に影が差す。だが、直ぐに冷静になった。

 

自分はどうでも良いと、感情はどうでも良いと。

 

「春姉、大丈夫っスか?」

「うん? 何が?」

「いや、その……眼が……」

「眼?」

「ちょっと、曇ってたと言うか……」

「それは見間違いだよ……」

 

 

そんな感情は殺そうと思っているから。自分を殺すのがあの日の誓い。ダメだな。最近は何だかその誓いが揺らぐ時がある。

 

「ほら、部屋戻ろう」

 

うちは会話を無理に止めて千冬の手を取って自室に戻って行った。何枚も熱い羽毛の毛布をかけたがその日の夜は少し寒かった。

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 治った。完全に治った。気だるさも倦怠感も額の熱さもきれいさっぱりない。

 

これが千秋の看病の力なんやなって……

 

俺はベッドから体を起こし着替える。今日も仕事だからな。今日だけ行けば年末年始の休日がある。最後の一日しっかりと頑張って行こう。

 

下に降りて早速朝ごはんを作らないといけない

 

本日の食材は卵とウインナー、これでをメインで朝ごはんを作って行く!

 

弁当はおにぎりとかで良いだろうさ。パパっと作ろう。パパだけに……これ、何処かで使ったら娘たちの爆笑が取れるのでは?

 

大事なのは使いどころ。これ、絶対使おう。

 

味噌汁なんて、買い置きの味噌にほうれん草と玉ねぎ入れてそれっぽくして完成だな。後は卵焼きとちょこっとオシャレなたこさんウインナー。

 

よし、出来た。早い所コタツ上に並べて俺は仕事があるから先に食べてしまおう。寝癖直し、顔洗い、歯磨きなどをして再びリビングに戻ると寝癖でアホ毛になっている千春が心配そうな顔で待って居た。

 

「お兄さん……大丈夫なの?」

「おかげ様で、心配してくれてありがとうな」

「ああ、うん……」

「魁人さん、大丈夫っスか!? 朝から無理してないっすか!?」

 

 

いつの間にか千冬も起きていたようだ。後ろに居たので少しビックリである。

 

「心配してくれてありがとう。皆の気遣いのおかげで元気なった」

「そうっスか……元気なら良かったっス」

「いや、本当に昨日はすまん。コタツの電気ちゃんと消してて偉いな」

「それは、はい……」

「何か元気ないけど大丈夫か? 千春も千冬も」

「その、普段お世話になってるのに、いつも何もできなくて、昨日何もできなかったから……それが申し訳ないッス……」

「うちも同じく」

 

 

そんなに重く考えなくても良いと割り切って良いぞとそれをそのまま伝えるのもありかもしれない。だが、そこにあるのは俺の感情だけ。

 

言葉を選んだ方が良いんだろう。

 

「あー、その、心配してくれるだけで俺は嬉しいんだぞ?」

「でも、秋姉は看病をしたのに千冬は何の役にも立っていないっス……」

「……今、この瞬間まで俺が元気になった時まで心配してくれて、気遣ってくれただけでそれは凄い感謝するべき事なんだ……それが何の役に立ったのかと言いたそうな顔だがそういう思いやりが俺の活力となるんだ」

「「活力?」」

「そうだ、二人の思いは無駄じゃない。何の役にも立ってないことはない。俺の仕事でもモチベとか単純な元気に大いに尽力をしているんだ。二人からしたら大したことじゃなくても俺からしたら大した事なんだ」

 

そういう話を前に一緒にしたよなと千春に視線を送る。相手に教えたことでも自分では気づかない、忘れたり見失ったりすることなんてよくあるだろうさ。それを互いに教えあえるってなんかいいな。

 

「っ……」

 

千春は軽く頷いた。あとは千冬にもう一押しだろうか。何か納得のある父として大々的で記憶に残るようなことを言いたい。

 

 

「千冬、心配してくれてありがとう。俺は本当に嬉しい。だから、そんなに自分を下にするな。千冬は自分を過小評価するのが悪い癖だぞ」

「そうっスかね……」

「そうだ。謙遜も行きすぎると嫌味になるから気を付けるように。まぁ、その、一番言いたいのは気付かないうちに千冬は俺を支えているって事だな。うん」

 

 

あ、やばい、恥ずかしさがこみあげてきた。こういうのって言うのも恥ずかしいけど、間違ってたらどうしようと言う恐怖もあるんだよな。ようは子供にデマ情報を流していると同じだもんな。

 

 

ただ、まぁ、千冬が俺を支えているとのは嘘じゃない。いってらっしゃいと彼女は冬休みに入ってからでも毎日言ってくれる。

 

 

「いってらっしゃいとかお帰りとか、気持ちが暖かくなるんだ。だから、いつもお世話になってるのはお互い様だ」

「……そうなんスか? 千冬のそれが役に立ってたんスか?」

「勿論だ。この眼を見てくれ」

 

 

ジーっと視線が交差する事三秒。互いに気まずくなりそっと視線を逸らした。

 

 

「あー、はい、つまりそう言う事なんだ。だから、昨日以上にいつも支えてもらってるから気に病まないでくれって事だ。分かったか?」

「はい」

「はいっス……」

「よし、じゃあ、俺は仕事に行くからな」

 

そう言って鞄を持って玄関に直行だ。

 

「か、魁人さん」

 

 

直行した俺を千冬が追いかけてきた。パジャマ姿の茶髪碧眼の可愛い千冬。しっかりした一面しか見せない普段の彼女とは違い寝癖でアホ毛が一本立っている。そのことが若干恥ずかしいのか、僅かに赤面したまま天使のような微笑みで口を開いた。

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

……普通に元気が湧くんだけど。尊いな、これが娘の力か……

 

「いってきます。二人とも頼んだ。知らない人が来たら絶対にドア開けちゃダメだぞ」

「は、はいっス」

「うん」

 

 

 

鍵を開けてドアを開けると日差しが差し込む。

 

 

「お兄さん行ってらっしゃい」

「おう」

 

 

普通に元気が湧くんだけどパート2だな。しかも効力二倍。

 

 

太陽が眩しいぜ。まるで俺のパパとしても成長を祝福してくれているようだ。パパレベルが2ぐらいは上がったかな?

 

 

よし、最後の仕事を頑張るぜ。俺は車に乗って出社した。

 

 

◆◆

 

 

「魁人さん……」

「千冬、うち達役に立ってたみたいだね」

「うん……嬉しいっス……」

 

千冬はお兄さんとのやり取りの余韻に浸っているようだった。そして、両手を胸の前で合わせてまた微笑む。

 

うん、純度100パーセントの尊さ。

 

 

「そろそろ、夏姉と秋姉を起こさないとっスね」

「そうだね」

 

 

うちと千冬の頭の上にはアホ毛が一本立っている。あ、もしかして久しぶりの姉妹全員寝癖アホ毛ビンゴが本日出るかもしれない。

 

 

これは早い所二人の頭を確認しないと。

 

うちと千冬はそれぞれ微笑みながら二階に上がって行った。

 

うちは寝癖が楽しみだが千冬が微笑んでいるのもそれが理由なのかなぁ? ……そうだよね?

 

僅かに変な考えをしたが思考を取っ払って二人が寝ている部屋に突入した。

 

 

 

 




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26話 年越し前

感想等ありがとうございます


「へぇ、じゃあアイツ風邪治ったのね」

「うん。お兄さん元気ハツラツで仕事行ったよ」

「おー、それは良かった!」

 

 お兄さんが出社した後に千夏と千秋が起きてきて、四人で朝ごはんを食べながら会話を弾ませる。

 

 うち達の頭の上にはアホ毛が立っている、いつもなら歯磨きをして身だしなみを整えて朝食だが、本日は着替えて歯磨きをして顔を洗った。髪だけは少しだけこのままで放置したかったからだ。

 

 ふふふ、寝癖ビンゴ揃った……ピンクとゴールド、シルバー、ブラウンのアホ毛ビンゴ。

 

 

 何という記念すべき日であろう。ビンゴビンゴ、皆揃ってビンゴ♪ ウー♪

 

 思わず歌いだしたい所であるがそれをしてしまうと姉の威厳が損なわれてしまうのでそれは止めておく。

 

 朝ごはんを食べて、流石にアホ毛は直すことにした。水で髪を濡らした時のアホ毛のぺたりと水圧に負けて倒れる瞬間は悲しかった。

 

 ――ああ、さらば、うちのアホ毛……

 

 

 

 さて、アホ毛を直した後は勉強の時間である。例の如くうちが三人にアドバイスをしながら進めていく。教える時に肩と肩がある瞬間が幸である。

 

「千春、ここ分かんない」

「うんうん、どれどれ」

「春、ここちょっと見て」

「うんうん、いいよいいよ」

「……」

「千冬? どこか分からない所は?」

「無いっス」

「おー、流石千冬だね……」

 

 

でも、少し悲しいなぁ。千秋と千夏は聞いてくれるのに千冬は自分の力で問題を解く。凄い偉いし、誇らしいのになぁ。

 

頼って欲しいなぁ。

 

この感情は何度も思う。姉妹に頼られたい、でも成長はして欲しい。この感情は矛盾しているんだろうなぁ

 

 

「あれ? ここって……」

 

千冬の止めどなく動いていた綺麗な神の右手が止まる。これは姉のお世話チャンス

 

「あ、そこ分かんないの?」

「はいっス」

「あのね、そこは」

「あ、いや自分でやるっス」

「だ、だよね……」

「……」

 

成長するチャンスを奪うのはダメだよね。ショボーン……なんだか一気に元気がなくなった。でも、妹の自分で頑張ろうと言う素晴らしい姿が見えたので元気になる。

 

「その、春姉……千冬が自分でこの問題を解くから、そしたら答え合わせ一緒にして欲しいっス……」

「……うんっ、しよう! 全問しよう!」

「あ、いや、それはちょっと……」

 

 

流石千冬だなって。うちの心境を分かって絶妙な案を提案してくれるなんて、嬉しいなぁ。こういう接し方もあるんだなぁ。

 

 

この後、互いに正解であったために答え合わせが数秒で終わりちょっと物足りなさがあった。

 

 

◆◆

 

 

 時間が過ぎて、四時頃。もうすぐお兄さんが帰ってくる。そんな中でうち達はテレビを見ている。勉強の息抜きや単純な娯楽を兼ねて最近の姉妹ブームである四時に再放送しているドラマだ。

 

 

 毒舌天才執事とお嬢様の推理物。ソファに姉妹ならんで黙ってただただ画面を見るだけ。面白過ぎて何も言えないのだ。

 

 

「……おおー、そう言う事か……」

 

 

 千秋だけは偶に声を漏らしたりもするが基本的に部屋にはテレビの音だけ。ドラマが終わると一気に場の静けさが消える。そして、面白かったと全員が余韻に浸る。

 

「いやー、流石ね。私もあんな結末になるなんて予想もつかなかったわ」

「我には全てがわかっていたぞ。最初から怪しかったからな」

「嘘つけ」

「嘘じゃないし、始まって一分でわかったし」

「いや、犯人が出始めたの始まってから五分くらいたってからだけど?」

「……」

 

 

千夏と千秋が早速感想を言い合いっこ、うらやましい。うちは千冬としよう。

 

「千冬、どうだった?」

「面白かったっス。犯人のトリックも巧妙で興味深いもので」

「そうだね」

「答えが出た時のあの小骨が取れたような爽快さが溜まらないっス」

「推理ドラマってそこが良いよね」

 

 

やはり、ドラマは面白い。しかも平日毎日どんどん更新してくれるから再放送はお得感が凄いな。普通に放送しているドラマより若干の特別感もある。

 

まぁ、そんなことよりももっと特別感があるのが千冬と感想を言い合えたと言う事なのだが。

 

よし、今度は千夏と千秋と感想を言い合いっこしよう。今はまだ二人で話しているからちょっと待機。

 

 

「はぁ、あの女優の美しさも魅力の一つよね」

「そうだな、確かにあの女優は可愛い」

「可愛いって言うより美しいって感じだと思うけど……まぁ、ここの部屋にも彼女に負けず劣らずの美人が居るわよね」

「……誰の話してるんだ?」

「あらあら千秋、眼が汚れているんじゃないかしら? ほら、ここよ、ここ」

「……どこ?」

「ここよ。ここ」

 

千夏が自分を指さす。確かに千夏は少年週間マンガの表紙を飾るくらいの美人であるが、千秋はまだそれを知らないようだ。

 

「……え? 素でどこ?」

「ここよ!!」

「……」

 

千秋が首をかしげながら千夏の後ろを見る。指が指している場所が千夏を貫通していると思っているらしい。

 

「おい、こら。ワザとでしょ?」

「え?」

「え? じゃないのよ。これはお仕置きコースね」

 

 

千夏は千秋の後ろに回り込んで抑え込みつつ、わき腹をくすぐり始める。綺麗で美しい指を滑らかに生きた蜘蛛のように動かす。

 

「ほれほれ、」

「あ、ちょ、やめ、て、それ、ダメな奴。ククク、アハハ、ちょ、ちょと千夏」

「ほら、ごめんなさい言ったら一分で終わらせてあげるけど」

「ご、ごめんなさい。ワザとやってましたぁ! アハ、だか、ら、や、やめてぇ、らめ、そこぁ、クク、アヒヒ」

 

 

ジタバタと手足を動かして、笑いが止まらない千秋。是非ともうちも体験してみたい。

 

「春姉、何か変な事考えてないっスか……?」

「全く考えてないよ。うちも体験したいとか全く思ってない」

「いや、思いっきり思ってるじゃないっスか……」

「いやいや、思ってないよ」

 

 

眼福だなとただただ思う。

 

 

「やっぱりわざとなんじゃない!」

「ご、ごめんよぉー」

 

 

優しい千夏はそれから一分ではなく十秒ほどでくすぐりを終了させた。あれ、うちもふざけた事言えばやってくれるかな……前みたいに。

 

 

「はぁはぁ、クソ夏コラ! 許さないぞコラ!」

「はい? 呼んだ?」

「あひゅ!」

 

 

千夏は千秋の首元を指先で僅かに触れる。それだけで千秋は声を上げた。

 

「くすぐった後にアンタの体が過敏になるのは知ってるのよ、ほれほれ、ツンツン」

「ううぅ、もうやめろ! 今日は我の負けで良いから!」

「なら良し!」

 

一体いつの間に勝負になっていたんだろう。でも、なんか仲良さげだから問題ないよね。

 

「毎回思うっスけど夏姉って……やり過ぎじゃ……」

「あら? これでもかなり抑えてるわよ」

「ええ? そうなんスか……? ……やっぱり夏姉はドエス……」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何も」

「そう……冬もくすぐってあげよっか? 前みたいに?」

「い、いや、それは勘弁っス!」

「遠慮しないで良いのに。前は喜んでたじゃない」

「……そんな時期ないっスよ……いや、本当にちょっとだけあったっスね……」

 

 

千夏がくすぐりを始めてやったのって寒い冬の日だったなぁ。狭い古い部屋で面白いことなくて暇でそんな時、ふと思いついたように急にそれをやり始めた。

 

寂しくて、寒い。そんな悲しい感情を一時忘れられた。多分だけど、あれは狙ってやってたんだろうなぁ。うちもやられて、千秋も千冬もやられてやり返したりもした。あの時の事は忘れない。

 

お腹から笑って汗をかいて体が暖かくなった。だけど、それ以上に心が暖かかった。

 

何だか、懐かしいな。今ではその喜びも薄れてしまう程に幸福だけれでも

 

 

「千夏、うちにやって」

 

 

 

やっぱりくすぐって欲しい。

 

 

「ええ? 春はちょっと……」

「なんで? 姉にやってよ」

「春って、その、私の期待してる感じじゃないんだもん……なんか、リアクション薄いって言うか」

「アハハは! これでどう? これくらいで笑うよ?」

「う、うーん……キャラ崩壊してるし、今回は止めておく……」

「そ、そんな、姉と妹の大事なコミュニケーションなのに……」

「そ、そんな落ち込む? わ、分かったわよ、ちょっとだけね?」

「是非」

「……落ち込んだふりしてたわね」

 

 

千夏がしてやられたと言う表情でうちのわき腹をくすぐる。ふふふ、姉は強しなんだよ。千夏。

 

「何だか、懐かしくて嬉しいな」

「これが?」

「そう、これが」

「ふーん……」

 

ぶっきらぼうに返事して彼女はすぐにくすぐりを止めた。僅かな時だったけど懐かしく嬉しかった。だけど、あの時ほどの幸せではなかった。

 

――酷い環境ではあの瞬間は煌めいたのだ。

 

辛い物を食べた後に甘い物を食べるとその甘さをより一層感じられる。だけど、甘い物を食べた後に甘い物を食べても甘いけど、前者には劣る。

 

今どれだけ幸せなのも再認識した。当たり前になりつつあるこの日常にもう一度感謝をしないといけないのだろう。

 

お兄さんに感謝をしないと……

 

 

そう考えていると辺りが暗くなり始めている。家のシャッターを閉めないと、最近うちが覚えたこの家の仕事をきっちりやって行く。大したことはないけれども。

 

そうこうしていると家のドアが開く音が聞こえる。お兄さんが帰ってきたのだ

 

「カイト! お帰り! 熱下がって良かった!」

「ただいま、千秋のおかげだ」

「えへへ、そうかそうか、我のおかげか!」

「ああ、後は皆のおかげだな」

「そうだな! 千春も千夏も千冬も心配してからその心が伝わったんだな!」

「良い事言うな、まさしくその通りだ」

「魁人さんお帰りなさいっス」

「ただいま千冬」

「お兄さんお帰り」

「ただいま千春」

 

千秋良い事言うなぁ、詩人になれるねこれは。千秋とうちと千冬がお帰りとスムーズに言う中で千夏は上手く言葉で出ないようだ。

 

「ただいま、千夏」

「お、おかえりなさい……」

 

 

あまり上手くは言えないけど千夏もお帰りと言う。眼は逸らしてうちの背中には隠れているけど距離は格段に近づいている。

 

「カイト、お正月だぞ。餅食べたい!」

「そうだな、年越したら食べよう。だが、その前に初詣だな。早起きしないとかなり混雑するからな。帰って来て落ち着いたら食べよう」

「おおー、良いな!」

「何味が食べたいんだ?」

「我は全部だな」

「よし、出来る限り準備しよう」

「おおー! 最高!」

 

 

……千秋、距離近すぎじゃない? 良い事だけどね……うん、良い事だけどね。

 

 

「カイト見て! この宿題のドリル終わらせた!」

「凄いな」

「答え見てないぞ!」

「益々凄い」

「えへへ、偉い我の頭撫でても良いんだぞ?」

「え? 良いの?」

「勿論」

「そ、そうか。あまりそう言う接触はしていいのか悩んでいたんだが……よし、撫でるぞ」

「うん」

 

お兄さんは軽く右手を千秋の頭の上に乗せた。そして、ちょっとだけ撫でる。

 

「宿題頑張って凄いな、千秋」

「っ……」

「あれ? 何か不味かった」

 

 

頭を撫でられた千秋が固まった。その挙動にお兄さんが心配して千秋の顔色をうかがう。

 

「うんうん、違う。初めてでビックリしただけ……カイトの手って大きいんだな……暖かくて安心する……」

「そ、そうか? まぁ、大人だから普通かな?」

「もっと撫でて」

「あ、ああ、いいぞ」

 

頭を撫でで貰う千秋の顔は凄く嬉しそうだった。新鮮な姉妹以外の他者からの愛情。それを知ってまた一歩彼女は大人になったのかもしれない。

 

そして、お兄さんは数回撫でてこれくらいで良いかなと言う所で手を止める

 

「まだ、やって」

「え? まだか?」

「まだまだだ」

「お、おう……ちょっと恥ずかしいな……」

 

 

お兄さん的には少し恥ずかしいらしい。千秋はお兄さんの頭ナデナデをかなり気に入ったようだ。

 

「もう、いいか?」

「まだ」

「ご飯作らないといけないんだ。まだ、後でさせてくれ」

「……分かった」

 

そう言ってお兄さんは千秋から手を離す。お兄さんは撫でていた手を見てちょっとだけ嬉しそうにしていた。

 

 

……うちも千秋の頭を撫でたくなって来た。別にお兄さんに対抗したいとかではない。

 

 

「千秋、おいで」

「ん?」

 

うちが手を広げてこっちにおいでと手招きをする。

 

「どうした?」

 

撫でたいと言う意思表示に手のひらを見せる。これで千秋は分かってくれるだろう。

 

「お、分かった。へい!」

 

パチンと千秋がうちの手にハイタッチをする。違う違うそうじゃ、そうじゃない。

 

「そうじゃなくて頭を撫でたいって事」

「あ、そっちか! どうぞどうぞ、好きにするが良い」

「うん、それじゃあ」

 

 

うちも軽く千秋の頭を撫でた。

 

 

……久しぶりに撫でたけど前より大きくなった気がする。あの時とはもう違うよね。成長してるんだなぁとしみじみ感じる。新しい経験をして、知らない愛を知って、どんどん離れていってしまうような気がして寂しい。

 

 

本当に離れ離れになるときって来るのかなぁ……違う道を歩んでいくときって来るのかなぁ。出来ればずっと一緒が良いよ。

 

ずっと一緒に。四人で……うんうん、違う。()()()

 

 

 




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27話 お正月

感想等ありがとうございます


 年末とは忙しいものだ。大掃除やら忘年会などイベントが目白押しだ。特に社会人にとって忘年会は面倒くさい物だと俺は考えている。特に行きたくも無いのに割り勘でお酒やら食い物を気を遣って飲み食い。

 まぁ、ここばかりは好き嫌いや人間関係の多様さなどによって変わるんだろうけどさ。

 

どちらにしろ、俺は忘年会に言っている暇がないと今年は断った。

 

 

 パパの時間を優先すると言う正当かつ絶対の理由があるからだ。だからこそ現在、布団を外に干している。

 

 

「お兄さん、新聞紙で窓ふき終わりました」」

「ありがとう千春」

「いえ……あとは何をすればいいですか?」

「うーん、特に後はいいぞ?」

「ですが……」

「あー、じゃあ、千秋と千夏の様子を見ててくれ。お風呂掃除してくれてるんだが……」

「分かりました」

 

 

家の窓を開けて空気の入れ替えや窓ふきをやってくれた千春。三角巾を頭に巻いてテキパキ仕事をしてくれる。更に自ら次へ次へと私語を所望するなんて嬉し過ぎるぜ。四人が手伝ってくれているために例年より早く終わりそうだ。

 

千夏と千秋はお風呂掃除。千冬は掃除機を至る所でかけてくれている。

 

俺は布団干しやトイレ掃除などに集中できるから本当に助かっている。自分の仕事に集中していると今度は千冬が俺の側に寄って来る。彼女も頭に三角巾を巻いて髪を纏め、手には掃除機。

 

「魁人さん、掃除機で粗方掃除終わったっス」

「ありがとう。後は休んでいいぞ」

「そうっスか……」

 

 

しっかり者の千冬の事だから粗方なんて言うけど、念入りに掃除したんだろうなぁ。気を入れ過ぎて疲れてるだろう。一旦休んだ方が良い。と思い彼女に言ったのだが彼女は掃除機を持ったままソワソワしてその場から動かない。

 

「あ、あの、魁人さん……」

「どうした?」

「ち、千冬は、掃除を頑張ったっス……多分、一番……だから千冬は良い子で……その、秋姉みたいに頭を……」

 

 

あれ? 天使かな? と思ったら千冬だった。全く、俺の老眼にも困ったもんだぜ。千冬は顔赤くして三角巾をして掃除機を持ったまま俯きながらもチラチラとこちらを見る。

 

俺は彼女の三角巾を外して手をポンと乗せて数回撫でた。千冬は最初はビックリしたのかくすぐったいのか分からないが肩を強張らせていたが撫でるたびに落ち着いて行った。

 

「んっ……えへへ……」

 

 

 

可愛すぎるぜ。頭を撫でると言う行為をやって良いのか分からず、四苦八苦するときもあったが千秋をきっかけに千冬も頭撫でを許可してくれるなんて……勢い余ってパパ呼びしてくれないかな?

 

「千冬」

「ん?」

「パパって呼んでも良いんだぞ?」

「……? 魁人さんはパパって感じがしないっスから……それは千冬的に違和感が残るっス……」

「そ、そうかー」

 

 

娘にパパと呼んでもらうにはまだまだパパレベルが足りないみたいだ。ま、まぁ、しょうがないよな、これから頑張って心を開いてもらおう……

 

パパがダメならお父さんとか、父さんとかでも良いんだがそれはもう少ししてからだな。

 

遠い目になりながらも僅かに未来を幻視する。

 

 

「あ、そろそろ掃除再開しても良いか?」

「も、もうちょっとだけ、このままでっ……」

「わ、分かった」

 

 

千秋と千冬は頭の感触が似ている気がする。あと、笑顔とか……それはそれとして普通に恥ずかしいな……

 

世の中のお父さんたちはこういうことしてるのか? 反抗期とかくる中でどこまで頭とか撫でて良いのか。思春期になるとパパに反抗したり話したくない娘は居ると聞く。

 

父親の情報とかも集めた方が良いのかもしれない。

 

 

「ああー! 千冬ズルい!」

 

いつの間にか、お風呂掃除を終わらせた千秋がベランダに来ていた。

 

「カイト、我も頑張ったぞ! 頭撫でて!」

「頑張ったな千秋、ありがとう」

 

 

左手で千秋の頭を撫でる。最近、これをやる頻度が増えて何だか嬉しい。千秋と千冬の顔ってやっぱり似てるな、姉妹だから当然だけど。

 

目元とか、高い花、笑った時の口元。似てるなぁ……。

 

 

守りたいこの笑顔。

 

 

反抗期来たら俺は大分、萎えるだろうなぁ。ゲームではないこの現実で、知っているようで知らない二人を見ながらそんなことを思った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 新年まであと少し、俺はそんな中でコタツに入ってテレビを見ていた。四姉妹は掃除で疲れているのだろう。すぐに寝てしまった。明日は早起きをして初詣に出かけると言う理由もあるんだけど。

 

 本当に掃除を頑張ってくれた……以前よりも接する機会も会話も増えた。出会ったのは夏なのにもうすぐ年を越す。時間の流れと言うのは速いような遅いような、何とも言えないこの気持ち。

 

 引き取ると決めて、勢いで引き取り、何となくで子育てをしている今。複雑な現在であるのだが不思議と充実以外の何物でないと感じている。

 

 食事も会話も睡眠も何もかもが新鮮で常に何か得るものがある気がする。それが経験値となり自分が変わっている気がする。気のせいかもしれないけど……

 

 

 今日の掃除だってそうだ、新たな経験。娘と大掃除なんて誰にでも体験できるものじゃない。そもそも俺が誰かと掃除をしたなんて学校での班清掃くらいしか記憶にないな。前世ってどんな感じだったっけ?

 

 普通に義務教育をしながらも多少の部活動……中学時代はバレー部で活動。一度も公式戦に出ることなく、高校へ。高校でもバレーをやってたった一度だけ公式戦に出場してそれっきり退部して、そこから『響け恋心』やって、死んで……

 

 ああー、ろくな人生ではない事だけは確かだ。色恋沙汰なんて一切無縁、結婚のけの文字すらない人生。

 

 子供に恵まれるなんてあり得ない。今世の記憶も全てではないがある程度あるが今世も色恋沙汰なんて殆ど、いや全くない人生である事は知っている。

 

 だからこそ、娘に囲まれる生活は本来ならあり得ない。手が届かないような幸せ。

 

 俺は四人に感謝をされている。だが、俺もまた感謝を忘れてはならない。この広い家にたった一人。テレビの音、食器を洗う時の水道の音くらいしか聞こえなかった。だが、最近はちょっとうるさいのではと言う程に声が聞こえる。

 

 それがどれだけやすらぎ、幸福、安心、至福の感情になる事だろう。どれだけ、明日をその日その日を頑張れる活力になる事だろう。

 

 最初は俺が施しを与えるつもりだった。だが、それは今では全くの逆になっている。

 

 四人が起きてきたら真っ先に言おう、

 

 

――今年もよろしくと……

 

 

 

◆◆

 

 

「早く起きろ! 初詣に行くぞ!」

 

 

珍しく千秋が一番に起きて、うちや千冬、千夏を起こすと言ういつもとは真逆のパターン。うち達を起こすと寝癖がついたまま彼女は下に降りていく。楽しみで仕方ないのだろう。

 

いつも通り、身だしなみを整える。髪を纏めて上げたりとかしてあげたり、買って貰った服に着替えて……ある程度を終えてリビングに入る。するとうち達はちょっと珍しいものを見ることになる。

 

「あれ? カイト寝てる……」

 

お兄さんがパジャマ姿でコタツに入って寝ていたのだ。

 

「魁人さんが寝坊って今まで無かったっスね……なんか、起こしたくないっス……」

「そうだね……疲れてるのかもしれないし、初詣はなs……」

「カイトー! 起きろー!」

「秋って遠慮しないわよね……」

 

 

千秋がお兄さんの体をゆさゆさと両手で揺さぶる。千秋は本当に早く狭山不動尊に行きたくて仕方ないんだろうなぁ……

 

 

数回揺さぶるとお兄さんは目を覚ます。

 

「カイト、初詣行くぞ!」

「……あっ!? ごめん! 直ぐしたくする!!」

 

 

お兄さんは大慌てでコタツから出て足をぶつける。

 

「いつっ……」

 

 

そのまま急いでリビングを出る前にクルリとこちらを振り返り寝癖のついた髪のままぎこちない笑みを溢す。

 

「明けましておめでとうございます。今年もよろしく」

 

 

そのまま猛ダッシュでうち達の反応を見ることなく二階に上がっていた。千秋が大声でこの部屋に居ないお兄さんに聞こえるように返事をする

 

「今年じゃなくて、ずっとよろしくな! カイト!」

 

お兄さんの顔は見えないけどきっと笑っているんだろうな。

 

今年もよろしくお願いします。お兄さん。

 

 

◆◆

 

 

「ああー、混んでるなぁ」

 

電車に乗り西武球場前で降りたうち達は本堂でお参りをするために現在、大行列に並んでいる。坂がジグザクに上に続いており、それと同じに人も本堂に向かってジグザクに並んでいる。

 

 

「すまん、俺が寝坊したから」

「いや、カイトのせいじゃないぞ。どちらにしろ並んだはずだ」

「そうっスよ、この人の数じゃあまり大した変わりはないはずっス」

「そうだね」

「……まぁ、そうね」

「ありがとうな、四人共。寒いだろ、これ暖めといたホッカイロだ、使ってくれ」

 

 

お兄さんが黒いジャンバーのポケットから既に暖かいホッカイロ四つ取り出し、うち達にそれぞれ渡す。冷えていた手がじんわりと暖かい。

 

「サンキュー、カイト」

「ありがとうございまス」

「ありがとう、お兄さん」

「……どうも」

 

 

お兄さんは気にするなと一言言った。本堂までの道のりは長い、これで快適に過ごせる。

 

「あったけぇ……これで我の冷えた手に再び闘志がやどるぜぇ」

「新年から見事な厨二だこと……」

「まぁ、それが秋姉っスよ」

「そうだよ、厨二な千秋は可愛くて素敵だよ」

 

 

姉妹で手を温めながら会話をしているとピコンと何やら電子音が。発信源を全員で見るとお兄さんの懐だ。

 

お兄さんは懐からスマホを取り出して画面を見る。

 

 

「お兄さん、どうしたんですか?」

「会社の同僚から挨拶が来たんだ」

「へぇー、そうなんですか」

 

 

そう言えばあんまりお兄さんの仕事の話とか聞かないな。実際どんな感じなんだろう。

 

「お兄さん、仕事場の人ってどんな人ですか?」

「え? あー、名前は佐々木小次郎」

「歴史上の人物と同じですね」

「ああ、なんでも親が佐々木小次郎が好きらしくて、佐々木と言う苗字なら子供の名前は小次郎だと言う理由から佐々木小次郎になったらしい。因みに性格は歴史以下だな」

「そうなんですか……」

「だが、こういう律儀な所もあるから憎めない不思議な奴だな」

 

 

お兄さんは画面にタップして返信を送っているようだ。佐々木小次郎、もしかしてお葬式の時にお兄さんと一緒にいた人かな……

 

そんな事を考えていると千秋がお兄さんのスマホをジィーっと見ていた。お兄さんもその視線に気づいてどうしたと千秋に視線を返す。

 

「カイト、スマホ貸して! 使いたい!」

「ああ、そう言う事か。勿論いいぞ」

「わーい!」

「あ、ちょっと待った! 削除削除……文字変換初期化……」

 

 

お兄さんは一体何をしているのだろう。時間にして数秒お兄さんは千秋にスマホを渡す。スマホなんて今まで使う事なんて無かったから新鮮で未知でワクワクしていることが伝わってくる。

 

「おおー! 動画見て良いか!?」

「いいぞ」

「わーい。えっと、料理動画、それともゲーム実況か……はたまた可愛い動物か……」

「ちょ、ちょっと、私にも見せないさよッ。独り占めはずるいわ」

「千冬も見たいッス……」

 

皆、興味津々だなぁ。やっぱり動画見れたりゲームできたりするスマホは子供にとって魅力以外の何物でもない。

 

千秋が独占して両隣から千夏と千冬が割り込むように覗き込む。

 

「「「おおー」」」

 

三人がなにやら感嘆の声を上げる。一体何を見ているのか少し気になるけど、うちが割り込むと姉の威厳が損なわれそう。

 

「千春は見ないのか?」

「うちは大丈夫です」

「そうか……よし、千秋、使うのは十分交代だ。十分したらスマホを渡して皆で仲良く使うんだぞ」

「分かった!」

 

 

お兄さんはうちの気遣ってくれたのだろうか。お兄さんを見ると列の先を見ていてこちらの視線には気づかない。

 

偶然か、狙ってなのか……どちらにしろ感謝はしないと。

 

「ありがとうございます」

「ん? あー、うん、仲良く使ってくれよ」

 

 

お兄さんは何てことないように言って再び視線を先の列に向ける。そして、まだ先は長いなぁっとため息を吐いた。

 

一方、妹達は列の事なんて忘れてスマホの画面に喰いついている。

 

「はい、次私! 私の番!」

「いや、まだだし」

「私よ、もう十分経ったじゃない!」

「っち」

 

千秋は舌打ちして千夏に渡す。

 

「私はね……魚をさばくやつ見るわ」

 

 

千夏はタップしてそのまま横画面にして動画を見る。暫くすると千冬に交代。ちょっと離れたところからうちは見ている。

 

「千冬は恋愛雑学って奴にするッス」

「また恋愛? アンタ本当に好きね」

「恋愛マスターでも目指しているのか?」

「いや、別に……」

 

 

千冬はそっぽを向きながら動画を再生。何やら真剣に知識を蓄えているが千夏はまだ興味ありげに見るが、千秋は全くと言っていい程興味がないようで欠伸をしている。

 

そして、再び十分が経ってうちにスマホが……おおー、この金属感、僅かな重み、これがスマホ。

 

「春は何見るの?」

「うちは猫の動画かな」

「おおー、我も好きだぞ」

「千冬も猫好きっス」

「じゃあ、皆で見よっか」

 

 

うちは画面の横にする。するとうちと妹の肩と肩が当たる、そして、背中からも体が密着すると言う最高の陣営。

 

猫も可愛い、妹も可愛い、ああ、ここが天国かぁ。列が凄い長いはずなのに天国の時間はあっという間で直ぐに本堂近くまで列は進んだ。

 

本当に楽しい時間はあっという間。浦島太郎の気持ちが良く分かる。あの陣営のままおばあさんになってもうちは気付かないだろうなぁ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、百円玉。これをお賽銭箱に入れるんだ」

 

 

行列に並んで一時間ほど、とうとう本堂まで到着した。後ろにもお客さんが控えている。なるべく早く場所は空けないとな。

 

四人に百円玉を渡す。お賽銭の為だ。お賽銭を賽銭箱に入れて二礼二拍手一礼、四人もお賽銭を入れて目を閉じ何かを願っている。俺は何をお願いすればいいんだろうか。

 

 

実を言うと神様とかそこまで信じているわけじゃない。全く信じていないとも言えないがだからと言って信じているとも言い難い。

 

「ハンバーグと豚の角煮とハンバーガーが食べれますように、あとはパンダチョコと

タケノコチョコとキノコチョコも食べれますように、あとは……」

 

 

千秋、それは神ではなく俺に頼んでくれればいいんだぞ。千秋は声に出すが千春と千夏と千冬は声に出さず黙って手を合わせている。

 

 

何を願っているのだろう。意外と食べ物だったりするのかな?

 

俺はどうしようか。神に頼むつもりはないが……

 

良いパパになれますように……と祈ろう。あとは全員の健康、健全な成長。

 

だが、これって全て俺行動次第だからあまり当てにはしないけど。

 

お願いをした後はすぐさま本堂を離れる、帰りは本堂に来た時とは別の道を歩いて行くとおみくじがある。千秋を見ると目がおみくじしたいと言っているので百円を渡す。

 

勿論、千春たちにも。

 

「お兄さん、良いんですか?」

「いいんだよ。気にするな」

「ありがとうございます」

 

 

二百円でそんな遠慮とかしなくていいんだがなぁ。いや、お金は凄い大事だからそういう所は律儀と言うかしっかりしているなぁとも思うけどさ。

 

「よっしゃー! 大吉! 見て見て! カイト!」

 

 

俺も子供の頃はおみくじが好きだったなぁ。元気よく俺に紙を見せる千秋をみながらそんな感慨深げに過去を振り返る。

 

 

「おおー、凄いな」

 

 

 俺は千秋の広げたおみくじを読んでみる。

 

 ふむふむ、学問、難あり。相場、関係なし。旅行、ドンドン行け。失せ物、いずれ見つかる。商売、関係なし。待ち人、既に捕まえている。

 

おみくじってこんなんだっけ? あんまり引かないから分からないけど……

 

「どうだ!」

「凄いなぁ」

 

エッヘンと胸を張る千秋。さてさて、千春とかはどうだ?

 

俺と同じように気になっている千秋が三人に聞いていく。

 

「千春たちはどうだ!?」

「うちも大吉だった」

「私も……」

「……千冬は吉っス……」

 

 

吉って大吉の次だからそんなに悪くはないんだが自分だけ吉って言うのは嫌だよな

 

「千冬、もう一回引こう」

「え? で、でも」

「気にするな。何度も引いて四人全員大吉にしよう」

 

再び、百円を渡す。

 

「ありがとうございまス……」

 

千冬はもう一度お金を払っておみくじを引く。

 

「あ、だ、大吉……」

「やったね、千冬」

「おおー、良かったな! 千冬」

「良かったわね」

 

どうやら、今度は大吉のようだ。良かった良かった。まぁ、出るまで何度でも引かせるつもりだったけど。

 

 

「か、魁人さん、み、見て欲しいッス……」

「やったな。大吉じゃないか。新年良いスタートきれそうだな」

「はいっス」

 

 

彼女の大吉のおみくじに目を通す。学問、難無し。相場、商売関係なし。旅行、行け。失せ物、見失った時は見つけて貰え。待ち人、既に居る

 

 

 学問問題なしか。まぁ、確かに千冬なら問題なんて無いような気がするな。意外と当たってるのか? でも占いってバーナム効果って奴で誰に対してもそれっぽい事を言うらしいと言う事を聞いたことあるかな。実際どうなんだろう。

 

 まぁ、嘘だとしてもプラシーボ効果で自分は運があると思った方が人生楽しいし、どちらにしても大吉で悪い事は無いな。

 

 

「カイトは引かないのか?」

「あー、どうしよう」

「引くんだ! カイト! カード開封動画見てる気分になって我が楽しいから!」

「じゃ、引くか」

 

俺も百円を払って一枚おみくじを引いて見る。

 

 

「あ、吉だな」

「そうかぁ……カイトは吉か……一緒が良かった……」

「もう一回引こう」

 

 

千秋の顔見たら大吉以外の結果はあり得ない。再度、百円を支払っておみくじを引く。

 

「よし、大吉だ」

「おおー! やったぁ! 全員で大吉だ!」

 

 

千秋の喜ぶ顔が見えて嬉しいなぁ。さて、折角だから大吉に書かれている事でも読んでみるか。

 

学問、導くべし。相場商売、大抵うまいく。旅行、連れていけ。失せ物、その内見つかる。

 

 まぁ、それっぽい事書いてあるなぁと冷めてしまうのは俺が心の荒んだ大人だからなぁ。

 

 待ち人、育成中

 

 ははっ、ふざけた事も書いてあるなぁ。こういうユーモアも最近のおみくじは取り入れているのかな?

 

「さて、千冬、俺達は吉の紙をあの縄に括りに行こう」

「は、はいっス」

 

 

今年引いたおみくじは持ち歩くのが普通らしい、古い物は括り付ける。大きい二つの木の板の間に縄が三本程かかっている。

 

「ここに括るんだ? できるか?」

「は、はいっス……」

 

中々、手こずっているようだな。手伝ってあげたいが俺も括れない。縛れない。紙が破れそう……薄皮一枚繋がった紙で何とか出来た。あと一歩で完全にちぎれてきた。寒くて手がかじかんでしまうから難しい。

 

「千冬、お姉ちゃんあやってあげよっか?」

「これくらい一人で……」

 

千冬も手こずってるな。この寒さや意外に小さいおみくじの紙だとそうなってしまう。

 

「で、できた」

「おおー、千冬器用だな。綺麗に括ってある」

「ど、どうも」

 

俺より綺麗なんだけど。やり直した方が良いかな……いや、別にいいや。時間かかるし寒いし、四人もそろそろ帰りたいだろう。

 

「……よし、じゃあ帰るか」

「カイト! あそこに牛の焼き串売ってるから食べたい!」

 

 

千秋が本堂から少し外れたところにある牛串焼き屋さんを指さす。こんな所にあるのか。西武球場前の駅からここまでにも出店は沢山あったけど。確かに良い匂いが漂ってきて食べたいと言う気持ちが良く分かる。

 

「そうだな、少し小腹も減ったし食べよう」

「わーい!」

 

 

五人で出店のような串焼きやに並ぶ。

 

 

「千秋は牛串でいいのか?」

「うん! あ、でも後はつくねも!」

「千冬はどうする?」

「ち、千冬はお腹空いてないっス……」

「そうなのか?」

「千春は?」

「うちもお腹空いてないです」

「千夏は?」

「同じく……」

 

 

また遠慮しているのか。確かに串は一本500円くらいする、ワンコインって結構高いけど……クリスマスから年末年始は出費がかさむと言う事はパパであるなら誰でも理解している世界の真理だろう。

 

だから、俺は全く気にしていない。

 

「……三人共、千秋を見習うんだ。千秋のような甘え上手を目指せ。俺はもう、正月とは金を使うものだと思っている。だから、遠慮せずに甘えたり強請たりしてくれ」

「じゃあ、クレープも食べたい!」

「いいだろうさ」

 

千秋が真っ先にお願いをする。さて、三人はどうだ? どうする、どうすると言う視線を交差させている三人。

 

「「「……」」」

 

 

まぁ、そう簡単にはね。クリスマスの時もそうだが遠慮しすぎでは? だが、駅までの帰りの道にはお正月と言う事もあり沢山の出店が立ち並んでいる。絶対何か食べたい物は一つあるはずだ。

 

「はい、牛串とつくねお待ち」

「わーい!」

 

千秋がつくねと牛串を両手で持って贅沢二刀流スタイルで食べる。それを見て三人がごくりと生唾を飲んだ。

 

匂いも肉汁も食欲を掻き立てる。そして、なにより美味しそうに食べてる子を見ていると腹が減る。ラーメン番組を見ているときにラーメンが食べたくなる原理だ。

 

「あ、秋……それ、特にその牛串美味しいの?」

「言わないと分からないか? この肉の汁を見よ」

「……一口くれない?」

「カイトに買って貰えばいいだろ?」

「……いや、まぁ、そうかもしれないけど……」

 

 

なるほどな、千夏は牛串の方が食べたいのか。よし、買おう。ワンコインで購入してそれを千夏に渡す。

 

「はい、千夏」

「……良いんですか? これ、高いです……」

「そこはありがとうって言うんだぞ?」

「……ありがとうございます」

 

 

千夏は恐る恐る牛串を手に取る。そのまま小さい口でぱくぱく食べ始める。千冬はつくねの方が気になっているようだからつくねにしよう。

 

「はい、千冬」

「あ、はい……ありがとうございまス……」

 

 

本当は千冬たちからどんどん我儘を言って欲しいけどそれは難しいから、こんな強引な手になってしまった。

 

 

「千春はどうする?」

「うちは……」

「クレープとかあるぞ」

「……でも、千秋に言ったが遠慮しすぎるのも逆に相手を不快にする場合がある。俺は千春が良い事言うのを分かっているからそんなことはないけどさ」

「……じゃあ、あの鳥の塩皮の奴を買って欲しいです」

「渋いな」

 

 

千春がちょっと照れながらメニューの看板を指さす。千春と千夏と千冬は遠慮が癖になってるんだろうなぁ。環境がそう言うのを抑制するのが当たり前だから。

 

「はい、これ」

「ありがとうございます、お兄さん」

 

四人と食べ歩きながら駅の方向に向かう。

 

「千春、それ一口頂戴!」

「いいよ」

「……う、うめぇ。なにこれ?」

「鳥皮だよ」

「そっかぁ。お返しにこのつくね一口あげる!」

「っ……感動。ありがとう」

 

 

微笑ましい。今日は寝坊をしてしまったけど無事に初詣終わって良かったなぁ。プレゼントした服も着てくれてるし。

 

最高のスタートがきれたぜ……

 

四人の歩く背中を見ながら俺はそう思った。

 

 

◆◆

 

 

 初詣に行ったうち達はお兄さんの家に帰ってきた。帰りにクレープやらたこ焼などを食べたのでお腹が膨れている。

 

「う、うーん、今日夕食食べれるかしら?」

「難しいかもね」

 

 

うちと千夏は二階の部屋で着替えをしている。イヤリングを外して簡易な服に身を包む。初詣って凄く楽しい行事なのだと初めて知った。そういえば、千夏のおみくじ大吉だったことしか知らない。

 

「千夏、おみくじどんな感じだったか見ていい?」

「いいわよー」

 

そう言って千夏はおみくじをうちに渡す。正直言うと神と言う存在をうちは信じていない。だが、なんとなく気になった。

 

バーナム効果やプラシーボ効果など頭に浮かぶ。実際神っているのかな? 今日もおみくじって信憑性あるのかなと思いながらも姉妹と同じことをしたいと言う気持ちでお兄さんにおみくじを引かせてもらった。

 

「どうよ、私の強運は」

「凄いね」

 

学問、難あり。相場商売、関係なし。旅行、行った方が良い、失せ物、なし。待ち人、灯台下暗し。

 

あんまりおみくじって引かないけどこういうのが最近普通なのかな? 何とも言えない変わった感じがする。ただ、最初の学問は当たっている気がするなぁ。

 

ここはうちの千夏育成次第かもしれない。結局は自分の努力などが一番大事だけど……

 

それにしても……待ち人、灯台下暗しってどういう事? 人は身近な物に気づかないって意味だけど。ユーモアも最近は取り入れているのかな?

 

 

そう言えばうちの引いたおみくじにも変わった事が書いてあった。

 

 

学問、問題なし。相場商売、関係なし。旅行、行け。失せ物、いずれ見つけられる。ここら辺までは割と普通だなと思った。ただ、最後の待ち人の欄に意味が分からない事が書いてあった。

 

 

待ち人、育成中。

 

 

なに? 育成中って……って思ったけど。ユーモアかぁ……確かに時代は変わりゆくからこういうおみくじが最近の主流なのかな?

 

 

 

「ねぇねぇ、あそこのたこ焼美味しくなかった!?」

「美味しかったね。うち的にはエビの入った奴も好きだったけど」

「そうよね! あとあのチョコバナナクレープ! クリームの量が多くて!」

 

 

千夏も食べることって好きだから、お兄さんに食べさせてもらった今日の食べ物が忘れられないようだ。

 

確かに美味しかった。初めてああいう場で食べ歩きをした気がする。お金に上限があるのが以前だったから凄く自由で楽しかった。

 

ついつい遠慮をしてしまったけど、そこはお兄さんが上手く場を回してくれた。あと、千秋が遠慮しない事で自分たちもしていいのかなと思えたことも今日を楽しめた要因だろう。

 

お兄さんと千秋って凄いなぁ……

 

「ねぇ、あの輪投げはズルくなかった! 我が人形に入ったのに下まできちんと落ちないと商品ゲットじゃないとか、あと射的絶対、重石使ってた!」

 

 

千夏も大分楽しめたみたいで良かったなぁ。ありがとうございます、お兄さん。頭が上がりません。

 

 

 




面白ければモチベーションになるので高評価、感想宜しくお願い致します。


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28話 冬休み

感想等ありがとうございます。


 おみくじ。特に信じてもいなければ、これからも信じるような事は無いと思う。だが、娘信じているのであれば話は違う。

 

「カイト、旅行に行きたい」

 

 

初詣に行って家に帰ってきた後、暫くして落ち着いた時間が取れるとおみくじで旅行に行けと千秋は出たようでそこから行きたいと俺に懇願する。

うーん、確かにおみくじにも連れていけと書いてあったが急にはな。予約とか色々あるし。行くなら良いところに行きたい。それにこの時期はどこも混んでいるだろう。

 

 

「春休みにしないか?」

「うーん……分かった!」

 

 

千秋は良い子だな。旅行は絶対に奮発していい場所にしよう。

 

「千秋、何処に旅行行くか今のうちに決めておこう」

「おおー、そうしよう、そうしよう!」

 

スマホを取り出して千秋にそれを見せる。俺が座っているソファの隣に千秋が座る。

 

 

「美味しい物食べたい!」

「そうだな、北海道のザンギとかいいな」

「ザンギって何だ?」

「北海道版から揚げみたいな感じだな。でもから揚げじゃない。そして凄く美味しい」

「じゅるり……北海道行きたい……」

「食べ歩きなんていいんじゃないか。エビ、ホタテ、いくら、豚丼、ジンギスカン、札幌ラーメン」

「ゴクリんこ……北海道にしよう」

 

千秋、思わず二度も唾を飲んでしまっている。余程、食べたくて仕方ないんだろう。そして、さらにぐうぅっとお腹が鳴る。

 

聞こえないふりをしてあげよう。

 

「あわわわっ……」

 

 

顔を真っ赤にしている千秋を見たらそうするしか選択はない。千秋も幼い言動を見ることが多いが一人の立派な女の子。お腹が減ってなってしまった音は恥ずかしいのは至極当然。

 

「ち、ちがう! 今のは、えっと……げ、げほんげほん。せ、咳だ!」

「そうか、良く分からないが何も聞こえなかったから気にしなくていいぞ」

「そ、そうかぁ、聞こえなかったなら良かったぁ……」

 

 

 

ほっと胸をなでおろす千秋。レディーである娘を尊重するのも父としての役割だろう。聞こえないふり、分からないふり。眼を細めて口元をへの字にして惚ける。上手く行って良かった。

 

 

 

「あ、北海道も良いんだが千春や千夏、千冬にも行先を聞いておこう」

「分かった! 我が聞いてくる!」

 

 

 勢いよく部屋から出て行く千秋。旅行が楽しみで仕方ないと言うのが走り去る天真爛漫な姿から伝わってくる。彼女の元気のよい足音は不思議と心地よい。

 

 そして、あと、笑顔が可愛い。全部ここに持ってかれる。結局、可愛い笑顔が良いんだ。あと、性格も可愛い。ここが重要だ。

 

 

 正直、全国で一番うちの娘が可愛いんじゃないか? と思わず思ってしまう。授業参観で千秋の眩しい姿を見たら他の子が千秋の眩しさで見えないかもしれない。

 

「カイト! 聞いてきた。皆北海道が良いって!」

「そうかぁ、じゃあ北海道で美味しい物を食べ歩きツアーをしよう」

「わーい!」

 

――ぐぅぅ

 

再び千秋のお腹の音が聞こえて、千秋の顔は真っ赤になる。聞こえないふり、口をへの字にして目を細めて惚ける。

 

「あ、あうあうっ……は、はずい……」

 

 

聞こえないふり聞こえないふり。そんな可愛いお腹の音なんて放っておいて、もっと大事なお年玉をあげよう。

 

 

「ほれ、千秋。お年玉」

「え!? こ、ここでか、ああ、ありがとう……」

 

お年玉より乙女のプライドの方が大事らしい。そう言う所も可愛いな。

 

「あと、これ千春たちの分だ。渡しておいてくれ」

「う、うん……」

 

 

千秋にお金の入った可愛らしいキャラが描かれた封筒を渡す。封の所には金色のシールを張っている。千秋は受け取ると恥ずかしさに顔を紅にしながら急ぎ足で部屋を出て行った。

 

お腹相当空いてるんだなぁ。出店でかなり食べたと思うんだが……牛串につくね、たこ焼にエビ焼き、ポテト、クレープ。凄い食べた。一番食べてたのだ。それはもうガツガツと遠慮なしに。

 

千春と千夏と千冬の流石に遠慮しろよと言う視線に晒されても食べたのだ。

 

 

全く、それなのに千秋ときたら……

 

 

 

全く………‥食べ盛りでよろしい! 良いんだよ、子供は食べて成長するんだよ! 食べ過ぎくらいがちょうどいいんだ!

 

 

こっちも奢りがいがあるってもんだ。本当に千秋は可愛いな。一日に何回思うだと言う位、可愛い。自慢できる、何処に出しても恥ずかしくない娘だ……そんな娘がお腹を空かしているのであればすることは一つ。

 

 

俺は台所に向かった。

 

 

 

 

 

可愛い可愛い、白雪姫も嫉妬して、鏡を見れないくらい可愛い、うちの可愛い妹である千秋が顔を少し赤くしながら二階の部屋に来た。

 

 

 

何でもお兄さんがお年玉をくれたから届けれくれたらしい。

 

「お兄さんがお年玉を?」

「うん。くれるって」

「お礼言わないと……」

「我はもう言ったぞ! そして中も見た! 4000円も入ってた!」

「「「よ、四千円!?」」」

 

 

よよよ、四千円も!? 驚いて思わず目を見開いてしまう。うちだけじゃない、千夏と千冬も同様だ。

 

「よ、四千円って大金ッスよね……? そんなに貰っても……」

「そ、そうよ。こんなに……」

「でも、クリスマスの服の方が高いぞ」

「あ、アンタは何でそんなに何でもないような反応できるのよ!」

「我だって驚いたぞ?」

「全然、そんな風に見えないわ! 大金よ! 私達、大金をアイツから貰ったのよ!? さっきも飲み食いしたのに更に施しを貰ったのよ!? 夏から食費とか、筆記用具の補充、光熱費、全部アイツが払ってくれてるのに、ここに来て更にお年玉って!」

「おおー、千夏感謝の気持ちがあって偉いな!」

「そう言う事じゃない! いくら何でも……」

「遠慮するなってカイトは言ってたぞ?」

「だ、だけどさ……何か、引っかかるのよ……」

「だったらカイトにありがとうって言うべきだ。心に引っかかりが無くなるまで感謝を示し続けるべきだ! あとアイツって言うな! カイトか魁人さんか、お兄さんと言え!」

「……な、なによ……急に……」

 

千秋が千夏に真っすぐ視線を向ける。それに僅かに圧倒されて目を逸らす。千夏は以前とは比べ物にならないくらいお兄さんと距離が縮まっている。事情が事情の千夏がそこまでなれたのはお兄さんが良い人で良くしてくれるからと言う事もあるけど、千夏自身も何とか歩み寄ろうとした成果でもある。

 

 

千夏だって頑張っている。色々な所に視点を向けてお兄さんに気を遣っているときもある。それは千秋も分かっている。だから、千秋も無理に二人を仲良くさせようとはしない。

 

でも、真っすぐ好意を貰って、誰かに甘えて真っすぐお礼を言うことも大事だと千秋は知っている。

 

「すまん……千夏も色々あるのは知ってる。千冬も千春も大人の考えを持ってるのも知ってる。でも、時には頭を空っぽにしてカイトに甘えよう! そっちの方がカイトも喜ぶ、私達も絶対楽しい! 遠慮するより、甘えて感謝しよう!」

「……秋……アンタ……いつの間にそんな事言えるようになったのよ……」

「ふん、当たり前だ。我は何度も転生を繰り返しているからな!」

「意味わかんない……けど、それより前に言ってることはちょっと分かったわ」

「フフフ、そうかそうか。じゃあ、今すぐ行ってこい!」

「はいはい、分かってるわよ」

 

千夏が一番最初に部屋を出る。

 

「千冬、うち達も行こうか?」

「はいっス」

「我も行くぞ!」

 

部屋を出て四人で階段を下りる。降りながら千夏が千秋に話しかける。

 

「ねぇ、千秋、アンタさっき私って言わなかった? いつも我、我、言ってるのに」

「……言ってない」

「あれ? そうだっけ?」

 

千夏は気のせいかと首をかしげているけど気のせいじゃないよ。うちもそれが気になったから。

 

偶々、言葉の綾のように口走ってしまっただけかな?

 

 

僅かに考えてしまいそうになるがリビングの前についたので思考を彼方に追いやる。ドアを開けて中に入ると何やら甘い美味しそうな香りがする。

 

台所でお兄さんが何かを焼いている。

 

「カイト。何作ってるんだ!?」

「ホットケーキを作ってるんだ」

「ははーん、さてはお腹が空いたんだな? カイトは食いしん坊だな」

「あ、ああ、そうだな……」

 

 

お兄さんは返事をしながら目を逸らした。何か、隠してるのかなと思いつつも台所のお兄さんの元に四人で向かった。

 

「カイト、お年玉ありがとう! 嬉しい!」

「魁人さん、ありがとうございまス。大切に使わせてもらいまス」

「お兄さん、ありがとうございます」

「あ、ああ……そ、そんなに一斉にお礼を言われると恥ずかしいんだが……まぁ、お正月だからな」

「正月スゲー!」

 

 

恥ずかしがるお兄さんを目の端に捉えながら隣に居る千夏を見た。千夏は気まずそうに口を紡いでいる。

 

でも、意を決したように空気を吸い込んではいた。

 

「あ、あの、()()()()。あ、ありがとう()()()()()()()……ご、ございます……」

 

千夏、一皮むけた成長の姿を見せてくれたのだがまさかの噛む。だが、そこが可愛い。きっとお兄さんもそう思っているのだろう。額を抑えて千夏を直視できていない。

 

 

千夏は噛んでしまった恥ずかしさで顔が真っ赤に、ぷるぷると震えて金髪が揺れる。うん、可愛い。

 

 

「ああ、どういたしまして……」

 

 

お兄さんもぎこちない笑みで俺を言う。そして、千秋は大爆笑。

 

「アハハハh! バッカでぇ! 噛んでやんの!」

 

――ぐぅ

 

「ひゃ!?」

 

可愛いお腹の音がなって今度は千秋の顔が真っ赤になる。千秋は何も言わずに下を向く、千夏も下を向く。静寂が支配する中で千冬は自分は何も知らないとそっぽを向く。

 

 

「さぁ、ホットケーキを食べよう」

「「は、はい……」」

 

 

優しいお兄さんのおかげで何とか、場の気まずい雰囲気が霧散する。その後はホットケーキを皆で食べた。ただ、うちと千冬、お兄さんはあまり食べずに殆ど千秋と千夏が食べた。

 

あんなに食べたのに……

 

 

全く、千夏と千秋は……

 

 

全く……いっぱい食べる二人が好き! 育ち盛りだからね。甘えても良いって分かったんだし、少しくらい食べても問題は無いよね。

 

何だか、千秋のおかげで皆、成長した気がする。今日一日を通して甘え上手の千秋を見て、あの熱い言葉を聞いて、もう少し甘えても良いと分かった気がする。

 

 

だから、今日のMVPは……千夏と千秋と千冬。

 

 

結局、全員可愛くて全員成長した気がするから全員だ。うん、新年早々、うちの妹達は可愛いい。

 

年越し前より可愛く見えるのだから不思議だ。

 

きっと、これからどんどん変わって可愛くなるんだろうなぁ。楽しみで仕方ない。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 お正月と言えば、何を思い浮かべるだろうか。カルタ、駒や凧揚げ、福笑いだろう。

 

「カイト、正月らしいことして遊ぼう!」

「うーん、鉄のカスタマイズできるコマとか、トランプならあるけど……カルタと普通のコマは無いんだよな。それでよければ」

「おー、じゃあみんなでトランプやろう!」

 

 

トランプって正月らしいのかな? まぁ、それはそれとして折角娘との接する機会があるんだ。

 

――ここは俺の偉大な背中を見せるチャンス

 

 

コタツに五人入って、二階の自室から取り出してきたトランプを出す。

 

 

「さて、何をしようか?」

「えっと、神経衰弱!」

「千冬もそれでいいっス」

「私も……」

「うちもそれが良いです」

「カイト! 本気で勝負だ!」

 

 

さてさて、ここで手を抜いて娘を勝たせると言うのも一つの手だ。だが、千秋もこういっている、さらにここでそんなことをするのは何か、カッコ悪い。

 

やはり、娘に見せる姿はカッコよくないと。そうすればきっと……頭の中では四人の娘が目をキラキラと輝かせているのが浮かんでくる。

 

 

 

 

『ええ! カイト凄~い! カイト本当に凄い! あ、カイトじゃなくてパパ凄い!』

『魁人さん……いや、お父さん……流石っス」

『やるじゃない……まぁ、私のパパなら当然だけど』

『うち感動したよ。パパ』

 

 

――このトランプにはパパになる必勝法がある

 

 

ここでカッコいい姿を見せてパパレベルを上げよう。

 

そして、神経衰弱が始まった。ルールは千冬、千秋、千夏、千春、俺と言う順番。カードの数字が揃った場合はもう一度カードをめくれる。

 

普通のルールだ。

 

 

だが、記憶力なら誰にも負けない自信がある。

 

 

先ずは自分の引いたカードは若干斜めにして、さらに四人がめくった所を場所法で効果的に記憶していく。場所法は世界の記憶力比べとかでも使われていると聞いたことがある。

 

場所と情報を関連付けて覚えることで記憶力がアップするらしい。

 

5はトイレ、3は下駄箱……

 

 

「「「「……」」」」

 

 

そして、必勝法を使いゲームの最終スコア。

 

俺、40。千春6。千夏2。千秋0、千冬6。チートを使いすぎたな。でも、これで尊敬の念を出さざるを得ないだろう。フフフ。

 

「カイト、大人げない……ずっと俺のターンで我は全然楽しくない」

「え!? で、でも本気でやれって」

「確かに、魁人さん……大人げないッス……」

「うん……魁人さんもう少し手加減した方が良いと思いました……」

「お兄さん、うちも流石に……やり過ぎだと思いました」

 

 

……次からは手を抜こう。娘の冷めた目に晒されて、俺は嫌われたくないからトランプで程よく勝負することを覚えた。

 

 



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29話 三学期

 充実した冬休みが終わり学校へ再び行く日がやってきた。案の定と言うべきか、冬休み中に体内時間が少しずれていたせいで千秋と千夏の目覚めが悪い。なるべく休みに入る前と同じような生活を心がけてはいたのだがやはり長期の休みになってしまうと僅かに狂ってしまうし、こちらも甘やかしてしまう。

 

 ついつい朝の十時くらいまで寝かしてしまったのだ。

 

 

だが、千冬は直ぐに起きて布団をたたみ二人の起こすのを手伝ってくれる。やはりしっかり者である。

 

うちも姉として鼻が高いなぁ。

 

 

「ほら、秋姉」

「んんっ……学校行きたくない」

「そんなこと言わずにほら、起きるっスよ」

「ううぅ、寒い……」

 

 

無理やり掛布団を剥がして千秋を起こす。千冬も心を鬼にして千秋を起こしているんだろう。うちも寝顔が可愛くてずっと見ていたいけど、鬼になり千夏を起こさないといけない。

 

「千夏、起きるんだよ……朝なんだよ。今日から学校だよ」

「……んー」

「……ごめんね、日光……」

「ぎゃあぁあああ!!」

 

 

 

日光が苦手の千夏をの当たる元へ。千夏の叫びが響き渡る。いつものように千夏をうちは起こした。

 

 

◆◆

 

 

 

 久しぶりにバスに揺られながら学校の最寄りの駅に向って行く。千秋と千夏は欠伸をして目をこする。

 

 いつもより足取りが遅く瞼も重い二人。冬休みの宿題や絵の具セット色々持っているから肉体的にも負担が大きい。それが余計に気分を重くしている。

 

 

 だが、そんな中でも体に鞭打って最寄りから学校に歩いてく。うち達と同じように他の生徒達も沢山の荷物を持っている。途中で千夏と千冬と別れて教室に入る。

 

 

 以前のように席につき、荷物を置く。千秋も同じように席について荷物を纏めていた。

 

「おっす、千春」

「桜さん。久しぶり」

「ひさしー、どうだった? 休み」

「凄い充実してたよ。狭山不動尊に初詣も行ったし、新年になって妹もますます可愛さが増すし。桜さんは?」

「俺も充実したぜー。旅行行ったし、映画見たし」

「へぇー、それは良かったね」

 

 桜さんと久しぶりに話して何となく学校の調子を取り戻することが出来た。二学期でも思ったけど桜さんとは同じ穴の狢なような気がするから仲良くできる。

 

 

「ふぁ」

 

 

 前では千秋が欠伸をしてコクコクト頭が眠そうに揺れている。

 

 

「千春の妹って、二学期の時もそうだけどよく眠そうにしてるよな」

「そうだね、ちゃんと睡眠は確保するようにしてるんだけどやっぱり休みで少し体内時間がずれちゃったし、若い時はいくらでも眠れるからね」

「言う事が子供っぽくないな……」

 

 

 うちと桜さんが会話していると千秋に例のあの男が絡んでくる。年が明けて、新学期になっても奴には関係ないようだ。

 

「おい、久方ぶりだな」

「ん? あー、短パン小僧か。何か用か?」

「別に? どんな貧相な冬休みを過ごしたか聞いてやろうと思っただけだ」

「そうか……凄い充実な冬休みだったぞ。初詣も行ったし、クリスマスも楽しかったし、トランプもしたし」

「へっ、その程度か。俺なんかハワイ行ったんだぜ」

「おおー、凄いなぁ」

「ふん、俺の父ちゃんが凄いんだ。お前の父ちゃんと違ってな」

「……そうか」

「お前の父ちゃんってどんな奴なんだよ」

「特に言う事もない。ただ、我の保護者はカイトだ。カイトが全部面倒を見てくれている」

「ふーん、まぁ、そいつより俺の父ちゃんの方が凄いけどな」

 

 

 

千秋になんてことを言うんだ。短パン小僧、何故いつもそうやって千秋に絡む。千秋がそう言ったら何だとと言って追いかけまわしてくれるとでも思っているならそれは大きな間違いだ。

 

そんな子供のような事は千秋はしない。

 

よそはよそうちはうち。それくらい普通だ、比べることじゃない。そもそも、千秋にあまり両親の事を思い出せないで欲しい。

 

怒りに肩を震わしていると桜さんがうちの肩を叩く。

 

「落ち着け、眼が凄いことになってる」

「落ち着いてるよ」

「握り込んだ手が震えてるぞ。まぁ、気持ちも分かるけど。正って千秋に本当に絡むよな……掃除の時とか絶対千秋の机は運ぶし」

「千秋が可愛くて話したいなら素直に会話すればいい……」

「それが出来ないんだろ……正ってそう言う感じだし」

 

 

千秋は西野に話しかけられても特に何か特別な反応をする事は無かったのだが、お兄さんの事が話の主軸になった瞬間に目つきが変わった。

 

 

 

「カイトの方が凄いぞ!」

「な、なんだと?」

「カイト料理上手いし、運転免許ゴールドだし、左右確認鬼のようにするし、綺麗好きだし、マンガも持ってるし!」

「俺の父ちゃんもそれくらい出来るっての。それに俺の父ちゃん、運動何でも出来るし」

「ふん、カイトだって出来るもん」

「じゃあ、今度の授業参観、二分の一成人式が終わった後にある大人バレー球技大会でどっちの親が凄いか勝負しようぜ」

「い、いいだろう……や、やってやろう」

「あとで、吠えずら……ッ!?」

 

 

西野がうちの視線に気づく。ゾクリと背筋を振るわせて千秋から離れて行った。三学期初日からこんな目つきになってしまうとは。

 

元々だけど。

 

そう言えば、お兄さんって運動できるんだろうか?

 

 

「ち、千春」

「どうしたの?」

「カイトって運動できるのか?」

「さぁ……うちにも分からないなぁ」

「ど、どうしよう。勝手に勝負することにしちゃった……」

「う、うん……ま、まぁお兄さんって何でも出来る感じだし」

「そ、そうだよな。カイトなら運動できるよな!」

「た、多分……」

 

 

千秋もその部分は気にしているようだ。僅かに心配そうに顔をあわあわと慌ただしく変化させている。

 

 

「まぁ、大丈夫じゃない?」

「むっ、お前はブロッサム」

「ぶ、ブロッサム?」

 

 

先ほどまでのやり取り、そして千秋とうちの会話を全て見ていた桜さんが声をかける。

 

 

「良く分からないあだ名付けられてのが気になってしょうがないけど。バレー大会って住んでる地域事にチーム組んで緩くやる奴らしいし、勝負って雰囲気にもならないでしょ」

「おおー、ブロッサム!」

「ブロッサムね……別にいいけどさ」

 

 

 

桜さんの鶴の一声で心配が事が強い風の日の新聞紙のように吹き飛んだ。それなら安心だと千秋はほっと一息。安心すると再び眠気が襲ってきたようでうとうとし始める。

 

 

その雰囲気で千秋は始業式でもうとうと、学期初の授業でもうとうと……うちもちょくちょく、肩をポンポン叩いたり、小さい紙に質問を書いたりして眠気を削ごうとしたのだが……

 

ついに先生にバレてしまう。

 

 

「千秋さん、起きなさい」

「はぅ!?」

「今寝ていましたね?」

「い、いえ!? 寝てません!」

「ですが、今目を閉じてたようですが?」

「そ、それは……あ! 世界一長い瞬きをしてました!」

「なるほど、面白いから許します。次から気を付けるように」

「よっしゃ!」

 

 

流石千秋。機転が利くとはまさにこのことなんだろう。だが、再びうとうとし始める。勉強が詰まらないと言うのも理由にあるんだろう。冬休みお兄さんと一緒に遊んでるときは一切眠くならなかった。

 

千秋は集中力がない訳じゃない。寧ろ、一度ハマったらかなり入れ込むタイプだ。クリスマスカードも一番集中して長い時間をかけていた。

 

多分、勉強もその気になればかなり出来ると思うんだけど……人には向き不向きがあるのは当たり前だけど……

 

 

出来れば、千秋にも、勿論千夏にも勉強を出来るようになって欲しい。かと言って無理やりは出来ないし。

 

新学期になった事だし、心機一転勉学にも励んで欲しい。でも、嫌な事はさせたくない。

 

 

難しい、妹達とどのように接すればいいのか分からない……三学期はイベントも多い。授業参観は特に大きいと言っていいだろう。

 

そう言えば、授業参観の前に縄跳び大会もある。

 

何だか、色々波乱万丈な三学期が始まったような気がした。

 

◆◆

 

 

 

 冬休みが終わり四姉妹は学校へと再び通い始めた。休み中に出来た癖は中々抜けないようで起きて準備するのに四苦八苦するのはこちらも思わずにっこりだ。

 

「なぁ、冬休みどんな感じだったんだ?」

「特にこれと言って変わった事はしていない、よくある家族サービスだ」

「へぇ……あの四姉妹の子達にどんな感じで接してるんだ?」

「どんな感じとは?」

 

 

 仕事場で佐々木は偶に四姉妹の事を聞いてくる。恐らくだが暇つぶし程度に聞いてやろうと言う魂胆しかないのは分かってはいるが俺が冬休みの事をはして、己自身で生活を振り返った時になんらかのパパとしての改善点が分かるかもしれない、よし、話そう。

 

 

「えっと、抱っことかお風呂とかしてんのかなって」

「頭を撫でるのがギリだな」

「へぇ。もっとベタベタするのかと思ってた。子供だし」

「……お前、何か変な事を考えてるな。一つ言っておく。あの子達は小学四年生だ。最近知った事を例に挙げる一般的に父と娘がお風呂に入るのを止めるのは個人差はあれど大体7歳から10歳ごろ。あの子達は丁度その年齢と合致する。小学四年生にも成れば徐々に精神も成熟して色々考えることもある。よく、父親が接してくるのを嫌がると言う娘がいるが同時に嫌がらない娘もいる。だが、嫌がらない子にも父親が接するのが楽しそう等と言うのに気を遣って嫌ではないふりをするケースもあるんだそうだ。だとすると、下手に接触を重ねるのはダメだな。ぎりぎりのぎりで頭撫でるくらいがちょうどいいと言う結論だ。まぁ、これも嫌そうだったらすぐにやめるが」

「お前何歳だっけ?」

「21だ」

「うっそー」

「普通だな」

「いやいや、ちょっとお前怖いわー」

 

 

父親についてエゴサして知っているだけなんだがな……

 

俺は大したことはない。ただ、エゴサをしただけなのだから。まぁ、周りがどう言おうと関係はない。

 

俺は俺なりに頑張るしかないのだ。

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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30話 縄跳び

 冬休みが終わり学校が始まるとすぐにとあるイベントがある。それは縄跳び記録会である。

 

 

 前飛び、後ろ飛び、二重飛び。三つの飛び方でそれぞれ得点を稼いでその合計点上位三つが賞を貰える。

 

 前飛び五分飛べたら5点、後ろ飛び五分飛べたら5点、二重飛び五十回飛べたら5点。前飛びだけは例外として五分飛べて満点だったとしても引き続き飛び続け最後まで飛んだ人をまた別の賞として表彰すると言う。

 

 

 去年は一時間とんだ人が居たらしい。凄いな。と素直に感心した。だが、そんな異常ともいえるような記録をいともたやすく超えてしまいそうな猛者が一人いる。

 

 

「はーははははっ、これが我の(ウィップ)の実力」

 

 

一組と二組、二つのクラスの生徒が体育の時間に体育館で縄跳び記録会の練習をしている。その中に明らかに断トツで軽やかに飛ぶ千秋。

 

 二重飛びが終わらない。一人だけ五十回を裕に超えても飛び続ける。前飛びはこれ以上飛ぶと次の授業に響くので強制終了。体育終わりに挨拶をするために整列をする。千秋の額には僅かに汗が。元気いっぱい。この年になると頑張ることが恥ずかしいとか思う人が居る中でぶっちぎりの一位を取る。

 

 流石千秋。他人に流されない芯の強い女の子だ。

 

 

 

「千秋、凄いね」

「まぁな。カイトが買ってくれたこのなわ……ウィップの力のおかげでもあるが」

 

千秋の手にはピンク色の縄跳びがあった。うちの手にもちょっと遠くで整列している千夏と千冬の手にも同じ色の縄がある。お兄さんが冬休みに買ってくれたのだ。

 

冬休みのお便りを読んで他にも必要な物を買いそろえてくれた。千秋はそんなお兄さんに良い報告をしたいようだ。

 

記録会で一番になり、褒めてもらい、夕食はハンバーグ。そんな事を考えているらしい。

 

 

「千秋ちゃんって凄いな」

「確かに」

「スゴ~イデスネ」

「ふん、あれくらい俺だって」

 

周りでも千秋の凄さに驚きを隠せない人が多いようだ。西野は何やら思う所があるそうだがそんなことはどうでもいい。

 

うちも千夏も千冬も頑張ったけど千秋には及ばない。姉は一番にならないといけないからこっそり練習をしようと心に誓った。

 

だけど……千冬が少し心配だな。運動が苦手であまり飛べていなかったように見えてしまった。それを気にしているんじゃないかとも感じた。

 

後で、出来るだけ早く話したい……

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ああー。千秋飛びすぎ。ドンだけ飛べば気が済むのよ」

「……そうっスね」

 

 

体操着から私服へと着替えた夏姉が呆れたように愚痴をこぼした。席に座り頬杖を突きはぁとため息も溢す。

 

「私、秋と比べたら全然飛べなかったわ」

「千冬もっス……全部一点くらい……二重飛びなんて0……」

「あ、ああ、そ、そうだったの……私も似たようなものだし、運動なんて出来なくても将来意味なんて無いしさ……まぁ、元気出しなさいよ……」

 

 

千冬は全く飛べなかった。沢山の人が飛ぶ中で真っ先に縄に引っかかってしまった。全然、飛べなくて周りの落胆と言うべきか嘲笑と言うべきなのか。特に男子の運動が出来る生徒の馬鹿にするような笑いが聞こえてきた。

 

 

今は秋姉を称える声。

 

「千秋ちゃんって凄いんだね」

「うん、びっくり」

「千春って奴も結構飛んでたな」

「あいつら姉妹らしいぜ。全然飛べてないけど」

「千冬なんて二重飛び一回も飛べてなかったしな。本当に姉妹か? 全然違うじゃん」

 

 

 

姉妹とは顔も似ていて、苗字も同じ。比べやすい。

 

「なによ、アイツら。勝手に比べるなんて」

「しょうがないっスよ……それが姉妹と言うものなんスから……」

「そうかもしれないけど……」

 

 

比べるし、自身でも勝手に比べてしまう。周りは比べるのをやめてくれない。知っていた。これが世間であると。

 

 

「あんまり気にしすぎじゃダメよ?」

「勿論っスよ……」

 

 

夏姉はそう言ってくれる。でも、再び思うのだ。自分に何もない。姉妹との差を周りからも自分でも諭されると急に寂しくなったりする。

 

自分が一番飛べなかった。周りから、自分は才能が無くて姉妹との繋がりを疑われるのが辛い。

 

特別が良いと再び欲が出てくる。自分はそれだけで居るだけで特別だと魁人さんは言った。その言葉に元気を貰ったけど、本当にそうなのかと疑いを持ってしまう。

 

本当の特別とは誰もが届かない圧倒的な物を持っている人ではないのかと。ただそこに居る、それだけでは特別とは言えないのではないか。多分、周りはただ居るだけでは特別だなんて思ってくれない。

 

 

 改めて思う、自分は無能ではないかと。姉妹で唯一特別ではないのではないかと。

 

 

「千冬、アンタ大丈夫なの?」

「ダイジョブっス……」

 

 

 いやだ、そんな風に思いたくない。自分だけ違う、仲間外れのような疎外感を感じたくない。周りからも自分でもそう判断したくもないしされたくない。今からでも縄跳び記録会まで時間がある。

 

 

 秋姉に並べるように……春姉に並べるように、夏姉に並べるように。運動では絶対に勝てないと分かっている。ならば、少しでも近づかないと。ここまで秋姉に運動に勝った事はない。

 

 春姉にも一度も勉強で勝った事がない事を思い出す。

 

 自分には……何も出来ないのか……何も超えられないのか……そう考えると自分の弱さを強く感じた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

デスクワークに勤しんでいると宮本さんに話しかけられた。いつもいつもお気遣いありがとうございますと言う心境しかない。

 

 

「魁人君、最近四姉妹はどうなの?」

「皆、良い子です。気遣いもしてくれますし……」

「そう……あ、前に自分に劣等感を感じてる子が居るって言ってなかったっけ?」

「そうですね。ただ今は落ち着いている感じもしますが」

「でも、子供っていや、大人もだけど何度も似たような悩みを持ってしまうのよ。そう言うのって自分とかではどうしようもないから気になったら声をかけることをお勧めするわ」

「ありがとうございます」

 

 

 

そう言って宮本さんは去って行った。確かにそうだな。一時期よりは落ち着いてるし、毎日楽しそうに生活もしてくれてる。だからと言って以前の悩みを再び持たないと言う理由にはならない。

 

あの子はまだ悩みを解決できてない。俺が言った以前の言葉は綺麗ごとで悩みの解決を引き延ばしただけだ。目の前の壁に登ることが出来ない尻込みしてしまった少女を立ち上がらせただけなんだ。

 

そこに居るだけで、産まれたそれだけで特別だなんて正直に言ってしまえば嘘に近い。

 

俺はそうであって欲しいと、きっとそうだろうと思ってはいるが周りはそんなことはない。常に人と人の才能や結果を比べて忖度をし、評価を下すもの。

 

それに気づいたときに俺の言葉はどうしようもなく薄いものになってしまうだろう。人は周りを気にする。世間を気にする。

 

それらが知らず知らずのうちに自身への評価になってしまうこともある。

 

 

何か、千冬に言ってあげた方がいいのだろうか。でも、それで気分を害してしまったり、平気で平穏だったのに再び想起をさせて波風を起こすのはどうなんだろうか。それは……

 

良くないだろう。冬休みも楽しくて、ここまでも楽しい。それだけで良いのではないか。

 

……それに何を言えると言うのか。以前のような薄い言葉が今度も響いてくれると言う確証はない。

 

千冬は俺に心を許してくれつつある。そんなことをして離れられるのも正直言えば嫌だ。

 

仲良くなりつつ、家族になりつつある和を崩したくはない。

 

 

それならば……だが、逃げで良いのか? でも……

 

 

全く思考が進まない。どのようにアプローチを掛けるべきか分からない。何もかもが分からず淡々と仕事こなすだけ。

 

そうこうしているうちに定時になってしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

私は二階のベランダからこっそりと妹の冬の様子を秋がうかがう。私は隠れて報告を聞くだけ。春も近くで見ているらしいが何も言えずにただ黙っている。

 

冬は必死に二重飛びの練習をして、何度も縄を脚に引っ掛ける。

 

 

「ねぇ、冬はどうなの?」

「ずっと、縄跳びの練習をしてる……」

「そう……秋、アンタはどう思ってるの?」

「……分からない。我の縄跳びが原因ならそれは……でも、謝るのと余計に変な気分にさせる気がする。今度から縄跳びで手を抜いても同じ……だから、何も分かんない」

「……そう。春もこういう時には傷つけまいと行動して何も出来なくなっちゃうし」

 

 

……私の言葉も冬には届きにくい。超能力とか色んな事情があるけど。一番は私はあまり姉妹との繋がりについては悩みがない。

 

冬の感情を深く理解をしているわけではないのに下手に分かっている風を装うのが一番危険だ。

 

 

――お前に何が分かる

 

そう、きっと思われる。体験したことのある人にしか、似たような境遇を受けたことがある人しか分からない物がある。

 

 

 もし、私が冬に超能力って無くても有っても変わらない……なんて言われたらきっと その場で胸倉を掴んでしまうだろう。

 

 

 これって……姉妹である私や秋、春にはどうしようもないのではない事だと思う。もし、この状況を打破出来て冬を良い方向を導けるとするなら魁人さんが一番可能性がある。

 

 以前のテストの時もそうだった。あの人がきっと何かを言った。

 

 

 姉妹ではどうしようもない、出来ない事を関係のないあの人だから何か変わった。いや、違う。それだけじゃない。きっと何かあったのだ。冬の心を揺さぶる何かが。

 

 言葉だけじゃない。才に悩む冬と魁人さんの何かがマッチしていた。これもきっと理由であるはずだ。

 

 

 だから、今回もどうにかしてくれるのではないかと期待をしてしまっている。

 

 

 外が徐々に暗くなり始めた。冬の縄の回す音がずっと聞こえてくる。春の偶に気遣う言葉が聞こえてくる。

 

 

 秋のどうしたらいいのか分からない。ただ、見ているだけで歯がゆさを覚える心が感じ取れる。

 

 

 ただ、何も出来ずに隠れていると車のエンジン音が聞こえてくる。車は駐車していつもの日常に組み込まれている優しい声が耳に届く。

 

「ただいま……縄跳びの練習か?」

「はいっス、もうすぐ記録会があるっスから」

「そう、だったな……何か、あったんじゃないか?」

 

 

魁人さんは何かを感じ取ったように冬に疑問を持ちかける。

 

「……魁人さん、一つ聞いてもいいでスか?」

「なんだ?」

「姉妹って比べられるものっスか?」

「……そうだな。だけど、姉妹だけじゃない、世の中の大体の人は比べられるだろうな。学校で誰かになんか言われたのか? それとも、周りの比べる声が聞こえてきたのか?」

「……はいっス」

 

 

以前なら惚けていたであろう冬は自分から疑問を持ち掛け、相談する。きっと、冬は魁人さんに聞いて欲しかったのだろう。ずっと外で練習をしていたのはただ、記録会に向けて練習をするだけじゃない。誰よりも速く会って話をしたかった。

 

 

「なるほどな。それでまた、自分が大した事のない空っぽだと感じたのか?」

「……はい」

「そんな事は無いと俺は思うんだがな。でも、人それぞれ感じ方もある。何か良いことを言ってあげたいが……そうだな……前に俺が言った事は覚えてるか?」

「覚えてまス……」

「……そうか。覚えてはいるのか。だが、周りの評価は時に考え方も変えたり、するからな……」

 

 

ふと、魁人さんの溢した言葉に私は違和感を持った。私だけじゃない姉妹全員が持ったはずだ。

 

今の言葉はまるで自分の経験のような話し方だったからだ。

 

「魁人さんもそういう事があったんスか?」

「え? どうしてそう思ったの?」

「何となく……」

「……そうか。まぁ、当たりだが……とは言ってもそんな千冬とは境遇とか違いすぎるしな。多分千冬の方が苦労人だし」

「……もし、よければその話……」

「聞きたいのか?」

「……」

「そうか。そうだな……これで何か変わるわけじゃないと思うが何かのきっかけになれば……」

 

 

隠れている私には冬の返事が聞こえないがコクリと頷いたのだろう。きっと秋は共感をしたいんだろう。自分だけではないと思いたい。それを何となく感じた魁人さんは軽い感じで話し始めた。まるで大したことではないと言わんばかりに。

 

 

「昔さ、俺バレーボールやってたんだよね。あ、中学の話ね」

「……そうなんスか……」

「そうそう、あの時、どうしてもレギュラー入りたくてさ。毎日必死に練習をしたんだ。夜に練習とかしたくて顧問の先生とか校長先生とかに頼んで特別に練習沢山した。九時くらいまで毎日やってたかな? 後は体幹とか、その他もろもろ、動画サイトで上手い人のプレー見たり……まぁ、でもそれでもレギュラーにはなれなかったけど」

「え? そんなにやったのに……」

「うん。俺って試合に出ると緊張しちゃったり、元々センスが無かったりでどうしてもレギュラーにはなれなかった。俺より全然練習もしてないセンスのあるやつはレギュラーだったけど」

「……」

「でさ、周りが言うんだよ……アイツ才能ないのに練習して意味ないって。他の奴の方が出来るんだからって」

「……」

「まぁ、その後色々あって、バレー部をやめたんだ。それで高校でもう一回バレー始めて公式戦一回目でやらかしてお終い。と言う話だ。色々省いて言ったけど要するに俺はその時に諦めてしまった。自分は凡人で周りには才能がある奴らばかり。大したことない存在で今までやってきたこと全部が意味ないって」

「……何か、すいません。変なことを言ってしまって」

「ああ、いや気にしないでくれ。俺が話したんだ。それで、境遇は違うけど言えることがある。今後、生きてくうえで絶対に比べられる。その度にきっと千冬は壁にぶつかるんだと思う。今もそうだろ? 何度も同じ壁が立ちはだかる」

「……はい」

「……でも、覚えてくれ。誰かが千冬の頑張りを見てくれている。そして、俺はそれを見て千冬を特別だと思ってるし三人に負けない才能も有ると思ってる」

「え……?」

「何度も頑張ろうとする姿勢、悩んでも立ち上がって向って行くなんて普通出来はしない。一緒に生活して千冬が掃除とか片付けとかコマ目にしてくれてる事に気づいた。勉強も誰よりもしてる。朝早起きしてちょくちょくやってるだろ? 単語帳作って夜一人で英単語勉強してるだろ? 図書室からも色々勉強の本も借りてる」

「……」

「成功者は皆朝に色々やってるデータがあるって言うしな。継続して工夫して頑張り続けるって凄い事だ。少なくともそれが出来る奴は俺はあんまり聞かない。千春も千夏も千秋もしてない事を千冬はやってる。それが特別じゃなくて何が特別なんだ?」

「……ッ」

 

 

 冬の息を飲む声が聞こえた。冬が何よりも求めていた。誰でもない人からの自分だけの個性の指摘。何気ない会話にそれが混ざっていた。

 

 

「もし、それでも自分が劣ってると思っているなら千春を勉強で抜かしてみよう。千秋より縄跳びを飛んでみよう」

「そんなこと……出来るわけないっㇲ……」

「弱気になってしまう気持ちはわかる。でも、今頑張ってるのはどこかに一番になりたいと言う気持ちがあるからだ。俺も分かるんだ。そこだけは。例え無理だと分かっていてもレギュラー発表の時はつい思ってしまう。もしかしたら自分がレギュラーに選ばれるのではと。人は期待してしまうことは知ってるからな」

「……もし、無理だったら? 現実にはどうしても超えられない壁があるっス」

「子供の内は夢を持って進んでいこう。夢の無い現実を知るのは大人になってからで十分だ。千冬は凄くて才能ある特別な女の子だ。やればできる子だ!」

「……」

「……」

「……」

「あ、あの、なにか言ってくれないと俺もどうしていいか……」

「あ、すいませんッス。ただ、ちょっと嬉しくて」

「そ、そうか?」

「はい……頑張ろうって思えて、一人じゃないって思えて、同時にみんな一緒だなって思えたから」

「うん……なら良かった……実は途中から俺も何話してんだかわからなかったんだけど……それなら良かった」

「え?」

「嘘だ。ちゃんとパパとして娘に言う事を筋道立てていたぞ……うん。それより、丁度いい、折角だ。縄跳びの練習をしよう」

 

 

魁人さんはそう言って家の中に大急ぎで入って行く。

 

「あ! 千春居たのか。ただいま」

「お帰りなさい。お兄さん……それとありがとう」

「いやなに、父としてそれっぽい雰囲気を出しただけさ」

 

 

春が魁人さんに感謝の言葉を言った。

 

 

「やっぱり、カイトは良い奴で凄いやつだ。我の眼に狂いなど無かった」

「そうね……凄い人で変わった人ね」

「むっ、変わったいらない」

「褒めてるのよ」

「あ、ならいい!」

 

 

 

凄くて変わった人。いい意味で。心の底からそう思った。今時、あんなことを言える人はいない。

 

父親って……ああいう人が普通なのかな……

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬は自分を特別だと言ってくれる人を求めていた。そして、自分にしかない物を見つけてくれる人を待って居た。

 

 その人は意外と近くに居た。

 

 

 ――はい……頑張ろうって思えて、一人じゃないって思えて、同時にみんな一緒だなって思えたから

 

 

 お兄さんも自分と同じで嬉しくて、特別だと言う事を改めて前より深く知って姉妹一緒だと気づけた。

 

 千冬は決めた。もっと、高みを目指す。勉強も運動も頑張る。春姉も夏姉にも秋姉にも負けないくらい凄くなってやる。

 

 

 「よし、千冬早速特訓だ」

 

 

 魁人さんがジャージ姿で縄跳びを持って家から出てきた。辺りはもう暗いけど千冬に付き合ってくれるらしい。

 

 

 

「先ず、二重飛びを見せてくれ」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんは行動が速い。早速特訓が開始され千冬は縄を回して飛んだ。だが、ドンっと大きなコンクリートを叩きつける音が聞こえて縄が引っかかり一回も飛べない。

 

 

「なるほどな。大体わかった」

「え?」

「千冬は二重飛びをするときに両足の底をついてしまっている。それだと次の縄が来た時に飛べない。なるべくつま先で何度も飛ぶイメージだ。あと、縄の回しも一回飛べれば十分位の回り方で途中で回しが失速している」

「そ、そうなんスかね?」

「そうだ。あとは単純にイメージ不足だ。スポーツ全般に言えるがイメージとはすごく大事だ。よく、思い描くは最強の自分だと言うだろう?」

「そう、っスかね?」

「あれ? 違う? うーん、とにもかくにもイメージだ。そこで縄がない持ち手だけを用意した」

 

 

魁人さんの手には縄がない持ちてが二つ。それを左右の手で持ってくるくると回してつま先で何度もジャンプ。

 

「いいか。ここからひゅひゅひゅん、ひゅひゅひゅん、ひゅひゅひゅんのイメージで何度も飛ぶんだ」

「あ、はいっス」

 

 

「クスクス、何あの人……」

「面白いしかーわーいーいー」

「「……」」

 

 

通りすがりの女子高生らしき人に見られて若干、千冬と魁人さんの雰囲気が気まずくなる。

 

「ま、まぁようはイメージだ。取りあえずさっきのリズムでやってみよう。そして、イメージが出来たら普通の縄で反復練習だ。イメージを持って何度もやれば何処かでコツを必ず掴めるはずだ」

「は、はいっス」

 

 

千冬は早速、持ち手を渡されてそれを回す。イメージイメージ。つま先で飛んで何度も飛ぶイメージ。秋姉みたいに……

 

 

実戦イメトレをしながらチラリと魁人さんを見る。

 

 

――魁人さんって結構カッコいい顔してるかも……

 

 

魁人さんって好きな人とか居るのかな……? もし、居るならなんか嫌だ。居ないなら千冬が立候補を……いけない、変な事を考えている。きっとそんなはずはない。そうだ、そんなことは……

 

……いや、違う。きっと千冬はこの人に……抱いてはいけないものを……

 

 

胸がざわつく。この人の事をもっと知りたい。そう思ってしまった。

 

 

 

 

 

 



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31話 千冬……

 縄跳び記録会。どのように取り組むかは人それぞれだ。たかが縄跳びに何を必死になるかと冷める者、自分には無理だからと最初から諦める者、誰かに勝ちたいと必死に努力する者、ただ単純に頑張る者。大した事の無いイベントのように思えるがそんなことはない。

 

 人の性格や個性がかなり出るイベントである。

 

 

「千冬、もっとこう、アグレッシブに縄を回そう。足の付け根に縄が当たると痛いのは分かるがそれじゃあ、どうしても引っかかる可能性がある」

「は、はいっス」

 

 

 記録会は明日。魁人さんとの縄跳び練習を今日までずっと続けてきた。

 千冬は誰かに勝ちたいから努力をすると言う理由で臨んではいる。だが、

魁人さんとの練習を……少しだけ目的に……

 

 

「あとは慌てない事だな」

「なるほどっス」

「縄跳びはリズムだからな。自分のペースで頑張るのが一番だ」

「……」

 

 

もう一度、縄を回して飛ぶ。

 

 

「おお」

「っ……五回」

「やるじゃないか。凄いぞ! 新記録だ」

「あ、は、はい」

 

 

初めて二重飛びで五回も飛べた。驚きと感動が湧き出るどちらかと言うと驚きが強くてあまり、反応が出来ない。

 

「よし、今日の所はこの辺にしておこう。明日に疲労を残さない為にもな」

「は、はいっス。あ、ありがとうございましたッ」

「俺も運動不足だったから丁度良かったしお互い様だ」

 

魁人さんにお礼を言って家に戻る。二人で玄関に向かって歩く。魁人さんがドアを開けてお先にどうぞと促してくれる、だが千冬は中に入らず途中で歩みを止めた。

 

「どうした?」

「い、いえ、お先にどうぞ……」

「お、おう……」

 

なるべく、魁人さんに今は近寄りたくない。

 

縄跳びやり過ぎて、汗、かいてるから……匂い気にされたりしたら嫌だし……

 

恋の本で読んだが匂いの相性は凄く大事らしい。香りとかで好きになるどうか決まる場合もあると書いてあった、軽く、服の中に空気を通して自身のにおいを嗅いでみる。特に異臭はしない。どちらかと言うと柔軟剤のいい匂いだと思う。

 

良かった……でも、ちょっとべたついてる。

 

 

早くお風呂入りたい。魁人さんに頼んでみよう……

 

 

◆◆

 

 

 

 

 そして、縄跳び記録会の日がやってきた。千冬はこの日の為にずっとお兄さんと練習を重ねてきた。

 

 うちはその姿を毎日、二階の部屋から見ていた。何度も何度も縄に引っかかり、その度に何度も何度も縄を回し始める千冬。お兄さんは的確にアドバイスしたり、スマホで動画を見せたり、しながら支える。

 

 お兄さんの人柄の良さを感じた。そして、千冬の成長も感じて瞳から汗が出てきた。

 

 

 

今、千夏、千秋、千冬がそれぞれ縄を飛んでいる。千冬が一生懸命、前飛びで縄を飛んでいる。今までなら17秒くらいで終わりだったのに、今は47、48、49まだまだ上がって行く。

 

1分と15秒それが千冬の記録。後ろ飛びは57秒、二重飛び6回。

 

昨日の夜お兄さんと練習してた時は5回で新記録だったのにそれを超えて6回。本当に千冬は凄い。

 

……でも、記録だけ見るのであればかなり下位の方になってしまうのが現実。それは千冬も分かってはいるだろう。

 

だけど……千冬は自然とスッキリとした表情だった。周りの評価はもう分かった、その評価を次こそは変えてやろうと前を向いているからだと思う。

 

次こそは次こそは、百回負けても最後に勝ってやると言わんばかりに周りではなく

自分を見ているのだと思う。

 

……多分だけど。

 

それとも頑張って、新記録を出してそのことが成長をしたと言う事が単純に嬉しいのかも、今は成長を誰よりも見てくれて理解してくれる人が居るから……。

 

お兄さんは千冬にとって理解者でもあり、似た境遇を持っているから余計に褒めて欲しいのかもしれない。共感できることは人にとって至福の喜びだ。

 

うちも妹達と共通の事があったりすると嬉しい。寝癖ビンゴ最高だ。

 

千冬もそれと同じ。辛い事、ずっと分かってもらえない、複雑な心境に近しいものがお兄さんにあった事は安堵や希望であったはず、距離が縮まってしまうのは当然だろう。その証拠に最近千冬の様子が変わってきた。

 

髪型を以前より念入りに気にしたり、隙あれば手鏡で自身をチェック。自身のにおいを気にしたり、お兄さんのお手伝いも沢山している。

 

……まさかとは思うけど、察しは付いていたけど、お兄さんに好意を抱いてしまったのでは……。それだったらどうしよう。千冬を取られたくないけど、千冬の自由にさせてあげたい。でも、取られたくないし、でもお兄さん良い人だし。

 

千冬は気持ちを隠しているつもりだろうけどうちは直ぐに分かった。千秋と千夏はお手伝いして偉いなとか、やーい、自意識過剰とか言ってからかったりするくらいである。

 

だが、明らかな千冬の変化に察しの良く色々視野の広いお兄さんはあれ? と言う表情をしていた。だが流石に十歳の千冬が二十一歳の大人である自分に恋愛的な意味で好意を抱くなんて可能性は低いなと思ったのだろう。気にしたのは一瞬だったように見えた。

 

 

 

千冬がようやく会えた理解者……一緒に居たいと思ってしまうのは普通だろう。

 

 

でも、明らかに縮まり過ぎと感じる……

 

お兄さんの事は最初はロリコンとかペド、光源氏狙ってる等と疑いを持っていたが、今ではすっかりその疑惑はなくなった。

 

お兄さんは良い人で優しい人だから。過ごしてきた時間でそれはこれ以上ない程に分かった。

 

 

でも、千冬は渡したくない……お姉ちゃんはまだまだ一緒に居たいんだよ。どうしよう、千冬に何と言えば……応援するなら心の底から出来るようにならないといけないはずだし……

 

……取りあえず、保留にしよう。うちの勘違いの可能性のあるし……

 

 

 

◆◆

 

 

「ああー、縄跳びどうなったかなぁ……」

「そのセリフ、もう十回目なんだが」

「まだ、十回目か……」

「おいおい、仕事をしておくれよ?」

 

 

隣の佐々木小次郎を無視して、ただ只管に縄跳び記録会の事が頭から離れない。千冬は練習を沢山した。だが、そう簡単には行かない事もある。

 

次に次にと、いつかはと切り替えられればいいんだけど……

 

 

「お前さ、もうちょっと自分の事とか考えたら?」

「自分の事か。考える必要はないな。自分の事は大体分かっているからな。体調万全」

「……お前、絶対また体調崩すぞ? 料理位教えろよ」

「馬鹿が。危ないだろう」

「IHなんだよな? お前の家。だったら」

「火は危ないんだ……火傷でもしたら……いやだが、このままと言うのも良くないな。だけどな」

 

 

千夏が包丁のトラウマがあるだろうし、それで三人だけ教えると言うもそれはそれでハブるようで俺には出来ない。でも、料理とか触れた方が良いよな、食育と言う言葉もあるし……包丁を使わなくて安全な物……

 

……フルーチェなら行けるか?

 

いけるな。今度はフルーチェだな。

 

 

ってそうじゃない。縄跳びだ……うーん、親も見に行っていい行事なら良かったんだけどそうでもないらしいし。学校側連絡くれないかな。

 

千冬、大丈夫かな……また、周りに色々言われて悩んでしまう事もあるのではないかと心配になる。

 

 

……でも、信じることも大事か。あんなに練習をしたんだ。きっと何か得るものがあると無駄でないと千冬は感じているはずだ……もし、違くても頑張ったと褒めて伸ばす。

 

次へと足を踏み出せないなら背中を押すくらいの度胸がないとダメかもな……

 

うん、でも心配……

 

 

千冬だけじゃない千秋と千春と千夏もどんな感じだろうか? 頑張ってるのは間違いないだろうけどさ……

 

 

帰りにケーキでも……頑張ったで賞みたいな感じで買っていくか。そうしよう、女の子は甘いものが好きだ。結果に満足いかなくても元気が出るかもしれない。満足いっているなら単純にご褒美に。

 

 

よし、そうしよう。そうと決まれば早く定時で帰宅して結果を聞ききたい。仕事を急いで終わらせないと……

 

絶対に残業なんてしないと言う俺の意思が思考と身体を加速させた。

 

「……急に動きが四倍速になったな」

「そうか?」

 

佐々木はあきれ顔でこちらを見ているがそんなものは気にせず、俺は目の前の業務に集中した。

 

 



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32話 千秋対千冬 やんわり

感想等ありがとうございます。


 俺は帰りの道でケーキ屋に立ち寄った。舌を出している女の子のお店だ。

 

「いらっしゃいませー」

 

 うーむ。千秋は何でも喜んでくれると思うし、千夏も何でも食べてくれる。千春も千冬も甘いもの好きだから何でも食べてくれる。

 

 我が家の娘はいい子達ばかりだからなぁ。何でも美味しいと食べてくれる。ただ、みんな一緒だと面白くないから別種類のケーキを買って行こう。

 

 

 ショートケーキ、チョコケーキ、モンブラン、チーズケーキ、ミルフィーユ。まぁ、こんな所だろう。代金を払い箱詰めされたケーキを貰う。

 

 

 どれを食べるかはジャンケンだな。

 

 

 喜ぶ顔が目に浮かぶようだなと思いながら車を走らせる。

 

 

 縄跳びの結果が気になる。全員気になるんだが特に千冬……、あんなに練習をしたんだ。それは分かっている。でも、どうなるか。

 

 迷いながらも家に到着して鍵を開けて玄関を開ける。

 

 

「カイト、お帰り!」

「魁人さん、お帰りなさいっス」

「た、ただいま」

 

 

千秋と千冬が元気よく出迎えてくれた。どうやら俺の心配は杞憂だったようで一安心。千冬の縄跳び記録会での結果は分からないが前を向けていると言う事は自分自身の中で何か得るものがあったのだろう。

 

 

「カイト、それ、お土産か!? ケーキだろう!?」

「あ、ああ、そうだ」

「わーい! 舌出してる奴だ!」

 

 

千秋にケーキの箱を渡すとそのままリビングに嬉しそうに戻って行った。

 

「千冬、縄跳びはどうだった?」

「えっと、姉妹の中では最下位だったっス……でも、全部自己ベストで特に二重飛びは6回飛べたっス!」

「おおー、頑張ったな!」

 

 

 自分の成長を感じ取れると言うのは嬉しいだろな。縄跳びとか回数とか飛んでいる時間で数字として結果が出る。そこで自己ベストを出せたり、いい結果が出せるとまた頑張ろうとモチベーションになる。

 

 それは千冬が頑張ってきたと言う過程があったからこそだからちゃんと褒めないとな。

 

「えへへ……」

 

 

笑う姿も可愛い。

 

 

「が、頑張ったから、あ、頭も……」

「お、おう……」

 

 

照れながらも頭を撫でて欲しいと少しだけ上目遣いの千冬。これは絶対に同学年の男子達は放っておかないだろう。だが、千冬は男子達からモテたり、千秋のようにちょっかいをかけられる事もないと言う。

 

見る眼がないな、そして時代が千冬に追いついていない。

 

小さい頭を手で撫でる。まるで子猫のように撫でるのを嬉しそうにしてくれるのは大変うれしいと思う、信頼関係が出来ている証だから。ただ、大分懐いてくれて凄く嬉しいのだが……

 

う、うーん。千秋とはまた別の懐き具合の感じがするんだけど……これは気のせいなのかな? 

 

 

女の子は複雑だから色んな心情を抱いたり、人それぞれ接し方や態度が違うのは当たり前だしな。

 

 

……取りあえず、家に上がって夕食を作ろう。これ以上考えてしまうと訳の分からない方向に思考が進んでしまう気がする。

 

「それじゃあ、俺は夕食を作るから……」

「あ……」

 

手を頭から離すと千冬は名残惜しそうに声を溢す。うぅ、そんな目で俺を見ないでくれ。いつまでもこのままと言うわけにもいかないし、皆お腹を空かせているから仕方なく中断したんだ……

 

……早く夕食を作らないといけない。

 

「カイト、お腹空いたー!」

「あ、ああ、今作るから」

「むぅ……」

 

 

ケーキを冷蔵庫にでもしまったのだろう。手に何も持ってない千秋が再び玄関に戻ってきた。急いでスーツを脱いで夕食の支度を開始する。

 

千秋が若干駄々をこねる可愛らしい子供のように夕食を強請るので急いでキッチンに向かう。俺が準備しようとすると千秋は花のような笑顔を見せる。

 

 

ただ、反対に千冬は今度は膨れ顔をしていた。

 

 

今回はちょっと……俺の気のせいかもしれないから保留にしておこう。

 

 

◆◆

 

 

 

 お兄さんがケーキを帰りに頑張ったで賞として買って来てくれた。夕食を皆でコタツの中で食べた後に冷蔵庫からケーキの箱を取り出して封を開ける。

 

 

 中から甘い香りがして五つのケーキが顔を見せた。

 

「わーい! 我はね! ショートケーキ!」

「じゃあ、私はモンブランで」

「千冬はチョコがいいッス」

「お兄さんは?」

「俺は余りでいい。千春先に取るといい」

「ありがとうございます。じゃあ、うちはチーズケーキにします」

「そうか、俺はミルフィーユにしよう」

 

 

 

うち達が先に取りお兄さんは最後にケーキをとった。何気ないが三人が遠慮をしていないと言うお兄さんに以前よりさらに心を許していると言う事が分かった。

 

 

「ありがとうカイト、頂きます!」

 

千秋はショートケーキの周りのベールを綺麗にはがしてそれについたクリームを一口舐めた。

 

「はぁ、みっともない。やめなさいよ。そういうの」

「ふん、我の勝手だ」

「はぁ、子供ねぇ?」

 

 

千夏が千秋に呆れながらフォークでモンブランを一口食べる。千夏のモンブランはてっぺんに大きな栗が乗っていてクリームがソフトクリームのように渦巻いている。食べなくても分かる、美味しい奴だ。

 

「はぁ~、美味しいぃこの栗の濃厚なクリームが堪らないぃ。前から食べてみたいと思ってたのよ」

「……そんな美味しいのか? モンブランは?」

「秋は子供だから分からないわよね? チョコかショートの二択くらいしかないもんね? あーむっ、おいひぃ……」

「モンブラン、食べたことない……頂戴」

「……しょうがないわね。その代わり生クリームがたっぷりの所貰うわよ」

「よし」

「あ! 馬鹿秋、何でてっぺんの栗食べんの!?」

「シャアだから?」

「それを言うならシェア! ああー、もう楽しみにしてたのに! そのイチゴ貰うから。あむっ」

「ああ!? なんで!?」

「なんでじゃない!」

 

 

千秋と千夏が喧嘩のようになってしまうのでお兄さんが仲裁に入る。

 

「二人共喧嘩は止めよう。折角美味しい物を食べてるんだ。笑顔で食べよう」

「だ、だって……」

「秋が悪い……」

「ほら、俺のミルフィーユ全部食べて良いから」

「ええ!? 良いの!? カイト大好き!」

「で、でも、それは」

「大丈夫、まだ一口も食べてないから。エキスついてないぞ」

「いや、そこではなく……と言うかエキスって……」

 

 

エキスって……多分だけどうち達が共感しやすいい言葉を使ってくれてるんだろうけど。それ使うのって男子くらい……

 

 

「あの、これは魁人さんのケーキですよね?」

「大丈夫、俺は酒とおつまみがあるから」

「そ、そうですか?」

「うん。マジマジ。俺は鳥皮を油で香ばしく焼いて、後枝豆で優勝するから」

「じゃ、じゃあ、ありがたく……」

「鳥皮、枝豆……じゅるり」

「どんだけ、食いしん坊なのよ……アンタ、いや確かに美味しそうだけど……」

 

 

千夏は少し遠慮しながらもケーキを貰った。お兄さんはそのまま台所に行ってしまう。そのまま冷蔵庫からプラスチックトレー容器を出す。

 

そして、そのまま調理開始。

 

 

「ミルフィーユだ! おいしいぃ」

「確かに美味しいわね」

 

パクパク二人は口に運んでいく。その様子を見て千冬が口をはさむ。

 

「いや、流石に魁人さんに遠慮した方が良いんじゃないっスか……」

「うっ、そ、そうね。流石に甘えすぎたかしら? で、でも、加減が分からないのよ……どの程度まで甘えて良いのか」

「え? でも、カイトが食べて良いって」

「そうっスけど。それが本心だとしても、こう、何というか、ずっと甘えったりは……ダメじゃないっスかね? 貰うにしても一口とか、五つケーキあるんだから一人食べられないってのは無しって言うか、そう言うのは見てても寂しいって言うか。そんな感じっス……」

「な、なるほどな。千冬、良い事言うな! 確かにそうだった!」

 

 

 何だか、この会話。さりげないけど凄く大事なターニングポイントのような気がする。それはどうなんだ、それでいいのかと言いあえる環境

後悔してすぐさま納得。そして、ケーキを持って台所へ千秋は向かう。判断が早い、行動も早い。

 

 

「カイトぉ、遠慮しなくてごめん。カイトも食べるべきだった」

「おお、急だな……でも、気にせず食べていいんだぞ」

「うんうん、そんなことなかった。皆で食べるのが一番なのに食い意地はっちゃった、ごめんね」

「全然、大丈夫だ……俺が食べて良いって言ったんだからな。それにしても、なんだ、この感情は……まるでハッピーセットからてりやきバーガーセットに子供がシフトチェンジしたときに成長を感じる父親の心境のような……くっ、とにもかくにも嬉しいな……」

「どうかしたか?」

「いや、何でもない」

「そうか。じゃ、カイト、あーん」

「いいのか? それ千秋のショートケーキ。しかも、かなりクリームたっぷりの所だぞ?」

「良いんだ! 食べて? 凄く美味しい所だから!」

「ありがとうな……」

「元々、カイトが買ってきれくれたケーキだからな。お礼はいらないぞ」

「でも、ありがとうだ」

 

 

千秋がお兄さんにあーんをして食べさせる。間接キス、と言う言葉がうちと千冬と千夏の頭をよぎる。千夏はちょっと驚いたけど千秋だからと納得の表情。

 

うちは、ただ単にうちにもあーんをして欲しいからお兄さんへの嫉妬の表情。

 

千冬は……

 

 

「か、かかか、間接キシュッ……そ、そんなの、いくら何でも無防備すぎ……」

 

 

照れながらも千秋への僅かな嫉妬の表情を見せる。今まで千冬が千秋や千夏、うちにしてきた嫉妬とは全く違う新しい嫉妬。千冬は超能力と言う絶対に嫉妬をしてきた。今までなら嫉妬をするだけの事が多かったのに。

 

 

「か、魁人さん! ちょ、チョコレートケーキも甘いッスよ!!!」

 

 

最近は、対抗する事の方が多くなった。千冬はチョコレートケーキを持ってお兄さんの元に向かいスプーンでチョコの部分をすくう。

 

「あ、ありがとう……良いのか?」

「も、勿論っス! エキスも気にしないっスから! ど、どうぞ……」

「あ、ああ、それじゃあ、貰おうかな……」

 

 

お兄さんは戸惑いながらも口を開ける。

 

照れているわけではないし、邪な感情はない。困っているようで迷っているようで、戸惑っている。何かを察しているのか、違和感を持っているのか。そこまでは分からない。

 

だが、明らかに戸惑いが隠せていない。

 

 

お兄さんは何かに気づいたのだろう。だが、お兄さんからすれば娘であり子供、自分は大人であり父の立ち位置。さらに、そもそも勘違いだったら気持ち悪いどころの話じゃ済まない。

 

和をお兄さんは大事にしているようだし……困るのは当然。

 

互いの位置を理解しているお兄さんには千冬の変化に対応が出来ない……

 

 

と冷静に分析をしてしまったがうちもあーんして欲しい。千秋と千冬は台所。千夏は……眼で訴える。

 

「……なに?」

「いや、何もないけど……」

「……ほら、あーん」

「ありがとう!」

 

モンブランって美味しいな……千夏のあーんで美味しさが引き立つ。

 

「少し、魁人さんに残した方が良いかな……」

 

千夏も……少しずつ変化がある。でも、本質の優しい所は変わってない。千秋も前よりお兄さんと仲睦まじくなり我儘になったけれども、真っすぐで間違ったと思ったら直ぐに正すことが出来る。人の話に耳を傾けることが出来る。

 

千冬も前を向き続けることが出来るようになり、自分を特別だと思えるようになり、お兄さんに好意を持つようになったけど、実は負けず嫌いのとこは変わってない。

 

 

姉妹の変化に少し寂しくなって、変わらない良い所に嬉しくなった。

 

 




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33話 親

感想等いつもありがとうございます。


 帰りの会。教卓の前に先生が立ってうち達四年一組の生徒達に連絡事項を話す。

 

「えー。今週の土曜日ですが二分の一成人式があります。二分の一成人式とは成人の半分の年齢になった事を祝うものですね。皆さんの保護者の方々にも来てもらう事になっているので張り切っていきましょう!」

 

 

「ええー!」

「親来るのかよー」

 

 

先生の言う事に反発心を出す生徒達。二分の一成人式と言っても授業の一環であり、それを親が見に来ると言うのはどこか拒否感のような物が出るのかもしれない。

 

 

「はいはい、静かに。そこで皆さんには保護者の方々の前で将来の夢と日々の感謝を原稿用紙一枚ほどで発表してもらいます」

 

「ええー!」

「お母さん達にそれはねぇよ」

「恥ずかしいー。親の前でそれは無理」

「面倒くさい」

「ふーん、面白そうじゃん」

 

 

 

「私のお母さん見に来るって言ってた」

「我が家はお父さんとお母さん両方だって」

「そうなんだ。まぁ、何処の家もお母さんたちの張り切り具合がちょっと」

「それな。子供より親の方が張り切ってるんだよね」

 

 

やはり、年頃だと感謝などを言葉にするのは難しいようで反発の精神が強い。だが、中にはそんなことのない大人な生徒もチラホラ、桜さんもその一人で特にこれといった反応は示さない。

 

 

その中で唯一と言う特別な反応をしている者がいる。それは複雑そうに歯切れの悪いように何とも言えない雰囲気を醸し出している千秋だ。

 

席が目の前で顔が見えないが明らかに複雑な心境をしているが手を取るようにわかる。

 

 

いつものように終始笑顔で楽しそうな千秋が窓の外を向いて、何処か寂しそうにただ空を見上げている。

 

 

「それでは、連絡事項は以上です。発表することは早めに考えておいた方がいいですよ。もし、前日までに出来上がらなかった人は居残りが確定演出ですからね。それでは日直の人は号令お願いします」

 

 あ、今日の日直はうちと千秋だった。どちらかが号令をしなければならない。だが、千秋は上の空で話が聞こえていない。

 

 

「起立……」

 

 

 うちが全員に号令をかけると次々と生徒達は椅子から腰を上げる。その音で千秋もようやくハッとして外から視線を教室に戻して起立。

 

 

「これで、帰りの会を終わります。さようなら」

「「「さようならー」」」

「さっさー」

「したー」

「さっした」

 

 

挨拶を適当にしてすぐさま教室を出て行くものが数名。殆どが男子であるが中には口パクの女子もいる。挨拶って大事だと思うがそれを注意したり気にしたりするのはお節介になるし、そもそも気にする余裕はない。

 

 

 

日直は黒板を綺麗にして、黒板消しをパンパンして綺麗にして、明日の日直の名前を書いたり、チョークの粉の掃除。教室のごみ捨て等々仕事が目白押し。日直はそれを優先的に終わらせないといけないのだ。

 

いつもなら、日直の仕事に真っ先に向かうのだがそれより先に気に欠けないといけない事がある。うちは学校が終わった事に浮足立つ生徒達を意識の外にやり前で複雑そうな心境の千秋に話しかける。

 

「千秋大丈夫?」

「……うん」

「何かあったの?」

「何でもない」

 

 

そうは言うが明らかに何でもないと言う雰囲気ではない。千秋はそのまま日直の仕事を思い出したのだろう、黒板に向って行く。

 

黒板消しを手に持ち、黒板を綺麗に拭き始める。

 

 

「……」

「……」

「千秋、お姉ちゃん……千秋の事気になるんだよ。だから、教えてくれないかな?」

「……」

 

 

千秋が言いよどむなんて珍しい。目を逸らして深く深く考え込んでいる千秋。

 

「大丈夫、ここだけの話だから。誰にも言わないから。千夏にも千冬にも、勿論お兄さんにも」

「……本当に?」

「うん」

 

 

三人には聞かれたくないような事なのだろうか。それともただ単に誰にでも話すような事じゃないのか。

 

「本当の本当?」

「うん、本当の本当」

「本当の本当の本当?」

「本当の本当の本当」

「でも……千春にもあんまり言いたくない……傷ついちゃうから」

「良いんだよ? お姉ちゃんだもん。千秋の思ってるより強いんだから」

「でも……」

 

迷ってるな。それにしてもうちが傷つくってどんなことかな?

 

「良いから良いから、途中で止めてほしかったら止めるし」

「……う、ん……じゃあ……でも」

「本当に大丈夫。取りあえず言ってみて、話はそれからだから」

 

うちは千秋の手を握って目を合わせる。千秋の両眼が迷っているから下に視線を落とす、だが、少し経つとゆっくり話し出す。

 

「……あのね、我はね……」

「うん」

「さっきの帰りの会で……」

 

 

「おい、千秋」

 

 

 

千秋が話そうとすると低い男子の声が教室に響く。もう、誰もいないと思っていた。だって、普通残る生徒なんていないし。日直以外は残る意味もない。

 

 

「……な、なんだ。短パンか……何のようだ」

「あ、ほら、お前ずっと帰りの会で、元気なさそうだったから。いつも、馬鹿みたいに笑ってるのに」

「……我だって元気のない時くらいある」

「そうかよ……で? 何でしょぼくれてるのんだよ?」

「お前に関係ない」

 

 

西田……じゃなかった西野。お前、今、姉と今世紀最高に可愛い妹が大事な事を話そうとしていたと言うのに……

 

はぁ、邪魔しないで欲しい。だが、どうやら帰りの会でずっと千秋を見ていたような言い回し。以前から察しは付いていたが西野は千秋に好意を持っているらしい。

 

千秋は可愛いから理由は分かる。だけど、だったらもっと優しくしたりすべきだろう。いつも馬鹿だとか、子供のようないじりをして千秋を怒らせる。

 

千秋は少し幼い所があるが、思ってる以上に大人の面も持ち合わせている。だからこそ、千秋をその辺の子供と思って接しても大して響かない。

 

 

 

「んだよ、けちけちすんな」

「……良く分からないが心配をしてくれていると言う事に関しては礼を言っておこう。だが、人に話すような事じゃない」

「今、千春に言おうとしてたじゃん……」

「千春は別だ。姉だからな」

 

 

西野は一応心配で聞きに来たと言うのはうちにもすぐに分かった。だが、普段の行いとか、聞き方とかそこら辺でどうしても千秋は心を開かないのだ。

 

……心配してくれたところは感謝だけどね。

 

「んだよ。折角聞いてやろうと思ったのに」

「そうか、ならいい……」

 

 

……今日の千秋は何だか、いつもより冷めてる気がする。何だろう、そんなに難しい悩みなのかな……。

 

 

「……お前、本当になんだよ……今日はいつもと違うぞ」

「いつも……いつもか……。そうだな。そうかもしれないな……西野、お前には両親は居るか?」

「え? ああ、居るけど」

「毎日、ご飯作ってもらって掃除をして貰ってるか? 物を買って貰ってるか?」

「だ、だったら何だよ……」

「そうか……ちゃんと感謝しろよ。今すぐ家に帰って作文を書け」

「え?」

「早く行け……今日の我と絡んでも互いに何も生まないし、お前が求める反応も出来ない」

「ああ……そう、だな」

 

 

千秋がそう言うと流石に西野は去って行った。再び教室内に二人きりになる。音が殆ど消えて、時折風で窓が揺れる程度の音しかない。静寂を切るように千秋が弱弱しい声で話し始めた。

 

「……ねーねー」

「どうしたの?」

「……両親って、感謝するような物なのかな?」

 

そう言う事か。と直ぐにうちは納得をした。

 

 

教室に居る生徒は全員、両親に感謝の作文を書く。普段からお世話になって育ててもらっているからだ。

 

でも、うち達は違う。拒絶され、隔離され、傷を受けた。周りが両親に感謝を示すと言う教室の空気が昔の、最悪の両親を千秋に思い出させてしまった。

 

「……我には分からない。両親が不の対象でしかない。皆、難色を示したけどそれでも感謝を示すと言う事に否定的な人が一人もいなかった……。自分の辿ってきた人生が他の人と違うって思って、そしたら昔の事を思い出した……」

 

 

千秋は無意識なのだろう。右目の僅かに上の部分の髪に隠れているオデコを抑えた。

 

「そっか…‥」

 

 

そこは、昔あのクソどもに付けられた初めての傷がある所だ。仕事で上手く行かない事でお酒を只管に飲んだクソの父は不機嫌になり、自制心が効かなくなり大人しく過ごしてい千秋を蹴飛ばした。

 

壁にぶつかって血が出た。擦りむいた程度で僅かだったが恐怖心は心の中にずっと渦巻いている。

 

他にも背中を蹴られたり、ビンタをされたりもした。けど、千秋にとってはおでこの傷が一番心に残っているらしい。

 

血が出た、初めて。怒鳴る程度だったのにとうとう手を出した。我儘なんて言わないし、最低限以下の生活を文句の一つも言わないで過ごしていたと言うのにだ。

 

もう、殺されるかもしれないと思ったのだろうか。ただ初めてだったから恐怖が残っているのか。そこまでは分からないし、聞けない。

 

ただ、恐怖が呪いのように残っているかのように擦り傷は千秋に残っている。心にも額にも。忘れていただけ、目を背けていただけ。

 

 

「これ言ったら千春も嫌なこと思い出すと思ったのに……ごめん。一人じゃ、抱え込みたくないって思っちゃった……」

「大丈夫。そんなことより千秋の方が心配だから」

「……ごめん」

「忘れられないのはしょうがないよ。思い出すのもしょうがない」

「ごめん……」

「そんなに謝らないで。そうだ! 元気が出るように頭なでなでしてあげる」

「うん、ありがと……」

 

 

弱弱しい千秋は本当に久しぶりに見た。最近は笑顔しか見ていなかったから。でも、これが千秋なんだ。いや違う、これがうち達四姉妹なんだ。

 

本当に危ない、不安定で弱くて脆くて、ちょっと間違えばすぐに泣いてしまう。落ち込んでしまう、壊れそうになってしまう。

 

こうやって、目を逸らして誤魔化すくらいしかできない姉を許してほしい。傷は薄くなっても残ったまま。治ることはない、治す方法は今はない。時間のかけて少しづつ傷を無くしていくしかない。

 

「ねぇ、春、秋、バスの時間……どうしたの?」

「今日は日直だったんスね……って、秋姉、何があったんスか?」

 

千夏と千冬がいつものバスの時間になってもバス停に来ないから気になって教室まで来てくれたらしい。時計を見るといつも、バス停で合流する時間を十分以上過ぎている。

 

 

二人は千秋の様子を見てすぐに変化を感じ取る。

 

「べ、別に……何もないぞ……」

「嘘下手すぎるわよ。アンタ」

「そうっスね……確かに下手っぴっス」

「な、何でも無いったらなんでもないぞ!」

 

 

千秋もわざわざ言う事に意味がないと思っているのだろう。うちに気遣ったのと同じように不の記憶を思い出させるようなことはしたくないのだ。

 

「で? そう言うの良いから早く言いなさい」

「べ、別に」

「言わないと、くすぐりで吐かせるっスよ」

「ええ!? いや、でも……」

 

 

二人がじりじりと千秋に近寄る。あわあわと逃げようとするが囲まれ退路を断たれる。

 

「でも、言いたくない。きっと二人が嫌な気持ちになるから……」

「ふーん、良かった。言えない理由が私達で。そうでしょ? 冬?」

「そうっスね。どうしても言いずらいコンプレックスとかの悩みだと踏み込むか迷う所っスけど。千冬たちが嫌な気持ちになる悩みなら大して気にする必要ないっスから」

「アンタがしょぼくれてる方が嫌なのよ。私達は。自分が嫌な気持ちになるよりね」

「まぁ、いつも秋姉には妹としてお世話になってるっスから悩み相談には是非ぜひ是非にでも乗りたい所っすね」

「……お、お前ら……」

 

 

こうなると思っていた。相手でなく自分が傷つく程度なら何としても話させて相談に乗ってやるとすることは予想がついていた。ジーンときた。

 

全てが姉妹で解決する事など無い。でも、姉妹だから出来る事もあるのだ。こうやってずけずけと懐に飛び込めることもあるのだ。

 

 

「で? 話なさいよ。でないと冬とダブルでスパイダー地獄よ」

「ほらほら、吐かされるより吐いたが方が楽っスよ」

「……本当に良いのか?」

「「良い!」」

「……ごめん」

「「謝るな!」」

「……うん、謝ってごめん」

「「……」」

「あ、謝っちゃった……」

「もう良いから早く話しなさいよ」

「そうっスよ」

「うん、実は……」

 

そう言って千秋は言い淀みながらも声を発し始めた。自分が過去を思い出して悲しい気持ちになってしまったと。

 

数分、千夏と千冬は黙って話を聞いていた。そして、話が終わると二人揃って千秋の頭に手を乗せて撫で始めた。

 

「そう言う事ね。まぁ、気持ちはわかるわ。さっき、私も自分のクラスで同じような事思ったし。ほかの子は普通に親に育てられて私の両親のクズっぷりが際立つなぁって」

「千冬も思ったっスよ。でも、秋姉達が居るから寂しくはないし、悲しくもないっス。だから、秋姉にも千冬たちが居るっスよ」

「ッ……」

 

うちも千秋の頭に手を置いた。

 

「大丈夫。もう、怖い物なんてないから。千秋が寂しくなって怖くなっても何度でも励まして慰めるから安心して」

 

「ううぅ゛」

「ちょっと、何で泣くのよ。そんな感動的な場面でもないでしょ。姉妹ならこれくらい普通よ」

「いやいや、結構感動的っスよ」

「そうだね、うちも心中大洪水だよ」

「出た、姉妹馬鹿長女……はぁ、もうしょうがないわね。ほら、日直の仕事手伝ってあげる。バスの時間来る前に終わらせるわよ」

 

千夏が号令共に動き出す。だが、その前に千秋がうち達三人抱き着いた。

 

「「「ッ」」」

「あ゛じがどぉ゛、うれじい……我、幸せ……」

「そう、それは良かったわね。って私の()()()のは止めなさい!」

「我を元気づける為にダジャレを言ってくれるなんて……良いあねだぁッ」

「姉としての株が上がったようだけどそんな意図は無いわ。それより、速く仕事終わらせないとバスで帰るわよ。今日の四時ドラマが」

「ううん、このままが良い、我、このままが良い」

 

 

千秋がぎゅっと抱きしめる。全員を抱きしめる。腕がまだ成長しきっていないから長くないけど、それを精一杯伸ばして抱きしめる。

 

 

「我ね、最近、ありがとうとか、いただきますとか、ご馳走様を言うのが少し適当と言うか感情がこもってない時が多かった。恵まれたのが当たり前のように感じる日々になってた」

「それは良い傾向ともいえるんじゃないっスか? 幸せが普通って」

「うん、そうともいえるけど。改めて感謝するのも大事だって今思った」

 

 

千秋、一旦うち達を離して一歩下がる。

 

『――三人共、大好きだ。ずっと一緒に居てくれてありがとう』

 

 

ちょっとだけ、涙目だけどいつもの、いやいつも以上に千秋は良い笑顔を浮かべていた。

 

 

「ま、まぁ、姉妹だしね」

「そ、そうっスね」

「う、うん、そろそろ日直の仕事しないとね。ね? 冬」

「は、はいっス」

 

 

面と向かれてお礼を言われると恥ずかしい二人はそそくさとうち達の日直の仕事をやり始めようとする。

 

だが、再び千秋がうち達を捕まえる。漁業の網のように手を広げて。

 

 

「えへへ、もうちょっとこのまま」

「あ、アンタ、恥ずかしくないの? こっちは凄い恥ずかしいんだけど……」

「そ、そうっスね。千冬も恥ずかしさで顔が熱いッス」

「うちは最高の気分だよ」

「我も最高で恥ずかしさは一切ないからこのままだ!」

「ああ、もう、しょうがないわね……四時ドラは諦めるわ」

「そうっスね」

「わーい、我幸せ」

 

 

十分くらいこのままで居たら先生が来たので解散し、日直の仕事を疾風のように終わらせてバス停でバスに乗って家に帰った。

 

 

家につくとドラマを見ながら原稿用紙を全員で取り出した。どうやら二つのクラスは両方ともお題は同じらしい。

 

 

「ふーん、アンタ達も将来の夢と日々の感謝なのね」

「そうだ!」

「うーん、感謝は書けそうっスけど……将来の夢となると……」

 

 

千夏、千秋、千冬が何を書こうとかと頭を悩ませている。お兄さんへの感謝は書けるが将来の夢となると話は違うようだ。

 

「我は、怪盗になりたい!」

「冬、将来の夢ってある?」

「あんまり、決まってないっスね。想像も出来ないっス」

「そうよねー」

「無視するな!」

「千秋、うちはその夢応援するよ」

「流石、ねーねーだ!」

「春はもうちょっと厳しくすることを覚えた方が良いわね」

 

 

 

むっ? そこまで言うの? 

 

結構、厳しめの時もあるつもりだ。

 

だから、うちが甘いのではなく千夏が厳しいのだと勝手に思っている。

 

 

「因みに、私は女優よね。月9時は私のものよ」

「そうだね、千夏なら勢い余って一週間9時全部総なめだよ」

「いや、だからそう言う所を私は直すように言ってるんだけど?」

「真実だと思うよ?」

「はぁ……甘やかすのもほどほどにするのよ?」

「これでもかなり抑えてるよ」

「嘘でしょ……」

 

 

千夏が頭を抱えている隣で千秋と千冬が話している

 

「我は探偵にもなりたい」

「へぇ、でも探偵って実際秋姉が思ってる様なモノじゃないっスよ? 身辺捜査とか地味な事が多いっス」

「え? じゃ、じゃあ、週一で事件遭遇して解決は……?」

「そんなのアニメだけっスよ」

「……じゃあ、声優になる!」

「急っスね」

「だって、アニメ好きだしラジオも面白そうだし」

「でも、声優業界ってかなりシビアらしいっスよ。アニメとラジオ出るだけじゃあまり稼げないし、最近じゃCDとか写真集とかで事務所も売り上げ稼いだりもしてるらしいし、そもそも声優だけで生活は出来ないのが殆どだから厳しい世界っスよ」

「ううぅ、なんか楽しくなさそう……」

「でも、秋姉は可愛いし声も良いから、行けそうな気もするっスよ」

「おおぉ! 声優、第一候補!」

 

 

千冬って博識だなって改めて思う。一体どこでそんな知識を得ているんだろうかと思ったら思い当たることがある。お兄さんのスマホだ。最近ではソファで千夏、千秋、千冬で誰が使うか取り合いになることもしばしだ。

 

時間を決めて使ってるからその時かな。

 

「声優ねぇ……私もいけるかしら?」

「行けると思うっスよ。声も顔も良い感じっスから」

「うちも行けるとしか思わないよ」

 

 

夢を持つと言うのは良い事だ。可能性を探ると言うのも勿論いいことだ。だが、才能が有り余るうちの妹達は何をしても上手く行って業界を荒らしそうで先輩声優から恨まれそうで心配だ。

 

 

そんな事を考えていると千秋が声を上げる。

 

 

 

「そうだ! 我ら四姉妹で声優やろう! そして、天下取ろう!」

「いや、何の天下よ。でも、私達が声優デビューなんてしたら、人気過ぎてアニメ引っ張りだこね。おいおい、またあの子がヒロインかよ、主役かよって言われることは間違いないわね」

「確かにそうだな! 我らインテリ声優四姉妹で売り出そう!」

「それ良いわね。ついで動画サイト侵略して、俳優にもなってバラエティとか情熱大陸とか出て、あ、でも絶対私達のアンチが現れるわよ。不仲説か提唱されて、引退したり、浮いた話が出たら急にアンチになる奴も居るわ」

「そう言う奴はラジオで愚痴ろう!」

「いやいや、声優とか俳優とかも大事なのはイメージよ。そんなことしたら仕事減るわね」

「うーん」

 

 

……スマホって本当に色々は知識が手に入るんだなぁって思う。千夏と千秋の会話を聞きながらそう思う。

 

「いや、流石にそんなトントン拍子で行くわけないっス……まぁ、考えるだけならタダだからいいっスけど。春姉は夢はあるんスか?」

「うちは三人が幸せになる事かなぁ。まぁ、でもこれは夢と言うより最低減の使命って感じだけど」

「……そうっスか。千冬は春姉にも幸せになって欲しいッス」

「三人が幸せならうちも幸せだよ。これぞウィンウィンだね」

「……それは違うと思うっスけど……」

 

 

千冬は本当に優しい子だ。自慢の妹だなぁ。そして可愛い。ここが大事。千夏も千秋も可愛い。ここが大事。

 

三人はどんな未来を歩んでいくのかなと想像を膨らませて、きっとどんな未来でも幸せにしたいと思った。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

「おい、お前何やってんだ?」

「見て分からないか? 筋トレだ」

「昼休み中に握力にっぱーにみたいなので食事しながら鍛えるってどうなんだよ。普通に引くわ」

「もうすぐ、授業参観があるんだ。そして、そのまま親子バレー大会もある。俺は娘にカッコいい姿を見せないといけない」

「へぇ」

 

昼休み、自席で座りながら握力ニッパーみたいなので鍛えつつ、おにぎりを頬張る。全ては親子バレーで良い格好をするため。横に居る佐々木がとんでもない奴を見る目になっているが気にしない。

 

 

「どう考えても俺の年齢は他の親より若い、アドバンテージがあるんだ。そこで活躍して、パパ凄いと言わせて見せる」

「あっそ……バレーって握力関係あるの?」

「まぁ、ジャンプ鍛えた方がいいだろうな。だが、大事なのは自分はやってきたという心理的有利性だ。だからこそ一秒も無駄にしない」

「ふーん。あ、そうだ、お前にこれやるよ」

「何だこれは?」

「チャンピオンカレー、俺実家石川県金沢市なんだけど、毎年大量にそれが送られてくるんだ。だからやるよ。娘と喰っとけ」

「無料か?」

「無料だ」

「おお、ありがとう」

 

佐々木が紙袋に沢山詰められているのは商品のカレー。パックに入っている540グラム、甘口と辛口がそれぞれ三個づつ。かなりの量だ。そう言えば美味しいって聞いたことあるな、チャンピオンカレー。

 

……これ、俺が作ったと言って出したらどうなるんだろう。いつもより美味いとか言われたら立ち直れねぇ。

 

 

「じゃあ、お前の娘達からバレンタインよろしく」

「……え? いやだけど」

「おい、頼む。毎年、親からしか貰えない俺の立場をよくすると思って」

「え? それはちょっと」

「じゃ、カレー返せよ」

「お前……」

「冗談だ」

「嘘つけ」

 

 

 

ちょっと良い奴だと思ったが直ぐに株を落とす、佐々木小次郎。だが、今回はカレーを貰えたからプラマイしても若干プラスだな。何か、美味しそうだし、普段食べられない物を食べさせられるってなんかいいな。

 

 

今日の夕食は早速カレーにしよう。楽をしたいとかではない。合理的判断である。

 

 

 

◆◆

 

 

定時になったので、法定速度を守りつつ急いで車を走らせて家に到着。折角だから豚バラでミルフィーユカツでも作るか。

 

そんな事を考えながらドアを開けると、いつものように千秋が出迎えてくれる。だが、いつもとは違い、抱き着いてきた

 

「おかえり、カイト」

「どうしたんだ?」

 

 

普通にパパとして嬉しいんだが、急にどうしたんだ? 

 

 

「いつもありがとうって言いたくて、感謝伝えたくて、あとは甘えたかった!」

「うん、なるほどな。そういう所、本当に千秋の良いところだ。あとそこ凄く可愛い」

「えへへ、カイトに可愛いって言われた……」

 

 

何だ、この可愛い娘は。これは何としてもバレーで良い所見せないとな

 

「今日の夕食はなに!」

「今日はカレーに豚バラでなんちゃってカツを合わせてカツカレーだな」

「おおおお!! 豪華!」

「期待して待っててくれ」

「うん! カイトの料理期待して待ってる! いつもありがとう、大好きだぞ。カイト」

 

 

……っといけない。思わず思考が飛んでしまった。それくらい可愛い。だが、不味いな。これは。授業参観で千秋が可愛すぎて他の親が嫉妬してしまうかもしれない。

 

うちの子よりあの子の方が可愛いと目立ってると文句が出るかも……

 

 

おっといけない。急いで夕食を作らないとな。娘たちが腹を空かせている。俺はスタイリッシュに台所に向かった。

 

 

 




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34話 授業参観1

 うちには可愛い妹が三人もいる。

 

先ずは次女の千夏。少し強気な面を見せるが本質は凄い優しい。お兄さんとも会話が滞ることなくが出来るようになるが、それはうち達姉妹が居る時に限る。

 

一対一だとどうしても、まだ抵抗感や怖さがあるようだがそれでも普通に話せている。千夏は教室では千冬以外とは話さないらしい。人に背中を見せたり隙を見せない千夏と姉妹以外で隙を見せて言葉を交わせるのはお兄さんだけだ。

 

 

そんな千夏だが教室ではかなり、モテるらしい。まぁ、当たり前。男子達からかなり人気でお前が話しかけろよとと言う話し声がよく聞こえるらしい。

 

本人はどうでもいいし、興味ないねっと一瞥していたが。

 

 

 三女の千秋はやはり元気いっぱいで一番お兄さんに懐いている。甘えたい年頃でもあるからギュッとしたり、一番会話の量も多い。

 

 千秋もだがモテる。まぁ、当たり前のことだ。可愛いのだから。姉であるうちも可愛い過ぎて呼吸をうっかり忘れて酸欠になる時があるのだ。当然当然。

 

 

 だが、千秋はオシャレとかには気を遣ったりするが、恋愛とかには興味はないらしい。西田ではなく西野を全く相手をしないし、そもそも男子ともあまり関わらない。関わるとすればドッジボールでボコボコにしたり、給食で余ったプリンをじゃんけんで決める以外にない。

 

 それに千秋はきっと子供っぽい人じゃなくて包容力のある人が好みだ。経済的にも安定を求めているはずだし、安定している職業に貯金もある人が……ってそれは千秋だけじゃなくて姉妹全員の好みか……

 

 辿ってきた境遇に戻りたくないのだから自然とそのように好みが行くのは当然であるが、普通に誰でもそんな風な好みにもなる。

 

 やっぱり、経済力があって包容力があるのが一番だよね……

 

 

 最後に千冬。

 

 可愛い。特に最近、さらに可愛くなって来た。今までは学校の男子の見る眼が全くないためにそこまでモテるわけではなかった。

 

 いや、本当に見る眼がない。眼、洗った方が良いって何度も思っていた。

 

 だが、ようやく時代が追いついたのか千冬の人気が徐々に高まり、今では一番人気かもしれない。

 

 千冬は二組だけど、一組の男子もちょくちょく千冬の話をする事が増えているし、うちに千冬の事を聞いてくる男子もいる。

 

 まぁ、聞かれてもあんまり教えないし紹介もしませんが……

 

 千冬は確かに可愛いが最近になってますます可愛さが増している。一体どこまで可愛くなってしまうのか恐らくだけど円周率が無限のように、可愛さの値も答えが出ない無限なのだろう。

 なぜ、ここまで可愛さが増しているのか。単純に意識をしていると言うのが理由に上がるだろう。

 

 見た目を意識すると言う事に以前から千冬は気を遣っているが、さらに上乗せで気遣い。……後は恋をする乙女は自然と雰囲気も変わる。

 

 それに勉学も運動も何でも一生懸命に頑張る姿が魅力的なのだ。

 

 

 端的に言えばうちの妹達は只管に可愛いのだ。一体一日に何回思うのかと言う位。

 

そんな妹達が現在、授業参観の二分の一成人式で発表する作文を書いている。テレビをつけてドラマを見ながらコタツに入っているが進行状況に差がかなりある。

 

 

千夏はドラマ見ながらペンを回して、千秋はペンを両耳にのっけてドラマを見て、千冬はドラマを見ずに真面目に書いている。

 

うちはもう書き終えているので何もせず姉妹を眺めている。

 

「ようやく終わったっス」

「そうね、今回も面白かったわね」

「そうだな、まさかアイツが犯人とはな……」

「いや、千冬はドラマの事言ってるのではなく作文の事を言ってるんスよ」

「え? 嘘、アンタも終わらせちゃったの!?」

「やるな千冬。流石我の妹だな」

「夏姉も秋姉も早い所、書くっスよ。ドラマを終わったんスから」

「わ、分かってるわよ」

「我はオフロスキー見たらやる」

 

千夏がようやくペンを持って文をかき始める。夢や感謝を文に綴るのは意外と難しい。特に千夏と千秋は簡潔に物事を述べてしまうのが得意だからこそ、話を膨らませると言う事が苦手だ。

 

いつもありがとう。夢はこれだ。

 

大体、こんな感じで言ってしまう。ド直球で言いたいことを言える二人の長所が裏目に出てしまうからこそここまで作文の完成が遅れている。

千冬は単純に賢いから終わっている。話を発展させつつ、本質からずれない文が原稿用紙を埋めている。

 

千冬は一息ついて、消しゴムの消しカスを纏めている。不意にうちは違和感を覚えた。千冬が消す場所も無いのに紙の上で消しゴムをこすっているのだ。

 

 

まるで、消しゴムを早い所消費したいように。

 

その様子に千夏も気づく。

 

 

「冬、アンタまさか、ねり消し作ってるの? 子供ねー」

「え? あ、そ、そうなんスよ……練り消し作りたくて」

「全く、まだまだおこちゃまね」

 

 

テレビを見ていた千秋もその話声が聞こえたようで会話に混ざる。

 

「え? 千冬もか! 我も授業中作ってる時あった! だけど、普通の消しゴムで作ってもあまり良い奴は出来ないぞ? 伸びもないし」

「へ、へぇ……そうなんスか……じゃあ、止めるっスよぉ……」

 

 

何やらうろたえている千冬。これ以上話はしないと言わんばかりに筆箱に消しゴムをしまってさらにランドセルの中に入れる。

 

 

千冬の反応を見る限り、消しゴム消費の理由は練り消しではなさそうだ。だとしたら一体何だろう。

 

あまり詮索されたくないみたいだから放っておくけど……

 

 

「千春、我の作文手伝って!」

「いいよ」

「え? ずるいだったら私も」

「勿論いいよ」

「いやいや、春姉、手伝ったら意味ないッスよ。自分で書かないと」

「確かにそうだね」

「ええ、ねーねー手伝ってよ」

「勿論」

「……春、三人の内誰かは否定しなさいよ」

「確かに。否定も大事だよね」

「春姉、いいえと言って欲しいっス……」

「いいえ」

 

 

オカシイ、妹が可愛いからついつい全肯定してしまった。いけない、これは妹達の為にならない。心を鬼に、いや龍にしないと。

 

 

結局、なんやかんやで二人は自分の力で作文を完成させた。そして、二分の一成人式の日を迎える。

 

 

◆◆

 

 

 やべぇ、緊張してきた。空色のワイシャツと黒のスーツと青のネクタイ。いつも仕事場に着ていく着て俺は校舎内をうろうろしていた。

 

 昼下がりの時間、俺以外にも保護者と思われる人たちが大勢いる。かなりの人数だ。当然だ、全学年授業参観を行うのだから。

 

 よし、緊張をほぐすために今日の予定を確認しよう。

 

 先ず、娘の参観をする。そして、保護者会、ここでは面倒な役員にならない為に息を殺してやり過ごす。そいて、保護者さんバレーで良い結果を残して娘からの信頼を得る。

 

 これで決まりだ。何としても頑張ろう。緊張はほぐれないが……

 

 初めての娘の晴れ舞台ここまで緊張と言うか浮足立ってしまうとは……あと、普通に今どきのパパさんたちがオシャレでカッコいい。俺は若いからどう考えても娘からの株も上がるはずだったのだがこれでは目論見が大きく外れてしまった。

 

 

 計画が狂った事に頭を抱えながらも四年生の教室に向かう。ここで問題なのは千春と千秋。千夏と千冬、それぞれ教室が違うと言う事だ。だからこそ、全員の発表を聴く為には教室を常に往復し続けないといけない。

 

 

 これは骨が折れる作業になるだろう。あと、周りの保護者達からあの人若いなとちょこちょこ言われている声が聞こえるのは何気嬉しい。まぁ、まだ21歳ですから? 若々しくて当然ですよ。パパですがね。

 

 最初に一組を覗くと千秋と千春を発見。最初に千秋を目が合って、ぱぁっと顔を明るくし手を振ってくれる。早くも泣きそうなのですがどうしたらいいですか?

 

 千春も俺に手を振ってくれているので手を振り返す。さてと、二組に行くかと言う所でもう一人の女の子と眼が合う。千春と同じピンクの髪だが目は異なる黒。どこか面影の思わせる強気な顔立ち。

 

 

 あ……この子、友人キャラだ。名前は北野桜。そう言えば、千春が前に桜って子と仲良くなったと言っていたな。あまり意識はしていなかったし、深く考えなかったがまさか友人キャラの子供時代を拝むことになるとは。設定では幼いころは所沢に住んでるんだから知り合いになるのも当たり前か。

 

 『響け恋心』ではヒロイン一人ずつに一人の友人キャラが付く。全員女の子でヒロインと僅かだが打ち解けていると言う設定でありそれぞれがかなり個性的。主人公は攻略のヒントや好感度をそれぞれの友人キャラが聞くのが攻略の第一歩。

 

  っと、俺の尺度で測るのは良くない。友人キャラに酷似した人と言う認識の方が良いかな? それにしても現実としてこの世界をとらえているからあまり知識に頼らない事にしているが前提があるとついそのように考えてしまうのは止めた方が良いな。

 

 北野桜は千春のただの友人。これからも北野桜には千春の良い友達で居てもらおう。

 

 

 一組を覗いた後は二組だ。覗くと早速千冬と目が合い、彼女は恥ずかしそうにしながらも手を振ってくれた。可愛いじゃないか。

 

 そして、このクラスの男子達から凄い目つきをされているのはどうしてだ? いや、千冬が人気者なのか。そりゃ、あれだけ可愛いのだから当然か。前に千冬と話しているときにあまりモテないと聞いたときはそのクラスの男子は全員花粉症で目がよく見えていないのだろう、良い眼薬でも差し入れようとかと考えたがその必要はなさそうだ。

 

 千冬……変わって行っているよな、良い意味で。一生懸命なのは元からだが自分に自信を持っているというか、前を向き続けて言るというか。それは嬉しい。だけど、一つだけ気がかりなのは……いや、今は止めておこう。

 

 

 

 千夏も俺に気づいて手を振らずにぺこりと少し頭を下げる。相変わらず少し堅苦しいとこもあるが大分軟化したな。

 

 

 いけない、四人の対応に何だか心が暖かくなる。そうこうしてるうちに授業が始まってしまう。さてと、二つの教室をうろうろしていると、ふと思う、色んな子が居るんだなぁ。

 若さとは実に多彩。一人一人が異彩で輝いているように見える。

 

 年寄りクサい事を考えていると千秋が席を立って発表を始めるので軽く頭を下げながら教室に入り千秋の近くに向かう。

 

 

「我の夢とカイトへの感謝。我はカイトに毎日ご飯を作ってもらって、洗濯してもらって、その他にもたくさんの面倒を見てくれます。カイトは何でもできて優しくてとっても大好きです。でも、我はカイトに甘えてしまうばかりで、幸せな日常への感謝が薄れてしまう時があります。幸せが当たり前でない事を日々忘れずにカイトへの感謝を忘れずにしていきたいと思っています。これからも一緒にいて欲しいです。そして、我の夢はそんなカイトとずっと一緒にいることです。これから先、我がカイトと同じ大人になっても、一緒に年を取っておじいちゃん、おばあちゃんになってもずっと隣で笑いあえたらいいなって思います。カイト大好きです、いつもありがとうございます」

 

 

……眼から汗が出てしまう。俺だけじゃない、周りの保護者達も俺につられて涙が落ちない様に上を向いている。だが、まだ涙は墜ちていない。泣いている所は見せるとダサい感じがするから泣かないぞ。

 

だが、畳みかけるように千春の発表が始まる。

 

 

「お兄さんへの感謝と夢。私はお兄さんに感謝をしてもしきれません。衣食住、これらはすべてお兄さんがうち達姉妹に与えてくれています。恵まれた生活が当たり前だと心に余裕が出来て今まで見えてこなかったものが見え始めていることで様々な変化が姉妹に起こりました。その度にお兄さんは自身に出来る事を最大限尽力をしてくれました。そのおかげで妹である千夏と千秋と千冬に大きな変化が見受けられます。これはきっとこの子達にとって大切な大切な財産になるものであると確信しています。私達姉妹はずっと四人の中で絆を育むことが殆どでしたが絆だけでは生きていけません。内ではなく外に羽ばたこうとしている三人を見て僅かに寂しさを覚えることもありますがそれを嬉しく思ってもいます。それもこれも全部お兄さんが寄り添ってくれるおかげです。本当にありがとうございます。これからもお付き合いのほどよろしくお願いします。私の夢ですが特にありません。三人が幸せならそれで十分です。以上、日辻千春」

 

 

手紙だからうちではなく私と一人称を千春は変えている。

 

これを聞いて誰もが良い子だと思うだろう。俺も思わず涙があふれる……が彼女の手紙からは自分の事は後回しと言う心情が透けて見えた。それはゲーム知識ではなく、生活してきてずっと感じていたこと。日辻千春は俺と生活をして一番良い子で居てくれている気がするが一番変化が無いのではと思ってしまった。

 

そして、ここで俺が何かを言っても変わらないと言う事が分かってしまった。彼女の本質はきっと変わらない。そう簡単に変えられるものではないと冷水をかけられたように実感させられた。

 

もっと、自分の欲を出してほしい。自分が自分がと彼女が言えるように俺はもっと寄り添って変えていかないと……

 

 

千春の書いてくれた作文は素晴らしかった。だけど、同時に寂しさも感じた。俺は大層な事は言えないし、身の丈以下の事しか出ないが。

 

俺も成長して今以上の事を出来るようになるからな。千春。

 

 

 



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35話 授業参観2

感想等ありがとうございます。




 一組と二組は進行速度が違うために全員をしっかり参観できるのは運が良かった。カメラとかを使うのも考えたがそれだと恥ずかしいだろうし。

 

 一組で千春と千秋の発表を聞いた後に二組に入る。すいませんっと頭を下げながら千夏と千冬の近くに。

 

 

 千冬がチラチラとこっちを見てくるので手を軽くあげて何となく合図を送る。するのと同時にクラスの男子からギロリと睨まれる。

 

 作文を聞かないといけないのでそれを済まし顔でスルーしていく。俺以外の保護者さんは自分の息子の姿に頭を抑える者や俺を見て若いなと訳アリかと勘繰る者が多い。

 

 それも澄まし顔でスルー。俺は気にしないし、俺が気にすると千冬も千夏も気にしてしまうかもしれないからだ。

 

 さて、先ずは千夏の番が回ってくる。彼女は席を立って原稿用紙を両手で持ち読み始める。

 

 

「感謝と夢。私が今一番感謝を示さないといけない人は魁人さんです。魁人さんはいつも私達の面倒を見てくれるとてもやさしい人です。最初は全く話せずに魁人さんが悪い人ではないかと疑ってしまう事もありましたが今では良い人なのだと言う事が凄く分かりました。今の私はお兄さんに恩返しは出来ませんし、役に立つことは何一つできませんが感謝だけは忘れずにしていきたいと思います。これからも宜しくお願いします。そして、私の夢ですがvチューバー、声優、アイドル、女優、辺りに成れればいいなと思っています。何故かと言うと楽しそうで面白そうだからです。私はまだやりたい事したいことが明確に無いのでそれを見つけると言うのも夢の一つです……以上です」

 

 

千夏、夢を持つのは良い事だぞ。どれも難しいかもしれないが千夏ならどんなことでも出来そうだから不思議だ。千夏とは食卓とか五人いると気軽に話せるがまだまだ距離があることは否めない。

 

以前よりはと言ったら良いように聞こえるがそこで満足はしてはいけないのだろうな。

 

清らかな拍手が教室中にこだまする。千夏はほっと一息を吐きながら席に着いた。

 

そして今度は千夏の後ろの千冬が立ち上がる。千冬は軽く呼吸を整えて口を開いた。

 

 

「魁人さんへの感謝と私の夢」

 

千冬も作文だから一人称を変えているようだ。緊張をして僅かに肩を震わせている。頑張れっと念を送る。

 

「私にとって魁人さんは恩人です。衣食住と言う面でお世話になっていることが理由の一つですが何より、私が悩んでいるときに親身になって相談相手になってくれたことが心に残っています。魁人さんと話をしていると私の視野が広がったり、もう一度頑張ろう、前を向こうと思わせてくれます。魁人さんが居なければ今の私はありません。本当に感謝していますしこれからもしていきます。どんな時も私と同じ目線に立ってくれて頑張ったなと頭を撫でてくれる魁人さんの事が……」

 

 

千冬は急にしどろもどろになってしまった。

 

「私は、す、好きですッ……。え、えっと、ど、どんな時でも……あッ、ここ読んだとこだった……え、えっとえっと……こ、れからもよろしくお願いします。私の夢はお世話になった魁人さんに恩返しをする事ですッ。い、以上です」

 

 

教室中がほんわかと言う思考で埋め尽くされた。保護者さんたちも可愛いなと思わずニッコリ。

 

先生も生徒達もニッコリ。

 

 

勿論俺も感謝してもらえてニッコリである。ただ、思わず何とも言えない心境にもなったがそれでもほっこりである。

 

 

今日は来てよかった。四人の晴れ舞台を見ることが出来て心が暖かくなり、感動したからだ。

 

 

もうすぐ授業も終わる。この後は保護者会をしてバレーだ。俺も良いところを見せないとな。

 

拳をギュッと握って覚悟を決めた。

 

 

◆◆

 

 

 

 授業参観が終わった。うち達は保護者会が終わるまで多目的ホールで宿題をしたり話したりしながらお兄さんを待って居る。

 

 

 多目的ホールは下に絨毯のような物が敷いてある大きな部屋でシューズを脱いで過ごすことが義務付けられている。四人で机を囲み腰を下ろしながら二分の一成人式がどうであったのか話し合う。

 

 

「はぁ~」

「ちょっと冬、アンタため息つき過ぎ」

「だって……はぁ~」

「千冬よ、どうしたのだ? 姉である我に言って見るがいい」

「いや、遠慮しとくっス……はぁ」

 

 

千冬は頬を机に乗せてため息を吐き続ける。

 

 

「はぁ、もうアンタはあの程度大したことじゃないでしょ?」

「あ、千夏もため息ついた」

「うっさい。秋は黙ってなさい」

「だが、断る」

「もう、冬、たかがちょっとのミスなんて気にすることないじゃない」

「おい、毎度無視するな」

「だって、折角魁人さんに良いところを見せるチャンスだったのに……」

「魁人さんは頑張ったなって言ってくれたじゃない」

「でも、見せるならより良い姿が良いんスよ……」

「わ、我も怒るときは怒るぞ! 無視するなって言ってるだろがい!」

 

千秋は千夏と千冬を肩をゆすり始めた。

 

「おい、仲間はずれするなぁー!」

「はいはい、分かってるわよ。そう言う秋はどうだったの?」

「もう、完璧だ!」

「……はぁ~」

 

千秋は自信満々に胸を張ると再び千冬がため息を吐いてしまう。

 

「もう、秋もちょっとは冬の顔をたてなさいよ」

「うっ、確かに……すまない妹よ」

「いや、いいっすよ。これは千冬がやらかしたこと。千冬のせいっス……なんで同じ行二回読んじゃうかなぁ……」

 

 

どうやら、同じ行を千冬は二回読んでしまったらしい。よくある事だ。うち達のクラスでもそう言う人はいた。気にすることないし寧ろそういうお茶目なポイントは可愛いのではと思うがそれは所詮うちの感想。

 

でも、視点を変えればどんなことでもプラスに考えられると言う事は伝えたい。

 

 

「お姉ちゃんはそう言うのも可愛いと思うよ」

「そうっスか?」

「そうだよ、だって普段真面目で才色兼備で完璧でミスパーフェクトで可愛すぎて非の打ち所がまるでない千冬がちょこっと、そう言うドジみたいなことをするとギャップで可愛いと思う」

「……前半の推しが凄いっスけど……ドジって可愛いんスかね?」

「可愛いよ。まぁ、極論千冬は何をやっても可愛いんだけどさ。ドジるから千冬が可愛いのではなく、千冬が可愛いからドジが可愛いみたいな?」

「いや、それは曲論が過ぎるのではと思うっス……しかも後半意味が分からないっス……」

「はぁ、春。アンタはもうちょっとシスコンを抑えた方が良いわ。ただ、春の言ってることも確かね、冬がミスった時の様子は可愛かったことは事実。プラスに考えてもいいかもね」

「そ、そうっスかね?」

「うん、我も良く分からないがそうした方が良い気がする」

 

 

何だか、話がまとまってきた気がする。よし、ここは姉としてしっかりと話を纏めて締めよう。

 

パチンと手を叩いて視線を集中させる。するとうちの可愛い妹達のクリクリした目がこちらに向く。

 

「話を纏めると三人共可愛いから、今日の二分の一成人式は大成功って事で良いね? 異論は認めないよ」

「おおー! 大成功か! 千春が言うならそうなんだな!」

「いや、話のまとめ方がトリッキー過ぎるわよ……」

「まぁ、元気づけようとしてくれた事には感謝っス。ありがとう、春姉」

 

 

ふふふ、少しは姉の偉大な姿を見せられたかな。これくらい出来ないと姉失格だけどね。

 

さてさて、そろそろ宿題をしないと。お兄さんが来る頃には終わらせておきたいし。うちは三人の宿題を手伝いながらお兄さんを待った。

 

 

◆◆

 

 

 

宿題を終わらせて暫く待って居るとお兄さんが向かいに来てくれた。シューズを履いてランドセルを背負ってお兄さんの元に向かう。

 

「お兄さん、お疲れ様です。保護者会大変だったですよね?」

「いや、変な役員押し付けられない様にアサシンのように気配を消していたからな。ほぼ、座ってるだけで終わったぞ」

「おおー! カイトはアサシンにも成れるのか! すげぇ!」

 

 

やるね、お兄さん。うちとの会話を成立させつつ、千秋が思わず反応してしまいそうなフレーズを入れると言う高等テクニック。うちの会話と千秋のコミュニケーションと言う二つの要素を兼ねているムーブ。

 

うん、これは見習いたい。一朝一夕でこれは出来ないだろうから

 

 

「まぁな、千秋も明鏡止水の心を会得すれば出来るようになるぞ……多分」

「おおぉ、今度一緒にやろう! 是非ぜひぜひにでも会得したい!」

 

 

お兄さんと千秋が楽しそうに廊下で会話をしていると、お兄さんの背中方面から見慣れた男子が保護者と思われる男性と一緒に歩いてくる。

 

 

「出たな……西田」

 

お兄さんが千秋が嫌そうな顔に反応して後ろを振り返る。千秋はそのままお兄さんの背に隠れる。

 

お兄さんは千秋の反応を見て呟く。

 

 

「成程……大体わかった……」

 

 

お兄さんは過去の千秋との会話、一瞬千秋の呟いた名前、そして表情の変化からすべてを読み解いたようだ。

 

……お兄さんって普通に凄いと思う。千夏と千冬も西……にし、二氏、NISHI、なんだっけ? あ、西野だ。西野と言うよりそのお父さんが怖いようでスッと距離とる。

 

千夏はうちの後ろに、千冬はお兄さんの背中に。なんだろう、この負けた感じ……

 

 

お兄さんは営業スマイルのような顔で頭を軽く下げて挨拶をする。

 

「あ、どーも、初めまして」

「こちらこそどーもどーも。西野の父です」

「この子達の父です。どうもどうも」

 

凄い、お兄さんの営業スマイル、全く違和感がない。そして、絶対に俺の苗字は言わないと言う意思が言葉回しから読み取れる。

 

「……いや、うちの子がいつもいつも千秋ちゃんに迷惑をかけているようで本当にすいませんね」

「いや、それn……いえいえ、そんなことはありませんよ」

 

本当にそれな。正直迷惑だよ。西野。

 

そして、お兄さん滅茶苦茶、音速を超える早口で『いや、それな』と言った。恐ろしく速い滑舌、うちでなければ聞き逃していただろう。

 

現に誰も気づいた者はいない。

 

 

「でも、この子ヤンチャですけど悪い子ではないんです。今後とも仲良くしてやってください」

「いえいえ、こちらこそ」

 

お兄さんは張り付けた笑みを浮かべているが内心はオコである。何故なら千秋から西野の悪行を聞かされているからだ。だが、騒ぎ立てると千秋だけでなく姉妹であるうち達の学校での立場が浮いてしまう可能性があるかあどうしてもになるまでは監視の目線である。

 

だが、それはきっとリトル西野に対しての怒り。ビッグ西野さんはかなり良い人そうなのでその人自体には怒りはないようだ。

 

 

「ほら、正。千秋ちゃんに謝るチャンスだぞ。いいか? 女の子には優しくしないといけないんだ。優しくして褒めてあげないとモテないぞ」

「……っち、悪かったな」

「……別にどうでもいい」

「……あと、見た目より若く見えるな。お前」

「……どうも」

 

 

千秋はお兄さんの陰に隠れながらひょっこり顔を出して西野と話した。だが、すぐにお兄さんの背中に隠れる。お兄さんのスーツのほつれた糸を発見して、取ってあげようと言う善意からビィーっと引っ張っている作業を始めた。

 

 

それが思ったより長く糸が続いてしまい、ドンドン長くなる。千秋はそろそろ切らないと服を全部糸に戻してしまうと考えているんだろう。

 

あわわっと慌てながら糸を引っ張る。

 

いや、可愛いなぁって。

 

 

あと、見た目より若いってどっちなんだろうって思わず口に出しそうになったが、ギリギリのと事で止めた。

 

 

「すいませんね。うちの子が」

「いえいえいえ、今後ともよろしくお願いします」

「いえいえ」

「いえいえ」

 

 

 

 

まぁ、そんなこんなで西野家と別れて一旦、お兄さんと一緒に着替える為に車に戻った。駐車場には止められないので校庭も駐車場として使われている。

 

お兄さんは着替えてから、体育館に向かうようでランドセルなどの荷物を置いてうち達は体育館に向かった。

 

 

◆◆

 

 

 体育館は非常に大きい。いつもうち達は体育の時間に使っているのでその広さは十二分に知っている。二階と一階があり、二階はちょっとした運動スペースがある以外は基本的に鑑賞するスペースである。

 

 

 うち達は四人で並んでお兄さんの応援である。

 

 下では高いネットが四つ程並んでいる。その一番端のコートで運動着に身を包んだお兄さんが準備運動をしていた。

 

 

「頑張れー! カイトー!」

「まだ、準備運動よ」

「でもそれでも頑張れー!」

 

 

地域ごとに分断されたチーム。勝てばお菓子の詰め合わせが授与されるらしい。

 

 

千秋もお兄さんやる気は十分だ。

 

 

体育館は大人たちの熱気と子供たちの応援で熱い。だが、中にはスマホで遊んでいる子やPSPで遊んでいる子もいる。

 

 

今は電子機器の時代か……そんな事を考えていると試合が始まった。

 

 

「ガンバれー! カイトぉ!」

「魁人さん……」

 

 

千秋と千冬がそれぞれ応援をしている。千夏も応援はしているが声を出すのは恥ずかしい様子。

 

そして、下のコートではお兄さんが最も目立っていた。若さ、洗礼された動き、様になっていると言うボールタッチ。お兄さん前にバレーやってたって言ってたっけ……

 

 

だから上手だ。

 

 

お兄さんが助走をつけて、鳥の羽のように手を広げて高く飛び高い打点でボールを打った。

 

スパイクが決まる。会場はドッと湧き上がる。大人も子供も凄い凄いと口に出す。

 

「ふふふ、我のカイトは凄いんだぞ!」

「なんでアンタが誇らしげにしてるのよ」

「良いんだよ! だって、カイトが褒められたら嬉しいんだもん」

「ふーん……そう。アンタのそういう所は見習わないとね」

「そうだな!」

「いや、謙虚になりなさいよ」

 

千夏は千秋と会話しながら下のコートを誰よりも集中して見ていた。また、お兄さんがスパイクを決める。

 

「バレーボールか……面白そう……」

 

 

あれ? 千夏、バレーに興味が? そう聞こうとした瞬間に千冬が叫ぶ

 

「あ! か、魁人さん大丈夫っスか!」

「カイト!」

 

千秋も続いて叫びうちも慌てて目線を下に移す。そこには足をびっこひいているように歩くお兄さんの姿が。

 

「ッつー!」

「大丈夫かい?」

「これは足吊ってるよ」

「これは交代だね」

 

 

心配になった千秋と千冬が慌てて下のコートに走っていく。うちと千夏もその後を追って行くが、この試合は言わば遊びのような物らしく、お兄さんは万が一重症になってはいけないと大事をとって試合は出れないと言う事になった。お兄さんが居なくなってしまったチームは結局一回戦で負けてしまった。

 

 

 




ー――――――――――――――――――――――――――――――――

面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。




https://twitter.com/7655tsfv/status/1369210101681168385

それとイラストを描いてくれた方に許可を頂いたのでこちらから見てください。凄い可愛いです。


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36話 ある意味モテ期

感想等ありがとうございます


 足を吊ってしまった。そのまま試合に負けて帰宅と言う明らかに醜態と言える惨状。恥ずかしい。家の鍵を開けて五人で家に入り思わず肩のコリをほぐすように揉んだ。

 

 何だか、全身的に疲労が溜まっているだけでなく筋肉痛も発症しているような気がする。

 

 

「カイト、足大丈夫か?」

「あ、ああ大丈夫だ」

 

 

 千秋が心配しているように顔を下から覗かせる。本当ならこの顔が尊敬いっぱいになるはずだったのに。

 

 千秋だけじゃない、全員が心配をしてくれた。千冬、千夏、千春も声をかけてくれて、心配の眼を向けている。

 

 手洗いうがいをして、運動したから軽く汗を風呂で流してコタツに入る。四人はテレビをつけて見ている和に俺も加わる。

 

 

 はぁ、四人は俺がダサいとか思って無さそうだけど、周りで見ていた他の小学生とか西野とか笑ってたからダサいって思ったんだろうな。千秋が凄い怒ってくれて嬉しかったけど何だか笑われても仕方ないとすら思った。

 

 

 まぁ、子供だから当たり前と言えば当たり前だ。足吊ってリタイア、小学生だとそう言う事をカッコよくないと素直な気持ちを抱くだろう。

 

 

 

「カイト?」

「……どうした?」

「いや、何か複雑そうな顔してたから」

「ああー、そうかな? まぁ、何でもないさ」

「むっ、嘘だな。我にもそれくらい分かる。……はッ! さてはバレーで足吊ったのを気にしてるんだな?」

 

 

千秋は少し考える素振りをしてすぐに俺が思っていると事を当てた。

 

「周りは笑ったが我はカッコいいと思ったぞ! 流石我のカイトだとな」

「そうか?」

「そうだ! あのぴょーんって飛んで、ドーンって打つやつマジでカッコよかった。一番だった!」

「そ、そうかぁ」

「笑った奴はマジで許さん! オコだ! 激おこだ!」

「千冬も魁人さんはカッコよかったと思うっス……足吊っちゃったけどそれだけ頑張ってたって事だから……」

「私も魁人さんの姿はとても良かったと思います」

「うちもお兄さんは少しもカッコ悪くなかったと思いますよ」

 

 

元気が一瞬で戻った。千秋と千冬と千夏と千春は人を元気付ける天才だな。筋肉痛などがあるから体にシップを貼ろうと思っていたら、先に娘が心のシップを貼ってくれるなんてな。

 

 

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」

「ふふふ、そうかそうか、それなら我が励ました甲斐があったと言うものだ」

「本当にありがとうな、よし、今夜はカレーだ。みんな頑張ったと言う事で、目玉焼きもつけよう」

「わーい!」

 

千秋の喜ぶ顔を見て早い所料理を始めないと言う心境になり、コタツから出ようと腰を上げようとすると先に立ちあがった千秋が俺の肩を両手で掴んだ。

 

「なんか、さっきからカイトが肩触ってたから揉んでやろう」

「え? いいのか?」

「勿論だ。もみもみで癒してやる」

 

 

千秋が小さい手で肩の凝っている部分を精一杯力強く揉んでくれる。うんしょ、よいしょ、と時折発する言葉も可愛くて仕方ない。

 

何という幸運だ。寧ろ足を吊って良かったとすら思う。

 

 

肩を揉むと言うのはかなり疲れる作業だ。手の親指の付け根の母指球が凄い疲れて吊ったような感覚になる。それを我慢して俺の為に尽くしてくれる千秋に感動を感じるしかない。

 

 

「千秋、無理しなくていいぞ」

「いや、これくらいダイジョブだ」

 

 

そうは言うが両手かなりきついだろう? 子供には肩もみはかなり疲労が溜まる。無理はしなくていいんだ。気持ちだけで嬉しいのだから。

 

「うぅ、手が……」

「もう、大丈夫だ。元気になったからな」

「本当か?」

「ああ、もう、肩が軽すぎて生まれ変わったのではないかと錯覚しているくらいだ」

 

 

よし、今度こそ夕食を作る為に腰を上げようとすると再び肩に手があてられる。

 

「今度は千冬が魁人さんを、癒す役目を果たしまス……」

「いいのか?」

「はいっス!」

 

 

千冬は元気よく返事して肩を揉んでくれる。

 

「どうっスか?」

「勿論、気持ちいいぞ」

「……秋姉とどっちが気持ちいいっスか?」

「……両方甲乙つけられないな」

「じゃあ、つけられるように頑張るっス……」

「そ、そうか……」

 

 

千冬はツボとかを意識している。凝ってる所を重点的に施術してくれるし満足しないはずはない。だが、千秋も頑張りがどうしようもなく伝わってきてどちらが上とか言えるわけがない。

 

 

「むっ! 千冬、我も負けないぞ! もっとやる!」

 

 

千秋も再び参戦してくれる。右肩を千冬、左肩を千秋。二人の愛を感じて幸せに浸りながら体も癒された。

 

 

終わった後に千冬からどっちが良かったと聞かれたのでどっちもと正直に答えて。複雑そうな顔にしてしまった。

 

 

……ごめん。千冬。

 

 

 

◆◆

 

 

 

  うち達の初の授業参観、二分の一成人式が終わりコタツでカレーを五人で食べていると、千秋が不思議そうに話を切り出す。

 

 

「そう言えば、最近、男子がソワソワしてるな。なんでなんだ?」

「そう言えばそうね。なんでかしら?」

 

 千秋に同調するように千夏も首をかしげる。千秋と千夏は天然な時があるから分からないのだろう。バレンタインと言うイベントがあることに。

 

 

「きっと、バレンタインっスよ」

「そうだね。うちもそうだと思うよ」

「ほぉ! バレンタイン、そうか! あれか! あげれば三倍で返してくれるやつ!」

「いや、それは違うと思うわよ。でも、そっか、うっかりしてたわ。バレンタインがあったのね……」

 

 

千夏と千秋と千冬と言う存在からチョコが欲しくなってしまうのは当然である。姉であるうちも欲しいのだから。

 

千秋がお兄さんに話の流れで聞いた。何気ない一言だが千冬は気にしていないふりをしながらもチラチラと目線をお兄さんに。千夏は特に反応をしないがお兄さんの話を聴く為に視線を向ける。

 

 

「カイトはチョコ欲しいか?」

「うーん、貰えたら嬉しいけど。俺はどっちかと言うと千秋たちに美味しいスイーツを作ってあげたいな」

「おおー!」

「あ! 最近は友チョコってのも普通だからな。作りたいなら協力するけど……どうする?」

「我は……特に、あ、でもブロッサムに一応上げたい」

 

 

確かにうちも桜さんには友チョコとしてあげたいな。

 

 

「千冬は……春姉と夏姉と秋姉と魁人さんにあげたいッス」

「……そうか。それじゃあ、折角だし皆で作るか」

「おおー、カイト、ナイスアイデア!」

 

 

確かにそれは良いアイデアだ。可愛い妹達からチョコを貰えるなんて、神イベ過ぎる。

 

「うちもそれは是非ともするべきだと思います」

「よし、じゃあ何作りたい?」

「我はカカオからチョコレート」

「千冬は想いが伝わる物なら何でも……」

「私は……特にこれと言ってないです」

「うちは姉妹から貰えるなら何でも構わない所存です」

「うん……簡単にできるクッキーにしよう……」

 

 

何を作るのか、議論は一瞬で決まった。うち達の意見はかなりバラバラであったが最終的にお兄さんがまとめてくれたおかげである。

 

 

バレンタインが楽しみだとほくそ笑みながらカレーを食べた。妹から貰ったクッキー勿体なくて食べられないかもしれない。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 授業参観が終わり数日が経過しバレンタインが近づいてきた。俺は現在定時で仕事を終わらせた帰りにスーパーでクッキーの材料を購入している。

 

 

 

 クッキーとは意外と簡単にできる。卵やらバター、バニラエッセンス、ホットケーキミックス、砂糖、生クリーム、牛乳とかまとめて型抜いて、予熱したオーブンで焼けばいいだけである。

 

 

 今まで危ないなどを理由で料理は姉妹にさせてこなかったが今回ばかりは違う。殆ど危ない所は無いしオーブンに入れるのも俺がやる。危ないところなし。危ない所が無いと言うのが大事だ。千夏の心境的にもな……

 

 

 

 最近、どうやら小学男子はかなり娘達にアピールをするらしい。そろそろ、二月だと直球で言う者、俺潔癖症だからいらないとか言う者、そもそもバレンタインって何と惚ける者、貰っても返すのが面倒だからいらないと大声で言う者。

 

 それを聞いて俺は思う。欲しいんだなと。

 

 

 分かる。千春、千夏、千秋、千冬。可愛いよな。俺も同年代でクラスが一緒だったら欲しくてたまらないと思う。

 

 だが、現実は非常なのだ。コッソリ期待して靴箱と確認してもない事が九割である。そういう経験を通して男子はこのままではダメだとオシャレに目覚めたり、髪型を気にしたりなる場合もある。

 

 まぁ、小学男子の諸事情とかどうでもいいけど。

 

 

 娘の事の方が重要だ。

 

 

 一緒に料理をする事で食育と言う一種の学びになる。色々な経験をして大人になって欲しいと言うのが俺の願望だから頑張ろう。

 

 

 そんな事を考えながら車を走らせて家のドアを開ける。いつも通り千秋が一番に出迎えてくれた。

 

 

「カイトー! おかえり!」

「ただいま」

 

「魁人さんお帰りなさいッス」

「ただいま。千冬」

 

後ろには千夏と千春もいる。出迎えてくれる娘なんて早々居ないだろうから俺は幸せ者なんだろうな。

 

思わず湿っぽくなってしまった。

 

 

今日は皆でクッキーを試作でも作ってみよう。積み重ねだ。時間も会話も出来事も積み重ねて絆を育んでいく今を俺は幸せに思った。

 

 

 

◆◆

 

 

「ああー、チョコが貰えなかった……」

「当たり前だ。当日だけ、髪型ワックスで整えても意味がないって事だ」

「クッソ」

「これやるよ。俺の娘が作って形が崩れたクッキーだが」

「おおぉ! 母からしか貰えない俺に遂に救いの手が!」

 

 

 佐々木よ。それで喜んでいいのか。袋につめて口をモールで縛った若干失敗したクッキーを上げる。美味しいから全然問題は無いんだが。

 

 

 クッキーを作るのは意外とあっさり何事もなく終わった。いつもの変わらぬ日常のように。

 

 材料を皆で交代で混ざて、形を抜き取る。そして焼いて、味見して、渡し合う。気軽にそれが出来たのが嬉しかった。出来るようになっている事にも嬉しさを感じた。

 

 

 だが、どうしても、満足がいかない。

 

 千春と千夏にはまだ距離があり、それをどのように詰めるのか分からない。

 

 

 

「魁人さん」

「はい?」

 

職場のデスクで仕事をこなしながら考えていると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると小野妹子さんと言う同期の女性が

 

「これどうぞ。バレンタインと言う事で」

「あ、どうも」

「娘さんと食べてくださいね」

「ありがとう……」

 

 

まさか、意外と職場男性人気の高い小野妹子に貰えるとは。佐々木の眼が凄い。

 

「魁人先輩どうぞ」

「あ、どうも」

「こっちも」

「あ、どうも」

「どうぞです」

「どうも」

 

全員娘さんにと言う肩書付きだがまさか、鞄に入りきらない程のバレンタインのプレゼントを貰えるとはな。

 

過去最大だぞ。前世含めても。

 

 

普通に嬉しいが……何か複雑。まぁ、それより娘がこれを食べて美味しいと笑顔になってくれる方が大事だからその複雑な気持ちはどうでも良い。

 

 

もう、四人は三学期が終わる。来年から五年生。そして、その前に旅行に行くと言うイベントが待ち構えている。

 

楽しみであるがまだまだ俺は四人と向き合えていない部分がある。すぐに無理な所、目を逸らしている所、全ては無理かもしれないが何かを変えたいと思うのだ。

 

 



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37話 旅行

感想等ありがとうございます


 うちは世界一の幸せ者である。何故なら可愛い妹達からクッキーを貰うことが出来たからだ。本当にこのような機会を作ってくれたお兄さんには感謝をしたい。

 

 クッキーを互いに渡し合い食べる。最高であった。どんなに最高級で値段の張るスイーツよりも妹が作ったクッキーと言う事実がハッキリわかった。

 

 学校で桜さんにもうちと千秋でクッキーを渡すと非常に喜んでくれた。ホワイトデーのお返しをするからと男らしい返事をくれたのは素直にカッコいいと思う。

 

 

 あと、男子達は興味ないふりをして期待している人もいたが最後まで期待で終わった。西野、千秋に話しかけても効果なし。

 

 普段からお兄さんみたいに優しくすればもしかしたら……

 

 いや、それでも無理か。

 

「今日の四時ドラマは密室の奴ね……」

「おやつは余りのクッキーだぁ」

 

 

リビングのコタツに入りながらバレンタインで作り余ったクッキーを食べる。ハート、星沢山の形を型にとったクッキー。

 

千夏と千秋もドラマ見ながらクッキーを食べる。二人は次々とお皿の上のクッキーに手を伸ばす。だが、千冬はハートのクッキーを手に取りそれを口に運ばず眺めている。不服、と言う表情だがそれほどまでではなく何処か諦めもある。

 

そう言えばお兄さんにハートマークのアイシングをしたクッキーをプレゼントしてたっけ。

 

確かにお兄さんは喜んでくれたけど、千冬が求めている反応ではなかった。恋愛と言うドキドキと夢があるような物ではない、家族愛と言う父と娘の反応と対応。

 

そこに複雑さを感じているが同時に納得もしているのかもしれない。子供と大人。父と娘と言う関係が前提にあるのは千冬も分かっている。

 

難しい。ヘタに動けばそれはお兄さんの迷惑になり、平穏な父と娘の関係すらも壊してしまうのだから。

 

だから、最低限のラインで動かざるを得ない。

 

 

千冬はアイシングのされていないクッキーを口に入れる。食べたのはその一枚だけで、あとはドラマにただ視点を向けていた。

 

時間が経つと、いつものようにお兄さんが帰ってくる。千秋が真っ先に出迎えていってその後を千冬が追う。

うちと千夏もその後を追う。

 

「おおー、沢山だな。カイトはモテモテだな」

 

 

お兄さんは袋一杯にバレンタインプレゼントを持っていた。千秋は驚き、千夏も意外だと驚き、うちは確かにお兄さんは良い人だけどそんなにモテるかと驚き、千冬はちょっと嫉妬の表情。ちょっとと言うかかなり嫉妬と心配。

 

「いや、これは俺にではなく千秋たちにらしい。俺は全くモテていないしモテてるのはむしろ……いや、なんでもない。俺が貰ったのは千春と千夏と千秋と千冬からだけだ」

「おおー我にか!」

「皆で食べるんだぞ。チョコとか、クッキーとかエクレアとか色々あるけど食べ過ぎると鼻血出ちゃうかもだからな、気を付けるんだぞ」

「はーい!」

 

 

千秋が袋を貰うとそれを持ってリビングに戻って行く。お兄さんは自分が全くモテていないのに沢山貰えているのが複雑そうだがすぐに顔を明るくした。

 

「よ、良かったっス……」

 

 

ホッと、一息をついている千冬。ライバルが居なくて良かったとでも思っているんだろうけどまた顔をしんみりさせる。……本当は手紙も書いてたからだろうか。

 

隠れて書いていたから中身は分からない。でも、封にハートのシールを貼っているのは分かってはいる。遊びではない純粋で強い想い。最早認めなければならない。千冬が恋をしていると言う事を。

 

だが、その想いの手紙をお兄さんに渡すことは最後までなかった。結果は言わずもがなだと分かっていたのだろう。

 

 

バレンタインはプレゼントより、気持ちを伝える行事だと思う。だが、千冬はそれを伝えることに意味を感じない為に手紙を封印した。それをしたところで何もない変わらないと。

 

 

ここでうちは何と言えば良いのか分からずに、気づかないふりをしてしまった。千冬も隠れて書いていたと言う事は秘密にしたかったと解釈したと言う理由もある。

 

 

うちが口を挟んでいいことなのか分からないし。恋愛ってかなりセンシティブな物でもあるし。

 

 

――報われる可能性だって低いと思ってしまったから。

 

 

 うちは気付かないふりをした……してしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

 三学期が終わり、春休みがやってきた。寒さも徐々に和らいでいるがもう少しだけコタツには活躍してもら和いといけないかもな。休みが始まり、俺は約束した通り北海道への食べ歩き旅行に行く準備をしている。

 

 パンツなどの衣類をケースに詰めている。他にも手提げのバッグにティッシュや除菌シートなど何処かで使えそうな物等々。

 

 

 今頃、上で四人も準備をしているだろうな。手伝おうかと思ったが衣類とか見られたく無いものがあるかもしれない。程ほどにしておかないと嫌われてしまう。

 

 

 それに旅行の準備を自分でするって言うのも、楽しかったりもするからな。

 

 そう言えば全員北海道行くことを知ってるのかと思ったら、全員笑顔をしてくれたのだが千秋しか知らない様子だった。 千秋、全員で行きたい所打ち合わせたって言ってなかったか?

 

 

 ……まぁ、良いんだけどさ。

 

 

◆◆

 

 

 楽しみな事があると夜は眠れないと言うのはよくある事だ。布団の中では明日の事で頭がいっぱいで眠る何てこと出来るわけがない。

 

 クリスマスの時もそうだったが単純に楽しみで仕方ない。アドレナリンでもドバドバ出ているのではないだろうか。

 

 

「えへへ、明日は何食べよっかなぁ」

「秋、アンタのせいでさっきから五月蠅くて眠れないのよ」

「まぁまぁ、夏姉。眠れないのはみんな同じなんスから」

 

 

 千秋、千夏、千冬皆眠れないようだ。ここは姉として子守唄でも歌ってあげよう。膝枕で。

 

 

「じゃあ、うちが膝枕で子守唄をするよ。ほらほら、三人共頭置いて」

「三人は無理よ。それに私は遠慮するわ」

「千冬も」

「そ、そんな……じゃじゃじゃーん」

 

うちの頭の中にベートーヴェン交響曲第五番『運命』が流れる。と言うか思わず声に出してしまった。

 

「いや、口に出すんかい」

「千冬もそのツッコミをしようと思ったっス」

 

千夏と千冬が的確にツッコミをしてくれる。

 

――実は今の口に出した運命はわざとなんだよね。

 

コミュニケーションをとるために敢えての運命なのである。

 

そして、千秋もベートーヴェン交響曲第五番『運命』をうちに合わせるように声に出してくれた。

 

「じゃじゃじゃじゃーん」

 

千秋はうちに乗ってくれる。分かっていたよ、千秋がうちに乗ってくれることはね。

 

「じゃじゃじゃじゃーん」

「じゃじゃじゃーん」

「テレレれ」

「テレレれ」

「「じゃんじゃんじゃーん」」

 

 

偶にこういう謎のコミュニケーションがとりたくなってしまう。良く分からないけどその場の雰囲気や流れで一つの筋のような物を演出する。これがかなり楽しい。ありがとう、千秋。

 

「え? 何やってんの、アンタ達」

「我は何となくその場に乗っかった」

「うちもそんな感じ」

 

 

千夏の強烈なツッコミが入る。千冬は苦笑い。本当なら四人でハーモニーを奏でたかったけどそれは次回。

 

「そろそろ、我眠くなって来た」

「アンタ……本当に自由奔放ね」

「偶にはお姉ちゃんの布団で一緒に寝てもいいんだよ?」

「うん、じゃあ、今日は千春の布団入る」

 

 

あれ? まさか、本当に入ってくるなんて。最近は断るのに、冗談のつもりだったが千秋はうちの布団に枕を持って入ってきてそのまま横になる。

 

「秋、急にどうしたのよ?」

「今日は何となく千春と寝たくなった」

「あー、偶に千冬もそう言うときあるっスね」

「え!? じゃあ、千冬もおいでよ!」

「え? ……急に……いやでも、じゃあ、今日はお邪魔するッス」

 

 

まさかの千冬も。どうしたのだろうか。今日は。幸運が過ぎるんだけど。

 

二人が入ってきて千夏はなんだか寂しくなったようで目を少し細めている。これは自分から言えない奴だよね?

 

「千夏、おいで」

「まぁ、春がどうしてもって言うなら……」

 

 

しょうがないと言う風貌で枕を持ってくる千夏。そして、気が聞く千冬は一つの布団では狭いだろうと自分の布団とうちの布団を合体させて二枚で一枚にする。真ん中にうちと千秋、うち側の隣は千冬で千秋側に千夏。

 

「……今度からこの陣形で寝ることを義務にしようか」

「いやそれは……流石にそれは止めた方が良い感じがするわよ」

「千冬も以下同文っス」

 

 

そっか。反対か……じゃじゃじゃじゃーん……

 

うち的には義務どころか法律にしたけど、二人が反対なら仕方ない。二人が言う事は憲法みたいなことだしね。

 

「それにしても、あんなに騒いで一番に寝るってどういうことよ」

 

千夏が既に眠りについた千秋を見る。千秋はうちの左手を握ってすやすやと夢の世界に旅立ってしまっていた。

 

うーん、可愛い。寝顔がこんなに可愛いってどういうこと? 可愛すぎて一周周ってまた可愛いよ。

 

写真撮りたいけど、機器が無い。残念。

 

 

「ふふ、そこも千秋の良さだよね。ほら、二人ももう寝よう? 子守唄歌うから、ねーねん、こーろーりぉ」

「いらないわよ」

「千冬も大丈夫っス」

 

あ、そっか。昔はよく歌ったんだけどなぁ。皆で眠るのが普通だった。最近はそんな風にならなくなってしまって寂しかったけど、こうやって皆で眠れるのは最高。

 

ただ、悔やまれるのは手が二つしかないから二人の手しか握れないと言う事。足で手を繋ぐなんてことはできないし……ここだけがどうしても悔やまれる。

 

くっ、うちは一体千夏と千冬どちらと手を繋げばいいの?

 

「二人共、どっちの手を握ればいいかな!?」

「いや、フリーで」

「千冬もそれで、春姉、両手共繋いでると寝ずらいっスから」

 

 

二人共うちの方向に顔を向けつつ目を閉じて、眠りについてしまった。三人共、可愛いなぁ。本当に。

 

……どうして、こんなに可愛い子達が酷い目に遭わないといけないのかと何度も思った。

 

 何も悪くない。ただ、人と少し境遇が違っただけだと言うのに。

 

 アイツらは許さない、口に出さないが死んでしまって清々した。三人を不幸にする存在は許さない。

 

 もし、犯罪がバレなくて……

 

 そこまで考えて狂気的な考えに自分が向かっていること気付いた。姉としての理想像がこんな事で揺らぐなんていけない。

 

 落ち着け。もう、アイツらは居ない。平穏が今はあって三人が幸せ。それでいい。それだけでいい。余計な思考は排除しよう。

 

 

 明日もあるのだから、もう寝よう。今日は可愛い妹に囲まれているのだから、寝心地も良いはずだ

 

◆◆

 

 

「よし、先ずは車で羽田に向かおう」

「おおー!」

「お兄さん、よろしくお願いします」

「魁人さんお願いします」

「お願いしまス」

 

四人が車に乗る。後ろに千夏、千秋、千冬。助手席には千春。乗り込んだら早速、羽田空港に向かおう。駐車所の予約はしてあるし、飛行機の予約も万全でいざ出発。

 

車を走らせると、すぐにバックミラーに欠伸をしている千秋が写った。朝早めの出発だからまだ眠いだろうな。

 

……これ、寝ていいよって言わないと寝ずらいかな?

 

「眠いなら寝て良いからな」

「ん、じゃあ……我寝たい」

「いいぞ」

「本当に寝て良いの? カイトが連れてってくれるのに寝るのは」

「いいんだ。俺は飛行機寝るからな」

「ん、ありがとぉ……すぴー」

 

 

寝るのが速いな。

 

「千夏と千冬と千春も寝て良いんだぞ」

「……じゃあ、お言葉に甘えます」

「千冬は起きてるっス」

「うちも起きてます」

「え? じゃあ、私も……」

 

 

千夏は眠るつもりだったのだが千春と千冬が起きてると言うので起きるように思考が向かっている。

 

「千夏、眠いなら寝ていいんだ。気を遣うな」

「は、はい。じゃあ、おやすみなさい……」

「千冬も瞼が重そうだぞ。一緒に寝るんだ」

「じゃあ……そうしまス」

 

 

後ろの二人が瞼を閉じる。

 

「千春も寝て良いんだぞ」

「いえ、うちは三人の寝顔が見たいので」

「そ、そうか」

 

 

千春は嘘を言っているわけではないようだが眠気があると言うのも本当だろうな。眠気か姉妹の寝顔か、どちらが良いかと聞かれたら確かに寝顔かもな。シートベルトしているために上手く動けないが偶にチラチラと後ろ振り返る。

 

本当に姉妹が大好きなんだよな。

 

 

「お兄さんは眠くないですか?」

「俺は大丈夫だ」

「一人運転だと眠くなりやすいと聞いたのでうちが何か話します」

「それは嬉しいな」

「そうですか……しりとりしますか?」

「しりとりか……」

 

後ろしか見てない千春と会話をする。気遣いが嬉しいがそんな態勢だと首が痛くなりそうだけど大丈夫か?

 

「しりとりは余りお気に召しませんか?」

「いや、そんなことは無いんだが……それよりその態勢は首痛くならないか?」

「大丈夫です」

「そ、そうか……しりとりより、俺は千春の事を聞きたいな」

「うちですか?」

「そう、好きな食べ物とかってあるか?」

「三人が好きな物がうちの好きな物です」

「……そうか。千春自身が食べたいってものは無いのか?」

「特に思い当たりませんが、お兄さんの料理は全部好きです」

「ありがとう……」

 

 

そう言ってくれるのは嬉しいんだがな。ゲームでも全部姉妹基準と言うのはあった。千春には好きな食べ物とかは無くて欲がない。

 

 

……何か、好きな物を発見したい。もしくは好きにさせたい

 

「北海道行ったら滅茶苦茶旨い物たくさん食べような」

「……はい。ありがとうございます」

 

 

俄然、この旅行を成功させたくなって来たぜ。何事も一歩一歩の重ねだ。千春と言う少女の心を動かすために何が出来るか色々考えてきた。

 

先ずは好きな食べ物を発見すると言う事に決まりだな。

 

北海道よ、待ってるが良い……旨いものを用意してな

 

俺は千春と会話しながら車を走らせた。

 

 




展開が飛び飛びで申し訳ありません。


面白ければ★、感想、レビューよろしくお願いします。


それと松羅弁当様がTwitterにて掲載されている。四姉妹の絵はご覧になりましたか?

滅茶苦茶可愛いですのでまだ見てない方は是非。


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38話 テレパシー

感想等ありがとうございます


 北海道についた……うぅ、腰が痛い。飛行機で少し酔っちゃうし……幸先が悪い感じがする。新千歳空港には

 

 だが、寒いだろうと厚着をしてきたのは正解だったな。ベルトコンベアーから流れてくる荷物を取り外へ出る。冷たい風が吹き抜ける。

 

 

「おおー!! 寒い!」

「体温が違うわね……」

「寒いッス」

「うちと全員ハグしようっか?」

 

 

 さて、先ずは旅館に荷物を置きに行こう。そして、一旦昼食をゆっくり取って千歳水族館に行って、旅館で美味しいもの食べて就寝。

 

 明日は空港で美味しいも食べて流れで帰宅。

 

 プランはばっちりだ。さて、行こう。

 

 

「じゃあ、先ずは荷物を近くの旅館においてこよう」

 

 

 俺が先導になって歩き始めると四人はついてくる。四人共リュックを背負って縦一列に並んで歩いている。偉い、横ではなく縦。他の通行人の人の事も考えているあたり偉い。

 

 

 

 十分ほど歩いて大きな旅館にたどり着いた。部屋は姉妹たちと俺の二つ。畳が敷いてあり外の景色も良く見える三階にある部屋だ。チェックインをしつつ部屋を最低限だけの荷物を持って旅館を後にした。

 

 

◆◆

 

 

 

 うち達は大きな旅館に背負っていた衣類などが入ったリュックを置いた。置いたらすぐに隣の部屋のお兄さんと合流して外に美味しい物を食べに行くのだ。

 

 

「むふふ、夜は皆でトランプだ」

「秋姉はトランプが好きっスね」

「皆でやるのが楽しいからな!」

 

 

千秋はリュックからトランプを取り出してニヤリ。確かにトランプは楽しいからね。それにしても相変わらずお兄さんの気遣いは徹底していると思う。部屋二つってお金もかかるのに。

 

年頃とか理由はあるんだろうけど、距離感を無理に詰めない。そこに、無理をしなくてもいいんだと言う安心感が生まれる。

 

うち達はお世話になっているの事が頭にある以上、感謝は常に持っている。だが、お兄さんがそれを強制することは無いし、大袈裟な感謝などもすると一言挟む。

 

無理せずに普通に限りなく近い境遇を演出をしてくれている。これは誰にでも出来る事ではないとうち達は知っている。

 

そして、普通の愛情と生活。普通な家族の想い出。これを与えてくれることに変化があるのは当然なのだ。

 

 

「千春! 早く行くぞ!」

「うん、そうだね……」

 

千秋の無垢な笑顔を見て自然と自分も笑顔になる。千秋だっていつも笑顔だけでも闇を抱えている。誰よりも元気で活発な彼女は正に光そのものだ。うち達は何度も救われている。

 

千秋は何を考えているのだろう。姉でも分からない事がある。その笑顔の下には……こんなことを考える場面ではないのに……

 

複雑な思考をしてしまうのは、そういう事を出来るのではなく、そういう風になってしまったからなのか。

 

姉である自分がそれを出来ると言う事は……

 

 

「全く、我は腹が減っているだ! とっとこハムスターのように行くぞ!」

 

 

千秋がうちの手を取った。引っ張り外に無理に出してくれる。部屋の外にはお兄さんと千夏と千冬が待って居てくれた。

 

「よし、上手い海鮮食べにいこうぜ。もう、調べはついてるんだ」

「千冬凄く楽しみでス……」

「私だってそうよ」

「我もだ! 千春もそうだろ!?」

「……うん」

 

……幸せである事は普通でない、当たり前でないと知っている。何度も思う。だが、今は素直に余計な事を考えずにお兄さんに付いて行こう。何処まで素直になれるか分からないけど……

 

折角旅行に来たのだから。

 

 

◆◆

 

 

 

さてさて、俺達はとある海鮮の料理が有名な食事処に来ている。何故、俺がここを昼を食べる場所に選んだかと言うと単純にネットの評判が良いからだ。しかも、ザンギとか海鮮以外の食べ物を食べられるらしい。沢山の美味しい物を食べると言う経験にはうってつけだろう。

 

 

「いらっしゃいませー、ご予約はされていますか」

「はい。予約した、黒です」

「……あー、例の変な名字の……コホン。ご案内しまーす」

 

 

おい、苗字の事に触れたな。まぁ、それくらい良いだろう。

 

「ゴクリ、美味しそうなにおいがするぞ」

「千冬は大ネズミでも小ネズミでもないっスけど……思わず口に涎がたまるっス……」

「ね、ねぇ、春。今日何食べても良いのよね?」

「良いと思うよ。お兄さんもそのつもりで連れてきてくれたんだから」

 

 

どうやら、四人も食べたくて仕方ないようだな。俺もだけどね。

 

個室の部屋に案内されると五人で机を囲んでメニューと睨めっこ。部屋は座布団が敷いてある和風の部屋だ。他の部屋と隔離されているからか自然と解放感が生まれる。

 

 

「カイトカイト! これ、この刺身セットとザンギと豚丼、頼んでも良いか!」

「ああ、全員好きな物を好きなだけ頼んでくれ」

「「「「おおー」」」」

 

全員の驚きと嬉しさの声。これを求めていた。さて、俺は余り頼まずで良いかな。四人が沢山頼んで食べきれなかったりしたら店の人に悪いからな。それを俺が食べよう。

 

「ええっと、私は……ピザもあるんだ。いやでも海鮮が」

「千夏、両方で良いんだぞ」

「じゃ、じゃあ……両方で」

「千冬は……この刺身定食……」

「それだけでいいのか? エビフライとかあるぞ」

「そ、それもお願いしまス……あの、断じて千冬は食いしん坊ではないので! そこは分かって欲しいでス!」

「分かってるさ」

 

千春はメニューを眺めているけど、あまりこれと言って注文は無いな。千春の事だから俺と同じ残り物とか考えているのかもな。

 

「千春はどうする?」

「うちはこのミニミニ刺身にします」

「それだけじゃ、足りないだろう。サバの味噌煮とかマグロのから揚げとかあるぞ。姉妹が残したらそれを食べるとか考えているのかもしれないがそれは俺の役目だ。純粋に頼みたいのを頼むといい」

「……じゃあ、今お兄さんが言った二つを……」

「分かった」

「……ありがとうございます。お兄さん」

「どういたしまして」

 

やはり、残り物の事を考えていたな。と思いながら注文の為にボタンを押して、店員を呼ぶ。

 

 

「はいー。ご注文をお伺います」

「えっと、これとこれと、これとこれとこれと、これとこれとこれ。あとこれとこれとついでにこれこれこれをお願いします」

「はい。では注文を繰り返させていただきます……これとこれと、これとこれとこれと、これとこれとこれ。あとこれとこれとついでにこれこれこれ。でよろしいでしょうか」

「はい、それでお願いします」

「少々お待ちください」

 

 

あの店員さん、さてはベテランだな。注文繰り返しが途轍もなくスムーズだった。

 

 

「お腹空いたー」

「まぁまぁ、秋姉すぐくるっㇲよ」

「こんなに頼んで良いのかしら?」

「大丈夫、千夏気にしすぎだよ」

 

 

まぁ、注文してから料理が来るまではじれったくて落ち着かないよな。

 

「カイトは何を頼んだの?」

「俺はカニの茶わん蒸しと伊勢海老の刺身だな」

「おおー……茶わん蒸しと伊勢海老の刺身……カイト、シェアしよう!」

「いいぞ」

 

千秋は本当に素直で食べることが好きなんだな。しかも食べても全然太らないと言う神体内特性だし。

 

年頃の女の子はちょっと妬む特徴だよな。

 

「あ、じゃじゃあ、千冬も……」

「勿論だ」

 

 

元々、沢山の種類の料理と食べて欲しいから四人と被らない料理を選んだんだ。千夏と千春は何も言ってこないが流れで二人にもあげれば問題は無いだろう。

 

 

「お待たせしましたー、豚丼でーす」

「はいはいはーい! 私! じゃなくて我です!」

「熱いのでお気をつけてー」

 

 

店員さんは流れる海の波のように去って行った。千秋は早速割りばしを割った。そして、チラリと周りを見る。

 

「千秋、先に食べて良いぞ。皆も良いか?」

 

俺が三人に聞くと千春たちは頷いた。

 

「いただきます! あーむっ、……おいひぃ」

 

 

……俺も今度豚丼作ろう。

 

 

「この、豚の油のうまみのとタレがすげぇ」

 

 

千秋って美味しそうに食べるな。その姿を見ていると自然と見ている方も腹が減る。ラーメン特集のテレビ番組を見ているときにラーメンが食べたくなるような物だ。現に千夏と千冬と千春が食い入るように見ている。

 

 

「ご、ごくり、そ、そんなに美味しいの? 私も豚丼に……」

「千冬もなんだかお腹が……」

「千秋、可愛いぃ……」

 

 

千秋は自然と人の視線を惹きつけてしまうからな。こうなってしまうのは当然だ。

 

「千秋、折角だから姉妹全員でシェアしたら良いんじゃないか?」

「おおー。確かに!」

 

 

そう言って千秋は箸で豚とご飯を挟み千夏の口元に持っていく。

 

「ほれほれ、あーんしろ」

「……あ、あーん。モグモグ、ごっくん……お、おいひぃ」

「ほれ、千冬」

「あーん……もぐもぐ、ゴックン……おいひぃ」

「ほれ、千春も」

「あーん、もぐもぐごっくん。美味しい。タレが深いね」

 

 

計画通り。基本的にシェアが目的なのだ。千春の好きな物も見つかる、もしくは生まれる可能性も高い。それすら考慮に入れているのだ。

 

「カイト! あーんして」

「良いのか?」

「うん!」

 

 

千秋が俺の席の近くまであーんをしてくれている。これは考えていなかったが素直に好意は貰っておこう。

 

 

「……旨いな。この豚丼」

「もっと食べるか?」

「いや、後は千秋が食べるといい。だけど、この後にも料理が控えてるからな」

「うん」

 

 

そう言って千秋は席に座り再び満面の笑みで豚丼を食べ始めた。すると、丁度に店員さんが。

 

 

「刺身定食とエビフライお待たせしました!」

 

 

千冬が頼んだ奴だな。千冬のテーブル前に豪華な食事が並ぶ。だが、千冬は直ぐに自分では食べずに俺の元にたっぷりとタルタルソースを付けたエビフライを小皿によそって持ってきた。

 

 

「か、魁人さん……あ、あーん……して欲しいっス……」

 

 

箸を持った手が僅かに震えて、恥ずかしそうに目線を下に落としながらもこちらにチラチラと視線を送る千冬。

 

「い、いいのか?」

「も、勿論っス……」

「じゃあ……これも旨いな。ありがとう、千冬」

「い、いえ……あ、あとでその魁人さんも千冬に……い、いえ、何でもないっス」

 

 

千冬が顔を真っ赤にして席に戻った。

 

「ねぇねぇ、我にもエビフライちょうだーい」

「私も食べたーい」

「わ、分かってるっスよ……」

 

 

千秋と千夏に挟まれて急いでエビフライを切り分ける千冬。しっかり者で優しくして賢い女の子と言うのが伝わってくる。

 

……どうしよう、チラチラとこっちを見て逸らす彼女に俺はどうしていいのか分からず、水を口に運びながら少し目線を上げたり下げたりを繰り返していると、

 

「はい、カニの茶わん蒸しと伊勢海老の刺身お待たせしました」

 

俺の料理が到着した。

 

「カイト! あーんして」

「あ、ああ。そうだな」

 

茶わん蒸しとスプーンですくって千秋の口元に運ぶ。

 

「あーんっ、んー、美味しい! 刺身頂戴!」

「いいぞ」

 

箸で透明なエビの刺身を醤油に潜らせて口元へ。

 

「んー! 美味しい! あとで我もするからな!」

「ありがとう」

 

 

入れ替わるように千冬が恥ずかしそうに近くに正座して座った。

 

「じゃ、じゃあ、最初は茶わん蒸しだ……」

「あ、ありがとうございまシュッ……まス……あ、あーん……おいひぃれふ……で、でス……」

「じゃあ、今度は刺身だ……」

「……美味しい……魁人さんありがとうございまスッ。あとでまた……」

 

そう言って再び席に戻る千冬……恥ずかしそうながら期待するような視線を気付かないふりをしてしまった。

 

 

俺は……

 

 

今は……止めておこう。

 

 

俺は刺身と茶碗蒸しを二つの小皿に取り分けて、千夏と千春の元へ。

 

 

「良いんですか?」

「いいんだ、千夏。気にせず食べてくれ」

「ありがとうございます……」

 

 

千夏は箸で刺身を食べて顔を幸せに染める。

 

「お兄さん、ご厚意頂きます」

「おう」

 

 

千春もエビの刺身は嬉しそうに食べてくれてたので良かった。

 

 

◆◆

 

 

 

お昼は沢山の種類の料理を食べられて大満足。ただ、案の定、全てを食べきる前にお腹が満腹になってしまったがそこはお兄さんが綺麗に平らげてくれた。

 

千冬が間接キスだと、小声で言っていたのは内緒だ。

 

昼食をとった後はサケのふるさと千歳水族館で観光である。新千歳空港駅から千歳駅まで電車で乗って徒歩十分ほどで到着する場所だ。当り前だが魚が沢山いて飽きない。そしてただ見るだけでなく色々なことが出来る。例えば現在千秋が水槽に裸足を入れてくすぐったそうにしている。可愛い

 

 

「すげぇ、これ、ドクターフィッシュ! あ、うふ、くすぐったい……」

 

 

これはお兄さんから借りたスマホで連写するしかない。ボタンを長押しして只管に可愛い千秋をメモリに納める。

 

「春姉、ほどほどにした方が」

「可愛い千冬もパシャリ」

「あ、今のは消してほしいッス! 魁人さんの携帯に残るならもっと、眼をパッチリに開きたいッス!」

「……うん、じゃあ、もう一回。はい、チーズ」

「……ど、うスか?」

「可愛い。あとは尊いとか」

「加工って出来るっスかね……」

「する必要ないよ」

 

 

少しだけ、お兄さんが羨ましいと感じてしまった。そういうお兄さんは千秋の側にいながらもこちらを視界に入れている

 

「ねぇ、春! あっちに世界の魚ゾーンがあるんだって!」

 

千夏も楽しそうにしててよかった。そして、可愛い千夏をパシャリ。

 

「お兄さんに言ってくるから待ってて」

 

千秋とお兄さんが体験ゾーンから帰ってきた。

 

「お兄さん、世界の魚の方に」

「行きたいんだな。よし、行こう。その前に千春ちょっとスマホ良いか?」

「はい」

 

お兄さんにスマホを渡すとそのままうちにスマホのレンズの裏面を向ける。

 

「撮って良いか?」

「え? あ、はい……」

「はい、チーズ」

 

 

パシャリとシャッター音が鳴った。お兄さんは画面を向ける。そこには何とも言えない表情のうちの写真があった。千夏と千秋と千冬とは比べ物にならない。

 

「やっぱり姉妹だな。同じ位可愛いぞ」

「……それは」

「嘘でもなんでもないさ。さて、世界の魚ゾーンにいこう!」

「おおー!」

 

 

千秋が腕を天に向ける。うちは何とも言えない気持であったが皆で水族館を歩いているうちにその気持ちを忘れてしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

 うち達は今、露天風呂に入っている、。

 

 

 

 楽しいと時が過ぎるのは速いと言うのは本当のようだ。水族館での時間なんて最早秒であったのではないかと感じたが実際は三時間以上のようでかなり驚いた。

 

 千秋が帰りたくないと駄々をこねる姿にもどかしさを覚えたが、お兄さんが旅館での夕食があると言う話を聞いた途端に帰ると切り替えた千秋の姿に……素直で可愛いと言う印象しかなかった。

 

 旅館でビュッフェスタイルの夕食を食べてそのままお兄さんと一旦別れて、露天風呂と言う今に至る。

 

 

 お湯が暖かくて本当に気持ちいい。

 

 

「はぁ、このお湯気持ちいいっス……」

「すぴー」

「ちょ、秋! お湯の中で寝るな!」

 

 

千冬が顔を綻ばせてお湯の中でほっこりしている。バスタオルを体に巻いているが胸部が前より盛り上がっている。千夏と千秋もそれは同じだ。心身共に大人に近づいている証拠だろうか。

 

今日一日、楽しみまくって疲れたと言う理由とお湯が気持ち良すぎと言う二重の理由で千秋は寝てしまった。いそいで千秋の体を支える。千夏が肩をトントン叩き千秋を起こす。

 

千冬もトントンと千夏とは反対の肩を叩く。

 

「ん?」

「起きるっスよ」

「ん……朝?」

「いや、風呂っス」

「風呂で寝るとか……まぁ、あれだけ騒げば当然ね」

 

 

ちゃぷちゃぷと水面をはじく音が聞こえる。湖の妖精もとい、うちの妹達が楽しげに風呂場で話す姿はいつまで見ていてもあきない。

 

白くてもちもちな肌が美しい。触っても良いだろうか。

 

 

周りの女性客さんたちも千秋たちを見てここは温泉ではなく、妖精の泉ではないかと勘違いしているんじゃないかと思う。

 

 

「秋が危ないし、そろそろあがりましょう」

「そうっスね」

「んー……」

 

 

千秋がもう眠くて眠くてしょうがないようで、早足に脱衣所に向かう。濡れた体を拭いて、旅館で用意してくれた浴衣を着て、髪を乾かし荷物を纏めて脱衣所も出る。赤い暖簾の先にお兄さんも浴衣を着て待って居た。

 

「お兄さんお待たせしました」

「いや、全然待ってないぞ……千秋がもう眠くて仕方なさそうだな」

「はい。今日が楽し過ぎて体力を使い切ってしまったようで」

「じゃあ、早い所寝た方が良いな」

「んー、トランプぅー……や、やりたい……」

 

 

トランプがやりたいようだけど今にも寝てしまいそうな千秋。お腹がいっぱいで温泉に入って体温も常温以上、今日一日楽しみまくったのだから眠くて仕方ない。

 

 

「トランプはまた今度な」

「んーんー、今日やる……」

 

部屋まで千秋の手を繋いで一緒に歩き、部屋の前でお兄さんと別れる。

 

「魁人さん、今日はありがとうございまス」

「ありがとうございました」

 

 

千冬と千夏がお兄さんにお礼を言った。お兄さんは気にするなと笑う。

 

「お兄さん、本当にありがとうございました」

「早めに寝るだぞー」

 

そう言ってお兄さんは部屋のドアを閉めた。千秋が瞼をこすってトランプトランプと言うが布団に寝かせて掛布団をかけて頭を撫でると数秒で寝息を立ててしまった。

 

「二人も今日は早く寝よう。沢山楽しんで疲れもたまってるだろうし、明日もあるんだから」

 

そう言って部屋を暗くすると二人も布団に横になった。川の字で布団を並べてそこに横になる三人。

 

幸せそうな三人の顔にうちの心も軽くなる。

 

今日は楽しかった。このまま明日の楽しめるといいな。

 

 

◆◆

 

 

 

 

――助けて

 

 

 

――助けてッ

 

 

 

――カイトッ

 

 

 

それはいきなり頭の中に響いた。夢の中で誰かに話しかけられるような声。この声は何処かで聞いたことがあるような声。千秋だ。

 

 

俺はハッと目が覚めた。携帯で時刻を確認すると夜の十一時。今の声は気のせいなのか、いや、違うだろう。

 

テレパシー……千秋には相手の思考は読めないが自分の思考を相手に送ることが出来る能力があると断片的な情報を俺は持っている。

 

ゲームでは初めて能力が発現したときは全ての思考が両親と姉妹に流れてしまい、それを両親は気味悪がって妖怪だの化け物と罵る。

 

彼女自身も能力のコントロールが難しかったらしい。自覚無しの為に何が何だか分からずに混乱状態にも一時期陥ってしまった。その後は何とか抑制が出来るようになったらしいが

 

今のは……

 

テレパシー能力による物ではないか? 助けてと言っていたと言う事は何かあったのかもしれない。急いで部屋を出て隣の部屋に。ノックをしようとしたら、する前に部屋が開いた。

 

「カイト……丁度、今呼びに行こうと思ってた……」

 

目に涙をためて、顔を恐怖に歪ませている。いつもの笑顔では無くてただ顔を暗くしている。

 

この様子から見てテレパシーを意識的ではなく無意識で使っていたのかもしれない。超能力についてはどうでもいい。今は千秋の事をよく聞かないと。

 

 

「どうしたんだ?」

「また、怖い夢を見て……カイトと話したくなった……」

「そうか。じゃあ、話そう……」

 

 

廊下では話ずらいかもしれない。千春達が居る部屋は安心感はあるが起こしてしまうかもしれない。

 

だとするなら、俺の部屋が良いか。だけど、一人で俺の部屋は怖いかもしれないな。そこが心配だが……

 

「三人起こすしちゃうとあれだし、俺の部屋で良いか……?」

「うん……」

 

 

弱っている千秋を見ているとこちらまで心が廃れていくような気分になる。千秋は自分たちの部屋に鍵を掛けて俺の手をギュッといつもより強く掴んだ。手は震えて俯いている。

 

ゆっくり、千秋の手を引いて部屋に入る。

 

「電気はつけないで……今は顔見られたくない……」

「分かったよ」

 

 

だが、暗い部屋で全く見えないから少しだけ月明かりの方へ向かう。見え過ぎず、見えな過ぎない場所。俺だけ月明かりに当たり顔をよく見えるようにして、安心感を与えられるようにする。千秋は見られたくなくても、だからと言って真っ暗は怖いだろう。闇を相手に話をするより人の顔が見えた方が話もしやすい。そこで腰を下ろす。

 

「どんな、夢だったんだ……?」

 

 

腰を下ろしたが手は繋いだまま、なるべくプレッシャーをかけない様に俺は千秋に聞いた。

 

 

「話したくないなら、全然関係ない話でも良いんだぞ? 食べたいご飯の話とか、休み前の学校での出来事とかでも」

「……夢の話聞いて欲しい」

「分かった。ゆっくりで良いからな、自分のペースで話してくれ」

「うん……」

 

 

急かしたりするのは良くない。待つことも大事。シーンッと静けさが部屋を包んで数秒。千秋が震えながら口を開いた。

 

「また、同じような夢を見た……髪を引っ張られて、リモコンを投げられて……蹴られて頭をぶつけて……ただただ怖い夢を見た……怖くて怖くて、前より、比べられないくらい怖くて……ねぇ、カイトは私達を捨てないんだよね? 約束したよね? 私達を捨てないって……」

「そうだ。捨てたりしない。だから、安心してくれ」

「ありがとう。カイト……」

 

少し、安心したのか千秋の手の震えが収まってきた。

 

「皆、不安定なの……。アンバランスでいつ崩れてもおかしくないの。泣いたり、悲しくなったりしてもおかしくないの。今が幸せ過ぎて昔を思い出した時の恐怖は計り知れなのくてその度に心があの時に戻って怖くなるの」

「そうか……」

「私達、面倒くさい?」

「そんなことない。全然そんなことないから安心してくれ」

「……うん、安心した」

 

 

声音が落ち着いて優しそうでいつもより大人な千秋の声が響く。良かったと安心すると千秋が急に抱き着いてきた。

 

胡坐で座っていた俺の背中に手を回して、胸板に自身の頭をグイグイと押し付ける。

 

「こうさせて……」

「いいぞ」

「頭も撫でて……」

「分かった」

「名前も呼んで」

「千秋……」

「……私、カイトの事好き……」

「ありがとう……俺も千秋の事は好きだぞ」

 

 

頭を撫でながら俺も千秋の背中に手を回して、抱きしめた。千秋は再び、啜り泣きしてしまった。でも、悲しさではなく、嬉しさであると分かった。

 

「カイト。聞いて。もう、隠す意味もなくなったから」

「分かった」

「私はね……昔はこんなに笑顔でも無かったし、話すことも無かったし、自分の事を我だなんて言わなかった」

「……」

「根暗で姉妹で一番話さなかった。話せなかった。会話は最低限で、姉妹とも話すことも少なくて背中に隠れるのが普通だった。でも、昔は皆が泣いてて、空気が暗くて……何かしないと、何か変えないと思って……勢い任せで……訳分らないキャラを演じてみた。千春と千夏と千冬は最初は驚いたけど、笑ってくれた。急にどうしたのって、良く分からないけど面白いって。そんな一面があるなんて知らなかったって……その時、決めたの」

 

 

千秋が変わった話。そのきっかけは姉妹である。本当に優しい子だ。

 

 

「――私は、我は……誰よりも楽しく笑って、話して、はしゃいで、姉妹の役にたとうって。背中にずっと隠れて黙って根暗な自分を変えてようって」

「凄いじゃないか……誰にでも出来る事じゃない」

「ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。でも、最初は姉妹の為にと思ってたけど、今では我の方が素だし、厨二病って心の底からカッコいいと思うし、自分の生き方を誇れるし、我は今の自分が好きだ」

「そうか。誰かの為に変えたことが自分の為になったんだな」

「うん。こういうの情けは人の為ならずって言うんだろ? 最近覚えた」

「そうだ、賢くてカッコいいぞ。まるで賢者だ」

「えへへ……これはカイトと我の二人だけの秘密だぞ? 三人には言ってないんだ」

「分かった」

「……他にも秘密はあるけどそれはまた今度にする。……また、話をしていいか?」

「勿論だ。明日でも明後日でも、一年後でも十年後でも話してくれ」

「……やっぱりカイトの事、大好きだ」

「ありがとう……俺もだ」

 

 

 

千秋が胸板から頭を離して俺の顔を見上げた。月の光が千秋を照らす。眼が少し腫れているが今まで見てきた中で一番だと俺は感じた

 

 

「今日はこのままがいい……このまま、ここで寝る」

「風邪ひくぞ」

「この部屋暖房効いてるから大丈夫」

「そうか。分かった……」

 

 

 

千秋は再び胸板に頭を押し付けて、体も預けて、スヤスヤと眠りについた。腰を上げて千秋を持ち上げ、布団に彼女を横にして自身も横になる。

 

 

そのまま、俺も目を閉じた

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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39話 ママ

 朝日がうちの顔に差し込んで目を覚ます。おぼろげな視界がクリアになって行く。布団が起き上がり、早速可愛い妹の寝顔でも……見ようと思って。

 

 えっと、千夏、千冬……あれ? ち、千秋は……? うちの千秋は何処?

 

 さーっと血の気が引いて行く感覚に陥った。誘拐、いや、この部屋は鍵がかかっていた。だとしたら、どうして、いや、そんなことはどうでもいい。早く探さないと、速く速く、探さないと。

 

 急いでドアの元へ向かう。ドアには鍵がかかっている、と言う事はこの部屋の何処かにいるのか。でも、鍵があるから鍵を持って外に出た? 

 

 

「春姉? どうしたんスか……?」

 

 

 眠そうに千冬が瞼をこすっている。どうやら急ぎ過ぎてその足音で起こしてしまったのだろう。

 

 

「千秋が居ないのッ!」

「え!?」

「取りあえず千夏も起こして!」

「は、はいっス」

 

 

千冬が布団で気持ちよさそうにしている千夏を起こす。

 

「夏姉、起きて! 起きて!」

「う、ん?」

「秋姉が何処にもいないから! 起きて欲しいッス!!!」

「……え? ほ、んとう?」

「そうっス!」

「大事件じゃない!!」

「そうっス! 三人で早く探さないと!」

「分かったわ」

 

 

千夏が布団から起き上がる。三人で探しつつ、あとお兄さんにも協力を……そんな事を考えながら部屋を出て隣のお兄さんの部屋をノックする。

 

「お兄さん! お兄さん! 起きて! お願い!」

 

最早、ノックと言うより拳の殴打ともいえるかもしれない。だが、そんなことを気にしている場合ではないのだ。ドンどんどんっと大きな音が館内の廊下に響き渡る。すると、ゆっくりと扉が開いた。

 

「お兄さッ……え?」

「え?」

「ええ!?」

 

うち、千夏、千冬の順に驚きの声を上げてしまう。何故なら部屋から出てきたのはお兄さんではなく、寝癖でアホ毛の生えた天使が居た。浴衣が少し着崩れて、瞼が少し重そうだ。

 

「グっモーニングー、我が眷属たちよー。今日のお昼はカレーらしいぞー」

 

千秋、良かったぁー。無事だったんだぁー。いや、良かった良かった。何かあったら死んでも死にきれない。

 

いやー、本当に良かッ、いや良くない!

 

どうして、ここに居るの! どうしてお兄さんの部屋から!? 朝チュンなの!? いや、お兄さんはそんなことはしないのは分かってる。だとしても!

 

 

「いや、良かったわ。千秋。アンタが何処かに行っちゃんたんじゃないかと思ったわ」

「ふっ、千夏よ。我は不滅だ。それより、朝ごはん食べる為に身だしなみ整えようー!」

「そうね、何でもこの旅館は朝からビュッフェ形式らしくて、オムレツが絶品と言う情報を得ているわ」

「ふっ、我もその情報は得ている。朝からおかわりも一興だな。カイトは歯磨きとか今してるから我らも急ごう」

「そうね」

 

 

千夏は千秋が無事な事に安心してホッと一息。そのまま会話が朝ごはんの方向にシフトチェンジ。

 

まぁ、特に何もされていないだろうし、朝チュンとかでもないようだし良いかな。と、うちは思ったが納得できない物が一人。

 

「え? いやいや、朝ごはんの話をしてる場合じゃないっス! 話し戻して戻して!」

「え? オムレツ……」

「じゃないっス。秋姉! どうして魁人さんの部屋に!?」

「あー、昨日の夜。我が誘って、そしたらカイトに誘われたからかな?」

「えぇぇ!? あ、朝チュン? いや、魁人さんはそんな人じゃないからそれはないとして……昨日の夜はどんなことをしたんスか……?」

「えっと、ハグして貰って、話聞いてもらっただけ。あと、一緒の布団で寝た」

「い、いいいいいい、一緒の布団で!? ふ、不純じゃないっスか! そういうの千冬はダメだと思うっスよ!」

「そうか? ふーん。そんなことより朝ごはんだ!」

「ううぅ、何でそんなに先をいつも行くんスか……千冬にはそんな腕枕で添い寝なんて……」

「いや、そんなことされてないぞ」

「……そうっスね……はぁ、今後はそう言う事は控えて欲しいッス」

「それはやだ。ハグとか幸せになるから!」

「ううぅ……もう、良いっス……」

 

千冬はがっくり肩を落としてもういいと顔を暗くする。すると丁度、髪型を整えて歯を磨いて眼が冴えているお兄さんが部屋から出てきた。

 

 

「おはよう。あー、その千秋なんだけど昨日の夜ちょっと話してな。変な事はしてないから許してくれ」

「おはようございます。うちは気にしてないですよ。千秋がお世話になったみたいでありがとうございます」

「あ、ありがとう」

「魁人さん、おはようございます……」

「おはようございまス」

「二人共お、おはよう」

 

 

千夏と千冬もうちに続いてあいさつをする。その後は千夏と千秋は朝ごはん論争を繰り広げる。

 

千冬はちょっと、膨れ顔。上目遣いでお兄さんに訴える視線を送る。まるで自分もハグしてと言わんばかりだ。

 

「か、魁人さん、夜に秋姉みたいな年頃の女の子と二人きりで本当に、ハグとか、会話とかしたんスか?」

「あ、ああ、すまん、軽率だったかもしれない……次から気を付けるよ……その、ごめん……」

「その、謝って欲しいんじゃなくて……秋姉にしたなら千冬にも、海外だとハグとか挨拶だし……」

 

 

 ええ、? お姉ちゃんこの展開は予想はしてなかったよ。もう、好きって言ってる様なモノでは……千夏と千秋は全然気にしていない。こちらの空間を一切理解していない。

 

 ど、どうしよう。邪魔をしたいと言う気持ちと何とも言えない気持ちが共存している。

 

 お兄さんは若干千冬に押され気味で額に汗をかいている。

 

 

「「オムレツ、オムレツ、オムレツ♪」」

 

 

 隣で謎の音楽を奏でる二人。朝から耳が溶けるように幸せな気持ちになるがそれは今は置いておこう。同じ廊下なのにこうにも雰囲気が違うとは……。

 

 

「えっと、どうすればいいのかな……」

「軽く、ハグすれば良いと思うっス……秋姉には出来るのに千冬には出来ないっスか……?」

 

 

……そんな断れないような言い方をするなんて。しかも、そんな大胆な告白発言。小学四年生でこんな事言える女の子は居ないよ。

 

いつの間にそんなちょっとあざとい女の子発言が出来るようになったの!? お姉ちゃんビックリどころじゃないよ。前はそんなこと言えなかった。言う必要もなかったと言う理由もあるかもしれないけど。

 

まぁ、それも可愛いけれども……さらに成長を感じるけどさ。単純な成長では無くて

成熟。と言う言葉一番適切かもしれない。

 

以前の縄跳びから身だしなみを以前より気にして、人として成長をしてる千冬。そこからさらにお兄さんを引き寄せる為に変わったのだろうか。

 

 

無意識か、意識的か……どちらにしろ、それもチャームポイント! 上目づかいで健気に想いを伝えようとする千冬に愛おしさを抱く。

 

千冬にとって、千秋は最早ライバルともいえるかもしれない。どんどん、先にさきに行ってしまう千秋。今の所、恋愛的感情ではない為にお兄さんも接しやすい。自分が一歩進むたびに千秋は十歩ほど進んでくと言っても過言ではない。

 

十倍、それほどの差があると尻込みを誰もがするだろう。だが、千冬も今までとは違う。お兄さんに変えて貰ったから、千冬だって積極的に行く。

 

恋は人を変えて盲目にさせる。

 

 

「う、うーん……出来ないとかはないぞ。絶対。どちらかを優遇とかじゃなくて、どっちも大事だから……」

「……じゃあ、少しだけ良いっスか?」

 

 

ただ、千冬の恋は単純な恋ではないのかもしれない。千冬以外の姉妹にも言えることだけど安心感、強烈な愛情、それらを求めているのかもしれない。

 

お兄さんみたいな、包容力のあって、経済的に安定もして、優しくて、逞しくて、善悪の区別もついて、距離感も絶妙な人を本能的に手放したくないと言う想いがあるのかもしれない。

 

こんな良い人が自分の元から離れてしまうのかと思うのが怖いから、愛に飢えているから強烈な何かが欲しいのか。それ故にハグとかを求めるのか。

 

 

……良く分からないけど、普通にうちもハグをしたい。

 

 

「「オムレツ、オムレツ、オムレツ♪」」

 

 

隣では千秋と千夏がオムレツの音楽を奏でて、隣では床に膝を付けてお兄さんが躊躇しながらも千冬に手を伸ばす。

 

 

カオスと言うのはこのような事を言うのかもしれない。

 

 

千冬はゆっくりお兄さんの元へ近づいた。お兄さんもそっと優しく背中に手を回す。千冬はお兄さんの首元に顔をうずめて、抱きしめられる。千冬お兄さんの浴衣をギュッと握った。

 

顔を赤くして、でも、甘える。

 

「か、魁人さん……も、もっと強く」

「……う、うむ……」

 

千冬はやっぱり、強い愛情を求めているのかもしれない。自分を特別だと言って、呪縛から解き放ってくれた人からの愛情が欲しくなるのは当然。今までは厳しい環境でずっと悩んできた。

 

だから、その特別な愛情を知ってしまったらその味から逃れられない……

 

今までの過去があるから、よりその味が経験や愛情の良さを感じさせる。お兄さんは気まずそうにしながらも千冬を少し強く抱締める。

 

すると、

 

「あー! 千冬ズルい! 我もハグする!」

 

 

千秋がお兄さんと千冬に気づいたようだ。千冬とお兄さんの腕と体の僅かな背中をくぐるように下から張り込む。結果的にお兄さんは千冬と千秋を抱きしめると言う。

 

 

幸福を超えた慶福状態に陥る。そこ代わってくれませんか? お兄さん。

 

 

「おおー、このぎゅうぎゅうな感じも悪くないな!」

「そ、そうか?」

「秋姉……今は千冬の時間なのに……」

 

 

千秋、お兄さん、千冬がまさに三者三様の反応を示す。千秋は笑顔でニコニコ状態、お兄さんは戸惑い。千冬はちょっと嫉妬、でも、今はこれくらいがいい。今の自分には上出来だろうと言う雰囲気。

 

 

「秋と冬もいつの間にあんなに懐いたのかしら?」

「つい、最近かもね。それより、ちょっと重要な事を相談したいんだけど」

「なによ?」

「千夏ハグしよう」

「断る」

「なんで!? 朝ハグしようよ!」

「えぇ……それより、朝ごはんとか身だしなみ整えたいんだけど」

「ううぅ……千夏、反抗期?」

「違うわよ……ああ、もぅ、そんな反応されたらするしかないじゃん! ここ、廊下なのよ! 普通朝から廊下でハグなんてしないけど、特別!」

 

流石、千夏。優しいね。ぎゅっと千夏を抱きしめる。小さいけど、とても柔らかくて安心する。抱き枕にこれからしたい。

 

 

「……じゃあ、そろそろ朝ごはん行こうか?」

 

 

数分後、ハグをし終えた。お兄さんがそう言ったので一度うち達は部屋に戻って髪型を整えたり、顔を洗ったりして食堂へ向かった。

 

 

◆◆

 

 

 

 朝食を食べた後は、ゆっくりと荷物を纏めてチェックアウトをした。その後俺達はお土産やら何やらを購入したり見学したりするために帰りの飛行機を待ちつつ、空港に来ていた。

 

 四人の通っている教室にお土産は買っていきたい。別にお世話になっているとかそういうのではなく、普通にお土産を買っていくことで何だか教室内の立場が良くなると思っているからだ。

 

 

 白い恋人とか買って行けばいいのか? なるべくセンスがあるのを選んでお土産として持って行って欲しいけど。

 

 

 生キャラメルとか……

 

「カイト、チーズケーキ食べたい!」

「どこにそれはあるんだ?」

「あっち!」

 

 

千秋が俺の手を引いて商品の方へ向かわせる。千春と千夏と千冬もついてくる。学校だけでなく家で食べたりする用のお土産も有っても良いかもしれない。

 

あ、職場にも買って行かないと。下手に変なもの買ってく訳に行かないけど……オシャレな小分けされるクッキーで良いか。何処かしらにあるだろうし、それより四人が気になっている物を巡りながらショッピングだな。

 

 

◆◆

 

 

 

 

「腰がいてぇ……」

「大丈夫ですか? お兄さん?」

「だ、大丈夫だ。飛行機って意外と腰にくるんだな……」

 

 

ショッピングを楽しんだ後、飛行機に乗り数時間。羽田の駐車場から車に乗って帰宅途中。助手席に乗るうちはお兄さんが時折腰を抑えているのに気づいた。さらに、腰だけでなく頭も抑えている。

 

 

気圧の変化にやられてしまったのだろうか。

 

 

「頭痛大丈夫ですか?」

「ああ、ダイジョブだ」

 

 

お兄さんは只管に隠している。千夏と千秋と千冬に気を遣わせない様に空港内では毅然と振る舞い帰りは車では寝て良いと語り、うちにも寝て良いと言って、腰や頭を抑える時もうちに見えない様にしている。

 

 

左側の腰のあたりが痛いのだろうか。この距離なら手が届く。

 

 

「ん?」

「うちが腰、マッサージします」

「嬉しいけど、大丈夫だぞ? 疲れるだろうし」

「うちも疲れ位大丈夫ですから」

 

 

千秋から細部までは聞いていないが少しだけ聞いた。昨日の夜に何があったのか、怖くなって慰めてもらったと。安心して眠れるようにしてくれたと。この程度では意味があるとは思わなが少しでも何かを返さないといけないと感じた。

 

座る場所をずらして、腕を伸ばして腰を押した。上手く力が入らない。

 

お兄さんは感動したようにこめかみを抑えている。

 

 

「お兄さん、昨日の夜はありがとうございました」

「あー、まぁ、あれくらいはな……」

「凄い事だと思いますから謙遜はしなくて良いと思います」

 

この人は良いパパを目指していると以前言っていた気がする。

 

「……お兄さんは良いパパを目指しているんですよね?」

「まぁ、そうだな」

 

良いパパとは何なのか正直、想像がつかない。言葉の意味は分かるけれども、それまでだ。

 

でも、この人はきっと良い人なのは分かる。この人なら三人をより良い方向に導いてくれる可能性が高い。

 

信じている、信用している。でも、良い人が良い方向に良い影響だけを与えるとは限らない。

 

人は一人では生きていけないし、出来る事は限られている。

 

もし、お兄さんが真の意味で三人を、良いパパとして導く時が来たら大変な事があるかもしれない。一人で出来ない事があるかもしれない。三人を良い方向に導きたいのはうちも同じ。嫌な事はしてほしくないし、嫌な目にもあって欲しくない。

 

もし、そうなったら……

 

そうしたら、うちが……

 

――ママになってもいいかもしれない。

 

お兄さんと三人の背中を押したり、支えたり、慰めたり、愛を与えたり……っと僅か1%だけ思った。

 

 

「千春、好きな食べ物は出来たか?」

「そう、ですね……生のエビの刺身は美味しかったです」

 

 

お兄さんに話を振られ、その考えは消えた。やっぱり、そんな考えに意味はない。そもそも千冬がそれを良しとしないだろう。

 

全ては姉妹の為に捧げると誓ったのだからこんな思考に意味はない。実現するわけにいかないし、良い方向に導くと言うのであれば方法は他にもあるはずだ。

 

「もう、いいぞ、疲れただろう?」

「次は腕をします」

「そ、そうか……」

 

 

腕もこってる感じがする。感謝を示し続けた方が良い。それが誠意だから。先ほどの思考は何処にやら行ってしまった。

 

今はただ、助手席に座る人の役目として、運転手を支えた。

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします


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40話 真・五年生

「感想文どうしようか……我悩む」

「ああ、もう……無理ゲー」

 

 

うちの可愛い可愛い妹が二階の自室の机の上で頭を悩ませている。北海道から帰宅して幸せ気分なのは良い事だが、家に帰ってくるとすぐに現実に引き戻される。

 

千夏と千秋は冬春休みの宿題が終わっていない。冬休みの宿題には超面倒くさいものが一つある。

 

読書感想文である。もう春休みも終わりの季節が近づいている。そろそろ終わらせないと不味いのだ。

 

「ううぅ……面倒だ。読書感想文したくねぇ……原稿用紙四枚半とか過剰すぎる……」

「そうよそうよ!」

「一枚でも過剰なのに! あと、本読むのも面倒くさいし」

「そうよそうよ!」

「おうどん食べたいし」

「そうよ、そっ……え? なんでうどん?」

「お腹空いたから」

「自由過ぎよ……」

 

可愛い。うちが二人の事を感想文として書いたらレポート用紙軽く十枚は埋まるだろうなぁ。

 

「ねぇ、春手伝ってよ。読書感想文なんてちゃちゃっと終わるでしょ」

「おおー、千春が手伝ってくれれば百人力だ!」

「ううぅ、うちも是非とも手伝いたいけど……千冬が……」

「ダメっス。二人共宿題は自分でするように!」

 

千冬はこちらを監視するように千秋と千夏の近くに座っていた。机を四姉妹で囲んでいるがうちは手を出せない。

 

「無理無理、むーり! 私に読書感想文はむりー!」

「駄々こねないで欲しいっス……夏姉」

「むーりー」

 

 

千夏が駄々こねるように背中を床につけて寝転がる。それを見て千秋がハッとする。

 

「これは妖怪の仕業か!」

「そうよ、妖怪のせいで私は宿題が出来ないの。だから、手伝って」

「……夏姉は取りあえず本を読むっス。妖怪とか言ってる場合じゃないっスよ」

「ケチ」

「ケチで良いっス」

 

 

そう言って千冬は一冊の本を差し出す。千夏はちぇっと口をとがらせつつ本を受け取る。これ以上しても意味ないと感じているのだろう。

 

「うわぁ……文字の羅列ってこの世とあの世で三本の指に入るくらい嫌いなのよね……」

 

 

千夏が愚痴をこぼして本を開く。すると、千秋がうちに耳打ちをしてきた。

 

「実は千夏も我と同じ厨二じゃないかと思っている……」

「そうなの?」

「うん、時折厨二の片鱗を感じさせるんだ。こちら側に引き込めないか……ククク、その才を開花させてもいいだろうっと思っている」

「厨二の千夏も可愛いなぁ」

 

『クククク、私の真の力を目覚めさせてしまったようね』

 

 

ついでに千冬も厨二になっても問題なし。普段真面目な千冬が厨二も可愛い

 

『今日は風が泣いてるっス……っと千冬は語ってみるっス』

 

 

ああ、可愛い。でも、今はそれよりも

 

「千秋、読書感想文書かなくて良いの?」

「うっ……ねーねー、手伝って?」

 

 

うっ、この甘えにうちは弱いんだぁ……。千秋って偶にこういうあざとい所があるんだよぉ。眼をキラキラさせて上目遣いはダメだぁ

 

 

「……ちょっとだけだよ?」

「わーい!」

「ダメっス!」

 

 

手で親指と人差し指を近づけて、本当に少しだけだとアピールする。すると、千冬は腰に手をあててダメだぞっと顔をしかめる。

 

「えぇ、千冬ケチ!」

「ケチで良いから秋姉も宿題を」

「もういい。カイトに付きっきりで教えてもらうから」

「えぇ!? あ、そ、それは……でも、宿題は自分でやらないと」

「カイト困ったら頼って良いって言ってた!」

「……ううぅ、それなら……千冬が手伝っス……」

「え!? 良いの!?」

「……う、うん」

「え!? 何それズルい! 私にも教えてよ!」

「こ、今回だけっスよ……」

 

 

千夏もそれに便乗して千冬に寄り添う。教えてー、教えてーっと千夏と千秋に挟まれどうしてこうなったと頭を抱えながら千冬は本をもう一冊鞄から出して千秋に渡す。

 

「取りあえず二人共、本を読むっスよ。どっちも千冬は読んだことあるから、二人が読み終わったら色々手伝うっス……」

「「はーい」」

 

 

千冬は沢山本を読んでる子だからいくらでも感想文なんて書けるんだろうなぁ。二人は生徒のように返事をすると本を読み始めた。千冬は複雑そうな顔をして腕を組んでいた。

 

千夏と千秋は欠伸をしたりしながらも読み進め、読み終わると原稿用紙に仏頂面で向かい合う。千冬は最低限と言う立ち位置で手伝った。

 

結局、うちも手伝って手早く読書感想文は終了した。。

 

 

◆◆

 

 

 

春休みと言うのはあっという間に終わってしまうものだ。あと、何日だとカレンダーで数えている間に気づいたら数日しか休みが残っていない、明日が登校日だと気づき慌ててしまうのはよくあることである。

 

春休みとはそれだけ充実した行事と言えるだろう。

 

 

だから、終わってしまうと途端に元気がなくなり学校に行くことが苦痛になる。現在妹達も学校に向かうバスの中で気だるそうに窓の外を見たり、腕を組んで難しそうな顔をしたりしている。

 

 

今日から五年生だと言う事で勉強などが難しくなることへの不安などもあるのだろうか。

 

他にはもしかしなくても、クラス替えの不安はあるだろう。

 

四年生徒の時は二つのクラスにそれぞれ、うちと千秋、千夏と千冬と別れていた。だけど、今回は分からない。もしかしたら、三対一という構図になってもおかしくない。四姉妹である以上誰かと一緒のクラスが良いと思うのは当然だ

 

今後の学校生活が懸かっている。

 

クラスとはそう言うものだ。

 

バスから最寄りのバス停で降りると学校への道を歩く。桜の花びらが散って空に舞う。千夏と千秋と千冬が五年生に進学したことを祝福するように綺麗に舞う。

 

可憐な三人と美しい花弁。渾然一体となってまるで女神のお遊戯を絵画にしたかのようだ。

 

三人が美しいのは世界の事実だが、それを主軸にしてこの桜がいつもと違った面をのぞかせう。桜の花びらいい仕事する、褒めてあげよう。

 

 

さて、学校に向って行き下駄箱前に張り出されている新たなクラス表を確認する。

 

「っ! あ、私達全員一緒じゃない!」

「おおー!」

「こういう事もあるんスね……よかったぁ」

「そうだねぇ」

 

 

まぁ、当然だよね。何と言ってもうちが学校アンケートの自由記入欄に長文で姉妹と同じにするように頼んだからね。

 

これで違うクラスだったら抗議だ、抗議だ! である。

 

「あ、これ、秋姉が言ってた西野君じゃないっスか? 同じクラス見たいっスよ」

「良かったじゃない。仲良しの西野と一緒で」

「へぇー。そうなのか。今日って給食あるのか?」

「今日は無いっすよ」

 

 千夏と千冬が西野が一緒だと千秋に言うが特に反応もせずに千秋は給食の方に思考が向いてしまう。

 

「なんだー、無いのかー。学校に来る八割の意味が消えたなー」

「これだから大ネズミは……」

「五月蠅いぞ千夏。お前も小ネズミって呼ばれてるからな」

 

 

 千夏と千秋の会話をBGMにしながら下駄箱で靴を履き替えて、シューズを履いて新しい教室に向って行く。

 

 教室に入ると席が黒板に張り出されている。窓側の列に全てうち達四人はそろっていた。千秋、千夏、うち、千冬の順番だ。

 

 最高。

 

 さてさて、席に着いた後はお土産を配る。隣のクラスにはうちだけでなく、千夏と千冬の元クラスメイトもいる。取りあえず、四人で分担して渡して渡して、を繰り返す。

 

「え? いいの?」

「ありがとー」

「サンクス」

 

 

 皆、嬉しそうにオシャレクッキーを受け取る。やっぱりお兄さんの言っていた通りお土産って凄い効果だ。これだけで何か良い奴のように見えるのかもしれない。賄賂と言うわけではないが何だか物で人気を稼いでいる気分になる。

 

 まぁ、うちの妹はそんなことをする必要がないのだけど。

 

 

「よし、お前たちにこの恩恵(ギフト)やろう」

 

 

千秋が男子達にお土産のクッキーを数枚手渡す。その他大勢と言った感じだが中にはあの西野がいる。

 

「ま、まぁ、しょうがないから貰ってやるよ」

「そうか。おーい! そこの風来坊たち! お土産やるぞー!」

 

「これ、お土産っス。どうぞ」

「あ、ありがとう」

「いえ、そちらの方も」

 

「これ、あげる。そっちのアンタとあそこにいる人にも私貰っていいかしら?」

「あ、うん」

 

 

皆、照れてるなぁ。まぁ、仕方ないよね。そんな感じで教室の隅でニヤニヤしているとポンと肩を叩かれる。

 

「おっすー、千春」

「久しぶり、桜さん。あ、これお土産」

「おー、サンキュ。あと、これから一年シクヨロで頼むわ」

「こちらこそよろしく」

 

 

桜さんはちょっとチャラい感じだけど親しみやすいから何も問題は無い。これから同じクラスと言うのは少し嬉しい。

 

 

「それにしても、四人一緒で良かったな」

「うん。毎回学校アンケートで長文でクラス一緒にするように頼んでたから」

「あー、そういうことか……だから、前はあんな○×アンケートでカリカリ鉛筆の音がしてたのか……」

「うん。そうだよ」

 

 

桜さんは若干の苦笑いをしていた。流石にやり過ぎたのだろうか。でも、同じクラスになったわけだしどうでもいいか。

 

 

「じゃ、俺あっちの席だからバイビー」

 

そう言って桜さんは自身の席に向って行く。桜さんとは近くの席が良かったけど仕方ない。

 

桜さんは前に男子に一人称でからかわれる時があった。女の癖に俺とか馬鹿じゃないのとか、男女男女とからかわれてたりもした。その中に西野もいた。年頃なのか女の子をからかってしまう事もあったのだろう。

 

それをうちや千秋が止める時もあったけど。

 

ただ、桜さん本人は特にどうでも良いと言った。一瞥して相手になどをしなかった。

 

どうしてと聞いた。一対一になった時に思わず聞いてしまった。

 

『自分の生き方に信念を俺は持っているからだな。俺って一人称は昔、弟たちが虐められてたから、守る為に使い始めたんだ。まぁ、弟が同じ学校に居るから弟たちに手を出したらどうなるか分かっているな見たいな不良の雰囲気って言うか、そんな感じを出したいって言うか……それは効果覿面でビクビクしてたよ、虐めてた奴はさ』

 

思わず、この人とんでもない人だと口に出しそうになった。素直に好感を抱いた。何だか、同じ穴の狢だと感じた。

 

この人とは仲良くが出来ると素直に思ったのだ。

 

ただ、それと同時に西野は無理だと思った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「北海道に行ったとはな」

「まぁな。他にもデパートに行って買い物とかな」

「ふーん」

 

 

隣で例の如く佐々木に我が家の事情を説明する。佐々木も意外と気にしてくれているのだろう。根は良い奴だと言うのは知っている。

 

「もう、半年以上経過したが大変な事とかあるのか?」

「そうだな……一緒にテレビを見ているときに芸能人がトンデモナイ下ネタとか言うと場が凍るな。千秋と千夏は知らないからどういう意味っと聞いてくるのはちょっと気まずい」

「あー、それ分かる。俺も両親の一緒のテレビ見てるときに、普通にテンガとかテレビで言うから気まずかった」

「あとは、そうだな……四人も年頃だからな。どこまで接していいとか、触れて良いのかとかか?」

「大変だな」

「いや、そうでもないさ。四人全員良い子だ。常に行動に配慮がある……無意識だろうけどな」

「小四で無意識な配慮って……それだけ育った環境が影響してるって事か」

 

 

……そう言えば佐々木にはこの話を……してないな。四人の生い立ちとか。と言う事は前に宮本さんと話してるときにこっそり聞いてたなコイツ。

 

まぁ、言いふらす奴じゃないからいいけど。

 

 

「日辻部長って頭おかしいとは思ってたけど、やっぱりおかしかったのか」

「そうだな」

 

特段、今更そのことをどうこう言うつもりはない。だが、四人と関わるうちに避けては通れない物ではあると思うがな。

 

「まぁ、死んでる人をどうのこう言うつもりはないけどさ。死んだのに影響が残るってのは怖い事だな」

「そうだな」

 

 

間違いなく彼女達の両親は彼女達に悪影響を及ぼした。だからこそ、その影響をいい影響に出来るのかどうかと言うのが大事なのだ。

 

 

俺が良い方向に導けるのかどうか……

 

 

「魁人君、お土産ありがとー」

 

 

僅かに思考の海に飛び込んでしまう一歩手前で宮本さんの声が聞こえた。

 

「美味しかったわ。やっぱ、こう、センスがあったわ」

「ありがとうございます」

「他の社員、男女問わずセンス、センスって言ってたわ」

「そうですか」

「魁人君って結婚したらモテるタイプなのかもね」

 

 

結婚したらモテるタイプって何だ? 別に結婚はしてはいないんだが。ただ、パパなだけで。

 

結婚飛ばしてパパって他にいるのか。どうでもいいか。

 

 

「っち、俺もお土産買って来ればよかった」

「お前もどっか行ったのか」

「沖縄と石川と福島と茨城かな」

「いや、それは職場になんか買ってこい」

 

 

良い奴なのに勿体ないな。もしかして、こいつも結婚したらモテるタイプかもしれない。

 

「あー、そうだ。魁人君、娘の写真見せてよ」

「フッ、良いですよ」

 

 

思わずほくそ笑んでしまった。自慢の娘を合法的に嫌見なく自慢できるからである。スマホに千秋の食事の写真を映し出す。

 

「あー、可愛い。昔を思い出すわ」

「これ、ネットにあげたらバズるんじゃね?」

 

宮本さんと佐々木、それぞれ反応する。どちらも褒めと言うか尊いと言う感情は持っているようだ。

 

「これをネットにあげたら一々ネットニュースになってしまうからな。今の所、娘達には普通の生活をして欲しいからネットにはアップしない。それに身元特定とか訳分らないことになっても困るしな」

 

 

四人ならいずれ芸能界とか入って大ブレイクをしそうだが、しばらくは平穏が良いのでないかと考える。ネットは誰が見ているのか分からないから上げられないとか理由は沢山だ。

 

 

「そうね。私も娘をネットにはあげないわね」

「ですよね」

「ふーん、そういうものか」

 

 

まぁ、これが正解とは言えないが一つの答えでもある。佐々木の言った事も答えであることに変わりはないだろうな。

 

「そう言えば、魁人君。運動会とかあるんじゃない」

「はい、親子バレーで活躍出来なかったのでリベンジに燃えてます」

 

 

あの時の、足をつった記憶は忘れない。今度こそ大活躍をすると心に決めているのだ。

 

「また、写真見せてもらっていいかしら。何だか、昔を思い出して心が躍るのよ」

「良いですよ」

「じゃ、ついでに俺も」

「仕方ないな」

「……いや、お前の宮本さんと俺の反応の差よ」

 

 

そうだな、運動会に向けて体を鍛えなおさないとな。あとは冷めても美味しいお弁当の研究とかしないとな

 

 

 



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41話 予兆

感想等ありがとうございます。


 五年生としての学校生活が始まり、特に何かが変わることなく時は過ぎていった。がやがやと騒がしい教室。誰もが既にこの環境の変化に慣れたのだと実感する。それほど四年生とすることは変わりないからだろうか。

 

 

 変わる事と言えば人間関係があげられる。クラスが変わり教室内の勢力図と言うのだろうか、そう言ったものが多少なりとも変わる。

 

 以前まで仲良かった人が他のクラスに行ってしまうと教室で不思議と浮いてしまったり、苦手な人と一緒のクラスで難しい関係を続けたりとなる場合もある。

 

 だが、うちのクラスでは今の所、そんな事はないようだ。周りを見渡しそのような人はいないようだと確認する。誰もが誰かと笑顔で話している。

 

 男子は男子で、女子は女子で話すのが基本スタンス。だが、男女で話している人を発見するとヒューヒュー五月蠅い人たちも若干見受けられる。男子数名の西野グループだ。

 

 

 垢が抜けないと言うか、まだまだ子供と言う感じがすると言うかだがこれが普通なのかもしれない。寧ろ、このように見えてしまう事の方が異端なのだ。だが、西野そんなんでは千秋は一生君を見ないよ。

 

 

「ねぇ、昨日のあれ見た?」

「世界恐怖物語でしょ?」

「うんうん、あれヤバかったよねぇ」

 

 

「俺あれ見たぜ」

「怖い奴か」

「そうそう、マジヤバい」

 

 

 

教室にいる殆どの者はホラー番組の話をしている。そう言えば最近ブームが来ているらしい。何でも、世界で本当に実在した心霊体験をもとに俳優や女優がそれを演じて作り上げる番組。

 

ただ、うち達はそんな番組は見ない。単純な理由だ、怖いからである。

 

うちは別に怖くはない。ただ、別にわざわざ見る意味は無いよと言う話だ。何が楽しくて心霊の話など聞かねばならないのか。

 

それにうちは怖くないが、うちの可愛い可愛い妹達がそれを怖がる。さらに怖いのに何故か三人共そう言ったものを見たがる。

 

心霊とか妖怪とか怖い怖いと言いながらもついつい三人は興味が湧いてしまうのだ。まだ、心霊系の番組は見たことはない。だが、お兄さんのスマホで千秋が一度見たことがある。

 

その時は一人でトイレに行けないと何度も泣きついてきた。姉妹をお世話し隊のうちからしたら面倒とかそう言った感情は湧かないが怖がる姿を見るのはあまり好きではない。

 

だから……見せない様にしてたのだが……

 

 

「おいおい、お前心霊番組も見れないのかよ」

「……別にそんなんじゃないし」

 

 

おい、西野。お前またか!? そんなに千秋に絡んで欲しいのか!? なら、もっとなんか優しくする方法があるだろうが!?

 

「ったく、千秋はお子様だな」

「別に子供じゃないし」

「じゃあ、今度感想聞かせろよ」

 

 

西野、千秋を子ども扱いして、偉そうにして、この教室でボスにでもなったつもりか。

 

あと、シンプルに下の名前呼び捨てすんな

 

西田ぁ、さんを付けろよ、短パン野郎……

 

うちは思っていることがある。人を呼ぶと言う行為に配慮がない人は嫌いと言う事だ。親しくの無いのに勝手にあだ名をつける、勝手に慣れ慣れしく下の名前で呼ぶ。配慮とはこの僅かなやり取りでも分かってしまうのだ。

 

相手がどう思うのか、こうしたらどうなるのか、考えなしに行動する者はうちは好かない。それは千夏と千秋と千冬も同じ。例え好意的に相手が思っていても配慮が無いと意味がない。

 

配慮が無いから、千秋は西野に好感を抱かないのだ。

 

「分かった。今度の夜の見てくるから」

「お、おぅ……感想聞かせろよ」

「分かった」

 

 

だが、小学生は若いから仕方ない。まだまだ、発展途上の子供だから仕方ない。間違いはあるはずだ。それに一々難癖をつけるのはうちがただ単に過敏に感じているだけかもしれないが、

 

だとしても、少なくとも千秋はうちと同じ感情を抱いたはずだ。

 

 

配慮は大事。特に仲が良くない時は。

 

 

◆◆

 

 

 

帰りのバス、うち達は揺られながら今日一日を振り返る。

 

 

「あれが西野ってやつなのね。秋から話は聞いてたけど、まぁ、聞いてた通りって感じね」

「千冬も感想は同じっス。特にこれと言って他には」

「まぁ、西野も悪い奴ではないとは思うがな。まだまだ、青いと言った感じだ。だが我は海より広い寛大な心で対応しているからな、どうとも思わん」

「ふーん、まぁ、ああいう人って結構居そうだし、そんなものかしら?」

 

流石、うちの妹。心がマリアナ海溝より深い、そして大草原より広い。

 

「それにしても、誰も彼も心霊番組の噂しかしてないわ」

「そうっスね……そう言うのってついつい見たくなってしまうっスよ……見たら眠れなくなる分かってるのに」

「そうそう、そうなのよ……。この間の千秋はトイレ一人で行けなくなるし」

「はぁ? 行けるし、一人で行けなかったんじゃないし、一人で行かなかったんだし」

 

 

千秋と千夏が口げんかのようになり、まぁまぁと千冬が止める。配慮は大事だが、ある程度仲が良くなれば遠慮しすぎも良くない事はお兄さんから教わっている。

 

偶には言いあわないとね。

 

 

「ふーん、頓智はお上手だ事」

「そもそも、我、心霊怖くないし。怖い話とか全然怖くないし!」

「いや、それは無理があるわよ。春と冬もそう思うでしょ?」

「う、うーん。確かに秋姉が心霊怖くなって言うのは……ちょっと」

「まぁ、怖いものがあるのが人間だから」

「……別に怖くないもん。本当だもん」

 

うちと千冬は千秋が心霊怖がってたのを知っているから千夏を肯定してしまった。そうすると口を頬を膨らませてプイっとそっぽを向いてしまう千秋。

 

「ごめんね……千秋」

「いいもん、カイトが信じれくれるからっ」

 

 

ああ、千秋が完全にいじけてしまった。今日は早く帰れるから皆で運動会に向けて家の前を走ろうと言う約束をしてたのに。

 

バス停で降車して家に帰る道を歩く時も千秋はそっぽを向いた。

 

「ねぇ、秋。これから帰ったら皆で運動会に向けて走りの練習するのよ。やるんだったら皆で楽しくやりたいじゃない」

「そうっスよ。秋姉は笑顔の方が可愛いっス」

「……ふむ、そうか」

「そうよ、アンタが一番速いんだからアンタがいいお手本になってくれないと。日辻姉妹の隼の異名を見せてよね」

「そうっスよ、TGVの二つ名もあるんスから」

「千秋の最高に可愛くて、速い所をお姉ちゃんみたいな」

「…………やれやれ、仕方ないなぁ! 本当に困った姉妹だ!」

 

 

どうやら千秋の機嫌が戻ったようだ。うちと千夏と千冬がホッと一息。千秋が落ち込んだり気難しい表情になると場の空気ががらりと変わる。

 

千秋は素直で可愛いなと思う時もあるが、それよりも心が広い。すぐに切り替えが出来る。これは誰にでも出来る事ではない。きっと、うち達が何か言わなくてもすぐに笑顔で接してきただろう。いつものように楽しげな雰囲気を出してくれただろう。

 

うちも千夏も千冬もそれは分かっていた。だが、分かっていても褒めの言葉を言った理由は直ぐにでも笑顔を見たかったから。

 

千秋も本気でイジケタわけでも無い、信頼できるから、個性を出せる。本音を出せる。

 

 

配慮は生きていく中でずっと必要で、例え仲が良くても上手く出来ない時はある。

 

だが、うち達は僅かにだが配慮が入らない完成された間柄。言いたいように言えるのだ。

 

それを確認して思わず、ニヤニヤとしてしまった。三人の妹にどうしたのと首を傾げられたが何でもないと笑った。

 

 

 

 

「ぜぇぜぇ、ど、どんだけ、速いのよ……」

「はぁはぁ、速すぎッス」

 

 

大丈夫だろうか。二人共。全員がジャージに着替えて家の前を走る。通りすがりの人たちは微笑ましい顔で見ている。先頭の千秋が後ろを振り返る。

 

 

「おいおい、ダイジョブか!」

「だ、大丈夫よ。クソ、この僅かな太陽光がウザい」

「た、単純にもう、足が」

「大丈夫? お姉ちゃんが後ろから支えるよ」

 

 

家の目の前で何度もシャトルランのように、往復で走るのを繰り返す。千秋はわははっと笑ったり、きーんっと両手を飛行機のように広げて走る。

 

それに何とか付いて行こうとした千夏と千冬がダウン寸前。ふらふらな足を何とか進めて走って行く。

 

「も、もう無理ッ。限界、限界、ギブギブ」

「ち、千冬はもうちょっと……ううぅ、はぁはぁ」

 

千夏が両膝に手をついて走るのを止めた。うちは支えていた手を外す。千冬はまだまだ走ると只管に進む。

 

千冬頑張ってるなぁ。

 

「か、魁人さんに、褒めて、もらう、ッス、ああ、でも、足が……もう、らめぇ……」

「おっと」

 

 

千冬が体力の限界まで走って思わず転んでしまいそうになるのを千秋が支えた。

 

「あ、あ、りが、ろうッス」

「気にするな、妹よ」

「はぁはぁはぁはぁ」

「だ、ダイジョブか? 千冬」

「ら、らいひょうふ……」

「もう、何と言ってるのか分からん。取りあえず休憩だ」

 

 

千秋がゆっくりと肩を組んだままこちらに歩いてくる。家の目の前で思わず千冬は腰を下ろした。

 

頑張る姿がとっても素敵だ。だが、大丈夫だろうか?

 

 

「千冬、もう今日は」

「は、春姉、ま、ら、まらいけるっふよぉ」

「もう、ダメ。今日はお終い」

「あ、あと、い、いっかりらけ」

「う、うーん……千冬に無理はお姉ちゃんしてほしくないな」

「あ、あと、ワンだけ」

 

 

何とか呂律も回り始めた。やる気もある妹の望むままに頑張って欲しい。でも無理しすぎてもダメだろうし。

 

「はぁ、あ、あと一本だけ往復したら、終わり」

「う、うん。それなら」

 

千冬がフラフラの足を起こして走り出した。フラフラになりながらも走って走って、汗を流して、往復をした。

 

「頑張るわね、冬」

「ふっ、実はあの超頑張り屋の娘……あれ、我の妹なんだ」

「いや、私もよ」

 

 

頑張れーっと三人で応援する。はぁはぁっと息切れをしながらも何とか走り終えた千冬はスッキリした顔をしていた。

 

「頑張ったな千冬」

「やるじゃない」

「流石千秋だね」

 

三人で褒めると千冬は嬉しそうにピースをした。額に汗をかいて、膝に片手を突きながらも。

 

「えへへ、これくらい当然っス……」

 

 

可愛いー。

 

 

「じゃあ、今日はこれくらいにするぞ!」

「あ、宿題あるの忘れてた」

「うわぁぁ!」

 

 

千秋と千夏が頭を抱えながらも家に入って行く。うちも入ろと千冬と並んでいくと千冬が足を止めた

 

「ッ……」

「どうしたの?」

「い、いや、何でも無いっス……」

「そう? そんな風に見えないけど……」

「疲れてフラフラしただけっス……」

「じゃあ、腕組んで行こう。支えるよ」

「あ、ありがとうっス。春姉……」

 

 

千冬と腕を組みながら家に入って行った。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ねぇねぇ、カイト聞いて! 教室の皆は最近、怖い話にハマってるんだ」

「そうなのか。確かに幽霊とか妖怪とか曖昧な物は興味は湧くよな」

「うん、我も今度の奴は見ようと思ってる」

「う、うーん……そう言うの見ると夜眠れなくなるじゃないか?」

「我、そう言うの怖くないんだ! 凄いだろう!」

「そ、そうだな」

 

 

夕食を共にしていると千秋が俺にそう言った。

 

この間もスマホでホラーを見てビクビクしていると千冬が言っていたし、怖いけど興味があると言う感じなんだろうな。

 

だが、千秋が言う事をいやいやそれは違うだろっというわけには行かない。

 

 

「ムフフ、やっぱりカイトは信じてくれるな!」

「う、うん」

「ねぇねぇ、カイトは怖い話知ってる?」

「う、うん、多少はな」

「じゃあ、聞かせて!」

「う、うーん……千秋が良くても千春たちが怖いんじゃないか?」

 

ゲームでは姉妹全員ホラー苦手と言う設定があった。それを全て当てはめるわけではないが過ごしていると千春はホラーを無意識に回避している感じがある。

 

「ち、千冬も魁人さんの話を聞きたいッス!」

「私も少しなら……」

 

千冬と千夏は興味ありげだな。

 

「う、うちも全然、興味ありです……」

「……この話はまた今度にしようか」

「ええ!?」

「お兄さん、言ってください。うちも聞きたい、です……」

 

 

千春はあんまり聞きたくない感じだから、話をやめようとしたのだが千秋が悲しげな顔をして、千春が俺の話を促す。

 

いや、怖いなら怖いって言っていいだぞ。

 

だけど、千秋が聞きたそうだし。あんまり、怖くない奴にしよう。

 

 

「そうだな、じゃあ、恐怖の味噌汁なんてどうだ」

「おお! 気になる!」

「そうだろう」

 

「「「……」」」

 

千夏と千冬と千春が息を飲む。怖くても知りたいと言う矛盾した感情。知ったら後悔するのが分かっているのが怖い話だ。

 

ある程度俺も知識はあるが四人が知ってしまったら怖くて仕方ないだろう。

 

 

「……これは本当にあった話なんだが」

「「「「……」」」」

「ある所に男の子とそのお母さんが暮らしていました。夕暮れ時、男の子がお母さんに聞きました。今日の晩御飯は何の味噌汁? すると、お母さんはニタっと笑いましたッ」

「「「「ッ……」」」」

「今日は麩の味噌汁よ……今日は麩の味噌汁。恐怖の味噌汁……」

「アハハ! カイト面白ーい!」

「そうかぁ」

 

「「「……」」」

 

 

千秋は爆笑してくれたが他の三人は俺を数の子を見るような目で見ていた。流石に詰まらなかったか。

 

「魁人さん」

「どうした? 千夏」

 

千夏が俺に話しかけてくるなんて珍しい。

 

「あの、前から思っていたんですが」

「うん」

「魁人さんの、お話って……結構、その、何というか……」

「……詰まらないか?」

「そこまでは言わないですけど……」

 

 

千夏が気まずそうにそう言った。これがジェネレーションギャップと言う奴か。だが、思った事を言ってくれるのは素直に嬉しい。

 

そして、詰まらないと言われたことに少し悲しい。

 

「カイトの話は面白いぞ! 偶に詰まらない時あるけど!」

「そ、そうか、具体的にどれが面白くなかったんだ?」

「うーんとね、あの風が吹いたら桶屋が儲かるって話が難しくて詰まらなかった」

 

 

千秋も面白くないって思っていた時があるのか。これからネットで流行りの話とか調べないとな

 

「それより、カイト本当に怖い話して! ダジャレとかじゃなくて!」

「う、うん。でもな……悪の十字架とかダメだよね。うん……」

「お兄さん、うちに気を遣わないでください。うちも本当は興味ありますから」

「う、うーん。本当に大丈夫か? 千春」

「大丈夫です」

「千夏は?」

「大丈夫です」

「千冬はどうだ?」

「大丈夫でス」

「千秋」

「大丈夫!」

 

 

ここまで言われてしまっては言わないわけには行かないだろう。そこそこ怖い話にしておけば大丈夫だろうか。

 

「じゃあ、ちょっと怖い話を……ある日、A君と言う男の子が引っ越し業者に頼んでとあるアパートに引っ越しをしました。荷物を粗方設置し終えた新しい部屋をA君が眺めていると部屋に穴が開いていることに気づきます。あれ? どうしたんだろうっとその穴を見ると……」

「「「「ゴクリ……」」」」

 

少し、話しを溜めると四人は恐怖が来ても大丈夫のように覚悟を決めている表情になる。

 

「その穴の先は真っ赤。ただただ、真っ赤でした」

「「「「え?」」」」

「何だこれっとA君はその穴を気にしないことにしたのですが、暫く暮らしているとどうにも、その赤い何かが気になって気になって仕方がありません。思わずA君は部屋を飛び出して大家さんに尋ねます。あの、隣の部屋は何の部屋なんですか? 誰が住んでいるんですか? ずっと、赤い何かしか見えないのですが……すると、大家さんはこう言いました。隣には目が真っ赤な住人が住んでいる以外特に変わった事はないですよ。はい、これでお終いだ。あんまり、怖くなかっただろ?」

「そうだな! 我全然怖くない!」

「私も」

 

千秋と千夏は全然平気、いや、もしかしたら話の本質にまだ気付いていないだけかもしれない。その証拠に千春と千冬が顔を真っ青にしている。

 

「なによ! アンタ達、情けないわね。まぁ、私くらいの大人になるとこんな話怖くもないけど」

「まぁ、人には苦手な物があるのは仕方ないからな!」

「夏姉、秋姉本当に話聞いてたんスか……?」

「「ん?」」

「隣の部屋に真っ赤な目の人が居るって事は……穴がずっと赤しか見えないって事は……隣の人はずっと、ずっと、ずっと、部屋を覗いていたって事っスよ……?」

「「えっ……」」

 

 

……怖かったのかな? 結構優しめの奴を選んだつもりだったんだが……

 

「千春、大丈夫か?」

「だ、大丈夫です。所詮作り話。科学的根拠もない、空想のお話ですから」

「う、うん。その、なんかあったら言ってくれよ」

「はい……」

 

 

食卓の温度が一気に下がってしまった。これからは楽しく食卓を囲むために話題を増やさないとなっと思った。

 

 

 



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42話 近くて遠い人

感想等ありがとうございます。


 うち達は校庭に集められていた。理由は単純だ。運動会の走る順番を決める為だ。この学校では全学年一組が赤、他が白となっている。

 

 そして、運動会前は普段なら合同で行う体育授業もクラス別になる。

 

 

「えっと……運動会は本気で臨んでほしいですね。その為にはまず、リレーの順番を決めないといけません。五十メートルの記録とるので準備運動をしてください」

 

 

 

女教師がそう言って生徒達から距離をとる。生徒達に任せると言う方針なんだろう。体育委員の子が前に出て屈伸やらアキレス腱伸ばしをする。

 

大体の体ほぐしを終えると今度は数週の校庭ランニング。

 

 

「に、日光が」

「夏姉、大丈夫っスか?」

「う、うん」

 

 

赤帽子をかぶった千夏と千冬が走る。千夏は帽子深くかぶって少しでも日の影響を軽減しようとするが上手く行かない。うちは千夏と千冬の背中を押す。

 

だけど、千冬は押す前に足を速めた。もう、自分で走れると言う事なのだろう。最近、毎日走っている、縄跳びもしている。体力が大分ついてる。

 

思わず、千冬が走る姿に……手を伸ばしそうになった。先に行かないでと掴んでしまいそうになった。

 

だけど、そんなことはしない。できない。

 

 

「冬、いつの間にあんなに……」

「成長は速いんだね」

「そうね……」

 

 

しんみりとした空気。それでも千冬が走り去る、進んでいく姿を止めることなんて出来なかった。

 

 

「変わったのね……」

「そうだね……」

 

 

しんみりとした空気……

 

 

「どうした、千夏と千春よ。まだまだだな」

 

 

それを壊すように千秋が後ろから来た。一番先に走った彼女は一周してまた戻ってきたのだ。

 

「体力馬鹿のアンタにかなうわけないのよ……」

「ふっ当然だな」

 

 

そう言って千秋は笑った。そして、そのまま千秋は走り去ろうとする。負けないと千夏も走るが千秋は遠くなる。

 

暖かい空気を切るように走る。

 

ふと、校庭を見回すと頑張って走る千冬、笑顔でまっすぐ進む千秋、姉としての立ち位置もある為に負けじと走る千夏。

 

それぞれがそれぞれの思いを持ちながら常に行動して進んでいる。きっと最高の結果が結末が待って居るだろう。

 

……でも、全てが上手く行くなんてそんな都合のいいことはないのだ。そのことを知るのは直ぐであった

 

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬は魁人さんに褒められたい。もっと自分を見て欲しい。千冬の中でその感情がドンドン強くなっている。その想いがドンドン強くなっている。

 

 魁人さんは秋姉を沢山褒めたり、一番会話をしたり秋姉と一番絡む。そこに嫉妬をしてしまう。

 

 秋姉は悪くないし、魁人さんも悪くない。秋姉は自分から進んで魁人さんの元に向かうし、して欲しい事を求めることを口に出す。だから、魁人さんも接しやすいのだろう、嬉しいのだろう。

 

 頼ってくれて、言いたいことを言って我儘になってくれるのが。

 

 でも、それが出来るのは秋姉だからなのだ。千冬にはあんな風に大胆に近づいたり好きだと伝えたりは出来ない。

 

 だって、恥ずかしいだもん

 

 そんなポンポンぽんぽん息を吸うように好きだなんて言えるわけがない。秋姉が特別なのだ。

 

 以前ならここで折れていたかもしれないが、そうはならない。秋姉には千冬は敵わない部分がある。だけど、秋姉も千冬に敵わないところがある。それにこれから負けている所は勝とうと努力をして前に進むつもりだ。

 

 

 勝手にライバル視。

 

 普段から隠しているが秋姉に負けないくらい頑張ってやろうと言う気持ちがある。走って走って、運動会の個人徒競走で一番になって、褒めてもらう。

 

一番だって言って貰う

 

そんな目標を勝手に一人で掲げている。

 

 

「はひゅー、も、もう無理」

 

 

家の前の道路で四人で走る。学校では体育の授業を全力で頑張り、体力を消耗したが関係ない。只管に頑張らないと。

 

学校の体育の授業は本気でやれば約一時間のトレーニングになる。家に帰ってさらにトレーニングもすれば絶対に効果が表れるはずなのだ。

 

 

「大丈夫か! 千夏」

「走るの無理ー」

「また妖怪か!」

「違う!」

 

 

夏姉がフラフラになりながらも走っている。それに活気を飛ばす秋姉。夏姉はやはり日が苦手なのだろう。春姉はそんな夏姉に寄り添っている。

 

「大丈夫千夏? 喉乾いた? タオルいる? 今日はもうやめる?」

「大丈夫よぉー、これくらい、秋と冬が走ってるんだからぁ」

「そう……直ぐにフォローできるようにお姉ちゃん構えてるからね!」

 

 

春姉は元々の運動神経が良いがいつも姉妹に気遣っている。夏姉は日が出てると辛いはずなのに負けじと頑張っている。

 

千冬だって負けない、四女の意地を見せてやるのだ。絶対に実を結ぶなずだ、だって、こんなに頑張ってるんだから。絶対に……

 

 

そう思いながら走っていると……不意に、足のふくらはぎを鋭い痛みが襲った。

 

「ッ……」

「千冬! 大丈夫か!」

 

思わず、転んでしまうそうになったのを近くに居た秋姉が支えてくれたおかげで転ばなずにすんだ。だが、ふくらはぎの鋭い痛みが治まることはない。

 

「千冬! 大丈夫!」

「冬! どうしたの!?」

 

 

春姉と夏姉も気になって近づいてくる。足がつってしまったような痛みじゃない。

 

「あ、足がちょっと痛くなっちゃって……でも、平気」

「そんなわけない! もっとよく見てもらわないといけないわ! 秋! すぐに7119に電話!」

「分かった!」

「いやいや、それほどじゃ……」

「今すぐ、電話しよう」

「春姉!?」

 

確かに痛いけど、そんな緊急連絡をするような大袈裟な物ではない。もしかしなくても、肉離れかもしれない。足に違和感が最近あった。でも、無理にトレーニングを続けてしまったから。

 

「あの本当に大丈夫っス! 取りあえず冷やしたりすれば……」

「念のために病院行った方が良いんじゃないかしら?」

「行かなくていいっス……冷やせば」

「カイトに連絡するぞ!」

「魁人さん、まだ仕事中っスよ。帰ってきたらでいいっス……春姉も心配いらないっスから慌てなくていいっスよ」

 

 

春姉が心配そうにして今すぐにでも連絡をしたいと言う顔をしていたから思わず止めてしまった。どこに連絡をするにしても魁人さんに連絡が向かってしまう。あまり困らせるような事はしたくない。

 

肉離れは冷やしておけば大丈夫だろう、報告するにしても帰って来てからで大丈夫なのだ。

 

 

「取りあえず、家まで肩借りて良いっスか?」

「勿論だ!」

「勿論、お姉ちゃん支えるよ」

「私は……家のドアを開ける係やるわ!」

 

 

良い姉妹に恵まれたなと思った。足の鋭い痛みは治まらないが特に気にする事もない、痛みには慣れている。これくらい大したことはない。思わず拳を強く握ってしまったり、歯を食いしばれば耐えられる。

 

そのまま家の中に運んでもらって、保冷材などをタオルでくるんでふくらはぎにあててもらった。

 

 

◆◆

 

 

魁人さんがいつもより一時間弱程早く帰ってきた。ふくらはぎを冷やしてソファに座っていると魁人さんは千冬と目線を合わせる。

 

 

「千冬、大丈夫か?」

「大丈夫でス。魁人さん、いつもより帰ってくるのが早いっスけどどうして……」

「千秋が電話をしてきたんだ。千冬が怪我したからって」

「スいません。わざわざ」

 

 

言わなくていいと言ったのに、魁人さんに連絡をしてくれたらしい。

 

「一応、整形外科とか行った方が良いな。もうすぐ、運動会もあるんだ」

「いや、でも」

「いや、もう、予約したんだ」

「え?」

 

 

魁人さん、流石の計画性である。春姉達も魁人さんの行動力におおっと感嘆の声を上げている。確かに千冬も気にかけてくれるのは嬉しい。

 

 

「千春達は……待っててくれ。すぐ帰ってくるから。それまで夕食は我慢してほしい」

「分かった!」

「よろしくお願いします。お兄さん」

「冬をお願いします」

 

 

お兄さんは仕事場のスーツのまま出掛ける準備をする。仕事の荷物はソファの上に置いて再び千冬を見る。

 

 

「歩けるか? 痛いならおぶっていくが」

「歩くくらいなら大丈夫でス」

「そうか……ゆっくりでいいぞ」

 

 

言われるがままゆっくりと腰を上げて、部屋を出て玄関で靴に履き替える。

 

「じゃあ、なるべく早く帰ってくるからな。待っててくれ」

 

お兄さんがそう春姉達に行って玄関ドアを開ける、すると外は雨が降っていた。さっき走った時は雨なんて降っていなかったのに。

 

ザァーっと大量の雫が地面に落ちる音は嫌いではない。心が何だか落ち着く気がするから。大量の雨音が自分の心を洗い流しているような気がするから。

 

「降ってきたな……」

「そうでスね……」

「……傘使ってくれ」

「……はい」

 

 

魁人さんは千冬に傘を渡してくれた。そして、自分は傘を使わずに車に乗り込んでエンジンをかける。

 

その後、気遣うように千冬の元へ寄って来る。濡れても良いと言う事なのか。濡れるより千冬の方が大事なのか。

 

「大丈夫か? 足」

「大丈夫でス」

 

千冬は思わず傘を魁人さんより上に掲げた。濡れて欲しくないから。

 

「ありがとう。でも、俺は良いから乗ってくれ」

「はい……」

 

 

助手席に初めて乗った。いつもならそこは春姉の位置だ。乗った事は今まで一度もない。ただ本音を言うなら乗りたいときは何度もあったし、乗ろうとした時も何度もあった。

 

でも、助手席は運転手を支える役目がある。千冬はきっと魁人さんの隣だと緊張をしてしまったりして会話とかが上手にできる自信がないから座らなかっただけ、避けてきただけ。

 

千冬が席についてシートベルトを着用する。お兄さんも着用してそのまま出発。ワイパーが左右に揺れてガラスに着いた雨跡を消していく。エンジンの音と外の雨の音、他の車両の音、全てがはっきり聞こえる。

 

音があるのに静けさを感じる。それを割くようにお兄さんが話をした。

 

 

「足はどんな感じだ? どれくらい痛いんだ?」

「そんなには痛くない感じでス」

「……家の前で走ってたら急に痛くなった感じか?」

「はい」

「……最近、頑張り過ぎてたからな。俺がオーバーワークを止めていれば」

「魁人さんのせいではないでス……絶対!」

「そ、そうか?」

 

 

魁人さんが自分を責めるので思わず強く反応をしてしまった。あまり、子供のような一面は見せたくなかったので少し恥ずかしい。

 

 

「……あんまり、頑張り過ぎないようにな。頑張ることを否定はしないけどさ。でも怪我はしてほしくない。俺もこれから一緒に考えるからさ、程よいトレーニングを考えよう」

「は、はい……」

 

 

 

気にしてくれているんだと、感じる。それが嬉しくて、ドキドキして次の言葉が上手く出てこない。会話が弾まず拙い交流になってしまう。

 

 

何かをもっと話したい、知りたい。でも、言葉が頭が回らない。

 

 

「今日はもしかしたら、コンビニ食かもな。コンビニだったら千冬は何が食べたい?」

「え、えっと……サラダチキンとか……」

「確かに美味しいよな。サラダにもばっちりあう」

「か、魁人さんは何が……」

「俺は……アジフライとかサバの味噌煮とか、グミとか」

「お、美味しいでスよね!? アジフライとか……」

 

 

コミュニケーションが出来ない。ただ相手が言った事実を復唱するか、繰り返して聞き返すことすら満足にできない。

 

 

もっと、話したいのに……

 

 

上手く出来ず、結局病院に到着してしまった。

 

 

 

◆◆

 

 

「ふむふむ、これは……軽い肉離れですね」

「そうですか……」

「無理な運動とか、してましたかね?」

「そう、かもしれないですね……」

 

 

 

整形外科の女の先生が千冬のふくらはぎを見る。少し腫れていて触られると痛い。魁人さんは隣に座ってお医者さんと話している。

 

「湿布とか貼って、暫く運動は控えるようにすれば大丈夫でしょう。ただ、一応、電気治療はしておきますね」

「お願いします……それでいいか?」

「は、はい……」

 

 

魁人さんにそう聞かれたので思わずアタフタしながらも肯定してしまった。

 

「それじゃ、別室にどうぞー」

 

別室には大きなマシーン的な物が。そこからコードが伸びており、色のついた湿布的な物についている。

 

「それじゃ、ベットの上でうつ伏せになってくださいー」

 

「俺は待合室で待ってる方が良いか?」

「か、魁人さんもここに居て欲しいでス……初めてだから少し、怖くて」

「分かった」

 

 

看護師さんがふくらはぎに電気が流れる湿布のような物を貼って微弱の電流を流す。足がしびれたような感触がふくらはぎに広がる。

 

「それでは、音が鳴ったら終了でーす」

 

看護師さんはそう言って部屋を出て行く。

 

「痛くないか?」

「はい」

「そうか……軽い肉離れって言ってたし、直ぐに良くなるだろう。安心したよ」

「す、すいません。ご心配を」

「謝る事じゃないさ」

 

 

優しい。痛いのかってそんなに気にしてもらった事はない。大人の人にこんなに気にかけてもらった事はない。

 

鼓動が只管に速くなる。

 

他愛もない話をしながらも常に落ち着きはない。施術が終わって会計の時間を待つ時も。

 

 

「えっと、このシップをですね……」

「はい……」

 

 

会計で魁人さんがお医者さんと話しているときも、いつものように車に乗るときも落ち着きはない。落ち着けるはずがない。

 

 

好きな人と二人きりだから……落ち着ける訳なんて無い。

 

 

◆◆

 

 

 

 帰りの車の中。辺りも暗くなり始めているが未だに雨はやまない。

 

「やっぱり、今日はコンビニだな。あーでも、スーパーでもいいかもしれないな。千冬はどっちがいい?」

「え、えっと……じゃあ、こ、コンビニで」

「じゃあ、そうしよう。千春達に電話して買ってきて欲しい物聞かないといけないから、任せて良いか?」

「も、勿論っス!」

 

 

魁人さんがスマホを渡してくれた。頼られていることに喜びを得た。タップして電話を自宅にかける。

 

「あ、春姉……だ、大丈夫……その、今日はコンビニで、何が食べたいか夏姉と秋姉にも聞いて欲しいっス。かつ丼、マルゲリータ、ナポリタン、親子丼……」

 

 

春姉の心配の声、夏姉と秋姉の心配と食欲の声が聞こえてくる。それを聞くと思わず笑顔になってしまうから不思議だ。

少し話して、電話を切った。魁人さんにそれを話してほんわかした空気になりながらコンビニに向かって車は進んでいく。

 

 

会話が楽しい。ただただ楽しい。ずっとこのままで居たいと思ってしまう。足を怪我した瞬間は思わずどうして自分だけこんな目に僅かに思ったが……今は怪我してよかったとまでは言わないが不思議と悪い気はしない。

 

ずっと、このまま……。そんな日々がずっと続いて欲しい。前までならそう思っていた。それで満足していた

 

でも、千冬が本当に求めるのはそれではない。

 

 

この関係ではない。親子ではない。

 

 

優しくて、カッコよくて、視野も広くて、逞しいこの人が千冬は……好きなのだ。親としてとかではない。

 

親友に向ける感情ではない。姉妹に向ける感情でもない。

 

 

この人に向ける感情は恋愛的に好きと言う感情だ。

 

 

でも、それは言えない。もし、それを伝えて失敗して関係を崩したくない。それに、千冬はまだまだ子供だから。

 

結果は分かっている。大人と子供だから、結果なんて分かりきっている。魁人さんはきっと、断るだろう。

 

頭では理解している、でも僅かに期待をしてしまう自分もいる。もしかしたら、もしかしたらと。

 

 

今、もし、言ったらどうなるんだろう。

 

 

貴方が好きだと、貴方だけの特別になりたいと。

 

子供だけど、好きになっていいですかと。

 

ずっと、隣に居いたいと。

 

 

そして、受け入れられたらどうなるんだろう。

 

 

……やめよう。分かっている。自分は今、負け戦をしようとしている。何の意味もなく、ただただ自身と相手の関係を悪くするような事をしようとしているんだ。

 

 

雨の音が好きだ。気持ちを落ち着かせて冷静な判断をさせてくれるから。

 

 

――好きです

 

そう、言う選択肢は消えた。

 

 

「魁人さん、あそこのコンビニに寄るんですか?」

「そうだな……あそこにするか」

 

 

雨で僅かに見えにくいガラス越しにコンビニを見つけて、他愛もない話をする。他愛もない話は悪くないし、このままでいい。

 

 

この時間がずっと続けばそれでいい

 

 

 

 




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43話 擬人化

 体がふわふわする。只管にふわふわする。

 

 

 俺は気付いたら玄関の前に俺は立っていた。空がピンク色でシャボン玉のような物がそこら中に浮いている。何だろう、まるでヘンテコなアニメの妖精界にでも来てしまったような……

 

 だが、取りあえず目の前にある我が家に入ろう。鍵を開けて中に入る。

 

「おかえりー! カイト!」

「魁人さん、お帰りなさいっス」

「魁人さん、お帰りなさい」

「お兄さん、お帰りなさい」

 

 

家に入ると千春達が出迎えてくれた。非常に嬉しいのだが何故か服装が体操着なのはどうしてだろう。赤を基調としている半そでと短パン、動きやすそうだな。俺も昔こんな服を着ていたことがあるような気がする。

 

 

「カイト! 疲れただろう! ご飯にする? お風呂にする? それとも……我か?」

「……どこで覚えたんだ? そういうのはまだまだ……」

「ちょっと、魁人さんは私が癒すのよ!」

「違うっス! 千冬っス!」

「じゃあ、中間をとってうちが」

 

 

……なんだ、この空間は。俺は夢でも見ているんだろうか。ふわふわッとしているこの感じ、そこら中にあるピンクの雰囲気、そしてシャボン玉。これは夢だな。

 

確定演出だ。

 

 

「カイト! 我を選べ! そしたら、極上の気分になれるぞ!」

「私の方がいいですよ。魁人さん」

「千冬を選んでくれると……嬉しいっス……」

「お兄さん……」

「お、おい! 今日は我だぞ!」

「はぁ!? 私よ!」

「最近、出番のない千冬が」

「……間を取ってうちが……」

 

 

こんな夢を見てしまう自分にも責任があるのだろうか。

 

 

「なぁ! カイト! 私を選んで!」

 

 

千秋がそう言う。そう言う彼女の手にはメロンソーダが握られていた。そして、体操服にはいつの間にかタスキがかかっており、そこにはこう書かれていた。

 

『メロンソーダ擬人化』

 

 

いつもの笑顔で彼女は俺にメロンソーダをサムズアップで手渡そうとする。そして、それを邪魔する千夏……いや……

 

『レモンサワー擬人化』

 

「何言ってんのよ。魁人さんの今日の気分はレモンサワーなんだから!」

 

 

彼女にもいつの間にかタスキがかかっており、そこには千秋と同様に『レモンサワー擬人化』の文字が。そして、千夏はレモンサワーが握られた手を俺の元に伸ばす。これを取ってと言う事だろうか。

 

「ち、千冬を……」

 

 

ハッとする。千夏、いやレモンサワー擬人化の隣には千冬、いや……『巨峰ワイン擬人化』。彼女はグラスにコトコトっと一生懸命ワインを注いでそれを俺に捧げるようにする。

 

「魁人さん……、これ……」

「あ、ありがとう……」

「え? カイトはワインを選ぶの? 私じゃないの?」

「いや、千秋……じゃなかったメロンソーダ擬人化。そう言うわけじゃないんだ」

「え? か、魁人さん?」

 

そ、そんな目で俺のを見ないでくれ。千冬。じゃなくてワイン擬人化。ただでさえ、最近は……思わず悩んでしまうと

 

 

「お兄さん、うちを選んでくれるんですよね?」

「ち、千春……」

 

 

そう言う彼女の体操着にはタスキが例のようにかかっており、『ピーチチューハイ擬人化』と言う文字が。

 

「口移しで飲みますか?」

「いや、普通でいいよ……」

「そうですか。ではどうぞ、グイッと一杯」

「う、うーん」

「え? 飲んでくれますよね?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 

そんな淡々と言われても飲めない物は飲めない。と言うか何なんだ、この夢は、何だか姉妹間の雰囲気も殺伐してきているし、夢とは言えそんなものは見たくない。

 

これは夢だ、覚めてくれ。

 

 

「……お兄さんは誰も選ばないんですね」

「残念。コンビニで買いたて新鮮のレモンサワーなのに」

「カイト……毎日、メロンサイダー飲むって約束したのに」

「ワインは王の薬なのに」

 

 

何だか、四人の雰囲気が暗くなる、それにつられて部屋のピンクの雰囲気が消え、シャボン玉が次々と消えていく。

 

そして、ドンっと玄関の床が消えて奈落が現れる。

 

「ええああああAAA?!?」

 

俺は言葉にならない声を上げて落ちていく。下に下に。腰が浮くような気分になる。ジェットコースターに乗っている気分に少し似ている。

 

 

「うあぁっぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 

ドンっと勢いよく背中に僅かな痛みが走る。そこでハッと意識が覚醒する。自分の姿を確認するとパジャマ姿で場所も自分の部屋。ベットから落ちたようだ。

 

時間を確認すると丁度いつもの起きる時間なのでカーテンを開けて日を浴びる。そして、夢を振り返る。

 

何という、夢だ……

 

 

「か、魁人さん?」

「ワイ、ン……じゃなかった千冬、おはよう」

「えっと、おはようございまス……ワイン?」

「ああ、すまん噛んだんだ。気にしないでくれ。それにしても今日も早起きか偉いな」

「い、いえ、別にそんな……」

 

 

どうやら、俺がベットから落ちた音を気にしてわざわざ部屋に来てくれたらしい。ありがとう。千冬は本当に偉くてすごいな。身だしなみも整っているし、眼もぱっちり開いている。本当に努力家で真っすぐな子だな。

 

「でも、頑張り過ぎは良くないから控えてくれよ」

「は、はいッス」

「よし、俺も頑張って朝ごはん作るか」

 

 

そう言って俺は僅かに背を伸ばした。千冬は背中が大丈夫かと気遣う視線をくれた。本当に優しい子だ。

 

こんなに優しい子に

 

 

……いつまでも、気づかないふりは良くないのかなぁ。

 

僅かに思ってしまったが、俺には何も言えない事を悟ってしまった。だから、それをする選択肢を俺は見ないことにした。

 

……ごめん

 

俺にはそこに踏みこむ勇気も資格もないのだ

 

 

◆◆

 

 

 

「大丈夫? 千冬?」

「大丈夫っスよ」

 

 

うち達は現在体育の授業をしている。運動会の個人徒競走の練習をしているのだ。運動会にはクラス競技と個人競技、親子競技がある。

 

クラス競技はリレー、個人競技は徒競走、この二つは走る距離は同じだ。バトンがあるかないかくらいの違いしかない。

 

トラックを一周する、それだけ。親子競技も同じ、親子で手を繋いでトラックを一周。レパートリーが少ないと感じるが五年生はそう言う競技が伝統らしい。

 

千冬は足が不調なために、練習には参加できないがちゃんと体操服に着替えて、整列して他の生徒の走る姿を見ている。無理をしないでと言いたいが千冬はやるべきことはしっかりやると言う性分なので敢えて言わない。

 

 

今は千秋と千夏がトラックを走っている。千秋がぶっちぎりだ。千夏はちょっと後ろで頑張って走っている。腕をめいいっぱいに振っている。

 

 

「相変わらず速いっスね」

「そうだね」

「夏姉はガッツがあるし」

「千冬は律儀で可愛いよ」

「どうも……」

 

千冬はちょっと苦笑いをした。褒められて恥ずかしいのかな。

 

「……本当は徒競走で一番になって魁人さんに褒めて欲しかったッス」

「お兄さんなら、頑張った事を褒めてくれると思うよ」

「確かにそうっスけど……」

 

 

過程も結果も大事。そんなことは分かり切っている。うち達は全員頑張っている言うのがお兄さん。それを言われるのは当たり前で今までならそれ満足できた。だけど、結果でも結果を出して特別に褒められたいと言う事かな?

 

 

一番になるってそんなにいい事なのかな?

 

 

千冬がお兄さんを意識しているのは知っている。だけど、それはそんなに良い事なのかと疑問に思った。お兄さんは良い人だけど、一番とか、特別とか、そんな気持ちになったことはない。

 

ママは少しあるけど。

 

 

「私ね、徒競走で一番になったらご褒美に欲しいもの買ってもらうんだ」

「へぇー。何買ってもらうの?」

「グルメスパイザー」

「へぇ」

 

 

思わず隣から聞こえてきた会話を意識する。別に千冬は物が欲しいとかじゃないらしいし。気持ちか……そう言うの欲しくなるってやっぱり成熟してきてるのかなぁ。

 

 

「おーい!」

 

 

走り終わった千秋がダッシュでこちらに向かってくる。笑顔で走れない千冬を元気づけるように。

 

「じゃじゃじゃじゃーん! 紅白マン!」

 

千秋は紅白帽子を立てて、帽子のつばが空に向かうようにする。そしてそれを頭にのせる。まるでどこぞのヒーローの様である。

 

これは、千冬の気分を上げる為にやっていると姉として推測する。

 

 

「ふっ、ちょっとだけ面白いっスよ」

「え? ホント!?」

「ちょっとだけっスけど」

「わーい!」

 

 

三人で集まっていると、肩で息をしたフラフラな千夏がこちらに向かってくる。

 

「き、キツイ……この、太陽(ライジング・サン)が、キツイ」

「お疲れっス……夏姉」

「ふ、冬、応援ありがとッ……おかげでいつも以上の力が出たわ……ぜぇぜぇ」

「いや、お礼は良いっスから、休んで欲しいッス……ほら、肩を」

「いいわ、アンタ、あ、足を、怪我、して、るから」

「千冬より重症に見えるっスよ……」

 

 

千冬はずっと応援してた。それに気づいてちゃんとお礼を言う千夏も偉い。千秋も可愛いし偉い、千冬は偉い。無限に褒めてしまいそうになるのでこの辺りで止めておこう。

 

 

「ほら、うちが肩を貸すよ」

「あ、ありがと。でも、これくらい貸りるほどじゃない」

 

千夏は自分で立った。本当に千夏は太陽が苦手だ、だけど千冬にだらしない姉としての姿を見られない様にしている。

 

「千冬、いっせーのーせぇー、やろう」

「……秋姉、負けると不機嫌になるから」

「ならないならない!」

「じゃ、じゃあ……少しだけ」

 

 

千秋、一人だけ千冬を退屈させない様に……涙が出るよ。千秋は両手をグーにしてそれを立ててカニのように合わせる。数字を言うのと同時に親指を立てる遊びを今ここでやろうと言うんだ。

 

確かに、暇つぶしと同時に無理に体を動かさないと言う最高のベストマッチ。

 

 

「ああ! も、もう一回!」

「あ、はいっス……」

 

 

「むぅ! もう一回!」

「……」

 

 

「今、わざと負けたな! お姉ちゃんには分かるんだぞ!」

「ご、ごめんっス……」

 

 

「も、もう一回!」

「やめなさい、みっともない。アンタじゃ冬に何度やっても勝てないわ」

「はぁ?」

「冬、私が相手をしてあげる」

 

そう言って千夏は両手を合わせてカニの甲羅のようにする。きっと、二人が遊んでいるのを見て自分をしたくなったと言うのと単純に千冬と接したいと言う気持ちもあり、さらに千冬への気遣い。

 

 

「ふふ、覚悟しなさい、秋は四姉妹の中でも最弱よ。同じと思って私にかかると後悔するわ」

 

 

ミステリアスにそう笑って手を出す千夏、千冬もカニの甲羅のようにした手を出す。

 

「「いっせぇーの……」」

 

そして、二人の勝負が始まる。

 

「ふ、ふーん、やるじゃない。ただこれは三回勝負よ」

「あ、はいっス」

 

 

「……三って数字が悪いのよ。五回勝負にしましょう」

「……」

 

 

「今ワザと負けたでしょ! 分かるのよ!」

「ご、ごめんっス」

 

 

負けず嫌いで素直なのが千夏のいい所である。本気で臨んでくれるから接しやすいし見ていて、一緒にいて微笑ましくなる。千冬もだんだんと笑顔が。

 

 

「じゃあ、最後はお姉ちゃんとやってみようか」

「春姉と……?」

「うん。大丈夫、一回だけだから」

「是非」

 

千冬と何かで勝負すると言う事はあまりしない。勉強くらいだろうか。でも、千冬は最近あまりうちの点数とか意識しない。

 

気にしないからわざわざ言わないけど、ちょくちょく負けてる……。姉として一番であり偉大な背中を見せないと言う意識がある。

 

テストで負け始めている以上、これは負けられない。

 

 

「「いっせぇーの……」」

 

 

そして、高度な心理戦が始まったのだ。だけど、ごめんね。

 

「あ、あれ? ま、負けた?」

「惜しかったね」

「も、もう一回、良いッスか!?」

「勿論」

 

 

この勝負には必勝法がある。それは姉として妹の様子をずっと見てきたから大体の考えていることは分かると言う事。勿論、全部ではないけれどこういうゲームならほぼ確実負けない自信がある。

 

 

「う、うーん。全然分かんないっス……」

「春は私と同じでポーカーフェイスが得意ね」

「いや、千夏ではなく我に似て得意だ」

「いや、アンタは秒でわかるわ」

 

 

――うちの姉妹は全員、負けず嫌いである。

 

 

やっぱりと言うか姉妹なので思考とか、好みとか性格が似てしまう所は多々ある、朝のアホ毛とか。こういう負けず嫌いなとことか。

 

嫌いじゃない、そう言うの。寧ろ好きだ。

 

 

「春姉強すぎっスよ……」

「お姉ちゃんだから。これくらいはね」

「もう一回だけ良いっスか!」

「いいよ」

「我も参戦する!」

「じゃあ私も」

「いいよぉ」

 

 

あ、これ体育の授業だった。すっかり忘れていた。だけど、まぁ、良いか。偶にはさぼってもね……

 

 

◆◆

 

 

 

 

 仕事場の昼休み、冷めても美味しい弁当と言う題材の本を読んでいると佐々木が俺に話しかけてきた。

 

 

「お前、何見てるんだ?」

「運動会に作っていくお弁当だ」

「また、お前はパパ活しやがって」

「……おい、その言い方止めろ」

「良い意味でパパ活しやがって」

「良い意味でって付ければ何でも言っていい訳じゃないからな」

 

 

佐々木は無視しよう。それよりも膨大の数ある料理の中から何を作るか決めないとな。

 

だが、無理して本の中から選ぶ必要もないかもしれない。定番と言うのあるのだからそれにあやかって作ればいいと言う考えもある。

から揚げ、卵焼き、アスパラのベーコン巻、たこさんウインナー。

 

 

本を眺めるだけだが、不思議と本に書かれている以外の色んな料理が頭に浮かんでくるから不思議だ。

 

インスピレーションを受けているのかも。作りたいものが色々浮かんでくる。だが、それは俺の好みとかエゴが反映している可能性もある。

 

 

何が食べたいか、四人にドラフトしてもらう方が良いだろうな。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 




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44話 子供は時に残酷

感想等ありがとうございます。




 俺はその日、早起きをした。いつもより一時間三十分ほど早い。理由は二つある。一つはお弁当を作らないといけないと言う理由。もう一つは運動会の閲覧場所の確保である。

 

 

 運動会は保護者さんたちの場所取り合戦の場でもある。如何によく見え、如何に応援の声が響く場所に陣取れるか。場所を取る時間が遅ければ自身の領地が狭まり、更に後ろと言う微妙なポジションに。

 

 

 お弁当を何だか心苦しい場所で食べないといけなくなってしまう。だからこそ、朝から早起きをして車に乗って学校に向かう。ブルーシートで領地を確保。ただ取り過ぎてもなんだか図々しい感じになってしまうため、取り過ぎず、だからと言って心のゆとりを確保する絶妙な領地を確保する。

 

 

 

 これは常識と言うか、親たちの運動会での伝統のような物らしい。

 

 

 

 日が昇りきっていない学校、校庭のトラックの周りには既にある程度の人の数が。これはいけない。早い所、場所を取らないと。

 

 

 一番に来たと思っていたのだが敵は沢山いるらしい。

 

 トラック近くの場所にブルーシートを敷いて行く。これを風で飛ばない様に持ってきた重石を乗せる。

 

 やはり、運動会とは場所取り合戦がゼロ番目のプログラムに入っていると言っても過言ではないな。

 

 俺がシートを敷いていると次々と他の保護者が乱入をしてくる。保護者さんたちは次々を場所を取り、一番見やすい前が無くなる。

 

 そして、遅れた者は青い顔をして電話をかける。

 

『すまん、場所とれなかった』

『はぁ! だからあれだけ早起きしロッテ、言ったのに!』

 

 

何故か場所取りはパパさんが多いのはどうしてだろうか。そして、場所が取れなくて責められる。ちょっと可哀そうだ。

 

俺は奥さんは居ないから、良く分からないがきっと何とも言えない気持ちなんだろうな。

 

 

場所取り勝ち組の俺はそんな人たちを後にして一度、家に戻って行った。

 

 

 

 

昨日漬け込んだ、鳥のもも肉に衣を付けていく。本当はにんにくをたっぷり入れようと思ったが女の子は食べ物とか気を遣うだろうなと思ったので少し、にんにくは入れない。

 

四人のお弁当ドラフトは、ニッコリポテトフライ、たこさんウインナー、から揚げ、卵焼き。最早お弁当オールスターと言える定番中の定番がリクエストだった。

 

ちょっと、揚げ物が多い気がするがそこは運動会だから仕方ない。付け合わせに茹でたブロッコリーを入れるつもりだ。

 

 

テキパキと台所で作業をしているとリビングのドアが開いた。

 

「カイト! おはよう!」

「おはよう」

 

 

行事があるとついつい早起きをしてしまう、あるあるだ。俺も修学旅行とか、運動会で朝は目がぱっちりと言うのはよくあった。

 

千秋もそれと同じなのだろう。体操服に着替えて身だしなみを整えて彼女は一番にこの部屋に来た。千秋が来ると千春と千夏、千冬もご入場だ。

 

「カイト、朝ごはんは?」

「お弁当に入れる物の余りだな。から揚げとか卵焼きになる」

「おお!」

 

 

運動会の日あるある。朝ごはんはお弁当の余りだから妙に豪華になる。お皿に盛りつけてテーブルに並べていく。

 

「わー! 朝からから揚げ!」

「秋姉、食べ過ぎると動けなくなるから気を付けるっスよ」

「分かってる!」

 

 

美味しそうに食べてくれて何よりだ。

 

 

四人は食べ終わると再び洗面台で歯磨きなどを行い、洗濯した紅白帽子を頭にかぶり、肩からピンク色の水筒をかけて、準備万端。

 

いつも、ランドセル姿の四人を見送ることはあるが体操着姿の四人を見送ることは初めてだ。

 

「行ってくるな! 待ってるぞ!」

「お兄さん、行ってきます」

「魁人さん、行ってきます」

「魁人さん、待ってまスね……」

 

 

四人が元気よく飛び出して行った。さて、俺はカメラとか準備とお弁当の最後の詰め合わせが残っている。

 

俺は作業を再開した。

 

 

 

 

 

 ざわざわと校庭は騒がしい。俺は一番前に陣取りカメラスタンドを立て、いつでもビデオ撮影をしても良いように準備をする。

 

 やはり、このブルーシートのポジションは最適解と言えるだろう。よく見え、ほぼ百パーセントの映えがある。

 

 先ずは開会式。

 

 生徒達が赤と白に別れて整列している。千春たちは全員赤組で近い場所に居るから大体、全員を全体像で写すことが出来る。

 

 千秋がこちらにコッソリと手を振ってくる。可愛いな。俺も手を振り返す。千冬も手を振ってくるので手を振り返しながらスマホでパシャリ。ビデオカメラとスマホで儚くて大切な今を記録する。

 

 

 開会式が終わるとすぐさま競技が始まる。生徒は生徒で集まって、組ごとに別れて自身の陣営の応援をするのだ。

 

 こちらはただ、手が届かない、場所で見守るのみ。知らない生徒の競技の時は応援をしている四人を写し、クラス競技の時は四人を写す。

 

 俺がするのはそれだけだ。あとは、届くかわからない応援をする。それだけなのに自然と緊張をして手に汗を握るから不思議だ。

 

 ある程度、時間が経つと千秋達の競技の番になる。だが、千冬は陣営で応援に徹していた。

 

 足を怪我してしまってから千冬はあまり無理な運動を控えたが、念押しと言う事で今回は走らないことにしたらしい。まだ、万全ではない事を考慮して、治りが遅くなることを考慮して、千冬は決めた。

 

 

 クラスメイト、姉妹たちが走って行く中で自分だけが走れない。走らないと言う選択肢を選んだのは自分だが今、彼女は何を思っているのだろうか。

 

 リレーで頑張る千春達の姿を見れて俺は嬉しい。だけど、千冬の走る姿も見たかった。頑張る姿を、走り切って疲れても清々しく笑う姿をただ、見たかった。

 

――残念だ

 

 そう思った。ごちゃごちゃしているいつもの頭の中は自然とそれ一択となる。他にも考えることは沢山あるし、考えないといけない事もある。だけど、それらがたった一つに追いやられて、頭から抜けてしまったよう。

 

 

 残念だ。ただ、そう思う。

 

 

 千春達が今度は徒競走を走っている。それが終わると、ただ、ただ、自然と俺はブルーシートから立ち上がってしまった。そして、一度、その場から離れて応援する生徒達の方へ向って行った。

 

 

 校庭をグルリと遠回りして、千冬の元に向かった。何か、言わないといけない事がある気がしたからだ。

 

 沢山の人混みの抜けていく。校庭では次の学年の競技が始まり、熱気が高まる。沢山の人を避けていくうちに千冬たちの応援の陣営についた。だが、千冬の姿がない。

 

 千秋たちは居るけど、千冬は居ない。

 

「おお、カイト!」

「千秋、お疲れ様。いきなりで悪いけど千冬は何処に行ったんだ?」

「……あれ? さっきまで居たんだけど」

「千夏と千春は知っているか?」

「私も分からないです。さっきまで居たのに」

「うちも……今すぐ探しに行きます」

「いや、俺が行くよ。三人は休んでてくれ。これからも行う競技があるだろう?」

 

 

三人はコクリと頷いた。

どうやら、居なくなってから時間は経っていない。お花を摘みに行ったのか、それとも何となくでその場を離れたのか。可能性は色々あるが取りあえず探すことが先決だな。

 

 

◆◆

 

 

 

 千冬はただ、応援の陣営地から僅かに離れていた。

 

 誰もが走る姿、別に仕方ないとは思っている。だけど、自然とやりきれない気分になってしまった。

 

 聞こえてしまったのだ。とある子達の会話が。

 

 

『千秋ちゃんが二回走ったから勝てたね』

 

 

 聞こえた、それは他のクラスの子で他の学年の子の話し声。千冬が走らない事で秋姉が二回走ると言う事になった。

 

別にそれは仕方のないことだ。納得もしたし、悪い事だけでもない。それは分かっているし、どう思っても仕方ない事。それが覆しようのない事実。

 

ああ、やりきれない。

 

そんな風に言われてしまうのは思われてしまうのはどうにも虚しさが湧く。自分が居なくて良かったと思われるこの状況に……

 

たかが、運動会の競技。赤と白の闘争。

 

詰まらないくだらないと割り切ってしまって良いのであれば、その虚無のような感情も抱かないことも出来るかもしれない。

 

でも、あんなに姉達が頑張って毎日自身を高めていたのに、それをそのように割り切ってしまうのは、卑下してしまうのは千冬には出来ない。

 

泣きはしない、泣く程でもない。だが、心の中を倦怠感が渦巻く、動いても無いのに疲れる。詰まらないと口に出してしまいそうになる。独り言を言うようになると心境的に危ないと聞いたことがあるがどうなのだろうか。

 

何となく学校の裏で校舎に寄りかかる。校庭側から歓声が聞こえてくる。詰まらない、どうせ自分だけ参加できないしこのままでいいかとも感じた。

 

だけど、応援は大事だ。暫くこのまま休み続けらたら陣営地に戻ろう。

 

気持ちを落ち着かせて、クリアにして

 

「千冬……」

 

声が聞こえた。安心感のある、低い声。大きい校庭側の歓声があるはずなのにその声がとてもつもなく鼓膜に響いた。

 

 

「か、魁人さん……ど、どうして」

「え? あぁ、えっと……何となくかな……」

「そ、そうっスか……」

 

 

どうしてここに、と言うか急に話しかけられてビックリをしてしまった。魁人さんは本当に何となくで来たような風貌だった。何かいい理由を探すように眉を少し顰めている。

 

魁人さんも校舎に寄りかかる。

 

 

大きな、歓声が聞こえくなる気がした。校舎に寄りかかり日陰で二人きり。日陰だけど肌寒くもなく暖かくて、寧ろ急に熱くなってくる感じがする。

 

 

このシチュエーションなら体操服なんて着ていたくない。オシャレな服を着て、イヤリングとかつけて、ベレー帽とか被りたい。

 

 

 

「……か、魁人さん、見なくていいんですか?」

「今は特にいいな。俺は運動会じゃなくて、千春と千夏と千秋、あと、千冬を見に来たんだ。他はどうでも良い」

「ッ……そ、そそ、そうでスか……」

「……変な意味に捉えて欲しくないんだけど俺は残念だった」

「え?」

「俺は、千冬の走って、競技に参加する姿を見たかった……千春達の姿を見れたのは良かったけど、やっぱり千冬が居ないんじゃどうにもって感じだよ」

「……」

「う、うーん、こういう事を言うは難しくて小恥ずかしいからあまり、得意じゃないんだが……でも、応援する姿は立派だったよ。自分が参加できない、出場できないのに、真っすぐ活躍している人たちに応援をするって誰でも出来る事じゃない」

「……」

「俺には出来なかったことだ。俺は、前に言ったバレーの話だが、自分以外に活躍する人を見るとどうにも応援を渋る癖があった。素直に応援は出来ないんだ。だけど、千冬は違った。応援する姿は眩しく見えたよ」

 

 

また、この人に何かを与えてもらった。

 

衣類も、食事も、お風呂も、寝床も、安心、温もり、テレビとか、未知、旅行、感情だけじゃない。物だけでもない。ずっと与え続けて貰っている。

 

この人から愛を貰った。

 

だから、この人に恋をした

 

 

「だ、だから、何と言えば良いか……複雑なんだ。千冬が出れなくて残念だし、でも千冬の良いところも見れて良かったと言うか……これを一言で片づけることは出来ないけど、まぁ、そんな感じ?」

 

 

不器用で手探りで寄り添ってくれるこの人に恋をした。

 

 

「魁人さんが言いたいことは伝わりました……ありがとうございまス」

「そ、そうか」

 

 

先ほどまでの感情が洗い流されたようになった。先ほどまでもやりきれない気持ちは何処へやら。

 

――何か、色々ごちゃごちゃ考えたけど、忘れてしまった

 

 

「……あのさ、親子競技っておんぶして出ても問題ないかな?」

「え?」

「だって、手を繋いでトラック一周だろう? だったら、おんぶも同じなんじゃないかなって……いや、変に目立つのが嫌なら辞めるけどさ。もし、千冬が何かの競技に出たいなら、そう言う手もありかなって思うんだ」

「ど、どうなんでしょうね? 千冬にはちょっと」

「聞いてみるか? 学校側に。あんまり変に断ったりはしないだろうから、もし、それもでいいって言われたらどうする?」

「……」

 

 

……競技に出たいと言う気持ちはあった。いつまでも日陰に居たくないと言う気持ちもあった。

 

だから……

 

 

◆◆

 

 

「か、魁人さん……」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいな……」

 

トラックで次の親子組が来るのを魁人さんの背中の上で待つ。赤と白の攻防は続いている。

 

今は千冬たちの赤組がこの競技では少しリードしている。おんぶは明らかに注目された。そして、恥ずかしい……

 

「おお! カイト千冬頑張れ!」

「まさか、こんな隠し手があるなんて……」

「お兄さん、視野が広い……あと、おんぶ羨ましい……」

 

 

姉達が応援してくれている。や、やっぱり断れば良かったかな。重いとか思われてたら多分死ぬ。

 

 

「か、魁人さん。お、重くないでスか……?」

「綿あめより軽いから安心してくれ」

 

 

何という紳士……絶対ちょっとは重いと思ってるはずなのに。

 

 

「バトンが来たら、千冬が受け取ってくれ」

「は、はいっス」

 

 

日が降り注ぎ、わぁわぁと盛り上がる校庭。こんなに騒がしいのに、自然とこの人と二人きりの空間になっている気がする。

 

バトンを受け取り、魁人さんが走り出す。彼の肩を持って落ちないように自身を支える。周りの声とか、評判とか、評価とか全部、今だけはどうでもいい。

 

 

頑張って走るこの人を誰よりも近くで見れている。それだけでいい。

 

 

「はぁはぁ、お疲れ、千冬」

「魁人さん、お疲れ様でス……」

「ふ、流石はカイト! 我、切腹!」

「それを言うなら感服よ」

「千冬もお兄さんもお疲れ様です」

 

 

走り終わって肩で息をしている魁人さんに秋姉と夏姉、春姉が近寄ってくる。やはり、子供一人をおぶって走るのは疲れただろう。

 

何かをもっと言いたいけど。この場じゃ言えない。

 

「カイト! 我もカイト号で走りたい!」

「……、も、勿論いいぞ」

「わーい!」

「ちょっと、秋、無茶を言うんじゃないわよ」

「ち、千夏、俺は大丈夫だ……」

 

あと、三回走ることになるけど魁人さん、大丈夫だろうか。頑張って応援しよう。魁人さんは秋姉と一緒に再びスタート地点に向かう。

 

 

さっきの顔は忘れない。言葉も忘れない。

 

 

まだ、千冬以外は聞いたことのない話。初めて聞いた、魁人さん話。これは千冬だけのもの。

 

魁人さんは応援できない事を欠点と言ったけどそれはきっと、普通の事だ。誰でもそうなのだ、誰にでもある欠点。

 

千冬もそうだ。どこかに応援しきれない気持ちがあった。

 

 

貴方の欠点も秘密ももっと知りたい。

 

 

そして、それは千冬だけのものしたい……等と恥ずかしい事を考えて、一人で悶えた……

 

 




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45話 五月病

感想全て拝見しています、ありがとうございます。


 外には雨が降っていた。空は鈍色の雲に覆われて、じめじめとした湿気が部屋を包む。

 

「あーあ、つまんなーいーのー」

 

 

 二階の部屋、四人で机を囲んで宿題をしていると千秋がそう切り出した。休日と言う事もあり宿題が平日より多く出されている。その宿題をずっとこなすことに飽きてしまったのと同時に雨と言う事もあり外に出られない事に文句を言ってしまったのかもしれない。

 

 

「宿題つまんなーいーのー」

「五月蠅い! ああ、もう、今分りそうだったのに!」

 

 

千秋が机の頬をつけながら言う文句に、千夏が反応する。千夏は頭をうがぁっと抱えながらペンを置く。どうやら集中力が切れてしまったらしい。

 

 

「さっきからー欠伸してーペンをくるくる回してーまた欠伸してたくせにー」

「うっ、そ、そうだけど! アンタの声のせいで私の神がかった集中が途切れたのよ!」

「もうー切れてただろうにー」

「あーあ、もうやめた。秋のせいで宿題タイム終了」

 

 

千夏はそのまま、机から少し、離れて横になる。もしかしたら、宿題を辞める理由を求めていたのかもしれない。

 

仕方ない。ずっと宿題で頭も限界だろう。

 

 

うちと千冬は宿題を一足先に終わらせて二人を手伝いながら過ごしていたのだが、流石にここで休憩を挟んでも良いだろうと千冬も目線で訴えてくる。千冬の事を先生と呼びたい。

 

 

「ねぇ、冬。何でアンタはそんなに勉強できるの?」

「うーん……特に考えたことはないっス」

「勉強って何の役に立つのよ……目的が無いとやる気湧かないわ」

「う、うーん……」

「はぁ、宿題が終わる気がしない、これはあれね、五月病って奴ね」

 

 

千夏が気だるそうにそうつぶやいた。確かにこのじめじめとした感じと言い、薄暗い外の景色。何となく意識が重くなるのも分かってしまう、ここで自身の苦手な事をするなんてことは難しいだろう。

 

勉強とは何のためにやるのか。勉強が苦手で嫌いな人からすればこの疑問があり、解決しないで勉強をしろと言うのはかなりレベルの高い事を求めているような物だ。恐らくだが千秋もその部分が頭から抜けないのだろう。

 

「我も五月病でダウンー、脳に糖が足りなーい、我が眷属たちよー、おやつを所望するー。持ってまいれー」

「いや、何キャラなのよ。それは」

「姫ムーブー」

「その話し方止めてくれない?」

「ごーがーつーびょーうー」

「あーあー、わーたーしーもーうーつってーしまーーたあぁ」

 

 

ゴロゴロっと二人して床に寝転んで気だるそうに話す二人。五月病、恐ろしい。五月病、六月病ともいうが主に環境の変化で訪れ、やる気などをそる精神病の一種だったと思うけど。どうなんだろう。

 

これは本当に五月病なのだろうか。まぁ、可愛いからどうでも良いけど。

 

 

「夏姉と秋姉は宿題に関してはいつでもやる気が無いから、それは五月病ではないのではと思うっス……」

 

 

千冬が苦笑いをしながらそうつぶやいた。ただ単に集中力が切れただけだと思っているらしい。

 

そんな時、丁度部屋をノックする音が聞こえてくる。お兄さんだ。

 

「すまん、ちょっと良いか?」

「カイトー、入ってくれー」

 

 

千秋が代表して返事をするとトレイの上にクッキーとか、紅茶を乗せてそれを持っているお兄さんが部屋に入ってきた。

 

「お疲れ様。差し入れのおやつだけど、良かったら食べてくれ」

「おおー、ありがとー、糖が欲しかったー」

「大分、お疲れのようだな……特に千秋と千夏……」

 

 

お兄さんがトレイを机の上に置く。紅茶の落ち着く香、クッキーの甘い香り。それぞれが混ざり合ってじめじめとした雰囲気が一気に華やかな物になったような気がする。

 

千秋がお兄さんが来ると愚痴をこぼす。勿論、勉強の事だ。

 

 

「勉強がダルイー、する意味も分からないー」

「ふむ……なるほど……まぁ、そうだよな。勉強は何となくでやっても、やる気も湧かないよな。俺の持論だが……」

「パクパク、モグモグ」

「あ、今はお菓子の方が大事だよな……」

 

 

千秋、自分から話を振ったのに全然話聞いてない。千夏と一緒にクッキーを次から次へと口に運んでいる。その後、グイッと紅茶に口を付ける。

 

幸せそうに笑顔で手を合わせる。

 

 

「ごちそうさまでした」

「少しは疲れが取れたか?」

「とれた!」

「宿題終わりそうか?」

「……」

 

 

五月病、再び発症。食べ終わった時は笑顔だったのに宿題の事が話題になると無に変わる。丁度、そのタイミングで千夏もおやつタイムを終えて、お兄さんへ話しかける。

 

 

「あの、魁人さん」

「どうした。千夏」

「どうして、勉強ってしなくてはいけないのんですか?」

 

 

目を思わずパチパチと閉じたり開いたりしてしまった。千夏は基本的に姉妹以外に自身から話しかけることは滅多にない。質問とか先生にもしないし、するならうちとか千冬とか、姉妹くらいにしかしない。

 

姉妹以外とはあまり、会話が続かないし心を開きたくない、隙を見せたくない。クラスでも自身の情報を明かすことなどほとんどない。

 

 

最近はお兄さんへの話しかける頻度も増えてきている気がする。千秋や千冬と比べたら全然、及ばないけど日に日に増えてきている事は明白だった。

 

以前の一日一分の対話約束は既にあってないような物だ。毎日、五分は必ず話しているから。

 

 

「そうだな……俺の持論ですまないが、簡単に言うと自身の選択肢を増やすためだな」

「選択肢?」

「今の社会は学歴社会と言われてるように勉学が出来るかできないかで人を見ることが多い。当り前だが勉強だけが重要と言うわけじゃない。勉学では測れない才能やセンスもあるのは明白だ……だが、勉学が出来るか出来ないか、これは最も簡単に人を測る出来ると言っても良いかもしれない。将来就職をするにしても、どこも欲しいのはやはり優秀な人材だから、勉強は大事と言う事だな。生きていくためには……」

「な、なるほど?」

「すまん。俺もうまく言えない……こういう事を言うのは苦手なんだ……すまん」

「い、いえ……」

 

 

 

千夏は少し、理解が及ばないようで首をかしげる。お兄さんはモドカシそうにしながら眉を顰める。千夏の質問に何とか良い答えをしたかったが思ったようにいかないと言う心境なのかもしれない。

 

 

 

そこへ、その話を聞いていた千秋がそこに口を挟む。

 

 

「じゃ、じゃあ、勉強が出来ない奴は……淘汰されるのか!?」

「い、いや、そこまでは言わないが……出来る方が裕福になれる可能性は高いかもな」

「じゃ、じゃあ! 我はまた、ボロアパート暮らしになるのか!? そんなの嫌だぞ!」

「安心してくれ。その時はこの家で住めばいい」

「おお! 我カイトとずっと一緒!」

「安心はしていいが勉強はしてくれよ。勉強は保険でもあるからな」

「保険?」

「やりたいことをするのも、進みたい道に進むのは悪い事じゃないが、それが出来なくなったり、他の道に行きたくなったり、逃げたいって時に勉強してると転職とか便利なんだ、だから保険みたいな感じだ」

「お、おお……勉強、兎にも角にもやらないとダメなのか……」

 

 

 

千秋は頭を抱えてしまっている。やりたくない勉学、得意でない勉学。だからと言って、嫌いでしたくないと切り離していけない事が少しわかったのかもしれない。

 

 

「ううぅ、勉強したくない……はッ!」

 

 

頭を抱えて数秒。まるで雷にでも打たれて何か世紀の発明品でも思いついたような表情になる。

 

 

「そうだ! 我は専業主婦の勉強をする!」

「ん? どういう事だ?」

「我がカイトと結婚して、我がカイトの妻になれば問題ない! 専業主婦なら勉強も苦じゃない!」

「いや、流石に俺と結婚と言うのはな……」

 

 

まぁ、千秋も冗談で言ったのだろう。その場にいた誰もがそう思った。だけど、若干一名勘違いした天使が居たようで。

 

「ダメっス! そんなの絶対にダメ!」

「何故だ」

「理由が適当過ぎるッスよ! それなら、ちふ、そうじゃなくて、もっとちゃんとした理由じゃないと! 結婚って大事な物だし!」

「……いや、流石に冗談だぞ?」

「え……? じょ、冗談?」

「そうだ」

「ううぅ、それ一番恥ずかしい奴じゃないッスか……」

 

 

 

千冬は赤くなった顔を手で隠す。乙女だ、乙女がここにいる。恥ずかしすぎてうずくまる千冬の頭をよしよしと千秋が撫でる。

 

 

 

ほのぼのとした空気が部屋を包む。ゆっくりと時間が過ぎていき、その内にお兄さんは部屋を後にして再び、宿題をうち達は始めた。

 

千秋は先ほどのお兄さんの話を聞いたからか、先ほどより集中してペンを走らせる。隣を見ると千秋と同じように集中はしているがペンが走っていない千夏が目に映る。千夏は深く考えるように頭を抑えていた。

 

 

「勉強しないと、ダメ。やりたい事の保険……そもそも私の、やりたい事? それは、なに? したい事、やってみたい事……私のしたいことは……」

 

 

大丈夫だろうか。集中に見えたが同時に悩んでいるようにも見えたから。

 

「千夏、大丈夫?」

「……大丈夫よ、春」

「そう? 何か悩んでいるようだったけど」

「大丈夫よ。それより宿題をやらないと……」

 

 

 千夏はペンを持って机の宿題と向かい合い始めた。これより先を問い詰めたい気もしたがやめておいた。折角宿題に集中した彼女に無理やりに話を振るのが良くないと思ったから。

 

 

◆◆

 

 

 

「料理のさしすせそと言うのを知っていますか? 分かる人は手を上げてください」

「はい!」「はい!」「はい!」

 

 

 

 とある日の教室。家庭科の授業をうけながら私はこの間の休日の事を思いだしていた。それは魁人さんが言っていた事の一部にあったやりたい事、と言う部分。

 

 

 やりたい事、私のやりたいことはなんだろう。春は姉妹の為にする事と言うだろう、秋は食べる事と言うだろう、冬は取りあえずまっすぐ進みたいと言うだろう。魁人さんは自由をくれている。

 

 だが、この自由の中でこれをしたい、これをやりたいと言う事が見つからない。私は最近思うのだ。

 

 変わって行く、進んでいく姉妹を見て、自分も何かをしないとと思うのだ。周りを見て思うのだ。信念が私に無いのではと。

 

 

 

「はいはい、では、千冬さん答えてもらっていいですか?」

「砂糖、塩、酢、醤油、味噌でス」

「大正解。華丸シールを教科書に貼りましょう」

 

 

 

私の妹であり四女であり末っ子の冬。優等生と言う言葉が良く似合う。才色兼備で運動は苦手だがだからって逃げたり投げ出したりはしない。頑張り屋さん。

 

私の方が姉のはずなのに、私よりしっかりしている。

 

 

「……」

 

 

前で教科書に落書きをしている秋。子供っぽい一面が多くて、私より子供だなと思う時があるが、時折、誰よりも大人の顔をするから不思議だ。

 

 

そして、後ろから暖かい視線を向ける千春。彼女が居なければ今の私はない。長女と言う存在は私が考えているよりずっと大きくて、重圧も凄いのだろう。

 

春は私の憧れだ。

 

春は本当は弱い、脆い。

 

それを知っている、あの時の事は忘れもしない。春が私達を拒絶したときの事は。

 

でも、春は自信を弱さを恐怖を振り切って、姉として振る舞っている。彼女には信念がある。誰よりも強くて真っすぐな信念が。

 

私は敵わない。春に敵わない。それは分かっている。勝負する気も最初からない。このまま姉妹で仲良くそれとなくこの環境で生きていければいいと思っていた。でも、妹達が変わる姿に感化されている。

 

やりたい事、それが見つかれば何かが変わるかもしれない。

 

そう思っているのだ。

 

 

「はい、では来週は調理実習ですからエプロンと材料を忘れない様にー」

「起立、気を付け、礼、着陸」

 

 

授業が終わってしまった。詰まらない男子のギャグを聞き流して、教科書を机の中にしまう。

 

そう言えば調理実習があったんだ……。実物の包丁を扱うと言う事だ。周りでは楽しみ、待ちきれないと言う雰囲気のクラスメイト達。私を気にしてあまり喜ばない姉と妹達、何とも言えない気持ちになった。

 

 

気にしないでと笑いかけると、先ずは千秋が私の元に寄って来る。

 

「ここで、超難問!」

「急ね」

 

いきなり、千秋クイズが始まった。恐らくだが私を元気づけようとしてくれているのだろう。

 

 

「蟻が十匹、カマキリに倒されようとしているのを助けました。すると蟻は何と言ったでしょう? 正解すると我の今日のお菓子をプレゼント! 不正解の場合は千夏のお菓子を没収です!」

「ふむ、これは簡単ね。蟻が十匹、つまり、蟻はお礼に『ありがとう』っと言った。それが答えよ」

「ぶっぶー! 不正解! そもそも蟻は喋りません! なので正解は何も言わないでした! 残念! お菓子没収!」

「はぁ!? それズルくない!?」

「超難問って言っただろう?」

 

 

その様子を見ていた春と冬がクスリと笑っている。秋は時に道化を演じる時がある。本心から道化の時もあるが。狙っているときもかなりあるはずだ。今がそれ。

 

前はそんなことは無かった、いや私が気付いていなかっただけかもしれないが。やっぱり皆、大人になっているのだなと私は感じた。

 

 

 

因みにお菓子は無事だった……

 

 

◆◆

 

 




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46話 慎重次女

感想等ありがとうございます


 調理実習。それは小学生からすれば楽しみなイベントだと俺は認識している。普段勉強をする時間に調理をする。

 

 単純に勉強をしなくて良いと言う事実で心理的にも普段より違う部分があるだろう。エプロンを着て皆で友達と料理をするのも人気の一つだろう。

 ただ、誰もかれもが楽しみであると言われたらそうでないと思う。気乗りしない人も必ずいるだろう。

 

 

 千夏もその一人であるのかもしれない。

 

 

 ゲームの頃の知識から結論を出すのであれば、彼女は包丁、刃物が苦手だ。それは自身の両親に包丁を向けられて殺されそうになったからと言う過去があるから。

 

 現実とゲームは違うとはいえ、共通する部分があるのもまた事実、このことにどのように向き合えばよいか。

 

 

 俺は渡された学校のお便りを読みながら、どうしたものかと眉を顰めた。調理実習の日程やら、エプロン、三角巾などを持参。爪をしっかり切っておいてください。等書かれている。

 

 

 この調理実習を千夏はどう思っているのだろうか。やはり、気乗りしないと思っているのだろうか。一度、話を聞いておきたいんだが……

 

 

 千春達が居ると話しにくいかもしれない。千春達はどうして千夏が調理実習に気乗りしないか知っているかもしれない。

 

 変な意味じゃないが何とか二人きりになりたい……

 

 

「カイト、カイト! 聞いて! 我、今日全ての授業で一睡もしなかった!」

「おおー、偉いな」

「えっへん!」

 

千秋がソファに座っている俺に話しかける。どうだ、凄いだろと言わんばかりに彼女は胸を張って笑顔を向ける。

 

リビングにはテレビの音が鳴り響いている。千秋は俺の隣に、千冬はもう片方の俺の隣に座っている。千春は千冬の隣に。更にまたその隣に千夏が座っている。少し距離があるな。

 

ここで話を持ち出すのは危険だろう。

 

 

テレビでは世界が仰天する情報番組が放映されている。千春と千夏はそれに目線を向けている。千秋は俺に話しかけたり、テレビ見たり目まぐるしく対象を変える。

 

「魁人さん」

「どうしたんだ? 千冬?」

「あの、心理テストしてみませんか?」

「ふむ、やってみよう……」

「えっと、目の前に薔薇が散らばっていまス。その、それは一体何本ありまスか?」

「……ふむ」

 

 

心理テスト、あまりあてにしたりしたことは無いし。興味を持ったことないから千冬の出題した心理テストがどのような物か分からない。

 

下手な答えはしたくないな。

 

だが、嘘をつくのも良くない。思いついたとおりに答えよう。薔薇が散らばっているのか。散らばっているのであれば多いような印象を受ける。

 

「九本くらいだな」

「きゅ、九人も……だ、大家族……」

「それ、何のテストなんだ?」

「い、いや、ぜ、前世の友達の数らしいっス……」

「そうか……」

 

 

絶対違う感じがするが、これ以上問い詰めるのも良くない気がする……。テレビを見たり会話したり、していると時間が過ぎていく。するとお風呂が沸くと合図の音が鳴る。

 

「あ! カイト、お風呂鳴った」

「先いいぞ」

「良いのか」

「いいぞ」

「いつもすまんなー」

 

 

千秋は一番風呂が好きだ。千秋と言うより、姉妹全員か。いつも千秋が遠回しに一番風呂に入りたいと俺に告げる。眼がもう、入りたいと訴えてくるのだ。

 

俺は別に何番でもいいなと思うが、女の子は一番風呂が良いなと思うものだろうか。いつもなら、ここで四人一緒に風呂に向かう。

 

 

チャンスだ。ここで千夏を呼び止めよう。

 

「じゃあ、我らはお風呂にって来るぞ!」

「おう」

「お兄さんお先に頂きます」

「分かった」

「魁人さん、お先に失礼しまス」

「ゆっくりで良いからな」

「魁人さん、私もお先に」

「あ、ちょっと千夏は待ってくれ」

「「「「え?」」」」

 

 

千夏を呼び止めたら、千夏を含めて全員にどうしてっという視線を向けられた。

 

「あ、いや、大したことじゃないんだがちょっと、聞きたいことがあってな」

「そうか! じゃあ、我はお先に!」

「……そうですか。うちもお先に」

「……そう言う事なら、千冬もお先にっス……」

 

千秋、千春、千冬は着替えのパジャマを持ってリビングを出て行った。残った千夏はどうしてだと言う視線を向けてくる。

 

彼女はやっぱり一対一だとどこか、気を許しきれない感じがあるんだよな。慎重と言った感じか。

 

 

「えっと、何か……ありましたか?」

「いや、最近、悩み事とかないかなって……」

「悩み事……? どうしてそう思ったんですか?」

「気難しそうな顔をしていたような気がしたんだ……いや、でも無理に言わなくてもいいんだぞ。話したくなったらで……」

 

 

これは嘘ではない、最近妙に思い悩んでいるような表情をしているのは確認していた。どうかしたのだろうかと気にしている所に調理実習のお便り、そこから知識と重ねて仮説を立てたのだ。

 

調理実習が気乗りしないのではないかと

 

 

「……実は」

「何だ、言ってくれ」

「……最近、髪が傷んでる様な気がして」

「ん?」

 

あれ? 俺が考えていた返答ではない気がする。だが、千夏はいたって真面目な表情である。

 

彼女はツインテールをほどいて腰ほどまでに長い髪をかき上げる。

 

「特にこの毛先が……傷んでいる感じがします」

「……そうか…………他には?」

「……特に」

「そ、そうか……」

 

 

俺の勘違いなのか? 調理実習はそこまで苦ではないのか? 前提の知識がやはり現実は違っていたのか?

 

そして、この千夏の期待する視線はなんだ……

 

 

不味い、分からない。考えろ。この状況。

 

 

彼女は俺の仮説とは違い。毛先が傷んでいるのが悩み……

 

――あ、普通に高いシャンプーとかが欲しいって事じゃね?

 

 

「……今度、モンドセレクションで金賞とった、シャンプーとリンス買うか?」

「え!? 良いんですか!?」

「……それは全然いいぞ」

「ありがとうございます!」

 

 

そうか、俺はあまりシャンプーとかリンスまでは気を配っていなかった。髪は女の命と言ったり、肌より繊細と言ったりもする。年頃の千夏はどうしても品質にこだわった商品を使いたかったんだな。

 

 

「え!? 良いのか!?」

 

 

バンっと、急にリビングのドアが開いて千秋が乱入してきた。ドアの近くには千春と千冬もいる。聞いていたのか。

 

 

「勿論、良いぞ」

「わーい!」

 

 

千秋も髪を気にしていたんだな。と言う事は千春と千冬も気にしているんだろう。これはシャンプーとかだけでなく、洗顔商品、化粧水、洗顔クリームにも買い替えるべきか……

 

「それじゃ、我は今度こそお風呂に行ってくるぞ!」

「肩まで浸かって、三十数えるんだぞ」

「ふふふ、我はその十倍位軽く入るぞ!」

 

 

 

そう言って千秋は今度こそお風呂に向かった……のか? 千春と千冬も近くに居るはずだが……二人もお風呂に行ったのか気になるな。

 

だが、今は置いておこう。

 

 

「千夏、他に悩みはないか?」

「……あの、実は最近、肌がカサカサしているような気がして」

「洗顔だな、洗顔商品を買い替えよう」

「ありがとうございます!」

「うん」

 

 

そうじゃない、そうじゃなくて俺が言いたいのは調理実習の悩みなんだが。

 

 

「他に無いか?」

「……いえ、特には」

「本当か?」

「……はい」

「そうか」

 

嘘だな。俺も伊達に約一年であるがこの子達の父親をしてるわけではない。全てを見抜けるのわけではないが、今回は嘘だと分かった。

 

 

無理に聞き出すのはな……。子供は俺が思っているより繊細だ。言いたくなったら行って貰うと言うのが理想のスタンス。だが、調理実習はすぐそこに迫っているのだ。

 

どうする……

 

俺が悩んでいると彼女は先ほどの物を買って貰える子供の笑みから、年齢相応ではない悲し気な表情になった。眼線は下に、急に彼女の顔色も悪くなったような気もした。

 

「魁人さん、一つ聞いて良いですか?」

「いいぞ」

「あの、どうして、私を、私達をそんなに大事に出来るんですか? 他人の子ですよ? 私達……。血のつながりもなければ、縁もゆかりもなかったのに」

「……そうだな。その質問の答えは……愛着……とでも言えば良いのかもしれないな」

「愛着?」

「ああ、だが……最初は、何となくだった。何となく引き取って、何となく育てようって思った。何となく、四人の行き先を見ようと思ったんだ」

「何となく……それは凄いですね。何となくで私達みたいな子供を引き取るなんて」

「凄くないさ」

「え? 凄いじゃないですか……、誰にでも出来る事じゃないと思いますけど」

「違うな。俺がしてしまった事は許されない事だった」

「それは……どういう事ですか?」

「俺は、何となくで四人の命を引き取ったんだ。浅ましい行為だった。何となくではいけなかった。覚悟無いといけなかったんだ。引き取ると言う行為に信念がないといけなかったんだ」

「ッ……」

 

 

そう、俺は過去の自分の行動に伴う、責任を考えていなかった。行動に愛が無かった。信念と覚悟無かった。

 

 

人の命とはそんな簡単に預かっていいものではないと言うのに。

 

 

「だが、今は違う。一緒にいて、暮らして、成長する四人を見て、愛着がわいた。本当に自分の子供のようだなと実感したよ。まぁ、子供なんて出来なことないけど、きっと出来たらこんな感じなんだろうって思ったって事だ。そして、俺はこのままではダメだと思って、俺の信念は精神は弱いと感じた」

「……」

「まぁ、そんな感じだ……だから、俺は決めた。向き合おうって、時間がかかるのは承知さ。だって、俺達は他人からのスタートだからな。でも、俺は育てるって、寄り添うって決めたから」

「……それは凄く大変じゃないですか……?」

「まぁ、大変と思う時もあるが、()()()()()だとそこまで気にする事もないさ」

「――ッ……」

 

 

 

 

――やべぇ。ドヤ顔で語っちまって恥ずかしくなって来た……

 

 

不味いな。顔が熱くなってきた。何かこの子の為になって、少しでも響いて欲しいと遠回しに大々的に語ってしまったが。これで何か変化があるだろうか。

 

 

 

「……わ、私は……わた、し、は…………いえ、何でもないです」

「そうか」

「……すいません、何か煮え切らない感じになってしまって」

「気にしなくていい。そう言う時もあるさ。何か言いたくなったら、その時に話せばいいさ」

「はい……」

「お風呂行ってきな」

「はい……ありがとうございます」

 

 

全てが上手く行くなんてあり得ないこと。現実であるなら尚更だ。俺は何処にでもいる脇役の様な奴なのだから、出来る事は小さくて限られている。

 

だから、積み重ねるしかないのだ。すぐに結果が出なくても

 

 

 

◆◆

 

 

「ううぅ、我、感動じだッ。ガイドッがあそこまで、我らの事を、考えてくれているなんてッ」

「魁人さん、そういう所が千冬は……」

 

 

魁人さんとの話を終えて、私がフローリングに出ると妹2人が涙ぐんでいた。泣いていないがちょっと、嬉しそうな姉と目が合う。

 

「聞いてたのね」

「ごめんね、うち達も盗み聞ぎするつもりは……あったんだけど……」

「でしょうね。盗み聞ぎするつもり無いならここに居ないでしょう」

「うん、ごめんね?」

「いや、別に私は良いけどさ……」

「そっか、取りあえずお風呂、行こうか」

「……そうね」

 

 

私達はフローリングから脱衣所に向かって、お風呂に入る為に服を脱ぐ。すると、いつまでも服を脱がずに泣いている秋が目に入る。

 

「ううぅ、カイトぉ」

「いつまで泣いてるのよ」

「だって、だって、嬉しくて、我、こんなの初めて」

「そう……」

 

 

妹である秋から涙が止めどなく溢れる。

 

「よしよし、うちの胸でたんとお泣き」

「ううぅ、ねーねー」

「よしよし、よーしよし」

 

 

長女である春が秋を抱きしめて頭を撫でる。世話好きの春からしたら純粋で無垢な妹が可愛いくて仕方ないのだろう。

 

「冬も春に抱き着いたら?」

「いや、千冬は遠慮しとくっス」

「そう……」

「……夏姉はどう、思ったんスか? さっきの、魁人さんの、話……」

「気になるの?」

「まぁ、はいっス……」

 

 

千冬がそう言うが横でハグをしている千秋と千春までも私に視線を向けた。話をしていた当人であるからだろうか。

 

「そうね……良い人だと思ったわ」

「……それだけっスか?」

「そうよ。良い人。あと、凄い人追加」

「あとは?」

「……それだけよ。自分から弱みを出そうとは思わなかったわ……」

「……そうっスか」

 

 

淡泊に答え過ぎただろうか。千冬は少し悲しそうな顔をする、私の何かが変わって欲しいと思っていたのかもしれない。ただ、思った事はこれだけだ。ただ、一つを除いては。

 

だけど、これは言っても仕方ない。言葉で表現できる領分を超えてる気がする。だから言わない。言っても意味がないから。

 

「違うよね」

 

 

不意に、春の声が響いた

 

 

「なにが?」

「何か、他に思った事があるでしょ?」

「何でそう思うの?」

「勘」

「……」

「話してみてよ。うちは凄く気になる」

「……これは言っても分からないわ」

「どういう事?」

「私でも、分からないんだもの。言葉で表現できる領分を超えてる気がする」

「何となくでいいよ」

「何となくよ……一瞬だけ、本当に僅か、瞬きをする一瞬だけ……景色が変わったの」

「景色?」

「……そう。分からないけど、見方、視点、視野、ありとあらゆるものが一瞬だけ、変わった気がしたのよ……」

「そうなんだ」

 

春と私が話していると抱きかかえられた秋が口を開いた。

 

「いや、普通に言葉で表現出来てるじゃん」

「いや、だから! 何となくでこう、ばぁぁぁっと凄い感じになったのよ! 言葉で表現できないくらい! それを無理に表現したの!」

「絶対、ちょっとカッコつけたな。我には分かる」

「つけてないわ!」

 

 

シリアスキラーと言うべきか。秋の言葉で場の空気が変わる。ただ、嘘ではないのだ。言葉で表現できないくらいに何かが変わりかけた気がした。

 

 

あんなの初めてだった。言葉を聞いたとき、感情が揺さぶられて、魁人さんの覚悟が伝わってきて、

本当なら見たくも無いもの、見えてなかったもの、見なくていいもの、それらもあの瞬間なら見えた気がした。

 

あらゆるものがあり過ぎて、膨大過ぎて理解が出来なかったけど。

 

 

ただ、一つ言えるのは

 

 

……普通に言葉で表現できかたも…………しれない。

 

「ま、まぁ、夏姉も何か感じ取ったって事で良い感じなんスかね?」

「そうだな、あと千夏はやっぱり厨二だ」

「違う!」

「厨二の千夏もうちは好きだよ」

 

 

私は厨二ではない。断じて違うのだ。クスクスと笑っている三人をジト目で睨んで黙らせる。

 

そのままお風呂に一番に入った。

 

――――――――――――――――――――――――――――――



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47話 本音一つ

感想等ありがとうございます。


 調理実習は明日だ。うち達は教室で担任の先生に改めて連絡を受けた。エプロンや食材などを忘れない様にと。

 

 

「はぁ……」

「げ、元気を出せ! ほ、ほら、我のおやつのおっとっと一つあげるから! クジラ型が出たら真っ先に食べさせてやるぞ!」

「そう……」

「ぴ、ピノもあげるぞ! 星型のやつが出たら千夏にやるぞ!」

「ありがとー」

 

 

 

 バスに乗って、家近くの最寄り駅におりてそこから歩いている際中、千夏が少し元気がなさそうなので千秋が励ます。

 

 

「うちがハグを」

「それはいいわ」

「あ、そっか……」

 

 

 

 千夏、少し冷たくない? 前ならどんどんハグハグを沢山してくれたし、それで元気になってくれたのに。

 

 

 彼女はそのまま歩き続ける。すると今度は千冬が千夏の並んで歩き笑顔で話しかける。ただ、少し表情はこわばっているが。

 

 

「きょ、今日は千冬が宿題をバリバリ教えるッスよ!」

「そう、お願いするわ」

「ま、任せて欲しいっス」

 

 

 

 歩いて歩いて、家に到着。鍵を開けて中に入りいつものように手洗いうがい、等を済ませてリビングの机の周りに腰を下ろす。

 

 

「……気を遣ってくれるのは嬉しいけど、そこまでお嬢様扱いしなくても良いのよ?」

「いや、別に我は気を遣ってはいないぞ」

「千冬も」

「うちも」

「いや、バリバリ遣ってたでしょ。秋がお菓子をあげるとか言うわけないじゃない。それに冬なんて宿題は自分でやれっていつも言うのに自分から手伝うとか言うし、春はいつも通りだけど……」

「我……そんな食い意地はってない」

「前に私がアポロ一つ頂戴って言ったら、はぁ? 見たいな顔したじゃん。しかも、一個くれたけど凄い嫌な顔してたし」

「してない。そんなことしてない。我は笑顔でしかもアポロ十個あげた」

「それは大分、記憶が捏造されてるわね」

 

 

 

 やはり、うち達が千夏を気にしているのが分かっていたらしい。気にしないで普通でいいよと言うのは千夏もまたうち達に気を遣っているのだろう。

 

 

「いつもの方が私は良いからいつもの通りにして。それが一番良いから」

「じゃあ、うちがまずハグを……」

「しなくていいわ」

「ぐすんっ……」

 

 

これが反抗期と言う奴なのかもしれない。千夏はやらないと僅かに距離をとる。

 

寂しいな。最近は寂しいことが多すぎる。これからもっと寂しいことがあるのだろうか。

 

 

そう思いかけて思考を切り替える。明日はどうやって千夏と楽しく調理実習をしようか。

 

うちはそのことだけに思考を向けた

 

 

◆◆

 

 

 私は明日の準備をしていた。明日の授業の教科書をランドセルに入れたり、鉛筆の芯を尖らせたり、エプロンをしまったり。

 

 

 明日は面倒くさい調理実習、あまり気乗りはしない。だが、魁人さんが可愛いエプロンを用意してくれたおかげで少しだけ楽しみでもある。

 

 可愛いイルカが海の上で跳ねている刺繡が入っているエプロン。これは私の好みに合っている。

 

 単純にこういう可愛いのは嫌いじゃない。

 

 

「我、もう、眠い……」

「秋姉……もう、瞼が閉じかけてるっス」

 

 

秋が寝たくて仕方ないと言う表情をしている。健康な生活が染みついているために、秋は平日は金曜日を除いて夜の十時までにはお眠になるのだ。

 

 

例外として金曜日は映画が九時から十一時にかけて映画がやるのでそれを見て、休日は普通にバラエティとかを見る。

 

 

「ほら、千秋、うちの布団に……」

「おやすみ……」

 

 

秋が自身の布団で気絶するように眠りにつく。寂しそうな春がため息を溢す。一緒に寝たいと言う姉心なんだろうけど。

 

 

「夏姉、眠れるっスか? もし、眠れないなら千冬の布団に」

「遠慮しとくわ。気にせず明日に備えてアンタは寝なさい」

「じゃ、じゃあ、おやすみっス……」

「はい、おやすみ」

 

 

 

しっかり者の四女も気にしてくれるが彼女を先に寝かせる。きっと彼女も健康生活が染みついているから眠いはずだ。

 

 

冬と秋は私が夜眠れないのではないかと思っていたから、自分たちも起きていようとしてくれたのだろう。だが、一応私は次女であり姉と言うポジション。妹に甘えると言う行動は控えないといけない。

 

 

それが絶対のルールと言うわけではないが春を見ていると次女の私もそうしなければならないという使命感的な物が湧く。

 

 

「春も先に寝てよ」

「うちはずっと起きてるよ。オールだよ」

「いや、逆に寝にくい……」

「そう? でも、どちらにしても、すぐには寝られないんじゃない?」

「そうかもね……」

「だったら、うちも起きてるよ。しりとりでもする?」

「しないわ……」

 

 

部屋は茶色の間接照明で満たされている。魁人さんの話だと真っ暗で寝た方が良いらしいけど、怖いから私達姉妹はこの明るさでいつも寝る。

 

いつもなら、この光で直ぐに眠れるのに今日は眠れない。明日が怖いからだろうから。

 

 

取りあえず少しでも早く眠れるように布団に横になる。すると春は布団を移動させて私の布団の横に自身の布団を置いた。

 

 

「……なによ」

「眠れるまでここに居るよ」

「……ありがと」

 

 

私はついつい姉である春に甘えてしまう。それが負担になるではと感じているのに春には甘えてしまう。

 

昔も今も。

 

 

「手、繋いで……」

「いいよ」

 

 

妹が見ていないと甘えてしまう。きっと、私は一番甘えん坊かもしれない。春の手は暖かった。

 

自身の手と似ているようで違う苦労人の手のような気がした。

 

昔は……よく、こういうことをしていた。こうすることでしか、保てなかった。辛うじて触れ合いで寂しさと恐怖に耐えていた。

 

 

懐かしさと安心感に包まれて、私は、次第に……

 

 

 

◆◆

 

 

 

 小汚い部屋だ。壁は染みだらけ。床には焦げたような跡が多数。窓は古くて風で揺れて不気味な音を出す部屋だ。

 

 トイレもお風呂も古い。照明がチカチカ点いたり消えたりを繰り返す。

 

 

 

 ある日から私は、私達はここで過ごすことになった。

 

 

 拒絶されて、隔離された。肉親である両親から。物心ついたころから面倒なんて最低限以下で私達を支えてくれたのは春だった。

 

 

 どんな時も彼女が支えてくれた。そんな彼女に憧れを持った時期もあった。いつか、私もこんな風になれたらと思う時もあった。

 

――ただ、超能力が目覚めてから状況は悪くなり、変わることも多かった。その時に憧れは捨てた。無理であると分かったから。

 

 

 春が最初に力に目覚めた。次に秋でその次に私。

 

 超能力と言う異端に恐れた両親は、隔離と拒絶だけでは満足しなかった。自分たちのしてきた事に、育ててこなかった罪悪感、等から恐怖を感じて、私達を殺そうとした。

 

 いつか、復讐されると考えて。

 

 

――お前たちなんか、産むんじゃなかった……

 

 

 母親だなんて思ってもいなかった。感謝なんてしていなかった。愛着もない、信頼なんてしていない、他人以下だ。だけど、まさか、包丁を、刃物を向けてくるなんて思っていも無かった。

 

 血は繋がっているはずなのに。

 

 

私は両親が大嫌いだった。死ぬほど嫌いだった。

 

 

ずっと怒りを抱いていた。何故面倒を見ないのか、満足のいく食事を与えないのか、他の子のように誕生日を祝ってくれないのか。

 

手を繋いでくれないのか。

 

 

でも、母親が私に包丁を向けて、その様子を見ても止めない父親を見て、怒りが消えた。

 

私は少なからず二人に期待をしていたのだ。酷くて最低で底辺な二人でも、もしかしたら普通になってくれるかもしれない。

 

改心をして愛のある家族になれるかもしれない。異端の私達を愛してくれるかもしれない。

 

怒りはそこから来ていたのだ。だが、それが消えた。

 

見限った。

 

 

それと同時に恐怖が湧いてきた。鋭利な包丁の先。明確な死の予感。私は怖かった。只管に死のイメージが頭から離れない。

 

死ぬ瞬間、私の間の前に大きな氷の膜が出来た。秋と冬は震えて震えて私の少し後ろで泣いていた。ただ、彼女だけが違った。私の前に立って、春が私を守ってくれたのだ。

 

 

あり得ないと、両親は恐怖していた。冷気が徐々に二人を包んでいき、それに恐怖した二人は部屋を出て行った。

 

『大丈夫……? 怖かったよね? でも、もう大丈夫……』

 

姉が私を抱いてくれた。涙が止まらなくて、恐怖の余韻で体の震えも止まらない。でも、彼女のおかげで少し平気だった。

 

 

その日から、本当の意味で私は他人を信じられなくなった。そんな自分に恐怖を抱くようになった。

 

誰も信じれない。満月の光を浴びると大人の姿になる自分。死の恐怖。それらを思い出し嘔吐する日もあった。

 

 

その度に姉が妹が支えてくれて……そんな生活の中で、私の世界は、内の中で完結していたのだ。

 

 

◆◆

 

 

 

 

 目覚ましが鳴り響いて俺は起きた。いつものように下に降りて、歯磨きやら顔を洗い、髪型を整えて、着替える。

 

 そのまま朝ごはんを作り始める。毎度の事だが千冬は早起きだから、リビングで既に勉強をするのが習慣になっていた。

 

 俺も子供の頃こんなに勉強するときは無かったぞ……

 

 

 朝ごはんを作りながら俺は思う。今日は調理実習だが、千夏は大丈夫だろうかと。包丁が怖いのに、無理に調理実習をするってどうなのだろうか。普通に休ませると言う選択もありだろうな。

 

 

 全部を頑張る必要はない。適当に流すことも大事だ。

 

 

 そんな事を考えているとリビングのドアが開いて、千春と千秋と千夏が入ってきた。

 

 

「おはよう。朝ごはんだけど、もうちょっと……」

 

 そこまで言いかけて俺は千夏の異変に気付いた。彼女の頬がいつもより赤かったのだ。顔も少し気だるそうな感じもする。

 

「……お兄さん、ちょっと千夏が熱っぽくて」

「熱測ってみるか」

 

 

 俺は体温計を探し始める。何処に置いたっけな。前に俺が自分で使って……確かテレビの横の棚に収納したような

 

「夏姉、大丈夫ッスか!?」

「うん、何か、ぼうっとするだけ……」

「わ、我に出来る事は……」

「大丈夫」

 

 

 四人の声を聴きながら思うのはやはり、良い姉妹だなと思う以外にない。絆を強く感じる。

 

 

「あった、よし、これは脇に挟んでちょっと待っててくれ」

「はい、ありがとうございます……」

 

 

 多分、風邪をひいてしまったんだろうと俺は感じる。咳も少ししてるし、鼻詰まりもしている。風邪の可能性が高いな。

 

 

「魁人さん、測れました……」

「少し、微熱があるな……今日は学校休んだ方が良いかもな」

 

 

微熱だけど無理に行かせるなんて事はできない。今日は早めに病院に行って、診断をしてもらい、薬を貰って飲んで休む。

 

これでいこう。

 

「じゃあ、我も休む!」

「夏姉が休むなら千冬も」

「うちも……」

 

 

四人一緒が良いんだろうけど……どうしたものか。自分達だけ調理実習をしたり、学校に行ったりはしたくない。後は純粋に心配をしていると言うのが伝わってくる。

 

 

「アンタ達は学校に行って……」

「で、でも……我らは」

「行って、じゃないと逆に私が気を遣うから」

「う、うむ、そうか……」

 

 

 

三人が残ろうとしたが千夏の鶴の一声のような、言葉で三人はそれ以上何も言わなくなった。複雑そうな顔をしながらも三人はいつものように学校に向かった。

 

 

「じゃあ、俺達は病院に行こうか」

「すいません……」

「気にするな」

「その、仕事は……」

「休んださ」

「すいません」

「いや、そんな謝らないでいいぞ?」

 

 

 

仕事場へ休みの連絡をしたら即で許可が出たから良かった。助手席に千夏を乗せて発進。

 

病院に向かっている途中で手を抑えて下を向いて、時折千夏が咳をする。

 

 

「大丈夫か?」

「大丈夫です……」

「もう少しで着くからな」

「……ありがとうございます」

 

 

いつも、彼女はあまり俺には強く何かを言ってはこない。姉妹に強気の言葉をかけたりはするが俺には基本弱気な感じだ。

 

だが、今日の彼女は一段と弱っているような気がする。体調が悪かったりすると自然とそう言う風な感じになってしまうのはよくある事だ。

 

 

調理実習の事には触れない方が良いのか、触れて良いのか、敢えて触れたの方が良いのか、色々悩んでいる間に病院に到着してしまった。

 

 

◆◆

 

 

 

「はい、お薬です。朝昼晩、食後に飲んでくださいね。あとですね……」

「……なるほど」

 

 

魁人さんが受付で私に処方された薬を受け取ってくれたりしてくれている。その後にスーパーで飲料水などを買って家に帰った。

 

 

オデコに冷えるシートを貼って貰って二階の自室で布団の上に横になる。魁人さんは私を寝かせると部屋を出て行った。

 

 

きっと、自分が居ると私が気を遣ってしまう事を分かっているからだ。私が眠れないのが分かっているからだ。

 

私は姉妹以外の場で眠ることは殆どない。学校ではいくら授業が詰まらなくても寝ることはない。周りに信用できない人たちが居るからだ。

 

正直、今日は風邪をひいて良かったと思う。だって、どうせ楽しめない。信用できない人が自分の周りで包丁を振るうと言う空間は恐怖でしかない。自分に害を与えて、最悪殺すかもしれない物を持っているなんて嫌で仕方ない。

 

 

でも、四人で調理実習をしたかったな……とも思う。

 

 

変に思考を巡らせていると部屋のドアをノックする音が聞こえる。

 

 

「入っていいか?」

「ど、どうぞ」

 

 

魁人さんが雑炊のような物を持って部屋に入ってきた。そのままそれを机に置いた。

 

「消化に良いお粥だ、味は薄めですまないが早く食べて、薬を飲んだら寝るんだぞ。それが一番いい」

「はい」

「……あーんでもしようか?」

「大丈夫です」

「あ、そ、そっか……」

 

 

前から思ってたけど、この人、春に少し似てる……。過保護っぽい所とか、優秀そうな所とか。

 

 

「じゃあ、俺は……」

 

 

そう言って苦笑いしながら部屋を出て行きそうになる魁人さん。別にいつものように一礼して、一言言って出て行って貰っても良かった。でも、

 

「あの、一緒にいてくれませんか……?」

 

 

思わず、呼び止めてしまった。春に似ているからか、風邪で思考が弱って一人では寂しいからか、ただ、この人ともう少し話をしたかったからか。

 

理由は自分でも分からない。

 

 

「ん? ……勿論いいけど、俺が居たら気持ちが休まらないんじゃないか?」

「大丈夫です」

「そうか……ならいいんだけど

「はい。ありがとうございます」

 

 

魁人さんは私の布団の近くに腰を下ろした。特に会話もなく数秒経過する。

私は魁人さんの指示に合った通りに机の上にあったお粥を取って口に運ぶ。

 

 

「味薄だろ?」

「そうですね……」

「良くなったらナポリタン作るからな」

「ありがとうございます……でも、何でナポリタンなんですか?」

「一番好だと思ったからだ。前に作った時にお代わりしてだろ?」

「……そうでした」

 

 

この人、よく人を見てる。ちゃんと私達の事を見てくれているんだ。少し、嬉しい。お粥をお腹に入れて、苦い薬を飲む。口元を少し歪ませるが我慢して飲みきった。

 

 

「じゃあ、もう寝た方が良いな」

「はい……」

「寝られないなら子守唄でも」

「それは大丈夫です」

「あ、はい……」

 

 

 

お腹が膨れて、薬を飲んで布団で横になっていると自然と眠気が襲って来た。少し、その事実に驚いた。私が姉妹以外の人が目の前に居るのに寝ようとしていることに。

 

「手……」

「ん?」

「手を、繋いでくれませんか……?」

「……ああ、勿論いいぞ」

 

 

魁人さんの手は暖かかった。春とは全然違う感触。彼は私の手を優しく握りしめてくれた。

 

 

「私、本当は、調理実習したかったです……」

「……そうか、じゃあ、体調が良くなったら家ですればいい」

「……はい」

「でも、勝手に四人でやってはダメだぞ。危ないからな、俺が居る時にやることが条件だ」

「はい……」

「……他に話したいことはあるか?」

 

 

どんどん、意識が遠のくように瞼が重くなっていく。話したい事、それはきっと沢山ある。聞きたいことも沢山ある。

 

魁人さんの手が暖かくて、優しくてそれに安心して、眠気が……

 

 

「今はいいです……でも、いつか聞いてくれますか? 私の、私達の話を……」

「聞くさ」

「……はい、ありがとうございます……魁人さん……あと、ナポリタン、楽しみにしてます」

「分かった。だから、もう寝てくれ。そして、早く良くなってくれ」

 

 

 

私はコクリと一回頷いて、その、まま……

 

 

◆◆

 

二階の自室で既にオデコから冷えのシート外して、私は帰ってきた姉妹たちから話を聞いた。

 

 

「で? 調理実習はどうだったのよ?」

「不味かった、凄く失敗した。カイトのせいだ! カイトがいつも美味しい料理を作るから舌が肥えてしまった! おかげでより一層不味かった!」

「そう……」

「千冬は……砂糖と塩を間違えて、デザートを塩味に……してしまったっス……」

「いや、どんな間違いしてんのよ……」

「うちはミスはなかったよ。ただ、お皿を二枚ほど割ってしまったけど」

「アンタが一番、ミスしてるじゃない!」

 

 

不思議な事に私は直ぐにいつもの体調に戻った。起きた時には気だるさはなくなっており、魁人さんの手を握っていた。

 

「千夏はどうだったんだ!」

「私は……体調が良くなったから、アイス食べた。300円の」

「ええ!? ずるい!」

「あと、イチゴ牛乳も飲んだ」

「ずーるーいー!」

「だって、三時くらいにはもう良くなってたから。食べるかって聞かれたから、食べるって言っただけよ」

「ずるいずるいずるい! 我なんて千冬のせいでクソ不味いデザート食べさせれらるし!」

「いや、ちょっと傷つくんスけど……」

「千春が煮込みがあまくて、がりがりのジャガイモだし!」

「ごめんね……」

 

 

妹である秋がかなりの毒舌で春と冬を攻撃していく。

 

「つまり、アンタ達の調理実習はどうしようもなく失敗したと言う認識で良いのかしら?」

「そうだ……ううぅ」

「秋元気出しなさい。魁人さんが今度家で調理実習してくれるって」

「ええ! 本当に!」

「本当よ、因みにしーすーらしいわ」

「おお! しーすーか!」

 

 

秋が喜んでいる、春と冬も喜んでいるのが少し伝わってきた。私は思わず、魁人さんに握って貰っていた右手を握った。

 

優しくて、感じたことがない暖かい手だった。あの人に手を引かれて進んでいけば何か、他にも見えるかもしれない。進むべき道もそうでない道も……

 

◆◆

 

 

 

昨日は千夏が直ぐに体調が良くなって良かった。だけど、何だかんだでアイスとイチゴ牛乳を与えてしまった。お粥作って消化に良いとか言っておきながら、消化もクソもないな……。体調が良さそうだからついついサービスをしてしまった。

 

 

いつものように朝ごはんを作り、時折勉強をしている千冬を見る。いつもの朝の光景だ。

 

 

すると、いつものようにリビングのドアが開いて千夏と千秋と千春が入ってくる。

 

「おは、よう……どうした?」

「お兄さん、千秋が熱っぽいって……」

「本当か?」

「う、うーん……」

 

千春が珍しく言葉を濁らせる。千夏は呆れ顔で千秋を見て、何かを察した千冬は苦笑い。

 

「う、うーん、我、何だか、頭通が痛い……だから、今日休む……」

「そ、そうか……」

「だから、300円のアイスとイチゴ牛乳ね! あと、じゃがありゴも!」

「う、うん?」

「あとね、あとね! 刺身!」

「食欲はあるんだな……」

「う、うーん、どうかなぁ? 栄養とった方が良いと思っただけだし……あたたた、懐が……」

「痛いのは、頭じゃなかったのか……?」

「はッ!」

 

 

いや、これは絶対仮病だろ……だけど、頭ごなしに否定をしていいのか。先ずは信じると事から始めた方が……でも、これは……。

 

 

「魁人さん、秋は仮病なので無視してください」

「はぁ? 仮病じゃないし!」

「嘘つけ! じゃあ、熱測る?」

「いいだろう」

「服で擦ろとしても無駄よ。私達が監視するから嘘なら一発でばれるわ」

「……むぅ」

「やっぱり仮病じゃない」

「っち」

 

 

千秋が舌打ちをして悪い顔をする。そういう所も可愛いな。純粋な意味で。

 

「そう言う千秋も可愛いよ。お姉ちゃん的な意味で」

「アンタが甘やかすからこうなったのよ」

「でも、妹は甘やかさないと」

「いや、だからそういうとこよ……」

 

 

 

これは、朝食作りを再開しても問題なさそうだな。朝からちょっと騒がしい四人を見ながら俺は台所でスタイリッシュに卵焼きを作った。

 

 

◆◆

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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48話 空回り

感想等ありがとうございます。


 じめじめとした空気が次第になくなり始めて、夏の到来が近づく今日この頃。千冬は朝から机の上で教科書、教科のワークを開いて問題を解く。

 

 

 千冬にとって朝早く起きて勉強をすると言うのは最早習慣になっている。秋姉と夏姉によくそんなに朝早く起きて勉強できるねと言われるが癖になってしまえばあまり、苦ではない。

 

 早起きをする人は人生の成功者になりやすいとか、そんな噂を聞いたことはあるが実際は知らない。成功者になりたいとは思っているが……

 

部屋の中は静まり返って、外の音が聞こえてくる、ぴよぴよと外で小鳥のさえずりが聞こえているような気もする。

 

 手鏡でちょっと自分の姿を確認。いつもと変わらない自分が居る。

 

 髪を整えてカチューシャを付けるのは女子小学生にとっては常識。

 

 鏡に自分を写しながらニッコリ笑顔。笑顔が素敵な人がモテるのは小学生にとって常識。

 

 笑顔の練習を毎日しているからか以前よりも自然で違和感なく表情筋を操れるようになった気がする。ただ、秋姉の笑顔に劣っているのは気のせいではないだろう。

 

 ううっ、どうしてあんな笑顔が出来るのか、小一時間位問い詰めたい。

 

 あれはモテる。だって現にモテているから。時折見せるあの無邪気で華のある美しく尊い顔。

 

 顔面偏差値が元々高いと言うのもあるがあれは本人の性格がかなり影響している。秋姉がモテる理由はそこだ。

 

 

 西野が秋姉に惚れる理由は分かる。正直そこはどうでもいい。問題は魁人さんも秋姉には甘いと言う事。キラキラした笑顔を向けられるとニコニコで仕方ないなと何でも言う事を聞いてしまう。

 

 勿論、千冬にはそんなことをする度胸はない。してみようかなと思ったとがあったけど失敗したら地獄のような雰囲気になる気がするからやめた。

 

 それを成功させる姉に畏怖と敬意と嫉妬をした。

 

 別に魁人さんを自身の思うとおりに動かしたいとか、そんなことは思わない。ただ、思わず可愛くて言う事を聞いてしまう位はしたいなっと思うだけだ。

 

 

顔面偏差値なら秋姉には負けていない

 

 

なら、自分にも出来るのではと日々笑顔をの練習をコッソリとしているのだ。可愛くなりたいなー

 

 

そんな事を考えながら口元を吊り上げたり、眼をパチパチ開いたり色々なことをしているとリビングのドアが開く。

 

急いで手鏡をしまって机の問題に意識を割く。

 

 

「おはよう、今日も早起きして勉強か?」

「おはようございまス。魁人さん。えっとまぁそんな感じでス……」

「千冬を見ていると小学生時代の自分が恥ずかしくなってくるよ……」

「あ、いや、千冬もそんな大したことはないでス……」

「しかも、謙虚とは……」

 

 

魁人さんは千冬に凄い関心を示してくれる。ちょっと嬉しいなと思いながら姿を目で追う。

 

魁人さんはいつものように台所でスタイリッシュにクッキングを開始する。

 

秋姉が言っていた。

 

『カイトの包丁捌きはイキリ散らかす感じだな、良い意味で』

 

 

良い意味でも悪い意味でもそんな風に思われたくは無いだろうなと考えつつ、チラチラと魁人さんの姿を見る。髪を整えて目もぱっちり開いているが、パジャマ姿の魁人さん。

 

 

今日の朝ご飯も卵焼きかな? 定番で魁人さんの十八番だし。

 

 

 

ワークと魁人さんにそれぞれ気を配る。そして、魁人さんが朝食を作り終えた時が好奇なのだ。

 

一息を入れて、ついでにコーヒーを淹れて、千冬には紅茶を入れてくれる魁人さん。ダイニングテーブルに互いに座る。

 

よし、今だ!

 

「あの、魁人さん……」

「どうしたんだ?」

「ここの問題がちょっと……」

「ふむ、見せてくれ」

 

 

本当に分からない問題を魁人さんに聞ける唯一の時間。それが今なのだ。

 

二人きりで問題を聞いて、ワンツーマンの家庭教師のように教えてもらえる時間。

 

 

「あ、これは……割合か……えっとな……」

 

 

魁人さんは聞きたいことがあれば何でも聞いて良いと言った。だから、それを実行しているのだ。何も可笑しなことはしていない。

 

でも、自然と頬が熱い……

 

 

「確か、ここをこうすれば……」

「あ、なるほど。魁人さんは教えるのが上手でスね」

「そう言ってくれると嬉しいな。あと分からないところはあるか?」

「いえ、大丈夫でス……」

「そうか、じゃあ俺は着替えてくるから、ほどほどにな」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんはそのまま部屋を出て行く。千冬は基本的に毎朝一問しか聞かない。理由はあんまり聞いてしまうと魁人さんの朝の時間が無くなってしまうから。二つ目にワークの聞くところが無くなってしまうから。

 

一遍に聞くと楽しみが無くなってしまうのだ。

 

明日もまた早起きして、聞こう……あれ? 

 

思わずワークをぺらぺらとめくる……分からないところがない。全部一度は解いたことがある……

 

どどどど、どうしよう……

 

明日からの朝の魁人さんとの時間が……

 

そう悩んでいるとリビングのドアが開いて春姉達が入ってくる。

 

 

「グッドーモーニング!」

「イントネーションおかしくないかしら? まぁ、正解知らないけど」

「千冬、偉いね。もう、偉いとか言う次元じゃないけど。取りあえずおはよう」

「おはようっス……」

 

 

いつも千冬は姉達が起きてくると勉強を終了する。いつものようにランドセルに教科書類をしまう。

 

「くっ、朝から勉学に励むとは……千冬よ……我はお前が末恐ろしい」

「秋に冬の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわね」

「なんだと!」

 

 

朝から賑やかな姉達に苦笑いを浮かべながらも頭の中ではどうしようと悩んでいる。明日からの唯一の特別的コミュニケーションの場をどうやって確保するか。

 

何だか、秋姉ばかりが魁人さんに優遇されているようでちょっと心細い時がある。いや、それは秋姉が誰よりも心を開いたりしているからなんだろうけど……

 

 

負けたくないと言う気持ちが強い……。別に勝負をしているわけではないし、秋姉は魁人さんに恋愛的な心境を向けているわけでもないけれども!

 

 

勝手に勝負しているのだ。

 

 

接する時間、話す時間、笑いあう時間。全部で劣っている。ここで何か打開策を……

 

 

考えたが特に何も浮かばなかった。

 

 

◆◆

 

 

「カイト、早く帰ってこないかなー、我お腹空いたー」

「私もお腹空いたわー」

 

 

秋姉に張り合う策を学校でも考えていたのだが、全くと言う程に思いつかなかった。どうしてだろう、算数には公式があるのに恋愛には公式が全くない。だから、全然思いつかない!

 

恋愛小説も場面が限られすぎて参考にならない。同居で十歳差とかあり得ない……

 

 

「カイトー、早く帰って来てくれー」

 

こんなにポンポン凄いことを言えるライバルがいる小説なんて存在しない。最早、何をすればいいの……?

 

 

千冬に出来る事は何?

 

 

「あ、! カイトの車の音がする!」

 

 

ダッシュでリビングを出てく秋姉。その行動力。

 

千冬は何か、好きって言っているような気がして恥ずかしくなり真っ先には絶対にいけない。で、でも、秋姉には負けられない……

 

 

「カイト、おかえり!」

「魁人さん、おかえりなさいっス……」

「ただいま。今、ご飯作るからな。待っててくれ」

 

 

魁人さんは帰って来てからの行動も速い。コタツで魁人さんのクッキングを眺める。手伝いしたいけど、素人が手伝っても邪魔なだけだろうし……

 

悩みに悩んでいると魁人さんが夕飯を完成させてそれをテーブルに運ぶ。全員が席について手を合わせる。

 

今晩はハンバーグだ。付け合わせにマッシュポテトとレタス。秋姉の大好物である。

 

「いただきまーす!」

 

目をキラキラさせて秋姉が手を合わせる。春姉と夏姉と魁人さんはそんな無邪気な秋姉の姿を見て微笑ましそうな顔になる。

 

そ、そうか。こういうのが魁人さん的にポイントが入るのか……。

 

これ、千冬がやったらどうなるんだろう……? 魁人さんに引かれるか、千冬に魁人さんが惹かれるか……二択。どっちなのー!

 

でもでも、普段あまりテンションが高くない千冬が急に元気になったら、引かれそうー。それはやだー。

 

 

どうしよう……何も行動を起こさない方が……あれ? 何だろう? このハンバーグのにおい、いつもと違うような気がする

 

 

「あれ? カイト、このハンバーグいつもと違くないか? 匂いが違う!」

「……千秋、気づいたのか?」

「ふっ、だいたい一年も一緒に居たら分かってしまうものだ! 我のセンサーがビビビッと反応した!」

「……それは会社の同僚から貰ったハンバーグなんだ。後で言おうと思ってたが、言う前に気づいてくれるとは……いや、嬉しいな、そこに気づいてくれるとは……」

「ふふふ、カイトのご飯はいつも美味しいからな! ちゃんと覚えてるぞ!」

「嬉しいなー」

 

 

……千冬だって、千冬だって気付いたもん!

 

「魁人さん! 千冬も気付きました!」

「そうか、ありがとうな」

「い、いえ、たいしことではないでス……いつもの魁人さんの、美味しい料理の香りを、覚えてる、だけで……」

 

 

二番煎じ、圧倒的二番煎じ。最初に言いたかった……あ、秋姉のせいだ……。思わずジト目を秋姉の方に向ける。

 

 

「むっ、どうした、千冬……はッ! そ、そんな顔をしても、ハンバーグはあげないぞ!」

 

違うもん! 千冬は食いしん坊じゃないもん!

 

 

「別にハンバーグを狙ってるわけではないっスよ……」

「そうかぁ! じゃあ、良し!」

 

 

こういうのが可愛いのかなぁ? でも、無邪気ってどうやるの?

 

 

「カイト! おかわり!」

「分かった! いやー、そんな美味しそうにたくさん食べてくれると俺も嬉しいなー」

 

 

魁人さん……頬が緩み過ぎ! 千冬はいつもおかわりはしない。太ったらいやだとか、食い意地が張っているとか思われたくないと言うのが理由にある。

 

秋姉は逆でいつもお代わりをする。こういう所は真似ないといけないかも……でも、太りたくないな……

 

 

でも、ここまで負けっぱなし……千冬だって、お代わりしてニッコリしてもらうもん!

 

「魁人さん! 千冬もお代わりしたいでス!」

「……そ、そうか……」

 

 

あ、あれ? どうして魁人さん残念そうに……そこまで考えて千冬は気付いてしまった。自分の犯したトンデモナイミスに……

 

 

嗚呼ぁぁぁぁ! し、しまったぁぁぁあぁ。

 

 

いつもお代わりしないのに、貰ってきたハンバーグの時だけお代わりしたらいつもより、美味しいからお代わりしてるって思われるじゃん!

 

自分の作る料理との時はお代わりしないけど、市販のハンバーグの時だけお代わりする子って思われてるー!

 

さ、最悪だ……

 

 

「か、魁人さん、千冬は別に、その、市販のハンバーグだからお代わりするのではなくて……た、単純に今日はお腹が空いてて……」

「分かってるよ。そう言う時もあるよな……」

「は、はいっス」

 

 

魁人さんは眩しい笑顔を千冬に向けてくれた。でも、誤解は解けたのだろうか?

 

ううぅ、でもなんか失礼な感じに……秋姉のせいだ……またしても自身の姉にジト目を向ける。

 

「むっ? どうした……はッ! そ、そんな顔しても、付け合わせのマッシュポテトはあげないぞ!」

「別に狙ってないッス……」

 

 

秋姉に釣られてしまって墓穴を掘ってしまった。で、でもこれぐらいじゃめげない。今度は千冬にもっと意識を向けてもらえるように頑張る!

 

「はい、お代わりお待ち」

「ありがとうございまス!」

 

◆◆

 

 

 

 

仕事場で隣の佐々木に俺話しかける。仏頂面で憎たらしく怨念を込めるように俺話しかける。

 

 

 

「お前、美味しいハンバーグの作り方知ってる……?」

「何だ急に?」

「いや、別に……」

 

 

 

畜生……千冬が、夕食で一度もお代わりしたことのない千冬が……コイツの冷凍ハンバーグで初めてお代わりをした……!

 

許されない事だ。市販のハンバーグは確かに美味しいけど、俺の料理人として、父としてのプライドが許さない。

 

断固としてあんな師範より美味しいハンバーグを作って千冬に『お代わり』と言わせて見せる。

 

 

「何を見てるんだ?」

「世界のハンバーグの本だ」

「何で?」

「お前には関係ない」

「辛辣過ぎないか? 今日のお前、不機嫌そうだし、何かあったのか?」

「……千冬がお前の冷凍ハンバーグで初めてお代わりと言ったんだ……」

「へぇー」

「許されない事だ。よりにもよって、得意の肉料理でお代わりを取られしまうなんて……約一年、夕食を作り続けて、一度もお代わりを言ってこなかった千冬が……千冬が……お前の冷凍ハンバーグで……」

「おい、大丈夫か?」

「大丈夫なわけがない。俺のプライドはもうズタズタだ。平気なふりをしているが正直、お前のハンバーグに憎しみしかない。ついでにお前にも」

「逆恨みもここまでくると清々しいな……」

 

 

 

いつか、いつか、絶対にお代わりと俺の料理で言わせてやるからな! 待って居てくれ! 千冬!

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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49話 次女、疑問

感想等ありがとうございます。


 休日、私達はエプロンに身を包んでいた。手もハンドソープできれいに洗って、料理を作る準備は殆ど整っている。

 

 

「ふふふ、クッキングマスター千秋の出番だ!」

「秋姉、動かないで欲しいッス。まだ、三角巾が結べてないんスから……」

 

 

 妹である冬に三角巾を結んでもらっている三女である秋。幼いなと感じながら、同時に自分も姉である春に三角巾を結んでもらっているので特に何も言えない。

 

 

「できたよ」

「ん……ありがと」

「……それにしてもうちの妹は全員可愛いなー」

「はぁ……そう……」

「本当だよ?」

「だとしても、よ……ため息も出るわ。シスコンが過ぎるのよ」

「シスコンにもなるよ。こんなに可愛いんだもの」

「もう少し、厳しくしても良いと思うわ……」

 

 

 自分だって可愛いのにそのことには触れない。興味がないとでも言うのか。いつも私達しか見えていない。

 

 

「いや、本当に可愛いから仕方ないよね。エプロン姿もグッジョブで。以上の理由から千春ジャパンはこの活動を支援しています」

「もう……本当に何言ってんの?」

「お茶目な姉の姿を見せて好感度を稼ごうと思って」

「そう……」

 

 

 

 

彼女はちょっとドヤ顔で私の方を見る。どうだ? おもしろい事言っただろう? 的な視線だ。

 

正直、あんまり面白くない。

 

 

「それより、そろそろ下に行きましょう? 魁人さんがしーすーを作る為に色々準備してくれているわけだし」

「そうだね」

 

 

 

私達はエプロン姿のまま下に降りていく。部屋に入ると既に殆ど準備が終わっていた。テーブルの上に酢飯と小皿に分けられた、いくら、ウインナー、卵、海苔、キュウリ、ツナ。

 

手巻きずしスタイルと言う事か。全部、カットしてあるし後巻くだけ……これ、エプロン着る必要あった?

 

いや、安全面を考慮してくれたんだろうけど

 

 

「カイト! もう、やることがないぞ!」

「ごめんな。火とか刃物はもうちょっと大きくなってからだ。今日は取りあえず巻いて巻いて、食べてくれ」

「うーん……もっと、料理したかった……」

「ごめんな。でも、巻くのだって立派な料理なんだ」

「そうか?」

「そうさ」

「そうか!」

 

単純……ワザとか、素か。秋は偶に分からなくなる。

 

「か、魁人さん、千冬のこの姿どうでスか……?」

「……似合ってるな」

「っ、あ、ありがとうございまス……」

「えっと……まぁ、好きなように食べてくれ」

 

 

 

何故、頬を赤らめる? 冬? 良く分からないなー

 

魁人さんの号令で妹の冬が嬉しそうに海苔を取ってその上に具材を乗せていく。次に秋が。

 

私は秋の次に海苔の上に酢飯と卵とかいくらとか、ウインナー、豪華に沢山乗せる。しかし、具材が多すぎて巻けない。

 

「ふっ、下手糞だな」

「直接スプーンでいくら食べてる人が何言ってんの」

 

 

秋はもはやルール無用で食べ始めた。普通にウインナーを箸で掴んで直で食べたり、お椀に酢飯入れてその上にいくらを乗せて醤油をかけて、口にかきこむ。

 

手巻きずしの調理実習なのに、無法者だ。

 

 

「か、魁人さん、こ、こんな感じでスか……?」

「そう、だな……上手だ」

 

 

そして、冬はそんなに魁人さんに聞くのはどうして? 私は思わず首をかしげるが私には分からない何かがあるのだろうと気にしないことにした。

 

一つ、自作オリジナル巻きずしを食べ終えて、次にどんな巻きずしを作ろうかなと材料を見渡す。

 

秋がいくらを食べ過ぎて、残りが少ない。次はいくらを入れて……ふふ、楽しい……

 

 

 

「千夏?」

「ん?」

「楽しいね」

「……そうね」

 

 

 

どうやら、春も同じようだった。私もそうだ。楽しい。心が暖かくなって自然と笑みがこぼれる。

 

そのまま海苔の上にご飯といくらと乗せて、巻いて口でパクリ。

 

おいしいなぁ……

 

 

◆◆

 

 

 

 うち達は手巻き寿司調理実習を終えた後にテレビなどを見て、五人で談笑して時間を潰して、今は湯船に姉妹四人で浸かっている。

 

 

「ふぅ、いい湯だな!」

「アンタ、いくらをいくら食べれば気が済むのよ! 全然、私食べれなかったじゃない!」

「あれ? このお湯急に冷えたか?」

「ダジャレを言ってるわけじゃないわよ! バクバク、周り考えないで食べて!」

「まぁまぁ、夏姉、落ち着くっスよ。楽しかったんだから良いじゃないっスか」

 

 

 うちの可愛い姉妹が湯船に浸かりながら会話を交わす。

 

 

「冬、アンタは甘いわ。このままだと秋が凄いダメダメのダメ人間に成ってしまう」

「いや、それは無いと思うっスよ」

「そう? 私の勘だと絶対になると思うけど……」

「むっ! 誰がダメ人間だ!」

 

 

 千秋が少し眉を顰めて不機嫌そうな顔をする。体をわずかに動かして不満感をアピール。湯の水面が揺れて小さな波が立つ。

 

 

「アンタは本当にバクバク食べて……私だって、もっといくら食べたかったのに……そんなんだから……最近、ちょっと太ったでしょ?」

 

 

この、何気ない千夏の一言が千秋を怒らせた。

 

 

千秋はちょっと素直で幼い所はあるが根っこは列記をとした女の子。オシャレを意識したり、見た目を意識したり、中身を意識したり。

 

偶に気を付けない時もあるけど、千秋は千秋なりにそこらへんは気を付けてる。だから、その一言は怒る

 

 

「カッチーン……はぁ? 太ってないですけど? 健康的な体つきになっただけですけど?」

「ふーん、何かお腹周りがポッコリして、ついでに胸もポッコリしてきてない?」

「きてない! 胸は変な感じはするけど……そういう千夏は顔がぶくぶく狸になってるぞ」

「はぁ? どこが? 滅茶苦茶気を遣ってますけど? 毎日顔の血行マッサージしてますけど?」

「我も滅茶苦茶運動してるから、太ってないですけど?」

「運動してもそれ以上食べちゃうからねー」

「はぁ? 千夏、お前握力なんぼだよ?」

「13ですけど?」

「はい、我18ー! 13って! 箸より重い物持った事ないんですかー!?」

「カッチーン……喧嘩売ってるの?」

「寧ろ、買ってる」

 

 

喧嘩する程仲が良いと言うがこの二人は……勿論、この二人にも適用される。だが、徐々に睨み合いが始まる。

 

これは不味いと千冬は一足先に湯船から脱出。それを見てうちも脱出。

 

「これは、またあれが始まる感じっスね……」

「そうだね……」

 

 

湯船の水面が嵐でも降っているかのように激しく揺れる。

 

「オラオラオラオラ!」

「なによ、このこのこのこのこの!」

 

 

湯船の水を互いに叩いて水を当てっこ。お兄さんの家に来てから、風呂場で二人が喧嘩すると大体これをやる。

 

 

そして、大体、数分経つと笑顔で仲直りをする。こちらの心が浄化されていく。

 

バシャバシャ、ざぶーん、数分ほどで嵐はやんだ。そして、うちと千冬は再び湯船に。

 

「そう言えば、秋、アンタ最近、西野とはどうなのよ」

「別に、何もないが?」

「教室で見てるけど、かなり話しけられてない?」

「そうだな」

「秋姉はモテモテっすね」

「そうか? まぁ、我は可愛いからな!」

「自分で言うってどうなのかしら?」

「でも、真実だからしょうがないよ、広辞苑で可愛いって調べると一番最初の行に千秋って出てくるし」

「えッ? 本当!?」

「春! 嘘をつくんじゃないわよ!」

 

 

西野は確かに千秋に話しかける頻度は多い。四年生の時からもだけど、五年生になっても絡む頻度は衰えない。

 

「全く、デマ情報を……そうだ。冬、アンタはどうなの? 浮いた話が全然ないけど?」

「えッ!? ち、千冬は別に……」

「なんだ! 千冬はそう言う話が無いのか!」

「いや別に……」

 

 

千夏と千秋に迫られて、オドオドと煮え切らない反応をする千冬。

 

「ふーん、ないんだ……まぁ、冬って理想高そうだしねー」

「そうだな。千冬は理想高そう」

「べ、別に……そんなに……」

「じゃあ、どんな感じなの?」

「話してみんしゃいヨか石鹸だぞ」

「え、ええ……」

「良いじゃない、話してよ」

「ええじゃないか! ええじゃないか!」

「う、うーん……」

 

 

千冬、最早姉二人に迫られて何も反抗できず。

 

「そ、その、りょ、料理が上手で……」

「へぇ、まぁ、確かに出来た方がいいわね」

「そうだな! 我も同意!」

「あとは、け、経済的に安定してて……」

「確かに重要ね」

「我も安定が良い!」

「清潔感があって、運転も上手で、大人な雰囲気があって、優しくて、気遣いも出来て……」

「まぁ、確かに、そう言うのは重要ね」

「うん? 何だか、近くにそんな感じの人が居たような……」

「朝、眠い時にする欠伸が可愛い人……っス……」

「いや、それは分からないわ」

「何か、カイトに近いな!」

 

 

千冬は顔を赤くして両手で顔を覆う。どうやら千秋がドンピシャで名前を出したことが恥ずかしいらしい。

 

「そうね、魁人さんの感じがどことなく……」

「我も気持ちはわかるぞ! カイトみたいな人が側にいてくれると嬉しいからな!」

「へぇ、秋は魁人さんみたいな人がタイプなんだ」

「うーん……そうなのか? 良く分からないけど! カイトは好きだぞ!」

「それは知ってる」

 

 

 

千冬は自分の好きな人がバレなかったことにホッとしているようだ。うちにはバレてるけど……これは千冬の問題でもあるし、黙っておこう。

 

 

その後は十二分に温まり、お風呂上りに全員でお肌パックをした。

 

 

◆◆

 

 

 

 俺は四人がお風呂に入っている間、ソファに座りながらテレビを見て先ほどの手巻き寿司の事を考えていた。

 

 流石に過保護になり過ぎたか。小学五年生で巻くだけは……でも、楽しそうではあった。それに包丁って千夏が少し苦手だし、単純に危なそうだし。もうちょっと大きくなってからだな。

 

 

 ……大きくなったらか。今後、どうするのが正解なんだ? 育てるって言う事にしているが具体的にどうするのか決まっていない。

 

 ゲームなら高校でエンディングを迎えて、ハッピーエンド。その後結婚までは行くけどその後は知らない。

 

 筋書きがないとも言える。ゲームはエンディングを迎えたらそこで終了なのだ。ただ、この世界は違う、似たり寄ったりの場所はあってもエンディングで終わるはずだった場所の先がある。

 

 職業とか、就職とか、今から考えた方が良いのかな?

 

 だとしらた、塾とかお稽古……行かせた方が良いのか?

 

 いやいや、まだ小学生、自由にさせて……いやでも、やはり小さいころから親の英才教育を受けてきた子供たちは違うって聞くぞ。

 

 

 あと、超能力の事はどうしたらいいんだろうか。下手に触れて距離をとられたりはしたくない。

 

 そもそも、人に秘密とはつきものだ。わざわざ知って暴いて、なんてする必要はあるのか……。俺は父親らしく単純な愛を与え続ければ良いのでは……

 

 超能力ってそんな単純な物じゃない。ダメだ、どうしたら良いのか。分かんねぇ。

 

 主人公ってどうやってそこら辺、関わっていたっけ……。好感度上げて、そしたらイベントが起こって、姉妹達から教えてもらったり、事件が起きてそれが原因でバレてしまって、それで姉妹が慌てて秘密にして欲しいと言われて……

 

 

 参考にならなねぇ……

 

 

 まぁ、主人公と俺は違うから参考にする事もできないし、ゲーム知識を主軸にするのはダメだな。俺の眼で見て、感じたことを主軸にした方が良いんだろうな……。俺が見て感じた事……それを主軸にしたらそもそも超能力を事細かに知ってしまっている俺の知識は無視した方が

 

 

 ……あ、ダメだ。頭がパンクする。

 

 

 偶にこうやって考える時があるがどうしたら良いのか、最適解が浮かばない。

 

 

「お兄さん」

「ッ! あ、お風呂あがったのか?」

「はい、上がりました」

「うん……全員でパックしてるのか?」

「はい、お兄さんが折角買ってくれたので」

 

 

四人は全員お風呂上がりのパックをしていた。白いパックが顔包んでいる四人を見て少し驚いてしまう。

 

「カイトー! お化けだぞー!」

 

 

両手の指さきを下に向けて声を低くし、俺に迫ってくる千秋。可愛いな。

 

 

「どうだ!? 怖いか!?」

「うーん……あまり怖くないかな」

「そうか……」

「でも、可愛くはあったな」

「えへへ」

 

 

何というか、素直過ぎる。そこが長所でもあるんだろうけど。パックに包まれたままの笑顔だが可愛さはいつも通りだ。

 

「そう言うのがずるいっスよ……」

 

ジト目を向けてくる千冬。どんな、反応をすればいいのか……これも考えないと……

 

暫くパックで保湿肌お手入れタイムを等をした四人はツルツルの肌のまま、リビングを出て行く。健康な生活でよろしい。

 

「おやすみなさい、お兄さん」

「カイト! おやすみ」

「魁人さん、おやすみなさいっス……」

 

 

四人が出て行ったが直ぐ後に千夏がリビングに戻ってくる。肌がツルツルだ

 

「あの、魁人さん」

「どうした?」

「一つ、お願いしてもいいですか?」

「何でもは無理だが、出来る限りはするぞ」

「ありがとうございます……私は自分のやりたいことを見つけたいです……」

「ほう? 将来の夢とか、そんな感じか?」

「そんなに遠くなくても良いんですけど……何か、夢中になれるものと言うか、熱中できるものと言うか」

「習い事とかそう言う感じか?」

「そう、なんですかね……? すいません、大雑把で……」

「いやいや、謝ることはないさ。だが……」

 

 

まさか、こんなお願い、相談を俺にしてくれるとは! 今までこのような重要な相談などを俺にしてくれた事があっただろうか?

 

否である。これは俺の事を父として尊敬してくれている証。内心で父としての自身の成長を俺は喜んでしまう!

 

 

「そうだな、勉強をすると色々知識が増えてやりたいことが……そんな嫌な顔をしないでくれ、塾とかには入れないから」

「はい、ありがとうございます」

 

 

勉強が嫌だと顔に書いてあるようだ。千秋もだけど、親として勉強は出来て欲しい。絶対に将来得になる。だが、無理にはな……

 

おっと、取りあえずこのことは置いておこう。今は千夏のやりたい事。

 

「スポーツとか、ゲームとか、そう言う感じか?」

「ゲーム……普通に欲しいです。でもいいんですか? ゲームって高いし、頭に悪いからって買って貰えない人も居るって……」

「ずっとゲームはダメかもしれないが、時間を決めれば大丈夫じゃないか? あと、七月七日は四人の誕生日だろ? 誕生日プレゼントって事にすれば全然いいぞ」

「……そうですか……あの、私誕生日って言いましたっけ?」

 

 

千夏が少し怪しむような視線を向ける。まぁ、本来なら知りえない情報を相手が持って居たらちょっと怖いよな。ゲーム知識で知っています。何て口が裂けても言えない。

 

「ほら、あそこを見てくれ」

「?」

 

俺は家に貼ってあるカレンダーを指さす。今は六月の日にちが。俺は立ち上がりカレンダーを一枚めくる。すると七月七日に

 

『祝! 我等の誕生日!』

 

と赤文字で書いてあった。ついでに可愛い花も書いてある。パンジーかな?

 

「これだけ、大々的に書かれてたら祝わないわけにいかないよ」

「……本当に秋がすいません」

「いや、これくらい堂々としてくれると逆に接しやすくて助かる。それに直接言ってこないって事はちょっと遠慮してる所もあるんだろうさ」

「遠慮……? これだけ大々的に書いて遠慮は無いと思いますが……」

「……そうかもな」

 

 

遠慮しているのか、どうなのか。真相は千秋の中だが俺はちょっと遠慮していると言う判断を下したい。

 

遠慮はしなくて良いと言ったが、きっと十割しないと言うのは無理だろう。性格が良い四人はどこかしらで優しさが出てブレーキをかけてしまう。

 

これは俺が見て感じてきたことから推測したことだ。

 

多分……あってるよな?

 

 

「それでやりたい事は……直ぐには難しいかもな。今度、サッカーとかどこかでやってみるか?」

「サッカー……それなら私は、バレーの方が……良いかもしれません」

「へぇ、バレー興味あるのか?」

「ちょっとだけですけど……」

「そうか……」

 

 

意外だな。バレーに興味があったとは。初めて知ったなそれは……。俺も前世でしていたから少しだけなら心得はあるが……教えるのはしたことがない。

 

 

「取りあえず、今度してみるか?」

「はい……お願いします」

「うむ、分かった」

 

 

千夏はそれではと言う感じでドアの方へ。

 

 

「魁人さん、おやすみなさい……」

「おう、おやすみー」

 

 

彼女はぺこりと頭を下げて部屋を出て行った。礼儀正しく可愛い子だ。

 

さて、頭の整理をしよう。

 

 

 

◆◆

 

 

 

いつもの職場。デスクで本を広げながら昼休みを過ごす。読んでいるのは算数の本である。

 

『小学五年生の算数を分かりすく!』

 

と言う文字がデカデカと表紙に入っている。隣の佐々木がうどんを食べながら彼は俺に不可思議なもでも見たように聞いた。

 

 

「それで、なんでお前はそんな本を読んでるんだ?」

「勉強を教える為だ。無理やりにさせる気はないが聞かれた時に答えられる程度にはしておかないとな」

「くぇー、今更勉強はしたくない。俺はさ、高校の時に数学で赤点何回も取ってたんだよ」

「へぇー」

「お前はどうなんだ?」

「赤点は一度もないな。俺はテストを乗り切る必勝法を持っていたからな」

「マジかよ、俺はガチで手こずったぞ。特に順列がな」

「確かに順列は難しかったな」

 

二人で話していると後ろから声をかけられる。宮本さんである。

 

「あら、魁人君、純烈知ってるの? 良いわよね、あの歌声が」

「すいません。全国の温泉を回っておばさま方に人気の純烈ではなく、数学の順列の話です」

「ああー、そっちね! ごめんね、勘違いしちゃった」

「いえいえ、お気になさらず」

「それにしても、算数の本でも読んじゃって、教師でも始めるつもり?」

「教師……したい所はやまやまですが所詮真似事しかできないですね。教員の免許を取らなかったことが悔やまれます」

「あら、そんな風に一緒に勉強をしてくれる人が居るだけで子供は幸せよ」

「そうですかね?」

「そうよ」

 

 

そういうものか? 一緒に勉強すればやりたくなるのかな? 

 

「最近、子供の将来の事を考えてしまってついつい、口を出しそうになってしまいます」

「まぁ、勉強が出来た方が良いわよね。保険的な意味でも」

「そうなんです。だけど、無理やりはさせられないので……」

「無理にやらせてもさぼったり集中力が続かないなんてこともあるわね」

「やはり、そうですよね」

 

 

勉強、やりたい事、将来、就職。色々な事が俺の頭の中に渦巻いている。取りあえず何か行動を起こさないと思い、こうして小学五年生の算数を振り返っているがこれもどこまで意味があるか。

 

取りあえず俺は頑張っている背中を見せて奮い立たせたり、言葉に説得力を持たせる方針にした。

 

 

「前に千秋ちゃんと千夏ちゃんが勉強が苦手って言ってたわね」

「はい、ただ、二人は記憶力は悪くないはずなんです。買ったお菓子とか全部把握してるから、隠しても何処だ何処だと探すくらいですから。あとはテレビで出た女優の名前覚えていたりと」

「なるほど」

「つまり、問題は好奇心の有無……好奇心の幅が二人共かなり広いから興味あることはやるけど、興味ない事はとことんやらないと言うスタンスが完成しているんだと、ただ、それをどうするかはまだ、考えていませんが」

「なるほど、もう、教師ね。パパの次は家庭教師かー。魁人君って多彩ね。給湯室でも話題よ。若手のカメレオンパパって」

「この職場の給湯室ってどうなってるんですか?」

 

 

変な話題が職場で広がっている。まぁ、どうでも良いけど……

 

「……俺、空気じゃね?」

 

 

あ、ごめん……佐々木。

 

 

 



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50話 月下の誓い

感想等ありがとうございます。励みになります


 小さいころか勉学に励んでいる子供は将来上手く行く。あと親が金持ちの子は子供も金持ちになりやすいとか言うのを聞く。何はともあれ、小さい頃からの英才教育が大事と言う事だ。

 

 

 試しに千秋と千夏に勉強を一緒にやろうと誘ってみよう。

 

 休日の昼下がり。満腹で気分もいいはずだ。誘ってみたら意外と勉強をしてみたいと思うかもしれない。

 

 そうだ、新しい参考書でも買いに行こう。新しい勉強道具があると自然とやる気が湧くのはあるあるだ。

 

 

 リビングでは四人が何でも鑑定するテレビ番組を見ている。俺は独り言のようにぼそりと呟いた。

 

「買い物、行くか……」

「え!? どこどこ!? 何処に行くの!?」

 

 

 一番最初に反応を示したのはやはり千秋だった。彼女は俺の買い物に一番付いて来て手伝いとかしてくれる。

 

 まぁ、味を占めていると言う理由もあるだろうけど。

 

 

 千秋は一人で俺の買い物についてくることが多い。毎回、スーパーで野菜とか肉やら購入してしばらくした後。

 

『こっちこっち、こっち来て』

 

 手を引いてゲームコーナーとか、ジャンクフードエリアに俺を連れていく。そして、指をくわえて物欲しそうな顔をする。

 

『しょうがないなー』

 

ポテトとかソフトクリームを食べたり、百円でそのスーパーエリアだけで使えるコイン十二枚と交換して遊んだり、子供のように無邪気に過ごす。

 

まぁ、姉妹全員が居てもゲームコーナーとかには連れていかれるけど。

 

 

「何買いに行くの!? 我荷物持ちする!」

「そうか? それはありがたい……今日は勉強の参考書でも買いに行こうと思ってる」

「……今日、留守番してる」

 

 

一気に冷めた。面白くなさそうにソファに座って再びテレビに視線を向ける。千夏も目を合わせない様にそっぽを向く。

 

そうだ、千夏のやりたい事探しはどうしよう。バレーに興味があると言うがバレーの指導の本でも買って、動画サイトとかで調べたり……

 

全部俺がすると言うのもどうなんだ? スマホを俺が渡して自分で調べさせるとか……?

 

 

頭が痛くなって来た……千春や千冬にどうしたんだろうと言う視線を向けられるが頭を抑えて、思考を加速させる。

 

千春と千冬も気にしないといけないし、今は五年生で……今後の人生が……

 

「か、魁人さん? 目がぐるぐるしてるんでスけど? だ、大丈夫でスか?」

「大丈夫だ……脳が沸騰しただけだ」

「それはダイジョブではない気がしまスけど……?」

 

 

 

千冬は本当に優しい。気遣い視線を向けてくれるし、夕食の時もいつも一番お皿を運んでくれたりもする。

 

肩がこったのではないかと肩を揉んでくれるし。

 

 

千春もお風呂洗ったりしてくれるし。偶に頭のツボ押してくれるし。良い子達ばかりなんだ。

 

だから、幸せになって欲しいんだ。じゃあ、やはり勉強をしてもらって……

 

 

無限ループ。頭の中で同じような事をエンドレスに考えてしまう。このままでは一向にさきに進めない。無理させたくもないし、かと言ってさせないと言う事も気が引ける。子育てとはこれほどまでに難しい物なのか……

 

 

 

ちょっと、落ち着こう。少しずつ考えていけばいい。コーヒーでも飲んでゆっくり考えよう。

 

 

◆◆

 

 

 

 一日考えたが何も思いつかなかった。もう、辺りは暗くなり俺も風呂に入ってベットに横になっている。折角の休日なのにいつもと違う事が何もできなかった。四人はずっとテレビを見たりトランプしたりと休みを満喫していたから良いけど。

 

 

 スマホで習い事とか色々検索していると、誰かが部屋をノックする。千春か、千夏か、千秋か千冬、一体誰だろう。

 

「どうぞ」

「ふふふ、我が入室した!」

 

 千秋だ。ニコニコ笑顔でパジャマ姿。可愛い。

 

 よし、ここは彼女の郷に従う感じでいこう。

 

「合言葉は?」

「タンパク質!」

「よろしい」

 

 

何がよろしいのか自分でも良く分からないが考えたら負けだ。偶にはその場の流れに流されることも必要だろう。彼女はそのまま俺のベッドの上にドタドタと上がってきた。

 

 

「どうしたんだ?」

「話をしたかった! 二人きりで!」

 

 

屈託のない笑顔。部屋は間接照明の茶ノ色が包んでいる。少し見えにくいが彼女の笑顔はその中でも煌めくようであった。

 

「話……?」

「うん、最近、こーんな感じで眉が吊り上がってるから気になった!」

 

彼女は眉を俺の真似なのか両手で目の端を狐のように吊り上げる。ほのぼのとした心境になるが同時に俺を心配してここまで来てくれた事が嬉しくなった。

 

「そうか。気にしてくれてありがとう……」

「何の悩んでいるんだ? 我が相談に乗るぞ!」

「そうか? 実は千秋に勉強をさせた方が良いんじゃないかと思ってな」

「……」

「冗談だ。そこまでは思ってないさ。これからどう千秋達に接するべきか考えていた」

「そ、そうか……ビックリした……」

「まぁ、勉強はして欲しいと思っているが……」

「……」

 

 

そんなに勉強が嫌なのか。口をポカーンと開けて信じられないと言う表情の千秋。

 

「そんなに勉強は嫌なのか?」

「やだ……」

「まぁ、面白くないからな。でも、将来の事を考えたら俺は少しはしてほしいな」

「将来……?」

「そうさ、未来はどうなるか分からないけど、いずれ巣立つにしても何をするにしても……っ」

 

言いかけたところで千秋が俺の手を握った。

 

「巣立つとか、言わないで……」

「ごめん、変な風に聞こえたかもしれないけど。安心してくれ。すぐの話じゃないし、捨てるとかそう言うつもりもないから」

「ッ……やだ! すぐじゃなくても、ずっといるもん! 私は、この家でずっとカイトと姉妹と暮らすもんッ!」

 

 

迂闊だった。下手に未来とか別れとか巣立ちとか言うんじゃなかった。言ってはいけなかった。この子達はそういう所に敏感なんだ。まだ、そう言った不安を与えるような見えない物の語りをすべきではなかった。

 

「ごめんな、そう言うわけじゃないんだッ。安心してくれ。ずっと一緒に居るから、約束は守る……」

「本当?」

「勿論だ」

「そっか……ならいい……もう、我ビックリした!」

「ごめんな……」

「もう……じゃあ、ギュッてして?」

「……ああ」

 

 

千秋は目元に涙をためていた。簡単に泣いてしまう。一瞬で不安定になってしまうこの子達の危うさをまた感じ取った。彼女を優しく抱きしめて頭を右手で撫でる。

 

 

「えへへ……本当はこれしてもらいたくてここに来たの……」

「そうだったのか?」

「うん、心配もしてたのも本当だけど……カイトにハグされに行くって言ったら千冬に止められたから、そう言うのって言ったらだめなのかなって……」

「な、なるほど……」

 

 

千秋は俺に体重を預けて短い腕を俺の背中に回して、精一杯離さないように俺を掴んでいる。

 

「カイト、私ね。我儘が言える毎日が楽しいよ。ご飯もお風呂もありがたいけど、やっぱり言いたいことを言えて、嫌な事を嫌って言えるのが凄く幸せ……」

「そうか……」

「あのね……もうすぐ、私達誕生日なんだ……」

「知ってるよ。カレンダー見たからな」

「あ、そっか……」

「盛大にお祝いしような」

「うん……ありがと……」

 

 

先程とは打って変わって落ち着いている千秋。俺が優しさに包まれているような気がした。

 

「私、最近、カイトの事考えると、ちょっとだけ胸が変な感じがする……」

「そうなのか?」

「こんなの初めて……でも、小さすぎて良く分からない……でも、鈴の音くらい小さい何かがある気がする」

「そうか……」

「でも、ずっと一緒にいればこの正体が分かる気がする」

「そうか……」

「だから、もっともっと色々知りたいから一緒に居てね……再度約束!」

「ああ、一緒にいる。再度約束だ」

「えへへ、やった……」

 

 

彼女はぐりぐりと頭を俺の胸板に押し付ける。そのまま先ほどより強い力で俺を抱きしめた。数分、経つと満足したように彼女は俺から離れる。

 

「じゃあ、我はそろそろ部屋に戻る! 千冬が戻ってこないと怒るからな!」

「そ、そうか。おやすみ」

「おやすみー!」

 

 

彼女はいつものハイテンションで部屋を出て行った。可愛くて素直で純粋で、だけど危うくて何処か達観していて、それがあの子なんだ。

 

守りたいな。あの笑顔……

 

横になりそんな事を考えているうちに夜が更けていつの間にか寝てしまった……

 

――――



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51話 写真は綺麗な方が良い

感想等、励みになっております。ありがとうございます。


 夕食の時間。お兄さんとうちの麗しの妹達と机を囲みながらテレビなどを見て談笑をしているとお兄さんがそう言えばと話を切り出す。

 

 

「そう言えば、もうすぐ四人の誕生日だな」

「え? 魁人さんどうしてそれを……」

 

 

 

千冬がどうしてそれをと驚きを隠せない表情であった。うちも少し驚いた。お兄さんいつの間にそれを知っていたのであろうか。

 

 

 

「冬、それは秋がカレンダーにこれでもかと書いているからよ」

「ふふふ、その通りだ!」

「胸張る事じゃないわ……」

 

 

そうか、千秋がカレンダーに書いたのか。

 

 

「魁人さん、良いんでスか? その、何というか……」

「構わないさ。誕生日は我儘を言う日だからな。何が欲しい決めておいてくれ。今度の休みに買いに行くから」

「わーい!」

「いつもスいません……あ、じゃなくて、ありがとうございまス……」

「それでいい……遠慮するな。俺も金はある」

 

 

 

 

千秋がもうニコニコの笑顔。守りたいこの笑顔。そして、千冬。謝罪ではなく感謝をを述べるあたり以前との変化が感じ取れる。

 

 

 

「えっとね、えっとね、我はね、千円から二千円くらいの服を複数とグラサンが欲しい!」

「やっぱり、女の子だなー」

「じゃ、じゃあ、千冬がはニュキュアとかペデュキュアを……」

「女のだなー」

「私はゲームを」

「いいぞー」

「うわ、ゲームとか子供か!」

「なに、悪いの?」

「いや、別にただ、千夏は子供だと思っただけだ」

「秋には言われたくないけど」

 

 

 

会話が弾む。明るい家と暖かい食事が自然にそれを弾ませる。幸せがすぐそばにあると言う事はそれだけで気分も上がるのだ。

 

会話は途切れるとことなくずっと、ずっと続いた。食事の際中は皆、何を買って貰うのかそればかりを考えていた。

 

服か装身具か娯楽物か、単純に食べ物か。

 

 

迷いに迷って、でも食事の際中では具体的な物は決められなかった。

 

 

 

◆◆

 

 

「うーん、うーん、うーん……」

「どうしたウインターシスターよ」

「いや、その呼び方は勘弁してほしいっス……」

「ふっ、冗談と事実のマリアージュだ」

「そうっスか……」

「あ、今、我をメンドクサイと思ったな!」

 

 

千冬が何やら悩んでいる。

 

湯船に四人で浸かりながら会話をする。不思議な事に四人で居ると会話が途切れない。うち達はいつも誰かが話して、誰かが黙って、するとまた誰かが話して、無限ループのように会話が途切れない。

 

勉学に励む時、眠りにつくとき以外は会話は途切れないのが普通。

 

 

これがうち達姉妹の日常であり普遍的な物だ。だけど、ふと疑問に思った。

 

 

逆に言えば沈黙が殆どない。他の家族を見たことがあまりない、特に家の内部の中の様子は殆ど知らない。だから比べようがないけれどもこれは周りから見たら普通なのか。

 

ずっと途切れない会話。

 

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普通、なのか……

 

 

どうして、会話が途切れないのか。二つの仮説がある。と言うよりほぼ正解であると思うが……沈黙が全員嫌い。そして、共感をしたい。

 

言葉を交わして、共感をして自分は自分たちは一人でないと常に自覚をしていたい。でも、これは誰でもある気がする。

 

 

「魁人さんって、お金持ちなんスかね……? 何というか、お金で困っている様子を見たことがないって言うか……」

「カイトは金持ちなんだろ? 前にそう言ってた。金はあるって」

「この家に来てからもうスぐ一年で、かかった費用はかなりの物のはずで……でも、お金の事気にしてる様子がないっス……」

「だから、それはカイトが金持ちで」

「本当にそうなのかって思ったんスよ……実はかなり財政的に厳しいみたいな……ことがあるのではないかと……」

「じゃ、じゃあ何でそれを我らに言わないんだ!」

「気を遣っているのんじゃないっスかね……? 子供をお金で心配させないように的な……」

「あわわわ、じゃ、じゃあ、誕生日は質素にした方が……」

「したほうがいいかもしれないっスね……」

「我、誕生日プレゼントはコンビニの冷凍パスタにする……」

「あ、いや、でも本当かどうかは分からないっスよ……!?」

 

 

 

この会話は初めてのような感じはするけど、前にもしたような感じがするような気もする。一見、普通に見えるような物でも見方が変わればおかしくなるのかもしれない。

 

 

別におかしいとは思わない。ただ、気になったのだ。

 

 

この子達が、姉妹がどう思っているのか。周りから見たらこれは見えるのか。

 

 

等と、マイナス的な視点と思考で見てしまっているがこれ以上は良くないだろう。うちが姉妹たちの考えを分かるように全てではないが姉妹もうちの考えを読む時もある。

 

不用意に楽し気な空気を壊すような行動は避けないといけない。

 

 

「ねぇ、春はどう思う?」

「お兄さんに聞いて見れば良いかもね。お金は本当に大丈夫ですかって」

「そうね……私達が気を遣わなくてもあちらが気を遣っている現状は良くないわ。ここは、それとなく聞いて見るしかないわね」

「そうだね」

 

 

その後も、会話が途切れることは無かった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

お風呂から上がるとお兄さんがテーブルに写真と白紙のアルバムを広げて何やら整理をしていた。

 

「カイト、何やってるの?」

「ん? 旅行とか運動会とかで写真沢山とったから整理してるんだ。ついでにアルバムに貼る写真を厳選してる」

「おおぉ! 我もやる!」

 

 

パジャマ姿の千秋がお兄さんの隣に座りテーブルの上に並べられている写真を見る。千冬が恥ずかしそうにしながら片手におにぎりを持ち、もう片方の手でピースをしている写真。

 

これ、定価で十枚欲しい……。

 

 

千秋が豚丼を美味しそうに大きな口を開けて食べている写真。口元が豚丼のタレで少し汚れている。

 

いっぱい食べる千秋が好き。

 

 

そして、千夏が口を開けて水族館の魚を驚愕しながら見ている写真。水槽の中の魚達は確かに綺麗だけれども。

 

千夏の可愛さにうちは口を開けてしまう。

 

 

「これとこれは、アルバムにダメ!」

「え? どうしてだ? 可愛いと思うが……」

「口を大きく開けてる写真はイヤ! アルバムに貼るならもっと良いやつある!」

「そ、そうなのか……」

 

 

千秋がお兄さんがアルバムに選抜していた写真をさらに選抜して、殆ど落選させる。

 

 

「魁人さん、千冬的に、これはダメでス……」

「え? どうしてだ。全然、問題なく可愛いと思うが……」

「か、可愛い……コホン。その、この写真千冬目閉じてるから……いやでス……」

 

 

 

千冬もアルバムに収める写真は色々基準があるようだ。

 

 

「魁人さん、私もこの写真は……」

「良いと思うが……」

「すいません。やっぱり、口を開けてるのはちょっと……。あと、この写真もイヤです……」

「この写真は口大きく開けてないぞ?」

「だって、スノーで撮ってないじゃないですか……」

「いや、肌は十分綺麗だろ……四人共……」

 

 

 

お兄さんはなぜダメなのか良く分かっていないようだ。うちも同じ気持ちです。こんなに可愛いのにどうして三人はダメと言うのだろうか。

 

それが分からない。だけどまぁ、ダメなら仕方ない。コッソリうちが回収してもらっておこう。

 

 

「あ! そうだった……我、カイトに言いたいことがあったんだ」

「なんだ?」

「えっと、誕生日プレゼントはコンビニの冷凍パスタが良い……」

「いや、どうしてそうなった? 確かに美味しいけど……お金の心配でもしてるのか?」

「……うん。カイトは本当は無理してるのかなって」

「ああー、そう言う心配ね……。無理なら無理って俺は言うタイプだ。お金ならそれなりにはあるから気は遣わなくていい」

「本当に大丈夫?」

「大丈夫」

「じゃあ! 服買ってほしい!」

「ふっ、分かった」

 

 

 

お兄さんの言葉は千秋だけでなくうち達にも遠回しに告げていた。お兄さんってお金持ちなのかな? お兄さんってお兄さん自身の事はあまり語らないし分からない事が多い。

 

聞いてもはぐらかせるわけではないと思うけど、進んで答えないから聞かない方が良いのかとちょっと思ってしまったりもしている。

 

 

「今度の休みの日にでも買いに行くか」

「おぉ! 行く!」

 

 

六月も、もう終わり。

 

一年、ここに居る。ここで姉妹と一緒にお兄さんと一緒にいる。それで大きな変化が姉妹に訪れた。

 

 

誰もが変わり行く中で、自分があまり変わっていないと思った。

 

 

だが、それでいい。

 

 

それが良い。(らく)で、楽しくて、心地よいのだから。自分だけはこのままで良いのだと感じた。

 

 

自分は姉妹の事だけを考えていればいい、それがあの時、選んだ道なのだから。

 

 

 

◆◆

 

 

 

七月に入った。徐々にだが暖かい日が多くなりつつある今日この頃。俺は安い衣類などが並んでいる店に四人と来ていた。

 

 

「これ、可愛い!」

「千冬的には、こっちが」

「うちはこれが似合うと思うよ」

「あ、これ、センスありね……」

 

 

女の子って服とか凄い長い時間見るんだな。いやまぁ、男でもしっかり選ぶ人はいるし休日だから全然時間はあるんだけどさ。

 

あっちに行ったり、こっちに行ったり忙しい。一時間以上もテンション下がらずずっと服を選び続ける四人。千夏はゲームを誕生日プレゼントとして選ぶみたいだが服を眺めるだけでも暇は潰せるらしい。

 

 

俺はマネキンに着せている中でセンスが良さそうなのを直ぐに選んだりするが、四人は違うらしい。

 

「ねぇねぇ、カイト、どっちが似合う?」

 

千秋が二つの服を両手で天秤のように比べるように持っている。それを交互に自身の服にあてる。

 

「どっちも似合うと思うぞ」

「むー、そう言うのじゃなくて。どっちが良いのかって聞いてるの」

「あー、その黒っぽい方が良いんじゃないか? 白よりは……」

「だよな! 我もそう思ってた!」

 

 

白ってカレー溢したりすると洗うのが大変だし、面積が大きく見えたりするから黒の方が良いんじゃないかって理由は言わない方が良いんだろうな……

 

千秋は気分よさげに白の服を戻した。

 

「か、魁人さん、ど、どっちのがいい感じでスか……? 羽織るなら……」

「……あー、そうだな。どっち、も……」

「むっ……」

 

 

千秋と千冬はどっちもはダメなようだ。千冬が少し膨れ顔になる。まぁ、確かに俺も夕食カレーとシチューどっちが良いと聞いてどっちもと言われるのは困るな……

 

 

どっちが良いか……。千冬は二つの羽織る感じの服を持っている。片方は青い色で少し硬めの生地のジャケット、もう片方は地味目のグリーンで首周りに紐が付いてて、ついでにフードもついているパーカー。

 

どっちが良いと言われても……どっちもイメージが違う感じがするからどっちが良いと言えないような……いや、でも聞かれてる事にしっかりと答えないと。

 

 

「そっちの硬めの青い奴の方が良いんじゃないか……? 羽織るなら……」

「そ、そうでスよね! ち、千冬もこっちが似合うかなって……か、魁人さんがもこっちが良いって思うなら、こっちにしようかな……?」

 

 

照れながら彼女は地味目のパーカーを棚に戻した。

 

……本当は子供がパーカーとか、紐が付いた服を着ているとそこが引っかかって首が絞まったり、怪我したりするのが危ないから青い方を選んだんだと言うのは言わない方が良いんだろうな……

 

まだまだ、選び足りないと言う二人を見ながらふと千春が目に入った。彼女も服は手に取るが自分より姉妹たちの体に服を当てていた。

 

「千春は決まったのか?」

「うちは、これが良いです……」

「それはどうしてなんだ?」

「千夏に似合うからです」

「……自分の着たい服は無いのか?」

「これが千夏に似合っているので、ついでにうちも偶に着れればいいかなと……」

「あー、そう言う感じか……」

 

 

自分だけの服を選んで欲しいんだけどな。俺としては。俺は近くに置いてあった黒と白のワンピースが目に入った。

 

 

「……これ、千春に似合いそうだな」

「そうですか?」

「多分……」

「どっちですか?」

「多分、似合う……俺、自分の服のセンスが信用できないけど。このワンピースは千春に似合う感じがする」

「……千夏と千秋と千冬には似合うかな……」

 

独り言のように彼女はそうつぶやいた。クリスマスの時も思ったが彼女は自分が来たい服と姉妹に似合う服が合わないとそれを選ばない感じがする……

 

「いや、千春にしか似合わないな」

「っ……はい?」

「俺の勘だけど、これは千春限定のワンピースだな……多分」

「……じゃあ、これはいいです」

「いや、買おう」

「え?」

「買おう、これは買っておこう」

「……お兄さんがそう言うなら……じゃあ、試しに着てもいいですか?」

「良いと思うぞ」

 

 

千春は近くの試着室の方に向かって行った。本当に似合うと良いんだが……。ここで俺のセンスが試されているのかもしれない。

 

 

「むー、カイトズルい! 千春だけちゃんと選んでる!」

「魁人さん、千冬の事はいつもほったらかし……」

「そ、そんなことはないぞ! ほら、これとこれは千秋と千冬によく似合う感じがするし!」

「魁人さんも大変ね……」

 

 

千秋と千冬の目線がレーザーポイントのようにつき刺さる。千夏の同情のような視線が優しく肌を撫でる。しばらく二人に似合いそうなやつを頭を捻らせて何とか選抜しながら試着をした千春の元に。

 

 

「……どうですか?」

「良いと思う、グッジョブだ」

「そうですか……じゃあ、これも、いいですか……?」

「ああ、勿論」

「ありがとうございます……」

 

 

元が良いから大体似合うんだけどね……。俺のセンスあんまり関係ないみたいだ。結果的にかなりの時間の間、服を選び続けて気付いたら二時間を超えていた。

 

 

その後、千夏が欲しがっていたゲームを購入。

 

「子供だな~!」

 

千秋がゲームを買った千夏の頭をポンポンと撫でている光景を見ながら家に帰宅した。

 

 

 

◆◆

 

 

「ねぇねぇ、ゲーム貸してー」

「あとでね」

「貸してー、貸してー」

「あとでね」

「むぅ、ずっと一人で使ってズルい!」

「私が買って貰ったんだもん」

「……ねーねー、千夏が貸してくれないー、千夏を怒ってー」

 

 

ソファに千夏が体育座りしながら買って貰ってゲームをプレイしている。どうやら相当ハマったらしく帰って来てからずっとプレイ。

 

千秋は最初は子供だなとちょっと小馬鹿にするようにしていたのだが、千夏が遊んでいる姿を五分見ると貸して貸してと、千夏に引っ付くようになった。

 

そして、貸してくれないとうちにどうにかするように頼んでくる。

 

 

「でもね、千秋はお兄さんに服を買って貰ったでしょ……? だから、その、千夏を怒るわけにうちはいかないの……」

「むぅ、千夏、貸して!」

「また、今度ね」

「今度っていつ!?」

「今度は今度……」

「さっき、あと五分したら貸すって言ったのに!」

「言ったっけ? そんなこと?」

「言った!」

「何時何分何秒、地球が何回周った時に私、それ言ったの?」

「ううぅ、ねーねー、千夏が我に意地悪する……」

「あー、よしよし、大丈夫だよ。じゃあ、うちと一緒にトランプを……それじゃ、嫌だよね……」

 

 

千夏も買って貰ったばかりの物を貸したくは無いだろうな……。自分は服を買って貰ってないわけだし……。千秋をよしよしと宥めながら貸してあげてと千夏に視線を送る。

 

だが、千夏はゲーム画面をずっと見ていて視線が合わない。仕方ないから声をかける。

 

 

「千夏……」

「なに?」

「お姉ちゃん、千秋にも貸してあげて欲しいな? だって、ほら、皆でした方が楽しいじゃん」

「これ、一人用だから」

「……で、でもさ、やっぱり皆でした方がさ……お願い……千夏」

「……分かったわ。ほら、秋、これ」

「わーい!」

「……はぁ。結局秋が得をするのよ。いつもいつも……」

 

 

千夏がため息を吐いて、千冬はそれを見て苦笑い。

 

 

「千冬も秋姉はちょっとズルいって思う時はあるっスよ……」

「そうよね。冬も私と同じ気持ちよね」

「まぁ、仕方ないって思う時もあるっスけど……やっぱりズルい」

「そうよねそうよね!」

 

 

「おおぉ! ……穴に落ちた」

「はい、じゃあ、終わりね」

「ええ! まだ一回だぞ!」

「関係ないから、一回できただけでもありがたいと思ってほしいわッ、ちょ、この手離しなさいよ!」

「いーやーだー、まだ、やるもん!」

「やるもん! じゃなくて! これ、私の!」

「姉なんだから! 妹に貸して!」

「こう言う時だけ、妹特権使おうとするんじゃないわよ! いつも、言う事なんか聞かないくせに!」

「聞くもん!」

「嘘つけ!」

「貸してー!」

「ああ、二人共落ち着くっスよ! 危ないし! 買って貰ったのに壊れちゃうっス!」

「そうだよ、二人共喧嘩はダメ」

 

 

ソファの上で二人がやんややんやと喧嘩をしながら時間は過ぎて行った。最後は結局千秋がごり押して、しばらくゲームをした。

 

千夏と千冬は結局、千秋が得をすると嫉妬的な視線を向けた。

 

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。


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52話 熱

感想等ありがとうございます。


 カタカタとキーボードを叩く音が俺の鼓膜に響いていた。デスクの上のパソコンにずっと向かい合っていると定時帰宅の時間になっていることに気づく。

 

 

「じゃあ、そろそろ……帰りますか……」

「あ、帰るならこれ」

 

 

 隣の佐々木が何やら袋を差し出す。

 

 

「これなに?」

「牛タン。親が送ってきたんだけど食べきれないんだ」

「ほぉ、ありがたく貰います」

「その反応なに?」

 

 

 

俺は牛タンが大好きだ。ねぎの塩だれとレモンの果汁を合わせて食べるのが特に好きだ。牛タンは素晴らしい。

 

 

「俺は牛より女の舌の方が良いからな。あんまりいらないんだ……いや、ジョークだぞ? マジに受け取るなよ?」

 

 

やばい、普通に佐々木が気持ち悪い。感謝が薄れるくらいに気持ちが悪い。牛タンを貰っておいてなんだが早く帰ろう。

 

 

「じゃあ、ありがたく貰う事にする。それじゃあ、お疲れ……」

「お疲れー」

 

 

全身鳥肌になりながらも俺は職場を後にした。

 

鳥肌の理由は佐々木の発言が気持ち悪いから……なのか? 何だか単純に寒気がする……

 

 

くっ、まさか、また風邪をひいてしまうのか? 毎日、手洗いうがいを欠かさず行って、バランスの良い食事を心がけているのに。

 

娘に風邪をうつしたりしないように最善を尽くしているのに……また、俺は風邪を……いや、まだだ。

 

明日は休日だ。明日休めば何とかなる。

 

 

体調を崩して四人に心配をかけるわけにはいかない。

 

 

◆◆

 

 

 

お兄さんが何かお土産を持って家に帰ってきた。千秋がそれを見て目を輝かせている。

 

「これが牛タン、牛の舌だ。佐々木から貰ったんだ」

「おお! あのカレーとハンバーグの人か!」

「そうだ、その人だ」

「牛タンってどうやって食べるのが美味しいんだ!?」

「ネギ塩ダレでレモン汁……だな。もう、無限に食える」

「よ、涎が……じゅるり……」

 

 

お兄さんは早速いつものようにスーツを脱いでキッチンで調理を始める。スタイリッシュに料理を進めていくお兄さんをジッと見ている千秋。彼女は我が家の自称味見係でいつもいつも味見をするタイミングを待って居る。

 

 

千冬は恥ずかしがり屋なのもあり、好意がバレたくないと言うのもありソファに座りながらチラチラお兄さんを見るスタイル。

 

 

千夏はゲームに夢中。

 

 

「千夏、ゲーム面白い?」

「ええ、とっても。個体値、種族値、三種の神器に600族……奥が深いわ……エンディングが寧ろ始まりなのね……」

「そ、そう……」

 

 

千夏はゲームに夢中。ソファの上で体育座りしながら只管にゲーム画面を見ている。ゲームは良いんだけどあまりやり過ぎると目が悪くなったりしないか心配だ。ゲームは一日三時間がギリギリしていいと言うお兄さんとの約束は守れているだろうか。

 

普通は一日一時間だと思うけど、お兄さんも千夏に甘い所がある。

 

 

「カイト、カイト、味見味見!」

「分かってるさ。ほれ、牛タン」

「あーむ……おいひぃ、口の中が貴族!」

「牛タンは俺も好きなんだ。これに付け合わせのタレとかけてな、ご飯と一緒に食べたらもう、美味い以外言う事は無いな」

 

 

今日のお兄さんはやけに熱く語る。もしかしたら、牛タンが好きなのかもしれない。よく考えたらお兄さんの好きな物ってなんだろう……?

 

一年一緒にいるのに色々知らないって変かも……。

 

頭の中に疑問が浮かんだ。キッチンに居るお兄さんの顔を見る。すると少しだけ、いつもと違う感じがした。

 

顔色が悪いような、無理に明るくしているようなそんな違和感。気のせいなのか、どうなのか、それは分からないけど。

 

 

「じゃあ、これをテーブルに運んでくれ」

「はーい!」

 

 

千秋がトレイに食器や料理を乗せてテーブルに運んでくる。この光景ももう見慣れた。最初は二階の一室に運んでいたけど今ではこのテーブルに運ぶ。

 

 

同じテーブルを五人で囲んで手を合わせる。

 

 

そして、食べ終わったら食器を運んでお兄さんが洗う。お風呂が沸いてうち達がいつも先に入る。

 

 

そして、テレビを見て、ふかふかの太陽の匂いがする布団で横になる。暗い部屋で姉妹と会話して眠りにつく。

 

 

 

うち達の当たり前が変化している。もう、あの時と違う。

 

 

 

この当たり前の中心に居るのはお兄さんだ。お兄さんの無償な愛がうち達を支えてくれている。感謝しているがお兄さんの生き方は損だとうちは感じる。

 

 

だって、四人も子供を面倒を見ると言うのは大変だ。経済的にも、精神的にも、身体的にも。お兄さんはお金があると言う。お金があると言うのは間違いではないにしても減っているのは至極当然明白だ。

 

自分の趣味は? もっと、他に楽に生きることも出来るはずだ。でも、文句ひとつ言わないでずっとうち達を最優先にして生きるって……

 

 

以前から、思っていた。うちとお兄さんはどことなく似ている……。姉妹の為に生きると決めた自分とうち達の為に生きているお兄さん。

 

 

だからこそ、分かる。この人はどこかにストレスと溜め込んでいるっと……

 

 

うちも以前はそうだった。今は違う、そんなものは、そもそも、ない。寧ろ、姉妹の為に生きることでストレスを軽減していると言っても良いかもしれない。

 

 

「春……?」

 

 

暗い部屋。布団の上で横になるうちに話しかける千夏。彼女の声は少し心配するような声だった。

 

「どうしたの?」

「その、魁人さんが……ちょっとだけ、顔色が悪かったような気がしたの……」

「そっか……」

「でも、もう、寝てると思うし……でも、ちょっと心配で」

「それ、我も思った……カイトに聞いたけど、何ともないって言ってた……」

「魁人さんは、無理すると事があるっスから……」

 

 

皆、心配なんだね。うちは、妹達が他人に入れ込むなんて思っていなかった。お兄さんに懐くなんて思っていなかった。

 

上辺だけで仲良く位はするだろうと考えていたけど、心から信頼を築き始めるとは考えても無かった。

 

 

お兄さんの最初は同情だった、同情の視線だった。お兄さんの目はうち達と同じ、世界の理不尽を知っている目と同情が入り混じっていた義務感が強い眼だった。だから、うちはあの人を付いて行こうと決めた。

 

 

どことなく、安心があったから。例え変な人でもそこそこの生活は保障されて、姉妹が卑下されるような目に晒されることはないから。変な人なら自分が何かしらの役目を引き受ければ良いから。

 

だけど、お兄さんは全然変な人ではなくて、眼も今は違う、愛情と親愛と希望の眼で未来に期待をする眼だ。

 

 

どちらも安心はする。姉妹がどちらでも心休まる生活が送れるから。

 

 

でも、どちらかと言えば今の方が好ましい……

 

 

理由は、理由は……どうしてだろう……? 姉妹が幸せなら、安心な生活が、暖かく尊い生活が出来るなら何でもいいはずなのに。

 

 

理由を探す。何故、こちらの方が好ましいのか。考えて、考えて、ふと頭の中に言葉が浮かんだ。

 

誕生日の服を選びに行ったあの日。自分のはどうでも良くて、姉妹の着れる服を基準に考えたあの日の事。

 

 

『いや、千春にしか似合わないな』

 

 

何てことない言葉。深い意味はそこまでない。ただ、自分を優先してほしいと言うお兄さんの願いが僅かに込められた言葉。うちからすればそれはどうでも良い事。

 

そのはずなのに、その言葉が頭に浮かんだ。

 

 

あの時、あの時、少しだけ、少しだけ、

 

 

僅かに、本当に僅かに、嬉しかった……のかもしれない……。姉妹が褒められたり、姉妹に何かを求められたりした方が数倍、数十倍嬉しいけど。

 

 

あの時のお兄さんの言葉は嬉しかった。それだけは分かる。だからだろうか……。どちらかと言えば今が良いと感じるのは……

 

 

「ねぇ、明日は魁人さんのお手伝いをたくさんしましょう?」

「賛成だ! 我もそうしようと思ってたところだからな!」

「千冬も賛成っス!」

「……春?」

「うちも、それでいいよ」

 

 

ただ単に姉妹が幸せだからこの今を尊く感じるだけか……。頑張って徐々に翼が形成される三人を見て誇らしくなるからか。

 

その答えをうちはまだ持っていない。

 

 

◆◆

 

 

 

 

風邪を……ひいた。頭が痛い……鼻水が凄い。病院で診察代と薬代でお金が多少かかった……。最悪だ……なるべく貯金はしておくつもりで、四人の為に使うつもりが……

 

 

ああ、頭が痛い……、くらくらする。気圧が低いからか、余計に頭が痛い。明日は雨かもしれない……。パジャマに着替えて、ベッドに横になる。

 

 

こんなに頭が痛くて、くらくらするのは初めてだ……思考が、冷静に働かない……。

 

 

ダメだ……取りあえず休んで、昼食までには起きて……ご飯を……

 

 

俺は、気絶するように寝た

 

 

 

◆◆

 

 

「カイトが寝込んでしまった……我等は日頃の感謝を返さないといけない!」

「そうね」

「そうっスね」

「そうだね」

 

 

案の定、お兄さんは寝込んでしまった。朝お兄さんは顔を赤くして、気だるそうにしながら病院に行った。その後、帰宅し、謝りながら今日は少し休ませてくれとオーエスワンと薬を持って二階に上がって行った。

 

うち達はどうにかして、日ごろの感謝を返そうと看病の態勢を考える。

 

 

「でも、魁人さん火は絶対に使うなっていつも言ってるわよ? 雑炊とかも作れないんじゃない?」

「我作れる」

「嘘!? 秋、アンタ作れるの!?」

「秋姉、い、いつのまに……」

「ふっ、伊達にカイトの調理姿をいつも見ている我ではない。雑炊くらい簡単に作れる」

「でも、火は危ないよ……お姉ちゃん心配……」

「千春よ。気にするな。IH式の火で火傷は早々ない。我は使い方を完璧にマスターしている」

「そ、そう?」

「そうだ!」

 

 

千秋、まさかの料理が出来る。確かに見て覚えると言う学習方法は昔から示唆されているかもしれないけど……大丈夫かな?

 

 

「ねぇ、秋、私も手伝う?」

「秋姉、千冬も……」

「案ずるな。我に不可能はない……それに、カイトに頼りきりにならないようにコッソリ学校でレシピ本とか見てたし……」

 

 

 

後半、何を言っているのかよく聞こえなかったけど、千秋は言いながら千秋は調理を開始した。

 

鮮やか、とでも言えば良いのだろうか。千秋の料理姿は様になっていた。スタイリッシュにご飯を鍋に入れて水を入れて、コトコト煮込む。米に水を吸わせて柔らかく消化を良くしていく。

 

 

「おっと、換気扇回さないとな」

 

 

しかも、換気扇を回して部屋の中に料理の匂いが籠らないようにすると言う気遣い。その後、千秋は冷蔵庫からニンジンとキノコと小松菜と卵を出す。

 

「ちょ、ちょっと、野菜は包丁使うから危ないんじゃないの!?」

 

 

千夏がまさかの食材の登場に驚きの声を上げる。

 

「ふっ、多少切手、フードプロセッサーを使えば安全に細かくすることが出来る」

 

 

千秋は薄っすらと笑いながら大雑把に食材を切り、それをフードプロセッサーに入れて細かくして別の鍋入れる。そこに水を入れて煮込む。その間に他の調味料を出す。チューブのニンニクとかめんつゆとか、色々だ。

 

 

「めんつゆは万能だ……っとカイトは言っていた。大体めんつゆ、昆布つゆ入れれば味が引き締まるって言っていたから……あとは料理酒とみりん……砂糖……か? 良く分からんが、確かそんな感じに本には……」

 

 

ぼそぼそと独り言のように呟きながら。彼女は野菜が煮込み終わるとそれらをご飯鍋に入れて、調味料を加えてひと煮たちさせて……。最後は卵でとじて……

 

 

「おおー、意外とやってみれば出来るものだな!」

「す、すごい……秋のやつ、いつの間に料理の知識を……」

「そう言えば、秋姉っていつも図書室で料理の本読んでたような……」

「千秋、うちは感動したよ……」

「多少のガバがあったが、我なりに作ってみた! 早速カイトにあげようー!」

 

 

千秋はお椀に雑炊をよそってトレイにスプーンとお冷を乗せてそれを二階に運んでいく。

 

 

うち達は魁人さんの部屋の扉からこっそり様子を見る。部屋の中に入ったのは千秋だけだ。

 

 

「カイトー、入るぞー」

「おおー、千秋かー。どしたー」

 

 

最早、お兄さんはくらくら状態でフラフラ状態で心ここにあらずと言う感じであった。

 

 

「ふふふ、カイトの為に雑炊を作って見た!」

「……これを千秋が作ったのか?」

「そうだ」

「どうやって?」

「野菜を切って、ご飯煮込んで、調味料入れて……」

「……火傷とかしてないか?」

「してない!」

「怪我は?」

「してない!」

「そうか……ちょっと失礼」

 

お兄さんは自身の頬を引っ張った。

 

 

「夢ではない……現実にこんなことが起きるとは嬉しいを通り越して……なんだ? まぁ、嬉しい。ありがとう……千秋」

「礼はいらない。いつものお世話になっているからな」

「そうか……食べても良いか?」

「いいぞ」

「じゃあ……」

 

お兄さんは手を雑炊に伸ばすがそれを千秋が止めるように制す。千秋はスプーンを持って雑炊をすくい、口でふーふーと熱を飛ばす。

 

「はい、あーん?」

「自分で……」

「今日くらいは我がやる!」

「そうか……あーん……旨いな」

「ッ……そ、そうか! ま、まぁ、当然だな! 我が作ったんだからな!」

「味付けも良いな」

「前にカイトが昆布つゆ入れとけば何とかなるって、ぼっそり言ってたからそれをベースに……」

「あー確かにそんなことをぼっそりといったような……覚えてたのか……しかも、みりんとか入れて味整えてるし……野菜は……フードプロセッサーを使って細かくしてくれている……ほぼ初めてでこれだけとは……センスがあるな」

「っ、そ、そっかぁ……」

 

お兄さんはフラフラしながらも言葉を続ける。いつものように冷静で暖かい言葉、だけどいつもと違うのは熱があること。大分熱があるようで顔は真っ赤。

 

千秋と話しているが頭がずっと揺れている。きっと、起き上がるのも辛いのかもしれない。でも、嬉しそうに笑っている。

 

そして、熱が原因なのか、普段なら絶対に言わないようなことを言った。

 

 

「これは、将来きっと良い奥さんになるなー」

「ふぇ!?」

「料理も出来るし、優しいし、千秋は、きっと美しくて素敵な女性になるぞー。まぁ、今もそうだけどー」

「あ、、あうあう……」

 

 

千秋が急に恥ずかしそうに下を向いてしまった。こんな千秋を見たのは初めてだ。

 

 

「じゃ、じゃあ、あとは自分で食べろ! わ、我は他にもやることがあるから!」

「そうかー、ありがとー」

 

逃げるように部屋を出て、千秋は下に降りて行った。お兄さんより顔は真っ赤だった。きっと、褒められた事のない褒められ方をされて恥ずかしくなってしまったのだ。

 

 

お兄さんのあの褒め方は女性を褒める褒め方だ。いつもは子供を褒める感じで幼い褒め方しかしない。でも、熱で大分まいっているせいか、褒め方が大人よりの女性を褒める感じだった。

 

 

千秋は純粋で少し、鈍感な事もあるけど、察っすることも不得意ではない。良い奥さんに成れると言う言葉に自分が女性的に見られていると勘違いしてしまったのかも……。

 

 

それが、嬉しいのか、どうなのかは知らないけど……。

 

 

お兄さんは雑炊を食べるとお冷を飲んで気絶するように再び倒れた。そして、うち達は一旦下に降りる。

 

 

「秋のやつ、どうしたのかしら? いきなり下に降りるなんて……食べさせるって言ってたのに」

「秋姉……千冬だって、魁人さんのお世話するッス……負けない……」

 

 

若干、鈍感の千夏と嫉妬の千冬。二人と一緒に……一旦下に戻った。

 

 




https://kakuyomu.jp/works/16816452218432391414

こちらのサイトでも投稿しているのですが……モチベになるので宜しければ応援よろしくお願いします。


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53話 熱2

 千秋がお兄さんに雑炊を食べさせてあげた後、うち達は一旦下の階におりて、リビングにてテーブルを囲んでいた。未だに顔が少し赤い千秋。それを摩訶不思議な物でも見るような千夏。少し膨れ顔の千冬。それぞれがそれぞれの思いを秘めていた。

 

 

「何で、あーんしなかったの? あんなにするする言ってたのに」

「だ、だって……恥ずかしくなっちゃったんだもん……」

「ふーん、そうなんだ……まぁ、誰かにあーんはちょっと恥ずかしいって言うのは分からなくはないけど、流石に過剰反応だったんじゃない?」

「な、何か分からないけどッ、恥ずかしかったのッ! もう、この話お終い! タブー禁忌指定!」

 

 

両手で顔の前で大きくばってんの形を作り出して千秋が話を終わらせた。ちょっと、首をかしげていた千夏も今は他にもやることがあると千秋の希望を叶える。

 

「そう……他にやる事あるし、その話はもういいか……。じゃあ、他にも何が出来る事をやりましょう。そうね……お風呂掃除に洗濯……秋の調理の後片付けにトイレ掃除……あー、魁人さんの汗とかも拭いた方がいいのかしら……?」

「じゃあ、うちは風呂掃除と洗濯機を回すよ」

「我は調理の後片付け」

「ふむ、秋と春はそんな感じにするのね」

 

 

続々と役割が決まって行く。こういう時のうち達、姉妹の団結力と判断力は凄まじいのだ。

 

「千冬は……魁人さんの汗拭きとか、氷枕とか、おでこに冷えたタオルとか……そんな感じでするっス」

「ふむ、冬も決まりね。じゃあ、私は……掃除機を起動しようかしら?」

「じゃあ、決まりだ! 我等の団結力で魁人を助けるぞー! えいえいおー!」

「「「……」」」

「……むぅ、我寂しい……」

 

 

千秋だけ、えいえいおーをして何ともいえない雰囲気に。千秋も場の空気を変えようとしたのだが今回は上手く行かなかったようだ。そう言う時も偶にある。全部が上手く行くとは限らないのだ。

 

まぁ、うちは千秋が可愛すぎて呼吸と反応を忘れていたんだけど……

 

 

その後、うち達は動き出した。それぞれに……うちはお風呂掃除を済ませて、洗濯機に潜在と柔軟剤を投入してスイッチオン。すぐに仕事が終わる。

 

 

気になったので姉妹たちの様子をうかがう。

 

 

千夏は鼻歌交じりに掃除機をかける。ウイーンと機械音が部屋中に鳴り響いている。何か手伝った方が良いかな?

 

「千夏、手伝おうか?」

「いや、いいわよ。掃除機一つしかないし」

「二人で一つやると言うのも」

「いい」

「そう……」

 

 

千夏は自身の仕事に責任と誇りを持っているようだった。顔つきがいつもと違う。思わず気になって聞いてしまった。

 

「何か、いつもと違うね」

「そうかしら?」

「いつもは可愛いけど、今日は可愛さに凛々しさがあるよ」

「そ、そう? なの? 良く分からないけど……でも、もしかしたら……ようやく素直に感謝が出来るようになったからかも……」

「え?」

「あ、いや、今までって何か、気を遣って壁と何だかんだで作ってたって言うか……いや、今でも完全に気がれなく話せるかって言われたら違うかもしれないけど……こう、何というか、とにかく! 感謝してるって事!」

「そっか……」

「だから、何かしたいし、返したいのよ! うん、これよ! これが言いたかったの!」

「偉い」

 

 

千夏、いつの間にこんなええ子になったのか。キラキラと彼女の周りに星のエフェクトが見えるような錯覚を受ける。次女として成長をしたいと、姉であり二人の妹が居るからちゃんと良い姿を見せたいと願っていた千夏。

 

立派なお姉ちゃんになっているんだね……

 

 

「いや、別に偉くは……」

「偉いよ、カッコいいよ、最高だよ。お姉ちゃん、泣きそう……」

「アンタは私以上に偉いでしょ……」

「そう?」

「そうよ」

「ありがとー」

「ああ、はいはい、抱き着いてこないでねー」

 

 

嬉し過ぎたので思わず千夏にハグをかまそうとしたのだが華麗にかわされてしまった。そのまま掃除機を再びかけ始める。

 

寂しい……。ハグハグは毎日でもしたいのに、千夏も千秋も千冬も最近あまりさせてくれない。成分が妹成分が補給できない。

 

まぁ、ハグはあとでいいか……。

 

 

次にキッチンの洗面台で鍋やら皿などを洗浄している千秋の姿を見る。お兄さんの姿をよく見ていたらしく、うちも驚くほどの成長を遂げていた。一体いつの間にと言わずにはいられない。

 

洗浄もお兄さんの手本通りに洗う物で、スポンジを変えてちゃんと洗っている。

 

 

「千秋、手伝おうか?」

「いやいい! これは我がしたい!」

「そっか……」

 

 

千秋は淡々と洗浄をこなす。ふと、先ほどの反応が気になった。あの、乙女チックな純粋の中の純粋ともいえる反応。

 

うちは、何となく、察しはついてしまったけど……。まだまだ、千秋の中では育ちきっていないような印象を受ける。

 

 

「千秋、さっきはお兄さんと話してどうだった?」

「え、え!? あ、いや、別に……いつも通り、だ!」

「何か、顔が赤いような感じしたけど……」

「そ、それは、炎の魔法を使ってカイトから熱を吸収したからだ!」

「そっか……」

「そ、そうだ……あと、その話は恥ずかしくなるからもうやめて……ほしい」

「そんなに恥ずかしいの?」

「う、うん。何か分からないけど、凄くハズカシイ……」

 

 

 

本能的に何か感じ取っているのかもしれない。千秋は他の人の気持ちには敏感だけど、自分の気持ちに鈍感な時があるから仕方ないのかもしれないが……。

 

 

「じゃあ、何かあったら言ってね」

「おけ!」

 

 

うちは次に千冬の様子を見にお兄さんの部屋に向かった。階段を上がり部屋を覗く。部屋の中ではベッドの上で横になるお兄さんとお兄さんの首元をタオルで拭いたり、心配そうに見ながらお兄さん手を握る千冬の姿があった。

 

 

「千冬。もう大丈夫だから……俺から離れてくれ。風邪ひかれたら困る」

「いえ、まだまだここにいまス」

「氷枕とかで十分、助かるぞ……」

「風邪をひいたときは精神的に弱ってしまうから誰かが一緒にいないと」

「いや、でもな……俺は大人だから」

「大人とか子供とか、そんなの関係ないと思いまス。千冬は魁人さんが心配だから、寧ろ風邪移してほしいくらいでス。風邪移したら治るって言うし」

「そんなこと言わないでくれ……千冬に風邪ひかれたら俺は……辛い」

 

 

フラフラになりながらも千冬と会話をして、何とか千冬を自分から遠ざけたいお兄さん。あまり一緒に居て風邪をうつしたくないのだ。だが、千冬も引かない。頑固としてその場から動かず手を握っている。

 

 

「千冬は一緒にいまス……絶対に……」

「いや、でも……」

「もし、それで風邪ひいたら魁人さんが千冬を看病してください」

「そう、か……」

「はいっス……魁人さんはあまり、強くないんですから……一人にはしたくないんでス……」

「俺は、弱いのか……? そう見えるのか?」

「えっと、言葉の綾って言うか、強く見えて、カッコよく見えて、素敵に逞しく見える時もあるけど……偶に脆くて、儚く見えるって言うか……そんな感じな気がしまス」

「……すまん、心配をかけたな」

「謝らないで欲しいでス。いつも、千冬たちが迷惑をかけているのに、多分、今日もその積み重ねで……」

「そんなことはないぞ。ただ単にこれは俺の体調管理ミスだ。だから、そんな風に()()()()()()()()()。もう、良いから移ったら悪いから、ここから」

 

 

お兄さんがその言葉を言いかけた時、千冬はぎゅっと魁人さんの手をより強く握って、お兄さんの言葉を遮って自身の意見を述べた。

 

「今の言葉を聞いて決めました。今日は絶対に魁人さんから離れませんッ。だって、だって、魁人さん、気を遣うな、気を遣うなって言うくせに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。千冬たちは確かに脆いし、危なげない感じがするのも分かるっス、素直に心配してくれているのも分かるっス。魁人さんは凄い人で強い人だから、千冬の助けなんか、いらないのは分かるっス! でも、弱っている時くらい、千冬に、貴方を支えさせて欲しいッ! こんな時だから、誰よりも頼って欲しいッ!」

「……っ」

 

 

千冬は声を荒げているわけではない。だけど、その強い瞳と強く握ったお兄さんの手から彼女の誰よりも強い想いをうちは感じた。それは、きっとお兄さんもそうなのだろう。

 

熱で朧げな視界と思考。その中でも千冬の想いが分からない人ではない。

 

「そ、うか……ありがとう。千冬……。でも、やっぱり俺は千冬に風邪をうつしたくないな……」

「ッ……」

「だけど、千冬が風邪ひいたら絶対に誰よりも看病して、千冬を元の元気いっぱいな状態にするから……今日だけは甘えて良いか……?」

「っ、は、はい!」

「ありがとう……じゃあ、今のまま俺が寝るまで手を握っててくれないか?」

「勿論っス!」

「ありがとう、な……」

 

 

お兄さんはフラフラでベッドの上で瞳を閉じて数分したら寝息を立て始めた。

 

 

「魁人さん……? もう、寝てしまったのでスか……?」

 

 

千冬がお兄さんにそう聞いた。お兄さんからの返事はなく、ぐっすりと熟睡しているのが分かる。

 

 

「魁人さん、千冬は、千冬は……魁人さんの事が……好き……」

 

 

意を決したように彼女はそう言った。思わず、うちはギュッと拳を握り締めた。分かっていたのだ。

 

別に反対する資格もなければ、する理由もない。

 

 

「あ、ようやく言えた……。好きだって……。寝てる魁人さんっスけど……」

 

 

「もしかして、起きてたり……しないっスよね……」

 

 

「今度は、起きてるときに言いまスから……、その時は……千冬の想いに応えてくれると、非常に嬉しいっス」

 

 

きっと、彼女は今、告白の練習をしているのだろう。お兄さんに尽くしたい。それはきっと純粋な感謝だけでなくて、自身の好意も理由になっている。

 

だから、今この瞬間を無駄に出来なかったのだ。想いが留められなかったのだ。

 

 

この先、別れが来るのかもしれない。四人一緒はもう、終わりなのかもしれない。分かっていたけど、予想はしていたけど、覚悟はしていたけど。

 

いざ、自身の前でそれが先に見えるような気がすると感情が荒ぶる。確定でないし、絶対に別れが来るなんて確証も無いのにだ。

 

 

うちは言いようのない感情の渦にのまれたのだ。

 

◆◆

 

 

 

 俺は復活した。復活のカイトだ。

 

 

 等とふざけている場合ではない。おぼろげだが四人が俺の為に尽くしてくれたのはバちくりと脳に記憶されている。

 

 

「俺、復活しました。四人共ありがとう」

「カイトー、良くなってくれて嬉しいぞー!」

「良かったでス。魁人さんが元気になってくれて」

「私は特に何もしてないですけど……」

「うちもお兄さんが良くなってくれて嬉しいです。あと、千夏メッチャ頑張ってました」

「いや、それ言わないでいいわよ!」

「千夏が頑張ってくれていたのは知っている。全て千秋に現状は聞いていたからな」

 

 

 

千秋から全員がそれぞれに俺に尽くしてくれたのは聞いている。記憶とも照らし合わせつつ、見えないと所で頑張ってくれていた四人には感謝しかない。

 

 

「よし、元気になって早速、四人の誕生日ケーキを買いに行くとするか」

「わーいわーい!」

「いや、魁人さん病み上がりなんでスから……」

「ありがとう千冬。だが、これは俺のやりたい事なんだ。譲れない。俺も寝ている時間が多くてカロリーが摂取不足。ケーキを買いに行って食べることで四人を祝えて、俺もカロリー摂取。一石二鳥だ。よし、行くぞ」

「わーい、我ね我ね! 木みたいなチョコケーキ食べたかった!」

「あ、あの、魁人さん、私は……ミルフィーユが食べてみたくてですね……」

「ちょっと、秋姉も夏姉も……魁人さんが……」

「千冬、何が食べたいんだ?」

「あ、いや……モンブランでス」

「よし、千春は?」

「うちは……何でも……」

「何でもか……じゃあ、俺のおすすめを買おう。それでいいか?」

「あ、はい……」

 

 

何でも良いとは言わせない。誕生日に食べるケーキとは特別な物だからな。七面鳥も買おう。俺も食べたいからな。ついでにカロリーも摂取できる。

 

 

栄養をたくさん取って俺自身も風邪をひかないようにしないと。俺も俺の意見とかをこれからは言って行こう。

 

千冬に、そんな感じの事を言われたような気がするしな……朧げだけど覚えてはいる。これは多分、大事にしないといけない事だろうな……

 

……でも、俺のこれは癖みたいなものでもある気がする。四人をなるべく傷つけないように慎重に一年間過ごしてきた俺の癖。それを壊してまた新たなスタートを切ると言うのは中々に難しい。

 

だが、なるべく、いや最大限、俺も歩み寄るのと同時に言いたいことを言って行こう! そう心に決めて家を出て車を走らせる。

 

 

 

 

 

もうすぐ俺達の二年目の生活が、始まる。

 

 



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第54話 まとめのテスト

 うち達は教室の一角で壁に寄りかかりながらとあることに頭を悩ませていた。それは……

 

 

「まさか、秋が図工の時間に描いた絵が金賞を取るなんて……」

「まさか、その流れで秋姉が給食の時間の放送でインタビューを受けることになるなんて……」

 

 

 今現在のうち達の現状を分かりやすく、言葉に出してくれる千夏と千冬。そう、千秋が図工の時間に書いた絵画が入選し、金賞を取ると言うすんばらしいことになっているだ。

 

「ふふふ、賞状も貰えるのだ……」

「その前にインタビューはどうするのよ? 大丈夫? 緊張とかして給食の時間、気まずい放送が流れてくるのは勘弁よ」

「大丈夫だ!」

「練習をしておいた方が良いんじゃないっスか?」

「そうだね、千秋。うち達と練習しよう」

「分かった!」

 

 

 

 きっと、お兄さんも千秋が入選したって聞いたら喜ぶだろうな……。何と言っても千秋が描いた絵はお兄さんが作った牛丼の絵だし……。頭の中で千秋はお兄さんの牛丼をイメージして描いたらしい。

 

 

「そうね……きっと私達が四姉妹だって言うのは学校中の周知の事実だから、そこら辺聞かれんじゃないの? 姉妹を一言で表すなら? 的な」

「そう聞かれたら、我は筑前煮と答える!」

「どうして?」

「だって、筑前煮って材料の仕込みの仕方が全然違くて、でも最後には一つにまとめて、いい味を出すから! 我等も一人一人癖あるけど! 纏まってるから!」

「ふーん……良い事言うじゃ……いや、癖あるとは言わないでよ」

「特に千夏は癖が強い」

「こら」

 

 

 

千秋、良い事言うなぁ……関心である。

 

 

「アハハ……確かに千冬たちは全員癖あると言えなくもないような……。コホン、では秋姉、こんどは千冬が聞くっスよ」

「おう」

「描いた牛丼の絵のポイントは何ですか?」

「つゆだくで牛丼の上に温泉卵、略しておんたまが載っていて、昆布つゆをベースにみりんとか、醤油と、ニンニクチューブとか、生姜チューブとか、隠し味に焼肉のたれが入ってて」

「ストップストップ、牛丼レシピ公開になってるっス……そう言うのじゃなくて、こう、色の使い方に気を遣ったとか、米粒を一つ一つ丁寧に描いたとか……」

「あーそっか。じゃあ、つゆは茶色ベースです」

「う、うーん? まぁ、そんなに語る必要もないっスかね……。因みにその牛丼のレシピも本で見たんスか?」

「いや、カイトに教えてもらった」

「えぇ!? い、いつの間に!?」

「味見したときに、これ何入れてるの? って聞いたら……」

「そ、そっかぁ……千冬も今日から味見係就任するっス」

「ええ!? そ、それはダメだぞ! 味見係は我だけだ!」

「味見の量は減らないと思うっスよ」

「じゃあ、それなら……いい、のか? う、うーん? いいの、かな?」

「良いと思うっスよ……」

「そうか……! ……?」

 

 

 

祝? 千冬味見係就任? 千秋はそれにどことなく危機感のような何かを感じたようだけど、結局は納得した。

 

 

……ようだったがむむむっと何か小骨が引っかかっているようなそんな表情だ。

 

 

「取りあえず千秋は無事インタビュークリアできそうで安心だね」

「そうかしら?」

「そうだよ、千秋は臨機応変に対応できるから何の心配もいらないと思う」

「まぁ、そう言われればそうなのかもね」

「ふふふ、心配はいらない!」

 

 

 

千秋は自信満々にそう告げた。余程自信があるようだ。うち達四人で話していると休み時間が終わり先生が教室に入ってきた。急いで解散をして席に着く。

 

 

「はい、皆さん。算数の授業を始めます。ですがその前に連絡事項です。もうすぐ、夏休みが始まるのですが、その前に国語と算数のまとめのテストがありますので勉強をしておいてください。はい、では授業を始めまーす」

 

 

ガーンっと千秋と千夏のテンションが下がる音が聞こえる。もう、お兄さんと出会って一年たつ。

 

あと、一か月弱。

 

 

◆◆

 

 

「なに!? 千秋が表彰されるだって!?」

「ふふふ、そうだ!」

「それは凄いじゃないか!? そうだ、折角だし賞状の貰い方を練習しよう」

「おお! 分かった!」

「えっとだな、先ずは左手からこういう感じに受け取りーの、右手で今度は」

「おお、こうか!」

「そうだ!」

「そして、礼か!」

「そうだ!」

 

 

家に帰ってそのことをお兄さんに話すとお兄さんは自分の事のように喜んだ。そして、そのまま和む表彰の練習が始まる。

 

お兄さんは派手に喜んでいるがうちだって自分の事のように嬉しい。

 

千秋には絵の才能があるのは知っていたが……もしかしたら、将来絵描きさんになるのかもしれないなどと考える。

 

 

ピカソとか、普通に超えそうだな、だって千秋だもん。才能に溢れた才能マンだもん。

 

うちは思う。千秋は千秋自身が思っているよりもとんでもない程の才能を秘めていると。お兄さんが風邪をひいたとき、千秋は雑炊を見事に完成させた。

 

うちも少し食べたが素晴らしい味だった。星を1京あげたいぐらい最高だった。それをお兄さんの普段の料理姿を見ているだけで完成させる千秋は天才以外の何者でもないだろう。

 

あとは普段の味見とか、お兄さんの料理のレベルが高いから舌が肥えたのだと言う理由もあるだろうけどそれを加味しても姉妹の中で千秋にしかあれは出来なかっただろう。よく、テレビや動画サイトでも調理姿は見ていると言う理由もあるだろうか

 

 

だとしても流石千秋、略してさすあき。

 

 

流石うちの妹、略して……これは略さなくていいや。

 

 

そんなくだらないことを考えているとお兄さんと千秋の表彰の練習が終了した。そのまま、お兄さんはキッチンに向かう。千秋もその後を付いて行く。千秋曰く、調理の姿を見るのも嫌いではないらしい。

 

 

「カイト、今日はなんだ!?」

「今日は簡単に牛丼だな」

「おお! 温泉卵、略しておんたま付けてくれる!?」

「いいともさ」

「わーい!」

 

 

千秋がお兄さんの姿を見ながら話をする。これは簡単に言うといつも通りの会話。二人きりで話すと言うのはよくある。でも、

 

 

「魁人さん、千冬にお手伝いをさせて欲しいでス!」

「……お手伝いか……じゃあ、味見係……」

「そう言うのではなく!」

「あ、切ったり、焼いたり?」

「……うんうん」

 

 

千冬が二回頷いた。あら、可愛い、尊過ぎて死にそう。死んだら地獄から鑑賞させてもらいます。

 

千冬に手伝いたいとそう言われたお兄さんは少し迷う。火傷、切傷、その他の怪我が頭の中には浮かんでいるのかもしれない。断ろうかと口を開きかけたが、お兄さんは分かったと頷いた。

 

 

「でも、危ないから慎重にな」

「ッ……はいっス!」

 

 

千冬があれやこれやとお兄さんに指示を受けながら、玉ねぎを切ったり肉を切ったり、それを見て千秋がムムムっと自分の定ポジションを取られたかのように悔しげな表情。

 

 

「カイト! 我も何かやる!」

「じゃあ、味見係を」

「そういうのじゃなくて!」

「あ、そう? いつも率先するのにな……じゃあ……ええっと、丁度場所が埋まってるからな……うん、取りあえず待機で……」

「ええ!? 我も何かやる!」

「う、うん……」

「魁人さん、こんな感じで良いでスか?」

「おお、良い感じ……」

「カイト! 何すればいいの!?」

「あ、いや、じゃあ、お風呂掃除とか……」

「もうやった!」

「おお! ありがとう! 偉いな千秋」

「えへへ……って! 誤魔化されないぞ!」

「う、うん、誤魔化すつもりはなかったが……いや、少しあったかな……」

 

 

千秋に構ったり、千冬に質問されたり、頭を悩ませ、対応に追われるお兄さん。千秋も千冬も雰囲気が違う。

 

千冬はお兄さんとの接する機会が欲しいと言うのと、千秋に料理に負けないと言うのと、単純に料理が出来るようになりたいと言う理由。動機がどんどん増えていく。ただ、千冬の場合は理由が明確で目的もしっかりしている。

 

だから、淡々と自身の目標に向かえる。ただ、千秋の場合はあまりそう言った所が鈍い。だから、どうするのが的確でどうすればいいのか良く分かっていない。

 

「むー!」

「あ、そんなに頬を膨らませないでくれ」

「魁人さん、次はどうすれば……?」

「先ずは、サラダ油敷いて、玉ねぎを」

「カイト! 何かしたい!」

「う、うん。千冬、交代で千秋と」

 

 

 

これは、俗に言う修羅場と言うモノなのだろうか……? 妹達に挟まれるお兄さん。その修羅場を姉である自分が見ると何ともいえない気持ちになる。

 

本当に何とも言えない気持ちになる。

 

だけど、

 

 

「この忍びの卵アニメ面白いわー、むしゃむしゃ」

 

 

隣でソファに座りながらお菓子をぱくぱく口に入れて、アニメを見ている。千夏に関してはまだまだ、一緒に居られそう。いや、千秋と千冬友一緒に居るつもりだけど。

 

 

千夏を見るとホッと一息がつける。思わず抱き着いてしまう。やわっこい、ヌイグルミのような感じだ。だけど、ヌイグルミはない温もりといい匂い、落ち着く。

 

「……なに?」

「ちょっと、なんとなく」

「はぁ? まぁ、良いけど……」

「ありがとー」

「……これ、食べる?」

「食べる」

「……あーんして」

「あーん」

 

 

千夏が口元に持ってきたお菓子を食べる。夕食が出来るまで千夏と一緒に忍びアニメを見た。

 

 

◆◆

 

 

 

 今、俺はあることを四人に宣言するためにタイミングを伺っている。四人は今、牛丼を食べている。千秋と千夏が口にかきこむように食べて幸せそうな表情をしている。

 

 この状況でこれを言うのは躊躇われる。

 

 これから、四人に勉強を頑張って欲しいと言うのは……

 

 千秋と千夏は絶対嫌な顔をするだろうし、ご飯を食べて幸せオーラを途切れさせたくはない。だが、俺も遠慮をしないと決めたばかりだ。千冬にそう、お願いをされたんだ。

 

 言わないと、言わないと……

 

 

「ごちそうさま!」

「ごちそうさまでした」

 

 

千秋と千夏が手を合わせる。よし、ここで言おう。

 

 

「あ、そう言えば今度、まとめのテストがあるんだって?」

「……まぁ、そうだ」

「……そうですね」

 

 

あ、一気に二人が冷めた顔をした。どうしてそれをここで言う? と言う表情だ。

 

 

「それでだ、折角だし、良い点数と獲りたいなって思わないか?」

「別に」

「ま、まぁ、魁人さんの言うことは分かりますけど……」

 

千秋一切興味なし。千夏はムムムと言う表情。千冬はちょっと苦笑い、俺の言っていることは分かるが……と言う感じ。千春はただ見守っている。

 

 

これは、普通に勉強をしようと言ってもダメな感じがするな。この手を、使うは、避けたいし、俺自身がしたくはなかったんだけど……やむを得ない。仕方ない……

 

 

「実はな、まとめのテストで85点以上獲ったら、お小遣いと夜食を一回好きなように変える権利をプレゼントしようと思っている」

「「!!」」

 

千夏と千秋がギョッとする。釣れた。

 

「千秋は焼き豆腐のあんかけより、ハンバーグが食べたいときはないか? しかも、半熟の目玉焼き付いてるのがもっと良いなと」

「あ、ある!」

「千夏は茄子のはさみ揚げより、ナポリタンが食べたいと思った時はないか? ついでに冷やしトマトつけるぞ」

「あ、あります!」

「そんな時に、夜食を変えます!」

「「お、おお!!」」

 

 

この手は、正直使いたくなかった。だって、物で釣ってるからだ。だが、物で釣って罪悪感を覚えて少し汚い大人の姿を見せるか、四人の成績アップか。

 

どちらかを考えた時に選ぶのは明らかに後者だと俺は考える。ただ、勉強しろと言ってもダメの場合もあるのは分かっている。ご褒美があっても良いだろう

 

 

「しかも、お小遣いある。まとめのテストは国語と算数、つまり両方85とれば……」

「三回連続でハンバーグも出来るのか?」

「出来るな」

「おおおおお!!!」

 

 

千秋がぱぁぁぁと顔を輝かせる。

 

「え? 秋、どうして、三回なの?」

「だって、普通にハンバーグの夕食の時があれば、その次の日とそのまた次の日で三回じゃん! 至高じゃん!」

「た、確かにそうね……でも、私達に85点なんて……」

「た、確かに」

「出来るぞ」

 

 

不安そうな二人に俺は点が取れると言う。俺が二人の断固として点を取らせるからだ。

 

「二人は忘却曲線と言うのを知っているか?」

「「??」」

「簡単に言えば、記憶の忘れたり覚えたりする事のグラフみたいなものだな」

「??」

「それを踏まえて言えることはある事を覚えて、一定以上の時間が経つと忘れるのは当たり前だ。だが、何度も復習、覚えることで長期的な記憶の定着が見込まれる。だから、テスト前はサラッと一周勉強をする。その後、再び細かく覚えていく。それらを繰り返すことで長期的な記憶になる。さらに、人間は覚えるには思い出したりアウトプットすることの方が覚えやすいから俺が小テストを作ろう。そして、青ペンで勉強するとさらに定着力が増すので青ペンを使おう。さらにさらに、千秋と千夏は四姉妹。つまり、四人一緒に勉強が出来ると言う事だ。よく図書館とかでは勉強が出来ると言うのがあるがあれは周りの環境が大きく作用している。つまり、千春と千冬が先に勉強を始めているという空間があり同調圧力が最初からかかると言う勉強に適した空間があると言うことだ」

「「……???」」

「端的に言うと……二人はほぼ100パーセントの確率で二日間の夕食を変える権利とお小遣いを手に入れることが出来ると言う事だ」

「「……!!」」

 

 

 

よし、何とか二人をやる気にさせた!

 

 

「魁人さんの言う事は理解が出来ないけど……夕食が変更出来て、お小遣いが貰える権利が貰えるなら……ねぇ?」

「そう、だな……頑張ってみるか? カイトの言う事理論的でなんかカッコよかったし」

「うん、頑張ってみましょう、一緒に! 一人じゃなくて四人も居るんだし、魁人さんがほぼ100%って言うんだし!」

「そうだな!」

 

 

どんどん、やる気が上がっているようで安心した。ああ、だけど、妙な罪悪感が残る……。

 

ふっ、だが、これくらい大したことじゃない。

 

そう思いながら、俺はやる気になった二人を眺めて、胸を抑えてその場でうずくまったのだ

 

 

 

 

 



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55話 夏休み突入!!

感想等ありがとうございます。


 私の名前は北野桜。どこにでもいる普通の小学生である。本日もどこにでもいる普通の小学生らしく普通に過ごしている。

 

 普通に先生からテストを返却され、普通に点数を確認。ふむ、100点か、まぁ、普通だよね。100点。

 

 

「千春、どうだった? 俺は100点」

 

 

普段の口調は俺だ。少々自身で使っていて違和感はあるけど他者へのアピールは欠かせない。俺の弟たちに手出したらぶち殺す。的な。

 

 

「うちも100だったよ」

「やるやん」

「そうかな? まぁ、今回はかなり力入れたからこれくらいはね」

「力入れたって、まとめのテストだから?」

「うーん、ちょっと違うかも……と言い切れない」

「どっちなの?」

「えっと、詳しく話すと……カクカクシカジーカ」

「ああー、そう言うやつねー」

 

 

ふーん、姉妹全員で勉学アップを図ったと……そう言うの良いなー。羨ましい。

 

 

でも、なるほど。そう言う事ね。だから、教室の隅で二人の少女がバトル的な感じになってるだ。

 

「秋、アンタ何点?」

「いや、そっちが先に見せろし」

「私は86……くらい?」

「そう言うのやめて」

「じゃあ、いっせーので互いに開示しましょう」

「おう」

「「いっせーの……」」

 

 

私の親友の妹である千秋と千夏が点数競争をしている。いつもなら落胆とか、そのまま無言でしまうかの二択なのにあんな感じにしていると言うのは点数に自信があるようだ。

 

「いや、見せなさいよ!」

「そっちが見せろ!」

「いっせーので見せるって約束じゃない!」

「千夏も見せなかっただろ!」

 

 

互いに同時に見せることなく、点数の牽制をしている。

 

そして、

 

「千冬ちゃんって、何点だ、だったの?」

「え? あ、その、100……でスけど」

「うぇぇ、凄いね!」

「あ、どうも」

「俺も100だたよ!」

「あー、そうっスか……おめでとうございまス」

「千冬、お姉ちゃんの方においで」

 

千春は妹にちょっかいを出す男たちに牽制をしている。そのまま私の方に連れてきた。

 

 

「全く、うちの千冬が可愛いからって……でも、しょうがないよね。こんなに可愛い子が居たら」

「アハハ……凄いむず痒いッス……」

「でも、本当の事だからね。ここは自覚してもらわないと」

「そ、そうっスか」

 

 

千春のシスコンっぷりが凄い。前から知っていたけれども。私の弟愛と良い勝負かもしれない……いや、私の負けかも。

 

「春姉、ちょっと夏姉と秋姉の喧嘩止めてくるっス。桜さん、またあとで話しましょう」

「うん、いってらっしゃい」

「気を遣わないでいいよ」

 

 

何やら、姉妹けんかを止めに行く千冬。それにしても気遣いの良くできるいい子だ。千春が入れ込むのが分かる

 

「可愛いでしょ? うちの妹」

「確かに可愛いけど……千春って、本当にシスコンだよね」

「そうだね。だって、あんなに可愛いからこればっかりはしょうがないよ」

「そう……」

 

 

前から思っていたけど。この子には、千春には自分の意見が殆どない。もしかしたら私が聞き逃したり、読み解けなかったりしているのかもしれないけど。少なくとも私は今の所、感じ取れていない。

 

 

「千春って、どうしてそんなに姉妹を優先するの?」

 

 

気付いたら私はそう聞いていた。彼女は間髪入れず返答する

 

 

「姉妹が大事なのと、楽で楽しいから」

(らく)で楽しい……ってどういう意味?」

 

 

思わず、聞きなおしてしまった。そこに私と彼女の()()がある気がしたから。純粋に私は弟が大事だ、彼女にも純粋に姉妹を想う気持ちはあるあだろう。深くて、多大な愛がある。

 

それは分かる。

 

でも、彼女の言葉の後者には違う何かがある。きっとそれが私が彼女に兄弟姉妹愛で負けていると思う要因なのだ。それほどまでに何か入れ込むには理由があるのだと私は感じる。

 

「どういう意味って……そのままだけど?」

「ごめん……ちょっと分からないかも」

「…………そっか。そうかもね……でも、これは別に桜さんが知っても意味ないし、必要もないことだよ。言葉のまんまの意味だし深く考える必要も無いよ」

「そうなんだ」

「うん」

 

 

これ以上、聞くな。聞いても答えないと彼女は遠回しに告げているような感じがした。

 

踏み込めない。いや、そもそも踏み込んで良いのかも分からない。彼女には言葉が届いているようで届いていない。

 

ふと、そんな事を考える。

 

 

「何か、締めっぽい感じになってるけど……こんな時はうちの可愛い妹達を見て欲しい」

「ああ、うん、そだね」

「ああ、本当にうちの妹達は可愛いな。妹さえ、幸せならそれでいい……」

 

 

そう言って彼女は笑った。

 

その姿に僅かに恐怖を覚えてしまった。その言葉に恐怖を覚えてしまった。よく分からないけど、彼女の激流のような、台風のような、感情の嵐を垣間見た気がしたから。

 

ここから先はきっと、私の領分じゃない。踏み込んでいけないし、それを成すのは私でもない。そう、分かった。

 

 

「まぁ、俺も……弟たちには幸せになって欲しいけどさ」

「だよねー。そこら辺は共感しかない」

 

 

私はその辺で話をやめた。他愛もない話をしていると千秋に西田が絡み始める。

 

「おい、お前何点だよ」

「93だけれども」

「ッ!? 馬鹿のお前がか!」

「うんうん、まぁ、日頃から予習復習、きっちりやって、テスト前に対策すれば、まぁ、これくらい、普通って言うか」

「秋、アンタ調子乗り過ぎ。私に勝ったからって調子に乗らないで」

「マジかよ。お前……カンニングでもしたんじゃないのか」

「してない」

 

 

西田……、あ、違った西野だ。失礼にもほどがあるぞ。まぁ、あのワイルドでちょい悪な感じがクラスの他の女子にはそこそこ人気だけどさ。

 

多分、千秋はそう言うタイプは好みじゃないと思うなー。

 

包容力のあって、大人っぽい年上の感じが良いんじゃないかなと個人的に思う。いや、知らないから勘だけど。

 

西野は前より千秋に構って貰えない事に寂しさを覚えているようで、ちょっと元気ない。最近、千秋も流すと言うのを覚えたからね。しょうがないね、これは。

 

 

何というか、西野は顔は悪くないのに言動が拙いと言うか、幼いと言うか。中身がないと言うか。

 

例えるなら底上げされたコンビニ弁当的な感じだ。見た目良し、味よし、でも、盛ってるみたいな……。底が深くなればもっと評価されて千秋もワンチャンあるかもしれないのに……

 

ふと、そこまで考えてある人の顔が浮かんだ、

 

 

以前、授業参観に来ていた千春達の保護者さんだ。あの人、底が深そうだった。

 

 

給食作る時に使う、カレー鍋くらい深そうで大人な感じもあり、安定感もありそうだった。

 

 

底上げとカレー鍋だったら、まぁ、千秋はカレー鍋かな……いや、私は何を意味わからない事を考えているんだ? やめよう。疲れているのかもしれない。

 

 

「はいはい、もうテスト配り終えたから座って」

 

 

先生の号令で私達は席に着く。もう、夏休みがやってくる。千春達と会えなくなるは寂しいけど、夏休み明けにまた、弟たちの話でも聞かせたやろうと私は思ったのだ。

 

◆◆

 

 

季節の巡りはあっという間でもう、夏である。気温も高いし、夜は寝苦しいからクーラーを使わないと眠れない。

 

そう言う時にはどうするのが良いか、過去に生きる電気を使えない先人たちは色々な方法を考えた。水浴びとか、風鈴とか、怪談とか

 

 

夏休みに入った。始まり、早速俺は頭を悩ませていた。

 

「ねぇ、カイト! 今日の夜にやる怖い話見たい!」

「う、うーん……」

「ねぇねぇ、見たい!」

「うーむ」

「ねぇねぇ、我見たい!」

 

 

千秋が夏にやる怪談が見たくて堪らないと言う。そこに関しては何も言う事はない。だけど、見たら絶対眠れないし、トイレだって行けなくなるだろう。

 

「でも、夜眠れなくなるんじゃないか?」

「大丈夫! 我、最強だから! 怖いものなし!」

「そ、そうか」

 

見る前はそう言うんだよな。この前も怪談話した後眠れないとか色々あったし。それに千秋が見ると姉妹全員見るから全員眠れなくなると言う事にもなる。そこに関してはどうすることも出来ない。

 

「千冬……怖いんじゃないか?」

「い、いえ! 千冬、子供じゃないでスから!」

「千夏は?」

「私、怖くないです!」

 

 

千冬は怖いけど、無理している感じがする。千夏は千秋と同じで見る前は興味津々と言った感じ。

 

「千春は?」

「う、うちも全然怖いとかそんなのありません。寧ろウェルカムです。姉妹が見るなら断固としてうちも見ます」

「そ、そうか」

 

怖いなら怖いって言ってもいいんだがな。

 

「冬、アンタ本当は怖いんでしょ? 震えてるわよ」

「ふ、震えてないっス!」

「おー、よしよし、何かあったら私が守ってあげまちゅからねー」

「その子ども扱いな感じやめて欲しいッス」

「千冬よ、何かあったら我が助けてやろう。おー、よちよち」

「そうやって、子ども扱いして……千冬もちょっと怒るっスよ!」

 

 

千夏と千秋に頭をなでなでされて、若干切れ気味な千冬。千夏と千秋からしたら千冬は可愛い以外の何者でもないのだろう。そして、ちょっとからかってやろうと思っているんだろう、可愛いから。

 

「うん、じゃあ、見るでいいんだな?」

「おう!」

「俺は、二階で寝た方が良いか? 四人で見たいみたいな感じじゃないか……怖いのって。あんまり大人数で見すぎても怖さ半減だろうし」

「……カイトはここで一緒に見て」

「え?」

「カイトも一緒に見よう。うん、それがいい、そうしよう」

 

 

良く分からないが一緒に見たいらしい。実は怖いって言う千秋の気持ちが伝わってくる。そう言われたら見ないわけにはいかない。

 

取りあえずソファの上に腰を下ろす。すると千秋が俺の膝の上に乗っかってきた。もう、互いにパジャマ姿でお風呂も入っている。

 

女の子って、お風呂上りに父親にくっつくのかな? お父さんの匂い嫌とか言う子もいるって聞くし、匂いついたら嫌とか思う子はお風呂上りに父親にべたべたはしないだろう。

 

だが、千秋は俺にくっついてきた。つまり、俺の匂いが臭くないし加齢臭もしないって事だな! まぁ、そう言うシャンプー使ってるし? そもそも素がそんな臭くないし俺!

 

「カイト、こう、シートベルトみたいに腕回して」

「分かった」

「そうそう、こんな感じが良い! これで安心感増す!!」

 

 

あ、怖い話がちょっと怖いから俺でカバーでもする気だな。よく、布団にくるまって見る人みたいに。

 

 

「あ、秋姉、そんな大胆なッ……ううぅ」

「秋、確かにそれは安心感あるわね」

「お兄さん、妬ましい……千秋のシートベルトはうちがしたかった」

 

 

三者三様の反応をしている三人。そして何やら満足気の千秋の膝の上に置いて俺はテレビに向かい合う。もうすぐ怖い話が始まる。

 

ふと、それまで待って居ると千秋の重さが変わった事に気づく。細かいところまでは分からないけど、ちょっと重くなった気がする。

 

「む、カイト変なこと考えたか?」

「いや、そんなことはないぞ」

 

女の勘と言う奴か。気付かれた。

 

 

だが、別に太ったとは思っていない。ただ単に成長して健康体なったと思っただけだ。ここに来た時に比べたら。

 

と思っただけなんだ。

 

 

「そうか、ならいい」

 

 

千秋は少し鋭くした目を元の優しさ溢れる眼に戻す。良かった。美人が怒ると怖いと言うがそれは本当かもしれない。千秋は顔立ちは整っているし、だから今の怒った顔は少し怖かった。

 

 

ソファの上に俺が座り、その上に千秋。俺の両隣に千夏と千冬が、そして千夏の隣に千春が座っている。いつもよりくっ付いて……

 

全員がほぼ一か所に密集していると言う状況。怖いなら見なければいいのにと言う簡単な話ではないのだろうな。好奇心とはそう言うモノだ。

 

 

そんな事を考えているうちに、本当にあったかもしれない怖い話が始まる。

 

「「「「……」」」」

 

 

恐る恐ると言った感じもしながらも集中して全員が見入っている。

 

 

まぁ、俺も見てみるか……。

 

 

眺めていると、あ、次に何か来るな。振り返ったら何かいるなとか分かってしまう。

 

 

「うあわっ!」

「ひぇ!」

「うわー、くるくる、すごいくる!」

「っ……」

 

 

四人は凄く怖がっているみたいだ。千秋は膝の上から抱き着いてくる。千冬は俺のパジャマの裾を掴んでいる。千夏は俺との距離をさらに詰めて、千春は千夏との距離をさらに詰める。

 

ここで、うわっとか大きな声出したらどうなるんだろう? 一生恨まれそうだからしないけど。

 

 

何だかんだで放送が終了した。

 

 

「まぁまぁ、だったな、我、全然怖くない」

「そうね、私もそんなに怖くなかったわ」

「千冬も」

「うちも」

 

 

謎の怖くなかったですよと言う張り合いが始まった。まぁ、こういう所も可愛いけど。夜眠れるのか? 大丈夫か?

 

 

「じゃあ、夜も遅いし皆寝るんだ。夜更かしは肌に悪いぞ」

 

 

そう言うと迅速に寝る用意を始める四人。使っていない電気のコンセントを抜いたり、火元確認をしたり、こういう所をしっかりとしている四人は流石だ。

 

あと、やっぱり女の子だから肌とか気を遣うだなとほのぼのしているうちに、寝る前の確認を終えて五人で二階に上がる。

 

 

そして、部屋の前で四人と別れる。

 

「じゃあ、おやすみ」

 

そう言うと千秋が俺の手を掴んだ。

 

「……今日、我カイトと寝る」

「ええ!?」

 

 

千冬が驚きの声を上げた。

 

 

「カイト、多分怖くて眠れないと思うから……一緒に寝る」

「……そ、そうか……いや、でもな」

「寝る。カイトが心配」

「だ、だったら千冬も」

「ちょ、ちょっと待ってよ。春と私二人で寝るのは、あれよ……ちょっと、だけ、寂しいって言うか……今日は怖いって言うか……」

「千夏可愛いー」

 

 

千秋に手を掴まれてどうにもこうにも移動が出来ない。それに、こんな幽霊とかに怯える可愛い子を放っては置けない。

 

 

「……じゃあ、五人で寝るか? ちょっと、狭くなるかもしれないけど……」

「おお! それが良い! そうしよう! じゃあ、我等の部屋にカモーん!」

 

 

そう提案すると千秋が強く引っ張って部屋に引っ張って行く。部屋に入ると早速、布団を敷いて行くのだが今回は布団を数枚繋げて大きな一枚にする。

 

「じゃあ、真ん中にカイトね! その隣に我で我の隣に千春で!」

 

ポジションを厳しく指定する千秋。きっと安心できる人に挟まれていないと怖いのかもしれない。

 

「じゃあ、もう片方に千冬が……千冬の隣に夏姉で」

 

 

俺の挟むように千冬がポジションを指定して、更に自身の隣に千夏が来るように指定する。

 

電気を消して横になる。

 

思えば、こうやって一緒に寝るのは初めてかもしれない。五人で一緒にこうやって寝れると言うのは大きな進歩なのだろう。最初は警戒心が剥き出しだったな……昨日の事のように思い出す。

 

これからも、一緒に居たいと本気で思う。

 

◆◆

 

 

 

 誰かが俺をゆすっている。そう感じとり俺は目を覚ました。寝起きだがおぼろげに千冬が見える。

 

「魁人さん……」

「どうした?」

「その……」

 

 

言いにくそうな表情。恥ずかしそうに視線を変える挙動。もしかしなくてもトイレに行きたいのかもしれない。でも、怖い話を見てしまったら怖くていけない。

 

 

「トイレに行きたいの?」

「っ……」

 

二回頷く千冬、体を起こして寝ている三人を起こさないように外に出る。

 

「スいません……」

「気にしないでいいぞ。こういうのは誰でもあることだ、子供なら尚更だ」

「っ……ありがとうございまス」

 

フロアの電気を付けて千冬をトイレまで連れていく。トイレにつくと千冬は中に入る。扉を閉める前に俺の方を向いた

 

「あの、そこにいて欲しいでス……」

「勝手に部屋に帰ったりしないから安心していいぞ」

「は、はいっス……」

 

 

恥ずかしそうに千冬は入って、少しすると恥ずかしそうに千冬は出てきた。洗面所で手を洗って、一緒に部屋に戻った。

 

そのまま二人で横になる。

 

「あの、魁人さん……」

「どうした?」

「いつも、ありがとうございまス……迷惑しかかけてなくてスいません……」

「あんまり気にしなくてもいいさ。俺も千冬たちが居て楽しいからさ」

「……あの、千冬は、ここに来て一年になりまスけど、その、魁人さんの事、まだ、あんまり知らないって言うか、だから、千冬だけに、魁人さんの事教えて欲しいでス……」

「あ、ああ……うん、そうだな……」

 

 

その言い回しに少しだけ、ドキッとさせられる。自身で千冬の気持ちに何となく気付いているからだろう。気付かないふりも良くないとは分かってはいる。だけど、先延ばし以外の方法を俺は知らない。

 

 

「や、約束でスよ? 千冬だけに、魁人さんの秘密とか教えるって……」

「わ、分かった」

「やった……今日は遅いから話は落ち着いたときに」

「う、うん……」

「じゃあ、魁人さん、おやスみなさい……」

「おやすみ……」

 

千冬は嬉しそうに再び眠りについた。きっと眠気があったのをこらえて俺と話していたのだろう。

 

俺は千冬の気持ちにどう向き合えば良いのか……。受け入れるべきか、断るべきか、先延ばしの保留か……。ここで安全策を取ってしまうのが俺の悪い癖ともいえるのだろうな。

 

……先延ばしと言う選択肢しか、俺には選べない

 

 

俺は自身に歯がゆさを感じながら瞳を閉じた。

 

 

◆◆

 

 

「ねぇ、春……起きてる?」

「起きてるよ。どうしたの?」

 

 

千夏がうちに話しかける。夜も更けて、お兄さんと千秋と千冬は寝息を立てている。怪談を見たと言うのにいつも以上に安堵して寝ている千秋と千冬を見てちょっと、複雑になる。

 

「アンタは……あの人たちの事どう思ってる……?」

 

 

……あの人達と言うのはきっと、うち達の両親の事だろう。詳しく聞かなくても千夏の声のトーンと話し方でそれは分かった

 

 

「クソだと思ってるよ」

「……そう」

「きっと、千秋と千冬もそう思ってるよ……でも、どうしてそんなこと聞くの?」

「……何でもない。ただ、気になっただけ」

「本当に?」

「……嘘、ちょっと思う所があったのよ」

「それってなに?」

「言わない。私の思ってる事ってすごく面倒くさいことだから」

「聞きたいよ」

「また今度ね」

 

 

千夏はそう言って再び寝息を立て始めた。千夏には何か思う所があるのかもしれない。うちにはそれが分からないけど。

 

 

きっとそれは千秋と千冬にも分からない事だ。きっと、憎しみとか恐怖しかないのだから。

 

 

今思っても、あのクソどもには憎しみしかない。まぁ、もういないからどうでもいいけど。

 

どうでもいいから、今日は寝よう。うちは瞳を閉じた。

 

 

翌日、お兄さんと千夏が二人で出かけることなど、この時のうちは知る由もなかった。

 

 






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56話 千夏だけに見えたモノ

 とある夏休みの日の朝。朝食を食べ終えて優雅な朝を過ごしていた。

 

「カイト、自由研究メンドクサイから、十円玉お酢に入れてピカピカにする実験でいい?」

「あーまぁ、良いのかな? いや、でもこういう時は普段できない物にチャレンジもありだぞ? アリの巣の観察実験とかどうだ?」

「一日で終わらないし、我そもそも虫嫌いだし」

「そ、そうか? ……だ、だけど折角だから色々な事に意識を向けた方が良いんじゃないか?」

「じゃあ、どの液体に十円玉入れたら一番ピカピカになるかやる」

「そ、そうか……」

 

 

 どうやら、相当夏休みの自由研究がやりたくないらしい。千秋はむすっと顔を可愛く歪めながらソファに横になる。半袖短パンでクーラーが効いた部屋は宿題するには最適な環境であると思われる。

 

 だが、それが逆に眠気を誘う要因になってしまっているのかもしれない。千秋はソファに横になるとウトウトし始める。

 

 千冬は真面目にドリルを答えを見ずに辞書使って調べたりしながら進めている。偉い! 

 

 答えがあるからついつい見てしまいそうになるのをこらえて、自身で問題を解いていく。それが意外にも難しい事なのだ。千春も千冬の隣で黙々と課題に取り組んでいる。

 

 だが、千秋はソファの上で眠りについてしまった。うん、だけれども寝る子は育つからな! 

 

 千夏は寝ていないがドリルを開いたまま筆を走らせない。何やら悩ましそうな表情をしたまま動かないのだ。

 

 もしかして、分からない問題があるのだろうか? よし、俺が教えよう。

 

「千夏、何か分からないところがあるのか?」

「……いえ、そう言うわけじゃないです」

「そうか? 何でも言ってくれていいんだぞ?」

「……」

「……?」

「……ちょっと、こっち来て貰っていいですか?」

 

千夏は席を立ちリビングのドアの方に向かって、その後に俺に手招きをする。そう言われたら別に断る理由はない。俺は一旦リビングを出た。

 

フロアはクーラーの効力が届いていないのか蒸し暑い。

 

「あの、ちょっと」

 

千夏が再度手招きをするので膝を落として目線を合わせる。すると彼女は俺の耳元で囁くように告げた。

 

「……それは、千夏だけで行きたいって事か?」

「はい」

「そうか……」

「三人が行っても辛いだけだと思うので」

「だよな……どうして……いや、理由は今はいい。本当に今日、行きたいのか?」

「はい、今日がいいんです。今日しかないと思うんです」

「……分かった。準備するよ」

「……ありがとうございます」

 

 

彼女は小さい声でそう言った。

 

 

◆◆

 

 

 

太陽の強い日差しが差し込むとある夏休みの日。俺は車を走らせる。助手席には金髪をツインテールにまとめた千夏が座っている。

 

彼女はいつもこれと言って我儘を言わない子だ。感情もあまり出さない。そんな千夏が言ったのだ。

 

『両親の墓参りに行きたいです……』

 

 

正直の言うと驚きがあった。普段の生活とゲーム知識、どちらの視点から見ても彼女は親へ対しては無頓着、無関心。怒りすらも捨てるような認識しかもっていないと思っていたからだ。

 

ゲームでは親に対して彼女が触れるような事は一切ない。感謝などない。普段の生活でも話したりする事もないし、姉妹間で話すような事もないから彼女は両親になにも抱いていないのだと俺は考えていた。

 

 

それが普通だと思うから特に何も言わなかった。面倒も見てくれない、暴力を振るって、軟禁状態にして、殺そうともしたのだ。なにも抱く必要もない。

 

俺が子供だったら絶対にそう考える。

 

だが、彼女は墓参りに行きたいと言った。驚きがありつつも俺は彼女の願いを叶えようと思った。彼女の眼には強い意志が宿っていたから。

 

 

車を走らせる。彼女の両親の墓に向かって。

 

 

俺は一応スーツで、彼女も黒を基調とした夏なのに暑苦しい畏まった服で。

 

 

「多分、ここだと思う……」

「ありがとうございます……魁人さん場所知ってたんですね」

「一応な……」

 

 

ゲームで薄らと聞いたことのある情報をもとに俺達はそこに辿り着く事が出来た。冷房を効かせていた車の外は熱くて日差しも強い。

 

「あ、こ、これは……」

 

千夏が日差しの受けてふらふらっと力が抜けたように肩を落とす。俺はすかさず日差しの傘を開いて彼女に影を作った。

 

「あ、ありがとうございます……でも、なんで日差し傘を……?」

「紫外線はお肌の天敵だからな」

「あ、ああ、そう言う事ですか……」

 

彼女に日傘を渡して駐車場を進み、沢山の墓地がある場所に辿り着いた。付近に置いてある手桶に水を入れ、一緒に柄杓を持って墓を探す。少しだけ探せばすぐに彼女の両親の墓地を発見した。

 

日辻藤間 

 

日辻謳歌

 

 

一緒の墓に入ってるんだったな。一周忌だとしても俺は特に何も思っていない、一応スーツでは来たが尊敬もなければ同情もない。

 

手も合わせる事もない。

 

 

「千夏……?」

「今日は、暑いですから……」

 

 

彼女は墓石の上からに柄杓を使って優しく水をかけた。その後、彼女は手を合わせて少しだけ目を瞑った。

 

「……それじゃあ、この辺で帰りましょう」

「そうか……」

 

 

千夏がそう言うならそれでいいと思い道具を戻して車に戻る。鍵を開けてエンジンをかける。車の中は炎天下で放置していたのもありサウナのように暑い。冷房を入れて空気を冷やす。

 

 

そのままアクセルを踏んで帰りの道を走り出す。

 

 

聞いて良いのか、どうなのか、分からないが気になっていることがある。どうして、彼女は墓参りがしたいだなんて思ったのか。あまり触れたくないはずなのにわざわざ自分から触れるなんて相応の理由があるのだろう。

 

チラリと隣を見ると彼女は窓の外をただ見ていた。その姿が凄く大人びていると感じた。何を考えているのだろう。聞いても良いのだろうか。でも、なんか聞きにくい感じがする。

 

そんな事を考えていると、隣の千夏が口を開いた。

 

 

「あの、魁人さん、ありがとうございました」

「いや、気にしなくていいさ」

「……あの、私、魁人さんに話さないといけない事があって」

「なんだ?」

「今日、どうして墓参りに行きたいって言ったか……」

「……無理に言わなくてもいいんだぞ?」

「いえ、連れてきてもらっているので、しっかりと理由の言うのが筋かなって……だから、言わせてください……」

「そうか……じゃあ、聞かせてくれ……」

 

 

彼女は語りだした。どうして、今日、一周忌の日、酷い目に遭って来たのに墓参りをしたいと言ったのか。

 

「私、今まで生きてこられたのって、ずっと春のおかげって思ってました……秋も冬のおかげでもあるんですけど……やっぱり一番は春かなって……」

「千春は良いお姉ちゃんだもんな」

「はい……。春は昔から全部一人でやろうとしたり、背負ったり、そう言う姉でした……それで一回、とんでもない事もあったんですけど……。でも、何だかんだで春はいつも背中を押してくれて、慰めてくれて、私の……憧れの人、姉です」

「そうか……」

「本当に昔から春が何でもしてくれたから春が私達姉妹を支えてるって思ってました。春が居るから全部があるって言うか。ちょっと大袈裟な気もしますけど、本気でそう思ってました」

「……」

「でも、魁人さんの出会って、その考えが少し、変わりました」

 

 

彼女はそう言った。その時、俺は嬉しかった。自分が何かを変えられていると分かったから。

 

 

「魁人さんと一緒に居て、姉妹の外にも世界があるって分かったんです。ずっと、内側にしか目が向かなかったけど、朝ごはんも、お弁当も、夜ご飯も、服も電気もお風呂も、ゲームもそれを与えてくれたのは魁人さんだったから。春じゃなかったから」

「……」

「魁人さんにもお世話になっていると分かった時に、今まで見えなかったことがどんどん見えるようになって……。今、私がここに居るのってきっと、春だけでも、魁人さんだけでも、秋や冬だけでもない。きっと、ここに私が居られる理由って、見えないところも含めて色んな人たちのおかげだなって思ったんです」

「凄いな……俺はそんな風に考えたことない」

「凄いんですかね? 私はただ、自分が面倒くさいように思います。あんなに酷いと思っていた両親までに少しだけでも感謝をしてしまうんですから……」

「それが、今日墓参りをしたいと言った理由なのか?」

「はい……。あの人たちは酷かったし、最低限以下の事しかしてくれなかったけど、それがあったから私が居る。産んでくれたからここに私が居る。あと、私千夏って名前を気に入ってるんです。姉妹に春夏秋冬に名前を付けるセンスは凄いかなって……」

「そうか……」

「世界一、大嫌いですけどね……。怒りが湧いてきます」

「それでいいと思うよ……お前は、千夏は凄い子だな……」

 

 

思わず、素が出てしまった。それほどまでに驚きがあった。俺はいつも仮面とまでは言わないが彼女達に接するときはなるべく勝手な自身のイメージだが、優しい父な感じを出している。

 

でも、今だけは驚きで自身の素を出してしまった。

 

 

「魁人さんが居たからだと思います。だから、きっと、魁人さんの方が凄いです」

「そんなことはない」

「いえ、魁人さんの方が」

「いや、千夏の方が」

「いえいえ」

「いやいや」

「いえいえいえ」

「いやいやいや」

「……じゃあ、面倒くさいので両方凄いって事で」

「そうだな」

 

 

平行線だと分かった彼女はそう言って話を切った。

 

「あの、魁人さんにお願いがあるんです」

「どうした?」

「私、料理がしてみたいんです」

「皆でか?」

「いえ、私だけ」

「それはどうしてだ?」

「春が料理覚えると全部自分でやろうとするから、だからと言って春だけ除け者はしたくないし、私だけ覚えたいんです。秋は既に料理出来るから負けたくないし、冬だって最近料理してるから……一応、姉としてのプライドもあるって言うか」

「ああ、なるほど」

「……あと、魁人さんのお手伝いもしたいから……」

「っ……そう言ってくれるのは凄く嬉しいよ」

 

 

俺は涙が出そうになった。嬉し過ぎて。

 

「あの、魁人さん、泣かないでくださいね? こっちも恥ずかしいので」

「すまん……つい」

「魁人さんって春と似てますね」

「そうか?」

「似てます」

 

俺と千春が似ているか……。もしかして、俺って意外と顔立ちがかなり整っているのではないか。

 

いや、俺は精々中の中の上位だし。それはない。性格のことを言っているんだろうけど、俺と千春は似てるのか?

 

「だから、支えたいって思うのかも……」

 

ぼそっと彼女は言った。

 

「あの、料理、沢山教えてくださいね。私だけに」

「あ、ああ、分かった……」

 

 

そう言えば、最近千冬にも似たような感じのことを言われたような気がする。何というか、その時の雰囲気と千夏の今の雰囲気がかなり似ている。まぁ、四つ子だから当然と言うのもあるが。

 

「私だけが分かるレシピとかお願いします」

「……で、出来る限りでな」

「はい」

 

特段、誰かを優遇とはあまりできない気もするんだが……。千秋も千冬も料理には興味あるだろうし、千夏までするとなるときっと千春も料理したくなるだろうし。どう収集付けようか……。後で考えよう。

 

「近くのコンビニでアイスでも買うか」

「いいんですか?」

「三人には内緒だぞ?」

「はい!」

 

 

別に、お墓参りをしたから、酷い目に遭っていたのにそういう考えてになったご褒美にアイスを上げるとか、そう言うのではない。ただ、千夏にアイスを奢りたい気分なのだ。

 

どうしても奢りたくなった。

 

ウインカーを付けて、左側にあるコンビニに寄る。店内に入ってアイスのショーケースの中を彼女は目を輝かせて眺めている。

 

俺も何か食べるかと考えていたら携帯が振動する。誰かが電話をかけてきたのだ。ええっと、自宅から……千秋かな?

 

「もしもし?」

「もしもしカイト!」

「あ、千秋かどうした?」

「どうしたじゃない! 千夏とお出かけしてるんだろ! ずるい! 我が寝てる間に!」

「いや、すまん……気持ちよく寝てるみたいだったから」

「ずるいずるい! きっと、今頃千夏だけアイスでも食べてるんだろ!」

「いや、食べてないぞ」

「ええ!? うーん、ならいいかー」

「魁人さん! この、300円のアイス食べていいですか!?」

「ああ!! やっぱり食べようとしてる!!」

「あ、すまん……お土産買ってくから」

「うーん、なら良し! あのね! 我は、あの、キャラメルのパリパリのやつね! 千春はクッキークリームで千冬は抹茶アイスだって!」

「わ、分かった。絶対買ってくからな」

 

 

そう言って通話を終了する。そう言えば千秋は寝てたから出掛けるとか何も言わずに出てきてしまったんだったな。千春と千冬には一応、出掛けるとだけ言ったけど……。千夏がどうして出かけるかは言わないでと言うから、誤魔化してここまで来てしまった。

 

家に帰ったらちゃんと説明しよう。

 

 

「魁人さん、これ!」

「じゃあ、俺はこれにしようかな」

「魁人さんシェアしましょう!」

「そうだな……」

 

 

そう言った千夏の笑顔を見たその時、俺は一年で四人と縮まった距離を僅かながらに感じ取った。

 

 

そして、薄く笑ってしまった。

 

 




一年目、完!


ここまで応援ありがとうございました!!

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二年目
57話 二年目


 昔から、自分さえ良ければそれでいいと思っていた。

 

 そうでなくてはならないと思っていた。

 

 死にたくなかった。誰よりも健康でいたくて、誰よりも楽しくありたくて、誰よりも幸福でありたいと思っていた。

 

 ――自由でいたかった

 

 

 物心ついたころから、うちには三人の妹が居た。ほぼ、一緒の時間に生まれただけだから、特に何とも思わない。姉妹と言う認識は持っていたけど、姉の責任とか考えた事もない。

 

 

 家でいつも父はタバコを吸っていた。母もタバコを吸って白米とふりかけを用意するくらいしかしなかった。そんな中で悟った。生き抜くには、幸福を掴むには自分だけを考えないといけない。

 

 

 必死に過ごした。幼稚園では本を読んだ。知識があれば将来裕福になれるかもと思ったから、それから走った、健康でいたかったから。

 

 でも、それは満足には出来なかった。何故なら妹が居たから。いつもいつも、後ろをちょこまかとついてくる。本を読めば後ろから覗き込み、走れば一緒に走ってくる。

 

 ――鬱陶しい、邪魔。そんな認識を持っていた。

 

 ある日、うちは幼稚園の園庭を駆け抜けていた。一人で、誰よりも速く。鬱陶しい妹を置いて。たかだが生まれた順番でこうにも自分に絡まれるのが理不尽だと思っていた。

 

 ――うちは誰よりも自由でありたかったから。

 

 

 走っているときは自由だと思った。でも、後ろからついてきた。妹が。

 

 鬱陶しい……特にそう思ったのは三女の千秋だった。いつも、寡黙で黙っていて、何も言わない。何を考えているのか分からない。その癖に構って欲しいオーラを凄く出していた。

 

『何?』

『……』

 

 

 そう聞いてもいつも何でもないと首を振る。何かあるなら言えばいいのに。良く分からない。でも、彼女はいつもうちの背中に居た。必死についてきた。いつの間にか、うちよりも足が速くなっていた。

 

 だから、只管についてきた。走っても走っても振り切れない。鬱陶しい。そう思った時、千秋が転んだ。何かにつまずいたのかそれは分からない。でも、転んで足をすりむいて、少し血が出てしまった。

 

『あ、ああッ……ううぅ』

 

痛そうに瞳に涙を溜める千秋を見て、別にどうでもいいと知らんぷりも出来た。でも、その時は自然と体が動いてしまった。

 

『大丈夫……?』

 

 

手を差し伸べて水道の所まで一緒に行って、水で傷口を洗った。何故、こんなことをしているのか自分でも分からなかった。自分だけ良ければそれでいい。そうでなければならないと言う心情。将来を見越して、未来を見越して幸福を掴むなら、自分だけを考えると言う掟。

 

自由を求めているのに、面倒な姉妹と言う括りの中で今自分は妹の世話をしている

 

自ら決めたのに……その後に千夏と千冬もその場に寄ってきた。心配そうに千秋を見る二人を見て、複雑な心境になった。

 

傷口を洗った。

 

『後は、先生に診てもらった方が良いよ……』

 

ぶっきらぼうにそう言ってその場を離れる。背を向けると後ろから声が響いた。

 

 

『……あ、ありがと……お姉ちゃん……』

 

 

 

それが初めて聞いた千秋の言葉だった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

 

うち達がここに来てから一年が経ってしまった。思い返せば色々な事があったが、一年を通して言えることがあれば……うちの妹達は世界一可愛いと言う事。年から年中、髪の毛、細胞一つとっても可愛さに溢れている。

 

 

「はい、注目ー。久しぶりの姉妹会議を行いますー」

 

 

二年目をスタートするのに相応しい。千夏が可愛く姉妹会議開始を宣言する。

 

二階の部屋で座布団を敷いて、机を囲んで、クーラーの効いた部屋でうち達は姉妹会議を行う。

 

 

「ええー、私、日辻千夏は今日から……長女になります!」

「千冬、我と一緒に答え合わせしよう」

「秋姉、そう言って答え写すのはダメっス」

「ちょっと、聞きなさい!」

 

 

千夏が宣言をするが二人は聞いていなく夏休みの宿題の話をしている。千夏がそんな二人に呼びかけをして視線を自身に誘導する。コホンっと咳払いをして彼女は再び宣言。

 

「いい? 今日から私が長女よ! 分かった!?」

「ええー、千夏は無理だろー」

「できるし!」

「いやいや、なぁ? 千冬もそう思うだろ?」

「え? いやー、千冬的には夏姉が姉と言う事に変わりないから……特にこれと言って何とも……」

「ええー、千春はどう思う?」

「うちは……まぁ、千夏がそうしたいって言うなら長女の称号を譲るよ……。うーん、でも大丈夫なの? 千夏お姉ちゃん?」

「適応が! 春姉の適応が早過ぎるッス!」

「任せなさい!」

 

 

千夏が胸を張る。千夏がお姉ちゃんとかうちにとって需要しかない。千夏の中で何かをしたいと言う意識が強いのかもしれない。まさか長女に成りたいだなんていうとは思わなかったけど。

 

 

この間のお兄さんとの墓参りに行ってからその意識がさらに強くなっている気がする。

 

「ふーん、じゃあ我も長女やる!」

「はぁ!? なにそれ!」

「千夏には任せておけないからな!」

「真似しないで!」

「真似じゃないもん! オマージュだもん!」

「ほぼ一緒じゃない!」

「まぁまぁ、千冬は二人共お姉ちゃんと思ってるっスから……お、落ち着くっス」

 

 

お兄さんと出会って二年目だけど、今年もほのぼのできそうで安心する。そして、やっぱりうちの妹は全員可愛い。

 

 

◆◆

 

 

「魁人さん! 私との約束ありますよね! 料理教えてください!」

「ええ!? か、魁人さん、千冬と約束したのに……」

「もう、カイト! ちゃんと我にも構ってくれ! 我、かまちょだぞ!」

 

 

リビングからキッチンは良く見える。そこではお兄さんが苦笑いしながらどうしたものかと悩ましげな表情をしていた。

 

 

うちは複雑な心境であった。一年が過ぎて、妹達をお兄さんに獲られてしまったような気分であったからだ。お兄さんにそう言う気持ちは無いと思うが、だからと言ってこれは……おのれ……お兄さんめ。

 

思わず拳を握ってしまう。

 

実際に獲られたと言うわけではないけど、世界一の妹達に囲まれているお兄さんを羨ましいと思う。

 

「今日は……千夏が夕飯を作るのを手伝ってくれ……明日は千冬で、明後日は千秋……そんな感じで行こう……」

「ええー! ブーブー! ブーイングだ!」

「魁人さん、千冬は明日より、今日が……」

「はいはい! 私が今日夕飯作るって決まったわけだから、アンタ達はソファで休んでなさい!」

 

 

千夏が千秋と千冬をえっさほいさと押してキッチンから追い出す。千秋は頬を膨らませてお兄さんを睨む。千冬はどうして? と言う視線をお兄さんに向ける。

 

「ッ……」

 

 

お兄さんはそんな二人の視線を受けて胸を抑えるが目線を逸らして、二人の視線を回避する。回避しても二人はお兄さんにレーザーポインターのように視線を注ぐ。それはお兄さんは胸を抑えながらスタイリッシュに回避する。

 

 

「むぅ」

「夏姉、急に出てくるのズルいッス……」

 

 

千夏は長女になりたいって言ってたから、色々な事が出来ないといけないと言う考えがあるはず。だからこそ料理をしようと思ったんだろうけど、千秋と千冬はずっと調理係として活動してきたわけだからそのポジションを取られて悔しいのかもしれない。

 

ここは姉としてファッショナブルにフォローしよう。

 

「千秋、やっぱり可愛いなー」

「え? 本当!?」

「うん、可愛い、千冬も可愛い。今、うちは二人に挟まれて最高の気分だよ」

「両手に華って言うんだろ! こういうの!」

「そう、千秋は賢いねー、よーしよしよし」

 

千秋の頭を撫でまわす。うちも撫でれて嬉しい、千秋も褒められて嬉しい。

 

「えへへ、そっかぁ!」

「よし、次は千冬も」

「いや、髪がぼさぼさになるから良いっス……」

「ガーン……」

「ええ……あ、いや、そんな反応されると……。ちょっとだけ、お願いするッス」

「よしよし、よーし」

「あ、ふふ……」

 

千冬もちょっと嬉しそうに笑う。こっちまで微笑ましい気分だよ。

 

「千冬は髪型気にしてるんだね」

「え、まぁ、少しだけ……イメチェンしようかなーって、ちょっと思ったり……」

「我もイメチェンしようと思ってるぞ! 銀だけと金にしようかなって! 金髪って強化形態みたいでカッコいいから!」

「そっか……二人共似合うと思うよ」

 

 

カチューシャを付けている千冬、銀髪の千秋。二人の髪型が変わっても何の問題もないくらいに可愛いけど、うちとしてはこのままの姿も残しておきたい。あとで写真を撮ろう。

 

「千春は変えないのか? ロングにしても良いと思うぞ!」

「確かに春姉似合いそう……」

「そうかな……まぁ、いつかしてみてもいいかもね。髪は直ぐには伸びないし」

「強化形態を極めれば髪を無理やり長くすることも出来るらしいぞ!」

「秋姉、ちょっと何言ってるか分からないっス」

 

 

髪を長くね……昔は長かったし、それを千冬が今使ってるカチューシャで纏めてたけど……短い方が定着してるし。変える必要はないかな、うちが変えても需要ないし。

 

その後も他愛もない話に華を咲かせた。

 

 

◆◆

 

 

 

「魁人さん、今日は何を作るんですか!」

「無難にチャーハンにしようか……」

「はい!」

 

元気よく返事をしてくれるのは非常に嬉しい。だが、先ほどの千秋と千冬の視線が胸にしこりの様に残っている。

 

「材料処理したら玉ねぎとひき肉炒めて、そこに、市販のペースト入れて、ご飯入れて、卵入れて、最後強火で少し炒めるって感じかな」

「できます!」

 

自信満々だが本当に大丈夫だろうか。包丁怖くないのだろうか。怪我とかしないだろうか。

 

「ほ、包丁も……つ、使えます!」

 

 

まな板の上に皮を剥いた玉ねぎ。そして、自身の手で包丁を握る。震えているが何とか握っている。

 

「よ、よし、ここから……猫の手で……」

「頑張れー、千夏ー」

「頑張れー、期待してないから気楽にしていいぞー」

「な、夏姉、頑張れー」

「……せ、声援ありがとー。でも、あとで秋は集合ね……」

「ええ!?」

 

リビングの方から、千春と千秋と千冬の声援が飛んでくる。本当に互いに姉妹想いだなと感じる。

 

「フードプロセッサーあるから、切るのは最低限でいいぞ」

「は、はい。そうします……」

 

 

彼女は怖がりながらも何とか、下処理を終えた。手を出したかったが千夏が自分でしたいと言うので俺はグッとこらえて見守り、偶に口を出すだけで留めるのだ。

 

千夏には目的があるらしい。

 

 

「火傷しないようにな」

「は、はい……」

 

 

温度が上がって高熱になっているフライパンを見て少し怖がる素振りを見せるが必死に炒めていく。千秋もだけど、筋が良い。手際が良いと言うか、スタイリッシュと言うか……

 

殆ど俺の教えることなど無いのでないかと思う位に彼女はスタイリッシュにチャーハンを完成させた。

 

実食!

 

 

リビングのテーブルを囲んで俺達はチャーハンを食べてみる。流石にチャーハンだけだと寂しいと思ったので冷凍食品のシューマイをプラスしている。

 

「美味しいから食べてみなさい!」

 

 

自信満々にそう告げる千夏。

 

「食べてやる! この味見係兼味王が! ……もぐもぐ、ごっくん……これは、市販のペースト……隠し味にもう一つ市販のニンニクと生姜のペーストを使っているな……」

「なっ!!」

 

 

まさかの一瞬で味を看破されて驚きを隠せない千夏。千秋は舌が肥えてるからな……。味は筒抜けだ……

 

 

「でも、美味しい!」

「そ、そう?」

「うん! すーごく美味しい!」

「あ、そ、そう……おかわりもあるわよ……」

「食べる!」

 

 

くっ、千秋にそう笑顔で言われたら喜ばないわけがない。笑顔が眩しい。

 

「凄く美味しい! 市販のペーストすげぇ!」

「ん?」

「こんな簡単に深い味出す市販のペースト凄い!」

「んん?」

「やっぱり、日々料理の調味料は進化してるんだなー」

「私を褒めなさい! ペーストじゃなくて! 私を褒めなさい! 私が斬って、炒めて味付けしたの! 私が凄いの!」

「あ、そっか……。五割くらい凄いな!」

「全部凄いの!」

「千冬は夏姉、凄いと思うっスよ……。凄く美味しくて、ビックリっス」

「うちも美味しすぎてビックリ。流石千夏お姉ちゃん」

「そ、そう? まぁ、当然って言うか、これくらい軽いって言うか」

「ペースト使ってるしな!」

「あとで秋はくすぐりの極刑の処すわ……」

「ええ!?」

 

 

ハハハっと、微笑ましくなりながら俺も一口。うん、美味しいな。

 

「千夏」

「はい?」

「凄く美味しい」

「っ……えへへ、そうですか? なら、良かったです。あと、おかわりありますよ……?」

 

 

ちょこんと首をかしげてちょっと上目遣いの千夏。ほう、可愛いじゃないか。

 

俺はチャーハンを口にどんどん入れて音を立てないように咀嚼し、飲み込む。それを繰り返し、皿を空にする。

 

 

「おかわり」

「……は、はい……えへへ、何か嬉しい」

「「むむっ……」」

「はむはむはむ……ごくりんこ……」

 

 

千夏が恥ずかしそうに笑って、千秋と千冬が再び心臓をえぐる視線をこちらに向ける。そして、俺に対抗するように千春がチャーハンを食べる。

 

そして、エレガントにお皿を千夏に出す。

 

「おかわり」

「しょ、しょうがないわね……えへへ」

「……」

 

嬉しそうに空の皿を受け取る。そして、対抗するようにこちらを決め顔で見る千春。いや、別に姉妹を取ろうとか考えてないぞ?

 

そして、千秋と千冬の視線が……心臓が……本気でえぐれそうだ……。くっ、娘の視線とはこうも、強いのか……。

 

俺は夕飯中、必死にスタイリッシュに視線を躱し続けた。

 

 

 




面白ければ、感想、高評価よろしくお願いいたします。


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58話 長女の称号

感想等ありがとうございます。


 うちは自由が良かった。だから、必死に生きると自分だけで生きると決めた。

 

 母と父はいつものように面倒を見ず、ドラマを見て、勝手にご飯を食べ、うち達も勝手にご飯を食べる。

 

 家の中はいつも静寂に近い物だった。父と母が喧嘩するときか、うち達を怒るときくらいしか声はない。静寂がうちは嫌いだった。

 

 虚無で虚ろな気分になって、心が廃れていく気がしたから。

 

 でも、静かにしないと怒られるから。黙っていたけど。

 

 家には多少の人形が置いてあったが殆ど、遊ぶものは無かった。我儘を言えるわけないからオシャレもしてみたことなかった。

 

 いつか、いつかと夢を見ていた。いつか、幸せになってやる、自由になってやると生きてきた。

 

 幼稚園で自分と同学年を見た時に思った。皆普通で幸せな子達だなと、そして、自分が大分廃れていると。

 

 でも、そんな時、家でカチューシャを見つけた。古すぎない、だからと言って新しすぎない普通ともいえる代物。赤色のカチューシャ。

 

 髪が長くてぼさぼさでちょっと乱れる時があるから纏めるのが欲しいと思っていた。

 

 ――でも、これ、使って良いのかな……?

 

 そう思った。勝手に使ったら怒られるかもしれない。そう思っても使いたくて堪らなかった。そう思っていた時……

 

『それ、捨てといて』

『え?』

『だから、捨てといて』

『……捨てるなら貰ってもいい、ですか……?』

『そんなダサいの? ご勝手に』

 

 

母が不意に話しかけてきた。捨てても言いと言うので貰った。

 

鏡で自分の姿を確認しながら髪を纏めて、付けて見た。ちょっと、嬉しかった。プレゼントではないし、そんなに新しい物でもないけど、何か特別な物が自分の手にあるのが嬉しかった。

 

オシャレに興味あったし、毎日のようにそれを付けた。付けていると毎日のように姉妹からの視線が集まった。

 

 

 

『……』

『何?』

『……』

 

 

 

三女の千秋がいつも物欲しそうに見ているけど、知らんぷりをした。うちには関係ないしと、思っていた。だけど。何日も見られると無下には出来なかった。

 

『……使ってみる?』

『ッ……』

 

 

彼女はそう言うと目をキラキラさせて強く頷いた。まぁ、少し貸すくらいだから。

 

そう思って、彼女の髪に付けてあげた。千秋も昔は髪が長かったから少し、ぼさぼさでよく乱れるから鬱陶しいと思っていたのかもしれない。付けてあげると凄い嬉しそうに飛び跳ねた。

 

その時、少しだけ可愛いと思った。

 

 

それを見ていた、千夏と千冬も凄い羨ましそうな眼をしていた。

 

『……つける?』

『『うん!』』

 

 

仕方ないから千夏と千冬にも付けてあげた。ずっと物欲しい眼線も面倒だから、付けてあげると二人共喜んだ。楽しそうだった。

 

中でも千冬が一番、目を輝かせていた。末っ子。

 

一応末っ子。四女。だからだろうか、自分が姉だから妹の面倒を見ないと仕方ないと思ったのか。

 

『……』

『それ、あげるよ……いらないからさ』

『え? いい、っスか……?』

『いいよ、あげる……』

『ありがとッス! 春姉……』

 

 

何でそれを言ってしまったのかあとで後悔をした。本当は自分が欲しかったのに。

 

自身が長女だからだろうか。思わず姉としての責任を考えてしまった。

 

損でくだらない、重荷でしかない。いらない余計な肩書だと思った。

 

 

◆◆

 

 

「モッツァレラチーズ作ってみた!」

「ふ、ふーんやるじゃない……」

「秋姉、凄すぎ……」

「いや、簡単だぞ?」

 

夏休みのとある日。お兄さんが仕事でいない中、リビングで宿題とかをして過ごしていた。

 

そして、千秋がいつの間にかでモッツァレラチーズを作っていた。ただ、これだけなのに凄い濃い一日。

 

洒落てるねー。流石千秋! うちの自慢の妹である。ただ、熱を見てないところで使ったのは危ないから今度からうちが間に入らないといけない。

 

 

「やるね、千秋」

「ムフフ……当然だ!」

「うちには出来ないよ」

「いや、これ結構簡単だ! 今度一緒にやろう!」

「そだね……そうしようか」

 

千秋の料理の腕はドンドンすごくなっている。もう、星超えて天の川である。

 

「アンタ、いつの間に作ったのよ」

「さっき、三人が昼ドラ見てるとき作った」

「……難しかった?」

「簡単だった」

「へ、へぇー。まぁ、私でも出来る感じね……うん、そうね。きっとそうよ」

「因みにカイトのお酒のつまみになると思って作った!」

「あ、ああー、そんな手がー。千冬にその発想は無いっスー」

 

 

千夏は単純に千秋に料理の腕が負けているのではと考えて、見栄を張っている。千冬はまた、やられた~っと頭を抑えている。

 

 

「これは我が長女だな!」

「いや、私よ。私が長女になるってもう決まってるんだから」

「じゃあ、我はウルトラスーパープリティ長女ね」

「意味わからないわ!」

「ま、まぁまぁ、二人共……落ち着くっスよ」

 

 

長女に二人共成りたいらしい。まぁ、うちとして二人が長女に成りたいなら妹になっても全然いいけど……

 

 

……あれ? なんだろう、この気持ち……。少しだけ、変な感じがする。

 

 

 

◆◆

 

 

 

カタカタとキーボードを叩く。只管に叩く。集中して仕事をこなしていると定時になっていることに気づく。

 

「よし、帰ろう」

「安定の帰宅か……そう言えば、お前一年なのか、子育てを初めて……」

「そう、だな。あまり育ていられているのかは分からないが」

「給湯室の会話が最初と比べてえらい変わってるぞ」

「そうか」

「小学生は最高だぜとか思ってそうから、魁人さんって苗字以外は良いよねってなってる……」

「あー、そうかなのか……あまり興味はないな。じゃ、そう言う事で」

 

 

俺は娘が待って居るので定時帰宅をしないといけないのだ。周りの評価とか、気にしている暇はない。残業? そんなものがあるなら家でやればいい。

 

 

俺はこの一年、ほぼ定時帰宅皆勤賞だ。

 

 

 

車に乗って家に帰る。早く、早く帰って夕食を作らないと……。でも、法定速度は守って、左右確認は鬼のようにしないと……

 

 

そんなこんなで家に到着する。鍵を開けて中に入る。すると……カレーのいい匂いが漂って来た。リビングに入ってキッチンを見ると四人がせっせと働いていた……

 

 

「カイト! カレー作って待ってたぞ! 隠し味はケチャップと中農ソース!」

「魁人さん、お帰りなさい……千冬、頑張って作りました。おかわりしてくださいね?」

「私も頑張りました」

「お兄さん、お帰りなさい」

 

 

……俺はいつも夕食を作る為に急いで帰宅するようにしていた。俺が作らないといけないと思っていたから。

 

本当は凄く大変だった。毎日毎日、定時で帰ってご飯を作る、簡単な物でも凄く疲れるのだ。

 

でも、四人が俺の為に夕食を作ってくれた。それは凄く嬉しい。俺を気遣って、助けようとしてくれたのだから。

 

でも、何だろう、この感じは……。嬉しさが九割。寂しさが一割。表すならこんな感じだ。

 

大変だった、だけど、きっと充実をしていたから寂しさを感じるんだろうな。成長を感じる反面、自分が居なくても大丈夫と思うのがこんなにも辛くて嬉しいとは……知らなかった。

 

 

「カレー作ってくれたのか……ありがとうな」

「どういたしまして! たくさん食べて! モッツァレラチーズも作ったぞ!」

「凄いな……千秋に教えることはもう無いかもな」

「ええ!? それはイヤだぞ! もっと教えて欲しい!」

 

 

「千冬もありがとうな」

「は、はい……あの、隠し味は、ケチャップとソースと……あいじょ……あッ! な、何でも無いッス!」

 

 

「千夏もありがとう」

「いえ、これくらい当然です、だって長女になるんですから!」

「その姿は眩しいよ、部屋が見えない」

「そう言うセリフは春で間に合ってます」

 

 

「千春、ありがとう」

「うちは、なにも」

「してないわけがないだろう? ありがとう」

「……どういたしまして」

 

 

 

父親が、親が子供の成長を感じる時はこんな気持ちなのか。嬉しいのに寂しい。矛盾した気持ちに苛まれて、高揚する。

 

 

「カレー、俺は、大盛りで頼む」

「おけ!」

「千冬が盛り付けを……」

「私がやるわ! 私が長女だもの!」

「うちはスプーンを……」

 

 

……千春、お前はどう思ってる? 長女に成りたいと言う千夏を見て、何か思う所があるのではないのだろうか?

 

俺に近い感情を抱いているのではないだろうか。

 

分からないが、聞いてみても良いかもしれない。

 

でも、その前にカレーを食べよう。

 

 

◆◆

 

 

 

うち達はカレーを作ってお兄さんに振る舞って、お皿の洗浄までやった。お兄さんは少しだけ、寂しそうで、凄く嬉しそうだった。

 

 

その話題でお風呂場は持ちきりだ。湯船に全員で浸かってその話をする。

 

「カイト、メッチャ喜んでたな……まぁ、()()がカレーに入ってたからな」

 

千秋が拳を握って、胸をトントンと二回たたく。ちょっと、胸がぽよぽよしている。

 

 

「魁人さん、美味しいって言ってくれたっス……えへへ」

「まぁ、私が入れた隠し味のおかげね」

「いや、我が飴色になりまで玉ねぎを炒めたからだ」

「いやいや、私が土壇場でケチャップを入れたからよ」

 

 

千夏は長女に成りたいと言った。千秋もそう言った、千冬は言わないけど、自立しようと毎日頑張っている。それぞれが進み始めているのだ。

 

 

 

喜ぶべきことだよね……?

 

 

 

泣いて、タオルを振り回して喜びたいのに、何だろうか。あまり気乗りしない。

 

 

お風呂から上がって、五人でテレビを見る、夜遅く寝ると肌に悪いので早めの就寝につく。

 

千夏と千秋と千冬はもう、二階に上がって自室に向かった。いつもならうちも一緒に行くのに今日はそう言う気分にならなかった。ただ、ソファに座ってテレビを見る。隣でお風呂に入ってパジャマ姿のお兄さんも一緒だ。

 

 

 

「……眠くないのか?」

「……そうかもしれないですね」

「……俺も今日は眠くならない」

「……どうしてですか?」

「四人が成長して、もう、俺がいらないって思うから。それが嬉しくて寂しくて、それで気持ちがいっぱいだ」

「……なるほど」

「千春もそうなんじゃないか? 長女になりたいと千夏が言って、成長した姿を見て。自分がもういらないと思って、それが良いと思うけど、寂しいんじゃないか?」

「ッ……」

 

 

 

ああ、そっか……。あれ程までにいらないと、鬱陶しいと思っていた長女の責任。称号、ポジション。

 

産まれた順で付けられたくだらないと思っていた番付を。

 

 

うちは、手放したくないんだ……。自分が居なくても進んでいく三人を見て、離れたくないと思ってしまっているんだ。

 

 

「そうかもしれないですね……」

「そうか……でも、安心していい。きっと、あの三人は千春から旅立つんじゃない……」

「え?」

「三人は今まで千春に支えられて、抱きしめられてきたから……。今度は自分たちが支えて、抱きしめてあげたいって思ってるんだと思う……」

「そうだと、いいですね」

「そうに決まっているさ。一年、見て来たけど、あの三人は千春を尊敬して大事に思っている……これは絶対だ」

「……ありがとうございます」

「う、うん……」

「どうしました?」

「いや、恥ずかしいことを言ってしまって、恥ずかしいんだ……。すまん、頭痛が痛い見たいなことを今言ったな」

 

 

恥ずかしそうに片手で顔を抑えるお兄さん。そうか、この人もうちと同じなのかもしれない。

 

成長を感じて、でも、寂しさも感じているんだ。自分がもういらないのではと。

 

「お兄さんもきっと同じです」

「?」

「千夏と千秋と千冬は、お兄さんに支えて貰ったから支えてあげたいって思ってるはずです。いらないとか必要ないとかそれはきっとないと思います。きっと、うち達にお兄さんはこれからも必要です……た、多分……」

 

あ、これ、ちょっと恥ずかしい事言ったかもしれない。

 

頬がちょっと熱い……。視線を色んな所に移してしまう。

 

 

「そうか……だといいな」

「き、きっとそうです」

「大丈夫か?」

「大丈夫です。ただ、恥ずかしい事言って、顔が熱くて、眠れないだけです」

「それは大丈夫じゃないな……」

 

 

きっと、この人の熱がうちにも移ってしまったのだ。あー、熱い。

 

パタパタと手で顔を扇ぐ。この場に居ると恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。今すぐ、この部屋から出て二階に行こう。

 

 

「寝るのか?」

「はい」

 

 

リビングのドアを急ぐように開けると

 

「「「うわぁあぁ」」」

 

 

千夏、千秋、千冬。三人が土砂崩れのようにリビングに入ってきた。きっと、盗み聞きをしていたのだろう。

 

「なに、してるの?」

「あ、いや違うのよ……これは、秋がしようって言ったの」

「ええ!? 千冬が言ったぞ!」

「ええええ!? 千冬止めたっスよね!? 最後まで止めてたッスよね!?」

 

 

……恥ずかしい。あんなセリフを聞かれていたとは。何で三人共してるの?

 

思わず、眼線を鋭くしてしまった。

 

 

「ああ、でもほら、良い話だったわ。だから、まぁ、別にいいじゃない」

「そうだな! 千春流石だ!」

「春姉ってああいう王道熱血な事も言うんスね……」

「……」

「え? なに? 春、もしかして照れてるの!? かわーいいー」

「おおー、千春、かわーーいいなー」

「あ、こうなったら一週間くらいからかわれるの覚悟した方が良いっスよ。ソースは千冬っす」

「……」

 

 

ちょっと、顔が熱い。千夏と千秋が良いおもちゃ見つけたと言わんばかりの表情をしている。千冬は同情の視線。お兄さんは微笑ましそうにソファに座りながら見ている。

 

 

笑ってないでお兄さん、助けてよ。

 

 

 

「あ、そうだ。忘れる前に……」

 

 

千夏がうちを急に抱きしめた。

 

「ッ……」

「さっきの話。かなり的を得ていてビックリしたわ。私にとって春は目標。それは変わらない。でも、超えたいって思ったの、今度は私があんたを抱きしめてあげる」

「――ッ」

「私を頼りなさい……」

 

 

数秒間、千夏はうちを抱きしめた。

 

 

「……これ、バカ恥ずいわね……」

 

 

そして、恥ずかしそうにそう言った。

 

「おお! じゃあ、我も!」

「じゃあ、ついでも千冬も……」

 

続々とうちの周りは密集地帯になり、三人に抱きしめられた。

 

その時、昔を思い出した。

 

 

――とある日の夜、

 

 

うちは一人で寝ていた、そしたら隣に千夏が来て、もう片方に千冬が来て、一人寂しい千秋がうちの上に寿司のネタのように覆いかぶさってきた。鬱陶しくて邪魔で暑苦しかったけど……その日が一番眠れたんだ……。

 

 

手放したくないな……。

 

 

「よし、次はカイトにハグをしてやる!」

「俺か?」

 

 

千秋はロケットのようにお兄さんに突撃した。ソファの上のお兄さんの上に乗っかりハグをする。それを羨ましそうにしながらそれは自分に出来ないと悔しがる千冬。子供だなと呆れる千夏。

 

 

「頭ナデナデしてー」

「分かった」

「あと、カイトも抱きしめてー」

「わ、分かった……」

「子供ね、秋は」

「あれを出来る秋姉は勇者ッス……」

 

 

手放したくないよ……。姉妹を。

 

でも、お兄さんも同じとは言わない、姉妹よりではないけど……手放したくないのかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

――――――



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59話 平穏

全く気付かなかったのですが四半期総合一位でした。

応援ありがとうございます。今後もよろしくお願いいたします。








 夏休み。それは思い出を沢山作る期間。

 

 うち達は沢山の思い出を作った。キッザニアに行って職業体験をしたり、プールに行ったり、駅前のデパートで買い物をしたり。

 

 写真を撮ったり、釣りをしたり、宿題をしたり、夏休みをエンジョイした。

 

 夏休みとはあっという間に終わるもので気付けば明日から学校で二学期が始まるのである。

 

 

「もう、夏も終わりだし……最後に流しそうめんと花火でもやるか……」

 

 

 クーラーで冷えた部屋でテレビを見ているとお兄さんが思いついたように呟いた。

 

「おお! やりたい! 食べたい!」

 

 千秋が目をキラキラさせてお兄さんの提案を支持する。千夏も千冬も折角ならと肯定の表情。

 

「よし、ならちょっと出かけてくる!」

 

 

 そうと決まればとお兄さんは太ももをパチンと叩いて家を一旦、出て行った。数分後、お兄さんは戻ってきた。

 

 一体どこに? と、うち達全員が首をかしげているとお兄さんはあれやこれやと説明を始めた。

 

 

「今は、もう四時だから……先に花火をやって、その後、流しそうめんで良いか?」

「うちはそれでいいと思います……皆もそれでいい?」

「「「……うん」」」

「よし」

「カイト、どこ行ってたんだ?」

「あー、近所さんにちょっと話通してきた。五時くらいに花火やりますから、騒音とかあったらすいませんって……本当なら暗くなってからやるのが綺麗なんだけどな。まぁ、そこら辺は仕方ないってことで……。と言うわけで花火買いに行くか……なんだ? この空気……」

 

お兄さんはどうしたとうち達を見る。

 

 

「俺、なんかやっちまったか?」

 

 

お兄さんはどうしてこういう空気になっているのか分かっていない。そう言う所に気が回るお兄さんにうち達は凄いと思っているのだ。千秋はほぇー、凄いっと口を開いている。千夏は目をぱちぱちと瞬きして凄いと素直に感心。

 

「魁人さん、やっぱり素敵でスっ……」

 

千冬は凄い小声でうちでなければ聞き逃すくらいの小声で呟いた。まぁ、確かに千冬の気持ちを否定するつもりはないけれども。素直に肯定できないのがモドカシイ。

 

 

そうこう色々な考えをしているうちに、うち達は車に乗って近くのスーパーマーケットに到着をした。

 

 

「あ、そう言えば五年生は二学期は林間学校あるだっけ……?」

「そうだ! カレー作ったりするらしい!」

「へぇー、あ、買う花火はこれでいいか?」

「うん!」

 

 

お兄さんとうち達は花火をカゴの中に入れて店内を放浪する。花火を買いに来たがだからと言ってそれだけ買うのはとお兄さんは思っているのだ。

 

「カイト! こっち!」

 

他に見るべきものがあるかもしれないと思っているお兄さんの手を引いて行く千秋。千秋が先頭になりそれにうち達がついて行くような形になる。千秋が行きそうなところは大体わかる。

 

お菓子売り場だよね。

 

 

「カイト、これ……欲しいっ」

「そうか……勿論いいぞ」

 

 

千秋は目をキラキラさせて上目づかいでお願いをする。狙ってやっているのか、偶然なのか。どちらにしろ、お兄さんとうちには効果は抜群だ。願いを聞いてあげたいと思う。最早、意思決定を千秋に奪われていると言ってもいい。

 

「千冬と千夏と千春も何か欲しいのがあれば言ってくれ」

「私は……これをお願いします」

「千冬は……これで」

「……じゃあ、うちはこれで」

 

 

 

千夏と千冬とうちはカゴにお菓子を入れる。お兄さんは問題ないときりっとした顔を浮かべている。

 

「ねぇ、冬」

「何スか?」

「あれ、秋ってちょっとあざとい?」

「千冬は前から知ってたっス」

「やっぱり狙ってやってるの? あれ」

「多分……。秋姉はそうだと思うっス」

 

 

 

千夏と千冬は千秋がちょっとあざといのではないかとこそこそと話している。可愛いは正義だからうちはどちらでも問題ない。

 

「あ、カイト。巨乳ジュースも欲しい!」

「……千秋、これ巨峰って読むんだ……巨乳だと意味違うぞ」

「ッ……ううぅ」

 

あ、これは素で間違えてるね。可愛いは正義だからどっちでも良いんだけどね。千秋は本当に可愛いなー。

 

こんなに可愛いくて、料理も出来るなんて。本当に千秋と言う存在が天は二物を与えずと言う言葉を物理的に破壊してるよね。

 

「冬、アンタは今のどう思う?」

「今のは多分、素で間違ったのではと思うっス……多分」

「秋は意外とあざといのね」

 

 

色々と思う所はそれぞれにあるんだろうけど、スーパーを歩き回った。その後、お兄さんは会計を済ませて家に帰った。

 

 

◆◆

 

 

 

花火の音が聞こえる。俺は花火を持っている四人の姿を写真に収めている。

 

くっ、可愛いじゃぁないか。可愛いは正義。

 

蒸し暑い外で半袖短パンの四人。知ってはいるが四つ子。顔は似ている。と言うか造形はほぼ同じ。全員可愛い。将来は絶対に美女になると俺は確信している。知識で知っていると言うのもあるが、それを加味しなくても分かるのは分かるのだ。

 

「カイトカイト! 写真撮って!」

「分かった」

「あとで加工していい?」

「する必要はないと思うぞ」

「えへへ……そっかぁ……でもする!」

 

千秋はこういう所が可愛いんだよな。

 

「千冬、写真撮って良いか?」

「……、あ、はいっス……あ、やっぱり今は……」

「そ、そうか……」

 

手鏡を取り出して自身の姿を確認する千冬。

 

「あ、ダイジョブでス」

「そうか、はいチーズ」

「……」

「うん、可愛いぞ」

「ッ……(ぱぁぁぁぁ)」

 

顔が凄い明るくなった。千冬は純粋で素直で努力家で気配りも出来て、凄く可愛いんだよなー。

 

 

「千夏、写真いいか?」

「はい……」

「はい、チーズ」

「……どうですか?」

「可愛く撮れてる」

「良かったー、です」

 

 

千夏も最初に比べたら懐いてくれて嬉しい。最近、成長しようと頑張っているし、可愛いんだよな。直球で可愛い。

 

お皿洗いとかも手伝ってくれるし、と言うか最近は殆どしてくれる。気になった事も何でも聞いてくれるし、可愛い。

 

 

「千春、写真良いか?」

「はい」

「はい、レアチーズ」

「とれてます?」

「あ、うん……可愛いぞ」

 

 

千春の笑顔が見たくてちょっと、ボケたんだけどスルーか……。レアチーズ……、激寒だな。スルーされて寧ろ良かったのかもしれない。

 

 

千春もだが千冬と千夏。俺と話すときまだ敬語だな。いや、話しやすいならそれでも全然良いけど。

 

千秋みたいにグイグイ来る感じでも全然良いんだよな。

 

 

「カイト、今のレアチーズ面白かったぞ!」

「そ、そうか、ありがとう……」

「千冬もそう思うだろ!」

「え? あ、うん」

「千夏も!」

「え? あ、そうね……」

「千春もそう思うだろ!」

「え? あ、そうだね、そう言う言い方も出来るかもね」

 

 

千秋以外にはウケが悪かったようだ。今度からボケるのを永久に封印しよう。俺はそう心に決めた。

 

「よし、そろそろ夕食にするか」

「おお!」

 

 

花火は終わり、水が張ったバケツに使い終わった花火が入れられている。それを持って家に入る。

 

辺りはまだ夕焼けの景色。だけど、少しづつ日が短くなっているように感じる。時期が過ぎゆくのは早いな。この間は春だと思ったのに今は夏、そして次は秋がやってきて、冬がやってくる。

 

きっと俺だけではこんなに時間を早く感じることは無かっただろう。

 

千春と千夏と千秋と千冬が居るから。充実をしているのだろう。これからも充実していけるだろう。

 

これからも楽しい毎日があるのだと思うと頬が自然とあがる。

 

 

家に入ったら手洗いうがいをして、流しそうめんの準備始める。四人共楽しみにしてたからな。気合が入る。通販で流しそうめん機と言うモノも買ってあるしな。

 

大体、テーブルの上に置ける。ぐるぐると流しそうめんを回すことが出来る機械。それが流しそうめん機。である。きっと喜んでくれるはずだ。

 

と思っていると……

 

 

「あ、なんか思ってたのと違う……」

 

 

それを見た時に千秋がそうつぶやいた。そうか、竹で出来た凄いウォータースライダーみたいなのを想像してたのか……

 

「ちょっと、竹買ってくる」

「いや、魁人さん大丈夫でス!」

「そうです! 私達、これで満足です!」

「お兄さん、これくらいで良いと思います」

 

 

◆◆

 

 

夏休みもあと一日で終わってしまう。どこか寂しさを感じるそんな日。うち達は家でのんびりと過ごしていた。

 

お兄さんは仕事。最後の日なのにごめんなと謝りながら出勤した。謝る必要など無いと言うのに。

 

「カイトって誕生日、いつなんだろう……」

「そうね……私達祝ってもらったし」

「魁人さんも祝いたいッス!」

 

 

三人共、いつも無償な愛をくれるお兄さんに何らかの形で恩を返したいとは思っていたのだろう。

 

「料理とか洗濯では足りない! 祝え! カイトの誕生日の瞬間を!」

「でも、私達に何が出来るのよ。お金も持ってないし、物なんて買えないわ」

「気持ちじゃないっスか? やっぱり」

「春はどう思う?」

「うちは……あんまり派手に動くと色々やっちゃいそうだし……」

「そうね……」

 

うちも何かしないと、と考えて行動はしたけど返って、お兄さんお気に入りの(ウッド)(ストーン)の皿を割ってしまうと言う暴挙をしてしまっている。

 

「魁人さん、すっごい落ち込んじゃったもんね。アンタ、お皿割りまくるもんね」

「つい……手が滑るんだよ」

「ドジっ子なの? アンタ」

「そうかも……」

 

千夏にそう言われても否定できないのが悔しい。うちはキッチンに入ると基本的にミスするから……千秋は凄い活躍するのに……

 

「と言うか、そもそも魁人さんの誕生日知らないわ」

「我も聞いたことない、カイト自分の事あんまり言わないし」

「千冬も知らないっス」

「うちも」

「これはあれね。本人に聞いてから色々した方が良いと言うパターンね。はい、長女の私の言う事で決定!」

「千夏! 我はまだ長女を認めてないぞ! そもそも我が一番料理できるし!」

「はい? それは長女の評価基準には入らないわ! そもそも隙あればアンタは自分語りするわね」

「隙があるお前が悪い!」

「誰が何と言おうと私が長女!」

「我が長女!」

 

まるで、長女のバーゲンセールだなー。

 

そんな言い争いをしていると千冬は動き出していた。キッチンに向かっていき、手帳を取り出しそれを眺めながら何かを作り始める。

 

うちはちょっと気になりキッチンに向って行く。

 

「何作ってるの?」

「パンを作ってるっス」

「へぇ、そうなんだ」

 

千秋に対抗をしたいんだろうなぁ……。千秋は凄い難しそうなのもあっさり作るし、何だかんだ性格も相まって一番お兄さんと距離が近いし、褒められてるし。

 

 

「勿論、春姉達にも作るっスよ」

「美味しい」

「感想速いッス! まだ作ってもいないのに!」

「千冬の作る物は食べる前から美味しいって決まってるからさ」

「そ、そうっスか……取りあえず待っててほしいっス」

「分かった」

 

 

千冬良い子過ぎる。可愛いし、純粋だし、最高だよね。

 

 

「千冬がパン作ってくれるって」

「おお! 楽しみだ!」

「冬。私も手伝う?」

「ダイジョブっス」

 

 

千冬のパンを楽しみだなー。

 

 

◆◆

 

 

「失敗したっス……」

 

 

千冬が作ったパンは黒焦げで、一見、堅そうだった。

 

「あら、これはまた随分と……食べられのはイヤなので防御力に全振りしましたって感じくらい堅そうね……このパン……」

「……」

「あ、じょ、冗談よ! その、なんて言うか、失敗は誰にでもあるわ!」

「我もそう思う! カイトが言ってた! 失敗は成功の八倍の価値があるって! 次は黄っと美味しいのが作れるぞ!」

「うちもそう思うよ。うちなんて料理とか出来ないし、千冬は凄いんだから自信もって」

「ありがとうっス」

 

 

千冬は苦労人だな……

 

 

うちはそう思った。きっとこれからも苦労することはあるだろうし、でも最後はきっと大きな素敵な華になるんだなと思う。

 

ガックリと肩を落としている千冬を慰める。それを慰める千夏と千秋。千冬は悲しそうだがうちはこの光景を平穏だと思った。

 

平穏……それはうち達が好きなもの。

 

だけど、その平穏はいつまでも続くとは限らない。一番好きな物を取ろうとするとき、何かを変えようとするとき、衝突は避けられないのだ。

 

いつか、そんな時が来たらこの平穏も崩れてしまう。

 

そんな時は来てしまうかもしれないと言葉にできない不安を一瞬だけ感じ取った。

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。

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60話 転校生

感想等ありがとうございます。


 二学期が始まった。夏休みの生活感が抜けずに気だるい雰囲気の生徒が多い。うちは席に座り、世界一の千夏と千秋の後頭部を見渡す。そして、後ろを向いて千冬の笑顔。

 

 二学期初日から満足。

 

 席に座り、先生が教室に来るのを待つ。周りでは夏休みでどのように過ごしたか話している人が多い。

 

 がやがやと二学期初日に相応しい盛り上がりである。

 

 

「はい、席についてー。転校生を紹介しますー」

 

 

 教室に担任の先生が入ってくる。先生とは偉大な物で先生が教室に来ると生徒達は急いで席に着く。偶に反抗して教室をぴりつかせる者も居るがそれは全体の一部でしかない。

 

 

「え! 転校生!」

「可愛い子来るか?」

「誰だれ?」

 

 

 転校生。それだけで話題を持っていく特別な存在。うち達はあまり好奇的な視線は好きではなかったからそう言うのは好きではなかったけど。

 

 

「入ってきてー」

 

 

 先生に言われるがまま入ってきたのは一人の女の子。千秋と同じ銀髪、眼の色は黄金とも言えるほど綺麗で千夏、千秋、千冬には全く及ばないが可愛いは可愛い。

 

 

「自己紹介、お願い出来る?」

「イエス、マスター」

「先生はマスターじゃないのよ」

「あたしの名前は葉西(はにし)メアリ。このラノで一位を取る女よ。覚えておきなさい……あと、普通の人間には興味ないわ、あと、天使と悪魔と巨人と精霊のクオーターだから、よろしくどうぞ」

「えっと……は、はい! 皆さん、よろしくどうぞらしいので、よろしくどうぞな感じで仲良くしてねー」

 

 

キャラが濃い子が来たね……。千秋もああいう事言う時はあるけど……、千秋の数段上を行くであろう一風変わった言動。先生もどう扱っていいのか分からないと言った感じ。

 

同級生たちも、どうしよう、どうしようとオドオドしている者、くすくすと変な物を見たように笑う者。沢山いる。

 

 

何気なく、普通で違和感がないこの空気。

 

人と少し変わった者は爪弾きにされる。大袈裟だけど、そう言う風に捉えることも出来る。まぁ、そこまでではない。ちょっと変わった人は素直に溶け込みにくいと言う事もあるのだ。

 

メアリさんは確かに変わってはいる感じはする……、だけど……

 

等と、深く複雑な面倒くさい方に考えを持っていくのは止めよう。うちには関係のない事だ。

 

そもそもメアリさんはあまり気にしていないようにも見える。本人すら気にしてない事を他人のうちが気にするのは下世話だ。

 

 

「じゃあ、メアリさんは一番後ろのあそこの席に座って貰っていい?」

「はい」

 

千冬の後ろにある席に彼女は座った。千秋が気にしたようにチラチラと後ろを振り返っている。

 

気になって仕方ない姿も可愛いね。

 

 

久しぶりの朝の会が終わると同級生たちは一斉に騒ぎ出す。あれやこれやと、夏休みの話、転校生がどうだと言う話。

 

だが、転校生の事が話題に上がるのに誰も話しかけない。かなりインパクトのある自己紹介でなかなか行きにくいのだろう。

 

どのように扱っていいのか分からないこの現状。

 

うちもあまり話すのは得意ではないし……。

 

メアリさんは一人、窓の外を眺めたり、ポケットから手帳を出しスラスラと何かをメモしたり、一人で行動している。

 

自分だけで生きていくと言うスタイルなのかな……? あまり話しかけるなと言う感じもする。

 

 

千秋はメアリさんが気になっている様子だが……その日は誰も話しかけることは出来なかった。

 

 

◆◆

 

 

カタカタとキーボードを叩く音が聞こえる。電話の鳴る音や、通話している職員の声。

 

俺も自身の職務をこなしていると……定時帰宅の時間であると気づく。

 

「じゃ、そろそろ」

「帰るのか?」

 

隣の佐々木が反応する。

 

「そうだな」

「偶には飲みに行かないか? 今日、何人か誘って行こうって話になってるんだが」

「いや、家で四人が待って居るからな……」

「偶には良いと思うぞ」

「そうか……じゃ、また今度で」

「それ行かない奴のセリフだな」

「いつか行くよ」

「そうか……女性職員何人か来るから俺だけじゃキツイな……」

「頑張ってくれ」

 

 

飲み会ね……。あんまり行ったことないな。四人が腹を空かせて家で待ってるし……いや、今は夕食作れるか……。いや、だが行かない。断固として行かない。家で待って居てくれる四人が居るからな。

 

それに心配だ。小学生四人を家に夜に置いておくのは。

 

結論、帰る。

 

 

「じゃ、そう言う事で」

「そうかー」

 

 

俺は職場を去った……

 

 

◆◆

 

 

家に帰り、玄関のドアを開けると四人が出迎えてくれた。やっぱりこれだけで飲み会に行く理由が消えるんだよな。

 

と、考えていると四人が不安そうな顔をしていることに気づく。

 

 

「どうしたんだ?」

「カイト……大変」

「なにが?」

「家に……」

「家に?」

「バッタが居る……」

「ば、バッタ? 虫の?」

「そう……何とかして」

「分かった……」

 

 

千秋、千春、千夏、千冬は虫が大の苦手。と言うのが確かゲームの設定にもあったな……。

 

俺は今、怒りに打ち震えている。俺の娘を怖がらせるとは。

 

きっと、今俺はバッタに親でも殺されたのかと言う表情をしているだろう。

 

「何処にバッタは居るんだ?」

「そっちでス……リビングに……」

「わかった」

 

 

千冬が恐る恐る指を指す。そうか、そんなにバッタが怖いのか……俺は虫は好きでも嫌いでもない。

 

例外としてゴキブリは嫌悪感とかあるから、なるべく家は清潔に保っているつもりだ。

 

だが、バッタなら何の問題もなく、熟練の左中間を守備のようにキャッチアンドリリースが出来る。

 

リビングに入る……見渡すがバッタは見当たらない。怖がって後ろに四人が隠れる、千秋と千冬は俺のスーツの裾を掴んでいる。千春と千夏は掴みはしないが辺りをキョロキョロと見渡している。

 

……可愛いな

 

 

「カイト、早く何とかしてッ……これじゃ、心配で白米、お茶碗二杯分しか食べられないし、睡眠も七時間しかとれないッ」

「わ、分かった」

「魁人さん、仕事で疲れてるのにごめんなさい……でも、千冬、バッタだけは……ダメっスッ……」

 

 

こんなにも頼りにされることが今までにあっただろうか?

 

「魁人さん、お願いします……」

「お兄さん、お願いします」

 

 

千夏と千春までもが俺を頼ってくれるとは……。

 

 

これは早い所、バッタを見つけないとな。きっと、俺が帰ってくるまで落ち着いて家で過ごすことも出来なかっただろう。俺はこの家を四人が落ち着けて伸び伸びできる居場所にしたいと考えている。

 

 

処置しないと……

 

 

「あ! いた!」

「どこだ!」

「うわぁぁぁ! 飛んだぁぁ!」

「ちょ、千秋、足にそんなにしがみついたら動けないんだが……」

「……きゃ、きゃー、mushiが居るっすー、こ、こわいなぁ……」

「千冬も、バッタが退治できない……」

 

 

千秋に右足、千冬に左足。それぞれ銅像の足のように厳重に固定されてしまう。これでは動きたくても動けない。

 

「ちょ、ちょっとぉおおおお!! 早く何とかしないさよ! 誰でも良いから!」

「千夏、落ち着いて……大丈夫だから」

 

 

千夏はもう慌てて、慌てて仕方ない。千春も声を震わせている。家の中が凄い騒がしくなっている。

 

ぎゃやーぎゃー、と騒ぐ四人を宥めながら俺はバッタと捕まえ、外に放逐した……

 

 

◆◆

 

 

「そうか……転校生が来たのか」

「うん。メアリって言うの」

「メアリか……」

 

 

バッタとの激闘を終えて、食卓を五人で囲みながら一日の出来事を話し合っていた。メアリと言う転校生が来たと千秋が教えてくれる。

 

葉西メアリ。ゲームでは千秋専属の友人キャラだったな。厨二でラノベ作家を目指す自信家。

 

銀髪に黄色の目。両親ともにラノベ作家と言う家系に生まれた彼女は両親の仕事立場から小さい頃からアニメなどに触れてその影響でラノベ作家を目指している。

 

という設定だった気がする。あとはあんまり人と話すのが得意ではない。仏頂面だが実は話しかけて欲しい……見たいな感じだったな。

 

ゲームだと千秋が話しかけて、それで仲良くなった子で……主人公もメアリと仲良くなってその流れで千秋と主人公が高校で知り合うと言う感じだった。

 

久しぶりにゲームの事を深く思い出した気がする……。

 

「メアリに話しかけようと思ったんだけど、緊張して出来なかった」

「明日、話かければ良いんじゃないか?」

「そうだな! そうしよう! 何か分からないけどメアリとは仲良くできそうな気がするんだ!」

「そうか……頑張れ! その為に今日は沢山食べて英気を養わないとな」

「分かった! もぐもぐ、ごっくん……カイトのオムライスグッドだぞ!」

 

 

こんなに食べっぷりが良いと作った甲斐があるんだよな……。千春と千夏と千冬も美味しそうに食べてくれるし……。作って良かった。

 

 

「カイト、おかわりしていい?」

「いいぞ。でも、卵はもう無いんだ。ごめんな」

「チキンライスだけでも全然いけるから問題ない!」

 

千秋はほぼ百パーセントの確率でお代わりをする。千夏も結構食べるな。千春と千冬は小食と言う感じだがお残しはしない。

 

「アンタ、本当によく食べるわね」

「千夏だけには言われたくない」

「なんで?」

「千夏、何だかんだで食うから」

「いや、アンタほどじゃないわ」

「いや、いつも今日はお代わりしないとか言って、結局するじゃん。今日もしないって言ってたのにしてるし」

「……それは」

 

 

女の子だから食べる量を気にしたりするんだろうな。俺は変に遠慮するより食べてもらった方が気持ちが良いけど……

 

ここは変にフォローするより……

 

まぁ、こういう時は黙っておいた方が良いんだろうな。

 

俺は銅像のように黙った。

 

◆◆

 

 

 千冬は魁人さんを尊敬していて、感謝している。でも、ちょっとだけ怒っている。その理由は一つ。

 

 全然約束を守ってくれない!!

 

 千冬だけに色々教えてくれると言っていたのに……。

 

 千冬も全てが自分の思い通りに行くとは思っていない。でも、約束した次の瞬間から夏姉に料理教えるって……。

 

 重大な約束違反……ではないかとついつい思ってしまうのだ……。

 

 でも、お世話になっているしそんなことも言えるはずもなく、これは千冬自身から動くしかない。そう決めたのだ。

 

 

 お風呂から上がって春姉と夏姉と秋姉が二階の自室に上がって行く。だが、千冬は敢えてリビングに残った。魁人さんもお風呂上がりで一緒に並んでテレビを見る。

 

 ううぅ、自ら動くと決意したけどいざ何かしようと思うと緊張してくる。五人で一緒に居る時はそんなことないんだけどなぁ……

 

「あ、かい、魁人さん……」

「どうした?」

「えっと、前に約束してた、その、色々教えてくれるってやつ……」

「あ、そう、そうだったな……忘れてたわけじゃないぞ? う、うーん、でも、あんまり言うような事もないんだけどな……」

「そ、それでも教えて欲しいでスっ……」

 

 

 良かった、忘れていたわけではないらしい。もし忘れたって言われたらちょっと悲しい。

 

「そうか……何が聞きたいんだ?」

 

 

 ここで、好きな人のタイプとか年の差とか意識しまスか? とか聞ければいいんだけど。そんなメンタルがあるはずもないよぉ……

 

「好きな……」

「……す、好きな?」

「好きな、曲とかって! 何でスか!」

「……きょ、曲か……」

 

 

これ、別に聞きたいわけじゃないのに……。魁人さんはちょっと安心したような表情をしたまま腕を組んで考える。

 

「……あー、オレンジだな」

「そ、そうでスか……」

 

 

知らないなぁ。でも、今度聞いて会話の話題にしよう……。

 

『あれ、聞きました! すごい良かったでス!』

『そうだろう! 今度一緒にライブでも行くか?』

『えぇー!』

 

見たいな流れになるかも……、ってそんなわけないかぁ……

 

 

……。好きかどうか、直接聞くなんて出来るはずないから、千冬の事、どう思ってるのか聞いてみようかなぁ。

 

これ、いきなり千冬の事どう思ってまスか? って聞いたら告白してると思われるかも……それは恥ずかしいからダメ!

 

じゃあ、姉達を通して聞けばいいの、かな?

 

 

「あの、魁人さんは春姉の事、どう思ってまスか?」

「千春か……良い子だよな、気遣いも出来るし、自分だけじゃなくて誰かの為に動けるのは素敵だな」

「そうでスか」

「ただ、もっと我を出して欲しいな……」

「それは確かにそうでスね……」

 

魁人さんの言う事も分かる。春姉は全然自分の欲を出さない。全くと言うわけじゃない。以前よりは出している節は見受けられるけど、それでも自分を出していないと千冬も思っている。

 

 

「……夏姉はどう思いまスか?」

「千夏は警戒心が強くて、視野も広い。自分も変えようと努力できるし純粋で優しい子かな?」

「夏姉、大分魁人さんに懐いてまスよね……」

 

 

ちょっと、嫉妬深い声を出してましった。魁人さんが困ってしまいそうなので表情を明るくする。あれ? もしかしてこれは逆に怖いかな?

 

 

「あ、いや、そうともいえるかな……」

「あ、えっと、じゃあ秋姉はどう思ってまスか?」

「千秋は明るくて、元気いっぱいな子だな。一色のように見えるけど、色々考えてると思う」

「……秋姉をそう言う風に言う人、春姉以外で初めてかも……」

「そうか?」

「はい。クラスでも秋姉は元気で単純そうって、体操のお姉さんみたいって言ってる人、偶に居まス……」

「一見、そう言う風に見えるかもしれないな。そう見せているとも言えるかもしれないけど……千秋は我儘を言う時、殆どこれはしていいのか、どうなのか、聞き返してくる。多分、あの子なりの気遣いなんだろうさ」

「……成程」

「あと、千秋が我儘を言うのは千冬達に我儘を言っていいんだと遠回しに示しているのかもな……と勝手に考えている」

 

 

秋姉をこんな風に言う人初めてかも……。何か、そう言う凄い人って姉が思って貰えるのは嬉しいかも……

 

 

「じゃ、じゃあ、ついでに流れで……千冬はどう思ってまスかっ……?」

「千冬は努力家だな。ずっと頑張り続ける千冬の姿にいつも勇気を貰っている。あとは、優しくて気遣いが出来る凄い子だなと思っている」

「――ッ」

 

 

――うれしいなぁ

 

 

そう言う風に自分を言ってくれるなんて、この人の言葉だからこんなにも嬉しいんだろうけど……

 

 

でも、恥ずかしくなってきよぉ。これ絶対自分の顔赤い……。リビングから離脱しよう

 

「あ、じゃあ、今日はこの辺でー」

「そうか、おやすみ」

「は、はいぃー」

 

 

千冬は顔を隠しながらリビングを出た。

 

 

◆◆

 

 

「はぁ、何か、夏休みあっという間だったわね」

「そうだね」

 

うちと千夏は二階の寝室で二人で話していた。千冬はリビングに残って何かお兄さんと話すらしい、千秋はスパイごっこしてくるとか言ってたな。

 

部屋の中は暗い。カーテンは閉め切っており、光がほぼない。

 

「……何か、心に余裕があるわね」

「それは良い事だね」

「そうね……私もそう思うわ」

「……」

 

 

彼女はしみじみとそう言う。そう言った彼女の額には少しだけ汗が滲んでいる。

 

 

「何か、熱いわね。この部屋」

「そうだね。クーラー使う?」

「今日はいいわ。偶には窓開けて、電気代の節約しましょう。偶には我慢もしないとね」

「そうだね」

 

 

千夏はカーテンを開けた。ゆとりを持っているからこそ我慢も苦もなく出来るのだ。

 

 

「今日は満月ね……綺麗だこと……ん? 満月?」

「千夏、閉めて!」

「あ、し、しまったぁ!」

 

 

油断をしていた。うちも千夏も、

 

 

 

――満月の光を千夏は浴びてしまった。

 

 

 




面白ければ感想、高評価よろしくお願いいたします。



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61話 トマトジュース

 そこに居たのは誰よりも美しい少女であった。いや、もう少女と言う安直な一言で納めてしまっていい物なのかも疑問であった。

 

 月の光に照らされて、彼女の一糸乱れぬ姿が見える。

 

 黄金のように美しい長髪。

 

 凹凸しっかりした体。美の女神が裸足で逃げだすのではないかと感じさせるほどに彼女は、千夏は美しかった。

 

 

 本当に綺麗。芸能人とかテレビで見るけどそんなレベルじゃない。

 

 

「あ、あ、あ……」

 

 

千夏は自身の姿を見て少しだけ、精神が不安定になってしまう。うちは綺麗だと世界一だと思う。でも、千夏はそうは思わない、異端で不気味な物だと思う。

 

 

「千夏、大丈夫、うちが居るから……」

「あ、あ、、。そうね……そうよね。ダイジョブ……、私は大丈夫」

「うん、大丈夫だから」

 

そう言って座り込んでいる彼女の頭を撫でる。すると千夏は乱れていた呼吸と精神を落ち着かせる。

 

良かった。雰囲気も明るそうに戻る。そして、うちは千夏の状態に意識が行き、一つ気付く。

 

身体がかなり成長してしまっているからパジャマが破れてしまって千夏は全裸状態。千夏もそれに気づいて照れて胸元を隠す。

 

「……見ないでよ」

「あ、ごめん。でも、やましい気持ちは無いよ?」

「まぁ、それは分かってるけど……」

 

あんまり見られたくないよね……。うちは凄く綺麗で自慢できると思うけど。うちはいつも肯定するからこういう時に言葉が意味をなさないんだよね……。

 

 

千冬の時と少し似ているけど、きっと今何か言っても千夏には響かない。うちが優しさで慈悲で言葉を紡いでいるように千夏は思うから。

 

 

千夏はため息をつく。千夏の目は少し暗くても赤く光って綺麗。いつもは青い色だけど、今は赤。

 

……満月の光は千夏を身体的に急激に成長させて、眼を青から赤に変えて、吸血衝動を引き起こす。

 

 

超能力、と言うより特異体質に近しいのかもしれない。うちは千夏のこの超能力を厄介とか不気味とか思っているわけではないけど……

 

千夏がね……どうしても……そう言わない。思わない。

 

 

見た目が急激に変わる、それは千夏にとってマイナスでしかない。だけど、千夏にとって最も、嫌なのは……

 

 

「どうしよう……」

「取りあえず……軽く掛布団で体隠そう……」

 

うちは薄い掛布団を彼女にかけた。お腹を冷やさないようにいつも使っている物である。

 

「今日はもう寝よう?」

「そうね……」

「一晩たって、火の光浴びれば……戻るしさ。あんまり深く考える必要も無いよ」

「うん、ありがと……」

 

うちは図書室とかで本を手に取り調べた事はあるけど、超能力については何も分かることは無かった。お兄さんに貸して貰ってスマホで調べた事もあったけど何一つ分からなかった。

 

 

超能力って、何なんだろう……。意味なんて何も無いのか。ただただ理不尽な特性なのか。

 

まぁ、いい……とにかく今日は一緒に居よう。そして、早い所、日をまたいでしまおう。

 

 

「……ッ」

「大丈夫?」

「……血が、飲みたい……」

「……そっか」

「春の首に嚙みつきたいって思っちゃった……」

「……」

「もう、やだ、これ……」

 

 

千夏が頭をぐしゃぐしゃとかきなぐる。血を吸いたくなると言うのは普通の人間なら欲求になることはない。だからこそ、その衝動に嫌気がさしてしまう。姿が異様に変わり、異様な欲求が湧くのが千夏はイヤでしょうがない。

 

「今日は一人で寝る……」

「……でも」

「良いから。春たちは魁人さんと一緒に寝るなりして……」

 

 

千夏はそう言って下を向く。うちは何と言っていいのか分からず口を閉じてしまった。

 

僅かに沈黙が部屋を支配する。そこで部屋のドアが開く。

 

 

「千秋……ドア開けっぱなしにしないで入ってくれない?」

「ッ……分かった……」

 

千秋は千夏の姿を見て全てを察し、部屋のドアを急いで閉めた。

 

「……今日は私一人で寝るから」

「いや、我も一緒に寝る!」

「やめて」

「やだ」

「……」

「だって、ずっと一緒にって約束したじゃん」

「……」

 

 

千秋は千夏の雰囲気に引くことなく、そう言った。やっぱり千秋は凄いなと思った。うちはどうしたら良いのか分からなかったから……

 

 

「夏姉……」

「ドア閉じて……」

「ごめんっス……」

 

 

今度は千冬が部屋に入ってきて、千夏を見て驚く。どうしたら良いのか分からず数秒フリーズするが千夏に言われ急いでドアを閉める。

 

「千冬! 今日は一緒に寝るよな!?」

「そうっスね……」

 

千冬はどう言っていいのか分からないと言う感じだった。一緒に居てあげたいけど、今、吸血衝動を起きている千夏の側にいるのは余計に千夏の負荷になってしまうのではないかと思っているからだ。

 

うちもそう。

 

 

千冬の考えは分かるし、間違っていないと思う。だからと言って千秋の考えが間違っているとも思わない。

 

千秋もそこが分かっていないわけではない。千夏のストレスになってしまうかもしれない。でも一緒に居たい……寄り添いたい。

 

――そう思うのが、言うのが千秋だから

 

……うちはそれを知っている。

 

 

「千夏、大丈夫か?」

「大丈夫よ……ただ、その、あんまり近づかないで……衝動が来るの。特に前より、アンタ達良いもの食べてるし、ストレスもないし、血が良質な感じがするの……」

「あ、そ、そうか……でも、一緒に居るぞ!」

「そう……」

 

 

これは、どう判断をしたらいいんだろう。ストレスを与えて寄り添うか……。それとも、負荷を与えず一日だけ距離をとるのか……。

 

悩みに悩んでしまう。でも、姉としてここは一つの決断をしないといけない。悩みに悩んでいると……部屋のノックする音が聞こえた

 

「俺だけど、ちょっと話良いか?」

 

「「「「!?」」」」

 

 

お兄さんが来た。今、一番来て欲しくなかったと言っても過言ではない。と言うかその通りだ。

 

どうしようと悩んでいると、千秋が自ら動きだしてそっとドアを開けた。最低限、部屋の中なんて殆ど見えないはず。

 

部屋の中も暗いから千夏の姿がバレる事もない。さらにさらに千夏はドアを開けている角度から絶対に見えない角度に移動する。

 

「どどど、どうした? っかか、か、カイト」

「あ、ごめんな。何か立て込んでたか?」

「い、いや大丈夫だ……で、でも、こんな夜に、お、女の園に来るなんて……カイト、えっちだぞ……」

「え!? そうか、ごめんな……」

「いや、謝らなくても良いけどさ……」

「そうか……えっと、俺明日ちょっと仕事早く行かないといけないの忘れてたんだ。だから、明日は鍵は自分たちで閉めて出かけてくれ」

「わ、っわわ、わかった!!」

「じゃ、おやすみ……」

 

 

お兄さんは何かを察したのか、どうなのか、分からないけど直ぐに部屋を出て行った。

 

「ふ、ふぅー、我の名演技で事なきを得たな……」

 

 

千秋が冷や汗をかいたと一息入れる。本当にバレていないのか、どうなのか、分からないけど。

 

千夏の事がバレなければそれでいいかな……

 

 

◆◆

 

 

いや、絶対何かあっただろな……。あの反応は絶対に何かあった。断言できる。千秋は分かりやすい所が偶にあるからな。

 

だが、あの反応の返しは早く俺を遠ざけたかったように見えた。無理に暴こうとするのは余り得策ではない。

 

それに嫌われたり、距離をとられたりする場合もある。俺は一年、あの子達と過ごしてきた。自惚れでは無ければそれなりに距離も縮まったと思う。それを俺も感じてはいる。だからこそ、何かあの子達にとってマイナスに感じることはしたくない。

 

四人を傷つけたり、焦らせたりせずに平穏を演出したい。それにようやく絆が出来始めているのにそれを途切れさせたくない。

 

 

どうしたものか……。でも、何かあったのは事実。それを放っておくのはダメかもしれない。

 

 

……でも、何かあったら相談してきてるよな? 最近になって我儘を行ってくることもある。

 

それに、千秋が言い淀むなんて普段の生活の中であることはない。

 

つまり、普段ではない何か……。

 

 

俺はサンダルを履いて家を一旦出た。そして、空を見上げる……

 

 

「満月か……」

 

 

大体わかったかもしれない。いや、察しはついてはいたが超能力関連の悩みか。

 

先ほどまで普通に接していたのに、急に態度が変わった。そして、満月。情報を照らし合わせて結論を出す……。千夏が満月の光を浴びたのか……。

 

 

眼が赤くなり、身体も成長し、吸血衝動も起こってしまっていると考えられるかもしれない。でも、これってそもそもがゲーム知識が前提だから確定として考えるのは良くない。

 

それに合っていたとしても千秋が相談をしなかったと言う事は明かしたくもないのだろう。部屋にも全員が居ただろうし、彼女達の総意でもある。

 

 

気付かないふりをして放っておくのも一つの手かもな。先延ばしは一番、無難だから。

 

…………でも、超能力で悩んでいたとして吸血衝動はどうする? それを無視すべきか?

 

あれは千春の以前の最大の悩みに通ずるところもある。

 

人の血が吸いたくなる……。千夏にとってはかなりのストレスになる事だ。

 

血が欲しい、それはオカシイ

 

一人は寂しい、でもみんなが居ると異様さが際立つ

 

血が欲しいと皆が居ると強く思う。

 

 

一晩立って、日の光を浴びれば元に戻ると言う設定ではあるから放っておいても大丈夫と判断も出来る。それが無難。だが、放っておけない。

 

 

かなり、怪しい行動になってしまうが……。それで不安にさせてしまうかもしれないが……、もし、何かを変えられるのなら……

 

◆◆

 

 

「やっぱり、一人で寝る」

「いやだ! 一緒に寝る!」

「秋、気持ちは嬉しいわ。でも、血が欲しくなっちゃうの……アンタ達が近くに居ると……」

「あ、ううぅ……」

 

 

千秋も何も言い返さなくなった。

 

うちも千秋も何も言えない。今日は一人にした方が良いのかなと思ったその時に再び部屋をノックする音が聞こえる。千秋が再び、ドアを最小限開ける。

 

「……カイト?」

「あー、そのごめんな……。えっと、賞味期限がギリギリのトマトジュースがあるから飲んで欲しいんだ……」

「トマトジュース……?」

「う、ん、そう……これだけだ。うん、俺は部屋で寝るから……おやすみー」

 

 

お兄さんは小さい紙パックに入ったトマトジュースを四つ押し付けるように千秋に渡すとすぐに立ち去った。

 

……どうして、このタイミングでトマトジュース?

 

「取りあえず……これ……」

 

 

千秋がうちと千冬、千夏にトマトジュースを渡す。歯磨きしちゃったんだけど……と全員の頭をよぎった事だろう。ただ、一息ついて冷静になりたいと言う考えがあったのだろう。

 

「私飲むわ」

 

そして、千夏は何か欲の足しになればと考えていたのだろう。ストローを紙パックに差し込んでごくごくとトマトジュースを飲み始めた。

 

「ッ!?」

「どうしたの?」

 

すると、千夏は異様な反応を見せた。驚愕したようにトマトジュースの紙パックを眺める。そして、ちゅーちゅーと一気に飲み干す。

 

「……何か、いつもより美味しい」

「そうなんだ……うちのも飲む?」

「……貰う」

 

 

千夏は頭をかしげながらチューチュー飲む。

 

「我のも飲むか?」

「千冬のも」

「ありがと……貰う」

 

 

千夏は四本分、トマトジュースを飲み干した。

 

 

「……何か、凄い満足……」

「おお! 良かったな!」

「それに……血、欲しかったけど……今は、別に欲しくもなくなった……」

「ええ!? 本当なのか!?」

「うん……トマトジュースで抑えられるのね……知らなかった」

「カイトの偶然がこんなことになるとは……やっぱりカイトは凄いな!」

「そうね……でも……これ、偶然……?」

「偶然だろ……?」

「そう、よね……」

 

 

うちも少し疑問に思ったがでも偶然だろうなと思った。何で超能力をしならないお兄さんが一つ先の解決策を知っているのと言う話になる。能力者である千夏でさえ吸血衝動を抑える方法を探していたのに分からなかったのだ。お兄さんが分かるはずがない。

 

千冬も疑問が湧いたがそれはないと考えるのをやめている。

 

「じゃあ、今日は皆で寝れるっスね」

「そうだな! よかった!」

「そうね…………」

 

 

千夏は何か考え込んでいるようだった。でも、今はそんな事は置いておこうと千夏は考えを一旦収める。

 

その日は一緒に寝ることが出来た……。ただ、千夏は再度考え込むような態度を見せていた。

 

 

◆◆

 

 

 

 トマトジュースを渡したがどうなんだろうか?

 

 もし、俺の考えがあっていたとして、効果があったとしたらちょっと怪しいか。

 

 そもそもトマトジュースが吸血衝動を抑えると言うのは主人公が発見するものだった。高校で仲良くなった千夏と主人公。住んでいる部屋に主人公を読んで一緒にご飯を食べる。 

 

 お泊まりをしてその時、油断して千夏の超能力がバレてしまう。

 

『私、不気味でしょ?』

『そんなことない』

『本当に?』

『うん』

『ありがと……○○。大好きよ……』

 

 

 その後、偶々持っていたトマトジュースを千夏に渡して、それを飲んで吸血衝動が収まる。それで好感度があると言う展開。

 

 

 超能力を知っても主人公が全く動じない。俺もゲームをしているときは何とも思わなかった。別に超能力なんてあってもなくても一緒だろうと思った。だけど、実際にそれを目の当たりにした時に無意識のうちに何かを感じて、それが四人に伝わったらと思うと怖くて仕方ない。離れたくない……。

 

 ゲームと現実は違う。だが、俺は時としてゲームの尺度であの四人を測ってしまう時がある。超能力なんて大したことはない……それはゲームの尺度で測り、その考えをもとにしているのかもしれない……

 

 等と考えていると自分がどうしたら良いのか分からなくなる

 

超能力……それは異端で理不尽な力。それは神秘でもあり、異様な力。そう言う風にゲームでは解説されていた。

 

 この世界は現実で、でもゲームの世界と酷似して、でも、どこまで似ていて、それをもとに行動していいのか……。トマトジュースもそもそも正解なのか。

 

 頭が痛い……。超能力は……あるとしたら……どうやって触れればいいんだろうか。別にゲームの知識とか完全に無視して、超能力と言う概念そのものを俺の頭から無かったことにしても良いかもしれない。

 

 秘密があろうが無かろうが、それを明かしても、明かさなくても愛してあげればいいのだから……でも……

 

 

――その日は答えは出なかった。これからどうしたら良いのか。分からず、俺は『保留』を選んでしまった……

 



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62話 林間学校前

 私はある一つの疑念を持っていた。それは昨日、魁人さんが夜に持ってきたトマトジュースである。

 

 飲み終わって空になった紙パックを捨てる時、あることに気づいた。魁人さんは賞味期限が迫っているからと私達にトマトジュースを差し出した。

 

 それが偶々私の吸血衝動を抑えた。

 

 偶然……? トマトジュースを差し出すタイミングもオカシイような気がする。

 

 

 まさか、まさかまさかまさか……私に、私達に気づいていた……? いや、だけど……。

 

 でも、偶然と言う可能性もある。

 

 もし、もし、バレていたら……知っているなら、魁人さんはどう思っているんだろう……。

 

 もし、知っていないとするなら、私がそれを告白したら受け入れてくれるのかな……?

 

◆◆

 

 千夏の事でひと悶着あった次の日。教室で朝の僅かな時間を過ごす。桜さんと話したりしつつ、壁に寄りかかり姉妹を観察。

 

 はい、安定の可愛さだね。

 

 千冬は本を読んで、千秋は転校生のメアリさんを気にして、千夏は窓の外を感慨深く眺めている。千夏は何か昨日の事で思い当たる事でもあるのだろうか。朝からずっとあんな感じだし……。

 

 千夏は自分の事を成長していないと考えている時があるけど、うちからすれば凄い成長していると思う。本当に……変わって行くんだね……と強く思う

 

 最近は姉妹の考えていることが分からない時がある。それほど、成長して複雑な思考をして、それぞれ個人の行くべき道に未来に歩き出していると言えるから嬉しいけどさ。

 

「あ、あのさ」

 

 

 千秋がメアリさんに恐る恐る話しかける。うちは珍しいと素直に思った。千秋はフレンドリーに誰でも話しかけるように見えるけど、実は自分からはそこまで話しかけることはそれほどまでにない。

 

 きっと一人でいるメアリさんを放っておけないのだろう。彼女、人を寄せ付けないオーラを出しているけれど、偶に仲良さそうにしているクラスメイト達を羨ましそうに眺めていた。彼女の本心に千秋は最初から気付いていたんだ。だから、最初から気に欠けていた。

 

 

「な、なに?」

「あ、いや、ほら、クオーターって言ってたから……まぁ、その我は天使と悪魔のハーフだし……ちょっと、話してみようかなって……」

「ふーん……あたしと似て非なる存在って事ね……。面白いじゃない」

「あ、どうも……あっ! じゃなくてそれはこちらのセリフだ」

 

 

 

どうやら、歯切れの悪さは多少あるがそれなりに話せる仲になったらしい。流石千秋だね。

 

「千秋ちゃんは……、あ、いや、アンタは好きな物とかってあるの?」

「えっと、私は……あ、わ、我はハンバーグカレーが好きだ」

 

互いに緊張でキャラが安定しない。

 

「へぇ、カレーね。あたしは、ラノベが好きね」

「ラノベ……?」

「え? ラノベ……知ってるわよね?」

「……?」

「あー、知らないのね……。えっと、可愛い女の子が表紙とか挿絵に入ってる小説みたいな?」

「あー、我、基本的に文字の羅列は教科書だけで十分派だからそう言うの読まない」

「読んでみてよ。面白いわよ」

「ふーん……」

「因みに私の両親はラノベ作家よ」

「そう言えば自己紹介の時に言ってたな」

 

 

ラノベって、あの可愛い女の子とかが表紙に乗ってたり、やたらタイトルが長かったりする……小説だっけ? 

 

あんまり千秋はそう言うの読まないからね。文字の羅列は教科書と長期休みの宿題で嫌と言う程見てるから、どうにも拒否反応が出てしまうのだ。

 

 

「えっと……所沢住んでるけど……近くにところざわ桜タウンとか行ったことない感じ?」

「行ったことない……」

「そうなんだ……コラボルームとかキャラが出てくるエレベーターとか、ダ・ヴィンチストアとか色々魅力的な所なの。是非行って見て!」

「分かった」

「普通より、早く発売してるラノベとかいっぱいあるの!」

「お、おう……」

 

 

なるほど、メアリさんは俗に言うオタクと言う奴らしい。どんどんヒートアップして説明をしていく。

 

 

「えっと、このラノ一位になるって言ってたけど……どうやってなるつもりなんだ? そもそもこのラノ? ってなに?」

「それは……ラノベの日本で一番凄い別名って奴ね! 私はそれを只管に目指しているの!!」

「おー、頑張れ!!」

「ありがと!」

 

 

 何かこの二人凄い仲がいい……。

 

 

◆◆

 

 

 私達はバスに乗り、家に帰る途中で会った。秋が新しくできた友達であるメアリの話をしてそれを春と冬が聞いている。

 

「メアリは良い奴だぞ」

「そっか」

「秋姉がそんなに話すのは珍しいと思って見てたっスよ」

 

 

そう、冬が言うように私もそう思った。まぁ、秋はフレンドリーに見えて繊細だから入れ込む人に出会うのが非常に難しい。それに、過去の事もあり神経質にもなっていたはず。

 

それが一日であそこまで話せたのは魁人さんとの生活で色々と変化ししたこと、後は単純にあの子の態度は人を惹きつけやすいと言う事。

 

惹きつけるけど、その人に入れ込むかは別問題だけど、今回は入れ込んだ。メアリと西野は違うのだろう。

 

 

秋が誰かと仲良くなるのは良いけどさ……。姉妹の時間が減ると言うのはあまり好ましくない。休み時間にここが分からないとか、難しかったとか、語り合う仲じゃない。春と冬はレベルが違う、略してレべチだからあんまり話せないし。

 

私は姉妹の中で一番コミュ障だしさ……。林間学校も秋と春と冬、この三人と行動することが求められる。でないとボッチで過ごして、楽しくない林間学校になってしまう。

 

それは避けたい。でも、秋に出来た友達との接する時間を奪うのは長女としてやるべきではない。

 

 

「千夏。今日の夕飯はどうする?」

「そうね……」

 

 

考え事していると秋がグイッと顔を近づけて私に聞いた。以前までは違ったけど、最近は私達が夕飯を作っている。

 

姉妹で連携をして作ったいるけど、未だに魁人さんの味には及ばない。カレー一つとっても同じルーを使って、ルーをブレンドしているにも関わらず、味が変わってしまう。

 

姉妹で一番の秋でも、まだまだ魁人さんには及ばない。魁人さんは美味しい美味しいと泣きながら食べてはくれる。

 

味に補正が大分かかっているから正直、納得がいっていない。もっと美味しく作りたいな……。美味しい物を食べてもらいたい。

 

 

「昨日は炒り豆腐と鮭の塩焼きだったから……」

「ハンバーグだな」

「いや、それは一昨日したから駄目ね」

「えー」

「えー、じゃないの。まぁ、麻婆豆腐ってところかしら? 味噌汁とかちょっと作って」

 

 

 

最近になって気付いたけど、献立作るのも簡単ではない。これって最近作ったとか、あれは作ってないとか考えるだけでやたらと時間をくってしまう。

 

それに考えることが多いともっと大変になる。頭の中はカーニバルだ。

 

昨日の事。

 

吸血衝動でパジャマが内側から破れてしまった。いい訳が思いつかない。どう考えてもおかしい破け方。秘密にして予備のパジャマを着るのが最善だけど。

 

魁人さんの不可解な行動……。考えることが沢山あり過ぎる。

 

「ねぇねぇ、やっぱりハンバーグしない?」

「しない」

「じゃ、ハンバーグに麻婆豆腐をかけて食べる……」

「しない」

「むぅ」

 

不機嫌そうにしながらこちらを睨む秋を流して、只管に頭を回す。でも、だからと言って理想的な何かが思いつくことはないのだ。

 

魁人さん……知っているの? 知らないの? 

 

世の中、分からない事だらけだ。分からない事と言えば満月の光を浴びたら吸血鬼になり、太陽を浴びると元に戻ると言う原理も分からない。魁人さんが以前、月の光は太陽を反射したからと言っていた。

 

太陽と満月……何が違うの?

 

 

「ち、千夏! 頭から湯気出てる! ギアセカンドか!?」

「夏姉! 大丈夫っスか!?」

「千夏、ちょっと休もう」

 

 

頭がくらくらする。普段、あんまり頭使わないのに考え過ぎた……

 

 

◆◆

 

 

 夏休みが終わって数週間経過した。徐々に夏の熱さから秋の涼しさに季節が変わって行く。千秋はメアリと友達になって、平和な日常を俺達は過ごしていた。メアリは友人キャラと言う役割がゲームではあったけど、まぁ、そこら辺は考えなくて良いだろう。単純に千秋に友達が出来たと言う認識でいいだろうな。

 

 

 さて、そろそろ林間学校が始まってしまう。一泊二日。

 

 いやだなぁ……。家に帰ってから千春と千夏、千秋と千冬がいないと考えると寂しさが湧いて仕方ない。

 

 だが、仕方ないのだ。こればっかりは。

 

 成長する機会を作るのが学校、その学校でも数がわずかしかない貴重なイベントであり、成長の機会。

 

「カイト! これ、しおり!」

「ああ……タオルとか、歯ブラシとか色々必要なのか」

「我ね我ね、最近出た魔法少女プリンガールのタオル使いたい!」

「買いに行くか」

「わーい」

 

 しおりなんて物が作られているのか。いや、当たり前だけどさ。千秋に渡されたしおりをソファに座り、ぱらぱらとページをめくって眺める。隣には千秋と千冬、近くには千春や千夏も座る。林間学校行ったらこの四人は居ないのか。

 

 寂しい……。そんな事を考えながらしおりを眺める。

 

 ああー、懐かしい。こんな感じの昔使ってたな。

 

 棒人間がバトルする漫画がしおりの空きスペースに書かれているのは千秋の個性が出ている。

 

 

 いやでも、寂しいな。そんな俺の寂しさを汲み取ったのか千秋は首をかしげて顔を覗き込むようにして俺に聞いた。

 

 

「ねぇねぇ、カイトは我らが家に居なかったら寂しい?」

「寂しいな……」

「じゃ、林間学校行かない!」

「いや、それはダメだ」

「でも、カイトが寂しいなら行きたくない!」

「千冬も魁人さんが寂しいなら行きたくないでス……」

「寂しいけど、四人のお土産話がそれ以上に楽しみだから。めいいっぱい楽しんできて欲しい」

「そうか……分かった!」

「千冬も」

 

 

 

千夏と千春も隣でこくこく頷いている。うわー、本当は別に行かなくてもいいとか言いたい。俺の家でその日は休んで一緒に美味い物でも食べようとか言いたい……。でも、言えるはずない。

 

「もう、夜も遅いから四人は寝た方が良いぞ」

「分かった!」

「魁人さん、おやすみなさい」

「お兄さん、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

千秋と千冬、千春と夏がリビングを出て二階に上がって行く。

 

すると、一気にリビングが静かになる。これを……一日とか、地獄も生ぬるいのではないか。

 

はぁっとため息を吐いてしまった。テレビがあるからまだ多少の音を演出することはできる。でも、それでもやはり物足りない。

 

二度目のため息をはくとテーブルの上に置かれたしおりが目に入る。表紙に『日辻千冬』と名前が入っていた。

 

千秋は二階に持って行ってしまったし、千夏と千春はランドセルにしまったままなのだろう。

 

四人に必要な物を確認したくて中を見る。必要な物リストと言う項目があり、タオルとか歯磨き、消毒ジェルと言った文字が刻まれている。それらを見ているとそこに書いていない物も必要な気がしてくる。

 

一応、風邪薬とか整腸剤とかも必要かもな……。頭の中で考えながらページをめくると……

 

 

 傘のような記号。そこに俺の名前と千冬の名前が書いてあった。

 

 ……。純粋。

 

 千冬はやっぱり純粋だ。可愛いと思う。でも……。

 

 俺はいつもいつも、途中でこの先を考えるのやめてしまう。だって、行きつく先を何となく分かっているから。どんな考えをしても考え方をしても、きっと答えは変わらないから。

 

 

 

 

 

 



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63話 林間学校

 詰め込むだけ、詰め込んだ大きなカバン。それを持ってうち達は玄関の前で待機していた。スーツ姿のお兄さんが玄関のドアを開ける。

 

 どうやら林間学校に行くには荷物がかなり多いから、今日は車で学校まで送って行ってくれるらしい。そして、そのまま仕事に行ってくれるらしい。

 

「よし、そろそろ行くぞ……」

「お、おう、分かったぞカイト……」

 

 

 お兄さん凄く萎えている。どんだけ、千秋と千夏と千冬と離れたくないのだろうか。親ばか的な感じだろうか。ただ、分かり身が深い。うちもこんなに可愛い妹達が居たら離れたくない。

 

 

 うち達は荷物を荷台に載せて、乗車する。お兄さんはエンジンをかけて車を発進させる。

 

 

「か、カイト! や、やっぱり我、行かないほうが」

「それだけはダメだ。千秋たちは色々経験をして欲しいから残るなんて論外だ」

「そ、そうか。分かったぞ。お土産話楽しみにしててくれ」

「わあった……」

 

 

お兄さん落胆が凄い。助手席に乗っている千秋が気を遣ってしまうと言う感じ。あまり見た事のない光景に何を言っていいのか分からない。

 

学校に到着すると、駐車場で降りる。いつもとは違う大きなバスがそこにはあった。

 

「じゃあ、行ってらっしゃい」

「カイト! 絶対帰ってくるからな!」

「魁人さん、千冬、沢山想い出作ってくるっス!」

「おう……」

 

魁人さんは少し、元気がなかったけど……一度、顔を振るって思考を切り替えて精一杯の笑顔を作る。

 

「楽しんで来い!」

「カイト! 分かった!」

 

 

千秋が大きな声で返事をして千冬と千夏、うちは軽く手を振ってその場で別れる。お兄さんはそのまま仕事場に向って行った。

 

「くっ、カイト! 必ず戻ってくるからな!」

「いや、そんな仰々しくしなくていいわ」

「千夏は寂しくないのか?」

「ちょっとだけ、寂しいけどさ……いや、でもそんな、一年旅に出るとかじゃないんだし」

 

 

千秋と千夏が議論を繰り広げる。千冬はちょっと寂しそうに顔を暗くして、三者三様と言った反応だ。

 

校庭が集合場所なので重い荷物を持ってそこに向かう。既にクラスメイトの一部は集まっており、先生も名簿を持って色々チェックをしている。

 

「おーい! 千秋ー! おはよー!」

「メアリー、おはよー」

 

千秋がメアリさんと朝の挨拶を交わす。すっかり仲良しだ。千夏はちょっと寂しそう。

 

ここは姉としてちゃんとフォローをしておかないといけないね。ハグを……、あ、急に距離とられた。

 

悲しい。もっと甘えて欲しいのに……。では、ちょっと悲しい顔をしていた千冬を……

 

きょ、距離とられた……うわぁぁん、お姉ちゃんグれちゃうぞ! なーんて言ったらハグさせてくれるかな。

 

絶対そんな事は言わないけど。千秋は友達、千夏と千冬はハグしようとしたら逃げる。こうなったら普通に二人と会話して取り合えず整列して出発まで待とう。

 

 

◆◆

 

 

 私の名前は北野桜。何処にでもいる普通の小学生。

 

 いま、私は人生で最悪と言っていい程の事態に見舞われている。私のバスの隣の席にあの西野が座っているからだ。

 

 いや、別に嫌いって訳じゃないけど。肘が凄い当たってくる。

 

 バスは二つの席が両サイドに。一列に四人が座れる。隣にはメアリと千秋。あの二人最近、仲いいんだよね。千春が悔しそうにそう言ってた。

 

「っち……」

 

 自分は仲良くできないからか、舌打ちをしてしまう西野。嫉妬ってわけね。私が通路側だから覗き込む感じで西野が来る。いや、興味あるのは分かるよ? 千秋は可愛いと思うし。

 

 最近、相手にもされてないから焦りとかもあるってのは分かる。いや、でもさ、肘が痛い!

 

「あのさ、ちょっと窓側に寄ってくれない?」

「あ?」

「い?」

「う? じゃなくて、バカにしてんのか?」

「乗ったくせに……まぁ、いいや、取りあえず窓側行って、肘当たって痛い」

「あっそ……」

 

不機嫌な様子だがちゃんと窓側による辺り、最低限の良心はあるって事か。底が浅いだけで。

 

「そんなに千秋が見たいなら席変わってあげてもいいよ」

「は、はぁ? そんなつもりねぇし」

「いや、お前のツンデレとか誰得? そう言うのあんまりしない方が良いよ。千秋はそう言うの嫌いだし」

「あ? んだt」

「ああー、はいはい」

 

 

私は西野言葉を遮って会話を中断した。

 

「あのね、あの子はアンタが思っているのとは真逆と言っていい子だから今のままじゃ相手にしてもらえないよ」

「……」

 

 

どうやら、先を話せと私に促しているようだ。

 

「あの子は単純とは真逆だよ。そして、意外と冷酷で理性的。あの子はね、自分にとって不必要な物を無意識に捨ててる。何かされたら怒るんじゃなくて、切り捨てるの、怒って強制させるんじゃなくて、捨てるんだよ。だから、アンタが相手にされないって言うのは……自分には必要ないって思られてるってこと」

「……それって、お前の感想だr」

「そう、俺の感想だよ。だから、どう思うかはご勝手に……」

 

 

私はそう言ってそっぽを向く。

 

 

千秋は大分難易度が高いと思うから無理だと思うけどさ。あの子は見てて本当に特殊だと思う。誰とでも仲良くしてるようで、何も考えてい無さそうなのに。

 

色んな人と話すけど、関係は浅く。誰かが話すときはぴたりと黙って話を聞く。意外と人を値踏みするように見ているときもあるし……。西野にはちょっと相性が悪いだろうね。

 

まぁ、そこまで言う程お節介はしないけど。

 

◆◆

 

 

 

「千秋ちゃん、玉ねぎ微塵切り上手ー」

「普段からしてるからなー」

 

 

林間学校イベント。カレー作り。まぁ、調理実習的な物であるが普段以上に生徒達は活気にあふれている。まぁ、千秋は普段から調理場に立ってるからね。これくらい普通だよね。

 

カレー作りは班に分かれて行うけど、他の班のカレー作りも見える。だから、うちと千夏と千冬と千秋の班は注目を集めてしまう。

 

「本当はケチャップとかで味整えるんだけど……」

 

 

ちなみにカレー班は六人制で、うち達以外にもメアリさんと桜さんが居る。二人共千秋の手際には感心している。

 

「やるね。千秋」

「当たり前だよ。千秋だもの。そう言う桜さんもかなり手際良いと思うけど」

「まぁ、俺は普段から弟がお腹空いたって言う時にホットケーキ焼いてるからな」

 

桜さんは偉いなぁ。うちはお皿とかよく割っちゃうし、塩と砂糖間違えて、醤油と昆布つゆ間違えて足を引っ張るから。素直に凄いと思う。

 

 

「俺もそれなりに頑張りまか」

 

 

桜さんはニンジンの皮をピーラーで綺麗に剥いて行く。手際が良いなぁ。

 

「ひっくッ、ヒックッ……」

 

千冬は玉ねぎを隣で泣きながら切っている。健気だね。千夏は信用できない人が包丁を使うこの場はあまり好きでないから人から距離をとっている。

 

 

「千夏、大丈夫?」

「……家だったらこんな事、ないわ……」

「そっか……家の方がいい?」

「正直……今すぐ家に帰りたい……」

「そっか……じゃあ、今日は寂しくないようにうちがハグを」

「いや、それはいいわ」

「……ぴえん」

 

 

 

そんな即答で返事をしなくてもいいのに……。うちは悲しみに打ち震えた。

 

 

◆◆

 

 

 

時間が過ぎていき、夕食を食べた後は温泉に入ることが出来る。うちと姉妹三人、そこに桜さんとメアリさんが一緒になってお風呂場の湯船に浸かる。そこで一日の疲れをいやすのだ。

 

なんやかんやであっという間。カレー作って、ちょっと自然を鑑賞して……そうこうしているうちに時間とは過ぎていく。

 

 

「ねぇ、千秋、あっちの露天風呂行きましょう!」

「む? 構わんぞ」

 

千秋とメアリさんはキーンっと去って行った。それを見て桜さんは感心したように呟く。

 

「本当に仲いいな」

「そうだね……」

 

 

千夏と千冬はあまり話さない。桜さんとは話したことがない訳じゃないけど、そこまで仲が良くないからちょっと気まずいんだろうね。特に千夏は千冬より接する機会が少ないし。

 

それを察したのか、桜さんは湯船からあがった。

 

 

「ちょっと、俺もあっちの風呂いってくる」

「……うちも行くよ。千夏と千冬、お姉ちゃんちょっと行ってくるね」

「はいっス」

「分かったわ」

 

 

うちも上がってお風呂場を歩いて行く。

 

「気遣わなくていいのに」

「それはうちのセリフ」

「そっか……」

 

二人で歩いていると千秋とメアリさんが楽し気に露天風呂で話しているのを見つけた。

 

「千秋って凄い可愛いよね……やっぱりうちの妹は世界一。何というか、肌も透明感あるし、うちは妹達がスケスケの透明人間に成らないか心配なくらい」

「……シスコンもほどほどにしときな」

 

 

桜さんは苦笑いしながらそう言った。

 

 

◆◆

 

 

「ねぇ、冬……」

「何スか?」

「二人きりって意外と珍しいわね」

「そうっスね」

 

 

夏姉と二人きりとは確かに珍しい。春姉と秋姉、四人そろってと言うのは日常だけど、二人きり。

 

気まずいとかはない。でも、新鮮な気持ちかも。

 

「丁度いいわ……。アンタに、冬に、その……相談したいことがあるの……」

「相談っスか?」

 

 

夏姉からは迷い、怯えそれらの感情が混沌のように混ざり合っていた。一呼吸、二呼吸、時間を少し置いて、呼吸を整えて夏姉は言った。周りに聞こえないように千冬の耳元で囁くように

 

 

「私……魁人さんに超能力のこと……言おうと思って、るの……」

「……え?」

 

 

思わず、呼吸が止まってしまいそうになるほど驚きが千冬を貫いた。夏姉の言うような事は予想していた。今まで一緒に居たから言うようなことは分かっているつもりだった。

 

その、つもりだったのに……

 

 

「アンタは、どう、思う? 私の考え……」

「千冬は……」

 

それはどう言って良いのか分からない。千冬には超能力はない。ここでどういったとしても他人ごとになってしまう。無責任な事になってしまう。

 

「魁人さんは、受け入れてくれるかな……」

「魁人さんは……」

 

魁人さんは……、どう言うんだろう。そんなこと……そんなこと、考えたことなかった……。

 

そっか……千冬はいつの間にか、自分の想いを成就させることを考えていた……。夏姉達の悩みとか境遇を考えていなかったんだ……。最低だ。

 

自分は沢山悩んで、はじかれ者だと勝手に思って、でも、魁人さん(依り代)を見つけたらほったらかしにしていた。

 

千冬にそれを言う資格は、無い……。

 

「私はね……受け入れてくれるんじゃないかって、思ってるの……」

「……」

「色々一緒に見て、学んで、過ごして……私はそう判断したの……。でも、私がそれを勝手にするのってどうなのかなって、思ったから……一緒に過ごしてきた冬に聞きたかった」

「秋姉と春姉には、もう、聞いたんスか……?」

「ううん。まだよ。何か、こう、言いずらくて……それにこの考えになったのつい最近だから」

「なるほど……」

 

 

勝手に渇望して、勝手に責任から逃れて、自分はなんて身勝手な存在かと思った。

 

 

「あ、でも、無理に言わなくていいわよ?」

「……千冬は」

「……?」

「何と言っていいのか……分からないっス……」

「そっか……じゃあ、しょうがないわね」

「ごめんなさい……」

「いや、謝らなくていいわよ」

「……でも、これからはッ」

「ん?」

「これからは千冬もしっかり考えるッスから! 沢山相談してほしいッスよ! 夏姉!」

「そっか……ふふ、じゃあ、頼りにしちゃおっかな?」

「任せて欲しいッス!」

 

 

 

 千冬もこれからは姉妹の事を考えて行動しよう。夏姉に悩みがあるならちゃんと相談乗れるように、同じ責任を背負えるように頑張ろう。

 

 よし、決めた!

 

 

「んー、じゃあ、話をちょっと変えましょう。あんまり重い話してもしょうがないしねー」

「何か、他にも話が?」

「恋話しましょう」

「え!?」

「いや、もう、こういう時はするしかないでしょ! ほら、アンタは好きな人とかいないの?」

「えー、す、好きな人? い、いないっすよ」

「いや、絶対居るでしょ。イニシャルだけで良いから!」

「い、いや、だから、いないっス……」

「なーんだ、つまらないの」

「そう言う夏姉はどうなんスか?」

「私はねー、うーん……居ないわね」

 

確かに夏姉にそう言った特定の人が居る感じはない。夏姉は結構男子人気も高いけど、高値の華って感じがするから他者を引き寄せる感じがしない。

 

「私はね、結構理想が高いからね。見合う人が居ないのよ」

「へぇー。そうなんスね」

「そうなの。私はね、こう紳士的で安定な感じで、包容力がある感じと言うか」

「も、もしかして、魁人さんじゃ……」

「魁人さん? ああー、確かに言われてみればそうかもね」

 

 

こ、この感じはライバルとかになりそうじゃないから良かった。安心する……かな?

 

 

「秋とか春には好きな人居るかしら?」

「どう、っスかね……いないような感じがするっスけど……」

「確かにそうね」

「春姉は千冬たちの事をずっと見ててくれるから……他に目が行かないって感じだし、秋姉は……単純に居ないって感じっスかね?」

「あー、春はそうね。でも、秋は……謎ね」

「謎?」

「意外といるかもしれないわ……。まぁ、勘だけど」

 

 

秋姉っているのかな? 好きな人……。その後も夏姉と理想の想い人に関して会話を繰り広げた。

 

 

 




――――――――





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64話 泣き泣きの秋

 気付くと定時帰宅の時間になっていた。早く帰らないと……四人が待ってる……そう言えば今日はいないのか。

 

 夕方の五時過ぎ。いつもなら早足に帰宅をするが今日はそんな気分ではなかった。

 

 

「あれ? 帰らないのか?」

「林間学校で四人共いないんだ……」

「あ、そう。折角だし、飲みにでも行くか? 同僚とか色々誘って」

「……」

 

 

 飲み会か。別にそこまで行きたいわけじゃない。そんな奴が居ても盛り上がりに欠けるような雰囲気になってしまいそうだ。

 

「やめておく感じで」

「折角だし来いよ。家には誰もいないだろ?」

「……」

 

 

心が折れそうだ。どうして、そんなことを俺に言うんだ。家に誰もいないよ。それは真実だけどさ。

 

「俺は良いや。場を悪くしそうだし。空いたグラスに酒注いだり、皆の注文纏めてオーダーするくらいしか出来ないし」

「いや、かなり優秀だな。来てくれよ……実は俺小野妹子ちゃん狙ってるんだ。手伝ってくれ」

「ちゃん付け……さん付けで取りあえず呼んだ方が良いぞ?」

 

 同僚で成人してる人呼ぶなら大体、さん付けが基本のような気がする。馴れ馴れしい人が嫌いな人もいるしな。

 

「な? 一回来てくれよ。家に誰もいないし、暇だろ?」

「……あ、そうだけどさ……」

 

 

まぁ、確かにこのまま家に帰っても虚しいだけかもな。折角だし、飲み会に行って見るか。

 

◆◆

 

 

 俺はとある酒場で隣に居る厳しめ表情をしている男性に酒を注ぐ。

 

「信玄部長……どうぞ」

「うむ……すまんな」

 

立ち膝で注いだ後に座布団の上で再び正座をする。

 

武田信玄課長とか、宮本さんとか、佐々木とか、小野妹子とか我が役所は歴史上の人物が多いな。いや、覚えやすいから良かったけどさ。他にも太公望先輩もいるし、清少納言係長も居るって言うし。

 

 

いや、名前覚えやすいから全然良いけどね。

 

 

「魁人さんは四人も子供を引き取って大変じゃないですか?」

 

 

取りあえず、適当に相槌を打ちながら自分の話をせずに、相手の話を聞くと言う方面に意識しながら時間を潰していく。そうこうしていると前に座っている同年代職員、女性、北条政子さんがそう言った。

 

「あーいえ、別にそうでもないですね。大変と言うより充実と言う感じです」

「へぇー」

「魁人さん、普段どんなことを教えたりしますか?」

 

今度は隣の小谷の方さんが話しかけてくる。

 

「う、うーん、そんなに説教臭い事は言ってないですね。強いて言うなら目を見て話そうね、くらいですかね……」

 

 

俺はあまり熱い言葉と言うのが苦手だ、あとで恥ずかしくなって悶えてしまったりもするし。

 

別にこれと言って話すような事もないから、盛り上がりに欠けるような気もする。ここは何か、俺からも話題とか振った方が良いのかな……。

 

「あー、小学生の頃に友達だった人とまだ、知り合いの人っています?」

 

あ。単純に……俺の聞きたい事を聞いてしまった。

 

場を盛り上げることを言おうとしたが四人の前でギャグが滑ったりした記憶がフラッシュバックして何を言っていいのか分からず……。

 

「いや、いないわ」

「好きだった人とかももう、どこにいるのやら」

「俺も知らんな」

 

 

皆さん、真面目に答えてもらってありがとうございます。と言う謝礼を心の中で唱える。それにしても俺って協調性無いな。話振ってもらっても膨らませて盛り上げることが出来ない。

 

でも、四人といる時は結構、話せるんだよな……。本当にいつの間にか、だな。

 

 

その後は、あれやこれやと上手い具合に話を回すように心がけた。

 

◆◆

 

 

 全員の酒代は武田信玄部長が出してくれた。もう、頭が下がる思いでいっぱいだ。頭を下げた後、その場で解散。

 

 お酒を飲んでしまったので今日は公共の交通機関を使って帰宅する。ふらふらと足取りが若干不安定なままバス停に到着。次のバスまで少し時間があるから待って居ると……

 

「あ、魁人さん」

「あ、どうも」

 

後ろに先ほどまで一緒に飲み食いをして、さらに佐々木が狙っている小野妹子さんが居た。

 

「いや、楽しかったね」

「そうですね」

「……あの、ちょっと相談していい?」

「? どうぞ」

「えっと……魁人さんって佐々木さんと仲良いじゃん」

「そうですね……」

「その……さっき、佐々木さんに告られて……どうしたら良いかなって……」

 

 

……それ、俺に話していいのだろうか? と言うか相談ってどういうことだ? 付き合いたいなら付き合っていいだろうし。

 

「えっと、俺に相談してどうするんですか……」

「ほら、魁人さんってモテるし、女性経験豊富そうだし……良い意見貰えないかなって。私、誰ともお付き合いしたことないから」

「あ、それ俺もですよ」

「え? 嘘? 凄いモテる人かと思ってた」

 

 

俺は21歳になっても、Dの意思を引き継いでいるから……ってこういう寒いギャグみたいなのを考えるから千春達に引かれるんだよな。普通に変態的な思考だし。

 

酒飲み過ぎたな。こういう時にしっかりと自制心を持って行動しないと。例えそこに四人が居ても居なくても、常に四人に誇れる行動をしないとな。

 

 

「そんなことないです。ですから意見とか特に言えないですね。当人同士が納得していればいいと思います」

「……そっか。実は私、佐々木さんの事、そう言う風に見たことなくて、でも会社内の人だから不用意に遠ざけるのもどうかなって……」

「……なるほど。だから……悩んでいると……いや、だとしても当人の気持ちですよ。佐々木はクズな面もありますが、振られたからと言って変な事言ったりしないと思います。気まずくなったら俺を通して話したりもしていいですし」

「……そっか」

 

 

彼女はそれ以降、何も言わなかった。色々、それぞれに抱えている物があるだな。この世界がゲームではないと再認識をする。

 

 

ゲームなら、登場人物をその周り。それくらいしか見えるところがない。というか見せる必要がないのだ。だから、無い所は関係ないし、そこにドラマもない。が、やはりここは土台は似ているが別物。

 

 

見えないところが存在するのだ。

 

「あの、ありがとう。少し、考えてみる」

「その方が良いですよ」

 

 

そう言って彼女は去って行った。バスを待つと言うのは嘘なんだな。わざわざ俺の後を付けて相談に来たと言うわけか。

 

 

彼女が去って後、冷たい風が吹き抜けた。夏も終わり、秋が近づいている。季節のめぐりが早いな。

 

 

バスが来て、それに乗る。揺られながら普段なら考えない事を考える。

 

先程の飲み会での会話……。

 

小学生の頃に好きだった人なんて、殆ど結ばれる事など無い。と言う話が少し上がった。

 

確かに俺もそう思うのだ。小学生の恋はあくまで経験。長い長い人生の中を僅かに切り取って、そこで行われる甘酸っぱくてほろ苦い物。

 

……そう、思ってしまうのだ。

 

 

千冬は俺の事を好ましいと思ってくれている。そこを面倒くさいとか、嬉しくないと、そんなことは思わない。

 

寧ろ、嬉しいとすら思う。

 

 

でも、所詮は経験でないかと思ってしまう。まだ、あの子は小さい。小学生だ。

 

あの子が主人公と結ばれようが、他の女性、もしくは男性と結ばれようが俺はそれでいい。幸せならそれでいいと本気で思う。

 

でも、今、あの子が求めているのは、求めてくれているのは……俺だ。俺は千冬が大事だ、望みがあるなら言って欲しい。叶えてあげたい。あの子がもし、俺を求めるなら、答えてもあげたい。

 

でも、きっと俺は経験としか思えない。千冬の長い人生の本当にちょっとした経験の一部として自分を使ってしまうかもしれない。あの子がこれからの人生でどういう道を歩むのか分からないけど、その行く先の僅かな道案内の立て札にでもなれたならそれでもいいと思ってしまうかもしれない。

 

でも、それは不誠実だと思う。あの子の純粋で無垢な恋を最初から受け取らず、受け取ったふりをしていれば、きっとあの子はそれを見破る。

 

 

そうしたら、溝が出来る。

 

かと言って断れば、俺はお前の事が大事だけど子供としか見れないと断れば、それはそれで溝が出来る。

 

それは嫌だ……。ようやく形になってきた気がするんだ。家族としての形になってきだんだ。毎日笑いあえる環境、帰ったら誰かが気持ちよく出迎えてくれる家。壊したくないんだ……それだけは……。

 

 

俺は、最初は何となくだった、何となくで最初は歩いた。

 

 

でも、俺は今は……家族に成りたいと思ってるんだ

 

 

 

◆◆

 

 

 帰ったら玄関を開ける。家の中は電気が着いていなくて、明るくもない。騒がしくもない。帰ってきたのに帰ってきたと言う認識が湧かない程だった。

 

 スーツを脱いで、適当に椅子にかける。

 

 いつもならリビングで脱ぐようなことはない。千秋たちが顔を真っ赤にしてしまうからだ。

 

以前、まだまだ四人が家に住み始めてから慣れていなかったとき癖で間違って上着を脱ぎかけて、顔を真っ赤にした千秋に凄い注意されたのを思い出した……。

 

 

『か、カイトッ! そう言うのはえっちだぞ!!』

『あ、ごめん……』

 

 

 それ以降は脱衣所で着替えることを心掛けていたんだけど、それをする必要がないとなると何だか寂しい。だけど、いつかこんな日も来るのかな。四人がこの家から旅立って、巣立っていけばこれが新しい普通になる。

 

 騒がしい日常が過去になる。

 

 

 それを考えるだけでうっすらと目尻に涙が溜まる。こんな気持ちでいたくない。早い所、風呂にでも入って寝てしまおうと考えて、動き出そうとすると……スマホが振動する。

 

 画面を確認すると……四人の学校のクラス担任の先生からだ。

 

「もしもし……」

「あ、すいません。夜遅く」

「いえ、大丈夫ですよ」

「あの、その……千秋ちゃん、夜が寂しくて凄い泣いちゃって……それで、一回電話かければなって感じで……その、一旦変わりますね。はい、これ」

 

 

 まさか、先生からかかってくるとはと驚愕反面、千秋の声が聞こえるとなるとちょっと俺も嬉しいと思った。そして、千秋が泣いてしまった事が全力で心配になった。

 

「千秋?」

「ガイドっ……」

「大丈夫か?」

「ううん……寂しい。カイトッに会いたい……」

「そうか……俺も千秋が居なくて寂しいよ……テレビ通話でもするか?」

「ううん、泣き顔見られたくないからそれはヤダ……」

「そっか……千春達は?」

「寝ちゃった……起こすのは嫌だから……一人で起きてたら寂しくなった……」

「そっか……」

 

電話越しでも千秋の泣き顔が容易に想像できるようになった。今すぐ迎えに行ってあげたい位だ。

 

「……カイト……今すぐ、迎えに来て……?」

「行ってあげたいけど……ごめんな。今日はダメなんだ……」

「なんで? きてくれないの?」

「ごめんな……今日はもう行く手段がないんだ……それに今は林間学校中だろ?」

「やだ、きて……」

「……明日、朝一で迎えに行くから。今日だけは我慢してくれ」

「……あさいち?」

「朝一で行くよ……」

「……ぜったい?」

「絶対」

「わかった……きょうだけがまんする……」

 

 

今すぐ、行きたい。でも、お酒飲んじゃったし。そもそも、これは林間学校と言う経験。貴重な学校教育の一つ。千秋の為を想うならこれを大事にしないと。

 

 

「明日行くからな」

「うん……」

「じゃあ、先生に変わってもらって」

「それはやだ、まだおはなしする……」

「わかった……でも、それは先生のスマホだから、先生にしていいか聞いてもらっていいか?」

「うん」

 

 

スマホ越しに千秋の質問の声が聞こえる。鼻をすすりながら声も上ずっている。本当なら今すぐ迎えていたい……。

 

「ここ、Wi-Fiつかえて、つうわりょうきん、かからないから好きなだけしていいって」

「あ、そうなのか。じゃあ、眠くなるまで話そうな」

「うん!」

 

 

千秋との会話は三十分くらいで終わった。その間にカレーを作った事、山を探検して、虫が出て大騒ぎだったこと……。メアリと色々話したこと。

 

 

話しているうちに千秋の口数が減ってきて、欠伸をする音が聞こえてきた、そして、眠くなってその場で眠ってしまったと先生に最後に報告を受けて、そのまま明日朝一で迎えていくと言う事情を説明した。

 

 

早い所、寝て……明日に備えよう。酒はあまり飲んでいないから数時間で抜けるはず。車を使って明日は迎えていかないといけないのだ。

 

先程より、体が凄く軽くなっている気がして、気分も高まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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65話 背中を押す

 早朝、俺は私服に身を包み車を走らせていた。昨晩飲んだ少量の酒の酔いはすでに消えており、二日酔いに悩まされることなくスムーズに目的地に向かうことが出来ている。

 

 昨晩の電話は少し、予想外だった。千秋が甘えん坊なのは分かっていたつもりだがわざわざ電話までかけてくるとは。甘えん坊なのは可愛いと素直に思うし、甘えてくれ程に懐いてくれているのも嬉しく思う。

 

 でも、こうやって何でもかんでも手を貸したり、思うがままにさせるのは成長の機会を奪っているような気もする。でも、放っては置けないのは事実だし、来て欲しいと言う千秋の願いを蔑ろにも出来ないも当然なのだ。

 

 結論から言えば俺は……どうするのが一番なのか分からないのだ。

 

 ――まぁ、何だかんだで林間学校の場所まで来てしまうと言う親ばか全開な行動をしてしまっているんだがな。

 

 

 

◆◆

 

 

 とある宿がある。大きすぎるわけでも無いが、小さすぎるわけでも無い。自然に囲まれた、そこそこの宿。俺は辺りを見渡しながら入り口に向って行く。流石に中まで入るのは躊躇われるのからそこで暫く待つことにする。

 

 千秋だけ昨日は電話してきたけど、千春、千夏、千冬。三人はどんな感じなのかもきになる。

 

「あ、! カイトー!」

 

 腕を組んで考え込んでいると入口の戸が開き、一目散に俺の元に体操着姿の千秋が駆け寄ってきた。肌寒くなりつつあるこの季節。赤い長袖と長ズボンのジャージ。

 

「千秋、昨日は眠れたか?」

「うん!」

「そうか……」

 

 

千秋の側には担任の教師の姿もある。一応、どうも、お世話になっております。と言う謝礼をしつつ、簡単に挨拶を互いに交わす。交わしていて分かったのはこの人は手慣れている。

 

てっきり。凄い馬鹿親でモンスターペアレントでも見るような目をしてくるんじゃないかと思っていたけどそんなことない。ごく普通に俺に対応している。一応教師、各家庭の状況はある程度知らされたり、分かっていたりするものだがこの人は何てことない感じで対応している。

 

意外と俺みたいな人は多いのか……? いや、極稀だろうな

 

 

「カイト、もう帰りたい」

「そうか……今日は一応何時まで林間学校なんだ?」

「えっと、ね……12時に朝食食べて、お昼休みしたら帰るの」

「そうか……うーん、そうか……」

「??」

 

 

今は、7時。あと、五時間。何とか頑張れないかと聞くか、それとも今すぐに四人を連れて帰るのか。

 

「千秋、あとちょっとだけ頑張れないか?」

「……え? なんで? もう、かえりたいよ、わたし……」

「そっか……でも、もうちょっとだけ頑張らないか? 俺はここに居るし、本当に嫌になったらすぐにも迎えに行く。だから……頑張れ、千秋……」

「……わかった。でも、かえりはバスじゃなくてカイトのくるまでかえる」

「分かった」

 

 

千秋は先生に手を引かれてもう一度宿に戻って行った。千秋の寂しそうな眼は忘れらないが、何だか、背中を押したほうがいい気がした。根拠は乏しいがそう思ったからそうしてしまった。

 

 

頑張れ……千秋。

 

 

 

 

千秋を送り出して暫くの間、車の中でお昼が過ぎるのを待って居た。朝ごはんを食べていないがさほど空腹ではない。一人、車内で少し考え事をする。

 

 

昨日、小野妹子と少し話をした時の事を思い出す。人それぞれ色々な事を抱えている。これから先。四人にもそう言った悩みが来るのかもしれない。その悩みの先には結婚とか……主人公と結果的に結ばれたらどうなるのだろうか。

 

この世界は……同性婚が認められているからな。愛と言う形が多彩と言える。ゲーム『響け恋心』を基準にしているこの世界は同性婚がある。ゲームでも四人と主人公がハーレムや個人間結ばれたりする世界線もあったはずだ。

 

 

だが、この世界で誰も彼もが同性婚を認めるとは限らない。千春達が誰と結ばれるかは分からないが、もし主人公と結ばれれば同性婚になる事もある。だけど、この世界には男女結婚のケースが一番多いらしい。

 

俺や俺の勤めている役所、あとはさっき話した担任の教師、みたいな人は寛容な心で認めるかもしれないが、認めない人は認めない。何処かで否定的な目をしたり、はじかれ者にしたりするかもしれない。そうなったら四人は辛いだろうな……。

 

まぁ、俺の考えすぎかもしれない。

 

ただ、俺はこの世界がゲームを基準に出来ている世界だと考えているが。ゲームでは本来なら無いもの、見えなかっもの、そう言うのがあると知っている。今見えているモノは全部良い物だが見えないところで、悪い物があるかもしれない。

 

ネットでの悪口とか、誹謗中傷とかそう言うのもある。四人には辛い思いをさせたくはないから出来るだけ排除したり、進んでよい道を示したりしたいが……あまりやり過ぎても成長を阻害してしまいそうだ。

 

……ダメだ。無限ループのように、頭の中があやとりが絡まったように、上手く行かない。

 

考え過ぎもよくないか……。先を見るのも大事だが見すぎてもダメだな。ほどほどに……いや、四人の事を考えるのにほどほどはダメだな。かなり、それなりに考えよう。

 

俺は一旦、思考で熱くなった頭を冷却した。

 

 

◆◆

 

宿屋にある。お食事処、そこで椅子に座りテーブルをうち達は囲んでいた。テーブルの上には朝ごはん。白米、味噌汁、焼き魚に海苔。

 

体操着に身を包んでいる生徒達が周りにもいる。今日で林間学校も終わりだ。始まった当初は帰りたくないと騒いでいた生徒達が多かったが、今では早く帰ってゲームがしたいとか、枕が合わなくて眠れないから帰りたいとか、

 

帰りたい、かえりたいと言っている生徒が多い。千夏と千秋、千冬も帰りたいと昨日から言っていた。

 

そして、朝起きたら千秋が居なかったからもしかして一人で帰ったのではないかと大騒ぎだったのだ。

 

でも、千秋は直ぐに見つかったからそんなに大事にならなかったけど、どうして朝いなくなっていたのか。それと千夏が問い詰める。心配だったから若干の怒っている。

 

「秋。アンタ、どこ行ってたのよ」

「入り口行ってた」

「ふーん……え? なんで入り口?」

「カイトが迎えに来てくれたから」

「え? 魁人さん迎えに来てくれたんスか?」

「うん」

 

 

千夏と千冬が返してくるだろうと思っていた答えと全然違うからか、ちょっと怒っていたのにあっけらかんとしてしまう。

 

「心配かけて、ごめん……」

「はぁ、別にいいわよ」

「次からは言って欲しいっス」

「そうだね……千秋、何かあったらお姉ちゃんに言うんだよ?」

「うん……」

 

千秋はコクリと頷いた。千秋は少し元気がない。朝ごはんも箸が進まないし、やはりと言うか、早い所帰りたいと思っているのかもしれない。昨日の夕食もあんまり食べなかったし。

 

千秋だけじゃない、いつもならお代わり一回はする千夏もあんまり食べていなかった。

 

千冬も帰りたいなぁっと愚痴をこぼしていたし……

 

 

お姉ちゃんが愛のハグをどこかでしてあげないと……

 

 

「春、変な事しなくて良いからね」

「え? どうしてそんなこというの?」

「何となく、不穏な気配を感じたから」

 

 

 

千夏は勘が鋭い。ハグをしてあげたいのに……。と少しガッカリしたがまたいつでも出来るからいいかと立ち直った。

 

 

今日はご飯を食べたらハイキングして、自由時間と言う日程。その後に帰るからしっかり朝ごはんを食べて栄養を補給しないといけない。

 

それが皆分かっているから、いつもと違う朝ごはんに寂しさを感じながら箸を動かした。

 

 

◆◆

 

 

 私の名前は北野桜。何処にでもいる普通の小学生である。私は思う、早く帰りたいと。

 可愛い弟に速く会いたい。と言うか普通に家族に会いたい。きっと、何だかんだで小学生は家に帰りたいと思っているんだろうな。

 

「おい、千秋、お前親が迎えに来たらしいな。ダサいなー」

「幼稚園生かよ」

 

 そんなことを林間学校の最後の自由時間に考えていると、私の親友の妹である千秋に絡む一部の男子。この年頃だ、どうにかして関わったり話したりしたいとか考えるんだろうけど、千秋全然相手にせずにベンチに座って黄昏ている。

 

 千秋をからかった男子は近くに居る千春の、鷹のような眼光が飛んできてビビッて退散。いつもなら、その退散する中に西野が居るけど、そもそも今回はからかう事すらしなかった。私が行きのバスで言った事が心に響いているのだろうか。

 

 まぁ、どちらにしても今までの行いでマイナス値でしか好感度はない。いや、そもそも好感度の値と言うのが千秋の中に無いだろう。好きか嫌いか、ではなく、好きか無関心。ああ言った感じの子は私の中ではあの四姉妹しか見たことが無かった。

 

 下手に踏み込むと地雷踏みそうだから、ほどほどに接しているけど、これからどうなるのかな? 何だか、あの四姉妹は全員地雷持ってそうだし、爆発したらどうなることか。

 

 そんな事を考えていると私の少し離れたところにある木から千秋をチラチラ見ている西野を発見する。何やってんの?

 

 思わず心の中で突っ込んしまう私。彼に近寄って話しかける。

 

「なにやってん?」

「うぉ! な、なんだよ。ビックリさせんな」

「いや、明らかにストーカー的な行動してるから」

「してねぇ」

 

 

あ、一応元気がない千秋を心配しているわけね。根は腐ってないけど、育ってもいない感じがする。でも、育とうとしている感じもする。

 

「千秋、元気ないから元気づけてあげればいいじゃん」

「俺。嫌われてるから……逆効果だろ」

「自覚あるんだ」

「黙れ……」

「わかった」

 

数秒黙っていると急に西野は自分語りを始めた。

 

「……俺、実はもうすぐ転校するんだ」

「へぇー……それは寂しくなる……かな? うん、まぁ、多少はなるね」

「……だから……その前に告白でもしようと考えてる」

「……へぇー。そうなんだ」

「結果はどうであれ……最後に想いを告げて此処を去りたいんだ……」

「ふぅーん。頑張って」

「……凄いドライだな。お前」

「いや、俺そんなに西野と親しくないし、寧ろ嫌いな部類に入るから。まぁ、ドライにもなるよね。今話しかけたのも、俺の親友の妹に変な事しないかなってと言う疑惑だから」

「……」

 

 

多少、言い過ぎな感じがするけど。事実だから仕方ない。

 

「まぁ、でも、バカにしたりはしないから。自分なりに頑張りなー。じゃあ、そういうことでー」

 

 

確認したいことをして、言いたいことを言った私は西野の側を去った。

 

 

◆◆

 

 

 現在の時刻、12時。そろそろ林間学校が終わる時間だ。車内で待って居ると宿の入り口でかなりの人数の生徒達が整列しているのが見受けられた。あれは最後に整列して旅館の人にお礼を言ってバスに乗りましょうねとみたいな流れになっていると勝手に予測する。

 

 だとするなら、そろそろ頑張ってきた千秋たちが帰ってくる頃だ。正直言うと、バスに乗らせて学校までとも考えたが、俺以外にも現地に迎えに来ている親御さんも居ることだし、ここから家まで五人で帰っても何も問題は無いだろう。

 

 挨拶を終えた千秋が先生にも挨拶をしてこちらにタタタッと走って向ってくる。

 

「カイト! 我、頑張ったぞ!」

「頑張ったな……偉いぞ」

「えへへ……ハンバーグ二枚の約束守ってね!」

「ああ……」

 

 

あれ? 二枚だっけ、と一瞬思ったが千秋がそう言うならそうなんだろう。千秋の頭を撫でていると、千春達もこちらに歩いてくる。

 

「ただいま……お兄さん、わざわざ来てくれたんですね」

「まぁな……。おかえり。まぁ、取りあえず乗ってくれ。色々、話ながら帰ろうじゃないか」

 

 トランクに荷物を載せて、助手席には千秋。後ろには千春、千夏、千冬が乗って、全員が居るのを確認すると車を発進させる。

 

 俺的に万遍なく全員の話を聞こうと思っていたんだが……

 

「それでね、それでね! メアリがすーごい、長いタイトルの本を持ってきてたの!」

「そ、そうか……それでちは、」

「あとねあとね! 宿の料理はイマイチだったの! カイトの方が上手だった!」

「あ、ありがとうな……えっと、ちな、」

「カイトは昨日何食べたの!」

「えーっと、焼き鳥とか、から揚げとか」

「いいなぁ!」

「う、うん。今度作ってやるからな……ちふ、」

「あー! カイト! あそこのコンビニ寄りたい! アイス食べよう!」

「あ、うん……」

 

多分、話したくてたまらないのだろう。ずっと、マシガントークが止まらない千秋。ダムが洪水したようにずっと俺に話しかけてくれるから、俺も他の三人に話を振ることが出来ない。バックミラーで千冬がフグのように頬を膨らませているのを見てしまったから、ずっとこのままは出来ないけど。

 

千秋が意図的ではないと思うけど、間髪入れず絶妙な間で会話を繰り広げるから俺も言いたいように言えない。それに不快感を感じるとかではないが後ろの千冬の視線に何とも言えない何かを感じる。

 

コンビニに寄るからそこで全員に話しかけよう。うん。

 

◆◆

 

 

家まで帰る帰り道。とあるコンビニに立ち寄ったうち達は欲しい物を決める為に商品がある戸棚を眺めていた。千秋と千冬はお兄さんと一緒にアイス売り場であーだこーだ話している。うちと千夏はお菓子売り場。

 

「全く、秋は話しすぎよ。ずっと、銀行の整理券かってくらいずっと話が次から次に」

「まぁ、それだけ話したいことがあるって事だと思うよ」

「そうね。でも、まだまだ子供ね、私くらいに大人びてないと。やっぱりこの中で誰か長女かって言ったら私ね」

「そだね……」

 

宿の中と今。明らかにテンションが違う千夏。あれだけ早く帰りたいと暗い顔で言っていたのに、今はきゃぴきゃぴしてる、可愛い。

 

「あー! こ、これ、魔装少女シークレットファイブの武器食玩……、こ、こんなところで巡り合えるなんて……よ、四百七十八円……結構するわね……」

「欲しいの?」

「う、うん……じゃなくて、別に欲しくないわ。た、ただ、秋とか冬がこういうので遊びたいんじゃないかって思うだけ」

「そっか」

 

千夏は結構、そう言うの好きだもんね。でも、恥ずかしいから言えないんだね。

 

でもね……皆気付いてるよ。一人でコッソリ……魔装少女のモノマネとかしたり、太陽に変わってお仕置きよとか言ったり、アニメエンディングのダンス踊ったりしてるの。

 

「で、でもあれよね……皆で遊べば四で割って一人、百円ちょっとだし……うん……魁人さんにお願いしてこよ……」

 

 

食玩を持ってお兄さんの方に千夏は走って行った。

 

 

アイス売り場で三人が話している。うちはふと千秋に目線を合わせる。思い出されるのは先ほどの車内での言動。

 

 

……さっきの千秋の話し方。

 

 

もしかして……わざとお兄さんがうち達に話さないようにしてた?

 

 

そんな考えが僅かに浮かんだけど、直ぐに取っ払った。多分、考え過ぎだろうし。

 

それより、うちも何か選ばないと。お兄さんが帰りに眠くならないように

 

カフェイン入りのチョコレートにでもしよっかな……

 

 



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66話 姉妹戦争

 とある十月の平日の放課後。徐々に冬の寒さが強くなってきている今日この頃。平穏な毎日が過ぎるのだと思っていた。

 

 

「あり得ない! 本当にあり得ない!」

「いいじゃん! 別に長女なんでしょ!」

「そう言う問題じゃないの!」

「ま、まぁまぁ夏姉も秋姉も落ち着いて……」

 

 

 千夏と千秋が喧嘩のような物をしてしまい、いがみ合ってしまう。それを千冬が宥めている。

 

 どうして、こんなことになってしまったのか。うちは思わず先ほどの出来事を思い出す。そろそろ寒くなってきたのでリビングに出したコタツに入って宿題を終えた後、冷蔵庫を開けた千夏が悲鳴を上げた。

 

 この間の林間学校でコッソリと買っておいた『地域限定饅頭』が無くなっていたからだ。お兄さんはそんな事しない、千冬はそもそもあまり食べない、うちは勝手に食べるようなことないと千夏は推理した。

 

 と言うわけで千秋が勝手に食べたと決めつけて、問い詰めたら案の定千秋で喧嘩になってしまった。

 

「私はね、勝手に食べた事に怒ってるの。頂戴って言えばあげたわ」

「嘘つき! 千夏があげるわけないもん!」

「私はアンタの同じで食いしん坊じゃないもん!」

「嘘つき! この間、我のシュークリーム勝手に食べたじゃん!」

「あれは……アンタのだって知らなかったから……。食べちゃっただけだし……しかもちゃんと謝ったじゃない!」

「許してないし! だから、その饅頭でお相子ね!」

「それは違う! 私の地域限定なの! これだけでシュークリームとはわけが違うの!」

「あ、あの、二人共その辺に……もう、食べちゃったんスから……。もう、どうこう言っても……」

 

 

いつまでたっても平行線。あれやこれや互いに互いの不満経歴を暴露していく。千夏も千秋のシュークリーム食べたり、お菓子を自分のだけ他の場所に隠したりしているから千秋的にはそこも納得いっていないらしい。

 

まぁ、喧嘩と言うほどの大袈裟な物でもない。喧嘩する程仲が良いと言う言葉あるのように信頼できるから、言いたいことが言えるから喧嘩するだけである。

 

「もういい! 私は実家に帰らせてもらうわ! いいの!? こんな良いお姉ちゃんが実家に帰っても!?」

「ふん! お前こそ良いのか!? こんな可愛い妹とと離れても!」

「いいわよ!」

「え? じ、実家って何処の事言ってるんスか?」

「あっそ! じゃあね! あとで寂しいって言ってもかまってあげないから!」

「ふん!」

 

そう言ってドンドンと足音を立てて、怒っているぞアピールをしながら千夏は二階の自室に上がって行った。

 

「あ、実家って二階の自室の事言ってたんスね……」

 

 

ホッと安心したように声を上げる千冬。万が一にも千夏が家を出て行くと言いださなくて良かったと思っているようだ。優しくて可愛いなぁ、千冬。

 

 

「春姉、千冬が夏姉を説得しにいくっスから……春姉は秋姉の説得を……」

「分かったよ……千冬はいつもいつも……本当に良い子だね……。可愛いし」

「あ、どもス……春姉も可愛いと思うっスよ……前から思ってたスけど」

「いや、うちは言うてそこまでじゃないよ」

「し、姉妹だから顔大分そっくりなんスけど」

「ああー、確かに……でも、千冬はうちより可愛いよ」

「……そ、うスか……?」

「うん……」

「隣の芝生はなんとやらスかね……」

 

 

そう言って千冬は上に上がって行く。コタツの外は寒いから千夏には早く戻って来て欲しい。千冬が説得をしてくれるけど千夏が意地を張ってこなかったら二人とも冷えてしまう。だったら、うちも二階に説得に行かないと。だとするなら。

 

さて、うちは千秋の説得をしないと。千秋はムスッとしながらふて寝してる。可愛い。

 

「千秋……」

「なに?」

「千夏と仲直りできる?」

「無理」

「そんな事言わないで、お互いにつむじ見せ合いっこして仲直りしよ?」

「やだ、我悪くないもん……」

「でも、千夏の饅頭食べちゃったんでしょ?」

「だって……カイトが用意してくれたと思ったから……」

「そっか。でも、あれは千夏のだったわけだし謝らないとね。千秋も本当は悪いと思ってるでしょ?」

「……うん」

「よし、じゃあ、仲直りしよ?」

「うん……でも、千夏も前、我の勝手に食べたことあるから……千夏が先に謝ったら許す……」

「え、ええー?」

 

 

 姉妹と言うのは考えることが似てしまう時があるもので、きっと千夏も悪いなと思ってはいるけど千秋が先に謝ったらと考えてそうだ。

 

 食べ物の恨みは怖いと言うけど……まさにこの通りだなと思う。

 

 まぁ、恨んでるとかではないと思うけど。偶にこういう喧嘩は良くあるからちょっとうちは慣れている。いつも、気づいたら仲直りしてるし。こういうなんてことない事で喧嘩できるも気を許しているからだし。

 

 そこは良いなと思うけど、出来ればすぐに仲直りしてほしいなぁ……。取りあえず、千夏の説得にもいこう。

 

 

◆◆

 

 

 安定の定時で仕事を終わらせた俺。職場から出て、車を停めてある駐車場で仕事で疲れて凝り固まった肩を回していると一本の電話がかかってきた。自宅からの固定通話だ。

 

 千秋がアイス食べたいとか、お菓子お土産が欲しいとか、そう言う時によくこの時間を見はからかって電話をかけてくるからな。多分だけど、電話をかけてきている奥は千秋かなっと予想しながらスマホを耳にあてる。

 

「もしもし?」

「もしもし? 魁人さん、お疲れ様でス」

 

 まさかの千冬だった。優しそうで気遣う声が一日の疲れをいやしてくれている感じがする。

 

「あの、秋姉と夏姉が喧嘩しちゃって」

「食べ物でか?」

「はい……秋姉が間違って、夏姉の饅頭食べて、夏姉も前に秋姉のシュークリーム食べたとか言って」

「なるほど……まぁ、直ぐに仲直りはするだろうけど心配なんだな?」

「は、はい」

「分かった。帰りに甘いものでも買って行くよ。多分それで二人共ほのぼのするだろうし」

「ありがとうございまス……」

「じゃあ、いったん切るぞ? 直ぐに変えるから……」

「ああ! ちょ、ちょっとだけ、待って欲しいでス!」

「んん? どうした?」

「あ、いや、今日の……その、千冬の一日の出来事を聞いて欲しくて……」

「あ、ああー、うん……そうか……。えっと、家でも聞くぞ?」

「い、家だと……秋姉が魁人さん独占して、あまり話せないから……」

「あ、そ、そうか……なんか、ごめんな……」

「あ、いや! か、魁人さんを責めてるとかじゃないでスよ!?」

「そうか? なら良かった」

 

 

確かに千冬が言う通り、最近の千秋はやたら俺に懐いてくれている気がする。元々懐いてはくれていたけど、より一層甘えん坊になったような。元々から懐いてくれていたからあまり気にしなかったけど、思い返してみれば前とは少し違う気がする。

 

あの林間学校からか? 前より甘えん坊になったのは……

 

「……」

 

取り合えず、今千冬と話してるから。それは置いておこう。何だか、電話越しに何かを察したのか不機嫌になって頬を膨らませているのを感じる。

 

「それで学校でどんな感じだったんだ?」

「えっと、最近女の子と達の間で流行ってる、血液型診断をしました」

「それはどんなことが分かる診断なんだ?」

「相性とか……でス……」

「やっぱりそう言うのは興味持つよな。俺も今度やってみようかな」

「もう、しました……千冬と魁人さんは……その、あ、相性ばっちりでス……」

「そうか……、それは、素直に嬉しいな……」

「ち、千冬も嬉しいッス!」

 

何だか、色々と察せてしまうからどんな答えを言っていいのか分からない。千冬の可愛らしい元気な声が聞こえてきて、恥ずかしそうに微笑む姿が目に浮かぶ。

 

会話はずっと続かない、続けるわけには行かない。家に帰らないといけないし、三人も待って居る。千冬もずっと話せないのは分かっていたようで、簡潔に出来事を教えてくれた。

 

五分、いや、それよりももっと短い時間だったけど互いに充実した時間であったのは間違いがなかった。

 

◆◆

 

 

 千夏と千秋がずっとぷんぷん丸状態が続いていた。互いに同じコタツに入ってはいるけど顔を合わせずそっぽを向いている。

 千冬は苦笑いで二人の会話は橋渡しをしている。こういう三人も可愛いけど、やっぱりがやがや騒がしい方が好きだな。

 

 千夏も千秋も、もう怒ってはいない。でも、どこで引けばいいのか、いつもの事だけど引き際が分からなくなってしまっているのだ。

 

「ねぇ」

「なに?」

「そろそろ謝りなさいよ」

「千夏が先」

「……」

「……」

 

互いに睨んでいるけど、あんまり怖くない。もう互いに怒っていないから。

 

「このまま行ったら戦争だぞ。これは……良いのか? 我と戦争しても」

「上等よ」

「頂上戦争だぞ?」

「いいわよ」

 

 

ムムムっとしている二人。うちが色々仲直りするように言ったけど効果は無かった。互いに怒ってもいないのに仲直りさせられないなんて……。

 

と色々悔やんでいると玄関が開く音が聞こえる。お兄さんが帰ってきたのだ。ここはお兄さんに色々頼んでみようかな……。そんな事を考えているとお兄さんはスタイリッシュにリビングに入る。

 

「この戦争を終わらせに来た……」

 

そして、渋い声でドンっと雰囲気を強くしながら急にそんなことを言った。

 

「アハハ。カイト面白い!」

「「「……」」」

 

千秋だけはニコニコして笑う。うちと千夏と千冬は笑う事は無かった。

 

「やべ、また滑ったな……取りあえずお土産買って来たぞ」

「「ええ!?」」

 

お兄さんは片手にケーキが入っていると思われる箱を持っていた。千夏と千秋は目をキラキラささせる。ケーキとはそう言った特別な物だ。滅多に食べられない物で思ってもみないところで食べられるとその嬉しさも何倍にもなる。

 

「カイト! 開けて良い!?」

「いいぞ、ただし、何を食べるかは仲良く決めるんだ。喧嘩した瞬間にこのケーキは全部俺が食べるからな」

「分かった!」

「ねぇ、早く開けましょ!」

 

クツクツと笑いながら二人はケーキの箱を開ける。きっかけがあれば直ぐに仲直りできるとは分かっていたけど、こうもあっさり仲が良くなるとこちらも拍子抜けのような気がする。

 

「魁人さん、ありがとうございまス」

「気にするな」

 

千冬とお兄さんがコソコソ声で親指と立ててグッとマークの手をしている。何か、イチャイチャしてるように見えて複雑。でも、千冬が嬉しそうだからもっと複雑。

 

こんな風にイチャイチャしてさ。いや、別にイチャイチャって程じゃないけど。千冬にとってはお兄さんと二人きりの時間って特別なんだね。

 

「ねぇねぇ、カイト!」

「どうした?」

「今日は一緒に料理しよ! 我手伝う!」

「ありがとな……」

「我、偉い?」

「そうだな。俺は助かるし、嬉しいから……偉いって言い方が正しいのか分からないが、偉いと思う」

「えへへ、じゃあ、頭撫でて」

「あ、うん……いいぞ」

 

 

千冬とお兄さんが話しているとケーキを選び終わった千秋が二人の間に割って入る。何となく、いや、確信がある。千秋が前よりお兄さんとの関わりを多く、持とうとしている。

 

何か、林間学校で思ったのかな……? 分からないけど……

 

 

――その時は分からなくてもしょうがないと思った。だって、皆変わって行って、以前の四人一緒が変わりつつあるから。分からなくてもしょうがないと、以前のように何もかも合わせる毎日でないから。

 

変わって行くから分からなくてもしょうがないと。

 

 

でも、うちは知らなかった。千秋の本当の想いを。過去にどう思っていたのか。その無垢な笑顔の裏には何があったのか。

 

 

それを近いうちに知ることになった。

 

 

―――――

 

 

 

 








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67話 千夏のターン?

 十月後半。寒さが本格的になってきた時期。朝の会で先生がいつもとは違う僅かに暗い雰囲気で話を始めた。

 

「皆さん、大変悲しいお知らせがあります……西野君がご両親のお仕事の都合で今月いっぱいで転校することになりました……」

「ええー」

「うそー」

「にしのー」

 

 

 まさか、西野が転校するなんてとクラスの子達は驚きの声を上げる。勿論、うちも多少は驚いた。千夏たちも転校しちゃうんだと悲しそではないが驚きが僅かにある表情。

 

「それで最後にお別れ会をしたいと先生は考えています。ドッジボールとかサッカーとかやって最後に思い出を残したり、さよならの色紙を書いたりしたいですけど、皆いいですか?」

「「「おおー!!」」

 

 

皆が大賛成と言った感じでそれの決定がなされた。

 

朝の会が終わると彼と仲が良かった生徒達が席に駆け寄り色々と気になっている事を話したり、寂しくなると心の声を白状したり、色々な形でもうすぐ無くなってしまう一緒の時間を惜しむ。

 

千夏、千秋、千冬、そして桜さんやメアリさん、他の生徒一部は特に何も言わずに遠くからそれを見ているだけ。特に声も発さず笑ったりもしない。

 

正直に言うとあまり親しみがない。でも、転校をすると聞いて喜んだりする面子じゃないし、どう反応していいのか分からないのだろう。気にしないで皆ではしゃいで話すと言うのもなんだか違う気もするしね。

 

こういうのを何と言うべきなのか分からないけど。取りあえず空気を読んで余り何も言わない事に徹した。

 

 

 

◆◆

 

 

 カタカタとパソコンを叩き続けていると例の如く定時になっていることに気づいた。

 

 俺は帰宅する。

 

 佐々木に挨拶をして、その場から立ち去り職務室を出る。すると丁度、宮本さんと遭遇した。

 

「魁人君、お疲れ様」

「お疲れ様です」

「最近、どう? あんまり聞けてないけど、子育ては」

「まぁまぁ、だと……思います」

「そう……気になってたんだけどお小遣いとかあげてる?」

「いえ、欲しいなら買ってあげれば良いと言う考えなので」

「あー、そうね、そう言う人よくいるけど……お小遣い上げた方がいいんじゃない? 色々やりくりとか自分で考えるのって」

「なるほど……ありがとうございます!」

 

 

 宮本さんって本当に色々ためになることを教えてくれるな。親の鏡。そろそろ我が家もお小遣い制度を導入するか……。基本的に可愛いから何でも買ってあげたいと思ってしまう。

 

 と言うか買ってあげれば良いなと考えていたが色々と見返していかないといけない。だが、お小遣い……いきなり一か月分全部自分でやれと言うのもな。俺はかなり娘に甘いと考えられるから。

 

 どれくらいがいい塩梅になるのかが分からない。取りあえずお試しで一週間のお菓子を自分で買う見たいな感じにしてみるかな……

 

 

 宮本さんと話を終えてその場を後にする。子育てとは奥が深いな。考えれば考えるほど色々な方法があって、しかもそれが正解か、その子に適したものなのか分からない。

 

 どんどん沼のように思考が進まなくなるし……。

 

 

 安全運転で家に帰ると千秋達が出迎えてくれた。

 

「カイト、お帰り! 夕食今日は我が作ったぞ!」

「ただいま、千秋。ありがとう。一体何を作ったんだ?」

「ハンバーグ!」

「そうか、ありがとうな」

 

 

 千秋が作るのは大体ハンバーグの確率が高い。美味しいから何の文句もないし、何か可愛いし、俺も助かるから何も言う事はない。

 

 ただただありがとうと感謝を伝えるだけだ。

 

 スーツを脱いで軽く着替えて席に着く。皆で手を合わせてご飯を食べながらテレビを見たり、軽く会話を交わす。

 

「西野、両親の都合で転校するらしい」

「そうなのか……まぁ、ご両親の都合ならしょうがないな」

 

 

 千秋から驚くべきことが伝えられた。まさかの西野が転校。寂しいとか言う感情はないしあまり関わりもないからあんまり言う事が無いな。四人もあんまり言うことないようだし。

 

 でも、何だかんだで関わってきたからな。西野の話は最近あまり聞かなかったが、今までの聞いてきた話から年相応に子供のような、よくいるような小学生男子と言う感じがしたな。俺にもそんな無邪気な時があっただろうか……。

 

 そして、西野はきっと千秋が好きだったのだろう。どのような別れになるかは分からないが彼は千秋に会えなくなってちょっと寂しいだろうな。そう思うと少し思う所がありそうな気がするな……。

 

 

 可哀そう、と言う印象は無い。かと言って何とも思わないと言うのも何か違う。愛着? 

 

 そう言うのもないし。寂しいとかでもない。西野が転校すると聞いて喜びも湧かないけど……。何て言えば良いんだろう?

 

 そもそも言う必要もあるのかとも思うが。

 

「あ、カイト、ハンバーグどうだ?」

「美味しいぞ。ソースも良い感じだ」

「えへへ、そうだろ? 凄く頑張ったからな!」

 

 

 千秋が一生懸命作ってくれた夕食を食べてるときに他の考えをする必要もないな。俺がどう思ってもあんまり意味も無いだろうし。俺には俺の考えないといけない事もある。

 

「おかわりしてもいいか?」

「勿論!」

 

 

 茶碗を出すと笑顔でそれを持って台所に向かう千秋。何というか、本当に良い子だな。明るいし……。でも、千秋って、ゲームだと…………。騒がしいにも静かなのも好きと言う感じだったな……。

 

 って、それは今は置いておこう。

 

「はい! おかわり!」

「ありがと」

 

 俺は千秋からのお代わりを受け取って五人でコミュニケーションを取りながら夕食を食べた。

 

 

◆◆

 

 

 夕食を食べた後に、テレビを見てたら千秋が俺の膝の上に座ってきた。ニコニコ笑顔で幸せそうだから可愛くて仕方ないなと言う印象。その後、お風呂入り終わって再びテレビの前。

 

 美を意識する四人は先に二階に上がってしまったために一人でテレビを見る。家の中でも一人でテレビを見ると言う時間は意外と多い。夜は特に多いのだ。俺は中々早い時間には眠れないし。

 

 こうやって眠くなるのを待つしかない。

 

 眠気を待ちながら適当にテレビを見ているとリビングのドアが開いた。

 

「千夏、どうしたんだ?」

「えと……ちょっとだけ話したくて……」

 

 千夏が一冊の本を持ってちょっと恥ずかしそうにしている。パジャマ姿でいつものようにツインテールにしてない金髪の長髪。髪が凄く綺麗だなと思った。いいシャンプー使ってるから当然だけど、元々の髪のポテンシャルが高いんだろうな。

 

「話?」

「はい……これ、一緒に見たいなって」

 

 

 そう言って千夏は一冊の本を俺に見せた。料理の本だけど、こんなの家にあったか?

 

「あ、これは学校の図書ルームで借りてきました」

「そうなのか。よし、一緒に見よう」

 

 

 昔はあんなに警戒してたのに一緒に本が読みたいと言ってくれるなんて感動を意の抑えられないな。

 

 千夏は俺の隣に座った。

 

「でも、見るならみんな一緒でも良かったんじゃないか?」

「えっと、私だけに料理教えてくれるって約束しましたよね?」

「あ、そう言う事か。料理本を一緒に見ながら色々教えて欲しいって事か」

「……」

 

 千夏は二回頷いた。

 

「魁人さん、秋ばっかりに構うし、私が教わるときって冬と秋が凄い近寄ってくるし……だから、こうするしかないかなって」

「あ、なんかごめん……」

「いえ、大丈夫です。責めてるわけじゃないですし」

 

 

 何か、この間千冬にも同じような事言われたな……。俺も体が一つしかないから全てを叶えてあげられないとはいえもっと頑張らないと。

 

「えっと、取りあえず本見せてくれ」

「あ、はい…………」

「? どうした?」

「……あの、膝の上、座っていいですか?」

 

 こんなに懐いてくれるなんて……。あの千夏が膝の上に座って良いかと聞いてくるなんて……感動が止まらない。

 

「おう……良いけど。急にどうしてだ?」

「秋が良く幸せそうにしてるから、どうしてそんなになるのか気になったので」

「ああー、なるほど。全然いいぞ」

「……では、失礼します」

 

一礼して千夏が俺の膝の上に腰を下ろす。重さ的には大体同じか? 若干、千秋の方が軽いような……

 

「なにか、考えました?」

「いや、別に何も考えてないが」

「そうですか」

 

 

ギロっと目が鋭くなった。女の勘と言う奴か、何なのか良く分からないが。

 

 

「私、重いですか?」

「いや、軽いぞ」

「秋とどっちが軽いですか?」

「同じ位だな」

「……そうですか」

 

 

まさか、心の中が読まれたとかではないだろうけど本当に鋭い。思わず俺も慌ててしまうな。顔には出さないが。

 

 

千夏はその後本を開いて、指を指す。何だか難しそうな料理が書いてあるな。カンジャンケジャンとか、鯛の炊き込みご飯とか、凄い定価高そう。

 

 

「えっと、ここ見てください」

「ふむ」

「これ、作ってみたいんです」

「あー、サバの味噌煮か」

「はい! 作りたいです!」

「そうか、一緒に作るか?」

「そうしたいです。でも、魁人さんすぐに秋に構うから……ちゃんと教えてくださいね?」

「分かった」

 

 

ちょっと、不満を漏らされた。千夏だけに教えると言う約束だったしな。仕方ないし。それに彼女は自分で何か重荷を持ちたいと思ってる。誰かがそれを出来れば誰かがやってしまう関係。

 

それを終わらせて、自分が背負いたいと前に進みたいと思っているから。自分だけと言った。

 

その思いを俺も尊重してあげないといけない。

 

「あの、関係ない事聞いてもいいですか?」

「いいぞ」

「魁人さんは……私達をどうして引き取ったんですか?」

「……放っておけなかったからかな。前にも言ったけど親戚さんたちに任せておけなかったと言うのもある」

「……魁人さんは損してませんか?」

「損?」

「だって、お金、私達にかかってますよね。お金だけじゃない、面倒を見るのも凄く難しいし。何というか、私達は色々得ているけど、魁人さんは全然、何も、何一つ得ていない。得をしてない」

「四人が居るだけで幸せだし、毎日が楽しいぞ?」

「そういう、何というか、そう言うのじゃなくて……外から見たらきっと魁人さんは損してる。他にもやりたい事とかだってあるだろうし、お金だって無限じゃないはずなのに……自分には何もしないし……」

「そ、そうか? 俺もお酒とか買ったりしてるけどな」

「それだけですよね……損してる風に感じます」

「俺は感じないけどな……」

「やっぱり、春に似てます。魁人さんは、自分に無頓着って言うか……」

 

 

唐突にそんなことを言いだした千夏。損をしているつもりはないけどな。偶に欲がないと言われることもあるけど。ここまで損と言われたことはない。千夏は何か難しい事を考えているのかもしれない。感情論とかでなくて、現実的な視点。

 

「そ、そうか……そう見えたのか」

「はい……すいません。急にそう思ったので、言ってしまいました……」

「いや、思ってくれた事を言ってくれたのは素直に嬉しい」

「そうですか」

 

 

千夏はそう言った。何だか話がそれてるなと互いに感じてどうしようかと少しだけ沈黙をした。でも、千夏はまた話し始めた。

 

「……私は魁人さんにも恩を返します。魁人さんが損をしてるって思うから、損だけはさせない、得をして何かをもっと得て欲しいです。料理も沢山して出迎えて肩とかも揉みます」

「……ありがとう。期待してる」

 

 

何だか、前とは別人なのではないだろうかと感じるくらい千夏の雰囲気が違った。強者、とはこういう子を言うのかもしれない。

 

「あ、そろそろ寝ないとお肌が……」

「そうだな。寝た方が良い」

「はい、そうします。また、一緒に話してもいいですか?」

「勿論だ」

 

そう言うと千夏は膝の上に座ったままニッコリと笑った。

 

「ありがとうございます」

 

まさに、微笑みの爆弾だった。意識が飛んでしまうのかと、呼吸をわすれてしまいそうなほどに千夏を尊いを思った。

 

 

「おやすみなさい」

 

 

膝の上から降りた後にぺこりとお辞儀をして去って行く姿も可愛い。娘を弱愛してしまう父親の気持ちがこれ以上ない程に分かった日だった。

 

 




―――――


面白ければ感想、レビューよろしくお願いいたします。


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68話 陰キャな千秋

 遂に西野のお別れ会をする日がやってきた。先ず、違う学校に行っても頑張ってねと色紙にクラスメイト全員が書いてそれを加工し、ラミネート加工をしてそれを西野にプレゼントをすると言う事を行った。

 

 その後はドッジボールをするために体育館に向かう。

 

 

「はい、じゃあ、一応ね、準備運動をしてください」

 

 

 先生の指示によりうち達生徒は準備運動を開始する。西野と仲のいい男子生徒達は最後になってしまう事もあり気合を入れて準備運動をしている。勿論、西野自身もいつも以上に気合を入れている感じがする。

 

 千秋、千夏、千冬はあまり騒がず空気を読み、西野と仲のいい友達の空気を壊さないために静かに波風を立たせないように準備運動を行う。いつもなら千秋は元気いっぱいに全力で何事も行うけど、身を引く時はしっかりと引く。それが千秋。

 

 準備運動を終えるとチーム分けをしてドッジボールを開始する。いつもなら千秋が大活躍をしつつ、西野も活躍するが結果的に千秋が勝つ。

 

 千秋が勝つ、何があっても勝つ、カツ、勝つ。カツカツカツ。

 

 いつもは千秋が勝ち、西野が悔しがる。西野がその後に千秋に絡んで、千秋が無視したり相手にしなかったり、余り相手にしない。最初の頃は千秋は売られた喧嘩は買うと言う主義だったけど、最近ではそんなことは無くなった。

 

 

「おれやぁぁあ」

 

 

どくどくの掛け声とともに西野の投げたボールがとある女子生徒に当たる。これはいつもの光景。そして、西野は違うコート内に居る千秋に向かってボールが投げる。

 

いつもならガッチリとキャッチをする千秋だけど、今日はあっさり掴み損ねてボールが当たってしまい、内野から外野に移動する。その様子に西野は首をかしげる。あっさりとし過ぎて拍子抜けと言った感じだ。

 

 

優しくて気を遣えて、元気で活発な千秋。だけど、変な所で気を回してしまうのも千秋。

 

手を抜いたと見えてしまったかもしれない。元々千秋と同じチームで外野だったうちは外野に向かって来た千秋に声をかけた。

 

「千秋……わざと?」

「……うん、最後だから、勝って、気持ちよく、転校した方が良いのかなって……」

「そっか……」

「ダメだったかな……」

「ダメではないと思うよ……」

 

 

ダメではない。だってこれは西野を最後に気持ちよく送り出して、同時に思い出として有終の美を飾らせるものだから。

 

西野を勝たせるのは間違いじゃないけど。手を抜いたのは騙してしまったではないか、手を抜いたとバレたら有終の美なんてモノはあり得ない。禍根を残すことになる。

 

 

間違いではないけど……難しいなぁ。正解だと言えるものだとも思うけど……。顔を曇らせた千秋。

 

「気にしないで良いと思うよ。だって、千秋のそれは、西野の最後を最高にするためにした優しさだから。間違いでもダメでも無いよ」

「うん……ありがと」

 

 

 

千秋は小さな声でそうお礼を言った。そうして、なんてことないそんな顔をして試合に戻り外野の役目を千秋は果たした。

 

 

西野が大活躍をして、体育館内でのドッジボールはいつも以上の盛り上がりをして、試合は、お別れ会は終了した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

放課後。帰りの会で西野からクラスメイト達に挨拶をしたり、先生からの頑張ってと言う挨拶などと言うイベントを終えて帰宅と言う形になった。

 

一部は西野が居なくなって寂しいけどいつも通り帰り、一部は仲のいいグループで最後の最後まで会話をして時間を惜しむ。

 

 

うち達はどちらかと言うと前者なのでいつものように、帰ろうとした。

 

だけど……西野が千秋を呼び止めた。

 

「あ、あのさ」

「なんだ?」

「ちょっと、話あるから、来い……いや、来てくれないか?」

「……分かった」

 

 

千秋は特に嫌な顔一つせずにそれを承諾した。

 

 

「秋に話ってなにかしら?」

「ああー、多分あれじゃないっスか……」

「あれって?」

「あれはあれっス」

 

 

千夏はどうして千秋を呼ぶのか分からず、千冬は察しているから納得の表情。千秋は西野の後を付いて行った。少し、ここで待ってようと千冬と千夏が話していたが、何となく、気になったうちはトイレに行くと嘘をついて教室を出て後をつける。

 

あり得ないけど、千秋に何かあったら大変。万が一にもあるわけにはいかない。

 

 

図書室に二人は入った。最初は屋上に行こうとしてたけど、普通に入ってはいけない場所なのでシフトチェンジしたらしい。

 

ランドセルを背負ったままの千秋に向かい合う西野。いつもの馬鹿にしたりいじったりするような顔つきではなく、真剣で何処か気まずそうな表情だった。

 

「あ、あのさ」

「ん?」

「俺、もう、ここから居なくなるだ」

「そう、だな……。元気で頑張れ……うん、応援してるぞ……」

 

 

ぎこちない会話。ただ、いつもなら一方的に話を断ち切る千秋がそうはしなかった。西野はごくりと唾を飲んで緊張感を漂わせながら……話を続ける。

 

 

「あ、ありがとな……。その、俺は今まで色々酷い事言ったから、最後に謝りたかったんだ……。ごめん……」

「気にしてない……」

「そうか……」

「……うん」

「……もう一つ、話しても良いか?」

「……いいよ」

「……俺は……千秋の事、が好きなんだ……一目惚れだったんだ……俺は、ここから居なくなるけど……もう、会えないかもしれないけど。それでも、言わせてくれ。好きだから、付き合って……く、ください……」

「……」

 

 

誰もいない放課後の図書室。西野がそう言った。別に分かってはいたけど、想いを告白するのは並大抵に出来る事じゃない。

 

千秋もそれを感じて、だからちゃんと返事をしようと思ってるのだろう。

 

 

きっと、千秋はここで断るだろう……っと、うちは思った。

 

最初から、西野も分かっていたはずだ。想いが届かないのは。今までの行い。態度、気遣い、全部が間違っていたから。千秋の好みとは正反対の事をしたから。

 

 

 

 

もし、千秋が親に面倒見て貰えない子じゃなくて、普通の三女で、超能力もなくて、心に傷を負っていなくて、薄幸な子じゃなければ……、結果は変わっていたのかもしれない。

 

 

それを千秋と呼べるか、分からないけど。そう言う未来もあったのかもしれない。でも、それは、ない。

 

それだけはハッキリわかった。

 

だから、断るだろうと疑いはない。ただ、次の瞬間、答えを口にしようとした千秋の雰囲気が一変した。

 

元気いっぱいで天真爛漫ではない、少し気を遣って身を引く感じでもない。

 

本当に千秋なのかと疑ってしまう位、声音も表情も、違った。

 

 

「――()()()()()()。…………西()()()

 

 

 

「…………(わたし)…………は」

 

 

 

「…………()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

完全な否定。でも、そう言った彼女の雰囲気にうちも西野も驚きを隠せなかった。

 

 

「お、おい……ふざけてるわけじゃ……」

「ないです…………これが素…………と言っていいのか、分からないですが…………」

「そうか……俺は、何も知らなかったんだな」

「言って…………ない、ですから…………」

「そうか。どうして、そんな風に断ってくれたんだ」

「想いには…………ちゃんと、答えを出さないと…………いけないと思いました…………」

 

 

 

静と動。陰と陽。そう言った言葉がしっくりきた。うちもこんな雰囲気の千秋は見たことがない。

 

いや、違う……。昔……こういう感じだったんだ。物静かで言葉をあまり発さない。大人しくて、落ち着いていた。

 

 

「そうか、ありがとうな……」

「……いえ…………」

「じゃあ、またな……ありがとう……」

「…………はい」

 

 

そう言って西野は図書室から出て行った。一つの決着をした西野に対する印象が少し変わった。

 

でも、不謹慎かもしれないが、今はそれはどうでもいい。うちからしたらどうでもいい。姉妹の事が気になってしょうがない。千秋が気になってしょうがない。

 

 

千秋のそれが素なのか、何なのか、良く分からない。

 

 

思えば、ここまで疑問に持たなかった。千秋は、ある日を境に急に性格が変わるように言動も全部変わった。

 

あっちの千秋が日常で普通で溶け込んでいたから、そこに疑問を持たなかった。

 

変わって行くから分からなくてもしょうがない。そう言う以前も話だった。変わる前から、変わっていた……

 

考えていると千秋が声を発した。先ほどの静かな感じじゃない。いつもの元気一杯な明るい声、ただ図書室だからボリュームは落としている。

 

「いるだろ? 千春」

「……ごめん、覗き見するつもりは、あった。ごめんね」

「あ、本当に居たのか」

「え?」

「千春だから居るんじゃないかと予測して勘で言った」

「あ、そうなんだ」

 

 

ニコニコ笑顔でそう言った千秋。うちは思い切って先ほどの事を聞いてみることにした。

 

「千秋、さっきのは」

「……別になんでもないぞ? 何というか……告白されて緊張したと言うのもあるし、想いにちゃんと答えないといけないと思ったらあんな感じになった」

「そっか……」

「まぁ、昔はあんな感じだったし」

「そうだったね……」

 

 

演技、してたのかな……? 今まで、ずっと。無理してたのかな?

 

 

「全部演技じゃないぞ?」

「え?」

「いや、そう言いたい顔してるなって」

「そう?」

「うん……。最初は演技だったけど……今ではこっちが素に近いと思う。自然体はこっちで我は、こっち方が好きだ」

「あっちは?」

「うーん……陰キャな我も嫌いではないが……やっぱりこっちだな」

「どうして?」

「皆が笑うから」

「……詳しく聞いてもいい?」

「……うーん、また今度な」

「分かった」

 

 

千秋のもう一つの側面、知らない訳じゃなかったけど。認識していなかった。姉として妹の面倒を見て、ストレスを溜めさせないとかしないといけないのに。寧ろ、うちの方が……気を遣われていた……。

 

 

「よし! 帰ろう!」

「そだね」

 

 

千秋と一緒に図書室を出る。教室に戻るために歩いていると千秋が小さな声で話しかけてきた。

 

「あ、このこと、千夏と千冬には内緒だぞ?」

「……うん。分かった。でも、どうして?」

「うーん……無理して元気出してるとか思われたくないから」

「分かったよ」

「千春、我無理とかしてないぞ! 千春も気にするなよ!」

「……うん。気にしないよ」

「絶対に気にしてる……もう! あとでハグしてやるから気にするな!」

「……うん。気にはしちゃうね……ごめんね。でも、ハグはしてね」

 

 

千秋は前払いと言ってうちに抱き着いた。優しい、可愛い。千秋に浸っていると先ほどより更に小さい声を耳元で発した。

 

「あと、これ、カイトには絶対に内緒だぞ?」

「うん。分かった……。でも、どうして?」

()()()()()()()()()

「えっと……どういうこと?」

「陰キャな我より、陽キャの我の方が甘えやすい。カイトの膝の上に乗ったり、ハグしたり……ああいうのって、実はした後から凄くハズカシイ……特に最近恥ずかしさのレベルが上がってる」

 

千秋が急に照れ始めた。可愛い。

 

 

「何というか、陽キャの我はノリで行動してると言うか……欲望に一直線になれると言うか……。陰キャな我は多分、する前に恥ずかしくなって何もできない……」

「そうなんだ」

「うん。でも、林間学校から、カイトが居なくて、凄く寂しいことが凄く分かった。もっと沢山甘えたいって強く思った。前みたいに姉妹だけじゃなくて、我はカイトもないと満足できないと言うか……」

 

 

 ほぼ告白みたいに聞こえるけど。でも、まだ恋の自覚みたいなのはないみたいで安心する……。

 

「だから、恥ずかしくても、こう、接することをしたい……」

 

そんな千秋の照れてる顔を引き出してしまうお兄さんが恨めしいが一旦置いておこう。

 

「あとは……カイトには我が実は陰キャとか思われたくない」

 

 

手の指先をつんつん合わせて乙女チックな千秋。可愛い。そして、お兄さんが恨めしい。でも、一旦置いておこうと言う無限ループが完成する。

 

「お兄さんはそんなの気にしないと思うよ」

「そ、そうだけどさ……。ほら……良いところを、我はカイトに見て欲しいんだ……」

「……そっか」

「うん……、だって陰キャって恥ずかしいじゃん……」

「そんなことないと思うよ」

「でも、我は恥ずかしい! こいつ、陰キャなのに陽キャぶってるとかカイトに思われたくない! 甘えるのに支障が出来るのは嫌だ!」

「あ、そうなんだ」

 

 

断固拒否!! と言う風貌の千秋。右腕と左腕をクロスしてばってんの文字を作り出して拒否感をアピールする。

 

取りあえず、お兄さんには言わない方が良いのかな? お兄さん、気にしないと思うけど……。でも、千秋が気にしているのなら仕方ない。

 

うちは陰キャな千秋も陽キャな千秋もお兄さんは至高だと言ってくれると思うけどね……。まぁ、今の千秋に何を言ってもダメだろう。

 

 

千秋の新しい面を知って、でも、同時に姉として不十分な自身の面を知った。頑張らないと、他にも何かうちには出来る事がある。なければ作らないと……

 

そう、強く思った。

 

 

―――――――――――――

 

 



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69話 千春

 とある放課後、最早寒さが異常と思えるほどになってきている、十一月の終わり。うち達はコタツに入って宿題をこなしていた。

 

「あ、! 頭文字Ⅾ(あたまもじディー)の再放送やってる」

「こんな時間に珍しいわね」

 

 

 千秋と千夏が宿題の手を止めてテレビに放映されている車アニメに見入ってしまう。

 

「二人共、宿題をするっスよ」

 

 

 うちが注意をしようと思ったのだが千冬がしっかりと注意して二人を宿題に戻らせる。うちが、注意をしようと思っていたんだけど……。最近、あまり姉としての役目を果たせていない気がする。

 

 三人共最近は料理とかを覚えて皆実行をしている。三人の成長をする機会を奪わない為に手を出さないでここまで来てしまったけど。そのせいであまり姉としての威厳が消えていっているのではないだろうか。

 

 最早、お姉ちゃんと呼ばれることがないこの頃。

 

 どうしよう……。うちは料理が全くと言っていい程出来ない。そう言ったところでいい格好は出来ない。勉強は千冬が見てくれるし。

 

「あ、ここカイトに聞こう」

「……千冬が教えるッスよ、秋姉」

「いや、カイトに聞く」

「いやいや、千冬がここで」

 

 

 千冬が食い気味に全部教えてしまう。まぁ、お兄さんに聞かせないと言う魂胆が見え隠れしているけど……。どうしよう、あ、姉としてのい、威厳が……あるよね?

 

 聞いてみよう。

 

「ねぇ、千夏」

「ん?」

「最近、うちの事、どう思う?」

「……春だと思うけど」

「そう言うのじゃなくてさ……姉として、長女としてって言うか」

「いや、私が長女でしょ?」

「あ、うん……」

 

 

 千夏は長女目指してるんだった。このままでは姉としてのポジションが無くなってしまう。頼りがいのある甘えられる美味しいポジションだったのに……。

 

 今一度、原点回帰、いや長女回帰をしないと……なにか、成長をしないと……

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、夜食を食べ、お風呂に入り、一人でテレビを見てリビングで眠くなるまで待って居ると二階に上がったはずの千春がリビングに入ってきた。何やら強い瞳をして、決意を固めたような表情だった。

 

 

 

「お兄さん、料理、教えてくれませんか?」

「料理……最近、四人共料理好きなんだな」

「ええ、まぁ……うちは全くと言っていい程料理が出来ないですし。出来て損はないかなと」

「そうか」

 

 

 四人共、料理を教えて欲しいと言ってくれるのは嬉しいけど、どうしようか。千夏は千夏だけに、千冬は千冬だけ、千秋はそうは言わないけどいつも寄って来てくれるから。

 

 誰か一人を優遇をすると言うのが非常に難しい。

 

 

「出来れば、うちだけにお願いします……これ以上、姉としての威厳を損なうわけにはいかないので」

「姉の威厳全然失われてないと思うが……」

「うちはもっと妹に頼られたり、尊敬されたい。それが生き甲斐で、それ以外にしたいことがないので。どちにしろ、今のままではダメかと」

「そうか……」

 

 

  まぁ、断る意味もないし、するわけもない。それがしたいなら肯定をしてあげたいけど。

 

 千夏から最近、ちょっとチクット針を刺されるように小言を言われたし、千冬はあんまり言葉に出さないけど寂しそうな眼をするし、千秋は最近ますます頼ってくれたりして可愛いし。

 

 全部を全部やろうとすると誰かしらにしわ寄せが行ってしまうそうで怖い。

 

「分かった。一緒に料理を勉強しよう」

「ありがとうございます」

 

 何だかんだで断ることは無いんだがな。千春は自分の為の我儘を言わない。千夏、千秋、千冬、全員が自分の為、にどうにかしたいと言う欲がある。それぞれに欲の強さに違いがあって、どれくらいの欲を出すのか、個人差はあるけど。

 

 それでも、やっぱり徐々に欲を出してくれてる。

 

 でも、千春は自分の欲を全然出さない。この、料理をしたい、出来るようになりたい、美味しい物を作りたい。全部が自分に向いた物じゃない。何をするにも姉妹が基準になっている。

 

 どこかで変わるのかと思っていた。

 

 俺は自分で言っては何だがそこそこのお金がある。だから、四人が欲しがったりしたら買ってあげたり、願いを出来る範囲で叶えてあげようと思った。

 

 

 理由は簡単だ。人生を楽しんで欲しかった。何かを欲してほしかった。今までできなかった分まで色んな物を見たり、聞いたり、感じたり、してほしかった。

 

 俺はこの生活をしてればいつか千春が欲を出して変わるんじゃないかと思っていた。願えば手に入る環境にいれば今までの日常が変わって、新鮮な物がそうでなくなって、そしたらもっと欲しい物が感情が大きくなって我儘になると。

 

 そうなると思っていた。だが、千春は自分の出さない。

 

 無理に出させるのは本人にとって、絶対に避けたいものだ。彼女の場合は特に……。

 

 悩み。

 

 絶対の悩み。それを解決しないにはいけないのか。

 

 下手に踏み込んでも意味はない。ここは現実だからと言うのが分かったから、だから、ずっと寄り添う選択をした。

 

 

 だけど、基準があって、所々で知っていると事実が当て嵌まる。そして、あるならどうしても頭によぎる。

 

 ゲーム知識が邪魔だと思ったのは初めてだった。何かをしたい、そうしたら知識がよぎる。何をするにも知識がよぎるから最初から無い方が良いとすら思う。

 

 一体、何度この悩みを繰り返せば良いのか。

 

 

「うちは全く料理が出来ないので初歩の初歩からお願いします。お兄さん」

「うむ……じゃあ……米洗いからか?」

「む……お兄さん、いくらうちでもそれくらい分かります」

 

 

 考え込んでいると千春の声で思考が中断する。やはり、今まで通りに行くしかないのかな……。と、いつも通りの何回出したか分からない取りあえずの結論を出した。

 

 ――あんまり、千春に良い影響を与えられない俺って……ダメな奴だな……。

 

 ちょっとセンチメンタルになるが、それを悟らせて心配をかけてしまうのは良くないので必死に顔を引き締める。

 

 その後で千春と向かい合って目を合わせて会話を続ける、綺麗な青い眼を覗くよにして言葉を交わす。

 

 

「流石にお米の洗い方は知ってたよな。すまん」

「謝らくても良いですけど……。えっと、その、因みに、お米は、その、洗剤で洗うんですよね……?」

「違うぞ。水でそのまま洗うんだ」

「……ッ」

 

 

 千春……それは流石にそれは知ってないとダメだろうと思ったが千春が洗剤を入れて洗ってはいけない事は知っているはずだ。

 

 ふむ、もしかしてボケたのか? ちょっと顔を見ると頬が赤くなっている。

 

 

「……もしかして、ボケたのか?」

「……ええ、まぁ、何というか……姉としてユーモアも取り入れた方が良いのかなって……」

「……そうか」

「あと……その、お兄さんが小難しい顔してたり、ガッカリしたような顔になったりしてたから……わ、(わら)かしてあげたい、的な……感じで、その……」

 

 顔がどんどん紅く染まって行く。どうやら相当に恥ずかしかったらしく、手をうちわのようにして煽り、熱を冷ます。眼もキョロキョロ色んな所に移動させる。

 

 そんな様子を見て単純に尊いなと感じた。同時に俺の為にわざわざギャグを言ってくれた千春の好意が嬉しかった。

 

 

「……今の面白かったですか?」

「え? ……面白かったな」

 

 

 そんな好意を無下には出来ない。ギャグとすら最初は分からなかったが取りあえず面白いと言っておいた。ニコッと笑って本当だと言う感じを演出する。だが、千春はどんどん膨れ顔になって眉を顰めた。

 

「――お兄さんの、嘘つき」

 

 不貞腐れたような顔が千夏、千秋、千冬に似ていた。でも、何となく違う。言葉にするには難しいけど。何となくそんな感じがする。勘に近い物でそう思った。

 

 

「う、嘘は言ってないぞ」

「流石にお兄さんの顔くらい、一年以上一緒に居たら分かりますよ」

「そうか……分かりやすかったか?」

「分かりやすい……って言うのも多少あるかもですけど。それ以上に勘的な感じが強いですね。この顔は嘘ついてる感じだなー、みたいな」

「ポーカーフェイス、ちゃんとしないとな」

「お兄さんなら、本気で悟らせない事も出来ると思いますけど。あんまり悟らせないのもダメだと思いますよ。無理しすぎるとまた熱出すかもしれませんし」

「だよな」

 

 

な、なんか、会話が冷たい感じがする。先ほどのギャグの感想を偽装したことをちょっと怒っているのかもしれない。と言うか絶対そうだ。

 

「ご、ごめん、面白いって嘘ついて……」

「謝る必要はないと思いますけど……。詰まらないことを言ったうちが悪いですし」

「そ、そんなことはないと思うぞ」

「いえ、うちが悪いです」

 

 

意地を張っているのだろう。自分の否を完全に認定している。

 

 

「まぁ、それはどうでも良いですけど……取りあえず、料理、お願いします」

「分かった」

「無理のない程度にでお願いしますね。お兄さんに何かあると皆、心配しますから」

「そうだな」

 

 

そう言って、リビングをちょっと不機嫌顔で出て行こうとする千春。だが、ドアを開けて、こちらに背を向けたまま止まった。

 

「お兄さんは色々、悩んで、うち達を考えてくれているのは分かります。でも、自分も大事にしてくださいね……」

「そうだな。でも、四人も大事にするからな」

「……」

 

 

千春は一秒だけ、静止した。何も言わずに全く動かなかった。背中しか見えない。どんな顔をしているのかは分からない。

 

でも、次の瞬間に少し笑って、声を発した。

 

「ふふ。ありがとう。お兄さん。いつも、そう言ってくれるのがうちは嬉しいです。おやすみなさい」

 

 

そう言って千春は二階の自室に戻った。

 

 

何も変わっていない、変えられていないと思ったけど……何かは変えられている気がして嬉しかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 何だか、頬が熱い。柄にもなく、色々と余計な事を話してしまった気がする。ギャグとか言うつもり無かった。言ったけど、全然面白くないし。

 

 あれは半分お兄さんのせいだ。お兄さんのギャグセンスをうちが受け継いでしまったのだろう。

 

 姉としてユーモアあふれる感じも取り入れていきたいからギャグセンスは磨いて行かないと……

 

 色々な事に手を出して色々取り入れてもっと良い姉に長女にならないと……。

 

 そう思ってお兄さんに料理指導をお願いしてしまったけど、最近、お兄さんは千夏、千秋、千冬の指導もしているから負担が大きくなったらどうしよう……

 

 あまり無茶をし過ぎない程度に教わろう。何かあったら妹三人が心配するし。

 

 うん……。でも、ちょっとだけうちも心配かな……。

 

 我を僅かに含んだ感情を抱いてしまった。そのことに恐れを持った。首を振っていつもの信条に切り替える。

 

 自由な感情はいらない。不自由な感情の方が、自分では無く、姉妹に感情を向けた方が楽しくて楽。

 

 自分は自由ではいけない……。

 

 そう思って、そう思いかけたところでお兄さんの顔が一瞬だけ浮かんだ。だけど、それは過去の怖さに敵わなかった。今の信条の楽しさ、楽さには敵わなかった。

 

 

 いつも通り……。

 

 

 いつも通り戻ったところで、ちょっとだけ寂しくなった。

 

 

◆◆

 

 

 千冬は恋をしている。魁人さんに……。

 

 

 でも、想いを伝えることは出来ない。何故なら魁人さんとの距離がまだまだ縮まっていないから。そんな状態で告白して失敗するととんでもなく友好関係に傷がつくから。最近、恋愛漫画を読んでより一層恋愛に対する理解を千冬は深めている。

 

 

 だから、先ずは魁人さんと距離を詰めたり、色々と知って行きたいのだけど……

 

「ねぇねぇ、カイト。冬休みどっか行きたい」

「うんうん、いいぞいいぞ」

「また、去年みたいに旅行がいい!」

「うんうん、そうだな、そうなんだな」

 

 

 秋姉が魁人さんを独占している。魁人さんも秋姉が可愛いのか、否定とか全然しないし、ニコニコ笑顔で我儘を受け入れる。

 

 コタツに入ってオムライスを食べながらテレビを見る。そんな中でも秋姉が魁人さんと一番距離が近い。千冬だって何とか隣に座ったり、口元のケチャップを拭いて貰ったりしたい……。

 

 わざと口にケチャップ付けようかな……。そんな汚い事はできないけど……

 

 食事をした後に……何気ない感じで魁人さんの隣に座る。ここで聞きたいことを……

 

「あ、か、魁人さん」

「ん?」

「相談してもいいでスか?」

「いいぞいいぞ」

「えっと、友達の友達の冬美ちゃんって子の話なんでスけど……」

「あ……そう、なのか……冬美ちゃんって子がいるのか」

「その子、好きな人が居るらしくて……でも、好きな人が十歳くらい年上らしいでスけど……どうしたらいいでスかね……?」

「う、うん……そうだな……」

 

 

き、聞けたぁー。これなら千冬の話じゃないし、さり気なく魁人さんの恋愛観とか、考え方とか知れる!

 

「え? 冬美なんて私達の学校に居たかしら?」

「我、聞いたことないぞ。どこのクラスなんだ?」

「……うちはノーコメント」

 

 

一緒のコタツに入っている、夏姉と秋姉が千冬の話に疑問を提起した。ああー。もう、どうしてこうなるの!

 

これで千冬の気持ちがバレたら恥ずかしいとか言う問題じゃない。気まずくなって千冬の春が終わってしまう、初恋をこんな疑問で潰されたくない。

 

 

「あー、別の学校の話っスよ。高坂辺りに住んでる子の話っス」

「あー、そうなのね。どうりで聞いたことないと思った」

「我もだ!」

 

 

ふー、何とか誤魔化せた。よし、魁人さんの話を聞こう。

 

「あ、あー、冬美ちゃんの話だが……ま、まぁ、その子の自由……なのか? 難しいなぁ……十歳か……愛に年の差とかは関係ないかもしれないが……。小学生の子が十歳年上を好きになると……多分、断る、かもな……一概にも言えないが……」

「ッ……そ、そうっスよね」

 

 

ちょっと、悲しくなった……。まぁ、そうだろうなと、そう言う答えだろうと思ってたけど……。

 

涙目になっちゃいそうだから気を付けないと……。

 

でも……恋愛事態を否定しないって考えていることを知れたから良かったとプラスに考えよう。

 

「千冬! ダイジョブか!?」

「秋姉、大丈夫っスよ」

 

 

ちょっと、悲しそうな表情をしてしまったから秋姉がフォローに入ってくれる。秋姉も優しいし、何だかんだで頼りがいある。まぁ、最近、独占されて歯がゆい思いもしているけどさ……憎めないな……。

 

 

それに、恋愛感情もあるって感じじゃない……よね? ライバルになったりはしないよね?

 

偶に心配になるが……杞憂だと信じたい。

 

 

それに、千冬には他者の恋愛を気にしてる余裕はないし。魁人さんの事、一個でも知れたから……今日は良いかな……。また、隙を見つけて二人きりでお話したいな……。

 

 

ちょっと、小ズルい考えが浮かんだ。でも、秋姉も独占したり、夏姉も料理個人レッスン受けてるし……問題は無いよね?

 

そう自分に言い聞かせて、また一歩魁人さんに近づきたいと想って、もし、その機会を千冬自身で作れたらどんなこと話そうかと、頭の中で妄想(シュミレーション)を繰り広げた。

 

 

―――――――――――



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70話 マフラー

 十一月。某日。寒さが本格的になっている。朝、千秋と千夏が徐々に起きが悪くなってきている。

 

 今日は休日だからそんなに朝早く起きなくてもいいかもしれない。でも、お姉ちゃんとしては健康的な生活を送って欲しいから起こす。起こさないといけない。

 

 

「すぴー、すぴー」

「むにゃむにゃ」

 

 

 くっ、可愛い。こんな天使を起こすなんて大罪を犯したに等しい。だが、ここで姉としての責務をしっかりとこなさないと……。

 

 うちは寝ている二人を眠気を追い出すように二人を揺すった。

 

「起きて、二人共。もう、10時だよ」

「ううぅ……外は寒い……今はダメだ」

「私も、ダメよ……」

 

 

 本音を言うと一生眺めていても何の文句もないけど、やはり日々の生活感は崩してはいけないのだ。掛布団、毛布二枚、色々追いはぎをするようにひっぺがす。

 

「さむぃ」

「おにー」

「ごめんね。でも、流石に起きないとさ、夜眠れなくなるし」

 

 

 二人は寒さに震えながら下の階に降りて行った。うちは二人が使っていた布団などを三つ折りにして片付ける。その後にうちも再び下のリビングに戻る。部屋を出て廊下に足を踏み出す。

 

 靴下をはいているけど本当に床が冷たい。早くコタツ入りたいな、等を考えながら冬が本格化したことを感じ取った。

 

 

◆◆

 

 

 ジィーっと三人の視線がお兄さんに注がれていた。お兄さんはそんな視線に気づきながらもあまり気にしないでとある作業を進めていた。手に真っ白な毛糸を絡めながら只管に編んでいく。

 

 お兄さんは集中力が高くて、自由自在に自身でコントロールが出来る。しかも編み物も出来ると言う、毎度毎度思うけど、高スペック。一体、どんな人生を歩んできたのだろうか。うち達は知らない。お兄さんは言わない。

 

 でも、それはうち達にも言えるのだ。

 

 未だにうち達は互いの過去を知らない……だよね。

 

 

「よし、出来た。手編みマフラー」

「おおー、カイトスゲー」

「魁人さんってやっぱり器用でスね」

 

 

出来上がった綺麗な白色の手編みのマフラー。商品として売っているのではないかと思ってしまう程に仕上がっていた。首を巻いたらきっと暖かい。

 

「編み物は結構、肩に来るな……」

 

 

お兄さんは手編みマフラーを作った事によって、披露した肩を手で揉む。

 

「あ、魁人さ」

「カイト! 我が揉み揉みするぞー」

 

 

事件。千秋、千冬に横入りする。千冬が目を細めつつ、やってしまったぁっと頭を抱える。千秋はこういう割り込み行為に特攻があるからね。しょうがないね。

 

千冬がちょっと可哀そうだけど……。ここで何も言えない。千冬に過度な援助をするともろに恋をその場に露天させてしまう。千冬は隠していて自分で成就させたいと思っているのであれば見守ることも大事なのだ。

 

「ありがとなー、千秋ー」

「どういたしましてー、カイトー」

 

間延びするように、時間がゆったりと進むようにほのぼのとした空気が部屋中に充満していく。お兄さん、羨ましい。千秋のマッサージが体験できるって、前世で一体どんな得を成したの!? お兄さん!? もしかして英雄!? 

 

って問い詰めたい。

 

さてさて、そんなほのぼの空気感も千秋のマッサージが終わると同時に終わりを告げる。すると、千秋はお兄さんの手にあるマフラーに視線を落とす。欲しいと目に書いている。

 

まぁ、お兄さんは誰かに、うち達の誰かにあげる為に作っていたと言うのは余裕に予測が出来る。

 

 

「カイト、それ! 誰にあげるの!」

「え? ああ、千秋たちの誰かに使って貰おうと思って作ったんだ。一応言っておくが全員分しっかりと作るからな」

「おおー! ありがとー!」

「取りあえず、これは……」

「我! だってそのマフラー白だし! 我の髪色銀白だし! 白色のマフラーと我は、ウサギと龍くらいベストマッチ!」

「そうか……じゃ、これは千秋で」

「わーい!」

 

 

やはり、と言うべきか。なんだかんだで一番にマフラーを貰ったのは千秋だった。おねだり上手の特権と言うべきものだろう。それにしてもウサギと龍って相性ばっちりなの? 千秋にしか分からないネタみたいなものなのかな?

 

千秋は早速、それを首に巻いて見せた。

 

「どう!?」

「似合ってる」

「そうかー、今度から外出る時はこれ使う!」

「是非、使ってくれ」

 

千夏と千冬が羨ましそうな眼をしている。

 

「三人はどんな色が良い?」

「わ、私、黄色が良いです!」

「千冬は、黒がいいでス……」

「千春は?」

「うちは……ピンク、ですかね」

「よし、ちょっと待ってろ……」

 

 

お兄さんは再び、黙々と指に毛糸を絡めて、手編みのマフラーを作って行った。そのスピードは凄まじい。職人さんと言えるほどではないだろうか。

 

魁人さんって本当に女子力高い……、何か、自信無くす……っと千夏がぼそりと呟いたり、千冬がチラチラ横顔見たり、千秋がお兄さんの手編み姿をジッと見てたり。

 

そんなこんなで全員分のマフラーが完成!!

 

「うわぁ、何か……暖かいわね……エモいって奴ね」

「千夏、我の次の次の次に似合ってるぞ」

「うん、ありがとう……って、私が姉妹で一番下っ端って言いたいの!?」

 

 

「魁人さん、ありがとうございまス。これ、大切に使いまスね」

「そう言ってくれるとありがたいな……よし、折角だし、どこかに出かけるか!」

「おおー! 我、賛成!」

「よし、じゃあ、車乗ってくれ」

 

 

何だか、お兄さんが行先を言わないで出かけるって言うの珍しいな……。不意にそう思った。お兄さんが申し訳なさそうな顔をしているのもなんだか、気になった……

 

 

車に乗ってお兄さんは車を走らせた。その顔は悲しみに打ち震えていた。どうしてこうなってしまったのかと何かを後悔するが如く、お兄さんは車を運転した。そして……

 

「カイト? ここ病院だぞ?」

「魁人さん、スーパーとか行くんじゃないんですか?」

 

千秋と千夏がそう聞いた。千冬も訳分らないと言った感じで首をかしげる。お兄さんはどうしてこうなったと頭を抱えた。

 

「カイト、どこか具合が悪いのか?」

「魁人さん?」

「魁人さん、大丈夫でスか?」

「お兄さん……?」

「すまない……言おう、言おうと思ってここまで来てしまった。一週間前に言うつもりだったんだ……。ごめんな……今日は……インフルエンザの予防接種の日なんだ……」

 

 

バきりっと足元が崩れるのをうち達四人、全員が感じた……。注射……。それだけは……。

 

うち達四人が共通して嫌いなモノ、幽霊的な奴、虫、注射……。そんな、お終いだ……っと言う言葉が全員の頭によぎった。

 

「すまん。でも、行くしかないんだ」

「やだ! カイトの嘘つき! 絶対行かない!」

「私も! 断固拒否!」

「二人共……帰りにお菓子とかアイスとか買うから……それに注射したらカエルさんのシールも……それはいらないよな。流石にな……」

「千冬は行くっス! 魁人さんが健康を心配してくれての事っスから!」

「千冬……」

「うちも行きます……」

 

流行り病から守ることが一番大事。その為には予防接種。姉妹が予防接種を嫌がるなら姉であるうちが真っ先にうち込む姿を見せないと!!

 

「千春……」

「……じゃあ、我も行く……」

「ええ、皆して……じゃあ、行かない訳に行かないじゃない……」

「すまんな」

 

 

足に囚人の重い玉でも付けられているのかと思ってしまう程に、病院に足が進まなかった……。

 

 

◆◆

 

 

「ぐすん……カイトに騙されたから我はビックマックを食べる」

「ぴえん……魁人さんに注射するってずっと秘密にされてから私はてりたまバーガーを食べる」

「あ、ごめんな。ほら、チキンナゲットとかポテトもじゃんじゃん食べてくれ」

 

 

予防接種を行った後にジャンクフード店によって頑張ったご褒美をうち達は貰っていた。千秋はビックマックセット、千夏てりたまセット、千冬、マックシェイク&ポテト。

 

うち達四人の注射されたところにはハートマークのシールが貼ってあり、ジンジンと痛みが未だにある。お兄さんもうち達の事を考えての行動だったから誰も怒ったり咎めたりはしない。

 

だが、頑張ったしちょっと我儘を言っても良いかなくらいは思ってるだけだ。それにマフラーも貰ったしね……。多分、このマフラーはうち達のご機嫌をなるべく損ねないように作ってくれたんだろう。お兄さんはちょくちょくこういう計算高い感じも出してくる。

 

うち達は、ポテト食べたり、紅茶を飲んだりして怖かった注射の時間を忘れた。

 

 

◆◆

 

 

 それは、唐突だった。

 

 別に意識なんてしてなかった。

 

 でも、気付いたら貴方を追っていて。

 

 隣に居たくなって。

 

 好きと言って欲しくて、貴方を知ろうとする。でも、貴方は中々、私に教えてくれない。

 

 貴方との距離を縮めたいのに、縮められない。もっと触れたくて、手を繋ぎたいのにそれは敵わない。じれったくて、甘酸っぱい毎日も好きだけど。情熱的で燃えるような貴方に抱きしめて欲しい。

 

 

 等と言うポエムチックな事を描いてしまったぁぁぁあああ!!

 

あーーーーー! 、恥ずかしい! なんだろう、これ!?

 

 魁人さんが秋姉ばかりに気を取られるから、ちょっとムカムカして、思わずこんなことを日記帳に書いてしまった……。どどど、どうしよう……。取りあえず、これは消して……。

 

 いや、でも、この恋心を否定する感じがする。じゃあ、どこかに隠さないと。こんなの夏姉と秋姉に見られたら……

 

『あらあらあら、冬ったらこんなポエミーな事書いちゃって……お可愛いこと』

『これはこれは……我も気持ちがキュンキュンしちゃうなー』

 

 

 おもちゃ! 圧倒的おもちゃ……これは、隠そう……。

 

「ねぇ、冬。そろそろ夕食の時間……なにやってんの?」

 

 咄嗟にお腹の中に日記帳を隠した。

 

「いや、別に? 何でも無いっすよ」

「ふーん、取りあえず、おやつタイムよ」

「そ、そうっスね」

 

 

 隠したまま下に降りていく。これ、どうしよう。

 

「ねぇ、お腹痛いの?」

「え?」

「お腹抑えてるから、ダイジョブ?」

「あー、ダイジョブっス」

「そう……整腸剤あると思うから何あったら言うのよ。無理して、夕食も食べないでいいからね。もし、あれだったら私がおかず貰うし」

「最後の一言で前半の気遣いがぶっ飛んだっすね」

「冗談よ。後半はね」

 

 

心配してくれる夏姉。嬉しいけど……、今はそれどころじゃない。リビングのコタツに速やかに入る。お腹の中には日記帳がまだある。

 

「千冬? どうした? お腹痛いのか?」

「秋姉、大丈夫っスよ」

「そうか。何かあったら整腸剤あるからな。あと、もし食べないなら、おかずは我に頂戴」

「うん、食べるっスから心配しないで欲しいッス」

 

 

夏姉と秋姉は本当に魁人さんの作った夕食のおかずが好きなんだなー。千冬も好きだけど。

 

隙を見てお腹の日記をコタツの中に隠す。皆でご飯を食べ、テレビを見て、団欒をして……皆で笑いあったりするが……全然会話が頭に入って来ない。最早、日記の事ばかり考えている。

 

「あ、お風呂わいたわね」

「千夏たちが先に入ってくれ」

「おおー! お先にだ!」

「お兄さん、お先に頂きます」

 

お風呂に行って服を脱いだら絶対に日記がバレる。コタツの中に放置するのが得策だと思ったので、千冬は日記を置いて魁人さんに一言言ってから脱衣所に向かう。

 

「いやー冷えて来たわね」

「そうだなー、我的にそろそろカイトの車の窓が凍り始めると予想」

「そうねー、きっと魁人さんシート的な物を車に置くわね」

 

服を脱ぎながら二人の話に耳を傾けるが全然頭に入って来ない。春姉が時折千冬を見るけど、それを気にする余裕もない。

 

お風呂で体と髪を洗って、湯船に浸かっているときも落ち着かない。あれをリビングに居る魁人さんが見てしまったら……、恥ずかしさで一生、目が合わせられない。ただでさえ、今も合わせるの恥ずかしいのに……

 

「千冬、上がるっス!」

「え? 嘘、長風呂の冬がどうして」

「千冬、さては残り一つのパリパリアイスバーを狙っているな!」

「ちょっと、それはダメよ。あれは私のだから」

「いや、我の、我がお風呂上りに食べようと思って取ってあったやつ」

 

二人が言い争っているので無視して、お風呂を上がる。本当はゆっくり肩まで二十分くらい浸かりたかったけど……仕方ない。

 

急いで、上がり、リビングに向かってドアを開ける。そこには……日記帳を持った魁人さんが居た。

 

「あ、かか、魁人さん!」

「今日は上がるの早いな、千冬。どうした? 調子でも悪いのか?」

「そ、それより、その日記帳!」

「あ、これ千冬のなのか? コタツの中にあったんだが……」

「それ、見て……」

「見てないよ。流石にな」

 

 

か、魁人さんが紳士で助かった。危ない危ない。千冬は魁人さんからその日記帳を受け取る為に手を伸ばす。魁人さんも手を伸ばして、千冬の手に日記帳が渡った。だが、急いで動機が安定していない事もあって日記を落としてしまう。

 

そして、ポエミーな事を描いたページが開かれた。床に置いて開かれたページを魁人さんもそれをガッツリと見てしまう。

 

「……」

「ああ、ああああ! 、こここ、これは、その、」

「ごめん、つい見てしまった」

「ううぅ、これは……」

 

 

凄くハズカシイ。絶対に痛い女の子と思われたと悲しくなった。

 

「いや、その、なんだ……感想、を言っていいのか、分からないが……俺は好きだぞ? こういう感じのやつ」

「す、好き?」

「好きだ。何というか、こう、嘗ての青春を思い出すと言うか、こういう無垢な気持ちをそのまま描けるのは凄いなって。色々な気持ちがあるが、まぁ、好きだぞ。俺は」

「……そ、そうでスか……」

 

何だか、別のベクトル方向で恥ずかしくなって来た。す、好きだなんて……。まぁ、千冬のポエムだけど……。

 

「ごめんな、恥ずかしかったのに見て」

「い、いえ、好きって言ってくれて嬉しかったでスから! 寧ろ、ありがとうございまス!」

「……そうか。なら良かった」

「……また、見てくれませんか? 魁人さんにその、感想を聞きたいでス」

「おおー、是非見せてくれ。俺もなんだか懐かしい感じがして楽しいから」

「じゃあ、またお願いしまスね?」

「分かった」

 

 

凄い、慌ただしかったけどなんかプラスな方向に行って良かった。魁人さん、また見てくれるって言ってくれたし、会話する話題が一つ増えるってなんだかうれしい。でも、この間もこういう約束して秋姉とかに構いっぱなしだったから、ちょっと心配かも……。

 

 

「絶対、約束でスよ?」

「ああ、薬草だ」

「……」

「あ、詰まらなかったよな……。うん、約束だ、約束するぞ」

「お願いしまス」

 

 

魁人さんって苗字とギャグのセンス以外は完璧なんだけど。でも、そういう所も可愛いから、好きかも……。あんまり全部ちゃんとするより、ちょっと抜けてる所がある方が可愛いし。

 

千冬的に寧ろ好きって感じ……。

 

「我のアイス!」

「私の!」

 

 

二人でもう少し話したかったけど、アイスを狙って夏姉と秋姉。そして、アイスは狙っていないけど一緒に上がってきた春姉がリビングに戻ってきた。今日はここまでかなー。

 

「カイト! あのアイス我だよね!?」

「私のですよね!?」

「うーん、ジャンケンだな」

 

やっぱり、秋姉とか夏姉が来たらこうなるよね。千冬だけにはどうしても向いてくれない。千冬だけを見てくれない。

 

ちょっと悲しい。

 

でも、お風呂一人だけ早めに上がれば魁人さんと話せるから……また、一人だけ早く上がろうかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 




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71話 とある千秋のマフラー返し

ちょっと短めです。すいません


 十二月、そろそろ年の終わりが見え始めている。今年もクリスマスと言う一大イベントが近づいている。昨年は何だかんだで上手く行ったからな。

 

 今年も四人にプレゼントを買ってあげたり、パーティーをしたりしたい。まぁ、今年は欲しい物を欲しいって言ってくれるだろうしスムーズにイベントをこなせるだろう。

 

 

「カイトー」

「ん?」

 

 

朝食を食べ終えてそろそろ家を出ないといけない時間。千秋は俺にニコニコ笑顔で真っ白な手編みマフラーを差し出す。

 

これ、この前、俺が作った奴……もしかして、ダサいからいらないとか!? 他に良い奴を見つけたとか!?

 

「そ、それ……」

「カイトの為に作った! だから、使って!」

「千秋が作ったのか? どうやって?」

「んー、この前作ってたカイトの姿を思い出して……何となく?」

「……そうか」

 

 

天才か? 俺の娘は。この間、マフラーを作った姿を見せとは言え、俺は全くと言っていい程やり方は教えなかった。作ることに集中していたからだ。

 

「よくできてるな……俺より上手く出来てるんじゃないか?」

「それは無いと思うぞ。それより、ほら使って!」

「おう」

「因みに、我とお揃いの色にしておいた!」

「おおー、ありがとうな」

「えへへ、どういたしまして。これで仕事を頑張リンゴだ!」

「ありがとな」

 

どこからリンゴが出てきたのか分からないがマフラーは素直に嬉しい。作られたら作り返す。マフラー返し……と言おうと思ったが最近は冷えるのでこれ以上部屋を冷たくするわけにいかないので黙っておいた。

 

 

「それじゃ! カイト、行ってくるぞ!」

「おう、行ってらっしゃい」

 

 

千秋を含めた四人は先にドアを開けて外に出て行った。俺も仕事に向かうためにスーツを着込んで、マフラーをして外に出る。

 

冬だと言うのに寒さを感じないくらい、体の内も外も暖かった。

 

◆◆

 

 

「おい、そのマフラー」

「あ、これ? 天使からちょっと早いクリスマスプレゼント的な?」

「あ、いや、そうじゃなくて、役所内じゃ付けなくていいだろって意味。暖房ついてるし」

 

 

 仕事場でも千秋が作ってくれたマフラーを巻いていたら佐々木にそれはどうなんだと言う指摘をされた。

 

「確かにな。だが、千秋が折角作ってくれたんだ。存分に使わないとな」

「千秋って、あの食いしん坊の子か」

「食いしん坊って言うとちょっと不機嫌になるから、本人が居る時は健康的生活をしている育ちざかりか食べ盛りって言ってくれ」

「そうか……女の子って色々複雑だな」

 

 

 互いに一言、二言言葉を交わしながら仕事をこなす。あまり話しすぎる作業スピードが落ちてしまうのでそこは気にしないといけない。

 

「そう言えばさ……俺、前に小野さんが気になってるって話したろ?」

「あー、そうだったな」

「最近、ちょっと電話とかするようになってさ」

「そうか、良かったな」

「ああ、うん……そうなんだが……」

 

何やら佐々木の歯切れが悪い。以前に小野さんが言っていた性転換の事でも気にしているのかと思ったのだがそうではなかった。

 

「小野さんがペットの犬が話す時があるって電話で言ってたんだが……犬って……言葉は話すか?」

「……さぁ、どうだろうな……」

「流石に冗談だよな? いくらなんでも犬は……話さないよな?」

「そうかもしれないな」

 

 

話す猫なら聞いたことがるが……。まぁ、これもゲーム知識が基準となってしまうが。

 

ゲームだと、千冬の友人キャラは猫。友人と言っているのに猫なのだ。しかも、言葉を話すことが出来ると言う特殊な猫。その正体は超能力を持った猫で知能があって人間に近い声帯を持つと言う能力。

 

もしかして、それと同じような能力を持っている犬なのか? それともただ単に冗談を言っているのか……。どちらにしても下手な子とは言えないな。ゲームの設定から推測したことは確認がしっかりとれるまで踏み込まない方が良い。

 

 

「だが、冗談だとしても折角話してくれたんだ。そこから会話でも弾ませれば良いんじゃないか?」

「そうだな……」

 

 

佐々木が小野さんがどういう結果になるかは分からないが……俺はあまり恋とか知らないし、分からないから外野から偶に声援位が丁度良いだろう。

 

それに俺は千春達が第一だから。あまり出来る事もないし。程ほどの距離で見守らせてもらおう。

 

 

◆◆

 

 

 

 夜は一人でテレビを見ることが以前の定番だったのだが最近は、千秋と一緒にテレビを見ることが多くなっている。一度、千春や千夏、千秋、千冬が二階に上がるのだが少しすると千秋が降りてきて膝の上に座る。

 

 そして、一緒に話したり、テレビを見たりするのだが……。

 

「カイト! マフラー、結構頑張って作ったんだ!」

「ありがとうな。暖かったよ」

「カイトのもぽかぽかして最高だった!」

 

 

 千秋は今日も一度寝る為に上に上がったのだが、一人だけ降りてきて俺の膝の上に陣取る。日に日に多くなっている気がするが気のせいだろうか。千秋は腰を下ろして俺の胸板に背中を預ける。

 

 そして、上目遣いで目を輝かせながら話すのでこちらとしては可愛くて仕方ない。

 

 

「カイト、今度一緒にロールケーキ作ろう!」

「いいな、そうしよう」

 

「今日はね、メアリがね。ふぇいとー? セロ? とメイド、いん、あびしゅ? って言う超ほのぼのアニメがあるって教えてくれたの!」

「そうか……我が家もアベマ入れるか……」

 

「もうすぐ、クリスマスだから欲しいものがあるの」

「買おう」

 

 

千秋のマシンガントークを聞きに徹する。子育ての本で子供の話はよく聞いてあげた方が良いって言ってたからな。こういう時に実行しないといけない。

 

 

「あ、そう言えば。あの超人気女優と、若手女優が結婚したんだって。名前は知らないけど」

「あー、そんなニュースもあったな」

「同性婚ってやつなのか?」

「そうだな」

「ふーん、同性婚とか、違う性別同士で結婚するって何か違うのか?」

「……特に変わりはないと思うな。一番好きな人同士で結ばれるのが結婚だから。それぞれ愛の形があるんだろう」

 

 

 良い感じで教育的なことを言えたなと心の中でガッツポーズ。千秋はそうなのかーと腕を組みながら頭を回して考え込んでいる。

 

「カイトは結婚しないの?」

「今は良いかな」

「好きな人はいないの?」

「好きな人か……大事と言う意味と重なるけど、千秋を合わせて四人は大事で好きだな」

「え!? じゃあ、カイトは我等の中の誰かと結婚するのか!?」

「そう言うわけじゃないぞ……。何というか……好きのベクトルが違うと言うか」

「……そう……。カイトは我たちの中だったら誰が一番好きなの?」

「……何でそんなこと聞くんだ?」

「なんとなく」

 

 千秋はジッと俺の目を見た。赤と青のオッドアイが俺の目を射貫く。下手に誤魔化してもまた聞かれそうだし、正直に答えよう。

 

「皆一番だな。優越はないな」

「そっか……」

「ど、どうしたんだ?」

 

千秋はちょっと悲しそうだった。俺も慌てて千秋の言葉をかける。

 

「……てっきり、我って言ってくれると思ってた」

「そ、そうか。ごめんな」

「……我が一番カイトを見てるし。カイトと一番話してるし、頭も撫でて貰ってるし、ハグとか、一番最初に仲良くなったのも、私、だし……」

「……いや、その、何だ。千秋の事は大好きだぞ? ただ、皆も大好きって言うだけだ……。皆家族で大事だから、優越はつけられないんだ。ごめんな」

「……うん。分かってる。我も誰かが一番とか、言えないし……」

 

 

千秋は膝の上から降りた。

 

 

「今日は寝るね。おやすみ、カイト」

「おやすみ、千秋」

 

 

少しだけ、満足をしていないような、悲しそうな千秋の顔がその日は頭から離れなかった。

 

 

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72話 接待クリスマス

 二度目の冬休みに突入した。宿題宿題、宿題に追われる日々。うち達はリビングでドリルを広げてコタツに入り勉強会をしていた。お兄さんは二階の部屋で終わっていない仕事している。

 

「うーん……分からんな」

「そうね……あれ? そろそろ、休憩の時間じゃない?」

「おー、そうかも」

「いやいや、五分前にしたばかりっス」

 

 

 

千秋と千夏が宿題を拒否する。確かに仕方ないね。長期休みのドリルは飽きてしまうから。ちょっと休憩してもまた同じ作業をするとなると面倒くさいよね。

 

 

「そうだ! 書道の宿題しましょう! それが良いわ!」

「そうだな! そろそろ、飽きてきた!」

「春姉はどう思うっスか?」

「良いんじゃないかな。ずっと同じものをやるって飽きが来ちゃうよ」

 

 

冬休みにはドリル以外にも書初めの宿題が設けられている。小学生にとって書初めはその人の個性が出ると言っても過言ではない。適当にやる人は一瞬で終わるし、こだわる人はとことん拘る。

 

準備を始めて、細長い毛氈を引いたり、墨汁を出したり、テキパキ準備を進める。

 

「ふむ……まぁ、適当にだな……」

「そうね……。こういうのって遊び心大事だし」

 

 

千秋と千夏からは早速個性が出ている。テキパキ一枚「謹賀新年」と書いて、新聞紙で墨汁を拭きとる。

 

「……」

 

 

千冬は緻密な作業に没頭している。顔を凛々しくして、筆をゆっくりと、時には大胆に作業をしていく。

 

「ねぇねぇ、見て見て! 正統継承者!」

「結! 滅!」

 

二人は手のひらに墨汁で正四角形を描いて遊び始める。どこぞの夜の森を守っているのかもしれない。

 

そんな二人に目もくれず、千冬は流されずに没頭する。

 

「で、できた……」

「流石千冬……完璧」

 

書初めコンテストは千冬が頂いた。これだけは間違いない。千冬は本当に努力家だね。もっと人から評価されて欲しいランキング第一位。

 

千冬の字は本当に綺麗、一番綺麗。普段のノートの字も一番綺麗なのは千冬。

 

「これで、賞とったら……きっと、褒めてくれる……」

 

自身の作品を見返せて、少しだけ微笑む千冬の姿がそこにあった。うん。ちょっとあざとい所、打算的な思考になっている千冬も可愛い。

 

「春、アンタは終わったの?」

「あ、三人見るの夢中で気が付かなかった」

「アンタはもう……ほら、早くやりなさいよ」

「そだね」

 

姉として偉大な姿を見せないといけない。こう見えても習字は……

 

「春、前から思ってたけど……ヘッタクソね……って言うか半紙が破れちゃってるし」

「ごめんね」

「いや、謝らなくて良いけどさ……」

 

 

うちの苦手なモノ、スイミング、虫、霊的なもの、料理、そして習字。何でか分からないけど毎回半紙を筆が貫通してしまうのだ。かと言って墨汁を少なくすると擦れるし……

 

習字マジで嫌い。

 

 

「アンタ、意外と不器用なのよね」

「それもあるけど、多分、この半紙に気合が足りないから破れたんだと思う」

「うん。そうね、ようするに十割アンタが悪いわ」

「……」

 

 

どうして、何でも出来るように生まれなかったのだろう。姉として完璧で、妹達から尊敬されるようになりたいのに。所々でぼろが出る。

 

 

「まぁ、あれね。誰でも得不得意があるから仕方ないけど……そうだ。魁人さんに教えてもらいなさいよ。魁人さん、前に書道は数少ない取り柄だって言ってたし」

「お兄さんに……」

「そうそう」

 

まさか、千夏からそんな提案をされるとは思わなかった。千夏が特に悩むことなくすんなりと誰かと頼ることを選択するだなんて……。最初は階段の上と下で話しているくらいの関係性だったのに。

 

「だったら、我が教えるぞ! カイト、お仕事中だし!」

「……ち、千冬が手ほどきを!」

 

そして、何やら抗議の声を上げる二人。千秋はニコニコ笑顔、千冬は少し焦り顔。うちとしては二人から教えてもらうと……姉の威厳が……。でも、二人にサンドイッチ授業をして貰えるなら最高。

 

二人は徐々に可愛さを増している。六年生にもう少しでなるからか、顔つきもちょっと大人っぽくなったような気もする。

 

ただ、やっぱり二人から教わるのは姉としての威厳が……と思っていたらピュアな千夏が疑問の顔をする。

 

 

「え? 何で? 魁人さんに大人しく頼っておきなさいよ。確かに仕事は忙しいかもしれないけど。いつでも頼ってって言ってくれてるんだし」

「でも、魁人さん、疲れが……」

「そうだな。カイトも偶には休まないと」

「だったら、肩もみとかして疲れた分、癒してあげれば良いんじゃない? 頼るべきところは頼って、他の所で支えるって言うのじゃダメなの?」

「「……うん、そだね……」」

 

 

千夏。論破する。眼が澄んでいる彼女は結構思った事は言えてしまう。何だか、最初とは真逆のことを言っている千夏を見ると感慨深さがバイカル湖。

 

そんな、話をしているとリビングのドアが開いた。

 

「おー、書初めの宿題か。懐かしい」

「魁人さん。仕事お疲れ様です」

「気遣いありがとー」

「いえいえ……そう言えば魁人さん、前に書道得意って言ってませんでしたか?」

「言ったな。まぁ、昔の話だけどな」

「ちょっと、書いてみてもらっても?」

「え? あ、良いけど……千春、筆借りてもいいか?」

「あ、どうぞ」

 

 

千夏がぐいぐいお兄さんを書道の道に引っ張る。お兄さんは少し戸惑いをしながらも懐かしみが強いのか、筆を持って筆を走らせた。

 

 

「お兄さん……」

「おおー!」

「凄すぎっス……」

「魁人さん……才能マンね……」

 

 

上手。謹賀新年。千冬より字は上手かもしれない。うち達四人全員揃って、関心の声を上げてしまった。

 

「魁人さん、春に習字教えてあげてくれませんか? 春はあまり習字が得意じゃなくて。いつも半紙貫通なんです」

「あー、そっか……」

 

 

お兄さんに習字苦手は言っていないと思うけど。初めて聞いたような反応ではなく、忘れていたことを思いだしたような感じだった。

 

「魁人さん、春に教えてあげてください」

「……お、おう。分かった」

「よし! ほら、春! 準備!」

「え? あ、うん……」

 

 

何やら、千夏の圧が強い。どうして、ここまでするのか……。ちょっと、うちには分からなかった。

 

「「ジー……」」

 

千秋と千冬がじっと何かを訴えるような視線を送って来るけど、今日の千夏には逆らえない。

 

「ほら、アンタも座って。魁人さんは手を握って、手取り足取り教えてあげてください」

「わ、分かった……」

 

お兄さんも千夏の押せ押せな雰囲気に逆らうことも出来ず。うちも出来ずに指導を受けることになる。お兄さんは申し訳なさそうにうちの手を握った。

 

「……ッ」

 

 

少し、硬い手。ひと回り大きい手がうちの手を包んだ。とめ、はね、はらい。永字八法。色々な言葉を使って丁寧にお兄さんは説明してくれた。うちの手を握りながら筆を動かしてくれて、感覚を掴みやすくもしてくれる。

 

あんまり……言葉が頭に入って来ないけど……。

 

 

「まぁ、こんな感じだな……」

「ありがと、ございます……」

 

 

気付いたら話が終わっていた。お兄さんは今教えたことを実際にうち自身でやってみて欲しいと言った。

 

それを頷いて了承した、うちは筆を持つ。先ほどまでも指導を思い出す。力加減……、ちょっと肩いて……。ほぼ密着した距離感……

 

 

何だか、緊張をして、力が入ってしまって、最初の謹賀新年の最初の一角目で半紙を筆が貫通した……

 

 

◆◆

 

 

 千春は習字が苦手。と言うか所々で不器用と言うのはゲーム知識でもあったけど、実際にそう言う事があると普通に可愛い物だなと感じた。

 

 

 どうして千夏があそこまで押してくるのかは分からなかったが、本人にしか分からない考えがあるのかもしれない。千夏は色んな方向から物事を見える子だからな。そう言う事なんだろう。

 

 

 千春と一緒に習字の授業をした後、千冬と千秋にも教えてと頼まれたが、二人共教えることがないくらいに器用なんだよな。千冬はダントツともいえる。千秋も元々が器用に何でも出来るから形になっている。

 

 そんな二人から教えを請われたが、千夏が俺を千春に付きっきりで教えるように仕向けてたから二人には教えてあげられなかったがまた機会があれば教えてあげよう。

 

 

 そんな事を考えながら仕事を終わらせる。最近、他の事を考えながら何かをしたり、マルチタスク的な事が出来るようになり、自身の成長を若干感じる。

 

 パソコンを閉じて、リビングに向かう。四人は宿題を終わらせて、テレビでも見ているじゃないだろうか。ドラマの再放送とか最近多いしな。この間は、ただの文具店の社員が、死んだ親友の息子と娘を引き取るドラマとかやってたし。

 

 もしかしたら、ソファでお昼寝をしているのかもしれない。それならそれできっと尊いから、見ることが出来れば疲れも吹き飛ぶ。

 

 さて、四人はどんな感じなのかと気になり、リビングのドアを開けようとすると

 

「やっぱり、今年のクリスマスは我らがサプライズ的な事をしてあげたい!」

「そうね、ケーキとか作ってね」

「魁人さん、喜んでくれると良いっスね……」

「お兄さんを喜ばせたいなら、このことは秘密にしないとね」

 

 

……きっと今、聞いてはいけない事を聞いてしまったのだろう。俺も馬鹿ではない。きっと四人が俺の為に何かをしてくれるはずだと言うのは分かった。だが、どうしたものか。

 

気付いていないふりをするべきだろうか。正直に言うべきだろうか。折角、折角、サプライズを企画してくれているのに……

 

あ、ごめん。聞こえちゃったー。

 

とか言うわけにいかないしな。これは、敢えて聞こえていない漢字をするべきだろうな。そう決めた俺は敢えて何も気づいていない感じを装ってリビングのドアを開ける。

 

「おー、カイト、仕事終わったのか?」

「おわったぞ」

「そうか! じゃあ、一緒にご飯作ろう!」

「おお!」

 

 

 

四人共、俺がリビングに入った途端に話をやめた。バレるわけにいかないと思っているのだろう。これは、俺も何も言わないでクリスマスを迎えるしかないな。

 

でも、プレゼントはちゃんとあげないとな。喜ぶ姿を見たいし。そうだ、俺もサプライズでプレゼントをすると言うのはどうだ? あ、いや、ダメだ、欲しいのが違うものだったり微妙な物だったりしたらテンションが下がる。四人は気遣いも出来るから、対してほしくない物でも喜ぶだろうし。

 

俺は普通に欲しい物を聞いた方が良いな。

 

 

「カイトはクリスマスに何が食べたい?」

「そうだな……。何でもいいな」

「何でもが一番困るの!」

「そうだよな。じゃあ、から揚げかな」

「ふぅーん、胸肉? もも肉?」

「ももかな」

「ふぅーん。おけまる!」

 

 

千秋がそう聞いてくれる姿が可愛い。手でオッケーマークをしてニコニコ笑顔。この笑顔で疲れが浄化される。

 

まぁ、千秋だけじゃなくて四人全員可愛いけどさ。

 

そんな四人がサプライズをしてくれると分かっていたとしても楽しみで仕方がなかった。

 

 

 

◆◆

 

 

 いつもの如く、お風呂に入った俺は眠気が襲ってくるまでソファに座ってテレビを眺めていた。すると、リビングのドアが開く。最早、このリビングのドアが開くのが恒例になっているなぁと感じる。

 

 俺と話したいと思ってくれているのだから嬉しくあり、同時に各々に抱えているものがあり、姉妹間では言えない話をアウトプットしたいという心情も有ったりすんじゃないかと思うと、しっかりと大人として為になるような事を言わないといけないとプレッシャーが襲ってくる。

 

 さて、今日はどんな悩みを持った娘が来るのか……。

 

「魁人さん……」

 

 

千夏だ。彼女のパジャマ姿で髪をほどいている姿そこにあった。

 

「千夏、どうかしたのか?」

「肩を揉もうと思って……」

「良いのか?」

「はい……」

 

恥ずかしそうにしながらソファに登って後ろに俺の後ろに回り込む。そのまま両手を肩に置いてくれた。

 

「あの、今日はありがとうございました……」

「習字の事か?」

「はい」

「そうか。じゃあ、どういたしましてと言っておくよ」

 

千夏は肩をほぐしながら、そう言った。力はさほど強くない。でも、精一杯疲れを取ってあげたいと言う千夏の心遣いは感じ取れた。

 

「きっと、また、魁人さんを頼ると思います」

「どんどん頼ってくれ」

「そうします。それで魁人さんには千春の事で多分、多くの事を頼もうと思っているんですけど……大丈夫ですか?」

「大丈夫だけど、千春の事だけなのか?」

「少し、違いました。千春の事を中心に頼みます」

「それは分かったけど、どうして千春が中心なんだ?」

「千春は姉妹には頼ろうとしないんです。妹には何も頼らない、そういう癖みたいなのが付いてると思うから……誰かを頼ることをもっと知って欲しいんです。魁人さんを沢山頼れば、もっと頼って良いんだって知れて、私にも、妹にも頼ってくれるお姉ちゃんになってくれんじゃないかなって……」

 

そうか、千春は全部抱え込むからか。俺を通じて頼れることを、大切な人は守るだけでなく、頼れることも出来ると彼女自身に知って欲しかったのか。

 

「千春は口で言っても分からないタイプなのですから。私達だけじゃ、千春はきっと変えられない……。でも、誰かと一緒なら、魁人さんと一緒に居ればきっと変わるって思うんです。今の千春が悪いとか、変とか言うつもりはないですけど。もっと、自分よがりな所もあっても良いかなって、さぼったり、面倒だと思って投げ出したりとかしたって……」

「なるほどな……」

「はい……」

 

千夏は悲しみを吐いた。そう簡単には変わらないけど、変わって欲しいと願っていた事なんだろう。自分が長女になって変えてやろうと思ったけど、それが難しいと分かって、自分がダメだなと情けない気持ちなって。でも、変えたいから俺を頼ってくれた。

 

「俺に、どこまでできる分からないけど、頼ってくれ」

「頼っちゃいますね……沢山。でも、魁人さんも私を頼ってくださいね。夕食はこれが食べたいとか、洗濯しといてとか、肩揉んでくれとか」

「そうだな」

「魁人さんも千春と似たようなことあるから、心配なんです。絶対に頼ってくださいね」

「わ、分かった」

 

少し迫力を強くした千夏の声に思わず、体をビクッと反応させてしまった。怒ると怖いんだよな。四人共……。

 

千夏はその後もずっと肩を揉んでくれた。その内、疲れたのか握力が徐々に弱くなっていることに気づいた。

 

「もう、大丈夫だ。疲れも取れたしな、ありがとう」

「いえ……」

「?」

「……その、なんというか」

 

 

千夏はちょっとだけ頭を下げてこちらに近づけた。

 

 

「その、頭撫でてもらっていいですか? いつも、秋とか、冬が嬉しそうにしている見て……体験したくなって……」

「分かった」

 

千夏の頭の上に手を置いて少しだけ撫でた。

 

「えへへ、そっか……これが嬉しかったんだ……」

 

 

微笑みながら小声でそう言った千夏。ばっちり俺に聞こえていたが聞こえなかったふりをしておこう。少し撫でたら、いつまでもこのままと言うわけにはいかないから頭から手を離した。

 

「……あ」

 

ちょっと寂しそうな顔をした千夏を見たらとんでもない罪悪感に襲われた。かと言ってあんまり夜遅くまで起こしておくと言うのもダメだろうし。そう思っていたら顔を赤くした千夏がまた少し頭を下げた。

 

「もっと、撫でて、ほしい、です……」

 

可愛い。こんなに甘えてくれるのは心を開いてくれている事の勲章。ここまで懐いてくれたのか!?

 

「あ、うん……」

「……ッ、これが、二人が気に入る理由なんだ……」

 

小声のつもりなんだろうけど、聞こえてるんだよなぁ。まぁ、お得意の気付かないふりをしておこう。

 

その後は二、三分頭を撫でたら千夏が満足そうにしてくれたので終わらせて、リビングから出て行く千夏を見送った。

 

千夏が可愛すぎて、この子は将来モテるなと確信を持った。どんな未来になるかは分からないがパートナーを俺の前に連れてきたら、そいつを一発ぶんなぐるだろうなと訳の分からない妄想もしてしまった。

 

 

千夏が居なくあったと、一人でそんな事を考えてしまったせいか、少し寂しくなった。いつか、テレビの音しか聞こえない日が来ると思うと……。

 

未来はどうなるか分からないが、願わくばこの日常が一日でも続いて欲しい。その思いだけが俺を支配していた。

 

 

 

 



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73話 恒例行事

 クリスマスと言うのは子供にとって最高のイベントである。その事実はどうにもこうにも揺るがない。

 

「ねぇねぇ、カイトー、見て見て! 可愛い?」

「可愛いぞ」

「魁人さん……どう、でスか?」

「可愛いぞ、似合ってる」

 

 

 千秋と千冬、そして千春が選んだクリスマスプレゼントはやはり服であった。女の子っていくらでも服が欲しいんだなー。くるくる回って自身の可愛さをアピールする千秋とちょっと恥ずかしそうにポージングをして俺に見せてくれる千冬。それを見て俺のスマホで二人を連写する千春。

 

 そして、ソファに寝転がって新しいゲームを意気揚々とプレイする千夏。ゲームを買ったのは千夏、一人だけだ。今は服を着て喜びに待っている千秋が貸して貸してと千夏に寄って行くのが頭に浮かぶ。

 

 最初は貸すのを渋る千夏だが何だかんだで千秋に貸すしか選択肢がないと言う所まで簡単に予測が出来る。千秋奈女王様みたいなものだから逆らう事が出来ないのだ。

 

 

「魁人さん、その、これ……」

 

 

 日常を感じていると千冬が一つの赤い紙袋を渡してくれた。これは、一体なんだろうか。去年みたいなクリスマスカードではない感じでないのは確かだ。

 

 

「これは……」

「く、クリスマス、プレゼント返しでス……」

「え? マジ? ありがとうな!」

 

 

 一体いつの間に!? 中を確認すると白い箱に外側が黒色、内側が金色のような配色のタンブラーグラスが入っていた。

 

「あ、ありがとう。普通に嬉しい……けど、お金……お年玉とか、偶にあげるお小遣いとかで……」

「……ッ!!」

 

二回頷く千冬。

 

「だけど、これ、いつの間に……。この間、買い物行ったときか!?」

「ッ……」

 

 

そう言えば千冬が一瞬、ほんの一瞬だけ見失って焦った時があったけど。これを買っていたのか……。やべぇ、今日から偶に飲む酒が益々美味しくなってしまう。

 

 

「ありがとう……いや、本当に嬉しい……」

「ど、どういたしまして……でも、元々魁人さんから貰ったお金でスし……」

「そんなのは関係ない。こう、何というか、プレゼントしてくれるって言うのが嬉しいだよ。今日から使わせてもらうからな」

「どうぞでス……」

 

 

千冬、自分のお小遣いなのにそれを削って俺にプレゼントをしてくれるとは……。

 

「やった……」

 

小声の嬉しそうな声が聞こえてくるけど、こっちが嬉しいよ。百倍位。

 

「むー、カイト! 我もクリスマスカード描いたぞ! ほらほら!」

「ありがとなー。今年もラミネート加工するからなー」

「うん!」

 

 

千秋だけでなく、千春と千夏もクリスマスカードくれたから安定のラミネート加工しておかないとな。

 

実際のクリスマスの日程より前倒しでプレゼントをして、同時にしてもらったがこれもこれで悪くない。パーティーはちゃんとその日にやるしな。サプライズを四人は企画してくれているから、驚くふりも練習しておかないと……。

 

 

クリスマスまで、俺は自身の演技を鍛えることに決めた。

 

 

◆◆

 

 

「あー、忙し忙し……」

「あ、えっと、うちは……」

「千春は……そうだなー。うん、カニカマ袋から出して、適当に割いておいて」

「あ、うん……お姉ちゃんの威厳が……立場が……」

 

 

私の姉である春が顔を暗くしながら、サラダの上に彩りとして使うカニカマを袋から出している。まぁ、気持ちはわかるわね。秋があまりに料理がずば抜けて出来るから、自信を無くすって言うのは。

 

私や冬も魁人さんに料理を教わって、ある程度は出来るようになっているけれども、やはり秋は別格と言うか。手際が一番いい。指示も的確だし。

 

「千夏、生クリーム泡立てておいて」

「あ、うん」

 

 

千秋は指示をしつつ、から揚げとあげている。なんと、昨日の夜に一人で仕込みをやっていたのだと言う。驚きだ。冬も秋程じゃないけど、キャベツを千切りにしたり、ミートソースに使う野菜を切ったりしてる。私と春の遥か上を行く料理センス。

 

何だろう。この長女二人を置いて行く三女と四女は。忙しい、忙しいと言う口癖をしながら千秋は作業を進めていく。

 

「冬、何か手伝う事ある?」

「だ、大丈夫ッス、ううぅ、玉ねぎが、眼に……」

 

 

大丈夫だろか。玉ねぎを切っている冬があふれ出る涙を抑えている。健気で頑張る姿を見ると何だか、こちらも頑張らないといけないと言う印象を受ける。冬は学校でも頑張り屋さんだから、男子にかなりの人気がある。

 

 

まぁ、それを言ったら秋と春もだけど。こうやって不器用ながらも頑張るから人気なんだなと思ったり。

 

 

私も頑張りますか。一応、長女を目指す者として……でも、まぁ、その前に

 

 

「春、大丈夫?」

「うち、クリスマスパーティーの準備で、カニカマ割いてる……。お姉ちゃんで、長女なのに……」

「まぁ、しょうがないわよ。アンタ、この時点で卵三個、割っちゃて落としてるんだから……」

「ぐすん……」

「もう、私も一緒にやってあげるから。元気出しなさいよ」

「うん。ありが豆板醤」

「うわ、詰まんないわね。最近、ちょくちょくそう言うのやってるけど、あんまりやらない方が良いわよ。正直、魁人さんより、面白くないし」

「え? 嘘」

「なんで、嘘つく必要があるのよ」

「ガーン……」

 

 

正直につまらない。っと言ってしまって再度落ち込んでしまったが言わない方がよかったかしら? いや、でも本当に詰まらなかったから仕方ない。なんで、ギャグを最近になって言い始めているのかは分からないが明らかに魁人さんの影響があるんだろう。

 

 

ギャグセンスも影響受けちゃて、ちょっと可哀そうだけど。変化してるって事に喜びを持っておこう。それくらいしか、今の私には出来ないのだから。

 

 

◆◆

 

 

「カイト! 今日はクリスマスだ! だから、我らがご飯を作ったんだ!」

「えー! まじか! ありがとう!」

「えへへ、頑張ったんだぞ!」

「千冬もありがとうな」

「はい……が、頑張ったのでたくさん食べてもらえると嬉しいでス……」

 

 

クリスマスの日は仕事だったのだが家に戻ると四人がクリスマス料理を作ってくれていたので迫真の演技で喜ぼうと思った。だが、普通に嬉しかったのであんまり演技の必要はない。するとすれば、サプライズを知らないと言う所だけだ。

 

 

「カイト! このから揚げ、我が作ったんだぞ!」

「おおー、美味しそうだな」

「魁人さん、このボロネーゼは千冬が」

「くっ、食べなくても分かる、美味い奴だな。匂いで分かってしまう、見た目も良い」

「お兄さん、このカニカマうちが割いたんです」

「おおー、サラダと良い感じにマッチしてるな」

「魁人さん、このカニカマは私が割きました」

「均等に割いてあって見た目が良いな」

 

 

 

よし、ちゃんと全員を褒めることが出来た。やはり、褒めて伸ばす方が絶対に良いからな。

 

「カイト。早く、手洗いうがいして一緒に食べよう!」

「そうだな」

「魁人さん、上着かけておきます」

「ありがとうな」

 

 

気遣いが凄まじい。接待、接待ゴルフって受けたことがないけど、こういう気持ちなのかもしれない。嬉しいんだよ。

 

 

手洗いとか、軽い着替えとかを終えて、腰を下ろしてコタツに入る。テーブルの上にはから揚げ、ボロネーゼ、サラダ、卵焼き、タンブラーグラスにはお酒が既に注いであった。

 

 

「四人の気持ちが嬉しいよ。ありがとう」

「「「「どういたしまして」」」」

 

 

クリスマス料理は非常においしゅうございました。おいしゅうすぎてお代わりをたくさんしてしまう位。

 

去年のクリスマスから一年が経ったと思うと、時間が過ぎるのは早いなってしみじみ思う。この後は、一年の終わりが来るから、また、狭山不動尊に初詣に行くのだろう。

 

時間がどんどん過ぎていくと、その分、別れが来るのが早くなるんじゃないかと思うと非常に寂しくなってしまう。

 

四人はそのうち人生のパートナーとか見つけるのだろうけど、こんなに可愛い四人を引き取りたいとか言った奴を、やはり、俺はそのパートナーを

 

――()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

◆◆

 

 

 

 いや、本当に時間が過ぎるのが早い。もう、初詣の日になってしまった。この間、クリスマスパーティーをして、年末番組を見て、鴨肉のそばを食べて……。過ごしていたらもう、新年、だと……?

 

 

「カイト! スマホ貸して!」

「あ、うん」

 

 

 狭山不動尊で新年のお参りをするために大人数の行列に並んでいると、待つのに飽きた千秋がスマホを所望した。カタカタ、文字を打って動画を千冬と千春と千夏と一緒に見ている。

 

 そう言えば、俺はスマホの使い方なんて四人に教えたことが無かったな。偶に四人から、貸してと言われたら貸すときもあるけどその時だって貸すだけで操作方法は教えない。でも、今四人を見ると操作が手慣れているように見えた。

 

 やはり、子供とは興味あるモノとか直ぐに覚えるのか。これを勉学と上手く絡められると良いんだが、または学習意欲が高くなる心理的方法は無いだろうか。

 

 

「猫が可愛い!」

「そうね。猫は良いわよね!」

「そうだね」

「猫ってなんでこんなに可愛いんスかね?」

 

千秋、千夏、千春、千冬が動画を見ながら猫が可愛いと言う声を上げる。確かに癒しではなるけどな。

 

「おおー、すげぇ、課金してるー」

「本当にどんだけするのよ」

「ヤバいね」

「ヤバいっすね」

 

今度はゲーム実況チャンネルを見ているようだ。四人の興味津々の姿を見ているとスマホを買ってあげた方が良いのだろうかと悩んでしまうが、どうするべきだろうか。俺としては、やはり、中学生になったらかな。

 

でも、電話とかできるのって便利だしな。買うのも真剣に検討をする時期が来ているのかもしれない。でも、そればかりに気を取られて勉学に支障が出て欲しくないし……。

 

「魁人さん、前に進まないと……」

「ッ、そうだな、すまん。千冬」

 

 

考え込んでしまっていたらいつの間にか列が前に進んでいた。千冬がさり気なく手を取って引っ張ってくれたおかげで周りの人に迷惑をかけずにすんだ。

 

 

「……」

「……」

 

 

さり気なく掴んだ手。特に何事もなく繋ぐと言うのが継続されていた。千冬の手はやはり、小さいな。それに寒さもあるのか少し冷たい。

 

離してほしいとは言えないし、別に迷惑とかでもないから何も言わないけど。千冬の気持ちが少し、分かっているからどうしていいのか分からない。現状維持で精一杯だ。

 

「あら、冬。手なんか魁人さんと繋いじゃって、可愛いじゃない」

「ッ……べ、別に、その、寒かったら……文句あるんスか?」

「い、いや、無いわよ……。そんな喧嘩腰じゃないくていいじゃない……」

 

顔が真っ赤になっているのは寒いからなのか。千冬の頬を深紅に綺麗に染まっていた。

 

「むっ、我も繋ぐ」

 

左手に千冬の手、対抗するように右手を千秋が握った。

 

「なんて、ウラヤマしい……ずるい」

「……私が繋いであげるから魁人さんを睨むんじゃないわよ」

「うん、それなら、まぁ……いいかも」

 

嫉妬の視線でこちらを見ていた千春の手を千夏が握って、ほのぼのした空間に切り替わる。

 

千秋の手も千冬の手も小さいし、冷たいな。手が冷たい人は心が暖かいって言うのは本当だろうな。だって、二人共、優しくてかわいい、気遣いも出来るしな。

 

手を繋いだり、繋がったり、動画一緒に見たりして時間を潰していると本堂に辿り着く。人が沢山いるから、なるべく早くにお祈りを済ませないといけない。

 

「これ、お賽銭だからな」

 

全員に小銭を配って、俺自身も賽銭をして祈りをする。そこまで神様とか信じないんだけど、一応、それなりの願いをしておくかな。

 

――四人の健康と幸運と、勉学と金運と、もう全部何とかしてください。

 

 

よし、これでいい。

 

「カイト、おみくじもしたい!」

「分かった」

 

 

お祈りをした後に近くに置いてあるおみくじをお金を入れて全員で引いた。おみくじとか占いとか信じないけど一種の行事として楽しむのが大事だ。

 

「おおー! カイト! 我、大吉!」

「凄いな。見て良いか?」

「うん!」

 

千秋が俺にくじ引きを渡してくれたので内容を見て見た。

 

 

恋愛……熟練度が一定に達しました。スキル恋愛特攻を獲得。

勉学……熟練度が一定に……一定に、達してません。

待ち人……もう、掴んでいる

相場……関係ない

旅行……いくべし

失せ物……見つけられる

 

「おおー、なんか良い感じだな」

「そうだろー! やはり、日頃の行いだな!」

「千冬はどうだ?」

「大吉でス……」

 

 

千冬がおみくじを開いて俺に見せてくれた。

 

恋愛……カチューシャ取って、前髪下ろしたら最強

勉学……言うことない

待ち人……分かってるよね?

相場……才能アリ

旅行……行け

失せ物……ダイジョブ

 

 

最近のおみくじとはこういうのだろうか? 去年と少し仕様が変わっている気がするのだが……。うん、まぁ、大吉だからね。良いよね

 

「良かったな。千夏はどうだ?」

「大吉です」

 

千夏も俺に見せてくれた。

 

恋愛……なんだかんだで強い

勉学……した方がいい

待ち人……灯台下暗し

相場……才能ナシ

旅行……いけ

失せ物……見つけてくれる

 

 

「いいじゃないか。千春はどうだ?」

「大吉でしたよ」

 

 

恋愛……雪解けしてるけど、咲くのはまだ

勉学……問題なし

待ち人……年上

相場……いらない

旅行……連れてってもらえ

失せ物……見つかるよ

 

 

「おおー。なんか良い感じだな」

「はい」

 

何が良いのか。言っていて良く分からないが全員大吉だからきっと良いんだろうな。そう思っておくことにしよう。

 

俺もくじを見てみるか。自身が引いたくじを広げて文字を読んでみる。

 

「どうでスか? 魁人さん」

「どうだ? カイト?」

「魁人さん、見せてください」

「お兄さん、どうですか?」

「……」

 

 

恋愛……自身の顔に拳を打ち込むかもしれない

勉学……未だに成長段階

待ち人……言う必要はない

相場……才能アリ

旅行……連れてけ

失せ物……いずれ、誰かが

 

大吉ではあるのだが、この良く分からないアドバイス的なのは何だろうか。嘘半分くらいで聞いておくのが正解だろうけど。

 

 

「魁人さんも、大吉。なんか、良かったでス」

「皆、おそろだー!」

「なんか、いいスタートきれたわね」

「そうだね」

 

 

まぁ、内容は良いのか、どうなのか分からないが全員大吉だから良しとするべきか。

 

 

「魁人さん、私、あっちのクレープが」

「我も我も!」

 

 

おみくじは引いて結果が分かったから興味は出店に向いてしまったらしい。千夏と千秋が指を指して目を輝かせている。

 

「よし、いくかー」

「「おおーー」」

「新年から食べるんスね……」

「新年からうちの妹は可愛いなー」

 

 

 

本堂を後にして、出店に俺達は歩いて行った。

 




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74話 旅行

 冬休みとは普段の休みより、長期の休みである。故に普段なら行けない場所に馳せ参じるのが普通である。

 

 それに去年も行ったのだから今年も行くと言うのは至極当然だ。

 

 

「沖縄に旅行に行こうか」

「おおー! 行こう行こう!」

「よし、もう予約してあるからレッツゴーだ! ホエールウォッチングとか色々楽しもう」

「おおー! カイト大好き!」

 

 

千秋はもう猛烈に喜んでくれる。大好きとか言ってくれて普通に嬉しい。

 

「魁人さん、旅行はいつ頃行くのでスか……?」

「うむ、明日からだな」

「あ、明日?」

「サプライズしようと思って黙っていたんだ。すまんな」

「い、いえ」

「よし、全員で荷物を纏めるぞ」

「は、はいっス」

 

 

千冬が驚きできょとんとした表情になる。ちょっと前に色々してくれたからな。サプライズ返しである。

 

 

「ほら、アンタ達。準備するわよ。全く、浮かれ過ぎよ♪」

 

 

千夏はセリフと足取りが全く合っていない。やれやれと言う感じを表面上は出しているがスキップしながら二階の自室に準備をしに上がって行った。それについて行く千秋達。

 

俺も準備をするか!

 

 

◆◆

 

 

 羽田空港から、那覇空港。二時間以上、時間はかかるが飛行機内は映画やドラマ、多少なりともゲームもできるのでそれほどストレスを感じる事もなく沖縄に到着した。

 

 一月の上旬。埼玉の所沢は肌寒くてたまらないと言うのに、沖縄はそれほど寒いと言う印象は無い。

 

 お兄さんがあれやこれやと、準備をして、予定を見通しを立てて組み立てているから、スムーズに空港についても移動が出来ている。こうやって導いてくれるから安心する。いつもの事のような事だけど……

 

 何だか、お兄さんを安心して、この人について行こうと考えられている事に素直に驚いた。千秋と千冬は勿論だが千夏も一切怪しんでいる事もない。テクテク、お兄さんの後ろをついて行きながらキョロキョロ周りを見渡して目を輝かせている。

 

 好奇心旺盛な千夏の可愛らしさにうちもニッコリである。妹の可愛らしさに辺りの景色が全く入って来なかったが暫く道を進んだ。

 

 

◆◆

 

 

 俺達は徒歩、交通機関を用いて今日の夜、泊まるホテルに荷物を置いた。このホテルは温水プールもあるからあとで一緒に泳ぐなどの予定を話し合いつつまずはホエールウォッチングに向かった。

 

 

 

 船に乗って、オレンジ色のライフジャケットを見に付けながら海の上を漂う。

 

「あ、魁人さん」

「どうした? 千冬?」

「あそこに、クジラいまス!! すごーい!」

 

 

千冬がこんなに声を上げて反応するなんて、ちょっと驚いた。遭遇率98%だけど、こんなにすぐに見つかるとは驚きだ。

 

「ねぇ! あそこにいるわよ! 秋!」

「おおー、クジラってどんな味するのかなー」

「あ、なんかクジラが離れていったっス……」

「もう! 秋! こういう時にそう言う事を言わないでよ。もう、まぁ、写真に収めれてれば別にいいけど」

「それなら、うちがちゃんと撮ってたよ」

「そう? ありが……って、クジラの写真が一枚もないじゃない! 全部、秋と冬と私だし!」

「クジラとか興味ないんだよね」

「ばかぁ!」

 

 

 千秋がクジラの味を気にするような言動するとクジラが察したのかどんどん船から離れていった。そして、クジラではなく、姉妹をカメラに収める千春。何処に行ってもいつも通りで安心した。

 

 クジラの写真なら俺が撮っておいたから安心してくれ。ホエールウォッチングを終えた後はお昼後の時間になったので昼食に向かった。

 

◆◆

 

 

 俺達はお昼はタコライスとか、サーターアンダギーとかを食べた後はパラセイリングとか、色々遊んで時間を潰した。ビックリするくらい充実した時間を過ごせたなと感じて、四人も楽しそうにしていたから尚更よく感じた。

 

 だが、まだまだ遊び足りない千秋と千夏の様子が見えたので、夕食まで時間が中途半端に余ってしまったのでホテルの温水プールでひと泳ぎすることに……。

 

 海パンをはいて、更衣室の鏡の自分を見る。

 

 どうして、もっと筋肉のトレーニングをやっておかなかったんだ……。こう言う時が来ても良いようにどうして、トレーニングをしておかなかったのか。どうして……

 

 何度も頭の中で公開を繰り返す。別にそこまで贅肉がついているわけではない。だけど、物凄い引き締まっているわけでも無い。娘の前では格好のつく姿を見せないといけないのに……。いつもは服を着ているからな、見せることもないし、必要も無かった。

 

 でも、今見せることになってしまった。あー、まぁ、仕方ない……。身だしなみと言う一種の物にカテゴライズされるのか微妙な所だが、今後はトレーニングを重ねていこう。

 

 一人で一喜一憂しながらも更衣室を抜けて、温水プールに向かった。まだ四人は来てはいないようだ。ふと周りを見ていると物凄いムキムキな筋肉を持った父親が小さいお子さんと奥さんを連れて歩ているのが見えた。

 

 何というか、輝いて見えた……

 

 何処に出しても自慢できる保護者とか、父の存在はやはりカッコいい。やはり、今後は筋力のトレーニングも必須にしないと……。と考えてると、後ろから声が聞こえてきた。

 

「カイトー」

 

 

 後ろから千秋の声がする。振り向くと千秋がこちらに手を振っていた。千冬や、千春、浮き輪を抱えている千夏。全員青色のスクール水着だ。そう言えば前世でも今世でも小学生くらいの時に同じクラスの女子がこんな感じの格好で水泳の授業受けてたような……。

 

 記憶が少し、あやふやになっているけど……

 

 ちょっと懐かしいような気がした。

 

 

「カイト! あっちで泳ごう! 競争しよう!」

「分かった。ただ、俺はかなり速いぞ」

「おー、望むところだ」

 

 

 千秋にそう言われたら、断れない。今でも泳げるか不安な所ではある。何年くらい泳いでいなかったっけ……。どうでもいいか。そんなことは……。流石に小学生の千秋よりは泳げるだろうし……泳げるよな……?

 

 勝負はあまり本気を出しすぎると千秋が怒ってしまうのでほどほどにしておこう。以前のトランプなどの勝負で俺は学んでいる。

 

◆◆

 

 

 

「魁人さんの秋がクロール対決してるわね」

「……そうっスね」

「冬? 何怒ってるのよ?」

「別に、怒ってないっス」

「そう?」

 

 

ツインテールをほどいて長髪になった千夏がぷかぷか浮き輪の上に乗って浮きながら、千冬にそう聞いた。

 

千冬は怒っていないと言うが明らかに眉にしわが寄っている。そんな顔したら可愛い顔が……可愛い顔が……全然台無しじゃないね。可愛さのバリエーションがええね。

 

うん、ちょっと不貞腐れても可愛いなんて。うちの妹は凄い。あー、可愛いー。写真撮りたい。でも、今手元にカメラがない。こんなにも悔やまれることがあるだろうか。

 

 

「秋って、魁人さん好きよね」

「そうっスね……」

「やっぱり怒ってるでしょ?」

「別に……そんなこと……」

 

 

少し、遠くで競争し終わって千秋がもう一回と悔しそうな顔をしているのが見える。なんだかんだでお兄さんが勝ったようだ。お兄さんって手加減とかあんまりしないんだよね……。

 

千秋が手を抜かない真剣勝負を望んでいるからそうしてるんだろうけど……。

 

遠くでお兄さんと千秋が仲良さそうに話して、再度レースの準備を始めた。その様子を千冬は嫉妬の表情で千夏は少し遠い目をしながら見ていた。

 

 

「やっぱりさ……魁人さんって信用、出来るわよね……」

「そう、っスね……」

「前にも言ったと思うけど……私、()()()()()()()()()()()()()()……きっとさ、受け入れてくれると思うし……」

 

うちも以前、千夏に相談されたことがあった。超能力の事を言っても良いかと。うちはどちらでも良いと答えたけど。

 

「秋にだけは、まだ、聞けてないんだけどさ……。あの感じなら、良いって、そうしようって言うだろうし……そしたら、()()()()()に、なれるかな……?」

「……うん、なれると思うっスよ。もしなれたら、千冬も敬語やめて……崩して、馴れ馴れしく、話したいっス」

「うん。私もいい加減敬語やめるわ。春は、本当に言って大丈夫?」

「大丈夫だよ。うちは三人を尊重するから」

「……そう」

 

 

含みのある返事を千夏はした。何か訴えるような目でうちの目を見る。首をかしげて、どうしたのかと目線で聞き返すと千夏は何でもないと視線を逸らした。

 

「じゃあ、秋に聞いて良いって言われたら今日の夜言うわよ」

「ええ!? きょ、今日に言うんスか!?」

「そうよ! こういうのは言っちゃったほうがいいわ!」

「も、もうちょっと先でも」

「ダメよ! 言うわ!」

 

千夏の確固たる意志の前に千冬は何も言えず、従うと言う選択しかない事を悟ったようだ。

 

「う、ううぅ、で、でも……」

 

千冬はいきなり過ぎて心の準備が出来ていない。千冬の気持ちも分かるけどね、多分、千夏は止まらないよ。

 

「今日よ、今日の夜。お腹いっぱい夕食食べて、その後、寝る前に告白して、清々しい気持ちで睡眠するってもう決めたのよ!」

 

うん、やっぱり……。今回は千夏に譲るしかないね。どうにもこうにも自分の考えを譲らない。

 

「よーし! やってやるわ!」

 

千夏がぷかぷか浮く浮き輪の上で覚悟を決めながら拳を突き上げる。うちは別に否定はしない。千夏がそうしたくて、千秋と千冬も納得していればそれでいい……はず。

 

でも、何だが心がざわつく。否定をする材料など何一つありはしないのに。

 

 

……本当に言うのかな? 言ったら……どうなるの? 本当に受け入れてくれる? 疑心暗鬼になってしまう自分の感情はどうでもいい、はずなのに……。どうしてもそれを気にしてしまう。

 

なんだろう……この感情は……。落ち着かない心に違和感を拭う事が出来ずに時間は過ぎて行った。

 

 

 

◆◆

 

 ご飯を食べ終わり、温泉に浸かって一日の遊び疲れを取った後、うち達は五人でトランプゲームをして夜の時間を過ごしていた。同じ部屋の一つのベッドの上に全員で座ってそこで娯楽の時間を過ごす。

 

 ババ抜き、大富豪、神経衰弱色々していくうちに時間は九時を回る。

 

「ううぅー、また、負けた……もう一回!」

「でもな、千秋。もうすぐ寝る時間だぞ?」

「やだ! 負けっぱなしじゃ眠れない!」

 

 

千秋が広げられたカードを再び集める。何度やっても千秋が最下位になってしまうからムキになって勝つまで絶対やめないと言う状況になってしまう。誰もが苦笑いの状況の中、お兄さんのスマホに電話が掛かってくる。

 

「あー、すまん。ちょっと抜けるな」

「分かった。次の準備しておくから戻ってくるんだぞ!」

「お、おう」

 

負けず嫌いの千秋の眉を顰めた顔に苦笑いしながら一旦、お兄さんは電話に出る為に部屋を出て行った。今は四人、丁度いいと千夏が千秋にあのことを聞こうとする。温泉の時とか、四人きりになれる場所はあったけど、周りの目とか色々あるから中々適した場所が設けられなかったのだ。

 

今が最適だと千夏は思ったのだろう。千冬も少し緊張した顔になる。

 

超能力の秘密をお兄さんに言っても良いのかと、千秋に確認を取る。もし、それで了承が取れたら話す。

 

それだけなのに異様な緊張感が漂う。

 

「ねぇ」

「ん?」

「その、さ。私」

「なに? ちゃんと言って」

「うん。単調直入に言うわね」

「うん」

 

 

千秋はカードを集めながら千夏の話を聞く。特に目を合わせずなんてことないと言う雰囲気で話が続く。

 

何だろうか。この胸騒ぎは。千秋はきっとそうしようと、お兄さんなら信じられると言って肯定をして、支持をするはずだと思うのに。

 

「私はね……魁人さんに、超能力の事を話そうと思ってるの」

「……」

「それでね、もう、春と冬は了承してるって言うか。だから、あとは、秋だけ……。秋がそうしようって言ったら満場一致で魁人さんに……ねぇ? 聞いてる?」

 

 

――カードを集めていた、千秋の手が止まった

 

 

 怒っているわけでも、悩んでいるわけでも、迷っているわけでもなければ、悲しんでいるわけでも無い。虚無のような眼が、千夏に向いた。

 

「意味、……分からない……、なんで、そんなことするの?」

「何でって、そんなの、決まってるじゃない。本当の家族になりたいから」

「なんで? ……超能力の話すこと……が本当の家族の証に……なるの?」

「……そ、それは。でも、秘密をいつまでも隠しておくのが筋じゃないわ」

「秘密くらい、……誰でもあるよ……、カイトだってあるよ……」

 

 

静けさ。それがどんどん際立っていく。千秋のこの感じは以前の、西野が告白したときと同じ……。

 

「だとしても、私は知って欲しい、そして、受け入れて欲しいの」

「そうなんだ……」

「魁人さんならきっと、話したら、受け入れてくれるわ」

「……なにも、分かってないね」

「なんですって?」

 

 

千夏が少し、不機嫌そうな眼を千秋に向ける。

 

「カイトが話したら受け入れてくれるなんて、知ってるよ……、ずっと、分かってた……。千夏より先に、(わたし)は気付いてた」

「……」

「でも、そうじゃないよ。カイトは優しいから……受け入れてくれる、それがどんなに突拍子が無くても摩訶不思議でも、()()()笑顔で受け入れてくれる」

「だから、それをしようと……」

「話すのと、実際に見て、感じるのは全くの別物だよ……。見たら、恐怖するかもしれない……最初は大丈夫でも、ずっと居たら、いつしか、急に恐怖に変わるかもしれないんだよ……」

「それでも、その時は、皆で、分かり合えば、いいじゃない……」

「……そっか……この気持ちは、私にしか分からないんだね……。カイトは優しいから、笑顔で受け入れてくれる、恐怖を抱いてもきっと一緒に居てくれるんだよ。でも、その時、一歩下がるかもしれないの。カイトが……」

「……」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。分かる? 分からないでしょ? 私の、この気持ち……」

 

 

千冬も、うちも口を出せなかった。千夏もそれ以上口を出せずに、固まってしまう。

 

「カイト、そろそろ、戻ってくるから……。変な事言わないでね」

 

そう言って、再びカードを集めてそれをケースにしまった。もう、遊びはしないと言う事なのだろうか。それと同時に部屋のドアが開いた。

 

「あー、すまん。佐々木のやつが……なにかあったのか?」

「うんうん、何でもないぞ! それより、カイト、今日は一緒に寝よう!」

「え、あー、でも、俺隣の部屋を」

「いいから! 気にしないぞ!」

 

とんとんとベッドを叩く千秋。先ほどの虚無感はどこかへ行ってしまい、いつものニコニコの可愛らしい笑顔に戻っていた。

 

「い、いや、でもな……」

「シクシク、我悲しい……」

「くっ、分かった……」

「わーい!」

 

 

困り顔でお兄さんはベッドに一旦腰を下ろす。そうすると千秋がお兄さんに抱き着いた。

 

「ど、どうした?」

「うんうん、なんでもないの、なんでもないから……だから、一緒に寝て?」

「? あ、うん、分かったけど……千夏、千冬、千春、なんかあったのか?」

「いえ、なにも」

「ないでス……」

「気にしないでください、お兄さん」

「そうか……」

 

お兄さんも若干の違和感を覚えているようだったが、それ以上は何も言わなかった。いつも以上に強く抱きしめる千秋にも、違和感を覚えているようだったけど、何も言わずに、横になった。

 

 

そして、その後は、誰も話さなかった。

 

 

――――――――――



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75話 秘密

 誰も何も話さなかった。暗くなった部屋で誰も。何かあったのかと勘ぐってしまうが、本人たちが何も言わないのであれば特に俺も何も言わずに時間の経過を待つしかない。

 

 ベッドの上に横になりながら暗い天井を見上げる。眼が暗闇に慣れているのか、全く見えないと言う事がない。ただ、ぼーっと眠れずに見上げる。

 

 隣で寝ていると思われる、千秋が俺の腕を枕にしてお腹辺りのパジャマの裾を掴んでいる。

 

 千秋の隣に千夏、千春、千冬が居てそれぞれ目を閉じていた。もう、寝てしまったのだろう。今日はかなり遊びつくしたからな。

 

 

 俺も少し、疲れが溜まっているが中々眠りにつけない。四人の、特に千秋の様子が忘れられないのだ。喧嘩をしたわけじゃないと思うけど……。

 

 

 夜は更けていく。考え込んでいくと時間の感覚を忘れてしまう。

 

「カイト、起きてる……?」

 

 その声にハッとした。声のした方に目を向けると千秋が悲しそうな目でこちらを見ていた。怯えもあって、縋りたいように、見えた。

 

 怯えのある千秋を抱きしめてあげたいと思った。

 

「起きてるぞ」

「話、聞いてくれる?」

「ああ」

「ありがとう……」

 

一度、横になっていた状態から互いに起き上がる。千秋も俺に釣られて起き上がる。そして、胡坐をしている俺の上に乗っていつものように、いつも以上に強く抱きしめた。

 

「あのね……カイトは、秘密ってある?」

「あるな……」

「秘密が、あると、家族になれないの?」

「それは……」

 

 

 やはり、なにか変化があったのか。どういった変化が具体的にあったのかは分からない。もしかしたら変化がないのかもしれない。色々と考えが浮かんでくるが、今は問いについてちゃんと考えよう……

 

 

 秘密……秘密……今まで秘密を俺は話してほしい、話さなくても可愛がる、でもいつかは話してほしいと。そう思っていた。

 

 

 だけど、そもそも秘密って誰でも、どんな家族でも、どんな人と人の関係性でもあるものじゃないか……。俺の知っている『知識』を秘密に当て嵌めるのは良くないと何度も考えてきたはず。

 

 ここは俺の知らない世界。知らない秘密もあって当然だし。それを全部知らないといけない等と言う考えはあり得ない。

 

 だとすると、俺の答えは……

 

「違うな。秘密は誰でもある……。それは話しても話さなくてもどっちでも良いと思う……」

「うん……我もそう思う……秘密があっても、なくても我らは家族だよね? カイトは秘密があっても抱きしめてくれるよね?」

「……そうだな」

「……ありがとう。それだけが聞きたかったんだ……」

「……そうか」

「……カイトも言いたくない事もあるよね?」

「そうだな」

「……えへへ、良かった、我と一緒だ」

 

 

 

千秋は微笑む。心なしか抱き着いていた腕の強さも弱まった気がする。俺はここで何を言うべきなのか、迷って言葉に詰まってしまった。

 

俺も彼女も秘密があって、それは言っても、言わなくても家族。それが一つの真理であるのではないかと思わず、納得してしまった。

 

無理に秘密を知る必要はない。それがずっと、いつまでも秘密でも家族にはなれる……

 

 

「千秋には、沢山言いたくない事があるのか……?」

「うん。ある……。知られたくないの。言いたくもないの」

 

 

再び、恐れを出して体を震わせる千秋を安心させてあげたかった。頭を撫でる。他にも色々してあげたかったけど、それしか出来ることが無いきがした。だけど、これで良いのだろうか……。

 

迷いが生まれる。千秋が言った事は正しい、俺も納得をしてしまうほどの一種の考え方、家族としての在り方だと思ったのも事実。

 

でも……

 

「ねぇ、カイト」

「どうした?」

「何だか、眠れなくなっちゃった……」

「俺のスマホでも使って何か動画でも見るか?」

「それはいい……このままずっとしてくれればそれでいい。でも、いつもみたいに面白い話して……」

「面白い話か……」

「カイトの話、面白いから聞きたい……」

「そう言ってくれるなら、したいけど……前から思ってたんだが面白いか? 俺の話……」

「面白いぞ……」

「そうか……俺の話は面白いのか」

「皆、センスが無いだけだぞ……、我はとっても面白いと思う……だから、もっと聞かせて」

「そ、そうか……」

 

 

 雰囲気がいつもと全然違う事への気難しさ、真っすぐ面白いと言ってくれた事が少しの恥ずかしさが湧く。でも、今はそうして欲しいと言うならそうしよう。千秋が眠くなるまでなるべく面白い話を出来るように俺は頭を回す。

 

 

 う、うーん。風が吹けば桶屋が儲かる……は前にしたな。饅頭怖い……、お化け使い……。

 

 そう言えば、女の子は話を聞いて欲しいと言っていたことがある。

 

「俺も千秋の話を聞きたいから、交代で話をしないか?」

「うん。そうする」

「そっか。じゃあ、俺から……」

 

 

  なるべく優しい声音で話しかけるように心掛けた。やはり、疲れていたのだろう。話途中で千秋は寝息を立ててしまった。

 

 暗い部屋で月明かりが僅かに部屋を照らす。その光が千秋の顔を照らす。安心しきって眠っている尊い寝顔。

 

 俺はこの子に何をこれからしてあげれば良いのだろうか。これからは何をして、進んでいけば良いのだろうか。家族とは……なんだ?

 

 迷いに迷っても答えなど出るはずがなかった。

 

 

◆◆

 

 

 お兄さんと千秋がしていた話はうちにも、いや、きっとうち達に聞こえていた。千夏も千冬も寝ているふりをして全てを聞いていたのだろう。何となくそう分かった。根拠はないけど、朝の千夏と千冬の顔を見てたらそう分かった。

 

 同じ部屋で起きたうち達は顔洗ったり、歯を磨いたりとそれぞれの時間を過ごす。お兄さんは本来なら自身が止まる部屋に戻り、今部屋には四人だけ。

 

 パジャマから私服に着替えているときに千夏が目を合わせないまま、細い声で言った。

 

 

「昨日は、ごめん……色々急すぎた」

「別に……謝らなくても良い……我も、昨日は言い過ぎたから……ごめん」

「うん……」

 

 

互いに目を合わせずに納得の行っていない、食い違いのような言葉の交わり。きっと、普通の……姉妹なら……喧嘩をしたのかもしれない。ただ、うち達は四人でずっと一緒に居て、それが当たり前でそれが救いだった。

 

 

喧嘩なんて、するわけがなかった。それをしてしまうと拠り所がなくなってしまう。だから、今までは互いに何かあってもすぐに仲直りをした。互いに納得できない事があっても、それを引きあいに出さずに心に押し込んで忘れた。そうすることで平穏を保っていたのだ。

 

でも……、今は新たな心の支えがある。当り前の平穏がある。

 

 

納得出来ない事を遠慮する必要が、理由が……なくなった……。

 

 

今までなら笑顔で仲違いが終わったのに、後腐れなく終わったのに、今はそんなことがない。僅かに残った過去の癖が仲直りの形だけを作り出しているのだろうけど……。

 

それが崩れたら……そう考えると、うちは悲しくなる……。笑顔で何事もなく、平穏でいて欲しい。

 

そう、なると、うちは……千秋の考えに賛同をするべきなのだろうか。言わなくても良い、それでも家族であり、それが正解ではないかと正直思ってしまった。でも、この考えは千夏の考えを否定することになってしまう。

 

 

千夏を否定なんて絶対に出来ないけど……出来ないけど……。うちは、千秋の考えに近いのかもしれない。

 

 

「……カイトに心配かけたくないから、本当に仲直りね」

「分かってるわ……」

 

 

歯切れが悪い。独特の空気が部屋を包む。時間が経てば次第に和らいでいくんだろうけど、こういった状況が今後も起こりうるかもしれない。ここで二人の仲を取り持つ言葉が言えれば良いんだけど分からない。千冬もどうしたら良いのか分からず、千夏と千秋と交互に見て、話しかけようとするが結局できずに終わっている。

 

 

 

嫌だ。

 

 

 

姉妹が離れていくのは見ていて耐えられない。うちにはそれしかないのに……。うちが何かをして、導いて行かないといけないのに……。何も出来ない。変わりゆく関係はずっと見てきた。

 

それでもそれを見守って来れたのは皆が一緒だったから。別れが来るとしても今が一緒だから耐えられたのだ。

 

悲しい。すれ違いを止められず、どちらの意見も肯定も否定も出来ず、間を取り持つことも出来ない。どうすればいいのか、悩みに悩んでいると、うちと同じくタイミングを伺っていた千冬が一歩踏み出して二人の間に入った。

 

 

「……千冬は……その、折角、皆で来たのに、楽しい旅行のはずなのに……こんな形で終わるのはいやっス。この雰囲気凄く嫌だし、こんな感じで笑顔とかしても、きっと魁人さん、分かって、折角連れてきてくれたのに、もうしわけないと思うから……その、二人共、ちゃんと仲直りして、欲しいッス」

 

 

千冬が訴えるような視線を二人に向ける。悲しそうで今にも泣きだしそうな千冬。そんな千冬のその表情を見て、千秋も千夏もハッとする。

 

このままではいけないと千夏は頭を大きく左右に振って一旦、思考を切り替える素振りを見せる。そして、深呼吸を二回。

 

そんな時、千秋が自身の頬を両手でパチンと叩いた。

 

 

「よし! 暗い雰囲気終わり! 今日で帰っちゃんだから楽しまないと!」

「そうだな! 我もそうする!」

 

 

千冬の泣きそうな顔を見て、完璧に切り替えをする二人はやはりお姉ちゃんとしての自覚があるのだろう。それが長女として誇らしかった。そして、迷って迷って、でも踏み出した千冬もカッコよかった。

 

うちは、何も出来なかった……。まただ。大事な所で何もできない自分に意味を見出せない。

 

うちだけが何もしていない。二人は確かに笑顔を出しているけど、本質的な問題な何も解決していない。

 

それすらもうちは答えを持たない。

 

 

◆◆

 

 

「おみやげとか、何か買っていくか」

「おおー! 我、あれが欲しい!」

「お、どれだ?」

「お兄さん、そこに置いてある……」

 

 

 秋が欲しいお土産を魁人さんに強請っている。春も一緒になってお土産をあれやこれやと選んでいるのを私は一歩引いて見ていた。そんな私の隣には冬も居る。

 

 朝は妹の冬を泣かせてしまいそうになって、自身の身勝手さに気づいてしまった。常に自分の意見がまかり通るなんてことはあり得ない。姉妹が同じ考えをするわけなんてなかった。

 

 それが気に喰わなかった。どうして、分かってくれないのか。私の考えが正しい。家族なら何でも言い合えるのが普通じゃないのか。それを目指したのか私達じゃないのか。

 

 言いたいことが、言ってやりたいことがあった。

 

 だけど、それよりムカついたのが、秋の言葉を自分の中で否定が出来なかったこと。正しいと、それが正解だと思ってしまった事。

 

 そして、その回答は私とは絶対の対極。ぶつかり合いが避けられないと思って、ムカついて、ムカついて……悲しくなった……。喧嘩なんてしたくない。不安とか、失敗とか考えたくない。

 

 それでも、私は、言いたいと思ってしまった……。今すぐじゃなくても良い。いつか、一年後だろうが、十年後だろうが、言おうと決めたのだ。

 

 だとするなら……秋と説得しないといけない。でも、いきなり言ってもあの堅物は聞かないだろう。

 

 どうすれば……

 

 

 って、それを考えるより前に冬にちゃんとお礼を言わないと。この気持ちのいい空気感を保てるのも冬が間に入ってくれたおかげだし。

 

 

「ねぇ」

「んん?」

 

 

 隣に居る冬に、周りに聞こえないような小さい声で話しかける。

 

「さっきはありがと……止めてくれて」

「あー、まぁ、その……千冬も姉妹っスから、あたりまえみたいな……?」

「そう……でも、ありがと」

「どういたしまして……」

 

コソコソ二人で話すのは久しぶり。四人で話すことはあっても二人きりって、去年は二人で同じクラスだったから、ちょくちょくあったけど……一緒にクラスになってからは四人一緒が殆どだった。

 

今は二人きり……

 

ふと、今、冬に言いたいことが思いついた……。

 

「あのね、冬は、悩まなくていいわよ……」

「え?」

「アンタは、その、別に変な意味じゃないけど……私達に気を遣わないで自由に、してて、良いっていうか……秋と私の、その、対立に、今後は混ざらなくて良いわ……。もう、昔とは違うから、冬は、冬の事だけ考えて進みなさい」

 

冬には超能力がない。それにコンプレックスも多分だけど、もう無いだろう。だったら、この子に悩みの種は持たせる必要はない。ただ、進んで、振り返らず自分の道を進んで欲しい。

 

姉として一つの道をこの子に示してあげたかった。今まであまり良い格好は出来なかったから。私は私の事しか考えてこれなかったから。

 

互いに変わりつつあるからそれを私は言った。

 

「それは嫌っス……だって、やっぱり姉妹は、大事だから、一緒に悩みたいし、笑いたいから……だから、一緒に考えるし、絶対に関係ないとか言わせない、言わない。それが千冬が選んだ道っスよ……」

「……そっか」

 

 

かなりの覚悟を持って言ったと言うのにあっさりと断られた。このお節介さは魁人さん譲りだろうか。

 

いや、違う。冬は昔からそうだった。末っ子で四女。でも、私よりずっとしっかりとして芯もあって、優しかった。

 

変わるモノもあるけど変わらないモノもあるってだけなんだ……。

 

「生意気ね」

「いやー、夏姉も妹っスからね」

「あら、随分と面白い事を言うようになったじゃない……」

「そりゃ、秋姉と夏姉と春姉に鍛えられてるから……」

「ふーん……あとで、体中くすぐってあげる」

「えぇ……それはちょっと」

 

昔はこんなこと言わなかったような気がする。良い方向に変化してくれて嬉しいけど、あんまり生意気だとついついからかいたくなってしまうのが私の癖だ。

 

これはきっと変わらないのだろう。

 

変わるモノと、変わらないモノね……。隣に居る、冬をジッと見て過去との差異を何となく探していると。冬の目線が魁人さんに注がれているのに気付く。

 

……そんなに見る?

 

あ、もしかして、好きなの? まぁ、そんなわけ無いだろうけど、ちょっとからかってやろうじゃない。

 

「そんなに熱い視線注いじゃって……もしかして、好きなの?」

「えぇ!?」

「いや、そんな、反応盛らなくていいわよ。冗談だし」

「ああ、はいっス……」

 

 

焦っていたような顔から、安堵をする顔に切り替わる。そう言えば、冬ってよく魁人さんの顔見てたりするような……。

 

……まさかね……。いやいや、そんな……まさか。

 

私の中であり得ない考えが浮かんだ。

 

流石に無いわよね……? 魁人さんの事が恋的な意味で好きとか……。

 

 

私は熱い視線を注ぐ、妹を見て変な勘ぐりをしてしまった。

 

――――――――――



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76話 五年生、最後の学期

 沖縄旅行から帰って来て数日が経過した。旅行では僅かないざこざがあったがここ数日では特にそう言った事は起こらずに至って平穏な毎日。宿題も面倒くさがりながらも千秋も千夏もこなしている。

 

 会話に違和感もない。良かったとうちは安堵した。あのまま距離感のある生活だと思うと、それは辛いし、笑顔で楽しい方が良いに決まっているのだ。

 

 

「ドリルあと、5……5ページ……」

「わ、我は4,ページ……」

 

 

 宿題をこなし、その疲れでゾンビのように干からびている千夏と千秋。答えは毎度のことだが千冬に没収されているから自力で冬休みのワークをしなければならない。体力も残り少ないのだろう。

 

 でも、明日から三学期。今日中に終わらせないといけない。必死に自身に鞭を打って頑張る二人、それをサポートする千冬。お兄さんも仕事で家にいないけど頑張っている。うちも何かをしないといけない。

 

 よし……疲れを軽減する美味しい料理でも作ろう! そう、うちは心に決めてリビングに向かった

 

 

◆◆

 

 

 市役所の昼休み。俺は千秋と千冬が作ってくれたお弁当を食べながらこれからについて考えていた。答えは出るはずもないのだが、ただ、何となく答えを探す。

 

 あんまり深く考え込んでいると知恵熱のように頭が熱くなってきたので一旦、中断してお茶を飲んで一息ついた。すると隣から丁度良く声が。

 

「お、弁当か」

「そうだ。作ってくれたんだ」

 

 隣の佐々木が珍しそうな顔で俺の弁当を覗く。卵焼きやらほうれん草のおひたし等でバランスが取れている素晴らしいお弁当だ。

 

 職場のありとあらゆる所から羨まし気の視線が注がれる。弁当を作ってくれると言うのがどれほど素晴らしい物か皆分かっているのだろう。夜食や朝食も作るのは大変。その手間が無くなるのだ。これほど素晴らしい事はない。しかも、味も安定で美味しいと言う言うことなし。

 

 

「お弁当作ってくれるほど、懐いてくれてるのか」

「そう、だな……断定はできないがそれに近いと思う」

「ふーん、その割には小難しいこと考えているように見えるけど、どうした?」

「あー、そのだな……。家族の中で秘密があって、それを言うべきか、言わないべきか……ざっくりいうとこんな感じだな」

「秘密って誰でもあるから別に言わなくても良い場合もあるだろ? 俺も昔、親が五百円玉貯金してたけど、勝手に使ってコロコロコミック買ったりしてたし」

「そうか……」

 

 

やはり、秘密とはどこにでもありそれを言わなくても良いと言うのも至極当然の考えなのだろう。千秋の意思を俺は尊重すべきか、否か。

 

願いは叶えてあげたいけど、だからと言ってずっと知らないふりをするのは……。

 

保留か……。そうするしかないのか……。いつもそうするしか出来ないのは情けないが……。暫くは今まで通りの楽しい生活をしていくしかない。

 

一度、完全に思考を止めた。あまりに悩んでいたせいか、頭が痛い。これでは午後の仕事に影響が出てしまう。お弁当を食べて元気を付けよう。また、体調を崩すと四人に心配をかけてしまうからな。

 

◆◆

 

 

 秋と私は宿題に追われていた。もう、明日から新学期だと言うのに宿題が終わっていないと言うとんでもない事態に見舞われているからだ。

 

「秋、あと何ページ」

「2……2だ……」

 

 

最早、失神するのではないかと言う位に疲弊しきっている秋。対して私もゾンビのようにフラフラである。

 

だが、必死にペンを走らせて宿題に私達は挑む。

 

冬も春も自分の力で終わらせたのだから、私達もやらないといけない。そう思って必死に頑張った。そして……

 

「「お、おわったぁ」」

「おめでとうっス」

 

 

私達は宿題を終わらせて互いに安堵の声を漏らした。ペンを放り投げて背中を床につけて寝転がる。宿題が終わるとどうしてこうも気分が晴れるのだろうか。

 

秋もきっとそう思っているのだろう。気持ちよさそうに体を伸ばしている。

 

そして、いつものようなニコニコ笑顔。やっぱり秋は笑顔が似合うと私は思った。旅行でひと悶着あったけどあの後からは特にそう言った事は無いし。しかも、秋はちょくちょく私に謝ってくる。

 

ごめん、ごめんね……

 

そんなに何度も謝られるとこちらの肩の力も自然と抜けて、以前のように笑いあえることが出来るから助かる。だが、問題は解決していないのは秋も分かっているようだった。

 

まぁ、今はそれはいい……

 

 

取りあえず宿題が終わった事を喜んで、疲れを取る為にお昼寝でもしようかと思っていると春がトレイに何かを乗せて持ってきた。

 

 

「はい、これ。頑張った皆に」

「なによ? これ」

「野菜スティックと、特製ソースだけど?」

「あ、そう……」

 

 

私達のことを気にしてこういった事をしてくれるのは嬉しいけど、チョイスが偶にマニアックなのが春だったと思い出した。

 

それに春は意外と不器用だから料理が苦手だしね。ホットケーキですら焦がすくらいだし……。野菜スティックも形がバラバラ、最早スティックと言うより、爪楊枝だったり、鉛筆キャップだったり、個性に溢れている。

 

 

「おおー、千春ありがとー」

「千冬も食べていいっスか?」

「いいよ、食べて食べて。ほら、千夏も」

「あ、うん」

 

 

まぁ、折角作ってくれたわけだしね。どれどれ……私達はキュウリ、ニンジン、大根、それぞれにソースを付けて口に入れた。

 

「「「ッ……!!」」」

「どう? ちょっと、自信あるんだけど……」

「ああー! こ、これは……! ダメ!」

「え?」

「ダメっス!」

「ええ!?」

「ダメね!」

「えええ!?」

 

秋、冬、私の順にダメ出しが入る。三人そろって冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぎ口に注ぎ入れる。それほどまでにこのソースはヤバかった。辛い、辛い!!

 

 

「アンタ、これ、何ソース?」

「えっと、ワサビマヨ……」

「比率は?」

「一対一だけど?」

「いや、なんでよ!」

「え、だって均等にしないと……」

「ケースバイケースよ!」

「そ、そんな……」

 

 

 

ガーンっと一人落ち込んでいる春を見て、ちょっと言い過ぎたかなっと後悔も湧いてくるが、だとしてもこれはちょっと……。春でもこういう失敗をするんだ……。

 

そう、当たり前……誰でも至らぬ点があるのが普通。だから、私が支えようと決めたんじゃない。

 

「もう、しょうがないわね……作り直すわよ」

「え?」

「ほら」

 

私は春の手を引いた。

 

 

――今度は私がアンタを、いや、アンタ達を引っ張ってやるわ

 

 

 

◆◆

 

 

 

 新学期が始まった。それはうち達が五年生として過ごす最後の学期であることを示す。と言う事は次はうち達は六年生……小学生活も残り少ないと言う事を示す。

 

 時間とはこんなにも早く過ぎていくものなのだろうか。何度考えたか分からない思いを繰り返す。でも、しょうがないのだ。本当に早いのだから。

 

 

 お兄さんに送り出して貰って、バスに乗って、そこから最寄りのバス停で降りて学校まで歩く。

 

 横を見ると千秋と千夏が二人揃って欠伸をしている。うん、安定の可愛さで安心する。クリッとした目で優雅に歩く千冬もグッドである。

 

 こんな風に妹達の可愛さを確認して、学校に行って、教室のドアを開ける。開けるとメアリさんが私達に手を振る。

 

「あ! ヤッハロー」

「おー、アローら! メアリー!」

 

 

 千秋が代表して大きな挨拶を返す。うち達も何となくで返すがこの二人の独特な挨拶にはついて行けない。

 

 皆はそれぞれ席に荷物を置いて、朝の会が始まるまで姉妹同士で話したり、友達と話したりする。

 

 右では千夏と千冬がなにやら楽しそうに話を、左では千秋とメアリさんが楽しそうに話をしているのでうちはそれを眺める。

 

 

「千秋、アンタ宿題はやったの?」

「勿論! 朝飯前」

「ふーん、あたしはね、文字通り一日で全部終わらせたわ! 何と言っても答えを見たんだもの!」

「えー、それインチキだ!」

「合理主義って言うのよ」

 

 

 メアリさんと千秋ってやっぱり仲が良いんだな。千秋が家族以外で心を許す数少ない人だし。

 

「そう言えば……アンタ達って四つ子なのよね?」

「そうだ。今更だな」

「あ、うん。そうよね……こう、何というか、休みを挟んで改めて見ると新鮮って言うか……」

「そうか? 我等は全然そんなことないぞ!」

「そりゃ、毎日一緒ならそうでしょうよ。でも、あたしから見ると新鮮なの」

 

 

確かに四つ子ってあんまり聞いたことがない。世界には九つ子が居るとは聞いたことあるけど……。他には……あんまりない

 

「それにしても、このクラスは四つ子でしょ? 俺っ娘の桜も居るでしょ? 『個性』が強い奴が多すぎるのよ。アンタ達、もしかして高校は雄英志望?」

「ん? ゆ、うえい?」

「あー、知らないなら、スルーして今のは」

 

メアリさんはそう言って話を切り替える。

 

「四つ子ね……今度の小説の題材は四つ子にでもしてみようかしら?」

「おおー! それなら三女を滅茶苦茶可愛くして!」

「いいわよ。最高に可愛くしてあげる」

「おおー!」

「四つ子……、千秋達を題材にすればそこそこ良いのが描けそうね……」

「そうなったらメアリもベストセラー作家か! どういう感じにするんだ?」

 

 

そう言えばメアリさんは作家志望だって言ってたっけ。だったら、千夏、千秋、千冬は最高のモデルだね。だって、最高に可愛いから。どういう感じにするんだろう。ちょっと気になってきた。

 

「どういう感じね……まぁ、無難にラブコメかしら?」

「ん? ラブコメ……? それってどういう感じ?」

「そうね。まぁ、四つ子全員が同じ人を好きになって、姉妹仲がギクシャクする感じかしら?」

「ええ!? それは可愛そうだ!」

「しょうがないのよ。それは、だって何処の世界も姉妹は同じ人を好きになるって相場は決まってるんだから。双子だろうが、三つ子だろうか、四、五つ子だろうが、六つ子だろうが、第七皇子だろうが、八男だろうが。姉妹とか兄弟仲はギクシャクするのが定番なの」

「え、ええー。そうなのか……」

 

 

千秋的にはちょっとがっかりのようだ。うちもガッカリである。姉妹中で喧嘩とかギクシャクとか考えたくもない。

 

「そうよ。それに千秋だって姉妹で喧嘩とかするでしょ?」

「うぅ、そうだな……最近、しちゃって……凄く、嫌だった……もう、出来ればしたくない……」

「そう。嫌だったのね。でも、喧嘩ってあたしは大事だと思うわ。やっぱり、ぶつからないと分からない事とかあるもの」

「そうな、のか?」

「そうよ。きっとそう」

 

 

ぶつからないと分からない事もあるか……。その言葉が妙に心に残った。千秋も何か思う所があるようで下唇を噛んで下を向いてしまった。

 

 

「そっか……」

「そ、そんなに落ち込まないでよ。あくまであたしの感想だし……」

「……喧嘩はしないで済む方法ってある?」

「え? そうね……あるかもしれないわね。あたしは子供だし良く分からない部分も多いけどさ、方法は無限にあるんじゃない?」

「そう……」

「そんなに、凄い喧嘩をしちゃったの?」

「そんなにじゃないけど、だけど、我はもう、喧嘩はしたくないって思ったの。心がはち切れそうになった……」

「そうなんだ……でもさ、もし、困った時は千秋の大好きな魁人、さん? だっけ? その人に頼ればいいじゃない」

「うん……」

 

 

メアリさんが千秋を元気づけるように色々と提案をしてくれる。千秋もそれに気づいて心配をかけまいと笑顔を浮かべる。

 

 

「そうね、あとは元気が出るアニメ見たりするといいわよ。クワガタボーグとか」

「そうか。うん、色々、ありがとー。メアリー」

 

 

 笑顔になった千秋とメアリさんは朝の会が始まるまで楽しそうに会話を続けていた。きっと、うちの最初の勘は当たっているのだろう。この子は千秋には無くてはならない存在になりえる。

 

 そう、改めて感じた。

 

 そして、この時はまだ知らなかった。千夏や千冬にも無くてはならない存在が現れようとしていることを……

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

 



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77話 動き出す未来

 三学期初日の朝の会。久しぶりに学校に来たと言う事もありどこか落ち着きのないクラスメイト達の雰囲気を私は感じ取った。

 

 毎回長期の休みが終わるとこんな感じね……

 

 そんな事を考えながら先生の話を聞く。

 

 

「はい、皆さんに嬉しいお知らせがあります。なんと、転校生がこの学校に来ました」

「「「おお!!」」」

 

 

 まさかの新学期始まって早々の転校生。一体何人このクラスには転校生が来るのだろうか。

 

「入ってきてー」

 

 

 先生がそう言うと廊下から教室のドアを開けて一人の女の子が入ってきた。金髪に金色の眼。人形のような顔達の子だった。

 

 

「コンニチハ、ワタシ、リリア・マヒガシデース。アメリカからヤッテきましたー」

「え? 福島じゃ……まぁ、良いか……えー、皆さん、帰国子女と言う事で良いのかな? 取りあえずリリアちゃんと仲良くしてくださいねー」

 

 

 先生の声が少し聞きずらくてすべては聞こえなかったがリリアさんはいわゆる帰国子女のような存在らしい。帰国子女なら英語とか話せるんだろうなぁ……。

 

 リリアさんが左端の一番後ろの席に座り、他のクラスメイト達から物珍しさな視線を向けられる。ああー、こういう視線は嫌だろうなと思った。でも、リリアさんは寧ろ誇らしげ、いや嬉しそうだった。

 

 私の勘違いである可能性もあるけど……

 

 私だったら嫌だろうな。見られて誇れるものなんて持っていないしね……。リリアさんを見て単純に凄いなと感じた。

 

「はい、皆さん。転校生のリリアさんが気になるのは分かりますが先生の方を見てください」

 

 ぱちんと手を叩き、そして声で視線を集めそのまま先生は話を始めた。

 

「皆さんは来年は六年生です。と言う事は来年は小学生で最後の年になると言う事です。そして、来年が終われば中学生。本当にあっという間です。悔いを残さないように、節目のスタートである今日から今まで以上に勉強に運動に頑張って行きましょう!」

 

 

 先生、の言う通りだと思った。

 

 

 そう、私達はもうすぐ六年生。今出来る事を精一杯やらないといけない。私は、魁人さんと、春、秋、冬と家族になりたい。確かに超能力を言う、言わないで秋とは揉めた。

 

 秋の言う事も正しい。別に超能力をいってもいわなくても家族だし。言ったから家族と言うわけでも無いだろう。私達は超能力を使える……これを言うには姉妹全員の承諾が必要だった。

 

 

 でも、それ以前に、それ以外にも出来る事があると考えればよかった。私は、今の私に出来る事をしよう。目標に向かって出来る限り、するしかないんだ。

 

 

 

 こんな形で気付けるだなんて……そう言えば魁人さんが人の話はちゃんと聞かないといけないって言ってたのはこういう事だったのかもしれない。

 

 相手の話を聞いて自分の物にして、尊重して成長をする。これが言葉の裏に隠されていたんだ。

 

 秋の言う事を否定するわけじゃない。それに秋の言葉には春への心配も入っていたはずだ。春は私達を否定しない。でも、心の奥底では言いたくないと思っていたのかもしれない。

 

 

 秋は今まで自分から、自らが魁人さんと接することで私達へ何かを伝えてきていた。自分が接して、その結果を私達に見せて安心させてくれた。

 

 冬はずっと、見て見ぬ振りが出来たのにそれをせずに支えてくれた。春もそうだ。

 

 

 だから、私も。

 

◆◆

 

 

 うち達のクラスにリリアさんと言う帰国子女の転校生が来た。皆から注目的だったけどああいうのはちょっと苦手だなと思った。

 

 あの物珍しい物を見るような目線……嫌いだ。

 

 

「海外ってどんな感じなんスかね?」

「フィッシュアンドチップスが美味しいらしいぞ!」

「今度作ってみたいわね」

 

 

 バスを降りて、バス停から家までの道を歩く。三人の妹の可愛い後頭部を見渡しながら、ついでに天使の会話をBGMにして。

 

 

「あ! 猫ちゃんだー!」

「あらー、可愛いわねー」

「本当っすねー」

 

 

 三人が口をそろえてそう言った。うちも目線を変えて三人の話題を追う。するととある家の塀の上から一匹の綺麗な白猫がこちらをジッと見ていた。

 

「るーるーるー」

「それ、違うわよ」

「それ狐っス」

 

 

何だろう。あの猫。確かに可愛くて綺麗だけど……僅かに違和感を覚えながらもその場をうち達は離れた。

 

 

「猫、いいなー」

「確かにそうねー」

「千冬は肉球をもひゅもひゅさせて欲しいッスー」

 

 

猫がうち達を去って行く後姿をずっと見ている。まぁ、うち達の妹は何度も見てしまう位可愛いけどさ。それにしてもかなり綺麗な猫に見えるから、野生の野良猫の可能性は低そうかも。きっとあの家に住んでいる家族の一員なんだろう。

 

 

再び、可愛い後頭部を見て、天使の声をBGMにしながら家への道を歩いた。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 俺は仕事を終わらせて家に帰って来ていた。いつものように定時で帰宅して扉の前に立っている。

 

 鍵を開けて家に入る。

 

 いつものように四人が出迎えてくれる。部屋着に着替えてリビングに行くと夕食も作ってくれていた。

 

「今日は私が作りました!」

「ありがとうな、千夏」

 

 

 ニコニコ笑顔の千夏。ええ子やな……。今では帰ったらご飯が作ってあるのが当たり前のようになっている。真逆のような環境の変化を素直に成長をしている、出来る事が増えていると感じて嬉しいと思った。

 

 

 軽い雑談を交えながら食事を共にする。どうやら、リリアと言う転校生が来て、そして、どうやら帰りに白い猫を見たらしい。

 

 ゲーム……に近づいているのか? リリアと言う少女は千夏の友人キャラ、白猫は本当にそうか分からないが千冬の友人キャラの特徴でもある。

 

 どんな人でも、どんな形でも千夏たちに仲のいい友達や親友が出来てくれると良いな……。

 

 他にも話を色々聞くと、久しぶりだから校歌を忘れちゃった、とか、給食が初日だからなくてガッカリしたとほのぼのする話のオンパレード。

 

 一日の癒しだな……。これで明日も頑張れる。お皿洗いもしてくれるし、最早家に帰ってくるとするべきことが何もない。自分自身で進んでいけるほどの力があるのだろう。

 

 お皿を洗って、寝る時間の少し前になると、四人は俺に一言言ってお風呂入る。

 

 もう、六年生なんだよな。そうして、卒業して中学生……。時間は常に過ぎていく。

 

 でも、俺は先送りしていることが沢山ある。そして、それらをどうしたら良いのか分からない。何度も何度も悩んでも、答えが出ない。ここまで作り上げた和を崩す選択なのではと、千秋の考えも正解、この世界とはそもそも……。

 

 ――自分のした選択が……自分自身を不幸に……誰もが離れていく。笑われて、終わってしまう結末は……もう……

 

 

「魁人さん?」

「え?」

 

 

 お風呂に向かったはずの千夏がそこに居た。首をかしげて俺を心配している素振りを見せている。

 

 

「大丈夫ですか?」

「ああ、すまん。それでどうかしたのか?」

「えっと……相談があって」

「……そうか」

「話してもいいですか?」

「勿論」

「ありがとうございます。えっと、その……私は魁人さんと本当の家族になりたいです」

「……ありがとう。そう言ってくれると嬉しい。俺も同じ気持ちだ」

「そう言うと思ってました……でも、とっても嬉しいです、ありがとうございます」

 

優しく千夏は微笑んだ。素直で真っ直ぐな彼女の笑顔を見ているとこちらも自然と笑顔になるから不思議だ。

 

 

「あの、私、これから魁人さんに敬語使うの止めようかなって思ってるんです。別に敬語を使うのがダメとかそう言う事を言いたいわけじゃないんですけど、距離感と縮めたいと言うか……良いですか?」

「全然いいぞ。寧ろ頼む」

「あ、じゃあ、そうします……じゃなかった、そうする、わね……。うん、そうね」

 

 

まだ、少し不慣れな言葉遣いの様で、色々と言い回しを試しているようであった。

 

「あー、それでですね……コホン、実は、か、魁人には、前から言いたいことがあったのよ……?」

「疑問系なんだな」

「ちょ、ちょっとなれないだけよ……私も、アンタ……と、こういうスタンスで話すのは初めてなんだから、仕方ないじゃない……?」

「すまんな」

「い、いや、謝ることはない、わよ……?」

 

 

単純に可愛いなと思った。俺は人をからかったりする趣味はないがこういう姿を見るとつい、からかいたくなるほどに。まぁ、万が一にも嫌われたくないからしないが……。

 

「こ、コホン……それで、あ、アンタ、が最近、色々考え込んでるみたいだから、心配なの。魁人さん、魁人は慎重で、律儀で、気遣いも出来るから、もしかしたら、私達の事で深く考え込み過ぎてるんじゃないかなって……」

「……そんな事はないぞ」

「嘘ついたでしょ? それくらい、分かるのよ……」

「そうなのか」

「……や、やっぱり、ため口やめます……失礼な感じするし……なんか」

「いや、気にしないでくれ。俺は全くそう感じないから」

「そ、そう? じゃあ……続けるわ……えっと、だから、魁人は、もっと、こう、ラフに考えて良いって事! そうよ! これが言いたかったの!」

「そう、なのか?」

「そうなの! だから、今も、きっと仕事場でも私達の事考えてるでしょ?」

「……いや、そんな」

「嘘つき」

 

そんな事は無いと言い切る前に嘘だと言われてしまった。千夏の少し怒った顔が千秋の膨れた顔を思い出させる。

 

「眼の下に隈があるし、さっきも悩んでる顔してたの分かってるわ。だから、言わせて……ありがとう……でも、あんまり、背負い込み過ぎないで……風邪とか、また引かれると、心配だし、悩み過ぎて病気になったりしたら、もっと心配だし……」

「そうか、心配してくれたのか……くッ、涙が……分かった。これからはラフに……」

「そう言って私がお風呂入りに行っていなくなったら、また、考えるでしょ……分かってるわよ。だって、魁人、優しいから……」

 

 

全てを見透かしたような目で俺を見る千夏。自然と額に汗が滲みでるような気がするくらい、内面を見られている気がした。

 

 

「でも、そういう、魁人の、面倒くさくて優しい所……好きよ……」

「くッ、涙が……」

「ちょ、泣かないで……魁人が私達の事を考えてくれてるのは知ってるし、感謝もしてる。でも、自分のしたい事とか、疲れを取るリフレッシュとか、もっと必要だと私は思うの」

「四人が夕食とかお弁当を作ってくれるだけでいいんだが」

「それじゃダメよ。また、体壊しちゃう」

「いや、俺も体調管理には気を付けてる」

「でも、やっぱり心配だから……学校で疲れが取れるツボの本とか、色々、見て、今勉強してるから、それをするわ……あと、明日は、何が食べたい?」

「……肉じゃががいいな」

「分かったわ。他には?」

「なめこの味噌汁」

「うん……絶対美味しいの作るって約束する」

 

拳をギュッと握って不敵な笑みを浮かべる千夏。堂々としている彼女をカッコいいと思った。そして、千夏は宣言をするかのように再び俺を見据える。

 

 

「私は、魁人と本当の家族になりたいって思ってるの。この間までそれがたった一つしかないと思ってたけど……方法は沢山あると思うから……私が見つける。そして、一切禍根を残さない最高の家族になってやるわ!」

「千夏……」

「ちょ、ちょっと待って……は、恥ずかしい……。あぁぁぁ!! なんか、今、私、凄い恥ずかしい事言ったぁぁ! って言うか、よくよく考えたら、その前も結構恥ずかしい事言ったぁぁ!」

「そ、そんなことないぞ! 俺は感心した!」

「嘘! もう、どうして、こういう熱血的な事を言うつもり無かったのに!」

 

 

 

 今になって少し前の自分を思い出し、恥ずかしさに悶える。どこかで見たことがあるような光景だが気のせいだろう。

 

 

「でも、あれね……その、何というか、これからは、魁人に、今まで尋常ないくらい沢山甘やかして貰ったから、今度は私が、魁人を沢山甘やかしてあげる……」

「楽しみだ……因みにだが俺はそんなに甘やかしてたか?」

「してたわ」

「マジか……」

 

自覚がない……。俺はそこまで甘やかしたりしているつもりは無かったんだが……。自重した方が良いのか?

 

 

「それじゃ、お風呂入ってくるから……」

「ゆっくり、温まって、肩まで使って、30秒は入るんだぞ」

「いや、だから、そういう所よ。まぁ、そうするけど……」

 

 

千夏は軽く注意するように言った後、リビングを出て行った。千夏があんなに色々考えて、歩き出している。任せるのも一つの選択なのか……? 俺はただ待って居れば良いのか?

 

 

下手に動いて、あの時のような結果に……

 

 

俺は……

 

そこまで考えるとドアが開き、少し睨むような目線をこちらに向ける千夏が居た。

 

「これからは私が色々考えるから……魁人は無理をしないように……」

「わ、分かった」

「あと……今の話し方が不快に思って敬語の方が良いと思ったら言って。すぐ戻すから……じゃあ、お先に……」

 

 

千夏はそう言って出て行った。その後に自身の言った恥ずかしい言葉に悶絶する可愛い女の子の声が外から聞こえてきた。

 

 

――――――――――――

 

 

 

 



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78話 ネクタイ朝

「魁人、おはよう」

 

 

「ちょっと、ネクタイ曲がってるわ……」

 

 

いつの間にか、千夏がお兄さんと益々距離を縮めていた。顔色を窺って、夕食のリクエストを聞いて、ネクタイも曲がっているから整える。もう、良妻ポジに見える……。千夏ママっ……と思わず言ってしまいそうだ。言ったら滑るから言わないけど……

 

千夏の変化に千秋はビックリと言う表情で千夏を見る。千冬は何それズルいと言う目を向ける。うちは羨ましいと言う視線でお兄さんを見る。

 

 

お兄さんはいつのもように苦笑いを浮かべて、視線をスタイリッシュにかわす。お兄さんに千夏とどうしてそんなに仲良くなったのか問い詰めようかと思ったけど、やめておいた。

 

千夏が変わり始めている。ただ、それだけなのだろう。

 

 

聞くまでも無い。

 

 

千夏の変化は家だけでなく、学校でも表れていた。帰国子女と言う事もあり、一時は注目の的であった転校生のリリアさんに積極的に千夏は話しかけた。少しだけ、クラスで浮いてしまっていたからだろう。

 

 

「あー、わたしー、チナツー、アナタのナマエー、プリーズ」

「おー、ワタシー、リリアー、シクヨロー」

 

思いっきり日本語だけど、うちは微笑ましく思った。内向的な性格だった千夏が外交的になっている。きっと、これは良い事なのだろう。最近の怒涛の変化ラッシュに驚きを隠せない。流石千夏だねー。

 

 

それにしてもリリアさんは帰国子女なのに、日本語上手だね。多様性のある特徴があるって凄い。

 

日本語以外にもドイツ語とか話せるらしい……へぇー、うちも色々勉強した方が良いかな? そうしたら、妹達から尊敬の目を向けられるかもしれない。多様性のある、姉……良いじゃないか……。

 

 

ちょっと、他の言語にも手を出し見てようかなって考えたけど……うちはその前に料理の腕をどうにかしないといけない事を思い出した。卵なんて、十回中、一回綺麗に割れたらいい方なのだ。

 

千夏、千秋、千冬、三人はもう、失敗しない。卵を綺麗に割ってからもカゴに入れない。

 

 

それなのに……うちは……。いや、これはうちのせいだけじゃない。卵に個性がありすぎるのだ。固かったり、思ったより固かったり、と思わせておいて意外と柔らかかったり、これはもう全自動卵割りきでもこっそり貯めているお小遣いで買おうかと真面目に考えるほどだ。

 

 

「お兄さん、卵が割れません……」

「こればっかりはな……勘と言うか……練習しよう。それしかない」

「はい……」

 

 

夜中、こっそり二人で練習していると言うのに、卵が綺麗に割れない。練習の尊い犠牲になった卵はお兄さんが焼いて明日の朝ご飯になったりする。

 

 

「そうだ……千春」

「はい?」

「千冬もだが、敬語じゃなくて……その、何というか、凄い今更なんだが……フランクな話し方で良いんだぞ?」

「え? どうして急に……」

 

 

お兄さんは恥ずかしそうにそう言った。急にどうしたのかと思ったけど、最近千夏がお兄さんの事を魁人と呼んで、うち達に話すようにお兄さんに言葉をかけるからかもしれない。

 

「えっと、まぁ、千夏がな……俺と本当の家族になりたいって言ってくれたんだ」

「千夏が……」

「それでまぁ、その、俺も、前からそう思っていたから……どうしようかと、考えていてだな……それで千夏が禍根を残さない最高の方法を探してくれるって言ってくれた。だから俺もその最高の方法を探そうかなって」

「それで普通に話すようにと?」

「うん、そうだな。これをするのが最善最高と言えるかと言われたらちょっと返答に困るが……いつまでも敬語って、なんかあれだろ? どちらかの立場が上とか、そう言う関係じゃ俺達ないと思うしさ」

「……そうなんですか?」

「うん……千春も俺と同じで、みんな同じだ。中々、そうは思えないかもしれないけど……俺はそう思うし、そう思って来た。だから、妹達に話すように俺にも接してくれ」

「……」

 

 

お兄さんって恥ずかしいセリフをよくこんなに言えるなと感心する。きっとこういう所が千夏に伝播したのだと感じた。

 

千夏だけじゃなくて、千秋にも千冬にも。そして……うちにも……知らず知らずのうちに……

 

きっと、うちは影響を受けている。主にギャグセンスとか……

 

「確かに、お兄さんの言う通りですね。変えてもいいかもしれません。だって、もう、一年半も一緒ですしね……可笑しいかもですね……」

「あ、でも使ってて違和感あったら戻していいからな」

「お兄さんこそ、うちの話し方に違和感あったら言ってくださいね」

「多分、そんな事はないが一応分かった」

「えっと……じゃあ、今からスタートしますね……」

「おう……」

 

 

実際に敬語無しで話してみようとすると何だか、上手く言葉が出てこない。緊張をしているのか話題も頭に浮かばない。どうしようかと少々混乱しながら話題を探して、咄嗟に浮かんだことを放棄して思わず言ってしまった。

 

 

「よ、よろしく……」

 

 

先程の会話から脈略が一切感じられない唐突な挨拶。お兄さんにそんな話し方を今までしていなかったから単純にムズムズする。

 

 

「恥ずかしいなら、今すぐじゃなくてもいいぞ?」

「いや、大丈夫……千夏もしてるし。うちもそうする……」

 

 

きっと、千冬も敬語を使わなくなるだろうし。そうしたら、うちだけが敬語になってしまう。それはちょっと寂しい。すぐには慣れないだろうけど……姉妹がそうするならうちもそうしたい……。

 

 

千冬がお兄さんに敬語やめてくれって言われたら、大喜びしながらポエムとか書くのかな……。

 

 

健気な千冬の喜ぶ姿が頭の中に再生された。バレンタインも近づいてるし、誰よりもお兄さんに想いを寄せる千冬。中々、近づけないけど、頑張ろうとする姿はいつも見ている。

 

応援……したいけどなぁ……。最近は千夏もお兄さんに懐いてしまって、これ以上お兄さんに持っていかれるのが面白くない……。お兄さんも盗ろうとか考えてるわけじゃないのは分かっているけど……ついつい、眼が吊り上がってお兄さんを見てしまうから気を付けないと。

 

 

「千春、眼が吊り上がってるぞ。どうかしたのか?」

「……あ、すいません……。じゃなくて、そっか……?」

 

 

返答も言葉遣いも変えているだけなのに、違和感が拭えない。でも、最初もこうだった。違和感のある場所だった。

 

この違和感もすぐに消えるだろう。

 

 

以前のように。そして、当たり前になる。

 

 

うち達をそれをずっと繰り返しているのかもしれない。変化して、当たり前になる。その繰り返し。本当の家族……千夏も言ってたけど……それが何なのか、良く分からないけど……僅かに本質が見えた気がした。

 

 

◆◆

 

 

 

三学期が始まっても平穏な毎日は過ぎていって、そして、例のあの日がやってきた。2月14日。男の子が浮足立つバレンタインが……。

 

去年はあまり料理の腕も上がっていなかったので、そこまでの物を魁人さんにあげられなかった。でも、今年は……千冬は、魁人さんにとっても美味しいチョコを……。

 

とっても美味しい物を作るから少しの間だけ、席を外してほしいと魁人さんには頼んだ。少しでも驚かせたいと言う気持ちが千冬にはあったから。

 

そんな淡い想いを抱いていたのだが、秋姉がとんでもなく料理が出来るのを思い出し、夏姉が魁人さんと凄い距離感になりつつあるのを思い出す。

 

正直、どうして自分にはあれほど人と距離を詰めることが出来ないのかと悩む時もある。けど、千冬は千冬、姉は姉と割り切って行動するしかないのだ。

 

そ、それに、最近、魁人さん敬語やめてって言ってくれたし……。秋姉はずっと前からそうしてたし、夏姉より遅く普通の話し方になってしまったけど。

 

それでも、嬉しいものは嬉しい。

 

また、距離が縮まった気がするし……もっと、縮めたいから生チョコを作った。喜んでくれると良いけど……。

 

「ねぇ、冬」

「ん?」

「私、ココアクッキー作ったんだけど味見してくれない?」

「良いっスよ」

「我もしたい!」

「うちもいい?」

「いいわよー」

 

 

夏姉もちゃんと魁人さんとクラスメイトにあげる贈り物を作っていた。どうやら味見をして欲しいらしく、それを差し出す。

 

三人そろって口に入れると、口の中に甘くて幸せな味が広がる。夏姉も料理の腕がめきめきと上がっている。でも、まぁ、夏姉は恋敵って感じはしないし、単純に目標と考えられるからまだいいかなー。

 

 

「我もチョコレートケーキ作ったー」

「美味しそうね……味見していい?」

「いいぞ、千冬も千春も食べてー」

 

 

秋姉も屈託のない笑顔にそう言われて、千冬たちは切り分けられているケーキの一つをフォークで食べる。

 

「……アンタ、本当に料理上手ね……自信無くすわ……」

「千秋、テレビでやってきたクッキンアイドルになれるよ」

「秋姉……凄すぎっス」

 

 

何だか、秋姉だけレべるが違う。まぁ、目標にすれば……全然、悔しくとかはない、悔しくとかは……ちょっと悔しい。秋姉はなんだか、恋敵ではない、ない? のかな。

 

秋姉ってちょっと怪しいような時もあるから……心配。

 

 

無垢な笑顔で素直でいつも明るいけど、それだけじゃない気もする……気のせいならそれでいいけど。

 

 

◆◆

 

 

 家の中にはチョコレートのような甘い香りが充満していた。2月14日と言うこともあり、俺にチョコレートとか色々作ってくれるらしい。

 

 だから、千冬に少しの間、席を外してくれと頼まれた。

 

 くっ、嬉しい。今年も何かしら貰えるのかなと気になっていたから、この時点でもう、貰える確定演出じゃないか……。

 

 ただ、チョコなどが貰えるとなると過剰にカロリーを摂取してしまうことになる。沖縄に行ったときにお腹周りが気になることを自覚したばかり、保護者がカッコよくて、自慢できるから、子供が自信を持てたりすると俺は考える。

 

 なら、俺は走る。カロリーをこの後摂取しても寧ろ痩せるくらい走る。家を出て、久しぶりのジャージを着て、近場を走る。近所のおばさんに、いつも大変だねとか、四つ子の親だと子供に指さされたり、意外と有名人になっていたかのような不思議な気分になった。

 

 走って走って、ただ、体力がもう……無い。はぁはぁと直ぐに息が上がってしまい、近くの公園に倒れ込むように入り、ベンチに座る。こ、こんなに体力が落ちているとは……

 

 俺って20代前半なのに、こんなんじゃダメだよな……。かと言って最近、千夏が無理は禁物と口癖のように言ってくるし……

 

 一息を付き、そろそろ帰っても問題ないかと公園を出る。帰りは歩きで良いかとゆっくり歩いていると……

 

「あの、すいません……」

 

 後ろから、声がした。乾いたようだけど透き通る大人びた声。どこか聞き覚えるの有るような声に思わずハッとする。

 

 振り返ると、優しい栗色の髪が目元まで伸びて目元が良く見えない一人の女の子が居た。背丈は千春達とそうは変わらない。

 

 もしや……

 

 その可能性が頭の中によぎる。

 

 その姿にはどこか、見覚えがあったから。

 

「どうかしたの……?」

「えっと、道に迷ってしまって……その、交番の場所を教えて貰えないでしょうか……?」

「あ、交番ね……。えっと、この道を……あっちから、右行って、左行って……」

「えっと、右行って、左……」

「もし、良かったら案内しようか……?」

「すいません……よろしくお願いします……」

 

 

道に迷う……そんな特性があったな……。百合ゲー『響け恋心』の主人公には。そんな事を思いながら、あまり道が覚えられていない少女を案内するべく先導して歩く。

 

特に話すことはないけど……、なにか言った方が良いのか?

 

 

「えっと、どうして道に迷っちゃったの?」

「来年から、ここら辺に引っ越しに来るので下見をしていたら親とはぐれてしまい、気づいたら見知らぬ場所でした」

「あ、なるほど」

 

 

来年の四月から、引っ越し……? ここに住むと言う事か……。ゲームなら高校、いや、そもそもここはゲームではないから。それにこの子が主人公と決まったわけじゃないし。

 

「そこで……この人に頼ったら良いと……()()()()()()

「言われた?」

「すいません。噛みました。勘で決めました」

「あ、そう……」

 

 

明らかに噛んでいなかったようだけど……。言われたのでって俺の耳には聞こえた。言われた……一体だれに? あの場には彼女しかいなかったような気がしたが……もしかして、本当に噛んだのか?

 

色々考え込んでいると、交番に到着した。

 

「ありがとうございました」

「いや、気にしないでいいよ。それじゃ」

「あ、待ってください」

「……」

「僕は……日登千花(ひのぼりちか)と言います。ありがとうございました」

 

 

偶然と言う事は無いだろう。正しくそれは百合ゲー主人公の名前だった。最近になって友人キャラは全て確認できたから、主人公が居たとしても不思議じゃないけど……

 

「助けてもらった人に、名乗らないのは不躾だと思ったので名乗らせて頂きました」

「あ、そうなんだ……俺は魁人。ただの魁人だ……」

「そうですか。魁人さん、本当にありがとうございました」

 

深々と頭を下げる。声のトーンとかが低くて、落ち着いている雰囲気を彼女から凄い感じた。千春に少し近い。

 

 

「気にしないで……それじゃ」

「はい。ありがとうございました」

 

 

表情筋があまり動かない主人公に俺は軽く手を振ってその場を離れた。

 

 



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79話 順番って、なに?

今回短いです。すいません


 主人公、俺の知っている範囲だと大人しい、高校生。親が転勤族であり、ありとあらゆる各地を転々。彼女の両親も教育には色々と厳しいために勉強漬けの日々であった為に友達が出来なかった。

 

 

 親の度重なる転勤。だが、高校に進学して、一度その場所に身を置くことになる。そこでヒロインや友人キャラと出会って友達、そして、それ以上の関係になる。

 

 ゲームだとそこまで主人公のバックホーンなどを語ることなどなく、ストーリーが進んでいく。

 

 俺が知っているのはあくまでこれくらい。所詮ただの知識、だが、ゲームだと高校になってこの地域に来るんじゃなかったのか? 俺がそこまで深く知らないからか、イレギュラー的な事か……そこら辺がいまいち分からないが……。

 

 ゲームではないからな。何があるのかは分からない。と言う事にしておこう。千春達と友達になったり、どうなるのかは分からない。そもそもこの近くに住むからと言って同じ学校かどうかも分からない。

 

 考えても仕方ないな。考えても何も変わらない。そうこうしているうちに自宅に到着もしてしまっている。きっと美味しくて甘いスイーツを四人が作ってくれてるし。折角作ってくれた物を食べている時に関係ない事を考えるのもダメだろう。

 

 ちゃんと感想とお礼も言わないといけないし。

 

 主人公については俺は、考える事もないのかな……

 

 

◆◆

 

 

「カイトー。はい! チョコケーキ食べてー」

 

千秋がお兄さんにお皿の上に乗ったチョコレートケーキを差し出す。外に運動に行った後、ひと汗かいたお兄さんはコタツに入ってチョコケーキを一口食べる。

 

「……旨いな」

「ムフフ、そうだろー、そうだろー」

「魁人さん、これ、……」

「魁人、私からもこれ」

 

 

千秋に続くように、千冬と千夏もお兄さんにバレンタインのスイーツを贈与する。涙が落ちてしまうぜっとお兄さんは天を仰ぎつつ、チョコを食べていくー。千冬も千夏もちょっと不安そうな表情。

 

「美味しい。ありがとうな」

「どういたしまして」

「やった」

 

 

千夏がニコニコしながら返事、ニヤニヤしながら千冬は嬉しそうに小さくガッツポーズ。可愛い。可愛すぎて、なんも言えねえ。

 

皆、料理上手になったもんね……お兄さんにはお世話になっているけど、うちのチョコは……失敗作。形が悪くて、渡せるとは思えない。ただ、チョコを溶かして味付けをちょっとして、型に流し込んだだけなのに……歪なチョコ。これを渡せない。妹達の最高なチョコの後に。

 

「春。アンタも作ってたじゃない。渡さないの?」

「……うちは…………また、今度」

「折角作ったんだから食べてもらいなさい。味は凄く美味しかったから自身持ちなさい」

「……お兄さん……これ」

 

 

千夏に促されるままにお皿の上に乗ったチョコを出す。ピンクの紙に包まれた一口サイズのチョコ。あんまり美味しそうではない。申し訳なさそうな程度のアラザン。全てが恥ずかしい。

 

これ乗っければちょっとおしゃれに見えるだろうと言う自身の浅い考えが透けて見える。

 

 

お兄さんは包み紙を外して、チョコを口に入れる。中途半端に固まったチョコは包み紙に一部溶けて残っている。ああ、見栄えも悪い。

 

 

どんどん自信が無くなって行く。

 

 

「美味しい。千春、凄く美味しいぞ」

「……本当に?」

「ああ、嘘じゃない」

「そっか……」

 

 

本心なんだろうけど、面白くない……。だって、明らかに劣っているのはうちなんだから。どうせ、どうせ……どうせ……なに? 自身で何かを感じた。

 

うちは、今……順番を気にした……?

 

自分が最後だと言う事に……否定を思ったの? 

 

順番とかどうでも良いよね? ただ単に姉妹に、姉としてのみっともない姿を見せたのが悔しかったのか。

 

等と考えていると、それをぶっ飛ばすかのように千秋が声を上げた。

 

 

「カイト! どれが一番おいしかった!?」

 

 

一番……そんなの今まで気にする事なんて、自分から聞くなんて、千秋は殆どしなかった。何気ない一言がうちの心を騒めかせる。

 

それを聞いて、どうするんだろう。何が得られるのだろう。順番なんてどうでも良いはずじゃん……。

 

「一番、皆、一番だな。どれもこれも美味しくて全員優勝だな」

「そっか……うん! そうだな!」

 

 

一瞬、目を細めた千秋だけどニコニコ笑顔に直ぐに戻り、場を和ませた。うちの不安も杞憂のように消え去る。

 

 

「俺も、お返しするから楽しみにしててくれ」

「我ね我ね、カイトのケーキ食べたい! 美味しいから!」

「私は、ボロネーゼが食べたいわ」

「千冬は魁人さんが作る物ならなんでも……」

「そうか。千春は何が良い?」

「……うちはちょっと考えたい」

「分かった。遠慮せずになんでも言ってくれよ」

 

 

 

最後に生返事のような形でバレンタインは過ぎて行った。

 

 

◆◆

 

 

とある小学生ののラノベ作家。と言えばこのあたし。メアリである。

 

あたしはどこにでも居る普通の小学生である。

 

等とラノベの書き出しのようなフレーズを頭の中で考えつつ図書ルームに借りていた本を返しに来ていた。隣にはあたしの友達、である千秋。

 

「あ、これ世界の料理の本だ」

「千秋は本当に料理の本が好きね」

「うん! 料理は作るのも食べるのも大好き!」

「そう……あたしはやっぱりラノベね。家にあるから借りる必要はないけど」

 

 

ラノベ以外の本は借りるけど、ラノベは家に星の本棚位あるから、借りる必要はない。パパとママの職業柄。

 

 

「あ、この本、変わったチョコの作り方載ってる」

「本当ね……」

 

 

そう言えばこの間、千秋から貰ったチョコレート凄く美味しかったわね。何というか、料理上手って感じ。遠月にでも進学するつもりなのかしら?

 

 

「ねぇ、メアリに聞きたいことがあるんだけど」

「ん?」

「順番って、なんで、知りたいのかな……?」

「え、どうして、って。千秋の言ってる事アバウトすぎてちょっと分からないわ」

「……誰にも言わないでね」

「うん」

「この間、我、カイトのチョコレートケーキ作ったの」

「へぇ……それは凄いわね」

 

 

なんだろう。この女子力の差は。あたし、料理とか全然しないから……。一応、ママとパパにあげるために作りはしたけど。おからクッキーがギリだったんだけど……チョコケーキって……

 

 

「ありがと。それで、我、その時にカイトにどれが一番美味しいのか聞いたの」

「姉妹でどれが一番って事?」

「そう」

「ふーん」

「なんで、順番なんて気になるのかなって。最近、ちょくちょく気になるから……」

「……うーん……まぁ、誰でも自分の順位とか気になるのが普通だと思うけど」

「でも我は、足並みをそろえて、皆で輪を作るのが好きなのに……我の行動って矛盾してる……。一体、自分で何を考えているのか分からない……」

「そ、そう……難しい事考えてるのね……」

 

 

良く分からないけど、色々あるのね。姉妹か……居ないから分からないけど。羨ましいと思う事もあるけど。居れば居たで楽しい事もきっとあるのだろうけど。それだけじゃないんだろうなー。

 

 

姉妹って足並みをそろえないといけない決まりでもあるのだろうか。そんなのないと思うけど。

 

「え、えっと、あたしには良く分からないけど……順番が気になって事は……一番になりたいって事ではあったと思うわよ」

「一番……」

「料理の腕で姉妹で一番になりたいって言う料理人のプライド的な何かが千秋の心に火をつけたのかも!」

「料理……か。うん、そうかも、なのかな……?」

「あたしが言っておいてなんだけど、あんまり深く考え込み過ぎない方が良いわよ。リラックスしてさ、楽しい事でも考えましょう? そうね……最近の私の推しアニメにシャーロットってのがあってね……」

 

 

千秋って偶に変に考え込んだり、大人な表情になるから謎ね……。あたしは好きだけど。

 

 

もうすぐ六年生になるから。色々、進まないといけないとか、大人にならないととか、考えちゃうのかな……?

 

 

あたしも、少しこういった姿勢を、自分自身を見つめることを見習わないとね……。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 



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80話 支えて

「千冬……俺と、結婚してくれ」

「か、魁人さん……ど、どうして」

 

 

自宅のベランダ。夜空に綺麗な星々が並んでいる。そこで魁人さんに千冬は告白をされてしまった。

 

ロマンチック……自然と頬が熱くなり、どこか緊張感が湧いてくる。いつも一緒に居るのに。

 

「千冬が好きなんだ」

「えぇぇ!? あ、で、でも千冬は、秋姉みたいに愛嬌もないし、夏姉みたいに頼もしくないし、春姉みたいになんでも出来るわけじゃないし……」

「そこが良いんだ! 一生懸命に頑張ろうとする千冬が俺は好きなんだ」

「あぅあぅ……」

 

て、照れてしまう。只管に。眼が合わせられない……。ただ只管に指先をツンツン合わせて、オロオロ慌てるしか出来ない。

 

 

そんな千冬を魁人さんは無理やり抱き寄せる。力強くて暖かい。

 

「ち、千冬で本当に良いんスか……」

「当たり前だ……」

 

 

う、嬉しい。で、でも、これ……絶対夢だー

 

 

魁人さん、こんなこと絶対言わないし、良くも悪くも凄い平等だし……。夢だよね、うん……。

 

ま、まぁ、でも、夢なら好き勝手しても……良いかな? 

 

「ふ、不束者でスが、よろしくお願いしまス……」

「ああ、こちらこそよろしく……よし、早速結婚式に行こう」

「ええぇ!? い、今から!?」

 

 

夢とは自由なのだろう。一瞬で千冬と魁人さんは結婚式場に立っていた。いつもより、眼線が高い。自分自身なのだろうか。鏡が置いてあり、成人した自身の姿が映し出された。

 

夢だから、何でもありなのだろう。自分自身でもちょっと綺麗かもと思ってしまった。

 

すらりと伸びている綺麗な茶髪。カチューシャで纏めているわけでもないからデコが隠れている。スタイルもかなり凹凸があって魅力的だった。魅力的な大人と言う感じだ。

 

「千冬。行くぞ」

「え!? あ、はいっス」

 

魁人さんに手を引かれてとある部屋に入る。いつもより、眼線が近い。いつも、天辺が見えない魁人さん。大人で遠いと感じる人が近くに感じることが出来た。

 

「おめでとう」

 

部屋に入ると、色んな人が立っており、皆拍手をしていた。なんか、何処かで見たような猫さんも居る。

 

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとさん」

「にゃーにゃー」

「おめでとう」

「おめでとう」

「おめでとう」

 

 

拍手をしながら姉達が、学校の知り合いが、祝辞を述べていた。パチパチと拍手の音が。

 

「では、誓いのキスを」

 

 

神父的な人がそう言って、魁人さんが……

 

 

「はい、起きてー。遅刻するわよー」

 

 

バッっと急に身ぐるみを剥がされる。

 

「え?」

「冬、アンタが寝坊なんて珍しいわね。でも、安心しなさい。この私、千夏お姉様がバチコリとアンタのフォローをしてあげたわ。感謝しなさい」

 

 

眼を開けると、いつもの部屋。その部屋の布団に千冬は寝ていた。布団を剥がされているので非常に寒い。

 

やっぱり夢か……で、でも……

 

「ちょっと、なによ、その目は」

「あ、あと、三秒起こすのを待ってくれたら、良かったのに……」

「起こしてあげたのにその態度はなによ? 怒るわよ」

「うぅ、ごめんっス」

「分かれば良し。焼きたてのシャウエッセンが冷めちゃうから早く歯磨きとか、身だしなみ整えるなりしなさい」

 

 

そう言って夏姉は千冬の隣でスヤスヤ爆睡している秋姉の布団をひっぺがす。その後は毎日の恒例、起きる起きない戦争だった。

 

 

あぁ、夢だと分かっていたけど……覚めると虚しい……

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

頭が痛い。俺は頭のツボを押しながらデスクワークに励んでいた。隣の佐々木が心配そうな目でこちらを見る。

 

「大丈夫か?」

「あぁ……ちょっと頭が痛いだけだ」

「偏頭痛も持ちか?」

「ああ、昔から、雨が降る前の日とかによくなるんだ……そのせいであだ名が卑弥呼とか言われたりしてたな」

「そうか……お前ってさ意外と体が弱いよな」

 

 

そう言えば、意外と俺って体が昔から弱いんだよな。運動神経もあんまりよくないと言うか、才能が無かったと言うか。

 

「子育てにガタが来てるんじゃないか?」

「それはない」

「そうか……? 気付かないうちに色々溜め込んでるんじゃ……お前、祖母とか祖父っている?」

「一応な」

「なにか頼ったりしたらどうだ?」

「もう年だから、負担はかけられない……それに俺は何かに困ってるわけじゃないしな。ただ単に体調がすぐれない、体調管理が出来ていないだけだ」

「……お前、変に意地を張るよな。もう、帰れよ」

「これくらい大丈夫だ」

「このまま悪化したら余計に娘を心配させたり、自分自身を攻めさせたりするんじゃないか?」

「……そうかもな」

「ほら、早う帰れ」

「……良いのか?」

「良いよ」

「すまん……今日は帰らせてもらう」

「おう、帰れ帰れ」

 

上司と同僚、その他色んな人に頭を下げて、いつもより早めに仕事を上らせてもらった。

 

 

 

◆◆

 

 

 うち達は学校から家に帰っていた。いつも通りの通学路を歩いて、家に到着した。

 

「あれ? カイトの車がある」

「本当ね」

「魁人さん、帰って来てるんスかね?」

 

 鍵を開けて家の中に入る。リビングのドアを開けるとソファにお兄さんが寝ころんでいた。

 

「おかえり、もうそんな時間か」

「カイト。大丈夫か?」

「ああ、ちょっとだけ体調崩しただけだ」

「大変じゃない! もう、いつも無理しちゃダメって言ってるのに! 朝から休みなさいよ!」

「す、すまん」

「魁人さん、どこが調子悪い感じっスか?」

「頭がちょっとな……頭が悪いって意味じゃないぞ?」

「お兄さん、こんな時まで無理してギャグは言わなくていいよ」

「そ、そうだな」

 

千秋の気遣い、千夏の無理をしたことへの憤怒、千冬のやさしさにうちのツッコミ。いつも通りの雰囲気にお兄さんは微笑みながら体を起こす。

 

「すまん、二階で寝てくる……」

「カイト、ここで寝ても良いんだぞ?」

「いや、大丈夫だ」

 

 

お兄さんはそう言って二階に上がって行く。

 

 

お兄さんって意外と体が弱いのかな……何度も体調崩してる時が多い気がする。無理をしているし、子供が四人も居たら色んな心配もして負担もどうしてもかかるから余計に……。

 

 

「我定番のお粥の出番だ!」

「私はしょうが茶を淹れて体を温めるわ」

「千冬は魁人さんのマッサージを」

「うちも手伝うよ」

 

 

四人が動き出した。きっと、思ってしまうんだろう。自分たちが足枷になっているんじゃないかって。

 

それが嫌で否定をしたくて、そうだったらそう思われないように何かをしたくて。只管に動く。それしかない。

 

 

◆◆

 

 

看病をした、前より格段に良い物を。千秋も千冬も千夏も。以前より動きが活発でお兄さんも喜んでいた。

 

お粥を食べて、マッサージをして、生姜茶を飲んで、薬を飲んだお兄さんは体調が良くなりつつあったようで顔色も回復して、逆の回数も次第に多くなっていった。

 

時間は徐々に深夜に近づいており、うち達はもう寝ないといけない時間になる。

 

「……もう、寝て良いんだぞ」

「我、魁人と一緒に寝る……体調悪い時、一人じゃ寂しいと思うから、ずっと手握ってる」

「何言ってんのよ。逆に気楽に眠れないわ。ほら、行くわよ」

「魁人さんももう寝る時間っスから、千冬たちも退散した方が良いっス」

「そうだね」

 

 

千秋が渋々と言った感じでお兄さんの手を離す。その瞬間、千秋もお兄さんも少しだけ寂しそうにしていたのをうちは見た。

 

 

部屋を出て、いつもの寝室でうち達は横になる

 

 

「カイト、きっと寂しいと思う」

「まだ言ってんの……しょうがないじゃない」

「我は、カイトを一人にしたくない……」

「……行って良いと、うちは思うよ」

「え? 春、どうして?」

「全員じゃ、多すぎるけど。やっぱり一人は寂しいかもしれないし。千秋だけならいんじゃないって思っただけ」

「……春姉はそう思うんスか……確かに一理はあるっスけど」

「我は千春に完全同意。だから行ってくる」

「あ、ちょ……待ちなさいって……行っちゃった」

 

 

千秋は出て行った。

 

 

「ねぇ、本当にあれでよかったの?」

「良いと思う。多分だけど」

「冬はどう思う?」

「千冬はよくわからないっス……どっちも正しい気も……」

「多分全部正解だと思う。千秋の言う事も、千夏の考えることも、千冬の迷いも全部正解」

 

 

次第に会話は少なくなって、うち達は寝むりについた。

 

 

 

◆◆

 

 

 私は……、気づいたらそこに居た。

 

 

 色の無い体育館。そこには沢山のバレーボールのネットが立っていた。沢山の人がボールを打って、拾って熱気にあふれていた。

 

 色が、只管になかった。ただただ、無機質なビデオを見てるように感じた。

 

 ここは、一体、どこ……?

 

 惹きつけられる物がそこには何もなかった。なんだろう、これ……。見たことがない場所。こんな所に一体、私は……どうやって、来たのだろうか。

 

 そもそも、ここは現実……? 

 

 歩いて歩いて、コートに降りた。誰もがプレーをするところを無造作に歩く。見渡して何度も場所を確認した。

 

 

 やっぱり、こんな所知らない……。それに、なんで、こんなに詰まらないんだろう。スポーツは好きだ、体を動かすのは気持ちがいい、それを見るのも自身でやるほどではないが好ましい思っている。

 

 それなのに……荒廃した荒野にでもいるかのように荒んだ場所だと感じた。

 

 なにも、なにも、面白くない……。なにも、惹きつける物も、カッコいいと思えるものもなにも、なにも、な、にも……

 

 

 ふと、ある選手に目を惹きつけられた。顔は前髪で隠れていてよく見えない。男子のプレイヤーでそこまで上手ではない。その選手は相手の選手から狙われていた。明らかにその選手の居る場所をピンポイントでボールを運んで、打ち込んでいた。

 

 男子のプレイヤーは足が震えて、思うように出来ずに何度もミスを。味方からも、敵からも嘲笑するような目で見られて、観客からも笑われていた。

 

 そのチームは負けた。

 

 

 すると景色が切り替わる。どこかの控室だろうか。

 

「アイツ、練習はしてるくせに、大して動けなかったな」

「まぁ、そんなもんだよ。所詮、うちのチームじゃね」

「監督、練習終わったらサーブ練習していいですか!?」

「似てる似てる」

 

 

 悔しそうにそれを裏で聞いているその人。誰だろう……見覚えは無いのに、知っているような……。

 

 

「やっぱり、アイツ、中学からまるで変わってない雑魚だったな」

「しょうがないよ、だって、才能なかったんでしょ?」

「その癖によく俺に噛みついて来てただろ? ちょっと、他の同級生をいじったり、バカにしたらさ」

「あー、それ聞いた」

「お前、アイツと小学校からの知り合いなんだろ?」

「あ、そうだったね」

 

 

とある男の人と女の人が話していて、それを今にも泣きそうな表情でその人は聞いていた。

 

そして、また、切り替わる。とある教室。制服を着たその人は机にやる気なく伏せていた。そこに一人の男子が寄って行った。

 

「バレー部、辞めたんだって?」

「詰まらなくなったからな」

「……なんか、大丈夫か? お前。落ち込んでるように見えるけど」

「別に、普通だし、落ち込んでないし」

「……お勧めのゲームあるんだけど。お前みたいに落ち込んでる奴に特におすすめ」

「なに?」

「お? 興味ある?」

「暇つぶしに」

「百合ゲー、なんだけど」

「百合ゲー……やったことないんだが……」

「大丈夫、これが結構面白くてさ」

 

 

 

また、景色が変わる。とある電車の駅。そこにさっき見た男子と女子が言い争っていた。その後ろでどうしよう、会いたくない人にあってしまって取りあえず気付かれないように他人のふりをしようとしている、さっきまで机に伏せて落ち込んでいた人が居た。

 

「はぁ? なに? 私が悪いって?」

「そんなこと言ってねぇ」

「言ってるじゃん。うわぁ、マジ最悪、本当に死んでほしい」

「っち、面倒くせぇ」

「それ、こっちのセリフ。本当になんでお前みたいな、訳分らない奴、彼氏にしちゃったかな。中学も苛めで問題起こしてさ、レギュラーだからって監督に泣き泣き苛めもみ消して貰った七光り以下のやつをさ」

「……っち、うぜぇ」

 

 

電車が来た。その人はそこでそれを見ていた。そして、その男は女の人を蹴り飛ばす。頭に血が上ったのか、どうなのか、分からない。でも、このままだと……

 

電車に引かれるッ――

 

その時、その人は手を伸ばした。誰よりも速く、手を伸ばして、その人の手を掴んだ。そして、引っ張って、反対に自身が

 

鉄道に投げ出された――

 

 

 

 

そこで、プツリとテレビの電源が落ちたように景色が消えた。

 

そして、私は目が覚める。隣にはカイトが居た。

 

 

――そっか……カイトも……辛い事あったんだ

 

 

あの人は、似ても似つかない。でも、きっと、カイトだったのだと私には分かった。何が何なのか、どういう事なのか。分からない。

 

知りたい。でも、知らなくてもいい。矛盾している。でも、それでいい

 

 

私はただ、この人を……支えたい。心の底からそう思ったのだ。どうでもいい、秘密とか、超能力とか。

 

ただ、支えて手を握ってずっと笑って居たいだけ。

 

 

寂しいなら一緒に居たい。悲しいなら慰めたい。私を必要として欲しい。ずっと強い人だと思っていた。

 

逞しい人で、誰よりも優しくて、凄い人だと。でも違った。きっと、弱くて、脆くて、それを隠しているだけだった。

 

きっと、この人は特別な人じゃない。ただの、人。迷って迷って、、、只管に答えを探して、藻掻いて、泣いている普通の人だった。

 

きっと、誰かを必要としているんだ。この人は。自分を支えてくれる人をどこかで求めているんだ。

 

私が、その人になるから――

 

 

自身の気持ちに整理はつかない。正体は知らない、興味もない。でも、支えて側に居たい。それだけは分かった。

 

 

 




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81話 六年生前

 懐かしい夢を見た気がする。記憶が混同していて、あまりよく覚えていないが僅かに過去の自分を見た気がしたのだ。

 

 目を開けて、天井をぼんやりと見上げる。そして自身の手の平を見る。これは、俺の手……だよな。いつも、の手だ。

 

 少しの間、ぼんやりとした時間を過ごす。何もせずボケっとしてはいたが、大事な事を思い出す。朝ごはん作らないといけない……俺には今はやることがあると。そう思って体を起こす。

 

 せわしない感じで飛び起きたが、それと同時に部屋のドアが開く。そこにはエプロン姿の千秋がドドンとドヤ顔で腕を組んで登場した。

 

「おおー、カイト起きたか!」

「おはよう。千秋」

「今日は我が朝ごはんを作ったぞ! さぁ、早く食べよう!」

「そうか、ありがとうな」

 

 こんなことを思うのはあれだが、千秋が俺より早く起きているなんて珍しい。いつも寝坊助で寝起きも少し悪いと言うのに……。それにジッと俺の目を見ているのが少し気になる。

 

 目を見ていつでも話せるのが千秋の良いところではあるけど……いつもの事なんだが、今までとの瞳の強さが違うのがハッキリと分かった。

 

 

「どうしたんだ? カイト。朝ごはん……」

「ああ、うん……」

 

 

グイグイと手を引っ張って部屋から俺を連れ出す。階段を下りてリビングに入る。部屋には既にご飯のいい匂いが漂っていた。千冬と千春も既に起きているようで挨拶を交わして席に着く。朝食は味噌汁と……卵焼き……そして……

 

「えっとね、今日は朝からこのシラスと海苔とネギと我が作った、この特製の甘タレをかけた特製丼ぶり。名づけて……アルティメットご飯!! この味には勝てんぜ……カイトは……」

「そ、そうか。ありがとうな」

「朝からスタミナつけて!」

 

 

ニコニコ笑顔でそう言われる。俺の体を案じて朝からスペシャルな朝食を用意してくれるなんて……これは確かに勝てないな……。

 

 

「さぁさぁ! 食べて食べて!」

「いただきます」

 

 

目をキラキラさせながら急かすように言う千秋。俺は手を合わせてそう言うと、箸を持って千秋特製の朝ご飯を口に入れた。

 

 

 

 

◆◆

 

 朝からうちには驚くべきことのオンパレードだった。まず千秋が早起きして朝ごはんを作っていたのだ。千冬よりも早起きして……。

 

 いつもいつも、寝坊助さんの千秋が……。そのせいで、うちの朝のルーティーンである可愛い千秋の寝顔を見ると言う事が果たせなかった。

 

 そして、千秋のお兄さんを見る眼が変わっていた事にも驚いた。前より強い意志をその目に宿して、お兄さんを起こして、朝食を振る舞っている。隣でうちと千冬も食べてはいるけど、今は何よりも千秋はお兄さんを優先していた。

 

「美味しい……」

 

 

 千秋の朝食を食べたお兄さんが驚愕の表情でそう言った。お兄さんが驚いた表情をするのは新鮮だ。それほどに、お兄さんの予想を超えるほどに美味しかったのだろう。

 

 

「ふふふ、我、カイトの事考えて真心込めて作ったからな!」

 

 

そう言いながらドンッと胸を叩く千秋。そしてドヤ顔で胸を張る。前より胸の強調が強くなっている気がする。成長を続けている千秋。きっとその進化は光よりも早いのだろう。精神的にも身体的にも。

 

 

「そうか……ありがとうな」

「えへへ……どういたしまして! 我、今日からカイトの()()()()()になる! 沢山願いを叶えるからな!」

 

 

そう言う千秋に面食らったような表情をするお兄さん。朝からそんな発言をされるとは思ってもみなかったのだろう。隣で千冬がライバル!? っと慌てたようにあわあわしているのが目に入る。

 

 

千秋。本当に急にどうしたんだろう……。昨日までとは全然違う。

 

その後もずっと、お兄さんに尽くしまくり。ネクタイとか、お皿洗いとか、自分から全部をやって行く。お兄さんにお礼を言われるたびに華のような可憐な笑顔を浮かべる千秋。

 

千秋って、尽くされるより、尽くす方が好きなのかな。

 

 

慌ただしい朝が過ぎて行った。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 今度の小説大賞にはどんな小説を送ろうかしら……。私は考える人のポーズで必死に頭を回していた。教室を見渡してネタがないか探す。うーん……

 

「メアリー、どうしたの?」

「うん、ネタがないか探してたの」

「ふーん」

 

 

 千秋がこちらに気づいてあたしの席の前に登場する。この子は意外とあたしの小説のネタを一緒に考えてくれるのでありがたい。

 

「次はどんな主人公が良いと思う?」

「うーん……」

「優しい感じの人が良いと思ってるのよ」

「じゃあ、カイトみたいな感じの主人公が良いと思う!」

 

 この子、相変わらず魁人って人が好きなのね。今みたいに事あるごとに魁人の話するし。あまりに話すから、もう、あたし会ったことないのにその人の事知り尽くしてるんだけど……

 

「本当に好きね。魁人さん……」

「うん!」

 

 なんて、屈託のない笑顔。自信満々に保護者をこの年代で大好きって言う人あんまり言える人が居ないのに言えるのは素直に凄いわ。

 

 いや……保護者……ではないわね……

 

 異世界転生の鑑定眼のようなスキルは持っていないけど、それなりの時間を過ごしていれば馬鹿でも分かる。この子の好きと言う気持ちは明らかに親に向けるような物ではない。

 

「ねぇ、魁人さんの事、好きって言うけど……それってどういう好き?」

「……? 好きは好きだぞ? でも、うーん……」

 

 

 あ、これ自覚してない奴ね……。あんまり分かってない……。うーん……どうしたものかしら……。多分だけど千秋の妹の千冬も魁人さんの事好きでしょ? 姉の千夏は……あたしの恋のスカウターには反応ないわね……。長女の千春は……どうやら反応ないわね。気を隠している可能性もあるけどそれは今は置いておきましょう。

 

 

 

 まぁ、この四つ子姉妹。全員嫌いではないけど……あたしとしては、やっぱり一番親友として千秋に幸せになって欲しい。もし、全員がその魁人さんって人を好きになってしまったら昼ドラみたいにドロドロするかもしれない。それはないとしても、誰かに盗られて千秋が泣くって事も……

 

 

 これは……あたしが恋を押すしかない。

 

 

「もしかしてさ……千秋は魁人さんの事……恋愛的な意味で好きなんじゃない?」

「え……? わ、我が、カイトを?」

「そうよ。思ったことない? 手を繋いでデートしたいとか」

「う、うーん? で、でも、よく一緒に買い物行くから……良く分かんない」

「キスしたいとかは」

「き、キシュ!? ちゅっちゅは恥ずかしいぞ!」

 

 

あ、好きとか堂々と言うくせにこういう事は恥ずかしいんだ……

 

 

「じゃあ、お付き合いしたいとかは思わない?」

「うーん……それはない、かな?」

 

 

あれ? もしかしてあたしの勘違いだった? 実は恋愛的な意味の好きじゃなくて、家族的な意味での好き?

 

 

なーんだ、あたしの勘違いか……まぁ、そうよね。そうそうラノベみたいなシチュエーションの恋が現実にあるわけが……

 

 

「でも、カイトと結婚するのは良いかなって思った事はある」

 

 

 

――事実は小説より奇なり!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

なにそれ! 絶対抱くことのない感情ジャン!! これ、見たらわかる、好きな奴じゃない!!!!

 

 

「そ、そう……け、結婚……そこまで……恋飛び越えて……愛じゃよ、愛ってこと……ええー、嘘……」

「でもね、我はカイトと結婚しなくてもずっと一緒に居て、側で誰よりも支えたいの。だからこれは、恋ではないような……気がする」

 

 

 恋より、とんでもない形で昇華した愛……ね。ちょっと迷ってる感じはするけど、多分もう答えは出ているのね……。恋を応援するとは決めたけどあたしの出る幕はないかも……。マリカーで例えるなら、明らかに千秋がトップ。

 

 あたしが出るだけ邪推……いや、でも、最後の最後の長女がキラーに乗って異常な追い上げてくるかもしれない。次女が青甲羅投げたり、末っ子がスターで追い上げしたり……

 

 

 やっぱり、恋の応援……いえ、愛の応援をしましょう。

 

 

「あたしはアンタを応援するわ!!」

「う、うん? 良く分からないけど分かった……うん、じゃあ……そろそろ卒業式の全体練習始まるから廊下に並ばないと怒られるぞ……?」

「そうね。行きましょう」

 

 

あたしに任せておきなさい。ありとあらゆる二次元恋愛を分析をしてきたあたしが絶対アンタをメインヒロインの千秋√を確立してあげる!!

 

 

 

 




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82話 六年生

 季節の過ぎ去りは早い。先日、卒業式が行われて遂に、うち達も六年生に……。

 

 前まで四年生だったのに……。今は六年生だし、来年は小学校も卒業かぁ。春休みの宿題のドリルを淡々とこなしながらリビングで四人一緒に春休みの宿題をこなしながら春の陽気な気温にぼうっと未来に想いを馳せる。

 

「はい! 宿題終わり! キングコイの孵化厳選するわ!」

 

 

 千夏は宿題を終わらせて、ソファにダイブする。それに続いて千秋と千冬も宿題を一時中断。千秋は色々キッチンで料理の作り置きをしたり、掃除したり忙しそうだ。本当に千秋の動きが最近活発になってる……。宿題は未だにやらないけど……。千冬も千秋に負けじと色々してる。

 

 お兄さんも仕事でいないし……

 

 

 なんだか、うちだけやることがないな……。可愛いからずっと眺めていても良いけど……千夏にちょっかいかけようかな

 

 

「千夏、ゲーム面白い?」

「理想個体だったのに、特性自信過剰じゃなかった……泣ける」

 

 

 凄い泣きそうになってる。今は話しかけるのは控えた方が良いかも、千秋と千冬も色々頑張ってるから邪魔してはいけないし……。

 

 一人寂しくなりながら、春風にでもあたってリラックスしようと思って二階のお兄さんの部屋に向かう。窓を開けてベランダから外の景色を眺める。

 

 あんまり、ここから外を見たことなかったなぁ……

 

 忙しそうにかけていくサラリーマン風の男性や手を繋いだ母子関係と思わしき女性と子供。偶には何も考えずにこうやって観察するのも悪くないのかもしれない……。

 

 しばらく眺めているとうち達の家付近に大きなトラックが止まる。正確には隣の家付近……ってそう言えば隣って空き家だっけ……。白い猫が書かれたトラックから配達員の人が出てくる。そのままインターホンを押して、何か語り掛ける。

 

 そして、その後に隣の家から厳しそうな目つきをした女性と男性が一人ずつ。そして、目元が栗色の綺麗な髪で隠れた女の子が扉を開けて出てくる。うちと同じ位の年代の気がする。

 

 

 引っ越してきた人なのかな? あんまりジロジロ見るのも失礼かもだけど、ちょっと気になってしまう。配達員と険しい感じの夫婦の方たちが話しているとその横を抜けるように目が隠れている女の子が敷地内から出る。そのまま歩道に出て、きょろきょろとあたりを見渡す。その後……あれほど辺りを見渡していたのに、急にうちの方に迷いなく目線を向けた。

 

 思わず、眼線を外してどこ吹く風で別の方向を見る。

 

 もしかして、あんまりジロジロ見てしまったから気になってしまったのかも。だとしたら申し訳ないけど……謝った方が良いかな。謝った方が良いよね……。

 

 

「えっと……こんにちは……」

 

 

 迷っていると、あちらから話しかけてきた。どうしよう。取りあえず、挨拶は返した方が良いよね。もう一度、そちらに目を向けて、一礼しつつ言葉を発する。

 

 

「こ、こんにちは……」

「えっと、今日から僕、隣に越してきました。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ……」

 

 

なんだか、凄い落ち着いている声質の人……。低いって訳ではないけど、低血圧系の声って言うか……旨く言えないけど。

 

「すいません。急に話しかけてしまって……」

「いえ、こちらこそじろじろ見たりしてすいません……」

「……? じろじろ…………? ……」

 

 

首をかしげている様子を見ると、気づいてなかったのかもしれない。でも、次の瞬間に全部の謎が急に解けたように言葉を続ける。

 

「そう言う事……いえ、気にしないでください。隣に引っ越してきたら気になっちゃいますね」

「す、すいません」

 

 

分かっていたのか、いなかったのか。なんか、知らなかったことを急に知ったみたいな感じがしたけど気のせいだよね?

 

 

「気にしないでください。それじゃ、挨拶も出来たので僕はこの辺で……失礼しますね」

「あ、はい……」

 

 

 駆け足でその子は隣の家に入って行った。あの子、話してるときに表情が全然変化してなかった。不思議な感じがする子だったなぁ……。

 

 あの子も家戻ったし、うちもそろそろ可愛い妹の姿が見たくなって来たし、戻ろう。

 

 うちはベランダから家の中に戻り、可愛い妹の元に戻った。

 

 

 

◆◆

 

 

「ねぇねぇ、カイト。どこか疲れてるところない?」

 

 

最近、異様に距離が近い。秋姉と魁人さんの距離感が異様に縮まっている。秋姉がまた一歩、魁人さんに近づいたのだ。なんでそんなに距離を詰められるのか。訳が分からない……

 

 

「カイトの仕事の愚痴を聞きたい!」

「あんまりないな……」

「じゃあ、手の疲れが取れるツボを押す! 手出して!」

「あ、ありがと」

 

 

 

手なんて、恥ずかしくてそう簡単に触れる等と言う選択はとれない。顔真っ赤にしながらニヤニヤしてしまう千冬のダサい格好を魁人さんに見せてしまうのはあり得ない。

 

 

「カイト、我に何かして欲しい事あるか?」

「そうだな……して欲しい事と言うか、質問だけど、宿題はちゃんとしているか?」

「……そう言うのじゃない。我が求めてるの」

「え? あ、そう……」

「我はカイトの願いを叶えたいの! もっともっと、支えられるようになりたいの! だから、我儘言って!」

「……な、なんてエエ子なんや」

 

 

前のめりで魁人さんに声を荒げて心を伝える秋姉。

 

 

あぁ、こんな風に千冬も成れたら……。お風呂一緒に入るときとか、偶に思う。顔は一緒なのにどうしてこうにも印象が違うのかと。あちらは元気活発で笑顔がヒマワリのように眩しくて……。

 

 

鏡で笑顔を練習したとしても、その眩しさには敵わない。いくら、想ってもそれを言葉にしなくては、行動に起こさなくては意味はない。少しだけ、踏み出しても、姉はその上を行く。

 

 

秋姉は、魁人さんの事どう思っているんだろうか。

 

 

「え、えっと、もしよかったら、お、お風呂で背中を……な、流すぞ……!」

「いや、千秋、流石にそれはいいぞ」

 

 

い、一緒にお風呂とか言えるって……顔真っ赤だけど……。千冬なら十年たっても言えるか分からない。

 

恥ずかしそうに顔伏せて、でも、誰よりも想いを伝えてる。だから、きっと誰よりも近いんだ。千冬も、魁人さんに……告白すれば……秋姉より近づくこと出来るかな……。

 

なんて、前から悩んでたけど……。出来るわけない。

 

――告白の手紙は書いたんだけど……

 

それを渡したら、全部壊れるだろうなぁ……

 

でも、次第に焦りが強くなってくる。秋姉は魁人さんの事、好きだと思うから。ここ最近でハッキリした。心の方向性は同じだって……。

 

「今日は、カイトの為にスタミナつくご飯作ったぞ」

「すげぇ、楽しみだ。千秋」

 

 

ソファに座って、秋姉と楽しそうに話す魁人さんを見ると胸が締め付けれる。お似合いに見えもする。

 

 

仕事終わりの疲れた体を癒す秋姉の仕草。声、心。勝てる気がしない。盗られる気しかしない。でも、負けたくない。これだけは、これだけは、本当に、本当に負けたくない。

 

魁人さんの隣は……千冬じゃなきゃ、嫌だ……

 

 

負けたくない。だから、も、もっと積極的にならないと……。正直、恋占いとか、相性占いとかで一喜一憂している自分ではダメだ。う、ぅぅ、これやって引かれたらどうしよう……。

 

え、えい! 度胸決めたるっス!!

 

 

魁人さんの腕に抱き着くように、千冬は腕を組んだ。凄い恥ずかしい。

 

 

「ち、千冬も、魁人さんの為にデザートのフルーチェ作ったっス!」

「そ、そうか。甘い物食べたかったから嬉しいよ」

「ど、どもっス……」

 

 

春姉と秋姉は目をぱちぱちさせながらこっちを見てる。魁人さんもいつもこんな事やらないから驚きを隠せてない。夏姉は全くこちらを見ずにゲーム画面を見ている。

 

 

魁人さんの腕は筋肉質で千冬の手と違って頼もしい。腕を組むなんて今までしたことないから凄く恥ずかしいけど、ちょっと幸せな気分になれたから踏み出してよかった……

 

もっと、踏み込めばもっといい結果になるのかな……。なんて、考えていると秋姉と目が合った。眉を顰めて、嫉妬の表情をする。

 

 

「むぅ、我もそれやる」

 

 

千冬は左手、秋姉は右手にそれぞれ絡みつくように魁人さんと腕を組む。気のせいかもしれないけど、グイグイと互いに引っ張り合っているような気がする。

 

 

「うちも、それしたいなぁ……」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()魁人さんは初めての取り合いのようなケースにオロオロしている。こんな魁人さん見たことがないから、ちょっと新鮮で可愛い。

 

また、良いところ見つけれて嬉しい……

 

 

「きゃぁぁ! やったぁ! キングコイの6Ⅴの自信過剰でたぁぁ! ねぇ、見てよ! 魁人! これこれ!」

 

 

取り合っている所に、急に嬉しそうにゲーム機を持って魁人さんの太ももに登る夏姉。

 

「これは、凄いのか……?」

「そうよ、凄いの! この感動を分かち合いましょう!」

 

 

ソファの上で三つ巴のように取り合う形。

 

「千夏、カイト重いと思ってるから降りて」

「はぁ? 思ってないわよ。魁人? お、思ってないわよね? ちょ、ちょっと不安になってきたんだけど……わ、私、そんなに、体重増えたかしら……?」

「カイト、気にしなくていいぞ」

「……あ、いや、俺は別に」

「いいなぁ……お兄さん」

 

 

 何だか、展開がカオスになってきて収集付くのか心配。秋姉と夏姉の喧嘩みたいになってるし、こういう時は何も言わずに事が終わるのを待とう。

 

 慌ただしい家の中。皆でいる時間も、笑いあう時間も好きだけど。

 

 やっぱり、魁人さんと二人きりが一番……なんて……。

 

 ギュッと組んでいる腕を必死につかむ。

 

 ――この人だけは、絶対に手放さない。

 

 

 

◆◆

 

 

 仕事終わりの帰り道を運転して、家に到着する。最早、俺が夕食を作ることが殆どなくなってしまっている。だから、帰り道で考えることが何を作ろか、ではなく何作ってるのかなと言う幸せな悩みに変わっている。

 

 

 家に到着すると、今まで誰も居なかった隣の家に明かりがついており、車も置いてあった。誰か引っ越しをしてきたのだろうか。

 

 車から降りて僅かに隣の家に視線を向けた後、すぐに興味が無くなったので自宅の玄関に足を向ける。

 

 すると、誰かが僅かに暗くなった道を走っている音が聞こえた。

 

「あ、久しぶりです」

 

 その声には聞き覚えがあった。目を向けると、目元が栗色の髪で隠れたショートヘアーの少女。幼いようで落ち着いている声。

 

「君は……千花(ちか)ちゃんだっけ?」

「覚えててくれたんですね。えっと、多田野魁人(ただのかいと)さん、でしたよね?」

「あ、うん……もう、引っ越してきたんだね」

 

 何か、名前勘違いされてる様な気が……。いや、気のせいか。

 

「はい、丁度今日に……この家に引っ越してきました」

 

そう言って彼女は我が家の隣の家を指さした。お隣さんかよ……百合ゲーの主人公が……。

 

いや、まぁ良いんだけど。本来なら高校まで色々な所を回る転勤族だったと記憶している。そして、この子は特に能力もない。ただ、両親がかなり厳しい方ってゲームではあったな。

 

 

「そうか、俺はこの家なんだ」

「え? そうなんですか……あの、結婚ってされてます?」

「いや、してないけど」

「……じゃあ、あの子って……あ、急に変なこと聞いてすいません」

「あ、うん。気にしないでいいよ」

 

なんか、思っている以上によく話すな。まぁ、でもゲームの頃って主人公は最低限以下しか話さなかったしな。ある程度は話す描写とか、キービジュアル、家庭の事情と言った設定はあったけど選択肢的な物が偶に出るだけだったし。

 

この子、こんな時間に外に出て何をしてたんだろう。ジャージ姿で汗かいてるから、この辺りを走っていたのかな?

 

 

「そろそろ、帰らないと……すいません、仕事で疲れているのに引き留めてしまって」

「大丈夫、そんなに疲れてないから」

「そうですか。では、お隣同士みたいなので今後よろしくお願いしますね。魁人さん……」

「こちらこそよろしく」

「おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 

千花ちゃんは頭を下げて、自身の家に戻って行った。

 

事が済んでから俺は驚きが湧いてくる。主人公隣に引っ越してくるって……千花ちゃんってこれから呼んだ方が良いかな。親御さんとも会う機会とか絶対あるだろうし。

 

上手く付き合っていけるか、俺も四人も……。四人は大丈夫か。俺は……どうだろう。保護者会とかで色々絡んだりするのだろうか。上手く出来るか、心配だなぁ。考えることがまた一つ増えた。

 

取りあえず、家に入ろう。ご飯作って待っててくれるし。この時に何かを感じていたのだ。

 

――新たな出会いに、何かが変わるような

 

――――――――――――

 

 




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83話 いきなり

――選んで

 

――その角の先にはおじいさんが倒れている

 

 

『角を曲がって、おじいさんを介抱する』or『おじいさんを助ける為に、大きな声で助けを呼ぶ』

 

 物心ついたときから、それが見えていた。良く分からない、文字の羅列が自身の目の前にウィンドウのような物が……

 

 これは僕が何かをしようと、何かを決めようとすると必ず出てくる。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()。結果的に良い方向に物事は向う。

 

 最初はそれでよかった。両親に友達に、先生や知り合い、そう言った人に褒められるのは気分が良かった。誰にでも出来ない事が自分には出来ている。自分は凄い特別な存在だと思えたから。僕は世界一幸運の持ち主だと思えたから。

 

 僕が、この世界の中心。主人公(ヒーロー)なんだと本気で思っていた。

 

 でも、それは違った。

 

 徐々に褒められることに慣れてしまった。そうしたら、どんどん考え方が変化していった。それを選べば何をしても褒められる。結果的に報われる日常。

 

 凄いのは僕じゃなくて……この力……? 誰もが讃えて、褒めているのは僕じゃなくて……

 

 そう思ったのは小学三年生の時だった。

 

 

 

◆◆

 

 

 六年生、それは最上級生として過ごすと言う事。小学生として過ごす最後一年であると言う事。

 

そう、小学生として、千冬たちは後一年しか過ごす時間がない。だからこそ、その一年を大事にして例年以上に気を引き締めて……と思ったけど、バスに乗りながら欠伸をする夏姉と秋姉を見てたら何だか緩くても良いのかなと思った。

 

 

学校につくと、新しいクラス表が張り出されていた。

 

「やったぁ。千夏、千秋、千冬が居る……最高」

 

 

どうやら、また千冬たちはクラスが同じようだ。春姉がニヤニヤしながら喜んでいるのを見ると、去年とあんまり変わらないなぁっと、気を引き締めなくても良いかなと再度思った。

 

 

「あ……」

 

 

そんなとき、春姉がとある方向を向いて声を発した。そこには綺麗な髪をした女の子が両親と思わしき人物に連れられて校舎に入ってく所だった。

 

 

「どうかしたんスか……?」

「あの子、隣に引っ越してきた子だから……」

「へぇー。そうだったんスか」

 

 

隣に誰かが引っ越してきたことは知っていたけど、あの子なんだ。遠くからだから良く見えないけど、絶対可愛い……。ああいう感じの子が隣に来ると思うと、魁人さんと顔馴染みになると思うとちょっと冷や冷やする。

 

ああいう落ち着いた子が実はタイプ……だったりしたら……まぁ、流石にそれは魁人さんでもないかぁ……

 

 

冬の寒さが残っているのか、ちょっと、寒気がした

 

 

 

◆◆

 

 

 

 ワタシの名前は葉西リリア。何処にでもある雑草のような小学生である。ワタシは周りからちやほやされるが夢だった。

 

「あ、リリアー、おはよー」

「オハヨウ。チナツー」

 

 だから、帰国子女のふりをしている。転校してきて最初は皆からちやほやされてた。しかし、小学生も馬鹿ではない、次第にワタシがゴリゴリの日本人だとクラスメイトに気づかれてしまった。

 

 ただ一人、千夏を除いて……この子……本当に……純粋……

 

「六年生になっても同じクラスだって! やったわね!」

「ソダネー」

「アメリカに居た時はクラス替えとかあった?」

「ウーン、ナカッタヨー」

「へぇー、そうなんだ」

 

 ワタシが何言っても基本的に信じてくれるし。

 

 

「ねぇ、妹の秋が言ってたんだけど……市販ロールアイスを作る板って、滅茶苦茶熱いんだって」

「……」

「あの子って意外と物知りなのよね」

 

 

 いや、そんな訳ないじゃん……。あんなに冷たいスイーツなんだから熱いわけがない。絶対騙されてる。ピュアなんだね、千夏。

 

 

「リリアは春休みどうだったの? アメリカに里帰り的な事したの?」

「シタヨー」

「どう? やっぱり久しぶりの故郷の料理は違う?」

「チガウー」

「へぇー、私も本場のハンバーガー食べてみたいなー」

 

ガッツリ、母親の実家の秋田に帰省したよ。なんて言えないよね。

 

「チナツはナニがイチバンスキなゴハン?」

「そうねー、一番と言われると……何だかんだ……ナポリタンかしら?」

「ソッカー、ジャアトクイなゴハンは?」

「うーん、トマトソースで煮込んだハンバーグかしら? 一番好きだから料理当番の時、よく作るのよ」

「ん?」

「ん?」

 

 

 一番好きな料理幾つあるの? 天然もちょっとあるのねー。首傾げてどうしたのって表情してるけど、それこっちの心境。

 

 彼女はその後も次から次へと話を続ける。

 

 

「そうそう、聞いてよ。最近魁人が私に構ってくれないの!」

「ソッカー」

「秋とか冬とかに構ってばっかり! 偶には私にも構いなさいよ! って言いたいんだけどさ、魁人って仕事とか忙しいし、体も意外と弱いしさー、言えないよね……()()()()()()()()()()()……」

 

 

ちょっと寂しそう。こういう愚痴は家族には言いにくいのかな。

 

魁人って引き取ってくれた人って前に少し話してたけど実際に会ったことないしな。何とも言えない。でも、普通引き取るとか、そんな事しないと思うからワタシ的にはちょっと変な人って印象なんだよねー。苗字も変だし。

 

 

でも千夏にとっては凄く大事な人なわけだしー、何か言っておこう。

 

「ワタシのマミーはコドモがワガママイウときがスゴクカワイイってイッテタヨー、チョットくらいならイイとオモウー」

「そうね……よし! 今日の夜ちょっとだけ時間貰ってみる!」

 

 

 楽しみが一つ増えた子供のように嬉しそうに頬を上げる千夏。カワイイ、クラスで人気なのも納得。彼女とクラスメイトとしてまた過ごせる一年はきっと、楽しい物なのだろうとワタシも楽しみが増えた子供のように笑った。

 

 

◆◆

 

 

 四人の六年生としても最後の小学校生活がスタートした。まぁ、今までと大して変わらないが……。変わったと言えばやはり転校生として主人公、つまりは日登千花がやってきたと言う事だけ。

 

 夕飯の時にサラッとそのことについて話してたけど、今の所、そんなに関りはないらしいから悩むだけ無駄か……。

 

 

 俺はいつものように四人が寝た後に一人でリビングのソファに座ってテレビを見ていると……スマホが振動する。誰かから連絡でも来たのだろうか……? 確認するとそれは……今生での婆ちゃんからだった……。

 

――魁人へ

 『久しぶりですね。最近、調子はどうですか? お父さんが魁人の様子が気になると言って聞かないので今度そちらに行きたいと思っているのですが、大丈夫ですか? 都合のいい日を聞かせてください』

 

 ……困った。四人の事は言っていない。爺ちゃんは一度言い出したら聞かない滅茶苦茶頑固な人だし……こうなると何が何でも来るよな……。四人の事がバレたら面倒くさいことになるし。世界一周行ってるから予定あわないとかのスケールの嘘じゃないと必ず来る。流石にそんなバレバレの嘘はしないが

 

 取りあえず、未読のふりは俺の事を心配してくれてるのにそんな事は出来ない。取りあえず最近忙しいから予定あわないって返信しておこう。

 

 ぽちぽちと返信を終わらせると、どこからか視線を感じる。

 

「千夏?」

「あ、ごめん。取り込んでる?」

「いや、そんなことはない。もう終わった」

「そ……じゃあ、膝の上座っていい?」

「いいぞ」

 

 

 パジャマ姿で手にゲーム機を持って、千夏は俺の膝の上に座った。前より、おm……逞しくなった気がするな。

 

「千夏がこんな時間まで起きてるのは珍しいな」

「えへへ、魁人とゲームがしたくって夜更かししちゃった」

「そうなのか。何をしたいんだ?」

「このヘリオのムーンコインを集めるのを手伝って欲しいのよ。お願いしてもいい?」

「勿論だ。俺も偶にはゲームとかして息抜きもしたい」

「やった、じゃあやりましょう!」

 

 

あら、可愛い笑顔。千夏がルンルン笑顔を向けてくれるおかげで仕事の疲れも吹き飛ぶぜ。ゲームを始めると、意外と小難しく、そんな所にコイン隠すのかと言う子供を見捨てるようなゲーム性に困惑するが中々に楽しめた。

 

 

「ありがと、魁人。そろそろ私は寝るわ」

「お腹出して寝ないようにな」

「だ、大丈夫よ!」

 

照れながら彼女はそう言って膝から降りようとするが、思い出したかように再び座ると俺と目を合わせた。その目はいい訳を許さない強い意志が宿っていた。

 

「そうだ……魁人に聞きたいことがあったの」

「聞きたい事?」

「うん……魁人は……秋と冬の気持ちに気づいてる……?」

「それは、どういう意味でだ……?」

「分かってるでしょ。恋愛的な意味でよ」

 

 

 思わず息を飲んでしまった。俺がずっと先送りにしていることをストレートに聞かれるとは思ってはいなかったから。千夏の目は確信をしていると言う目であり、惚けることは出来ないと悟った。

 

「そう、だな。正直に言うとどうしたら良いのか分からないな。千秋はちょっと、恋愛的に考えて良いのか分からないが最近前よりスキンシップとか、気遣いも今まで以上にしてくれて、もしかしてと思う時もあるし、千冬はずっと秘めた思いを向けてくれている気がするし……」

「そっか……やっぱり魁人もそのことに気づいていたのね」

「千夏はいつ気付いたんだ?」

「最近かしら。妙に二人が魁人を取り合ったりしてる様子が増えてきて、それを見てたら流石に察しもつくわよ」

 

 この子は家族をよく見ているな。思わず苦笑いをしてしまう。

 

「どうするつもりなの?」

「どうも出来ないな……」

「まぁ、そうよね。魁人ならそう言うと思った。だったら、私がこれからいろいろ相談乗るわよ。妹の事なら色々分かってるもの」

「いいのか……それは?」

「良いのよ。変に遠慮しないで」

「あ、はい」

「これからそれ禁止よ。私は何でも言い合える仲になりたいの。冗談とか、ちょっとした弄りとかそんな感じのね」

 

 千夏の妙な迫力に固い返事をしてしまう。ここまで気付いて、こんなにも大胆に人に聞けると言うのは千夏の長所なんだろうな。でも、学校の話とか聞くと意外とクールで友達もそこまで居ないらしいし。信頼している人だけには色々言ってくれると思えると心あったかくなるな。

 

「じゃあ、その、頼む……正直俺では手詰まりだったんだ」

「ふふ」

「なんで笑うんだ?」

「だって、魁人がそんな風に私に頼み事するって初めてだから嬉しいのよ。今まで頼ってとか色々言っても全部自分でやっちゃうから」

「すまん、癖でな」

「すぐ謝っちゃうのも癖?」

「そうだな」

「そっか。まぁ、私に任せておいて。正直具体的にどうするかとか全く決まってないけど、色々サポートするわ。腹を知ってる人が一人いるって思えればちょっと楽じゃない?」

「――その通りだ。苦労を掛けてすまn」

 

 そこまで言おうとして、千夏の人差し指で唇を抑えられた。

 

「謝るのも禁止。持ちつ持たれつでいきましょ?」

「わ、わかった」

 

 

 こんな人差し指で唇を抑えるって、何処で覚えたのか問い詰めたいがそれをまた今度にしよう。話も終わりかと思ったがまだそうではないらしく、千夏は俺の膝の上にさらに深く座り込んだ。

 

「それで、私も相談したいこともあるのよ」

「なんでも聞くぞ」

「その、前に私達、秘密があるって言ったじゃん……」

「言ってたな」

「それを今日、魁人に言おうと思ってるの!!」

「どうして、今なんだ……?」

「……前にも言おうとしてさ、その時秋に反対されて、その時に私は秋の気持ちも分かったから言わなかった。でも、最近秋とか冬が魁人を取り合ってる姿見て思ったの。今の恵まれている私達が何事もなく衝突しないでずっと生活が続くのはあり得ないって」

 

 今まで以上に千夏の眼が澄んでいて、紅蓮のように強い意志を感じさせた。

 

「この関係性を壊したくない。壊れるかもと考えるのも怖い。でも、壊れたらまた作り直せばいいって思うの。そしたら、きっと今以上に素敵な家族になれるって思うから……私の言ってる事、変かな?」

「いや、全然そんなことはない」

「そっかぁ……じゃあ、言ってもいい? 思い立ったらすぐ行動したいの。また今度とか明日とか、言いたくない。きっとそれを言ってるうちは前に進めない。私は一日でも早くもっと深い関係に魁人となりたいの!!」

「俺もだ」

「えへへ、お揃いね。じゃ、じゃあ、その、今夜は満月よね?」

「そうだ」

「じゅ、十分後に魁人の部屋に行くから、先に行ってて!! こ、心の準備だけしたいし……」

「分かった」

 

 

 この時が遂に来たのか。俺も超常的な現象を()()()見て受け入れらるのかと言う恐怖もある。六年生になって、いきなりこんなことを言われるかと驚きもしたが、彼女の成長は光よりも早いのだろう。

 

 真っすぐは千夏に先延ばしを要求する程、俺は馬鹿でもない。俺は先にゆっくり部屋を出て部屋に向かった。

 

◆◆

 

 

 自身の部屋のベランダに出て、風邪に辺りながら綺麗な満月を眺める。きっと、彼女はこの状況を狙いすましていたわけではないだろう。突拍子もなく思い至っただけだろう。だけど、その行動にも誰よりも考えられた理由と想いがある。それを受け入れたいと思う。

 

 もうすぐ、来る……。どんな顔して話をすれば……

 

「久しぶりですね」

 

 急に風を切るような綺麗で澄んだ声が隣から聞こえてきた。

 

「え?」

「僕です。千花です」

 

 声をする方向を向くと、パジャマ姿の主人公が俺と同じくベランダから出て、隣の家から話しかけてきていた。

 

 

 

 

 

 

 




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84話 千夏

 爽やかな風が吹き抜ける。彼女の髪が揺れて、栗色の髪に隠れている翠玉色の瞳が僅かに見えた。綺麗な瞳だ。

 

 

「千花ちゃん……久しぶりで良いのかな?」

「多分良いと思います」

 

 彼女の落ち着いた声が夜に響いて行く。この子、こんな時間にベランダに出て何をしてたんだろうか。

 

「こんな時間に何をしてたの?」

「そうですね……強いて言うならただ、風に当たりたくなった……だけですかね……。さっきまで勉強してたので息抜きも兼ねて」

「大変なんだね……」

 

 

 確か両親は勉学にかなり力を入れているから、こんな時間まで勉強漬けか。それで日を跨ぐぐらいの時間にベランダに居たと言うわけか。

 

「いえ、僕は自分じゃ何も決めてないので」

 

 

 そう言った彼女の顔は諦めも風化したように達観していた。子供のような表情ではない、初めてあった時の千春に少しだけ似ているなと感じた。主人公ってゲームであんまり描写なかったけどこういう雰囲気あったか……?

 

 もしかして、普通に年相応に何か悩みがあるのかもしれないな。

 

「僕は、本当に大したことは無くて、ただ、流されてるだけだから……大変ではないです」

 

 彼女の悩みの全貌は見えないが、何となく彼女の思ってることは分かった。俺にもそう言った悩みがあって、今自身をそんな風に思っているからだ。自分は大したことはない、ただ流されているだけ。

 俺は何も成長はしておらず、何も変わっていない。本当にただの凡人で弱者。自身で自身をそのように評価していることを千夏達に勘付かれて、考えを改めるように言われてはいるが根本的な考えは変わらない。だからだろうか、全貌が見えないのに何となくで語ってしまいたくなったのは……。

 

「そっか。じゃあ、俺と同じかもな」

「同じ、ですか?」

「俺も大したことないって多々思う事もあってさ」

「……四人も子供引き取るって凄い事だと思いますけど」

「……ただ、何となくで流れに任せただけなんだ。それに目標を決めてもその道筋をぶれてしまったり、遠回りをしたり、昔から流されて生きて来たよ。何も成し遂げた事もなかった気もするしさ……」

 

 

……ヤバい語り過ぎたかもしれんな。ただのしゃしゃり出たおじさんとか思われてそうだから、この辺で切り上げておこう。千夏と話も控えているわけだし。

 

「ああー、まぁ、えっと、こんな年になってもそう言うこと考えてる大人も居るって事なんだって言いたくてさ……うん、そんな感じで……」

「……僕より長い時間悩んでたんですね」

「う、うーん、悩んでたって程じゃないかもだけどさ。千花ちゃんより十年ちょっとしか生きてないけど、共感できる部分もあるからさ」

「…‥共感」

「そう、共感。だから、何か思ったらまた聞くよ。あんまり良い事言えるか分からないけどさ。ちょっとだけでも何かを変えられるかもしれないし」

「……はい。お願いします」

「じゃあ、おやすみ。あんまり無理は禁物にね」

「――え!!??」

 

 

俺は軽く手を振りそう言ってベランダから家に戻った。ヤバい、ただの語り野郎って思われてないか心配だ。いきなり突っ込み過ぎて変な奴だなって思われたらいやだな。

 

それにしても、最後に凄い驚いた顔してたけど、どうかしたのか? 話が詰まらな過ぎて引いてしまったりしてなよな?

 

 

俺は少し、センチになった

 

 

◆◆

 

 

 風がちょっとだけ気持ちいい。ちょっと前まで、眠気が襲って来ていたけど冴えてしまっている。もしかしたら、今日は眠れないのではないかと思う程に。

 

 多田野魁人……。名前は一見して平凡である。初めてあった時は特に何かを感じるわけでも無かった。ただ選択肢に流されて道を聞いた。

 

 そして、引っ越し先があの人の隣だと言う事に対しても特に何かを思う事もなかった。ただ、四人も子供を引き取って育てると言う事に対しては少しだけ気になった。だから、転校したクラスで四つ子ちゃんと話をしてみたけど、魁人と言う人を心底信頼していると言う人物と聞いてまた少し興味が湧いた。

 

 そして、偶々、勉強に疲れてベランダで風に当たっていると、どういう偶然か、隣にその彼が居たからちょっとだけまた話しかてしまった。何を話すとか、何も決めてはいなかったけど……

 

 話しかけた瞬間、また、選択肢が見えた。

 

――選んで

 

 

――四つ子について聞く(四つ子について知れる)or自身の身の上話を僅かにする(結果的に四つ子ちゃんについて聞かせてもらえる)

 

また、これだ。僕が気になったから世界はそれを暴いてくれる。聞かせてくれる。知らせてくれる。どちらを選んだとしても僕に不利益はない。全てはレールの上で決められている。僕の意思が介入することはない……。

 

 

冷めていく心のまま、後者を取りあえず選んだ。特に理由はなく、なんとなく。きっと、つまらない結果なのだろうと未来に期待もせずに。

 

 

もしかしたら、後者を選んだ理由は誰でも良いから訴えたかったのかもしれない。日々の鬱憤の憂さ晴らしをしたかっただけかもしれない。話が進んで、彼が僕と共感することがあると言った。

 

そして、そのまま話が終わった。彼は何かあれば話を聞くと言い残して……

 

 

 ――僕は驚愕をした。

 

だって、こんなことは今まで一度たりとも無かったのだから。今まで関わってきた人達、老若男女問わず選択肢から外れた行為はしなかった。予想に反した結果は持ってこなかった。だから、驚きを隠せない。両親ですら選択肢を超えることはなかったから。

 

 

まるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしかして宇宙人なのでは? いや、流石にそれは無いと思うけど……。

 

理解が追いつかないと言う事はこういう事なのだろう。僕は今、自信で何を感じて、何を見据えればいいのかが分からない。心に心臓に何かを感じたけれども、それを理解する事もない。ただ、困惑している。自身の予想しえない未来が目の前に起こった事に。

 

……また、話してくれるって言ってた。話して貰おう。聞いてもらおう。

 

 

無表情で不愛想な僕の顔。その一部の頬が僅かに吊り上がった

 

 

 

◆◆

 

 

 私は緊張をしている。心臓の脈打つ音がいつもよりも速い。その理由はずっと言えなかったことを今から言うから、そして、大きくなった時の為にバスタオル一枚で裸だからと言う事も恥ずかしいと言う理由もあるわね。

 

 もし、昔みたいに否定されて、拒絶されて、以前のような生活に戻ったらと思うと恐怖が湧く。でも、私は信じると決めた。

 

 ドアノブを捻って、魁人の寝室に入る。満月による月明かりだけでその部屋は満たされていた。魁人は覚悟を決めたような強い瞳をしていた。

 

「あ、あの、この格好で来た理由は後で言うから……今は触れないで」

「分かった」

「うん、ありがと……約束を果たすから。見てて……」

 

 

 震えながら私は月明かりに向かった。眩い美しい光に自ら当たるなんて今までしたことがない。色々な事が走馬灯のように頭の中を過る。包丁で刺されそうになった時の恐怖は未だに忘れてはいない。夢に見ることもある。それはきっと、まだ私が過去に囚われているから。

 

 前に進めずに自身ではどうしようもない恐怖で支配されているから。もう、そんな夢は見たくない。幸せな夢だけを見ていたい。

 

 ――だから、私を受け入れて

 

 明かりに照らされて、急激に肉体が成長する。目線が高くなり、見える景色も違う。魁人はいつものように私の眼を見てくれた。私は何も言わずにベッドに座っている魁人の隣に腰を下ろす。タオルで身を少しでも隠しながら震える唇を感じて、声を発する。

 

 

「魁人……これ、が、私の、わ、たしの、もう一つの、すがた、なの……」

 

 迎えるのは承認か、拒絶か……。なんだか、何も話せていないのに涙がポロポロと溢れてくる。悲しくて悲しくて仕方がない。

 

「何も怖がる必要はない。その姿を見たとしても今までと俺は何も変わらない。だから、安心してくれ」

「ッ、ホント……遠ざけたりもしない?」

「ああ、勿論」

「気持ち悪くもないッ……?」

「寧ろ、綺麗だとも思う」

「本当にそう思ってるのッ?」

「本当だ」

「――じゃあ、抱きしめて……?」

「……」

 

 

私は両手を魁人に向けた。ハグを求めるように手を伸ばした。彼は少しも戸惑いを見せずに私をゆっくり抱きしめてくれた。

 

 

「あたま、撫でて欲しい……」

「分かったよ」

 

「もうちょっとだけ、強く抱いて欲しい……」

「痛かったら言ってくれ」

 

「名前呼んで……」

「千夏……」

 

 

この姿の私は姉妹で一番大きい。それが気持ち悪くて怖くて、不快だったけど。この人の前では自身を凄く小さく感じることが出来る。暖かい腕に包まれるとまどろみの中に居るように意識がぼぉっとする。

 

 

「今日は、このまま、寝てもいい……?」

「勿論だ。疲れてるだろ? ゆっくり休んでくれ」

「ありがと……魁人……」

 

どんどん虚ろに視界がぼやけていく。深い眠りに落ちていきながら私は最後に一番伝えたいことを口にした。

 

「――大好き」

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 



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85話 朝チュン

 朝が来た。うちは差し込む日の光が顔に当たり目を覚ます。何だか今日は不思議だ。朝起きたばかりなのにも関わらず、嫌な予感がする。不安を抑えきれずに飛び起きる。姉妹の顔を見て不安をかき消そうと千秋の顔を見る。気持ちよさそうに寝ながらにやけ顔をしている。千冬も気持ちよさそうに寝ているのだが……千夏の顔が見えない。と言うかいない……。

 

 これは一体全体どういう事だろうか。千秋がお兄さんの部屋で寝てしまっていないと言う事は以前にもあった。でも、千夏まで居ないなんて……考える事と動くことをマルチでやった方がが良い。もしかしたら、早めに目が覚めてしまって起きているだけかもしれない。千夏に限ってその可能性は低いけど……日朝なら見たいテレビがあるから起きるけど、今日は金曜日だからその可能性は低い。

 

 頭を回しながら部屋を出ようと歩き出す。しかし、足を誰かに掴まれた。

 

「んー、ねーねー、我、自分じゃおきられないー」

 

あ、カワイイ。この可愛さ、違法です。等とふざけた事を考えている場合ではない。今日に限って千秋のダル朝起きるデーだったとは……この状態の千秋は誰かに抱っこして起こしてほしい可愛さ満点の日。

 

 ああ、こんな日に限って、来てしまうなんて。いつもは願っても願っても来ないと言うのに……。しょうがないので取りあえず早めに千秋を起こすことにした。千秋の側によって下から布団と体の間に腕を入れて抱っこするような形にする。すると千秋も抱っこのように首筋に腕を回して甘えるように肩に自身の顔を寄りかからせる。

 

「千秋、ごめんね、今日は早く起きて」

「ん、あい……」

 

ウトウトしながらも一旦離れて部屋を出ようとドアに向って行く。そして、しょうがないとうちはついでに千冬も起こす。この時間になっても千冬が起きているのは珍しい。きっと昨日の夜に沢山勉強したから、睡眠時間を調節したのだろう。うち達は肌荒れ防止の為にちゃんと睡眠をとる習慣もあるし。

 

「千冬、起きてー」

「んー、……はいっすー」

 

 

よし、これで千夏の所に行ける。ようやくうちも部屋を出て千夏を探す。取り合えず、あり得ないけどお兄さんの部屋を探そう。あり得ないけど、部屋に向って行くと、寝ぼけているのか千秋もそっちに向かっていた。

 

う、うん。取りあえず、起こしたから置いておこう。うちはそう思ってお兄さんの部屋を開ける。すると……

 

「あ、おはよう……」

 

 バスタオルで体を巻いていて、ほぼ生まれた状態の千夏が目をパッチリさせて起きていた。千夏には太陽の光が僅かに注いでおり、そのせいで眼がぱっちり開いてしまったのだろう。

 

……そして、その姿を見てうちは膝をついて拳を床に打ち付けることになる。

 

 

 

 

 千冬は久しぶりに春姉に起こして貰い部屋を出た。今日も学校だから下におりて色々と登校の準備をしないといけないのだが、秋姉が寝ぼけて魁人さんの部屋に行ってしまい、更に春姉も行ってしまい、一人で下に降りて準備をするのが何となく寂しいので一緒になって部屋に向かう。

 

 春姉の後は秋姉、千冬の順で追う。そして春姉がドアを開ける。魁人さんの寝顔を見れたらちょっと朝から幸せかも、等と言う淡い期待を千冬は持っていた。だが、飛び込んできたのは目を疑う光景であった。

 

「あ、おはよう」

 

 ほぼ裸体。一体全体何があったのだろうか。魁人さんの隣で姉がほぼ裸体。同じベッドに居る……E!? え?! えぇぇ!?

 

 何事も無いように夏姉は朝の挨拶。そして、春姉は膝をついて床に拳を叩きこんだ。

 

「ちくしょうッ、持っていかれたッー(エドワード風)」

 

 

 悔しそうにしている春姉。秋姉は寝ぼけていた眼をパッチリ開けて

 

「……あわわ、え、エッチだぁッ」

 

 深い意味で何か行為が行われたとは思ってはいないだろうけど、秋姉も流石にほぼ全裸の夏姉が魁人さんと一緒に居るのが恥ずかしい、エッチだと感じて顔を真っ赤にしている。

 

「な、夏姉、な、なんで、そんな、格好……」

「あー、これねー、……うっかりしてたのよ」

「う、うっかりで全裸って」

「後で詳しく話すわ……それより朝ごはん私達で作っちゃいましょう。魁人は珍しくお寝坊見たいだし」

「そうっスね。千冬たちで朝ごはん……って言えないっスよ!? いや、その格好で昨日ナニしてたんスか!?」

「後で詳しく話すって言ってるじゃない……でも、まぁ……そうね。簡潔に言うと……」

「「「……」」」

 

春姉、秋姉、そして千冬が視線を注ぐ。夏姉は斜め上を見て機能を思い出しているようだ。

 

「(何したって言われてもね。そうね、昨日はありのままの自分をさらけ出して、悲しくなって、嬉しくなって泣いて、だから魁人さんに強めに抱きしめて貰って……うん、まぁ、今思うと恥ずかしいわね。全裸だし、今も全裸だし……魁人が寝ているうちに服を着ましょう……)」

 

 

ちょっと頬を赤くしながら、夏姉は答えを絞り出す。

 

「うん、まぁ、ありのままの自分を見せて強めに抱いてもらったって感じ?」

「……うち、今日悲しくて学校いけない」

「は、裸ん坊で抱き合うなんて……え、エッチだぞ!」

「……だ、抱いてもらったって……やっぱり魁人さんってロリコンだったんスか……」

 

 

三者三葉で千冬たちは反応する、そんな千冬たちを置き去りにして夏姉は立ち上がり部屋を出て行く。

 

「何考えているのか良く分からないけど、あとで全部話すから。それよりも朝の支度色々しましょう」

 

夏姉はそのまま部屋を出て行った。春姉は魂が口から抜けており、秋姉は未だに顔を真っ赤にしていた。

 

千冬も半ば放心状態で何が何だか良く分からない。でも、ちょっと泣きたくなってしまった……。

 

 

◆◆

 

「魁人さん、魁人さん」

 

 

 誰かが俺を呼んでいる。暗闇の中で体がゆすられているような感覚に陥って意識が徐々に覚醒をしていく。

 

 

「千冬……」

 

 目を開けると、私服姿の千冬が居た。きっと俺を起こしに来てくれたのだろう。

 

「おはよう、千冬」

「はい、魁人さん、おはようっス。あの、その、魁人さん金髪でひと回り下の女の子が好きなんスか……?」

「朝一でどうかしたのか?」

「い、いえ。別に」

 

 

 目を逸らして、時折何か言いたそうにチラチラこちらを見てくる千冬なのだが諦めた様に目線を落とした。

 

 

「じゃあ、千冬は学校に行ってくるっス……」

「あ、もうそんな時間だったのか?」

 

流石に寝坊しすぎたか。千夏の一件があってどうやら相当気が抜けてしまったらしい。

 

「まだ、そんな時間じゃないっスよ。ただ、今日は早めに学校に行きたいだけっス、秋姉と春姉も今日はもう登校したっス」

「そ、そうか」

 

何だか、急に千冬と距離が感じる。千冬は乾いた笑みのまま部屋から出て行った。千夏は昨日の事はまだ言っていないのかもしれない。何となくだがそう感じた。千冬が出て行った後に俺もベッドから降りて朝の支度を始める。

 

身だしなみなどを整えて、リビングに行くと千夏が椅子に座りながら朝の占いを見ていた。

 

「魁人。起きたのね」

「ああ、今起きたんだ。おはよう。千夏」

「うん、おはよう。ご飯作っておいたから食べて」

「ありがとう。早速もらう事にするよ」

 

 

千冬の言った通り、千春や千夏は既に学校に行ってしまっているのだろう。ランドセルも置いていないし、静かだ。食べていると千夏が俺の食べている姿をジッと見ていることに気づいた。こういう時はご飯の感想、ちゃんと言った方が良いんだろうな。

 

「美味しいぞ。朝からありがとうな」

「どういたしまして……あの、昨日の事だけどさ……」

 

 

眼をそらしながらもどかしそうにつぶやく。ご飯の感想よりそっちの方が気になっていたのだろう。

 

「何も気にしてないさ。今までと変わらない」

「えへへ、なら良かった」

「千春達には言ったのか?」

「まだ言ってない。でも、今日時間があるときに言うつもり」

「そうか。俺からも何か言った方が良いか?」

「うんうん、しなくていい。私が始めた事だから最後まで私がやる」

「責任感が強いな。日辻千夏じゃなくて、日辻責任とこれから言った方が良いか?」

「あ、うん。好きにして」

 

 

あ、これはスベッたな。どうにもどれだけ仲良くなってもギャグだけは受けない。変わらないんだな。話を変えよう。

 

「このコーヒーを淹れたのは千夏か?」

「そうよ、千夏の特性ブレンド、その都度風味が変わるから味の保障ないけど」

「どれどれ……美味しいな」

 

千夏の恩返し的なコーヒーを飲み干しながら優雅に朝食の次男を過ごす。

 

「千春達はどうして今日は早く学校に行ったんだ?」

「え? あー、良く分からないけど、多分私がタオル一枚で魁人のベッドで寝てたから?」

「……そのことを三人に言ったのか?」

「言ったと言うより、見られたって感じ? まぁ、でもそんなに大事じゃ……いや、普通に恥ずかしいわね……」

「まだ、昨日の事は言ってないんだよな?」

「うん。それはゆっくり時間のあるときに詳しく言わないと下手に話が伝わらないって事になりそうだし。あ、でも簡潔に一応状況は言ったわ」

「何て言ったんだ?」

「魁人に強めに抱いてもらって、一緒に寝たって」

 

 

そっか、千夏は変な所で天然だからなぁ……。と言う言葉で澄ませていい訳がない。千冬が朝から変な質問をしてきた意味がようやく分かった。

 

「取りあえず、三人にはちゃんと説明してくれ」

「分かったわ!」

 

 

朝の優雅な時間が、急に憂鬱の時間になった。でも、千夏の嬉しそうな可愛い笑顔が見られたから……トータルで優雅に傾くかもしれない。

 

 

 

―――――――――――――――

 





書籍化決定しました。ここまでこれたのも読者の皆様のおかげです。いつもありがとうございます。現在色々準備しているので中々更新が……すいません。沢山夏休みはすると報告をしたのに……なるべく出来るように頑張ります。情報もどんどん公開していくのでツイッターフォローお願いします。

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86話 恋ゆえの勘違い

 

 

 

 千冬は信じられなかった。魁人さんが……ロり、コン、だったなんて……。百年の恋も覚めてしまうとは言わないけど、何だか気分が上がって行かない。失恋と言うのはこういったものなのだろうか。

 

 マイナス方向に考えてしまうが、考え方を変えればプラスになる事もある。夏姉が恋愛対象なら千冬だって、まだまだ可能性はあるのではないだろうか。小さい女の子が好きなら千冬はストライク判定は言っていると思うし、夏姉と顔立ちは凄く似ているし……。いや、もう今更遅いかなぁー。

 

 思考があっちに行ったりこっちに行ったり纏まらない。そもそもあのしっかり者の魁人さんが夏姉とそう言った関係になるだろうか? 魁人さんらしくない気もするなぁ。結局、どれが答えなのか分からない。夏姉に聞いてみたいけど、後で言う、後で話すの一点張りで詳しく話してくれない。

 

 ほんの僅か話はしてくれたけど、もっと詳しく聞きたい。一秒でも早く。何かの誤解であって欲しいと言う願いがあるから確認したいと言う自身の感情だけど。一休さんのように頭を両手の人差し指でマッサージしながら考えていると、目の前に夏姉がひょっこり現れた。

 

「どうしたの?」

「いや、朝の事が気になって……」

「あー、だから、時間があるときにって言ってるじゃない」

「その、それでも早く聞きたいっス」

「えぇー、ここじゃねぇ……教室だし……」

 

 

 何度した質問なのか忘れてしまったが、再度千冬は聞いた。夏姉はきょろきょろと辺りを見渡して、やっぱりダメー! と手をバッテンの形にする。まぁ、確かにここで話すような事ではない気もするけど

 

「あー、そんなに気になるのね……、今日家に帰ったら話すから待っててよ」

「待てないくらい気になるんスよ……」

「うーん。そこを待って欲しいわ」

「えぇ……ここじゃダメっスか?」

「ダメね。放課後位まで待ちなさい」

 

 

 断固拒否と言われてしまったので、千冬は引き下がるしかない。でも、好きな人の事だし、気になる。気にならないと言う方がどうかしている。でも、聞けない。ため息を吐いてしまう。そんな千冬の肩をポンと叩きながらちょっと我慢してと、優しく微笑んだ後、夏姉は手を軽く振って自身の席に戻って行った。

 

 そろそろ千冬も戻ろうかな……と考えていると

 

「あの、千冬さん……」

「ぴゃい!」

「え? あ、ごめんなさい。驚かせてしまいましたか?」

 

 急に話しかけられたので思わず変な声を上げてしまった。声の方を向くと最近、転校してきたばかりの日登千花さんが居た。相変わらず目元が髪で隠れて良く見えない。

 

「い、いえ、驚いてはいないっスよぉー」

「それなら良かったんですけど……」

「それでその、千冬に何かようでスか……?」

「ああ、うん。千冬さんって、僕の隣の家に住んでますよね?」

「そう、でスね……」

「それで、その、何というか……」

 

 

 言い淀む千花さん。あー、そう言えばこの人とはお隣さんだったなぁ。両親ともにお顔が整っているなぁ位の印象しかない。あんまり話したこともないし、ちょっと気まずい。目元が見えないから余計に警戒心が働いてしまうのかも。魁人さんはいつも目を見て話してくれるからそんなことはないけど。

 

 でも、千花ちゃんって目は分からないけど。唇は凄いプルプルしてるし、鼻高くて、鷲鼻みたいな感じだし、声も何だか落ち着きがあるけどその中に芯の通った美があるような感じがして、普通の子って感じがしない。

 

「あ、あの人……千冬さんが一緒に住んでる男の人ってどんな人ですか……?」

 

どうしてそんなに溜めて言ったんだろう。下唇と少し噛んで、気まずそうにしている彼女を見て思わずそう思った。あれかな? 複雑な家庭だと思っているのかな? 

 

 

「えっと、魁人さんの事でスよね……? ええっと、魁人さんは……紳士?」

 

変態紳士疑惑も若干浮上しているけど、今まで一緒に過ごしてきた事を考えると極普通の紳士であることは明白。あとは優しくて、手の平が大きくて、あれで頭撫でられると背中がこそばゆくてドキドキするとかは言わなくて良いかな……。流石に恥ずかしいし。

 

「紳士……。趣味とかってあるんですかね?」

「魁人さんは料理皿とか偶に集めたりはしてまス。この間は春姉がお皿割って凄く落ち込むくらいは好きらしいでス……」

「……ご職業とかって…………聞いても?」

「あ、えっと、役所で働いてまス」

「そうなんですね……」

 

 

あれ? 千冬たちが変わった関係だからそこら辺を聞いてくると思ってたのに、魁人さん個人の事しかこの人聞いてこないのはどうして? 

 

「これが本題なんですけど……連絡先って知ってますか?」

「……」

 

 

ええー、これが本題ってどういう事? それまでのは特に興味のない前座って事なの? 魁人さんの連絡先知ってこの人どうするんだろう。まぁ、一緒に住んでるわけだし連絡先を知らない訳が無いけど……うぅ、なんか、凄く言いたくなぃー

 

だって、それって狙ってる人の常套句だし! これ以上、状況を面倒にしたくないし、千冬のターン遅くなるのもイヤだし。まだ希望があった時に盗られたりするのもイヤだし。

 

「えぇ、あぁ、し、知らないなぁ……」

 

 

うわぁぁ、ごめんなさいぃ。嘘ついて、本当にごめんなさいぃ、で、でも、殆ど知らない人と連絡先を交換するのって良くないと思うし! 魁人さんもよく知らない人について行ってはいけないって言うし、応用みたいなことだし!

 

「あー、そうなんですか……意外と自分の家でも住所知らないって人もいますよね。じゃあ、魁人さんってレインってやってます、か?」

 

レインって誰でもやってるsnsツールだけど、これやってると言ったら交換しちゃうのかな? 連絡先交換しちゃうのかな?

 

「あー、や、やってないかなぁ? 魁人さん、スマホ持ってないし……うん、持ってないでス……」

「ガラケー世代? もうすぐサービス終了ですけど……」

 

 

うわぁぁぁ、これ絶対、千冬は死後地獄いきだぁ! 舌を閻魔様に抜かれて労働をやらされてしまうんだぁ……。

 

 

「色々聞けて良かったです。ありがとうございます」

 

 

そう言って彼女は去って行った。なんか、凄い、罪悪感が……。嘘ついてしまった自身の罰に今日のおやつは秋姉に献上をしようと決めた。

 

◆◆

 

 

体育の時間、うちはいつものようにグラウンドを走っていた。今日はサッカーである。複数のチームでどんどん対戦をしていくのが授業内容だが自身の出番ではない時は自然と時間が余る。

 

千秋のプレーする姿を見ても良かったが今日はそんな気分ではない。千夏の事で頭がいっぱいだからだ。千夏の事の真相を早い所聞きたい。でも、後でと言われてしまっているので聞けていない状況。

 

モヤモヤしていると千夏と千冬が校庭から少し離れたところで二人きりで話しているのでうちもそこに向かった。

 

「春? どうしたの?」

「えっと、何となく来ちゃった」

「そう」

「あの、朝の事だけど」

「春もそれ? だから、今日放課後に家で話すって言ってるじゃない」

「で、でもね。お姉ちゃんとして、お兄さんと夏姉の淫らな関係を許しておけないの!」

「淫らって……」

「そうだよ」

「……どういう意味?」

「エッチな関係って事」

「……はぁぁ!? 誰と誰が!?」

「お兄さんと千夏だよ」

「な、何言ってんの!? 私と魁人がえ、エッチな関係とか……そ、そんなことするわけないじゃない!」

「でも、抱いてもらったんだよね?」

「そうだけど、それくらい秋だっていつもしてもらってるじゃない!」

「きゅぅ」

 

 

うちは衝撃の事実を耳にして、思わず足の力が抜けて倒れそうになってしまった。

 

「秋姉がいつもしてもらってる……? はッ! 夏姉、抱いてもらったって…‥こういう事っスか!?」

 

千冬が何か思いついたように、千夏の事をハグをした。その時、うちの脳に電流が走った。あ、よく考えたら千夏がそう言う事を知ってるわけないじゃん。天然純粋無垢を表したような千夏がするわけない。

 

「そうよ。それ以外に何があるって言うの?」

「……うちは信じてたよ。千夏」

「急に何なの?」

「あぁ、千冬、凄くハズカシイ……勘違いしてるって魁人さんにもバレてたら、もう魁人さんのお嫁にいけないっ……」

「アンタ達、疲れてるのね……。良く分からないけど」

 

 

千夏が哀れむような視線を少し向けながら、うち達の肩をポンと叩いた。あれ? でもどうして全裸だったんだろう? 結局、全裸でハグしたらそれはそれで淫らな行為と言うのではないかと一瞬思ったが……うん、それは放課後聞けばいいわけか……。

 

あー、なんか、凄い疲れた

 

 




中々更新できなくても申し訳ありません……。出来るか限り頑張ります。


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87話 千秋

 うち達は学校から下校をし、家で優雅におやつタイムーをしながら4時の再放送のドラマを見て、皆で笑いあう等と言う事はない。殺伐としていると言うわけではないが、どこか気の抜けない不思議な感じだ。

 

 テーブルの周りには口をへの字にして疑いの眼差しを向けている千秋。早く真相を聞かせて欲しいとソワソワしている千冬。どうでも良いから早く聞きたいうちと、腕を組んで言葉を頭の中で選んでいる千夏が揃っている。

 

 

「纏まったわ……ただ、先に言わせてほしいのだけど、きっと私のしたことに関して、3人共納得のできない事があると思うから、謝らせて。ごめんなさい」

 

 

 千夏が頭を下げた。その意味が良く分からない。頭を下げて、千夏が真剣な表情で謝るなんてあまり見たことがない。何だが、言葉にできない不安が押し寄せてくるようであった。

 

 落ち着かない、これは聞かないで何事もなかったように流す方が良いのではないかと思った。でも、千夏は止まらないだろう。大きな大きな揺さぶりがうち、いやうち達に重くのしかかる。気付けば、千秋と千冬の表情も不安で崩れかけていた。

 

「あのね、私――」

 

 

 その言葉をどれだけ、待ったか。いや、恐れていたのかもしれない。喜びもあったのかもしれない。迷いもあったのかもしれない。もしかしたら全部がごちゃ混ぜに混ざっていたのかもしれない。その時に感じたものが何かうちは知らない。でも、一つだけわかることは、その言葉をの受け取り方は、うちと千秋と千冬、それぞれ違ったと言う事だ。

 

 

 千秋は怒った。眼に涙を溜めて、言うべきではないと言ったのに、勝手に行動したことに。千冬は何も言えずに口を閉じていた。納得の行かない千秋は家を出て玄関の前でずっと誰かを待った。

 

 その様子をただ、見守る事しかうちには出来ない。

 

 

 

 

 

 私は世界一の甘えん坊であると言う自覚がある。小さい頃から安心できるものに笑いかけて欲しかった。抱きしめて欲しかった。『千秋』と名前をたくさん呼んで欲しかった。

 

 姉の後ろをいつもいつも、いつでも付いて回っていた。あまり良い顔はされなかったけど、それでも駆け回っていた。母親の後ろもついて回ってた。良い顔はされなかったけど、何かの拍子に笑いかけてくれるんじゃないかって、急に名前をちゃんと呼んでくれるんじゃないかって、お手伝いをしたこともあった。

 

 

 お皿を洗って、洗濯物を不格好ながら畳んだ。褒めて欲しくて、頭を撫でて欲しくて、恥ずかしがりながらも頭を近づけた。でも、お母さんはそんなことしてくれなかった。

 

『なに? それくらいやって当たり前でしょ』

『……はぃ』

『あぁ、もう、ご飯そこに溢してる! 二日酔いんだから怒鳴らせるな!』

『ご、ごめんなさい……』

『もう、いいから……あっち行って、今から電話するから。子供の声とか入ったら最悪』

 

 

 

 悲しくて、下唇を噛んでいつも黙っていた。泣いたらまた怒られて嫌われる。きっと自分が母親の気持ちを分からないから悪いんだと思っていた。だから、気持ちがわかるようになった時、テレパシーで全部が分かるようになった時はちょっとだけ、嬉しさもあった。

 

でも、

 

『気持ち悪い……、なんで、思ってることわかるのッ』

『こんな子、いらない』

『誰か引き取ってくれないか』

『気持ち悪い、本当に気持ち悪い、消えて欲しい』

『死んで』

 

 

 大切な何かが傷ついた気がした。もう、期待は無くなって、恐怖と不満と大切な姉妹だけが残った。姉妹だけは自分を認めてくれた。超能力はコントロールが出来るようになってから使わなくなった。もし、姉妹が心の奥底で僅かにでも自分を否定したら何に縋って生きていけばいいのか分からなかったから。

 

 

 打算で、腐れ縁で自分を大切にしてくれているならそれでいい。でも、それを知りたくなかった。知らなければそれは都合のいい純度100の愛であるのだから。嫌っていてもそれを態度に出さなければそれでいい、本心を知る恐怖より勝ることはないのだから。

 大事に例え思ってくれていても、僅かにメンドクサイ、五月蠅い、そう思ってしまう時はきっとある。でも、私はそう言った事も聞きたくない。怖いんだ。手を繋いでくれている人が離れていくのが。相手が全部を知れるなどと分かったらきっと嫌なはずだ。一緒に居るのが苦痛に変わって行くかもしれない。それは嫌だった。そんな可能性に目を向けることもしたくもなかった。

 

 

「あ、千秋ちゃん」

 

 

 玄関の前でドアに寄りかかり、あの人を待って居ると誰かが私を呼んだ。目を向けるとクラスメイトの女子が二人いた。

 

「ここ、千秋ちゃんの家なの?」

「うん……」

「へぇー、そっか」

 

 

 物凄い仲がいいと言うわけではないけど、それなりに話す二人。ふと、気になった。私の事をどう思っているのか。

 

『あー、千秋ちゃんって顔可愛いから気楽でいいな、皆からちやほやされてるし』

『あざとい感じするし、皆に良い顔してるから裏で皆に悪口とか言われるんだよ』

 

「じゃあ、私達もう行くねー」

「バいバーイ」

 

 

 裏ではそんなことがあったのか。そう言う風に一部から思われていたのかと言う事に驚愕する。そして、悲しくもなった。でも、それほどではない。何となく自身が嫌われているかもしれないと思っていたし、大事な人以外から嫌われてもそこまで心に傷は負わない。

 

 でも、そんな人ですら僅かな痛みがある。だから、大事な人が、大好きな人がそういう感情であったならきっと……私は、彼を待った。

 

 彼がどう思っているしまうのか。知りたいわけではないけど、言わない訳にはもう行かないから。言いたくない。でも、ここで自分が言わなかったら千夏は打ち明けてくれたのに、私は言わないのかと思われてしまう。

 

 どちらにしろ、私には道がない。言ったら拒絶、言わなかったら信頼をしていないと言う事になる。でも、言いたくない……。

 

 これは、私にしか分からない。許容し難い狂ってしまいそうになる恐怖。これを受け止めてもらえる人だと信じたいと言う気持ちもある。でも、万が一……

 

 悩みに悩んで、気づけば夕暮れになりつつあった。小石を蹴って彼を待った。いつもと同じ時間帯、微かにお腹が空いた頃に彼の車が私の眼の前を通った。駐車をして彼は降りてきた。

 

 

「ただいま……」

「お帰り……魁人」

 

 

 いつものように優しく語りかけて、きっと何かあったのだろうと私の表情から読み取ってくれる。手を出すと優しく右手で私の右手を掴んでくれる彼。

 

 

「……大丈夫だからな……取りあえず、中で話そう」

「うん……」

 

 

――好き

 

 手も、声も心も全部が大好き。この手みたいに全部を、私の全てを包んで欲しい。この人から離れたくない、私から離れて欲しくない。ずっと側にいて欲しい、ずっと側に居たい。

 

「カイトッ、聞いて……」

「あぁ、勿論」

 

 彼は膝をついて、私と目線を合わせる。私は彼に抱きついた。首に手を回して泣き顔を見せないようにして。怖い、言いたくない。否定も拒絶もされたくない。でも、本当は、本当は……受け入れて欲しいと、私は……

 

 もし、これを言って拒絶されても私はこの手を離しはしない。否定されたらこのままずっと、このまま居てしまうかもしれない。

 

 

「――私はね……」

 

 

◆◆

 

 

「千夏……」

「……」

 

 

 うちは二階のベランダから、玄関でずっと待って居る千秋を心配そうに眺めている千夏に話しかける。千冬も同じ部屋に居て何も言わないけど心配するような目をずっと向けている。

 

 

「千夏、どうして言ったの?」

「信じてたから。魁人を。でも、言いたいって言ったらきっと、反対するって分かってた。春も言いたくないって思ってる事も」

「……」

「私が、今度は飛び込みたかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私が自ら動くべきだと思った。最悪拒絶されたら私だけが変だと言えばよかったから」

「そっか」

 

 

 そんなことを考えていたんだ。うちはそんな事微塵も考えつかなかった。

 

「ありがとう」

「……別に、これくらい普通」

「そっか」

「……まぁ、秋は大丈夫でしょ。魁人に受け入れてもらえるでしょ。きっとね」

「そうかな?」

「そうよ。私、人を見る目はあるから。アンタも言っていいと思うわよ」

「……そだね」

 

 

言って、どうするの? 意味なんて無いのに。うちはきっと言っても本質は変わらないから。

 



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88話 傷

「あのね……私は、心の声が分かるの……それで、反対に相手に自身の声を届けることも出来るの……」

 

 私は全てを告白した。たどたどしく、なるべく要件を省いているので少しわかりにくいかもしれない。でも、魁人は察しが良くて、千夏が先に色々話をしたと言う事を考えるときっと、どういう事か、おおよそは伝わっているだろう。

 

 

「……こ、怖い? つ、使わないから、あ、安心して……ほ、本当に、心読んだりしないから、す、捨てたり、しないよ、ね……?」

「勿論だ。約束しただろ? 何度も。俺は約束は守る。それに一緒に居たいからそんなことどうでも良いさ」

「そ、そっかぁ」

 

 あまりにあっさりとしていた。こちらは物凄い覚悟で言ったのにあまり動揺していない風に思える。千夏が先に言っててくれたからある程度免疫が出来たのかもとも考えられる。

 

 

 

「試しに、俺の心を読んでみたらどうだ?」

「えッ?」

「大丈夫だ。変な事は思わない」

「……うん」

 

 

――怖がるな。俺が一緒に居る

 

 

 人の心など、読めて良かったと思った事など無かった。こんな感情は初めてで、受け入れてくれたのは嬉しくて安堵が湧いてきた。この力にもう縛られなくても良いのだ。そう考えると感情が大きく揺さぶられる。彼の耳元で嗚咽をしながら泣き出してしまう。彼はそんな私の背中をさすりながら頭を撫でてくれた。

 

 

 安心と幸福に包まれた。これからはもう隠さなくてもいいんだ……。でも、私は、この力をこれから使って行こうと思わない。だって、あの日、見るつもりがなかった彼の過去。泣いていたあの顔、それを話さないと言う事はきっと、話したくなくて、思い出したくないんだろう。

 

 私が話したくなかったように。無理に引き出させたくない。それに彼が私を好ましいと思ってくれていることは分かった。何かを伝えたいなら口で言えば良い。好きって。

 

 

 

「落ち着いたか?」

「うん……でも、このままで居て」

「……わかった」

「…‥ねぇ、今日から一緒に寝て良い?」

「……え?」

「……私と寝るのはイヤなの? ……千夏とは寝たのに…‥」

「あ、いや、今日だけじゃなくて今日から、なのか?」

「うん……私は、そうしたい……」

 

 

 

 気付いたら、もう一つの話し方をしていた。あまり見せたくはなかった陰キャのような話し方。ぼそぼそ聞こえづらいような細い声。今までなら恥ずかしいから隠し通そうと思っていたけど、何だか、もう全部さらけ出したくなった。

 

 

「……驚かないの? ……いつもと大分話し方違う……。私って、言ってるし……」

「そんなに驚きはないな」

「そっか。じゃあ、どっちがいい……?」

「なにがだ?」

「話し方……我、カイトのご飯食べたい! みたいな……きゃぴきゃぴしてるのと、根暗そうな今の感じ……、私、魁人の好きな方の話し方がいいから」

「うーん……急に言われてもな」

「そうだよね……変なこと聞いた。忘れて……?」

「忘れるのは無理かもな。あー、そう言えば千春達は?」

「上に居ると思う……喧嘩少ししてるかあ気まずい」

「一緒に謝りに行こうか」

「うん」

 

 

 笑顔でそう言う彼。心配事を何一つさせない優しい笑み。その裏にはなにがあるのか、話してくれるのか。いつか、その先を私は知りたい。自分だけ助かったなんてそんなのは都合が良すぎる。

 

 待っていて。今度は私が

 

 

◆◆

 

 

「何で、全員くる!? 我がカイトと寝るの!」

「いいじゃない。別に」

「魁人さん、迷惑じゃないみたいだし……」

 

 

三者三様に、千秋、千夏、千冬がパジャマ姿でお兄さんの部屋に来ていた。千秋的には二人きりが良かったみたいだけど。

 

 

「ほら、明日も学校だから皆寝て」

「むー、我、オコ」

「私、このベッド気に入ってるのよね。大きいし」

「大人二人用くらいあるっス」

 

 

うちがそう言うと話しながらも三人はベッドに横になった。お兄さんは少し、苦笑いをしながら真ん中で、その隣に千秋と千冬、千冬の隣にはうちが居て、千秋の隣には千夏が居る。

 

寝て見て思うけど確かに大きい。お兄さんの両親が使っていたベッドだからだろうか。そう言えばお兄さんって両親の事全然触れないなぁ

 

 

少し、雑談などをすると直ぐに三人は眠ってしまった。色々あって疲れていたのだと思う。肩の荷が下りて、今日は今まで以上にゆっくり眠れるのだろう。三人の可愛い寝息が聞こえてくる。でも、お兄さんはきっと寝ていない、それが何となく分かった。

 

 

「起きてる?」

「俺に言ってるのか?」

「うん」

「起きてるぞ」

「そっか」

 

 

起きてるんだ……。まぁ、そう簡単に眠れるはずもない。超能力なんて物を持っていると知って、それを感じたのだから。僅かに落ち着きが無くなってしまうだろう。でも、不思議な人。両親はあんなにも取り乱したのに、この人は全然そんなことはない。

 

 

 

いや、違う……。不思議な人じゃない。何でなのか、何で驚かないのか。拒絶しないのか、その理由がうちには分かった。

 

 

「ねぇ、お兄さん……」

「ん? どした? 眠れないのか? 子守唄でも……」

「子ども扱いやめて、怒るよ」

「あ、ごめん」

「……そっち言ってもいい?」

「いや、すまん。隣が満員なんだが」

「上があるじゃん」

「あー、そう、だな……」

「嫌なの? 千夏とは寝たくせに」

「それ、流行ってるのか?」

「どういうこと?」

「いや、なんでもない」

 

 

うちは妹を起こさないようにそぉーっと布団の上を動きながらお兄さんのお腹の上に乗った。そして、そのまま胸板に顔をうずめる。あー、こんな感じなんだー。千秋とかが良くやってるからどんなものかと思っていたけど。そっか、こんな感じね、はいはい。

 

「今日は甘えん坊なんだな」

「子ども扱いやめてって言ってるじゃん」

「すまん。でも、本当に珍しいと思ってさ」

「偶にはね。うちもそう言う気分もあるよ」

 

 

お兄さんに話した。うちには凍結させる能力があると言う事を。でも、さほど驚かず、見せても特に驚きを見せなかった。それで何が変わったと言うわけではないけど、どことなく嬉しかったのも本音だ

 

 

「妹が寝てるから、好き勝手したいみたいな」

「長女は大変なんだな」

「うーん、大変って言うより、生き甲斐だけど……。まぁ、疲れは溜まるのかな……?」

「そうか」

「お兄さんだって、大変でしょ? 四人も子供が居て育てるってなったら」

「いや、さほど。一緒に居て楽しいし、生き甲斐って感じだ」

 

 

あぁ、やっぱり、この人は……。

 

 

「ねぇ」

「ん?」

「お兄さんは、何かないの?」

「何か?」

「辛かったこと」

「どうだろうな……」

「誤魔化したでしょ?」

「そんなつもりはない」

 

 

 

誤魔化した。嘘だとすぐに分かった。最初から気付いていたんだ。この人が自分と似ているって。

 

同じ、いや似たような傷を負って、()()()()()()()()()()()()()()。いつもいつも自分為に生きろと散々この人は言う。嬉しかった、でも、うちは変わろうとは思えなかった。何故なら、この人自身が自分の為に生きていなかったから。いつもいつも、うち達を優先して、体を壊し、それでも笑い、お金を払って、それを鼻にかけることなく、ただただ、うち達に愛を注ぐ。

 

 

「うちも、あるよ……同じ傷が……」

「……どんな傷なんだ?」

「言わないよ、言っても意味ないし。と言うか、本当は少し察しがついてるんじゃない? どちらにしろ、お兄さんだって言わないんだからうちも言わない」

「……」

「ねぇ、お兄さん」

「なんだ?」

「一つ、提案があるの」

「提案?」

「うん……三人が自立して、もし、この家を出たも、うちはここに居てもいい?」

「そうしたいなら、勿論だ」

「そっかぁ……じゃあ、もしそうなったら、互いの傷を舐めあいながら生きていこうね……」

「……」

「冗談。アメリカンジョークだよ」

 

 

この人はどうでも良いんだ。自分の事なんて。この人は異様なほどに自己評価が低い。もし、うち達が居なくなったら、この人は何となくで生きていくんだ。うちもそうだ。三人が居なくなって、自立したら、あとはどうでもいい、何となくで生きるだけだ。

 

ただただ、生きるすべを機械のようにこなすだけ。でも、うちが何となくで生きるのならここが良い。この人と一緒でこの場所が……。

 

 

 

なんて、柄にもない事を考えてしまった。甘えるのは、今日だけ。変な事を口走るのも今日だけ。今日だけ、いつもと違う自分で居たいと思った。

 

 

これが同族を見つけたうれしさからなのか。この人の事を愛してしまったからなのか、それは分からなかった。かんがえるまえにうちは、深い眠りに落ちてしまった。



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89話 そぼろ

 不思議な夢を見た。千春が俺に不思議なことを言う夢だ。普段一緒に居たがそんなことを言うような子ではない。そう分かっているからこそ驚き、記憶に残っているのだろうか。

 

 ふと目が覚めた。意識が覚醒していき、その中で自身の上に何か大きなものが乗っかていた。

 

「すやすや……」

 

 

 桃色の綺麗な髪、整った顔立ち、幼くて愛くるしい寝息。千春だ。どうやら、昨日の彼女の言葉は嘘ではないらしい。

 

 ――傷を舐めあいながら生きていこうね……

 

 

 昨日の彼女の言葉が蘇る。どことなく聞いたことがあるようなそんな気がした。そして、そう言う未来もありだなと、ほんの僅か、小指の先ほどに感じてしまった。まぁ、俺としては真っすぐ竹のように育って欲しいからそんな生き方は許容的な考えではいけないだろう。

 

 自身の為に千春には生きて欲しい。自分の為に、そう思ってここまで来たのだ。これからもそうしないと……

 

 それはそれとして……千春がこんな風に俺にくっついて寝ることは初めてではないだろうか? 千秋とかはよくハグとかするし、何となく重さを覚えてしまっている。うーん、こんな事を考えて位はいけないのかもしれないが、ちょっとだけ、千秋の方が重いな……。

 

 太ってはないがよく食べて、良く動いているから筋肉的な要素が大きいのだろうが。横では千夏、千秋、千冬がスヤスヤと千春と同じような表情と寝息のリズムで寝ている。

 

 このままでも良いが、仕事あるし、四人も学校がある。起きて貰わないといけない。だが、この気持ちよさそうに寝ているのに無理に起こすと言う行為には大の大人である俺も胸を痛める所だ。スマホを確認するとまだ、起きなくても大丈夫。と言う時間帯。暫くこのまま……

 

 

「う、うーん……」

 

 

 そんな事を考えていると、朧げな意識が徐々に覚醒していくような誰かの声がした。勿論、直ぐにその声の主は分かる。千秋だ。昨日は色々あって疲れもたまっているだろうに、早起きをしてしまったようだ。

 

 

 しょぼしょぼした目をこするようにして、一度背を起こす。その後、俺の方を見て寝ぼけながらも手を握る。

 

「ふぁ……ん……カイト、おはー」

 

 

 欠伸をしながら目を合わせて、彼女は朝の挨拶をする。

 

「おはよう。早起き偉いな」

「そんなこと、ない……ん?」

 

 

 千秋は俺の上で乗っかって寝ている千春を見て、眼を細める。まだわずかに眠気が残っているようで口が舌ったらずな感じであるが、ちょっとだけ、不貞腐れたような雰囲気を感じ取ることができた。

 

「カイト……そぼろは、ダメ……」

「勘違いが多いな」

 

 

 逢引き(あいびき)と言いたいのだろうが、そぼろではご飯の上にかける炒め物だ。逢引き→合い挽き肉→そぼろと言う中々独創的な勘違いをしているがそれはまだ意識が完全に覚醒をしては居ないからだろうか。

 

 

「そ? どっち、でもいい……うん、まだ眠いから、肩、まくら、して……」

「あ、うん」

 

 

 千秋は俺の肩をまくらにして、二度寝の世界に旅立つ。昨日の事もあってやはり疲れが溜まっているのだろうか。今日はこのまま俺も仕事を休んで家の中で一日皆で過ごすと言うものありだろうか。

 

 

「魁人さん、おはよ、ございます」

「千冬、おはよう」

 

 

千秋とは反対方向で寝ていた千冬が目を覚ます。習慣となっている彼女からすればこの時間に起きるのが当然なのだろう。意識も直ぐに覚醒して千春を見て、驚きの声を上げる。

 

「こ、これは……ど、どういうことじゃぁ?」

「口調、大丈夫か?」

「あ、はいっス……驚き過ぎて、ちょっと自分を見失ってしまったっス。は、春姉がこんな、寝方、()()()()()()()()()()()()

「昨日言っていたんだが、偶には甘えたくなるらしい」

「へ、へぇ……お、重くないんスか?」

「いや、全然大丈夫だ」

「へ、へぇ……」

 

(つまりほぼ同じ重さの千冬がやっても特に何の問題もないと? う、うわぁ、そんな甘え方してみたいけど……無理だなぁ……千冬には。度胸無いし……いいなぁ)

 

 

 千冬は寝ている千春の頬をツンツン指先で優しくつつき始めた。

 

「あ、柔らかい」

 

(えいえい、春姉ズルいから、つんつんしよ。1のダメージ、えいえい)

 

「あ、あんまりやると、起きちゃうんじゃないか?」

「あ、はいっス。まぁ、これくらいで勘弁してあげると言う事で……」

「そうか……」

 

 

 良く分からないが優しく頬をつつく辺り千冬の優しさを感じ取れるなぁ……。全然起こす感じもないし。千冬は女の子座りをして、見下ろすようにしながら優しく微笑んだ。

 

「魁人さん、昨日の話……千冬は、ずっとそのことを話していいのか分からなくて、自分だけ、そうじゃなかったから……でも、今までと変わらない雰囲気で魁人さんが接してくれて、嬉しくて……千冬は皆と同じだなって……」

 

 

 嬉しそうにただ語る彼女を見て、やはり一歩踏み出してよかったのだと再確認した。自分と姉妹とどう向き合って行けばいいのか悩んでいた千冬にとって、いい方向に環境が変わったのはきっと彼女の今後の人生にプラスになっただろう、と思いたい。

 

 

「でも、魁人さんが前に言ってくれた、誰でも特別って事を忘れた訳じゃないっス。それは千冬にとって原点だから……それでも、矛盾してるかもしれないけど嬉しかった、本当に」

「そっか、そう思えたなら良かったよ。これからも変わらずよろしくな、千冬」

「……はいっ」

 

 

 

 

そう返事をする彼女の顔は今までの中で一番輝いていた。

 

 

◆◆

 

 

 ――これからも変わらずよろしくな、千冬

 

 そう言った魁人さんの優しい表情を見て、自然と笑みがこぼれてしまった。正直、さほど、以前のようにそのことは気にしてはいなかった。でも、嬉しい事には変わりなかった。魁人さんが優しい人だと改めて知れた。良いところをまた一つ知れた。姉達がきっとコンプレックスに感じていたことが無くなった。

 

 だから、嬉しかった。

 

 魁人さんは超能力有り無しでも、いつものような笑みを皆に見せて、いつもの態度に笑う。それはきっと自分が、姉がずっと求めていたもの。なのに、そこに不満が少しあった。

 

 千冬は、自分は変わってしまった。姉と一緒、それが欲しかったのに、今は他のものが欲しい。凄く自分がワガママだと思う、ずっと欲しい欲しいと思って、春姉にもそんな態度を見せていたのに、今は姉達と一緒なのではなくて、姉達と違う、笑みを貴方(魁人)に向けて欲しいだなんて。

 

 

「魁人さん、千冬はもう起きて、朝ごはん作るっス」

「そうか、あー、俺は……」

「春姉を寝かせてあげて、きっとずっと甘えたかったと思うから……」

「ありがとうな、千冬……いつも」

「……いえ、こちらこそ……………」

「……? どうかしたのか?」

 

 

 笑みで魁人さんになんでもないと返答をして、部屋を出た。春姉と魁人さんはどこか似ている。夏姉がそう言っていたし、千冬もそう思う。特別、運命、そう言う別の何かが二人にはあるのかもしれない。

 

 いやだな、次から次へと欲しいものが変わるなんて……。ずっと春姉に嫉妬してばかりで、超能力はなく、特別な関係でもない。劇的何かが千冬には欠けている。手を伸ばしても掴めない圧倒的個性のような物がきっと自分にはない。

 

 もしかしたら、自分は魁人さんに優しくされたから好きになったのでないだろうか。立場や境遇が違ったら、自分は……()()()()()()()()()()()()を好きになったのではないだろうか。

 

 そう思うと、自分が張り合って、手を伸ばしても良いのだろうかと迷ってしまう。本当は聞きたいことがあった。さっき部屋で、僅かな沈黙の時に。

 

――優しくされただけ、そんな理由で貴方(魁人)を好きになってもいいでスか……? 

 



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90話 千夏と千花

 私の名前は真東リリア、趣味で帰国子女のふりをしている者だ。まぁ、最近は誰も信じてはくれなくなったけど

 

 母にその事を話したら

 

「あなた、そんなことしてると友達失っちゃうわよー」

 

 

 と言われた。だが、その心配には及ばない。何故なら私には千夏と言う友が居るからだ。

 

「チナツー、ソウダンッテなにー?」

「あ、うん……実は、いえ、仮にね……リリアが4つ子の次女だとして……妹2人が同じ人を好きになったり、二人の妹になんていう?」

 

 えっと、きっと自分の事だよね?

 

「……えッと、チナツのはなし?」

「……そ、そうともいえるかな……」

「ソ、ソウ」

 

そうとしか言えないのではないかと、思うが口を閉じる。

 

「私はその二人の背中を押して、それでその想い人にも幸せなって欲しいから……応援しようと思ってたんだけど、どうしてか、心がざわつくの……どうしてかな?」

「……ウ、ウーん、ドウシテカナ?」

「私、こう見えてかなり意外だと思うんだけど、がさつって言うか。小さい事は気にしないって言うか」

「……」

 

こう見えて……どう見ても……。

 

「でも、なんか……ちょっと、だけ……心が落ち着かなくて……それが頭から離れなくて」

「……」

 

 

頬が少し綺麗に紅葉する。もじもじし始める、どした? 

 

「ど、どうしたら良いと思う?」

「う、ウーン、スキシタラ? スキナラエンリョスルコトもナイとオモウ」

「好きって言うか……その、家族的な意味での私は好きだから……」

 

 

何やら、本人はもどかしい心境のようで、複雑そうである。私と千夏が教室の一角で話していると、誰かが私達の間に入るように歩み寄ってきた。

 

 

()()()()()()()

 

あ、千花ちゃんだ。目元が隠れているから千夏は幽霊みたいで怖いらしいけど、別に悪い子じゃない。まぁ、私も初見で帰国子女ないでしょ? と言われのでちょっと苦手である。

 

「ふぇ!」

「あ、ごめんなさい」

「あ、き、気にしないで! わ、私が勝手に驚いただけだから! ご、ごめんなさい!」

「うん、大丈夫。それより」

「あ、切り替え速い」

 

 

 

本当に何も気にしていなそうな千花ちゃんは、そう言うのいらないんで……みたいな雰囲気で手で制し、話を変える。千花ちゃんが千夏に何のようなんだろう。

 

 

「千夏さんは、魁人さんって人と同棲してるんでしょ?」

「あ、うん……そうだけど」

「僕が相談があるって、前の場所で待ってるって言っておいてくれないかな?」

「あ、うん。分かったわ……E? ごめん、よく話がわからなかったわ。もう一度、始めからお願いしてもいいかしら?」

「え? ()()()()()()……」

「あ、そこよりちょっと後かな……私が聞きたいの」

「……?」

「前の場所ってら辺かな……私が聞きたいの」

「あ、そういうこと。でも、そのまんまの意味だよ」

「ど、どういうことなのよ……えぇ……わ、私は秋と冬になんて言えば……」

 

千夏はあわあわと慌てている。まぁ、確かに千花ちゃんの言い方的にちょっと含みがあるような気がする。

 

千夏はパニックのようになってしまって、千花ちゃんは首をかしげて自分の席に戻って行った。私には、大体分かっている。千夏もね、年頃だから好きな人もね……。

 

頑張れ! 千夏! 貴方がナンバーワンだ!

 

 

◆◆

 

 

「うーん」

「どうしたの?」

 

学校から帰宅した私の妹である秋が今のソファで難しい顔をしている。宿題を終えて、やるべきことを終えた秋。一体何を考えているのだろうか。

 

「むむ……なんでもない」

「いや、無理があるでしょ」

「えっと、夕食考えていた! カイトに美味しいものを食べさせたくて」

「ふーん、そう」

「我、カイトの為に美味しいの作る! 健康にも気を遣う!」

 

 

一体いつから、こんなにもこの子は成長をしてしまったのか。そんなものを忘れてしまった。もう6年生だし、成人に以前よりも近いから別に不思議な事ではない。

 

魁人が好きだから、支えてあげたいから積極的なんだろうけど。

 

「そんなに魁人が大事なの?」

「うん!」

「好き?」

「好き!」

「……そ」

「千夏は?」

「……そりゃ、好きよ」

 

 

恥ずかしいんだけど。あんまり好きとか言わせないで欲しい。冬と春は一緒にテレビを見ていたので特に邪魔をしないように、私は一回のリビングを出て、二階に向かう。

 

彼の部屋に入って、彼の寝ているベッドに体を預ける。とても大きなベッド。明らかに一人用ではない。彼の両親が使っていたベッドを使ってると言ってたけど。

 

 

受け入れてくれたことが嬉しかった。異端であった。普通ではなかった。そんな自分達を……。でも、おかしい。

 

それで満足であった。そこが自分にとって頂点であったはずなのに。

 

それなのに、今自分の中に渦巻いている複雑な感情は何だろう。大きな大きな飢えともいえるような欲求不満。

 

あれ、私は。どうして、満足をしてないんだろう。不満が広がって行く。何だか気持ちが悪い。寝よう、少し、疲れているのかもしれない。

 

私は夕食の時間まで眼を閉じて眠りに落ちた。

 

 

■◆

 

 

「――千夏、千夏」

 

誰かが私を呼んでいる。暖かくて、思わず笑みがこぼれてしまうような声。眼を開けて、見上げる。

 

「そんなに寝ると寝れなくなるぞ? ほら、もうご飯らしいから」

「魁人……」

 

 

いつものように優しく笑みをこちらに浮かべる彼を見ていると自然と甘えたくなってしまう。

 

「ギュってして」

「え?」

「いいから……」

「わ、わかった」

 

 

彼は戸惑っているのか、少し言い淀む。だが、優しく私を抱き上げて、ハグをしてくれた。ワイシャツに顔をうずめる。

 

「お腹がすくのよ」

「え? じゃあ、ご飯食べるしかないな」

「そういうのじゃなくて……良く分かんないけど。例えるならお腹がすく感じ?」

「そうか……?」

「でも、今は良い感じに満たされてきた……」

「そうなのか……俺も眠りから覚めた後はそんなに空腹感は無いな」

「そうじゃないわ」

 

 

全然分かっていない。自分でも分かっていないが、彼の言う事は絶対に違う。

 

こうやって顔をうずめていると、自然と満たされていく。ようやく自分の感情が頂点になる。これって、一体なんだろう? どんな状態なんだろう?

 

彼にちゃんと伝えたい。私はこんなにも荒れているのに、彼は涼しい顔をしているから。ちゃんと私の現状を分かってほしい。

 

「ねぇ」

「ん?」

「私、魁人が居ないと生きられない体になったかもしれないわ」

「……それ、外では絶対言うの止めような」

「え? なんで?」

「なんでもだ。あと、千秋と千冬と千春にも言ったらだめだ。俺と千夏、二人だけの約束だ」

 

なんか、凄い慌てている。良くない言葉の選び方だったのだろうか?

 

でも、二人だけの約束か……

 

「えへへ、うん、なら……分かった」

「よし!」

 

凄い喜んでいる。私もなんだか嬉しい。

 

 

「ねぇ……」

「今度はどうした?」

「秋と冬の事だけど……前に話したあれよ」

「あぁ……あれか」

「私、やっぱり相談には乗れないかも」

「え? あ、そうなのか。どうしてなんだ?」

「うーん……なんか……お腹空きそうだから」

「……そ、そうか? ストレスになって過食になるって意味か?」

「それでいいわ」

 

 

そろそろ夕食で皆待ってるぞと言いたげな顔だが、私は無視する。夕食を食べに行ったらお腹空きそうだから。

 

「おーい! 我の作ったゴハン……また、そぼろしてる!」

 

痺れ切らした秋が私を迎えに来たらしい。私と魁人を見て、ぷんすか怒り始める。

 

「魁人あるある……すぐ千夏に抱き着く……」

「そんなことない……はずだ」

「むー、じゃあ、我も抱き着く!」

 

秋が私の隣で彼に抱き着く。焦がれているような視線を向けて、彼と話す。彼も秋を見て、微笑ましそうに頭を撫でる。

 

嬉しいはず、別に否定をしたいわけでも無いのに。

 

……お腹が空く

 

そう言えばと私はそこで思い出す。彼と秋の話を少し遮るように、私はそれを言った。

 

「千花が、魁人に、また話したいことがあるって。前の場所で待ってるって言ってたわ……」

「むー、魁人あるある、すぐ小学生と仲良くなる」

「その言い方はやめてくれ。あ、千夏は教えてくれてありがとう」

 

 

本当は千花との関係性を聞きたい所だけど……なんか疲れたから、今日はいいや。

 

はぁ、何だか本当にお腹空いた……



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91話 千花、即落ち

 久しぶりにベランダに出た気がする。辺りはすっかり暗くなって、街灯の光がチラホラと見える。

 

 隣の家のベランダを見るとあの子がいる。主人公、いや、そんな認識ではいけない。千花ちゃんだ。

 

 目元が隠れているから、表情が完全に読めないけど。彼女はコチラを見ている。千夏から待って居ると言う話を聞いてもしやと思って、来てみたのだが……結構な時間待って居たのだろうか?

 

 

「待ってました」

「ごめん」

「いいです。それより、久しぶりにお話ししましょう?」

「それは良いんだが、相談があるんじゃないのか?」

「はい。それもありますけど、それより僕は貴方との話を楽しみたいんです」

「……そうか」

 

 

高評価だな。一体いつから、こんなに信頼をされていたのだろうか。あ、きっと千春達が学校で一緒に話をしてたんだな。そこで、俺の事を色々聞いて……。

 

 

「魁人さんって、好きな人居ますか?」

「好きな人か」

「あ、(つがい)的意味で」

「言い方悪い! ……まぁ、うん。そう言う意味では居ないな。あとその言い方止めた方が良いぞ?」

「分かりました。でも、そうなんですね……居ないんだ……」

 

 

話はあまりテンポよく進むわけではなかった。ただ、単に言葉を交わすだけ。それだけだが不思議と心は和やかになる。

 

この子には不思議な魅力があるのだろう。

 

あ、変な意味ではないが。何となくだが、千春や千冬、千夏、千秋とも仲良くなってそうだな。そんな気がする。

 

「すいません。少し、重い話をしていいですか?」

「あぁ、構わないよ」

「僕……両親が厳しくて、それでその、あまり自由ではない時があって」

「……」

「でも、別に嫌いって訳じゃなくて……ただ、僕は誰かの人形って思いたくないって言うか……」

「自分で色々決めたいって事?」

「はい。自分で決めて、自分の為に行きたいって言うか」

「そうか……」

 

……この子は言って見れば他人のようなもの。おいそれと口を出すのはどうかとも思うが……。

 

ただ、俺に悩みを言う程に追い込まれているのか。あの子にとっても俺は他人だろう。だが、他人にすら頼らざるを得ない状況ともいえる。

 

 

追い込まれているのなら、千春達の友達なら少しでも力になれれば。

 

 

「……言ってみたらどうかな? 正直に……語ってみるしかないような気がする」

「……僕にはちょっと難しいかもしれません」

「そうか。でも、出来ると思う。ほぼ他人、さらに大人の俺とこんなに会話をするって普通は出来ないし、度胸もありそう」

「……両親に言う」

 

 

この子の両親ってどんな感じなのだろうか。そんなところまでは俺も知らない。ただ、厳しく躾をしてるのは感じるし、ゲーム知識だが知ってる。

 

躾をするって悪い事じゃない。その子を思っているなら当然のことだ。

 

 

「やっぱり難しいか?」

「……はい」

「あー、そうかもな……無理にさせるような事でもない気もするし、どうするかなー。俺は部外者同然だし」

 

 

そう、俺は部外者。他人の家の教育方針について、とやかく言うような身分でもない。ただ、この子も放っておけない。悩んでいると、急に声が聞こえて来た。

 

「千花、何をしている」

「……お、お父さん」

 

 

厳格そうな低い声。それが俺の耳にもこだました。足音が聞こえる。隣のベランダに出てきたのは、白髪の男性。顔立ちは整っており、背も高そう。

 

少し老けている印象もあるが、それでもエネルギッシュなオーラが出ていた。

 

 

「何をしている?」

「その、これは違くて……」

「何をしていると、私は聞いたのだが?」

「すいません……お父さん。お隣さんとお話をしていました……」

「私が何のためにお前に、鉛筆やノート、勉強用の机を買い揃えたと思っている? それは隣の家の良く知らない大人と話す為か?」

「いえ。違います……勉強のためです」

「なら、なぜ……いや、それは今はいい」

 

そう言うと、彼女の父は拳を握り。第二関節の部分を中心にして、彼女の頭に拳骨をした。僅かに鈍い音が鼓膜に響いた。

 

やり過ぎだ……だが、あれは他の家の子。家庭の事情に入り込むのはナシだ。それが常識なのだから。

 

「ぃッ……」

「私の言う事を素直に聞きなさい。それがお前の為だ」

「……はい」

 

彼女はそう言って、俯いた。それを溜息を吐いて見届けると、今度はコチラに顔を向ける。

 

「……君はどうして娘と話していたんだい?」

「……」

 

 

何と言うべきか。彼女に待って居ると言われたからと正直に話してもいいが、それは彼女の立場を悪くする気がする。

 

少しぼかして、事実を伝えるべきか。

 

「すいません。俺が悪いと言うか。夜風に当たるのが趣味なので、その時に勉強の息抜きの為に、風にあたっていた彼女と話していたんです。話していた理由はうちの子が同級生なので学校での様子を聞いていたと言うか…‥」

「……そうかい……千花、それで間違いはないんだね?」

「……」

 

僅かに首頷いた。彼女がコクリと頷く。

 

「はい……」

「そうかい……。君は恥ずかしくないのか?」

「え?」

「こんな時間に、他人の娘に話しかけて談笑をする。それを言っている」

 

……確かにこんな日が沈んでしまった時間に、小学生の女の子にベランダから話しかけるのは良い事ではないとも思う。

 

「すいませんでした。以後気を付けます」

「金輪際、私の娘にそんな軽率な行為は慎んでくれ」

「はい……」

「はぁ、嘆かわしい。これが未来を背負う若者か。私の若い時はね、夜遅くになったら部屋に帰って勉強。君みたいに夜遅くに不埒な事はしなかった。まさかとは思うが、妙なことを言ってはいないだろうね」

「はい。言ってはいないと思います」

 

 

気持ちは少しだけわかる。俺にとって、あの子達が大事な用に、この人にとっても千花が大事なのだろう。だから、檻の中で大事に育てたいのだろう。その気持ちが分かってしまうから。

 

俺は何も言えない。それに他人の家の事情だ。

 

 

「はぁ。あのね、君の家の事情は知らない。だが、年齢的に一緒に住んでいる子も娘ではないのだろう? 今の君を見ていたら、察するよ。甘やかして、碌な教育をしていないと」

 

あぁ、そうかもしれない。俺は甘やかすことしかしていない。言われていることに怒りが湧くが言い返す気にはならない。

 

「あれくらいの年齢の子は自分を律することはできない、更に言えば君のような軽率な事をする子は碌な子にならない。気を付けた方が良い。それにああいう子達は尚更だ」

「……それは、どういう意味ですか?」

 

 

思わず、聞き返してしまう。あちらの事情は分かる。夜に十二歳の娘が、二十歳超えている大人に話しかけれた。

 

その青年に注意をして、二度と同じような事を起こさせない。娘を守りたいと言う意思は俺にも分かる。

 

だから、俺は何も言わないつもりだった。でも、あの子達を引き出されては理性を保てない。

 

「そのまんまだ。昔から、特殊な事情を持った子は健全な成長が難しいと言うだろう。だから、そう言う意味だ」

「……すいません。良く分かりません」

「……はぁ」

 

眼の前の男が溜息を溢す。俺の心は冷えていく。理解力が無くて申し訳ない。だが、俺には何を言っているのか理解できない。

 

「あの子達が……普通の幸福を得るのは難しいと言いたいんですか?」

「……その可能性は高いだろうね。何をされたかは知らないが」

「俺の事はどうこう言ってもいいですよ。俺が軽率だったのも認めます。でも……あの子達だけは気軽に語るな」

 

 

冷えた声だった。俺は自分がこんなにも冷たい声を出せるのかと驚いた。ほぼ、逆上に近いのかもしれない。でも、それでも、出てしまった。流石に相手も失望するだろう。

 

あぁ、我慢できなかった。

 

 

「……はぁ、もう、私の子には」

「――うっさい馬鹿!」

 

 

声が響いた。

 

「カイトを悪く言うな! カイトはそんなんじゃない! 悪く言うな!」

 

千秋だった。いつの間にか。後ろに居た。

 

「それに、なんだよ! あれ! 拳骨ってすっごい痛いんだぞ! 悲しくなるんだぞ! そんなのを娘にするな!」

「……これは躾だよ。それに私の若い頃は」

「関係ない! 自分のされたことだからって、人にやって良いなんてことないんだぞ!」

 

 

千秋が泣きながら、それを言った。ジッと見つめて、その視線に千花も泣き出す。

 

 

「……ごめんなさい。お父さん」

「……」

「僕が魁人さんとお話ししたいって言ったの」

「……ッ」

「僕には相談したいことがあって」

「……どうしてそれを私に言わない」

「だって、言えるわけないから。僕は……僕の悩みはもっと自由に生きたいってことだったから」

「――ッ」

 

 

先ほどまでの厳格な顔が消える。何と表現していいのか分からない。苦虫をかみつぶしたような顔に近い。

 

 

「僕……拳骨嫌だ。すごく痛い……それに塾も辛い。勉強はこれからもするけど……でも、もっと何処かに遊びに行ったり、お父さんは不健全って言うけど、マンガとかゲームもしたい……この年でも恋愛が不純って言うけど、それもしてみたい」

「……」

「お父さんが僕の将来の事を考えてくれるのは分かる。嬉しい。でも、もう少しだけ、僕のやりたいようにさせてくれませんか……」

「……勝手にしなさい」

 

 

静かにそう言って彼は去った。

 

 

「ごめんなさい、僕のお父さん。悪い人ではないんだけど……その、頭が昭和のステレオタイプのテレビって言うか、バブル弾ける前のおっさん価値観と言うか……」

「あぁ、そうだね。悪い人ではないのは分かる」

「本当にごめんなさい。嘘ついて庇って貰ったのに……」

「いや、謝ることは無いよ。俺が勝手にしたことだし」

「千秋ちゃんもありがとうね」

「うん……大丈夫! 千花は頭大丈夫?」

「ありがと。大丈夫だよ」

「そっか、我だけじゃなくて、千春達も心配してたぞ!」

 

 

後ろを見ると三人が顔を窓から出していた。きっと、いや、ずっと全てを見ていたのだろう。

 

 

「ごめんなさい。今日はこの辺で、色々ありがとうございました」

 

 

そう言って頭を下げると、彼女は去った。この後、どうなるのかは俺には分からないが、きっと彼女は本心を語る覚悟が出来たのだろう。

 

 

■◆

 

 

僕にとって、両親は大事な人だ。愛情を注いでくれているのも分かっている。だけど、そこから自由になりたいとも思った事がある。

 

僕もこんなに成長したよと表現したいこともある。でも、選択肢とかが絡んでそれをする事を諦めていた。言う事を聞くのが当たり前になっていた。

 

 

でも、魁人さんと言うイレギュラーと会って、それをきっかけに何かを変えたいと思った。

 

だけど、それはそう簡単に行かない。

 

 

今もそう。魁人さんに嘘をつかせて、庇って貰って、千秋ちゃんも出てきて、泣いて、庇ってくれている。

 

 

このまま、言いたいことを言えずに終わって良いのか。僕の中で衝動が走る。この機会を逃したら、もう二度と変革は無いと。

 

 

お父さんは、金輪際関係を断つだろう。

 

 

そうしたら、僕は魁人さんに……、そう思うと衝動が強くなって……

 

 

思わず、全てをぶちまけてしまった。

 

 

あぁ、僕はなんて、単純な……

 

 

そして、なんて、チョロいんだろう。

 

 

魁人さんたちにお礼を言って、家に入る。そして、お父さんの元に向かう。

 

 

お父さんの後を追う。そして、言いたいことを……

 

 

 

■◆

 

 

 とある夜。月の明かりが魁人を照らす。彼はただ、風に吹かれていた。先ほど、彼女の父に言われたことは、四つ子のこと以外、的を得ている気がしたからだ。

 

 もっと、いいやり方が、方法が。そう思って何度も後悔をする。気持ちを変えたいと、こんな心情では四人に無下な心配をかけると。だから、綺麗な月でも見て、気持ちを切り替えないと

 

 ただ、そう思って、月を見る。

 

 終わりのないような時。何度も何度も、言われたことが彼の中で蘇っていた。

 

 そんな時、隣の家の窓が開いた。ベランダに通ずるその窓から、何かをやり終えた少女が彼に話しかける。

 

 こんな時間にいいのか? と彼は思う。

 

「関係ないです。僕が決めた事。話したいから話す。それだけです」

 

 

少女は笑った。美しいエメラルドのような眼が風に吹かれて見える。少し、遠慮しながらも魁人も笑った。

 

きっと、語り合うことが出来たのだと察する。

 

だが、彼は色々と気にしてしまう性格で直ぐにその場と立ち去ろとする。

 

「ごめん。やっぱり今日は戻るよ」

「待ってください」

「……?」

「スマホ、持ってますか?」

「……持ってるけど、どうしたの?」

「やっぱり……」

 

 

少女はやはりと言う顔をする。あの時、嘘をつかれたと勘付いてはいた。だから、その事実に驚きはない。寧ろ、既知のような安堵があった。

 

少しだけ、頬を染めた。そんなことを自分から、自分の想いで、自分の為に言うのは初めてだったから。

 

 

 

「――あの、もしよかったら連絡先、交換しませんか?」

 

 

そう言って、彼女はスマホを彼に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 



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92話 千花ちゃんの野望

 千花と魁人が連絡先を交換した次の日。学校の準備をして、家を出る四つ子達。バスへ乗って、歩いて教室へと入る。彼女達の頭には昨日の千花の姿があった。一体全体どうなったのか、色々と気になって彼女を待つ。

 

 生徒が次から次へと入ってきて、教室の中は次第に賑わって行く。修学旅行とか、運動会とか、気になる話もあったので談笑しながら千花を待った。

 

 

「もう少しで、運動会だっけ? 早いわねー、季節が巡るのは」

「我、今年個人競技で一番になったら魁人にらーげんダッシュのアイス買って貰う約束する!」

「いいわね! 私はイチゴ味で買って貰うとするわ!」

「我、クッキークリーム味!」

「冬はどうするのよ?」

「千冬は……もしなれたら、チョコミントっス」

「通ね。春は?」

「うちは……マカダミアナッツ味だね」

「うんうん、美味しいわよね……」

「うぅ、我、それ聞いてたらどの味にしようか迷って来た……ハーフ&ハーフ売ってないかな」

「その味はないわよ」

 

 

 千秋がアイスの味がどれが良いのか迷っていると、教室のドアが開いて、千花が教室に入ってくる。四つ子たち以外の一部のクラスメイト達から話しかけられて挨拶を交わす。

 

 その後、四つ子たちに気付いて彼女はニコリと笑って挨拶をする。尚、彼女は笑顔が苦手なのでかなりぎこちないのだが。

 

 

「おはよう。千春さんと千夏さんと千秋さんと千冬さん」

「うん、おはよう。うち達全員の名前言うと長いから、三人の天使+千春さんおはようにすると良いと思うよ」

「うん。分かった。そうするね」

「いやいや、それは恥ずかしいのでやめて欲しいッス」

「そうね。しかも、結局長いし、四つ子ちゃんとかで良くない?」

「我は堕天使ならワンちゃん……」

 

 

 くすくすと笑いながらもどこかノリのいい千花に対して、少しだけ親しみを彼女達は感じた。昨日の事を少しだけ聞こうとしたが、そこで担任の先生が教室に入ってきたしまったので話はうちきりになった。

 

 

 一時間目は体育、体操着に着替えて急いで体育館に全員が向かう。準備運動をして、ドッジボールを行う。一旦休憩のチームがあるのでそのチームは座って仲の良いチームメイト同士で談笑をする。

 

 千秋と千花は同じチームで休憩なので一緒に座って試合を眺めていた。暫く見てると千夏が真っ先に外野へ行って千冬もボールをワンバウンドで相手にパスをし、外野へと送られる。千春がちょっと無双するが結局外野へ。

 

 応援をする千秋だが、三人が外野へ行ってしまうと声援が少し小さくなって次第になくなった。そして、隣の千花に向かって、おどおどしながら、気遣うように聞いた。

 

「昨日の……大丈夫? 頭とか……」

「心配してくれてるんだ……ありがと。僕は大丈夫」

「……そっか」

 

 

 そう言って千秋は無意識のうちに千花の頭を撫でた。以前カイトが自身にしたように、彼女も千花へ慰めるようにそれを行う。

 

「あ、ごめん」

「いいよ、なんか嬉しいから。千秋ちゃんは……」

 

 

(どんな両親だったのかみたいな質問は止めておいた方がいいかも……なんか、千秋ちゃん達って複雑な感じがするし……それより)

 

 

「魁人さんと千秋ちゃんはどのくらい一緒に暮らしたの?」

「うーん、もう少しで二年、かな?」

「へぇ……二年も居れば色々分かるでしょ? 魁人さんの好みとか」

「ふふふ、魁人は我が好きだぞ! よくそう言ってくれる!」

「へぇ……」

「千春も千夏も千冬もちゃんと好きだぞ!」

「そっか……」

 

 

(へぇ……やっぱり凄い愛されてるんだね。なるほどなるほど。良い家族の形な感じなんだね)

 

 

「他にも何でも聞いて良いぞ! カイトの得意料理とか!」

「ううん、これ以上は良いかな?」

「そう……」

 

 

(あ、露骨にしょぼくれた。話したいんだろうな。まぁ、しょぼくれた千秋ちゃん結構可愛くて好きだけど……折角連絡先貰ったんだし、自分で聞かないと損だよね?)

 

 

(話のタネ、無くなるの凄く持ったないしね)

 

 

(うんでも、ちょっと話してあげようかな?)

 

 

「もうすぐ、運動会だね」

「そう! カイトがね! 凄い美味しい弁当作ってくれるって!」

「そっか、後修学旅行とかあるね」

「今年京都らしい! でも……我、カイト居ないと寂しくて眠れないから心配なの」

「僕も家が恋しくなる時あるから気持ちわかるよ」

 

 

二人が話しているとドッジボールの試合が終わって二人のチームの出番がやってくる。

 

「そろそろ、試合だから行こう。千秋さん」

「うむ! 我無双する!」

 

 

そして、無双した。千秋もだが、千花もとんでもなく運動神経が良いので相手チームはボコボコにされ。

 

――千花と千秋は組ませてはならないという暗黙の了解が出来た

 

 

 

◆◆

 

 

 所沢市役所。そこで魁人が何やら針を持って縫物を行っている。オシャレな赤い服のボタンがほつれてしまっているので何とか直そうとしている。

 

 

「昼休みにそれやるか?」

 

 

 魁人の隣の席の佐々木が呆れた様子でカップラーメンをすすりながら呟いた。

 

「時間があるからな。これ千秋のお気に入りだから早めに直しておきたい」

「前から思ってたけど、過保護過ぎないか?」

「前から思ってたんだが過保護って、その基準って何だ?」

「えぇ、質問を質問で返すなよ……まぁ、お前みたいな奴が基準じゃないか?」

「小学生の頃から子供の裁縫って普通やらせないと思うがな。それに割と何処の家もこれくらいは普通だ」

「確かに俺も小さい時に、自分で自分の服を直すってあんまりしないな」

「洗濯だって、親がやってただろ? 食事だって親が用意してただろ? 割とそれが普通なんだ。俺が過保護なら皆か保護だ。親がどれだけ大変か、改めて全国の親御さんたちの凄さが分かる」

「そっかぁ、俺の家も過保護だったのか」

「それに、我が家は夜食を作ってくれたり、偶に朝食も作ってくれる。過保護ではないと証明できるな」

「そ、そうとも言えるのか?」

「そうとしか言えない」

 

 

魁人を見て、これは過保護ではなく親ばかなんだろうなと佐々木は感じる。カップラーメンを食べ終えて彼は思い出したかのように魁人に問う。

 

 

「夏にある社員旅行どうする?」

「俺は行かない。千春達は小学生だ。そんn四人は放っておけないし」

「そう言うと思った……でも、良いんじゃないか? 偶には一日二日くらい留守番させても。俺一人だと話せる人居ないしさ」

「お前の事情は知らんが……やっぱり家は空けたくないなぁ。心配なんだ」

「全然大丈夫だと思うが」

「その油断が怖い……よし、できた」

 

 

魁人は糸を切って裁縫道具やら何やらをしまう。そんな彼の姿を見てやはり、親ばかに完全に染まってしまったと佐々木は感じた。最近は運動会の為に高性能カメラを買ったとか言い出す始末。

 

 

「俺は親が家に数日以内時が小学生の時あったけどな」

「……俺も頻繁にあったよ。高校生とか中学生とかの時もあったけどさ。意外と寂しい物さ」

「いや、四つ子だろ。一人じゃないだろ」

「そうかもな……寂しいのは俺の方かもしれないな」

 

 

 そう言って全部をしまい終わって携帯をいじりながら魁人は昼ご飯を食べ始めた。今日は千夏特製、おかかおにぎりである。

 

 

 シンプルだが一生懸命千夏が、朝全く起きれない千夏が無理に起きて眠気でウトウトしながら作ったので魁人はありがたく噛みしめながらそれを食す。

 

「あ……」

「どうした?」

 

 

 魁人の顔が点のようになって、酷く間抜け面だったので佐々木が反応する。

 

「……祖母と祖父がこっち来るって」

「いいジャン別に。あ、そうだ! 預かって貰えよ! 社員旅行の際中!」

「いや……言ってないんだ」

「なにを?」

「千春達を引き取った事」

「……どう説明するの? 来ちゃうんだろ?」

「……誤魔化すか……いやでも、千春達は隠すような子達じゃないんだ。どこへだしても恥ずかしくないんだ!」

「いや、知らん。正直に言ったら?」

「……怒るだろうな。特に祖父の方が……」

「え? 怖いの?」

「怖いって言うより……この年で叱られたら恥ずかしいというのが二割、怖いのが八割」

「怖いんだな。どうする? 断るか?」

「いや、もう、来るって言うから……」

「彼女出来たって言えば? 同棲してるとか」

「その嘘はバレるな……多分……祖母がその辺鋭いから」

「どうするん?」

「取り合えず、断って見るか……いま、彼女が居て……」

「どうなるか。見ものだな」

 

 

 魁人の困った表情を見て、社員旅行に魁人が付いて来てくれたらボッチじゃなくて良いなと彼は感じた。



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93話 千花ちゃんの野望2

 五月は中だるみの季節と言われることもある。暖かい気温、陽気な天気、新しい学期が始まってからの慣れが重なってしまうからだろうか。それともそう言うジンクスがあるという勝手な思い込みから来るのだろうか。

 

「……我眠い」

「ダメっスよ。宿題してからじゃないと」

「うぅ、でも眠い」

「それでも……夏姉も起きて」

「……もう、無理よ、学校、一日頑張って宿題とか無理の無理の無理」

 

 学校の宿題がなかなか終わらない千秋と千夏。六年生になって勉強も以前とは一段階、難しくなっているという理由で鉛筆が走らない。千秋と千夏は頭を使いすぎて机に伏してお眠りタイムに移行をしようとしている。

 

 だが、それをよしとしない四女である千冬。長女である千春は直ぐに甘やかして答え教えてあげたり、問題の解き方を教えてと二人に頼まれて、そのまま千秋と千夏のあざとい仕草でなし崩しで結局全部教えてしまう。確かにそれだと宿題は早くに終わることは間違いはない。

 

 しかしそれは、二人の勉学の力にはなっていないだろう。だからこそ、千冬の中には自分がしっかりしないとと言う使命感と断固として答えを教えない鬼の姿勢で二人の前に立っていた。

 

 

「うぅー、ねーねー教えて?」

「あ、いや、うちは……」

「ねーねー、助けて」

「分かった!」

「いや、意思が弱すぎっス、春姉」

 

 

 

 千秋の甘えるような声と、うるうると輝く宝石のような瞳で千春は胸を抑えて苦しみだすかと思いきや、一瞬で教えてあげようとニコニコ笑顔。

 

 

「約束したっスよ。秋姉と夏姉には答えとか教えてあげないって」

「大丈夫、答えは教えないから」

「そう言って全部教えるのがいつものパターンっス」

「……だ、大丈夫!」

「ダメ」

「そ、そんな事言わないで……うち、最近お姉ちゃんとして活躍出来てないから焦りもあるの」

「いや、知らないっス」

「春……いや、春お姉ちゃん! 私に教えて!」

「千夏! うん、分かった!」

「夏姉も宿題は自分で!」

 

 

――ピンポーン

 

 自分でやってと言おうとした瞬間、家のインターホンが鳴った。一体全体誰が来たのか、魁人が帰って来るには早すぎる時間帯、それに魁人は律儀だからそう言う時は電話の一本でも入れてくるだろうから、来たのは全然知らない人なのだろうという事は彼女達に予測できた。

 

 

  魁人に自身が居ない時は基本的に居留守を使うという事は教え込まれている四人。なので、返事はしないが気になって、玄関ドア付近に配置されている、カメラで確認をする。

 

 

 そこには黒色の髪の毛が目元まで伸びており、眼が見えないが鼻立ちなども綺麗で、背丈も自身達と変わらない幼めの少女が犬を抱えて立っていた。彼女の姿は四人も良く知っている。千花だ。

 

 学校でも一緒のクラスであり、偶に一緒に話したりもする。勉学の事を話したり、以前の一件の事が心配であったりもする。とは言っても物凄い仲が良いかと聞かれたら判断にも困る相手。

 

 まだそれなりに時間を重ねているわけではない。それに四人は警戒心も人一倍強い側面もある、魁人からの言いつけ。迷いがあった。

 

 でも、友達が家に訪ねてきてくれるなどと言うのは初めてであった。友達が来たのに無視をするというのも気が引ける。

 

 

「……いらっしゃい」

 

 

 千春が家のドアを開けて、彼女を出迎える。

 

 

「いきなり、迷惑だったかな?」

「うんうん、そんなことないよ」

「……どうかしたの? なんか、元気がないような」

「大丈夫、ちょっと……なんでもない」

「そっか……」

「その、抱っこお犬さん、家族?」

「うん、そうなの、名前はワンダーって言うんだ」

「ワンダー……犬だけに……ふっ」

「え? 笑う要素有る?」

 

 

 千花と千春は向かい合って笑う。ワンダーと言う名前にちょっとだけ、ツボッてしまう千春。クスクスと笑いながら彼女をリビングに案内する。

 

 

「前に千秋ちゃんが犬を見てみたいって言ってたんだ」

「なるほど、それでわざわざ一緒に来てくれたんだ……ありがと」

「どういたしまして、でも、僕も気になってたから」

 

 

 部屋に入ると、先ほどまで眠そうにしてた千秋の眼がパッと開かれる。

 

 

「千花! そのお犬さん!」

「うん、前に約束してたからさ、紹介しようと思って」

「わぁぁ!! ありがと! 可愛い!」

 

 

 彼女が柴犬であるワンダーを座りながら床に下ろす。柴犬のワンダー、見慣れない景色と人にキョロキョロ辺りを見渡すが人懐っこい性格であるので直ぐに適応する。

 

 ワンダーは膝をついてジッと見つめてくる千秋を見つめ返す。

 

 

「おいでおいでー」

 

 

 千秋が両手を広げると小さな小さなワンダーは彼女の膝の上に手を乗せた。

 

「うわー-、可愛いー!!!」

「わん」

「うわぁぁ、めちゃ可愛い」

「くー」

 

 

 千秋はワンダーに感激していた。ただ、彼女は柴犬が繊細な種であると知ってるので自分から触れたりはしない。千春はそんな千秋とワンダーを見て、疑問を呈する。

 

「柴犬って、人懐こくないって聞いたことあるけど」

「僕のワンダーは意外と人懐っこいよ。ただ、ベタベタされるのはあんまり好きじゃないから、ほどほどにね」

 

 

 

「きゃー!!! 最高に可愛いじゃない!!」

「そうだろ!? 我ももう、心がどきどきしてるー!」

 

 

 千夏と千秋、そして、実は犬とか凄い好きで何とかして関わりたい千冬もこっそり遠くでジッと見ていた。

 

 

「我も、新しい家族が欲しい!」

「私も!! やっぱり癒しよね!!」

「千冬も……」

 

 

 柴犬ワンダーをキラキラした眼で見ながら新たに家族が欲しいなって三人は考える。猫か犬か、インコとか、ハムスターとか期待が頭の中にあった。

 

 

「三人共、凄い喜んでくれてよかった」

「ワンダーも可愛いけど、うちの妹も可愛いでしょ?」

「確かにね。否定はしないけど……それより、魁人さんの家って大きいんだね」

「急に話題変えて来た……まぁ、お兄さんの家って元々、お兄さんの両親も住んでたらしいから広く見えるかも」

「へぇ……そっか」

 

 

 千花はそこから特に聞くことは無かった。そして、ワンダーに時間盗られて、宿題は終わることも無かった。

 

 

◆◆

 

 

 千花が家に帰って、暫く時間が経った後、いつも魁人が家に帰ってくる夕暮れ時の時間帯。

 

「ただいま」

「お帰りお兄さん」

 

 

 玄関には千春だけがお出迎えである。ワンダーによって時間がとられたので未だに宿題が続いており、三人はリビングで頭を痛めている。いつもなら四人の出迎えであるが千春オンリーと言うのは珍しいなと魁人は感じた。

 

 

「三人は宿題なのか?」

「うん。今日はワンダーに全部もってかれたから」

「……? ワンダー?」

「あとで、詳しく話します」

「そうか……それで、何かあったのか? 様子が……いつもと違うように見えるけど」

「……」

 

 

 魁人は千春の様子がいつもと違う事に気付いた。千春は表情に妹が絡むと話は違くなるが、そこまで変化は出ない。だが、今、彼の眼の前にいる千春は不安の影が僅かに刺しているような気がした。

 

 

「あの……」

「遠慮せずに言っていいぞ? 学校での悩み事か?」

「いえ……その、お兄さんが、自分がいない時は危ないから誰も家に入れてはいけないって……言ってたから……」

「あぁ、言ったな。ここら辺で事件とは聞かないけど、一応と思って……」

「でも、その……今日、千花が、家に訪ねてきたから……約束破って家に入れてしまいました……ごめんなさい」

「……謝る事じゃ……」

 

 

(いや、そうか……この子達はずっと言いつけを破ったり、逆らったりしたら、酷い仕打ちにあってきたから……)

 

 

(俺がそれをやってはいけないって言ったことを、律儀に守っていたのか……。守らないといけないって強迫観念のような物に囚われていたのかもしれない)

 

 

 

「気にしなくていいよ。俺が言う事が全部じゃない。自分で考えてそれをやったのなら否定はしないし、怒りもしない」

「……よかった。怒られたらどうしようって……思ってました」

「大丈夫さ。怒らないからな、ただ、危ないからな。知らない人が来たときはドアを開けたらだめだぞ?」

「はい」

「なら、よし。俺はこれから夕食作るから、手伝ってくれるか?」

「勿論。最近、うちはゆで卵の達人です。黄身の柔らかさも自由自在。中々料理で妹達にデカい顔できなかったうちだけど、最近調理場での存在意義が出てきました。お兄さんも刮目して」

「あ……」

「どうかしたの? お兄さん」

「いや……その、今日帰りにとある店に寄ったらこんなの売ってたんだ」

 

 

 魁人が鞄の中から、可愛い卵型のひよこのようなプラスチック容器の何かを取り出す。丁度、卵同じ位の大きさ。

 

 

「これ、エッグタイマーって言って、百均ショップで買ったんだけど……」

「まさか……」

「これ、あの……一緒に卵と茹でると、黄身の柔らかさとか直ぐに分かる奴……しかも、硬い奴とは、半生とか、凄い分かりやすい、らしい……」

「うちが、頑張ってここまで来たのに、やっと妹達にキッチンでの価値を認められたのに……お兄さんは邪魔をするんだね」

 

 

 千春は全てに絶望をした様な表情で魁人を見つめた。自身があんなにも頑張って緻密に、積み重ねてきた、変幻自在の卵を見極める眼。それを百均で超えられた時の絶望感。

 

 そして、こんなものが存在を許された日には、この家のキッチンに導入を許された日には、自身の存在意義は無くなり、そして、千秋と千夏と千冬には危ないからキッチンから出て行けと、シェフとしてクビを宣告されるだろう。

 

ようやく、四人そろって料理が出来るという理想郷が形作られていたのに、百均の可愛い便利グッズに潰される彼女の心境は誰にも分からないだろう。

 

 

 

「そんなことはないんだが……うん、これは取りあえず、買ってこなかったという事にしておこう」

「お兄さん……グッジョブ」

「取りあえず、今後もゆで卵担当して頑張ってくれ」

「分かった。任せておいて」

 

 

 

 魁人は自身は何も買わなかったとして、それを鞄の中に戻した。そして、千春の茹で卵の必要価値は何とか守られ、これからも時折、調理場に入ることは許された。

 

 

 

 

 

 仕事が終わり、夕食を食べた後、魁人がどうしようかと迷いながら、スマホを睨む。

 

 

 

 

 

<3 おばあちゃん       ☎ 三

 

「白」 最近どう?

 

             特に変わらない「俺」

 

「白」おじいちゃんがそろそろ会いに行こうって

 

             ちょっと無理かな……「俺」

 

「白」どうして?

 

 

 

 

「どうしたものか……」

 

 

 魁人はずっと千春、千夏、千秋、千冬を引き取ったという事を祖母と祖父に話してはいなかった。それは色々と理由はある。

 

 まず一つは単純に心配をかけたくないと言うこと。魁人の祖父と祖母はかなりの高年齢である。体力的な面や、経済的な面でも、精神的な面でも色々と心配をかけたくないとする魁人の気遣い。

 

 

 そして、もう一つは祖父にかなり厳しいことを言われてしまうだろうという予測。恐らくだが、四人を別の保健所にでも預けるべきと言う事は魁人は予測できていた。

 

 なぜ、そんなことを言うことが予測できるのか。それは、魁人の両親に特に深い理由がある。

 

 母と父は両者共に体が酷く弱くて、父は病気にそれが重なって、死んでしまった。魁人の母親は交通事故だが体が弱くて、体調を崩すことは何度もあった。祖父と祖母は母方の両親である為、母親の体調が心配であったという過去もある。

 

 

 そして、配偶者である父も体が弱くて病気で死んでしまった人との子供である魁人も心配で仕方ない。魁人は何度も風邪を引いてしまったり、気分が悪くて頭痛薬を飲んだり、を繰り返している。

 

 その原因はなにか、魁人の祖父はきっと急に四人も子供を引き取ったからと感じるだろう。他人の子よりも、自身の孫を優先するスタンスは当然だ。そして、魁人にそんなことを言えば、それは当然四人の耳にも入る。

 

 

 魁人は……四人を引き取るときにそこまで深くは考えていなかった。ただ単に心配をかけまいとだけ、考えていたが、今は四人を愛している。お前たちが原因で魁人が体調を崩したなど言われたら、深く傷ついてしまうため、なかなか言い出せない。

 

 

 

「魁人、どうしたのよ?」

「いや、なんでもない」

「む、なんでもないって顔じゃないわ」

「そうだ! 魁人! 何かあれば聞くぞ!!」

 

 

千夏と千秋が魁人の様子の変化に気付いた。千春と千冬も気になって魁人に目を向ける。魁人は何を言うべきか、迷った。全部を言う必要もない。言わなくてもいいことを言って傷をつけるのは意味もない。

 

 

ただ、実は祖父と祖母に引き取った事を伝えて良いのかもと思った。ここで何も言わなければ信頼をして貰っていないと四人が感じるかもしれないと思ったからだ。

 

 

「あー、実は……」

 

 

 魁人は祖父と祖母に四人を引き取った事を秘密にしていたことを話した。そもそも四人は魁人に祖父と祖母が居たことするら、ちゃんと認識してなかったのでかなり驚いた様子だった。

 

「ごめんな、急に……爺さんと婆さんには言う機会がなかなかなくて先延ばしになってたんだ……」

「そう……私は別に気にしてないけど……魁人はそれを言うつもりなの?」

「どうしようか、ちょっと迷ってるな。今更言うっていうのも……」

 

 

 千夏は魁人がかなり、言葉を選んでいるなと言うのを感じ取った。まず、何も言わないって選択肢をすれば自身達の事を信頼してないって思わせてしまう。

 

(……魁人の事だから、きっとおじいちゃんとおばあちゃんに心配をかけたくないって言葉も私達が面倒事みたいに聞こえちゃうの避けてるのね……)

 

 

(まぁ、それに、知らない大人二人って意外とまだ、怖いって印象もあるし……。魁人的にも色々言いたくないってことなのかも……)

 

 

「うーむ、カイト的には言うのを少し、先延ばしにしたいって事か?」

「そう言う事になるかもな」

「そうか! ならいい方法があるぞ!」

「どんな方法なんだ?」

「ふふ、我は最近恋愛ドラマにはまっているからな! カイトが彼女とか居るって言えば良い!」

「彼女……いないぞ、俺は」

「我が一時的になってやる! ほらほら、こうやって二人で写真でもとって、証拠写真として送れば!!」

「おー……いや、この写真は余計にコッチに来る理由を増やすかもな」

 

 

 千秋と一緒に撮った写真、だが、小学生と成人したての男性が彼氏彼女の関係だとして、送った場合、余計に魁人の家に来る理由が一つ増えるだろう。

 

「む……我では不満か?」

「いや、そう言う問題ではないんだ……すまん」

 

 

 膨れっ面の千秋を宥めながら魁人はどう収集付けようかと悩む。千夏はそんな彼を見て、ふと思いついた。冷蔵庫からトマトジュースとそして、千春の手を引いてリビングを出て二階に上がって行く。

 

「千夏?」

「ちょっと、協力して」

 

 彼女はトマトジュースをかぶ飲みして、カイトがいつも寝ている部屋のカーテンを開ける。綺麗な満月の光を浴びて、彼女は成人頃のにまで成長した。そして、彼の部屋に未だ置いてある、クローゼットから彼の母親の服を借りる。

 

「このブラ、どうやってつけるの……?」

「うちが、やるからじっとしてて」

 

 

 千春も察して、彼女のコーディネートを色々と手伝う。黄金の髪、成人して大人びている体と顔つき、間違いなく、今の彼女は絶世の美女。

 

 体は凹凸があるのにいやらしさを感じない、ただの美の一点。眼はいつもと違う紅蓮のような眼であるが怖さもない。ただ、千夏からすると今の姿はちょっと自信が無いのかもしれない。

 

 

 眉がちょっと下がっている。

 

 

「可愛いって言うより、美しいって感じがするよ」

「そう……私はあんまり感じないけどね」

「うちはそう感じるよ」

 

 

 淡泊にそれだけ言って、彼女はリビングの扉を開ける。不安もあった。受け入れてくれたけど、自分に自信がある訳じゃない。寧ろ、全くないとでも言えるほどだ。

 

 

「魁人」

「……千夏」

「私がこれで写真撮れば、どう……?」

「ごめん、気を遣わせてしまったな」

「謝らないで良いから。それより、魁人の役に立てるなら、それでいいわ」

「……そうか……でも、やっぱりごめん」

 

 

 魁人は何かに恥じたような顔だった。自分の後回しにしてしまった弱さに、四人に気遣いとさせてしまった恥ずかしさに。それに大事な事に気づいていなかった愚かしさに。

 

 

(四人は、隠すような子達じゃなかった。自慢の子だ。だから、ちゃんと話すことにする。こんだけ可愛くて、気遣いも出来る、凄い子なんだから)

 

 

(ちゃんと、話そう。それが、これまで後回しにしてきてしまった俺の責任だ。取り返さないといけない。言うべき人に言って、納得してもらって堂々と自慢の子だから心配いらないって言ってやる)

 

 

「それと、ありがとう。今の千夏は凄い素敵だ、自慢の子だよ」

 

 

 ちょっと、電話をかけると言って魁人は部屋を出た。千夏は頬を赤くしながら髪の毛を少しだけいじって、恥ずかしさを紛らわせていた。

 

 

「そういうのを、今言わないでよ……バカ」

 




すいません、更新遅くなりました。中々、続きを考えるのは難しい……ただ、感想欄とかでアイデア貰ったりするので、何かあったら活動報告の方にお願いします


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94話 登場、じっちゃんとばっちゃん

 俺の父親方の祖父の名前は白野歳三(はくのとしぞう)、祖母の名前は白野美恵(はくのみえ)という。この世界がゲームに近しい世界であると言う記憶が戻る前から、ずっと気にかけてくれている。

 

 あの二人からしたら、俺は小さい頃からずっと大事に見守ってきた孫なのだ。その二人に四人の事を黙っていたのは素直に謝らないといけない。だけど、あの二人が何て言うのか。

 

 もし、今すぐに離せとか言い出したらどうしたものか。祖父と祖母は俺の体調の事を強く気にしている。四人も子育てをするのは厳しいと言う結論に至らないとも限らない。

 

 どうなるのか、俺はきになっていた。二人が家に来るまであと少し、もし最悪の想定通りになった時にどんな言葉をかけるべきか考えていると……

 

「カイト?」

「千秋……」

「大丈夫? 我が相談に乗ろうではないか!」

「あー、ありがとう、でも、今は大丈夫だ」

「本当?」

「うん」

「もし……魁人のおじいちゃんとおばあちゃんが……なんでもない……カイト、なんかあったら何でも言ってくれー」

「おう」

 

 

 千秋に気にかけさせてしまったなぁ。千秋達は最初は二階にいてくれと言ってある。祖父たちと話を通すのは、俺が話をまとめた後にすべきだと思ったからだ。

 

 しばらく考え込んでいるとインターホンが鳴る。

 

 来たか。そう思って家のドアを開けると、見知った二人の顔があった。

 

「あらあらあら、魁人、久しぶりねー」

「ばっちゃん。久しぶり」

「まぁ、話し聞かせて貰おうか」

「じっちゃんも相変わらず強面だね」

 

 

 強面で厳格な雰囲気を感じるのが白野歳三、じっちゃん。ほわほわして優しそうなのが白野美恵、ばっちゃん。二人は靴を脱いで家に入るとそのまま手洗いうがいをしてリビングに入る。

 

 互いに座り、そして向かい合う。あちらはこちらから話を切り出すのを待ってるようであった。

 

「まぁ、連絡をしたとは思うんだけど……子供四人と一緒に暮らしているんだ」

「一言、何故言わんかった」

「いや、心配をかけたくはないと思ってさ」

「そうか……そう言うとは思っていたが……まぁ、お前が決めた事なら儂からは何も言わん」

「……」

「どうした?」

「てっきり止めると思ってた」

「まぁ、止めることも考えた。儂からしたらお前だけが孫だから、なんで他人を育てる必要があるのかとも。だけれど、お前がどこか楽しんでいるような気がした。前にあった時とは明らかに変わっている」

「そうねー、おじいちゃんの言う通り。私もそんな気がするわー」

 

 

 思わず拍子抜けをしてしまう程に、二人は俺が子供四人を引き取った事を承諾してしまった。いや、既にしていたような気さえする。

 

 

「それで、お前の引き取った子はどんな子なんだ」

「気になるわー、とっても、気になるわー」

「あ、二階に居るから呼んでくるけど……怖がらせないでくれよ」

「無意味に威圧する性格じゃない」

「おじいちゃんは顔が怖いから、それを言ってるのよねー?」

 

 

 相変わらずばっちゃんはほわほわしてるなぁ……。この人は最初から反対するとは思っていなかったけど……。じっちゃんの方は頭が固いイメージあったから絶対反対すると思ってた。

 

 もしかしなくても既にばっちゃんがここに来るまでに説得とかしてくれていたのだろう。相変わらず、優しいばっちゃん。

 

 

 二人に四人を紹介するために二階に登って、四人の部屋をノックしてドアを開ける。

 

「カイト、どうだ?」

「問題なかったよ。このままでいいって」

「おー! 良かったぁ! 我凄く嬉しい! どのくらい嬉しいかって言うと三日連続でハンバーグ食べた時の百倍くらい嬉しい!」

「そっか……俺も嬉しいよ」

「我とお揃いだな! じゃあ、今日は記念でハンバーグね!」

「うん」

 

 

 千秋が嬉しそうにしてくれるとこっちも余計に嬉しくなるなぁ。彼女の後ろで千春、千夏、千冬もほっとしているようで胸をなでおろしている。

 

「それで、じっちゃん……おじいちゃんとおばあちゃんが千秋達と話してみたいって言っているんだけど、大丈夫か?」

「な、なに?」

 

 

 千秋はいきなり氷河期に入ったように固まった。千秋だけではない、千春達もだ。四人は今まで年配者で良い人とは接したことはないからちょっと怖いのかもしれない。

 

 既に程遠い程、全くないと言えるほどに離れた親族たちには両親含め敵の許せる人は居なかったのだから、僅かに怖さがあるのだろう。

 

「無理にとは言わないけど……今日は止めておこうか?」

「いや、我は行くぞ……ただ、ちょっと緊張するからカイトに一緒に来て欲しい」

「勿論、一緒に行くよ」

「よし、なら行こう! ほらほら、千春達も行くぞ、我達が普段から物凄く良い子であるとアピールしておかないといけないからな!」

「まぁ、そうね」

「秋姉の言う通りっス……」

「勿論三人が行くなら、うちも行くよ」

 

 

 俺を先頭に千秋、千春、千冬、千夏の順番に階段を下りてリビングに入る。すると、眼をパチパチしながらばっちゃんが四人を見た。

 

 

「あらあらあら、可愛いわねー、お名前は何て言うの?」

「ち、千秋です! 我凄く良い子です! 宿題忘れたことないし、脱いだ服は裏返しのままにしないで、ちゃんと返して洗濯機に入れます! あと、勉強凄く頑張って迷惑とか全然かけません! ……だから、カイトとこれからも一緒に居ていいですか……?」

「あらあらー、こんなに可愛いのに、しかもいい子なのねー。勿論よー」

「えー、やったぁ!」

「千秋ちゃんは肌が綺麗なのねー、触ってもいーい?」

「うん!」

「あら、おじいちゃん、これは凄いわー。こんな柔らかくて羨ましいわー」

 

 

 千秋の頬を触りながら、ばっちゃんはじっちゃんに向かって叫ぶ。じっちゃんは特に反応もしないまま、何度か頷いていた。

 

「おじいちゃんも何とか言ってあげたらどうなんです?」

「まぁ、構わないさ。魁人も一緒にいたがっているわけだしな」

「そうねそうね、こんなに可愛いんだから文句ないわー。可愛い孫が急に四人で来たと思えば問題はないしー、他の子達は何て言うの?」

「うちがお兄さ……魁人さんに引き取ってもらっている姉妹の長女の千春と言います。うちも迷惑はかけない……と言いたいのですが、偶にどうしてもお手を煩わせてしまう事があります。でも、うちもいい子にするのでこれからも一緒に居させてください」

「あらあらー。問題ないわねー。千春ちゃんも良い子そうね」

「千冬と言います。その、魁人さんにはずっとお世話になりっぱなしですが、だからこそ恩返しをしたいと思ってまス。ですから、今後もよろしくお願いします」

 

 

 千冬は俺に向かっても言葉を発しているようだった。じっちゃんもばっちゃんも問題ないだろうと目線で訴えてくる。

 

 

「私は、千夏といいます……その、ちょっと大人の人は苦手で、中々言葉出ません。でも、魁人は凄く安心できるから、一緒に居たいし、ちょっと不安定な所があるから、支えてあげたいと、思ってます。だから、一緒に居たいです……」

 

 

 千夏は俺の後ろに隠れながらぼそぼそ囁くように言った。それを聞いて、ばっちゃんがちょっと驚いたような顔をしているのが印象的だった。

 

「そう……そうね。支えて上げて欲しいわ。こちらこそよろしくね……。それにしても本当に良い子達なのね。可愛いし。わざわざ見に来ることなかったかしらー? ねぇ? おじいちゃん?」

「……まぁ、何とも言えんが。問題は今のところはないだろうさ」

「そうねそうね」

 

 

 厳格そうなじっちゃんは腕を組んだまま特にこの状況に異を唱えることはしないようだった。俺としてもこれには一安心だ。

 

 

「そうだ、今日は私がご飯と作るわー、四人は何が食べたい?」

「我、ハンバーグ」

「あらいいわねー、千春ちゃん達は?」

「えっと、千秋が食べたいハンバーグでお願いします」

「よーし、じゃあ、おばあちゃんが美味しいの作っちゃうわー」

「我手伝う! こう見えても、この家の味見係大臣と料理大臣だから!」

「凄いわー、全然称号が分からないけど、凄いわー」

 

 

 千秋打ち解けるのが早いな。ただ、千夏達はちょっと時間がかかりそうだけど……。それはしょうがないことだな。人それぞれペースがあるし。ただ、気にしてそうだからちょっとフォロー入れておこう。

 




お待たせしました。

兼ねてより書籍化をすると言っていたのですが、この度、ようやく発売日が決まりました。10月25日、オーバーラップ文庫から発売となります。

発売になり、タイトルが『百合ゲー世界なのに男の俺がヒロイン姉妹を幸せにしてしまうまで』に変更となります。ほぼ変わっていないのですが、どうかよろしくお願いします。


イラストは『すいみゃ』さんと言う方です。本当に凄い方なので僕も楽しみです。まだ、大して情報は出せないのですが、一応オーバーラップの広報十月発売の欄には既に名前があるので是非見て頂けると嬉しいです。

ここまで本当に応援ありがとうございました。これからも宜しくお願い致します。

今後も情報を出すかもしれないので、Twitterの方もフォローしてくれるとありがたいです。

https://twitter.com/nil6hgyJm5vIuPE


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95話 千夏ボッチ

 俺の祖父と祖母、通称じっちゃんとばっちゃんが家に来てから数時間が経過した。千秋は二人と打ち解けようと頑張っている姿が見えた。それにつられて千春や千冬も少しだけ接している様子が見えた。

 

 

「我、カイトの好きな料理作る!」

「魁人は、かぼちゃの煮つけが好きなのよー」

「おー! おばあちゃん、教えて!」

「いいわよー、はぁ、かわいいわー、こんな可愛いなんて羨ましいわー」

 

 

 千秋をハグしながら頭も撫でるばっちゃん。千秋が孫みたいに見えているのだろう。そして、とんでもなく可愛く見えているのだろう。気持ちは凄い分かる。千秋は本当に可愛いからな。

 

 千冬はじっちゃんと将棋を勝負している。互いに無言だが千春が間に入って良い具合に会話を回しているのが見えた。

 

 

「えと、おじいさんは……趣味とかありまスか?」

「……将棋、囲碁、オセロだ」

「あ、そ、そうでスか」

「おじいさん、寡黙な人なんだね。お兄さんは昔どんな人だったんですか?」

「魁人は昔から、欲のない子だった」

 

 

 じっちゃんは昔から寡黙なのは変わりないなぁ。ずっと一人オセロ、一人囲碁、一人将棋しかやっていなかったから対戦相手が出来て少し嬉しそうだ。まぁ、顔には出さないし、まだ緊張しているようだけど。

 

「あの、王手です……」

 

 

 千冬がぱちんと駒を指して、王手を宣言する。千冬は本当に将棋強いからな。じっちゃんは眼をパチパチしながら盤上を見ている。一人でずっと将棋やっているのに凄く弱いのがじっちゃんだ。

 

 昔から俺にもずっと負けている。

 

「負けたか……」

「あらあらおじいちゃん、また負けてしまったのねー。ごめんぇ、千冬ちゃん、もう一回勝負してあげてー。この人、将棋相手が居なかったし、負けたから悔しいのよぉー」

 

 千冬に敗北して無表情なじっちゃんが悔しくてもう一戦したいと言うのをばっちゃんが察する。千冬もそう言われたら、二回ほど頷いて、もう一度将棋を指し始める。千春は千冬の横顔を見守りつつ、千秋が料理している姿も時折見守っていた。

 

 

 三人は緊張もしているだろうが、じっちゃん達と普通に接することが出来るようなのでちょっと安心した。だけど、千夏はまだ二階にいる。彼女にはいきなり他人と接することは不安で仕方ないのだろう。

 

 それを咎めることは誰にも出来ないし、しようとも思わない。俺だっていきなり他人の祖父と祖母が来たら緊張するし、いきなり仲良くしようとかは思わないし。

 

 二階に上がって、四人の部屋をノックする。中に入ると、千夏が部屋の端っこで体育座りしながら漫画を読んでいた。

 

 

 

「魁人……どうしたの」

「千夏が気になったからさ。見に来たんだ」

「気にしなくていいわ……」

「気にするさ」

「……そっか」

「千夏が不安にしてるのを見たら、どうしても放っておけないよ」

「……だったら、隣に座ってもらっていい?」

 

 

 不安そうな顔でそう言うので俺は隣に座った。千夏は漫画を閉じて棚に戻す。そのタイミングで彼女は語りだす。

 

「ねぇ、私の話聞いてくれる?」

 

 

 いつもの強気な眼はどこか不安を帯びていた。彼女なりに怯えを出さないようにしているのかもしれない。俺の祖父と祖母を恐れていると知ったら、俺が複雑な心境になるかもしれないとか考えていそうだ。

 

 

「あの、言いづらいんだけど……私、怖いの。魁人のおじいさんとおばあさん」

「そっか……」

「ごめんなさい……」

「謝る必要はないんだ。誰だって急に知らない人が来たら怖いに決まってる」

「……でも、私だけ、何もできないから。皆……と私だけ違う……それが怖くて、申し訳なくて……」

 

 

 千夏は不安に押しつぶされそうに手を震わせていた。

 

「本当に気にする事はないよ。誰だって不安なんだ。俺も急に千夏の祖父とか来たら怖いし、相手にしないで部屋でテレビとか見ると思う」

「……本当に?」

「まぁ、大人だから多少対応はするだろうけど。俺が子供だったらそんな感じにするさ」

「……」

「俺のじっちゃんとばっちゃんも別に気にしてないよ。人それぞれ分かり合うには時間が必要だ。俺と千夏が仲良くなったみたいにさ」

「うん……」

「それに極端な事言うけど、合わないなら無理に仲良くする必要はないよ。家族だからって、家族の知り合いだからって仲良くするのが正しい事でもないしさ」

「……ごめん。そんな事言わせて」

「俺もごめんな。ずっと千夏達の事を黙ってたから、心の準備も出来てないのに合わせてしまった」

「魁人が謝る必要はないわッ、だって」

「なら、互いに悪かったことにしておこう。これ以上謝っても、空気悪くなるだけだしな」

「分かった」

「よーし、折角だし二人で何か遊ぶか」

「二人で?」

 

 

 下だと千秋が料理したり、千冬たちは将棋したりで手が離せないだろう。俺も丁度暇だったし、千夏も放っておけないなら何かをしようと思った。

 

 

「どうする? オセロやるか?」

「……私、子供じゃないわ。もっと大人の遊びしたい」

「大人の遊びか……将棋とか?」

「……ルール分かんないから、やめとく」

「囲碁か?」

「囲碁も分かんない。私、ただ話すだけでが良い」

「話か……学校は最近どうなんだ?」

「結構、人と話せるようになったわ」

「おおー、友達沢山か」

「沢山って程でも無いけど、それなりにって感じね。魁人は友達いた?」

「友達……あんまりいないかもしれないなぁ。話す人は居たけど、友達って言えるほど仲が良かったのかと言われたらそうでも無いような気もするし。でも、友達じゃないって言うとなんか角が立ちそうな気が」

「……魁人って真面目過ぎて面倒なのね。普通に友達が居たって言えば良いのに」

「そうかもな」

「でも、そこが良いところでもあると思う。ずけずけと内側に入らない慎重な部分は結構気に入ってるし」

「おおー、ありがと」

「……なんか、大人の余裕で流されるのもちょっと腹立つ。もっと照れて欲しいの」

「照れる?」

「そう、もっとこう、嬉しくて、照れて表情変わったり、色んな魁人を私は見たいの」

「ふーむ、なるほど」

 

 

 

 でも、凄い照れてる俺ってちょっと気持ち悪くないか? 子供に褒められて凄く嬉しそうにする大人って言うのもねぇ?

 

 

「……魁人はさ。私のこと嫌いになった?」

「急にどうしたんだ?」

「魁人のおじいちゃん達を避けたから……本当はちょっと心の中で私を嫌いになったかもって」

「そんなわけないさ。千夏が複雑な状況なのは知ってる。それを含めなくても、人それぞれだから、関係ないよ」

「……そっか、ありがと。どうしても不安になっちゃうの。確認をしないと」

「確認か……いや、分かる。俺も家の鍵を閉めたのか、不安になって確認を……あ、ごめん。そう言う空気じゃないよな」

「大丈夫。私を笑わせようとしてくれたんでしょ」

「……見抜かれたか」

「まぁ、魁人の事は知ってるわ……ねぇ、抱っこして」

「抱っこ?」

「ハグでも、良いから。確認したいの」

 

 

 千夏に安易に触れて良いのか迷ったが、彼女が両手を差し出してきたので背中に手を回して、持ち上げ、抱っこをする。持ち上げても全然重くはなかった。だけど、どこか不安を感じているようで、解消できるのかと思うと心は重くなる。

 

 

「安心したわ」

「そうか、なら良かった。なら、もう降ろしても良いか?」

「もうちょっと、このままがいい」

「分かった」

「私、甘えたかったの」

「お姉ちゃんだもんな。中々、甘えられないのか」

「うん。でも、本当は分かってるの。秋と冬がしっかりしてるの……それで秋とか冬がずっと魁人と一緒なのがちょっとだけ、羨ましい。でも、変に維持張って甘えられなかった」

「強くあろうとする千夏はカッコイイと思うよ」

「うん。でも、魁人の前だとそんな必要はないって思うようになったから……私を甘えさせて? 私が一番甘えん坊だから」

「俺でいいなら」

「貴方が良いの」

 

 

 

 千夏は暫くそのままだった。甘えん坊なのは知っていたが、他人には一切感情を悟らせない、弱い部分も見せない。そんな彼女が甘えてくることは、俺は信用をされていると実感した。

 

 嬉しさが大きい。だが、この状態を誰かに見られたらあらぬ誤解を生みそうだなとちょっと思った。

 

 

 

 



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96話 抱っこ

 次女である千夏は他人に甘えるのが苦手だと勝手に思っている。千冬が居て、千秋が居て、妹が居る彼女は無意識のうちに自分の事を強い存在であらなくてはならないと思っているような気がするのだ。

 

 

「千夏、もう大丈夫か?」

 

 千夏を抱っこしてあげてから、数分が経過した。そろそろ降ろしても良いかと主折って千夏に聞いた。

 

「やぁ」

 

 まだまだ甘えたいようで嫌と言って、ガッチリ背に手を回して捕まっている。コアラのように千夏はそのままだった。

 

「カイト、千夏と何をしている!」

「千秋……これは……抱っこと言う方が良いのか?」

「千夏だけズルい! 我も抱っこ!」

 

 千秋が来ると千夏は直ぐに俺から離れた。やっぱり甘えている所はあまり妹には見せたくはないと言う事なのだろう。

 千秋が両手を伸ばすので抱っこをすると、千秋はニコニコ笑顔になった。

「カイト、我、軽いだろ?」

「うん。軽い軽い」

「最近、痩せてきたからな!」

「そうか」

 あんまり重さは以前と変わっていないと思ったが余計なことを言うと不貞腐れてしまうので何も言うまい。どちらにしろ、それほど重くないわけだし。

 

「あ、カイト、夜ご飯は我が煮物を作ったぞ! 刮目して食べて!」

「分かった、刮目して食べるよ」

「おかわりも待っているからな!」

「ふむ、千秋は相当自信があるんだな」

 

 ここまで言うと言う事はそれほど料理が上手に出来たのだろう。ばっちゃんが手伝ったらしいからな。かぼちゃの煮物とかきっと美味しく出来ているのだろう。

 

「千夏はどうする……? 俺と一緒にここで食べるか?」

「……うん」

 

 

 まだ怖いだろうな。無理にじっちゃんとばっちゃんと一緒に食べて、気を使わせたくないとも思っているのかも知れない。

 

 

「そっか」

「千夏、我も食べ終わったらすぐに来るからな! 一人じゃないぞ!」

「ふん、別に秋は気にしなくていいわよ……でも、ありがと」

 

 千秋が今度は千夏に向かってハグをする。ギュッと包み込むようなハグをされて千夏も何だかんだで嬉しそうだった。

 

「よーし、それじゃ我は一回下に降りる! ご飯持ってくるからな!」

 

 

 一瞬で風のように千秋は去って行った。

 

「カイトも一回下に行っていいわよ。丁度、冬も来たし」

「魁人さん、夏姉……その……」

「変な気を遣わせて悪かったわね。冬、でも大丈夫よ。私は」

「あ、いやその……なら良かったっス」

 

 

 千冬が千夏を気にして部屋の前まで来ていた。千夏を一人にしないように千冬は二回に来たのだろう。一人ではなくなった千夏を見て、安心をした俺は一旦、部屋の外に出た。

 

「お兄さん」

「うぉ! 千春か」

「見てたよ」

 

 

 急に部屋の前に立っていた千春に思わず俺は驚いてしまった。一体全体、何を見ていたと言うのか。

 

「抱っこしてたね。うちの千夏を……」

「ごめんな、でも、盗ろうとか思ってないぞ」

「それは知ってるよ。抱っこ……千夏は幸せそうだった……そんなにいいモノなのかな?」

「どうだろう」

「うちもしてあげた事あるけど、あんな感じにはならない。もっとこう……うちとお兄さんで何が違うのかな?」

「……身長か」

「確かに……高さが足りない。なら、牛乳をうちは飲むべきなのかな……なんて、冗談は置いておいて」

「冗談だったのか」

「分かりづらかった?」

「ちょっとな」

「……そっか」

 

 千春は深く考えるように、俯いてからスッと俺に目を向けた。

 

「抱っこして。お兄さん」

「抱っこか」

「そう、抱っこだよ。千夏の気持ちが気になるからさ」

「分かった」

 

 

 千春を抱っこすると、千春はそのまま辺りを見渡した。

 

 

「なるほどね。高校生くらいになって身長が伸びたらうちはこんな景色を見るのかも……」

 

 重さは千夏と千秋とあんまり変わらない。強いて言えば千秋よりちょっと軽いと思うくらいだろうか。

 

 

「ありがと。もういいよ」

「おう」

「……」

 

 

 千春は降りると、そのまま一階に降りて行こうと階段の手すりに手をかけた。

 

「お兄さん。また、お願いね。皆の気持ちを知りたいからさ」

 

 そさくさと千春は下に降りて行った。俺も下に降りようとしたが、部屋のドアが開いていて、千冬がこっそりのぞいていた。

 

「千冬も……」

「抱っこするか」

「はい、お願いしまス」

 

 

 千冬も抱っこし終えたら、今度こそ俺は下に降りた。

 

 



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97話 帰還

 抱っこをした後、俺は夕食を千夏と一緒に夕食を食べることにした。ばっちゃんが作るかぼちゃの煮物とか懐かしいって思いながら食べる。

 

 

「千夏、味はどうだ?」

「ん、美味しいわね。魁人のおばあちゃんと千秋が作ったんでしょ?」

「らしいな」

「……このから揚げも美味しい。今日っておかず何でこんなにおおいの?」

「さぁ、ばっちゃんは昔から料理を沢山作るから」

 

 俺が実家に行ったりすると、必ず料理をたくさん作ってくれる。これはずっと恒例行事と言うか、何というか。

 

 かぼちゃの煮物、から揚げ、ハンバーグ、ポテトサラダ、味噌汁、タケノコご飯……ここまでメニューが多いとは。

 

 千夏もめっちゃ食べてる。

 

「ポテトサラダ美味しい」

「ばっちゃんのはマヨネーズ多めで、ベーコンも入ってるしな」

「でも、食べ過ぎたら太っちゃうわね……」

「子供の時はいくら食べても太らないって、俺は言われてたな」

「それ本当?!」

「いや……」

 

 恐らくだが嘘だろう。子供でも食べ過ぎたら普通に太るし。この間も子供の内から食べ過ぎて、太り過ぎてダイエットする羽目になった特番番組やってたしな。

 

「多分だけど、子供でも食べ過ぎたら太るだろうな」

「私って、太ってきたかな?」

「いや、痩せてると思うが」

「じゃ、から揚げを、あと1個……いや、2個食べるわ!」

「そうか」

 

 

 体重は気になるよな。千夏はむむむっと唸りながらから揚げを食べた。

 

 

◆◆

 

 

 うち達はお兄さんとおばあちゃんとおじいちゃんとご飯を食べたり、将棋を指したりをした。受け入れてくれるかは心配だったが特に何も問題ないようで安心した。お風呂にも入って、寝る時間になった。

 いつもの部屋で、うち達は寝ることになる。

 

「そう、良い人だったのね」

「おう! いい人だった!」

 

 千夏が千秋におじいちゃんとおばあちゃんがどんな感じの人であったのか聞いている。

 

 

「夕飯、我が作った! 最高だっただろ!」

「まぁね」

「おばあちゃんが手伝ってくれたけどね!」

「本当に美味しかったわ。食べ過ぎないように注意しないといけなかったわ」

「あー、千夏知らないの? 子供の頃はいくら食べても太らないんだぞ? おばあちゃんが言っていた」

「それ、嘘よ」

「えええええええええ!? 我、今日、めっちゃ食べた!?」

「それは……しょうがないわね」

 

 

 可愛い、千夏も千秋も可愛い。それを見て、あわあわしている千冬も可愛い。

 

「千冬」

「春姉、なんスか?」

「いや、可愛いと思って」

「あ、どうも」

「もっと恥じらいが見たいのに!」

「え? 急に……」

 

 

 最近、可愛い可愛いと言い過ぎたのか……慣れてしまって恥ずかしがってくれないのだ……どうして……。

 

「春姉も可愛いっスよ」

「それはどうも……でも、千冬の方が可愛いよ。天に召されて、天使が天国に案内してくれるかと思ったら千冬だったよ」」

「あ、どうもっス」

「……お兄さんが千冬のこと、カワイイってイッテタヨ」

「え、えぇぇ!? か、魁人さんが……ど、どうしよう」

「解せない……」

 

 

 解せないよ、直接言っているのはうちなのに。間接的に言ったお兄さんに対して恥じらいを感じてしまうなんてね。

 

 でも、可愛いから、よし!!

 

 

◆◆

 

 次の日、お兄さんのおじいちゃんとおばあちゃんが帰ることになった。荷物を持って二人は玄関に居た。

 

「4人共、またねー」

「魁人、育てると決めたならしっかりやりとげなさい」

 

 

 おばあちゃんとおじいちゃんはそう言って帰って行った。帰る少し前におばあちゃんと千夏が少しだけ、話してるのが見えたけど……何を話してたんだろうか。

 

 

 あとで聞いてみよう。その日の昼食はお兄さんのおばあちゃんが作ってくれた、カレーを4人で食べた、非常に美味で、千秋がお代わりを2回していた。本当にご飯食べてても可愛いから困る。

 

 

 

 

 




10月25日からオーバーラップ文庫より、書籍が発売します。是非、買っていただけると嬉しいです。

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98話 進撃

 千春達が学校の教室で雑談をしている。4つ子なので仲も良く、一緒に居ると更に楽しい。千秋が両手を広げて、厨二チックな演説をしていると……

 

「あ、おはよう」

 

 うち達4人に挨拶をするのは千花ちゃんだ。お隣に住んでいる栗色の髪の毛の可愛い女の子。不思議な雰囲気を感じる独特の子だ。

 

 

「おはよう、千花! 我と同じ、千の字を継ぐ者よ」

 

 

 千花と千秋、名前に『千』が入るからか、千秋がこの子を妙に気に入っている。千秋に挨拶を返されると、千花ちゃんは何故か、止まった。

 

「……」

 

 千花ちゃんは千秋の頭上を見た。可愛い千秋の顔よりもさらに上、一体全体何を見ているのだろうか。

 

「コントンはボクのナイメンにアルノダー、深淵を覗く時、シンエンもまたボクをノゾイテいる」

「お、おおー! ノリがいいな!」

 

 明らかに千秋の頭の上にある文字でも読んでいるかのような目線の動きだった。しかもめっちゃ棒読みだし、本心では厨二的な事を思っていないんだろうなと言う感じがした。

 

「おはよう、千春ちゃん」

「おはよう、千花さん」

 

 

 彼女は一通り挨拶をすると、コホンと咳をしてから、何かをよそよそいく告げようとする。

 

「そう言えば、魁人さんはどんな感じ? あんまりメール返してくれないから気になってるんだけど」

「「「「え?」」」」

「もしかして、家の事で忙しいのかな? ならしょうがないけどさ」

 

 そう言えばお兄さん連絡先を交換してたって言ってたけど……何その彼女面的な感じの奴。

 

「魁人さんは、忙しいの?」

「えっと、どうなのかしら?」

「魁人さんのおじいちゃんとおばあちゃんが来てたから……もしかしたらそれで返事が遅れたのかもしれないっス」

「なるほど、そう言う事ね」

 

 

 ふーん、なるほどなるほど、と千花さんは頷いた。その様子を見て、千秋がおろおろしながら口を開く。

 

「千花は魁人のこと好きなのか?」

「……ふふ、言いえて妙だね……気になってるからね」

「お、おぉ……ど、どこら辺が?」

「……そうだね。選択肢を無効化するところ、大人っぽくて余裕ある所とか……あとは声かな? 僕、声フェチなんだけど、結構好み」

「……声フェチ? よく分からんが……魁人は銀髪の女の子が好みだから諦めた方が良いぞ!」

 

 

 お兄さんが銀髪が好きとは聞いたことがない。言っていた覚えもないし……千秋の髪が綺麗とか言っていたと思うけど、銀髪が好きとは言ってない。

 

 

「そっか、魁人さんは銀髪が好きなんだ。じゃ、僕、銀髪に染めようかな」

「な、なんと! その手で来るか!」

 

 

 千秋が千花さんの言葉にやられた! と渋い顔をする。

 

「ち、千冬もそ、染めたいな……」

「千冬は茶髪だから良いんだよ! 自分のアイデンティティと失わないで!」

「は、春姉が急に来たッス」

 

 

 うちとしては銀髪の千冬も良いけど、結局は今の千冬が一番だと思う。だって今の千冬が一番だから。

 

「あ、秋姉が言ってたの本当なんスかね?」

「秋の嘘でしょ。気にしなくていいわ」

「夏姉がそう言うならそうするっス」

 

 

 うんうん、それで良いと思うよ。千花さんとの会話はそこで終了した。その後、体育の授業、体育館でうちが一人で休んでいるとき、千花さんが寄ってきた。

 

「千春の妹は全員可愛いね」

「でしょ」

「うん……でも、千春も可愛い」

「どうも」

「千春達は魁人さんの娘みたいな感じなんだよね?」

「そうだね」

「ふーん、僕が、魁人さんと結婚したら皆、僕の娘になるのかな?」

「何言ってんの?」

「ママって呼んでみてもいいよ」

「何言ってるの?」

「冗談だよ」

「その不思議系のキャラうちとキャラ被ってるからやめてね」

「キャラ被りとか気にするんだ」

「まぁね。なんか、薄くなるのいやじゃん」

「魁人さんからの印象が薄くなるから?」

「……さっきから何言ってるの?」

「冗談だよー」

 

 

 千花ちゃんは、それだけ言うとまたどっかに行ってしまった。ミステリアスな不思議系キャラはうちだけで十分!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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99話 千花の野望

 僕の人生には選択肢が付きまとっていた。意味もなく、ただそれが見えていたのだ。

 

『――角を曲がったところに10,000円が落ちてるから拾って届ける』

『――角を曲がったところに10,000円が落ちてるから拾って届ける』

 

 

 どっちも、拾う選択肢じゃん。どうせこれで僕は誰かに褒められるのだろう。家族にも友達にもなーんて……ずっと悩んでたけど。案外変化とはすぐにやってくるものだった。

 

 魁人さん、彼は不思議な人だ。選択肢が通じないし、意味をなしていない。僕は長いこと選択肢と同じ生活をしていたから、選択肢を『世界の法』だと思っていた。

 

 絶対的な正解を導くことが出来る、世界の法。それが嫌だったが魁人さんは世界の法からは外れているような人間だった。

 

 だから、ちょっと気になる。しかも、一緒に居てストレスを感じない。

 

『――眼のまえの人に、話しかける』

『――電話をして、話しかける』

 

「千花ちゃん、おはよう」

 

 

 僕から話しかけると選択肢には出ていたはずなのに、陽気に笑いながら彼は話しかけてくれる。時折、家のベランダからこっそり隣の家を見ていると……彼はよく姉妹と接しているのが見える。

 

「魁人……トマト植えるの?」

「あぁ、育てたらカレーにしよう」

「おおー! 我今日もカレー食べたい!」

 

 

 千秋ちゃんがニコニコしながら魁人さんと話している。頭を撫でて貰ったり、一緒にボールで遊んでもらったり、洗濯物を干したりするのを僕はずっと見ていた。

 

 羨ましいと心の中で思っている自分が居て驚いた。それに千秋ちゃんが可愛いとも思ったのも本心だ。彼女だけじゃない、千夏ちゃんや千冬ちゃん、千春ちゃんも凄く可愛いと思ったのも事実だ。

 

 あの家が羨ましいなと思った。

 

 

「魁人さん……Lineの返事遅いな……」

 

 

 最近ハマっているマイブームはなんですか? と僕は魁人さんに聞いたのだが、返事がなかなか来ない。返事が来ないとこんなにモヤモヤするものなんだ……

 

 

――ピコン!

 

 

 あ、鳴ったッ! Lineを確認したら、公式からの謎のスタンプ販売の連絡だった。なんだよ! 魁人さんかと思った!

 

 と思ったら丁度魁人さんから返ってきた。マイブームは……漬物なんだ……へぇ。家庭的。僕、今のところはこの人のいい所しか見てないけど、悪い所も知っておいた方が良いよね。今後の為に……

 

 

 

 

「一度はやってみたい、悪い事とかありますか? ……と」

 

 

――ピコン!

 

 

「あ、返ってきた」

 

 

 魁人さんの返信に即レスで質問をしたからだろうか。魁人さんも直ぐに回答をしてくれた。

 

――新車を買ってすぐに、その中で思いっきりボロボロ粉を落としながらきな粉餅を食べてみたい

 

 

「……独特な人……でも、返答が予想外で面白い……ふふふ」

 

 

 

 それからも僕は連絡を取り合って、同時に隣の家から魁人さんの家を見続けた。本当に楽しそうな一家だなと思った。魁人さんは良い人そうだし。でも、千春ちゃん達も可愛いし、トリッキーだから一緒に暮らせたら楽しそうだな……。

 

 

『――魁人さんと仲良くなる。魁人√』

『――千春ちゃん達と仲良くなる、千春達、友情√』

 

 

 

 選択肢が出た。でも……この選択肢はどちらも中途半端だと思ってしまった。

 

 

「両方、いいよね。友達も恋愛も全部やってみたい……」

 

 

 僕は次の日、学校に行って千秋ちゃん達に挨拶をした。千秋ちゃんに挨拶をすると、彼女の上に選択肢が表示された。厨二的な挨拶をすると選択して彼女と接する。

 

 体育の時間、千春と話した。

 

 

「千春の妹は全員可愛いね」

「でしょ」

「うん……でも、千春も可愛い」

「どうも」

「千春達は魁人さんの娘みたいな感じなんだよね?」

 

 その時、僕はハッとした。それは僕が描いた、僕だけの理想の未来。誰に言われたわけでも、選択肢に示されたわけでもない。

 

 本当に唐突に思ったのだ。僕の幸せ……

 

 

――僕が魁人さんと結婚して、千春ちゃん達を娘にすれば全部解決じゃん。

 



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100話 計画

 僕はどうすれば幸せな家族になれるのか気になった。千春ちゃん、千夏ちゃん、千秋ちゃん、千冬ちゃんを娘としたい。

 

 魁人さんを落とすのが先だろうか。いや、それは違うのだろう。冷静に考えて、僕は12歳、小学6年生である。小学生に告白をされたとして、分かったと言う社会人はこの世に存在しないだろう。

 

 それに魁人さんはあんまり恋愛をしたいと思っているタイプでもなさそうだ。そんな人に年下の僕がグイグイ行っても苦笑いをされて流されて終わりだろう。

 

 ならばどうだろうか。娘達(四つ子)から攻略するのが僕の出来る最優の決断のように思われる。

 

『――カイト! 千花がママになってくれたら我、嬉しい!』

 と千秋ちゃんが魁人さんに言ったとする。彼は慌てふためくだろう。千秋ちゃんは素直だしね。

 

『――魁人さん、千冬、千花さんがお母さんになってくれたらとても嬉しいッス』

 千冬ちゃんが魁人さんにそう言ったとする。無垢な彼女が言えば魁人さんも否定はできないだろう。

 

『――魁人、私、千花をママと慕っているわ』

 気の強い千夏ちゃんが言えば、魁人さんも無下には出来ないだろう。

 

『――お兄さん、千花ちゃんをお母さんにしてみない?』

 千春ちゃんがそう言えば全体的に説得力が増す。

 

 

 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。という言葉ある。要するに最大の目的を討つには周りから落としていけと言う意味だ。僕が四人のママとして、一緒に居たいとなれば、自然的に魁人さんも逃げられない。

 

 魁人さん、恋愛をグイグイやろうとする感じじゃない。寧ろ、痺れ気を切らして押し倒されそうな顔してるし、娘からまずは攻略しよう。

 

 よしよし、この方針で動こう。

 

◆◆

 

 

「魁人さん」

「おー、千花ちゃん」

 

 休日の早朝。偶には家の前の掃除でもしようと思って箒で掃いていると、千花に会った。千花ちゃん、友達があんまりいないのか……千秋が最近、めっちゃ話しかけてくるって言ってたな。

 

 俺にLineも凄いしてくるし……寂しいのかもしれない。

 

 

「魁人さん。早朝から……クイズしません?」

「構わないぞ」

「理想のママになるにはどうすればいいか……という問題です」

「……結婚して、幸せになりたいと言う解釈であってるか?」

「はい……ただし、既にパパになる予定になる人、つまりは結婚相手には娘が居て、娘とママになりたい人は同級生とします」

「ただしから、大分クイズのテイストが変わってない?」

「因みにパパ枠には現在妻は居ないです」

「凄い、複雑な問題な気もするが……世間体が厳しそうな感じするかな……?」

「ですよね。それは予想通りです」

「え? 予想通りなの?」

「はい。世間体は確かに強敵ですが……僕はもう周りの反応に左右される人生はいやなのでそれは考慮しないとして……やはり、 将を射んと欲すれば先ず馬を射よ……か……」

 

 

 勝手に納得をしている千花。そう言えばこの子は百合ゲー世界だと主人公だったな。この世界はゲームではないから、あんまりゲーム基準をこの子にあわせるのはよくはないが……正直、何を考えているのかはよく分からないと言うのが本音だ。

 

 全然ゲームとのイメージが違う気がする。マジで何を考えているのか分からない感じだ。

 

 

「やはり、先ずは馬を……では、僕はこの辺で失礼します。ライン返してくださいね」

「あ、うん」

 

 

 千花が帰って行った。

 

「お兄さん」

「千春、おはよう」

「おはよう……千花さんと何を話してたの?」

「いや、難しいクイズを出されただけだ」

「……そか。お兄さんは千花さんをどう思ってるの?」

「娘の友達かな?」

「確かに。それであってる……でもさ、うちと千花さんってキャラ被ってるよね」

「え?」

 

 被ってるか? 全然そんな感じしないが……

 

「うちのミステリアスで大人な感じの雰囲気が若干霞そうで心配」

「……あ、確かにな」

 

 

 ミステリアス……? 大人な感じか……まぁ、そうか?

 

 

「ミステリアスな感じ出されると、本当に困るよ……あ、お兄さん、朝食はスクランブルエッグ作っておいたから食べて」

「ありがとう」

「あと、卵焼きも作ったから」

「卵パーティーだな」

「卵しか、扱えないからさ……それ以外やろうとすると千夏と千秋に凄い止められるし」

「そか。でも、俺は卵好きだぞ」

「だよね。沢山、うちの卵料理食べて」

 

 

 ミステリアスではないと思うが……下手に言うと物凄い不機嫌な顔で反応されそうだから何も言わないでおこう。

 

 

 



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101話 手ごわい

 僕は先ず、千夏ちゃんと話してみようと思った。四つ子の中で彼女が一番警戒心が強いイメージがあるし、彼女が僕と仲良くなっている姿を見れば全員僕が安心できる存在だと思ったからだ。

 

 

「千夏ちゃん」

「千花、何か用?」

 

 

 休み時間、図書ルームでお料理本を読んでいる千夏ちゃんに僕は声をかけた。

 

「何読んでるのかなって思って」

「料理の本だけど」

「魁人さんに作ってあげたいんだ」

「まぁ……そうかしら? で?」

 

 千夏ちゃんはそれで何の用なのかと僕に聞いてきた。やっぱり凄い警戒されてる。それに何というか、あんまり良い感情を向けられてないすらあるかもしれない。以前まではそんな事はなかったのに。

 

「えっと、千夏ちゃんと仲良くなりたくて……」

「ふーん」

「あだ名で呼び合おうよ!」

「急に?」

「うん、僕の事は気軽にママって呼んで」

「いや、それはない」

「ダイジョブ、あだ名だから」

「クラスから変な眼で見られそう。あと、ママって単語に良い思いで無いから無理」

 

 

 明確に拒絶された……千夏ちゃんは手ごわそう。これは後に回した方が良いかな。

 

「そっか。邪魔してごめんね。それじゃ」

「待って」

「なに?」

「そっちだけ話して帰るのはズルくない?」

「あ、うん。何かあるならいいよ?」

「……魁人といつも何を話してるの?」

「Lineでってこと? 特に変わった事は話してないよ」

「そう……あんまり、その魁人に……忙しいのよ。魁人は。だから、ほどほどにしてほしいとは思ってるの」

 

 

 あー、千夏ちゃん見るからに魁人さんに意識あるみたいだから、コソコソ裏で連絡とってる女が居るのが気に食わないのかな? 

 

 僕なんて、結構な美少女だから尚更気に食わないのかも。もしかしたら魁人を取られちゃうとか思ってるのかな?

 

「大丈夫、魁人さんを取ったりはしないよ」

「そ、そう……」

「安心した?」

「……別に!」

 

 

 そっぽを向いて千夏ちゃんはまた本を読み始めた。別に盗ったりはしないよ。寧ろ僕が妻として向かうイメージだからね。

 

 僕は嘘は言ってない。

 

 

 でも、千夏ちゃんって本当に警戒心高いし、喧嘩腰の感じだね。クラスでもめちゃくた仲が良い子いないし…‥あ、メアリちゃんって子くらいか……

 

 魁人さんと一緒でもこんなにツンツンしてるのかな? ちょっと気になる所ではある。

 

 

 

◆◆

 

 

 あ、明日千夏達、お弁当って言ってたな。夜になって両親が使っていたデカイベットに一人で横になりながら俺は明日の朝の事を考えていた。

 

 明日は給食が無くて、代わりにお弁当を持参するらしい。えっと、卵焼きと夕食残りの……

 

 一人で四人のお弁当の中身を考えていると寝室のドアが開いた。眠れない千秋が面白い話でもして欲しいと無茶ぶりをしてくるのかと思って、眼を向けたら……

 

「魁人……」

「ち、千夏……ッ」

 

 

 思わず、ビクッとしてしまった。千夏はいつもの幼い体ではなく、大きく大人の体つきになっていたからだ。きっと月の光を浴びて、大きくなったのだろうけど……

 

 

「どうしたんだ?」

「……抱っこしてほしくて」

「抱っこ……?」

「うん。この、コンプレックスのある姿で抱っこしてほしいの……」

「そうか……」

 

 

 彼女は死んだ我が母のパジャマを着ている。ベッドにそのままダイブするように身投げしてきたので俺も受け止めた。ちょっと重いが、あんまり変わらない。

 

 

「偶に魁人に抱っこしに貰いに来るわ」

「構わないけど、急にどうしたんだ? なにかあったか?」

「……別に何も無いけど……ねぇ、最近千花と何話してるの?」

「好きなご飯とか聞かれたりとか?」

「ふーん……ね、ねぇ、連絡のやり取り見てもいい? 勝手に見るのはダメだと思って見なかったんだけど……あと、話ながら頭撫でて」

「あ、うん。俺は見せてもいいけど、千花ちゃんの連絡を勝手に見せても良いかは疑問が残るな」

「……魁人は見せてもいいって思ってるのね……なら、見なくていい。てっきりやらしいこと送ってると思ってたから」

「いや、送らないよ。俺大人だし」

「大人か……そうね、大人ね……。私も早く大人になりたい」

「きっとあっという間だと思う」

「そう? 長いわ。今すぐなりたいの。今すぐなって、色んな事を対等に味わいたい」

「……あー、俺もそれは分かるかもしれない」

 

 

 千夏はぐりぐり頭を胸板に押し付けてくる。いつもこうだが、体が大きいとちょっといつもより、ぐりぐりは強い。

 

「私、大人になったら……結婚とかもしてみたいかも」

「おー。良いと思うぞ」

「でも、私なんて、我が強いから出来ないわよね」

「いや、出来ると思う。こんな良い子が出来ない訳なさ」

「本当?」

「本当」

「じゃあ、出来なかったら魁人が責任取ってね」

「え、あ、うん。家に居て良いぞ」

「……言ったわね。それ、覚えておくから」

 

 

 安心したように彼女は眠りについてしまった。頭を撫でているをやめて、ベッドの上に横にした。千春達の部屋まで運ぼうと思ったが、千春達を起こしてしまいそうだったので辞めておいた。

 

 夜も遅いので、俺も寝ることにした。千夏はずっと、俺の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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一巻発売ss 十年後千夏

 千夏は最近誕生日を迎えて22歳になった。小学、中学、高校を卒業して社会人となり、ゲーマー配信者となっていた。意外とお金は稼げているのだが、彼女は家の引きこもりになっていた。

 

「魁人ー、洗濯するの面倒よー」

「分かった……でも、下着とかは脱ぎっぱなしにするのは止めてくれって、言ってるだろ?」

 

 

 千夏の部屋にはゲームや、ベッドが置いてある。家の二階には3つ部屋があり、一つは魁人、一つは千夏と千春、もう一つは千秋と千冬が使っている。

 

 ベッドの上には上着、下着が脱ぎっぱなしで千夏が寝ている。裸体の千夏を魁人は見ないようにしながら、散らかっている服を回収している。

 

「疲れたー、抱っこしてよ」

「千夏はもう大人なんだから……」

 

 

 千夏は甘える猫のような声を出すが魁人はそっぽを向いて、彼女を見ないようにしていた。千夏は体つきも昔とは違い過ぎている。元々娘のようなものだと思っていた魁人は彼女の姿を見るのに少し抵抗があった。

 

 

「えー、いいじゃない。私もまだまだ子供なんだし」

「そんなことはないと思うぞ」

 

 魁人は洗濯物を回収して下に降りて行った。洗濯機に服を入れて、洗濯を回そうとする。すると後ろから急に誰かが抱き着いてきた。

 

「だーれだ」

「千春か」

「もう、私って分かってたでしょ! なんで春の名前を言ったの!」

「すまん。ただ、ちょっと動きにくいんだが」

「えぇー。いいじゃん」

 

 

 彼女はグイグイ迫って魁人に抱き着きながら甘える。包んでいるのは自分なのに安心感に包まれて、千夏の顔がにへぇと笑みで崩れる。

 

「ねぇ、そろそろあの話考えてくれた?」

「……あの話って」

「私と結婚するって話。私お金稼いでるし、もう大人なのよ? 心も体も……そのうえで魁人が好きって言ってるのに」

「あ、あー、そうだな……えっと」

 

 

 魁人は思わず、気弱な子供のような反応をしてしまう。千夏から、まさか娘と思っていた子から、自身に対して結婚を匂わせる言動をされてしまうとは彼も思ってもみなかったから。

 

「そんなに、私のこと嫌い?」

「千夏の事を嫌うなんてあるはずないだろ」

「じゃあ、結婚して」

「飛躍しすぎというか……」

「魁人全然、手を出さないんだもん……もう、無理にここまでしないと……」

「千夏、取りあえず離れてくれ。洗濯があるから」

 

 

 魁人がそう言うと膨れっ面で千夏は離れた。魁人が洗濯機のスイッチを入れて、リビングに戻るとラフな服を着て、彼女はゲームをしていた。

 

 

「あ、魁人」

「千夏は今、なんのゲームをしてるんだ?」

「厳選するゲームよ」

「そっかぁ、大変だなぁ。でも、千夏はよく頑張ってるよ」

「えへへ、ありがと……まぁ、それはそれとして、結婚の話なんだけど」

「あ、まだ覚えてたのか」

「昔みたいに煽てられて、誤魔化される私じゃないのよ」

 

 

 ソファの隣を2回ほど叩いて、千夏は魁人を呼んだ。何とも言えない苦笑いのような表情で魁人は隣に座った。

 

「それでだけど、私の事が嫌いじゃない、私も好き。文句ないでしょ」

「凄い迫ってくるな……ちょっと無理やりすぎるんじゃ」

「何年も告白をはぐらかされたら……こうするしかないのよ」

「あー、それは」

「まぁ、私以外にも結婚してって逆プロポーズされてるみたいだし? そこは考慮して、許すけど」

 

 

 千夏はフッと笑った。頭の中には親しい間柄のシルエットが浮かんでいた。

 

「……でもね」

 

 

 千夏はグイッと顔を引きつけつつ、ソファに魁人を押し倒した。馬乗りになり耳元で声を出した。

 

 

「あんまり我慢できそうにないから……押し倒しすのも悪くないって最近思ってるの」

「そ、そうか」

「もう、力だって強くなった。子供じゃないの、でも、魁人がいつまでも子供としてしか見えないってウなら……大人だって、教えてあげる。今、ここで」

「ちょ、ちょっとま」

「待たない……」

 

 

(やったことないけど、やり方くらいなら知ってるし……大丈夫よね?)

 

 

 二人きりの部屋。誰も居ない。大人と子供の関係を彼女は脱したかった。そう思って魁人を千夏は押し倒してしまった。

 

 その時、家のドアが開く音がした。

 

「ただいまー! 我が帰還したぞー!」

「秋姉、声が大きいっス」

「でも、うちの鼓膜に千秋の声が響いて、うち的には得だね、千冬の怒る顔も可愛くて、うちに得だね」

 

 

 家族が返ってきた。

 

「あーあ、まぁ、今日はこの辺で良いか」

「びっくりしたぞ……あのままならどうなってたか」

「そう? 私は全然あのままで良かったけど? ふふふ」

 

 

 すぐさま魁人から離れて、ソファに座った。だが、小声で言ったのだ。薄らと笑って居る彼女は何処か神秘的で官能的だった。

 

 

「チャンスなら、まだまだあるしね……」

 

 

 これは、なんやかんやで魁人が千夏の答えを渋りつつけた事で、千夏が超肉食系になり、魁人を襲ってしまうかもしれない。一つの未来である。

 

 

 



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102話 千花

 なんやかんや月日が経って、運動会がやってきた。朝から俺は場所取りをしていたので大分いい場所を確保できた。

 

 ここならばいい写真も取りやすい事であろう。四人共六年生だからこれで最後になるのか。来年からは中学生になるか……中学校は運動会ないよな? 

 残念なような気もするが成長をしていると考えればそうでもないのだろう。時間が経つと、千春達が外に体操着姿で出てきた。

 

 全員揃って紅組だとは聞いていたので仲良く頑張ってもらいたいものだ。そして、千花ちゃんも紅組らしい。何というか、ゲームの知識を知っている俺からしたら……凄い無敵の布陣に思えてしまうのは気のせいだろうか。

 

 俺に千秋がめっちゃ手を振ってる。手を振り返す。相変わらず可愛い笑顔だ。俺以外の保護者も物凄い盛り上がりを見せている。

 

 開会式的なのが終わると……徒競走が始まる。最初に千冬と千夏、千春が走るらしい。

 

『魁人さん、千冬が一位になったら……ご褒美欲しいっス……』

 

 って、千冬が言ってたな。一位にならなくても千冬は頑張り屋さんなのは知っているから、ご褒美はあげても全然いいとは思うんだけど。

 

 千冬本人は一位になってご褒美をもらうって事が大事らしい。千夏は日が出ているので、ちょっと体に力が入らないらしい。千春は妹に負ける姉は威厳が保てないから何としても勝つと言っていた。

 

 

「よーい、どん」

 

 

 パンとスターターピストルが鳴ると三人が走り出す。千夏が明らかに出遅れているが、千春と千冬は拮抗している。他の生徒も走っているが、二人がダントツで早い。千冬……いつの間にあそこまで足が速くなっていたんだ!?

 

 千春も速いが、千冬の成長具合は彼女に迫りつつあった。千春も珍しく目を見開いている。そのまま千冬は引き離して、一着でゴールをした。

 

 肩で息をしながらも千冬は嬉しそうに笑って居た。そのまま俺に笑顔でピースをするので思わず写真を撮ってしまった。娘は可愛い。

 

 

 さて、その次には千秋が走る。そして、千花も一緒だ。ゲームの時は主人公の運動神経は抜群だと言う特徴があったが果たして……

 

「我、一位になるぞ。天命だから」

「僕も負けないよ」

 

 

 二人が走り出す。いや、速いなぁ。会場もあの二人速くね? ってなってる。千花ちゃんはあんなに速かったのか……。千秋にもいいライバルが出来て良かったと言うべきだろうか。

 

 拮抗する二人……勝ったのは千花だった。まさかの千秋は二位。千秋めっちゃ悔しそうにしてる。

 

 その後も、競技などを写真で問ったりして時間が経過していき、お昼の時間になった。千秋達が俺の居る場所にお弁当を食べに来たが、千花ちゃんも一緒に連れて来た。

 

「カイト、千花、お父さんとお母さんが仕事で居ないんだって。一緒に食べても良いか!」

「勿論だ」

「お邪魔します。魁人さん」

 

 流石は俺の娘。千秋は本当に優しい子だよなぁ。お弁当を広げて、千花ちゃんにも食べて良いぞと進める。彼女もお弁当は持ってきていたようだが少し貰うと言ってから揚げを食べた。

 

 

「美味しいですね」

「なら良かった」

「当然だな、カイトの料理は我も認めている!」

「なんで、秋が誇らしげなのよ」

 

 

 満足そうで良かった。不味いとか言われたら自身が無くなる所だ。

 

「この料理……毎日食べたいです」

「お、おう。そんなに美味しいのか……作った身としては本当に嬉しい」

 

 

 意味わかって、使っているのかな……? 表情が読めないんだよな。あんまり変化しないと言うか……そもそも千花ちゃんについてはあんまり知らない。ゲームでも主人公にはあんまり触れてる描写はなかったしな。

 

 あくまで攻略対象の情報提示があって、主人公はそれに対して動くだけで主人公をどうこうするのはなかった。いや、ゲームの世界ではないのは知っているがどうにもこの子は分からない事が多い。

 

「ふふふ、我は毎日これを食べて生きているぞ」

「そっか……じゃあ、その内、千秋さん達と一緒に僕も毎日食べるのかな?」

「んん? そう、なのか! ん? そうなのか? 我分からないが……どうなんだ? 魁人?」

「いや、どうなんだろうか。家にはいつでも遊びには来てくれていいぞ。千秋達の友達だしな」

「はい、いつでも這い寄ります。千冬さんは僕のことどう思ってますか?」

「え? 急にそんな事……足が速い人っスかね……?」

「僕は娘みたいに可愛いと思ってますよ」

 

 

 千冬が眼をぱちぱちさせてる。どう言葉を切り替えそうか迷っているようだ。

 

「千花って、本当に不思議ね。何考えてるか分からないわ」

「……千夏、うちもミステリアスだよ。千夏のこと、天使だと見間違えたし!」

「春は変にそこで張り合わなくて良いのよ」

「すいません。僕は別に不思議ちゃんって訳じゃなくて……今までレールで生きてきたから本当の意味で人と接するのが苦手なんです」

 

 

 ……なんとなくだが、今この子が不安になっているのは分かった。対人が意外と苦手な子なのかもしれない。

 

 

「俺もだけど、千春達も気にしてないよ。苦手でも個性だから不安に感じることはないさ」

「我もそう思う! 我なんて、勉強千冬にやらせる時ある!」

「千冬もコンプレックスはあるし……別に気にしてないっス」

「うちも……気にしてないけど、強いて言えばキャラ被ってる事だけかな」

「私もどうでもいいわ、好きにしていいと思うわよ」

 

 

 千花ちゃんは僅かに口元を緩ませた。

 

 

「はい。ありがとうございます……やっぱりいいな、ここ」

 

 

 取りあえず、お弁当を美味しそうに食べてくれてよかった。



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一巻発売ss 十年後千秋

 魁人は千秋に連れられて、近くのデパートに来ていた。小さい頃は魁人が手を引いていたのだが、今では魁人が手を引かれている。

 

「千秋、ちょっと落ち着いてくれ」

「ダメ! 我的に売切れたら最悪だから!」

 

 

 手を引く、というよりも腕を組んで千秋が魁人を連れまわしているという表現の方が正しい。グイグイと彼女に引っ張られて魁人は喫茶店の前まで連れていかれる。

 

 

「ここで、カップル限定のスイーツあるから、食べよう!」

「あ、うん……そうか」

「ふふふ、食べまくろう」

 

 

 カップル限定、という言葉に何とも言えないような表情になる魁人。別に深い意味はない、千秋はそれを食べたいから自分を連れて来ただけと言い聞かせているがそれだけではないような気もしていた。

 

 特に魁人は色々と答えを保留している節がある。そろそろ答えを出してくれと言う千秋の遠回しの催促も見て取れるような気もしていた。

 

「おおー、ここのパフェ美味しそう! な? 魁人!」

「そうだな。美味しそうだ」

「我達、周りからはカップルに見えてるかな?」

「どうだろうな」

 

 子供の頃にも魁人は千秋にこういったカップル限定のお店に来たいと言われたことがあった。しかし、千秋はその時見た目が幼かったので、一緒にこういった店に来ればとんでもない誤解を受けそうだったので魁人は却下をしたのだ。

 

 あれから大分大きくなったなと思いつつ、魁人は席に着いた。前には幼いはずだった千秋が座っている。髪はさらさらなのは変わらないが、顔立ちは色っぽくなっている。

 

 体も成長して、足も長い。千秋本人は太ももがちょっと太いと千夏に言われたことを気にしていたり、肩が凄く凝るほどに胸も大きかったり気にしていることもある。

 

「おおー、パフェ美味しそう」

「俺は良いから食べてくれ」

「いや! これは二人で食べる奴だから! あーんしてやろう!」

 

 スプーンでアイスをすくって、魁人の口元に彼女は運んだ。眼をキラキラさせながら純粋な眼で差し出されたので断る事などは出来ずに、口を開けて食べた。

 

「美味しいな。良い牛乳で作ってる感じがする」

「カイトのお墨付きか! なら、我も一口! ん! 美味しい!」

 

 

 キラキラした笑顔は昔から変わりないなと思いつつそれにつられてカイトも笑顔になってしまった。感情は伝染する性質があり、笑顔は人を幸せにすることもある。千秋の笑顔は魁人の心を優しくほのぼのとした空気にしていた。

 

 

「食べ終わったらね、我の服を一緒に選んで!」

「俺センスはあんまりないと思うんだが」

「そう言う問題じゃないの!」

 

 食べ終わった後に、今度は服売り場に腕を組みながら魁人は連行された。千秋はジーパンを見ながらそれを腰元に当てる。

 

「我、太もも太いって言われた……千夏にむちむち過ぎてるって」

「だから、ジーパンで細く見せたいのか?」

「うん」

「そんなに太いって思った事は無いけど……」

「そうだよね! それに千夏も同じ位太いし」

「両方とも普通だと思うが……」

 

 

 ジーパンを買った後は何故か下着売り場に千秋は行こうとしていた。

 

「いや、俺は行かないぞ。流石に」

「えー! でも、最近また大きくなったら買わないといけない!」

「一人で行ってくるんだ」

「でも、魁人が好きな色にしておきたいと言う気持ちもある」

「いや、そう言うのは大丈夫だ」

「……なら、また今度にする! 千春と一緒にくる!」

「そうしてくれ」

 

 

 車に彼女を乗せて、二人は家に戻った。家に帰ると皆出かけていたのでまた、二人っきりだ。

 

「カイト、運転サンキュー!」

「あぁ」

「よーし、今度はお昼寝しよう!」

「急にか?」

「カイトは運転で疲れていると思うからな! 我の部屋のベッドを特別に貸してやろう」

「いや、別に――」

「――いいから!」

 

 また、グイグイと力で連れまわされる。本気で力を籠めれば腕を振り払う事は出来るが、魁人はそう言う事をする気にだけはならなかった。だから、あまり眠くなくても千秋には逆らえない。

 

 取りあえず、ベッドの上に彼は横にさせられた。

 

「眠くないんだが……」

「大丈夫、その内眠れる! ねーむれー、ねーむれー、かいとー、ねーむれー」

「子守唄は大人には聞かないんだけどな……」

 

 暫く経っても魁人はなかなか眠れなかった。だが、千秋はずっと魁人が眠るのを待っているようだった……

 

「よーし、カイト今度は我が膝枕をしてやろう!」

「いや、それは」

「いいからいいから!」

 

 彼女に直ぐによいしょと、カイトの頭を太もも付近に置いた。頭を撫でて、何度も囁く。

 

「……」

 

 

 何とも言えない恥ずかしさを感じつつ、僅かに魁人は眠くなってしまった。そのまま彼は昼寝をする事になる

 

「寝た? 寝たよね?」

 

 魁人が寝ると千秋は彼の頭をベッドに置いた。そのまま自身も彼の隣に横になった。

 

「流石に20超えて、(われ)とか言ってる場合じゃないよね。厨二も程ほどにしないとって言うかさ……でも、大人のふりをするより、子供のふりをする方がカイトを好き勝手に出来るし、甘えられるから……」

 

 

 千秋はひとりでに呟いた。子供っぽさは完全に抜けていた。彼女はもう、人として女性として、成熟をしていた。

 

「いつになっても返事くれないんだもんね……これはさ、()も我慢の限界だよ。焦らしたカイトが悪いよ」

 

 

「ふふ、千夏が我慢の限界って言ってた気持ち、分かるなぁ……もうそろそろ気持は抑えきれないよね。返事くれないなら、強硬手段しかないってことだぞ。カイト……でも、やっぱり愛してる」

 

 

「――()が一番貴方を愛している」

 

 

 彼女は寝て居る魁人に身を寄せた。これは魁人が返事を渋った事で千秋が超肉食になってしまう未来の一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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103話 原作?

 運動会が終わり、徐々に夏に近づき気温が高くなり始めていた。小学校でも半袖の服になる生徒が増えてきた。

 

「千秋ちゃんは肌綺麗だけど、何の化粧水使ってるの?」

「えっとねー、C10のやつ!」

 

(まずは千秋ちゃんから好感度を上げていこう)

 

 

 千花は取りあえずママになるために娘となる千秋の好感度を上げようとしていた。千夏は難しい、千春も難しい、千冬は色々頭が回って鋭い、となると千秋に声をかけるしか道はなかったのだ。

 

 

「千花は我に凄い媚を売って来るけどどうしてだー?」

「売ってないよ。本心で話しかけてる」

「そっかー」

 

(意外と千秋ちゃんも分かりづらい……いつも笑顔だからどれくらい好かれてるのかとか、()()()()()()()()()()

 

 

 千秋がどれほど自分を好いているのか、それが分かれば良いなと千花が思った時、視界に変化が起こる。

 

「なにこれ……?」

 

 

 今まで選択肢が視界に入ったときは合った。しかし、今回は違う。だが、普通ではない変化があったのだ。

 

 

――千秋→千花、好感度20%

 

「どうした? 千花、ポンポン痛いなら我が保健室に連れて行こうか?」

「大丈夫……千秋ちゃんは千夏ちゃんのこと好き?」

「勿論、生意気だけど好ましいぞ!」

 

 

――千秋→千夏、好感度100%

 

 

「なんだこれ……いや、好感度が見えるって事?」

「本当に大丈夫? 不思議ちゃんって千春が言ってたけど本当だなぁ」

「……魁人さんは好き?」

「魁人は我好きだぞ!」

 

 

――千秋→魁人、好感度???% 想い爆発まで???%

 

 

「やっぱりあの人は謎。でも、……そっか、選択肢の派生的な能力って事か……」

「だ、大丈夫か? さっきから全然我の話聞いてない……」

「なるほどね、大体わかった。取りあえずどこからがどの程度の存在に成れるか、数値の具体性を知りたいけど……でも、これに頼るってのものね……選択肢に頼るみたいでいやだし」

「おーい、我の声きこてるかー」

「……ふふふ、でも上手く使えばママに成れるかも……ありがと、あとでまた」

 

 

 千花はそさくさと千秋から離れて行った。

 

 

◆◆

 

 

 俺は休日の朝にランニングをしていた。理由は健康に気を使うべきだと思ったからである。まだまだ二十代前半だが、長生きをするためにはするべきであると思った。

 

「魁人さん」

「あ、ち、千花ちゃん、ぜぇぜぇ、はぁはぁ」

 

 走っていると横に体操着姿で走っている千花が居た。結構朝早い時間に走っているから、知り合いとかに出会う事はないと思ったんだが……偶然だろうか?

 

 絶対体が鈍ってるから誰とも会わないようにしてたのに……。今の俺は額から汗を出しまくっており、肩で息をしている。

 

 

「大丈夫ですか? お水どうぞ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 タイミングが丁度良すぎるから、つい貰ってしまった。うん、水は美味しい。

 

「……水美味しいですか?」

「凄く美味しい、ありがと」

「助かりました?」

「勿論」

「僕のこと、好きになりましたか?」

「え?」

「……やっぱり見えない。はてなマークだけ……」

 

 

 はてなマーク? 一体何のことだ……。よく分からない。

 

「帰りましょうか」

「あ、あぁ」

 

 

 言えは隣同士なので帰りの道は同じだ。千花と歩いていると、俺達の前に小さい影が二つ。

 

「おいおいおい、お二人さん、ちょっと待ってもらおうか!」

「金出せやこら!」

 

 小学生くらいの身長の高さの不良少女? みたいな感じの子が地かと俺の前に立っていた。あれ? でも、この感じの雰囲気どっかで見たことあるな。

 

「あの、僕お金持ってないです……」

「ジャンプしろやこら! チャリンチャリン鳴るか分かるしな!」

 

 これ、どっかで見たことあるぞ。なんだこの既知感は……あ、ゲームのイベントだ……ッ。

 

 『響け恋心』でのイベントで主人公がヒロインの誰かと一緒に居る時に、一定確立で始まるイベント。不良に絡まれるが千花がヒロインを上手く助けて、好感度を上げる筋書きだった。

 

 でも、絡む不良はもうちょっと大きい高校生の女子だった思ってたんだけど……千花も小さい時に既に千春達と会ってるから、イベントも前倒しになったのだろうか。

 

 いや、でもこの世界はゲームじゃないし……凄い面倒な状況だな。

 

 

「取りあえず、落ち着いてくれ。俺達は家に帰るだけだから……それにほら、朝早いのに子供だけで出歩くのは危ないから、お父さんたちの元に帰った方が良いぞ」

「「……おいこら! なめてるんか!!」」

「色んな小学生が今どきはいるんだな……」

 

 

 色々あったが上手く躱して、家に帰れた。千花と一緒に走って逃げたが……朝からすごい疲れた……

 

「いやー、色々大変でしたね」

「あ、そうだな」

「魁人さん、どうですか? 吊り橋効果的なので僕の印象変わりました?」

「印象は、あんまりかな」

「あ、でも、僕から魁人さんへの好感度は上がってる。これって、自身の好感度も見えるのか……」

 

 

 どうしよう、なんて返していいのか分からない。本当に不思議な子だと言う印象になったと言えば、確かに印象が変わったと言えるのかもしれない。

 

 

「ではまた」

 

 

 千花はそう言って去って行った。

 

 

 

 

 

 




 


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104話 未来に向けて

 千冬は運動会の徒競走で一位になったら、魁人になにかしらのお願いをしたいと言った。

 

 千冬は最近、様々な危機感を感じていた。魁人の事を好いているのだが、自身の姉である千秋や千夏も同じような気持ちであるのは勘付いていたのだ。

 

 どうして、こうなったのだろうか、最初に好ましいと思ったのは自分であったと言うのに。千冬はこのままだと誰かに盗られてしまうと思ってしまった。

 

 

 最近は千花と言う子も連絡先を交換したとか言い出していた事も千冬は気にしていた。だから、彼女は一歩先を行かなくてはいけないと焦ってしまった。

 

 

 千冬は自分は大した事のないと言う劣等感を持っている。誰かに先を越されたら取り返せないと思っているのだ。

 

(千冬は……魁人さんとお出かけして、そ、そこで……こ、告白を……でも、千冬なんかが告白しても……)

 

 劣等感が彼女を襲う。告白をしても受け入れてくれるのだろうか。でも、しなければ誰かに先を越されてしまう。

 

 だけど、魁人は『千冬』という少女の事を『子供』としか見ていないと彼女自身がなんとなくだが分かっていた。

 

 不安の板挟みになった彼女であったがやはり、前に進むしかないと思ったのだ。

 

 

『魁人さん! ち、千冬、魁人さんと二人でお出かけしたいでス……ッ』

 

 

 千冬の頼みに魁人は勿論と笑顔で答えてくれた。それだけで彼女は嬉しかった。服は買って貰った中から一番良いのを選んだ。化粧は出来ないが髪型は寝癖とかが無いか何度も確認した。

 

 カチューシャも外して、いつもとは自分は違うのだと彼に訴えた。魁人は苦笑い、というわけではないが僅かに固い顔をしていた。

 

 そうして、千冬の頼みで魁人は近くのデパートに連れていくことにした。千秋が一緒に行きたいと駄々をこねたが千夏と千春が我慢をしろと言い聞かせたので千冬と魁人は二人きりになれたのだ。

 

 

◆◆

 

 

 千冬は魁人さんの事が好きだ。自分を肯定してくれたからという理由がきっと最初の始まりだったのだろう。

 

 千冬は自分に劣等感がある。それをダメだと思っていた。でも、魁人さんはそれで良いと言ってくれた。これから、まだまだ上に行ける。千冬は特別なのだと言ってくれた。

 

 魁人さんと見ていて思う。彼は誰に対しても公平に特別に接するのだ。姉達に対しても、彼は笑顔で優しい。その笑顔は安らぎを与えてくれるのだろう。

 

 だけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな気もしてしまう。

 

 

 千冬は魁人さんに違和感を持ってしまった、結局千冬を育てる理由も分からない。大事って言うけど、どうして大事なのか、それも分からない。

 

 でも、千冬はそんな事はどうでも良いと思ってしまう。魁人さんが好きで大事で、あの笑顔を自分だけに向けれてくれればそれでいいって自分本位に思ってしまう。

 

「魁人さん、手を繋いでも良いっスか……?」

「勿論だ、嫌だなんて言うわけないだろう?」

「あ、ど、どうも……」

 

 

 うわぁぁ、告白しようと考えていたのに全部吹っ飛んだぁ……。

 

 とあるデパートで手を繋いで買い物……きっと周りの人には親と子供とか、年の離れた兄と妹とかに見えているのだろうなとも思う。

 

「魁人さん、千冬、この服とか魁人さんに似合うと思うっス」

「そう言ってくれるなら買おうかな……千冬はセンス抜群だしな!」

「ええぇ? そ、うっスかね?」

 

 

 やばいオロオロして緊張をしてしまっている。毎日家で話して居る間柄なのに……頭の中には告白しようとかしか浮かばない・

 

 

「アイス食べるか?」

「た、食べたい!」

 

 

 アイス、アイス……アイスを食べて頭を冷やそう。

 

 うん、美味しい。

 

 

 アイスを食べて、少し話をした。あんまり長いこと出掛けているわけにもいかないので直ぐに家に帰ることになる。

 

 帰り道、車の助手席に乗って揺られている。いま、今と思っていたら時間なんてすぐに過ぎてしまう。二人きりの時間など早々ないと言うのに……

 

 

「か、魁人さん……」

 

 

 何かを言おうとしたたびに結局言えなくなる。そして、車は家についてしまった。何も言えない自分に嫌気がさす。

 

 家の部屋の隅で大きな溜息を千冬は吐いた。

 

「千冬、どうしたの?」

「春姉……」

 

 春姉が来てくれた。きっと全部分かっているのだろう、何を考えていたのか。何を想っているのか。結果どうだったのか。

 

 

「千冬は……結局何もできないなって思ったっス」

「そんなことないよ」

「きっと、何を言った所で変わらない、千冬は子供だし……」

「……大丈夫。未来は無限だから。千冬は凄い子、やればできる子。きっと十年後に成ったらすごーく、可愛くなってる。絶対、絶対。だから、諦めずに向かってみたら良いと思うよ」

「……」

「だって、それが千冬のいい所だってお兄さんに教わったでしょ?」

「あ……」

「よーし、行ってきなさい、お姉ちゃんが太鼓判を押すよ。きっと大丈夫。もしダメでも……その時はうちが慰めてあげるから」

「は、はいっス!」

 

 

 春姉に言われて、千冬は立った。そうだったと思い出した。二階の部屋を出て、階段を下りた。

 

「……頑張ってね…………」

 

 去り際に春姉の声が聞こえた。応援をしてくれている声が聞こえた。

 

「ありがとうッ、春姉!」

 

 今の千冬はただ、魁人さんに……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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105話 魁人の事実

 千冬は階段を下りて、魁人の元に向かった。彼はソファに座って気難しい顔をしている。

 

「魁人さん」

 

 千冬は彼に笑顔で話しかけた。僅かに目元が腫れているのは彼女が悔しさと自分への嫌悪を外に出していたからだ。

 

 でも、彼女は覚悟を決めて、前に進むことを決めていた。

 

 

「魁人さん、千冬は、千冬は、魁人さんの事が。好き……っス。家族とかそう言うのじゃなくて、娘とかじゃなくて、恋愛的な意味で」

「……そうか、ありがとう。俺の事を好きになってくれて」

「でも、きっと魁人さんの好きと千冬の好きは違うって分かってるっス。だから、これが意味ない言葉になるって事も……だけど、千冬は未来に期待をするッス。いつか未来に魁人さんが千冬の事が好きにってくれるように……、いつまでも諦めいっス。だって、千冬がそんな諦めなずに向かって行くのを認めてくれたのが魁人さんだから……」

 

 

 千冬は魁人の頬に唇を置いた。顔は真っ赤になっているが彼女なりに精一杯に大人の自分をアピールをしたのだろう。

 

 彼女は照れ臭そうに笑いながら、未来に期待をして。未来に向かって歩いて行くことを決めていた。

 

「だから、待ってて。必ず魁人さんの事を振り向かせる素敵な千冬になって見せるから」

 

 

 どこまでも笑って、諦めない彼女の笑顔に魁人は胸が痛くなった。恋の痛みではない。こんな純粋な子を……自分は……と僅かに自己嫌悪をしてしまったのかもしれない。

 

 

 暗い顔をしてしまう彼に彼女は笑顔を向け続ける。彼女の想いが届くのはきっと未来に話になるのだろう。でも、その日来るまで彼女は諦めないのだろう。

 

 千冬はもう、下を向かない。きっと、彼が何度でも躱しても、ずっと引き延ばしにしても彼に想いを抱き続ける。

 

 

◆◆

 

 

 その日の夜、魁人はベッドの上で何もせずに天井を見上げていた。彼女の無垢な想いに彼は心を痛めていた。それだけじゃない、ずっと千春を千夏を千秋を、自分は……

 

 彼はどうして、ずっと家族として接してきたのか分かって来ていた。徐々に自分が本当は何をしたかったのか分かって来ていた。

 

 最初は気付かないふりをしていたのだ。ただ、生活をして無垢な想いと幸せそうな笑顔を受け取る度に幸福感と同時に自分への嫌悪が強まってしまっていた。

 

 そして、千冬の想いを受け取った時に気付いてしまった。何をしていたのか、何の目的を持っていたのか。

 

 魁人と言う人物が何をしていたのか。

 

――それに気づいてしまった時、彼は一気に倦怠感と無気力に包まれてしまった。

 

 そうして、今に至る。ベッドの上でただ上を見上げるだけになってしまった。そんな彼の部屋に誰かが入ってきた。

 

「魁人?」

 

 千夏だった。大人の格好になっている所を見ると満月の光を浴びていることが彼には分かった。魁人の母親の服を着て、彼女は部屋に入った。

 

 

「どうした?」

「んー? 一緒に寝たいと思って……皆は寝てるから、大丈夫!」

「何が大丈夫なのかは分からないが……分かった」

 

 

 彼女は魁人の方に飛ぶように身を寄せて来た。だが、ハグをすると彼の微妙な変化を感じ取った。

 

「何かあった?」

「いや、特には……」

「嘘、分かるもん!」

 

 千夏はグイッとカイトに顔を近づけた。怒っているような顔だったが魁人の顔を見て、どうしたのと首を傾げる。

 

「いや……俺はなんもないって思ったと言うか、千冬とか千秋とか千春とか、千夏達が本当に眩しく見えて……」

「……辛くなったの? どうして?」

「……」

 

 魁人は語ろうとはしなかった。黙りこくって、眼を閉じた。その時、彼の頭の中には過去の記憶が、死んで一回出会う前の記憶が蘇ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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106話 魁人の真相

 ああ、いつからだろうか。自分が大した存在ではないと思っていたのは。

 

 小さい時に虐められていた子を助けたことがある。虐めに立ち向かった事があった、その結果自分が虐められるようになった。その時に親に言われた。

 

 

『危ない事をしなくていいのに、貴方は大したことがないんだから。無難に生きなさい』

 

 

 好きな子が居て、その子が俺を虐めていた子によって、電車に飛ばされた時、飛び出しそうになった彼女の手を掴んだ。それをして、俺は電車にひかれて死んでしまった。

 

 

 死ぬときに思ったのだ、やっぱり俺は大したことなかった。無難に生きた方が良かった。そうすればこんな死に方をしなくて済んだ。

 

 

 だけど、そんな生き方は間違っていると俺は言いたかった。あの時の俺の行動は誰かの為にした分不相応な行為は正しかったと言いたかったのだ。

 

 だから俺は四つ子を強く愛した。彼女達に不幸で分不相応をしていた過去を重ねていたのだ。そして、それを何度も強く肯定した。

 

 愛せるはずなんだ、良い言葉が言えるはずなんだ。だって、彼女達にかけていた言葉は不幸であった時に自分が言って欲しかった言葉なのだから。

 

 それに気づいてしまった時、どうしようもなく自己嫌悪をしてしまった。今も眼も前に千夏が居て、俺を心配してくれているのに自分の事しか考えていない。

 

「俺は、本気でお前達を愛そうとはしていなかった……自分を肯定したかっただけだった……」

 

 

◆◆

 

 

 

 魁人が初めて出した弱音だった。それを聞いた千夏はどうしても彼を支えたくなった。弱弱しい彼の体を彼女はハグをして抱き寄せる。

 

「……魁人に何があったのか、魁人が何をしていたのか私には分からない。だけど関係ないわ」

「俺は善意で皆を愛していなかった」

「悪意でも、善意でも良い。だって、私は魁人に救われたから。救われた私がカッコいい理由を求めるのは可笑しいわ」

 

 

 だから、そんなに卑下しないで、と千夏は想いを伝える。彼がしてきたことがどんな理由だったとしてもそれでも救われたのは自分だったのだから。

 

 そして、今度は自分が彼を救ってあげたいと思った。

 

「大丈夫、私はどんなことがあっても一緒に居るから。寂しい思いは絶対にさせないわ」

 

 自分が人間であったのか。一人ぼっちではないのか、そう感じていた世界に彼は来てくれた。姉妹を盾にして外の世界を見ようとはしていなかった彼女は、もういない。

 

 

「私が絶対に貴方を守るから。だから、魁人も私と一緒に居て」

「……ッ」

 

 

 魁人は驚愕をした。彼女は自分が言って欲しかった言葉を自分に投げてくれたから。偶然かもしれない、でも、確かに欲しかった。

 

 自分がしてきたことを肯定してくれる存在。それが子供である彼女からの言葉だとしても、いや、彼女の言葉だからこそ彼の中の気持ちは落ち着きを取り戻した。

 

 やってきた事は、紡いできた時間は無駄ではなかったと言う証明が確かに眼の前にはあった。

 

 

「……ありがとう、千夏。嬉しかった」

「もっと嬉しい思いをさせてあげる、だから、一緒よ、ずっとずっと。私と魁人は一緒に居るの。分かった?」

「……そうだったらいいなと思ったよ」

 

 

 魁人は千夏の事を恋愛的な意味では見ていない。子供のような存在だと思っており、千夏の好意と魁人の好意は僅かに掛け違いがある。

 

 でも、千夏はそれで今は良いと思った。彼とずっと一緒に居ると決意をしたし、いつまでも愛していこうと決めたのだから。

 

 

 







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107話 朝

 俺は千夏に救われたのかもしれない。誰かに言って欲しかった言葉、彼女達の為に送っていた言葉が今俺の所に帰ってきた。

 

「えへへ、なんか恥ずかしい」

「……恥ずかしいか……でも、ありがとう。何か、嬉しい気がする」

「なら良かったわ。魁人が嬉しい方が私は幸せだもの。それに魁人のおばあちゃんにも言われてたし」

「そうなのか」

「あの子は自己評価低いから褒めて上げてって……でも、私はそれを言われなくても今の言葉を言っていたと思うわ」

 

 大人の体で自慢げに胸を張る彼女。何故か彼女は自信満々だった。千夏はどうにも可愛らしいと思った。

 

「ありがとう」

「どういたしまして」

「……本当に救われたのは俺か」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「そう、じゃハグしてハグ!」

 

 

 彼女はニコニコ笑顔で俺に抱き着いてきた。暫くして……千夏はまだ木にぶら下がるコアラのようにそのままだった。

 

「ねぇ、私って可愛い? この大人の姿でも可愛い?」

「勿論、可愛いと俺は思う」

「えへ、ありがと。秋と冬と春、よりも?」

「皆一緒だな。同じ位可愛い」

「む……まぁ、いいけど」

 

 

 千夏は膨れっ面に僅かになったが直ぐに笑顔に戻る。この笑顔をずっと見ていたいと思えるほどに可愛いと思った。

 

 

「皆一緒……私はここにずっといるわよ」

「それは嬉しいよ、でも、旅がしたくなったらいつでも行ってくれ。俺は応援するからさ」

「私は旅はしたくない。魁人が居るもん、一人には出来ないし。支えるって誓ったもん」

 

 

 支えてくれるか……そうか、最初は警戒心が強くて誰よりも怯えていた千夏が今では支えるために俺の側に居てくれるのか。

 

 本当に成長をしたんだな……

 

「私が膝枕で子守唄を歌ってあげようか?」

「いや、普通に寝ようか」

「え!? 折角……じゃあ、隣で寝る」

 

 

 千夏はそう言って隣に寝転んだ。赤い瞳が俺の眼を射貫く、金色の髪が微かに腕に当たった。僅かな月明かりがカーテンから漏れて、彼女の顔を照らして。

 

 可愛い娘だと思った、千秋も千冬も千春も千夏も、打算的な意味で育てていた。でも、本当に大事であると思っている自分がやっぱり居た事に俺は安心をした。

 

 

「魁人」

「どうした」

「呼んだだけ」

「そうか」

「ねぇ、魁人は一緒に居るよね? ずっと一緒なのよね?」

「どうして、そんな事を聞くんだ?」

「偶に思うの、魁人って不思議だから……急に居なくなったりするんじゃないかなって……」

「安心してくれ。俺は千夏がが一緒に居たいと言ってくれる限り、ずっと一緒に居るから」

「……うん、絶対よ。大人になってもおじいさんになってもずっとずっと、一緒だからね」

「そうなったら、面白いかもな」

 

 

 自分がおじいさんになる姿なんて想像できないが、千夏が一緒に居たいと何度も行ってくれることは嬉しいと思った。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 魁人は朝目覚めた。ベッドから起きて横を見る、そこには子供の姿の千夏が寝ていた。彼女は魁人の腕を枕のようにして寝ていたので起こさないようにそっと、頭を布枕に置いた。

 

 パジャマのまま彼は下に降りた。リビングのドアを開けると……

 

 

「千春」

「おはよう、お兄さん」

 

 

 千春がぼぉっとソファの上でコーヒーを飲んでいた。淹れたばかりなのだろう、コップからは白い湯気が立ち昇っている。

 

 

「コーヒー飲むイメージなかったな」

「心外だよお兄さん、うちはブラックだよ」

「そうだったのか。ココアとかが好きだと思っていた」

「……まぁ、そうなんだけどね。急に大人のふりをしてみたくなったのかも」

「大人のふりか」

「うん、なんか未来はどうなるのかなって……。もし、千夏、千秋、千冬が全員いなくなったら……今の子供の時分だと寂しいって思うような気がして」

「気持ちはわかるかもしれない」

「……大人になったらそんな寂しいなんて思いは消えるのかな」

「消えないさ。だって、俺も千春が居なくなったら寂しいと思うから」

「……そういうのやめて」

 

 

 千春はちょっと怒ったようにそう言ってコーヒーを飲んだ。コーヒーを飲んだ後に僅かに舌を出した。

 

 

「にがッ……」

「砂糖入れたらどうだ」

「やめておくよ。うち、大人だから、お姉ちゃんでもあるし」

 

 

 千春はそう言ってもう一口とコップを口へ運ぶ。

 

 

「……二人で住むにはちょっと大きいかな、この家は」

 

 

 千春のその言葉が魁人に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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108話 夏休み 前編

 太陽が全てを照らしていた。気温が上がり、夏がやってくる。夏休みの前日、千春達は荷物を持って家に帰っていた。

 

「夏だから私、日差しが……」

 

 千夏がクラクラしながら大量の荷物を持って家に帰る。リコーダー、ハサミやら色々なモノが入った小物入れ。他にも学校に置いてあったあらゆる道具をだ。

 

 

 相当な重さなので千夏は一番つらいが、千秋や千冬も辛そうだった。家に着くとすぐさま全員シャワーを浴びて、冷房を入れる。

 

「おー、最高に涼しいな! 我感動」

「千冬も涼しくて夏休みの宿題捗りそうっスー」

「冬はもうやるの? 速過ぎない、もうちょっとゆっくりやればいいのよー」

「それだから秋姉と夏姉は宿題後で出来なくて焦るんスよー」

 

 

 テキパキと千冬は颯爽と宿題に取り掛かる。千秋と千冬はぼぉっとしているのだが、千夏が思い出したかのように話し出す。

 

 

「そう言えば、好きな子っている?」

「え? 我か?」

「そう、秋は好きな人はいるの?」

「我は我が好きだ」

「自己愛ね」

「でも、カイトも好き」

「そう。まぁ、知ってたけど、私も好きよ。冬と春もでしょ」

「まぁ、そうっスけど」

「うちも好きだけど、三人みたいな感じではないと思うよ」

 

 

 千春が鋭い一撃を返したので思わず、全員が黙った。千春は千夏の頭を撫でながらフっと不敵に笑う。

 

 

「良いと思うよ」

「なにがよ」

「別に……未来はどうなるのかな。誰かが選ばれるのか、どうなのか」

 

 

 千春はそう言ったまま撫で続けた。

 

「そう言えばさ春は泳ぐのあんまり上手になってないわよね」

「泳げるよ」

「犬かきみたいな感じじゃん」

「でも、泳げることには変わりない」

「今年も魁人にレッスンしてもらうのかしらね」

「どうだろうね。さて、千秋も千夏も宿題やるよ。夏休みを楽しみたいならね」

「ええー! 我、今日はやめとく!」

「ダメだよ。お兄さんがおじいちゃんとおばあちゃんの家に行ったり、ドライブに行くって言ってたんだから。今のうちに色々やっておくの」

「はーい!」

 

 

 千秋が元気よく声を上げて、ノートを広げた。ドリルに答えを写す作業を始めたので妹の千冬にそれを止められている様子が見える。

 

「……アンタはどうなの?」

「宿題やるよ」

「違う、魁人のこと」

「……好きだよ」

「……色々、本当は相談したい事あるんじゃないの? 能力とかさ……」

「うちはもう、大丈夫だからさ。それにそれを言っても意味はないよ、お兄さんもそれを分かってるから話してこない。あの人とうちは同じような生き方をしてるから、本質をついても意味がないんだよ」

「どういう意味よ、それ」

「何ていうのかな。同じことしてるのに、それを否定できないって事かもね」

「……魁人の事を自分が一番よく分かってるみたいに言うじゃない」

「実際そうだよ。うちがあの人を一番理解してる」

「……ふーん、でも私だって理解してるわ、一番ね」

「そうかな、それは錯覚だと思うよ。でも、安心して。好きと言っても千夏達の意味じゃないから張り合う必要もない」

「……なんか、余裕ぶってるのが気に入らないわね」

「余裕ではないんだけどね……それより宿題宿題」

 

 

 

 千春が千夏を席に座らせる。そのままドリルを取り出して彼女の前に置いた。千夏と千春が僅かに張り合いみたいになったが、すぐにその空気は消えた。

 

 彼女達は宿題に取り掛かった。全ては夏休みを楽しむためだ。

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 俺は久しぶりに車の手入れをしていた。鳥の糞とかがついていたのでホースで水をまきながら掃除をしたり、夏休みなのでなるべく良い車で出掛けたかったのだ。

 

 

「おー、魁人。精が出るな! 我もその鉄砲みたいなホースで水撒きしたいぞ!」

 

 俺は千秋にホースを渡す。すると彼女はパーと水を銃のようにして遊び始めた。車に水を当ててきゃぴきゃぴ笑って居る。

 

「千秋は可愛いなー、和むよ」

「ニハハ、ならば良し!」

 

 本当に可愛らしい笑顔でビビる。

 

「さて、魁人。ドライブ楽しみにしてるぞ! 我がカイトの助手席だからな!」

「分かった。道案内は任せるよ」

「まかせろー」

 

 

 千秋がそう言うので助手席は任せることにした。

 

 そして、ドライブの日がやってくる。皆の為にも楽しいドライブの想い出を作るんだ!

 

 と思っていたのだが

 

「私が乗るの!」

「我!」

「私が魁人を支えてあげるの! アンタは寝るでしょ! どうせ!」

「寝ないもん!」

「寝て、運転してる魁人に飴とか飲み物とか上げられないでしょ!」

 

 

 二人が喧嘩をしている。助手席にどちらが乗るのか争っているらしい。

 

「はい、じゃんけんしよう。千秋も千夏も、千冬を見習って……」

 

 

 千春が間に入って、仲裁をしつつ騒がない千冬を褒める。と思ったのだが千冬が既に自然と助手席に座っているので、千春は黙った。

 

 

 なんやかんやで千冬が助手席に乗り車は発信する。少し遠めのデパートにでも行こうと思っていた。途中で休憩がてら道の駅に止まる。

 

 

 千秋達にソフトクリームを買ってあげながら、俺はコーヒーを飲む。そう言えば……もうすぐこの子達は小学校を卒業するのか……。

 

 

 出会ったのは小学四年生だったが……時間が経つのは速い。案外大人になって巣立つのも早いのだろうか。それともこのまま一緒に居るのだろうか。

 

 どちらにしても、俺はこのままで見守り続けるしかないな。

 

 

 

 






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109話 夏休み 後編 

 色々とデパートや店を回って、帰りの時間になった。俺は車を運転して、家に帰る途中だった。助手席には千春が乗っている。

 

 

 バックミラーで確認すると後ろでは千秋、千夏、千冬が眼を閉じて眠っている。1日中遊んで疲れてしまったのだろう。

 

 

 外から夕陽の光が差し込んでくる。隣に座っている千春は起きているようだった。

 

 

「しりとりでもする?」

「急にどうしたんだ」

「運転が眠くならないように配慮しようと思って」

「……リンゴ」

「ゴールデン……ドラゴン……ノヴァ」

 

 

 

 既に2回くらい勝っている気がするが敢えて触れないのが大人だろう。何も気づいていないふりをして適当にしりとりを繰り返していると……千春は途中で何も言わなくなった。

 

 

「しりとり、飽きるね」

「まぁ、何万回も人生でやるからな」

「……そだね。やめようか。詰まんない事やってお兄さんの眠気が増えるといけないし」

「眠くはないぞ」

「お兄さんは慎重すぎる運転だからね」

 

 

 当たり障りのない会話、意味の無さない言葉を欠かすのが心地よいと思った。既にそれが本当の意味で当たり前になっている事にも気付いていた。

 

「そうか……もう2年たったのか」

「……あ、確かに」

 

 知らぬに多大な年月を積み重ねていたことに俺は驚いた。千春も懐かしむように窓の外から景色を眺めている。

 

「変わっちゃったよ……三人共」

「そうかもな」

「勿論、良い意味でね」

「なら良かったとは思うな」

 

 

 車内は道路を走ることで僅かに揺れる。少しだけ沈黙が車内を支配するがすぐに千春は言葉を発した。

 

 

「うちは……変わったかな。変われた、と思う?」

「良い意味で変わったと思う。妹想いが強すぎるのは変わってないと思うが」

「……妹想いじゃなくて、感情を向ける先が妹しかないだけ。お兄さんと同じだよ」

「俺もか……」

「うん、そんな気がする……そう言えば、うち達不思議な力を持ってるって前に話したよね」

 

 

 千春からその話をしてくるとは思わなかった。超能力の事はあまり言いたくないはずなのに。少しだけ千春は唇を震わせながら――

 

 

「――全部が、自分の大切なものが全部凍ったらどう思う?」

「……そう、だな……」

「うちはね、全部凍らせちゃうの。生まれた時からそうだった。自分で自分を抑えられない。自分の感情が能力の差異を大きくするの」

「それは大変だな」

「うん、でもね。妹が居るからさ――」

「――千春、大丈夫。一人にはならない」

「ッ、……どうして」

 

 

 千春は自分の力をコントロールできない。全部を凍らせてしまう、恐怖によって。能力が恐怖によって感情によって暴走をする。だから、妹達だけを強く愛することでそれを封じていた。

 

 でも、三人が変わり始めて、焦りがあるのだろう。自分が一人になればまた、力が暴走をしてしまう。

 

 そう言うような悩みがゲームではあった。この世界は現実だけど、きっと千春が一人になることに孤独への恐怖と不安があるのは接していて分かった。

 

 

「大丈夫、三人はずっとそばに居てくれる。大した支えにはならないけど俺も居るしさ」

「……三人が居ないと寂しいなぁ……」

「居なくならないさ」

「……どうかな。それは分からないよ。お兄さんに盗られるような気がするし」

「盗らないって」

「そうだと良いね。そうだね……もし三人がうちから離れたら、今度はお兄さんに入れ込むしかないよ、お兄さんの為に次は生きることにするよ」

「そうはならないと思うけどな。千春が三人を大事に思う限り、いつまでも一緒に居る、これまでと同じように」

 

 

 千春は車の窓から外を眺めている。だが、鏡越しに彼女は俺の眼を見ているような気がした。青い眼が射貫くようにじっと見られているような気がする。感覚だがもう、逃げられない。

 

 狩人に狩られる獣になったような気分に、一瞬だけなった。気のせいなのだろうけど。

 

 

 気付いたら、二年が経過していた。四人は六年生で来年から中学生。長いように短い時間だった。でも、明日からも変わらぬ毎日なのだろうと俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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110話 明け

 うち達、小学生の夏休みは終わり本日から二学期に入った。カラッとした微かな暑さが残っている。

 

 ぼおっとしながらバスに乗って学校に向かう。ずっと休みで朝起きる時間も学校に通って居る時よりも遅かった。その習慣が未だに抜けていないのか千秋と千夏がウトウトしながらバスに揺られている。

 

 

「うごー、我、まだ……布団を……」

「秋姉、学校に着くっス」

 

 

 眼がほぼ閉じている、眠そうな瞼をこすりながら千秋は学校に歩いて行く。その後に千冬が千夏を抱えて歩いて行く。

 

 教室に入ると既に生徒達が居た。皆、机の上には先生に提出をする宿題をずらりと置いている。

 

「おはよー、千春」

「桜さん、おはよ」

 

 

 久しぶりに北野桜さんにあった気がする。

 

「宿題やったか?」

「勿論」

「自由研究どうした?」

「お兄さんと一緒にトマト育てて食べた奴を纏めたよ。千秋はカレーの食べ比べで、千夏はパンケーキの食べ比べ、千冬は3Rについてまとめてた」

「末っ子だけ凄い真面目な研究してきてるのな」

 

 

 自由研究、千冬だけ凄いこってたから。徹夜でお兄さんと一緒に色々と書いていたのをうちは知っている。

 

「そう言えば修学旅行あるけど、千春は班どうする?」

「妹達と一緒かな。側にいないと心配だし、千秋は家から離れると泣いちゃうから側に居てあげないといけないし」

「あー。なるほど。前もそんな事あったなぁ」

 

 千秋以前も旅行で泣いちゃったことあるしなぁ。うちが側に居てあげないといけない。

 

「でも、ダイジョブじゃないか?」

「なんで?」

「だって、千秋、女の子と友達沢山居るし、それになんか前より成長している感じするじゃん」

 

 確かに千秋は成長している。魔法使いごっことか言って布団にダイブをしたり、オムライスに五芒星のマークを描いたり子供っぽい所はあるけど前より純分に成長をしたと思う。

 

 成熟したとも言えるかもしれない。子供っぽい……というより敢えて子供みたいに振る舞っているような気さえする。以前から、敢えて振る舞うというのはあったとは思うけど、最近はもっと大人っぽい。

 

「もう中学生だぞ。そろそろ妹離れした方が良いんじゃないか」

「……そうかもね」

「まぁ、班は部屋割りも兼ねてるし絶対女子同士になるから、結局同じになる可能性もあるけどなぁ」

「今年は……敢えて離れるのも一つの手なのかな」

「無理にとは思わない。でも、最近弟を見てて思うんだ。そろそろ姉である俺が見守るというか、時には離れる時があった方が良いかもなぁってさ」

「確かに、それはうちも思ってるよ。最近特にさ」

 

 

 桜さんが言っていることは正しい。うちが離れて見守るというより、うちが離れないといけない。うちは妹に依存をしているような状態なのだから。

 

 

「でも、急には難しいよなぁ。俺も姉として、弟から急に離れろって言われも無理だし、だって弟可愛いからさぁ」

「うちの妹は天使の生まれ変わりだからね。可愛すぎてヤバいから、急に離れると禁断症状が出ちゃうよ」

「だよなぁ。分かる分かる。代わりに何かやってみるというのはどうだ? 尽くす先を変えるとか。一緒にするんでる魁人さんとか」

「……お兄さんねぇ。考えた事は何度もある」

「おー、俺は女だから分からんけど、男はメイドが好きらしい」

「メイドって、あのフリフリの服を着てる人達?」

「そうそう、ご主人様って言って尽くす奴」

「うちに似合うと思う? あんまり表情変えるの好きじゃないし、そう言う服似合わないでしょ」

「意外と似合うと思うぜ? あー、でもそんな服、普通ないよな」

「……まぁ、あるけど」

「え? あるの?」

「宮本さんって言う、お兄さんの先輩が沢山服をくれたの。その中にメイド服が入っていた」

「着てみたら?」

「妹に見られたら一生の恥だし……」

「メイド服着てオムライス作ってやれば?」

「うち、卵料理はゆで卵くらいしか作れない。最近、ちょっと上達してるけど、大体破裂させてる」

「……つまり、練習をするいい機会じゃん。やってみろよ。メイド服、あとで写真見せてくれよ、俺と千春は姉同士じゃん?」

「……そうだけど」

 

 

 そうだけど、メイド服は流石に……いや、うーん、無理というか。恥ずかしいというか……千秋に見られたら一週間笑われるし。

 

 千夏に見られたら二週間、チクチク言われるし……

 

 

 えー、どうしよ……

 

 

 

 

 

 

 







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ss バレンタイン

 2月14日と言えばバレンタインデーである。それは誰もが知る所だ、好きな人にチョコを渡して想いを伝える。友チョコなどと言う概念も有ったりもするが、やはり意識をしてしまうのが想い人にチョコを渡すという事だ。

 

 

 日辻千冬、日辻千秋、日辻千夏、日辻千春もクラスの友達や、魁人に渡そうと2月14日の一週間前から準備をしていた。

 

 

「おー、我は手作りチョコをあげようと思っている。カカオから作る奴だな」

「いや、無理でしょ。アンタじゃ」

 

 

 千秋はカカオから作ると言っているがそれを千夏が無理だと一瞥する。

 

「いや、我ならカカオ栽培から始められる」

「尚、無理でしょうね。知識とか無いし」

「愛があれば……ワンチャンある」

「ないわね。愛があってもカカオは一週間じゃ無理でしょ。絶対種から眼すら出ない」

「確かに、クク、ならば我の真の力で――」

「もう、付き合ってられないわ。冬はどうするの?」

「あ、我一人じゃ、このノリ寂しいぞ……」

 

 

 千夏が千秋を無視して、千冬に話を振り始める。それを見て千秋は一人で厨二ロールプレイをするのが寂しくなってしまった。

 

「千冬は普通に、市販のチョコレートを溶かして手作りにしようかなって思うっス。それが限界というか、流石にカカオからは無理では」

「そうよね、カカオからは無理よね」

「いや、我の真の力を――」

「春はどうするの?」

「だから、このノリを一人でやるのは寂しいから、乗ってくれないと我寂しい……」

 

 

 無慈悲に千夏は千秋を無視して、千春に呼びかけた。千春はニッコリと笑顔をしながら、とある本を取り出す。

 

 

「三人に生チョコを作ることにしたよ」

「春って卵割るのがギリだけど、大丈夫なの?」

「お兄さんに手伝ってもらうから大丈夫かなって」

「えぇー、一番感謝しない人に手伝わせてどうするのよ」

 

 

 千春は愛する妹達に自身の手作りチョコを渡すようにした。しかし、千夏からすると魁人にまずは渡すべきではないかと思ってしまったらしい。

 

 

「私は自分で作るわ……まぁ、材料は魁人に買って貰わないといけないけど。子供だし」

「千冬もそうなるっス」

「我はね! カカオから――」

「――うちもそうなるかな」

 

 

 千秋だけ目指すハードルが高すぎるが取りあえず、チョコを渡すプランをそれぞれ考え始めていた。一方で魁人も何か作ってあげたりした方が良いんだろうなと彼は彼なりに考えも居た。

 

 

 

◆◆

 

 

 魁人と千春、千秋は買い物に近所のスーパーに向かっていた。千夏と千冬は家で留守番をすることにした。

 

 

「カイトカイト! 我カイトにチョコレートあげる!」

「それはありがとな」

「だから、一緒に材料を買おう! 近くのスーパーならチョコが安く買える! 本当はカカオから育てて作りたかったけど、千夏がやめておけって言うから我我慢した! 我偉い!?」

「偉い偉い」

「そうだろう、そうだろう!」

 

 

 千秋は腕を組みながら自分で自分を称えていた。我偉い、と何度もつぶやきながらスーパーに入って行く。

 

 

「千春が迷子にならないように我が、手を握ってあげる!」

「ありがと……本当に心配なのは千秋の方だけど」

 

 

 千春と千秋が手を繋いで魁人は二人の前を歩きながら、買い物カートにカゴを入れて押す。

 

 

「あ、夕飯の材料も買わないと」

「我、ハンバーグ食べたい」

「うちはピーマンの肉詰めかな」

「……じゃー、ピーマンの肉詰めにするか」

「えぇ! 我より千春を優先するのか!」

「余ったタネでつくねバーグ作るからな」

「うむ、ならよろしい」

 

 

 野菜をカゴに入れたり、豆腐を入れたり、肉を入れたり、一通りを入れ終わる。

 

「カイト、このヨーグルトも勝った方が良いぞ。最近話題の奴だ」

「腸内環境も気にしていった方が良い年齢かもなぁ。まだ20代前半だけど……」

「お兄さんには長生きしてほしいから食べて欲しいかな」

「千春に同意」

「……千冬も千夏も千秋も千春も長生きしてほしいから全員分買うか」

「おおー、お兄さん太っ腹」

「おおー、我に二百歳まで生きるから」

 

 

 おおー、掛け声を上げる二人の様子が凄く似ていると思った魁人はふっと、笑いながら歩き続けた。

 

 

「この板チョコを溶かして美味しいのを魁人に作るからな! あとは学校で友チョコ交換する、我はメアリと交換する」

「楽しみにしてる。俺も千秋に作るからな」

「我も楽しみ! ホワイトデーも凄く楽しみ!」

「あ、そっか。二重でお返しをするのが確定してるのか。千春はどうするんだ?」

「うちも同じように板チョコを溶かして、割と簡単に作ろうかな」

「そっか……台所を破壊しないでくれよ」

「……しない」

 

 

 ちょっと冗談で魁人が料理ベタな事を言うと、千春は眼を鋭くして魁人を睨んだ。ちょっとからかい過ぎたなと思いながら、知らんぷりをする事にした。

 

 板チョコやスプレーチョコをカゴの中に入れていく。

 

 

「あ、これ千夏が欲しいって言っていたお菓子だ」

「そうなのか」

「うん、しょうがないから買ってあげよう、うん」

「……本当に千夏が欲しいって言ってたんだよな?」

「うん!」

 

 

 サクサクチョコクッキーもついでに購入をする事に決定した。会計を済ませて車まで購入した品物を運ぶ。

 

 すると

 

「あ、千夏そう言えばダイエット中だった。我が代わりにクッキーを食べて上げなくては!」

「それはしょうがないな」

「うん、しょうがない」

 

 

 むしゃむしゃ千秋はクッキーを開けて食べ始めた。最初から自分で食べるつもりだったのだろうなぁと千春も魁人も分かっていた。

 

 

 だしに使われた千夏が可哀そうだった。

 

 

 

◆◆

 

 

 2月14日前日、その深夜。千春と魁人はこっそり台所でチョコ作りに勤しんでいた。

 

「お兄さん、料理ベタってことがバレてしまうとうちの姉としての尊厳が消えてしまうから、このことはあんまり風潮しないようにね……」

「あ、はい」

 

 

 チョコを溶かして混ぜながら魁人にそう彼女は言い放つ。グルグルチョコをかき混ぜる千春だが不器用なためにチョコが飛び散っている。

 

 

「不器用だな」

「まぁね……不器用な女の子は嫌い?」

「好きも嫌いもないな」

「そこは多分、プラスに言い変えて和む所」

「へぇ……不器用な千春も可愛いぞ」

「本心からじゃなさそうだから、あんま嬉しくない」

 

 

 じゃ、どうすればいいんだよ、女心はよく分からん。という感想を抱いた。そのまま時間は進み、生チョコが完成した。レシピは簡易だったが千春が、チョコをひっくり返したり、納得いかずに作り直したりして時間がかかった。

 

 

 しかし、時間がかかったおかげでかなり良い形にまとまっていた。

 

 

「すごい、よくできてるじゃないか」

「まぁね、これでなんとか今年も威厳を保てそう」

 

 

 千夏、千秋、千冬に渡すためにそれぞれラッピングを開始する。それも時間が少々かかったが無事に終了した。

 

「……じゃ、はい」

 

 

 妹に渡すと言っていたがラッピングの数は四つだ。その内の一つを魁人に彼女は渡した。

 

 

「お世話になってるから……友チョコ? になるのかな? でも友達じゃないし。お兄さんチョコってことで」

「ありがとう。大分、手こずっていたからな。ありがたく食べるよ」

「お返しは四倍返しでお願い」

「四十倍で返すか」

「いいよ、そんなには……まぁ、貰えるなら貰っておくけど。じゃ四十倍返し、期待してる」

 

 

 クスクスと二人で笑い合っていると深夜を回り、2月14日になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




――――――――――――――――――――――――

いつもお世話になってます。皆さんの応援のおかげで好きラノで新作二位になることができました。

続刊とかは厳しいとは思うのですが、皆さんの応援の力を感じて、諦めずに頑張り続けようと思いました!

9月に『このラノ』と言う人気投票があるので、それまでに更新を頑張って完結を目指します!!

また、他作品が人気になればチャンスも増えるので、もしよかったら見て頂ければ幸いです!

それでは、いつもありがとうござます!





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111話 メイド千春

 日辻千春と言う小学生女子がいる。彼女は6年生ながら頭が良い。既に中学生レベルの問題ならある程度は分かってしまう。

 

 しかし、彼女には欠点がある。一つは不器用な事。

 

 卵を割るのが未だに慣れずに割ってしまう事がある。運動神経は悪くはないが意外と融通が利かない。例えばボールを投げる時、彼女は速くは投げられる。

 

 だが、かなりヘンテコな方向に投げてしまう事がある。所謂ノーコンと言う奴だ。

 

「春、ちゃんとアタシが居ると事に投げてよ」

「そーりー」

 

 体育授業の体育館、千夏と千春がキャッチボールをしていた。野球の授業だが外では雨が降っているので室内でやることになっていたのだ。

 

「春って意外と不器用よね。何でも出来るお姉ちゃんって感じだったけど」

「うちは何でもできるお姉ちゃんだよ」

「いやいや、無理があるでしょ」

 

 二人はボールを投げ合い、会話を続ける。

 

「メイド服……」

「なに?」

「なんでもない」

 

 

 千春はメイド服を着てみたらどうかという桜の話を思い出していた。今の自分には目的や目標が徐々に消えて行ってしまっている。

 

 彼女は何かを掴みたいのだ。なんでもいい。この先、妹達が自分を超えて、または必要としなくなった時に

 

 自分がどうすればいいのか。何を支えに生きていくのか。彼女はそれを探している。

 

 これから先の長い未来、彼女は未だ小学生なのだ。十年後、二十年後、どうなるのか。

 

 

(お兄さんと生きていこうとは思っているけど……うちはお兄さんに尽くしたりしてみようかな)

 

 

 千冬、千秋、千夏。三人とも自分のやるべきことが見えているのだ。彼女も何かを見たいと思っている。

 

 

(お兄さんにつくす。つまりは就職したら実家暮らしみたいな感じになるのかな。共働きしながら一緒に働いて……)

 

 

 ポワポワと頭の中で想像をしながら、キャッチボールで暴投する。千夏がうわぁと言いながらあらぬ方向へ飛んでいったボールを取りに行く。

 

 

「あ、ごめん」

 

 

 千春は千夏に謝りながら、困ったような表情を浮かべる。かなりの時間考えたが結局何も浮かばなかったからだ。

 

 

 

 親友の桜が言っていたメイド服を着るというセリフが一瞬だけ彼女の頭の中をよぎった。いや、流石にそれは痛々しくて見ていられないだろう。

 

 

 可愛い可愛い、天使みたいな妹たちならばそれをしても問題ないし。カメラで収めるだろうが無表情で感情の起伏が少ない自分がやってもいいのだろうか。

 

 いや、ダメだろうと彼女は感じていた。という感じで時間は過ぎていった。

 

 

 家までの帰りの時間、彼女は迷い続ける。バスに乗りながら、妹達は話に聞き耳を立てる暇もない

 

 

「我、夏休みの宿題の絵画。先生に褒められた」

「あら、凄いじゃない」

「凄いっス、秋姉」

 

 

 いつもならば千秋にすごいと言いながらハグをして、頭を撫でるところなのだが今回の彼女はそんなことをせずに眉を顰めてずっと迷っていた。

 

 

 家に着いて、宿題をして、おやつのチョコレートを食し、妹達はそれぞれの時間を過ごす。千冬は自主学習を始めて、千夏はゲームの厳選作業を行い、千秋はお昼寝をしている。

 

 千春はそれを確認するとこっそり自室からメイド服を持ち出した。

 

 

(これを着て、何が変わるのか、きっと何も変わらない。でも、うちだって、()()()()()()()()。メイド服をきっかけにするのって意味わからないけど)

 

 

 忍者のように足音立てずに洗面所に入る。最速で服を脱いで、メイド服に早着替えを行う。

 

 ふりふりな布が付いている。白と黒がベースで作られた王道的な衣服であった、首元付近に可愛い黒色のリボンも添えられている。

 

「……意外と似合ってる?」

 

 

 千春は鏡で自身の姿を確認した。無気力無関心無表情の自分。妹以外には興味がない自分だが、大したことのないと思っている自分だが、意外と可愛いと思った。

 

 

「確かに千夏、千秋、千冬とは四つ子だから、顔が似ていても当たり前かな」

 

 

(可愛いポーズとかやってみよっかな……?)

 

 

 舌を出して、ピース。前髪をかき分けながら色っぽい表情をしてみたり、色々と一人でやっていた。

 

 

「意外と可愛い。お兄さんも可愛いって言ってくれるかな……?」

 

 

 魁人が頭の中に浮かんだ。魁人はよく褒めてくれるが、あまりピンと来たことがなかった。しかし、今見たら彼は本心で本当の意味で褒めてくれているのではないかと思えてきた。

 

 

「もしかしたら……」

「……ぉ–」

「ッ!?」

 

 

 

 後ろから声がするので振り返ると千秋がドアを開けてじっと千春を見ていた。恥ずかしい場面を見られたと思って、ちあきを洗面所に入れて扉を閉めた。

 

 

「千春がメイド服を着るとは我驚き」

「お昼寝してたんじゃなかったの?」

「起きた。起きたら千春がいなかったから探してた。そうしたら、まさか、メイド服を着ていたとは」

「……このことは誰にも言わないでね」

「わかった!」

「わかってくれた?」

「うん! わかった! 押すなは押すってことだろ!」

「違うよ。これは恥ずかしい、トップシークレットな秘密なの」

「おー、スパイみたいでかっこいい」

「うん、だから言っちゃダメ」

「えー、でも千夏と千冬にも言いたい!」

「ダメ」

 

 千秋は千春のことを言いふらしたいと思ったが、それを千春は拒んだ。

 

 

「今度、お小遣いで千秋にお菓子買ってあげる」

「ほんと!?」

「うん」

「わかった! シークレット!!」

「二人だけの秘密だよ」

 

 

 千春の説得により、彼女は平穏を取り戻す。誰にも見せる勇気は今のところはないが、魁人にいつかは見せてもいいかもとは思えた。

 

 

「千春は可愛いのになんで秘密にしたいの?」

「だって、うちより千秋の方が可愛いいから。恥ずかしいじゃん」

「我は確かに可愛い。でも、千春も負けてない」

「そう?」

「ずっと言っている。でも、信じてくれない」

「そっか」

 

 千秋が千春のメイド姿を見ながらおおーと感嘆の声を漏らし、ペタペタ服を触る。

 

「似合ってる! 可愛い! 我には及ばないけど」

「知ってる」

「千春は誰よりも可愛いとか、妹に負けたくないって思う時はないの?」

「……考えたことない」

「うーん、我は悪魔と天使のハーフだから勝てないけど。良いところまでは来れる気がするぞ!」

「……そっかな。うちが一番になったら面白いね」

 

 

(自分が妹達よりも、姉妹よりも一番になる、なりたい、なれるなんて考えたことがなかった)

 

 

(でも、ちょっとだけ思う時もあるかな……お兄さんについて。ほんの少しだけだけどね)

 

 

 千春は鏡に写っている自分を見た。いつもの無表情な自分が写っている。ふと笑って見た。

 

 千秋が笑っているので、それを真似るように。

 

 

「この笑顔なら、一番って言われるかな……」

 

 

 誰に対して言ったわけでもないが彼女は言った。しかし、すぐにそんなわけないと首を振って、笑った。

 

 

「ふふ、無理か。まぁ、可愛いとは言ってくれるだろうし」

 

 

 

 

 

 




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

少しずつですが、更新をして完結させられるように頑張ります!

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112話 雨がふる日常

 ざぁと雨が降り注いでいる。夏の暑さが和らぎどこか肌寒さも感じる季節になっていた。

 

 9月になってから、千春達は特に何事も変わらずいつも通りの日常を過ごしていた。

 

 

 しかし、とある学校のからの宿題が出て全員が頭を悩ませていた。

 

 

「将来の夢について、ね。冬はどう思うの?」

「千冬は公務員とか、そんな感じでいいかなって思うっス」

「我、配信者になる」

「前もそんなことを言っていたわね、秋は」

 

 

 以前も将来の夢についてと言う題材を纏めるようにという宿題があった。しかし、今は六年生になった彼女達。

 

 再び、将来と向き合った時にさまざまな心境の変化が出ている。

 

「我はね、専業主婦を筆頭に、パティシエ、公務員も視野に入れてる」

「アンタが公務員?」

「我、カイトを支えるために公務員を視野に入れ始めている」

「ふーん、いいじゃない。見直したわ」

「ふふふ、あとはね、デビルハンターとか」

「あ、急に尊敬消えたわ。ふざけ出したから」

「えぇー!」

 

 

 千夏と千秋が二人で色々と話している。ふざけたことしか言わない千秋から公務員という真面目な言葉がでた事に驚く。しかし、すぐさまふざけ出すので再び、千夏は冷たくした。

 

 

「千冬、我と公務員バトルだ」

「別にバトルとかはしないっス。ただ、合格できる枠は決まってるから、勝負と言えばそうかもっス」

「我と千冬、一体どちらが強いか」

「勉強の筆記は千冬の勝ちっス。ただ、面接とかは千冬負けるかもしれないっスね」

「勉強か」

「秋姉、今から一緒にやるっスか?」

「もうちょっと、この夢は寝かせておこう」

 

 

 千冬が千秋をちょっと、置いておいて、千夏の方を見た。

 

 

「夏姉は?」

「私は普通に実家暮らししながら、色々? 魁人に無理させたくないし、家事とかは全部やってあげたいわねー」

「夏姉が小学生なのにすごい大人なことを言っているっス……怖い」

「私だって、大人な考えをするときあるわ!」

 

 

 三人が笑い合いながら、未来について語っている。千春は三人の妹達を見ながら微笑ましいと和むが、ふと自分の未来について、明確なビジョンが浮かばなかった。

 

 

「お兄さんに相談しよう」

 

 

■■

 

 

 

 時刻は11時、明日は学校なので千春は、千夏、千秋、千冬を寝かせた。そして、2階の寝室からリビングに降りた。

 

 

「お兄さん、三人は寝かせておいたよ」

「そっか、なら個人相談を始めるか」

「うん、なんか如何わしい会話に聞こえる」

「今度から気をつけよう」

 

 

 千春と魁人は苦笑いをしつつ、ソファに座った。そして、千春は宿題の進路表を白紙のままカイトに渡した。

 

 

「未来が全然思いつかない」

「未来ね」

「お兄さんは小学生の時にすでに何か考えていた?」

「いや、全然考えてないな」

「考えておいた方がいいかな?」

「うーん、目標があった方がいいかもしれないが、でも、まだ小学生だしな」

「子供だから、あんまり悩まなくてもいいかな? 千秋は公務員になるって言ってたけど」

「あの千秋が、公務員と言うか。うん、なんか成長を感じる」

 

 

 魁人も千秋が公務員といったことに感動をしながらも驚愕という表情をしていた。しかし、今は千春の相談に乗るべきだと気持ちを切り替える。

 

 

「千春は何かしたいことあるか?」

「とりあえず、ちょっと三つ未来を書く欄があるから書いてみる」

「お、結構決まってるのじゃないか」

 

 

 三つ埋められるということはある程度は決まっているんだなと魁人は思った。描き終わり、白紙が少し埋まっている。

 

「どれどれ」

 

 

第一希望 専業主婦で実家暮らし

第二希望 民間で実家暮らし

第三希望 メイドとして雇ってもらう

 

 

「これ、どういうあれ、なんだ? 第二希望はまだ分かるが、第一と第三は正直意味がわからないんだが」

「そう? 勘で考えたらそうなった」

「専業主婦は誰の? 結婚してないよな」

「あぁ、結婚は考えてない。でも、この家で家事やろうかなって」

「あ、家を出たりはしないのか?」

「うん。迷惑じゃないんでしょ?」

「そうだな。俺も幸せだけど色々経験とか外だと出来るかなとも思う」

「しなくていいよ。経験もすればいいってことじゃない。育児放棄とかされてたし、もう外にそんなに期待してない」

「そ、そうか」

 

 

 以前は四人でボロボロのアパートで育児放棄の経験があることを魁人は知っている。なので、家から追い出すことは絶対にしない。

 

 ただ、巣立つことをするとかは予想していたので思いっきり、ずっといると宣言されるとは予想していなかった。

 

「メイドって、これは」

「メイド、好きって聞いた。男性は」

「いや、俺は普通だぞ」

「じゃ、やめとく。今の所、第二希望の民間でこの家で暮らすのがお兄さん的にはおすすめな感じなの?」

「うん、この中ならそうなる。絶対な」

「なら、それで」

「いや、もう少し考えた方がいいんじゃないか? 歌手とか」

「うちは最強に音痴だよ。自慢じゃないけど、音楽の授業は口パクで誤魔化してる」

「本当に自慢ではないな」

 

 

 無表情で淡々と語っていく千春に彼はなんと対応をしていいか、迷っているようだ。しかし、未来相談をこんな簡単に終わらせていいのかと言う彼の倫理観があった。

 

 

「でも、もうちょっと話してみるか。役者とかどうだ? ほら、女優もあるぞ」

「演技は無理。表情を動かすのって苦手だし。笑顔が怪しい感じになっちゃうからね」

「うん、確かにな。動画配信者とかは、子供に人気だよな」

「今はもう、飽和状態だから今からやっても無理」

「子供なんだから、もうちょっと夢ある夢でいいんじゃないか。実家暮らしの民間もいいとは思うけど」

「パートしながら、家事担当とか夢ある」

「凄い現実的だ、それは」

「うち、あんまり外に行くの実は好きじゃないって最近気づいたんだ。雨の日とかお兄さんとグダグダしながらサブスク見てる時、幸せ」

「それは俺も幸せだ。あの時間は浪費している、時間を贅沢に使っている感じがあって俺も好きだ」

「だよね。じゃ、それで」

「もうちょっと考えてみよう」

 

 

 千春は本当にあっさりと自分の夢を決めてしまう、しかもそれは子供にしてはあまりに堅実的で考えとしては大人すぎる。

 

 もうちょっと、夢を持って欲しいと魁人は思ったのだ。

 

 

「バレーボール選手とか、俺が教えるぞ」

「ママさんバレーなら、したいかも、お兄さんバレー経験者だから、教えてほしい」

「良いけどさ、もうちょっとスケールが大きくても」

「うちからしたら、今の生活が凄く幸せだから。これでいい。これが良いって思うよ」

「……そうか」

 

 

 

(千春も色々と考えたのかもしれないな。それで、こういう堅実的な夢にしたのかもしれない。実家暮らしなら、俺の負担を減らせるし、お金も貯めやすいし)

 

 

(昔は苦労していたから、妹のためにもお金を貯められる生活を選んでいるのかも。それを無理に否定するのは良くないかもしれない)

 

 

「ま、まぁ、俺としても千春が居てくれてたら嬉しいけどさ」

「だよね」

「うん、まぁ、そうだな」

「じゃ、とりあえずはこれでいいや」

 

 

 

  千春は未来の自分について描き終わった紙をランドセルにしまった。

 

 

「じゃ、おやすみ」

「おやすみ」

「一応、言っておくけど。結構真面目に考えた未来だから。お兄さんも実家暮らしをする娘が一人居るって想定しておいてくれたら嬉しい」

「あ、はい」

 

 

 

 千春は淡々と告げて、部屋を出ていった。まさか、そんな未来が来るのかと、嬉しいが悩む魁人の姿が残った。

 

 

 

 

 

 

 




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113話 台風

 台風が来た。そのせいで六年生である千春達の修学旅行が中止になってしまった。

 

「残念だったね。せっかく行けるはずだったのに」

 

 

 外には非常に強い突風が吹いている。千春はそれを家の中から見ながら呟いた。雨は未だ降っていないが空は灰色の雲に覆われており、もうすぐ雨が降り出しそうだった。

 

 

「しょうがないっスよ。台風なら」

「そうね」

 

 

 千冬と千夏が外を見ながら二人して呟いた。二人ともそれなりには修学旅行を楽しみにしていたのだ。

 

 

「でも、秋姉は全然元気っスね」

「うおおお!! 寝るぞー!!」

 

 

 千秋はソファの上でごろごろしながら、教育テレビを見ていた。彼女は修学旅行に元々行きたいとは思っていなかった。

 

「アンタはテンション上がってるわね」

「我は元々行きたくはなかった! 家が一番だし!」

「まぁ私もそうね。家が一番よ」

「カイトは寂しがり屋だから我がいなくなると、困るだろう」

「寂しいのアンタでしょ。泣きながら行きたくないって、言ってたし」

「泣いてない」

「一昨日の夜くらいに泣きながら、甘えてきたでしょ」

「我、千夏にそんな甘え方してない」

 

 

 千秋は首を振りながら、違うと否定する。しかし、本当は千秋は思いっきり千夏に泣きついていたのだ。

 

 

『我、旅行いぎだぐないッ』

『よしよし』

『寂しい、家にいたい』

 

 

 普段なら千夏の布団に入ることはないのだが、千秋は泣きながら千夏に寄って行った。

 

 行きたくは無かった、しかし魁人に心配をかけないために千秋は何も言わなかったのだ。

 

 

『同じ部屋だから、寝る時も私が慰めてあげるからね』

『うん、我、千夏と一緒に寝る……』

 

 

 頭を撫でながらずっと慰められていた。その姿を見て、千春は成長をしたなと遠目で見ながら何も手を出さなかった。

 

 一人で寝ていた千冬のことを撫でるだけで、千夏の成長をしっかりと目に収めていたのだ。

 

 

 

「アンタはなにするの? まだ10時だし、だいぶ時間あるけど」

「我は勉強をちょっとやる」

「ちょっとやる?」

「だいぶやる」

「ふーん、あんたがやるなら、私が美味しいランチを作ってあげる」

 

 

 千夏がそっと千秋の背中を押すような言動をする。千秋はランドセルから勉強のノートと教科書を出した。

 

 

 千冬も既に勉強を始めていたので、千秋は千冬に分からない部分を聞きながら理解を深めて行った。

 

 

「千夏はどうするの?」

「私は洗濯とか余ってるから。魁人にやらせないように今のうちにやっておくわ」

 

 

 千春に聞かれた千夏はそさくさと歩き出して、洗濯機を回したり掃除機でごみを綺麗にしたり動き出した。

 

 

「うちは……何をすればいいんだろう」

 

 

 ふと、彼女の動きが止まった、本当に自分が今、何をしたいのか分からなかった。

 

 

(千夏はお兄さんのために家の掃除、千秋と千冬は勉強をして、先を見据えて頑張っている。うちは何をしようかな)

 

 

 ぽぉっとしながら、2階に上がって自室に入る。窓の外では大量の雨が降っており、ざぁざぁと水が地面に叩き落とされる音が聞こえている。

 

 寝室でもある部屋では布団が置いてある、一つだけ敷き直して軽く身を投げた。天井のシミを数えてずっとぼぉっとした。

 

 

「すぐに、やりたいことがないって変だな」

 

 

 千春は仰向けになりながら時間を潰した。しばらくしていると自然と目が閉じてくる、強めの雨音を聞いていると眠たくなってきたのだ。

 

 

「ん、ちょっとだけ」

 

 

 彼女はちょっとだけ、眠ることにした。

 

 

■■

 

 

 ふと目が覚めた。なぜ目を覚ましたのか、彼女にはすぐにわかった。寒かっただからだ。

 

 

 体が震えている。鳥肌が立って、唇が青い。周りには誰もいなくて、誰も理解してくれない。

 

 

「千春」

 

 

 声がした。大好きで愛している妹達の声じゃない、世話をしてあげないと思う可愛い彼女達の声ではない。

 

 不思議と安堵する少しだけ低い男性の声だ。

 

 

「お兄さ……」

 

 

 一人ぼっちの大雪の中にいるのに不思議と暖かい気分になった。でも、それが怖かった、その感情を一度持ってしまうと自分が壊れてしまいそうになってしまう、

 

 咄嗟にそう思った。

 

 

 名前を呼ぶのを躊躇った。しかし、彼は彼女に向かって手を差し伸べた

 

 

 そこで、ぱっと目が覚めた。

 

 

「あれ、うち寝てた? それに」

 

 

 彼女の瞳には僅かに涙が溜まっていた。しかし、すぐさまそれを拭った。

 

「あ、起きたのか」

 

 

 そこにちょうど、魁人が部屋に入ってきた。

 

 

「お兄さん、仕事は?」

「今日は早く終わったんだ。雨風がすごいから帰るのが大変になるかもしれないしな」

「そっか」

「なにかうなされている感じだったけど、大丈夫か?」

「なんだか、寒かったから」

「確かに今日は冷えるからな」

「……」

 

 

 千春は長袖の服の上から、肌をさすった。しかしそれでも微かに寒さが残っている。これくらいは特に生活は問題ないとわかっていた。

 

 

「ちょっとだけ」

「どうした?」

「ちょっとだけ、ぎゅっとして」

「千春をか?」

「うん、いつも千秋にしてるでしょ、千夏にも千冬にも」

「いや、そういうことはあまりしてないが」

「タラシだもんね。うちの妹達を口説いて、手篭めにして」

「してないんだけど」

「うちもそのうち手篭めにされるのかな?」

「しないから安心してくれ」

「えー、まぁ、いいけど。とりあえずぎゅっとして」

 

 

 

 

 魁人は迷いながらも彼女を抱き寄せた。子供をあやすように頭を撫でて、安心させつつ安堵を与えるように努めた。

 

 

 千春はその瞬間に寒さが消えていく、暖かくなっていく不思議な感覚を覚えていた。

 

 

「やっぱり、お兄さんのことを……好」

「千春?」

「なんでもない。もういいよ」

「そっか」

「そろそろ、限界かな」

 

 

 意味深な言葉を残して、千春は再び布団の上に転がった。

 

 

「お兄さん、今何時?」

「3時くらいだ」

「じゃ、一緒に寝よ。夜まで時間あるし」

「夕食とか洗濯とかあるから」

「全部妹達がやってくれるからさ。ほらほら、寝よ。偶には息抜きしよ」

 

 

 千春は魁人の手を引っ張った。魁人は我儘には流されてしまうタイプなので彼女に引かれるままに寝転がる。

 

 勝手に魁人の腕を枕にして、千春は目を瞑った。

 

 

 

(寒い夢は見なそうかな)

 

 

 

 結局、昼に寝過ぎて彼女は夜更かしをする羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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小学校卒業でこの作品は一区切りにしようと思ってます。それまで頑張るので応援お願いします



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114話 秋から冬

 徐々に寒さが増していく季節に突入をしていく。台風によって修学旅行が中止になってしまい、一部の千春の同級生たちは落ち込んだ。

 

 そんな子供達の心に漬け込むように冬の風は冷たさを増していく。

 

 しかし、そんな子達とは反対に千春達はわりかし元気であった。そもそもだが、千秋は家から離れることが好きではない。

 

 千夏も千冬もさほど外に出たいと思っているタイプではないのだ。ゆえに普段と変わらずに学校に通って勉学に励む。

 

 

「最近寒くなってきたわねー」

 

 

 帰りのバスの中で千夏は肌をさすった。彼女の声に反応を返したのは千秋だ。

 

「この冬の到来は我の能力が解放されたことによる影響だ、すまない」

「あっそ」

「我、冷たい反応されるの苦手」

 

 

 がーん!! と千夏に軽い扱いをされて千秋が戦慄をしてしまうがそんな事すらも彼女は気にしない。

 

 

「千冬は我の味方だから、相応の対応をしてくれるよね!?」

「え? あ、はい」

 

 

 千秋の目がずっと勉学の本を読んでいた千冬に向いた。だが、彼女もずっと勉強に集中をしていたので千秋の声は特に頭に入ってこなかった。

 

 

 ゆえにあっさりとした対応になってしまう

 

 

 

「我、悲しい、千冬もそんな反応をするとは……しくしく」

 

 

 嘘泣きをするように手で顔を隠している。泣いてはいないが、わざとらしい演技をしながら千春を見た。

 

 しかし、いつもであれば千秋を庇うように抱きついて頭をよしよしとする千春が何もしない。

 

 そのことに千秋、千冬、千夏は違和感を持った。妹が大好きでいつも接することが大好きな彼女が何もしない。

 

 会話に混じってこないし絡んでもこない。ただ、窓の外を見てぼぉっとしている。千春が妹を見たりしないなんて、ありえない。

 

 鏡に映った自分よりも妹を見ていることが多い。

 

 

「千春?」

 

 

 千秋が彼女の名前を読んだ。するとハッとして、3人の妹の方に顔を向ける。

 

 

「なんか、話してた?」

「うん、我が世界一可愛いって話してた」

「そっか、確かにね」

 

 

 クスッと笑ってから再び彼女は窓の外を眺めた。ずっと何かを考えているようだった。窓に映っている自分を見ているようにも見えた。

 

 

「春、あんたどうしたの、最近ぼぉっとしている時が多くない」

「そうかな」

「そうよ」

「うーん、どうかな」

 

 

 自分ではあまり理解をしていないような彼女。しかし、言われてみればそんな時があったかのように思われた。そして、考え込んでいるとバスから降りる時間になる、

 

「降りよ、家の前だから」

 

 

 千春は一番最初に降りた、その姿にどことなく違和感を持った3人だがそれ以上は何も言わなかった。

 

 彼女もまた、自分達のように変わり始めていることがわかったからだ。それがどことなく嬉しくて、寂しい感情でもあったことがわかるのは3人だけだろう。

 

 

 

■■

 

 

 四人の修学旅行がなくなってしまったらしい、俺としては四人はもう少し落ち込むと思っていた、

 

「おー、カイト、これ我が書いた天使と悪魔の絵画! すごい!?」

「ふむ、よくできているな」

「これ裏のテーマは人間だ」

「深いなぁ」

 

 

 千秋は全然気にしていないらしい。そういえば去年も大泣きしていたので迎えに行ったのを思い出した。

 

 

「千夏は修学旅行行けなくて悲しくないのか?」

「私、家好きなのよね。だから外に出たいってあまり思わないのかも」

「修学旅行って結構一大イベントだと思うんだけどな」

「私からしたらそうでもないわ。昔から育児放棄と差別のイベントがたくさんあったから」

「なんか、すまない」

「抱っこしてくれたら許してあげる」

 

 

 

 抱っこで済むらしい。千夏は急に大人っぽくなりすぎてたまに驚愕が強い感情になる。だけど、急に年相応にもなるから落差がすごい

 

 

「千冬はいいのか?」

「千冬は勉強が遅れるから基本的には家に居たいっス」

「偉い! でもたまには遊ぶのも大事だぞ」

「魁人さんが遊んでくれればそれでいいっス」

「うーん、なにしてあそぼうか」

「バレーとか教えてほしいっス」

「わかった」

 

 

 

 千冬は勉強熱心だから、と言うか何事にも一生懸命。最近では裁縫も始めている。多趣味であり、いろんなことを頑張りたい彼女からしたら、時間が何よりも欲しいのだろう。

 

 

 

「千春はどうだ?」

「うちは別に、ここに居るだけでいい」

「望まないな」

「うん、高望みしない。でも、前に行った北海道の旅行は楽しかった」

「行くか!」

「急にどうしたの?」

「みんな、欲がないからな! 子供の頃からそんな冷めなくていい気がするからな! もっとわがままでいいだろって思った」

「子供扱いされたくないから、我儘言わないのかもね」

 

 

 クスッと笑う千春。彼女の隣に座っている俺は結構真剣に考えていたのだが、かなり軽めの反応で帰ってきた、

 

 千春はソファの上で体育座りをしている。

 

 

「まぁ、でも、北海道とか行きたいな。そうじゃなくてもスキーとかしてみたい」

「へぇ、スキーか」

「スキーが好きー、なんてね」

「ふむ、好きとスキーをかけた安易だがそれなりのギャグだな」

「これ千秋に言ったら無視された」

「だろうな、だいぶ寒いからな。スキーだけにな」

「あ、今千秋が無視した気持ちがわかった。しょうもないとこう言う気分になるんだね」

「おいおい」

「冗談、ふふ。でも、スキーがしてみたいのは本当。お兄さんが教えてね」

「やったことないんだけど」

「いいよ、それなりで」

 

 

 

 彼女は少し変わった。あれをしたい、これをしたい、自分の気持ちに素直になっている。それが良いことなのはわかる。だけど、そのことに彼女自身が恐怖を感じているのもわかった。

 

 

 そうだった、ゲームでも。

 

 

 いや、それは関係ない。俺なりにこの子のそばにいると決めたのだった。ふと彼女と過去の自分が重なって見えた。

 

 

 ずっと昔、俺にも後悔があった、彼女にも後悔に近いものがある。だからだろうか、彼女とはひと目見た時、既視感があったのは。ゲームのキャラということではなく。

 

 過去の自分という既視感が。

 

 

 

「お兄さん、どうしたの?」

「いや、なんでもないさ」

「そっか、なんだか、うちが悩んでいるときの顔に似てた」

「今の俺がか?」

「バスの窓に映っていた、うちと同じ顔」

「ふむ、あとで鏡で見てみよう」

「写真撮ってあげるよ」

 

 

 

 冗談なのだろうけど、千春はうっすら笑い続けている。しかし、少し目を離すといつもの無表情に戻っていた。

 

 

「じゃ、旅行楽しみにしてるから。スキーね。お兄さん、好きー」

「はいはい」

「……まぁ、こんなぐらいが限度かな」

 

 

 千春はそれだけ行って部屋から出て行った。旅行に行くことが緩やかに決まった。本当に何気なく決まった。

 

 

 だが、だからこそこの旅行で俺と千春が本当の意味で分かりあうことが出来るようになるなんて、思っても見なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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