新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.) (咲野 皐月)
しおりを挟む

序章
第零話


 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。


 今回は少し趣向を変えまして……前日譚に位置します、第零話を投稿しようと思います。このお話しには主人公が名前でしか出て来ない代わりに、ある二人がメインとなっております。

 いつものテイストのお話からはあまりにも逸れていて、尚且つ暗い話題がありますが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。


 それでは、本編スタートです。


 ……これは、愛しの彼が東京に帰って来る前の一幕。

 

 

「千聖ちゃんっ、こんにちは〜」

「あら、花音。待っていたわよ。あ、すみません。私の連れの者です」

「分かりました。では、此方へどうぞ」

 

 

 次第に桜の開花場所が増えて来て、如何にも春本番を思わせる陽気の続く三月の中頃、私はようやく出来たオフの日を使って、駅前に出来た新しいカフェへと訪れていたわ。

 

 まあ、落ち着いた場所で優雅にお茶会をする……と言うのも良かったけれど、私としてはもう一つだけ別の目的もあったり。それに花音を巻き込んでしまう事には、最初こそ躊躇いもあったけど、今はもう吹っ切れてる。

 

 

 ……手遅れになってしまわない、今のうちに。

 

 

「お待たせ〜。千聖ちゃん、待たせちゃったかなぁ」

「いいえ、私も今来た所よ。気にしないで」

「ふふっ、ありがとう…♪」

「それじゃあ、注文しましょうか」

 

 

 花音が席に着いたのを見た私は、メニュー表を広げて注文を取る事にしたわ。今から話す事は必ず長丁場になってしまう……適度に休憩を入れなければね。そして、二人とも注文を終えた後、少ししてから私は花音に声をかけられた。

 

 

「ねぇ、千聖ちゃん。今日私を誘ってくれたのは、何か理由があったの?」

「……どうして、そう思ったのかしら?」

「確かにここのカフェは落ち着いてて、私も何度か足を運んで見たいねーとは言ったよ。でも、その当日になって後から来てって電話で言われたから……何か他にも理由があるんじゃないかって思ったんだ」

 

 

 

 ……本当に、花音は私の事をよく見てるわ。

 

 普段はあまりにも危なっかしくて、見ているこっちもハラハラしそうなくらいなのに……こう言う時は確り人の気持ちに寄り添える子。そんな花音が親友で良かったと思える私は、今……自分が抱えている事を果たして真っ正直に言えるのかしら。

 

 

 ……いえ、ここで悩んでいても仕方がない。

 

 他のメンバーには黙っていると決めたけれど、やっぱり親友にまで黙りなんて、そんなの私のプライドが許さないわ。

 

 

「……ええ、そうよ。私が今から話す事は、単なる独り言と解釈してくれて結構。それを聞いて貴女がどう思ったのか、その心境と気持ちだけ聞かせて欲しいの。わかった?」

「……う、うん」

「じゃあ、話すわね」

 

 

 私は花音の瞳を真っ直ぐに見つめながら、その重たい口を開いて話し始めた。本当はこの話然り……彼──颯樹に関わる全ての事に対して、今までと全く同じ様に、私の心の中でだけ覚えておきたかった事。

 

 

 もちろん、その話を他の人にしても良いけれど、それを聞いたが最後……その人が無事で居られる保証までは出来ない。それくらい、彼は辛い事を経験して来たの。そして、それを私は見て来た。その直ぐ近くで。

 

 見ているだけしかできない自分が、すごく悔しかった。ただ泣きじゃくっている彼を、慰めてあげる事しか私は出来なかった。今も思い出すだけで嫌になってしまう……もし許されるのなら、自分と言う存在を、この手で今すぐこの世から消したくなる程に。

 

 

「へぇ……千聖ちゃんと、その颯樹くんって男の子は小さい頃からずっと一緒だったんだね」

「ええ。産まれた日は私の方が彼より半年早かったもの……もし家族の中に居たのなら、すごく可愛い弟が出来たような気分だったわ。それくらい、私にとって颯樹は大きな存在なのよ」

「なるほど……で、その後はどうなったの?」

 

 

 花音に颯樹との関係を軽く明かすと、彼女はゆっくりと頷きながら私の話を聞いていた。その時々で相槌を打ちながら、返せる所は自分なりの気持ちを乗せて返答して……その顔に柔らかい笑みを浮かべて。

 

 その後は私と颯樹が小学生に上がった時の話をして、花音とは目の前にある紅茶が無くなるくらい……たわいも無い話で盛り上がっていた。

 

 

 ……ごめんなさい、花音。

 

 ここから話す事は、貴女の良心を深く抉ってしまうかもしれない……もし、それで私の事を恨んだとしても構わない。でも、彼に酷く追求するのはやめて欲しい……それが私の、願いだから。

 

 

「……う、嘘……。颯樹くんが、そんな事……」

「正確に言うと、それは颯樹のお父さんがした事だけれど。今思い出しても酷な話よね。自分とお母さんの間に産まれた子供に、そんな現場を目撃させた上で口封じをするなんて」

「……そうだよね……。じゃあ、その後颯樹くんはどうしたの? まさか、お父さんの言い付けを確り守って「ええ、その通りよ。彼は黙ってたの。お母さんに何か聞かれても何でも無いの一点張り……。本音をぶちまけて、楽になりたいと言う自分の本心を押し殺してね」そ、そんな……っ!」

 

 

 私がその話をすると、花音は今まで見た事無いくらいの驚きを見せていた。今にもそれは泣き出してしまいそうで、いつもの私ならそこで止めて彼女を慰めていた所。でも、話すって決めた以上、私も心を鬼にする必要があった。他でも無い……親友に対してでも。

 

 

「何でその時……颯樹くんは大声で言わなかったの? 素直に言ってしまえば、楽になれたかもしれないのに……」

「言えなかったのよ。自分のせいで両親が喧嘩をする羽目になったらどうしよう、もし自分が何か言ったせいで関係が益々悪くなるんじゃないか……そんな気持ちが彼にはあったのよ」

「でも! それでも言う事は出来たはずだよ! 何で自分から素直に言わなかった」

「言える訳無いじゃない!」

 

 

 花音から飛んで来た思いもよらない一言に、私はついカッとなって反論したわ。それを聞いたお客さんが吃驚していたので、私は席から立ち上がって頭を下げ、そしてお会計を済ませた後に花音を引き連れてカフェを後にしたわ。

 

 ……やっぱりダメね、この手の話をすると、私自身でも心のコントロールが利かなくなるみたい。冷静にならないといけないのに、彼の良き理解者であろうとしたいのに……!

 

 

 その後私たちは無我夢中で走り続けて、彼と小さい頃によく遊んだ公園へと来ていた。この時間帯では珍しくガランと空いていたけれど、私としてはまたと無い好都合。

 

 

「ど、どうしたの……? 急に走り出すなんて……」

「ごめんなさい……花音……。でも、あの場はもう既に人が集まり始めていた。その話をするべきでは無いと判断したからよ」

「……それだけ、大事な事なら、何で私に……?」

 

 

 花音が私の方を不思議そうな眼で見て来る。

 

 その瞳は純粋に何が起こったか分からない、と言った物だったけれど、少しその中に戸惑いも見えていた。この瞳を見る度に、どれだけ貴女を巻き込みたくない……と言う天使の心に苛まれた事か。

 

 

 でも、私は決めたのよ。彼の事を少しでも理解してくれる存在を用意するって。そして、その役割は自分が心から頼れる親友で無ければ話にならない。……それが、花音。貴女なの。

 

 

「花音。私から一生のお願いがあるの」

「……うん。私で良かったら」

 

 

 私の言葉を聞いた花音は、真っ直ぐ私の眼を見て来た。

 

 ……ごめんなさい、花音。貴女にこの役割を背負わせる事は無いと思っていた。でも、もう構わない。貴女がそのつもりなら、私の重責の片棒を担って貰うわよ。

 

 

「……私と一緒に、颯樹の事を守って欲しいの。そして、彼に寄り添うと誓って」

「……それは、颯樹くんの過去にも結びつくんだよね?」

「ええ。そして、彼の過去を嘲笑ったり、土足で踏み荒らす様な人は絶対に許しては駄目。もちろん、彼に危害を加えようとする人やそれを傍観した人もね。……これは貴女にしか頼めないわ。お願い、花音」

 

 

 私からのお願いを聞いた花音は、少し視線を惑わせて考え始めたわ。その様は今にも壊れてしまいそうだった……少しの衝撃も許されない程に。でも、彼の心に植え付けられた黒い過去は、それとは比較にならない……だからこそ、協力が必要。

 

 親友を巻き込んででもしなければ行けないか、と言われればそうでは無いけれど、もししなかったらと言う事を考えたら、不測の事態を想定しておくべき。

 

 

 そして少し時間が経った頃、花音はもう一度私の方を向いた。

 

 

「……纏まったよ、千聖ちゃん」

「……聞かせて。花音の意思を」

 

 

 ……私の言葉を受けて、花音はその口を少しづつ開いて自分の気持ちを答え始めた。

 

 

「……私なんかがこれから出会う男の子の傍で寄り添っても良いのかな、なんて考えてた。だって、私とその颯樹くんはまだ関わってすら居ないし、もっと言えば繋がりも千聖ちゃんを通じてくらいしか無い……そんな私が関わるなんて、不躾だけど役不足なんじゃないか、って。でもね」

「……続けて頂戴」

「千聖ちゃんから話を聞いて、その颯樹くんは本当に大切な存在なんだって思ったし、千聖ちゃんが私以外に居ないって、そこまで必死に考えて話してくれた……なら、私がその千聖ちゃんの気持ちに応えないのは、絶対に失礼だと思うんだ」

 

 

 ……本当にごめんなさい、花音。私は……ただ……っ!

 

 

「……えっ……」

「震えてるよ、千聖ちゃん。この話を話すの、本当に辛かったんだよね。気づいてないかもしれないけど、泣いてるよ……?」

「……う、嘘……」

 

 

 花音からの指摘を受けて、私は右手を眼の近くに優しく当てたわ。すると彼女から言われた通り、何かが通り過ぎた様な痕が残っていて、自分は泣いていたのだと知る事になった。

 

 私自身の中ではもう何もかもキッパリと話すって決めたはずなのに、心の中ではそれを拒んでいた……情けないわね、私って。

 

 

「……もう一人で抱え込もうとしないで?」

「花音……」

「私も一緒に背負うよ……千聖ちゃんが今まで辛い思いをして来た分だけ、私も一緒に」

「花音……私は、ただ……!」

「颯樹くんの事は、私と千聖ちゃんで絶対に守ろう? 千聖ちゃんが今までやって来た事は、無駄なんかじゃないって。私も力を貸すよ……これからは、ひとりじゃないんだから」

 

 

 私は花音に抱き締められ、その胸の中で時間の許す限り泣き続けたわ。こんな姿が週刊誌にでも撮られたら、スキャンダルどころの話じゃない……下手をすれば女優として活動している私の経歴にも傷が付きかねない。

 

 でも、今は……頼れる友の温もりに浸らせて欲しい。それくらいは……どうか、許して……。

 

 

 その後私たちは一頻り話をした後、互いの自宅へと帰り着く事にしたわ。カフェでのゆったりとしたお茶会はまた日を改めてになり、お互いにタイミングを合わせてと言う事で話を纏める事となった。

 

 

「(颯樹くんも、千聖ちゃんも……私が守るよ。たとえ、誰から罵倒されても、見向きもされなくなったとしても……)」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の更新は番外編か本編のどちらかを更新しようと思いますので、気長にお待ちくださいませ。


 それでは、また次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一話

 性懲りも無く、描きました。


 さて、今回は《新日常はパステルカラーの病みと共に》のリバイバル版を書いてみました!改稿前とはいくつか差異があるかと思いますが、読みやすくなってはいるかなぁと思います。


 そして、本日……BanG Dream!公式から二次創作のガイドラインが発行されましたので、それに合わせまして……今後僕の小説では、クロスオーバーのネタは採用せず、あくまでも純粋なバンドリ二次創作を書いて行こうと思いますのでよろしくお願いしますm(*_ _)m

 ちなみに補足ですが、オリキャラなら大丈夫かなぁと思いますので、そこら辺はどんどん絡ませていけたらなって感じなのでよろしくです(出せても一人くらいなのはご了承ください)。


 それではスタートです。


〔六年前〕

 

「本当に……行っちゃうの?」

「すまない……」

 

 そんな言葉が、二人の間で交わされる。彼の横には母親の車が停まっていて、物事の深刻さを匂わせていた。

 

 

 そして言葉を交わしているのは、歳が8つか9つくらいの一組の男女である。先程まで必死に引き留めていたのは……金色の艶やかな髪をロングヘアにしていて、ひと房だけ白いリボンで留めた少女で、それを聞くのは黒髪をショートヘアに切り揃えていて、一見すれば女の子に見えなくもない少年であった。

 

 その二人の様子から察するに、仲の良き幼馴染と言った所だろうが……今はそんな様子など、見る影も無くなっていた。

 

 

 その場に漂うはただ一つ……悲しき光景である。

 

 

「さつくん……」

「かおちゃん、ちーちゃん……」

「わたし、決めた」

 

 

 意を決して発せられた『さつくん』と呼ばれた少年に、その金色の髪をした少女は……少しずつ歩みを進める。そして彼に思いっきり抱き着いた。

 

 

「……」

「さつくんに相応しい女の子に、なってみせる」

「ちーちゃん……ありがとう」

「颯樹〜、そろそろ行くわよ〜」

「わかった!」

 

 

 少女の決意を聞いた少年……颯樹(さつき)は、少女にゆっくりと微笑んだ。……が、そんな時間は長くは許して貰えないもの。颯樹は母親の呼び掛けに応じると、その方向へと歩き始めた。

 

 だが少しして止まり、颯樹はもう一度二人の少女へと目を向ける。

 

 

「いつか必ず……この街に帰って来るよ。だから待っててくれ!」

「約束……だよ」

 

 

 颯樹の言葉を聞いたその少女は、涙を浮かべながらも笑った。そして颯樹を乗せた車は、二人の居る方向とは反対の方向へと走り出した。

 

 その時、彼女の眼から一筋の涙が伝い、それは時間を追う毎に勢いを増して行った。それを見た『かおちゃん』と呼ばれた少女は、ただ泣き出した幼馴染を慰めるしか無かったのだった。

 

 

 その後颯樹を乗せた車が居なくなると、先程彼から『ちーちゃん』と呼ばれた少女は、車の走り去った方角を見て立ち上がった。

 

 

「さつくん……絶対、絶対に……また会おうね」

「ちーちゃんが信じるなら、また会えるよ」

 

 

 紅く燃える夕焼けが見えるこの頃に、二人の少女はここには居ないもう一人の幼馴染に対して、強き思いを抱いていたのだった。

 

──────────────────────

〔現在〕【長崎県大村市:長崎空港】

 

「忘れ物は無い? 辛くなったらいつでも帰って来るのよ?」

「もう、大袈裟だなぁ母さんは」

 

 

 子を心配する様子の母に、颯樹は平然と声をかける。

 

 

 現在この二人が居るのは、空港の二階にある出発ゲート前だ。旅行にでも行くのでは無いか、と言う大きなキャリーケースとベースケースを背負い、その傍らにはリュックまで持った少年こそ、母が心配する存在である。

 

 昔から母は過保護すぎる所が少々有り、その厄介さには颯樹も頭を悩ませていた。今回もその一環だろう。

 

 

「一応、千聖ちゃんのお母さんには連絡入れといたからね。迷惑はかけないようにしなさいね」

「はいはい……ありがとう、母さん」

「偶には連絡するのよ?《連絡が無いのは元気の印》とは言うけど、貴方がそれに当て嵌るとは限らないからね」

 

 

 そんな感じで軽くお小言を貰うと、タイミング良くアナウンスが掛かった。颯樹はこの後30分後に出る、羽田空港行きに乗らねばならないのだ。

 

 それを聞いた颯樹は母に背を向けて、出発ゲートの向こうへと歩きだそうとする。

 

 

「それじゃあ、婆ちゃんや他の人によろしく」

「えぇ……気を付けてね、颯樹」

「行ってきます」

 

 

 その言葉を最後に、颯樹は母と別の道を歩き始めた。今まで過ごして来た母の故郷である、長崎に……自分がついこの間まで生活していた、大村の大地に別れを告げて。

 

 

 そして暫く颯樹は、東京への空旅を楽しんだ。

 

 その途中で経由先の神戸空港に降り立ち、軽く小腹等を満たした後にもう一度飛行機へと搭乗する。今度のフライトは一時間半との事だったので、軽く飛行機内で睡眠を摂る事にした。

 

────────────────────────

 

「千聖、颯樹君がそろそろ着くみたいよ?」

「さつくんが……? ふふっ、楽しみ♪」

 

 

 そんな会話が二人の間で交わされる。一人は渾名で呼んでいる事から、その人物とはかなり良好な関係なのだろうと察せる。母から『千聖』と呼ばれたその人物の口許が、三日月を描く様に歪む。

 

 そして千聖は徐ろに歩み寄り、自分の愛犬の頭を撫でながら、言葉を交わすのだった。

 

 

「レオン……さつくんが帰って来るみたい。私は出迎えて来るから、また目一杯遊んで貰いましょ」

「ワンっ!」

 

 

 千聖から交わされた言葉に、レオンは一声鳴いて返答する。その尻尾がかなり振られている事から、余程その人物が帰って来るのが待ち遠しかったのが伺える。

 

 

「千聖〜、そろそろ行くわよ〜?」

「わかったわ。……じゃ、行って来るわね」

 

 

 母からの呼びかけに答えた千聖は、レオンにそう言って自宅を後にするのだった。

 

────────────────────────

 

「……ん、んぁっ?」

 

 

 颯樹は飛行機の車輪が地面に着く音で、漸く目を覚ました。周りを見てみると、長崎空港とは比較にならない程の広さのターミナルと飛行機があった。

 

 そしてスマホを見てみると、時間はキッチリ一時間半後の時間を指していた。

 

 

『皆さま、当便は長崎空港より離陸し、目的地である羽田空港へと到着致しました。長旅お疲れ様でございました』

「……帰って来たのか、東京に」

 

 

 零れたそんな呟きと共に、颯樹は荷物ケースの中から荷物を取り出し、飛行機の中から降りる。そしてバスを経由してターミナル内へと移動し、正式に到着口を抜けると。

 

 

「また会えたわね……♪ 颯樹」

「……!」

 

 

 颯樹は突如として聞こえた……自分を呼ぶ声に、思わずその方向を振り返った。そこに居たのは、颯樹と同じか一つ上くらいの見目麗しい少女で、颯樹の方を真っ直ぐに見据えていた。

 

 金髪のサラサラとした髪が揺れ、紫紺色の瞳をした少女は颯樹の方へと歩みを進める。そして颯樹の目の前まで来ると、歩みを止めて目を見つめて来た。

 

 

「……え」

「久しぶりね、颯樹」

「え、えぇっと……?」

「ふふっ♪」

 

 

 目の前の少女は悪戯な笑みを浮かべて、今か今かと颯樹の返答を待つ。その表情は何かを待ち望んでいる様で、純粋な気持ちが見えていた。

 

 

 ……だがしかし。

 

 時間の流れと言うのは、その当人の記憶をボヤかす要素に成り得るもの。……だから、ほとんど久しぶりに会う相手には……こうなってしまうのだ。

 

 

「えっと、何方様でしょうか?」

 

 

【千聖視点】

 

 

 やっと颯樹に会える……。六年よ……六年もこの時を待っていたの! 私は空港に着くなり、お母さんに断りを入れて直ぐに駆け出したわ。

 

 途中で変装も整えるのは、忘れるはずが無かった。こんな所で無防備に女優が出歩いて良いはずが無いもの……何事も対策はしっかりしないと。

 

 

 一方の彼はと言うと、何食わない顔で淡々と此方の方に歩いて来た。……出迎えるなら今ね。

 

 

「また会えたわね……♪ 颯樹」

 

 

 思い切って少し苛めちゃったわ♪

 

 そう思って彼の顔を見ると……ふふっ、驚いてる驚いてる。良い顔をしてる。そう思った私は、彼の前へと姿を見せる事にしたわ。

 

 

 相変わらずの黒い髪に黒い眼。目許は少し吊り上がっていて、感じだけ見れば『怖い』と感じそうよね。……けど、私はそうは思わない。背が高くなっても、少し雰囲気が大人っぽくなっても……颯樹である事に変わりないのだから。

 

 

「……え」

「久しぶりね、颯樹」

「え、えぇっと……?」

「ふふっ♪」

 

 

 これで彼は気付いてくれるかしら……? これでも小さい頃は、薫と一緒に遊んでいたのだから、私の姿を見て何とも思わない理由無いわよね。

 

 この時の私は『颯樹は絶対に私の事を覚えている』……そう信じて疑わなかった。だって幼馴染ですもの♪ 忘れる方が無理ね。

 

 

 然し、私の妄想は意外な形で崩れ去った。私の一番予想をして居なかった展開で。

 

 

「えっと、どちら様でしょうか?」

 

 

 ……ぇ? 覚えて……居ない? あの颯樹が? ……滅多に人の事を忘れない颯樹が、私の事を……覚えてないの? 一緒に遊んだりして、仲良くしたじゃない……小さい頃には、よくあるお巫山戯もしたわよね……?

 

 もしかして向こうのオンナに何か吹き込まれた……? そうよ。そうじゃないと、颯樹が私の事を忘れる訳が無いわ!

 

 

「本当に覚えてないの? 颯樹……」

「本当に、どちら様でしょうか? 僕覚えてないんですけれども……」

「そう……なら。んっ……」

 

 

 私はそう続けた後、勢い良く彼の唇を私のソレで塞いだ。身長は私が低いから、自然と背伸びはするのだけれども。

 

 

「ん、んんッ!?」

「……ん」

 

 

 私は引き剥がそうとする颯樹の動きを阻止し、自分の舌を彼の舌と絡めさせた。人目に付きやすい所でやってる分、ロマンの欠片は無いけれど♪ 

 

 その拍子に先程まで被っていた帽子が落ち、床をコロコロと転がるけれど……私は気にせず彼の唇を堪能したわ。

 

 

 そして暫くのディープキスを堪能した後、私はゆっくりと口を離した。かなり深いキスをしたから、ピアノ線みたいな糸が私と颯樹の間を伝ったわ。

 

 

「な、何やって……!」

「私は白鷺 千聖。貴方の幼馴染で……」

 

 

 私は目の前にいる颯樹に、本当はするべきでは無いのだけれど……改めて自己紹介をする。そして途中で区切り、彼の反応を見る。

 

 何か一押しが必要みたいね。……それもとびっきりの一押しが。私は少し息を落ち着けてから、こう言い放ったわ。

 

 

「貴方の……将来の、未来のお嫁さんよ。また会えたわね、ダーリン?」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回のお話は今回の続きとなりますので、どうぞ完成をお待ち下さい(前の話を少しリメイクするだけなので、特に変わった点は無いかも?)。


 それではまた次回! 今回も感想をぜひ!

 いつもの様に……高評価やお気に入り登録の程をよろしくお願いしますm(*_ _)m(ちなみに低評価を付けた人は、その理由を合わせて教えてくれたら嬉しいです(今後の執筆の参考にさせて頂きます))


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 皆さんこんばんは、咲野 皐月です。


 今回は前回からの続きのお話になります。リメイク前とは変わっている所がありますので、少し新鮮な気持ちで読む事ができるかなぁと思うこの頃です。


 それではスタートです!

 そして……お気に入り登録を早速してくれた方々、本当にありがとうございます!これを励みにして、これからも頑張ります!


「……え」

「うふふっ♪」

 

 

 僕の眼をずっと見つめながら、意味のありそうな笑みを浮かべる女性……白鷺さんは、僕の傍から全く離れようとしなかった。それを見た僕はと言うと、覚えも無い人に衝撃的な発言を貰い、唖然とする他無かったのだが。

 

 

 今僕と白鷺さんが立っているのは、羽田空港国内線ターミナルの到着ロビー前である。飛行機から降りて来る人が通る道で、たくさんの人が集まりやすい場所でもある。

 

 ……海外から有名な人が来た時には、その周辺に大きな人集りが出来る所だ。

 

 

 そしてその場所で告白されて、尚且つキスまでされてしまえば……どうなってしまうのかは想像に難くない。そんな僕の思いが現実となる様に、ある一人の客が慌て始めた。

 

 

「白鷺……千聖、って。あの……有名な女優の!?」

「え、嘘……マジで!? なんでこんな所に!?」

「しかも、目の前の人の事を《ダーリン》とか言っていなかった……?」

 

 

 一人の客が慌て始めれば、それに伝染するかの様に他の人たちも同じ様な状態に至ってしまい……僕としては冷や汗どころでは済まない話になってしまう。

 

 そしてそんな状況を作り出した彼女はと言うと、未だに不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

「あー、もう! ちーちゃんが色々とやってくれたお陰でややこしい事になるな……!」

「ふふっ、思い出してくれた? 愛しのダーリン♡」

「……おかげさまで。聞きたい事は色々とあるけど、まずは走るよ!」

「はい♪」

 

 

 僕は短くそう言うと、白鷺さん……否、ちーちゃんの右手を掴んで走り始めた。空港から出る途中で、転がり落ちている彼女が先程まで被っていた帽子を回収して、僕たちは駐車場の方まで向かう事にした。

 

 目的の車が見つかるまで、どよめきの中を走り抜ける事になってしまったのは、後から思い返せば赤面モノだったと後悔する事になったのだった。

 

────────────────────────

 

「颯樹くん久しぶりね♪ 向こうでは元気にしてたかしら?」

「ありがとうございます、美凪さん。この通り変わり無くです」

「それは良かったわ♪」

 

 

 今現在、僕とちーちゃんが乗る車を運転しているのは……母親である白鷺 美凪さんだ。明るめの茶色の髪をセミロングにしていて、活発な印象を第一印象で持たれやすい女性である。

 

 

 ターミナルから出る事が出来た僕たちは、今さっき駐車場から出ようとしていた美凪さんの車に乗せて貰って、羽田空港を後にした。その際には追っ手の人たちが迫って来ていたけど、美凪さんが巧みなドライブテクニックで躱して行っていて……正直、命の危機だったと後に覚った。

 

 今は空港に繋がる橋を通り、市街地の方へと抜け出そうとしている真っ最中である。

 

 

 そして、一連の騒動を引き起こした張本人はと言うと……僕の右腕を確り抱き枕の様に抱き抱えていて、満足そうな笑みを見せていた。

 

 

「それにしても、あんなお出迎えの仕方はさすがに肝が冷えますよ。ちーちゃんに何を言って聞かせたんですか」

「あら、簡単な事よ? あなたが到着ロビーから出て来たら、少しからかってあげなさい……って言っただけよ♪」

「そう言う事ね……」

 

 

 美凪さんから返された返事に、僕は呆れた表情で答える事になってしまった。……まさにこの親にしてこの子あり、である。悪戯が成功した時の微笑みが、二人ともそっくりだったからだ。

 

 

 小さい頃は事ある毎に美凪さんにからかわれ、何度胃が詰まる思いをした事か……想像すれば肝が冷えてしまうほどである。

 

 ……それはお泊まりやお出かけしている時に限らず、家でゆっくりしていたり、ちーちゃんやかおちゃんと遊んでいた時だって例外じゃ無かった。

 

 

「もうすぐ市街地に入るわよ。今日は盛大にお祝いでもしましょうか……私がご馳走を作るわ♪」

「え、良いんですか?」

「ええ。アナタの新しい家への荷物の搬入は、引っ越し屋さんにお願いしているから、今日はウチに泊まっちゃいなさい♪」

「私もダーリンと一緒に、素敵な一夜を過ごしたいわね♪ どうかしら?」

 

 

 うーん、僕としては新居に行って荷解きをしたかったんだけど……この逆らったらタダでは済まなさそうな状況は、大人しく従ってしまう他無いだろうなぁ。

 

 それに、隣に居るちーちゃんからの視線が何やら獰猛な獣の様に熱いもんだからさ……断ろうにも断れないんだよこれは。

 

 

 ……やむ無しだけど、ここは。

 

 

「ありがとうございます。お言葉に甘えさせて下さい」

「はい♪ そうと決まったら、少し夕飯のお買い物をしましょうか。ショッピングモールへと行くわよ」

 

 

 そう言って美凪さんは、車が交差点に近づいたのを見ると、信号機前30m地点でハンドルの横にある方向指示器を下へと降ろして、右へ進む様に指示を出した。

 

 そしてハンドルを回して、右折専用レーンへと車線変更を行なった。

 

 

 ……だが、この時の衝撃で少し厄介な事が。

 

 

「ひゃんっ♡」

 

 

 ……何だろう、この冷や汗が止まらなくなりそうな嫌な展開は。それに僕の気の所為で無ければ、その声は隣から聞こえて来たはずだ。

 

 そう思って僕は恐る恐る横を見てみたのだが、そこに拡がっていたのは……。

 

 

「ダーリン……♪ いきなり、激しいわよ……♡」

「んなっ!?!?!?!?」

 

 

 ちーちゃんからの言葉で、僕は今のこの状況のマズさに気付いてしまった。ある意味で一番想像したくなかった事だし、何ならやっては行けないと戒めていた事だったからだ。

 

 

 その状況はと言うと……僕の右手が、彼女の胸を鷲掴みにしていたのだ。そのせいで右手には、柔らかい感触が伝わって来ていて、この上ない恥ずかしさで僕の理性がどうにかなってしまいそうだった。

 

 恐らく、車が右折した時の衝撃が大きく……それに堪えきれなかった僕がちーちゃんにもたれかかる態勢になり、反射的に彼女の胸を掴んでしまったのだろうと後に悟った。

 

 

「大丈夫だったかしら……? あら、早速やる事はやってるのね♪ 将来の義母としては、見ていて微笑ましいし嬉しいわ♪」

「み、美凪さん! こんな非常時の時までからかわないで下さい!」

「ウチは千聖を嫁にやる準備はいつでもできているし……それか、颯樹くんが私たちの所にお婿さんに来るかしら? どっちでも構わないわよ♪ 旦那だって快く賛成してくれるわ♪」

 

 

 毎度毎度思うんだけどさ、僕の母さんや美凪さん達は……もうちょっと危機感を持てないのかな!? 然るべき時にはまだ早い時に、自分たちの息子と娘が巣立とうとしてるって言うのに……。

 

 それに、早くくっつけようとして色々あーだこーだとさせるし……僕の個人的な思いはと言うと、嬉しい事には変わりないんだけど、この先が心配なのが現状なんですが。

 

 

「……懐かしいな」

「あら、思い出して来たかしら?」

「うん。でも、僕が離れてる間に変わってる所が多いね……明日か明後日くらいに、一回は街中を見て周りたいかも」

「それなら、私が付き添うわ♪ 明日は用事があるけれど、ダーリンとずっと一緒に居られるもの♡」

 

 

 僕がそう言うと、隣に居たちーちゃんから提案が持ちかけられたので、僕はそれを快く了承した。……最後に聞こえた『明日は用事がある』の所で、なぜ僕と一緒に居られると言ったのが少し気になったが、あえて突っ込まない事にした。

 

 

 そして、少し街中を走っていると。

 

 

「……ん?」

「何かあったかしら?」

「いや、公園で踊ってる人が……」

 

 

 僕の言葉を聞いたちーちゃんは、僕と同じ方向を覗き込む様に見始めた。そこでは、桃色の髪をセミロングにして肩まで降ろしていて、花柄のワンピースに身を包んだ女の子がリズムに合わせて踊っている様だった。

 

 

 そうしていると、ちーちゃんには少し心当たりがあった様で……僕に説明をしてくれた。

 

 

「あれは彩ちゃんね。事務所で研究生として所属しているのだけれど、なんでも……憧れのアイドルになる為に頑張っているらしいわ」

「へぇ、憧れのアイドルになる為に……ねぇ。夢が大きくて良いね。頑張って欲しいね」

「そうね」

 

 

 そんな事を思いながら、僕とちーちゃんは彩の様子を少し見る事になった。車内に乗っている為、自然と光景が流れてしまうのは仕方ないのだが……少し、気になる所が。

 

 

「ん?」

「今度は何かしら?」

「ねぇ、あれ……不穏な空気じゃない?」

 

 

 僕の言葉に彼女は疑問符を浮かべるも……直ぐに思考を切り替えて、先程彩が踊っていたその場所に視線を向けた。するとそこには二人組の男が居て、彩を取り囲んでいた。

 

 

 車が時差式信号で止まっている事もあり、僕たちはその様子を細かく確認する事が出来た。

 

 ……最初は彩の知り合い、と言う感じなのかと思ったのだが、ちーちゃんが言うには『私の時もあんな風に囲まれる事がある』と言う事らしいので、友好的な者では無い事は直ぐに確認出来た。

 

 

 ……そして、次の瞬間。

 

 

「なっ!?」

「彩ちゃんが連れて行かれた!?」

「どうかしたの、二人とも!」

「美凪さん、近くに車などは止まってますか!?」

 

 

 僕が美凪さんにそう聞いてみると、僕たちが居る所から少し離れた所に黒の少し大きなワンボックスカーがあるとの事だったので、それを追いかけてもらう事にした。

 

 そして、一方の僕はと言うと。

 

 

「……あ、もしもし。警察ですか?」

「ダーリン?」

『はい、こちら警視庁通信司令室です。どうかなさいましたか?』

「現在、二人組の男に中学生か高校生ほどの女の子が誘拐されました。今その誘拐を実行した者たちの乗る車を追跡しています」

 

 

 僕は自分の説明口調が早口になるのも構わず、電話に応答してくれてるスタッフさんに事情を説明した。……そして、少し話していると。

 

 

『あれれ? その鋭敏な観察眼、的確な判断の持ち主は……もしかして、颯樹くん?』

「お久しぶりです、浩未さん」

『久しぶり。元気にしてた?』

 

 

 僕は通話をしている浩未さんと、少し久しぶりの談笑に耽っていた。浩未さんとは従姉弟同士で関わりがあり、たまに勉強などを見て貰っていて、仲良くなったのがきっかけだ。

 

 ……まあ、母は彼女……と言うか、浩未さんの親関連で少し苦手な節があったらしいが(主に自動車の運転関係で)。

 

 

 そして話をキリの良い所で切り替え、簡単に起こった状況について改めて説明した。そうしたら直ぐに捜査に当たってくれるらしく、少しばかりではあるが支援もしてくれるのだとか。

 

 

「ありがとうございます」

『別に気にしなくて良いよ。……でも、無茶だけはしないでね。キミは昔から正義感が強くて、学校でもいじめっ子たちからの標的になりやすかったって聞いてるから』

「……肝に銘じます」

『それで良いよ。暫く通話はこのままにしておいてくれたら、あとはこちらから指示を出せるよ』

 

 

 そう言われて僕は通話状態をそのままにして、美凪さんに少し頼み事をした。……そうしたら、あるひとつの条件と共に快く承諾してくれた。

 

 ……その条件と言うのは『いつか千聖を必ず娶ってね』と言う事だったのだが。

 

 

 そんなこんなで話した僕たちは、誘拐された彩が乗る車を追い始めるのだった。……だが、この出会いが後にとんでもない修羅場を迎えてしまう事を、この時の僕は未だ知る由もなかった。




 今回はここまでです! 如何でしたか?


 かなり話の内容を描くのは大変ですね……これは毎度毎度思う事なんですが、本当に実力のある作家さんは、濃密で尚且つ面白いお話を続けて書く事ができるので、リスペクトしたいんですよね……大真面目な話です。

 その作家さんには及びませんが、僕も負けずに頑張って書いて行きたいと思いますので、コンゴトモ=ヨロシクの精神でよろしくです。


 それではまた次回! 次回も今回の続きですのでよろしくお願いしますm(*_ _)m(本編で出て来た新しいオリキャラに関しては、後に何処かで自己紹介のシーンを作ろうと思いますので、もう少しお待ち下さい)


《作者のモチベーションアップ:その1》
https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=249478

《作者のモチベーションアップ:その2》
https://syosetu.org/?mode=review&nid=249478


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

 皆さま、こんばんは\(^▽^)/!


 お待たせ致しました、三話目でございます!

 今回のお話は前回からの続きになります!そしてサブタイの件ですが……先にお知らせしますと、何処かのタイミングで変えたいと思いますので、把握をお願いします!


 それではスタートです!


「んっ……んんっ」

 

 

 私は微睡んだ意識を覚醒させる様に、少しずつ目を開けました。すると伝わって来たのは、コンクリート特有の冷たい感覚と何かでキツく縛られている苦しさでした。

 

 この感覚からして、練習をしていた公園から何処かに連れて来られたのはわかるんだけど……。

 

 

「先ずはここが何処か確認を……あ、あれ?」

 

 

 最初に状況の判断をしようと思った私は、身体を起こして立ち上がろうとしたけど……足元が上手く支えきれず、近くにあったソファーに倒れ込む形になってしまいました。

 

 

 眼と口は使えるから良いんだけど、手足が使えないとなると、ここから大変だよね……。叫んで助けを呼ぶにしても、応答してくれるかどうかなんて分からないし……かと思ったら、両手が使えないからスマホだって操作できない……。

 

 何か良い方法は無いかなぁ……と思っていた、その時でした。

 

 

「おっ、気がついたかい?」

「あ、貴方は誰なんですか?」

「まあ……名乗る程のモンでもねぇよ。それより、お前は落ち着いてんのな。普通のお嬢ちゃんだったら、慌てふためいて叫び散らす所だろ?」

 

 

 私の所に近づいて来たのは、身長が175かそこいら位の男の人でした。短く後ろに刈り込んだ頭が特徴的で、この状況を楽しんでいる様にニヤついた笑みを浮かべていました。

 

 

「ど、どうして私をここに連れて来たんですか?」

「あのなぁ……俺らは公園に一人で踊っているお前を見て、ここへ運んだのよ。ま、お嬢ちゃんにはやる事はキッチリやって貰わないと行けねぇけどな」

「え、それってどう言う……ひいっ!?」

 

 

 その男の人が袋から何かを取り出したので、私はそれを見る事になったのですが……その正体はと言うと。

 

 

「な、ナイフ……」

 

 

 その人が取り出したのは、折り畳み式のバタフライナイフでした。刃が出し入れしやすくて便利な機能になっていて、刃先も綺麗な光沢や艶が見えていました。

 

 

 けどその男性は……刃を出したナイフを右手に持つと、器用に片手で弄び始めました。上に軽く投げ飛ばしたり、それに回転を付けて同じ事をしたり……まるで自分の手足の様に扱っていました。

 

 そして、その様子を見て驚く私に向かって説明を始めました。

 

 

「ああ。これは最近買ったばかりの新品なんだが、使っているうちに手に馴染んで来てよ……そして斬れ味も最ッ高に良いって代物と言う訳よ」

「そ、それじゃぁ……!」

 

 

 そこまで聞いた私は、思わず後退りをしたのですが……男性に右肩を抑えられ、ソファーの上に跨がられる事になりました。

 

 

「離して下さい! ここから帰して下さい!」

「さっきの会話をもう忘れたのかよ? やる事はキッチリやって貰わないと行けねぇけどな、ってのは……早い話が、こう言う事だ」

 

 

 そう言ってその男性は、私の頬に軽くナイフの平たい面を叩くと……私が着ているワンピースの肩紐に刃先を向けました!

 

 それは、紐の生地とナイフの刃先がちょうど接触する程に触れていて、軽く力を入れただけでも切れてしまいそうな所まで来ていました。

 

 

「それっ!」

「いやっ!」

 

 

 私が僅かに抱いた希望も儚く散り、先程まで着ていたワンピースは呆気なく切られて……そして床に力無く落ちると、楕円を描く様に形を維持していました。

 

 

「そ、そんな……なんで……」

「まだ察しが付かねぇのかよ……動くんじゃねぇ!」

「離して下さい! 嫌です!」

「そんな事をまだ言えるのかよ……なら!」

 

 

 私はその男の人が手に持つナイフで、右頬を左下から右上に切り上げる形で切り付けられました。そして下着の紐もそのついでと言わんばかりに切断し、周囲へ乱雑に投げ捨てました。

 

 

 その後に私は自分の頬を触ったのですが、そこには斬られた後がくっきり付いていて、紅くドロっとしたモノが流れ始めていました。

 

 手に触れたのを感じた私は、その手を自分の目の前に持って行ったのですが……。

 

 

「……ひっ」

「これでわかったろ。大人しく俺の言う事を聞かなければ、次はそんな掠り傷じゃ済まねぇ位の痛々しい跡が付く事になるぜ。……まぁ、その時にお前が理性を保てていたら、の話にはなってしまうがな」

「ど、どう言う事ですか!?」

 

 

 私は目の前に居る男性にそう聞き返しました。

 

 ……すると男性は、何処かと連絡を取り始めました。少し気になった私は聞き耳を立てる事にしました。その際に聞こえて来たのは。

 

 

「あぁ。女がギャーギャー騒ぐから、少し傷付けちまった」

『全く……ソイツは今から犯すんだからよ、手荒な真似はくれぐれもしない様にな。お前がやり過ぎたせいで何人の女が過去に使い物にならなくなったか……』

「わーってるよ。じゃ、手筈通りに10分後」

『あぁ。その女はくれぐれも丁重にな』

 

 

 ……ぇ。な、なんで……? 私、これからどうなってしまうの……?! さっきの話を聞く限りだと、私以外にもたくさんの女の子が犠牲になってるんだよね……しかも、目の前の人の様な人に……。

 

 早く……誰か、助けて……! 私、こんな事をする為にアイドルを目指していた訳じゃないのに! まだ……こんな所で、死にたくないよぉ……!

 

 

 ……と思っていた、その時でした!

 

 

『ぐああっ!』

「どうした! おい、返事しやがれ! ……おい!」

 

 

 突如として聞こえて来た呻き声に、私の目の前にいた男性は声を荒らげて呼び掛けましたが……少しして反応が無くなったのを察すると、ヤケクソになった様に通話を切りました。

 

 

「クソが! ……おい、お前」

「は、はいっ!」

「ここから一歩も動くんじゃねぇぞ……。動いたら、次こそは殺すからな」

 

 

 私が頷いたのを見た男性は、その場から駆け出して仲間の居る所へと向かって行きました。その様子は何処か慌てていて、予想外な事を知らされた様でした。

 

 

 誰か来たのならお願い……。私を、早く助けて!

 

────────────────────────

 

「……ここか」

 

 

 彩が連れ去られて数十分後、僕は美凪さん達と一緒に波止場の近くにある廃倉庫の前へと来ていた。近くには東京湾が見えていて、一度外に出れば心地好い潮風が感じられる場所だ。

 

 

 そしてここに来た理由はと言えば、先述した様に彩の救出を行う為だ。先に伝えられた事としては、ちーちゃん達には車の外には出ずにここから数km離れた駐車場にて待機……突入は僕が先行すると言う事らしい。

 

 一応、警察の方からも増援は少し準備してくれるとの事だが……それまでは時間が少しかかるとの事で、僕が中に居る男たちの相手と人質の救出を受け持つ事になった。

 

 

『最後に警告するね? 絶対にやり過ぎてはダメ。間違っても相手を殺す寸前まで痛めつけてはいけないよ。あくまでも最優先事項は、誘拐された女の子の救出。それをメインに動いて欲しいな』

「わかりました、浩未さん」

『……本当は、民間人の貴方には頼んでは行けない仕事なんだ。……でも、今は頼れるのが貴方だけ。頼めるかな』

「わかりました。全力を尽くします」

『お願いね。相手は武器を所持しているかもしれないから、行動する時は慎重に』

 

 

 浩未さんからそう諌言を貰いつつ、僕は全ての荷物をちーちゃんに預けて、美凪さんの車を一旦降りようとした。……だが、すんでの所で腕が掴まれる感覚が。

 

 その出処を見てみると、涙目を浮かべたちーちゃんがそこに居た。

 

 

「ちーちゃん」

「必ず無事で帰って来て……? 貴方が居ないと、私がどうにかなっちゃいそうなの……」

「……」

「もう私を独りにしないで……。寂しいのは嫌……、独りぼっちは嫌なの……」

 

 

 そう言ってちーちゃんは、僕にゆっくり抱き着いて来た。その様子は何かにしがみつく様な感じで、是が非でも離したくないと言った思いが感じられた。

 

 

 ……まあ、一度離れてしまったから、そう思うのも無理は無いよね。そんな事を思いながら、僕は彼女の頭を軽く撫でた。

 

 それを見ていた美凪さんからこんな言葉が。

 

 

「颯樹くん」

「何でしょうか?」

「たぶん、この車から降りて向かう所は……下手したら二度と貴方の元気な顔を見る事が出来なくなるかもしれない場所なの。それは覚悟していて頂戴」

 

 

 僕は美凪さんから伝えられた言葉を、しっかりと自分の心に刻み付けた。そして、それを硬い楔として戒める事も忘れなかった。

 

 

 そうした所で、更にこんな言葉を聞く事に。

 

 

「貴方が行った後」

「?」

「千聖の異様な変わり様は、私にとってとても耐え難い物だったわ。家に居る時はずっと貴方と映った写真の入ったアルバムを抱き締めていたわ……それも、手に本の跡が付くくらい、ずっとずっと泣きながら」

「……」

 

 

 美凪さんから告げられた言葉に、僕は驚きの余り二の句を告げる事が出来なかった。その拍子に彼女のハンドルを握る力が強まっていて、その時がかなり大変だったのだろうと察する事が出来た。

 

 

 ……そして、続きを話し始めた。

 

 

「だから、千聖の事は……貴方に任せたいのよ。千聖が一番信頼をおいているのは、後にも先にも貴方しか居ないだろうと思うの。もう……千聖のあんな悲しみに暮れた様な顔は、私も見たくないのよ……」

「美凪さん……」

「お願い。貴方が困ってる人を助けるのは咎めないわ。寧ろ、それは誇って良いと思うの。けど……千聖を悲しませる様な事だけはしたらダメ。それは約束して」

 

 

 ……そうか、ちーちゃんには僕が引っ越した後にそんな事があったんだ……。馬鹿だよね、大切な幼馴染をそこまで泣かせてしまった挙句、今の今まで思い出せなかったなんて。

 

 

 ……だとしたら、僕が今出来る事はこれくらいな物だろうか。そして散々待たせてしまったお詫びは、ここから確り耳を揃えてして行かないと行けないな。

 

 そう思った僕は、ちーちゃんの顎を軽く持ち上げる事にした。所謂『顎クイ』と言うヤツだが、この際選り好みはして居られない。

 

 

「だ、ダーリン……?」

「悪い。少しここから離れるけど、必ず無事にキミの元に戻って来るから」

「え、それってどう言う……んっ」

 

 

 僕はちーちゃんの唇を、勢い良く自分のソレで塞いで重ね合わせた。それを受けて彼女は少し驚いていたが、直ぐに身を任せてくれた。

 

 

 ……少しビックリしただけらしいな。最初は何が起こっているのか理解出来てなかったのに、今では積極的に重ねて来ているからね……。

 

 そして、暫くのひとときを終えて。

 

 

「「んはぁ……」」

「……行ってくる」

「……行ってらっしゃい、ダーリン♪」

 

 

 僕はちーちゃんのその言葉を受けて、美凪さんの運転する車から降りた。そして、廃倉庫へと駆け足で向かう。……未だに自分の唇に手を当てている彼女と、優しい視線で見送る美凪さんを背にして。




 今回はここまでです! 如何でしたか?


 今回のお話では、千聖さんが颯樹くんの事がどのくらい好きかがよくわかったのでは無いのかな〜って思います。そして冒頭の部分では何やら嫌な予感が……。


 次回のお話も今回からの続きになります!

 このルートを書くのは何分初めてですので、どうなるのか楽しみにしていて下さいね!


 それではまた次回に……待てしかして希望せよ!


《作者のモチベーションアップ:その1》
https://syosetu.org/?mode=rating_input&nid=249478

《作者のモチベーションアップ:その2》
https://syosetu.org/?mode=review&nid=249478


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 皆さま、おはこんばんにちは。どうも二ヶ月も本編の執筆を長期休暇しておりました阿呆の咲野 皐月でございます(と書かれたホワイトボードを首から提げながら)


 颯樹「作者、今の今まで何をやっていた?」
 千聖「本当よ。聞かせてくれるわよね?」


 ……ウマ娘やプリコネ、グルミクにガルパに……やってました。


 二人「「私(僕)たちは?」」


 ……誕生日回書いたじゃん。


 千聖「それで許されるはずが無いじゃない?」
 颯樹「罰として、暫くパス病み一本に絞れよ」


 ……鬼です出番減らされても文句言えな……ま、マジで待って。どっから持って来たその弓……え、なんでこっち向けるのかな? 待って引き分けの態勢に入ったんだけど勘弁してってば=(;゚;Д;゚;;)⇒グサッ!!(矢が貫通した)


(本編始まります)


「さて……何処から調べたもんかね」

 

 

 ちーちゃん達の乗る車を一旦離れた僕は、海沿いの道をひたすらに歩いていた。今まで倉庫の所にはあまり来た事が無く、見た事があると言っても……それはドラマでしか知り得なかった景色だ。

 

 そんな景色を真新しそうに眺めるのと並行して、今回請け負った役割をもう一度思い出していた。

 

 

「連れ攫われた彩の乗った車は見てるけど、それが何処にあるかが分かんないと意味無いんだよな……。先ずは奥から調べてみるか?」

 

 

 僕はそうやる事を決めると、海に一番近い場所にある倉庫へと向かった。扉は引き戸の形になっていて、取っ手を掴んで引いて開ける方式みたいだ。倉庫自体がかなり大きな建物の様で、それもあるのか……扉がかなり重さを感じた。

 

 

「……まぁ、やってみないとわからんな。そんじゃま……とりあえず開けてみますか!」

 

 

 僕は少し短めに息を吐くと、力の限りを振り絞って金属製の扉をゆっくりと引いて開けた。するとそこには、一人の男が寝そべって寛いでいたのが見えた。

 

 

「あ? 何だよ兄ちゃん。オレに何か用か」

「あ、えっとですね。僕はある人を探してまして」

「ほう? 探し人か……。探偵サマか何かなのかよ」

「探偵では無いです。けど、不審な行動を見かけてしまったので、ちょっとお聞きしたくて」

 

 

 その男と少し話をしていたのだが……僕は何点か不自然な所に気付いた。先ずは、話している時の口調は兎も角として除外するのだが……最初に違和感を感じたのは『探偵サマ』と言うフレーズだ。

 

 この言葉を使うのと言えば……主に犯人グループのメンバーが、警察等の公務員を蔑称で呼ぶのが、まさにそうだろう。

 

 

 次に二つ目は、僕と話してる時の態度だ。

 

 普通に話しをすれば良いのにも関わらず……片手を後ろに回して、何やら確認をする動作をしていたのだ。例えるならばそう……腰またはベルトの辺りに取り付けた何かが、ズレない様に確かめている様で。

 

 

「ここには居ねえよ。疑うなら、見てみるか?」

「お気遣いありがとうございます。見たところ、そこまで広くないみたいなので……直ぐに要件は済ませられるかと」

「そうか」

 

 

 僕と話をしていたその男は、少し後ろに後退をしてこの先へ進む様に促した。それを見た僕は、近くにあった通路を通って他の広間へと向かおうとした……のだが。

 

 

「……死ね」

 

 

 その短い一言と共に、先程の男がナイフを取り出して向かって来ていた。その動きは非常にスムーズで、何か習い事の中で武術系の稽古をしていたか……或いは、元傭兵か軍隊の所属なのかと思わせる程だった。

 

 

「足元がお留守だよ」

「んなっ!? ……ぐあっ!」

 

 

 男からの襲撃を受けた僕は、その男の軸足である左足を横一直線に自身の右足で払い除け……バランスを崩させて転ばせた。軽く転んだ程度では何とも無いようで、直ぐに立ち上がって態勢を立て直していた。

 

 

「てんめぇ……よくもやったなぁ!」

「あのですね? 僕はいきなり襲いかかられたので、自分の身を守る為にこの行動を取ったんですよ」

「御託はいいからさっさとくたばりな!」

「ちょっと待って下さい……って、危なっ!」

 

 

 僕は連続で突き出されるナイフを躱しながら、男との対話をして行く。……さすがにここまで話が通じない、なんて思いたくは無いけど……人を突然誘拐してこんな所まで連れて来るんだから、普通の人と比べちゃダメだよね。

 

 それに、僕は警察の人が来るまでの時間稼ぎをしないといけないから……無闇矢鱈に暴れられないし。

 

 

「ちょこまかと逃げんじゃねぇよ……死ね!」

「あー、もう。僕はあまり戦闘は好まないんですが……って言ってる場合でも無いか。かくなる上は!」

「何をする気だ……ぐおっ!?」

 

 

 僕が男の動きを止める為に一撃を加えた所が、どうやら男にとっての急所だったらしい。その部分を強く抑えながら、男はその場に膝を折って蹲ってしまった。

 

 

「がっ……あ、うぁぁぁ……!」

『誰だ! 誰か居るのか!』

「不味いな。……でも、時間としてはそろそろかな」

 

 

 先程の呻き声が余程響いたらしく、他に居るであろう仲間を引き寄せてしまった。……まあ、僕の見立てではそろそろ増援も来る事だろうし、僕は本来の目的を果たさないと。

 

 

「な、何だてめぇ! 何処から来やがった!」

「貴方に説明する理由はありませんよ。それでは僕はこの辺で失礼します」

「ま、待てコラ!『警察だ!』……チィッ! ここにサツが来やがったか!」

 

 

 この場を警察の人たちに任せる事にした僕は、ここから通じている通路を通って奥の部屋へと向かう事にした。

 

────────────────────────

 

 あれから、どれくらい経ったんだろう……。

 

 私の中では……今の時間の一分一秒がゆっくり過ぎる感覚が残っていて、まだ私を連れて来た人に脅されている様子が思い浮かんでいました。

 

 

「……お腹空いたな……」

 

 

 ポツリと一言零すものの、結局誰にもその訴えは届かずじまい。挙句の果てには、自分が誘拐される前に何をしていたか……と言う事も記憶があやふやになりかけていました。

 

 

「私、ここで死んじゃうのかな……。せっかくアイドルスターになる為に、色々辛い事も頑張って来たのに……全部無駄になっちゃうのかな……」

 

 

 手は辛うじて動かせるし、身体に感じる縛られた感覚もちゃんと伝わっているけど……拘束されている時間が長いせいか、少しずつ感覚が麻痺して来ているのもわかってきました。

 

 

「……もう、ここで終わりなのかな……」

 

 

 私がそう呟いた、その瞬間の事でした。

 

 

「失礼しま〜す……ここで合ってる、かな?」

 

 

 扉をゆっくりと開けて入って来たのは、私と同じか一つ上くらいの男の子でした。黒い髪を短く切り揃えていて、優しそうな雰囲気を漂わせていました。

 

 

「あ、あの……あなたは?」

「ん? ああ、君が彩で間違い無いのかな?」

「は、はいそうですけど……誰から聞いたんですか?」

「ちーちゃんから聞いたんだよ。アイドルになる為、毎日練習を頑張っていて元気な女の子が居るって」

 

 

 その男の子は私の事を知っていたみたいなので、思い切って理由を聞いてみたら……何やら、私にはちょっと聞き慣れない言葉が飛んで来ました。

 

 

「ち、ちーちゃん……って、誰ですか?」

「あぁ、ついつい呼び方で昔からの癖が出たかもしれないな。えっと、千聖……白鷺 千聖って言えばわかるかな」

 

 

 男の子からの説明で、私が何処かで聞き覚えのある名前が聞こえて来ました。

 

 

「千聖ちゃんから!?「しっ、声が大きいよ」……はっ、ごめんなさい! でも、どうしてここに?」

「キミを助けに来たんだよ。今し方相手してた男たちに誘拐される所を見てたからさ、これは放っておけないってね」

「そ、それじゃあ……!」

「うん、今拘束を解いてあげる。警察は呼んであるから安心して良いよ」

 

 

 よ、良かった……助かったんだ、私……!

 

 ……え、ちょっと待って? 仮にも助けて貰う立場でこんな事を思うのは失礼だけど……今の私の恰好ってもしかして、この男の子に全部見られちゃってる!? 大事な所までは見られてないにしても、それ以外は……って、ええっ!?

 

 

「み、見ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「ご、ごめんね! その縛っている縄を外した後に何か羽織る物をあげるから、ちょっとだけじっとしてて!」

「う、うん!」

 

 

 私はその男の子の指示に従い、少しの間だけじっと耐え凌ぐ事にしました。男の子は私に近付いてしゃがみ込むと、両足を縛っている縄を解き始めました。

 

 

「ちょっと痛いと思うけど、じっとしてたら直ぐに終わるからね」

「う、うん……」

「……」

「(すごくカッコイイ……)」

 

 

 男の子は一言も喋らずに縄を解いていました。その手捌きは器用で……少しだけ痛みは感じたけど、それ以外は全く感じなくて、むしろ心地良いくらいでした……。その行動をしていたら、私の状態に目が行きそうな物なのに……全く見向きもしませんでした。

 

 

「……よし、足は終わったよ。次は両手かな。その場で立ち上がって、後ろを向いててくれる? その後に羽織る物をあげるよ」

「うん」

 

 

 私はその場に立ち上がって後ろを向くと、男の子は両手にある縄を解き始めました。これも同じ感覚で解き終わると、私の方に何やら柔らかい感覚が伝わって来ました。

 

 

「……今の彩の格好なんだけど、とても外に出られる状態では無いから、応急処置ではあるけれど……僕のジャケットをあげるよ。脱ぎ捨てられてる服は、きちんと持って帰らないとね」

「あ、ありがとう……ございます……」

「全然いいよ、このくらいは。と言うか……話す時、タメ口で良いよ。見た所同い歳くらいだろうし、あと敬語も要らないから」

「う、うん……」

 

 

 私は男の子が差し出してくれた右手を軽く握って……この部屋の外へと向かうことにしました。その男の子は私の顔を見ると、ゆっくり微笑んでこう言ったのです。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

「う、うん」

 

 

 私たちは繋がれている手を確りと繋いで、部屋の外へと出ました。隣から感じられる暖かい体温や鼓動が……私に否応無く伝わって来ていて、私は今にもどうにかなってしまいそうでした。

 

 ……暖かい……♪ 出来る事なら、ずっとこのまま……この手を離したくないよ……。

 

────────────────────────

 

 その後……僕と彩は無事に警察の人の所へと辿り着く事が出来、数分前まで相手をしていた男たちはと言うと、警察官の一人に取り押さえられていた。

 

 

「救出完了です」

「お疲れ様でした、颯樹さん。彼女の方は我々で保護します。親御さんが到着され次第、送り届けますので」

「はい、それで構いません。……彩、手を離して」

 

 

 僕は未だに自分の手を握っている彩に、手を離す様にアクションをしたのだが……彼女はうんともすんとも反応を示さなかった。それどころか、握っている力を強めて来ている始末だった。

 

 ……早く離れてくれないと、一向に話が進まないんだけどな……と思っていると。

 

 

「ダーリン」

「ち、ちーちゃ……うぐぁっ!?」

「キャッ!?」

 

 

 いきなり現れたちーちゃんに……右手を取られてそのままズンズンと連れられる始末になってしまった。彼女の様子を見ようと顔を覗き込んでみると、恐ろしい程に無表情になっていた為、身の危険すら感じてしまった。

 

 

「……あ、あの!」

「……ん?」

「な、名前を……聞かせてよ!」

 

 

 近くに停められている車に乗り込む直前、彩からそんな事を言われたので、僕はなけなしの力を使って返事をした。

 

 

「颯樹……盛谷 颯樹!『早く乗りなさい、ダーリン』ちょっと待ってよちーちゃん!」

 

 

 僕が彩にそう返事をした後、ちーちゃんに車の中へと押し込まれてしまった。そしてその場には……呆然とする彩と、己の仕事を忠実に熟す警察官だけが残された。

 

 

「盛谷 颯樹……くん……。また、会えるかな……?」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 なにぶん久しぶりにパス病みを執筆したので、稚拙な箇所とかがあるかもしれませんが……楽しんで頂けたなら幸いです(次の更新時期は未定ですので、完成まで暫くお待ちください)。

 それでは次回に……待て、しかして希望せよ。


 最後に。この小説に高評価やお気に入り登録をして下さった方へ……作者の僕から心ばかりですが、感謝の気持ちを述べたいと思います。本当にありがとうございます。

 こんな不定期更新が続く、かなり気分屋な作者が書く作品ですが……コンゴトモ=ヨロシク。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

 皆さま、おはこんばんにちは……咲野 皐月です。


 今回は……前回のお話より、一日経った後のお話になります。主人公の身に何かあったのは確実なのですが、それはまた機会を改めまして書こうかと思っています。

 さて、この第五話ですが……また新しくキャラが出て来ますので、ぜひぜひ楽しみにして貰えたら。


 それでは、始まります。


「痛た……まだあの時の感覚が残ってるよ……」

 

 

 僕は首の根っこへ軽く手を当てて、未だに伝わって来る痛みを和らげていた。全く耐えられない程では無いのだが……こうなってしまった経緯を思い出すだけでも、軽く頭痛がしてしまうくらいだった。

 

 

 昨日は彩を助けた後に、直ぐ様ちーちゃんに凄い力で手を引かれて……夕飯を一緒に食べたのは覚えてる。けど、その後に何があったかな……。

 

 

「……とりあえず、まずは家の中を大まかに片付けをしてしまってから、編入先の高校に挨拶に行かなきゃ。無理を言ってお昼前の時間帯に取ってもらったから、遅れない様にしないと」

 

 

 そんな事を思いながら、家の中にあるダンボールを少しずつ片付けて行った。ある程度の事は引っ越し屋さんがやってくれていたと言う事なので、僕は割れ物などを搬入して行くに留まっていた。

 

 

 そして片付けを一通り終えて、僕は以前まで通っていた学校の制服を身に纏った。これは……これから向かう先の責任者である理事長からの指定であり、学生であるならそれなりの格好をして欲しいとの事だったのだ。

 

 僕は念の為に……貴重品や着替えなどをバッグの中に詰め込んで、自宅を後にした。もちろん鍵をかけて施錠するのも忘れなかった。

 

────────────────────────

 

「私立花咲川学園……元々は女子校の学校で、次の4月からは段階的に男子を受け入れ、共学となる学校か」

 

 

 花咲川学園へと向かう道の途中で、僕はそんな事を呟きながら先を進んでいた。今は春休み期間中な事もあり、制服を着ている学生も居れば……指定された運動着を着て、部活動へと向かっている人も何人か見かけていた。

 

 

「この辺りに来ると、本当に女子が多い……。まあ、ここら辺は女子校の多い地域だってのは知ってるから、あまり驚く事も無いんだけど……」

 

 

 先程述べた様に、僕の家から少し歩いた区間は……と言うよりも、自宅がある周囲の地区は、歴史と伝統を重んじる花咲川学園と……ここ最近設立されたであろう進学校の羽丘学園と言う、二つの(元が着くけど)女子校がある為……道行く人等を遠目に見ても、男性よりも女性の方が圧倒的に多い事になる。

 

 しかも……この学校近くまで来てしまったら、当然見慣れない格好の男子が歩いているのだから、こんな会話も聞こえてきたりする。

 

 

「あの人カッコイイ……何処の人だろう?」

「ねぇ、私声掛けて来よっかな……」

「あ、ズルいわよ。私が先よ」

 

 

 ……まぁ、これは物珍しさから来ているのだろう、と割り切れるのだが。そんな事を考えながら歩いていると……目的地である《私立花咲川学園》の校舎へと辿り着いた。

 

 学校自体がとてもキレイで、築年数がそれなりに経っている事を感じさせない佇まいだった。

 

 

「ここが……花咲川学園か『盛谷くん、待っていましたよ』?」

 

 

 そう言って僕の目の前に現れたのは、白のフォーマルスーツを来た女性だった。目元は優しそうな感じではあるのだが……その纏っている風格は、学内でもかなりの権限を持つ存在なのだと認識できるほどに強かった。

 

 

「あ、あなたは……」

「私は、花咲川学園の理事長をしている……姫野 蒼依と言います。よろしくお願いします」

「よろしくお願いします……。えっと……以前、花咲川学園編入の件でお電話させて頂いた盛谷 颯樹です」

「ええ、話は聞いてますよ。お待ちしていました。それでは中へどうぞ」

 

 

 僕は姫野理事長に連れられて、花咲川学園の校舎へと入って行った。校舎は先程も述べた様に綺麗で、傷一つ見当たらなさそうなのが正直な感想だった。

 

 

 暫く歩いて校舎の中へと入り、入館証を受け取ってから理事長室へと向かう事にした。今日はそこで編入に際しての説明と、必要な書類などを受け取る予定になっていた。

 

 理事長が所定の席に座ったのを見た僕は、近くにあったソファーへと彼女の促しを受けて座る事にした。

 

 

「さて……先ずは改めて自己紹介を。私は……ここ、花咲川学園で理事長をしています、姫野 蒼依です。よろしくお願いします」

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」

「私は貴方がここに編入して来る事を、ずっと待っていました。学内の一部の生徒から……貴方についてかなり好評を聞いていましたので、実際にお会い出来てとても嬉しいです」

 

 

 姫野理事長はそんな前置きと共に、ゆっくりと口を開いて話し始めた。声音は全てを包むかの様に優しいのだが、彼女から漂う風格がインパクトの強さを与えていた。

 

 そしてその後に話されたのは……編入にあたっての諸事項や、これから通学する際に必要になる持ち物などの説明……あとは何処のクラスに編入するのか、そして担任は誰になるのか……と言う所だった。

 

 

「こんな感じなのですが、今の説明の中でご質問などはありますか?」

「いいえ、大丈夫です。ありがとうございます」

「では、次に登校される日からは、今お伝えした……指定された制服を規定通りに着用し、花咲川学園の生徒として登校すると言う事でお願いします。学年は2年ですので、後輩たちの見本となる様な行動をお願いしますね」

「はい」

 

 

 その話が終わった後、退出しても良い旨の指示が出たので……僕は入って来た時と同じ様に、扉を開けて軽く一礼をしてから理事長室を出る事にした。

 

 

「さて、挨拶を済ませたは良いけど……これからどうしようか」

 

 

 理事長からのお話を受けた僕は、校舎の外に出た後に少し敷地内を探索していた。これからお世話になる所だし、隈無く見回っておかないとね。

 

 そう思いながら歩みを進めていると、何処からか聞き慣れた音が聞こえて来た。……この音は。

 

 

「この音は……もしかして」

 

 

 僕は突如として聞こえて来た音を頼りに、それが聞こえて来た場所へと向かう事にした。……僕の記憶が正しければ、さっきのは矢が的に当たった音のはず……としたら。

 

────────────────────────

 

 音が聞こえて来た方向に足を進めてみると、そこには瓦屋根の建物が一軒見えて来た。外見は白と黒が基調の真新しい物である事が分かり、安土に設置されている的まで確りと確認する事が出来た。

 

 

「さっきの音はここから……」

 

 

 僕がそう呟いた瞬間、先程聴いた物と同じ音が聴こえてきたので……ここでその音が鳴っていたのだと、確信を得る事が出来た。

 

 

「よし、邪魔にならない様に気を配りながら……練習を少し見学させて貰おうかな『あのー、すみません』ん?」

 

 

 道場に向かって動き出そうとした所を、僕は誰かに呼び止められた。恰好は弓道の試合などで使われる袴を身に付けていて、紫色の腰までありそうな長髪を後ろでひとつに纏めており……ルビーの様な赤い眼が特徴だった。

 

 

「もしかして、見学の方ですか? それとも……私たちの誰か、とかに何か御用でしょうか?」

「あ、えっと……今度この学校に編入する事になったんだけど、弓を引いている音が聞こえて来たから、ちょっとその様子を見に来たんだ」

「なるほど……では、道場の方に案内します。今は練習中ですので、あまりお声はかけられない方が良いかもしれません」

 

 

 僕はその女子部員に先導されながら、弓道場へと歩みを進めて行く。その途中ではチラチラと此方を伺う部員たちの視線に晒される事になったが、あまり気にはしていない様で、直ぐに自分たちの練習へと戻って行った。

 

 

 少しして道場へと辿り着き、下足箱の近くで靴を脱いでその中へ入ると……射場に入っている8人全員が引き分けに入っていて、まさに《練習中》と言う光景が広がっていた。

 

 

「ほぇー、みんな集中してますね……」

「ええ、今は試合に向けての射詰めをしていますからね。一つ一つの射型を確り部員内で確認しないと、試合で勝つ事なんて出来ませんからね」

「そうですよね。こっちまでピリピリとした緊張感が伝わって来ます」

 

 

 そう伝えられた後に、僕を連れて来た部員は顧問と思われる先生の所に駆け寄っていた。……どうやら僕の事を説明しに行っているみたいだ。

 

 そう思っている間に、一人ずつ矢を放った音が聞こえ始め……ある者は的に的中し、また他の者は安土などに当たっていた。弓を下ろして弓倒しの態勢を取った後、射場から一人一人退場して来た。

 

 

「看的、確認をお願いします」

 

 

 その様な言葉が伝えられた後、看的場に入っていたであろう部員が一人ずつ安土へと姿を見せ、矢が的へと当たっているかどうかを確認し始めた。そして全ての矢を確認し終えた後、矢取りとして他の部員が入り始め……放たれた矢が回収されて行った。

 

 

「次は30分後に試合形式にて行ないます。それまで追い込みをお願いします」

『はい!』

 

 

 そう指示が出されると、部員の人たちは各々の課題へと取り組み始めた。射型の確認や……ひたすら矢を放って自身を追い込む人など、その形は様々だった。

 

 それを見ていた僕の方に、誰かが歩いて来ていた。

 

 

「盛谷 颯樹さん……で、間違い無いですか?」

「あ、はいそうです。えっと……」

「私はこの花咲川学園弓道部で顧問をしています、早川と言います。よろしくお願いします。見学の件でしたら……どうぞこちらへ」

 

 

 僕は早川先生の指示に従って、椅子が置かれたスペースへと歩いて、その椅子へと腰掛ける事にした。

 

 

「あの、どうして僕の事を」

「……理事長からお話は聞いていました。と言うより《偶然聞こえて来た》と言うのが、的を得ているかもしれません」

 

 

 先生から告げられた言葉は、まあ概ね有り得そうな答えだった。理事長からのお話の中では、一部の教職員と生徒しか知らない……とあったので、たぶん(失礼だけど)この先生は知らなかったパターンの人だなと思えた。

 

 

「そうなんですか……」

「はい。盛谷くんはどうしてここに?」

「えっと、元々ここに住んでまして……それでついこの間帰って来まして。編入先の高校は幼馴染に勧められてって形ですね」

「《幼馴染》、ですか」

「はい。ただ、あまりこの事は公に出来ないので……僕からは発言を控えさせて下さい」

 

 

 僕がそう説明をすると、早川先生は概ねの事情を察してくれたのか……黙って首を縦に降ってくれた。そんな事もありつつ、目の前で行なわれている練習へと目を向けようとした……の、だが。

 

 

「……颯樹、なの?」

「……え」

 

 

 僕の名前を呼ぶ声が聞こえたので……僕はその方向へと目を向けた。するとそこには、驚いた様な表情で琥珀色の瞳をこちらに向ける……青みがかった翡翠色の髪を伸ばした少女が居た。

 

 彼女の様子は今にも涙が零れそうな程であり、この瞬間がどれだけ衝撃的な事かが容易に想像できた。

 

 

「そ、そうだけど……」

「やっぱり……!」

 

 

 そう言ってその女の子は、僕の方へと歩みを進めて来た……と思っていたら。

 

 

「え、な……なんで、右手を大きく振りかぶっているのかな? しかも……掛けまで外して……」

「今まで私が、どれほど……! アナタの事を心配したと思っているのよ、颯樹!!!!!」

「い、いったぁぁあぁ!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 太陽も真上に昇ったばかりの天気の良い日に……弓道場の中から、僕の頬が叩かれる小気味良い音が響き渡った。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回は今回の続きとなります(颯樹くん……思いっきり打たれてましたが、大丈夫だったのだろうか……?)。


 それでは次回に……待て、しかして希望せよ。


【追記】

 このお話が深夜0時に投稿されている、本日……5月19日はPoppin'Partyのドラム担当、山吹沙綾ちゃんのお誕生日です!Happy birthday!!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

 皆さま、おはこんばんにちは。


 今回は前回のお話の続きとなります。


 それでは、本編スタートです。


「え、な……なんで、右手を大きく振りかぶっているのかな? しかも……掛けまで外して……」

「今まで私が、どれほど……! アナタの事を心配したと思っているのよ、颯樹!!!!!」

「い、いったぁぁあぁ!?!?!?!?!?!?!?」

 

 

 太陽も真上に昇ったばかりの天気の良い日に……弓道場の中から、僕の頬が叩かれる小気味良い音が響き渡った。その音は練習中の部員の人たちにも聞こえた様で、全員がこの音を立てた張本人へと視線を向けていた。

 

 そして当の本人はと言うと……まだ打ち足りない、と言った様子で、もう一度右手を振り上げていた。

 

 

「ま、待って紗夜ちゃん! これ以上やったらこの人の頬に痕が出来ちゃうよ!?」

「離してください、進導さん! 私は……この人を引っぱたかないと気が済まないのです!」

「だからって、そこまでするかなぁ!? さっきの様子を見てる限りだと、その子の意見を全部無視して私刑をした様な物じゃん!」

 

 

 先程僕を連れて来た女子部員──進導さんの一喝によって、今にも僕の頬をもう一回叩きかねなかった少女──紗夜は、何とか落ち着いた様子を見せた。その証拠に少々興奮していたのが間違いだったと気づいた様で……直ぐに表情が戻っていた。

 

 

「落ち着いた?」

「……ええ、落ち着きました。取り乱した挙句に人の頬をいきなり叩くなんて、我ながら恥ずかしいですね」

「そうだね。……でも、私の他にももう一人……それを言わないといけない人が居るんじゃない?」

 

 

 そう言われて紗夜は、自分の目の前に立っている僕へと目を向けた。

 

 

「ごめんなさい、颯樹。久しぶりにこうして会えたと言うのに、いきなり頬を叩くなんて……私、なんて事を……」

「別に気にしてないよ、紗夜。何も言わずに居なくなった僕のせいだから、紗夜が気にする必要は無い。それに……周りの人たちにも随分迷惑かけちゃったし」

 

 

 僕のその一言で、紗夜は自分のやってしまった事に気づいたのか……みるみる顔を紅くしてしまった。まあ、あんな様を見せられた上に人を叩くなんて行為を目撃してしまえば、それは誰でも放心状態になるわな。

 

 その後は早川先生から『少し二人で話でもして来たら?』と言う言葉を頂き、僕と紗夜は弓道場を一旦退出し……少し離れた中庭の所へと向かう事にした。

 

 

「……」

「……」

 

 

 中庭に向かう途中の道すがらで、僕と紗夜は二人っきりで移動をしては居たのだが……完璧に話しかけるタイミングを見失っていた。それもそのはずで、久しぶりに会った事にプラスして……先程思いっきり叩かれたのだから、話しかけようと思っても戸惑ってしまうのが常だった。

 

 たぶんこれは、僕じゃなくてもほとんどの人がこうなってしまうはずなので……そうならない方が異常だと思う。

 

 

 そして、中庭に着き。

 

 

「ここまで来れば、大丈夫かな」

「そうね。……改めて、久しぶりね……颯樹。元気そうでなによりだわ」

「僕の方こそ、久しぶり……紗夜。昔よりもキレイになったんじゃない? まあ、昔は……キレイって言うより、可愛いって印象の方が強いけど」

 

 

 僕がそんな風に言うと、彼女はわかりやすい程に顔を紅くして狼狽えてしまった。……まあ、いきなりそんな事を言われたら誰だって困惑するわな。だけれども、僕は思った事を言っただけなので、間違っては無いはずだ……たぶん。

 

 

「私と離れている間に、女性を口説くのが上手くなったのかしら、颯樹ったら……」

「大袈裟だって。それに、そんな誤解をされるとこっちが困るよ。現にそんな言い方をして無くても、勘違いしてる人だって約一名居る訳だし」

「『約一名』……聞かないでおくわ。概ねだけれど、誰かわかってるもの」

 

 

 そんなこんなで話を広げつつ、僕たちは満開になっている桜の木の下へと移動した。爽やかな風と共に舞い散る桜の花弁が、何処か心地好く感じられた。

 

 

「紗夜は花咲川に進んだんだね」

「ええ。元『花女』だけれど。颯樹の方は学業の方はどうだったの?」

「僕は順当に進学したよ。公立中学校から公立の高校に進んで。……そして、一人暮らしの為にここへ戻って来たんだ」

「そうなのね……」

 

 

 一つ一つの質問に答える僕の言葉に、紗夜が軽く相槌を打って返す。……これが僕と彼女の普段のコミュニケーションだ。お互いが気を遣いやすい性格なので、こう言う何気無い会話であったとしても、互いの事をよく知る事に繋がったりもするのだ(偶に日菜関連で話される事もあるが)。

 

 

「……日菜との関係は、今のところはどう?」

「……分からないわ。何故私のやる事を全て真似するのか、そして直ぐに追い抜いてしまうのか……。私の今までやって来た事全てが無駄の様な気がしてならないのよ」

「……」

 

 

 彼女から漏らされた言葉の数々に、僕は多少の覚えがあった。紗夜の妹である日菜は、俗に言う『天才』と言う種類に位置するらしく……彼女のやる事を全て真似して、その挙句に姉である紗夜を軽々と超えてしまう、と言う一面を持っている。

 

 何事もコツコツ真面目に熟す紗夜とは対称的で……感覚で物事を判断するのだから、彼女がそう零す意味もちょっとわかる気がしてしまった。

 

 

「もうあの子に追い抜かされる自分が、いよいよ我慢ならないの……。だから、私は数年前からギターを始めたわ。あの子が追いつけなくなるくらいに、たくさん……たくさん練習して……!」

「……紗夜は、怖いんだね。自らを脅かしかねない、(日菜)って言う……身近に居る他人の存在が」

「……え、えぇ……そうよ……」

 

 

 僕が短くその言葉を告げた瞬間、紗夜の眼がかなり開かれた様に感じた。これは『図星』と言う事で良いのかな。

 

 

「確かに、それは怖いと思う。何をやっても軽々と超えられたんじゃ、自分が何をやったとしても……日菜と言う存在が全て超えていく。それは他の人からしたら恐怖でしか無いのは、本当によくわかるよ」

「……!『でもね』」

「何事であっても『怖い』と思うのは、誰にでもある事だと思う。けど、大事なのはそれを理解して受け入れる事だと思うんだよ」

 

 

 僕から紡がれる言葉の数々を、紗夜はただただ聞くしか出来なかった。……まあ、ここで反論しようなら、日菜との関係はまだ修復の兆しが見えないだろうけど。

 

 

「怖いと思うのは自然。その気持ちを抱くのは、何も間違って居ない……間違いであるはずが無いんだよ。けど、大事なのはそれを理解して受け入れて……お互いに歩み寄って行く事だと思うんだ。だって、紗夜と日菜って所詮『身近に居る他人』だからね。自分と違うなんて……そんなの、当たり前すぎると思わない?」

「……」

「だからさ、ゆっくりでも良い。日菜と少しずつ分かり合えたら良いんじゃないのかなって思うよ。その為なら、僕は喜んで協力するよ。……だって、幼馴染だもん」

 

 

 その言葉を聞いた紗夜の表情が、何処か優しい物になって行くのがわかった。自分の悩みをわかってくれたのが嬉しかったのか……はたまた、心の支えが出来た事に喜んでいるのかは定かでは無かったが。

 

 

「ありがとう、颯樹。アナタと話していると、不思議と心が軽くなって来るわね……言いたい事が全部言えてしまうの」

「そう? それなら僕は全然良いけど……あまり無理はしないでね」

「ええ、もちろんよ。こんな無様な姿はこれっきりにした、い……もの……って、何かしらこの音」

 

 

 紗夜が言葉を言い切ろうとしたその時、何処かから音が聞こえて来た。その音はどうやら……こちらの方へと向かって来ているみたいだ。

 

 

「な、何事……『さっく〜ん!』ぐほぁ!?!?!?」

「大丈夫なの、颯樹!?!?!?」

 

 

 僕の懐へと目掛けて飛び込んで来た少女を受け止めた……は良いのだが、その勢いがあまりにも強すぎたので、後ろにあった桜の木に激突してしまう羽目になった。

 

 

「い、たたたた……な、何すんだよお前! 急に飛び込んで来るなんて危ないじゃないか……って」

「久しぶり〜! 元気にしてた〜?」

「「ひ、日菜!?!?!?!?!?!?!?」」

 

 

 ……なんと、いきなり飛びついて来た少女は……紗夜と同じ青みがかった翡翠色の髪をショートヘアで三つ編みにしていて、目元が少し吊り上がっているのが特徴の……紗夜の妹である、日菜だった。

 

 綺麗な琥珀色の瞳はキラキラと輝いていて、至極満足そうな様子が見て取れた。

 

 

「ん〜、久しぶりのさっくんの匂いだ〜♡ やっぱり良い匂いでるんっ♪てしちゃうな〜☆」

「こら、日菜! いきなり颯樹に抱き着くなんて、本人もビックリするし失礼じゃないの!」

「え〜? なんでそんな事に気を遣わなくちゃいけないの〜? あたしとさっくんの親しい仲じゃん……そんなの必要無いって〜☆」

 

 

 いつもの調子を取り戻した紗夜が、日菜へキツい注意をしたのだが……それを何処吹く風と言った様子で日菜は聞き流し、僕へと頬擦りをしていた。

 

 

「あ、そうだー! さっくんには今から来て欲しい所があったんだよ!」

「え、それは一体どこなんだ『ほら早く行くよー! 話は別に移動中でも構わないからさー!』いや、ちょっと待ってってばぁ!?!?!?」

 

 

 彼女は一頻り頬擦りをしたかと思えば、僕の右手を握って何処かへと連れて行こうとした。僕はそれに為す術無く引っ張られてしまう事となり、紗夜が仲裁に入ろうとする間も無く……僕は花咲川学園の校舎を後にすることになった。

 

 

「全くもう、日菜ったら……後でたっぷりオハナシが必要かしらねあの子には

 

 

 そう呟いた彼女の独り言には、誰ひとりとして答える者が居らず……儚くも散ってしまうのだった。そしてその場には、フツフツと怒りを燻らせている紗夜が取り残された。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 前回よりも短めに済ませてしまい、大変申し訳ありません。リアルの方では梅雨の時期に入り……お仕事やソシャゲなどをやっていたら、刻一刻と時間は過ぎてしまう一方であり、こうやって筆を執る事が難しい現在です。

 そんな中でも描き続けられているのは、一重に……応援してくださる皆様のお陰である、と思っております。


 本当にありがとうございます。

 最後にはなりますが、これからも亀更新となっている僕の小説を……今後ともよろしくお願い致します。


 それではまた次回。今回も感想を是非。

 次のお話では……パスパレを全員集合させる予定にしていますので、どうぞお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

 本編の更新、誠に遅くなって申し訳ありませんでしたぁ!


 今回は前回の続きとなりますので、最後まで見て頂けたら嬉しいです。


 それでは本編スタートです。


「ま、待ってよ日菜! 引っ張らないでって!」

「さっくんが遅いのがいけないんだよー♪ ほら早く早くー♪」

 

 

 僕は日菜に腕を引っ張られながら、街中を走り回っていた。……そして肝心の行き先に関しては、まだ聞き出せていない上に、彼女の走る速さが速すぎるため……全速力で走るのが精一杯だった。

 

 

「もー、さっくん体力無さすぎるよ〜。女子のあたしに負けるなんて情けないなー」

「こ、これでもバレーボールや……弓道とか、してたんだぞ……! それでも追いつけないって、どんな体力してんだよ……!」

「だらしなーい♪ ほら、早く早くー♪」

 

 

 そう言われて僕は、日菜に合わせて走るスピードを上げていく。……そうして走っていると、ある建物が目に入った。

 

 

「はあっ……はあっ……ここは……事務所……?」

「そうだよ〜! ほらほら、早く! 社長さんには話を通してあるから〜!」

「ま、待てよ……。少し休ませ……」

 

 

 そんな僕の言葉も聞かず、日菜は事務所の中に入って行った。息を切らしながら僕が中に入ると……。

 

 

「ダーリン?!」

「はあっ……、はあっ……。そ、その声は……ち、ちーちゃん……? ぜぇ……」

「大丈夫!?!? すぐにお水を持って来るわ!」

「日菜がいきなり走るから、あまりついていけなかったんだよ……。ぜぇ……」

 

 

 そうして僕はちーちゃんからのアシストを受け、何とか一息つくことが出来た。見た所……ここは、会議室? 

 

 

「具合はどうかしら?」

「なんとか落ち着いたよ……日菜は本当に時と場合を考えて行動してくれ……」

「まだ入所して少ししか経ってないもの……私から強く言い聞かせておくわね『おや、お取り込み中かね?』あ、社長。彼が件の人物です」

「キミが千聖くんの言っていた盛谷 颯樹くんだね。私はここの社長だ」

 

 

 僕は社長と呼ばれた人に自己紹介をして、互いに握手を交わした。そして向かい合って座る事になり、ちーちゃんは僕の隣で話を聞くみたいだ。

 

 

「それで、社長さんが僕になんの御用でしょうか?」

「うむ。……単刀直入に言おう。キミにこの事務所に所属して欲しいのだ」

「僕がこの事務所に?」

「そうだ」

 

 

 社長さんはそう言うと、僕に所属して欲しい理由などを述べて行った。

 

 

 話を詳しく聞いてみると、どうやらちーちゃんからの猛プッシュが事前にあったらしく、婚約発表の手引きをしたのも社長だと言うのだ。

 

 その発表を行なった翌日から……必死になって何処の事務所も猫の手を借りたいくらいに捜索をしていたのだと。そして帰って来たタイミングで彼女からの連絡を受け、お話……基、スカウトするのが今日のこの時間になったのだと言う。

 

 

「非常にありがたいお話なのですが、本当にこの事務所に所属してよろしいのでしょうか?」

「構わないよ。むしろ、こちらとしては願ったり叶ったりだ。千聖くんの推薦ともあれば、素質は十分だと見込めるからな」

「……わかりました。その話、お受けします。これからよろしくお願い致します」

「よし。では早速だが『し、失礼しま〜す!』おぉ、丸山くんか。ちょうど良い所に来てくれた」

「彩? どうしたんだ」

 

 

 いきなり会議室に入ってきたのは、何と彩だった。以前見た時とは装いが変わっていて、セミロングの髪をツインテールにしており、上着は黄色を基調としたハートがプリントされたTシャツで、下はピンクの長ズボンだった。

 

 

「丸山くんも来た所で、キミに幾つか頼まれて欲しい事がある」

「頼まれてほしいこと、ですか。それは?」

「……実は、丸山くんと千聖くんのマネージャーを頼まれてはくれないか」

「ちーちゃん……千聖と彩の? それは大丈夫ですが……どうしてその二人なんですか?」

 

 

 僕がその理由を社長に聞いてみると、少ししてこんな答えが返ってきた。

 

 

「先も言ったと思うが、この事務所には千聖くんの推薦で入った。であるならば、それに見合った仕事と言うのをして欲しいのだよ。丸山くんに関しては、面白い事を聞いたのでな」

「面白い事……?」

「キミ……暴漢二人の魔の手から、丸山くんを助けたそうじゃないか。その様が格好良かったと彼女から聞いたのだ」

 

 

 その言葉を聞いて、僕の脳裏に昨日起こった光景が思い起こされた。

 

 確かにあれは……彩と僕が初めて出会ったキッカケになったし、誰かに話したくなる気持ちも分からんでもないんだけど……よりにもよってそれを話すかなぁ。

 

 

「えへへ……つい喋っちゃった」

「……まったく。わかりました。その話、お受けします」

「ありがとう。次に……キミには、今から発足される新ユニットの方でもマネージャー業務に着いて欲しい」

「新ユニット? 一体どんなグループなんですか?」

 

 

 次に頼まれたのは「今から発足されるユニットのマネージャーをして欲しい」と言う事だった。

 

 

 何だか『マネージャー』と聞くと、芸能界では誰かの担当に着いてスケジュールなどをビッシリ管理している人……とか、運動部ではよくあった方式だけど、部のメンバー全体を支える存在で、主に主将や監督などから指示された事を熟す、影の立役者みたいなそんな感じがするね。

 

 そう思う僕を他所に、社長はこの提案をした経緯を説明し始めた。

 

 

「昨今、世間ではガールズバンドなる物が流行っているそうでは無いか。それを聞いた我々は、我が事務所でもガールズバンドを発足させる事にしたのだ」

「ただし、ガールズバンドと一括りに言っても……私たちは『アイドル』の一面を持っているわ」

「つまり『事務所発のアイドルバンド』、と言った感じなんですね。それで、肝心のメンバーは?」

「それなんだが、今ここに居るマネージャーであるキミを含めた、千聖くんと丸山くんで三人……レッスンスタジオの方にあと三人居る。それで全員だよ」

 

 

 つまりそのアイドルバンドはメンバーが5人居て、そのうちの二人がここに居る……そして後の三人は先にスタジオにて待機している、と。

 

 早い話、僕は今ここに居る二人の他にも、バンド全体のマネージャーも務めないといけない……というわけか。

 

 

「なるほど。今お会い出来ますか?」

「ああ、可能だ。スタジオの方に案内しよう。二人もついてきてくれたまえ」

「はい、わかりました。ダーリン、行きましょう♪」

「さ! 颯樹くんも行こっ♪」

 

 

 僕は社長とちーちゃん、彩に連れられてレッスンスタジオとやらに足を進め……そしてスタジオの前の扉に来ると、僕は意を決してドアを開けた。

 

 

「失礼しま『さっく〜ん!』ぐほぁ!?」

 

 

 なんかいきなり体当たりされたんだが……。しかもどてっぱらに来たから、本当に痛い……。

 

 

「もう、私のダーリンに向かってそれは失礼じゃないのかしら? 日菜ちゃん」

「えー? だってるんっ♪て来たんだも〜ん♪」

「ひ、日菜さん……お気持ちは察しますが、いきなりは良くないかと思いますよ?」

「むー」

 

 

 そう言って日菜は僕から離れてくれた。離れる前に頬を膨らませていた所を見るに、まだまだし足りないと言うのはすぐに察する事が出来た。

 

 その直後に先程仲裁に入ってくれた人が、僕の前に歩いて来た。茶髪をショートカットにしていて、眼鏡をかけた人だ。

 

 

「あ、貴方がジブンたちのマネージャーさんで間違い無いですか?」

「ああ。僕は盛谷 颯樹だよ。よろしく」

「はい! ジブン、大和(やまと) 麻弥(まや)と言います。よろしくお願いします」

「麻弥だね。よろしく。そちらの銀髪の子もアイドルバンドのメンバー?」

 

 

 僕が麻弥と握手を交わした後にそう聞いてみると、その子は聞いてて元気になる様な声で挨拶をして来た。

 

 

「はい! 若宮(わかみや) イヴと言います! どうぞよろしくお願いします!」

「イヴだな。もしかして、イヴは日本人と外国人のハーフだったり?」

「ええ、その通りよダーリン。彼女は日本とフィンランドのハーフね。留学生……と言えば話がわかるはずよ」

「そうだったのか。フィンランドから日本まではるばるご苦労さま。これからよろしく」

 

 

 そうして僕はイヴとも握手を交わし、自己紹介を終える事が出来た。

 

 

「さて、顔合わせも済んだ所で……そろそろ本題に入ろうか」

「僕がこのアイドルバンドのマネージャー、ということですよね? 他に何か?」

「ダーリン、まだ分かっていない事が有るわよ」

「他に何かあったか?」

 

 

 僕がちーちゃんにそう聞き返すと、その傍に居た社長から返答が聞こえて来た。

 

 

「君たちの役割とバンド名……そして、全体を纏めるリーダーの指名だよ」

 

 

 ……通常、活動する上で役割やバンド名などは非常に重要な意味合いを持っていて、特に今挙げた2つはチームの言わば『魂』と言う立ち位置にある。

 

 それが決まっていない、と言う事は……活動して行く上で大きな支障を来たす事になってしまうのだ。

 

 

「……まだ決まっていなかったんですね。それにリーダーもですか……」

「何を聞いていたのかね……キミにはマネージャー業務を担当するアイドルと、バンドを組むと言う事しか伝えてないはずだが」

「……つまり、僕たちにはこれからバンドの名前とリーダーを決めてほしいということですか?」

 

 

 僕が社長の言葉にそう答えると、それには否定の言葉で返事が返ってきた。

 

 

「いや、それはこちらの方で考えている。バンド名は『Pastel*Palettes』……そして、リーダーは丸山くんだ」

「ふぇっ!? わ、私ですか!?」

「うむ。そして丸山くんにはボーカルを、千聖くんにはベース、氷川くんはギター、大和くんはドラム……若宮くんはキーボードをお願いしたい」

「なるほど……ちなみに経験者は?」

 

 

 僕が一通り聞いてみると、ゆっくりと手が挙がった者が一名居た。……麻弥だ。

 

 

「あ、それはジブンですね。ここに来る前はアルバイトでスタジオミュージシャンをしてたんですよ」

「なら麻弥は問題ないとして……他の4人は?」

『…………』

 

 

 見ての通り、バンド経験無し。しかもギター担当のオーディションは一昨日行なわれたばかりで、日菜が一回で合格したくらいな物との事で。

 

 

「彩は……元々研究生だった所を、今回の抜擢って訳か」

「うん……私にできるかな……」

「始めから諦めてたら何も出来ない。僕もできる限りのサポートをするから、一緒に頑張って行こう」

「……! うん、私たち頑張るよ!」

「……次にだ。唐突で大変申し訳無いが、我々の方で準備を進めさせてもらった」

 

 

 今日は驚く事が多いな……メモを取りながら話を聞いてみようか。

 

 

「アイドルバンドというからには……もしかして、ライブの準備ですか? まだ練習もほとんどしてないというのに。日程の方は決まってるんですか?」

「急で申し訳ないが、お披露目ライブの日は今日から二週間後だ」

「2週間後ですか……今から練習したとしても間に合うかどうか……」

「そこに関しては策を考えている。音源はプロのバンドの物を流そうかと案がでている」

 

 

 社長の言葉を聞いたこの場の全員が、驚愕に満ちた物になった。それはそうだろう。みんなは『アイドルバンド』として集められたにも関わらず……求められている事は『アテ振りで誤魔化してくれ』と取られてもおかしくない事だからだ。

 

 

「……それで本当にいいんですか? 自分たちの練習の成果を発揮できなくて何がバンドですか」

「お披露目ライブで失敗は許されない。どうか、わかって欲しい『なら、僕から代案を出します。少々荒療治にはなりますが』……ほう、何かね?」

 

 

 僕は少し目を閉じて、息を落ち着けた。そしてみんなの目を見てこう伝えた。

 

 

「今から二週間後のライブの日まで……僕の方で練習場所を提供します。そしてお披露目ライブの日を迎えるまで、時間がある時は全て練習に当てようと考えてます」

「へぇー。所謂スパルタって事かな?」

「ええ。そうでもしないと、間に合いませんよ。大丈夫です。今大変な思いをすれば、今後はグッと楽になります」

 

 

 僕の言葉を聞いた社長は、腕を組みながら暫しの思慮に耽っていた。自分が提案した事をそのまま押し通すか、僕の意見も考慮して考えるべきか……それを見定めているのかな、と僕は思う事が出来た。

 

 そして、少しして。

 

 

「ふむ……確かにマネージャーのキミが言うのならそうした方がいいのだろうね。ただし、成功しなかった場合は……」

「ええ。それ相応の処罰は受けます。そうなって当然の事をしてますし、僕は彼女たちが一体どこまで出来るのかを見てみたいんです」

 

 

 僕は社長に自分の想いを伝えた。それを聞いた社長の眼がすぅっと細くなったが……僕は臆せずに返事を待つ事にした。

 

 

 彼女たちにとっては初めてのライブ……当然演奏やダンスのミスは許されないし、やっても居ないのに初めから匙を投げる様な事など……馬鹿馬鹿しいにも程がある。もしそれで仮に成功したとしても、残るのは虚無感と喪失感……更に言うなら、時間が経過する毎に分かっていく大きな穴。

 

 ならば……全員がどこまで出来るのかをこの二週間で見定めつつ、ライブの準備を進めるしかないと思ったのだ。

 

 

 そして時間も経ち、社長がゆっくりと口を開いた。

 

 

「……わかった。キミの話を飲もう」

「ありがとうございます。これから練習の時間に当てますので今日はこれで失礼します」

「では、二週間後を楽しみにしている。……期待してるよ、颯樹くん」

「わかっています。それじゃあ練習を始めようか」

『はい!』

 

 

 僕の一声を受けて、練習が始まった。

 

 まだ楽器は不慣れなメンバーが多い様で、軽くやっていたちーちゃんと麻弥が先行する形となり、練習は行われて行った。

 

 

「確かに動きがぎこちないな。麻弥と千聖は慣れてるからいいだろうけど……彩とイヴ、日菜がまだまだだな」

「うっ」

「誰でも最初はミスがある。そこからミスをどれだけ少なくできるかが大事だからね」

「はい! ミスなくライブを成功させられるように頑張ります!」

 

 

 気になった所を彩に指摘したのだが、彼女の答える様子は緊張している様子が丸分かりなくらいだった。その様はアイドルバンドのリーダーとして抜擢されたと言われても、殆どの人が首を横に振りそうなものだ。

 

 

「……緊張のし過ぎもダメなのだけど……この先が思いやられるわ……」

「ですね……。初ライブもそんなに遠いわけでもありませんし……」

「えー? あたしたちならよゆーじゃなーい?」

「日菜ちゃんは分かってないわね。初めてのライブがどれだけ大変か……」

「(まあ、日菜ならそう言うと思ったけどね……)」

 

 

 ボソリと心配事を口にするちーちゃんと麻弥に、あっけらかんとした様子で日菜がそう答えたものだから……この先の事が一気に心配になってしまった。

 

 何事も無く……順調に、みんなのパスパレとしてのお披露目ライブが終わってくれたら、僕としては大満足なのだが。

 

 

「さあ、私たちには時間が無いわ。練習しましょう」

「はい! 今言われた箇所を重点的にこなして! 分からないなら聞いても良いから努力する……それを忘れないで!」

 

 

 それから僕たちは休憩時間以外を練習に全て費やし、全員が疲れを感じるまで続けたのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 主人公が引越しを済ませて2日目の内容が、次回で終わりとなる予定です。更新まで今しばらくお待ちくださいませ。


 それでは次回に……待て、しかして希望せよ。

 今回も感想を是非。


 いつもの様に高評価やお気に入り登録の程、お待ちしております。


【追記】

 一日遅れになりますが、7月17日はRAISE A SUILENのギター担当でPoppin'Partyのファンである空色少女……朝日 六花ちゃん(ロック)の誕生日です!お誕生日おめでとうございます!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第八話

 皆様、おはこんばんにちは。

 そして……遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いしますm(_ _)m


 そんな挨拶もそこそこに、一月も終わりに近づいておりますが、新年最初の投稿をしたいと思います。今回から他作者様のオリキャラをレギュラーにお迎え致しまして、お話は進んで参りますので把握の程をお願い致します。


 それではスタートです。


 アイドルバンド『Pastel*Palettes』の全体レッスンが開始されて、早一時間半が経過しようとしていた。

 

 メンバー個々の様子を見てみると、まだまだ課題も残るし発展途上な一面もあるのだが……練習に取り組む体勢としては、最初にしては上々とも取れる様だった。

 

 

「彩、力み過ぎないで! 音程は確り取れてるから、あとは一曲分歌っても息切れしない様にバランスを調整!」

「は、はい!」

「日菜は少しテンポが走り過ぎだ! もっと周りの調子に合わせて!」

「リョーかいっ♪」

 

 

 マネージャーとして任命された僕は、五人の演奏している様子を見ながら、気になった所を逐一口頭で伝えていた。麻弥は元々スタジオミュージシャンとしての経験があったので、メンバー内では彩がコケた時にサポートする様にと伝えている。

 

 

 そして、練習開始から二時間後。

 

 

「はい、今日はここまで。お疲れ様でした!」

 

 

 僕が両手を一回叩いたのを合図に、五人の緊張感が解けてゆったりした物になった。肩で息をしている者もチラホラ居るが、まだ最初の全体練習なので無理も無いのかな……と個人的に思っていた。

 

 そしてメンバー全員に軽く連絡事項と、今後の予定を伝えた所で今日はお開きにする事にした。個人の家庭の事情とかもあるので、ここに関してはキッチリしなければ。

 

 

「あ、あのぉ……すみません」

「ん? どうかしたの、麻弥」

「えっと……ですね。颯樹さんはジブンたちのマネージャーさん、なんですよね?」

「うん、そうなるね」

 

 

 僕は唐突に麻弥から投げ掛けられた質問に対して、首を縦に振る事で返す事にした。事実……僕が担うのは彩とちーちゃんの他にも、パスパレ全体のマネージャー業務を担う事になるのだ。

 

 

「そ、その……もし颯樹さんに差し支えが無ければ、なんですが……連絡先を教えて頂きたいです」

「それって、何かあった時用の連絡手段として?」

「あ、はい。そのつもりです」

「……わかった、交換しようか。もうこの際だから、全員分受け取っておこうかな。そうすれば手間も掛からないから良いよね」

 

 

 麻弥の提案を承諾した僕は、彼女との連絡先を交換した後に……イヴと日菜と彩の連絡先を受け取る事になった。ただ交換した際に、日菜と彩の二人の表情がかなり嬉々としていたが、それに関してはあまり突っ込まない事にした。

 

 

 そのやり取りまで済ませた後、麻弥とイヴがレッスン室を先に退出し、残りは僕と彩とちーちゃんと日菜の4人だけとなったのだが。

 

 

「さて、僕たちも帰ろっか」

「そうだねー。あたしお腹空いちゃった『ちょっと待ちなさい、日菜ちゃん』ほぇ?」

「わ、私はお先に……『彩ちゃんもよ』はぁい」

 

 

 背中にギターケースを背負って、部屋を退出しようとした日菜をちーちゃんが呼び止めたのだった。それを見た彩が空かさず出ようとしたが、それも彼女の短い一言によって制止される事になった。

 

 呼び止めた張本人の顔はと言うと、眉間に皺を寄せて居る状態で、何処か不機嫌な事があったのだと、この時に察する事が出来た。

 

 

「まずは日菜ちゃん」

「なぁに、千聖ちゃん」

「私とダーリンが入って来るや否や、急にダーリンに向かって抱き着くのは無しなんじゃないかしら? いきなりされたもんだからビックリしていたわよ」

 

 

 ちーちゃんがまず聞いて来たのは、日菜の行動についてだ。あの時はまだ怒る時では無い……と思っていた様で、彼女なりに自制していたのだと聞く事が出来た。

 

 

「えー? あたしとさっくんは幼馴染だしー、別にこれくらい普通じゃなーい?」

「そんな理由で罷り通ると思っていたら大間違いよ。もしこれで万が一にもダーリンが怪我でもしたら、どう責任を取ってくれるのかしらね?」

「なんでなんで〜? あたしはさっくんに甘えちゃいけないの〜? それって千聖ちゃんが決める事なの〜?」

「何でも何も無いわよ。彼はビックリしたの。それくらいは分かっていると思ったのだけれど?」

 

 

 まあ……確かにあの行動にはビックリしたし、彼女の言い分も分からないでは無いのだが……如何せん、日菜の気持ちも分かってしまう自分が居たのも事実だ。

 

 それは何もこの時だけに限らず、日中に花咲川学園の中庭で紗夜と二人っきりで話した時も……彼女は僕の帰郷を待っていたと言う話が聞けた。

 

 

 そう考えてしまえば、日菜の行動にも自然と納得がいってしまったのだ。だからこそ、どちらをフォローするかの線引きが未だに付かないのである。

 

 

「まあまあ、二人とも落ち着いて。話の内容は聞いてるからわかるけど……そろそろ、ここの鍵を閉めるよ?」

「……そうね。休憩所があるから、着替えが終わったらそっちに移動して話しましょうか」

「はぁい。彩ちゃん行くよ〜」

「う、うん」

 

 

 このままここに居たら、ずっと二人が話し込みそうだったので、僕は催促を掛けて移動させる事にした。それを聞いた彼女たちはと言うと、場所を変えてまたやろうとしているのだとか。……勘弁して下さいってば。

 

 

 そうしてレッスン室を後にした僕たちは、帰宅の為にお互いの更衣室で着替えを済ませた後、その近くにあった休憩所へと足を踏み入れる事にした。

 

 そこはテーブルが三つほど置かれていて……その両端には自動販売機や、お店で見る専門的な物では無いのだが、コーヒーサーバーなども存在していた。正しく『休憩する為の場所なのだ』と言う感じだった。

 

 

「……少し、飲み物を買おうか。一人一本ね」

「じゃあ、私は紅茶をお願いしようかしら」

「私はジュースが欲しいな」

「あたしも同じで〜」

 

 

 三人からのリクエストを聞いた僕は、自分の分も合わせて四本自販機で買う事にした。彩と日菜の性格を考えると、甘い系の物を欲しがると思ったので、みかんの果肉が入っている(と言っても粒々だけど)缶ジュースを2本、ちーちゃんは紅茶と言う話なので、度々CMにも出て来る有名な物でレモンティーを選んだ。

 

 価格は1本130円かそこら辺だったので、これくらいであるならば、たま〜に奢る事はできるのかな……と心の中で思う事になった。

 

 

「はい、頼まれてた飲み物。各々取ってね」

「ええ。ありがとう、ダーリン♪」

「ありがとう、颯樹くん! ……って、日菜ちゃんがもう飲み始めてる」

 

 

 そんなやり取りを眺めながらも、話は先程の話題へと入る事になった。僕は先程購入したカフェラテを片手に、話の内容を聞く事にした。

 

 話の内容としては、先程レッスン室を後にする前に話していた物と概ね変わりが無く……二人の熾烈なる口論を、彩がしどろもどろでわたわたしながら聞くと言う、何ともカオス地味た光景だった。

 

 

 まあ、確かに……日菜のやっている事は、確実に褒められたものでは無いので、本人にはそこをキチッと正してもらう必要があるが、それを言ってしまったらちーちゃんも似たようなモノなので……お互いがお互いの傷口に塩を塗る様な行動と言っても、何ら不自然じゃないのだ。

 

 

「どうしたもんかなぁ……ん? はい」

『こんな時間にごめんなさい、颯樹。少し聞きたい事があるのだけれど……今、時間良いかしら』

「紗夜? うん、良いよ」

 

 

 僕はその場に居た彩に伝言をし、休憩所の入口付近で紗夜からの電話に応答する事にした。

 

 

「で、どうしたの?」

『えっと……日菜はそこに居るかしら? もう日も沈み始めてるし、そろそろ帰宅する様に伝えたいのだけれど』

「日菜? ……あー、それならちょっとだけタイミングが悪かったかもしれないよ」

『……あの子ったら、また人に迷惑をかけて……』

 

 

 そんな呆れた声が通話口の向こうから聞こえると、今度は少し威圧が感じられる様な声色で続けて来た。この状態になってしまった紗夜は、梃子でも自分の考えを曲げる事をしないので、僕でも少々手を焼く事が多いのだ。

 

 

『……日菜を出して貰えるかしら。あの子には少しキツめに話をしておきたいのだけれど』

「ちなみに、断ったら『私がそれを許すはずが無いでしょう?』……了解しました」

 

 

 僕は通話口の向こうから伝わる紗夜の威圧に負け、今はお取り込み中であろう日菜へと話を通す事にした。その様を聞いた日菜はと言うと、顔をこれでもかと青ざめさせていたため、余程キツく怒られたのだと後に察する事になった。

 

 

「……はい。まあ……お互いの言い分もわかったし、治さないといけない所もわかった……それだけで充分なんじゃないの?」

「そうね。私も少し言い過ぎたわ」

「はーい」

 

 

 そして暫く時間も経って、日菜とちーちゃんの言い合いは何とか治める事に成功した。治まった……と言うよりも、この場合だと『まだ煮え切らない所こそあるけど、これ以上やっても時間の無駄』と思っているのだろうが。

 

 ちなみに彩はと言うと、終始苦笑いをしていただけであった様で、余計な爆弾を投下する事はしなかったみたいだ。そこら辺が確り出来てるだけでも、僕としては満足である。

 

 

「さて、時間も遅いしそろそろ帰ろっか」

「そうね。一緒に帰りましょ、ダーリン『えー、何言ってるの〜?』……はい?」

「さっくん、あたしに付いて来て!」

「え、ちょっと日菜!?」

「い・い・か・ら、さっさと来るの〜!」

 

 

 一緒に帰ろうと誘って来たちーちゃんの間に割って入ったかと思えば、日菜は唐突にも僕の右手を掴んで走り出そうとしていた。その行動の早さには近くに居たちーちゃんだけでは無く、彩ですらもびっくりした様で。

 

 しかも、日菜の右手を握る力が強い事もあり、容易には振り解く事が出来ないのも事実だった。

 

 

「さ、早く行くよ〜! おにーちゃんやおねーちゃんも待ちくたびれちゃってるみたいだし!」

「ちょ、いつからそんな話に『それじゃあレッツゴー!』だから人の話を聞けっての!」

 

 

 僕の苦し紛れの制止も聞かず、日菜は力任せに僕を連れて自身の家へと走って行った。そしてその場に残ったのは、目の前の急展開に状況が上手く呑み込めていない彩とちーちゃんの二人だけとなってしまったのだった。

 

 

 そしてこれを受けて、二人の中での共通認識として出来上がった物があったのは言うまでも無かった。

 

 

『絶対に日菜ちゃんだけには、颯樹くん(ダーリン)を任せては行けない……!』

 

────────────────────────

 

「着いたよ〜!」

「ひ、日菜……少し、休ませて……割とこっちは全力で走ったから、息切れが酷いんだけど……」

「そんなの知〜らないよ〜だ!」

 

 

 芸能事務所にて、パスパレの初めてのレッスンが終わって数十分後……僕は日菜に連れられて、とあるマンションへと来ていた。僕の記憶が確かならば、ここに日菜の家があったはずだが。

 

 そう考えながらも彼女の後を追い、階段を使ってその場所まで向かう事になった。

 

 

 普段から運動などは欠かさずにやっているが、ここまで力の差を感じる場面は早々無かった。むしろ、男子と女子では基本的な体力の付き方が違うので、日菜よりも劣ると言う事が想像出来なかった。

 

 だからかもしれないが、駆け足で登って息があがり掛けている僕と、ケロッとした顔で此方を見上げている日菜を見ていると、一種の情けなさすら見えてしまうのが事実だ。

 

 

 そんな事知った事では無いと言った様子の日菜は、一目散に階段から少し奥側にあるドアの前まで行くと、ポケットから鍵を出して鍵穴に差し込んで回した。

 

 そして開錠音が聞こえると同時に、ドアノブを捻りながら中に入ってこう言い放った。

 

 

「おねーちゃん、 おにーちゃんただいまー! さっくん連れてきたよー!」

「日菜、靴は揃えてって……お邪魔します」

 

 

 自分の家に帰って来た事が余程嬉しいのか、日菜は靴を玄関で脱ぎ捨ててしまう始末だ。それを嗜めながら彼女の靴を並べて僕も挨拶をすると、中から紗夜と一人の青年が姿を見せた。

 

 そんな中での次の一言は、その青年から日菜に向けて掛けられる事になった。

 

 

「帰ってきて早々元気ですね……で、誰が来たって?」

「さっくん! さっくんが帰って来たの〜!」

「さっくん……?」

 

 

 青年の言葉に対してそう返した日菜は、そそくさと自分の部屋に入ってしまった。その後視線は僕の方へと向けられる事になった。

 

 

 ……久しぶりだからな。向こうがどれだけ覚えてるのか分からない以上、先ずは名乗りますか。

 

 

「……えっと。久しぶり、洸夜。 盛谷 颯樹です。 日菜に言わせたら 『さっくん』 らしいけどね」

「え、颯樹……。本物……?」

「偽物が来る訳ない。 それは、洸夜が一番よく分かってるだろ?」

 

 

 僕の名前を聞いた青年───日菜と紗夜の兄である(過去に氷川家は三つ子なのだと聞いた事があったな)、洸夜は信じられないとでも言う様に目を丸くしていたが、僕はそんな彼に対して少し言葉を強めて現実を伝えた。

 

 

 洸夜とは小学校からの付き合いなのだが、きっかけは日菜による紹介を通して出会ってからだ。昔から日菜に何かある度に色々振り回されていたので、お互いに幼馴染や身内の事などで話を弾ませていた事がある。

 

 

 ……と言うか、すごく懐かしいな。まあ六年も離れていたらそう感じて当然だけど、その感覚が強くなっていくのは、少しずつ感覚を取り戻しているからだろうか?

 

 

「……紗夜、 ちょっと顔抓って」

「え、ええ……」

 

 

 未だに信じられない洸夜は、隣に居た紗夜に頬を抓るように頼み始めた。彼女は最初、兄である洸夜の頬を抓る事に躊躇っていたが、彼の口調が若干驚きを交えたものであった為、紗夜は恐る恐る洸夜の頬を抓る事にした。

 

 

「イタイイタイイタイ……あー、 夢じゃないらしいね」

 

 

 紗夜に頬を抓られた事で現実を知ったのか、僕の方に向かい合ってそう言葉を零した。……遅いよ、洸夜。まあ、何も言わずにここに来たから、びっくりするのは無理もないけどね。

 

 

「……改めて。 ただいま、 洸夜」

「ああ……お帰り、颯樹」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 今回より登場致します新たなオリキャラ……『氷川 洸夜』くんですが、彼は『板挟み』などでお馴染みの作家さんである、『希望光』さん作のオリキャラでございます。


 このお話を執筆するにあたり、discordでの通話などを通して相談をさせて頂き……許可を貰う事が出来まして、今回このような形での実現となりました。本当にありがとうございます。

 洸夜くんには主人公の幼馴染として、お話の中で色濃く関わって行って貰おうかと考えておりますので、楽しみにして頂けますととても嬉しいです。


 長くなりましたが、本日はここまでです。

 それでは皆様、いつ投稿されるかも知れない本格ですが、今年もよろしくお願いします。では次回に……待て、しかして希望せよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第九話

 皆様……おはこんばんにちは。日付変更まで時間が残されておらず、駆け足で最新話の制作をしております作者でございます。


 今回は前回からの続きとなっておりますが、全パートにてとあるキャラがメインです。割と本気で時間がありませんでした申し訳ないですm(*_ _)m

 それではスタートです。


「……結構買ってしまったな」

 

 

 氷川家にて六年ぶりの再会を済ませた僕は、洸夜たちからの頼みで、夜の街中へと出て買い物をしに来ていた。元はと言えば僕から頼み込んだ事なので、一人で何かをすると言う事に関しては特に何も気にしていなかった。

 

 

 むしろ、咎めたいのは出発前に此方をニヤケ顔で見ていた日菜の方だったりするのだが……あの様子だと始めから僕を働かせるつもりだったのか、と疑ってしまうのだった。

 

 

「まあ、これから一人暮らしをするから、それを鑑みての買い物と思えば何ら不思議も何も無いけど……」

 

 

 そう思いながら両手に重たい買い物袋を持ちながら歩いていると、通っている道の左手側の方に、一軒のコンビニがあるのが見えた。

 

 

「……やめた。この状況でさらに買い物をする気にはなれんよ。三人が待ってるし、今日は素通りさせて貰おう」

「えー、買っていかないのー? 今ならお客さんも少ないから、手早く終わると思うんだけどなー☆」

「そう言う訳にも行かないの。とりあえず、僕は人を待たせてるから」

「じゃあ……アタシが片方持ってあげる。ちょうど帰り道だったしさ、乗りかかった船なら乗らなきゃ☆」

 

 

 そのコンビニを横目に見ながら帰っていると、突如として左手に何やら握られた様な感覚があった。それに対して苦言を呈しはしたのだが、まるで聞く気が無い様な対応だった。

 

 ……はぁ、どこまで言っても聞いてくれない人も居たもんだ。僕としてはこの人に構ってる暇なんて無いんだが。

 

 

 その人は、優に腰まではありそうな長い茶髪をハーフアップにしていて、恥ずかしげも無く肩を全て出している、露出度が高めな服装をしていた。さらに両耳にはピンクの兎のピアスが着けられていて、一目で『ギャル』だとわかる人だった。

 

 それに、この人がさっき言っていた言葉の内容が少し気になる。……まさか、あのコンビニで働いてる店員さん? いやいや、そうだとしたら冗談だし、信じられるはずが無い。

 

 

「む、今失礼な事考えたでしょ。アタシ、見た目で勘違いされる事があるから慣れっ子だけど、健全な普通の女子高生です〜。更に言うなら、あそこはアタシのバイト先だし」

 

 

 ……なぜわかった?

 

 

「……何が目的なんですか? 金銭面に関してのお話でしたら、どうぞ他を当たって下さい。僕には関係ありませんので」

「だーかーらー、今から帰ろうとしてる所をキミが通りかかったから、もしアタシで良ければ手伝おうかなぁ、と思ってるだけなの!」

「そうだとしても、こんな夜更けにそんな申し出を受諾できるはずが無いでしょう。それに、初対面の相手にそこまでさせるのは申し訳無いというか」

 

 

 一向に引き下がる気の無いその女性に対して、僕は少し強めに言い返す事にした。さすがに人を待たせている都合上、この人と言い争っている時間がかなりの無駄となっている。そんな状況でここまで言われたのなら、此方もそれ相応の態度と言う物があるはずだ。

 

 

 ……と、思っていると。

 

 その人は僕から少し離れたかと思うと、肩に提げていたバッグの中を探り始め、それを取り出した後にある操作をし始めた。そしてそこに写っていたのは……僕の予想を遥かに超える物だった。

 

 

「これ、だ〜れだ♪」

「……っ!」

 

 

 その画面に写っていた物と言うのは、幼少期の頃の僕の写真だった。目の前に居る彼女が絶対に持ち得ない物であり、それは家族や幼馴染しか知らない姿だ。

 

 僕の驚く表情を見た女性は、次々に画面を横に弾いて写真を見せて来る。……やられた!

 

 

「アタシ、日菜からキミの話は聞いててさ……その時にグイグイと話されたもんだからね〜。キミに興味があって、何枚か譲って貰っちゃったんだ〜。ごめんね☆」

「……なるほど、発端はアイツか」

 

 

 僕は心の中で、その女性に写真を軽々しく送り付けた元凶へと怒りを飛ばす事にした。まあ、アイツに関して言うなら、この程度の事くらい何でも無い様に躱すのだろうが。

 

 

「あ……そう言えば、お互いに自己紹介をしてなかったんだった。アタシ、今井 リサって言うんだ。よろしくね☆」

「まあ、知ってるならあまり言いませんけど……念の為に自己紹介を。僕は盛谷 颯樹、よろしくお願いします。今井さん」

「そんな硬っ苦しくしないでよー。アタシとキミは同い歳くらいだろうから、敬語は無し!気軽にリサって呼んでよ♪アタシも『颯樹』って呼ぶからさ☆」

 

 

 そんなやり取りを済ませた後、僕はリサに買い物袋の片方を預けて歩き始めた。それを見た彼女は左手に買い物袋を持ちながら、僕の方を覗き込むように見て来た。

 

 

「ね、颯樹って好きな人とか居るの?」

「……何でそんな事を急に?」

「だってさ、見せて貰った写真に写ってたの……ほとんど幼馴染とか家族とか、あとはクラスの中で仲良くしてる子と写ってるのが殆どだったし。集合写真の類とかはあまり見なかったんだけど」

 

 

 リサからの質問を受けた僕は、少しどう返答するのかに困ってしまった。初対面でいきなりそんな不躾な質問をされるとは思ってなかったし、見ていただけなら何も感じる事なんて無かったはずだ。

 

 けど、混じりっけの無い興味津々と言った表情でこちらを見て来る彼女に、嘘を伝える訳には行かないと思ったのも事実だった。

 

 

「好きな人は居ないよ。むしろ、居たら厄介事に巻き込まれるでしょ?」

「厄介事って……。何かその言い方だと、過去に何かあったんじゃないの? それも颯樹の性格に大きく影響しちゃう様な何かが」

「別に。リサには関係無いから、この事は忘れてよ。僕だって思い出したくない事の一つや二つあるんだ……そんな極秘事項を初対面の人にズケズケと聞かれる筋合いは「颯樹ってさ、よく人から『かなりの頑固者』って言われない?」」

 

 

 僕は事実そのままをリサに話したのだが、あろう事か彼女からとんでもない指摘が飛んで来た。心做しかリサの視線が鋭利な刃物を思わせるかの様に鋭くなっており、気が着けば襟首を掴まれて顔が触れ合う寸前まで引き寄せられていた。

 

 

「アタシさ……自分で言うのもなんだけど、他の人より面倒見は良いと思ってるんだ〜。だから、そう言う颯樹の視線とか仕草とか……ぜーんぶわかるよ。これは自惚れとか自意識過剰でも何でも無いから」

「く、苦し……リサ……」

「離して欲しいなら、約束して。これから先……アタシの前では絶対に嘘をついたり、言い逃れをして逃げないで。そうしてくれたら、アタシはこれ以上颯樹のプライベートに首は絶対に突っ込まないし、何かあった時に颯樹の味方になってあげられる。でもね」

 

 

 僕からの苦し紛れの返答に全く耳も貸さず、リサは僕へ詰め寄った後にこんな言葉を掛けてきた。

 

 

「颯樹が嘘をついたり、何か言い逃れをしてアタシから逃げようとするなら、話は別。そしたら颯樹の事、一生アタシの傍から離れられない様にするから……覚悟してなよ?」

「……わ、わかった……わかったから、離して……」

「言質取ったからね? アタシの前では絶対に嘘ついたり、言い逃れをして逃げないで。その言葉、よく覚えておいてね」

 

 

 そう言った後に、リサは先程まで掴んでいた襟首から手を離して、拘束から解放してくれた。女の子が普段出せる力とは思えないほどの握力だった為、軽く意識が飛びそうになってしまった。

 

 

 ……や、やばい……。あんな事を言ってしまった以上仕方が無いけど、この人……怒らせると相当怖い!

 

 

「じゃ、片方持つよ♪ 買った食材が傷まないうちに早く帰らなきゃね☆」

「ちょ、ちょっと待って。僕は今、ある人から買い物を頼まれてるんだ。左手に持ってたのは確かに僕の方だけど、もう片方はその人の家に届けないといけなくて……!」

「それじゃあ、鍵と颯樹の家の場所を記した地図があったら、アタシに任せてくれると嬉しいな。大丈夫、鍵はちゃんとポストの中に入れておくし、家の中にある物は物色しないから☆」

 

 

 ……心底心配になるな、この人の対応を見てると。

 

 

「ん、颯樹。アタシの事で、さっき何か言った?」

「……っ、何でもないよ。何でも無い……何でも」

「そっか♪」

 

 

 ……めちゃくちゃ心臓に悪いぞ、さっきの質問と気迫のダブルパンチは……生きながらに地獄を見る所だった。出来ればこんなのはこれっきりにして欲しい所だが。

 

 

 そしてその後は、リサに家の住所を教えた後に鍵を渡す事で何とか事なきを得る事が出来た。先程の彼女の台詞を完全に信用する訳では無いのだが、変な使い方をされるよりは百倍マシだと考えた結果だ。

 

 ……まあ、僕としては未だ不信感マシマシなので、リサの言動などには逐一気を付けた上で、信頼出来る人に相談しようかとも考えるのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回にてプロローグは終了し、その次のお話より……主人公も新しい学校やお仕事等へと舞台を移して、CHAPTER1へと入っていきますので、何卒宜しくお願いします(完結の予定自体まだ立っていませんので、いつ終わるかは未定ですが)。


 それではまた次回です。

 それと……お気に入り登録して下さった方、本当にありがとうございます。この場をお借りしてお礼を申し上げさせて下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十話

 皆さん、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 ついに……長らくお待たせ致しました、パス病み本編の十話目を投稿致します。そしてこのお話をもちまして、全十話に渡りました序章を終了し、次回の更新より第一章へと突入しようと思います。


 そして今回のお話は、前回からの続きとなっておりますので、気になる方はぜひ前話を閲覧してから読んで頂けるとわかりやすいと思います。

 それでは、スタートです(今回はかなり急ぎ急ぎで書いたので、ややお届けする文章の中に稚拙な表現などが見受けられる場合があります。読む際はそこにご注意の上、ご覧下さい)。


「……そんな事があったのか」

「颯樹にしては珍しく帰りが遅いと思ったら、そう言う理由だったのね」

「……やっぱり、持つべき者は幼馴染だね」

 

 

 買い物からの帰り道で、バイト帰りのリサと一悶着あって暫くした頃、僕は夕食後の時間を使って、紗夜と洸夜に相談をしていた。そしてその隣では、日菜が頬擦りをしながら僕に抱き着いているので、好い加減拘束を解いて欲しかったりする。

 

 

 ちなみに、僕が今現在居るのは……氷川家のリビングである。そうなった事の発端はと言うと、日菜に強引に連れて来られた事が起因していて、ここで洸夜と再会出来たのは単なる偶然だったのだ。

 

 もし僕がキッパリ断れていたなら、この光景は有り得なかったのだが、何方にしても……この状況になったのだろうな、と割り切ってすらいる始末だ。

 

 

「偶然会ったとは言え、災難だったな……」

「本当だよ。それに、初対面の相手に対してあそこまでグイグイ行ける人なんて、早々居ないと思うけど」

「ええ、私も颯樹の意見に賛成。その今井さんや日菜が無警戒過ぎるだけね」

 

 

 そんな事を愚痴りながら話していると、日菜が食い付き気味に反論して来たので、僕は一声かけて大人しくさせる事にした。彼女のその無鉄砲さや明るく能天気な性格は、一体何処からそうなってしまったのだろうか、と思ってしまった。

 

 

 そうして暫く話していると、今度の話題は僕が帰郷する前の話へと移り変っていた。

 

 

「なるほどね……何処にでもそんなアホみたいな事をするヤツらが居たもんだ」

「まあ、僕としては良い経験になったけどね。ずっと東京に居たら狭い世界しか知らなかっただろうし、人の事を玩具としか思ってない人たちが居るって事がわかっただけ値千金だよ」

「さっくんは素直だもんねー。それも本っ当にわかりやすいくらいに『余計な事を言い出すのはこの口かー?』ふぉふぇんなひゃいぃ(ごめんなさい)~」

 

 

 僕がある程度の話をすると、洸夜は少々呆れた様な声音でその感想を述べた。それを聞いた日菜が、ちょっとばかし余計な事を言ったので、僕は彼女の両頬を抓ってお仕置をする事にした。

 

 ……まあ、日菜に関して言うなら、先程の事務所での一件もあったので、反論なんて出来るはずも無いのだけれど。

 

 

「そう言えばさー、さっくんって千聖ちゃんと付き合ってるの〜? 事務所のスタッフさんがかなり持ち上げてたけど」

「付き合ってない。ただの幼馴染だよ」

「そうなんだ〜。でもさ、さっくんなら彼女の一人や二人くらいは余裕で作れるはず」

「日菜」

 

 

 日菜がそこまで言った時、突如として洸夜から制止が入った。その隣に居る紗夜の表情を見ても、日菜が何か踏んじゃいけない地雷を踏んだ様な物であり、かく言う僕ですら少し気分が悪くなっていた所だ。

 

 

「なーにー?」

「お前、颯樹がなぜ彼女を作らないか、理由は知っていたりするのかな?」

「え? 単純に自信が無いから……とか?」

「違う。全く違う」

 

 

 ……どうして踏み抜くかな、聞かれたくなかった所を何でこうも的確に……!

 

 

「颯樹がそうなってしまったのには、キチンと理由があるんだ。けど、今のお前の姿を見ていると、それについて話す必要は無さそうだな。軽率に口を滑らせそうで怖いまである」

「……」

「もし颯樹のその理由を聞きたいと言うなら、今ここで俺と約束して欲しい。この先、どんな事があってもアイツを見捨てない……その先でお前がもし後悔したとしても、絶対に他人を怨んだり蔑んだりしないと」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、今まで笑顔だった日菜の表情が少し暗くなってしまった。それを見た僕たちは彼女には悪いとは思ったのだが、こればっかりは本当に興味半分で口外しては行けない事なのだ。

 

 もしも、ふとした時に口を滑らせてしまうなんて事があれば、それこそ一大事だ。だからこそ、日菜に対してあの様な言い方をしたし、洸夜もそう考えて念を押したからね。

 

 

 そして少しした後、日菜は洸夜の眼を真っ直ぐに見据えながら(その範囲にはキチンと僕や紗夜も居た)こう答えた。

 

 

「うーん、どうだろう。それは聞いてみないと分からないかなー。けど、あたしやお兄ちゃんやお姉ちゃんがさっくんの幼馴染って事実はその話を聞いても変わらないよね? なら、あたしは聞いてみたいな、さっくんの過去」

「……わかった。そこまで本気なら、話すよ」

 

 

 そう言って洸夜は、日菜に向かって話し始めた。

 

 一応、この事に関しては僕がその場に居た数少ない証人なので、彼と一緒に補足をしながら説明を行なった。

 

 

「……さっくんに、そんな事が……」

「日菜。お前が今聞こうとしていたのは、颯樹の闇を呼び覚ます物だ。その事で、アイツは深く傷ついたし、さっきお前も言った様に素直な性格が災いして、真実を打ち明けるタイミングが遅れてしまった。そんな事があったと知った上でその話を出したのなら、俺は妹であったとしても許す事が出来ないと思っている」

「……」

「日菜、分かって頂戴。颯樹は何も意地悪で教えなかった訳じゃないの。貴女の性格を知った上で、敢えて言わなかったのよ」

 

 

 話を聞いたばかりの日菜は、そんなの信じられないと言った様な顔をしていたが、直ぐ様先程聞いた内容を思い返していた。事実、僕も二人に打ち明けた際には同じ様な注意をした上で話したから、日菜にはあまり洸夜と紗夜を責めないであげて欲しいが。

 

 

 そして少しだんまりした状況が続くと、その沈黙がとある一つの音によって途切れた。

 

 

「……さっくん」

「何、日菜……て、ちょっと!?」

 

 

 短く言葉を発した日菜は、僕の渾名を呼ぶや否や右手を掴んで引っ張り始めた。それに連れられて行くしか無かった僕は、彼女の後を付けて行く事になった。

 

 

「日菜! 貴女はまた勝手に『やめろ』兄さん……」

「アイツはアイツなりに思う所があったんだろ。ここで俺たちが何か言っても、返って逆効果になる可能性が高い」

「でも、颯樹はあんな体験をした……それを日菜も聞いたはず『だからだ』?」

「だから日菜は、自分の今出来る精一杯のやり方で伝える事にした。だからこそ、颯樹をわざわざ連れていく真似をしたんだ」

「兄さん……」

 

 

 その様な会話が裏で行われていた事は、僕たちの知る所では無かったのだが。

 

 

「……入って、さっくん」

「え?ここって……日菜の部屋じゃ「良いから」」

 

 

 日菜の先導を受けて僕がやって来たのは、日菜の部屋だった。この様なプライベートルームに入るのは少し気が引けたのだが、彼女からの一声を受けて、僕は中に入る事にした。

 

 

「日菜、今のは一体何」

「さっくんってさ、直ぐに言えば良い事をひた隠しにするよね。迷惑をかけたくないって最もらしい理由をつけて」

「……だから?」

 

 

 僕が彼女の方を振り返ったその時、彼女は後ろ手でドアの鍵を締めながら問い掛けて来た。部屋の中は暗く、お互いの姿も見えないので日菜の表情やら何も分からないのだが、言葉を聞いているだけでも、かなりトゲがある事がわかった。

 

 

「あたしはね、さっくんと関わり始めてからすっごく楽しいんだよ。めくるめく毎日がるんっ♪てして、この時がずっと続けばいいのに……なんて思ってしまう程には」

「……そうか」

「でも、なんで隠すの? 直ぐに言えば対処出来たかもしれない問題を、そうやって大事になるまでひた隠しにしてさ。さっくんにとって、あたし達って結局そんな存在だった?」

 

 

 日菜から発せられる言葉が次第に強さを増して行き、気づかない間に彼女のベッドまで押し寄せられていた。その瞳は光を写しておらず、僕が今までに見た事が無い顔だった。

 

 

「違うよね? あたし達は幼馴染……辛い事や苦しい事も全部共有し合う、かけがえの無い特別な存在だよね?」

「それには変わりないし、これからもそれは同じだと思ってるよ」

「だったらさ……」

 

 

 そこまで言われた後、ふわっと何かで包まれる様な優しい感覚に見舞われた。その正体を確認してみようとすると、いきなり声が掛けられた。

 

 

「もっとあたし達を頼ってよ。何かあったら直ぐに言って欲しい。幼馴染ならこれくらい当然でしょ?」

「……悪い、心配かけた」

「なんでそういっつも一人で抱え込むかなぁ……あたしがさっくんの事を放っておけないの、分かってる癖に」

「……日菜?」

 

 

 日菜はそう言った後、僕をもう一度抱き締めながら言葉を続けた。

 

 

「……あたし、さっくんが好き。一人の男性として」

「……ごめん、今その気持ちには答えられないよ」

「わかってる。帰って来たばっかりだもん。けど……あたしはどんな手を使ってもさっくんを手に入れるよ? 他の女の子なんて目に入らないくらいに」

 

 

 

 ……ここまで言うかよ、普通。けど、彼女にそう言わせてしまったのは、僕なりの甘さが招いた結果。なら、ここからどうするのかはこれからを過ごす中で決めようかな。

 

 

「日菜、その答えに関しては纏まってから」

「うん! あたしはいつでも待ってるからね!」

 

 

 そう話をつけて、洸夜と紗夜の待つリビングへ二人で戻る事にした。日菜の部屋で何があったのかを説明した後、僕は夕飯をご馳走になった礼を伝えて、自宅へと帰宅する事にした。

 

 

 ……だが、この時の僕は未だ知る由もなかった。

 

 僕の知らない間に、周囲を取り巻く環境が大きく変化している事に。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 前書きでもお伝えしました様に、次回の更新より第一章へと突入しようと思います。序章ではまだ登場していない原作キャラも出す予定なので、楽しみにお待ち下さいませ。

 それでは、また次回です。


 そして最後に……この度は、更新が遅れてしまい大変申し訳ありませんでした! 普段からツイートで更新予定などはお伝えしているのですが、今回は想像以上に時間を要してしまいました!本当に申し訳無いです(´;ω;`)

 今回のこの更新で罪滅ぼし、とは絶対になる訳がありませんが……小説の執筆自体を忘れていた訳ではございませんので、そこはご勘弁頂きたいです。



 改めましてにはなりますが、この度は小説の更新を長らくお待たせする形となってしまい、大変申し訳ありませんでした! 不定期更新が続く現状ではありますが、失踪しない様にコツコツと書いていく所存ですので、これからもよろしくお願いしますm(_ _)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第一章
第十一話


 皆様、おはこんばんにちは。

 どうも……お久しぶりです!長期の休暇より只今戻って参りました、咲野 皐月でございます。ここ暫く執筆のモチベーションがなかなか戻らず、番外編にコラボにと書いてましたら、もう気づけば12月……早いわぁ!


 とま、そんな戯言はさておいて。

 今回は本編の最新話をお届けします。そして……作者は病み上がりなので、多少の誤字などは目を瞑って貰えると幸いです。


 それでは……スタートです。


「〜♪」

 

 

 私の愛しい彼──颯樹が帰郷して数日が経ち、お仕事やパスパレのレッスンも、滞り無く順調に軌道に乗り始めてきたこの頃……私は朝早くに彼の家を訪れ、キッチンを借りてお弁当を作っていたわ。

 

 

 颯樹とは小さい頃からの幼馴染で……彼のご両親とは家族ぐるみで付き合いがあったから、度々食卓を囲む事も少なくなかったわ。その事もあって、彼の家の中の何処に何があり、彼が何を好むのかは、私の頭の中に全部入っている。

 

 最も……離れ離れになって6年経ったから、今も変わらぬ味や食の好みをしているのかどうかは、少し怪しい所ではあったけれど。

 

 

「ダーリンとまた同じ学校に通えるなんて……神様も粋な事をするじゃない?」

 

 

 ……颯樹は、絶対に渡さないわ。例え、それが同じバンドメンバーであっても……もっと言うのなら、親友の花音にもね。

 

 

「……よし、これで良いわね。彼の為に朝ご飯を作るなんて、ぶっつけ本番でやって見たけれど、最初にしてはなかなか良いんじゃないかしら」

 

 

 私はそう言って、白いお皿に盛った卵焼きやサラダに味噌汁をテーブルの上に置いた後に、前日の間に彼が準備しているであろう、炊きたてホカホカのご飯をお茶碗に装い、お箸と一緒に配膳したわ。

 

 そしてその向かいに、先程彼に用意した物と同じ物を置き、自分の着ているエプロンを畳んで、彼から見て斜めにある椅子の上に置く事にした。

 

 

「……時間はもうすぐ6時、当初の計画通りね」

 

 

 頃合だと思い時計を見た私は、テーブルの直ぐ傍にあった階段を登り、二階にある颯樹の部屋へと向かったわ。ここは彼が元々住んでいた家……言い換えれば、お互いに小さい頃よく遊んでいた場所。で、あるのなら。

 

 

「ここね。あの時と同じなら」

 

 

 私はそう呟いた後、部屋に建付けられているドアノブを回して、彼の部屋の中に入った。カーテンは閉め切られていて全体の明かりは暗かったけど、部屋の主である彼が寝ているのは直ぐに分かったわ。

 

 

 ……ふふっ、いつまでも変わらない……良い寝顔。このまま許されるのならば、一思いに奪い去ってしまいたい……彩ちゃんたちの目が届かない、私だけのアナタとして。

 

 でも、今はそこまで欲張らないわ。まだ帰って来たばかりで、それを感じる余裕すら無いでしょうから。貴方には時間をかけてゆっくり思い出させてあげる……そして、身体と心に確り消えない様に刻み込むの。

 

 

「……私はアナタのモノ、アナタは私のモノ。それをこれからたっぷり教えこんであげるから、覚悟なさい?」

 

 

 そう言った後に頬へ軽くキスを落とし、私は彼が起きるまで傍で見守る事にしたわ。……そして少し時間が経った、その瞬間。

 

 

(〜♪(BGM:『しゅわりん☆どり〜みん』))

 

 

「ん……あ、アラーム止めなきゃ……」

 

 

 自分の枕元に置いてあるスマホから鳴る……事前にセットした目覚ましのアラームを止める為に、颯樹は身体を起こしてスマホを操作しようとしたわ。まだ目が若干寝惚けている所を見るに、さっきまで夢現な状態だったのね……なら、これが効果覿面ね♪

 

 

 少しスマホを拝借して……右側にスワイプ♪

 

 

「アラームは止めておいたわよ、ダーリン♪」

「あ、ありがとうちーちゃん……え?」

「おはよう、颯樹♪ 気分はどうかしら?」

 

 

 私から言われた言葉に対して、颯樹はしどろもどろになって、返事をどう返そうか迷い始めたわ。

 

 

 まあ……無理も無いわよね。防犯の為に家の戸締りだって確りしていたし、寝坊しない様に事前にアラームをセットしてから就寝した……その上、朝起きてから早く準備できる様に、炊飯器のタイマーセットまでしていた。

 

 ここまで用意周到にしていたのに、いざ蓋を開けてみたらこの有り様。驚かない方がおかしいわね。

 

 

「……な、なんで……ちーちゃんが、ここに……?」

「愛しいダーリンの姿がいち早く見たくて、お母さんに承諾を貰って、色々と準備をして待っていたのよ♡」

「は、はぁ……さいですか。それじゃあ、朝の支度をするから少し離れてくれるか『ちゅっ♡』んっ……!?」

 

 

 颯樹からの質問にそう答えた私は、彼が布団から出てくるタイミングを見計らって、勢い良く唇を奪ったわ。もっと濃密で激しいのをやりたいと思うけれど、今は朝方……彼も私も学校がある。

 

 だから、今はここまで。本当のお楽しみは、一日が終わった夜まで取っておく物……そうでしょう?

 

 

「んはぁ……」

「ち、ちーちゃ……」

「朝のお目覚めのキス、ご馳走様でした♪ 朝ごはんは既にできてるから、洗顔と着替えが終わったらリビングまでいらっしゃい♪」

「……あ、うん……了解」

 

 

 颯樹との朝の挨拶を終えた私は、彼にそう言って部屋を出て、階段で一階へ降りる事にしたわ。実の話、颯樹が着替える瞬間も見ていたいのだけれど、そう言うのはもう少し関係が進んでから。

 

 

 何事もタイミングと言う物があるし、何も考えずにそれをしようものなら、颯樹からかなりキツイお説教を受けてしまう……それだけは何としてでも避けないと。

 

 で無ければ、私は彼の未来のお嫁さんとして高々と名乗れないもの!

 

 

「あのー、こっちまで聞こえてるんだけどー?」

「あら、ごめんなさい♪」

 

 

 ……コホン。取り敢えずは、一階に降りて彼の着席を待たなきゃ。今日からまた一緒に通学路を歩くもの……恥ずかしくない私で居なければ。

 

────────────────────────

 

「ふふっ♪ これぞ、幼馴染の特権よね♡」

「あのねちーちゃん。誇らしく最もな事を言っているみたいだけど、絶対に違うからね? 自宅を出発してからずっと右腕を絡めたままの若手女優が何処に居るんですか」

「私よ♪」

「聞く気無し!?」

 

 

 朝ご飯や学校に行く支度を済ませた私たちは、花咲川学園へと続く通学路を歩いていたわ。隣で歩いている颯樹から少し苦言を貰ったけど……私は絶対にこの状態をやめるつもりは無いわよ? だって貴方の温もりが心地好くて、離れようにも離れられないんですもの♪

 

 勿論、学校に着いたら離れないと行けないけど、通学中のこの時間くらいは、流石に目を瞑って欲しいと思うのが本音かしら。

 

 

「颯樹♪ さーつーき♪」

「あー、ハイハイ。このままで居て良いけど、学校に着くまでだからね」

「さすが、話がわかるわね♡」

 

 

 少し腕を絡ませる力を強めたら、流石の颯樹も観念したのか、学校までの条件付きで承諾を貰う事が出来たわ。それじゃあ失礼して、着くまではこうしてようかしら♪

 

 

「ねぇ、颯樹?」

「ん、どうしたの急に」

「私と久しぶりに登校出来てる感想を聞きたいわ♪」

「……本気で言ってる?」

「あら、私は冗談で頼み事をする女じゃないわよ?」

 

 

 私がそう答えると、颯樹は少し戸惑った様子で考え始めたわ。この時の彼は真面目に考えている時と私に迫られてる時で反応が違っていて……前者だと眉が逆八の字をしているのがその証拠で、後者はその逆。

 

 だからこそ見ていて楽しいし、ふとした時にからかいたくなって来るのよね♪

 

 

 

「んー、何だか懐かしいかも。昔に戻ったみたいで」

「そうね。でも、これからはずっと一緒なのだから、少しは気を緩めても良いんじゃないかしら。 今のアナタ……すごくピリピリしてるわよ?」

「え、嘘」

「本当よ。……えいっ」

 

 

 そう言って私が身体を寄せると、颯樹の顔が傍から見ても分かりやすいくらいに赤くなって行ったわ。ふふっ、こんな事で恥ずかしがるなんて……身体は確り大きくなっていても心はまだ子供のままなのね♪

 

 

「な、な……何してんのさ街中で!」

「何って、貴方のその強ばった表情を解しただけよ?」

「だからって、ここでそんな事をしなくても……」

「なら、人目に晒されながら濃厚なキスでもされたいのかしら?『それだけは勘弁してくださいお願いします』はい、よろしい♪」

 

 

 私がこうして詰め寄ると、思わず面食らって恥ずかしくなるのも相変わらず。颯樹自身は、私よりも何もかも成長したと思っているけれど……実際はまだまだ初心な所も残ってる。

 

 

 常に貴方の傍に居る私であっても、こんなに狼狽えて顔を真っ赤に出来てしまうのだから……彼がいざ外に出た時がとても大変。貴方の様な純粋な人が私の様なサポートも無しに世間に出て行くと、立ち所に他のオンナが直ぐに寄り付いて、あの手この手で颯樹の事を陥落させて行くに違いない。

 

 そして仕舞いには、彼の全てを欲する所まで行ってしまうかもしれない。……それだけは、何としてでも回避しないといけないわ。例え全てを敵に回しても、私は颯樹を守るって決めたもの。

 

 

「ねぇ、颯樹……いえ、ダーリン?」

「あのー、外でその渾名はやめてくんないかな。結構小っ恥ずかしいんだけど」

 

 

 颯樹が私の方を振り向いて答えた……今よ。

 

 

「んっ……」

「!?!?!?!?!?!?」

 

 

 これは家に帰ってからと決めていたけれど……貴方の可愛い顔を見てたら、もう我慢できなくなっちゃった。いきなりキスをされて目を見開いてるけど、そんな事は私にとっては些事と同じ。

 

 

 ……貴方は誰にも渡さない。私の、この今まで生きて来た全てを失おうとも。全力で守り抜いて、永遠にずっと貴方の傍で寄り添って行きたい……それが私の願い。

 

 

「んっ……はぁ……」

「えっ、ちょっ……」

「私は、何があっても貴方を守るわ。その為ならば何でもする……だから、私に全てを預けて欲しいの。私も自分の全てを貴方に預けるわ、それは変わりない」

「え? え?」

 

 

 周りを歩く人がどよめき立っているけど、今この至福の時間を邪魔される筋合いは無い。ならば、このタイミングで言い切るわ。

 

 

「……私の傍から一生離れないで。例えこれから何があったとしても、私の所に戻って来て。必ず、絶対に」

「……あ、はい。わかりました」

「ふふっ、言質は取ったわよ? 私を貴方のお嫁さんにしてくれるまで、絶対に諦めないからそのつもりでね♪」

 

 

 

 私は彼にそう言いきって、もう一度颯樹の右腕と自分の左腕を組ませて歩き始めたわ。ちょっとだけ彼には申し訳ない事をしたと思うけれど、これだけは譲れない。

 

 

 ……今に見てなさい、彩ちゃん。

 

 貴女がどれだけ颯樹の事を好きで好きで堪らなくなったとしても、絶対に私は彼を渡す気は無いわ。泣いて頼んで来たって結果は変わらない……幼馴染の私から奪えるものなら、奪ってみせなさい。全力で阻止してあげるから。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の投稿日は未定ですが、成る可く間隔を開けぬ様努めます故何卒ご了承くださいませ……



 それでは、また次回です。

 最後にお知らせですが、丸山彩生誕祭記念回の合同企画小説の参加申し込みを……昨日の23時59分59秒を以て締切と致しました。これから暫くは提出期間となりますので、各々の考案した自信のある作品をぜひぜひ持って来て貰えたらと思っています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十二話

 皆様、おはこんばんにちは。

 数日前に漸く一話を書き上げたのに……思いの外筆が乗ってしまって、調子に乗って書いてしまいました咲野です。次回も早ければまた数日中に投稿できる、かどうかは未定ですが、今年中に最低でも何話かは進めようと思います。


 それでは、本編スタートです。

 今回よりオリジナルキャラクターがまた新しく3人登場しますので、今回は軽く名前を覚えて貰えると嬉しいです。


 通学路を行く途中で起こった出来事の後、僕たちは何とか遅刻する事無く花咲川学園に到着した。校舎内に入って別行動をするまで、その所々に居た女子生徒から黄色い悲鳴が聞こえてきたのだが、それは千聖にとっては我慢ならない物らしく、絡ませる力を強めて来ていた。

 

 

「それじゃあ、私は先に自分の新しいクラスに行っているわね。後で会うとは思うけれど、一旦ここまでかしら」

「うん。じゃあ、また後で」

「ええ」

 

 

 そう言って僕たちは別々になり……千聖は自分の新しい教室へと向かい、僕は事前に来る様にと指示を受けている、理事長室へと向かう事にした。

 

 

「……ここだったね。いざ」

 

 

 僕は短く意気込むと、理事長室のドアをノックしようとした。今年から新しく制服として着用している、茶色いブレザー(女子生徒は同じ色でセーラー服)も校則通りに着れていると思うので、苦言は貰う筈が無いと思っているのだが。

 

 

 そう思っていると、何処かから声が掛かった。

 

 

「ん、そこに居るのは編入生か」

「はい、そうですけど……」

 

 

 僕は今向いていた所から左手の所を向き、その呼び掛けへと答えた。するとそこに居たのは、レディース用の黒のスーツを着こなした女性教師だった。先程から当たる視線がかなり鋭い物なので、初めてこれを受けた人は苦手意識が生まれそうだ。

 

 

「悪いな。今、理事長は留守にしている。代理として私が応対する事になっている」

「そうだったんですか……」

「……つかぬ事を聞くが、盛谷 颯樹だな?」

「はい、そうです」

 

 

 その先生は僕の名前を軽く呼ぶと、隅から隅まで目を通し始めた。後で話を聞いてみたのだが……どうやら生徒会の担当をしているとの事らしく、今来ている生徒が本当にここの生徒か、加えて容儀はキチンと整っているか、等を確認していたみたいで。

 

 そうして一通り見終えると、一つ頷きながらこう続けて来た。

 

 

「なるほどな。お前がここに来る事や人物像等は事前に知っていたが、確かに。これは白鷺からの猛プッシュがあったのも納得だ」

「そ、そうなんですか……え、千聖が、ですか!?」

「なんだ、聞いてなかったのか? お前がここに転入して来る事は知っていた。だが、それはあくまで一部の生徒と教師陣のみ。そうなった理由は、白鷺から事前に頼まれていたんだ。『私の幼馴染を……颯樹を、この花咲川に通わせて頂く事はできませんか、なるべくこの事は内密にお願いします』ってな」

 

 

 ……あー、ちーちゃん、僕の知らない所でそんな事を言ってたのか……それなら納得だけど、後でたっぷり事情聴取はさせて貰うからね。

 

 

 

「自己紹介が遅れたな。私は長瀬(ながせ) 千冬(ちふゆ)。今年から2年A組のクラス担任と数学の担当教諭を受け持つ事になった。よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「うむ。さて……先ずはお前の所属クラスだが、2年A組になっている。一年間確り面倒を見てやるからそのつもりで居る様に」

 

 

 そう言って千冬先生は、自分の右手をスッと差し出して来た。それを僕は少々戸惑いながらも受け取り、握手をして返した。

 

 

「さて、軽く挨拶を済ませた所で……次に。今から始業式がある。荷物は職員室に預けて構わない、そのまま向かうぞ」

「あ、わかりました『ここまでありがとうございます、長瀬先生。あとは私が引き継ぎます』わかりました、理事長」

 

 

 突如として聞こえた理事長の言葉に、千冬先生は短く返事をしてその場を去って行った。クラス担任を務めるとの事だったので、生徒の体育館への誘導係もするのだろうとこの時に察する事となった。

 

 

 そう思った後に後ろを振り返ると、白を基調としたレディース用のスーツに身を包んだ姫野理事長がそこに立っていた。どうやら先程まで式の準備を手伝っていて、その帰りに僕と千冬先生を見掛けたらしく。

 

 少し困り眉をしながらも微笑んだ理事長は、気を取り直すと、僕にこう問い掛けてきた。

 

 

「では、盛谷くん。今から始業式の行なわれる体育館に向かいますが、準備は出来ていますか?」

「……はい、もちろん出来ています」

「わかりました。それでは、案内しますね」

「よろしくお願いします」

 

 

 そう言って僕と理事長は、これから始業式がある体育館へ向かう事となった。そこでもやはりと言うべきか、女子生徒からの好奇な視線に晒される事となったのだが、大事な式典だと言う事で、最悪の事態は何とか回避出来ていた。

 

 

 始業式を終えた後の感想としては……生徒席から何やら期待の眼差しで見て来ている人や、今にも声を挙げたくてウズウズしてる人等が見受けられ、この後に控えるクラスでの自己紹介タイムを警戒する事となってしまった。

 

 まあ、スピーチに関して言わせて貰うなら、自分なりに上手く言えた……と思う。と言うのも、今までが共学の学校が多かった為、自分以外全員女子のアウェー感に悩まされるのが地味に辛かったのが本音だ。

 

 

 そんな事を考えながら体育館からの道を戻ると、職員室の前に千冬先生ともう一人の女性の先生が立っているのが見えた。

 

 

「ああ、盛谷。始業式はお疲れ様だったな」

「本当に疲れましたよ……これが元女子校の空気感なんですね、今までよりも数倍疲労感が来ました」

「無理も無いな。だが、じきに慣れる。取り敢えずはここに慣れろ、そこからだ」

「はい。それと……其方にいる方は?」

 

 

 僕がそんな事を質問すると、隣に居た女性はペコリと頭を下げてから自分の名を名乗り始めた。見た感じは優しそうな印象を受け、カウンセラー等の立ち位置に居そうな方だとは思ったのだが。

 

 

「初めまして、盛谷 颯樹くん。私は2年A組の副担任で現国を担当する事になりました……佐倉(さくら) 陽茉莉(ひまり)と言います。実はつい先程、盛谷くんに関してのお話を伺って居た所なんですよ」

「そうでしたか……これからよろしくお願いします」

「佐倉は今年着任した新任の教師でな、スクールカウンセラーの資格も持っているんだ。何か学校生活で困った事があったら、遠慮無く彼女を頼ると良い。勿論私でも構わんが、相談先は佐倉の方が適任だぞ」

 

 

 ……なら、困り事があったら極力佐倉先生を頼る事にしようかな。その方がわかりやすい気がする。

 

 

「じゃあ、今から教室に向かう。クラスに着いたら、私が先ずは生徒全員に連絡事項を伝える。その後に合図を出す……それと共に入って来い。呼ばれるまでは一人で気が散ると思うが、安心しろ。隣には佐倉が居るからな」

「私も初めての赴任先なので、盛谷くんとは同じ立場ですね。お互いに協力しあって頑張りましょう」

 

 

 千冬先生からの指示を受けた僕は、二人の先生の先導と共に自分の教室へと向かった。そして引き戸の前まで着くと、打合せ通りに千冬先生だけが中へと入り、教壇に立ってSHRを行い始めた。

 

 ……すごい、みんな静かに話を聞いてる……僕の前居た所はHRの時ですら真面に話を聞いてた人が少なかったぞ。

 

 

「すごいですよね……千冬先生って」

「そうですね。一言話し始めるだけで、クラスの生徒全員が集中して耳を傾けてるんですから」

「ですね。……あ、合図が出ましたよ」

「……あ」

 

 

 佐倉先生と話をしていると、千冬先生から掌を軽く丸めて手前へと引く動作が見られたので、僕は佐倉先生に軽く頭を下げてお礼を返し、教室の中へと入って行った。

 

 

「騒ぎたい気持ちは分かるがまずは落ち着け。盛谷からの自己紹介が終わった後に質問タイムを設ける。各々聞きたい事があったら、その時間を使って何なりと聞くが良い。さ、後はお前の出番だ」

 

 

 そう言って千冬先生は出入口の壁に凭れ、腕を組んで教室全体を眺める態勢に入った。そしてその外では苦笑いをしながらサムズアップをする佐倉先生が目に入った為、僕はひとつ深呼吸をしてから、自己紹介をする事にした。

 

 

「僕は盛谷 颯樹と言います。以前は長崎県の公立高校に居ましたが、一人暮らしをする事を機に東京へと戻って来ました。元女子校と言う不慣れな環境下ではありますが、皆さんと一緒にこれから頑張っていきたいと思います。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」

 

 

 そう自己紹介を終えると、案の定と言うべきか、教室中の至る所から質問をしたい旨の手が挙がり、僕は矢継ぎ早に放たれる質問の数々に答える事となった。中には見知った顔も居て、入る時以上に疲れてしまったのは言うまでも無い。

 

 

 ……と言うか待て? 彼処で手を挙げてるの、もしかしてちーちゃん? 余計な火種を巻いてしまわないか心配になるけど……どうなんだろう……信じていいのこれ、凄く不安。

 

 そして一通り回答が終わると、長瀬先生がもう一度教壇に立って僕に自分の席の場所を示した。

 

 

「盛谷の席は……ああ、出席番号が一番最後だから、外が見える窓際の席だ。覚えやすくて良いだろう」

「そうですね、覚えやすいです」

「よし。じゃあ、前の席が松原……隣が水澄になる。しっかり顔合わせは済ませておけ」

「わかりました」

 

 

 そう言われて僕は、机と机の間にある通路を通って、自分の席へと向かった。 そうして席に着いた頃合で、ふと声が掛けられた。

 

 

「久しぶりですね、颯樹。覚えていますか?」

「えっ……」

「無理もありません、実に6年ぶりです……私の事を忘れていてもおかしく無いでしょう」

「め、面目無い……」

 

 

 ……何だろう、ここ最近直ぐに心の中を言い当てられてる気がしないでも無い。まさか、僕が離れてる間に全員読心術でも身に付けたのか……?

 

 

水澄(みすみ) 千歌(ちか)です。改めて、お久しぶりです。急に転校するなんて話が挙がったので心配していましたが……ここでまた再会できるとは、思いもしませんでした。またこれから、よろしくお願いしますね」

「ああ、こちらこそよろしく。それと……松原さん、だったよね。これからよろしく」

 

 

 僕がそう声をかけると、前の席に座っていた水色の髪をサイドテールにしている少女……松原さんは少しビクッとしながらも、僕の方に向いて挨拶をして来た。

 

 

「ま、松原(まつばら) 花音(かのん)と言います……これから、よろしくお願いします……あれ? 貴方って、確か千聖ちゃんがよく話してくれていた……」

「と、言うと……千聖の友達?」

「あ、そうです。千聖ちゃんは私の親友なんです」

 

 

 松原さんの返答を聞いた僕は、ふと思って教室の中央付近に居るちーちゃんを見る事にした。すると、彼女はゆっくり微笑むと、僕にだけ聴こえる音量でこう言って来た。

 

 

『花音は信じて大丈夫よ。私からある程度の話はしてあるから、気兼ね無く名前で呼んであげて』

 

 

 ……ほんと、僕の幼馴染はいつの間に心を読める様になったんだか分かりやしないよ。

 

 

「なるほどね。僕の事は名前で良いよ、僕も松原さんの事は『花音』と呼ぶからさ」

「あ、良いんで……良いの? それじゃあ、これからよろしくね……颯樹くん♪」

「こちらこそよろしく、花音」

 

 

 そんな挨拶を済ませた所で……千冬先生が佐倉先生を呼んで、紹介を始めた。佐倉先生自身、この花咲川学園には来たばかりなのだが、過去に共学の高校を2校経験しているとの事で、スラスラと自分の名を名乗っていた。

 

 そうして佐倉先生の自己紹介が終わると、千冬先生が軽くひとつ息を吐いて、こう言い放った。

 

 

「さて……これから一年間、君たちの担任として関わるつもりだが、私は全力でここに居る全員の学校生活のサポートをさせて貰う。その際、手加減無しで事に当たる為覚悟しておく様に。良いな? わかったなら返事をしろ、分からなくても返事だ。良いな」

『はい!』

 

 

 その一言を受けた僕たちは、短く返事を返した。

 

 これは後で思った事なのだが、この形式って軍隊とかがその形に近いんじゃ……と思っていたら、それから一分後に出席簿で頭を叩かれた。解せぬ。

 

 

 その後は質問し足りなかったクラスメイトから絡まれる事態こそあったものの、予鈴のお陰で事無きを得ていた。さーて、これからどうなるやらね……頼むから、平穏無事に過ごさせて欲しい物だよ全く。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回はかのちさにスポットを当てた話か、千歌との絡みを書こうか検討中ですので、投稿完了まで今暫くお待ちください。書き上がった方を先に掲載しようと思います(その後はパスパレPartの予定です)。


 それではまた次回。次回もよろしくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十三話

 皆様、おはこんばんにちは。またまた最新話投稿から数日しか経ってねぇじゃねぇか!な状態の咲野 皐月です。いやー、小説を執筆するのって楽しいですね(ならもっと書いてたでしょ)ハイ、マッタクモッテソノトオリデス...(lll-ω-)チーン


 今回は前回の続きとなりまして……かのちさとの一時をお届けしようと思います。前回のお話で無事に顔合わせと自己紹介を終えた主人公と花音さんですが、果たして今回はどうなるのか……?


 それでは、本編スタートです。


「ふふっ、颯樹くんはそんな子だったんだ〜」

「ええ、まさに目に入れても痛くないくらいよ♡」

「……何でこうなった」

 

 

 始業式や実力テストの一部を終えた僕たちは、中庭でお昼ご飯を食べていた。この学園は内部生と外部生と言う区分がどうやらあるらしく、前者は中等部からエスカレーター方式で高等部に進学した者を指し、後者がそれ以外なのだとか。

 

 

 そして、その内部生曰くになるのだが……『中庭で食べるお昼ご飯は最高で、昼休みなどの休憩時間はそこに集う生徒が多い』との事なので、午前の授業を終えるチャイムが響き、荷物を持ってそこに向かおうとした矢先に、冒頭の始末である。

 

 その時に聞いたのだが、花音は極度の方向音痴と言われる質らしく、常に誰かに手を引かれないと目的地に着けないとの事で。

 

 

 ……全く、そう言うのは先に言って欲しかったな。

 

 

「あら、私の居る所には必ず貴方が居る……そして、貴方の事を花音が知りたがっている。これ以上に何が必要なのかしら?」

「ふふっ、私は大丈夫だよ♪ 本人から聞ける事だって多いし、それにこれから仲良くしていきたいと思ったから……じゃあ、ダメ……かなぁ?」

 

 

 ……うっ、その涙目が一番弱いんだよな……。

 

 

「いや、全然構わない。僕も花音の事はよく知っておきたいし、僕が居なかった頃のちーちゃんについても聞きたいからね」

「ち、ちーちゃん……って、千聖ちゃんの事?」

「ああ、そうだった。うん、千聖の事で合ってるよ。昔からの癖でさ、この呼び方がなかなか抜けないんだよ」

「そうなんだ……」

 

 

 花音の涙目に負けた僕は、三人での昼食会に参加する事にした。多少理由が強引な気がしないでも無いのだが、変に断って花音を泣かせてしまうよりは、この方が得策だったりするのが現状だ。

 

 そこまで話していると、今度はちーちゃんの話に移り変わった。

 

 

「へぇ……花音は最初、ちーちゃんに揚げパンを渡そうとしてたんだ」

「う、うん……いきなりぶつかっちゃったし、かなり怖い雰囲気もあったから……咄嗟に自分の持っていた揚げパンを出して、これで許して貰おうと思ったんだよ」

「ああ、あの時はごめんなさいね。ちょっとピリピリしていたもの……そう思ってしまうのも無理無いわ。でもその事があったから、私と花音は仲良くなったのよ」

「そうだったんだね」

 

 

 そんな事を話しながら、僕たち三人は各々のお弁当を食べていた。あとから話を聞いたのだが、花音の方は自分で朝早くに起きて作った物らしい。なんでも弟が居る様で、その弟の分のお弁当を作る事を考えたら安い物だよ……との事。

 

 

 僕も今日はお弁当を作ろうとしてたんだけど、隣にいるちーちゃんが全部用意してたからな……全く、いつもの事ながら恐ろしい幼馴染だよ。

 

 

「何か言ったかしら?」

「いえ、なにも?」

 

 

 ……本ッ当に勘の良い幼馴染である。

 

 

「あ、颯樹くんだ!おーい!」

「?」

「この声は……彩ちゃんね。颯樹、花音。場所を移動するわよ。ここに長居すると『あれ? 何で颯樹くんが千聖ちゃんと一緒に居るの?』」

「あー、ヤバい」

 

 

 僕の胸中に抱く思いもいざ知らず、彩が自分のお弁当の包みを持って此方に駆け寄って来た。それを見たちーちゃんが別の場所に誘導しようとしたが、運悪く彩と鉢合わせしてしまう事となった。

 

 二人の間には見えない火花が散っていて、何方も一歩も引かない状況となっていた。傍から見れば胸アツな展開だろうが、巻き込まれている僕と花音の立場からすると、正直迷惑千万である。

 

 

 ここは何も手出しをせずに、少し見守ろうかな。

 

 

「何で千聖ちゃんが颯樹くんと一緒にいるの? 颯樹くんは私と一緒にお弁当を食べるはずでしょ? それなのに何で千聖ちゃんがここに居るの?」

「あら、そんな事一言たりとも聞いていないわ。颯樹は私や花音と同じクラスなの……だから昼食を一緒に食べるのは自然な事だと思うわ。邪魔をして来たのはそっちでしょう? 少しは状況を考えたらどうなのかしら」

「そんなのは関係無いよ。私と二人っきりでお昼ご飯を食べる方が颯樹くんにとっては良いと思うんだけどな〜」

「冗談は寝てから言いなさい、彩ちゃん。私は花音と颯樹と一緒にご飯を食べていたの……邪魔をして来たのはそっちのはずよ。だから大人しく退いて頂戴」

 

 

 ……あー、もう何方も売り言葉に買い言葉だよ。

 

 あまりに見てられないし、何だったら隣に居る花音が涙目になって慌ててる。なら……是が非でも止めないといけないよね、これは。

 

 

「あのー、二人とも。喧嘩はよしてくんないかな」

「あ、颯樹くんちょうど良かった♪ 私と一緒にお弁当食べよっ♡ お休みの日にお母さんに料理を教わって、何品か手作りして来たんだ〜♪」

「ダーリンは私たちとお昼ご飯を食べていたのよ……もちろん、私の手作りのお弁当を♡ だから、彩ちゃんの手作りおかずは食べられないと思うわよ?」

「そんな事無いよ! ねっ、私と一緒に食べよっ♡」

「ダーリンは私たちと一緒よね♡」

 

 

 あー、もう。お互いああ言ったらこう言う、言ってしまえば……どこから手をつけた物かな状態だよ。互いに一歩も引く気は無いらしいし、このまま膠着状態が続くと、お昼休みの時間が終わるんだよな……。

 

 

 ……あまりやりたくなかったが、致し方無しか。

 

 

「はいはい、今日のレッスン量を二倍にされたくなければ大人しくする事だね。増やされても良いんなら、そのまま喧嘩してても良いけど?」

「「それだけは勘弁してくださいお願いします」」

「はい、よろしい」

 

 

 僕が怒気を強めて二人にそう言うと、余っ程それをされるのが嫌の様で、彩とちーちゃんは揃って綺麗に頭を下げていた。そんな事になりたくないなら、始めから言わなければ良かったものの……この二人はレッスンの時も似た様な節があるので、少し度が過ぎてるかなぁと思う事もしばしば見受けられるのだ。

 

 

 だからこそ、二人には念ッ入りに釘を刺すけれど、今の所それが有効だと見られた機会が無いのが残念な所だったりする。まあ……その気持ちは彼女たちの中での本心だと思うので、大切にして欲しいと思うのだが。

 

 

「え、えっと……私は迷惑じゃないし、彩ちゃんさえ良ければ一緒にお昼食べよ? ほら、モタモタしてたら時間も無くなっちゃうよ?」

 

 

 ……か、花音……な、何て良い子なんだ……。

 

 

「そうね、花音の言う通りだわ♪」

「えっ、何この花音ちゃんと私とでのこの対応!」

「花音だから良いのよ。もちろん、ダーリンでもOKなのだけれど」

「な、なるほど……」

 

 

 うん、僕も彩と同じ事を感じてしまったのは言わないでおこうかな。さっきまで剣呑な雰囲気だったのが一変して、急に借りて来た猫の様に、ちーちゃんが大人しくなってしまった。これには彩も僕も面食らってしまい、状況の整理に時間がかかる事となった。

 

 

 そして数分後、何とか彩を輪に加えて残りの昼休みを過ごす事にした。話に出て来た内容はと言うと、先程とあまり変わらない物だったのだが、次に出て来たあるフレーズによって、場の空気が一変したのだ。

 

 

「……えっ、誘拐されたって……」

「花音、信じられないかもしれないけれど……彩ちゃんの言っている事は一言一句間違いないわ」

「……彩ちゃん……辛い事を経験したんだね……」

「うん……私、あの時はもう自分は助からないかと思っちゃった……颯樹くんが助けてくれなかったら、今頃私、何してたんだろう」

 

 

 その言葉で思い起こされるのは、始業式が行なわれる一週間前……僕がちょうど東京に帰って来た当日の事だ。羽田空港にてちーちゃんの熱烈な歓迎を受け、彼女と彼女の母親である美凪さんと共に家までの道を車で移動していた時に、公園で一人踊っている彩を見かけたのだ。

 

 

 最初は寄って来た男たちを、彩の友達かと思っていたのだが、何やら車に連れ込まれている様を見掛け、直ぐ様警察に通報して追ってみたら、その有様だったと言う訳だ。

 

 あの時の事があったお陰で……彩と出逢えたと思えばポジティブ思考にはなるのだが、如何せんその時の状況が予断を許さない物であった為、あまり軽々しく言って欲しくは無いと思うのが本音だったりする。

 

 

「でも、その事があったから……アイドルになれているのだし、颯樹とも出会えた。彩ちゃんは自分では気づいていないでしょうけど、すごく恵まれているのよ」

「そうだったんだ……颯樹くんと出会えて、アイドルにもなれて、本当に良かったね彩ちゃん♪」

「うんっ! 私、これから精一杯頑張るから!」

「ふふっ、先ずは曲を一曲通してもバテてしまわない様に体力作りからかしら。あとはボイストレーニングやMCの練習に、それから……」

 

 

 ちーちゃんが何やら右手を指折り数えて、一つずつ列挙するのを見た彩は、自分の置かれている状況を理解する事となってしまった。仮にもPastel*Palettesのリーダーを担う身なので、そこの辺りはキチンと心得ていると思っていたのだが……どうやら、まだ実感が持てていなかったらしい。

 

 

 まあ、研究生からの大抜擢でリーダーになった彩の気持ちを汲むのなら、いきなりそんな量を熟すのは至難の業……とまでは言わないが、少々新人に対して突き付けられた課題の厚さが尋常では無いと思う。

 

 だが、一度任された以上止むを得ないので、弱音を吐かずに頑張って欲しいと願うばかりだ。

 

 

「……あら、もう時間ね」

「は、早く戻らないと!」

「そうだね、教室に戻ろっか。……花音、自分で教室まで行け……ないよね……」

「ふぇぇ、ごめんなさいぃ……」

 

 

 午後の授業開始前の予鈴が鳴り響き、僕たちは中庭を後にしようとする。するのは良いんだけど……花音が方向音痴だと言う事をすっかり忘れてた……。

 

 

「それじゃあ……花音」

「は、はい……」

 

 

 僕は一息吐いてから、右手を差し出して軽く一言。

 

 この一連の動作を……二人の目の前でしても良いかどうか悩んだけど、背に腹はかえられぬ、と言う事で!

 

 

「お手をどうぞ?お嬢様」

「は、はい……よ、よろしくお願いします……」

 

 

 花音は少しビクビクしながらも、僕の右手に自分の左手を重ねる事で答えた。それを見た僕は花音の手を優しく握り、自分の教室までの道を行く事になった。

 

 この行動をする直前に……ちーちゃんが黒い笑顔でにっこりと笑っていたので、僕は後で何かされてしまうんだろうなぁ……とこの時に感じてしまうのだった。

 

 

(ダーリンったら……今日会ったばかりの花音まで落とし込んでしまうなんて、流石私の未来の旦那様だわ♪ でも、幾ら親友であっても彼は渡さないわ……そう、絶対に♡)

(颯樹くんってば、私以外にそんな事するんだ……。これはパスパレのレッスンが終わったら、私が颯樹くんの彼女なんだって、骨身に染みて分からせないとダメだよね……♡)

 

 

 ……本当に、平穏無事に過ごさせて欲しいもんだよ。

 

 取り敢えず先ずは、パスパレのデビューライブを成功させないとね。それが、東京に帰って来てから最初の大仕事だ。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回も早めに内容が思いつきましたら、数日中に投稿できるかもしれないので、その時まで首を長くしてお待ち頂けますと幸いです(次回はパスパレのお話を予定)。


 それではまた次回。次回の更新にてお会いしましょう。

【追記】
 本小説とは全く関係ありませんが、このお話が投稿される12月7日は……RAISE A SUILENのプロデューサー兼DJ担当、珠手ちゆ(Chu²)のお誕生日です!

 チュチュ……Happy birthday!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十四話

 皆さま、おはこんばんにちは。

 世間はクリスマスムードとなっている中、自宅に引き篭って小説の最新話執筆やゲーム三昧な咲野 皐月です(ちなみにゲーム方面では予想外な流れ弾が飛んで来たので気が気ではありません)。


 今回は本編の第十四話をお届けします。

 それでは……今年最後(?)のパス病み、最後までごゆっくりとお楽しみ下さいませ。


「……よし、これで準備はバッチリかな」

 

 

 そう一言呟いた僕は、もう一度身の回りにある物の確認をした。今テーブルに置いてあるのは、バンド練習が終わった後の軽食である。全員に行き渡る様に一つずつ作っていて、炊きたてのご飯を握って塩を振り、その上から簡単に味付け海苔で巻いている物だ。

 

 

 練習中はなるべく体調を崩さない様に見張るつもりなのだが、万が一の事を考えてポケリも用意している。ただでさえ熱の篭った室内での練習なので、喉が渇いたら遠慮無く水分補給を行なって欲しいと思ったりする。

 

 それにボーカルを担当する彩は喉も酷使するので、気休め程度にしかならないが……レモンを薄切りにして蜂蜜に付けた物も準備したのだ。

 

 

 傍から見れば用意周到と思われる光景だが……実の事を言えば、学校が終わって帰宅して直後から数十分かけて行なった事である。まあ、少しやり過ぎた感は否めないのだが。

 

 

「さて、後はみんなが来るのを待って」

 

 

\ピンポーン/

 

 

「誰だろう、はーい!」

 

 

 準備を終えてほっとしたのも束の間、自宅のインターホンが鳴らされた。開始時間は18時を指定しているので、何事も無ければ全員揃っている頃合いだ。

 

 

「はい、何方様ですか〜。あっ、全員来てるね」

「えへへっ、こんばんは!」

「今日もよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくね」

 

 

 ドアの前に立っていたのはと言うと……リーダーの彩を始めとした、パスパレメンバー5人全員の姿だった。各々思い思いの私服姿となって居て、日菜とちーちゃんに至ってはギターケースを背負っていた。

 

 最も、これから練習をする際は事務所か僕の自宅かの何れかになるので、そこまで移動の頻度は多くないだろうと踏んでいたりする。

 

 

「さっ、どうぞどうぞ。入って」

『お邪魔しま〜す!』

 

 

 全員が靴を脱いで自宅に入ったのを見た僕は、ドアを閉めて施錠を行なった。

 

 

「さて、先ずはみんな着替えて来て。練習をするよ」

「場所はどうしますか? ここは普段使用するスペースだと思うので、それに適した部屋があると有難いんですが……」

「家の構造なら私が知ってるわ。二階の奥側が簡単な物置になっているの。引っ越して来たばかりで荷物もそこまで無いし、着替えるならうってつけの場所よ」

「ありがとうございます、千聖さん。それじゃあ、すみませんがお借りします」

 

 

 僕にそう断りを入れた麻弥は、他の3人と一緒にちーちゃんの先導の下、階段を使って2階へと登って行った。途中で日菜がテーブルの上に置いてあった物に気がついたのだが、それに関しては首根っこを掴んで大人しくさせる事で未然に防ぐ事が出来た。

 

 

 ……さて、事務所でのレッスンが多かったここ最近だけれど、場所を変えても同じ様に熟せるかな?

 

────────────────────────

 

「ここよ、入って」

『おぉ〜』

 

 

 私は麻弥ちゃんたち4人を連れて、颯樹の家の2階にある物置部屋へと案内したわ。部屋の間取りは彼の部屋と同じ広さで、荷物等を確り整理すれば、違和感無くもう一つのプライベート空間として活用できるほどに。

 

 

 実の所……颯樹が東京に帰って来るまでに、私が軽くこの部屋の掃除をしたのだけれど、その時の荒れ様は今でも覚えてる。埃も溜まって蜘蛛の巣だって張ってる……6年間の汚れを取りきるのは、本当に大変だったわ。

 

 仕舞いには両親や妹の力も借りて、何とか形だけ見ればキレイになったのだけど、あの状態には二度とさせたくないわね……。

 

 

「本当に、ダーリンが帰って来るまでに間に合って良かったわ。一人だけだったらどうしようかと思ってた」

「千聖ちゃん、さっきから何ブツブツ言ってるの?」

「……はっ、ごめんなさい。考え事をしてたの」

 

 

 私の考えている事が伝わっていたのか、彩ちゃんが此方を覗き込む様に見て来た。そのパッチリとした桃色の瞳は純粋で穢れを知らず、何故私がここまで考えているのか不思議でならないと言った目線だった。

 

 芸能界の先輩として、彩ちゃん達を影から支えないといけない立場なのに……私ったら、いつの間に腑抜けてしまったのかしら。

 

 

「千聖さん、早く着替えて下に行きましょう。颯樹さんの話では、もうそろそろ準備が出来るとの事でしたから」

「ええ、そうね」

 

 

 麻弥ちゃんにそう窘められ、私は更衣を始めた。

 

 他のみんなも順調に着替えが進んでいて、日菜ちゃんなんてもう着替え終わって、今にも走り出しそうな雰囲気だった。

 

 

「それにしても千聖ちゃんって、事務所で練習してた時から思っていたんだけど、すごくスタイル良いよね……何か秘訣とかあるの?」

「いいえ、特に無いわね。任された役柄の演技をするのならば、体調管理だけじゃなくて、それに合わせた体型維持も必須になってくる。だったら……どんな役を任されたとしても、そのイメージに合わせていくのがセオリーでしょう?」

「おぉ〜、さすが千聖ちゃん……抜け目無い」

「これくらい当然よ。衝動的な買い食いや間食に夜食などの不要な事を除いたのなら、貴女でもできるわ」

 

 

 彩ちゃんから問い掛けられた質問に対して、私はキッパリと自分の意見を添えてそう答えた。事実、決められた時間以外の間食を多くすると……余分なカロリーが消化予定の物にプラスされる為、たくさん運動をしてもなかなか減っていないと言う事態になってしまいかねない。

 

 

 ……彩ちゃん達には言わないけれど、これは想い人である颯樹に見て貰う為に始めた事。もし具体的なメニューを伝えれば、確実に何か良くない事を企てるに違いないわ……それが理由で私が責められるのはお門違いだし、彼には何の責任も無いの。……そう、何の責任も。

 

 なら……私が彼の負担にならない様に、強かにやり通すのよ。『模範的なアイドルとしての』私を。

 

 

(彼の抱いている気持ちも知らないで……社長に堂々とそんな恥ずかしい事をよく言えたわね、彩ちゃん。貴女のその計画性の無さには呆れてしまう……)

 

「ふふっ、今日のレッスンも頑張らなきゃ!」

「そうですね。ですが、お披露目ライブまではあと少ししかありません……やれる事は全部やりましょう!」

「アヤさん、気合を入れて頑張りましょう!」

 

 

 貴女がパスパレで、プライベートで、例え何をしたとしても私の関する所じゃない……それは貴女の自由。恋愛に趣味に部活にと多感な時期ですもの、そこは目を瞑りましょう。

 

 ……でも。

 

 

「よーし、それじゃ颯樹くんの所に行こう! 今日もビッシリ鍛えてもらわなきゃ!」

「はいッス!」

「ブシドー!」

「じゃあ、行こっかー!」

 

 

 私の愛しい彼に手を出すつもりならば、私は貴女に情けをかけない。もし私に泣いて許しを乞うたとしても、一切の遠慮や躊躇も無く切り捨てる。

 

 ……今に分からせてあげるわ。颯樹と結ばれるに相応しいのはこの私よ、絶対にね。

 

 

「千聖ちゃん、行くよー?」

「……ごめんなさい、日菜ちゃん。行きましょうか」

「こっちだよー!」

 

 

 私は、一度決めた事は何があろうと果たすわ。

 

 そんな事を考えながらも、私は日菜ちゃんの後に続いて部屋を退出した。心の奥底に譲れない想いを深く刻んで。

 

────────────────────────

 

 パスパレのレッスンは、私たちが降りて来て直ぐに開始された。世間一般のバンド練習だと、先ずは軽く楽器を弾いてチューニング等を行なうのが常だけれど、私たちの場合は違った。

 

 

「はい、腹筋15回! それが終わったら背筋!」

『はい!』

 

 

 彼考案の体力トレーニングから始まる。

 

 その内容は颯樹が東京に帰って来る前に居た学校の体育教師直伝の物らしく、男性は私たちのやっているこの回数の倍を熟すのだとか。今まで演技を基本的に磨いてきた私としては、最初こそ息が切れていたけど、今は1セットなら余裕で出来る様になったわ。

 

 

 ……その間、彼から飛ぶ檄は事務所に所属してるトレーナーさんを思わせる程の覇気だったから、少しだけ泣きそうになったのはここだけの話ね。

 

 

「彩、態勢が違う! キチンとしたフォームで!」

「は、はいっ!」

「日菜、早く終わったなら次のメニューだ!」

 

 

 そんな感じで私たちは、最初からトレーニングを徹底的に行ない、その後に二人一組でのストレッチを行なったわ。アイドルは自らの身体とやる気と実力で活動する……そう考えれば自然だけれど、早々にバテてる何名かは大丈夫なのかしら……。

 

 そして10分間のトレーニングが終わると、次にボイストレーニング。ここは何とか全員が順調に終え、その後に各々のパートに着いて、軽く音合わせをしたわ。

 

 

(やっぱり、基礎がキチンと出来てたら演奏も問題なく出来るね。エアライブなんて馬鹿げた話……誰がそうさせてたまりますか)

 

 

 私たちがここまで問題無く来られたのは、間違い無く颯樹の功績に拠るものが大きい。それは私も彩ちゃんたちも同じく感じているけれど……彼の事を考えると、自分の事を棚に上げてでも私たちの努力が理由だと言いそう。

 

 

 ……なら、私だけでも彼の傍に寄り添うわ。

 

 例え身内を贔屓していると、買い被りすぎだと言われたとしても構わない……私が颯樹を支えるのよ。これだけは誰にも絶対に譲れないわ。

 

 

 そして一通り演奏を最後まで通した後……。

 

 

「はい、OK! 今日はここまで!」

「はぁ……疲れた〜」

「皆さん、お疲れ様です! かく言うジブンもそうなんですけど……フヘヘ」

「麻弥ちゃん、その笑い方はどうにかならないの?」

 

 

 颯樹から掛けられた言葉に拠り、演奏をやめて暫しの休憩に入った。私を含めた全員の顔には汗が浮かんでいて、このレッスンがかなりハードな物と思わせていたわ。

 

 

「はぁっ、はぁっ……私、もう……限界……」

「あたしも……疲れた……」

「そう言う事なら、今からお風呂を沸かすよ。汗をかいたままでじゃ家に帰れないと思うからね」

「お風呂っ!? 良いの、そこまでやって貰って!」

 

 

 ……彩ちゃんったら。汗をかいてしまって家に帰りにくいと言うのは私も同じだけれど、そこまで大袈裟に反応しなくても良いんじゃないかしら……?

 

 

「別に良いよ、僕一人だけじゃ元々余り過ぎるくらいの広さの家だし。遠慮無く使って」

「……やった〜!」

「さっくんの家のお風呂、久しぶりだな〜♪」

「そう言えば、日菜さんは颯樹さんと幼少期から幼馴染なんですよね。いつから知り合ったんですか?」

「あたしとおねーちゃんにおにーちゃんがさっくんと関わったのは、小学校の時からだよ〜。最も、数年程度しか一緒に居られなかったんだけどねー」

 

 

 颯樹……私がお仕事に行っていて知らない間、日菜ちゃんたちとも関わっていたのね。これは全て終わった後に、貴方の自室のベッドで……電気も付けずに二人っきりで、確りと骨身に染みる位のお説教が必要かしらね♪

 

 

 その後は誰がどの順番で入るのかを話し合い、颯樹からの報せを受けてペアになって入浴を済ませる事になったわ。テーブルの上にはおにぎりもあったし、長風呂は流石にしないと思うのだけれど……私も気をつけておかなきゃ。

 

 

 ……そうだわ。ペアになって入浴をするのなら♪

 

 そう思い出した私は、手元のノートに書き込み作業をしている颯樹の元まで移動した。いつ見ても真剣な表情……ちょっとだけ、私に時間を頂戴ね♡

 

 

「ねぇ、ダーリン?」

「ん、どうしたのちーちゃん。今は麻弥とイヴがお風呂に入ってるから、少し待っててね」

「もし、貴方さえ良ければ……」

 

 

 私はそこまで言葉を続けた後、颯樹に自らの身体を擦り寄せる事にしたわ。……やっぱり、私に擦り寄られると恥ずかしいのね。耳まで真っ赤になっちゃって、凄く可愛いわ♪

 

 まあ、それをするのが彩ちゃんだったとしても同じ結果でしょうけれど……長年彼の幼馴染をして来た身としては、簡単にその座を渡す訳には行かないの♡

 

 

「私と一緒に……お風呂、入りましょう♪」

 

 

 私が発したその言葉を聞いた途端、颯樹の顔がこれでもかと真っ赤に染まり、手に持っていたペンとノートが勢い良く床へと落ちた。

 

 

「……え?」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の更新は年明けの予定で進めているのですが、もしかしたら大晦日辺りに記念回か本編の何方かを投稿できる……かもしれないと言う事を、お先にお知らせしておきます。

 本編の場合は今回の続き……記念回ならば、大晦日ならではの内容に仕上げようと思っていますので、その時の更新までお待ち頂けると幸いです。


 それではまた次回の更新にて。


 そして……最後にこの言葉を。


メリークリスマス!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十五話

 皆様、新年明けましておめでとうございます。本年も何卒よろしくお願いします。咲野 皐月です。


 今回もいつもと変わらずに、パス病みの本編最新話を更新致します。次回がどうなるかは……少し現時点では予想が出来ないのですが、失踪しない様に頑張りますので、気長にお待ち頂けますと幸いです。

 ちなみに、今回のお話には主人公の過去にちょっとだけ触れておりますので、これで少しだけ彼の事についても知れるかもしれませんよ?


 それでは、本編スタートです!


「私と一緒に、お風呂……入りましょ♪」

「……え?」

 

 

 パスパレのレッスンが終わり、家主である颯樹くんからお風呂を使って良いと許可を貰って、麻弥ちゃんとイヴちゃんの帰りを待っていたその時、私はとんでもない言葉を聞いてしまいました。

 

 

「ねぇ、昔は一緒によく入ったでしょう? 来たるであろう未来を語らいながら、仲睦まじく楽しく……♪」

「そ、それはそうだけどさ、やっぱり僕たちは高校生になったんだし、そろそろそれはちょっと自重するべきじゃ」

「あら、私は別に良いのよ? それにその言葉をここで言うって事は……私の身体で、興奮しちゃってるのかしら♪」

 

 

 千聖ちゃんは颯樹くんと幼馴染だから、そう言った事も昔はしたんだろうな……と言うのは想像に難く有りませんでした。けれど、お互いに今は高校2年生。昔と比べると何もかもが違って当たり前……彼の言う事は正しく正論を述べているはずなのに、それが届いている様子は無かったんです。

 

 仕舞いには、自分の身体をこれでもかと密着させ、彼の事を誘惑し始めました。普段なら『アイドルとしての自覚を持ちなさい』とか『年頃の女子高生はそんな軽率に不祥事をしないわよ』と言っている千聖ちゃんが、この始末。

 

 

 ……颯樹くんとのお風呂……彼と一緒に入ったら、どんな感じなんだろう……。千聖ちゃんは颯樹くんと一緒に過去何回も入ってる、それは幼馴染だから有り得ない話じゃない。でも、私は……彼の事をよく知らないから、もっと颯樹くんの事を知りたい。

 

 私だってすごくドキドキしてる……想い人である颯樹くんと一緒に入れたら……なんて、アイドル活動を続けてるだけだったら、絶対に知り得なかったこの気持ち。

 

 

「あ、あのね……千聖ちゃん」

 

 

 ……感じたい、颯樹くんの全てを。

 

 たとえそれが千聖ちゃんの琴線に触れる事になったとしても……誰かから厳しい事を言われる事になろうとも、一度燃え上がってしまった恋の炎は、簡単には鎮まってくれない。それは自分が一番よく分かってる事だから。

 

 

「あら、私に何か用かしら?」

 

 

 ……仲間同士で喧嘩をするのは、絶対に良くないって事は百も承知。でも、私は……彼が、欲しい!

 

 

「今回は、私に譲って欲しいな。私も……颯樹くんと一緒にお風呂入りたいから」

 

────────────────────────

 

 先程まで聞き役に回っていた彩ちゃんから突如として聞かされた……私への『颯樹を諦めて』と言う提案は、私をイラつかせるには充分だったわ。その証拠として、彼の服を掴む手へ少し力が入った様な気がした。

 

 

「彩ちゃん、それは何でそう思ったのかしら?」

「千聖ちゃんは颯樹くんと幼馴染だから、お風呂に入るなんてそんなの普通にやってたと思う。でも、私は颯樹くんと出会ってまだ少ししか経っていないから、彼の事を全く何も知らない……なら、その機会を私に分けてくれないかな?」

「私がそれを簡単に容認するとでも?」

「思ってないよ。だけど、私は颯樹くんの事をまだ殆ど知らない……だから、私も颯樹くんと一緒にお風呂に入りたい。そして彼の事を知りたい。可能な範囲で構わない……知れるだけ全部」

 

 

 彩ちゃんの言わんとしてる事はよくわかる。事実、颯樹と彼女が出会ったのはほんの数日前……そうなったとしてもおかしくないし、私が彩ちゃんの立場でも同じ事をしたと思うわ。

 

 でもね……彩ちゃん。貴女は私に対して言ったらいけない事を言ったのよ。そこら辺の自覚は持って頂戴ね?

 

 

「知れるだけ全部……それが何処まで及ぶのかは分からないけれど、貴女は颯樹の全部を知ってどうするつもり?」

「好きな人の事を隅から隅まで知りたいと思う、それって普通じゃないの? それとも、踏み込んじゃ行けない所があるって言うの?」

「わかってないわね。貴女と彼が出会ったのはほんの数日前……そんな何も知らない様な関係の貴女が、ズケズケと彼の心の中に土足で踏み入ろうなんて、烏滸がましいと言っているのよ」

「それって全部、千聖ちゃんが都合の良いように作った当てつけじゃん! 私にも颯樹くんの事を知る権利はあると思うよ……それを邪魔される筋合いは無い!」

 

 

 ……あぁ、とことん貴女とは分かり合えないのね。

 

 先程の一言を聞いて、ここから手を引いたら考えなくもなかったのだけれど……ここまで食い下がるなら、止むを得ないかしら。

 

 

「わかったわ。じゃあ、こうしましょう。もし、今度のファーストライブ……ライブ中に一度でも噛まずにやりきり、ライブが成功したのなら、彼の事を少しだけ教えてあげる」

「ほ、ほんとっ!?」

「ええ、私は一度決めた事は必ず果たす。颯樹が東京を一度離れて、私は彼とまた会おうと心に決めたの……そして、今それは成されている。確信を持って良いわよ」

 

 

 私の投げかけられた条件に、彩ちゃんは目に見えて喜び始めたわ。今提示したこの条件は、目前に迫っている事と繋がっている……それさえキチンとやりきれば、自分の利益になる情報が手に入る。そう考えたら、喜びたくなるのも至極当然と言った所ね。

 

 ……でも、その情報提供はあくまでも『一度たりとも噛まなければ』が条件。今の貴女に、それが出来るかしら?

 

 

「でも」

「……?」

「今度のライブで一度でも噛んだり、ライブ中に機材トラブル等の不具合が発生し、それの影響で途中中断されるような事があれば……情報提供は無しよ。もしその後に何度頼み込まれたとしても絶対に教えない。それで良いわね?」

 

 

 私から彩ちゃんにあげられる、唯一の情け。本当だったら彼の過去を知るのは、この私だけで良い。私だけが彼について全てを把握していればそれで良い。でも……彼女は踏み入ろうとした。颯樹の奥深くまで。

 

 ならば……私もそれなりの覚悟と敵意を以て貴女と向き合いましょう。そうしないと、彼の全てを知ろうと言う貴女にとって失礼だと思うから。

 

 

「……わかった、その話……受けるよ」

「本当に良いのね? 後戻りはできないわよ」

「うん。千聖ちゃんだけが知っていたら良いなんて、そんなの絶対に間違ってるよ。私だって颯樹くんの事を知りたい……もし、颯樹くんが何か抱え込んでいるんだったら、私も一緒に背負うよ!」

「彩ちゃん……(さっくんの過去を知れば、平然としていられるはずは無い。あたしだって気が狂いそうだった、それが現実だもん。だと言うのに、彩ちゃんはさっくんの事を知ろうとしてる……無茶だよ、無茶にも程があるよ……)」

 

 

 私から投げかけられた質問に、彩ちゃんは少しの間を置いてからそう答えたわ。途中で麻弥ちゃんとイヴちゃんが戻って来たけれど、私は二人に事情を説明して部屋から退出させる事にした。

 

 

 ……決まりね。なら、今後は同じバンドメンバーであったとしても、情けや容赦は一切かけないわ。泣いて許しを乞うても、絶対に譲歩はしない……絶対に。

 

 

「……良いわ、交渉成立ね」

「……っ! ありがとう、千聖ちゃん『ただし』」

「約束は必ず厳守してもらうわよ。私はお情けで何かの対価を得るのが一番嫌なの。それは子役の頃から変わらない……何だったら、昔から変えた事が無いの」

「千聖ちゃん……本当に今度のライブの結果次第で、颯樹くんに関する事を話してくれるんだよね?」

「ええ、一度言った事は必ず果たすわ。だから安心して良いわよ」

 

 

 私が彩ちゃんにそう言うと、彼女は穢れを知らない真っ直ぐな瞳で私の方を見ながらそう答えて来た。

 

 

 ……颯樹と出会ってまだ数日にも関わらず、貴女はどんどん彼に近付いている。私はそんな貴女が羨ましいと思うのと同時に、軽く呆れてしまう。後先を考えないその計画性の無さや、果たして叶うのかどうかすらも分からない夢に向かい、ただひたすらに努力し続けるその純粋さ……今までの私では到底想像もしなかった道を貴女は歩んでる。

 

 貴女のその無垢な優しさを踏み躙るのは、私の心の中にある良心を痛めるかもしれない。でも、颯樹を守ると決めた以上、手段を選んでいる暇は無い。それどころか、少しでも油断をしていると、一瞬のうちに攫われてしまうかもしれない。

 

 

 もう二度と……颯樹の傍から絶対に離れないと心に誓ったの。例えそのぶつかる相手が、同じバンドメンバーであったとしても、心から信頼を寄せている親友でも。

 

 

 なら、私は今一度改めて誓うわ。

 

 私は必ず、颯樹と一緒にこの先の未来を共に歩む。誰が邪魔して来たとしても、絶対に成し遂げてみせるの。それが私の……果たすべき願いだから。

 

 

「千聖ちゃん……私、負けないよ」

「私から奪えるものなら奪ってみなさい。私は如何なる手段を使ってでも、颯樹を守ってみせるわ。例え貴女がどんな方法で迫って来たとしても、絶対に」

「あ、ちなみにお風呂の方は……」

「私との約束を果たすまでダメよ。大人しく諦めて」

 

 

 ……彩ちゃんには、死んでも渡さないわ。絶対に。

 

────────────────────────

 

「〜♪」

「……」

 

 

 数時間は経ったのかと思う程の重い空気から漸く解放された後、僕はちーちゃんと一緒にお風呂に入っていた。どうも話を聞いている限りだと、彩がそこに待ったをかけたらしいのだが、ちーちゃんがそれを一蹴した上である条件をかけたとか。

 

 僕としては……同じバンドのメンバー同士、これからお互いに切磋琢磨して、共に頑張ろうと言う雰囲気で練習を締めたはずだったが、何やらとんでもない事態が起こっていた様だ。

 

 

「ダーリン、痛くないかしら?」

「あぁ、大丈夫。程良く気持ちいいよ」

「ふふっ♪ じゃあ、続けるわね♡」

 

 

 今は彼女の機嫌が良いので、何も心配する様な事は発生していないのだろうが、個人的に少し懸念するべき要素が残りかねない。僕の思い違いならそれで構わないが、いざ手遅れになってしまった時が一番面倒だ。

 

 なので、如何なる事態が起こっても良い様に、僕の方でも対策を取るべきなのだが……果てさてどうしたものか。

 

 

「……ねぇ、ダーリン」

「ん、どうしたの。ちーちゃん」

「私は……貴方を一生賭けて守り抜くわ。ここで今、誓わせて」

「えっ、どうしたの急に……んっ!?」

 

 

 僕がその理由を問おうとしたその瞬間、ちーちゃんからキスを受けてしまった。何分突然の事だった為、座っていたお風呂用の椅子から転げ落ち、彼女を見上げる形となった。

 

 その倒れた拍子に……ちーちゃんが先程まで身体に巻いていたタオルがゆっくりと解けて、力無くタイル床に落ちたので、僕は生まれたままの姿の彼女を、その視界に捉える事となってしまったのだ。

 

 

「……んっ、はぁ……」

「ち、ちーちゃん……いったい、何を……」

「私、貴方が欲しくて堪らないの……。貴方の事を考えるだけで、もうどうにかなってしまいそう。願わくば、私の事だけを見ていて欲しい程には」

 

 

 ……なんで……そこまでして……。

 

 

「ここまでするのは、いくら私と言っても結構大変だったのよ? 彩ちゃんと出会ったのは予想外だったけど、それ以外は全部私の計画通りに事が進んだ……全ては貴方を守る為。私の名前を出してその気にさせて、貴方を簡単に転がせると思った邪魔者の目を欺く為なの」

 

 

 ちーちゃんが発した言葉の中に、不可解な所が見受けられたので、僕はそこで一言待ったをかけた。それを聞いた彼女は笑顔で応じてくれたので、治まった少しの時間を使って考える事にした。

 

 

(待てよ……あの一件はちーちゃんが知っているはずの無い事。今では大分落ち着いてるし、特に気にもしてないけど、確かその時は柄にも無く怒ってしまったのをよく覚えてる。じゃあ、ちーちゃんはこの事を何処から仕入れた……? 聞かれたとしても話すはずが無いのに!)

 

「ふふっ、貴方のお母さんから話は聞いてたのよ♪ 話を聞く限りだと散々な目にあったらしいじゃない……やれ『白鷺千聖と結婚してーなー』だの、『白鷺千聖に頼んで連絡先貰って来てよ』とか、出来もしない事を頼まれ……『白鷺千聖とヤリてぇー』だったり、『お前が白鷺千聖と幼馴染なんぞ嘘だろww』……本ッ当、聞いていて嫌になる内容ね」

 

 

 待って!? 確かにそれは言われてたけど、それを何で一字一句違わずに覚えてるの!?

 

 

「……ちーちゃん、確認するけど……その情報は何処から仕入れたの?」

「貴方の学ランやブレザーだったり、制服の胸ポケットに入れてあった盗聴器から聴いていたのよ♪ 私からお母さんに頼んで事前に仕込んで貰ったの。わざわざ宅配便まで使って♡」

「……か、母さんもグル」

「ええ♪ お陰で予定通りに事が運べたわ♡」

 

 

 ……やられた。僕自身は気にしない様にしてたつもりだったのに、ちーちゃんから見れば一目瞭然らしい。しかも母さんの伝手を使ったとなったら、これ以上の事を知られてる可能性が高い!

 

 

「ねぇ、ダーリン」

「な、なに……」

 

 

 そう言ってちーちゃんは僕の方へと近づいて来た。

 

 ……迫られている僕としては、彼女から常に漂う良い香りの影響で、物事を正常に判断できないのが現実だが。

 

 

「私、貴方が好きよ。誰にも渡したくないくらいに」




 今回はここまでです! 如何でしたか?

 最後が若干駆け足気味になった感が否めませんが、次回に繋がる内容にはできたのかな……? と思っておりますので、そこら辺も楽しみにしつつ、次の更新をお待ち下さいませ。


 それではまた次回の更新にて。

 次はコラボPart……に、なる……かもね?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十六話

 皆様、おはこんばんにちは。コラボPartの執筆と並行して本編を執筆している事が多い咲野 皐月です。まだまだ寒い日が続いておりますが、ご機嫌如何でしょうか。


 さて、今回は本編の第十六話をお届けします。

 この後の内容は、バンドストーリーを既に読了済の方にとっては想像に難くない物なので、その投稿を今暫くお待ち下さい(ただ、原作との差異点は出しますのでそこら辺は何卒ご理解いただけます様……)


 それでは、前回の続きより、本編スタートです。


「私……貴方が好きよ。誰にも渡したくないくらい」

 

 

 パスパレのレッスンが終わった直後に、二人組での入浴を行う際に聞こえて来たちーちゃんからの唐突なる告白……彼女がその気なのは以前から把握していたが、今回は聞いた場所や直前の内容も相俟り、僕はかなりの衝撃を受けてしまう事になった。

 

 そして告白を行なって来た当の本人はと言うと、いつもの様な不敵な笑みでは無く……至って大真面目と言わんばかりの真っ直ぐな瞳で此方の事を見つめていた。場所や周囲の状況を受けて、顔は若干紅潮してこそ居たのだが。

 

 

「ち、ちーちゃん……」

「私は貴方と離れた6年と言う期間の間、一度たりとも貴方の事を忘れた事は無いわよ。お母さんから聞いたでしょうけど、颯樹との思い出は今でも鮮明に思い出せる……話してと言われれば、直ぐにでも話せる位には」

 

 

 その話は事前に聞いていた為、僕も既に承知している案件だ。

 

 

「私は、この先の人生で例え何があっても、貴方を一途に愛し続けるわ。だから……私に貴方の全てを守らせて」

「……本気なんだよね、ちーちゃん」

「ええ。私に迷いは無いわ」

 

 

 ……なら、僕からとやかく言うのは野暮だよね。

 

 

「ちーちゃんの気持ちはよくわかった。でも、答えは少し待って欲しい。然るべき時には必ず返事をする」

「……待ってるわ。貴方なら私を選んでくれる、信じてるから」

「その期待に応えられる様に、僕も頑張るよ」

 

 

 そう言葉を交わし、僕たちは湯船に浸かった。先程ちーちゃんに押し倒されて告白された事もあり、僕の後頭部はまだ少しヒリついてこそいたのだが。最初に感じた痛みはもう引いており、今では彼女の顔をよく見る事が出来ていた。

 

 

「と言うか、二人で入る必要性はあったの?」

「勿論大アリよ? さっきも言ったと思うけど、私と貴方は小さい頃にたくさん入った仲じゃない……だから自然な事だと思うわ♪」

「全く、ちーちゃんには敵わないね。いつもいつも」

「ふふっ♪ それは褒め言葉として受け取るわね♡」

 

 

 ちーちゃんがイタズラ好きなのは相変わらずだが、それに加えて人を篭絡させる言葉遣いまで達者になったらしい。僕と離れた後に一体どんな事があったら、こんなにも興奮が抑えきれなくなる様になるのだろうか。

 

 幾ら幼馴染だからとは言え、互いに今は思春期の真っ只中で高校2年生……そんな事を言われたら誰でも意識してしまうのが常だと思うが。

 

 

「……ねぇ、ダーリン」

「ん?」

「少しそっちに行っても良いかしら?」

「ちーちゃんが良いなら、構わないけど……」

 

 

 それから少しした後、僕はちーちゃんから齎された提案を受け、彼女が移動しやすい様に少しスペースを取る事にした。したはいいのだが……この直後。

 

 

「あら、何処へ行くの?」

「え? 移動をするなら、入れ替わる方が良い気が」

「貴方はそのままで、私が移動するのよ♪」

「……はい?」

 

 

 ……今日は本当に驚かされる事ばかりである。

 

 そして先の話もひと段落着いて、ちーちゃんがリクエストをした通りになったのだが……。

 

 

「ふふっ♪ これで貴方の顔がよく見えるわ♪ いつまで経っても変わらない可愛い顔……ねぇ、ダーリン。もっと私を見て♡」

「……なぁるほど、そう言う事。でもこんな所をもし誰かに見られでもしたら」

「あら、二人っきりのお風呂を邪魔する存在は、何処にも居るはずが無いでしょう? もし仮にそれが彩ちゃん達だったとしても、確り順番は決めたのだから心配要らないわ♪」

「あ、そうだったよ」

 

 

 ……そうだった、すっかり忘れてた。

 

 

「あぁ……貴方の顔を見てると、自然と身体が吸い込まれそう……」

「あの、長風呂し過ぎると逆上せるから早く出た方が良い気がすr『ちゅっ♡』んんッ…!?」

 

 

 僕はいつの間にか夢見心地になっていたちーちゃんから、突然キスを受けてしまった。今居るお風呂の熱で物事を考える脳が眠ったのか……それとも好きな人とほぼゼロ距離で触れ合えている嬉しさから来ているのか定かでは無いが、彼女とのキスがいつもより体感的に長く感じてしまった。

 

 

「んっ……はぁっ、ちゅっ♡んっ、んはぁ……あっ、あんっ♡ちゅっ♡」

「(ヤバい! ちーちゃんってもしかして、お風呂の熱で興奮してる!? この前受けた時より随分と長いんだけど!)」

「ぷはっ……逃げないで。ねぇ……もっと、深くキスしましょ……? んんっ、ちゅっ♡」

 

 

 僕のかけようと思った制止も何のそので、ちーちゃんは更に密着させる具合を強めて来た。その拍子に髪を後ろで纏めていたタオルが解けてしまい、彼女の綺麗な金髪が湿気の溜まる浴場でサラリと靡く事になった。

 

 

 その様はいつか見せた女豹の様で、下手したらこのまま物理的に美味しく頂かれてしまいかねない……なら、意地でも逃げ出すか、誰かに助けを求める事も考えていた。

 

 そこまで考えた僕は、背後にあるパネルに付いている『通話』ボタンを押そうとしたのだが、ちーちゃんから顔を前に向けられた為、その行為は未遂に終わってしまった。

 

 

「ダメよ、この時間は誰にも邪魔させない……」

「そ、そんな事言ったってさ……そろそろここから出ないと、後がつっかえる「なら、あと少しだけ……♪」聞く気は無しですか!?」

 

 

 もう我慢のタカが外れたちーちゃんに、為す術無くやられてしまう事すら覚悟した……その時だった。脱衣場に繋がるドアが音を立てて勢い良く開かれ、僕とちーちゃんはその方を向く事になった。

 

 普段ならゆっくり静かに開けてと念を押すのだが、今回ばっかりは大目に見ようとすら思っていた。

 

 

 ……そして、そこに立っていたのは……。

 

 

「さっくん大丈夫!? 何か凄い音が聞こえたけど!」

「日菜ちゃん、いきなりお風呂場のドアを開けたら迷惑じゃ……え……?」

「彩、ちゃんに、日菜、ちゃん……?」

「ひ、日菜……、彩……。ど、どうしてここに……」

 

 

 扉を隔てた先に居たのは、彩と日菜だった。僕たちの入浴が終わった後に彼女たちが入る手筈の為、ここに居る事は不自然では無い。無いのだが……二人は顔を見合せて、呆然としていた。

 

 それもその筈。突然大きな音がお風呂場の方から聞こえて来て、何事かと駆け付けてみたらこの有様……その反応になっても致し方あるまい。

 

 

「千聖ちゃん……私にあんな条件を有無を言わさずに課して置きながら、自分はのうのうと颯樹くんとイチャコラしてたんだ……。へぇ……千聖ちゃんって、そう言う人だったんだね……」

「ち、違うのよ彩ちゃん! これには深い事情が」

「それで、さっくんは千聖ちゃんに上手く丸め込まれたクチなんでしょー? だから責められて然るべきなのは千聖ちゃんだと思うんだよねー、あたし」

「ひ、日菜ちゃんまで何を!?」

 

 

 ……ちーちゃんには申し訳無いけど、今が好機。

 

 

「先にあがってるよ。あとは三人でごゆっくり」

「ちょっと、私を見捨てないでダーリン!」

「「ダーリン……?」」

「……あっ……」

 

 

 はい、墓穴を掘ったね。ご愁傷さま。

 

 僕はちーちゃんのその後を既に怒り心頭な彩と日菜に任せて、更衣を済ませて脱衣場を出た。その出る直前に浴場の方から断末魔に似た悲鳴が聞こえたけど……今回に関しては完全スルーで良いかな。

 

 

 そうしてお風呂を済ませてリビングに戻ると、麻弥とイヴが椅子に座って待っていたので、僕は長時間に渡って待たせていたお詫びとして、二人に海苔巻きおにぎりをもう一個ずつオマケで握って渡す事にした。

 

 二人ともお腹がかなり空いていた様で、挨拶をした後からおにぎりを黙々と食べ進めていた。……感想は後で聞くから、まずはゆっくり食べてね。お願いだから。

 

 

 そうして二人の食べる様子を見ていると、少しして三人も出て来た為、僕は追加でおにぎりを握ってから彼女たちに手渡しで渡した。ただ、ちーちゃんに関しては少し涙目になっていた為、頭を撫でて慰める事になったのだが。

 

 

 そして、暫く時間が経って。

 

 

「「「「「ご馳走様でした(!)」」」」」

「はい、お粗末様。明日のレッスンに関しての連絡をするんだけど……明日は本番を想定した通し練習をするよ。その際に衣装合わせもするとの事だったから、直ぐに行なわれても良い状態にはしておいてね」

「はいっ!」

「なんだか今からわくわくして来たー!」

「もう……興奮し過ぎて明日のレッスンで躓く事が無い様にして頂戴ね? 私たちはアイドルバンドとしてデビューするんだから……」

 

 

 そんな事を言えば、さっきの行動が余っ程アイドルとして恥ずかしい事じゃないのかと思ったのだが、その出処を見てみると、清々しいくらいのにっこりとした笑顔だった為、僕は喉まで出かかった言葉を口に出さない事にした。

 

 

「ねぇ、千聖ちゃん」

「何かしら、彩ちゃん」

「不躾なお願いなんだけど……ほんのちょっとだけでも良いから、颯樹くんの事を教えてくれない? 幾ら何でも知らないままなのは、どうしても割に合わなくて……」

「……わかったわ。さっきの事もあるし、ほんの少しだけ教えましょう。着替えに使った物置部屋へ来て」

 

 

 僕が他の三人を落ち着かせているのを他所に、彩とちーちゃんは2階の方へと上がって行った。……二人の間に一体何があったのやらね。

 

────────────────────────

 

「ここなら、他の誰にも聞かれる心配は無いわね」

「うん……千聖ちゃん」

「提供する情報はほんの少しだけ。あとは貴女が私との約束を果たせるかどうかに懸かっているからそのつもりでね」

 

 

 千聖ちゃんから言われた言葉に、私はゆっくりと首を縦に振って答えました。まだその時も来てないのに、秘密を知ろうなんて少し卑怯な気もするけれど……やっぱり、私も颯樹くんの事を知りたい。

 

 そして、私が話を聞く態勢になったのを見た千聖ちゃんは……少しずつ口を開き始めました。

 

 

「私と颯樹は許嫁なの。彼とは小さい頃からの幼馴染と言うのは言ったけれど、互いの両親からのお墨付きなのよ」

「……えっ……」

 

 

 い、許嫁……? それじゃ、颯樹くんは将来、千聖ちゃんと結婚する……って、事……?

 

 

「それに、私と颯樹はもうやるべき事は済ませているのよ。だから貴女が何をしたとしても、この先の未来は変えられない……素直に彼を諦めて頂戴♡」

「……待って、千聖ちゃん」

「あら、何か不満でもあったかしら?」

 

 

 確かに、千聖ちゃんと結ばれる事が出来たら、その先の未来は安泰かもしれない……何不自由無く生活出来るし、幼馴染と言う関係なら、互いの事も隅々まで知ってるから喧嘩だって少ない。間違い無く最高のカップルになると思う。

 

 でも、あんなのを目の前で見せられたら……千聖ちゃんの颯樹くんとの結婚を心から祝福する事なんて、素直に出来ない。それに……私も颯樹くんの事が好きなんだもん、それはハッキリ言わなきゃっ!

 

 

「私もね、颯樹くんの事が……友達としてじゃなく、一人の男性として好きなんだよ。千聖ちゃんと同じくらいに」

「……そう。で、それからどうするの?」

「私、颯樹くんと結ばれる為だったら何でもするよ。千聖ちゃんには絶対に負けない……あんな方法を使って颯樹くんに迫って、永遠に自分のモノにしようだなんて、そんなの絶対に間違ってる!」

 

 

 これが私の覚悟。誰にも譲れない、私自身の決意。

 

 昔からアイドルは恋愛がご法度と言うのが暗黙の了解として認識されて来た……私も、颯樹くんとあの出会い方をしていなかったら、ただ普通にアイドル活動をして、お仕事もして……トップアイドルになる為に頑張っていたと思う。

 

 

 でも、私は全てを失いかけた所を、颯樹くんに助けて貰った……そして、今ここに立っている。幾ら幼馴染だからって、あんな方法で颯樹くんを落とし込むのは、そんなの絶対に間違ってる!

 

 彼が困っているなら……私が助けなきゃ。

 

 千聖ちゃんと比べたら、私には及ばない範囲があるかもしれない……いざと言う時に手を差し伸べられないかもしれない。でも、私だって颯樹くんの事が好き……だからこそ、千聖ちゃんには負けられないっ!

 

 

「……貴女の気持ちはよくわかったわ」

「それじゃあ……!」

「じゃあ、ここから先は手加減無しで行くわよ。私はどんな手段を使ってもダーリンを守ってみせる……貴女がどこまでそれに耐えられ、彼をモノにするのか楽しみにしてるわ」

 

 

 そう言って千聖ちゃんは部屋を後にしました。

 

 ……千聖ちゃんには絶対に負けない……。やるって決めたんだ、必ずやってみせる! その為にも、まずは目の前のファーストライブに集中しなくちゃっ!




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回更新話もパスパレPartをお届けする予定では居るのですが……その更新までの間に、コラボのお話を一話か二話ほど投稿しようと考え中です。本編の更新日が大まかにでも定まって来ましたら、また改めてTwitterの方で告知させて頂きたいと思っていますので、何卒よろしくお願いします。


 それではまた次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十七話

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 コラボ回も並行して書いていたのですが、此方の方が何と筆が早く進んでしまうと言う事実……お待ち頂いている方々には非常に申し訳無い気持ちで一杯です。

 コラボPartの第2話に関しましては、早ければ今月中……遅くても来月いっぱいを目処に更新しようかと思いますので、その時までお待ち頂けますと幸いですm(*_ _)m


 今回は前回のお話でお知らせしていた通りの内容となります(割とメインで話のスポットが当たってる人物は、ある程度想像が着くかな?)。


 それでは、スタートです。


「……いよいよ、今日だ……」

 

 

 颯樹くんの家でレッスンを行なった翌日、私は学校からの帰り道を歩いていました。今日は何も予定が無いので一安心なんだけど、明日は朝からファストフード店でのバイトのシフトがあったり、午後には事務所のスタジオを使っての本番を想定したバンド練習……普通の人が聞いたら、思わず卒倒してしまいそうな内容。

 

 それだけでも大変なのに、今日は本番のライブで着る事になる衣装の採寸と実際にその着用を行なう……と連絡を受けています。

 

 

 ……でも、大丈夫だよねっ。

 

 この時の為にご飯も少し少なめに食べたし、颯樹くん直伝のトレーニングもあるから、千聖ちゃんからのお説教を受ける羽目には絶対にならないはず……多分だけど。

 

 

「よぉ〜し。彩、頑張りますっ!」

 

 

 私はそう強く意気込んで、事務所へ続く道を少し駆け足になって向かっていたのですが……。

 

 

\ブルルルルル…/

 

 

 目的地に向かっていた私の足を止める様に、私の制服のポケットに入れてあるスマホが、バイブレーション機能を使って着信を知らせていました。だいたいこの時に電話をしてくるのは、颯樹くんからのパスパレに関しての事か……お母さんからの連絡事項の二択でした。

 

 

「誰だろう……お母さんか、颯樹くんかな?」

 

 

 そう思ってスマホを取り出して確認すると、ディスプレイに表示されていたのは……お母さんでした。今この時間だとお仕事をしているはずなので、普通ならばメッセージを使ってやり取りをするけれど、今回は直接電話がかかって来る形だったのです。

 

 

「……あ、もしもし? お母さん、どうしたの?」

 

 

 私はその様に言葉を続けて、お母さんとの電話をし始めました。一応、パスパレのレッスンに間に合う様に、時間などは折を見て確認をする事にしました。

 

 

『急にごめんなさい、彩。今の時間だと、事務所に向かう途中でしょう?』

「うん、そうだよ。それで、何かあったの?」

『実は……私もお父さんも、今晩は帰れなくなっちゃったのよ。部下の子から当直を代わってくれないかーって』

「そ、そうだったんだ……。うん、わかった。それじゃあ、今日は由奈と」

『その由奈もお友達の家で今日はお世話になるから〜って言って、帰って来ないのよ』

 

 

 私に齎された情報は……何と、私以外の家族全員が今晩は自宅に不在と言う物でした。私だけがお留守番の事態は今まで何度かあったのですが、今回の様な状況は全く経験の無い初めての事でした。

 

 

 どうしよう……私、お母さんが普段作ってるみたいにお料理は出来ないし、かと言って簡単にインスタント食品で済ませよう物なら、翌日の練習で颯樹くんや千聖ちゃんに目聡く見つかってお説教を受けちゃうっ!

 

 こんな時、未だに何も出来てない自分が情けなくなってくるよ……私がそう思ったその時、お母さんからこんな問い掛けを受ける事になったのです。

 

 

『ねぇ、彩? 確か以前、貴女を暴漢たちの手から助けてくれた……颯樹くんって男の子が居たでしょう?』

「う、うん」

『その子って、親御さんとかは一緒に居るの?』

「ううん、一人暮らしだって。千聖ちゃんから聞いたんだけどね」

 

 

 私はお母さんの質問に対して、そう答えました。

 

 ……するとこの後、私の元にこんな提案が舞い込んで来ました。

 

 

『もしその颯樹くんさえ良ければ……今日一晩お泊まりさせてもらう事が出来るかどうか、聞いてみるのも良いと思うわよ?』

「……ふぇっ!?」

『貴女、帰って来てから話す事はと言えば、事務所での事とか友達の事を除けば……殆ど彼についての話よ? いつも上機嫌で私や由奈に話していたじゃない。おかげで確り名前と性格が頭に染み付いちゃったわ♪』

「ちょっ、お母さん何言って……!」

『その颯樹くんは料理もできるのよね。良いわね〜、どうせなら、彩をお嫁さんに貰ってくれないかしら。そうしてくれたら私たちも安泰だわ♪』

 

 

 き、急に何を言い出すのっ、お母さんは!?!?!?!?!?!?

 

 た……確かに私が颯樹くんのお嫁さんになったら、今のままだと出来ない事でも出来る様になるかもしれないし、一緒にお仕事しながら生活出来るから、私だってあんな事さえ言われなければ猛アタックしたよっ!

 

 

 でも、颯樹くんの傍には、必ずと言って良い頻度で千聖ちゃんが居るし……それに、昨日交した約束もあるから、不用意に彼に手を触れでもしたら、千聖ちゃんの大きな雷を受けてしまいかねないよぉ!

 

 どうにかして、今現在の不利な状況を私の有利な範囲まで持って行かないと……。

 

 

『なら、既成事実でも作っちゃえば?』

「……え?」

 

 

 お母さんからのその言葉を聞いた瞬間、私の顔が高熱でもあるかの様に真っ赤に染まってしまいました。頭のてっぺんからは湯気が出ていると思われる上に、何かもう一押しでもあればコロッと倒れてしまいかねない程でした。

 

 

 き、既成事実……。

 

 それって、颯樹くんと……二人っきりで……って、何を考えてるの私ってば!?!?!?!?!? 私はアイドルで颯樹くんはそのマネージャーなのであって、そ、そんな関係になるなんて、一時の気の迷いでもし出来たとしても、あとからの仕打ちが余計に怖くなるよーーーー!

 

 

『そんな事を言うなら私も、お父さんと結婚する為に色々と手を尽くしたものよ〜。あの人は極度の恥ずかしがり屋さんだったから、バレない様にあの手この手で策を練って実行して……』

「お、お母さんっ!? 今、私外に居るんだけどっ!?」

『だったら、貴女が自らの手で颯樹くんを射止めちゃいなさい♪ 彩からの話を聞いてると、彼の事は相当手を尽くした上で奪い取ってしまわないと……絶対に後悔するわよ?』

「うぅっ……」

 

 

 私はお母さんに言われた内容で、少し言葉に詰まる感覚がありました。

 

 

 確かに颯樹くんはカッコイイし、何でも出来るし行動も早いから、彼の事を意識しているのは何も千聖ちゃんだけじゃないと思う。……もっと言うなら、今はまだ明るみに出てないだけで、他にもたくさん居るかもしれない。

 

 そう考えると……お母さんのさっきの言葉も、スッと入って来るのが分かりました。

 

 

『良いかしら、彩。恋は待っているだけじゃダメよ。自分から積極的にアピールをどんどんしないと、その人に自分の気持ちは絶対に届かないわ』

「う、うん……」

『一度欲しいと決めたのなら、何がなんでも……全て捨て去る事すら厭わない覚悟で、全力で掴みに行きなさい。貴女がアイドルになりたいと言い出したあの日、貴女の気迫は私とお父さんの心を揺さぶる物だった……それを思い出しなさいっ! 貴女は私の自慢の娘なんだから!』

「お母さん……ありがとう!」

 

 

 ……よーし、ここから先は……もう迷わない。

 

 例えその壁となる存在が、同じバンドメンバーだったとしても、心を許した友達でも……私は絶対に颯樹くんを諦めたりなんてしないっ!

 

 

\ピコンッ♪/

 

 

 ……? 誰だろう、通話の真っ最中に……。

 

 

「……あっ、ああああああああぁぁぁ!!!!!!!!」

『どうかしたの、彩?』

「このままだとレッスンに遅刻しちゃうっ! 開始まであと1分を切っちゃったぁ!」

『……わかったわ。とりあえず、事務所の人には私から話を通しておくから、彩は練習に行きなさい。ファーストライブに向けて……確りね!』

 

 

 私はお母さんにお礼を言った後に、事務所への道を全速力で駆け足で向かい始めました。さっき話していた事は、確りと心に留めておくのも忘れずに。

 

────────────────────────

 

「……彩、3分の遅刻だ」

「うっ、ごめんなさい……」

 

 

 お母さんからの電話を終え、髪が乱れるのも気にせずに事務所へと向かった私を待ってたのは……如何にも怒ってますよ、と言った雰囲気の颯樹くんでした。彼の額には今にも青筋が立ちそうな程で、私以外の全員はもう開始数分前に既に全員揃っていて、スタジオで衣装の試着をしてると報告を受けました。

 

 

 ……ううっ、お母さんからの電話にすっかり時間を取られてしまった……。止むを得ない事情があるとは言え、私が悪いのには変わりないし……颯樹くんに隠し事をしようなんて、そう簡単に上手く行く訳が無いもんね……。

 

 今は正座してるから足も痺れて来たけど、これくらいみんなを待たせた時間に比べたら、些細な事……確り罰は受けなきゃ。

 

 

「全く。本番までの日数も残り少ないと言ったのに、この体たらく……少し明日の練習をハードにしようかな?」

「ごめんなさい……次から気をつけます……」

「……彩は初犯だし、今回は注意だけで留めておく事にするよ。だけど、二回目以降からはトレーニングメニュー二倍の刑だからね。それは覚えておいて」

「わかりました……」

 

 

 私のその言葉を聞いた颯樹くんは、私がフラついて倒れない様に支えに入ってくれました。立ち上がる時に若干バランスを崩しかけましたが、彼のサポートのお陰で何とか立つ事が出来ました。

 

 そして颯樹くんに指示を貰い、私は皆の待つスタジオの方へと急ぎ足で向かいました。

 

 

 ……やっぱり、颯樹くんって凄く優しいな……。

 

 颯樹くんがこんなに優しいのは、何か理由があっての事なのかな……それとも、元からだったり? ううん、どんな理由があったにせよ、私は彼の事が好き。お母さんからの言葉で、迷いも吹っ切れたし、心も決まっちゃった♪

 

 

 千聖ちゃんが颯樹くんの幼馴染だって事は、話を聞いて知ってるけれど、その事と許嫁云々の話は絶対に関係ない。幼馴染だからと言って、あんな風に颯樹くんを束縛していたら、何れ心が疲れてしまう……だったら、私が彼を癒してあげないと行けないよねっ、私の持ちうる全てを使って。

 

 

「……すみませ〜ん、丸山です〜」

『あら、彩ちゃん? 入って来なさい。衣装スタッフさんたちも待ちかねていたわよ』

「失礼します」

 

 

 扉をノックした先で声をかけて来たのは、千聖ちゃんでした。彼女からの承諾を受けた私は、ドアを手前に引いてスタジオの中に入りました。

 

 中に入ると、案の定と言うべきか……千聖ちゃんからお説教を受けましたが、それも手短に終わり、私もファーストライブで着る衣装に袖を通しました。着ている途中で『これも脱ぐの!?』と言った瞬間こそありましたが、遅刻した私が何か言えた訳も無く、ただ目の前の事をこなしました。

 

 

 ……そして、数分後。

 

 

『入って大丈夫?』

「うん、良いよ〜!」

『それじゃあ、失礼します』

 

 

 先程スタッフさんを介して颯樹くんを呼び出し、スタジオの中へと通す事にしました。いつもは練習着だったり制服とかだったけど……私たちの衣装姿を見たら、どんな反応をするのかな♪

 

 

「……はぁ〜、これはまたすごいな……」

「ふふっ、驚いてくれたみたいで嬉しいなっ♪」

「少し貴方には刺激が強いかもしれないけど、これぞマネージャーとしての特権よ。存分に私たちを見て欲しいわ♡」

 

 

 ふふっ、驚いてる驚いてる。颯樹くんの驚いた顔を見たかった……と言うのはほんのオマケ程度だったんだけど、ここまでそう思ってくれるなんて、アイドル冥利に尽きるね♪

 

 

 私たちの着ている衣装は、肩を出したオフショルダーの物で、私の場合は色合いがピンクを基調としている物なんだけど……千聖ちゃんだったら黄色、日菜ちゃんなら水色……と言う様に、各々のメンバーカラーに合わせた物となっていました。

 

 外に露出している肌面積が今まで身に付けてきた服の中でも特に多く、一度屈んでしまえば隠れてる所まで見えてしまいかねない物でした。

 

 

「ねぇねぇさっくん、あたしの衣装はどう? キチンと着られたと思うんだー!」

「サツキさん、私もお願いしますっ! ぜひマネージャーの立場から見た感想を聞きたいです!」

「え、えっと……ちょっと待ってね。いきなりそんな矢継ぎ早に来られると答えられる物も時間が」

「「お願い(します)っ!」」

 

 

 傍から見ている私たちを他所に……日菜ちゃんとイヴちゃんはこれでもかと身体を密着させて、颯樹くんに衣装の感想を求めていました。彼もパスパレのマネージャーである点を除けば、普通の何処にでも居る様な男の子……なので、慌ててしまう気持ちも何となく分かってしまうのでした。

 

 

 ……でも、ごめんね、颯樹くん。

 

 私も今だけは……日菜ちゃんやイヴちゃんと同じ気持ちなんだ♡

 

 

「じゃあ、私も便乗して……」

「良い訳無いでしょう、彩ちゃん。貴女には私と課した約束があるわ……それを抜きにしても、今日の練習に遅刻している。そんな貴女がご褒美を貰えると思っているの?」

「私だって颯樹くんに「お説教が必要かしら?」ごめんなさい……」

「全くもう……。日菜ちゃん、イヴちゃん。そんなに身体を軽率にくっつけて……颯樹が困っているでしょう? 早く練習の準備をしなさい。本番まで時間は無いのよ」

 

 

 颯樹くんに感想を聞こうとした私の行動は、いつもよりもキツイ視線で此方を睨んで来てる千聖ちゃんに、敢え無く阻止されてしまいました。心做しかいつもの笑顔が消えていて、本気で怒っている様な気がしてなりませんでした。

 

 

 私にそんな注意をした後、千聖ちゃんは手を2回叩いて日菜ちゃんとイヴちゃんに対して注意をしました。二人の表情はまだ物足りないと言った物でしたが、千聖ちゃんが軽く笑ってみせると……この後の展開を重く見たのか、力無く颯樹くんから離れて行きました。

 

 

「ふふっ、これで邪魔者は居なくなったわね……♪」

「ま、まさか全部これを狙って……」

「ダーリン♪ 私の衣装姿はどうかしら?」

「ちょっ、ちーちゃんまで何なのさ……」

 

 

 ……私や日菜ちゃん、イヴちゃんにあんなキツイ事を言っておきながら、自分は一人だけ颯樹くんに擦り寄って、剰え何食わぬ顔で彼の事を籠絡させようなんて……アイドルである以前に、一人の女子高生としてかなり問題があるよね?

 

 

 私……普段はあまり怒らないけど、あんな千聖ちゃんを見ていたら、胸の中にある不満を所構わずぶつけたくなって来ちゃう……。それはさっき擦り寄ってた二人も同じだろうけど、私の場合は昨日の事もあるから、その気持ちは一入にあると自負できる。

 

 でも、あんなに仲が良さそうな二人を見てると……何だかモヤモヤして来るよ……私だって、颯樹くんの事が好きなのに……何でだろう……私に、一体何が足りないんだろう……。

 

 

「……うぅっ、ぐずっ」

「あ、彩さん!? 一体どうしたんですか!?」

「良いよね、千聖ちゃんは颯樹くんと幼馴染だから、好き勝手イチャつけて。でも私はそうじゃない……恋愛には出会った時間や肩書きなんて関係ないと思ってたのに……どうしてここまで何も出来ないんだろう……自分が嫌になっちゃう……」

 

 

 私はスタジオの隅っこで丸くなり、少し現実逃避をする事にしました。それを見た麻弥ちゃんが心配してくれてるけど、ちょっと今はそんな気分じゃないよ……気持ちは凄く嬉しい事に変わらないんだけどね……。

 

 

 そう思っていたら、後ろから肩を軽く叩かれる感覚が伝わって来ました。……誰かな……少し、そっとしてて欲しいんだけど……え、えぇっ!?

 

 

「な、なっ……何で……っ!」

「さっきちーちゃんに怒られてるのを見てさ。最初に言い出した僕があまり言えた口じゃないけど、謝らせてくれ。すまなかった」

「さ、颯樹くん……」

 

 

 私の後ろから声をかけたのは、何と……今頃千聖ちゃんに構ってると思われた颯樹くんでした。その行動に驚いた私が、何か言葉を続けるより先に、彼の方から私を抱き締めて来ました。

 

 

 颯樹くんの温もり……すごく温かい……っ。

 

 でも……なんで、千聖ちゃんよりも私の事を……?

 

 

「……ごめん。ちーちゃんには申し訳無いんだけど、今回は彩にするのが妥当だと思ってね。それに、さっきの事もあるし、ちーちゃんは学校やお仕事でも人目も気にせずにくっついて来てるから……」

「……」

「……遅くなったけど。衣装、似合ってるよ」

 

 

 ……その言葉……今、ここで言うなんて……颯樹くんってば、反則だよ……。花音ちゃんの時も思ったけど、本当にどうして颯樹くんは女の子にここまで優しいのかな……私、今にも泣いてしまいそう……。

 

 

「……今回は彩ちゃんに大人しく譲るわ」

「良いんですか? あのままにしておいても」

「大丈夫よ。自分の仕出かした始末を忘れた訳では無いでしょうし、それに練習もあるもの。数分すれば元に戻るわ」

 

 

 そんな会話が繰り広げられてるとは知らず……私は颯樹くんからのハグを、少しの間だけ堪能する事にしました。こんな形でしか甘えられないのは完全にダメな事なんだけれど、今だけ……今だけは……っ。

 

 

 その後行なわれた練習では、いつもより身体が身軽になった様な感覚になりました。それが幸いして、ステップを踏む時のテンポが無意識のうちに軽やかになっていたので、私はその事実を後に聞いて驚く事となったのでした。

 

 ちなみに……千聖ちゃんの事に関しては、練習後に私と同じ事をしていた様で、お咎め無しで治まったとの事でした。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回はほぼ何も変更が無ければ、コラボ回の第2話を投稿しようと思います。その合間合間を使って本編の方も書くつもりでも居るので……暫くは本編とコラボ回が交互に続く形になるかと思われますので、把握の方をよろしくお願いします(コラボ回の3話目に関しては、結構投稿前にやる作業が多いので、今回みたいに時間が少しかかるかもしれません)。


 それではまた、次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十八話

 皆さま、おはこんにちばんわ。咲野 皐月です。


 今回は……本編18話を投稿したいと思います。

 とあるキャラを推している方は、大ッ変長らくお待たせいたしました!!!!!! その話を書こうかと思い立ったは良いものの、ネタがなかなか浮かばないのなんの……非常に大変でした(A^_^;


 最後に。このお話の投稿予定日はバレンタインデーなんですけれど……この下より始まるお話は、バレンタインデーと全く関連がありませんのでご了承下さい(*・ω・)*_ _)


 それでは……スタートですッ!


「ふんふ〜ん♪ 颯樹くんの家でお泊まり、今から楽しみだな〜♪」

「あ、あはは……。まさか、彩の親御さんから社長の所へ連絡が届いてるとは思わないんだよ。しかも何でこんな何処の馬の骨とも知れない野郎の家に」

 

 

 パスパレのレッスンを終え、夕飯の買い物を帰宅途中にあるスーパーで済ませた僕と彩は、二人並んで自宅へと向かっていた。尤も、自宅とは言うが……実際は僕の家なのだけれども。僕の右手には大量に買い物をした証拠のエコバッグが提げられていて、背には通学カバンを背負っている。

 

 片や彩の方はと言うと、筋トレの一環として荷物を半分持たせようかとも考えたのだが、これ以上追い詰めさせるのも酷だと考え、背負っている通学カバン以外は持たせない様にしている。

 

 

 実は事務所を出発する数分程前、彩に必要な荷物があったら通学カバンを置く次いでに、家から持ってきて構わないと言う話をしたのだが、その提案を彼女自身が断ったのだ。しかも、満面の笑みを浮かべてのオマケ付きである。

 

 その答えを聞いた時は、ただ不思議に思って何も言わなかったが……よく漫画やドラマ等の展開で使われてるシチュエーションを思い出した時、軽く脳内で警鐘を鳴らす様に警告のアラームがけたたましく鳴り始めたのは言うまでも無い。

 

 

「颯樹くん、どうしたの? そんなに難しそうな顔をして」

「えっ、ああ……ごめん。ちょっと考え事をしてた」

 

 

 ……こう言うのはよく気付くよな、彩って。

 

 

「そうなんだ……えっと。気を取り直して……今日は一晩お世話になりますっ♪」

「了解。普段生活してる家とは違うから、落ち着かないかもしれないけど……気負わずいつも通りにして居てくれたら助かるよ」

「は〜い♡」

 

 

 こうして素直に話を聞いてくれるのが……僕は非常に有難いんだけど、一度暴走したが最後、余程の事がないと止められないのが彩だったりする。今のままなら特に不安も無く今夜を越せそうだが、ここ数日の様子を見ていると、どうしても何かやらかすのでは無いかと疑っているのもまた事実だ。

 

 

 ちーちゃんから厳しく注意をされているとは言え、彼女もれっきとした一人の思春期の女子高生である事に変わりは無い……その為、想い人である僕に何かしらのアピールをする事が恒例のご挨拶になって来ている節がある。

 

 

 ……さて、この状態をどう潜り抜けたものか。

 

 そんな事を思いながら歩いていると、見慣れた街並みの風景が見えて来た。いつも通学の際によく使用している、自宅と学校を結ぶ通学路だ。そしてその道を通り、暫く歩いていると。

 

 

「やっと帰って来た……」

「颯樹くんの家って、何度見てもやっぱり大きいね」

「ま、ウチは貧乏じゃないからね。そこそこだよ」

 

 

 見慣れた我が家に到着した。

 

 僕はブレザーの左ポッケの中にある鍵を取り出し、ドアの鍵穴に鍵を挿して、彩を先に家の中に通した後で、扉をゆっくり締めながら僕も家の中に入った。パスパレの練習をする際には、日菜が勢い良くドアを開けるので、少々力加減を考えて欲しかったりする。

 

 

「お邪魔しま〜すっ♪」

「ゆっくりして行ってね。着る服に関しては後で似合うサイズの物を持って来るから、それを着て欲しい「ねぇ、颯樹くん……」ん?」

「颯樹くんのお部屋、見てみたいな♪」

「お泊まりだからって事か……わかった。付いて来て」

 

 

 僕は彩からのリクエストを受けて、買い物の際に買った荷物をテーブルの上に置いた後、2階にある自室へと彩を案内する事にした。まあ、自分の部屋は誰かに見せても恥ずかしくない様にしているので、見られる事に関しては特に気にはしていなかったりする。

 

 

 ……だが、問題としては別の所にある。

 

 ちーちゃんは家中の隅々を知り尽くしてる都合上、僕が何処にいるかと言うのを直ぐに把握し、そのうえで先回りをして行動をするのが常だ。日菜に関しては泊めた回数こそ少ないものの……所構わず駆け出すから見つけ出すのに苦労してしまうのだ。

 

 

 だからこそ、頼むから余計な事だけはしないで欲しいと思っているのが本音なのだ。

 

 

「彩。暗くて見えにくいなら……僕に構わず電気を着けても「その必要は無いよっ」えっ、ちょっ」

 

 

 自分の部屋に入ってそう言葉を続けた時、僕は勢い良く彩に押し倒されてしまった。リュック等は事前に床に下ろしてるから問題は無いのだが……突然の事だったので、受け身を取るので精一杯だった。

 

 

 そして落ち着いた頃合いで上を見上げると……そこには笑顔を浮かべては居るものの、ほんの少しだけ顔を赤らめて此方を真っ直ぐに見つめている彩の姿があった。

 

 

「やっと……二人っきりになれたね♪」

「ど、どう言うつもりなのさ彩。ちーちゃんから注意を受けてたはず「颯樹くんは私と話をしているのに、今ここで千聖ちゃんの名前を出すんだ?」え、何かマズった……ちょ、ちょっと待て……そんな力が何処に……ッ!?」

 

 

 僕が彩の行動に対して疑問を述べたのだが、その問い掛けは彼女には届かず……更に言うなら、ベッドに押さえられている両腕の方の片方───左腕に力を加えられ、身動きが完璧に取れない状況になってしまった。

 

 そんな彩の表情を見てみると、顔は笑顔を保っているものの……目が全くと言って良い程笑っておらず、先程の発言が彼女の地雷を無意識のうちに踏んでしまったのだと後に悟る事となった。

 

 

「千聖ちゃんってば酷いよねっ。私も颯樹くんの事が好きなのに、全然居ないモノ扱いにしちゃうんだから」

「えっ、ちょっ……ええ?」

「最初はね? ただ颯樹くんの事が好きなのかな〜と思っていたんだけれど……私が関わると途端に目の色を変えて敵視して来て。それで話を聞いていたら『私の颯樹だから』とか『私と颯樹は許嫁なのよ』と言う発言……まだ何も颯樹くんから返事を聞いていないのに、そんな風に勝手に決めつけるなんて、本当に颯樹くんの幼馴染を名乗るのなら、絶対にやる事じゃないよね?」

 

 

 確かに彩の言った事は僕も思った所だし、別に今そこを突く必要は無かったのでは……と反論するより先に、彼女の方から更に言葉が続けられた。

 

 

「でも、千聖ちゃんは私のそんな考えは気にしてない振る舞いだった。私が何も言わないのをいい事に、思う存分颯樹くんとイチャコラしてた……それはさっきの衣装合わせの時でもそうだったし、練習開始前のストレッチでもそう……そんな事を言ったら、学校の時はもっと激しかった……それを考えたら、家の中だと果たしてどうなのかなぁ」

「え、ちょっと待て。彩、もしかして……」

「だから私も……もう、素直になって良いよねっ」

 

 

 そう言われるや否や、僕は彩から思いっきり抱き締められた。彼女とは性別が違うので、自然と惹き付けてしまう様な香水等は付けていないのだが……彩から香るとても甘い香りに、一瞬だけ頭が真っ白になりそうだった。

 

 更に極め付きには、女子特有の身体の部位がこれでもかと密着していた為、抱き着かれた驚きと一緒に目を覆いたくなる程の恥ずかしさに見舞われてしまった。

 

 

「はぁ……颯樹くんっ、颯樹くんっ♡」

「いきなりどうしたのさ、彩……んんっ!?」

 

 

 先程の言葉で我慢の限界に達したのか、彩が少し夢見心地な表情と声色で僕に声を掛けてきた。それに警戒しながらも答えた次の瞬間、僕は勢い良く彩から濃厚なキスをされる事になった。

 

 

 その行為は僕に対しての好意の表れなのか、それとも少し酔いが回ってしまって人肌が恋しくなった物か……と言う所は分からなかったのだが、今この場でハッキリと言える事は、彼女は家に入る前までに一度たりとも酔いが回る様な事象を経験していないと言う事だ。

 

 だとすれば、どこでその好意を抱くキッカケになったのかが気になる所ではあるのだが。

 

 

「んはぁ……」

「あ、彩……いきなり、どうして」

「私……あの日、颯樹くんに助けて貰わなかったら、今頃アイドルにはなれなかったんだよ。志半ばの中途半端なタイミングで、自分はここで終わる物だと思ってた……助けは来ないんだ、もう夢も何もかも諦めるしか無い……そう思った、そんな時なんだよ。颯樹くんが助けてくれたのは」

 

 

 ……あ、あの時か!

 

 確かにあれは恋心を抱く理由にもなるし、そう思われて何の不思議も無い……でも、ここまでなるは相当なんだよっ!

 

 

「だから……先ずはお礼を言わせて?」

「い、良いけど……」

「颯樹くん、あの時は助けてくれてありがとうっ♪ そのおかげで夢だったアイドルへのスタートラインにも立てたし、これからの未来が楽しみなんだ♪」

 

 

 僕は少し頬を紅く染めた彩からお礼を言われた。

 

 

 ……あの時は本当に何とかしなくちゃと言う勢いでやってたし、そう言われるのも自然だから特に気にはしていないんだけど、まさかその彩を助けた翌日にアイドルバンドのマネージャーになるとは、思ってもみなかったのが本音かな。

 

 それに東京に帰郷してからかもだけれど、関わるのは贔屓目に見ても見目麗しい女の子が殆ど……どれだけ徳を積んだら一体そうなるのか、過去の自分から言わせて貰うなら、この場で正座をさせて小一時間問い詰めたいくらいだ。

 

 

「それと同時にね、私……」

「?」

 

 

 そう言った途端、彩は僕を見下ろす態勢から降りて僕と向かい合うように立った。その眼差しはアイドル活動や普段のバイトや学業に向ける物とはまた違った物だった。

 

 

「私……颯樹くんの事が好きですっ。まだ颯樹くんの事を何もよく知らないけれど、気持ちの強さなら千聖ちゃんや日菜ちゃんにだって遅れは取らない……そう自負してるよ」

「彩、その気持ちは嬉しいんだけど、何もここでやる必要は無いんじゃ」

「……だったら……」

 

 

 そこまで言い終わった彩は、手を自分の着ている制服のリボンに伸ばすと、ゆっくりと下に引いて解き始めた。それを受けた結び目が徐々に緩くなり、仕舞いには音も無くするりと抜けて床へ落ちてしまった。

 

 それを見た彼女は、今度は制服のボタンを外そうと試みようとしていた……いやいや、ちょっと待てよ!

 

 

「あ、彩……何してんだよお前!」

「私の颯樹くんに対する気持ちの強さ……言葉で言って分からないなら、行動で示す他に無いよねっ」

「いや、言わんとしてる事はわかる。だが、そんな簡単にやって良い事では無いだろ!」

「じゃあ……颯樹くんは、私の事が嫌い……?」

 

 

 突然の行動に対して僕は言及をしたのだが、思わぬカウンターが彩から飛び出して来た。先程全てのボタンを外し終わって制服のジャケットを脱ごうとしてた手が力無くぶら下がり、彼女の目許には涙が少しずつ溜まって来ていた。

 

 余程さっきの言葉が彩は堪えた様で、何かもう一押し拒絶の言葉を掛けられれば、間違い無く泣き出してしまいそうな勢いだ。

 

 

 ……どうしたものかなぁ……全く。

 

 こう言う時に気の利いた言葉が掛けられたら、僕としても願ったり叶ったりなんだが……うぅむ。

 

 

「私……颯樹くんの事、大好きなのに……せっかく二人っきりでお泊まりだから、もっと大胆に行こうってそう決めてたのに……っ」

「あ、彩……? ど、どうした……?」

「やっぱり、私じゃダメだったのかな……。千聖ちゃんみたいにお淑やかで博識な美人な人が、颯樹くんは好きなのかな……私なんて、全然目に入らないのかな……」

 

 

 なんて事考えてたら既に泣きそうだし!

 

 あー、もう! 我ながら何と手のかかるやり方をしたもんだよ全く……先ずは泣き止ませる、全てはそっから!

 

 

「……悪い、さっきは言い過ぎた」

「さつき、くん……っ」

「彩が僕の事を好きなんだって気持ちは、もう今ので充分わかった。だから、簡単に他人にそんな言葉を言わないでくれ。今この場に居たのが僕だったからまだ良いものの……下手をすれば彩自身が危険に晒されてたんだぞ」

「う、うん……でもね、わたし……本当に……っ」

 

 

 自分でも泣いてる女の子を抱き締めて宥めるとか、正気の沙汰とは絶対に思えない。一歩間違えたらその先まで進んでしまいかねない勢いだったし、それこそ違った選択をしてたら、この場で何か起こってしまいそうな物だった。

 

 ……僕の中の第六感が、絶え間無く危険信号を脳内で流すくらいには。

 

 

「然るべき時に必ず答えは出すよ。満足の行く物が返せないかもしれない……もしかしたら、彩の事を精神的にかなり追い詰めてしまうかもしれない」

「……さつき、くん……?」

「その時は好きなだけ責めれば良い。そう言われて仕方が無い事をしたんだ……その報いは全て受けるよ。でも」

 

 

 僕はそう言った後に、彩の顔を見て涙を左手の親指で軽く拭った。……もうここまでやったなら、どうにでもなれだ!

 

 

「どんな立場であれ、僕は絶対に彩の事を守り抜く。それだけはわかって欲しい」

「……うん、わかった……」

「すまない、こんなにも強く僕に想いを寄せてくれているのに、それにこんな形でしか応える事が出来なくて」

「ううん、大丈夫だよ……っ。私の気持ちが颯樹くんに届いていた、と言うだけでも……、すごく、嬉しいから……」

 

 

 ……本当に、彩は優しいな。信じた物や志した夢には凄く真っ直ぐで、分け隔て無く誰とでも仲良くなれるし、思った事を素直に表に出せるのは彩の強みだ。……でも、その純粋さは、時として自分を苦しめてしまいかねない。

 

 それこそ……誰かの支えが無ければ、堕ちる所まで落ちてしまいかねない程に。

 

 

 なら、僕がいつまで彩の事を支えてあげられるか分からないけど……彼女の心の支えであり続ける、それは変えちゃ行けない事だ。もちろん、ちーちゃんや他の三人の事も同じく支えるのは大前提として、ではあるけどね。

 

 

「さつきくん……」

「……今度は何?」

「……キスして、抱きしめて……。そして、二度と離さないで……っ」

 

 

 僕からのその質問に対する回答を待つ事無く、彩はキスをして来た。多少強引なのは否めなかったが、最初のに比べたら衝動性が無い為、ここら辺はまだ良かったのかな。

 

 

 ……そして僕と彩はキスをして抱き締め合った。

 

 翌日にちーちゃんから何か言われるのはもう確定だろうけど、事実を全て話せばわかってくれるだろう。そんな事を考えながら、この一時の逢瀬を感じる事となったのだった。

 

 

 その後は難無くお泊まりも進み、翌日には無事に予定通り進める事が出来た。大事なファーストライブ前に何をやってるんだと言われかねないが、そこに関しては濁して答えさせてもらおうかな。

 

 

「(颯樹くんの事は……絶対に、誰にも死んでも渡さないからね……っ。もちろん、千聖ちゃんやパスパレのメンバーにも絶対に……!)」




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次の更新予定日は未定ですが、予定としてはホラゲー回かコラボの第三話を執筆しようかと考えている所です。また更新ができそうなタイミングでTwitterを使ってご報告いたしますので、今暫くお待ちくださいます様お願い申し上げます(>人<;)


 それでは……次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第十九話

 皆さん、おはこんにちばんわ。咲野 皐月です。


 今回はようやくお待たせしました……Pastel*Palettesのファーストライブ回です!(……てか、語る事が無さ過ぎるのは考えものだし何ならライブ本番は次回ですが)


 それでは、本編スタートです!


「……」

「……」

 

 

 ファーストライブで着る衣装合わせから数日後の今日、ついにジブンたち『Pastel*Palettes』のデビューライブの日がやって来ました。集められた動機こそ様々で、最初はこのメンバーで上手くやって行けるだろうかと不安に思ってしまう事も多々ありましたが……今はそれなりに結束力も高まって、これからこの5人にマネージャーの颯樹さんを含めた6人で、手を取り合って頑張って行こうと思っています。

 

 

 そして、そんな事をジブンが考えてた他所では……未だお互いに顔を合わせて話をしようとしない、彩さんと千聖さんがまだ更衣の途中で、各々メイクをしていました。

 

 二人ともライブがあると言う事はわかってるので、その点については一安心なんですが、不用意に手を触れると今にも噛みつかれそうな雰囲気を肌で感じているんです……! 更に言うなら、ジブンたちはもう更衣が終わっているので、後は彩さんと千聖さんだけなのも余計に拍車をかけてるんです……っ!

 

 

「アヤさんとチサトさん、一昨日からずっとあの様な感じですけど……大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫じゃなーい? もうすぐライブも始まるし、いざとなれば切り替えれると思うよー」

「日菜さん、少しは状況という物をですね……」

 

 

 ……今、この瞬間ほど心の底から颯樹さんに居て欲しいと思った事は無いッスね。

 

 

「彩ちゃん、約束は覚えているわね?」

「うん。このライブで私が一度も噛まずミスせずにやりきれたら、颯樹くんに関して全て教えて貰うからねっ」

「約束は守るわ。まあ、一昨夜の貴女みたいに許可しても無いのにベタベタと男性に触れる様なヘマはしないから安心して」

「事ある毎に引き合いに出してくるね……良いよっ、絶対に成功させるから」

 

 

 お二人が抱いている颯樹さんへの想いの強さは、今までも何度か目撃しているので、特に驚く事じゃないんですが……こんな風に顔を合わせず、しかも売り言葉に買い言葉でやり取りをするこの光景が、ジブン的には本当に居た堪れなくて仕方が無いッス〜!

 

 

 ……どうしてお二人がこの様な始末になってしまったのかは、少し時間を遡って、昨日の練習の開始前にあった出来事をお話しなければ行けませんね。

 

 そう、あれは……確かジブンが機材調整の為にスタジオに到着し、準備を終えた頃合の時でしたね。

 


 

「……よし、これで完成です。我ながら作業にかかる時間もだいぶ抑えられて来ましたし、颯樹さんが来るまでもう少し時間がありますね」

 

 

 その時ジブンは他の方々よりも先にスタジオに入って、レッスンをする際に使う機材の調整を行なっていました。颯樹さんは諸用を片付けてから来るらしく、10分程開始時刻から遅れるとの連絡を聞いていましたので、ジブンはそれに合わせて行動をしていたんです。

 

 

 彩さんが歌う時のマイクスタンドの高さはこのくらいだったり、千聖さんや日菜さんにイヴさんはスピーカー等を経由して音を出さないと行けないので、その位置だったりを確認し、最後にマイクテストを軽く行なって……それが済んだ後に一息吐こうとした、その時でした。

 

 

「なんてことをしてくれたの、彩ちゃんッ!!!!」

「うひゃあっ!?!?!?!?!?!?」

 

 

 突如としてジブンの耳に聞こえて来たのは、千聖さんの本気で怒っている声でした。その拍子にお水を飲もうとしていた手が止まり、思わずキョロキョロと周りを確かめてしまう始末……。

 

 千聖さんの声、本当によく響きますね……。でも、ここまで怒るなんて一体何が?

 

 

 そんな事を思いながらも、未だに声の聞こえている方へと向かってドアを開けて見てみると、そこにはロッカーに挟まれた狭い室内で未だに正座をしていて半泣き状態の彩さんと、烈火の如く怒り狂っている千聖さんが居たんです。

 

 最初はジブンも半信半疑だったのですが、彩さんがジブンを見るなりその潤んだ目を此方に向けて来て……て、えぇ!?

 

 

「麻弥ちゃぁん、何とかしてぇぇぇぇ!!!!!」

「えっ、えぇっ!? そ、それは無理難題が過ぎますって彩さぁん! と言うか、一体全体どうしてそんな事に「彩ちゃん、まだ話は終わってないわよ?」あ、千聖さん……おはようございますッス」

「あら、麻弥ちゃん。おはよう。その様子だと、スタジオの機材チェックは終わっているのかしら?」

「あ、はい。つい先程終わったばかりです。あのー、差し支え無ければ何があったか教えて頂いても……?」

 

 

 ジブンは今までの状況説明を千聖さんに求め、そして回答を得る事にしました。まだ関わり始めてからそこまでは経っていませんが、このお二人は颯樹さん関連で少し面倒な事になっているのだとは薄々気づいていました。

 

 なので、この一件で少しでも知れる事が出来れば御の字だと思っているジブンが何処かに居たのも事実でした。

 

 

 そんな事を考えながらも話を聞いていると……何やら聞き逃せない驚く言葉が飛び出してきたんです。

 

 

「なるほど……千聖さんの言い分はよく分かりました。要は颯樹さんに無闇矢鱈に接触し、剰えその先に行きかねない雰囲気だったのがとても気に入らないんですね?」

「ええ。彩ちゃんは自分が颯樹に対してやっている事が、アイドルとして正しい姿じゃないと自覚していないわ。だからその事について少し説法を説いていたのよ。……颯樹の部屋に監視カメラを設置してて良かったわ。あれが無かったらどうしようかと」

「あはは……え? 今、何と?」

「え? 颯樹の部屋に監視カメラを設置してて良かった、と言ったのよ?」

 

 

 ……ジブンの勘違いじゃないッス、聞き間違いじゃ無かったみたいです!

 

 

「ち、千聖さん!? 颯樹さんの部屋になんて物を設置してるんですか!? 颯樹さんのプライベートまで知ってどうするつもりなんですか!」

「あら、颯樹の未来の正妻として重要な事よ? 何れ未来の伴侶となる身としては、家の中での様子だったり、休日の行動に細やかな表情の変化まで全部知り尽くしてる必要があるじゃない?」

「それにしたってやりすぎです!」

「千聖ちゃん、そんな話は私も聞いてないっ!」

 

 

 うわぁ……これは一体どうしたものか……。

 

 颯樹さんの事をもっと知りたいと言う認識は彩さんと千聖さんで互いに変わりない……でも、お二人の間は颯樹さんと関わって来た年数で圧倒的な壁ができている。ジブンとしては何方も応援するべきなのでしょうが、ここまで聞いてしまうと颯樹さんが不憫でならないですね……。

 

 

 そして時間も少し過ぎた頃合いで、日菜さんとイヴさんも来たので、ジブンは今起こった状況の全てを後の二人にも伝える事にしました。多かれ少なかれ颯樹さんの事は知りたいと思うでしょうし、これくらいの説明は有って然るべきですね。

 

 

「千聖ちゃん、いくら何でもそれはあたしでもるんっ♪としないよー」

「チサトさん……」

「そうね。けど、だからって解って貰おうだなんて微塵たりとも思って無いわ。貴女たちが彼と釣り合わない事は私が一番よく分かってる……だから、彼の事については私だけが知っていたら良いの」

 

 

 何処までも自分中心で、自分勝手。……しかも、さっきの言葉を例に挙げるなら、ジブンたちの意見も聞かず、颯樹さんの意志が組み込まれた形跡が無い。颯樹さんの未来の伴侶としてあるべき自分の独善的な想いをただ語っているだけ。

 

 

 ……これは、もし仮にその様な立場になれたとしても、素直に応援するなんて無理ッスね。颯樹さんと関わり始めてから期間はそこまで経っていませんが……こんな事を聞かされたら、ジブンも黙っている訳にはいきません!

 

 

「本当にそれで良いと思ってるんですか、千聖さん」

「あら、麻弥ちゃんまで私に口答えするのかしら?」

「いえ。ですが、今の千聖さんがもし仮に颯樹さんと付き合えたとしても、ジブンはお二人を応援するなんてできませんよ」

「そう、わかったわ。……彩ちゃん、約束の日までもう時間は無い……貴女の想いの強さ、見定めさせて貰うわよ」

 

 

 ジブンとの会話をそこで区切った千聖さんは、スタスタとロッカールームを後にしました。そしてその場に残ったのは、先程までジブンに抱き着いて泣き腫らしていた彩さんと、呆気に取られているジブンたちが残る事となりました。

 

 

「……どうする? 麻弥ちゃん、イヴちゃん。彩ちゃんは心持ちに変わりは無いから良いとしても」

「私は……サツキさんもチサトさんも、大切なパスパレの仲間です! その想いに変わりはありません!」

「麻弥ちゃんはー?」

「そうですね……ジブンもイヴさんと同じくですよ、日菜さん」

 

 

 そんな事を話しながら、ジブンたちもロッカールームを離れてスタジオへと向かいました。……ですが、その際に彩さんからこんな言葉が。

 

 

「麻弥ちゃん」

「……? 彩さん、どうかしましたか?」

「ねえ、麻弥ちゃん。もしもの時は……よろしくね。私は颯樹くんの事、絶対に振り向かせてみせるから」

「……わかりました。彩さんのご期待にどこまで添えられるかは分かりませんが、ジブンで良ければお手伝いさせて貰います」

 


 

 彩さんとの約束……その想いにジブンがどのくらい応えられるか、正直不安でしかありませんが、任された以上は全責任を持って果たすだけです!

 

 

「Pastel*Palettesの皆さん、開演五分前です。……っと、もうみんな準備万端かな?」

「ええ、もちろんよ」

「問題無しだよ、颯樹くんっ♪」

 

 

 控え室に入って来た颯樹さんからの声かけを受けて……先程までメイクをしていた二人も、彼の方を向いてそう答えました。こう言う時は直ぐに反応できるんですね……そんな気持ちに一瞬で変えてしまう颯樹さんが本当に凄いです。

 

 

 ……ジブンがアイドルになるなんて、今までの日々を何となく過ごしていたら絶対に考えられなかった事。ですが、この五人に颯樹さんを加えた六人で、これから頑張って行くんですよね。その先には苦労や挫折もあるかもしれない……でも、どんな時であってももう一人じゃない。

 

 ならば……ジブンのできる精一杯で、これからひたむきに頑張るだけです!

 

 

「……そうだっ♪ 開演前にみんなで円陣組もうよ!」

「もう、彩ちゃんったら……随分余裕ね?」

「そんな事言わないでよ〜! これをすれば気分も高まるかなって思ったんだ♪」

「私も賛成です! 円陣を組みましょう!」

「なら、さっくんも加わるべきだよねー?」

 

 

 彩さんからの円陣を組まないかと言う提案に、颯樹さんは若干否定気味でしたが……日菜さんや千聖さん、イヴさんは加わって欲しいのか期待の眼差しを向けていました。そして提案した張本人である彩さんに関しては、加わるのが当たり前だと言わんばかりの笑顔でした。

 

 

「……仕方ない、加わるか」

 

 

 そう言って颯樹さんは、苦笑いしながらもジブンたちの円陣に加わりました。

 

 ……アイドルの輪に男性が加わる、と言うのは世間一般からすると異様な光景かもしれませんが……颯樹さんもジブンたちの仲間と言う事実は変わらない。なら、この輪に颯樹さんが入るのは自然な事ですよね。

 

 

「それじゃあ、健闘を祈る。まあ、みんなが行くのはファンの前……輝くステージだけどね」

「うんっ♪ それじゃあ……まん丸お山に〜」

「パスパレ〜、ファイッ!」

『おー!』

 

 

 あはは……彩さん、盛大にスルーされましたね……。

 

 彩さんからの頼みもありますし、パスパレとしてのお仕事もあるので何処まで出来るかは分かりませんが、ジブンのできる範囲で頑張ります!




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回は……いよいよライブ本番に入りまして、その後の様子を少し書けたらと思っていますので、楽しみにしていて下さいませ。


 それではまた次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十話

 皆さん、おはこんにちばんわ。咲野 皐月です。


 今回は本編第二十話をお届けします。

 いよいよPastel*Palettes(パステルパレット)のファーストライブ本番ですよ(何事も無く終われば良いが、そうはいかないのが常なんだろうな……と思っている自分が居る)!


 それでは、本編スタートです!


「……さて、皆んな行ったかな」

 

 

 パスパレの円陣に突如混ざる事になり、つい先程までメンバー達と一緒に気合い入れをしていた僕は、一人になってしまった前室の中でそう一言零したのだった。

 

 やはり僕がアイドルの輪に加わるのは、烏滸がましい上に間違いだっただろうか……と頭の中でふと考えたが、そんな事を少しでも口に出そうものなら、確実に彩と千聖から大指摘を受けかねないので、その言葉は言わずに取っておく事にした。

 

 

「僕もこうしては居られない。自分に与えられた役割を全うしないと」

 

 

 前室で一人感傷に耽けるのも時間が勿体無いので、僕はくるっと扉の方に向かって、この部屋を出ようと足を踏み出した。あの5人だって自分たちのお披露目ライブを頑張ってるんだ……僕もやるべき事をやらないとね。

 

 

 そう思っていた……その時だった。

 

 

【TEL:非通知】

 

 

「ん、誰だろうこんな時に」

 

 

 僕の歩みを止めるかの様に、薄手の生地でグレーを基調としたジャケットにあるポケットから聞こえて来たのは……着信を知らせるアラームだった。スマホを取り出してディスプレイを確認すると、そこには短く非通知となっていて、少なくとも僕の見知っている人からの着信では無い事が容易に想像出来た。

 

 最初はプツリと切ってしまおうかとも考えたが、万が一それが自分に関係する事だったら後々怖いので、僕は渋々とその電話に応答する事にした。

 

 

「はい、もしもし。何方でしょうか」

『えーっと、貴方が盛谷 颯樹くん……かしら?』

「ええ、そうですが」

『やっぱりそうだわ! ごめんなさいね、お仕事中だったのに急にかけてしまって……。私は丸山 彩の母で由美と言います。貴方の電話番号は社長さんからお聞きしたんです。なんでも「連絡手段は多い方が良いから」と言う事でしたので』

 

 

 社長……。言わんとしてる事は概ね分かりますが、まずその当人に説明をするのが筋でしょうに……。

 

 

「……なるほど、そうでしたか。彩ならいつもと変わらず元気ですよ。先程ステージの方に向かって、今は演奏中です」

『そう、良かったわ……。あの娘ったら、昔から興味を持った物には全力だから、何か迷惑をかけていないかと思ったのだけれど、この分だと心配には及ばなさそうね』

「ええ。ですが、何かありましたら此方も確り対応致しますので」

『それを聞いて安心したわ。彩の事はビシバシよろしくお願いしますね♪ 私が許可しますっ』

 

 

 あはは……。ホント、何でこうも何処の馬の骨とも知れない野郎に期待大なのさ誰も彼も……。何かやらかすとも限らないって言うのに、いざと言う時が恐ろしく見えてしまうよ。

 

 

「分かりました。それで、ご要件はそれだけですか?」

『あ、ううん。実は颯樹くん……と、呼ばせて貰うわね。私が将来の貴方の義母になるかもしれない人だから。それで、その要件なのだけれど』

 

 

 ……彩。お前さ、僕の知らない所で何を喋ったの?

 

 そんな気持ちに少しずつなりながらも、僕は由美さんからの話を聞く事にした。彩が話しそうな事については概ね察する事は出来るのだが、生憎とそこからどうなるのかと言う事に関しては、少し僕では予想がしにくい所だ。

 

 

『颯樹くんさえ良ければ……彩と同棲して欲しいの』

「……え、あっ。は、はい……?」

『その事に関してなのだけれど、既に旦那とも話し合って決めているわよ。後は颯樹くんの了解次第にはなるのだけれど……』

「いやいやいや、待って下さい。僕と彩が……同棲?」

『ええ、そうよ。彩が選んだ人なら問題無い、私たちはそう思っているの』

 

 

 あのー、本当に一体全体僕の居ない所で何口滑らせたんですかねあのふわふわピンク担当は!?

 

 

「えっとですね、まずそもそも僕と彩はお互いに何も知らない状態でして」

『あら、同じバンド内で切磋琢磨しているじゃない。それで何も知らないは無理があると思うけれど?』

「……だとしてもです。それに、僕も彩ももう高校生……何かの間違いで変な噂でも立てば、僕たちだけじゃなくて貴女方まで巻き込む羽目になるんですよ?」

『その心配は無いわ。颯樹くんが彩の事、一生賭けて守ってくれるのでしょう?』

 

 

 ダメだ、この人と話してると全然会話にならない……!

 

 僕としては真っ当に包み隠さず本音を話しているつもりなのだが、どうも由美さんから見れば、僕が彩にその気があると思っている様で。これが向こうの一時の気の迷いなら僕は一向に構わないが、もし本気だったらと考えた場合、身の毛もよだつ感覚に浸ってしまう。

 

 

「あの、守る事に関しては全然良いんですけど。僕と彩はまだ関わり始めてそこまで月日も経ってないんですよ!? だから、彼女と同棲するだなんて……考えようにも考えられませんって!」

『……そうよねぇ。でも、どうしようかしら。あの子ったら一度決めた事は誰が何と言おうと変えた事が無いの……それに、私もそのつもりで彩に少し早いけれど花嫁修業の一環で少し手解きをしたんだけど……』

 

 

 ……彩、マジでこのライブが終わったら1回確りとオハナシしようか。彩がその気なら、僕にも考えがあるから。

 

 

「分かりました。では、こうしませんか」

『?』

「僕はあまりこう言う事を軽率に決めたくありませんし、何より其方も何も準備が出来ていないタイミングで決行する訳には行かない……違いますか?」

『そうね。こう言った物事は少しずつ段階を踏んでから、と言うのが通例だもの。それで……颯樹くんとしては、どうしたいのかしら?』

 

 

 僕は少し目を瞑ると、今考えられるだけの全てを由美さんに話す事にした。まだあの事について話せるだけの信頼は無いから、とりあえずここは無難に等価交換。そこまで達した上で、尚且つ気持ちが其方の思惑通りに傾いてたら、その話を受けよう。

 

 

「……早くて今年のクリスマスイブ、遅くとも来年三月の彩と出会った最初の日までには答えを出します。その時、僕が彩と共に寄り添うと気持ちを固めていたのならば……同棲の話を受けましょう。誰がなんと言おうと、異論は認めさせません」

『……ええ、それで良いわ。もし、貴方の気持ちが他の人に移っていたのなら、彩は颯樹くんを諦めないといけない、と言う事で構わないのよね?』

「はい。その時に僕がどんな選択をしてたとしても、彼女にはキッパリ諦めて貰います。これで大丈夫ですか?」

 

 

 これが僕の中でも譲れない、最低限のボーダーライン。

 

 彩が僕の事をそこまで気にかける理由は少しなら分からなくもないが、あそこまで行ってしまうのは、さすがにやりすぎだと思ってしまう。なら、この条件を課した上で今後の動向などを注視して選択すると言うのが一番無難かな。

 

 

『……わかったわ、その条件で手を打ちましょう。彩にも同じ事を説明するのよね? 私の方からもして良いかしら?』

「あ、お願いします。僕の方でもしますが、お母さんの方からもあるといざと言う時に忘れにくいでしょうから」

『……では、それで話を纏めるわね。それじゃ颯樹くん、彩の事をよろしくね?』

「はい。お任せ下さい」

『ふふっ、期待してるわよ』

 

 

 その言葉を最後に、彩のお母さんとの電話は切れた。

 

 ……全く。彩も何で関わり始めてそんなに経ってない僕の事を信用しきってるのかな……単に彩が警戒心が緩いだけ、ならそれまでで良いんだけど、そうで無かった時が本当に危険だったりするんだよね。

 

 

「さて、僕もお仕事を『皆さん、こんにちはー!』おっ、やってるやってる」

 

 

 控え室を出ようとしたその時、天井隅に設置してあるスピーカーから元気の良い声が聞こえて来た。どうやら、この感じだと1曲目は確り終わったみたいだ。

 

 

「急がなきゃね」

 

 

 スピーカーから聞こえて来た彩の声に元気を貰い、僕も控え室を後にした。僕が今回任されているのは、音響室に行っての調整との事なので、早めに向かって作業に取り掛からねば。

 


 

「皆さん、こんにちはー! 私たち」

『Pastel*Palettesですっ!』

 

 

 颯樹を交えての円陣を終えた後、私たちはお披露目ライブへと臨んでいた。私としては、女優にアイドルに……常人なら一日と経たずに弱音を吐きそうな内容だけれど、愛しの彼の為に全力でやり遂げてみせるわ。

 

 例え、そのお仕事がどんなに大変な物であっても、ね。

 

 

 今は彩ちゃんが先程披露した楽曲について説明してて、私はそれを傍から見守っている所。最初にカバー曲を持ってきたのは、見立てとしては間違ってなかった様ね。彩ちゃんとしては歌いやすかったと言ってたし、これくらいの事は難無くこなして貰わなければ。

 

 

「それでは、次に……メンバー紹介をしますっ! まずはギター担当の、氷川 日菜ちゃん!」

「はーい! ギター担当の日菜だよー、よろしくねー!」

「次に! ベース担当、白鷺 千聖ちゃん!」

 

 

 私の名前が彩ちゃんから呼ばれた時、お客さんの反応が少しざわついている様な感覚になったわ。……まあ、意外に思うのも無理無いかしら。普段の私を見てる人からすると、私がアイドルなんて、って思う人が殆どでしょうし。

 

 

「ベース担当、白鷺 千聖です。今日は私たちのライブに足を運んで下さり、誠にありがとうございます。最後まで楽しんで行ってくださいね♪」

「続きまして……ドラム担当、大和 麻弥ちゃん!」

「じ、ジブンですか!? え、えっと……ドラム担当の大和 麻弥です! よろしくお願いします!」

「続けて……キーボード担当、若宮 イヴちゃん!」

「キーボード担当、若宮 イヴです! アイドルとしての私もよろしくお願いしますっ!」

 

 

 私が自己紹介を終えた後、続けて麻弥ちゃんとイヴちゃんも自己紹介を終えたわ。麻弥ちゃんに関しては、まだまだ芸能界に入って少ししか経っていないから無理も無いけれど、イヴちゃんは流石と言う他無いわね。

 

 言葉の一つ一つが確り伝わっているし、きちんと笑顔も作れてる。モデルとしての経験がかなり活きてるわね。

 

 

 ……さて、あとは私の出番ね。

 

 

「そして。私たちPastel*Palettesを率いるリーダー兼ボーカル担当、丸山 彩ちゃん!」

「はーい! まん丸お山に彩りをっ♪ Pastel*Palettesふわふわピンク担当、みゃる山彩ですっ!」

「あははっ! 彩ちゃん噛んだー!」

「ちょっと、笑わないでよ日菜ちゃーん!」

 

 

 ……彩ちゃんったら、何をやってるのかしら……。

 

 この分じゃ、彼の過去は教えられない……資格無しね。

 

 

「ぅぅっ……。気を取り直して、2曲目に行きます!」

 

 

 日菜ちゃんと彩ちゃんのやり取りで会場から笑い声が聞こえて来た後、彩ちゃんは直ぐに立ち直って2曲目のコールをしたわ(ちなみにこの時の笑い声は、嘲りや失望等と言ったマイナスな物ではなかった)。物事の切り替えの速さに関しては、そこそこ及第点ね。

 

 ……でも、この分だと彼の事は教えられないわ。少し残念だけれど、颯樹の事は諦めて貰うしか無さそうね。だって私の定めた条件に反しているもの……異論は認めないわよ?

 

 

 そしてその後の「しゅわりん☆どり〜みん」も目立ったミスは見られず、私たちはお披露目ライブを大成功のままに終わる事が出来た。最初だからどうなるかヒヤヒヤしたけれど、無事に終えられてホッと一安心ね。

 

 

 ……だけど、貴女は私との約束を破った。

 

 その身で思い知るのね。颯樹の事を何も知らぬままこれから関わる事になる、貴女自身のこれからを。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 ちなみにファーストライブにて披露した楽曲は、リスト順にすると…「ドリームパレード」「しゅわりん☆どり〜みん」「パスパレボリューションず☆」の3曲です。このリストの中で配信順にすると、カバー曲で「secret base 〜君がくれたもの〜」が最初になるのですが、最初のライブでしっとりとした曲は……と思い立ち、このような形になりました。


 ……まあ、選曲理由は兎も角としても。

 今回選曲した曲はどれも良い曲ばかりですので、お時間がある時に聞いて頂けると幸いです。


 それではまた次回の更新にて。

 次の更新は番外編の話か……それか、ちょっと書こうか迷っていたお話か、本編の続きとみておりますので、気長にお待ち下さいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章
第二十一話


 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。


 前回の第二十話を持ちまして第一章を終了し、今回から第二章へと突入したいと思います!予定としてはこの第二章と第三章を長く取ろうと計画していますので、更新をお待ち頂けると幸いです。


 それでは、本編スタートです!

 ……ちなみに、今回から結構描写が際どくなる可能性大ですので、読む際はお気をつけて……。


「……」

『お願い、花音……貴方が頼りなの!』

「千聖ちゃん……」

 

 

 自室にある鏡の前で、今着ている寝間着から制服に着替える私の頭の中で響く、約2ヶ月前のあの光景。周りの人たちには勿論の事、私にですら弱い所を見せなかった……そんな千聖ちゃんからの藁にも縋る様な、必死のお願い。

 

 あの時はただ慰める事しか出来なかったけど、実際に颯樹くんと出会って、ある程度お話をして理解出来た……彼の人柄の良さと、千聖ちゃんが取り乱す程にお願いをして来た、その理由が。

 

 

「……颯樹くんと千聖ちゃんは、私が守らなきゃ……。例え何を犠牲にしたとしても、絶対に……!」

 

 

 私は決意を固め、自宅の扉を開ける。

 

 携帯には千聖ちゃんから『今日は仕事があるから、学校に来れない』と言うメッセージが届いていて、二人で話すには絶好の機会だ。……彼と会ってキチンと話をしなきゃ。私は貴方の味方だよ、って。

 

 そう考えていた通学路の途中に、同じく歩いていた颯樹くんの後ろ姿が目に入って、そこに向けて私は駆け足で寄って行く。

 

 

「おはよう!」

「花音か。おはよう」

 

 

 笑顔で私に挨拶を返す颯樹くん。

 

 

「今日はいい天気だね。ポカポカしててすっごく気持ちいい」

「少し風が強いのが玉に瑕だけどね」

 

 

 太陽の温もりを感じる暖かな気温と一緒に、彼の言葉通り風は辺りの木々を激しく揺らし、雲を勢いよく動かす。それは、身近な物にまで影響を齎してーーー。

 

 

「……きゃっ!」

「っ!?」

 

 

 下から巻き上げた突風はスカートを捲りあげ、お気に入りの水色のベーシックな下着が顕になった。私は急いでそれを押さえるけど、その色と形は完全に彼の視界に入ったらしく、咄嗟に私から目を背けては居ても、颯樹くんの顔は燃えるように真っ赤に染まっていた。

 

 

「……見えた、よね?」

「ご、ごめん……」

 

 

 下手な言い訳をせずに潔く頭を下げる颯樹くん。私は気にしてないよ、と慰めるけれど、やはり彼はそれからも謝り続けた。こう言う所も、千聖ちゃんの話していたあれが影響していたりするのかな?

 

 今はまだ、確信には至っていないけれど、彼がもし何か悩みを抱えているんだったら、力になってあげたい。私で気が休まるのなら、彼を癒してあげたい。

 

 

 そして学校に辿り着いて、午前の授業が終わった後。私は颯樹くんを連れて、中庭の方へと出て来ていた。

 

 

「そう言えば、颯樹くんってお昼に食べるお弁当っていつもどうしてるの?」

「ん、ああ。手作りしてるよ。既に出来上がってる物を買うより、作った方が節約にもなるしね。おかずに関しては夕飯の残り物とかが入る事もあるよ」

 

 

 そう言って颯樹くんは包みを開けて、蓋を取って中身を見せてくれた。その中に入っていたのは、卵焼きやウインナーと言った王道のおかずの中に……颯樹くんの好みなのかどうかは分からないけど、ふりかけが振られているご飯と、小鉢にハンバーグが入っていた。

 

 

 彼曰く、この形式なのはお母さんからの知恵らしく……毎日お弁当を買っても良いけれど、それだと日々食費に費やす費用が生活費の中で膨らんでしまうので、少し手間はかかるけど、お弁当を作って持って行く方が効率的だと聞いたみたい。

 

 

 私自身は弟が居るし、家族全員分のお弁当を日頃から用意しているけれど、一人暮らしの颯樹くんはそうも行かない。電気代にガスに水道に……それに加えて家賃も食費も、と考えると彼の母親が如何にして颯樹くんをここまで育てて来たのか、その大変さが伺えた気がした。

 

 

「そ、そうなんだ……実は、私も手作りなんだよ…っ?」

「へぇ……花音も手作りなんだ」

「うん。よかったら一口どう?」

 

 

 私は自分のお弁当箱の中にある卵焼きを箸で掴み、彼の口元へと運ぶ。やってる途中で、この行動の意味を思い出して顔が赤くなったけれど、そんな事を考えている余裕は無い。

 

 そして颯樹くんはそれを一口で食べて、驚いたように眼を見開いた。

 

 

「うまっ……。美味しいよ、花音」

「えへへ、嬉しいなぁ」

 

 

 素直な感想は純粋に嬉しい。彼はきっと、将来結婚しても奥さんに料理の感想を伝えてくれる、優しくていいお婿さんになると思う。

 

 

「じゃあ僕のも、よかったらどうぞ。花音の口に合うかはわかんないけど」

 

 

 颯樹くんから差し出されたのは、ジューシーで見てるだけでも美味しそうなハンバーグ。さっき言ってた、昨日の夕飯の残り物なのかな?

 

 デミグラスソースのかかったそのお肉を、私も頬張る。

 

 

「……っ、美味しい!」

「ありがとう、花音。そう言ってくれると嬉しい」

「颯樹くんって料理も上手なんだねっ♪」

「今はスマホで簡単にレシピを検索できるからね。それを真似して作ってるだけだから、僕は何も驚く事はしてないよ」

「それでもすごいよ。颯樹くんはもっと自分を誇ってもいいと思うよ?」

「誇るって……」

 

 

 あまり褒められる事に慣れていないのか、颯樹くんはちょっぴりバツが悪そうに笑った。でもその笑みには、自然と私も心を打たれる物があり、彼に連られて私も笑った。

 

 

 できれば将来は二人で並んでキッチンに立って、お互いに料理の腕を磨いて……なんて想像をしてみたけど、私にできるかちょっぴり不安だ。

 

 何せ、彼の周りにはたくさん女の子がいるから、少し私が目を離した隙に奪われてしまわないか、と言う懸念もある。

 

 

 そしてお互いにお弁当も食べ終えて、少し時間も過ぎた頃合いを見て、私は彼にこう話を持ちかける事にした。

 

 

「颯樹くん」

「ん、どしたの花音」

「……聞いたよ、あの時の事」

 

 

 私がそう話を切り出すと、彼は目を見開いて驚いた。

 

 ……無理も無いよね。だってあの事は、自分や幼馴染以外の人が絶対に知るはずが無い事なのに。

 

 

「……なんで、花音がそれを知ってるの? もしかしてちーちゃんから聞いた?」

「うん、ごめんね。実は私、颯樹くんが帰ってくる前に、千聖ちゃんから聞いたんだ。でもね、私は……颯樹くんの味方で居るよっ」

「えっ……それって……ちょっ!?」

 

 

 彼がそう驚くのも構わず、私は颯樹くんを勢い良く抱き締めていた。男の人の香りってあまり馴染みが無いけど、すごく落ち着くそんな感じ……でも、私が言いたいのはこれじゃない。

 

 ……確りしないと。颯樹くんに、伝えなきゃ。

 

 

「ねぇ、颯樹くん」

 

 

 一呼吸おき、気持ちを落ち着かせてから告げる。

 

 彼の瞳を見ていると、気を抜いていたら一気に吸い込まれてしまいそうな程に綺麗で……確り光もある。でもその裏には、この私がとった行動に対しての驚きもあるのかもしれないが。

 

 

「……キス、しよっか」

「えっ……ちょっ……」

 

 

 私の言葉に戸惑う颯樹くん。

 

 それに私は構わず……背中に合わせていた手で彼の頭を掴んで強引に私の唇へ導いた。初めは唇同士が軽く合わさる様なキス。それが次第に深く結び付いて、ぷはぁっと酸素を求めて深く息を吸う。

 

 

 私の初めて(ファーストキス)……こんな形で気になる男の子にあげて良いのかな、と言う迷いはあったけど、颯樹くんに私が貴方の味方だと教えるには、これくらい思い切った方が話が早い。

 

 

「花音……なんで、こんな事を………?」

「私は颯樹くんの味方って言う証拠を見せたかったの」

「それは良いけど、何もキスで見せなくても……」

「ううん、それだけじゃないよ。颯樹くんの事を心から信頼してるから、もっと恥ずかしい私をみせることができるの」

 

 

 先程のキスで頬が赤くほんのりと染まり、少し頭の中がふわふわとして来た私は、自然な流れで自分のスカートに手をかけた。それを捲ると、朝彼に偶然見せた水色のベーシックなショーツが顕になった。

 

 ……これは偶然ではなく、必然。

 

 みんなに言いふらさない事を信頼しての行動だ。

 

 

「ちょっ、何やってるの!?」

「ほら、こっちも良いよ……」

 

 

 スカートを捲っている手とは別の手で彼の手を掴み、自分の胸へと誘う。ゴツゴツとした男らしい手が柔らかい胸をギュッと握る。私自身でこの大きさを大きいと思った事は無いけれど、一般的な男の子から見たら、それなりにある……かもしれない。

 

 

「んっ……♡」

「え、えぇ……」

 

 

 驚く颯樹くんと、唐突に襲う快感に身を震わせる私。

 

 すごく恥ずかしくてたまらないけど、彼のためだったらなんだってできる。もちろん、その先も……もう彼の準備が出来ているのなら、今すぐにでもシてしまいたい気分。

 

 それくらいには……もう、私は全て颯樹くんにあげても良いと思ってる。

 

 

「か、花音……」

「私……ず〜っと颯樹くんの傍に居るからねっ。離れようと思ったとしても、絶対に逃がさない……」

「本気……なんだね?」

「うんっ、それくらい私は……颯樹くんの事、気になってるよ。もっと知りたい……このまま、許されるなら……もうひとつの初めても、奪って欲しい」

 

 

 千聖ちゃんと話してた中にこの展開は無いけど、二人で守っていこう……って言うのは、たぶんこう言う事も含まれてる。それに、放っておいたら本当に誰かが奪ってしまいかねない。そんな事は千聖ちゃんが一番良い顔をしないし、かく言う私だって同じ気持ちだ。

 

 ……だったら、他の誰ともしれない(ヒト)に奪われる前に、彼をその気にさせてしまおう。それが今出来るのは、他でもない……私だけなんだから。

 

 

「……ちーちゃんから聞いたなら、あとは分かるね?」

「うんっ。私の方も今朝の事は黙っていて欲しいから、これで条件は同じだよ。それに、覚悟なんてもう出来てる」

「……了解。なら、僕もそれに応えないと失礼だよね」

 

 

 そこまで言葉を交わした後、私たちはお互いに顔を近づけてキスをする態勢に入った。目も閉じて準備バッチリだし、この先は何をすれば良いか、もう自分で言わなくても分かる。

 

 そして……唇が再び触れ合うまで、数cm……。すると。

 

 

キーンコーンカーンコーン

 

 

「「……っ!」」

「鳴っちゃったね……予鈴……」

「そうだね。……戻ろう、授業に遅れる」

「うんっ……」

 

 

 颯樹くんからの言葉を受けて、私はお弁当の入ったバッグを持って彼に手を引かれて教室へと戻った。……は、良かったんだけれど、お互いにさっきの光景を思い出してしまい、授業をほぼ上の空で聞いてしまっていたのはまた別の話。

 

 ……ちなみに、颯樹くんはノートに全部板書を書き記していたとの事らしい。ええっ、私ですら書けて無いよぉ〜! 一体どんな精神の鍛え方をしてるの〜っ!?

 

 

 ……でも、颯樹くんの唇……すっごく柔らかかったし、手はかなり大きくてゴツゴツしてて……その先まで出来てたら、私はどうなってたんだろう……ふぇぇ、想像しただけで恥ずかしいよぉ〜っ!!!!!




 今回はここまでです! 如何でしたか?


 次回の更新は未定としていますので、更新予告の掲載をお待ち下さいませ(本編の続きか、久しぶりにそっち系の話もやろうかと計画中)。


 それではまた次回の更新にてお会いしましょう。

【追記】

 このお話の投稿日である5月11日は……『ハロー、ハッピーワールド!』のドラム担当で「迷宮のジェリーフイッシュ」の二つ名を冠する少女───松原(まつばら) 花音(かのん)ちゃんのお誕生日です!


 ……Happy birthday、花音!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十二話

 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。


 本編を昨日に更新した余韻も冷めやらぬままに、今回も本編の最新話を更新していきますよー!(全力全開フルスロットル過ぎるので落ち着く時が欲しいよタスケテ)


 それでは、本編スタートです。


「……んぁ」

 

 

 何処からか雀の鳴き声が聞こえて来そうな程の暖かな陽射しを受けて、僕は重たい瞼をゆっくりと開けた。昨夜は一体どうしてたっけ……確か、学校で花音と一悶着あって、彼女と一緒に下校もしていたのはよく覚えている。

 

 

 でも、記憶が無いのはそこからだ。

 

 そう言えば頭の中に薄らとだけど、染み付いた光景があったのは思い出した。あれは何だったか……、喉の所までは出てるのに言葉にするのが難しい。そんな感覚だ。

 

 

「今何時だ……。スマホ、スマホ……」

 

 

 布団から手を伸ばしてスマホを取ろうとした時、背中から何か抱き着かれる様な柔らかい感触が伝わって来た。更に言わせて貰うなら、その行動をして来た人物は小さく僕に聞こえない音量でくすりと笑ったかと思えば、腰辺りに回している手を自分の方に引き寄せて、僕を布団の中に引き戻したのだ。

 

 

 ……あー、なんか少しずつだけど思い出して来た。

 

 そんな事を頭の隅に考えながら、僕はこの中に引き戻した元凶と顔を合わせる事にした。そこに居たのは。

 

 

「……ふふっ♪ 作戦大成功っ♡」

「……おはよう、花音」

「おはよう、颯樹くんっ♪ 気持ちの良い朝だねぇ〜」

 

 

 水色の髪をサイドテール……今は、それを卸して腰に届くくらいまでの長髪にしている、同級生の女の子───松原 花音、その人だった。

 

 

「あの、そろそろ起きたいんだけど……この拘束を解いて貰っても良いかな」

「そうだねぇ〜、良いよっ♪」

「それと、昨日は確か風呂にも入ってないはず。まずはシャワーを浴びよ。何か身体中に違和感があるし」

「うんっ♪ じゃあお風呂でも……シちゃう?」

 

 

 ……全くこの子は。昨晩あんだけ激しかったろうに、それでもまだ足りないのかい……正直脱帽するよ、ここまで来ると。それか、一種の興奮状態なのかな。そこら辺は病院で診て貰わないと詳しい検査結果はわかんないんだけど。

 

 

 花音の言葉を聞いた僕は、彼女を連れてシャワーへと向かう事にした。その際にお姫様抱っこをせがまれたり、お風呂でもう一回となったのだが、前者は要望通りに応えて、後者は丁重にお断りさせて貰った。

 

 それを聞いた花音は少し不機嫌そうだったけど、此方としては起きて直ぐにもう一回なんて、正気の沙汰では無いよ、うん。何処の精力無尽蔵にあるそっち系主人公だよ全く。

 

 

 そうしてシャワーを済ませ、お互いに更衣を済ませて朝ご飯を食べている途中……花音からこんな提案を持ちかけられる事になった。

 

 

「ねぇ、颯樹くん」

「ん?」

「今日は土曜日だからお互いお休みでしょ? なら、私が制服のままなのは申し訳無いんだけど、私と一日デートしない? 気の向くままに何処かへ行って遊んで、そして夕方になったら帰って来る。お母さんには事前に『友達の家に2泊してくるね』って伝えてあるから、帰りにお夕飯の買い物もして。どうかな?」

 

 

 お出かけか……確かに、ここ最近はパスパレ関連で忙しなく動き回っていたし、新しいお仕事のお話は今の所来ていない。それに、ちーちゃんと麻弥が今日までお仕事で居ないから、他のメンバーには個人練習を欠かさずするように、と伝えてある。

 

 なら、花音からのこの提案に乗らせて貰おうかな。

 

 

「……わかった。食べ終えたら少し休憩して、それから出発しようか。花音が制服で行くなら、僕もそっちの方が良いかな?」

「あっ、ごめんね……気を遣わせちゃったかなぁ」

「良いよこれくらい。洗濯機は今夜回して、明日の朝には確り乾いてる様にすれば問題無いから。どうせなら、花音のも一緒に回してしまおう。そうすれば明日にはキチンと持って帰れるよ」

「えへへっ、ありがとう♪」

 

 

 そこまで打ち合わせを終えた僕たちは、簡単な朝ご飯を時間をかけて食べてから、お互いに準備を済ませてから街中に繰り出す事にした。その際に……花音から手を繋いで欲しいと言われたので、僕は自分の右手を花音の左手と繋いで応えたのだった。

 

 まあ、その後に恋人繋ぎにする必要はあったのかな、と思ったけれど……もう行く所まで行ったのなら、これくらい安いものかな。

 


 

「ん〜、涼しい〜っ♪」

「そうだね、適度にひんやりしてて快適だ」

 

 

 僕たちが今訪れているのは、自宅のある花咲川地区から少し離れている場所にある水族館だった。こっちに帰って来る前も水族館に行く機会はあったのだが、今ほど落ち着いて見に来ていただろうか……と正直不安が残る所だ。

 

 

「颯樹くん、行こっ♪」

「今日は目一杯楽しんじゃおうか。時間の許す限りね」

「うんっ♪」

 

 

 僕よりも少し先に居た花音に手を引かれて、僕らは水族館の中へと足を進めた。1階フロアは深海生物たちが多く展示されていて、それを見る度に花音が驚きっぱなしだったのが印象的だ。順路を進みながら周囲に広がる光景を楽しむエリアもあり、あるエリアまでは順調に進んだ。

 

 ……だが、次に訪れた展示エリアで、僕は花音の新しい一面を見る事になった。

 

 

「うわぁ〜、クラゲがたくさん居るね〜♪」

「……なるほど、クラゲか」

 

 

 そう、クラゲの展示エリアである。

 

 水族館に行く道中で花音から聞いた話だが、どうやら彼女は大のクラゲ好きらしい。その好き度合いは鑑賞時間の長さや本人の性格からも伺えたが……極め付けは、一度本当にクラゲに触ろうと手を伸ばした事があるみたいで、その時に手を思わず痺れさせてしまったとの事で。

 

 

 僕もクラゲに関しては見るのは好きだが、花音の様に実際に触れてまではちょっと遠慮したい所だ。

 

 

「ふわふわ浮かんで泳いでて、凄く気持ち良さそう……」

「確かにね」

「颯樹くんを今回ここに連れて来たのは、私の好きな景色を共有したいと思ったからなんだよ? いつもバイトや勉強とかで大変な時とか、辛い事や苦しい事があったりしたら……私は必ずここに来るんだ。だって、この景色を見ると、自分が悩んでいる事がちっぽけに見えて来ちゃって」

 

 

 花音から齎された説明に、心の何処かで納得している自分が居た。確かにこのクラゲたちを見ていると、頭の中で考えているマイナスな事が全て浄化されていく様に感じるね。

 

 ……もし許されるのなら、今この時だけはアイドルバンドのマネージャーとか、白鷺千聖のお気に入り、なんて堅苦しい肩書きからも解き放たれたい物だよ……。そう言うのは基本的に気にしない質だけど、どうしても心の中で考えちゃうからね。

 

 

「……颯樹くん?」

「……ああ、ごめん。何?」

「次のエリアに行くよ♪ 私のもう一つのお気に入りがこの先にあるんだ〜」

「へぇ、それは楽しみだ。行こうか」

「うん♪」

 

 

 そう言って僕たちが足を進めた先には、案の定と言うとこれは失礼に当たるが、展示エリアの中で水中を優雅に泳いだり、岩場でペタペタと歩いたりしているペンギン達が居た。どの子も見てるだけで心が癒されていくのを感じるし、確かに花音が好きになるのもわかる気がする。

 

 

 そして一頻り眺めた後、僕たちは再び1階に降りて、水族館の中にあるレストランで昼食を摂る事にした。その際にした話と言えば、クラゲだったりペンギン等の話だったので、僕は時折相槌を打ちながら花音の話を聞いていた。

 

 ……まあ、クラゲを触りたいかと言われたら、そこはあまり共感できないのだが。

 

 

 昼食を終えた後にその他に色々と見て周って居たら、時間も良い頃合になったので、今居る水族館を出て電車に乗って、住み慣れてる街へと戻って来た。

 

 その後電車から降りて駅から出た僕たちは、夕飯の買い物をして、僕の自宅へと帰宅した。花音の話では母親に話はしているとの事らしいのだが、僕としてはかなり不安もあるのが現実だったりする。……まあ、彩の母親みたいな始末は御免被りたいが。

 

 

「今日は楽しかったね♪」

「そうだね。これでまたひとつ、花音について詳しく知れた気がするよ」

「ふ、ふぇぇ〜」

「……さて、遅くならないうちに夕飯を作ろうか。今夜は油そうめんにするから、花音も手伝って」

「はーいっ♪」

 

 

 そう言って僕は買い物袋をテーブルの上に置いて、花音には手を洗ってくる様に伝えた。その途中で花音が迷っていたので、即座に駆け寄って洗面所まで案内をする事になったのはもう安定としか言えまい。

 

 

「へぇ〜、油そうめんって奄美群島の郷土料理なんだね〜。ちなみに颯樹くんはこれを誰から?」

「母さんから聞いたんだ。お野菜を無駄無く使うなら、この方法が一番早いって聞いたからね。普通に野菜炒めにしても美味しいんだけど、今回は少し手間をかけようかと」

「そうなんだぁ」

 

 

 花音に逐一説明を挟みつつ、僕は調理を進めて行った。

 

 そしてそこから数分後、油そうめんも出来上がって、付け合わせのお味噌汁もできた頃合で、僕たちは夕飯にする事にした。

 

 

「うわぁ、どれも美味しそう…♪」

「そう言って貰えるなら嬉しいよ。それじゃあ」

「「いただきます」」

 

 

 その挨拶を済ませて夕飯を食べ始め、僕たちはお互いに目の前にある物全てを、胃の中に少しずつ入れて行った。たまに花音がテーブルから乗り出して食べさせて来たが、それは軽く窘めた後に応える事で何とか乗り切っていた。

 

 

 ……さて、決行するならそろそろかな。

 

 そう考えた僕は夕食を食べた後に立ち上がり、2階の自室へ行って探し物をした。それを見た花音は不思議そうな顔をしていたのだが、こればっかりは彼女に知られてはまずいからね。

 

 

 そして1階に降りた後、僕は花音の隣に座った。

 

 

「え、えっと……どうしたの、颯樹くん」

「花音。今日って誕生日だったよね?」

「え? まさか……覚えててくれたの?」

 

 

 いいねいいね、その反応をしてくれるなら此方も渡しがいがあるよー?

 

 

「まあ、ちーちゃんから聞いたんだけどね。それを受けてこっちで用意してたんだ。……はい、どうぞ。その小箱の中にあるのが、花音へのプレゼントだよ」

「ありがとう……。開けても良いかなっ」

「うん、どうぞ」

「それじゃあ、失礼します」

 

 

 そう言って箱を開けた瞬間、花音の眼がキラキラと輝き始めた。その中にあるのはクラゲをモチーフにしたブローチで、先週のお休みの日に雑貨屋さんで購入していた物だ。普段使いも出来るので、お出かけや少しオシャレに着飾りたい日などには持ってこいだと思っている。

 

 

「凄い……ありがとうっ♪」

「喜んでくれて何よりだ……んむっ!?」

 

 

 花音からのコメントを聞いたその瞬間、僕はいきなり自分の唇が塞がれる感覚に浸った。するとそこには顔を真っ赤にして、今にも物理的に食べてしまおうと言わんばかりの花音が、そこに居た。

 

 

「えへへ…っ♡」

「……っ!」

「今日は私の誕生日……だから、何をリクエストしても良いんだよね…っ?」

「ま、まさか……」

 

 

 そう身震いした……時既に遅しだった。

 

 

「この後のお風呂からで構わないけど……いっぱい、シよ♡朝はお預けだったから、夜は良いよねっ♪」

「ちょっ、花音……うわっ!?」

 

 

 今朝見たまんまの表情をした花音に捕まり、僕は為す術無く連日コースになってしまうのだった。確かに今日は花音の誕生日ではあるけれど、それとこれとは話が別なんじゃ……なんて、今の花音に言っても通用しないか……。

 

 

「(颯樹くん……私と千聖ちゃんがずっとずーっと傍に居るからね♪ その為なら何でもするよ、そう……何でも、ねっ♡)」




 今回はここまでです。如何でしたか?

 もうこれ以上レベルを上げられないよ……誰かタスケテ……タスケテーーーーッ!


 次回の更新日については未定となっておりますので、更新予告をお待ちくださいませm(_ _)m


 それではまた次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十三話

 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。


 今回は本編の内容を進んでいきたいと思います!

 ……まあ、こんだけ甘々な展開が続くと、どうしてもよく思わない人ってやっぱり居ますよねぇ……ってのを簡単なあらすじとしてご紹介しまして。


 それでは本編、スタートです。

 最後までごゆっくりお楽しみ下さい。


 普段となんら変わらない並木道。

 

 昨日の行なわれたレッスンの影響からか、私の体はいつも以上に重く感じる。……いや、別に太った訳じゃないよ? その重いじゃないからね!? などと、ノリツッコミをしながらトボトボと一人寂しく歩いている。

 

 

「何か良い事起きないかなぁ……」

 

 

 ヒューっと風が吹いて、その風は朝早く起きてセットした髪を乱す。所々寝癖もピョンと跳ねていて、整えた意味がもう無くなってしまった。こんな状況を千聖ちゃんに見つかれば、大目玉間違い無しだろう。

 

 ここのところ、本当についていない。ストレスが溜まる一方だ。……そんな時だった。

 

 

「……あっ! 颯樹くん!」

 

 

 曲がり角で大好きな彼、颯樹くんの姿が目に映った。

 

 いつも通りの身だしなみで、太陽に照らされ風で髪が靡く今の姿は、カメラワークとしてすごく完璧だ。日菜ちゃん流でいう所の、『るんっ♪』という感情が私の沈んだ気持ちを高揚させる。

 

 

「颯樹く〜ん!」

 

 

 私が駆け寄ろうとしたタイミングで、トコトコと後ろから駆ける花音ちゃんが姿を現した。

 

 

「遅いよ。何してたの?」

「そこで可愛い猫ちゃんを見かけて、つい……」

「ただでさえ花音は迷子になりやすいんだから、勝手に一人にならない様にね?」

「ご、ごめんなさい」

「全く……ほらっ、これで迷子にならないでしょ?」

「うんっ♪」

 

 

 二人は確りと硬く手を繋ぎ、嬉しそうに足を進めた。その姿はまるで、お似合いのカップルの様に映る。……いつの間にあの二人が? いや、それ以前に花音ちゃんの家はここから全然違うところにあるはず。

 

 まさか、昨晩は颯樹くんの家で泊まってきた? それじゃあやっぱり……。ダメだ。今はもうそのことしか考えられない。これまで溜め込み独り抱えてきたストレスが許容量を超え、私の自制心を崩壊させた。

 

 

「確かめなくちゃ…………」

 

 

 空の瞳でそう呟いて、私は二人の後を追う。

 

 そうして学校に着き、一人になったタイミングを見計らって恋敵(かのんちゃん)に接近する。

 

 

「おはよう」

「おはよう……って、彩ちゃん?」

 

 

 傍から見れば何気ない挨拶。だけど、私の表情は完全に死んでいる。

 

 

「ちょっと聞きたい事があるんだけど……いいかな?」

「う、うん。大丈夫だよ」

「ここで話すのもなんだから、ついてきて」

 

 

 私は教室を後にし、屋上へと向かう。

 

 ここは普段、休み時間とかで談笑する時やお昼ご飯を食べる時によく人が訪れる場所だけど、朝礼間近のこの朝早い時間は誰もいない。

 

 二人きりになるにはぴったりの場所だ。

 

 

「あの、彩ちゃん……?」

 

 

 心配そうに私の事を見つめる恋敵。

 

 

「一つ教えて貰ってもいいかな」

「えっ?」

「颯樹くんとは、どういう関係?」

 

 

 恋敵は戸惑うような表情を浮かべる。

 

 私の考えなら二人はおそらく…………そして、ぐっと握った拳を胸に当て応える。

 

 

「颯樹くんは……私の彼氏(たいせつなヒト)だよ」

 

 

 聞きたくもなかったその言葉。

 

 視界が歪み、まるで渦潮の中にでもいるような感覚に堕とされる。これは夢だ、悪い夢なんだ。

 

 

 ……頼り甲斐があって、優しくて、笑顔が素敵で、私の大好きな彼が私以外に恋人を作るはずなんてない。私の脳内はこの現状を真っ向から否定する。

 

 ……だけど、現実は非情だ。一つ壁を越えたと思ったら、また一つ壁が出てくる……まるで無限地獄。

 

 

「颯樹くんと……昨日何があったの?」

「彩ちゃんがそれを知って、そしてどうするの?」

「どうするって、聞きに行くんだよ。何故私以外の女の子を選んだのか」

 

 

 私は自分の思ったまま全部を伝えた。言いたい事は全部伝わってるはずだし、私の思う所は全てわかっている。……なのに、恋敵が私に向ける表情は……酷く冷徹だった。

 

 

「颯樹くんが、どうして彩ちゃんを選ばずに私を選んだか……分かる?」

「えっ、何でそれを……?」

「颯樹くんはね、彩ちゃんでは想像も出来ないくらいの闇を背負ってる。彩ちゃんが今まで経験してきた苦しみとは、明らかに訳が違う」

 

 

 それは千聖ちゃんから聞いていた通りだ。私なら全てをわかってあげられる……颯樹くんの悲しみに、寄り添ってあげられるのは、私だけだから。

 

 

「……じゃあ、何も知らない方が良いよ」

「えっ……」

「理解してどうするの? わかってそこから何をしてあげられる? 私と同じ様に迫ってみる?」

「な、何で……そんな事……」

 

 

 私の考えていた事が筒抜けなのか、恋敵の表情は依然として怒りから変わっていなかった。むしろそれは酷さを増していて、颯樹くんの黒い部分に触れようとした時の千聖ちゃんと同じだった。

 

 

「……ごめんね、彩ちゃん。勝手に颯樹くんを奪っちゃう様な真似をして。でも、私は千聖ちゃんの事も颯樹くんの事も大切……そのうえで、颯樹くんは私を受け入れてくれた……」

「だから……私に、諦めて……って……?」

「そうは言ってないよ。だけど、今の彩ちゃんが颯樹くんの全てを背負おうとしても、何処かで押し潰されちゃう……いつかその重圧に負け、彩ちゃんの今まで築き上げて来た全てが砕けてしまうかもしれない……」

 

 

 恋敵からの拒絶の言葉……それは、私の心を抉るには充分すぎた。見えない何かが私の心臓を握り潰すかの様に、私は苦しくなってしまった。

 

 

 でも、私にだって譲れない理由がある。

 

 ましてや、関わり始めてそこまでしか経ってない花音ちゃんに奪われる筋合いなんて、私には無い。

 

 

「私が颯樹くんと出会った理由、話したよね? 私はもうあの瞬間から、彼しか居ない……そう思って」

「……颯樹くんに必要なのは、盲目な恋心じゃないよ。厳密に言えば、それだけじゃ足りない。わかってあげようとしても、結局認めて貰わないと意味が無いの」

「えっ……」

「お願い、彩ちゃん。諦めて?」

 

 

 その言葉で私は絶望の谷から突き落とされる。

 

 勢いよく背中を押し出される、そんな感じ。優しさなんてそこにはない。谷に堕ちながらも必死に手を伸ばすけど、頂上にいる恋敵はそのまま重力に逆らわず空を舞う私を嘲笑うかのような笑みを浮かべ、高笑いする。

 

 

 穏やかでふわふわした子だと思ってたけど、やはり千聖ちゃんの友達というだけはある。……とんでもない悪女だ。私の思いなんて知らず、颯樹くんと悪女二人だけの世界を形成する。

 

 そこに私が踏み入れるところはない。

 

 ……はなから勝負にすらならないのだ。

 

 

「諦め、られないよ……」

「それでもダメ。これは彩ちゃんのためでもあるんだよ?」

「私のため?」

「さっき話した通り、颯樹くんの抱えている闇はあまりにも深い。私は、それを受け入れる覚悟あるし、自信もある」

「それなら、私も……!」

 

 

 私も覚悟は出来てるし、自信もある……そう続けようとした言葉は、花音ちゃんからの言葉と行動で遮られた。

 

 

「彩ちゃんは自分の現状を理解してない。見てみて、今の自分を」

 

 

 恋敵は自分の制服のポッケから手鏡を取り出し、その鏡で私姿を映す。瞳からは光が失われ、憎悪が顔に滲み出ていて酷い有様だ。演技でもこんな表情はできない、素の自分。

 

 実に醜く、汚らしい。

 

 こんな事は考えたくないけれど、今の私が彼の傍にいる資格なんてない。

 

 

「……ねえ。千聖ちゃんは、この事をどう思ってるの?」

「少なくとも、私は信頼して貰ってる。だからこそ話してくれたんだと思うよ」

「そっか……」

 

 

 ……私じゃなくて、花音ちゃんなんだ。それだけ、千聖ちゃんから私は信頼されていないって事。花音ちゃんが知っていて、私は知らない……私と恋敵の間に出来た、大きな溝。それは私の気付かない間にどんどん広がっていたのかもしれない。

 

 

『貴女に颯樹の過去を知る権利は無い』

『どうして!? ファーストライブは成功したのに!』

『彩ちゃん……私は事前に言ったはずよ? ライブで一度でも噛んだり、ミスをしたり、機材トラブル等でそれ自体が中止になったら、彼については教えないと。だから、潔く諦めて頂戴』

『そ、そんな……』

 

 

 ライブ後に伝えられた、拒絶の一言。

 

 それが今も私の心に影を差していて、立ち直るのに時間がかかってる。そんな中で伝えられた、花音ちゃんからの言葉。認めたくない現実が、私の喉を刺し貫こうと刃となって突き付けられている。

 

 

 ……花音ちゃんに質問するのは、これが最後。

 

 そう考えた私は、まず彼女に確認をする事にした。自分の置かれた状況を再認識する為に。

 

 

「ねぇ、花音ちゃん。二人はもうしたんだよね?」

「うん」

「花音ちゃんと体を交えて、彼の闇は少しでも和らいだ?」

「……うん。颯樹くんは、私に全てぶつけてくれたよ」

「そっか、そうなんだ……」

 

 

 深い絶望の底に背中から堕ちた。ドンッ、と鈍い音が響きぴくりとも動かなくなる。そんな悲しみに暮れた私を救ってくれるのは、きっと……。

 

 そして始業のチャイムが鳴り響いた。

 

 

「もう時間だね。話があるならまた後で」

 

 

 恋敵は私を置き去りにし、屋上を後にした。

 

 たった一人取り残された屋上で立ち尽くす……敗北者と化した私。その瞳は未だに暗く、希望への道筋なんて見えはしない。勝てない。今の二人には、どんな事をしても。

 

 

 私は嫉妬深くて、とことん諦めが悪くて……同級生やバンドメンバーとの恋愛戦争に負け、深い谷底へ堕ちた哀れな女。救いの糸が降りてくる事は決して無く、この先の人生を悲観する醜い女。

 

 

 彼も、きっとそんな気持ちを抱えて生きてきたんだろう。

 

 ……私との決定的な違いは、救いの手が差し伸べられたということ。慈愛の女神に等しい二人から祝福を受け、少しずつではあるけど希望の空へ向かい羽ばたいてるのだろう。

 

 

「……情けないよね、私。これじゃアイドル失格だよ」

 

 

 照り付ける太陽を少し遮る様に雲が隠し、過ごしやすい爽やかな空気とは違って、私の心は今にも暗雲が立ち込めてしまいそうな程に暗く深い。それは、今まで夢に向かって一直線に進んでいた過去の私と、決定的に違う物。

 

 過去の私なら、何て言ったかな。今の私を見て、あの時の私は何と声をかけたのかな……。

 

 

 トップアイドルを目指す為に事務所に入って、何度も何度も諦めずにただひたすらに努力し続けた過去の私……あの時の私は、間違い無く立ち止まらずに進み続けていた。どんな苦しい事があっても、絶対に諦めたりなんかしなかった。

 

 自分の憧れたトップアイドルを目指して、我武者羅に真っ直ぐに。でも、今の私は違う。同級生からの言葉で簡単に壊れかけてしまう……脆くて儚い存在。

 

 

 颯樹くんの事について、知りたいと思う気持ちは誰にも負けたりしない。その気になればトップアイドルの座も、颯樹くんの隣の椅子すらも取りに行く事だって、出来ない訳じゃ無かった。

 

 

「……でも、悔しいなぁ……。私が颯樹くんの事を好きな気持ちは、誰にも負けてないはずなのに……。花音ちゃんや千聖ちゃんには、絶対に遅れを取らないって、そう思ってたのに…っ!」

 

 

 私はたった一人残された屋上で、声の限り泣き叫んだ。

 

 今のこのどうしようも無い気持ちを、どうにかして表に出してしまわないと、もう心が潰れてしまいそうだった。それくらい私にとっては、さっきの話は衝撃が強かった。痛くて、辛かった。

 

 

 そして暫くした後、いつになっても戻って来ない私を心配したのか、慌てた様子の紗夜ちゃんが屋上に現れた。泣き止んだ後で彼女からたっぷり怒られたし、燐子ちゃんからはかなり心配されてしまった。

 

 クラスメイトにまで心配をかけるなんて、私……自分じゃ気づかない間に、弱くなっちゃったな……。それだけ、颯樹くんが私の中で大きな存在になったって事だろうけど。

 

 

「(私はもう……手加減なんてしない。颯樹くんと未来を歩むのは、この私しか居ない。絶対に奪ってみせるよ、例えどんな事をしても)」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次の更新時期は未定となっておりますので、更新予告の程をお待ち頂けますと幸いです。


 それではまた次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十四話

 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。


 今回も本編……なんですが、先のツイートでもお知らせした様に、当初予定していた内容から少し話の内容を変更してお届けしようと思います。


 それでは本編、スタートです。


「えへへっ、新しい夏服に水着も買えたし、今日は良い事尽くめだな〜♪」

「あはは……その序に僕の服まで選ぶなんて。彩の情報の速さには全く恐れ入るよ」

「選んだ水着に関しては帰ってから着てみせるから、その時に詳しく感想を聞かせてね♪」

 

 

 少し前に一学期の中間考査も終わり、五月も終盤に差し掛かってジメジメとした日が続く時期になってきたこの頃。私と颯樹くんは偶然できたお休みの日を使って、二人でショッピングモールにお買い物へ来ていた。

 

 この経緯になったのには、彼のいつも着ている服装が関係していて……曰く。

 

 

『えっ、いつもの組み合わせじゃダメなの?』

 

 

 全くもう……人の心には直ぐ気づくのに、こんな所でズボラなんて、すっごく勿体無いよっ! どうせなら千聖ちゃんや花音ちゃんにビックリして欲しいし、私の実力を見せるならまたと無い機会! 

 

 そんな訳で服屋さんに来て、颯樹くんの服装を見繕ったんだけど……想定通り。ううん、寧ろそれ以上。

 

 

「まさか颯樹くんが暗色系以外の服装もイケるなんて……これは着せ替えのしがいがあるかもっ♡もしかしたら、それが影響してモデルのお仕事も来たり♪」

「ないない。背もそこまで高くないし、僕には不向きだよ」

「謙遜することないよ♪ ほらっ、次はコレね!」

 

 

 私は見繕った服を次々と颯樹くんに着せて行って、個人的に気に入った物をプレゼントする形で購入する。次のデートで彼に着てもらう姿を想像すると、ニヤニヤが止まらない。

 

 

「本当に良かったの?」

「うんっ、私が欲しかったから買っただけだから!」

「ありがとう」

「どういたしまして♪」

 

 

 私は颯樹くんからの質問に対して、そう答えた。

 

 本当は彼の服装から何に至るまで、隅々まで全部私が見たいくらいだけど、今はまだその時じゃない。颯樹くんに振り向いて貰うまでは、こうして少しづつ距離を縮めていかないと。

 

 

 そう思っていると、颯樹くんからこんな言葉が。

 

 

「お礼と言っては何だけど、お昼をご馳走させてよ。何が食べたい?」

「美味しかったら何でも大丈夫!」

「なら、適当に歩いて見つけようか」

「うん!」

 

 

 颯樹くんからの問い掛けにそう答えた私は彼の腕をぎゅっと掴んで、その横を歩く。

 

 こんな風景でも、周りの人から見れば仲睦まじい男女のデートに見えるのかな。もし、本当に颯樹くんとお付き合いする事が出来て、一緒にお買い物とかお出かけが出来たらすごく楽しいんだろうなぁ♪ 

 

 あれ、なんだろう……ふわぁ〜、キレイ……。

 

 

「ん、どしたの彩。行くよー?」

「ねぇ、颯樹くん。これ……」

「え?」

 

 

 私の眼に偶然留まったのは、純白のウェディングドレス。フリフリも多くてすごく可愛くて……だけどその中で何処か神秘的な雰囲気すら感じる、そんな衣装。

 

 ……すっごく見ててドキドキする……見ているだけで惹き込まれてしまいそうで、虜にさせられちゃう。

 

 

「(私……今はアイドルとして新米だから、まだその時じゃないけれど……もし、トップアイドルになれて、颯樹くんと未来を歩める様になったら……)」

「あのー、すみません。お取り込み中の所宜しいでしょうか?」

「へっ、へぇあぁっ!? な、なんですか!?」

「あ、ごめんなさい! あまりにも熱心にご覧になっていたので……」

「い、いえ! 何でもありませんのでっ!」

 

 

 私はその場からそそくさと離れようとしたけど、店員さんは引き止める。

 

 

「もし良かったらなんですけど、其方のドレスを試着されてみてはどうでしょう?」

「えっ?」

「実はですね」

 

 

 店員さん曰く、店の特集を雑誌で掲載するにあたってモデルを募集していたらしい。そこにたまたま私たちが通りがかり、それで声をかけられたと言う感じだ。

 

 

「パスパレの丸山(まるやま) (あや)さん、ですよね? いつもテレビで拝見してますよ」

「あ、ありがとうございます!」

「こちらとしても、事務所の方にオファーを掛けるか非常に迷ったのですが……これも何かの縁です、ぜひお願いします!」

「……は、はいっ! 私で良ければ、そのお話を受けさせてくだしゃい!」

 

 

 うぅ、噛んじゃったよぉ……でも、お仕事じゃないから大丈夫だよね、ねっ!

 

 

「ありがとうございます! よろしければ、其方の彼氏さんもご一緒にどうぞ……お二人とも被写体として映えると思いますので、きっと良い写真が撮れます! ささっ、此方へどうぞ!」

 

 

 店員さんは半ば強引に私たちを室内へと案内する。

 

 数ある種類の中で私が選んだのは、プリンセスラインの物だった。あくまでも個人的な印象にはなるけど……これこそ結婚式に似合う衣装だと思ったからだ。

 

 

 試着するのを手伝って貰い、試写室で待つ颯樹くんの元へゆっくりと歩み寄る。

 

 

「…………おお」

 

 

 颯樹くんは私の姿を見て、大きく眼を見開いた。

 

 

「どう、かな?」

 

 

 スタッフさんに手伝って貰いながら試着したそれは、彼にとってとても衝撃的に写ったみたいで。暫く眺められていたので、驚かせようと思っていた私も思わず顔が真っ赤になってしまった。

 

 

「似合ってるよ……すごく、キレイだ」

「あ、ありがとう……っ。颯樹くんも、その格好……すごくかっこいいよ……っ」

「あ、あはは……。この服装、僕が着るにはまだ早いと思ってたんだが」

 

 

 颯樹くんはバツが悪そうに少し笑いながら、私の衣装についての感想を述べた。お互いに顔が赤く染まってるから、どっちが支えないといけないのか分かったもんじゃなかった。

 

 

 ……嬉しいんだけど、嬉しい事には変わりは無いんだけどもっ! そこは真っ直ぐ私の方を見て、サラッとキザな一言でも欲しかったな……なんてっ。

 

 

 颯樹くんの着ている衣装は、白を基調としたタキシードで、胸ポケットに白い薔薇を挿せば……正しく結婚式で着る様なそれと同じだった。

 

 

「いやー! 二人ともすごくお似合いですよ〜っ! 準備が出来ましたら此方にどうぞ! 雑誌に掲載する用に写真撮影を行ないますので、試し取りで何枚か撮影をした後、本番で何枚か撮らせて貰いますね〜。それじゃあ、先ずは彩さん単体でお願いしま〜す!」

「はーい!」

 

 

 店員さんに促されて、私は写真を撮る。

 

 ウェディングブーケを両手に持ち、微笑むような笑顔でカメラに映る。……いつもの撮影は元気溌剌っ!と言った感じで撮られる事が多いけど、今日は違う。

 

 花嫁としてこれからの幸せに胸を躍らせるような役柄で、そんな気持ちを抱いている。

 

 

 私なら颯樹くんと……。

 

 妄想の中で繰り広げられる新婚生活を思い浮かべ最高のパフォーマンスをする。

 

 

 デビューしたての時は緊張のあまり満足に応えられなかった。

……けど、今は違う。恋愛という貴重な経験を得て、私はかつての自分とは比較にならない位の成長を遂げたのだ。

 

 

 

「おっ、良いですね〜! その幸せそうな顔をもう少しカメラに向けてくださいね〜!」

 

 

 スタッフさんからのそんな指示を受けながら、私は暫く撮影を続けて行った。

 

 ……こんな経験はただ普通にアイドル活動をしてるだけじゃ、絶対に経験できなかった。でも、颯樹くんとあの日、あの時、あの瞬間……運命の出会いをしていたから、今こうして向き合えてる。そう考えたら、颯樹くんには感謝してもしきれない思いでいっぱいだ。

 

 

「……はいっ、OKです! じゃあ今度は彼氏さんも交じって撮影してみましょー!」

「颯樹くん、一緒に撮ろっ♡」

「……わかった。それじゃあ、お願いします」

「わかりました! 先ずはそうですね〜、彩さんが颯樹さんに抱き着いてみましょうか!」

 

 

 店員さんからの言葉を受けた私は、近くに置いてあった台の上にウェディングブーケを置いて、彼の腕に抱き着いた。それはもう、満面の笑みを浮かべて。

 

 

 これほどの幸福感を未だ嘗て味わった事があったかな。それってアイドルのオーディションで合格になった時かな? ……いいや、違う。もしかしたら、Pastel*Palettes(パステルパレット)のリーダー兼ボーカルになれた時かな……ううん、これも違う。

 

 

 そう、その幸せはまさに今この時だと思う。

 

 形としては偽装夫婦だろうけれど、こうして彼の横に立っていて、雑誌の特集として掲載されるのだから、私としてはこれ以上の事は無い。

 

 

 ……今はまだ颯樹くんの隣に立つに相応しくない女の子かもしれない。……だけど、私は諦めない。たとえそれが同じバンドの仲間からだろうと、バイト先が同じで共に働く仲間であったとしても、私の好きな人は私の手で必ず奪ってみせる。

 

 

「良いですね〜、お二人とも幸せな雰囲気が伝わってきますよー! じゃあ……ラストは……結婚式では定番のアレ、行ってみましょうか!」

「アレ……?」

 

 

 アレ……?

 

 ……確かに、あの流れは結婚式ではお決まりの行動。こんな事をするのは初めてだし、心臓も今までに無いくらい脈打ってる気がする。でも……隣には愛する彼が居る。

 

 落ち着いて……深呼吸。私なら出来る、私なら……絶対にやれるっ。

 

 

「お互いに向き合って……それでは、行きますよ〜!」

 

 

 その合図でシャッターが落ちる直前、私は彼の頭の後ろに手を回し、強引に唇を奪った。これこそ、待ちに待った瞬間。……私たちは今、夫婦となったのだ。

 

 

「いいですねぇ! 最高でした!」

 

 

 ほんの数秒の出来事だったけれど、私は今日と言う日を一生忘れる事は無いだろう。今は心の中が幸せで満ちていて、その余韻に浸っている。

 

 

「彩……」

「えへへっ♪ ドキドキ……してくれたっ?」

「まあね。あの場面で流石にキスは驚いたよ」

「ふふっ♡」

 

 

 恥ずかしそうに頬をかく颯樹くん。

 

 仕方ない、と言った様子で気持ちを切り替えるも、彼にはちょっとだけ気がかりな事があったみたいで……?

 

 

「ていうか、シレッと舌を入れようとしたよね」

「……あっ、バレてた?」

 

 

 結果として彼の唇を奪った事には成功したけど、そのさらに奥まで奪う事はできなかった。……本当の所はと言うと、もっと濃密で深いキスを望んでいたけど、彼はそれをされる寸前ギリギリで阻止した。

 

 まあ……私としては、そんな事を誰にでも軽率に許さない彼が好きなんだけどね。

 

 

「以上で撮影は終了になります! お疲れ様でした〜!」

「「お疲れ様でした(〜!)」」

「いやー、本当にお二方は最高のカップル……いえ、私から見れば夫婦に見えましたよー! そんな方々の撮影を担当できまして、とても光栄です!」

 

 

 スタッフさんの笑顔を見ると、私たちまで嬉しくなってしまう。それもこれも……颯樹くんと出会えたから、こんなにもドキドキしてるし、今回の撮影を行う事が出来た……それを考えたら、今くらいは余韻に浸っても良いだろう。

 

 

「あっ、もし良ければなんですが……写真を現像してお渡ししますよーと言ったら、どうですか? 欲しいですか?」

「もちろん!」

「わかりました。こちらで準備が出来次第、送付させて頂きますね」

 

 

 私と颯樹くんの結婚式の写真……これはもう部屋に飾るしかない。

 

 その写真を入れる為に新しい写真立てを買って、あっ、アルバムにも入れたい。携帯にだって保存したいし……とにかく、颯樹くんとの思い出はいくらあっても困らない。

 

 

「それじゃあそろそろ行こっか」

「うんっ!」

 

 

 試着してる衣装を返却し、元の服装へと着替えた私は彼の手を恋人繋ぎにして、店を後にした。その際に店員さんから『末永くお幸せに〜!』と聞こえたので、私としてはすごく嬉しくなってしまった(颯樹くんは終始居た堪れない顔をしてたけど)。

 

 

 その後私たちは近くにあったカフェに寄って、美味しい紅茶とケーキに舌鼓を打っていた。曰く……これは花音ちゃんと千聖ちゃんから教えられた物らしくて。

 

 

「はぐっ!?」

「……今日は私とのデートだよね。私以外の女の子の事は考えちゃ、ダメだよ……っ」

「……悪い。無神経だった」

 

 

 彼の口の中に、私のショートケーキを強引に押し込む。

 

 

 いくら颯樹くんと言えど、今は私とのデート中。他の女の子の事を少しだけでも頭の片隅にあるのだけは、絶対に許せないよ。……せめてこのデートの時くらいは、目の前に居る私の事だけ考えて欲しいな。

 

 

 そんな事を考えながら、私は彼にこの質問をした。

 

 

「颯樹くんは……私と結婚できたら、幸せ?」

「うーん。彩はおっちょこちょいだから、家事をこなせるか不安になるかなぁ」

「もぉ〜! 私だって人並みにはできるんだからね!」

「それでも心配」

「む〜」

 

 

 なかなか信用してくれない彼に頬を膨らます。私だってその気になれば、お掃除や洗濯だって……料理も出来ると思う。まだお母さんに習ってる途中だから、あまり期待以上の成果は望めないと思うけれど。

 

 ……でも、そこまで心配してくれるのは、私に対しての愛情があるからなのかな? 

 

 

 

「……っと、まあ心配になってしまうからこそ、目が離せないと言うか。今と何ら変わらないと思うよ」

「んもーっ!」

「あははっ。それじゃあ、食べたら行こうか」

 

 

 ……もしかしたら、颯樹くんのその陽だまりの様な優しさに二人は惹かれたんだろうなぁ……。そう考えたら、羨ましくなって来ちゃった。颯樹くんにもっと触れたい……貴方の全てを……知りたい。全部。

 

 

 お昼を楽しんだ後、私たちは帰路に着いた。

 

 十分ショッピングを満喫したのもあるけど、今は何より彼と触れ合っていたい。その気持ちが今の私の思考を支配している。そんな気持ちを抱きながら、私は颯樹くんにこう問い掛けた。

 

 

「ねっ、このまま……颯樹くんの家に行っても、いいかな?」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回はこの続きからになりますので、更新を楽しみにお待ち下さいませ。


 それではまた次回の更新にて。


【追記】
 この話の投稿日である、5月25日はDJユニット『Lyrical Lily』に所属するDJ担当…春日(かすが) 春奈(はるな)ちゃんのお誕生日です!

 僕の方では誕生日回をご用意できませんでしたが、この作品と同時更新されている『可憐なる少女達と紡ぐ日常』にて、春奈の誕生日回が更新されております。該当作品のリンクを下に貼っておきますので、お時間があればぜひ読んで貰えると幸いです。


 そして最後に……Happy birthday、春奈!


【作品リンク】『可憐なる少女達と紡ぐ日常』
https://syosetu.org/novel/288929/


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十五話

 皆さん、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 今し方「空想メソロギヰ」を聴きながら執筆作業をしているのですが……この先の展開が、何だかその手の話よろしくドロッドロになりそうだと肝を冷やしながら書いております(^_^;)


 今回は前回の続きとなります。

 当初のジューンブライド回は前回と今回の話で区切る予定でしたが、予定を変更しまして次回で区切ろうと思います。その次の話からは文化祭Partを予定しておりますので、更新まで今暫くお待ち頂けますと幸いです。


 それでは……本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみ下さいませ。


「ねぇ、このまま颯樹くんの家に行ってもいいかな?」

「えっ? それは別に良いけど……何でまた?」

「今日は一緒に居たいな。私……今、颯樹くんと居たい気分だから」

「……わかった。帰りにスーパーに寄って買い物しよう。付き合って」

 

 

 私が帰り際にそう問いかけると、颯樹くんからの承諾が貰えたので……それに私は笑顔で頷いた。その時に少し腕を組んで歩いても良いか聞いたけど、歩行の妨げにならなければと言う条件の元に承諾を貰う事が出来た。

 

 

 ……えへへっ、颯樹くんのお家でお泊まり……ファーストライブ前のあの日以来だけど、それが気にならないくらいには楽しみだなっ♪ 

 

 日菜ちゃんで言う所の『るんっ♪』と言う気分で、彼の横を歩く。

 

 

「夕飯は何を食べたい? ご馳走するよ」

「やった! それじゃあ……カレーが食べたい! 野菜がごろっとしたやつで!」

「おーきーどーきー」

 

 

 私たちは最寄りのスーパーに立ち寄り、じゃがいもや、にんじんに、玉ねぎ等々……今晩のカレーに入れる食材を次々とカゴの中へ放り込む。販売されている値段も一つ一つ注視しながら、お得に買える物は見逃さない様にしていた。

 

 

 人によってカレーに入れる隠し味とかは変わると言うけれど、私の家ではよく焼肉のたれを入れる。お母さん曰く、フルーツが入ってるから美味しくなる……と言う曖昧な理由らしい。まあ、美味しいんだからそれは関係ないんだけど。

 

 

「颯樹くんの家では隠し味に何を入れるとか、そう言うのはあるの?」

「んー、そうだな……母さんからよく聞いてたのは、ヨーグルトだったかな。何でも少し混ぜると(まろ)やかになって且つコクが出るから美味しいみたいで。僕もそのやり方を教わってるよ」

「へぇ〜」

 

 

 そんな事を小耳に挟みながらも、私たちは買い物を進めてお会計を済ませ、自宅(颯樹くんのだけど)へと向かった。その際にお母さんに連絡はしてるのかと聞かれたけど、カフェでお会計をしている間に済ませておいたので、そこは問題無いよと答える事が出来た。

 

 

 そして家に辿り着いて中に入り、颯樹くんは買い物袋をテーブルの上に置いた後、フックにかかっているエプロンをサッと身に付けた。黒を基調として所々に赤のラインが縦に入っている物で、短く切り揃えられた彼の髪型と、外から中に入っても違和感の無い服装にピッタリ合っていた。

 

 

 はぅぅ……颯樹くん、すごく格好良いよ〜っ♡

 

 何でも確り着こなせる人って、モデルさんとかそう言った類の人なのかなと思ってたけど……それをして居なくてあの見栄えなら、確実に殆どの女の子が揃って涙目になるはず。……実はかく言う私もそうなんだけど。

 

 

「さっ、手を洗って来て。彩のリクエストを作るんだ、確り手伝って貰うからね……と言うか、どしたのそんなに眼をキラキラさせてこっちを見るなんて」

「……はぅぅ……すごく格好良い……」

「? 何も無いなら良いけど、早く手を洗って来てね」

「……はっ! はーい!」

 

 

 ダメダメ。私、完璧に颯樹くんに見惚れてた……。

 

 せっかく私の方から誘ってお泊まりまでこじつけたのに、こんなんじゃこの先が不安だらけだよ……確りしないと、私! 

 

 

 その後私は颯樹くんからじゃがいもの芽取りと、それを終えた後の玉ねぎも一緒にして皮剥きをお願いされた。皮剥きに際してのコツはバッチリ彼の話を聞いて理解したし、手元を滑らせなければ上手にできるはず……と思う。

 

 

「おっ。彩に包丁を持たせるのは少し危険かな〜と思っていたんだけど……なかなか良い手際じゃん」

「えへへっ、ありがとう♪ 颯樹くんの方もピーラーを使っての皮剥き、すごく良い画になるよ♡」

「ありがとう。その皮剥きとかが終わったら、少し切る時のテクニックを教えようかな。少しづつレベルアップして行かないと」

 

 

 これも何れ来るであろうお仕事の為……そして、颯樹くんと結婚する為の準備だからねっ! 

 

 

「颯樹くんっ、皮むきと芽取り終わったよ〜」

「OK。そしたらそれを切ろうか。これもやってみる?」

「……っ、良いの!?」

「良いよ。さ、その皮を剥いた物を俎板(まないた)の上に置いてくれるかな。まずはじゃがいもから」

「はーいっ♡」

 

 

 私は颯樹くんの指示通りにじゃがいもを俎板の上に置き、それを切る態勢に入った。そうすると後ろから柔らかい感覚が伝わって来て……って、えぇっ!? 

 

 

「ちょっ……えっ、えぇっ!?」

「ほら、下手に喋らない。集中して。サポートするから」

「う、うん……っ」

 

 

 うぅ……颯樹くんって、その気があるのか分からない言葉をたまに言うから困っちゃうよぉ……。でも、その優しさに花音ちゃんや千聖ちゃんは惹かれたんだよね。……かく言う私もそうなんだけど。

 

 出来れば……この時間が永遠に続いて欲しい。何の邪魔も入らず、私と颯樹くんの二人っきりの、幸せな時間が。

 

 

「彩。手が止まってるよ」

「えっ? ……あ、ああ! ごめんなさい!」

 

 

 颯樹くんに誘導されるままに、私は調理を進める。野菜を切って、お肉の下拵(したごしら)えも熟し、そして鍋に放り込んでそれを煮詰めていく。彼は口頭で簡単に説明していたけど、その工程はどれも大変なものばかり。

 

 

 いつもこれをこなしていたお母さんには、本当に頭が上がらない。それと同時に……あまり料理の手伝いをして来なかった事を後悔する気持ちも湧いてきた。

 

 ……明日からでも、お母さんに料理を習っていこうと心の中で誓った。

 

 

 カレールーも入れ終わって少しした頃……それができるまでの間、私たちはソファに腰を下ろす。二人で横に並び、目の前にあるテレビをつける事無く会話を始めた。

 

 

「今日は颯樹くんと二人きりになれて嬉しい♪」

「ほんとに?」

「うんっ!」

 

 

 颯樹くんの前で嘘なんてつくはずがない。私は満面の笑みを浮かべて、そう答える。実際に彼と居て幸せな気分になるのは事実だし、誰が何と言おうと私が颯樹くんの事を好きな気持ちは、絶対に変わらない。

 

 

「彩は本当に良い子だ。僕は……キミの様な、素直でまっすぐな子が好きだよ」

 

 

 微笑むようにそう告げて、颯樹くんは私の頭を優しく撫でてくれた。彼の温もりを感じた私は、言葉にできない程の幸福感に満ち溢れた。大好きな颯樹くんから頭を撫でて貰える……その行動の意味は人それぞれだけれど、私としてはすごく嬉しい。

 

 このまま……ずぅっと幸せな時が続けば良いのに、なんてそんな事を思ってしまう。

 

 

 ……じゃあ、今この時だから聞ける事、颯樹くんに聞いちゃおうかな。

 

 

「……ねぇ、颯樹くん」

「ん? どしたの?」

「……花音ちゃんと身体を交わらせて、どうだった?」

 

 

 その言葉で颯樹くんの表情が固まる。まさか私がこんな話題を出すなんて思ってなかった様な顔だった。……でも、私は颯樹くんが大好き。花音ちゃんや千聖ちゃんと同じか、それ以上には。

 

 だからこそ、私は彼自身の口から事実を聞きたい。彼がどんな答えを出したとしても、私の気持ちに変わりは無いから。

 

 

「どうだった、か……。そりゃもちろん、気持ちよかったってのが第一かな」

「他には?」

「花音を感じられて心地よかったと言うか、安心感があったと言うか……」

「他には?」

「あの……どうしてこんなこと聞くの?」

 

 

 私の言葉に疑問を浮かべて、そう問いかける颯樹くん。

 

 だって、花音ちゃんの返答を聞いたら、その颯樹くんがどう思ってるのかは私だって知りたくなる。もしかしたら勢いのままだったのか、それともお互いに承認があっての事なのか。

 

 

 颯樹くんの事だから、花音ちゃんと同意の上で事に踏み切ったんだろうけど、置いてけぼりになった私としては、すごく気分が落ち着かない。

 

 

「別に、私が気になっただけだよ」

「そっか」

「うん」

 

 

 これまでの幸せムードは鎮まり、私たちの居るリビングには沈黙の時間が流れる。二人しか居ないから静かになるのも仕方無いけれど、この状況になったのは私にも理由がある。

 

 

 でも、颯樹くんにはどうしても聞きたかった。

 

 ……今後私が彼と……そしてその周りに居る恋敵たちとどう向き合っていくべきか、確認する為に。

 

 

「……私ね」

「うん」

「すごく寂しかった」

 

 

 私はそう言った後、彼の胸に勢い良く飛び込んだ。あの時と同じ様に、優しくて暖かい……そんな感じ。でも、その時と違うのは、もう彼には花音ちゃんの匂いが着いてるという事。

 

 颯樹くんは花音ちゃんの事を意識してるし、花音ちゃんも颯樹くんの事を意識してる……そしてその中には、幼馴染の千聖ちゃんだって。

 

 

 ……心底あの二人が羨ましい。私だって、颯樹くんの事が大好きなのに。

 

 

「彩……」

「お願い。何も言わないで」

 

 

 戸惑う彼にそう釘を刺した私は、颯樹くんの胸に抱き着き続ける。……今はただ彼の温もりを感じていたい。胸の中で息を吸って吐き、耳を心臓に当て彼の鼓動を間近で耳にする。

 

 千聖ちゃんや花音ちゃんはこれ以上の事を……。想像するだけで気持ちがさらに昂る。

 

 

「鼓動、すごく早い」

 

 

 彼と密着して気づいた事。……これは彼自身も緊張しているからなのか、興奮しているからなのかはわからないけど、普通の状態とは程遠いんだと言う事はよくわかる。

 

 

 彼の顔を見ると、その答えはすぐに出た。

 

 ほんのりと赤らめたその表情は、間違いなくこの反応が後者だと言う事を理解した。

 

 

「(あぁ……やっぱり私、颯樹くんの事が……どうしようも無いくらい、好きなんだ。心臓の鼓動がもう抑えきれない……)」

 

 

 分かってはいた事だけど、彼を前にするとドキドキが止まらなくて……いつもハキハキ言えてる言葉も、少しタジタジになってしまって。彼の事を考えるだけで胸がポカポカして、彼に何かあったかと思うとすごく胸が苦しくなる……。

 

 ……アイドルとしての私じゃない、たった一人の女の子としての私の……最初で、最後の恋。私にとって颯樹くんは……まさしく『初恋』。そして『運命の人』。

 

 

「……ねぇ、颯樹くん。あの時も言ったと思うけれど……もう一度、言わせて欲しいな」

 

 

 颯樹くんに一言そう告げた私は、ひと呼吸おいてから彼に想いの丈を伝える。

 

 

「私は……あなたが好き。大好き。心の底から、そう思える」

「彩……」

「今すぐ返事して、とは言わないよ。だけど、私の気持ちも理解して欲しい」

「……」

 

 

 視線を外して軽く頬を掻く颯樹くん。赤らめた顔は未だ引かずそのままの状態だ。自分の中で状況整理が上手くいっていないのか……視線が少しだけキョロキョロと動いている様だった。

 

 

 そして少し時間が経った頃、彼はまっすぐ私の眼を見てこう言った。

 

 

「……あの時も言ったけど、もしかしたら彩の事を傷付けてしまうかもしれないよ。それでも良いなら、待ってて欲しい。必ず答えは出すから」

 

 

 彼のその言葉を聞いた直後、私は颯樹くんにキスをした。花音ちゃんや千聖ちゃんとした以上には、あまり感じないかもしれないけど……私なりの精一杯を込めた、永遠の愛を誓う……本命のキス。

 

 颯樹くんが望むのならば、私は一夫多妻でも一向に全然構わない……でもたった一人、私だけを選んでくれるならそれまでだけれど、彼のこの性格を考えると、あとの二人の事も大事だと言いそう。

 

 

 ……なら、私は彼にとって心の拠り所で無ければならない。絶体絶命な状況を助けて貰ったのだから、今度は私がそれに応える番だ。

 

 

「……あれ?」

 

 

 私の腕に何か固いものが当たりそこを凝視する。

 

 ズボンがテントを張るほどの盛り上がった下半身は彼の今の気持ちを表しているかのようだった。……初めて見る男の子の証、それをそっと軽く指先で触れる。

 

 

「これ、どうしたの?」

 

 

 首を傾げて、顔を真っ赤にする彼に問いかけるが顔を逸らすだけで返事は返さない。ムッと頬を膨らませた私は、颯樹くんの事を少しだけ苛める様にに指の腹で押したり、スーッとゆっくり滑らせたりする。

 

 

「どうしてこうなったの?」

 

 

 イタズラな笑みを浮かべて訊こうとするも、颯樹くんはやはり返事をしない。

 

 

「……ふーん、まあ良いよっ。カレーを食べ終えた後、お風呂には必ず入るから……」

 

 

 そう言って私は颯樹くんの首の後ろに手を回し、緩くホールドする様に彼と見つめあった。彼の戸惑ってる瞳……すごくキレイで、ちょっとだけイジメたくなっちゃう。それくらいには光があって、見ているだけでキスしてしまいそう。

 

 ……でも、それはご飯を食べた後でもできる。なら、今はここまで。

 

 

「その時に……私の事、好きにしていいから……ねっ♡」

 

 

 彼にそう告げて頬に口づけをし、カレーの入ったお鍋の火を止める。そして立ち直った彼と一緒にご飯をお皿に盛って、その上にルウをかけようとした……その時だった。

 

 

「……ん?」

「どうしたの、颯樹くん」

「……ごめん、電話だ。……はい、そうですけど」

 

 

 突然彼の方に電話がかかって来た。

 

 応答している様子から見るに、急ぎの用事とかでは無いのは分かるんだけど……相手は一体誰なんだろう? 私がそう思っていると、颯樹くんの様子が目に見えて変わる瞬間が訪れた。

 

 

「……えっ!? 傘を忘れたっ!?」

「!?!?!?」

「あー、まあ日中は傘要らずだったからね……と言う事は夕飯を用意してる時に降り始めたのかな。……とりあえず、少しの間そこに居て。迎えに行く」

 

 

 電話の相手に対してそう伝えて通話を終えた後、颯樹くんは急ぎ足でエプロンを外してフックに立て掛けて……小さなショルダーバッグを肩から提げ始めた。中に貴重品等を入れた彼は、私の方を振り返ってからこう伝えて来た。

 

 

「だ、誰だったの?」

「花音だよ。……とりあえず、今から走って花音を迎えて来る。バイト上がりだと言ってたから、お腹も空いてるはず。それでこの大雨……今の状態で花音を帰せば、確実にびしょ濡れだ。花音の分も用意しててくれたら助かる!」

「う、うんっ! わかった!」

「……頼むよ、彩っ!」

 

 

 そう言って颯樹くんは、黒い大きな傘を差して夜の街中へと駆け出して行った。確かに今は梅雨の時期に入ってるから、それを考えると妥当なのかな、と割り切る事が出来た。

 

 

 ……花音ちゃん……例え相手が友達であっても、彼を欲すると言うのなら、私は容赦しないからね。……絶対に。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 前書きでもお知らせしました様に、ジューンブライド回は次のお話までで区切ろうと思います。そしてその後からは文化祭Partをやりながら、ヒロイン候補三人の恋心の深刻化をさせて行ければと考えていますので、何卒よろしくお願いします。


 それでは……また次回の更新にてお会いしましょう。


【追記】


 この度……本作品である『新日常はパステルカラーの病みと共に(Rev.)』が、お相手方に『白き蝶に導かれて・・・』を執筆されている、なかムーさんをお迎えしてコラボをする事となりました。

 その際にやる内容などは協議を重ねており、現在制作が進められている真っ最中です。


 公開日時や話の内容に構成などはまだ此方の方からはお伝え出来ませんが、その時になれば読む事が出来ると思いますので、楽しみにお待ち下さいます様よろしくお願いします。


 そして……この度、この様な作品とのコラボを快く承認して下さったなかムーさんには、心より感謝を申し上げる所存でございます。今後ともご迷惑をかけるかと思われますが、何卒よろしくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十六話

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 今回は前回お知らせしていた通り、ジューンブライド回のラストとなります。その後は文化祭Partに入っていこうと思いますので、把握のほどよろしくお願いします。


 それでは……本編スタートです。

 最後までごゆっくりお楽しみ下さいませ。


「ふぇぇ……、ごめんねっ? 天気予報だと晴れるって言ってたから……」

「気にしないで。僕だって今日は彩と出掛けてたし、そう思っちゃうのも無理無いよ」

 

 

 僕は大雨の街中を走り抜けて、バイト上がりの花音を迎えていた。道中でお腹が空く音が聞こえたので、彼女にはみかん味のキャンディを渡したが。

 

 

「えへへっ♪」

「ふふっ、喜んでくれて何よりかな。さっ、もうすぐ着くよ」

「うんっ♪」

 

 

 コロコロと口の中でキャンディを転がす花音に癒されながらも、自宅に辿り着いた僕はポケットから鍵を出して家の扉を開ける。

 

 

「ただいまぁ」

「あっ、おかえりなさーい!」

「…………えっ?」

 

 

 パタパタとスリッパの音を鳴らし、エプロン姿の彩が僕たちを笑顔で出迎える。その光景を見て花音は驚き、ゆっくりと僕の方へ視線を向ける。

 

 もちろんそれは歓迎するような物などではなく、どうして他の女がいるの? という怒りに満ちた悍ましいものだった。

 

 

「花音ちゃんもおかえり♪」

「う、うん。ただいま」

 

 

 僕の横で取り繕うような笑顔を貼り付け、彩に返事を返す花音。その瞳には困惑の表情が浮かんでいた。

 

 

「ど、どうして彩ちゃんがここに?」

「あー、これは斯々然々(かくかくしかじか)……」

 

 

 僕は花音にこれまでの経緯を全て説明した。まあ、ブライダル雑誌のモデルになったと言うのは割愛するにしても、それ以外は説明しないと割に合わないと思ったからだ。

 

 ……そして、一頻り説明を終えたタイミングで、部屋の奥から何かが沸騰するような音が聞こえた。

 

 

「……っ、彩! 早くキッチンに!!」

「ああ〜! 大変〜!」

 

 

 忙しない様子で彩は再びキッチンへと戻る。

 

 その間に、花音を風呂場まで連れて行ってバスタオルを渡す。あれだけの雨できっと体が冷えているからだろう、とお風呂に入ってもらう予定だったのだが……。

 

 

「まずは説明してもらえるかな?」

 

 

 花音の後方で阿修羅がまるでスタ○ドのように浮かび上がって、僕を睨みつける。

 

 

「え、えっと……ちなみにどこまで『全部っ♡』ア、ハイ」

 

 

 僕は花音に洗いざらい全てを白状する事にした。

 

 日中は彩と一緒にブライダル雑誌のモデルとなって、二人で撮影した事と、その帰りにカフェでお茶をして、その流れでお泊まりまでする運びになった事。

 

 事実が事実なだけに僕の心は抉れ続けていて、下手をしたら木っ端微塵になりかねない程だった。

 

 

「そうだったんだぁ……」

「ごめん、花音。こう言うのは先に説明するべきだったよね」

「ううん、気にしてないよ。でも、そうなんだ……彩ちゃんとブライダル雑誌のモデルを……羨ましいな…っ」

 

 

 頬に手を添え赤く染める花音。

 

 やはり女性にとって、ウェディングドレスというものは特別なのだろう。結婚式は女性が主役というけれど、それに相応しい服ともなれば当然か。

 

 

「……今度機会があったらまた行こうか」

「うんっ!」

 

 

 花音は満面の笑みを浮かべそう答える。

 

 また同じ店でとなると面倒だから、別の店を調べておく必要があるな。となるとちーちゃんのも同じ様にしないとね……。

 

 うぅ、頭が痛くなるな……。

 

 

「……颯樹くんの事情はよくわかりました。今回は大目に見ますっ」

「……申し訳無い、花音……」

「ごめんね、今日のシフトが私じゃなかったら一緒に行けたんだろうけど……でも、何個か条件があります」

 

 

 花音はそこまで区切った後、僕を何か懇願する様な瞳で見て来た。……あ、これは直感でわかる。ニゲラレナイ。

 

 

「一つ目。私と一緒に今からお風呂に入ろ? 颯樹くんも雨の中を移動して来たんだし、それなりに濡れてると思うんだ♪」

「……他には?」

「二つ目。私たちの仲の良さを、彩ちゃんに見せつけよっ? まだ彩ちゃんは知らないと思うから、良い機会だと思うんだぁ♡」

「……他には?」

「最後の三つ目。今日は私と一緒に寝る事。もちろん彩ちゃんの隣でね♪」

 

 

 およそ高校生には似つかわしい三ヶ条。

 

 それは彩に自分が上の立場にあると見せつけるようなものばかりだった。

 

 

「一つ目は……まあよしとしよう。二つ目は内容によるけど、どのあたりを見せつけるつもりなの?」

「ご飯をあーんってしてあげたり、お風呂の後にマッサージしてあげたりとかかな?」

「な、ならよし。三つ目はどういうこと?」

「布団の中でする事と言ったら……たった一つだよ?」

有罪(ギルティ)!!!」

 

 

 そんなもの見せれるわけないじゃないか! 生命の誕生をさせるための行為だよ……? もろモザイクがかかるに決まってるじゃん!! 

 

 

「ふふっ、私は良いんだよ? この話を千聖ちゃんに話しても。でも、こうされると不味い人が、今キッチンに居るんじゃないのかなぁ…♪」

 

 

 ……ヤバい、花音は相当な策士かもしれない。そう言うのは普段の会話で概ね察せられたんだろうけど、彩の弱い所を確実に抉って来てる! 

 

 しかも今し方服を脱ごうと手を掛けてるし、何よりチラッと花音には似つかわしくない黒いレースの下着が見えた! これ、絶対ちーちゃんの入れ知恵だよね……わかっててやってるでしょっ!? 

 

 

「ふふっ、どうしたの♪ 一緒にお風呂入ろっ、颯樹くんっ♡」

「……入んないと……ダメですか?」

「うんっ♡」

 

 

 僕に拒否権はない。目の前の女淫魔(サキュバス)は服に手をかけて、とうとう下着姿になった。

 

 先ほどチラッと目にした黒いレースの下着が目に映り思わず視線を外す。その様子が面白かったのか、花音はイタズラな笑みを浮かべ距離を詰める。

 

 

「ふふっ。どうしたの?」

「い、いや……」

「颯樹くんも脱がないと風邪ひくよ?」

「わかってるんだけど……その、ね?」

 

 

 察してほしい、と合図を送るも花音はそれをわかった上でスルーする。

 

 

 そして躊躇いも無く上着もスカートも脱ぎ去った花音は、あられも無い姿を僕の前に見せびらかした。上下は黒いレースの下着で統一されていて、以前見た水色の物より圧倒的に刺激が強い物になっていた。

 

 その後ブラのフックに手をかけ、僕を焦らす様に身体を前に屈めてゆっくりと外した。

 

 

「……か、花音……」

「颯樹くんだから……こう言う事も、出来るんだよ……?」

 

 

 はらり、とブラが外れ花音の胸が曝け出される。

 

 華奢な体の割にしっかりと実った二つの果実。思春期高校生が目にするには、あまりに刺激的で妖艶なものだった。

 

 

「なんで颯樹くんが恥ずかしそうにしてるの?」

「や、やっぱり慣れなくて……」

 

 

 これまでの人生で女性と接する事が身内以外であまりなかった為か、みんなと話す時も少しばかり緊張する時がある。それ以上の事をするとなったら緊張を超え、心臓が口から飛び出そうな感覚に陥る。

 

 

「ふふっ、大丈夫。私と千聖ちゃんはず〜っと颯樹くんの味方だよ……だから」

 

 

 そこまで言われた僕は、短い音と共に唇を奪われた。基本的な力じゃ男と女で違いがあるから、力任せに突破しようと思えば可能だけど……この花音から放たれる色気が、僕のその気概を削ぎ落としていた。

 

 そして極め付きはキスをした後でも衰えない、恍惚なる笑み。それと尋常ではない程の艶やかさ。……彼女と一度身体を交えた時以上の感覚に浸る事となった。

 

 

「颯樹くん……私に、全て頂戴? 千聖ちゃんだけの颯樹くんじゃない……私と千聖ちゃんのモノだから♡」

「花音……」

 

 

 慈愛に満ちたこの抱擁に抗う事なんてできない。

 

 僕も自然と彼女を抱く力が強まる。

 

 

「ねぇ。颯樹くんも脱いで」

 

 

 耳元でそう囁かれ、それに従い服を脱ぐ。上、そして下も脱ぎ捨て花音と同じ下着姿になる。

 

 

「ほらっ、もう一回」

 

 

 花音は腕を大きく広げ胸元へと誘う。僕は惚けた脳内に身を任せ花音と肌を密着させる。雨に濡れた体がじわじわと温まり、ドクンッ、ドクンと鼓動が伝う。

 

 

「ふふっ、可愛いよ……颯樹くんっ♪」

 

 

 花音から耳元でそう囁かれ、僕の理性は少しずつ溶けて行った。雨が齎した出来事の影響かは定かじゃないけど、目の前に居る花音が更に色っぽく見えてしまう。

 

 ……こんなに鼓動が収まらないのは、今まで経験が無い事だし、それは花音だって同じ事だろう。

 

 

「花音……」

「大丈夫。颯樹くんは絶対に誰にも触れさせない……私と千聖ちゃんだけのアナタだから」

 

 

 花音はそう言い再び唇を合わせる。今度は啄むような感じで。

 

 ……これ以上のキスは夜にいくらでもできる、と言いたげな表情で笑い、ショーツも脱ぎ去った後に僕の手を引いて、お風呂へと入る(ちなみに入る前に僕も脱ぎました)。

 


 

 二人で体を洗い合って、お湯の溜まった湯船へと浸かる。

 

 体勢で言うなら僕が湯船の淵に凭れ、僕の体の前で花音が足を伸ばしている状態だ。

 

 

「気持ちいいね♪」

「うん」

 

 

 ぎこちなく返事をする。

 

 

 今僕の目の前には、白く透き通るような肌の花音が背中越しに目に映っている。……汚れなど一切なく滑らかな肌。それはまるで新雪のようで、少しでも触れてしまえば溶けてしまいそうな、それほど美しいものだった。

 

 

「綺麗だね」

「えぇ? 何が?」

 

 

 思わずそう口にしてしまった。花音は後ろを振り返り、頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

「ここ」

「んっ……」

 

 

 僕は湯船の中にあった腕を花音の背中に回し、そっとスーッと撫でる。それを受けた花音はピクッと体を震わせる。

 

 

「花音の身体……スベスベで気持ちいい」

「え、えへへっ……そう言われると、何だか照れちゃうな……」

 

 

 さっきまで僕に色仕掛けしてたとは到底思えないくらいに、花音は顔をほんのり赤らめてそう答えた。脱衣場ではされっぱなしだったし、此方から何かしても罰は当たらないはずだ。

 

 

 ……思い立ったが吉日。

 

 僕は花音の顔を軽く此方に向け、彼女を間近で見つめる事にした。

 

 

「えっ、ちょっ……颯樹くん……?」

「ねぇ……花音」

「は、はいっ」

「もしここでキスしたら、どうなるかな。しかも顎を軽く持ち上げられた状態で」

「それは……」

 

 

 顔を背け、言葉を詰まらせる彼女の唇を言葉通りに奪う。

 

 目を大きく見開き驚く花音だが、すぐに順応し体を反転させてこちらに顔を向けると、柔らかい二つの感触が僕の胸板で押しつぶされる。

 

 長く深い口づけを終え、互いに酸素を求めて離す。

 

 

「はぁ……、はぁ……っ。ねぇ、もう一回」

「うん……」

 

 

 僕たちはお互いが求めるままに、キスをし合った。お風呂場の熱で頭がぼんやりして来たのか、それとも目の前の彼女に欲情したのか……その判別までもが、もう危うくなっていた。

 

 

「颯樹くん……愛してる……っ。ずっと、私の傍から離れないでね……」

「言われなくても……花音は迷子になりやすいからね。どんな時でも手を引いてあげるよ」

「……ありがとう。ねぇ……シよっ」

 

 

 花音から放たれたその言葉で限界に達し、僕は彼女の色仕掛けに堕ちた。このまま何も邪魔が入らず、ただ……花音の甘い蜜に……溺れさせて欲しい。

 

 そんな事を思いながら、僕は花音と……。

 

 

『颯樹く〜ん、花音ちゃ〜ん!』

「「……っ!!」」

 

 

 彩の呼ぶ声が風呂場まで響き、ハッと冷静さを取り戻す。

 

 

『もうすぐでご飯できるよー! あっ、あと! お洋服も置いてるからね〜!』

 

 

 この行動に感謝すべきか、はたまた花音といちゃつけなくて嘆くべきか。……いずれにせよこれ以上の行為は無理だ。僕たちは距離を置き湯船から上がる。

 

 

「すっかりのぼせちゃったね」

 

 

 頬を真っ赤に染めそう吐露する花音。

 

 

「確か冷蔵庫にアイスがあったはずだけど」

「ふふっ。それだと夜ご飯が入らないよ」

「少しだけさ」

「食いしん坊さん♪」

 

 

 本当なら花音を……いや、これ以上は18禁になりかねないから、この場で言うのは止めよう。

 

 そしてお風呂から出て、着替え終わった僕と花音を待っていたのは……笑顔を崩さないままで、此方を眼の笑ってない笑みで見ている……彩だった。

 

 

「颯樹くん、花音ちゃん。私は怒ってるんだよっ?」

「……すまない、彩」

「ごめんね、彩ちゃん(あのまま好きにされても良かったのに……)」

「花音ちゃん。これ以上変なことしたら……ダメだよ?」

「な、なんのことかなぁ」

「惚けても無駄。ねぇ、颯樹くん」

 

 

 殺意がこもった鋭い視線が僕を突き刺す。

 

 

「は、はい……」

 

 

 思わず変な声で返事を返す。

 

 

「もう! そんな事をするなら私もこれから入れて!」

「そういう問題なの!?」

「別にいいけど……」

「花音ちゃん」

「わかった……」

「それじゃあ決まりだね♪」

 

 

 各々で相対する反応を見せる二人。僕の事が好きであるが故の行動なんだろうけど、せめて節度は考えて欲しい……。

 

 

 その後の夕食は何だか気まずい空気になったが、穏やかに済ませる事が出来た。僕としては彩から花音から……互いに食べさせられたのもあり、結構おなかいっぱいになったけど。

 

 ……はぁ、こんな調子で今後大丈夫なんだろうか……すごく心配だ。

 

 

「「(颯樹くんの未来のお嫁さんの座は……絶対に彩(花音)ちゃんには絶対に渡さないからね……っ!)」」




 今回はここまでです!如何でしたか?


 次回からはいよいよ文化祭Partです!

 そろそろ第二章に入ってから動きを見せていないあの人も、ついに満を持して動き出しますよ…!あ、ちなみにもう一人幼馴染関係で動く人は居ますが、その人はメインのあの人よりは出てくる数が少ないです(何故なら書く時が異様に大変なので(あと単純に苦手))。


 それでは……また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十七話

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は前回の更新分にてお知らせしていた通り、文化祭のお話へと入っていきます! そして近日中に来るであろうイヴの誕生日は、数日程時間がかかりますが、本編にてご用意したいと考えておりますので、把握の程をよろしくお願いしますm(*_ _)m

 ちなみに、イヴの誕生日当日は、パス病みとコラボをしているお方の方で作品更新がありますので、お時間があれば其方の方も併せて閲覧頂けますと幸いです。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみくださいませ。


「先ずは中間考査、お疲れ様と言っておこう。各々実力を出せていたならそれで良い。だが、これから先お前たちが挑む事になる壁は、今よりもっと厳しい。それを念頭に置く様に」

 

 

 6月も少しづつ中旬に差し掛かり、数日間に渡る中間考査を終えて暫くした頃……僕たちはLHRを受けていた。外の様子は今でこそ晴れ間が出ているが、ここ最近は雨が降ったり止んだりの天気を繰り返していて、服装に寄る体調管理が困難となっていた。

 

 もう少し過ごしやすくなればな……と言う僕の不安を他所に、長瀬先生からある事が告げられた。

 

 

「さて、お前たちは既に知っている事だろうが、あともう少しで文化祭の時期となる。各クラスまたは各部活動毎にそれぞれ一つ出し物を決めて、その当日の運営を行って貰う。勿論、決められた予算内で且つ学生としての本分を忘れない様にするのを前提だ」

 

 

 ……文化祭? 確かそれって、普通だったら秋くらいにやるもんじゃ無かったっけ。僕が前居た所は秋が普通だったんだけど、こっちだと初夏の時期なんだね。

 

 まあ、関東圏内の高校が全部そうかと言われれば、それはまた違うのだろうが。

 

 

「その例に漏れず……我々のクラスも、何かクラス単体で一つやりたいと思っている。何か意見がある者は居るか?」

 

 

 長瀬先生からの投げかけに、僕たちは少しの間頭を巡らせる事になった。文化祭でやる催し事と言えば、定番な物だとお化け屋敷とかスタンプラリーとか、自分たちで作った物を持ち寄って販売するバザーとか……そう言ったのが挙げられるが、ここではどうなるやらね。

 

 

 そして暫く考えていると、一人の女子生徒から喫茶店はどうかと提案が出て来たのだが、それは何処のクラスもやりたい内容らしく、争奪戦になる事が予想される為に控えて欲しいとの事だった。

 

 その後話し合いを重ねた結果、お化け屋敷をしようと言う事で話が纏まった。役割分担はまた後で話し合うとの事で。

 

 

「……よし、話が決まったなら、これでLHRは終了だ。明日からは今決めた物の準備を進めてくれ。期間がそこまで用意されてない中で申し訳ないが、成功にはお前たち生徒全員の協力が必要不可欠だ。頼むぞ」

『はいっ!』

「それと……盛谷と白鷺の2名に関しては、掃除とSHRが終わり次第職員室に来い。少し話がある」

 

 

 僕とちーちゃんは先生からそう伝えられ、清掃とSHRを終えた後に職員室へと向かう事になった。その時に花音も付いて来ると言って来たのだが、それなら下校の際に一緒に帰ろうと言う事で話をつける事にした。

 

 そしてその二つを終えた僕たちは、職員室に訪れていた。

 

 

「……来たな、盛谷。白鷺」

「お待たせしてすみません、長瀬先生」

「構わん。お前たちを呼んだのは私だ、事情があって遅れるのはやむを得ないだろう」

「ありがとうございます」

「それで、長瀬先生。お話と言うのは?」

 

 

 ちーちゃんからの質問を聞くと、先生は僕たちの方を真っ直ぐ見て話し始めた。位置関係で言えば、長瀬先生が椅子に座っていて僕たち二人が立っているはずなのに、自然と上から見下ろされている雰囲気が感じられた。

 

 それだけ先生がする話は真面目な話なんだと言う事が、この時点でよくわかった。

 

 

「うむ。実はな、お前たちに折り入って相談があるんだ」

「「相談?」」

「ああ。白鷺はもう知っているから省くが、盛谷に関しては初めてだから話すぞ。白鷺は確認の為に聞いてくれ」

 

 

 僕とちーちゃんは、互いを一瞬見合ってから頷いた。

 

 それを見た長瀬先生は、少しずつ僕たちに対しての今回の要件を話し始めた。

 

 

「実はな。ここから少し離れた所に、花咲川学園の姉妹校である私立羽丘学園がある。そことは羽丘が創立してからの縁なんだが、今年は向こうの演劇部が此方の体育館を借りて記念公演をしたいとの事だ」

「記念公演? 羽丘自体でそれは出来ないんですか?」

「可能だ。だが、今回花咲川でやると決めたのにはある理由があるからだ」

 

 

 長瀬先生はそう告げると、視線をちーちゃんに向けた。

 

 

「千聖……が理由ですか?」

「そうだ。今回向こう方の話としては、白鷺を客演としてオファーしたいとの話があった。それを考えたら、花咲川でやるのが妥当だろうと言う考えらしい」

「私は別に客演の件は構いませんが……内容の方は決めてるんですか?」

「それは担当と直に会って話し合って欲しい。ただし、お前としては盛谷が居ないと不安だろう? だから、盛谷も一緒に呼んだんだ」

 

 

 なぁるほど……そんな事が。

 

 だったら、僕もちーちゃんに同伴しようかな。

 

 

「分かりました。話し合いはいつに」

「これから行って貰う。なに、直ぐに話が纏まればそう時間もかかるまい」

「……分かりました。羽丘学園に向かえば良いんですか?」

「ああ。そこで担当の者と話を付けて来て欲しい。報告は翌日になっても構わないが、話し合いは当日中になるべく頼むぞ」

 

 

 そんな指示を受けて、僕とちーちゃんは職員室を後にする事となった。そうして職員室前で待機していた花音と合流し、三人で羽丘学園へと向かった。どうして花音が居るかと言えば、今日のバイトのシフトがどうやら彼女では無いみたいで。

 

 ……まあ、隣のクラスから聞こえて来たボヤきで、ある程度は予想できるが。

 

 

「……え、ここって……高校なんだよね?」

「ええ。ここが羽丘よ」

「いつ来ても綺麗だよね……」

 

 

 僕たちの目の前に聳え立っているのは、いつも通っている花咲川学園……とは違う、真新しい雰囲気を感じさせる進学校、私立羽丘学園だ。花咲川とは姉妹校の位置にあり、創立当初から色々な事で縁があるのだとか。

 

 そして今回羽丘に訪れた目的が、この学園の中にある演劇部の部室に行き、今度の文化祭で行なう予定の演劇について話をする事なのだが……如何せん、視線が……。

 

 

「あれ、あの制服って花咲川だよね…」

「千聖様の隣に居る男子生徒って誰だろう……もしかして」

「今回はもう一人一緒なんだね〜」

 

 

 ……なんか、非常に居た堪れないんだが。

 

 

「慣れて。私関連だといつもこうだから」

「な、なるほど……」

「ふぇぇ……」

「おや、そこに居るのは花音に千聖かい?」

 

 

 そんな声が突如聞こえたかと思うと、学園の敷地内のあちこちから黄色い歓声が聞こえてきた。……まあ、一部悲鳴みたいな声も聞こえない訳ではなかったが。

 

 

「やあ、待っていたよ子猫ちゃんたち。突然呼び出してすまないね」

「御機嫌よう、薫。話なら手早く済ませましょう。長居はしたくないの」

「おやおや……相変わらず冷たいね、千聖。だがそんなキミも可憐で儚い……」

「勝手にして。行くわよ、花音。颯樹」

 

 

 僕と花音は薫と呼ばれた人を無視しつつ、羽丘学園の校舎内に入る事にした。何処かで聞き覚えのある名前が聞こえたけど、僕の知ってる人はあんな王子様気取りしてる様な人じゃないしね。ここは関わらずに無視が安定かな。

 

 

 そうして先ずは職員室に行き、羽丘学園の入校許可証を発行して貰った後、僕たちは長瀬先生から事前に指示を受けた、演劇部の部室前に到着した。

 

 

「ここよ」

「うわっ……これはまた」

 

 

 僕たち三人の目の前には、一面真っ白で汚れが一切見当たらない部屋の引き戸が鎮座していた。話に拠ればここが演劇部の部室らしいが、どうしてもこの手のドアは開ける事を躊躇ってしまうな……。

 

 一応手は清潔に保っているけれど、こう言うのは指紋などを付けるのが烏滸がましく感じてしまうんだよね……。

 

 

 そう思っていると。

 

 

「あれ、颯樹さん?」

「ん、その声は……麻弥!?」

「はい! いやー、まさかこんな所で会えるなんて思わなかったッス……フヘヘ」

「て、言う事は麻弥が?」

 

 

 扉からひょっこりと顔を出した麻弥に聞いてみると、案の定と言うべきか。

 

 今回の示談を持ち出して来たのは、麻弥とここに居ない薫らしい。まあ後者の方に至ってはガン無視して来たので、それは彼女には言わなかったのだが。

 


 

 話を纏めると、長瀬先生が言っていた事案で間違いないとの事だ。その内容になった経緯には、羽丘と花咲川の両方の生徒からの強い要望があっての事らしい。

 

 

「ですので、千聖さんには客演として演劇に出演して欲しいんです。既に脚本等も準備できています」

「私としては嬉しい提案なのだけれど、颯樹と一緒に出る事は可能かしら? 出来れば薫以外と共演したいの」

「颯樹さんがですか……。ジブンとしてもそれは新しい試みとして面白そうではありますが、もう組んでしまったのでこればっかりは何とも……」

 

 

 麻弥の言葉が突然詰まった。

 

 ……無理も無いね。今まではちーちゃんに協力を要請して、その上で薫と一緒に演劇をするが定番だった。でも、今回は僕がここに居る。そして先日のあの告白と来れば……そうなってしまう気持ちも分からない訳じゃない。

 

 

 ただ、僕としてはちーちゃんに演劇をして欲しいと言う気持ちに変わりは無いんだよね……折角頂いたオファーを条件付きで承諾する、なんて、そんな事は余程の事が無いと認められないし。

 

 

「ねえ、麻弥」

「はい」

「そのシナリオってさ、もし仮に僕が入るとしたら書き直せたりするの?」

「出来ない……訳ではありません。ですが、書き直すとなるとまた一から構成を考えないと行けないので、そう言うのは成る可く無い様にするか、書き始める前に申請して貰えたら助かります」

 

 

 そうだよね……そうなるのが現状だよね。

 

 なら、ちーちゃんには申し訳ないけれど、今回は薫と共演して貰うしか……。

 

 

「麻弥ちゃん?」

「は、はいっ!」

「私は颯樹と一緒じゃないと出演しないわ。私が出演するのなら、颯樹と共にメインを張る物で無ければダメ。それが最低条件よ」

「し、しかし……」

 

 

 まだ煮え切らない所があるのか、麻弥はちーちゃんから目を少しずつ逸らしてそう答えた。一方の彼女の方はと言うと、これ以上の譲歩はできないと言わんばかりに麻弥を追い詰めていた。

 

 ちーちゃん、言わんとしてる事は分かるんだけど、何もそこまでやらなくても……え?

 

 

「颯樹の事なら心配要らない……私が本番までにキッチリ仕上げるわ」

「「!?!?!?!?!?」」

「ほ、本気ですか千聖さん! 演技をする大変さは千聖さんが一番よく」

「ええ、わかってるわ。だからこそ、私が徹底的に颯樹を扱き上げるの。彼にはいつも何かを貰ってばかり……今度は私から彼に何か恩返しをする番、そうだとは思わないのかしら?」

 

 

 突然何を言い出すかと思えば、自分が僕の指導役を買って出ると言い放ったのだった。確かに演技に関して学ぶなら、その道の専門家……この場合で言うんだったらちーちゃんから学んだ方が確実に良い経験にはなると思う。

 

 でもさ、こう言うのって本番の数週間前とかそんな話じゃなくて、もっとその前から、不測の事態を予め予想してやっておくとかあると思うんだけど……。

 

 

「千聖さんのその気持ちはわかりますが、ジブンとしてはやはり反対です。何度も言いますが、千聖さんの負担が確実に増えますし、何より颯樹さんがどう成長するかが不透明です」

 

 

 ……実に最もな意見だ。確かに僕は演技に関してはからっきしな上、そこから演劇の何たるかについて教えを説かれても早々と習得出来る確証が無い。麻弥の言う様に、未経験者の僕に時間を割くだけ無駄だとも思う。

 

 

「うふふっ、珍しく食い下がるじゃない?」

「これも千聖さんのためです」

「……そう。いくら麻弥ちゃんの言葉でも、こればっかりは譲る気は無いわ」

 

 

 お互いに売り言葉に買い言葉。

 

 ひとつの話し合いでここまで時間がかかると、今後の練習スケジュールにも支障が出て来るし、先生には『その当日中に話は済ませて置くように』とも言われてるから、これ以上時間をかけられないんだよ……っ!

 

 

 そう思っていた、その時だった。

 

 

「じゃ、じゃあ……こうしない? 時間がある日は毎日欠かさず練習をする。指導者に麻弥ちゃんと千聖ちゃんが着いて、颯樹くんはそれを受けて稽古に挑む……こうすれば、千聖ちゃんだけに負担をかける事無く、効率良く練習出来るんじゃないかな?」

「「え?」」

 

 

 ……え、花音……本気で言ってる?

 

 

「うんっ♪ それに私、颯樹くんが千聖ちゃんと演技している所、見てみたいな〜♡」

 

 

 ……しかも読唇術極めちゃってるよこの子!?

 

 うん、こりゃあどう言った所で逃げられないね……。

 

 

「……聞いたかしら、麻弥ちゃん?」

「松原さんは、本当にそれで良いんですね?」

「うんっ!」

「颯樹さんは、今から組むスケジュール通りに動いて、ジブンたちの指示に従って練習をする……それをキチンと守って貰いますよ?」

「やる以上は本気でやるよ。手は抜かない」

 

 

 もう言い出しっぺが余裕そうに笑ってるけど、僕としてはそんなの度外視だ。

 

 かおちゃんには後で一から説明するし、折角楽しみにしてくれている人が居るなら、それに応えないと話の筋が通らないと言う物……だったら、少々キツかろうが大変だろうが、僕は僕の出来る全てで報いなくちゃいけないよね。

 

 

「……決まりです。では、今後文化祭の日までパスパレのレッスンが終わった後に少し時間を頂きたいと思います。その空き時間を使って、演劇の稽古をしましょう。ジブンとしても、颯樹さんには何らかの形で恩を返したいと思っていたんです……」

 

 

 そう言って麻弥が僕の方に歩いて来る。

 

 その様はまるで、一人の演劇を支える裏方スタッフの様な雰囲気だった。まあ、その中にはアイドルとしての麻弥も含まれているとは思うが。

 

 

「初心者であろうと関係無く、手厳しくビシバシ鍛えて行きますので……覚悟しててくださいねっ♪」

「よ、よろしく頼むよ、麻弥」

「もちろん、私も貴方と一緒に居るから、何かあったら遠慮無く頼って頂戴ね♡」

「……よろしくね、ちーちゃん」

 

 

 そんな話をして、演劇についての話し合いは終わった。

 

 そして帰る途中に、かおちゃんが話し合いの様子を覗き見をしていた事が発覚し、家に帰る前にもう一苦労かけてしまう羽目になったのは言うまでも無かった。

 

 

「(彩さんと千聖さんが颯樹さんを好きになる気持ちは、この数ヶ月で何となく理解できました……なら、今度はそれに至った理由などを知る番です。さて、これからが楽しみですね、フヘヘ……っ♪)」




 今回はここまでです!如何でしたか?

 文化祭Partの方は、多くても3話か4話程度を予定しておりますので、更新をお待ち頂けますと幸いです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十八話

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 昨日の彩り更新より日は空いておりませんが、本日はパス病みの本編を投稿しようと思います。この話を書いているバックで《呪術廻戦》をBGM代わりに流しているので、ちょっとやりにくかったり(ただ、現在進行形で2期が放送されているので、その復習も兼ねていたりします)(;^ω^)


 今回で文化祭準備Partを終わり、次回以降から文化祭本番Partに入ろうかと思います。またその時にパスパレ以外の他バンドメンバーも出す予定なので、楽しみにしてもらえると嬉しいです。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみ下さい。


「……はい、今日の練習はここまで! 最近は日に日に暑くなって来てるから、水分と塩分の補給を忘れないでね!」

『はいっ!』

 

 

 颯樹くんの一際大きな声がスタジオ中に響き、私たちは今日のレッスンを終えた。ココ最近はライブ等の大きな案件が無い代わりに、ソロでのテレビや雑誌等のオファー等が増えて来ていて、私個人としても、パスパレ全体としても少しづつ確実に前に進んでいる。

 

 

 その中でも私はリーダーも兼ねているので、お仕事やライブ等に関しての打ち合わせにも顔を出し、果てには事務所の外で活動する際の申請も颯樹くんと一緒に動いてる。

 

 ……ここまで慌ただしく、なんて結成当初は予想して無かったけど、やっぱり私たちの事を少しずつ知ってくれてるって証拠なんだよね。そう考えると、すごく嬉しいな。

 

 

 そんな事を考えていた私を他所に、他の皆は散り散りに捌けて行った。練習着から更衣をする為に退出するとか、最後の確認の為に一度集まってミーティングみたいな事をしていたり。

 

 

 私だって、まだまだ成長していかないと。

 

 そう意気込んでメンバーの後に続こうとした時、私の耳に何やら聞き慣れない言葉が聞こえて来た。

 

 

「じゃあ、颯樹さん。千聖さん。軽く先ずは台詞の読み合わせをして、その後に実際に演技をしましょうか」

「わかった」

「異論は無いわ」

 

 

 ……あれ? 颯樹くんって、そう言うお仕事のお話って貰っていたんだっけ? 私が思い出せる限りでは、それは無かったと思うんだけど……。

 

 

「ん、彩ちゃ〜ん。何してるのー」

「あっ、ごめんね日菜ちゃん!」

 

 

 私が颯樹くん達に気を取られていると、扉からひょっこりと顔を出した日菜ちゃんに呼び掛けられた。その傍にはイヴちゃんも一緒に居たので、なかなか来ない私を心配したんだろうとこの時に気づく事になった。

 

 

 ……颯樹くんと千聖ちゃん、ここ最近は目に見えて一緒に居る日が増えたよね……。二人は幼馴染だから仕方無いけど、それを考えたって近頃の二人一緒の頻度は、私から見ればかなり目に余る程の多さだよ。

 

 もしかして、今回の事に関しても千聖ちゃんが何か一枚噛んでるのかも? 颯樹くんの未来のお嫁さんになるであろう立場の私としては、少し心配になっちゃう……。

 

 

「彩ちゃーん、行くよー?」

「……はっ! ごめんね、今行くー!」

 

 

 ……今は聞かないけど、何れ全部話して貰うからねっ。

 

 そう思った私は、日菜ちゃんとイヴちゃんの所に小走りで向かい、練習着への更衣をする際に使っている更衣室へと向かう事にした。

 

 

 そして、そこでの話と言えば。

 

 

「さっくんってさ、あたし達のマネージャー業務の事もそうだけど、色々本当に手を抜かずに頑張ってるよねー」

「はい! まさにブシの心意気ですね!」

「ごめん、ちょっと何言ってるかわからない……」

「世の中興奮することがいっぱいありますがー」

「もういいぜ!」

「………おっ! 今のツッコミ、すっごくるるるんっ♪て感じだったよ!」

 

 

 日菜ちゃん流で言う所の"凄く良かった"と言う意味だ。彼女からの最高の賛辞とも捉えられる。

 

 

 自分自身、テレビの前で発揮できたらなと心底思う。

 

 ……まあ、お笑い芸人さんのモノマネをするアイドルという構図は目新しいというか、斬新とも言えるけど。

 

 

「二人は颯樹くんたちが何をしてるか知ってるの?」

「知らなーい」

「私もです」

「そっかぁ」

 

 

 やっぱり私としては、三人が何をしてるのかは純粋に気になる所……邪魔にならない範囲で、だけど何かサポートをしてあげられたら……。

 

 

「ねーねー」

「??」

「どうかしたの、日菜ちゃん」

 

 

 そんな事を考えて居たら、日菜ちゃんが私たちに突然声をかけて来た。一体何を言い出すんだろう……?

 

 

「あたし達三人でさ、さっくんに恩返しすると言うのはどうかなっ! 流石に練習中だと怒られちゃうから、その後とか文化祭の終了後なんかに時間を使って、思いっきり『るんっ♪』てして貰おうよ!」

 

 

 日菜ちゃんにしてはまともな意見だ。……るんっ♪というのが気になるところだけど、断る理由はない。

 

 

「そうだね、やろっか!」

「私も賛成です!」

「よーし、じゃあまたおいおい考えよっかー!」

 

 

 話を終えて更衣室へ辿り着き、足早に着替えを終えてから二人に別れを告げ、三人の様子を覗きに行く。

 

 

 ……どうやら颯樹くんが麻弥ちゃんと千聖ちゃんのレッスンを受けているようだけど、目的は何だろう? ドラマのお話でも来たのかな? ……ううん。彼は私たちのマネージャーだからそんなはずはない。

 

 と言う事は、文化祭の劇か。

 

 

「……すごい、真剣だ……」

 

 

 演劇に拙い私にも分かるくらい、三人の様子は本気だった。遠巻きに話を聞く限りだと、麻弥ちゃんと千聖ちゃんが颯樹くんに指導をしていて、それを颯樹くんが聞いて活かしている、と言った感じだ。

 

 パスパレのお仕事をしてる時も、学校生活や私生活でも無駄が無くカッコイイ颯樹くんだけど、そんな彼が今度は演劇なんて……私、アイドルって立場じゃなかったら、今この場で告白しちゃいたいくらいだよ。

 

 

「颯樹くん……カッコイイ……うひゃあっ!」

「……っ、誰だ!」

 

 

 痛たたた……思いっきり顔から行っちゃったよ……。思わず颯樹くんからは怒られちゃったし……反省反省。

 

 

「彩ちゃん?」

「そんなところで何してるんですか?」

 

 

 レッスンをしていたみんなが練習の手を止めて、私の元へ駆け寄って来る。すごく邪魔してしまったようで気が重い。

 

 

「ご、ごめんね………」

「覗き見をするなんて、趣味が悪いわよ」

「ごもっともです………」

 

 

 千聖ちゃんに頭が上がらない。

 

 

「みんなが何をしてるのか気になって………」

「なら直接聞けばいいじゃない」

「秘密にしているのかなぁって………」

「全くもう、彩はおっちょこちょいだな」

 

 

 颯樹くんの手を借り起き上がると、みんなが手にしていた台本のタイトルをチラリと見る。そこに書かれていたのは。

 

 

(シンデレラ………?)

「僕は最初断ったんだけどね。まあ、ちーちゃんから色々買われたのなら、それに応えるのが義務でしょ」

「あはは……さて、再開しましょうか。時間は幾らあっても足りませんから」

「了解」

「わかったわ。彩ちゃんはそこで見ていて頂戴」

 

 

 千聖ちゃんからそう言われて、私は椅子を借りて演劇の稽古を見学させて貰う事にした。その様子はまさに『演者』……私たちパスパレのメンバーとして活動するそれとは別で、今の三人は本当にその関係者と思しき姿だった。

 

 

「(カッコイイ……益々颯樹くんに惚れちゃう……)」

 

 

 一つ一つのセリフの言い回しや立ち振る舞い、見ていて感情を刺激させられる様な演技の数々は、恐らく千聖ちゃんがレクチャーした物だろう。

 

 それを短期間で物にした颯樹くんもすごいけど、千聖ちゃんもさすがの一言だ。子役時代からやっているだけあって、人に演技を教えるのが上手いのかな?

 

 

「彩ちゃん。見ていてどうだったかしら?」

 

 

 一通りレッスンを終えた千聖ちゃんが、私の方を向いて声をかける。

 

 

「うん!すごかったよ!!」

 

 

 語彙力は無いけれど、私は心からの賛辞を送る。

 

 

「そう。そう言って貰えると私もやった甲斐が有るわ」

「今は彩さんだけが見ている前でしたが、本番ではもっとお客さんも来ますので、確り練習しましょう」

「そうだね。今の結果に満足せず、もっと見応えのある物にしないと」

 

 

 私からの感想にさも当然と返す三人を見ていると、演技中もそうだったけど、終わった後ですらも物足りないと言った雰囲気だった。そして私が居る事もお構い無く、また話し合いに戻っていた。

 

 ……すごいな、颯樹くん達……。もしあの場に私が居たならまた違ったんだろうけど、今回は期間がそこまで無い中でのこの三人。

 

 

「(やっぱり……颯樹くん、カッコイイ……)」

 

 

 自然とそんな言葉が溢れる。

 

 ……額から汗を流しながら、必死にレッスンに励む姿が愛おしくてたまらない。不潔と言われようが、愛する人の物だと考えるだけで、そんな考えは一切無くなる。

 

 

 ……私って、変態なのかな? 否、これは純愛だ。

 

 

「とりあえず今日はここまでですかね」

「そうね」

「ふぅ、お疲れ様」

 

 

 演劇の稽古が全て終わる頃には、時計の針は丁度21時を示していて、スタジオが閉まる時間が迫っていた。

 

 

「みんな、お疲れ様〜!」

 

 

 レッスンに夢中になってた三人に差し入れをしようと、私は休憩室から持って来た、タオルと冷えたスポーツドリンクを差し出す。実は稽古の真っ最中に休憩室へと移動して、三人分のタオルと飲み物を持って来ていたのだ。

 

 

「……ありがとう、彩。受け取るよ」

「あら、ありがとう彩ちゃん」

「えへへっ♪」

 

 

 汗をタオルで拭いながらスポーツドリンクを飲む颯樹くんと千聖ちゃんの姿を見ていると、まさに『共演者』と言う姿が想像出来る。二人が小さい頃からの幼馴染だから、と言うのもあるだろうけど、考える事や行動のリズムがほぼ同じだった。

 

 私も、颯樹くんと幼馴染だったら……なんて考えちゃうんだけど、私が彼に迷惑をかけてばかりになるかも…、あはは…。

 

 

「今日はここまでにしましょう。颯樹さんの上達速度を鑑みるなら、あと数日のうちに本番を想定した通し練習をしても良さそうですね。一先ず、お疲れ様でしたッス!」

「「お疲れ様、麻弥(ちゃん)」」

「(わっ、二人って声がハモるとこうなるんだ)」

 

 

 それはオーケストラが如し。少し大幅な表現だけど彼と共通すると言うだけで羨ましく思う。

 

 

「彩ちゃんもそろそろ帰ったらどう?」

「そうですよ!明日も朝が早いんですし」

「ううん。せっかくだからみんなと帰りたいな」

 

 

 家の方向は全然違うけど、今日はそんな気分。

 

 なんだか、今は颯樹くんと千聖ちゃんの二人だけにしたくない様な……そんな感情が溢れ出る。

 

 

「それじゃあ、みんなの家を経由する形にしようか。日菜とイヴは先に帰ってるだろうし『呼んだー?』うわっ!?」

「もう……盗み聞きなんて趣味が悪いわよ?」

 

 

 ひょこっと二人が扉越しに姿を現す。タイミングバッチリなのは良いんだけど、まさかレッスンが終わるまでずっと待ってたのかな?

 

 

「ねぇねぇ呼んだ?呼んだよね?」

「お◯呂スキー?」

「えぇっと………ソーダ割り!」

「ウィスキーのことかな」

「何をしているのかしら?」

 

 

 全く、千聖ちゃんの言ってる通りだ。今日の日菜ちゃんはボケ倒す日なのかな?

 

 

「……全くもう。じゃあ、みんなで帰ろうか」

「「「さんせーい!」」」

「レッスン終わりだと言うのに、三人とも元気が有り余ってるわね……」

「あはは、羨ましいです」

 

 

 颯樹くんのその一言で、私たちはスタジオを出発して各々の家へと向かった。その際に颯樹くんが行く先々で頭を下げられ続けたのはまた別の話。

 

 

「ねーねー、さっくんお泊まりしていーいー?」

「ダメ、紗夜からは『日菜はお泊まりをさせずにそのまま真っ直ぐ帰宅させて』って言われてるんだから」

「むー、さっくんのケチ!」

 

 

 ……相手が同じパスパレのメンバーだからって、絶対に私は負けないからねっ!

 

 

「さ、颯樹くん! 私も……」

「彩もダメ」

 

 

 喉から漸く出た決死の言葉も、颯樹くんから返された高速のブーメランが私に突き刺さる。

 

 

「どうして……」

「彩がOKなら日菜も許可を出さなきゃいけなくなる。心配しなくてもまた次の機会に設けるから、その時に」

「うぅ……」

 

 

この後家が隣同士の二人は、私たちの知らない様な関係を築いているのかな? 気になる、すごく、気になる……。

 

 

「それじゃあ私はこれでー!」

 

 

 日菜ちゃんとも別れを告げて、私と千聖ちゃんと颯樹くんの三人になる。

 

 

「ねぇ……颯樹くん、千聖ちゃん」

「ん?」

「彩ちゃん、どうかしたのかしら?」

 

 

 私がそう問い掛けると、二人は私の方を向いて来た。歩いてる途中に質問なんてよそ見してるのと同じだけど、ここは思い切って聞かなきゃ。

 

 

「……今回の演劇、どうして颯樹くんが演者として出る事になったの?」

「それは……」

「私が麻弥ちゃんに提案したの」

 

 

 私からの質問に颯樹くんは口を噤んだけど、それを見た千聖ちゃんが彼の代弁をする。

 

 

「元々は薫と共演する予定だったのだけれど、無理を言って変えてもらったのが経緯よ」

「どうしてそんな事をしたの?」

 

 

 素直な疑問をぶつけてみるも、千聖ちゃんは薄く笑みを浮かべこう答えた。

 

 

「あなたにそれを説明する必要があるのかしら」

「質問を質問で返さないでよ、千聖ちゃん。……私には知る必要が無い、そう言いたいんだよね?」

「だったら?」

 

 

 いつも以上に冷たい反応を見せる千聖ちゃん。淡々と答え続けるその様子は、これ以上踏み込むなと言う脅しとも見て取れる。

 

 

「千聖ちゃん。何だか今日は、感じ悪いよ」

「そう?」

「うん」

「ダーリンはどう思うのかしら?」

「まあ、彩の言い分は確かだよね」

 

 

 そうだよね、と彼に相槌を打つ様に答えようとした私の言葉に被せるみたいに……颯樹くんはこうも続けた。

 

 

「でも、ちーちゃんの言い分も分かるよ。実際、彩はまだまだ足りない。当人の苦労を理解出来るのは、その苦労を知り経験した者のみ。もし、仮に彩がちーちゃんと同じ苦しみを経験したとして、同じ様に平然として居られる?」

 

 

 ……彼が何を言っているのか、理解できない。

 

 千聖ちゃんは分かったように頷いているけど、やっぱり私にはわからない。……それがなんだかすごく悲しい。二人だけ共感できているというか、レッスンをしている時みたいな、そんな感覚だ。

 

 

「………ごめんなさい」

 

 

 私がこれ以上口を開く事はなかった。千聖ちゃんもそうなんだけど、今日の颯樹くんは……いつも以上に怖く見えてしまったから。もし、あの場でさらに言おうものなら、彼をもっと怒らせてしまう。

 

 ……それだけは、何としてでも避けないと。

 

 

「今日のところは帰るよ。これ以上長居をすると要らぬ傷を負うからね」

「そう……だね。おやすみなさい、また明日会おうね」

「ええ、またね」

 

 

 私は二人に別れを告げて、自分の家の扉を開いた。そして家の中に入る私を見届けた二人は、お互いがはぐれない様に手を繋いで、家への帰り道を歩いていた。

 

 

 

「(千聖ちゃんと颯樹くん……二人が一緒だと、私の付け入る隙が全く無いよ……。花音ちゃんの時もそうだけど、二人はもう行く所まで行っちゃったのかな……)」

 

 

 玄関で靴を脱いだ私は、お母さんからの軽い注意と頼み事を聞いた後に自室に入った。そして着替える事も忘れ、制服のままベッドへと倒れこんだ。

 

 

「(許せないよ……千聖ちゃんと花音ちゃんばかり、颯樹くんと良い思いをしちゃって。私なんて、あの時からずっと前に進めてないのに。私も……彼と、そう言う事……出来たらなって、思ってるのに)」

 

 

 私はそんなやるせない思いを抱きながら、毛布に思わずシワが出来ちゃうくらい、右手で強く拳を作った。

 

 

 悔しいよ……悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しいっ!

 

 確かに、私は千聖ちゃんよりも颯樹くんと出会うのが遅かったよ? 知識量でも千聖ちゃんには敵わない……でも、まさか花音ちゃんが颯樹くんを先に奪っちゃうなんて……予想だにしてなかった!

 

 

「(あの時も思った事だけれど、もうここからは絶対に手加減しない……颯樹くんと結ばれるのは、この私なんだ。千聖ちゃんと花音ちゃんの手から、必ず奪ってみせるからっ!)」

 

 

 そんな事を考えて居たら、お母さんから呼び出しがかかったので、手早く着替えを済ませて夕食(……と言うより、もうこの時間だと夜食になるのかな)を食べる事にした。

 

 

 ……絶対負けない。

 

 覚悟しててね……千聖ちゃん、花音ちゃん。颯樹くんの事は死んでも渡さないから!




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回は前書きでも少し触れていましたが、文化祭本番Partに入ろうと思います。その後は閑話感覚で数話程度書いた後に、夏休みの話を書こうと思いますので、投稿をお待ち頂けると幸いです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。

 次の更新はR-18かパス病み本編……またはコラボか何かになるのかは、事前通達を致しますのでお待ちくださいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二十九話

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は本編の続きをお届けします。

 当初の予定では、このお話から文化祭本番の話をする予定でしたが、急遽趣向を変えまして……他のメンバーにもスポットを当てた話をしようと思います。

 ただそこまで長くするつもりは無く、長くても今回と次回の2話で区切ろうかと考えています。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりお楽しみ下さいませ。


「んー、今日はどれを借りるかな……」

 

 

 文化祭に向けての演劇の稽古を始めて数日後、僕は学校の図書室で本を物色していた。と言うのも、今日はお仕事のシフトが無い日だったので、空いている時間を使って読書用に使う本を探しているのだ。

 

 

 ……ここには結構な数があるな……。

 

 基本的に読むのは日本文学とかその辺だったけど、それに限定してもかなりあるんだね……少し読むのが大変そうだ。

 

 

「お取り込み中の所、大変申し訳無いのだけれど……少し耳を貸してくれるかしら?」

「? え、ええ。構いませんよ」

「ありがとう、盛谷 颯樹さん」

「……っ!?」

 

 

 な、なんで僕の事を……!? 

 

 いや、始業式の時に大々的に挨拶をしたから、知っててもおかしくないし、何だったら此処に転校して来てからもう2ヶ月は優に経つ……でも、それでもまだよく分かってない人が居るもんだと思ってたのに……! 

 

 

「貴方の噂は私の耳にも届いていたのよ。時間はあまり取らないから、少し私に付き合って欲しいわ」

「は、はい……」

「そんなに身構え無くて大丈夫。ここで立ち話をするのも何だし、行きましょうか」

 

 

 僕はその声を掛けて来た女性に連れられ、図書室を後にする事となった。移動してる途中、周りの人たちからボソボソと何か聞こえていたけど、それを気にするよりも先ず先に自分の心配をしなければ……。

 

 そうして連れて来られた場所は、僕にとってあまり馴染みの無い場所だった。

 

 

「……生徒会室、ですか?」

「ええ、貴方と話をするには丁度良いと思ったの。さ、入って頂戴」

「で、では……失礼します」

 

 

 うへぇ……生徒会室って中学の頃からたまにチラリと見かける程度で、その中に入った事は無かったんだけど、入った瞬間から気が引き締まる感じがするよ……。

 

 その後僕は連れて来た人の指示を受けて、近くにあったパイプ椅子に腰を下ろす事にした。

 

 

「……」

「緊張する?」

 

 

 そう言ってその人は此方に振り返り、軽くにこりと笑って見せた。……あれ? 確か、この人……以前何処かで……。

 

 

「まずは、改めて自己紹介を。私の名前は鰐部(わにべ) 七菜(ななな)。この花咲川学園の生徒会長をしているわ」

「よ、よろしくお願いします」

「ええ、こちらこそ」

 

 

 ……やっぱり。何処かで見た事があると思ったら、確か数日前に【SPACE】でライブをしていた……。

 

 

「そうよ、私はGlitter*Green(グリッターグリーン)のキーボードを担当しているわ。貴方があの時のライブに足を運んでいたのは気付いていたし、学内では唯一の男子生徒。直ぐに見付けられたのもそれが理由よ」

 

 

 その言葉の後に、鰐部先輩は眼鏡を取って見せた。

 

 ……えぇぇ……こうやって話すのは初めてなのに、何でこうも心を読まれやすいのかな……。僕がわかりやすいだけ? 恐らくそんなのは希少種だろうけど。

 

 

 そうして再度眼鏡を掛けた先輩は、僕の向かい側に座って話し始めた。

 

 

「貴方が此処に編入して来て2ヶ月が過ぎたけど、何か不便な事は無いかしら? どんな些細な事でも良いの」

「不便……。そう感じた事はあまり無いですね。昔馴染みも居ますし、それなりに以前通ってた所と変わり無く過ごせてます」

「そう、それなら良かった。既に知ってる事だろうけど、この花咲川は元々女子校……そこに男子生徒である貴方が編入して来た事で、多少なりとも変化はあったと思うの。でも、それを感じていないなら安心したわ」

 

 

 そう言って先輩は一息吐いて落ち着けていた。

 

 ……まるで、僕を連れて来た本題はここから、とでも言いたい様な雰囲気だった。

 

 

「さて、本題に入るわね。盛谷 颯樹くん……私たち、生徒会のメンバーに加わる気はありませんか?」

「……えっ?」

「貴方以外の全校生徒を対象にした、アンケートを以前実施して居たの。勿論、貴方がお仕事で居ない日を狙ってね。内容は貴方についての事が主題だったけれど」

 

 

 そう言われて僕は、自然と背筋が伸びてしまう感覚に見舞われた。幼少期から関わりのあるちーちゃんや千歌、紗夜は勿論にしても、その他の人たちとは今年から関わり始めた……そんな人たちからの意見は、良いのもあれば悪いのもあるだろう。

 

 自分自身がそれなりの存在と自惚れる訳じゃないけど、元々の花咲川の立ち位置を考えたら、僕と言う存在は完全に異分子。何かしらの反発や憤りもあるのは当然の結果。

 

 

 ……鰐部先輩は一体何を言い出すつもりなんだ? 

 

 そう考えていた僕の思考は、先輩の次に放った一言で遮られる事になった。

 

 

「集計をしてみたら、あら不思議。貴方の生徒会加入希望者が半数以上を占めていたの。……いえ、もうここまで来ると、其方の返答の善し悪しに関わらず、私は貴方をスカウトする必要があるわね」

 

 

 そう言われた後に、僕はそのアンケートを集計した結果が記された用紙を先輩から受け取った。そしてそこに記されていたのは……殆どが好印象だと言う旨の記載であり、異論反論を申し立てている生徒を探すのが逆に難しいくらいだった。

 

 ここまで集まるとは……人生生きてたら何があるか分からない、とはよく言うけど、これは過去に類を見ない始末だよ。いっそ清々しいまであるね。

 

 

「これで理解できたかしら?」

「ええ、まあ」

 

 

 無表情を徹しているつもりだけど、自然と口角が上がっていたようで僕の反応を見て生徒会長も楽しげな様子だ。しばらく話をしていると、こんこんと扉がノックされ、一人の女生徒が生徒会室へと入ってきた。

 

 

「し、失礼……します……」

 

 

 深々と此方に向かって頭を下げる猫背のその生徒に、僕は見覚えがある。……確か、そう。白金さんだ。

 

 

「いらっしゃい。待ってたわ」

 

 

 どうやら彼女を呼んだのは生徒会長だったらしい。ゆっくりとこちらに近づき、僕にも一礼したあと会長と向き合う。

 

 

「その、お話って……」

「単刀直入に言うわ。貴女には私の後継、つまり生徒会長になって欲しいの」

「え、ええ!?」

 

 

 会長から齎された言葉に、僕も白金さんも開いた口が塞がらない。言わんとしている事は理解出来るが、何故そうなるに至ったのかが分からなさ過ぎたからだ。

 

 

「会長、差し支え無ければ、白金さんを生徒会長に指名したその理由をお聞きしても構いませんか?」

「もちろん構いません。ですが……ふふっ」

「なんですか」

 

 

 生徒会長がこちらを見ながらクスクスと笑う。

 

 

「あなたがそこまで必死になるのが不思議で」

「そ、それは確かにその通りですが」

「もしかして、二人はお付き合いをされてる仲だったりするのですか?」

「ち、違い……ます!」

「そうですよ、勘違いも甚だしいです!」

 

 

 冗談だというのならやめて欲しい。そう願って強く言葉にする。

 

 

「……ふふっ、冗談よ。貴方の反応が面白いから、つい。ごめんなさい」

 

 

 全く……こっちは肝が冷えましたよ! 

 

 この分じゃ、隣に居る白金さんは相当だろうな……。今の様子を見てる限りでも、彼女は人に自分の気持ちを伝えるのが苦手だろうと言う見方ができる。

 

 

 ……先輩、もしかしてグリグリでもそんな感じなんですか……? 

 

 

「違うわ。私はひな子と比べたらまだマシよ」

「そ、そうなんですか……」

 

 

 どうやら先輩はエスパーだったようだ。この流れだとテレポートだとか、物体浮遊なんていう超能力も使えるのかな? さすがに今挙げた二つは憶測に過ぎないし、そんなのは手品師くらいな物だろうけど。

 

 

 だけど、先程の言動と行動が完全に別アニメの世界の住人のそれ。そんな人がうちの生徒会長だったなんて、驚きだ。

 

 

「それで白金さん。返答は?」

 

 

 和かに問い掛ける先輩に対して、白金さんはやや暗い表情を浮かべる。

 

 

「…………」

 

 

 閉ざした口はまだ悩んでいるのか……はたまた、否定を意味しているのか。どちらにせよ、本人が語らぬ以上これより先の進展はない。

 

 

「話を戻しますけど、会長はどうして白金さんを後継に?」

「以前、彼女から相談されたことがあってね。『もっと人前で話せるようになりたい!』って。それで今回の生徒会の座を彼女に譲ってみようと思ってたの。まあ、こんな大変なポジションを自ら望んでやりたがる人なんて、相当な物好き以外いないのだけれど」

 

 

 要はその重役を押し付けてる、とでも言いたいのか? 

 

 

「それは彼女に重責を押し付けてるのでは「いいえ、これは彼女自身が望んだ事なの」」

 

 

 僕の言葉を遮るように先輩が割って入る。

 

 

「私だって無理矢理彼女に任せようとは思わないわ。あくまで白金さんの意思次第よ」

「それなら、いいのですが……」

 

 

 先輩はズルい。そんな言い方をされてしまっては断りづらくなるだろうに、にっこりと笑みを浮かべる裏側には黒い何かを感じとった。

 

 白金さんも、生徒会長なんてやらずとも、人前で話せるようになる方法なんていくらでもあるはずだ。

 

 

「わ、わたし、やります……!」

「その言葉を待っていたわ」

 

 

 言わせた、といった方があってると思うけどね。

 

 

「せっかく生徒会長になってくれるんだもの。何か一つお願いを言って。それを叶えるぐらいの権限なら私にあるわ」

「お願い、ですか……」

 

 

 そう言われた白金さんの表情が、またもや影を落とし始めていた。……ちょっと不躾かもしれないけど、これくらいのお節介は焼かせてもらおうかな。

 

 

「少しごめんね、白金さん」

「ひゃいっ! ……な、何ですか……?」

「自分の思った事、少しずつ話せば良いと思うよ。僕も会長に連れて来られた身だし、サポートするくらいならできるから」

「それは……助かり、ます………」

「先輩。構いませんね?」

「もちろん」

 

 

 会長へのお願いはまた後日、ということで話を収めてこの場は解散となり、二人して生徒会室を後にする。

 

 

「すみません……先程は、ありがとうございました……」

「何の。別にそこまでお礼を言われる程じゃないよ」

「そ、そう……ですか?」

 

 

 各々の教室に戻る道すがらで、僕の先程の行動に対して、白金さんが深々と頭を下げてお礼を言って来た。あの場はああする方が良いと思っただけなんであって、別に何か他意があった訳では無いからね……これくらい何とも無かったりする。

 

 

「あ、あの……」

「ん?」

「えっと……その……」

 

 

 生徒会室でも見せていた様に、彼女はどうやら少し人と会話する事が苦手の様だった。僕も身内以外だとあまり得意では無いのだが、白金さんは特にそれが顕著に現れていた。

 

 昔から人と接する機会が少なかったのか、はたまた別の何かが原因なのかは分からなかったが。

 

 

「どうしたの?」

「い、いえ……すみません……」

 

 

 結局彼女の口から明かされる事無く、会話が途切れる。

 

 

 今更だけど……この子が本当に生徒会長になってしまって大丈夫なんだろうか。今はその心配がどうしても勝ってしまう。今の所は鰐部先輩が会長職に在籍してるからまだ良いけど、来期になると、今度は白金さんが花咲川全体を牽引しなければ行けない事になる。

 

 これが僕の余計な心配だったら良いんだろうけど、今のままだと最悪のケースも想定して動かないといけない。ここは僕が男らしく、白金さんでも話せそうな話題を振るしかないのかな……。

 

 

「白金さんって彩……丸山さんの事って、知ってる?」

「あ、はい……。知ってます……」

「クラスではどんな感じなの?」

「えっと、すごく明るくて……素敵な人、です……」

 

 

 白金さんから見た彩は、クラスの中でかなり良い印象を持たれているみたいだ。……まあ、僕の事になると結構眼の色変わるんだけどね彩って。これは彼女には言わないとくか。余計な火種は撒かないが吉ってね。

 

 

「ふふっ……」

「どうかした?」

「顔に、全て出て……ますよ……」

「えっ!?」

 

 

 彼女の言葉に僕は動揺する。

 

 

「もしかして、丸山さんの事……好き、なんですか……?」

 

 

 無口な娘だな〜、とか思ってたらとんでもない事を告げてきたよこの子っ! 何、もしかして内弁慶タイプ? だとしても、僕たちって全然関わりが無かった気がするけどな……。

 

 

「そんなんじゃないからね!?」

「うふふ……」

 

 

 どうやら完全に誤解されてしまったみたいだ。

 

 これからどれほど否定しようと、彼女からそれを拭い去るのは不可能。もうこの場は潔く諦めて、彩に変な事を言わない様に祈るしかないかな。

 

 

「そう言う白金さんの方は、どうなの? 好きな人とか居たりするの?」

「えっ!? わ、私……ですか……?」

 

 

 そう言って白金さんは、あたふたし始めた。僕から見た視点だと、彼女の瞳はぐるぐるしていて、身体中から汗が出ている様だった。

 

 

 ……僕自身、こんな柄じゃないんだけどな。

 

 そんな事を思いながら白金さんに謝ると、彼女も少し言い過ぎたと感じたらしく、僕にぺこりと頭を下げて来た。まあ、お互いやり過ぎた部分があったし、痛み分けってところかな。

 

 

「白金さん、ゲームの中ではもっと話すのになんかもったいないね」

「そ、それをここで……いいますか……?」

「まぁ、現実と仮想世界では違う、って言うのはあるかもしれないけどね」

「まあ……そう、ですね……」

 

 

 ……これは余談になるけど、白金さんとはNFOを通じて話した事があり、その時は呪文の詠唱の速さや、プレイヤーとしての熟練度の高さ等に驚かされる事が多いのが現状だ。

 

 ただ、話し方の事に関して言うなら、ネットと現実ではどうやら異なるらしい。チャットの時は結構機転も利いてて、スラスラと発言をしていたのだが。

 

 

 ……もし、これから彼女と仕事をするのなら、基本のやり取りはメールになるのかな。

 

 それなら話しやすいだろうけど、いちいち携帯を経由するなんて流石に面倒だ。ここは先輩に告げた通り、人前で話せるようになってもらわないといけない。サポートをすると言ってしまった建前、僕には彼女の仕事を支える義務があるからね。

 

 

「あ、それと……盛谷……さん」

「ああ、名前で良いよ。同い歳から苗字で呼ばれるの、結構こそばゆくてさ」

「じゃあ……わ、わたしの事も、名前で……。燐子……と呼んでください。それで、颯樹さんって……よく、図書室に本を借りに来てくれてます……よね」

 

 

 あー、たしかに。

 

 読書は専ら好きだし、何だったら会長に呼ばれる前までは読書用の本を探していたくらいだ。……ん? こんな話をするって事は……まさか、燐子って。

 

 

「もしかして……燐子、図書委員だったり?」

「あ、はい……わたしも、読書が好きなんです。だから、図書委員になりました……。颯樹さんがいつも本を借りに来てくれるので、とても嬉しいんです……」

 

 

 燐子は僕に対してそう告げて来た。

 

 そう言われた事は素直に嬉しいけど、もしかしたら。

 

 

「他にも本を借りに行く人結構いるんじゃない?」

「い、いいえ……。男の子、で……本を借りに来る人は、あんまり……いないんです……」

「そうなの?」

「はい……」

 

 

 まあ高校生ともなれば、休み時間は友達と携帯ゲームをしていたり、SNSを眺めてたりして時間を潰す事が多いだろう。図書室という静かな空間で本を読むのは、世間一般の男子から見れば特殊なのかな。

 

 

 ……あまり文学青年ぶるのは嫌なんだけども。

 

 

「どんな本を借りてる、かも……知ってます……」

「え」

 

 

 ……それは初耳だ。

 

 まあ、図書委員だからカウンターに座って貸出作業とかもする傍らで覚えたのかもしれないけど、それを鑑みたって今の発言は驚く物があった。

 

 

 ……ちなみに、何処まで覚えてたりするのかな……?

 

 

「この場で、特別に教えても良いんですが……もし、それが憚られる様でしたら…っ」

「ッッッ!?」

 

 

 待てよ、僕ってそんな変な本借りた事あったっけか?

 

 いやいや……そもそも学校に変な本、もとい卑猥な雑誌や漫画を置くはずも無いし、これは彼女なりのボケ……と言うべきなのか。

 

 何にせよ、僕が害を成した事は間違いなくない。

 

 

「ま、まあ覚えてくれてたなら嬉しいよ」

「覚えてますよ……♪」

「照れるな」

 

 

 オドオドとした印象が強い彼女だけれど、笑うとやはり可愛らしい。パッと見た感じで言えばスタイルも良さげだし、もっと自分から前へ出ていけば、男子生徒から引く手なんて数多になるだろうに……何処か勿体無さすら感じてしまう。

 

 

「……あっ」

「もう教室か。話せば早いね」

 

 

 僕と燐子はもう各々の教室へと戻って来ていた。時間帯が放課後と言う事もあり、他の生徒は部活をするなり下校するなりで、校舎に残っている姿もまばらだった。

 

 ……生徒会長に呼ばれて、結構経ってたんだな……。時間の経過と言う物は、本当に末恐ろしい。

 

 

「燐子はこのまま帰る予定?」

「はい……。今日は、氷川さんや、今井さんが各々部活やバイトなので、個人練習をする様に……と言われているんです……。颯樹さんは、この後はどうするんですか…?」

「んー、僕もこの後の予定は無いし、自宅に帰ろうかな。メンバーには個人練習を忘れずに取り組む様に、と伝えてるから」

「……っ、それなら……!」

 

 

 僕はすんでのところで燐子に呼び止められた。

 

 荷物は未だに教室の中にあるので、校門が施錠される前に忘れ物が無いように鞄の中に直して、それを背負って帰りたい所ではあるのだが。

 

 

「もし、良かったら……ですけど、わたしと一緒に、帰りませんか……?」

「ああ。もちろんいいよ」

 

 

 そう言われた僕は、この数十分で随分と打ち解けた女の子と帰る約束を取り付け、教室に自分の鞄を取りに戻った。そしてお互いに帰る準備を終えて合流した後、互いの家への帰り道を歩く事になったのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回はこの話の続きとなるか、コラボ回の続きになるか……はたまたそれとは別になるのかは、事前に今回の様な予告ツイートをあげようと思いますので、楽しみにお待ち頂ければと思います。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十話

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は本編の続きをお届けしたいと思います。

 この次の話は、予定通り文化祭本番Partか……きずかなさん所とのコラボ回の続きをお届けしようと思いますので、把握の程をよろしくお願いします。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりお楽しみくださいませ。


「やあ、お待たせ」

「い、いえ……」

 

 

 教室で待っていた燐子を迎えに行き、僕らは揃って校舎を出る。二人並んで歩いているけど、部活帰りの生徒からの視線が少しだけ僕たちに集う。

 

 

「今日初めて話したばかりなのに、何だか不思議な感じだね」

「そ、そうですね……」

「燐子って部活何してるの?」

「き、帰宅部、です……」

「あれ、そうなんだ? てっきり何かしらの文化部に所属してるものだと思ってたけど」

 

 

 そう感じたのは、同じ帰宅部であるにも関わらず全く見かけなかった事かな。

 

 

「人と、話すのが……少し……」

 

 

 白金さんの言葉で僕は全てを察した。

 

 

「まあ、部活に入るのが強制されてる訳じゃないからそれもありだよね。さ、行こうか」

「は、はい……」

 

 

 僕は燐子と連れ立って学校を後にする。帰り道の道中ではNFOの話は勿論の事、好きな本のジャンルや雑事に至るまでの内容を話し、次第に彼女の零す笑みも多くなって来ていた。

 

 そして、途中まで帰り道を歩いていた時だった。

 

 

「あら、颯樹。今帰りだったのね」

「ちーちゃ……千聖。お仕事お疲れ様」

「お、お疲れ様……です、白鷺さん……。(あれ……? 颯樹さん、今、何を言いかけたんだろう……)」

 

 

 僕たちの背後から声を掛けてきたのは、なんとちーちゃんだった。涼し気な夏用の私服に身を包んでいて、薄い白のフレアスカートと水色の半袖シャツが清涼感を直に感じさせていた。

 

 

「珍しい組み合わせね」

「じ、実は……」

 

 

 ちーちゃんに事の一部始終全てを伝えると、少し不満げな様子でありながらも理解してくれた様で、ため息混じりに答える。

 

 

「それはまた、随分と勝手なのね」

「僕に言われても……」

「し、白鷺、さん……」

「なにかしら?」

「あの、ごめんなさい……」

「え?」

「怒らせてしまったみたいで……」

 

 

 燐子はちーちゃんにそう言うと、申し訳無さそうにぺこりと頭を下げた。まあ、これに関しては僕も一枚関与してるのでフォロー出来るには出来るが。

 

 

「……良いわよ、これくらい。私の愛しの颯樹が頼られるなんていつもの事だから」

「私の……愛しの……?」

「あちゃぁ……」

 

 

 キョトンとした顔で告げられたその言葉。隠す気なんてさらさらない、と言わんばかりの表情だ。

 

 

「え? 私、何かおかしな事を言ったかしら?」

「い、いえ……」

「アイドルなんだから、もう少しそう言った事は控えて欲しいんだけどな……」

「失礼ね。純愛なのだけれど?」

「やめよう。その言葉だけは、絶対」

 

 

 元ネタを知ってか知らずか、ピー音が入る様な発言をさらっと告げるちーちゃん。

 

 そのネタは分かる人には分かるけど、すっごくメタい事言うんなら作品が違うからねっ!? て言うかよく知ってたねそのフレーズ!

 

 

「帰り道なら丁度良かったわ。私……今日颯樹の家にお泊まりさせて貰うから。お母さんから許可は貰っているし、演劇の練習もできるしwin-winだと思うのだけれど……どうかしら?」

「許可が貰えてるなら良いんだけど」

「なかよし、ですね………」

 

 

 僕たちの会話を聞いて、燐子はそんな言葉を吐く。

 

 

「うーん。仲良しというかなんと言うか……」

「彼も私にゾッコンなのよ♪」

「それは──「え?違うの?」」

 

 

 ちーちゃんの瞳から光が消える。サッと鞄に手を突っ込んで何かを取り出そうとしている様だけど、僕はその危険性を察してさっき言った言葉を訂正する。

 

 

「そ、そうだね。うん……それで間違い無いよ」

「(な、なんだろう……颯樹さんの言葉が、後半に連れて片言になってる様な気が)」

 

 

 3人で話しながら帰っていると、僕の家の前に着いたので燐子と別れを告げ、家の中へと入る。勿論の事だけど、そこには誰もいない。そして明かりをつけてソファに腰を預けると、その隣にちーちゃんも座る。

 

 

「お疲れのようね」

「ん?まあ、そうだね」

 

 

 それを言うならちーちゃんもでしょ、と言う僕を横目に……彼女は僕の肩に自分の頭をちょこんと乗せて来た。心做しかその瞳は明らかに不機嫌そうな物に変わっていて、この1日で起こった出来事に対しての不満を表している様だった。

 

 

「……私と花音の愛する颯樹を頼るなんて、会長はさぞ良い眼を持っているのね。でも」

「……ちーちゃん?」

「颯樹の背負う苦労は私も背負うし、花音も背負う。貴方だけに負担をかけさせる訳には行かないわ」

 

 

 僕は、漸くちーちゃんの怒りの矛先を理解する。

 

 そこまで僕を思ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、正直なところ僕は全くと言って良い位疲労感などは無い。

 

 

「僕は大丈夫だよ、心配しないで」

 

 

 ……大丈夫。

 

 他でも無い、僕本人がそう言うのだから、きっとわかってくれるだろう。

 

 

「嘘」

 

 

 僕の頬を掴みそう告げるちーちゃん。

 

 

「あなたの顔を見ただけでわかるわ。無理をしないで、と言ってもダーリンは絶対無理をするから言わないけど……せめて、私に嘘はつかないで」

「ちーちゃん……」

「お願い。貴方がもし不測の事態に陥ったら、それを見て悲しむのは私だけじゃないのよ。だから……何かあったら私や花音に包み隠さず教えて。知っているか知らないかだけでも雲泥の差だと思うから」

 

 

 その眼差しは誰よりも真剣。

 

 それほど僕の事を思ってくれていると言うことだ。彼女の気持ちには感謝しかない。

 

 

「……うん、その時がくれば必ず話すよ」

「本当に?」

「もちろん」

 

 

 紙での契約書は書けないけれど必ず誓える。

 

 

「その代わり、ちーちゃんもちゃんと話すんだよ?」

「ええ。もちろんよ♪」

 

 

 僕たちはお互いに幼馴染だから、と言うのもあるかもしれないけれど……ちーちゃんとは家族の様な存在だからか、普段言えない様な事でも言い合って来た。

 

 

 今見えているのは、もしかしたら傍から見ればその極地かもしれない……でも、昔から関わって来た僕らにとっては、そんなの当たり前の光景だ。

 

 そんな事を思いながらも、僕たちは夕飯を済ませてお風呂まで終えて寝る準備まで整えた。……は、良いのだが。

 

 

「ん、ちーちゃん。何処に電話かけてるの?」

「決まっているでしょう? 花音の所よ♪」

「決まってるって……」

 

 

 新たな火種を持ち込もうと言うのかキミは!

 

 

「今日の事を話しておこうと思って」

「そんなネタになる様な事だった?」

「ええ。これは共有しておくべき事案よ」

「基準がわからない……」

 

 

 数コールの後花音は電話に出て、ちーちゃんが今日あった事の全てを伝える。

 

 

『へぇ〜、颯樹くんが生徒会に……。ふぅん、なるほど、そうなんだぁ……』

 

 

 通話口の向こうに居る花音の表情が伺い知れないけど、恐らく良いもので無いのは確定だろう。……あ、ちーちゃん急にスマホを操作して何するの!?

 

 

「寝る前の時間帯にごめんなさいね、花音。どうしても貴女にはキッチリ話しておかなければ、と思ったの」

『ううん、大丈夫だよっ♪ でも……そうなんだぁ……。颯樹くんが頼れるのは分かりきった事だけれど、ここまで引く手数多だと……少し妬いちゃう…っ』

 

 

 僕の制止も聞かず、ちーちゃんは通話をしている画面を音声通話からビデオ通話に切換えた。そのお陰で可愛らしい水色の寝間着に身を包んだ花音の姿が目に入ってしまった。

 

 ……出来るなら、こんな時に花音の寝間着を初めて拝みたく無かったよ!

 

 

『颯樹くん』

「は、はい」

 

 

 ……画面越しなのに、急に周囲の温度がどのくらいか冷えたと思う。と言うのは僕のやらかしの責任でもあるんだけど、ベッドの上で正座をするなんてあまり類を見ないケースだ。

 

 そんな事を思っていると、次に掛けられた言葉は……お説教では無く、この一言だった。

 

 

「無理したら、メッ!だよ!」

「……え?」

「嫌な事は嫌ってちゃんと言う! それでもやる時は必ず私たちも力になるから、一人で突っ走らないで!」

 

 

 花音の気遣いは、こっちに帰って来てからいつも感じる事だけど、本当に助かっているよ……。

 

 

「わかった。その時は相談させて貰うよ」

『ふふっ♪ じゃあ、今の約束を一ミリでも破ったら……わたしと、シようね♡』

「なっ!?」

「花音……?」

「えへへ♪」

 

 

 なになになに! 唐突にぶっ込んできたよこの子!

 

 しようね♡じゃないんだよっ! 僕だってちゃんと男ではあるけれど……それでもまだ早いと思うのは僕だけ!?

 

 

「ダーリン……?」

 

 

 微笑みの鉄仮面、なんて言われてるちーちゃんだけど、その表情に笑顔はない。まさに修羅場だ。

 

 

「ふふっ♡あ、そうだ。千聖ちゃん、あのね、この前……彩ちゃん、颯樹くんと一緒にブライダル雑誌のモデル撮影をしたみたいだよ♪」

「へぇ……?」

「あ、なぜその事を」

 

 

 次々と爆弾を投下していく花音。千聖の表情はだんだんと曇っていぬ様子を見て驚愕する。

 

 

「随分と……楽しんでるみたいね……?」

「そ、それは……」

 

 

 神も仏もこの世には存在しないのか。僕ってそんな悪い事してるかな!? さっき詰め寄って来た時以上の恐ろしさが伝わって来るし、何より少しでも変な事をすれば、今度こそろくな事にならないっ!

 

 

「ダーリン? 今度埋め合わせしてくれなくちゃ……許さないわよ……?」

「は、ハイ……」

『うふふ…っ♡』

 

 

 八方塞がり、とはこの事だろう。背後のちーちゃんを見てたら何やら不気味な笑みを浮かべてるし、通話画面越しの花音はと言えば、軽く微笑むように笑ってるし……!

 

 

『次に会う時が楽しみだね〜♪』

「心配しなくても良いわ、花音。明日は私も学校に行ける日ですもの……3人で仲良く、一緒に登下校したり学校生活を過ごしましょ♡」

 

 

 含みのある笑みが一番怖い。これほど明日を迎えたくないと思ったのは初めてかもしれないね。

 

 

「ちーちゃん、そろそろ寝ないと明日も早いよ?」

「あら、何を言っているの? 私は大丈夫よ。貴方には夜通しでキッチリお説教しておきたいもの…♪ 花音は良いかしら?」

『うんっ♡私も……颯樹くんには少しキツめに言っておかないといけないから…ね♪』

 

 

 ……あっ、これは逃げられませんね……。

 

 常日頃から彩たちには早寝早起きを徹底するとか、体型維持を確りとか厳しい事を言う事が多いちーちゃんだけど……こう言う時は、そんなのすらお構い無しらしい。

 

 

 心做しか、部屋の中の温度が絶対零度を思わせるくらいには冷えた様な気がするし、今現在僕の近くに居るちーちゃんや、画面越しに居る花音の表情が黒い笑みに変わっていたりする。

 

 

「は、はは……。マジでその件に関しては説明するから、その怒気を締まってくれると……嬉しいな?」

「それはダーリンの説明次第よ?」

『じゃあ、説明して貰っても良いかな……?』

 

 

 僕の淡い期待は何処へやら、と言う様に二人はジリジリと詰め寄って来た(約一名は画面越しなので、スマホを通してにはなったのだが)。その際彩に心の中で謝りながら、僕は二人に一から十まで全て説明する事となったのだった。

 

 

 ……マジで怒らせちゃいけない。

 

 と言うか、本気でこの二人と関わるなら、全て正直に話さないと未来が危ういよ!? 誰か助けて欲しいよ……許してもらえるなら、ね。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の更新日は未定となっておりますが、更新をする際はまた予告をしようと思いますので、楽しみにして頂けますと幸いです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十一話

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 前回のお話の最後で、次回は文化祭本番Partに入ると言っておりましたが、急遽やりたい話が出て来ましたので、その話を今回を含めて3話程やった後に文化祭本番の方に映りたいと思います。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみ下さいませ。


「勝ち取れ 今すぐに」

『SHOUT!』

 

 

 アタシたちRoseliaの頼れるリーダーであり、アタシの幼少期からの幼馴染の友希那──湊 友希那の歌声に導かれ、アタシたちはいつもの様にCiRCLEのスタジオを借りて練習をしていた。

 

 Roseliaが結成されてからと言うものの……以前からあった熱に更なる勢いが加わっていて、少しでも油断をしていると置いて行かれそうな程だった。まあ、目指している目標がそれくらいしないと実現できるかどうか怪しい所だから、仕方ないんだけれどね。

 

 

 ……友希那だって前を向いている。

 

 アタシも友希那に続かなきゃ。他のメンバーよりもブランクがあるんだ……ここで止まってられないよっ!

 

 

 そう思って友希那に追加の練習を進言しようとした時、その本人がアタシたちの方を見てこう言って来た。

 

 

「……紗夜、燐子」

「……っ!」

「な、何ですか……?」

「さっきの演奏だけれど、音程は正確に取れていて問題無かったわ。でも、今の音に貴女たちの気持ちが籠っていない」

 

 

 友希那から齎された苦言に、紗夜と燐子の顔が少し歪んだ気がした。アタシが演奏している傍らで聴く限りだと、二人の演奏には何の違和感も無かった。寧ろ、練習に真剣に臨んでいるとすら思えた。

 

 

 ……でも、友希那はそこを指摘した。

 

 何かあるんだ、あの二人がそこまで言われる物が。

 

 

「少し休憩にしましょう。その時間で構わないから、話して貰えるかしら。不安要素は早めに取り除きたいの」

「りんりん……」

「……わかりました、順を追ってお話します。白金さんもそれで構いませんね?」

「は、はい……。わたしも、大丈夫です……」

 

 

 二人の意思を聞いた友希那は、軽く手を叩いて休憩の合図をした。燐子の隣でドラムを叩いていたあこ──宇田川 あこはと言うと、少し顔色が悪くなった親友の事を心配そうに見ていた。

 

 そして紗夜からの一言によって、アタシたちは二人の悩み事を聞く事になった。……その内容と言うのが。

 

 

「……なるほど、そうだったのね」

「はい。颯樹が編入して来てもう数ヶ月が経ちますし、それに伴って交友関係等も変化するのは自明の理。ですが、松原さんと丸山さんの間に生じた亀裂……更に言うのであれば、丸山さんと白鷺さんはかなりの頻度で颯樹を巡って対立しています。この状況を一体どうしたものかと思いまして……」

「さ、颯樹さんとは……来期の、生徒会……で主に関わる事になる、ので……わたしも、何か出来ないか……と思ったんです……」

 

 

 紗夜から話されたのは、颯樹に関する事だった。聞けば彼の周りには彩や千聖の他にもひしめき合っているらしく……その対処を必死になって考えている、と言う事みたいで。

 

 

 颯樹とは初めて会ったあの時以来会えていないけど、紗夜や燐子と同じ学校に通ってるんだね……。そのうえで今回の事案なんだから、颯樹の人望とかが容易に想像できてしまう。更に燐子と来期の生徒会をするなんて、一体何があったのかな!?

 

 兎にも角にも、彼が元気にやっているなら、アタシとしてはホッと一安心。……でも。

 

 

「(颯樹、いつになったら会えるんだろう……。アタシはあの時の事を謝りたいのに……)」

「リサ?」

「ゆ、友希那ぁ!? ど、どうしたのっ!?」

「今井さん……? 何か、あったんですか……?」

「え、えっと……それは、その……」

 

 

 ……ヤバい! 紗夜と燐子の事だけ心配すれば良かったはずなのに、いざ自分に向けられると頭が真っ白になる……! こ、ここは知らばっくれて逃れるか、それとも正直に白状してスッキリしまうか……うぅむ、悩みどころだよ……。

 

 

「湊さん、それは私から説明させて下さい」

「あら、紗夜は何か知っているの?」

「はい。今井さんが颯樹に対してやった始末を考えれば、今のこの行動にも辻褄が合います」

「ちょっ、紗夜っ「話して頂戴、紗夜」!?」

「わかりました」

 

 

 アタシから漏れ出た驚きを無視して、紗夜は淡々とその事を語り始めた。心做しか友希那のただでさえ鋭い視線が、更に鋭さと力強さを増した様な気がしてならない。アタシとしては今直ぐにでも逃げ失せたい所だけど、それをあの二人が許してくれるかどうかは別問題なんだよね……。

 

 

 そして、数分後。

 

 

「……リサ」

「……はい」

「紗夜と燐子の心配をする前に、貴女にたっぷりとお説教をするのが先だったみたいね。私、その事初めて聞いたのだけれど」

「ひぃぃぃっ!」

 

 

 そう言った友希那は、アタシにジリジリと詰め寄って尋問する態勢に入った。それを燐子とあこは心配そうに見てるけど、紗夜はと言うと至極当然と言った表情でアタシたちの方を見ていた。

 

 

 や、やめてー! こ、こんな事想定外だよーっ!

 

 そう思ったアタシは覚悟を決めて目を瞑ったけど、目の前にいる幼馴染から告げられたのは、お説教の代わりに……こんな言葉だった。

 

 

「リサ、この事に関しての手段は如何なる物を用いても構わないわ。颯樹に今すぐ、自分の口で謝って来なさい。それが貴女への罰よ」

「ゆ、友希那……わかったよ」

「紗夜と燐子は今晩と次の日を使って良いから、その事柄への対策を考えておきなさい。同じ学校に通う者同士……そこはハッキリさせる事。良いわね?」

「はい」

「も、勿論です……!」

 

 

 そこまで言った後、友希那は少し目を瞑って精神を落ち着けていた。……そして。

 

 

「今日はここまで。燐子、紗夜、リサ……貴女たちは今言った事を確りして来なさい。そして次の練習の時に普段のメニューの倍の量をしてくれたら何も言わないわ。次のスタジオの予約を済ませておくから、今日は帰りなさい。お疲れ様」

 

 

 そう言って友希那はスタジオを後にし、まりなさんが待っているであろうカウンターの方へと向かって行った。そうして紗夜や燐子にあこも動き始め、とうとうスタジオに残っているのはアタシだけになってしまった。

 

 

 ……どんな手を使っても良いから颯樹に謝れ、か……。

 

 確かにあの方法は後になって考えたら強引だったし、颯樹の立場からしても嫌悪感いっぱいになる。そう思われても自然だし、アタシには良い薬だ。

 

 

「……帰ろう。せっかく友希那が作ってくれたチャンス、無駄にしない様にしないと」

 

 

 そこまで直ぐに考えつき、練習に使用した機材の片付け等を済ませて、アタシはスタジオの鍵を返却してから帰る事にした。

 

 

「とは言ってもな……。こんな夜遅くの時間に、颯樹って出歩いてるもんなんだっけ……? 最初に会った時がその時間帯だったから、少し感覚がバグっちゃいそう」

 

 

 ライブハウス『CiRCLE』を後にしたアタシは、家までの帰り道を一人で歩いていた。その足取りはいつもより重く、まるで重りがずっしりのしかかっているみたいだった。まあ……こんな事になったのは、一重にアタシが颯樹に強引に迫ったせいなんだけどね。

 

 

 お母さん、心配してるよね……。

 

 早く帰らなきゃ、と思ったアタシの視線の先に誰かが映り込んで来た。遠目に見てるからぼんやりとしか分からないけど、黒髪のショートヘアで、夜だと言うのに真っ黒な服を着てて片手にスマホを操作している……もしかして。

 

 

「え……? あれって……颯樹……?」

 


 

「……」

「どうしたの、急に一緒に帰ろうなんて」

 

 

 あの後颯樹とは合流出来たんだけど、アタシとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだった。最初に出会った時があの始末だったし、かなり警戒されてるよね……。視線がさっきの友希那と良い勝負出来るくらいには鋭いし、言動がまさに怒ってる人のそれに近い気がする。

 

 

 ……やっぱり、アタシ……颯樹に嫌われちゃったかな。

 

 この事態になったのは自業自得ではあるんだけど、許されるなら過去のアタシを引っ張り出して、今すぐにでも引っ叩きたいくらいだよ。

 

 

「……何も無いのが逆に怖いんだけど」

「あ、ごめんね! アタシ、颯樹に言わなきゃ行けない事があったのに、何を言おうか思い出せなくて……」

「それはよくある事だから特に気にしないよ。寧ろ、こっちも帰り道だから、多少ピリついてるのもあるね」

 

 

 アタシがどもっているのを察したのか、颯樹の方から声が掛けられた。その気遣いはとても嬉しいんだけど……今のアタシにとっては傷口に塩を塗られた様な感覚だよ…っ!

 

 

「……あ、あの……さ」

「ん?」

「……アタシ、あの時の事……謝ろうと思って」

「あの時って? ああ、僕がこっちに帰って来て間も無い頃の話だよね?」

 

 

 ……やっぱり覚えてた。日菜から聞いていた通りの記憶力の良さだよ。

 

 これは何となくでしか無いんだけど、その三人が恋心を抱くのもなんか納得できる。だってこんな彼氏が傍に居てくれたら、たくさん甘えたくなっちゃうし、もしその人に他の女性が付き纏っていたら神経質になるのも凄くわかる。

 

 

「別に。気にしてないよ」

「……え?」

「リサにはリサなりの考えがあったんでしょう? なら、そこに僕の異論を挟み込むのはお門違いだし、絶対にやっては行けない事。これは人間関係を円滑に構成する為に必要な事だからね」

「……そ、そうだね……」

 

 

 怒られるかな、とか思っていたアタシに颯樹から投げ掛けられた言葉は、予想の斜め上を行く物だった。気にしてないなら別に良いんだけど、アタシとしては何か埋め合わせをしないと気が済まない。

 

 だってそれくらいの事をしてしまったんだ、って自覚はキチンとある。友希那も事情は把握してくれてる……なら、やらなきゃ行けないよねっ!

 

 

「颯樹、もし良かったら……なんだけど」

「何かしよう、なんて思わないで。家に送り届けるまでは一緒に居るけど、その後は直ぐに帰るからね」

「……うん」

 

 

 その言葉を最後に、アタシと颯樹の間には気まずい空気感が漂った。颯樹の言葉を聞いていると、その言葉はすごく正しいし、アタシの事もキチンと考えてくれている……でも、何だか彼とアタシの間で大きな壁があるみたいで、胸の辺りがモヤモヤする。

 

 そんな事を考えている間に、アタシの視界にはいつもの見慣れた風景が飛び込んで来た。

 

 

「……リサの家って、ここで良いんだっけ?」

「そうだよ」

「それじゃあ、僕はこの辺で。おやすみ」

 

 

 そう言って颯樹は踵を返して去ろうとする。

 

 ……確か颯樹って、一人暮らしなんだよね。つまりアタシと違って、帰っても暖かく誰かに出迎えられるって訳じゃない。全て自分でやらないといけない。……だったら。

 

 

「……あ、あのさっ!」

「まだ何か?」

 

 

 アタシの呼びかけに、颯樹は短くそう答えた。

 

 ……颯樹としては不本意だろうけど、今回だけはアタシの我儘に付き合って貰うからね!

 

 

「……今夜、ウチで泊まってかない……?」




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回はこの話の続きとなりますので、更新をお待ち頂けると嬉しいです(次回更新作品はR-18を予定しております)。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十二話

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 前回の更新よりかなり日は空きましたが、パス病みは通常運転で投稿をして行きたいと思います。お盆の時に何か一話更新出来ればまだ良かったんですが、母親の実家に行ってお盆ならではのお務めをしてきた上で、遠方から里帰りに来ていた母の身内とも会っていたので、少し投稿が遅くなってしまいました……大変申し訳ないです。


 今回は閑話休題Partの2話目です。

 このお話は前回からの続きとなっていますので、この話を読む前に其方を先に読んで貰えるとわかりやすいかと思います。


 それでは本編、スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみ下さいませ。


「……ここまで来れば流石に良いか」

 

 

 リサからの誘いを断り、彼女が追って来れないであろう距離まで走り続けた僕は、額から出て来る汗を手の甲で拭いながら、その付近を歩き続けていた。一応バッグの中には汗ふきシートやタオルに水筒などが入っているので、汗が出たり喉が渇いた時に対応できるには出来るのだが。

 

 

「しかし、ここは何処だ……? 周囲がもう真っ暗だってのもあるかもしれないけど、街灯が点ってないと何処ら辺なのかわからないな」

 

 

 そう呟きながら、僕は周囲を見渡した。

 

 

 直ぐ目に入ったのは、小さい子供とかがよく遊んでいる滑り台やブランコで……その近くには1、2台程度ではあるものの、自動販売機も設置されていた。東京は日が沈んでも街灯の明かりが着いている事が多いので、迷ったりとかそう言う事はほとんど無い。

 

 ただ、考え事をしながら歩いていたりすれば、見慣れた道でさえもあやふやになりかねない……と言う欠点があるにはあるけれど。

 

 

「……仕方ない。この分だと自宅に辿り着くのは、せいぜい甘く見積っても9時くらいかな……それまでの暇潰しに、何か音楽でも聴くか……ん?」

「……あれ、颯樹くん……?」

 

 

 ズボンのポケットからスマホを取り出そうとした、僕の目の前に現れたのは……水色の髪をサイドテールにしている、僕やちーちゃんと同級生の女の子──松原(まつばら) 花音(かのん)、その人だった。

 

 花音から詳しく話を聞いてみると、どうやらバイトからの帰り道だった所らしいのだが……いつもの状態(迷子)になってしまったとの事で。

 

 

「本当にごめんね、颯樹くん……。いつもいつもお世話になっちゃって……」

「構わないよ。寧ろ、いつでも頼って。僕で力になれるなら協力するからさ」

「ふふっ、ありがとう…♪」

 

 

 僕は花音とそんな言葉を交わしながら、近くにあった公園へと立ち寄る事にした。ただ座って談笑するだけだと味気無かったので、自販機で飲み物を買ってから、と言う流れになったのだ。

 

 

 聞けば花音の好き嫌いはあまり無いのだが……どうしてもキノコだけは無理との事で。と言うのも、先日クラゲを見に水族館へ行った事があったのだが、その時に彼女の苦手な物も聞く事が出来た。

 

 曰く『キノコとクラゲは全く違う』らしい。

 

 本人が苦手とするならそれについて言及はしないが、この様子だとグラタン等に入っている椎茸や、秋の味覚に数えられる松茸とかは好んで食べないだろう。

 

 

 ……母は鰻が苦手だと言っていたけれど、それは小骨が多いからと言う至極単純な理由ではあったらしいが。

 

 

「はい、お汁粉で良いかな?」

「あ、ありがとう…っ。お金を渡さないと……」

「いや、良いよ。これは僕からほんの気持ちだよ」

「……良いの……っ? それじゃあ、お言葉に甘えて……ありがとう、颯樹くん…♪」

 

 

 花音からのお礼に対して返答した僕は、彼女と一緒に近くのベンチに座って飲む事にした。ただ、時間も遅いので補導されない様に、飲んだら早めに帰る……と二人で約束をするのは忘れなかった。

 

 

「んっ、んっ……美味しい…♪」

「良かった。そう言って貰えると嬉しいよ」

「……私、いつも颯樹くんに何かを貰ってばかりだよね」

「そんな事無いよ。僕がやりたいと思ってやってるんだ、花音は気にしなくて良いから」

 

 

 僕はそんな事を言いながら、自分のバッグの中に入れていた水筒を取り出して、お茶を飲んだ。先の練習である程度は飲んでいたので、ひと息で飲み干せるくらいしか無かったけれども。

 

 

「……颯樹くんって、誰かに対してすごく優しいよね。千聖ちゃんは元からそうだけど、会って間もない私や彩ちゃんに対してもそんな感じで……。何だか、あの二人が羨ましくなって来ちゃうなぁ……」

「大袈裟だって。少なくとも、僕は誰彼構わず優しくできる様な聖人じゃない……怒る時は怒るし、嫌と言う時は断固として断るよ」

「そう……だよね、うん」

 

 

 花音は僕からの答えに対してそう相槌を打つと、両手でお汁粉の入ったアルミ缶を持ったまま俯いてしまった。その様は自分にできない事が僕は出来る、と言う事への羨望とそれが出来ない自分に対しての自虐の意味があったのだろう……と察する事が出来たが。

 

 

「……颯樹くんって」

「ん?」

「どうして、そんなに優しく出来るの? 千聖ちゃんになら兎も角として、まだそんなに関わってない私とか彩ちゃんとか……なんで、そこまで優しく接する事ができるのかな……なんて」

 

 

 ……確かに。言われてみれば、何か行動を起こす時に、そこまで深く考えた事は無かった気がするな。日菜みたいな突発的に何かをしよう、やってみようよ、じゃなくて、これをしたら相手はどう思うのか……また、それを受けて自分はどうすればいいのかと言うのが前提にあったはずだ。

 

 

 彩に関しては、突然の出来事とは言え、その瞬間を見かけていたからこそ対処も出来たし、今もこうして彼女は無事に高校生活を過ごせている。花音に関して言うなら、ちーちゃんとの縁から繋がって関わり始めたのが理由だ。

 

 ……でも、本当だったら赤の他人にここまでする理由は僕としては無いはず。そこを突き詰めれば、花音の考える事は至極当たり前の事だろう。

 

 

「さっきも言ったけど、僕がやりたいからやってる。ただそれだけだよ。花音が気にする必要は無いんだ」

「で、でも……」

「でもも何も無いでしょ。余計な理由を付ければ、自分のやってる事に正当性を持てると思ったのかもしれないけど、それは単なる言い訳。その場を上手く誤魔化す為の愚策でしか無いんだ」

 

 

 僕はそこまで言うと、座っていたベンチから立ち上がって花音の方を見る。彼女にはすごく心苦しい事を言うかもしれないが、今はそれしか方法が無い。

 

 

「だからさ、花音は気にしなくていい。僕を頼ったから自分が良くない事に巻き込まれるとか、誰かに相談したせいで周りに迷惑をかけてしまった、なんて……そんなの些細な事だよ」

「……えっ?」

「僕はね、自分の事はこの先どうなっても構わないとすら思ってる。寧ろ……僕の犠牲があって、それで実現出来る未来があるのなら、僕はそれでも良いと思うんだ」

 

 

 僕の言葉を聞いた花音は、少しずつ自らの目許に涙を浮かべて行った。まるで『そんなのは信じられない』と言った様子だったが、声を出す事が出来ずに居た。

 

 

「だから、花音は今まで通りに僕を使えば良い。例えそれで僕が周囲から無理をしてるとか何やら言われても、僕はいつもの様にそれを隠しながら過ごすだけ。それで良いんだ」

「……じゃ、じゃあ……私は、どうすれば……」

「もう一度言うよ。僕の事は好きに使えば良い。頼られようが捨てられようが……僕としては本望さ。誰かの役に立てたなら」

 

 

 花音にそう言った後、僕は自分の荷物を纏めてこう告げる事にした。……余計な誤解を産んでも困るから、最後にこれだけは伝えておこうかな。

 

 

「今回の事で花音が気に病む必要は無いよ。これは未熟な僕の方に全責任があるんだから。……少し話し過ぎたかな。家まで送るよ。さ、手を取って」

 

 

 その言葉を伝えた僕は、花音に自分の右手を差し出して取る様に促した。公園の時計はもう9時半を周る頃で、下手をしたら警察官が補導をし始める時間にも迫っていた。

 

 

 ……そして、花音の反応を僕が待っていると。

 

 

「……私、貴方と出会ってから、一度も颯樹くんをそんな風に見た事なんて無いよ」

「……花音?」

「颯樹くんは優しいし、考え方も立派で……私なんて、誰かから頼られるって少しの想像も出来ないよ。寧ろ、私なんかで良いのなら……と思っちゃう。だから、ね……っ」

 

 

 そう言われた僕は、何かが自分に触れる感覚を覚えた。

 

 その視線の先には目を閉じた花音が居て、僕と何かを重ね合わせている様な様子だった。……え、ちょっと待て……。今現在進行形で重なってるのって……。

 

 

 そこまで思い至った僕の気持ちなどいざ知らず、花音は背伸びをした状態から元の姿勢に戻り、此方をじっと見つめて来た。心做しか目元には涙が溜まっていて、あと少しの衝撃さえあれば、もうどうにかなってしまいそうだった。

 

 

「わたし……、颯樹くんが大好き……っ。だから、そんな悲しい言葉……できる事なら、もう、聞きたくないよ……」

「か、花音……」

「……颯樹くん……わたし、貴方の事が……好きですっ。愛してる……」

 

 

 ……花音から齎された、愛の告白。完全に夜も更けて、更に言うなら街灯と自販機くらいしか明かりが無い、ほぼ暗闇のこの状況で……僕は、目の前の彼女から告白をされた。

 

 

 これは弱ったな……。

 

 まだ返事を返せてないメンバーも居る中で、おいそれと自分の将来を決めるなんて、それこそその人たちに申し訳無いし、そんな状況で花音を受け入れると言うのは、勇気を出して伝えてくれた彼女にとって最大の侮辱だ。

 

 

「花音……今の状況で答えを出す事は出来ない。こんな情けない僕ですまない」

「……そう、だよね……。颯樹くんの周りには、沢山貴方を想っている女の子が居る、から……」

「本当にごめん。だけど、わかって欲しい……って、これこそ言い訳か。僕から言った事なのにね」

 

 

 僕は数分前の自分が言った言葉でハッと我に返り、花音に一言謝った。……やっぱり、僕に恋なんて……無理なのかもしれないな。

 

 

「ううん…。颯樹くんと初めて触れ合ったあの夜……私、言い様の無い位に鼓動が煩かったんだよ。下手したら心臓が張り裂けそうな位。そして、貴方に抱いて貰ったあの瞬間……私の心は、満たされたんだよ」

「……そうか」

「だからねっ、私の全て……颯樹くんに……余す事無く全部あげる……。この身体も、心も……全部……んんっ」

 

 

 そう言って花音は、再び唇を合わせて来た。

 

 最初の時とは違って、背伸びをして本気でキスをする態勢に入っていた。

 

 

「んんっ、んっ、んむっ、はぁ…んっ」

 

 

 彼女とキスをする度に、未だに聞き慣れない音が耳朶に響き渡る。これが花音の気持ちの強さと捉えればまだわかるが、もうそこまで行ってしまえば、後はお察しだ。

 

 

「……私、颯樹くんの家に行きたい……」

「……えっ」

「今夜一晩だけで良い……。ううん、できる事ならもっともっとしたい……。貴方が欲しくて仕方が無いの…っ」

 

 

 感覚として長めのキスを終えた後、僕は花音からそんな事を頼まれた。別に時間はもう遅くなってしまったので、このまま自宅に帰宅させるよりは僕の方で泊めて……明日帰す方が理に適っているだろう(一人で歩かせると迷子になるので)。

 

 しかし……この状況を誰かに見られでもしたら、確実に翌日はある事無い事を言いふらされそうな気がしないでも無い。

 

 

 どうしたものかなぁ……全く。

 

 いや、ここは花音の気持ちを汲もう。折角こうして勇気を出して告白してくれたんだ……その気持ちには精一杯報いるのが常識だろう。

 

 

「……わかった。帰ったらまずお風呂を沸かさないとね。二人とも汗をかいてるだろうし」

「……っ! うんっ♪ 颯樹くん、今夜一晩だけ、よろしくお願いしますっ」

「こちらこそ。さ、お手をどうぞ。お姫様」

「……はいっ♡」

 

 

 花音は僕からの問いにそう答えると、僕の左手を優しく握り返した。その後は無事に家まで帰り着いて、遅めの夕飯として冷やしうどんを食べてからお風呂を済ませて就寝した。

 

 ……だがこの際、僕たちを陰から見つめている謎の視線があった事には……僕も花音も気づく事は出来なかったのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回の更新は未定となっておりますが、なるべく遅くならない様に投稿したいと考えてますので、更新予告等のツイートなどを気長にお待ちいただけると嬉しいです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十三話

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は第三十一話のその後、主人公とは別の所で何が起こっていたのかをお届けしようと思います。ちなみに今回は主人公の名前だけしか出て来ず、メインとなるのは原作キャラのみとなりますので、予めご了承ください。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみ下さいませ。


「……さて、どうしようかしら」

 

 

 Roseliaのバンド練習が終わり、自宅に帰って夕飯まで済ませた私は、一人自室の机に向かって考え事をしていた。そそくさと部屋に入ったのを日菜や兄さんに心配されたけれど……そんな事は今の私にとって、気にするべき事では無かった。

 

 目の前には自分の使ってる教科書等の教材が並んでて、その傍らに息抜きとして使用しているノートパソコンや、スマホを充電する為の充電器が置かれていた。

 

 

「颯樹の事についてはある程度知識があるけれど、白鷺さんは私以上にある上で、彼にかなりの好意を寄せている……。それに松原さんや丸山さんの事も考慮するとなると、何処かで私もそれなりの覚悟を持たないといけない……」

 

 

 これが妹の日菜だったら、後先考えずに捨て身特攻みたいな策も取れるかもしれないし、何だったら彼をその気にさせる事だって出来ない訳では無い(ただ、その後どうなるかはお察しにはなるけれど)。

 

 

 でも、私は日菜とは違う。

 

 私は私なりのやり方で、これからあの三人の対処をしないといけない。白金さんと一緒にと言う救いこそあれど、いざその時になれば……対応できるのは、私一人だけ。

 

 

「どうしようかしら……。無理矢理彼を引き剥がしても良いのだけれど、それだと益々三人の怒りを買いかねない……でも、そのまま放置しておくのは、私としては絶対に許容できない。それを前提に考えるなら、私はどうすれば……」

「おねーちゃん、入るよー」

「こら、日菜っ! 他人の部屋に入る時にはノックをする様にとあれほど言ったでしょう!」

 

 

 そんな私の気も知らず、いきなり日菜が私の部屋にノックもせずに入って来た。今まで何度かその行動に対して苦言を呈したけれど、本人にとっては何のその。勝手に入って勝手に寛いで、満足したら勝手に出て行く……まるで猫そのものだった。

 

 ただ……この時の日菜は、違った。

 

 

「おねーちゃん、今日は家に帰って来てからず〜っと唸ってるけど、どうしたのー?」

「貴女には関係の無い事よ、放っておいて頂戴」

「これはさっくんにも言ったけどさー、そうやって考え込み過ぎるのは良くないと思うよー? 少しくらい頭空っぽにして、何も考えない日が一日くらいあっても」

「日菜ッ!!!!!!」

 

 

 ……あぁ、またやってしまった。

 

 本当は悩んでいる事があるのに、それを誰かに聞いて欲しいと思うのに……私は、また日菜に当たった。しかも、考えている事を見抜かれた上でのその一言だから、余計に不満が出て来たのかもしれない。

 

 

「……ごめんね、おねーちゃん。あたし……もう自分の部屋に戻るね」

「……そう、わかったわ。おやすみ、日菜」

 

 

 私は日菜の言葉にそう答えて、彼女を自分の部屋から送り出した。兄さんにこの言葉が聞こえていないか不安だったけれど、自室で集中しているのか、何も声が聞こえる事は無かった。

 

 

「……ギターを弾きたいけれど、今の状態だとちょっと気分が乗らないわ。もう歯を磨いて寝ましょう」

 

 

 そう呟いた私は、歯磨きをする為に自分の椅子から立ち上がった。……けれど、その時だった。

 

 

\プルルルル…/

 

 

「……ん、誰かしら。こんな夜更けに」

 

 

 私はそんな思いを頭に浮かべながら、スマホに表示されている着信に応答した。するとそこから聞こえて来たのは……。

 

 

『も、もしもし……氷川さん、ですか?』

「はい、そうですが。どうかしましたか、白金さん」

『友希那さんから、伝えられた件……に、ついて。少し話がしたいと思ってまして……』

「……分かりました。私も寝るまでの時間には多少時間がありますし、この時間を使って話し合いましょう」

 

 

 私に電話をかけて来たのは、白金さんだった。

 

 話を聞いてみると、彼女も湊さんから練習中に言われた事案について考えていた所だった様で。そしてその考えが纏まらず、こうして私に電話をしたと言う次第らしい。

 

 

 私はそれに快く返答をして、白金さんとの相談を始める事にした。

 

 

『正直……どう、思いますか? あの三人について……』

「どう、と言われても……異常、としか言えません。白鷺さんは元よりその傾向がありましたが、松原さんと丸山さんに関して言わせて貰うなら、ハッキリ言って限度を越えています。現に颯樹の事に関してかなり言い争っていましたし、何より彼にかなりの執着を見せています。それを知ったうえでどうこうする、と言うのは至難の業かと」

『そう、ですよね……』

 

 

 ……白金さんの思いは、私と同じだったみたいね。

 

 颯樹の事に関して言うなら、あの三人がかなり目に余る行動をしているのは、もう傍から見ても既に分かりきっている。いつ何かの拍子でその緊張状態が解け、熾烈な正妻戦争が勃発するかなんて、もう私たちには予測不可能だ。

 

 

 それに一人だけならまだしも、三人も彼に執着心を見せているのだからタチが悪い。日菜も日菜で颯樹に好意を寄せているのは知っているし、彼もその件については理解しているだろう。

 

 けど、その糸が複雑に絡めば絡むほど、切れてしまった時の反動の強さが想像できない。私としては、何としてでも今の状態を何とかしないと行けない……でも、その後の始末を考えると、迂闊な行動は絶対に出来ない。

 

 

 何か無いの……私に出来る、何か良い方法は……っ!

 

 

『あ、あの……』

「? どうかしましたか、白金さん」

『いえ……。この前の話を聞いていた時に、颯樹さんの、重要な事について……言及があったんですけど……それって、何なんですか……?』

 

 

 ふとしたタイミングで齎されたのは、そんな言葉だった。

 

 

 確かに丸山さんや松原さんの話を聞いていたら、そこまで考えが至るのも納得出来る。それに白金さんは、来年度の生徒会で颯樹と一緒に行動する……その事を考慮に入れるなら、知っていれば後から説明する手間を省けるので、何も無ければ開示しても問題無い位だ。

 

 

 でも……彼の事を話すには、それなりの覚悟を持ってる人で無いと無理ね。現に丸山さんがこの事を知らないのは、白鷺さんから話を聞く為の誠意が見えない……と言う理由からだと聞いた事があるけれど。

 

 

「白金さん。彼の事について詳細に話をするのは一向に構いません、ですが……私と事前に一つだけ約束して頂きます」

『は、はい……。何でしょうか?』

「今から話す事は、彼の中にある闇です。禁忌と言っても差し支えない程には大きいんです」

『さ、颯樹さんの……闇……』

 

 

その言葉に白金さんが固まる。

 

 

「無理は言いません。少なくとも、彼には誰にも話せないナニカがあると理解していただければそれでいいんです」

 

 

 これは……言わば、忠告。

 

 この先は白金さんが彼と関わる事で、彼女自身を不幸にする訳にはいかない、というお互いに対しての警告でもある。

 

 

 気弱な白金さんなら決して……。

 

 

『……わかり、ました……』

「えっ?」

『聞かせてください……颯樹さんの、闇……』

 

 

 白金さんの返答を聞いた私は、そのままの状態で少し固まってしまった。彼女から返って来る答えが予想外だったのもあるけれど、私としては別種の驚きが脳内を渦巻いていた。

 

 ……けれど、白金さんが私に伝えた彼女自身の言葉は、尊重されるべきだ。私一人の感情でどうこう言えた物では無いし、それこそ無下に扱っては行けない。

 

 

「……分かりました。ですが、先も言ったように無理はしないで下さい。颯樹にはそれだけのナニカがあると理解して貰えたらそれで良いんですから」

『はい……わかり、ました……』

 

 

 覚悟を決めた白金さんに、私は彼の事を全て話す。

 

 これまでの経緯。そして……今の彼があの様な性格になった理由。全てを、事細やかに。

 

 

 白金さんは黙ったままそれら全てを聞き、私が話し終わった後に自らの思いを吐露する。

 

 

『少し、いいえ……少なくとも、普通の人には絶対に考えられない、ほどの……人生を……』

「ええ。私も初めて聞いた時は言葉を失ったわ」

 

 

 白金さんもまた同じ反応をする。それだけ彼が抱える闇は深いと言う事。私も兄さんや颯樹から聞かされた時は、今の彼女と同じ心境だった。……辛く苦しい日々。自分が慕っていた父親からそんな事をされていたと知れば、彼の事を非難する者など居はしないだろう。

 

 それに加え、他人は平気で縛るのに自分は何のその……今思い出すだけでも腸が煮えくり返る気持ちだ。そんな最低な男が、颯樹の父親だったなんて……私としては内心複雑ではあるが。

 

 

「……これが、颯樹の身に起こった事全てです。今お話した事は絶対に誰かに喋る事があってはなりません……それを頭の片隅に入れて置いて下さい」

『も、もちろんです…っ』

「それじゃあ、話を戻して今後の行動について」

『……え、えっと。その事、なんですけど……』

 

 

 白金さんからの了承を聞き届けた私は、話を本題の方に戻そうとした。けれどその言葉は、他でも無い白金さん自身から遮られた。

 

 

「何か策があるんですか?」

『い、いえ……。まだハッキリと、と言う訳ではありませんけど……ただ、頭の中で、少し思い付いた事が、あるんです』

「それでも構いません。ぜひ教えて下さい」

 

 

 私は白金さんからの提案を聞く事にした。

 

 いつまでも部屋の電気が着いてる事を心配されたのか、兄さんや両親に忠言を貰いこそしたが、私はそれに簡潔に答えてから白金さんの話を聞き続けた。

 

 

 ……この方法で颯樹が少しでも楽になれたなら、私としては好都合。だけど、彼に盲目的な愛を注いでいる三人にとっては、この策はかなりの激毒と化す可能性が高い。

 

 それでも……私は、颯樹を何とかしたい。

 

 これはただ単に昔馴染みだから、とか……日頃からよく気にかけてくれるから、と言ったそんな生易しいものでは無い。

 

 

 私は、彼の事が大切だから。一人の男性として。

 

 誰かに罵られようと構わない、もしそれで彼の中にある闇が少しでも和らいで、また昔の様に心から笑ってくれるなら……手段を選んでいる暇は無い。今の私と日菜みたいな関係になってしまう、その前に。

 

 

「……なるほど、それは良い提案です。ですが、この方法を取るとなると、白金さん自身にも危害が及ぶ可能性があります。ましてや、彼の事が絡んだ三人は異常なまでの行動力を発揮する……下手をすれば、実力行使すら厭わないでしょう」

『は、はい。だからこそ……わたしは、この方法を試してみたいんです。彼とは、少し話しただけ、ですけど……このまま何もしないで終わる、なんて……絶対に、嫌ですから……』

 

 

 ……なら、私も覚悟を決めないといけないわね。

 

 白金さんがやる気になっていると言うのに、私がその後に起こる被害等を考えて尻込みしてる訳には行かない。だったら、どんな事が起ころうとも……私は彼を支えなくてはいけないわよね。

 

 

「……分かりました。では、白金さんの提案したその手筈で行きましょう。ですが、呉々も三人に悟られる事の無い様に」

『は、はい……もちろんです…っ!』

 

 

 そんな話を交わした後、私は白金さんとの通話を終えて寝る支度をし始めた。その直後に間髪入れず通知が来たので、何事かと思って見てみると……今井さんから『颯樹に逃げられた』と言った旨のメッセージが飛んできたのだった。

 

 

 ……また貴女はそうやって強引に……!

 

 そう思った私は今井さんに電話をかけ、一頻りお説教をした後に就寝する事にした。日菜とは友達同士と聞いたので、似た様な感じなのだろうと割り切れこそしたが。

 

 

「(颯樹の周囲は、もう安全とは言い難い……下手をしたら私まで傷付く危険性がある。それでも、何か手を打たないと手遅れになってしまう)」

 

 

 私は左に寝返りを打ち、シーツを掴む力を強めた。

 

 

 ……颯樹の幼馴染として、私にできる事があるならば、私は何でもしたい。でも、彼の負担になる様な事態だけは何としてでも避けなければならない。そのせいで更に颯樹を傷付けてしまったなら、私は彼に合わせる顔すら無くなってしまう。

 

 

 ……なら、私は。

 

 

「(……白鷺さん、丸山さん、松原さん。貴女たちの好き勝手にはさせないわ。もし彼に手を出す様なら、私は一切情けも慈悲も与えない……覚悟しておく事ね)」

 

 

 そう心の中で誓いながら、私は自らに迫る睡魔に身を預けて行った。明日から我が身に迫る、苦難と災厄をその身で案じて。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の話からは、いよいよ文化祭本番の話をして行きたいと思います。ただそこまで長くする予定は無く、長くても二話程で終わらせようと考えておりますので、更新をお待ち頂けると幸いです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【幕間Ⅰ】

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 大変長らくお待たせいたしました……パス病みの方の更新をしたいと思います(本編の括りではありますが、位置的には幕間劇です申し訳ない) 


 今回は先にもお伝えした様に幕間となりますが、話の内容的には第三十三話の翌日の話となりますので、前回のお話も併せて読んで貰えると分かりやすいかもしれません。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみください。


「……つ、疲れた……」

「お疲れ様です、颯樹。そろそろ花咲川(こっち)での生活には少し慣れて来た頃でしょうか?」

「何とかね。住み慣れた所とは言えど、環境は未だ経験の無い元女子校……そんな中でひと月も経たずに慣れるなんて難しい話だよ」

「そうですね。不躾な事を聞いてすみませんでした」

 

 

 リサとの二度目の邂逅を果たしたその翌日、僕は学校の方に登校をしていた。丁度今は四時間目が終わって昼休みに入り、教室内に居る生徒は各々自由に校内を歩き回っている頃だ。そんな中で僕はと言うと……机に突っ伏しかけており、それを見た千歌に少し苦笑されていた所だ。

 

 

 授業自体はそこまでスピードが速い訳では無いので……今までやった内容を思い出しながら、で良いのだが、時折幼馴染兼若手女優(ちーちゃん)の付き添いで欠席する事がある為、隣の席に座る千歌や、僕の前の座席に居る花音の助けを借りつつ何とか追い付けているのが現状となっている。

 

 僕に何かを教えるのが、彼女たちにとっての重荷になっていなければ良いのだが……今現在の心配の種はそこだろうか。

 

 

 そんな感じで話していると。

 

 

「あっ、颯樹。ここに居たのね」

「……ん、何方(どなた)ですか……って、紗夜?」

「こ、こんにちは……っ」

「と、燐子か。どうしたの?」

 

 

 教室の後方にある扉から紗夜が姿を見せ……それに続く様に燐子が、少し緊張しながらも此方に向けて頭をぺこりと軽く下げて来た。それに僕は何でも無い様に応じ、彼女たちに用件を問おうとしたのだが……。

 

 

「おや、確かB組の氷川さんに……白金さんですか。そんなお二人が()()颯樹に何の御用ですか? 用件なら私が代わりにお聞きしますが」

「水澄さん……私たちは貴女に用は無いんです」

「わ、わたしたちが……用があるのは…っ」

 

 

 そう言って燐子が視線を向けた先は……そっか、僕か。

 

 

「内容を聞きましょう。事と次第によっては」

「な、なにを」

「白金さん、構う必要はありません。会長の許可は既に得ていますし、目的の人物を見つけたのならば……後はそれを遂行するのみ。手早く済ませましょう」

「そ、そう……ですねっ。す、すみません……っ!」

「んなっ……キャッ!」

 

 

 二人の間でそんな会話が交わされたかと思うと、千歌は燐子から軽くその場で押され……床に尻餅を着いてしまった。それに驚いている隙を見て紗夜が僕の右手を掴み、僕を急かす様に引き連れながら燐子と一緒に教室を出た。

 

 それを見た花音は千歌の身を案じ、直ぐ様駆け寄ってフォローに入っていたが……その手を彼女は振り払い、すくっとその場に立ち上がった。

 

 

「(……私に知られたくない事がある、ですか。ならば、直接その現場を押さえます)松原さん」

「な、なに……?」

「これはあまり褒められたやり方ではありませんが、二人の後を追います。遅れない様に着いて来て下さい」

「ふぇっ、えぇっ!? ……ちょっ、ちょっと待ってよ千歌ちゃぁぁぁんっ!!!!」

 

 


 

 

「ごめんなさい、少し強引になってしまって」

「……お、お怪我は……ありませんか…?」

「心配してくれてありがとう、その程度で音を上げる程ヤワな鍛え方はしてないよ。それで、話って?」

「ええ。……でも、今はお昼時だし……お弁当でも食べながら話しましょうか」

 

 

 二人に連れられて訪れた場所はと言うと……なんと花咲川学園の屋上だった。屋上に繋がる扉を開け放った僕たちの視界には、梅雨の時期には珍しく澄み渡った蒼空が広がっており、多少雲に隠されては居るものの、太陽が元気に街中を満たしていた。

 

 更には吹き抜ける風も心地の良い物で、まさに屋上でお昼を食べるには絶好の機会となっていた。

 

 

 ……そう言えば屋上はと言えば。

 

 普段からこう言う所は開け放たれて居らず、非常時以外は開放及び使用禁止に定められている所の筈だ。だが……ここにどうして来れているのだろうか?

 

 

「それは良いけど、何でここを?」

「私が登校直後に鰐部会長へ直談判したのよ。それを聞いた会長は快く承諾してくれたわ」

「……ちなみに、何て言ったの?」

来期の新生徒会役員に色々手解きをしたい、そう言ったの」

「わ、わぁ……それって、軽く職権濫用と言う一種の校則違反じゃないの?

 

 

 僕が屋上に来た経緯を紗夜に問うと、彼女は何でも無いかの様に衝撃発言と共に回答した。それを聞くと何だか校則違反をしてる様で気が引けたのだが……紗夜が僕の為にここまでしてくれたのならば、台無しにする発言は控えるべきだよね、うん。

 

 その後僕は燐子と紗夜に連れられ、出て来た所から最寄りにあった場所に腰を下ろし、二人が僕を間に挟んでお昼を食べる事になった。

 

 

「……さ、颯樹さんって……料理とかは…?」

「うん、一通り出来るよ。一人暮らししてるからね、これくらい出来ないと」

「ええ。彼の腕前は小母様のお墨付きなんです」

「そ、そうなんですね…っ」

「機会があったら、家に遊びに来てよ。その時はおもてなしするから」

 

 

 僕のお弁当を見た燐子の問いかけにそう答えた僕は、お箸で玉子焼きを一つ摘んで口の中に放り込んだ。程良く甘く味付けされたそれは……空きっ腹の身体に強烈な刺激を与え、食欲を増加させてくれる。僕がおかずとして普段から入れている事もあり、補充を買い足す頻度としてもなかなかの数だ。

 

 

 ……そうして暫く各々の昼食に舌鼓を打っていると。

 

 

「……颯樹、少し気になった事を聞いて良いかしら?」

「ん、どしたの急に」

「貴方から見て……丸山さんと松原さんに白鷺さん、そして水澄さんの距離感についてはどう思うの?」

「……んぐっ。距離感、か……」

 

 

 紗夜からそんな事を聞かれたので、僕は一時咀嚼する動きを止めて中に入っている食べ物を飲み込んで考えた。その隣では燐子が此方を心配そうに見つめていたので、二人の間でも重要な案件として伝わっているのだと理解出来た。

 

 

「確かに、僕から見ても異常だよ。彩は元からその質なんだろうけど……明らかに限度を超えてる」

「……そうね。貴方からの意見が聞けて良かった、これで実行に踏み切れるわ」

「ん、話が見えないよ? どう言う事?」

「わ、わたしたち……颯樹さんの、お手伝いを……」

「お手伝い?」

 

 

 僕は燐子からの言葉に相槌を打つと、それを聞いた紗夜から詳細的な説明が入った。……なるほど、一人だと万が一不測の事態が起こった時に対処出来る可能性が狭まるから、それを少しでも補填する為の二人体制か。

 

 

「話はわかったんだけれど、これを僕に伝えて良いの? もしかしたらあの三人が聞いてないとも」

「構わないわ。遅かれ早かれ気付かれるでしょうし、私たちはあくまでも()()()()()()で行動している……私たちの目的と真意に気が付けば、自らのやっている事を悔い改めるはずよ」

「そ、それに……普段は、他の人たちの目も、ありますし……何処から見られているとも分からない、ので……」

 

 

 確かにそう考えたら、あのメンツに関しては良い薬になるかもしれないね。施行する対応策次第にはなるけれど、二人の考えが多少なりとも良い方向に伝われば出来ない訳では無い。

 

 

「わかった。乗らせて貰うよ、その提案」

「ふふっ、その言葉を待っていたわ」

「わたしたちも、出来る範囲で、颯樹さんの力になりたいと思うので……なんでも、仰ってくださいね…っ」

「ああ、そうさせて貰うよ」

 

 

 二人からの提案に承諾の旨を返した後は、再びお昼ご飯に舌鼓を打っていた。……それにしても、さっきから妙な視線を感じるんだよね……方向としては、今僕たちの居る場所から対角線上に伸びた辺りからなんだけども。

 

 ……ま、その視線の正体には紗夜も既に気付いているんだろうけどね。さて、気を取り直してお弁当を……ん?

 

 

「ん、どしたの? 燐子」

「ひゃっ!? え、えっと……あまりにも、美味しそうに食べるので、少し……気になって……」

「っ、白金さん!?」

「……氷川さん、これはわたしの……意志、ですからっ」

「……それなら、構いませんが……」

 

 

 燐子の少し顔を赤らめて放たれた発言に、制止しようとした紗夜は面食らったのか、少し落ち着かなさそうな挙動を見せて食事を再開していた。

 

 

「……最後、玉子焼きが一つだけ残ってるけど」

「あっ……」

「燐子さえ良ければ、玉子焼き食べる? 蓋をお皿替わりにして渡すけど」

「い、いえ……直接、良いのでっ」

「(や、やけに積極的だな。ま、本人が良いなら良いか)それなら……はい、行くよ」

「ど、どうぞ…っ!」

 

 

 僕は燐子にそう合図をした後、彼女の口に玉子焼きを掴んで運んだ。その時の仕草が異様に心擽られる物で、多少覚束無い手付きになったのは否めなかったのだが……何とか無事にそれを終える事が出来た。

 

 

 ……てか、これを他のヤツらに見られでもしてみろ……マジで学校が終わった後がキツイ! 花音と千歌は百歩譲ってまだ良いかもしれないが(いや大分良くない)、彩とちーちゃんが何しでかすやらさっぱり見当が付かないよ!?

 

 普段から僕の事を付け狙ってるからね……何かよくない事を画策しているやもしれない。そう考えると、燐子にやったこの行動すらも地雷になりかねないもんで益々怖い!

 

 

「……ど、どう? 口に合わなかったらごめんね」

「……い、いえ……すごく、美味しいですっ。さすが一人暮らし経験者ですね…」

「お褒めに預かり光栄かな。……っと」

 

 

 燐子からの感想に素直な返事を返したのとタイミングを同じくして、午後の授業開始五分前の予鈴が鳴り始めた。幸い次の授業は移動教室だったり、事前に更衣を済ませておく必要のある物では無いのだが……素行や平常点に関わる事を考えるなら、この場にこれ以上長く留まるのは愚策だろう。

 

 

「さて、そろそろ行きましょうか。授業に遅れます」

「わかった。行こっか、燐子」

「は、はい…っ」

「それと……私たちの会話を盗み聞きしてたお二人には、放課後にキチンとお説教(指導)をしなければ行けませんし」

 

 

 紗夜の言い放った言葉に、何処からかピシャリと背筋が真っ直ぐに立った様な音が聞こえた。まあ、その出処はと言うと()()()()だったりするのだが……それに関してはここで突っ込むまい。何れ然るべき罰を受けるだろうからね。

 

 

 そんなやり取りも済んで教室に戻った後、僕たちは午後の授業を受ける事となった。その際に詰問されたり何だりと言う事はあったのだが……僕から二人に言い放った一言で、話を盗み聞きしていた犯人はこの後の展開に軽く絶望した様な表情を浮かべていたのだった。

 

 

「(颯樹さん……。貴方の事は、わたしが、全て守ってみせますから…っ!)」




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回の更新時期については未定なのですが、また日程が定まり次第X(旧Twitter)にてお知らせをしようと思いますので、更新通知をお待ち頂けると嬉しいです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


 そして最後にはなりますが……このお話の投稿日である3月16日は、【バンドリ! ガールズバンドパーティ!】の7周年当日となります! それを記念しまして、そのソシャゲの方では最高レアリティの排出率が2倍になっていたり、普段はあまりお目にかかれない限定キャラ等もお迎え出来るかもしれませんので、気になった方はぜひ遊んで頂ければと思っています。

 それともう一点だけ。3月10日まで実施していたアンケートのご協力、本当にありがとうございました。たくさんの方々から票を頂きまして、それを反映させた内容を現在進行形で制作中です。詳しくは詳細が判明してからお知らせしますので、お楽しみにお待ち下さいませ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【幕間Ⅱ】

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は以前投稿しました……幕間の2話目をお届けしたいと思います。前回に引き続いて、Roseliaのメンバーがメインを務めておりますので、最後まで楽しんで貰えたらと思っています。

 それと……このお話投稿後の何処かにて、活動報告を使って次回更新予定作品のお知らせをしたいと思います。現時点ではまだ仮決定の段階ではあるのですが、近いうちにその作品の音沙汰があるかもしれない、と言う旨の報告ですので、ご参考までに見て貰えると嬉しいです。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりとお楽しみください。


「すみません……。突然一緒に帰りたい、なんて我儘を言って……」

「別に良いよ。今日この後の予定は無いし、帰っても一人だったから寧ろ願ったり叶ったりだよ」

「それなら、良かったです……」

 

 

 紗夜と燐子と三人での昼食を終えたその日の放課後……僕は燐子と一緒に帰りの通学路を歩いていた。先にも言及された様に今回は燐子たっての希望だったので、それを最初に聞いた時は僕や千歌に花音は勿論の事……その時隣に居た紗夜ですら驚きを隠せなかった程だ。

 

 まあ、僕としては帰り道を一人で帰るのも二人で一緒に行くのも変わらなかったので、燐子のお誘いを二つ返事で承諾する事にしたのだ。

 

 

 ……ただ、その後ニッコニコの笑顔(目は笑ってない)を浮かべた紗夜に千歌と花音は連行されたのだが、それはまた別の話と言う所だ。とは言えど……そのお話は僕の関連でもあったので、関わるべきかどうか最後まで迷ったが。

 

 

「ん、そう言えば燐子って」

「はい、何ですか…?」

「Roseliaの練習は良かったの? 昨日リサと会った時にギターケースを背負ってた所を見たから、多分今日もするんだろうなとは思ってたけど」

「大丈夫、ですよ…。友希那さんから、今日は確り休養を取るように、との連絡があったので……。ただ、また明日の放課後はいつも通りの練習、ですけど」

 

 

 僕はふと気になった事を燐子に尋ねたのだが、それは多少途切れ途切れになりながらも、確りと回答を聞く事が出来た。

 

 

 どうもリサが僕と初めて対面した時の事が、友希那──歌がとても上手く、彼女がRoselia(ロゼリア)のバンドリーダーらしい──にバレた様で、それと同時に練習への力の入れ様が不自然な事も指摘を貰ったのだとか。

 

 後者に関しては、キチンと説明する事でまだ良かったのだけれど……前者の方はと言うと、今回の戦犯であるリサとそれを聞いた立場である友希那は、双方が家が隣同士で幼少期からの幼馴染と言う事もあり、今の今まで知らぬ存ぜぬで通された事がかなり不快に感じたみたいで。

 

 

 バンド全体を取り巻く士気が、この一件で下がる事を懸念した友希那からの突発的な提案により……今日の練習が無しになったと言う運びの様だ。これは日頃からメンバー全体の様子をよく見ている、()()()()()()()()()こう言う事が出来た事なのだと感心する他無い。

 

 

「そっか。それじゃあ今夜は確り休まないとね」

「も、もちろんですっ」

「そうだね。……っと、僕は燐子を家まで送って行ったらそのまま帰るけど……何処か寄りたい所はある?」

「えっと、寄りたい所……では、無いんですが……」

 

 

 ん?

 

 

「今夜は……わたしの、家に……来てみませんか? 両親は共働きで、今日は家を一晩、留守にするって聞いてるので……」

「そ、それは良いけれど……燐子としては大丈夫なの? 男女ひとつ屋根の下って」

「確かに……他の人なら、そうですけど……颯樹さんが居てくれるなら、もし何が起きても、安心ですので…っ」

 

 

 あー、これはもうほぼ全ての事を知られてるっぽい?

 

 

 もし彩が不用意に口を滑らせて無ければ、あの時の事は黙ってやり過ごす事も出来るけど……さっきの燐子の発言を聞いていると、どうもその事まで知られている可能性が高い。そうで無かったなら、最後の言葉なんて要らないからね。

 

 

 ……うーん、家に緊急で帰らないと行けない用事が有る訳では無いし、戸締りは日頃から厳重にしているので問題は無い……なら、今晩は燐子のお言葉に甘えさせて貰おうかな。

 

 それに、僕も彼女の事を少し深掘りして聞いてみたくなったしね。

 

 

「わかった。そうなると、夕飯の買い物をして……泊まり用の着替えとかを持ってから燐子の家に向かおうか」

「……っ、はいっ。今夜は、よろしくお願いしますっ」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。後で燐子のご両親にはキチンと話を通さないと」

「そう、ですねっ。でも……颯樹さんなら、大丈夫だと、思いますので……」

「凄い自信だね……。さ、行こうか。日が暮れる」

 

 

 そう言って僕は燐子の案内を受けながら、目的地(燐子の自宅)に向かう事となった。その道中でスーパーに立ち寄り、夕飯の材料などを買い足して行ったのだが……彼女が通る度に道行く人から好奇の目に晒されたのは、またの機会にしようか。

 

 


 

 

「……デカッ」

「そ、そう…ですか?」

 

 

 夕飯の買い物も済ませ、お泊まり用の諸道具等(通学鞄は明日も使うのでそのまま持参)も持って訪れた燐子の自宅は……まず感想を一言で述べるのなら、圧巻だった。見る物全てが普通に生きてたらお目にかかる事の出来ないものばかりで、何処か自分と住む世界が違うのでは、と不躾にもそう思ってしまった。

 

 その後彼女の先導を受けて自宅の中に入ったのだが、入った後も驚きの連続だった。大人数が入っても問題無い程の部屋が幾つもあって、恐らく突き当たりに見える階段を昇った先にも同じ様な風景が広がっているのだろう。

 

 

 ……これ、今更ながら思うが……。

 

 

ここに招く友人が、僕で良かったんか?

 

 

「ふふっ……颯樹さんなら、大丈夫ですよ…っ」

 

 

 んなっ、なんで考えてる事が分かる!?

 

 

「わたし……颯樹さんと同じ様に、貴方の事……もっと知りたいって、そう思いましたから…。これじゃあ、ダメ……ですか? ……って、ひゃっ!? い、いきなり……どうしたんですか?」

……可愛い

「ふぇあああっ!? か、可愛い……な、なんて…っ!」

 

 

 ヤバい、知らず知らずのうちに燐子を抱き締めてた……そしてサラッと危ない事言ってるぞ僕ってば! 先ずは荷物を置いて夕飯を作らないといけないのに、このままだと燐子を堪能して時間が過ぎてしまう!

 

 

 早く離れないと……!

 

 そして顔が真っ赤になって、今にも身体から力が抜けかけている燐子を何とかしないと!

 

 

「燐子、確り……確りして! 燐子!」

「か、可愛い……わたしが、可愛い……」

「おーい、戻ってこーい! 燐子ー!」

 

 

 そう呼びかけた僕の努力も虚しく、燐子は目を回して気絶してしまった。この家には今現在僕と燐子の二人しか居ないので、誰かに見られている心配は無かったのが救いだが……これは優先事項が変わりそうだ。

 

 

 ……そして、燐子が気絶してから少しした頃。

 

 

「……ん、んぁっ…?」

「やっと起きたね。こんな状態にした立場で言える事じゃないけど、大丈夫? 立てる?」

「は、はい……お気遣い、ありがとうございます…」

 

 

 そう言って燐子は僕の右手を取って、その場にすくっと立ってみせた。顔はまだ赤みが引いていない様だが、どうやら動いても問題無い位には回復したみたいだ。

 

 

「ごめんなさい、颯樹さん……。わたしの為に、お手数をお掛けしてしまって……」

「構わないよ。先ずは着替えて夕飯にしようか。麻婆豆腐と一緒に餃子も作ろうかと思うんだけど、それで大丈夫?」

「は、はい……大丈夫ですっ」

「よし。それじゃあ、手伝って」

 

 

 僕は回復したばかりの燐子に申し訳なさを感じつつも、彼女にサポートを依頼して夕食の準備に取り掛かった。燐子には餃子の皮に餡を包む作業をお願いしたのだが……その時に見えた手の白さと指の細さを見て、彼女も立派な女性なんだと痛感するのと同時に、バンド全体の音楽をその手で奏でているのだと思い知らされる事となった。

 

 

 僕はその傍らでお豆腐を切って麻婆豆腐の準備をした。時折燐子から手順等で聞かれる事があったが、その疑問には自分の経験談を交えて説明する事で何とか乗り切れていた。……まあ、その時にチラチラと見えてしまうアレに関しては、言わない様にしたのだが。

 

 そして暫くした頃に夕飯も作り終わり、二人でそれらに舌鼓を打っていた最中……ふととある所からこんな一言が。

 

 

「颯樹さん……少し、良い…ですか?」

「……んぐっ。大丈夫だよ、どうしたの?」

「……颯樹さんのご両親って……今は……どう、なさっているんですか?」

 

 


 

 

 何気無い疑問から出て来た、わたしの一言。

 

 それは彼の食事する手が止まり、暫し硬直状態になる程の物だったとわたしは後に悟る事になった。颯樹さんの事はここ最近になってからしか知らないので、彼の事はまだ知らないも同然。

 

 だからこそ、わたしは先程の疑問を颯樹さんに投げかけたけれど……。

 

 

「……両親、か」

「は、話しにくい事だったら……別に」

「……そうだね。燐子とは今後も長く付き合って行く事になるんだ、一人だけ何も知りませんでしたは絶対に笑い事じゃないだろうからね。話すよ、僕の両親の事」

 

 

 思わぬ事を聞いたわたしを窘める事無く、颯樹さんは自らの身の上を話し始めた。本人にとってはすごく言い難い事のはずなのに……そんな感情を振り払ってわたしだけに話してくれる、それにわたしが確り向き合わないで、どう彼を支えると言うんだろうか。

 

 

 そして話された事は……衝撃の連続だった。

 

 氷川さんから事前に聞いていた情報と、寸分の違いも無く合っている。颯樹さんが現在の様な性格や行動指針になったのも、この話を聞けば全て頷ける。起こり得て当然……まさになるべくしてなったと言うのが正しいだろうか。

 

 

 その齎された情報の数々に、わたしは息を呑む事しかできなかった。あまりにも衝撃的な物だったから、と言うのも確かにあるけれど……本音はもっと奥にあった。

 

 

あまりにも理不尽過ぎる

 

 

 自分から聞いておいてこんな発言をするのは、あまりにも褒められた物じゃないし、目の前の彼にとって彼自身を否定し、侮辱する様な物だ。でもそう思えてしまうくらい……颯樹さんの今に至るまでが、壮絶だったのだ。

 

 

「そ、そんな事が……。それじゃあ……颯樹さんのお父さんと、お母さん、は……?」

「母は今も元気にしてるよ。たまに連絡を取り合ってる」

「そう、なんですね……」

「父は……うん、何処かでのうのうと生きていると思う。自分の犯した罪の重さも知らず、平然な顔をしてまた形だけの家族を作ってるんじゃないかな」

 

 

 酷い……颯樹さんやそのお母さんを不幸な目に遭わせておきながら、自分だけは素知らぬ顔で今も生活してるなんて……。わたしがその場に居ても何も出来なかっただろうけど、少なくともそんな最低な親の元で育った自分自身が許せないと思う。

 

 

 子供は生まれて来る環境を選ぶ事が出来ない……だからこそ、平気で大人の都合の良い様に使われる事例が後を絶たない。子供の喜ぶ物で気を惹かせ、情報漏洩を防ぐなんて事もその一つ。全く以て褒められた物じゃないし……暖かい家庭と子宝に恵まれたそんな一家の長が、こんな事は犯してはならないはず。

 

 

 ……わたしのスカートを掴む両手が、ギュッと強く握られた様な気がした。それ程までに……颯樹さんの抱えた過去(モノ)は、大きいと言う事。氷川さんから言われた最初の忠告も、今なら納得が行く……これは安易に触れてはいけない闇だ。絶対に一時の迷いで踏み入れてはならない、禁忌の領域。

 

 

「……本当に、大変な事が……なんて、慰めは要らない、ですよね」

「……そうだね「だけど」」

「わたしが……そんな事は、死んでもさせません…っ! 颯樹さんだけがその苦しみを、未来永劫背負い続ける必要は、無いんですから……!」

 

 

 勢い良くわたしの口から飛び出た言葉に、颯樹さんは面食らった顔になってしまった。自分でももう後戻りはできない事を言っている事はわかっている……だけど、わたしと関わった人が、理不尽な絶望に押し潰され続けるなんて……そんなの、そんな報われない結末なんて……絶対、嫌だから。

 

 

「……燐子、引き返すなら今のうちだ」

「構いませんっ! わたし……本当は貴方の事、氷川さんから全部聞いていたんです。でも、それで関係が悪化してしまいかねないと考えると、恐ろしくて怖くて……」

「……」

「だけど、わたしは……放っておけないんです。颯樹さんの事が、気になってるから……」

 

 

 他の人と話す勇気がなかなか出なくて、考えあぐねていた時に齎された……あこちゃんからのオフ会のお誘い。あの時のあこちゃんは、わたしの事を真っ直ぐに見て、少しも物怖じせずに声をかけてくれた……。

 

 そして、今は同じバンド(Roselia)メンバーとして、共に切磋琢磨していて、そのうえで……時間を見つけたらNFOも一緒にやっている。わたしが一歩前に進む事が出来たのは、あこちゃんのおかげ……!

 

 

 なら、今度は……わたしが! 道半ばで迷っている人がもし居たら……その手を取って、正しく光ある方角に導かなきゃ!

 

 

「わたしの事は、幾ら使い潰してくれても構いません……でも、これ以上貴方が苦しむ様は、もうたくさんです! だから……わたしと一緒に、これからも居てください! わたしは、貴方を……特別な人だと思っているから!」

 

 

 ……自分でも何を言ってるんだ、って言いたくなるくらい衝撃発言だ。でも、わたしは……見過ごせない。こんなに優しい人が、もし道を踏み外してしまったら……なんて考えたら、わたしは自分を許す事が出来ない。出来るはずが無い。

 

 そして少しした後、今まで聞き手側に回っていた颯樹さんの口が……重々しく開き始めた。

 

 

「わかった。燐子の意志、聞き届けたよ」

「……っ、それじゃあ!」

「こんな僕が良いのなら、だけど。成る可く心配かけない様に努力する」

「努力するんじゃなくて……心配、させないで下さいっ」

「あはは、それはそうだね」

 

 

 ……やっと笑ってくれた。

 

 彼の笑顔には、自然と人の本心を引き出してしまう……見えない魔法があるんだと思う。それくらい素直で、すごく繊細且つ脆いのだろう。颯樹さんの抱えて来た過去を考えれば、何らかの拍子で壊れてもおかしくなかった。

 

 でも、それは今も壊れずに残ってる。彼自身の血の滲む様な努力の積み重ねが成せる技……そう言うのが妥当なくらいだ。

 

 

 なら、わたしが守らなきゃ。

 

 先は長くて恋敵(ライバル)も多いけど……わたしは、必ず彼を守り抜いてみせる。それが、わたしに出来る彼への最大限の支援だと思うから。

 

 

 その後わたしたちは夕食を終えて、お互いの趣味等を話し続けて一夜を過ごして行った。本当の所はと言うと、もっとそう言う事もしていたのだけれど……それは、また別のお話。




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回此方を更新する時は、文化祭回の後編を予定しておりますので、更新通知をお待ち頂けると幸いです。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


 ……最後にはなりますが、今回のお話の投稿日である3月23日は、作中では出ておりませんが……Poppin'Partyのベース担当である、牛込(うしごめ) りみのお誕生日となっております。

 このお話が彼女の誕生日をお祝いする物では無いのが、少し申し訳ない所ではありますが……折角の機会と言う事で、この場を借りてお祝いの言葉を贈らせて貰えたらと思います。


りみ、Happy birthday!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三十四話

 皆さん、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回はいよいよ文化祭本番Partに入ろうと思います。

 仕事の休憩時間中に最終校閲までしたので、若干お目汚しになるかもしれない……と言うのは少し勘弁して欲しいのですが、それ以外はそれなりに楽しめる物になっていると思います。


 それでは、本編スタートです。

 最後までごゆっくりお楽しみくださいませ。


『わたし……、颯樹くんが大好き……っ。だから、そんな悲しい言葉……できる事なら、もう、聞きたくないよ……』

『か、花音……』

『……颯樹くん……わたし、貴方の事が……好きですっ。愛してる……』

 

 

 千聖ちゃんに冷たく突き放され、帰宅後の布団で思いっきり泣きじゃくったあの日から数日後……いつも通りに起床と朝食を済ませ、更衣をしていた私の頭の中で反芻されたのは、一昨日のバイト帰りの最中()に偶然聞いてしまった、その会話の内容だった。

 

 

 つい1、2ヶ月前に花音ちゃんから聞いた時は、その真意が読めなかったけど……先日の会話を聞いて、全て理解出来てしまった

 

 ……花音ちゃんも、颯樹くんの事が好きなんだ、と。

 

 

 彼は今の状況下で最善の言葉を使い、それと無く回避しようとしていたけれど、花音ちゃんはそれすら意に介していなかった。はっきり言って非常識にも程が有る……颯樹くんがどんな気持ちで花音ちゃんを説得していたのか、知りもしない癖に。

 

 

「私にはあんな酷い事を言っておいて、自分だけ颯樹くんと良い事しようとしてたんだ……しかも、逃げ道を塞ぐかの様に泣き真似までして。本当に花音ちゃんって(したた)かだよねっ」

 

 

 セーラー服のスカーフを巻く手が、一瞬だけ止まる。

 

 多分……今の私の顔は憎悪に塗れていて、とてもじゃないけどアイドルって胸を張って言える状態じゃない。少なくとも、傍から見れば別の何かに見えてしまうかもしれない。

 

 

 でも……私をこんな風にしてしまったのは、他でも無い千聖ちゃんと花音ちゃん(あの二人)の所為

 

 私も颯樹くんの事が大好きで大好きで仕方ないのに……出て来る言葉と言えば、私に対しての拒絶。ハナから私に勝ち目など無いと言わんばかりの、自分中心で傲岸不遜(ごうがんふそん)な物言い。

 

 

 ……許せない。私の颯樹くんにベタベタして……剰え、私に厳しい事を言った傍で彼とイチャイチャしようなんて。

 

 

「(絶対に二人を見返してやる。恋する乙女を怒らせたら怖いって事、その身を以て思い知らせるんだ)」

 

 

 私はそんな事を思いながらも、制服への着替えを済ませて鞄を持って自宅を後にする。時間帯としては人も疎らになって来て、少しずつ賑やかになっていく時だけど、私の心の中では未だにあの時の光景が焼き付いて離れなかった。

 

 こんな時に誰かに頼る事が出来ない、と言う今の状態が凄くもどかしい。せめてこの気持ちを誰かにぶつけられたら、少し心が幾分かマシになると思っていたのだが。

 

 

「はぁ……どうしよう。今日はせっかくの文化祭本番だって言うのに、気分が乗らないよぉ……」

 

 

 ふとした拍子に零れた独り言も、抵抗虚しく虚空へ消え去って行く。……そんな時だった。

 

 

「ん、どうした? そんなに暗い顔をして」

「……えっ?」

 

 

 私の背後から声が聞こえたので、ゆっくりと声がした方を振り向く事にした。……すると、そこに立っていたのは。

 

 

「おはよう、彩。こんな時間にバッタリ通学路で会えるなんて、奇遇だね」

 

 

 黒髪を短く切り揃えてて整った顔立ち、そして聴く者全てを安心させる様な優しい声色……私はこの持ち主を聞き間違えるはずが無かった。

 

 

「……さ、颯樹……くん……っ」

「うん。おはよう……って、どしたの急に……えぇっ!?」

「うわぁぁぁんっ! 颯樹くん、颯樹く〜んっ!」

「ちょっ、彩……泣くのは一旦待って! 一体全体何があったのさ、説明してよ!?」

 

 

 私は目の前の彼に思いっきり抱き着き、時間の許す限り泣き喚いた。その声を聞いた人たちが私たちの方を見始めたので、彼の先導を受けて場所を移動する事になった。

 

 ……私の涙の所為で、颯樹くんのカッターシャツが濡れてしまったのは申し訳無いけど、これから話す事を考えたら……これくらい安い物だよ、ね。

 

 

******

 

 

「……なるほど、あの時の会話を聞いてた訳ね」

「ごめんなさい……バイトからの帰り道で、二人の声が聞こえて来たから気になっちゃって……」

 

 

 私は颯樹くんの誘導の下、通学路の途中にある自販機の近くに移動していた。最もこれから学校に向かうので、滞在時間は極力短めにするのを前提条件になったけれど。

 

 

「あの話で彩に誤解を与えてしまったならすまない。花音とは何も無いよ。ただその時は流れで泊めたんだ。あのまま一人で家に帰すのは忍びなかったしね」

「そ、そうだったんだ……ごめんねっ、変な事を聞いて」

「謝る必要は無いよ。これは僕の問題だし、彩が気にしなくて良い事だから」

 

 

 そう言って彼は私の頭を撫でて来た。その手は私よりも大きくて優しくて……でも、その動作には少しぎこちなさも混じっていた。颯樹くんの中では、私に対しての申し訳なさも含まれてる上でのこの行動なんだと思う。私が余計な事を考えない様に、宥めて尚且つ落ち着かせる意味合いを持ってる……はず。

 

 

 だけど、私は颯樹くんに対して怒ってる訳じゃない。

 

 寧ろ……今私が真っ先に怒りたいのは、千聖ちゃんと花音ちゃんの方だ。彼が断れないって性格をわかっていながら敢えて私の神経を逆撫でする振る舞いをしてる。こう言うのが一番タチが悪いし、絶対に許せない。

 

 

 ……私はそんな事絶対にしない。他人を弄んで、自分だけ甘い蜜を吸って見下す様な真似なんて、絶対。

 

 

「さ、これ以上遅くなるといけない。時間的にも紗夜が校門の所で服装検査に出てる頃だろう」

「……あっ、本当だ! 急がなきゃっ! ……えっ、どうしたの颯樹く……ちょっ!?」

 

 

 私が何か言いかけるのも構わず、彼は私を軽々と持ち上げておんぶの態勢に切り替えた……えぇっ!? さ、颯樹くんにそんな事されるなんて、嬉しいんだけど……嬉しいんだけどっ!

 

 今は街中だから、否が応でも周りの人からの視線が集まっちゃうよぉ……。

 

 

「ごめんね、こんな事をして。でも……これなら走れる。確り捕まってて」

「……っ、うんっ!」

 

 

 私は颯樹くんに優しく背負われながら、学校までの道程を急ぐ事になった。運んで貰ってる途中で視線が集まり、思わず顔が真っ赤になって顔を彼の背中に埋めてしまったのは内緒の話。

 


 

「ふんふんふーん♪」

「丸山さん、朝から凄く嬉しそうだけど、何かあった?」

「ほら知らないの? 朝の登校時間の時……」

 

 

 花咲川学園に無事到着した後、私は颯樹くんと分かれて自分の教室に入って準備をしている。私のクラスは喫茶店をするので、今の私は黒を基調としたエプロンに白いフリルの着いた……言ってしまえば、メイド服に近い格好をしている。

 

 

 本当は颯樹くんに一番に見せたかったんだけど、一昨日の光景がまだ鮮明に残っていたから、止むを得ず見せられなかったんだよね……。これも全部あの二人の所為なんだ、と考えると、また心の中の怒りが込み上げて来ちゃう。

 

 っと、行けない行けない……今は文化祭に集中!

 

 あの二人への怒りはご最もだけど、やるべき事は忘れない様にしないと!

 

 

「それじゃあ、丸山さん。そろそろお客さんが入って来る頃だから、接客の方をお願いね」

「はーい!」

 

 

 ふふっ、もしかしたら私に会いに颯樹くんが来てくれるかも……? そう考えたら、たくさん頑張れそうだよっ♪

 

 

 そんな事を思いながら、私は花咲川学園に訪れたお客さんや他の対応へ取り掛かった。ファストフード店でのバイトで接客には自信があるつもりだったけど、肝心な場面で噛んじゃう辺り、まだまだ経験不足だな……。

 

 こんなんじゃ、千聖ちゃんに何か言われても反論すらできないよ……もっともっと経験を積まなきゃ!

 

 

 そうして時間もお昼くらいまで差し掛かった頃。

 

 

「あっ、丸山さん。次のお客さんが見えたから案内をお願い」

「はーい、今行きまーす!」

 

 

 ……大事なのは笑顔。アイドルも、お店の接客も……基礎は同じ!

 

 

「いらっしゃいませ! 何名様でしょうか?」

「おっ、やってるねー☆」

「リサちゃん! 来てくれたのっ!?」

「そうだよー♪ 今回は幼馴染も一緒にね、ねー友希那(ゆきな)っ☆」

 

 

 リサちゃんにそう言われた友希那ちゃんは、私の方を見て表情を変える事無く軽く会釈をして返した。ううっ、何だかこの視線を見てると、どうしても彼の事が過ぎっちゃうよ……練習の時やお仕事で付いて来てくれる時は、いっつもこんな顔だし……。

 

 

「ん、彩ー?」

「うひゃああっ!? ど、どうしたのリサちゃん!?」

「そろそろ、案内お願いできるー?」

「あ、は、はいっ!こちらへどうぞっ!」

 

 

 い、いけないいけない……颯樹くんの事を思い出すと、何だかボーッとしちゃうよ……。でも、こんな風に誰かの事を想っちゃうなんて、今までだったら考えもしなかったと思う。寧ろ、そんなのとは無縁だとすら割り切ってた。

 

 だけど、あの時の出来事が無ければ、颯樹くんと出会う事すら無かったんだと思うと、少し私としては複雑なんだよね。本当は胸がときめく最高の瞬間に出会いたかったんだけど……。

 

 

 そんな事を考えながらも、私はリサちゃんと友希那ちゃんを席へと案内した。途中台詞を噛んでしまう所こそあったけど、それは何とかリサちゃんが笑ってフォローしてくれた事で、事無きを得ていた。

 

 

 それからと言うものの……。

 

 

「丸山さん、3番テーブルの注文をお願いしまーす!」

「は、はい今行きまーす!」

「彩ちゃん、写真撮影良いですかー?!」

「うぇぇっ!? 今行きますので、少々お待ちくださーい!」

 

 

 私は途端に忙しくなった注文や呼び出しに、休む暇も無く教室中を駆け回る事になった。その時うっかり転びそうになったけれど、颯樹くんに頑張ってる所を見て貰いたい……そう思ったら、転んでトチっちゃう訳には行かないよね。確りしなきゃ。

 

 

 颯樹くん……まだかな。

 

 千聖ちゃんと演劇に出ると言うのは聞いてるし、時間も午後からだって分かってはいるけれど、未だに彼の姿が見えないのは私としては少し寂しい所。日菜ちゃんやひまりちゃんに、たくさんの友達が来てくれたけれど……それでも、貴方が居ないと心配になっちゃう。

 

 

「(颯樹くん……早く来て欲しいな。演劇が始まる前の少しの時間でもいいから、私の前に姿を見せて欲しい……。私、颯樹くんが来るのを待ってるからね)」




 今回はここまでです。如何でしたか?

 次回はこのお話の続きからお届けする予定ですので、更新をお待ちください(なお最後の所で精神が抉れる可能性大なので、そこら辺はご了承くださいませ)。


 それでは、また次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

番外編
【白鷺千聖生誕祭記念回】貴方が居たから


 皆さま、お待たせ致しました!


 今回はすこぉし息抜き感覚で、千聖さんの生誕祭記念回をお届けしようと思います!これを機に主人公の身の上とかが、少し分かるのではないかな……なんて思ってたりします。


 そして、更新を長らくお休みしていて……誠に申し訳ありませんでしたァ!


 それではスタートです!


「はぁ、はぁ……。撮影のお仕事がこんなに遅くなるなんて想定していなかったわ……」

 

 

 今日の私は、ドラマの撮影のお仕事へと出向いていたわ。撮影を行う現場に赴いた時、いつも一緒に居る彼が居ないのを監督さんや共演者の人たちに気付かれ、その対応に一苦労したのは苦い思い出ね。

 

 

「こんな時にダーリンがいてくれたら……なんてわがままがすぎるわね」

 

 

 普段は私の我儘に付き合って貰ってるのだから、今回は自分の力で頑張ろうと思ったのが今回の出来事。

 

 そしてそう意気込んだは良いのだけれど……蓋を開けて見れば、このザマ。これを彼が聞いたら、私の事を何と言うかしらね……。

 

 

「はぁ……。本当にどうしてしまったのかしら、今日の私は……」

 

 

 いつもならこんな失敗をするはずが無い……いえ、普段から気をつけていたはず。

 

 ……かといって、いつまでもくよくよ落ち込んでいたらダメよね。こんな気持ちだと……ダーリンにも、一緒に仕事に来てくれる人にも申し訳ないわ。

 

 

「早く帰りましょう。ダーリンも待ちくたびれてる頃でしょうし」

 

 

 私は帰りの挨拶をしてその場を後にしたわ。家に帰ってダーリン達を安心させてあげないと。

 

 

 そして電車に揺られながら帰宅の途に着く事にした。

 

 ……やっぱり、彼が居ないと普段ならしないミスも少し多くなってしまうわね……。それだけ、私の中でダーリンの存在が大きなモノになってると言う事よね。

 

 

 そうしてる内に電車は目的の駅に止まり、私は迷いながらも駅を出た。もうすぐダーリンに会える……そう考えると足取りは軽くなっていったわ。

 

 

「ふふっ♪ 待っててね、ダーリン♡」

 

────────────────────────

 

「着いたわね♪」

 

 

 暗くなった帰り道を暫く歩き、漸く目的地へと帰りつく事が出来た。家の明かりは点っていて、中からは良い匂いがして来たのが分かったわ。

 

 

「でも……何かしら、家の中からダーリンがいるような気配がしないのよね……私を置いてどこかに行ったなんてことだったら許さないわよ?」

 

 

 そう危惧した私は、まず電話をかける事にした。

 

 

「電話にも出ないなんて……どうしたのかしら……」

 

 

 もしかして……何か作業をしているのかしら? そうじゃ無かったとしたら、まさか……。いえ、それは考えすぎかしら。彼は私の事を忘れて、他の事に現を抜かす人では無いし……その辺は無いだろうと、タカをくくっては居るのだけれど。

 

 

 私は少し考えた後、家のドアノブを捻ったわ。鍵は……開いてるわね。

 

 

「不用心じゃない……空き巣や不審者に入られたらどうするつもりなのよ……」

 

 

 私は靴を脱ぎ、家の中に入ったわ。そしてリビングには、呑気と言うか……何と言うか、不用心にもソファーでうたた寝をしているダーリンがそこにいた。

 

 

 必死な思いをして私が帰って来たと言うのに、当の彼はゆっくりとお休みモード。あまりの気の抜け様に、私は疲れより先に呆れが出て来てしまった。

 

 

「全くもう……ダーリンったら」

「んぅ……」

 

 

 あら、私の声で起きたみたいね。寝惚け眼を擦りながら起きて来る彼を見れるなんて、一緒に生活をしている私だからこそ見られる光景。

 

 けど、私が気になったのは……ダーリンがこうなってしまった理由。

 

 

 こんなになるまで一体何をしていたのかしら。

 

 

「ん……ああ、ごめんちーちゃん。準備し終わってから疲れたからか眠ってたよ」

「準備? 何の……って……」

 

 

 彼の指差した方向を見ると、そこには湯気が立っていて……見るからに美味しそうな雰囲気を漂わせている晩ご飯が、既に人数分並べられていたわ。

 

 そして、テーブルの横には何やら包みの様な物が。

 

 ……これって、もしかして。

 

 

「もちろん……ちーちゃんの誕生日パーティだよ。ちーちゃん、誕生日おめでとう」

「ええ……! ありがとう……」

「ほら、今日の主役は早く席に座って。といっても今日は二人きりだけど」

「良いじゃない♪ 二人っきりの誕生日会なんて、ムードがあってとても嬉しいわ♡」

「それならよかった。それじゃあ2人きりの誕生日パーティ、楽しもうか」

 

 

 そう言われて私は、彼の向かい側へと座ったわ。いつもと変わりない夕食の光景だけれど、今日みたいな特別な日は……心が軽やかになるのよね♪ 

 

 

「今日のためにちーちゃんの好きなものをたくさん作ったからね」

「ありがとう♪ それじゃぁ、頂きましょうか」

「それじゃあ……」

 

 

『いただきます』

 

 

 そうして私たちは食べ始めたわ。彼の作る料理はいつも美味しくて……女の子として負けた気になってしまうのは少し考えものね。

 

 

「……そう言えば、二人っきりでこうして誕生日会をするなんて、初めて……になるのかしら?」

「そうだね。いつもはパスパレのみんながいるから、二人きりの誕生日パーティは初めてだね」

「ふふっ。じゃあ……今だから言える事、言い合いましょうか? 小さい頃からの付き合いですもの……それなりにあるはずよ♪」

「だね。たくさん言えることがあるし……」

 

 

 そう言って私たちは、お互いに話し合う態勢になったわ。ダーリンの眼も本気になった事だし、私もその気にならないと♪ 

 

 ……さて、何を言ってからかおうかしらね♡

 

 

 少しして話すことが纏まったので、私の方から仕掛けてみる事にした。

 

 

「ダーリン。アナタ、三つの頃まで私の傍から離れなかったわよね? 服の袖をギュッと掴んで」

「それは僕のセリフだよ? ちーちゃんこそ、泣いた時は僕のそばを離れなかったよね?」

「仕方無いじゃない……アナタ以外に頼れる人が居なかったのよ……」

「あの時はかおちゃんは傍にいなかったもんね。寂しい時はジャングルジムのてっぺんに登ったりもしてたよね」

 

 

 そう言われて思い出したのは、幼少期の頃。

 

 その当時……母親とお買い物に来ていた私は、探検感覚でショッピングモールをウロウロしていたのだけれど、結局迷ってしまって、なかなか母親と再会出来ず……その時、たまたま同じく買い物に来ていたダーリンに抱きついた事があったわね……。

 

 

「は、恥ずかしいわよ! ……それを言うならアナタも、小学一年生の頃、柄にも無く大泣きして抱きついて来たわよね?」

「くっ……そんなことよく覚えてたね……」

「ふふっ♪ あの時のアナタの顔……心がキュンキュンして来て、一生守り抜きたいと思えたのよ♡」

「僕だって、あの時泣きついてきたちーちゃんを……ずっと守りたいって思えたんだよ」

 

 

 ……彼の家は、普通では無かった。

 

 

 これは彼の口から実際に聞いた話なのだが、その時は家庭内の様子が……想像を絶する事態になっていたのだと。父親が短気で暴力癖がある人だったらしく、一つでも不満事があれば、彼や母親に当たっていたみたいで。

 

 

 そしてその時ぶつかっていたのは……彼の父親が原因の不倫騒動。聞けば、彼は父親から口止めをされていたらしく、それを母親に気付かれ……ありのままの事実を話した事が崩壊のきっかけになったとの事だったわ。

 

 それを知った私は、彼の置かれた状況がものすごく辛くて……抱き締めたのよね……。

 

 

「……お互い、辛い事があったわね。それこそ、こんな和んだ雰囲気の場では絶対に言えないくらいの」

「こんなところだからこそ言える場面もあるんだよ」

「……そうね。一度離れ離れになったけど、またこうして巡り会えたのは紛れも無い事実。お迎えの時はびっくりさせてごめんなさいね」

「あれはびっくりしたよ……いきなりだったから」

「ふふっ♪ でも、私のアナタに抱いている気持ち……アレでわかってくれたわよね?」

「うん……」

 

 

 私がそう言うと、彼の顔が……熟れたリンゴの様に真っ赤に染まったわ。弱点を突かれて弱っているのかしら……ふふっ♪ そうだとしたら、大成功ね♡

 

 

「私はアナタの事が大好きで……ずっと愛してるわ♪ アナタ以外のオトコなんて興味すら湧かないわ♡」

「そうなら僕も他の男に渡したくなくなるほどにちーちゃんを受けさせるよ……?」

「ええ♪ その言葉を待ってたわ♡」

「今日は……寝かさないからねちーちゃん」

「良いわよ……来て……♡」

「あ、その前に渡す物があったんだ」

「何かしら……?」

 

 

 そう言って彼が箱から取り出したのは……これは、バレッタかしら? 形はひし形で中央には犬の写真があったわ。さらにそれは……写真を覆う様に、金色の枠で囲まれていた。

 

 ……これ、どこで見つけたのかしら。

 

 

「これ……どこで見つけたの?」

「ん? あぁ、いつも行くショッピングモールの雑貨屋さんで見つけたんだよ。リボンだと切れやすいけど、バレッタなら留めてても外れにくいし、何よりずっと大事にしてもらえるからね」

「……すごく嬉しいわダーリン♪」

「……はい。食後のデザートも用意してるから、ちーちゃんも食べ……」

 

 

 そこまで言わせる事無く、私は彼に抱き着いた。離して欲しいと抗議するが、私としてはそんなの知った事じゃないので、そのまま抱擁を続ける事にした。

 

 

 そして、夕食を済ませて……。

 

 

「ダーリン♡」

「あ、あのねちーちゃん……引っ付かれると動きづらいのですが?」

「これくらいいいでしょう……? それとも引っ付かれるのは嫌かしら……?」

「嫌じゃないよ。……でも、動きづらい」

「嫌じゃないならいいじゃない♪」

 

 

 ダーリンからその答えが聞こえたので、私はそのまま抱き着いている事にしたわ。聞いていると……これからお風呂の支度をするところらしくて。

 

 

「……♪」

「(すっごくご満悦って感じだな、ちーちゃん……。喜んでもらえたなら良いけどさ)」

「(早く風呂が湧かないかしら……♡)」

 

 

 ダーリンの体……凄くあったかい♪ そして少し待っていると、お風呂ができたみたい。……なら、ここでやる事は一つしか無いわよね♪ 

 

 

「ダーリン……♪ 風呂で愛を育みましょう♪」

「逆上せるって……」

「なら湯船に入らないでシましょ♡」

「うーん、スるのはせめて部屋……とかどう?」

「しょうがないわね……♡でも事質は取ったわよ♡」

「それを言うなら言質だよ……」

「いいじゃない少しくらい♪ ほら、早く入ってシましょ♪」

「ハイハイ……」

 

 

 私たちは脱衣場で服を脱いで風呂に入ったわ♪ 

 

 

「こうして一緒に入るのも、ほんと何年ぶりだろうね?」

「何年ぶりかしらね……♪ あの頃はお互い恥ずかしがってたわね♪」

「と言うか、ちーちゃんはちょっとだけワクワクしてたんじゃない?」

「あら、そうかしら♪」

 

 

 ダーリンからの問い掛けに、私はわざとらしくそう答えたわ。あの時のアナタも良かったけど、今のアナタもカッコイイ♪ 

 

 

「ふふっ♪ あの頃はお互いの身体を洗うのも躊躇ってたわね♪ 主にダーリンが♡」

「そりゃそうでしょ……普通の男の子なら、一緒に入る事すら拒むと思うよ?」

「でも今は……こうして、普通にお風呂に入っているわよね♪ あの頃とは大違い♪」

 

 

 ……そう、私たちは今こうしてお風呂に入っている。それも、恥ずかしげも無く普通に。まあ……、ダーリンはと言うと、まだ少し恥ずかしさが抜けきってないところがあるけれど♪ 

 

 

「ほら、昔とは違うのだから……身体をお互いに洗いっこしましょう♪」

「そうだね。じゃあ……どっちからする?」

「そんなの……聞かれるまでもないわ♡お互いに洗いっこするのよ♪」

「いや、洗いっこするって言ってもさ、そんなのどうする訳」

「そんなの簡単よ♪ 向かい合ってお互いに右手を使って洗いっこするの♪ そうすればできるでしょう?」

 

 

 そう言って私たちは、お互いに洗い合い始めたわ。ダーリンの体……逞しくて、触るだけでも成長が感じられるわ……♪ 

 

 

「あら、どうかしたの? 顔が紅いわよ?」

「そういうちーちゃんだって、顔赤いよ?」

「私は嬉しいから紅くなってるのよ♪」

「僕も嬉しいな……」

 

 

 ……なんだか、お互いに洗いっこをしてるだけじゃあ物足りなくなって来たわね……。

 

 

「ダーリン……♪ もうこのままシたいわ♡物足りなくなってきちゃった♪」

「本番は部屋! それを守って!」

「もう……ダーリンのいけず♪」

「行けずでも何でもいいけど、本番は部屋で。それが聞けないなら、別に布団を敷くからそこで寝て」

「わかったわよ……」

 

 

 私はダーリンからの注意を受け、渋々と湯船に浸かったわ。その横に居る彼はと言うと、ただ無心で浸かっていた。

 

 

「ねぇ、ダーリン♪」

「なに? ちーちゃん」

「本番……と言うのは、本格的に繋がる事でしょう? カラダとカラダで」

「そうだね……それがどうかした?」

「だったら……それ以外の事だったら、何でもしていいのよね?」

「うん……うん? それって……?」

 

 

 私からの問いに、彼は未だに気づいてないのか……まだ頭に疑問符を浮かべていた。それを見た私は、少しずつ話を整理して返答する事にしたわ。

 

 

「アナタ……本番は部屋でしたいって言ったわよね?」

「言ったけど……それがどうかした?」

「それって裏を返せば、それ以外の事だったら、何でもしていいって事になるのよ?」

 

 

 私が投げ掛けた答えに、彼は言葉を詰まらせた。

 

 

 アナタが言った事を、そのまま素直に解釈して言っただけなのだけれど……これは効果テキメンね♡顔を紅くしたアナタも可愛い♪

 

 

「そ、そうなるね……」

「じゃあ……アナタの事、本格的に私のモノにしちゃうわね……?」

「……!!」

「先ずは……アナタの、その柔らかそうな唇から……♪」

 

 

 私がキスをしようと顔を挟もうとしたら、彼はそっと首を横に向けて拒否する反応を見せた。……強情なのは女性にあまり受けないわよ? まあ、私はどんなダーリンでも大好きなのだけれど♡

 

 

「逃げないで……? これはアナタがそう言うからじゃない……受け入れないとダメよ?」

「逃げるつもりは無いよ。言ったことを取り消すなんて僕らしくないからね。今日はちーちゃんにつきあうよ」

「ふふっ♪ その意気よ♡じゃあ……キス、しましょう?」

 

 

 私と彼はキスを交わしたわ。それも今までの比じゃないくらいの……濃厚で深いキス。もし彼が逃げようとしても、私はそれを逃がしはしない。……ただ、目の前の彼が欲しくなった……それだけの事。

 

 その後私は、ダーリンのありとあらゆる所を味わい尽くしたわ。普段は彩ちゃん達に頼られてるけど、こんな表情は私にしか見せない……そう思ったら、とても優越感に浸れるわ♪




 今回はここまでです! 如何でしたか?


 次回更新予定日が未定なこの作品ですが……次のお話を気長にお待ち頂けると嬉しいです(次回は本編の内容を進めたいと考えています)。


 それでは次回に……待て、しかして希望せよ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【白鷺千聖生誕祭記念回】夜に舞う純白の想い

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 そして皆々様……投稿が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした!

 普段は仕事をしている都合上、小説執筆の時間を設ける事が難しかったのですが……誕生日の日から3日も空けてしまうオチになった上、完璧に忘れてしまっていました!本当に申し訳ありませんでした……。


 そのせいか、あまり見直しをロクにしてないので、お見苦しい点などもあるかと思います……ですが、お楽しみ頂けますと幸いです。

 それでは、スタートです!


 そして……千聖さん、ハッピーバースデー!


「……は〜い、カット! 今日の撮影は終了! それじゃあお疲れ様〜!」

『お疲れ様でした!』

 

 

 そんな監督の景気の良い言葉と共に、今日のお仕事が全て終わった。一日中撮影に引率している僕としては、終始メモ帳にペンを走らせながら演者をサポートするのはあまり苦にならなかったりする。

 

 ……これが普通の人なら、最初の段階で根を上げているのかもしれないが。

 

 

 そう思いながらも、自分が持っている手帳カバーのペン立てにそれを挿し込んで、この場所から切り上げようとしたその時だった。

 

 

「今日も一日お疲れ様、颯樹♪」

「ありがとう、ちーちゃん。流石に回数を積み重ねて来ると慣れも出て来るね」

「ふふっ、貴方らしいわ♪ でも……油断は禁物よ?」

「わかってるよ。どんな時でも何が起こってもいい様に備えなきゃ」

 

 

 そんな言葉をかけて僕の所に来たのは、今さっきまでドラマの撮影をしていたちーちゃん───白鷺 千聖である。彼女とは産まれた頃からの幼馴染で、互いの両親(特に母親)の仲が良好だった事が関係し、時折もう一人の幼馴染も交えて遊ぶ事があった。

 

 現在になってからは、それぞれにやるべき事が出来た都合上、そう言う事をする機会も減ったのだが、目の前の彼女とは以前と変わらずの状態となっている。

 

 

 ただし、以前と変わらずの状態とは言っても、ある一部分を挙げれば差異点と成り得るかもしれない。その事は後々に分かると思うので、この場での説明は割愛させて貰おうかな。

 

 

「今は18時13分か……ちょっと時間が押したね」

「そうね。キャストの方の到着が予定よりも遅れてしまった影響で、普通なら9時ジャストに始める予定が、10分伸びたのよね」

「僕はこの後書類を軽く書いて、FAXで事務所の方に届けてから帰ろうかと思うけど……ちーちゃんはどうする?」

「私も行くわ。颯樹を一人でこんな夜道を帰らせる訳には行かないし、私の様なか弱いレディーを一人寂しく置いてけぼりにするなんて、貴方のやり方では無いでしょう?」

 

 

 ……よくわかっていらっしゃる。

 

 

 書類作業はそこまで時間がかかる物でも無いので、彼女の気を遣わせまいと考えていた。けど、ちーちゃんはそれを知ってか否か、僕にこの様な言葉を投げかけて来る事が多くなった様な気がする。

 

 僕自身も、暗い夜道を女子高生一人で歩かせるのは何かと抵抗があったので、それに関しては良いのだが、この人目が多い状況でそれを恥ずかしげも無く……平然と大胆に言うのかな、と軽く頭を悩ませていた。

 

 

「……わかった。まずは着替えて、その後に書類作業をするよ。10分か15分で済むと思うから、帰り支度をして待っててね」

「わかったわ♪」

 

 

 その様に話をしてから、僕とちーちゃんは共に控え室へと向かった。彼女には先に着替えと帰り支度を済ませて置く様に伝え、控え室に着いた所で一旦別行動を取った。

 

 

 その書類作業と言っても、そこまで難しい事を書く訳では無く、単純に担当アイドルの様子はどうか……とか、仕事中に何かトラブルは無かったか……だったり、あとは仕事内容の大まかな纏めと説明文を3行ほど書くと言った物だ。

 

 なので、時間的にはほぼ予定通りの配分で済ませる事が出来、ちーちゃんの待つ控え室へと向かう事にした。

 

 

「お待たせ、ちーちゃん」

「あら、ナイスタイミング。ちょうど私の方も帰り支度まで済ませた所よ。颯樹の方は大丈夫かしら?」

「僕もOK。それじゃあ行こうか」

「そうね。それと……」

 

 

 そう言った後少し言葉を途切れさせた彼女は、スッと自分の左手を僕に差し出して来た。まず普段からちーちゃんを見ている僕以外の人からして見れば、こんな光景など滅多に見られる物では無いだろう。

 

 それに加え、今はまだ撮影スタジオの中なのだ……早めに済ませないとまた揶揄される時のネタにされかねない。そう考えた僕は、彼女の言葉に素直に従う事にした。

 

 

「エスコート宜しく頼むわね、私の愛しい旦那様♪」

「……わかりました」

 

 

 ちーちゃんからのリクエストに応え、彼女の左手を優しく握った僕は、二人揃って今回のお仕事で訪れていた撮影スタジオを後にした。

 

 その帰り道の途中で、事務所からの送迎が待っていた事を知らされたのだが、今回は予定よりも時間が遅くなった為、少し寄り道をしてから帰宅の途に着く事にしたので、待ってくれていた人にお礼と謝罪をする羽目になったのだった。

 

────────────────────────

 

「綺麗な桜……ゆっくり見たのはいつぶりかしら」

「もうそんなに見てないんだ」

「ええ、私は普段から忙しかったもの……こう言う、落ち着いた頃に桜を見に来ると言う事が殆ど無かったの」

 

 

 僕たちが寄り道として訪れている場所は、今日のお仕事で訪れた撮影スタジオから20分程歩いた所にあり、最寄りには駅がある、東京都内北東部に位置する公園だった。そこそこ広さはある所の様で、あちらこちらに屋台が点在していたり、桜の木の下で宴会などをしている人たちを見掛ける事が出来た。

 

 

「でも、今日は貴方が居るから最高の気分よ♪」

「それは何より。もうちょっと中に入ってみる?」

「そうね。それも確かに良いと思うのだけれど……私から一つ提案をしても良いかしら?」

「何かな、ちーちゃん?」

 

 

 そこまで言った彼女は、ある所に視線を伸ばしながら僕の服の裾を少し摘んで引っ張った。そして一言。

 

 

「……あの東屋に行きましょ♪ 歩き回りながら見る夜桜も綺麗だけれど、特等席で見る桜も良いと思うの。どうかしら?」

「……わかった。じゃあそこにしようか」

「ええ♪」

 

 

 そうして僕たちは、入口の所から少し離れた池の近くにある東屋に向かう事になった。その道中でちーちゃんが撮影のリクエストをして来た為、僕がカメラマンとしてその光景を写真に納める事にしたのだが……その一つ一つに目を奪われてしまった。

 

 

 彼女が今着ているのは、淡い桃色を基調とした長袖シャツの上から黒の薄いカーディガンで、下はグレーのロングスカートだ。傍らには小さなショルダーバッグを提げており、如何にも『お出かけスタイル』と言った具合だ。

 

 それを踏まえた上で容姿端麗なちーちゃんを写真に撮るとなった場合、まず間違い無くこうなってしまうのだ。

 

 

「……え、めちゃくちゃ綺麗……」

 

 

 道中で桜の木を両端に置きながら撮影をしたなら、彼女が微笑む度に一枚の絵と成り得るのだ。それに追い撃ちをかけるように強く風が吹き、桜吹雪が舞うのだから、目の前の光景に完全に見惚れてしまうのである。

 

 そして極めつけは、その強い風を受けて髪を直しながらも此方を優しく見て来るちーちゃんの表情……これがまた堪らなかったりする。

 

 

 久しぶりに彼女と桜を見に来たのだが、暫く会わない間にここまで綺麗になっていたのか……と錯覚してしまう自分が居たのも、また事実だった。

 

 

「……颯樹、どうかしたのかしら。さっきから黙ってシャッターを押しているのだけれど……私、何か間違ってたかしら?」

「……はっ。ううん、全然大丈夫。むしろすごく綺麗で見惚れてた」

「そう……なら良かったわ。行きましょ♪」

 

 

 そう言って僕を連れて行く彼女の様子を見てたら、何だか立場が逆転したみたいだった。本来は気の利いた言葉を男がかけて、そして女の子をそつ無くエスコートすると言うのがお約束だったりするのだが。

 

 

 そんな一コマもありつつ、僕たちは無事に近くの東屋へとたどり着く事が出来た。そこは誰も居らず、不思議と人に見られる心配の無い場所だったので、僕たちは一先ず安心して近くにあった椅子へ腰掛ける事にした。

 

 そして大きく開けた窓から見えた桜は、僕たちに圧巻の景色を見せてくれた。見渡しても所狭しと桜が咲いている為、ただ見に来た人たちはこれだけでも満足してしまう程だった。

 

 

「綺麗ね……」

「そうだね。ま、ちーちゃんには敵わないけど」

「ふふっ、その癖は昔から変わらないのね♪ そんなお世辞を言えるのなら、これからも上手くやって行けるわよ♪」

「どうだか。それに事実を言ったまでだから、別にそこまで謙遜する必要は無いと思うけどな」

 

 

 ……ま、あの風景を見てしまうと、誰でも同じ事を言いそうな気がしないでも無いが。

 

 

「ありがとう。それじゃあ有難く受け取っておくわ」

「是非そうして欲しいな。それと……ちーちゃん」

「……? 何かしら?」

 

 

 僕はちーちゃんからの問い掛けを他所に、自分のカバンの中を探し始めた。昨年は帰って来たばかりでドタバタしていたので、あまりそれが出来る時が無かったのだが……今年はタイミングも良いし、ここで渡そうかな。

 

 ちなみに今日は、予定通りに行けば他のメンバーとも一緒にやりたかったのだが……まさかの日菜を除く全員がお仕事だったので、仕切り直しで翌日する事になったのだ。

 

 

「えっと……。ハッピーバースデー、ちーちゃん」

「えっ……、これって……」

「開けてみて。僕からの気持ちだよ」

 

 

 突然の事で呆気に取られている彼女に、僕は静かに細長い箱を手渡した。その中に入っているのは……これからの彼女にとって、それは必要最低限の身嗜みとして持っておいて損は無い物を選んだつもりだ。

 

 ただ、一つだけ付け加えさせて貰うとすれば、あまりその手の話題には疎かった為、店員さんの助力を得たのは彼女には内緒である。

 

 

「……これ、ネックレスかしら?」

「そうだよ。これからのちーちゃんに絶対……とは言わないまでも、必要になる時が必ず来るからね。それを見越して、事前に買っていたんだよ」

「ありがとう……。付けて貰っても良いかしら?」

「……お易い御用だよ」

 

 

 そう言われた僕は、箱の中にあるネックレスを慎重に取り出し、彼女の首に付ける事にした。途中でちーちゃんから物凄く良い香りがして、少し作業をする手元が狂いそうになってしまったのは苦い思い出だ。

 

 

「どうかな。それなりに形になったと思うんだけど」

 

 

 彼女から離れた後にそんな事を口にした。

 

 

 実際の事を言えば、これは誰にでも合うタイプのネックレスなのだ。よくドラマなどで見る様な高価な物では無いが、付けているだけでもそれなりに雰囲気が変わったりする。

 

 だからこそ、ちーちゃんには普段の真面目さや美しさの他にも、一人の大人となる道の過程の真っ只中に居るので、気品の良さやそれで居て身形も確りしている物……まあ、端的に言うなら、こう言った普段から身につけられるアクセサリーを贈ろうと決めていた。

 

 

「……凄く嬉しいわ。ありがとう、颯樹。これを買うのは相当勇気が必要だったでしょう?」

「いや、大切な幼馴染の事を思えばこれくらい何て事無かったよ。それよりも、喜んでくれて良かった。大切にしてくれたら僕も嬉しいよ」

「そう……わかったわ。大切に使わせて貰うわね」

 

 

 そんな事を話しながら、僕たちは二人夜桜を見ながら春を満喫するのだった。

 

 

 ……まあ、これはちょっとした余談になるのだが。

 

 そのお仕事が終わってお花見をし、自分の家へと帰宅した……したは良いのだが、中でとんでもない事態に遭遇する羽目になったのだ。

 

 

「お帰りなさい、颯樹くん♡」

「……は? 何故お前がここに居る?」

「先ずは靴を脱いで、そして手を洗って来てね? 今から颯樹くんには、私から少しオハナシが有ります♪」

 

 

 ……帰宅した直後に、彩からの詰問を小一時間受けてしまう事になるのだった。ちなみに何故ここに居るのかと理由を聞いたが、それに関しては事前に母親などに申告をしていた為、自宅に来れたと言う事だったみたいで。

 

 質問を一つ一つしていく毎に、彩はスキンシップをして来たので、もう僕としては何が何だか分からない上に理性の崩壊待ったナシだったのは言うまでも無い。

 

 

 その尋問が終わった後に食べたオムライス……まあ、彼女から言わせて貰えば『彩特製!ドキドキふわとろオムライス』なのだが、それは凄く美味しかったです(本音9割、言わされた感1割)




 今回はここまでです!如何でしたか?

 次回の更新はまた不定期となっておりますが、首を長くしてお待ち頂けますと嬉しいです。


 それでは、また。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【松原花音生誕祭記念回】柔らかく漂う花の音

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 今回は本編……では無く、誕生日回を投稿しようと思います(本編の内容自体は考えてあるので、後は実際に書き起こすだけなのですが)。


 それではスタートです。


「ご、ごめんね……? 毎回毎回頼りにしちゃって……」

「良いよこのくらい。今日はちーちゃんがお仕事で不在なんだし、僕で良かったら付き合うよ」

「千聖ちゃん、そんなに忙しいんだね……」

「まぁね。ちーちゃんが来れない分、今日は二人で楽しもうか」

「うん!」

 

 

 季節も春から夏へと移り変わる手前の、この天気の良い日に……私は颯樹くんと一緒にお出かけをしていました。

 

 本当なら千聖ちゃんも一緒に、と思ったんだけど……彼曰く『お仕事があるから来れない』みたいなので、私と彼の二人で楽しむ事にしました。

 

 

「それで、今日はどこに行くの? 颯樹くんについていったらわかるって電話で言ってたけど……」

「ん? 今日は水族館に行こうかと思って。たまには静かな場所で休暇を過ごそうと思って」

「水族館!? 行きたいよ颯樹くん!」

「じゃあ、行こっか」

「うんっ!(えへへ、颯樹くんとの水族館デート♪)」

 

 

 私は颯樹くんに手を握られて、何駅か先にある水族館へと向かう事にしました。えへへ……颯樹くんとの一日水族館デート、楽しみだなぁ〜♡

 

 そして目的の駅に着き、そこから少し歩いて水族館に着きました。すごく大きいみたいだから回るの楽しみ……♪ 

 

 

「さて、先ずはチケットを買おっか。僕から離れないでね」

「うんっ!(えへへ、颯樹くん……すごく頼もしいなぁ……♪)」

 

 

 順当にチケットを大人二人分で購入した私たちは、水族館の中へと入って行きました。

 

 

「わぁー♪ すっごく綺麗……」

「ここは数ヶ月前まで改装工事をしてて、先月リニューアルオープンをしていたらしいからね。見応えもあると思うよ」

「そうなんだね。早く行こうよ!」

 

 

 私は颯樹くんの手を引いて……色んなスペースを周りました。入口にあった深海魚から、淡水魚などの展示コーナーを通り、訪れたのは。

 

 

「うわぁ〜♪ クラゲがこんなにたくさん……」

「本当に花音はクラゲが好きだよね。ふわふわしてるだけなのに」

「うん♪ クラゲを見ていると、心が落ち着くんだ〜。颯樹くんはクラゲは好き?」

「うーん、好きと言う訳でも嫌いな訳でもないかな。あまり見ないし」

「そうなんだ……でも、今この瞬間は?」

「花音と見てるんだ。嫌いになるわけないよ」

 

 

 えへへっ、喜んで貰えて良かったぁ♪ さて、次はどこに行こうかな……あ、ここにはペンギンさんは居るのかな? 颯樹くんを連れて行ってみようっと♪ 

 

 

「あっ、花音そんなに一人で行ったら……!(行っちゃったんだけど)」

 

 

 うーん、ここは何処だろう……ペンギンさんのコーナーに行こうとしたんだけど、迷っちゃった……。しかも、颯樹くんも居ないし……、ふぇぇ……ここからどうしよう……。

 

 

「こ、こういう時は颯樹くんのスマホに連絡しないと……あっ、スマホの充電があまりない……」

 

 

 出来るなら、早く、簡潔に……迅速に事を伝えなきゃ……! 

 

 と、とりあえずここから離れた方がいいよね……。来た道を戻ったほうが……。

 

 

「うぅ〜ん……でも、その場から動かない方が良いかなぁ……」

 

 

 一方その頃……。

 

 まったく、目を離した隙にこれだよ。……そういえば、さっき受付の人にスケジュール表みたいなのをもらったな……イルカのショーとか?

 

 

「イルカのショーにはまだもう少し時間がある……そう言えば、ペンギンがどうとか言ってたけど、その辺りに居るかどうかは確証が持てない……」

 

 

 いまいち確信が持てないな……こんな事なら、燐子とか紗夜に聞いておけばよかったな……。仕方が無い。あまりこの手は使いたくなかったが、こうなったら、選り好みしてられないな。

 

 

「とりあえずペンギンのところに行ってみるか。もしかしたらいるかもしれないし」

 

 

 そう決めた僕は、ペンギンが飼育されている展示場所に訪れた……のだが、肝心の花音が見当たらなかった。

 

 

「あれりゃ。居ないや」

 

 

 順路から行けば、確かにここに着くはずだけど……ん? 待てよ、この近くって薄暗くて行き止まりになりそうな所が、確か一箇所だけあったな。

 

 ……まさかこの近くに花音がいるのか? 

 

 

「行ってみよう。もしかしたら、居るかもしれない」

 

 

 僕は薄暗い通路を進み、手探りで行き止まりになりそうなところを探し始めた。そうして探していると……? 

 

 

「花音!」

「ふぇっ……? さ、颯樹くん……?!」

「良かった……! 一人で駆け出すから、本当に心配したんだぞ!」

「ご、ごめんね……クラゲとかペンギンさんが可愛くて……」

 

 

 僕からの叱責を受けた花音は、今にも泣き出してしまいそうな程に涙を溜めていた。……うぅ、これが後に知られるとちーちゃんから何かヤラれるしなぁ……仕方ない。

 

 そう思った僕は、彼女の水色の髪を右手で撫でて……空いた左手で抱き寄せた。

 

 

「ぁぅ……は、恥ずかしいよこんなところで……」

「花音の事が心配だったんだよ。それくらいさせて」

「う、うん(颯樹くんの手、大きくて暖かい)……」

「さ。時間はどんどん過ぎて行くし、移動しよっか」

「うんっ!(今度は逸れないようにしないと……)」

 

 

 僕は花音の手を再び握って、水族館の中を探索する事にした。その際、先程彼女が行きたがっていたペンギンの展示場所に向かい、何羽かと触れ合う事ができた。

 

 そして時間もちょうど良い頃まで差し掛かった。

 

 

「次は……イルカショーかな。それを見たら、粗方周った事になるかな?」

「そうだね。私一人でそこそこ回っちゃったから……」

「なら、イルカショーを見た後は何処か場所を移して昼食にしようか。タイミングを考えても、その方が良いと思う」

「そうだね、少しお腹がすいてきたかも……。どんなショーなのかな?」

「ま、行ってみようか。……あ、ポンチョもついでに買っておこうよ。もしかしたら、ずぶ濡れ……とは言わない迄も、水飛沫が飛んで来るかも」

 

 

 私たちは水族館内にある防水グッズのお店に向かいました。合羽やポンチョなど、たくさんのグッズが売ってありました。よく見てみると、そこにはクラゲをモチーフにしたポンチョが売られていて……数は二つだけの様で、他のと同じ様に減っていました。

 

 

「颯樹くん……私、普通のポンチョよりこっちのクラゲのポンチョがいいな?」

「お? クラゲのポンチョか。これが欲しいの?」

「うん……。颯樹くんとお揃いにしたくて……」

「良いよ、それじゃあ買おっか」

 

 

 そう言って颯樹くんはクラゲのポンチョを二着持ってレジに向かいました。私も少しは出した方が良かったんだけど、颯樹くんは優しいから、私に気を使ってくれたのかな……。

 

 そしてイルカショーの行なわれるステージへと行くと、既に人がたくさん座っていました。

 

 

「ふぇぇ……すごく人が多いね……。私たちが座るところはあるかな……?」

「あ、あるみたいだよ。ちょうど真ん中のこの辺」

「よかった……さっきまで歩いてて歩き疲れたから、立ちっぱなしだと疲れるから……」

 

 

 私たちは空いてる席へと座り、クラゲのポンチョを被ってスタンバイを終えました。するとステージの裏からイルカのトレーナーさんが出てきました。どんなのだろう……?

 

 その後に見たのは、アシカさんの芸を何個かと……イルカのジャンプなどでした。着水する時の勢いが強くて、私と颯樹くんは水飛沫を貰ってしまいました……が、ポンチョのおかげで事無きを得られました。

 

 

「すごいね颯樹くん。イルカさんがあんなにジャンプするなんて……」

「そうだね。こころなら、真っ先にこれを取り入れた演出を考えるんだろうが」

「ふぇぇ……それは無理だよぉ……」

「まー、それを言い出したら結局止めるのは美咲とか僕くらいになるんだろうけどね」

「颯樹くんは、誰かを止める事に関してはいつもすごいからね……本当に助かってるよ♪」

 

 

 私が颯樹くんにそう言うと、彼は少し顔を赤らめて謙遜する言葉を言って返答しました。……ふふっ、本当にカッコイイなぁ♪ 

 

 そんなこんなでイルカショーも終わって、私たちは水族館の建物内へと戻って来ました。

 

 

「あっ、ちょっと待っててね颯樹くん。ちょっとトイレに行ってくるから……」

「ん、OK。この近くのお土産売り場に居るから、終わったらそこに来てくれる?」

「うん、わかったよ。また後でね」

 

 

 私は彼にそう伝えて、お手洗いへと向かいました。その場所自体は直ぐに見つかり、私は用を済ませる事が出来ました。

 

 

「おまたせ、颯樹くん。待ったかな?」

「んや、待ってないよ。行こっか」

「えへへ、よかった♪(こころちゃん達へのお土産、どれにしようかな……?)」

 

 

 そう思って訪れたお土産売り場では、ハロハピとパスパレメンバーへのお土産を購入しました。薫さんに買う物に関しては、颯樹くんに任せたけど……。

 

 

「ち、ちょっと重いね……買いすぎちゃったかな……」

「そうだね……でも、トレーニングの代わりだと思えば……」

「そ、それだったら自分でなんとかするよ……」

 

 

 そう言われて私は袋を持ちましたが、かなり重いよ……ふぇぇ、耐え切れるかなぁ……え? 

 

 

「花音に辛い想いはさせられない。僕が代わるよ」

「で、でも私だっていつまでも颯樹くんに頼ってばかりじゃダメだから……」

「……ごめん、花音にこんな辛い思いさせてたら、これを知ったちーちゃんが何を言うか……想像着くでしょ?」

「そ、そうだけど……でも……」

 

 

 私だって、颯樹くんに頼ってばかりじゃ……居られないよ……! 

 

 

「……わかった。でもさすがにこの量を持たせるのもあれだし半分くらいにしようか」

「……うん! でも、お昼ご飯を食べる場所、何処にするの?」

「とりあえず、食事するところの近くにロッカーがあったからそこにお土産を入れて向かおうか。花音を探してる時に見つけたんだ」

「そうだね!」

 

 

 私たちは……少し歩いた所にあるロッカールームの中に入って、先程買ったお土産を入れてから、食事する所へと向かいました。

 

 そして数十分後……食事を済ませ、預けた荷物を持って水族館を後にしました。

 

 

「今日は楽しかったよ颯樹くん。水族館に連れて行ってくれてありがとう」

「そんな、別にお礼を言われる様な事でも無いよ」

「でも珍しいよね、颯樹くんから誘ってくるのって……何かあったの?」

 

 

 ……そう、本来であれば颯樹くんもお仕事があったはずなのに、今日は私を誘ってお出かけしてくれたので、かなり珍しい事なんです。

 

 今までも彩ちゃん達の上目遣い等に負けて、デートをする事は多々ありましたが、今回に限ってはあまり無い例でした。

 

 

「まあね。というか花音自身が今日は何の日かわかってると思ったけど」

「……ふぇ?」

「……その様子だとわかってないみたいだね。今日は花音の誕生日でしょ?」

 

 

 颯樹くんに言われたその言葉で、私は全ての事を察しました。彼の取ってくれた行動の一つ一つが、私を気遣いながら起こしていた物だと言う事に。

 

 私の誕生日……覚えてて、くれたんだ……♪

 

 

「こころたちは手が離せないって連絡が来たからね。この後はハロハピのみんなと誕生日パーティだって」

「すごい……!」

「さて、後は帰るだけだけど……ん? ちーちゃんから電話だね。……はい」

 

 

 彼は私にそう言った後、突如掛かってきた通話へ応答しました。話している風景を予想すると……颯樹くんが電話をしている相手は、今日は《お仕事で一日不在》と言っていた千聖ちゃんかな?

 

 

『ダーリン、そっちは上手くいったのかしら?』

「上手く行ったよ。予定通り」

『そう。かおちゃんたちも準備が終わったそうだから早い内に連れてくるようにって言ってたから早くこころちゃんたちのところに連れて行ってあげて』

「了解」

 

 

 そんな会話をした後、通話状態を終えて……颯樹くんが戻って来ました。……聞くなら今、かな?

 

 

「さっきの電話って、もしかして……千聖ちゃんからだよね? どうしたの?」

 

 

 私は颯樹君に先ほどの通話の内容を聴こうとしました。……ですが、私の質問が出る前に彼に手を握られた為、私の口からは驚きしか出ませんでした。

 

 

「……♪(颯樹くんの手、暖かい……)」

「行くよ。みんなが待ってる」

「う、うん……♪」

 

 

 そう言われて、私は颯樹くんに連れられてパーティーを行う会場へと向かいました。……その後どうなったのかと言えば、ハロハピのみんなや、千聖ちゃんに颯樹くんからのお祝いを受けて、楽しい誕生日会になったと言う事です。

 

 

 こんなにたくさんのお友達にお祝いして貰えるなんて……私は、とても幸せだよ♪




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の更新は未定なのですが……なるべくこの作家業から失踪しない様に、自分のペースで頑張りたいと思いますので、どうかよろしくお願い致します。

 それでは次回に……待て、しかして希望せよ!


 今回も感想をお待ちしております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【丸山彩生誕祭記念回】想いと告白と

 皆さま、おはこんばんにちは。そして……長らくお休みしておりまして、大変申し訳ありませんでした(今年最後の投稿だけど)!


 今日は12月27日……と言う事で、彩の生誕祭記念回をお届けしようと思っております!本当は2ヶ月前から描き始めていましたが、最初の1000字くらい描いた所で11月末まで放置してしまう謎事態が発生してしまいました申し訳ないです。

 今回のお話はシリアスシーンが後半部分にありますので、苦手な方は回れ右でお願いしますm(_ _)m(良ければ最後まで読んで行って欲しいです)


 それでは、スタートです!


「……まったく、人を貴重な休日に呼び出しておいて、この仕打ちは無いでしょうよ」

 

 

 年の瀬も数日後に近づき……寒さも日に日に厳しさを増して来た、師走の末頃。僕は駅前の噴水広場で、ある人物を待っていた。その人物からの呼び出しが唐突であった為に、その日のうちに軽くお説教をする事になったのは、苦い思い出だ。

 

 

 今日の服装は、上には黒を基調としたファーコートを身につけていて……下は焦げ茶色にチェック柄の入った厚めのジーンズを履いている為、先程から感じる北風はあまり感じずに済んでいた。そして背には貴重品などが入った、小さな肩がけのショルダーバッグを背負っていた。

 

 なぜこんな事になってしまったのか、と言うのは……少し順を追って話さなければなるまい。

 

 

 そう思って居たのだが。

 

 

「お待たせ〜!」

「……あ。遅いぞ、彩!」

 

 

 今居る位置より少し離れた路地の方角から、二つに結んだツインテールを靡かせた少女が、息を切らしながら走って来た。その少女こそ、僕を呼び出した存在であり……人との待ち合わせで大遅刻をしてのけた張本人──丸山 彩だ。

 

 

 彼女の服装はと言うと……パステルピンクのファーコートを着ていて、それにこれまた同じ色合いの可愛らしい五本指付きの手袋をしていた。本人曰く『手袋をしながらでもスマホを操作できるから』と言う事らしく。……少しは考えて欲しい物である。

 

 頭には白いベレー帽を被っていて、下は黒のプリーツスカートを履いていた。さらに靴も本人の性格がそのまま現れた様な物を身に付けていた為、傍から見れば目立ち過ぎてしまう程だった。

 

 

 彼女の方も、肩にかけるタイプのバッグを所持していたので、これは一日中僕と遊び回るつもりなのだろうな……と、この時に察する事が出来た。

 

 

「はぁっ……はぁっ……。遅くなって、ごめんね……。颯樹くんを呼び出したのは私なのに、遅刻、しちゃった……」

「……もう良いよ。その事に関してはいつもの事だし、特に気にしてないよ。それよりも、ここに居たら二人とも目立つから、場所をちょっと移動しようか」

「うん!」

 

 

 僕は未だに息を切らしている彩の右手を握って、待ち合わせ場所から動き出す事にした。もし仮にここに長時間留まっていて、過激なファンとかに目撃されよう物なら……ネット上である事無い事を言われかねないのが関の山だ。

 

 そんな事は僕としても望む所では無いので、その場から直ぐ様移動し始めたのだった。

 

 

「えへへっ、颯樹くんの手が暖か〜い♪」

「まぁね。今までコートのポケットに手を入れていたから、それが原因かもしれないよ」

「そうなんだぁ。……でも、このまま私と手を繋いでると颯樹くんの手がだんだん冷えちゃう! な、何か手を打たないと……そうだ!」

「どうしたの、彩……て、うぉっ!?」

 

 

 僕の手を握っていた彩は、何を思ったのか……繋がれたままの右手をいきなり自分のコートのポケットに入れて来たのだった。彼女としては寒さを堪える為にやった事だと思うのだが、こっちは恥ずかしさが勝ってしまって……寒さを感じるとかそう言う話では無かったりする。

 

 

「えへへ〜♪ これでもう……私も颯樹くんも暖かくなったよね♡」

「あ、あはは……そう、だね。うん」

「あれ、今度はどうかしたの? 何だかかなり顔が赤いんだけど……熱があるのかなぁ」

 

 

 そう言った彼女が次にして来たのは、繋いでいない方の手にしていた手袋を外した後……その手で僕の額に軽く当てて来たのだ。本人としては完全に無意識でやってる事なのだろうが……先程からこんな事をされて、周りからの暖かい視線を浴び続けている僕の身にもなって欲しいんですが。

 

 

「熱は無いみたい……なら、少しここの風に当たって身体を冷まそ? そうしたら、この先のデートが楽しくなると思うよ♪」

「わかった。少しフラッと散歩しようか」

「は〜い♡」

 

 

 そんな事を話しながら、僕と彩は街中を散策しに出かけた。途中で彩が可愛らしいクマのぬいぐるみに目を向けていたのだが……それに関しては僕の方で用意があるので、その場を後にする事になった。

 

 まあ、その時に『買って欲しいな…?』と言った旨の涙目を彼女から受けたが、ここは少し宥める事でこの事態を回避する事にした(涙目と膨れっ面は貰ってしまったが)。

 

────────────────────────

 

「うーん、どっちにしようかなぁ〜。この水着も可愛いし、こっちは少し攻めていて大人っぽく見えるし……どうしよう」

「……あの、なんで僕はここに居るの」

 

 

 少し街中を歩き回った後に訪れたのは、ショッピングモールの中にある水着売り場で、その中でも……女性・女子用のコーナーに位置する所だった。彩から半ば強引に連れて来られた事や、明らかに感じられる場違い感が相まって、僕のSAN値がマッハで直葬状態になっていた。

 

 僕としては……周囲に居る女性から感じる、好奇や訝しげな視線が刺さりまくってるおかげで、施設内の暖かさとは反対な冷たい空気を感じまくって居たので、あまり長居はしたくないのが本音だ。

 

 

 ……それに引き替え、肝心の彩はと言うと。

 

 

「やっぱり、颯樹くんに喜んで貰うのなら……断然、ビキニの方が良いよね〜♪ 千聖ちゃんよりはそこそこ胸だってあるし、魅力もアピールポイントの場面でも私の方が一枚上手だろうし♡」

 

 

 彼女は終始……至極ご満悦そうな顔で、自分の着るであろう水着を選んでいた。僕としてはこれ以上、悩みの種を増やさないで欲しかったりする。

 

 

 先程話に出て来た、千聖ちゃんと言うのは──僕の幼馴染であり、自称『僕の未来のお嫁さん』だと謳う女の子、白鷺 千聖の事だ。彼女の延長線上からパスパレとは関わり出したのだが、楽しさも感じる反面……こうやって悩み事も多くなってしまうのが現実だ。

 

 まあ……別にそこまで困っている、と言う様な話でも無いので、僕としてはあまり気にしない様にしてはいる。

 

 

「……!」

「ん? 颯樹くん、何かあった?」

「い、いや大丈夫……何でもないから」

「へぇ〜。ま、良いや。それよりも颯樹くん、早くこっちに来てよ〜!」

 

 

 人の胸中に抱く想いも知らず、随分とまあのんきな物である。彩本人としては単なるスキンシップでやってる事なのだろうが、僕個人的な意見を言わせて貰えば、かなり目に余るのである。

 

 

 最近の女の子はフレンドリー過ぎると言うか、警戒心が無さ過ぎると言うか……何処の馬の骨とも知れない野郎が近づいて来ても、変わり無く普通に対応しそうで怖いまであるのだ。僕の思い違いならばそれはそれで良いのだが、今の彩の様子を見ていると、どうもその不安が拭えないのが事実だ。

 

 出会った時みたいに、誘拐された上に犯されそうになると言うのが一番あってはいけない事だ。だからもう少し身の振る舞い方等には気をつけて欲しいと思うのだが……。

 

 

「ねぇ、颯樹くんってば!」

「! どうしたの、彩」

「さっきから、ず〜っと難しい顔をしているけど……大丈夫なの? 具合は悪くなってない? もしかして、私が急に誘ったからそれで怒ってる? だとしたらごめんね……私、いつも考え無しだから、千聖ちゃんに怒られちゃうし……」

 

 

 そう考え込んでいた僕は、彩の一声によって現実に引き戻された。彼女の顔を見ていると、これまで元気いっぱいで楽しそうだった表情は何処へやら……今度は今にも泣き出しそうな雰囲気を漂わせていた。

 

 それを見た周りの人が向ける視線は段々と厳しくなって行き、下手をすれば公開処刑待ったナシである。せっかくオフを貰って出かけているのに、蓋を開けてこれだと全部が台無しだ。

 

 

 ……このままだとマズイな。この状況になった事が無いから、対処法が全然思いつかない……。物で吊り上げて慰めようかとも考えたんだけど、これだと逆に彩の事を『子供』としてしか見ていない様で逆に不信感を買いかねない……!

 

 てか、そんな事を考えてる間にももう既に今にも泣きそうだし! こう言う公の場でやりたくは無かったが、もうなる様になれだ……あとは知らん!

 

 

「彩」

「……ふぇ?」

「せっかく誘ってくれたのに、構ってあげられなくてごめんな。彩の気持ちをもう少しで踏み躙る所だったよ」

「で、でも! 私が無理に誘ったから、颯樹くんはさっきまでイライラしてて……それで……!」

「……あー、もう。わかったわかった。それじゃぁ目を閉じて。その場から動かないでね」

 

 

 僕の言葉を受けて頭に疑問符を浮かべる彩を他所に、僕は彼女の思いっきり抱き締めた。そのせいで彩が選んだであろう水着は床に落ちてしまったが、こうなってしまえば……もうどうにでもなれだ。

 

 

「今日はめいっぱい彩に付き合うよ。何処へでも好きな所に連れ回してくれたって構わない……今日だけは、彩と一緒に居る。約束する」

「……本当に、一緒に居てくれる?」

「当たり前だし、何回も言わせないでよ。僕がしてあげられるのは、結局これくらいなモンだから」

 

 

 僕は自分の思った事を彩に伝えて行く。言ってる途中で小っ恥ずかしい気持ちになったのもそうなのだが、周りからの視線がどんどん微笑ましい物を見るような雰囲気になって来ていたのだ。

 

 

「……わかった。じゃあ、この件はどっちも悪いしお互い様って事にしよっか」

「ごめん、彩」

「ただし……私から一つだけ条件がありますっ」

 

 

 彩が唐突にもそんな事を言ったので、僕は彼女の言葉が続かれるのを待つ事になった。そうして次の瞬間、彩はこんな事を言い出したのだった。

 

 

「ここからは……何処へ行こうと逃がさないし、簡単には帰さないから、覚悟しててね♪」

「……は、はぁ……」

「ん? お返事は?」

「わかりました」

 

 

 僕は彩から放たれた桃色の雰囲気に惚けてしまい、返事を返すのが遅くなってしまった。それを見兼ねた彼女からの追撃によって、なし崩し的にではあるが、その条件を受け入れざるを得なかったのだった。

 

 

 その後は水着を購入した後に映画館に行って、映画鑑賞をしたのだが、劇中のラストシーンで彩が号泣し始めると言うトラブルが発生した。まあ見ていた物が恋愛系だった為に、それは致し方無しと言った所だろうか。

 

 とは言ったものの……その映画は彼女からの強い要望によって見た作品だったので、見ようと言った本人が内容を覚えていないと言うのは、冗談を抜きにしても避けて欲しかった所ではあるが。

 

 

「ごめんね……ハンカチまで貸して貰っちゃって」

「良いよ、別に。家に帰ったらまだあるし、一枚くらいあげても支障は無いよ」

「うん、ありがと」

 

 

 そんな事を話しながら、僕たちはショッピングモールを後にした。その途中にあったカフェで軽食を取ろうか、とも考えていたのだが、彩からこんな提案を受ける事になった。

 

 

「……ね、ちょっと時間はかかるし、場所も移動するんだけど……街の風景が一番キレイに見える場所があるんだよ。よかったら、そこに行かない?」

 

────────────────────────

 

「……嘘、めちゃくちゃキレイ」

「そうでしょ?」

 

 

 僕が彩に連れて来られた場所は、電車で数分の距離にある高台だった。僕たちの住んでいる街からは離れて居らず、日も沈んで人気もあまり感じられないこの場所は、まさに『知る人ぞ知る』と言った所らしい。

 

 

 その眼下には建物などの光が沢山集まっていて、その周辺一帯が光の海と化している様だった。これは前に一度僕が東京を離れるまでは知らなかった場所であった為、この場所から眺める景色は新鮮に見えたのだ。

 

 

「ね、さっきここに来る前に買った焼き芋……半分こして、一緒に食べよ?」

 

 

 そんな誘いを彩から受け、僕は彼女と一緒に近くにあったベンチへ腰掛ける事になった。そして買ったばかりの焼き芋を取り出して食べ始めたのだが、彩が頬に食べカスをつけてしまうので、何とも可愛いモンだと心の中で僕は思う事にした。

 

 

 そして、焼き芋も食べ終えてのんびりしていた頃。

 

 

「……ねぇ、颯樹くん」

「ん? どうかしたの、彩」

「私……颯樹くんに伝えたい事があるんだ。もし今言わないと、次言えるのはいつになるか分からないから……」

 

 

 急にしおらしくなった彩からの言葉に、僕は動揺を隠せなかった。だが、ここで僕が何か口を挟めば彼女の機嫌を損ねる危険性があったので、何も言わずに耳を傾ける事にした。

 

 

「……私たちって、初めて出会ったあの日から今日まで色んな事があったよね」

「そ、そうだけど……どうしたの急に」

「何だか、思い出話をしたくなっちゃって。……続きなんだけど、アイドルになれて良かったって思う私が居るのは事実だけれど、颯樹くんに出会えて良かったって考えている事も本当なんだ」

 

 

 そう言って彩は言葉を紡いで行く。実際に彼女との出会いがあったおかげで、パスパレにも関わりが出来たし、更に言うなら香澄やリサに燐子や紗夜……日菜だったり、つぐとかもそうだ。

 

 小さい頃からの幼馴染である、ちーちゃんやかおちゃんは当然にしても、その他のメンバーとは彩がきっかけで会う事も屡々あったので、そう考えると僕も彼女と出会わなければ、彼女たちの事を『まだ知らない人たち』と言う認識で居たのかもしれない。

 

 

「始まりは、ほんの些細な出来事だった。私が公園で一人踊っていた所を誘拐され、それを颯樹くんが助けてくれて」

「あの時はその場にちーちゃんも居たし、偶然窓の外を見て景色を眺めていた……って言うのもあるから、流れ的には偶然なんだけど」

「でも、その偶然があったから……私たちは出会う事が出来た。千聖ちゃんが事務所に連れてくるのは変わらなかったかもしれないけど、その時助けて貰わなかったら、今の私は居なかった。……これは、紛れも無い事実だよ」

 

 

 そう言いきった彩の瞳には、少しずつ涙が溜まって来ていた。徐々に言葉も震え出してきていて、何かちょっとの刺激を与えるだけでも泣いてしまいそうな雰囲気だった。

 

 

「それで、助けて貰った日の翌日……事務所でまた会う事が出来て、私、すっごく嬉しかった。でも、その時は特に気にしてなかったけど……日を追う事に、千聖ちゃんの言った言葉が頭から離れなくなってた」

「……それって」

「……うん、千聖ちゃんは颯樹くんの事が大好きなんだって。それを聞いた時、同じ仲間として祝福しなきゃ行けないのに、それがなかなか言い出せなかった。それと同時に黒い物が込み上げて来る感覚があった」

 

 

 僕は彩の気持ちを汲み、配慮も充分にできていると思っていた。けど、僕が想像するよりも、彼女の心の内は既に黒く深い物が侵し始めていたのだ。それこそ、全てを投げ打ってでも手に入れたいと、心から熱望する程に。

 

 

「私は、颯樹くんの隣で……ずっと一緒に寄り添って行きたい……でも、やる事成す事全部失敗して、トチってしまって! それを日菜ちゃんには笑われて、千聖ちゃんには厳しく怒られて……私、もう自分が何をしていいのかわかんないよ!」

「……彩……」

「私は千聖ちゃんみたいにお淑やかじゃないし、日菜ちゃんみたいに何でも出来るわけじゃない……麻弥ちゃんみたいに気配り上手な方じゃないし、イヴちゃんみたいにスタイルだって良くない……それを痛感した時、何だかどうでもよくなっちゃって」

 

 

 彩が零した愚痴の数々には所々覚えがあり、その状況に僕が立ち会っていたのも事実だ。……だが、僕はその度に幾度と無く慰めて来たのだが、彩の今まで溜まっていた鬱憤が爆発してしまった。

 

 

 こんな状況を他の誰かに見られたら、謝るだけの話では済まなくなるだろう。それこそ、スキャンダルのネタとしては格好の餌となりかねない。

 

 どうしたもんかと悩んでいる僕を他所に、彩が一歩こちら側に踏み込んで来た。

 

 

「だから私は、どんな手を使ってでも颯樹くんを手に入れるって、そう決めた。オフの日とかを狙ってデートに誘ったり、こっそり自分の家に呼んで恋人みたいな事もしてみたりした……けど、颯樹くんってば、私の求めていた何の反応も見せずにただ合わせていて……」

「彩、もしかして……」

「颯樹くんの事、私……大好きなんだよ!? 頭の中からずっと離れないくらい……貴方と出会った、その時からずっと……ずっと……!」

 

 

 その言葉を口にする度に、彩の瞳からは涙が零れ落ちていた。防寒対策で着ているふわふわのコートや、手袋にもその痕がくっきりと付いて行く。彼女の気持ちの大きさを知らなかったと言う訳では無いのだが、いざこうして本人の口から聞いてみると、グサグサと突き刺さる物があった。

 

 

 僕は、知らず知らずのうちに……彩を傷つけてしまっていたのだ。僕としては優しく接しているつもりだった、気持ちも充分に汲んでいると思っていた……けど、彼女はそれでは治まらなかった。

 

 メンバーが心の中に抱いていた気持ちすら気づけず、剰えそれを何事も無く平然と流していた……今の僕が彼女に何か言おう物なら、きっとこれだけでは済みはしないだろう。

 

 

「私……颯樹くんに気持ちが届かなければ、もう……アイドル業に専念する事にする」

「え?」

「颯樹くんと結ばれない未来なんて、絶対に嫌だ。よくわかったもん……貴方以外の男の人なんて、可愛い女の子を見つけたら直ぐに手を出して、そして好き放題気の済むまで使ったら、古びた縫いぐるみの様に道端に放り捨てる……そんな存在なんだって」

 

 

 僕はこの状況になっている彩に、何も言う事が出来なかった……と言うのは、ウチの父親もその典型的な例に漏れなかったと言う心当たりがあったからである。

 

 

「だからね」

「な、何……彩」

「私の事、全部……貰ってください。私は、貴方の事が好きです。この地球上の誰よりも」

 

 

 そして彩は真っ直ぐとした瞳を向けて、僕にそう言って来た。僕自身もどうして良いか分からなかったのに、そこから告白なんてされるとは思ってもみなかった。

 

 

 しかし、弱ったなぁ……ここで何か彩の機嫌を損ねる事を言おう物なら、きっと今後の生活に大きな支障が出てくるかもしれない。逆に彼女の気持ちに応えたとして、その他の子の気持ちはどうする……下手な選択を取れば、ここから更に関係がギクシャクしかねない。

 

 うぅむ……こんな時には、どう言う風に答えたら良いんだろうか……自分で自分が情けなくなってしまう瞬間だ。

 

 

 さて、どうするか。

 

 

「彩、今ここでその決断を出す訳には行かない」

「……もう、何も聞きたくない。私、颯樹くんが何を言ったって、貴方を……千聖ちゃん達から、絶対に奪い去ってみせるから!」

 

 

 その言葉を最後に、僕は彩にキスをされた。今までに無い激しい力で……強く、刻みつける様な……そんな濃厚なキス。そしてこの行動の後、物陰から見ていたであろうちーちゃん達に彩はこっ酷く叱られる事となった。

 

 ちなみに、ここまでどうやって来たのかと麻弥に聞いてみたら、なんでも『千聖さんが妙な雰囲気を感じ取って、付いて来て欲しい』と言われたのが原因らしい。

 

 

 その後自宅に行って誕生日パーティーをしたのだが、彩が半ば自暴自棄になって、料理をバクバク食べ過ぎていた為……正月も三が日も過ぎた頃合いの体重測定で、彼女の悲鳴が事務所内に響き渡ってしまうのは、また別の話。




 今回はここまでです!如何でしたか?


 このお話をもちまして、2021年の投稿を一区切りとしたいと思っております。次回の投稿予定は現時点で未定ですので、更新できる頃合になりましたら、Twitterの方でお知らせしたいと思いますので、よろしくお願いしますm(_ _)m


 それでは皆さま、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パスパレのみんなでプール!?:①

 皆様、おはこんばんにちは。咲野 皐月でございます。


 今回は本編では無く……ちょこっと番外編をお届けしたいと思います。

 『え、なんで本編やらねぇんだよ作者』と思う方もいらっしゃると思うのですが……言い分は全くその通りです。ですが、ここ連日の暑さにビックリした僕はですね……この暑さを利用して、それに因んだ番外編をやろうと思い立った訳なのです。


 番外編の更新時期に関しましては、本編と同じく不定期になってしまうのがネックなのですが……なるべく作品のクオリティを落とさない様に書いて行きたいと思います。


 今回のお話の主題である『プール』は……全部で4回程やろうかと予定しています。まずはその導入から見て頂けたらと思っています。


 それではスタートです。


「来たよ〜、トコナッツパーク!」

「皆さんとお出かけするのは機会が少ないので、とても楽しみです!」

「そうだよねっ! イヴちゃん、行こっ♪」

「はい!」

 

 

 いつもの元気な調子で、夏の暑さ等も気にせず……彩とイヴは、今回訪れた水のテーマパークである《トコナッツパーク》へと駆け込んで行った。

 

 一応、二人には……『あまり僕たちの目の届かない所には行かない様に』と釘は刺しているのだが。

 

 

「しかし、よく当てたよね……日菜。ここは人気の観光施設だから、チケットだって取るのも難しくなかった?」

「んー、そうでも無かったかなー。単純にリサちーから譲って貰っただけだしー」

「今井さんには感謝しか無いですね……」

 

 

 僕からの問いかけにはいつもの調子で答え……僕の隣に居た麻弥からのボヤきにはと言うと、何でもないかの様にあしらっていた。そして少し背伸びをしたかと思えば、日菜は僕の右手をガッシリ握って、こちらへと眩しい位の良い笑顔を見せて来た。

 

 ……くっ、こんな時にめちゃくちゃ良い笑顔で見て来るなよ日菜! 二人きりだったら抱き締めたいけど、今この状況では危険すぎる!

 

 

「ダーリン、日菜ちゃん? アナタ達は一体私の目を盗んでナニをしているのかしらね?」

「ほらほら行くよ、さっくん! 時間は待っちゃくれないんだからねー!」

「ちょっ、日菜!? そんなに急かさなくても一緒に行くから待ってってぇ!?」

 

 

 眼のハイライトが消えていた、ちーちゃんからの威圧も気にせずに……日菜は僕を引っ張ってパーク内へと入って行った。彼女の手を引く力が異様に強いので、下手したら腕一本持って行かれそうな程だった。だが、そこまで感じない辺りは、さすが《天才》と言った所か。

 

 それを見た麻弥とちーちゃんは、少し溜め息を吐きながらも僕たちの後を追っていた。

 

 

 どうしてこんな事になったのかと言うのは……時間を数週間前まで遡って、一から話さなければならない。

 

────────────────────────

 

 日に日に暑さが少しずつ増し続けている、八月上旬のこの頃……僕たちパスパレは、事務所のレッスンスタジオを借りてバンド練習を行なっていた。

 

 

 普段はちーちゃんがドラマの撮影だったり、それに僕が付き添っていたり……何なら、バイトやらユニットとしてのお仕事などもこれまでに複数回あり、まともにバンド練習が出来た試しは無かった。

 

 だから、学校が夏季休暇期間中に入ったこのチャンスを利用し……朝から半日かけて行なっている、のだが……完全にバテた者が二人ほど出て来ていた。

 

 

「暑いよぉ〜」

「暑い……るんっ♪てしなぁーいー!」

「まだ朝の10時だぞ……と言うか、久々の全員で音合わせなんだから、怠けてる暇は無い」

 

 

 確かにココ最近は雨も降らず、清々しいほどの晴天が続いてはいるのだが……朝の早い時間から、かなりの暑さが襲いかかって来ていた。

 

 だから二人の言い分も、充分僕としてはわかっているつもりなのだが……普段があまり練習できない分、ここで遅れを取り返さないと行けないのもまた事実だった。

 

 

「そうよ? ダーリンはこんなに暑いにも関わらず、打ち合わせだったり、私たちのスケジュールを組んでいたり……猫の手も借りたい程に忙しいのよ? 現に、この後だって外さないといけないでしょ?」

「そうだね。11時から僕が仕事になってる。その前にプロデューサーさんと軽く打ち合わせをしてからお仕事だね。だから、ここに居られるのもあと数分くらいかな」

 

 

 僕の言葉を聞いた瞬間、ある一点から喚き声が聞こえて来た。その一点と言うのは……言わずもがな、アソコからである。

 

 

「えー!? なんでさっくんがお仕事に行かないといけないのー!? ヤダヤダヤダ〜! あたしはさっくんと一緒に練習したーいー!」

「我が儘を言わないの。私たちだけでも出来る事だってあるわよね?」

「……それはそうだけどー」

 

 

 ちーちゃんから発せられた一言で、日菜はその場に黙り込んでしまった。そして僕の所へと来て……て、えぇ!?

 

 

「さーっくぅーーーーん! 千聖ちゃんがあたしの事をイジメてくるよー、助けてぇぇぇ!!!!!!」

「そんなに泣きながら、しがみつく様に僕に抱き着くんじゃないよ……と言うか、ちーちゃんの言った事は本当でしょうが」

「やーだー!」

「日菜!」

「うああああああん! さっくんのケチー!!!!!!」

 

 

 そんな事を言いながら、日菜はボロボロと泣き崩れていた。それを遠目に聞いていた三人の表情が、さっきまでは『まぁお仕事なら仕方ないか』と思っていたのが……次第に怒られている日菜がなんだか気の毒に思えて来ていた。

 

 

「あれ? そう言えば日菜ちゃん、リサちゃんから何か貰ったんだ〜って言ってなかった?」

「そうなんですか?」

「うん。数日前かな……バイト先に来ていた日菜ちゃんが、るんるん気分で私に教えていたから、よく覚えてるよ」

 

 

 そして何かを思い出した様に、彩が何やら話をし始めた。それを聞いたイヴはと言うと、少しそれに興味関心があるのか……彼女の話を聞く態勢に入っていた。

 

 

 彩からの話を纏めると、要は『リサがバイト先の店長から、水のテーマパークとして有名な《トコナッツパーク》のチケットを6枚貰ったのだが、諸用で行けなくなり……その代わりとして貰った』と言う事らしい。

 

 もし本人がこの場に居たのであれば、確実に『せっかくだし……パスパレ全員で楽しんで来てよー、思い出話を楽しみにしてるからさ☆』なんて言って来そうな物である。

 

 

「ねーねー、一緒に行こーよー!」

「ひ、日菜さん……颯樹さん達は普段からお忙しいんですから、そんなに駄々を捏ねては『ヤダ! あたしはパスパレ全員で行きたいんだもん!』聞いちゃいないッスね」

「それに……良いの、麻弥ちゃん?」

「は、はい? 何が『良いの』なんですか?」

 

 

 僕の服の裾を掴んでジタバタとしている日菜を、見かねた麻弥が仲裁しに入ろうとしたのだが……更なる喚きを聞いてしまい、彼女は折れてしまった……が、日菜から何やら気になる事が聞こえた様で、その話を聞く事になった。

 

 

「ちょ〜っと、耳を貸して〜?」

「な、なんですか……日菜さん?」

 

 

 そうして麻弥は日菜の言う通りに、彼女へと少し耳を傾ける形になった。……そして、聞こえて来たのは。

 

 

「麻弥ちゃんの水着姿で……さっくんを悩殺しちゃおうよ☆ そうしたら……いつもよりもっともっと、さっくんに見て貰えちゃうかも♪」

「……!!!!!!」

 

 

 ……は? 何を言った、この天災は?

 

 

「したくないの?」

「何もジブンは、それを『したくない』と言う訳では無いッスよ? ですが……ジブン、水着なんてあまりにも恥ずかしくて、こう言う休日などでそれを着た試しが、一回も無いんです……」

「だったら、この機会を活かそうよ! せっかくのこのチャンスを活かさないなんて、女の名が廃るよ!」

「ジブン、あまり気は進まないんすけど……」

 

 

 ……何やら嫌な予感がするな。しかも話を遠巻きに聞いている限りだと、どうやらその目論見は、日菜が首謀者と言う認識で間違い無さそうだ。

 

 そんな感じで僕が自己完結をしていると……スタスタと麻弥が此方に歩いて来た。

 

 

「……ど、どうした……麻弥? うわぁっ!?!?!?」

「サツキさん!?!?!?!?!?」

「颯樹くん(ダーリン)!?!?!?!?」

 

 

 僕は歩み寄って来た麻弥に押し倒され、尻もちを着いてしまう羽目になった。他の4人が驚いているのを他所に、麻弥の顔は次第に紅くなっていた。

 

 

 ……いやいやいや、待て待て待て待てぇ!

 

 麻弥ってそんな事をする様なタイプでしたか……ってくらいにはビックリだよ!? 現にこの状況の判別が未だに着いてないし、頭の理解だって追いついていないし!

 

 

 どうすりゃ良いのさ……ねぇ! 今がこうやって押し倒されてるからこそ分かるんだけど……麻弥の人一倍大きいナニカが当たっちゃってるし!

 

 それを見た彩とちーちゃんなんて、今にも嫉妬オーラ全開で迫ってきそうな勢いだし(イヴにもこう言う事を、後々にやられるんだろうな……と言うのは心の片隅で思うだけにしておいた)!

 

 

「颯樹さんは……ジブンの水着姿、見たいですか?」

「見たいか見たくないかで言えば、見たいけどさ……」

「ジブンは、颯樹さんになら……良いですよ、水着姿を見せても……」

 

 

 麻弥が唐突にもそんな事を言うもんだから、今にも僕の後ろに居る二人が襲いかかって来そうだ。その証拠に……彩はうずうずさせてるし、ちーちゃんはコツコツと靴の片方でリズム良く床を叩き始めていた。

 

 

 どうしたもんかなぁ……これ。

 

 

「はぁ……わかったよ。時間があったらになるけど、プロデューサーや社長に掛け合って、全員一斉に休みを取れる日があるか聞いて来るよ」

「本当!?」

「仕方ないだろ……ここで僕が否を唱えでもしたら、確実に誰かさんが暴れるだろうし」

 

 

 その言葉を聞いた僕とちーちゃんを除く4人は、お互いに手を合わせてたり……飛び跳ねたりして喜びあっていた。余程行ける様になったのが嬉しいのか、見てるこっちまで伝わって来そうなくらいだ。

 

 ただし、その誰かさんはと言うと……さっきまで何処吹く風だったのだが。

 

 

「全くもう、ダーリンは甘いのよ……」

「それは自覚してる。まぁ、ちーちゃんはそれ以上に甘やかしてるけどね」

「……もぅ♪」

 

 

 未だにご機嫌ナナメなちーちゃんを宥める為、僕は彼女の頭を軽く撫でてあげた。そうしてあげると、ちーちゃんの機嫌は良くなったのだが……また他のメンバーが嫉妬すると言う形になってしまった(これを俗に言う《無限ループ》と言うのです)。

 

 その後は何とか練習も滞り無く進み、請け負っていた件も無事に承認を貰えたので……日菜の頼み通りに、三週間後の日曜日は晴れて全員オフと言う形になったのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回の話はこの続きから始まりますので……待て、しかして希望せよ。の精神でお待ち下さいませ(次はどっちをしようかと言うのは、未だに考え中ですすみません)。


 それではまた次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パスパレのみんなでプール!?:②

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は番外編(水着回)の二話目をお届けしたいと思います。本編の内容自体は考えてありますので……完成まで今暫くお待ちください。


 そして今回の後書きにはアンケートをご用意しておりますので……ぜひ最後まで見て頂けたら幸いです。

 それではスタートです。


 ……とまぁ、こんな感じで前回のお話の冒頭に至ると言う訳である。日菜なら何かやりかねないだろうな、とは薄々思っていたのだが……その切っ掛けがリサだった事に少し驚いていた。

 

 まあ、こんな事を人通りの多い入口前で考えていても仕方が無いので……僕たちは彩とイヴを追い掛けて、トコナッツパークの中へと入って行った。

 

 

「着いたー!」

「やっぱり暑い時期だから、それなりに人も居るな」

「彩ちゃん達は先に着替えているでしょうし、私たちも着替えてもう一度ここに集合しましょうか。準備をしっかり整えないと」

「そうですね。それじゃあ、颯樹さん。また後で」

 

 

 ちーちゃん達とそんな会話をして……僕たちは一先ず更衣を済ませる為に、その場から散開する事にした。一応、僕の着替えは服を全て脱いだ後に、海パンを履くだけなので、そこまで時間は要さなかった。

 

 

 ここの更衣室には、鍵穴タイプのロッカーがあったので、僕は大きな荷物などをその中に押し込み……直ぐに取りに来れる様に、小さなショルダーバッグ(財布などが入っている)等を手前に置き、薄手のカーディガンを羽織って外へと出た。

 

 そして、女子5人の着替えが終わるのを外で待っていたのだが……。

 

 

「ねえ、キミって今一人?」

「は、はいそうですけど……」

 

 

 そう言って近寄って来たのは、背丈がイヴと同じくらいの女性3人で……それぞれかなり性格などが異なっていた。一人だけ、髪色がかなり派手だと思ったのは、本人の名誉の為に言わないでおいた。

 

 

 先程声を掛けて来た人は、黒髪で清楚な印象を受ける人で……身長は160に届くくらいの高身長と、並外れたスタイルの良さが特徴だった。水着は黒のフリルがV字に着いた大人っぽい印象を持つ物で、ポニテ風に纏めた髪とよくベストマッチしていた。

 

 

「ふふっ、アナタにそんなに見つめられると……とても嬉しくなってくるわね?」

「そ、そりゃあ目も向きますよ……水着なんですから」

「こらこらー、初対面の人に色気を使うのは褒められた物ではありませんぞ優花ー」

「……誰だってそうよね、亜沙美。ビックリさせてごめんなさい。……けど、私のタイプの男の子って感じがして、ちょっとからかいたくなったの♪」

 

 

 少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、先程『優花』と呼ばれた女性は……『亜沙美』と呼ばれた女性の諌言を受け、僕に頭を下げて来た。

 

 ……まあ、びっくりしたのは事実だし、こうなるのが正解なのかな。

 

 

 亜沙美さんの水着はと言うと、サラシで巻く様な感じのビキニだった。これを見た時、僕の脳裏にこれをしそうな……自称《漆黒の大魔姫》様が浮かんでしまったのは、また別のお話というヤツだ。

 

 

「二人ともそんなに言い合いすんなってー。この子は今一人で暇してる、アタシらは遊び相手を探してる最中にこの子を見つけた……それでいーじゃん♪」

「でも、この子の待ち合わせの相手が来なかったらどうするのよ」

「その時はその時だーって。アタシら普通にシェアハウスしてる仲なんだし、そのままお持ち帰りして好きにシテしまったらイイじゃんか☆」

 

 

 ニカッと活発そうな笑みを浮かべたのは、先程まで様子を伺っていた金髪のギャルっぽい人だった。何処ぞのRoseliaの家庭的なベーシストよりもその気質が有る出で立ちで……ウェーブの掛かった金色の髪をセミロングにしていて、目元はパッチリと開いていた。

 

 その人の水着はと言うと、鮮やかな赤が全面に押し出された露出度高めの物で……ちょっとでも態勢を崩せば、見えていない所まで見えてしまいそうな物だった。

 

 

「そう言う訳にも行かないでしょう、梨華。シてしまうにもこの子の同意が無いと……ヤろうと思っても出来ないでしょ」

「アタシらナンパしてるじゃん。それでその反論はさすがに意味不でしょ」

「……」

「まー、そう言う訳だからさ。早速……ん?」

 

 

 そう言って『梨華』と呼ばれた女性が僕へと目を向けた時、突然ジロジロと顔やら何やらを見回して来た。……そして満足したのか、眺めたら直ぐに離れてくれた。

 

 

「どうしたのよ、梨華」

「梨華がナンパしてる子に飛びつかないなんて、あたしはビックリですなー。これは明日には豪雨でも『シメるよ亜沙美』ごめーん」

「全くもう……でも、なーんか何処かで見た事あるんだよねーこのイケメンくん」

 

 

 梨華さんの言葉を受けた二人は、揃って僕の顔や身体なんかをジロジロと見始めて来た。……誰でも良いから助けてくれよホント!

 

 そんな事を思っていると。

 

 

「うん、やっぱり間違い無いよ。アタシの予想通り」

「どう言う事?」

「優花は知らないかー。ま、優花ん家ってアイドルとかそう言うチャラチャラしたモンは軒並みダメだしなー」

「……悪かったわね。私の家は医者の家系で、見れるのはドラマとかその辺で……アイドルなんて父が快く思ってないのよ」

 

 

 二人の間でそんなやり取りがあった後、僕は梨華さんにもう一度目を見つめられて……そして、こう言われた。

 

 

「アンタってさ、もしかして……」

「……」

「Pastel*Palettesのマネ『Pastel*Palettesのマネージャーにして……私の可愛いダーリンをナンパしようなんて、一体何のつもりかしらね?』あ、そうそうマネージャー! パスパレのマネージャーでサポートメンバーだよ!」

 

 

 梨華さんから告げられた言葉に被さる様に、かなり怒気を孕んだ様な言葉が聞こえて来た。それを聞いた優花さんと亜沙美さんは背筋を震わせていて……梨華さんもタイミングが少し遅れて、自分のやらかした事に気付いた様だ。

 

 ……だって、その声をかけてきた人物と言うのは。

 

 

「し、し、し……」

「「「白鷺 千聖!?!?!?!?!?!?!?」」」

「うふふっ♪」

 

 

 ……今にも掴みかからんとしている、黒きオーラをこれでもかと纏う……僕の幼馴染だったんだから……。

 

────────────────────────

 

「さて、何か遺言があるなら聞いてあげるわよ?」

「え、ちょっ……なんで!? アタシらそんなに悪い事したっけ!?」

「あ、あの……な、なんで白鷺千聖さんがここに居るんですか……」

「説明が必要かしら?」

 

 

 ちーちゃんから放たれる黒いオーラに圧倒されたのか、先程まで僕をナンパしていた二人はと言うと……終始ガクガクと震え上がっていた。それもそのはずで、彼女の表情は笑ってこそ居るのだが……眼が笑っていなかった。

 

 だからかもしれないのだが……もう一人の亜沙美さんなんて、その場に立ち尽くしたまま真っ白になりかけていた。

 

 

「ダーリンをナンパするなんて、絶対に許さないわ……私の知り合いであればまだしも、見ず知らずのオンナが……しかも、そんな邪魔なモノを引っ提げて誘惑しようなんて……」

「ど、どうしよう……アタシたちの言葉、全然聞いてくんないよ!」

「お、おおお落ち着いて梨華……ここは何事も、冷静に対処して『何か、言ったカシラ?』もういやぁぁぁ!」

 

 

 彼女からの威圧が強すぎて、もう今にも泣き出しかねない状況になっていた。……止めるのは別に良いんだけど、その後の事を考えていたら、何も手が打てないんだよね残念な事に。

 

 とりあえず、黙ってても埒が明かないので……イチかバチかの賭けをしてみようかな。

 

 

「あ、あの……ちーちゃん?」

「何かしら、ダーリン♡」

「そ、その……さ、僕の事で色々怒ってくれるのは嬉しいんだけど、僕の目の前に居る三人……二人はちょっとの刺激があるだけでも泣き出しそうだし、もう一人は真っ白になりかけてるよ?」

 

 

 僕がちーちゃんにそう説明をすると、彼女は自分のやった事を理解したのか……直ぐ様謝っていた。優花さん達三人はなんとも無さそうな感じで振る舞っていはしたが、足が小刻みに震えてしまっていた。

 

 ……まあ、無理も無いね。ちーちゃんって昔っから怒らせると怖いから……。

 

 

「話しをまとめると、その人たちは三人でここへ遊びに来ていて……それで一人で私たちを待っているアナタを見かけ、お誘いをした訳ね」

「そういう事。まぁ、さっきのお説教でその思惑も無くなったみたいだけど」

「「本当に申し訳ありませんでした!」」

「さーせんしたー」

 

 

 一人だけ気の抜けた謝罪だったのが気になるが……知り合いに似た様な人が居るので、僕もちーちゃんもそこまで気にはせず、何とか和解をする事に成功した。

 

 

「おーい、颯樹く〜ん!」

「何かありましたか〜! 千聖さんが走って女子更衣室を出て行ったもので……大変な事があったのかと、うわぁ!?」

「その事なのだけど……この人たちが騒動の発端よ」

 

 

 その後訪れた彩たち4人には懇切丁寧に説明をし、話をあまり大きくしない様にと釘を刺しておく事にした。そしてその騒動が終わって少しした頃にはなるのだが……。

 

 

「あっちにウォータースライダーがあるよ!」

「良いわね。たまには絶叫系のアトラクションにも乗ってみたいわ」

「アヤさん、それは何人乗りなんですか?」

 

 

 イヴからの言葉を受けて、彩が立て札に書かれてある表示を読みに行った。

 

 

「えーっとね〜、このウォータースライダーで乗るボートは二人乗りだよ!」

「二人乗りですか……では、私はサツキさんと一緒に乗りたいです!」

「イヴちゃんばっかりずるーい! だったらあたしもさっくんと乗る〜!」

「私ももちろん立候補するわよ。ダーリンと一緒に乗れるなんてドキドキするもの♡」

 

 

 彩からの言葉にイヴが真っ先に立候補をし、それに続く様に日菜とちーちゃんが手を挙げた。麻弥は『誰とでも構わない』と言う事だったのだが、彩が先の三人に便乗したので、結局4人で争う事になった。

 

 

「「「「……!」」」」

「あ、あの……これ、大丈夫なんですかね……」

「僕たちはただ待とう。これ以上騒ぎを大きくしないためには、傍から温かく見守ることしかできないよ」

 

 

 争いの渦中から外れた僕と麻弥は、ただ事が過ぎるのを待っていた。……だが。

 

 

「麻弥ちゃんもやるよ!」

「い、いえ結構です! ジブンはここで見てま『麻弥ちゃんも来るの〜!』日菜さん引っ張らないで欲しいっす!」

 

 

 そんな叫びと共に麻弥が連れて行かれ……僕はただこの場で、五人の争いを眺める事になってしまった。

 

 

「それじゃあ……行くわよ。たとえどんな結果になったとしても、恨みっこ無しよ」

「う、うん!」

「頑張ります!」

「はーい!」

「な、なんでジブンがこんな目に……」

 

 

 そんな事が話された後、五人の間に言い様の無い緊張感が走った。……さて、結果はどうなる事やら。

 

 

「せーの!」

『最初はグー、ジャンケンポン!』




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回は本編を投稿するか……または番外編の続きを投稿しようか未定ですので、公開を楽しみにして頂けたらとても嬉しいです。

 今回のお話で出て来た三名のオリキャラですが、これは今回限りのスペシャルゲストです(もしかしたらまた何処かで出すかもしれませんのでお楽しみに)。


 それではまた次回。今回も感想を是非。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

パスパレのみんなでプール!?:③

 皆さまおはこんばんにちは、咲野 皐月です。


 今回は番外編のラスト……三話目をお届けしようと思います。最後に相応しい文字数と内容となってますので、ぜひぜひ楽しみにして頂けると嬉しいです。


 それでは本編スタートです。


「ず、随分高い所にありましたね……スタート地点」

「本当だよ。降りる時はしっかり掴まっててね」

「は、はいッス!」

 

 

 あの後幾多の回数にも渡るあいこが繰り返され……最終的に一人勝ちをした麻弥が、僕と一緒にウォータースライダーを滑る事になった。移動するまでの道すがらで聞いたのだが、彼女は相当な金槌であり……更に言えば、水着など随分と久しぶりだと言う事らしい。

 

 

「まあ、今はこの時を楽しもう。そうしたら今怖いと思ってる事も楽しくなってくるはずだよ?」

「そうッスね。ありがとうございます」

「……と、そろそろかな?」

 

 

 そんな雑談をしている間にも、並んでいる列が少しずつ前に進み……僕たちの順番が回って来た。係員さんからの説明を受けている間に見ていたのだが、大きさは詰めればギリギリで三人乗れる程で……サイドには落ちない様にする為の手摺が着いていた。

 

 そして、その先は真っ暗である事が分かり……これから一緒に滑る麻弥の心配をする事になってしまった。

 

 

「滑られている間は、お近くにある手摺をしっかり掴まれて下さい。そうしないと放り出されてしまいますので」

「わかりました。……麻弥、行くぞ」

「は、はい!」

 

 

 一通り聞き終えた僕たちは、目の前にある浮き輪へとゆっくり乗り込んだ。そして……僕は両サイドにある手摺を掴み、麻弥は僕の後ろから手を腰に回して抱き着く体制になった。

 

 

 ……て、ちょっと待て!?!?!?!?!? 

 

 放り出されない様に僕にしがみつくのは、まだ百歩譲ってわかる! それは大いにわかるんだけどさ……抱き着いているって事は、彼女のそれなりにあるモノが、僕の背中に当たってるって事ですよね!? 

 

 

「ちょ、ちょっと麻弥!? な、何してんの『い、言わないで下さいっす! ジブン、これでもものすごく勇気を出したんですよ!?』それは分かるんだけど、こんなのを他のメンバーに見られたら!」

「ねぇ……颯樹くん、麻弥ちゃん」

「あ、言わんこっちゃない」

 

 

 麻弥とそんな会話をしていると、後ろから何やらイヤーな感覚が。それを見た周りの人なんて……如何にも『我関せず』と言う様に逃げ出してたし、更に言うなら他の三人からも感じるし……大変だこりゃあ! 

 

 

「……よい、しょっと」

「ちょ、ちょっと……お、おお……お客様!? このアトラクションは二人乗りです! 三人まで乗られると色々と問題がありまして!」

 

 

 係員さんの制止も空しく、そのオーラを発して来た張本人はと言うと……するりと僕の右手を掴んで引っ張り上げ、そこから自分の水着の中へと入れ込んで来た(一応、手摺を掴まなければならないのは分かっている様で……それくらいの自由は考えてくれていたらしい)。

 

 

「さ・つ・き・くん♪ キミは一生……ず〜っと私だけのモノなんだから、麻弥ちゃんとイイコトをしようったって……そうは問屋が卸さないよ?」

「あ、彩!? 今のこの状況を見てそう思うか普通!?」

「私だって、颯樹くんと二人っきりで一緒に乗りたかったのに……麻弥ちゃんだけズルいよね。ジャンケンで一人勝ちするし、あまつさえ……颯樹くんを堕とそうとするなんてさ」

 

 

 僕の反論など右から左に抜けるかの様に、彩からの言葉責めを受けていた。早く滑ってしまわないと後ろもつっかえるだろうし……それでもこの状況をどうにかしないといけないと言うのが、また大変な話になって来ていた。

 

 

「ねぇ、颯樹くん。麻弥ちゃんの胸よりも、私の胸の方が気持ちイイよね? ただ大きいだけの胸よりも……感度が良くて触り心地の良い胸の方が好きだもんね?」

「彩、今ここでその発言はアウトだ! さっさと滑ってしまおう! そうじゃないと……後で何をされるかわかったもんじゃない!」

「私の質問に答えてよ……ねぇ、どうなの?」

「そろそろいい加減にしろ彩! その辺にしとかないと本当に怒るぞ!」

 

 

 僕が言っても何も聞かずに暴走し始めた彩。それを見た僕の我慢も……そろそろ頂点に達しそうになっていた。こうなれば多少手荒にはなるが、身体に刻み込ませる事も考えていた。

 

 ……だが、僕よりもこの緊迫した状況に、我慢の限界に来ている人がいた。

 

 

「お客様……」

「あ、はい」

「さっさと滑りやがって下さいませ、逝って来いやコラァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 

 係員さんからの嫉妬とも取れそうな言葉と共に、僕らの乗るボートが蹴り入れられた。

 

 最初から急カーブがあった事もあり、彩と麻弥は僕に確り掴まっていないと、思わず振り落とされそうなスピードでウォータースライダーは進んで行った。滑っている間に常々感じていた柔らかさにはこの際気を向けない事にして、僕はこの一瞬をやりきる事にした。

 

 

 そうして最後は、ボートから放り出される形で終わったのだが……彩からの猛アピールが激しかった為、その後を怒り心頭なちーちゃんにお任せする事で、僕はなんとか乗り切る事ができた。

 

────────────────────────

 

「……」

「彩さ〜ん、大丈夫っすか〜?」

「……ダメだ。彩ちゃんが気絶しちゃってるよ」

 

 

 暫くして昼食を取ろうと言う事になり、近くにあったフードコートへと訪れたのだが……僕の対面に座る彩が、未だに意識を取り戻していなかった。と言うのも、先程までちーちゃんからのキッツーいお説教を食らっていたので、何となくその状況がわかる僕だった。

 

 

「彩ちゃんの自業自得よ。私のダーリンに手を出した挙句に誘惑するだなんて、身の程を知れば良いのよ」

「『身の程』……って何ですか?」

「簡単に言えば『自分が何をしているのか』って事。まあ、ウォータースライダーを滑る前に1回警告はしたし、こうなったとしてもフォローは出来ないかな」

 

 

 僕とちーちゃんは当然の事だと言ってのけた。彩以外のみんなもこれに賛同したのか、何処か納得した様子だった。日菜は何か思い出したようで……不敵な笑みを浮かべて麻弥に近づいた。

 

 

「それで麻弥ちゃん?」

「は、ハイ! 何でしょう日菜さん……?」

「さっきの麻弥ちゃん、さっくんに思いっきり抱きつくなんて大胆だったねぇー?」

「えっ、あ、あぁ……」

 

 

 日菜が先程のウォータースライダーの一件での麻弥の行動を見て思ったのか、ニヤニヤしながら茶化してきた。当事者である麻弥も、それを聞いた時は自分が何をしたか我に返ったようで……顔を真っ赤に染めて両手で顔を隠した。僕も顔を赤くしながらみんなから視線を逸らしてしまった。

 

 

 それを聞いたイヴは、どこか尊敬の眼差しで麻弥の事を見てきたが……ちーちゃんはドス黒いオーラを浮かべて、麻弥に笑みを浮かべていた。

 

 

「麻弥ちゃん? その話……もっと詳しく聞かせてくれるかしらね?」

「ヒィィッ‼︎ち、千聖さん⁉︎じ、ジブンホントに金槌なので颯樹さんに思いっきり抱きついてしまって、その……‼︎」

 

 

 ちーちゃんからの圧が強かったのか、麻弥はしどろもどろになりながら弁明した。しかし彼女は納得していない様で、まだ黒い笑みを浮かべたまま麻弥に威圧を出していた。

 

 麻弥もその時のちーちゃんを見た時、涙目になってガタガタ震えていた。

 

 

「あーあー、あの千聖ちゃんは納得するまで治まらないからなぁ〜。二人の分までお昼買ってこよーよ〜」

「そうだね。あまり脂っこい物は食べるのを控えた方が『あたしポテト食べたーい!』言った傍からぁ!」

「私が買い物にお付き合いします!」

「みなさーん! ジブンを置いて見捨てないで下さーい‼︎」

 

 

 麻弥が僕達に助けを求めるがあの状態のちーちゃんを相手にしないといけないため、僕達は昼ごはんを買う口実でその場を離れた(相手にしたら後で僕がちーちゃん美味しく頂かれるから)。

 

 そしてその場を離れて数分後……戻ってきた僕達が目にしたのは、未だに気絶している彩と、彼女の隣で項垂れている麻弥の姿があった。

 

 

「お待たせ〜って、さっきよりも凄い沈んでるが……」

「「颯樹くぅん(さぁん)!」」

「え、ちょっ……何いきなり! お昼ご飯持ってるんだから、抱きつくのは止してよ」

「だって聞いてよ颯樹く〜ん! 千聖ちゃんったら酷いんだよ〜! あそこまで怒ることないのに〜‼︎」

「そうですよ颯樹さ〜ん、ジブンだけ置いて一人で逃げないで下さいよ〜‼︎」

 

 

 各々の思いを僕にぶつけながら二人は抱きついて来た。両手には昼ご飯を持っていて、僕はそれを危うく落としかけたのだが……何とか落とさずに持ち堪えた。そして抱きついてきた二人に注意をした。

 

 

「これに懲りたら私のダーリンに色仕掛けはしない事ね」

「「はい……」」

 

 

 ちーちゃんが何かを思ったのか、彩と麻弥に軽く釘を刺した。二人は先程彼女にこってり説教された影響からか……大人しく従った。

 

 

「そ、そんな事よりお昼ご飯にしよーよ!」

「ハイ、折角買ってきたんです‼︎早く食べないと冷めてしまいます!」

「それに食べた後も思いっきり遊ぶんだし早くしようよー!」

「ハイ‼︎『腹が減っては戦は出来ぬ』です!」

「イヴちゃん、それ使い方が若干違うよー」

 

 

 この空気をぶち壊そうとしているのか、しんみりとした状況を変えようとしたのかは定かでは無いのだが……日菜とイヴが昼食にしようと提案した。

 

 ……というかイヴ、分からないなら無理に使わなくていいからね。

 

 

 そしてお昼を食べ終えた後、僕らは日が暮れるまで遊ぶ事にした。さっきのウォータースライダーでは、また違った組み合わせで乗ったが。

 

 

「ふふっ、楽しいわねダーリン♪」

 

 

 ちーちゃんが僕に寄り添って、一緒にウォータースライダーに乗っていた。当の本人である彼女はと言うと、満面の笑みで更に僕に体を寄り添って抱きついてきた。

 

 

「ちーちゃん、近すぎだって……」

「あら、さっきは麻弥ちゃんに抱きつかれてたじゃない? 私がやらないのはおかしいでしょ? それに正妻として当然のことをしてるまでよ♪」

 

 

 当然のことと言ってのけたちーちゃんは僕の腕に抱きつきながら頬擦りをした。

 

 

「全く、調子良いんだから……」

「さ、滑りましょ♡」

 

 

 そう言って僕とちーちゃんはウォータースライダーを『今度は』係員の指示に従って滑ることとなった(奇しくもさっきと同じ係員で、先程と同じ事にならなかったのは良いんだけど……係員は『またか……』という視線で僕の方を見ていた)。

 

 

 コースは先程と同じで最初から急カーブだった。コースもある程度頭に入っていたが先程とは違い三人じゃなく二人なため、滑る速度が早く進んだ。

 

 そして最後にボートから放り出されることになるが、さっきより二人して思いっきり放り出された。

 

 

 しかし僕は後悔することになった。ウォータースライダーに集中してたためか、この後起こるハプニングに気づかずに……。

 

 

「ねーねー、千聖ちゃん。あたしたちを放っておいてさっくんを独り占めしようなんて……随分度胸あるよねー?」

 

 

 日菜がそんな事を言っているのを露知らず、その後みんなの元に一度戻ったが、何故かちーちゃん以外全員黒いオーラを漂わせながら……僕達の方を睨みつけるような感じで見ていた。

 

 

「ど、どうしたんだみんな⁉︎」

「あら、これは一体どんな歓迎かしらね?」

 

 

 僕は若干動揺しながら尋ねたが、ちーちゃんは何かを察したのか日菜達に負けないくらいの黒いオーラを漂わせながら尋ねた。

 

 

「決まってますよ……ジブン達にはあんな手厳しい事を言っておいて、千聖さんは自分だけ美味しい思いをしてたんですからね……」

「二回もお預けを食らったあたしとイヴちゃんからしてみれば、面白くない事に千聖ちゃんだったら気づくよねー」

「あら、正妻の私が美味しい思いをするのは当然の権利よ?それに麻弥ちゃん達は完全に自業自得じゃない?」

「ま、待てちーちゃん‼︎みんなも落ち着けって‼︎」

 

 

 ちーちゃんと日菜達が正に一触即発の状態になっており、周りからみたらタダならぬ雰囲気であることは火を見るより明らかである。

 

 他の客もこの状況に察してかすぐさま離れていってるのがわかる。

 

 

 このままでは埒が開かないと思った僕は……思い切って、日菜たちにある提案をした。

 

 

「分かった分かった!『みんなと一回ずつ二人きりで滑る』から!だから落ち着け‼︎」

「「「「「⁉︎」」」」」

 

 

 五人がその言葉を聞いた時、僕の口からそんな事を言われると思ってなかったのか……全員が驚愕した。特に『二人きり』という単語が出た時は……ちーちゃん以外のみんなはどこか嬉しそうな表情をしていた。

 

 

「今言ったその言葉に……嘘偽りはありませんよね、サツキさん?」

「さっくんなら嘘をつかないって、あたしはもう既に知ってるけど……念の為に〜、ネ☆」

「……あぁ本当だ。もうこの際だ、彩と麻弥に関してもさっきのはノーカン扱いにする。一人だけって約束だからね」

 

 

 しかもさっきの件があったので、麻弥達もノーカンとして扱うことを約束した。二人も僕とまた滑ることが出来るのか嬉しそうだった(特に彩)。

 

「やっ「ただし彩!」…な、何颯樹くん⁉︎」

「さっきと同じ事をしたら……次回のレッスンの時、彩だけ二倍にするから覚悟しててね」

「う!うぅ……。」

 

 

 さっきと同じ事をさせないためにも……『彩だけレッスン二倍』と、予め釘を刺しておいた。当の本人もそれに応えたのか表情を暗くさせた。

 

 その後は何事も無くゆっくりと楽しむ事が出来た。まあ、あそこまで釘を指したら大丈夫だったかな。

 

 

 そして翌日から行われたレッスンや、ロケやお仕事などでは……いつも以上のコンディションで臨む事が出来たのだった。




 今回はここまでです!如何でしたか?


 次回の投稿からは、本編へと戻っていきたいと思いますので……更新をお待ち下さい。一応内容自体は頭の中にありますので、あとはそれを書き記していくだけですので 


 それではまた……次なる更新にてお会いしましょう。

 今回も感想や評価など、お待ちしております(新規の読者様が増えてくれて、僕としては本当に嬉しいです!)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夏の恋に鮮やかな彩りを添えて:①

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 今年の彩の生誕祭記念回の執筆も終わってるので、後はパス病みを始めとした作品の投稿作業を少しずつ行なっていきたいと思います(恐らく、パス病みがここ暫くは多めに投稿されるかと思われる)。


 今回のお話は……気分転換にはなりますが、彩をメインとしたお話をお届けしようと思います!実はこれって、ある人が先日投稿されていた小説の影響を受けて書いたものなんですよね(だからと言って、湿っぽい話では無い)。


 それでは……本編をどうぞお楽しみ下さいませ。


「颯樹くんっ!」

「何、急に。宿題中だから話しかけないで貰える?」

「そんなに連れない事を言わないでよ〜」

 

 

 ジリジリと夏の太陽が地面を焼き、コンクリートはまるで鉄板の様な暑さをしていて、日に日に外に出ているのも億劫になる程の日が続くこの頃……僕は自宅の自室内で、唐突に呼び掛けられた声に反応する事になった。

 

 

 今現在は夏休みの課題をしている真っ最中なので、出来る事なら終わるまで待っていて欲しい所だったのだが……声を掛けて来た人物の性格を考えると、そうもいかないと判断したので応答している。

 

 こんな暑っつい日が続く中、何処にそんな元気があるんだろうか、と僕は心の中で毒を吐く事となってしまった。

 

 

「で? 僕に何の用なの、彩?」

 

 

 先程僕に声を掛けて来たのは……事務所発のアイドルバンド『Pastel*Palettes』のリーダー兼ボーカルを務めている、桃色の髪をセミロングにした女の子──丸山 彩である。服はパステルピンクと白を基調としたボーダーの入ったフリル付きのシャツと同じ色合いのスカートで、頭には白いカチューシャを身に付けていた。

 

 

 彼女は今の僕と対照的に元気満々な様子で、今にも何処かへ遊びに行きたい、とすらせがんで来そうな程だった。急なお仕事も無く、取り立てている用事も無い、たまにしか訪れない平和な休日……頼むから厄介事だけは勘弁して欲しいが。

 

 

「颯樹くん、今度の日曜日……私と二人っきりで海に行きませんかっ「却下」即決!?」

「予定では次のその日は、外す事の出来ないお仕事が入ってるんだよ。相手方に迷惑をかけたくないから今回はパス。誘うならどうぞ他を当たってくれ」

「えぇ〜!? せっかくこの時の為にと思って、可愛い水着を用意して、颯樹くんと一緒に遊びに行きたいな〜と思って誘ったのに……」

「ごめんね。でも、遊びよりもお仕事が優先。それは理解して欲しいかな」

 

 

 僕が彩に一言そう言うと、彼女は分かりやすい程に肩を落としてしまった。彩の気持ちはわからないでも無いが、仕事の場に私情は持ち込めない……ならば、ここは心を鬼にしてでもキッパリと断る必要性があったのだ。

 

 先程の答えで諦めてくれたかな、と思った僕は再び目の前の課題に取り組み始めた。

 

 

「……」

「ねぇ、颯樹くん?」

「……」

「ねぇってば〜」

 

 

 課題の邪魔にならない小さな声であるが、僕の肩を軽く叩いて彩が呼びかけて来た。別にここら辺で彼女との談笑をしても良いが、正直な話を言うと……夏休み明けに実力テストが控えているので、あまり構っていられないのが本音だ。

 

 彩の場合は油断しなければ赤点回避はできるので、そこまで口酸っぱく言う事はしていないが、課題の取り組みの遅さについては少し頭を悩ませている所だ。

 

 

 学生の本分は勉強である以上、確り課題に向き合って欲しいのだが、彩の言う事も多少なりとも理解出来てしまうのが難しい所ではあるが。そりゃあ適度に息抜きをしないと疲れてしまうのは至極当然だが、それで本分が疎かになってしまっては元も子も無いと思っている。

 

 だからこそ、僕の事は構わずに友達と遊びに行くなりして欲しい……と思っているのが本音だ。

 

 

「こうなったら……」

 

 

 と、思った矢先、何やらイヤーな予感が僕の背後から伝わって来た。今は勉強をしている途中なので、応答したくても思う様に返せなかったりする。……そう考えていると、その一言の後に何かが擦れる音が聞こえ始めた。

 

 そして全て脱ぎ終わったであろう彩は、自らの鞄の中を手探りで探し始めた。そうしていると。

 

 

「あ、あった♡」

 

 

 ……んん? こんな真昼間から彩は一体何をやってるのかな? ちょっと待って? こんな所で何してるんですかね? 近くに男が居るって事、まさかまさかの気づいてないパターン?

 

 いやいや、さっきはキチンと彩と会話をしてたし、僕が男だってのは今まで関わって来たのならば、絶対にわかっているはずだ。だとしたら、一体何の理由があってここで服を脱いでいる……? 唐突にスキンシップに走る日菜やイヴじゃあるまいし、彩はそこら辺をキチンと理解してるはずだと思ってるが……?

 

 

 そこまで考えている間に、背後に居るであろう彼女からもう一度声を掛けられた。ただし、その際に取った行動は予想の斜め上を行く物で。

 

 

「颯樹くん。私の新しい水着……颯樹くんに見て貰いたいんだけど、良い? もちろん、私の事をいーっぱい愛してくれるなら、別に無理にとは言わないよ。でも〜」

「〜〜〜〜〜ッッッッ!!!」

「賢い颯樹くんなら、この後どうすれば良いのか……わかってるよね? ねっ、私の大好きで大切な王子様♡」

 

 

 ……ここまで言われたのなら、もうやむ無しだ。

 

 

「いい加減にしろ彩、僕は今課題中だ……って……」

 

 

 今まで彩が聞いた事が無いであろう迫力で後ろを振り返ったのだが、そこに飛び込んできたのは、過去に経験した物とは明らかに別の衝撃だった。

 

 

「ふふっ、どうかな♪ 颯樹くんと二人っきりで海に行く為に、昨年からずーっと目を付けてたんだ〜♡」

 

 

 僕が振り返ったのを見た彩は、その場で軽くくるっと回ってポーズを取って見せた。

 

 彼女がターンをしてる最中に見えたヒラヒラと舞うスカートのフリル……そして、可愛くポーズを決めた時に目に入った、女の子特有の二つの大きな揺れ。その後に見せた、見た者全てを一瞬で魅了する様なその笑顔。

 

 

 ……してやられた。彼女は最初からそのつもりだったのだ。

 

 

「あ、彩……おま……」

「ふふっ♪ 千聖ちゃんが言ってた通り、颯樹くんの驚く顔ってすごく可愛い〜♡ かく言う見せてる私自身もちょっと恥ずかしいけど……でも、キミの為ならこれくらい何て事無いよ♪」

 

 

 僕は驚きのあまり、言葉を続けられなかった。彼女の水着は昨年もこの時期に見てはいたのだが、今年はかなり攻めたもんだと心の中で思う事になった。

 

 

 全体的に可愛さが強めなそのビキニは、白を基調としたピンクのフリルが着いた物であり、腰に巻かれているリボンもフリルと同じ色で、着用者である彩の魅力をこれでもかと余す事無く引き出していた。

 

 更にはフリルの着いたバングルらしき物を両腕に付けていて、少しのアクセントとして申し分無い存在感を出していた。

 

 

「どう? 可愛い? 似合ってるかなぁ」

「え、えっと……待て、彩。いきなり見せられて感想をと言われても……」

「ん〜?」

 

 

 僕に感想を求める彩の目のハイライトが、次第に光を映さなくなって来ていた。彼女は去年のこの時期も似た様な事があり、その時の対処法はと言うと……海の家での昼食を奢る事で許して貰った経験がある。

 

 

 だが、今回の場合は話が別だ。

 

 今にも僕の事を存在ごと呑み込んでしまいそうなその暗い眼は、多少の事では揺るがないと言う意思の表れと、余計な行動を取ればさらに事態が悪化する事を予感させていた。

 

 だからかは分からないが、彩の質問に対してどう返せば良いか分からなくなって来ていたのだ。

 

 

「あれれ? 颯樹くん、急に黙っちゃったけど、一体どうしたの〜? お~い」

 

 

 そんな事を考えてる間に、彩は此方に対して目の前で手を翳して左右に振るなどのアプローチをして来た。彼女との距離は次第に少しずつ縮まって来ていて、下手をすれば直接口の触れるキスやら、耳から甘い声で囁かれる精神攻撃まで受けてしまいそうな程だった。

 

 

「さーつーきーくーん♡」

「あ、彩……何をする気だ……!」

「何って……はむっ♡」

 

 

 僕のささやかな反抗には目もくれず、彩は僕の耳朶を軽く噛んで来た。こう言うのは今まで感じた事が無く、何をするんだと言う前に、抗う事の難しい快楽が全身に伝わって行った。その感覚は下手をすれば理性さえも溶けてしまいかねない物で、何かの拍子に声が出てもおかしくない程だった。

 

 

 今の僕は彩にされるがままなので、表情などを窺うのが難しかったりするのだが、やってる張本人としては、さぞ恍惚な笑みを浮かべながら弄んでいる事だろう。

 

 耳朶を甘く噛んだり舌で舐めたり……たまに息を吹きかけながら、僕の理性を着実に壊し続けていた。

 

 

「あぁ……颯樹くん……。好き……大好き……♡」

「な、何をするんだ彩……こ、これは一体何のつも「ちゅっ♡」んんっ!?!?!?!?」

 

 

 彩の零した良からぬ一言に反論した僕は、間髪入れずに攻撃を受けてしまった。先程耳朶を軽く噛まれているので、無理矢理引き剥がしたくても思う様に力が入らないのだ。だからかもしれないが、彩が満足するまで受け続ける羽目になった。

 

 

「ちゅっ……はぁ……んっ♡くちゅ……じゅるっ♡」

 

 

 ……ここまでやられっぱなしなのは、男としては凄く情けないし、これ以上好き勝手にさせてたまるか……!

 

 

「んはっ、ダメだよ? 颯樹くんはここからどう頑張ったとしても、私からは絶対に逃げられないんだから……んんっ♡」

 

 

 未だにキスをし続ける彩を引き離そうと、僕は自らの両手を使って押そうと思っていたのだが……それは彼女が首の後ろまで手を回してきた事で不発に終わり、更なるディープキス攻撃を受けてしまった。

 

 その様子はまさに精魂を全て奪おうと目論むサキュバスそのものであり、僕の後頭部にまで手を伸ばして来た所を察するに、もはやどの方法を用いても脱出が出来なくなった。

 

 

「好き……大好き……♡はぁ……颯樹くん……♡」

(た、頼む……誰か、気付いてくれ……!)

 

 

 彩が色気のある表情で迫って来ていて……僕が心の中で助けを求めた、その時だった。

 

 

「私の愛おしくて大切なダーリンに……何をしているのかしら、彩ちゃん?」

 

 

 そこまで声が聞こえた時、キスをしようとしている彩の動きが止まり、行為の激化を防ぐ事が出来た。そして彩が後ろを壊れたロボットの様に首を回しながら見ると、そこには黒い笑顔を浮かべた……ちーちゃんがそこに居た。

 

 

「ち、ちちち……千聖ちゃん!?!?!?!?!?!?!?」

「ふふっ、こんにちは♪ さて、これは一体全体どう言う事なのかしら」

「え、ええ、えっと……そ、それは……」

 

 

 何か必死に言い訳をしたいらしいが、ちーちゃんが満面のすっごく良い笑顔で見ている手前、下手な事を言えば余計に悪化しかねないのだ。

 

 

「彩ちゃん、貴女には少し厳しめに……」

「あ、あぁ……あああああああああ……!」

 

「お説教が必要かしら?」

 

「ご、ご、ごめんなさーーーーーーい!」

 

 

 太陽も真南に昇った夏の暑いこの日に、一人の少女の大絶叫が響き渡った。そしてそれは後に、ちーちゃんも含めた三人で海に行く事で何とか話が纏まる事となった。

 

 

 ちなみに日程の方なのだが、彩が指定した日の二週間後が三人ともお仕事も無いオフの日だったので、その時に実施しようと言う事で何とか話が纏まった。

 

 そして彩も自宅に帰宅したその後、ちーちゃんにどうやってこの状況を把握出来ていたのか、少し理由を聞いてみる事にした。

 

 

「ちーちゃん」

「なにかしら?」

「どうして僕が、彩に何かされてるってわかった?」

「全て窓から見ていたのよ♪」

 

 

 ……この幼馴染、色んな意味で怖すぎるんだが。

 

 そんな事を思いながらも、僕は夏休みの課題に再び取り組み始めた。途中でちーちゃんから素麺の差し入れを貰い、それを食べてひんやり涼みながら課題を終わらせる事となったのだった。




 今回はここまでです! 如何でしたか?

 今年中にもう一話書こうか……と思いますが、それが本編になるかこの続きになるかはまだ未定なので、更新まで気長にお待ち頂けますと幸いです。


 それではまた次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夏の恋に鮮やかな彩りを添えて:②

 皆さま、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。

 今回は昨年12月に投稿しておりました、彩がメインとなる水着回の2話目をお届けしようと思います。


 それでは、前置きが短いですが……本編スタートです。


「ん〜っと、颯樹の家は何処だったかな〜」

 

 

 汗も止まらなくなるほどの陽射しが降り注ぐ夏のこの頃、そう呟きながらアタシは、花咲川学園に程近い住宅街を歩いていた。その周囲を見渡してみると、涼やかな風鈴の音が風に乗せて聞こえたり、家の中から賑やかな声が聞こえて来た。

 

 

「何処も彼処も風流だね〜。さて、アタシも本題に取り掛からなきゃ☆」

 

 

 そうして暫く歩いた先で着いたのは、先程見かけた一軒家と何も変わらない住宅だった。だが、アタシにとって重要なのはそこではない。問題なのは『ここに誰が住んでいるのか』と言う事。

 

 ……そう、今回アタシが訪れた場所と言うのは。

 

 

「おっ、住所の通りなら……颯樹の家はここか☆」

 

 

 颯樹──盛谷 颯樹の自宅である。

 

 本当は友希那とあこの勉強を見なくてはならず、その関連で無理を言ってバイトをお休みさせて貰ったのだが……翌日の朝になり、開口一番に紗夜から告げられた一言でアタシの予定が完璧に潰れてしまった。

 

 

 その言葉と言うのが……。

 

 

『湊さんと宇田川さんは、今井さんが居ると極端にダラケてしまいます。ですので、今日は私たちの事はどうぞお気になさらず。久々のお休みですので、存分に羽根を伸ばして来て下さい』

 

 

 ……と言う事である。友希那は確かにちょっとサボり癖が強いし、あこも勉強に関しては大が着くほどの苦手だ。それ故に課題も溜まりやすいので、アタシも手伝える範囲での協力を今までやって来た。

 

 何だったら……今年も要請されるんじゃないか、と身構えてすら居た現状だ。

 

 

「けど、紗夜に一日任せて大丈夫かな……そのうえ、頼みの綱の燐子ですら、今日は生徒会の仕事があると言って居ないし……あの二人の根を上げる顔が想像できるなぁ〜」

 

 

 まあ、その二人には日頃溜まっていたツケを精算する良い機会だとも思うので、キッチリ紗夜に絞られて来て欲しいとは思うのだが。弱音を吐いて逃げ出すのは、頂点を目指すバンドのリーダーや、それを支えるメンバーがして良い所業で無いのは確かだ。

 

 

「ま、皆にはちょっと悪いけど……今日は思いっきり休暇を楽しんで来て、お土産にその日の話でもしてあげますか☆」

 

 

 あの二人の事をそう割り切ったアタシは、肩に提げたショルダーバッグの中から鍵を取り出し、彼の家の鍵穴に差し込んだ。

 

 

 ちなみに今使っている鍵は、こころに頼み込んで用意して貰った颯樹の家の合鍵で、それが見つかった当時はと言うと、本人を欺くのに凄く手間がかかったんだよね……。颯樹ったら一挙一動全部見逃さ無いし、挙句の果てには行動まで先読みされた上で対策を打たれるもんだから、本っ当に自分のペースに持って行くのがこれまた大変。

 

 同じバンドに所属してる日菜ですらも、颯樹の眼からは逃げられないらしく、面白くないを通り越して少々イライラも溜まっていたりする。

 

 

「……おっ、思った通り鍵穴ピッタリ♪ それじゃ、失礼して……颯樹〜、居る〜?」

 

 

 そう一言入れたアタシは、解錠を済ませたドアをゆっくりと手前に引いて家の中へと入った。一応家主に用事があるから来たので、確認を取る事も忘れなかった(鍵を開けた後にするのはなんか変だけど)。

 

 

 そんなアタシの眼前に飛び込んで来た光景は……。

 

 

「えっ、リ、リ……リサちゃんっ!? どうして颯樹くんの家に……ひゃあっ!」

「あ、彩!? ちょっと、大丈夫!?」

 

 

 アタシが見た光景はと言うと、リビングに面しているキッチンで料理をしている彩の姿だった。その彩はと言うと、アタシが入って来た事が完全に予想外らしく、料理をしている手を少し滑らせてしまって転倒してしまった。

 

 

 ……はぁ……しょうがない、ここはお姉さんがバッチリ助けてあげますかっ☆ そう思ったアタシは彩の所に向かい、彼女の手を取って助けた後、料理の手伝いをする事にした。

 

 彩が作ろうとしていた物がそこまで難しい物では無かったので、アタシは彩に少しずつ教えながら作って行った。

 

 

 そしてその後、大きな物音に気づいたであろう颯樹が降りて来たので、アタシは彩と一緒に洗いざらい説明をする羽目になったのだった。まあ、あの大きな音は寝ている人にも充分聞こえる音だったし、耳が良い颯樹なら一発で起きて来るよね……うん、それに関しては彩にキッチリ言っとかないと。

 


 

「なぁるほどねぇ……。元々は千聖もこのお出かけに来るはずだったんだ」

 

 

 そして朝ご飯や準備を終えたアタシたちは、目的地に向かう為の電車へと乗っていた。途中の道すがらで聞いたのだが、元々は千聖も加えた三人でお出かけしようと計画していた様で。けど、その千聖は前日の夜になって、急遽お仕事に呼ばれてしまい……参加を見送ってしまったのだとか。

 

 

 千聖の意気消沈っぷりが想像できるなぁ……。颯樹とのお出かけで一番舞い上がってたの、多分だけど彩以上に千聖がそうだったはずだもん。

 

 アタシが千聖の立場だったら、絶対立ち直れなかったな……自信持って言う事では無いんだけど。

 

 

「まあ、ちーちゃんには後で埋め合わせをする。その要求にさえ、僕が気をつけてたら良いんだから」

「うわっ、颯樹って結構バッサリ〜。これじゃあ千聖や彩だけじゃなくて……同じバンドメンバーのヒナや麻弥とかの苦労も想像できるなぁ〜」

「うん……でも、颯樹くんは優しいから、いつも助けられてばっかりだよ♪ それに……すっごく可愛い所もあるし♡」

 

 

 ……おおっ? 何だかそう言われると、アタシすごく気になっちゃうな〜☆ 颯樹の可愛い所はどんなだろ……やっぱり可愛い女の子が近くに居るんだから、慌てて顔を真っ赤に……あ、ヤバッ。

 

 

「いだっ!」

「リサ、何考えてんの」

「もう……いきなり女子高生の頭に手刀落とすとかナシでしょ〜。しかも相っ変わらずの加減知らず。傷痕になったらどうするの……」

「反省して」

「はーい、わかりましたよーだ」

 

 

 アタシは颯樹から降ろされた所を抑えながら、その場凌ぎの空返事で何とかやり過ごす事にした。そして彼の横に居る彩はと言うと、非常に居た堪れなさそうな顔をしながら、アタシに向かってぺこりと申し訳無い旨を無言で伝えていた。

 

 ……なぁるほど。これは目的地に着いた後、それとなく彩にこっそり聞いてみようかな……? もしかしたら、颯樹の意外な一面が見れるかも、なんてね☆

 

 

 ……あ、ヤバッ。

 

 

「何考えてんの」

「いだっ!!!!!」

 

 

 ……颯樹、海に行ったら覚悟してなよ?

 

 アタシを本気にさせた事、悔やんでも悔やみきれない程後悔させてあげるんだから。

 

 

 そんな事を思いながらも電車は流れる様に進み、今回のアタシたちが向かう目的地である『久里浜海浜公園駅』へと到着した。海浜公園と名前にある通り、近くには遊具などもある公園も併設されているのだが、その奥に行くと一面真っ青な海が広がっている。

 

 夏場は家族連れやカップルなど……多くの人で賑わう観光地となってるらしく、都心部から離れてこそ居るが、ここで夏のひと時を過ごす人が多いのだとか。

 

 

 今回彩が訪れようと思ったきっかけは、どうやら高校生活も残り少なくなって来た夏の終わり……そこで思いっきり羽根を伸ばして遊ぶ事で、高校生最後の夏を満喫したかったみたいで。

 

 そして駅に辿り着き、改札を抜けて広がっていたのは。

 

 

「うわぁ〜、キレイだね〜」

「ホントだね〜。アタシ、もしかしたらすっごく良い所に居合わせたかもしれないっ☆」

「あはは……僕としては巻き添え食った様な感覚だけど」

 

 

 目の前に広がるキレイな海を見ても、颯樹の声色は何処か怖いまま。アタシとしてはすっごく楽しみなんだけどな〜? こう言う時くらいピリピリするのはナシにして、たくさん遊べば良いのに……やっぱり、颯樹の立場からしてみると、今回は少し気が向かなかったのかな。

 

 

「……よし。颯樹くんっ!」

「な、何……彩……? え? しかもなんで僕の両手を包む様に握ってんの?」

 

 

 アタシがそんな事を考えている最中に、彩は颯樹の手を握って何かを訴えかけようとしていた。その様子に颯樹は少し驚いていて、この行動の意味を問おうとしている……って事は、もしかして隙あり?

 

 

「今日一日まるまる使って……私は、颯樹くんの彼女になりますっ! だから、私と一緒に夏のひと時を楽しもうよ♡大丈夫、私と一緒に居るこの時間は、絶対に後悔なんてさせないから♪」

「お、おぉ……」

 

 

 あー、彩ってば大胆だねー☆

 

 周りに人が居るにも関わらず、この好きな人に向かって一直線な所……さすが彩って感じ♪ じゃあ、アタシもやってみようかな?

 

 

「颯樹〜、アタシも『リサちゃんはダメだよ?』えー? 別に良いじゃん彩〜。颯樹の独り占めは良くないぞー?」

「リサちゃんはダメだよ? わかった……?」

 

 

 ……怖っ! なんかアタシの知ってる彩じゃないっ!

 

 アタシが颯樹の所に擦り寄った瞬間、確実に彩の目の色が変わった! ハイライトが消えてないのは唯一の救いだけれど、それを差し引いても恐ろしさを感じるよ!

 

 

 例えるならなんだろう……そう、紗夜だ! 友希那やあこが何かやらかした時に二人へ雷落とす時の紗夜だよ! あの彩が紗夜と同じ殺気を出すなんて……アタシは諸々完璧に予想外なんだけどっ!?

 

 

「ん? お返事は?」

「ハイ、ワカリマシタ……」

 

 

 ……恋する乙女は、怒らせると怖いね〜。あはは……。

 

 そんな事を頭の片隅に置きつつ、アタシたちは揃って海岸へと足を運ぶ事にしました。……うん、彩は今後金輪際怒らせちゃいけない……絶対に怒らせたら大変な事になるっ!




 今回はここまでです。如何でしたか?


 この更新を機に筆が載りましたら、今回の続き……若しくはきずかなさんとのコラボPartか、本編の続きを投稿しようと思います。怪異症候群Partはその合間を縫ってぼちぼち書いていきますので、更新までお待ち頂けますと幸いです。


 それではまた次回の更新にてお会いしましょう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢を彩る者たちの小休止【①】

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。


 今回は本編……では無くて、随分とお久しぶりのコラボ回をお届けしようと思います。そのお相手となる方とは、時間を見つけては直々お話していた方でして、この度本格的にコラボをする形になりました!

 本当にありがとうございます!

 コラボPartの作成や投稿の際……お互いに苦労すると思いますが、共に頑張って行きましょう!よろしくお願いします!


 それでは……記念すべきコラボ回の初回、どうぞお楽し下さい!最後に、コラボ相手の方の作品とオリキャラプロフィールをご紹介しますので、其方も併せてご覧下さい。

(※コラボPartのお話では、今までに投稿している内容とは全く別の、俗に言う「パラレルワールド」と言う設定の元に作成しております。閲覧される際はその点にお気をつけ下さいませ※)


「はい、今日はここまで!お疲れ様〜」

『お疲れ様でした!』

 

 

 そんな監督さんの景気の良い一言で、今日のお仕事が終わりを告げた。この言葉は、終始作品制作の舵取りをしていた監督を始め、一日中忙しなく動いていた僕たち撮影スタッフやマネージャー達、そして与えられた役を表現する演者たちに対して、労いの意味も含まれている。

 

 

 そんな言葉が掛けられた後、僕の元へコツコツと靴の音を鳴らしながら歩いて来る人物が居た。……全く、こう言う時はちゃんと弁えられてるんだけどな……。

 

 

「ダーリン、お疲れ様♪」

「ありがとう、ちーちゃん。だけどさ、前にも言ったはずだよね? 外とプライベートでは使い分けてって」

「私と貴方の仲でしょう? 今更隠したってもう手遅れじゃないかしら。それに」

 

 

 僕の元へと歩いて来たのはちーちゃん……白鷺 千聖、その人だった。彼女が今身に纏っているのは、演じている役柄に合わせた服装で、胸元にリボンの着いた女子用のブレザーである。一方で僕はと言うと、カジュアルな服装でその首元から関係者PASSを提げていた。

 

 服装などを見ただけでは、ただの女優とマネージャーとしか思われないのだが……先程のやり取りが示す通り、これはそんな言葉一つでは片付けられない有様だ。

 

 

 そしてそれを体現するかの様に、ちーちゃんは言葉を途中で切った後、僕の方にするりと抱き寄って来た。これがいつもの事となってしまったので、何となく心の中で諦めも着いたのだが、やられた当初は精神がゴリゴリ削れていたのをよく覚えている。

 

 

 ……全くもう。抱きついて来るやら何やらについては言及しないけど、少しは時と場合を考えて欲しいな。

 

 

「いやー、随分と見せつけてくれるね〜」

「「!?!?」」

 

 

 そんなやり取りをしていた僕たちに声をかけて来たのは、先程まで撮影の指揮を執っていた監督さんだった。直ぐにその体勢から離れてキチッと姿勢を正したが、表情がかなりニヤついていて嫌な予感がするのだ。

 

 

 ……ホント、これでお説教食らったら恨むよ?

 

 そんな思いを抱く僕を他所に、その監督さんから話がかかった。

 

 

「仲がよろしいのは実に結構。それに……アイドルとマネージャーの禁断の恋ってのも、なかなかインパクトがあって面白いんじゃないかな〜?」

「は、はぁ……」

 

 

 ……多分、次にかかるのはお説教だな。

 

 そう思った次の瞬間、監督からこんな事を言われる事になったのだ。

 

 

「……決めた。明日と明後日は一日撮影の予定を入れていない……その期間を使い、充分に羽根を伸ばして来たまえ」

「「えっ!?!?」」

「い、良いんですか監督……そんな簡単にポンとお休みを貰ってしまって……」

「構わないよ。それに、キミたちの事務所に居る社長とは中学時代からの腐れ縁でね。僕が上手い事話を通しておくよ」

 

 

 なんと、僕たちに告げられた言葉は……二日間の休暇だった。どう言う風の吹き回しなのかと疑いたくなったのだが、後々に話を聞いてみると、ここ連日の僕と彼女の働き様を見ていて、事務所側がそうする様に手回しをしていた様で。

 

 

 ……まあ、暫くお仕事やらバンド練習とかで、そう言うのはかなり少なかったので、それを考えたら妥当なのかな……と思う事が出来た。

 

 

「それに……休暇先に一つ、僕から心当たりがある」

「?」

「実はだね、ここから2時間ほど交通機関を使って南西方面に行くと、神奈川県の箱根と言う所に着く。そこはガイドマップに掲載される程の人気観光地なのは知っていると思うが、僕の親戚がそこの一角で旅館を経営しているんだ」

 

 

 ……詰まる所、話を纏めるとこうである。

 

 明日明後日の休暇を使い、そこの旅館を訪れて欲しいとの事らしい。宿泊をするならうってつけの場所なのは勿論、その地域一帯が人も賑わう観光地である事も理由の一つみたいで。

 

 

「……千聖、どうする?」

「私は大丈夫よ。貴方の返答次第にはなるけれど」

「そっか。千聖が良いって言うなら」

「決まったかい?」

「はい。そのお話、有難くお受け致します」

 

 

 僕の返答に満足したのか二度頷いた後……僕は監督さんから、黒のゼムクリップで留られたチケットの束を渡された。そのチケットは宿泊する予定の旅館の名前が書いてあり、更には場所もわかる様に地図まで記されていた。

 

 そのチケットを受け取って、捲りながら枚数を確認してみると、予定の枚数よりも少し多い様な印象を受けてしまった。

 

 

「え、ええっと……これ、三枚ほど多いのですが」

「ん、ああそれは友達の分も一緒に、と思ってだよ。キミたちはまだ学生の身……であれば、友達と一緒に行きたいと思うだろう? 親戚からチケットを余分に貰ってたんで、迷惑じゃなければ使ってくれ」

「良いんですか?」

「構わんさ。僕が持ってても無駄になるだけだから」

 

 

 そう言った監督さんのご厚意に甘える事にし、僕とちーちゃんは撮影の為に訪れたスタジオを、更衣と事務所に戻る準備をした後に出発した。

 

 

 ……そして、そこから数十分後。

 

 所が変わって、現在羽沢珈琲店にて。

 

 

「……で、俺たちに白羽の矢が立った訳か」

「その通りよ。私と颯樹だけで箱根に行っても良いのだけれど、折角5枚のチケットがあって、友達も誘って良いと言われている……なら、これ以上無い良い話だと思うの。イサムくんや花音はどうかしら?」

 

 

 お互い注文した紅茶やコーヒーを傍に置きながら、事の経緯から話の本題に至るまでを詳しく説明していた。ちーちゃんの目の前に座っている花音は、スケジュール帳を見ながら確認をしていたのだが、もう一方の少年───僕の向かい側に座る、佐倉 イサムは少しこちらを疑う様な目線で見て来ていた。

 

 

 彼とは今日この場で初めましてなのだが、ちーちゃんの姿を見た途端に怪訝そうな顔をされた事は、未だに記憶に新しい所だ。イサム曰く、彩に関しての事で色々暴走しかねない保護者感覚……と、言う事らしい。

 

 現に僕が向かい側に座ってこそ居るが、その厳しい眼が解かれていない辺り、お互い苦労するな……と思えてしまった。

 

 

「その日は一日バイトも入れてないし、私は……颯樹くんや千聖ちゃん達と一緒に行けるよ♪」

「ありがとう、花音♪ やっぱり、持つべきものは信頼出来る友達ね♪ ……で、イサムくんの方はどうなのかしら?」

「ほんとに良いの? 彩は兎も角……ほら、麻弥さんとか日菜とかイヴちゃんとか……他に人は居るけど、ホントに俺で良いの?」

 

 

 ちーちゃんからの問い掛けに、イサムは少し戸惑いながらもそう聞いて来た。確かに彼の言う通り、誘おうと思えば同じバンドメンバーも候補に挙がる。けど、その日の予定を見てみると、揃いも揃って三人とも外せない仕事が入っている。

 

 

 麻弥とイヴは特に心配して居ないが、日菜が一番の心配要素だ。彼女の場合だと、仕事をサボってでも此方に合流しようと計画して居そうで怖いまである。

 

 なので、彼女には成る可く勘づかれない様に、僕もちーちゃんも動かなければならなかったりするのだ。

 

 

「ええ。この一件は、他の誰でも無い、貴方にお願いしているんですもの……断る理由なんて始めから無いわ」

「じゃあちょっと予定確認してみるよ。それと、彩にも話通さなきゃ……。ちょっと席を外すね」

「わかったわ」

 

 

 そう言ってイサムは一度席を立つと、スマホのスケジュールアプリを片手に、彩へと電話をかけにその場を離れた。一応、僕たちは通話中でも気にはしていないので、気にせずにその場で話してくれても良かったのだが。

 

 

「ふふっ、良かったわねダーリン♪」

「本当に。けど、これから行く旅行先では絶対にその渾名は言わないでね。まだ秘匿にしてる状態なんだから、誰かに知れたらこっちが損害を被るんだ」

「心得ているわ♪ 私だって貴方との関係を迂闊に喋りたくは無いし、お互いに不利益になる事は避けたいもの。それに……」

 

 

 そこまで言った後、ちーちゃんはするりと僕の方に身を寄せて来た。僕の方が窓側に近い為、自然と彼女に追い詰められる形になる上に……下手をすれば、身長差が逆転する程に見下ろされるので、どうあっても逃げられない状況になってしまった。

 

 ……そして、その光景を見て顔を真っ赤にしている花音には、今度何か埋め合わせをしよう……と、心の中で決める事になった。

 

 

「貴方だって、私が何処の馬の骨ともしれない男に取られるのは嫌でしょう……?」

「……ま、まあ……そうだけど」

「なら、お互いに悪い話では無いわよね♡」

「……ハイ、ソノトオリデス」

 

 

 詰め寄る彼女に対してそう答えると、ちーちゃんは満足したかの様に元の位置へと戻っていた。それを見た僕は、直ぐ様さっきの態勢に戻る事にした。……相も変わらず、状況の切り替えが早い事で。

 

 

 そして少しした頃に戻って来たイサムからは、ちーちゃんの表情がやけににこやかになっている事を指摘されたのだが、僕は当たり障り無い返答で返す事にしたのだった。

 

 

「とりあえず、その日のスケジュールも空いていたし、彩にも連絡はできたよ」

「それじゃあ……大丈夫なのね?」

「ああ、大丈夫。俺も彩もその箱根への旅行に一緒に参加するよ。よろしく、千聖さん。それと……えっと」

 

 

 そこでイサムが言葉を詰まらせたので、僕はそのままの体勢で右手を差し出した。テーブルを軽く跨いでいるので、多少強引さが拭えないのが事実だったりするのだが。

 

 

「盛谷 颯樹……颯樹で良いよ。普段はパスパレのマネージャーをしてる。千聖とは幼馴染だ。敬語は崩してくれて構わない。よろしく頼む」

「じゃあ、こっちも。俺は佐倉 イサム……俺の方もイサムと呼んで欲しい。よろしくね」

「こちらこそ」

 

 

 そう言って僕とイサムはお互いに手を取った。

 

 そしてその後は、翌日のプランニングを軽く打ち合せた後にティータイムを挟んでお開きになった。その際に花音は帰り道で迷子になりやすいので、イサムに同伴を頼む事にしたのだった。




 今回はここまでです! 如何でしたか?

 サブタイトルの中に【】とあります回は、コラボ回を示すマークとして残しますので、閲覧の際に間違う事は無い……と思います。基本的にコラボPartは番外編の枠組みで執筆致しますので、よろしくお願いします。


 それではまた次回です。次の更新は、まだ未定としていますが……今年中にコラボ回をもう一話、本編で二話ほど……誕生日回で一話制作を予定しておりますので、気長にお待ち頂けると幸いです。


【コラボしているお相手】→ キズカナ 様
【コラボのお相手方の代表作】→「Dream Palette」
[URL]→ https://syosetu.org/novel/184944/


【オリキャラプロフィール】
[名前]佐倉 イサム
[学年]高校2年生[誕生日]9月10日
[好きなもの]卵料理、バニラシェイク
[嫌いなもの]匂いが強い食べ物
[趣味]音楽鑑賞、入浴

[性格]過去の経験から多少やさぐれ気味だったが、彩との関わりによって大分前向きになった。割と天然系なところがあり、時々ズレた発言や思った事をそのまま口にするが、当の本人は至って真面目である。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢を彩る者たちの小休止【②】

 皆さま、おはこんばんにちは。咲野 皐月です。

 このPartの更新はエラくお久しぶりになってしまいましたが……今回も張り切って投稿していきますよ〜!


 と言う訳で、前回に引き続いて『Dream Palette』とのコラボ回……第2話目となります!


 それでは……スタートです!


「……遅いな」

「ええ、約束の時間になるまで、もうあと少ししか無いのだけれど……彩ちゃんったら、一体何処で油を売ってるのかしら……」

 

 

 ここ数日の天候にも恵まれ、暖かな陽射しが降り注ぐ土曜のこの頃。僕たちは一泊二日の旅行をする為に、駅前の噴水広場にて待ち合わせをしていた……のだが、ここに居るのは僕とちーちゃんと花音の三人だけであり、イサムと彩の二人はまだ到着していなかった。

 

 

 当初計画していたプランとしては、10時には駅前に全員集合を終え……その後23分出発の電車に乗って、神奈川方面へと向かう手筈になっており、そして目的地に到着し次第、宿のチェックインを済ませた後に軽く観光をすると言う形だ。

 

 予定を立てたのは急だったが、その時は日付が変わる寸前まで話し込んでいた為、就寝が少しいつもよりズレてしまった。

 

 

 まあ、今日の事を考えたら妥当な選択だったと思ったのだが、案の定と言うか何と言うべきか、遅刻者が一人出てしまっていた。しかも、連れも一緒にである。

 

 

「彩の事はイサムに任せようと思っていたが、これはミスキャストだったかな……」

「そうね。可能ならば、今直ぐにでも電話をかけて呼び出す他に道は無i…」

「待たせてしまって本当にごめんね! 千聖ちゃん、颯樹くん、花音ちゃ〜ん!」

「ごめん、彩を起こすのに手間取ってしまった」

 

 

 僕が電話をかけようとしたその時、大通りの方から僕たちに向かって呼び掛ける声が聞こえて来た。その方向を見てみると、今さっき起きて髪や身支度等を整えていたであろう彩と、息を切らしながらもお出かけの服装に身を包んでいるイサムが此方に駆け寄って来ていた。

 

 

「時間ギリギリ、かな」

「はぁっ…はぁっ…。遅れちゃってごめんね……今日の旅行が楽しみで眠れなくて……」

「彩ちゃん? 今日は朝から遠くに出かけると言っていたのだから、時間通りにキチンと来るのが筋でしょう? それに髪がボサボサじゃない……何があればそうなるのかしら」

「まあまあ千聖さん、とりあえず落ち着いて……彩に悪気は無いんだから、どーどーどー」

 

 

 寝坊して集合時間ギリギリに到着した彩は、ちーちゃんに向けて弁明を始めた。それを聞いたちーちゃんはお説教を始めていたが、それを宥めようとイサムが動いていた。

 

 

 ……あ、その宥め方は……ちーちゃんにやると。

 

 

「あら、イサムくんは私の事を犬だと思っているのかしら?」

「いや、これ馬の宥め方なんだけど」

 

 

 その言い放った言葉が引き金になったのか、二人は雲一つ無い晴れやかな青空の元で、ちーちゃんからのお説教を正座をして聞く事になってしまった。周りを行く人たちから感じる視線は何か珍しい物を見る様な物であり、彩は半泣きになっていて、イサムは何で怒られてるのかサッパリ分からないと言った具合だった。

 

 それを遠巻きに見ていた僕と花音は、揃って苦笑いをする羽目となった。ちーちゃんを怒らせたら怖いからね……幼馴染である僕は慣れっ子なので何も言わないが。

 

 

 ……そして数十分後。

 

 

「それじゃあ、電車に乗りましょうか。次の電車はあと20分もすれば来るわ……時間は有限、急いで向かいましょう」

「わかったよ、千聖さん」

「そうと決まれば早く行こっ!」

 

 

 彩のその軽快な一言で、僕たちは駅の中に入って目的地へ向かう電車に乗り込む事にした。その際、花音が人混みに流されて迷子になったり、ちーちゃんが反対の乗り場に来ていた電車に乗りかけ、危うく目的地に向かう前に離れ離れになってしまう事態こそあったが、何とか全員乗る予定の電車へ乗車する事ができた。

 

 

「ふぇぇ……さっきはごめんね、助けて貰って……」

「別に良いよ、このくらい。花音の方向音痴はいつもの事だし、駅の中は人も多かったしね」

「ふふっ、ありがとう……♪」

「それにしても、千聖さんでもうっかりミスをするだなんて意外だなぁ。いつも何事も自然と完璧にこなすイメージだったから、今日のはちょっと新鮮かも」

 

 

 その言葉を聞いたちーちゃんが再びイサムに怒りかけていたのだが、それは何とか僕が彼女の頭を撫でる事で阻止する事が出来た。ちーちゃんが頭を撫でられると落ち着くのは知っているし、先程の外での一件もあった為、どうにかして止めようとすら思っていた所だった。

 

 

「ふふっ、気持ちいい♪ 颯樹の頭を撫でる時の強さは私好みだわ♡」

「お褒めに預かり光栄です、お姫様」

「え? 何この扱いの差? さっきの俺に対する雰囲気と全然違うよね? え、どゆこと?」

 

 

 ……慣れてくれ、これがちーちゃんだ。

 

 そしてその事を花音がイサムに伝えており、イサムは未だに信じられないと言った顔で僕とちーちゃんを見る事となった。最初こう言う姿を見られた時は、やり過ぎと言われるまで謝り倒したのを覚えている。その横で当の本人はと言うと、小悪魔な笑みを浮かべて微笑んでいたのだが。

 

 

 その後無事に箱根に辿り着き、先ずは活動拠点の確保をする為に……宿へ立ち寄って、チェックインをする事にした。

 

 

「すみません、5名で予約した盛谷ですが」

「……盛谷様で、5名様ですね。確認致しますので少々お待ち下さい」

 

 

 僕の名前と人数を聞いた仲居さんは受付カウンターの奥に行き、何やら話をし始めた。様子を察するに、館長かオーナー等の責任者に話を通している……と思う事が出来た。

 

 そして少し時間が経ち、先程のスタッフさんと一緒にもう一人の女性が出て来た。顔立ちからして30代前半……いや、もっと言うなら20代くらいだと思わせる程の出で立ちをしている人だった。

 

 

「盛谷様、この度はようこそおいで下さいました。オーナーの益川と申します。貴方の事は叔父より話は伺っております、有名女優に好かれている敏腕マネージャーが居ると」

「は、はぁ……よろしくお願いします」

「えっ、何。颯樹ってもしかして有名人?」

「まさか。一応公にしない様にはしてるけど、知ってるのはごく一部だよ」

 

 

 そんな事をイサムと話していると、チケットの提示を求められたので、僕は財布を取り出してお札入れに仕舞ってある五枚のチケットを広げて益川さんに見せた。

 

 

「……はい、確かに。このチケット1枚で大人1人分の料金になります……それが5枚あるので、5名様分の料金として頂戴致します。それではお部屋の方にご案内致します、こちらの方へどうぞ」

 

 

 そう指示を受けた僕たちは、宿泊をする部屋へと案内を受ける事になった。この旅館の中には、和室と洋室……更にはその両方を備えた客室があるに限らず……空き時間を有効活用出来る書籍コーナーやお土産コーナーもあり、更にはプレイルームの一つとして、カラオケや卓球場等も設けられてるらしい。

 

 また、外から見える景色は絶景であり、その景色を眺めながら堪能する広々とした露天風呂は格別なのだとか。

 

 

 そして僕たちが案内されたのは……とある一室で。

 

 

「「「おぉ〜」」」

「ふふっ、なかなか良い所じゃないかしら?」

「眺めもすごく良くて、風も気持ちいい〜」

 

 

 そこは和室と洋室が合わさった形式の部屋で、手前には畳の敷かれたテレビやお茶を淹れる為の諸々が揃った和室があり、奥にはダブルサイズのベッドが二つ備え付けられていた。

 

 そして花音の言う様に、窓から見える景色は正しく絶景を思わせる物で、僕も見た時は息を呑んでしまう程だった。

 

 

「此方が、今回ご提供させて頂くお部屋になります。何かご不明な点がございましたら、備え付けの固定電話でお申し付け下さいませ。入浴の時間は夕方の5時から深夜2時までで区切り、翌朝は朝6時からお昼12時まで可能となっておりますので、お好きなタイミングでご利用されて構いません」

 

 

 はぁ……こんな良い所を知ってるって、今回のドラマ撮影の監督さんは相当名が通ってる人みたいだね……思わず語彙力が消えてしまうよこんなの。

 

 

「ありがとうございます、学生である僕たちにここまでして頂いて」

「お構いなく。それでは、夕食のお時間は19時となっておりますので、ごゆっくりと旅の一時をお過ごし下さいませ」

 

 

 そう言って益川さんは、部屋を後にして行った。

 

 その後の室内には、旅行カバンを持った僕たち5人だけがその場に残されていた。そして各々宿泊に際して必要な道具を定位置に置いた所で、イサムがふと疑問を口にした。

 

 

「マジで布団どうする? なんだったら颯樹と千聖さんは2人で寝た方が良いんじゃないかな?」

「いや、それはなんか悪いよ……」

「いや、なんか千聖さんが夜中颯樹の事を襲うとか言ってたし二人っきりの方が「え、今何て言ったの!? すっごく聞き捨てならない事を小耳に挟んでない!?」」

 

 

 本っ当にちーちゃんは油断ならないね、全く!

 

 ……いっその事、禁欲の習慣を付けさせようかな。それとも、お仕事を今までよりももっと沢山ギチギチに用意させるか……?

 

 

「いや……ただボヤいてただけだから、そこまであまり気にしなくても「いや、僕の諸々がピンチだからねそれ!」うーん、ちょっと何言ってるか分からない」

「何でわかんないんだよ!」

「てかアレコレって何?」

「え?」

「ゑ?」

 

 

 ……え、まさかまさかのイサム、この事わかんないパターン来ちゃった……? 彩と付き合ってるなら多少なりとも理解はしてるかなと思ったけど、こりゃあちーちゃんから話を聞いた以上に驚いたよ……。

 

 

 その後はお互いがやいのやいのと言い合い、そのやり取りは数十分近く続いたのだが、結局互いが納得する結果では終わらず、未だに拮抗状態となっていた。

 

 

「いやホント埒が明かないって」

「うーん、じゃあいっその事女子3人と男子2人で分ける? それなら安定だし、いざと言う時も大丈夫だけど」

「まあ無難な分け方だけどさ……それだと……」

「………あ」

「そういう事よ」

 

「「誰得の展開なんだよこれ」」

 

 

 と、僕とイサムの声がシンクロする瞬間だった。

 

 その後話し合いを進めた結果、まだ互いに納得する答えが出ないままとなってしまい……観光をして夕飯や入浴まで済ませてからもう一度決める事になってしまった。

 

 

 ……さて、今回の旅行は無事に終わるだろうか……。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次の話の更新日は未定としていますが、なるべく遅くならない様に投稿して行きますのでよろしくお願いします。


 それでは、また次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さな迷い子たちとのお泊まり会:①

 皆様、おはこんにちばんわ。咲野 皐月です。


 今回は少し息抜き感覚で、ちょこっと番外編をお届けしようと思います(例の如く複数話連載予定ですが)。この小説ではそこそこなお出番があるCPがメインとなっておりますので、最後までお楽しみ頂けますと幸いです。


 それでは、スタートです。

 ちなみに補足なのですが、この話の時間軸は本編よりかなり先に進んでおりますので、読む際はご注意ください。


「……はい? もう一度言ってくれる?」

 

 

 まだまだ寒い日が続き、世間の中高生は受験ムードでピリピリしてるであろうこの頃……僕は、花音からの呼び出しを受けて、隣に座っているちーちゃんと羽沢珈琲店を訪れていた。

 

 

 受験に関しての進捗報告なのだが、無事に三人とも第一志望の大学から合格通知を貰い、今は次なるステージへ進む為の準備期間に入っている。花音は慶鵬女子大学へ、ちーちゃんは四ツ葉女子大学、僕は洸星大学に進学が決定した。

 

 この話を聞いた当初こそ喜んだのだが……何やらちーちゃんが花音に耳打ちで話し込んでいた所を見かけ、僕の不安は未だ晴れずとなっているのだった。

 

 

 そんな中で迎えた貴重な休日……。

 

 僕は今現在、前と右から感じる期待の視線に悩まされる事となった。

 

 

「だからね……? 私と千聖ちゃんが颯樹くんの家に住み込んで、三人で一緒に住もうって話だよ?」

「うん、話の内容はわかったんだけど、詳細的な説明を求めても良いかな。まずは誰が言い出しっぺよ、家主の許可も無しに何話し進めてんの」

「私よ♪」

「……うん、何も驚かないよ。僕は何も驚かない」

 

 

 花音から持ち掛けられた提案を聞いた僕は、こんな事を言い出した張本人を探そうとしたのだが……その発端はやはりと言うべきか、隣で未だに微笑んでいらっしゃる若手女優様だ。

 

 

 僕自身は今の状況で満足してると言うのに、そこに花音やちーちゃんが住み込んで来たら、一人暮らしをしている意味を問われてしまう。更に言わせて貰うなら、自宅の中にはパスパレメンバーが置きっ放しにしている私物等がまだ残っているので、不用意に他人を招きづらいのだ。

 

 ちーちゃんは兎も角として、花音は……うん、本人がそのつもりなら否定はしないのだが、野郎の自宅に住み込もうなんて、よく決心したな……と心の中で思ってしまった。

 

 

「でも、そうなると大学に関してはどうする? 僕の家に住み込むのなら、多少の通学時間の誤差は覚悟して貰うけど」

「そこは大丈夫よ。花音とも話し合いをして、貴方になら全部任せて良いってなったもの」

「颯樹くんって確か、車の運転免許を取ったんだよね? だったら、通学の際の送迎とかには困らないから便利かな〜って。それに……颯樹くんと一緒に居られるの、すごく楽しみだし……」

 

 

 まさかの、二人揃って覚悟は出来てるらしい。

 

 ……この二人、特に花音に関しては初めましての時から結構踏み込んで来るなとは思っていたが、二人揃った時の行動力の高さには頭が上がらないな。

 

 

「……わかった。余ってる部屋が一つあるから、そこを共用スペースとして提供するよ」

「……っ、ありがとう颯樹くん!」

「良かったわね、花音♪ これでずっと一緒よ♡」

「えへへっ♪ 私の方こそ♪」

 

 

 二人の覚悟に根負けした僕は、自宅の二階にある空きスペースを共用の私室として提供する事にした。広さに関しては二人一緒に生活しても問題無いので、そのまま物置として使用するよりは、花音とちーちゃんに使って貰う方が有意義な使い方だろう。

 

 それに……地下には楽器を演奏出来るスタジオも完備している為、バンド練習を行なうには持ってこいだろう。

 

 

「ちなみに……僕の家に住み込むと言う事は、休日もそこに居るつもり?」

「いいえ、それに関しては……新しく部屋を借りてルームシェアをしようと思うの。良さそうな物件があったから、休日は息抜きにそこでお野菜や花を自家栽培したり、料理をしたり。三人とも自宅通いが出来るとは言え、帰って寝るだけと言うのも味気無いと思って」

「うん。ちなみにそこも防音設備は確りしているし、セキュリティ面もバッチリ整ってて安心だから……」

 

 

 ……なるほどね。そこまで考えてあるなら、今後の心配は要らなさそうだ。

 

 

「わかった。じゃあそのプランで手を打とう。僕の事に関しては気にしないで、二人で思う存分『何言ってるの?』……え?」

 

 

 僕がそう言葉を続けている最中、突如として花音から続きを遮られてしまった。何か不味い事でも言ったかと思い、二人の顔色を伺ったのだが……その表情は、いつぞやの聖夜に見せたあの表情。それに加え、二人とも視線が獰猛な女豹と化してしまっていた。

 

 

 ……え? なんか、地雷……踏んじゃいました?

 

 

「そのルームシェアの件だけど、当然颯樹くんも一緒にするんだよ?」

「……はい?」

「私たちだけでこんな良い話、独占する事なんて絶対にできないわ……だから、貴方も一緒に私たちとルームシェアするのよ♪ もちろん、家賃は割り勘で済ませるし、貴方は私のマネージャーなのだから、行動を共にするのは当たり前でしょう?」

 

 

 ……うぐっ、それを言われると何も言えない……。

 

 

「それに、私と花音は貴方と生涯を共にする覚悟はもう出来ている……なら、遅かれ早かれこうするべきだと私は思ったのよ。どうかしら?」

「わ、私は……颯樹くんが迷惑じゃなければ、それが良いかな。せっかく仲良くなって、ここまで一緒に頑張って来たのに、大学生になって突然別々になるなんて、すごく寂しいから……」

 

 

 こうもハッキリ言われると、どう返事を返したら良いのか反応に困るな……しかもちーちゃんが最初に言った事と言うのは、あまり無闇に他言しない様にって条件を念頭に置いて決めたものだったんだけど。

 

 

 ……なら、僕もここらで腹を括ろう。

 

 世間一般の男子高校生なら、彼女たちの様な見目麗しい美少女から同棲のお誘いをかけられたら、間違い無く首を縦に振るだろう。それに、確か諺の中に『据え膳食わぬは男の恥』ともあったはずなので、ここでこのお誘いを断れば、周囲からのバッシング待ったナシだろう。

 

 

 と、なったのならばやる事は一つかな。

 

 

「……正直、今でも実感湧かないし、多分こんな経験は来世を生きたとしても再びあるかどうか分からない……むしろ、無い確率の方が高いだろう」

「……颯樹……」

「……颯樹くん……」

「……うん。こんな僕で良かったら、喜んでその提案を受けさせて貰うよ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、ちーちゃんは花音の隣まで直ぐに移動して彼女の両手を取って喜び始めた。それを見た花音の方はと言うと、少し苦笑いこそしていたのだが、次第に笑顔が出てきている辺り、ちーちゃんと同じ気持ちなのだと察せられた。

 

 

 ……あ、このハーブティー美味しい。

 

 

「それじゃあ、善は急げと言う事で……早速ダーリンの家に荷物を運び込みましょ♪ お互いにバンドにお仕事にとあるから、目安は仮卒業期間中の一週間。その間に運び込んでしまえば、早ければ3月末には共同生活が始められるはずよ♪」

「うん♪ えへへっ、颯樹くんの家で三人で生活……ちょっとドキドキするけど、楽しみだなっ」

「そうね。それと、花嫁修業の方は共同生活をして行く間にちょっとずつ、少しずつ……やって行きましょう? ふふっ、今から楽しみだわ♡」

 

 

 あー、何か言ってるけど聞こえないフリしとこ。

 

 全く……こんな簡単にポンポンと話が進むなんて思いもしないし、何より返事を待たせてる人が居るんだよ? 本来その予定を今日は組んでたけど、緊急で話したいからと言われて来たから、埋め合わせも近日中にしないと……。

 

 

「ん、L○NE……あっ」

 

 

 僕がそう思いながらもメッセージアプリを開くと、そこには可愛らしい絵文字と一緒にこんな一文が。

 

 

『颯樹くんっ、今日は用事があって仕方なく予定を変更したけど……次のデートの時には私だけ構ってね♡ あっ、もちろん、約束を不意にした分だけお泊まりするって罰則も、頭の中に入れといてねっ。それじゃあ、颯樹くんの家で帰りを待ってるから……道中気をつけて帰って来てね♡』

 

 

 ……おいおい、無茶振りが過ぎるぞこんなの……。

 

 しかも、今の会話を何処かで聞いてるとか、そんな事無いよな……うん、多分きっと無いはず。いくら何でもそんな事は無い、たぶん。

 

 

「ねぇ、ダーリン」

「……どしたの、ちーちゃん」

「貴方さえ良ければにはなるのだけれど、私と花音を今晩泊めてくれないかしら? これからずっと住まう事になる家ですもの……ここから少しずつ慣らして行こうと思うの、どうかしら♪」

 

 

 ……え、本気言ってる?

 

 ちーちゃんはもうその気満々だし、花音もなんかお泊まりしたそうにソワソワしてるし……まあ、お泊まりならそこまで気にする必要も無いのかな、と思うんだけど!

 

 

 今家に帰ったらろくな事に……あっ。

 

 

「あら、何か不都合な事でもあるのかしら?」

「い、いやー、何も……無いよ?」

「颯樹くん、汗がすごいけど大丈夫……?」

「大丈夫だよ、花音。大丈夫……大丈夫だから」

 

 

 不自然な挙動をしてるのが目に入ったのか、ちーちゃんが思いっきり詰め寄ってそう聞いてきた。それを見た花音も心配してくれてるけど、此方としてはマジでのっぴきならない状況になってる気がしないでもなかったりする。

 

 それに、今この状態で二人を家に入れる訳には行かないんだよな……。もし入れてしまえば、それこそとんでもない事に……!

 

 

「花音」

「う、うんっ。颯樹くん、少しお膝の上を失礼するねっ」

 

 

 そんな事を考えていると、先程までちーちゃんが居た所に彼女と入れ替わる形で花音が座って来て、次第に僕の方まですり寄ってきた……てか、ええっ!? なんで膝の上ぇ!?

 

 

「な、何やってんのさ花音!?!?!?!?!?!?」

「颯樹くん……」

「え、な、何……」

「私たちと一緒にお泊まりするの……嫌なのっ?」

 

 

 うわっ、わかっててやってるよこの子!

 

 僕が涙目と上目遣いに弱い事を知っててやってる! そしてそれを仕込んだのはちーちゃんだよね……相変わらず、やる事成す事全部がよく計算されてるよ……流石としか言えないよホント。

 

 

「い、嫌じゃ……無いけど……」

「えへへっ、そうだよねっ♡それが聞けてよかったぁ♪」

 

 

 花音のいつもの仕草に負けた僕は、唐突に決められたお泊まり会を自分の自宅で行う事にした。こっちに帰って来てから、結構な頻度で花音とかちーちゃんとか、色々泊まりに来てる気がするんだよな……気の所為じゃなければ。

 

 

 あー、どうしよう……今家には彩が居るんだよな……。

 

 そんな状況で花音とちーちゃんをお泊まりさせるのは、確実に良くない事が起こりそうで、もう鳥肌が立ちそうなくらい怖いんだけどね。何とか穏便に済む様にしないと。

 

 

「それじゃあ、今晩はダーリンの家でお泊まりで決まりね♪」

「うんっ♪ じゃあ私は帰ったら先ずお泊まりの準備をしようかな。それが終わってから向かうね♡」

「あー、待って。何度かお泊まりしてるとは言えど、花音って無事に辿り着ける保証はある?」

 

 

 僕がそう突っ込むと、花音はわかりやすいくらいに肩を落としてしまった。それは自分が方向音痴だって事を理解してる故の事だけれど、どうもその様子を見てると罪悪感湧くんだよね……。

 

 もう、あんな事を言った手前でこんな事に罪悪感湧いてても仕方ない節はあるんだけど。どうしても心がやっぱり抉れる……。

 

 

「僕も付き添うよ。待つのには慣れてるし、道中の警護だってできるしね」

「なら、私もお供しようかしら♪ ダーリンの家とは隣同士だから、いつでもお泊まりの準備をする事ができるわよ♡」

「あはは……。それでどうかな、花音」

「うんっ♪ 千聖ちゃんや颯樹くんがそれで良いなら♪」

 

 

 ……よし、これで話は纏まったかな。

 

 今晩の食事は花音やちーちゃんも来るし、いつもより多めに用意しないとね。それに、布団も幾つか余分に用意しないといけないし、やる事が山積状態だよ。

 

 

 ただ、そうなると……僕の家で待っているであろう彩を一体どうした物か、と言うのが、一番の悩みなんだけど。

 

 

「颯樹くんっ」

「ん、花音。どうかしたの?」

「私の寝る時の布団なんだけど……颯樹くんと一緒のお布団がいいな。千聖ちゃんとも話し合いは済ませてるし、颯樹くんと一緒に寝たいな……♪」

 

 

 あれ、もしかして気付かれてた?

 

 

「……わかった。ちーちゃんとも話をしてるなら、断る理由は無いかな。それに、これからの事を考えたら慣れておく方が良いからね」

「ふふっ、ありがとう♪」

「ははは……。お易い御用だよ」

 

 

 そんな事を話しながら、僕たち三人は注文していた紅茶やケーキに舌鼓を打っていた。そしてそのお会計も済ませて、花音の家を経由する形で僕の自宅へと向かう事になった。

 

 

 ……ほんと、こんな形になろうとはね……。

 

 人生生きてたら何があるか分からない、とは言うけど、色々な事が有りすぎなのでは……と心の中で思う事になってしまったのだった。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次の更新も成る可く遅くならない様に頑張りたいと思いますので、気長にお待ち下さいませm(_ _)m


 それではまた次回の更新にて。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

小さな迷い子たちとのお泊まり会:②

 皆様、おはこんにちばんは。咲野 皐月です。

 今日も今日とて、パス病みの方を更新して行きたいと思います。最近は連日投稿が続いておりますが、また内容が直ぐに思い付きましたら、少ししか期間を空けずに投稿できると思いますので、楽しみにお待ち下さい。


 それでは、本編スタートです。


「〜♪」

 

 

 近々テレビで披露する新曲を鼻歌で歌いながら、愛する彼のために夕食を用意している。今日のメインは肉じゃが。家庭の味と言われるメニューだけど……丁寧に下ごしらえを行い、完成させた自信作だ。

 

 彼が『美味しい!』と言ってくれる姿が目に浮かぶ。

 

 

「早く帰ってこないかなぁ♪」

 

 

 心の声が漏れるほど、待ち遠しくて仕方ない。副菜と汁物も用意して、もう準備万端だ。

 

 

ガチャリ

 

 

 私しか居ないこの空間に、無機質な鍵の解錠音の後に家の扉が開いた音がした。それは彼が帰ってきた事を知らせる、幸せの鐘に等しい音だった。

 

 私は即座にガスの火を消して、身に纏っているエプロン姿で彼の帰宅を笑顔で出迎える。アイドル活動で日々笑顔は保つ様にしてるけど、彼関連だと楽しい事が盛りだくさん。だからこそ、彼と一緒に居たいと思うし、彼の事を誰にも渡したくない。

 

 

 颯樹くんを笑顔で出迎えて、彼の笑ってる顔を見たい。

 

 そんな私の思いは……扉が空いた後に見えた、彼以外の人の姿によって粉々に打ち砕かれた。

 

 

「颯樹くん、おかえり! ーーーあっ」

「あれ、彩ちゃん?」

「どうして彩ちゃんがここに?」

「oh……………」

 

 

 それぞれ三者三様の反応を見せる。千聖ちゃんと花音ちゃんは疑問で、颯樹くんは後悔の表情。対して私が抱いたのはーーー怒りだった。

 

 

「何で二人がここに?」

 

 

 私の表情に笑顔なんてありはしない。千聖ちゃんは元からそうだけど、花音ちゃんまで………。次々と現れる邪魔者(ライバル)の出現により、拳に力が入り爪が手にめり込む。

 

 頭に上った血を出せれば理想だけど、そうもいかない。

 

 代わりにと流した血液は、頭を冷やすどころか……痛みにより私をさらに激昂させる材料にしかならなかった。

 

 

「あら、私たちはダーリンから正式に許可を貰ってここに来ているの。その私たちが、そんな謂れを受ける筋合いは無いと思うのだけれど?」

「それに……彩ちゃんはどうしてここに居るの? 颯樹くんから許可は貰ったの?」

「あー、多分彩がここに居るのはこれが理由かも」

 

 

 颯樹くんは思い出した様にスマホを取り出して、私とのメッセの画面を花音ちゃんに見せた。それを見た花音ちゃんの表情は固まっていて、それが千聖ちゃんに伝わったらしく、その表情が更に怒りに染まったのを私は感じた。

 

 

 颯樹くんのお嫁さんは私なんだからね……。

 

 いくら彼に認められたとは言っても、それは姑息な手段を使って迫ったから承諾されたのであって、本心から前向きな返事を貰った訳じゃないよね…?

 

 

「それじゃあ私からも質問を良いかしら?」

「うん、良いよ千聖ちゃん。尽く私の邪魔ばっかりして……今日こそは私の方が颯樹くんに相応しいと『ストーップ!! 二人ともそこまでだ!』」

 

 

 千聖ちゃんから尋問がかかる直前、それは颯樹くんに寄って制止された。先に言い出した千聖ちゃんに関しては、直ぐに対応を切り替えて話を聞く状態になっていたけど……私としてはまだ怒りが収まらない。

 

 

 でも、ここで颯樹くんを怒らせられない。

 

 彼の傍でずっと寄り添うと決めた私自身が、そう言うのは一番やっては行けない。……仕方ないよね。

 

 

「とりあえず中に入ろう。話はそれからだ」

「……そうね。お邪魔するわね」

「お、お邪魔します……」

 

 

 颯樹くんからの催促を受けて、花音ちゃんと千聖ちゃんが家の中に入って来た。それを見た颯樹くんは鍵を閉めて、自分も靴を脱いで中に入った。

 

 ……颯樹くんをどうやって丸め込んで、こんな事態まで起こさせたのか……確り問い詰めさせてもらうからねっ。

 


 

 玄関先での言い争いを諌めた後、僕たちは夕食を食べる事にした。来客である花音とちーちゃんに関しては、僕の自室に荷物を置いた後、リビングに降りて来てもらう事で話を纏めたのだ。

 

 

「……」

「……」

「ふぇぇ……」

 

 

 自宅に帰って来てからどのくらい経っただろうか……その時間が経過しても尚、彩とちーちゃんは互いに睨み合ったままだ。何方も一歩も引かないと言う意思の表れなのか、視線を合わせた状態で片方が動き出す瞬間を伺っている様にもとれる。

 

 

 いや、たぶんこの状況を生んでしまった原因は僕にあるんだろうけれど……今回ばっかりは、流石に彼女たちの方に非があると思う。家主の予定も聞かずに自分勝手な振る舞いをした挙句、テーブル1個の間隔こそあれど、未だこうしてお互いへの警戒心を解いていない。

 

 こう言うのが後々始末に追えないんだよね……無論、それが例え誰であったとしても、この状況は褒められた物では無いと思うのだが。

 

 

「で、彩ちゃん。貴女は今日如何してダーリンを誘ったのかしら?」

「もちろん、デートに行くつもりだったよ? ショッピングをしたりカフェでお茶をしたり、景色の良い所で未来を語り合ったり……。それなのに、今日は千聖ちゃん達の方に行くって話だったから、お泊まりしようと思って来たんだよ。千聖ちゃんは如何して?」

「私は花音に誘われて、羽沢珈琲店でとても大事なお話をしていたのよ。もちろんその場には颯樹も居た方が話しやすいって事だったから、彼を連れて行ったの。ああ、貴女の様に無理矢理じゃないわ。きちんと彼から承諾を貰ったのだから、貴女にそう言われる筋合いは無いと思うのだけれど?」

 

 

 ……マジでこの二人は、そのやり取りはいい加減にして欲しいな。正直高校生活全体を通して、かなり目に余る行為が多かったのは、他でも無い彩とちーちゃんの二人だ。僕の事を好きで居てくれるのは嬉しいけど、度が過ぎるとこの様に言い争いにまで発展しかねない。

 

 

 だから僕は事ある毎に諌めて来たし、キチンとその後には仲直りもさせて来たけど……今回は事が事なだけに、二人とも互いに譲らない雰囲気を出している。

 

 それに、僕の真正面に居る花音なんて……あと何かの刺激が加われば、本気で泣き出しかねないほどだ。

 

 

「え、えっと……そろそろ、ご飯食べよ……っ? 喧嘩ばかりしてたら、せっかく彩ちゃんが作ってくれた肉じゃがが冷めちゃうよ……」

「そうそう。それに、僕は常日頃言ってるはずだけど? 喧嘩するんだったら後日トレーニングメニュー2倍の刑だって。今後は仮卒業期間中で練習時間も沢山取れる……だから通常の2倍で計画してたけど、更にそこから上乗せさせる気?」

 

 

 ……とりあえず、言いたい事は言わせて貰ったが、後は二人がどう受け取るかだな……。

 

 

「……先ずは食べましょうか。話はそれからよ」

「……うん、そうだね」

 

 

 ホッ、何とか落ち着いたかな……。これで快方に向かえば一安心……と思ったのも束の間、少しした後にとんでもない状況となってしまうのだった。

 

 

「はい、ダーリン。あーん♡」

「……その肉じゃが、私が作ったんだけどな〜」

「あ、あはは……。んむっ」

 

 

 僕は隣に座っているちーちゃんから、執拗な食べさせ合いを受けていた。いや、これから一緒に生活する事を考えればまあ有り得たんだろうけど、彩からのジト目が解かれてない状況でよくやろうと思ったよね!

 

 それを見て花音は苦笑いしてるし……そして彩に至っては心底不満そうにじゃがいもを頬張ってるし! ……あ、このじゃがいも、確り火が通っててホクホクで美味しい。

 

 

「そこまで肉じゃがが好きなら、今度私がたくさん作ってあげるわね♪ 彩ちゃんよりももっと美味しくて、頬が落ちそうなくらいのを♡」

「ありがとう、その気持ちだけでも嬉しいよ。さて、そろそろ自分の取り分の方も食べないと」

「……そうね。作ってくれた人には感謝を持たないと」

 

 

 よ、ようやく収まった……ちーちゃんからばかり食べさせていたから、そろそろ何処かで区切らないととは考えてたんだけど、このタイミングで良かったよ。花音に至っては笑顔で食べてるから、この瞬間にすごく癒されるんだよね……。

 

 

「……ふんっ」

「ん、どうしたの彩」

「……何で花音ちゃんや千聖ちゃんばっかり。私にも構って欲しいなー、な〜んて」

「それは、本当にごめん……」

「別に良いよっ、颯樹くんが女の子に優しいなんて、今に始まった事じゃないもんねっ」

 

 

 僕が花音で癒されていたのが不満なのか、彩は頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。その際に色々言われたが、心当たりがあり過ぎてかなりグサッと来てしまうのはもう慣れっ子だ。

 

 

「はぁ……どうしよう、花音ちゃん。颯樹くんが私以外の女の人と結ばれようとしてるよ……。私は一体どうすれば……」

「え、えっと……ごめんね…っ?」

「ま、まさか……花音ちゃんも……?」

「……うん…っ♡」

 

 

 あの、僕たちの知らない所で彩と花音は一体全体何を話してるんでしょうかね。もしかして、羽沢珈琲店で話した事を伝えてたりするんかな? そうなると、余計に彩の暴走が後々酷くなると思うんだが……今更突っ込んでももう手遅れか。思考を切り替えよう、そうしよう。

 

 そんなやり取りもありつつ、夕飯や後片付けを済ませて……少しお腹を落ち着かせた後にお風呂へ入ろうとしたのだが。

 

 

「今日は花音ちゃんと千聖ちゃんに予定を譲ったから、お風呂は私が颯樹くんと一緒に入るんだよねっ♪ ね〜、颯樹くん♡」

「あら、寝言は寝てから言いなさい? ダーリンと一緒にお風呂に入るのは私よ。それは譲れないわ」

「え、えっと……私も、颯樹くんと一緒に入りたいなっ」

 

 

 またこの三人は……。花音は自宅に来た回数が少ないから良いとしても、彩とちーちゃんはそれなりに来てるし、何だったら二人とも強引ではあるものの、一緒に風呂に入っていたりもするんだよね……。

 

 

 ……ん、お風呂のお湯が貯まったかな。

 

 それがわかったのならば、ここはこれを使おう。

 

 

「あのさ、三人とも」

『ん?』

「僕は含めずにグーとパーで分かれようよ。そして各々の代表一名がジャンケンをして、勝ったら一番風呂で負けたら二番目で最後の掃除までする。これで良いんじゃない?」

「なるほど……確かにその方法なら、公平かつ均等に分かれるわね。それじゃあ」

 

 

 ちーちゃんがそう言うや否や、三人の間に唯ならぬ緊張感が走った。こんな些細な事で喧嘩しなくても良いのに、とは前々から思ってはいるのだが、三人がもうその気らしいので僕は何も言わずに見守る事にした。

 

 

 よく諺で言うけど、触らぬ神に祟りなしと言うしね。

 

 下手に触れて自分が大怪我をするってのは、どう転んだとしても避けたいし。

 

 

「行くわよ。せーのっ!」

「グーと」

「パーで」

『分かれましょっ!』

 

 

 ……さて、決着はどうなるやらね……。非常に心配。




 今回はここまでです。如何でしたか?


 次回も内容が思い着き次第、執筆して投稿しようと思いますので、気長にお待ち下さいませ。


 それでは、次回の更新にてお会いしましょう。

【追記】

 投稿日である本日……5月10日は、『高嶺の華と路端の花』を始めとした、BanG Dream!二次創作小説を執筆されている、ハーメルン作家《山本イツキ》さんのお誕生日です!

 先日はコラボして頂き、ありがとうございました!

 これからも末永くよろしくお願いします!そして、良い一日となりますように!Happy birthday!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。