ペルソナ4 Another Story,Another Hero (芳野木)
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序章
-001- 物語の始まり


「なろう」で投稿していたものを移転させました。

「なろう」で読んでくれていた方も、はじめての方もこれからよろしくお願いします。


この二次創作の主人公である日向は、P3Pの主人公と少し接点があります。
P3Pの主人公達の設定はあとがきに書いています。
あと、主人公設定も本編最後に付け足しています。


‘真実が絶対’――なんて言うけど、その真実は案外見て見ぬふりをされている事が多い。

 嘘で固められた‘モノ’がいつか真実になっているんだ。

 

 

 

 誰でも真実を見るのは辛いさ。本当の自分なんかなおさら見たくないだろ?

 

 ――あいつが妬ましい  ――あいつが憎い

 

 

 

 そんな想いを必死に隠し、誰にも見えないように、見られないように、仮面(ペルソナ)を付けて。

 

 

 

 別に、その姿が悪いなんて思っていない。誰にでもあることだ。どんな人でも。

 所謂、本音と建前。世渡り上手のコツ。

 

 

 

 

 でもさ……確かな‘真実’を求めるのなら、その隠している自分と向き合わないと。

 

 

 

  ――向き合って、その自分を受け入れないと。真実をどう探すか、なんてその先だ。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

2009年、夏。

 それは突然の出来事だった。

 

 

 

 深夜、寝付けなくて外の空気を吸いに行こうとしただけだったんだ。

 それだけなのに…

 

「……っ!! 日向君っ!」

「……姉さん! ペルソナで!」

 

 黒い塊がすぐ近くまで迫っている。朱音さんと彼方さんの声が遠くに聞こえた。

 

 動かないといけない。立って逃げないといけない。そう思うのだが、体が自由に動かなかった。

 

 カシャン…

 

 音のした方を見ると手が銃に触れていた。

 さっきまで二人が持っていた銃だ。銀色の銃身が月明かりを浴びて鈍く光っている。

 

 グアァァァ…ァァ…

 

 間近で見たその塊はただ黒いだけじゃなかった。ピエロのような表情のない仮面がある。

 

 俺はその仮面から一刻も早く離れたかった。得体の知れないモノに対する恐怖というよりも、見てはならないモノを見てしまったという後悔と目の前に存在する塊を消し去りたいという衝動にかられる。

 

「あっ…! ダメっ! 日向君!」

 

 朱音さんの声に体は止まらなかった。

 銃を手に取り、銃口をこめかみに押しつける。二人のやり方を見ていたからどうすればいいのか解っていた。

 

 

──ふふふっ……ちゃんと言える? ペルソナって言うだけでいいんだよ。そしたら、あなたはなぁんにもしなくていいの。

 

 

 甘い誘惑に似た少女の声。

 

 あぁ、聞いたことがある声だ。

 息を吐いて、引き金を引く。

 

「ペ…ル…ソ……ナ」

 言葉の意味を確かめるようゆっくりと。

 

 

──また、会えるね。

 

 その言葉は、俺の言葉に重ねるよう確かに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――主人公設定―――――――――

橘日向(たちばなひなた)

使用ペルソナ,イザナミ

 

『イザナミの姿』

イザナギとは違い全部が真っ白。目の部分を隠すかのように布でまかれている。

青白く光る矛を使う。

 

 

(一応、もう一人のワイルドなんですが…まだ使用するペルソナを考えてないので主に使用するペルソナから)

 

 良く言えば人好きのする性格。悪く言えば人に合わせる性格。お人好しで頼まれたことは、可能であるなら引き受ける。人の頭を撫でる癖があり、誰でも撫でる(マーガレットさんは例外)。冗談やサプライズが好き。

容姿は整っているほうで、黒髪の短髪。

 

 

 常に青色のウェストポーチを身につけており、中には様々なものが入っていて、たまに予想外のものが混じっている不思議なポーチ。

 

 

両親やとにかく自分の家族のことはあまり話したがらない。

八十稲羽では伯父の家で暮らしをしている。一応は一人暮らし中なので、当たり前だが家事全般は得意。

 

 




・有里彼方
アリサト カナタ

・有里朱音
アリサト アカネ

 双子の主人公達。ワイルドの力を二人とも使え、初期ペルソナも「オルフェウス」。2009年にペルソナ能力に目覚め、それから一年間仲間たちと共にシャドウ討伐を行うことになる。
彼方は寡黙で冷静。朱音は騒がしく明るい性格をしている。

ペルソナ4二次主人公の日向とは、夏休み合宿で知り合い、本文はその合宿中に起こった出来事。



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-002- 霧と青

ペルソナ3の要素も入れつつ、ペルソナ4を貫き通す。
そんな小説を書いてみたい。


2011年 3月

 霧の中。俺は手探りで歩いていた。少し前、いや足元さえも見えない。止まればいいと思ってはいるが、なぜか歩き続けている。

 

 いったい俺は何を探してるんだ? そもそも探していないのかもしれない。

 

 俺はなぜここにいる? 始めからここにいたのかもしれない。

 

 

 霧の中では思考も視界も曖昧になるようで、さっきから全てが定まらない。

 

 

 

――珍しいね。この霧の中で人がいるなんて。

 

 

 誰だ? 突然聞こえてきた声に足が止まった。止まれたんだな、そう自分の足なのに感心する。

 目をしばたたかせてみるとほんの少しだけ、前が見えた。相変わらず見通しは悪いけど、前が見えただけでも十分だ。

 

 

――変わった力を持ってるようだね。真実を探す力。それと……まったく真逆の力も。

 

 

 黒い人影が突然現れる。たぶん、人だ。多少は人じゃない妖怪やら化け物やら考えもしたが、こんな霧の中で遭遇したくないので人だと思う。

 それにさっき話していたし。うん、人決定。

 

 

――何で君はここにいるんだい?

 

 

「そんなことこっちが知りたい」

 

 答えがおかしかったか、人影は体を揺らして笑った。くぐもった笑い声も微かに聞こえる。やっぱ、人か。

 

「あんたは何でここにいるんだ?」

 

 

――…さぁ? いたいからここにいる。それじゃあ、ダメかな。

 

 

「…こんな霧の中で?」

 

 たしかに、ある意味過ごしやすいかもしれない。けど足元も前も見えない見通しの悪さじゃ俺は遠慮したいな。

 

 

――見たくないものが見えないのは、いいことじゃないか。

 

 

「そんなの見なきゃいけないのも見えないだろ」

 

 

――それもそうか。

 

 

 そう言うと、ゆらゆらと人影は揺れはじめる。あれ? 俺も…揺れてる? 立ち眩みのように頭がぼんやりとして体から徐々に力が抜けていく。

 

 

――君は‘真実’を得たいか? 霧の中を見たいか? 

 

 

 ゆらゆらと揺れ続ける人影と今にも倒れそうな俺。

 

 

――さぁ、役者となり翻弄されるか、脚本家となり翻弄される人々を傍観するか。……君ならどちらを選ぶ?

 

 

 膝をついた俺はその答えに──

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いでっ…」

 ごんっと鈍い音がして、俺は眠りから覚めた。目を擦ってから、耳に付けっぱなしだったイヤホンを外しウォークマンを止める。

 

 丁度、電車はトンネルを通っているようで、ついさっきばかしの鈍い音の原因である窓ガラスには、顔をしかめぶつけた額を擦っている間抜けな男の姿が映っていた。

 

 電車で居眠りして窓ガラスに頭やら額やらをぶつけるなんてベタな話だ。ベタな話であるからこそ、間抜けさが際立つ。まったく、車内にいる人が少なくてよかった。

 

 眠気を紛らわすように目を擦って、景色の変わった窓を眺める。トンネルを抜けると途端に懐かしい気分になってきた。なんせ中学最後の冬に行って以来だからな。

 

 

 

 八十稲羽市。幼い頃から伯父さんが住んでいたこともあり、よく遊びに来ていた所だ。都心から離れた所謂‘田舎’で伯父さんはよくここを

 

「何もないのがココのいいとこだな。星は見えるし、空気はうまい」

 

 と誇らしげに喋っていた。そんな、伯父さんに懐いていた俺は引っ越し先がほぼ都会だったのに、都会にあまり慣れない変わった奴に成長していった。ま、後悔はしていない。

 伯父さんが言うとおり、ここは何もなくて星が見え空気がうまい。

 

 

 

 降り立った場所はやはり八十稲羽市だった。これで違う場所だったらびっくりだけど。見渡せば都会と比べると何にもない風景が広がっている。喧騒も車が行き来する音もない。

 ビバ、田舎。グッバイ、都会。

 

 空気をゆっくり吸い込み、担いでいたバッグを下ろす。そして外していたイヤホンをまたかけなおし、ポケットから携帯を取り出した。メールの本文をうち送信ボタンを押そうとして…少し考える。

 

 

 …今日は家の掃除で忙しいだろうから、明日にでも連絡するか。どうせ今日も明日も同じだしな。何事もサプライズが肝心。人生に驚きを。

 メールを保存し、バッグを担ぐように持つ。じゃ、バス停に行こうか。

 

 

 2011年、橘日向。八十稲羽市到着。

 

 

 

 

 歩いていると突然喉が渇くことがある。ウェストバッグからお茶を取り出そうとしたが、いくら探してもお茶は見当たらなかった。しまったな、電車に置き忘れたか。

 

「まだ飲んでなかったのになぁ…」

 勿体ないし、迷惑なことをしてしまった。…今度は忘れないようにしよう。

 

 

「あれ、こんな時間に珍しいね」

「……?」

 顔を上げると、ガソリンスタンドにいた男性店員が笑みを浮かべ近付いてきた。

 

「ね、観光?」

 やけにフレンドリーな店員だな、この人。嫌じゃないけど、むしろフレンドリー好きだけど。

 

「いや、今日引っ越してきたんです」

 『MOEL石油』。ガソリンスタンドの看板を見て、店員に答える。

 ってか、石油が燃えたらダメだろとか、石油に萌えるのも如何なものかとか……この看板ってツッコミどころ多いな。

 

「へぇ、もしかして都会から?」

「ええ。都会からです」

 何でわかったんだろう。都会の人みたいな、雰囲気でも出しているのか俺。

 

「ここ何にもないでしょ? 都会と比べると退屈で慣れるの大変だと思うよ」

「あー。俺、昔からこっちよく来てたんで…退屈とかあんま感じないと思いますよ」

 退屈を紛らわすのは得意分野だし。こっちの方が退屈はしなさそうだ。

 

「なら、君に言うべき挨拶はようこそよりもおかえりの方がいいかな?」

「ま、そっちがしっくりきますね」

「ハハッ…じゃ、おかえり。僕が言うのも何だか変だけどさ」

 屈託なく笑うと店員が手を差し出してきた。俺はその手を握り、握手をする。まさか、ガソリンスタンドの店員に歓迎されるとは。

 

「あっ、そうそう今アルバイト募集中なんだ。よかったらどう? 高校生でも大歓迎だよ」

「こっちの生活に慣れたら、一度来ますよ」

 

 

 丁度、ガソリンスタンドには自販機があったので、お茶を買ってから俺は店員と別れた。

 

 

 ガソリンスタンドから出て少し歩いたところに青い服を着た女性がいた。いや……それがどうしたって話なんだけど、明らかにこっちを見られてるんだよな。超ガン見だ。

 

 赤い服の女性には気を付けろとは聞いたことあるが、青い服は聞いたことがない。でも、八十稲羽じゃ青い服の方がヤバイのかも……ってか、そんなことも聞いてないし。

 よく考えると非常に失礼極まりないなとか、よく見ると凄く綺麗な人だなとか、思いながら女性を横目に通り過ぎた……

 

 

「ちょっと待ちなさい」

 ところで、呼び止められた。

 

 …………逃げようか。なぜそう思ったのか分からない。本能で、何となく。けどどうせ逃げられないとも思った。これも本能で、なんとなく。

 

 

「久しぶりね。日向」

 声をかけられたが、全然久しぶりとは感じない。恐怖しか感じない。…どこかであったか?

 

「あなたは覚えてないでしょうけど、私の名はマーガレット」

 女性――マーガレットさんの金色の瞳が俺に向く。ゾクッとした。続く言葉に嫌な予感がする。

 

 

「あなたとは男女の特別な関係を築いていたわ」

 

 

 

 

 

 

「嘘でしょ」

 俺は即座にマーガレットさんの言葉を否定する。

 

「あら、どうして?」

 対するマーガレットさんはクールな表情を変えずに首をかしげた。

 

「いくらあなたのこと憶えてなくても、そんなのは直感でわかります。ってか、俺が誰かと特別な関係になるのは考えられないっていうか……そんなことと縁遠い質だし…そういうの避けてるんで」

 それにマーガレットさんと対峙するとどうも冷や汗がとまらない。違う意味で胸がドキドキしている。

 これでもし特別な関係であったのなら、俺たちはいったいどんな別れ方をしたんだよ。包丁持って泥沼レベルじゃないよな。あなたを殺して私も死ぬ、みたいなパターンは昼ドラか刑事物で十分だ。現実では実に拝みたくない。

 

 

 まして、それが自分自身におこることならぜひ遠慮したいな。

 

 

「正解。その考え方、相変わらずなのね」

 肩をすくめマーガレットさんは、つまらないわねと呟く。つまらないと言われてもな。

 

 ってか、さっきのはからかっただけですか。というよりも

「相変わらずって…」

 『相変わらず』その引っ掛かる言葉について尋ねようとした俺の手が掴まれる。造り物のような綺麗な手は思っていたよりも温かい。

 

「場所を変えるわよ」

「え…?」

 手をひかれ、壁に不自然に存在する扉の前に移動する。マーガレットさんは、ちらりと後ろを振り返って俺に扉を開けるよう促した。

 

 促された俺は、青く輝く扉を見つめる。懐かしさを感じた。この扉を開けば……何があるのかも知っている。

 不思議な既視感とともにドアノブをゆっくり回した。

 

 

 

 

 

 

 トンネルを抜けると雪国。扉を開けばそこは、

「……ベルベット…ルーム…」

「…あら…」

 呟いたせいかマーガレットさんに興味深げに見られた。その部屋は青色で染め上げられたお高いリムジンのような内装で、車窓からは濃い霧が見える。車内にはどこか物悲しいピアノの音と歌声が流れていた。

 

 

 

 部屋と同じく青いテーブルの前に座っているタキシードを着た白髪の老人が、顔をゆっくりと上げた。

 特徴は長い鼻に大きくギョロッとした目。うん、鼻が長い。長いな、鼻。

 

 ……ベルベルベ~ル、ベルベット~。わ~が~あ~るじ長い鼻~。なぜだろう。無駄にいい声で変な歌が脳内再生される。

 

「ようこそ、我がベルベットルームへ。お久しぶりですな、橘日向様」

 向けられた大きな目が俺の少し戸惑った表情を映し出す。…不気味な雰囲気なのに、全然怖くない。俺のすぐ後ろにいる人のほうが怖い。

 

「あ、どうも。えーっと……」

 少し間をあけて、記憶から名前を引っ張りだす。特徴的な人だから覚えているわけじゃないのは、マーガレットさんでわかった。

 

 ベルベルベ~ル……いや、もういいから。何だよ、その歌。

 

「イゴールさん」

 俺が何とか思い出した名前を言うと、

 

「ほほぉ…私のことを覚えていらっしゃるようだ。どうですかな? 他に何か思い出すことがおありで」

 その老人は目を細める。イゴールさんで合っていた。

 この部屋に関すること、こめかみを抑えて目を瞑るが何も出てこなかった。俺は顔を上げるとかぶりを振る。

 

「安心なさるがいい。貴方の欠けた記憶はいずれ必要になる力。……全て思い出すには、まだ時間は長すぎる……」

「知ってるんですか? 記憶の内容」

「いいえ、我々は存じ上げていない。仮に知っていたとしても…我々に訊くことなく貴方ならば自分自身で捜そうとするでしょう」

「まぁ…自分の記憶ですしね」

 自分の物なのに他力本願ってのは情けない。忘れたのも思い出せないのも俺の責任だ。誰かに任せられることは出来ない。

 

「フフ……それでこそ、ベルベットルームに招かれた客人だ」

 ベルベットルームに集う者は、皆何かしら捜し求めている。イゴールさんはそう言葉を続けた。

 

「あなたの持つペルソナ能力についてはまた後日にしましょう。いきなり全てを話すにはいささか疲れているようだ……あぁ鍵は持っていますかな?」

「鍵?」

「手を開いてみなさい。鍵はもう手の中にあるはずだから」

 マーガレットさんに言われて、握りしめていた手を開く。鍵は確かにあった。

 

 

 

 いつのまに? いや、元々持っていたのか? だから、いつから?

 

 

 ズキッと頭が疼く。手の中の鍵は俺が見ている中、手に溶け込むように消えた。

 

 

 

「次は自らの意志で鍵を使い、この部屋に来られるといい」

 自分の手から視線を外し、窓の外を見つめる。外は相変わらずの霧だ。

 

 

 いつか聞いたことがある。霧は何かを隠すのにもってこいの現象だって。外の霧も何かを隠しているのだろうか。いつかの夢みたいに。

 

 

 

 ベルベットルームから出ると頭の痛みが途端にやわらぐ。マーガレットさん、イゴールさんが敵でないことは確かだ。確かなんだけれど……

 

 

 

 

 ただ二つほど気になることがある。一つ目はイゴールさんが言っていた「欠けた記憶」の内容。俺はいったい何を忘れているんだろうか。

 そして二つ目はマーガレットさんについて。最初はただマーガレットさん自身が怖いのだと思っていた。ま、確かにそれも含まれると思う。俺はマーガレットさんと対峙していた時、必要以上に緊張していた。だがそれ以外にも……いや、今はまだ上手く言葉に表されないな。

 それに俺はマーガレットさんを覚えていなかった。マーガレットさんは俺を「日向」と呼び、俺の変わった性格についても「相変わらず」と呆れることが出来るほど知っている。男女関係はなかったにせよ、親しい関係なのは確かだ。俺は普通、性格のことを人に話したりはしない。話したくない内容だからな。

 

 

 

 一気に考え事をしたせいか、また頭が痛くなってきた。イゴールさんに言われた通り、やはり疲れているんだろう。

 

「……今日は早く寝るか」

 目を瞑り、目頭をおさえて息を吐いた。引っ越し初日から色々とありすぎだ。

 

 

 

 どんな記憶か。なぜ怖いのか。悩み事が増える一方だな、考えていたら限りがない。

 ってか、これ以上考えていたら頭が保たない。さっきら、ズキズキと疼きっぱなしだ。伯父さんの家へと急ぎながら、買ったばかりのペットボトルに口をつける。

 ペットボトルの中のお茶は、まだ冷たいままだった。

 

 

 

 

 

 今日から住むことになる家は、伯父さんの家だ。伯父さんが亡くなってからは、誰も住んでなくて無人の家。だが、伯父さんと過ごした日々がこの家には凝縮されている。

 誰もいないのが不思議なくらいだ。家に入れば、すぐに伯父さんが笑顔で迎えてくれる――そんな幻想見たいなものを抱きつつ古き良き日本家屋の家を見上げた。

 

 

 人の気配のない庭。明りの灯っていない一階と二階。

 

 

 いや、ちょっと待て。俺はもう一度目を凝らしてから二階の窓を見た。

 人影が動いている。まさか、幽霊か。泥棒か。身構えて凝視していると。

 ガラッと窓が勢い良く開けられた。現れた人影の正体に安堵する。まったく、よくあるオチだ。

 

「おー、日向ぁ。遅かったじゃないのさ~!」

 窓から体を乗り出して手を振ってくる女性―俺の伯母さんでおじさんの妹の橘凛子こと凛おばさん―に手を振り返した。

 

 

 

 




マーガレットコミュを日向は築いていくことになります。
……マーガレットさんは「厳しさの中に優しさがあるお姉さん」みたいな感じですよね。
日向はからかわれたり、メギドラオンされたりしますけど…


オリキャラが登場したので、その紹介を

・橘幸司
タチバナ コウジ

日向の伯父で、二年前に亡くなった。日向にとっては、一番の理解者であった人。


・橘凛子
タチバナ リンコ

日向の伯母。幸司の妹で、非常にサバサバとした女性。
暇人なのか、忙しいのか、仕事も様々な分野に手を出している。
現在の職業は雑誌のライター…だと思う。


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-003- 懐かしい家

 

 

 

「掃除しに来てくれるって今日だったんだ?」

 頭に巻いていたタオルを外した凛おばさんは、そのタオルを首にかけて頷く。

 

 いつ見ても今年で46歳の人には見えない。髪を一つくくりにしているとこも含め、何だか凛々しい人である。

 

「そ、慶介に聞いたら今日だって言われたから急いでバイクで飛ばして来たのよ」

 別に今日はオフで何もない日だったから好都合だったんよね、凛おばさんの職業は今は雑誌のライター…だった気がする。

 

 前はクリエイターでその前は新聞記者、その前は警察官、その前は……ま、とりあえず何でもこなせる人ってことで。

 

 

 

「仕事はどう?」

 リビングにバッグを置いて、出されたお茶を飲んだ。

「今は若い子が沢山入ってさ。色々と教えることが多いんよ。記事の書き方とかね」

「へぇ」

 やっぱ、今はライターか。声に出さずに呟いて、お茶を飲み干す。

 

「けども、本職の方も放っておけないんよね…」

 耳を疑う言葉にお茶を吹き出しそうになった。

 

 …ライター、本職じゃなかったのか。ってか、なら本職ってなんだ。

 

「本職って? 雑誌のライターじゃなかった?」

「あれ、日向に言ってなかった? 雑誌のライターは趣味みたいなものって、本職はバイクの整備士よ」

 …確かにバイクいじってる姿はよく見たことがあったけど、あっちが本職だったんだ。

 

 どちらか、バイクいじりは本職というより趣味だろ。

 

「で。話変わるけどバイクの免許とる予定ある?」

「一応、この春休みとるつもり」

 凛おばさんの顔が目に見えて一気に明るくなる。

 

「バイクの免許とるなら、はいっ参考資料渡しとくからさ」

 にこやかにバックから取り出した『免許取得するには』『バイクの心得 初心者』そんなタイトルが表紙を飾る本をどさりとテーブルの上に置く。

 

 付箋が貼られているから、たぶん重要な点とかチェックしてくれてるんだろう。凛おばさん、マメだし。

 

「バイクの免許とったなら、すぐ連絡しなさい。おばさんがオススメのバイク紹介するから」

「気が早いって」

 まだ免許さえもとってないのに。凛おばさんはマメでせっかちな人なんだ。

 

「こんなのは早い者勝ち。いい? いいバイクは早く売れちゃうんだかんね」

 いったいどんなバイクを紹介するつもりだろうか。

 せめて学生がアルバイトで貯めれるやつで。

 

 俺の至極当たり前な注文に不服そうに顔をしかめる凛おばさん。

 

「男はいいバイク買ってなんぼ。それか盗んだバイクで走りだすかね」

「いったい何を男に求めてんの…」

 俺はもう15じゃない。

 

 

 

 それに盗んだバイクは犯罪だ。結局、男のロマンとやらを俺は凛おばさんに求められていた。もちろん、却下で無理。そんな男前なこと出来ません。

 

 

 

 

 

「それにしても、また急な引っ越しだったんね。慶介も日向のこと考えてないというか……」

 休憩が終わり、一階の一室、書庫と呼んでいる場所で本を整理していた。

 

 書庫と呼んでいるだけあって、部屋中に並んでいる棚には本が端から端までぎっしり詰まっている。

 

「ま、父さんも母さんもあいつの病院で手一杯だからさ。しょうがないしょうがない」

 俺としても、是非とも病院を優先してほしいし。うっすら埃の被った床を雑巾で拭いて本棚を見上げる。

 

 ん?

 

 本と本の間に僅かな隙間を見つけ、首を傾げた。

 

「うーん。日向がそう言うのなら、おばさん何も文句言わないさね」

 そう言う凛おばさんに適当な返事を返しながら、上の段と隙間を見比べる。

 

 上はぎっしり、その下には少しの隙間……このぐらいの隙間なら薄い本でも入ってたのか。前からあったかな、こんな隙間。

 

 

 いや、別にそんな細かいとこまで覚えてるわけないけどさ。おじさんの性格からしてな。

 

 

「あ、そうそう。明日ぐらい堂島君とこに挨拶行きなさいね。前お世話になったわけだし、目付けられてるかもしれないさねぇ」

 堂島さんか……聞こえた名前に手をとめて息を吐いた。

 

 堂島という名前には苦い思い出が付いてくるんだな。あの人に二年前酷く叱られた過去がある。

 

 けど、あれは俺が全面的に悪かった話で。

 

 

「現役の刑事に目を付けられるって、あんまいい事じゃないな…」

 願わくば目を付けられてませんように。

 

 ……付けられてんだろうな…

 

 

 

 

 

 それから午後は、途中送られてきた俺の荷物を二階の部屋に移動させたり、ご近所に挨拶回りしたりと中々に多忙で──

 

 

 空を見れば薄暗く、時計を見ればそろそろ夕食時に近付いていた。

 

 凛おばさんは夕食頃に用事があったらしく、

「冷蔵庫の中、適当に食材入れといたから」

 と言い残し帰ってしまった。

 

 黒のデカいバイクにまたがって、意気揚々と。

 

 

 

 

 

 結局、今日も凛おばさんの口からおじさんの話題が出ることはなかった。

 俺に遠慮してるのか、おばさんがただ話したくなかったのか。

 

 そんなの知りたくもない。何より俺が知る必要もないのだ。

 

 

 

 でも、できれば前者ならなと、思いたい。

 

 

 




文中、凛おばさんの言っている「慶介」の説明です↓

・橘慶介
タチバナ ケイスケ

日向の父親で、おじさんと凛おばさんの弟。




本編には、まだ入らないのですが…ヒロインがまだ全然まったくもって決まらない…ええ、P4の少女達は全員魅力的です。
なんで、一瞬「全員と恋人も…」なんて不埒なことも考えてたりしてました。そんなの修羅場二次小説になるんで、もちろん却下ですよね。
誰が読みたいのか、書いてる方も罪悪感で一杯になります。

……やっぱり鳴上悠のようにジゴロキャラですかね


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-004- どうしようもない

マーガレットさんとまたまた出会う話。

フラグ? 立った方がいいのでしょうか。


 おばさんが適当に買ってきた食材で軽く夕食をすませた俺は、何をすることもなくぼんやりとソファーに背を預けた。天井を仰ぎ見て目を瞑る。

 

 

 二年前、俺には二つの出来事があった。

 

 夏、二人の男女と出会いペルソナ能力を使った。冬、おじさんが亡くなった。

 

 どちらも俺にとって大きな出来事なんだが、今は夏の話が重要か。

 

 目を開けて、腰のバッグのファスナーも開けた。

 

「……ペルソナ、召喚器、シャドウに…」

 

 思いつく言葉を指折り数えていく。テーブルの上にはその時に渡された拳銃型の召喚器。召喚器は常にポーチの中に入れてある。

 

 何かあった時、というより持っていることが当たり前になっていた。使ったことは多分あの時だけ。

 

 

 なんせあの時はがむしゃらだった。シャドウに襲われかけた恐怖から案の定何も覚えてないし。

 試しに召喚器をこめかみに当て引き金を引いてみた。

 

 

 カチッと音が鳴るだけで、もちろん

 

「出るわけないか…」

 息を吐いて、召喚器をポーチになおす。

 

 一番手っ取り早いやり方は、自己と向き合うか極限状態まで追い詰められるかだ。

 

 どうしても知りたいなら。あの場にいた朱音さんか彼方さんに詳細を訊くとか。ペルソナ使いの先輩でもあるし…でもな…

 浮かんだ問題に頭を抱えてため息をつく。

 

 

 

 もう根本的な問題を言っちゃえば…俺、あの人たちの連絡先を知らない。こっちが知らないのにあっちが知っているわけもない。

 

 

 ホント、どうしようもなかった。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「――起きなさい」

 目覚めは突然。言葉では表せない本能による恐怖によって起こった。

 

 目を開けて早々、見知った顔と出会う。寝起きの頭で必死に今の状況を考えてみた。

 

 

 夕食のあと、おそらく考え事をしていた最中に寝た。その後起きてみると、なぜかその場にいるはずのない人が。以上のことを踏まえて。

 

 

 …………あぁ、なるほど夢か。

 

 

「夢ですか? これ」

「残念だけど。夢ではないわ」

 マーガレットさんはそう否定すると、俺の頬を引っ張った。痛い。

 

「痛いですよ…引っ張らないでください。夢じゃないって分かりましたから」

 起き上がり頬をさすって文句を言う俺に、

 

「貴方が前、今度からは目を覚ますときはこうしなさいと言ったのよ」

 

 …本当だろうか。

 

 顔を見ても相変わらずのポーカーフェイスで、真偽はわからなかった。

 

 

「いったい前はどんな目覚まし方を…」

 マーガレットさんは何も言わなかったが、僅かに視線が持っている本―ペルソナ全書だったか―へと移っている。

 

 

 言わずもがな。ってか、事実を知るのが怖い。あんな辞書みたいな厚さの本で、なんて考えたくはない。

 

 

 記憶を失った原因もそんなことだったり…いや、冗談だけどな。いくらなんでも古典的だ。

 

 

 ため息をついて、俺は自分がいる場所を確認した。

 

 幾何学的な模様が描かれた石畳に、頭上には雲一つない青空が広がっている。見方によると、どこか殺風景だ。

 

 とにかく、ベルベットルームではない。

 

 

「イゴールさんはどうしたんです? ってか、ここって?」

 ベルベットルームでないのだから、その場にはあの鼻の長いイゴールさんもいなかった。

 

「主には外してもらっているわ」

 イゴールさんにはいてほしかったな。ストッパー役として。

 

「そして、ここは……覚えがないかしら?」

 覚え、ねぇ。首をかしげてよく見渡してみる。

 

 懐かしい感じはしていた。だが…………やはりと言うか何と言うか、ぼんやりとした感覚だけで特に覚えは…

 

 

 

『メギドラオン』

 

 

 

 あぁ、何だか不吉な単語を思い出してしまった気がする。

 

 

 俺は否定の意味と、不吉さを振り払うのも含めて首を横に振った。

 

「……そう」

 気のせいか、マーガレットさんの表情が一瞬寂しげに見えた。

 

 ここに俺の忘れた想い出でもあるのだろうか。その表情に罪悪感を感じる。

 

 

 

「ここで散々、ボロボロに負かしてあげたのだけれど……覚えてないのね」

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

「はい、全くもって」

 むしろ覚えてなくて良かった。俺の罪悪感はいったい何だったんだ。

 

 

 




※以下の説明は自分の考えに基づいて書いています。


P3の細かな設定をP4しか知らないという人もいらっしゃると思うので簡単に書いておきます。


・拳銃型の召喚器
P4とは違いP3のペルソナ召喚者が、ペルソナを召喚する際に使う道具。
自らに向け引き金を引くことによって、ペルソナ召喚が可能。

しかし、召喚器を使わずに召喚はできるらしい。
簡単にまとめちゃえば「ペルソナを安定して召喚させる為の道具」。


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-005- 白きペルソナ

戦闘描写は苦手。

もう少し上手く書けたらいいのですけれど、ね。

では、今回はペルソナを使っての初戦闘シーンです。


 

「今日は貴方の力の性質について、実戦を交えて教えていくわ」

 なるほど、よく分かるペルソナ実戦講座というやつか。

 うん……そこはかとなく不安を感じる。ついさっき手渡された木刀が頼りない。

 

 召喚器を取り出そうとウェストバッグに手を伸ばした。

 

「その召喚器でペルソナを出すのは、今はやめなさい」

 制止され、手に取った召喚器とマーガレットさんを交互に見つめる。

 

「何でですか?」

「それは元々、あなた専用に造られた召喚器じゃないの。だから通常よりもペルソナ召喚の際に精神力を使ってしまう。……それは最後の切り札として使いなさい」

 

「最後の切り札に…」

 

 握る召喚器が途端に重く感じる。

 

 

「ええ。召喚の仕方は以前……いえ、覚えてなくても体は覚えているはずね。じゃあ、行くわよ」

 楽しげな様子を声に含ませ、ペルソナ全書が開かれる。

 

 

「……へっ!?」

 

 

 慌てて顔を見れば不敵な笑み……いいや、サディスティックな笑みだな、あれは。

 

 あんな表情の時は…考えるよりも遙かに早く俺はその場から急いで遠ざかる。

 

「メギド」

 

 光が落ちてきた。

 さっきまでいた場所がうっすら焦げている。あれ、当たったらどうなんだろう。

 

「大丈夫よ。メギド、メギドラ、メギドラオン。どれも貴方は死ななかったから」

 まるで俺の思考を読みとるようにマーガレットさんは答える。

 

 って、床が焦げてんのに昔の俺はよくご無事で。焼き日向とかなったんじゃないか。こんがり焼けて、あら美味しそう…みたいな。

 

 

 

「……大丈夫、メギドラオンで少し目が覚めないだけ」

 

 

 

 さっきまで考えていた冗談が頭から吹き飛んだ。

 

「それ全然大丈夫じゃないですよ!?」

 多分、生死の境目とかさまよってる。焼き日向なんて目じゃなかった。

 

 花畑見えてたのかな、俺。

 全然シャレにならない。

 

 

 

 

 とりあえずメギドラオンさえ、当たらなければと距離をとろうと後ろに下がる。

 

 

 そして、そこではじめてマーガレットさんが前方にいないことに気づいた。

 

 

「…っ!」

 慌てて振り向くと、どこか妖艶な笑みでマーガレットさんはペルソナ全書を振りかぶっている最中だった。

 

「くっ…!」

 とっさに手にした木刀で振りかぶられたペルソナ全書を受け止める。手が痺れ、メキッと木刀から不吉な音がした。見ると木刀にひびが入っていた。

 これは、もう使えないな。次あたりで折れる。

 

 物理攻撃は無理、やっぱりペルソナにはペルソナで対抗するしかないのだろうか。

 

 

 って言っても、そのペルソナが出せないわけで。

 

 

 次々と容赦ないマーガレットさんの攻撃を、懸命にかわして距離をとることに専念する。

 

「ガル!」

 

 疾風が横切って頬が切れた。風に煽られ、バランスを崩す。

 

「ブフ!」

 

 体勢を整えていた俺に冷気が足下にまとわりつく。下を見ると足が氷で固定されていた。無理に動かそうとしてもびくともしない。木刀で叩いてみるが、少し欠けただけだ。

 

 

 ……逆に木刀が折れた。

 

 

 そんな俺に「待った」なんて優しい選択は与えられず、ってかより一層いい笑みを浮かべてるよ、マーガレットさん。

 今の俺には「絶対絶命」その言葉が似合う。

 

 

「倒れちゃだめよ……メギドラオン!」

 

 

 頭上を仰ぎ見ると、巨大な光の塊が現れていた。逃げようにも範囲が広すぎて、逃げきれない。ってか、そもそも氷で動けない。

 

 

 

 

 

 ――我は汝、汝は我――

 

 

 

 覚悟というか諦めかけた俺の脳裏に言葉が響く。

 

 

 

 ――我、汝が進むべく道を共に歩む者――

 

 

 

 周りの時間が止まった。言葉しか耳にはいらず、他の音は一切聞こえない。

 目の前に浮かび上がったペルソナカードに手を伸ばした。

 考えることはせず本能のままに。

 

 

 

 ――汝、我を導き。我に導かれし――

 

 

 

 『契約』の単語が脳裏に浮かんではすぐに消え、様々な情景が瞬時に流れる。

 雪、花びら、霧、夜空、青、影。

 それらを振り払うようにペルソナカードを掴む。

 呼ぶべき名前はすでに知っている。

  

 

 

 

 

 

「イザナミ!!」

 掴んだペルソナカードを地面に叩きつけるように召喚した。瞬間、青白い光が全身を包み込んだ。

 

 

「――!?」

 マーガレットさんが目を見開く。

 

 

 

 白い。召喚されたイザナミを見てただ思う。

 

 白い長ランを着込んだような姿、白い布で目隠しをするように覆われた目の部分。

 純白のような雪のような白さを持つペルソナが、目の前に存在していた。その白すぎる姿に綺麗だとも不気味だとも感じる。

 

 

 

 頭上に視線をやると、イザナミは青白く輝く矛をかまえ、そして。

 

 

 

 イザナミは俺の頭上に現れた金色の大火玉に、自らの持つ矛を突き立てかき回すように動かした。落ちてくるはずだった大火玉はかき回されたおかげで上空で霧散する。

 

 

「消した……」

 呆然と呟く。自分のペルソナがやったことなのに実感がいまいちない。イザナミはそのまま矛で足の氷を割ると、俺の後ろにつく。

 

 

「やっとね」

 開かれたペルソナ全書からカードが浮かび上がる。

 

 

「クー・フーリン!」

 美しい容姿の青年がマーガレットさんの前に現れた。槍を持ったそのペルソナは、素早い動きで俺の方へと向かってくる。 

 イザナミも矛を向け、クー・フーリンとぶつかり合った。

 

 槍と矛。二つの武器が交差し、風が引き起こされるのがわかる。

 

 

「っ…ひけっ!」

 クー・フーリンの風をまともに食らうとヤバい。警告がよぎりイザナミを引かせ、

 

「ジオだっ!」

 

 イザナミの出した雷がクー・フーリンを狙う。

 

「……って、流石に避けるよな…」

 ジオを簡単に避けると、クー・フーリンは風をまとう槍を横に払った。つむじ風は大きくなりつつ、イザナミに向かう。

 

 スピードが速く避けることは不可能だ。

 

 

 竜巻のように大きくなった風に巻き込まれ、イザナミはペルソナカードへと戻った。

 

 

 

 風が消え、視界が晴れるとマーガレットさんの姿はない。完全に見失ってしまっている。

 

 

 

「ぅっ…」

 周りを見渡していた俺は、いきなり目の前に現れたマーガレットさんの姿に、上手く反応できない。

 

 

「まだまだね…」

 下がろうとした時にはもう遅かった。なんとか両腕でペルソナ全書による打撃を抑えようとガードをとるが、

 

 

 ベシッ!!

 

 

「いてっ…!」

 全書による攻撃はなく、代わりに額にデコピンをされる。目をつぶってしまったから、よく額を狙いやすかっただろうな。まったくいい音がなりました。

 

 ペシッじゃなくてベシッで。

 

「やっぱり、前よりも勘が鈍ってるわ」

「そりゃそうでしょ」

 額をさすりながら、俺は折れた木刀を拾う。

 

「俺、久しぶりで召喚の仕方さえままならない程度なんですから。ってか、慣れても勝てる気がしませんね」

 マーガレットさん、本気だしてないし。あれで本気だされたら、すぐに消し炭になるんだろうな。

 

 

 

 一発メギドラオンで。

 




ザ・伏線のオンパレード。


pixivにある話は今のとこ8話まで。
あと少しですね。


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-006- 愚者の夢

今回は戦闘後と単なる昔話。

分かる人には分かる昔話のエピソード。




「貴方が現在使用できるペルソナのアルカナは愚者と女帝ね」

 

 愚者と女帝。アルカナとはペルソナの各特色を表す。

 

「人との関わりが新たなアルカナを示す。覚えているかしら」

「愚者は俺自身。女帝はマーガレットさんですか」

「ええ……女帝のアルカナであるペルソナは随分と弱くなったようだけれど」

 

 遠回しに責められてるような気がした。

 

「愚者はイザナミなら、女帝はどんなペルソナでしょうかね…」

 

 非難めいた視線から逃げるために話題を変える。

 

「召喚してみたらどう?」

 

 そう言いペルソナ全書を開くマーガレットさんの姿はどこか楽しそうだ。俺、ホントにこの人との記憶がないのって故意的じゃないのかな。

 

「メギドラオンはもういりませんよ」

 

 そう何度も極限状態まで追い詰めないでいただきたい。

 

「あら、そう」

 

 その呟きが残念そうに聞こえたのは、気のせいか否か。

 

 ため息をつきたいのを堪え召喚をする。

「ペルソナ!」

 ペルソナカードが浮かび、

「チェンジ!」

 

 パリンッ

 

 イザナミの姿が描かれたペルソナカードが割れ、新たなカードが浮かび上がる。それと同時にペルソナの名もわかった。

 

「イシス!」

 

 現れたペルソナカードを掴んで、さっきと同じ要領で地面に叩きつける。

 

 両手を覆う黄金の羽を広げ、イシスは俺の前に降り立った。

 

「っと…」

 

 足元がふらつき、イシスはカードに戻る。ペルソナ能力を使いすぎたのか、急に眠気が…

 

「今日はこれぐらいにしましょう」

 

 マーガレットさんの声が遠く聞こえる。

 

「あなたのペルソナ能力は、特殊であり不完全なワイルド」

 

 

 不完全なワイルド?

 

 

「不完全なままで終わるか、完全なものへと変わるか。それは貴方次第」

 

 

 前にも聞いたことのある話だ。

 

 前っていつだ?

 

 

「私は教えるだけよ」

 

 疑問に答えは得られず、俺の意識は徐々にこの場を離れていく。

 

 

「今度は――」

 

 

 

 続く言葉はよく聞こえない。ただ、またマーガレットさんが淋しそうな表情をしたのが気になった。

 

 

 

 

 俺は、この人にそんな表情はしてほしくない。

 畏怖と罪悪感。なぜ、罪悪感なんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

Extra1:夢の話

 

 

 

 将来の夢が何だったのか、幼いときは純粋な夢を見ていたのか。

 

 そんなことは今となってはあまり覚えていない。

 

 夢とやらで覚えているエピソードといえば、小学三年の頃、将来の夢を発表するときに「早く自立できる大人」とスピーチしたことだろうか。

 

 その放課後、担任に呼び出され、両親と一度話したいと言われてしまった。小学生が書くような純粋な「サッカー選手」とか「ケーキ屋さん」とは違い生々しすぎたんだろう、つい最近見つけて読んだのだが確かに現実的な文ばっかた。

 

 節約とかセールとか、普通は書かない。

 

 で、小学四年。次は面談のことで担任に呼び出された。

 

 毎年毎年、同じことで担任と向かい合ってきたのでもうその時には慣れていたのだが、今度の担任は一味違った。

 両親が面談に来ない理由と言われ、

 

「放任主義なんです。俺の両親」

 といつも通り答えると、その担任は少しぽかーんとした後に笑いだしたのだ。

 

 去年までは「お母さんとお父さんに電話するね」なんて言って、何度もアタックという名の電話連絡を頑張っていたのだが、残念なことに両親の教えてる携帯番号は普段仕事場に持っていかず家に放置してる用。いくらかけても絶対に繋がらない。

 

 

「そうか、そうか。お前もか」

 

 どうやら担任も同じような幼少期を送っていたらしい。両親共働きでたこ焼き屋を営んでいたらしく、唯一覚えている教えてもらったことが、たこ焼きの作り方とか。

 

 その日から担任は、様々な知恵を教えてくれるようになった。例えば子供という立場を利用して商店街でオマケしてもらう方法とか…先生曰く同情でご飯は食べれるらしい。同情するなら飯をくれ。

 

 

 よく考えたら教師のやることじゃないなとか…いや、凄く感謝してるけど。

 

 結局、その個人的に教えていたことが保護者に問題視され、先生は学校を離れることになった。

 

 

 

 噂なんて尾鰭がつくもので、俺が聞いた時には事実とは程遠い内容で出回っていた。気にならなかったけど、噂はあてにならないとはじめて感じた瞬間だ。

 

「負けるなよ、少年」

 

 別れ際そうニカニカ笑って頭を撫でられたのを覚えている。先生としては学校を離れることは良かったらしい。

 

「ま、ウチもこないな教師生活うんざりしとったさかいな。またちゃうとこでやるか、たこ焼き屋やるか…まぁ、ホンマにたこ焼き屋やっとるやろな」

 

 

 それを聞いた時、どんな顔をしていたんだろう。

 

 

「縁があるんなら、また会おな。少年」

 

 たぶん、先生は今ではたこ焼き屋を営んでいると思う。

 けど、あの人たこ焼きに「普通は入れないある物」を入れてたからな。……たこ焼きにたこ以外の物を入れてはいけないなんて法律はないけどさ。

 

 ま、限度ってのがある。

 

 

 

 とりあえず、昔の俺は可愛げのない子供だったな。今の方がよっぽどあるんじゃないか? 愛嬌とか。レッツ、スマイリー。

 

 




で。今後のストーリー展開について。
まだ、物語上の日付は三月。事件は始まってませんが、それまでの事件始まるまでの生活を書いています。

堂島さんとか足立さんは、なるたけ早く。同級生グループとの出会いも現在書いている途中です。
出会い書き、伏線立てて。

次話では伏線+ペルソナ3描写を投稿したいな、と。


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-007- それぞれは動き出す

四月に入りたい、入りたいと思いながら書いている今日この頃。

だって、P4の醍醐味は四月からですよね。うん。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 薄暗い部屋。その部屋に生活臭は全くせず、部屋の中央に白色のソファーが置かれているだけだ。他の家具は一切ない。

 

 

 そのソファーには今一人の少女が腰掛けている。

 

「ああ、楽しみ」

 少女はゆったりと微笑み、待ちきれないと体を揺らした。少女の持つ黒髪も揺れる。

 

「もう少しでまた会える」

 目を閉じ、彼の姿を思い浮かべた。

 

 

 

 彼のことを考えるだけで、胸が一杯になる。頬が緩む。なにせ彼とはもう何年も会っていない。

 早く、早くと急かそうとする気持ちを落ち着けて、ずっと少女はこの部屋で待っていた。

 

 

 

 

 彼が今、何を思っているのか、どんな表情をしているのか。

 

 ああ、今度は全て、自分の物に出来るのか。

 

 今度こそ、誰にも邪魔はさせない。

 

 

 

 

「たぶん、お前に会ったら消しにかかると思うぜ」

 突然聞こえてきた無遠慮な言葉に少女は顔をしかめた。

 

 せっかく、彼のことだけを思っていたのに。

 

「切り離された奴は黙って」

 睨みつけた方向には少年が薄ら笑いを浮かべ立っていた。背中を部屋の壁に預け、くっくっと笑い声をこぼした少年はあざけるように言葉を続ける。

 

「お前も同じだろうがよ」

 少年の言葉に少女は顔を憎悪で歪めた。

 

「あたしはあいつによって離されたの、別にあの子の意思でってわけじゃない」

「あっ、そう」

 

 至極、どうでもよさそうに少年は答えた。少女の怒りや憎しみなど、少年にとってはどうでもいいものだ。

 

「で。そっちの準備は整ったの?」

 気分を変えるように少女は違う話題を出した。少年はその様子に、おかしそうに口元を曲げるも 

 

「ああ、準備は上々。あと空いてる枠は一人だけだな」

 少女の問いに答える。

 

「‘希望’ね。ふふっ、いい言葉」

 うっとりと少女は‘希望’その言葉を口にした。

 

 

 けれど‘希望’は、二人にとっての始まりにすぎない。

 

 

「ねぇ、もし始まったら。あなたはどうするの?」

 少年は少女の問いに、軽く鼻で笑って

 

「そんなの決まってんじゃねぇか。今度こそ自由にやらせてもらう」

 ただ、自分の拳を握りしめる。

 

「一度負けた相手に、また挑むんだ?」

 少女の言葉にピクッと頬がひきつった。   

 

「ま、どうせまた彼が勝つと思うけどね。無駄な努力よ」

「……うるせぇよ」

 

 今度は少年が顔を歪める番だった。

 

 

 クスクスと少女の笑い声が部屋に響きわたる。

 

 その不快な音に舌打ちをし、少年は部屋から姿を消した。

 

 

 後に残るのは、少女だけ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

2011年、3月8日   夕方

――八十稲羽駅前にて

 

 人気のない駅前に一人の女性が佇んでいる。いや、女性と呼ぶには幼いだろうか。

 現在、高校を卒業したばかりで後少しで大学生となるのに少女とも呼びにくい。

 なら、彼女と。そう呼ぶべきか。

 

 

「ねえ、本当にここであってるの?」

 

 田舎特有の何もない風景を見渡して、彼女は電話の相手に問いかける。彼女が首を傾げると、彼女の持つ明るい茶髪は夕焼けの光を浴びて輝いた。

 

『あってるよ。ここが反応のあった場所だ』

 

 電話の相手の答えを聞き、もう一度見渡してみた。

 一言でいえば「何もない」。都会ならば駅を出ると、高層ビルや色とりどりの店に迎えられるのだが、ここにはそんな物はなかった。

 

 

 この町に、喧噪は似合わない。

 二年前に思ったことを、再度認識する。

 

 

「で、今日は反応先を探すだけ、と」

 夕日に目を細め、彼女は手元の機械を操作した。画面上に赤いピーコン反応がでる。ちょうど、町の中央を示している。

 

『出しゃばらなくていいからな』

「ラジャー。出しゃばりダメ、絶対だね!」

 念を押す声に少しふざけて返しながら、動きやすいよう髪を一つくくりに変える。

 

『そう。絶対ダメ、だ。俺も出来れば一緒に行きたかったんだけど…』

「絶対ダメ。どうしてもってなら、部屋の外にいる二人を説得してから来てよ」

『いや、三人に増えた』

 ため息をつく相手の姿が簡単に想像でき、彼女の口角が上がる。そして頼もしい見張り役がいるから、大丈夫だとも安堵もした。

 

 

 もし逃げ出したりしたら、実力行使で止められてしまうだろうから。

 

 

「この、ハーレム星人」 

『その言い方はやめてくれ』

 不機嫌そうな声に、事実なのにと口を尖らせる。   

 

 

 それから二言、三言、言葉を交わした彼女は腕時計に目を落とす。時間は相手にとってはギリギリな時間帯だ。

 

 

「じゃ、そろそろ寝ないとダメなんじゃないの?」

『ああ、電話は…』

「他の人にだね」

『そうしてくれると助かるな』

 寝る時間が多くなったのは二年前の後遺症だ。滅びと闘った後遺症にしては軽い方で。

 

 

 彼女にとっては、ただ生きてくれるだけで奇跡。

 

 

「じゃ、おやすみね。彼方」

 電話の相手の名を呼ぶ。

 たった一人の家族。双子の兄。 

 

『おやすみ。朱音』

 彼方のゆったりとした優しい声に、朱音は微笑みを浮かべ携帯から耳を離す。

 

 

 

 3月8日、有里朱音。八十稲羽市来訪。

 

 

 

 

 

 

「なんとなく予想はしてるんだけどね」

 携帯を閉じて、ピーコン反応を再度眺めると朱音はそう呟いた。

 

 朱音が思い当たるのは二年前の夏に出会った少年のこと。シャドウに襲われ、召喚器でペルソナを召喚した自分たちと同じ力を持つ少年。

 

 

 

 でも、彼のペルソナは

 

 

 トンッ…

 

 

 考える朱音の体が前から来た少女と軽くぶつかり、二人はそろって地面に尻餅をついた。 

 

「あ、ごめんね。大丈夫?」

 

 朱音は慌てて目の前の少女の無事を確かめる。

 

「別に……大丈夫」

 

 そう素っ気なく言った少女を見て、朱音はただ可愛らしい子だと思った。

 

 

 自分の交友関係にいる少女達とは少し違った可愛らしさをその少女持っている。

 ショートカットの黒髪に、目鼻立ちの整った顔。澄んだ色の瞳。服装は今時の子みたいにおしゃれで、自分の格好と見比べ苦笑いしてしまう。

 

 

 慣れないスーツよりも、少女の格好の方が動きやすそうだ。

 形からとスーツを選んだのは間違いだったかもしれない。まだ、かろうじて高校生と呼べるのだから。

 

「なら良かったよ。はい、手」

「……?」

 

 手を差し出した朱音を不思議そうに見上げる少女。朱音はじれったくなり、

 

「よいしょっ」

 

 そのまま少女の手を取り立ち上がらせる。

 

「うん、大丈夫そうだね」

 

 上から下。少女の体には傷はない。

 居心地が悪そうに立っている少女に、朱音は安心させるために笑顔を浮かべた。

 

 仲良くなる為にはまず笑顔。

 

 

 結局、少女は笑顔を浮かべてくれなかったけれど。

 

「また縁があったら会おうね」

 

 朱音はにこやかに手を振って、その場を後にした。

 

 

 

 

 もしもと、バスに乗り込んだ朱音は考える。

 

 

 あの少女が銀髪だったなら。あの後、すぐに電話をかけ直しこの町を離れただろう。あたしたちが手を出すのは野暮だ。

 イゴールさんが今どこで何をしているのかは分からないけれど。もしもこの件に関わっていたら…

 

 

「そんな偶然ありそうにないかな」

 

 自分の考えに苦笑を浮かべる。

 さっき出会った少女が、不思議な雰囲気だったからって柄にもなく深く考えてしまった。

 

「今日は様子見だけ」

 

 朱音は自分に言い聞かせるように呟くと、ポケットから愛用の音楽プレイヤーを出して赤いイヤホンを耳にかける。

 

 

 何気なく見た窓の外は、いつのまにか雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 バスから降りる。ほんの少し小雨と呼べるほどの感じで雨が降る商店街。

 傘なんてもちろん持ってるわけなく、朱音は顔にかかる滴をハンカチで拭った。イヤホンはバスから降りる前に外した。

 

 

「ねぇ…」 

 突然呼ばれた声。朱音は何の気なしに後ろを振り返る。

 

 朱音の視線の先に男の子が立っていた。一瞬、囚人服を着た男の子と姿が被ってしまう。

 

「こんにちは、お姉さん」

 傘をささずに佇む男の子は、にっこりと笑って挨拶をした。

 

 

 

 

 

 ……あれ?

 

 

 何かが変だ、と思った時にはもうすでに周りの景色が変わっていた。

 朱音はすぐにスーツの裏ポケットから出した召喚器を手にする。

 

 雨が降っていた商店街。それが、ついさっきまでいた場所だった。

 

 

 ここはどこ?

 

 

 素早く周囲に目をやる。朱音が今いるのは商店街。しかし、どうも様子がおかしい。空は歪み、地面にはひびがはいっている。

 

 

 それ以前に――

 

 この商店街は霧で満たされていた。体にまとわりつく不快な感覚、まるであの‘塔’のようだ。

 

 

 

 落ち着け、冷静になれと、朱音は深呼吸を繰り返す。

 

 

「ここから先は関係者以外立ち入り禁止なんだよね」

 

 男の子の声が聞こえるが、姿は見えない。霧で隠されているのか、ここにいないのかもわからない。

 

「あぁ、でもこのまま追い出すもの面白くないか」

 

 召喚器をこめかみに当てて引き金を引くが、ペルソナは出なかった。

 

 やっぱり何かに干渉されている。

 

「じゃあ、お姉さんも役者になってみる?」

 

 楽しそうな声だった。

 けれど、人を不安にさせる声でもある。朱音は眉をしかめ目を凝らした。

 

 うすらぼんやりと影が浮かび上がる。さらに目を凝らすと、やっとはっきり姿が見えた。

 

 影の正体は、声をかけてきた男の子。表情も顔立ちも、顔に表情のない仮面を付けていることで分からない。

 

 まるで、シャドウのようで趣味が悪い。

 

「お姉さんはこの物語に本来は登場すべき人間じゃない。けどさ…何においてもイレギュラーって必要じゃないかな?」

 

 男の子が言っている意味は、朱音には理解できない。

 イレギュラーとは一体何なのか。

 

 

 他の…ペルソナ使いという意味…?

 

 

「いや、もう…イレギュラーは存在してるんだけどね。もう一人ぐらいいてもいいよね」

 

 

 男の子の手が伸びてくるのがわかる。後ろに下がろうにも、霧にまとわりつかれた両足は動かない。

 

 ゆっくりと、手が朱音の額に触れた。

 

 

 途端に眠気が体を支配する。

 

 

「ようこそ、八十稲羽へ。歓迎するよ」

 

 

 

 

 ごめん、彼方。これじゃ、様子見だけは無理かも。

 

 

 意識が薄れていく中、朱音はポケットの通信機を握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

------有里朱音------

月光館学園を今年の三月に卒業。

稲羽市には‘とある反応’を捜すためにやってきた。

 

高校二年の時にペルソナ能力に覚醒し、その一年間を主にシャドウ討伐で過ごす。

両親は十年前の事故で亡くなっており、現在は双子の兄である有里彼方がただ一人の家族。

なお、彼方もペルソナ能力に覚醒している。

召喚器を使ってのペルソナを召喚する。

 

性格は、明るく騒がしく。非常にポジティブ。

シャドウとの闘いのおかげで人並み以上の身体能力と感覚を得たが、恋愛面に関しては結構な鈍感っぷり。

 

 

 




本編について。
今回はP3Pの女主人公を登場しました。双子の兄妹の朱音と彼方です。
実を言うと、投稿する為に色々と訂正部分を変えていたのですが…致命的なミスに出会ってしまいました。

三月って、まだ大学生じゃないよ。

P4Uで風花(P3の登場人物)が大学生だったんで混乱してたんですね。正確には、高校三年以上大学生以下みたいな。

じゃ、朱音は卒業式後すぐに稲羽市来たんか、と。

 ……ええ。そうですよ。卒業後すぐに来ちゃったんです。そういうことにしときます。 

これ知ったときはホント焦りました。脳内設定では大学生だったのにね。



気付いた人はいるかもしれませんが。朱音が駅前でぶつかってしまう少女はマリーです。

オリ主とはまた別の場所で会います。どこかは今考えてるとこですね。


四月には、鳴上悠君も転校してくる予定で色々と練っているのでお楽しみに。



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-008- 会いたくない人、会いたい人 

そろそろ試験期間なので更新を一度止めます。
今日はやっと主要キャラが出せた気が……もう八話なのに。


2011年、3月8日

 

 

 ってなわけでやってきました、稲羽署。今日は自主的に。

 

 凛おばさんに言われた通り、堂島さんに挨拶をしに来た。

 昨晩の疲れがまだ全然とれてないけれど、頑張って来た。

 

 来たはいいが、やっぱり警察署は苦手だな。

 

 制服に身を包んだ大人が厳しい顔でうろちょろしていて、悪いことなんてしてないのに、悪いことをした気分になる。

 

「わっ…」

 

 立ち止まっていると、後ろからやってきた男性とぶつかってしまった。

 ぶつかった拍子に、男性の持っていた紙が廊下にばらまかれる。ほとんどが俺のせいなので、急いで紙を拾って男性に渡す。

 

「あー、ごめん、ごめん。ありがとねー」

 

 拾った紙を男性は頭をかいて受け取る。

 失礼な話だけれど、あまり警察っぽくない人だな。

「こちらこそ、ボーってしてたんですいません」

 

 ネクタイも曲がっているし、スーツもよれよれ、髪の毛も少し寝癖がついている。

 いやいや、別に悪くない。俺としては、そっちのほうが親しみやすい。

 

「足立! なにボサッとしてんだ!」

 

 聞こえてきた怒鳴り声に、俺と男性の体がそろってビクッとなる。

 やっぱり、この人の怒鳴り声は慣れない。

 

「……ん? お前…」

「お久しぶりです。堂島さん」

 訝しげに俺を見る堂島さんに頭を下げる。

 

「どうした? また何かしでかしたか?」

 

 開口一番、気難しげな顔で言われてしまった。俺も思わず顔をしかめてしまう。自業自得であるが、ちょっと心外だな。

 

 

「そんなすぐ何かしちゃう危険人物みたいに言わないでください。引っ越してきたんで挨拶しに来たんですよ」

「ハハ…すまんな冗談だ。こっちにはいつ越してきた?」

「昨日です」

「おいおい…来た翌日に俺に会いに来たのか」

 

 少し呆れたような顔をされた。

 

「凛おばさんから言われたんですよ」

 言われなかったら、今日は来なかった自信がある。何度も言うが、堂島さんは苦手。

 

 

 別に嫌いではない。マーガレットさんに対しての感覚と似たようなものだ。

 

 嫌いじゃないけど、なんとなく苦手。

 

 

「いいか、くれぐれも問題は起こすなよ。前んときは……幸司さんのことがあったから、まだ情状酌量の余地はあったんだ」

 釘を刺されてしまったな。

「わかってます」

 頷いて、前のことを思い出す。

 

 

 いやいや、前は本当にどうかしていた。何日も失踪するわ、問題起こすわ、挙げ句の果てに幼なじみに倒れてるとこを助けられるわ。

 「反抗期」の一言じゃ、片付けられないよな。

 

 

「おう。わかってるなら問題ないな。じゃあな、今日は大人しく帰っとけ」

 安心したように頷いて堂島さんは廊下の奥へと歩いて行った。

 

 

 その後ろ姿を見送り、視線を感じたので顔を向けると、

 

 

「きみ、堂島さんの知り合い?」

 

 今まで黙っていた男性─足立と呼ばれていた─が、どこか興味深そうに俺を見ていた。

 

「昔、お世話になって」

 答えながら、疑問が浮かぶ。

 

 

 この人、堂島さんを追いかけないでいいんだろうか。

 

 

「へぇ、何かやらかしちゃったとか? ダメだよー、学生のうちは真面目に過ごしとかないと」

 

 いたずらっぽい表情を浮かべて足立さんは俺に笑いかけた。

 

「今は真面目ですよ」

「はははっ、学習したってこと?」

「そうですね」

 

 結構楽しそうに話す足立さんに、俺も笑顔を浮かべる。

 思ってた以上に接しやすい人だ。

 

 

 ……そろそろ、堂島さんとこに戻ったほうがいいと思うけど。

 

 

「おい! 足立! さっさと来い!」

 

 案の定、堂島さんの怒鳴り声が廊下に響く。

 大丈夫。今度は驚かなかったぞ。

 

「あっ! はいっ!」

 

 慌てて返事をする足立さんを見て、いたずら心が湧いた俺は

 

「足立さんも学習ですよ」

 

 そう堂島さんの方へと急いで向かう背に声をかける。

 

「言うね、きみ」

 

 振り向いた足立さんの顔には、苦笑いが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 稲羽署を出た俺は、町をぶらぶらする気もおきずに、ただもう一つ必ず挨拶を済ませておくべき場所へと足を運ぶ。

 昼過ぎのその場所は誰もいない。同じような形ばかり並ぶ通路を進み、目的の場所に着いた。

 最近、誰かが訪れたのか花が供えられている。……凛おばさんだろうか。

 

 

 いや、どうでもいいかな。

 

 

 深く考えそうになったのをあっさりやめ、手を合わせ視線を上げた。

 

「ただいま、おじさん」

 そして、伯父の名が彫られた墓石に笑顔を向けた。

 

 

 

 

「──と、まぁ何だか帰って早々凄く疲れた」

 

 昨日、今日の出来事を出来る限り分かりやすく簡潔に墓石に向かって話す。

 

 

 意味はない。誰かに自分のことを話したいわけでも、淋しさを紛らわせているわけでもない。

 ただの習慣だ。

 おじさんが生きていた頃にやっていた報告を続けているだけ。

 

 

「一応、今のところは大丈夫だよ」

 両親とは相変わらずだけど、と言葉にせず心中で付け加える。

 

 

 余計なことは口にしない。これが常識。と言うよりも、決め事かな。

 

 

「また四月になったら報告するからさ」

 ポケットから星のピンバッチを取り出して、花の隣に置いた。

 

 手の中には、同じピンバッチが二つある。

 

 

 昔、誕生日プレゼントに貰ったそのピンバッチは、星好きで天体観測が趣味のおじさんらしい贈り物だ。

 残念なことに置いたばかりのピンバッチも、残りの物も所々色が薄くなってしまっているけど。

 

「一つは返しとくよ」

 元々はおじさんにあげるつもりだったし。

 一つはそのままバッグの中に。もう一つは……制服の襟にでも付けておこうか。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「おっ…」

 家に帰るため、鮫川の土手を歩いていた俺はある人の後ろ姿を見つける。

 思わず口角が上がったのがわかった。

 

 

 緑のジャージ。短い栗色の髪の毛。昨日からずっと会いたかった人の姿だ。

 

 

 …………サプライズ、だよな。

 

 駆け寄りたくなるのを堪え、ゆっくりと息を殺して目標へ近付いた。

 

 一歩、二歩と慎重に慎重に……よし、今だ。

 

 意気込んで最後の一歩と駈けるように、体を前へ。手を伸ばし、その小さな背中に、

 

「千枝っ!!」

 名前を呼んだ。

 

 

 さっと、少女の体は俺の腕をかすめる。

 

 

 ひどいな。避けられてしまった。

 ドッキリ作戦として考えた再会の抱擁を諦める。相手が悪かったとしか。

 普通だったら、そのまま成功していたのに。

 

「よっ、お久しぶり」

 すぐ気を取り直した俺は、振り返って手をあげ挨拶をする。

 

「え……あ…あ、あれ?」

 カンフーの構えで、今にも蹴りの一つでもいれそうな状態のまま少女──里中千枝は目を丸くした。

 

 

 なぜここに俺がいるのかわからない、そんな表情である。

 目を擦ってるけど、夢じゃないんだな。

 

 

「休みを利用して遊びに来たんだ」

 深く追及されないようになるべく早く言葉を続ける。

 そして、千枝の両手を握った。避けられることはなかったけど、サッと頬に朱がさす。

 

 

「ただいま」

「あ…うん。おかえり、日向君!」

 少し照れたような笑顔を俺に千枝は向けた。

 

 

 

 千枝とは昔から遊んでいた友達で、二年前には雪に埋もれていた俺を助けだしてくれた命の恩人その1でもある。

 その2はまぁ、近々会うことになるもう一人の俺の友達。千枝の親友で、見ているだけでその関係が羨ましくなるほどだ。

 

 そういや、天城屋旅館の露天風呂も入りに行かないとな。あそこは星も綺麗に見えるし、今くらいの寒くもなく暑くもない季節だったら逆上せる心配もないだろう。

 

 

 

 

「肉食べてる?」

 そう聞くと、千枝はガクッとなる。

 

「や、食べてるけどさ。なんでその話題?」

 少し不満気に見上げられ、やっぱり挨拶後に肉の話はチョイスをミスったかと思ってしまう。

 

「あっ! でもね、最近‘肉ガム’って見つけてさ!」

 いや、どうもセーフか。これは。

 

「肉味のガム? おいしいのか?」

 おやつなのか食べ物なのか、どっちだろう。非常食っぽい気もする。

 

「もちろん! 食べてみる?」

 そう言って、千枝はポケットの中をごそごそと。

 

「あー……ないや」

 ごそごそした結果なかったらしい。

 

 少しだけホッとする。‘肉ガム’じゃないけど‘肉アイス’とやらを千枝に勧められ食べたことがある。

 

 

 どうなったかは言わずもがな。そもそも、肉とアイスを一緒にすることが開発者側のミスだと思う。

 千枝のような無類の肉好きでなければ「おいしい! オススメ!」なんて絶賛しないであろう一品だ。

 

 

 

「じゃあ、明日持ってくるね。その時は雪子も呼ぶから、一緒に案内してあげる。必要ないかもだけど一応ね」

 

 

 どうも、今日回避できた物は明日へと持ちこされるみたいだ。

 

 

 一緒に過ごせるのは嬉しい。嬉しいんだけど、何だか素直には喜べない自分がいた。

 

 

 

 




千枝のポジションは幼馴染です。
あ、あと難攻不落なあのお方も。



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-009- 声をかけたら責任を

アイヤー。
テスト終わったネ。
色んな意味で終わったネ。
物理嫌いアルよ。


 

 

 

――わたしは誰?

 

 

 

 声が聞こえる。

 

 

 

――ここはどこ?

 

 

 

 耳を澄まさなければ聞こえない微かな声。

 

 

 

――どこにも行けない。行くところなんてない。

 

 

 

 迷子の子供のようだと俺は思った。心細い、寂しい、そんな感情が言葉になっている。

 

 

 

――いったい、わたしはなに?

 

 

 

「俺は……何だ?」

 

 

 

 声が被る。

 俺の声は自然と出た。

 

 

 

――何も覚えてない。

 

 

「大切なことを忘れてる気がする……」

 

 

 

 大切なことだったはずだ。なのに、俺は忘れてしまっている。

 

 

 

――…………

 

 

 

 声の主は黙った。蹲った人影が見えた気がする。

 この話したことさえ忘れてしまうのだろうか。

 それはイヤだと思った。なぜかこのまま忘れてしまうのが怖い。

 

 

 

「……なぁ」

 

 

 

 人影に手を伸ばす。

 

 

 

「行くとこないならさ」

 

 

 

 影に手首が沈む。

 

 

 

「こっちに来いよ」

 

 

 

 指先が何かに触れた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 最初は酔っ払いかと思っていた。

 

 

 ほら、よく駅のベンチで寝そべってるサラリーマンみたいな感じの。

 こっちでも見れる光景なのかと驚きながら、俺は壁に背を預けて座り込んでる人に近づいた。肩ぐらいまで届くかどうかの黒髪。華奢な体。黒いスーツを着た女性だ。

 

 

 ここの商店街がいくら廃れていても、人がいないわけではない。何人かはこの人に気付いたはずだ。

 

 たぶん、スルーしたんだろうな。どちらかと言えば酔っ払いにいい思い出がない俺も、通り過ぎようかと思ったんだけど。

 

 一度見てしまったなら、どうも放っておけない。

 

 それに、その壁にはベルベットルームへの扉がある。この商店街に来た理由がイゴールさんに話を聞く為だったんで、その人を起こさないかぎりはベルベットルームに入ることはできない。契約者以外にはその壁はただの壁でしかなく、せっかく綺麗な装飾が施されてるのに、一部の人だけが見れるなんて勿体ない話だ。

 

 

 とか思いつつもその人に近づいた。

 

 面倒に巻き込まれるかもと一瞬思いもしたが、これが俺の性分なんで。

 こればかりはどうしようもないよな。

 

 

「大丈夫ですか?」

 しゃがみこんで俺は女性の肩を揺する。

 

 さらさらと黒髪が顔を隠すように動いた。

 

「すいません。起きてください」

 こうして近付いて、アルコールの匂いがしないことと規則的な寝息が聞こえてきたことで女性はただ寝ているだけだと判断する。

 

 どんな経緯で寝るという選択に至ったのか。できれば考えたくない。

 

「…ぅっ……んぅ……?」

 がくがくと何度か首が揺さ振られること数秒。うめき声が洩れ、顔がゆっくりと上げられた。

 

 

 ぼんやりとした目に俺の顔が映る。

 

 

「起きました?」

 ぼーっと俺を見上げたその女性は、目をしばたたかせた。

 

「うー? んー…………ぐぅ…」

 いやいや、寝ないでください。そのまま起きると思っていたのに、またも目が閉じられる。

 

「んー…?……あと半日……寝かして……」

 せめて五分にしてくれ。半日なんてスケールがでかい。

 

 

 

 その後、何度目かの挑戦の末に彼女はやっと起きた。

 

 朝起きない子供に困り果てる母親の気持ちがよくわかったな。こんなにも諦めない心が大切だとは。

 

 いやはや、いい勉強になりました。

 

 その寝坊助こと、謎の黒ずくめの女性はというと目を擦りながら欠伸を一つ。どうもこの人、隙あらば寝ちゃいそうな予感がするんで目が離せない。

 

 起きたのだから放っておけばいいだろう? いやいや、もうここまで関わったのなら最後まで、彼女が自分の足で立ち、この商店街を後にするまでは見ておかないと。

 もう義務みたいな気がしてね。

 

 

 くいくいっと服が引っ張られ顔を上げる。最初よりかはすっきりした表情の彼女は、

 

「せなか。……背中向けて……」

 俺に対して妙な注文をしてきた。

 

「背中? こうですか?」

 まさか蹴られることはないだろうと、俺は言われたとおりに背を向ける。

 

 その時、なぜ少しは考えなかったのだろうか。

 

 

「おぅ……っ」

 背中に何かが覆い被さった。

 

「……お腹……減った」

「あー…っと……」

 ぐでっと弛緩した体はまごうことなき彼女の体。何にが起こったのかは一瞬で理解できた。

 

 

 ってか、おんぶお化けか。この人は。

 

 

「……zzz」

 首をひねって後ろを見ると、思ったよりもすぐ近くに寝顔があり慌てて前を向く。

 

 

 これは……どこかに運べと?

 

 

 問いかけても寝ている彼女に届くことなどないだろう。

 

 

 

 

 これも声をかけた者の義務。こんな状況って、毒を食らわば皿までと言うんだったかな。

 

 




やっとpixivの全部投稿完了。



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-010- 愛家にて

ぶっちゃけ、サブキャラ大好き。
愛家の中村おやっさんとか。
口調はテキトーですけどね。


 

 

 

「なんか、すんません。おやっさん」

 テーブルにぐったりとしたまま動かない女性を見て、厨房にいるおやっさんに軽く頭を下げた。

 

 

 

 お腹が減ったと言われても、背中に乗られた状態じゃどうしようもなかったのでそのまま移動した先が……

 

 

 ここ、中華料理屋の‘愛家’で。

 

 

 『準備中』と札がかかっていたのにそのまま入れてもらえた。

 

 

 店長のおやっさん曰く

「困ったときはお互い様」

 と、そんな助け合いの精神の一言。

 

 

 

 一番ありがたかったのは、背負っていた女性について何も訊いてこなかったこと。

 

 訊かれたら何と答えればいいのやらと悩んでいたから。

 素直に答えたら冗談だと思われる確率が高い。

 

 

 

「で、いつ帰ってきたの、日向ちゃん」

 この歳で「ちゃん」付けは恥ずかしい反面、やっぱり懐かしいと感じる。

 昔通りに接してくれるのが嬉しいな。

 

 

 ‘愛家’もよくおじさんと来てたから、すっかり顔馴染みの常連客だ。

 

 

 愛家の店主をおやっさんと呼ぶのも懐かしいね。

 

 

 

「一昨日です。おじさんの家に越してきたんで、また夕食とかお世話になります」

 一人で夕食は作れるわけだが、たまにはここの料理が食べたくなる。

 

 

 

「学校はどこ通う? 八十神高校?」

 ラーメンを茹でながら、おやっさんは次々と質問をしてきた。

 

「はい。明日から八十神高校に転校するつもりで」

 帰ったら制服を出しておかないとな。

 

 転校早々に遅刻はしたくない。

 

 

「へぇー、そうなの」

 さらにおやっさんの笑みが深くなる。眼鏡をかけた人の良さそうな表情だ。

 

「うちの娘もハチ高通っててねぇ」

 うちの娘。

 

 あれ? 中村家に娘さんっていただろうか。

 首を傾げる。

 

 

「ほら、日向ちゃんも会ったことあるよ」

 出来上がったラーメンを運んできたおやっさんは、一度引っ込むとアルバムを持って戻ってきた。

 

 

 

 渡されたアルバムを捲ると、俺とおじさんを見つけた。

 

 

 まだ小さい俺が写真の中で笑っていた。おじさんは空になったラーメン鉢の隣で青い顔でなんとか笑っている。

 

 

 この今にも吐いてしまいそうな顔。

 あぁ、思い出した。‘愛家特製雨の日限定メニュー’を完食したときのだ。

 

 

「肉は……せめて一ヶ月は見たくない」

 そう最後の言葉を言って、写真を撮った直後に床に倒れたおじさんの姿。

 

 あの雄姿は今でも目に焼き付いている。

 

 

 それにしても。

 何で中村家のアルバムにこんな写真が入ってるんだろう。記念だろうか。

 

 

 さらに捲ること、数ページ。

 

 

「あっ、この写真に映ってるねぇ」

 指差された一枚の写真に視線を落とす。

 

 

 店を背にして、記念撮影みたいな写真だ。おやっさんに奥さん(ちなみに俺の呼び方はおじさん譲りだ。)とおじさんと俺。

 

 またも、小さい俺の登場だ。

 

 

 一見、どこにもその娘さんはいない。けど、よくよく見てみると、おやっさんの足に半分隠れるようにして立っている女の子がいた。

 

 

 お次は俺とおじさんと……女の子。

 

 

 で、これもまた半分隠れてる。俺から隠れるように写っていることから考えると、

「……俺、嫌われてました?」

 そう地味にへこんでいる俺に、おやっさんは笑いながら首を横に振る。

 

 

「あの頃はこの子、人見知りだったから」

 だったら、いいんですけどね。

 

「けど、数回会っただけだからねぇ。日向ちゃんは覚えてないかもしれないねぇ」

 確かに覚えていない。そもそも話したことはあるのだろうか。

 

 髪が短い、大人しい印象の女の子。

 

 俺はこの子がいたことすらも忘れていた。名前も思い出せない。

 失礼な話だよな。写真に一緒に映っているくせにさ。

 

 

「すいません」

「いいよ、いいよ。それよりも日向ちゃん」

 おやっさんが俺の後ろに視線を向けた。

 

 

「お連れさん、起きてるみたいだよ」

「え?」

 後ろを振り向く。

 

 

 

「やーやー! 運んでくれてありがとね」

 もうすでに、そこにあった表情は寝呆けていなかった。

 

 あっけらかんとした笑顔。

 

 彼女を見て、目を丸くした。

 

 いや、正確には彼女の前に置かれたラーメン鉢の中。

 

 

 

 空っぽだった。

 

 

 

 いつのまに食べたのだろうか。あったよな、ラーメン。消えた……わけじゃないよな、ラーメン。

 

「もう眠くて眠くて、お腹もペコペコでさ」

 空腹と睡魔には勝てないよね、なんて笑い話を話してるような口振りだ。

 

 もう少し危機感を持ったほうがいい。女性なんだから。

 

「このご恩は出来る限り忘れません!」

 深々と頭を下げると、すぐに顔を上げて身を乗り出してきた。

 

「で、君は……」

 

 

 ピタッと動きが止まる。

 

 彼女は目を見開き、自分の髪をくしゃりと掴む。梳かすよう動いた指から、手入れの行き届いた綺麗な黒髪が零れる。

 

 

 後ろに何かあるのかと見れば、そこには鏡しかない。『祝 愛家十周年記念』と下に細かく彫られた鏡。

 

 

「うっ……うー……おのれぇ、乙女の命を……」

 椅子に腰を落とし、絶望しきった顔で彼女は誰かへの恨み言を呟く。

 

「はぁ……」

 頬にかかっている髪をいじってため息をついた。

 

「いきなりテンション下がりましたね」

 何かにショックを受けたのはわかる。

 

 でも、何にだ?

 

「まぁねー。この世の不条理さに嘆いちまってるのですよ」

「意味がわからないんですけど」

 鏡の中にこの世の不条理があったのだろうか。

 

 どんな鏡だ、それ。

 

「乙女心のわからないやつめっ!」

 ビシッと顔の前に指が指された。

 

 

 なぜか二本、人差し指と中指を揃えた状態で。

 

 

「いやいや……男なんで」

「わっ、面白くない答えだね」

 とにかく、彼女は表情がよく変わるな。さっきまで沈んでいた顔がもう明るい表情を浮かべている。

 

 

 打たれ強いというか、立ち直りが早いというか。

 

 

 

 

「でも、ホントに良かったよ。運んでくれたのが君で」

 上着を脱ぎ、彼女はコップの水を飲み干した。

 

「うんうん、良かったね」

 水で濡れた唇を舌が舐める。なぜか子供みたいな仕草だと思ってしまった。

 

 見た目は二十歳ぐらいの立派な大人だってのに。

 

「あっ、あたしのことは霧野お姉さんと呼んでちょうだいよ。それとも黒服お姉さん? どっちでもオッケー、オッケー!」

 霧野、というのが彼女の名前らしい。

 

「じゃあ、霧野さん」

 一番呼びやすい呼び方を選ぶ。無難な選択だ。

 

 やけに強調された‘お姉さん’は数秒だけ悩んだ末に付けなかった。

 

「んー、贅沢言うと、お姉さんって付けてほしいけど……まぁ、いっか」

 少し不満そうだけど納得してくれたようで助かった。

 

 

 

 

「霧野さんはここに観光で来たんですか?」

「んーんー」

 麺をすすり、霧野さんは首を横に振った。

 

 ちなみに二杯目のラーメンを食べている最中である。

 

 

 どのお腹にラーメン二杯分の量が入るのか。

 

 

 注文した麻婆豆腐をスプーンで掬い、失礼ながら霧野さんのお腹部分を見てしまう。

 

 舌がピリッとする懐かしい辛さ、具をしっかりと味わってスプーンを皿に入れた。

 

「じゃ、何のために?」

 詮索する気はない。ただの好奇心。

 

 気を悪くした様子もなく、逆に気を良くした雰囲気で

「気になる?」

 箸を置いた霧野さんの頬が、ニヤリと上がった。

 

「黒服だもんね~。スパイとか秘密結社だって思うよね、普通」

 スパイ、秘密結社。非現実な言葉が並べられる。

 

 不審者、酔っぱらいだと思ってしまったことは、胸にしまっておこうじゃないか。

 

「でもね。正解は、つまんないただの就職活動」

 雰囲気に似合わず、理由は現実的だった。

 

 

 就職活動。納得できるようなできないような理由だな。

 害はない人だというのは、確かだと思うけれど。

 

 

 

 

 

「おじちゃん! もう一杯お願い!」

「ごちそうさまです」

 三杯目のラーメンを注文する霧野さんの隣で、俺は普通に手を合わせて食事を終了させる。

 

 

 まだ、食べるのか。霧野さん。

 

 

「あっ! あと、デザートの杏仁豆腐も!」

 

 

 ラーメン三杯に杏仁豆腐。……いくらなんでも食べ過ぎじゃないでしょうか。

 

 

 

「じゃ、俺はもう行きますね。くれぐれも、もうあんな所で寝ないようにしてくださいよ」

 会計をすませ、釘を刺しておく。

 わかってるよん、と実にわかってなさそうな答えが返ってきた。

 

 

 

 また、外で寝ている霧野さんと出会わないことを祈るばかりだ。

 今度は他の人に愛家まで運んでくれますように。

 

 

 

 

 

「そうだ! 日向君!」

 

 

 

「最後に一つ質問いいかな?」

 

 

 

 

 そして俺は、愛家から出る前に妙な質問をされた。

 

 

 

 

 

 

――――――人物紹介――――――

・霧野さん

独自のテンションで話し相手を翻弄する女性。

綺麗よりも可愛らしいという言葉が似合う容姿で、短い黒髪が見る人に元気な印象を与える。

 

ここ八十稲羽には就職活動でやってきた。

 




ラーメン食べたいな、と思いながら書いた小説。

インスタントでもいいから、今度食べようか。




『ペルソナ手帳』というものを作ってみました。
場所は話数でいうと二話目。主人公設定の後です。

まだ、書かれているペルソナは少ないですが、話が進むにつれて増やしていくつもりです。





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-011- 不完全の象徴

学生の仕事は勉強。
ってなわけで、テスト勉強および答案が返ってくるまでパソコン禁止だった芳野木です。

はい、今回も更新が遅れてすみません。
新年来るまでに、あと二つぐらいは書きたいのですが……補講がなぁ…はぁ。


 

「おや……ふふ、これはこれは……興味深い」

 ベルベットルームに入った俺に、向けられたのは二つの視線。

 

 一つは目を細め、言葉通り興味深そうな視線。

 

 もう一つは冷たく、それでいて激しい怒りを感じているかのような視線。

 

 

 何で来て早々にマーガレットさんの怒りを買ってるんだろう、俺。

 

 

「俺、何かしました?」

 愛想笑いで尋ねた俺に、マーガレットさんは目を閉じてかぶりを振った。

 目を閉じてくれたおかげで怒気は収まる。

 

 

「貴方は、何もしていないわ」

「ただ、不快なものを思い出してしまっただけよ」

 不快なものって何のことだろう。

 

 気にはなったけど、すすんで地雷を踏みに行くほど俺は愚かじゃない。

 

 

 

「今日は俺のペルソナ能力について詳しく訊きにきたんです」

 青いソファに座り用件を伝える。ふわっと体が少し沈んだ。

 

「愚者と女帝。二つのアルカナのペルソナを既に召喚したことは、マーガレットから聞いております」

 

「どうでしょう? 召喚時に違和感はありましたかな?」

「いや、特には」

 あの召喚した一瞬だけ力が抜ける感覚は慣れるしかないかな。

 

「それならば結構」

 イゴールさんが頷く度に鼻が揺れる。

 

「ただし、貴方の力は未だ不完全な状態」

 

 不完全か……マーガレットさんにも言われた。

 

「何が不完全なんです?」

 何がというより、どこが、だ。

 ペルソナを召喚できた。それで十分じゃないか。それ以上に何があるんだ。

 

「そもそも貴方の持つワイルドとは、数字のゼロのようなもの。からっぽに過ぎないが、無限の可能性も使い方によっては宿る」

 

 ゼロ。からっぽ。

 

 最初から何もないということだ。俺らしい力、なのかもしれない。

 

 

「そして、通常ならば一体しか持ちえないペルソナを複数使い分ける事が可能です」

 そう言うとイゴールさんはテーブルに手を翳す。

 

 

 まるで手品のようにテーブルにタロットカードが次々と現れた。

 

 

「しかし、貴方のその力には制限がかかっているようだ」

 掌がサッとタロットカードの表面を通り過ぎると、全てのカードが表を見せた。

 

 

 カードの絵柄を見て、改めて不完全の意味を理解する。

 

 

 

 全ての絵柄が、薄く消えかかっていた。

 

 

 

「制限って具体的には?」

 最後はテーブルに溶けるかのように消えたカードを一瞥し、質問を続ける。

 

「各アルカナに付き、召喚できるペルソナは一体だけ。ワイルドとしては致命的な制限ね」

 

 答えたのはマーガレットさんだった。

 怒りは収まったらしく、今は何も余計なプレッシャーは感じない。

 

「致命的って、別にペルソナは一体で十分なんじゃ……」

 マーガレットさんは短く息を吐く。

 

 もしや、呆れられてしまったか。

 

「必要だから能力は目覚めるのよ。ワイルドは貴方にとって必要な力となる。必ずね」

 必ずと断言されてしまった。

 

 

 

 ──貴方の欠けた記憶はいずれは必要になる力。

 イゴールさんに言われた言葉を自然と思い出す。その力がワイルドのことだったのだろうか。

 

 

 

 訊いてみるか?

 

 俺は一度開いた口をすぐに閉じる。

 

 いや、訊いても答えてはくれなさそうだな。

 自分で答えを見つけろ、だ。

 

 

「普通の日常を過ごすだけなら、必要ないと思うんですけどね」

 代わりに肩をすくめ、軽口を言う。

 

「普通の日常というものを貴方が過ごせるならね。自信はあるのかしら?」

 答えなんてわかってるくせに。

 

「ありませんよ。過ごせたらいいなって、希望だけです」

 

 ベルベットルームに入った瞬間から、その希望もカードのように消えかかってる。

 

 カードと違って、もう戻ることはないものだ。カードが元通りになると、希望は残ってないからな。

 

 

 あぁ、泥沼だ。進むごとに深みにはまる。

 

 底はあるはずだと信じよう。底無しだと、きりがないだろ。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「自分を犠牲にして何か大切なものが助かるならさ、千枝はどうする?」

 そんな質問をすると、千枝は向かい合っていたビーフステーキから顔を上げた。

 

 きょとんとしている。

 質問するには、いきなりすぎたか。質問の内容も内容なだけに。

 

「崖に落ちそうな人が二人いるとして、その二人を助けると自分が落ちてしまう。それなら、助けるか助けないか」

 簡単な心理テストみたいなものだと思う。俺も詳しくは知らないけども……霧野さんに質問されたのをそのまま聞いてるだけだ。

 

「うーん、難しいことはよくわかんないけど。ビフテキをとるか、肉串をとるか、だよね?」

 ビフテキが千枝の口へと消える。

 

「……いっきに美味しい話になったな。ま、それでいいや」

「それなら、二つともいただいちゃうね。目の前に肉があるのに食べないなんてあり得ない!」

 やっぱ、肉で例えたのは失敗だっただろうか。心理テストからかけ離れてしまった。

 

 

 

 

「でも、二人ともかな」

 一瞬、何の話かと思い、自分がした質問に対する答えだと気付く。

 

「二人助けて、その二人に崖から落ちそうになってるのを助けてもらったらいいじゃん」

 当たり前のように言われた考え。

 

 確かに、考えようによってはセーフか。いや、根本的なとこからアウトか。

 

 そもそも、質問自体が、ただの心理テストのようなものだ。

 

 ようは、人それぞれに答えがあるわけであり……もう簡単に俺の感想を言っちゃうと…

 

「それも、ありかもな。いい考えだし」

 

 俺なんか、最初の質問の時点で

「自分が犠牲になる」

 なんて嫌な選択を答えてしまったのに。

 

 

 

 

 

 千枝との待ち合わせに指定されたのは、大型スーパーのジュネス。

 その屋上にあるフードコートに、俺たちはいる。

 

 なるほど、商店街が少し寂れた雰囲気になってたわけだ。

 親子連れで賑わうフードコートの様子を見て、納得した。

 

 商店街と比べれば、そりゃ便利だろうよ。

 

「雪子、遅いね」

 ケータイを開き、千枝は天城からの連絡を確認する。

 

 千枝は俺がジュネスに着いた後、すぐに来たのだが一緒に来る予定だった天城は家の用事で遅れて来ることになっているのだ。

 

 天城屋旅館の次期女将なんて言われてるけど、本人は実際どう思ってんだろうな。

 

 

「天城っていつも手伝いしてるのか?」

「うん。まぁ、雪子はさ…しょうがないじゃん」

 旅館の跡取り娘なんだもんね、呟いた千枝の表情は寂しげだ。

 

 一番の親友だから、千枝には天城のことがよくわかる。

 俺はそんな関係が羨ましいんだ。ずっと昔から。

 

 

「あっ、そうだ!」

 何かを思い出した千枝がポケットを探る。

 

 まさか……昨日のアレか……

 

「今日はちゃんと持って来たんだ」

 忘れずにいてくれたことを喜ぶべきか、悲しむべきか。

 

「これが昨日言ってた‘肉ガム’だよ!」

 ジャーン。掲げた千枝の手には黄色いパッケージが握られていた。

 

「昔さ……肉アイスってあったよな…」

 受け取った一枚のガムを見つめると、昔の思い出が蘇ってきた。

 

 

 トラウマという名の思い出。あの時も千枝があまりにも嬉しそうな顔だったから、断るに断れなかったんだな。

 

 

 そして、それは今も昔も変わらない。おずおずとガムの包装紙を捲る。

 

 あれ、おかしいな。手が震えて上手く捲れない。

 

 

 

 

「おー、何だ何だぁ? 里中が男と二人でいるなんて珍しいな」

 急に飛び込んできた声に手が止まった。

 

「うわっ」

 千枝はその声の主を見て顔をしかめる。

 俺もガムから、声の方向へ視線を移した。

 

 

 

 別に……これ幸いとか、思ってないからな。

 

 




今回はベルベットと千枝さん。最後らへんにあの「がっかり」も登場してますね。

中途半端な切りかたで申し訳ないです。



15話までに何とか色々と終わらせたい。

予定では16話から本編へ。
それまでに書きたいことは…マリーとかマリーとかマリーとか。
今、絶賛出会いの場面を書いている最中です。
春休み辺りに会わせる予定。

あと、オリキャラも学校関連で登場します。



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-011.5- アルカナが三つ

新年あけましておめでとうございます。
今年も皆様よろしくお願いします。





 

「もしかして彼氏とか? へぇ、かっこいいじゃんか、里中さん」

 ニヤニヤとからかうように俺と千枝を見比べる茶髪の少年。ジュネスのエプロンをしてるから、ここでバイト中の学生だろう。

 

 からかうと言っても、悪意は全くない。あるのは好奇心だけだ。

 

 じゃ、こっちもそのからかいにのろうかな。

 いたずら心はいつまでも大切にしてるだけじゃ意味がない。

 

 物と同じですぐにダメになるだ。使えるときには使っておかないと。

 

 

「ありがと。千枝と付き合ってる橘日向。以後よろしく」

 二人の表情が一瞬だけ固まった。

 

「ちょっ! 日向君!?」

「えっ、マジで!?」

 慌てて立ち上がる千枝。焦りで顔が一気に赤くなっている。

 

「花村! 勘違いしないでよ!? ただの友達だから!! ね、日向君!」

 そんな否定されるのもな。悲しいな、うん。

 

 少しだけ悲しみを帯びた表情を浮かべると、両手で顔を覆った。

 

 一応、演技のため。それと笑っている顔を隠すために。

 

「えー。俺との関係は遊びだったのね……酷いなぁ。千枝」

 「うっ…」と声を詰まらせた千枝だったが、俺の肩が震えているに気が付いたのか、

 

 

「煽んなっ!!」

「いてっ…」

 ズバッと頭をチョップされてしまった。脳天チョップだった。

 

 思ったよりも痛い。

 

 

「ごめん、ごめん。つい冗談が過ぎました。許してくれよ」

 顔を上げて手を合わせる。少し頬が緩んでいるのは見逃してほしいとこだ。

 

「…はぁ、もういいから。花村も変な噂流したら」

「わーってるって! そんな恐ろしい顔すんなよな」

 どんな顔だったのだろう。残念なことに、俺の場所からは千枝の表情は見えなかった。

 

 

 花村。そう千枝に呼ばれた少年はエプロンを脱いで俺の隣に腰掛ける。

 

「じゃ、改めて俺は橘日向。千枝との関係は友達。そっちは?」

「俺、花村陽介。里中とは同じクラスなんだ。よろしくな、橘」

「こちらこそ。よろしく、花村」

 軽く挨拶をすませると、花村は千枝に視線を向けた。

 

 

「で、何してんだ?」

「花村こそ何やってんのよ? バイトは?」

「今は休憩時間。あー、疲れたぁ……」

 くたりと花村がテーブルに突っ伏す。

 学校終わってすぐのバイトは確かに疲れる。しかも、こんなジュネスみたいなスーパーだったらなおさらのこと。商品を出して、店に並べるだけでかなりの重労働だ。

 

 

「あ、そうだ! ならさ、日向君にジュネス案内してあげてよ。あんた詳しいでしょ?」

「案内って…。ってか、越してきたのか?」

 テーブルに頬をくっつけたまま見上げられる。

 

「いや、学校行事の関係で連休だからさ、こっち遊びに来てんだ」

 越してきたのは明日まで秘密だ。

 

「つーことは今、暇?」

 顔を上げた花村の目が何かを期待している。

 

「あぁ、今は暇」

「そうか、そうか。暇か」

 納得したように頷き、何を思ったのか俺に向かって手を合わせた。

 

「デートの最中悪いんだけどさ。ちょっとバイトの助っ人してくれないか?」

「だから、デートじゃないっての」

 テーブルの下で鈍い音がする。痛みのせいか声も出せず、花村はまたも突っ伏した。

 

 脛でも蹴られちゃったかな。足技は得意だから、千枝の蹴りはかなり痛い。しかも、常にピンポイントを狙う。

 

 

 わざとじゃないのが、一番凄い。ってか、怖い。

 

 

「どこやられた?」

 こそっと囁くと、花村の手だけが動く。ダイイングメッセージを残すかのように指がテーブルをなぞった。

 

 

 な、き、ど、こ、ろ。

 

 

 うわ、痛い。

 

 

 花村が回復するには、それから数分間は必要だった。

 

 

「で、助っ人の話なんだが、今日来る予定だった先輩が来なくてさ」

 ま、無断欠勤みたいなもんだ。花村はそう言ってため息を吐いた。

 

「いいよ。別に力仕事とかなら得意だし、アルバイトも結構やってたから」

 アルバイトのしすぎで前の学校では、苦学生と誤解されていたほどだ。

 

「千枝もやる? 天城待ってるあいだ暇だろ」

 タイミングがいいことに携帯の着メロが鳴った。着メロが有名カンフー映画のテーマソングってのが千枝らしい。

 

「あ、雪子? そっか……や、気にしなくていいって。うん、日向君も気にしないと思うから……じゃあ明日ね」

 天城が来れなくなったのは、千枝の反応で簡単にわかった。

 

「じゃ、やろっか」

 慰めるように軽く千枝の頭を撫でる。頭に置かれた俺の手をくすぐったそう見てから、

 

「花村。後でビフテキ奢ってよね」

 恨めしげに花村を見つめる千枝。千枝のアルバイト代はビフテキ代へとかわるのか、ビフテキは結構高いぞ。

 

「何で俺!?」

 いきなり矛先を向けられた花村は立ち上がる。周りの目が少し花村に集まった。

「っつか、もう食べてますよね! 里中さん!?」

 花村が指差した先には、綺麗にたいらげられたビフテキの皿がある。

 

 

「よーし! じゃ、俺は千枝に飲み物を奢ろうか」

「そこは普通ならビフテキ割り勘だろ!?」

 俺の提案に、すかさずツッコミをいれる花村。

 

 その表情があまりにも切羽詰まっていたんで、俺は冗談だと言うのを忘れて笑ってしまう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 千枝は食品売場で売り子。男二人は力仕事専門で、さっきから倉庫と売場を行ったり来たりしている。

 

 

 で、今は棚の整理と補充中。様々なお菓子が並んでいるお菓子売場は、子供が棚に置かれている商品をぐちゃぐちゃにしてしまっていた。

 

 ポテトチップスの袋が並んでいる中に飴が詰まった袋が紛れていたり、ガムの横になぜかウィンナーの袋詰めがあったりと、なかなかに混沌としたお菓子売場だ。

 

 ガムとウィンナーの繋がりがわからない。って、子供だから深い意味はないか。

 

 

「な、橘ってさ。里中と天城のことどう思ってんだよ?」

 商品の補充中。花村が俺に向ける視線は、どうもまだ俺達の関係を勘違いしているようだった。

 

 

 どうなんだ。結局、二人のどっちが好きなのか。どう思ってるのか。

 

 俺は自問しながら、段ボールから取り出したクッキーの箱を棚に置く。

 

 二人のことは好きだ。そう考えると、俺はどうしようもない男に感じてしまうな。千枝も好き。天城も好き。

 優柔不断もいいところだ。

 

 けど、それだけ。好きなだけだ。

 

 

「もちろん、友達だと思ってるよ」

 俺は好きになるだけなんだ。そこから先は進んだことはない。恋人になりたいだとか、そんな独占欲は抱いたことがなかった。

 

 花村のつまらなそうな表情に笑顔を返す。

 

「じゃ、花村はどうなんだ?」

「は? 俺?」

「千枝のこと好きか?」

「いや……里中は友達だな。っつか、恋愛対象としては見れねぇよ」

「ほほう。他に好きな相手がいると……お相手の名前は?」

「何で橘に言わなくちゃならねぇの」

 理由か。そうだな、確かに理由が必要だ。

 ま、こういう質問の理由の大半が好奇心だからな。

 

「そりゃ、ノリで」

「お前、意外にいいかげんだな」

「そうか?」

 そこのところ、あまり自覚はない。

 

 

 

 

 

「あっ、花ちゃん。助っ人見つかったんだ」

 棚の整理を終えた後、また倉庫から商品を運ぶ作業をしていた俺達の元に女の人がやってきた。

 俺達よりも少し大人っぽい雰囲気だから、先輩だろうかな。

 

「ふーん、はじめての人だね。花ちゃんの新しい友達?」

 ウェーブした長い髪が首を傾げることでさらっと揺れる。

 

「さっき知り合ったんすよ。あっ、橘。この人、一緒にバイトしてる小西先輩」

 俺は花村の様子に首を傾げた。妙に元気がよくないか?

 

 

「はじめまして、さっき花村と知り合った橘日向です」

「ども、小西早紀です。花ちゃんは、この通り初対面の君にも助っ人を頼んじゃう空気読めない奴だから」

 俺と花村を見比べて小西先輩はクスッと笑う。

 

「ウザかったら言いなよ?」

「わっ、ひっでぇー」

 ウザいと表現されたのに、見てみると花村は嬉しそうに笑っていた。

 

 小西先輩と話すことが楽しいと伝わってくる様子に俺も

笑ってしまう。

「俺のイイトコもちゃんと言ってくださいって」

 花村の要望に、腕を組んで悩んだ小西先輩は、

 

「お調子者、イイヤツ、お気楽……」

 言葉を連ねながら指折りで数えていく。

 

「ん~。でも、最終的に花ちゃんはウザいかな」

 ウザいで締めくくられた花村は文句を言いながらも、やっぱり笑っていた。

 

 

「先輩は今から休憩っすか?」

「うん。十五分だけ」

 答えて小西先輩はエプロンを脱ぐ。

「そうっすか。俺らはこの商品出し終えたら少し休憩っすね」

 

 あぁ、少しは察した。ってか、これは察するしかない。

自然に空気を読む行動を俺は実行する。

 

 

「花村。この荷物どこまで運べばいいんだ?」

「へっ? 食品売場のとこまでだけど…」

 きょとんとした表情の花村の肩に手を置いた。二人で持っていた荷物を一人で抱え直す。このぐらいの重さなら一人でも十分だな。

 

「そっか。じゃ、俺だけで行ってくるよ」

「や、いいって。俺も行くから」

 手伝おうと荷物に伸ばした手を避けた。

 

「花村は小西先輩と一足先に屋上で休憩しとけ」

 まだ俺の行動の意味がわからない花村に、俺はからかうような口振りで言う。

 

「俺は馬に蹴られて死にたくないからな。それと千枝も呼んでくるから、それまでは二人で話しでもしておけよ」

 人の恋路を邪魔するものは馬に蹴られて死んでしまえ。確かそんな言葉がどこかにあったような気がする。

 

「うっ、あぁ…」

「よっし。じゃあな」

 グッドラック。

 からかわれて恥ずかしいのか、呻くような返事をした花村に親指を立てた。

 

 

 

 

 荷物を食品売場の売り子に渡して、俺は千枝の姿を探していた。って、数分前には食品売場にいたのにいないんだよな。

 

 千枝の場所を把握しているわけじゃないし、これで花村のとこに行って千枝がいるか確認するわけにもいかない。小西先輩と話しているのに邪魔するなんて悪いからな。

 

「ま、メールしとくか」

 人が比較的少ない階段付近の壁に背を預けて、千枝にメールをする。

 

 色々なとこに行って、入れ違いになるよりはまだマシな方法だ。俺が千枝を待てばいいだけだなんだから。

 

 

 ぼんやりと待つ。音楽でも聴きたいとこだが、あいにくバッテリーが切れてしまってプレイヤーはポーチの中だ。ポーチを探ってみると肉ガムが出てきた。

 

 

「…………君が出てくるのはまだ早い」

 肉ガムよ、さらば。今は食べれないんだ。食べないつもりじゃない。ほら、やっぱり万全な準備を整えてから戦うべきだろう? 

 

 心の中で言い訳しながら、さらに探る。

 

 今度は青い手帳が出てきた。手のひらサイズの手帳だ。丁寧に革張りされた群青色の手帳。

 

 

 

「これは以前、貴方が使っていた物よ」

 ベルベットルームから出る直前に、そうマーガレットさんに言われて渡されたんだ。

 

 マーガレットさん曰く、自分が今使えるペルソナの詳細が書かれているというペルソナ全書のミニチュア版のような物。

 召還はできないが、ペルソナの成長具合がわかるんだとか。‘ペルソナ成長手帳’なんて以前の俺は名付けていたらしく、記憶がなくても俺らしい安直なネーミングセンスに安心した。

 

 俺にとって以前の俺は「俺であって赤の他人でもある存在」だ。マーガレットさんが知っている俺を、俺は知らないのかもしれない。

 そう考えると何だか……なぁ。

 

 

 複雑な心境で手帳を開いた。一ページ目は俺を表すアルカナ‘愚者’。イザナミの白い姿が描かれている。パラメーターを見るに、力と魔の伸びがいいな。光、闇、雷にも耐えられることがわかる。

 

 二ページ目はマーガレットさんを表す‘女帝’。イシスは魔の伸びがいい。氷は反射し雷には弱い。けどスキルに回復スキルが入っているのは頼もしいな。

 

 

 って、何でこんなに俺はペルソナについて知っているんだ? パラメーターとかスキルとか属性とか。マーガレットさんからは聞いたことがない言葉だらけだ。

 

 記憶が染み付いているか? ますます以前の俺がわからなくなった。

 

 混乱してきた思考を鎮めようと開いたページで、俺はさらに混乱することになる。

 

「あれ?」

 白紙だったはずの三ページ目に何か書かれていたのだ。アルカナ‘戦車’。アルカナの隣に書かれた名前に目を疑う。

 里中千枝とよく知った名前が書かれていた。

 

 四ページ目にも、アルカナ‘魔術師’。隣に書かれている名前は花村陽介。

 さらに五ページ目。アルカナ‘死神’。霧野。

 

 

 千枝、花村、霧野さん。今日知り合ったばかりの人が二人も。千枝も花村もかろうじてだが、名前が載っていることに納得できる。だけど、霧野さんは?

 

 

 載っている理由がわからないな。わかるのは、どこかでまた出会うことになることだけだ。

 再会に希望が通るのなら、とりあえず寝ているところに遭遇するのだけは勘弁してほしいな。普通に道端でばったりとかを希望する。

 

 

 もう一度、最初から最後まで手帳に目を通す。‘戦車’‘魔術師’‘死神’。新たに増えたアルカナはその三つだけだった。そして、その三つ全部のペルソナは不明。本来ペルソナが描かれている場所には、タロットカードの絵柄が描かれている。

 

 ペルソナは乞うご期待といったところか。それとも、召喚してはじめてペルソナがわかるのか。答えはでない。

 

 

 

 

「ごめん! 日向君」

 声が聞こえたので、顔を上げると千枝が駆け寄ってきた。手帳をしまって背中を壁から離す。

 

「待った? 待ったよね?」

 申し訳なさそうに謝って千枝は俺を見上げた。急いで来たのか、息があがっている。

 

「そんな待ってないって」

「う~、本当に?」

 何を疑う必要があるのか。俺は嘘なんてついていないのに。

 

「だって、日向君ってさ。たとえ一時間待っていても『待ってない』って言うでしょ」

 うーん……それはどうだろう。一時間か。

 

「そうなんですかね?」

 実際一時間も待ったことがないんで具体的な感情がわかずに、曖昧に首を傾げた。

 

「うん。日向君なら言うね」

 まぁ、千枝が言うならそうなんだろう。俺は『待ってない』って言っちゃうんだな。

 

「日向君は優しいから」

 そんな言葉は言われた方も気恥ずかしいが、言った方も(慣れていない限り)多少気恥ずかしく思うようで、

 

「あの男の子が、こんな好青年に成長するなんて誰が予想できただろう」

 続く千枝の言葉が照れ隠しの為か、妙な言葉遣いになっていた。

 

「昔の俺って千枝から見てどんな感じだった?」

「良きライバル、かな」

 千枝の言葉に苦笑を浮かべる。ライバルというか、ただ俺が一方的に対抗心を燃やしていただけだったような気がするが。

 

「何かにつけて張り合ってたもんな」

 とにかく何でも対抗していた。遊びにしても、何にしても。

 

 何でそこまで千枝と対抗していたかは、初対面の時に傷つけられた幼いながらのプライドのせいだ。千枝は悪くない。

 ってか、俺に毎度ながら付き合ってくれた千枝に感謝。

 

「ふっふっふ……日向君の決闘ならいつでも受け付けるぞよ」

「今の俺は、女の子と決闘できないって。おじさんの教えに反しますからな」

 女の子は戦うものじゃなく、守るもの。

 それがおじさんの教えだ。女の子に対抗心を燃やす俺を見るに見かねての言葉だったと思う。

 

 

「ほら、早く屋上行かないと花村が逃げるぞ。ビフテキ奢ってもらうんだろ」

「頭撫でるのも幸司さんの教え?」

 頭を撫でている俺の手を見ながら、言われた疑問に肩をすくめた。

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 これぐらいは、俺の癖だと思いたい。たとえ、おじさんが俺の頭をよく撫でてくれた記憶があったとしても、これぐらい。

 俺がやりたいからしてるでいいじゃないか。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 翌日。俺は昨晩段ボールから出したばっかりの制服に身を包んでいた。

 いやぁ、学ランって久しぶり。

 

 ちなみに前の学校はブレザーだった。転校ばっかしてると実家の方に今までの学校の制服が蓄まって、蓄まって。制服ファッションショーでも開ける勢いだ。もちろん、虚しいからやらないけどさ。

 

 

「クラスは二組だな。それにしても……中途半端な時期に来たもんだ」

 

 つい数分前まで生徒が雑談したり、走ったり、していたであろう廊下は木製で木の香りが鼻孔をくすぐる。

 

「急な引っ越しだったんで。ま、俺自身、空気読めてない転校生だって自覚はしてますよ」

 担任となった教師の言葉に苦笑を浮かべて前を見据えた。

 

 実をいうと中途半端な時期に来たのは、それ相応の理由があるんだな。主に両親の説得とか。

 

 あの二人なら二つ返事で了承するだろうと踏んでいたのに、なぜかてこずってしまった。普段からほぼ一人暮らしのような生活だったのに、今さら何を……まったくよく分からない。

 

 

「着いたぞ、橘」

 名前を呼ばれることで考えからさっさと抜け出した。両親のことは考えるとキリがない。堂々巡りで迷宮入りだ。

 

 答えなんて最初から存在してないだろう。

 

 

 

 

 担任が教室の戸を開いた。生徒のざわめきが一気に聞こえてくる。

 

 さて、心機一転しましょうか。

 頬を緩めて、握っていた右手を開く。手のひらに乗っていたピンバッチを襟に付けた。

 

 

 

 

 橘日向。

 みんなに見える丁度いい大きさで黒板に名前を書く。

 

 

「ホームルームの前に転校生の紹介だ。ほら、挨拶しろ」

 チョークを置いて俺は教室を見渡した。見知った顔は三人。揃って目を丸くしている。

 

 

 

「はじめまして橘日向です」

 顔を上げた俺の顔は、いたずらの成功した子供のような笑顔を浮かべているはずだ。

 そんな当たり前のことは触らなくてもわかる。

 

 

「学年変わるまでの約一週間、短い間このクラスでよろしく」

 

 

 

 

 

 3月10日 橘日向、八十神高校に転入。

 

 

 

 




もう2013年ですねー。
2013年の楽しみと言えばP3の映画とか、デビサバ2のアニメとか。

今年も健康に過ごせたらいいなって思います。
健康第一。無病息災。ですよね。

では、では。
次回は転校して数日間の話。
そんでもって、春休みへと突入していきます。


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-012- 変な書類にサインはすべからず

ども、いつもの通りに長く間があきましたが…。

今回はオリキャラ登場の回です。



3月12日

 

 

 俺の数少ない特技の中に「すぐ周りにとけ込める」なんてものがある。

 

 引っ越しを何度もするうちに自然と身に付いてしまった特技だ。高校生になった今ではあまり感じないが、昔それも小学生というなにかと多感な時期の引っ越しは色々とある。

 短期間でいかに自分の居場所を作れるか、とか。

 転校生に興味を持つのは最初だけだ。一週間もたてば、転校生もただのクラスメイトの一人になってしまう。

 その一週間の間にとりあえず友達をつくる。最低でも五人くらい。友達がいれば、そこから何人でも友達はできる。

 友達の友達。その友達の友達。ほら、いくらでも交流は広がるだろ。

 

 

 

 

 八十神高校に転校してきて三日目。靴箱の中に手紙が入っていた。

 

「おっ、さっそく入ってんな。ラブレター」

 通学路の途中に出会って、そのまま一緒に登校してきた花村が靴箱の中を覗き込む。

 

 

 いや、‘出会った’というよりも、‘遭遇した’と言った方が正しいかもな。

 道に散乱するゴミ袋。乗り捨てられた自転車。なぜかバケツに頭から突っ込んでいる花村。

「またか」

「まただ」

 そんな哀れな花村の状態を一瞥し通り過ぎる生徒達。会話から、それがはじめて起こった事故じゃないようで。

 とりあえず、見ていられなくて助けたけど。

 その見てしまったからには助けようって、今思えばデジャビュを感じる。

 

 

「そんないいものじゃないと思う……っと、はい予感的中」

 紙が二つに折り畳まれただけの手紙を開く。

 

『夜道に気を付けろ』

 おどろおどろしい赤い文字がど真ん中に書かれているだけだった。わかりやすい、文面。

 

「確かにいいもんじゃねぇな。まっ、転校初日で天城越えに成功した男の運命だ。諦めろ」

 ぽんぽんと肩を叩かれる。

「ただの幼なじみみたいなもんだから、絶対に男として意識されてないのにな」

 

 早くも脅迫まがいの手紙を貰ってしまったのは、転校初日の休み時間にした天城との会話が原因らしい。 

 

 天城を遊びに誘っただけで周囲がざわつき、天城が誘いを受けたことで……クラスメイトの男子に囲まれてしまった。

 

 あの時は怖かったなぁ。みんな目が真剣でした。

 花村が俺が天城や千枝と昔からの知り合いだと、説明してくれなかったらどうなっていたことか。

 

「それに、二人っきりって意味でもなかったし」

 千枝も一緒にだ。前の日に手伝いで来れなかった埋め合わせみたいな感じ。

 

「橘は‘天城越え’の難易度の高さを知らねぇからな。今まで何人の男が挑戦し失敗したか」

「へぇ」

 随分な人気があるんだな、天城って。

 相槌を打ちながら上履きに履きかえる。典型的な上履きに画鋲ってのはさすがになかった。

 

「ってかさ。花村も挑戦したんだよな。その‘天城越え’」

「うっ…」

 花村が口ごもる。

 

「『転校二日目、見事に散った』って聞いたな。‘天城越え’挑戦者の中でも三本の指に入ると…」

「古傷を掘り返すんじゃねぇよ!? 誰だよ、情報源!?」

 詰め寄る花村をまぁまぁと落ち着けると、俺は昨日出会った先輩が名乗っていた自称込みの肩書きをそのまま言う。

 

「『自称、愛と希望と真実と笑いを人々に届けるハチ高新聞専属の記者』の先輩」

「……あの先輩か。そういや目付けられてたな、お前」

「目付けられてるのか、あれ。部活の勧誘じゃないんだ」

 わかってないなと、花村は息を吐いた。

 

「あの先輩。一匹狼って学校じゃ知られてんだぜ」

 一匹狼。そんなタイプの人には見えなかったんだけど。俺は先輩の様子を思い出す。

 とにかく賑やかだった。一匹狼というよりも道化みたいな性格で、こっちが何かを言う前に話をどんどん進めていって。

 

「都会からの転校生が珍しかったとか?」

「や、それなら俺も都会から十月に転校してきたばっかだし」

 そうだった。

 それも先輩に聞かされた。ジュネスの店長の息子で、俺と同じく都会からの転校生。それが花村陽介。

 あと、他に妙なあだ名も聞かされたんだけど……何だったっけ?

 

「ま、なんにせよ。色々と気を付けたほうがいいぞ」

 教室の方に歩きだした花村は、首を回して顔を俺に向ける。割と真剣な表情だ。

 

「夜道はもちろん。その中津先輩にもな」

 大丈夫。そんな意味を込めて俺は手をヒラヒラと振る。

 

 

 ああ、忘れるとこだった。進んだ足を止めて振り返った。

 

 持ったままの手紙を丸めると、近くのゴミ箱に入れる。こぼれ落ちることもなく、あっさりと手紙はゴミの一部となってしまった。

 

 ま、とりあえず。当分は夜道に注意かな。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 放課後になった途端、帰り支度をすませた俺の腕が誰かに捕まえられてしまう。

「ほな、借りんで」

 誰かを確認する前に聞こえてきた関西弁で、俺は抵抗を諦めることにした。

 

 無駄な争いは何も生みません。逃げられないとわかっているのに逃げたりはしません。

 

 

 

 引っ張られる。というより、引きずられるようにして到着したのは実習棟の二階。英語教室の隣。

 扉に貼られた『新聞部』という張り紙で、自分が連れてこられた場所が新聞部の部室だと知った。

 

 いきなりのことで未だ事情を飲み込めていない俺の顔を見て、中津先輩は微笑んだ。

 

 中津香奈。俺の一個上の先輩で、関西弁と掴み所のない性格が特徴的な人だ。今朝、陽介との会話に出てきた人でもある。

 

 

 前に向き直ると、一つでくくられた髪が揺れる。そのまま勢い良く扉が開けられた。

 

「う……わぁ…」

 部屋の状態に俺は目を見張る。

 教室よりもさらに小さいその部屋は、とにかく色々とヒドい。

 まず床。ボールペンや原稿用紙、新聞紙が散らばっている。俺の足下に転がっているペンなんかキャップがない。かわくぞ。もう手遅れか。

 

「歩くときは画鋲なんかに気いつけや」

 画鋲ぐらい拾ってください。床にほんの少しあるスペースを器用に歩き、先輩は肩にかけていた鞄を机に置く。

 部屋の中央に置かれている長机。年期がはいっていて実にレトロチックだ。よく見ると足の部分にも模様が彫られていた。

 洒落た喫茶店に置いていても別におかしくないな。残念なことはここが喫茶店じゃないことか。所有者の扱い方か。

 

 床に物があれば、上にも物があり。

 開かれたままのノートパソコン。プリンター。積み上げられた本。

 

 この部屋、凄く片づけたいな。

 

「やー、少しは綺麗にしてんけどなぁ」

 先輩はパイプ椅子に座り、暢気に笑った。

 

「具体的にはどこがですか?」

 探してみるとすぐに見つかったキャップをペンにつける。ついでに床に散らばっている原稿用紙も束ねる。

 

「パイプ椅子の上」

「前は座る場所もなかったと…」

 もう一脚、何も乗っていないパイプ椅子に俺は座った。座るときにため息が出てしまったのは、しょうがない。ため息ぐらいつかせてほしいもんだ。

 

 

「今日は何の用ですか?」

 手渡された缶コーヒーを飲んで一息ついた俺は、ずっと訊きたかった質問をする。

 

 昨日と今日。中津先輩と接して学んだことが二つある。一つ目は、先輩は話を逸らすのが上手いこと。二つ目は、油断しているとすぐに先輩のペースになることだ。

 ちなみに対処方法はまだない。

 とりあえず、俺が気を付けないといけないのは「変な書類にサインしない」だな。

 

「新聞部の勧誘」

 警戒している俺とは違って、先輩はリラックスしきった態度でひとさし指を立てる。目が合うと、ほんにゃりと緩く笑いかけられた。

 

「それと、取材や。『都会からの転校生。天城越えに成功』って見出しで書きたいねんけど」

 中指も立てられる。ブイサインと先輩から目を逸らして俺は首を振った。

 

「却下ですね」

 そんな見出しで書かれたら、俺の靴箱がさらに大変な状況になってしまう。

 

「せやねぇ。もうみんなに知れ渡ってること今さら書くのは、うちのポリシーに反するし」

 知れ渡ってるんだ。噂は流れるのが早いな。手元の缶コーヒーに視線を落とし、この部屋入って二度目のため息をつく。 

 

「じゃ、新聞部へ入部はどないよ?」

「その前に一つ質問してもいいですか?」

 期待に満ちた瞳に俺の顔が映った。警戒しすぎて強ばっている表情を若干緩める。

 

 中津先輩は悪い人じゃない。掴み所のない人だが、俺に対して悪意を持っていない。持っているのは、純粋な興味。

 

 こんな平凡な高校生男児である俺のどこに興味を持ったのかな。

「個人情報以外やったら何でも」

 興味を持たれた理由が知りたくて俺は質問をする。

 

「俺を新聞部に勧誘する理由を聞きたいです」

 

 特に表情の変化はなかった。雰囲気も変わっていない。うーむと唸って、腕組みをするだけだった。 

 

「それは、部員が欲しかったから」

 その答えが本音だとはもちろん思わない。俺は首を振った。

 

「先輩は『一匹狼だ』って友人に言われたんですよ。そんな人が今さら部員が欲しいなんて思いますか」

「ロンリーウルフね。かっこええやん」

 肩書きに付け足そかな。嬉しそうに先輩は手帳に書き込んだ。

 俺はわざとらしく咳払いをした。先輩のペースに乗ってしまう前に理由が知りたい。

 

「正直なとこな。うちはあんたの名前が気に入ってん」

 出てきたのは妙な理由だった。俺の名前が気に入った?

 そんな理由で俺を勧誘したのか。

 

「橘日向がですか」

 大きく何度も頷く先輩。

「そ、そ。日向に咲く橘のような感じがなぁ。妙に胸にきてんよ」

「はぁ…」

 絶対に違うな。俺の名前が気に入っただけにしては、俺を見る時に出している興味が大きい。

 

 

 上手く話を違う方向に逸らされた気がする。確実に今は先輩のペースだ。俺は少し考えて、肩の力を抜くことにした。

 これ以上、訊くのは諦めよう。

 

 

「それに、そろそろ協力者も増やしたいとこやったし」

「協力者?」

 がさごそと先輩が書類を探るたびに、周りに積まれていたものがどんどん雪崩を起こしていく。

 こうして、こんな部屋になったんだ。目の前で起こる部屋が汚くなるまでの過程に目を背けたくなった。

 

「新聞部の使命は情報を生徒に届けることや。その為には色んな情報が必要やねん」

 部屋が自分のせいで汚くなったことを気にせずに先輩は話を続ける。

 この新聞部に必要なのは情報じゃなくて、掃除をしようという心構えだと思う。

 

「生徒全員が興味を持ってくれる情報。そんなんはうち一人じゃ集めるのは無理や」

 情報を集めて、新聞をわかりやすく編集する。確かに一人では難しい作業だ。

 

「この学校には何人も協力者がいるってことですか」

「何人もやない。今んとこは一人だけ」

 先輩は手を止めて、扉に視線を向ける。俺も扉の方向へと振り向く。

 

「そろそろ来ると思うねんけどな」

 タイミングがいいことに、ちょうど部屋の扉がノックされた。

 

 

 

 

 入ってきた人物の姿に目を疑う。赤いエプロン姿に銀のおかもちを持った少女。

 その格好から考えられるのは一つだ。

 出前? いや、まさか。

 

「まいどー。出前おまちー」

 独特なイントネーションで出された言葉。聞き間違えでなければ、出前だと言っていた。

 なぜ、ここで出前なんだ。思わず声にも出た疑問に答えてくれるのは誰もいない。

 

 どうも、ここでは俺の常識は通用しないようだ。

 

「おおきに。そこらへんに置いといて」

 呆気にとられている俺を無視して、先輩は普通に接している。少女も指さされた場所に何も気にせずに肉丼の入った器を置いた。

 

 色々とヒドい状態のテーブルの上に、ちゃんとバランスを考えて置いた姿から馴れを感じる。少しでも置く場所を間違えれば文字通り全てが崩れるのに、これはプロの仕事だ。

 って、そんなことよりも。

 

「おやっさんの娘さん?」

 視線が向けられた。先輩と少女の両方から。

 先輩から受け取ったお金をなおし、俺の前に移動してくる。そして見上げられた。

 

 この出前が愛家からなのは、おかもちを見ればわかる。全面に赤い字で‘愛家’と書かれているから。

 けど、おやっさんの言っていた「ハチ高に通う娘さん」なのか確証が持てなかった。写真で見たといっても、ほとんどが半分隠れた姿だったからな。髪は昔と同じで短い。雷文型の髪留めは……写真ではつけてなかった。

 あぁ、でも雰囲気は似ている。

 

 

「何や知り合いかいな」

 じぃーっと、見上げたまま何もリアクションがない少女に若干の居心地の悪さを感じてきた頃。先輩がようやく口を開いた。

 別に先輩は空気を読んでいたわけもなく、ただ割り箸を割るのに悪戦苦闘していただけだ。その結果、不格好な割り箸が机に置かれている。

 

「知り合いというかなんというか」

 どう表現していいのやら。覚えていなかったせいもあって、知り合いだと断言するのは後ろめたい。

 

「ども。中村あいか」

 俺を未だ見上げたまま、彼女は先に名乗る。相変わらずの話し方だった。

 

「あ、うん。どうも。俺は橘日向」

 軽く頭を下げる。ふと、彼女は俺のことを覚えているのか気になった。 

 何も言わないあたり覚えているのか? 覚えていないから何も言わないのか?

 

「天城ちゃんや里中ちゃんだけじゃ飽きたらず、あいちゃんにまで手ぇ出しとんのかいな。ヒッヒッヒ。夜道に気いつけや」

「手なんか出してません。知り合いなだけです」

 人聞きの悪い言い方はしないでほしい。

 

 

「協力者ってこの…えーっと…」

 何と呼ぶべきか悩んでいると、

「あいちゃん」

 先輩が口を挟む。

 

「あいちゃんって呼んだり。せっかく小さい頃からの知り合いやったら、フレンドリーにせな」

「知ってたならからかわないでくださいよ」

「お約束ってやつよ」

「そんなお約束はいりませんから」

 お約束だとか、ホント誰が望んでんだろう。俺は気を取り直して、話を続けることにした。

 

 

「えっと、そのあいちゃんが、先輩の協力者なんですか?」

 おやっさんの娘さんもとい、あいちゃんは首を縦に振る。呼び方は別に問題はないようだ。人によって馴れ馴れしく呼ばれるのに抵抗を持つ人はいるからな。

 

「そうや。こう見えて、かなりの事情通やで」

 先輩の言葉にどこか誇らしげな表情を浮かべるあいちゃん。

 

 

「流石。八十稲羽ならどこへでもをモットーの出前をしてるだけあるわ」

「どこへでも行けるのか?」

「もち」

「それは凄いな」

 その言葉が冗談や嘘でないことは雰囲気で察した。なんと言うか……一瞬だけプロの目をしてたんだ。

 世界は広いと言うし、出前のプロフェッショナルもいていいだろう。

 

 

「で、どないよ?」

 そのまま違う話へ進めばよかったのに先輩は逸れた話を元に戻した。話を逸らすのも、話が逸れているのを直すのも得意なのか、この人は。

 

「先輩と同級生と仲良くなれるチャンスやと思うで。ちなみに今やったらウチの好感度があがるかも」

 口調こそはふざけているが態度が真剣だ。そこまでして俺を勧誘する理由が本当にわからない。

 

 

 断るべきなんだろうな、これは。そう頭では理解できていた。考えてみろ。勧誘する理由を教えてくれないことで、もう俺は何かを隠されている。

 その何かは些細なことなのかもしれない。聞くと「なんだ」と笑ってしまうような俺にとっては軽いものかもしれない。

 けど、そんな状態でどう信頼関係を築き上げれるのか。……いや、そんなことは俺が言えた話じゃないな。俺にも少なからず隠し事はある。

 人に言えないことがあるんだ。俺なんかが俺ごときが……。

 

 

「手伝いだけならいいですよ」

「おっ、ホンマ? オッケーなん?」

 先輩の表情を見て苦笑を浮かべる。少しぐらい「断られると思っていた」なんて表情をすればいいのに。おかしいくらいに素直な人だ。

 

 

「じゃ、この書類にサインして……」

「それはお断りします」

 

 

 




新聞部部室は実習棟二階。英語教室の隣という設定です。
どうも英語教室が使われてないんで、大きさは英語教室半分ぐらいだと。

オリキャラ設定

中津香奈(なかつかな)
新聞部部長の高校二年。
『自称、愛と希望と真実と笑いを人々に届けるハチ高新聞専属の記者』。
独特のノリとテンポで関西弁を話し、掴みどころのない性格をしている。
苦手なのは整理整頓。年齢の割に結構なチビッ子。
なぜか、日向に興味を持つ。




本編に入ると何かと情報がいるので、こんな先輩を書いてみました。
あいかちゃんとも接点を持たせたかったのもありますね。
コミュは発生するかどうか…そこは、まぁ追々と。

次回からは短編を繋ぎ合せた春休み編。
その前に、終業式もあるけれど、って終業式のくだりは果たして必要でしょうか…。

終業式→春休み→本編へ。
オリキャラをあと一名。足立さんとも絡ませ、マリーも登場と。
なかなか詰め込みすぎてる感じはありますけども、春休み編をお楽しみに。



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-013- 春休みに入る前に

春休みに入る前の話。


3月17日

 

 

「ありえない」

「いきなり、失礼だな。千枝」

 脈絡なく言われた言葉に戸惑う。長い……いや、短い一週間の終わり、終業式という行事を終えて教室に戻る途中のことだった。

 

「うん。ありえないね」

 千枝の隣にいた天城でさえもこの発言。俺の何がありえないんだろうか。

 今日学校に来てからの行動を思い出してみる。

 朝、いつも通りに登校。靴箱も平和だった。

 

 

「あっ、橘君。ばいば~い!」

「橘君。また休み明けにね~」

「はい。先輩方もまた休み明けに」

 思い出している途中、声をかけられた先輩に挨拶をする。

 

 で、教室に入って朝の挨拶をして……

 

 

「よっす。春休みあいてたら遊びに行こうぜ!」

「おー、了解。いつでも携帯に連絡してくれよ」

 隣のクラスの生徒に遊びに誘われる。

 

 

 席に座って…

 

 

「ごめん。借りてた本まだ読めてなくて……四月に返してもいいかな?」

「別にいいって。読めたら返してよ」

 クラスメートからも声をかけられた。

 

 

 

 うん。特に変わったところはないかな。様々な人に声をかけられながらも思い出してみた結果、二人に「ありえない」と言われる要素はなかった。

 

「橘君。一週間前に転校して来たんだよね?」

 首を傾げている俺を見かねて天城が口を開く。

 

「あぁ、そうだけど」

 俺はさらに首を傾げることになった。それと「ありえない」にどんな関係があるんだ。

 

「体育館から教室まで何人の人に声かけられたか覚えてる?」

「ん? えーっと……」

 思い出してみる。自分の持つ限りの記憶力を総動員してみた。

 

「とりあえず、沢山」

 総動員した結果がこれだ。記憶力の低下っていうよりも、実際に沢山の人に声をかけられた。

 

「36人」

 いつのまにか─本当に気が付かない間に─隣にあいちゃんが立っていた。

 

「私いれたら37人」

 そう言われて、何のことを言っているのかを理解する。

 そうか俺は37人もの人に声をかけられてたんだな。沢山という表現は間違っていなかったようだ。

 

「だってさ」

 言いたかったのはそれだけだったのか、さっさとあいちゃんは教室に入ってしまう。

 

「「ありえない」」

 ……今度は二人同時できたか。仲が良いのはいいことだが、そんなとこで息をあわす必要はないと思う。

 

 ってか、俺だけ理解できてなくて寂しい。疎外感を感じる。

 

「仲間外れ反対。その『ありえない』理由を教えてくれよ」

 お手上げと両手を挙げた。降参という意味も持っている。

 お手上げ侍、だ。

 

 

「たった一週間で知り合える人数じゃないって」

 なんだ、そのことか。ホッとしたことを表情に出さずに、俺は困ったような苦笑を浮かべた。

 

「そうかな? 中津先輩の手伝いしてるから、色んな人と知り合う機会が多かっただけだろ」

 それに結局は記事に書かれたし。あれは嫌でも知名度は上がる。

 

 

 新聞が発行されたその日の休み時間や放課後にクラスメートや先輩方、はては教師にまで声をかけられた。

 大半が「頑張れよ」とか励ましの言葉だったのは、俺が中津先輩に選ばれてしまったからだろう。

 あの人が今まで一体何をしでかしたのか。ちょっと気になるな。

 

 

「確かに日向君が新聞部入って、一気に知名度上がったもんね」

「入ってないけどな」

 千枝にまで新聞部に入部していると誤解されている。入部届けに名前も書いていないのに……もしや、俺に学校内の取材を手伝わせたのはそれが狙いだったのか。

 新聞部として活動を手伝う俺。傍から見れば、新聞部の新入部員だ。

 

 

 時間はかかるが、みんなに知れ渡ってしまえば効果はすぐでてくる。俺がいくら否定しようがみんなの認識ではもう新聞部員ってわけだ。

 

 

「……油断したな」

 深く息を吐いた俺に、今度は二人が首を傾げることになった。

 

 

 

 余談であるが、手帳を確認したところ‘塔’のアルカナが増えていた。相手は中津先輩だ。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 都会にないものがここには沢山ある。

 例えば、和かさや静けさなどの感じることができるもの。例えば、豊かな緑や透き通った川など本来あるべき自然の姿。

 

 確かに新しいものが溢れる都会は便利かもしれないが、やっぱり俺は田舎が好きだ。満天の星空を見上げながら俺は改めて実感する。

 

 愛屋で食事をした帰り、ふとした思い付きで高台に行ってみることにした。目的は天体観察…とまぁ、簡単に言えば星空観察だ。

 

 

 月明かりだけでは頼りなかったので、ペンライトで足元を照らしながら夜道を歩く。高台に近付くにつれ、街灯の数が徐々に少なくなってきた。

 

――ガサッ

 

 突然聞こえてきた音に足を止める。場所は高台へと上がる階段の前。

 音の聞こえた草むらへライトを向ける。暗がりの中、何かが動いていた。

 

 熊、は流石にありえないが、野犬や猪ぐらいならこの辺りでも出るのかもしれない。

 最悪の結果に備えて、少しずつ後退する。

 

 

 ガサッ、ガサガサッ!!

 

 草むらから音を立てて、黒い影が飛び出してきた。

 

「ガァオーッ!!」

 影の正体は予想外なものだった。どこかで見たような不審者が、獣の真似なのか雄叫びをあげて両腕をあげている。

 

「食べちゃうぞー!!」

 困った。まさか、また出会ってしまうなんて。

 

 とりあえず目に向かってライトを当てることにした。

 

「わ、ちょ! 何も言わずに目にライト当てるの反則だよ!!」

 あげていた両腕を下ろして不審者──霧野さんは目を覆う。

 

 今回はスーツ姿ではなく、パーカーにジーンズとラフな格好をしていた。元々スーツ姿でも若く見える人だが、こうして普段着だと高校生ぐらいにも見えてしまうな。

 

「お久しぶりですね、霧野さん」

「うぅ~、さっきまでのスルーするんだ」

 ええ、スルーさせていただきました。なんせ対応が面倒だったんで。

 

「で、何でこんなとこにいるんですか?」

「散歩だよ」

 草むらを通る散歩があるのだろうか。ユニークというよりも変わっている。

 深くはツッコまないことにした。

 

「そんな日向君は何してるの? あっ、もしかして満月の夜だから『血が騒ぐぜ、グッヘヘ。誰か襲ってやろうか、グッヘヘ』な状況に…?」

「なってません」

 そんな状況になるように見られてるのか、俺。変質者丸出しだな。

 

「この上の高台で星を見に来たんですよ。別に血も騒いでませんし、誰かを襲いに来たわけでもありません」

「星かぁ…。確かにここってよく見えるよね」

 霧野さんは夜空を仰ぎ見る。

 

 

「月も大きいねぇ…」

 その言葉はどこか感傷的に聞こえた。俺が見ていることに気付くと、照れたように笑顔が返される。

 感傷的、なんて感じたのは気のせいかな。

 

 

「ご一緒していいかな?」

 そう訊きながらも、すでに霧野さんは階段を上っている。そして月明かりを背に受け振り返った。

 

「霧野さんの場合断っても来るでしょ」

 階段を上って霧野さんの隣に並ぶ。一度俺を見上げて微笑むと、そのまま高台へと軽やかに上っていった。

 

「うん。だって日向君は断らないからね!」

 一番上から俺を見下ろし、屈託ない笑顔でそう断言した。

 

 

 

 

 

「そっか明日から春休みなんだ」

 高台に設置されているベンチに腰掛け、夜空を見上げながら霧野さんは思い出したように呟く。

 

「む、ズルいなぁ。昼過ぎまで寝れちゃうわけね」

「それは寝過ぎです」

 朝ご飯兼昼ご飯になるのはどうかと思う。春だからって怠けるにも限度があるからな。

 

 それに明日はジュネスでバイトだ。ゆっくりしてる暇もない。

 

「霧野さんはまだ就職活動中ですか?」

 ここらで就職できる所は限られている。バイトだけなら結構あるが、正規雇用を目指す就職となれば……今の八十稲羽では探すのは困難だろう。

 

 

「ううん。就職先は決まったんだよ」

 あっさりとした答えに思わず顔を横に向ける。笑顔と向き合うことになり、俺は途端にばつが悪くなった。

 感情をなるべく悟られないように何気なく顔を夜空へと戻す。

 

 

「どこになったんです?」

「それはヒミツ」

「ヒミツにする意味は?」

「ないけどね。ヒミツにしたら後の驚きが楽しみでしょ」

 俺が驚くような就職先なのか、無理にでも驚かされるのか。

 どちらもありそうで今からドキドキする。もちろん少し悪い意味で。

 

 

 

 

 

「崖から落ちそうになっている二人がいたら、あたしならその手を離さないで大きな声で助けを求めるかな」

 静かに独り言のように霧野さんはまた呟いた。

 

 さっきまでの会話とは全く違う内容に戸惑うが、すぐに何の話なのかわかった。最初に会った日に俺が尋ねられた質問に関する話だ。

 

「自己犠牲もいいんだけどね」

 月が雲によって隠された。ライトを消しているので一気に辺りが暗くなる。

 隣にいる霧野さんの表情も暗がりのせいで見えなかった。

 

「それじゃ、ハッピーエンドにならないんだよ」

 距離感が曖昧だ。すぐ隣で語られているはずなのに声を遠くに感じる。

 

 

「他人を守ろうとして自分のことを大事にできないのはダメだからね」

 約束だよと、触れ合った指を霧野さんから絡まらせた。小指と小指。いわゆる指切りというやつだ。

 

「じゃ、そろそろ帰るね」

 嘘ついたら「スクワット500に腕立て腹筋100」という無駄に体育会系な罰を与える指切りを終え、彼女はベンチから立ち上がった。

 

 相変わらず月は隠れている。ライトをつける気にもならない。たださっきよりも暗闇に慣れた目を使うだけだ。

 

「ではでは──Good spring vacation! See you again!!」

 なぜか英語が混ざった挨拶をして彼女はその場からいなくなった。

 

 気配も音もなく一瞬で。忍者か、あの人は。

 

 

 本当に、何者なんだろうな。夜空に向かって俺は疑問を投げ掛けた。

 

 

 




次回からは短編…というよりも若干長い気もしますが、とにかく短編三本で春休みの出来事を書いていきます。

題名は、「同居人が増えました」「記憶のない来訪者」「ジュネスのガッカリな男」。最後のだけ誰を指しているのか……わかりますよね?

なるたけ早く。ジュネスがまだ書きあがっていないので一週間か十日ほどで…投稿、できれば、いいなと……。

ちなみに春休み編はパート1と2になる予定です。


では、感想お待ちしております。
更新が遅いのは、すみません。反省は毎度しているんですが、治る見込みがなさそうです。
ストックは作ってるのに、それ全部本編のだったりで今投稿できないんですよね。


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-014- 春休みpart1

いざ投稿しようとパソコン使ったら…なぜかバグって一生懸命書いた陽介の話が消えちまいました。
いやぁ、うん。バックアップとってなかった自分を責めるわけです。

なもんで今回は二話しか投稿できません。
episode1はオリキャラ登場の話。

episode2はP4Gに登場したあの新キャラとの初対面



episode1:同居人が増えました

 

4月2日

 

 

 春眠暁を覚えず。そんな言葉を実感する暇もなく、俺の春休みは過ぎていった。

 ジュネスでバイト。愛家で手伝い。友達と遊ぶ。バイクの免許取得。

 その他諸々と忙しい日が続き、今日は珍しく暇な日であった。

 

 ってなわけで、午前中に各部屋の掃除を終わらせた俺は、縁側で日向ぼっこをしながら午後はゆっくり過ごすことにしたのだ。

 暖かい日だまりの中、昼食として作ったサンドイッチを食べる。

 うん、平和だな。

 春休みに入ってベルベットルームに行く機会が増えた俺は、あの殺風景な場所でマーガレットさんに手合わせしてもらっている。

 ペルソナ能力を使いこなせるように。という理由で何度も戦っているのだ。あのマーガレットさんと。

 

 正直なところ。こう平和を改めて感じていると、実感することがある。

 

 俺よく生きているな。

 

 雲一つない青空。折れる木刀。迫り来るペルソナ全書。最後には、メギドラオン。

 

「平和っていいよな」

 ふと遠い目をしてしまう。

 や、だって。あの人絶対に楽しんでいるし。いつも通りのクールな表情の中に、嗜虐性とか様々な(俺にとってマイナスな)感情が含まれているのを俺は知っている。

 いたぶられて喜ぶ趣味はもちろん俺にはない。今後間違っても、そんな趣味に目覚めることはないだろう。

 

「断ろうと思えば、断れるんだけどさ」

 呟いて、サンドイッチを流し込むようにコーヒーを飲んだ。

 俺が断っても、マーガレットさんは何も言わないし、思わない。そんな気がする。

 

「それが、できたら苦労はしないと言うか……」

 飲み干したコーヒーのマグカップ、空になった皿を脇にのけた。

 

 俺は絶対に断ることができない。肝心の記憶は思い出せないくせに、想いだけは体に染み付いているんだからな。

 できないって言うよりも、したくないって思っている俺がいる。

 

 自分の気持ちなのにわからないとは、これ如何に?

 

 ため息がこぼれた。困った時や考え事をしている最中にため息が出るのは、どうも悪い癖だ。

 ため息をつくと幸せが逃げると言うし。治すべきなんだろうか。

 

「はぁ……」

 俺は慌てて、ついさっき出たため息を押し戻すように口に手をあてる。考えているそばからこれだ。

 いっそのことため息の代わりに違う動作をしてみようか。

 

「…………」

 どう考えても思いつかない。首を傾げるとかは微妙だし、舌打ちとかは論外だ。

 もういいや。とにかく癖を治そう。それから、代わりの動作を考えればいいんだ。

 

 

 ~~♪

 女性シンガーの軽快な英語の歌とともに、携帯が赤く点滅している。テーブルに持っていた皿とマグカップを置いて携帯を手にとった。

 

 携帯の通話ボタンを押そうとした俺の耳に、

 ピンポーン

 チャイムの音が聞こえる。画面に表示された凛おばさんの名前を見つつ玄関へと急ぐ。

 

 おばさんからの電話は、後にして扉を開けた。

 

 

「あっ、橘日向さんですか?」

 満面の笑みに迎えられる。スマイル0円というより、スマイルだけでお金がとれそうな笑顔を浮かべた男性が立っていた。

 

 エキゾチックな顔立ちから日本人ではないこと。そして、俺の知らない人であることがわかる。凄くフレンドリーな対応をされているのに全く見覚えがないのだ。

 外国人と接した機会が、学校の英語教師と道を訊かれた時だけ。お世辞にも国際的ではない俺なのだ。

 

 

「私はウォルフと言います。ウォルって呼んでください」

 くすんだ茶髪と同じ色の瞳。ウォルフさんの全身を見て、俺と同じウェストバッグをしていることに気付く。

 ウェストバッグに手を触れた。ヒヤリとした革の質感が伝わってくる。

 

「凛子さんから聞いていると思いますが、今日から居候としてこの家にご厄介になる者です」

 居候? 俺は凛おばさんから何も聞いていない。頭痛がしてきた。

 未だ小刻みに震えている携帯。俺はウォルフさんに了承をとってから通話ボタンを押した。

 

『遅い』

 第一声に不機嫌な声が聞こえてくる。眉を寄せたおばさんの表情が想像できた。

 

「ちょうど来客が来てたから」

 説教が始まりそうな雰囲気を察知し、すぐに遅れた原因を話す。

 来客と聞いて、電話向こうの雰囲気がやわらいだ。

 

『もしかしてウォル君? 良かった。無事に到着したんね』

「そのウォルフさんのことで、まず詳しい話を聞きたいんだけど」

『…………』

 そのまま、無言で数秒が過ぎる。

 

「凛おばさん?」

 都合の悪い話題だから、もしや切られたか。

 

『ありゃ? 言ってなかった?』

 とぼけた声が返ってきた。俺はため息をぐっと我慢する。

 

「これっぽっちも聞いてない」

『あはは、細かいこと気にしてたらモテないさね』

 

 

「はぁ……」

 

 やっぱり、癖はそう簡単に治らないみたいだな。もうここまできたら治す気も起こらなくなってきた。

 

 

 

 

 結局、凛おばさんに上手く言い包められてしまった。いや、わかってたんだけどな。

 昔からあっちの意見を押し付けられてきたから、今回もそうなるだろうってこと。

 

 

 

 

 

「コーヒーいれますね。インスタントですけど」

 家の前で立ち話もなんだと言うことで、ウォルフさんを中へと招き入れた。

 リビングに自分の荷物を置くと、きょろきょろと彼は辺りを見渡す。

 

「懐かしいですか?」

 おじさんが住んでいた頃と家具の配置はかえていない。

 

 良くも悪くも、俺がおじさん離れできていない証だ。

 

「ええ。懐かしいです」

 昔を思い出すかのようにウォルフさんは目を閉じた。

 

 おじさんと知り合いだったこと。大学で日本の神話や土地神などの研究をしていること。こう見えて日本語しか話せないこと。

 簡単な情報はおばさんから聞いた。

 

 

 

 

 

「では、本題なんですが」

 テーブルにマグカップを置いて、ウォルフさんの対面に座る。

 

「その前に少しいいですか?」

 申し訳なさそうにウォルフさんが手を上げた。

 

「何か質問でも?」

「ええ、ちょっと…質問というよりもお願いなんですけどね」

 コーヒーの香りが二人の間に漂う。

 

「私に敬語は使わないでください」

 

 

 ミルクをもう少しとか砂糖多めでとか、予想していたお願いは外れていた。

 

 

 敬語を使わないでか。予想できるわけないな。

 

 

「もっとくだけた感じで接してください」

「や、でも、ウォルフさんは…」

 年上ですし、と続くはずだった言葉が途切れる。

 

 

「ウォルって呼んでください」

 

 言い方も表情も柔らかいはずなのに、妙なプレッシャーを感じた。

 

 

「ウォルフさんは…」

「ウォルです」

 有無を言わせぬ迫力。笑顔なのに、なぜだ。

 

 

「…………わかった。敬語はやめるから」

 自分より年上の人に敬語を使わないのは身内ぐらいで、そう簡単に慣れそうにないが本人の希望だ。

 

「ありがとうございます。日向さん」

「日向で」

 きょとんとした表情が向けられた。

 

「日向さんじゃなく日向。あと敬語もナシで」

「それはダメですよ」

 いや、何で? 普通はウォルがくだけた口調でよくて、俺が敬語であるべきだろう。

 

「私は大人ですからね」

 なるほど、大人だから礼儀作法は正しくなくてはならないのか。

 

 

 いやいやいや、それはおかしいだろ。理由になってない。大人だから俺に敬語を使うなんて「くだけた感じで接して」と言った張本人なのに。

 

 

「日向」

「日向さん」

 ……何かズルいな。ってか、強引だ。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

「星を見に行くぞ!!」

 おじさんはそう高らかに宣言すると、望遠鏡を担いで立ち上がった。

「望遠鏡を持って?」

「あぁ! もちろん!」

 堂々としたその頷きに、思わず俺のほうがおかしいのかと錯覚に陥る。

「一応聞くけど、どこで星を?」

 山や高台まで行って星を見るのなら、俺はこうも疑問を出さない。

「露天風呂でだ!」

 そう場所が問題だったのだ。問題というより、大問題である。

 

 そもそも天城屋の露天風呂は望遠鏡なんて持ち込み禁止じゃないのか。

 ってか、下手したら覗きだと誤解される。

 

 好奇心の塊の子供みたいな表情をおじさんは浮かべていた。こうなるとおじさんの耳には『常識』という人間が決して忘れてはならない言葉は届かない。

 

 普段は冷静な人なのに、どうして強引に考えたことを実行へと移そうとするのか。俺にはまだわかりそうになかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 ウォルの強引さにおじさんの強引さを思い出してしまった。

 あの後、男湯の前でおじさんを説得してみるものの聞く耳を持たず、合宿で天城屋に泊りに来ていた彼方さんの「レンズが曇って見えなくなりますよ」という一言で望遠鏡を持って露天風呂に入るのは未遂に終わった。

 彼方さんがあの場にいなければ、おじさんがどうなっていたのか……想像したくない。

 

 

 

 

「じゃ、本題に入るな。ウォルとここで一緒に住むことだけど」

 おばさんが言っていた通り、ウォルは少し強引なとこもあるが悪い人ではない。話していても不快に感じることもなかった。

 

「俺は大丈夫。いいよ、ウォルと一緒に住んで」

「本当ですか!?」

「ただし、お互いのプライバシーを尊重すること」

 身を乗り出すウォルを落ち着けるように手で制した。

「もちろんです」

 コクコクと勢い良く首が縦に振られる。

 

 まぁ、ウォルの態度からしてそういうのはあまり心配はしていない。念のためだ。

 

「凛子さんからマニュアルを貰いましたから、バッチリですよ!!」

 「任せてください」と言わんばかりに立てられた親指と自信満々なウォルの表情。

 

「マニュアル?」

 妙な単語を俺は聞き逃すことができなかった。少しばかり不安を覚えるのは一体なぜだ?

 

「はい。見ますか?」

 どこにでもある旅行用サイズのカバンから取り出された冊子。

 プリントアウトした紙をホッチキスでとめた手作り感満載のマニュアル冊子だ。旅行のしおりじゃあるまいし、と苦笑しながら紙を捲った。

 

 

 一ページ、二ページと読み進めるうちに、不安の正体が徐々に明らかになってくる。

 

 

「……何のマニュアルだよ、これ」

 最後まで読み終え、俺は今すぐこの冊子をゴミ箱に投げ込みたくなった。

 

 

『日向が家に女の子を連れて帰った時は、何も言わずにその夜は部屋に籠もっておくこと』

『シャツに口紅がついていても動揺しないこと』

 

 

 最初から最後まで、そんなどうでもいい気配りばっかだった。ってか、よくこんな冊子にするぐらいの量を考えたもんだ。

 俺のおばさんは、変なところが几帳面でバカだった。

 

 

 

 きょとんとするウォルに向かって、俺は笑顔を返す。何とか笑顔は作れた。

 

「これ、全然参考にならないから」

 

 

 とりあえず、凛おばさんには今度会ったら文句の一つでも言っておこう。俺にはその権利があるはずなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

・ウォルフ

 

愛称「ウォル」

くすんだ茶色の髪と瞳、エキゾチックな顔立ちが特徴的な美青年。

常に物腰は柔らかく、誰に対しても敬語を使う。

少し抜けたとこや世間知らずな一面も見せるが、家事全般を難なくこなせる家庭的なところもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

episode2:記憶のない来訪者

 

 

 

 

 

「…………どうも、慣れすぎてるな」

 開いていた本を閉じ、俺はソファの背もたれにもたれる。

 

 今、ベルベットルームには誰もいない。俺一人だけだ。

 

 息を吐いて、装飾の施された天井を見上げた。

 

 このベルベットルームに誰も人がいない珍しい、というかおかしいとも言える状況に、誰かが戻ってくるまで本を読んでおくか……なんて思っている俺は少し感覚が麻痺してるんじゃないだろうか。

 

 …………ま、いっか。そんなの今、考えても仕方がないことだ。

 

『招かれざる客人がこの中にいるようだな』

 開いたページでは、探偵が意味深なことを呟いていた。

 考えるよりも先に続きを読んでしまおう。

 

「……ふぅ」

 一息つく。まさか、序盤から探偵が被害者になるなんて。誰が謎を解き明かすんだろう。

 不気味な館。その館の隠された過去。裏がありそうな客人達。

 

 そして、招かれざる客人の存在。ミステリーの王道がとことん詰まった小説だと誤解していたな。

 誰が第一の被害者が探偵だと予想できるだろう。さらに恐ろしいことに、この小説はシリーズなんだ。つまり探偵がいないまま物語は進むわけで……作者、賭けたな。

 

 

 そんな感じで、小説を読んだ後の余韻に浸っている俺の耳に、

 ギィと扉の開く音が聞こえてきた。誰かがベルベットルームに入ってきたのだ。

 

 

 

 

 来訪者の姿を見て、思わず呟いてしまう。

 

「…………誰?」

 入ってきたのは、イゴールさんでもマーガレットさんでもなかった。

 

 二人とは全く違う、と思ってしまうのは雰囲気のせいか、その格好のせいだろうか。

 

 開いた時とは違い、音もなく扉が閉まる。来訪者の少女は、ぼんやりとした様子で部屋を見渡した。

 

 

 短い黒髪。整った顔立ち。小柄な体格。このどこか厳かな雰囲気のベルベットルームには違和感のあるパンク風な格好。

 

 

 

 目が合った。今俺に気が付いたのか少女は少したじろいだ。

 

「誰、キミ」

 警戒されて言われた言葉に苦笑を浮かべる。

 

 それはこっちのセリフなんだけどさ。

 

「俺は橘日向だ」

 誰か。そう問われたので馬鹿丁寧に名前を名乗ってみた。

 

「たちばな、ひなた」

 少女は俺の名前を何度か呟く。そんなに連呼されると気恥ずかしくなるな。

 

「橘でも日向でも好きに呼んでくれ。で、そっちの名前は?」

 気恥ずかしさを紛らわすために頬をかく。

 

「……なまえ?」

 首を傾げて、その言葉の意味を理解したのか、少女は顔を曇らせた。

 

「そんなのわかんないよ」

 沈黙が部屋を支配する。俺はどう声をかければいいのか迷った。

 

 

 この子は俺と一緒なのだろうか。何かを忘れてここにいるのだろうか。

 

 

「あー、忘れたとか?」

 少しだけ遅れた質問に少女は首を振った。

 

「わかんない」

 少女の視線は地面へと落とされている。

 

「ここに来た理由は?」

「誰かに呼ばれた気がして……なんとなく」

 誰かに呼ばれた、ね。俺はマーガレットさんに連れられてここに入ったんだよな。

 

 その前はどうしたんだろう。まさか、道を歩いてたまたまた入ったのがベルベットルームだった、なんてことはないだろうけど。

 

「キミが呼んだの?」

 顔を上げた少女と目が合った。その不安そうな表情を見ると、すぐに否定ができない。

 

 否定することが悪いと感じてしまう。

 

「俺が呼んだ覚えはないんだが……でも、まぁ、無意識で望んだのかもしれないな」

 話している途中、自分自身何を言っているのか不思議に思えてきた。

 

 

 同情で嘘をついてるのか?

 それは違う。

 

 

 どこか冷静な部分で出された指摘に、俺はすぐに否定する。これは同情なんかじゃない。

 俺がそう言いたいから言ってるんだ。

 

「俺が望んだからここにいる。今は深く考えないでそれでいいんじゃないか」

 少女に対しての言葉が自分に向けられているように感じた。俺は安心させる為に微笑みを浮かべる。

 

 

「ま、とりあえずだ」

 立ち上がって少女へと近づくと、屈んで視線を合わせる。

 

 

「ようこそ。ベルベットルームへ」

 気が付くと手を差し出していた。

 

 

 自分の無意識の行動に戸惑いながらも、こうすることに既視感を覚える。

 夢で見た、のか?

 

 

 手が触れ合った。その触れ合った小さな手を優しく握り締める。少しの間の後、僅かに少女の方からも握り返された。

 

 



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-015- 春休みpart2

約四カ月も間を開けてしまい本当に申し訳ないです。

今回で春休みは終わり。
次話では設定やらお遊び的な内容になっています。

で、本編はその次。
内容としては、第二主人公の鳴上悠が八十稲羽に来る話となっています。
やっと本編ですね……はい。


episode1:ジュネスのガッカリな男

 

 

 見た目は爽やかなイケメンなのに口を開けば……残念な奴。花村の話が出るたびに、そんな表現をよく聞く。軽い言動のおかげで、そう見えるらしい。

 

 確かにあいつの言動は軽い。おちゃらけて周りを賑やかにするお調子者だ。

 

 

 けど、どうもそれだけじゃない気がするんだよな。ああ見えて気配りはできるし、空気を読んでいる部分もある。みんなが言うほどのただの‘残念な奴’だとは思えない。

 

 それが、俺の花村に対する印象だ。

 

 

 

 

「橘君なら話合わすと思った」

 声をかけられたのは二箱目の段ボールを開けた時だった。

 

 視線を向けると、俺と同じようにジュネスのエプロンをつけた小西先輩が隣に立っていた。

 

 一箱目を開けたぐらいから視線を感じていたが、小西先輩だったとはな。

 

 

「さっきの休憩室での話題のこと」

 首を傾げた俺に、先輩は言葉を付け加える。

 

「あぁ、あれですか」

 棚に次々と商品を補充しながら相槌をうつ。

 

 休憩室での花村がうっとうしいだかうっとうしくないだかの話だ。もちろんその場に本人はいなかったが……聞いていて気分のいい話でなかったのは、言わずもがなである。

 

「別に思ったことを言っただけですよ」

 俺は花村がうっとうしくないと思っただけだ。思い返すと、ちょっとキツい言い方をしてしまったけどな。

 

「羨ましいですよね。あんなに一生懸命になれるって」

 俺にはできないから。そう声に出さずに付け足す。

 

 

「ってか、心外っすね。俺は花村のこと友達だって思ってるんですよ」

 二箱目も終了。先輩は何も言わずに俺の話を聞いている。

 

 ま、何か言ってほしいわけでもないんだけどな。

 

 

「やっぱり似てる、かな」

 段ボールを畳む手を止める。顔を上げると目が合った。

 

 敵意も好意もなく、俺を見ているはずなのに違う誰かを見ている目。そこにある感情は懐かしさだ。

 

「それ、こっち越してからよく言われます。誰か芸能人にでも似てきたんですかね?」

 おどけた口調で肩をすくめる。

 誰が、何に、とは直接聞かない。いや、聞けないんだ。

 

 ここに住む人たちが俺と誰を重ねて見ているのかは薄々気が付いていた。俺も多少は自覚している。

 

 俺は母さんと父さんなら、どちらか父さん似の顔立ちだ。それに父さんは兄であるおじさんにもそっくりだった。双子でもないのに兄弟であそこまで似るのは凄いと思う。違いは少し目元が違うかどうかだな。

 橘日向と橘幸司。つまり父さん似である俺もおじさんに似ているわけだ。

 

 特に何も言及はせず、小西先輩はクスクスと笑った。

 

「花ちゃんと仲良くしてあげてね」

 ひとしきり笑った後、言いたいことはそれだけだったのか先輩は踵を返す。

 

「あっ、あと香奈とも」

 一度だけ振り返ってそう付け足した。

 

 で、結局言いたかったのは最後のことだけか。言われなくても、花村とも中津先輩とも仲良くするんだけどね。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「いきなりヘルプ頼んじまって悪かったな」

 そう言って隣に座った花村の手にはリボンシトロンが二本。

 一本はキャップを開けて、もう一本は俺の方へとテーブルを滑らせる。

 

「それ。詫びついでの奢りだから」

「サンキュ」

 こういう時は素直に受け取っておく。花村曰く、変に遠慮されるとむず痒くなるらしい。

 

「や、ホント焦った焦った。いきなりってのは心臓によくないよな」

 倉庫から荷物を店内に運ぶって時になって、チーフにはじめて一人足りないことを知らされた。……たまにある話らしく、そのたびに花村が一人で何とかしているようなんだが…

 

「けど、今回のは体力的にもヤバかっただろ」

 どう考えても今回は一人では無理だった。倉庫に積み上げられた段ボールを思い出しながら、俺はリボンシトロンを一口飲んだ。

 炭酸独特の感覚が口に広がる。

 

「あれ一人でやってたら、花村は今頃段ボールの下だな」

「爽やかに怖いこと言うなよ」

「いつか有り得そうだ」

「だからそんな事を言うなっての!」

 花村のリアクションが面白くて、ついいつもより軽口を叩いてしまった。

 

「そういやさ……」

「ん?」

 何か言いたいことでもあるのか花村が口を開い……てまた閉じる。何度かそのまま開閉され続けた。

 

 そこまでされると何が言いたいのか凄く気になる。言いにくいことなのは一目瞭然だが。そんな花村を尻目に俺は残りのリボンシトロンを飲み干した。

 

「お前って年上が好きとかじゃないよな?」

「……は?」

 いきなり何の話だ。きょとんとする俺に花村は真剣な表情を向けている。

 

「ほら、里中とか天城とか興味なさそうじゃん。だったら年上かって」

「年上ねぇ」

 年上と聞くとどうもマーガレットさんを思い浮べてしまう。他は……霧野さんとか中津先輩とか。あぁ、それと小西先輩か。

 

「……花村と仲良くしてやってくれだってさ」

 空になった缶をテーブルの上で転がせた。

 

「小西先輩って結構いい人なんだな。ま、恋愛対象として見てはいないけど」

 最後の言葉を特に強調する。花村が安心したかのように肩の力を抜いたのが見えた。

 

 俺なんか元々眼中にないと思うんだけどな。花村は心配性だ。

 

「わかりやすいなぁ、花村は」

 思わず、その頭を撫でてしまう。ついいつも通りの癖で。

 

 俺の行動にぽかーんとしていた花村がいきなり椅子をひいて、俺から距離をとる。

 

「お、お前……まさか…」

 どうしたんだ? 顔が真っ青だが。

 

「お、お、男が好きなのか?」

 

 

 ………………はい?

 

 

 今度はこっちがぽかーんとする番だった。わかることを述べると、どうやらあらぬ疑いをかけられているようである。

 

 つい吐きそうになったため息を飲み込んだ。額に手をあて、俺は花村と目を合わす。

 

 

「ちげぇーよ」

 

 

 

 

 

episode2:はじめての約束

 

 

 彼女の前で背中を向けて逃げてはならない。かなわないと最初から諦めてはならない。全てにおいて油断してはならない。

 そして、あと一つだけ大切なこと。やられるときは歯を食い縛って覚悟を決めなくてはならない。

 

 教訓通り俺は逃げも隠れも諦めも油断もせずに、ただ歯を食い縛った。覚悟なんてものは、もうとっくの昔に決めている。

 

 光が俺を包み込む。頭上に感じる嫌な気配。見上げる度胸はあいにく持ち合わせていない。

 

「メギドラオン」

 何度も聞いたその単語を耳にして、俺の視界は真っ白に染まった。

 

 気だるさに開いた目をまた閉じそうになる。ゆっくりと時間をかけて、指先から動かしていった。

 意外に冷たい石畳に手をついて体を起こす。ぼんやりしたままの思考を戻す為に軽く頭を振った。

 

 

 ここは俺の記憶を反映させた内面世界。つまりメイドイン橘日向。純日向製の空間だ。

 

 この場所が『俺の心の中に作り上げられた空間』だと聞いた時は驚いた。てっきりベルベットルームのような場所だと思ってたのだが、あそことはまた根本的な造りが違うらしい。

 

 居心地がよく感じるのはそのせいだろうか。

 

 

 一通り辺りを見渡してもマーガレットさんの姿は見当たらない。

 

 その代わり、巨大な扉を見つけた。俺が気絶する前には絶対になかったものだ。

 妙な存在感を放つその扉に近付いてみる。おかしいな、こんなの全然記憶にないんだけど。

 たぶん、マーガレットさんが勝手に作り出してしまったのだろう。

 

 …………や、それって大丈夫か?

 

 

 触らぬ神に祟りなし。扉の存在をそれ以上深く考えずに俺はある場所へ向かう。

 

 小高い丘に巨木がそびえ立っている。石畳はなくなり青々とした芝生が広がる地面を俺は歩いた。草の匂いを嗅ぎながら、その木を見上げて歩くと幼い頃の懐かしい記憶が過る。

 記憶の中でも内面世界でも確かな存在感を持つ巨木。その下には、あの日ベルベットルームに迷い込んできた少女が座っていた。

 

 

――ベルベットルームで起こることには必ず意味がある。‘マリー’と名付けられた少女と出会ったことにも意味がある。

 

 

 『見習い』という立場を与えられたマリーは、他にも与えられたものがあった。青い帽子とポーチだ。聞くとマーガレットさんから貰ったらしい。

 まだ本人には言ってはいないが、どちらも結構似合ってはいる。

 

 

 木の下でマリーは何かを一生懸命に書いていた。熱心なことで、近付いても顔を上げる気配さえない。

 何を書いているのか興味はあったが、覗き込むのも悪い。恥ずかしい内容だったら、こっちもリアクションに困るしな。

 人一人分の距離をあけて俺は芝生の上に腰掛けた。せっかくの休憩だから、幹に背を預けて楽な体勢になる。

 寝るわけにもいかず、マリーの作業を眺めることにした。よく思い返してみると、こうも集中しているマリーを見るのは初めてなんじゃないか?

 ベルベットルームで退屈そうな姿とか、からかわれて拗ねた表情とか。出会ってからそんなのばかりだったからな。

 

 ふとマリーが顔を上げる。別にそれは俺の視線に気付いたとかじゃなく、書いている途中の何気ない動作みたいな感じだ。

 

 だが、問題点が一つ。

 

「あ……」

 ばっちり目が合ってしまった。

 

 マリーは急いで書いていた紙を隠す。俺は何事もなかったかのように視線を前へ戻した。

 

「み、見た?」

 ポーチに紙とペンをしまってから距離を詰めてくる。前を見たまま、俺は体を動かして詰められた距離をもう一度開けた。

 

「むっ」

 距離を詰める。俺、開ける。距離を詰める、開ける、詰める、開ける……そんな追いかけっこは幹を一周するまで続いた。

 

「見たの?」

 結局のところ、痺れを切らしたマリーに腕を掴まれているのが今の現状だ。すぐ近くから視線が向けられている。

 

「見てない」

 事実を言ったのに、マリーから疑いの眼差しが向けられた。酷い話だ。

 出会ってそんなに日数はたっていないが、俺たちの間に少しは信頼関係ができつつあると感じていたのは思い過ごしだったのだろうか。

 

 ま、何度もからかっているしな。よく考えると信頼関係以前の問題だ。

 

「ポエムなんて見てないって」

 だから、その発言もからかう為の当てずっぽうでしかなかった。

 

「ポ、ポエムなんかじゃないし!! ってか、見てるじゃん!?」

 ……なんと、図星だったか。そうか、そうか、何を書いているのかと思えば……ポエムだったんだな。

 

 見てみたいが、この反応じゃ見せてくれることはないだろう。

 

「ばかうそつきへんたい!」

 怒りのせいか恥ずかしさのせいか、顔を赤くしながら睨まれた。悪口の羅列のような言葉にも慣れたものだ。

 

「のぞき見するなんてサイテーだよ」

「してない、してない。勘で言っただけだ。まさか本当にポエムだったとは予想してなかったけど」

 下手なことは言わないように細心の注意を払う。いくら俺でも嫌われるのは嫌だ。

 これ以上やってしまうと嫌われる境目みたいなのは、感覚でわかっている。その境目がどうもマリーだと曖昧になってしまうんだな。

 

 ただ、からかうのが面白くてそう感じるだけだろうけど。

 

 

 不機嫌だと、表情がそう語っている。そんな感情を隠そうとしないマリーの様子をただ微笑ましいと思った。

 

「俺、本当に見てないからな」

 嘘つき。

 

「いやいや、嘘じゃないって」

 信じらんない。

 

「こればかりは信じてくれよ」

 やだ。

 

 面白いことに表情で会話が成立している。意志疎通って凄い。

 

 ククッと声を漏らして笑う俺をマリーは睨む。

 

「機嫌。どうやったら治るんだ?」

 俺の言葉にマリーが睨むのをやめた。やめたといっても、視線はまだ俺に向けられたままだけど。

 一言余計なことを言うとすぐまた睨まれるな、これは。

 

「約束、してくれたら」

 ふいと視線を逸らし、顔を隠すようにマリーは帽子を目深に被りなおした。

 

 

「今度どっか連れてってよ」

 

 お陰で、今どんな表情をしているのかなんて全く見えない。

 

「それを約束すればいいのか?」

 俺の問いかけに、小さく頷く。まだ表情は見えない。

 

「あぁ、いいよ。約束する。そんなことお安い御用だ」

「ホント!?」

 やっと顔を上げてくれた。断るとでも思っていたのだろうか、やけに意外そうな表情をしている。

 

「キミってもしかして……暇人?」

「……目を丸くしながら失礼なことを言うんじゃない」

 文句を言った俺を見て、嬉しそうにマリーは笑う。

 

 

 それが、俺がはじめて見るマリーの笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

episode3:愚智、愚痴、グチ

 

 

 水をコップ一杯に入れると零れてしまうように、人は自分の想いを溜め込みすぎると他人に愚痴を零すことがある。

 俺も時々は人に愚痴を零すことはあるが、大半は愚痴を聞く側だ。

 

 テーブルに残る水滴を布巾で拭きながら俺はふと思う。零れた水が染み込むように、零れた愚痴は聞く側へと染み込んでしまうのだろうか。

 

 

「ほんと困った話だよね」

 何杯目かのビールを飲み終えたその人の顔は真っ赤で、近くにいればアルコールの匂いもする。

 

 社会人だから愚痴も溜まってるんだと言われ、愚痴を聞くこと数時間。田舎暮らしから始まった愚痴は、日々の仕事へと移り、今はもう何を愚痴られているのか不明瞭だ。

 そろそろ酔いが回り過ぎて、酔っぱらいのうわごとみたくなっているのだろう。

 

「はぁ、俺も少し困ってる話をしていいですか」

 相槌をうちながら、俺はその終わりなき愚痴に終止符をうとうとする。

 

「いいよ、いいよ」

 ヘラヘラと機嫌良く彼は手を振る。

 

「もう閉店寸前なのに、お客さんが帰ってくれないんですよ」

「それは困ったお客さんだね」

「はい。困ってます」

「……で、そろそろ帰ってくれませんか? 足立さん」

 

 足立透、27歳。今はただの愚痴を零す酔っぱらいだが、こう見えて現役の刑事だ。エリート……なのかは日頃の態度からはわからないが、本人が言うにはエリートなのだろう。

 ジュネスでサボっている足立さんと話すうちに、俺はよく話し掛けられるようになった。まぁ、そのサボりも本人が言うに、効率的な聞き込み調査らしいのだが。

 仲が良いのかと言われるとはっきり肯定できない。俺が一方的に懐いているだけの気もする。どうも足立さんは他の警察とは違うんだよな。

 端的に言えば、威厳やら威圧感がないのだ。誤解はしないでほしいが、これでも一応は褒めているつもりだ。

 

 

「いいよねぇ。学生は楽しそうで」

 酔って千鳥足の足立さんに肩を貸しながら、俺は商店街を歩く。

 何とか愚痴を切り上げ愛家から追い出すことには成功した。後は酔っぱらいを無事に送るだけである。

 

「楽しそうに見えて色々ありますよ。学生にも」

 大人からすれば楽しそうかもしれない学生生活。一度通った道ではあるのに、楽しそうだと感じてしまうのはなぜだろうな。

 

「例えば……人間関係とか学業とか」

 少し考えてありきたりな例が口から出た。

 

「ふーん。でも、君は上手くやれてそうじゃない。要領いいでしょ」

「そう見えます?」

「見える、見える。君みたいなのがモテんだよね」

「残念でした。人は見かけで判断しないほうがいいですよ」

 モテるか、と訊かれても俺は告白なり、靴箱にラブレターなりはこっちでされたことがない。みんなが思っているほど俺はモテないのだ。幸いなことに。

 

 

「ははっ、そうだね」

 月明かりの下で足立さんは薄く笑う。

 

「人は見かけで判断しちゃあダメだね」

 その達観したような笑い方は、俺が知る足立さんのとは違う。

 まるでそれが、ピエロの笑顔の下に隠されている本当の表情だと言うように。俺はその表情も足立さんらしいと感じた。

 

 

「あーあ、何か面白いことないかな。こう退屈な日々ががらっと一新できるような、ね」

 一週間に一度ぐらいはさ、何かあってもいいんじゃないの。そうぼやく足立さん。

 いつもの緩い笑顔だ。今は少し酔っぱらいの表情とも言えるが。

 

「そんな面白いことばかりが続いたら、その日々もいつか退屈になりますよ」

「おもしろくないねぇ、君の考え」

 やれやれ、がっかりだ。肩をすくめて首を振る様子がそう語っている。

 

 

「あっ、そうそう! 聞いたよ!」

 ぐいっと顔が近付けられた。キツいお酒の匂いが鼻をかすめる。

 文句は言わずに、俺は無言で顔を背けた。酒臭いのと嫌な予感がして。

 

「君、すっごい美人な女性と歩いてたんだってね。いやぁ、隅に置けないなぁー」

 ニヤニヤしながら、ぐいぐいと脇腹を突かれた。

 

 美人な女性。これはマーガレットさんのことだ。つい先日、賭けで勝ってマーガレットさんを外に連れ出した時の話だろう。

 そりゃ、噂になるか。マーガレットさんは(黙っていれば)綺麗な大人の女性なのだから。それに他にも色々と……いや、この話はまた別の時でいいな。

 

「で、いつからのお付き合い?」

 ……大人である足立さんが、花村と同じような反応をしているのはどうだろうか。

 それで大丈夫か? 大人として。

 

「付き合ってませんよ。あの人は、俺の先生みたいなもんです」

「えー、じゃあ僕に紹介してよ」

「いいですけど……怒らせると怖いですよ」

「包丁とか投げたり?」

 足立さんの付き合ってきた彼女はそうだったのかな。恐ろしい。いったい足立さんは何をやらかした。

 

「そうですね……」

 怒らせると、とは言ったが怒らせたことはないから想像してみるか。

 

「…………この世のものとは思えぬ美しい花畑が一瞬見えます」

 メギドラオンを受けた時の経験を元にした想像である。あの人なら、それぐらいやりそうだ。ってか、もう昇天しそうでもある。

 

「うわー、怖い人だねぇ」

 確かに今想像してみても十分に怖い。

 

「君、付き合う女性は考えたほうがいいよ」

「余計なお世話です」

 ってか、付き合ってない。そこのところは誤解しないように。

 

 

 

 



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おまけ+設定

思ったより長くなった……最初のは自己満足じみた雑談なんで、下へ下へと移動してくだせえ。
すぐに設定がでてきやすぜ。

主人公→オリキャラ→その他のキャラの順。
ペルソナ成長手帳は一番最後に。


『~第1回勝手にやってろ雑談会~』

 

 

 

芳野木(以下、芳)「それでは、今回のゲストを紹介します」

芳「フラグ一級建築士の橘日向くんです! いやぁ、若いのに凄いですねー」

日向(以下、日)「なに勝手にいい加減な紹介してんですか!?」

芳「うん? あながち間違ってないかなって思うんだけど」

日「ちゃんと紹介してください」

芳「目が怖い……わかった、わかりました。紹介しますから」

芳「はい。今回のゲストは色々と伏線やら何やら抱えている本作主人公の橘日向くんです! わー、パチパチー!」

日「どうも。橘日向です。何だか知らないけど、気がつけばここに来てました。できれば今すぐにでもベッドに戻してほしいです」

芳「ダメだよ。ゲストなんだから。はい、このカンペ見てね」

日「カンペって……これを読めばいいのか?」

芳「うん」

日「えーっと、あー、なるほどな」

芳「できる?」

日「ま、なんとか」

日「えー、この番組では主に登場キャラとの掛け合いや設定についてを話していきます。なお、ここは作者のテンションが高い時に書くので一部キャラ崩壊が起きるかも知れません。ご了承下さい」

芳「ではでは、はじまり、はじまり~!」

 

 

〔橘日向について〕

芳「いきなり範囲が広いお題だね。とりあえず何について話そっか」

日「無難な話題で」

芳「……無難ね。名前の由来とかかな?」

日「ま、それが無難だな」

 

①名前の由来について

芳「橘日向。作中では『日向に咲く橘』と中津先輩が言ってたね」

日「そうじゃないんだ?」

芳「うーん。あれは中津先輩風の言い方として書いただけ。本当はこのペルソナ4で二次創作書くときに資料として読んだ本に書いてた地名なんだよね」

芳「イザナギがイザナミを連れて帰るのに失敗して、黄泉国での穢れを落とすために禊をした場所からとったんだ。『筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原』。候補として小戸日向だとか筑紫日向だとか、考えたんだけど……最終的には一番しっくりきた橘日向に落ち着いたわけ」

日「下の名前は日向のままなんだな」

芳「まぁ、日向って書いて『ひむか』と呼ばせて上の名前にもできたんだけどさ。そうなったら、下の名前を考えるのが……」

日「面倒だったわけか」

芳「その通り! やー、何せ読んだのがテスト中でさ。日本史覚えながらはキツかったよ」

日「……テスト中は真面目に勉強しなさい」

 

 

②性格について

芳「一級フラグ建築士だよね!」

日「それしか言うことはないのか」

芳「鈍感、天然タラシ、フラグ乱立野郎、女泣かせ、女の敵…あとは…」

日「ひどいな。悪口ばっかだ」

芳「実際にいたら色々と問題のある男だとは思ってる。こんな主人公にした張本人が」

芳「けど、主人公ってこんな感じだよね?」

日「や、知らん」

芳「初期設定ではもっと無愛想な性格で素直じゃないツンデレ君を目指してたんだよ」

日「初期設定を変えた理由は?」

芳「マリーがいたから。ツンデレじゃないけど被ってるよね。あと、書こうとしても書けなかった。やっぱり主人公は完璧に見えて中途半端じゃないと」

芳「中途半端だから橘日向なんだよ。この小説は徐々に主人公が変わっていく成長物語でもあるのですからっ!」

日「成長か……成長するのか俺は」

芳「まだ詳細は言えないけどするよ。もうバリバリ」

 

③ペルソナ能力について

芳「とりあえず日向は特別としか言えない」

日「それ以外はノーコメントってことか」

芳「うん。本編入ったら色々語れるけど、今ここで話すとね」

 

 

〔その他〕

①ヒロインは?

芳「え?」

日「ヒロイン未定のままで進むのかって意味だろ」

芳「え?」

日「何で首傾げてんだよ。ほら、ちゃんと質問に答えないと」

芳「候補はいるよ。ちなみに誰かは言わないよ」

日「そればっかりだな」

 

②他のキャラ設定

芳「先に言っとくけど、中津先輩の関西弁は私の周りの友達が使ってたり、私自身が使ってる言葉をベースにしてる」

芳「せやから、普段使ってへんような言葉は書かれへんねん」

日「突然、関西弁で話す意味がわかんない」

芳「む、不評か。んじゃ、元に戻るね」

芳「中津先輩は書いてる途中に咄嗟に思いついたキャラだす」

日「口調が違うよな?」

芳「これも不評。じゃあ次は…」

日「普通に喋れよ」

芳「……わかったよ。普通に喋るよ」

芳「それで次は…えっと誰との絡みが一番書きやすいか、か」

芳「そりゃ、マーガレットさんでしょ」

日「即答かよ。ってか、同意求められてもわからないよ」

芳「マーガレットさんは凄くいい人だと思う。何だかんだと手助けしてくれるしね。あのメギドラオンも愛の鞭ってやつだよ!!」

日「最近の女性は愛が怖いな」

芳「あとは、千枝ちゃんとか足立さんかな。二人ともいい感じに動いてくれるよ」

芳「書きにくいのは……正直に言えばマリー。どこまで素直に書けばいいのかがわかんない。書くのは楽しいんだけどさ」

芳「個人的にマリーのキャラが一番丁度いいかも」

日「? どういう意味だ?」

芳「ゲーム内でのマリーのポジションがツボだったって意味」

日「?」

芳「似てるよね。二人ってさ」

日「記憶がないとこか?」

芳「まぁそれもある」

日「俺はあんな風に拗ねないけどな」

芳「や、そりゃ高校生男児がマリーと同じように拗ねたら気持ち悪いよ。そんな主人公書きたくないよ!」

 

 

芳「……大変なことに気付いてしまった」

日「一応聞くけど何に?」

芳「ウェストポーチって前に着けたら、今ではちょっと変に見える恐れがあるんだよね」

日「へぇ」

芳「私にもよくわかんないけど、流行とかの関係で。ホントに何のこっちゃって話なんだけど」

芳「別にデザインがかっこいいなら前に着けていいと思うんだけど……流行って怖いよねー」

日「そうだなー」

芳「で、日向君」

日「?」

芳「キミのウェストポーチの描写って割といい加減なんだよ」

芳「一応は後ろ。つまりヒップポーチみたく使ってると自分の中では想像してる」

日「……もうヒップポーチって書けばいいのに」

芳「でもさ、読者の皆さんの想像は私と違う可能性があって。下手したら日向君は変に見られてるかもしれないのだよ」

日「半笑いで言われても事の重大さが理解できないんだが」

芳「おっと、ごめんごめん。で、解決策を考えちゃいました!」

日「オー、スゴイ」

芳「棒読みはやめてほしいなぁ……ズバリ! ポーチからバッグへと変えちゃおう計画です」

日「つまり名前を変えると」

芳「イエス。ポーチからバッグへ。自分でも変える意味があるのか疑問……あっ、なんでもないよ」

日「おい」

芳「じゃ、ちょっと書き直してくるね」

   ・

   ・

   ・

芳「ふぅ、終わった。後は読者の皆さんの想像力頼みだよ」

日「そんな他人任せでいいんだ」

芳「うん。私は色々と考えて小説を書くだけだから、それを読んで思ってくれたり想像してくれたりするのは私の役目じゃないからね」

日「あれ? 真面目なことを言ってる」

芳「失敬な。私は常に100人中1人だけでもいいから、自分の書いた小説を面白いと思ってくれるよう努力してるんだぜ?」

日「ドヤ顔で言われてもなぁ。後、語尾が変だ」

芳「努力してるのに書くのは遅いんだけどねー」

 

 

 

〔今後のこと〕

芳「本編を早く書くよ!」

日「こんなアホなことしてる暇ないんじゃ…」

芳「フッ、大丈夫! これは深夜のテンション高い時にしか書いてないから!」

芳「だから、ここなら何を言っても大丈夫……たぶん」

芳「だいたいさ、この小説ってさ。携帯のメール機能を使って書いてんだよね」

日「おい。いきなり話が変わったぞ」

芳「だから通学中とか寝転びながらでも書けるはずなの。でも書けないんだよ。どうしよ?」

日「知らん」

芳「ここでメール機能を使うときの注意事項を教えちゃいます」

日「別に聞きたくないけど。ってか、そろそろ帰りたい」

芳「自分のパソコンにそのまま送る時は、ちゃんと宛先を確認してから! これ重要! テストに出す!」

芳「一度だけ寝呆けて友達に送ったことがあるよ」

日「うわ…」

芳「その可哀想な子を見る目はやめて!」

芳「大丈夫だったから」

日「何が?」

芳「小説書いてることを知ってた友達だったから傷は浅かったってこと」

芳「ただ、全部読まれて『ここああしたほうがいいんじゃない?』とかなんとか指摘されたのは恥ずかしかった」

日「スルーしてくれば良かったのにな」

芳「真面目な子だったんだよ。まさかこっちが間違えて送ったなんて思ってなかったんだ」

日「遠い目してないで帰ってこい」

芳「はっ! そろそろ寝る時間だよ」

日「とっくの昔からな」

芳「寝ないとね」

日「待て」

芳「え?」

日「勝手に布団に入るなよ。ってか、どこからでてきた布団」

芳「えー」

日「何で最後はこんな適当なんだよ!?」

芳「……わかんない。深夜のテンションで書ききろうとして、途中で我に返って恥ずかしくなった……とか」

日「そりゃ、自分勝手すぎるぞ」

芳「そうだよね。最後はちゃんと格好よくしめないとね!」

 

 

 次回予告──短いようで物凄く長かった春休みが終わり、橘日向は物語へと自ら進んでいく。

 

噂、霧、記憶、転校生、殺人事件、異変、真実。様々な出来事が起こる中、果たして彼は何かを得るのか、何かを失うのか……

次回『こうして彼らは出会う』

 

日「次回予告かよ」

芳「次回予告だよ」

芳「この雑談も二回目やるかもね」

日「今度はパートナー俺以外で頼む」

芳「考えとくよ」

 

芳「ではでは、皆さん。アデュー」

 

 

 

 

 

 

 

──【登場人物紹介】──

 

・橘日向

ペルソナ:イザナミ

本作の主人公。八十神高校一年(序章時点)。

黒髪の短髪。容姿は整っていて、父と伯父に似ている。

性格は良く言えば人に好かれる性格で、悪く言えば人に好かれようとする性格。お人好しなところがあり、頼まれたこと(バイトや愛家での手伝いなど)は可能なら引き受ける。

親しい人の頭を男女関係なく撫でる癖や、人をからかったりする癖がある。

趣味は天体観測と読書。

年上の人には基本敬語を使う。ただ、一部の年上の扱いは敵意はないのにやや雑。二年前のことで警察や堂島に苦手意識を持つ。

 

常に所持している革製のウェストバッグは、伯父の橘幸司から貰った物。見た目よりも沢山収納できる。

マーガレットとのことや一部過去の記憶を忘れており、全て思い出す為に非日常を受け入れている。

 

『戦闘力や特殊性』

・ペルソナに関してはある程度の知識を持っているが、記憶がないことで能力は以前よりも弱くなっている。また、ワイルドとしては不完全で特殊。各アルカナにつき一体しかペルソナを召喚できない。

・二年前の夏に召喚器を使ってペルソナを召喚。その時に貰ったピストル型の召喚器はウェストバッグに入っている。

尚、召喚器を使っての召喚はマーガレットに最後の切り札として使用を止められている。

・コミュニティで得たペルソナの詳細が書かれた‘ペルソナ成長手帳’を持っている。革張りされた群青色の手帳で手のひらサイズ。

・自分の内面世界を形成し、自分自身もその場に行くことができる。ベルベットルームとは根本的な造りが違う。マーガレットとの戦闘は今も昔もそこで行っている。

幾何学模様の描かれた石畳と雲一つない青空の殺風景な空間だったが、15話では芝生や小高い丘の上にある巨木、巨大な門(マーガレット作)等が増えている。

・戦闘はマーガレットに全敗中。ただメギドラオンを受けつづけているので頑丈さは備わりつつある。

 

『家族』

 ・橘幸司

  日向の伯父。二年前の冬に亡くなった。日向にとっては一番の理解者だった人物。

 

 ・橘慶介

  日向の父親。あまり会話や回想には出てこない。放任主義だと日向は理解している。

 

 ・橘凛子

  日向の伯母。通称「凛おばさん」

  46歳には見えない凛々しく若々しい女性。幸司の妹で、非常にサバサバとしマメでせっかちな性格。様々な分野の仕事に手を出し、現在の職業は雑誌のライターかと思いきやバイクの整備士。自身も大型のバイクを乗りこなしている。

 

 

 

・ウォルフ

愛称は『ウォル』。

くすんだ茶髪の髪と瞳、エキゾチックな顔立ちをした美青年。日向と同じウェストバッグを持っている。

常に物腰は柔らかく誰に対してでも敬語を使うが、やや強引な性格。少し抜けたところや世間知らずな一面も見せ、顔立ちに反して日本語しか話せない。

現在は大学で日本の神話や土地神についての研究をしている。生前の橘幸司とは知り合い。

14話の春休みから橘家の居候になった。

 

・霧野

綺麗よりも可愛らしい容姿と短い黒髪で、元気な印象を与える女性。

性格も見た目そのままで元気で明るく馴々しい。独自のテンションで話し相手を翻弄したり、急に妙な発言や問いかけをする。

出会いが出会いだったので日向からの扱いが割と雑。八十稲羽に来たのは目的は就職活動。

13話で就職先が決まったとは言っているが、就職先がどこかは不明。

 

・中津香奈

新聞部部長の高校二年であり、『自称、愛と希望と真実と笑いを人々に届けるハチ高新聞専属の記者』。

髪を一つにくくっていて、年齢の割には背が小さい。独特のノリとテンポで関西弁を話し、掴みどころのない性格をしている。部室の様子を見るに、苦手なことは整理整頓。

学校では一匹狼と認識されているが交友関係は広く、小西早紀とも友人。

なぜか日向に興味を持って新聞部に勧誘するが、理由はまだわからない。

 

・有里彼方、有里朱音(P3P)

初期ペルソナ:オルフェウス

双子の兄妹。ワイルドの力を二人とも使うことができる。2009年にペルソナ能力を覚醒させ、それから一年間仲間たちと共にシャドウ討伐を行う。

彼方は寡黙で冷静。朱音は騒がしく明るい性格をしている。

2009年の夏、合宿の宿泊所として訪れていた天城屋で日向と知り合う。

7話で朱音は‘とある反応’を捜しに八十稲羽に来訪していたが、妨害されて現在は行方不明。

 

・花村陽介

ジュネスの店長の息子。見た目は爽やかなイケメン。しかし、口を開けば残念な奴だと思われる。

アルバイトの先輩である小西早紀に片想い中で、その様子は見ただけで察するほど。

 

・里中千枝

緑のジャージと短い栗色の髪が特徴的な少女。

日向とは幼い頃からの遊び友達で幼なじみのような間柄。両者共に恋愛感情はないが、日向がしてくる行為にはちゃんと照れる。

 

・天城雪子

黒く長い髪と落ち着いた物腰や整った顔立ちから、学校内での人気は非常に高い。交際や遊びに誘われても断ることから、その行為に挑戦することを『天城越え』と呼ばれている。

千枝とは親友同士で、日向とも幼い頃から交友はあった。その為、日向曰く『男として意識されていない』。

 

・中村あいか

愛家の一人娘。短い髪に雷文型の髪留めをつけている。口数は少ないタイプだが独特のイントネーションで話す。

新聞部の協力者でこう見えてかなりの事情通。『八十稲羽ならどこへでも』をモットーに出前をしている。

 

・堂島遼太郎

稲羽署に勤める現役の刑事。二年前のことで日向からは苦手意識を持たれている。

 

・足立透

最近都会からやってきた新米の刑事。ネクタイが曲がっていたり、髪の毛に寝癖がついていたりとだらしない男性。

ジュネスでよくサボっていて、そこで話すうちに日向とは顔見知りになった。

 

・イゴール

ベルベットルームの主。長い鼻と大きくギョロッとした目が特徴的。

どこに行っているのか時折ベルベットルームにいない。日向にとってはマーガレットのストッパー役になってくれたり、ペルソナについて教えてくれたりと何かと頼りにしている。

 

・マーガレット

銀髪と金色の瞳。作り物のように整った容姿を持つ女性。

サディスティックな性格で敗者というよりも日向には一切容赦はなく、最後には必ずメギドラオン。

日向を以前から知っているが、日向は覚えていない。

 

・マリー

短い黒髪に整った顔立ちの小柄な少女。なぜかパンク風の格好をしている。

無愛想だが案外子供っぽく素直じゃない性格をしていて、日向からはよくからかわれる。

14話でベルベットルームに記憶のない状態で訪れた。15話では『見習い』という立場に青い帽子とポーチを与えられ、日向の内面世界にも行くことができている。あと、ポエムを書いていることが明らかになった。

 

 

 

 

【本作のオリジナル要素】

・主人公のペルソナがイザナミ

 

・オリキャラが何人も登場。

今のところ、霧野さん・ウォルフ・橘家・中津先輩。あと話の所々に少女と少年が出てくる。

 

・P3P要素の付け加え。

P3Pの男主である有里彼方と女主である有里朱音の双子が登場。

今から二年前、2009年の夏に日向と出会う。

 

・内面世界

用途はマーガレットとの戦闘の場として。なぜ自分の内面世界があるのかは未だ不明。

 

・ペルソナ成長手帳

ペルソナ全書のミニチュア版。ただし、手帳から召喚することはできない。

アルカナは自動的に増え、白紙の部分にペルソナの詳細が書き足される。

 

 

 

【ペルソナ成長手帳】

※オリジナルペルソナにだけ姿の説明があります。

 

アルカナ:愚者 橘日向

・イザナミ

物 火氷雷風光闇

- --耐-耐耐

 

『スキル』

ジオ 

マハジオ

スラッシュ

ラクカジャ

 

呪言

低確率で相手に即死攻撃

 

 

イザナギとは違い全部が真っ白。

格好はほぼ同じなのだが、目の部分を隠すかのように布がまかれている。

青白く光る矛を使い、シャドウを切り裂く。

 

 

アルカナ:女帝 マーガレット

・イシス

物 火氷雷風光闇

- -反弱---

 

『スキル』

ブフ

ディア

テトラカーン

 

 

アルカナ:戦車 里中千枝

・キンキ

物 火氷雷風光闇

耐 ------

 

『スキル』

カウンタ

チャージ

 

 

アルカナ:魔術師 花村陽介

・ジャックフロスト

物 火氷雷風光闇

- 弱無----

 

『スキル』

マハブフ

氷結ガードキル

 

 

アルカナ:女教皇 天城雪子

所得ペルソナ不明

 

 

 

アルカナ:死神 霧野

・モコイ

物 火氷雷風光闇

- 弱無----

 

『スキル』

ソウルブレイク

ソニックパンチ

 

 

アルカナ:塔 中津香奈 

所得ペルソナ不明

 

 

 

アルカナ:不明 対象者不明

物 火氷雷風光闇

- ------

 

 

 

 

 




9月中には絶対に次話を投稿します。
あとは悠くんの設定だけなんだな。


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-016- こうして彼らは出会う

やっと出せた……やっと出たよ主人公その2。
名前はアニメと同じく鳴上君にしました。
性格は……アニメの天然要素も入れつつ、漫画でのクールさも入れれたらなぁと。


──それでは、二人の少年の話をしようか。

 

 

 その少年は幼い頃から孤独だった。孤独を嫌った少年は考えた。幼い頭で考えた。

 そうして考えついたのは、孤独ゆえの稚拙で愚かな考え。自分自身が変わればいいのだと。

 

 ある時、それが間違った考えだと少年に教えてくれた人がいた。少年はまた変わった。今度は正しく変われた。

 けれど、今は正しさを教えてくれた人はいない。

 

 さて、今の彼はどう変われているのだろうか。

 

 少年の役割は──変革。

 

 

 その少年は両親の都合で転校ばかりを繰り返していた。

 仲良くなってもすぐに離れてしまう友達。仕事が忙しく休日すらも一緒に外出できない両親。

 

「しょうがない」

 

 いつしか少年は、自分の気持ちを押し込めて、ただ現状をその一言で受け入れるしかなかった。

 けれど、心の中では人との繋がりを求めている。

 ただの‘友達’ではない‘親友’と呼べる存在を欲している。

 

 少年の役割は──希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4月11日(月)

 

 

「ん……?」

 

 誰かに呼ばれた気がして、少年は閉じていた瞼を開ける。薄く灰色がかった髪と瞳を持ち、さらに整った容姿の彼の名は鳴上悠。

 

 両親の都合でこの春から、都会から引っ越すことになった彼は、今まさに引っ越し先の八十稲羽へと向かっているところだった。

 

 窓から差し込む日の光に目を細め、悠はぐっと伸びをする。

 八十稲羽。その場所について悠はよく知らない。

 母親の出身地、田舎町。それぐらいだ。

 

 

 これから一年を過ごす場所に、多少の興味はあったのだが同時に

「一年だけの付き合いだ」

 と感じている自分がいる。

 

 これまで親の都合で引っ越しをした回数が、両手で数えても足りないぐらいだ。その都度、できた友達と別れて「親友」と呼べる関係になったことは一度もない。

 

 

 ついこの前、別れの挨拶を済ませた時のことを自然と思い出してしまう。

 

 担任が転校することを伝えた途端に教室は騒つく。

 けれど、そこにある感情は好奇心だけだった。自分を見るどの視線も、別れを惜しんではいない。

 

「短い間だったけど、お世話になりました」

 俯き、軽く頭を下げる。

 

──ああ、またか。

 そんな諦めだけが悠の心を満たしていた。

 

 

 

「はぁ……」

 嫌な記憶を体から出すように息を吐いた。

 

 慣れているはずなのに、淡い期待を必ず抱いてしまう。

 今度こそ「親友」ができるんじゃないかと。

 そんな、今の悠にとって叶いにくい願いを。

 

 

 

 

 予定の時間よりも早く着いてしまった。電車から降りた悠は、これから一年間お世話になる母の弟──自分にとっては叔父となる人が送ってきたメールを確認する。

 

 

 駅まで迎えに行く、

 八十稲羽駅

 改札口に16時。

 

 

 今は15時30分過ぎ。どこかで時間でもつぶしておこうか、とは思ったものの……悠は再度辺りを見渡した。

 

「何もないとこだな」

 この八十稲羽駅に降り立って、自分が今まで住んでいた場所と違うことを実感する。人もいない、あの賑やかな音も聞こえない。

 

 地面にバッグを置き、悠はゆっくりと息を吸い込んだ。

 思っていた以上に新鮮な空気が体に入り込む。それと同時に妙な安堵感にも包まれた。

 

 記憶にはないけど、こういう雰囲気は体で覚えているのかもしれない。

 

 幼い頃に一度だけこの場所を訪れたこと。母から聞いた話を思い出し、自分の感じた安堵感や懐かしさに納得する。

 

 

 何かの気配に気付いたのも、そう悠が納得している最中のことだった。納得するのをやめて、気配の方向へ視線を向ける。

 

 いつからいたのだろう。悠が記憶する限り、つい数分前までは確かにいなかった。

 

 この田舎町の風景に不釣り合いなパンク風の格好をした黒髪の少女。いや、不釣り合いなのは格好だけではなかった。

 悠にもよく表現ができないが、少女の姿がやけに神秘的に見えたのだ。

 

 少女の顔が上がり、悠と目が合った。戸惑う悠から彼女はすぐ目を逸らす。その姿が落胆しているように見えて、さらに悠を困惑させた。

 

「──じゃない」

 悠の耳に少女の呟きが聞こえてくる。よく聞き取れることはできなかったが、最後の言葉だけははっきりと聞き取れた。

 

「え……?」

 気のせいか、少女の体が透けてきているように見える。悠は少女のいる方へ一歩踏み出した。

 やっぱり透けている。近付くにつれ、目の錯覚でないことがわかってきた。俯く少女の姿が、まるで景色に溶け込むように徐々に薄れていく。

 

 戸惑いながらも悠は一歩ずつ距離を縮めていった。近付いて何ができるわけでもない。

 自分に何もできないことを知りながらなお、そうすることが悠には正しいことのように感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

「マリー!!」

 突然の声にビクッと少女の体が動く。俯いていた顔を上げ、声がどこから聞こえてきたのかと探している。

 悠はその声に驚き、足を止めた。そして少女と同じように辺りを見渡した。

 

 一人の少年が少女へ向かって駆けてくる。その駆けてくる音に気付いた少女は振り返った。悠からは背中だけしか見えないが、少女が安堵したのはわかる。

 

 透けていたように見えたのはやっぱり気のせいだったようだ。今ははっきりと見える少女の姿。長旅で疲れたのだろうと、悠はこめかみを押さえる。

 

 

 

「やっと、見つけた……」

 息も切れ切れにそう言った少年の体がゆらりと傾くのが見える。

 

 駆け寄る暇もなかった。スローモーションのようにゆっくりと少年は崩れ落ちていく。

 

──そのまま、悠と少女の目の前で少年は地面へと倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

──約20分前

 

 最初は聞き間違えかと思った。

 

 何も返答がない俺へ電話の相手は

『マリーがいなくなったわ』

 もう一度同じことを繰り返す。携帯に突然かかってきた見知らぬ電話番号、いきなり聞こえてきた聞き覚えのある声。

 それだけでも十分に驚いているのに。

 

「いなくなった? ベルベットルームから?」

『ええ』

 マリーがあの部屋からいなくなった。そのことがさらに俺を困惑させる。

 

 

「勝手に外に出たってことですか?」

『違うわ』

 マーガレットさんの声を聞きながら、外にいつでも出れる状態にする為に玄関で靴を履く。

 

『消えていなくなったのよ。私と主の目の前で』

 思わず携帯が滑り落ちそうになった。

 

 消えた。その言葉の意味に、一瞬目の前が真っ暗になった気がする。

 

『日向?』

 電話越しでも俺の変化にマーガレットさんは気付いた。流石、マーガレットさんだ。

 

 俺のことをわかっている。わかりすぎている。

 

 それ以上は悟られないように、俺はすぐに自分を立て直すことにした。

 

「八十稲羽周辺にいるんですか?」

『ええ。必ずどこかにいるはずよ。あの子がこの地から離れることは不可能だから』

 何事もなかったかのような俺にマーガレットさんも同じように接する。

 

「それじゃ、地道に探していくしか手段はないですね」

『いえ、一つだけ。確実な手段があるわ』

 

 

 

 

 

 

 確実な手段としてマーガレットさんが提案したことは『ペルソナを召喚しての捜索』だった。

 失敗するとも成功するとも言われてはいない。ただ、無理はするなとだけ言われている。

 

 現実世界でのペルソナ召喚を成功させ、尚且つ八十稲羽からたった一人を捜し出せるように操作しなければならない。繋がりを辿って捜すため、ペルソナが必要だとも言っていたな。

 

 人目につかない場所へと俺はガレージに移動していた。シャッターを閉めて、バイクを端に動す。これで十分なスペースは確保できた。

 

 握りしめたままの右手を開くと、汗をかいている。顔色が悪いのは確認しなくてもわかる。

 

──いなくなられるのは、もう嫌だ。

 

「イザナミ」

 名前を呟いただけで、イザナミはあっさりと姿を現した。俺の傍らに寄り添うように存在している。

 

「捜してくれ」

 イザナミが矛を地面へと突き入れた。ゆっくり矛が沈んでいくと地面に波紋が広がる。

 呼吸を落ち着けてから目を閉じる。数秒後イザナミと感覚が繋がったのがわかった。

 

 嫌な感じはしない。いや、むしろ妙にしっくりときていた。

 

 

──どこだ?

 

 この八十稲羽から一人を捜し出す。途方もない作業だと思うが、今はそれをやるしかない。

 意識や感覚を近所から商店街へ、更に外へと移す。

 

──ここじゃないな。

 

 鮫川、ジュネス周辺、学校。マリーの姿は見当たらない。

 

──もっと広い範囲で。

 

 徐々に地上から離れていく。気がつけば、空から町全体を見下ろしていた。そこからマリーの気配を捜す。

 

──いた。

 

 八十稲羽駅。微かにマリーの気配がする。

 

 

 イザナミを消して俺はシャッターを開けた。そのまま勢いで、おじさんが使っていたバイクに跨る。

 

 なぜ駅にいるのかはわからない。なぜ突然消えたのかもわからない。

 

 

 けど、それは全て本人に直接会ってから聞くべきだ。

 ヘルメットを被り、バイクのエンジンをかける。蹴りだすように発進させた。

 

 

 

 

「マリー!!」

 捜していた姿を見かけた途端、俺は自分の体がふらついているのに気付いた。安堵した拍子に、現実世界で召喚した疲れが一気に押し寄せてくる。

 それでも俺は走った。

 

 

「やっと、見つけた……」

 息が切れている。視界もぼやけている。立っているという感覚がない。

 

 あぁ、これはヤバいかもな。

 

 今残っている力を振り絞って伸ばした手が、マリーの手と触れ合ったことを確認して俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「大丈夫か?」

 目を開けて最初に見たのは知らない顔だった。心配げに俺は見下ろされている。薄く灰色がかった瞳と髪を持つ少年に。

 

 自分のおかれている状況を理解してすぐ俺はベンチから飛び起きた。辺りを見てその姿を確認し、ようやく安堵する。

 

 ちゃんと存在している。俺は間に合ったんだ。

 

「大丈夫、そうだな」

「あっ、すまん。見ての通りもう大丈夫だ。見ず知らずの他人なのに心配かけて悪かったな」

 まだ気だるさは残っているが、この程度なら直に治まる。

 

「俺は橘日向。ま、わかると思うけど八十稲羽に住んでる。で、そっちは……見たところ引っ越して来たのか?」

 地面に置かれたバッグとベンチに置かれたお土産袋。それらから予想してみた。

 

「よくわかったな」

「ん、まぁな」

 目を丸くする少年に俺は笑顔を返す。

 

「鳴上悠だ。よろしく」

「よろしくな」

 俺は鳴上に手を差し出した。いつかの店員みたいだと自分でも思う。

 そういえば、あれから彼を見たことがない。

 

 

──で、だ。

 

 簡単な挨拶を終えた俺は鳴上から視線を外す。その先には、ベンチの隅で膝を抱えて座っているマリーがいた。

 

「マリー」

 呼ぶとぴくりと肩が動いた。だが、それだけで他は反応がない。

 

 

 怒られることに怯える子供のようだと思った。別に俺は怒る気はないんだけどな。

 

 結局、俺がした行動は、ただの自己満足でしかないのだから。

 

「今度からはちゃんと行き先を伝えろよ」

 帽子もポーチも何も持っていないマリー。最初に出会った姿だ。

 

「迷子になるんだったらな」

 ぽんぽんとマリーの頭に手を置く。「迷子」という言葉に反応したのか、やっと顔を見せてくれた。

 

 むっと不機嫌そうな表情。いつものマリーだ。悲しそうな顔をされるよりもこっちのほうがずっといい。

 

「迷子じゃないよ」

「帰り方がわからないのは立派な迷子だ」

「むぅ……」

 無言でそっぽを向かれた。これでいいんだと俺は思う。

 

 

「あれでいいのか?」

「あぁ。あれぐらいが俺たちには丁度いいからな」

 はたから見ても拗ねた様子のマリーと俺を見比べ、鳴上は怪訝そうな顔をしていた。

 

「心配だったんだろ?」

「そりゃ、もちろん」

 こっちに来てはじめての感覚だった。人が何も言わずに自分の前から消える恐怖は、何度味わっても心臓に悪いもんだ。

 

「でも、心配していたからってそれ相応の見返りは求めちゃいない。無事に見つかった。それで十分なんだ」

 バッグから飴を二つ取り出す。一つを自分の口へ放り込み、もう一つは鳴上へと投げた。

 

 飴玉は簡単に鳴上へと渡った。手元の飴玉をじっと鳴上は見つめる。そのまま無言で俺に戸惑った表情だけを向けてきた。

 鳴上に渡したのは正真正銘の飴である。飴だと思わせて実は肉ガムでしたなんてことはない。そんなフェイントはかけない。

 

 

「…………でかいな」

 ぽつりと鳴上が率直な感想を述べた。

 

 

 そうただ少しばかり──でかいのだ。

 

 

 商品名『メガアミノドロップ』。メガと名前についている通り、その飴はでかかった。ゴルフボールとほぼ同じサイズで、一体これをどう口に頬張れと言うのだろうか。

 俺の中では肉ガムと同じくらい「何のために作られたのかわからない商品」である。

 

 

「これを食べるのか?」

「や、さすがに冗談だ」

 握り締めていた拳を鳴上に突き出した。開くと鳴上の手のひらに今俺が食べているのと同じ飴が落ちる。

 

「それ食べるなら金槌で叩いて小さく砕かないと」

 

 

 

 

 不貞腐れたマリー。ゴルフボールサイズの飴を持ちながら飴を口に入れる鳴上。二人を見つつ、俺はその場にいる誰にも聞かれない音量で呟いた。

 

「ま、本当のことを言うと……俺が本気で心配してたなんて知られるのが気恥ずかしいだけ、かもな」

 

 

 

 

 

──そう思ってしまうのも俺にしては、割と珍しいことなのだが。

 

 

 

 



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-017- はじまりは霧

P5、PQ、P4D、P4U2。
来年がペルソナだらけなのに、来年は受験生……はぁ。
PS3も持ってないしなぁ。

とりあえずPQは買います。受験生なのに。
P3キャラとP4キャラが可愛い。ベルベット組も出てるみたいなんでイゴールさんも可愛らしく……なんてことになってたらどうしよう。
エリザベスとマリーの絡みが見たいです。テオがいぢめられてるのも見たいです。マーガレットさんのちっさいverを愛でたいです。


さてさて、相変わらずの亀更新ですが本編にやっと入ります。(と言いましても、まだ片足が突っ込んでる程度なのですが)
ここまで読んでくださっている皆様には感謝してもしきれないですね。とっくの昔にフルボッコされて捨てられてもおかしくなかったのに。




 

「……霧?」

 目が覚めたと思ったら、目の前に霧がかかっていた。また霧の夢か。

 

 なぜか最近はずっとこんな夢ばかりだ。

 それは、いつも霧の中にただ突っ立っているだけの夢で、霧が晴れたと思ったらいつのまにか目覚めている。マーガレットさんにペルソナのことは相談できても、夢のことまで相談はできないよな。カウンセラーじゃあるまいし。今度、四目内書店で夢占いの本でも買っとくか。

 

「…ん?」

 霧の中で一瞬見えたシルエットに思わず目を擦る。できれば見間違えだと思いたい。

 

「…………鳴上…か?」

 ちらりとだけ見えた横顔が、昨日出会った鳴上悠に見えた。夢の内容はその人の記憶に基づいて作られていることは百も承知だ。

 

 けど、なぜ鳴上?

 

 この夢に鳴上が出てきたことに疑問と不安を抱く。そのまま追いかけようとした俺の手首が誰かに掴まれた。

 

 見ると、驚くほどに冷たくて、白い指が絡み付いている。

 

「マーガレットさん…?」

 

 思い当たる人の名前を出すと、手首を握る力が強くなった。締め付けるような痛みにうめき声をあげる。

 

 

──あんな女と一緒にしないで、ひなた。あたしはあたしよ。

 

 拗ねたような声がするが、あの女と呟いたその声は嫌悪感と憎悪を感じた。

 

「ごめん。……──」

 今、俺は何と言ったのだろう?

 

 

──あの女はあたしの役割を奪ったの。ひなたから遠ざけたの。でも、大丈夫。ひなたはあたしを選んでくれる。絶対にね。

 

 

 さっきまで締め付けていた部分が労るように撫でられる。相変わらず冷たい手で、撫でられる度に背中が泡だった。

 

 

──だって、そうなる運命だもん。…ね、ひなた。

 

 

 運命。運命ならしょうがないかと思う反面、運命という重い言葉に違和感を抱く自分がいる。

 

 

──ひなたのことは絶対に護ってあげる。あの女からも……ひなたのいる現実からも……何もかも。

 

 

 その言葉は誘惑だった。頷けば全て楽になってしまうほどの。

 

 

──愛してる、ひなた。

 

 軽いリップノイズを響かせ、首筋に柔らかい感触が触れた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

4月12日(火)

 

 

「おはようございます、日向さん」

「おはよ、ウォル」

 階下に降りた俺を見て、ウォルは挨拶をしてから首を傾げる。

 

「気分悪そうですね。大丈夫ですか?」

「…大丈夫。なんか寝覚めが悪かっただけだから」

 言って軽く頭を振る。見た夢は…たしか鳴上が出てたような出てなかったような…とりあえず曖昧な部分から考えるに嫌な夢だった。

 

「あ、ならコーヒーいれますね」

「ああ、うん。ありがとうな」

 ウォルと一緒に暮らすのにはもう慣れた。自分で思っいたよりも早い内に。

 

 目を擦って椅子に座る。顔を上げると、窓から見える空は曇っていた。どうもこれじゃ朝から雨が降りそうだな。

 

「絶対に雨降りますよね」

 テーブルの上にコーヒーの入ったコップと今日の朝食を置いて、ウォルは憂鬱そうな表情をしていた。

 

 ちなみに我が家の食事は当番制である。明日は俺が朝食を作る番だ。

 

「雨は嫌いか?」

 コーヒーを飲んで眠気を覚ました後、トーストに噛り付く。

 

「嫌いというよりも苦手なんです。あのジメッとした感じが」

 ウォルの出身がどこかはまだ聞いていないが、雨があまり降らない地域なのだろうか。

 

「それに霧も出てきますし」

「ここは霧が出やすいからな。昔はそんなに出てなかったはずだけど」

 どこかで聞いた話だと、最近になってよく霧が出るようになったらしい。

 

「そうですね。昔はここまで酷くなかったです」

 懐かしむように見えて悔やんでいるようにも見える。時折、ウォルはそんな表情をする。

 

「ま、すぐに昔みたいに戻るさ。なんだったら俺が霧を晴らしてみようか?」

「はは、日向さんが晴らすんですか?」

「成せば成る、かもな」

「そう、ですね。貴方ならきっと出来ますよ」

 

 ……また、変わった。俺に背を向け、窓へと近寄るウォル。柔らかい雰囲気が薄れ、ピリッと痺れるような感覚を俺に与えている。敵意とか、そんな悪意のある感情ではない。

 ただ、見ている人に緊張を与えるだけだ。

 

「霧を晴らすことができたら……日向さんを崇め奉らなければいけませんけどね。行く行くは日向大明神としてこの土地に神社でも建てましょうか?」

「……うん、まぁ……冗談、だからな?」

 スケールのでかい話に苦笑する。振り返ったウォルの顔にもいつも通りの笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 運命だよね、そう言いたげな顔で見られた俺は、偶然だと顔を僅かにしかめるだけだった。

 

 

 2年2組。それが今年から割り当てられたクラスである。クラスメートの中には千枝や天城、花村やあいちゃんと……中々に居心地のいいメンバーが集まった。それに、あいちゃんとは席が遠いが、他の三人とは割と席が近いしな。

 割とというか、天城は隣で千枝はその後ろ。花村はそのまた後ろと、半径数メートル内にいるわけだが。

 

 うん、まずまずのスタートだ。ただ、担任が諸岡先生。通称『モロキン』なのは少しいただけない。彼はなぜか都会という場所に強い偏見を持っている。

 それはもう、都会で昔何かあったのだろうかと思ってしまうほどに。

 ま、それだけならいいさ。都会から越してきたせいでどんな偏見の目で見られようと、俺は気にならない。

 

 だが、問題なのは先生が俺の伯父を知っていたことだ。生前おじさんは中学で日本史を教えていた。どこの中学かは知らないが、とりあえず教師だったのだ。つまり諸岡先生と同業者である。

 さらにどうも二人は知り合いだったようだ。……ま、色々と言われた。思い出すのも面倒で、説明は省かせてもらうが。

 

 

 で、話を元へと戻すことにしよう。

 

 

 

 

 

 ため息を吐いて俺は顔を上げた。隣の席に座る天城が不思議そうに俺を見ているが、今はフォローすらもできやしない。

 

 転校生が来ることは朝の休み時間に噂として耳に入っていた。たぶん、鳴上だろうかと予想すらしていた。

 予想通り、今黒板前には諸岡先生に連れてこられた鳴上が立っている。そして、その隣には目の錯覚だろうか、見知った女性が一人。

 

 

「はじめまして!! 今日からこのクラスの副担任を任せられちゃいました、英語科の──」

 

 いつぞやは不審者にしか見えなかったスーツ姿が、今日は妙に様になっている。ってか、勿体付けるように溜めながらこっちを見ないでくれ。

 

「霧野です! みんな、これからよろしくね」

 

 パチッと完璧なウィンクを一つして、霧野さんは満面の笑みを浮かべた。

 その動作にクラス中が、男子は勿論のこと女子までもが頬を染める。つい数秒前までの余所者を見るクラスの目が、一気に親しみの込められた視線を作り出していた。

 

 

 素晴らしいカリスマ性、いや魅力である。……今この場においては少し無駄なものでもあるが。

 

 

 クラス中に蔓延しだした空気に紛れ込ませるように、そっと息を吐いた。諸岡先生ですら顔を少し赤らめている。

 転校生こと鳴上悠君は、何が起きたかよく理解できてないらしくキョトンとしていた。天然なのかただ鈍いだけなのか、それとも俺と同類か。

 

「じゃ、恒例の質問タイムだよ! 何か質問がある人は手を挙げてね!!」

 どうもこの人は、自分が与えた影響に気が付いてないみたいだ。無邪気に悪気なく調子に乗り出した。

 

 もちろん、諸岡先生がこの状況を見逃すわけがない。反応が少し遅れてたけどな。

 

「ふ、ふざけるのも大概にせんか! いいかね!? 新任の教師が…」

 吠える諸岡氏。だが、相手が悪かった。

 

「まぁまぁ、諸岡先生もこんな感じにフレンドリーに接しないと! 気難しげな顔じゃ寄ってくる生徒も寄らなくなりますよ!」

 話を遮り、霧野さんはさらに爆弾発言を何のためらいもなく投下する。

 

「先生がツンデレなのはわかりますけどね」

 

 

 諸岡氏ツンデレ発言にクラスの何人かが噴き出した。俺も笑い声が漏れないように懸命に口元を押さえる。

 

 

「ツ、ツ、ツ……!」

 わなわなと諸岡先生が震える。一応はツンデレの意味を理解しているのか、顔色も色々と変わっておもしろい。

 

 

 けど、まぁ、ここらで終止符を打たないとな。ツンデレ扱いされた諸岡先生よりも、一人取り残された鳴上が気の毒だ。

 

 

「霧野先生。そろそろ隣の転校生が可哀想なんで、生徒との交流はまたの機会にお願いできませんか?」

 口ではさりげなく言っておいて、目では「調子に乗りすぎです」と忠告はしておく。

 

「んー、そうだね。では、転校生君の紹介を諸岡先生よろしくお願いします」

 思っていたよりもあっさり霧野さんは悪ノリをやめた。てっきり何か言いだすかと思っていたのに、あっさりし過ぎていて逆に何かあるのかと警戒してしまう──そんな俺がいた。

 

 

 

「あー、それからね。誠に不本意ながら、転校生の紹介をする」

 何度か咳払いをし、クラス中を威嚇した諸岡先生。手遅れな気もしたがクラスの騒めきは治まった。

 

「ただれた都会から、へんぴな地方都市に飛ばされてきた哀れな奴だ」

 ……いつもの諸岡節である。都会ってそんな悪いとこじゃないのにな。住めば都って言葉もあるし、諸岡先生は一度都会に移住することを勧めたい。

 

「いわば落武者だ、分かるな? 女子は間違っても色目など使わんように!」

 いきなり落武者扱いを受けた鳴上は目を丸くしている。無理もない。

 

「では、鳴上悠。なるべく簡潔に迅速な自己紹介をしなさい」

 慌てたように何度か瞬きをして鳴上は、黒板に名前を書いた。その動作に慣れが入っていた。

 

「鳴上悠です。これからよろしく」

 丁寧に書かれた名前の横で鳴上が軽く頭を下げる。顔を上げた鳴上と目が合った。

 パチパチとまた瞬き。驚いた時の癖なんだろう。

 諸岡先生に気付かれないように俺は笑いかけた。鳴上も目尻を弛ませる。

 

「む、貴様! 後ろから二列目、窓際の女生徒に妖しげな視線を送ったな!?」

 ズビシッ!! そんな効果音が聞こえてきそうな勢いで、諸岡先生は鳴上を指差した。

 妙に具体的なくせして、全くの的外れな指摘につい笑ってしまう。

 

 

「貴様!!」

 鳴上に向けられていたはずの指が、俺の方へと向いていた。つい、が見られてしまったようだ。

 

「俺、ですか?」

 俺じゃない場合を考えて確認する。

 

「そうだ! 貴様だ!」

 俺だった。俺以外に誰がいるのか、そんな感じで睨み付けられた。

 

「なぜ笑っていた!?」

 なぜ、か。最近の教師は生徒の笑顔すらも理由を問いたいらしいな。いいじゃないか、笑ってても。

 

「まったく、嘆かわしい! 貴様のように教師を軽んじる生徒がいるから、学校全体の風紀にも問題が出てくるのだ!」

 いつのまにやら俺の存在は風紀にも関わりを持っているのか。

 

 

 ……ダメだな。実によくない流れだ。

 

 

「諸岡先生」

 俺はふらりと立ち上がる。なるべく敵を作らないような自然な笑みを顔に貼りつかせながら。

 そして、俺はこの場をおさめる魔法の言葉を呟いた。

 

「四目内書店……茶色の紙袋……」

 クラス中の視線が俺に集まっている。諸岡先生はまだ俺を訝しげに見ているだけだ。

 

「…………4月9日」

 ピクッと諸岡先生の眉が大きく跳ねた。顔色が徐々に悪くなってきている。

 目が合った。俺はにっこりと笑いかける。諸岡先生はこめかみ辺りを引きつらせた。

 

 

 しばらく、無言のやりとりが続く。

 

 

「……セ、センセー。転校生の席ここでいいですかー?」

 静まりかえった教室に千枝の声が響いた。止まっていた時間が動く。フリーズしていた諸岡先生も動き出した。

 軽く首をひねって後ろを見る。そうか、俺の後ろが空いていたんだったな。

 

「む……そうか。よし、じゃあ貴様の席はあそこだ。それと橘」

 悪くなっていた顔色は元に戻り、威厳も回復させた諸岡先生は苦々しげな顔をする。

 

 

「…………さっさと座らんか」

 

 もちろん、座りますとも。

 

 

 

 




霧野さんの職業がまさかの教師。
大丈夫、なんとかなるさ。


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-018- 無我夢中

あけましておめでとうございます。
新年ってことで、何か新しいことにも挑戦したい…なぁ……うん、しよう。
ってわけで、何かします。詳しくは活動報告を、簡単な告知は後書きを見ていただければ幸いです。


あと、やっとですがヒロインをマリーと千枝に決定しました。
新年ですしね!
本編始まりましたしね!
※二股フラグじゃありゃしません。たぶん。






 

 四目内書店。茶色の紙袋。4月9日。

 その三つが何を意味するのか俺は知らない。中津先輩に教えてもらった魔法の言葉だ。

 

『モロキン関連で困ったときに使うとええよ』

 そう電話越しに言われたのだが、中津先輩の声は何やらよからぬことを考えてそうなものだった。

 ま、先に「よからぬこと」に使ったのは俺であるんだが。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。それと同時に教室に放送が入る。

 

『先生方にお知らせします。只今より、緊急職員会議を行いますので至急、職員室までお戻りください。また全校生徒は各自教室に戻り、指示があるまで下校しないでください』

 

 俺は閉じていた目を開けて、半分寝かけていた意識をはっきりとさせた。

 

 

「……何事?」

「さぁ……?」

 隣の天城に訊ねるが、天城も首を傾げている。

 

 

「むむ、いいか? 指示があるまで教室を出るなよ」

 諸岡先生も現状を把握できてないようで、怪訝そうな表情を浮かべて教室を出ていった。霧野さんは僅かに顔を強張らせて、諸岡先生に続く。

 

 

 どうも、嫌な感じがするな。窓辺に近寄り外の様子を見ようとするクラスメートに視線から外し、胸騒ぎを覚えていた。

 

 

 

「はー、何これ。いつまでかかんのかな」

 頬杖をつき千枝がため息をつく。その横の鳴上は窓の外を眺めていた。

 

「うん、何だろうね」

 不安気な様子の天城。

 

 教室内では様々な感情がひしめきあっている。天城のように不安に思う生徒から、好奇心にかられて窓辺に集まる生徒、中には早く帰れないことを不満に思う生徒もいるだろう。

 

 

 

 

 さて、それなら俺はどう思っているのだろうか。

 窓の外をもう一度見る。外にはうっすらと霧がかかっていた。ふと首筋に濡れた感触が甦る。首筋に触れ、さらに考えた。

 

 怖れ、か。今の俺が抱いている感情を言い表わすとすればその言葉がぴったりだ。けれど、何に怖れているのかがわからない。肝心の利用もわからずに俺は怖れていた。

 

──何が怖いの?

 

 頭の中で響く声が、答えを促すよう問いかける。いつか聞いた少女の声だ。

 

 

 

 

 

 

『全校生徒にお知らせします。学区内で、事件が発生しました。落ち着いて速やかに帰宅してください』

 

 その放送で一気に意識や思考が現実へと戻ってくる。軽く頭を振った。

 妙なことを考えていた気がする。……思い出せないが。

 

 

 一度だけ首を傾げて、俺は席を立つ。放送が流れたことでクラスメートは帰り仕度をはじめていた。

 

 

「千枝、天城。一緒に帰っていいか?」

 俺は二人の了承をとった後、帰り仕度を済ませたばかりの鳴上にも声をかける。

 

「あぁ、それと鳴上も一緒にどうだ?」

 

 鳴上はまた瞬きを繰り返してから、ゆっくりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あれ、何だろ?」

 通学路の途中、立ち止まった千枝は不思議そうに首を傾げる。視線の先に人集りができていた。

 

 近付くにつれ、その人集りが何を見ているのかがわかる。思わず顔を顰めそうになった。

 そこは、放送で言っていた事件の現場だった。すぐ近くにパトカーが停められているのが見えて、人集りの隙間からは何人か警察官の姿が見える。

 

 

「あら! 日向君じゃないの!!」

 人集りの中にいた主婦らしき女性がそのまま通り過ぎようとする俺に声をかける。買い物帰りに現場に居合わせたのかわざわざ見に来たのか、その手には買い物袋が下がっていた。

 

「あ、ども。こんにちは」

 もう条件反射になっている対応をする。顔もよく知らない他人に声をかけられることは、よくあることだ。

 

 冗談混じりに「八十稲羽で橘を知らない大人はいないんじゃないか」と言われることがあるが、まったくその通り。俺を知らないのは、そうだな……引っ越してきたばかりの人じゃないだろうか。

 

 

「学校帰り?」

「日向君? あぁ、橘さんとこの…」

 女性の隣にいた人も俺を見て、顔をと言うより目を変える。

 先を歩いていた千枝と天城が立ち止まり、心配そうに俺を見ている。何も知らない鳴上も同じ様子だ。

 

「ええ、学校帰りです」

「日向君も見に来たの?」

 見に来た。あぁ、この現場をだろうか。知っていたなら、もちろん通らなかったさ。

 

 

 こんな場所、見たくもない。

 

 

「さっきまで、アンテナにあったんだけどねぇ。少し遅かったわねぇ!」

「怖いわねぇ。こんな近くで、死 体 だなんて…」

 

 そのまま、二人は主婦同士の会話に発展してしまった。そこまで付き合う義理はないので、そっとその場から離れる。

 

 

 

 『死 体』。色々と聞き慣れない物騒な話題に俺を待っていた三人の顔色が悪くなっていた。

 それが、普通だ。話のネタにするような内容ではないし、俺みたく顔色に出さずただ冷たい目をするだけの内容でもない。

 

 

 

 

「ん…? 悠…と日向か。お前らこんなとこで何してる」

 一難去ってまた一難。呼ばれた鳴上と俺の動きが止まる。

 振り返ると、訝しげに俺達を見る堂島さんの姿があった。

 

「ただの帰宅途中です。なぁ?」

「帰る途中にたまたま通っただけです」

 俺と鳴上は顔を見合わせて頷きあう。下手な言い訳を並べると軽く説教をされそうなので、なるべく迅速にこの場を切り抜けたい。

 

「それよりも、堂島さんは鳴上と知り合いなんですか?」

 二人が知り合いだったのは意外だ。まぁ、鳴上にしたら、俺と堂島さんが知り合いなのが不思議なんだろうけど。

 

「そういやお前は知らなかったな。こいつは俺の甥だ」

「へぇ、甥っ子さんなんですか」

 

 そこまで話して、堂島さんは俺達の他に二人連れがいるのに気が付いたようだ。訝しげな表情がばつの悪そうな表情に変わる。

 

「あー……こいつの保護者をしてる堂島だ。……まあ、その仲良くしてやってくれ」

 不器用ながらに千枝と天城に軽く堂島さんは挨拶をした。性格や職業柄、どうしても厳しい印象を与えてしまうからな。

 

 

 俺もあまりこの場には長居したくはないし。

 

 

「とにかく四人とも、ウロウロしてないでさっさと帰れ」

 そう言われて、俺達はその場を急ぎ足で離れる。

 

 

 

 

「うっ…うええぇぇ…」

「足立! おめえはいつまで新米気分だ! 今すぐ本庁帰るか? あぁ!?」

 

 

 そんな、足立さんの嘔吐(えず)く音と堂島さんの怒声を聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

 

 

──霧は蠢く

 

 

 

 

 

 気分が悪い。

 

 玄関で靴を脱いだ途端に目眩がした。傾く体を壁に手をつくことでなんとか支える。

 目眩はやがて頭痛に変わった。久しぶりの頭痛だ。最近はめったに来なかったからな。

 

 事件現場を見て思い出したのが原因か。……少し舌打ちをしたくなった。

 痛みを落ち着けようとこめかみを指で押さえる。そのまま壁伝いに俺は二階の自室へと目指していった。

 

 

 

 

 部屋に入っても俺の頭痛は治まらなかった。ってか、さらに酷くなった気もする。

 上着を脱ぎ捨て、ベッドに腰掛けた。

 

 酷い顔だ。

 電源の入っていないテレビに俺の顔が映っている。

 

「────?」

 

 違和感を感じた。立ち上がり、俺は黒い画面に近づく。手の平を画面に押しあてた。

 

 触れた時に感じるひんやりとした感覚。ただの画面だ。

 神経質になりすぎだな。何を警戒しているのやら、俺は自分自身を鼻で笑う。そして、画面から手を離──せなかった。

 

 

 いきなり画面から伸びてきた手が手首を掴む。

 

 

「っ!?」

 

 真っ黒な画面と対照的に見える真っ白な手。かわそうと体を咄嗟に引くが間に合わなかった。

 

 手首を掴まれた俺はそのまま画面へと引っ張られる。片腕が画面に沈み込んだ。掴まれているはずの腕が、まるで沈み込んだ先に存在していみたいに感覚がない。

 

 そうして俺は、少しも抵抗などできないまま、テレビの中へと引っ張り込まれてしまった。

 

 

 

──やっと……来た。

 

 

 

 誰かが歓喜している。そんな感じがした。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「……ここ、は……?」

 

 知らない場所だ。そこで俺は横たわっていた。

 体を起こし、周りを見る。薄暗い部屋。すぐ近くには白いソファーがある。

 

 

 そう、白いソファーだけがある。薄暗い空間に白色だけが鮮やかに映えていた。

 

 

 ……よし、状況確認をしてみようか。額に手をあて、覚えている限りの記憶を呼び起こす。

 帰宅して気分が悪くなったから自室で休もうとしたら、テレビから生えてきた手に引っ張り込まれた。……以上。

 

 立ち上がってソファーに腰掛ける。どうでもいい話だが、こっちよりもベルベットルームのほうが座り心地がよかった。

 上下左右を見渡す。窓なし、扉なし、脱出経路なし。完全な密室だ。これまたどうでもいい話だが、こんな密室に限って殺人は起こるんだよな。密室に守られている安心感が人を油断させてしまうってことか。

 

 

 

 さて、状況確認はすんだ。後はその原因と疑問の解消だな。

 

 

 まず一つ目。

 ここはどこだ?

 

 普通にそのまま考えればテレビの中か。いや、テレビを媒介としている異空間のようなものかな。

 

 

 

 二つ目。

 誰に引っ張られた?

 

 握られた手首を指でなぞる。色白の手だった。そして冷たい感覚が残っている。マーガレットさん、ではないな。俺をいたぶることを趣味にしているであろうあの人でも、こんな場所へは引っ張り込まない……はずだ。…………しないよな?

 

 

 ……………………。

 

 

 それなら、誰だ。もう一度だけ手首に触れてみた。敵意や悪意はなかったんだ。感じたことを思い出してみる。俺がこの場所に入れられた一瞬だけ感じた感情、それは歓喜だった。純粋な喜び。この場所に俺を入れることをずっと望んでいるような。

 該当者が思い浮かばない。俺が覚えていないだけかもしれないが。

 

 

 

 

 

 結論から言って何もわからなかった。ここがどこなのかも誰が引っ張り込んだのかも。

 改めて密室内を見渡す。殺風景だ。けど、どこかで感じたことのある殺風景さだ。どこだったかな…。

 

 

 

 そう、冷静に思い出そうとした俺だったが前を見て思考が止まる。

 

 

 

 

 

『ただいま』

 

 聞こえてきた幼い声に耳を疑い、目の前に現れた見たことのある景色に目を疑った。

 

 玄関で靴を脱ぐ男の子。行儀正しく靴を揃える後ろ姿。

 

 

『お母さん、今日は……』

 

 ランドセルを背負ったその男の子は、リビングへと通じる扉を開ける。

 

 リビングには誰もいない空間が広がっていた。綺麗に掃除された部屋の窓から夕日が射し込んでいる。

 

 

『…………』

 

 男の子は顔を曇らせ、テーブルの上の置き手紙に気がついた。

 

 徐々に顔から表情が消え、手紙はくしゃりと握りつぶされる。

 

 

 

 

 視界がぼやけ、思わず目を擦った。男の子へと手を伸ばしている自分に気がつき、すぐに手を戻す。

 干渉なんてできない。あれはただの幻だ。

 

 

 

『おっ! 祭りやってる!』

 

 場面が変わり、壁にかけられた時計は昼過ぎを示している。

 窓からは暖かな日差し、微かに聞こえてくるのは祭ばやしの音。

 男の子はテーブルの上に乗り、窓に手をついて外の景色を見ている。さっきと違って、まだ比較的明るい雰囲気だ。

 

『見えないのか? だったら──』

 

 男の子が誰かに話しかけている。その誰かに視線が移りそうになり、俺は──――

 

 

「やめろっ!!」

 

 たまらずに叫んだ。

 

 嫌なことから目を逸らす臆病者のように、目を閉じて耳を塞ぐ。あれは過去の俺だ。あの出来事があったから。俺は。

 

 

 目を開けて何もないことを確認すると、力が抜けそのままソファーに座る。

 

 

「悪趣味なもん見せやがって」

 

 声が震える。背もたれに体をあずけて、手のひらで目を覆った。

 

 

 

 忘れたことはない。未だ、夢にまで見る光景のだから。

 忘れるなんてできない。あれは俺の責任なんだから。

 

 

 

『……ごめんなさい』

 

 聞こえてきたか細い謝罪の言葉。視線を戻すとテレビがあった。画質の悪い画面には小さな人影が映っている。金色の瞳が俺を見ていた。

 

『ぼくが悪いんだ』

 

 虚ろな表情で言葉を紡ぐ。あぁ、そうだ。お前が──俺自身が悪い。

 

 

 

 

 そんなことはわかってるんだよ。

 

 

 

 

 

 




何かしたい(理由:新年だから)。
まぁ、理由のとこは無視してください。その場のノリなので。
で、後書きなんで簡潔に短くするとこんな感じです。

【オリキャラ募集】
【ネタ募集】


無期限で募集予定です。
興味を持たれた方は活動報告をご覧下さい。




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-019- 歪で最良な力

ある日、テレビの中でクマさんと出会った。
そんで、死神さんとも出会った。
今回はそんなお話。



 

 

 

 

 なぜ、俺はここにいるんだろう。

 

 

 何度目かの疑問をよくよく考えてもやはり疑問しか浮かんでこなかった。アスファルトの地面に正座をして数分が経つ。そろそろ足が痛くなってきた。

 顔を上げる。真っ正面から向けられる視線も痛い。

 

「じーーーーーーーー」

 

 逸らしたら負けだと思って俺も見つめ返す。大きな目がぱちくりと瞬きをした。

 緊張感漂う、というより一方的に警戒心を持たれているこの状況。一体どうしようか。

 

 

 今の状況を的確に表せる歌が思い浮かぶ。

 

 

 ある日、テレビの中。クマさんに出会った。

 

 

 つまり、俺は今クマと見つめ合っています。さっきまでいた密室はどうしたと、そんなこと俺も思っているさ。気付けば密室から出て、アスファルトで舗装された道路を歩いていた。一番混乱しているのは、目の前のクマでもなく俺だ。

 いや、正確にはクマというよりはクマらしき着ぐるみを着た何かなのだが。そんなことはどうでもいい。

 

 

 

「さてはキミが犯人クマね!?」

 

 犯人はあなたです。事件も起こっていないのにいきなりクライマックスになっていた。

 器用にも俺を指差すクマ。ひょいとその指を避ける。

 

「いや、違うよ」

 

 首を横に振った。何の犯人なのかは知らないが、やった記憶もないので否定する。記憶についてあまり自信がないことは少し置いといて。

 それに、疑われるのは好きじゃないんだ。

 

 

「信じられんクマ!!」

 

 ま、そりゃそうか。ため息をつき足を崩す。

 それであっさり信じられても困る。もちろん、疑われた状態も困るんだけれど。

 

「いきなり、クマの前にふらふら~って現れたクマ! すっごく怪しいクマ!」

 

 それは確かに怪しいな。そんな現れかたをしたのか、俺は。疑われてもしょうがない話である。

 そう他人事のように思いながら、わちゃわちゃと動くクマにほのぼのとしてしまう。

 

 

「一つ質問があるんだけど。いいか?」

 

 片手をあげる。ビクッとすぐにクマが怯えた様子を見せた。別に何もしないと意思表示のために軽く両手をあげる。

 

 

「いいクマ」

「ありがと。じゃ…そもそも何の犯人なんだ?」

「しらばっくれないでほしいクマ!! 最近ここに人を放り込んでる犯人クマよ!!」

 

 

 ここに人を放り込んでる。引っ張り込むではなくて? いや、意味に差異はあまりないな。要は無理矢理この世界に人を連れ込んだ犯人ってことだ。

 それなら、俺は犯人じゃないな。俺は連れ込まれた側──被害者なのだから。

 

 

 

「それ、俺じゃないな」

「だーかーらー、しらばっくれないでほしいって言ってるクマ!!」

 

 ムキーッ、と足を踏みならし両腕をぶんぶんと上下させるクマ。必死な姿が愛らしい……いやいや、それは置いといて。

 

 

「俺、この世界に連れ込まれた被害者だから」

「だったら何でそんな冷静クマか」

「…………性格?」

 

 俺を見る目がますます警戒を濃くしている。

 失敗(しくじ)った。性格ってなんだ。もう少し上手い言い訳があるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「オヨヨヨッ!?」

 

 弁明しようと俺が口を開いた時だった。目の前のクマが奇声を上げる。

 驚いて見ると、あきらかに怯えた様子でクマは頭を抱えていた。

 

 

「な、なんでクマ…?」

「この臭い……で、でも……こんな……」

 

 ブツブツと呟きが聞こえる。が、一体何を怖がっているのか肝心な言葉は聞こえてこない。

 そんな様子を見ていた俺の耳に、微かな音が聞こえてきた。

 

 

 

 それは、まるで何かを引き摺っているような。

 

 

 

「に、逃げるクマっ!!」

 

 急に手を引っ張られ、つんのめりそうになりながら逃げるクマの後を追う。

 後ろを振り返った。別に何も追って来てはいない。さらに目を凝らす。

 

 

 黒い影がぼんやりと見えた。

 

 

「は、はやくっ!! ハーリー、ハーリー、クマよ!! 追いつかれたら終わりクマ!!」

「あ、あぁ…」

 

 この怯え具合。相手は相当な大物なのだろう。

 

 

 チャラ、チャラ…。今度は鎖の音が聞こえてくる。

 

 

 

「……引き摺るような音に……鎖…?」

 

 嫌な予感がしてきた。心臓が跳ねるように鼓動を刻む。

 俺はもう一度振り返った。

 

 

 さっきまではぼんやりとして見えなかった姿が、遠目ではあるが見えてくる。漆黒の衣服を纏い、左目部分が割れている仮面を被っているその姿。二丁のロングバレル型のリボルバーが揺れる。体に巻き付いている鎖が金属音の正体か。

 ゆらゆらと宙に浮き、俺達を追っているそれ(・・)を俺は知っていた。

 

 

 “死神”と呼ばれているシャドウヒエラルキーの頂点に君臨している化け物だ。

 

 

 

 

 チャラ、チャラ…。

 鎖の音がよく聞こえてくるようになった。

 

 俺は走りながら辺りを見る。道路のような場所から、今では住宅街になっている。

 

 

「二手に分かれるぞ!」

 

 このまま走っていても埒があかない。速度をあげてクマと並んだ俺はそう提案した。

 

「次の角で曲がれ! 俺はそのまま真っ直ぐ走るからっ!!」

「りょ…りょうかいクマ!!」

 

 指示通り、クマは角で曲がる。俺は速度を変えずに、後ろを確認した。

 

 

 思った通り。真っ直ぐ俺を目指して死神は動いていた。

 角で曲がるのが俺だったとしても、死神は俺を追いかける。そんな持っていても何も得しない自信があった。

 

 住宅街を抜け、前方にはマンションが見えてきた。この世界はどこかをコピーしているのか。疑問が浮かぶが今考えている余裕はない。

 一度中で逃げてみるか。どうせ中も人はいないみたいだからな。そう考えて俺はマンションへとただひたすらに走る。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 壁に背中を押しつけた。息を整えて、そのまま滑るように座り込む。

 

 走って逃げて、なんとか今は死神に見つからずにすんでいる。俺が隠れている場所はマンションの地下に位置する駐車場。車はさすがにない。バイクぐらいあれば乗って逃げたりもできたんだが……無い物ねだりだな。

 

 

 さて、ここからどうするか。

 

 

 勝算なんてない。俺のペルソナの力なら、せいぜい足止めになるくらいだ。しかも、もって数分ぐらいの。

 その数分で、この状況から逃げ出せるかが一番の勝負所だな。俺の逃げ足に賭けるか、作戦に賭けるか。

 

 

「イザナミ」

 

 ペルソナの名を呼ぶ。

 

「は……?」

 

 目を疑う。

 触れた瞬間、崩れるようにカードは消えた。後に残るのは光の残滓だけで、地面にもカードの破片なんて落ちていなかった。

 

「イザナミっ」

 

 出ない。

 

「イシス、ジャックフロスト」

 

 ペルソナの名前が辺りに虚しく響きわたる。今度はカードすらも出てこない。

 

「作戦変更だな、こりゃ」

 

 笑おうとして頬がひきつる。急に暑くなった気がして、首元のボタンを外した。

 

 ったく、心臓の音がうるさいな。

 

 何度も息を吐き、焦る気持ちを沈める。微かな音でもいい、場所を特定できる情報が欲しかった。

 視覚も使い物にならない。嗅覚もこの際捨てる。ペルソナが召喚できない俺には、考える為の頭と聴覚だけが必要だ。他のものは一切気にするな。

 

 

 

 チャリン

 

 聞こえた。さらに耳をすませ、その音が鳴る方向へと神経を集中させる。

 

 

 前…? いや、後ろか?

 

 

 前か、後ろか、はたまた右か左か。さぁ、どこから来る?

 

 

──前。

 いや、これは。

 

 

 

「上か!」

 

 見上げると天井が一気に崩壊する。

 

 

 ジャラッ──金属同士がぶつかるその耳障りな音を引き連れ、死神は上から降ってきた。

 

 

 予想もしない場所からの登場と瓦礫を避けることで隙が生まれる。

 

 その隙を見逃してくれるほど、相手は優しくはない。死神が銃を俺に向かって振りかざす。

 

「くぅっ…」

 

 吹き飛ばされ壁に体をぶつける。

 幸いなことに下手な打ち方はしなかった。後一つ。これは『幸い』なのか微妙なところだが、どうもマーガレットさんと手合わせをしているうちに打たれ強くなったようで。

 多少のダメージくらいはあの人のメギドラオンに比べると、これぐらいまだ可愛らしい擦り傷みたいなものだ。

 咳こみながら俺は立ち上がった。

 

 

「少しぐらいなら、足掻いてやるよ」

 

 さっきまで考えていた『逃げ』ばかりの作戦は捨てることにする。足掻くこともせず、背を向けて逃げ出したなんて知られたら、その時こそ終わりだ。

 

 ここなら誰にも被害は及ばない。周りの建物は壊れるかもしれないけど。

 で、俺の体も壊れるかもしれないけど。

 

 

「愚かな行為だって、怒られるかもな」

 

 薄く笑って、拳を握りしめる。武器なんか持ってないので拳での勝負だ。男らしく散…ってはダメか。

 

 

 

「さぁ、来いよ」

 

 挑発するように口の端を上げて笑う。ただの強がりだということは自分自身が一番わかっていた。

 

 

 

 

 ゆらりと死神が動く。俺は出方を伺うように、ゆっくり横へと足を動かす。

 自分が裸足だったことにはついさっき気付いた。靴下をいつどこで脱いだのかはわからない。冷たく固いアスファルトの感覚が足を伝う。

 

 銃口が俺に向けられた。俺はすぐさま横へと飛び退く。何かが横切る音の後、地面が抉られる音がした。

 そのまま体を前へと進める。拳を突き出そうとするが、銃身が振り下ろされて俺はまた吹き飛ばされる。

 両足でしっかり地面を踏みしめ、体が滑るのを止めた。

 

 

 闇雲に突進しても効果はなし、か。

 

 

 上空へ銃口を向け引き金が引かれる。ドンッと鈍い銃声が聞こえるのと同時に、地面から勢い良く火柱があがった。天井を焦がしながら、徐々に火力が強くなるのがわかる。後、数秒で拡散するはずだ。

 

 

 ドンッ。また銃声。

 

 

「チッ……!」

 

 バックステップで後ろへと逃げていた俺の頭上に光球が落ちてくる。

 

 体を捻り、なんとか回避した。威力が小さいメギドでも、今当たれば隙になってしまう。

 

 

 煽られた火を避けながら、この後の手を一気に考えだす。

 

 

 

──このまま避け続けて隙を伺う

 

 却下。体力がもたない。

 

 

──一度、隠れて不意討ちで

 

 却下。隠れた途端にメギドラオンを出されたら終わりだ。

 

 

 

 それなら、どうするのが最良(・・)だ?

 

 

 

 

 考えていた俺の手が何かに触れる。いつも通りの癖で、伸ばした手。幸せってのが案外近くにあるみたいに、打開策ってのも近くにあった。

 

 

 

「ハッ……!」

 

 手を伸ばし、鎖を掴んだ。ガクッと死神の動きが止まる。反撃される前に、力一杯鎖を引っ張った。

 

 

 体が妙に軽いだとか、握った時に鎖に亀裂がはいったとか、そんなことは今は気にならない。

 

 

 壁に死神がぶち当たる。悲しいかな、それだけじゃ死神には何のダメージも与えられない。鎖から手を離す。死神が銃口を真上に向けた。

 

 

 ドンッ!!

 

 

 体の奥底へ響かせるような音が聞えたと思ったら、今までとは違う感覚が頭上に現れる。

 だが、それは何度も感じたことのあるお馴染みの感覚で。

 

 

 俺は笑った。強がりでもなく、覚悟するために。

 

 

 

 そして、俺は迫りくる光球を避けることはしなかった。直撃を食らう。

 

 

 

「ッ……!?」

 

 一瞬、意識が飛んだ。気を抜かすと、身を焦がし、壊し、消し去りそうな威力を持ち堪える。

 

 

 たかが一瞬だ。あのメギドラオンを喰らった時に感じる浮遊感に比べたら。あの妙な寒気に比べたら。

 

 

 

──まだ、全然マシじゃねえかッ!!

 

 

 

 目眩を振り払い、打開策であるウェストバッグを探った。目当ての物は簡単に見つかる。鈍く光る拳銃型の召喚器。

 二年前、俺のペルソナを覚醒させた物。

 

 

「ペルソナッ!!」

 

 

 躊躇っている余裕はない。召喚器をこめかみに押しあて引き金を引いた。

 それが最良(・・)だとその時の俺は思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

──オオオオオォォォォッ!!

 

 

 雄叫びをあげるそのペルソナ。

 頭部以外は全て造り物のその体。背に背負うのは琴。少年のような短い髪が揺れる。ただ一つ記憶と違うのは、全てが黒い。

 

 俺の記憶が確かなら、そのペルソナは落ち着いた色をしていたはずだ。

 

 

 ギリシア神話に登場する、幽玄の奏者。最愛の妻を求め続け、最後は八つ裂きにされた愚かで一途な男。

 

 

「オル……フェウス……」

 

 

 目の前に現れたペルソナを呆然と見上げる。

 

 

 何で、オルフェウスが出るんだ? これは俺のペルソナじゃないだろう。彼方さんのペルソナのはずだ。

 

 

 なぜ? 何で?

 

 

 思考が疑問で埋め尽くされる。そんな俺を振り返ったオルフェウスは、俺の見間違えかも知れないが、少しだけ笑っているように見えた。

 ゾクッと得体の知れない恐怖を感じる。

 

 

 最良だと信じていた過去の俺を疑う。

 

 

──ひなたはするべき事をして。

 

 

「──っ!?」

 

 今まで感じたことのない頭痛が俺を襲った。

 

 

──護りたいなら、壊したくないなら、その力を使えばいいの。

 

 

「あぁ──っ」

 

 膝をついて地面に額を押しつける。頭の奥からくるような痛みに俺は耐えることができない。

 

 

──それで、全て壊れるかは、ひなた次第だから。

 

 

 何も指示は出していない。それなのに、死神へと突進するオルフェウスの姿が視界に映る。

 

 

「っぁぁぁ──!」

 

 痛みで叫び声しか出なかった。頭を掻きむしり、地面を転がる。

 

 オルフェウスはそんな俺に目もくれず、琴を死神に振り下ろす。

 

 

 一度、二度、三度。一度目で死神は地に倒れ、二度目と三度目で弱々しく身動きするだけになっていた。振り下ろすたびにグチャリと何かが潰れていく。

 

 

──ォォォ…

 

 死神が銃を向ける。が、振り下ろされた琴が、腕ごと銃を砕いた。圧倒的な力の差だ。

 

 

「ぁぁぁぁっ…!」

 

 ズキッ。オルフェウスが動くたびに痛みは酷くなる。

 

 

 

 数分後、いや、数秒後だろうか。もうその場には死神などいなかった。そこにいるのは琴を振り下ろすオルフェウスだけ。

 

 

 やめてくれ。これ以上は、もう動くな。これ以上は、壊してくれるな。

 

 

 俺の意思を無視して、オルフェウスは破壊を繰り返す。死神を消し潰した琴を叩きつけ、地面を壁を抉る。

 

 もはやその行為は戦闘と呼ばれるものではなく、ただの──蹂躙だった。

 

 

「やめ、ろ…」

 

 痛い、痛い、痛い。

 

「……やめろ…やめろ…やめろ……」

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……

 

 

「やめろって言ってんだろっ!!」

 

 叫び、拳を地面に打ち付ける。血は出ていないし、手も痛くはない。ただ、地面が陥没しただけだ。

 

 

 オルフェウスの動きが止まる。目が合った。さっきまでの暴れ具合が嘘のように消える。光の残滓もやがて消えた。

 

 

 

「っ…はぁ…はぁ…」

 

 荒く息を吐く。ただ召喚器で召喚しただけなのに、体が凄く重くてダルい。

 

 マーガレットさんが召喚器を切り札と言っていた理由がわかった。召喚のたびにこれほど消耗していたら、体がいつか保たなくなる。それに、俺にあのペルソナを制御できるか自信がない。

 

 

 動くことも億劫な体をなんとか地面に仰向けに寝転ばせ、死神を容赦なく痛めつける姿を思い出す。あのまま止めていなければどうなったか、そんなことは簡単に想像できた。

 オルフェウスはこの場所も全て壊し尽くしただろう。死神を消し、辺りを見渡していた赤い目。破壊衝動を抑えきれていないあの様子。

 

 

 

──まだ、壊し足りないんだよね?

 

 

 何だ、その言い方は?

 その言い方じゃ、まるで俺が……俺自身が壊したいと望んでいるみたいじゃないか。

 

 

──思い出したいの?

 

 

 瞼が徐々に落ちてくる。

 

 

──思い出したくないよね。

 

 

 眠ってはダメだと思ってるのに、体は正直だ。

 

 

──嫌な現実を見るよりも、全て曖昧に隠された世界が心地いいんでしょ。

 

 

 ぼやけた世界の中で何かが動く。

 

 

──この世界は、ひなたにとって一番居心地のいい世界。

 

 

 頬に何か冷たいものが触れる。

 

 

──だって、ひなたは……この世界に望まれているんだから。

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 顔を近付け、少女は日向の意識がなくなったことを確認する。ずっと触れたいと望んでいた存在が目の前にいることに、顔が綻んでしまう。

 頬を撫で、唇に自分自身の指を触れさせる。霧で姿が曖昧だった前回と違い、今は存在をしっかりと確認できた。

 

 やっとね。

 

 準備は既に整っている。少女の予想通り日向は召喚器を扱うことができた。忌々しいことではあるが、あの女のお陰で橘日向は元に戻りつつあるのだ。

 

 少女は橘日向の全てを知っていた。彼の役割も存在意義さえも。

 

 日向から体を離した少女は歪んだ空を見上げる。その表情には笑みが浮かんでいた。それは、歪で無邪気な笑顔だった。

 

 

 

 

 




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