ガンダムビルドダイバーズ ブレイヴガールフラグメント (守次 奏)
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第一話「放課後のゴーストガール」

思い立ったので初投稿です。


 夢はないけど、憧れがあった。

 かつて目眩く新星たちが鎬を飾ったGPD──ガンプラを実際に操作して戦う競技の中で、幼い頃の一条綾乃は、颯爽と煌めくその剣士の姿をその目に焼きつけていた。

 かつて、綾乃の両親もまたGPDのファイターとして戦って夢破れた末に訪れた世界大会で見届けたその戦いは、時を経た今でも尚、歴史に数多刻まれたベストバウトの一つとして数えられているほど有名なものだ。

 ストライクガンダムの改造機と、ガンダムアストレイレッドフレームの改造機、奇しくも同じ作品の本編と外伝を出典とするカスタマイズガンプラ同士がぶつかり合い、最後の最後まで勝敗がわからない戦いは幼い綾乃の心をときめかせ、そして子守唄や童話の代わりに毎夜語ってもらったほどに燦然と煌めく「憧れ」を童心に刻んだのである。

 確かにその試合はどこをどう切り取っても驚嘆に値するほど、最高峰のファイターとビルダーが持てる技量を全て費やしたものであり、決着もまたファイター同士のぶつかり合いもさながら、そこにビルダーならではの知恵を加えた、常道と奇策が手を取り合ったその結末も、多くの人々からの称賛を今も尚受けてやまない。

 瞬間接着剤による関節の補強どころか固定化という、通常であれば大失敗とされるような工作を勝利の切り札とした、ストライクの改造機を作り上げたビルダーの発想は正しくコロンブスの卵、コペルニクス的転回といった風情であり、彼らがそのアストレイを、戦国の世を駆け抜けた武者をイメージしてカスタマイズされた機体を破ったのは、紙一重とはいえ必然であったのだろう。

 だが、幼き日の綾乃が憧れに身を焦がしていたのは、勝利したストライクのビルダーとファイターの戦いではなく、惜しくも敗北を喫した二刀流のアストレイ──それを操るファイターの剣閃にこそだった。

 刀を失えば無手の発勁を切り札に戦う姿勢も確かに格好いい。

 だが、あの異国の侍は、彼によって振るわれるその刃は、実家に二刀流の古武術、その道場を持つ綾乃にとって一つの「完成形」に見えてならなかったのだ。

 ──サムライ・エッジ。

 誰ともなく、新星として現れ、GPD世界大会、アメリカ代表の座を勝ち取った彼を称してそう讃えていたが、まさしく、闇を切り裂くように突如として現れ、正面からかつての王者を打ち破った彼は「侍」の名にふさわしい存在だったのだろう。

 その美しき刃は、遠く日の本を離れた異国の地により花開き、そして世界に見せつけられて、小さな綾乃の「世界」を変える力となった。

 ──わたしも、あんなけんしになってみたい。

 それからというもの、幼い日の綾乃は、両親からの影響もあってGPDでのデビューを果たすべく、毎日、それこそ寝食を忘れる勢いでガンプラ作りと、兄である一条与一との稽古に励んでいた。

 全ては、あの異国のサムライと戦うために。

 そして、GPDという輝く舞台に自分も立つために。

 無我夢中で憧れを追いかけて、がむしゃらに走り続けた日々は、綾乃の中で確かにガンプラへの知識とそして戦いへの心得を身につけさせるに足るものであった。

 だが──時の流れというものは、往々にして残酷なものだ。

 盛者必衰、驕れる者は久しからず、ただ春の夜の夢の如し。

 先人がそう書き記したように、GPDという競技は、時代の波に、そのうねりに飲み込まれて、次第にその人気を失っていった。

 と、いうのも無理はない。

 確かに自分だけのガンプラを動かして戦うことは魅力的だが、勝者がいるのであればその影には必ず敗者たちの屍が積み上がっているように、「負ければガンプラが壊れてしまう」というその特性は、一時期社会問題となるほどに取り沙汰されたことがある。

 曰く、金銭面におけるビルダーでありファイターへの負担。

 曰く、参加者に小さな子供が混ざっているような大会で大人が全塗装を施したパーフェクトグレード──六十分の一スケールの巨大なガンプラを使っての初心者狩り。

 そうした細々とした不満や不平、負担は積み重なって、綾乃が中学生になる頃には、GPDという競技はほとんど世間から忘れ去られて、今では一部の大きなホビーショップであったり、好事家たちが個人所有している僅かに残された筐体を通じてしか、遊ぶことができないものとなってしまっている。

 そんな中で果たして燦然と輝く憧れに手を伸ばそうとしていた綾乃が、GPDに触れたのかといえば、それもまた否であった。

 突如として発表された新星の引退──「サムライ・エッジ」と呼ばれた男は、研究者としての道を選び、GPDの最前線から身を引くことを決意したと、そのことは今でもはっきりと思い出せる。

 いつかあの煌めく舞台で剣を交えることを夢見ていた相手が、舞台を降りる。

 それ自体を責めることはお門違いなのは、綾乃にもわかっていた。

 人生の決定権を持つのは自分だけだ。

 だからこそ、彼が引退を決めたことだって、きっと悩んだり、周りから止められたりしても尚、研究者という道に進みたいという強い意志がそこにあったからなのだろう。

 それでも──それでも、この憧れは、この想いは、どこに行けばいい?

 ようやく納得の行くレベルまで作り込むことができた自分だけのガンプラが完成したその日、綾乃は呆然とテレビを通じてその引退会見を見届けたことを覚えている。

 こうして、幼い少女の夢とも呼べない憧れは、一人の男の幕引きと、そして時代の波に攫われて、遥か彼方へと消えていった。

 大太刀と小太刀──二刀流の基本となるそれを無心で振り続けながら、綾乃は道場で幼い日のことを思い返し、燻っていた。

 ──なんのために剣を振るうのだろう。

 求道者として、抱いてはいけないはずの疑問を抱えたままの剣閃は当然の如く鈍く、誰にも届かないものであり、中学時代に所属していた剣道部でも綾乃は思うような戦績を残さず、気付けば剣道とも縁遠い、ただの、普通の高校生に成り果てている。

 いや、普通ですらないのかもしれない。

 手拭いで額に浮かんだ汗を拭いながら、腰まで伸ばした黒髪を靡かせて、綾乃は深い溜息を吐き出す。

 

「……私は、何のために……」

 

 幾度となく自分に問いかけ続けてきて、そして今も見えずにいる答え。

 一条二刀流の後継者は、兄の与一が務めると決まっている。

 憧れていたあのサムライはGPDの舞台から去って、そしてGPDも廃れた今、自分がこうして木剣を振り続けていることに一体何の意味があるというのだろうか。

 違う。本当は、わかっているのだ。

 何も意味なんてない。

 ただ、かつての憧れに縋り続けるだけの、それを失ったら自分は虚無の、空っぽの人間になってしまうという恐れから、逃げ続けているだけなのだ。

 それを自覚して、じわり、と、鼻の辺りに塩辛いものが滲み、綾乃の眦に微かな雫が浮かび上がった、その時だった。

 

「邪魔をするぞ、綾乃」

「与一兄様」

 

 黒髪を散切りにして、時代と逆行するような白の胴着と青の袴に大小の木剣を二振り提げた青年──兄の与一が、道場の戸を開けて、綾乃の元へと歩み寄ってくる。

 ごしごしと浮かんだ涙を拭って姿勢を正せば、綾乃のそんな真剣さに応えるかのように、或いは頑迷さにどこか困ったかのように向き合って正座をすると、与一は和服の懐からごそごそとなにかを取り出して、目の前に置いてみせた。

 

「与一兄様、これは?」

「うむ、ダイバーギア、というらしい」

「ダイバーギア……」

 

 らしい、というのは、与一はGPDだとかガンプラだとか、そういうものに全く興味を持つことなく、武術一辺倒で育ってきたから、妹のために買ってきたこれが正確には何なのか、よくわかっていないのだ。

 それでも、こうして道場で燻っては、喪った憧れを偲ぶかのように剣を払い続けている綾乃のために何かをしてやりたい、というのが兄心とでもいうべきものであり、与一がそれを購入したのは、ある噂を耳にしたからだった。

 

「GBNなるものを知っているか、綾乃」

「GBN……ですか、兄様?」

「うむ。おれは父や母と違ってよく知らんでな、なんでも最近流行っているらしいが……こほん、本題から逸れたな」

「……いえ、私もそれが流行っていることは知っています」

 

 GBN。

 それはVRMMOにして次世代体験型ガンプラバトルシミュレーションこと、ガンプラバトル・ネクサス・オンラインをアルファベット三文字に略したものであることぐらいは、何となく綾乃も知識としては知っている。

 クラスの中でもそれをやっている男子グループは、放課後よくガンダムベースシーサイドベース店に屯しているらしいし、電脳世界という現実を飛び越えた場所での放課後を過ごすために、自宅からログインしている女子もいるらしい。

 らしい、というのは実際にそれを観測したことがないからだ。

 端的にいってしまえば、綾乃はぼっちだった。

 とはいえ一人が苦になる性格でもなければ、クラスメイトとのコミュニケーションにもさして問題があるわけでもないため、浮いてこそいるが遠巻きにもされていない、いわば「透明」な存在とでもいうべきものが、綾乃のクラスにおける立ち位置のようなものだ。

 だからこそ、放課後にカラオケに行くでもなく、部活をするでもなく、ただ家に帰って黙々と木剣を振るっていても何も言われないし、気にもされない。

 そんな女子高生としての生活を流石に与一も不憫に思ったのだろうか、と、兄に心配をかけてしまったことを心中で詫びながら、綾乃はその問いかけに淡々と答える。

 

「そうか、ならば話は早い。実はな、おれもよく知らないのだが……GBNなるげーむ? の中には数多の剣豪がひしめいていると聞く」

「ゲーム、ですか」

 

 与一が首を傾げながら呟いたのは、彼が生来のサブカル音痴で、GPDにうつつを抜かしていた父と折り合いが悪かった、兄と同じく武道一辺倒な人生を過ごしてきた祖父からの影響が強いのだろう。

 そして綾乃はその反対で、両親からの影響が強く、サブカル方面にも多少明るかったのだが、その手のゲームに関しては全くといっていいほど興味が湧かなかった。

 湧かなかった、というのは過去形の話だからである。

 以前に綾乃は「幕末の世に侍となって討幕派と新撰組に分かれて斬り合うバトルロワイヤル」なるゲームを期待に胸を躍らせながらプレイした経験があるのだが、それはもう筆舌に尽くしがたいほどの幕末(クソゲー)で、ログイン天誅ログボ天誅リスキル天誅と、とにかく「天誅」のジャーゴンを叫べばいかなる外道行為も容認される、誉れなど犬にでも食わせておけといわんばかりの地獄であり、武士道への冒涜、その具現だった。

 だからこそ、綾乃はゲームの世界にも期待を馳せることなく、黙々と想い出を偲んで剣を振るう日々を過ごしていたのだ。

 与一から差し出されたダイバーギアなる物体と兄の顔を交互に見ながら、綾乃はその柳眉を困惑に歪ませる。

 

「そう邪険にしたものではないぞ、綾乃」

「……いえ、ですが」

「なに、このGBNなるもの、実はお前が作っていたがんぷらを読み込ませて戦う遊戯であるらしい」

「……ガンプラを……」

 

 かつてGPDの舞台に上がることを夢見て作ったはいいが、そのまま日の目を見ることなく終わってしまった幻の愛機を想って、綾乃は静かに瞑目した。

 確かにガンプラを読み込ませて戦うのであれば、それはGPDと通じる部分があり、あの誉を浜にダンクシュートしたようなクソゲーの民度と比較して、幾分かマシなものがあるのかもしれない。

 

 

「わかりました、兄様。ありがたくいただきます」

「うむ、よくわからぬが電子の世界でも精進するのだぞ、綾乃」

 

 綾乃の返事を聞いて、与一はからからと気風の良い笑みを満面に浮かべてみせる。

 結局のところ、綾乃にはよくわからないまま、よくわからないものを自分のために買ってきてくれたという厚意を断ることができなかった。

 他人の厚意ほど断るのが難しいものはない。

 その六角形の物体を受け取った綾乃は引きつった笑みを浮かべながら、しかし、かつて憧れと共に消えていったはずの幽霊のような想いを、その尾を手繰り寄せるかのように、道場を後にするのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 餅を買うなら餅屋に行くのは大分昔の話で、今はスーパーマーケットに行けば大概のものは揃っているとしても、それはそれとして諺に残っているように、餅は餅屋といったものだ。

 お台場近郊の東京湾沿い、等身大のエールストライクガンダムをそのシンボルとしたガンダムベースシーサイドベース店。

 綾乃が、かつて作ったまま棚に飾っていた愛機と共に訪れたのは、通っている高校の生徒たちからは放課後の聖地のようなものとなっている、ガンプラの版元である企業が運営する直営店のようなものだった。

 思えば、ここに飾られているのがエールストライクガンダムというのも何か奇妙な縁なのだろう。

 与一が買ってきてくれたダイバーギアは、それそのものだけではGBNへとログインすることはできない。

 ダイバーギアはあくまでも自分のガンプラをスキャンする装置であり、コントローラーとヘッドアップディスプレイを別途購入しなければ、自宅から電子の世界へとログインすることは適わないのだ。

 そこら辺は古風を拗らせて機械音痴な与一だから仕方ないものの、それはそれとしてクラスメイトたちがそうしていたように、放課後に特定の目的を持って他愛もない時間を過ごすというのには、実のところ綾乃も結構な憧れを抱いていたのだ。

 道場を離れれば、中々どうして綾乃も結構な現代っ子なのである。

 微かな期待と綯い交ぜになった不安を胸に抱きながら自動ドアをくぐれば、そこにはショーケースの中で道行く人に笑顔を振りまく、文字通りに小さな少女の姿があった。

 

「いらっしゃいませ、ガンダムベースシーサイド店へようこそ!」

「プラモデルが喋った……?」

「はい、チィはプラモデル……マテリアルボディのELダイバーですから」

 

 えるだいばー。

 また知らない単語が出てきたと綾乃は小首を傾げるが、確か特定電子生命体がどうのこうのとテレビの中で言っていたから、そういうものなのだろう。

 プラモデル扱いしたことをチィと名乗った少女に詫びつつ、綾乃は早速GBNの世界に飛び込むべく、ゲームブースを目指してそそくさと早足で歩いていく。

 

「……確か、ダイバーギアの上にガンプラを置いて、このゴーグルを被ればいいのよね」

 

 ゲームブースは盛況といった風情であったが、それでも空席がちゃんと存在する程度にはGBNの筐体はその数を揃えている。

 又聞きしたのと、スマートフォンで事前に調べていた知識を元に、綾乃はその手順に従って、電脳世界へとログインするべくシステムを起動させる。

 

『GPEX SYSTEM START UP──』

 

 起動音声が耳朶に触れると同時に、綾乃の意識はどこまでも降っていくエレベーターに乗せられたかのように、仮想の世界へと引っ張られていく。

 仮登録時はスキップされて、「機動戦士ガンダム」に出てくる「ハロ」のアバターに統一されるキャラメイクフェイズを、とりあえずはリアルにおける自分の容姿をベースに、銀色のヘアピンを追加した以外はリアルで着ているのと似たような制服を衣装に選んで、綾乃は、GBNのプレイヤー……「ダイバー」である「アヤノ」へとその姿を変えていく。

 

「……さて、何が待っているのかしら」

 

 夢はなくても、憧れはあった。

 だけどその憧れも、幽霊のようにどこかへと消えてしまった。

 そんな自分が、「ゴースト」の異名を戴く、クロスボーンガンダムX0をベースとした機体とともに、そして、数多の剣豪がひしめくという兄の言葉に対する期待とともに電子の海へと飛び込むのには、どこか皮肉めいたものを感じずにはいられない。

 それでも。

 それでも確かに、少女の──かつてGPDと共に遠くに消えてしまった憧れは息を吹き返し、この電子の海へと、GBNへと、確かに蘇ったのであった。




現代っ子は電脳世界に憧れた夢を見るか


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第二話「いい子、アホの子、ヴァルガの子」

メインヒロインが登場するので初投稿です。


 ガンプラバトル・ネクサス・オンライン──通称GBN。

 それは最早、一つのVRMMOという枠を超えて、第四世界と呼べる領域まで拡張しているとはネットで聞きかじった知識だが、実際にふわり、とアヤノがGBNの文字通りに中心である「セントラル・エリア」のロビーへと降り立ったその瞬間に、言葉ではなく心でそれが理解できたような気がした。

 右を向けば、ガンダムの原作に出てくるキャラクターを模したアバターメイクを行っているダイバーが闊歩していて、左を向けばなんだかよくわからない、埴輪にガンダムのアンテナやザクのモノアイを貼り付けたようなアバター──ピキリエンタポーレスというらしい──が隊列を作って練り歩いている光景は、中々に「濃い」。

 

「……噂には聞いていたけど、凄いのね」

 

 アヤノは筋金入りのガンダムオタクというわけではない。

 だからこそ、その辺で小規模なパレードをやっているピキリエンタポーレスのようにわからないものも多々あるが、それでもGPDプレイヤーだった両親からの影響を受けて、有名どころの作品は一通り視聴しているし、なんなら幻で終わるはずだった愛機のベースをクロスボーンガンダムX0に選んだのは、各種媒体の中で「機動戦士クロスボーンガンダム ゴースト」が一番お気に入りの作品だったからだ。

 それにしては、つまらないキャラメイクをしてしまっただろうかと、色んな意味で濃いアバターが、ダイバーたちが闊歩するロビーを一望して、アヤノは小さくため息をつく。

 

「……ベルナデットみたいになればよかったのかしら」

 

 現実と何も変わらない濡れ羽色のロングヘアー、辛うじてガンダム要素としてラクス・クラインが装着していたものを銀色に変えたヘアピンをつけて、衣装も制服風のものという、ロビーの壁面に映る、なんともガンダム的には面白味のない自分のアバターを一瞥して、アヤノは肩を落とした。

 ──ただ、キャラメイクを急いだということはそれだけ自分の中に期待が大きかったという、そういうことではないのだろうか。

 与一が言っていた、「このGBNには無数の剣豪がひしめいている」という言葉と、かつて一世を風靡しながらも、己の選んだ道のためにGPDの舞台から降りたサムライのことを脳裏に浮かべつつ、とりあえずはとばかりに、アヤノはGBNの空気に肩を慣らしていくように、ふらふらとロビーを散策する。

 しかし、こうして見ているだけでも一日が潰せそうなほどに、第四世界と呼ばれるまでに拡張されたこの電子の海は濃厚だ。

 今やガンダムのガの字も知らない女子高生が、家電量販店で買った【プチッガイ】と共にこの世界へと足を踏み入れて、ふらふらと散歩をするように放課後の時間を潰しているのも決して珍しくないとは聞くが、それはこうして壁にもたれかかりながら周囲を一望しているだけでも頷けた。

 原作のキャラクターに極力近づけたキャラメイクをするダイバーもいれば、或いは異世界の住人のように、獣の耳や尻尾を生やしてみたり、そうでなければ直立する二足歩行の獣そのものの外見に己を染め上げたりする一方で、アヤノのように現実世界の延長線上として、髪こそ銀色に染まっているものの、制服に身を包んだ女子ダイバーもいる。

 そう考えれば、自分もそんなに突飛なキャラメイクをしたわけではないのだろう。

 同じような制服姿の女子を何人も見送る中で密かに安堵を覚えると、ようやくといった具合にアヤノは立ち上がって、まずはミッションを受注すべく、受付のNPDが待機しているカウンターへと向かおうとした、その時だった。

 

「そうだったんですか! じゃあ、わたしがそのミッション受けてあげますね!」

 

 ロビーに響き渡る声量で、底抜けに明るい声がアヤノの耳朶を震わせる。

 いかにも脳天気な、といえば失礼だが、控えめにいっても何も考えてなさそうなその声の主は、ファンタジー作品に登場するミノタウロスそのものといった風情のダイバールックに身を包んだ推定男性と向き合い、なんだか事情はわからないものの、不穏な含みをもって聞こえたその言葉をはきはきと捲し立てていた。

 GBNにおけるミッションというのは、基本的にはロビーの中央にある受付にいるNPD──ノンプレイヤーダイバー、要するにNPCから受注するものだというのは、行きの電車の中でアヤノも調べていたことだ。

 ただ、何事にも例外というものはあって、プレイヤーから直接受注できるミッションというのも、このGBNには存在している。

 クリエイトミッション。

 それは、ダイバー自身が作成したミッションを、運営へと申請を通すことで正式に配信するというサービスであり、高難度で有名な「終末を喚ぶ竜」「高嶺の花嫁」だとかそういうハイエンドコンテンツの代わりになるようなものもあれば、「グランダイブ・チャレンジ」のように、程よく難しく、特定のシチュエーションにおける魅力を引き出すことに特化したものも存在している。

 ただ、この手の要素は玉石混交というのが時代の常だ。

 高難度であったとしても、プレイヤーに確かな手応えと、失敗したとしても次にまた再戦しようという気持ちを抱かせるための調整というのは非常に難しい。

 その点から見れば、実力派G-Tuberとして名を馳せるダイバー、「クオン」が作成した「終末を喚ぶ竜」はCランクというGBNのきざはしに立ったダイバーへ向けたハイエンドコンテンツの入り口であり終着点として機能しているし、ゲーム内動画アップロードコンテンツ、G-Tubeにその拠点を置いて活動している配信者──クオンと同じG-Tuberである「チェリー・ラヴ」が作成した「高嶺の花嫁」は確かに最高難易度はハイエンドコンテンツに匹敵するものの、基本的にはオールレンジ攻撃への対応練習として、程よい調整が施されている。

 だが、中には悪質なダイバーもいるもので、理不尽なギミックを詰め込むだけ詰め込んで、開発者にしかわからない裏口を使ってクリアしたものを何食わぬ顔で申請して、通してしまうという行為も罷り通っているのだ。

 そこは運営も頭を悩ませているところなのだが、一応仕様に則って申請が施されている以上、ユーザーからの通報以外でその裏口ミッションを見つける方法は少なく、どうしても後手に回らざるを得ないのである。

 要するにどういうことかといえば、「自分でいいミッションと悪いミッションの見分けがつくようになるまでは基本的にクリエイトミッションを受注するな」というのが、GBNにおける初心者の鉄則のようなものであった。

 だが、あの脳天気な声を上げている桜色の髪の毛をした少女は、明らかにゲーム慣れしていない空気を全身から醸し出しているのにも関わらず、NPD経由ではなく、あのミノタウロスから直接ミッションを受注しようとしている。

 一瞬、アヤノも思わず目を疑ったのだが、その声量と自信満々に目を輝かせている様からして、もしかしたら上級者だったりするのかもしれない──と、周囲を歩くダイバーたち同様現実逃避に走ろうとしたが、どこからどう見てもあれは初心者だ。

 かつてあの幕末で心ゆくまでリスキル天誅をご馳走された自分の勘が告げている。

 あの初心な感じは狙って醸し出せるようなものではない。

 つまりあの桜色娘は、自分と同じ本物の初心者なのだ。

 しかし、触らぬ神には祟りなしといった具合に、周囲を行き交うダイバーたちはミノタウロスに元気いっぱいの笑顔で応対しているその少女を一瞥しては、可哀想だけど明日にはお肉屋さんの店頭に並んでいる家畜を見るような目をしているし、何故か元気満々、自信満々な少女は肩を落としているミノタウロスに危険すら感じていないようにアヤノには見えた。

 だが、ダイバーたちを非難することはできない。

 面倒ごとに巻き込まれそうなら、巻き込まれる前に自衛しろというのがこの手のVRMMOにおける鉄則であり、巻き込まれた奴は不運と踊ってしまったか単純に自己責任の四文字で片づけられるのが世の常だ。

 誰も好き好んでトラブルに顔を突っ込みたがる奴はいない。

 そういう思考回路も、現代っ子なアヤノにはよく理解できていたし、クラスで浮いてこそいるものの疎まれはしない、という立ち位置を保っているのだってつまりはそういうことだ。

 ──それでも。

 かつてどこかに消えてしまった、幽霊のような憧れと、そして長年黙々と木剣を降り続けてきた中で培われた士道の欠片が、アヤノへと囁くように警告する。

 それでいいのか、アヤノ。一条綾乃。

 お前は、目の前で危機に瀕している少女を見捨てて一人でこの世界を堪能できるのか。

 内なる声に囁かれ、アヤノは微かにぎり、と歯を食いしばる。

 きっとあの桜色娘は、いい思いをしないでロビーに帰還してくる可能性の方が圧倒的に高いのだろう。

 何も知らない初心者がクリエイトミッションを受注しようとしている、その状況そのものから導き出せる結論はその一言に尽きる。

 ミノタウロスのダイバールックが怪しい、と因縁をふっかける趣味はないにしたって、あの桜色娘の言葉から察するに、誰にも受けてもらえないようなクリエイトミッションなんて、よっぽど出来が悪いか悪質かの二択に自然と絞られるはずだ。

 もちろん、ミノタウロスが本当にいいミッションを作っていて、あの桜色娘がグッドゲームの一言と共に帰還してくる可能性だって捨てきれない。

 だが、それは圧倒的に確率が低い方だ。

 状況証拠だけで有罪は成立しなくとも、嫌疑はかかる。

 そして大体が物的証拠に繋がっているというのがお約束だ。

 ならば、自分のなすべきことは何か。

 アヤノは深く呼吸を整えると、つかつかと、何事かを喋っているミノタウロスと、そして満面の笑顔を浮かべて応対している桜色娘へと、つかつかと踵を鳴らして歩み寄っていく。

 

「貴女たち、何をしているの?」

「へっ? あ、えっと、わたしですよねっ! えっと、今この人からミッション受けようとしてたんです! 最近誰もミッション受けてくれないって落ち込んでたから、なんとかわたしが力になってあげようと思って!」

 

 桜色娘は踵を返すなり、元気いっぱいに事情を説明してくれたが、その背後でミノタウロスが微かに視線を逸らしているのを、アヤノは見逃さなかった。

 

「……貴方今、目を逸らしたでしょう。何かやましいことがあるんじゃないの?」

「そ、そんなことねえよ! ただ……その子の、ユーナちゃんの言う通りだよ、最近俺の作ったクリエイトミッションを受けてくれる奴が誰もいねえんだ」

 

 どうやらこの底抜けにお人好しで脳天気な桜色娘は、ユーナという名前らしい。

 そうですそうです、と首を縦に振りながらきらきらと目を輝かせているユーナの姿にアヤノは目頭を押さえながらも、それはそれとしてミノタウロスが言っていることそのものに嘘は含まれていないと判断を下す。

 とはいえ、嘘が含まれていないことは、必ずしも真実に辿り着く鍵でないように、そして真実であったとしてもそれが道義的に、感情的に正しいとは限らないように、誰もクリエイトミッションを受けてくれないのが事実であったのなら、ろくでもない背景がそこに含まれていることは察せられるだろう。

 だとしても、このユーナという少女はその死地に赴くのだろう。

 底抜けの善意をその瞳に宿した純朴さは、様々な思惑のひしめくVRMMOにおいては致命的だ。

 謀略と無法で相手を陥れることがVRMMOの全てだとはアヤノも思っていない。

 それでも善意と悪意のどちらを基準にして行動した方が結果として得になるかを考えた時、悲しいことにそれは悪意の方に軍配が上がることになるだろう。

 こういう時に自警団だとか運営のパトロールだとかが運良く顔を出してくれる事態も期待したものの、そう簡単にはいってくれないのが世の常というものなのだからどうしようもない。

 止めても、梃子でも動かないのであろう頑迷さと紙一重の一途さと優しさを宿したユーナの瞳に絆されたのか、或いは気圧されたのか、小さく溜息をつくとアヤノは彼女へと静かに問いかける。

 

「貴女、ユーナって言ったわね」

「はい! わたし、ユーナです! 元気だけが取り柄です! えへへ」

「……それは自慢になるの……? まあいいけれど、貴女、初心者で間違いないでしょう?」

「えっ!? どうしてわかったんですか!?」

 

 ──どうしたもなにも顔にそう書いてある。

 とは、流石のアヤノでも言えなかった。

 ただ、きらきらと目を輝かせているユーナから微かに目を逸らして、溜息混じりにアヤノは同じように目を晒していたミノタウロスを見据えて、静かに言い放つ。

 

「そのミッション、私も受注していいかしら」

「えっ? あ、いや、そういうことなら別にいいんだが……」

「何かやましいことでもあるの?」

「とんでもねえ! こいつは初心者に向けたミッションだぜ、へへ」

 

 どうせ、ろくでもないことしか考えていないのだろう。

 下卑た笑いを浮かべて手揉みしているミノタウロスから視線を外してアヤノは今か今かとミッションが始まるのを待っているのであろうユーナへとその視線を移す。

 そこにあるのはきっと、純粋な善意なのだろう。

 妥協だとか打算だとか、或いは自分のような疑いを抜きにした純朴さ。

 それは自分が持ち合わせていないものだった。

 だから──その輝きに当てられてしまったのかもしれないと、アヤノは自嘲するように笑うと、少しぎこちない知識でユーナへとパーティー申請を送る。

 

「それじゃあ、二人でこのミッションを受けるってことでいいんだよな?」

「はいっ! わたしは大丈夫ですっ!」

「……ええ、良いわ」

「へへ……それじゃあ、楽しんできてくれよな」

 

 ミノタウロスの笑いには、久々に獲物を竿にかけた釣り人に喩えるのには釣り人に失礼だが、そういう捕食者のコンテクストが含まれていた。

 

【クリエイトミッション:花を納品しよう!】

【推奨ランク:F】

【勝利条件:ヤナギランの花の納品】

【敗北条件:自機の撃墜】

【ミッション開始地点:ハードコアディメンション・ヴァルガ 北部都市残骸地帯】

【このクリエイトミッションを受注しますか?】

【YES】【NO】

 

 コンソールに浮かぶ文字列の中で、正確な意味を把握できている単語はアヤノにもユーナにもほとんどないといってもいい。

 だが、アヤノはその直感から、強いていうなら、敗北条件に含まれている「自機の撃墜」という文字列に嫌な予感を覚えながらも、ユーナと共に「YES」のタッチパネルへと指を伸ばして、クリエイトミッションを承諾する。

 

「それじゃあ……一緒に楽しみましょう! えっと……」

「……アヤノよ。よろしくね、ユーナさん」

「はいっ! あ、わたしのことはユーナで大丈夫ですっ!」

「……それ、ミッション開始前に言うと死亡フラグじゃ──」

 

 初めて出会ったというのに、どこか漫才じみたやり取りを残して、アヤノとユーナの躯体と意識は千々に解けて、戦場となるミッションの舞台へ──ハードコアディメンション・ヴァルガへと再構築されていく。

 そんな二人を、養豚場の豚を見るような目で行き交うダイバーたちが見ていたことは、アヤノにもユーナにも知る由はない。

 ヴァルガ。だが、その四文字は上級者たちにはある種の楽園を意味しても、アクティブユーザーの多くを占める中堅以下のダイバーにとって、ある種絶対の死を意味する単語であることに違いはない。

 こうして、始めたての二人は、いきなり地獄行きの片道切符をユーナは嬉々として、アヤノは渋々といった風情で、購入するのであった。




この初手からー!(ヴァルガ行き)

【ユーナ】……自称「元気だけが取り柄」な少女。アヤノと同じく始めたての初心者ダイバーであり、ミノタウロス姿のダイバー「キニヤク」から詐欺ミッションを嬉々として受注しようとする程度にはお人好しでアホの子。


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第三話「クロス・ファントム」

恒例行事なので初投稿です。


 ハードコアディメンション・ヴァルガ。

 中級者以下、この二千万人という膨大なアクティブユーザーを抱えているGBNにおいて、大多数を占めている層から様々な蔑称で呼ばれて憚ることのないこのディメンションは、一見すると気が狂っているか正気を失っているかの二択にしか捉えられない仕様が罷り通っている。

 ディメンションへとダイブした瞬間、鳴り響く遠雷の音に紛れて、閃光が飛来するのをアヤノは決して見逃さなかった。

 

「避けて、ユーナ!」

「……わわっ!? えっ!?」

「……この……っ、私たち、見事に嵌められたってことね……!」

 

 スポーンキル。

 GBNにおいては、各ディメンションのバトルエリアへと転送された際に数秒間の無敵時間が設定されているのだが、それが切れた直後を狙って市街地から飛来してきた閃光は、明らかにゲートが現れたことを確認してのものだったし、故意にその行為を行ったと見ていいだろう。

 普通のゲームであれば、スポーンキルや、復活直後の地点に待ち構えてもう一度プレイヤーを殺すリスポーンキルといった、いわゆるPK行為はご法度とされ、実行したユーザーには重いペナルティが課せられるのだが、このGBNにおいてもそれは例外ではない。

 ──ただ一つの、特例を除いて。

 アヤノは機体に纏わせているABCマントの隙間から、バタフライ・バスターBの銃口を、自分たちを狙っていた射線から割り出した狙撃手の潜伏地点に向けて、躊躇いなくトリガーを引く。

 

『う、嘘だろ、こいつ見たことない顔だから初心者じゃ』

「恥を知りなさい、そして消えなさい」

 

 そんなスポーンキルを生業とする悪名高いダイバー、「回収屋」ピーターの操る都市迷彩を施したケルディムガンダムにアリオスのGNビームキャノンを持たせた機体は、お返しとばかりに飛来した一撃にそのコックピットを貫かれて、テクスチャの塵へと還る。

 こんな時ばかりはあの幕末という名の下に全ての外道行為が合法化されたクソゲーをやった経験があって良かったとアヤノは嘆息するが、そんなことをしている場合ではない。

 ハードコアディメンション・ヴァルガ。

 この場所は実質的に、運営が匙を投げたのに等しい隔離場のようなものだ。

 表向きは「自由にフリーバトルがしたい」という理由で設立されたとされているこのディメンションは、スポーンキルを始めとした全てのPK行為が容認されているのにも等しい。

 それもそのはずである。

 何故なら、「ハードコアディメンション・ヴァルガに足を踏み入れたその瞬間」から、ダイブしてきたダイバーは「無制限のフリーバトル」に同意したこととなり、初心者だろうが上級者だろうがお構いなしに、果てなき闘争の中に身を投じることとなるからだ。

 通常であれば成立しないような、二桁ランカーからFランクの初心者に対するフリーバトルという滅茶苦茶な構図でさえ、野放図になったこのディメンションであれば容認される。

 つまるところ、自分たちはあのミノタウロスに嵌められたのだ。

 ぎり、と奥歯を噛み合わせてアヤノは怒りを露わにするが、事態がよく飲み込めていないのか、ユーナは頭上に疑問符を浮かべるばかりだった。

 

「えっと、あれ? その……凄いんですね、アヤノさん!」

「感心してる場合じゃないわ、私たちは嵌められたのよ!」

「えっ!? それって……」

「こういう……ことよ!」

 

 アヤノは息つく間もなく無言でミラージュコロイドによって姿を消し、背後から襲いかかってきたブリッツガンダムをノールックで撃ち抜くと、舌打ちをしながらまだ事態が飲み込めていないユーナの機体──カミキバーニングガンダムをベースとして、桜色の塗装が施されているだけでなく、所々にトライバーニングガンダムのパーツが組み込まれた、【アリスバーニングガンダム】の手を引いて、まだまだ潜んでいる襲撃者から逃れるべく疾駆する。

 曰く、チンパンたちのラスト・リゾート。

 曰く、戦闘狂の展覧会。

 曰く、理性を失ったダイバーの行き着く果て。

 さまざまな蔑称で呼ばれて憚らないこのディメンションがいかに地獄であるかは、百聞より一見にしかずといった風情で、様々な理不尽を連れてアヤノたちへと襲いかかってくる。

 建物の陰に潜んでいたダークダガーLを足裏から射出したヒートダガーの一撃で破壊したアヤノは、とりあえずユーナに状況を整理してもらうべく、ここを一時的な潜伏拠点として機体を屈ませた。

 

「わわ……なんか凄いことになってる……えっと、これって?」

「……私にも詳しくはわからないわ、でもこの場所ではPK……プレイヤーキルに相当する行為が常態化してるようね」

「PK……? サッカーするんですか?」

「誰がペナルティキックの話してるわけ? 要するに私たちは……ここにいる全員からターゲットにされていると思ってくれて構わないわ」

 

 予想の斜め上を突き抜けるアホの子加減に頭を抱えながらも、アヤノは周囲の戦況を観察しながら、要点を噛み砕いて、小首を傾げているユーナへと説明してみせる。

 一応わかりやすく、自分たちが全てのダイバーからターゲットにされているとは言ったものの、ヴァルガの戦況にはある種天気のような傾向があることを、アヤノはレーダーに映る赤い点の数から見抜いていた。

 乱戦が発生している状況は、特におこぼれ狙いのダイバーたちにとっては非常に美味しいために、赤い点が密集している箇所に関しては近付かなければ基本的には手出しされないと思っていいだろう。

 厄介なのは、自分たちがその乱戦エリアの中心となる可能性も高いことなのだが、近場のレーダーを見る限り三つに分散している乱戦エリアがすぐに瓦解する心配は少なく、まだ多少、状況把握に時間が要りそうなユーナに説明をする暇はありそうだった。

 

「……えっと、それって……もしかしてわたしたち、殺されちゃうんですか?」

「残念ながらその確率は非常に高いわね」

「そ、そんなー!? あの人、いい人そうだったのに……わたし、騙されちゃった……?」

「……ごめんなさい、一度眼科に行くことをお勧めするわ」

「アヤノさんまでひどいっ!?」

 

 いや、どこからどう見ても怪しかっただろう。何せミノタウロスだし、と、声に出したくなったのを堪えて、アヤノは無言でユーナの手を引き、潜伏拠点としていた建物を離れる。

 乱戦エリアの一つが瓦解したのを皮切りに、おこぼれ狙いであったり或いはシーカーとして獲物を追跡するダイバーが野に放たれたのだ。

 その一瞬を見逃していれば、アヤノたちもまた彼らの養分となって散っていたことだろう。

 あの武士道をとことん侮辱していたゲームには腹しか立たないものの、こういうろくでもない状況下における対応力を鍛えてくれた、という点に関しては感謝すべきなのかもしれない。

 よもやあのクソゲーに感謝をする日が来るという、運命の女神様の悪戯にしてはタチが悪い巡り合わせにアヤノは嘆息しつつ、とりあえずはこの地獄を脱出するべく、北部都市残骸地帯から大分離れた場所に指定されている、ヤナギランの花がある場所へと機体を近づけていく。

 

「そういえばアヤノさん」

「何かしら、ユーナ」

「アヤノさんのガンプラってなんでそんなボロボロの布? 着てるんですか?」

 

 ユーナは相変わらずどこか脳天気な色を浮かべる桜色の瞳に疑問符を浮かべて、アヤノが操る、クロスボーンガンダムX0をベースにしつつもその配色をクロスボーンガンダムX3に近づけた、【クロスボーンガンダムXP】が纏っているABC──アンチ・ビーム・コートマントを指してそう問いかけた。

 恐らくユーナはガンダム作品にそう明るい方ではないのだろう。

 今では各種媒体によって「機動戦士クロスボーンガンダム」シリーズの知名度も上がってきたものの、初出が昔の漫画ということもあって、触れるのには中々ハードルが高いという事情がある。

 

「……これは便利だからよ、その理由は多分すぐにわかるわ」

「布が便利なんですか!? 帰ったら私もこの子に着せてあげよっかなぁ……」

「……貴女のそういうところは見習いたいわね」

 

 何かが百八十度反転して前を向いているようなユーナの姿勢に呆れ半分感心半分といった風情でアヤノは嘆息しつつ、ABCマントの隙間から覗かせたバタフライ・バスターBの銃口から、追跡してくるシーカーに向けて容赦なくビームを浴びせかけていく。

 ヴァルガは確かに初心者にとっては紛れもない地獄だろう。

 だが、実際のところこの蠱毒の壺を狩場にしている中堅クラスのダイバーたちから見て、初心者は鴨がネギを背負ってきてくれたような存在なのかと問われれば、そんなことはなかったりするのだ。

 基本的にヴァルガを真っ当な狩場として利用しているダイバーたちは、獲得できるダイバーポイント──自身のランクを変動させるための数字を稼ぎたがる傾向にあり、格下を倒したとしても、ランクの開きが大きければ大きいほど得られるポイントが少ないという調整が施されている都合上、初心者がヴァルガに迷い込んで倒されるケースは、物のついでであることが多い。

 例えばさっきのように、乱戦エリアにダインスレイヴやマルチランチャーパックから発射する核ミサイルのような範囲攻撃に巻き込まれて蒸発したりだとか、たまたま近くにいて邪魔だったからだとか、そういう理由でしか基本的に初心者は攻撃されない。

 ──そう、基本的には。

 ヴァルガの傾向を見抜き、三分を超えてアヤノたちが生存できていたのはそういう事情やビギナーズラックに助けられていた向きもあるが、それでもシーカーやアサシンの多くを屠れたのはアヤノが淡々とその牙を研ぎ澄まして、GBNへとやってきたからだ。

 一方でユーナのアリスバーニングガンダムは、一切の射撃武器を持っていないためにアヤノがあえて囮になった時に敵の背後からパンチやキックといった徒手空拳でちょっとだけキルスコアを稼いでいたものの、それにしたって片手の指で数えられるほどしかない。

 とはいっても、初心者であれば十分すぎるほどの戦果であることには違いなく、そして、このヴァルガにおいて異端であるということは、更なる災厄を招くことに等しいのだと、この時アヤノは気付いていなかったのである。

 

「……何かの音……? 聞こえる、でも……」

「あっ、アヤノさん! あれですっ、あれ!」

『ヒャッハー!』

 

 その後も着実に乱戦エリアを避けて、時には自分たちへのヘイトを他人に擦り付けながら、着実にアヤノたちはヤナギランが咲いている、南部・穀倉地帯跡へとその歩を進めていたはずだった。

 だが、ビギナーズラックというのはいつまでも続いてくれるものではなく、そして何事にも例外というものは存在している。

 彼方から耳障りな重低音と歓声を上げて大量に突撃してくる、二輪型のサポートメカに搭乗している全身からスパイクやらリベットを生やした世紀末なカスタマイズが施されたガンプラたち。

 レーダーを見れば、敵が九分に味方が一分にも満たないといった惨状がそこには照らし出されている。

 何事にも例外は存在する──その通りに今、アヤノとユーナを付け狙っている集団は完全に初心者である二人をターゲットとした、初心者狩りの集団にして、ヴァルガにおける嫌な名物ランキングがあればそこそこ上位に食い込んでいることは間違いないであろう集団、ダイバーネーム「モヒー・カーン」が率いる一団だった。

 フォースとしてつるんでいる訳ではないために彼らを指す名前はないものの、概ね「モヒカン」といえば通じる世紀末集団は、その外見に恥じることなく弱者を数で圧殺するのが日課のようなものだ。

 彼らが何故初心者狩りにここまで命をかけているのかはわからないしわかりたくもないものの、それはそれとして絶対的に自分たちが不利な状況にある、というのはさしものユーナも理解していた。

 

「ど、どうしよう……これ……」

「敵は……大体三十、正直なところ詰んでるわね……」

『ヒャア! つまりはそういうこった! 活きは悪りいが諦めのいいカモは嫌いじゃあねぇぜ!』

 

 アヤノがぽつりと零した戦況分析を気に入ったのか、カーンは残っている三十の部下を一斉にけしかけるように、ジャイアントヒートホークを掲げて突撃陣形を指示する。

 

『恨みはねえがボスの命令なんでな!』

『ヒャッハー! 初心者は消毒だー!』

 

 二輪型のサポートメカに搭乗しているガンプラたちは概ね原形がわからなくなるほどにスパイクやらリベットやらが生やされたカスタマイズが施されているものの、その傾向としては第一次ネオ・ジオン戦争期に使われていた機体を原型にしているものが多い。

 ナックルバスターやビームライフル、メガ粒子砲といった弾幕砲火が、カーンが言った通りに、諦めてユーナの盾となるが如く一歩前に踏み出した、アヤノのクロスボーンガンダムXPに向けて一斉に降り注ぐ。

 

「……ご、ごめんなさい……ごめんなさい、アヤノさん……わたしの、わ、わたしが、バカなせいで……っ……!」

 

 先ほどまでは底抜けの明るさを見せていたのが信じられないほど、絶望に打ちひしがれてぽろぽろと桜色の瞳から涙を零しながら、ユーナは嗚咽混じりの謝罪をアヤノに向けて繰り返す。

 そうだ。全ては自分がバカで、無知で、どうしようもないから、こんな。

 ごめんなさい、と繰り返すユーナに対して、アヤノはただ沈黙を保っていた。

 きっと怒っているのだろう。だって自分はバカだから、自分がバカなばっかりに、アヤノさんを巻き込んでしまったから──

 操縦桿から手を離して、ユーナが嗚咽に喘いでいたその時だった。

 

「言ったでしょう、ユーナ」

「ぐすっ……ふえ……っ……!?」

「……これは、便利だって!」

 

 アヤノは吼えると同時に、機体の全身を覆っていたABCマントを脱ぎ捨てると、押し寄せてくる光の奔流を全て明後日の方向へと逸らしていく。

 カーンと、ユーナにはアヤノが諦めにただ口をつぐんでいたかのように見えたかもしれない。

 だが、アヤノは最初から諦めたつもりなどどこにもなかった。

 ただ、その一瞬を、好機を伺っていただけのことだ。

 脱ぎ捨てたABCマントは、突撃してきた集団の中心──モヒカンたちの寄り合いの中では副隊長的なポジションに収まっている男、ドライセンを駆る「モッヒー」のメインモニターへと絡みつき、その視界を奪う。

 

『ヒャハッ!? な、なんだこいつァー!?』

「ABCマントよ、そして、これが私の……!」

 

 その瞬間、確かにユーナはそのガンダムが怒りに燃えるのを見た。

 物静かなアヤノに代わってその怒りを、狩られるのはお前たちの側だとばかりに、剣の切っ先を突きつけるかのように、フェイスオープンによって強制排熱を行いながら姿を現したクロスボーンガンダムXPのバックパックから展開されていたのは、果たしてV2ガンダムが備えていたミノフスキー・ドライブから展開される「光の翼」だった。

 クロスボーンガンダムXP──クロス・ファントム。

 かつて憧れたあの剣士のように、剣だけをその武器にするのではなく、バタフライ・バスターBという剣にも銃にもなる複合兵装を二挺備え、光の翼による機動力と殲滅力を売りにしたそのガンプラは、ずっとアヤノが研ぎ澄ませ続けていた一振りの刃だった。

 かつて、憧れを失って登るべき舞台をも失い、憧れの残滓と共に彷徨い続けてきた亡霊は、産声を上げるかのように咆哮を果たす。

 そして、両方の銃身をぶつけ合うことで二つに折り畳んだその折り目からビーム刃を発振させたアヤノは、慣れ親しんだ構えを取って、統率を失ったモヒカンたちを、その装甲の隙間──関節部とコックピットを的確に狙った斬撃によって、瞬く間に斬り伏せていく。

 

『な、なんだ……何が、起こってやがるんだァ……!?』

 

 ようやくABCマントを振り払ったモッヒーと、彼の後ろで指示を待っていた部下たちが見たものは、先行した十五のガンプラが、ザンバーモードに変形したバタフライ・バスターBによって斬り伏せられてテクスチャの塵へと還っていく姿だった。

 

「さあ……反撃開始といくわよ、ユーナ……!」

 

 かつて夢見た、憧れの舞台に登ることはなかった。

 今登らされているのは、望んでもいない地獄の一丁目だ。

 それでも──それでも、このクロスボーンガンダムXPは、この瞬間を待ちわびていたのだ。

 歓喜に震えるように、そして喜悦が解き放たれたように、放熱のために牙を剥くガンダムの顔が、ユーナの瞳の中で、獰猛な笑顔を浮かべるアヤノと重なり合う。

 見えなくともわかる。

 この時確かに、反撃の狼煙は打ち上げられたのだった。




アヤノ、キレた──!

【クロスボーンガンダムXP】……アヤノがGPDで使用するべく幼い頃から積み上げたきた技術の結晶として完成させたガンプラ。クロスボーンガンダムX0をベースにしていながらもアンテナはX1、背部のミノフスキードライブはV2ガンダム、そしてアンテナが黄色い以外配色はX3に近いと後期宇宙世紀をごった煮にしたようなガンプラ。


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第四話「ユーナは勇気で勇者になるか」

アホの子が頑張るので初投稿です。


 どうにもこのGBNというのは、操縦桿型のコントローラを採用していながらもある程度の思考アシストによって動きを補助してくれるタイプのゲームらしい。

 モヒー・カーンが率いる世紀末なガンプラ軍団のうち、瞬く間に十五という数を蹴散らしたアヤノは油断することなく、ザンバーモードに変形させたバタフライ・バスターBを、実家の道場でそうしていたように幼い頃から手解きを受けてきた剣術の型を体現するように構え直す。

 アヤノは武道とクソゲーの経験こそあっても、GBNにおいては後ろでさっきまで元気を振りまいていたのが別人のように怯えているユーナと同様の素人であることに違いはない。

 それでも、十五という決して少なくない数を屠ることができたのは、奇襲の優位性と、そして相手の慢心を何よりもアヤノが理解していたからだ。

 まずサブリーダーを務めているモッヒーの視界を奪って後続への命令を絶って、我先にと連携をとることもなく先行してきた血気盛んな連中をなます斬りにする。

 そこまではアヤノの想定通りであり、何も問題はないのだが、問題があるとすればここから先になるだろう。

 

『てめェ、このアマ……よくもやってくれやがったなァ!』

「……」

『リーダー! こいつを殺っちまいてェんですが、構いませんね!』

『おうともよ、元GPD勢ってとこか? とはいえ所詮はお嬢ちゃんだ、油断すんじゃねェぞ!』

 

 モッヒーはまだ屈辱から怒りが治らない様子だが、背後に控えているカーンは戦況を俯瞰していたこともあって流石に冷静だ。

 やっている行為は初心者狩りと最低なことずくめだとしても、このハードコアディメンション・ヴァルガにおいて一日の長があるのは、このディメンションが無法地帯である所以とそのメリットとデメリットを知り尽くしているのはカーンたちだということに間違いはない。

 カーンたちのビルド構築は、基本的に火力と生存性に特化したもので、全身から生えているスパイクは趣味だとしても、リベットの類は増加装甲を固定した設定のために打ち込まれたものだ。

 ベース機に第一次ネオ・ジオン戦争期のアクシズ側勢力の機体を選んでいることも含め、それはこのハードコアディメンション・ヴァルガという場所を生き抜くにあたっての一つの回答例だといえる。

 本人はカーンたちと混同されたことを知れば怒り狂うのだろうが、かつて「リビルドガールズ」のアキノがこのヴァルガにおいて「初心者狩り狩り」を行っていた時から使用している【ミネルヴァガンダム】も、基本的には装甲やフィールドの類で攻撃を耐えて相手の隙を誘い出すタンク構築であるように、この場所での長時間活動を見据えるのならば、よほどの上級者でなければその構築は回避盾か正統派盾かの違いはあれどタンクに収斂されるといってもいい。

 つまり、アヤノが十五の重装甲機を屠れたのは奇襲が極めて優位に働いたからであって、真正面から打ち合うとなれば分が悪いということでもある。

 

「あ、ああ……っ、アヤノさん、わたし……っ……」

「大丈夫よ、ユーナ。私が……なんとか切り抜けてみせる」

 

 正直なところ、アヤノからすればそこまでユーナに加担してやる義理はないし、このGBNにおいてのデスペナルティは基本的に、損傷度合いに応じて機体の再出撃まで時間を必要とするぐらいであり、それはアイテムロストなどを含めた各種VRMMOと比べれば極めて緩いものだ。

 だが──どういうわけか、ぽろぽろと涙をこぼしているこの桜色娘を見ていると、何がなんでもこのモヒカン共を蹴散らして、あのミノタウロスを焼肉の刑に処さねばならないという気概が湧いてくる。

 それがどういう感情であるのか、アヤノはまだその名前を知らない。

 だが、名前は知らなくとも情動は身体を突き動かすエネルギーとなって、アヤノを疾駆させていた。

 

『速いぞォ!?』

『バッキャロー、光の翼ってのは……』

「遅い……っ!」

 

 そして奇襲の優位性という手札をアヤノが切ってしまった今、残されているアドバンテージは、クロスボーンガンダムXPが有する「光の翼」による機動力だけだといってもいいだろう。

 音を置き去りにするかのような勢いで振り抜かれたザンバーモードのバタフライ・バスターBは的確に、重装甲を売りにしているモヒカンカスタムの関節部という、唯一補強が行き届いていない部分を切り刻み、そのバランスを失った側からアヤノはコックピットへとそのビーム刃を突き立てていく。

 一条二刀流。幼い頃はひたすらあの異国のサムライと渡り合うために磨いてきた技術であったが、こんな場所で役立つことになるとは、人生何があるかわかったものではない。

 クロスボーンガンダムXPの近接火力を警戒してじりじりと、モヒカンたちが距離を取り始めたのを見るなり、アヤノは腰部に仕込まれているギミック──シザー・アンカーの先端にザンバーモードのバタフライ・バスターBを固定すると、今度は一転してそれを鞭のように振るい、薙ぎ払った。

 

『こ、こいつ……本当に初心者なのかよォ!?』

『GPD勢かもしれないって言ったんだろ! クソ、サ終と一緒に埋もれておけばよかったものを……!』

「……ええ、そのつもりだったわ。なんの因果か墓から引き摺り出されて、こんな場所で戦わされているけれど」

 

 元々アヤノは、憧れを失ったこととGPDの衰退というダブルパンチを受けて、幽鬼のように放課後の時間を持て余していてかつ、未練が邪魔して部活にも身が入らないという不健全極まりない状態だったのだ。

 それを、自分の中で眠れる牙を再び呼び起こしてくれたのが機械音痴に定評のある兄の与一と、そして研ぎ澄ませてくれたのがこのハードコアディメンション・ヴァルガという極限環境であったというだけの話である。

 強いていうなら、アヤノの運が悪かったように、カーンたちもまた運が悪かった。

 長年燻っていた闘志の薪に配られた火は炎となって消えることなく、奇襲の優位性を失って尚、ブランド・マーカーを利用して光の翼をビームマントのように利用するなど、徹底的に後期宇宙世紀における戦い方をリスペクトしたアヤノの戦術の前に、カーンたちは、そしてモッヒーたちはただただ圧倒されている。

 だが、ここで黙って初心者に狩られていたのでは、初心者狩りの名が廃るといったところなのだろう。

 外道であったとしても、やっていることは極めて悪辣で下らないものだとしても、信念や矜持といった類のものはカーンたちもまた持ち合わせている。

 

『いけねェ……いけねェなあ、お嬢ちゃんたち……大の大人をキレさせたらよォ、どうなるかぐらい、わかってんだよなァ?』

「大の大人は初心者を囲んで殴るような真似はしないと思う」

『うるせェ! とにかくいいか、いつも通りにやりゃいいんだ! クロスボーンの女は厄介だが、そこで泣いてるピンク色は絶好のカモに違いねェだろ、お前らァ!』

 

 カーンの鶴の一声によって、残存していた十二機のモヒカンカスタムは鬨の声を上げると、ぐるりとアヤノたちを取り囲んで、その輪の中に押し込めて圧殺しようと、じわり、じわりと近づいてくる。

 残存している部下をまとめ上げ、カーンは全方位からアヤノたちを囲むことによっての圧殺を試みたようだった。

 その機転が効く辺りは流石に場数を踏んでいるということなのだろう。

 小さく舌打ちをして、アヤノはなんとかユーナを守ったまま前線を突破できる手段がないかと模索するが──正直なところ、それは絶望的だった。

 よく見れば、モヒカンカスタムたちはここに来る前もなんらかの戦闘に巻き込まれたのか、所々が破損しているために、一体一体であればそこを突くことで対処すること自体はなんとか可能かもしれなかったが、それが十二となって、一気に連携を取って襲いかかってこられたのではどうしようもない。

 はっきりいって、この状況は詰みだ。

 そうでないとしても、限りなくチェック・メイトに近いものだ。

 アヤノはこめかみにじわり、と嫌な汗が滲むのを感じながらも、操縦桿を手放すことはせずに、なんとかこの状況を打破する方法がないかと、今も暗中を模索し続けている。

 それだというのに、自分は蹲って泣いていてばかりで。

 ユーナはごしごしと目を擦ると、すー、はー、と深く呼吸を整えて、きりっと唇を真一文字に引き結んだ。

 自分にできることがあるとすれば、それはなんだ。

 このアリスバーニングガンダムは、一切の射撃武器を持っていない。

 それには様々な事情が絡んでいるのだが、とにかくその恩恵もあって、単純な機動力だけでいえばアヤノのクロスボーンガンダムXPに迫るものがあるといってもいい。

 そして、特段武道の心得があるわけではないにしろ、格闘戦特化として調整されているアリスバーニングガンダムの拳には絶大な破壊力が秘められていて、ともすればあのモヒカンカスタムの装甲を、真正面から打ち破れる可能性だって存在している。

 ぎぎ、と関節を軋ませながら立ち上がると、ユーナは浮かんでくる涙を拭いながら、アヤノへと通信回線を開いて問いかける。

 

「アヤノさん!」

「ユーナ?」

「わたし、バカだから……何すればいいか、わかんないんです! で、でも……でも! アヤノさんはわかるんですよね!? わ、わたしに……わたしにすべきことって、わたしがしなきゃいけないことってなんですか!? 教えてください……っ!」

 

 所々に嗚咽が混じりながらも、はっきりと問いを投げかけたユーナの瞳は真剣そのもので、アヤノはその剣幕に少しだけ気圧されながらも、蹲って泣いているだけでは終わらなかった彼女に少し感心する。

 本当なら、泣いているだけで終わったとしても責められないような状況だ。

 いきなり縁もゆかりもないダイバーたちから狙いの的にされるようなディメンションに放り込まれて、ガラの悪いダイバーたちに囲まれたとあっては、怖くて仕方がないと震えるのも無理はない。

 それでも、ユーナは今でも操縦桿を握る手をがたがたと震わせながらも、確かにその勇気でもって、機体を立ち上がらせていた。

 

「ユーナ」

「ぐすっ……は、はいっ!」

「……私は囮よ。相手の攻撃は引き受ける。その間に……貴女の拳をあのモッヒーという男に叩き込んで。きっと、貴女と貴女のガンプラなら、それができる」

 

 アヤノの舌先から滑り出した言葉は、お世辞でもなんでもない。

 ヴァルガでの逃避行をしている間に、ただの徒手空拳でアリスバーニングガンダムが敵のシーカーやアサシンのコックピットをぶち抜いている光景を見届けていたからこそ、一縷の望みに賭けた、いうなればユーナの勇気に勝利への希望を託した決断を下したのだ。

 とにかく、今チャンスがあるとするなら、サブリーダーというポジションにありながらも、モッヒーが頭に血を昇らせていることだろう。

 その分カーンの方は幾分か冷静だったものの、部下を片付けることができたのであれば、まだ勝ち目はあるかもしれない、というのがアヤノの見立てであった。

 武士道をとことんまで侮辱した、あの幕末という名のクソゲーに恨みがないとはいわないが、それでも使えるものは使え、と、相手を殺すためであれば手段を厭っていては三流未満だと教えてくれたのは得難い経験だったといってもいいだろう。

 アヤノは腰部のマウントラッチから、本来はアタッチメントとしてバタフライ・バスターBの銃口に接続するための特殊弾を手に取ると、それをカーンの機体に向けて投げつける。

 

『ヒャア! 何かと思えば破れかぶれか! 活きが悪りい獲物かと思いきや、そんなことは──ッ!?』

「私は珍しく頭に来ている」

 

 士道を掲げてゲームに臨むということそのものが馬鹿馬鹿しい、という考えは多少であってもアヤノにも理解できるところはあった。

 幕末の地獄に荒れ狂っていた頃は中学時代だったからその線引きが出来ずに怒りに打ち震えていたものの、高校生ともなれば熱も冷めて、次第に「ああ、そういうものなのか」という諦めが顔を出し始めてくる。

 だからこそ、あの焼肉みたいなダイバーネームのミノタウロスに嵌められたことそのものも、そしてそれを疑いもせずに嬉々として死地に乗り込んでいったユーナに思うところがあったとしても、それらは全て忘却の彼方に押し流されていったのだが。

 ──ユーナは、自分よりもきっと勇気がある。

 諦めたくない、という思いが芽生えていたのは、ここから反撃開始だ、なんて柄にもない言葉が舌先から滑り出していたのはきっと、隣に彼女がいてくれたからなのかもしれない──モヒカンカスタムが施されたズサが放つ無数のミサイルを回避して、その上半身と下半身を泣き別れさせると、部下を失って尚悠然と佇むカーンを一瞥し、アヤノは再びその黒曜石の瞳に闘志を滾らせる。

 自分が今戦えているのは、GPDへの憧れとそのために積み重ねてきた研鑽があったからだ。

 GBNに対する想いなんて、兄への義理以外はないに等しい。

 それでも、ユーナは全力で、そして全身全霊でこの世界を楽しもうとしていたからこそ、あのミノタウロスが落ち込んでいるところを見かねてこのミッションを受注したのだろう。

 アヤノは、放り投げたアタッチメント弾をカーンの機体にぶつけるのではなく、空中で射抜いていた。

 その正体はなんということもない。

 ただの目眩し──フラッシュ・グレネードだ。

 単純な猫騙し。だからこそ、いつだって誰だって引っかかりやすいそれは、頭に血が上っているモヒカンたちには極めて効果的に作用した。

 

「今よ、ユーナ!」

「おおおおおっ! 炎……パーンチっ!!!」

 

 カミキバーニングガンダムをベースとしたユーナの愛機は恐れを踏み倒すかのように勇壮な叫びを上げると共に、その拳へと炎を灯して、フラッシュ・グレネードの起爆によって視界を奪われていたモッヒーのドライセン、そのコックピットを正確にぶち抜いていた。

 

『な、なんだと……なん……だとォ……!?』

「はあ、っ、はあっ……は、あっ……」

「よくやったわ、ユーナ……これで、終わりにする!」

『クソ、目眩しとはこすい真似してくれてんじゃ──』

「初心者狩りに言われたくない!」

 

 そして、視界を奪われていたのはカーンもまた同様だった。

 足を止めていたその一瞬を見逃さず、手にしていたバタフライ・バスターBを放り投げると、アヤノは腕部に備えられたビームシールド発生器を展開し、ブランド・マーカーの刃に光の翼を纏わせる。

 いうなれば、偽炎パンチといったところだろうか。

 ユーナが見せた勇気に応えるように、ミノフスキー・ドライブの余剰出力が織りなす翼を刃として纏ったその拳撃は、確かにカーンのザクⅢ──を原型としたモヒカンカスタムのコックピットを穿ち、貫き通していた。

 例え偽物であったとしても、どんなに邪道であったとしても、奴より早く、何より速く敵を貫き通せばそれが勝利への王道となる。

 

「……天誅!」

 

 要するに天がやれって言ったんだ、だから私は悪くない──そんな、天に座す神様が聞いたら怒り狂うようなジャーゴンでありスラングとしての宣言をアヤノが叫ぶと同時に、カーンの機体は解けて、テクスチャの塵へと帰っていく。

 

『リーダー!』

『お、お頭ァ!?』

 

 案の定、頭を潰してしまえば残されたモヒカンたちは狼狽するばかりで、行動を起こそうとしない。

 それは恐らく、カーンとモッヒーの指示による包囲殲滅以外の戦術を実行してこなかったツケだといってもいい。

 光の翼を展開したアヤノのクロスボーンガンダムXPは、ユーナのアリスバーニングガンダムの手を引いて、モヒカンたちが狼狽えている間に乱戦エリアを颯爽と離脱して、一応ミッションの目標地点となっている南部穀倉地帯跡地の一角へと、機体を全力でブーストさせた。

 

「何も、敵の全滅は勝利条件に入っていないわね」

「……す、すごい……凄いです、アヤノさん! わたしなんか、足引っ張ってばかりで……」

 

 そして、そこに一輪だけ咲いていたヤナギランを採取すると、勝利の余韻に浸るかのように呟いたアヤノに、ユーナはどこか申し訳なさげにもじもじと俯き、指先を合わせながらそんな言葉を口にする。

 きっと怒っているかもしれない。

 そんな、テストの成績が悪かった時の子供のように不安を抱くユーナに対して、アヤノは怒るでもなく、ただ静かに微笑みかけていた。

 

「いいえ、ユーナ。貴女がいてくれたからよ」

「えっと、わたし……ですか?」

「ええ、貴女のあの力がなければ、勇気がなければここには辿り着けなかった。なんていうと、ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど……それは本当よ」

 

 諦めることには慣れきっていた。

 そしてデスペナルティも軽いのであれば、わざわざ躍起になる必要性だってない。

 それでも、アヤノがこのミッションを最後までやり通そうとしたのは傍にユーナという、全力でこのゲームを楽しもうとしているお人好しでアホの子で──だけど、周りに元気を振りまいてくれる存在がいたからに他ならない。

 元気のGはなんとやら、と誰かが歌っていたように。

 視点を変えれば見えてくるものが違ってくるように、ユーナの姿勢は、良くも悪くもアヤノという一人のダイバーに、影響を及ぼしていたのだ。

 

「えへへ……ありがとうございますっ! もしそうなら、わたし、嬉しいですっ!」

 

 すっかり消沈していたユーナは眦に滲んだ涙を指先で拭いながら、花蕾が綻ぶような満面の笑みを通信ウィンドウ越しに浮かべてみせる。

 それでこそだ、というのには会った時間も喋った時間も足りないけれど、きっとそっちの方が彼女らしい。

 

【Mission Success!】

 

 無機質な機械音声がクリエイトミッションのクリアを告げて、仮想の躯体が解けてロビーへと再構築していく間、アヤノは声にこそ出さなかったものの、そんなことを考えていたのであった。




小さな勇気は、世界を変えるうねりとなって

【モヒー・カーン】……総勢八十にも及ぶ初心者狩りの軍団を束ねる親玉にして、ダイバーランクはDと冴えない位置にこそいるが、ヴァルガを長く根城にしていることもあってその悪評が止まることを知らない、一応は実力派のダイバー。本人は初心者狩りとモヒカンロールを楽しんでいるため気にしていないのがタチが悪い人物。


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第五話「元気のGは邂逅のG」

パンを食べてたら頬の裏を噛んだので初投稿です。


 詐欺ミッションを配布していたミノタウロスことダイバーネーム「キニヤク」から受注したクリエイトミッションを達成したアヤノとユーナは、げっそりと疲れた様子でロビーへの凱旋を果たしていた。

 あのミノタウロスは次に会った時は文字通り焼肉にしてやらなければならないだろう。

 初めてのGBNでいきなり鉄火場に放り込まれた恨みを込めながら、だけど初めての勝利を手にしたことに少しの心地よさと安堵を込めてアヤノが小さく溜息を吐き出していた、その時だった。

 

「往生際が悪いな、君も。見ていたダイバーを通じた運営班に通報が行き渡っている。大人しくするんだ」

「そうよぉ、抵抗したって何もいいことなんてないんだからぁ」

「う、うおおお!? 俺は悪くねえ、俺は悪くねええええ!?」

 

 ガタイのいい金髪の男性と、そして漢女(おとめ)に拘束されて何処かへと連れ去られようとしているそのミノタウロス当人の姿が、アヤノの視界に映り込む。

 運営班に通報が行った、という金髪の男性が発していた言葉から察するに、どうにも自ら初心者狩りに飛び込んでいくという奇行を果たしていたアヤノと、そしてユーナを見過ごせないという罪悪感からなのか義侠心からなのか、それとも別の何かからなのかは知らないが、とにかくそういう経緯でGMへと抗議のお手紙が届けられていたのだろう。

 そうなるとあのガタイのいい二人は運営班の誰かということになるのだろうか、と、ミノタウロスを軽々と肩に担いで、やたら艶かしい所作でロビーの奥へと歩き去っていく漢女という、色んな意味で濃い絵面にアヤノはどこか現実逃避気味にそんなことを考えていた最中だった。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」

「む、君は……?」

 

 だが、無謀にもその二人──極めて運営班に近い立ち位置にいるワールドランカーである「マギー」と、そして何年もこのGBNの頂点に君臨している男にしてチャンピオン当人である「クジョウ・キョウヤ」に向けて、その足を止めるように、ユーナが呼びかける。

 相変わらず勇気があるんだか無謀なんだかよくわからないユーナの突飛な行動に、思わずアヤノは唾を気道に詰まらせ、噴き出しかけてしまうものの、ユーナの潤んだ瞳を見るにあれは冗談でもなんでもなく本気で金髪の青年こと、キョウヤを止めようとしているのだろう。

 アヤノはまだ、ユーナが食ってかかった相手がチャンピオンと世界ランキング23位に位置する猛者であるということを知らないものの、それでも運営からの通報で動ける人材である、ということぐらいは流石に推察できる。

 そんな彼らがあのミノタウロスを担いで去っていこうとしたのだから、運営から配布していたクリエイトミッションに対してクロの判定が下されたということは間違いないだろう。

 なら、放っておけばそれでいいのにも関わらず、ユーナはどこか自分を責めるかのように、キョウヤたちへと食い下がっていく。

 

「そ、その人は悪くないんです! わたしが……わたしがバカだっただけで、でも、その人、ミッション受けてくれないって悩んでたみたいだから……あれ? えっと……何言おうとしてたんだっけ、わたし? と、とにかく待ってください! 報酬も受け取ってないんです!」

 

 相変わらず前のめりも前のめり、勢いだけで全てを決めているかの如くあわあわと両手を振り回しながら、キョウヤたちを止めようとしているユーナだったが、言っていることは残念ながらイマイチ要領を得ずに、彼らを困惑させる一方だ。

 やれやれ、という言葉は嫌いだし使いたくもないのだが、こうなってしまっては関係者である自分がだんまりを決め込んでいるというのもかえって心証が悪いだろう。

 アヤノはどこか諦めたように、ユーナへ「落ち着きなさい」と伝えると、必死にチャンピオンとマギーを止めようとしている彼女の一歩前へと踏み出て、何があったのかといった風情で黒尾を傾げながら、二人へと問いかける。

 

「ええと……私たち、その人からクリエイトミッションを受注していたんですけど、何かあったんですか?」

「ああうん、そうか、君たちが……うん。残念ながらその通りだ」

「このキニヤクって子、初心者を狙ってハードコアディメンション・ヴァルガ……無制限のフリーバトルが許可されてる、とってもとっても危険なところにアナタたちを飛ばした元凶なのよぉ、そしてそれが通報されたから、一応アタシたちが運営に突き出してるってわけ」

 

 ご丁寧に事情を説明してくれたマギーに頭を下げつつ、横目にユーナをちらりと一瞥すれば、何が何やらといった風情で頭上に疑問符を浮かべていたが、要するに自分たちが騙された、というより自分から騙されにいったのにも等しい場面を目撃されていて、それが運営班に伝わったからあのミノタウロスは連れ去られようとしているのだ。

 アヤノがそんな具合に耳打ちをすると、合点が行ったかのようにユーナはぽん、と右の拳で左の掌を打ち据える。

 

「なるほど! そういえばわたしたち、騙されちゃったんだ!」

「……最初からそう言ってたでしょう、もう」

 

 確かにあのモヒカン軍団との死闘で印象は薄れかけていたものの、元はといえばこのミノタウロスのせいで自分たちはマギーがいうところの超危険地帯にしてGBNの鉄火場と称されるあの地獄に飛び込まされていたのだ。

 そういう意味ではお礼参りをする前に連れていかれるというのは些か腑に落ちないところはアヤノにもあったものの、そもそもいかに自分たちが詐欺クリエイトミッションの被害に遭おうが、ダイバーにはダイバーに対して私刑を行う権限など与えられていない以上、彼を裁くのはどんな悪行が他に羅列されたとしても運営だけだ。

 

「え、えへへ……わたし、バカだから!」

「何の自慢にもならないわよ、もう……それで、その……事情は把握しましたけど、せめて報酬くらいは受け取れないでしょうか、一応クリアはしてきたので」

「ふむ……クリアしてきた? 君たちがあのヴァルガでのミッションを?」

「一応、ですけれど」

 

 モヒカン軍団との戦いは正直なところ相手の慢心と意表を突いた、武士道に則った戦い方をしたとは言い切れないし、内容だって敗北と紙一重のそれだったために、アヤノはあまり納得がいっていないのだが、それでもキョウヤが驚いたように首を傾げた通り、初心者がヴァルガの地獄を生き残って生還する、というのは珍しいどころの話ではない。

 目の前にいるアヤノとユーナという少女が、流星の如く現れた有望株なのか、それともただの、尋常ではないビギナーズラックの持ち主なのか、はたまた在野の英雄なのか、キョウヤには判断がつかないものの、それでもあの場所が運だけで生き残れるような場所でないことはわかっている。

 少し興味深げに頷くと、キョウヤは視線でマギーに合図をして、彼女が担ぎ上げていたミノタウロスを下ろしてやるようにそれとなく促した。

 

「た、助かった……ありがとうユーナちゃん、あんたは俺の恩人だぁ」

「何も助かってないわよ、アナタはこの子たちに報酬払ったら運営行きなんだから」

「そ、そんな殺生な……ただ俺はルールに則って初心者をカモにしてただけ……」

「その行為がGBNから人を遠ざけ、この世界を先細らせていく。それがわからないのなら、一度GMからペナルティをもらうといい。さて、彼女たちがミッションをクリアしたというのなら、規定の報酬は支払う猶予ぐらいは与えよう」

 

 それでも後ろ手を掴まれて拘束されているミノタウロスは、じたばたと抵抗を続けるも、チャンプの一睨みによって肩を竦め、大人しくコンソールを操作すると、報酬に設定されていた100BCという文字通りの端金をアヤノたちへと支払った。

 その後はマギーに担がれてロビーの奥に連れて行かれたため、彼がどうなったのかについては知りようもないし知ったところで何かがあるわけでもないからどうでもいいとしても、ペナルティが課されることには間違いがないのだろう。

 GBNの初心者であったとしても、一目でわかる端金を受け取りながらアヤノは明らかに苦労と見合っていないその金額に目頭を抑えて、天を仰いだ。

 おお、神よ。あなたはまだ寝ておられるのですか。

 何をヨシとして七日目に休息を取って以来目覚める気配のない神や、その隙間を縫って人々を弄ぶ乱数の女神様への呪詛を脳裏でぶちまけながらも、とりあえずはゼロだったストレージに加算されたその金額を見て、アヤノは小さく嘆息する。

 だが、ユーナの方はそうでもないみたいで、受け取った100BCがストレージに加算されたのを確認すると、何を買おうかな、といった具合にキラキラと目を輝かせて、初めての勝利とその報酬にすっかりご満悦といった風情だった。

 

「……貴女のその考え方は見習っていきたいわね」

「そうですか? えへへっ」

「褒められてはいないと思うが……まあいい、これで報酬は全額受け取ったのかな?」

「はい、一応」

「なら良かった……というわけではないね、これからは気をつけるんだ」

 

 最近はその数を減らしたとはいえ、初心者を付け狙う不逞な輩はまだまだGBNには数多く存在しているからね、とチャンピオンは付け加えて、二人に釘を刺すなり踵を返して去っていく。

 初心者狩りがいつの時代も絶えないというのは、いつも遊んでいたデジタルカードゲームが今年いっぱいでサービスを終了するという情報と合わせてキョウヤの心中に暗い影を落としていたが、それでも、あの二人が期待の新星であるかもしれないのは、彼にとっての朗報だった。

 

「アヤノ君とユーナ君だったか……いずれ、こちらの世界に来る日も近いのかもしれないな」

 

 たとえ初心者であったとしても、「三分の壁」をいきなり超えてヴァルガを生き抜いたとされているのは「リビルドガールズ」以来の話だろうか。

 最近では実力派フォースとして名を馳せている、ピンク色の髪の毛にアイドル風の衣装を纏った少女、「アイカ」が率いている四人組に想いを馳せて、チャンピオンは──キョウヤはふっ、と小さく笑ってみせる。

 確かに世の中には暗い影が絶えなくとも、いつだって明るいニュースというものは存在しているのだから。

 そんな具合に、なんだか一人で納得して去っていったキョウヤの姿にこの人も大概アレなのだろうか、と、大分失礼な考えを抱きながらも、全ては終わったことだと割り切って、今日はGBNからログアウトしようと決め込んでアヤノがコンソールを操作していたその時のことだった。

 

「あ、あのっ!」

「何、どうしたの? ユーナ」

「え、えっと……えへへ、その、良ければですけど、わたしとフレンドになってくれませんかっ!」

 

 ドジだし、バカだし、今日みたいに迷惑かけちゃうかもしれませんけど。

 浮かべた満開の笑顔とは正反対に、低空飛行する自己評価を高らかに叫びながら、ユーナはコンソールをぎこちない手つきで操作して、アヤノへとフレンド申請を飛ばした。

 ──なんだか、不思議な子だ。

 どこまでも底抜けに明るくて、脳天気で、なのにどこか憎めなくて。

 アヤノがログアウトのボタンにかけていた指は、自然と送りつけられてきたフレンド申請を承認するか否かというボタンへと伸ばされていた。

 正直なところ、ユーナに振り回されていて疲れなかったかといえば嘘になる。

 今でも両肩には鉛のような疲労感がのしかかっているし、早鐘を打つ心臓は落ち着いてくれる気配がない。

 それでも──それでも、ユーナの純朴な笑顔を見ていると、それも悪くなかったのではないかと、どこかでそんなことを考えてしまう自分がいることも、また確かなのだ。

 もしかしたら、一生日の目を見ることなく終わっていたかもしれない、今は最早その命脈が途絶えようとしているGPDの幽霊にして、銀の亡霊を基にした愛機──クロスボーンガンダムXPのデビュー戦を勝利で飾れたのは、ユーナがいてくれたからに他ならない。

 だからこそ、これはきっと偶然ではなく必然なのだろう。

 迷うことなく、ユーナからのフレンド申請を受け入れたアヤノは、同じようにコンソールをややぎこちなく操作して、ユーナへとフレンド申請を送り返す。

 

「わ……ありがとうございますっ、アヤノさん!」

「……いえ、私もありがとう。貴女がいなかったら、きっと生き残れなかったから」

「そうですか? えへへっ、でも、今日わたしが生き残れたのだってアヤノさんのおかげですよっ!」

 

 あのマント、わたしも今度あの子に装備させてあげようかなあ。

 そんな風に呑気なことを呟いて、にへら、と笑うユーナの表情を見ていると、なんだかこっちまで癒されてくるような気がして。

 胸の奥にこみ上げてくる、まだ名前のわからない、だけど確かな充足を与えてくれる感覚に身を任せながら、アヤノは現実へと解けて、「綾乃」へと還っていく。

 GBNというのは、存外に悪くないのかもしれない。

 教えてくれた与一と、そして初めてこの電子の海でできた友達に感謝を捧げながら、解けた意識は、今度はログインする時とは反対に、どこまでも上昇していくエレベーターに乗せられたかのような感覚とともに、綾乃は現実──ガンダムベースシーサイドベース店のゲームブースに帰還を果たすのだった。

 

「ふぅ……」

 

 ヘッドアップディスプレイを外して頭を振れば、ばさりと翻った黒髪から、微かに汗の滴が散っていく。

 どうやらそれほどまでに緊張していたらしい。

 綾乃は軽い目眩のような感覚を抱えながら、ダイバーギアからクロスボーンガンダムXPを回収して、梱包材が詰められたタッパーへと丁寧に梱包していく。

 そして、綾乃が筐体を出た時だった。

 

「あっ……!」

「う、わわ……っ、ごめんなさい、私、ボーッとしてて……」

 

 どうやら前が見えていなかったのか、何かに足を引っ掛けて綾乃は躓き、転んでしまう。

 その足を引っ掛けた何か、というのは、大きな車輪が二つ側面に付いたような座椅子──車椅子だった。

 ぺたーん、と、顔面を打ち据えながらもなんとかクロスボーンガンダムXPの詰まっているタッパーだけは守り通し、痛みに顔をしかめながら綾乃が身を起こしたその瞬間、自分のものではないガンプラが視界に飛び込んでくる。

 カミキバーニングガンダムをベースに、トライバーニングガンダムの意匠を組み込んで桜色の塗装が施されたそれは、確かに綾乃のガンプラではない。

 だが、確かに見覚えがあった。

 

「あっ、ごめんなさいっ! わたし、足引っ掛けちゃっただけじゃなく、ガンプラまで落としちゃって……」

 

 そして、耳朶に触れる声にも覚えがあったのは同じだ。

 そのガンプラを──アリスバーニングガンダムを手に取って、綾乃はゆっくりと立ち上がると、車椅子から床へと手を伸ばしていた、自分が着ているのと同じ制服を身に纏う少女に歩み寄って、小首を傾げながら問いかける。

 

「こちらこそごめんなさい。その……一つだけ聞きたいことがあるんだけど、いいかしら」

「ありがとうございますっ! はい、大丈夫ですけど、その……」

「貴女、もしかして『ユーナ』という名前でGBNにログインしたりしていないかしら?」

 

 どうしてわかったんですか、と、ばかりに少女は目を見開いて驚愕を露わにするが、綾乃がタッパーの中から梱包材をめくり上げて見せたクロスボーンガンダムXPの姿を確認すると、これ以上ないほどの驚きに表情を白黒させ、驚愕に声を震わせながら口を開く。

 

「えっとえっと、もしかして……『アヤノ』さんですか?」

「……ええ、そうよ。貴女は……『ユーナ』さんで間違いなさそうね」

 

 偶然にしたって、こんなのはあまりにできすぎている。

 乱数の女神様の気紛れがこの出会いを引き起こしたのか、それとも寝ている神様が見て見ぬふりをしているからこんなことになったのかはわからない。

 だが、あのアホの子にして初めてのフレンドは──ユーナの正体は、少なくとも綾乃と同じ学校に通っている生徒であることに、間違いはないようだった。




惹かれ合う現代っ子とアホの子


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第六話「明日、また」

スランプなので初投稿です。


「わたし優奈です、春日優奈! 元気だけが取り柄ですっ!」

 

 電脳世界で奇妙な出会いを果たした綾乃は「ユーナ」改め優奈と名乗った少女と、ゲームブースに隣接しているフードコート、G-Cafeに立ち寄ることになったのだが、そこでも優奈が口にした言葉は、GBNで出会った時と同じものだった。

 元気だけが取り柄、というのはなんだか長所を口にしているには引っ掛かりを覚える響きだが、優奈の制服──そのプリーツスカートにかけられたブランケットの隙間から覗く無機質な金属を見れば、その理由もなんとなくだが察することができる。

 しかし、そこに踏み込むだけの、踏み込むための資格を自分は持ち合わせていない。

 注文した「ジオン公国軍イメージの抹茶ラテ」を啜りながら綾乃は、そこに一抹の気まずさを感じて、小さく眉を潜める。

 

「……私は綾乃。一条綾乃よ。確か……」

「はいっ! わたしB組なんですっ、えへへ」

 

 自身がオーダーしていた、「エクストリームガンダム・エクセリア風ピーチネクター」なるやたらと長い商品名の桃ジュースを啜りながら、優奈は綾乃の問いにそう答える。

 

「……そう、私はA組だから」

 

 だからどう、ということもないのだが、綾乃と優奈は通う学校こそ同じでこそあったものの、クラスは別々だったというだけの話だ。

 綾乃の記憶力は悪い方ではないし、何より同じクラスに優奈がいたならGBNをやっている、ということもどこかから経由で聞こえてきたはずだろう。

 それに──あまり身体的な特徴を話題に挙げるのも躊躇われるべきなのだろうが、優奈が自分のクラスにいたのなら、専用の机が用意されているから、入学したばかりだとはいえそれを忘れろというのも難しい。

 袖擦りあうも他生の縁とはどこかの誰かが言っていた。

 だから、まあ、初めてのGBNでミッションに同席した相手とお茶を酌み交わすというのは割と変な流れではないと、綾乃はそう思ってはいるのだが、いざ話してみると意外に話題がない、というよりどんな話題を振っていいのかわからない、というのは困り物だ。

 無遠慮でいても、配慮をしすぎても、当人のためにならないというのは存外に難しいものだと、自分の人生においてそういう機会が巡ってこなかった、或いはそれを見て見ぬふりをしてきたことに、綾乃は一抹の罪悪感を覚える。

 どうしたものかと、どうするものかと悩んでいる内に、注文していた抹茶ラテの容器はいつの間にか空になっていて、ちらりと視線を向けてみれば、優奈はそんな綾乃の様子に気付いているのか気付いていないのか、にこにこと明るい笑顔を浮かべながらピーチネクターを啜っていた。

 

「春日さんは」

「優奈でいいですよ! え、えっと……一条さん!」

 

 何か適当にGBNで巻き込まれた騒動への労いでも話題にしようかと綾乃が呼びかけた瞬間に、その言葉を待っていたかの如く優奈は目を輝かせ、自分のことを下の名前で呼んでもいいと宣言する。

 ただ、彼女の口から滑り出てきた自分の呼び名が名字の方だったというそんな少しだけちぐはぐなところに、綾乃はしばらく目を白黒させると、くすりと小さく唇の端に三日月を描いていた。

 

「ふふ、何それ……まあいいわ、貴女がそれでいいなら」

「えっと……はい! えへへ、なんだか一条さんは一条さん、って感じですから……」

「……そんなに堅物に見える? まあ、いいけれど……それならせめて敬語はやめてほしいわね、一応同級生だから……」

 

 大人びて見える、とはよく言われることだし褒め言葉なのだろうが、それはそれとして年相応に見られない、というのは複雑なものがあるというのが乙女心というものだ。

 

「え、えっと! わかりました! じゃなくて、うん! 一条さん!」

「……貴女は素直なのね、ありがとう」

 

 とりあえず言われたから、というのもあるのだとしても、即座に切り替えて要望に応えようとする辺り、やはり優奈はいい子なのだろうと、綾乃はそう感じる。

 それがGBNではマイナスに働いてしまうのは悲しいことだとしても、ちゃんと明日の方向を向いて懸命に生きているというのは、きっと何でもかんでも早々に諦めを付けてしまう自分よりは健全なはずだ。

 

「……なんというか災難だったわね、初めてだったんでしょう? GBNは」

 

 そんな優奈に一角の敬意を払いながら、綾乃はそう問いかける。

 とはいえ初めてだったのは自分も同じだ。

 それがいきなり、自ら首を突っ込んだのだとはいえモヒカンの軍団に追いかけ回されることから始まるのは、不運だったといっていいのかもしれない。

 

「すごい! どうしてわかったの、一条さん?」

「……いえ、なんというか……」

「わたし、ずっとGBNやってみたかったんだけど、中々ダイバーギア買ってもらえなくて、でも高校に入った記念で買ってもらったんだ! えへへ」

 

 ごそごそと手提げのトートバッグから、綾乃と同じように、梱包材が詰められたタッパーと、その中に包まれたアリスバーニングガンダムとダイバーギアを取り出して、桜の花が綻ぶような笑顔を優奈は浮かべてみせる。

 察するに、よっぽど楽しみにしていたのだろう。

 それがモヒカンたちに追いかけ回される事態から始まるという辺り、他人の善意につけ込む連中は度し難いと綾乃は一抹の怒りを抱くも、優奈当人がさほど気にしてなさそうな笑顔を浮かべているのもあって、その感情は一旦引っ込めておくことを決め込む。

 しかし、こうしてまじまじと見つめてみると、優奈が作ったガンプラの出来栄えも相当なものだ。

 ハードコアディメンション・ヴァルガが上級者に向けて作られたディメンションであり、四方八方から弾幕砲火が飛び交う中で、綾乃に手を引かれながらも生き残っていたり、モヒカンカスタムに対して徒手空拳で対抗できていた辺り、特に装甲の堅牢さは特筆すべきところだろう。

 自分のクロスボーンガンダムXPはV2ガンダム譲りの機動性と、元々のクロスボーンガンダムが持っている奇襲に向いた性質と汎用性を突き詰めたもので、こうした特化型のビルドを組んで運用できる辺り、優奈も素質はある方だといって間違いないだろう。

 とはいえ、何か武術の嗜みがあるわけではなく、機体スペックに任せた我流であるというのは戦い方から察せられるが──実のところ、リアルで武道や武術の経験があるかどうかというのは、VRゲームにおいて然程重要なものではない。

 綾乃の場合は上手く噛み合ってくれていたものの、基本的にVRゲームに対する適性と、武道や武術といったリアルでのフィジカル面における適性は基本的には全く別物であり、リアルでは全く運動ができない人間が電脳空間では軽々とパルクールを決めてみせたり、或いはスポーツ万能で鳴らしている人間が全くといっていいほど思い描いた動きを実現できない、という事態は両方あり得るのだ。

 つまるところ我流だろうがなんだろうが、パンチとキックを相手に当てられて、相手からの攻撃を避けられるのであればこのGBNを遊ぶことに支障はない、ということである。

 そういう意味では、優奈はこのゲームに「向いて」いるのだろう。

 注文したピーチネクターを飲み終えて、ほっこりした表情をしている優奈を一瞥すると、綾乃はお冷に突っ込んだストローから包み紙に水滴を垂らして、蠕動のような動きをさせることで手持ち無沙汰な右手を慰める。

 

「それは……良かったわね、私も兄に買ってもらったのだけれど、どうすればいいのか正直迷っていたから」

 

 綾乃がGBNを始めた理由の中に、まだ見ぬ電脳世界に存在する剣豪たちがいる、という憧れが含まれていることは確かだが、それでも理由の大部分を占めているのは、兄から貰ったダイバーギアであったり厚意だったりを無碍にしたくないという、どちらかといえば後ろ向きな理由がほとんどだ。

 

「そうなんだ……でも、楽しかったよね、GBN!」

「楽しかった……それは、そうかもしれないわね」

「わぁ、やっぱり! 騙されちゃったのはちょっとだけ悲しいけど、わたし、あの世界で頑張りたい、って思ったから! えへへ」

「……強いのね、優奈は」

 

 初心者狩りが許されざる行為だとされているのは、大局的にはコンテンツの衰退を招くから、というのが定説であるが、一番の問題は狩られた側の心にトラウマを植え付けるから、というところにあるといっていい。

 いかにボコボコにされようと、執拗に狙われようと、心を強く保てる者こそが這い上がれる、というのは遥か昔の論理であって、今ではいかに初心者を育てていくかが重要だとされている論調が主流になっているのは、喜ばしいことなのだろう。

 だとして、世に悪党の種は尽きまじと辞世の句を遺した大泥棒がいたように、綾乃たちが遭遇した悪党たちは嬉々としてそんなことを楽しんでいるのだから全く度し難い。

 それでも、優奈が心を強く保ってGBNを楽しめているというのは喜ばしいこと……と、いうほど深い間柄であるわけでもないのだが、どちらかというと早くも疲れを感じていた綾乃と違って、それでも「楽しみ」だと言ってのけた彼女に、少しばかり羨ましさを感じているのだろう。

 自分の中に生まれた不可解な感情と、そして優奈と言葉を交わす度に増幅されていくその想いに綾乃は小首を傾げながらも、確かにそう呟いていた。

 

「そんなことないよー……わたし、一条さんがいなかったら多分心折れちゃってた! でも、ほら、その……元気だけがわたしの取り柄だから! だから一条さんと一緒に頑張りたいな、って……あれ? わたし、何言って……」

 

 強い、という言葉を否定するようにわたわたと身振り手振りを交えて優奈はそんな弁解を捲し立てる優奈の様子に、少し切羽詰まったようなものを感じながらも、彼女が呟いていた「自分と一緒なら」という言葉に、どこか惹きつけられるような思いを抱く。

 GBNをやっているクラスメイトなら、調べればすぐに当たりは付けられることだろう。

 それでも、優奈と一緒にあの仮想世界を駆け巡る。

 その提案は、案外悪いものじゃないのだろう。

 明るく、まるで窓辺から差し込む木漏れ日のような笑顔を浮かべている優奈の笑顔は人好きのするもので、きっと自分もそれに絆されてしまったのだろう。

 ドッタンバッタンと大騒ぎだった珍道中を振り返って苦笑しながらも、綾乃は確かに微笑みを浮かべて、優奈へと手を差し伸べる。

 

「私でいいの? 自分でいうのもなんだけれど、私、愛想ないし、なんでもかんでもすぐに諦めちゃう方だけど」

「そんなことない! 一条さんはわたしなんかより強い人だから……その、だから一緒にGBN、やってもらえますか?」

「……また敬語になってるわよ。ええ、私で良ければいつでも」

「えへへ、ごめんなさい……でも、ありがとう!」

 

 きゅっ、と差し伸べてきた手で柔らかく綾乃のそれを包み込んで、優奈は綾乃に負けないようにと満開の笑顔をいっぱいに浮かべて、お礼の言葉と共に、そんな小さな約束を交わす。

 夢はないけれど、憧れがあった。

 そしてその憧れもどこか遠くに消えてしまいそうになっている今、確かに結び合った誓い、というのには稚拙で、簡単なものだけれど、明日に向けた約束が今確かにここにある。

 それは綾乃の心に淡く灯った焔のようなものだった。

 行く先のわからない明日を、足元だけでも、朧気にでも、確かに照らしてくれるその約束は、少なくとも明日またこの場所を訪れてGBNを遊ぶかどうか迷っていた綾乃に、一つの道を指し示してくれたのだ。

 それはきっと得難いもので、またいつものように、目的もなく木剣を振り回すような日々に戻るよりは、きっと遥かに意味や、意義があるもので。

 じわりと鼻先に塩辛さのようなものが込み上げてくるのを感じながらも綾乃はそれを振り切って、財布の中から会計分の代金を取り出しながら静かに立ち上がる。

 窓から覗く埠頭は人工の星々に彩られていて、春を迎えたというのに夜の帳が降りきっているその光景の美しさに、一瞬目を奪われかかるものの、それは学生たちにとっては「家に帰ろう」と促すサインのようなものでもあった。

 ──長い、長い冬だった。

 

「行きましょう、優奈。良ければ途中まで送っていくけど……家の方向、どっちかしら」

「ありがとう! えっとえっと……なんだったっけ……」

 

 自分の住所が思い出せないというありふれたトラブルに躓きながらも、優奈は制服の懐から生徒手帳を取り出して、綾乃にプロフィールが記されている欄を掲げてみせる。

 奇妙な縁というのはどうにも続くものなのだろう。

 綾乃と優奈の家は反対方向にあったものの、同じ駅から電車に乗って帰らなければいけない、というのは同じだった。

 そんな些細な共通項に、優奈はまるで天からの贈り物を得たかのように微笑んで喜びを露わにして、綾乃もまた口元に小さく笑みを浮かべてみせる。

 

「ありがとうございました、またお越しください」

 

 店員からの挨拶を背に、綾乃は優奈が座っている車椅子の背部から伸びる合成樹脂のグリップに手をかけて、ゆっくりと、来た道とは違う重さがその手に、身体にのしかかっていることを確かめるように歩き出した。

 季節はすっかり春を迎えた、とは言い難く、太陽が沈んでからの外は、その隣にある冬の名残を手放してはいない。

 吹き抜ける冷たい夜風に頬を撫でられながらも、綾乃は優奈の車椅子を押して、駅のある方向へと歩みを進める。

 

「その、一条さん」

「どうしたの、優奈?」

 

 そんな道中で、どこか不安さを残したような声で、優奈は綾乃の名前を呼んだ。

 夜の暗がりがそうさせるのか、或いは違う何かがあるのかはわからない。

 だが──どこか切実さを含んでいるその声に、綾乃は少し戸惑いながらも、小首を傾げてその名前を呼び返す。

 

「えっと……その、また明日、一緒に帰ってくれますか?」

「……ええ、大丈夫よ、優奈」

「えへへ……ありがとうございますっ」

 

 きっと優奈も、何かを抱えてあの電脳世界に足を踏み入れて、そしてこのままならない現実を彷徨っているのだろう。

 今日という時間は何もしなくても削れて、磨耗して、いつの間にか他愛なく昨日へと変わっていく中で、明日の行先も見えない中で、どうしようもなくもがいているのはきっと誰もが変わらない。

 だから、人はこんな風に約束を交わすのだろう。

 そうすれば、少なくとも明日までは──たった一日であったとしても、不透明で揮発していく、いつの間にか今日へと、そしてそのまま昨日へと変わっていく時間に、自分たちの足跡を刻むことをできる。

 そしてそんなネガティブな考えを、優奈が抱いているかどうかはわからないが、少なくとも明日が来てほしくないと願うまではいかないとしても、明日に何かの不安を覚えているのなら、せめてそう答えを返すことぐらいは、自分にもできるはずだから。

 季節が狂って、まだ冬を手放さない風に飛ばされてしまわないように、或いは約束が確かなものだと証明するように、綾乃は巻いていたマフラーを、優奈の首元へとそっと巻きつけていく。

 

「えっと、一条さん?」

「……嫌なら、脱いでもいいわ。ただ、その……また明日、これを返しに来てくれるだけでも、私は構わないから」

「……一条さん……ううん、嫌じゃないですっ! それじゃ、また……明日っ!」

 

 振り向いてはにかむ優奈の瞳には、確かに春が芽吹いていた。

 首元と同じように、別れていくのはなんだか少しだけ寂しいけれど。

 それでも明日、また会える。

 到着した最寄りの駅で、駅員の介助を受けながら階段を上っていく優奈を見送りながら、綾乃はほぅ、と小さく息をつく。

 それは小さくて、儚くて、忘れられなくて──そして、はじめての。

 言葉に表しきれない、だけど少しだけ寂しさを感じる、綾乃にとっての、今日という旅の終わりだった。




おうちへかえろう


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幕間:「ヴァルガより愛を込めて?」

第一部が完結したので初投稿です。


【ここは地獄の】ハードコアディメンション・ヴァルガ総合スレpart501【三丁目】

 

1:以下、名無しのダイバーがお送りします

ここはGBNにおける超上級者向け、無制限のフリーバトル区域、ハードコアディメンション・ヴァルガに関しての雑談スレッドです。ヴァルガ構築、クリエイトミッション攻略に関する相談はビルドスレ、クリエイトミッションスレでお願いします。

【GBNまとめWiki】https〜

【ビルド構築相談スレ】https〜

【クリエイトミッション攻略スレ】https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

231.以下、名無しのダイバーがお送りします

ぬわ疲

 

232.以下、名無しのダイバーがお送りします

やめたくなりますよー苦行

 

233.以下、名無しのダイバーがお送りします

そうか、じゃあまた明日ヴァルガでな

 

234.以下、名無しのダイバーがお送りします

二度とやらんわこんなクソゲーって毎回思ってんのに気付けば修復終わり次第ログインしてるんだよなあ……

 

235.以下、名無しのダイバーがお送りします

依存症では?

 

236.以下、名無しのダイバーがお送りします

ヴァルガ依存症とか洒落にならないんだよなあ

 

237.以下、名無しのダイバーがお送りします

つってもポイント効率良く稼げるようになったらここより旨い狩場とか中々見つかんねえからなあ

 

238.以下、名無しのダイバーがお送りします

バトランダムミッションは格下に当たると不味いし格上に当たると勝てないしでそうなりゃもうヴァルガで戦略兵器ぶっぱして満足するしかないからな、シャフランダム? 却下だ却下!

 

239.以下、名無しのダイバーがお送りします

お前ら精神状態おかしいよ……でもシャフランダムは俺もやりたくない

 

240.以下、名無しのダイバーがお送りします

数多のヴァルガ民をもして真のクソゲーだと恐れられるシャフランダム

 

241.以下、名無しのダイバーがお送りします

あんまりにも闇鍋が過ぎるから固定組んで参加しろって時点でハードルが高すぎる

 

242.以下、名無しのダイバーがお送りします

フォースメンバーとか……いらっしゃらないんですか?

 

243.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>242

その術は俺に効く

 

244.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>242

そんな奴らがいたらこんな場所潜ってないんだよなあ

 

245.以下、名無しのダイバーがお送りします

実際ソロでダイバーランク上げるとなるとここ除けばレイド戦の単独討伐ボーナスとか稼ぐしかないからなあ……ソロ専には辛いゲームだぜ

 

246.以下、名無しのダイバーがお送りします

でもソロ専のFOEさんは個人ランク14位のSSSランだぜ?

 

247.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>246

俺らとメジャーリーガーは同じ人間だからメジャーのマウンドに俺らも立てるかもしれないみたいな話はやめろ

 

248.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>246

一部の例外を参考記録として出されても参考にならない定期

 

249.以下、名無しのダイバーがお送りします

FOEさん他のランカーと比べて話題には上がらんけど十分あたおかだからな

 

250.以下、名無しのダイバーがお送りします

他のランカーのキャラが濃すぎるんだよ

 

251.以下、名無しのダイバーがお送りします

ヴァルガで見かけるだけでも二桁最後の壁にしてのじゃ口調で喋るテンコ様になんか知らんけど遭遇したらFOEさんですら勝てるか怪しいおっぱいがでかい野生のレイドボスさんに獄炎のオーガに……あとたまにチャンプと「ビルドダイバーズのリク」も来るか

 

252.以下、名無しのダイバーがお送りします

相変わらず名前挙げるだけでも胃もたれしそうな面子だな

 

253.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあ俺らが一番被害被ってるのがFOEさんって時点で俺らの大敵はあの人だけどな

 

254.以下、名無しのダイバーがお送りします

巻き添え事故みたいなもんだから諦めろ、この前ミラコロ使って背後から天誅しようとしたらソードビットで串刺しにされたわ

 

255.以下、名無しのダイバーがお送りします

ここはこの世の地獄か何か?

 

256.以下、名無しのダイバーがお送りします

そうだよ(肯定)

 

257.以下、名無しのダイバーがお送りします

話変わるけどまたログイン一日目でヴァルガを生き延びた奴が現れたってマ?

 

258.以下、名無しのダイバーがお送りします

ログイン一日目(GPD数万戦勝率8割)定期

 

259.以下、名無しのダイバーがお送りします

マジの新人ならあのリビルドガールズの似非アイドル以来か

 

260.以下、名無しのダイバーがお送りします

初心者がまずヴァルガに行くのはよっぽどの狂人か騙されたかの二択だからなー、後者だったらガチ初心者かもしれん

 

261.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>259

(´・ω・`) アイカちゃんいいわよね、包丁でぶっ刺してもらいたいわ

 

262.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>261

お前ヴァルガスレにもいるのかよ、出荷な

 

263.以下、名無しのダイバーがお送りします

(´・ω・`) そんなー

 

264.以下、名無しのダイバーがお送りします

アイカちゃんに刺してもらいたいって言動だけで特定されてんの草

 

265.以下、名無しのダイバーがお送りします

あの子も随分立派になって……

 

266.以下、名無しのダイバーがお送りします

それでなんの話だっけ

 

267.以下、名無しのダイバーがお送りします

ログイン初日で生還した新人がいるって話

 

268.以下、名無しのダイバーがお送りします

マジかよ、って思ったけどモヒカン共相手になんか大立ち回りしてたのはいたな

 

269.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>268

見てたのか、どんなのだったん?

 

270.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>269

一機はクロスボーンとV2をミキシングしたやつでもう一機はカミキバーニングとトライバーニングを混ぜたようなやつだった、クロスボーンの方は多分GPD経験者なんじゃねえかな、マントを相手のメインモニターに被せて指示妨害してる間にモヒカン共をなます斬りにしてた

 

271.以下、名無しのダイバーがお送りします

なんだそりゃ、たまげたなあ

 

272.以下、名無しのダイバーがお送りします

クロスボーンとV2のミキシングかー、GPD時代にいたのはF91にV2っぽいミノドラくっつけた奴だったからそいつのフォロワーなのかな

 

273.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>272

言うて組み合わせ的にはそんなおかしくないからGPD勢とも限らんはず

 

274.以下、名無しのダイバーがお送りします

GPDは詳しくわからんけど槍じゃなくてバタフライバスター二刀流だったから多分そいつのフォロワーじゃないと思う

 

275.以下、名無しのダイバーがお送りします

二刀流ってことはもしかしてあの侍のファンだったりすんのかな

 

276.以下、名無しのダイバーがお送りします

すっかりGPD勢扱いで草

 

277.以下、名無しのダイバーがお送りします

実際あのモヒカン共相手に戦えるログイン初日のダイバーとかGPD勢以外になんかおるん?

 

278.以下、名無しのダイバーがお送りします

あのモヒカン共、やってることはみみっちいけど地味に強いからな

 

279.以下、名無しのダイバーがお送りします

モヒカンでなければそこそこいい線いってたものを……

 

280.以下、名無しのダイバーがお送りします

むしろそこそこいい線行ってたからモヒカン堕ちしたんじゃねえかな

 

281.以下、名無しのダイバーがお送りします

ヴァルガに限らずこの手のVRMMOって天才の墓場だからな、なまじ才能がいいやつほど壁に当たってそのまま挫折したって話しは珍しくない

 

282.以下、名無しのダイバーがお送りします

そのクロスボーンとカミキバーニングの子もそうならないように祈ることしか俺らにはできんな

 

283.以下、名無しのダイバーがお送りします

その前にやんなきゃいけないのはダイバーポイント稼ぎだけどな!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 思えば、私物を誰かに預けたのはこれが初めてだった。

 ベッドの上に寝転んで、無事かどうかはともかく、デビュー戦を飾ることができたクロスボーンガンダムXPをその手に掲げながら、綾乃は優奈のあの、木漏れ日のような笑顔を思い返す。

 どうしてマフラーを貸そうと思ったのか、どうして、出会ったばかりの優奈と明日の約束を交わそうと思ったのか、考えても考えても答えは出てこないけれど、それはどこか懐かしい感覚を綾乃の中に呼び覚まし、あたたかな真綿で心臓をゆるく締め付けられているような感覚を与えるのだ。

 初めてのGBNで出会ったのは剣豪じゃなかった。

 綾乃はおもむろに立ち上がると、手に持っていたクロスボーンガンダムXPを、今までそうしていたように机の上へと置いた。

 今までは格好いいと思ったポーズを取らせていたけれど、今はどこか寛いでいるように足を投げ出させて、まるで明日の戦いに向けた休息を取っているかのようなポーズで、綾乃は愛機を机に飾る。

 

「……そうね、貴方はきっとコレクションじゃなかった」

 

 自分が諦めて、衰退したなら仕方ないと、あのサムライがいなくなってしまったから仕方ないと言い訳をつけて、ずっと机の上に押し込めていたけれど、それでもこのクロスボーンガンダムXPは、自分が憧れの舞台で戦うために心血を注いで作り上げたガンプラだ。

 その舞台は現実ではなく、仮想の世界へと移ってしまったけれど、中々どうしてあのGBNという世界で戦うのも、そんなに悪くはない。

 綾乃はそんな風情に、まだ操縦桿を握っていた感覚の残滓がある掌を見つめる。

 ガンプラは、原則的に喋ることはない。

 だからこそ、綾乃が呟いた言葉は一方的なものだ。

 そしてそれは、現実でもそう変わらなかったのだと、そう思う。

 中学時代、いつだって綾乃は上の空で、諦めたような態度を取りながらも失った憧れに想いを馳せていた。

 だからこそ、期待されて入った剣道部で芳しくない成績を残して終わってしまったことを祖父は怒っていたし、何よりも同じ部活の仲間たちが、自分をどこか冷ややかな目で見るようになっていったのだろう。

 いつだって、相手に対して真剣に何かを届けようとしてこなかったから。

 そんな自分が今──少なくとも、何らかの行動という形で、自らの意思で誰かに何かを託しているという事実には、他でもない綾乃当人が驚いている。

 

「……どうしてなのかしらね」

 

 どうして、優奈なのだろう。

 脳裏にフラッシュバックする底抜けに明るい笑顔と、過剰なまでにお人好しな所作を思い返しながら綾乃はその答えを探ろうと手を伸ばしても、それは空を切るばかりで、どこかに届くことはない。

 こんこんこん、と、自室の扉が三度ノックされる音が響いたのは、ちょうどそんな時のことだった。

 

『邪魔するぞ、綾乃』

「与一兄様? 大丈夫です、入ってください」

「すまないな、こんな夜分遅くに」

「いえ……寝るにはまだ早いですから」

 

 扉を叩いた当人である与一は、部屋に踏み込むことはなく、扉の前で直立して、綾乃の机に置いてあるクロスボーンガンダムXPと、その傍に鎮座している六角形の物体ことダイバーギアを一瞥すると、どこか満足げに頷いてみせる。

 

「GBNは、楽しかったか」

「はい、与一兄様」

「ははは! それは何よりだ。おれはこの手の話にあまり詳しくはないが、お前の望む剣豪たちに出会えたのならばそれは喜ばしいことなのだろう!」

 

 豪快に与一は笑っていたが、綾乃があの世界で出会ったのは剣豪どころか世紀末じみた奇声を上げるモヒカンと、初心者を騙して狩ることを喜びとしているような不逞の輩と、そして底抜けに明るくて、お人好しで、アホの子で──だけどどこか放っておけない、そんな少女だけだった。

 

「いえ、兄様。剣豪にはまだ会えませんでした」

「む? そうか……ならばどうしてそのように、嬉しそうな顔をしている?」

 

 与一に指摘されて初めて、綾乃は自分が表情を綻ばせていたことに気付く。

 確かに頬は緩んでいて、そして自覚したせいか或いは最初からそうだったことに気付いていなかったのか、ぼうっと熱を帯びていて。

 

「……確かに剣豪たちには出会えませんでしたが、その代わり……友と呼べるような存在と、出会いました」

 

 ──ああ。

 きっとその感覚に、最初から自分は気付いていたのだろう。

 言葉だけが先に走って、置き去りにされた意識はタイムラグを経てその事実へと辿り着く。

 自分は優奈に、きっと友情を感じていたのだろう。

 友情と、その先にある友達という関係。それは久しく綾乃にとっては縁がなかったもので、だからこそ記憶の奥深くにそれは埋没していて。

 どこか意外そうに首を傾げると、納得がいったかのように与一は再び満面に豪快な笑みを浮かべて、ぽん、と綾乃の頭に手を置いてみせる。

 

「そうか、そうか! 友か、そう呼べる存在に出会えたのならば、これ以上の幸せも中々あるまい!」

「……ええ、与一兄様。私は……」

「うむ、おれがこれ以上とやかく言うのも野暮な話だからな。心ゆくまでGBNを……あの世界を楽しむといい。少し遅れたかもしれないが、あれは入学祝いも兼ねておってな」

 

 日々精進、励むのだぞ、綾乃。

 そう言い残すと、与一は掌の温もりだけを頭上に残して、踵を返して去っていった。

 時代錯誤な、というのは辛辣だとしても和服に袴という、祖父の影響を強く受けて侍じみた格好をしている兄を綾乃はどこか苦手に思っているところも正直にいえばあるのだが、それでも嫌いにならないのが、兄妹の縁というものなのだろう。

 他人にそうされていたなら間違いなく睨み付けていた頭の温もりを確かめるようにそっとなぞると、ふぅ、と、小さく綾乃は溜息をつく。

 GBN。まだ足の小指をつけた程度にしか潜っていなくとも、その奥深さは底知れない電脳の海。

 そんな深淵にも似た場所で、友達と呼べるような存在と出会える確率はきっと、何万個のサイコロを振ってようやく辿り着けるような、たしかしたらそれ以上にかかるような、途方もない奇跡なのかもしれない。

 スマートフォンを起動して、天気予報のアプリを起動してみれば、明日の天気は曇り時々晴れとどこか冴えないもので、朝の気温はまだ、冬の気配をそこに残していた。

 

「……マフラーを貸したのは、早計だったかしら」

 

 まあ、代わりはあるのだけれど。

 タンスを一瞥して、綾乃は声には出さずにそう呟く。

 それでも明日は、マフラーを巻かないで学校に通おうと、そう思った。

 だって、貸した相手がいるから。きっと、あの子はマフラーを返すために学校に来てくれるはずだから。

 なんて、そんなことはただの思い込みなのかもしれないけれど。

 そんな、淡い約束に想いを馳せて明日という日を待ち望んでいるこの瞬間もどこか懐かしく、そして愛おしい。

 さながら小学校の頃、遠足に行く前の日のように。

 電気を消して布団に潜り込んでも、しばらく睡魔が訪れてくれないのだろうな、と苦笑しながら、綾乃は明日のために、ベッドへとゆっくり、その身を横たえるのだった。




待ち人来ず、奇跡は来たり。


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第七話「わたしの射撃が当たらない」

スランプ継続中なので初投稿です。


「それでね一条さん」

「ええ、優奈」

「その……射撃って、どうやったら当たるの!?」

 

 GBNデビューを果たした翌日、綾乃が学食で同席した優奈と連絡先を交換した矢先にぶつけられたのは、そんな疑問だった。

 射撃。多かれ少なかれ、GBNを嗜むダイバーは汎用機を好む傾向が強く、ビームライフルにしろマシンガンにしろ、とりあえずはロックオンマーカーの指示に従ってトリガーを引けば一発ぐらいは当たるものだとばかり綾乃は思っていたのだが、恐らくそれが優奈に「欠けて」いる部分だったのだろう。

 

「……貴女のアリスバーニングガンダムは格闘戦に特化したビルドだと思うのだけれど、何か問題があるの?」

 

 そう分析したものの、初心者であるにもかかわらず優奈が愛機としているアリスバーニングガンダムには射撃武装の一切が積み込まれていない、格闘戦特化型のビルドだ。

 チュートリアルを受けたかどうかも怪しい中でいきなりそんなことを聞かれるのはどうにも性急だというか、割り切っているならそれを気にする必要もないのではないかと、綾乃はそう思う。

 だが、優奈にとっては大分話が違うのかもしれない。

 とりあえずとばかりに問いかけてみた言葉に、優奈は相変わらずきらきらと目を輝かせながら、ぶんぶんと首を縦に振り回す。

 

「えっと、一条さんが銃持ってるから、わたしも持った方がいいのかなあって」

「……そういう理由?」

「だって、わたしあのケルディム……? ガンダムにわたし、何もできなかったから……えへへ」

 

 特段深い理由でもないといえばそうなのだが、ヴァルガを生き残ることができたのは綾乃の技量があってだということは優奈もわかっていた。

 だからこそ、隠れ潜むアサシンやシーカーに対して対抗するための武器を持った方がいいような気がした、というよりは遠距離戦で綾乃の足を引っ張りたくなかった、というのが優奈の本音でもある。

 優奈が格闘戦特化のビルドを構築したのは、単なる偶然のようなものだった。

 パッケージアートに描かれた、炎をその背中や肩から噴き出しているガンダムが格好良かったから、という理由でカミキバーニングガンダムやトライバーニングガンダムをベースに選んだ、というのがアリスバーニングガンダム誕生の経緯であり、乱数の女神様が天上で高笑いを上げていそうな偶然が、初心者でありながら優奈に格闘戦特化型のビルドを組ませる、という結果を導き出していたのだ。

 とはいえ、優奈が持ち合わせている格闘のセンスは悪いものではないどころか、磨けば光る相当なものなのには違いない。

 だからこそ、付け焼き刃で無理にビームライフルの類を持たせるのも無粋なのではないかと、綾乃は菓子パンをもそもそと齧りながら小首を傾げる。

 

「……そういえば優奈、チュートリアルは受けた?」

「チュートリアル……?」

「その様子だと、受けていないようね……」

 

 いきなりヴァルガに飛ばされたのだから仕方ないとはいえ、一応GBNにおいては初心者に向けた導線として、射撃、格闘、機動、そしてその三つを統合した総合チュートリアルの、四つのミッションが配置されている。

 一応スキップすることも可能で、チュートリアルを受けずにFランクミッションを受けるというダイバーも今では珍しくないのだが、優奈のように、右も左もわからないという状態のダイバーであれば、やっておくに越したことはないだろう。

 確か、調べた限りでは、ガンプラが武器を持っていなくても、射撃チュートリアルでは武装を貸し出してくれたはずだし、最悪自分のバタフライ・バスターBを貸し出せばいい。

 綾乃はスマートフォンでGBNまとめwikiを開いて、チュートリアルのページを優奈へと提示しながら、受けてみるかどうかと提案する。

 

「そっかぁ、こんな機能があったんだね! なら、わたしちょっと受けてみたいかも!」

「それをお勧めするわ」

 

 そんなやり取りを経て、綾乃と優奈は放課後にガンダムベースシーサイドベース店へ向かう約束を交わしたのだが、この時綾乃は予想もしていなかった。

 優奈の才能──その方向性は確かに突き抜けてこそいるけれど、斜め上の方向へと猛進するものであったことに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 いつも通り、入り口近くで愛想を振りまいているチィからの歓待を受けた綾乃と優奈は、少しだけ足早にゲームブースへと足を運ぶと、ダイバーギアに自身のガンプラを乗せて、ゴーグル型のヘッドアップディスプレイを装着することで、電子の海へと飛び込んでいく。

 どこまでも下降していくエレベーターに乗せられているような感覚と共に綾乃を構成している意識は電子の世界へと解け、「アヤノ」へとその姿を変えていく。

 ──そういえば、リアルで出会った優奈は赤みがかかった茶髪だったけれど、その髪型はGBNと大きく変わっていなかった。

 そういう意味では自分のキャラメイクも、地味なだけでそこまで変なものではなかったのかもしれない。

 そんな他愛もないことを想いながら、今頃、優奈から「ユーナ」へと変わっているのであろう友人の姿に想いを馳せて、ログインが完了したアヤノはその爪先を、セントラル・ロビーの床にとん、と片足をつける。

 

「いち……アヤノさん、よろしくお願いしますねっ!」

 

 同時にログインしたユーナが何処にいるのかを探す手間は、一際軽やかに、そして大きく響き渡る元気な声がアヤノの耳朶を震わせたことで、すぐに解決した。

 パーティー申請を組んでいなくとも、近い場所から同時にログインを行えば、それ相応の距離にスポーンするのかもしれないと、そんな妙に律儀なGBNの仕様に感心しつつ、アヤノはユーナに「敬語はいいから」と返して、今度は脇目も振らず、その手を引いてミッションカウンターへと向かっていく。

 

「アヤノでいいわ、それと、私の手を離さないで」

「ほえ? なんでですか?」

「この前のミノタウロスみたいなのがいないとも限らないからよ」

 

 失礼なのはわかっているものの、率直にいってユーナの所作は初心者そのものであり、詐欺クリエイトミッションに限らず、シャークトレードだとか、そういう悪質な行為をする連中にとってはカモにしやすい。

 そしてユーナ自身がお人好しだということも手伝って、またトラブルに巻き込まれた時にそれを断れないのもまた目に見えている。

 だからこそ、どこかナンパ男を避けるかのようにアヤノは周囲を睨みながら、ユーナの手を引いて真っ直ぐにミッションカウンターへと歩いていく。

 

「やあ、お嬢ちゃんたち、いいプラグインがあるんだけど──」

「先を急いでいるんで失礼します」

「あ、えっと……わわ、置いてかないで、アヤノさん!」

 

 などと心配していたら早速得体の知れない話を持ちかけてくる輩がいるのだから、油断がならない。

 一応、GBNの治安は「第二次有志連合戦」と呼ばれる四年前の出来事以来、劇的な改善を見せていたらしいが、世に悪党に種が尽きないせいなのか、それとも自分かユーナのどちらかがそういう体質だからなのか、またトラブルに巻き込まれるのは御免被る。

 そんな風情ですたすたと歩き去るアヤノに手を引かれて、ユーナも、少しだけ申し訳なさを覚えながら、一目散にミッションカウンターへと向かっていく。

 第二次有志連合戦とやらがなんだったのか、Wikiに書かれていることぐらいしかアヤノは知らないものの、なんだかそれ以前のGBNは今以上に治安が悪かったのかそれとも自分たちの運が悪かったのか、どっちについても考えたくないといったところだ。

 そんなモヤモヤとした気持ちを抱えながらも、アヤノとユーナは、ミッションカウンターの前に伸びている列へと到着する。

 

「GBNへようこそ。何かミッションをお探しでしょうか?」

 

 カウンターの前に並ぶ行列が自分たちの番まで回ってくると、前のダイバーたちに問いかけていたのと一字一句違わない言葉と、そしてぺこりと腰を折って頭を下げる所作をもって、NPDの女性はアヤノたちへとそう問いかけた。

 並んでいる内にパーティー申請を済ませていたこともあって、NPDは二人の間で視線を往復させ、無機質さを感じさせない営業スマイルを浮かべている。

 聞いた話によれば二年前のアップデートで、AIの精度が格段に上昇したことからNPDの所作も人間に近いものが取り入れられるようになったらしいが、いわゆる「不気味の谷」を感じさせない辺り、それは相当大規模なものだったのだろう。

 興味を持ったことについてはとことん調べ尽くしたがるアヤノはNPDの所作に感心しつつ、そして純粋にユーナはNPDがプレイヤーと変わらない振る舞いをしていることに目を輝かせながら、提示されたウィンドウに並ぶミッションへと視線を移す。

 チュートリアルミッションは、当たり前だがリストの中でも最上位に表示されていた。

 チュートリアル・射撃訓練、チュートリアル・格闘訓練、チュートリアル・操作訓練、チュートリアル・慣熟訓練。

 その四つの中で、慣熟訓練だけが難易度を示す星が一つだけ灯されているものの、チュートリアルと銘打たれている以上、他の三つとそう大差はないはずだ。

 

「ユーナは、どっちを受けたい?」

「えっと……じゃあこの慣熟? って方で!」

「射撃はいいの?」

「うーん……どうせなら全部まとめて一緒にできた方がお得かなって!」

 

 前向きなんだかズボラなんだかよくわからない動機を自信満々に口走るユーナだったが、その表情は明るい笑顔に彩られていて、ああ、本気なのだろうな、ということを綾乃に伺わせる。

 とはいえ、そういう欲張りなところも嫌いではない。

 パーティーを組んで受けるとなれば、自分もチュートリアルには付き合わされるのだし、クロスボーンガンダムXPはどちらかといえば原作に出てくる台詞通り、「接近戦に強く」調整された機体だ。

 ユーナのセンスだって悪いものではない以上、そしてあのヴァルガの地獄を生き抜いた以上、チュートリアルミッションで全滅するような事態は流石にないだろうし、そうなったとしても自分がフォローに入れるという意味でも、悪いチョイスではない。

 

「それもそうね、なら……慣熟訓練を受けましょう」

「はいっ、アヤノさん!」

「慣熟訓練ですね? 受付を完了しました。十秒後に格納庫エリアに転送されますので、それまでしばらくお待ちください。お客様のご武運を祈っております」

 

 ぺこり、と腰を折って丁寧に紡がれた祈りに見送られて、アヤノとユーナの躯体はその言葉通りにブリーフィングフェイズを兼ねている、格納庫エリアへと転送されていく。

 意識が解けていく感覚に身を委ねながら、アヤノは待ち受ける戦いに備えて静かに目を伏せて、ユーナは沸き起こる期待に、きらきらと目を輝かせるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「これは……なんというか、思ったより重症ね……」

「うわーん! なんで当たらないの!?」

 

 慣熟訓練のウェーブは概ね四つに分けられていて、一つ目は操作のチュートリアルということで「機動戦士ガンダム00」に登場する「ユニオン」の空軍基地をイメージして作られたステージに配置されたコンテナを指定の場所へと運ぶ、という退屈なものであった。

 そのためアヤノもユーナも最初のウェーブは問題なく突破できたものの、問題は次のウェーブ……射撃訓練に相当する場所で発生していた。

 一人当たり五つ並んだ大きな的の中心を撃ち抜く、というこれまた単純な内容のものなのだが、とにかくユーナの射撃が当たらないのだ。

 総合チュートリアルということで持ち込んだ機体以外に武装が支給されることはないため、自身のバタフライ・バスターBをアヤノはユーナへと貸し出していたのだが、よもや自分が作った武装の方に問題があるんじゃないかと疑いたくなる程度には当たらない。

 一応的そのものには当たっているものの、次のウェーブに移行する条件は的の中心を射抜くことであり、アヤノは問題なく五つそれをこなしていたのだが、ユーナはご覧の有様だ。

 

「ぐぬぬ……ロックオンマーカーもちゃんと見てるのに、どうして……」

「……バタフライ・バスターBの反動? いえ、これはそんなに大層な武器でもないはず」

 

 これがもしもビーム・マグナムとかであったなら、その反動によって銃口が大きくブレるために的の中心を外すということも考えられるが、そもそもビーム・マグナムであれば的の中心を外していようがその余波で中心にもダメージ判定を与えられるために、アヤノはいっそ、そっちの方がユーナには合っているような気さえしてきた。

 

「えーいっ! このーっ!」

「ちょ……」

 

 やけを起こしたのか、ユーナが思い切り投擲したバタフライ・バスターBは何の皮肉か的の中心を真っ直ぐに射抜いて、残り四つです、と無機質に機械音声が条件のクリアを告げる。

 

「あ……ごめんなさい、アヤノさん、せっかく貸してもらった銃なのに、投げちゃって……」

「……いえ、それは大丈夫。私も割と雑に放り捨てたりするし……じゃなくて、貴女もしかして、拳でやってみた方が上手くいくんじゃないかしら?」

「拳……?」

 

 一応、GBNというゲームの仕様について詳しく全てを調べ上げた訳ではないものの、映像作品「機動武闘伝Gガンダム」を出典とするモビルファイターや一部格闘機には、拳圧を射撃のように飛ばす攻撃が武装として設定されているという。

 アヤノは投げ捨てられたバタフライ・バスターBを回収するためにスラスターを噴かすと、ユーナのそれを観測すべく的の背後に陣取って待機する。

 

「ええ、その場で拳を思い切り振り抜くと、詳しい原理はわからないけれどパンチが気弾になって飛んでいくとか」

「ほぇー……何だか凄いんだね、ガンダムって何でもできちゃうんだ」

「いえ、それは……いや、あながち間違いではないかもしれないけど」

 

 サイコ・フレーム周りの奇跡だとか月光蝶だとかターンタイプだとかELSクアンタだとか、ほとんど超常の存在に両足を突っ込んでいる例がある以上、変な方向に感心する友人に対してそんな曖昧な言葉しか返せなかったものの、ユーナは素直に腰溜めに拳を構えると、脳裏で思い描いた動きのアシストを受けて、操縦桿に備え付けられたトリガーを引く。

 

「せいやっ!」

 

 そして、アリスバーニングガンダムの拳からエネルギーとして放出された気弾は、ロックオンマーカーに従って真っ直ぐ進み、設えられていた的の中心を問題なく撃ち抜いていた。

 

「おお……当たった、当たったよ! アヤノさん!」

「……ええ、おめでとう」

 

 世の中、人間には向き不向きというものがあるとはいったものの、どうやらそれは本当のことらしい。

 流石にユーナのような例は極端だとしても、銃器を扱うよりも拳を飛ばして撃ち抜いた方が早くて、システムにも認められているならそれで問題はないはずだろう。

 

「よーし、銃は使えないけど、頑張ってクリアしよう! えへへ」

 

 それに何より、本人が満足そうに笑っているのだから、これ以上突っ込むのも野暮な話だろう。

 パーティーを組むに当たって、とりあえずユーナがアタッカーなら、さしずめ自分は近接支援役といったところだろうか。

 アヤノは、奇しくも「鋼鉄の7人」でクロスボーンガンダムX1フルクロスが担った役割と同じものを担うことになった運命に苦笑しながら、目を輝かせて拳圧を飛ばすことで的を破壊するユーナを、そっと見守るのだった。




銃が当たらないなら拳を飛ばせばいいじゃない


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第八話「ためになるとは限らない」

絶賛スランプ中なので初投稿です。


 思わぬところに壁が聳え立っていた射撃訓練フェーズを無事クリアして、アヤノとユーナは次のウェーブである格闘訓練フェーズへと移行していた。

 格闘訓練といってもやることは単純で、棒立ちになっている敵に対してビームサーベルを振ってみようだとか、パンチやキックを浴びせかけてみようだといったそういう動作確認的な趣が強いため、元より格闘戦の素養があるユーナは言わずもがな、アヤノも──と、いうよりこれに苦戦するダイバーがいるのだろうかと首を捻りたくなるほど簡単に、ミッションは進行していく。

 

「せりゃあああっ!」

 

 威勢の良い雄叫びを上げたユーナのアリスバーニングガンダムが棒立ちになっている敵機、【リーオーNPD】の土手っ腹へ、振り抜いた健脚で風穴を穿つ。

 リーオーNPDという機体そのものはGBNの運営班が用意したチュートリアル、ミッション用のガンプラといった趣が強く、基になったリーオー同様に多種多様な装備を施されたものが登場するミッションも存在し、それなりにダイバーたちを苦しめるのだがそこはそれ、チュートリアルに登場するような敵がスモークグレネードやEMP攻撃といった搦手を使ってきたらそれはただのクソゲー或いは死にゲーだ。

 そしてGBNがそういった「死んで覚える」高難度を売りにしているのではなく、初心者から上級者までカジュアルに遊んでほしい、という旨を開発班がコメントしている通り、このチュートリアルミッションに出てくるリーオーNPDは、基本的なドラムガンとラウンドシールドというリーオー同様の武装が施され、AIのレベルも最低ラインに設定されているものでしかない。

 棒立ちの的を斬る、或いは破砕するといった行為で練習になるのは、精々基礎の基礎の基礎、ぐらいの操作感覚を身につけることぐらいだろう。

 バタフライ・バスターBをザンバーモードに変形させたアヤノは、それをシザー・アンカーの先端に接続することで簡易的な鞭として、棒立ちのまま何も仕掛けてくる気配がないリーオーNPD三機をまとめて薙ぎ払った。

 ビーム・ザンバーの高出力に、チュートリアルミッションに配置されるような機体が耐えられるはずもなく、さながら熱したナイフでバターを切るように軽い感触で、棒立ちになっていた三機は爆散する。

 鎧袖一触とはこのことか、というには味気ない絵面と感触だが、別に一体一体丁寧に処理しなければ失格というルールが設けられている訳ではない以上、この方がスマートなはずだ。

 ふぅ、と、アヤノは小さく息をついて、バタフライ・バスターBを回収しながら、最後の一機に、レバーとボタンでキャラクターを操る時代の格闘ゲームが如く華麗なコンボを決めているユーナを一瞥した。

 

「せいっ、やあっ、たあああっ!」

 

 通信ウィンドウに映るその表情はどこまでも楽しそうで、そんなユーナの感情を汲み取ったかのように、軽快な動きで標的を滅多打ちにしていくアリスバーニングガンダムの挙動はどこまでも、弾むように軽やかだ。

 ユーナはチュートリアルだというのにどこまでも楽しそうで、きっと何事も全力で笑って、そして全力で楽しめるところが彼女の美点なのだろうな、と、淡々と取り分を終わらせてしまった自分を俯瞰しながらアヤノは静かに自嘲する。

 何事も楽しんだ人間が一番勝つ、というのはどこかで誰かが呟き続けたことで陳腐化してしまった言葉だが、案外ユーナを見ているとそれは間違いじゃないのだと思う。

 そんなユーナを見ていると、どこか唇の端が緩んでくるようで、アヤノは胸の内に湧き上がってくるその感情に疑問符を浮かべるが、どこかすとんと落ちてくるように、まるで欠けていた部分にぴたりと嵌るように、思いが、虚な血液を送り出す心臓を満たしていくようだった。

 

「すごい! アヤノさん、GBNってすっごく自由に機体が動くんだね!」

「ええ、操縦桿を併用してはいるけれど、思考補助システムも使っているという話だから、ダイバーが考えていることはある程度機体に反映されるらしいわ」

 

 調べたばかりの話だから、自信はないけれど。

 天真爛漫に目を輝かせて、最後の的を屠ったユーナが呟いたその言葉に、少しだけ自信なさそうに補足を付け加えてアヤノは答えを返す。

 と、いっても実際に調べたばかりだからなんともいえないというより、GBNの操作系統に関しては企業秘密ということでほぼ完全にブラックボックス化されており、思考補助システムも組み込まれている、ということは公にされていても、それがどれほどのものなのか、いかほど作用しているかに関しては闇の中なのだ。

 だとしても、遊んでいて何か身体に悪影響があるとか、そういう症例は今のところ表立って報告されていない以上、それが危険性を及ぼすようなものではない、ということは確かなはずだろう。

 最終ウェーブへとミッションが移行して、実戦フェーズを迎えたことでアヤノたちに差し向けられたのは先程と同様に、ドラムガンとラウンドシールドで武装したリーオーNPDだった。

 

「ここからは実戦訓練よ、と、いっても簡単なものだから警告するまでもないと思うけれど」

「わかりましたっ、全力で頑張りますね! アヤノさん!」

「……まあ、なんでもいいのだけれど」

 

 いつも通りに元気いっぱいなユーナの返事に口元を綻ばせながらも、アヤノは一応とはいえ襲いかかってくる相手を前に身構える。

 リーオーNPDの割り当ては一人頭三機の計六機、十字砲火や闇討ちといった常套戦術が思考ルーチンに組み込まれていないためにその攻撃は散漫であり、おもむろにドラムガンを放ってみたり、わざとらしい大振りのビームサーベルで切り掛かってきたりと、意図的に設けられているその「隙」を攻撃のチャンスにしてくれというのが運営の意図するところなのだろう。

 手引き通りに従って、アヤノは実弾相手には意味がないABCマントを脱ぎ捨てると、ガンマンの早撃ちの如く、腰にマウントしていたバタフライ・バスターBを放ち、瞬く間に二機のリーオーNPDをテクスチャの塵へと帰せしめる。

 

「……なるほど、こういうことね」

 

 バタフライ・バスターBの感触はアヤノの手に馴染み、その思考通りに敵機のコックピットを撃ち抜いていたが、ユーナに貸したときにそれが上手くいかなかったのは、恐らく彼女の思考回路が射撃戦に適合していなかったため、マーカーは正確にロックしていても微妙に手先がブレるという事態が起きていたのだろう。

 とはいえそれは、そこまで悪いことではない。

 これでユーナが射撃戦を志しているならば致命傷だが、彼女はその道をすっぱりと諦めて得意な格闘戦を行っている。

 ドラムガンから吐き出される無数の弾丸を舞い踊るように回避して、射撃を放っていたリーオーNPDの右手を蹴り飛ばすと、そのまま流れるように左脚での回し蹴りでコックピットを破砕していく。

 我流とは思えないほど板についたその格闘術にアヤノは一角の感心を覚えながら、残された一機である、どこかまごついたような動きでドラムガンを構えたリーオーNPDに足裏から射出したヒート・ダガーによる一撃をお見舞いして、自身の取り分を全て終わらせる。

 

「すごいです、アヤノさん! こんなに早く終わるなんて」

「使っている武器が違うだけよ、貴女の格闘術も十分に凄いものだわ」

「そうですか? えへへ、ずっと頭の中で考えてたんですっ!」

 

 我流の格闘術を考える──その理由にきっと触れてはいけない部分があるとアヤノは薄々ながらも察しをつけると、そうね、と、毒にも薬にもならない相槌を返して、ユーナが残りを片付けていく様を見守っていた。

 

「えっと……わたし、キーック!」

 

 そのネーミングセンスは壊滅的であるものの、ガンプラの出来に裏打ちされた破壊力は健在だ。

 踵にアーマーシュナイダー……「機動戦士ガンダムSEED」シリーズに出てくる対装甲ナイフを仕込んでいるわけでもないのに、切断面が生まれるような蹴りや殴打を浴びせられるのは恐らく、基になった機体の特性を十二分に引き出しているからなのだろう。

 この電子の海において最も重要だとされるのは、イマジネーションである。

 そう言ったのはどこの誰かはわからないが、GBNをプレイするにあたってその金言が間違っていないのは事実に変わりない。

 想像力はガンプラを作る発想に繋がるだけでなく、戦場において今自分がどういう状況に置かれていて、敵がどう動くのかだとか、或いは味方の動きにどう合わせていくかだとか、そういった重要な心得を体得するセンスに直結している。

 要するに、漫然とゲームをプレイするのではなく、自分なりのロジックを構築してプレイする方が強くなれる素質はある、と、そういう話だ。

 流石にチュートリアル役のリーオーNPDでは、いかに初心者であったとしても、そういったセンスを持ち合わせているユーナを止められるはずがない。

 背後からのドラムガンによる弾幕砲火をハンドスプリングで回避すると、そのまま勢いをつけた飛び蹴りで二機まとめてリーオーNPDを破砕するという荒技を披露したユーナは、それを誇るでもなく、純粋にその表情を明るくし、笑顔で通信を開く。

 

「わあ! やりました、アヤノさん!」

「ええ、凄いわね。ユーナ」

「そうですか? そんな……わたしなんてアヤノさんに比べればまだまだですよっ!」

 

 妙に謙遜してこそいるが、そんなユーナと素手で殴り合いをしてくれといわれれば、正直圧倒して勝つことができるかどうかアヤノは怪しいと踏んでいる。

 少なくとも彼女は一流のインファイターになれるだけの素質を持ち合わせているのだ。

 謙虚でいることは美徳だが、あまり謙遜しすぎてもそれは嫌味と受け取られかねないのだから人間社会というのはままならない。

 とはいえ、ユーナのことだから本気で謙遜しているのだろう。

 ミッションクリアの通知を受けて、あとは帰還するのを待つだけだと、アヤノはコックピットの中で深く息を吐いた、その時だった。

 

「あれ? なんですかこれ? フリーバトル申請……?」

「っ!? ダメよ、ユーナ! 承認したら……」

「あ、ごめんなさい……!」

 

 クリアから、ロビーに帰還する選択肢に割り込んでポップしてきたフリーバトル申請の通知。

 それは紛れもなく、今この瞬間を虎視眈々と狙っていた誰かがいるということだ。

 そしてそれは大体ろくでもない。

 アヤノは慌ててABCマントを拾い上げるとそれを機体に纏わせて、起きてしまったことは仕方ないと、これから現れるのであろう襲撃者の攻撃へと備えを固める。

 

『ハッハー! まさか古典的な手に、見事に引っかかってくれやがったバカがいるとはなあ!』

「……古典的な初心者狩りをしている人が未だにいることに私は驚いているわ」

「わ、わわ……どうしよう……!?」

 

 それは、初心者狩りの合図だった。

 ミッションクリアまでの空白期間を利用してフリーバトル申請を上書きする形で出すことで無理やり同意を取らせ、初心者を自身のダイバーポイント、その養分とする悪徳プレイヤーは第二次有志連合戦を経て尚、未だにこのGBNにしぶとく根付いている。

 それは挫折がそうさせるのか、喜悦がそうさせるのか。

 考えたくもなければわかりたくもない戦いの理由をアヤノは唾棄するように振り払って、フリーバトルを申し込んできた赤い点──レーダー上における敵機を示すそれを一瞥する。

 襲撃者が乗ってきたのは、アルケーガンダムに基となったガンダムスローネシリーズの武装を全て載せたような機体──【ヤークトアルケーガンダム】だった。

 オールレンジにおける戦闘を可能として、かつ一対多数に対応するために重武装化されてこそいるものの、GNドライヴによって、大気圏下においてもその機動性をあまり損なわずに猛進してくるその機体は、確かに初心者を潰すという点においては適しているのかもしれない。

 

「初心者狩り? なんですか!? どうしてこんなことを……!」

『どうして? 決まってらぁな、楽しいからだよ!』

 

 ユーナの純粋な問いかけを嘲笑うように答えを返したヤークトアルケーのダイバーは、さながら元の搭乗者である、アリー・アル・サーシェスの如く猛り吠えるが、言っていることはただみみっちいばかりでろくでもない戯言でしかない。

 楽しい、とろくでもないことを公言したダイバーが何やらトリガーを押し込むと、真紅の機体が更に赤く染まっていくのをユーナは見届ける。

 

「な、なに? これ……なんですか、アヤノさん!?」

「トランザムね」

『おうともよぉ! そしてお前ら初心者に教えてやらぁ、このGBNではな……太陽炉が人権なんだよォ! トランザム!』

 

 人権。それは時に、ゲームを行うにあたって必須のファクターを指すのに使われているスラングだ。

 そして太陽炉……GNドライヴは確かにあのヤークトアルケーのダイバーが言う通り、GBNにおいては極めて強力なパーツとして位置付けられている。

 

『GNドライヴも積まねえ機体じゃ先に行ったって意味なんかねえぜ! ビルドなんとかの誰かさんだってなあ、太陽炉があったからチャンプに食い下がれたんだよ!』

 

 トランザムシステム──機体の出力を一時的にブーストアップさせるその機構を起動して、背部のGNメガランチャーから毒々しい、赤い粒子のビームを吐き出しながら、低く身をかがめて迫ってくるヤークトアルケーの動きは、確かに初心者を相手取るにしては熟練したものだろう。

 そして無断で襲いかかってきたのでなく、事前に無理やりとはいえフリーバトル申請を通している以上、エマージェンシーアラートに期待することもできない。

 ならば、とアヤノは小さく溜息をついて、機体を跳躍させる。

 

「ユーナ、私に合わせられる?」

「え、えっと……はい! やりますっ! やってみせますっ!」

「いい返事ね、それじゃあ、やるわよ」

『念仏は唱え終わったか!? だったら──』

「悪いけど、死ぬのは貴方の方よ」

 

 ヤークトアルケーを駆るダイバーの言い分が全て間違っている、というわけではない。

 だが──いかに御託を並べようとも、講釈を垂れようとも、最後に物を言うのはダイバーの腕前とイマジネーションに帰結する。

 もし本当にGNドライヴが必須のパーツであったなら、チャンピオンの機体にも、そして続くランカーたちの機体にも全てそれらが搭載されていることだろう。

 だが、実際には非太陽炉の機体で上位に食い込むダイバーが数多い以上、あの初心者狩りの言い分は所詮、戯言でしかない。

 アヤノはヤークトアルケーが二本のGNバスターソードを振りかぶるのを確認すると、シザー・アンカーに纏わせたABCマントをヤークトアルケーにぶつけて、その視界を遮断する。

 

『な、何だぁ!?』

「今よ、ユーナ! 思い切り……蹴り抜きなさい!」

「はいっ、アヤノさん! おおおおおっ! 炎、キーック!」

 

 その爪先に粒子が形作る炎を纏わせて、アヤノに合わせて跳躍したユーナのアリスバーニングガンダムは、視界を奪われて狼狽するヤークトアルケーの土手っ腹に容赦なく風穴を穿ち、そして、テクスチャの塵へと帰せしめていく。

 

『ば、バカな……テメェら、一体……』

「残念だけれど、参考にならなかったわね」

 

 咄嗟の事態に弱い辺り、このダイバーはヤークトアルケーという機体のスペックだけに頼って初心者狩りを繰り返していたのだろう。

 だからこんな単純な目眩しに引っかかるし、相手を侮っているから思わぬ反撃を貰うことだって想定していない。

 

『畜生、この俺がああああっ!?』

 

 GBNをやってきた長さだけでは相手の方が上回っているのかもしれない。

 だが、それだけで参考になるとは限らない。

 太陽炉が人権かどうか、そしてビルドなんとかこと「ビルドダイバーズのリク」とやらについてもwiki以上の知識などアヤノは持ち合わせていないが、そんな卑怯者の戯言など、聞くに値しないことぐらいはわかっていた。

 

「……と、いうわけよ、ユーナ。話半分どころか全部聞く必要もないわ」

「わわ……ごめんなさい、でもありがとうございますっ、アヤノさん!」

「フィニッシャーは貴女でしょう? それは誇るべきよ」

「えへへ……はいっ!」

 

 そうして、今度こそ全てのタスクを終えたと判断して、システムがアヤノとユーナを形成する仮想の躯体をロビーに転送するために、ゆっくりと、ゆっくりと解いていくのだった。




環境機はただ使えば強いわけではない


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第九話「こんな噂があるらしい」

間隔が空いてしまったので初投稿です。


 草木も眠る丑三つ時、という言い回しは科学の灯が二十四時間この地上を照らすようになっても残されているように、夜というのは人類にとって根源的な恐怖の象徴だ。

 視覚に大きく依存する人類にとって「見えない」ことを恐れるのは自然なことだといえるし、幽霊の正体見たり、という格言が罷り通ったのは、見えないものを「見て」暴き出したからだともいえよう。

 つまるところ、月明かりに照らされた、このMSサイズに拡大されている、天の橋立をモデルとしたのであろう大橋を舞台に繰り広げられている戦いにおいて、男は「見えない」その攻撃に対して根源的な恐怖を抱いているということだった。

 GBN、その巨大な橋がかかるジャパン・エリアにおいては、約一年ほど前に、「MS斬りの悪魔」と渾名されるダイバーが名を馳せた時期が存在しているのは有名な話だ。

 辻斬りのようにフリーバトル申請を行って、太刀一本で数多の新鋭や強豪を切り伏せてきたそのダイバーは、後に新進気鋭のフォース「ビルドライジング」の門戸を叩くことになり、辻斬りの噂も同時に途絶えたのであるが、何の因果か、男──ダイバーネーム「ブッシ」が戦っているのは、一年前に途絶えたはずの噂を体現するような相手だった。

 ──MS斬りの悪魔が蘇った。

 あり得るはずのないその噂がジャパン・エリアを駆け巡り、ひいては掲示板などでも散見されるようになったのは、ちょうど四月に差し掛かってからのことだ。

 この件について「MS斬りの悪魔」ご本人である「アズキ」は関与していないと「ビルドライジング」からリーダーである「ケイ」を通して声明が出されているため、彼女の模倣犯か何かがまた辻斬りを始めているのではないか、と推察されているが、興味に惹かれて月明かりの照らすその橋におびき寄せられたダイバーは、ほとんどがロビーに強制送還される結末を辿ることになったとは、ブッシもまた知っている。

 だが、それでもそこに戦いがあるのなら飛び込んでみたいと思うのもダイバーの性というものだ。

 それに、自分ならば大丈夫だという慢心が、ブッシになかったとはいえない。

 ガンダム・キマリスヴィダールから取り回しの難しいドリルランスをオミットし、レアアロイの太刀一本に武装を絞った機体を操るブッシだったが、そのナノラミネートアーマーには無数の刀疵が刻まれて、左手は脱落、そして、発射装置がないため意味を成していないとはいえ、特殊KPS弾が格納されたシールドも両方が無惨に切り捨てられている。

 

「な、なんだ……? なんなんだ、お前は……?」

 

 ──月下の辻斬り。

 いつしかそんな二つ名で呼ばれるようになっていたその「敵」を前にして、ブッシはわなわなと震える声でそう問いかける。

 今まで、猛者たちと刀を交えた経験がないわけではない。

 Cランクという、このGBNにおいてはスタート地点とされている場所から一歩踏み出したBランクにブッシ自身は位置しているため、バトランダム・ミッションのような無差別マッチにも足を踏み入れたことがあるし、歯こそ立たなかったものの、並居る強豪たちと戦ってきた。

 だが、そんな彼から見てもこの「月下の辻斬り」は異常だ。

 見えない。

 根源的な恐怖にして、今彼が立ち竦んでいるその理由を一言にまとめるのならばただそれに尽きる。

 剣術──と呼べるほど大層なものではないとしても、戦い方というのには個々人の癖が必ず現れるものだ。

 例えば同じキマリスヴィダールに乗っていても、ドリルランスとダインスレイヴを活用するダイバーがいる一方で、ブッシのように敢えて太刀一本に武装を絞り込むダイバーもまた存在している。

 だからこそ、刃を交えるうちに「このダイバーは何を考えて戦っているのか」というのは感覚的に掴めるものなのだが、今目の前にいる「月下の辻斬り」からはそういうものがまるで見えてこないのだ。

 

『……』

 

 一つ型が見えてきたと思えば次の瞬間には構えを変えて、別な型から繰り出される一撃が襲い、それを躱したかと思えば機体を強引な制動によって立て直して、更なる一撃をお見舞いしてくる。

 相手の武装に変わったところは何もない。

 自分と同じく、太刀一本……ガンダムアストレイレッドフレームが標準装備としている「ガーベラストレート」のみを得物とした「月下の辻斬り」は、その一振りだけで、一角のダイバーであるはずのブッシをここまで翻弄してきたのだ。

 

『拙は……探しているのです』

「な、何を……っ!」

 

 吹き抜ける颪のような一撃を何とか回避し、続く一撃を太刀で受け止めながら、その太刀筋とは対照的に、迷いが含まれている言葉を呟く「月下の辻斬り」へとブッシは問い返す。

 戦いに迷いを持ち込めば、それは負け筋を引くことに繋がる。

 詠み人知らずの言葉だが、迷いはやがて判断を曇らせて、じわりじわりと真綿で首を絞めるかのように敗北へと引き摺り込まれていくというのは、ブッシもまた経験則としてわかっていた。

 だが、この女は、「月下の辻斬り」は、迷いの中にあって尚、完璧な、否、完璧すぎるほどに多種多様な型からの斬撃を繰り出している。

 それがどれだけ異質なことか。

 そして、それ故に「何を考えているか」がわからないということのなんと不気味なことか。

 ブッシは返す刀で何とか斬撃の嵐を受け止めながら、渇望と迷いが、そして明晰と混迷が入り混じるその、整然としながらも混沌とした矛盾を体現するような太刀筋を、恐れと共に受け止め続ける。

 さりとて、守ってばかりではどうにもならず、守勢に回らされているという時点で勝ちの目が薄くなっているというのは、ブッシもまた理解していることだ。

 だからこそ、ここで逆転の布石を打たなければならない。

 対峙する「月下の辻斬り」の意表を突くように、ブッシは膝部分のドリルニーを展開すると、刀を捨てて蹴りかかった。

 だが、それさえも最初から予測していたように、「月下の辻斬り」は受け流しの型を取ると、何ということもなくその一撃を捌いてみせる。

 

『拙にとっての武とは……剣の道とは……』

「何を……言ってるんだ……?」

 

 ここまでの技量を持ち合わせていながら尚、答えを探し続けているというのは求道者としては珍しくないのだろうが、一つ一つの型が完成されている「月下の辻斬り」がそのような言葉を口にすること自体、ブッシにとっては信じられないことだった。

 達人にでも訊けばいい、と答えることもできるのだろうが、目の前にいる敵はその達人たる領域まで足を踏み入れているのだ。

 ならば、Bランクであるとはいえ一介のダイバーに過ぎない彼がその答えを持ち合わせているはずがあるだろうか。

 好奇心でフリーバトル申請を受けたことを悔やむ内に、ブッシを包み込む仮想にして鋼鉄の機体は鮮やかな一太刀によって斬り捨てられ、テクスチャの塵へと消えていく。

 そして、挑戦者を切り捨てて尚、「彼女」が満たされることはない。

 

『拙は……ただ剣士になりたいのに、何故この胸は虚なのでしょう……』

 

 刀を鞘に納めながら、彼女──「月下の辻斬り」は大きな白いリボンで飾られた、その長い黒髪を掻き上げて一つ、溜息を零す。

 確かに今戦っていたダイバーは実力こそ自分に及ばなかったのかもしれない。

 それでも、彼は剣士だった。

 最後は奇策に走ったとはいえ、太刀一本で鳴らしてBランクまで上がってきた相手なのだ。

 ブッシが弱かったわけでは決してない。

 そしてその戦い方は、いわば「型」は戦いの中で磨き上げられた、他でもない彼自身のものに他ならなくて。

 ふぅ、と、小さく一つ溜息を零して、「月下の辻斬り」は機体を橋桁へと寄り掛からせる。

 次なる挑戦者を待つために。

 そして、自らの中で決して満たされることのない渇きを癒すために。

 彼女は今日も月明かりの下で、剣を交えるための相手を、さながら恋人との逢瀬を控えているかのように待ちわびるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「一条さん一条さん!」

 

 昼休みという時間帯は、少なくともこの学校に通う一部の学生にとっては戦争のようなものだ。

 四限目の国語教師が授業の終了を告げると同時に起立し、頭を下げたかと思えば教室のドアを目掛けて猛ダッシュしていく男女は、購買における菓子パン争奪戦へと身を投じる猛者たちである。

 教室から他の場所へと安全に移動したいなら、少なくともそんな彼ら彼女らが廊下を駆け抜けていくのを待ってからでないといけない、というのは、手弁当を持ち込む綾乃にとっては非常に煩わしいことだった。

 そしてそれは、隣のクラスから車椅子でわざわざ迎えにきてくれる優奈にとっても同じことなのかもしれない。

 もっとも、露骨に機嫌が悪い自分とは違って、にこにこと向日葵のような笑顔を浮かべている優奈は違うのかもしれないが。

 今朝、与一に持たせる分も含めて握っていたおにぎりに口をつけながら、綾乃はそんな荒んだ心に優奈の笑顔が染み入っていくような感覚を抱く。

 優奈には色々と振り回されてこそいるものの、それもそれで悪くはないと思う感情の出所がどこにあるのかは未だにわからない。

 それでも教室の中、一人で苛立ち紛れにおにぎりを齧っていた頃と比べれば、こうして教室を出て誰かと食事を共にするというのは悪くないと、それだけは確かに断言できる。

 

「どうしたの、優奈?」

 

 手弁当のサンドイッチを膝の上に広げながら、何やら興味を惹かれる出来事でもあったのか、目を輝かせ続けている優奈に向けて、綾乃は静かにそう問い返す。

 自分の子供じみた苛立ちなど、ゴミの日にでも捨てておけばいい。

 少なくともそう思えるようになった理由に彼女が一枚噛んでいることは確かだろう。

 だからこそ、綾乃もまた、紡ぐ言葉に口元を綻ばせているのだ。

 

「なんだか凄い噂を見つけちゃったんだ! 『月下の辻斬り』だって!」

「月下の……?」

 

 優奈もあれからGBNの内部コンテンツとして設置されている掲示板を覗くようになったのか、スマートフォンの画面に表示されている、阿鼻叫喚というのが相応しい文字列が並ぶ様を綾乃へと提示してくる。

 どうやらそこにある文章から見るに、噂の「月下の辻斬り」とやらは深夜におけるジャパン・エリアの大橋に佇み、通る人々に片っ端からフリーバトルの申請を行っている、ということらしい。

 一応、それに類するものとしては「MS斬りの悪魔」と呼ばれていたダイバーが同じような手口での無差別フリーバトルを挑んでいたり、「ヒバリ」というダイバーも似たようなことをしていただとか、スレッドにはそんな名前が挙げられていたが、どちらも知らない綾乃にとってはどうでもいい、とまではいかなくとも、そんなダイバーが複数人もいたのか、というのが率直なところだった。

 

「通りかかる人々に無差別フリーバトルを挑む……でも本人の目的はわかっていない、となると愉快犯の類かしらね」

「うーん、なんだかその『月下の辻斬り』って人も迷ってるとか迷ってないとか、そんな話を聞いたけど……」

「……迷っている?」

 

 てっきりロールプレイとして辻斬りを演じているのだろうと綾乃は思っていたのだが、優奈の話を聞く限りではどうやらその噂の彼女にものっぴきならない事情があるようだ。

 迷いながら戦って、尚且つ名前が各所で話題に上がる程度の戦績を残している時点で驚異的だが、何故迷いながら辻斬りなんてことをやっているのかについては、考えれば考えるほどわからなくなってくる。

 

「うん、なんだかよくわからないけど、『武』ってなんだろうとか、そんなこと言ってるみたいだから、一条さんならわかるかなって!」

 

 きらきらと目を輝かせながら無垢に問いかけてくる優奈には悪いとは思いつつも、「武」とは何かなど、綾乃のように武道を飾った程度の人間がそんな大それた問いに対して答えを出すことなど烏滸がましい、という言葉でも足りないぐらいだ。

 それどころか、与一のような「武」に生きる人間でさえもその答えを持っていないのかもしれないのに、随分と哲学的なことを考えながら辻斬りをしているのだと、綾乃は半ば呆れたように目頭を抑えながら小さく息を吐く。

 

「……確かに私は武術の嗜みはあるけれど、答えなんて持ってないわ」

「そうなの? うーん……一条さんが持ってないなら、私にもわからないなあ……」

「……と、いうより、簡単に見つかるものではないわ。それでどうして、その『月下の辻斬り』とやらの話題を持ってきたの?」

 

 その辻斬りが答えの見えない問いを抱えながら辻斬りをしているというだけなら、GBNの利用規約に反していない限り見つかるまで好きなだけやればいい。

 そうして斬り捨て続けた屍の上で一つの答えを得ることができるかもしれないしできないかもしれない、そんな修羅の道をもしも優奈が歩みたいというのであれば綾乃は止めるかもしれないが、相手は見ず知らずの他人だ。

 そこまで温情をかけてやれるほど、綾乃は優しい人間ではない。

 ただ、優奈がその話題を持ってきたということは、彼女にも何か目的があるということなのだろう。

 漠然とした嫌な予感を胸に抱きつつも、綾乃は優奈へとそう問いかける。

 

「えっと……なんだか困ってるみたいだから、一条さんならもしかして! って思ったんだけど……違うみたいだし、私も力になれたらなあって! だから今夜、その橋まで行ってみようと思うんだ!」

「……そういうことだと思ったわ」

 

 対して、困った人がいたら放っておけないのが優奈という人間なのだろう。

 それが横断歩道で大荷物を抱えて立ち往生しているご年配の人であろうと、GBNで「武とは何か」と迷いながら辻斬りをしている何者かであろうとも、優奈にとっては等しく手を差し伸べるべき存在なのかもしれない。

 だが、それは修羅の道だ。

 善意や優しさは美徳だとされているが、時にはそれが過ぎれば我が身を蝕む毒となり、或いは返ってくるものが悪意や仇でないとも限らない。

 それでもきっと、止めてもきっと──優奈という少女は、行くのだろう。

 理由などない、理屈よりも先に走った優しさに身を任せて、或いは何か使命を果たすかのように、朗らかな瞳の奥に一本の芯を宿している彼女を一瞥すれば、すぐにわかることだった。

 

「……わかったわ、優奈。ただしその『月下の辻斬り』がどんな人かわからない以上、私も同行するわ」

「えっ? いいの、一条さん?」

「ええ、そのつもりよ」

 

 保護者役という面をできるほど、綾乃は長い時間を優奈と過ごしているわけではない。

 それでも、優奈と自分の間に何か勘違いや間違いがなければ、友情というものは確かに存在しているはずで、ならそんな情に紐づけられた人が、友人が一人で無茶をしようとしていて、止めても無駄そうなら、それに付き合うのもまた友情の形の一つだろう。

 おにぎりをお茶で流し込むと、綾乃は優奈を微かに一瞥する。

 ──優奈は友達……だと、そう思いたい。

 少なくともこうして、昼食を共にする間柄であるのだから。

 ずっと一人ぼっちだった中学時代を思い返しながら、綾乃は自ら切り捨てていたとはいえ、そこにあった古傷の痛みを誤魔化すように、引き立った笑いを浮かべてみせた。

 

「ありがとう! よーし、それじゃ今夜は寝ないように頑張らなくちゃ!」

「……同行すると言った手前でなんだけど、あまり無理はしないでね」

 

 帰ったら新しく発売したエナジードリンク買いに行くんだ、とはしゃぐ優奈を横目に綾乃は、家庭用に必要なコントローラーを買うためのへそくりが足りているかどうかを静かに数えて、その額にそっと溜息をつく。

 無駄な出費かもしれない。高い買い物かもしれない。しかし、それもまた一興。

 きっと与一がこの場にいたらそう言うのだろうな、と苦笑しながら、綾乃は今日も学校に持ってきたクロスボーンガンダムXPが梱包されたタッパーの詰まった学生鞄をそっと撫でるのだった。




一緒に無茶をするのもまた青春


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第十話「感情表現伝言迷路」

感覚が鈍ってるので初投稿です。


 優奈を駅まで送り届けた後、綾乃が家電量販店で購入した自宅用ダイバーギア対応型コントローラーは、女子高生の財布からすればかなりの痛手だった。

 それだけ精密に作られている電化製品だから仕方ないといえば仕方ないのだが、今まで使うこともなくこつこつと貯め込んでいたお年玉貯金が崩れてしまうプロレタリアート的な喪失感は、中々納得できるものではない。

 とはいえ、優奈と遊ぶための必要経費だと考えればこれも仕方がないことだと、自分に言い聞かせるようにして綾乃は、帰るなりコントローラーの詰まっている箱を自室へと輸送した。

 

「ふむ……基本的にはガンダムベースの筐体と変わらないのね」

 

 設備の豪華さでいえばゲーミングチェアであるとかその他補助器具が付いているガンダムベース据え付けの筐体と比べるべくもないが、操作に関して、ゴーグルを被って二本の操縦桿を使う、という点に関しては家庭用コントローラーもゲームブースの専用筐体も大して変わらない。

 早速物は試しとばかりに付いてきたゴーグルを被って、綾乃はコントローラーにダイバーギアをセットすると、勉強机に向かい合う。

 ゲーミングチェアのあの包み込むような感覚と比べれば窮屈もいいところだが、それでもプレイ中に支障はないはずだ。

 というか、あってもらったらそれはそれで困る。

 綾乃は早速、ダイバーギアの中心にクロスボーンガンダムXPをセットして、起動の準備を整えていく。

 あの後調べた情報によれば、「月下の辻斬り」はその異名通り夜を中心に、ジャパン・エリアの巨大な橋に現れるということらしい。

 昼でも見かけたという目撃情報もスレッドの中には書き込まれていたが、単純に見かけた関数の多寡でいえば夜の方に軍配が上がるのだから、会いに行くのならばなるべく遅い時間帯の方が確率は高いはずだ。

 

「……今日が金曜日でよかったわね」

 

 一応、綾乃たちの本業は学生であってGBNのプレイヤーではない。

 それも深夜まで潜り続ける廃人たちと同じ時間帯にダイブしたとあっては翌日に支障が出ることなど目に見えて明らかだ。

 そんな小さな神の気まぐれに感謝しつつ、綾乃は一旦ゴーグルを外して夕食の場に向かうために立ち上がる。

 優奈との待ち合わせ時間は夜の十時だ。

 だから、実際のところまだまだ余裕があるのだが──それでも、専用コントローラーを開封して環境を整えている辺り、自分もなんだかんだであの「月下の辻斬り」とやらに出会うことを、そして優奈に出会うことを楽しみにしているのかもしれない。

 理路整然と導き出された答えに対して、綾乃は頬を赤らめつつ、少しだけ困惑をその表情ににじませていた。

 なんと言えばいいのだろう。

 綾乃は思案する。

 例えるなら、それは遠足の前日に眠れなくなるような感覚とよく似ていて、或いはショートケーキの苺を最後に食べるために皿の脇へと退けた時とも似た、甘酸っぱい綿で心臓を締め付けられるような、そういう感覚。

 与一から預かった言葉の通り、あのGBNという世界には数多の剣豪が存在していて、そこに綾乃がかつて憧れたあの剣士はいなくとも、その中の一人と出会えることへの高揚感と、そして夜更かしをしてまで友達と遊ぶという背徳感に対する愉悦がぐちゃぐちゃになってマーブル模様を描いているような感情と感覚はショート寸前だ。

 

「……そうね、とりあえずは、ご飯を食べないと」

 

 そんな甘酸っぱい考えに足を捕われていた綾乃を正気に立ち返らせたのは、呼んでもこないことに業を煮やした母親からのメッセージをスマートフォンが知らせる音とバイブレーションだった。

 ディナーの後に待っている、デザートを迎えに行くかのように、綾乃はごめんなさい、とメッセージを打ち込むと、早足で部屋を後にするのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 結論からいってしまえば、自宅からのログインであっても仮想世界で身体を動かすのに、ほとんど支障らしい支障は存在しなかった。

 少しばかりラグが発生しているような感じを覚えることはあるが、それだって軽微なもので、流石に店が整えているような環境をそのまま持ってこれるほど綾乃の懐は豊かではないのだから、これで十分だろう。

 食事と風呂と歯磨きと、その他諸々を済ませて綾乃が「アヤノ」としてセントラル・ロビーに降り立った時刻は午後の九時三十分、約束の時間からは大分早い。

 壁にもたれかかって周囲を一望すれば、金曜日だということも相まって、この時間帯にも関わらず接続している人数は相変わらず凄まじい。

 沈黙に体を預けて聞き耳を立てれば、ロビーを飛び交う噂もまた多種多様であり、どこそこの誰それがあんな偉業を達成しただとか、新しいクリエイトミッションの攻略法が見つからないだとかいうこの仮想世界の中での話から、或いは放課後に交わすような他愛もない言葉のやり取りが聞こえてくる。

 

「リビルドガールズのアイカちゃんもとうとう三桁ランカーかぁ」

「エリィちゃんも一緒にランクインしたらしいぜ、二人はズッ友ってやつだな」

「しかし三桁なあ……そこまで行ってもまだ上があるって時点で恐ろしいぜ」

「俺らには縁のない話だからいいけどな、それよりお前聞いたか? 辻斬りの噂」

「聞いた聞いた、ロールプレイなのかどうか知らんけど物好きもいるもんだなー」

 

 ちょうど、前を通りがかった男性二人組がそんなやり取りと共に雑踏へと溶け込んでいくのを見送りつつ、壁にもたれていたアヤノは、「リビルドガールズ」とやらの話はともかく、辻斬りの話題が彼らの口から出てきたことに関心を寄せていた。

 ジャパン・ディメンションへの接続人数がどんなものになっているのかは知らないが、少なくともこの往来で話題に出る程度には「月下の辻斬り」とやらは有名な存在であることは確からしい。

 そして、大層なあだ名が付けられる人間は実力もまたそこに伴っている、というのは古今東西、昔からのお約束みたいなものだ。

 

「……どうやら、一筋縄では行かなさそうね」

「あ、いたいた! おーい! アヤノさーんっ!」

 

 ぼそり、とアヤノが溜息と共にそんなことを呟いた刹那、自身を呼び止める底抜けに明るい声音が耳朶を震わせる。

 声のした方に振り返れば、ぶんぶんと右手を振りながら元気いっぱいに自身の元に駆け寄ってくるユーナの姿があり、そんな一筋縄ではいかなさそうな相手に挑むというのにもかかわらず、底抜けに明るい笑顔を浮かべているのにはどこか、一周回ってアヤノは安心さえ覚えていた。

 

「いつも貴女は元気ね、ユーナ」

「そうかなっ? えへへ、元気だけが取り柄だからね!」

 

 えっへん、と胸を張ってみせるユーナだったが、それが自慢なのか自虐なのかよくわからないアヤノはただ曖昧な笑みでお茶を濁しながら、そうね、と答えるのが精一杯だ。

 それでも、彼女が「元気であること」を誇りにしているのは確かなことなのだろう。

 

「それじゃあ……例の橋まで向かえばいいのね?」

「はいっ! えっと、辻斬りさんに会えるかどうかはわからないけど……」

「多分いると思うわ、そうでなければ噂になんかならないもの」

 

 確証はどこにもなかったが、夜を活動時間のメインにしていなければわざわざ「月下の」なんて二つ名で呼ばれないだろうし、仮にいなかったとしても、雑談でもして待てばいいだけの話だ。

 ユーナからの同意を確認してアヤノはセントラル・ロビーの受付に並ぶと、窓口のNPDにジャパン・エリアへの転移を申し出る。

 

「承りました。十秒後に転送されますので、お気をつけていってらっしゃいませ」

 

 相変わらず愛想良く、しかし貼り付けたような印象のしない笑顔を浮かべて、受付のNPDはアヤノたちからの申し出を受け入れ、その躯体を転送すべく青色の光で包み込んでいく。

 GBNはAIの再現にも力を入れるようになったというが、流石の技術力だと舌を巻きつつもアヤノは遭遇するであろう「月下の辻斬り」の姿を脳裏に浮かべながら、ぴしゃりと己の頬を叩いて気合を入れ直す。

 どんな相手が待っているのかはわからない。

 だが、大層な二つ名を持って──そして、「辻斬り」と呼ばれるくらいなのだから一角の剣士であるのなら、相手にとって不足はないはずだ。

 武者震いと期待が半分になったような感覚に、ぞくり、と脊髄から電流のようなものが伝ってくるのを感じながら、「アヤノ」を形作る仮想の躯体とユーナのそれは、セントラル・エリアからジャパン・エリアへと転送されていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 月が綺麗ですね、というのがアイラブユーの和訳であって、偉大な作家が指図したからそうなったというのは実は間違いで後世の逸話と混ざり合ったからだ、といっていたのは今日の授業での国語教師だったかと、ジャパン・エリアへと転送されてきたアヤノは凝り固まった身体をほぐすように伸びをしながらそんなことを望洋と考える。

 現実における日本を再現した、というよりは「和」のテイストが多く盛り込まれたモニュメントやオブジェクトが並んでいるこのエリアは初心者や、ガンプラバトルを嗜まないダイバーにも人気の場所であり、それを示すように、アヤノたちが転送されてきた中心地帯には立派な神社が建てられていた。

 

「わー、凄い! 綺麗だね、アヤノさん!」

「ええ、そうね。ただ、見とれている場合じゃないわ」

 

 正直なところ、このエリアを観光目的でもう一度訪れるのもそう悪くないかと思える程度には風光明媚で、アヤノの心にも根付いている和の心を刺激してやまないのだが、今探すべきは観光名所ではなく辻斬りだ。

 我ながら物騒なものを探している、とアヤノは探索しつつも掲示板をコンソールから呼び出して、「月下の辻斬り」が目撃されている大橋へと歩を進めていく。

 武とは何か。

 そんな問いに答えられるのは、それこそその道に己の全てを捧げて何年も、何十年も厳しい鍛錬の中に身を置いてきた達人か、それすらも凌駕する神がかった存在ぐらいなのだろう。

 それでも、その辻斬りが「武」を探し続けていることに、アヤノはどこかシンパシーのようなものを抱いていた。

 

(懐かしいわね、あの日が)

 

 思い返すのは、失った憧れのこと。

 そして今も代わりが、答えが見つけられずに、胸の内側に穿たれている空白のこと。

 中学時代、がむしゃらに剣を振り続けてきてもその答えが見えることもなければ、かといって燻っている夢が完全にその熱を失うこともないという中途半端な状態でいたからこそ、憧れ故に、夢見る故に出口の見えない迷路に迷い込んでしまうその感覚は誰よりも理解できるのだ。

 そんなことを考えながら、ユーナと他愛もない言葉を交わしつつしばらく歩いて辿り着いた、MSサイズに拡大されたその巨大な橋の麓には月明かりを映して輝く水鏡と、そして豊かな自然が広がっていた。

 思わず目を奪われる絶景だったが、見とれている場合ではないと言ったのは他でもない自分なのだ。

 アヤノは妄念を振り払うように頭を振ると、他に誰かいないかどうかを念入りに観察する。

 観光地としてはこれ以上ないほど美しい場所なのに、自分たち以外の人影が見えないのは、きっとその「月下の辻斬り」がいるからなのだろう。

 フリーバトルの申請を断ればいいとはいえ、物騒な相手が陣取っているとなれば及び腰になるのも理解できる。

 そんなことを頭の片隅に描きながらしばらく歩くと、アヤノの視界に橋桁の前に静かに佇む、胴着と袴に身を包んだ女性がすっと映り込んでくる。

 

「アヤノさん、あの人って……」

「その可能性は高いわね」

 

 どこか憂いを帯びたような黒曜石の瞳に、夜を梳かしてそのまま糸に紡いだような濡れ羽色の髪の毛をした出で立ちの女性へと慎重に歩み寄りながら、問いを投げかけたのは果たしてアヤノではなく、ユーナの方だった。

 

「こんばんはっ! えっと、あなたが……『月下の辻斬り』さんですかっ?」

「なっ、もうちょっとオブラートに……」

 

 あまりにもド直球、火の玉ストレートなユーナの言い草に面食らいながら、アヤノは彼女を引き止めようと手を伸ばしたが、どこか物憂げな女性は気にした様子もなく、被っていた三度笠をそっと上げると、二人を視界に捉えて小首を傾げる。

 

「拙のこと……ですか? ええ、そうですね。確かにそう呼ばれているとは聞き及んでおります」

「ほら、やっぱり!」

「そういう問題じゃなくて……はぁ、それで、その……気を悪くしたら申し訳ないのですけれど、私たちは貴女に用がありまして」

「フリーバトル、ですか?」

「単刀直入に言えばそうなりますね」

 

 ユーナはあくまでこの三度笠の女性が探している「武」の探究に協力してあげたい、と言っていたが、それを手っ取り早く実行するのならば刀を交える他にない。

 どことなく剣呑な空気が漂い始めてきたことに困惑するユーナを他所に、「月下の辻斬り」とアヤノが交わした視線の間には、冷たく研ぎ澄まされた刃がぶつかり合うように火花が散りはじめる。

 

「そうですか……本来であれば拙からお願いすべきでしたが……ありがとうございます。拙の名はカグヤ。どうぞお見知り置きを」

「私はアヤノ、こちらこそ」

「え、えっと! わたし、ユーナです!」

「では……存分に死合うといたしましょう!」

 

 アヤノがカグヤと名乗った女性に差し出したフリーバトル申請が受諾されると同時に、青白いフィールドが周囲に展開されて、バトルエリアを形成していく。

 そして、アヤノたちは愛機のコックピットへと転送されて、戦いの火蓋が切って落とされる。

 闇から溶け出してくるように現れたその機体は、ロードアストレイをベースとしていながらも、関節部やフレームなどには独自の丸みを帯びた加工が施されており、華奢な印象をアヤノへと与えていた。

 噂通りに、装備しているのはガーベラ・ストレートただ一本。

 腰に提げた鞘から、カグヤがすらりとそれを抜き放ったのを確認してアヤノは、ABCマントに隠していた両手から、バタフライ・バスターBを牽制射撃として斉射する。

 

『飛び道具とは……しかし、拙にその攻撃は届きません!』

「ビームを、斬ってる!?」

「くっ……」

 

 ユーナが驚愕に目を見開いたのも無理はなかった。

 確かにカグヤはその刀で放たれたビームの銃弾を切り裂くと、飛び道具など邪道だとばかりに疾駆する。

 その間にアヤノが放った牽制射撃は全て避けられるか斬り捨てられるかの二択であり、それはこのカグヤという女性との戦いにおいて、ビームライフルは無用の長物だということを示していた。

 だが、バタフライ・バスターBの用途は射撃だけに限らない。

 ABCマントを脱ぎ捨てると、アヤノは二挺の銃口同士をぶつけ合って二つ折りにすると、その間から発振されたビームの刃を構え、カグヤへと切り掛かっていく。

 

「バタフライ・バスターはこうも使える!」

『っ……素晴らしい、素晴らしい太刀筋です、アヤノさん。拙も……拙もその武を学ばせていただきます!』

「あわわ……」

 

 激しく打ち合う実体刃とビーム刃の剣戟は、ユーナがそこに挟まることを許さないとばかりに空気を鋭く切り裂き、激しく火花を散らしてぶつかり合う。

 だが、それでも──不利なのは自分の方だ。

 アヤノは鍔迫り合いの手応えに、じわりと冷や汗を滲ませる。

 きっとあの刀身には対ビームコーティングが施されているのだろう。

 ──このままわじりじりと鍔迫り合いを続けるだけでは、強引に押し切られる。

 

『なんとまた、複雑怪奇な……』

「クロスボーンガンダムの特性よ……!」

 

 それを悟ったアヤノはカグヤの意表を突くように、ザンバーモードに展開したバタフライ・バスターBによる鍔迫り合いを打ち切って、機体を宙返りさせながら足の裏からヒート・ダガーを飛ばす。

 かくして月下の戦い、その始まりを告げる嚆矢のように、射出されたヒート・ダガーはカグヤのロードアストレイをベースとしたガンプラの肌を掠めて、微かな傷をそこに刻むのだった。




邂逅、サムライガール


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第十一話「朧月の欠片」

リゼ3巻が発売したので初投稿です。


 不意をつくように放ったヒート・ダガーの一撃は、対峙する機体──ロードアストレイをベースとした【ロードアストレイオルタ】へと擦り傷を刻んでいたが、それが逃げの一手でしかないことは、アヤノにもよくわかっていた。

 電子の海を漂って、「月下の辻斬り」についての評判を調べてみれば、御丁寧に通りかかる人全員にフリーバトルを見境なく挑んでいるだとか、刀一本しか武装を搭載していないのにやたらと強いだとか、いい評判も悪い評判も続々と発掘されるものだったが、中でもアヤノの目を引いたのは、「攻撃の型が見えない」というものだ。

 例え同じ機体を使っていても、多かれ少なかれ、ダイバーによる「癖」とでもいうべきものは、要するにその身体に染み付いた「型」というものは見えてくるものだが、それが全く見えないとはどういうことなのか。

 アヤノは牽制にバルカンと胸部のガトリング砲を斉射するが、残像さえ見えない音速の太刀筋は放たれる弾丸すら斬り落として、再びクロスボーンガンダムXPの喉元を食い破らんと追いすがってくる。

 

「あわわ、アヤノさん!」

「わかってる、ユーナは隙を見てなんとか援護を……!」

 

 そんな隙を相手が与えてくれるかどうかはともかく、タイマンを張るにはこのカグヤと名乗った少女の太刀筋はあまりに苛烈であり、そして対ビームコーティングがガーベラストレートの刀身に施されている以上、通常のビームサーベルより出力が高いとはいえ、バタフライ・バスターBでどれほど受け止められるかわからない。

 アヤノは距離を取ることを諦めて、それこそ己の身体に染み付いた実家の古武術──一条二刀流の構えを取って、荒れ狂う鎌鼬のように素早く振り抜かれるガーベラストレートの刃を受け流す。

 

『なんと……素晴らしい型です、拙もまた、負けていられない!』

「それはどうも……ただ!」

 

 ヒート・ダガーによる不意打ちはもう見切られるだろう。

 アヤノは光の翼を展開した膂力で強引にカグヤの太刀を打ち払うと、次なる型へ、攻めの姿勢に転じるために構えを直して攻撃を仕掛けようと試みた、その時だった。

 ──何かが来る。

 理屈より先に本能が脊髄を伝って、直感的に警告をもたらす。

 アヤノはもう一度強引に機体を制動し、モーションを中断してのバックブーストという選択肢を手に取ったが、その代償としてフィードバックされる猛烈なGが胸を締め付け、息が詰まる擬似感覚が思考を苛む。

 だが、結論からいってしまえばそれは正解だった。

 アヤノが攻めに転じようとしたその瞬間、ユーナは確かに見ていたのだ。

 カグヤもまた、流れるように構えを変えていたことを。

 

「……えっ? えっと……あれ……?」

 

 しかし、ユーナはそこに一抹の違和感を抱く。

 確かにアヤノもカグヤも互いに次の一手を打つために構えを直した、その行為自体には何も問題はない。

 ただ、カグヤのロードアストレイオルタがそうさせているのか、或いは彼女のダイバーとしての性質がそうさせているのかはわからないが、アヤノが流れる水のように構えを変えたのなら、カグヤは無理やり、本来であれば繋がるはずもない型同士を無理やりくっつけたような動きでそれを切り替えていたのだ。

 飄風のように荒れ狂う、連撃を中心とした太刀筋から、刀それ自体の重さを利用した鈍器のように重たい一撃を見舞う構えに。

 武術の類に縁がないユーナでも目に見えてわかった違和感を、アヤノもまた覚えていないはずはない。

 そしてその行為自体の不可能性、現実でもし実践したなら確実に失敗するか、或いは関節を痛めるようなそれを無理やりつなぎ合わせることができたのは、MSサイズに拡大されたガンプラが、仮想世界で機体を得たことによる膂力があってこそなせるものだろう。

 

『今の一撃を躱しましたか……しかし、逃げてばかりでは、拙には及びません!』

「わかっているわ……!」

 

 型が見えない。

 そう評されていた理由を目の当たりにして、なるほど確かにその通りだと、アヤノは唇を静かに噛んで嘆息する。

 強いていうのであれば、あれは「別人の型」だ。

 それは一つの型に付けられる名前などでは断じてない。

 ただあくまでも別人が使う技を継ぎ接ぎにしたモザイクアートのような、パッチワークのような模倣の極致。

 恐らく今使っている重撃の型は、掲示板の中で比較対象として挙げられていた辻斬りダイバーである「ヒバリ」のそれと特徴が近い。

 凄まじい重さの太刀を、モビルトレースシステムのプラグインとフィジカルで強引に振り回すとされるその剣豪を、アヤノは名前しか知らないものの、不特定多数から名前が上がっている時点で、既にそれは強者であることの証明のようなものだ。

 そしてあのロードアストレイオルタは、足りない太刀の重さを補うために膂力とマニューバを重ねて、擬似的に「ヒバリ」の型を再現してみせたのだろう。

 ならば、それより前の連撃は──

 

『拙の前で隙を見せるとは!』

「くっ……!」

 

 再び切り替わったカグヤの攻撃に翻弄されつつも、アヤノは脳裏でロジックを組み立てて、反撃の機会を虎視眈々と伺っていた。

 

(なるほど、確かにこの人は強い)

 

 例えそれが模倣であったとしても、剣豪たちの型をその身に宿して再現して見せる時点で、その才覚が頭抜けていることは語るまでもない。

 今も尚、見知らぬ剣豪が使っていたのであろう型へと構えを切り替えて切り掛かってくるカグヤの太刀筋は予測が不可能であり、アヤノもなんとかガトリング砲や射撃による牽制を交えて回避に徹するのが精一杯だし、それとていつかは限界が来る。

 展開している光の翼と、そしてエネルギーゲインと睨めっこをしながら、受け止められそうな太刀をアヤノは起点とすることで、振り続けてきた己の太刀をぶつけることに決めた。

 すぅ、と呼吸を整えて、刀が振り抜かれるその一瞬。

 

「これが私の……!」

『なんと……っ!?』

 

 アヤノはバタフライ・バスターBを真上に放り投げると、膝部分から展開したブランド・マーカーから発振する二枚のビームシールドによって、直上から振り下ろされたカグヤの太刀を白羽取りしてみせる。

 そして、一瞬──カグヤが動揺したのを見逃さずにビーム・シールドをパージすると、そのまま機体を上昇させて、アヤノは放り投げていたバタフライ・バスターBをその手に取る。

 その太刀が空を切り、無防備な背中を晒している今しか好機はない。

 光の翼がもたらす強引な機体制御でもって「月下の辻斬り」を翻弄したアヤノは、両手に取ったその刃で確かにカグヤのロードアストレイオルタを切り裂いた、そのはずだった。

 

『申し訳ありません、拙も──学ばせていただきました』

 

 しかし、渾身の一撃は空を切り、橋に穴を空けるだけに終わった。

 驚愕に目を見開くアヤノを他所に、カグヤは淡々と言葉を述べると、先ほど自身ががそうしてみせたように、突き刺した刀を起点にしたハンドスプリングの要領で強引にそれを回避してみせたのである。

 戦いの中で学び続け、技術を吸収するのがこのカグヤというダイバーの才覚なのだろうか。

 舌を巻く暇もなく、仕切り直しとなった二人は得物を構えなおし、じりじりと距離を測って睨み合う。

 

「……凄まじい才能ね」

『いいえ、拙はただ──』

「でも、一つだけ忘れていることがあるわ」

『一つ……?』

「そうよ、それは……ユーナ!」

「がってんだよ、アヤノさん!」

 

 アヤノに指摘された通り、斬り合いに夢中になるあまり、カグヤは意識からその存在を外していた。

 だが、元々このフリーバトルは二対一という条件で提案され、そして承諾を得たものである以上、そこに卑怯という言葉は存在しない。

 今までは互いの剣戟に割り込む余地がなく、尻込みしていたユーナだったが、これだけ派手に動き回れば付け入る隙は生じるものだし、それを見逃すほどユーナもまた愚鈍ではない。

 

「おおおおおっ! 炎、キーック!」

 

 トライバーニングガンダムに組み込まれているバーニングバーストシステムを一部起動して、脚部に炎を纏わせたユーナは、己自身を一振りの槍として、呆けていたカグヤへとその一撃を見舞わんと機体を加速させた。

 

『くっ、抜かりましたか……ですが、そう簡単には!』

 

 それでも、カグヤが反応できていたのは彼女の尋常ならざる反射神経と、そしてラーニングがそうさせていたのだろう。

 カグヤは機体に炎槍が直撃する寸前、重撃の型に切り替えたガーベラストレートの一撃で、ユーナが放った炎キックを受け止めるが、アヤノもまた呆けているわけではない。

 

「……あまり気は進まないけれど!」

 

 バタフライ・バスターBを両手に握って、光の翼──ミノフスキー・ドライブの出力を全開まで引き上げるとアヤノは、今度こそ反応などさせないとばかりにその刃を、無防備なカグヤの横っ腹を狙ってX字状に振り抜いた。

 正直なところ、純粋な斬り合いでは終始圧倒されていたというところに剣士として思うところがないわけではない。

 だがこれは、剣道の試合でも侍の果たし合いでもなく、あくまでもガンプラバトルだ。

 武器であろうと数の優位であろうと状況であろうと、使えるものは全て使って勝利をその手に収めることが黄金律であるのなら、アヤノが取った手段もまた間違ってはいない。

 それでも、プライド故に釈然としないものを抱えながらも──システム音声が無機質に告げる「Battle Ended」の宣言を確かに聞いて、この場における勝者と敗者は決定される。

 

『見事な連携です……剣に気を取られて剣の中で戦いを忘れた、拙の完敗です』

「……こちらこそ、グッドゲーム。凄まじい太刀筋だったわ」

「はいっ! 『月下の辻斬り』さん、ありがとうございますっ!」

 

 こういう状況のことを、試合に勝って勝負に負けたというべきなのだろうか。

 それでも勝ちは勝ちだと純粋に喜びを露わにしているユーナとは対照的に、肩を落として小さく溜息をつきながら、アヤノは声には出さずに心の内でそう呟く。

 ──GBNには、数多の剣豪がいると聞く。

 与一から聞いた言葉は確かにその通りで、そして自分ただ一人で黙々と剣を振り続けてきたところで大海は広いのだと、改めてそう突きつけられた気分だった。

 だが、自然とそれは悪いものだけではないような──微かにそんな予感を、未来へと芽吹こうとしている萌芽を感じさせる何かが、そこに横たわっているのもまた、確かなことで。

 

「アヤノさん?」

「……大丈夫よ、ユーナ。世界は広いんだって……そう思っただけ」

「うん! だって四万キロぐらいあるからね!」

 

 最近図鑑で読んだんだ、と、明後日の方向に胸を張って呟くユーナに苦笑しつつ、そういうことじゃないわよ、と返すアヤノの口元もまた、静かに綻んでいるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「先程は良き試合でした、それで……その、不躾ですが、どうして拙の元を訪ねてきたのでしょうか?」

 

 機体の損傷に伴ってベイルアウトしたカグヤは、同じように機体を降りたアヤノとユーナに向けて、小首を傾げながらそう問いかける。

 自分の評判がろくでもないものであることはカグヤにもわかっていたし、それ故に悪名を轟かせているダイバーを征伐しようと大人数で押しかけてきた相手と斬り合ったこともある。

 或いは噂のダイバーを仕留めて名を上げようとする手合いもそうだが、ユーナとアヤノ、特にユーナの方は何かそれと違った事情を抱えているような気がしたのだ。

 そんなカグヤからの問いかけへ、待っていましたとばかりに目を輝かせながらユーナはその手を取って答えを返す。

 

「えっと……カグヤさん、なんだか困ってるんじゃないかなって」

「拙が……ですか?」

「武とは何かー、って、なんかずっと言ってたって聞いたから、アヤノさんと一緒になにか力になれないかなって思ったんですっ」

 

 武。確かにカグヤはその一文字に込められた意味を探し続けていた。

 そしてそれは、きっとカグヤに限らずアヤノも含め、剣や拳を振るう求道者たちが辿り着こうと足掻き続けている答えであり、一介のゲームプレイヤーに過ぎないユーナがアプローチをかけたところで、お節介にしかならない、というのは他でもないユーナ自身も理解している。

 それでも、困っている人がいるなら何か力になってあげたかった。

 そんな強い意志を感じさせるユーナの瞳に絆されたのか、カグヤはきゅっ、と袴の裾を握り締めると、アヤノの方へと振り返って問いを投げかける。

 

「アヤノさん……武人である貴女から見て、拙の剣は、どうだったでしょうか」

「どう、とは?」

「そのままの意味です。どうか拙に……アヤノさんの感じたことを聞かせていただきたい、ユーナさんも……拙は……」

 

 しょんぼりと肩を落としたカグヤの様子は、「月下の辻斬り」と呼ばれていたとは思えないほどしおらしく、そして頼りなく見えた。

 正直なところ、アヤノはカウンセラーでもなければ武人と名乗れるほど一条二刀流を極めているわけではないため、カグヤが何を求めてそこまで必死に問いかけているかはわからなかったものの、そこに深刻な事情があることぐらいは理解できる。

 どうしたものかと思案するが、考えてどうにかなるものでもない。

 アヤノは腹を括ると、正直に、思っていたことを言葉にして唇から紡ぎ出す。

 

「そうね……とても強かったわ、誰かから習ったのかはわからないけれど、私の目から見れば十分に貴女の強さは完成されていると思うけれど、カグヤさん」

「わたしも同じく! だって二人が斬り合ってる時、割って入れなかったから!」

「……ありがとうございます、ユーナさん。そしてアヤノさんは、拙の問題を見抜いていらっしゃるのですね」

 

 概ね肯定的な答えであったのにもかかわらず、カグヤの表情はどこか曇ったような濁ったような、ノイズの混じった笑顔だった。

 誰かから習った、というのは言い得て妙だが、それだけでは真実からはまだ遠くとも、一介の武に生きる者としてアヤノは無意識に見抜いていたのだろう。

 

「拙は、まだ拙の求める武に辿り着けません。それがもどかしく、そして何なのか見えない……」

「なら、一緒に探しませんか?」

「ユーナ……!?」

 

 はらり、と一粒の涙を零したカグヤの頬をそっと拭うと、ユーナは満面の笑みを浮かべながらそう持ちかける。

 

「確かGBNって、フォースって機能があったはずだから! だよね、アヤノさん!」

「え、ええ……そうだけど……カグヤさんをその、フォースに?」

「うん! だって一人で悩み続けるより、相談相手がいた方がいいかな、って! わたしにできるかはわからないけど……えへへ」

 

 相変わらず見切り発車で、計画性も何もあったものではないが、内々的に問題を抱え込む気質と見えるカグヤに、相談相手がいた方がいいのは確かだろう。

 それは似た者同士であるからこそ、アヤノには痛いほどわかっていた。

 認めてしまうと少しむず痒くて、そしてわからなくなるから目を逸らし続けていたが、この笑顔に、悪く言えば脳天気で、良く言えばいつだって元気いっぱいなユーナの笑顔に自宅用のコントローラーを買う程度に、アヤノは絆されている。

 だから、それが自分だけに向けられるものじゃなくなる、ということには少し複雑さを感じてこそいるが、このまま答えが見えないで辻斬りを続けるよりはフォースに加盟した方がカグヤにとってもいいのはまた確かなことなのだろう。

 小さく頷いて、ユーナの提案を承諾するとアヤノは目配せをして、自分もその提案に依存はなく、カグヤを受け入れる意思があることを示す。

 

「アヤノさん……ユーナさん……ありがとうございます、拙は……」

「えへへ、困ったときはお互い様! えっと、フォース申請は……これだ!」

 

 涙ぐむカグヤにそう笑いかけると、ユーナは勢いよくフォース申請のボタンに手をかける。

 ──だが。

 

【ERROR!:フォースの結成には、ダイバーランクD以上が条件となっております】

 

 吐き出されたものは、無機質な機械音声によって読み上げられる無情なエラーメッセージと、そして。

 

「あ、あはは……どうしよう、これ……」

「……とりあえずは、フレンドから始めましょう」

「な、なんだか拙のせいで申し訳がなく……」

 

 ただひたすらに気まずい空気の中で、フレンド申請を交わす三人という、なんとも言いがたい光景であった。




だから、ダイバーランクをDにしておく必要があったんですね


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第十二話「突っ走れサムライガールズ」

二ヶ月ぶりの初投稿です。


 戦場となった荒野に朦々と立ち込める土煙と硝煙は、未だに状況が鉄風雷火の最中にあることを何よりも雄弁に物語っている。

 火星、クリュセ独立自治区。

 それは映像作品「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に登場する架空の都市の名前であり、今まさにアヤノたちがその愛機と共に、護るべき最終防衛線として設定された戦いの舞台だった。

 

「うわ、わわわ……なんかいっぱいいるよ、アヤノさん! ちょっと気持ち悪いかも!」

「……プルーマね。数が多いと確かにその気持ちはわかるわ、でも」

「はい、今の拙たちはギャラルホルンの地球外縁軌道統制統合艦隊、その一員です! 絶対にクリュセへの侵攻を阻止しなければ……!」

 

 その土煙と硝煙を立たせる無数の影は、どこか甲虫めいた外観と色をしている上に数がとんでもなく多いため、確かにユーナが背筋を震わせた通り、嫌悪感を感じるダイバーも少なくはないだろう。

 小規模レイドミッション「厄祭来たりて」。

 GBNに数多あるミッションでも、レイドバトルは期間限定のものが多い。

 そしてこのミッションは常設されている、数少ないレイドバトルの一つであり、初心者から上級者まで幅広く参加して楽しむことを念頭において設計されているため、ランクが低いアヤノたちは原作におけるモビルアーマー「ハシュマル」との戦いではなく、その子機である「プルーマ」の露払いに徹しているのだ。

 ユーナがぶるりと身を震わせながらも、その足捌きでプルーマの外装を蹴り砕いたのに続いて、ユーナとカグヤもまた各々の得物を構えて、第二防衛ラインとして設定された、鉄華団の農業プラントへと侵攻しようとしているプルーマの群れへと果敢に斬りかかっていく。

 

「はっ!」

 

 気炎万丈、とばかりに力強さを重視した剛の型から振るわれるカグヤの一太刀が、抵抗の余地もなくプルーマの群れを一閃して両断していく。

 

 

(凄まじい剣技ね……)

 

 アヤノもリアルにおいては一介の剣士である以上、その太刀筋がどれだけ正確無比に磨き上げられたものなのかはすぐにわかった。

 このレイドバトルの性質上、ランクが低いダイバーには固有のバフがかかった状態でスタートするのだが、バフを考慮しなくとも、プルーマの正面装甲を綺麗に両断するその太刀が、一つの到達点であることは見て取れるだろう。

 だが、それでもカグヤにとっては何かが足りていないらしい。

 アヤノも同じく、バフと機体の造り込みを頼りに、ザンバーモードに展開したバタフライ・バスターBを振るって、無双ミッションのごとくプルーマの群れを蹴散らしていくが、ビーム兵器の減衰という性質を加味してもカグヤの太刀筋に自分のそれが及んでいるとは思えないのだ。

 

「とはいえ人は人、私は私、ね……」

 

 かつて憧れた「サムライ・エッジ」は二刀流だけでなく、己の心技体を磨き上げたことで体得した武術をもその武器にしていたという。

 ならば、彼の背中を追いかけるアヤノの信条もまた同じだ。

 腰のシザー・アンカーにバタフライ・バスターBを接続すると、アヤノは鞭のようにそれを振り回しながら、農業プラントを目指して侵攻していくプルーマの群れをそのまま薙ぎ払っていく。

 使えるものは全て使う。それこそがアヤノの信条であり、得意とするところでもあった。

 

「おおおおっ、炎、パーンチっ!!!」

 

 それに、何も気勢を上げているのはカグヤだけではない。

 プルーマからターゲットにされながらも、まるで飛び跳ねるような、型にはまらない体術で、数を頼みに圧殺されるという状況を回避しているユーナもまた中々のやり手だといっていいだろう。

 だが、数を頼みにした物量戦を徹底する単純なAIが組まれているだけとはいえ、この状況が一対多数であることに代わりはない。

 アリスバーニングガンダムの拳が炎を纏い、プルーマを一機破砕したその瞬間に背後から飛びかかってくる。

 

「わわっ、しまっ……」

 

 あなや迂闊、背中から圧殺されそうになったユーナを救うかのように、一発の弾丸が彼方から飛来して、プルーマをテクスチャの塵へと帰せしめていく。

 

『上々上々……名前は知らないけど、ありがとねぇ』

 

 そうだ。

 状況はともかくとして、この戦いの本質は一対多数ではない。

 ユーナたちの背後に控えてその窮地を救った桜色の狙撃手は、くぁ、とどこか退屈そうに欠伸をしながらも、前衛として持ち堪えているアヤノたちが取りこぼした個体を正確無比に狙撃していた。

 

『赤砂が味方なら背中は安全だな!』

『とりあえずこのウェーブは凌げるぞ!』

 

 通り名が付くほど有名なプレイヤーらしいそのフリーダムガンダムとトーリスリッターをミキシングした機体の主は、続々と上がる鬨の声もどこ吹く風といった風情で、マイペースに狙撃を繰り返しているが、その精度は素人のアヤノが見ても驚嘆すべきものだ。

 

「レイドバトル……侮れないわね」

「どうかしたんですか、アヤノさん?」

「なんでもないわ、ユーナ。私たちも……目指すのは上なんだから!」

 

 アヤノがこのレイドバトルに参加している理由は極めてシンプルだ。

 ダイバーポイントの実入りがいい。

 どこまでもシンプルに、その一点に尽きる。

 カグヤとの邂逅を果たした翌日に、ユーナから「手っ取り早くDランクに上がるためにはどうしたらいいのか」といった趣旨のことを問われて、GBNまとめwikiや攻略サイトを漁ってみたら出てきたのが「レイドバトル」のクリアがダイバーポイントを稼ぐにはちょうどいい、といった記事だったのだ。

 そのまま鵜呑みにするのも何かと思って裏も取ってみたが、確かにGBNにおけるレイドバトルは性質上ユーザー有利に設計されているようだった。

 そして常設枠のレイドは難易度も低めで、ダイバーたちがよほど足の引っ張り合いをしなければ問題なくクリアできる、という情報はどうやら確かなようであり、今のレイドバトルも、このウェーブを凌げば次は本丸である「ハシュマル」との決戦フェイズに移行するだけ、といった具合だ。

 後方には「赤砂」と呼ばれたダイバーの他にも、ジム・スナイパーIIとジム・スナイパーⅢといった狙撃機や、ガンキャノン・ディテクターといった砲撃機が控えており、更に前衛としてウイングガンダムがバスターライフルでプルーマを薙ぎ払うなど、参加したダイバーたちは各々に、遺憾無くその実力を発揮している。

 そんな戦いにFランクの自分たちが紛れ込んでも大丈夫なのか、という懸念はアヤノの中にあったものの、ユーナが「面白そう」と目を輝かせていたその勢いと、戦いの中で研ぎ澄まされた闘志に押しやられて、今はどこかに霧散していた。

 

「どこまでが固有バフでどこまでが実力かわからないのはもやもやするけど……!」

 

 それでも、確かにユーナが評した通り、この戦いは防衛ミッションというともすれば単調になりがちなフェイズを快適にするために、無双ミッションとよく似た爽快感を前面に押し出している。

 いってしまえばアヤノもまた、楽しんでいたのだ。

 開幕でクリアリングを行ったかと思えばプルーマの群れに圧殺されて全滅した「スカーレット隊」なるフォースはいたものの、爆散したのは彼らぐらいで、ハシュマルを決戦場へと誘導しているハイランカー組も、そして露払いを務めるアヤノたちも、まだ誰一人として欠けていない。

 

『……き、気をつけてください! 本丸が来ます……!』

 

 控えめながらも凛として、筋の通った声が戦場へと響いたのは、プルーマを何機屠ったのか、数えるのもめんどくさくなってきたときのことだった。

 きっとこれがPvPのバトルロワイヤルなら返り血に塗れているのであろう己の愛機が突き立てたバタフライ・バスターBを回収し、アヤノはその計画に従う形で一度防衛ラインへと後退する。

 

「ユーナ、カグヤ、大丈夫!?」

「はいっ! わたし、絶好調だから!」

「そういうことではないと思いますが……拙とユーナさんも恐らく逃げ切れるかと思います」

 

 少し遅れて姿を現した白亜の巨体は、その口元から甲高い唸り声を上げていた。

 ビーム兵器。鉄血のオルフェンズにおいてはナノラミネートアーマーによって無力化されていたが、そのパッシブスキルを持たないアヤノたちにとっては掠めただけで蒸発しかねない必殺の一撃が今、放たれようとしているのだ。

 気が弱そうな声で警告したダイバー……ガンダムAGE-FXをベースに独自の改修が加えられたそれは流星のごとく射線から離脱し、味方機も続々と、ハシュマルから放たれるビームから逃れようと左右に散開していく。

 ──だが。

 

『ヌヴォォォォ!?』

『ザクラァァァァンっ!』

 

 ザクラン、というらしい名前のダイバーが駆っていた、プロヴィデンスガンダムの色にリペイントされたジャスティスガンダムが、ハシュマルがその首を左右に振ったことによって薙ぎ払われて、テクスチャの塵へと消えていく。

 いくらユーザー有利に設計されているとはいえ、腐ってもあのハシュマルはレイドボスだ。

 一直線にビームを吐き散らすだけ、という優しさに溢れた行動で止まってくれるわけがないといったところなのだろう。

 次々と初見殺しの一撃に呑み込まれていくダイバーを一瞥しながら、アヤノもまたこめかみにじわり、と汗が滲むのを感じていた。

 

(単純な機動力があれば薙ぎ払いを避けることができる、でも)

 

 実際、クロスボーンガンダムXPであれば「光の翼」を展開することで強引にその射線から逃れることができるだろう。ユーナの機体も身軽だし、カグヤのそれもまた然りだ。

 だが──アヤノが一瞥した視線の先には、お世辞にも機動力が高いとはいえない狙撃機や砲撃機といった機体が右往左往している姿があった。

 これはレイドバトルだ。

 もしかすればあの警告を送ってくれたハイランカーだけが生き残っていてもクリアはできるかもしれないが、このミッションは全員が力を合わせてクリアするというコンセプトの元で設計されている。

 ならば、手数を失うというのは合理的ではないし、何より。

 

「士道不覚悟……悪いけれどユーナ、カグヤ、私はあの人たちのカバーに入るわ」

「ええっ!? それならわたしも──」

「貴女の機体には防御兵装がないでしょう、だから、決戦フェイズまで力を温存して」

 

 わかっている。

 これが単なる自己満足で、レイドバトルなんてものは生き残ることが第一で、出来るダイバーに全てを丸投げしてそのおこぼれを狙うのが、ランクの低いダイバーたちがとるべき戦術の常道であることぐらい。

 だが、何かいい知れない情動が、ダイバーハイとでもいうべき高揚感が今のアヤノを突き動かしていたのだ。

 

「ならば……拙もお手伝いいたしましょうか?」

「カグヤ、出来るの?」

「この太刀には……菊一文字には対ビームコートが施されています、アヤノさんの前に拙が立てば、或いは」

「……そうね」

 

 迷っている時間はない。

 ハシュマルの照射ビームは今この瞬間にも逃げる方向を間違えた機体や鈍重な機体を焼き払い、アヤノたちの方にも迫っている。

 そして、カグヤができるといったのならば、それを信頼するのが、まだ結成していないとはいえフォースを組むことになったなら、筋というものだろう。

 だが、それだけで足りるほどレイドボスが甘い存在でないというのは、固有バフがかかっているというのに次々と撃墜されていく名前も知らないダイバーたちのガンプラを見れば一目瞭然だ。

 

「……ユーナ。貴女、攻撃を防御に転用できる?」

「攻撃を……防御に? えっと、ごめんなさい、何が、何で……」

「……あのビームに向けて、炎パンチを打てる?」

 

 ちょっとだけアホの子が入っている友人の戸惑いを払うかのように、少しの溜息混じりにアヤノは提案を言い換える。

 一機だけでも、二機だけでも足りないかもしれない。もしかしたら、三機集まってもそれは無駄な抵抗なのかもしれない。

 だが、それでようやくユーナの方もピンときてくれたようだった。

 

「おお、そういうことなんだ! なら大丈夫! わたしの元気は百パーセントだよ!」

「……喜ばしいことね、行くわよ、カグヤ、ユーナ!」

「はい!」

 

 先行していたガズRとガズLをテクスチャの塵へと帰せしめ、そして今度はアヤノたちを呑み込もうとしている光の奔流に対して、逃げるのではなく真っ向から立ちはだかるように、ユーナのアリスバーニングガンダムと、カグヤのロードアストレイオルタがそれぞれに得物を構えて照射ビームを迎え撃つ。

 

「全力……炎、パァァァァンチ!!!」

「菊一文字、凪の型……!」

 

 バフがかかっているとはいえ、所詮自分たちはFランクのダイバーに過ぎないのかもしれない。

 だが、一秒、一瞬でも、そして一機でも多くあの白亜の天使を地に堕とすための戦力を守れるのであれば、この行いだって無駄にはならない──例えそれが、アドレナリンが見せる一時の高揚感に支配された行動であったとしても。

 言葉で語るのはもはや無粋だ。

 アヤノは肘のブランド・マーカーを展開すると、全力で展開した光の翼をそこに纏わせるかのように一度潜らせ──否、光の翼を「盾として引き寄せる」かのようにビーム・シールドへと纏わせて、ユーナとカグヤが減衰させた照射ビームを、真正面から受け止める。

 

『なんだ、あのクロスボーン……盾になって……!?』

『なんだっていい! 離脱するチャンスだ!』

『すまない、ありがとう!』

 

 そして、アヤノたちが盾となることで僅かに照射ビームの勢いが弱まった隙に、狙った通り鈍重な機体や狙撃機、砲撃機といった面々は反対方向へと離脱して、ハシュマル本体への攻撃に参加し始めた。

 これでいい、というにはあまりにも過酷な衝撃のフィードバックに、息つく間もなくアヤノはぎり、と奥歯を噛み合わせる。

 固有バフの補正を含めても、あと数十秒持つか持たないか。

 それが、イエローコーションを通り越してレッドアラートを吐き出し始めたコックピットの中で算出した限界時間だった。

 正直なところ、アヤノたちが自分の生存を優先しても、誰も何も文句は言わないし言えないだろう。

 それが野良でのレイドバトルというものだし、明確にタンク役を誰がやるか、火力役を誰がやるか、という綿密な打ち合わせがなされていない以上、即席の連携には期待できないのだから。

 だが──それでも、やらなければいけない気がした。

 やり通さなければいけない気がした。

 それが意地の張り合いだとしても、理由なんてきっとそれだけで十分なのだ。

 

『勇気ある方々ですわね! お待たせしましたわ、お味方は……ここに来たれり、なのですわ!』

 

 そして、そんなアヤノたちの無謀とも取れる行動に応えるかのごとく、高らかな笑い声と共に、先頭に立ち、歯を食いしばっているユーナとカグヤを巻き込まないようにと上空から一筋の閃光と、虹を纏った光条が撃ち下ろされる。

 

「……っ、貴女は……」

『ガンダムウイングゼロヌーベル、カエデ・リーリエ! 推して参りますわ!』

『ふふ……IFBR、セット、発射』

 

 どうやら、ハシュマルを決戦フェーズへと追い立てていたハイランカーが合流してくれたらしい。

 何故このレイドバトルにそんなランカーが参加しているのかはわからないが、上空から撃ち下ろされたツインバスターライフルとIFBRの一撃は、アヤノたちが食い止めていたハシュマルのビームを押し返して、見事に相殺していた。

 

「……あれが……」

『……ブランシュアクセル、フルブースト!』

 

 アヤノたちはその名前を知っているわけではない。

 だが、その無謀な賭けとも取れる行動を「嫌いじゃない」からこそ助けに回った彼女たちの名前は、GBNの中でも広く知られるようになってきた風情だった。

 そして──名前こそ知らなくとも。

 

「これもまた、武の形……」

 

 這々の体でカグヤが呟く。

 その言葉の通りに、名前こそ知らなくとも、今ハシュマルを、あの白亜の天使を地に落とそうと戦いの空を駆け抜けていった彼女たちは、いつか自分たちが目指さなければいけない「高み」にいることに違いはなかった。

 大破寸前の機体を引きずりながら、通信ウィンドウ越しに二つの視線が交錯する。

 

「行こう、アヤノさん!」

「……ええ、ユーナ!」

 

 ──楽しい。

 そこにある想いに、言葉は最早不要だった。

 四条の閃光を追うように、遥か高みへと手を伸ばすように、アヤノたちもまた、ボロボロになった機体を奮い立たせるように得物を手にして、あの白亜の天使を地に堕とすべく、疾駆するのだった。




何はなくともまず「楽しい」。


ボーダー10億の地獄とカムラの里から帰ってきました


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第十三話「天使を狩る者」

クロブにジャスティスくんが参戦するらしいので初投稿です。


 恒常レイドボスとして設定された「ハシュマル」の強さは、ゲーム全体を通してみれば並かそれよりほんのり抜きん出た程度に設定されている。

 だが、それでも、アヤノたちのような低ランク帯に属するダイバーにとっては、強敵であることに間違いなかった。

 合流してくれた前衛組の中でもエースと目される面々の助力もあって、照射ビームを防ぎ切ったのも束の間、必殺の一撃を防がれた怒りかそうでないのか、今度は残存するプルーマとの連携で追い込んだ集団に、脚部クローの先端に配置された特殊エネルギー運動弾の一撃が炸裂する。

 

『な……だ、ダインスレイヴ!? 聞いてな……』

『だからあれほどプラモの説明書は読めって言ったんだ!』

 

 哀れにも、ハシュマルが運動を停止して、特殊エネルギー運動弾──要は「鉄血のオルフェンズ」劇中でも禁忌の兵器として名高い、レアアロイの弾頭を電磁加速によって打ち出す「ダインスレイヴ」に酷似したそれを放つまでの予備動作を、間隙だと見込んだダイバーのジム・スナイパーⅡが爆散していくのを、アヤノはただ横目で見送ることしかできなかった。

 

「右腕は脱落、エネルギー残量も危険域、悪いけど助けられる余裕はもうないわ……」

 

 固有バフと「光の翼」を盾に転用することで照射ビームを無理やり防いだアヤノとクロスボーンガンダムXPだが、その代償は凄まじく、今もコックピットにはレッドアラートが鳴り響き、センサー類も破損したという状況なのか、モニターに投影される映像にはブロックノイズが混じっている。

 

「えっと、えっと……ごめんなさい、わたしも助けられなくて……」

 

 それはユーナも同じだった。

 元がビルドバーニングガンダムのレプリカモデル故に、シンプルかつ強靭に作られている彼女のアリスバーニングガンダムも、その拳で照射ビームを受け切るという暴挙の代償として右の拳は破損し、各部が融解した状態だ。

 じわり、とユーナの眦に涙が滲む。

 気に病むことはないといえばそれまでだが、何もできずに味方が爆散していくのを眺めていろ、というのは優しいユーナにとっては酷な話なのだろう。

 それと比べたら自分の感情は、どこか偽善めいた、或いはお節介にも似たようなものだと自虐しながら、アヤノはユーナの純粋な優しさに憧憬と嫉妬が入り混じったような思いを抱きつつ、機体を加速させる。

 ハシュマルの武器は、照射ビームだけでもなければ特殊エネルギー運動弾だけでもない。

 小回りの効かない本体を補うように、残されたプルーマの群れが、バラバラに散開したことで特殊エネルギー運動弾の一撃を逃れた後衛組や、アヤノたちのように本体へと攻撃をかけようと接近する前衛組へと飛びかかってくる。

 だが、それはあくまでも次の一手に対する布石でしかないことは予習済みだった。

 しゅるり、と、空気を裂くような鋭い音が聞こえたかと思えば、次の瞬間にはアヤノの機体から数馬身離れた位置に陣取って強襲をかけようとしていた、グフイグナイテッドがその背から「何か」に貫かれ、炎の華を戦場に咲かせて散っていく。

 

『うおおおおおー!!!』

『ウェストリバー! クソッ、ワイヤーブレードか!』

 

 ウェストリバー、と呼ばれた彼の隣を航行していた、ロービジカラーに塗り替えられたセイバーガンダムを駆るダイバーが絶叫する。

 だが、ウェストリバー一人が犠牲になったところで殺戮の天使が満足するはずもない。

 テクスチャの塵へと還っていったその遺骸からブレードを引き抜くと、今度はお前だとばかりに、しゅるり、と鋭い音を立てたワイヤーブレードが空中で複雑な起動を描き、ロービジカラーのセイバーガンダム、その脇腹へと突き立てられた。

 

『ヌヴォォォォォ!!!』

 

 数刻前に聞いた断末魔とよく似た声を上げて、ダイバーネーム「ナスラン」が駆るセイバーガンダムが、そしてその近くに陣取って170mmキャノン砲による攻撃を目論んでいたネモが、或いは原作におけるマクギリス・ファリドを意識したのかそうでないのか、黒く染め上げられた二刀流のグレイズリッターが、次々とその歯牙にかけられて、天使に捧げられた供物となる。

 

『攻撃速度が鋭いですわね、流石はレイドボスといった風情ですわ!』

『ふふ……ですが、それでこそ戦い甲斐がある……そうでしょう、リリカさん……?』

『……はいっ!』

 

 アヤノも、そして驚異的な動体視力を誇るカグヤとユーナですら集中していなければ見切れなかったその軌道から逃れて、いち早く本体にダメージを与えていたのは、案の定とでもいうべきか、自分たちの窮地を救ってくれたランカーと思しき集団だった。

 リリカ、と呼ばれた、どこか気が弱そうな少女はその琥珀色の瞳に、そんな第一印象とは正反対の苛烈な闘志を灯して、腕部のガントレットから二振りのビームサーベルを発振した白亜の愛機と共に、誰よりも早く戦いの空を駆け抜ける。

 

「あのリリカという方……凄まじい武を感じます」

 

 それはカグヤにとっても何か感じ入るものがあったのだろう。

 気弱で頼りない印象などゴミ箱にでも捨ててきた、と言わんばかりにワイヤーブレードの連撃を掻い潜り、押し寄せるプルーマを両断し、ハシュマル本体へと攻撃を加えていく「リリカ」を見つめて、ぽつりとその唇から言葉を紡ぐ。

 カグヤのロードアストレイオルタもユーナ同様に破損状況は酷いものだったが、あのビームを受け切って尚、菊一文字と名付けられた刀が歪むことはない。

 正直なところ、アヤノはどれだけ自分たちがハシュマルに対する戦力になれるかはわからなかった。

 先陣を切ったリリカに続いて、ツインバスターライフルを投げ捨てると、背中にマウントしたシザーソードを構えて突撃していく、「カエデ・リーリエ」と名乗ったダイバーのウイングゼロヌーベル、そしてその隣で妖艶に微笑むダイバーが駆るG-セルフの改造機こと【G-イデア】が次々と叩き込んでいくIFBRの一撃と比較すれば、蚊が刺したようなものなのかもしれない。

 だとしても、長く生き残って1ダメージでも多く稼いだ方がレイドバトルは早く終わるのだし、貢献していることになる、というのがあくまでもGBNにおけるレイドバトルのコンセプトだ。

 残ったバタフライ・バスターBを携えて、リリカたちがワイヤーブレードを引き付けてくれている間に、他のダイバーたちと示し合わせたようにアヤノたちもまた本体への攻撃に参加する。

 

「……バフが乗っているなら、ビームでも!」

 

 叫ぶアヤノに応えるかのように、或いは咆哮するかのようにクロスボーンガンダムXPのフェイスカバーが展開し、余剰となった熱を体外へと荒々しく吐き出す。

 本来、「鉄血のオルフェンズ」に出てくるこのハシュマルはガンダム・フレームやその他のモビルスーツと同様に、ビーム兵器に対して減衰効果を持つアクティブスキルとでもいうべき、ナノラミネートアーマーという特殊装甲に覆われている。

 そしてそれはGBNでも再現されていて、作り込みによっては原作同様の、とまではいかなくともかなりのビーム耐性を獲得することが可能なそれは、警戒すべきシステムとして恐れられているのだが──

 

「よし、通った……!」

「わわ、アヤノさんすごい! よーし、わたしも……炎、キィィィック!」

 

 跳躍し、「光の翼」の加速度を乗せて斬りかかった一撃は、果たしてアヤノの目論見通りにハシュマルのバインダー、その先端部を切り落とすことに成功していた。

 続くユーナの一撃もまた、Fランクのダイバーが放ったとは思えないほどの威力をもって、ハシュマルの正中線を正確に蹴り抜いて、その巨体を大きくよろめかせる。

 基本的に、ボスが理不尽な行動しかしてこないゲームはクソゲーだ。

 他の誰かがどう考えているかは知らないが、アヤノがクソゲーの定義を挙げるとするならば、それは第一にカウントされるものだった。

 かつて十字キーとボタンで操作するゲーム機が一世を風靡していた時代に流行した、強大なモンスターに狩人が単身ないし数人で立ち向かうゲームにしても、ボスの行動にはほぼ必ず、大なり小なり意図的に「隙」が設けられていた。

 プレイヤーは強烈な攻撃を掻い潜り、その「隙」に対してカウンターとして一撃を叩き込み、或いは攻撃の間隙を縫うように遠距離からの射撃を撃ち込み、といった具合に、どれだけボスが難しくとも、必ずプレイヤー側に攻撃の出番が回ってくることがコンセプトデザインとして織り込まれている。

 だが、これがもし、一方的にボスが暴れるだけ暴れまわってプレイヤーを鏖殺するだけのゲームであったとしたら?

 答えは明白だ。

 売れないし流行らない。誰が好き好んでそんなクソゲーをプレイしたがるというのだろうか。

 もしかすれば世の中にはその手のクソゲーを愛好してやまない人種もいるのかもしれないが、それはさておくとして、アヤノが信条とする法則が、巷で「神ゲー」として讃えられているGBNにも適用されるのだとしたら、それは例外なく、どれだけボスが強くてもプレイヤー側に「手番」が必ず回ってくるということだ。

 

「剛体の型……孤月一閃!」

 

 同様に、カグヤが放った斬撃もまたハシュマルに消えない痕を刻み、苦悶するかのように、その頭部ユニットが揺れ動く。

 ランクが低ければ低いほどバフの倍率が高まるこのレイドバトルにおけるシステムは、必ずプレイヤーにとって有利になるように設計されている。

 そして、ダイバーランクの低さとガンプラの完成度が必ずしも比例するものではない以上、バフが乗せられたアヤノたちは、奇しくも先陣を切ったリリカたち同様に、ダメージディーラーとして申し分ない役割を果たしていた。

 斬る、斬る、斬る。

 輪舞を踏むように、舞うように、ワイヤーブレードをリリカたちが引き付けてくれているその隙を縫って、アヤノはユーナと、そしてカグヤと共にハシュマルへと怒涛の近接攻撃を叩き込む。

 時折妨害に走るプルーマも何するものぞとばかりに斬り捨てていくその姿は、さながら修羅のそれであり、気付かないうちに釣り上がっていた唇の端に、そして瞳に狂気にも似た闘志の炎が迸る。

 そして、そんなアヤノたちの奮戦は、あまりに苛烈な攻撃に挫けていたダイバーたちの心をも奮い立たせたのだろう。

 

『なんだっていい、奴に攻撃をするチャンスだ!』

『あいつらが引き付けてくれてるうちに、俺たちも援護するぞ!』

『こういう時、臆病なぐらいがちょうどいいってね……!』

 

 鉄血のオルフェンズ、オプションセットに付属しているバルバトスルプス用の大型レールガンを構えたスタークジェガンが、クレイ・バズーカを二挺持ちしたガンダムMk-Ⅲが、そしてかがみ込んだ体勢で両肩のキャノン砲を放つガンキャノン重装型が、次々と誰かの言葉に呼応するように弾幕砲火を浴びせかけていく。

 バフが乗せられた鉄風雷火の嵐の中では、さしものハシュマルも堪ったものではないのだろう。

 ワイヤーブレードによる攻撃もいつしかその激しさは鳴りを潜め、ただ悶え、狂うように身を捩らせて、暴威を振るっていた純白の巨体は時折残存するプルーマに攻撃を代行させることしかできずにいた。

 ──勝った。

 誰ともなしに呟いた言葉が伝播して、眼前の勝利にダイバーたちの足を勇ませる。

 

『……仕掛けてきます、気をつけて……!』

 

 だが、弱った時、追い込まれたときこそ、苛烈な攻撃が待っている、というのは得てしてこの手のゲームのお約束のようなものだ。

 それを理解していたのか、目にも止まらない速さでハシュマルの巨体を切り刻んでいたリリカが、通信ウィンドウを全域に開いて警告を放つ。

 ハシュマルの耐久値は最早限界寸前であり、誰かが勝った、と呟いたこともあながち間違いではなかった。

 それでも、体力ゲージを削り切るまでは死んでいない。

 手痛い教訓を、その身をもって与えるべく、最後にチャージされていた照射ビームが攻撃にのめり込んでいたダイバーたちを目掛けて放たれようとしていた、刹那。

 

『おっけーおっけー……この瞬間を、待っていたよぉ!』

 

 味方の誰かから「赤砂」という二つ名で呼ばれていた少女が駆るフリーダムガンダムの改造機がその手に携えていたヅダの対艦ライフルから撃ち放たれた一発の弾丸が、今まさに炸裂しようとしていた照射ビームの発射口、その一点を正確無比に貫いていく。

 行き場を失ったエネルギーの奔流が暴発し、ナノラミネートアーマーに覆われているとはいえ、ハシュマルの頭部ユニットに無視できないダメージを与え──何よりも、大技をキャンセルしたことで生まれた大きな隙は、転じてダイバーたちには反撃の気勢と、ハシュマルの側に手痛い教訓を残すこととなった。

 

「動きが揺らぎました、仕掛けましょう、アヤノさん、ユーナさん!」

「わかりましたっ、カグヤさん!」

「ええ、こちらも心得たわ……!」

 

 あの超絶技巧という言葉でも足りないスナイプを決めた少女の声はリリカのそれにどこかよく似ていた。

 ダイバールックも似通った部分が多く、もしかしたら双子の姉妹か何かなのだろうかとアヤノは一瞬そんなことを考えるが、すぐに頭を張って妄念を振り払い、クロスボーンガンダムXPに残された出力の大半を、バタフライ・バスターBへと集中させる。

 

「これで……倒れろぉぉぉっ!」

「全力……炎、キィィィィィィック!!!」

「剛体の型……地烈激震!」

 

 全身を一条の炎の矢と変えて飛び立っていくアリスバーニングガンダムの蹴りが、ハシュマルの土手っ腹を綺麗に貫いて破砕していく。

 続くアヤノは出力を限界まで増強させたバタフライ・バスターBを薙ぎ払い、そしてカグヤは大上段に構えた菊一文字にありったけの力と気合を込めて振り下ろす。

 わかっている。

 それでも、この戦いの立役者は自分たちではない。

 ブランシュアクセルと叫んだリリカが、長大なシザーソードをその手に携えたカエデが、そしてIFBRによって絶えずダメージを与え続けていた少女──ダイバーネーム「ユユ」が。

 そして、あのヘッドショットを決めたダイバーである「赤砂」……「緋きスナイパー」の二つ名を持つことで知られる「ミワ」が寄り合ったフォースである、「アナザーテイルズ」こそがこのレイドバトルにおけるMVPであることには異論の挟まる余地がない。

 ──それでも。

 

「……これは、私の戦いだ……っ……!」

 

 フィードバックされる衝撃にぎり、と歯を食いしばりながら。

 残された左手の関節部がスパークし、脱落しそうになりながら。

 それでも尚、アヤノが剣を振るうことをやめなかったのは、そして続くダイバーが攻撃の手を止めなかったのは、この戦いが彼女たち「アナザーテイルズ」だけのものでないことを如実に示していた。

 光が爆ぜる。

 遠距離から放たれる弾幕砲火が、そして近接戦を仕掛けたアヤノたちと「アナザーテイルズ」による攻撃が、天使の名を冠した殺戮兵器の巨体をとうとう地に引き摺り下ろす。

 伏していくハシュマルには、最早抵抗する力すら残されていなかった。

 

【Battle Ended!】

【Winner:Player Teams!】

 

 そして、立ち込める土煙が晴れたと同時に流れる無機質な機械音声が、アヤノたちプレイヤーチームの勝利を告げる。

 左手の関節から先がねじ切れたクロスボーンガンダムXPのコックピットでアヤノは優雅に空中に佇む純白の天使を地に堕とした白亜のガンダムを一瞥して、ふぅ、と、深く息を吐き出した。

 GBNには数多の剣豪がいる。

 この電子の海に自分を誘った兄の言葉を思い返しながら──それを噛みしめるように、いつか自分が通らなければいけない場所にいるそのガンダムの背中を、アヤノはただ憧憬と共に見送ることしかできなかった。

 

「遠い、わね」

 

 思わず苦笑が漏れる。乗り気ではなかったはずなのに、のめり込んでいる自分にも、そして何よりも──見上げれば見上げるほど遠い、その頂点へのきざはしが、あまりに途方もなくて。

 だが、どこか気負ったアヤノとは対照的に、ポップした通信ウィンドウに映し出されたユーナは、満面の笑みを浮かべていた。

 

「でもでも、わたしたち、一歩前に進みましたよ!」

 

 それを示すかのように、ダイアログを確認してみれば、そこには。

 

【Congratulations! ダイバーネーム:アヤノのランクがFからEへと昇格しました】

 

 ユーナが歓喜を示した通り、無機質ながらも不思議とどこか胸にすとん、と落ちる温かさを告げる通知が、残されていたのだった。




まずは初めの一歩から

Tips:

【厄祭来たりて】……鉄血のオルフェンズにおけるハシュマル戦を再現した常設レイドバトル。参加人数と平均ランクによって難易度がある程度上昇したり下降したりするが、概ねレイドバトルの入門ミッションといった形で位置付けられている。

【アナザーテイルズ】……例の彼女たち。フォースバトルトーナメントでは惜しくも三回戦負けという結果を残しているが、その後も活動を続け、今では強豪フォースとして名前が挙がるくらいにはめきめきと実力をつけてきている。


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第十四話「近くて遠いその景色」

絶賛スランプ中なので初投稿です。


 レイドバトルの実入りは確かにいいものだったが、何回も張り付いて周回を重ねられるようなものではない、というのがアヤノの意見だったし、へとへとだったユーナもそれには同意していた。

 ダイバーランクがFからEへ。

 それは数をこなしていなくてもレイドバトルで得られたダイバーポイントで即座に昇格できるクラス帯だからできたことであり、当たり前ではあるが、肝心のDランクまでのポイントは今までより少しだけ遠いものになっている。

 

「……フリーバトルでも仕掛けるしかないのかしら」

 

 翌日、学校の中庭で綾乃はぽつりとそんな言葉を呟いた。

 実際のところ、効率よくダイバーポイントを稼げるミッション、というものは検証班の努力によって判明しているし、攻略wikiにも事細かに記されてはいる。

 だが、当たり前のようにそこには周回が伴ってきて、一足飛びにEからDへのパスが開けるほどの報酬がもらえるといったミッションは存在しない──というよりは、綾乃たちのランクでは受けられない、というのが正しい。

 そして、ダイバーポイントを稼ぐ手段としてのフリーバトルは、上級者や手練れであるのならば悪くはないと、今、ジャムが間に挟まれたコッペパンをもそもそと齧る傍で操作したスマートフォンの画面にはそう表示されている。

 実際のところ、自分たちより格上のランクにいるカグヤも「月下の辻斬り」なんて大層な二つ名が知れ渡るぐらいにはフリーバトルをこなしてきたのだろうし、相応に勝利を収めてきたのだろう。

 ふぅ、と綾乃は溜息を小さく吐き出して、ジャムが挟まったコッペパンをまた一口啄む。

 

「うーん……こういうのって確かあれだよね、急ぐときはぐるぐるーって……?」

「……急がば回れ、ね。優奈。貴女の言う通りよ」

 

 そして、綾乃の隣に車椅子を着けておにぎりを頬張っていた優奈もどうやら同じことを調べていたらしく、実入りがいいとはいえ何回も何回も同じミッションを延々と繰り返すのは退屈だ、というその結論までもどうやら同じようだった。

 確かにGBNは神ゲーと呼ばれて憚らないし、無数のミッションがあるからこそダイバーたちは思い思いのシチュエーションに身を投じて、原作における状況に介入してみたりだとか、数多の敵を蹴散らしてみたりだとかして、あの電子の海をエンジョイしている。

 とはいえ、最短や時短を目指すのであれば、GBNに限らずどのゲームも効率化と重周回という選択肢から逃れることは難しい。

 急がば回れ。

 先人はかくも心に響く言葉を残してくれたものだと嘆息する。

 そして、綾乃は自分がそんな最短や時短を求めるほどにはGBNにのめり込んでいる、という事実を再確認するように、優奈をちらりと一瞥した。

 

「もふ?」

「……なんでもないわ、というか、食べてからでいいわ」

 

 そんな綾乃の思いを知ってか知らずか、優奈は重周回だろうとなんだろうと頑張るぞとばかりに、拳ほどもある大きさのおにぎりを頬張っている。

 思えば、EランクからDランクに上がりたいと思っているのだって、ユーナがフォースを組もうと言い出したからだ。

 もそもそと、頬袋に餌を詰め込むハムスターのように大きなおにぎりを頬張っている優奈を見つめる綾乃の視線は無意識に、その爛漫の春を宿したような瞳に移っていた。

 元気だけが取り柄だと、優奈は初めて会った時にそういっていたけれど、何事も楽しそうに、それこそGBNでも全力で遊び尽くそうとするその姿勢は、何事も諦めを隠れ蓑にして、興味がないふりをする自分よりもよっぽど潔い。

 コッペパンの全てを食べ終えると、綾乃はどこか恥じ入るように懐から取り出した扇子で口元を覆って、胸元をそっと仰いだ。

 ──取り柄。

 ふと、自分が考えていた言葉がぽつりと綾乃の脳裏に一筋の滴となって零れ落ち、波紋を広げていく。

 今のところ、名前も決まってなければ組める段階にもないフォースカッコカリにおいて、特定の役割を持っていない──と、いうより、どの距離でも戦える代わりに特定の役割に特化した優奈と、そしてカグヤに及ばないのが今の自分だ。

 綾乃は今日もGBNにログインすべく持ってきた、愛機が厳重に梱包されたタッパーを取り出してその中身をそっと見遣った。

 クロスボーンガンダムXP。

 その出来栄えは自分自身でも悪くないと思えるものだが、今抱えている問題はガンプラの出来がどうこうというより、XPの武装にあるのではないかと、そう考える。

 バタフライ・バスターBは決して悪くない武装だ。

 ビームライフル──正確にはバスター・ガンである──とビーム・ザンバーの両方を兼ね備えていて、出力もそこそこあって、尚且つ相手の出来栄え次第では原作の設定通り、ビーム・シールドをその護りの上から叩き斬ることができると書けば、確かに強く見えるだろう。

 だが、近接にフォースメンバーが偏っている都合上、綾乃は射撃戦を早々に切り上げて格闘戦に移行することが多く、そうなると優奈やカグヤのような専門家と比較しなければならない。

 万能機が特化型と同じ土俵で試合をすること自体が間違ってはいるのだが、今後フォースを組むに当たって、そこもまた一つの課題になるであろうことは、綾乃にも想像がつく。

 翻って、射撃ができないと割り切って格闘に特化した優奈の選択はかなりクレバーなものだったのかもしれない。

 おにぎりを食べ終えて、膝掛けの上に置いていたほうじ茶に舌鼓を打つ優奈に向けた視線を逸らして、綾乃は再び嘆息した。

 

「どうしたの、綾乃さん? 元気ないけど……」

「……いえ、なんでもないわ。ただ現状、私の火力……というか格闘戦で与えられるダメージが貴女たちと比べて少ないと思っただけよ」

 

 相手の不意を突く形でバタフライ・バスターBを運用してみたり、ヒート・ダガーによるブラフをかけたりと、クロスボーンガンダムができることは極めて多い。

 それでも単純な「火力」に直結する問題となれば、バタフライ・バスターBがどれほど優れた武装であったとしても、それを上回るものはいくらでも転がっているのだ。

 

「ほぇ? そうかなぁ、アヤノさんはばっちり活躍してると思うけど……」

「……なんといえばいいのかしらね、貴女がそう言ってくれるのは嬉しいのだけれど」

 

 優奈から見れば、多彩な武装を的確に使い分けて戦える綾乃の器用さは驚嘆に値するものだったし、実際のところアリスバーニングガンダムがろくな武器を持ってない理由は自分がまともに扱えないからだ。

 だからこそ、そんなオールマイティな綾乃が火力で悩んでいる、というのは優奈にとって不思議なことだった。

 

「フォースを組むとなると、個人で戦うわけにはいかないわ」

 

 三人の中で、単身でできることが一番多いのは自分であるというのは綾乃も理解している。

 それは元々、クロスボーンガンダムXPがGBNでフォースを組むことを想定せずに構築されたからだ。

 単身で多数を相手にできて、かつ、得意なレンジに飛び込むための布石が多い。

 そういった意味でクロスボーンガンダムという機体の特性は自分に合っていると綾乃は感じているし、何より原作での活躍が凄まじく、その格好良さが脳裏に焼き付いて離れないからこそ、X0を素体として選んだのだ。

 

「だから、貴女たちをなんとか支援できればいいのだけれど」

「支援……うーん、難しいなぁ、綾乃さんはすっごくいっぱい考えてゲームしてるんだね」

 

 わたしなんて、パンチとキックを当てることしか考えてないよ。

 優奈は自嘲するようにそうはにかんで、ああでもないこうでもないと悩み続ける綾乃にフォローを入れる。

 とはいえそれは優奈の本心でもあった。

 ──自分がGBNにログインしているのは、頂点を目指しているからではない。

 そんな言葉を笑顔の下に押し込めて、「上」を目指そうと今も悩み、もがき続けている綾乃に、優奈は少しだけ羨望と、それより仄暗い感情が混じった視線を向ける。

 

「わたしも武器とか持った方がいいのかなあ、でも射撃は当たらないし、剣とか振り回してると危ないって怒られちゃいそうだし」

「……ごめんなさい、それは否定できないわ」

「がーんっ! あっ、でも……」

「でも?」

 

 わざわざショックなことを擬音と共に口に出す優奈の子供っぽさに、胸の奥の辺りをくすぐられたような感触を覚えながら、何かを閃いたらしい彼女へと綾乃は開いていた扇子を閉じながら問いかける。

 

「綾乃さんなら、新しい武器とか作れちゃうのかなって! それで、ちゃんと使いこなせるんだろうなーって、そう思ったの、えへへ」

 

 新しい武器。

 それは読んで字の如く、クロスボーンガンダムXPに新たな武装を追加する、という意味であり、そして綾乃がああでもないこうでもないと悩んでいたもやもやする感覚を吹き飛ばすような言葉だった。

 今の方向性のまま火力を強化する案はないかと綾乃は悩んでいたのだが、そもそも新しい武器を作れば、使いこなせるかは置いておくとしてもできること自体は増える。

 

「優奈」

「ほぇ? どうしたの、綾乃さん?」

「ありがとう、大分方向性が見えてきた気がするわ」

 

 そもそも、フォースを組んですらいないのに組んだ後のことを心配すること自体杞憂というものだが、フレンドとして優奈と、そしてカグヤと行動している以上、善は急げといったところだろう。

 そういうことならば、うってつけの材料が箱の中に眠っている。

 綾乃はひし、と優奈の手を取って、きらきらと目を輝かせながらお礼の言葉ともにぺこりと小さく頭を下げた。

 当の優奈は何故感謝されているのかがわからない、といった風情に小首を傾げていたものの、綾乃が目を輝かせているその光景はどこか自分のことのように嬉しいから、黙って口を噤むことを決め込む。

 

「うんうん、なんだかよくわからないけど、張り切ってDランク目指していこうね、綾乃さん!」

「ええ、優奈。そのために今日はちょっとだけ寄り道をするけれど……」

「大丈夫! 綾乃さんがイヤじゃなければ、わたしもついていっていいかな……」

「イヤだなんてとんでもないわ。ありがとう、優奈」

 

 先ほどまでは明るい笑顔の花を咲かせていたのが一転、しゅん、と人差し指同士を突き合わせる優奈の手を取って、綾乃ははっきりとそう口にする。

 優奈がハンディキャップを抱えていることを理由にするのは失礼を通り越して無神経に値する。それでも、そんな彼女を自分の都合に付き合わせることにどこか気が引ける部分があったことは確かだ。

 膝下どころか足首近くまでを覆い隠すプリーツスカートの僅かな隙間から覗く金属の義足。

 それを一目見てしまう自分に嫌悪を抱きながらも、綾乃は立ち上がると、優奈が乗っている車椅子のバックサポートへと手を伸ばして、教室へと戻っていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 並列された銃口から放たれる光の矢が、左右の動きで逃げようとしていた数機のウィンダムとムラサメを捉えてテクスチャの塵へと変えていく。

 ミッション「ダーダネルスの暁」。

 それは映像作品「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の劇中で起こった、ダーダネルス海峡における戦いを再現したミッションであり、ソロで挑んだ場合は戦力比が実に三十対一に迫るという、難易度が高い代わりに報酬として得られるダイバーポイントもまたそれに比例したミッションだった。

 乱入してくるアークエンジェル隊のNPDも、1ランク上の思考ルーチンが組まれており、特にフリーダムガンダムはこのミッションにおける強敵として名を馳せているのだが。

 

「乱舞の型……颯! はあっ!」

『くっ、どうしてこんな!』

 

 今のところ、三人の中で最大戦力であるカグヤをフリーダムにぶつけて、連合軍のネームドはユーナが対処を行うことでアヤノたちは作戦を恙無く遂行することができていた。

 と、いうのもそれは、乱戦という状況下において、アヤノがGBNへとログインする前に作りかけだったものを完成させた新たなる武装──「クジャク」ありきの結果である。

 クジャク。それは「機動戦士クロスボーンガンダム ゴースト」の劇中に登場した、ピーコックスマッシャーとムラマサ・ブラスターを融合させたとでもいうべき武器であり、アヤノが購入して、XPを作り上げた後は積んでいた箱の中に眠っていた武装だった。

 簡単なゲート処理とモールドの段落ち化、そして肉抜き埋めと面出しという工程をリアルタイムアタックのごとく終わらせて、塗装を施した急造品でこそあるものの、アヤノの手付きが器用であることも手伝って、その威力は素組みと比べ物にならないほどに高まっている。

 

「すっごい! アヤノさんの新武装!」

「貴女がアイディアを出してくれたおかげよ、ユーナ」

 

 クジャクを解禁するという発想──というより今の今まで存在すら忘れていたため、部屋の片隅にひっそりと積まれたガンプラの箱からそれを取り出すのは、自分が二刀流を嗜んでいることも含めてなんだか気が引けたが、何も、アヤノがGBNで二刀流に拘る必然性はどこにもない。

 使えるものは全て使う。

 かつて憧れたファイターの信条に従うのであれば、一本の剣とそして範囲攻撃が可能な射撃兵装としての機能を持つクジャクを使うことは極めて理に適っている。

 このミッションの勝利条件は一定時間の生存だが、フリーダムガンダムの撃退でも達成できる。

 味方として助力してくれているミネルバ隊を再現したNPDは、残念なことに空を飛べるフォースインパルスとグフイグナイテッド以外は戦力外だが、今のアヤノたちは彼らの助けを借りずとも、この状況を打破できそうな勢いだった。

 

『邪魔だああああッ!』

「させないっ! おおおおっ、炎、竜巻キィィィック!」

 

 そして、原作通りにモビルアーマー形態に変形し、フリーダムガンダムに武装を奪われたハイネ・ヴェステンフルスを再現したNPDが搭乗するグフイグナイテッドの背後から急襲をかけるガイアガンダムに、ユーナのアリスバーニングガンダムが脚部を突き出して全身を回転させる、という一見すると奇妙な動きで迎撃の一手を放つ。

 炎の竜巻キック。相変わらずネーミングセンスは独特であるものの、全身を防御判定と攻撃判定に包んだそれはユーナがハシュマル戦での戦いをヒントに編み出した技であり、そんなものに真正面から突っ込んだガイアガンダムは堪らず海へと落下してしまう。

 

『助かったぜ、サンキュー!』

「いえ! 困ったときは助け合いだから!」

 

 NPDに律儀な返事をする辺りもユーナらしい、とアヤノは苦笑しつつも、残るオーブ軍と地球連合軍の量産機をクジャクの一斉射によって次々とレーダー上から消失させていく。

 このミッションでは、絶対にフリーダムガンダム及び随伴するストライクルージュを撃墜できないように設定されているものの、耐久値が一定以下となった場合「撃退」判定が下るようになっている。

 カグヤが振るう柔の太刀に怯まされているフリーダムの虚を突くように、アヤノはクジャクを腰のシザー・アンカーにマウントすると、くるりと機体を空中で一回転させることで、それを縦に薙ぎ払う。

 

『しまった!? うわあああっ!』

「良い援護をありがとうございます、アヤノさん! これが拙の必殺の型……剛体の型、月下白刃!」

 

 レンジの外から飛んできた斬撃に、右の羽をもがれたフリーダムが大きく体勢を崩したところを見計らって、カグヤは裂帛の気合いを込めて上段に構えた太刀を、そのコックピットに向けて振り下ろした。

 撃墜こそできなかったし、できないようになっているものの、フリーダムの耐久値は二人の連携によって一定のラインを下回り、随伴していたストライクルージュとアークエンジェル共々作戦エリアから離脱していく。

 

【Secret Success!】

【Mission Success!】

 

 それから間を置かず、無機質な機械音声が三人のコックピットに響き渡る。

 完全勝利、というには少し後味が悪いものの、「フリーダムの撃退」と「ハイネ・ヴェステンフルスの生存」という条件を満たしたことで、アヤノたちに付与されるダイバーポイントには大きくボーナスが加算されていた。

 それでもまだ、Dランクは遠い。

 アヤノは虚空に手を伸ばして、声には出さずそう呟く。

 手を伸ばせば届きそうで届かない、そんなもどかしさこそあるものの、確実に足は前に進んでいる。

 ミッションを終えて、ロビーへと電脳の躯体が解けていく感覚に身を委ねながら、アヤノとユーナは、そしてカグヤは通信ウィンドウ越しに視線を合わせて、そっとはにかむのだった。




綾乃と優奈の微妙な感情

Tips:
【ダーダネルスの暁】……映像作品「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の劇中で起こったダーダネルス海峡での戦いを再現したミッション。Eランク推奨ミッションの中では比較的難易度が高めで、シークレット条件である「フリーダムガンダムの撃退」と「ハイネ・ヴェステンフルスの生存」を満たすとクリア時に獲得ダイバーポイントが上乗せされる。


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第十五話「闇鍋の井戸の底へ」

天上征伐戦から逃げてきたので初投稿です。


 周回要素。

 概ねどんなゲームでも逃れることのできないそのファクターを楽しめるのは、どんなに小さくてもいいから自分のアバターを表す、或いはコレクションの数が徐々に増えていくのを楽しめる人間だと聞く。

 要は貯金を楽しめるかどうかが周回に向いているかいないか、と断じてしまうのは暴論だとしても、それに近いところがある、というのはアヤノもまた同意するところだった。

 

「大分昇格ラインまで近づいてきたわね」

「うん! よーし、この調子でガンガン行こっか、アヤノさん、カグヤさん!」

「ええ、拙としても……フォースを組んでみるというのは初めてのことなので、楽しみにしています」

 

 GBNのセントラル・ディメンション、文字通りゲームの中心点であり開始地点でもあるロビーでコンソールを操作していたユーナが、Dランク昇格までの必要ダイバーポイントが表示されているゲージを見つめて、歓喜の声を上げる。

 そのあと少し、が近くて遠いことにもどかしさを感じてはいたものの、アヤノとしても少しずつ必要な数字が減っていく感覚──と、いうより、純粋に昇格まで近づいているというのは確かに一抹の喜びを感じるところだった。

 

「次に行くのは構わないけれど……どのミッションを受けるの?」

 

 とはいえ、効率重視で回していた高難度ミッションはほとんどクリアしてしまっている。

 アヤノはすっかりのめり込んでしまっている自分に苦笑しつつ、懐から取り出した扇子を広げて、早速次へ次へと意気込んでいるユーナと、そんな彼女を一歩引いた位置から見守っているカグヤへとそう問いかけた。

 同じミッションを受ける、というのも選択肢としてそう悪いものではないにしろ、ここ数日間、ローテーションで入り浸っていたというのもあって飽きが来ていることは確かで、常設レイドに乗り込む選択肢も考えられたが、あれはあれで拘束時間が結構長い。

 それに何より、アヤノとしてはEランク相当のミッションでは、ランクが一つ上のAIが組まれているNPDだってDランク相当なのだから物足りない、というのが思うところであった。

 経験が浅い自分ですらそう感じているのだから、既に既定ランク以上に達しているカグヤも概ね同じことを考えているのではないだろうか──などと、少しばかり増上している自分を諫めるように頭を振りながら、アヤノは視線をカグヤへと向ける。

 うきうきしながら次のミッションを探しているユーナを一歩引いた位置から見守っているカグヤの瞳は穏やかだが、そこにどこか「退屈」が存在していないわけではない。

 同じ「武」を嗜む者として向けられたアヤノからの視線にカグヤは振り返り、小首を傾げる。

 そして、困ったように小さく笑いながら、言葉のない問いかけへと答えを返した。

 

「……やはり、わかってしまいますか」

「ええ、私たちは目的があるからいいけれど……カグヤさんはバトルがしたいんじゃないかと、そう思っていたところよ」

「えっ? なになに、どうしたの? アヤノさん、カグヤさん?」

 

 元々「月下の辻斬り」なんて物騒な二つ名が付くまでフリーバトルにのめり込んでいたカグヤからすれば、低ランクのNPDは相手として役者不足もいいところなのだろう。

 だが、「NPD相手の周回に飽きてきた」というそのシンプルな事実を言い出しづらいこともまた確かであり、コンソールを閉じて頭を捻っているユーナへと、アヤノはどこか諭すように方便を語る。

 

「要するに、今日は今までとちょっとだけ趣向を変えてみないかと、そう思っていたのよ」

「しゅこー……チョップで戦ってみるとか?」

「……要するに、ミッション以外の何かをやってみようと思っていたの」

 

 それは手刀だ、と突っ込みを入れたくなる気持ちを胸の内側にしまい込みながら、アヤノは頭上にいくつもクエスチョンマークを浮かべているユーナへと、目頭を抑えながらそう返した。

 基本的に、GBNにおけるダイバーポイントの獲得手段は二種類に分けられている。

 一つは、今までアヤノたちがやってきたようにNPD相手の公式ミッションやレイドバトルを繰り返すことで貯蓄していくパターン。

 そして、もう一つは。

 

「拙の手前勝手で申し訳ないのですが……『対人戦』をしていただけないでしょうかと、そういうことなのです」

 

 カグヤが深々と頭を下げながら語ったように、NPD──ノンプレイヤーダイバーではなく、プレイヤーとして「中身」が入っているダイバーたちとシノギを削る対人戦だ。

 これもいくつかの種類に分けられているのだが、要するにプレイヤー同士が競い合うといった点には変わりなく、またDランクまではポイントの増減こそあれど、上昇幅は大きく、下降幅は少ないといった具合の調整が行われているため、実入りという意味ではレイドバトルに匹敵するところがあるのは確かなことだった。

 ただそれは、「勝てれば」というのが話の前提につくのだが。

 だが、何よりそれこそが問題であり、また、アヤノやユーナの心配するところでもあるのだ。

 扇子で口元を覆い隠すアヤノの意思を代弁するかのように、ユーナは一度小首を傾げると、カグヤへ向けて問いを投げかける。

 

「えっと……わたし、自信はあんまりないけど……じゃなくて! その、対人戦っていってもなにするのかなーって」

「……言われてみればそれもそうね」

 

 扇子を閉じて、アヤノはユーナに追従するようにそう言った。

 GBNはその前身であるGPDから引き続き、基本的にはPvPのコンテンツをメインとしているのだが、フォースを組めないランク帯では、できることが大きく制限される。

 例えば、有名どころならランダムで抽選されたフォース同士が戦い合う「バトランダム・ミッション」を受注できない。

 そして、フリーバトルを申し込むにも、ランクが低い相手と上級者は基本的に戦えないことから、掲示板などの内部コンテンツを使って募集をかけるという手間がかかったり、何かと手段に困るのがアヤノたちの現状なのだ。

 そんな問いを二人から投げかけられても、カグヤは穏やかな表情を崩すことなく、セントラル・ロビーの受付を掌で指し示して、はっきりと答えを返してみせる。

 

「でしたら、打ってつけ……というにはやや難儀しますが、今の拙たちでも受けられるコンテンツがありますよ」

「ふむ……その心は?」

「『シャフランダム・ロワイヤル』……ご存知、ありませんか?」

「しゃふらん……? 何?」

 

 ユーナは何が何やらちんぷんかんぷんだといった調子で、ぷすぷすと黒煙を吐き出しかねない勢いで頭を抱えていたが、アヤノはそのコンテンツ名に心当たりがあった。

 と、いうのも、獲得ダイバーポイントが多いコンテンツを調べるに当たって、そういった対人コンテンツの記事も攻略wikiには記されているため、ついつい読み耽ってしまったというのが実際のところなのだがそこはそれ、結果オーライというものだ。

 そんな事情はさておくとしても、カグヤが提案してくれたシャフランダム・ロワイヤルというコンテンツは、基本的にあまり評判が芳しいものではなかった、というのがアヤノの記憶する限りだった。

 曰く闇鍋、曰くお祈りゲー、曰くランダムだけど固定を組んだ方が早い。

 そんな風に悪し様に罵られているのは、元々フォースを組めないランク帯であったり、何かそういう事情を抱えているダイバーに向けて、ランダムで抽選された五人が即席のチームを組んで戦う、というコンセプトこそ悪くなかったものの、その実態が理想と大きく乖離していたからである。

 元々、即席のチームで連携を行うこと自体が難しいというのもさながら、自分の意図していない行動に走ったり、酷い時はチーム全体を壊滅に導きかねないような行動をするダイバーも参加者の中には混ざっているため、そういった味方を引き当てないことを祈ることが第一条件であるとまでに揶揄されているのだ。

 今でこそアップデートを重ねて、参加申請をしたパーティは最初から同じチームに配属される、という仕様になっているものの、アップデート前はパーティ申請をしていても、別なチームに飛ばされるということも珍しくなかったため、そこで評判を落としていた名残もあるのだろう。

 ただ、わざわざカグヤが選択肢として提案したのだから、悪いことばかりではないというのはアヤノも理解するところだった。

 今のところ、アヤノとユーナ、そしてカグヤの三人でパーティを組んだ状態で参戦すれば、残りの味方が問題を抱えていたとしても過半数は確保しているのだから問題はない、とまではいわなくとも、被害は比較的少ない。

 それに何より、ランクの問題でフォース戦やバトランダム・ミッションが受けられない自分たちがPvPを始めるにあたって、一番ハードルが低いコンテンツである、というのは紛れもない事実なのだ。

 

「要するに即席でチームを作って他のプレイヤーと戦うの。でも、私たち三人は事前にパーティ申請を送っておけば、ばらけずに済むのよ」

「なるほど! それなら安心だね! アヤノさんって頭いいんだなー……」

「……いえ、別にそんなことはないのだけれど……」

 

 ユーナから予想外の方向から褒められたことに困惑しつつ、アヤノは火照った頬を隠すように再び扇子を開く。

 そんな二人をどこか姉のように温かい目で見守るカグヤであったが、その視線には先ほどまでとは打って変わって、あの月明かりが照らす夜に見た、苛烈なまでの闘志が燃え滾っている。

 

「では、シャフランダム・ロワイヤルを受けるということでよろしいですか? お二人とも」

「私は異存ないわ」

「……わたしもオッケー! えへへ、元気に頑張らないとっ!」

 

 方針の確認を済ませたところでコンソールを操作して、パーティ申請をフレンドメニューから送り合いながら、アヤノたちは「闇鍋」と称されるその井戸の底へと飛び込んでいく。

 何故シャフランダム・ロワイヤルが「魔境」だといわれているのか、そのもう一つの理由を知らないままに。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 アヤノたちの戦場として選ばれたのは、平坦な平原を挟んで森林地帯が広がっている汎用バトルフィールドの一つだった。

 ゲートから飛び立ったクロスボーンガンダムXPを着地させて、まずアヤノは森林──というには木々があまりに鬱蒼と立ち並んでいる樹海を一瞥して、その向こう側にいるであろう敵の姿を思い描く。

 平原地帯であれば戦いもシンプルでやりやすくなるが、十八メートルサイズに拡大されたガンプラすら身を隠せるほどの樹海が間に立ち込めているという都合、そう簡単に事が運んでくれるはずもない。

 ユーナのアリスバーニングガンダムと、カグヤのロードアストレイオルタもそれをわかっていて、どう仕掛けたものかと身構えていたが、沈黙を破り、口火を切ったのは、味方として配属されていたダイバーだった。

 

『こちらナスラン、君たちは……この前のレイドでも見かけたな』

「はいっ! えっと……ナスランさん、よろしくお願いします!」

『ご挨拶どうも。痛み入るよ、それと……俺のセイバーでまず威力偵察をかけようと思うんだが、君たちはどう思う?』

 

 ナスランが頭の中に思い描くシナリオは、変形したセイバーガンダムで相手の陣地を偵察し、今度はジャスティスガンダムではなくガナーザクウォーリアに搭乗している兄の「ザクラン」の火力支援を得たアヤノたちが近接戦を仕掛ける、というものだ。

 確かに無難で、上手くいけば相手を一網打尽にできるかもしれないこの戦術は理に適っている。

 相方ガチャと称されるシャフランダム・ロワイヤル第一の壁を無事に突破できたことに安堵しつつ、ユーナに代わってアヤノがナスランへと言葉を返す。

 

「私たちとしてもそれが望ましいと考えているわ」

『ええと……君は確か……アヤノだったか。了解した、よろしく頼むよ』

『頼んだぞ、ナスラン』

『了解した、ザクラン! ナスラン・ゾラ、セイバーで出るぞ!』

 

 景気付けかげん担ぎとして、高らかに宣言すると、実際の軍用機を思わせるロービジカラーに塗装されたセイバーガンダムがモビルアーマー形態に変形し、樹海を上から突っ切るように飛び立っていく。

 ナスランのセイバーには本来であればスタビライザーがある位置にはレドームと一体化したユニットが増設されており、最初から偵察機としての役割を果たすために改造を施していたのだろう。

 データリンクで送られてくる樹海の地形を睨みながら、アヤノたちは慎重に、ナスランが安全だと判断したルートから樹海へと踏み入っていく。

 機動力では劣る分、ザクランも言い方こそ悪いがいつでもアヤノたちを盾にできるような位置に陣取っていて、ここまでは順調そのものだといえた。

 ──だが、青天を引き裂いて雷が落ちるように、戦況というのは突如として変化するものだ。

 

『ヌヴォォォォォ!?』

『ナスラン!? くっ、どうした、応答を──』

 

 突如としてデータリンクが途切れたかと思えば、先行していた一点──ナスランのセイバーガンダムを示すレーダー上の青い点が消滅していたことに気付いた時にはもう遅かった。

 樹海に溶け込んでいたかのように、最後の足掻きとしてナスランが転送してくれたデータから、五つの赤い光点が自分たちを取り囲んでいることをアヤノは悟る。

 そして、何よりも目を疑ったのは──

 

『ふふ、偵察という発想は悪くなかったですが……先に飛んだのは、よくありませんでしたね』

『ヌワアアアアアア!!!』

「ザクランさん!?」

「斬撃が、飛んで……!?」

 

 その瞬間、アヤノが目の当たりにした光景こそだった。

 密林迷彩が施されたギラ・ドーガや、ミゲル・アイマンを思わせるオレンジ色に塗装されたモビルジンを従えるかのように前へと歩み出たその機体が振るった一撃は、確かに「飛んで」、今度は後ろから砲撃の機会を窺っていたザクランのガナーザクウォーリアを一刀両断する。

 そして、歩み出たその機体こそが。

 

「コアガンダム……いえ、ゾルヌール、ガンダム……!」

「カグヤさん、知っているの?」

『ふふっ、知っているも何も……』

「ええ、彼女は……あのガンダムは、拙の……!」

『そう、ニチカはカグヤのお姉さんですから』

 

 ニチカ、と、名乗った女性は改めて、ビームサーベルというにはあまりに長い──それこそ、カグヤが構えている刀を思わせる、ビーム・セイバーを携えて、新たに獲物を捕らえんと駆け抜ける。

 恐らくは地上戦に特化しているのだろう。

 姉だ妹だと、どうやらカグヤが抱えている込み入った事情は置いておくとしても、あの【ゾルヌールガンダム】というらしい機体はローラーダッシュによって瞬く間に距離を詰め、今度は当惑しているユーナを斬り伏せんとビーム・セイバーに手をかける。

 

「ユーナ、狙われているわ!」

「えっ、あ、わわっ……どうすれば……」

「ここは拙が引き受けます、アヤノさんとユーナさんは周りの対処を!」

 

 ナスランとザクランが一撃で撃墜されたことでパニックに陥っていたユーナは、カグヤの一喝によって正気を取り戻し、アヤノのバタフライ・バスターBによるフォローを受けつつまずは密林迷彩が施されたギラ・ドーガのクロスレンジへと飛び込んでいく。

 

「ユーナ!」

「わかった、アヤノさん! おおおおっ、炎、パーンチっ!」

『た、盾が!? うわあああっ!』

 

 アリスバーニングが放った炎を纏う拳は、ギラ・ドーガのコックピットを盾の上から殴り貫いていたものの、依然として数の上ではこちらの不利が付いていることには変わりがない。

 先日作ったばかりの「クジャク」は腰部のハードポイントにマウントしたまま、アヤノは戦況を俯瞰するようにレーダーと、そして目にも留まらぬ速さで剣戟を交わすカグヤを一瞥する。

 

「……これが、闇鍋といわれる所以なのね……」

 

 そう。シャフランダム・ロワイヤルは、その性質上「実力差を考慮しない」マッチングが組まれる事が往々にして存在する。

 それを示すかのように、「月下の辻斬り」と呼ばれるカグヤと、その姉を名乗るニチカは、刹那の内に生死を分かつ、一進一退の剣戟を交わし続けるのだった。




姉を名乗る敵対者

Tips:

【ナスラン・ゾラ】……レイドバトル「厄祭来たりて」ではハシュマルのワイヤーブレードの犠牲になっていた、都市迷彩のセイバーガンダムを操るDランクダイバー。スタビライザーユニットを換装する事でマルチに役割をこなせるそこそこのダイバーなのだが、何かと運がない。後述するザクランの弟。

【ザクラン・ゾラ】……レイドバトル「厄祭来たりて」ではハシュマルの照射ビームの犠牲になっていた、プロヴィデンスガンダムカラーに塗り替えたジャスティスガンダムや、ガナーザクウォーリアを駆るDランクダイバー。ナスランとは兄弟であり、二人揃ってアスラン・ザラを意識した機体チョイスやダイバールックをしている。


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第十六話「日輪の禍威(まがい)

弱点特効2スロ2が出ないので初投稿です。


 ニチカのゾルヌールガンダムとカグヤのロードアストレイオルタは、ほぼ互角に切り結んでいるように見えたが、徐々にカグヤの方が押され始めてきているというのは、戦いを横目に見たアヤノにも理解できた。

 かといって、他人のことを気にしていられる状況かといわれればそうでもないのが現状であり、突出したギラ・ドーガはユーナの奮戦もあって処理できたものの、敵の総数は四機でこちらが三機という不利はまだ覆せていない。

 

『怯むなよ、数の上ではこっちが有利なんだ!』

『わかってる、突っ込むから援護頼むぞ!』

『了解!』

 

 ゾルヌールガンダムを除いて、残ったガンプラの内訳はバウンド・ドックが一機、袖付き仕様のマラサイが一機、ガブスレイが一機と、一部はジオン残党軍仕様になっているものの、ティターンズ系のそれで統一されているといってもよかった。

 撃墜されたギラ・ドーガがどうだったのかはわからないが、少なくともあの三人組に関しては完全な野良ではなく、自分たちと同じくパーティーを組んでからこのシャフランダム・ロワイヤルに参入してきた面子と見てもいいだろう。

 根拠を挙げるとすれば、それは連携の精度だ。

 ガブスレイが構えたフェダーイン・ライフルによる狙撃を回避したアヤノは、その隙間を突くようにして空中から自身ではなくユーナに向けて飛びかかるマラサイを一瞥し、小さく舌打ちをする。

 

「ユーナ! 危ないわ、避けて!」

「えっ、なになに、何を……きゃああああっ!」

『ハハハハ! 海ヘビのお味はどうだいお嬢ちゃん!』

 

 どことなく、カクリコン・カクーラーを思わせるダイバールックに身を包んだマラサイの操縦者は、アヤノの注意も虚しく、困惑するアリスバーニングガンダムへと手にしていた電磁兵器──海ヘビを絡ませていた。

 ワイヤーが絡み付いただけならまだしも、そこから流される高圧電流は継続的にアリスバーニングの耐久値を削り取り、妨害を入れようにもガブスレイの狙撃と、そして今アヤノの眼前に躍り出てきたバウンド・ドックがそれを許してくれない。

 

『悪いがここで倒れてもらうぜ!』

「……お断りよ……!」

 

 電撃による攻撃に悲鳴を上げるユーナを見遣ると、アヤノは胸の内側に沸々と湧き上がってくるその感情に身を任せ、手にしていたバタフライ・バスターB同士の銃身を叩きつけることでザンバーモードに変形させる。

 怒りだ。その感情の名前ははっきりとわかっている。

 だが、何故──何故、ユーナが攻撃を受けているというだけで自分はここまで激昂しているのか、少し冷めたところから見下ろす理性は首を傾げていた。

 だが、今のアヤノを突き動かしているのは理性ではなく激情だ。

 何とも表現し難い、全身を巡る血液が沸騰したような、そうでなければ溶岩に置き換わったような灼熱の怒りと共に、アヤノはバタフライ・バスターBをいつも欠かさず練習してきた、自身の家に伝わる武術「一条二刀流」の構えをとって、刹那の内にバウンド・ドックを切り刻む。

 対峙するクロスボーンガンダムXPの膂力と完成度は確かにバウンド・ドックを操るダイバー、「ドジェリ」にとっては予想外だった。

 分解されていく愛機に申し訳ないという気持ちを抱きながらも、ドジェリは確かに口元に笑みを浮かべて、僚機への通信を開く。

 

『アウマー、今だ! 仕掛けてくれ!』

『ドジェリ……わかったわ、これで!』

「しまっ……!」

 

 クロスボーンガンダムXPは今、ドジェリのバウンド・ドックを撃墜したことで大きな硬直を晒している。

 ABCマントを纏っているとはいえ、作り込まれたフェダーイン・ライフルの一撃は決して軽視できるものではない。

 

『これで……っ、終わりよ! クロスボーンガンダム!』

「っ、おおおおおっ……!!!」

 

 確かにここで諦めていれば、いつも通りにどこか冷めたまま、「仕方ない」と受け入れていれば、確かにアヤノは終わっていたことだろう。

 だが、理性が無駄だと忠告を繰り返す中でも、自身の内に灯る激情の炎は決して消えることはなかった。

 それどころか、風に煽られたかのように勢いを増して、アヤノは親友の──ユーナが気合を入れる時によく似た雄叫びをあげながら、機体を無理やり制動し、踏ん張らせていた。

 間に合うかどうかはわからない。

 膝をついた機体を立ち上がらせて、ビーム・シールドを展開する。

 それが恐らくベストなのだろうが、最大出力で放たれたのであろうフェダーイン・ライフルの直撃までに間に合う保証などどこにもない。

 ならば、他に取れる方法は。

 考える。考える。そして、検証する時間などないから、実行する。

 一秒にも満たない僅かな時間の中でアヤノの脳が演算を繰り返し、導き出した答えは極めてシンプルなものだった。

 

『なっ、この子、剣を盾に……!?』

「私は終わらない、終われない……!」

 

 バウンド・ドックを斬り伏せたバタフライ・バスターBをコックピットの前で交差させて、アヤノは即席のビーム・シールドを作り上げていた。

 ガンプラの造り込みと、ガンプラへの思いが全てを決めるGBNにおいては当たり前のことだが、量産機が専用機を倒したり、原作では勝利を収めた機体がライバル機に敗北するといったシチュエーションは往々にして存在する。

 だからこそ、アウマーと呼ばれた女性のガブスレイも、各部のシャープ化や甘いディテールの作り直しに金属パーツの採用など、相当な造り込みがなされていたのだろう。

 ヴェスバーに匹敵する威力にまで引き上げられたフェダーイン・ライフルの一撃は、二振りのビーム・ザンバーとABCマントという防護がありながらも、相当な衝撃をもってクロスボーンガンダムXPへと着弾していた。

 ぎしぎしと、腕部の関節が悲鳴を上げる。

 鉄の軋みは機体の呻き。クロスボーンガンダムXPのフェイスカバーが押し寄せる熱量に咽ぶかのように、がちり、と開く。

 ハシュマルの照射ビームを受け止めた時とよく似たその感覚のフィードバックに、アヤノは歯を食いしばりながら、ただその一撃を受け切って、次へと繋げることだけを考える。

 そうして、照射ビームが巻き上げた土埃が晴れた時、そこにあったものは。

 

『やった!? いや、まさか……!』

「これで……っ!」

 

 ほとんどが溶け落ちたことで脱ぎ捨てたABCマントを置き去りに、光の翼を展開したクロスボーンガンダムXPが、空中高く舞い上がり、脚部からヒート・ダガーを射出する。

 ガブスレイの機動力であれば、それは問題なく振り切れた一撃であった。

 だが、アウマーは一瞬、確信してしまっていた。

 あのX0を素体にしながらもカラーリングはX1とX3を足して二で割ったようなクロスボーンガンダムは撃墜した──一瞬生まれた余裕、慢心。

 強いていうのであれば、それが勝敗を分かつ絶対条件だった。

 無防備になったガブスレイのコックピットへと、脚部から射出されたヒート・ダガーが直撃し、その装甲を貫いたことで、アウマーの機体もまたテクスチャの塵へと還っていく。

 

『油断したわね……次は、負けないわ』

 

 次があるのかどうかなど、乱数の女神様の気まぐれ次第だ。

 そんな皮肉を返すこともせず、アヤノは荒い息を整えながら、海ヘビによって動きを止められて、今も攻撃を受けているユーナの救援へと向かうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『ふふ、思い出すわね。こうして戦っていると、ニチカたちが生まれた時のことを』

「世迷言を……! 連撃の型、飛天燕輪!」

『その技、前にも見たけれど……すごいわね、精度が上がってる。ニチカの知らないところで成長してるのね、カグヤ』

「くっ……!」

 

 わかっていた。

 手数を重視した柔の型から繰り出される連撃を、いとも簡単に受け止める、ニチカのゾルヌールガンダム。

 それは取りも直さず、彼女が本気を出していないことの証左だった。

 カグヤが今まで辻斬りを繰り返してきた理由が、そして、そこで得られたものが全て、日輪を纏ったかのように赤い、「リゼ」のコアガンダムとよく似通った色をしながらもフェイス部やアンテナは原型機のそれを受け継いでいる姉の愛機であり躯体の前では無力になる。

 

『でも、カグヤ……その様子だと、まだ自分の型が見つかっていないんでしょう?』

「……ッ! 重撃の型、雲雀剛波!」

『知ってるわ。ニチカはそれを前にも見た……そろそろ、新しい型を、カグヤが武者修行で得たものを、お姉さんに見せて頂戴?』

 

 自身と同じく、ジャパン・エリアで辻斬りをしているというダイバーの一撃を参考にした、鈍いが、食らえば確実にただでは済まない、重い一撃もビーム・セイバーを巧みに捌くことで防御して、ニチカは煽るのではなくただ純粋な期待から、カグヤへとそんな言葉を投げかける。

 だがそれは、カグヤにとって屈辱だった。

 ──お行儀の良い真似事ばかりが得意でも、中身が伴ってなければなぁ!

 かつて辻斬りをしていた時に挑んで、カグヤが破れ去った相手の一人であるウォーモンガー、「戦争屋」として名高い少女──ダイバーネーム「アリム」の言葉が脳裏をよぎる。

 自分の、自分だけの型が存在しない。体得できない。

 つまるところ、カグヤの悩みはそれに尽きた。

 対して、ニチカは──カグヤの斬撃を全て捌き切ってみせたように、既にコアガンダムとゾルヌールアーマーの特性を全て理解して、己だけの戦い方を確立させている。

 アヤノにどこか羨望じみた感情を抱いている理由もそうだ。

 それは彼女がリアルにおいて一条二刀流という流派を学んでいるからなのだが、カグヤにとっては自分だけの戦い方を持っている、という時点で既にそれが羨ましくて仕方ないのだ。

 他人に打ち明ければたったそれだけ、たかがそれだけと言われるかもしれない。

 だが、たったそれだけのことが泥濘に足を取られたかのように、心臓に別な生き物が巣食って血液を掠め取られているかのように、カグヤの心を雁字搦めに縛りつけ、そして凍らせてゆくのだ。

 

「拙が、拙が得たものは……っ……!」

『その様子だと、まだ時間がかかるのかしら? でも安心して、ニチカはカグヤのことを信じてるから……ね?』

「っ、ニチカ……姉様ッ……!」

 

 穏やかな、菩薩か、そうでなければ窓から差し込む日だまりにも似た笑顔を浮かべながらも、ニチカが繰り出してくる攻撃は、いっそ禍々しさと威圧を感じさせるほどに、どこまでも鋭く、そして重い。

 気質こそ自分より幾分か穏やかであったとしても、ニチカが「勝ち」を譲る気がないというのは、誰よりもカグヤがよく知っていた。

 同じ感情を共有しているからこそ。同じ時間に、同じ場所で生まれたからこそ。

 ビーム・セイバーを大上段に振りかぶるゾルヌールガンダムを前に、カグヤはどこか諦めたように瞳を潤ませて、膝を突かんとしていた。

 ──だが。

 

「っ、おおおおおっ……!」

 

 それは奇跡とも呼べない、些細な偶然の先端が触れ合っただけに過ぎないのかもしれない。

 ポップした通信ウィンドウの中で、歯を食いしばり、そして雄叫びを上げるアヤノの表情は、同じく絶望的な状況の中でも決して勝利への渇望を忘れることなく、猛る戦士の、(もののふ)の面影を持っていた。

 ただそれだけの、ほんの些細なことだと他人が笑うようなことかもしれない。

 だがそれは、カグヤの消えかかっていた闘志に火を点けるのには十分すぎるほどに、己が生まれてきた根幹の理由である「武」への探究心を満たすほどに、苛烈ながらも美しく煌めいていた。

 

「拙は……」

『なあに、カグヤ?』

「拙は決して、諦めません……! まだ技は見えずとも! まだ、武の境地に至らずとも!」

『あらあら、諦めが悪いのね。でも、そういうものかもしれないわ、だって、ニチカとカグヤは──』

「おおおおおおッ!!!」

 

 この期に及んでも余裕を崩すことのないニチカの笑顔を、その横っ面から殴りつけるように、カグヤは勇ましく雄叫びを上げて、ビーム・セイバーによる斬撃を──避けるのではなく、敢えてその直撃を受けるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……あ、ありがとうございます、アヤノさん……」

「大丈夫よ、ユーナ。むしろ私が……バウンド・ドックに気を取られていたから、助けるのが遅れてしまったわ」

 

 数的優位を覆してしまえば後はこちらのものだとばかりに、海ヘビでユーナのアリスバーニングを追い詰めていたカクリコン・カクーラーによく似たダイバーが駆るマラサイを、頭部バルカンと胸部のガトリングガンによる掃射で片付けると、アヤノはユーナの機体を自身のそれにもたれかからせる。

 アウマーが放った必殺の一撃によって、クロスボーンガンダムXPの両腕は使い物にならなくなってしまっていた。

 そして、海ヘビによる電磁パルスの影響でアリスバーニングガンダムもまた関節部にダメージが蓄積して満身創痍といった風情であり、数の上でこそ有利であったとしても、カグヤとニチカの戦いにアヤノたちは割って入れるような状態でない。

 だからこそ、あの場をカグヤが切り抜けてくれることを祈るしかないのだが、ブロックノイズが走るモニターで見る限り、限りなく状況的に不利を背負わされているのは彼女の方だった。

 負けたかもしれない。

 ユーナもアヤノも敢えて口に出すことはしなかったものの、そんな空気がにわかに漂い始めていたことは事実であり、まともに立てないアリスバーニングと、両腕が使えないクロスボーンガンダムXPでは援護ができないこともまた確かなのだ。

 最早勝利への光明は完全に閉ざされた。

 アヤノが諦めに項垂れかけた、その時だった。

 

「おおおおおおッ!!!」

 

 カグヤの勇ましい雄叫びが戦場に響いたかと思えば、次の瞬間には眩い閃光が走り、視界を灼く勢いでそれは広がっていく。

 一瞬、何が起きたのかとアヤノは当惑するが、その原理はアウマーが放ったフェダーイン・ライフルによる高出力射撃と同じものだと理解するのにそう時間はかからなかった。

 それに確か、前にフレンド登録した時に参照したカグヤのダイバーランクはCだったはずだ。

 

「アヤノさん、あれって……!」

 

 もうもうと立ち込める土煙の中にゆらりと立ち上がる影を指してユーナは答え合わせを求めるかのようにアヤノへと呼びかける。

 Cランク。それはGBNの実質的なスタート地点と呼ばれるほど重要な分水嶺であり、その理由は、同ランクから解禁される「必殺技」という存在が極めて大きい。

 ダイバーの戦い方や癖によって一人一人微妙に異なったユニークスキルを得ることができるこのシステムもまたGBNを「神ゲー」たらしめる理由の一つであることは間違いない。

 元来ユニークスキルやユニークアイテム制はVRMMOにおいて相性が悪いものだとされてきたが、それが一人一人違ったもので全員に与えられるとなれば話は別だ。

 だからこそ、血眼になってCランクを目指すダイバーたちも数多いのだが、そんな事情はさておくとしても、カグヤがこの瞬間、必殺技を発動させたということに間違いはなさそうだった。

 しかし、それは単純に火力へと寄与するものではない。

 しゅぴん、と鋭い音を立てて土煙が引き裂かれると同時に、宙を舞ったゾルヌールガンダムの右手が地に落ちて、煙の中から現れたものは。

 

『なるほど、そう来るのね……カグヤの武者修行、ちゃんと効果はあったみたいで、ニチカも嬉しいわ』

「……EL、ダイバー……」

 

 茫然と口走っていたのは、アヤノの方だった。

 ロードアストレイに擬態していた装甲が剥がれ落ち、「撃墜判定を一回だけ免れる」というその必殺技が発動したことで姿を現したものは、カグヤのダイバールックをメカに落とし込んだようなデザインの機体、ガンプラでありながらある意味ガンプラではない、モビルドールと呼ばれるものだった。

 

「……なるべくならば、この姿を晒したくはなったのですが……!」

 

 どこか苦々しくそう呟きながらも、即座に刀を構え直すカグヤの瞳は、通信ウィンドウ越しに見てもわかるほど、熱く燃え滾っている。

 そして、対峙する日輪の禍威を討ち払うべく、神楽舞を踊るかのように、カグヤは柔の型へと構えを切り替えて、反攻へと打って出るのだった。




明かされる小さな秘密

Tips:

【モビルドールカグヤ】……ロードアストレイオルタの中に封じ込められていた、というより一部装甲をロードアストレイのもので擬態していたカグヤの躯体にしてモビルドール。戦闘力自体はロードアストレイオルタとさして変わらないものの、チィと同様にモビルドール形態への移行を必殺技として設定していることで、相手に強烈なカウンターを見舞うことも可能。

【ゾルヌールガンダム】……カグヤの姉であるニチカの躯体にして、ELダイバー「リゼ」と同じくモビルドールとしてコアガンダムを選択したニチカが後見人と協力して作り上げた、剣術に特化した機体。サタニクスガンダムを参考にしたローラーダッシュが搭載されているものの、多少不得手ではあるが宇宙戦も可能。名前の由来は太陽(Sol)とない、空白(Null)。

【アリム(出典:「X2愛好家」様作「GBN:ダイバーズコンピレーション」】……セシア・アウェア・セストによく似たダイバールックをしていながらも、その性格はアハトに近いウォーモンガー気味な少女。「月下の辻斬り」に興味を持ってあえてフリーバトルを受け、その時完膚なきまでにカグヤを打ちのめしている。


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第十七話「私"たち"にできること」

再販されたアルスアースリィを買い逃したので初投稿です。


「EL、ダイバー……」

 

 思わず口ずさんでいた言葉を確かめるように、アヤノは操縦桿から離れていた掌を見下ろす。

 ELダイバー。特定電子生命体と呼ばれる彼女たちは、文字通りにこの電子の海を、GBNを産土として生まれてきた新しい命だといってもいい。

 あの、ガンダムベースシーサイドベース店でショーケースの中から懸命に接客を行なっている小さな少女のように、現実に向かうには「ビルドデカール」という専用プログラムが組まれたマイクロチップに近いデカールを貼り付けて、定期的にプラネットコーティングと呼ばれる、現実においてガンプラを動かすための技術──GPDに使われていたそれが必須であるものの、それ以外は人間と変わらない心や感情を持つ存在。

 アヤノは攻略wikiを読み耽っていた中で得た知識を頭の中で誦じて、ゾルヌールガンダムの右手をカウンターによって斬り落としたカグヤへと、モビルドールカグヤへとその視線を移す。

 曰く、ELダイバーというのは、このGBNへとログインする際、ガンプラをスキャンする時に生じた余剰データ群から生まれてきたとされているが、その真相は不明である、というのが実情だった。

 運営班も日々誕生因子の解明に全力を注いでいるものの、今もビルドデカールの再現も含めてその結果は芳しいものではない。

 

「EL、ダイバー……?」

 

 ユーナが、何を言っているのか理解できないといった具合に小首を傾げてそう呟く。

 

「……簡単にいえば、このGBNで生まれた電子生命体よ」

「電子……? よくわからないけど、カグヤさんって凄い人なんだね、アヤノさん!」

「……ええ、そうね」

 

 いつもの調子でわかっているのかそうでないのかといった具合に、ユーナはどこか自分のことであるかのように、モニターに映るカグヤを一瞥して目を輝かせる。

 そんな彼女の言動は話題にこそついていけてなかったものの、混乱していたアヤノの頭の中をクールダウンさせるのには十分だった。

 そうだ。今問題なのはELダイバーがどうこうという話ではない。

 右腕を失いながらも、左手でカグヤの斬撃を巧みに捌き続けるニチカと、使えるものは全て使うとばかりに、増加装甲の枷が外れたことで広がった可動域を駆使して、目にも留まらない速さで斬撃を繰り出すカグヤ。

 二人の戦いはほとんど互角に見えたものの、右腕を失っても尚カグヤの攻撃を捌き続けられる辺り、あのニチカというダイバー……恐らくカグヤと同じELダイバーだ──は、相当な実力者に違いない。

 アヤノは思わず、固唾を呑み込む。

 できればこの姿を晒したくなかった。

 カグヤがそう呟いたのは、未だにELダイバーに対する偏見のようなものがGBNの中には残っているからだ。

 ニチカと全く同じ時間に同じ場所で、同じ「武」への想いを誕生因子として生まれてきたカグヤは、ELダイバーとして奇異の目を向けられたことがあった。

 だからこそなのかもしれない。

 柔の型に切り替えた、速度を重視した斬撃を浴びせかけながらも余裕を崩すことのない姉の躯体、電子の世界と現実の世界を繋ぐ自らの分身ともいえる真紅のコアガンダムを見つめて、カグヤは小さく息をつく。

 穏やかでありながらも、その温かさの裏には苛烈なまでの激情が滾っているニチカは、その名前の通りに太陽のような存在だった。

 ニチカが太陽であるなら、自分は月だ。

 

『そうそう、その型も前に見たけど……精度が上がってる。頑張ったのね』

「……拙はっ……!」

 

 月。太陽の光なくしては決して自力では輝かない朧な光。

 それを示すかのように、同じ感情を、同じ誕生因子を共有して生まれてきた双子の姉妹であるというのに、自分とニチカの間には埋めることのできない溝が横たわっている。

 ニチカのことが憎い訳ではない。

 頭の中ではそれをカグヤはよくわかっている。

 いくらELダイバーが人間とは別な生き物、電子生命体であるとはいえ、大きく参照した余剰データ以外にも人間の感情を糧として生まれてきたのだから、多数の人間が抱く感情についてはカグヤもまた理解はしていた。

 だが、だからこそ──「姉」の存在を思えばこそ、それが愛おしくもあり、そして自分という朧な光とは違って、激しく、燃えるように輝きを放つ姉の「武」は、自身が何よりも欲しがっていたものだからこそ。

 

「……姉様は、そうやって拙が欲しいものを全て持っていく……! だから余裕なのでしょう、全て見切っているのでしょう!?」

 

 モビルドール形態への移行で不意をつくこと自体は上手くいったものの、それだって猫騙しのようなものであり、ツヴァイヘンダーに近いビーム・セイバーは、右手を失ったところで運用に支障はあまりない。

 つまるところ、ニチカへの反攻へと打って出たはいいが、手札は全て使い切ってしまった、というのがカグヤの実情だった。

 

『余裕……そうね、ニチカは貴女より強いわ、カグヤ』

「……ッ……!」

『だけどカグヤ、それは貴女も同じよ。いつか貴女にも──』

「減らず口をッ!!!」

 

 激昂するカグヤが大上段から振り下ろした一太刀は、最早型と呼べるようなものではなく、ただひたすらがむしゃらに、プリミティブな感情に従って振るわれたものだった。

 わかっている。

 あの時アリムに指摘されたように、自分の剣は全て参考にして生まれてきたダイバーたちの模倣にしか過ぎず、型にぴたりと嵌ったものでしかない。

 だからこそ、カグヤは自分だけの「武」を見つけようと、いつかニチカを超えようと、ひたすらにフリーバトルを申し込む辻斬り行為を繰り返していたのだ。

 ぶつける激情も、太刀筋も、全てを見切ったかのように受け止め続けていたニチカだったが、実際のところ、そこまで余裕があるわけではない。

 カグヤは怒りのあまり周りが見えなくなっているが、先ほどと比較してニチカの太刀筋もまた大振りになってきているし、右手を失ったことで繰り出せる技の幅も狭まっている以上、事実だけを見るならカグヤが悲観するほど差は開いていない。

 それに、何より。

 ニチカも、そしてそれを見つめているアヤノも口にこそ出さなかったものの、激昂から振るわれるカグヤの太刀筋は荒々しく、技と呼べるような域にこそ達していないものの、普段彼女が用いている「型」とはまた違ったものであることは確かだった。

 微細な、それこそ切っ先が掠め続けたようなダメージであっても、それはちゃんと蓄積されて、ゾルヌールガンダムは確実に弱っている。

 手出しできない現状を歯痒く思いながらもアヤノは、何か決定的な一瞬が訪れることを見計らって、ユーナを支え続けていた。

 

「はあああああッ!!!」

『……っ、ふふ……強くなったのね、カグヤ。ニチカは本当に嬉しいわ、だけど……』

 

 そして、とうとうがむしゃらに振るわれた獣の牙にも似た太刀はゾルヌールガンダムの左肩アーマーを斬り飛ばすことに成功していたが、恐らくそれが引き金を引いてしまったのだろう。

 笑顔を浮かべていたニチカの目がすっ、と細められたかと思えば、次の瞬間には底冷えするような殺気が、爆発したような闘志が、モニターの通信ウィンドウ越しにもアヤノへと伝わってくる。

 

『ニチカは勝ちを譲りません。だって、お姉ちゃんですから……!』

 

 言動も極めて穏やかでありながらも、剥き出しにされた殺意はその対極にあるといっていいほど冷たく、恐ろしい。

 カグヤもそれは感じ取っていたのか、両眼に光を灯して斬りかかってくるニチカの太刀へカウンターを見舞わんと、腰だめに菊一文字を構えたものの、間合いに入る寸前でゾルヌールガンダムは急速に踵を返して、その一撃を回避してみせた。

 

「しまった……!?」

『居合の型は一撃必殺……後隙を晒すことを考えなかったのは落ち度ね、カグヤ』

「くっ……それでも、拙がここで倒れるわけには……!」

『何のために? それがカグヤの目的であるならいいけれど……ニチカには伝わらない。ニチカには届かない。貴女自身の剣、見つかるのには遠そうね』

 

 考えよりも先に言葉が走る。

 何故、自分はここで倒れるわけにはいかないのか。

 激昂に支配されていたカグヤの思考回路が急速にクールダウンされ、上段から振り下ろされるビーム・セイバーの動きがコマ送りのようにスローモーションで再生されていくのを錯覚する。

 そうだ。元々この戦いは、自分が始めたものであっても、自分には。

 カグヤの脳裏に閃いた一つの思いは、振り抜かれる剣よりも早く、そして言葉が走るよりも早くその躯体を動かしていた。

 ──肉を斬らせて、骨を断つ。

 この世界にはそんな諺があるように、カグヤの選択肢は、「あえてニチカの太刀を受けることでもう一度カウンターの一撃を見舞う」というものだった。

 深々と突き刺さり、モビルドールカグヤの装甲を融解させていくビーム・セイバーによる一撃を、なんとかコックピット判定を免れた位置で受け止めながら、カグヤは菊一文字による一閃を繰り出す。

 しかし、それもニチカは予見していたのか、振るわれた一撃は同じようにコックピットを外れて、お互いに首の皮一枚繋がった状態で戦況は膠着する。

 だが、装甲に引っかかった菊一文字と異なって、ニチカが突き立てているのは装甲を融解させるビーム・セイバーだ。

 この膠着状態もすぐに崩れて、膝を突くのが自分の方であることはカグヤにもわかっていた。

 ──それでも。

 

「アヤノさん、ユーナさん!」

 

 カグヤはプライドに縋ることなく、決して諦めずにこの戦況を観察していた二人の名前を叫ぶ。

 機会があるとするならば、この瞬間しか存在しない。

 それは今の今まで戦いを見ていることしかできなかった──否、見ている中で虎視眈々と、その機会を伺っていたアヤノたちにカグヤが決死の思いで託してくれたバトンのようなものだ。

 

「ええ、確かに受け取ったわ、カグヤさん! ユーナ!」

「ほ、本当に大丈夫なんだよね、アヤノさん!?」

 

 不安げに叫ぶユーナの言葉を首肯して、クロスボーンガンダムXPが、アリスバーニングガンダムを雁字搦めに縛った状態で立ち上がる。

 遡ること数刻前、ニチカとカグヤが剣戟を交わしている間にアヤノたちが進めていた「準備」は極めて単純なものだった。

 関節、特に脚部に深刻なダメージを受けて動かなくなってしまったユーナのアリスバーニングガンダムと、ヴェスバーに匹敵する一撃を無理やり受け止めたことで両腕が使い物にならなくなったアヤノのクロスボーンガンダムXP。

 それぞれであれば、全く戦力になったものではない。

 だが、幸いなことにアリスバーニングガンダムの両手は動いて、クロスボーンガンダムXPの両足は動く。

 ならば、二人で一つになればいい。

 それこそがアヤノの考案した奥の手であり、射出したシザー・アンカーで縛ってもらうことで二機のガンプラを固定して、足をアヤノが、そして両手と「決め手」を担当してもらうのがユーナ、といった具合に役割分担をしていたのだ。

 今はユーナが手にしているその武装は、彼女が特別苦手としている射撃兵装であることに違いはない。

 スマッシャーモードに変形させたクジャクを構えて、覗き込む照星の中心にゾルヌールガンダムを捉えながら、どこか不安げにユーナはアヤノへと問いかけていた。

 もしここで自分が射撃を外してしまえば、大失態どころの騒ぎではない。

 ぷるぷると震える両手が、操縦桿にじわり、と嫌な汗を滲ませる。

 外したらどうしよう、と、いつもの元気も忘れてそればかり考えてしまうユーナの眦から、涙の雫が滴り落ちていく。

 

「大丈夫よ、ユーナ。これは精密な狙いはそんなに必要ない……範囲で当てる武装だから」

「で、でも……アヤノさん……」

「それに、大丈夫……その……私がついてる、から」

 

 何かあったら、私のせいだと思っていいわ。

 優しく諭すように囁くアヤノの言葉に、ユーナははっ、と目を見開いて、ごしごしと滲んでいた涙を拭い去る。

 流石に失敗したらその責任をアヤノに全て転嫁するつもりはないにしても、彼女がそっと囁いてくれた「私がついてる」という言葉が、春風のように優しく背中を押してくれたからだ。

 トリガーにかける指が力を取り戻していく。

 全身を包んでいた怯えが剥がれ落ちたかのように、震えが止まっていく。

 ニチカを食い止められるまでの時間にはもう、余裕がないことはユーナにもわかっていた。

 

「いっけえええええ!!!!」

 

 だからこそ、意を決して照準を定め──今度は迷うことなく、ユーナはクジャクのトリガーを引く。

 スマッシャーモードに備えられた、十三と一つの銃口から最大出力で放たれるビームは、確かに照準をつける必要もないほどに強大なものだった。

 押し寄せる光の波濤が並列に十四。例え離脱が間に合っていたとしても完全に逃れることができないその範囲攻撃は、果たしてカグヤの狙い通り、自身を巻き込んででもニチカのゾルヌールガンダムを仕留める、という狙いを確かに果たしていた。

 

『なるほど……それが貴女の武者修行の成果、というわけですね、カグヤ……そしてニチカは戦いの中で戦いを忘れた。すっかりしてやられた形ですが、ニチカは嬉しいです』

「……ですが、拙は……」

『ふふ……次は負けませんよ、カグヤ』

 

 先ほどまで剥き出しにしていた苛烈な闘志が嘘のように、陽だまりのような笑みを浮かべながらニチカはカグヤと共に光の奔流に呑みこまれて、ばきばきと機体が歪む音を立てながら、テクスチャの塵へと還っていく。

 

【Battle Ended!】

【Winner:Team A!】

 

 そして、無機質な機械音声が、アヤノたちが配属されたチームの勝利を告げることで、シャフランダム・ロワイヤルは、恐るべき闇鍋の底での戦いは終結を迎えることとなった。

 戦場に佇む、満身創痍のクロスボーンガンダムXPとアリスバーニングもとうとう限界を迎えたのか、シザー・アンカーで繋がったままもつれあって、地面へと倒れ伏していく。

 

「やった……わたし、頑張れたかな、アヤノさん……?」

「ええ、ユーナ。貴女はよく頑張ったわ」

「そっかぁ……えへへ、良かったぁ……わたし、頑張れてたんだ……!」

 

 すっかり気が抜けたといった具合にコックピットの中でぺたり、と冷たい床にへたり込んで、ユーナは零れ落ちた涙をそっと拭う。

 結果的にはフレンドリー・ファイアでのおこぼれ狙い、という大金星というには少しばかり見窄らしく、戦績として見ても傷が付いたものであったが、まだ組んでいないとはいえ、これが実質的に三人が集まったフォースの対人戦における初勝利であることに違いはない。

 それに、勝利の栄光というのはいつだって輝かしく、傷一つなく勝者の頭上に輝くものではない。

 汗に塗れながら、泥に塗れながら、血を吐くような思いで勝ち取った傷だらけの勲章もまた、勝利の形であることには違いないのだ。

 躯体が解けてセントラル・ロビーへと転送されていく感覚に身を委ねながらも、アヤノは嬉し涙を流すユーナを見つめて一人、じわりと目蓋に滲む熱を隠すように、そうでなければ同じように涙をこぼしていることを悟られないように、扇子を開いて口元を覆う。

 たかがゲームだと、そう思っていたところはあった。

 だが、今はどうだろうか。

 ──GBNには、無数の剣豪がいる。

 

【Congratulations!】

【ダイバーネーム:アヤノのランクがEからDへ昇格しました】

 

 そんな、何度も脳裏に浮かぶ兄の言葉と、この身で味わった経験を反芻するように、アヤノは昇格を告げる通知と共に、初めてこの手に収めた、「フォースとしての」勝利を噛み締めるのだった。




一人ではできないこと、皆とならできること。

Tips:

【ニチカ】……カグヤと同じ場所、同じ時間に生まれた双子の姉のELダイバーであり、理由はわからないものの、カグヤとは異なり、「リゼ」と同じく真紅のコアガンダムをモビルドールとしている。普段は穏やかであるが戦いの時はその限りでなく、笑顔の裏に苛烈な闘志を潜めて剣を振るうその姿は、時に彼女の仲間からも恐ろしく見られている。


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第十八話「推参、ギャルダイバー!」

うまぴょい初投稿です。


 辛勝、と表現する以外に、あの戦いを表す言葉は見当たらない。

 ロビーへと帰還したアヤノはすっかり疲れ果てた様子で壁に背中を預けてもたれかかると、ふぅ、と小さく息をつく。

 コンソールを操作して戦闘履歴を確認してみれば、先程のシャフランダム・ロワイヤルにおける戦略の内訳を見てみれば、敵戦力の大半が自分たちより格上といった風情で、やはり闇鍋と呼ばれているのは伊達ではないと、そう実感する。

 

「申し訳ありません、アヤノさん、ユーナさん。その……拙について黙っていて」

 

 アヤノとしては純粋に精魂尽き果てていただけなのだが、それがどこか不機嫌に映ったのか、カグヤは申し訳なさそうにぺこり、と頭を下げて、そう謝罪の言葉を口にした。

 

「気にしていないわ、ただ、ごめんなさい。疲れていたから……」

「それは……ありがとうございます、そしてごめんなさい。拙のわがままにも付き合っていただいて」

「いえ、大丈夫よ。私としても勉強になったから」

 

 相変わらず律儀に、折り目正しく頭を下げ続けるカグヤを宥めつつ、アヤノはさっきの戦いを思い返す。

 元々クロスボーンガンダムXPはGPDで使うために作ったものなのだが、作っていただけでは及ばず、電子の海に戦いの舞台が移ったとはいえ、上には上がいるという事実が嬉しいやら途方もないやらで、考えているだけでげっそりとしてきそうだった。

 それに、カグヤもまだ抱えている問題は解決していないのだろう。

 どことなく気まずく、ぎこちない雰囲気が漂うロビーの片隅で、ぺたんとへたり込んでいるユーナを除いて、カグヤもアヤノも険しい表情を崩していない。

 

「……姉様との戦い、アヤノさんとユーナさんがいなければ負けていました。拙は……自分だけの型も見つからず、お二人に迷惑をかけるばかりで、本当に申し訳がない次第です」

 

 ニチカとカグヤの間に何があったのかをアヤノは知らなければ、そこに踏み入っていく権利もないと、そう思っている。

 だからこそ無理に聞くことはしないのだが、本人が語りたいのであれば何か言葉を返さなければいけないわけで、そんな時に何か気の利いた言い回しが浮かんでこない己の語彙力に絶望しつつ、ばさり、と扇子を開いて口元を覆い隠すことしかできない。

 自分だけの型。カグヤが追い求めてやまないそれを、アヤノは自分が身につけられているとは思っていなかった。

 体得している「一条二刀流」だって、それはアヤノ自身が開祖となった訳ではなく、脈々と受け継がれてきたバトンを受け取ったにすぎないし、剣にこだわらず、あるものを全て活用して勝利を掴むバトルスタイルだって、かつて憧れた「サムライ・エッジ」のそれを真似しているだけだ。

 自分がそれほど大層な存在であったなら、今頃苦戦することもなければ、GBNの個人ランキングにおいて上から数えた方が早いくらいにはなっていたのだろうが、現実はそう上手くいくものではない。

 どうしたものかしらね、と心の中で呟いても答えは出てくるはずもなく、ただアヤノは途方に暮れることしかできなかった。

 

「えっと……わたしたち、フォース組めるんだよね?」

 

 昇格したのにもかかわらず、どこか辛気臭い雰囲気を醸し出している二人だったが、それを知ってか知らずか、ぺこりと頭を下げ続けているカグヤに対して、小首を傾げながらユーナは純粋に、そんなことを言ってのける。

 元々ここ数日、ダイバーポイント稼ぎに東奔西走していたのはユーナの提案があったからだ。

 しかし、それはそれとして、二人の間に横たわっている気まずい空気に呑まれることなく、そして臆することなく堂々と言葉を発する友人の姿が、今は少しだけ逞しくアヤノの目には映っていた。

 アホの子が少しばかり入っているユーナではあるが、ここ一番にはこういう度胸を見せることがあるのは、格好いいと、素直にそう思う反面、なんでもすぐに諦めてしまう自分と比べて、少しばかり羨ましく思うこともある。

 それがまさしく今だった。

 

「はい、ユーナさんとアヤノさんがDランクに昇格したのでフォースを組めますが……」

「なら良かった! わたし、カグヤさんが言ってる難しいことはよくわからないけど……わたしだって自分のことでいっぱいいっぱいだけど、その、今日は皆だったから勝てたんだよね?」

 

 確かめるように、答えを求めるように、カグヤに向けられていたユーナの視線がアヤノへと突き刺さる。

 それはどこまでも透明で、髪の毛と同じ桜色に染められたその瞳に映る自分の奥底までも見透かしているかのようで──そんなユーナの眩しさに目を奪われながらも、そして、どこか心の奥底でそれを恐れながらも、アヤノはあくまでも平静を装って、懐から取り出した扇子を口元までそっと運ぶ。

 

「ええ、そうね……ユーナ。貴女の言う通りよ」

「良かった! じゃあ、えっとえっと……その、わたし、バカだからよくわからないけど、カグヤさんの、自分だけの戦い方、っていうのも、これから一緒に見つけていけばいいんじゃないかなって、そう思うんだ!」

 

 ユーナの言葉には遠慮こそあっても迷いはない。

 そんな彼女を、暗がりに囚われようとしていた誰かに手を差し伸べられる勇気を持つユーナを、誰が愚かだと罵ることができるだろうか。

 はっ、と目を見開いたカグヤは、どこか肩の荷が降りたかのように小さく微笑むと、その眦に一雫の涙を滲ませながら、激励の言葉を送るユーナに向き直って、再び深々と頭を下げた。

 

「そうですね……ええ、そうです。拙は……姉様と出会ったあまり、また事を急いていたのかもしれません。ユーナさん、アヤノさん。こんな拙でよろしければ……一緒に、探してはいただけないでしょうか?」

 

 カグヤが探し求める、自分だけの「武」の境地。

 それは誰かの想いを産土としてこの電子の海に生まれ落ちてきたELダイバーである彼女にとっては、普通の人間が思うよりもずっと重く、途方もないことなのだろう。

 生まれた意味を探し続ける。人間にとっても、果てしないほど困難で、八十年という時間をかけても見つからず仕舞いに終わることだって珍しくはないその重荷は、きっと一人で背負い切れるものではない。

 だからこそこうして、誰かと手を取り合い、繋ぎ合う。

 流行りのポップスで何度も歌われ続けて、陳腐になってしまった言葉かもしれない。

 誰かがお題目に掲げ続けて、うんざりしてしまうような言葉かもしれない。

 ただそんな、ありふれた言葉こそが、いつだって足元で静かに長い旅路をぼんやりと、朧に──だけど、確実に、消えることなく照らし続けているのだろう。

 そんな灯火のように、ユーナの言葉がすとん、と胸に落ちていくのを、アヤノはどこか噛み締めるように心臓へと手を当てて、己の心を確かめる。

 

「ええ、私は異存ないわ。ユーナ」

「はいっ! わたしも大歓迎……っていうか、そのために今日まで頑張ってきたんだもん! 一緒に頑張ろうね、カグヤさん、アヤノさん!」

 

 深々と頭を下げていたカグヤも、その言葉に小さく涙ぐみながら、差し伸べられた小さな掌に己のそれを重ね合わせた。

 一人一人では、自分たちは宙を舞うひとひらの塵にすぎないとしても、こうして寄り合うことで何か大きな事を成せる。

 だとすれば、即席の連携でこそあったものの、格上との戦いで神経をすり減らしたものの、あの戦いで学ぶことは大いにあったというわけだ。

 苦笑を浮かべるアヤノに釣られて、ユーナも大輪の笑顔を満面に咲かせ、カグヤもまた口元を綻ばせる。

 そして、ふんす、と鼻息荒く意気込んで、待ちわびていたかのようにユーナがコンソールを開いて、今度こそフォースを結成するべく画面を操作していた、まさにその時だった。

 

「その申請、ちょっと待ったぁ!」

 

 やたらとテンションが高く、よく通る声がセントラル・ロビーに響き渡る。

 声のした方に振り返れば、そこにはカラバのフライトジャケットを着崩して、丈の短いホットパンツを履きこなし、ふわふわとウェーブがかかった髪を金色に染め上げた、俗にいう「ギャル」な格好に身を包む、褐色肌の女性が佇んでいた。

 

「……いきなり現れて、何?」

 

 不躾な女性の態度に、アヤノも思わず眉を潜める。

 せっかくフォースを組もうとしていたところに水を差されては堪ったものではない、というのはユーナも感じているらしく、どこか困ったような顔をして、突然現れたギャルを見詰めていた。

 だが、女性にとってはそれもどこ吹く風、といった風情で、ハイヒールの踵をつかつかと打ち鳴らして、臆することなくアヤノたちへと歩み寄ってくる。

 

「そのフォース申請に待ったをかけた系、そうっしょ、カグヤ?」

「メグ……」

「えっと……なになに? 二人って、知り合いなの?」

 

 カグヤにメグ、と呼ばれた女性はユーナからの問いかけを待ってましたとばかりに、ふふん、と小さく鼻を鳴らし、豊かな胸を反らしながら言葉を返す。

 

「知り合いも何も、アタシはカグヤの後見人だよ! さっきのシャフランダム・ロワイヤルでの戦いがモニターに映ってたから、カグヤの様子を見にきたってわけ」

「……後見人」

「そうそう、俗にいう保護者ってやつ?」

「それは本当なの、カグヤ?」

 

 別に、目の前にいるメグと呼ばれた女性が何かしらの悪意をもって自分たちに接触を図ってきたのではない、ということはその言動から察せられるが、万が一ということも考えて、アヤノはカグヤへと確認を求める。

 後見人。それは、ELダイバーが現実世界において活動するために必要な、二年前からは厳しい審査基準を必要とするようになったものの、メグが語った通りに保護者としての役割だ。

 それが本当であるなら、カグヤの行動を監視する、とまではいわずとも、何かしら心配で気を揉んでいる、というのは十分に考えられる。

 

「ええ、本当です。メグは拙の後見人で間違いありません」

「そう、ならいいのだけれど……」

「こーけんにん……保護者さん、ってことはメグさんって、要するにカグヤさんのお母さんみたいなもの……?」

 

 何が何やらちんぷんかんぷん、といった風情に頭を抱えるユーナであったが、問題の要旨そのものは抑えていた。

 とはいえ口から飛び出てきた言葉があまりに突拍子もなかったからか、メグはきょとんとした顔をした後に、けらけらと腹を抱えて笑い出した。

 

「あっははは! そっかー、アタシ、カグヤのお母さんかー! 面白いこと言うね、えっと……」

「ユーナですっ! えっとその、元気だけが取り柄ですっ!」

「あっはは! 何それウケる、でも確かにこの歳でお母さんはちょっち微妙だけど、それで合ってるよ、ユーナちゃん!」

「えへへ、それほどでも!」

「褒められてないわよ」

 

 けらけらと腹を抱えて笑い続けているメグと、褒められたと勘違いして得意げに、カグヤやメグと比べれば控えめながらも、自身のそれよりは確実に主張している胸を反らすユーナの姿に、アヤノは思わず頭を抱える。

 とはいえ、メグが何かしらの悪意をもって自分たちに接しているわけではないことがわかっただけでも収穫というものだろう。

 それでも警戒を完全には解かず、笑い転げているメグが落ち着くのを待って、アヤノは広げた扇子で口元を覆い隠しながら再び彼女へと問いを投げかける。

 

「それで、メグ……さんでいいのかしら」

「あっはは……あー笑った笑った。気軽にメグでオッケーだよ、てか一応アタシ、G-Tuberやってるんだけど、知ってたりしない?」

 

 問い返すメグはコンソールを指先で流れるように操作すると、自身がGBNの内部コンテンツである動画共有サービス、「G-Tube」へとアップロードしている動画の数々を披露するのだが、残念なことに、アヤノにもユーナにも、その名前と動画に心当たりはなかった。

 とはいえ、再生数はそれほど少ないわけではなく、万単位のものもあったりするから、新着欄に並んでいても再生数が一桁か二桁で止まっているような、泡沫G-Tuberではないのだろう。

 配信の類に詳しくないとはいえ、万単位のアクセスを獲得するのがどれほど難しいのかはアヤノにも想像がつく。

 ただ、それから上に行くことの難しさも同じだ。

 G-Tuberというのは、その頂に配信の類を詳しく知らないアヤノやユーナでも名前を一度は聞いたことがあるような、もしくは新着一覧でも凄まじい数の再生を叩き出している「キャプテン・ジオン」や、彼の愛弟子でありライバルでもある「キャプテン・カザミ」、そして「ちの」や「チェリー・ラヴ」、「クオン」といった存在がひしめく魔境である。

 だからこそ、万単位のアクセスを稼いでもまだ中堅か、それより下──悲しいことに、そういうことになってしまうのだ。

 そういう意味では、メグには悪いことを言ってしまっただろうかと、バツが悪い思いでアヤノは小さく、聞こえないように溜息をつく。

 

「あー、いいのいいの! ほら、悲しいけどアタシってそんな有名でもないからさ! それよりそっちはタメでオッケー?」

「ええ、私は構わないわ、メグ。それで本題だけど……」

「そうそう、カグヤの話ね。一応アタシ、保護者だからさ? 心配してるわけなのよ」

「……それは、確かに」

「だからね、このアタシの目でキミたちがカグヤのフォースメンバーとして相応しいかどうか、確かめさせてほしいってわけ!」

 

 あくまでもフォースを組むことそのものは反対していない、という体で、保護者としての立場からメグはアヤノへとびしり、と指した人差し指と共に挑戦状を叩きつける。

 

「なるほど……そういうことなら納得がいくわね、ユーナはどう?」

「えっとえっと……要するに、メグさんと戦えばいいの?」

「そう、アタシとバトって、アタシが勝ったらカグヤは渡さないけど、アタシに勝ったらカグヤが所属する初めてのフォースとしてキミたちを認める系的な?」

「ふむ……」

 

 言っていることそのものにおかしいところは見当たらない。

 ただ、GBNの中では同じようにELダイバーの身柄を巡って一悶着あったのが計二回と、調べた知識と符合する状況に何か因果なものを感じていただけの話だ。

 それに、腕試しというなら悪くはない。

 シャフランダム・ロワイヤルではギリギリの勝利で、相手にしてやられた形であったものの、せっかくフォースを組めるランクまで昇格したのだから、どこまで自分の腕が通用するか試してみたい、と思う気持ちはアヤノの中に確かに存在していたのだ。

 だがそれは、アヤノ個人のものであって、全体のものではない。

 隣で何やら緊張した様子でぷるぷると背筋を震わせているユーナを一瞥すると、視線で慮るように大丈夫か、と問いかける。

 

「えっと、えっと……はい! わたしもそれにさんせーです!」

「本当にいいの、ユーナ?」

「だって、その方がカグヤさんもアヤノさんも、メグさんも納得するんだよね? それならわたしもその方がいいかなって!」

「……そう」

 

 若干消極的に聞こえたものの、ユーナ本人が納得しているならそれに越したことはないのだろう。

 

「意思の確認は取れたわ、それじゃあ」

「おけまるおけまるー、迷惑じゃなければフレンド申請も送っといたから。そんじゃ今日……は疲れてるだろうし、明日フリバよろしくね!」

 

 流れるようにフレンド申請を送りながら、メグはカグヤと手を繋ぐと踵を返して、ロビーの雑踏に溶け込んでいく。

 メグ自身は蹴ってくれても構わないから、と最後に言い残していたものの、それで本当に蹴ってしまうのも気が引けるからと、アヤノは送られてきたメグからのフレンド申請を受け取りつつ、ログアウトボタンにそっと指をかける。

 

「……はぁ」

「どうしたの、アヤノさん?」

「なんでもないわ、ただ……ちょっと疲れただけ」

「そっかぁ、じゃあ今日は早くお布団に入って寝ないとだね!」

 

 シャフランダム・ロワイヤルに、ニチカとカグヤの因縁に、更に保護者であるギャルの襲来と、放課後のスケジュールにしては随分とハードなそれをこなしたものだと肩を落とす。

 それでも疲れた様子を見せずに微笑んでいるユーナのバイタリティは相当なものなのだろう。

 改めて友人の元気に感心しながら、「そうするわ」と、ぶっきらぼうながらも、確かな同意がこもった言葉を返して、アヤノはログアウトボタンを押すと、電子の海から現実世界へと解けてゆくのだった。




保護者ギャル、登場


Tips:

【メグ】……カグヤの後見人にして、ガンプラの組み立て配信からミッション攻略配信まで手広く手掛けているも、中々再生数が伸び悩んでいる中堅G-Tuber。カラバのフライトジャケットをラフに着こなしている女性だが、その愛機は果たして……?

【ちの(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ)】……「ちの・イン・ワンダーランド」を切り盛りする配信者にして、「戦場の支配人」という二つ名を持ち、個人ランキング104位という極めて高いランクに座するほどの実力を有する英傑。

【チェリー・ラヴ(出典:朔紗奈様作「可愛い子たちに会いにいく」)】……酒飲み合法ロリ巨乳配信者にして、ランキングに興味はないものの、極めて高い実力を持っているG-Tuberの一人。また、高難度クリエイトミッション「高嶺の花嫁」の配信者でもある。

【クオン(出典:青いカンテラ様作「サイド・ダイバーズメモリー」)】……フォース「エターナル・ダークネス」を率いる、終末を喚ぶ竜の端末という設定で配信を行なっているG-Tuber。その実力もポテンシャルも凄まじいものを秘めている。


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第十九話「ハイド・アンド・アタック」

朝と昼と夜の気温差がひどいので初投稿です。


 メグとの約束は、正直なところその場のノリと勢いで取り付けた部分が大きかった。

 ログアウトを済ませ、優奈と駅で別れた綾乃は自宅に着くなり、椅子にもたれかかりながらそんなことを考えていた。

 メグがいかに保護者であったとしてもバトルでカグヤの身柄をどうこうする、という理屈は若干無理がある。だが、保護者としてはそれこそ娘であったり妹のような存在を放っておけないという気持ちにもわかるところがあるのがまた複雑で、綾乃の頭を悩ませるのだ。

 

「……確か、G-Tuberと言っていたわね」

 

 メグの心情を考えた時、何故か浮かんでくるのが底抜けに明るい優奈の笑顔であることに少し、喉に小骨が引っかかったような感じを覚えながらも、それはそれとして綾乃は手元にあるスマートフォンから、GBNへの簡易ログインを済ませて、メグが配信しているという動画を確認しようと指先を滑らせていく。

 ──だが。

 

「……フェアじゃ、ないわね」

 

 G-Tuberというのはとにもかくにも再生数が命な訳で、一クリックであったとしてもそれが増えるのは嬉しいことなのだろう。

 ただ、メグが自分たちについてほとんど知らないのに、自分だけが先回りをして彼女の操るガンプラやその特性について確認してしまうというのは、士道不覚悟、とまではいわなくとも、なんだかアンフェアな気がして、綾乃は即座にログアウトし、そのまま充電器に繋いでいたスマートフォンをベッドにぽすり、と放り投げる。

 確かにメグの理屈には無理はあるかもしれない。

 だけどそこには通すべき筋や道理もあって、受けた理由がその場のノリと勢いであったとしても、どうして自分がそこまでする必要があるのか、と問われた時、その理由がないのは綾乃の方だった。

 ベッドに寝転んだまま、机の上に鎮座しているダイバーギアと、折り目正しく直立するクロスボーンガンダムXPを一瞥して、考える。

 自分が優奈と、そしてカグヤと一緒にフォースを組んで何を目指すのかという、あやふやで不確かな未来のこと。

 そしてカグヤが探し続ける「武」に対する最終解答。

 どれもこれもがハテナで埋め尽くされて、そもそも自分がどうしてあの電子の海を漂う道を選んだのかという始まりさえもあやふやになっていくようで、そんな自分に軽い嫌悪を覚えながら、綾乃はただ枕に顔を埋めて、すらりと伸びた両脚をばたばたと上下させる。

 そうして無為に時間を潰していて、どれくらい経っただろうか。

 ノックの音が聞こえたのは、微睡の泥濘に足を取られて、意識が眠りの淵に落ちかけていた、まさにその時のことだった。

 

「邪魔するぞ、綾乃」

 

 夜であることもお構いなしによく通るその声は、自分をあの電子の海へ、GBNへと誘った張本人である与一のものだ。

 

「すぐに開けます、与一兄様」

 

 慌てて身嗜みを整えながら、綾乃は部屋の扉を開け放ち、その向こう側に腕を組んで直立している大柄な兄の瞳を見据える。

 同じ「武」に生きる者として、与一の眼差しは優しさこそあれど、いつもどこか張り詰めた印象があった。

 穏やかに凪いだ湖面を、その水鏡に移る月を思わせるカグヤとは違って、烈日のように燃え盛る情念をその奥に秘めた兄の目は、当たり前だが綾乃自身のそれとも違って、「武」とはなんなのか、それがわからなくなってしまう。

 もっとも、意味もなくただ未練だけで木剣を振り続けていた自分が「武」について語るなど、おこがましいのもいいところなのだが。

 そんな自虐に囚われて僅かに曇った綾乃の瞳をまっすぐに見据えたまま、腕を組んだ姿勢を崩さずに、与一は大きめな声で問いかけてくる。

 

「その様子だと、GBNで何かあったな? あまり詳しくはないが……おれで良ければ相談になるぞ、綾乃」

 

 はっはっは、と豪快に笑う与一は、申し訳ないけれどそんな悩みとは無縁そうで、どこか不躾にも聞こえるほどその提案は直球なものだ。

 それでも、不思議と嫌な感じがしない──と、いうのは、身内故の贔屓目なのだろうか。

 しばらく逡巡していた綾乃はすぅ、と小さく息を吸い込むと、同じ「武」に生きる中でも一日の長がある、兄の胸を借りることを決意する。

 

「……ええ、与一兄様。私は……何故GBNをやっているのか……確かに剣豪とは巡り会えたのですが、最初の憧れとは遥かに乖離している気がして、どうにも落ち着かないのです」

 

 戦いそのものは望むところで、上を目指す意志もあって、ならば何が足りないのだと、何が自分をここまで迷わせているのだと、綾乃はどこか縋るような目で与一を見据え、同級生たちと比べても平坦な胸に手を当てながらそう零した。

 未来が見えないからなのか、過去に足元を掬われているからなのか。

 それとも違う何かがあるのか──考えれば考えるほど、堂々巡りでわからなくなる、胸の内から滲む疑問に綾乃は思わず、与一に向けた視線を逸らしてしまう。

 

「ふむ……綾乃。お前は今、恐れているな?」

「恐れ、ですか……?」

「うむ。これはおれの勝手な推測だがな、お前は以前、友に巡り会えたと言っただろう」

 

 剣豪とは巡り会えなかったけれど、友と巡り会えた。

 それは以前に綾乃が与一の問いへと返した答えであり、実際その通り、交友関係の狭い自分にもユーナと、そしてカグヤという無二の友人を得たことに間違いはない。

 

「それを失うことを恐れているのではないか? 何があったかは知らぬがな、人というのは……守るべきものができた時、脆くなる」

「……」

 

 恐らく与一の言葉は、全て正しいのだろう。

 子供じみた心がそれを否定したくなっても、首を横に振ったとしても──今、カグヤの進退が、そしてフォースを組もうと提案してくれた優奈が悲しむかもしれない、という可能性と責任が、綾乃の両肩に重くのしかかっているのは事実だった。

 

「だがな、守るべきものができた時、人は、弱さを乗り越えて強くもなれる!」

 

 どん、と胸を叩いて力説する与一の声は、ともすれば近所迷惑になりかねない勢いだったが、だからこそ、怯えていた綾乃の心に強く響き、染み渡っていく。

 はっはっは、と豪快に笑う兄はいつも通りで、歳はそんなに離れていないはずなのに、背丈以上にその存在が大きく見えるのはきっと、自分よりも真剣にその道へと打ち込んできたからだろう。

 

「与一兄様……」

「案ずるな、綾乃。お前は戦いに慣れていないだけだ。まだまだ強くなれる。そして、敗れることを最初から考えていては、勝てる勝負も負けになる。古い考えだとはわかっているがな、最後に勝敗を分かつのは、心の持ち様なのだ!」

 

 GBNについては詳しくないのだがな、と、若干台無しな一言を最後に付け加えて、与一は豪快にはっはっは、と、笑ってみせる。

 それだけで、全てが理解できたとは口が裂けても言えないだろう。

 だが、もしも今カグヤから「武」について問われたとしたなら、兄のそんなストイックな姿勢こそ──一つ事を貫き通すその背筋こそ、一つのヒントになるのではないかと答えるであろうほどに、与一はどこまでも真っ直ぐだった。

 

「ありがとうございます、兄様。綾乃は……決して敗れぬように精進いたします。仲間の……そう、私の友人であり、仲間のために」

「うむ! 励むことだ、綾乃! おれはいつでもお前のことを応援しているからな!」

 

 ──はっはっは。

 部屋の扉を閉める時は音を立てないよう気を遣うのに、ドア越しでもよく聞こえる笑い声をからからと響かせながら、与一は踵を返して去っていく。

 嵐のような、そうでなければ真夏の空に燦然と輝く太陽のような人だ。

 近いはずなのにどこまでも遠く、そして小さい頃からずっと見てきたはずなのにずっと大きなままの背中を脳裏に浮かべて、綾乃は一人苦笑しながら、ベッドへと再び倒れ込む。

 リビングの方からは、与一に向けられたのであろう母の「少し静かにしなさい」と、背筋の凍るような声が聞こえてきた。

 それはある意味当然の結末で、だからこそ綾乃は、余計に口元が綻んでしまうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「おっ、来た来た。アヤノ、ユーナちゃん、おっはよー」

 

 翌日、授業を終えた放課後。綾乃と優奈はガンダムベースシーサイドベース店へと真っ直ぐに足を運んで、そのまま約束通りにGBNへとログインしていた。

 

「遅れてしまって申し訳ないわ、メグ」

「ごめんなさい、授業があって……」

「あっはは! いいのいいの。アタシは気にしてないし、学生ってそんなもんだから! でもねユーナちゃん、ここではなるべくリアルのことは言わない方いいよ?」

 

 フレンド申請と共に送られてきたメッセージに指定されていた待ち合わせ場所に、メグとカグヤは一足先に来ていたようで、一足遅くなってしまったことをアヤノとユーナはぺこり、と頭を下げて詫びる。

 だが、メグはそれを気にする様子もなく豪快に笑い飛ばすと、授業についてのことを口にしたユーナを宥めるかのように、薄く形のいい唇に人差し指を添えて、チャーミングに片目を瞑ってみせる。

 

「わかりました、メグさん! わたし、リアルで学生だってこと秘密にしますね!」

「あっはは、ダメだよ、それ秘密にできてないよ。ユーナちゃん……っと、話が逸れちゃったね。それじゃあアヤノちゃん、ユーナちゃん、バトろっか」

 

 本来、そのためにここに来たのだから。

 早速とばかりに、或いは、待ちかねていたとばかりに、メグが目にも留まらぬ速さで叩きつけてきたフリーバトルの申請をアヤノもまた間髪入れずに承諾する。

 フリーバトルのステージ条件等については、二対一になる都合上メグの側が取り決めること、というのは事前に確認済みだ。

 

「アヤノさん、ユーナさん……メグ……」

 

 拙は、と、カグヤが心配そうに見守る中、三人の躯体はさらさらとブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーから戦いの舞台となるステージへ向かうため、格納庫エリアへと転送されていく。

 あのシャフランダム・ロワイヤルから一日が経ったことで、クロスボーンガンダムXPの調子も、アリスバーニングガンダムの調子も万全に整っている。

 あとはメグがいかなるタイプでどのような戦術を用いてくるかといった風情だが、クロスボーンガンダムXPはどの距離にもある程度対応できるように調整しているし、最悪自分が盾になって、近距離特化のユーナにアタッカーを担ってもらうということもできるだろう。

 

「怖い? ユーナ」

 

 通信ウィンドウを開きながら、緊張からか背筋を震わせるユーナを宥めるように、そしてにわかに漂う気まずい空気を吹き飛ばす為、アヤノは自ら口火を切った。

 

「え、えっと……大丈夫ですっ! わたし、元気だから!」

「強がらなくても大丈夫よ。見ていればわかるわ」

「……あはは、アヤノさんは何でもわかっちゃうんだね。うん……ちょっと、ちょっとだけ、怖い、かも」

 

 何故そんなことがわかるのか、と問われれば、その答えは簡単だ。

 今のユーナは、昨日のアヤノと全く同じだった。

 カグヤとフォースを組めるかどうかがこのバトルにかかっている、という、大きなプレッシャーに押し潰されそうになっている。

 負けたらきっと、メグはフォースを組むことを許してくれないだろう。

 だからこそ、負けられない。負けられないから、怖いと感じる。

 それはきっと、アヤノがそうであったように、誰だって当たり前のことなのだ。

 

「大丈夫よ、ユーナ。貴女は強い。強くなれる。それに……不足かもしれないけれど、私がいるから」

 

 そんなユーナの震えを抱きとめるように、アヤノは昨日、与一から預かっていた言葉を繋ぐ。

 それが例え受け売りに近いものだとしても、誰かから貰った、勇気という襷を他の誰かに繋いでいくことの何が悪いというのだろう。

 操縦桿を握りしめるユーナの両手から震えが収まっていくのを見て、アヤノは静かに口元が綻んでいくのを感じていた。

 

「……うんっ! そうだよね、アヤノさん! よーし、頑張るぞー!」

 

 フォース結成のために。カグヤさんと、アヤノさんのために。

 意気込みを大きな声で口にして、ユーナは操縦桿を前に倒す。

 

「ユーナ、アリスバーニングガンダム、行っきまーす!」

「……アヤノは、クロスボーンガンダムXPで出撃するわ」

 

 気合いを入れ直すかのように、ガンダムシリーズでは定番である、出撃前の口上を借りて、ユーナとアヤノはゲートから、戦場の空へと雄々しく飛び立っていく。

 そんな二人の背中を押すかのように、その先を照らすかのように、バトルフィールドに太陽は燦然と輝き、空は雲ひとつなく晴れ渡って──いなかった。

 ゲートを抜けた二人を出迎えるのは、どんよりと鉛色に沈み込んだ空模様と、そしてもうもうと立ち込める濁った白い霧。

 五メートル先の視界すら危うい悪条件に、アヤノはびりびりと、電流のように緊張が脊髄を伝っていくような感覚を抱いた。

 

「これは……ユーナ、私から離れないで」

「は、はい! アヤノさん!」

 

 その言葉に応えるように、ぎゅっ、と、アリスバーニングがクロスボーンガンダムXPの左手を握りしめる。

 悪天候。確かに二対一という数的不利を覆すのには十分な材料だが、果たして相手はこちらを視認できているのか──

 それを確かめるように、アヤノが右手に構えたバタフライ・バスターBを構えて、立ち込める霧の彼方に向けてトリガーを引こうとしたその瞬間のことだった。

 

「きゃあっ!?」

「……っ、何が……!」

 

 小さな爆発音と共に、右手に構えていたはずのバタフライ・バスターBが破裂──否、爆散するのを見届けて、アヤノは舌打ちと共に周囲を警戒するが、あまりにも濃い霧は有視界での探知を妨げ、そして。

 

「レーダーが機能していない……! くっ、抜かったわ!」

『あっはは……二対一だからね、まさか卑怯とは言わないっしょ?』

 

 ──レーダーが機能していない。

 アヤノが呟いた通り、それは取りも直さず、敵からのジャミング攻撃を受けているという証であり、それはダメージこそなくとも濃霧という悪天候に気を取られている間に足元を掬う、不可視の、影の一撃に他ならなかった。

 霧の彼方から飛んできた攻撃が何なのか、そしてどこから仕掛けてきたのかを大まかに推測しつつ、アヤノはユーナを連れたまま回避行動を取るが、それすらも読んでいるかのごとく、白い闇を切り刻むかのように、飛来する光弾が装甲を掠め、ダメージを蓄積させていく。

 敵の正体が何であるかはわからないが、少なくとも、メグが真正面からぶつかってくるパワーファイターでないことは、飛んでくる攻撃の性質から推測できる。

 或いはそれさえもブラフにしている可能性もあるが、そこまで考えていては戦うものも戦えない。

 意を決して、アヤノはシザー・アンカーに左手のバタフライ・バスターBを接続すると、敵の位置を割り出すために範囲で攻撃することを選択する。

 そうして思い切り薙ぎ払われた即席の鞭は、確かに白い闇の彼方に潜み、一瞬、確かにゆらりとうごめく影を捉えていたはずだった。

 だが、どういうわけかまるで手応えがない。

 

『あっぶな……鞭持ってるのはちょっち聞いてなかったかな、でも!』

「きゃあっ!」

「ユーナ!」

 

 アヤノにしがみついていたユーナへと、飛んできた何かが突き立てられて炸裂する。

 クロスボーンガンダムXPにしがみ付いていた左腕が爆ぜて、アリスバーニングガンダムはそのまま大きく体勢を崩して、マニューバに振り切られる形で地面へと墜落した。

 

『変幻自在、避けて、逃げて、隠れてでも勝つ! 悪いけど、これがアタシの信条だから!』

「……そう、ならば真正面からそれを打ち砕いてあげる……!」

 

 メグの戦法はれっきとした、シーカーやアサシンの常套手段だ。

 アヤノにはそれに文句を言う権利もなければ、卑怯だと罵る権利もない。

 だが、どういうわけか頭に血が上っていく感覚を抱きながら、アヤノは腰にマウントしていたクジャクを引き抜くと、霧の向こう側で怪しく光る翡翠色の相貌に向けて、宣戦を布告するようにその切っ先を突きつけるのだった。




それは隠された一撃


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第二十話「ワンダリング・ドリーム・チェイサー」

ストレイ初投稿です。


 立ち込める濃霧を隠れ蓑にして、メグは着実にアヤノとユーナを分断するように立ち回っていた。

 アヤノはフェアではないと事前にメグのガンプラについて調べることはしなかったが、メグはそんなことなどお構いなしに、恥も外聞も投げ捨てて、カグヤの戦いが映っていたリプレイを保存し、その性質を目と脳に叩き込んでいる。

 アヤノのクロスボーンガンダムXPは、それこそあるもの全てを利用して戦う、原作さながらの創意工夫が特徴的だが、それは彼女のファイターとしての性質がそうさせているだけで、ガンプラとして見た場合は典型的な汎用機、原型機であるクロスボーンガンダムとそこまで変わらない、というのがメグの見立てだ。

 濃霧の向こう側にいるアヤノとユーナの位置を強化したレーダーで把握すると、先程の不意打ちのお返しだとばかりに、スマッシャーモードに変形させた「クジャク」の一撃が飛来する。

 

『あっぶな……やっぱそれ、厄介だね!』

「逃げ回るのであれば範囲で制圧する、それだけのことよ……!」

 

 勇ましくそう言い放っているものの、アヤノというダイバーはどこまでもクールでクレバーだ。

 でなければ、足が使えないアリスバーニングにシザーアンカーを巻きつけてもらって支えるだなんて戦法は思いつかないし、エネルギーを買われる照射ビームにしたって、闇雲に撃つのではなく、マニューバの軌跡を読んだ上で、ある程度狙いをつけて放っている。

 そういう意味では、メグにとってアヤノは天敵のようなものだ。

 そして、何よりも警戒すべきはギラ・ドーガが構えていた盾の上からコックピットを粉砕した、アリスバーニングガンダムのパワーもそうだ。

 霧隠れと不意打ちで左手を持っていくことには成功したものの、右手が残っていればパンチは打てるし、足が残っていればキックができる。

 メグが内心で冷や汗を流しながら、残弾と、暗器類のリソースを確認するためにコンソールを横目に見たその時だった。

 

「捉えたわ!」

『ちょ、早……っ……!』

 

 バチバチと弾けるような音を立てて、霧の向こうから姿を現したクロスボーンガンダムXPが左手に持っていたバタフライ・バスターBが振るわれる。

 咄嗟に腰からクナイを引き抜いて防御していたものの、ジャミングと、「仕掛け」を用意していたのにもかかわらず、本体の姿を視認されてしまったことにメグは一瞬動揺するが、ここでペースを崩されてしまってはアヤノの思う壺だ。

 そして、気配だけを頼りに本体を突き止めるという幕末式天誅チャートを脳内で組み上げたアヤノは、とうとう捉えることができたメグのガンプラ──その愛機である、G-アルケインをベースとした機体を一瞥し、二の矢は継がせないとばかりに右手のクジャクをブラスターモードに切り替えて叩きつけた。

 

「それが貴女の愛機というわけね……! だけど関係ない、ここで終わらせる!」

『あっはは、そうそう。G-フリッパー……アタシだけのガンプラだよ! そしてアタシは終わらない!』

 

 メグがG-アルケインを素体に、ブリッツガンダムの両肩を組み込んだり、背部にレドームとジャマー、そして武装コンテナがセットになった「ステルス・ザック」を背負うなどのカスタマイズを施した愛機である【G-フリッパー】のコンセプトは、ずばりそのままくノ一、忍者に他ならない。

 避けて、逃げて、隠れて、そして最後は自らの手管に相手を嵌めて勝利を手にするという勝ち方がメグの性に合っていた、というのもあるが、何よりもメグは戦う前の戦い、情報戦を軽視していなかった。

 偵察とは最も能動的な戦いであり、その地味さ加減から、斥候共々GBNでは軽視されがちな役割だが、己を知り、相手を知れば百戦危うからずという金言がある通り、「知る」というのは戦いにおいて大きなアドバンテージとなる。

 そんな理念を掲げている、フォースランキング第2位「第七機甲師団」を率いる長にして、やたらとモフモフしているオコジョこと「ロンメル」の戦いもさながら、不動のチャンピオンとして今もGBNに君臨し続けている、「クジョウ・キョウヤ」率いる「AVALON」も、偵察役としてEWACジェガンを操るダイバーをフォースメンバーとして擁していることからも、その重要性は伺えるだろう。

 そういう意味で、アヤノは戦う前の戦いには負けていた。

 メグの動画を確認すれば、ミッション攻略にもG-フリッパーで臨んでいる姿は見られただろうし、その武装だって確認できただろう。

 だからこそ、アヤノはその失策を取り返そうと、そしてユーナとカグヤに勝利を届けようと、果敢に組まれた策を踏み倒し、メグの喉元へと刃を突き立てんとしているのだ。

 だが、メグもそうそう易々と諦めてくれるようなダイバーではない。

 振り下ろされたクジャクの一撃を、衝撃を逸らすように受け流す形で躱すと、メグのG-フリッパーは再び霧の中へとその姿を溶け込ませて、不可視の存在へと変容する。

 

「ミラージュコロイド……!」

『忍法、隠れ身の術ってね! さあ、こっから仕切り直してくよ!』

 

 ミラージュコロイドとハイパージャマーの併用は、凶悪なアサシン構築としてGBNに知れ渡っているが、確かにそれは頷ける。

 アヤノは姿を消したG-フリッパーが噴かすブーストの軌跡を目で追って、神経を研ぎ澄ませることでなんとか攻撃の予兆を見切ってこそいるものの、極限まで集中力を使う都合、そう長く持つものではない。

 そして、メグはそれを──アヤノが自滅するのを待つという戦法を取ることにしたようだ。

 霧の中では、ミラージュコロイドの弱点であるブーストの軌跡も読みづらく、環境に溶け込んで、利用して、そして隙あらば背後から敵を仕留めようとするメグの戦い方は、カグヤが侍であるならまさしく忍者そのものだろう。

 アヤノが前線で奮戦し続ける傍ら、ユーナはそれに割って入ることもできず、ただ呆然と二人がとんでもない次元での戦いを繰り広げているのを見つめていた。

 

「……アヤノさん、すごい……それなのに、わたし……」

 

 ぽつりと、自分を責めるようにそう零していたが、何もこの状況はユーナが全て悪い、という訳ではない。

 格闘戦に特化したアリスバーニングが本領を発揮するためには、開けた視界や近接援護によるバックアップといったお膳立てが必要であり、こんな悪条件の中でも気配を読んで相手へと拳を叩き込めるのは、それこそフォース「虎武龍」を率いる「タイガーウルフ」や彼に匹敵するような達人ぐらいだろう。

 GBN初期から名を馳せた古豪である「パウパド」──老師の通称を持つハイモック使いのダイバー曰く、ガンプラバトルにおける必勝法は「自分とフィールドを一体化させる」そうだが、そんなことを知る由もないユーナとしてはただ、霧の中から飛んでくる攻撃に怯えて、そしてがむしゃらに剣を振るうアヤノを見守ることしかできなかった。

 ──せめて、霧が晴れてくれれば。

 痛みがフィードバックされるのもお構いなしに、ユーナはぐっ、と強く唇を噛み続ける。

 

『忍法……なんでもいいや、取り敢えず背中から!』

「くっ……このっ!」

『あっはは、引っ掛かったね!』

 

 宣言した先にアヤノは斬撃を「置いて」カウンターを図るが、そこはメグの方が一枚上手だったようだ。

 背後から襲いかかってきたと見せかけて、後隙を晒したその瞬間を狙い、コンテナから取り出した二挺のビーム・ピストルによる射撃を、アヤノのクロスボーンガンダムXPへと真正面から叩き込む。

 ──何を、された。

 ABCマントによってその攻撃は辛うじて防げたものの、マントがなければほとんど即死か瀕死の重傷を負っていたことだろう。

 アヤノは小さく舌打ちをしながら、胸部ガトリング砲でメグへと牽制射撃を加えつつ、崩れた機体を立て直す。

 思えば、初撃のシザー・アンカーによる鞭を避けられた時もそうだった。

 否。避けられたのではない。

 その時、アヤノの脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。

 もしも避けられたのではなく、「最初から当たっていなかった」のだとしたら?

 ミラージュコロイドを展開したまま霧に溶け込み、時折クナイによる急襲を仕掛けてくるメグをなんとか捌きながらも、アヤノは考える。

 そうだ。

 相手のG-フリッパーにはミラージュコロイドが積まれている。

 そして、ミラージュコロイドの利用法はただ単に姿を消すだけに止まらない。加えて濃霧という悪天候、その条件を加味して考えられるのは。

 

「……まさか、残像……!?」

『あっはは、バレちゃったかー。なら隠してても意味ないね、これがアタシの忍法、分身の術ってね!』

 

 厳密には分身ではないものの、残像を出して機体を急停止させてから再びミラージュコロイドを展開して本命の一撃を叩き込むというメグの必勝への方程式は、ネタが割れたとしても厄介だ。

 なんせ、攻撃の殺気や敵意で相手の位置を割り出そうにも、一度その攻撃をキャンセルしてから放たれる都合上、初撃を外す確率は極めて高くなってしまう。

 かといって、置かれたものが残像だと決めつけて立ち回れば、相手は必ずその隙をついて、ぼやぼやしている内に真正面からバッサリと斬りかかってくるのは間違いない。

 だが、必ず強力な武装には制約が伴っている。

 ミラージュコロイドを無限に展開できるわけではない以上、メグが用いる「分身の術」による攻撃がいつまでも続く訳ではない。

 自分の集中力が切れるのが先か、それとも変幻の迅影が繰り出す攻撃が止むのが先か、どちらにしても短期決戦となることは間違いない。

 ジャミングによるレーダーのブロックノイズも途切れ始めてきたのがいい証拠だろう。

 アヤノは大まかに割り出した位置にバタフライ・バスターBでの牽制射撃を放ちながら、奇しくもメグと立場が逆転した形で、徹底した「待ち」の構えをとる。

 

(ちょっとどころじゃない、かなりまずい……!)

 

 メグの目算では、頭に血が上ったところを利用して早々に集中力を使い果たさせることが前提になっていたのだが、アヤノは思ったよりも遥かにクレバーであり、そしてスマートだった。

 ハイパージャマーの効力も切れかけていれば、ミラージュコロイドの残量も少ない。

 幸いなことに霧がある都合上、そこに身を隠して回避運動を続ければ、ハイパージャマーやミラージュコロイドのリキャストまで時間を稼ぐこと自体は可能だろう。

 だが、アヤノは決してのらりくらりと立ち回ることを許さない。

 待ちの構えに徹しながらも、攻撃の手を緩めることがないアヤノの姿勢に、思わず口元を引き攣らせながらも、メグもまた勝利への方程式を組み直して、温存していた切り札を切ることを決意した。

 

『やるね、アヤノ! だけど……アタシは負けられない! フォトンアヴィラティ、起動!』

「……っ、何を……!?」

 

 フォトンアヴィラティ、とメグが叫んだ瞬間に、復旧しかかっていたレーダーには再びブロックノイズが走り、霧の中、朧に浮かび上がっていたG-フリッパーの輪郭がさぁ、っと電子音を立てて再びその姿を消していく。

 ──必殺技。

 何が起きたのか、について、内心でアヤノが思い浮かべていた答えは、果たして正解だった。

 メグが起動したのは「既存の武装効果を延長する」という必殺技であり、これによって分身の術をかけてのラッシュや回避までの限界時間に猶予を与えることで、アヤノが集中力を切らすことを待つ方に回ったのだ。

 めくるめく立場の交代に、アヤノは思わず目の奥に鈍い痛みが走るのを感じていたが、それ自体が集中力が欠けてきた、ということであり、長く持たないのは自分の方であるという証明だった。

 せめて、霧が晴れれば。

 ユーナが考えていたのと全く同じことを考えつつ、疲弊したアヤノの間隙をつくように、バタフライ・バスターBを携えていた左腕が、クナイによる一撃で破壊される。

 

「くっ!」

 

 慌てて「クジャク」を振り下ろしても、G-フリッパーの姿は既にそこになく、スマッシャーモードに切り替えようにも左手は切断されてしまったため、範囲で無理やり炙り出す戦法も取れそうにない。

 やはり、メグの方が一枚上手だったということだろう。

 与一が昨日、戦いの前に評した通りアヤノはそのセンスこそ卓越していても、GBNでの戦いはほとんど初心者に近い。

 そして、ある程度中距離戦をこなせるビルドを組んでいても、クロスボーンガンダムXPがその本領を発揮するのはあくまでもクロスレンジでの接近戦であり、そういう意味では、搦め手を数多く用いるメグのG-フリッパーは、ある種天敵ともいえるのだ。

 

『隙ありぃッ!』

 

 アヤノが頭を抱えていたその一瞬をついて、迷光が混じったかのように、ぼやけた輪郭がはっきりと姿を現し、クロスボーンガンダムXPの頭部へとクナイを投擲する。

 

「しまっ……!?」

 

 無防備を晒していたクロスボーンガンダムXPでは、アヤノではその一撃に対応することができず、あえなく接続部からもぎ取られた頭部がごろり、と地面に転がり落ちた。

 間髪入れず、メインモニターにはブロックノイズが走り、霧の中に溶け込んだメグの姿を見つけ出そうにも、悪条件に悪条件が重なって、アヤノはただ気配を読んで防御に徹することしかできなくなる。

 それこそが勝利への方程式。

 例え卑怯と罵られようとも、避けて、逃げて、隠れて、嵌めて。

 くノ一をコンセプトとするメグの戦い方とその強みは、遺憾無く発揮されているといえた。

 このままでは、敗ける。

 与一から指摘された通り、アヤノの心はブレて、敗北を喫する想像がいくら振り払おうとも頭の中で膨れ上がって、脳裏を埋め尽くしていく。

 何か手はないのか、相手にカウンターを叩き込む方法は、能動的に攻撃を加える方法は──いくつもの考えが巡っては消えていくが、思考回路を占有されていること自体、この状況では好ましくない。

 

『悪いけど、アタシも本気だから……これで終わりにさせてもらうよ、アヤノ!』

「わた、しは……ッ……!」

 

 最早、分身の術を見切る集中力はアヤノに残っていない。

 トドメを刺す、という宣言と共に、濃霧に映し出されたG-フリッパーの輪郭が幾重にも浮かび上がり、今度こそクロスボーンガンダムXPのコックピットをクナイが貫かんとする、その時だった。

 

「全力……炎、パーンチっ!!!!!」

『なっ……!?』

「ユーナ……!?」

 

 突如として雄叫びを上げると、ユーナはその反動が来ることも厭わずに機体の全出力を解放、そして──地面を、思い切り殴りつけた。

 

「これで……晴れろおおおおおっ!!!」

 

 灼熱を全身に纏ったアリスバーニングガンダムの一撃が、白い闇を切り刻むように、否、全て吹き飛ばすかのように荒れ狂い、ホワイトアウトしかけていた視界を晴らす。

 バーニングバーストシステム。

 それはトライバーニングガンダムとカミキバーニングガンダムに搭載されていた時限強化システムであり、素体としたことでありアリスバーニングガンダムにも引き継がれたものだった。

 ユーナが拳や脚に炎を纏わせられるのも、早い話がこのシステムの恩恵だ。

 そして、普段はリミッターがかけられているそれを解除したことで発生した吹き荒ぶ熱風と衝撃波は、大気中の水分すら蒸発させて、立ち込める霧を一瞬払い、分身の術による残像を発生させて、今まさに、アヤノへと襲い掛かろうとしていたメグの姿を露わにする。

 

「……ユーナ!」

「わたし……わたし、頑張りました、アヤノさん! だからっ……!」

 

 しかし、そんな荒技に機体が耐えられるはずもなく、反動で自壊していくアリスバーニングを横目に見て、アヤノは切れかけていた集中力を、その欠片を拾い集めて、ブラスターモードの「クジャク」からビーム刃を発生させる。

 

「……確かに受け取ったわ、ユーナ! 私は……私たちは、負けない! ここで退くつもりなど……さらさらないッ!!!」

『……っ、だとしてもぉッ!!!』

「貫けええええッ!!!」

 

 一度は砕け、潰えようとしていた夢の欠片を無理やりにでも掴み取るように、アヤノの闘争本能が、反射神経が、限界を超えて、機体の上体を僅かに逸らせ、ブロックノイズの中で微かにその輪郭を見せるG-フリッパーが、メグが仕掛けてきた一撃をもらいながらも、なんとかコックピット判定を免れる。

 そして突き出し、振り抜かれたビーム刃は──果たしてG-フリッパーの横っ腹を確実に捉え、両断していた。

 

【Battle Ended!】

 

 レッドアラートが鳴り響き、再び視界に白い闇が立ち込めようとする中で、無機質な機械音声が戦いの終わりを淡々と告げる。

 

【Winner:アヤノ、ユーナ】

 

 そして、少し遅れてダイアログに表示されたものは、紛れもなく──二人が掴み取った、勝利の証に他ならないのだった。




この女、ギャルにしてニンジャ

Tips:

【G-フリッパー】……保護したカグヤが侍を志していたことから、G-アルケインをベースとして、「くノ一」をテーマに各種偵察や斥候に必要な装備を背部のウェポンザックに詰め込んで、両肩をブリッツガンダムのそれに変更することでミラージュコロイドの展開も可能となったメグのガンプラ。ギャルなのに忍者じみた機体を使って泥臭く勝利を手にするのが、彼女のチャンネルに登録しているファンの楽しみなのだとか。

武装:
ビームピストル×2
コールドクナイ×4
対戦車ダガー×8
ビーム・ワイヤー×2


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第二十一話「フォース・ビルドフラグメンツ!」

初見のナズチくんに起き攻めから床ペロさせられたので初投稿です。


 カグヤと出会ったのは、月明かりが綺麗な夜だった。

 刃を展開したクジャクが振り抜かれるまでの一瞬、それまでの思い出がメグの脳裏を駆け巡っていく。

 GBNにおいても、各ディメンションの天候はランダムに設定されており、その日は雲一つない夜空を、満月が朧に照らしていたのを、メグは今でもはっきりと思い出せる。

 ジャパン・エリアをそんな夜にほっつき歩いていたのは、なんということもない。

 ただ単純に、自分がアップロードしている動画の再生数が伸び悩んでいたことで、その気晴らしをしたくて散歩をしていただけのことだ。

 世の中にはそんな、各ディメンションを散歩するだけの配信ですら十数万から数十万の再生を叩き出すG-Tuberが存在する傍ら、自分が同じことをやったとして、ロケーションが良かったとしても四桁、いや、三桁再生が関の山だろうな、という事実が、余計にささくれ立った心にちくりと針で刺されたような痛みを突き立てる。

 

『……他人に嫉妬したところで、アタシの再生数が伸びるわけでもないのにね』

 

 嫌悪と共に、溜息をそっと夜空に還す。

 G-Tuber。

 GBNの黎明期には存在しなかったそれは、コンテンツ内で動画共有サービスであるG-Tubeが立ち上がると共に、かつて、電子の海での歴史を辿るかのように雨後の筍のように現れては消えてを繰り返していった。

 そして、消える速度よりも増える速度の方が速い都合上、どうしても埋もれてしまう存在というのは出てくるわけで、新着欄に並んだ泡沫配信者のそれよりも安定した、有名配信者のそれを見ておけば間違いなく面白い、という先入観から、どんどん客層の固定化は進んでいき、富めるものはますます富み、病めるものはより病んでいく、この世界の縮図のような様相を呈し始めている。

 正直にしてもいってしまえば、メグはそんな泡沫配信者たちの中ではまだ恵まれた方だった。

 G-アルケインという狙撃機でミッションを攻略するギャル系G-Tuber、というのは中々ニッチな層に需要があったらしく、それを契機にして制作配信なども行った結果、万単位の再生を記録した動画もいくつか生まれるようにはなっていたからだ。

 本当に悲惨な、一桁や二桁で止まっている配信者と比べれば、確かに自分は恵まれているのかもしれない。

 だけど、いくら手を伸ばしたって、天に座するキャプテン・ジオンや彼の愛弟子にしてライバルであるキャプテン・カザミ、そして同じアルケイン使いとしてどこか意識している「ちの・イン・ワンダーランド」を率いる「ちの」に届くことはない、という事実が覆ることだって、ありはしないのだ。

 そんな、ささくれ立った心を抱いてあてもなく愛機を彷徨わせていたその時だった。

 光を見た。

 その瞬間を言葉にするのであれば、その一言に尽きる。

 一際強く輝く光と、それに埋もれたかのように淡く朧に、だけど確かに存在の輪郭を浮き立たせる光。

 何事かとばかりに機体を着地させて、光の方へと向かってみれば、そこには、神社の巫女が着るような装束に身を包んだ女性が二人、何処か意識を手放したように天を見上げている姿がある。

 そして、その二人こそが、同じ想いを──侍や剣士といった、「武」の道を歩むダイバーたちの感情を核にして生まれてきた、ニチカとカグヤというELダイバーだった。

 

『拙の名前……ですか? 拙は……拙の、名前……』

『……カグヤ』

『カグヤ……? それは、一体……』

『なんか、月から降りてきたお姫様みたいだったから』

 

 姉が最初から自我が強く、「ニチカ」という名前を考えついたのに対して、その影から生まれてきた妹は──メグによって「カグヤ」という名前をつけられるまで、自分の存在すらもどこか曖昧であやふやだったことを、メグは今でも覚えている。

 だからこそ、守りたいと思った。

 ELバースセンターにニチカとカグヤを送り届けた時、アンシュへとカグヤの後見人の申請を行ったのも、そんな強い感情に突き動かされてのことだ。

 二年前に何やら大騒動があったらしく、ELダイバーの後見人になるための資格試験は思わず頭を抱えるほど厳しいものでこそあったものの、それでもメグは努力でそれを乗り越えて、カグヤと二人、現実とGBNという二つの空間で暮らす道を選ぶことができた。

 密度が極限まで高められた六つのビーム刃が、G-フリッパーの横っ腹へと食い込んで、そのコックピットを食い破らんと暴威を振るう。

 そうだ。

 カグヤを守りたい。朧で、危なっかしくて──目を離すと消えてしまいそうな泡沫にもよく似た彼女は、電子の海を浮かんでは弾けてを繰り返す自分にもよく似ていたから。

 だからこそ、カグヤが武者修行と称して辻斬りを行うのも止めなかったし、結果としてそれで彼女が望む「侍」に、「剣士」に近付けるなら、とメグは許可を出してこそいたものの、やっぱり心配なものは心配だった。

 そのために、G-アルケインを生まれ変わらせた。

 侍であるカグヤの戦いを邪魔することなく見守れるように、そして、その隣に立った時に相応しくあるように、くノ一をモチーフとした斥候型のビルドへと組み替えられたアルケインは最早狙撃機の領域を逸脱しており、だからこそ、偵察機である【ザクフリッパー】から名前を取って、【G-フリッパー】としたのだ。

 突き立てられた刃は、どこまでも前へ、前へと進もうとするアヤノの──否、アヤノたちの信念を形にしたような一撃は確実にG-フリッパーのコックピットを貫いて、GBNにおいて「メグ」を構成する躯体もまた、光の中に解けて消えていく。

 別に、負けるのが嫌だとか、アヤノたちのことが嫌いだとか、そんなことでは断じてない。

 ただ──少しばかり、寂しさを覚えたというだけの話だ。

 もう、カグヤは自分の手を借りなくても、自分だけの力で歩いていける。

 だからこそ、フォースに入ろうとしたのだろう。

 そして、自分をアヤノたちが破った以上は、そこに口出しをする権利など、どこにもない。

 そんな一抹の寂寞が、メグの目尻にじわり、と一雫の涙を滲ませる。

 親離れというには、見た目上の年齢は離れていないけれど。

 それでも自分という鳥籠の中からカグヤが巣立っていくのはどこか誇らしくもあり、晴々しくもあり──やっぱり、寂しくて。

 Battle Ended、と、無機質な機械音声が敗北を無慈悲に告げると同時に、メグの躯体は光に解けて、セントラル・ロビーへと再構築されていく。

 そして、ボロボロになったG-フリッパーの傍らで、首のないクロスボーンガンダムは、アヤノは精魂尽き果てたかの如く膝をついていた。

 勝利。それは齎された結果にして、勝ち取った答えの証明。

 だからこそ、クロスボーンガンダムXPは立ち上がる。

 そして、霧を晴らすため、バーニングバーストシステムのリミッターを解除したことで、全身にヒビが入り、ボロボロという言葉さえも足りないほどに損傷したユーナのアリスバーニングを抱き抱え、アヤノたちもまた、セントラル・ロビーへと転送されていく。

 

「……約束通り……勝ったわよ、ユーナ」

「えへへ……ありがとう、アヤノさん」

 

 メグが一体、どんな思いでこの戦いを挑んできたのか、アヤノにはわからない。

 それでも、ユーナが願ったことと背くなら、それがどうしても戦って打ち破らなければならないことであれば、迷いなく剣を取って引き金を引くつもりだったことも同じだ。

 ただ──少しだけ、「クジャク」の刃がG-フリッパーのコックピットを捉えた瞬間、アヤノはそこに何か寂寥のようなものを感じていた。

 それはきっと、メグがカグヤの後見人だから、保護者だからこそどこか思うところがあったという証明なのだろう。

 だとしても、自分は前に進んでいく。

 初めてではなくとも、死闘を制した手は震え、心臓は胸を食い破って飛び出してきそうなほどに速い鼓動を刻んでいる。

 それは、恐れが安堵に変わる感覚に、まだまだ自分の心が強さに至っていない証拠のようなもので、アヤノはそこに少しの気恥ずかしさを覚えながらも、同時に一抹の誇らしさを抱いて、ユーナと共にセントラル・ロビーへと帰還していくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやー、負けちゃったね。アタシ、本気だったんだけどなぁ」

 

 それはそれとしてグッドゲーム、と、メグはどこか、何かを誤魔化すかのように微笑んで、アヤノとユーナへと右手を差し伸べてくる。

 実際、本気だったという言葉に嘘偽りはないのだろう。

 悪天候というフィールドをフル活用し、更に機体のステルスまでも駆使したメグの戦い方には一分の油断も慢心もなく、一歩間違えれば、と、いうよりあの時ユーナが機転を利かせてくれていなければ、間違いなく敗北していたのは自分たちの方だった。

 

「グッドゲームですっ、メグさん!」

 

 素直にその手を取って明るく微笑むユーナの元気な姿勢が少し羨ましく思えるほど、極限状態で集中を強いられた疲れはアヤノの両肩にどっと重くのしかかっていて、冗談ではなくメグの手を取ることさえも難しく感じてしまうほどだ。

 

「……グッドゲーム、メグ。それで、条件の方なんだけど」

「あーうん、そっか、そうだよね。カグヤ」

「はい、メグ」

 

 そんな三人のやり取りを一歩引いた位置で見守っていたカグヤは、名前を呼ばれると、しゃなりしゃなりと優雅に歩み出て、メグの半歩後ろでぴたりと静止する。

 背中に定規でも刺さっているのかと思うほど真っ直ぐな姿勢は美しく、彼女が纏う和装の凛とした美しさを際立たせていた。

 

「これで、私たちはフォースが組めるのよね?」

「まーうん、見たところアヤノたち、悪い人じゃなさそうだし? それに、戦って勝ったらー、って言い出したのアタシだから、今さらそれなしで! って言ったらカッコ悪いじゃん」

 

 へらへらと柔和に笑ってこそいるものの、メグの意見もまたカグヤの保護者らしく、一本筋が通ったものだ。

 これでやっぱり認めません、なんていわれたら流石のアヤノであっても頭に血が上っていたのだろうが、メグがそういう人間ではないということは、戦い方はともかくその太刀筋から伝わってきた。

 避けて、逃げて、隠れて、嵌めて勝つ。

 そんなメグの信条を脳裏で誦じて、自分はまだまだ未熟なのだと、真正面切っての戦い以外が苦手なのだと嫌が応にも見せつけられた現実に、アヤノは少しだけ渋い顔をする。

 

「そんじゃカグヤ、行ってらっしゃい。邪魔者のアタシはここらで退散するからさ」

「メグ……」

「あ、あのっ!」

 

 そう言って踵を返したメグがひらひらと手を振って、雑踏へと溶け込もうとしたその瞬間だった。

 何か意を決したように、瞳に鋭い光を宿したユーナの声が、ラフにフライトジャケットを着こなした背中を呼び止める。

 

「ん、どったのユーナ? アタシはもう用無しのはずだけど」

「えっと……その、良ければメグさんもわたしたちのフォースに入ってくれませんか?」

 

 名前もまだ決まってないですけど、と付け加えながらもしっかりと、振り返ったメグの瞳を見据えてユーナはそう言い放つ。

 アヤノはその様子に一瞬目を丸くしたものの、それを誤魔化すかのように懐から扇子を取り出して開き、口元を覆ってみせた。

 実際、考えもしなかったことではあるが、ユーナの提案は決して悪いものではない。

 このままユーナとカグヤ、そしてアヤノの三人でフォースを組むことになった場合、いくらなんでも戦力が近接戦に偏りすぎていてバランスが悪い。

 それはあのシャフランダム・ロワイヤルで、偵察役を務めていたナスランが撃墜されたところから戦線が瓦解していったことからも明白であり、偵察役、そして斥候として優秀で、高い生存力を誇るメグがフォースに加入してくれたのであれば、その辺りのバランスは一気に改善される。

 ナスランが撃墜されたのは、セイバーガンダムという機動力に優れた機体で先行しすぎてしまったのが原因だが、幸いなことにメグのリーチや機動力はこれまた自分たちに近く、足並みを揃えやすいことも好条件だろう。

 とはいえ、ユーナが考えていたのはそういった戦力面での話ではないのだろうが。

 扇子を閉じて口元に当てると、アヤノは同じように目を丸くしているメグを一瞥して、去っていこうとしたその背中から感じた、寂しさの欠片を掬い取るようにそっと目を合わせる。

 どちらかといえば人の感情、その機微に対して無頓着な自分でさえはっきりとわかるほど、去っていこうとしていたメグの背中はしょぼくれていて、だからこそユーナもそれを感じ取って、手を伸ばしたのだろう。

 

「えっと……その、いいの?」

「何がですか?」

「勝ったからいいけどさ、アタシ、ユーナたちの門出を邪魔しようとしたんだよ? それに戦い方だってアンフェアだった。そんなアタシがフォースに入っていいわけ?」

 

 ただ、妙に頑固というか一本気なところもメグはカグヤによく似ていた。

 あえてその役を買って出たとはいえ、邪魔者をやっていたという自覚は大いにあって、戦い方だって、真正面からぶつかれば勝てないと分かっていたからこそ不意打ちを繰り返すような、どちらかといえばダーティな戦法をとっていたのだ。

 それなのに、嫌な顔一つせず、そんな自分をフォースへと招き入れようとしてくれているユーナは、よっぽど大物なのかそれともアレなのか、メグは計りかねている様子だった。

 

「全然オッケーです! だって……メグさん、カグヤさんと一緒にいたいんですよね? それにわたしだって、メグさんとお話しするの、楽しかったから!」

 

 曇りなく、そして淀みなく笑っているように見えるユーナの笑顔には、どこか「別れ」に対しての忌避が滲んでいる。

 傍観者に徹していたアヤノでも、それが一体なんなのかはわからない。

 ただ、知ってはいけないし、安易に知ろうとしてはいけないようなことであるというのは、なんとなく察せられた。

 元気と愛嬌にそんな一欠片の何かを封じ込めて、ユーナは今日も笑っている。

 そしてメグも──図星だったのだろう。

 どこか心配そうに見つめるカグヤと視線を合わせると、メグははらり、と一雫の涙を零して、ジャケットの袖でごしごしと目元を拭う。

 

「あっはは……参ったなぁ、完全に見抜かれちゃってる。ウケる」

「拙も……メグと一緒に、そしてアヤノさんとユーナさんと一緒に戦えるのであれば、これ以上の喜びはありません。どうでしょうか、アヤノさん?」

 

 先ほどから沈黙を保って、傍観していたアヤノに最終解答を求めるかのように、カグヤはそう問いかける。

 とはいえ、もう意志は固まっていた。答えは、決まっていた。

 

「ええ。私としても……ユーナがそれでいいのなら、異存ないわ」

「やったぁ! ありがとう、アヤノさん!」

 

 少なくとも今、自分がGBNを続けている理由は、剣豪たちに巡り合うためではなく、この太陽のように明るく、それでいてどこか抜けている少女と──ユーナと、放課後の時間を過ごすためであることは、アヤノとしても認めるところだ。

 だからこそ、ユーナの理由は自分の理由だ。

 それは不確かで、不完全で、きっと誰かが見れば過ちだと評するのかもしれないけれど。

 少なくとも今この瞬間、アヤノにとってはそれが全てだった。

 

「よーし、それじゃあ……フォース、結成だ!」

 

 アヤノとカグヤ、そしてメグをメンバーに加え入れて、今度こそユーナはフォース結成の申請ボタンに手をかける。

 問われた名前の答えも、ユーナの中では決まっていた。

 

「フラグメンツ……フォース、ビルドフラグメンツ! どうかな!」

「造られた欠片、か……いいじゃん。風情あって」

「欠片……縁もゆかりもないですが、こうして巡り会えた拙たちには良い名前だと、そう思います」

「ええ、私も……そう思うわ、心から」

 

 ばらばらに、電子の海を漂うひとひらの塵に過ぎなかった自分たちがこうして寄り集まって、一つになる。

 だからこそ、ビルドフラグメンツ。寄り集まって、形を成した欠片たち。

 誰もその名前に異を唱えることなく、二度目のフォース申請は恙無く受理されて、ユーナたちは晴れて一つのフォースとなった。

 

(──ありがとう、ユーナ。ありがとう、アヤノ)

 

 違いがあるとすれば、三人が四人に増えたことで。

 それは、決して悪いことなどではなく、むしろ喜ぶべきことだった。

 涙を零すメグの手を取り合って、ユーナたち三人は笑う。

 そして、いつしかメグの涙も乾いた時、「ビルドフラグメンツ」は、寄り集まった欠片(フラグメント)たちの縁は、一繋ぎの輪を、形作るのだった。




それは、寄り集まった欠片たち。


二十一話にしてフォースを結成する話があるらしい


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幕間その二:「影より光へ、花束を」

クシャルダオラくんが良モンスに生まれ変わっていたので初投稿です。


【新人】G-Tuberを発掘するスレpart.428【古参は不問とする】

 

1.名無しの発掘ダイバーさん

ここは面白いけどイマイチ再生数が伸びていなかったり、他の動画に埋もれてしまっているG-Tuberを発掘するスレです。殿堂入り基準は人により異なりますが、概ね50000未満のG-Tuberが対象となることが多いです。殿堂入りG-Tuberについて語りたい場合は該当スレへどうぞ

 

Q.このG-Tuber面白いんだけどどうやって紹介したらいい?

A.名前とチャンネル名、そして平均再生数や直近の再生数を記録しておくことが必須事項です。

 

Q.推しを紹介したけどその後もイマイチ伸び悩んでるんだが……

A.伸びるかどうかは極端な話、運も絡みます。ですから、あなたが応援したいと思ったその気持ちを大切にしていきましょう。

 

殿堂入りG-Tuber、卒業生について語りたい場合はこちら

【G-Tube】G-Tuberについて語るスレpart.7820【戦国時代】

https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

313.名無しの発掘ダイバーさん

最近イマイチピンとくるG-Tuberいねえなあ、俺のスコップもすっかり錆びついちまったか

 

314..名無しの発掘ダイバーさん

単純に数が多すぎるんよ

 

315.名無しの発掘ダイバーさん

一時期キャプテン・ジオンに憧れてG-Tuber始めた奴らが雨後の筍みたいにいたけど二年前にキャプテン・カザミがシークレットのストミ配信やってたことがわかってからは同じことが起きたからなあ

 

316.名無しの発掘ダイバーさん

カザミってこのスレ出身ってマジ?

 

317.名無しの発掘ダイバーさん

紹介はされてたな、まあ見なかったけど

 

318.名無しの発掘ダイバーさん

今ではそんなことないけどあいつ最初の方経歴騙りとかやってたから印象悪かったダイバーも多いんじゃないの

 

319.名無しの発掘ダイバーさん

ああ、懐かしいな……元AVALONとかビルドダイバーズにスカウトされたとか言ってたなあいつ

 

320.名無しの発掘ダイバーさん

それが今や本物のビルドダイバーズ、今をときめく人気G-Tuberになってんだから世の中わっかんねえよなあ……お前どう?

 

321.名無しの発掘ダイバーさん

残念ながらそろそろスレ違いだ

 

322.名無しの発掘ダイバーさん

それもそうだな、てかお前ら最近スコップしてる?俺は疲れた

 

323.名無しの発掘ダイバーさん

やれることが限られてるとはいえ似たような配信多いからなあ、ミッション攻略とかなんてそれこそ先人の動画見ればそれで済むし

 

324.名無しの発掘ダイバーさん

制作配信もよっぽどぶっ飛んでないとなー、この前クオンちゃんの制作配信とチャンプの制作配信見てたけどあのレベルにならないと見向きもされないって相当やぞ

 

325.名無しの発掘ダイバーさん

うみみ……(悲哀)

 

326.名無しの発掘ダイバーさん

サ○ーゴ兄貴オッスオッス、アロー○の海に帰って、どうぞ

 

327.名無しの発掘ダイバーさん

天敵だらけの海に帰そうとするとかお前ヴァルガ民かよ

 

328.名無しの発掘ダイバーさん

シャミ○が悪いんだよ

 

329.名無しの発掘ダイバーさん

なんでもかんでもシャ○子に責任転嫁するのはやめろ

 

330.名無しの発掘ダイバーさん

また話が脱線してる……

 

331.名無しの発掘ダイバーさん

つっても面白いG-Tuber中々見つかんねえからなあ……ちょっとキャプテン・ジオンとカザミの後追い系多すぎんよー

 

332.名無しの発掘ダイバーさん

お、なんか面白そうなことやってる

 

333.名無しの発掘ダイバーさん

詳細あくしろよ

 

334.名無しの発掘ダイバーさん

視聴者はせっかち

 

335.名無しの発掘ダイバーさん

>>332

紹介するなら名前とチャンネル名と再生数を書けとあれほど

 

336.名無しの発掘ダイバーさん

>>335

ああ悪い、テンプレ借りるわ

 

【名前】メグ

【チャンネル名】メグのMe:Goodちゃんねる

【再生数】パッと見平均2万くらい、最新の動画は生配信今やってる

 

337.名無しの発掘ダイバーさん

アルケインニンジャギャルか

 

338.名無しの発掘ダイバーさん

栄養ドリンクの成分みたいな覚え方してんなお前な

 

339.名無しの発掘ダイバーさん

メグか、確かこのスレでも紹介されてたけどなんかピンと来なかったな

 

340.名無しの発掘ダイバーさん

「ガチバトル配信! うちの子のフォース加入を賭けて戦います」だってお

 

341.名無しの発掘ダイバーさん

とりあえず見てみっか

 

342.名無しの発掘ダイバーさん

いきなりバトルフィールドが濃霧で草生えますよ

 

343.名無しの発掘ダイバーさん

メグって確かアサシンスタイルだっけ? だとしたら殺意高けーなオイ

 

344.名無しの発掘ダイバーさん

オイオイオイ、死んだわ相手

 

345.名無しの発掘ダイバーさん

相手の方もどっかで見たことあんな……いや、クロスボーンとV2のミキシングとか発想的には割とありそうだけど

 

346.名無しの発掘ダイバーさん

思い出したわ、あのクロスボーン、ログイン初日でヴァルガに飛ばされてモヒカンしばき倒してたって話題になってた子のだわ

 

347.名無しの発掘ダイバーさん

ログイン初日でヴァルガ行きとかアイカちゃんかよ

 

348.名無しの発掘ダイバーさん

あのモヒカンしばき倒したんか……あいつら地味に強いから鬱陶しいんだよな

 

349.名無しの発掘ダイバーさん

あのピンク色のカミキバーニングみたいなのも一緒にいたし間違いなさそうだな、そりゃメグも本気出すか

 

350.名無しの発掘ダイバーさん

相変わらずギャルやってるキャラからは想像もつかない泥臭い戦い方してんなー

 

351.名無しの発掘ダイバーさん

ミラコロ使ったステルスとハイパージャマー使ったジャミングだっけ?しかしまあGBNでもあんま人気ない斥候型ビルドとか渋い趣味してんなあ

 

352.名無しの発掘ダイバーさん

元々普通のアルケイン使ってたけど確かELダイバーの後見人になってから今のG-フリッパーに変えたんだっけ?

 

353.名無しの発掘ダイバーさん

よく覚えてんなそんなこと

 

354.名無しの発掘ダイバーさん

うわあ、マジで容赦ねえなメグ……霧隠れとステルスフル活用してんのは格闘機には相当きついだろ

 

355.名無しの発掘ダイバーさん

なんか普通にクロスボーンの子が食らいついてて草生えるんだが

 

356.名無しの発掘ダイバーさん

多分これ気配読んで攻撃先置きしてるっぽいな、頭幕末かよ

 

357.名無しの発掘ダイバーさん

申し訳ないがヴァルガとシャフランダムを足してもまだ足りないクソゲーの話はNG

 

358.名無しの発掘ダイバーさん

でも「アナザーテイルズ」のリリカちゃんも幕末出身って聞くしやっぱこのゲームで強くなるためにはあの幕末を避けて通れないのでは……?

 

359.名無しの発掘ダイバーさん

そんなことしなくていいから(良心)

 

360.名無しの発掘ダイバーさん

そろそろ配信の話題に戻れお前ら、いやーでも頑張ってるけど流石にメグの方が一枚上手だわ

 

361.名無しの発掘ダイバーさん

ここでフォトンアヴィラティ切ってくるかー

 

362.名無しの発掘ダイバーさん

明らかにクロスボーンの子の集中力落ちてたからな、切るならここしかないだろ

 

363.名無しの発掘ダイバーさん

説明しよう! フォトンアヴィラティとはメグちゃんの必殺技で、予備のフォトン・バッテリーを解放することで機体にかかってる各種バフや相手に対するデバフの効果時間を延長することができるという設定なのだ!

 

364.名無しの発掘ダイバーさん

説明兄貴たすかる

 

365.名無しの発掘ダイバーさん

万事休すだな、あのピンク色バーニングの子は完全に動けないしこっから巻き返すのは相当きついっしょ

 

366.名無しの発掘ダイバーさん

メグを応援してんのか挑戦者を応援してんのかどっちなんだい

 

367.名無しの発掘ダイバーさん

どっちもやぞ

 

368.名無しの発掘ダイバーさん

メグにいつも通り泥臭く勝ってほしくもあり、新進気鋭のハリキリ☆ガールに頑張ってほしくもあり

 

369.名無しの発掘ダイバーさん

勝負を見たいけど決着がついてほしいわけじゃなかった

 

370.名無しの発掘ダイバーさん

支離滅裂な言動やめろ

 

371.名無しの発掘ダイバーさん

ファッ!?

 

372.名無しの発掘ダイバーさん

ピンクいろは きりばらい をつかった!▼

 

373.名無しの発掘ダイバーさん

いやそうはならんやろ

 

374.名無しの発掘ダイバーさん

なっとるやろがい!

 

375.名無しの発掘ダイバーさん

いや、この土壇場で本体割られたのはキツいぞ

 

376.名無しの発掘ダイバーさん

メグも相手のアヤノって子も目がガチのそれなんよ

 

377.名無しの発掘ダイバーさん

拙者勝利のために闘争本能を剥き出しにする女の子大好き侍、義によって助太刀する

 

378.名無しの発掘ダイバーさん

気持ちはわかるが女の子と女の子の間に割り込むのはNG

 

379.名無しの発掘ダイバーさん

Gチャット投げてきたわ、展開が熱すぎる

 

380.名無しの発掘ダイバーさん

決着ついたああああ!

 

381.名無しの発掘ダイバーさん

ウッソだろお前wwwwwwww

 

382.名無しの発掘ダイバーさん

あの状況から巻き返したチャレンジャーも、有利な条件込みとはいえあそこまで追い込んだメグも大したもんだな

 

383.名無しの発掘ダイバーさん

なんかスレ上がってたから見にきたけどとんでもない戦いが展開されてた件

 

384.名無しの発掘ダイバーさん

お、リアルタイム配信の視聴者いつの間にか5万人超えてるわ

 

385.名無しの発掘ダイバーさん

>>383

今すぐGチャットを投げてくるんだ

 

386.名無しの発掘ダイバーさん

負け回とはいえ屈指の熱い戦いだったからなあ、納得だわ

 

387.名無しの発掘ダイバーさん

うちの子がどうこうとか言ってたけどメグが後見人やってるELダイバーって誰だっけ

 

388.名無しの発掘ダイバーさん

辻斬り

 

389.名無しの発掘ダイバーさん

あいつか、把握

 

390,名無しの発掘ダイバーさん

しかしうちの子の身柄がどうこう言ってたしこれもELダイバー争奪戦なのかね?

 

391.名無しの発掘ダイバーさん

ELダイバー争奪戦懐かしいな、俺は春夏秋冬の方見てたけど今回に負けず劣らず熱かった

 

392.名無しの発掘ダイバーさん

メデューサ姉妹もあれから運営に目ぇつけられて大っぴらにELダイバーヘイト撒き散らさなくなったからな

 

393.名無しの発掘ダイバーさん

お、リアルタイム再生数5万超えてんじゃーん

 

394.名無しの発掘ダイバーさん

これでメグもこのスレ卒業か……なんか寂しくなるな

 

395.名無しの発掘ダイバーさん

まあ推しがこのスレ卒業のはめでたいことだろ、これきっかけに人気出てこのスレに戻ってこないことを祈るばかりだぜ

 

396.名無しの発掘ダイバーさん

全くだな、卒業おめでとう、メグ!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「ふぅ……」

 

 都内に聳えるマンションの一室、ゲーミングチェアにもたれかかっていた女性──琴吹恵は、ゴーグル型のVR機器を外すと、そのまま深く溜息を吐き出す。

 こっそり行っていた配信の再生数が過去最高を記録したり、今までカグヤと一緒に戦っていた以外はソロでやっていたところをフォースに勧誘されたり、初めて尽くしの経験に、正直なところ少しばかり疲れを感じているところもあるためだった。

 だが、この感覚は決して悪いものなどではない。

 丁寧に切りそろえられ、カチューシャが留まっている前髪を掻き上げ、長髪を靡かせた恵は、机の上に置いてあったエナジードリンクのプルタブを開けると、それを一気にぐいっと煽って、再びふぅ、と小さく息をついた。

 

「お疲れ様です、恵」

「うん、ありがとう。カグヤ」

 

 そして、GBNからログアウトしてきたことで、おおよそ1/144サイズのガンプラに匹敵する小さな躯体──現実におけるモビルドールにその魂を移したカグヤが、そんな恵を──リアルにおける「メグ」を労わるかのように優しく語りかける。

 GBNではいかにもなギャル風ファッションに身を包んでいる恵だが、ゲーミングチェアに体重を預けている彼女の服装は小綺麗にまとまっていて、着崩した部分もなくぴったりとその細い身体を包み込んでいた。

 

「再生数が五万超えたの、私がG-Tube始めて以来初めてかも。そう考えるとアヤノさんとユーナさんには頭が上がらないわね」

「おめでとうございます、恵。拙は……G-Tubeについてあまり詳しくありませんが、今の恵を見ていると、なんだか拙も嬉しくなってくるようです」

「一つの壁みたいなものだったからね。それでも……ちのさんやキャプテン・ジオンと比べたらまだまだだけど」

 

 だからこそ気合を入れ直さなきゃ、と、ぴしゃりと自分の頬を叩く恵の言動にも行動にも、あの電子の海においての砕けたような面影はまるでなく、どちらかといえば四角四面な印象がそこには色濃く滲み出ている。

 当たり前だ。あくまでも──恵にとってのGBNは、なりたい自分になれる場所。

 憧れていたけれど、リアルではついぞ踏み出すことのできなかった世界に、ロールプレイという形で踏み入ることができたからこそ、そして何よりもカグヤと出会えたからこそ、恵にとってGBNは大切な場所に他ならなかったのだが。

 

「……それに、フォースに初めて誘われたんだから、アヤノさんにもユーナさんにも、恥じない自分でいなきゃ」

「拙は……キャプテン・ジオンという名前も、ちのというお方も存じ上げません。ですが、恵のそうした研鑽を欠かさない姿勢は、まさに武士道の鑑とでもいうべきものです。拙も見習って、日々精進せねば」

「あはは……ありがとう、カグヤ。でも、カグヤだってアヤノさんたちと出会ってから、随分成長したと思う」

 

 正直なところ、自分がカグヤに対して過保護気味であることは恵も認めていた。

 辻斬りという名のフリーバトル申請、武者修行を陰で見守ってきたこともそうだし、彼女がシャフランダム・ロワイヤルに挑んだ時、誰よりもはらはらしながら、ライブモニターに映し出される中継を眺めていたこともそうだ。

 そんなカグヤが自分から一度離れたところで戦いを経験して、「頼れる仲間」を見つけられたというのは誇らしいことで、同時に過保護がすぎた自分がちょっとだけ恥ずかしくなって、恵は微かに頬を赤く染める。

 そして、そんな自分も今までと変わらずカグヤと一緒にいられるだけでなく、新しい仲間と共にあの電子の海へと、GBNへと踏み出すことができる。

 それはなんだか、どこかむず痒くて、同時に心地良くて。

 

「拙は……恵に色々なものを貰ってばかりです。この名前も、そして住む場所も……ですから、何か一つでも恩を返せていたなら、何よりです」

「うん。私はカグヤからいっぱい、色んなものを貰ってる。だから」

 

 ──これからも、ずっとよろしくね。

 GBNにおけるアバターに近い装いのモビルドールカグヤが伸ばした両手と、恵が差し出した人差し指の先端がそっと触れ合って、そこに小さな約束が蝶々結びで描き出される。

 フォース、ビルドフラグメンツ。そして、再生数五万の突破。

 それは新たな門出に向かう恵へと送られた花束のように、そして旅路へと背中を押す追風のように、交わした二人の約束へと、強く結びつけられているのだった。




恵が「メグ」というキャラクターを演じられているのは演劇部出身だから


Tips:

「琴吹恵」……メグのリアルにおける姿。カチューシャを頂くぱっつんロングはいかにも「委員長」といった風情であり、そんな彼女がギャルを演じているのは大学デビューに失敗したのと同時に、四角四面に育てられてきた自分という殻を破って自由に電子の海では振る舞いたいという願いからである。

「Gチャット」……G-Tubeの配信に関するコメント機能の中で、相手にビルドコインを渡すことができるいわゆるスパチャ、投げ銭機能。

「春夏秋冬(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ)」……フォースリーダーに個人ランキング8414位の「蒼翼のサムライ」こと「ナツキ」を据え、そして「ガンダムファイルム」を操るその恋人の「ハル」、火力を求める感情から生まれてきたELダイバー「セツ」、そしてスナイパーとマッパーを兼ねる超絶技巧のギャル、「モミジ」からなる四人組ガールズフォース。G-Tuberとしての配信も行っており、人気を博している。

「ELダイバー争奪戦(出典:拙作「ガンダムビルドダイバーズ リビルドガールズ」、二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ)」……全く同時期に起こった二つの争奪戦。一人は銭ゲバロリこと「チィ」をリビルドガールズに取り戻すための、一人は火力の妖精こと「セツ」を春夏秋冬に取り戻すための戦い。前者は非公式の第三次有志連合戦と呼ばれることも。

「メデューサ姉妹(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ)」……前述したELダイバー争奪戦、その後者においてELダイバーに対する忌避感からセツに対して散々な扱いをしていたフォースのリーダー格。現在は運営に目をつけられているため表立った活動ができているかは不明。


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第二十二話「始動、ビルドフラグメンツ!」

防具強化のキャップ解放されてたことを忘れたままテオを殴ってたので初投稿です。


『ええい、連邦のモビルスーツは化け物か!?』

 

 漆黒の宇宙を縫うように、細かなマニューバを繰り返す真紅のガンダムMk-Ⅱ──ガンダムMk-Ⅲ8号機と同様のカラーパターンに塗り替えられたそれを駆る、クワトロ・バジーナとよく似ていながら、顎がしゃくれているダイバールックの男は、光の翼を広げて己に食い下がってくるクロスボーンガンダム、その威容に戦慄する。

 フォース、「CAA」──シャア・アズナブル・アライアンスの略称であるところのそれは、男、クアドラ・バナージが所属しているフォースにして、メンバー全員がシャアやクワトロの格好や言動に扮してロールプレイをする、いわゆるなりきりフォースの一つだった。

 アクティブ二千万人という膨大なユーザーを抱えるGBNにおいて、こうしたなりきりやロールプレイを重視したフォースの存在は決して珍しいものではなく、例えば「SAA」、「CAA」の由来ともなったセシア・アウェアのなりきりフォースや、ガンダム作品の各種仮面キャラに扮する「鉄仮面ズ」辺りが有名どころだろうか。

 もっとも、SAAを有名にしているのは、セシアに留まらない領域の、なぜそれをセシアと言い張る勇気を持っているのかと問いかけたくなるようなダイバールックをしたメンバーが多いからでもあるのだが──そんな事情はともかくとして、クアドラの眼前にいる「光の翼を広げるクロスボーンガンダム」は、そんな怯えごと愛機を両断しようと、両手に構えたバタフライ・バスターBを振るう。

 フォース、「ビルドフラグメンツ」。

 それこそが今、クアドラたち「CAA」がたたかっているあいてにして、先日結成されたばかり、出来たてほやほやの新米フォースだった。

 

『ええい、認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものは!』

「……クロスボーンガンダムX0はセルピエンテ・タコーンのMSだし、それはクワトロじゃなくてシャアの台詞じゃないの?」

 

 どちらかといえばクワトロ・バジーナのロールプレイをしているつもりのクアドラがぼやいた台詞に対して、返す刀で振るわれたビームサーベルを受け止めながらそのクロスボーン、クロスボーンガンダムXPの主であるアヤノは呆れたように首を傾げる。

 クアドラが「ビルドフラグメンツ」に戦いを挑んだ理由は至極単純であり、先日メグが密かに配信していた「ELダイバー争奪戦」の生放送を見て、アヤノやユーナ、そしてメグの奮戦に触発されたからなのだが、正直にいってしまえば、彼女たちを侮っているところがないとはいえなかった。

 要は冷やかし半分で「君たちの実力を我々に見せてはくれないか」と啖呵を切ったのはいいのだが、開幕を飾ったメグのジャミングと撹乱戦術によって、メンバーはバラバラに分断されて、クアドラはアヤノとの一騎討ちを強いられているのだ。

 もちろん、アヤノからすればそんなクアドラたち「CAA」の事情など知ったことではなく、ただ、喧嘩を売ってきた以上は倒すべき敵として淡々と戦うだけの話でしかない。

 

「とうっ、わたし、キーック!」

 

 右手を見れば、無重力が支配する宇宙空間に、粒子による炎の足場を形作ると、ユーナはそれを勢いよく蹴って、オールレンジ攻撃によって自分を追い詰めていた、シャア専用ザクとよく似たカラーパターンにリペイントされたジオングへと急接近する姿がある。

 

「貴方たちに恨みはありませんが……拙の前に立ちはだかるのならば、斬り捨てさせていただきます!」

『ええい、打ち所が悪いとこんなものか!』

 

 そして、同じように、その傍ではカグヤがシャア専用カラーにリペイントされたキュベレイのオールレンジ攻撃を、巧みなマニューバでもって掻い潜りながら、愛刀「菊一文字」による目にも留まらぬ一撃で肩部バインダーを言葉通りに一刀両断、後隙も残すことなく背後を狙ったビットまで斬り捨てて、勢いのままにシャア専用キュベレイの懐へと飛び込んでいく。

 

『クアドラ、味方からの支援はまだか!』

 

 シャア専用キュベレイを駆るダイバー、フィアー・アズナブルはコンソールに向けて思わずそう叫んでいたが、ブロックノイズを出力する通信ウィンドウの向こうにその言葉が届くことはなく、その事態を生み出した元凶であるところの忍者──G-フリッパーを駆るメグは、ミラージュコロイドを駆使して巧みに逃げ隠れを繰り返しながら、シャア専用ディジェとの一騎打ちを展開している。

 CAAの作戦はシンプルなものだった。

 機動力を活かした連携によって撹乱、そして相手がまごついて一塊になったところを、最後方に控えている狙撃手──CAAが擁する隠し球である、シャア専用カラーに塗り替えた百式が放つメガ・バズーカ・ランチャーの一撃で一網打尽にする。

 五対四という数の上でのアドバンテージも活かした、まさに完璧な作戦だったはずなのだが、その企みは他でもないあのギャル忍者が初手に放ったハイパー・ジャマーによって容易く瓦解してしまった。

 

『ええい、支援を待っている時間もない! 避けろ、クアドラ! フィアー、スー!』

 

 そして、最後方にポツンと一人取り残されていたシャア専用百式を駆る男、ショア・アゴナブルは痺れを切らしたように、照準がまともに定まらないメガ・バズーカ・ランチャーを照射するのだが。

 

『エリィちゃんは私の母になってくれるかもしれない女性だ……ッ!?』

『フィアー!? ええい、味方に当たるとは何を考えている!』

 

 そのエリィと呼ばれた女性の恋人である女性こと、「リビルドガールズのアイカ」が聞いたら問答無用でコックピットをぶち抜かれているであろう断末魔を残して、フィアーが操るシャア専用キュベレイが光の本流へと呑み込まれ、テクスチャの塵へと還っていく。

 

「たーまやー、ってね!」

『冗談ではない!』

 

 シャア専用ディジェを駆るダイバー、シェア・ラズナブルはモニターを殴り付けながら、メグが口にしていた皮肉へ怒りも露わにサイコ・フレームを起動させると、機体が自壊するというリスクも厭わず真っ直ぐに突っ込んでいく。

 しかし、ミラージュコロイドで姿を消したり表したりを繰り返しているメグに、ただ直線機動で突っ込むだけの刃が届くはずはなく、凄まじいまでの機動力に留まらず、超絶的な反応速度までも獲得したその代償として、ガリガリと削れていく装甲値を一瞥して、シェアは眉間にシワを寄せる。

 アサシンやシーカーは隠れ、逃げ、潜むことで自らの手管に相手を嵌めて勝つのが常套手段であることは理解している。あれはあくまで自らを苛立たせ、冷静さを欠かせるための作戦であると、頭ではそう理解していても、シェアの激憤が治ることはなかった。

 大振りに振るわれるビーム・ナギナタは気配を読むどころか、当たりもつけずにただ周囲を薙ぎ払うだけで、その刃は何も捉えることをしない。

 だが、メグのミラージュコロイドとて無敵の武装ではない。

 確かに展開している間は、スラスターの噴射光などは隠せなくとも、機体を完全に透明化して、レーダーにも映らないという特性を得るのがミラージュコロイドの強みだが、その代償として設定されているのは膨大なクールタイム、リキャストに必要な時間だ。

 そして、それをわかっていないメグではない。

 

「悪いけど、アタシとG-フリッパーの付き合いも結構長いのよね……っと!」

 

 だからこそメグは、残り少なくなってきたミラージュコロイドの展開時間を一瞥すると、賭けに出ることに決めた。

 あのメガ・バズーカ・ランチャーの一撃でシャア専用キュベレイが自滅してくれたおかげで数のアドバンテージは消失しているし、相手取っていたカグヤにも事前に敵が強力な兵器を持っている、という予想を伝えていたことで「ビルドフラグメンツ」の被害は軽微だ。

 ならば、ここで取り返すべきはただ一つ。

 反攻に転じるためのアドバンテージだ。

 メグは乾いてきた唇を舌先で湿らせると、がむしゃらにビーム・ナギナタを振るうシャア専用ディジェの前にあえてその姿をさらけ出してみせる。

 

「こほんっ……ええい、誰を狙っている!」

『クアドラ!? すまない、こちらとしたことが……』

「なーんてね、隙あり天誅っ、と!」

『なっ……』

 

 こほん、とわざとらしく咳払いをしてみせると、通信で聞いた「クアドラ」の声真似をして、メグはそう叫んでいた。

 確かに姿は表した。表したのだが、それがG-フリッパーのありのままであるとは誰も言っていない。

 そうとでも突き付けるかのように、ミラージュコロイドを投影に用いることでクアドラの操るシャア専用ガンダムMk-Ⅱに成り済ましていたメグが、クナイをシャア専用ディジェのコックピットへと突き立てる。

 その一撃は寸分の狂いもなく、コックピットが配置されている頭部を貫いていたが、サイコ・フレームの反動によって限界が近かった装甲ではどの道コックピットを外れていても受け止めきれなかっただろう。

 ともすれば外道とも呼ばれかねないその戦術を臆することなく敢行してみせたメグの豪胆な一面と、そして異様に似ていた声真似に目を白黒させつつも、当初の目的通りアヤノもまたクアドラ当人が操るシャア専用ガンダムMk-Ⅱを追い詰めていく。

 

「これで……!」

『ええい、シールドを持っていかれたか、ままよ!』

 

 バタフライ・バスターBの強みは、ライフルとしても使えることだ。

 光の翼を展開している自分と互角の機動戦を繰り広げているクアドラの技量に舌を巻きつつも、アヤノの執念は確実に、じわじわと真綿で首を絞めるかのように彼とその愛機である真紅のガンダムを追い詰めていた。

 盾を失ったことで、ビームライフルの予備Eパックとシールド・ランチャーをロストしたシャア専用ガンダムMk-Ⅱは、射撃戦を諦めたかのようにビームサーベルを展開すると、アヤノとのドッグファイトに最後の望みを託す。

 即座にザンバーモードへと変更したバタフライ・バスターBと、クアドラのビームサーベルが激突し、火花を散らすが、単純な出力だけを見るならば、クロスボーンガンダムXPのそれはシャア専用ガンダムMk-Ⅱを上回っている。

 

『何を! ビームが、斬られる……!?』

「これはバタフライ・バスターB……つまり元はビーム・ザンバーよ」

 

 ヴェスバーをそのままビームサーベルへと転用したのにも等しい、ビームシールドを上から叩き切ることができるほど高いビーム・ザンバーの出力によるアドバンテージは、宇宙世紀0153年においてはほぼ完全に失われていたものの、ここは宇宙戦国時代ではなくGBNだ。

 機体の造り込みが追い付いているのであれば、フレーバーテキストとしての設定もある程度は反映されてくれる。

 じりじりと押し返されていくシャア専用ガンダムMk-Ⅱを横目に、アヤノはメグからのデータリンクでリアルタイムに反映される戦況を一瞥するが、盤面だけを見ればほとんど勝利したといっても差し支えはない。

 ユーナもシャア専用ジオングを、オールレンジ攻撃を封殺できる距離まで追い込んで、格闘戦で圧倒しているし、残ったシャア専用百式はまごついている間にカグヤが一刀両断、自慢のメガ・バズーカ・ランチャーもリキャストを待つことなくテクスチャの塵へと還る。

 それは、クアドラの機体も同じであり、じりじりと追い込まれたシャア専用ガンダムMk-Ⅱは構えたビームサーベルごと、バタフライ・バスターによって両断された。

 

『サボテンが花をつけている……見事だ、「ビルドフラグメンツ」』

「……よくわからないけど、どうも」

 

 原作を見てもいまいちその意図を理解できなかった台詞を褒め言葉として、最後に残ったクアドラが爆散して、宇宙の藻屑と化していく。

 

【Battle Ended!】

【Winner:「ビルドフラグメンツ」!】

 

 そして、無機質なシステム音声が勝利を告げることで、アヤノたちの、フォースとしての初陣は見事な完勝で飾られたのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやー、重畳重畳。いい画撮れたよ、アヤノ、ユーナ!」

 

 CAAとの初陣を終えた後日、セントラル・ロビーに帰還したアヤノたちは、デフォルトで支給される小さなフォースネストに身を寄せて、メグが編集していた初陣の動画を見て、感嘆の声を上げていた。

 

「わぁ、すごい! メグさんたちの活躍がバッチリ映ってます!」

「……本当ね。というか貴女、声真似なんてできたの?」

「もち。これでも元演劇部だからね……っと、リアルの話は御法度ってユーナに言っといてダメだね、今のなし。それよりアヤノもユーナも、本当に動画に映っていいの?」

 

 争奪戦をひっそりと配信していた負い目はあれど、正式に「ビルドフラグメンツ」としてフォースを組むことになった手前、G-Tubeへの動画の掲載はメンバーからの同意を得なければいけない、ということで、メグはアヤノとユーナに自ら編集した、アップロード前の動画を披露していたのだ。

 

「ええ、構わないわ。特に不利益も浮かばないし」

「わたしも全然オッケーです! 元気に頑張るからがんがん載せちゃってください!」

「あっはは、ありがと。アヤノ、ユーナ。カグヤも許可くれてありがとね」

「拙は未熟ゆえに気恥ずかしくはあるのですが……メグが望まれるなら、それに応えないわけにはいきません」

「いやー、ほんっと助かるよ、皆! ありがとねっ!」

 

 どういうわけか、先日配信していたカグヤ争奪戦の再生回数がリアルタイムで五万を超えたこともあって、中々鳴かず飛ばずの状況が続いていたメグのチャンネルは、登録者数が急激に増えていた。

 CAAが興味を持ってくれたのもカグヤ争奪戦がきっかけであり、そういう都合で相手からも事前に許可を貰っていたことも手伝って、メグは期待半分不安半分に胸を高鳴らせながら、出来立ての動画をG-Tubeへとアップロードする。

 

「『フォース結成記念! ガチで「赤くて速い」彼らとバトってみた!』ね……動画の類についてはよくわからないけど、中々良いペースで再生数が伸びているんじゃないかしら」

「どれどれ……? うわっ、マジだ! 新着欄乗ったからってのもあるんだろうけど、こんなの初めて……」

 

 更新をかける度に大きなスパンで増加していく数字を眺めながら、メグは期待していた状況が訪れたにもかかわらず、むしろその現実を飲み込まないまま目を丸くしていた。

 メグの存在とあの戦いがG-Tuber発掘スレで取り上げられたことで人々の耳目を集めた、というのもあれば、元々ギャルで忍者で配信者、という彼女のパーソナリティは、配信者たちの中でも類を見ないものであり、数に埋もれてこそいたものの、磨けば光る素養はあったのだ。

 

『百式がキュベレイにFFかましてて草生えますよ』

『原作の因縁かな?』

『カミーユ、避けろ! 外れた!?』

『↑イヤァァァァ!!!』

『声真似からのアンブッシュ……汚いなさすが忍者きたない』

『↑汚いは、褒め言葉だ……!』

『光の翼とクロスボーンガンダム組み合わせるのいいよね……』

『いい……』

『刀一本とステゴロでオールレンジ機追い詰めるとかマジかよ』

 

 画面の外枠に設けられたコメント欄に寄せられた文字列の数々を読み上げながら、メグは込み上げてくる喜びに、そしてアヤノとユーナ、カグヤは未知の文化に触れたカルチャーショックに目を見開いていたが、そうしている間にも瞬く間にコメントは増えていく。

 

「うわ、Gチャも来てる! うぅ……ありがと、アヤノ……」

「……何故、私にお礼を?」

「だってぇ、『ビルドフラグメンツ』に入らなかったらアタシ、きっと一生鳴かず飛ばずで終わってただろうし……それにアヤノ、このフォースのリーダーっしょー?」

 

 微かに涙ぐんで、鼻声でメグはアヤノへとお礼の言葉を捲し立てていたが、そんな彼女の熱量に反して、アヤノはどこかすっとぼけたように、頭の上にクエスチョンマークを浮かべていた。

 

「……私、リーダーではないけど」

「えっ」

「えっ?」

 

 こうして、初陣も、それを記録した動画も順調な滑り出しを見せた「ビルドフラグメンツ」だったが、戦っている間のチームワークに反して、どこかコントじみた噛み合わないやりとりを繰り広げながら、アヤノとメグは互いに小首を傾げるのだった。




スタートダッシュした後ずっこけるような

Tips:
「CAA」……シャア・アズナブル・アライアンスの略称であり、メンバー全員がシャアないしクワトロのロールプレイをしているフォース。カグヤ争奪戦を経て「ビルドフラグメンツ」に興味を持ったことで、その初陣の相手となった。

「SAA(出典:X2愛好家様作「GBN:ダイバーズコンピレーション」)」……セシア・アウェア・アクターズの略称で、全員がセシア・アウェアやセシアシリーズに扮したなりきりフォースの一つ……なのだが、中にはどこがセシアなのかと小一時間問い詰めたくなるような個性的なメンバーを擁するフォース。


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第二十三話「わたしがフォースのリーダーです」

方向性の違いから初投稿です。


「えっ?」

「えっ」

 

 異口同音に言葉を発して、アヤノとメグはフリーズする。

 それもそのはずである。メグは今の今までアヤノがずっと、「ビルドフラグメンツ」という名前が決められるまで、三人で過ごしていた時もリーダーをやっていたのだと思い込んでいたし、当のアヤノ本人はそんなことを微塵も思わずにやってきたのだ。

 船頭多くして船山に登る、ということわざの通り、あまりリーダーに立候補する人間が多すぎてもままならないのが組織であるなら、リーダーを志願したがらない人間が多すぎても立ち行かないのもまた組織であり、それはGBNにおいても全く同じことだ。

 フォースの方向性。

 なんとなく、そして理由もなく集まった四人だからこそ考えなければいけないのかもしれない、と、フリーズしていた思考回路が再起動していく中で、ぼんやりとそんなことを考えながらアヤノはばさり、と、懐から取り出した扇子を開いた。

 

「拙も、アヤノさんがリーダーだと思っていたのですが……」

「わたしもわたしも! だってアヤノさん、リーダーっぽいでしょ?」

 

 カグヤとユーナもどうやらメグに同意するところだったようで、認識の違いを抱えているのが自分一人であるという事実に軽い目眩を覚えそうになりながらも、アヤノは扇子を閉じてふぅ、と、小さく息をつく。

 

「……私は、皆が思うほどリーダーに向いた人間ではないわ」

 

 都合よく解釈するのであれば、メグたちは自分の実行力を高く買ってくれていたからこそ、リーダーとして名前を挙げてくれたのかもしれない。

 だが、組織をまとめ上げるリーダーに求められるのは行動力だけではない。

 方向性を定めていくクレバーさも必要なら、何よりも部下をまとめ上げる求心力。それこそがリーダーという立場に求められる責任と能力であり、その両方を兼ね備えているのが例えば「クジョウ・キョウヤ」や「ロンメル」といった実力派フォースのリーダーだといえばわかりやすいだろう。

 そういう意味で、アヤノは自分には求心力、つまるところカリスマが欠けているというのは自覚していたし、何よりも。

 

「このフォースを組もうと提案してくれたのはユーナ、貴女でしょう?」

「えっ? 確かにそうだけど……」

「なら、このフォースは……『ビルドフラグメンツ』は、貴女という旗のもとに集ってきたといってもいいわ。そういう意味で私は、このフォースのリーダーは貴女だと思ってる」

 

 それは嘘偽りない、アヤノの本心だった。

 現状、「ビルドフラグメンツ」が、「AVALON」や「第七機甲師団」、「BUILD DIVERS」のように、実力派としてこの修羅がひしめくGBNの巷を駆け上がっていこうという方針を打ち出しているわけではない。

 放課後のちょっとした集まり、その延長線としての時間を大事にしたい、と、少なくともアヤノはそう思っている都合、フォースリーダーという役職も事実上有名無実なもので、何かしらの面倒がそこに付き纏っているわけでもなかった。

 だからといって、お飾りのリーダーです、と最初から自分が望まれた通りにその役割を引き受けるのは士道不覚悟、というよりは自分の信条に反する気がして、どうにも落ち着かない。

 故にこそ、リーダーには相応しい人材が選ばれるべきだ。

 そう考えて、アヤノはユーナを、自分を含めた三人をフォースとして寄り集めたそのカリスマを買った上で、フォースリーダーに相応しいと定めていたのである。

 

「うーん……確かにアヤノの言うことも一理あるね、アタシを引き止めてくれたの、ユーナだし」

 

 言い出しっぺであるはずのメグも、豊かな胸を支えるように腕を組んで頻りに頷きながら、アヤノの言葉へと同意を示す。

 どことはいわないし何ともいわないが、自分との圧倒的な格差に若干愕然としながらも、アヤノはメグが同意を示してくれたことにほっと安堵の息をついていた。

 実際、自分がリーダーであったとしたなら、メグをフォースに迎え入れていたかどうかについては微妙なところだ。

 それはメグが嫌いだから、とか、ダーティな戦法で翻弄された意趣返しだとかそういう話ではなく、あくまでもメグ自身があの場で去る、という選択をしたなら、それを尊重するという方向性でのことである。

 だが、ユーナは去っていくメグのことを引き止めて、フォースに迎え入れるという選択をした。

 それは紛れもなく自分にはできないことだと、アヤノはそう思っている。

 そんなユーナだからこそ、誰の手も手放すことをよしとしないユーナであるからこそ、この「ビルドフラグメンツ」を引っ張っていくのには相応しいのだ。

 無論、リーダーとしての実行力であるとか、相手との交渉であるとか、そういう細かなことが苦手なのもわかっている。

 だからこそ自分は、裏方としてユーナをサポートすればいい。

 それが、アヤノの考えだった。

 

「リーダー、リーダー……うーん……上手く言えないけど、その、わたし、バカだから。そういうの向いてないと思うよ、アヤノさん?」

 

 アヤノからの推薦を受けたユーナは、彼女にしては珍しく、何かを誤魔化すように曖昧に笑うと、そんな風に自虐をしながらぷい、と目を逸らしてしまう。

 実際、自分の頭の出来がそんなによろしくないということはユーナも理解しているところだった。

 国語のテストは壊滅的だし、その他のテストだってちんぷんかんぷんで、数学の文章題に至っては何を問われているのかさえわからない。

 かろうじて得意だといえるのは社会だとかそういう、暗記してヤマを張りさえすれば大体なんとかなる科目だけだし、何より自分が賢かったら、ログイン初日にあのミノタウロスに騙されて、ヴァルガなんぞに飛ばされていない。

 そこから助けてくれたのはアヤノだったし、今までGBNを続けてこれたのもアヤノがいたからだ、というのがユーナの本心であり今の嘘偽らざる気持ちだ。

 だから、ユーナにとって「ビルドフラグメンツ」のリーダーはアヤノ以外にあり得ないと思っていたのに、そのアヤノはユーナこそがリーダーに相応しいと言っているのだから、困惑する他にない。

 実際のところ、フォースリーダーという役割が今のところそこまで重要ではないということぐらいは、アホの子なユーナ自身もよく理解している。

 ただ、心構えの問題だった。

 頑として譲らないアヤノの雰囲気に気圧されそうになりながらも、ユーナもまた彼女にしては珍しく、リーダー就任を頑なに拒み続けている。

 

「え、えっと! カグヤさんはどうかな! わたしってそんな、リーダー、って柄じゃないと思うんだけど……」

「拙……ですか? 拙は、アヤノさんの意見にも一理あると思いますが……」

「がーんっ、わたし一人!?」

 

 カグヤの控えめながらも確かにアヤノへの同意を示す言葉に、先ほどとは打って変わって、自分がぽつんと一人少数派になってしまったことを理解して、ユーナは目を白黒させる。

 リーダー。そこに責任が伴っていなかったとしても、自分は。

 ユーナは足元に横たわっている過去に想いを馳せながら、そっと静かに俯いた。

 

「どうしてもやりたくない、というなら私が引き受けてもいいけど……私は貴女がいてくれたからGBNを続けられているのよ、ユーナ」

「……アヤノさん……?」

「……あまり、自分の話をするのは得意ではないし、自慢できることでもないのだけれど……私は、飽き性で、臆病だから」

 

 GPDの大会を見て、第七回世界大会において活躍したあの侍に憧れたことで、クロスボーンガンダムXPを作り上げたのは確かな事実だ。

 だが、アヤノは──かの「サムライ・エッジ」が引退してしまったことにショックを受けたこともまた事実なのだが、心のどこかではGPDという競技に対して恐れを抱いていたこともまた事実であり、そして年を追うごとに憧れだけは燻り続けても、モチベーションの核となる熱が失われていったこともちゃんとわかっていた。

 だから、GBNを始めた理由だって最初は与一への義理立てのようなものだった。

 ずっと沈み込んで憧れを燻らせている自分に、「剣豪と巡り逢い、戦いができる場所」として、詳しくないにもかかわらずGBNを紹介してくれた与一に対しては、感謝している。

 だが、それでも今このゲームを続けている理由がなんなのか、電子の海を漂い続けている意味がなんなのかと問われれば、それは始めた当初とは打って変わって、「ユーナという親友がいてくれるから」というものになっていることもまた、嘘偽りのないアヤノの本心だった。

 それをあえて言葉にするのはまだ気恥ずかしいものの、それでも、そんな飽き性で臆病な自分がGBNで虚勢を張り続けられるのも、全てはユーナと一緒に、初日でヴァルガに飛ばされたからで、そして、そこで彼女の力になりたいと思ったからで。

 今にも頭からは湯気を噴き出しそうで、頬が、耳が、かあっと赤くなっていく。

 そうして桜色に染まった頬を包み込むように、アヤノは扇子を開いて顔を覆い隠した。

 アヤノが臆病だ、とはユーナも思っていなければ、カグヤもメグも、その言葉には懐疑的だったものの、本人が顔を真っ赤にしてでも打ち明けたのだから、それは恐らく事実なのだろう。

 冷静かつ豪胆で、物怖じしないアヤノを知っている三人からすればそれは意外なことであったが、逆にいえばそれは、アヤノという人間について、ユーナたちはそれしか知らなかったということでもある。

 それもそのはずだ。

 たまたまGBNという電子の世界で巡り会っただけの相手について、一体どれほどのことがわかるというのだろう。

 メグたちがアヤノのそんな一面を知らなかったように、アヤノもまたメグの抱えている一つの「秘密」を知らない。

 それは、ユーナも同じことだ。

 だとしても──それでも。

 はっ、と、ユーナが目を見開いて俯いた顔をあげれば、そこには困ったように、だけど優しく微笑んでいるカグヤと、その横で何か思うことがあるのか、苦笑しながらも頷いているメグと、そして真っ赤になった顔を隠したアヤノがいる。

 そこには誰一人として、怒ったり、剣呑な雰囲気を漂わせている者はいない。

 もしも自分がリーダーを名乗ったとしても、アヤノも、カグヤも、メグも、それを咎めることはしないだろう。

 ユーナは少しだけ考える。足りないとわかっている頭をフル回転させて、自分が本当に相応しいのかどうか、そして何より、きっと打ち明けたくなかったであろうことを打ち明けてくれたアヤノの勇気に報いることができるのかどうか。

 ──踏み出した先に、道があるとは限らない。

 そんなことは、嫌というほどよくわかっている。

 昔のゲームに、透明になっている道を歩かせて離れ小島のような向こう岸に辿り着かせるギミックがあった。

 それは正解のルートから一歩でも外れてしまえば、下の階層に戻されてしまうというギミックが付随していて、ひどい時は一階からまた登り直し、ということだってある。

 それでも、登り直せるだけ、やり直せるだけゲームの方がまだマシだ。

 一度この世界で足を踏み外してしまえば、選択肢を間違えてしまえば、そこから正規ルートに復帰することがどれだけ難しいか。

 そして、その過ちにどれだけの代償を払わされるか。

 ユーナは、誰よりもそれをよくわかっていた。

 無責任だと、無神経だとアヤノのことを罵ることだってできただろう。

 それでも──理由を探してみれば、今自分がGBNを続けていられるのだって、あの時アヤノが助けてくれたからで、そして「友達」として楽しく、放課後の時間を過ごさせてくれているからで。

 ごくり、と生唾を呑み込むと、ユーナは一歩前に出て、ようやく気恥ずかしさが落ち着いたのか、火照りを覚ますようにセンスで胸元を扇ぐアヤノへと向き合った。

 

「アヤノさん」

「どうしたの、ユーナ」

「……えっと、わたし、頭良くないから、バカだから、伝わらないかもしれないけど」

「……そんなことはないわ。遠慮なく言って」

「えへへ、ありがとうございますっ。えっと……アヤノさんがそこまで言ってくれるなら、その……わたし、リーダーやってもいいかなって!」

 

 意を決して、ユーナは高らかにそう言い放つ。

 その方が皆悲しまないし、何よりもアヤノがここまで自分なんかのことを買ってくれているのだから、その期待に応えないという方が失礼だろう。

 幸いなことにまだフォース自体の方針は決まってないものの、そこまでガチガチに頂点を目指してやっていこう、というわけではないのだから、雰囲気が悪くなるようなこともないだろう。

 

「……ありがとう、ユーナ。でも、忘れないで。私は……貴女がいるからここにいるの。貴女なんか、じゃないわ。貴女だからよ、ユーナ」

「アヤノさん……」

 

 それはほとんど愛の告白に近いんじゃなかろうか。

 傍観者に達していたメグは、淡白に、それでもはっきりと自信を込めて、だけど無自覚にそんなことを言い切ってしまうアヤノの若さに苦笑しながら、それを見なかったことにして追従する。

 

「そうそう。さっきも言ったけど、ユーナがいてくれたからアタシはこのフォースに入れたんだし、おかげさまで動画も大盛況だかんね」

「拙も……上手く言葉にするのは難しいですが、メグと一緒にGBNを続けることができるのと、アヤノさんとユーナさんと一緒にGBNを続けられることが両立しているのは、とても喜ばしいことです」

 

 ──それもひとえに、ユーナさんがメグを引き止めてくれたからです。

 胸に手を当てて、しみじみと、カグヤは一言一言を噛みしめるかのようにそう言った。

 ビルドフラグメンツ。その名前はユーナがかの「BUILD DIVERS」を参考にして付けたものでこそあったが、確かにこうして俯瞰してみれば、自分を中心に寄り集まったというのも間違いではないのだろう。

 そして、ユーナ自身もかけがえのない欠片の一つとして、アヤノたちは快く迎え入れてくれている。

 

「わかりました! それじゃあ、今日から……わたしが『ビルドフラグメンツ』のリーダー、やっちゃいますっ!」

 

 元気いっぱいに、それだけの、たった一つの取り柄を御旗として掲げて、それを地面へと力強く突き立てるように、ユーナはそう宣言するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……あの、一条さん」

「どうしたの、優奈?」

 

 フォースの方向性、というよりはリーダーの決定で一悶着あってからしばらく、方向性自体は緩く、時にはメグの配信に合わせる形でやっていこうと定めた帰り道、落ちる夕陽が優奈が乗る車椅子を押す綾乃を照らす。

 そんな夕陽に映し出された優奈の表情はどこか曖昧で、ともすれば夜の帳と共に星空のスパンコールに覆い隠されてしまいそうなほどな脆さを綾乃に感じさせる。

 やっぱり、嫌だったのだろうか。

 自分がわがままを貫き通した形になったことにずきり、と罪悪感が痛みになって薄い胸を突き刺していく。

 沈み込む綾乃に対して、優奈は慌てて笑顔を浮かべると、そんなつもりじゃないんだとばかりに大袈裟な身振り手振りを交えて言い放つ。

 

「わわ、違うの、一条さん! その! わたし、嬉しかったんだ」

「……嬉しかった?」

「その……一条さんが、わたしがいたからGBN続けられた、って言ってくれたこと。だってわたし……ううん。とにかく、一条さんがそう言ってくれたの、本当に嬉しいんだ!」

 

 言い澱むことこそあったものの、じわり、と眦に滲んだ熱と、夕陽を映してきらりと光るプリズムは、それが嘘ではないと物語っていた。

 優奈の言葉に、綾乃はそっと安堵を覚えながら、ゆっくりと、この時間が過ぎることを惜しむかのように車椅子を押して、駅までの帰り道を歩んでいく。

 

「その……わたしもありがとう、優奈。貴女がいてくれて」

「えへへ……ありがとう、一条さん」

 

 その涙がどんな意味を持っているのかは、まだ問いかけることはできないけれど。

 そして、自分もまたそんな優奈の涙にもらい泣きしそうになっていることに、鼻の頭にじわりと熱が滲んでいることに気付いてこそいたけれど。

 綾乃は、優奈は、互いにそれを夕凪のせいにして、見て見ぬ振りをする。

 もうすぐ夜がやってくる。そう二人に囁きかけるかのように、初夏の香りと潮の匂いを乗せた海風が、そっと優しく頬を撫でるのだった。




わたしがリーダーです


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第二十四話「ナデシコスプリント」

ピンクサフの希釈率を間違えたので初投稿です。


 ナデシコアスロン、という競技がある。

 それは四年前に初開催された、女性ダイバー限定に参加資格を限定したトライアスロンのようなもので、風変わりなギミックをチェックポイントごとに用意することでただのレースとは違った特色を見せている、というのが、メグの話だった。

 アヤノとユーナは放課後にガンダムベースシーサイドベース店からGBNへとログインして、デフォルトで支給されたちょっと狭いフォースネストで一塊になりながらメグの話を聞いていたのだが、バトル以外にも楽しみ方が用意されているGBNらしいイベントだと、二人は概ね同じことを考える。

 

「……ってなわけで、まあ色々あったんだけど、それから人気になっちゃって、トライアスロン部分を除いたスプリントレースも今は開催されてるって感じ」

「つまりメグ、それに出ようということですか?」

「そうそう、あんまりバトってばっかでも疲れるっしょ? だからたまには息抜きついでにゆるーい動画も撮っときたいなって」

 

 カグヤの疑問を肯定すると、メグはコンソールを素早く操作して、ナデシコアスロンからトライアスロンの遠泳を除いたレース、「ナデシコスプリント」へのエントリー、その可否を問う画面を表示してみせた。

 ナデシコスプリントは特に、優勝商品として目新しいものがあるわけではない。

 第一回ナデシコアスロンではGBNのイメージガールになる権利と、コラボした有名ブランド「SAZAMETH」のイヤリングが貰えると、豪華な特典が用意されていたのだが、ナデシコアスロン本戦ならともかく、傍流ともいえるスプリントの方に、そんな大層なものは用意されていないのだ。

 だが、アヤノたちにとって、参加するメリットがないというわけではない。

 優勝賞金である300万BC、という数字を眺めて、ふむ、とアヤノは小さく息をつく。

 正直にいってしまうと、初期に支給されるフォースネストは、機能面で不自由こそしなくとも、女子四人の集まりであっても狭苦しく感じるほどに小さい。

 かといって、フォースネストを新調しようにも多額のビルドコインを必要とするわけで、その相場を見てみれば、始めたばかりのアヤノとユーナはいうまでもなく、メグとカグヤの財産を合わせてすら届かないような物件ばかりなのだ。

 

「そう考えると、300万BCは悪くないわね」

 

 金勘定は趣味でこそないものの、それはそれとして戦いばかりだったここ最近の息抜きにはちょうどいいし、スパンこそ長いものの、定期的に開催されているイベントにしては破格の値段に、アヤノは思わず小さく唸る。

 

「さんびゃくまん……わわ、すごい! わたし何人分くらいのお金なんだろう!」

「……数えないほうがいいわよ、悲しくなるから」

 

 アヤノは一瞥したストレージに表示されている己の全財産を一瞥すると、ユーナには同じ気持ちになってほしくはないとばかりに、溜息を交えてそう諭した。

 

「あはは、ウケる。それはともかく、アタシも狭っ苦しいフォースネストとはおさらばしたかったし、それならナデシコスプリント以外にいいミッションがあったんだけど、もう先にクリアされちゃってたしね」

 

 先日、フレンドになったばかりの少女にしてギャルのご同輩から送られてきたミッションクリアの通知と、そして彼女たちのフォースネストが写っていた写真に、密かにクリアを狙っていたこともあってメグは思わず歯噛みしたものの、フォースネストの入手手段は何もそのミッションに限ったものではない。

 だからこそこのレースに挑もう、と提案を持ちかけているのである。

 ナデシコスプリントで試されるのは、基本的に体力と気力、そして簡略化されて一つだけになったチェックポイントにおける機転だ。

 エントリーウィンドウに記されているルールをつらつらと読みながら、アヤノはその第一ウェーブと、チェックポイントを挟んで第二ウェーブで構成される競技のルールを頭の中復唱する。

 第一ウェーブはマラソン部分だ。

 バージョン1.78以前は疲労がフィードバックされなかったため、事実上ただ全力で走り抜けるだけでよかったものの、五感のフィードバックが適用されている現バージョンでは、体力の温存なども考えて走らなければならないだろう。

 チェックポイントのユニークギミックは秘匿されているために何があるかはわからないが、それはレースが始まってから考えればいいとして、最終ウェーブとなる第二ウェーブでは、それぞれが持ち寄ったガンプラによって短距離レースを行うというルールが定められている。

 無論、「ディメンション・シュバルツバルト」で定期開催されている「バンデット・レース」とは違って、相手への直接攻撃やコースの意図的な破壊行為などは全面禁止だ。

 レースで相手を攻撃する、というシチュエーションが浮かばなければ、そもそもそんなバーリ・トゥード、なんでもありなレギュレーションのレースが定期開催されていることにアヤノは驚きと、どこかげっそりするような感覚を抱く。

 ただ、そんな無法地帯じみたルールのレースはさておいても、ビルドコイン以外のところでもつまらなそうだ、というよりは面白そうだ、と感じる心の方が勝っているのは確かで、隣で目を輝かせているユーナもそれは同じだった。

 

「よーし、出るからには優勝目指して頑張らないと! ね、アヤノさん!」

「……ええ、そうね」

 

 基本的に、VRゲームにおけるフィジカルは現実のそれと無関係とまではいかなくとも、ある程度切り離して考えることができる。

 と、いうのも、フルダイブVRには適性というものがあって、脳がそれに適応していれば、現実でいくら運動神経が悪かろうと、電脳空間では華麗にパルクールを決めることもできる、ということだった。

 逆をいえば、現実においては運動神経抜群であらゆる競技で負け知らず、という猛者がいたとしても、その人間のVR適性が致命的に低ければ、電脳空間では足をもつれさせてスタートダッシュと同時に転倒、ということもありえる。

 GBNではそうした、脳の認識におけるズレをある程度補正し、アシストてくれるプログラムが組まれているものの、それだって現実と乖離した容姿のアバターを選択しても違和感なく立ったり座ったりできたりする、ぐらいが限界で、そこから先については本人の適性と技能がものをいうのだ。

 ユーナは全身で喜びを表現するほど嬉しそうで、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 現実における彼女の事情──歩けないし走らないことを鑑みれば、確かにこのGBNで、ユーナは何よりも自由だ。

 ただ、この喜びようはそれだけで説明できるほどではない。

 それにしたって、軽率に深入りしていいものでないことぐらいは容易に想像がつく。

 ユーナが嬉しそうにしている姿はアヤノにとっても何故だか見ていて癒される、というと小動物か何かを見ているようだが、懸命に目の前の壁に挑んでいく彼女の勇気は、臆病な自分の背中を押してくれる気がして──それも、恥ずかしくて口にはできないけれど、アヤノはふっ、と柔和な笑みを浮かべてユーナをしばらく見つめているのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『さあ始まりました今回のナデシコスプリント、挑戦者は依然数多く、優勝賞金の300万BCを誰が掴み取るのか、予想もできませんね。その辺りはどうでしょうか、解説のミスターMSさん』

『んー、そうでんなあ、いつもは実況で呼ばれることの多いワイがこうして解説の席に座ってる辺り、出場選手の中でもチィはんは特別気合が入ってると思いまっせ』

『なるほど、解説ありがとうございます。確かにお金については目がない「銭ゲバロリ」の二つ名で呼ばれるリビルドガールズのチィさん、スタート前だというのに気合十分な様子です。さあ、他にも立ち並ぶ新鋭たちが今、続々とスタートラインに集まっております』

 

 かっちりとしたスーツに身を包んだ実況の男性が、雷を思わせる形のサングラスをかけた男性──本人も言った通り、珍しく解説席に座っているミスターMSへと話題を持ちかけて、観客たちを煽るかのようにその弁舌で会場を盛り立てる。

 アヤノたち四人もフォースメンバー全員での参加という形にはしたものの、基本的にナデシコスプリントは個人競技であるため、メンバーであっても敵同士、ということになる。

 額に鉢巻を巻いて気合十分、といった様子のユーナと、たとえそれが剣と関係ないとしても勝負事では負けるつもりなどないとばかりに闘志の炎を静かに燃やすカグヤを一瞥し、アヤノもまたぴしゃり、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

 

『さて、簡易「ナデシコアスロン」とでもいうべき「ナデシコスプリント」ですが、今回はどのようなギミックが用意されているのでしょうか。解説のミスターMSさん、よろしくお願いします』

『そうでんな、今回のチェックポイントに配置されたギミックは王道のガンプラ早組みでっせ、ただし! 第一回ナデシコアスロンの反省を鑑みて、ワイが直々に選んだ一筋縄ではいかないキットが待ち受けてますわ、そこをどう攻略するかが、ビルダーとしての腕の見せ所でっせ!』

『ありがとうございます。さあ、パーツ数が多くなると予想されるチェックポイントの特殊ギミック、それまでに遅れていた選手の追い風になるのか、それとも先行して逃げ切る選手に味方するのか。それではナデシコスプリント、出走でございます!』

 

 ゲートインを果たしたアヤノたちは、実況のアナウンサーが宣言したことで競技場の中央に浮かんでいる電光掲示板へと数字が浮かんだことを視認する。

 五、四、三、二、一──ぱぁん、と、火薬が爆ぜる音と共に、走者たちが一斉に開かれたゲートから地面を蹴って飛び出していく。

 

『これは……速い! 速いぞ、先行して抜け出したのは新進気鋭のフォース、「ビルドフラグメンツ」のユーナ選手です! しかし序盤からかかり気味とも取れるポジション、どうでしょうか』

『んー、難しい話でんなあ、でも彼女の顔を見ればわかりますわ、この作戦の性質はユーナ選手にバッチリ合ってまっせ!』

『ありがとうございます、さあ続いて抜け出したのは優勝候補筆頭、「リビルドガールズのチィ」、少し遅れてその後ろを同じく「ビルドフラグメンツ」のカグヤ選手とアヤノ選手が固めております!』

 

 ヒートアップする実況と解説のテンションに反して、アヤノの内心は驚愕のクエスチョンマークに埋め尽くされていた。

 確かに一番槍として抜け出していったユーナだが、かかり気味だと評された割にそのスタミナが切れる様子はなく、既に二着まで走り抜けたカグヤとも余裕を持った差を開いて、綺麗なフォームで先頭を走り続けている。

 それが彼女のVR適性がそうさせているのか、それとも違う何かがあるのか。

 ユーナに触発されたことでスタミナ管理を間違え、スピードが落ちてしまった「銭ゲバロリ」、「リビルドガールズのチィ」と紹介されていた、黄色いレオタードにシースルーのパレオを纏わせた衣装のダイバーを追い抜いて、アヤノも懸命に一着を取ろうと駆け抜ける。

 

「畜生っ、完全にしてやられちまった……!」

 

 よっぽど優勝賞金が欲しいのか、並走した後に抜き去られるチィの表情は極めて険しい。銭ゲバロリと彼女が呼ばれている所以をアヤノは知らないものの、そんな身も蓋もないあだ名をつけられている都合、よっぽど賞金が欲しくて仕方ないのだろう。

 だが、賞金を獲得したいのは、そして一位を取りたいのはこちらも同じことだ。

 遠慮なくチィを抜き去って、ユーナ、カグヤと共に先頭集団を形成すると、アヤノはミスターMSが用意した「ギミック」が待ち受けるチェックポイントをその視界の端に捉える。

 

『速い、速いぞ! 新進気鋭の「ビルドフラグメンツ」! 三人の選手が揃って今、チェックポイントに到達しようとしています!』

『ふっふっふ……しかしここで待ってるのはビルダーとしての腕が試されるガンプラ早組み! 出遅れた選手にもまだ十分チャンスは残ってまっせ!』

『その通りです! さあ、チェックポイントにゲートインしたユーナ選手、遅れて続いたカグヤ選手、そしてアヤノ選手共々コーナーに置かれた無数のキットの中から、どれを組み立てるか迷っている様子です!』

 

 ミスターMSが用意したギミックは実に周到であり、第一回ナデシコアスロンでは圧倒的にパーツ数が少なく、完成までの時間が短い「ハロプラ」や「プチッガイ」が人気を博していたものの、今回はそれが排除されて、軒並みMG──マスターグレード、1/100スケールを中心にしたキットが並べられている。

 

「わわ、どうしよう……これ全部おっきくて難しいやつだよね、アヤノさん?」

「ええ、そうね……でも!」

「アヤノさん、何か心当たりが……?」

「箱の大きさに騙されてはいけないということよ、カグヤ」

 

 困惑するユーナとカグヤを見据えて、アヤノが選び取ったキットは「MG RX-78-2 ガンダム ver.1.5」だった。

 そして、待っている猶予はないとばかりに用意された席へと腰かけると、アヤノはニッパーで丁寧に、しかし素早くパーツを切り出しながら、目にも留まらぬ速さで初代ガンダムを組み上げていく。

 

『取ったぁ! アヤノ選手、ここでMGガンダム1.5を選んだのは素晴らしい慧眼といえるでしょう!』

『あっちゃー……ワイの用意したギミック、見破られてもうてますな……ただ初期のMGとはいえMGはMG! ここで出遅れている選手の皆様にもぜひ奮起してもらいたいですわな!』

 

 ミスターMSが用意した抜け道は、MGの中でも初期のロット──パーツ数が比較的少ないそれを組み立てるというものであり、中でもアヤノが選んだMGガンダム、Ver.1.5は脚部の組み立てにあらかじめ整形されたフレームを用いることから、早組みの候補としてはこれ以上ないチョイスだった。

 少し出遅れたカグヤも「MG ボール ver.ka」、そしてユーナもアヤノと同じ「MG RX-78-2 ガンダム ver.1.5」を選び取ると、アヤノに負けず劣らずの速度で説明書とパーツを交互に睨みながら組み立てを進めていく。

 

「落ち着いて、説明書を見ればちゃんと書いてある……!」

「これは……どこにこのパーツを用いるのでしょう……?」

 

 ここで大きく出遅れたのはカグヤだった。

 ELダイバーであるという都合、ガンプラを組んだ経験に乏しいカグヤは初心者そのものな手付きで丁寧にゲートからパーツを切り出し、一つ一つをゆっくり、ゆっくりと組み立てていく。

 だが、ユーナはチョイスでの遅れを取り戻すように、綾乃に負けず劣らずの速度で初代ガンダムを組み上げて、チェックポイントを抜け出していく。

 元々、アリスバーニングを単独で組み上げた以上、ユーナのビルダーとしての力は決して低いものではない。

 同じように続々とチェックポイントに集まってきた選手たちが機体チョイスや組み立てで詰まっているのを尻目に、アヤノとユーナは第二ウェーブである、「自分のガンプラでの直線レース」、そのスタート地点に立つ。

 

『早い! そして圧倒的に速い! 見事な手際でギミックを突破したアヤノ、ユーナ両選手、今互いの愛機に乗って、最後の直線を駆け抜けようとしています! しかし状況としてはアヤノ選手が一歩リード、この競技場の直線は短いぞ! ここから巻き返せるか、ユーナ選手!』

 

 ヒートアップする実況が鬱陶しい。

 解説の声も置き去りにして、最後の直線に立ったユーナは歯を食いしばりながら、バーニングバーストシステムを起動して、光の翼を展開したクロスボーンガンダムXPの、アヤノの背中を追いかけていく。

 

「負けられない……負けたくない、そうだよね、アリスバーニング!」

 

 この世界でなら、自分たちは自由になれる。

 机の上を離れて、車椅子を降りて──だからこそ、ユーナは歯を食いしばって真剣に、そして本気でアヤノを抜かすべく機体を加速させるが、「光の翼」が生み出す推進力は膨大だ。

 このまま並走していても、勝ち目はない。

 早々に悟ったユーナは、ここで一つの賭けに出ることを決め込む。

 

「おおおおっ! 炎、キーック!!!」

『なんとぉ! ユーナ選手、ここで攻撃行動に出たぞ!?』

『ロックオンマーカーはどこにも向いてまへんな、つまりギリギリルールの範疇ってとこですわ』

 

 ここでアヤノをロックオンしていれば失格だったが、ユーナが炎キックを放ったのはあくまで虚空に向けて、そして空中で爆発を起こした粒子を追風に、「炎の帆」とでも呼ぶべきもので受けながら、アヤノを抜き去るためだった。

 

「っ、まさか、ユーナ……!」

「これでぇぇぇぇぇ!」

 

 そして、振り返ってしまったことがアヤノにとっては仇となった。

 一瞬だけ──しかし、一瞬でも動きを鈍らせてしまったクロスボーンガンダムXPの背中を抜き去って、燃え盛る流星となったアリスバーニングが、自壊しながらも今、ゴールテープを切る。

 

『っ、ゴォォォォル! 今ゴールしたのは、「ビルドフラグメンツ」のユーナ選手! まさかの逆転劇で、見事に差し切りました!』

「やった、わたし……!」

「……不覚ね」

 

 実況が、解説が、そして観客のボルテージがそれを合図に爆発したかのように高まって、勝者を称え、ある者は地面にハズレのチケットを叩きつける。

 だが、そんな事情などアヤノとユーナには関係ない。

 感覚はどこまでも遠く、そして二人だけが世界に取り残されたように澄み切っていく。

 アヤノは、己の敗北を素直に認めて静かに目を伏せる。

 そして、その代償として、思い切り地面に叩きつけられて機体の全身にヒビが入りながらも、ユーナはこの「ナデシコスプリント」を確かに制して、見事に優勝を飾ったのであった。




きっとわたしは、誰よりも自由になりたくて

Tips:

「ナデシコスプリント」……不定期に開催される簡易版ナデシコアスロンといった風情の競技であり、第一ウェーブと第二ウェーブの流れは微妙に違えど、毎回チェックポイントにおける特殊ギミックは異なっている。また、簡易的なトトカルチョも開かれているため、大荒れの展開ではバンデット・レース同様に全財産を溶かす者も珍しくないとか。


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第二十五話「フォースの指針が決まらない」

迷走初投稿mindです。


「いやー、負けちった負けちった! 皆足速すぎっしょ!」

 

 優勝賞金である300万BCと、副賞のトロフィーを持ち帰って、ユーナたちがデフォルトで支給されているフォースネストへと帰還するなり、参加者が五十人近くいた中での十九位という、なんともいえない成績に収まったメグは苦笑混じりにそんなことを朗らかに唇に乗せ、言葉を紡いだ。

 実際、運動部でこそなかったものの発声練習や肺活量を鍛えるための走り込みなどそこそこメグも運動はできる方なのだが、スプリント序盤で駆け抜けていったアヤノとユーナ、そしてカグヤに比べればそれは誤差の範囲といってもよかった。

 

「ありがとうございます、メグ。拙は……ガンプラの組み立てで出遅れてしまいましたが、ユーナさんとアヤノさんの走りは見事なものでした」

 

 メグからの賛辞を素直に受け取ったカグヤは、最終的には三十八位という下から数えた方が早い順位になってしまったのだがそこはそれ、実際にガンプラを組み立てた経験があるかどうかが問われるチェックポイントのギミックにおいて、ELダイバーである自身はどうしても不利であるということは自覚している。

 だからこそ、この結果も納得がいくものだったが、それでも勝負事に負けてしまったという複雑な思いがカグヤの笑みからは滲み出ていて、アヤノはその向上心に思わず小さく唸っていた。

 ELダイバーは、何か強いダイバーの感情の残滓を糧に生まれてくると、調べて限りではそう聞いている。

 ならば、カグヤが求める「武」というのは案外、勝利の道にこそあったりするのではないだろうか──と、推論こそしてみたものの、指摘するのは無粋であるから、アヤノは閉じた扇子を口元に当てて曖昧に頷くことにとどめていた。

 強い感情、といえばカグヤもそうだが、何よりもユーナだろう。

 狭いフォースネストに副賞のトロフィーを飾って、どこか誇らしげに、というよりは何かそこに想いを馳せるかのように、黄金の輝きに映し出される自らの顔を見つめているユーナを一瞥して、アヤノはばさり、と扇子を開いた。

 

「その……驚いたわ、ユーナ」

「へ? わたし、何かしちゃった?」

「……あの土壇場でグレーゾーンとはいえ、空中で機体を加速させるなんて、思いもしなかったから」

 

 ナデシコアスロン、ひいてはその傍流であるナデシコスプリントにおいては、基本的に「相手への」攻撃行動はルールとして禁じられている。

 だが、それはロックオンマーカーが相手に向いていないことと、向いていなかったとしても範囲で巻き込むことができるサテライトキャノンやツインバスターライフルといった戦略兵器の使用を禁じているだけで、アヤノがやっていたように、攻撃判定を持つ加速装置である光の翼の展開や、ガンダムAGE-2ダークハウンドのように、機体を変形させてから始動するハイパーブーストのような加速機能の展開までは制限されていない。

 つまり、蹴りのモーションをとっていたとはいえ、あの粒子の爆発を利用して、それを帆のように活用することで空中での急制動と急加速を両立させたユーナの技も、ギリギリではあるがレギュレーションに収まっている、ということだ。

 

「あっ……そっか、えへへ。わたし、夢中で何も覚えてなくて……」

「……そう」

「でもでも、ああでもしないとアヤノさんには追いつけなかったから、アヤノさんも凄いんだよ!」

 

 虚空に視線を逸らして苦笑を浮かべると、ユーナは一転して、二着という結果にこそ終わってしまったものの、奮戦したアヤノの健闘に惜しみのない賛辞を送っていた。

 それはどこか、強引に話題を逸らしているかのようにも見える。

 いつもと変わらない、爛漫の春にも似た笑顔を浮かべるユーナを注視しながら、アヤノはそんなことを考える。

 思えば、自分はユーナについてどれくらい知っているのか。

 明らかにVR適性という言葉だけでは説明しきれない序盤のスプリントでの先行逃げ切り、ダイバー姿での走りをそこに思い浮かべながら、訝るようにアヤノは再び開いた扇子で口元を隠しながら小首を傾げた。

 

(……まあ、話したがらないということは、訊かれたくない、ということよね)

 

 ユーナの性格は良くも悪くも裏表がない。

 それだけは確実に知っていることだといえたし、そんなユーナが積極的に自らの勝利について語りたがらないなら、それをわざわざ掘り返して理由を問い詰めるのも野暮というものだ。

 だからこそ、アヤノはそんな些細な不和に、少しの歪みに、見て見ぬ振りをして、自らが貰った準優勝商品である盾を、フォースネストの片隅にそっと飾るのだった。

 

「私は、それなりに鍛えていたから……でも、それはともかくとして、優勝賞金を手に入れたということは、フォースネストも買えるんじゃないかしら」

「そういやそうだね! あっはは、すっかり忘れててウケる」

「言い出しっぺは貴女でしょう、メグ……それで、どんなフォースネストを買いたいの?」

 

 何はともあれ、「ナデシコスプリント」では味方同士での戦いという形になってしまったものの、その目的としては誰か一人でも優勝を果たして、賞金の300万BCをフォースネスト購入に充てる、というのが当初の目的であった以上、それが果たされたのは喜ばしいことだろう。

 自分としては、別に狭苦しい今のフォースネストでも不自由はしていなかったものの、やはり年頃の女子四人が集まるとなればこのデフォルトで支給された部屋は狭すぎる、というのが大方の意見である都合、リーダーであるユーナの意見も含めて伺うべく、三人を一望してアヤノは問いかける。

 

「拙も、特に希望はありません。鍛錬ができる空間があるならそれに越したことはありませんが……すみません、こういうことには疎いもので」

「いえ、貴女の意見も貴重な意見よ、カグヤ。トレーニングスペース……メグ、貴女としてはどう思うの?」

 

 ナデシコスプリントに出ようと言い出した発端であるメグを見据えてアヤノは問いかけたが、当の本人は小首を傾げて小さく唸るばかりで、中々答えを見つけられていないようだった。

 

「うーん……正直言っていい? なんも考えてなかった」

「ずこー!」

 

 あっけらかんと言い放ってからけらけらと笑うメグに合わせるかのように、次は自分の番かと身構えていたユーナがそれはもう盛大にずっこける。

 アヤノは目も当てられない、といった様子で扇子を閉じて目頭を抑えると、ユーナと同じように、盛大にずっこけてしまいたくなる気持ちを心の片隅に仕舞い込んで、小さく深呼吸をする。

 フォースを組むことはスタート地点であってゴールではない以上、フォースネストの購入についてもそれは似たようなものだ。

 フォースネストを購入しているダイバーは、個人勢も含めて多かれ少なかれ何かしらの目的があったから購入しているわけで、一応発端となった「狭苦しい」ことも買い換えの理由には当たるのだろうが、じゃあどんなネストに買い換えるのか、と問われた時の結果が、現状を示しているのだろう。

 

「あっはは、ごめんごめん。アタシも色々カタログとか眺めてたんだけど、いざ買える、ってなると迷っちゃうんだよねー」

「わかります! 高いお買い物ってそんな感じですよね、メグさん!」

「メグ……ユーナさん……」

 

 呆れて苦笑するカグヤに、アヤノとしても同意を示したいところであったが、自身としてもそういう体験に覚えがある以上強くはいえない。

 ガンプラの版元である企業の別事業部が展開している、合金製の関節を使用していることがウリの高級玩具で、クロスボーンガンダムシリーズに再販がかかった時、欲しかったし、そのために貯金もしてきたはずなのにそれはもう悩みに悩んで、結局受注締め切りギリギリまで購入を渋っていたという過去がアヤノにもある。

 

「んー、どんなフォースネスト、かぁ……言われてみるとけっこーむずくない? ほら、あの『ビルドダイバーズ』はリゾート船みたいなとこを拠点にしてるって聞くし、アタシのフレンドは喫茶店みたいなフォースネスト拠点にしてるって聞くし」

 

 そういや例のミッションクリアしたあの子たちはどうしてるんだっけ、と、コンソールを操作してウィンドウを呼び出すと、誰かに向けてメグは目にも留まらぬ速さでメッセージを送りつける。

 リゾート船や喫茶店。

 思わず顔を見合わせたユーナの瞳に映る自分が露骨な困惑に表情を染めていたあたり、きっと彼女も同じなのだろう。

 そこに何ともいえないむず痒さと、微かな温かみのようなものを感じながら、アヤノはその方針について考えを巡らせる。

 今のところ料理や何やらを提供したいという希望はないし、カグヤと同じように鍛錬をするスペースがあるならそれに越したことはない、というのが強いていうなら希望する範囲だ。

 極論、今のフォースネストに毛が生えたような広さの物件でも構わない、というのがアヤノの考えだったのだが、ユーナが迷っているのはどうにも事情が異なるようだった。

 

「むむむ、リゾート船、喫茶店……」

「ユーナは、何か希望があるの?」

「うーん……考えてみると難しいなって! うどん屋さんとか?」

「なんでうどんなのよ……」

「え、えっと、じゃあカレー屋さんとか……」

「……お店を必ず開かなければいけないわけではないのよ?」

 

 どうにもユーナは何か必ず店を開かなければいけない、という固定観念に囚われていたらしく、そんな提案をぶつけてくるが、店を開くとなると問われる自炊スキルに関してアヤノは一応心得こそあるものの他人に自慢できるようなものではないと自負しているし、他のメンバーのそれだって未知数だ。

 どうしてもユーナがうどん屋やカレー屋を開きたいというなら、フォースのリーダーが彼女である以上それに従うのだろうが、現状無理をしているようにしか見えないのなら、フォローを入れるのもメンバーとしてできることだろう。

 

「そうだったんだ! じゃあわたしはなんでもいいよ、皆がやりたいって思ったことがわたしのやりたいことだから!」

「……そう、でも私もカグヤもこれといって希望はないわよ?」

「お恥ずかしながら、拙はこういった事情に疎いので……」

「となると、メグさん待ちって感じだね!」

 

 言い出しっぺの法則、というものがある。

 法則というよりは願望に近いそれは、要するに話を切り出した奴から実践しろ、という暴論に近いのだが、ブーメランとなって見事に希望する選択肢を決める権利がメグに戻ってきたのは何か因果なものを感じずにはいられない。

 

「えっアタシ? あっはは……困ったなぁ、責任重大じゃん?」

「多数決をとるなら、このフォースネストのままでも不自由はしないけど」

「ちょ、それは勘弁! なんか狭いとこって落ち着かないっしょ? っと……来た来た。なになに……?」

 

 アヤノの半ば脅迫じみた民主主義の暴力に、それだけは勘弁とばかりに両手を大袈裟に振ってみせると、メグはメッセージの受信ボックスから新着で届いたそれを開封して、つらつらと読み連ねていく。

 

「へー、レストランの跡地をそのままフォースネストにしたんだ……でも真似しようにもアタシ、自慢じゃないけど料理とかあんま得意じゃないしなー」

「……食べ物からは逃れられないの?」

「んー、ちょっと考えてみたけどアタシもパスかな。あ、そうだ。なんなら配信映えを狙ってメイド喫茶とかやってみる?」

「却下よ却下」

「あっはは、秒で否定されちゃった。ウケる」

 

 自分があのフリフリな衣装に身を包んで、客に愛想を振り撒く姿はまるで想像できないし、何より美味しくなる魔法だとかケチャップで客の名前を書くだとか、そういうことを想像するだけで顔が赤くなってくる。

 アヤノはぱたぱたと扇子で胸元を仰ぎながら、けらけらと笑ってこそいるもののきっとメイド喫茶をやったとしてもやっていけるのであろうメグとその豊かな、という言葉に収まらない胸元を少しだけ恨みがましい視線で睨みつける。

 

「メイド喫茶やるんですか?」

「やらないわよ」

 

 それを真に受けたユーナは、自分と同じ想像をしていたのか、少しだけ頬を赤らめてメグへと問いかけていた。

 真顔で却下したアヤノはため息混じりにユーナをフォローすると、このままでは埒があかないとばかりに、メグが開いているのと同じフォースネストのカタログをウィンドウにポップさせて、スワイプしながら読み飛ばしていく。

 

「んー、まあ何か決まらないってのもある意味アタシたちらしいかもね」

「と、いうと?」

「だってカグヤ。カグヤとアタシはともかく、アタシとアヤノ、そしてユーナちゃんとは出会ったばかりだし。よくよく考えたら方向性とかって皆でゆっくり決めてく感じじゃん?」

 

 もちろん、ガチバトル目的で集まったフォースとかは違うんだろうけどさ。

 しみじみと呟くメグの言葉は、正鵠を射ているといってもいい。

 彼女と、疑問を投げかけて小首を傾げてきたカグヤはどうやら付き合いが長そうだと、込み入った事情を知らないアヤノでも察することはできたが、自分だってユーナと過ごした時間も決して長いものではない以上、足並みを揃えて、異口同音にこれだ、と決めるのは難しい話だ。

 

「それじゃあ、言い出しっぺのアタシに責任があるってことで……このフォースネストとかいいんじゃないかな? どう、ユーナちゃん?」

 

 メグはスワイプしていた中から目ぼしい物件を見つけ出すと、そのサンプル画像と間取りなどが描かれたページを開いてみせる。

 それは良くいえば整然とした、悪くいえば無味乾燥とした──それこそ、アヤノが希望に挙げていた、デフォルトで支給されたフォースネストを、人数相応に広くした程度の物件だった。

 

「えっ? メグさん、メイド喫茶やらなくていいんですか?」

「あれは冗談だってば! アタシもちょっと恥ずかしいし……じゃなくて、こほん! とにかくユーナ、リーダーとしてはどんな感じ?」

 

 とはいえ、カグヤが希望していた鍛錬のためのスペースもあれば、何より、派手さの抑えられた落ち着いた空間は、腰を据えるにあたってはこれ以上ないほど条件としては破格なものだろう。

 何もない。まっさらで真っ白な部屋を穴が空くかのように見つめながら、ユーナはしばらく思案する。

 メイド喫茶もカレー屋も、うどん屋も開かないで、今と同じように、放課後の延長線上にある空間として過ごせる場所。

 考えてみれば、それも悪くない。

 同意を求めるように、少しの不安を押し隠してアヤノへと向けた視線が交錯した時、返ってきたものは無言の肯定だった。

 ならば、問題はないのだろう。

 

「うーん……よし! このフォースネストにします! リーダー決定! でも、途中で何かお店とかやりたくなったら言ってくださいね、メグさん、アヤノさん、カグヤさん!」

 

 こほん、と大きく咳払いをすると、ユーナは心臓を高鳴らせ、口が乾いていくのを感じながらも、初めてリーダーとして責任のある決定を下す。

 まっさらだからこそ、真っ白だからこそ、やりたいことはこれから決めていけばいい。

 それは、小さな欠片が寄り集まった「ビルドフラグメンツ」としてはきっとこれ以上ないくらいぴったりな方針で、そして、この電子の海を、電脳の世界を漂い、歩き続ける理由としてはちょうどいい。

 そんなユーナの決断を尊重するように、アヤノたちは異口同音に同意を示すと、拍手をもって称賛を送る。

 

「えへへ……ありがとうございますっ。それじゃあ『ビルドフラグメンツ』の新しいフォースネスト、買っちゃいます!」

 

 ここから始まっていく。ゴールはまだ見えないけれど、それどころか、一歩先だって見えなくて、手探りだけど。

 だけど、何よりそれが自分たちらしい。

 カタログ欄からその簡素な、マンションの一室にも似たフォースネストを購入したユーナへと拍手を送りながら、アヤノはしみじみと、そんな始まりを噛み締めるのだった。




物件どうでしょう


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第二十六話「いざ往かん厄災の地」

なんか静かですね、街の中にはギャラルホルンもいないし本部とはえらい初投稿です。


 無味乾燥とした、窓こそあるもののデフォルトのフォースネストを人数相応に広くしたような空間──先日改めてユーナたち「ビルドフラグメンツ」が購入したフォースネストには、例によって放課後の時間を過ごすアヤノたちが集まっていた。

 

「今回の動画は……っと、うん、割と好評みたいで嬉しいかな」

「ナデシコスプリントの様子……ですか? メグ」

「まあそんな感じ。出遅れちゃったからユーナとアヤノを自動撮影してもらってたんだけど、それで大正解だったっぽい感じ?」

 

 G-Tubeへと自らがアップロードした「ナデシコスプリント」の様子をカグヤに見せながら、メグは以前と比べて圧倒的に跳ね上がった再生数や、そこにつらつらと書かれたコメントの数々に目を通す。

 有名税、という考え方は好きではないものの、毒にも薬にもならないような以前と比べて、明らかに注目の度合いが上がってきたことで心ないコメントが記されることもたまにあったものの、大体の視聴者は肯定的で、メグとしてはそれが何より安心できた。

 最初のチェックポイントまで走り抜けていくユーナの表情を大写しにした自動追尾ハロカメラには、普段はどちらかといえばぽやぽやとしていてどこか抜けた印象のある彼女とはまるで様子が違う、歯を食いしばって懸命にスプリントを走り続けている姿が記録されている。

 

『ここすき』

『ユーナちゃんの食いしばり顔たすかる』

『ちょうど切らしてた』

『にしても無名にしちゃ速すぎないか、ユーナとかいう奴』

『加速ツールとか使ってるんじゃなかろうな』

『↑加速ツールなんてしょっぱいもの使ってたら今じゃ半日経たずに永BANだぞ』

『四年前からチート対策に関してはレベル跳ね上がったからな』

 

 あまりにも圧倒的な、アヤノとカグヤ以外の参加者を寄せ付けないユーナの走りに、心ないコメントも寄せられていたものの、歯を食いしばってでも、瞳孔を剥き出しにしてでもゴールを目指すその姿には心打たれたダイバーも多いらしく、Gチャットがついたコメントもいくつか寄せられていた。

 ツールの使用を疑う声に対しても、コメントで反論がなされていた通り、実際に加速ツールと呼ばれる全モーションの永続的な高速化を行う単純なプログラムで構成されたチートであれば、今やGBNのセキュリティ担当にしてELバースセンターの守り手である「アンシュ」の手によって半日もかからず処されるのが関の山だ。

 メグたちは詳しく情報を知らないものの、そのアンシュ自身がかつては運営にも検知することのできなかった大規模な改竄プログラムの集積体──「ブレイクデカール」を設計し、実装し、そして広めた張本人であることも手伝って、チート対策に関しては最早右に出るものはいないとばかりに今のGBNは徹底している。

 何故そんなチートを設計した人間が運営側にいるのかといえば、それはひとえに彼がELバースセンターの責任者であること──つまり、カグヤのようなELダイバーが現実でも活動できて、かつGBNの内部プログラムに「バグ」として認識されないように当てるパッチである「ビルドデカール」の生みの親でもあるからに他ならない。

 そんな事情はさておくとしても、ユーナの走りが純粋な技術によるものだとその一言で証明されてからは批判の声も少なくなり、概ね好意的なコメントによってメグの動画は覆い尽くされ、終幕を迎えていた。

 

「アンシュさんの力は偉大なのですね。拙が生を受けることができたのも……彼とコーイチさんの御助力があったからこそ。ですが、自分に理解できないからといって抜け穴を疑うとは……」

「人間ってそういうものだったりするのよ、カグヤ」

「アヤノさん……」

「もちろん、全員が全員そうとは限らないけれど」

 

 ナデシコスプリントで最後に差し切って一着を取ったのも、最初のスプリント部分で頭抜けて足が速かったのも、全てはユーナの努力であり、才能がそうさせたことだ。

 

「なになに? わたしに何かあったの、アヤノさん?」

「なんでもないわ。貴女が一等賞になったことを皆褒めてるわよ」

「本当? やったぁ! えへへ、わたし、元気にがんばったから!」

 

 元気だからだとかは関係ない気がするが、それが彼女の信条というものなのだろう。とにかく画面を流れていくコメントをつらつらと目で追い続けたあとに、振り返って見ればそこには満面の笑みを浮かべて上機嫌なユーナがいる。

 そんなユーナに心ないコメントをぶつけていた連中を残さずバタフライ・バスターBによってなます切りにしたい衝動を抑え込みながら、アヤノもまた小さく微笑んで、メグが動画を閉じるのを見送った。

 

「それで……今日は何をすればいいのかしら」

「わたしもわたしも! 気になります、カグヤさん、メグさん!」

 

 フォース「ビルドフラグメンツ」の方針は、定まっているようで定まっていないふわふわとしたものだ。

 基本的に誰かが何かやりたいことがあればそれを優先して、メグがその様子を撮影することにも同意するものとみなす。

 それ以外にフォースの中で明文化されたルールはなく、また、このルールも正式には記録されたものではないのだが、ある種の暗黙の了解として四人の間に横たわっていることに変わりはない。

 

「んー……何したい、って訳じゃないかな」

「と、いうと?」

「ほら、アタシの動画のために皆付き合わせてばっかじゃ悪いし」

 

 最初のデビュー戦だった「CAA」との戦いや、フォースネストの更新のためでもあったとはいえ挑んだ「ナデシコスプリント」、そのどちらもメグは動画として記録し、編集を加えてG-Tubeへと投稿している。

 無論、G-Tuberとしては定期的に視聴者へと動画を供給することで飽きさせないという工夫が求められるのだが、そのためだけにアヤノとユーナというリアル学生組の貴重な放課後の時間を割いてもらってばかりでは、気が引けるという気持ちというか、良心の呵責も、メグの中には確かに存在しているのだ。

 最近人気が急上昇してきたところは認めているが、それでもまだメグが配信者として「キャプテン・ジオン」や「クオン」、「ちの」といった有名どころと並んだわけではないことも理解している。

 だから雑談枠といった、よく言えば配信者の人気とカリスマが試される、悪くいえば中身の薄い動画を設けるのは悪手、というより設けてもあまり見てもらえないだろう、というのが見通しだ。

 何故自分が今人気急上昇中なのか、その要因もメグはちゃんと自分なりに分析して、頭の中で結論を出している。

 それは、ひとえに自分がギャル系忍者という珍しい属性を持っているのと、フォースメンバーのアヤノとユーナ、そしてカグヤも負けず劣らず個性的だからだ。

 つまるところ、まだ「物珍しさ」で興味を持ってもらっている。

 それが、メグの分析だった。

 だからこそ、飽きられるよりも早く面白くて物珍しい動画を供給する必要がある。

 クリエイターとしての目線ではそれが正しいとしても、フォースとして「ビルドフラグメンツ」の中心となったのはあくまでもユーナで、そして意思決定の発言権はその傍にいるアヤノにあることも理解していた。

 何より、学生時代における放課後の時間はとても貴重なものだ。

 自分のためにそれを割いてくれているだけでもありがたいのに、これ以上わがままをいうわけにはいかない、というのもまた、メグの本音であることに間違いはない。

 

「ふむ……私としては別に構わないけれど、メグ」

「アタシとしては構わなくないんだなぁこれが」

「そう、貴女が言うのであれば……何をすればいいのかしら」

 

 とはいえ、アヤノとユーナも何か明確な目的を持ってGBNへとログインしているわけではない。

 一応与一の手前、剣豪と戦うことを目標として掲げているものの、実際のところアヤノが今、この電子の海へとダイブしているのは隣にユーナがいてくれるからだし、ユーナもユーナで、直近では「フォースを組む」という目的があったからこそ戦ってこそいたものの、今具体的な目的があるかといわれれば、そんなことはないのが現状だった。

 

「うーん、わたしもすぐには思いつかないなぁ……そうだ!」

 

 そんな風情に、ユーナは黒煙を噴き出しかねないほど、しばらく頭を抱えていたが、突然ぴこーん、と、そんな音が聞こえてきそうな勢いで飛び起きると、目を輝かせて、一人静かに瞑目していたその人物へと視線を向ける。

 

「カグヤさん! カグヤさんのやりたいことを今日はやりましょう!」

「……拙、ですか?」

「うん! だってわたしもアヤノさんもやりたいことあんまりなくて、メグさんも遠慮するっていうなら、カグヤさんの意見も聞いてみるのが一番いいかなって!」

 

 リーダーらしく周囲を見渡した末にその結論を導き出したユーナは、目を輝かせたまま、きょとんとしているカグヤへとそう言い放った。

 カグヤもカグヤで遠慮している、というのがユーナの見立てだし、実際それは間違っていなかった。

 フォースを組んだこと自体初めてだから周りに合わせる、という姿勢は確かに美徳に見えるかもしれないが、たまにはわがままを言い合ってこそのフォースでもある。

 そういう意味では、ユーナの目的は「フォースの皆ともっと仲良くなること」にあったといってもいいし、それでカグヤが胸の内に秘めている目的が達成されるなら、WIN-WINの関係といってもいい。

 一石二鳥、一挙両得。突然思い浮かんだ妙案にユーナは興奮し、アヤノはそこに関心を寄せながらも、リーダーというよりはどこか小動物のように、見えない尻尾をぶんぶんと振り回している親友の姿に思わず苦笑していた。

 

「ありがとうございます、ユーナさん。拙を……慮ってくれたのですね」

「おもん……?」

「思いやってくれたということよ」

「ありがとうございます、アヤノさん。つまりはそういうことなのですが……拙は、その。武者修行をしたいと、密かに思っていたのです」

「武者修行?」

 

 なんだか剣呑な雰囲気を放つその言葉に、ユーナは小首を傾げる。

 一方でアヤノは、カグヤらしい意見だな、と、素直にそう感じていた。

 カグヤは「武」を探求する剣士たちの心から生まれてきたELダイバーだ。そんな彼女が戦いを望むのは至極当然なことで、そのために武者修行をしたいと申し出るのもまた然りだ。

 

「武者修行といっても、何をするの?」

 

 GBNは元々PvPを中心としていたこともあって、戦う手段には困らない。

 アヤノたちが最初にやっていたようにシャフランダム・ロワイヤルからバトランダム・ミッションを始めとした対人コンテンツは充実しているし、フォース戦希望なら掲示板を使って募集をかけるのもいい。

 逆にPvEがやりたいのであれば、常設レイドバトルから各種ミッションまで、遊んでも遊び尽くせないほどのコンテンツがGBNには用意されている。

 その中で、何を選ぶのか。

 アヤノの問いかけにカグヤはしばらく目を伏せて考え込む仕草をみせると、ゆっくりと目を開きながら、少しだけ遠慮がちに「その」名前を口にする。

 

「拙は……拙は百鬼夜行がひしめく地といわれる『ハードコアディメンション・ヴァルガ』に挑んでみたいと、そう思っているのです」

「ヴァルガ!? ちょ、カグヤ。それ、本気なの?」

「はい、メグ。この剣を試すのであれば、あの場所以上に適したところなどありません」

「あっちゃー……カグヤがいいならいいんだけどさ、そっか、ヴァルガかぁ……」

 

 ハードコアディメンション・ヴァルガ。

 カグヤが意を決して口にしたその名前には、アヤノとユーナにも少なからず因縁があった。

 通常は認められていない無制限のフリーバトルが解禁されたそのディメンションは、実質的には戦闘狂の隔離場であり、不意打ちからリスキル、数の有利を活かしたリンチまで、ありとあらゆるダーティな戦い方が容認されているその場所は、「チンパンたちのラスト・リゾート」、「運営が匙を投げた場所」「地獄」「蠱毒の壺」など、様々な忌み名で呼ばれて憚らない、超がつくほどの危険地帯だ。

 まずは三分生き残れれば上等、十分生き残れれば一流だと称されるほどディメンション全体を包み込む攻撃の密度は尋常ではなく、たとえ強者であったとしても、切った張ったを繰り返している内にヘイトを買って、数で囲まれて圧殺されることも珍しくない。

 そんな危険地帯での戦いこそ、否、危険地帯であるからこそ、その戦いにも緊張感が生まれるという理由でカグヤはその場所を武者修行の地点と定めたのである。

 

「ヴァルガ……って、最初にわたしたちが騙されて飛ばされちゃった?」

「ええ、そうね。無制限のフリーバトルが解禁されている区域よ」

「ま、一言でいうなら蠱毒の壺ってかこの世の地獄みたいなもんだけど……カグヤが行きたいっていうなら地獄の果てまで付き合わなきゃね」

 

 後見人として、保護者としてカグヤの意思を最大限に尊重してあげたいと考えている以上、腹は早めに括っておくに越したことはない。

 メグはユーナの疑問に答えたアヤノの言葉に補足すると、早速といわんばかりにウィンドウを操作してハロカメラを取り出す。

 かの「春夏秋冬」も、デビューとほぼ同時にあのハードコアディメンション・ヴァルガをモビルワーカーで横断するという、狂気が極まった企画を配信したことで一躍注目されたという経緯がある。

 そういう意味では後追い、二番煎じにこそなってしまうものの、結成したてのフォースでヴァルガに挑んでみた、というのは企画としては中々見所があるし、物珍しさも同時に兼ね備えている。

 言い換えればそれはそんなことをする者などほとんどいない、ということに等しいのだが──そんなのは瑣末事だと断定して、メグたちは、カグヤのために地獄への、百鬼夜行と修羅がひしめく巷行きの片道切符を購入するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いい? ヴァルガに潜ったら初手は必ず回避行動を取ること。そうしないと命の保証はないかんね」

 

 メグがそう警告した通り、鉛色の雲が立ち込め、紫雷が鳴り響くハードコアディメンション・ヴァルガの大地には弾幕の鉄風雷火が絶え間なく鳴り響いていて、ゲートが開いた直後の無敵時間が切れたのを見計らって、いきなりスポーンキルを狙うためのビームが四人に向けて飛来してくる。

 都市迷彩を施し、GNスナイパーライフルⅡの代わりにアリオスガンダムのGNビームキャノンをそのメインウェポンとしたケルディムガンダム、「回収屋」の二つ名で呼ばれて忌み嫌われるダイバー、「ピーター」の一撃を回避したビルドフラグメンツの四人は、アヤノの迎撃によってピーターをテクスチャの塵へと還すと、改めて百鬼夜行が横行するハードコアディメンション・ヴァルガの地へと降り立つ。

 

『くたばれぇぇぇ!』

『お前が養分になるんだよォ!』

『漁夫の利天誅! 死ねぇ!』

 

 通信ウィンドウを開かずともオープンチャンネルで飛び込んでくる通信は憎悪と殺意で塗れていて、互いに罵詈雑言を吐き散らしながらビームサーベルを交えていたG-セルフとマックナイフが、虎視眈々とその隙を窺っていた、マルチランチャーパックを装備したウィンダムの核ミサイルによって、周囲の機体を巻き込みながら一撃で蒸発する。

 ──なんだこれ、地獄か?

 アヤノの脳裏に閃くのは、改めて訪れても尚そんな言葉だった。

 核ミサイルを放って気持ち良くなっていたウィンダムは建物の上に陣取っていたジム・スナイパーカスタムによってコックピットを撃ち抜かれるし、そのジム・スナイパーカスタムもまた建物の上に陣取っていたことが原因で、地上を爆走するヒルドルブからの攻撃を受けて爆散する。

 まさしくこれは百鬼夜行、悪鬼羅刹が跳梁跋扈する地獄に違いない。

 だが、だからこそ。

 

「ああ……初めてです。拙の胸は、こんなにも愛おしく締め付けられ、高鳴っている……」

 

 だからこそ、そんな戦いの気配にカグヤは恍惚とした表情を浮かべ、愛刀「菊一文字」を腰の鞘から抜き放つと、煌めく舞台に飛び入り参戦とばかりに、「ビルドフラグメンツ」の一番槍として、飽くなき戦いの舞台へと出撃してゆくのだった。




いざ気炎万丈、参るは悪逆無道が跋扈する、百鬼夜行が王道楽土


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第二十七話「カグヤのヴァルガ武者修行」

百竜初投稿です。


「ああ、初めてです……拙の胸は、こんなにも高鳴っている……!」

 

 吹き荒ぶ鉄風雷火の中に颯爽と飛び込んだカグヤのロードアストレイオルタは、まずはお前からだとばかりにまごついていた、ドッペルホルン連装砲を装備したダガーLを菊一文字で両断すると、背後からその隙を狙って放たれたバスターシールドの一撃をアクロバティックなマニューバで回避、その回転を利用して奇襲を仕掛けてきたガンダムデスサイズもまた斬り捨てて、地に伏せさせる。

 

「あっはは、生き生きしてるね、カグヤ……っとぉ!」

『天誅ぅぅぅぅ!』

「そう簡単に当たってなんかやらないかんね! 忍法フォトン空蝉の術、ってね!」

 

 カグヤがさながら無双ミッションに登場するNPDを斬り捨てるような感覚で他のダイバーたちを撃破する傍、付かず離れずの位置で見守っていたメグにもまた、おこぼれ狙いのパラス・アテネが放った対艦ミサイルが襲いかかってくるが、フォトン・バッテリーの残光を利用したデコイをばら撒くことでメグはそれを回避、ザックから取り出した対戦車ダガーを投擲して、パラス・アテネをテクスチャの塵へと還す。

 対戦車ダガー。他のキットから流用してきたそれは刃物の名前こそ付いているものの、実態としてはナイフ型の爆発物といった方が正しい。

 一応、刃を突き立てることもできなくはないが、投擲して爆発させるのが正しい使い方であり、似たような性質を持つスティレット投擲対装甲噴進弾に比べて、刃の面積が小さい分収納しやすいのが利点だった。

 

「いい、ユーナ。絶対に私から離れないで」

「はい、アヤノさん!」

 

 そんな二人の奮戦を横目に見ながら、アヤノとユーナはぴったりと背中合わせになって、ツーマンセルを崩すことなく、周囲から無尽蔵に湧き出てくる襲撃者の対処に注力する。

 アヤノがバタフライ・バスターBで支援をしている間にユーナが急速接近し、炎パンチや炎キックによって敵を撃退する、というのはいつもやっていることだが、ヴァルガではその密度も質も尋常ではなくなる以上、片時たりとも気は抜けない。

 基本的にハードコアディメンション・ヴァルガで真っ当にダイバーポイントを稼ぎたいのなら、そのビルドは二極化するといってもいい。

 アヤノは巨大な大楯を構えるジム・ガードカスタムを相手に、バタフライ・バスターBでは不利だと見るなり、即座にそれを腰にマウントして、代わりに取り外した「クジャク」をスマッシャーモードで一斉射した。

 二極化したビルドというのは、概ねタンク型かアサシン・シーカー型かに分けられる。

 十三門の砲口から放たれるビームの一斉射と、そしてそれに追い討ちをかけるようなユーナの飛び蹴りが炸裂することで、ジム・ガードカスタムの大楯は哀れにも粉砕され、剥き出しの生身になったところに、着地点から流れるような動作で放たれたアリスバーニングガンダムの回し蹴りがコックピットを穿ち、ガードカスタムは爆発四散してしまう。

 このヴァルガで少しでも長く生き残りたいのであれば、攻撃に対する対処としては、耐えるか避けるかの二択になってくる。

 

『天ちゅ……嘘だろお前!? うわああああッ!』

「……メグの足元にも及ばないわね」

 

 ──出直してきなさい。

 息つく間もなく、今度はミラージュコロイドによるステルスを解除して背後から襲いかかってきたブリッツガンダムを、気配だけを読んでノールックで斬り捨てると、アヤノはレーダーと周囲を一瞥した。

 例に挙げるのであれば、「耐えて」少しでも長く生き残りたいなら先ほどのジム・ガードカスタムのように耐久性と生存力に極振りしたビルドに、「避けて」少しでも長く生き残りたいなら今し方斬り捨てたブリッツガンダムのように、ステルスなどをフル活用して生存し、相手を暗殺するというスタイルを取る。

 これが何を意味しているのかといえば、バトランダム・ミッションや通常のフォース戦で見られるような純アタッカー構成の機体は、よほど腕に自信がない限り推奨されず、またヴァルガで遭遇するのは珍しい、ということだった。

 その点では、ある程度臨機応変に対応できるアヤノのクロスボーンガンダムXPはともかくとしてユーナのアリスバーニングガンダムや、カグヤのガンダムロードアストレイオルタは不利を背負っているといえる。

 だが。

 

「もっと……もっとです! 拙に貴方たちの武を学ばせていただきたい!」

 

 ユーナのフォローで手一杯だったため、メグにその役目を任せる形になったカグヤの様子はすこぶる絶好調といった風情であり、支援など必要ないとばかりに、シーカーもアサシンも、そしてスナイパーが隙を狙って放った弾丸すらも斬り捨てて、荒れ狂っていた。

 吹き荒ぶ嵐にも似たカグヤの太刀筋が招くものは、目立っている相手を沈めようと目論む狡猾な襲撃者たちだが、それさえ大歓迎だといわんばかりにカグヤの目は光り輝いていて、獰猛な笑みを浮かべる口元は三日月型に釣り上がっている。

 

『クソ、イカれてやがるぞあの女! 刀一本でなんでここまで……』

『退け、俺がやる』

 

 ランゲ・ブルーノ砲による狙撃を切り捨てられたギラ・ズール親衛隊仕様を駆るダイバーが、動揺と焦燥から、次弾の装填を待たずしてトリガーを引き続けているのを諫めるかのように、通信ウィンドウにポップしたその影は、有無を言わさぬ威圧感で、手出し無用だと言い放つ。

 

『アンタは……』

『武を求めていると言ったな、ならば……来い!』

 

 影の正体にしてその男──「ガットゥーミ」の機体は、武装らしい武装も持っていなければ、姿勢制御用のスラスターも搭載していない、狂気ともいえる仕様のそれだった。

 シュツルム・ガルス。

 映像作品「機動戦士ガンダムUC」に登場するその機体を、燃えるような、或いは返り血で染められたかのような赤に塗装したガットゥーミは、唯一の武装といってもいいスパイク・シールドとチェーンマインを放り捨てると、その足捌きだけで弾幕砲火を掻い潜って、カグヤへと襲いかかっていく。

 

『とくと見ろ、俺の境地を!』

「……ッ、凄まじい!」

 

 果たして武装を放棄したシュツルム・ガルスが何をしたのかといえば、それは至ってシンプルであり、音を置き去りにするほどに速く、そして空気を切り裂くほどに鋭い「突き」を放っただけだ。

 だがそれは、拳一つにして、無手の刀とでも言い換えられるほどに鋭く、遅れて発生したソニックブームが、ガットゥーミの一撃を受け止めたロードアストレイオルタの姿勢を僅かに揺らがせる。

 

『ワン、トゥー!』

 

 その隙を、一人の武芸者であるガットゥーミが見逃すはずもなかった。

 今度はボクシングスタイルに構えを切り替えて、有無を言わさぬ超速ジャブで少しずつカグヤの体幹を削り、そして大きく姿勢を崩させる算段なのだろう。

 

「く……っ、流石です、その拳……磨き上げられた武が伝わってくる!」

『褒め言葉をいただき恐縮だ、だが俺は……この拳でお前の刀を超える! 故に遠慮は何一つとてするつもりはない!』

 

 カグヤもそれは理解した上で、ガットゥーミの攻撃をなんとか防ぎながら、ただ防御に徹するのではなく、無刀の刃を受け流すかのように構えを即座に切り替えて、絶え間なく吹き荒れるジャブの嵐を捌き切っていく。

 

「やっば……支援しようと思ったけど、あれに手出ししたらカグヤまで……っと!?」

『ハハハハハ! どこを見ている!』

 

 カグヤを支援するため、ガットゥーミに対して牽制を放とうとしたメグのG-フリッパーに対して、その隙が命取りだとばかりに、崩れかけていたビルの谷間に身を潜めていたガンダムシュピーゲルが、ここぞとばかりに襲いかかってくる。

 今までどこに隠れていたんだと、メグは内心で舌打ちをするが、不意打ちなどヴァルガでは日常茶飯事、対応できなかったやつは不幸とダンスしたどころの話ではなく、当たり前に死んでいくだけの話だ。

 それでも反射神経で、「シュツルム・ウント・ドランク」に対抗できたのはメグの意地がなせる技だろう。

 ガンダムシュピーゲルは、接近戦を主体とするモビルファイターの中ではかなり異質で変則的な部類に入るのだが、幸いなのは接近しなければその武装のほとんどは機能しない、ということだ。

 無論相手もそのことは承知の上なのだろう。

 姿を消して仕切り直しを図ろうとしたメグに対して、シュバルツ・ブルーダーによく似たダイバールックに身を包んだ男、「シュバルツ・ブルーチーズ」は腰にマウントしていた、ガンダムピクシーのビームマシンガンを手にして牽制射撃を放つ。

 

「MFが銃器使ってくるなんて……!」

『ハハハハハ! 甘い、甘いぞ! 何故ならここは……GBNだからだ!』

 

 ──ゴッドガンダムが射撃武装を使って何が悪い。

 かつて、GPDが全盛の時代にその名を馳せた青いゴッドガンダムを駆るファイターが果敢にもそう言い放ったように、或いは三代目が言い切ったように、ガンプラというのは基本的に自由だ。

 格闘機が狙撃武装を使おうと、そして狙撃機が徒手空拳で戦おうと、それが本人のやりたいことであるならば、無謀であれど止める権利は誰にもない。

 そういう意味では、ブルーチーズがビームマシンガンを取り出したのなんて可愛い方だ。

 先入観から来る衝撃に竦みはしたものの、慣れてしまえばなんということはない。

 ──それに。

 

『ハハハハハ! この分身、貴公に見抜け──!?』

「悪いけど、範囲で制圧させてもらうわ……!」

「サンキュー、アヤノ!」

 

 密かにSOSを送っていたことで、それに気付いたアヤノが、分身殺法によってメグを仕留めようとしたブルーチーズのガンダムシュピーゲルを、その分身ごと、スマッシャーモードに変形させた「クジャク」で薙ぎ払っていく。

 それに、そうだ。自分には仲間がいる。

 ソロで活動していた時代には考えられなかったことだが、そのなんと頼もしいことか。

 アヤノがブルーチーズのガンダムシュピーゲルを撃墜するまでの間、メグは手薄になっていたユーナへの支援役へとスイッチし、物陰からサテライトキャノンをぶっ放そうとしていた、ティターンズカラーのガンダムXのコックピットを目掛けてクナイを投擲した。

 

「あっぶな……もっと周りに気を配って、ユーナ!」

「わわ、はい! ごめんなさい、メグさん!」

「いいのいいの! 次からできれば、それで花丸満点だから!」

 

 危うくその範囲に巻き込まれかけていたユーナは、対峙するVダッシュガンダムの懐に飛び込むと、見事なアッパーカットによってそのコックピットを粉砕してみせる。

 こうして俯瞰してみると、初心者といっても、ユーナもアヤノも相応に才能は持っていることがよくわかった。

 メグはレーダーとモニター、そして殺気への警戒を怠らず、思考の片隅にそんなことを浮かべながらそっと微笑む。

 ユーナはまだまだ周りが見えていなくて、アヤノは既に一角の実力者といっても差し支えはなくとも、自分のように搦め手を中心とした相手には弱い、という弱点はある。

 だが、光るものがあるのであればそれを磨いていけばいいだけの話だ。

 フォース「ビルドフラグメンツ」の中では一番GBN歴が長いのはメグだったが、うかうかしていたらそのアドバンテージも覆されてしまいかねないと苦笑して、果敢にも真正面から弾幕砲火でG-フリッパーをすり潰そうとするガンダムヘビーアームズとガンダムレオパルドを、ハイパージャマーによってミサイルの誘導を無力化しながら、すれ違いざまにクナイをコックピットに突き立てて制圧する。

 そうこうしている内に、ガットゥーミとカグヤの死闘にも幕が降ろされようとしていた。

 立ち上る二つの爆炎をバックに、メグはその様子を一瞥する。

 

『目まぐるしく変わる型……まるでッ、見えないッッッ!』

「……これが今の拙にできることです! 連撃の型、飛天燕輪!」

『ッッッ! 負けられる、ものかッッッ!』

 

 音を超えた拳を放った先に何があるのか。

 弧を描くように、輪を描くように一繋ぎの太刀筋からその剣を振るうカグヤに対して、ガットゥーミは内心で戦慄しながらも、ここで出し惜しみをしていては確実に負けると、その焦りを押し込めながらも、今まで見たことのない型、そのポーズを取る。

 音を超え、置き去りにし──光にも届くその一撃は、現実世界では、そしてGPDでは決して実現することはないだろう。

 だが、ここはGBNだ。イマジネーションがある限り、無限に羽ばたいてゆける翼が全てのダイバーに与えられた仮想郷だ。

 故にこそ、ガットゥーミは──「FINISH MOVE 01」のスロットにカーソルを合わせて、その一撃を放つことに決めた。

 音を置き去りにして、光に迫る超高速の突きを、腕そのものを鞭として叩きつけるような一撃。

 現実でこそ実現することはないものの、電子の世界であれば成立する、道理を踏み倒して無理を通すその一撃を!

 

『はあああああッッッ!』

「……ッ!? いえ……拙は惑わない! 居合の型、夕凪!」

 

 ガットゥーミの限界を超えた一撃は、確かにカグヤへと届いたはずだった。

 だが、武人として──生まれて過ごした時間こそ短くとも、その根源的な感情によるものと、数多の辻斬りによって培ってきたカグヤの観察眼は、そこから一歩抜け出して、振り下ろされた、ともすれば本当に亜光速に迫りかねない一撃を受け流し、そして振り抜いた刀は真紅のシュツルム・ガルス、そのコックピットを確実に捉えていた。

 ガットゥーミの必殺技は、速さも、強さも、しなやかさも、全てが申し分ないものだった。

 まさしく強者と呼んでもいい、武の世界に生きる者としての矜恃を見せつけた、凄まじいものだと誰もが口を揃えて言うだろう。

 それでも、一枚上手なのはカグヤだった。

 ただ、それだけの話だ。

 

『ふっ、見事だ……俺もまだまだ、修行が足りないな……』

「……少しでも反応が遅れれば、やられていたのは拙でした。素晴らしい武を、見せていただきました。ありがとうございます、ガットゥーミさん」

『ああ、光栄だ。だが、こういう時はこう言うんだ──グッドゲーム、とな』

 

 ──グッドゲーム、カグヤ。

 それだけを遺言にして、真紅のシュツルム・ガルスは、それを操る武人たる男はテクスチャの塵へと還っていく。

 確かに交えたものは刃ではなく刀と拳という異種格闘技のようなものだった。

 それでも、カグヤの心は滾っている。

 言葉では表すことのできない感情が、強者と戦えたという充足が胸を満たしながらも尚、気高く、そしてどこまでも貪欲にカグヤの心を飢え、餓えさせる。

 まだだ。まだ自分は「武」の境地に至っていない。

 無論、それが一朝一夕に為せることではないとわかっていても、カグヤはこの戦闘狂のラスト・リゾートの空気に当てられていることもあってか、まだまだ足りないとばかりに周囲の敵をなます切りにしていく。

 その行いこそが、カグヤの存在をこのハードコアディメンション・ヴァルガへと際立たせ、彼女や、それを支援する「ビルドフラグメンツ」は、いつしか戦いに巻き込まれたのではなく、戦いを生む台風の目と化していたのである。

 ならばこそ、「それ」が舞い降りるのは半ば必然のようなものだった。

 

『おおらぁぁぁぁ!!!』

 

 突如として稲光が迸る空が紅く燃え盛ったかと思えば、次の瞬間には、殺気という言葉でさえ言い表すには足りることのない、どこまでも貪欲で、そしてカグヤと同じように、どこまでも乾き、餓えた闘争への飽くなき求めが炎となって、ハードコアディメンション・ヴァルガの大地へと巨大なクレーターを穿ちながら、そして周囲の有象無象たるダイバーたちを巻き込みながら着地する。

 その機体を知らない者は、このヴァルガでは──否、このGBNにおいては間違いなく少数派だった。

 紅く燃え盛る炎のような、或いはそれよりも暗い返り血を浴びたような──奇しくも、ガットゥーミと同じような色合いにまとめあげられた機体は、背中の太陽炉から赤い粒子を噴き出して、肩に担いだ巨大なヒートソード、その切っ先をカグヤへと向ける。

 否、ガットゥーミと「それ」が似ているのではない。

 むしろ、ガットゥーミが彼を──舞い降りた鬼をリスペクトしていたからこそ、彼のシュツルム・ガルスはあのカラーリングにまとめあげられていたのだ。

 

「獄炎の、オーガ……!?」

 

 その名を呟いたのは様子を見ていたメグが先だったのか、思わず戦いの手を止めてしまっていたダイバーたちの誰かが先だったのかはわからない。

 だが、舞い降りたその機体──【GP-羅刹天】と、それを操る主である男、「獄炎のオーガ」は、獰猛な笑みを浮かべると、戦いに言葉はいらないとばかりに、カグヤへと斬りかかってゆくのだった。

 




舞い降りし禍威


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第二十八話「獄炎のオーガ」

天気が不安定なので初投稿です。


 百鬼夜行が慄き止まる。

 悪鬼羅刹が裸足で逃げ出す。

 ハードコアディメンション・ヴァルガ、北東部都市残骸地帯。

 かつて栄華を極めた都市が絶えない争いと年月によって風化した、というフレーバーが設定されている戦いの鉄火場に、巨大なクレーターを穿ちながら降り立ったその男の名前を知らない者はGBNで少数派だ。

 

「獄炎の、オーガ……」

 

 メグが呟いた言葉からは、普段ロールプレイしている時の軽い調子はどこにもなく、ただ羅刹天の威容に恐れ慄き、そして何よりカグヤのことが心配なあまり、わかりやすいほどに震えていた。

 獄炎のオーガ。

 フォース「百鬼」を従える男にして、ひたすら「旨い」相手を探し求めて日々バトルに明け暮れている戦闘狂というのが大方の認識であり、それは概ね間違っていないのだが、オーガはがむしゃらに剣を振るい、ただ戦いを求めるだけのウォーモンガーなどでは断じてない。

 それを示すが如く、GP-羅刹天のバインダー基部にあるクローアームが展開し、呆然としている暇はないとばかりにカグヤのロードアストレイオルタを狙って襲いかかる。

 

「くっ……連撃の型、飛天燕輪!」

『よそ見は……してねェようだなァ!』

 

 羅刹天。その名に相応しい暴威を持って、二振りのヒートソード──GNオーガソード弐式を構えたオーガはカグヤを両断すべく、一気に跳躍して得物を振るった。

 あれは、受け流せるような攻撃ではない。

 一発一発が必殺技に近い威力をもって襲いかかってくるオーガの太刀筋は愚直なほどに真っ直ぐであり、あくまでも力でもって立ち塞がる者を捻じ伏せ、そして「旨い」相手を喰らうという気概に満ち溢れている。

 できることならば、傍観しているメグも、アヤノも、ユーナも、カグヤの支援に向かいたかったが、あの戦いに割って入れば必然の死が待っているという漠然とした予感と、そして「俺の獲物には手を出すな」といわんばかりの迸る殺意が、足を竦ませていた。

 もしもそんなことなど関係ない、お構いなしだとばかりにオーガへと襲いかかる蛮勇を持っていたとしたならどうなるか。

 それは虎の尾を踏み、龍の逆鱗に触れることに等しい。

 オーガという男は、とにかく自分の狙った獲物との戦いを楽しみたがる傾向にある。

 だからこそ、それを邪魔されれば怒り狂って手がつけられなくなるどころか、気が晴れるまで鏖殺の限りを尽くすだろう。

 それを知っているから、修羅の巷であるヴァルガの民も彼には手を出さず、その戦いを蛇に睨まれた蛙の如く見守ることしかできないのだ。

 

「重撃の型、雲雀剛刃!」

『戦う間に構えを変えるか……少し食い出がねェな』

 

 オーガがカグヤを狙った理由はシンプルだった。

 ガットゥーミとの戦いによって「ビルドフラグメンツ」が台風の目となった中で偶然現れて、たまたま目についたのが、その中心となっていたカグヤだったからであり、それ以上でも以下でもない。

 戦い方を見るに、食い出がある相手だと思っていたのだが、打ち合いを続ける間に抱く妙な感覚に、オーガは少し首を傾げる。

 確かにこのカグヤという女は、強い部類に入るのだろう。

 GNオーガソード弐式による攻勢をかけている時は防御の構えによってそれをなんとか受け流し、攻撃の隙を見計らって仕掛けてくる時にはスピードとパワー、二つに特化した構えを使い分けて斬りかかる。

 それは理に適った戦術で、技の引き出しが多いということはそれなりに場数を踏んできたという証明にもなる。

 だが、どうしてもオーガはそこに一抹の雑味を、旨さを阻害する「何か」が潜んでいることが気に障って仕方がなかったのだ。

 旨い相手を喰らうことこそ、そして上等な勝負をすることこそが彼にとっては至上の喜びであり、それを邪魔するような要因は、戦場という食卓の上にあってはならない。

 例えば、ずらりと並べられた上等な料理にハチミツをぶち撒ける愚か者がこの世のどこにいるというのか。

 いるはずもない。だからこそ、オーガは今囲んでいる食卓の上に乗せられた雑味──カグヤというダイバーが持っている本来の「旨味」と干渉しているそれに、少しばかり興を削がれていた。

 だからといって、手を抜いてやるつもりも彼にはない。

 

『足りねェ……足りねェな! もっとお前の旨さを引き出せ! そして全力でそれをぶつけてみせろ!』

「……ッ、ならば、拙は……!」

 

 GNオーガソード弐式による攻撃を中断したかと思えば、オーガは二振りの得物をバインダー先端に設けられているクローアーム兼サブアームに接続すると、バックパックにマウントされていたGNリボルバーバズーカによって、距離を取ったカグヤを狙い撃つ。

 もしもオーガがただの脳筋であったとしたなら、こんな戦法をとるはずがあるだろうか。

 依然として一発一発が即死級の威力を持った攻撃を、カグヤは「ビームを斬る」ことでなんとか凌ぎ切ったが、GP-羅刹天が両手を射撃兵装で埋めたのは何も、GNリボルバーバズーカによる一撃での決着を目論んでいたからではない。

 ワイヤー接続されたクローアームが保持するGNオーガソード弐式が、居合の型によってビームを斬り払ったカグヤの後隙を狙うが如く、その背後から襲いかかる。

 

「しまった……ッ!?」

『……喰い足りねェ、俺の見立てが鈍っていたというわけじゃあねェだろうな!』

 

 オーガの心の内を秘める感情は、次第に期待から怒りへと変じていく。

 そして単純なブラフに引っかかってしまったカグヤを一秒でも早く処断して、次の旨い獲物との戦いに向かおうと気分が傾きかけていた、その時だった。

 

「はあああああッ!」

『ははッ……やりやがった、やりやがったなァ!』

 

 だが、ロードアストレイオルタに撃墜判定が下る直前、カグヤは意を決して必殺技であるモビルドール形態への移行を選択しており、なんとかそれを免れて、重撃の型による反攻に転じていたのだ。

 油断をしていたのはどっちの方だったのか。

 目が曇っていたなどということは断じてない。この女は「旨味」を確かに持っていたのだ!

 怒りに支配されたオーガの心の中に、再び喜びが芽生えてくる。

 クローアームを呼び戻すまでの一瞬、カグヤはその僅かな隙を突く形でGNリボルバーバズーカを斬り捨てると、そのままコックピットを貫こうと刀を構え直す。

 だが、ここでやられるようでは「獄炎のオーガ」という名前は恐れられていない。

 今も、ヴァルガという特異な地でありながらもダイバーたちがその動きを止めて、オーガの動向を注視している理由はシンプルだ。

 オーガは、何をしでかしてくるかわからない。つまりはその一言に尽きた。

 それを示すかのように、展開したバインダーに備えられていたビーム砲を放つと、手元に呼び寄せたGNオーガソード弐式を再び構え直して、今度は純然たる喜びと共にカグヤへとそれを振り下ろす。

 

『いいぞ、もっとだ! もっと俺に……お前の強さを喰らわせろ!』

「言われずとも! 拙はまだ武の道の半ばなれど、ここで易々と倒れるつもりはありません!」

 

 ヒートアップする剣戟により吹き荒ぶ飄風が、容赦なく周囲のダイバーを巻き込んで尚も過熱していく。

 アヤノも密かにカグヤの救援に向かうべく「クジャク」をブラスターモードに戻して構えていたのだが、あの戦いに割って入るタイミングがまるで見えてこない。

 現状のオーガと打ち合えているだけでも、カグヤの剣技は相当なものだ。

 それでもまだ、オーガのボルテージは最高潮に達していない。

 アヤノが戦いを観察していてわかったのは、オーガという男はとにかく戦いの中でギアを上げていくタイプのファイターであるということだった。

 無論それは、開始時点でのオーガが弱い、ということではない。

 恐るべきは、頂点に近いポジションにいても尚「戦いの中で喰らうごとに強くなっていく」その成長性であり、例え今相手をしているのがカグヤではなくチャンピオン、クジョウ・キョウヤであったとしても、オーガは勝利するつもりでその強さを喰らい、戦いの中で成長していたことだろう。

 ギアが入り切ったその時、トップギアに達したその時、どうなるのか、考えはできても想像がつかない、底無しの強さと強さへの渇望。

 それこそがオーガをオーガたらしめている要因であり、今カグヤが追い込まれている理由でもあった。

 GNリボルバーバズーカを切り裂いたことまではいい。

 だが、それによって一段ギアが上がったオーガの太刀筋は、見えていても受け流せるようなものではなく、鍔迫り合いをするごとにモビルドールカグヤの関節がギシギシと悲鳴を上げる。

 

「ミラージュコロイド、ハイパージャマー起動! カグヤ、これで──」

『食事の邪魔を……するんじゃねェ!!!!!』

 

 カグヤが追い込まれていたことでとうとう痺れを切らしたのか、メグが焦った様子でミラージュコロイドを展開、機体を透明化させた上でハイパージャマーを起動することでオーガの妨害と、そこからの不意打ちを狙って襲い掛かったのだが、それを読んでいたが如く大振りに薙ぎ払われたGNオーガソード弐式の一撃によって、G-フリッパーの胴体は透明化していたにも関わらず真っ二つに斬られ──否、斬られた、などという上等なものではない。

 破壊だ。その傷口は荒々しく、切り刻まれたというよりは噛み砕かれたといった方がまだ信じられるような惨状を呈して、メグとG-フリッパーはテクスチャの塵へと還っていく。

 

「そんな、ミラージュコロイドは展開してたはずなのに……っ!」

『下らねェ……目でばかり追ってるから騙されんだよ』

「くっ……」

 

 それは、メグと戦った時にアヤノがやろうとしていたことの上位互換だといってもよかった。

 今は霧がないために条件は大分違うものの、透明化した相手に対する対抗策として、殺気や気配を読んで攻撃を先に置いておく、というのは極めて難しいものの有効な対抗策だ。

 そして、メグはミラージュコロイドによる透明化を活用した戦い方を主にしている以上、自力でステルスを見破れるようなアヤノやオーガのような武人は、ある種天敵のような存在とも言えた。

 

『さあ、興が覚めちまう前に始めようぜ! お前と俺の一騎打ち……その続きをなァ!』

「よくもメグを……拙は今、怒りに打ち震えています……!」

 

 そして、学ばせてもらった全てを活用させてもらう。

 言葉こそなくとも、オーガへと宣戦布告を叩きつけるかのように、カグヤは新たな構えを取ると、振るわれようとする必殺の一撃に対抗するべく、地面を菊一文字の先端で擦りながら疾駆する。

 

『鬼トランザム!』

「紅蓮の型……紅華炎輪!」

『ははッ! まだ食い出が足りねェが……お前は一手間かければより旨くなる! だからなァ……その強さを俺に全て! 喰わせてみせろ!』

 

 火花を散らし、炎を纏った菊一文字を構えたカグヤの構えはオーガのそれとよく似た大上段、剣術の型とは思えないほどに荒々しいそれであった。

 そして、赤熱化したGP-羅刹天を迎え討つべく、全出力を集中させ、カグヤは炎を纏った菊一文字を躊躇うことなく大上段から全力で振り下ろす。

 

「はあああああッ!!!」

 

 ──だが。

 だが、それでもオーガの「疾さ」には届かない。

 そして、オーガの「力」にも届かない。

 紅華炎輪という新たな型による一撃を全身で全て受け止めながらも、鬼トランザムによって赤熱化したGP-羅刹天は決して止まることなく、お返しだとばかりに、これこそが本物だとばかりに、二振りの得物を大上段から振り下ろし、とうとう全ての力を使い果たしたモビルドールカグヤの両腕を引き裂き、コックピットを斬り裂き、そして天へと咆哮を上げるかの如く、込めた力を余すことなく叩きつけて、カグヤをテクスチャの塵へと還していく。

 

「……見事な太刀筋でした、拙は……」

『言葉はいらねェ、もっとだ、もっと食い出があるようになってから俺に挑め! 小腹を満たすには丁度良かったが、喰い足りねえ!』

「……グッドゲームです、オーガさん」

 

 そこに返ってくる言葉はなくても、カグヤは先ほどガットゥーミから教わった挨拶をして、その瞳から一筋の涙を零すと、そのままブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーへと転送される。

 悪逆無道、悪鬼羅刹。そんな言葉ですら足りないヴァルガの民を恐れ慄かせる鬼神は、カグヤという相手を喰らっても尚飢えが満たされないらしく、無秩序に──しかしながら見込みがありそうな相手だけを狙って、鬼トランザムを維持したまま辻斬りの如く暴れ出す。

 

『さぁ、俺にお前らの強さを喰わせろ! 足りねェ……このままじゃあ腹が満たされねえんだよ!!!』

『に、逃げろ! オーガになんて勝てるはずあるか!』

『も、もうダメだぁ、おしまいだぁ……!』

『逃げるんだよォ! どけ野次馬ども!』

 

 しかし、カグヤとの壮烈な戦いを見て、戦意をすっかり挫かれていたヴァルガ民は彼の乾きに、飢えに付き合うことなどごめんだとばかりに、蜘蛛の子を散らしたかのように戦場から逃げ出していく。

 アヤノも、正直なところさっさと逃げるならロビーへの帰還を選ぶならした方が健全だということは、頭の中で理解していた。

 ユーナもそれは同じであり、一秒でも早く帰還することがクレバーな選択肢であると、本能の警告に従ってセントラル・ロビーへと逃げ出そうとする。

 だが。

 だが、本当にそれでいいのか。

 

「アヤノさん、何してるの!? 逃げようよ!」

 

 ユーナは素直にウィンドウを呼び出して帰還を選ぼうとしていたが、アヤノは逡巡し、操縦桿を握りしめたままコックピットに佇んでいた。

 そんな彼女に対して必死でユーナは警告を送るものの、アヤノの頭の中に浮かんでいたのはオーガの暴威でもなく、友人の計画でもなく、兄がこの電子の海へと自分を誘ってくれた言葉と、そして──GPDから逃げ出した自分の姿だった。

 逃げることは別に恥じるべきことではない。

 勝ち目もないのに立ち向かうことが美徳ではないのとも同じだ。

 それに何より、ユーナまでああ言っているのだから、逃げるのが正解であることは頭の中では理解しているが、本当にそれでいいのかと、心が納得してくれない。

 

「ごめんなさい、ユーナ」

「アヤノさん!?」

「せめて、一太刀……!」

 

 帰還を選択したことでセントラル・ロビーへと解けていくユーナを見送りながら、アヤノは長らく忘れていた闘争本能の赴くままに、撃発した感情のままに「光の翼」を展開すると、その禍威に挑むべく、バタフライ・バスターBを両手に携えて跳躍する。

 悲壮の覚悟がそこにあったとしても、底知れない激情に突き動かされていようと、そんな事情は喰らう側であるオーガには関係ない。

 誰も彼もが逃げ惑う中で、旨そうではないにしろ、その蛮勇と紙一重の勇気を持って襲い掛かってくるアヤノへと、少しばかりの関心を払いながらも振るわれた「一条二刀流」による太刀筋をGNオーガソード弐式によって受け止めると、荒々しい蹴りでクロスボーンガンダムXPを突き飛ばした。

 

『俺に挑んでくるか……けどな、旨さが足りねえ!』

「か……はっ……!」

 

 廃ビルに背中から叩きつけられた衝撃のフィードバックに、アヤノは息を詰まらせて、コックピットのコンソールに頭を打ちつける。

 あの鬼トランザムと呼ばれる特殊機構は、自分のような一介のダイバーでは手をつけられない──否、オーガという存在に挑みかかることそのものがそうだ。

 わかっている。わかっていたはずなのに、身体はまだ諦めを選ぶことなく、一撃で装甲値が大幅に削れたクロスボーンガンダムXPを立ち上がらせて、アヤノは視界の中心にGP-羅刹天を見据え、再び果敢に切り掛かっていく。

 

「……そう、せめて一太刀! 胸を借りさせてもらうわ、『獄炎のオーガ』!」

『借りたきゃ勝手に借りていけ! 今じゃ酒のつまみにもなりゃしねェが……お前も磨けば旨くなる!』

 

 とはいえ、研ぎ澄まされた一条二刀流の太刀筋には思うところがあったのだろう。

 カグヤの時と同じく、そこに少しの期待を込めながら、オーガは全てアヤノの太刀筋を技術ではなくその圧倒的なパワーとフィジカルによって受けきると、慈悲をかけることなくGNオーガソード弐式を振り下ろして、クロスボーンガンダムXPの両腕を、そして頭部の半分を切り裂いていく。

 さながら原作における【ミダス】の一撃を食らったがごとく、バラバラになっていくクロスボーンガンダムXPの脱出機構は作動しない。

 そして、レッドアラートが鳴り響き、モニターがブロックノイズで埋め尽くされて撃墜判定が降りる前にアヤノが見たものは、このGBNにおける頂点に近い真紅の修羅と、その戦いに呼応するかのように現れた、純白のダブルオークアンタ、その改造機だった。

 

『よう……待ってたぜ、FOE!』

『……僕もだ。存分に死合おうか、「獄炎のオーガ」……!』

 

 ──ああ、遠い。

 限界を迎えた機体がブロックノイズに還元されていくのに合わせて、アヤノの躯体もまた解け、セントラル・ロビーへと転送されていく。

 それまでの一瞬、一秒の内に見た武を、そしてこのGBNにおける「剣豪」たちの姿を目蓋の裏に焼き付けるかのように、アヤノは静かに瞑目するのだった。




厄災同士は惹かれ合う

Tips:

【獄炎のオーガ(出典:ガンダムビルドダイバーズ)】……フォース「百鬼」を率いるリーダーにして、常に強者との戦いを「食事」と称して求めてやまない戦闘狂。しかし攻撃一辺倒というわけではなく、奇策を弄したり射撃性能も考慮して機体をビルドしているなど、ファイターとしてもビルダーとしてもその腕は一流といっても過言ではない。

【FOE】……フィールズ・オン・エネミーの略称にして、ハードコアディメンション・ヴァルガを根白にしている個人ランキング14位のダイバーである「キョウスケ」を指す言葉。普段は「FOEさん」と呼ばれることが多いが、オーガなのでさんは付けない。


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第二十九話「アンダンテ・アンダンティーノ」

歩くような初投稿です。


「いやー、散々だったね!」

 

 その調子だとアヤノもあのオーガにボコられた系っしょ。

 セントラル・ロビーからフォースネストへと一足先に帰還していたメグは、同じように転送されてから戻ってきたアヤノたちに向けて、けらけらと笑いながらそんなことを言ってのけた。

 

「ええ、その通りね……」

「もう、だから逃げてって言ったんだよ、アヤノさん!」

「……ごめんなさい、ユーナ」

 

 珍しくユーナの正論にアヤノが説教を受けるという形でこそあったものの、実際どうしてあの場でオーガから逃げなかったのかについては正直なところ、アヤノ自身よくわかっていないところがある。

 逃げるのは恥でもなければ、ハードコアディメンション・ヴァルガでの撤退は戦歴に数えられるわけでもない。

 ただ、それでも──それでも、立ち向かおうと思ったのは、きっと。

 ぷんすこと頬を膨らませて怒り心頭なユーナにかける言葉こそなかったものの、自分がオーガと戦う道を選んだ理由を問われた時、どう答えるかといえばそれはきっと、GPDと向き合ってこなかったことと無関係ではないのだろう。

 憧れを失ったから。それだけの理由で燃え尽きて、作り上げてから結局一度も前線に出すことがなかったクロスボーンガンダムXP。

 それが、何の因果か今は電子の海で戦えている。

 だから、きっとあそこでオーガに背を向けて逃げ出すのはクロスボーンガンダムXPに、きっかけをくれた与一に、そして何よりも、今GBNを続けていられる理由であるユーナに対して失礼な気がしたのだ。

 何が失礼なのかはわからないが、激情に突き動かされて突っ走っているなら、理由なんて、説明できなくて当然のことである。

 だからこそ、どこかしょぼんとした顔で、穴があったら入りたいとばかりに扇子で顔を覆い隠しながらアヤノは、すっかりお怒りモードなユーナから目を逸らしてしまうのだった。

 

「ですが、拙にとっては得るものが多い戦いでした。その……わがままに付き合わせてしまったようで、大変申し訳ないのですが」

 

 その傍らで、アヤノたちのやり取りに苦笑しながらも、その発端となったのは自分だからと、カグヤは小さく頭を下げる。

 

「いいんだよ、カグヤさん! だってわたしたちフォースだもん、やりたいことがあったら皆で付き合うよ!」

「ユーナさん……ありがとうございます。拙も早く、武の頂に……今度こそかの『獄炎のオーガ』とも渡り合えるようになりたいものです」

 

 焦っていては道を見失ってしまうのですが、と自虐的な言葉を付け加えて、カグヤは曖昧に微笑んだ。

 得られるものは大きかったが、負けたことは素直に悔しくて、それを割り切れていない、といったところだろう。

 それはアヤノも同じであり、いかに相手が有名ランカーであろうが、二つ名を世間に轟かせていようが勝ちは勝ち、負けは負けであり、きっとそういう感情こそが自分の長らく忘れ去っていた落とし物なのだろうと確信する。

 戦いたいと嘯きながらも戦いから目を逸らし、逃げ続け。

 そんな臆病な自分を振り切りたかったからこそ、ユーナの目の前だったからこそ、あの無謀な賭けに挑んだのかもしれない。

 ──などとは、ユーナ本人の前ではあまりにも恥ずかしくていえないのだけれど。

 心の中に言葉を押しとどめて、アヤノは静かに扇子を閉じる。

 

「まあでもいい感じの動画になりそうだし、アタシもオッケーかな! 後付けで実況付け足す感じで、オーガに会ったのもいい感じのハプニングに仕立て上げなきゃ!」

 

 転んでもただでは起きない辺りが、メグのG-Tuberとしての気概なのだろう。

 早速とばかりにハロカメラで記録していた映像をコンテンツ内でできる機能を使って編集し始めたメグを横目に、アヤノはコンソールを確認すると、そろそろ門限──ガンダムベースシーサイドベース店の閉店時間が迫っていることを確認する。

 

「ごめんなさい、私たちはそろそろ時間だから」

「確かアヤノもユーナもシーサイドベース店からログインしてるんだっけ? そんじゃま、仕方ないよね! また明日!」

「拙も、お二人のこれからが良き一日であることを願っております」

「はいっ、メグさん、カグヤさん! また明日!」

 

 元気な声で、大きく手を振りながらメグとカグヤに挨拶をすると、ユーナはログアウトボタンに指をかけて、現実へと解けていく。

 アヤノもそれに続く形で小さく会釈をすると、ログアウトを選択し、ダイブするときとは真逆の、どこまでも上っていくエレベーターに揺られているような感覚と共に、リアルへと帰還していく。

 GBNで使っているアバターと、リアルの容姿が大して変わらないとはいえ、「アヤノ」が解けて「綾乃」へと戻っていくこの感覚には、少しだけの寂しさと、まだ不慣れな故の違和を感じる。

 ゴーグル型の端末を取り外した綾乃は、クロスボーンガンダムXPを回収して、鞄の中に入れているタッパーへと丁寧に梱包すると、先ほどまで愛機が乗っていたダイバーギアを必要最低限の教科書と筆箱だけが詰まっている学生鞄へと放り込んだ。

 

「ふぅ、よいしょ……っと」

 

 優奈の方も片付けが終わったらしく、筐体に据え付けられたゲーミングチェアから車椅子に自らの体重を移動させると、学生鞄を膝の上に置いて、車輪を両手で小さく回す。

 

「手伝うわ、優奈」

「えへへ、いつもごめんなさい。ありがとう、一条さん」

「……これぐらいはお安い御用よ」

 

 バックサポートから伸びるハンドルを握って、綾乃は優奈が乗っている車椅子を、「蛍の光」が流れ始めた店内から外へと移動させる。

 今日はショーケースの中で接客をしているELダイバー、チィは不在らしく、入り口近くのそれは空白のまま、一人寂しくぼつんと佇んでいた。

 チィ、といえば先日のナデシコスプリントにも同名のダイバーが出場していたとアヤノは記憶しているが、流石にガンダムベースで会った時とは性格が違いすぎるため、恐らく他人の空似かダイバールックを寄せているなりきりの一人なのだろうと脳内でそう結論づけて、夜の海風が吹き荒ぶ家路を、優奈と共に歩んでいく。

 

「そういえば一条さん」

「どうしたの、優奈?」

「……あの時、どうしてオーガさんから逃げなかったの?」

 

 あまりにも直球の質問に、心の準備ができていなかった綾乃はむせ返りそうになってしまう。

 まさかリアルでまで引きずられるようなことだったのだろうか、と一瞬考え込むが、よくよく考えれば綾乃があの時取った行動は、優奈の言葉に真っ向から反していたものだ。

 だからこそ、優奈は今、少しだけ不安に目を潤ませているのだろう。

 まるで浮気がバレた時のような──綾乃には付き合った経験すらないのだが──気まずさを抱きながらも、しっかりと綾乃は振り向く優奈の視線を見据えて、ぽつりと溢す。

 

「……あそこで逃げたら、優奈に失礼だと……ううん、ちょっとだけ、格好つけたかったのかもしれかいわね」

「格好……?」

「……そう。貴女の前では……強い一条綾乃でありたかった。だって、貴女がいてくれたから、私はGBNを続けている……自分でも上手くはいえないのだけれど、そういうことだ、って思うのよ」

 

 無論そこに綾乃自身が抱えている事情が絡んでいないわけではない。

 GPDのこと、そして与一の言葉。ただしそれは別に語らなくてもいいし、語ったところで面白くもないことだと判断して、綾乃は一番重要な理由だけを抜き出して優奈へと釈明した。

 優奈も、それだけが理由ではないことを薄々察してこそいたものの、ただ自分が嫌われた訳ではない、ということにそっと胸を撫で下ろす。

 

「良かったぁ、わたし、一条さんに嫌われちゃったのかなって……」

「そんなこと、ないわ。私が優奈を嫌うなんて」

「……えへへ、ありがとうございます。でも、わたし、こんなだから」

 

 明るく微笑もうとしたけれど、失敗した。

 そうとでも言いたげに、街灯が照らし出す優奈の顔は微かに歪んでいて、そこにはきっと、綾乃が想像するよりも遥かに大きな断絶が横たわっている。

 それでも、いつか──いつか、本当に届いてくれればいい、と、綾乃はそう願う。

 多分きっと、優奈も同じことを考えていたのだろうか。

 わからないし、知ろうにも易々と踏み入っていいような場所にないところに真実が身を横たえている感覚はあまりにももどかしくて、むず痒くて、心の奥底を掻き毟ってしまいたくなる。

 だからといって、このまま辛気臭い調子のまま家路につくのも気が引けた。

 頭をフル回転させて、何か話題はないものかと綾乃は一人静かに考え込む。

 昨日のこと。今日のこと、そして、明日のこと。

 少しずつ、フィルムを再生するように頭の中をよぎっていく時間の中から、どれか一つを切り取って話題に挙げようとする作業はどことなくメグがいつもやっている動画の編集によく似ていた。

 きっとメグは、動画を通じて見えない相手と対話しようとしているのかもしれない。

 そんなことを考えるのは、センチメンタルが過ぎるだろうか。

 少し自虐的に笑うと、綾乃は一つ、決め込んだ話題を取り出して、優奈へとそっと見せつけるように薄く形の良い唇から言葉を紡ぎ出す。

 

「そういえば優奈、明後日は英語の小テストだけど大丈夫?」

 

 ぴしり、と、何かヒビが入るような音が聞こえた気がした。

 小テスト。それは高校生が避けては通れない恒例行事であり、内申点にも響いてくるとはわかっていても忌み嫌われるもので、それは優奈にとっても例外ではなかった。

 

「……あ、あはは……大丈夫、大丈夫……だいじょばない、かも……」

「……貴女、まさか……」

「うん……勉強、ほとんどしてなくて……」

 

 綾乃が所属しているA組と、優奈が所属しているB組では担任の都合上、時間割が異なるものの、小テストに出される問題は範囲が同じなこともあって、完全とはいわずとも傾向的に被るところは多い。

 普段から予習復習を徹底していれば解ける、というのが英語教師の謳い文句だったし、事実として小テストの問題はあまり厳しくないように設定されているものの、それでもノー勉で解けるほど優しくはない。

 もう予習を終わらせています、という層ならば勉強しなくても解けるのだろうが、優奈の場合は締め切りギリギリまでサボるタイプなため、その見込みすらない状態だった。

 

「えへへ、どうしよう」

「笑ってもどうにもならないわよ」

「一条さんが冷たい!」

 

 そんな漫才じみたやり取りを繰り広げながら、綾乃は目頭を抑えつつ解決案を考える。

 優奈の家庭事情は知らないものの、赤点を取り続けていればGBNを禁止される可能性は否定できない。

 ならばここから、現時点までノー勉な優奈が赤点を回避するにはどうすればいいのか。

 考えた末に綾乃が導き出した結論はシンプルなものだった。

 

「優奈」

「は、はい……」

「貴女さえ良ければ、明日私の家に来ない?」

「家……? 一条さんの?」

「そう。いわゆる勉強会よ」

 

 一夜漬け、までいくとかえって作業効率は落ちるし、何より優奈の家庭事情を綾乃が知らない都合上、粘れたところでガンダムベース閉店時間と同じ時間帯までだろうが、とにかくヤマを張ってそこに注力すれば、小テストぐらいなら運頼みとはいえ突破できる。

 これが定期試験とかなら絶望しかなかったが、幸い単元の確認程度であれば淡々と済ませることも可能である。

 そんな風情に綾乃は優奈へと提案したのだが、優奈の表情は暗く、ぱっとしないものだった。

 

「……え、えっと……気持ちはすっごく嬉しいんだけど、その……わたし、こんなだから……」

「……自慢みたいに聞こえたら悪いけれど、私の家はある程度大きいから、貴女も入れるわ」

「……一条さん……」

 

 やはり、車椅子を使わなければいけないというのは優奈にとって、大きなコンプレックスだったようだ。

 それについてはどうこうできる話ではないにしても、少なくとも優奈を迎え入れる準備ができるだけのスペースが綾乃の家には用意されている。

 だからこそ、その心配を拭い去るかのように、そっと綾乃は微笑みかけると、優奈の手を取って、諦めるなとばかりに激励を送った。

 

「……えへへ、ありがとうございますっ。それじゃあ……門限までだけど、よろしくお願いします、一条さん」

「ええ、承ったわ。必ず貴女を小テストに合格させてみせる」

 

 契約を交わすかのように差し伸べられた手を取って、優奈は綾乃の提案に乗ることを決めた。

 正直なところ、気が進まないというのは事実に違いない。

 綾乃の家に迷惑をかけるかもしれないし、彼女が自分について好意的に見てくれているとしても、十中八九いるのであろう綾乃の家族までがそうであるとは限らない。

 世界中の人から嫌われている──そんな根拠のない妄想に囚われかかっている自分を引っ張り上げるように、優奈はぴしゃり、と自分の頬を叩いて気合を入れ直す。

 そうだ。いつだって元気が取り柄なのが、元気だけが取り柄なのが自分なのだ。

 そんな自分を気遣ってくれた綾乃を落ち込ませていてはしょうがない。

 だからこそ、にこりと笑って、優奈は初めての勉強会と、そして難敵である小テストに臨むことを決め込むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 翌日。放課後を告げる鐘が鳴り響くのと同時に、綾乃はA組の教室を出て、優奈を迎えにいくためにB組の教室、その扉を開いていた。

 いつもの昼休みは優奈の方から教室を出て、廊下で待ち合わせをしていたものの、今回は綾乃の方から迎えに来たということもあって、見慣れない人影の存在に、放課後の気怠い空気が漂っていたB組の教室がにわかにざわめき出す。

 

「誰だ、あれ……?」

「うわ、すげー美人……」

「春日の席? あいつに何か用でもあんのかな」

 

 今日発売された雑誌を読み耽りながら雑談に花を咲かせていた男子三人組が、突然の襲来にざわざわと落ち着かない様子で綾乃へと、そして専用の机に車椅子をつけていた優奈へと視線を送り、小声で何かを語り出すが、綾乃はその一切合切を聞かなかったことにして、優奈の車椅子、そのブレーキを解除して、バックサポートから伸びるハンドルへと手をかける。

 

「待たせてしまったわね、優奈。ホームルームが長引いてしまって」

「ううん、こっちも今終わったばっかりだから大丈夫だよ!」

 

 そんな他愛もない言葉を交わし、綾乃と優奈はにわかにざわめき立つB組の教室から早々におさらばを決め込んだ。

 それがネガティブなものではなく、純粋な驚きや好奇心から来るものだとはわかっているとはいえ、話題の槍玉に上がるというのはあまり慣れたものではなかったためだった。

 こういう時、メグであれば上手いこと躱したりできるんだろうな、と、考えながら綾乃は小さく溜息をついて、今日はガンダムベースではなく、同伴者込みでの家路に着く。

 

「優奈、昨日は勉強した?」

「うん! 全然わかんなかったけど……」

「ならいいわ、小テストなら範囲が決まってるから、その確認をするだけでも大丈夫よ」

 

 正直なところ、何が何やらでちんぷんかんぷんだったのにもかかわらず、優しい言葉をかけてくれる綾乃には頭が上がらなかったが、これかもっと頭が上がらなくなるのだから申し訳がない。

 ──それでも。

 それでも、誰かの家に遊びに行くという久しぶりの経験に、優奈の心臓はとくん、とくんとにわかに早鐘を打つ。ほんのり桃色なリップグロスはちゃんと塗った。爪も切り揃えて磨いている。

 そして、優奈は手鏡で覗き込んだ自分の顔に変なところがないか、久しぶりにして、初めての勉強会を前に、しきりに確かめるのだった。




たのしいおべんきょうかいへ


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第三十話「それは小さなささくれに似た」

数年間愛用してるハンドピースが壊れてきたので初投稿です。


 綾乃の家は、都心近郊にその居を構えていることもあってかなり大きなものだった。

 木造の二階建てに併設されている、年季の入った離れはいつも綾乃と与一が素振りや型の打ち込みを行っている道場であり、昔は門下生も取っていたのだが、現在は師範である祖父の高齢化に伴って中止している──と、綾乃は少しだけ気恥ずかしそうに扇子を口元に運びながら優奈へとそう語る。

 包み隠さずにいうのであれば、度肝を抜かれた、というのが優奈としては正直なところだ。

 綾乃のリアルについて踏み入ったことを聞いていなかったのだから当然ではあるものの、大概お嬢様と呼んで差し支えない家の出だったことは、どちらかといえば小市民的なユーナにとっては驚きに値することだったし、同時に剣術の道場で稽古をしている、と聞かされれば、GBNにおけるあの冴え渡るような剣技にも納得がいく。

 

「わぁ……すごいんだね、一条さん!」

「……そんなことないわ、といっても変に受け取られてしまうわね。ただ今は何をしにきたか、わかっているでしょう?」

「うん! 英語の勉強会だよね! えへへ、わたし楽しみで、購買でお菓子と飲み物買ってきたんだ」

「……休憩は必要だけど、ちゃんと勉強はしないとダメよ?」

 

 赤点回避がかかっているというのにどこか浮き足立つような調子で喜びを露わにしている優奈を一瞥して、綾乃は眉間を押さえながらそう呟く。

 自分の生家が比較的、というよりかなり恵まれているというのは綾乃も薄々感じているところだった。

 小学生だった頃に家の話をした時、いつも友人たちはマンションやアパートの一室を挙げていたのに対して、道場がある、と答えた時はなんだか変なものを見るような目で見られたことは、今でも覚えている。

 だからこそ、綾乃は人前で家の話をするのは避けようと、そう思ってずっと過ごしてきたのだ。

 それがこうして、勉強会という形であれ、友人を招くというのはそんな綾乃にとっては初めての経験だったし、正直なところ、優奈に負けず劣らず興奮している、という自覚もある。

 ただそれは、いつでもやろうと思えばできることだったのかもしれない。

 優奈の車椅子を玄関の三和土から家に上げて、いつもは客間として使われている一室へと向かう。

 綾乃の部屋は二階だったが、流石に車椅子を使っている優奈を運べるほど階段の段差はなだらかではないし、何より無駄に長いからということで昨日、両親には客間を使う許可を取っておいたのだ。

 

「でも一条さん、本当に大丈夫? わたし、その……」

「心配ないわ。父様も母様も、与一兄様とお祖父様も優奈が来ると伝えた時に、その……喜んでいたから」

「喜んでた……?」

「……恥ずかしいけど私、今まで家に友達を呼んだことなかったから」

 

 昨日の食卓で勇気を持って切り出したら、祖父と父、そして与一が豪快な笑い声を上げてそんな綾乃の「はじめて」を歓迎してくれたのはよく覚えているし、忘れろといわれても、その絵面の濃さから忘れられるはずもない。

 そして、当然の如く母に怒られていた男三人衆だが、祖父によれば一条家の男子は代々こんな感じで、顔も知らない曽祖父も、そのまた父も、竹を割ったような、よくいえば豪毅で、悪くいえば大雑把な人間だったらしい。

 そういう意味で、綾乃は母に似たのだと思った。

 静寂を好み、淡々と、粛々としていながらもその背筋は誰かに媚びることなく真っ直ぐに伸びて、例え祖父が相手であっても臆することなく「静かにしてください」と言い放てる女傑が綾乃の母こと一条彩奈という人間だ。

 流石に彩奈ほどの度胸は持ち合わせていなくとも、静寂を好むという点において間違いなく綾乃は母親によく似ていた。

 優奈を客間まで案内し終えると、さっそく座卓に勉強道具一式を広げて、綾乃はその瞳に爛々と炎を煌めかせる。

 

「さて、優奈。早速始めるわよ。兵は拙速を尊ぶ、善は急げ……とにかく早いに越したことはないのだから」

「うぅ、正直教科書見るだけで目眩がしてくるけど……よろしくお願いします、一条さん!」

「任せなさい、優奈。と、いっても私もあまり英語は得意ではないのだけれど」

 

 それでも綾乃の平均点は概ね85点から90点の間を行き来するくらいに落ち着いているのは、英語教師が作る小テストが愚直なまでに教科書に沿った内容だからだ。

 いきなり英作文を書いてくれ、といわれたとしたら、綾乃も優奈と同じようにフリーズして頭を抱えるものの、読解と単語の正解を選ぶ択一式の問題であれば、暗記でなんとかなる範囲だ。

 定期試験にはこれにリスニングが加わるものの、はっきりいってリスニングは捨てたとしても、残りで挽回すれば赤点は回避できるし、なによりリスニングは択一式の問題と抱き合わせになるから、当てずっぽうでも案外なんとかなったりする、というのもまた大きい。

 綾乃は丁寧にアンダーラインが引かれた教科書と、これまた几帳面に綺麗な字がびっしりと並んでいる復習用のノート──授業中にとったものを清書しているそれを取り出すと、同じように教科書とノートを取り出した優奈に、本文の解説を始めていく。

 

「ここの文法は前習ったところの応用ね。詰まったら前のページの練習問題を解くか、最悪答えを見るだけでもいいから覚えておくといいわ」

「文法……文法? うう、頭がぐるぐるして焦げついちゃいそう……」

「……そのレベルからなのね、まあいいけれど」

「ごめんなさい、一条さん。わたし、バカだから……」

「大丈夫よ。優奈はただ慣れていないだけ。GBNと同じようなものよ」

 

 頭を抱える優奈に対して、綾乃は諭すように優しく言葉を紡いで、おそるおそるといった調子でその髪の毛にそっと触れる。

 暴論ではあるものの、基本的に高校英語にしろそれ以前にしろ、読解をするのであれば重要になってくるのは中学一年生、或いは小学校で習うような基礎文法だ。

 何の意味もない文章として槍玉にあげられがちな「This is a pen」という文書だって、英語の基礎の基礎、入り口としてはわかりやすく優秀なテキストだからこそ、教科書に採用されているのだろう。

 それにしたってトムと机は間違えようがないだろうが──と、関係ないところに思考が飛んでいきそうになるのを抑えて、とりあえずは小テスト対策の範囲になりそうな単語から綾乃は優奈へと教えていく。

 

「この単語はこういう意味よ。教科書の右側に書いてあるでしょう? それと、私の作った単語帳でよければ貸してあげるから、明日ギリギリまで覚えるといいわ」

「うぅ、一条さんの優しさが染み渡るよぉ……ありがとう、一条さん!」

「……礼には及ばないわ。だって……その、私たち、友達、でしょう?」

 

 即席の、昨日の夜に作った単語帳を優奈へと手渡しながら綾乃はそう口にする。

 友達のために力を貸すのは当然のことだ。

 それが世間で当たり前なのかどうかは明後日の方向に放り投げておくとしても、綾乃にとっては一種のモットー、信条のようなものだった。

 これでもし優奈から友達じゃない、という答えを返されたのなら、一ヶ月は、いや、それどころか一年以上は再起不能になりかねないという不安があったからこそ、綾乃の語尾は次第に沈んで、そして半ば自分に問いかけるようにそう口走っていたのだ。

 だが、優奈はそんな綾乃の不安などどこ吹く風とばかりに、いつもの調子で、爛漫の春を思わせる元気いっぱいな笑みを満面に浮かべていた。

 そして、綾乃の不安をその春風で吹き飛ばすかのように、逸らした視線を見据えて、微かに震える手を優奈はそっと包み込む。

 

「大丈夫だよ、一条さん! わたしも一条さんのこと、その……一番の友達だと思ってるから! えへへ」

「優奈……」

 

 こんな自分に構ってくれて、一緒にGBNを楽しんでくれるだけでなく、勉強まで教えてくれるような綾乃を誰が蔑ろにできるだろうか。

 そう言わんばかりに優奈は見えない尻尾を左右に大きく振り回しながら、綾乃との出会いを回顧する。

 もしもあの時、ハードコアディメンション・ヴァルガに自分だけが飛ばされていたなら、多分GBNは辞めていたかもしれない。

 綾乃がいてくれたから、綾乃が助けてくれたから。

 そして何よりも──こんな自分を、綾乃は気にしないから。

 ともすれば、それは理由を他人に放り投げているだけなのかもしれないが、それでも優奈にとっては綾乃の存在こそが理由だったのだ。

 苦手な勉強へと向き合っているのも、同じことである。

 かりかりとシャープペンシルで単語とその和訳をノートに書いて、とにかく暗記のためだけに単語を何度も繰り返し書き続ける、という作業に向き合いながらも、優奈の意識は目の前の勉強よりも、どこか心配そうに、不安げに自分の様子を伺っている綾乃へと向けられていた。

 不躾な感想であることはわかっているものの、やっぱり綾乃は美人だ。

 包み隠さずに本心を曝け出すなら、優奈はそんな際立った顔立ちをしている綾乃を少しだけ羨ましいと思っていた。

 髪型こそ無頓着で、前髪も目に届くくらい伸びているけれど、そこから覗く切れ長の瞳は鋭利な刃物のように美しく、睫毛もエクステを使っていないのに長くてばさばさとしていて、薄くも確実にその柔らかさを主張している唇はリップグロスによって潤いを保っている。

 もし綾乃が制服ではなく、私服に着替えて街を歩いた時、道行く人たちにその年齢を尋ねたなら、きっと大人びて見られたことで、実年齢より上だと、大方の人間がそう答えるだろう。

 対して自分はちんちくりんで童顔で、以前に街を散歩していたとき、信号機のある横断歩道を渡らなければならなかった時に手伝ってくれた人には「中学生ですか?」なんて訊かれたことを思い出す。

 

「……優奈、どうしたの? 私の顔に答えは書いてないわよ?」

「あ、ううん! 違くて、その……一条さんって、大人っぽくて綺麗だなって、そう思ってたの」

「……っ、そ、そう……ごめんなさい、面と向かって褒められるのは慣れていないから……」

 

 大人びている、というのは得てして実年齢より老けて見られるということでもあり、それはそれで複雑なのだが、どちらかといえば最低限の身嗜みは整えながらも、お洒落だとかそういうことに気を遣ってこなかった綾乃にとって、面と向かって「綺麗だ」と言われたのは初めての経験だった。

 思えば小学校時代も中学校時代も、あまり他人と関わってこなかったせいもあるのだろうが──それはともかくとして、急に容姿を褒められたことで、綾乃の頬は紅染めでもしたかのように淡い赤を帯びていく。

 

「邪魔するぞ、綾乃!」

 

 そんな具合に、綾乃が余韻に浸っていた時だった。

 どことなく気怠く、甘酸っぱい雰囲気を吹き飛ばして、竹を割ったような大声が客間の障子越しに響き渡る。

 昼間から、それどころか朝っぱらからそんな大声を出している人間に綾乃の中で心当たりは複数あるものの、帰ってきたタイミングと声からして、完全にその主は与一であるに違いない。

 

「はい、与一兄様。今開けます」

「うむ。助かる! と、いってもおれはお邪魔虫だろうからな! 何、大して時間は取らせない。差し入れを持ってきたのだ!」

 

 はっはっは、と、障子を開けるなり豪快な笑い声が響き渡る。

 相変わらず散切り頭に袴と和服といった、若干時代を間違えているような私服に身を包んでいる与一は、おそらく大学の授業が終わった帰りなのだろう。

 

「邪魔をしてすまないな、綾乃のお客人! いや、友人か! これからもおれの妹をよろしく頼むぞ! はっはっは! では、おれはここらで退散することにしよう! 二人とも、励むのだぞ!」

 

 ──はっはっは。

 そして、そんな大声と共にビニール袋を綾乃へと差し出すと、邪魔をしたとばかりに、与一はそのまま道場のある離れの方へと歩き去っていく。

 

「……ごめんなさいね、やかましい兄で」

「……ううん、大丈夫! 与一さん、っていうんだよね? なんだかわたしも元気貰ったみたいだし、息抜きにもなったから!」

 

 優奈は若干与一のテンションに面食らっていたところもあったのか、少しの間を置いて綾乃へとそう語った。

 与一が持ってきた差し入れはプロテインバーにラムネなど、手早くエネルギーを補給できるものが中心であり、色々と大雑把ながらもそういうところを外してこないのは、武芸者らしいと綾乃は苦笑する。

 ただ、その中に気の抜けたコーラが混ざっているのは流石にどうかと思うが。

 

「炭酸抜きコーラ……?」

「エネルギーの補給効率がいいらしいわ。私は飲んだことないから知らないけど」

 

 ただこれも、与一の思いやりなのだろう。

 そんな風に解釈すると、綾乃は優奈の分も手渡して、気の抜けたコーラをぐいっと煽った。

 やはりというかなんというか、気が抜けている分カラメルの甘みがダイレクトに口の中へと広がってきて、お世辞にも美味しいとはいえない代物だ。

 そんな風に、綾乃と優奈が顔を突き合わせて苦笑していた時だった。

 

「騒々しいと思ったら……もう、与一はご学友が来てるのに遠慮を知らないんだから」

「母様」

 

 障子を溜息混じりに開け放ったのは、長い黒髪を一つ結びにして割烹着を着込んだ、綾乃とよく似た容姿を持つ人物──母である彩奈だった。

 呆れたような表情をしている彩奈の手にはやはり差し入れと思しき煎餅だとかそういった軽食が詰まっている袋が携えられていて、考えることは同じなのだと、綾乃は母に気付かれないように扇子を広げて、苦笑が滲む口元を覆う。

 

「──ぁ、ッ──」

 

 だからだったのだろう。

 蚊の鳴くような、むしろその断末魔にも似たか細く、甲高い声が優奈の喉から零れ落ちていたことに、綾乃が気付くことはない。

 綾乃には仲の良い兄がいて、母がいて──そして、今はいないけれど父と祖父もいる。

 道場の方から木剣を打ち合う音が優奈の耳朶にそっと触れて、そこには「誰か」がいるのだということを否応なく物語っていく。

 かりかりと単語をノートに刻み付けていた手は止まり、飲んでいた気の抜けたコーラからは、カラメルの衣が剥ぎとられたかのように味が一気にしなくなる。

 気にしたところで何かがあるわけでもない。

 そして、綾乃が気付いたところで何かが変わったわけでもない。

 ただ、当たり前にそこにあるものに対する断絶──どうしても埋めることのできない、繋ぎ合わせることのできない不和があるだけだ。

 

「優奈、どうしたの? 手が止まっているけれど」

 

 呆然としていた優奈を気遣うように、綾乃はそっと優しく語りかけるが、今はただ、その優しさが何よりもささくれ立った心を抉って、過去の瘡蓋を引き剥がすような痛みを残すのだ。

 ──それでも、綾乃は悪くない。

 だってそれが、当たり前だから。当たり前の形だから。

 

「えっと……問題が難しくて、えへへ」

 

 優奈はふっ、といつものように微笑むと、困ったように頭をかいて、嘘偽りがなくとも、真実には程遠い言葉を口にする。

 

「そう。確かに覚える単語は多いかもしれないけど、頑張って」

「うん! 赤点でGBN禁止されちゃったら堪らないからね!」

 

 そうして、優奈は考えることをやめた。

 先ほどまで思考が横道に逸れていたのが嘘のように、単語の書き取りに集中して、優奈は取り組んでいく。

 まるで何かを振り切るように、何かから逃れるかのように。

 だが、綾乃がそれに気付くことは決してない。

 それはひとえに、知らないからという言葉に尽きる。

 そして──優奈が頑なに伏せ続け、綾乃もまたその伏せ札をめくろうとしないから、そんな些細な不和が、ささくれ立つような小さな断絶を生み出しているのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「今日はありがとう、一条さん!」

 

 午後八時、勉強会を終えた駅までの帰り道で、優奈は満面に笑みを浮かべながら、綾乃お手製の単語帳を手にそう言った。

 そこに偽りはない。純粋な感謝を抱いているのは嘘ではない。

 このままでは赤点だった自分をなんとかなりそうなところまで引っ張り上げてくれたのが綾乃なのだ。

 そんな彼女に感謝こそすれど、恨む理由がどこにあるのだろうとばかりに、優奈は気丈に微笑み続ける。

 

「……私の方こそありがとう、優奈。その……泊まっていかなくて、いいの?」

「えっと……今日は着替えとか持ってこなかったから、えへへ」

「……それもそうね」

「だから、いつか機会があったら、その時はお願い!」

 

 そうして、いつもの駅からは数駅離れた、綾乃の家の最寄り駅へと二人は夜道を歩んでいく。

 そこに小さなささくれを抱えながら。優奈はそれを隠して、綾乃はそれに気付かないままに、そして何事もなかったかのように、「また明日」と、二人はいつものように約束を交わすのだった。




ちょっと不穏


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第三十一話「夏の祭りのその前に」

無印ビルドダイバーズを再履修してるので初投稿です。


「……と、いうことがあって昨日はログインできなかったのだけれど」

「えへへ……その、ごめんなさい、メグさん、カグヤさん」

 

 優奈のために開いた勉強会、その翌日にGBNへとログインしていたアヤノとユーナは、開口一番カグヤとメグへの謝罪を口にする。

 また明日、と約束しておきながら小テストが危なかったのでログインできませんでした、というのは単純に格好がつかないというのもあれば、何よりどんな些細なことであっても約束を違えたこと自体気が咎める、ということで律儀に腰を折って頭を下げる二人を、メグは驚いたかのように目を見開き見つめていた。

 

「あー、いいのいいの! 学生ってリアル優先っしょ? GBNにかまけて成績落ちて留年しました! とかってなったら洒落にならないし」

「拙は人間の事情に詳しくはないのですが……学業が学生の本分であることは心得ています、なので謝るようなことではないかと」

 

 アヤノとユーナの妙に律儀なところに感心しつつも、このまま頭を下げられていたのではやりづらいということでメグは二人を宥めながら、目にも留まらぬ速さでコンソールを叩き、ウィンドウをポップさせる。

 そこに映っているのは、先日、カグヤの武者修行のためにダイブした、ハードコアディメンション・ヴァルガにおける戦闘の記録映像だった。

 画面の中ではリスキル狙いの「回収屋」の魔の手から逃れた映像が切り替わり、刀一本で数多のダイバーを斬り伏せていくカグヤの様子が大写しになる。

 動画タイトルに「【悲報】組んだばっかのフォースがヴァルガにガチで武者修行!【オーガ降臨】」と書かれたそれの再生数は、わざわざあんな場所に行きたがる人間を観察したいという層やら怖いもの見たさでクリックする層、そして最近めきめきと増え始めているメグの固定ファンによって大きく再生数が押し上げられて、画面の右枠に流れるチャット欄もまた一段と賑やかになっている。

 

『オイオイオイ死ぬわあいつら』

『ほう、必殺技抜きヴァルガですか 死にますね』

『バカルテットの再来かよ』

『いや、逆にヴァルガ民斬り伏せてて草生えますよ』

『相変わらずすげーな辻斬りちゃん』

『何やってるかはわかるんだけど何でできてんのかはわからん』

『その陰で戦ってるDランクの二人も相当筋がいいな、アヤノとユーナだっけ?』

『メグが今回は一番影薄くね?』

『↑↑ちゃんをつけろよデコ助野郎!』

 

 概ね好き放題にコメントされている為に映像と合わせて追うのも大変だが、どうやら不評よりは好評の方が目立っているようで、特に八面六臂の活躍を見せていたカグヤの姿は、視聴者の琴線に触れるものがあったようだ。

 

「……ってなわけで、今のはまだ未完成版ってとこだけど、昨日一日アタシたちも完成版に向けて動画編集してたから気にしなくていい感じ?」

「……何というか、凄い世界なのね」

 

 アヤノはこういった類の配信をあまり見ないため、リアルタイムにコメントが流れていく文化やらそれに付随するGチャットなど、その全てが何か異文化に触れた時のようだと感じていた。

 だが、今もこの多少視点をいじった記録映像に満足することなく、編集を加えた完成版を作ろうと惜しみなく注がれている努力と愛の熱量は理解できる。

 

「まあ、いくら頑張っても前は見てもらえなかったかんね、アタシがG-Tuber続けられてるのはカグヤがいてくれたからだけど、それと同じくらいアヤノとユーナのお世話にもなってるわけだし、ギブアンドテイクってやつ? だから気にしなくていいってこと!」

 

 あっはは、と小さく笑って、メグはそんなアヤノたちの小さな不義理を水に流す。

 とはいえそれは嘘ではなく、本心からの言葉であることに違いはない。

 メグの動画編集は、前から投稿速度を重視した、いわゆる視点動画と、時間をかけてなるべく見てもらえるように工夫を凝らした編集動画の二本立てスタイルをとっていたのだが、それでも供給過多のG-Tuber戦国時代ではどうしたって、時の運がなければ埋もれてしまうことは決して珍しくない。

 無論、運が全てというわけではないが、誰に見つけてもらうかによって大きく結末が変わるということは往々にして存在する。

 だからこそメグはそのきっかけとなったアヤノたちに感謝しているわけだし、アヤノとしてもユーナと一緒のGBNを楽しむ中に、カグヤとメグという仲間がいることは喜ばしいと思っている以上、これはギブアンドテイク、WIN-WINの関係が成立するということなのだろう。

 アヤノたちは下げていた頭を上げると、つらつらと画面を流れていくコメントを視線で追いかけながら、相変わらず訳が分からない強さを誇る「獄炎のオーガ」とカグヤの一騎打ちを見る。

 本当に。本当に、どこまでも遠く──それをわかっていても、心は一抹の悔しさを、悲しさを覚えてしまう。

 それはユーナも同じであり、帰還を選択した自分に対して、少しの自己嫌悪を覚えて表情を曇らせていたその時だった。

 

「あっはは、ちょっと辛気臭くなっちゃったね。てかそれよりそろそろあの季節じゃん!」

「メグ。あの季節、とは?」

 

 そんなアヤノとユーナの間に流れる気まずい空気を察してか、動画を閉じると、今度は別のタブをコンソールから展開する形で、メグはカグヤの疑問に答える。

 ──グラン・サマー・フェスティバル。

 それはフォースフェスと呼ばれるイベントの中でも、夏限定で開催されるお祭りのようなものであり、午前の部、午後の部共に組まれたエキシビジョンプログラムと、そして後夜祭として花火大会が企画されているという、とにかく贅沢な企画だった。

 GBNの開発企業だけではなく、彼らと資本提携を結んでいる世界的巨大コングロマリットにして、GBN内でも最大のフォースアライアンスとして名を馳せる「グローリー・ホークス・カンパニー」こと「GHC」もその企画に一枚噛んでいることもあって、グラン・サマー・フェスティバル、通称夏フェスは極めて規模の大きなイベントになっているのだ。

 そのためだけに会社を辞めてきた、と豪語するダイバーも珍しくない程度のお祭り騒ぎに、曇りかけていたユーナの表情はぱあっと明るさを増していた。

 メグがウィンドウに呼び出したその概要を興味深そうに眺めるユーナの姿にどこか小動物めいたものを感じながら、アヤノもまた近くに控えている夏フェスに思いを馳せる。

 思えば夏祭りの類など、幼少期に両親や与一に連れ出されて以来一度も行っていない。

 それが例え電子の世界での出来事であったとしても、友人たちと夏祭りを楽しむ、という体験ができるという事実に、アヤノは心が高鳴っていくのを感じずにはいられなかった。

 

「つまり、私たちはこの『グラン・サマー・フェスティバル』に参加すると?」

「そゆことそゆこと! でもその前に……しっかり『予習』しとかないとね!」

「予習、ですか? はっ、まさか夏フェスの中でも勉強が……!」

「流石にそれはないと思いますよ、ユーナさん……」

 

 小テストではなんとか赤点を回避できたものの、期末テストが迫っているという事実を思い出して頭を抱えるユーナを宥めながら、カグヤはどこか困ったように苦笑する。

 幸いなのはグラン・サマー・フェスティバルとテスト期間が被ってないということだろう。

 だが、それにしても「予習」が必要だというのはどういった風情でのことなのか。

 訝るように小首を傾げて、閉じた扇子を口元に当てるアヤノからの無言の問いかけに、メグは待ってましたとばかりに、フレンドから送られてきたメッセージを提示してみせると、そこに記されていた「グラン・サマー・フェスティバル」のエキシビジョンプログラム、その一つについての情報をつらつらと読み上げる。

 

「グランダイブ・チャレンジ、っていって、まあ水中に潜って宝探しするクリエイトミッションがあるんだけど、それの夏フェス版ってことでこれ参加してみようかなーって。ちょうどアタシの知り合いも妨害役として参加するっぽいし?」

「ふむ……」

 

 水中戦。それはGBNの中でも取り分け不人気なコンテンツの一つであり、理由としては水圧に耐えられるだけの強度を面出しや合わせ目消し、継ぎ目埋めなどで出さなければならない、つまり必然的に面倒な工作を強いられるのと、主流であるビーム兵器が殆ど役に立たなくなるからに他ならない。

 あとは宇宙戦と違って、水圧による抵抗を考慮しなければならないことも大きな要因だろう。

 要するに、面倒くさい。

 それだけでカジュアル志向のダイバーは忌避するし、熟練のダイバーであっても不人気ゆえに数が少ない水中戦ミッションのためにわざわざ新しい機体を作るのは少数派だ。

 だが、メグはそんな水中戦にあえて挑もうと提案している。

 それはフレンドに対する義理もあるのだろう。

 ただ、アヤノたちにとっては今のところ受けるメリットはないに等しい。

 ──それでも。

 

「一応、参加するかどうかはともかく、水中戦に慣れておくのは一考の価値があるわね」

「参加しないの、アヤノさん?」

「少なくとも今はパスかしら。妨害役がいることはわかっていても、肝心の商品だとかがわからないなら、当日になってから考えても遅くはないはずよ」

 

 参加するかどうかはともかくとして、メグの提案する「予習」には価値がある。

 水圧という負荷がかかった状態でクロスボーンガンダムXPはどこまでやれるのか、そしてその状況下で今の自分はどれほどの腕を発揮することができるのか。

 それを試すという意味で、水中戦の練習をする価値はあると、アヤノはそう感じていた。

 

「でも、予習はするんだよね?」

「ええ、水中で自分がどれだけ動けるかは把握しておきたいから。というわけでメグ、私はそういうことだから」

「りょ。まあでも予習に付き合ってくれるんならアタシとしてもありがたいし、参加する気になったらいつでも言ってよね!」

「考えておくわ」

 

 メグに自分の意思を伝えると、アヤノは彼女に先導される形でセントラル・ロビーのミッションカウンターへと転移すると、その「予習」に付き合うために、受注したミッションへと挑んでいくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「思ったよりも機体が重いわね……!」

 

 水中では殆ど機能しないバタフライ・バスターBを腰にマウントすると、ヒート・ダガーを抜き放ったクロスボーンガンダムXPは、対峙するアビスガンダムを視界に捉えて、その装甲へと赤熱した刃を突き立てる。

 連戦ミッション。それはいくつかのウェーブをクリアすることでゴールに辿り着けばプレイヤーの勝利というルールが定められた、長丁場のミッションである。

 メグが予習先として選んだのは、本家本元の「グランダイブ・チャレンジ」ではなく、あくまでも水中戦区間もあるという、「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」をモチーフとした連戦ミッションで、その理由については水中戦を経験できる以外にも、ダイバーポイントの身入りがいいから、という現金な理由に尽きた。

 連戦ミッションは得てして長丁場になりがちだが、その分獲得できるダイバーポイントは多めに設定されている。

 要はDランクに昇格してからいくつかの対人戦を経験し、更にはヴァルガである程度ポイントを稼いでいたアヤノとユーナをここでCランクに上げてしまおう、という魂胆であり、二人もそれに異存はなかったために、今回の連戦ミッションを受注したのだ。

 原作では轡を並べることがなかったフォビドゥンヴォーテクスの群れが、アヤノの一撃によって大きく怯んだアビスガンダムを支援するように、滑らかな動きで割って入る。

 

「拙も、流石に水中では……いえ、弱音を吐くなど士道不覚悟! ユーナさん、続けますか!?」

「えっと、えっと、わわ……うん、なんとかコツ掴めてきたかも!」

「はああああっ!」

 

 ミノフスキー・ドライブの性能に任せることで水中でも強引な機動で姿勢を立て直すことに成功していたアヤノだったが、単純な速度では追いつけなくとも、じわじわと旋回を駆使して追い詰めることで、三機のフォビドゥンヴォーテクスはクロスボーンガンダムXPを追い詰めようとしていた。

 だが、刹那。

 閃光が走ったかと思えば、一機のフォビドゥンヴォーテクスが胴体から袈裟懸けに斬り捨てられて、ズレた切断面から爆発を起こして海の藻屑と化していく。

 カグヤが放った「飛ぶ斬撃」によるものだ。

 水中でも減衰せずに斬撃を飛ばすことができるカグヤの、ロードアストレイオルタの膂力に目を丸くしながらもアヤノは、続いて細かな粒子を足場にすることで水中を蹴って駆け抜けていくユーナのアリスバーニングに視線を移す。

 

「密着ならぁっ!」

 

 拳圧にも当然水圧デバフがかかっているものの、それを無視できる懐まで飛び込んで、ユーナはもう一機のフォビドゥンヴォーテクスのコックピットを、そのトランスフェイズ装甲ごと強引に叩き潰した。

 相変わらず凄まじい威力だと、前衛二人の火力に関心を寄せている時間はない。

 メグのG-フリッパーは水中でもある程度動けるものの、クナイ以外に有効な武装は持っていないため、火力が低いのに近接戦を挑まなければいけないという状況にある。

 彼女の腕を信頼するなら、任せるのもありだろうが、戦術として常に最悪を想定するのなら、この中では比較的自由に動けるアヤノ自身が敵からの狙いを常に引き付けておく必要がある。

 ミノフスキー・ドライブによる推進力を高めるためにスロットルを全開にすると、アヤノは腰部からシザー・アンカーを射出して残ったフォビドゥンヴォーテクスを絡め取ると、水圧に抗うように歯を食いしばって、機体を急速浮上させていく。

 ばしゃん、と白波を蹴立てて、蒼海を砕き、獲物を連れたまま空中へと飛翔したクロスボーンガンダムXPのマニューバはさながらいさな獲りといった風情であり、空中高く放り出されたフォビドゥンヴォーテクスに、バタフライ・バスターBを放つことでアヤノはその幕引きとする。

 

「はぁ、はぁ……まさか、水中がこんなに重いなんて……」

「いやー、ごめんアヤノ! 今回アタシ、全然役に立てなかった」

「いえ、大丈夫よメグ。気にしないで」

 

 無理矢理フォビドゥンヴォーテクスを引っ張り上げたということもあって、クロスボーンガンダムXPの腰部関節には結構なダメージが蓄積しており、それは次のウェーブに支障が出そうなものだった。

 幸い、次はインターミッションであるため雀の涙程度とはいえ耐久値は回復する。

 ガイア、カオス、アビスを倒してインターミッションを挟み、次にラスボスとして出現するデストロイガンダムを倒す連戦ミッション、「GAIA×CHAOS×ABISS」。

 その手応えは受付に警告された通り、Dランクミッションよりも格段に上だった。

 だが、その分得られたものは大きいといえる。

 

「グランダイブ・チャレンジ……私たちでは無理そうね」

「うーん……そうかも……」

「諦めるのは不本意ですが……」

「ま、仕方ないっしょ!」

 

 このフォースは、「ビルドフラグメンツ」はその近接偏重な傾向もあって、致命的なまでに水中戦に向いていない。

 一応創意工夫を尽くすことでなんとかミッションはクリアしたものの、本番で入る妨害がこれよりも熾烈なものになると考えれば、参加を見送るのが賢い選択といえるだろう。

 インターミッションエリアで機体を降りて、地面に足を投げ出すと、アヤノたちは一様にそんな小さな挫折を口にしつつ、気合を入れ直して最終ウェーブであるデストロイガンダムへと挑みかかっていく。

 先ほどまでの水中戦でかかった時間が嘘のように、満を辞して登場したデストロイは、メグのジャミングを受けると、狙いがろくに定まらないまま砲撃を続ける内、カグヤに陽電子リフレクターを切り裂かれ、ユーナに装甲をぶち抜かれ、アヤノのバタフライ・バスターBにとどめを刺されてあっさりと沈んでしまった。

 やはり自分たちの構成は偏っていると、一様に苦笑しながら、「ビルドフラグメンツ」は初めての連戦ミッションを突破し、そして。

 

【Congratulation!】

【ダイバーネーム:アヤノのランクがDからCへと昇格しました】

 

 アヤノとユーナは、GBNの入口ともいわれるCランクのきざはしに、その足を踏み入れるのだった。




ナレ死するデストロイくん

Tips:

【連戦ミッション「GAIA×CHAOS×ABISS」】……全部で4waveに分かれた連戦ミッションであり、一戦目はコロニー内でガイアガンダムとその取り巻きであるワイルドダガー、二戦目は宇宙空間でカオスガンダムとその取り巻きであるユークリッド、三戦目は水中でアビスガンダムとその取り巻きであるフォビドゥンヴォーテクス、最後にラスボスであるデストロイガンダムとベルリン市街地で戦う連戦ミッション。戦う環境がwaveごとに変わる為、腕試しには打ってつけだとされているとか。

【「GHC」(出典:笑う男様作 『GHC』活動記録より)】……世界的複合コングロマリット「グローリー ・ホークス・カンパニー」の略称にして、GBNにおいては同名のフォース及びそのアライアンスを指す。「提督」「総帥」のあだ名で呼ばれるリアル社長「アトミラール」が率いる軍勢は実に2万にも及び、強豪フォースとして名を馳せているだけでなく、GBNにも多額の出資をしていることでいくつかのコラボイベントが定期的に開催されている。


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第三十二話「わたしの水着が決まらない」

定番イベントなので初投稿です。


 フォースフェス。

 それは、このGBNにおいて比較的ライトユーザーに向けて設計されたイベントであり、フォースと名がついていても実態としてはフォースを組んでいないダイバーも参加できたりするイベントもある辺りで、そのゆるさ加減が伺えるというものだろう。

 実際、今から「ビルドフラグメンツ」が参加しようとしている「グラン・サマー・フェスティバル」も、参加条件はダイバーランクFのみ、と非常にゆるいことになっている。

 それだけでなく、参加報酬もインテリアアイテムの「浮き輪」ぐらいであり、エキシビジョンプログラムでの優勝商品も「黄金の浮き輪」「銀色の浮き輪」などという色変えアイテムに留まっているなど、徹底的にライトユーザーに向けて仮想の夏を楽しんでほしい、という配慮がなされているイベントだ。

 夏の定番イベントということで、先にげっそりするような定期試験をクリアしてきたアヤノとユーナは、カグヤとメグと共に、来たるフォースフェスへと向けての買い物に向かっていたのである。

 

「いやー、やっぱフェスってこともあってショッピングエリアも大分混み合ってるね!」

「これが……フォースフェス。拙にはわからない世界ですが、凄まじい人気が伝わってきますね」

「今年はミスコンの方式も一風変わった感じになったっぽいし、参加したいって層も増えたんじゃない?」

 

 グラン・サマー・フェスティバルにおける午前のエキシビジョンプログラムとして開催されているのは、平たくいってしまえばミスコンそのものだった。

 水着に身を包んだダイバーが、GBN内における画像共有サービス、ガンスタグラムを通じて「いいね!」をより多く獲得した方が勝利者となり、一番「いいね!」を獲得できたダイバーにはそれぞれ「ミスター・シーサイド」、「ミス・シーサイド」の称号を獲得できる──と、いうのが去年までの夏フェスにおけるエキシビジョンプログラム午前の部の概要だったのだが、マンネリ化を防ぐために今年は投票方式を一新する、という触れ込みが大々的になされていたのである。

 

「……出るの、ミスコンに?」

「んー、どうかなぁ、ちょっち面白そうだとは思うけど」

「ミスコン……わたしが出てもあんまり票貰えなさそうだなぁ」

 

 だってちんちくりんだし、と、カグヤやメグと比べて小ぶりながらも確かに両手に収まる程度には主張している自分の胸をぺたぺたと触りながら、ユーナはやるせない溜息をつく。

 お年頃の女子としては定番ともいえる悩みであったものの、ユーナでちんちくりんだというならそれほどの膨らみすらない自分はなんなのか、まな板とか壁の類なのか、と、アヤノも暗澹たる意識に足元を掬われそうになりながらも、頭を振って意識を切り替え、ようやく入店できた水着売り場に並んでいる水着の数々に視線を向ける。

 大人っぽく大胆なものから、フリルがあしらわれた可愛らしいものまで多種多様な水着が取り揃えられているGBNのアパレルショップだが、それもそのはずだ。

 真っ先に資本提携を結んだ「GHC」のアパレル部門をはじめ、世界的に有名な企業がコラボレーションを申し込んだことで、GBNにおける服飾のキャラメイクにおける幅は、最早一つのVRMMOの領域を大幅に逸脱している。

 初期のダイバールック作成時もそうだが、キャラメイクの幅があまりにも広いからこそ、ダイバールックのメイキングに何時間もかかってしまった、というダイバーは珍しくない。

 それが例え水着を選ぶだけだったとしても、迷いに迷うのは最早必然だといえるだろう。

 アヤノは現実と同じようにハンガーにかけられたそれを幾つか手に取って、自分のボディラインと相談した上でなんとか似合いそうなものを考える。

 

「アヤノさんもお悩みですか?」

「ええ、まあ……カグヤも?」

「はい、拙は本当に……戦い以外のことには疎いものなので、フォースフェスにどのような水着なるものを着ていけばいいのか、まるで見当がつかなくて」

 

 悩みのベクトルこそ真逆であったものの、アヤノと同じようにカグヤは迷い続けていた。

 飽くなき「武」を追求するという感情から生まれてきたELダイバーであるカグヤにとっては、戦い以外の道など考えたこともなかったのだろう。

 ただ、カグヤのボディラインと背格好は程よいもので、どんな水着に身を包んだとしてもそれほど違和感が出るわけではないだろう、というのがアヤノの見解だった。

 王道のビキニタイプから、パレオを纏ったタイプのそれで優雅さを演出してみたり、少し大胆にビキニタイプの上からボディラインを強調するようなバンドを纏ってみるのだって悪くはないだろう。

 あれこれ考えてみたが、そのどれもが自分でやったところで悲しくなるだけだという事実にアヤノは閉口するが、実際、カグヤの素材がいいことに間違いはない。

 そしてそんな彼女のことであれば、放っておけないのが後見人というものなのだろう。

 既に自分が着るためのそれを選び終えたのか、会計の列から戻ってきたメグが、幾つかの商品を手に取ってカグヤへと駆け寄ってくる。

 

「やー、ごめんごめん待たせちゃって! その様子だとけっこー悩んでる系っしょ?」

「ええ、メグ……拙にはどれを着るのが正しいのか、とても選べそうになくて」

「ふっふっふ……そんなカグヤのために、似合いそうなのを見繕ってきたから、試着室行ってみよっか!」

「メグ? なんだか目が怖いですが……」

 

 困惑するカグヤを半ば押し出すようにして試着室へと連行するメグの表情やら姿勢は、もしこれが後見人でなかったらガードフレームを呼ばれていたのだろうな、とわかるほど緩み切っていて、それだけカグヤという存在に入れ込んでいるのだろうと、見ているだけでアヤノにもすぐにわかった。

 そういう機微には疎い方だと自覚こそしているものの、アヤノはそんなメグからカグヤに向けられる名前の見つけられない感情であったり、あるいは熱量であったりするそれを、どこか羨ましく思う。

 そして、視線を二人から外してみれば、同じようにああでもないこうでもないと唸り続けているユーナが視界に飛び込んでくる。

 思えば自分は、ユーナのことをどれくらい知っているのだろう。

 とくん、と、不自然に高鳴った心臓を鎮めるように胸の下辺りを抑えながら、アヤノはそこにあるまだ不可解な思いと、そして己の内に潜んでいる何かもやもやとした感情について考えを巡らす。

 ユーナのことが好きか嫌いかで訊かれたなら、間違いなく好きだ、と即答できる自信はあった。

 好きでもなければ家に招いたりもしなければ、貴女がいるからGBNを続けてこれた、なんてことを言ったりしないのは確かだけれど、それは同時に一般論でもあって。

 

「アヤノさん? わたしの顔に何かついてるの?」

「……いえ、ユーナも迷ってるんだなって、そう思っただけよ」

 

 嘘だ。

 流石にあれだけまじまじと見つめられていたら、気付くのも必然だとばかりに振り返って、訝るように小首を傾げたユーナへと、何事もなかったかのようにアヤノは答えてみせる。

 諦めと、そして勝手な失望で塗り固められた道を歩いてきた自分が得意なのはこんな嘘ばかりだ。

 好き。一般論に包括されるその二文字のこと。

 それで何かが不自由するわけではないとアヤノは知っている。

 誰かを好ましいと思う気持ちも、誰かを疎ましいと思う気持ちも人間なのだから当たり前にそれは備え付けられていて、じゃあそれで不自由がないのに、自分は何を求めているのか。

 その答えは、白いもやがかかった感覚と理解の向こう側で、辿り着こうと足を運んでも、それが進むことはない。

 ただ足踏みをしているのと同じ帰結に至るだけで、かといって大仰に理解へと進もうとする分だけ疲れていく。

 カグヤのことが、メグのことが羨ましいのだろうか。

 考える。考える。そしてまた、進んだつもりで足踏みを繰り返す。

 

「そっかー、アヤノさんも迷っちゃうんだね! メグさんとカグヤさん、スタイルいいからなぁ……わたしなんてちんちくりんだもん」

「……その話は私も悲しくなるからやめてもらっていいかしら」

「あっ、えっと……ごめんなさい」

「……謝られるのもなんだか複雑なんだけど」

 

 口ではそんな、どこか漫才じみたやり取りを繰り広げながらも、アヤノの内心は理解に追いつかない「ハテナ」で覆い尽くされて、一人でいればそれは際限なく広がっていくのに、ユーナと他愛もない言葉を交わしていれば小さくなっていくようで、余計にわからなくなってしまう。

 好きだと、そういう言葉を口にすること自体さほどまず難しくない。

 ぺたぺたと平坦な自分の胸に触れながら、その内側にあるものを取り出すかのように、抉り取るかのようにアヤノは苦笑に複雑な内心を包み隠して、透明な、色のない血を流し続ける。

 好きだと感じたなら、その先を、今以上のことを知りたい──そうだ、知りたいと願うことは必然で。

 自分に果たして、それだけの資格があるのだろうか。

 曖昧に微笑んで、今もああでもないこうでもないと水着を選び続けているユーナを見つめて、アヤノはただ考え続ける。

 

「ねえねえアヤノさん、アヤノさんとしては、どっちが似合うと思う?」

「……ん。ごめんなさい、ぼーっとしていて……」

 

 自分が、きっと他愛もないことであれこれ悩んでいる内に候補を二択まで絞り込んだのか、ユーナは両手にそれぞれ同じ桜色の、フリルがあしらわれているビキニタイプの水着と、特に飾り気のないそれを掲げて、アヤノへとそう問いかけてきた。

 どちらもユーナの髪と瞳である桜色と合った雰囲気のものだが、ちょっとだけ幼い印象を受けるフリルの水着と、少し背伸びして大人っぽい雰囲気を醸し出そうとしている飾り気のないそれを身につけている彼女のことを脳裏に思い描きながら、アヤノはしばらく思索に耽る。

 王道路線で行くのなら、やはり前者だろう。

 フリフリのそれが自分には似合わないために少し羨ましいということもさながら、ユーナの背格好とスタイルを考えれば、彼女の魅力を引き立てる最高の一着であるといってもいい。

 だが、後者であえてギャップを狙うのも悪い選択肢ではないだろう。

 正直にいってしまうとそのどちらも魅力的で決められない、というのがアヤノの見解だったが、忘れかけていたもののこれを着ていくのはプライベートビーチではなく人でひしめく夏フェスだ。

 そう考えると、ガードフレームが常時監視しているとはいえ悪い虫が寄ってこないとも限らないのだから、後者は大胆すぎるだろう。

 さながら親のようなことを考えながら、アヤノは小さく頷くと、フリルがあしらわれた方の水着を閉じた扇子で指し示した。

 

「こっちの方が可愛らしくて、ユーナには似合うと思うわ」

「可愛い……えへへ、ありがとう、アヤノさん! アヤノさんがいうならきっと間違いないし、わたし、これにするよ!」

 

 善は急げとばかりに、試着することもなく会計エリアに並んでいくユーナを見送りながら、アヤノはその変わらず元気な姿にどこか、安堵のような感情を覚える。

 期末テストのことで頭から黒煙を噴き出しかねない勢いで悩んでいたユーナも可愛らしいことには違いないのだが、やはりこうして見ているだけでこちらも元気を貰えるような彼女の天真爛漫な明るさこそが人を惹きつけるのだろう。

 そう結論づけたアヤノは紺色を基調として、白のストライプが入った水着を手に取ると、ユーナに続けとばかりに会計列へと向かうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『さぁ、今年も始まりました「グラン・サマー・フェスティバル」! これを心待ちにしていた諸兄諸姉の皆様も多いんじゃないかと勝手な想像をしてますが、いかがでっしゃろか! 盛り上がってまっか!』

 

 GBN、アイランド・エリアに浮かぶ巨大なリゾート島を丸々一つ会場とした「グラン・サマー・フェスティバル」、その開幕を高らかに宣言し、観客のボルテージを煽るかのように、実況席に座っているサングラス姿の青年──「ナデシコスプリント」では解説役を務めていた、ミスターMSが観衆へとマイクを向ける。

 わあっ、と上がった歓声はアイランド・エリア中に轟く怒号となって大地を揺らし、びりびりとした緊張感が、祭りを待ち望んでいたダイバーたちが溜め込んできたフラストレーションが一気に解放されていくのを、歓声の一部となったアヤノたち「ビルドフラグメンツ」もまた感じていた。

 

『ありがとうございますッ! ダイバー諸君の気合は十分! 元気を貰ったワイも今日一日頑張っていけますわ! ってことで、本日「グラン・サマー・フェスティバル」のメイン実況を務めさせていただくのはご存知窓辺のモクシュンギク、ミスターMSとぉ!』

『皆、こんちの〜! 解説役はフォース「ちの・イン・ワンダーランド」のちのだよー!』

『有名配信者にして個人ランキング104位! 「戦場の支配人」ことちのはんに来てもらいましたぁ! いやー、ありがとうございますわ! ワイもメイン実況として恥じないように頑張るつもりですが、今回は一段気合が入った夏フェスということで、サブ実況とサブ解説のお方もお招きしてお送りいたしております!』

 

 一段とテンションが高い、関西訛りのダイバーことミスターMSのそれに負けじと、解説席に座っている小柄な女性──彼の紹介通り、有名配信者にしてフォース「ちの・イン・ワンダーランド」のリーダー、そしてGBN個人ランキングこと、ワールドランキング104位という「三桁の英傑」の中でも相当上位に位置するダイバー、「ちの」も観衆に向けて手を振ってみせる。

 

「うわ、本物のちのちゃんじゃん! あとでサイン貰いに行かないと!」

「メグ、お知り合いなのですか?」

「ううん、全然! でもG-Tuberの中では有名だし、何よりアタシの憧れみたいなもんだからさ!」

 

 予想もしていなかったゲストの登場に、メグのテンションもボルテージを振り切って、きらきらと目を輝かせながら解説席に座っている女性に向けてぴょんぴょんと飛び跳ねながら手を振り返すその姿は、童心に帰ったようだった。

 バンドに胸元や臍の下にかけてのラインが強調された赤いビキニという大胆な格好であることも忘れて、メグはちのへと手を振り続けているが、当然そんなことをすればGBNにおける物理演算は重力の法則を再現するわけで、暴れるように揺れる豊かな胸元に視線を向けたアヤノは、ぎり、と小さく歯噛みすると、扇子を開いて顔を隠す。

 

「……胸なんて脂肪の塊よ、そう、脂肪の塊」

「わわ、アヤノさんがなんか怖いことになってる」

「怖くなんかないわ、ええ、私は至って健康よ」

「健康かどうかは訊いてないよ!?」

 

 数センチでいいから抉って自分のそれに継ぎ足したいという邪悪な欲望にして羨望と嫉妬を抑え込むようにアヤノは、妙に爽やかな笑顔で微笑んで、額に青筋を浮かび上がらせる。

 思っているより健康だとかそうでないとかどこかで誰かがそんなことを歌っていたような気がしたが、そういう意味では年齢通りに見られないことが多いアヤノが珍しく感情を剥き出しにする姿は年相応のそれだともいえた。

 

『続いてサブ実況にお招きしているのは……なんとなんと、まさかの超人気G-Tuber! シークレットミッションを攻略したことで一気にダイバーたちからの注目を集めることになった「BUILD DiVERS」より「キャプテン・カザミ」はんと、サブ解説は毎度お馴染み銭ゲバロリ! 三度の飯より金が好き、「リビルドガールズのチィ」はんでお送りしております!』

『うっす! あー、こういう場所での実況は初めてだけどよ、精一杯やらせてもらうんでよろしく頼むぜ!」

『あいよー、チィはチィだぜ。カザミのにーちゃんと組むのは初めてだけど、ギャラのためなら全力出してくんで、会場のにーちゃんねーちゃんもそこんとこよろしくな!』

 

 威勢こそいいものの妙に謙虚な「カザミ」と、俗物全開な、いつぞやの「ナデシコスプリント」にも出場していた「チィ」がそれぞれに特徴的な挨拶を終えたのを確認すると、わなわなとスタートを待ち望む観衆たちに向けて、ミスターMSは立ち上がりながらマイクを取って、その号令をかける。

 

『それでは、長々と話すのも時間が惜しい! 開会式はここらでお開きにして、「グラン・サマー・フェスティバル」午前の部! 今スタートいたしたいと思います! 全力で楽しんでいってくださあああいッ!!!』

 

 地鳴りにも似た歓声に包まれて、ミスターMSの宣言すらも置き去りにするように、ダイバーたちは一斉に駆け出していく。

 それはこの瞬間、紛れもなく、電子の海に燃えるような夏が舞い降りた、その証だった。




夏フェス、開幕

Tips:

【ちの(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ」】……フォース「ちの・イン・ワンダーランド」を率いるリーダーにして、人気G-Tuberの一人。ワールドランキングも104位と「三桁の英傑」の中でも極めて高い位置にいる女性。


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第三十三話「グラン・サマー・フェスティバル!」

立夏を過ぎた、つまり実質夏なので初投稿です。


『それでは、長々と話すのも時間が惜しい! 開会式はここらでお開きにして、「グラン・サマー・フェスティバル」午前の部! 今スタートいたしたいと思います! 全力で楽しんでいってくださあああいッ!!!』

 

 メイン実況を務めている青年、ミスターMSの叫びに応えるかのように、地鳴りのような歓声が響き渡り、開幕の時を今か今かと待ち望んでいたダイバーはそれぞれのお目当てに向けて駆け出していく。

 目玉になるのは今年から投票形式が会場限定になったミスター・アンド・ミス・シーサイドコンテスト──要するにミスコンだろう。

 エントリーする側なのか、しきりに自分のダイバールックを調整するダイバーもいれば、スクリーンショット機能を起動して今か今かと開幕を待ち望んでいるダイバーもいて、人の欲は終わらないものなのだな、と、アヤノは少し辟易する。

 男女で部門が分かれてこそいるものの、基本的にはエントリー自由ということもあってミス・シーサイド、ミスター・シーサイドの称号を今年は「GHC」のように数を擁するフォースの組織票や、外部票といった要素なしに勝ち取れるかもしれないというのも一役買っているのだろう。

 その「GHC」は特に何もコメントを表明せず、いつも通り出店の運営やイベントの裏方などをGBNの公式スタッフと共に手伝っている辺り、彼らも思うところがあったのか、それとも去年だったか一昨年だったかに社長の奥方がミス・シーサイドの称号を手にしたからなのか──メグは明らかに機嫌が悪そうなアヤノを横目で見遣りながら、そんなことを考える。

 実際、それを示すかのように今回のミスコンには殿堂入り枠が設定されている。

 主たる原因はいつも男性部門、ミスター・シーサイドにおいてチャンピオンである「クジョウ・キョウヤ」が一位を獲得し続けてきたことから、というのが公式発表だったが、どこまでが本当なのかは運営スタッフのみぞ知る、というものだ。

 

「まー、アタシらは参加しないから高みの見物ってやつだけど」

「メグは、参加しないのですか?」

「んー? いや、出て優勝しても貰えるのって称号と金の浮き輪だけっしょ? なら別に得しないかなーって、それと恥ずかしいし……」

 

 最後の方は尻すぼみになってぼそぼそと聞き取りづらい声音になっていたものの、概ね理にかなっている理由でメグはやんわりとミスコンへの参加を拒否していた。

 

「……それは、何かの当て付けかしら」

「いやいや、アヤノ……気にしすぎっしょ、アヤノだってすらっとしてて綺麗だよ?」

「くっ……」

 

 その胸でそれをいうか、と、同年代のそれと比べても明らかに、そして底が抜けたように平均値を下回っている己の胸元をぺたぺたと触りながら、どうしようもないものはどうしようもないとばかりに肩を竦めるメグに、羨望と嫉妬と少しの殺意がこもった視線をアヤノは向ける。

 とはいえ、ミスコンに出たところで得るものがない、というのは確かなことだった。

 貰える商品は参加特典として配布されたルームアイテムの色違いだし、プロフィールカードに設定できる称号も単なるフレーバーでしかない以上、あれに出るのは、良くいうなら自己研鑽、悪くいうなら自己満足の域を出ない。

 それでも、自分が一番この渚に相応しいんだと、夏を彩る存在なのだと拳を空高く突き上げたいというダイバーがいるからこそ、あのミスコンは成立しているのだ。

 それはそれとして、ミスコン以外にも楽しめるコンテンツが山ほど転がっているのがこの「グラン・サマー・フェスティバル」だ。

 うかうかしていれば一日はあっという間に終わってしまう。

 それこそ、アヤノが脂肪の塊に殺意を向けている間だってそうだ。

 吹き抜ける海風に乗って、ふわりと食べ物の香りが、露店エリアの辺りから漂ってくる。

 焼きそば、イカ焼き、りんご飴──露店エリアで売り出している食べ物には、昼間限定のメニューもあれば、夜間限定のメニューも存在し、電子の世界で食い倒れと洒落込むダイバーたちもまた多いようだ。

 

「そんじゃアタシは色気より食い気ってことで露店エリア回ってくるけど、カグヤたちはどうすんの?」

「拙は……みすこん、とやらはよくわからないので、メグについて行こうと思います」

 

 巫女が纏う衣装をそのまま水着に置き換えたような紅白のビキニスタイルに着替えたカグヤは、少しばかり周囲からの視線に気恥ずかしさのようなものを覚えつつ、隠れるようにメグの隣へとそそくさと足を運んでいく。

 参加したのはいいものの、何をすればいいのかについては正直なところ、アヤノは全くといっていいほど考えていなかった。

 とりあえず、夏だ、水着だ、フォースフェスだ、と浮かれていたものの、いざ本番を迎えてみれば準備期間のほうが楽しかったなんて悲しい思い出にはしたくないものの、かといって何か浮かぶでもないから、そのままカグヤに追従して、メグと行動を共にしようかと考えた、その時だった。

 

「あ、あの、アヤノさん!」

「どうしたの、ユーナ?」

「えっと……その! 嫌じゃなければだけど、わたしと一緒に回ってくれない、かなぁ?」

 

 ──ダメ、ですか。

 小首を傾げてもじもじと指先を合わせながら、ユーナはアヤノへとそう問いかける。

 嫌じゃなければも何も、ユーナに何かプランがあるならそれに従うのはやぶさかではないし、アヤノとしてはユーナからその提案をしてくれた、いわゆる「友達と一緒に夏祭りを回る」という定番イベントへの誘いをかけてくれたことは何より大歓迎だった。

 言わせてしまったようで気が引けるというか、申し訳なさを感じるところはあれど、乗らない手はないとばかりに、アヤノはエスコートのため、控えめに差し伸べられたその手を取ってはっきりと答える。

 

「……ありがとう、ユーナ。私、友達とこうして夏祭りを回ったりするの、初めてだったから」

「そうなの? えへへ、ならわたしがアヤノさんのはじめてなんだね! なんだか嬉しくなってきちゃった!」

 

 アヤノが誰かとこうして夏祭りを巡ることが楽しみだと聞くや否や、ユーナは先ほどまでの恥じらいを吹き飛ばすように明るい笑顔を浮かべ、その余韻が残る赤みがかった頬のまま、手を取って駆け出していく。

 

「それじゃあよろしくね、アヤノさん!」

「……ええ、ユーナ」

 

 そんなユーナの姿は、普段のぽんこつ具合からは想像もつかないほどに頼もしいものだったが、自分にとっては誰かと夏祭りを楽しむのが初めての経験だったとしても、彼女にとっては違うのだろうな、ということを言葉の端から察して、アヤノは少しだけ胸にどす黒いもやのようなものが湧き出してくるのを感じる。

 わかっている。その感情の名前は、なによりも。

 嫉妬。そうだ、嫉妬している。

 例えそれがいかにつまらないものであったとしても、つまらないと理解していても、アヤノにとってはどこかささくれが立つような痛みを感じずにはいられないし、感情の置き場だってわかりはしない。

 どこまでも青臭く、そしてどこまでも未熟なその感情の置き場もなければ名前も知らないという事実に、途方に暮れながらもアヤノは、ユーナに手を引かれるまま、とりあえずはとばかりに露店ブースを目指して人波に溶け込んでいく。

 そして、雑然と人々が行き交う一瞬、ユーナは走る足を止めて、くるりとアヤノに向けて踵を返すと、再び頬を桜色に染めながら、少しだけくぐもった口調で問いを投げかける。

 

「あ、あの……アヤノさん! その……」

「どうしたの、ユーナ?」

「アヤノさんに選んでもらっといて変かもしれないけど、その……わたしの水着、似合ってるかなあって、えへへ」

 

 少しだけ自信なさげに、そして控えめにユーナは問う。

 自分のことをちんちくりんと評するなど、何かと元気な割に自己評価の低い彼女らしい悩みだと、アヤノは少しだけ苦笑しながらも、その視線が自分の方に向けられていることに確かな充足を感じていた。

 それもまた、いってしまえば自己満足なのかもしれない。

 それでも、ユーナの視線が自分に向いているということが、そして自分の視線がユーナに求められているということがただ嬉しくて、アヤノは先ほどと打って変わって、どこか胸がとくん、と高鳴るのを感じながら、小さく息を吸い込んで、はっきりと答えてみせる。

 

「ええ、似合っているわ、ユーナ。とてもよく似合ってる」

「本当? わーい! 選んでくれたアヤノさんが言ってくれるなら、きっとそうだよね! よかったぁ……」

 

 どこか、恐れから解き放たれたようにユーナは全身で喜びをあらわにすると、アヤノの右手を両手で包み込んで、ありがとう、と小さく微笑む。

 アヤノ当人に、お礼を言われるようなことをした覚えはない。

 ただ、ありのままを口にしただけなのだが、それでもユーナが納得してくれるのなら、それでいいんじゃないかと、余計な言葉は不要だとばかりにアヤノは小さく頷くと、その微笑みに応えるかのように小さく口角を吊り上げて笑う。

 

「……私の方こそ、似合ってないかって不安なのよ」

「そんなことないよ! アヤノさん、ウェストの辺りがすごくくびれてて綺麗だし、脚も長いし……すっごく似合ってるよ、その水着!」

「……ありがとう。なんだか今日はユーナに励まされてばかりね」

 

 自分の体型については自分が一番よく知っているつもりだったが、改めて他人から──否、ユーナから褒められると、悪い気がしないどころか舞い上がりそうになったいるのだから、我ながら単純なものだ。

 アヤノはそんな自分に苦笑しながらも、メグたちに続いて色気より食い気とばかりに手持ちのBCを消費して、たこ焼きや焼きそばといった食品類を購入していく。

 どこの屋台にも「GHC」の鷹を象った荘厳なロゴがあしらわれているのはなんだか夏祭りというよりはプライベートビーチでのパーティーといった風情だが、細かいことを気にしていても仕方がない。

 夏というのはその熱気に身を任せ、当てられて、何も考えずに突っ走るからこそ楽しめる季節でもあるのだ。

 現実とは違って、GBNは暑いといえば暑いものの、東京や都心近郊の酷暑を再現したのではなく風が涼しいくらいの適温に調整されているのも尚良いだろう。

 アヤノはついつい買ってしまっていた、かき氷のブルーハワイ味をかき回してシャーベット状にしながら口元に運びつつ、夏そのものだといわんばかりの独特な味に舌鼓を打つ。

 

「このわざとらしいくらいの屋台の焼きそば感! 懐かしいなぁ……」

「ユーナはよく食べるのね」

「うん! せっかくのお祭りだし、何よりGBNでいくら食べてもお腹は膨れないからね!」

 

 もそもそと、自分用に二パック購入していた焼きそばを凄まじい速度で消化しながら、ユーナはそのわざとらしいほど再現された「海辺の屋台とか海の家で売っていそうな焼きそば」の、少しだけくたびれた味を堪能する。

 水着姿であるのと、GBNではアイテム類が劣化しないことを利用してかき氷を小脇に挟み、焼きそばとたこ焼きを同時に運びながら食べ歩くという器用な真似を披露しているユーナが言ったとおり、いくらGBNで食品類を摂取したとしても、現実での空腹が満たされるわけではない。

 それ即ち、いくら食べても太らない、ということでもある。

 体重を気にする年頃の乙女として、少なくともユーナにとって、気兼ねなくいくらでも食べられるというのはそれだけ魅力的なことだった。

 元来少食気味なアヤノは、見る見るうちにユーナの胃袋へと消化されていくその量に若干引き気味だったものの、焼きそばやたこ焼きを頬張っているその笑顔だけでお釣りが来るからよし、と、どこぞの杜撰な仕事をする猫のごとく適当な判定を下す。

 そして、ユーナが焼きそばとたこ焼きを食べ終えたことで繋いだ手から伝わってくる温もりだけに、意識を浸らせた。

 ──あたたかい。

 夏で、汗ばむ気温が再現されているというのに、それが不思議と心地よい。

 それがどうしてかを考えるのも、理由を探すのも、名前を求めるのもいいのだろう。

 それでもまだ、自分は──この名前も何もわからない、青臭くて少しだけ仄暗い、黄昏時に似たような時間を過ごしていたい。

 そう判断したアヤノは考えるのをやめて、ユーナに手を引かれるまま、かき氷を啄みながら、焼き牡蠣の屋台や牛串の屋台といった、ユーナのお目当てに連れ回される。

 

「見て見てアヤノさん! 伊勢海老だって!」

「買うのはいいけど、ストレージの額と相談しなさいよ」

「うん! プラグインとか買う分は残しとくから大丈夫だよ!」

 

 そう言っておきながら、このままだと全ての屋台を制覇しかねない親友の姿に苦笑を浮かべながらも、それを止めることをしない自分も同類なのだろうな、と、そんなことを望洋とアヤノは考える。

 懐具合は計算しているものの、祭りとなれば浮かれて散財してしまうのは別になんの不思議もないことで、ユーナを責める権利など誰にもない。

 

「らっしゃいらっしゃい! 色んな中身の大判焼き、取り揃えてるよ!」

「クリーム味を一つ、いただけるかしら?」

 

 だからこそ、そんなユーナに乗っかるようにして、店員の客引きに誘われるままにアヤノもまた、財布の紐を緩めるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやー、なんだかんだ戻ってきちゃったね、ウケる」

「……それもそうね」

 

 露店エリアを一通り回ったアヤノたちは、メグとカグヤの二人組と、入り口近くで合流していた。

 それもそのはずである。露店が本気を出すのは夜からで、射的や水ヨーヨーといった夏祭りの定番からチョコバナナに綿飴と、祭りに付き物な食べ物が解禁されるのは午後の部以降なのだ。

 つまるところ、午前の部で残されている出し物といえばもうミスコンぐらいしかない。

 参加者のエントリーを締め切って、投票期間に入っている会場に、ふらふらと惰性で足を運びながら、メグとアヤノは静かに苦笑する。

 

「しっかしミスコンかぁ……アタシも出とけば多少名前売れたりしたのかな?」

「そうかもしれないわね、審査員と交渉してくる?」

「いいっていいって。結局アタシに興味持ってもらってもさ、動画が面白くなかったらすぐ離れちゃうわけだし」

 

 だから面白いもの、作らないとね。

 ミスコン会場で投票用紙を受け取ったメグは冗談めかしてそう語ったものの、その志はどこまでも高く、本気であることを伺わせる。

 G-Tuberとしての活動について、どれほどの苦悩があるのか、そしてどれほどの苦労があるのかアヤノにはわからない。

 それでも、メグの姿はどこか「武」を求め続けて鍛錬を重ねるカグヤと重なって見えて、そして、それはどこか、憧れに向かって走り続けていた在りし日の自分を見ているようで。

 

「……その、頑張って、メグ」

「ん? ああ、ありがとね、アヤノ。アヤノも……って、その辺聞いちゃうのは野暮か」

 

 どうして自分がGBNをやっているのか。どうして、頑張っているのか。

 それをあえて訊くことをしなかったメグの優しさに感謝しつつ、アヤノは適当にエントリーナンバー1番の女性の名前が書かれたところにチェックを入れて、投票を済ませる。

 

「うーん、皆綺麗ですっごく迷うなぁ……アヤノさんは誰に入れた?」

「エントリーナンバー1番のユーロペって人よ」

「そうなんだ! じゃあ、わたしもその人にしよっと!」

「……それでいいの? いや、ユーナがいいならいいんだけど……」

 

 アヤノが答えるなり、躊躇いなく1番の女性──ユーロペへの投票欄にチェックを入れると、ユーナは投票用紙を審査員の女性へと手渡して、同じく投票を済ませていたメグたちが確保していた席に腰掛ける。

 アヤノもそれに続いて席に座ると、特に何も思うこともせず、結果発表までの時間を茫洋と過ごす。

 

「そういやアヤノとユーナは誰に投票した系?」

「ユーロペさんよ、エントリーナンバーが1番だったから」

「あっはは、ウケる。アタシは知り合いのよしみでエンリって子と、カグヤにはノイヤーって子に投票してもらったけどね」

 

 エンリ。ノイヤー。いずれも聞き覚えのない名前だったが、以前にフォースネストを購入した時、知り合いがどうのこうのとメグが言っていた覚えがあるから、その繋がりなのだろう。

 カグヤもこういったコンテストの類には興味が薄いから、メグの知り合いということで投票したのかもしれない。

 

「お待たせしましたぁ! ここで投票受付終了です! 注目の結果発表は……なんと! 今年のミス・シーサイド第一位は傭兵ダイバー、『星水の麗姫』の異名を持つ『ユーロペ』はんに決定いたしましたぁ!」

 

 焼きそばを頬張って幸せそうな顔をしているカグヤを一瞥すると、アヤノは結果発表の時間だとミスターMSがハイテンションに告げた様を見送って、スタンディングオベーションをする観衆を尻目に、着席したままかき氷の残りを口元に運んでいく。

 果たしてその結果は、アヤノとユーナが投票したユーロペという金髪碧眼の女性が一位だった。

 だが、そこに特別何かを思うことはない。

 ただ、二人が投票した相手がミス・シーサイドの栄冠を手にしたことには少しだけ喜びを感じながら、アヤノは隣に座っていたユーナと二人、そっと微笑みを交わすのだった。




サマーウィー

Tips:

【ユーロペ】…… 「キョウヤ様の愛するGBNを愛する」ことを胸に抱き戦い続ける、個人ランキング120位のチャンプガチ恋勢にして、現在はソロ専傭兵ダイバー。黎明期に所属していたが、失恋と、これ以上自分が残っても迷惑をかけるだけだと脱退したものの、AVALON以外のフォースに所属するつもりはないと恋破れても尚チャンプへの愛を貫いている。現在は傭兵としてあるところに雇われているらしいが……? 乗機はAGE-FXにAGE IIマグナムのレプリカモデルをミキシングしたガンダムAGE-2プレアデス。

【エンリ(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ」)】……「バードハンター」の異名を持つ元GPD勢にして、ランカーに手が届く領域までの高い実力を誇る女性ダイバー。目つきが悪いため年相応に見られないことが密かな悩み。

【ノイヤー(出典:二葉ベス様作「ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ」)】……フォース「ケーキヴァイキング」の自称お嬢様にして、白亜に青眼のイメージを抱かせるダナジンを駆るダイバー。ミスコンにはエンリ同様ある理由でエントリーしたのだが、「ビルドフラグメンツ」はメグ以外その事情を知らない。


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第三十四話「灼熱ビーチサイド・バレー」

かまぼこ初投稿です。


 ユーロペというらしい、金髪碧眼のダイバーがミス・シーサイドの称号を手にすることに遅れて数分、ミスター・シーサイドの方も何やらアヤノたちの知らないダイバーが獲得した旨をミスターMSが高らかに宣言したことで、「グラン・サマー・フェスティバル」午前の部は終了を告げる。

 午後の部は複数のエキシビジョンプログラムが同時進行するということで、裏方に回っていたカザミとチィもスタッフと協力して機材のセットを進め、インターバルとして設けられた空白の時間が、しばらくダイバーたちを包み込んでいた。

 ミスコンの会場となったアイランド・エリアの中心となるセントラル・ビーチからは椅子の類が取り払われて、代わりにスタッフたちが実況席の設営などに勤しんでいることから、アヤノたちも追い立てられる形で少し離れたエリアまで、他のダイバーたちに流されるように移動する。

 

「それでメグ、午後の部は『キャノンボール・バリボー』と『灼熱ビーチフラッグ』に出場するということでよかったかしら」

 

 アヤノはコンソールを操作すると、事前にメモしていたToDoリストを呼び出して、そこに記されていた二つのエキシビジョンプログラムの名前を読み上げた。

 キャノンボール・バリボー。

 それは午後の部のメインコンテンツとなる「グランダイブ・チャレンジinサマー」に負けず劣らずの鉄火場である、というのが事前に調べた限りでの感想だった。

 ガンプラを使った2on2のビーチバレー、というとなんだかほのぼのとして聞こえるが、その実態は無法地帯もいいところな、「故意による相手のコックピット破壊、ボールの破壊」以外はなんでもありというルールが定められている人外魔境だ。

 とはいえ、以前の連戦ミッションで自分たちに水中戦の適性がないことは嫌というほど理解しているし、何よりチャンプまでが妨害役に加わった「グランダイブ・チャレンジ」の方は無理ゲーもいいところである都合、何かエキシビジョンに出るとなれば必然的に「キャノンボール・バリボー」と、「灼熱ビーチフラッグ」のどちらか或いは両方、ということになる。

 アヤノから確認するように問いかけられた言葉をメグは肯定すると、小さくピースサインを作ってにんまりと笑った。

 

「もち。せっかくだから両方出た方がいいっしょ、ちょうど二人ずつに分けられるし」

「……気軽に言ってくれるのね、勝てるとは限らないわよ?」

「そりゃーアヤノとユーナの運動神経信じてる的な?」

「あはは……他力本願じゃないですか、メグ」

「もちろんカグヤにも期待してる系? アタシとG-フリッパーはこういう瞬発力となるとからっきしだからさ」

 

 G-Tubeにアップするための動画として、そして「ビルドフラグメンツ」の活動記録として「グラン・サマー・フェスティバル」のエキシビジョンプログラムに参加しようということでメグと意思確認を行っていたのはいいとして、いざ鉄火場に立つとなると相応に緊張はするものだ。

 そんな震えを誤魔化すかのように扇子をストレージから取り出してぱたぱたと胸元を仰いでいるアヤノとは対照的に、ユーナの方は早速とばかりに、必要もないのに準備運動を始めている。

 

「いっちにー、さん、し……ふぅ、わたしの方は元気満タンですっ! いつでも行けますよ、メグさん、アヤノさん!」

「……頼もしいわ。今回の『キャノンボール・バリボー』、一筋縄では行かなそうだけれど……ユーナ、貴女の反応速度と瞬発力には期待してるわ」

「えへへ、ありがとう! でもアヤノさんも頑張るんだよね?」

「出来る限りはね。全力は尽くすわ」

 

 ああだこうだと口では言っていても、負けるというのは性に合わないし何より癪だ。

 どうせ出場するなら、もらえるものがルームアイテム「ビーチバレーボール」の色違いとトロフィーだけだとしても、死力は尽くす。

 アヤノもユーナに触発される形で軽くストレッチをしながら、口元に小さく笑みを浮かべて、彼女の言葉を肯定する。

 

「アヤノもユーナも頼もしいねー、そんじゃアタシたちも負けないように頑張ろっか、カグヤ」

「ええ、メグ。戦場の趣は異なりますが、拙は気焰が滾っています」

 

 アタシたちの方は個人競技だけどね、と苦笑まじりに付け加えて、メグとカグヤはそのまま「灼熱ビーチフラッグ」の会場へと向かっていく。

 こちらがガンプラを用いたエクストリームビーチバレーだとしたら、あちらの方はその名の通り、ガンプラを用いたエクストリームビーチフラッグといった風情だろう。

 ビーチの真ん中に突き立てられた旗を、四人の参加者の中からいち早く獲得したダイバーが勝ち抜けていく方式のそれは、メグが事前に零した通り、武器の使用こそ禁じられていてもトランザムシステムなどのブーストアップ機構には使用制限が設けられておらず、身軽であるとはいえ、推進力に長けているわけではないG-フリッパーでは苦戦を強いられる、という見立てはそう間違っていない。

 カグヤのロードアストレイオルタもそれは同じであり、当初は「光の翼」を持つアヤノが灼熱ビーチフラッグに出場する案もあったのだが、キャノンボール・バリボーの方もキャノンボール・バリボーの方で、時限強化無制限の戦場になる。

 そういうことから、一番勝率が高そうなアヤノの機体と運動神経に優れて、同じく時限強化機構を持つユーナが組んだ方がいいという結論に達したため、アヤノたちはこうしてハイパーモードに突入したゴッドガンダムと、FXバーストモードを起動したガンダムAGE-FXが目にも留まらぬ速さでラリーの応酬を繰り広げている鉄火場へと参戦することになったのである。

 第一試合はもう始まったばかりだったが、事前にエントリーは済ませていたことと、出番が大分後の方だったから、アヤノたちは遅刻を免れていた。

 しかし、こうして見ていると、それだけで胸焼けを起こしそうな光景が、キャノンボール・バリボーの会場には広がっている。

 

『さあ始まったぜ、キャノンボール・バリボー! つっても俺は今回が初実況なもんで、どんなもんかと思ったら第一試合から迫力全開! 正直最初からトップギアでついていけるかちょいと不安だが、その辺どう考える、解説のチィ……さん?』

『あー、チィはチィでいいよ。さんとかいらない……まあねぇ、チィもこれに参加したことあっけど、こうして俯瞰してると相変わらずぶっ飛んだことやってんなーと思うよ』

 

 カザミに話題を振られた、解説席に腰掛ける、黄色いレオタードにシースルーのパレオを纏わせた普段のダイバールックからは一転、俗にいうスクール水着に身を包んだチィはいつもの調子でそう返す。

 実況席に腰掛けるカザミの方も水着姿であり、一際盛り上がっている「グランダイブ・チャレンジ」の実況解説を行っているミスターMS達も同様の格好をしている辺りは夏フェスといったところだろう。

 

『さあ第一試合、さっそく凄まじいもんを見せられてるわけだが……今のところ戦況は互角だ! どう見る、チィ?』

『んー、そうだね、強いて言うなら不利なのはFXの方だねぃ』

『なるほど……で、その根拠は?』

『単純だよ、ゴッドガンダムのハイパーモードは別に全身攻撃判定になるわけじゃないけど──』

 

 チィの解説を遮るように、ぱぁん、と破裂音を立てて何かが飛び散る。

 その正体は粉々になったビーチボールであり、ゴッドガンダムが放ったスマッシュをレシーブで返そうとして、全身から生えているビーム刃にボールが触れてしまった、その結果だった。

 

『まー、FXの場合全身攻撃判定だから、ちょっと受けるベクトル間違うとああなっちゃうわけだよ』

『なるほど、ありがとうございましたぁ! と、いうわけで第一試合、「AGEシステムズ」の、キオ・キノーノ選手の失格に伴い、勝ったのはフォース「赤飯天驚拳」のお二人だ!』

 

 カザミの宣言を聞くと同時に、観客席に陣取っていたダイバーたちがわあっと一斉に歓声をあげる。

 一応、AGE-FXを操っていたキノーノというらしい選手は故意にボールを破壊しようと思ってやったわけではなさそうだったが、レシーブを返そうとした時にビーム刃へとボールが接触してしまったことが能動的、の部分に引っ掛かったのだろう。

 アヤノはその理不尽とも取れるルールに嘆息しながらも、迂闊にビーム・シールドやブランド・マーカーを使ったりは何より厳禁で、或いは攻撃判定を持つ光の翼も危険かもしれないと気を引き締める。

 何事も、明日は我が身なのだ。

 純粋に、瞳を煌めかせながら競技を見ているユーナの方を見遣ると、アヤノはその小動物的な愛らしさに少し毒気を抜かれながらも、ぴしゃりと頬を叩いて気を引き締め、会場へと歩んでいくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『さあ始まったぜ、「キャノンボール・バリボー」第四試合! これで一回戦のカードは全て出揃った形だな!』

『対戦カードは……ふむふむ、こいつぁ興味深いねぃ、新進気鋭の売り出し中フォース、「ビルドフラグメンツ」と、キャノンボール・バリボー常連! 渚で返せぬ球はない、「宇宙水泳部」の激突だ!』

『特に「ビルドフラグメンツ」は最近配信でヴァルガに行ってたハリキリフォースだ、そんな奴らが常連の「宇宙水泳部」が強みにしてる連携にどう立ち向かっていくのか! 選手入場だ!』

 

 実況と解説のマイクパフォーマンスに乗せられて、観客たちのボルテージも一段と高く引き上げられ、万雷の拍手と喝采の中で、アヤノとユーナたち「ビルドフラグメンツ」は、その対戦相手となった「宇宙水泳部」とコートの中で対峙する。

 その名の通り、「宇宙水泳部」はガンダムシリーズに登場する水陸両用モビルスーツのみで構成されたフォースであり、今回選抜されたメンバーは「機動戦士ガンダム」に登場する【アッガイ】と、「機動戦士ガンダムSEED」に登場する【ゾノ】という、宇宙世紀とアナザーガンダムの垣根を越えた編成になっている。

 砂浜で水陸両用モビルスーツを使う、というのは理にかなっている。

 事実、「宇宙水泳部」はキャノンボール・バリボーの常連であり強豪として名高く、二年前は「リビルドガールズ」に一回戦で土をつけられているものの、それより以前には常に準決勝から決勝戦に顔を出していた常連であるらしい。

 らしい、というのはアヤノが今コンソールを操作して調べた限りでの情報だからだが、なんにしても、一筋縄ではいかないことは確かだろう。

 サーブ権が相手にあることを確認し、ホイッスルが高らかに吹き鳴らされるのと同時に動き出したアッガイが、ボールを天高く放り投げ、伸ばした腕でそれを打ち据える。

 

『悪いがお嬢ちゃんたち、ここは我々「宇宙水泳部」の庭! そう易々と突破できるとは思わないでいただこうか!』

『うむ、シモムラ! さあ、我らの鉄壁のディフェンスと変幻自在のオフェンス、破れるものなら破ってみるがよい!』

 

 威勢のいい啖呵と共に打ち出されたバレーボールは、彼らの自信に違わず凄まじい速度でコートの隅、そのギリギリまで攻めたところを狙っていた。

 着弾点を算出したアヤノは、小さく舌打ちをすると、出し惜しんでいる暇はないとばかりに「光の翼」を展開し、その妙技を速度で上から捻じ伏せる。

 

「ユーナ、行ったわよ!」

「任せて、アヤノさん! やるよ、アリスバーニング!」

 

 アヤノがレシーブに成功したことで再び天高く舞い上がったボールに、ユーナは全力で喰らい付こうとバーニングバーストシステムを起動させて跳躍、絶好の位置に飛んできたバレーボールを、炎を纏うその平手で思い切りスパイクする。

 

『これは速い! 「ビルドフラグメンツ」のアヤノ選手、光の翼を展開することでコートギリギリを狙って放たれたサーブを阻止して、ユーナ選手の攻め手へと繋いだ!』

『普通のバトルならある程度は出し惜しんでなんぼの切り札だけど、今回はキャノンボール・バリボーだからねぃ……果たしてこの選択が吉と出るか凶と出るかは乱数の女神様次第、ってとこかな』

『解説サンキュー! さあ、一転守勢に回った「宇宙水泳部」! 凄まじいパワーで打ち出されたスパイクをどう捌く!?』

 

 機体の膂力を強化して打ち出されたスパイクをどう捌くか。

 それはカザミが言った通り、ブーストアップ機構を持たない「宇宙水泳部」が「リビルドガールズ」に土をつけられた要因であり、またそこで浮き彫りになった課題でもあった。

 そこでシモムラが導き出した結論はシンプルであり、レシーブの方向性を変えることで弾の勢いを削ぎ、ディフェンスが不得意なゾノではなくアッガイが柔軟性を活かしてゾノのオフェンスへと繋げる、というものだった。

 ぎゃりぎゃりと、旋盤で金属を削るような、およそバレーボールに相応しくない音を立てながら、アッガイの腕と強烈なトップスピンがかかったボールが擦れ合い、火花を散らしながらもなんとか後方へのレシーブは成功し、シモムラが操るゾノへと攻撃の手番が回される。

 

『任せたぞ、シモムラ!』

『うむ、レッドノーズ! 受けてみろ、これが宇宙水泳部式必殺スパイクだ!』

 

 シモムラのゾノは、ユーナに負けじと天高く跳躍し、そしてレッドノーズと呼ばれたダイバーから繋げられたボールを、攻撃のチャンスを最大限に活かすため、今度はアヤノが駆け出していったところとは反対、コートの右隅を狙って強烈なスパイクを打ち放った。

 

「ユーナ、スイッチ!」

「はい!」

 

 だが、初撃だけで試合が決まると思っていないのはアヤノたちも一緒だ。

 先ほどまではディフェンスを担当していたアヤノと入れ替わる形で、着地したアリスバーニングガンダムはその背中から炎を揺らめかせ、コートの右隅に落ちようかとしていたその球を拾い上げる。

 勢いを削ぐことで、アッガイがディフェンスを担当していることであの強烈なスパイクを放たれることに繋がったのであれば、同じ過ちは繰り返さない。

 アヤノはキャノンボール・バリボーのルールを頭の中で誦じながら、ユーナが繋いでくれたバトンを受け取るように、打ち上がったボールへとスパイクを叩き込む。

 ──それはコートの隅ではなく、シモムラが操るゾノを狙って。

 あくまでキャノンボール・バリボーで禁止されているのは相手のコックピットを故意に狙うことであって、相手のブロック失敗を狙ったスマッシュまでは禁止されていない。

 この辺りは先ほどのAGE-FXが失格となった裁定よりも曖昧な部分であるため、正直なところアヤノも失格になることを覚悟した上での博打だったのだが、伸るか反るかで打って出た賭けは、果たしてよい結果をもたらしてくれたようだった。

 

『ぬおおおおおお!?』

『シモムラ! 耐えろ! 耐えるんだ!』

 

 反射神経の良さが仇となったのか、「光の翼」による加速を乗せて打ち出されたバレーボールは、シモムラのゾノがレシーブしようと差し出していたクローアームに直撃し、めきめきと何かが潰れるような音を立てて、その関節部に甚大な負荷をかけていく。

 もしここでレシーブをしない、という選択肢を取っていたのであれば、一点を取られるだけで終わったか、或いはアヤノが失格を取られていた可能性だってあっただろう。

 だが、シモムラはその反射神経から、ボールに手を出してしまった。

 こうなれば扱いとしては、スパイクを自らレシーブしにいった、という大義名分が成立し、その結果がどうなったとしても、責任はあくまでもシモムラに還元される。

 ぐしゃっ、と、あまり聞いていて愉快ではない音を立ててゾノの腕部がへし折れると、ボールはコートの外へと弾き出されて点々と砂浜を転がっていく。

 

『そこまで! チームメンバーの行動不能によって、勝者は「ビルドフラグメンツ」のアヤノ選手とユーナ選手に決まったァ!』

『あちゃー、まあ受けちまったんなら自業自得ってやつだねぃ、それはともかく会場のにーちゃんねーちゃん、勝者には盛大な拍手をお願いすっかんね!』

 

 そして、ルールである「チームメンバーの一人でも試合を続けられる状態にないと判断された場合は相手の勝利となる」というこれまたぶっ飛んだ裁定に従って、勝者となったのはアヤノたち「ビルドフラグメンツ」だった。

 

「アヤノさん!」

「ええ、ユーナ」

 

 ──グッドゲーム。

 本当にその内容が良かったのかどうかはさておき、次の試合に駒を進められたことをまずは祝って、アヤノのクロスボーンガンダムXPと、ユーナのアリスバーニングガンダムはその拳を軽く突き合わせるのだった。




帰ってきたエクストリームビーチバレー


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第三十五話「妖精の女王」

気温が徐々に上がってきてるので初投稿です。


「……と、いうわけよ。こちらの方は決勝戦まで進めたわ」

 

 キャノンボール・バリボー準決勝戦、何の因果か一回戦で「AGEシステムズ」を破っていた「赤飯天驚拳」を死闘の末に討ち果たしたアヤノは、少しだけ疲れた様子で、灼熱ビーチフラッグに参戦していたメグたちへと通信を送っていた。

 死闘という言葉も生温いほど、ハイパーモードのゴッドガンダムとマスターガンダムのタッグで構成された敵のチームは瞬発力にもパワーにも優れていて、光の翼とバーニングバーストシステムを持ってしても、勝てたのは紙一重だったといっていい。

 ゴッドフィンガーから打ち出される猛烈なスパイク、そして武器を相手に向けて使用することは禁止されているが、武器の使用そのものは禁止されていないというルールの抜け穴をついて行われるマスタークロスを用いた鉄壁のレシーブは容易に崩せるようなものではなかった。

 そのため、準決勝戦の展開は機体と球の速度以外は比較的まともなビーチバレーじみた、相手の隙をついて点を取っていく光景が広がっていたのだが、やはり試合の決め手になったのはユーナの存在だろう。

 インターバルとして設けられた時間を利用し、露店コーナーまでひとっ走りしたことで購入したソフトクリームに舌鼓を打っているユーナを一瞥し、アヤノは相変わらずその底無しの体力に感嘆する。

 

『おっ、おめでとうアヤノ! アタシの方は二回戦負けだったけど、カグヤは順調に準決勝まで進んだかなー』

 

 あまり誇れるものではない成績に自嘲しつつも、通信ウィンドウに映るメグはアヤノの健闘を称えて満面に笑みを浮かべていた。

 瞬発力が問われる灼熱ビーチフラッグにおいては、トランザムシステムのようなブーストアップ機構が有利に働くというのが定説だが、それを覆して準決勝まで進んでいるカグヤの運動神経と操作技術も、相変わらず並外れている。

 以前の初心者狩りが口にしていたが、GBNにおいて、太陽炉──GNドライヴはかなり人気の高いパーツだといってもいい。

 調整が入る前の黎明期は、とりあえず積んでおけといわんばかりのハイスペックで、誰も彼もがトランザムをしていたのだが、今はそのために要求される完成度の水準が引き上げられていたり、適当に積みまくれば反動に耐えきれず自壊するなどの下方修正がかけられているのだが、それでも上位ランカーの多くがGNドライヴを採用している辺り、その人気が窺えることだろう。

 特にトランザムシステムは、一度発動すれば効果時間が切れるまでは莫大なブーストアップ効果をもたらしてくれるため、上位勢の中でも「ビルドダイバーズのリク」や、この前戦った「獄炎のオーガ」、そして「FOEさん」といった錚々たる面々がこぞって採用しているからこそ、人権と呼ばれることも少なくないのだ。

 とはいえ、トランザムが、太陽炉が現バージョンにおいて、それほどのものかと問われれば、答えは否である。

 メグから送られてきたハロカメラの録画映像を見れば、そこにはガンダムエクシアがトランザムシステムを発動させた刹那の間隙を縫って疾駆し、見事にビーチフラッグを勝ち取るカグヤの姿が収まっていた。

 トランザムは音声入力の都合上、発動までに僅かなタイムラグが存在する。

 つまり、灼熱ビーチフラッグの舞台でそのブーストアップにおける恩恵に預かる場合、たとえ一瞬、一秒でもスタートから出遅れるというリスクとトレードオフになるのだ。

 そこを突き、身軽なことと瞬発力に長けていることを活かしてフラッグを奪還しているカグヤの反射神経は見事であると同時に、尋常ではないものだった。

 アヤノはそこに僅かな戦慄と、同時にちょっとした羨望のようなものを覚えて、フォースにおける役割が違うとはいえ小さく溜息をつく。

 これで未完成だというのだから恐ろしい。

 そんな調子で、カグヤの試合が始まるということもあって切られた通信ウィンドウを閉じたアヤノは再度嘆息し、インターバルも終わりに近いということでコートへと向かっていく。

 

「アヤノさん、どうしたの?」

「どうした……って、何が?」

「んー、と……その、元気なさそうに見えたから」

 

 ユーナはソフトクリームを残さず綺麗に平らげると、ぱたぱたとアヤノの元へと駆け寄るなり、そんなことを問いかけていた。

 そんなにわかりやすいのだろうか、と、アヤノは自嘲するが、何よりユーナの洞察力が鋭いのも理由の一つだろう。

 ユーナは周りをよく見ている。

 戦場では、まだ自分の戦いで手一杯になってしまうところはあるが、それでも彼女がフォースメンバーのことをよく見ているのは、この前のヴァルガでの武者修行がしたいという本音をカグヤから引き出したことからも伺えて、その伸び代は非常に高いといってもいい。

 対して自分はどうなのか、と、アヤノは時たま考えることがあるが、上を見れば果てしなく、下を見ればキリがないのがGBNという世界だ。

 だから、そんなことは気にするだけ、そして気に病むだけ体に毒でしかない。

 

「……そうね、少し考え込んでしまっていたから。でも、もう大丈夫よ」

「そうだったんだ! なら良かった! わたし、またアヤノさんの足を引っ張っちゃったんじゃないかって、不安だったから!」

 

 対してユーナも、何も考えていないわけではなく、何かしら思うどころを抱えていたようだったが、むしろキャノンボール・バリボーに限っては彼女の独壇場だ。

 そんな心配をする必要はない、とばかりにアヤノは小さく微笑むと、自分よりも少しだけ背の低い親友の髪の毛をそっとなぞった。

 

「わひゃあ!? くすぐったいよ、アヤノさん!」

「緊張は解れた?」

「えっ? あ……うん! そういえばそうかも!」

「なら良かったわ、行きましょう、ユーナ」

 

 ──決勝戦へ。

 インターバル終了を告げるホイッスルが鳴り響くと同時に、ユーナは首を何度も縦に振ってアヤノの言葉を肯定すると、何かを促すように小さく手を差し伸べて、その瞳を覗き込んだ。

 その意味を知っていても、本当にいいのかと困惑するアヤノの瞳を覗き込む、ユーナの桜色に染まったそれはむしろ強く求めるかのように輝きを増して、頬もまた赤みを帯びていくのがわかる。

 アヤノが恐る恐るといった調子で手を繋ぐと、ユーナもまた少しだけそこに躊躇いと恐れのようなものを抱きながらも手を握り返して、伝わってくる体温にもたれかかるように、身を委ねていた。

 決勝戦の相手は、「リビルドガールズ」というらしい。

 らしい、というのは今し方調べたばかりで情報が中々頭に入って来ないからだが、強豪フォースにして、「三桁の英傑」を三人も抱えているという武闘派だということは、調べて行き着いたwikiの項目にも記されている。

 それでも不思議と、恐れは湧かなかった。

 例えそれが思春期の見せる不可思議な全能感に囚われたからであったとしても、ユーナがいる限り自分はどこまでも飛んでいけるような、そんな気がして、アヤノは口元が自然に綻ぶのを感じとる。

 そうだ。負けないし負けられない。

 少なくとも、今は。

 親友の隣に立っているから、と、そんなシンプルかつプリミティブな理由が抱かせる闘志を滾らせて、アヤノとユーナは、決勝戦の舞台へと臨むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『そんなわけで、お互いいい試合にしようねっ☆』

 

 さながらアイドルのように、フリルがこれでもかとあしらわれた衣装に身を包んだ少女──「リビルドガールズのアイカ」は試合前の握手でアヤノに手を差し伸べながら、目の脇にピースサインを小さく作ってみせる。

 リビルドガールズのアイカ。知る人ぞ知るといった小規模ながらも強豪フォースとして有名なこのユーナと似た色の髪の毛をした少女は、悪ノリやふざけたものを除けば「妖精の女王」という二つ名が付けられている程度には実力派だ。

 

『よ、よろしく……お願いします……えへへ』

 

 その隣でユーナと握手を交わしている、銀髪に鳶色の瞳というダイバールックに身を包んだ少女、リビルドガールズのエリィもまたアイカと同じ三桁の英傑にして、「光条の白兎」という二つ名で呼ばれる程度には武闘派として鳴らしている。

 性格こそ気弱そうだが、囁くような声には確かな芯が通っていて、このエリィという少女もまた一筋縄でいく存在でないと、アヤノの本能はしきりに警戒のアラートを鳴らしていた。

 

『さあ、始まろうとしているキャノンボール・バリボー決勝戦! ここまで快進撃を見せてきた「ビルドフラグメンツ」だが、相手はなんと解説のチィも所属しているあの「リビルドガールズ」だ! さて、戦況をどう見る、チィ?』

『どーもこうもないよ、カザミのにーちゃん。アイカとエリィの連携は身内贔屓を除いたってニコイチだ。「ビルドフラグメンツ」のねーちゃんたちはそれをいかに崩せるかってとこに勝敗はかかってるね』

『なるほど、それほどまでに熱く交わされた絆ってことだな! しかしここまでの進撃を見せてきた「ビルドフラグメンツ」、これはもしかしたらやってくれるかもしれないな! そんじゃあ、張り切って試合開始といくぜ!』

 

 カザミとチィが言葉を交わしていた通り、「リビルドガールズ」が凄まじい存在であるというのは、相対するガンプラの完成度を通じてアヤノもまた、ビリビリと感じ取っている。

 サーブ権を与えられたのはいいが、迂闊なところに出せばすぐに追いつかれることだろう。

 ピンク色とウォームホワイトを基調に、可愛らしくまとめられた【フェアリライズガンダム】も、その後ろに陣取る、キハールIIの改造機と思しき【リビルドウォート】も、並大抵の存在ではない。

 

「狙うとするなら……!」

『エリィちゃん!』

『……はい、アイカさん……! トランザム!』

 

 いやらしいコース取りによるサービス・エース。

 今のところ、勝つにはこれしかないとばかりに、アヤノは光の翼を展開して跳躍すると、一回戦で対峙した「宇宙水泳部」のように、コートの隅ぎりぎりを狙ったサーブを放つ。

 だが、それは相手も織り込み済みだったようで、明らかに陸戦適性が低そうなのにも関わらず、トランザムシステムを初手から切るという手法で見事にアヤノが打った球を拾い上げると、スパイクを決めるのにちょうどいい高さまでそれを打ち上げてみせる。

 

『システム・フェアリィ・テイル、起動! さあ、行っくよー……これで、くたばれぇぇぇぇッ!!!』

 

 先ほどまでのアイドル然としたロールプレイからは一転、闘志をむき出しにしたアイカはエリィが拾い上げた球を、お返しだとばかりにシステム・フェアリィ・テイルと呼ばれる時限強化を作動させながら、全力のスマッシュで「ビルドフラグメンツ」側のコートへと叩き込む。

 

「応えて、アリスバーニング! おおおおっ! 炎、レシーブっ!」

 

 だが、ただで引き下がるつもりはないのはアヤノたちも同じだ。

 ユーナもまた勇ましくバーニングバーストシステムを起動させると、ぎしぎしと軋む音を立てながらもその殺人スパイクを見事に受け止めて、アヤノへと攻撃のチャンスを繋いでみせる。

 しかし、それも持ったところであと二、三回が限度だろう。

 一発のスパイクを受けるだけでユーナの通信ウィンドウにイエローコーションが瞬いているのを一瞥し、アヤノは「三桁の英傑」が誇る圧倒的なパワーに戦慄する。

 さながらそれはあの時ハードコアディメンション・ヴァルガで「獄炎のオーガ」と対峙した時とよく似た感覚であり、あまりにも高いその壁に、思わず足が竦んでしまいそうだった。

 それでもアヤノは歯を食いしばり、相変わらずコートのぎりぎりを狙ったスパイクで果敢に攻め立て、「リビルドガールズ」の二人に食い下がってみせる。

 

『初撃から強烈な一撃だ! こいつは……ヤバいぜ、受け切れたのはファインプレーだが、この状況をどう見る、チィ?』

『んー、そうだねぃ……アヤノのねーちゃんもユーナのねーちゃんも一発受け切った時点で大分すげーと思うけど、あいつらは追い込まれるとギアが入るタイプだからな、土壇場ってなった時のアイカとエリィはそりゃもう恐ろしいぜ』

『解説サンキュー! しかしこの状況、絶妙なコントロールで放たれたスパイクは恐らく後衛のエリィ選手を揺さぶる為のものってとこだろうな……トランザムが切れるのが先か、それともどっちかが倒れるのが先か! 俄然目を離せない試合になってきたぜ!』

 

 エリィのリビルドウォートは、恐らくその名の通りウーンドウォートかその派生機を原型としている都合で、腕が他のガンプラよりも短いという弱点がある。

 それをトランザムの機動力で無理やり補っているのだが、トランザムには発動限界があるとなれば、アヤノたちが狙うべき作戦は、掴み取れそうな勝ち筋はそこにしかない、ということになる。

 そして、それは相手としても百も承知といったところなのだろう。

 だからこそ、アイカは強烈なスパイクによって点を取るか、もしくはレシーブさせた相手の機体を行動不能にするかを狙っているのであり、今回もまたエリィが嫌らしいコース取りの弾をレシーブしたことで、その手番がフェアリライズガンダムへと、妖精の女王へと回ってくる。

 

『エリィちゃんのために……』

「来るわよ、ユーナ! スイッチを!」

「は、はい! アヤノさん!」

『くたばれぇぇぇぇッ!!!』

 

 相変わらず可愛らしい声音とダイバールックにそぐわない、ギラつく闘志が滾る雄叫びと共に、アイカは次弾装填完了、といった風情に再びシステム・フェアリィ・テイルの膂力を利用したスマッシュを打ち出した。

 損傷が激しいユーナにこれ以上無理をさせれば作戦が破綻すると、アヤノはボールが損傷しないことを願いながら、ブランド・マーカーに光の翼を纏わせて、さながら「光の衣」に包まれたその腕でアイカのスパイクを真っ向から受け止める。

 だが、それでも。

 

「くっ、抜かったわ、ユーナ……!」

「ううん、大丈夫だよ! アヤノさん!」

 

 それでも足りないとばかりに強烈な摩擦音を立てたボールは明後日の方向へと飛んでいき、ユーナの攻撃には繋がらない──そう、アヤノが絶望しかけた矢先だった。

 ユーナはアヤノの謝罪にそう答えると、スラスターを使わずに跳躍、明後日の方向にすっ飛んでいったボールを、オーバーヘッドキックで受け止めながら、そのまま相手のコートへと叩きつける。

 

『おっと、これは!? 脚だ! ユーナ選手、脚でボールを受け止めて蹴り飛ばしたぁ!』

『ボールは友達ってねぃ、まあ武器使うのも脚使うのもルール違反とは書いてないし、こいつぁファインプレーだね』

 

 ユーナが放った脚でのスパイク──漫画に出てくるようやオーバーヘッドキックは、コースこそ直線であったものの、バーニングバーストシステムの威力を乗せて放たれたことも手伝って、アイカのスパイクに匹敵するものとなっていた。

 万事休すかと、今度こそ劣勢に追い込まれた「リビルドガールズ」だったが、ここで止まるようならば彼女たちは三桁の世界に足を踏み入れてなどいない。

 

『エリィちゃん!』

『はい、アイカさん……!』

 

 最早お互いの名前を呼ぶ以上のコミュニケーションなど必要ないとばかりに、交わした視線を合図にすると、エリィはトランザムの膂力と計算を活かして、機体の腕が破損しない範囲でユーナが放った一撃をレシーブした。

 勢いを殺しながら上手くレシーブして見せたことで、球は絶好のポジションへと跳ね上がり、今度こそ、三度目の正直とばかりにフェアリライズガンダムに、それを駆るアイカへと攻撃のチャンスを巡らせる。

 そして、二撃目を捌き切ったのはいいものの、「ビルドフラグメンツ」の二人は完全にその姿勢を崩していて、もはや機体のダメージアウトなど狙わなくとも良いという様相を呈していた。

 

『これでぇぇぇぇぇッ!!!』

「ッ、負けて、たまるかああああッ!」

 

 咆哮するアイカに負けじと叫んで、アヤノはなんとか機体を立て直そうとしたものの、フェアリライズの膂力から放たれた一撃は重く、そして速く、関節が軋みを立てるクロスボーンガンダムXPでは、いかに光の翼を展開していても追いつけるかどうかはわからない。

 それでも、一点を貰うのではなく、必死にボールを弾き返そうとするアヤノの姿勢は見事なものだった。

 光の衣を纏った腕が、スパイクを弾き返そうと必死に伸ばされ、その球自体に触れたまではよかったのだが──同時に腕部関節の耐久値が限界を迎えることで、クロスボーンガンダムXPの右腕が脱落する。

 

「……ごめんなさい、ユーナ」

「ううん、大丈夫! だってアヤノさん……頑張ってたから!」

 

 敗北の味というのは、何度味わっても、どんな競技であったとしても苦く舌の上で解けて、鼻の頭にこみ上げる塩辛さに変わっていくものだ。

 

『アヤノ選手、試合続行不能! よって、勝者は「リビルドガールズ」の二人だぁッ!』

 

 カザミがそう告げると同時に沸き立つ観客席からの歓声を背に、今だけは勝者も敗者も関係ないとばかりに、「リビルドガールズ」と「ビルドフラグメンツ」の四人は機体から降りると、コートで硬い握手を交わす。

 

「グッドゲーム、アヤノちゃん☆」

「こちらこそ、グッドゲーム……アイカさん」

 

 その世界は遠くとも、目指す先は果てないとしても。

 これもまた一つの糧になるとばかりに、アヤノとユーナはほろ苦い敗北を噛みしめながら、アイカとエリィの手を握って、そっと微笑み合うのだった。




彼女たちの帰還

Tips:

【リビルドガールズ】……例の彼女たち。似非アイドルと泣き虫で内気な少女と銭ゲバロリと元自治厨の四人で構成される、結成から二年が経った今ではすっかり実力派フォースとして名を馳せる存在。それを示すように、アイカ、エリィ、アキノは三桁ランカーにまで昇格している。尚、アイカ本人は武闘派ではないと頑なに主張しているものの、中々その風評は覆らない模様。


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第三十六話「夏の祭りのその後に」

第三部が完結するので初投稿です。


「いやー、試合見てたけど惜しかったね、アヤノ、ユーナちゃん!」

 

 灼熱ビーチフラッグに敗退したことで、観客席に移動していたメグは、あらかじめリザーブしておいた席にアヤノとユーナを呼び出すと、二人をぎゅっと包み込むように抱き締めながらそう言った。

 惜しかった、というどころか、むしろ完敗に近かったのだが、それでも健闘したことには違いないと、そういう意味でメグは惜しかった、と、二人をそう評したのだろう。

 

「えへへ、ありがとうございますっ、メグさん!」

「ええ、そう言ってくれると嬉しいわ」

 

 誰が呼んだのか、GBNにおける個人ランキング──ワールドランキングが三桁以上に突入したダイバーを指して、人はそれぞれ「三桁の英傑」、「二桁の魔物」、「一桁の現人神」と、そう評する。

 その中でもアヤノたちが戦ったのは「英傑」に当たるアイカとエリィだったのだが、実際のバトルではないにしてもそのガンプラの完成度の高さや連携の質、操作技術共に全てが高い水準にあると感じさせるほど彼女たちの実力は凄まじく、正直に言ってしまえば戦いが終わった今でもわなわなと震えているぐらいだ。

 だが同時に、アヤノはそこに一つの「高み」を、カグヤのように言い換えるのなら「武」を見たような、そんな気がしていた。

 

「……負けてしまったけど、得られるものは多かったわ」

 

 自分とクロスボーンガンダムXPも、いつかはあの領域まで羽ばたくことができるのだろうか。否、羽ばたいてみたい。

 そう思わせるほどにあの「妖精の女王」が渚を戦場に舞う姿は美しく、戦場全体を俯瞰して、全ての状況を己の手の内で転がす「掌握の白兎」の手管には舌を巻いた。

 だからこそ、敗北であったとしてもそれは次に活きるものだと、アヤノはそう確信していたのである。

 だが、ユーナの方はそんな再起に燃えるアヤノとは対照的に、一瞬だけその表情に影を落とすと、どこか彼女を羨むように、曖昧な笑みを浮かべて、観客席に腰掛けていた。

 

「あっはは、なんだかカグヤみたいなこと言ってるね、アヤノ」

「……そうね、カグヤにも……いえ、『ビルドフラグメンツ』の皆と会えたからこそかもしれないわ」

 

 一人ぼっちのままならきっと、憧れを燻らせることしかできなかった自分はどこかで諦めていたのだと、心の底からそう思う。

 アヤノにとってのGBNは、あくまでも与一への義理立てから始まったものでしかないからだった。

 そんな理由でふらふらと、泡沫のように電子の海を漂っていればいつかのようにまた、燻っている熱の残滓さえ消え去って、今度こそガンプラにすら触らなくなってしまったのではないかと考えると、ぞくりと背筋に悪寒が伝うのを感じる。

 それでも、こうしてGBNの世界でアヤノが曲がりなりにも前を向けているのは、出会いがあったからだ。

 始まりは、どこまでもお人好しでアホの子なユーナを義侠心から助けたこと。

 実況のカザミと、解説のチィが「灼熱ビーチフラッグ」決勝戦の開始を告げると同時にアヤノは、その舞台に立つカグヤを、ロードアストレイオルタと、仮面の下に押し込められているモビルドールカグヤを一瞥し、その姿を焼き付けるように静かにそっと目を伏せる。

 そして、ユーナに導かれるままにGBNを歩き続けて、「月下の辻斬り」と呼ばれていた時代のカグヤと出会った。

 目蓋を持ち上げれば、そこにはビーチを駆け出すカグヤと、「灼熱ビーチフラッグ」の決勝戦常連であるダイバー「ミスミ」が、渚を舞台にシノギを削る戦いを繰り広げる姿がある。

 カグヤは確かに強い。今の段階でも十分すぎるほどに。

 だが、彼女は上を目指して、飽くなき「武」の道を歩み続けている。

 その姿は、きっとメグに言われた通り、自分に少なからずいい影響をもたらしているのだろう。

 アヤノが想いにふける間にも、カグヤは歯を食いしばり、そして標的である、浜辺に突き立てられたフラッグを目指して駆け抜けていく。

 

『速い、圧倒的に速いぜカグヤ選手! ミスミ選手も負けてないが、この差を埋めるのは難しい!』

『こいつぁヤバいねぃ……カグヤのねーちゃんのフィジカルは圧倒的、トランザムも一瞬の隙をついてぶっちぎったのは伊達じゃねーってね』

『さあ、迫る! 迫るぜ、カグヤ選手とロードアストレイオルタ、今ミスミ選手に大きく差をつける形で、フラッグを勝ち取った!』

 

 そして見事にフラッグを勝ち取り、客席の歓声に応えるように、控えめながらもカグヤは小さく手を振ってみせる。

 だが、彼女が見つめているのはきっとヒートアップする観衆ではなく、万雷の拍手と喝采に応えているのでもなく、ただ一人、自分の勝利をまるで我がことのようにはしゃぎながら祝ってくれているメグだけなのだろう。

 そうだ。

 誰かのために全力になれるという意味では、メグもまた見習うべき存在に違いはない。

 出会いの時こそ、カグヤのフォース加入を賭けてぶつかり合ったものの、それだってメグが彼女のことを純粋に思っているからで、負ければ素直に身を引くつもりだったのも、普段はどこか砕けた調子でいるものの、変なところでは生真面目なメグらしいと、アヤノは一人苦笑する。

 自分はきっと、出会いに恵まれていた。

 アヤノは一人、その事実を噛みしめるかのように目を伏せて、カグヤへと拍手を送りながらも、これまで歩んできた足跡を振り返る。

 それは「ビルドフラグメンツ」の面々に出会えたことだけではない。

 マギーやチャンピオンに出会ったことで、GBNに根差す人の善性をまだ信じることができた。

 レイドバトルに参加したことで、仲間と協力することの重要さを、背中を預けられる仲間がいるという頼もしさを、「アナザーテイルズ」から教えてもらった。

 そして迎えたシャフランダム・ミッションでは、ニチカという、カグヤが超えるべき壁と刃を交え、「ビルドフラグメンツ」になってからはCAAとの初陣を勝利で飾り、そして。

 再び訪れたハードコアディメンション・ヴァルガで、アヤノはそこにカグヤと同じ「武」を、その極致である「獄炎のオーガ」と刃を交え、己がまだまだ未熟であると教えられた。

 そして今日だって、あの妖精の女王、「リビルドガールズのアイカ」と「リビルドガールズのエリィ」というGBNでも指折りの仲良しコンビにして実力者と刃を交えたことで、己の憧れを、燻り続けていたその心を確かめることができたのだ。

 優勝者に向けて賞金の10万BCと副賞の金の浮き輪が与えられる閉会式を、そこに立つカグヤの勇姿を目に焼き付けながら、アヤノは改めて、今まで歩んできた道を振り返る。

 決して平坦な道ではなく、そして今もまだ道の途中であることには違いないけれど、そんなことを考えてしまうのは、きっと。

 隣を見れば、メグと抱き合って、まるで自分のことのようにカグヤの勝利を祝っているユーナの姿が目に映る。

 本当に、ユーナらしい。

 そう苦笑するアヤノのこともきっと目に入っていないのだろう。

 きらきらと瞳を輝かせながら盛大な拍手を送る親友に合わせて、そして自分の心にも沸き起こる確かな喜びに身を委ねて、アヤノもまた盛大な拍手で、慣れないインタビューに答えているカグヤを祝った。

 

「いやー、良かった良かった! カグヤも立派になっちゃって……」

「ダメですよ、メグさん! 嬉しい時は笑うんです、泣くんじゃなくて!」

「あっはは、ウケる。それもそだね、ユーナちゃん」

 

 感極まって目頭を抑えるメグは、本当にカグヤのことをまるで自分の妹か、そうでなければ娘のように気遣っているのだろう。

 その辺りの経緯をアヤノは全く知らないものの、二人がそれほど硬い絆で結ばれているということぐらい、見ていればわかる。

 

『ありがとうございます。こうして拙のような者がこの舞台に立てたのも……全てはメグと、「ビルドフラグメンツ」の皆様のおかげです。だからこそ、この勝利は彼女たちにこそ捧げるものです』

 

 チィからのインタビューをそう締め括って、カグヤは観客席に向けて、そこにいるメグたちに向けて折り目正しく腰を折って静かに頭を下げた。

 こうして、渚に一つの新星が生まれたことを祝うかのように、そしてこの熱狂が去っていくのをどこか惜しみながらも、別れの挨拶を送るかのように、観客たちはより一層大きな声を張り上げて、カグヤの勝利を称え続ける。

 そして、アヤノたちもまたその一部となって、新たな渚の女王の誕生に、何よりも大事なフォースメンバーの勝利に、惜しみない拍手と喝采を送り続けるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 後夜祭として開催される花火大会を前に、「グラン・サマー・フェスティバル」は夏祭りとしてその装いを大きく改めたといっていい。

 射的屋にくじ引き、型抜きといった夏祭り定番のそれが立ち並び、午前中は出店されていなかったチョコバナナや綿飴の屋台などもGHCの旗のもとに続々と軒を連ねて、そこかしこから美味しそうな香りが漂ってくるのは、一つの暴力といっていいほどだ。

 昼間にあれだけ食べたのにもかかわらず、それでもパラメータとして設定された空腹を感じて、アヤノはたまらず焼き鳥の屋台からめぼしいものを数本見繕って注文する。

 砂肝、ぼんじり。

 華の女子高生が頼むにしては随分と年季が入ったように感じるメニューだが、酒豪の父がよく酒のアテとして大量に焼き鳥を持って帰ってくることが多かったため、そのまま好みが子供である与一とアヤノにも移ったという、それだけの話だ。

 

「アヤノさんは焼き鳥買ったんだ!」

「そういうユーナは……なんというか、重武装ね」

 

 ぱたぱたと、目当ての買い物を終えて反対側から駆け寄ってきたユーナは左手には三つほどの水ヨーヨーをぶら下げて、そして右手には綿飴とチョコバナナを器用に指先で挟んで持ち運ぶという器用な芸当をやってのけていた。

 

「えへへ、だってお祭りだもん! せっかくだから楽しまないと!」

「……そうね、それは私も同意するわ」

 

 時刻が夕方から夜へと移り変わったことで、水着姿のダイバーは少なく、代わりに浴衣へと装いを改めた彼らが、忙しなく露店エリアを歩き回っている姿が目につくが、例に漏れずアヤノたちもまた、水着から浴衣にその装いを改めていた。

 アヤノは藤色を基調とした、落ち着いた印象のある浴衣に。

 そしてユーナは、やはり桃色を基調とし、白とのグラデーションが可愛らしさを引き立てている浴衣姿に。

 率直な感想ではあるが、背格好も合わせて、その浴衣はユーナによく似合っていると、アヤノはそう思った。

 

「浴衣、似合っているわよ」

「本当? えへへ、嬉しいなっ! でもでも、アヤノさんも和装美人って感じですっごく似合ってるよ!」

「……ありがとう、なんだか複雑だけど」

 

 和服や浴衣の類は、どちらかというとボディラインが平坦な方が似合うのだという話を思い出して、アヤノは少しだけ複雑な気持ちを抱くも、ユーナからの素直な称賛に少しだけ頬を赤らめて、ばさりと懐から取り出した扇子を広げて顔を隠す。

 夏祭りの部、後夜祭は、花火の時までそれぞれが好き勝手に巡ろう、というのはメグの提案だったが、アヤノ一人ではこれといって行きたいところが思い当たらなかったのもあって、結局午前中と同じように、同じような理由でカグヤはメグと、そしてアヤノはユーナと、夏祭りを回ることになったのである。

 もっしゃもっしゃと音が聞こえてきそうな勢いでユーナが巨大な綿飴やチョコバナナを平らげていくのを横目に見ながら、ここが現実ではなくGBNで良かったな、と、そんなことをアヤノは思って苦笑した。

 味は大雑把とはいえ現実に近く再現されてるものの、あくまでもGBNにおける食べ物はアイテムでしかない。

 消費するのもモーションを取っているからで、中身まで作り込まれているものの、基本的には口元に運んだ瞬間、食感の擬似フィードバックと共に解けて消える。

 要するにどういうことかというと、口元が汚れなくて済むということだ。

 アヤノは現実であればきっと大惨事になっていたのであろうユーナの様子を見ながら静かに苦笑して、扇子を懐にしまうと、髪をかきあげながら焼き鳥を口元へと運んでいく。

 砂肝の独特なこりこりとした食感や、塩胡椒のワイルドに風味を引き立てる味わいまでよく再現されていて、これで現実のお腹が膨れることはないとわかっていても、なんだか満足してしまいそうだとアヤノは錯覚する。

 

「そろそろ花火大会の時間が近いわね、フレンドワープで合流するかしら」

「もうそんな時間なんだ! あわわ、夢中になりすぎちゃったかなあ」

「大丈夫よ、まだ少しだけど余裕はあるから……ユーナは何かやりたいこと、あるの?」

 

 メグからのメッセージを受信した旨をコンソールが短い電子音と共に告げると、アヤノはフレンドワープのボタンに指をかけようとしたが、何かやり残したことがありそうな雰囲気を察して、ユーナにそう問いかける。

 

「……ううん、大丈夫! 皆で花火見ることの方が楽しみだから!」

「そう、ならいいんだけれど……」

 

 射的や型抜き、くじ引きの類はアヤノもやっていなかったため、少しだけ後ろ髪を引かれる思いを感じながらも、ユーナと自分を対象にして、一足先に会場へと向かって場所取りをしていたメグの元へと合流する。

 後悔がないかと聞かれて首を縦に振れば、それは嘘になってしまうのかもしれないが、少なくとも「グラン・サマー・フェスティバル」は来年も開催されるのだ。

 今年楽しみきれなかったことでも、次があると考えればいいだけの話だろう。

 まあ、来年のことを今から考えていれば、それこそ鬼が笑うというものなのだろうが──脳裏に、赤鬼ではなく呵々大笑を浮かべる「獄炎のオーガ」の姿を浮かべて苦笑しながら、アヤノたちの躯体はブロックノイズ状に解けて、メグたちの元へと転送されていく。

 

「おっ、来た。おっつー、アヤノ、ユーナ」

「お疲れ様ですっ、メグさん、カグヤさん!」

 

 楽しめましたか、と、ユーナが続けた言葉に、メグはもち、と答えると、その隣で控えめに佇んでいるカグヤも首を縦に振ってその問いを肯定する。

 

「夏祭り……拙は初めての経験ですから、少しばかりはしゃぎすぎてしまったかもしれません」

 

 くじ引きの外れ商品である苺飴を舐め溶かしながら、カグヤは頬を赤らめて小さくはにかんだ。

 あの手の屋台は当たりが設けられていないことの方が多いとは、リアルにおける噂だったが、少なくともここGBNにおいて「GHC」は身銭を切って大当たりであるパーツデータを用意している、と、検証G-Tuberの動画で判明しているようだった。

 パーツデータ。

 不意に脳裏からこぼれ落ちてきたその単語に、そろそろ自分も──そう、アヤノが思考の沼に沈みかけていたのを遮るように、右手を握られる感触と温度が伝わってくる。

 

「アヤノさん、ほら、花火だよ、花火!」

「……ごめんなさい、ユーナ。ぼーっとしていたわ」

 

 見ないと損だよ、とばかりに促すユーナに促されるままに架空の空を見上げれば、そこには様々な形に輝く光の華が咲き乱れている。

 スタンダードな打ち上げ花火から、ガンダムの顔や、果てはベアッガイⅢを象ったものまで、艶やかに打ち上げられた光の粒が、星々に負けまいと夜空を彩っては弾けて消えていく。

 きっと一人なら、何も思うことはなかったのだろう。

 ここが例えGBNではなく、リアルだったとしても。

 隣で無意識にではあるものの、自分の手を握っていたことに気付いて顔を赤らめるユーナを一瞥し、アヤノは苦笑と共にそんなことを茫洋と考える。

 

「……ねえ、ユーナ」

「わわっ、ごめんなさい! わたし、アヤノさんの手、握っちゃってて……」

「ううん。いいのよ。むしろ……もっと握っていて。だって、その──」

 

 続く言葉をかき消すように、光に遅れて打ち上がった轟音が仮想の夜空に響き渡る。

 それでもアヤノは流されまいと、かき消されまいと、声を張り上げて、ずっと伝えたかったその言葉を唇から紡ぎ出す。

 

「ユーナがいてくれたから、私は夏祭りを、この世界を──GBNを、楽しむことができたのだから」

 

 だから、ありがとう。

 ずっと言いたくても言えなかった言葉を、浮かれた夏の空気に当てられたせいにして、少しだけの勇気と共に舌先から送り出す。

 喉元で引っかかることもなく、形になったその言葉は確実にユーナの胸を捉えて、そして、交錯する視線が熱を帯びていく。

 

「……え、えへへ……ありがとうございますっ……なんでだろう、すっごく……すっごく嬉しいのに、わたし、泣いて……」

 

 だが、ユーナの瞳からこぼれ落ちたものは涙だった。

 その理由をアヤノが知ることはない。ただ感極まって、自然にこぼれ落ちていただけの話なのかもしれないし、何か心の奥底に根ざしているものへと、無意識に触れてしまったからかもしれない。

 ごしごしと、浮かんでくる涙を拭いながら、ユーナは満面にいつもの太陽のような笑みを浮かべて、促されるままにアヤノの右手をぎゅっと握り締め、喜びと、少しの悲しみが混じった声で言い放つ。

 

「ありがとうございますっ、アヤノさん……わたしも、アヤノさんと一緒にGBNできて、よかったですっ!」

 

 そんなユーナの涙に彩られた笑顔を、花火の明かりが朧に照らし出す。

 熱を帯びた幻想的な美しさと、夏に包まれて、どこか壊れてしまいそうなユーナを、アヤノはもう大丈夫だとばかりにそっと抱きしめる。

 涙の理由を知らなくとも──共に寄り添うことぐらいは、できるのだから。

 この電子の海で、ただ小さく。小さくとも確かに、その存在を確かめ合うかのように、その熱に溺れるかのように、花火が上がっているのも忘れて、ユーナとアヤノはずっと、抱き合い続けるのだった。




ほんのりしっとり、夏祭り


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幕間その三:「近頃噂の彼女たち」

第三章の幕間なので初投稿です。


【G-Tube】G-Tuberについて語るスレpart7896【戦国時代】

 

1.名無しの視聴者ダイバーさん

ここはGBN内動画配信サービス「G-Tube」で活動する動画投稿者、「G-Tuber」について語る総合スレッドです。個別のG-Tuberについて深く語りたい場合は該当スレッドへ、また、再生数が少ないけどオススメしたいG-Tuberがいるといった場合は発掘スレでお願いします。

 

【新参】G-Tuber発掘スレpart.428【古参は不問とする】

https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

362.名無しの視聴者ダイバーさん

また気が狂った配信始めたG-Tuberが出たぞ

 

363.名無しの視聴者ダイバーさん

おう詳細あくしろよ

 

364.名無しの視聴者ダイバーさん

視聴者はせっかち

 

365.名無しの視聴者ダイバーさん

発掘スレからテンプレ借りるわ

 

【名前】メグ

【チャンネル名】メグのMe:Goodちゃんねる

【平均再生数】直近の動画は5万超えてるものが多い

【配信タイトル】ガチで組んだばっかのフォースがあの「ヴァルガ」に行ってみた!

 

366.名無しの視聴者ダイバーさん

ま た ヴ ァ ル ガ か

 

367.名無しの視聴者ダイバーさん

バカルテット以来かこんなアホなことやってんの

 

368.名無しの視聴者ダイバーさん

言うてヴァルガ配信自体はそんな珍しいもんでもないやろ、イフシュナのキメラ使ってる子もやってるし

 

369.名無しの視聴者ダイバーさん

おっそうだな(組んだばかりという文言から目を逸らしながら)

 

370.名無しの視聴者ダイバーさん

これは空中分解不可避、何分生き残れるんですかねぇ……

 

371.名無しの視聴者ダイバーさん

ゲス顔で待機してる視聴者が多すぎる、訴訟

 

372.名無しの視聴者ダイバーさん

G-Tuber戦国時代の頂点に立ちたい……どうぞ……我々はその夢を……心から応援する者ですっ……!

 

373.名無しの視聴者ダイバーさん

ヴァルガ配信やって爆死するG-Tuberの多いことよ

 

374.名無しの視聴者ダイバーさん

あんな気の狂った場所に行くのが悪いんだよ

 

375.名無しの視聴者ダイバーさん

言うて動画映え狙うならもうヴァルガでワンチャン、ぐらいしか残ってないしな、まあ実力がないとただ三分で爆散するラーメンタイマーにしかならないんだが

 

376.名無しの視聴者ダイバーさん

ラーメンタイマーは草

 

377.名無しの視聴者ダイバーさん

最近のカップ麺は5分とか4分のも多いから……気をつけようね!(5敗)

 

378.名無しの視聴者ダイバーさん

結構負けてて草

 

379.名無しの視聴者ダイバーさん

配信始まったぞお前ら

 

380.名無しの視聴者ダイバーさん

うわでた

 

381.名無しの視聴者ダイバーさん

「回収屋」のピーターだっけ、あいつも大概飽きねえよなあ

 

382.名無しの視聴者ダイバーさん

何はともあれ最初の壁は突破したか

 

383.名無しの視聴者ダイバーさん

巫女服姿のダイバーがやべーこと言って突っ込んでるんですがそれは

 

384.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんか、元々辻斬りやってた

 

385.名無しの視聴者ダイバーさん

武の極みに行きたいとかそんなこと言ってたなあ、武の極みってなんだよ(哲学)

 

386.名無しの視聴者ダイバーさん

ファッ!?

 

387.名無しの視聴者ダイバーさん

ウッソだろお前wwwwww

 

388.名無しの視聴者ダイバーさん

ビームを剣で切り払いやがった……准将じゃねえんだぞ

 

389.名無しの視聴者ダイバーさん

いうてサムライガールならそんな珍しくもない芸当じゃあ?

 

390.名無しの視聴者ダイバーさん

できてる奴がおかしいだけ定期

 

391.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんの陰に埋れてる感はあるけどあのアヤノって子とユーナって子も筋は悪くないな

 

392.名無しの視聴者ダイバーさん

メグの索敵やフォローが優秀なのも光るな、近接偏重なのが気になるけどこのフォース、悪くないんじゃないか?

 

393.名無しの視聴者ダイバーさん

祝ラーメンタイマー脱出

 

394.名無しの視聴者ダイバーさん

三分超えて生き残った時点でやはりヤバい(確信)

 

395.名無しの視聴者ダイバーさん

俺の用意したカップ麺が伸びちまうやん! どうしてくれんのこれ、わかる? この罪の重さ

 

396.名無しの視聴者ダイバーさん

 

397.名無しの視聴者ダイバーさん

ウケる

 

398.名無しの視聴者ダイバーさん

だからあれほどダイバーギアで配信見るときはあらかじめ飯の用意とその他は済ませておけと言ったんだ

 

399.名無しの視聴者ダイバーさん

げぇ、ガットゥーミ!

 

400.名無しの視聴者ダイバーさん

知っているのか視聴者!

 

401.名無しの視聴者ダイバーさん

うむ、ガットゥーミはオーガをリスペクトしてるダイバーで、真紅のシュツルム・ガルスに乗ってるのが特徴だな、ちなみに戦いの前にスパイクシールドとチェーンマインは投げ捨ててステゴロで戦う

 

402.名無しの視聴者ダイバーさん

説明兄貴たすかる

 

403.名無しの視聴者ダイバーさん

ただでさえ少ないシュツルム・ガルスの武装投げ捨ててんのほんま草

 

404.名無しの視聴者ダイバーさん

でもあいつにとっての武器ってただの拘束具だから……

 

405.名無しの視聴者ダイバーさん

ブルーチーズ兄貴もおるやん!

 

406.名無しの視聴者ダイバーさん

ブルーチーズ兄貴、シュピーゲル使ってんのはいいんだけど普通に射撃武装使ってくるからなあ……俺も初見だと天誅されたわ

 

407.名無しの視聴者ダイバーさん

ここはGBNだって言われてみりゃそうなんだけど、単純に意識の外からどうしても外れちまうんだよな

 

408.名無しの視聴者ダイバーさん

とか言ってたら範囲攻撃で天誅されてて草

 

409.名無しの視聴者ダイバーさん

メグがあのアヤノって子にSOS送ってたからなあ

 

410.名無しの視聴者ダイバーさん

なんだよ……組んだばっかなのに結構やれんじゃねえか……

 

411.名無しの視聴者ダイバーさん

団長!? 何死んでんだよ団長!

 

412.名無しの視聴者ダイバーさん

滞在時間五分超えてんな、初のヴァルガでこれはやるんじゃね?

 

413.名無しの視聴者ダイバーさん

やるYO!

 

414.名無しの視聴者ダイバーさん

発掘スレもラーメンタイマーも卒業する速度が早すぎるんよ

 

415.名無しの視聴者ダイバーさん

ガットゥーミ、追い込まれたか

 

416.名無しの視聴者ダイバーさん

あのカグヤって子相当強いな、辻斬りやってただけのことはあるわ

 

417.名無しの視聴者ダイバーさん

ッッッ、必殺技かッッッ

 

418.名無しの視聴者ダイバーさん

出たよ初見だと何やってんのかわかんねーガットゥーミの必殺技

 

419.名無しの視聴者ダイバーさん

一言でいうとめちゃくちゃ速い突きだからなああれ、全身の関節連動させてぶっ放される速度と威力の反動を無理矢理必殺技補正で補ってる感じ

 

420.名無しの視聴者ダイバーさん

現実でやったら腕がちぎれ飛ぶんだっけ?

 

421.名無しの視聴者ダイバーさん

GPDで全く同じ構築組んで試した奴がいるけど関節ネジ切れたってよ

 

422.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんもここまでか……

 

423.名無しの視聴者ダイバーさん

ファーwwwwwwww

 

424.名無しの視聴者ダイバーさん

ウッソだろお前wwwwwwウッソだろお前……

 

425.名無しの視聴者ダイバーさん

あれ見切って居合で返すのか……

 

426.名無しの視聴者ダイバーさん

ヤバいわよ!

 

427.名無しの視聴者ダイバーさん

ヤバいですね☆

 

428.名無しの視聴者ダイバーさん

しかしあのガットゥーミに勝っちまったか……

 

429.名無しの視聴者ダイバーさん

目立たないけど普通にアタッカー構築でヴァルガ行って生き残ってる辺りガットゥーミも相当なんだよなあ

 

430.名無しの視聴者ダイバーさん

まあでもこんだけ目立ってたらそろそろ来るよな

 

431.名無しの視聴者ダイバーさん

どっちってかどれだよ

 

432.名無しの視聴者ダイバーさん

ヴァルガは降ってくる災厄が多すぎるんよ

 

433.名無しの視聴者ダイバーさん

オーガやんけ!!!!!

 

434.名無しの視聴者ダイバーさん

もうダメだぁ、おしまいだぁ……

 

435.名無しの視聴者ダイバーさん

相変わらず言ってることは訳わかんねーけどデタラメに強いんだよなオーガ

 

436.名無しの視聴者ダイバーさん

今最もチャンプに近い男こと「ビルドダイバーズのリク」と互角にスパーリングやってる時点で多少はね?

 

437.名無しの視聴者ダイバーさん

ビルドダイバーズで思い出したけどメグが入ったフォースは「ビルドフラグメンツ」って名前だったか

 

438.名無しの視聴者ダイバーさん

運命感じるんでしたよね?

 

439.名無しの視聴者ダイバーさん

そこはかとなくエモい気持ちに浸ってる間もなくオーガが戦場蹂躙してるんですがそれは

 

440.名無しの視聴者ダイバーさん

だってオーガだし……

 

441.名無しの視聴者ダイバーさん

マジかよ

 

442.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんELダイバーだったかー

 

443.名無しの視聴者ダイバーさん

ELだからどうこうってことはないんだろうけど単純に驚くな

 

444.名無しの視聴者ダイバーさん

オーガが鬼トランザムを解き放ったぞ!

 

445.名無しの視聴者ダイバーさん

興が乗ってきたからなんだろうけどやべーなこれ

 

446.名無しの視聴者ダイバーさん

鬼トランザムと打ち合ってるカグヤちゃんも何者なんですかね……?

 

447.名無しの視聴者ダイバーさん

ELダイバーでしょ

 

448.名無しの視聴者ダイバーさん

うわ、ミラコロとジャマー両方使った奇襲先読みで潰しやがったぞあのオーガ

 

449.名無しの視聴者ダイバーさん

「目だけで見てるからそうなる」的なこと言われても困惑するだけなんですがそれは

 

450.名無しの視聴者ダイバーさん

後ろにも目をつけるんだ!

 

451.名無しの視聴者ダイバーさん

天パ兄貴オッスオッス

 

452.名無しの視聴者ダイバーさん

視聴者は無理難題を仰る

 

453.名無しの視聴者ダイバーさん

ここに来ての新技かー、近接に極振りしてるとはいえこれはもしかしたらもしかしたりするのか?

 

454.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんがんばえー

 

455.名無しの視聴者ダイバーさん

オーガの人気がなくて草生えますよ

 

456.名無しの視聴者ダイバーさん

いや強いけどむさ苦しいバトルジャンキーと可愛くて強いバトルジャンキーなら後者の方が可愛い分強いし……

 

457.名無しの視聴者ダイバーさん

可愛いは正義だってそれ一番言われてるから

 

458.名無しの視聴者ダイバーさん

勝った奴が正義なんだよなあ……

 

459.名無しの視聴者ダイバーさん

やっぱりオーガには勝てなかったよ……

 

460.名無しの視聴者ダイバーさん

でもかなり善戦した方だろこれ

 

461.名無しの視聴者ダイバーさん

残ったカミキバーニングっぽいピンク色はベイルアウト選んだか

 

462.名無しの視聴者ダイバーさん

賢明な判断だな

 

463.名無しの視聴者ダイバーさん

アヤノちゃん!?

 

464.名無しの視聴者ダイバーさん

あの状況でオーガに喧嘩売りに行ったか……合掌

 

465.名無しの視聴者ダイバーさん

でもカグヤちゃんでさえあれだけやられてんのに立ち向かおうとする勇気はすげーな

 

466.名無しの視聴者ダイバーさん

ああいう勇気は本物の勇、匹夫の勇とは別なものだ

 

467.名無しの視聴者ダイバーさん

案の定吹っ飛ばされてたけどそれでも立ち上がるかー

 

468.名無しの視聴者ダイバーさん

オーガが珍しくツンデレ発揮してるぞ

 

469.名無しの視聴者ダイバーさん

男のツンデレは需要がないってそれ一

 

470.名無しの視聴者ダイバーさん

わざわざGNオーガソード弐式でトドメさす辺り期待してはいそうだな

 

471.名無しの視聴者ダイバーさん

カグヤちゃんが異常におかしかっただけで十分アヤノちゃんもおかしい

 

472.名無しの視聴者ダイバーさん

FOEさん降臨してんぞ

 

473.名無しの視聴者ダイバーさん

アヤノちゃんベイルアウトしたからそろそろ映像切れるか、オーガ対FOEさんも見てみたかったなあ

 

474.名無しの視聴者ダイバーさん

>>473

今からヴァルガ凸すれば生で見られるぞ

 

475.名無しの視聴者ダイバーさん

いやどす……

 

476.名無しの視聴者ダイバーさん

いやー、何にしろ「ビルドフラグメンツ」か、いいもん見せてもらったな!

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 掲示板のログを辿っていた男は、そっとウィンドウを閉じると、G-Tubeを別なタブで開いて、そこに映し出されている映像へと視線を注ぐ。

 キャノンボール・バリボー。灼熱ビーチフラッグ。いずれも先日開催された「グラン・サマー・フェスティバル」のエキシビジョンコンテンツであり、そこには先ほどまでスレッドを追いかけていた「ビルドフラグメンツ」の姿が収まっている。

 

「ビルドフラグメンツ、ねぇ……」

 

 気に入らない、というわけではないが、最近話題のガールズフォースとして巷で噂になっていれば、それは自然と男の耳にも入ってくるわけで、どことなく癪に触るものがあるというのは確かだった。

 フォース「グランヴォルカ」。

 男──ダイバーネーム、「ヴィラノ・デイヴィッド」が率いるそれはフォースランキングではまだ中堅どころではあるが、「とある理由」を活動方針に掲げる彼らにとって、新進気鋭のフォースが話題の種になるのは、些か癪ではあるものの、ある意味では絶好の機会だといえた。

 

「どうするの、ヴィラノ?」

「決まってる、最高に面白そうだろ?」

「ふーん、アンタらしいわね。ま、あたしはそれで構わないけど」

 

 いくらオーガと互角に渡り合おうが、いかに伸び代を秘めていようが、このGBNにおいては勝ったダイバーこそが正義や道理を語る資格を持つ。

 つまるところ、御託はいいから実力で──否、自分たちに「勝つ」ことであの戦いがまぐれではなかったということを証明してみせろと、きっとそう言いたがっているのであろう。

 ヴィラノにしなだれかかる、長い茶髪を三つ編みに編み込んだ女性ダイバー「ムーン」は、彼の内心に渦巻く快楽と微かな嫉妬というプリミティブな原動力に理解を寄せつつ、それを慈しむかのようにそっとヴィラノの背中に頬をすり寄せる。

 

「うむ……我輩としてもあのカグヤという女、相当な強者と見た」

「ボーガーもそう思うか、まあならカグヤって奴はお前にくれてやるさ。俺はいつも通りに連中を潰せりゃそれでいいからな」

「承知した、ヴィラノ。ガラナン、フォース戦の折はいつもの支援を頼んだぞ」

「へっ、ジジイ使いが荒いことで……」

 

 ボーガーと呼ばれた筋骨隆々とした体躯の大男は、それだけを目の前に立っていた初老の男性──ダイバーネーム「ガラナン」へと伝えて、ゆっくりと立ち上がると、廃工場のようなフォースネストからいつもの「修練の場」へと自らの躯体を転送させる。

 

「ボーガーはヴァルガかぁ、あたしも久々に行ってみようかしら?」

「好きにしろよ、ムーン。もっとも俺は対ビルドフラグメンツに向けた『調整』に入るけどな?」

「もう、あたし一人でヴァルガに行けっていうの?」

「お前ならやれるだろ? それにガラナンもいる」

 

 どこまでもはぐらかすような態度をとるヴィラノに対して、ムーンは積極的にアプローチをかけてみせるが、それさえもどこ吹く風とばかりに、彼の瞳には爛々とドス黒い炎が輝いていた。

 それは他者を寄せ付けることのない孤高の炎。そして、絶対に狙った獲物を逃しはしないという意志を秘めることなく曝け出した貪欲なる気炎。

 だからこそ、彼の快楽と勝利への希求の前に、自分の愛は届かない。そんなことはムーンとしても百も承知だった。

 そう、簡単には靡いてくれないヴィラノだからこそ、ムーンはこんなにも、情熱的なまでに入れ込んでいるのだ。

 

「ジジイはお呼びじゃないとよ。まあ、ワシもガンプラの調整をやらにゃならんからな、お前が考えてる作戦は大方こんな感じだろう?」

 

 自分の存在など眼中にないとばかりに、すっかりヴィラノへお熱なムーンを一瞥して苦笑すると、ガラナンはガンプラの改修案と即興で描いた対「ビルドフラグメンツ」の筋書きを彼に提示して、その返答を待つ。

 

「流石だよ、ガラナン。お前を雇った甲斐があったってもんだ、なぁ?」

「よせやい、ワシのようなジジイはな、お前さんたちよりちょいと長く生きてるってだけだ」

 

 ヴィラノの言葉に冗談まじりでそう返すと、ガラナンはログアウトボタンに手をかけて、現実へと解けていく。

 フォース「グランヴォルカ」の方針は極めてシンプルだ。

 話題になったフォースを逆に喰らい尽くす。どこまでもプリミティブに、己が快楽の道具とするためだけに。

 だからこそ、ヴィラノという男は戦いに手段を選ばない。

 そして──故にこそヴィラノ・デイヴィッドという男は、「鏖殺の暴君」という二つ名を持つSSランカーとして、このGBNに君臨しているのだった。




にじり寄る敵意

Tips:

【グランヴォルカ】……SSランカー、ヴィラノ・デイヴィッドが率いる新鋭の武闘派ヴィランフォースにして、発足以来、話題になっている同じ新鋭フォースをことごとく喰らい尽くしてきたことから、設立時期に対して主に悪い方面でその知名度は高い。今回「ビルドフラグメンツ」をターゲットに選んだのも、彼らがG-Tuberとして一挙に注目を集めていたため。


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第三十七話「次なる高みへと」

第四部が始まるので初投稿です。


「うわ、なんかすっごいことになってる……」

 

 グラン・サマー・フェスティバルが終わりを迎えてから数日。

 メグは、いつもの4LDKのマンションに似たフォースネストでコンソールを立ち上げると、先日の生放送垂れ流しだったものに編集を加えて投稿したヴァルガ配信完成版の再生数と、夏フェスにおけるカグヤたちの活躍をまとめた動画の再生数を見て、驚愕に目を見開いていた。

 直近のそれらは十万をゆうに超え、名実ともに人気G-Tuberの動画と比べても遜色がない程度には、輝かしい数字が記録されている。

 何が一体きっかけになったのかはわからないが、少なくともヴァルガ配信を行うG-Tuberは比較的珍しくない以上、個々の動画が「跳ねた」というよりは上手いこと波に乗り切ったもいった方がいいのかもしれない、と、メグは少し謙遜気味に、そしてどこか他人事のように、直近の再生数の推移をそう分析した。

 実際のところ、メグの見立てはそう間違っているわけではない。

 ただ、そこに彼女の編集技術だとか、ヴァルガ配信の中でもあのオーガとカグヤの戦いは、ガットゥーミのそれと併せて名勝負に数えられるから、という視点が謙遜から欠けているだけだ。

 元々動画編集の技術自体は高く、乱数の女神様の気まぐれなのか撮れ高にも恵まれた展開が続いたことで、今やメグと「ビルドフラグメンツ」は、戦国時代と称されるG-Tuberの世界に一旗上げた新鋭として名実共に遜色ない領域にまで踏み入っていた。

 だからといって、自分たちの生活が何か変わったとか、通り道でサインを求められたとか、そんなことはないのだが。

 アヤノは同じガンダムベースシーサイドベース店からログインしてきたユーナと共に、メグが開いていたコンソールを一瞥すると、見慣れない数字に少し驚き、彼女と同じように目を見開く。

 

「凄いわね。おめでとう、メグ」

「いち、じゅう、ひゃく、せん……十万! 凄いですねメグさん! おめでとうございますっ!」

 

 どこかの鑑定団のように桁を指折り数えながら、ユーナはまるで自分のことのように目を輝かせて、メグの再生数が「跳ねた」ことを祝福する。

 実際それがどれほど凄いことなのかは正直なところアヤノたちにはまだピンとこない部分があるものの、その数字を見るだけでも六桁再生というのはインパクトがあって、単純に多くの人が見ているから、という理由でクリックをさせる呼び水にもなってくれる。

 つまるところ尋常ではないことなのだ、と、頭では理解していても、特に道中誰かに声をかけられたということもなければ、フォースネストに誰かがやってきた、というわけでもないため実感が伴わないのが悲しいところなのだが。

 まあ、いきなり有名になってサインをねだられたり、握手を求められたりするような生活がいいのか、と訊かれれば正直なところあまり同意はできなかったりするのだが。

 アヤノはまだメグが夢心地で見つめている、先日のヴァルガ配信を一瞥する。

 

『どう考えても気が狂ってて草』

『配信版も見てたけど改めてバカルテットの再来かよ』

『結成したてのフォースがヴァルガ行くなんて鴨がネギと鍋とスープとガスコンロ持参するようなものなんよ』

『↑フルアーマー鴨で草』

『回収屋生きとったんかワレ!』

『あいつも大概飽きないよな』

『やってることはモヒカンと大して変わらないけどスポーンキル狙いはヴァルガの風物詩みたいなもんやし』

『風情の欠片もない風物詩だ……』

 

 画面の右枠で、今もリアルタイムで増え続けるコメントの群れをつらつらと読み飛ばしながら、アヤノはつい先日のことだというのに、どこか懐かしささえ感じる武者修行の道中を眺め続ける。

 そして、メグの隣で少し困ったように微笑んでいたカグヤもまた、真剣さを増した目つきで、己の行動を客観的に、どこまでも冷静に見定めようとしていた。

 

『いやそうはならんやろ』

『なっとるやろがい!』

『噂には聞いてたけど本当に刀でビームとか弾丸切れる奴っているんだな……』

『GBNでサムライを名乗るなら必須スキルよ』

『↑俺は武者ガンダム使ってるけど侍じゃなかった……?』

『↑↑普通にできる奴がおかしいだけ定期』

 

 画面の中では、複数台をオートモードで記録させていた内、カグヤの暴れっぷりにフォーカスを当てた展開が続いており、彼女の常人離れした芸当に視聴者たちは困惑しつつも、この先にこれ以上の何かが潜んでいるのかと、これ以上の何かがあるのかと、コメントを打ちながらも続きを待ち望んでいるように見える。

 そして、Gチャットと呼ばれる投げ銭もちらほらと見え始めており、さながらそれは舞台の上に立つ役者に対するおひねりのように、カグヤの純粋な技量を讃えるかのように、合計すると結構な額のBCがメグのストレージへと加算されていく。

 

『げぇ、ガットゥーミ!』

『知っているのか雷電!』

『ガットゥーミ……ステゴロだけでヴァルガに潜り、ミッションを攻略する一種の変態じみた縛りプレイをするダイバーだな、そして空手やボクシングなどあらゆる格闘術に精通していることから「拳鬼」ガットゥーミと呼ばれることもあるダイバーだ』

『↑長文解説兄貴たすかる』

『はぇーすっごい……そんなのと出くわしてどうするんですかね』

『もうダメだぁ、おしまいだぁ……』

 

 あのガットゥーミがそんな二つ名を持っていたとはいざ知らず、そして持っていたとしても動じることはなく、カグヤは静かに、画面の中に映っている己の動きを逐一確認し、どこか未熟なところはなかったかと、危うい立ち回りをしているところはなかったかと分析する。

 だが、傍目から見れば破綻など見つけられないほど、カグヤとガットゥーミの戦いは両者共に実力が均衡している名勝負だ、というのがアヤノとユーナの見解であり、そして視聴者の総意だった。

 刀と拳という種の異なる武芸に秀でた者が、惜しみなくその実力をぶつけ合う姿は確かに「撮れ高」としては最高で、今も増え続けている視聴者たちも、コメントを打ちながらもその一進一退の攻防に魅入られている。

 

『すげえ、何やってんのかわかんないけどすげえ』

『何やってんのかは辛うじてわかるけどガットゥーミもカグヤちゃんもなんでそんなことできてんのか、コレガワカラナイ』

『裏でブルーチーズ兄貴の分身殺法範囲で一掃してるアヤノちゃん容赦なさすぎて草生えますよ』

『ブルーチーズ兄貴なぁ、あいつも大概キャラ濃いからなあ』

『拳で語り合おうぞ! とか言っといてビーマシ持ち出してくるからなあいつ』

『ガットゥーミの拳も速ければ、それに迫るカグヤちゃんの剣も速い……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね』

『俺はすでに見逃しそう』

『すげえな「ビルドフラグメンツ」、正直新着から惰性で動画クリックしたけどキャラ濃すぎて草生い茂ってる』

 

 ガットゥーミの拳とカグヤの刀は一進一退の攻防を繰り返していたものの、徐々に捲っていったのはカグヤの方だ。

 それがわかっていたからこそ、あの時ガットゥーミは己の持てる全てを叩きつけようと、必殺技の発動を選んだのだろう。

 

『上から来るぞ、気を付けろ!』

『ガットゥーミがあの構えを取った……ってことはあれか、あの頭おかしい必殺技が拝めるのか』

『現実でやったら人体が耐えられないしGPDでやってもガンプラが耐えられないあの音速に迫る突きか』

『ガットゥーミがんばえー』

『カグヤちゃんがんばえー』

『↑どっちを応援してるんですかね……』

 

 茶化すようなコメントが多いものの、それは「拳鬼」として勇名を轟かせるガットゥーミの必殺技、その威力と凄まじさが既に周知のものだからだろう。

 全身を一つの関節として連結させたように、腕そのものをしなるような動きで鞭のように叩きつけるその必殺技は、長文コメントに記された通り、この電子の海でしか実用に耐えうるものではない。

 ガットゥーミがGBNを始めた理由こそアヤノは知らないものの、恐らく彼もまた何か一つの「限界」を超えるためにこの仮想郷へと足を踏み入れたのだろう。

 そうして放たれた音速の突きに対し、カグヤは一瞬戸惑ったものの、その身体が止まることはなく、即座に取った受け流しと居合を複合させた「夕凪」という技によって、完璧に音超えの一撃を相殺し、そのコックピットへと刃を突き立てていた。

 

『ヤバいわよ!』

『ヤバいですね☆』

『いや何がどうなってんだよこれ』

『ファーwwwwwwww』

『草生やすな』

『ガットゥーミ……去り際もいい男だったぜ……』

『こりゃカグヤちゃんも相当だな……』

 

 ある者は目の前の事態を理解できず、ある者は理解を超えて茫然と口を開けて、そしてまたある者は二人の武芸者による死闘の幕引きを惜しみながらもその実力に戦慄し、カグヤとガットゥーミを称える。

 戦いに夢中だったからわからなかったものの、こうして動画を見てみると、戦い方、というよりは得意とするレンジが比較的近いアヤノとしてもカグヤの立ち回りは参考になるところが多い。

 だからこそ、一つでもその技量を参考にせんと、アヤノは目を皿にして食い入るように画面を見つめていた。

 

『ファーwwwwwwwwwwwwwwww』

『大草原不可避』

『オ ー ガ 降 臨』

『もうダメだぁ、おしまいだぁ……』

『いくらカグヤちゃんでも相手が悪すぎんだろ……』

『あのバトルグルメがこんな旨そうなご馳走目の前にして我慢できるはずもないからね、しょうがないね』

『救いはないんですか!?』

 

 そして、その武を轟かせるように、或いは動画内でのコメントにあった通り、据えられた御馳走を喰らい尽くしにきたかのように、「獄炎のオーガ」はその禍々しいまでの威圧感を放ち、ヴァルガの大地に降り立ったのだ。

 それはアヤノもよく覚えていた。

 あれは明らかに異質だと、絶対に手を出してはいけない存在だと、本能が警告していたにもかかわらず、ユーナの前で背中を見せたくはないという意地を張ってしまったのは自分でも青臭さがすぎたと反省しきりだが、やはり見れば見るほど「獄炎のオーガ」は化け物だ。

 その禍威へと食らいついているカグヤの技量も凄まじく、彼を興に乗せて鬼トランザムまで使わせたのは驚嘆に値することだが、それでもオーガは百パーセントを、己の持てる全てを曝け出したかといわれれば、そんなことはないのがまた恐ろしい。

 画面の中では、モビルドール形態に移行したカグヤと、鬼トランザムを発動させたオーガの【ガンダムGP-羅刹天】が瞬きする間も無く刀を交える光景と、二人への称賛や、或いはカグヤがELダイバーであることに驚くコメントなどがひしめき合っていて、情報過多もいいところだった。

 右枠近くで戦いを実況している、後付けで編集されたメグのアバターによるマイクパフォーマンスやリアクション芸も中々のものであり、総じて今見返していたヴァルガ配信完成版は、クオリティの高いものだと断言して問題ない。

 これもひとえにメグの努力の賜物だろう。

 今もどこか夢心地で、再生が終わったのにもかかわらず、コンソールに視線が釘付けになっているメグを一瞥して苦笑すると、アヤノはその肩をそっとつついて、意識を現実へと引き戻す。

 

「……はっ、ちゃんと感触がフィードバックされてる! 夢じゃないよね、カグヤ、アヤノ、ユーナちゃん!」

「はい、拙は夢というものを見ないので、拙が見ている世界こそが夢でないのなら、間違いなくこれは現実です、メグ」

「なんだか妙に哲学的ね……幸いなことに現実よ、わたしとユーナはちゃんとシーサイドベース店からログインしてきたんだから」

「うん! これも全部、メグさんが頑張ったからだよ!」

 

 次々と寄せられる言葉に感極まったのか、じわり、と、眦に涙を滲ませると、メグははらはらと涙を零しながら、カグヤたちをぎゅっと抱きしめて、その温もりが嘘でないことを確かめるかのように頬をすり寄せる。

 

「ありがとう……アタシ、皆と一緒じゃなきゃここまで来れなかった。夢見てたこの景色を見ることができなかった。だから、その……ありがと、皆……」

 

 毎朝G-Tubeにログインしては、増えない動画再生数とチャンネル登録者数に溜息をついて、そんな憂鬱をカグヤに悟られまいと、現実でのあだ名でもある「優等生」の仮面に自らの涙を押し隠していた日々はもう終わった。

 メグはこの瞬間、G-Tuberとして一つのサクセスを果たしたといってもいい。

 ギャル系ニンジャG-Tuber、というともすればイロモノと見られかねない自分の個性と、そしてフォースメンバーたちの個性を引き立てる、さながらG-フリッパーでの戦い方にも似た実況によるサポート。

 その全てを生かし、メグは見事に花開いてみせたのだ。

 まるで自分のことのように、釣られて涙を滲ませながら拍手を繰り返すユーナに、アヤノは苦笑しつつも、自分もどこか胸の奥が熱を浴びてくるような感覚を抱いているのだと理解する。

 それを人は、きっと愛おしさと呼ぶのだろう。

 

「で、メグ。余韻に浸っているところ悪いのだけど、次は何をするのかしら」

 

 フォースとして放課後の延長線上にある時間を過ごすためだけに集まったというのならそれはそれでこのささやかな祝賀会を続けるのも構わないものの、今日アヤノたちがログインしてきたのは、元はといえば、メグからお誘いのメッセージを受け取ったからに他ならない。

 

「ああうん、ごめん! すっかり忘れててウケる」

「構わないけれど……その顔だと、何かしたいことがあるんでしょう?」

「そうですそうです、リーダーとして、わたしも気になります! メグさん、答えちゃってくださいっ!」

 

 一応自分がフォースリーダーであることを思い出したかのように、冗談めかして元気いっぱいににじり寄るユーナに、メグは少し困ったように笑うと、いつも通り手早くコンソールを叩いて、その「目的」が記された画面をウィンドウへとポップさせる。

 

「えっとね、アタシたち一応っていうか、フォースとして結構やってきたわけじゃん? だからさ、この『バトランダム・ミッション』受けてみよっかなーって思ってたわけ」

「ばとらん……?」

 

 以前に遭遇したナスランとザクランの親戚か何かだろうかと案の定頭を抱えて黒煙を噴き出しているユーナを再起動させるかのようにアヤノはそっとその髪を撫でると、補足するように言葉を紡ぐ。

 

「簡単にいえばフォース対フォースで一つのミッションを舞台に戦うの。わかりやすい例だと、基地を攻める側と守る側に分かれて戦ったりとか、そういうのよ」

「へー……そうなんだ! あ、でも、フォース同士ってことは……」

「そ、対人戦! カグヤの武者修行にも丁度いいし、ここらで一つ動画とか関係なしに、アタシらのフォースとしての力試しみたいなものもしてみたかったからね!」

 

 メグは目の脇でピースサインを浮かべると、ぱちりと可愛らしくウィンクをしてみせる。

 バトランダム・ミッション。それはかの悪名高いシャフランダム・ロワイヤルの原型となったものであり、ある程度の実力差を考慮してランダムに抽選されたフォース同士が一つのミッションにおける成否をかけて戦うというイベントだ。

 実力差が考慮されるといっても、黎明期の「ビルドダイバーズ」と、その時点でSSランカーだったオーガ率いる「百鬼」がマッチングしたりとあまりその辺りはお世辞にも信用できるとはいえないのが実態なのだが、それがかえって腕試しには丁度いいと、ダイバーからは概ね好評を博しているらしい。

 アヤノはコンソールを操作してまとめwikiのページをウィンドウへとポップさせると、それをユーナに提示しながらふむ、と小さく唸る。

 確かにフォースとして「ビルドフラグメンツ」は色々と活動してきたわけだが、真っ当なフォース戦らしいフォース戦は初期の「CAA」と戦った以外には経験していない。

 そういう意味では、メグの言葉も一理あるといえた。

 

「そうね、私も……どれだけ今の自分がやれるのか、自分たちがやれるのかを見てみたいところはあるわ」

「拙も、己が武を磨けるのであれば、メグと共にあれるのであれば、それが地獄の底でも参りましょう」

「えっと……皆がそう言うなら、わたしも頑張っちゃうよ!」

 

 アヤノ、カグヤ、ユーナの意見が合致し、その視線はメグの瞳を真っ直ぐに捉える。

 

「皆……ありがとね! そんじゃアタシもばっちりサポートするから、バトランダム・ミッション、エントリーしちゃうよ!」

 

 そうして三人に促されるかのようにメグはウィンドウに浮かんでいたエントリーのボタンを押すと、フォース「ビルドフラグメンツ」は、バトランダム・ミッションへのエントリーを無事に果たすのだった。




いざ、更なる戦いの舞台へ


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第三十八話「バトランダム・ミッション」

毎日眠いので初投稿です。


 メグがバトランダム・ミッションへの参加を申し込んでから数日、対戦相手のフォースが決まったという通知がコンソールへと届いたアヤノたちは、いつも通りにフォースネストへと集合して、作戦会議を開いていた。

 

「ってなわけで、今回当たるフォースは『ヴァイスウルブズ』……ファースランク的には中堅ってとこだけど、アタシが調べた限り、全員が全員シルヴァ・バレト……ってかドーベン・ウルフ系の機体に乗ってるってとこかな」

「白狼なのにGバウンサーや高機動型ザクではないのね」

「うん、まあその辺は機体の名前優先したんじゃない? あとは単純に原作の強キャラロールするのって中々勇気いるからね」

 

 ヴァイスウルブズ、という名前にアヤノは聞き覚えがなかったものの、白狼であったり「白い狼」という二つ名を持つキャラクターの機体ではなく、あえてドーベン・ウルフ系の機体で構成を統一するという姿勢には、何かこだわりのようなものを感じるところもある。

 おそらく映像作品「機動戦士ガンダムZZ」の「スペース・ウルフ隊」を原型としているのだろうか、と、アヤノが茫洋とそんなことを考えていた時だった。

 

「えっと、メグさん!」

「なになに? どったのユーナちゃん?」

「シルヴァ……? じゃなかった、ドーベン・ウルフってどんなガンプラなんですか?」

 

 ユーナが目を輝かせながら手を挙げて、そんなことを問いかける姿にメグはがたり、と椅子から転げ落ちそうになるが、よくよく考えればユーナはビルドの技術こそ高くても、ガンダムに詳しいといった話は聞いたことがなければ、そんな雰囲気を醸し出しているわけでもない。

 ドーベン・ウルフ。そしてそこから派生したシルヴァ・バレト。

 アヤノは茫洋とその機体に想いを馳せる。

 一言で表すのであれば、ドーベン・ウルフという機体は火力と手数の化け物といった具合の、第一次ネオ・ジオン戦争期を象徴するような恐竜的進化を遂げたモビルスーツだ。

 代名詞でもあるメガランチャーに、そしてメガ粒子砲やビームキャノン、対艦ミサイルにインコム・ユニット。

 さながらフリーダムガンダムのように多彩でかつどれも火力が高い武器を持った機体でメンバーが統一されているなら、いかにABCマントやビーム・シールドがあるとはいえ、自分も警戒しておかなければならない。

 それに、派生形を扱うということは、もしかしたら、その原型となった【ガンダムMk-Ⅴ】が出てくる可能性も考えられるだろう。

 どんな戦いでも変わらないものの、気を抜いていて勝てる相手ではなさそうだと、アヤノはぴしゃりと自らの頬を叩いて気を引き締める。

 

「ドーベン・ウルフっていうのは……んー、なんかこう、すっごい火力でドカーンってしたり、インコムって武器で後ろからちくちくやってきたり……まあ、火力が高くて色んなことできる機体だから、特に格闘戦特化のユーナちゃんとカグヤは気をつけた方がいいかなって感じ」

「色々できる……はい! ありがとうございますっ、わたし、気をつけて頑張ります、メグさん!」

「その意気や良しです、ユーナさん。拙もビームくらいは斬れますが……出力が高い武器やオールレンジ攻撃を持っているとなると、少しばかり分が悪いですから、気を引き締めねば」

 

 果たしてユーナがどんな機体を想像しているかはともかくとして、気を引き締めねばならないとカグヤが言ったように、アヤノが心の中で思い浮かべたように、今回の戦いは、今までとは事情が大きく違う。

 それはバトランダム・ミッションの仕様が何か悪さをしているだとか、そういう話ではない。

 メグも気付いているんでしょう、とばかりに片目を瞑ってアヤノが視線を向ければ、もちろん、とばかりにメグは親指を立てる。

 

「ま、今回気をつけなきゃいけないのはアタシたち全員なんだけどね!」

「全員……? えっと、わたし、ドーベン・ウルフについてまだよくわかんないですけど、いつも通り透明になったり、相手のレーダーを妨害できるメグさんなら有利に戦えるんじゃないですか?」

 

 ユーナが困惑と共に投げかけた疑問は、そう的外れなものではない。

 ポップさせたウィンドウに表示されている「ヴァイスウルブズ」の前情報と併せて、メグの能動的な偵察はもう始まっているといってもいい上に、実際、ドーベン・ウルフが相手であれば火力面で不安は残るものの、G-フリッパーの方が相性で有利をとっていることは間違いない。

 それを踏まえて考えれば、ユーナの着眼点は、ビギナーにしては鋭いものだといえる。

 だが、問題の本質はそこではないのだ。

 

「ユーナ、一昨日、私たちの配信をまとめた動画は見たでしょう?」

「うん! 何十万再生とか行ってて凄かったよねっ!」

「……そう、逆に考えれば私たちは何十万人に、下手をすればそれ以上のダイバーに手の内を見られている、ということなのよ」

 

 フォース「ビルドフラグメンツ」の戦略は極めてシンプルだ。

 偵察と斥候を兼ねるメグが情報を集めた上で撹乱し、突撃前衛のカグヤとユーナが火力で押し切り、機動力に優れたアヤノが近接支援としていつでもどちらかの援護ができるような位置に陣取って後詰とする。

 その戦略自体はシンプルながらも強力なもので、真正面からぶつかるのであればメグの存在はそれだけで脅威になるし、逆にメグを無視して無理やりアタッカーを抑えようとすれば機動力に優れた近接支援のアヤノをフリーにしてしまう。

 だからこそ今回の戦いもその黄金律に従っていれば自然に勝ちを拾える──とはならないのが、GBNというゲームなのだ。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず。

 その理由は、先人が遺した名言に従うのであれば、そして「智将」ロンメル率いる「第七機甲師団」がフォースランキング二位という輝かしい成績を残していることを鑑みれば、自ずと理解できる。

 第七機甲師団には、ユーナやカグヤのように単体の火力と機動力に優れた、自己でその役割を完結させているタイプのアタッカーは所属していない。

 強いていうのなら、ロンメル自身の【グリモアレッドベレー】がそれに当たるのだろうが、彼の本質はインファイターとしての部分にあるわけではなく、それはあくまでも「戦略」という強さの本質を補強する手札の一つでしかないのだ。

 つまるところ、メグがG-Tuberとして活動している都合上、加えてその人気が爆発的に高まってきた以上、彼女が「ヴァイスウルブズ」の情報を集めたように、敵もまた「ビルドフラグメンツ」の情報を集めている可能性は大いに考えられる。

 それに、何より。

 

「……ここはGBNよ。相手が原型機をそのまま使用しているとは限らない」

「あっ……」

 

 無論、原型機をそのまま使用することが悪だという訳ではなく、好きなカラーパターンに塗り替えた「自分専用機」というロールを貫くダイバーも珍しくない。

 ただ、やろうと思えば無限にカスタマイズパターンを考えられるのがガンプラであり、そしてそのカスタマイズを施した機体を戦場で思う存分暴れさせることができるのが、このGBNという世界なのだ。

 だからこそ、メグのジャマーとステルスを組み合わせた、シーカー・アサシン型のビルドとしては鉄板といえる構築に対応するためのカスタマイズや戦術と戦略、それを「ヴァイスウルブズ」が練っている可能性は大いにある──というより、十中八九そうしてくるだろう、というのがアヤノの予想だった。

 

「ま、アヤノの言う通りだね! アタシたちが警戒されてる分、アタシたちはそれ以上に相手を警戒しなきゃならないってこと!」

 

 してたってどうにもならないことだってあるけどね、と、冗談めかしてメグは笑ってみせるが、正直なところ冗談ではない。

 ユーナもぶるり、と背筋を震わせて、脊髄を伝う緊張感に身体をこわばらせる。

 

「敵を知ること、己を知ること……それこそ、武の道を歩む第一歩。拙もこれまでの勝利に浮かれることなく、存分に死合いたいものです。ところで、メグ」

「なになに、どったのカグヤ?」

「相手のことについてはある程度把握したのですが、バトランダム・ミッションとは何をするのでしょう……?」

 

 ずこー、と、椅子から転がり落ちそうになりながら、メグはカグヤの天然が入ったその言葉に目を丸くするが、よくよく考えてみれば、バトランダム・ミッションの詳細な仕様は、マッチングしてからではないとわからないという具合になっているため、その質問が出てくるのもある意味当然だった。

 指先を巧みに滑らせてコンソールを操作すると、メグは画面からマッチング決定のお知らせを再度ウィンドウに呼び出して、カグヤとアヤノ、そしてどこか戦々恐々としているユーナへとそれを提示してみせる。

 

「ごめんごめん、アタシだけが読んじゃっててすっかり忘れてた! ウケる」

「笑い話じゃないのよ、メグ」

「アヤノってば手厳しいねぇ……まあ、今回のミッションは比較的オーソドックスな防衛、攻略ミッションだね。アタシたちは防衛する側、『ヴァイスウルブズ』は攻撃する側って感じ」

 

 タブを拡大して大写しになった勝利条件には、「敵の全滅」「時間内に月面フォン・ブラウン市を守り切る」という二つが記されていた。

 シチュエーションとしてはおおよそ映像作品「機動戦士Zガンダム」の「アポロ作戦」に近いだろうか。

 アヤノは細い顎に指をやって、しばらく考え込む。

 月面都市フォン・ブラウン。宇宙世紀作品に登場するそれ自体と、防衛条件はともかくとして、問題となってくるのは周囲の地形だろう。

 かの「ビルドダイバーズ」が初めて受注したバトランダム・ミッションでは南極基地におけるシャトルの打ち上げ防衛が勝利条件として指定されていたらしいが、起伏に富み、遮蔽物も多い南極基地と違って、フォン・ブラウン市周辺に指定されたバトルフィールドはだだっ広く、身を隠せる起伏が少ないために事実上の総力戦になることが予想できる。

 そして敗北条件に「敵機のフォン・ブラウン市到達」が記されている以上、相手はわざわざカグヤとユーナという火力の二枚看板を正面からどうこうするより、確実に都市への到達を勝利へのチャートとして組み込んでくるはずだ。

 南極基地がトーチカや砲台などの防衛手段を備えていたのに対し、フォン・ブラウンにはそういったものが存在しない都合上、今回のバトランダム・ミッションで不利を背負っているのは「ビルドフラグメンツ」の方だと見て間違いない。

 

「……だからといって、負けるつもりはないわ」

 

 どこか自分へと言い聞かせるかのように、アヤノはぼそりとそう呟く。

 不利を背負っていようとなんだろうと、遮蔽物がほとんど使えないのならどの道、相手がこちらの全滅を視野に入れていようがいまいが、正面からぶつかり合うことは半ば必然なのだ。

 ならばそれより早く、相手を殲滅してしまうなり、いやらしく立ち回ることで足止めして釘付けにするなりしてしまえばいい。

 

「そうそう、アヤノの言う通り! 負けるためにミッション受けたんじゃないんだから、そこはチームワークで乗り切ってかなきゃね!」

 

 アタシもバリバリサポートするからさ、と、どこか不安げに縮こまっているユーナの肩にぽん、と手を置いて、メグは快活に口角を吊り上げて笑ってみせる。

 戦いというのはおおよそ、いざ戦場で銃火を交える前から始まっている。

 第七機甲師団のロンメルがそんな言葉を残していたとかいないとかは、ダイバーたちの間で語り種になっているが、はっきりいってしまえばあのモフモフしたオコジョが言っていようと、それとも別な誰かが言ってようとどうでもいい。

 大切なのはその内容の方だ。

 戦う前から戦いは始まっている。

 臆したままに戦えば、その立ち回りは迷いとなって自らの足を引っ張る。

 だからこそ、それが空元気だろうが強がりだろうが、「自分たちならやれる」と強く思い込むことで一種のプラシーボ効果を与えるのは、試合前においてはお約束のようなものだった。

 

「そうですよねっ! わたし、元気なことだけが取り柄なんだから……頑張らないと!」

「そうそう、その意気! 負けたって悔しいだけだしね!」

 

 フォースポイントやダイバーポイントの増減はあれど、基本的にGBNという世界においては何万回敗北しようとも、「もう一回」に賭けて、何度だって挑戦し続けることができる。

 無論、バトランダム・ミッションや期間限定のレイドバトルなど、月やシーズンで開催数が限られているミッションにおいてはその限りではないとしても、バトランダム・ミッションで当たった相手とリベンジマッチをすることはできるし、実際に行われている光景を見るのも珍しくない。

 だからこそ、ユーナたちはその拳を空高く突き上げて、作戦会議の続きへと臨むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「君たちが『ビルドフラグメンツ』か、噂はかねがね聞いている」

「本当ですか!? えへへ、ありがとうございますっ! わたしがリーダーのユーナですっ! えっと……」

「リョースケ。リョースケ・ホクトだ。お互い、いい戦いにしよう」

 

 散切り頭に赤いメッシュが入った大男は、ユーナのテンションにも気圧されることなく、差し伸べられた小さな手を握ってふっ、と微笑んだ。

 フォース「ヴァイスウルブズ」。

 全員がその背に狼が刺繍されたフライトジャケットを身に纏っていることが特徴的な彼らは、今日の敵にして、「ビルドフラグメンツ」が事前の顔合わせに臨んでいる相手に他ならない。

 紳士的だが、どこか寡黙な雰囲気を漂わせるリョースケというダイバーがそうであるように、選抜された「ヴァイスウルブズ」のメンバーは全員が唇を真一文字に引き結んで、眉間にシワを寄せたまま直立している。

 威圧的な効果を期待しているというよりは、軍隊色が強いフォースなのだろう。

 静かに押し黙っていたとしても、リョースケ率いるフォースのメンバーたちは皆、びりびりと肌で感じられるほどの闘志をその背中から放っている。

 それは取りも直さず、彼らが一筋縄ではいかない相手だという証だった。

 アヤノもまたその緊張感に飲み込まれないように、閉じた扇子を口元に当てながら、ずらりと並んだ「ヴァイスウルブズ」のメンバーを真っ直ぐに見据えて離さない。

 カグヤもまた、アヤノと同じように臆することなく「ヴァイスウルブズ」の視線を受け止めていて、それはまさしく戦う前からの戦いを体現しているかのようだった。

 アヤノたちがばちばちと火花を散らす中、お互いの自己紹介を終えたユーナとリョースケは、同時にミッションへのエントリーボタンを押すと、その躯体はブロックノイズ状に解けて、戦場へと繋がるカタパルトまで転送されていく。

 アヤノもどこか意識が遠のいていくような、一度バラバラにして再構築し直しているかのようなその感覚に身を委ねて、クロスボーンガンダムXPのコックピットへと転送されていく。

 

「それじゃ皆、準備オッケー?」

「拙はいつでも構いません、メグ」

「わたしもオッケーです、メグさん!」

「こちらも同意するわ」

 

 立てた作戦──いつも通りといえばいつも通り、メグが先行して撹乱した隙をつき、カグヤとユーナが飛び込んで敵陣を引っ掻き回すといういつものそれを再確認すると、アヤノたちはカタパルトに機体の脚部を固定して、戦場となる月面へと飛び出すために身を屈ませる。

 リョースケという人間は確かに実直そうだったが、人柄と作戦が直結しているわけではない以上、最悪の事態は想定するに越したことはない。

 先に飛び出していったメグたちを見送りながら、最後衛のディフェンダーという重要なポジションを任されたことによる重圧を誤魔化すように小さく息を吸い込んで、アヤノは赤から青へと変わった誘導灯に従って、機体を走らせる。

 

「アヤノは、クロスボーンガンダムXPで出撃するわ!」

 

 それを叫ぶことに大した意味はない。

 ただのお約束で、ロールプレイに過ぎないとしても、出撃前の前口上というのは、なかなかどうして気分を高揚させてくれる。

 アヤノはそんな胸の高鳴りと、胃の辺りを締め付けられるような緊張との間で板挟みになりながらも、スマッシャーモードに変形させた「クジャク」を構えて、戦場へと飛び立っていくのだった。




いざいざ実戦


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第三十九話「月に吼える」

前書きのネタが尽きてきたので初投稿です。


 メグの事前調査と、ブリーフィングの際に提示された情報を鑑みると、「ヴァイスウルブズ」の戦力は五機、その内全機がドーベン・ウルフではなく派生形のシルヴァ・バレトをベースにしているということはわかっていた。

 月面へと降り立ったアヤノたちは、半球上のドームに包まれたフォン・ブラウン市を背に、敵側の侵攻ルートを真正面からと決め打ちした上でそれぞれの配置へと陣取っていく。

 いつもの作戦といえばそれまでではあるが、今回のバトルフィールドが遮蔽物に乏しく、地形の起伏も少ないことから運営が想定しているのはフォース同士の総力戦である、という推測の元にメグを先行させて敵機を撹乱、連携が乱れた隙をついてカグヤとユーナが各個撃破、後詰として最後衛に控えているアヤノが強行突破する機体や、撃ち漏らした機体を撃破するという算段だ。

 とはいえ、メグの配信が人気を博した以上、自分たちの戦術や戦略は全て研究し尽くされたものと考えて行動したほうがいい。

 スマッシャーモードに変形させた「クジャク」を構えて、ミラージュコロイドを展開しながら先行するメグからのデータリンクを受けながら、アヤノは背筋を走る緊張感にごくり、と生唾を呑み込む。

 防衛戦というのは、環境にもよるとはいえ得てして防衛側が不利になるのがある種の定石のようなものだ。

 守る方はウィークポイントを庇いながら戦わなければいけない、つまりは動きがある程度制限されるのに対して、攻める側はルートの構築や変更を能動的に行えるというのが大きい。

 その上、数のアドバンテージも相手にあるとなれば、これがもし南極基地のシャトル防衛戦なら、間違いなくアヤノは匙を投げていただろう。

 だが、つまるところドッグファイトをしろと、それが運営からのお達しとあらば、望みが絶たれたわけではない。

 クロスボーンガンダムXPが範囲と射程の長い「クジャク」を持っているからとアヤノはディフェンダーに選抜されたのだが、正直なところ、放射状にビームが広がっていく性質上、「クジャク」が機能するのはクロスレンジであり、本当に仕方なくといった具合だった。

 近接偏重というフォースの傾向それ自体が悪いわけではない。

 ただ、防衛戦と致命的に噛み合わなかった──つまり、侵攻側に回れなかった、乱数の女神様の気紛れを恨めという、そういう話だ。

 

「よし、敵機射程圏に入ったよ! いつものジャマー起動して──!?」

「メグ、どうしたの!? 応答しなさい、メグ!」

 

 突如として、データリンクを行っているG-フリッパーから転送されてくる映像がノイズで途切れて、ハイパージャマーを起動しようとしたメグの声を届けていた通信ウィンドウもまた同じように沈黙する。

 予想通りに敵機は正面突破を選んだことまではまだよかった。

 最前線に突入したメグはデータリンクにより敵機の情報を転送し、ハイパージャマーを起動することで、真正面から突っ込んできた四機のシルヴァ・バレト──そのバリエーション機たちの撹乱を目論んでいたのだが、突如として飛来した閃光が、ガンダムデスサイズから移植したハイパー・ジャマーの発生器を射抜いて、起動前にその機能を停止させたのである。

 

『重畳重畳! これで敵のジャミングは無力化したわよ、リョースケ!』

『了解した、セレン! このまま算段通りに押し切る、ヴァイスウルブズ……全機、喰い破れ!』

 

 一体何事が起こったのかと、破損を免れたセンサーを起動してモニターを拡大してみれば、クレーターに潜む、白く染め上げられたシルヴァ・バレト・サプレッサーが銃口を延長したビーム・マグナムを構えて、こちらを睨み付けている姿がある。

 オクスタン・マグナム。

 ビーム・マグナムの出力を細く絞り込むことで、威力を保ったまま狙撃銃としたそれこそが、リョースケたちが「ビルドフラグメンツ」を分析した結果用意したものであり、ジャマーを起動するまでに、有効射程まで接近しなければならないというG-フリッパーの弱点を突くならば、それよりも遠くからハイパージャマーの発生器を破壊してしまえばいいという単純極まる解答だった。

 欲をいうならばG-フリッパーのコックピットを射抜けていれば尚良かったのだが、まずは不足の事態に備えて味方の安全を確保することを、あのセレンというらしい狙撃手は優先したのだろう。

 出力に耐えきれなくなった右腕をパージして、セレンは背部のラッチから予備の右腕を装着すると、再びオクスタン・マグナムで今度こそメグのコックピットを射抜かんと照星を覗き込み、引き金を引く。

 

「ごめん、しくった! カグヤ、ユーナ、アヤノ! そっちに四機行ったのとこっちにスナイパーがいる! アタシは……砂の処理を優先するから、一番機動力が高そうなのをアヤノは迎撃して!」

 

 幸い、出力が絞り込まれていたことで他の電子機器への影響は最小限で済んだのか、メグは通信ウィンドウに向けてそう叫ぶと、ミラージュコロイドを展開して「ヴァイスウルブズ」からの牽制射撃を回避しつつ、セレンのシルヴァ・バレト・サプレッサーへと接近戦を仕掛けようと試みる。

 だがそれは、全てリョースケの計算通りだった。

 彼自身、それが初手でハイパージャマーを無力化できなければ破綻する、作戦というより博打であるとはわかっていたものの、分の悪い賭けほど燃えるというものだし、何よりも「セレンならやってくれる」という信頼があったからこそ、彼女にその大任を負ってもらったのだ。

 

『さて、ここまでは計画通りだ……ヴォルフ2、そちらはあのカグヤという少女の足止めを頼む。ヴォルフ3とヴォルフ4はユーナという少女をツーマンセルで包囲しろ。俺は……フォン・ブラウンまで一気に詰める!』

『サー、イエッサー!』

 

 四機が扇状に展開していた陣形を崩して、ヴォルフ2のコールサインで呼ばれたダイバーの機体──ガエル・チャン専用シルヴァ・バレトが、腰からビームサーベルを二本引き抜いて、第二防衛ラインに陣取っていたカグヤへと斬りかかる。

 

「重い一撃……称賛に値します、ですが!」

『わかっているとも、悔しいが、俺じゃあんたには敵わない……だが、シルヴァ・バレトにはこういう武装もあるんだなぁ、これが!』

 

 ヴォルフ2は勇ましく啖呵を切ると、バックパックから二基のインコムを展開し、カグヤを前後から一人で挟撃する形を取る。

 近接戦に比重が偏っている「ビルドフラグメンツ」は、オールレンジ攻撃に弱い。

 だからこそ、「CAA」とのデビュー戦においてはメグがハイパージャマーを撒き散らすことによってそれを事実上無力化することでの力押しで勝利をもぎ取ってこそいたものの、ここにきて逆に彼女が無力化されたことで、根本的な弱点が明るみに出た形となる。

 カグヤは自分を包囲するビームを斬り裂きながら、更に同時攻撃を仕掛けてくる二刀流のシルヴァ・バレトと斬り結ぶという離れ業を見せているからいいものの、より悲惨なのはユーナだった。

 

「わわ……っ、ど、どうすれば!?」

『諦めろ! お前はここで終わりだ!』

『無駄口を叩くな、ヴォルフ3! オールレンジ攻撃と引き撃ちを徹底して、とにかく目の前の敵を無力化させることだけに集中しろ!』

 

 ユーナを取り囲んでいたシルヴァ・バレトはファンネル試験型と呼ばれるバリエーションであり、バックパックに装備されているインコムに代えて、プロト・フィン・ファンネルが有線接続されているのだが、「ヴァイスウルブズ」の二人はそれを無線式に改良した上で四方から射撃武装を持たないユーナを包囲し、じわじわと追い詰めている。

 これがもし一対一であるなら、ユーナは持ち前の反射神経でなんとかオールレンジ攻撃を掻い潜って格闘戦に移ることができたのだろうが、二対一でかつ自分を狙う銃口はその倍以上あるとなれば、流石の彼女といえども旗色が悪い。

 なんとかプロト・フィン・ファンネルから放たれる散弾ビームを回避しつつ、反撃の機会がないかと考えたその隙を突くかのように、ヴォルフ3とヴォルフ4は徹底してビームライフルによる引き撃ちを繰り返す。

 

「きゃああああっ!」

「ユーナ!」

『よそ見をしている暇は……ないぞ!』

 

 そうすることでユーナの集中力は見る見る内に削がれていって、一発一発の威力は低くとも、確実に累積している散弾によるダメージが、アリスバーニングガンダムの装甲値を削り取っていく。

 それは最早戦いではない。一つの「狩り」といってもいい。

 アヤノの意識が、弄ばれ続けて悲鳴を上げるユーナに向いたその一瞬を待っていたかのように、先行していたシルヴァ・バレトを青く塗り替え、肩部をミサイルランチャーと思しきものと、巨大なブースターの複合ユニットに置き換えたその機体──リョースケが操る【ツークンフト・ヴォルフ】はスラスターを展開し、第二防衛ラインをすり抜けてアヤノの元へと迫ってくる。

 メグがあのシルヴァ・バレト・サプレッサーを抑えてくれているから狙撃が飛んでくる心配はないものの、ツークンフト・ヴォルフの直線加速力は凄まじく、推進剤の暴力ともいえる巨大なスラスターを展開しながら迫ってくる様は、さながら巨人が足跡を残すかのようだった。

 一人最終防衛ラインに残されたアヤノは戦慄する。

 リョースケたちのことを侮っていたわけでは断じてない。

 だが、ここまで自分たちのことを研究して今回の戦いに臨んでくる辺り、彼もまたロンメルとタイプを同じくする司令官型のプレイヤーなのだろう。

 ツークンフト・ヴォルフが右腕に装備した対ビームコーティングブレードを展開したのを見るなり、アヤノはスマッシャーモードに変形させていた「クジャク」をブラスターモードに戻して、加速力を乗せたツークンフト・ヴォルフを真っ向から迎え撃つ。

 

『押せよ……ツークンフト!』

「押されるわけには……いかないのよ!」

 

 推進力をその膂力に乗せた大柄な機体との鍔迫り合いは、完成度がものをいうGBNにおいて、小型なアヤノのクロスボーンガンダムXPを不利な状況へと追い込んでいく。

 だが、それを覆すだけの手段はアヤノもまた持っていた。

 惜しむことなく光の翼を展開し、アヤノとリョースケは火花を散らして鍔迫り合う。

 相手がいかに大型のブースターを積んでいようとも、アヤノの手によって作り込まれたミノフスキー・ドライヴの出力もまた並大抵のものではない。

 リョースケは自身が押し負けていることを自覚しながらも機体を踏みとどまらせて、そのまま時間を稼ぐかのように鍔迫り合いを続ける。

 

「貴方、まさか……!」

「そうだ、そのまさかだ……! おれたちは狼だ、狩りには全力を尽くし、手段は選ばない!」

 

 リョースケが一人でフォン・ブラウン市へと到達できるならそれでもよし、できなければ二の矢を用意しておく。

 それが「ヴァイスウルブズ」のやり方であり、そして今、引き絞られた弦からその矢は「ビルドフラグメンツ」の心臓を目掛けて放たれようとしていた。

 

「あ、ああ……っ……」

 

 二対一での包囲射撃によって、ユーナのアリスバーニングガンダムは大きく損傷し、コックピットにはイエローコーションが灯っている。

 そして尚、シルヴァ・バレト隊による攻撃は止むことなく、敵からの反撃を一ミリたりとも許しはしないとばかりに、ビームライフルで、或いはシールドと一体化しているメガランチャーで、じわじわと嬲り殺すかのようにユーナを追い詰めていた。

 

「ユーナさん! くっ……」

『悪いな、のんべんだらりとやらせてもらうのが俺の役目だからなぁ!』

 

 見かねたカグヤがフォローに入ろうとバックブーストを噴かしても、それを眺めるかのようにガエル・チャン専用シルヴァ・バレトはその両腕をインコムと共に射出して、変幻自在のリーチからの攻撃で、カグヤを自分との戦いに押し留める。

 この時点で、勝利の機運は「ヴァイスウルブズ」に傾き始めていた。

 誰かがわざわざ口に出さずとも、劣勢であるということは見ればわかる。

 スナイパーを抑えるためにステルスを活用した近接戦闘を仕掛けているメグも、唯一フリーにこそ見えるものの、敵機の元々が重装甲故に火力不足で決め手に欠けていることから、苦戦を強いられていた。

 このサプレッサーを放置してユーナの救援に向かう、という選択肢も考えられるが、そうなればロングバレル化し、出力を収束させたビームマグナムによる狙撃が飛んでくると八方塞がりだ。

 

『それにおれは……侵攻を諦めたわけではない!』

「何を……ッ!?」

 

 突然、ツークンフト・ヴォルフの肩部ユニットに備えられているハッチが展開したかと思えば、そこから目にも留まらぬ速度で無数の「何か」がばら撒かれる。

 咄嗟のことで反応が遅れたために、クロスボーンガンダムXPは射出されたその「何か」、超高密度に圧縮されたガンダリウム合金弾の直撃をもろに受けるという形となってしまった。

 炸薬によって射出されたガンダリウム合金弾──実際に金属のベアリング球をミサイルランチャーだった部分に仕込んだそれの威力は尋常ではなく、見る見るうちにクロスボーンガンダムXPの装甲は削り取られ、蜂の巣という形容が相応しい惨状を呈する。

 コックピットにはレッドアラートが鳴り響き、跳弾による被害を受けながらもその重装甲故に軽微で済んだツークンフト・ヴォルフが、今度こそ、その牙でアヤノを喰らい尽くそうと、獰猛な殺意を双眸へと灯した、その瞬間だった。

 

「っ、ああああああッ!!! 応えて、アリスバーニングっ!!!」

 

 半ば狂乱したかのように、ユーナが声を張り上げる。

 そして、咆哮を轟かせるかのように、アリスバーニングガンダムがツインアイに鋭い光を灯すと、装甲の一部が排除され、全身のクリアパーツが青からオレンジ色に染まると同時に粒子で形成された炎を噴き出す。

 バーニングバーストシステム。

 恐らくユーナはここで切り札を切ることを決めたのだろうが、それにしては様子があまりにもおかしく、アヤノも、そして攻め手を強めていたはずのリョースケも、一瞬呆然と、炎を纏うガンダムが月に吼えるのを見詰めていた。

 

「っ、ああああああッ!!! うああああああッ!!!」

 

 言葉の体を成していない、ユーナの叫びに応えるかのように噴き出した炎が、プロト・フィン・ファンネルから放たれる散弾ビームを弾き返し、そして保っていたはずの距離を一瞬で詰めて、アリスバーニングガンダムの炎を纏う拳はヴォルフ3のコックピットを貫いていた。

 

『な、バカな……っ、こんな……隊長ぉぉぉぉ!』

「ああああああッ!!!」

 

 黙れ、とばかりに咆哮すると、狂乱するユーナは断末魔さえも残させないと、シルヴァ・バレトのコックピットをえぐり取り、呆然とそれを見つめることしかできなかったヴォルフ4へと蹴りかかっていく。

 

『なんだ……? 何が起きている……?』

 

 リョースケは愕然と呟いていたが、それはアヤノも聞きたいぐらいだった。

 ユーナの中で何が撃発を起こすトリガーになったのかはわからない。

 だが、あれは暴走といって差し支えなく、明らかに損傷が激しいアリスバーニングに取らせるような動きではない。

 それを証明するかのようにアリスバーニングガンダムの関節部からは絶え間なく火花が迸り、組み敷いたシルヴァ・バレトファンネル装備試験型の重装甲を殴り砕く度に、その拳も自壊するかのように破片を撒き散らす。

 

「わたしは……わたしはぁぁぁッ!!!」

「ユーナ……泣いて、いるの……?」

 

 レッドアラートが絶え間なく響き渡るコックピットで、アヤノは思わず通信ウィンドウに映るユーナへと手を伸ばしていたが、その手が涙に、その理由に届くことはなく、アリスバーニングガンダムもまた、バーニングバーストシステムとダメージの負荷が限界に達したことで自壊していく。

 彼女に何が起きているのかは、きっと本人以外の誰もが知ることはないだろう。

 それでも、ユーナは──まるで矛盾を体現するかのように、機体を壊しながらも、機体が壊れるごとにその瞳から伝う涙の雫は勢いを増し、半狂乱になりながら、最終的にはレッドアラートを迎えたアリスバーニングガンダムは、とっくに沈黙していたヴォルフ4の残骸を殴りつけようとする姿勢のまま、ブロックノイズ状に解けて、テクスチャの塵へと還ってゆくのだった。




ユーナ、キレた──!


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第四十話「飛翔、コア・ファイター!」

ファル子を引けなかったので初投稿です。


 ユーナの狂乱とも取れる変貌に、一瞬、戦場は水を打ったように静まり返っていた。

 瞬く間に二機のシルヴァ・バレトをテクスチャの塵に還して、そのままバーニングバーストシステムの負荷に耐えきれなくなって自壊したアリスバーニングがいた場所には文字通り何も残っていない。

 それがかえって不気味で、先ほどまでは夢を見ていたのではないかと、そんな懸念を居合わせたダイバーたちに抱かせる。

 だが、これが夢でもなんでもないことは、戦いがまだ終わっていない──ちょうど三対三の形となって、コンソールに浮かぶタイマーがミッション終了までのカウントダウンを刻んでいることからも明白だ。

 だからこそ、その間隙を突くように、或いは本能に突き動かされるように、先に動いていたのはアヤノの方だった。

 ガンダリウム合金弾を至近距離から撃ち込まれたことで、クロスボーンガンダムXPは頭部が脱落、全身の装甲も蜂の巣のように穴だらけになっている始末だったが、それでもまだ「クジャク」を持つ右腕や、いくつかの武装類は死んでいない。

 弾かれたようにアヤノは操縦桿のトリガーを押し込むと、すぐさまコンソールに浮かぶメニューをスライドさせて、そのコマンドを実行する。

 

『……何があったかは知らないが、ゼロ距離だ。これで獲ったぞ!』

 

 一瞬だけ呆けていたものの、アヤノに対して僅かに遅れて動き出したリョースケは、瀕死の敵機に、クロスボーンガンダムXPにトドメを刺すべく、スラスターを展開してそのまま鍔迫り合いを押し切ろうとした、まさにその時だった。

 ぎち、と軋む音を立てて、展開しようとしたスラスターが悲鳴を上げる。

 そして、空気が抜けるような音と共に、クロスボーンガンダムXPの背中から、仕込まれていたコア・ファイターがベイルアウトを果たして、そのまま垂直に急上昇していく様を、リョースケの瞳は捉えていた。

 ──何を、された。

 一瞬、刹那の間に出遅れがあったことはリョースケも認めている。

 だが、瀕死のアヤノとその愛機にできることなど限られているだけでなく、与えられた猶予も極めて短い。

 そういう意味では、機体を捨ててベイルアウトを選ぶというのは悪い選択肢ではない。

 フォースメンバーに後を託し、ただ生き残ることだけを、タイムリミットまでの時間稼ぎを優先するのであれば──そして、情勢が自分たちに有利に働いていれば、という前提が付くが。

 基本的にガンダム作品におけるコア・ファイターという戦闘機は、モビルスーツに比べて戦闘力の面で大きく劣り、ちょうど今のように緊急時の脱出手段として使われることが多いものだ。

 ならば、アヤノの取った行動は、劣勢下においてはセオリーを大きく逸脱したものでしかない。

 誰がどう見ても、ツークンフト・ヴォルフとクロスボーンガンダムXPの競り合いで有利なのは前者であることは明白であり、ユーナが自己犠牲を伴いながらも二機を道連れにしたとしても、この盤面で依然有利なのは「ヴァイスウルブズ」の方だ。

 だとすれば、アヤノは今何を仕掛けたのか。

 リョースケの脳裏を無数の疑問符が埋め尽くし、一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような緊張が戦場を走る。

 天高く飛び上がったコア・ファイターと、加速時に発生するGのフィードバックに歯を食いしばるアヤノは黙して語らない。

 拘束し、追い詰めたのは自分だと思っていたら、いつの間にか立場が逆転していた──まるで狐につままれたかのように、さながら死体が動き出したかのような驚愕にリョースケは目を見開き、モニターに映るコア・ファイターを眺めることしかできなかった。

 実際のところ、アヤノが仕掛けた罠は、極めて単純なものだ。

 その答えは恐らく、虚を突かれて動揺しているだけで、リョースケもすぐに気付くことだろう。

 ぎし、と軋む音と何かが擦れる音。

 摩擦を立てる金属音に、とうとうリョースケはその答えに至る。

 

『鎖……まさか、アンカーか!』

「正解よ……!」

 

 彼の意識がユーナの暴走と狂乱に持っていかれていたその隙をついて、アヤノが仕掛けた戦術は、両腰のシザー・アンカーを射出することでツークンフト・ヴォルフを拘束し、機体に残された出力が「クジャク」の刃を維持できる限界である一瞬だけその動きを止める、というただそれだけのことだ。

 だが、シザー・アンカーに巻き付かれたとしても、ツークンフト・ヴォルフの膂力を抑える一手には至らない。

 故にこそ、アヤノが選んだベイルアウトは、逃げるためではなく、守りに回るためではなく、この一瞬に逆転の機運を賭した大博打だった。

 ツークンフト・ヴォルフが拘束を破るまでの一瞬、全力でミノフスキー・ドライブを起動させて急上昇したアヤノのコア・ファイターは、遙か高空で一度動きを停止すると、今度はその機首を下に向けて、再び「光の翼」を展開しながら、ツークンフト・ヴォルフへと突撃する。

 

『まさか……特攻か!?』

「死なば諸共よ……!」

 

 狂乱し、暴走していたあの瞬間、ユーナの表情は確かに目を見開き、殺意を剥き出しにこそしていたものの、それは能動的なものではなく、追い詰められたが故に無理やり引きずり出されたものだった。

 そして、あの瞬間にユーナは間違いなく泣いていた。

 窮鼠猫を噛む、ということわざがある通り、それはユーナが本来持ち合わせていた気性というよりは怯えから来た防衛反応であるように思えて──つまるところアヤノは、ユーナが泣かされたという事実に対し、シンプルにブチ切れていた、というだけの話だ。

 しかし、怒りに突き動かされていながらも頭の中はどこまでも冷静で、アヤノはただ、勝算もなく無謀な賭けを仕掛けにいったわけではない。

 あのセレンというスナイパーをメグが抑え、そしてもう一機のシルヴァ・バレトはカグヤを足止めするので精一杯である以上、この状況下で脅威になるのは、リョースケとツークンフト・ヴォルフだけだ。

 そして、いかにツークンフト・ヴォルフの装甲が堅牢であろうとも、ゼロ距離で叩き込んだガンダリウム合金弾の内、装甲を貫くまでにいくらか弾き返されたものの跳弾を食らって完全な無傷でいられるわけではない。

 だからこそアヤノは博打に打って出た。

 コア・ファイターのビームガンを連射しながら、急降下する機体はそのまま、ツークンフト・ヴォルフの、リョースケの反応速度を超えて正面衝突を起こす。

 現実であれば死んでいるような衝撃がそのままフィードバックされることはないものの、ある程度まで再現された衝撃が、レッドアラートを振り切って、アヤノにきつく歯を食いしばらせる。

 分の悪い賭けだった。

 勝算は低く、薄氷を踏んで渡るかのようなその細い糸を手繰り寄せた先で、アヤノが賭けに打ち勝った理由は極めてシンプルなものだ。

 コア・ファイターとツークンフト・ヴォルフがテクスチャの塵へと還っていく間にリョースケは目を伏せて、ふっ、と自嘲するように小さく笑う。

 

『慢心、油断……例え一瞬であっても、そうしてしまった時点で負けていたのはおれの方だったな』

「……いいえ、それは私も同じよ」

『過度な謙遜は勝利の価値を貶めるだけだ。グッドゲーム、アヤノ。そして後は託したぞ、セレン、ヴォルフ2……』

『リョースケぇっ!』

 

 コア・ファイターの爆発にツークンフト・ヴォルフが巻き込まれたことで相討ちとなったアヤノとリョースケの躯体は、ブロックノイズ状に解け、セントラル・ロビーへと転送されていく。

 セレンはたまらず叫んでいたものの、リョースケがこの戦場に戻ってくることはない。

 そして、一点突破の作戦が崩れて、「ビルドフラグメンツ」の火力担当である二枚看板の内、その一枚であるカグヤが健在な時点で、「ヴァイスウルブズ」の命運はもはや決まったようなものだった。

 言い方こそ悪いものの、ユーナのカバーに入る必要がなくなったことで、目の前の敵を相手にする余裕が生まれた、その機を武人であるカグヤがみすみす逃すようなことはしない。

 

「これで終わりです! 紅蓮の型、紅華炎輪!」

『ぬかったか……!』

 

 ワイヤーで射出していたガエル・チャン専用シルヴァ・バレトの両腕を、炎を纏った「菊一文字」が断ち切ると、ヴォルフ2は悪あがきのように背部のミサイルランチャーやインコムを一斉射してカグヤとロードアストレイオルタを止めようとしたものの、素早い身のこなしでそれを掻い潜り、カグヤは新たに習得した炎を纏う刀を敵機のコックピットへと叩きつけて、その重装甲ごと胴薙ぎに両断する。

 ヴォルフ2が撃墜されたことで一人取り残されたセレンも、メグとの接近戦は互角にこなしていたものの、これで二対一となり、自慢のオクスタン・マグナムを放つ隙もなくなったといっていい。

 

「アタシの近接格闘はいまいちかもしんないけど……カグヤ!」

「承知しました、メグ! 二対一とは気が引けますが……これも全てはミッションのため! 『ビルドフラグメンツ』のため!」

 

 そして、止まることなく跳躍したカグヤは空中で機体を一回転させると、その姿勢のまま刀を構えて、セレンが操る純白のシルヴァ・バレト・サプレッサーへと切り掛かっていく。

 

「紅蓮の型……焔ノ火車!」

『……っ、ここまでみたいね……ごめん、リョースケ!』

 

 メグがフォトン・バッテリーが生み出す残光をぶつけることで強引に鍔迫り合いを中断し、退いたのと入れ替わる形で襲いかかった炎の刃の前に、セレンが操るシルヴァ・バレト・サプレッサーはなすすべもなく縦に両断されて、テクスチャの塵へと還る。

 

【Battle Ended!】

【Winner:「ビルドフラグメンツ」!】

 

 流れる無機質な機械音声が、無慈悲に告げるものは白狼の敗北にして、「ビルドフラグメンツ」の勝利。

 それは確かにカグヤとメグへと届いていた。

 ユーナの狂乱と、アヤノの特攻というあまりにも危うい橋を渡った末のことではあったものの、それが「バトランダム・ミッション」において「ビルドフラグメンツ」の勝利であることに違いはない。

 だが、どこか──ほんの僅かに釈然としないものを抱えながら、勝者であるメグとカグヤは顔を見合わせ、ロビーへと転送されてゆくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「敗けはしたが、いい試合だった。グッドゲーム、『ビルドフラグメンツ』。おれも……おれたちも、まだまだだということだな」

 

 セントラル・ロビーへと帰還していたリョースケは、勝敗がついたことで全員が帰還したのを確認し、同じく一足先に帰還を果たしていたユーナへと歩み寄ると、目線を合わせるように片膝をついてそっと手を差し伸べた。

 ユーナの方も時間を経たことで落ち着いたのかそうでないのか、試合中に見せた狂乱の片鱗も見せることなく、いつも通りに明るい、大輪の花にも似た笑顔を浮かべて、差し伸べられたその手を取る。

 

「えっと……グッドゲームです、リョースケさん!」

「……ああ、ありがとう」

 

 アヤノは訝るように腕を組んでその様子を見つめていたが、ユーナの様子に何か変わったところは見られない。

 口調もいつも通りなら、底抜けに明るい笑顔だっていつも通りで、それこそ試合中に泣き叫びながらヴォルフ3とヴォルフ4を殴り付けていたこと自体が夢だったんじゃないかと疑いたくなるぐらいだ。

 メグとカグヤもそれは同じようで、「ヴァイスウルブズ」のメンバーが踵を返して去っていくまでの間、ずっとその心配そうな視線はユーナへと注がれていた。

 次は負けない、と物語るリョースケの背中を見送るユーナは、大きく手を振りながら笑っていたが、それでも涙が伝っていた面影が、その横顔には残っている。

 

「……その、大丈夫? ユーナちゃん」

 

 真っ先に声をかけたのは、バトランダム・ミッションを受けようと提案したメグだった。

 事の発端は、元々自分が言い出しっぺなことにあるとでも言いたそうに、どこか気まずそうに曖昧な笑みを浮かべるメグに対して、ユーナはあっけらかんと小首を傾げて疑問を返す。

 

「えっ? 何がですか?」

「その……戦ってた時、ブチ切れてたみたいだからさ。元はといえばミッション受けようって言ったのアタシだし……ね?」

 

 何故そこまで狂乱していたのかを直接問うことはせず、メグの言葉はあくまでユーナを気遣った、遠回りなものだった。

 あんな尋常ではない取り乱し方をしていたのだから、何かがあったことを疑うのは自然なことで、むしろ何もなかったといわれて、素直にはいそうですかと受け入れられるほど、アヤノたちも楽観的ではない。

 だが、ユーナは小首を傾げてしばらく考え込むような仕草を見せると、あっけらかんと笑って、メグの言葉に答えを返す。

 

「えっと、それなら大丈夫ですっ! むしろ心配させちゃってごめんなさい、えへへ」

「……本当に」

「アヤノ?」

「……本当に大丈夫なの、ユーナ」

 

 この話はこれでおしまいなんだ、とでも言いたげなユーナと、そして当惑しているメグとの間に割り込んで、アヤノはどこまでも冷静に、その桜色の瞳の奥に隠されたものを見定めるかのように問い詰めていた。

 

「……うんっ! 大丈夫だよ、アヤノさん! だってわたし、元気だけが取り柄なんだもん!」

 

 心配させてしまったことを詫びながら、ユーナはくるりとその場で一回転して、春の日差しにも似た笑顔を満面に浮かべてみせる。

 その仕草に、その笑顔に無理をしているだとか、何かを抑えこめているだとか、そういったものはメグにもアヤノにも、そしてやりとりを眺めていたカグヤにも感じられず、いつも通りにどこか抜けていて、それでいながら誰よりも心優しいユーナがそこにいるだけだった。

 いっそ清々しいまでに「いつも通り」な光景がそこにある。

 それ自体は喜ぶべきことであるはずなのに、アヤノはそこに一抹の不安と、そして不気味さのようなものを感じずにはいられなかった。

 だが──ユーナは本当に、何かを隠しているのだろうか。

 疑えば疑うほどに、考えれば考えるほどに、霧の中へと迷い込んでいくような感覚が拭えず、何が真実で何が虚実であるのかが曖昧なまま、アヤノは扇子を広げて口元を覆い、微かに小首を傾げることしかできなかった。

 むしろ、こうして笑っているユーナを、親友を疑っている自分の性格がねじくれているのではないかと、心配になるほどに。

 

「これでバトランダム・ミッション初勝利だねっ! それじゃあ……えっと、どこかで打ち上げか何かしますか、メグさん、カグヤさん、アヤノさん?」

「打ち上げかー、いいね、とりあえずカラオケでも行って、パーッとやっちゃおっか!」

「ええ、緊張してばかりでは息が詰まるというものです。肩の力を抜く、という提案は悪くありません」

 

 メグとカグヤは顔を見合わせると、ストレス発散も兼ねて、セントラル・エリア内のカラオケにでも行こうかとコンソールを操作してマップをウィンドウにポップさせると、ユーナを先導するように歩き出す。

 

「アヤノさんも一緒に行こっ! わたしのことなら本当に大丈夫だから!」

「……ええ、そうね。ごめんなさい、疑ったりして」

 

 仮にもし、ユーナが何かを隠しているのだとしても、メグが機転をきかせてストレス発散をしやすいカラオケを打ち上げに選んでくれたのは幸いだった。

 歌っている内に気も紛れるだろうし、このどことなく気まずい雰囲気もいつしか霧散していることだろう。

 それに何より、友人とカラオケに行く、という学生定番のイベントではあるものの、アヤノにとってそれは初めてのことで、心惹かれている部分がないかといえば嘘になる。

 笑顔のユーナに手を引かれて、アヤノもまた、考えるのをやめて、今は勝利の栄冠がもたらす余韻に浸るように、或いはそこに逃げ込むように、カラオケブースへと向かっていくのだった。




何はともあれまずは勝ち


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第四十一話「忍び寄る影」

めっきり気温が上がってきたので初投稿です。


 フォース「ビルドフラグメンツ」を、外から分析するのであれば、戦略的には戦いやすい面があるというのは、紛れもない事実であった。

 トランザムによって赤熱化したリボーンズガンダムを、「光の翼」の加速度を乗せたバタフライ・バスター二刀流で斬り捨てると、アヤノは何度目とも知らないフォース戦の依頼がまた一つ終わったのだと、安堵の息をつく。

 基本的に、火力と近接戦に偏重している「ビルドフラグメンツ」は、戦略面において対応できる幅は少ないといってもいい。

 比較すること自体がお門違いだとはいえ、各種装備や局地戦への対応、そして何よりフォースメンバー自体を己が率いる軍隊の一員とする、という方針を掲げるフォース「第七機甲師団」が、そのリーダーであるオコジョ、「ロンメル」が保持している手札と比べればその柔軟性は遥かに低く、それを無理矢理プレイヤースキルとメグのサポートという戦術面で踏み倒しているのが、「ビルドフラグメンツ」なのである。

 だから、倒しやすい相手だと格下に見られている──と、いうことは特にないのだろう。

 リボーンズガンダム、ガンダムエピオン、バンシィ・ノルン、マスターガンダムという、見る人が見れば懐かしさを感じるような機体編成で自分たちに挑みかかってきたフォース「EXブースト」は、どこまで本当かはわからないものの、メグのファンになったからとかそんな理由でフォース戦を挑んできたという経緯がある。

 無論、それが嘘である可能性は大いにあるものの、相手を疑いだせばキリがない。

 ミラージュコロイドとハイパージャマーというステルスとジャミングに対して、「EXブースト」の面々は奇策を弄することなく、単純にレーダーに頼らない有視界戦闘を行えるマスターガンダムをメグにぶつけて、近接戦に偏重したカグヤとユーナには射撃戦が得意なノルンとリボーンズガンダムを、そして後詰のアヤノにはガンダムエピオンが急襲をかけるという脳筋戦術で挑みかかってきたのだが、中々どうしてそれは理に適っていた。

 基本的に、メグは連携の分断からの各個撃破という戦術を好んでいるのに対して、最初から連携によって圧殺するのではなく個々の強さをぶつけて、擬似タイマンと呼ばれる状況をむしろ受け入れることでフォースを勝利に導く。

 それもまた、メグがアップしている動画を見て、研究した一つの結果だといえよう。

 セントラル・ロビーに転送されてふわり、と降り立ったアヤノは、ここ最近の連戦について考えを巡らせながら、物憂げにふっ、と息をついた。

 負けが続いているわけではない。

 むしろ、挑んできたフォース全てをことごとく返り討ちにする連戦連勝を重ねていたことで、「ビルドフラグメンツ」のフォースランキングは急上昇し、メグがアップロードした動画も、ほぼ編集を加えていない、いわゆる視点動画、そして大幅な編集を加えた解説動画共々、再生数は数十万を割ることなく維持している。

 ただ、現状を分析するのであれば、やはりフォース戦に本腰を入れるとなると、厳しい面があることは確かだった。

 

『ハハハハハ! 俺のスーパーシュペールスペリオルシュプリームスーペルハイペリオンは無敵だぁ!』

『きゃああああっ!』

 

 ちょうどコンソールを操作してG-Tubeを立ち上げたことで、今し方アップロードされたばかりの、数日前に行われたフォース戦の編集動画──「すっごい金ピカ! ビームが効かないって噂のあの人たちに挑戦してみた!」というタイトルが付けられたそれをタップすると、サムネイルから確認できるサンプル動画が画面に出力される。

 アヤノは冗談としか思えないようなその金ピカに塗装され、「ヤタノカガミ」加工が施された機体と、そのスーパー以下略ハイペリオンを操るダイバー、「ホッシー」が、「アルテミスの傘」──アルミューレ・リュミエールを球状に展開したまま、ユーナのアリスバーニングを急襲する映像を一瞥した。

 それが戦術の常道であるならば、GBNのマナーやルールに則っているのであれば、相手が取った策がある程度卑劣なものであったとしても、基本的にその策を非難する権利はアヤノたちにない。

 だが、それにしたってここ最近のフォース戦は、「ビルドフラグメンツ」への研究が進んでいることもあって、非常に険しい、常に敗北と紙一重の勝利ばかりだ。

 そして、対策されているのはやはりメグのステルスとジャマーもだが、近接戦に偏っている──と、いうよりは、近接戦以外がほぼできないともいっていいカグヤとユーナだった。

 基本的に、アタッカーをフリーにしておくことは戦術としては論外だ。

 だからこそ、メグを押さえた上で「ビルドフラグメンツ」が誇る近接火力の二枚看板であるカグヤとユーナを封殺するというその戦術に相手の方針が収束しているのは、ある種当然といってもいい。

 だが、矢面に立たされる側としては堪ったものではないのだろう。

 どことなく疲れた笑顔でメグと言葉を交わしているカグヤと、今も茫然とした様子で宙を眺めているユーナを横目に、アヤノは考える。

 カグヤの方は、必殺技としてモビルドールカグヤへの移行という保険を有しているからまだマシなものの、否応なく弾幕砲火に晒されるユーナは、キツいという言葉では済まされない。

 だからこそ直近の、それこそ「EXブースト」とのフォース戦においてはアリスバーニングガンダムは射撃戦で封殺され、劣勢に追い込まれていたのだ。

 そして、仮に射撃戦を掻い潜っても、バーニングバーストシステムの無理な発動によって機体が自壊するという展開が非常に多かった。

 こういう展開が続けば、疲れの一つや二つ、溜まらない方がおかしいというものだ。

 呆然とするユーナの肩にそっと手を置いて、アヤノはやや遠慮気味に、遠回しな言葉はないかと思索を巡らせながら言葉を紡ぐ。

 

「その……お疲れ様、ユーナ」

「アヤノさん……」

「貴女はよくやってくれているわ。だから、その……」

「……うんっ! 大丈夫! 心配してくれてありがとう、アヤノさん! わたし、元気に頑張るから!」

 

 ──それに、溜まってたフォース戦の依頼ももうこれで最後だし。

 アヤノの言葉を受けて、ユーナはぱあっと笑顔の花を咲かせると、「ビルドフラグメンツ」宛に届いていたメッセージの一覧をウィンドウに表示させると、その全てに既読がついていることと、同時に開いたスケジュール欄に書き込まれたフォース戦の予定に全てチェックが入っていることを見せつけるかのように指先をスワイプさせる。

 

「ごめんね、アタシも断っとけば良かったんだけどさ」

「……メグ」

「ううん、大丈夫ですよメグさん! だって断るのって気が引けるし、それに……わたしたち、ちゃんと勝ってきましたから!」

 

 フォース戦を申し込まれて、受けることは別に義務というわけではない。

 だが、メグの場合はG-Tuberをやっている以上、ファンからの感情であるとか、評判であるとか、そういったものへ常に気を配らなければならない都合上、理由もなく無下に断るという選択肢はなかったのだろう。

 救いがあるとするならば、ユーナが言った通り、全てのフォース戦に敗北を喫することなく、勝利を収めてきたことだろう。

 フォース「ビルドフラグメンツ」の弱みが戦略面で融通が利かないことであるとすれば、強みはシンプルながらも対策が難しい、これといったメタを張ることが困難であるということだ。

 射撃戦に徹したとしてもカグヤは弾を切り払って突撃するし、集中砲火による被弾やそれに伴うバーニングバーストでの自壊は多いものの、ユーナだってその身のこなしは軽く、安易に射撃戦を選んだところで封殺するのは難しい。

 それに──

 アヤノは、いざ打ち上げに乗り込もうと、メグと共に何か良さげな会場を探しているユーナを一瞥して、そっと静かに目を伏せる。

 あの「ヴァイスウルブズ」戦で見せたような狂乱や暴走とでもいうべきものを、ユーナはあれ以来見せていない。

 それはメグとアヤノが密かに采配の打ち合わせをすることで、カグヤに、いつでもユーナをフォローできる立ち位置に陣取ってもらうという作戦を立てていたからなのだが、それでもあの異様な光景は気にかかるというものだ。

 いつだってユーナは大丈夫、と、笑ってみせるけれど、本当に「大丈夫」なのだろうか。

 親友の言葉を疑ってしまう自分に嫌悪を抱きながらも、しかしアヤノはその考えを振り切る術を持たずに、ただ沈黙し続けることしかできずにいた。

 

「アヤノ、いつものカラオケ行くこと決まったけど、大丈夫?」

 

 そんな具合に首を捻って考え込んでいたら、いつの間にか話はまとまっていたらしく、メグが目の前で掌を左右に振りながら問いかけてくる。

 

「ごめんなさい、少し考え事をしていて」

「考え事かぁ……ま、なら仕方ないよね! それより早く行こっか──!?」

 

 あっはは、と小さく笑いながら踵を返し、メグが走り出したその時だった。

 どん、と鈍い音を立てて、メグは目の前に突っ立っていた、黒いレザージャケットにレザーパンツという威圧感を放つダイバールックに身を包んだ大柄な男と正面衝突を起こす。

 

「おっと、済まない。こちらも考え事をしていてな」

「いっつつ……ごめんごめん、アタシも前見てなかったから! そんじゃ──」

「なあ、お前たち──『ビルドフラグメンツ』だろ?」

 

 レザージャケットの男──ダイバーネーム「ヴィラノ・デイヴィッド」が口元に皮肉な笑みを浮かべると、まるで最初からそれを狙っていたかのように、その背に隠れていた三人の、同じような格好をしたレザージャケットのダイバーたちが、アヤノたちを取り囲むように陣取る。

 その面々は皆、どこか古強者であるとか、あるいはヴィラノと同じようにどこか威圧的な雰囲気を放っていて、どうやら穏やかにお話し合いがしたいわけではないのだろうと、アヤノもぴりぴりと警戒心を剥き出しにして、皮肉な笑みを浮かべて問いかけるヴィラノを真っ直ぐに睨みつける。

 

「ええ、私たちは『ビルドフラグメンツ』よ。何か用かしら? これからフォース戦の打ち上げに行く途中だから、急いでいるのだけれど」

「打ち上げ、ねぇ……まずは勝利おめでとうとでも言うべきだったかね?」

「それはどうも。急いでいると言ったでしょう。用件ならリーダーを通して──」

「ビビってんの?」

 

 アヤノたちを取り囲む三人の中で唯一の女性──ヴィラノへとしなだれかかるようにして「ビルドフラグメンツ」を睨め付けていた女性、ダイバーネーム「ムーン」は、どこか挑発的に皮肉な笑みを浮かべながらアヤノへとそう問いかけた。

 

「ま、別にそれならそうであたしたちは構わないんだけど。別に触れ回ってもいいのよ? 『ビルドフラグメンツ』と人気G-Tuberのメグは尻尾巻いて逃げ出しました、ってね」

「よせ、ムーン。済まんね、俺のフォースは少しばかり気性が荒いんだ」

「……貴方たち……!」

 

 アヤノは、ムーンの言葉によって、ヴィラノが声をかけてきたのが明らかな挑発であることと、そこに隠されていた真意を見抜く。

 威圧的な雰囲気を放ち続ける彼らに、カグヤは隙あらば事を構えようとコンソールに指をかけているし、ユーナはただ困惑してアヤノとヴィラノを交互に見つめては狼狽えている。

 

「やめなってば、アヤノ。それで、ヴィラノだったよね? アンタたちもアタシたちと楽しくカラオケしに行きたいわけじゃないっしょ? そろそろ本題に入りなよ」

 

 あえて挑発に乗って、メグが話に割り込む間を作ったアヤノは、そのまま一歩引き下がった。

 そしてどこか剣呑な雰囲気を漂わせたまま、威圧的な態度を崩すことなく、更にこちらを見縊っているような雰囲気を隠すことなく皮肉な笑みを浮かべ続けているヴィラノたちを、非難の意味を込めてきっ、と睨みつけるが、それもどこ吹く風といった様子で効果がない。

 

「お前が話のわかる奴で助かったよ、あのアヤノとかいう扇子の子はどうも頭が固いらしくてね……俺はこれでもお前のファンだったりするんだぜ、メグ?」

「そりゃどうも、でも、マナーがなってないなら流石のアタシもアヤノみたいに怒るかんね」

「そいつは失礼、まあ早い話……お前ならわかるだろ? フォース戦だよ。俺たち『グランヴォルカ』は『ビルドフラグメンツ』にフォース戦を申し込む。嫌なら断ってくれてもいいぜ?」

 

 流れるようにヴィラノの指先がコンソールを滑り、恐らくは事前に用意していたのであろうフォース戦へのお誘いを提示する。

 条件は殲滅戦。そしてバトルフィールドはフォース戦開始までわからないランダム。

 そこに何か罠を仕掛ける余地がないほど、「グランヴォルカ」が提示してきた条件は清々しく、わざわざこんなやり方で喧嘩を吹っかけてくるフォースだとは思えなかった。

 だが、それは裏を返せば奇策を弄する必要がない、ということなのだろう。

 要するに、真正面から「ビルドフラグメンツ」と戦って、そのまま叩き潰す。

 何が目的かはわからないものの、ヴィラノのやっていることは、白手袋を叩きつけているのとほぼ同義だ。

 アヤノはメグがヴィラノたちへの対応をしている内に、ウィンドウサイズを最小に設定して、「グランヴォルカ」の評判を掲示板やwikiをフル活用することで検索する。

 すると、驚くほどにすんなりと彼らの情報はコンソールへと出力された。

 フォース「グランヴォルカ」。

 SSランクダイバーであるヴィラノを中心としてここ最近結成されたフォースであり、動画などで注目を集めているフォースやダイバーに見境なくフリーバトルを仕掛けて真正面から潰してきたため、「壊し屋」の異名を持つ集団である、というのが、アヤノが調べた限りでわかる彼らの概要だった。

 そこに多くの怨嗟の声が伴っていた以上、お世辞にも「グランヴォルカ」の評判はよろしいものではなく、彼らに潰されたことで活動を辞めてしまったバトル配信系G-Tuberも数多いと、恨み辛みを愚痴スレに吐き出しているダイバーは数多い。

 名が売れれば、変な相手に絡まれるのはある種の宿命ともいえるものだが、時にこうしてとびきり厄介な連中が釣れてしまうのは、流石にアヤノであろうともメグであろうとも、無論その他の誰であろうとも、どうしようもないことだった。

 それが、掌でサイコロを弄びながら、きっと今も唇を三日月形に歪めている乱数の女神様の采配というものなのだから。

 肝心要の勝ち目があるかないかについては、残念ながら今調べた限りではわからなかった。

 フォース「グランヴォルカ」への怨嗟の声は絶えずとも、彼等がどんな武装を使っているとか、どんな戦術を用いているだとかいった声は少なく、また見つけたとしてもほぼ意見はバラバラで統一感がない。

 それに、リーダーであるヴィラノが明らかに自分たちより格上であることから、他でもない当人が言っているように、戦いを避けるのが無難なのだろう。

 メグと視線を交わして、アヤノがそう結論付けた時だった。

 

「──逃げるのか?」

 

 相手も薄々それを察していたらしく、挑発というよりはどこか興醒めだといった様子で、ヴィラノは言葉を投げかけると、やれやれとばかりに肩を竦めてみせる。

 

「残念だけど、そう──」

「ううん、受けます」

「ユーナ!?」

 

 今までどこか怯えた様子で押し黙っていたはずのユーナが、有無を言わさずとばかりにヴィラノを見据えて、ぷるぷると震えながらも、その眦に涙を浮かべながらも、はっきりとそう言い放つ。

 

「その代わり! アヤノさんやメグさんへの悪口は撤回してください!」

 

 今まで押し黙っていたからわからなかったものの、どうやら、ヴィラノの挑発的な振る舞いは、ユーナの地雷を的確にぶち抜いていたようだった。

 

「いいだろう、取り消す。すまなかったな」

 

 怒髪天をつくといった勢いで彼を指差し、そう言い放ったユーナに対し、両肩を竦めたままヴィラノはふっ、と笑うと、いっそ清々しいほどあっさりとそう言い放つ。

 

「その代わり……俺たちと戦ってもらうぜ、それは取り消すなよ?」

「もちろんですっ! ……絶対に! 後悔させてあげるんですから!」

 

 そう啖呵を切りながらも、アヤノの目には、どこか後悔を抱いているのがユーナの方であるように映っていた。

 売り言葉に買い言葉。勢いで受けたものであったとしても、リーダーの発言はある種絶対のようなものだし、ヴィラノが飛ばしてきた申請にユーナが同意を示した以上、それを避けることはもうできない。

 突如として降り注いだ災厄。文字通りの当たり屋との事故に、アヤノは少しげんなりとしながらも、ユーナが自分たちを庇ってくれたことに、一抹の嬉しさのようなものを感じていた。

 

「期日は明日だ。打ち上げの邪魔をして悪かったな」

「微塵も思ってないくせにっ!」

「おいおい、そう邪険にしてくれるなよ。俺たちは今のところ、お前らのファンなんだからな。行くぜ、ムーン、ボーガー、ガラナン」

 

 三人の仲間たちを引き連れて、皮肉と共にヴィラノは去っていく。

 残されたものは、視線の刃をぶつけ合った緊張感と、そして。

 引き受けたユーナ当人も感じているように、僅かな後悔だけだった。




乗るなユーナ、戻れ!


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第四十二話「仕掛けられた逆位置」

マヤノでうまぴょいできたので初投稿です。


「この戦い、不利になるのはアタシたちだよ」

「……残念ながらそのようね」

 

 フォースネストへと帰還したメグは、珍しく緊張感を漂わせながら、スクリーンを指し示して目頭を押さえる。

 普段は強気な姿勢を崩さないアヤノが同意を示したのも、彼女の言葉が間違っていないからであり、ひいてはそれがフォース「グランヴォルカ」の、執拗なまでの秘匿主義に由来していた。

 GBNにおいては、対戦のリプレイなどはある程度までは自動でアーカイブ化してくれるものの、G-Tubeへとアップロードするかどうかに関しては、デフォルトでこそ機能がオンになっているものの、その裁量はダイバーたちに大きく委ねられている。

 つまるところ、手札を知られたくない上位ランカーたちは、チャンピオン、クジョウ・キョウヤのようにG-Tuberも兼ねているとか、公式大会のアーカイブだでなければ基本的に自らの足跡を晒すことはしない。

 一方で、皮肉げにヴィラノが「ファン」などと言い放ったように、メグは配信者であるという性質上、常に自らと仲間の手の内を公衆の面前へと曝け出しているのと同じだ。

 それを責めることこそできないし、今までのフォース戦も事情は同じだったものの、「グランヴォルカ」はリーダーにSSランカーを抱えている都合上、彼らとの戦いはかなり厳しいことになるだろう、というのは口にこそ出していないものの、カグヤもわかっていた。

 

「……ご、ごめんなさい、わたし……」

 

 珍しく消沈しながら、蚊の鳴くような声でそう呟くユーナだったが、確かに挑発に乗ってしまったことこそ悪手であったものの、その動機を考えれば、責められないところも大いにある。

 と、いうよりヴィラノたちの慇懃無礼な態度に、アヤノも大概頭に来ていたわけで、それは恐らくここにいる全員が同じことだ。

 カグヤに至っては一歩間違えれば帯刀しているそれを鞘から引き抜いて突きつけかねないほど、怒りのボルテージを蓄積させていたし、メグだって相手が自分たちを馬鹿にしていることはわかっていた。

 

「しゃーないよ、ユーナちゃん。ユーナちゃんが言ってくれなきゃ、誰かがどうせ言ってたと思うし……だから、ありがとね、リーダー」

「……そ、そんな……わたし……」

「らしくないわよ、ユーナ。今までがそうだったように……多少骨が折れるかもしれないけれど、あいつらを叩きのめせば済む話だわ」

 

 GBNにおけるダイバーランクとは強さの指標であり、それはFからSSSまでの区分がなされ、SSSランクより先はワールドランキングの順位が概ね強さを示す目安となる、という仕組みになっている。

 ヴィラノ以外はダイバーデータにおけるプロフィールを非公開にしていたため、ランクなどはわからなかったものの、SSランクといえばあの「獄炎のオーガ」がGBNを始めて以来、瞬く間に駆け上ってその頭角を現し始めたランク帯だといえば説明もつくだろう。

 つまるところ、今のオーガには敵わないものの、かつてのオーガと同等のダイバーと、まだBランクに上がりたての自分たちが戦えといわれているのだ。

 ユーナが尻込みしてしまうのも無理はないだろう。

 アヤノは宥めるようにそっと彼女の背を撫でて、激励の言葉を放つ。

 とはいえ、「ランクや順位なんて飾りだ」と言い放って猛者たちを蹴散らす在野の英雄もGBNには珍しくないように、指標というのはあくまで指標であって、必ずしも何かを保証してくれるわけではない。

 

「……拙も、ユーナさんのおかげで冷静になることができました。未熟だとは自覚していましたが、これほどとは」

「カグヤ……」

「ですが、アヤノさんの言う通りです、メグ。臆せず立ち向かい、正面から斬る……それが拙にできる全てですから」

 

 カグヤは苦笑混じりに言葉を紡ぐと、腰に提げた刀の感触を確かめるかのように、その柄へと、静かに指を這わせた。

 忘れかけてはいたものの、彼女もかつては「月下の辻斬り」として名を馳せたバトルジャンキーだ。

 苦境を前に尚更燃え上がるのは、ひとえにELダイバーとしての彼女を構成する「侍」の、「剣士」の想いが血潮となっているからだろう。

 

「皆……うんっ、そうだよね……! わたし、元気だけが取り柄なんだから、元気に頑張らないと!」

 

 よーし、やるぞー、と、立ち上がるなりユーナはその拳を天高く突き上げる。

 例えそれが空回りしていても、無理やりにエンジンを噴かして、挫けかけた闘志を燃やしているのだとしても、自分にはそれしかないのだとばかりにユーナは、何度も自分に頑張るぞ、と言い聞かせた。

 元気だけが取り柄、と彼女は謙遜するけれど、そんなことはないことぐらいはアヤノたちにもよくわかっている。

 持ち前の明るさにどれだけ救われてきたことか、どれだけ支えられてきたことか。

 特に、一緒にいた時間が長いアヤノは殊更そう感じる。

 とはいえ、フォース「グランヴォルカ」の評判を調べる限りでは、「潰し屋」という物騒な二つ名がついている辺り、相当に悪辣な手段を仕掛けてくることも考えられる。

 だからこそ負けられない。負けていられない。

 気炎を燃やすように、「ビルドフラグメンツ」の四人は互いにその視線を交わすと、集められた最低限の情報を元に、なんとか「グランヴォルカ」を打ち破るべく、思索を巡らせるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「へえ、逃げなかったのか。そいつはやるねえ、流石だよ、『ビルドフラグメンツ』。ファンになった甲斐があったってもんだな」

 

 翌日、セントラル・ロビーに指定された場所へと集まってきたアヤノたちを一瞥して、ぱちぱちとわざとらしく手を叩きながら、ヴィラノは皮肉げな笑みを崩すことなく、称賛の言葉を放つ。

 彼の背後に控えているムーンやボーガー、ガラナンと呼ばれたダイバーたちは沈黙を保っているものの、ムーンの表情はヴィラノのそれと酷似していた辺り、やはりというべきか、彼らが真っ当な手段での勝負を挑んでくるという予兆を、アヤノは全く感じなかった。

 

「そりゃどーも、それで、ステージは完全ランダム、お互いのフォースのガンプラが全滅するまで戦うってことでいいんだよね?」

「もちろん、二言はないぜ。互いにメンバーも四対四だ。もっとも、サレンダーしたくなった時はするといいぜ、禁止はしてないからな」

 

 まるで早めにサレンダーしておけとばかりに、勝負を挑みかかってきたにもかかわらず、ヴィラノは両肩を竦めるとそう言い放つ。

 それが単なるマイクパフォーマンス、こちらの神経を逆撫でして冷静な判断力を奪うための盤外戦術であるとわかっていても、彼のねちっこく鼓膜を舐め回すような言い回しはカンに触るというものだし、何かを値踏みしているようなムーンとガラナンの態度もそうだ。

 その中では、ただ腕を組んで瞑目しているボーガーという大男はまだマシなようにも見えるが、あれはただこちらに興味がないだけだ。

 アヤノはそれをよく知っている。

 かつて、剣道部に所属していた中学時代。

 実家が剣術の道場をやっているからと寄せられる期待の視線に対して、アヤノはちょうど今のボーガーがそうしているように、その全てを意識の外側に切り離して、黙々と──熱意なく、淡々と剣を振るっていたことを思い出す。

 

「……む、どうした。吾輩に用でもあるのか」

「いいえ、ないわ。強いていうなら貴方だけ私たちの方を見ていなかったから」

「無論だ。吾輩が求めているのは闘争のみ。貴公らが吾輩を満たさないのであれば、その時間で運命の星にでも祈るといい」

「……訂正するわ、貴方も『潰し屋』ということね」

「……」

 

 アヤノの問いに、ボーガーは黙して答えない。

 それは最早アヤノという人間に対して興味が失せたと言い放っているのと同じことであり、ある意味ではヴィラノ以上に神経を逆撫でする態度だった。

 

「そういうことだ。頭のいい子は嫌いじゃないぜ? アヤノちゃん」

 

 そのやり取りを横目に、愉快そうに手を叩きながらヴィラノはアヤノへと囁きかけるように、さながら子供にご褒美を与える大人のような、どこまでも上から見下ろした声音で言ってのける。

 

「そう、私は貴方が大嫌いよ」

「ははっ、いいねえ、その闘志……潰し甲斐があるってもんだ! 鮮やかに侮蔑を交わし合ったところで始めようじゃねえか、戦いを!」

 

 互いにリスペクトを欠いた状態で戦いを始めれば、それは最早そう呼ぶべきものではない。

 喧嘩、諍い──呼び方こそなんでもいいが、それが士道不覚悟に値するものだと理解していても、アヤノはヴィラノに対しても、その周囲に固まっている彼のフォースメンバーに対しても、およそ敬意といった感情を抱くことができなかった。

 ──未熟だ。

 苛立ち紛れに、声には出さずアヤノは呟く。

 そんなアヤノの青さすら嘲笑うかのように、ヴィラノはコンソールを指先で巧みに操作すると、フォース戦の申請を「ビルドフラグメンツ」のリーダーであるユーナへと叩きつけた。

 

「……わかりました! 皆、頑張ろう!」

「ええ、ユーナ。死力は尽くすわ」

「ま、やるっきゃないってんならやってやろうじゃん!」

「応!」

 

 それまで沈黙を貫いていたユーナは大きく深呼吸をすると、声の調子を整えるように小さく咳払いをしてから「ビルドフラグメンツ」の面々に向けてエールを送る。

 相手がこちらを侮っているのであれば、それは付け入る隙にもなるということだ。

 円陣を組んで手を重ね合わせるユーナたちを嘲笑と共に見送ると、ヴィラノたちは待っていられないとばかりにその躯体を解いて格納庫エリアへと転送されていく。

 そして、その後を追いかけるように、ユーナたちもまたその躯体が解けて、愛機が待つ格納庫へと転移する。

 そこに激戦の予感を残しながら、ひりひりと肌が焼けるような緊張感を抱きながら、「ビルドフラグメンツ」の面々は機体に乗り込むと、格納庫からゲートへと己のガンプラをカタパルトに乗せて、飛び出して行くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「結局いつもの感じになっちゃうけど……アタシが切り込むから、ユーナとカグヤは絶対に分断されないように立ち回ってね、ムズいと思うけど、アヤノは二人のフォローをお願い」

 

 戦場として選ばれた地球圏・衛星軌道上──無重力の宇宙空間でスラスターを噴かしながら、先行するメグはデータリンクを通じて、ブリーフィングで共有していた戦術を再確認するように言葉を紡ぐ。

 ランダムである都合、蓋を開けてみなければ戦場の様子はわからなかったものの、主だった遮蔽物は会敵すると予想される地点と正反対の方向にあるデブリ帯に集中している。

 順当にぶつかり合うのであれば、戦闘空域は遮蔽物など全くない、僅かにオブジェクトとしてデブリが漂っている地球周辺ということになるだろう。

 この条件が吉と出るか凶と出るかについては、正直なところ作戦を立案したメグにも、アヤノにもわからなかった。

 何せ、フォース「グランヴォルカ」の情報はほとんどないに等しいのだ。

 多くのダイバーから「潰し屋」と呼ばれ、人気が出始めてきたG-Tuberや、掲示板などで話題に上がるようになったフォースに対してフリーバトルを吹っかけて叩きのめし、再起不能にしてきた、という風評はよく見かける。

 とはいえ、彼らがいかなる戦術を用いて数多のフォースを潰してきたのかについては、アーカイブが残っていないことや、何より彼らと対峙したダイバーの多くが引退なり休業なりを選んでしまった以上、誰も語るものがいないのだから仕方ない。

 活動を休止しても、アーカイブを残しているG-Tuberの動画をメグとアヤノは事前に漁ってこそいたものの、よほどひどい負け方をしたのか、対「グランヴォルカ」戦の動画は、全くといっていいほど残っていない始末だった。

 今最も解散してほしいフォース、などと呼ばれる彼らの当たり屋的な行為が何を目的としているのかはわからない。

 だが、「ビルドフラグメンツ」にその毒牙がかけられようとしている以上、隙にはさせないとばかりに、メグはその双眸に決意の炎を灯して、稼働させていた広域レーダーが相手の動きを捉えたことを示すコンソールの通知を一瞥する。

 

「会敵確認、こっちはステルスとジャミングかけるから、あとは手筈通りによろしくね、ユーナちゃん、アヤノ、カグヤ!」

 

 先行するメグのG-フリッパーは、ブリッツガンダムのものに置き換えた両肩からミラージュコロイドを展開すると、スラスターを一度全開にする。

 そして途中でアクセルを踏むのをやめて、慣性移動に切り替えた上で「グランヴォルカ」の四人が進撃してくるのをレーダーに捉え、武装スロットを特殊兵装の欄に切り替えた。

 ミラージュコロイドは確かに機体の姿を隠してくれるものの、スラスターが描く光の軌跡までは覆い隠してくれない。

 だからこそ、透明化のアドバンテージを活かして会敵するなら、慣性移動という少々手間がかかる手段を取らなければならないのだ。

 宇宙の漆黒に溶け込んだG-フリッパーの双眸が妖しく煌めき、無策ともいえる陣形で直進を継続する「グランヴォルカ」の機体を、その影をとうとうその射程に捉える。

 ──だが。

 

「……なんか、おかしくない?」

 

 応答はなくとも、メグはコックピットの中で一人、小首を傾げながらぽつりとそう零した。

 あくまで仮定の話に過ぎないとしても、動画を非公開にしていない以上、「グランヴォルカ」はこちらの戦術を研究しつくしているはずだ。

 そして更に仮定へ仮定を重ねることになるものの、あのヴィラノとかいう男が、「獄炎のオーガ」のように、作戦をそのプレイヤースキルとパワーで強引に打ち砕くようなファイトスタイルを取っているとは思えない。

 だというのにもかかわらず、彼らは無策ともいえるような進撃を続け、その足を止めることをしていない。

 それは何か、ボタンを掛け違えたような──否、そんな話では済まされない致命の傷に通じる予感であるように思えたが、今更戦術を覆して引き返し、正面からぶつかる道を選んだところで、自分たちが不利を背負っているという事実は何も変わらないのだ。

 意を決して、メグは固唾を飲み込むと同時にハイパージャマーを発動させる。

 

『いつものか、お通し料金って風情だな……ファンサービスにしては芸がないね、なあ、ガラナン!』

『おうともよ! 「アルカナム・リバース」!』

 

 一方的に傍受していた通信から漏れ聞こえてきたのは、レーダーが使用不可能になり、モニターにもブロックノイズが走っているという強烈なデバフを受けた状態であるにもかかわらず、余裕を崩した様子など欠片もないヴィラノとガラナンのやり取りだった。

 空域を漂う、恐らくは剥がれ落ちた戦艦の装甲と思しき大きめなデブリに身を隠し、マニュピレータに対戦車ダガーを挟み込んで奇襲を図っていたメグだったが、突如として聞こえてきたアラートに、G-フリッパーを全力で離脱させる。

 半ば本能に突き動かされたような行動だった。

 だがそれは、メグが修羅場を潜ってきたからこそなせる実力の証明であり、例えスラスターの軌跡から居場所を探すにしても、あのまま奇襲を狙って居座っていたのなら、やられていたのは自分の方だ。

 

「嘘でしょ!? ハイパージャマーは起動してるのに、なんで……!」

 

 メグは狼狽し、自らを狙って虚空から襲いくる牙を回避しつつ、作戦の失敗を悟ってラインを下げる。

 その判断はどこまでも冷静だったものの、今目の前で起きている現象が不可解なことには変わりないし、狼狽していることもまた確かだった。

 この前戦った「ヴァイスウルブズ」の時みたいに、ハイパージャマーをピンポイントで撃ち抜かれたというわけではない。

 襲いくる牙の正体──Cファンネルが自身を四方八方から切り刻まんと迫り来るのを、ワルツを踊るようなマニューバで回避しながらも、G-フリッパーの推力ではその全てを振り切れず──否、まるで最初からこちらの動きが見えているかのように、その射線へと巧みに誘導されている。

 

『クク……わかってないようだなお嬢ちゃん。ワシの必殺技はそりゃもう大層地味なもんでなあ……ヴィラノに拾われるまでは、ろくに身を寄せるフォースもありゃしなかった』

「必殺技!? まさか……ッ!」

『クク、気付いたようじゃねえか。ワシの必殺技はな……「デバフをバフに反転させる」、ただそれだけよ!』

 

 真紅のF90Eを駆るガラナンは、ドローンガンから観測機を飛ばしつつ、してやられたとばかりに目を見開くメグを四方八方からその「目」で取り囲む。

 デバフをバフに反転させる。

 それはつまり、ハイパージャマーによってレーダーが使えず、視界が妨害されているのであれば、その状態は反転し、「レーダーが通常以上に強化され、見える視界も同様の補正を受ける」ということに他ならない。

 仕掛けられた第一の牙に自らがまんまと嵌められたことを悔やみつつ、ごめん、とアヤノたちへと伝えると、まずはファンネルの暴力から逃れるべく、メグは全力でブーストを噴かして、後退するのだった。




それは戦いの嚆矢にすぎず


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第四十三話「悪逆の暴牙」

たづなさんの朝帰りも桐生院のカラオケも発生しなかったので初投稿です。


 自身とフォースメンバーにかけられたデバフを全てバフ効果に反転させる。

 ガラナンが初手から切ってきた必殺技は、確かに彼が自虐した通りに極めて局所的な運用しかできず、また、フォース戦において何かと軽視されがちな偵察・斥候型ビルドを組んでいる彼の愛機──【ガンダムF90ES】単体ではその威力を十全に発揮するものではない。

 ドローンガンから無線観測機を飛ばしながら、己の、そしてフォースの「目」を無数に設置することで、ガラナン自身は火力役として寄与することはないものの、フォース「グランヴォルカ」の要石として今、戦場に君臨している。

 一方で、デバフを一方的に解除された上に相手へとバフを与えてしまったメグは、押し上げたラインを下げざるを得ず、今も無数に飛来するビットやドラグーンといった無線兵器の包囲網から必死に逃げ回ることしかできなかった。

 

『おいおい、こんなんでくたばってくれるなよ? ファンサービスが足りてないぜ?』

 

 その弾幕砲火を展開する中心に立つ機体──ヴィラノ、ムーン、ボーガーの三人が操るガンプラは、一様に「フローズン・ティアドロップ」に登場する機体である「白雪姫」や「魔法使い」のようなローブを被っているために、その全容は判然としないものの、飛ばしてくる無線兵器の性質から、ある程度候補を絞り込むことができる。

 メグはステルス・ザックから取り出したビームピストルによって無線兵器を撃ち落とし、そして仮説の検証を行うため、敢えてローブを纏った三機のガンプラへ、射程外からの攻撃を加える。

 

「やっぱり、ABCマントか……! ごめん、気をつけて、カグヤ、ユーナ! こいつら、多分アタシたちの分断を狙って──」

『ふっ、勘のいい奴は嫌いじゃないぜ? だが……最近のトレンド通り、気付いたところでもう遅いんだよ。なぁ、ムーン、ボーガー! 手筈通りに叩きのめせ! 完膚無きまでに、立ち直れなくなるまでになぁ!』

 

 ヴィラノは通信を送ったメグのG-フリッパーへと急速に詰め寄ると、ドラグーンを避けるので精一杯だった彼女の機体を、手にしていたスローネツヴァイのGNバスターソードで袈裟懸けに切り裂く。

 ──攻撃を、当てられたのではない。

 最初から、当たるように追い込まれていたのだ。

 メグはレッドアラートが鳴り響くコックピットの中で、獰猛な笑みを浮かべながら再びGNバスターソードを構えるヴィラノの姿に戦慄し、思わず歯を食いしばり目を背けていた。

 だが。

 

「メグ! 退きなさい!」

「アヤノ……っ!?」

「力押しなら私が! だから今のうちに後退して!」

 

 メグからの状況報告が異常を呈していたことで、アヤノがクロスボーンガンダムXPの背部に装備されている「光の翼」を全開にし、最後方から最前線へと一気に駆け抜けてきたのだ。

 彼女が振るったブラスターモードの「クジャク」による一撃が、ヴィラノが叩きつけたGNバスターソードとぶつかり合い、激しく火花を散らす。

 半身を失ったとはいえ、G-フリッパーはまだ撃墜されたわけではない。

 徐々にパワーの差で押し切られていく感触に焦りを覚えながらも、アヤノはここからの立て直しを図るべく、自らが敵の攻撃を一手に引き受けるタンク役にシフトしようとしていた。

 だが、ヴィラノたちからすればそんなものはお見通しだった。

 デバフとプレイヤースキルに頼った戦術。

 それこそが「ビルドフラグメンツ」のスタイルなのだが、いってしまえばその戦術は完全にパターン化されているということであり、今までもメグのステルスを無効化したり、アタッカーであるユーナを集中攻撃したりといった戦略をとってきたフォースは数多いものの、その全てを退けられたのは単にアヤノやカグヤといった有望なダイバーがゴリ押しで突破してきたからだ、というのがヴィラノの見解だった。

 そして、その推測は概ね間違っていない。

 残る二人がビーム兵器を持たないことから、ABCローブを脱ぎ捨てたムーンとボーガーの機体が、その戦場に姿を表す。

 一機は両手に盾を装備し、全身を金色に塗装しただけでなく、デフォルトの装備であるレギルスキャノンをギラーガテイルに置き換えたガンダムレギルス。

 もう一機は、パワードレッドの両腕を装備し、胴体の一部をガンダムAGE-FXのそれに置き換えたガンダムAGE-1タイタス。

 それぞれムーンとボーガーが駆るガンプラは戦場にその全容を現すと、茶番は終わりだとばかりに、付かず離れずの距離を保って侵攻していたカグヤとユーナにレギルスビットとCファンネルを差し向ける。

 

「っ、無線兵器……! 確かに拙たちには有効な戦術です、ですが!」

『喋る余裕など、与えるものか』

 

 カグヤのロードアストレイオルタは、巧みに襲いくるCファンネルを菊一文字による斬撃で弾き返し、いなしてみせるが、オールレンジ攻撃を無力化されていることも意に介することなく、ボーガーとその愛機──【ガンダムAGE-1 パワードタイタス】は、容赦なく二の腕から先がMGのタイタスウェアのものに置き換えられたパワードレッドの鉄腕を振るう。

 

「きゃあっ……!?」

『吾輩の本領はこの鉄腕にあり。小細工など、所詮ヴィラノが命じた戯言に過ぎぬ』

 

 咄嗟に受け流しの構えを取って、衝撃をうまく逃がせたから良かったものの、並の機体が受けていれば、例え重装甲機であろうとも一撃でそのコックピットを粉砕されかねない鋼の腕による一撃は、大きくカグヤの姿勢を揺らがせて、その隙を突くかのように、オート操作で飛ばしていたCファンネルがロードアストレイオルタの装甲を削っていく。

 進撃するままに、道中にあるものは穿ち、刻み、そして潰す。

 それこそが「鉄腕」の異名を持つボーガーのファイトスタイルにして、フォース「グランヴォルカ」を象徴するような戦術だった。

 

「カグヤさん!」

「あはは! よそ見なんかしてる余裕、あるの? 言っちゃ悪いけど……アンタのガンプラが、一番生っちょろいのよ!」

 

 ムーンは両腕に装備したレギルスシールドから、後先を考えずに全ての胞子ビットを射出して、全方位からアリスバーニングを、ユーナを取り囲んだ上で機体を加速させる。

 ヴィラノは適材適所などと宣っていたが、ユーナを一対一で葬るように命じられたというのは、ムーンにとって余り物をあてがわれたような屈辱だった。

 無数のレギルスビットに包囲され、なす術もなく直撃弾を食らい続けるユーナというダイバーはどこまでも未熟で、それならばまだ、アヤノとかいう感じの悪いダイバーの方が、潰し甲斐がある。

 ムーンは三つ編みのお下げを指先でくるくると弄びながら、レギルスビットに翻弄され続けているユーナへと、憐みを込めた一瞥を贈った。

 わかってはいたことだったが、近接偏重のフォースというのはよっぽどプレイヤースキルが高くない限りは、無線兵器による制圧に対して極端に弱い。

 カグヤやアヤノのように、ビームやビットそのものを斬り払ったり、或いは軌道を見切って回避できるのならば話は別だが、その技術に欠けているユーナは、圧倒的な物量を前に、逃げ回ることさえも許されずにのたうち、悶えることしかできずにいた。

 ボーガーの鉄腕とカグヤの重撃の型がぶつかり合い、火花を散らす光景に目をやったムーンは、やはりそちらの方が面白そうだったと、心からつまらなそうに欠伸を浮かべて、見る見るうちに装甲を抉り取られてボロボロになっていくアリスバーニングを嘲笑する。

 

「このっ、このっ、なんで……っ!」

『っはー、ほんっとつまんないわね。ボーガー、アンタちょっと代わりなさいよ』

『馬鹿も休み休み言え、ムーン。吾輩の戦いに割り込むのならば、貴様とて容赦はしないぞ』

『はっ! これだからバトルジャンキーは』

 

 あのまま放っておいても、ユーナというダイバーは抹殺できるだろうし、仮にレギルスビットの全てが尽きるまで耐え抜いたとしても這々の体だ。

 死にかけの敵を仕留めて高笑いをあげられるほど、ムーンは勝利というものに価値を見出していない。

 強いていうのであれば、ヴィラノがそう命じたから。

 自分という女に靡くことなく、勝利だけを食い荒らすことを至上命題としているあの男をいつか自分の元に跪かせてみたいという願望のためだけに、ムーンは「グランヴォルカ」に所属しているのだ。

 だが、ボーガーも、あの守備範囲外のガラナンでさえも、相手を潰して得られる勝利の味ばかりを追い求めているのだから面白くない。

 ムーンは豊かな胸を持ち上げるように腕を組むと、レギルスビットの包囲網に圧殺されてそのまま撃墜判定が下るのであろうアリスバーニングを、憐むように一瞥して、ふん、と小さく鼻を鳴らした。

 ──だが。

 

「ッ、あああああああああッ!!!」

 

 ユーナは再び、あの「ヴァイスウルブズ」との戦い以来の狂乱にその身を任せて、バーニングバーストシステムを発動させる。

 クリアパーツの内側に封じ込められた粒子が形成する炎は自身を取り囲むレギルスビットを焼き尽くし、文字通りに宇宙を「蹴って」ユーナは離れた場所で腕を組んでいた黄金のガンダムレギルス──【ガンダムレギルスエクリプス】へと果敢にその拳を構えて突撃していく。

 

「ユーナっ……!?」

『おっと、よそ見をしてる余裕があるのかい?』

「ふざけた真似を!」

 

 アヤノは再びあの異様な狂気ともいえる衝動に身を侵したユーナを気遣い、そのフォローへと入ろうとするが、そんな彼女を、クロスボーンガンダムXPを弄ぶかのように、未だにABCローブの中にその全容を包み隠しているヴィラノの愛機はドラグーンの手動操作で巧みに翻弄してみせる。

 いかに「光の翼」が生み出す速度が優れていようと、推力が高かろうと、道筋の組み立て方を間違えなければ結果というものは得てしてついてくるものだ。

 武装をザンバーモードのバタフライ・バスターBの二刀流へと持ち替えたアヤノがドラグーンを次々に切り裂いて、撃墜していくのにもかかわらず、大した動揺を見せる様子もなく、皮肉な笑みを浮かべたままに、ヴィラノは誘導した経路に、愛機の全力を込めた斬撃を「置いて」おく。

 

「……ッ!?」

『へえ、止めるか……あっちのユーナとかいうのと違って、お前は筋があるなぁ、アヤノ?』

「……馴れ馴れしく……名前を呼ぶなッ!!!」

 

 アヤノは持ち前の反射神経で辛うじてその斬撃を交差させたバタフライ・バスターBで防いだものの、二の矢として用意されていたドラグーンの包囲網が、ABCマントを溶かし、クロスボーンガンダムXPの装甲を、じわりじわりと削り取っていく。

 だが、そんなことはどうだっていい。

 ──今、あの男は何と言った?

 そんなアヤノの内側で沸々と滾り、そして今猛り爆ぜた怒りを代わりに叫ぶかのように、クロスボーンガンダムXPのフェイスマスクががちり、と音を立てて展開し、牙を剥くように放熱部を晒す。

 

『おいおい、あのユーナとかいうのと違ってお前は見込みがあるって褒めてるんだ、喜んでくれたっていいんだぜ?』

「ふざけるなッ!!! ユーナは……ユーナを、私の……っ」

『友達を馬鹿にするなってか? いいねえ、麗しき友情……こういうのを「尊い」っていうんだったか? わざわざ壁のシミになるファンだって多いだろ。まあそんなもん、才能の有無って事実の前には関係ない話だけどな』

 

 どこまでも他人を嘲笑い、ただ目の前の相手から怒りを引き出すかのように弁舌を巡らせるヴィラノの真意がどこにあるのかをアヤノは知らなければ、知ったところで理解を示すつもりもない。

 確かにこの瞬間、アヤノの脳内は激昂で埋め尽くされてこそいたものの、それ以外の感情が切り捨てられたことで、機体の動きそのものはかえってパフォーマンスが向上していた。

 溶けかけたABCマントを脱ぎ捨て、ドラグーンの熱線を切り払いながらアヤノはヴィラノの機体へと襲いかかり、大上段に構えたバタフライ・バスターBを振り下ろす。

 

『ああ、オメデトウ──ようやく本気ってとこか? 楽しくなってきたなあ、アヤノちゃん』

「……貴様ぁッ!!!」

 

 だが、アヤノが渾身の怒りを込めて振るった一太刀が引き裂いたものは、ヴィラノのガンプラが纏っていたABCローブに過ぎず、その中に覆い隠されていた機体には、ようやく漆黒の宇宙にその姿を現した「暴君」には、届いていなかった。

 ──タイラントプロヴィデンスガンダム。

 プロヴィデンスガンダムをベースに、後継機であるレジェンドガンダムやその僚機であったデスティニーガンダムの要素を組み込んで作られたそのガンプラのことを、ヴィラノはそう名付けていた。

 戯れにつけた名前に意味はない。強いていうなら、いつしか「鏖殺の暴君」などという大層なあだ名をもらっていたことぐらいか。

 だが、そう考えるヴィラノの意に反して、タイラントプロヴィデンスの戦い方は確実に、その名を示すように傲慢で、かつ豪胆なものだった。

 よもや止めようとしていた親友同様に怒り狂うアヤノに対して、灰色の暴君は下郎を諫めるが如くその太刀筋を受け止め、あるいは受け流し、そしてドラグーンによってじわじわとアヤノをいたぶるように追い詰めていく。

 

『おいおい、カッカすんなよ。俺たちがやってるのは遊びだろ? アヤノちゃん』

「ふざけるな……ふざけるなッ!!!」

『いいねえ……遊びだからこそ本気になれる。ガンプラは自由だ。そう言ってる奴と何度も戦ってきたよ、でもな、残らず皆潰してきた』

 

 ──だって、楽しいだろ?

 歌うように、そしてどこか高揚を覚えているかのように愛おしげな熱を込めて、ヴィラノはその唇から言葉を紡ぐ。

 

『遊びなんてのはな、尊敬されようが憎まれようが楽しくやった奴が勝つんだ。どうしてこんなことを、って聞いてくるだろうから先に答えておくぜ。その方が楽しいからで、俺たちだって言われた通り自由にGBNを、ガンプラバトルを楽しんでるからこうしてるのさ』

「……貴様あああああッ!!!」

『……おいおい、アヤノちゃん。君は俺の同類だと思ってたんだぜ? 言ったろ? 俺は君たちのファンなんだってさ。それにその目……諦めてきた奴の目だろ。それなのになんでムキになってんだ?』

「っ……!」

 

 囁きかけるようなヴィラノの言葉に、嵐のように振るわれていたアヤノの一条二刀流による剣風に微かな間隙が生まれる。

 それは、紛れもない動揺だった。

 怒りの理由なんて、ユーナを馬鹿にされたからで十分で、そしてこの男はGBNを愚弄していて。それは真っ当に、怒りの理由として成立するだけの動機になる。

 だが、ヴィラノはそこに一欠片の毒を仕込んでいた。

 アヤノの根底にあった諦め──GBNを通じて、完全に消え去ったと思っていたはずの一欠片に対して訴えかけることで揺さぶり、そして隙を作り出す。

 動きを止めてしまったクロスボーンガンダムXPを、ドラグーンの熱線が無慈悲にも、灼けた靴で踏みにじるように焼き払っていく。

 諦め。違う。諦めたフリをしているだけだ。

 ならば、何故。

 一瞬がどこまでも引き延ばされる、永遠にも似た感覚の中でアヤノは問いかけ続ける。

 ああ、そうだった。

 いつだって、自分はある程度の線を超えてしまうのが怖くて、そして。

 ──ユーナのために怒っていても、自分はユーナの何を知っている?

 思わず晒してしまった視線の先には、通信ウィンドウに映るユーナの姿があった。

 泣いている。怒りに打ち震えながら、恐怖に駆り立てられながら、何かに振り落とされまいと、そうでなければ歩き去っていく大人の歩幅に置いていかれないようにその手を掴む子供のように、涙を流し、ユーナは。

 ──泣いて、いた。

 泣いていたのだ。ずっと、きっと、最初から。

 アヤノがその答えに行き着いた瞬間、袈裟懸けに振るわれたGNバスターソードがクロスボーンガンダムXPの半身を引き裂いて、コックピットにレッドアラートが鳴り響く。

 

『じゃあね、正直すっごくつまんなかったわ、アンタの戦いも、アンタのガンプラも、全部。辞めた方いいんじゃない? 才能ないわよ、アンタ』

 

 アヤノが大破寸前の重傷を負ったのと時を同じくして、狂乱するユーナを終始弄んでいたムーンはそれにさえ飽きたのか、脚部に仕込んでいたハンターエッジを展開すると、華麗な足捌きで、わざわざ放っておいても自壊していくであろうアリスバーニングを斬り刻み、残っていたレギルスビットの中に蹴り飛ばす。

 全てがコマ送りに見えるような感覚の中で、ユーナは自らを無理やりにでも奮い立たせていた怒りが、恐れが──そして、最後に自分を支えていた「何か」が砕け散る音を聞く。

 それはとても大事にしてきたもので。

 大事にしていたけれど、きっと最初から自分の手には余るもので。

 

「……っ、えぐっ……ぐすっ……ごめん、なさい……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……アヤノさん……カグヤさん……メグさん……ごめんなさい、アリスバーニング……」

 

 そうしてユーナは、コックピットの中でぺたりとへたり込むと、躯体が解け、セントラル・ロビーへと転送されるまでの間、譫言のように何度も「ごめんなさい」を繰り返しながら、はらはらとその両眼から涙を零し続けるのだった。

 

『……相も変わらず度し難いな。だが、所詮はそこまでだったというだけのことか』

 

 そんな悪辣さを隠すことなくぶつけるムーンとヴィラノを一瞥すると、ボーガーは小さく溜息を吐き出して、何度もその鉄腕で打ち据えた末にへし折れた「菊一文字」の刀身を虚空へと放り捨てる。

 ──あの二人はやり過ぎだが、自分は戦えればそれでいいのだから関係ない。

 憎まれ役をやっていれば、自然に戦う相手が寄ってくるというだけの話だ。

 そういう意味では、ヴィラノやムーンの振る舞いに無関心を貫いているボーガーもまた「グランヴォルカ」の一員であるといえた。

 

『クク……いいぞ、麗しき仲間との絆。美しい友情。それらが砕けるこの瞬間はいつ見ても胸がすく』

 

 そして、対戦相手が破滅していく様を喜悦と共に無数の「目」から見ているガラナンもまた、同じ穴の狢である。

 悪逆無道。天下に背くように、道理に中指を立てるかのように、ヴィラノが率いる「グランヴォルカ」は、既に瀕死であったとしても止めることなく、「ビルドフラグメンツ」へとその暴威を振るい続けるのだった。




悪逆無道


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第四十四話「すれ違う瞳」

中々いい因子が集まらないので初投稿です。


『どうした、まさか刀がなくば戦えぬなどと戯言をほざくのではあるまいな』

 

 フォース「ビルドフラグメンツ」は、誰がどう見ても死に体だった。

 しかし、そんなことなどお構いなしに、ボーガーの鉄腕は、唯一の武装である刀を失い、ロードアストレイの擬態装甲も脱ぎ捨てていたモビルドールカグヤを、身を隠していたデブリごと無慈悲に打ち据える。

 

「か、はっ……」

 

 至近距離での直撃弾を喰らったような衝撃がフィードバックされ、カグヤは思わず息を詰まらせるが、ボーガーは休む暇など与えないとばかりに、戦車砲じみた威力を誇るその鉄腕を叩きつけ続けていた。

 

『終わりか、貴様の星も沈んだと見た』

「拙、は……」

 

 一発がモビルドールカグヤを掠めれば、その右腕が肉をこそげ落とされたかのように装甲が引き剥がされて、また一発が頭部を直撃すれば、首をもぎとられたかのように、あらぬ方向に歪み、ねじ切れたカグヤの戦場における躯体はその頭を漆黒の宇宙空間に散らす。

 虐殺だった。そして鏖殺だった。

 ガラナンの必殺技を前にしてはミラージュコロイドで身を隠すことすら叶わないメグは、カグヤが一方的にその鉄腕によって砕かれていく様をただ見送ることしかできない。

 この中では、G-フリッパーの損傷はまだマシな方だ。

 半身を失って今にもトドメを刺されようとしているアヤノのクロスボーンガンダムXPや、そして今、完膚なきまでに粉砕されようとしているモビルドールカグヤと比べればの話ではあるものの、スラスターもメインモニターも機能しているだけ良い。

 だがそれは、メグが最低限の攻撃で無力化され、相手にもされていないということの証明でもあった。

 

「……アタシは……私は……」

 

 ぽつりと零した言葉と涙に、返ってくる答えはない。

 どうしても斥候・偵察型のビルドを組んでいる機体は味方の戦力に依存するところが大きいとは、頭の中ではメグもわかっている。

 だが、それにしたって今動けたとしても何の役にも立たず、そしてカグヤが惨たらしく撃墜されていくのをただ指を咥えて見ていることしかできない自分が情けなく、そして呪わしい。

 

『終わりだ、貴様の筋は悪くなかった。だが、吾輩の方がより強靭だったというだけの話だ』

「……すみません、メグ。拙は……ここまでのようです」

 

 通信ウィンドウに映っているカグヤは、どこか困ったような笑みを浮かべ、その仮面の下に涙を押し込めながらメグへと伝えたその言葉を遺言とした。

 仮想の世界に死は存在しない。

 機体が撃墜され、コックピット判定を突かれてダイバーがテクスチャの塵に還ったとしても、その躯体はセントラル・ロビーへと転送されるだけで、そこには痛みも恐怖も存在しないし、してはいけないようにGBNは作られている。

 それでも、カグヤがそこに否応なく「死」を想起したのは、ボーガーの振るう鉄腕がどこまでも淡々と、闘争に純度を求めながらも、機械的に相手を打ち砕くためだけに振るわれる、その在り方が故だった。

 以前に刀を交えた「獄炎のオーガ」が無頼ながらも武人であるとするならば、ボーガーは殺戮機械と形容するのが正しいのだろう。

 ヴィラノやムーンのように相手を愚弄し、嬲り、その上で心を踏み砕くのではなく、ただ圧倒的な恐怖と力だけでそれを成し遂げるマシーンじみた恐ろしさが、彼とその愛機であるパワードタイタスには備わっている。

 カグヤが撃墜されたことで、「ビルドフラグメンツ」の残り戦力は二機となった。

 だが、ボーガーはメグを一瞥すると、興味は失せたとばかりに腕を組んで、何もせずその場に佇む。

 舐めるな、と、怒りに任せてボーガーへと襲いかかることはできるだろう。

 メグはコンソールに映る武装の残弾と機体の損傷状態を確認するが、ステルス・ザックに収められている対戦車ダガーやビームピストルといった武装では、一矢報いるどころか、あのボーガーに、パワードタイタスに傷をつけられるかどうかさえも怪しい。

 ならばせめて、戦場を俯瞰してにやにやと底意地の悪い笑みを浮かべているガラナンを葬ることで意趣返しとするか。

 わかっている。

 そんなことは無意味なのだ。

 全ては初手での作戦を誤ったから、そして踏み外したルートから再度立て直しを図るにも、自分の能力が足りていないから。

 だから今更ガラナンを葬ったところでどうにかなるわけでもなければ、ボーガーに弔い合戦を仕掛けたところで何の意味もない。つまるところ、誰が自分を葬っても、自分が誰を葬っても、そこには何の意味も存在しないのだ。

 

「……ごめん。カグヤ……アヤノ……ユーナちゃん……」

 

 何の意味も持たないことは、何の意味も果たせないことは、力負けする以上に屈辱的であり、そして悲劇的である。

 唇を噛んでぼつりとそう零したメグの元にやってきた死神は、ボーガーでもガラナンでもなく、心からつまらなさそうに顔を歪めているムーンだった。

 

『ったく、ボーガーの奴もガラナンの奴も……あたしを残飯処理係とでも思ってるわけ? でもよかったわね、あたしは優しいから。っていうかめんどくさいから、一瞬で終わらせてあげるわ』

 

 果たしてその宣言通りに、ムーンが操るレギルスエクリプスは脚部からハンターエッジを展開すると、半壊状態で宙を漂っているメグのG-フリッパーを、そのコックピットを貫くと、そこに何の感慨もなく、吐き出した溜息と共にテクスチャの塵へと還していく。

 ブロックノイズ状に解けていくG-フリッパーを横目に、アヤノもまた振り下ろされようとしている死に、タイラントプロヴィデンスガンダムのGNバスターソードによる一撃に抗おうと、操縦桿を動かしていた。

 

「……ッ、この……ッ……!」

『んん? まだ動ける元気があったのか……まあいい、それは褒めてやるとしても、そこに何の意味がある? お前の仲間は全滅して、機体だって大破状態だ。サレンダーでもした方が有意義だと思うけどな? アヤノちゃん』

「……お前が、その呼び方で私を呼ぶな……ッ……!」

『ハハッ! いいねえ、その目。ゾクゾクするぜ。俺にやられる時は大体の奴がお仲間のメグみたいに死んだ目をしてたもんだが、ここまで活きがいい奴と戦ったのは久々だ! ハハハハハッ! ……なんてね。でもいい加減飽きたよ、サヨウナラ』

 

 最後の力を振り絞るように残存する「光の翼」を展開し、バタフライ・バスターBによってGNバスターソードと鍔迫り合いを続けていたクロスボーンガンダムXPを一頻り嘲笑うと、ヴィラノは心から飽きたとばかりに大きな溜息をついて、GNバスターソードを振り抜く。

 

「ユーナ、私は……っ……」

 

 最早アヤノにも、そしてクロスボーンガンダムXPにも、その暴威に抗う術は残されておらず、コックピットごとへし斬られたアヤノもまた、メグの後を追うように躯体が解け、テクスチャの塵へと還る。

 だが、最後に脳裏を閃いたのは負けた悔しさでも、ヴィラノの悪辣な振る舞いに対する怒りでもなく、あの時通信ウィンドウ越しに見たユーナの涙と、そして。

 ──自らの無知と、それを良しとしている臆病さに恥じ入ることだけだった。

 

【Battle Ended!】

【Winner:「グランヴォルカ」】

 

 無機質な機械音声が告げるのは「グランヴォルカ」の勝利にして、アヤノたちの敗北。だが、それを喜ぶこともせず、ただ遊び終わった玩具を箱に戻すかのように淡々と、言葉も交わさずにヴィラノたちもまたセントラル・ロビーへの凱旋を果たす。

 それも当然だ。

 何故なら──勝ったことに意味はないのだから。

 

「ああ、サヨウナラ──『ビルドフラグメンツ』。聞こえちゃいないだろうが、君たちのファンってのは嘘じゃないんだぜ? もっとも今、この瞬間までだけどな」

 

 ヴィラノはくく、と、その後の「ビルドフラグメンツ」が辿るのであろう、自分が多くの人間を陥れてきた末路を想起しながら一人小さくほくそ笑むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 まだ閉店時間までは長かかったものの、これ以上GBNを続ける気力も湧かないからとばかりにログアウトした綾乃は、自分の眦に涙の雫が滲んでいることに気付いて、ごしごしと右手の袖で乱暴に目元を拭った。

 連中は、「グランヴォルカ」は強敵だった、と、いうより、戦ったことが、関わったことが間違いだったといえるような相手だったのだろう。

 敗北以上に精神を痛めつけているあの悪辣な振る舞いを思い返して、思わず綾乃は筐体に拳を叩きつけそうになったものの、それを寸前で堪えて、ダイバーギアとクロスボーンガンダムXPを回収すると、隣の筐体でログインしていた優奈を迎えに行くべく立ち上がった。

 

「散々だったわね……でも、気にする必要なんてないわ。連中の戯言なんて……優奈?」

「……」

 

 備え付けのゲーミングチェアから車椅子の上に体重を移動させた優奈の表情は、そこに何も映していない。ただ虚無があるだけで、回収したダイバーギアとアリスバーニングガンダムを淡々と緩衝剤入りのタッパーに梱包すると、そのまま自分で車輪を動かそうと手を伸ばす。

 

「優奈、大丈夫?」

「……へ? あっ、はい! 大丈夫だよ、一条さん!」

 

 どうやら肩に手を置かれるまでは綾乃がいたことにも気付いていなかったのか、優奈はびくり、と背筋を震わせると、何かを誤魔化すように愛想笑いを浮かべて、いつもの調子ではきはきと綾乃の苗字を呼ぶ。

 ぼーっとしちゃってて、ごめんね。

 優奈は照れ臭そうに頬を染めると綾乃に小さく頭を下げるが、いくら鈍感な、そして無関心を装い続けてきた綾乃にだって、今の優奈が大丈夫ではないことぐらい、すぐにわかった。

 瞳を泣き腫らして、肩に手を置かれるまで自分の存在にすら気付かなかった優奈が、「大丈夫」であるはずがない。

 だが、そこにかける言葉が、今の綾乃には見当たらなかった。

 負けたって、次に挑戦するときに勝てばいい。

 何万回の挑戦に挫けても、何度だって「もう一回」に賭けることができるのがGBNという世界だし、あの不動のチャンピオンであるクジョウ・キョウヤだって黎明期は何度もほろ苦い敗北を味わってきたと語っている。

 だが、問題の本質はそこにはないのだ。

 そんな一般論や正論で解決できるのであれば、今まで通りにそうしてきただけの話だし、綾乃も、そして優奈もそれはわかっている。

 フォース「グランヴォルカ」に敗れたことが悔しいのであれば、もう一度彼らに挑戦状を叩きつければいい。

 あのヴィラノという男が吐いていた言葉が全て戯言だとわかっていれば、気に留めることなく、そして耳を塞いででも再戦時には相手にしなければいい。

 だが、それでも心に重い影を引きずっている理由はいうまでもない。

 綾乃はヴィラノの言葉に、そして──優奈はムーンの言葉に、それぞれ核心をつかれたような思い当たりがあったからだ。

 今日は接客担当として、ガンダムベースシーサイド店を出る客を笑顔で見送っているショーケースの中の小さな店員──チィは、見るからに消沈して肩を落としている綾乃と優奈にも営業スマイルを浮かべて手を振りながらも、そこに漂うただならぬ雰囲気に、マテリアルボディを震わせていた。

 

「ありゃあ、なんかあったのか……?」

 

 綾乃と優奈の顔はチィもよく覚えていた。

 いつだって楽しそうにGBNをプレイして、そして帰り道は仲睦まじく微笑みを交わして店を後にしていたはずだったが、今の二人の間には言葉どころか笑顔もなく、ただ気まずい沈黙が漂っているだけだ。

 GBNの先輩として、そういう顔をしている誰かの相談に乗ってやりたいという気持ちはチィの中には確かにあった。

 以前の自分のように、ただ損得と金勘定のためだけにGBNを彷徨っていた時の、あの荒寥たる砂漠を歩くのにも似た感覚を味わって欲しくはないからだ。

 だが、今のチィはショーケースを出られなければ、そもそも勤務時間として定められている以上「職場」を離れることはできない。

 

「……なんとかなりゃいいんだけどな」

 

 それがなんの慰めにもならないことをわかっていながらも、チィは笑顔で来客たちに手を振って、彼らには聞こえないようにぽつりとそう呟くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 夏も盛りを迎え、吹き抜ける海風は潮の香りを運びながらも、春の名残を手放して、肌に張り付くような不快感だけを乗せて彼方へと吹き抜けていく。

 優奈が腰掛ける車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握る綾乃に、言葉はない。

 昨日までなら、すっかり夏になったとか、暑くなってきたとか、そんな他愛もない言葉を交わしていたはずの、楽しかったはずの帰り道が、今はただ気まずく、重苦しい。

 何か無理やりにでも話題を切り出そうかと思ったが、こういうときに限って何も浮かんでこないのだから、綾乃は自分の頭の固さを呪う。

 

「一条さん」

 

 だが、そんな、永遠にも似た長い沈黙を破って口火を切ったのは、優奈の方だった。

 ごそごそと学生鞄を漁ると、優奈はアリスバーニングガンダムが梱包されているタッパーを取り出して、唇の端を引きつらせた作り笑いと共に綾乃へとそれを差し出す。

 

「……これは、何?」

「アリスバーニングだよ、一条さん。その……わたし、もうGBN、やらないから。だから、せめて大事にしてもらえる人に、一条さんに、受け取ってほしかったんだ」

 

 作り笑いも破綻を迎えて、眉を八の字に歪めて、眦に滲んだ涙を滴らせながらも、優奈はびくびくと震える手を必死に伸ばして、綾乃へと自らの分身を、愛機だったガンプラを託そうとしていた。

 GBNを、やらない。

 綾乃は、優奈の口から飛び出てきた言葉にぽかんと口を開けて、呆然とその様子を見詰めることしかできなかった。

 何故、どうして。

 なんで、優奈がGBN辞める必要があるの。

 いつもだったら出てくるはずの言葉が、喉でつかえて渋滞を起こし、息苦しさへと変わっていく。

 駅に向かう足を止めて、綾乃は何か返すべき言葉を考えるが、その度にヴィラノなどのやり取りが頭をよぎって、それが形になることを阻害する。

 ──私は、優奈の何を知っているの?

 優奈のために怒りを燃やして立ち向かった敵から突きつけられた現実は、己の臆病さであり、そしてそれは今も、アリスバーニングを受け取るという選択も、それを断るという選択もできずにいる自分がどんな言葉よりも雄弁に物語っていた。

 

「優奈、私は」

「……あのね、一条さん」

 

 ようやく乾いた舌先が運んだ言葉を拒むように、優奈ははらはらと涙をこぼしながら、アリスバーニングが詰まったタッパーを差し出した姿勢のまま、言葉を続ける。

 

「……ごめんなさい、ずっと足引っ張ってて。ごめんなさい、ずっと役に立たなくて。だってわたし──フォースの中で一番弱いから。一番才能ないから、えへへ」

「……っ、ふざけないで!」

 

 懺悔をするように、まるで自らの罪を悔い改めるようにそう零した優奈の言葉を遮って、綾乃もまた鼻先に赤い熱を帯びたまま、感情のままに言葉を投げ返した。

 受け取れるはずがない。納得できるはずがない。

 どうして、優奈がGBNを辞めなければいけないのか。

 だが、先立つ「グランヴォルカ」への憤りも、途中で水を差されたように、突きつけられた己の無知に、そして臆病さの前に静まり返って、続く言葉を、続けるべき言葉を紡ぐ前に喉の奥へと押し込んでしまう。

 

「……ふざけて、ないよ……だって……」

「負けたらまた……勝てばいいだけでしょう!? 優奈が……優奈が、GBNを辞める必要なんて……っ!」

 

 辛うじて舌先で探り当てた言葉は、毒にも薬にもならないような一般論でしかなかった。

 わかっている。優奈が抱えている問題の本質はきっとそこにはないことなど。

 わかっている。そしてそれは、「グランヴォルカ」と戦ったから急に降って湧いてきたものではないことなど。

 それでも、今の綾乃にかけられる言葉など、そんな人を傷つけるだけの正論だけで、優奈の気持ちに寄り添おうとしても、そこに横たわっている──違う。最初からずっと横たわっていた断絶に阻まれて、不可能に終わってしまう。

 

「……一条さんには、わからないよ!!!」

 

 そして、その不理解は、とうとう怒りとなって、悲しみとなって、優奈の中で撃発し、溢れ続ける涙と共に、綾乃へと真っ直ぐに打ち据えられるのだった。




毒は回る


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第四十五話「硝子の心は傷だらけ」

優奈の過去が明かされるので初投稿です。


「一条さんには、わからないよ!!!」

 

 撃発した感情は、暴発した拳銃のようだった。

 引き金を引いてしまった怒りと、もたらされる結果は切り離されていて、綾乃の心を穿つつもりがなくとも、優奈が選んだ、選んでしまった行動は、結果として、二人の間に横たわっていた断絶を浮き彫りにする。

 そうだ。綾乃は何も知らない。

 優奈がどうしてここまで苦しんでいるのか、どうして涙を流しているのかも知らないからこそ、そして知ろうとすることもなかったからこそ、中途半端な慰めと正論しか口にできなかったのだと、他でもない彼女自身が一番よくわかっているだろう。

 一条綾乃は、賢い女の子だ。

 優奈もまた、綾乃のことを深く知らなくとも、過ごしてきた時間の中でそれぐらいはわかっていた。

 だからこそ、きっと綾乃が絶望しているのはその不理解を、不和を理解してしまったからで、その原因を作ったのは、他でもない優奈自身で。

 込み上げてくる吐き気を堪えながら、優奈ははらはらとその赤みがかかった瞳から大粒の涙を零し続ける。

 もう誰にも、何も、迷惑をかけたくなんてなかった。

 そう誓ったつもりだった。あの日から、ずっと。

 一秒がどこまでも薄く引き延ばされていく、永遠にも似た感覚の中で優奈は自らの膝から下に、ロングスカートに覆われている鉄の義足に、そこまでの過去がリフレインするのを感じる。

 ──優奈。お前は元気な子だから、だから、ずっと。

 思い出すのは、灼けるような痛みが走る中で辛うじて握りしめた、命の灯火が消えていく震える手のこと。

 そして、そこから次第に魂とでも呼ぶべきものが零れ落ちていくように、剥がれ落ちていくように、熱が失われていったこと。

 あれはきっと、何かの罰だったのだ。

 

「……っぷ、おええええ……っ……」

「優奈っ!」

「……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……わたし、わたし……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 堪えきれずに吐き戻した胃の中身が、容赦なく制服を汚してシミを作る。

 ──どうして。どうして、わたしなんかに優しくしてくれるの。

 駆け寄ってきた綾乃から逃げようと車輪に手をかけても、震える指先には力が入らず、更にこみ上げてくる頭痛と、追い討ちのように再び胃袋から迫り上がってくる胃酸が、優奈の影を地面に縫い付けて離さない。

 

「……ほっといてよ……ほっといてよぉ! わたしなんて! わたしなんか! なのに、なんで……なんでわたしなんかに優しくするんですか!!! 何も知らないくせに!!! 歩けもしないし、一人じゃなんにも出来なくて!!! 皆の足を引っ張ることしかできないわたしなんか!!! どうして、どうして、一条さんは……」

 

 ──走ることが大好きだった。

 吐瀉物に塗れた口元を拭うこともせず、過去の傷跡から流れ出す血液の代わりに胃液を更に吐き出しながら、優奈は金切り声を上げて、ハンカチで汚れた制服を拭ってくれる綾乃へと怒鳴り立てる。

 それがどれだけ不義理なことなのかもわかっていた。

 綾乃はこんな自分のことも見捨てないでいてくれる。

 それがどれだけ心強くて、本当は手放してはいけないものだとわかっているはずなのに、心が、その奥底に刻まれた傷跡が残す、灼けるような痛みと、鋭い刃物で斬り付けられたような痛みが綯い交ぜになって、優奈の内側をずたずたに引き裂き、ちぎっていく。

 どれだけ綾乃が優しくしてくれたとしても、自分にはそうされるだけの価値なんてもうどこにもない。

 はらはらと涙をこぼし、胃液を吐き散らし、優奈はヒステリックに怒鳴り立ててはその後悔に涙を流すというループを繰り返す。

 それでも綾乃には、優奈を放っておくというチョイスなどなかった。

 確かに優奈のことを綾乃は何も知らない。

 どうして両脚を失ったのかもわからなければ、どうして元気だけが取り柄などと言い張っているのかも知らないし、なんなら中学時代やそれより昔のことなんて訊く勇気すら持っていなかった。

 ──それでも。

 ハンカチで優奈の口元や胸元を拭いながら、同じように涙を眦に滲ませて、綾乃は小さく呼吸を整えると、一言一言を反芻するように、確かめるように、己の内側から衝動的に湧き出てきたのではなく、決意と共に口に出そうと決め込んだその言葉を舌先に乗せる。

 

「……確かに私は優奈のことを知らないわ。知ろうともしてこなかった」

「……っく、ぐすっ……一条、さん……」

「……きっと、言い訳にしかならないのはわかってる。だから先に謝るわ。ごめんなさい、優奈。だって、私は……貴女のことを深く知ろうとして、嫌われることが怖かったのだから」

 

 綾乃が抱いていた恐れを言葉にしてみれば、それはとても単純な結論に収束するものだった。

 他人の心に踏み入るのには相応の資格がいる。

 抱えているものが大きければ大きいほど、そうでなくたって、人間というのは生きている限り、話したくないことや知られたくないことの一つや二つを抱えているものだから、そこに踏み込めば逆鱗に触れるということは珍しくない。

 特に、優奈は。

 優奈は、綾乃にとっては初めての友達だったから。

 だから、深く踏み込むことで、嫌われるのが怖くて。本当ならばもっと最初の時点で気付いていた違和感に踏み込むべきだったのかもしれない。

 あのGBNの中で見せた狂乱をただ心配するのではなく、本当であれば時間をかけて寄り添って、その理由を聞いておくべきだったのだろう。

 それを、友達でいたいからと、嫌われたくないからと、そんな醜いエゴの下に押し込めて、形だけの心配をして、言葉にした毒にも薬にもならないような正論は慰めにもならず、優奈をかえって傷つけてしまった。

 それがどれだけ罪深く、傲慢なことか。

 わかっている──その振りをすることが。そうしてぬるま湯に浸かり続けるように、互いの痛みに踏み込むこともせず友情を語ることが、どれだけ厚かましいのか。

 だからこそ、綾乃は痛みに突き動かされるように、胸の内側で砕けて散りばめられたその欠片を拾い集めて、優奈の瞳を真っ直ぐに見据える。

 

「……それでも私は、優奈の力になりたいの。だって、優奈は……ずっと友達がいなかった私にとって、初めての友達だから」

「……一条、さん……?」

「貴女がそう思ってなくても構わない。私は……優奈のことを知らないから。でも、もし……もしも優奈が私をまだ友達だと思ってくれているなら、教えて。何の力になれる保証もないけれど、貴女の痛みをどれだけ分かち合えるかはわからないけど」

「……一条さん……わたし……だって、わたし、何の価値もないよ……? もう元気でいられない、皆に迷惑ばっかりかける。だから、あの人の言う通り──」

「……それでも! 私は、優奈と……他でもない貴女と、友達でいたいのよ! 一緒にGBNをやりたいの! 貴女のことが、大好きなのよ!」

 

 言い知れない熱に突き動かされながらも、頭の中は鮮明だった。

 正しいと思って選んだ答えが間違っていてもいい。愛しさや優しさを投げ出すことになってもいい。

 それでも、一条綾乃という一人の人間は、春日優奈という一人の人間のことを心の底から好きだと思っていたから、その悲しみに、痛みに寄り添っていたかったのだ。

 それが例え壊れたビニール傘を土砂降りの雨の中で掲げることに等しくとも、悲しみという湖からコップ一杯分のそれを掬い取ることに等しくとも。

 少しでもいいから、ほんの僅かでもいいから、優奈の悲しみや苦しみを背負いたかった。同じ痛みを分かち合いたかった。

 それほどまでに、自分は──一条綾乃は、春日優奈のことを好きでいたから。

 それがライクなのかラブなのかはわからない。もしかしたら両方とも正しくて、両方とも間違っているのかもしれない。

 だとしても、それが何だというのか。

 好きになった誰かの痛みを背負いたいと思う気持ちに、例え感情が激発したものだとしても、ずっと胸の内側に、心の裏側に押し込めてきた言葉に、嘘なんてどこにもない。

 

「……っ、ぁ……」

「……優奈……だから、一人で抱え込まないで……価値がないなんて言わないで……私は……私は、優奈がどんな人間だったとしても、嫌いになんてならないから……」

「……ほんと……本当、ですか……? 一条さん……」

「ええ、本当よ……貴女に嘘なんてつかないわ、優奈」

 

 はらはらと涙を零しながら、吐瀉物に塗れて汚れている自分の身体を厭うこともせず抱きしめる綾乃の熱に、優奈は心の中で凍りついた何かが溶け出していくのを、そして、走馬灯のように、フィルムを回すように、過去が脳裏を閃くのを感じる。

 自分は綾乃が思うほど、優しくていい子なんかじゃない。

 むしろそれどころか、綾乃が知ったらきっと、嫌いになるような人間だった。

 優奈は伝わる温もりに縋りつくように綾乃の背中に恐る恐る手を伸ばすと、曇天の元、降り出してきた雨に二人で立ち濡れ続ける。

 そうだ。思い出せば、あの日も、こんな雨だった。

 降り頻る雨に鈍色の過去を思い返しながら、優奈はぽつりと、綾乃へと自分の過去を語り出すのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

 

 中学陸上界において、春日優奈の名前を知らない人間は少数派だった。

 かつて、両脚が金属のそれに置き換わる前、優奈はそれほどまでに勇名を轟かせ、寝ても覚めてもグラウンドを走り続けていたのだ。

 優奈はスプリントから長距離まで、距離を選ぶことなく走り続けてその全てで栄冠を勝ち取ってきたが、金メダルの栄冠も、授与されたトロフィーも、正直に言ってしまえばどうでもいいものだった。

 ただ自分は、走り続けていたいだけだから。

 この両脚はグラウンドの空を駆ける翼で、誰かを追い抜いて、置き去りにして、ゴールテープを切る瞬間にこそ喜びはあって、栄光だとか賞だとか、そんなものは二の次三の次でしかない。

 そんな中学陸上界のホープとして、全ての距離で一位を掻っ攫っていくスペシャリストとして順風満帆な道を歩んできたはずの優奈の人生に影を落としたのは、言ってしまえば不幸が故だったのかもしれない。

 父親が運転する車に乗って大会の会場に向かう途中、高速道路を逆走してきたトラックが、優奈の乗っていたそれに衝突するという事故が発生した。

 トラックの運転手は酒気を帯びていて、ほとんど眠りかけていた状態でふらふらと、アクセルを踏み続けたまま高速道路を逆走していたらしい。

 らしい、というのは後に警察から聞かされた話だったからで、正直なところ優奈としては、あの瞬間のことは痛みのあまりほとんど曖昧になってしまっていたから、それが正しいのかどうかは今もわからない。

 ただ一つ分かったのは、車外に放り出された自分の両脚は膝から下が繋がっていなくて、競技用のシューズを履いた右足と左足が、壊れた人形のように、車の破片と共に散らばっていたことだった。

 それでも生きていたのが奇跡的なほどの大事故で、車を運転していた父は、ほとんど即死だった。

 それでも、破れた肺で必死に呼吸を繋いで、手足があらぬ方向に曲がり、一部が千切れ飛んでいるのにも関わらず、残った右手を引きずりながら放り出された自分の元に這ってきて、「ごめんな」と、小さく呟いたことを覚えている。

 

『優奈……お前は元気な子だから……これからも、ずっと……』

 

 きっと、自分がいなくてもやっていけるからと、父はそう言いたかったのかもしれない。

 ただ、優奈にとって残されたものは、縋り付くべきものはその言葉しかなかった。

 両脚を切断する大怪我を負った自分に、陸上界での居場所は残されていない。

 最速のスプリンターにして、最強のステイヤーとして名を馳せた一人の少女の人生は呆気なく幕を閉じて、そして義足に車椅子という姿になって学校へと帰ってきた優奈に向けられた視線は、常に冷ややかなものだった。

 それは、周囲の人間が掌を返したからではない。

 わかっていた。今までの春日優奈という人間は、紛れもなく傲慢だったのだから。

 どうしたら自分のように走れるか、と問いかけてきたライバルに対して、返した答えは冷ややかなものだったし、自分を尊敬してくれている陸上部の同期や、期待をかけてくれていた先輩たちの厚意も踏みにじるかのように、優奈がやっていたことは、ただ一人でグラウンドを走るという自己満足に、周囲を巻き込んでいたからに過ぎないからだ。

 春日はすごいな、と、ぽつりと零した先輩に、これぐらい当たり前です、と返したことを覚えている。

 どうやったら優奈さんみたいに上手く走れますか、と問いかけてきた後輩に、知らない。だって走ってたらこうなったから、と、無慈悲な──自分は天才だから、と、そう答えるのに等しい思い上がりを答えとしたことを、覚えている。

 だからこそ、走れるというアイデンティティを失った優奈に残されたものは、父からの遺言だけだったのだ。

 その日からずっと、主に陸上部で同期だった生徒たちのグループから優奈は冷遇され、ほとんどいじめのような仕打ちを受けていたのだが、それでも、文句だけは零すまいと、父が最期に遺してくれた言葉だけは守り通さなければと、笑顔で、「元気」を装って学校に通い続けていたことを、覚えている。

 そして、優奈はどこか、それを自分に対する裁きであるかのように受け入れていた。

 結局自分は、才能がなければ誰の役にも立てないし、それを失ったことでようやくわかったのだ。

 春日優奈という人間の価値は、最速のスプリンターでなければならないと。長距離を走り抜け、中距離を突き抜ける、一人の陸上選手だったことにしかないのだと。

 だからせめて、これからは誰にも迷惑をかけないように、そして誰の足を引っ張ることもないように、静かに生きようと、それがこれまでの償いなのだと、そう思ってきたからこそ、空元気だけを取り柄にして、優奈は何をするでもなく、高校進学という道を選んだのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……GBNをやってたのも、わたし……戦いたいからじゃないんです。あの世界だと思いっきり走れるって、わたしみたいな足でもちゃんと走れるって、お母さんが言ってくれたから、だから……」

 

 優奈にとってガンプラバトルは二の次で、自分の足で走れることの方がよっぽど重要だった。

 だから、例え騙されたのだとしても困っている人を助けたかったのだし、アヤノという──そして、綾乃という友人を得たことで、カグヤとメグという仲間を得たことで、曲がりなりにも楽しく、優奈はGBNの世界を楽しんでいた、そのはずだった。

 だが、メグがG-Tuberとして人気を博したことで、放課後の集まりの延長線上にあるフォースでしかなかったはずの「ビルドフラグメンツ」は一躍新進気鋭の実力派として有名になっていって、次第に申し込まれるバトルもまた、苛烈さを増していったのである。

 そして、再び優奈は否応なく突きつけられた。

 自分が一番、「ビルドフラグメンツ」でガンプラバトルが下手なことを。フォース全体の足を引っ張っていることを。

 もう誰にも迷惑をかけたくなかったのに、もう誰の足も引っ張ることなく生きていたかったのに、「ビルドフラグメンツ」が前に進めば進むほど、優奈は置き去りにされていく。

 だから、激昂したのだ。だから、哀しみに吼えたのだ。

 フォース「ヴァイスウルブズ」との戦いでは、結果的に敵を道連れにできたからよかったものの、「グランヴォルカ」のムーンにはバーニングバーストシステムを起動しても、手も足も出ずに負けて、そして「GBNを辞めてしまえ」とまで言い捨てられた。

 だから優奈は、その通りにするつもりだった。

 陸上部の時と同じ過ちを犯さないように。大好きな綾乃たちにこれ以上迷惑をかけないように。

 そうしてまた、空元気を出していつもの学校でぽつんと一人、気丈に振る舞っているフリをすればいい。

 ──それでも。それが最善だと、わかっていても。

 

「……でも、悔しい……わたし、悔しいよ、一条さん……! どうして、皆みたいになれないの……? どうして、一条さんみたいに格好良くなれないの……!? わたし、歩けたら、それで……よかった、のに、よかったはずなのに、ぃ……っ……!」

 

 悔しい。そして、悲しい。

 それはいつか、自分が後輩や先輩から問いかけられてきた時に、彼女たちが抱いていた感情と同じものだった。

 今までは敗北を知らなかったから。そして、誰かの役に立たなければいけないという過去に押しつぶされそうになっていたから。その二つが自分の中でぐちゃぐちゃに絡み合っていたからこそ、優奈はもがき、悶え、苦しんでいたのだ。

 突きつけられた真実に、そして曝け出された硝子の心に深く刻まれた傷に、綾乃もまた優奈と同じく涙を零しながら、ひし、と、その細い身体を抱きしめて、嗚咽を喉から漏らしていた。

 

「……いちじょう、さん……?」

「……ごめんなさい……ごめんね、優奈……私、貴女のこと、全然知らないのに、友達面してて……ごめんね……」

 

 降り頻る雨に濡れるのも厭わずに、綾乃はただ触れた痛みの重さに、なぞった傷の深さに贖罪をするかのように涙を流して、優奈の今にも消えてしまいそうな華奢な身体を抱きしめる。

 この世につなぎとめるかのように、そして涙で、溢れ続ける色のない血を雪ぐかのように。

 

「……嫌いに、なりましたよね……わたしなんて……」

「……言ったじゃない、私は……優奈が大好きよ……どんな優奈であっても、どんな過去があったとしても……だって、優奈は……優奈は、私の初めての、友達なんだもん……」

「いちじょう、さ……ん……」

 

 弱くて、脆くて、本当は元気なんかじゃなくて、いつだって涙を堪えて生きてきたような優奈のことが。

 そう言葉を続けて、綾乃は優奈の輪郭をそっとなぞった。

 ようやく曝け出してくれた本当の優奈を全て受け止めるにはまだ時間がかかるかもしれない。

 だとしても、ここから進んでいけばいい。その一歩がどんなに重くても、どんなに苦しいものだとしても。

 綾乃は、優奈は、降りしきる雨の中で互いの温度を確かめるように、互いの輪郭をなぞるかのように、そして世界から消えてしまわないようにと、その身体を抱き寄せあって、その瞳から透き通った、色のない血液を流し続ける。

 ──ありがとう。

 その言葉を紡いだのは、綾乃が先だったのか、優奈が先だったのかはわからない。

 それでも、きっと──どっちだって良かったのだ。

 身体を打ち据えるような土砂降りの中で、涙と共に綾乃と優奈は、雨が止むまで、そして零れ落ちる涙が雪がれるまで頬を擦り寄せて、そこにある想いを──きっと、友情から半歩だけ先に進んだその想いを結び合うかのように、抱き合い続けるのだった。




雨が降るとどうなる 知らんのか、地が固まる


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第四十六話「心はその彩を放つ」

定番のお泊まり回なので初投稿です。


 降り頻る雨の中、綾乃と優奈は互いの存在を、そこにある、まだ一つの名前のある形を成すには少しだけ遠い感情を確かめ合うかのように抱きしめあっていた。

 だが、そんなことをしていたら、当然の如く濡れ鼠になる。

 もうもうと空を覆う灰色の雲は未だに都心を離れる気配がなく、打ち据えるような雨が二人を濡らし、そこに積もった不理解と断絶を洗い流すかのように注ぎ続ける、などといえば聞こえはいいのだろうが、実際は傘も放り捨てた綾乃が車椅子の上で涙を流す優奈と公衆の面前であんな愛の告白じみたやりとりをしながら抱き合っているに過ぎない。

 五分、十分。どれだけ経ったのかはわからないが、ずっと抱き合い続けていれば、悲しみに暮れる気持ちもいつしか綻んでくるわけで、そうした後に残された少しの冷静さが、今の状況を深刻に物語る。

 主に吐瀉物に塗れた制服。主に全身ずぶ濡れで、風呂にでも入らなければ風邪をひきそうな濡れ鼠状態。

 それにも関わらず傘を捨てて抱き合っていた自分たちは、確かにそれが必要なことだったとはいえ、勢いに任せすぎたと、綾乃も優奈も赤面して、道行く人々からのどこか冷ややかな、何をしているんだこいつらは、といわんばかりの不躾な視線に肩を竦める。

 

「……あ、あはは……なんだかわたしたち、注目の的だね……」

「……ええ、そうね……」

 

 どうせなら見せつけてやろうかしら、と口走る勇気はまだ持っていない。

 困ったように笑う優奈に同意を示して立ち上がると、綾乃は沿道に放り捨てていたビニール傘を拾って今更それを頭上に掲げるが、水をたっぷりと吸った制服が肌に張り付いている今、果たしてその行為にどれだけの意味があるかと問われれば、全くもって存在しないというのか正しいのだろう。

 雨の中、傘もささずに踊る人間がいても良くて、自由とはそういうものだとどこかの誰かが言っていた気がするが、雨の中で踊るのは自由でも、その結果としてずぶ濡れになるのとはトレードオフだ。

 一応、駅までの帰り道で一悶着あっただけのことだからこのまま何事もなかったかのように歩いていけば家まで帰れるのだろうが、それはそれでなんとなく気まずいような、むしろ自分の方が今の優奈から離れていいのだろうかと、少しだけその心にもたれかかっているのを自覚して、綾乃は懐から取り出した扇子を開いて顔を覆った。

 それでも、優奈を放っておけないのは確かなことだ。

 GBNを辞める、という話は解決したものの、彼女がそこまで思い詰めることになった原因は根本的に解決していない。

 なんなら自分と同じくあられもない姿の優奈を一人で家に帰すのも忍びないような、そんな気もする。

 別に自分が奇異な視線で見られること自体は構わないが、優奈がそんな目で見られているのを想像すると、どうしてかむかっ腹が立つのだ。

 そんな具合に一人で目を白黒させて、鉄面皮なりの百面相を披露している綾乃の心情をよそに、優奈は頬を染めたまま、もじもじと両手の指先を合わせて、一つの言葉を喉の辺りに詰まらせていた。

 綾乃が自分のことを友達だと言ってくれたのはきっと嘘なんかじゃなくて、本気だとわかるぐらいに、いっそ何事にも本気すぎる綾乃だからこそ今もああでもないこうでもないと四苦八苦していることは、変な言い方でこそあるものの、嬉しかった。

 中学最速のスプリンターにしてステイヤーだった春日優奈じゃなくても、両足が義足で、歩くこともままならない自分でも、綾乃は好きだと言ってくれたし、今もこうして心配してくれている。

 ビニール傘だけは優奈の頭上に掲げたまま、せっかくの扇子が雨に濡れてしまうというのにどこか気恥ずかしげに顔を隠している綾乃は、いつも通りといえばいつも通りなのに、なんだかおかしくて、そして。

 ──とても、愛おしくて。

 遠回りをしない思考回路であるからこそ、その名前に行き当たった優奈はかあっと、頬から耳まで熱が駆け抜けていくのを感じていた。

 ああ、そうだ。そういうことだったんだ。

 自分の中に最初からあったのに、気づかないフリをし続けて、蓋をし続けていたその想いの名前も文字も、たった二言口に出してみれば驚くほどにシンプルなのに、どうしてもその手前で踏みとどまってしまう、そんな感情。

 ざあざあと雨は止むどころか叩きつけるような勢いを増して、ビニール傘の傾斜では受け止め切ることのできない水滴が綾乃の肩を濡らし、そして優奈にも降り注ぐ。

 想いだとか気恥ずかしさだとか、そういう青臭いあれこれは置いておくとしても、このまま立っていれば確実に風邪を引く。

 それだけは確信できた。

 だからこそ、優奈は慌てたように、ショートしかけている思考回路から言葉を探して導き出すと、少しだけ噛みながらも、結論として出した答えにして一つの提案を、綾乃へと持ちかける。

 

「……い、一条さん!」

「……どうしたの、優奈?」

「そ、その……えっと! 一条さんが良ければ、今日、うちに泊まっていきませんか!?」

 

 優奈の記憶が正しければ、綾乃の家は自分のそれとは反対方向にあって、確か数駅分だけ距離が長かったはずだ。

 都会の数駅分なんて誤差だとしても、そこから郊外の住宅地までは結構な距離を歩く必要があるため、それならばと、どこかそれをお題目として利用するかのように、優奈は勇気を振り絞って、喉の辺りにつかえていた言葉を吐き出しきった。

 いきなりなんて、嫌われたりしないだろうか。

 まだ、傷だらけのまま剥き出しになった硝子の心は過去の痛みに怯えるけれど、そんな心配なんかする必要がないとばかりに、空が落ちてくるはずなんてないとばかりに、綾乃は小さく微笑むと、濡れた扇子を閉じて懐にしまいながら、同じように頬を染めて優奈へと答えを返す。

 

「……え、ええ……その、優奈が良ければ、だけど」

 

 綾乃としてもその提案は渡りに船だった。

 もっと一緒に優奈といたい。それはそれとして雨の中で立ち竦んでいれば風邪を引く。その両方が一気に解決できるのだからそれしかない、と、どこか言い訳のように自分へと言い聞かせながら、綾乃は少しずつ語尾を小さく縮こまらせながらも、優奈からのお誘いに乗ることにした。

 そうなると母や与一に、父に外泊の許可を取る必要が出てくるのだが──

 

「……悪いことをするのも、高校生の醍醐味よね」

「一条さん?」

「なんでもないわ。行きましょう、優奈。このままじゃ……そう、風邪をひいてしまうから」

 

 何食わぬ顔でスマートフォンの電源を切ると、後日彩奈から手酷い説教を喰らうことを覚悟しつつも、その結果とトレードオフである自由を、優奈とのお泊まり会という魅力的で刹那的な答えを選んで、綾乃はビニール傘を畳む。

 そして降り頻る雨に濡れるまま、再び優奈の車椅子、そのバックサポートから伸びるハンドルを握って、駅まで歩き出していく。

 ばくばくと拍動する心臓の鼓動は、叩きつけるような雨のBPMとよく似ていて、髪を濡らし、服を肌に貼り付ける不快ささえなければ、どっちがどっちなのかさえ曖昧に溶け合って、わからなくなってしまいそうだった。

 友達の家に泊まるなんて、女子高生のやること。珍しくもない。

 言い訳のように、お題目のように脳裏で何度そう繰り返しても、どこか縋り付くように上目遣いで自分を見つめてきた優奈の視線が、そして雨に濡れそぼって、どこか鬱屈とした雰囲気を漂わせながらも決してそこから失われることのない愛らしさが、目蓋の裏に焼き付いて離れない。

 これは特別な感情なのだろうか。それとも、いつしか失われていく、一過性の熱に──それこそ夏風邪のようなものに過ぎないのだろうか。

 考えてみても、まだその答えはわからない。

 何故ならまだ、綾乃はその入り口に立ったばかりなのだから。

 それでも、ただ。

 ただ、例え間違いであったとしても、消えることのないものであればいいと──時と共に押し流される「正しさ」であってほしくはないと、綾乃は一人、雨雲の向こうに隠された星々にそう願い続けるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 誰の帰りも待っていない家だ、というのが、失礼でこそあるものの、優奈の家へと足を踏み入れた綾乃の感触だった。

 靴まで濡れそぼったことでたっぷりと水を吸ったニーソックスを脱いで、玄関のマットで濡れた足を軽く拭いながら見詰める春日家の内部は、優奈に合わせたバリアフリー化が施されている以外にこれといって変わったところはないが、そこにあるべき「何か」が抜け落ちていると、そんな欠落を綾乃に感じさせる。

 もうずっと帰ることのない誰かを待ち続けているような哀しみが、必要最低限を満たしただけの生活の気配に乗って、綾乃の鼻腔を塩辛く刺激していく。

 優奈はきっと、寂しかったのだろう。

 父親を失って、母も今は優奈を養うために夜遅くまで働くことが珍しくないという春日家は、確かに誰の帰りも待ってはいなくて、優奈から聞かされた話では、母親は今日職場に泊まり込みらしい。

 どうして優奈がこんな目に遭わなければならなかったのかと、綾乃は一人、世界という壁に爪を立てるかのように拳を握りしめるが、そんな正義感に燃える彼女とは対照的に、濡れそぼった服を脱いでいく優奈は頬を真っ赤に染めて、その言葉を言うか言わないかで迷っていた。

 

「……え、えっと……一条さん……」

「……どうしたの、優奈?」

「そ、そのですね……えっと、ふつつつかもの? 者ですが、じゃなくて、その……」

「不束者、ね。それでその……少し落ち着いて。私は急いでないから」

 

 どことなく落ち着かない様子で目をぐるぐると回している優奈を宥めるように綾乃はそっと肩に手を置いて、じっとその赤みがかかった瞳を覗き込みながら言ったものの、それが余計に優奈を混乱させてしまう。

 ──だめだよ、卑怯すぎるよ、一条さん。

 声には出さず、心の中で優奈は叫ぶ。

 綾乃がとった行動は無意識なもので、視線を合わせたのだって自分に配慮してくれただけのことだというのに、こんなにも胸の高鳴りが止まらない。

 それでも、二つの理由で優奈は形になることを躊躇っているその言葉を口に出さなければいけなかった。

 

「……え、えっと……その……わたしを、お風呂に入れてくれますか……?」

「お風呂……?」

「……え、えっと……勿論、迷惑じゃなければなんだけど……その、わたし、一人じゃ入れないから……えへへ」

 

 綾乃と一緒にお風呂に入りたい、という気持ちと、一人では満足に入浴することもできない、という事情。

 その二つが綯い交ぜになって、優奈はうっすらと眦に涙を浮かべながら、恥ずかしさと、そして申し訳なさにぽたり、と涙の雫を零す。

 

「……わかったわ」

「……一条、さん……?」

「どうすればいいかは教えてちょうだい。その……私、初めてだから」

 

 きっと綾乃は、正義感が誰よりも強いのだろう。

 時折何かを見失ったかのように、何かを諦めたように物事を斜に構えて見ているところはあるものの、根本的にはあの勉強会で出会った彼女の兄のように、背筋に一本の芯が通った、そして心の中に抱いた「正しさ」に従う気高さを持っている人間が、一条綾乃という少女なのだ。

 それでも気恥ずかしさは紛らわせないのか、綾乃も頬を真っ赤に染めていたものの、真っ直ぐに自分を見据える瞳は、さながら救世主のようで。

 

「……やっぱり、ずるいよ。一条さん……」

「?、何か言ったかしら、優奈?」

「う、ううん! なんでもない! えっと、お風呂沸かして!」

『承知いたしました。お風呂を沸かします』

 

 思わず漏れ出てしまっていた言葉を誤魔化すかのように玄関先で家電の操作を統括しているスマートスピーカーに喋りかけると、機械はその機能を果たして、浴室へと供給されるガスが、浴槽に溜まっていた水を温める。

 本当なら、ちゃんと洗ってお湯を入れ替えなければいけないのだけれど、今は緊急事態だし、それは夜に、心苦しいけれど綾乃にお願いしてなんとかしてもらうしかない。

 少なくとも風邪を引くよりはマシなはずだ、と、優奈は自分に言い聞かせるように、頭の中で何度も繰り返しながら車椅子を移動させ、一階のリビングと隣り合った寝室に設置されたクローゼットから、手早くタオルと着替えを取り出して、綾乃へと手渡す。

 

「えっと、わたしのお下がりっていうか、わたしの服だけど、一条さんもサイズ的には問題なく着れると思うから……そ、その、下着とか、嫌だったら言ってね?」

 

 両足を切断する大怪我を負ってから、優奈の生活空間と母親の生活空間はそのままそっくり入れ替わる形になった。

 一階のリビングルームと隣り合っている寝室は母のものではなく優奈のものに、そして二階の優奈の部屋だった場所は母のものに。

 だからこそ、寝室は広々としていて、ご丁寧にシングルベッドも二つ並んでいる。

 当たり前だ。本来であれば、父もそこにいたはずだからだ。

 だが、一人で過ごすには、優奈はその広さを持て余していた。

 それでも、今はここに綾乃がいてくれる。

 その事実がただ心強くて、少しだけ優奈は泣いてしまいそうになる。

 優奈から着替えの類を受け取った綾乃は、そんな優奈のぐちゃぐちゃになった心情を知ってか知らずか、受け取った品々を見定めるように眺めていた。

 少なくともブラジャーは自分の胸に対して大きすぎると返却せざるを得なかったものの、下着とパジャマに関しては問題なく着られそうだった。

 ちょうど掌に収まるくらいとはいえ、濡れそぼって身体のラインに貼り付いた制服の上から浮かび上がるその曲線に思わず綾乃はくっ、と小さく溜息をついてしまいたくなるし、彩奈が聞いたら怒り狂うのだろうが、そもそも彼女からしてそうなのだから、生まれ持った遺伝子がそうさせているのだからどうしようもない。

 やがて呑気なメロディと共に無機質な機械音声が、風呂が沸いたということを告げると、綾乃は優奈の車椅子を押して、浴室までひたひたと歩き出す。

 

「……ごめんね、一条さん。わたし、こんなだから……」

「気にしないで。それより優奈、本当にさっき聞いた手順で大丈夫なのよね?」

「うん、義足は自分で外せるから、その……重かったらごめんなさいなんだけど、わたしをお風呂まで運んでくれれば、その、なんとかなるから」

 

 母がいない時はいつもそうしていたように、一人でもなんとか入浴すること自体は不可能ではないものの、その手間は尋常じゃないし、何より肝心の浴槽から出たり入ったり、という工程がとてつもなく辛いのだ。

 綾乃には迷惑をかけるとはわかっていても、抱き抱えてもらって浴槽に入れてもらう方が、風呂からの出入りでもたもたするよりかえって迷惑をかけないから、と、一抹の罪悪感を抱きながら優奈は辿り着いた浴室で、車椅子から降りると、濡れそぼった制服を脱ぎ捨てて、洗濯機の中に放り込む。

 一緒に入浴する都合、どうしてもそうなることは避けられなかったとはいえ、同じように濡れそぼった服や下着を脱ぎ捨てて、生まれたままの姿に帰っていく綾乃のすらりと伸びた手足や、鍛えられたことで引き締まった、丸く大きめのヒップラインに思わず優奈は目を奪われると同時に、ちんちくりんな自分と比較して、少しだけ絶望的な感情を抱く。

 

「……その、まじまじと見ないでもらえると助かるのだけれど……私、寸胴だから……」

「そ、そんなことないよ! 一条さん、腰細いし、脚長くて綺麗だし!」

 

 一体自分は何を言っているのか。

 完全にまじまじと見つめていたことを自白したような言動に、優奈は思わず両手で口を塞いでいたものの、覆水盆に返らずとはいったもので、一度出力されてしまった言葉を取り消すことはできない。

 ぐるぐると目を回す優奈に、綾乃は耳まで真っ赤になりながらもそのどこか子どもっぽさが抜けていない、「元気だけ」を取り柄にしていた頃の優奈からはきっと一歩だけ踏み込んだその言葉に、小さく笑みを浮かべる。

 

「……ありがとう。風邪を引く前に、お風呂入りましょう」

「は、はい! ふつ、不束者ですが……!」

「……それはやめて、私も何かその……変な気分になるから」

「……変な、気分……?」

「なんでもないわ! 優奈も風邪引きたくないでしょう!?」

 

 ──ほら、行くわよ。

 ごにょごにょと、己の中に湧き出そうになってきた煩悩に無理矢理蓋をして重石を乗せるように宣言すると、綾乃は、切断した両脚以外にも細かな傷跡が残る優奈の身体を慈しむように抱き上げて、浴室へと向かっていくのだった。




その彩の名は


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第四十七話「きっとその名は」

閃光の初投稿です。


 誰かの身体に触れるというのは、経験のないことだった。

 綾乃は抱き上げた優奈を敷き詰められたバスマットの上に座らせると、家で使っているものと同タイプの蛇口を右側に捻ってシャワーから水が出てくるのを指先で確かめる。

 正直にいってしまえば、色々な意味で情緒が限界だったし今も緊張で身体が強張っているような、そういう感触があるのはわかっていた。

 水を噴き出していたシャワーがお湯に変わっていくのを確かめながら、落ち着けとばかりに、これはあくまでも優奈が困っているからだと、友達同士だから普通のことだと、綾乃は自分に言い聞かせる。

 

「……お湯、かけるわよ」

「ありがとう、一条さん……えへへ」

 

 優奈の身体は傷だらけだったけれど、それを不思議と醜いとは感じなかった。

 膝から先がない両足だけじゃなく、ガラス片が食い込んで傷付いたのであろう引きつった傷跡たちはどうしたって消すことのできない、戻ることのできない過去と共に優奈の身体へと刻まれていた。

 だが綾乃にはそれがどこか、聖なるものであるように感じられて、同時にその一つ一つに跪き、慈しみを分け与えたくなるような衝動に駆られる。

 傷のことを差し引いても、優奈の身体は綺麗だった。

 無駄毛という無駄毛がなくて、アンダーヘアもかなり薄い優奈のそれはおそらく生まれつきの賜物なのだろう。

 手入れが最小限で済むというのはちょっとだけ羨ましかったし、自分の体毛もそこまで濃い方ではなく、薄い方に分類されるのだとわかっていても、完璧な、ともすれば子供のそれと変わらないような状態を優奈がこの歳になっても維持できているというのは、やっぱりちょっとだけ嫉妬じみた想いを抱かせるのだ。

 いつも使っているのであろう桃色のボディタオルに、ハンドソープを二回ほどプッシュすると、綾乃はそこにシャワーを当てて泡立てていく。

 意図していたのかそうでないのかはともかくとしても、こうして友人の一糸纏わぬ姿を見るというのはなんだかちょっと変な気持ちで、同時に自分もまた同じ姿を優奈の前に晒しているのだと考えると、どんなに思考を横道に逸らしたって、脊髄から伝った熱が脳の中心を焦がしていくような、なんとも言い知れない感覚を抱いてしまう。

 

「……その、身体洗うけど……大丈夫?」

「あ、えっと……ひ、一人でもできるけど、その……せっかくだから、って言い方も変だよね! で、でも、一条さんに洗ってほしいかなぁって、えへへ……」

「……そ、そう……力加減とかを間違えてたら遠慮なく言って」

 

 そうはいっても、本気でがしがしと優奈の皮膚を削り取るような勢いでタオルを当てるわけではない。

 無心でもこもこと泡を立てていたそれを優奈の背中にそっと這わせると、綾乃はそこから伝わってくる熱と柔らかさに、目が眩んでしまいそうになる。

 綺麗だ。そして、触れてしまえばそこから崩れてしまうんじゃないかと思えるくらいに繊細で、脆いもののように思えて、伸ばした綾乃の手つきは自然にぷるぷると震え出す。

 

「……そ、その……変じゃ、ないかな。わたしの身体……」

 

 ──脚がないのはわかってるけど、傷とか、いっぱい残ってるから。

 優奈は上目遣いで背後の綾乃を振り返ると、拒絶への恐れに瞳を潤ませて、同時に曝け出された、傷一つない親友の身体を一瞥する。

 綾乃が優奈のことを羨ましく思うように、優奈もまた、傷一つなく、そして鍛錬を重ねたことで引き締まった綾乃の身体が羨ましかったのだ。

 寸胴だから、と綾乃は謙遜しているけれど、確かに胸こそ自分と比べて膨らんでいなくても、すらりと伸びた脚はモデルか何かをやってても遜色がないくらいに綺麗で、ちょっとだけ大きいお尻まわりも、太っているのではなく、筋肉と脂肪の均整が取れていて、きゅっと上向きに引き締まったヒップラインは、これで謙遜なんかした日には世の中の女性の大半を敵に回すんじゃないかと思えるくらいに理想的なものだった。

 自分はどうなのだろうと考えると、やっぱり胸だって中途半端に膨らんだちんちくりんで、お尻周りに関しては綾乃と比べたらちょっと考えたくもない。

 それなのに、なんだかどぎまぎと、明らかに緊張が伝わってくる様子で背中をそっと擦ってくれている綾乃がなんだかおかしくて、そして愛おしくて、優奈は自然に口元が綻ぶのを感じていた。

 恥じらいと共に投げかけられた、あまりにも唐突な問いかけに綾乃はしばらく優奈の背中を摩りながらもその思考回路はオーバーヒートを起こしていて、改めてまじまじと見つめてみれば、適度に丸みを帯びているその身体はやっぱり、綺麗だという感想しか浮かんでこなくて。

 

「……変じゃないわ。むしろ、その……変な意味はないけど、綺麗よ、すごく」

 

 どこまでも単純な言葉に還元されてしまう自分の語彙力を呪いながらも綾乃は、慈しむように少しずつ脇の下、そして臍の辺りから肩にかけてのラインを丁寧になぞりながら、優奈の問いにぼそぼそと語尾を掠れさせながらもそう答える。

 その途中で触れた胸の柔らかな感触は、不可抗力だとわかっていても、同性だとわかっていても、なんだかどぎまぎするもので、自分のそれを試しに触ってみれば悲しい気持ちにしかならないのだから、百の言葉で繕うよりも、ありのままにその全てを「綺麗」と評することが、優奈には一番似合っているような気がした。

 優奈の全身にまとわりついた泡をシャワーでそっと流しながら、あらぬ方向に飛んでいってしまいそうな自分の思考も流れていかないものかと綾乃は静かに溜息をつく。

 裸の付き合いとはいうけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいし、どぎまぎするものはどぎまぎする。

 それでも、きっと自分の力が必要だったからこそ優奈はSOSを素直に出してくれたのだろう。

 触れてしまった、優奈の柔らかな身体の感触がリフレインしてくるのを振り切るように、綾乃は小さく頭を左右に振ると、こほん、と小さく息をついて、できるだけ平静に、何事もなかったかのように咳払いをして問いかける。

 

「ごめんなさい、タオル借りてもいいかしら?」

「大丈夫だよ、一条さん! あっ」

「どうしたの、優奈?」

「えっと……せっかくだから、わたしも一条さんの背中流してみようかなって、えへへ」

 

 風呂場の片隅に押しやられていたバスチェアを指差すと、優奈は頬を赤らめながらそう提案する。

 確かにバスチェアに腰掛けていれば、優奈でも背中くらいは流せるだろう。

 と、いうより、優奈が言った通り背中だけ流せば済む話で、全身を洗う必要はなかったのでは、と、今更自分のしでかしたことに、綾乃は頭上から湯気を吹き出して卒倒してしまいそうになるが、覆水盆に返らずとはいったもので、やってしまったものはどうしようもない。

 

「……そ、そうね……折角だから、お願いするわ」

「本当? えへへ、ありがとう、一条さん! よーし、気合入れて頑張らなきゃ!」

「……背中の皮は剥がさないでね?」

 

 拳を高く突き上げて気合を入れる優奈に微かな不安を感じながらも、綾乃はバスチェアをマットの上に乗せるとそこに腰掛けて、優奈が再び泡立てたボディタオルで自分の背中を擦る、少しだけくすぐったい感触に身を任せる。

 気合の割に優奈の手つきは丁寧で、背中の皮が剥がれる心配はなくなったものの、やっぱりこうして親友の前で一糸も纏わぬ姿を晒し、あまつさえ身体を洗ってもらっているという状況にはどうしたって慣れないもので。

 ばくばくと心臓が早鐘を打つのを認めながら、その鼓動が優奈に伝わっていなければいいと、変な意味に捉えられかねないからと、どこか祈るような気持ちで目を伏せていた、その時だった。

 

「……ひゃ……っ……!?」

「あ、ご、ごめんなさい! 一条さん、わたしの前も洗ってくれたから、わたしもそうしよう、って思って……」

「だ、大丈夫よ、優奈。びっくりしただけだから……」

 

 膨らみというよりは突起という表現が相応しい自分の平たい胸の上をタオルが滑っていく感触に、綾乃は思わず素っ頓狂な声をあげる。

 背中だけでよかったのに、わざわざ前も洗ってくれる辺り優奈は律儀だというか礼儀正しいというか、そもそもそれだって自分がする必要のないことまでしていたからで。

 完全に正常さを失った思考回路がああでもないこうでもないと、目の前にある想いから目を逸らす言い訳を繰り返していたものの、綾乃はどこかでもっと触れていてほしいような、誰でもない優奈にだからこそ触れてほしいと願い続けていることには気付いていた。

 ぞくり、と粟立つ背筋を駆け抜ける電流は、きっと桜色をしているのだろう。

 そんな具合に変な気分と妙なテンションに駆られながらも、心は弾むどころか、親友を相手にそんなことを考えてしまっている自分に対して失望するような、沈み込むような気持ちでいっぱいだった。

 

「一条さんの身体って、すっごく綺麗だね」

「……言ったでしょう、私なんて寸胴よ。綺麗じゃないわ」

「ううん、違うよ。わたしだってちんちくりんなのに、ぼろぼろなのに、一条さんは綺麗って言ってくれたから……わたしも、一条さんがどんなに違うって否定しても、綺麗だって言い続けるよ!」

 

 隣の芝はなんとやらと昔の人間はよくいったものだと、綾乃は優奈の、例え綾乃本人がそう言っていたとしても認めないとばかりに強情な姿勢に苦笑しつつも、多分それは自分のやってきたことの、かけた言葉の裏返しなのだな、と、心でそう理解する。

 ざあざあと、降り頻る雨のように流れるシャワーの水音を聞きながら、綾乃は先に髪を洗って、優奈のそれを丁寧に洗い流しながら、自分とはちょっとだけ違うその髪質に、改めて自分と切り離された他人の存在を強く感じ取っていた。

 当たり前だけど自分は自分で、当たり前だけど優奈は優奈で。

 長い髪を頭の上で結えると、綾乃は優奈をそっと抱きかかえて、優奈一人でも出入りがしやすい形状のバスタブに足を踏み入れる。

 

「大丈夫? わたし、重くないかな?」

「大丈夫よ。それに私、そこそこ鍛えてるから」

「……それって、わたしが重いってこと?」

「……なんでそうなるのよ」

 

 そんな他愛もない言葉を交わしながら浸かる四十一度のお湯は、雨に濡れて冷え切っていた身体の芯まで温めてくれるような心地よさだった。

 開け放った炭酸飲料のボトルから気が抜けていくように、数秒前の些細な言い争いなんてすぐにどうでもよくなって、頬が綻ぶ。

 それは優奈も同じで、浴槽の中で向かい合わせになった綾乃たちは自然と密着する姿勢になっていたものの、それでどうこうと考えるより先に、お湯の温かさに、いつだって沸かせば入れる文明の利器の力に、すっかり頬が緩み切っていた。

 

「ふぅ……やっぱりお風呂っていいなぁ……ありがとう、一条さん。わたし一人だと、どうしても色々大変だから……」

「ううん。気にしないで、優奈。その……私、友達と一緒にお風呂入ったのなんて、初めてだから」

 

 綾乃は小学校や中学校の頃の修学旅行で、同年代の女子と温泉に入るという経験はしたことこそあるものの、そこには「友達」の二文字が欠落している。

 だからこんな風に誰かと背中を流し合うこともなければ、その感触にどぎまぎしてみたり、頭を過ぎる煩悩に四苦八苦してみたりといったことはなかったわけで。

 本当に、優奈が「はじめて」なのだと思うと、嬉しいような、そしてふにゃふにゃと、訳も分からないまま頬が綻んでいくような、不思議な感情が心を満たして、表情として溢れ出ていくようだった。

 

「……そっか、わたし、一条さんのはじめてなんだ」

「……事実だけれど、誤解を招く言い方はやめなさい」

 

 もっとも、このバスルームには綾乃と優奈の二人しかいない以上、誤解も何もないのだろうがそこはそれ、照れ隠しと綯い交ぜになった複雑な気持ちが、向かい合う優奈から綾乃の視線を逸らさせる。

 

「……誤解じゃなくても、いいのに」

 

 そんな綾乃の姿がおかしいのか、優奈はふっ、と、見たこともないような柔らかな笑みを浮かべて何事かを呟くが、思考回路が大量のノイズで埋め尽くされている綾乃に、その消え入りそうな言葉が届くことはない。

 

「何か言ったかしら、優奈?」

「……う、ううん! なんでもない! その……えっと、どうやったら、アリスバーニングを一条さんみたいに扱えるのかなって!」

 

 元々GBNにログインするためにはガンプラが必要だから、と又聞きして、慌てて買いに行ったものだったが、ミキシングと実戦を経たことで、今ではすっかり電子の海における相棒としてのポジションを確立しているアリスバーニングをダシにしてしまったことに少しの罪悪感を覚えながらも、優奈はあたふたと大仰な身振り手振りを交えて、そんな言い訳を口にする。

 ──本当は、綾乃になら、変な意味でとられてもいいのに。

 そう言えたら良かったのにな、と、ささくれ立った後悔を抱く優奈の心情を知ってか知らずか、綾乃はふむ、と、細い顎に指をやって小さく考え込む仕草を見せると、現状のアリスバーニングが抱えている問題を脳裏に浮かべる。

 現状、アリスバーニングガンダムという機体に大きな問題があるとすればそれは、バーニングバーストシステムの出力に機体が耐え切れていないことだろう。

 綾乃のように、という話であればライフルやシールドを持たせるというカスタマイズを施すという方策もあるにはあるが、優奈の射撃の腕が壊滅的なのはよく知っていることだったし、付け焼き刃でビームライフルを持ったからといって一朝一夕にそれを使いこなせるかどうかは別な話だ。

 ならば、短所を補うのではなく長所を伸ばす。

 それこそが、今の優奈とアリスバーニングに与えられた課題なのかもしれない。

 綾乃はあれこれと頭の中でバーニングバーストシステムの反動に耐えうる改造プランを考えてみるが、風呂で思考が鈍っていることもあってか、中々浮かんできてはくれない。

 古代の哲人は逆に、風呂に入っていたら革命的なアイディアを閃いて、そのまま街中を駆けずり回っていたらしいが、そんなことをすれば現代社会では即逮捕で留置所行きだ。

 などと、どこまでもどうでもいい方向に脱線する己の思考を無理やり元のレールに引き戻して、綾乃は端的に問題そのものだけを優奈へと告げた。

 

「そうね……優奈の場合は短所を補うのではなく、長所を伸ばす方がいいと思うわ。具体的にはバーニングバーストシステムに耐えられる剛性の確保と、ファンネルを振り切れる機動力の強化。この辺りになると思うわ」

「剛性と……機動性……ふむふむ、なるほど……?」

「その辺りに関してはお風呂から上がったらじっくり話しましょう。ここで話していたらのぼせてしまうわ」

 

 それに、せっかく親友と二人きりで風呂に入っているのだから、今は少しだけGBNのことを忘れても、優奈の傷心を少しでも癒すような話をしても、きっと許されるだろう。

 綾乃が不意に浮かべた、柔らかな微笑みにどきり、と胸が高鳴るのを感じながら、なんだかんだで言い訳から出てきたことにも誠実に答えてくれた綾乃の真面目さに、そして髪を上げていることであらわになったうなじに──そんな綾乃と今、抱き合うような形で一糸も纏うことなく向き合っているという事実に、優奈の心臓は一際高く跳ね上がり、一際早く鼓動を刻む。

 ああ、そうだ。その感情の名前は、きっと。

 自分の赤みがかかった瞳を覗き込む、綾乃の青い瞳に吸い込まれていくような錯覚を感じながら、優奈は無意識に蓋をしていたその想いを、そこにあるべき名前を探り当てる。

 

「……優奈?」

「……なんでもないです……」

「そう、ならいいんだけど……」

 

 ぶくぶくと水面に半分顔を沈めて泡を吐き出しながら、優奈はとうとう見つけてしまった答えから、そしてどこか素っ頓狂な顔をして自分の瞳を覗き込んでくる綾乃の瞳から、込み上げてくる熱をごまかすように、つい目を逸らしてしまうのだった。




二人、もどかしく縺れ合って


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第四十八話「蛹が蝶に孵った日」

カレーパンが主食になりつつあるので初投稿です。


 風呂から上がった綾乃は、髪を乾かし、事前に渡されていたパジャマに着替えると、優奈の許可を得た上で冷蔵庫の中身を漁っていた。

 もっぱら昼食は菓子パンであることが多い綾乃だが、炊事や洗濯など、家事に関しては小さい頃に母親から嫌というほど叩き込まれているので、不得意どころか、一種の特技と呼べるレベルにまでは達している。

 それにも関わらず、綾乃の昼食はもっぱら菓子パンだった。

 優奈は細かい事情こそ知らないものの、昼間に菓子パンをもそもそと咀嚼している姿からは想像もつかない、余っていたトマトと卵で炒め物を作っている綾乃をリビングから茫洋と見つめながら、その異様なまでに洗練されている手付きに目を丸くする。

 

「一条さんって、家事とか得意なの?」

 

 訊いていいことだとか、訊いてほしくないことだとか、人間関係というのはとにかく面倒なもので、優奈が傷を負った経緯であるとか、中学時代は他人に興味など欠片も示さないような人間だったことであるとか、自分もそういう都合を抱えている以上、これも訊いちゃいけないことなんだろうか、と、口に出してから優奈は小さく後悔を抱く。

 

「……得意か得意でないかでいえば、得意な方ね」

 

 自炊が上手いかどうかは、凝った料理を作れるとかそういう話ではなく、冷蔵庫や冷凍庫の中身を見て即座に献立を組み立てる力があることだとどこかの誰かが言っていたが、その基準で考えれば綾乃は間違いなく自炊が「できる」方に分類される。

 優奈からの質問に答えながら、綾乃はトマトを炒めた際に出てきた水分を流しに捨てて、矢継ぎ早にフライパンをキッチンペーパーで拭き取るという工程を淡々とこなしていく。

 

「すごい! わたし、こうなる前でもパスタ焦がしちゃったことしか覚えてないから……えへへ」

「……ごめんなさい、どうやったらパスタが焦げるのか私には理解できない」

「一条さんが冷たい!」

 

 呆れたように頭を抱える綾乃に、優奈は白目になりながらそう返す。

 小学校の頃、家庭科の調理実習で料理というものに興味を持って、昼食は自分が作ると意気込んでパスタを水深の浅い鍋で茹でていたらはみ出した部分に引火して黒焦げになる、ということがあって以来、優奈は台所に立つことを禁止されていた。

 実際この手の事故、ある種の必然ともいえる失敗は巷にありふれているものなのだが、何をどうやったらパスタを焦がせるのかどうか、綾乃には全く持って見当がつかなかった。

 お湯を入れて麺を茹でて、ソースを作るのでなければ、そのまま隣のコンロでお湯を沸かしてパウチを温めるだけで出来上がる料理に失敗の余地も何もないとは思いつつ、あくまでそれは自分が見ている世界での話なのだろうと、ごま油を引き直したフライパンで卵を炒めながら綾乃は嘆息する。

 自分が見えている景色と、他人が見ている景色は違う。

 空の色であったりだとか、花の美しさであったりだとか、そこに共通項が偶然見出せたから感性が一致しているように思えるだけで、もしも他人の頭の中を覗けて、心を細分化できるとしたら、きっと人は今より孤独になってしまうのではないか。

 だとしたら、きっとニュータイプという存在は進化というより、どこまでも孤独だからこそ、より深く他人を求めるようになって、余計にその孤独を深めたのかもしれない。

 ついさっきまで、風呂の中で優奈と自分の見ている景色の違いを垣間見たのに、パスタが焦げる焦げないでそこに無意識の一致を求めていた自分に呆れ返りながら、綾乃は苦笑とともにフライパンを振った。

 もしかしたら優奈にはこのトマトが緑色に見えているのかもしれない、というのは極論だとしても、それはそれとしてレシピ通りに作れば大概の料理は美味くなるようにできている。

 それこそ感性の不一致で美味いか不味いかは分かれるだろうが、この卵とトマトの炒め物に関しては材料が二つという少なさにも関わらずそれなりに美味しい、ということで、少なくとも綾乃は気に入っていた。

 

「できたわよ、口に合えばいいのだけれど」

「大丈夫! わたし、好き嫌いないから!」

「……そう」

 

 健康優良児だったのだろう名残が垣間見える優奈の返しに、そこはかとない痛みと悲しみの残滓を感じ取って、綾乃は微かに眉を八の字に曲げるが、せっかくのお泊まり会だというのに四六時中辛気臭くなっていたのでは仕方がない。

 悲しみを受け止めながらもそこに不必要な言葉を返さず、綾乃は用意したトマトと卵の炒め物と白ごはん、そして簡単な材料で作った具のない味噌汁を二人分食卓に並べて、椅子に腰掛ける。

 

「わぁ、ありがとう一条さん! すっごく美味しそう! いただきますっ!」

「……ありがとう、優奈。召し上がれ」

 

 その独特の風味から嫌う人間も珍しくないトマトだが、その実旨味の塊ともいえる野菜で、栄養もあるということから一条家の食卓には、加熱しているかいないかを、問わず頻繁に登場する。

 だから、このトマトと卵の炒め物──正式名称は中華料理なのもあってやたらと長い──も、母から直伝で教わった綾乃の得意料理の一つだった。

 もっしゃもっしゃと擬音が聞こえてきそうな勢いで頬袋を作り、用意された食事を胃袋に収めていく優奈の反応を見るに、少なくとも悪くはないものだったらしいと、綾乃はほっと安堵の息をつく。

 

「すっごく美味しいよ! やっぱり一条さんってすごいね!」

「そんなことないわ。母から教わっただけだもの」

「パスタ焦がしちゃうわたしよりマシだよ! でも、こんなにお料理得意なのにどうしてお昼ご飯は菓子パンなの?」

「……手間はお金で買えるのよ、優奈」

 

 無垢な瞳を向けて問いかけてくる優奈に対して、少し引け目を感じながらも、綾乃は実直にそう答えることにした。

 実際のところ、自炊した弁当を持ち込もうと思えばやれるのだが、手間に見合わないのは確かなことで、だからこそ綾乃のランチは専ら菓子パンなのだ。

 それでも──そうなんだ、と、わかっているのかそうでないのかよくわからない笑みを浮かべながら自分の作った食事をもしゃもしゃと頬張っている優奈の姿を見ていると、かかった手間以上にどこか自分の心が、あたたかなもので満たされていくような感じを覚えるのだから不思議なものだと、綾乃は心の底からそう思う。

 優奈のためなら手弁当を作ってくるのも悪くないだろうかと、そんな具合に少し舞い上がったことを考えてしまうのは、やはり吊り橋効果とかそういうものなのだろうか。

 ついさっきまで一糸纏わぬ姿で時間を共にしていたことを思い出して、綾乃は微かに頬を桜色に染めながらそんな益体もないことを考える。

 例え優奈には赤色が青色に見えていたとしても、自分の作った、というよりは母から受け継いだレシピを美味しいと感じてもらえるだとか、確固として存在する違いの中で、そういう共通項を一つ見つける度に胸が綿飴で締め付けられているような甘い感じがして、その感情に名前をつけられないことがもどかしい。

 そんな具合に一人で悶えながら少しずつ早めの夜食を消化する綾乃だったが、一方で優奈は、もう既に用意されたものを全部食べ終えていた。

 頬を染めながら四苦八苦する綾乃の姿は、優奈の知っている、いつだってクールで冷静沈着なイメージからはかけ離れていたけれど、それさえどこか愛おしく思えるのだから、やっぱりその想いは人を盲目にさせるのだろう。

 可愛い、と、そう言ったら綾乃は怒るだろうか。それとも笑うのだろうか。

 そんな、普段なら気にしないようなことでも気になって、優奈もついつい頬が赤く熱を帯びていくのを感じる。

 

「……そういえば、優奈」

 

 ちょっとだけ気まずくて、それでもこの時間が続いていてほしいと願ってしまう、長く甘い沈黙を破って口火を切ったのは、優奈に大分遅れる形で夕食を食べ切った綾乃の方だった。

 

「一条さん?」

「……その、お風呂での話だけど」

「……えっ? あ、ご、ごめんなさい! わたしの裸なんか見せちゃって……」

「……そ、そっちじゃないわ! それに、優奈は綺麗だって……じゃなくて!」

 

 優奈の素っ頓狂な返事に、ついつい湯気に覆われたバスルームで見てしまった親友の一糸纏わぬその姿を思い返してしまいそうになりながらも、綾乃はそれを振り切るように首を横に振ると、わざとらしい咳払いと共に、話そうと思っていた本題へと話を切り替える。

 

「こほん……アリスバーニングの強化プランのことよ。このままじゃダメだって、優奈もそう思ったからああ言ってくれたのでしょう?」

「う、うん……でも、どうすればいいのかな」

 

 実際は少なからず抱いていた下心を隠すための方便としての向きがあったのは事実だが、それはそれとして現状のアリスバーニングが大きな問題を抱えている、というのは確かなことだった。

 

「優奈。貴女、必殺技は使ってる?」

「必殺技……? えっと、フィニッシュ……ムーブ、って書いてあるやつのことだよね?」

「ええ、そうよ」

「なら、バーニングバーストする時は使ってるかなあ」

 

 メグの動画が有名になったことで大量に申しこまれたフォース戦を消化している内、綾乃と優奈のダイバーランクはいつしかBランクにまで上がっていた。

 必殺技。それはダイバーランクC以上から解禁されるユニークスキルのようなものであり、ダイバーの戦い方に合わせてそれぞれ異なった特性の技を習得する、というGBN独自の要素に他ならない。

 傾向は概ね何種類かに分類されるものの、武器を強化したり、機体性能にバフをかけたりするそれは当然ながらメリットばかりではない。

 いくら強力な必殺技を手に入れても、ガンプラの作り込みが追いついていなければ、反動で自機が大ダメージを負うというのも珍しくない。

 つまるところ、優奈が抱えている課題はそこにあるのだろう。

 綾乃はお盆の上に食器をまとめながら、ふむ、と小さく唸る。

 

「そうなると、課題はバーニングバーストの出力に耐えられる機体の剛性と余剰エネルギーの放出というところに収束するわね」

「機体の……剛性? エネルギーの……?」

「要はアリスバーニングがダメージとして受けてしまう反動を外に流すための仕掛けを作る、ということよ。でも、何がいいのかについては……」

 

 綾乃はそこまで言い切って、微かに言い淀む。

 普通の、いってしまえば綾乃が使っているような汎用的な機体であれば放熱機構の強化のプラグインを集めるだとか、GBN内のシステムで改善できる可能性はあるものの、特化型であるアリスバーニングに関しては、必殺技という特性も手伝って、出力を殺さずに反動だけを的確に外へと逃がせるためのカスタマイズが必要になってくるからだ。

 

「むむむ……一条さんでも悩むなら……そうだ!」

「何か浮かんだの、優奈?」

「えっと……その、メグさんたちにも聞いてみよっかなって!」

 

 綾乃がしばらく頭を抱えていると、閃いた、とばかりに優奈は立ち上がって、妙案だとばかりにぽん、と拳で掌を叩きながら言い放った。

 

「そうね、メグたちにも、GBNで──」

「ううん、こっちで! もちろん、メグさんとカグヤさんが嫌だって言ったらやめるけど、せっかくだからガンプラを見てもらいたいなって!」

 

 綾乃が答えるより早く、優奈は目を輝かせながらそっとはにかむ。

 彼女が提案しているのは、いわゆるオフ会の開催だった。

 GBNの中でもガレージモードを使ったり、パーツデータを反映させたりする機能を用いて改造案を試すことができる機能が付いているのは確かだが、実機を見てもらうならリアルで、というのは確かに筋が通っている。

 ただ、メグとカグヤがOKを出すかどうかは別な話だ。

 善は急げとばかりに、優奈はスマートフォンからGBNへ簡易ログインをすると、メッセージボックスを立ち上げてメグたちにオフ会へのお誘いとなるメッセージを送りつける。

 

「えっと……オッケーだって!」

「……随分とフットワークが軽いわね」

 

 優奈がメッセージを送ってから、間を置かずに返ってきたらしい肯定の言葉に、メグらしい、と、綾乃は苦笑を浮かべて、視線を合わせた優奈と微笑みを交わし合う。

 突発的に、衝動的に決まった予定ではあったが、そんな無計画な時間に身を任せてみるのもたまには悪くない。

 優奈の表情に、大輪の花にも似た笑顔が浮かんでいるのを見ると、綾乃はついつい、そんな感情に引っ張られて口元を綻ばせてしまうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その後、食事と歯磨きと二度目の入浴その他諸々を終えた綾乃たちは眠りにつくべく、二つ並べられたシングルベッドにそれぞれ横になって、スマートフォンの明かりを眺めていた。

 調整の結果、メグたちとのオフ会は三日後ということに決まって、彼女のフットワークの軽さに驚きながらも、綾乃はどこか遠足前の子供のように、眠気を妨げる鼓動が己の中で蠢くのを感じる。

 それは優奈も同じようで、目を閉じて何度か寝返りを打ったりしているものの、上手く眠りに落ちることができずにいるようだった。

 

「えへへ、なんだか緊張して眠れないかも」

 

 夜の帳に包まれた、重たくも柔らかい沈黙を破ったのは、優奈の方だった。

 そうね、と、答えを返して綾乃がスマートフォンの電源を切れば、薄明かりの中に優奈の少しだけアンニュイな表情が浮き彫りになる。

 脚のことだとか傷のことだとか、きっと自分が思っている以上に、気にしていることは多いのだろう。

 それでもオフ会を開こうと言い出したのは、優奈がそれだけ本気だということだ。

 勝ちたいからこそ、悔しいからこそ、負けたままでいられないからこそ、傷ついた心を引きずりながら、その足を一歩前へと踏み出させる。

 それは紛れもなく、勇気と呼ぶべきものなのだろう。

 まじまじと自分の瞳を覗き込む優奈の赤みがかかった瞳の奥で微かに、だけど確かに燃え上がる炎を見つめて、綾乃はその思いを受け取ったとばかりにそっと頷く。

 

「……私もよ、優奈」

「えへへ、一条さんとお揃いだ」

「そうね」

 

 何か一つボタンを掛け違えていれば、出会うどころかすれ違うことすらなかったのが、運命という言葉なのだろう。

 きっと綾乃がGBNを始めていなければ、きっと優奈が同じ学校に通っていなければ、自分と優奈はきっと袖擦り合うこともない他人のままで、そこに共通項を見出しても、何一つ感慨を抱くこともなかったはずだ。

 

「……えっと、一条さん」

「何、優奈」

「……わたし、一条さんのこと、名前で呼んでいいですか」

 

 優奈は期待と、少しの恐れが入り混じった目を向けたまま、綾乃へとそう問いかける。

 今まではできなかったこと。それは嫌われるかもしれないからと、自分ごときが名前で呼ぶなんて恐れ多いと、殻に閉じこもっていたが故に、言い出せないままもやもやと心の中で霧となっていたこと。

 そんな憂いは、きっとあのバスルームで衣服と一緒に脱ぎ捨ててしまったのだろう。

 とくん、とくん、と跳ねるように脈打つ心臓に手を当てながら、優奈はそこに自分の存在があることを確かめるように、そしてもしも綾乃に嫌われてしまったら、と、今も抱いている一抹の不安にそっと目を閉じる。

 

「……ありがとう、優奈。私は……大丈夫よ」

 

 むしろずっと、待っていたのかもしれない。

 綾乃は二つ繋がったシングルベッドを這い出ると、待っていたかのように一人分のスペースを開けた彼女のそれに潜り込んで、差し伸べられた手をそっと握った。

 優奈の心臓の鼓動が伝播するように、自分の心臓もまた、とくん、とくんと少しずつ跳ねてゆく感触に身を任せて、永遠にも似た沈黙の中で綾乃は続く言葉を待ち続ける。

 

「えへへ。えっと……綾乃さん」

「なに、優奈?」

「……わたし、綾乃さんのこと、大好きです。ひどいこと言っちゃったかもしれないけど……こんなわたしのこと、見捨てないでくれて、それだけじゃなく色々お世話になって……ううん」

「……優奈」

「きっと、わたしが脚をなくしたとか関係なくて、綾乃さんはわたしの中で特別な人だったんだなって、やっと気付いたんだ」

 

 ──だから、大好きです。ライクじゃなくて、ラブの方です。

 はっきりと、眦に理由が継ぎ接ぎとなった涙を浮かべて、優奈はそう言い切った。

 今でも。見捨てられたくない気持ちはある。嫌われたらどうしようと思う気持ちもある。

 今でもそれは怖くて、踏み出す足を躊躇わせるけれど、それでも。

 それでも優奈はその想いを言葉にせずにはいられなかった。

 ずっと綾乃の後ろ姿を見てきたからこそ、そして綾乃と一緒に学校やGBNでの日々を歩んできたからこそ──そんな言葉も削ぎ落として、最後に残る、綾乃が綾乃だからこそ、というシンプルな一言に、優奈はその想いを、人が恋と呼ぶそれを抱くのだ。

 

「……私には、恋というものがわからないわ」

「……そう、ですよね……」

「でも、優奈といると、不思議と格好つけたくなったり、胸が高鳴ったり……そんな気持ちになったのなんて、初めてだから。だから、その」

 

 ──私に、恋を教えて。優奈。

 その誠意に全身全霊をかけるように、差し伸べられた手を取って、綾乃ははっきりとその想いを口にする。

 それはまだ形になっていないもの。恋とか愛とか、その言葉の手前で羽化するものを待っている想いの蛹でしかないのかもしれない。

 だとしても、きっと優奈はそれを蝶に孵すことができる、ただ一人の人だから。

 根拠はなくとも、己の中にある確信と共に綾乃はそう断言する。

 きっと想いが恋へと孵った時──自分もきっと、優奈と同じ気持ちを抱けるはずだから。

 

「……綾乃、さん……」

「……優奈……」

 

 ぴしり、と殻が割れるように、そこから這い出した透明な翼を羽ばたかせるように、綾乃は鼻が触れ合うほどの距離まで近付いた優奈の顔をまじまじと見つめる。

 どっちが先だったのかはわからない。

 んっ、と短い呻きを上げて、磁石が引き合うように、雨粒が地面に落ちるように、柔らかな感触と、灼けるような温度が触れ合った唇同士に伝われば、恋はその殻を破り捨てる。

 きっとどこまでだって飛んでいける気がした。

 それが思春期が起こす錯覚だったとしても。一時の迷いだと誰かに後ろ指を刺されて笑われても。

 そこに後悔なんて一欠片もない。

 ファースト・キスはレモンの味だと誰かが言ったけど、優奈と交わした口づけは、少しだけ歯磨き粉の匂いがする、サイダーの海に弾ける泡沫のような味がした。

 

「……んっ……えへへ。綾乃さん……すき……だいすき……」

「……ん……私もよ、優奈……」

 

 交わした唇に残った温度を確かめるように指を当てると、綾乃は手招くように熱を帯びた優奈の瞳に誘われるまま、華奢な体を抱きしめると、もう一度、嘘や夢じゃなかったことを確かめるようにキスを交わして、眠りの淵へと落ちていくのだった。




そして羽ばたく蝶々結び


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第四十九話「オフライン・ミーティング」

長年気になってたF90Wの姿が判明したので初投稿です。


 恋をしてしまったんだな、と、そう思った。

 優奈の家での突発的お泊まり会から三日後、優奈が提案してメグから日時が指定されたオフ会の朝に起きて、一番に考えることが、飽きもせずにその二文字だった自分に、綾乃は少しだけ呆れて苦笑する。

 朝起きて乾燥している唇を指先でなぞれば、そこにはまだミントを効かせたカクテルの香りにも似た初恋の味が残っているような気がして、歯磨き粉が残っているのに買い替えたのだってそういうことだと振り返って、やっぱり自分はウブで単純なのだろうと自嘲する吐息が、朝の気怠さに溶けて消えていく。

 優奈から見せてもらった、これまた突発的に発生したオフ会の詳細はざっくばらんとしていて、アリスバーニングの後継機となる機体のカスタマイズなり購入なりを兼ねるために、今日の十一時にガンダムベースシーサイド店のエールストライク立像前で集合、ということぐらいしか書かれていない。

 とはいっても、元々ガンプラのカスタマイズに当たってメグたちからも意見が聞きたいという優奈の提案からして、ふわっとしているのだから、それも仕方ないだろう。

 ただ、予定がみっちりと詰め込まれて、何時から何時までガンダムベースシーサイド店に滞在してそこから先はどうして、どこで食事をして何時に解散、などと決められているよりは、予定に柔軟性があった方が綾乃としてもやりやすかったのだから、そこに問題はない。

 寝ぼけ眼を擦って洗面台の前に立つと、ごしごしとミント味が強い歯磨き粉を乗せたブラシで歯を磨きながら、茫洋と綾乃は考える。

 アリスバーニングの強化プランもさながら、これから自分と優奈はどういう顔をして会えばいいのだろうかと、今まで曖昧に形を作っていただけの結び目がきっちりと蝶々を描いたことで、わからなくなることもある。

 優奈との関係がぎくしゃくしているなどということはなく、昨日も一昨日もメッセージアプリを通じた長電話をしていたし、多分今日も駅で出会えば結び目ができる前と同じような調子で話もできるのだろう。

 でも、それでいいのかと、そう思う時がちょうど今のようにふと訪れるのだ。

 優奈は自分にとって特別な存在で、特別だからこそ接し方も特別なものじゃなければいけないのだろうか、だとか、そもそも特別とはどういうことなのかと、ぐるぐると巡る思考は初恋の勢いを制御できずに目を回してしまいそうになる。

 

「何やら迷っている様子だな、綾乃」

「……与一兄様、いらしたのですか」

「うむ、血が出かねないぐらい歯を磨いていてはかえって逆効果だぞ」

「……返す言葉もありません」

 

 ちょうど、与一も今起きたのだろう。

 いつもの袴と和服という時代に逆行するようなファッションに、大柄なその身を包んで、散切り頭を櫛で整えながら、すっかり恋に浮かれて色々なことがおざなりになってしまっている綾乃へと至極真っ当なアドバイスを送る。

 迷っている。与一の指摘は紛れもない事実で、どうにもやるせない気持ちに綾乃の心は音を立ててずぶずぶと思考の沼に沈み込んでいく。

 覚悟は決まって、確かめ合ったはずなのに、お互いのことを全部知ったとはいえなくたって、ある程度は歩み寄れたはずなのに、かえって遠ざかったような気分になる。

 それを人はきっと、恋煩いとかそんな名前で呼ぶのだろう。

 そんな一語で片付けられるようなことでも、他人からすればどうでもいいと一蹴されることであっても、今の綾乃当人には深刻な問題なのだからどうしようもない──

 などと、堂々巡りを続ける思考の沼に、綾乃が首まで浸かりかけていた瞬間だった。

 殺気が迸り、防衛本能がびくりと背筋を強張らせる。

 何事かと目を見開けば、そこには与一が先ほどまで髪の毛を整えていた櫛を綾乃の首元へと突き出している姿があった。

 

「ふむ……やはり乱れているな、綾乃」

 

 普段のお前であれば容易に察知できたことだぞ、と与一は珍しく表情を険しいものにして、小さくうむ、と唸り声を上げる。

 

「……っ、申し訳ありません、与一兄様……」

「いやなに。おれにはお前がどんな理由で迷いを抱いているかは知らぬし、踏み込むつもりもないのだがな。兄としてお節介をさせてもらっただけよ」

「お節介、ですか?」

「綾乃。一条二刀流の……否。もっといえば、武の心得とは、常在戦場の構えにこそある。何があったとしても、いつも通りでいること……それを忘れてはならぬぞ」

 

 ──変わっていいこともあれば、変わらなくていいこともあるのだからな。

 はっはっは、と、豪快に笑うと与一は歯ブラシを手に取って、自分が使っている歯磨き粉を絞り出し、綾乃からすればそれこそ血が出そうな勢いで豪快に歯を磨き出す。

 要するに、何かあったとしても変に気負う必要はないと、与一は言いたいのだろう。

 正直なところ、確かに舞い上がって、空回っている節はあった。

 恋だの愛だの、そう呼ばないにしたって二人で紡ぎあげた関係の形は、二人でいないと前に進まないわけで、綾乃一人があれこれと考えていたってそれは空転を続けるだけで、どうしようもないことなのだ。

 相も変わらず、自分の心の内側を見透かしたかのような与一の言葉へ、背丈の差以上に大きなものを感じながら、ありがとうございます、と小さく礼を返し、綾乃は軽めの化粧を済ませて洗面所を出る。

 もしも優奈が変わってほしいと自分に求めるのなら、その時は最大限に努力をすればいいし、そのままでいいというなら、今まで通りの関係性からちょっとだけ踏み込んだ場所に留まればいい。

 少しだけ肩の荷が下りたような気分を抱き、綾乃はほのかな桃色がついたリップグロスを引いた唇を舌先で軽くなぞるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あ、綾乃さんだ! おーい!」

 

 ガンダムベースシーサイドベース店の方の出口で、という曖昧な待ち合わせをして家を出た綾乃は、果たして自分よりも早く出発していたらしい優奈の姿を見て、遅かっただろうかと駆け出していく。

 機嫌がいい時の犬のように大きく手を振っている優奈にはなんだか尻尾が見えるような気がして、微かに頬が緩むが、遅刻であることには変わりない。

 一応、スマートフォンに視線を落として時間を確認すれば、集合予定よりも三十分以上も早い時間だったのだがそこはそれ、綾乃としては優奈を待たせてしまったことに一抹の罪悪感を抱かずにはいられなかったのだ。

 

「ごめんなさい、優奈。待たせたかしら」

「ううん、わたしも一本前の電車で来たばっかりだから!」

 

 楽しみだから早起きしすぎちゃった、と、優奈は照れ臭そうに後ろ髪を掻く。

 なんだか優奈らしい理由だと、綾乃はその仕草に思わず口元が綻ぶのを感じていた。

 

「でも、待ったことは待ったでしょう。ごめんなさい」

「大丈夫だよ、綾乃さん! むしろ綾乃さんがいつ来てくれるかなって待ってるの、わくわくしたから!」

「優奈……」

 

 伸ばすか伸ばさないかを躊躇っていた綾乃の手をごく自然にとって、頬を擦り寄せながら優奈はそっとはにかんでみせる。

 元気だけが取り柄だと、優奈はそう強がっていたけれど、本当はもっと甘えたがりなのかもしれない。

 知らないことがまた一つ増えて、知っていることになって重なり合っていく感覚に身を委ねながら、周囲の目も気にすることなく、頬をほんのり朱に染めて、頬を擦り寄せる優奈の温度に綾乃もまた、溺れるようにそっと目を伏せる。

 柔らかくて、温かくて、多分これが恋の輪郭に触れた感触なのかもしれない。

 そっと屈み込んではにかむ優奈に視線を合わせれば、そこにはいつもどこかで意地を張っていたような強張りはなく、ふにゃふにゃと蕩けたように微笑んでいる彼女の──そう、文字通り「彼女」の姿に綾乃もまた、胸の奥が綿飴で締め付けられているかのような感覚を抱いていた。

 とはいえ、パブリックスペースでいかにも初恋同士です、なんてことを続けているわけにもいかない。

 これが二人でのデートならしばらくこんな時間に浸っていたのだろうけれど、今日の目的はあくまで「ビルドフラグメンツ」としてのオフ会だ。

 とりあえずは優奈が心ゆくまで自分の手の感触を堪能するまで待ってから、綾乃は車椅子のバックサポートから伸びるハンドルに手をかけて、通い慣れたガンダムベースシーサイドベース店への道を歩んでいく。

 

「えへへ、綾乃さんの手って、綺麗だよね」

「そうかしら」

 

 木剣を振り続けてきた手は豆が破れたりといったことは日常茶飯事で、すっかり柔らかさを失ってしまったと思い込んでいたけれど、優奈からすればそれもまた「綺麗」に映るらしい。

 綾乃はハンドルを握る自分の手を見下ろして、そんなことを考える。

 自分ではそうだと思えないようなものでも、優奈が言ってくれるならそれは真実に塗り替えられるような気がして、やっぱり恋は盲目なんだと、そういったものだと綾乃は自嘲するようにふっ、と息を吐く。

 どんなにクールに振る舞おうとしても、いつも通り冷静な一条綾乃でいようとしても、優奈はその壁を崩して剥き出しの心に触れてくるのだから、末恐ろしい。

 とはいえそれが甘えたかった時期に甘えられなかった反動だと考えれば、受け止めるにも相応の覚悟や決意が求められる。

 優奈の隣に立つために。優奈にとって、「特別」な、恋人であるために。

 きっとそう気負ってしまうことが悪い癖なのだろうけれど、と自嘲しながら、他愛もない言葉を交わして歩いているうちに、ランドマークとなっている、エールストライク立像の輪郭がはっきりと綾乃の視界に現れてくる。

 

「メグとの待ち合わせまではまだ時間があるわね」

「それじゃあ、何して待つのがいいかな? しりとり?」

「悪くないわね、取り敢えずはお膝下まで行ってみましょう」

 

 もしかしたら自分たちより早く来ている可能性も否定できない以上、善は急げだ。

 飛ばすわよ、と、優奈に声をかけて、少し早足で車椅子を押しながら、綾乃たちは休日でごった返す人の波を縫って、十八メートルサイズで再現されたエールストライク、その立像の足元に辿り着いた。

 

「とりあえず……メグと似た人は見当たらないわね」

 

 周囲を見渡しても、夏だということもあってフライトジャケット姿の人間は見当たらないし、小麦色に焼けた肌の女性という条件で絞り込んでも、道行く人にそれらしき特徴は見つけられない。

 まだ到着していないのだろうと、断定して、綾乃が同じように周囲を一望していた優奈としりとりをしようとした、その時だった。

 

「あの……もしかして、『ビルドフラグメンツ』のお二人ですか?」

 

 白いワンピースに身を包んで、豊かな胸元に対照的な黒いリボンを飾った黒髪の女性が、綾乃たちの姿を認めると、穏やかな物腰でそう問いかけてくる。

 綾乃と優奈は、見知らぬ女性からの声に思わず顔を見合わせていた。

 確かに自分たちは「ビルドフラグメンツ」だが、名前が売れているのは配信者としてのメグであって、自分たちはエキストラぐらいにしかすぎないと思っていたのだが──などと、硬直しながら考え込んでいた矢先のことだった。

 女性が肘にかけていた鞄の中から、ひょっこりと1/144サイズのガンプラに相当するマテリアルボディ──ELダイバーが現実において活動するための躯体が顔を出して、優奈と綾乃を一瞥する。

 女性の顔に見覚えはなくとも、その顔には見覚えがあった。

 当たり前だ。忘れろと言われたって忘れることのできない、仲間のものなのだから。

 

「……もしかして、メグ?」

「はい。私、メグ──琴吹恵です。こっちはカグヤ」

「お久しぶりです、リアルでははじめまして。アヤノさん、ユーナさん」

 

 前髪をぱっつんと切りそろえてカチューシャを載せ、垂れ目の優しげな雰囲気を放っているメグ──恵は、GBNでの姿とはあまりにもかけ離れていて、綾乃と優奈は思わず顔を見合わせていたものの、ロールプレイを行うダイバーなど珍しくない以上、驚くのも失礼かと、わざとらしく咳払いをして襟元を正す。

 

「こほんっ……ごめんなさい、GBNでの印象と、その……」

「違ったから、驚きましたか? ふふっ、私、これでも元演劇部なんです」

「なるほど! だからGBNだとギャル、って感じなんですね!」

「ええ、その通りです。ユーナさん。それとも、こっちでも砕けた喋り方がいいですか?」

「……いいえ。それが貴女のリアルなら、それは尊重されるべきことよ。ええと……」

「ふふ、恵でいいですよ、アヤノさん。お二人のことについても聞かせてくださいね」

 

 モビルドールカグヤを鞄から覗かせながら、いかにも「清楚」の二文字を形にしたような笑みを浮かべて、恵は綾乃へとそう呼びかけた。

 確かに自分たちはまだ、互いのことをほとんど知らないに等しい。

 綾乃と優奈は大分事情が違うものの、カグヤと恵に関してはリアルでは初対面だ。

 それも含めて追々話していこう、とばかりに、吹き抜ける夏風に黒髪を靡かせながら、恵は、まだどこか夢心地な綾乃たちを先導するようにガンダムベースシーサイドベース店へと向かっていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なるほど、アリスバーニングの必殺技に耐えうるカスタマイズ、ですか……」

 

 ガンダムベースシーサイドベース店の工作ブースの一角を借りた綾乃たちは、早速とばかりに優奈が梱包材が詰められているタッパーから取り出したアリスバーニングガンダムを机の上に直立させると、恵はそれをあらゆる角度からじっと眺めて、ふむ、と小さく唸り声を上げる。

 

「強度と放熱の効率化が課題だと思うのだけれど、強度はフレームの作り込みを徹底すればなんとかなるとして、どう放熱を効率化するかが問題なのよ」

「ですです!」

 

 綾乃は、本来の持ち主である優奈よりも詳しくアリスバーニングが抱えている問題について恵へと、ざっくりとした説明をすると、懐から取り出した扇子で、お手上げだとばかりに眉間を押さえた。

 何せ純粋な格闘機に触ったことがない都合、綾乃が手癖でカスタマイズを施せばそれはどうしても汎用機に寄ってしまうわけで、それではアリスバーニングの持ち味を殺してしまうのだからどうしようもない。

 恵はしばらく観察を続けた末、シーサイドベース店で購入したキットの箱を鞄から取り出しながら、柔らかい笑みを浮かべて人差し指を立てる。

 

「それなら……ウイングガンダムゼロ炎とミキシングしてみるのはどうでしょう?」

「ウイング……? ゼロ炎……?」

「私も知らないわね、どういうキットなの?」

 

 いつものようにガンダム知識に疎いところがある優奈はぷすぷすと頭から黒煙を噴き出しかねない勢いで目を白黒させていたが、その名前に関してはある程度ガンダムの知識を持ち合わせている綾乃もまた、聞き覚えがないものだった。

 

「昔、GPD時代に活躍したファイターの功績を称えて商品化されたレプリカモデルの一つで、優奈さんと同じように『炎』をモチーフにしているガンプラですし、『炎クリスタル』という独自の機構もありますから、相性は悪くないかと」

「なるほど……同系統の機体でミキシングを行うというわけね」

 

 ウイングガンダムゼロ炎が活躍していた時期はちょうどGPDの第七回世界大会と近いところがあったのだが、その頃にゼロ炎を操っていたファイターは在野の英雄といった風情であり、有名になったのは大分後になっての話だったから、綾乃がその存在を知らないのも無理はない。

 とはいえ、ゼロ炎がどんなガンプラであっても、似た系列やコンセプトの機体同士を掛け合わせるのはミキシングの王道にして常道だ。

 善は急げとばかりに綾乃は立ち上がって、販売ブースの方へと駆け出していく。

 

「綾乃さん、行っちゃった……」

「ふふ、優奈さんのこと、本当に大事に思ってるんですね。それじゃあ私も……G-フリッパーを新しくするために、頑張らないと」

 

 脇目も振らずに駆け出していった綾乃に苦笑を浮かべながらも、メグはバッグの中からプラ板と、そしてツールボックスを取り出して、今日出がけに家電量販店で購入したばかりの「HG G-セルフ パーフェクトパック装備」の箱を開け、ランナーが梱包されたビニール袋を破る。

 

「恵、拙は」

「わかってるわ。カグヤの新しい刀も一緒に作るけど……それには綾乃さんにも、優奈さんにも手伝ってもらわないといけないから」

「申し訳ありません、このボディだとできることが少なくて……」

「ううん、カグヤ。私はカグヤがいてくれるだけで十分よ。それだけで、幸せだもの」

 

 だから、気負わないで。

 優しく囁きかけて、恵はカグヤの髪の毛に相当するパーツを指先でそっとなぞる。

 きっとそこには自分と綾乃の間にあるような思いが横たわっているのだろう。

 鈍感な自分でも──否、恋を知ったからこそ、カグヤと恵の間にあるその感情に、優奈は検討をつけられていたのだ。

 ミッションは三つ。

 一つはアリスバーニングの更なる強化。

 二つは新しく、カグヤの刀を作り直すフルスクラッチ。

 三つ目は、G-フリッパーの大幅なカスタマイズ。

 初めてのオフ会に胸を高鳴らせながら、優奈は頑張るぞ、とばかりに、恵が取り出した刀の設計図を基に、グリッド線が入ったプラ板にその図面を転写してゆくのだった。




めぐりあい偽ギャル


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第五十話「もう一度翔ぶために」

気付けばコアガンダム系列を四体全塗装してたので初投稿です。


 綾乃が話を聞くなり、一も二もなく駆け出して確保した「ウイングガンダムゼロ炎」のレプリカモデルは、奇跡的にも在庫が残り一つという状態だった。

 巡り合わせと僥倖に感謝しながら会計を済ませた綾乃は、優奈たちが待つ制作ブースへと帰還して、ゼロ炎が、そのプラスチックの機体を構成するパーツが収められている箱を開封する。

 

「この箱を開ける瞬間、ワクワクするよね!」

 

 開け放たれた箱に収まったランナーを一瞥すると、優奈はきらきらと目を輝かせながら綾乃へとそう言った。

 

「そしてパーツを見て少しだけげんなりする、と」

「あはは……」

「ふふ、よくあることですね」

 

 ガンプラを買って家に持ち帰ったまではいいけれど、いざ帰ってニッパーを手に取り、箱を開けた瞬間にみっちりと詰まっているランナーを見て少しだけ気勢が削がれ、そのまま積みプラの一部に入れてしまうということは、別に珍しいことではない。

 とはいえ、優奈の後継機ができるかどうかの瀬戸際で、四の五の言っている場合ではない以上、組まないという選択肢はないのだが。

 綾乃はランナーが梱包されている袋を一つずつ破いていくと、広げた説明書に従って、丁寧にパーツを一つ一つ切り出していく。

 パーツを切り離すときは一度にゲートから切り出すのではなく、少しだけゲートを残した上で切ってから、残ったゲートを根元からぱちん、と切断する。

 いわゆる「二度切り」といわれるこの技法は、ガンプラを組むのには必須のテクニックだとされているが、あまり刃を深く当てがいすぎてもパーツが抉れてしまったり、単純に切り離す工程が二度手間になることから、最後の方には集中力が切れてしまったりといったことも珍しくない。

 だからこそ、少しずつ休憩を入れたり、焦らずに組み上げていくことが肝要なのだ。

 綾乃は半ば自分に言い聞かせるように、少しずつ丁寧に、二度切りでも残るゲート跡には紙やすりスティックを当てがって、ウイングガンダムゼロ炎を組み上げていく。

 一方の優奈は、メグから貰った設計図をもとに、カグヤの新たなる刀を作るべく、引かれた線に定規を当てて、Pカッターと呼ばれる工具で一枚一枚、刀の原型となるパーツの中でも、比較的簡単な持ち手部分を作り上げていた。

 

「ふぅ……パーツを切り出すのって、難しいなぁ」

「そうですね、積層は慣れていても難しく感じるものですし……ごめんなさい、優奈さん。貴女に一部とはいえそんな作業を任せてしまって」

「ううん、大丈夫です、恵さん! どっちみち、ウイングガンダム? ゼロ炎が出来上がるまでわたし、何もやることなかったですから!」

 

 綾乃と同様にG-セルフ、パーフェクトパック装備のパーツを切り出していた手を止めて、恵は優奈へ、ぺこりと丁寧に頭を下げる。

 G-フリッパーの全面改修も、カグヤのための新たな刀を作るのも全ては自分がやらなければいけないことだったのだが、優奈が手伝ってくれるおかげでその手間が少しでも軽減されたのは、恵にとってはありがたかった。

 ELダイバーであるカグヤは当たり前ではあるが、現実では1/144のガンプラと似たようなサイズのマテリアルボディで稼働している都合上、あまり複雑な作業ができない。

 ニッパーを小脇に抱えて、ランナーからを切り離すことぐらいはできるのだが、それだって一苦労な上に、万が一のことがあってからでは遅いと、メグから止められているために、こうして待っていることしかできないのが、カグヤは少しだけもどかしかった。

 

「拙も、何かできることがあればよかったのですが……」

「気にしなくていいわ、カグヤ。こういうのはお互い様よ」

「お互い様、ですか?」

「ええ、GBNでバトルする時は貴女の剣術がフォースの要になっているのだから、それを万全にするため、リアルで私たちがサポートする。適材適所というやつよ」

 

 少ししょぼくれた様子のカグヤを見かねて、綾乃は少しだけゼロ炎を組み上げる手を止めて、諭すように言葉を紡ぐ。

 ELダイバーと人間、という括りを抜きにしても、人間には向き不向きやできることとできないことがあって、それを補い合って社会というものは成立しているのだから、あまりできないことを気に病むのも精神衛生上いいことではない。

 一般論や正論が誰かを助けることは少なく、むしろ深く傷つけることもあるとわかっていても、綾乃の舌が探り当てたその言葉は、カグヤを信頼してのものだった。

 きっと、理知的なカグヤなら受け止めてくれるはずだという期待。

 仲間として、不器用ながらも最大限の信頼を置いたその言葉に、カグヤははっとした様子で目を見開くと、ぺこりと腰を折って綾乃へと頭を下げる。

 

「ありがとうございます、綾乃さん。心が軽くなったような気がいたします……ならば拙は、新たなる刀が完成したその時こそ、バトルで『ビルドフラグメンツ』に貢献する所存です」

「ええ、信頼しているわ、カグヤ」

 

 そうこうしているうちに胴体と頭、そして足が完成したウイングガンダムゼロ炎を机の上に直立させると、綾乃は肩の荷が降りたかのように笑顔を浮かべるカグヤにそう返して、ニッパーを一度机の上に置く。

 

「……ん、くぁ……」

「お疲れ様、綾乃さん! 大丈夫? その……わたし、代わろっか?」

 

 大きく伸びをして、尽きかけた集中力を取り戻そうとする綾乃に、優奈もまたPカッターを走らせる手を止めてそう呼びかける。

 だが、今は大丈夫、とばかりに首を小さく振って、綾乃はやんわりと、優奈からの申し出を断った。

 

「ありがとう、優奈。少なくとも組み上げるところまでは私の仕事だし、そこからどうミキシングしていくか考えるのが貴女の仕事だから」

「ミキシング……アリスバーニングに、この子を足し算するんだよね」

「ええ、場合によっては引き算になることもあるけれど」

 

 飽きが来てしまわないようにあえて足から組み立てたことで、机に直立しているウイングガンダムゼロ炎は、この時点で既にプロポーションバランスが良い、逆三角形の体型であることが窺えるものの、懸念するところとしては同じように、カグヤの隣で佇むアリスバーニングと比べると少しだけ身長が低いことだろうか。

 優奈は綾乃からの言葉に小首を傾げて、どうアリスバーニングにゼロ炎のテイストを組み込んだものかと考え込むが、まだ全身が完成したわけではないのだから、すぐには浮かんでくるはずもない。

 一応、パッケージアートで全体図や組み立て見本は見られるものの、ガンプラというのは組んでみるまで実物がどんなものか把握しづらいところがある。

 それに、何より手に取ってみることで初めて愛着が湧き、そこからインスピレーションが湧いてくるというパターンもよくあることだ。

 アヤノのクロスボーンガンダムXPだって、それを示すかのようにV2ガンダムのミノフスキー・ドライブユニットを組み込んだのは「ファントム」をイメージしたというのもあるが、V2を組んでいるうちにインスピレーションが湧いたから、という側面もまた持ち合わせている。

 

「あとはバックパックを作ればとりあえずは完成といったところね」

 

 そう呟くと、綾乃はゲート処理を終えた関節パーツを組み付けて完成させた両腕を、直立しているゼロ炎へと取り付けた。

 最大の特徴である、バックパックはまだ完成していないものの、この時点で既に、「炎」を思わせるクリアパーツの配置やカラーリングからは、ウイングガンダムゼロをベースにしつつも、独自の改良を施したビルダーの創意工夫が伝わってくる。

 

「おお……格好いい! この子とアリスバーニングを組み合わせるのかぁ……なら、この子に負けないように格好よくて可愛い感じにしなきゃ!」

「ええ、そうね」

「えへへ……ありがとう、綾乃さん」

「どういたしまして。貴女の力になれたなら幸いよ、優奈」

 

 恋人同士なんだから、と、続く言葉こそ飲み込んだものの、綾乃がウイングガンダムゼロ炎を組み立てているのはある種プレゼント的な意味合いも持っていることは確かだった。

 公衆の面前で私たち、付き合い始めましたと宣言する勇気は持っていないが、自分と優奈は一歩踏み出した関係になったのだから、と自負しているような綾乃はやっぱり生真面目で、そんな真剣な眼差しをしているからこそ、優奈もまたそれが嬉しくて、口元がつい綻んでしまうのだ。

 

「良かったです」

「……何が、恵?」

「いえ、優奈さん、GBNだとひどく落ち込んでたみたいですから……それに、綾乃さんとも一段と仲良くなったみたいですし」

「なっ……」

 

 そんなに自分はわかりやすいのだろうかと、綾乃は不意に恵から囁きかけられた言葉に頬を赤く染める。

 かあっとこみ上げてくる熱は耳まで桜色に染め上げて、GBNとは正反対でありながらもその観察眼は決して衰えていない、本物の「メグ」であることを綾乃は改めて確信した。

 

「応援していますよ、綾乃さん」

「……貴女、意外と強かなのね」

「よく言われます」

 

 皮肉も意に介さず、ふふ、と、妖艶に笑う恵に少しだけ恨みがましい視線を向けながらも、綾乃は手元を狂わせることなくバックパックも完成させて、最後の工程として机の上のゼロ炎に装備させる。

 等間隔に設けられた三ミリ軸を受けるための三ミリ穴にそれは吸い付くようにぴたり、と嵌って、まさしく燃え盛る炎を思わせるそのガンプラは、ようやく机という名の大地に立つ。

 

「完成したわよ、優奈」

「本当? わーい! ありがとう、綾乃さん! あ、わたしの方も持ち手の切り出し、全部終わりました!」

「ありがとうございます、優奈さん」

「拙からも、感謝申し上げます」

 

 何はともあれ、第一のミッションはクリアした。

 カグヤの刀の持ち手となるパーツを切り出し終えた優奈は、綾乃が完成させたゼロ炎の姿にきらきらと目を輝かせながらそれを手に取ると、各部関節やバックパックを動かしてそのギミックを確かめる。

 恵は感謝の言葉を述べると共に、優奈が切り出したパーツとなるプラ板を回収しながら、まるで新しい玩具を買ってもらった子供のように喚起する優奈と、それを穏やかな表情で見守る綾乃の姿に、そっと微笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 アリスバーニングとゼロ炎のミキシングを優奈に任せた綾乃は、恵から渡された設計図を基に、カグヤの新たなる刀──その刃となる部分を黙々と切り出していた。

 プラ板から素材を切り出し、一つのものを完成させるスクラッチと呼ばれる工程を経験したのは初めてだったが、持ち前の器用さで順調に刃となる部分を切り出し、そして貼り合わせていく。

 分厚すぎず薄すぎず、何種類かのプラ板がミックスされたことで生み出された絶妙な塩梅の厚みを持つ刃は、手作業で切り出している以上、当たり前だが一発でぴたりと綺麗に収まってくれるわけではない。

 その細かな段差を埋めるためにペーパーを当てて慎重に削り出しながら、綾乃は防塵のために装着したマスク越しにふぅ、と小さく息をつく。

 塗装がしやすいように、刃の部分と持ち手の部分でパーツ分けされているまだ名前のない刀は、ガーベラストレート──カグヤが菊一文字と呼んでいたそれを参考にしながらも、より細かく、そして美麗に鍔には装飾が施されていて、綺麗に塗装したのなら、間違いなく高いパフォーマンスを発揮することは確信できる。

 ただ、それをPカッターとデザインナイフを使い分けて切り出すのはなかなか骨が折れる作業だった。

 

「お疲れ様です、綾乃さん」

「ありがとう、カグヤ。あとは表面処理して塗装するだけね」

 

 綾乃は一度グリッド線が引かれた灰色の下地が剥き出しになっているそれを組み付けて、刀の形状となっていることを確認すると、カグヤへと手渡しながら、凝り固まった体をほぐすように大きく伸びをする。

 優奈の方は、アリスバーニングの新しいイメージが固まったのか、簡単な加工を済ませるなり、必要なパーツをゼロ炎から回収して塗装ブースへと向かっていた。

 サーフェイサーを吹き付けたパーツを乾燥機に入れて、乾いたら少しずつアリスバーニングに使ったのと同じピンク色や白を吹き付ける。

 その単純な工程は、どちらかといえば忍耐強い優奈であっても飽きが来そうなものだったが、サーフェイサーの下地を覆い隠して、イメージした通りの色が乗ってくると、次第に気分が高揚するのを感じるのだから不思議なものだ。

 どきどきわくわくと胸を高鳴らせながら、優奈は頭の中にイメージした新たなアリスバーニングの姿を一秒でも早く現実に起こそうと逸る気持ちを抑えながら、あくまでも丁寧に、少しずつ色を重ねていく。

 

「ふぅ……やっと会えるね、アリスバーニング……ううん」

 

 アリスバーニングガンダム・ブルーム。

 優奈は脳裏に浮かべたその名前を誦じて、最後の工程を終えて乾燥機に入ったパーツへとそう囁きかける。

 カグヤがいなければ、「ビルドフラグメンツ」は生まれなかった。

 メグがいなければ、アリスバーニングガンダムブルームという新しい翼は完成を迎えることなく終わっていた。

 そして、何より──綾乃がいてくれなければ、自分はもう一度立ち上がることさえもできなかった。

 優奈は、それぞれの作業が終わったのか、自分と同じように塗装ブースに入っている恵と、カグヤの見張りと話し相手を兼ねて作業ブースに腰掛けている綾乃に視線を送ると、なんだか鼻の頭に塩辛いものが込み上げてくるのを感じる。

 わかっている。ガンプラの完成はまだゴールではない。

 どんなに使っているガンプラの性能が良くたって、それを扱うダイバーの腕が追いついていなければ、また元の木阿弥となるだけだ。

 だからこそ、優奈は頭の中で一つの「作戦」を描いていた。

 それはとてもシンプルで、いってしまえば「修行」の一言に尽きる。

 もっとも、それが上手くいくかどうかは密かにダイバーギアを起動して送りつけていた仲介者──「マギー」との交渉が上手くいくかに全てがかかっているのだが。

 久しく連絡を取っていなかった恩人にいきなり用事を頼むことを申し訳なく思いながらも、優奈なりに調べたその手段、「タイガーウルフ道場」への入門を果たすために、手段は選んでいられない。

 

「……わたしのために皆が、綾乃さんが頑張ってくれたなら……今度はわたしが頑張らないとね、アリスバーニング」

 

 元々は、ただ歩いて走って、現実ではもう叶わない、当たり前のように道ゆく人々がやっていることをするためだけに始めたGBNだった。

 それでも、綾乃たちと出会う内にガンプラバトルを始めて、段々とそれが楽しくなって、楽しいからこそ辛くなって。

 そして、もう一度立ち上がって、あの仮想の空を飛ぶための翼が今、この手に、心に宿ろうとしている。

 ならばもう、迷うことはない。

 ぴこん、と、メッセージを受信した音が小さく鳴り響いたのを確認すると、優奈はダイバーギアからポップしたウィンドウに、マギーから送られてきたメッセージを開く。

 そこには、頼んでいた案件を承ったということと、タイガーウルフの方にも許可を取り付けておいたという旨が記されていた。

 

「良かったぁ……ごめんなさい、ありがとうございます、と……」

「どうかしたの、優奈?」

「わひゃあっ!?」

 

 手短ながらも丁寧にメッセージを打ち込んでダイバーギアを閉じると、背後から聞こえた声に、優奈は背筋をびくりと震わせる。

 振り返れば、そこにはカグヤをその掌に乗せた綾乃の姿があった。

 

「綾乃さんかぁ、もう、突然だとびっくりしちゃうよ……」

「ご、ごめんなさい。ダイバーギアを見てたみたいだから。何かあったの?」

 

 もしもあの「グランヴォルカ」の連中が懲りもせずに優奈に何か嫌がらせを仕掛けていようものなら、絶対に許しはしないとばかりに怒りの炎を静かに、しかし激しくその瞳へと滾らせながら綾乃は優奈へとそう問いかけた。

 

「んっと……修行の申し込み、かなぁ?」

 

 秘密、と答えようかと一瞬悩んだものの、そうしておく理由もないということで優奈は素直にダイバーギアを操作していた理由を白状すると、綾乃へと端的な結論を答える。

 

「修行?」

「うん! もっともっと強くなるために、アリスバーニングブルームを乗りこなせる自分になるために、って感じで!」

 

 優奈の言葉は力強く、そこに迷いや躊躇いは感じられない。

 綾乃は何かされたわけではないことに、そして修行、と答えた優奈が、もう完全に立ち直ることができたのだと、ほっとこみ上げてきた安堵に胸を撫で下ろす。

 

「そう……強くなったのね、優奈」

「うん、綾乃さんがいてくれたから!」

「……ありがとう。なら、私も……もっと強くならないとね」

 

 もう一度翔ぶために。あの仮想の海に浮かぶ空をどこまでも、優奈と一緒に駆け抜けていくために。

 綾乃は真っ直ぐに優奈の瞳を覗き込むと、そう答えを返して二人は互いに微笑みを交わす。

 そして、このひとがいてくれてよかったと、このひとが、自分の隣にいることを選んでくれて、本当によかったと──これ以上の幸せなんて、きっとこの世のどこにもないのだと、心の底から感じるのだった。




はじまるリライズ


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第五十一話「クロスボーン・ガンダム」

HGUCでもF90Vが発売されることを願ってるので初投稿です。


 メグたちと過ごしたオフ会の時間はあっという間に過ぎて、ガンダムベースシーサイドベース店に「蛍の光」が流れ始めた頃、ようやく全ての工程が終わったのだった。

 完成した一振りの刀──プラ板を積層させ、緻密な掘削技術で彫り上げた鍔が目を引くそれを、マテリアルボディの手に取ると、鞘から抜き放って天に掲げてみせる。

 

「ああ……素晴らしい出来栄えの刀です。これなら、拙も……拙も、これからの戦いを生き抜いていけるというもの。恵、綾乃さん、優奈さん。本当に感謝いたします」

 

 本物の金属パーツを使ったかのように、何度も何度も入念な表面処理を重ねてから黒を下地に、鋼をイメージした青みがかかった銀色で塗装された刀身を眺めて、どこか恍惚とした様子で、カグヤはうっとりと、人の手で作り出された刃の輝きに魅入られながらそう語った。

 

「いえ、お安い御用よ。それに……言ったでしょう、困ったらお互い様だって」

「そうです、カグヤさん! わたしだって綾乃さんに手伝ってもらったから、新しいアリスバーニング……ブルームを作れたんですし!」

「ええ、全くね。私も二人に手伝ってもらったから、G-フリッパーの強化が一日で何とか間に合ったわけだし」

 

 最後まで残っていたことをどこか申し訳なく思いながらも会計を済ませて、結構な額が財布から出ていくことに顔を顰めながらも、綾乃たちはそれも一つの体験だとばかりに顔を見合わせて、恵の掌で刀を──「無銘朧月」と名付けられたそれを掲げているカグヤへと、諭すようにそう返す。

 

「そういえば、恵はどんな強化を施したの?」

「ん……そうですね、今はまだ秘密、といったところです」

「秘密、ですか?」

「はい、優奈さん。綾乃さん。これから慣らし運転をしないといけませんし、手に馴染んだら……もう一度『ビルドフラグメンツ』としてGBNで集まったら、その時はちゃんとお話ししますから」

 

 ──だから、楽しみにしていてください。

 相変わらず恵の言動はGBNにおける「メグ」とはかけ離れているものの、そのどこか悪戯っぽく人の心の奥底をくすぐるような笑みは、GBNでの彼女と重なって見えて、やっぱりいくらロールプレイをしていても、演技が上手くても、完全な別人になるのは難しいことなのだろうと納得する反面、綾乃はそこに言い知れない安心を感じていた。

 

「そう……なら、もう一つだけ訊いていいかしら」

「なんですか、綾乃さん?」

「どうして、突然のオフ会の誘いなのに受けたの?」

 

 メグは「アヤノ」と「ユーナ」のことはよく知っていても、「一条綾乃」と「春日優奈」に関しては全く知らないといってもよかっただろうし、そんな優奈から届いたお誘いに一も二もなく即座に肯定の返事をしたのは、人柄という言葉だけでは説明できない。

 だからこそ、訊いておかなければならないと思ったのだ。

 綾乃の、疑うわけではないにしても少しだけ険しさを増した視線に恵は動じることなく小さく笑うと、このオフ会を承諾した理由をぽつりと零す。

 

「心配だったんです」

「心配?」

「ええ、優奈さん、とても落ち込んでましたから。だから、私も……何か力になれることがあればと思ってオフ会を承諾したんですけど、どうやら心配に関しては杞憂だったみたいですね」

 

 それとも、綾乃さんがどうにかしてくれたからでしょうか。

 口元にいたずらな笑みを浮かべて囁きかけてくる恵の言葉に、瞬間湯沸かし器のごとく綾乃の頬は耳まで真っ赤に染まる。

 図星だった。

 どうにかしてくれたというよりはどうにかなったというか、流れでどうにかなってしまったというべきなのかもしれないのだが、どっちにしても自分と優奈の関係性が一歩踏み込んだところに来たのは事実だ。

 きょとんと自分たちを見つめているカグヤを手提げ鞄の中に入り込ませると、恵は高らかにハイヒールの踵を打ち鳴らしながら、綾乃たちの家路とは反対の方向に向かっていく。

 

「ふふっ、今日は楽しかったです。綾乃さん。優奈さん。だから……」

「ええ、そうね、ありがとう」

「はいっ! ありがとうございます、恵さん、カグヤさん! もう一度……GBN、一緒に遊びましょう!」

 

 手を振る背中を見送りながら、綾乃たちはそこに一つの約束を取り交わす。

 明日、また。

 まるでそれは子供が放課後の時間を過ごした後に、明日が来ることを信じて疑わないままに交わす言葉のように幼く、ともすればなんの保証もないものだったのかもしれない。

 それでも、恵の背中が見えなくなるまで見送り続けた果てに綾乃と優奈は顔を見合わせて、そこに確かなあたたかさが、人がきっと信頼と呼ぶものが、絆と呼ぶものの輪郭が残っていることを確かめるように、手を振りながらそっと微笑む。

 また会いに行く。それは電子の海で、そしてもしかしたら、この現実で。

 今度はGBNでも行ったように、カラオケにでも行くのも悪くはないだろう。

 綾乃はそんなことを茫洋と考えながら、優奈が腰掛けている車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握って、駅までの家路をいつも通りに歩んでゆく。

 

「今日はありがとう、綾乃さん」

「こちらこそありがとう、優奈。その……私で良ければ、どんどん頼って」

 

 ──だって、恋人だもの。

 続く言葉はごにょごにょと曖昧に、夜の空気の中で形を失って、曖昧な輪郭が湿度の中に溶けていきそうになったものの、優奈はそれを繋ぎ止めるかのように、少し大人びた笑顔を浮かべて恥ずかしがる綾乃へと言葉を返す。

 

「じゃあ……わたしがキスして、って言ったら、綾乃さんはしてくれますか?」

「……っ、それは……」

「……嫌、ですか?」

 

 うるうると瞳を潤ませて自分ののそれを覗き込む優奈の赤みがかかった瞳は反則だ、と言いたくなってしまうほどに可愛らしく、綾乃は脳髄が電流で焼き切れそうになる感覚を覚えながらも、同じ目線までかがみ込んで、優奈の唇にそっと、壊れてしまわないように口づける。

 辺りを行き交う人々が向けてくる奇異の視線が背中に突き刺さるのを感じながらも、長く口づけを交わしている内に、そしてもっと先を求めるかのように、優奈の舌がぎこちなく自分の唇を割って入ってくる感覚に全ての思考回路は機能を停止して、世界から二人だけが切り離されたかのような錯覚に、綾乃は、優奈は陥っていく。

 お返しだ、とばかりに割って入ってきた舌を喰み、今度は優奈の唇を割って、情動に突き動かされるままに舌を入れれば、世界から二人は完全に切り離されて、透明なグリッド線がそこに引かれているかのように、半径数メートル以外の全てが消滅してしまったかのように、綾乃はむせ返るような湿気が肌に張り付く夜に溺れていた。

 

「……っぷぁ……どうしたのよ、急に……」

「っ、ぷ、ぁっ……えっと、したくなっちゃったっていうか、なんだか恵さんにちょっとだけやきもち焼いちゃってたのと……その、わたし、修行しにいくから」

 

 顔を真っ赤にするぐらいならば求めなければいいのに、ということ自体野暮なのだろう。

 だが、それはそれとして修行という言葉とフレンチ・キスにどう相関があるのかを綾乃はしばらく真面目に考え込んで、降参だとばかりに肩を竦めると、まだぼうっと熱の残る頬を夜風に当てて冷ましながら、優奈へと問いかける。

 

「……修行と……その、キスに、なんの関係があるの?」

「……綾乃さんから、元気をもらいたかったの」

「私から?」

「ほら、その……わたしって、本当はあんまり元気なくて……自信もなくて。でも、綾乃さんと一緒にいると、綾乃さんから大事にしてもらってるって思うと、そんな自分にちょっとだけ近づける気がしたから」

 

 ちょっとだけの背伸びに似た爪先立ちの理由を、頬を赤らめたまま優奈はそっと、少しだけ自信なさげに綾乃へと語ってみせた。

 わかっている。験担ぎに意味なんてなくて、ガンプラを組み立てる作業は楽しかったけど、綾乃と一緒に過ごす時間の大半に恵とカグヤがいて、中々二人きりになれなかったことに、言い出しっぺにもかかわらず、ちょっとした嫉妬を抱いてしまっていただけだと。

 それでも、意味がなくても、意義がなくても、そこに信じるに値するものがあるからこそ、そうなれると信じさせてくれるからこそ、優奈は綾乃に恋人である証を求めたのだ。

 

「……おませさんね」

「顔真っ赤な綾乃さんに言われたくないですーっ!」

「なっ、それは貴女が……!」

 

 そうやって、他愛もない言葉を投げ合うことがどれだけ幸せだろう。

 両脚を失って、大地を駆け抜けることができなくなって。

 ずっと──「元気でいてほしい」という願いであり呪いに縋り付くことしかできなかった優奈にとっては、今という瞬間が何よりも愛おしくて仕方なかった。

 

「ぷっ……あははは」

「あははははっ!」

 

 やがて、呆れたように顔を突き合わせると、何がおかしいのかもわからないままに綾乃と優奈はこみ上げてくる感情に任せて微笑みを交わす。

 高らかに夜へと響く笑い声は、ともすれば近所迷惑だったのかもしれない。

 

「綾乃さん」

「なに、優奈」

「その……また、明日!」

「ええ、また明日」

 

 それでも、きっと関係ない。往来を置き去りにして、喧騒を忘れて、二人だけのランデヴー飛行をするように、綾乃と優奈は交わした約束を噛みしめながら、夜の街をゆっくりと、駅までの一歩一歩を記憶のアルバムに焼き付けるように歩いてゆくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お前がユーナって奴か。話は聞いてる。それで……俺に弟子入りしたいってのは急にまたどんな理由だ?」

 

 翌日、家からGBNへとログインしていたユーナは、単身マギーに紹介してもらった「タイガーウルフ道場」に赴くべく、エスタニア・エリアへの門を潜ると、どこか中華風な寺院を思わせるそのフォースネストの主人にして、ワールドランカーとして名を馳せる「タイガーウルフ」と顔を突き合わせていた。

 

「はいっ! わたし、心を鍛えてもらいたいんです!」

「心……? ここ最近、俺んとこに来る奴は皆ガンプラバトルが上手くなりたいからとかそんな理由ばっかだったが、珍しいな」

 

 どこまでも冷静に、訝るような声を出しながらも、狼を思わせる獣人のダイバールックに身を包んだタイガーウルフの尻尾は、上機嫌そうにゆらゆらと左右に揺れている。

 あの「ビルドダイバーズのリク」や「リビルドガールズのアイカ」、果ては「アナザーテイルズのリリカ」といった錚々たる面子がこのタイガーウルフ道場ことフォース「虎武龍」の修行の世話になった、という噂は瞬く間にGBN中を駆け抜けて、一時期は行列ができるレベルでタイガーウルフの元にダイバーたちが押し寄せていた。

 だが、それにすっかり辟易していたタイガーウルフとしては、もう弟子は取らないつもりだったものの、「心を鍛えたい」と言い出したユーナの存在は、並の理由でこの門を叩いたダイバーたちとは違うのだと一目で確信する。

 

「だから、ガンプラも持ってきてません! わたし、ファンネル? ビット? その……ガンダムには詳しくないですけど、ファイターとして、もう泣かないために強い心が欲しいんです!」

「なるほど……大方その様子だと無線兵器に苦しめられたか? まあいい、だがお嬢ちゃん。お前のその着眼点は最高にいいぜ」

「いい、ですか?」

「おうともよ。ガンプラバトルってのは心と心のぶつけ合いだ。小手先の技量を学びてぇってんなら、今はいくらでも方法がある。G-Tubeには初心者指南が載ってれば、初心者向けのクリエイトミッションも充実してきてる。それでも、『心』ばかりはそう簡単に鍛えられるもんじゃねえ」

 

 結局どんな理屈を捏ねようが、先に折れた方がバトルに負ける。負けたところで折れたままなら、それに引きずられてどんどん諦めていく。

 タイガーウルフは、ぱん、と掌に拳を打ち付けると、優奈へと諭すようにそう語った。

 

「だからな、俺は古臭いかもしれねぇが『心』を大事にしてるんだ。誰にも負けねぇ、この世界で一番強いのは俺だと、そう信じ続ける力……言ってみりゃ信念だな。前置きはこの辺にしとこうか、ユーナ。俺の修行は厳しいぜ、ついてこれるか?」

「はい、師範!」

「いい返事だ! それじゃあ早速……始めるぜ!」

 

 ユーナはゆらり、と立ち上がったタイガーウルフの背中に、言葉では語り尽くせないほどの「武」を、カグヤがこの場に居合わせていれば間違いなくそう評していたであろう歴戦の気配を感じ取る。

 五感のフィードバックが実装されてから、フォース「虎武龍」が普段修行としてやっているトレーニングメニューは相対的にその厳しさを増して、一時期山のように押しかけてきた弟子入り希望のダイバーもその大半が音を上げていた始末だった。

 だが、ユーナの瞳はぎらぎらと闘志を滾らせていて、タイガーウルフが嫌う「諦め」はそこに微塵も感じられない。

 

「思い出すな……リク、アイカ、リリカ。お前らに続くかもしれない奴がここにいる。そして、俺もまた心を鍛え直して強くなる」

 

 自分は決して楽隠居などではない。

 弟子をとってこそいたものの、今も現役のファイターなのだとばかりに、懐かしいその名前を口ずさむと、タイガーウルフは早速とばかりにユーナを連れて、鍛錬の場である岩山へと、その歩を進めるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「走り込みに、体幹のトレーニングに、果ては拳で砕いた無数の岩を避ける修行ね……優奈も随分頑張ってるのね」

 

 ダイバーギアが通知音を立てると同時にポップしたメッセージに記されていた、「タイガーウルフ道場」での修行内容を一瞥して、綾乃はどこか感慨深げにそう呟いた。

 しかし、その紙やすりが貼り付けられたスティックを持つ手が止まることはない。

 優奈がアリスバーニングガンダムブルームに相応しい自分になるために修行を重ねて、詳細はまだわからなくともメグもG-フリッパーから更なる強化を施して、そしてカグヤも新たなる剣を手にした今、「ビルドフラグメンツ」の中で一番遅れをとっているのは自分だった。

 だからこそ、フォースの近接支援として、メグを除けば唯一ある程度の遠距離戦もこなせる遊撃手としての役割を更に強固なものとすべく、綾乃もまた、愛機であるクロスボーンガンダムXPの強化を進めていたのである。

 

「フルクロスは定番だけど、あの装備は腕の可動域を制限する」

 

 バタフライ・バスターBを二挺確保するために購入した「HGUCクロスボーンガンダムX0」の箱を一瞥して、綾乃は小さくそう呟く。

 確かにX0フルクロスという機体は原作で八面六臂の活躍を見せた名機であることに違いはなく、単純にXPにフルクロスを組み込むだけで、シェルフ・ノズルの積層体であるそれが齎す恩恵は大きく、総合的な戦力は上昇することだろう。

 だが、ガンプラバトルであることを考えたとき、近接支援役として異なるレンジを飛び回ることを考えた時、フルクロスという、防御力と機動力を同時に強化する装備を纏ったとしても、それを十全に活かすのは極めて難しいことだ。

 或いはカーティス・ロスコ──トビア・アロナクスのような超人的な反応速度があればフルクロスの力を百パーセント以上に引き出せるのだろうが、綾乃はそこまで己の腕を過剰に評価していない。

 それに、何よりフルクロスを組み込んだ「だけ」では、中距離からの支援という役割に寄与するところは薄いのだ。

 だからこそ、優奈のためにウイングガンダムゼロ炎を購入したのと同時に、こっそり買っていた新たな素体となるガンプラの箱を一瞥して、綾乃は再びゲート跡とパーティングラインを消すためにペーパーを当てる。

 

『どうした! お前の心はそんなもんか!?』

『まだまだですっ! 次は全部見切ってみせます!』

『ハッ……そうじゃねえとな!』

 

 メッセージに同封されていた動画の中には、優奈がタイガーウルフが持ち上げて拳一つで砕いた巨岩の破片を、ステップを踏むような軽快な動きで避け回る姿が映されていた。

 それは恐らく、無線兵器に対する対策として考え出された修行なのだろう。

 優奈は、オールレンジ攻撃を機動力で振り切るために四方八方から攻撃が降り注いでも動じないための道を選んだ。

 ならば自分は、ある程度オールレンジ攻撃に慣れていることも含めて、それを逆手に取ればいいだけの話だ。

 優奈とカグヤをフォローするために、そして今度また戦場で会ったならあの「グランヴォルカ」を真正面から叩き潰すために。

 綾乃は表面処理を終えたパーツを仮組みして、放射状のシルエットを描き出したクロスボーンガンダムXPを一瞥する。

 

「……クロスボーンガンダムXQ。それが、新しい貴方よ」

 

 そして、今はまだちぐはぐな色をしている追加パーツを装備したクロスボーンガンダムXP改め、クロスボーンガンダムXQへと魂を吹き込むように、綾乃はその名前を口にするのだった。




交わり、生まれる新たなるガンダム


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第五十二話「再起戦」

物語も終盤に突入したので初投稿です。


 塗装とスミ入れ、デカール貼りを済ませて、つや消しのトップコートを吹き付けたその時の達成感は、何物にも替えがたいものがある。

 綾乃は自宅の庭で持ち手につけたパーツにつや消しクリアーとラベルに書かれたスプレーを吹き付け終えると、暑さから額に滲んだ汗を拭いつつ、縁側に置いていた麦茶に口をつけた。

 夏の暑さの中で結露しているそれは、長い時間放置していたということも手伝ってすっかりぬるくなってしまっていたが、それでも滑り落ちていくかのような喉越しに綾乃は舌鼓を打つようにふぅ、と息をつく。

 クロスボーンガンダムXP改めクロスボーンガンダムXQの作成は、本体であるXPをそのまま使いまわせるから楽だと思っていたものの、実際は関節部分のリビルドや剥がれてしまっていた塗装のリタッチなどで想像以上に手間がかかっていた。

 だが、それでも無事に済んでくれたのは喜ばしいことだ。

 綾乃はパーツを挟んだ持ち手が林立している、猫の爪とぎに似たペイントベースの中心に、重石となるトップコートの缶を乗せると、とりあえずは汗を流そうと、シャワーを浴びるために浴室へと向かおうとしていた。

 だが、その時、スカートのポケットに入れていたスマートフォンがぴこん、と間の抜けた音を立てて踏み出した綾乃の足を止めさせる。

 メッセージの差出人は案の定というべきか優奈で、ダイバーギアの方に連絡を入れても返信が来なかったから、という理由で、わざわざアーカイブ動画に収められた修行の様子を送りつけてきたのだ。

 ダイバーギアには色々と便利な機能がついてはいるものの、ガンプラをスキャンする性質上持ち運びには適しているとは言い難い。

 それを運営も認めているからこそ、ダイバーギアとスマートフォンを紐づけることでGBNへの簡易ログインや、ちょっとした機能の活用などという仕組みを作っているのだ。

 文面からは明るい雰囲気が漂っているものの、どこか不安や焦りを滲ませたような優奈からの連絡に、綾乃は小さく苦笑を浮かべる。

 

「本当に、寂しがりなんだから……」

 

 二年前に、GBNは大規模アップデートによって五感の擬似フィードバックが実装された。

 それに伴って、フォース「虎武龍」が日常的に行っている鍛錬は修行と呼べる領域にまで難易度が跳ね上がっており、「ビルドダイバーズのリク」が世話になったという噂だけを聞きつけて、主であるタイガーウルフへの弟子入りを志願したダイバーたちはその厳しさにたちまち音を上げて、あえなく彼の元を去っていったという。

 だが、優奈は違った。

 拳で砕かれた無数の岩を避け、頭上に乗せられた水を溢すことなく坐禅を組み、それこそ修行僧のように、多くのダイバーが挫折してきたその地獄の特訓をこなしている姿が、動画には映っている。

 

「頑張ってるのね、と……」

 

 フリック入力でメッセージを送信すると、瞬く間に優奈からの返信が届き、その速さに目を丸くしながらも綾乃は、やっぱり構ってもらいたい、寂しさのようなものを埋め合わせたいと願っているのであろう、いじらしい恋人の姿を想像して口元を綻ばせた。

 

「焦らなくていいわ、GBNで会えるから。とりあえずはシャワーを浴びてくるわね、と……」

 

 きっとそんな僅かな時間さえ、優奈にとっては永遠に感じられるのだろうか。

 彼女にとっての世界の中心が自分である、なんて考えを抱くのは傲慢も甚だしいところだが、優奈はどうにも思い切ったら一直線とでもいうべきか、世界が小さく、視野が狭くなってしまうところがある。

 ただそれは、自分もあまり変わらないのかもしれない。

 替えの下着とラフなプリーツスカートに半袖のTシャツという着替えを、風呂場への通りがかりがてら、バスタオルと共に回収すると綾乃は、逆の立場になった自分を想像して考える。

 もし、優奈に送ったメッセージから返信が来なかったら。既読がついているのに、そこからやり取りが続かなくなってしまったら。

 きっとそわそわして、何事も手につかなくなってしまうんだろうな、と、綾乃は今の優奈と全く同じ状態になっているであろう自分が容易に想像できることに、小さく苦笑するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なんだか、ここに来るのも久しぶりな気がするわね」

 

 突発的お泊まり会とオフ会を経て、クロスボーンガンダムXQを作り上げるまでかかった日数は指折り数えることができる域に留まっているものの、こうして、ダイバーたちがひしめくGBNのセントラル・ロビーへと降り立ったのは随分前のことだと思えるような懐かしさに、アヤノは思わずそう口走っていた。

 

「そうだね、アヤノさん! えへへ、でもわたしはタイガーウルフさんに修行つけてもらってたんだけど……」

「やっぱり貴女とここで会っていなかったからかしらね、ユーナ」

「うん! また一緒にGBNできて、すっごく嬉しいよ、アヤノさん!」

 

 隣に並び立つユーナは、アヤノの両手を握り締めながら、きっと尻尾が彼女にあったのならばここぞとばかりにぶんぶんと左右へ振り回していたのであろう勢いで、桜色の双眸を輝かせる。

 現実世界では、一足先にガンダムベースシーサイドベース店に向かうために再会を果たしていたものの、こうして二人並んで歩くことができる、現実では叶うことのない願いが実を結ぶこの世界でアヤノと再び会えたということに、ユーナは胸の奥が綿菓子で締め付けられたような思いを抱く。

 湧き起こる感情に任せるまま、ユーナは思わずアヤノの二の腕に抱きついていた。

 だが、そんなユーナを止めることもなく、むしろこのままでいいとばかりに小さく笑みを浮かべると、アヤノはユーナがしがみついている左手を使わずに、右手でコンソールを叩いて、「ビルドフラグメンツ」のフォースネストへの転移を選択しようとした。

 ちょうど、聞き慣れた声が耳朶に触れたのはその時のことだった。

 

「お、アヤノとユーナちゃんじゃん! やほやほー、おひさー」

「お久しぶりです、アヤノさん、ユーナさん」

 

 どうやら自分たちよりもログインするのが遅れていたのか、声がする方に振り返れば、メグとカグヤがぱたぱたと走り寄ってくる姿がある。

 この数日間、メグもメグで何やらGBN内でやることがあるからとログイン自体はしていたものの、こうして人前に姿を表すのは久しぶりだった。

 カグヤもまた、その付き合いや久しくやっていなかった辻斬り稼業を再開してみたりと、各々がバラバラになって活動していた「ビルドフラグメンツ」だったが、役者は揃ったとばかりに、相変わらず現実とはかけ離れたラフなダイバールックをしたメグは、アヤノの手を取って屈託のない笑みを浮かべてみせる。

 

「ここ最近、アヤノのこと見なかったけど……もしかして、もしかしたりしちゃう系?」

「さあ、どうかしらね……貴女もテストの方は順調だったんでしょう?」

「もち! とりあえず首尾は上々ってとこかな!」

 

 復活記念の動画も準備してるしね、と付け加えるメグはいつになく上機嫌といったところで、その半歩後ろに立っているカグヤも、思わずその様子には苦笑を零していたものの、順調であるならそれに越したことはない。

 

「とりあえずアタシの新しいG-フリッパーとか、アヤノの秘密とか、色々積もる話もあるだろうし、フォースネスト行かない?」

「そうね、そのつもりだったし丁度いいわ」

 

 クロスボーンガンダムXQのことについて、流石に往来でぺらぺらと喋ってしまうのは風情がないというより、またあの「グランヴォルカ」のような連中に聞かれていないとも限らないから喋っていなかっただけで、アヤノとしては別にメグやユーナ、カグヤにまで秘匿しておくつもりはない。

 だからこそ、メグの新しいG-フリッパーの件と合わせて、もう一度寄り集まった「ビルドフラグメンツ」としての方針会議をしようと決めたその瞬間だった。

 

「あいや待たれい、そこの女子たち!」

 

 さながら一度あることは二度あるとばかりに、何者かがアヤノたちを呼び止める、威勢の良い声がセントラル・ロビーへと高らかに響く。

 もしやまた「グランヴォルカ」の連中かと、身構えながら四人が声のした方に振り返れば、そこには赤い炎と青い炎をゆるキャラにしたようなダイバールックに身を包んだダイバーが腕を組んで佇んでいる姿があった。

 

「わぁ、可愛い……!」

「……愛嬌は感じるわね。それで、貴方たちはどこの誰で、私たちに何の用があるわけ?」

 

 ゆるキャラ的な三頭身のダイバールックに反して、堂々と腕を組んで背筋を真っ直ぐに伸ばしている二人組から漂ってくる雰囲気は、「グランヴォルカ」とは違うものの、歴戦の強者が纏うそれによく似ていた。

 中学時代、やる気こそなかったものの、剣道の大会で巡り合った強豪とよく似た感じを放つゆるキャラ二人組を警戒しつつ、アヤノはその可愛さに見惚れているユーナを制するように手を伸ばしながら慎重に問いかけた。

 

「うむ、青いの! 俺は状況説明が苦手だから頼んだぞ!」

「承知した、赤いの! こほん! 単刀直入! 我々はフォース『度胸ブラザーズ』と申す! お主らをフォース『ビルドフラグメンツ』と見込んで、フォース戦を申し込みに来たのだ!」

 

 青いの、と呼ばれたゆるキャラは、宣言した通り、呆れるほど単刀直入に用件を告げると、コンソールを叩いてフォース戦の申請を、アヤノたちへと叩きつけてくる。

 どうやら見た目に反して結構血の気が多い武闘派なのだろうと、アヤノはそのテンションの高さにどこか与一の姿を連想しながら、提示されたフォース戦の条件につらつらと目を通す。

 

「どう、メグ?」

「んー……ステージはランタオ島、四対四の殲滅戦で障害物はなし、か……別に条件だけ見ると怪しいところはないっぽい?」

「いかにも! 我々は『度胸ブラザーズ』! 一に度胸、二に度胸、三、四がなくて五に度胸! 強者に真正面から挑みかかることこそ我々のポリシーにして、敬愛する『オノコ』兄貴に対するリスペクトなのだ!」

 

 赤いの、と呼ばれていたゆるキャラは、疑ってかかるアヤノとメグに、怪しいところは何もないとばかりに豪快な笑い声を上げながら、そんなことを宣言してみせる。

 ゆるキャラ的な見た目から飛び出してくる、血の気の多い発言の温度差に風邪を引きそうな感覚に陥りながらも、アヤノはやはりこの「度胸ブラザーズ」と名乗る彼らが、「グランヴォルカ」のように知略と謀略、そして暴力を駆使するタイプではないと見て、全員へと同意を求めるように視線を巡らせていく。

 

「ユーナ、リーダーとして貴女はどう?」

「んー……オッケーだよ、アヤノさん! メグさん、カグヤさん!」

 

 静かに頷くカグヤと、やっちゃえ、とばかりに屈託のない笑みを浮かべているメグの返事は、既に決まっているのにも等しい。

 アヤノがその言葉に小さく頷くと、ユーナは受け取ったフォース戦の申請を受諾して、「度胸ブラザーズ」の宣戦布告を受け取った。

 

「わかりました! えっと……赤いのさん、青いのさん! 良い試合にしましょうねっ!」

「うむ! 流石だ、『ビルドフラグメンツ』! しばらくログインがなかった時は心配していたが……我々が見込んだ通り君たちは『度胸』に溢れている! そうだな、青いの!」

「うむ、赤いの! 実は我々は君たちの復活を密かに待ち望んでいたのだ!」

 

 はっはっは、とよく通る、赤いのと青いのの笑い声が重なり合う。

 正直なところ結構やかましいし、往来の中にも何事かと「度胸ブラザーズ」の二人を一瞥しているダイバーは珍しくない。

 だが、今のアヤノにとってはそれさえもどこか懐かしく感じられて、何よりも前に戦った相手が相手だっただけに、彼等の竹を割ったような性格は、嫌いではなかった。

 

「それじゃあ始めましょう、『度胸ブラザーズ』」

「うむ、『ビルドフラグメンツ』。良いゲームになることを期待しているぞ!」

 

 はっはっは、とよく通る笑い声を上げながら、ゆるキャラ二人組はブロックノイズ状に解けて、格納庫エリアへと転送されていく。

 アヤノたちもその後を追いかけるように、四人で視線を交わすと、再起戦に向けて出撃すべく、愛機の待つ場所へと転移するのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 フォース「度胸ブラザーズ」は、フォース「魂太」をリスペクトして設立されたフォースだった。

 ブリーフィングフェイズで、メグが密かに調べていた事前情報を共有したアヤノは、コックピットの中で、包み隠すことなくその戦闘スタイルや愛機までも堂々と晒している「度胸ブラザーズ」の、名前通りの潔さか、或いは蛮勇かはわからないその姿勢に関心を示す。

 フォース「魂太」とやらが何なのか、このGBNでどれぐらいの立ち位置のフォースなのかについては生憎よくわからなかったものの、どうやら彼等もまた「漢気」を追求する集団であるらしく、「度胸ブラザーズ」がリスペクトするのも頷けるフォースだった。

 

「すー、はー……」

 

 通信ウィンドウにポップしたユーナは、どこか緊張した面持ちで、心臓に手を当てながら深呼吸を何度も繰り返している。

 恐らく通信をオンにしたままだったのだろう。

 そのぴりぴりとした緊張は、アヤノにも伝わってくる。

 ただ、無理もない。突然始まった再起戦で、心の準備をしておけというのも難しいのだから。

 常在戦場、与一から突きつけられた教えを思い返し、アヤノもまた通信ウィンドウを開くと、すっかり緊張した面持ちのユーナへと呼びかける。

 

「大丈夫よ、ユーナ」

「アヤノさん……」

「貴女は今日のため……というには突然だったけど、修行してきたし、アリスバーニングブルームを作り出したのでしょう? なら、信じなさい。貴女のことを。貴女のガンプラを。それがダメなら……その、私がいるから」

 

 ──だから信じて、貴女が大好きなもののことを。

 アヤノの諭すような言葉に、ユーナははっと驚愕に目を見開く。

 その通りだった。ユーナはまた負けるかもしれない、また足を引っ張ってしまうかもしれないという不安に苛まれていたのだ。

 

『古臭ぇ話かもしれねえ、だがな、最後にガンプラバトルを決めるのはな……前も言ったかもしれねえが、折れない心だ、ユーナ』

 

 それを忘れるな、と、全ての修行を終えた時にタイガーウルフから預かっていた言葉が、そして「恋人である自分を信じてほしい」と願うアヤノの言葉が、胸の奥底で震えて蹲っていた心の手を取って、再び立ち上がらせる。

 何のために泣いてきたのか。何のために、捨てようとしたのか。

 それを考えれば、自ずと答えは、伴う覚悟は決まってくる。

 両脚を失ってからずっと、一人ぼっちだった自分を救ってくれたのは紛れもなくアヤノで、だからこそ──だからこそ、アヤノたちに迷惑をかけたくないからと一度はフォースを抜けようとしたものの、それでもGBNに戻ってきたのは、きっと。

 カグヤが、メグが、そして。

 誰よりも大好きな、アヤノがいてくれたからだった。

 操縦桿を握る手が力を取り戻していく。滾る心臓の拍動が、燻っていた闘志の火種を煽るかのように吹き荒ぶ風となって、ユーナを前へ、前へと進むように燃え上がらせていく。

 一人じゃない。誰かが隣にいてくれる。

 そして、こんな自分を好きだと言ってくれたアヤノがいる。

 カウントに合わせて、高鳴る鼓動は、燻っていた闘志は花開く。

 

「ありがとう、アヤノさん! その……帰ったら、いっぱいぎゅーってしていい、かな……?」

「……オープンチャンネルで言わないで、恥ずかしいから。もう……いいわ、好きなだけね。でもその発言、死亡フラグよ」

「あっ……うん、そうだね! じゃあ力づくでへし折りにいこう! ユーナ、アリスバーニングガンダムブルーム、行きます!」

 

 メグとカグヤが戦場へと飛び出していくのに続いて、優奈もまたカタパルトから飛び出して、バトルフィールドであるランタオ島の空に炎の華を鮮やかに咲かせる。

 

「……全く、甘えん坊なんだから……アヤノは、クロスボーンガンダムXQで出撃するわ!」

 

 そんな恋人の姿に苦笑を浮かべながらも、なんだかんだで満更でもない自分もきっと同じくらい優奈から向けられる好意に甘えているのだろう、と自嘲しつつも表情を引き締めて、新たな鎧を身に纏ったクロスボーンガンダムXQは光の翼を広げて、戦場へと飛び出してゆくのだった。




復活のビルドフラグメンツ

Tips:

【度胸ブラザーズ】……フォース「魂太」をリスペクトして設立された、「度胸」をその前面に出した四人組のフォース。炎を思わせる滴型の頭をした三頭身のゆるキャラ的なダイバールックに反してかなりの武闘派であり、勝てない戦いであっても全力で挑みかかることからその姿勢はある程度尊敬を集めているとかいないとか。

【魂太(出典:「ガンダムビルドダイバーズブレイク」】……ダイバー「オノコ」をリーダーとする、「漢気」を追求するフォース。度胸ブラザーズがリスペクトしているフォースだが、その「オノコ」のリアルが可愛らしい女の子ことユメサキ・エモであることはメンバー以外誰も知らない。


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第五十三話「明日への飛翔」

モンスターコーラをすっかり見かけなくなったので初投稿です。


 フォース「度胸ブラザーズ」の戦法は、その名に恥じず真正面からの力押しが主力となっている。

 メグが僅かな時間で調べ上げた情報を反芻しながら、アヤノは新たに生まれ変わった自らの機体が戦闘空域へと突入したのを確認し、操縦桿を握る力を少しだけ強めた。

 両フォースがランタオ島の競技場に入ったことで周囲はビーム・ロープで封鎖され、逃亡は認めないとばかりに戦いの場が整えられる。

 

「アヤノの新しい装備、クアンタベースなんだ」

「ええ、そういうメグは……G-セルフのパーツを多く組み込んだのね」

 

 メグが呟いた通り、アヤノが作り上げた新装備はフルクロスをベースにしつつも、前後のシェルフ・ノズルを兼ねた積層装甲を機体胸部のもの以外は全てオミットし、代わりにIフィールドジェネレーターが装備されていた部分にダブルオークアンタのバインダーを組み込んだものだった。

 確かに防御性能は単純にフルクロスと比較して劣るものの、可動範囲と機動力の両立と、ツインドライヴの装備による出力上昇を目的として施されたカスタマイズのコンセプトは悪くない。

 それが、メグの見立てだった。

 それだけではなく、防御性能という面で比較しても、二基のバインダーに装備されたGNソードビットはオールレンジ攻撃に使えるだけでもなく、フィールドバリアとして運用できる側面も持っているために、エネルギーこそ消耗するし、パッシブスキルとしてビーム軽減を備えているわけではないにしても、一概に原型装備より劣っているとは言い難い。

 一方でメグのG-フリッパーは、胸部や脚部などのパーツかG-セルフのものに置き換えられて、ステルス・ザックを背負っていた背面のアーマメントには、パーフェクトパックを改造したと思しき装備がアジャストされている。

 

「ふふん、名付けてG-セルフリッパー! 忍びなれども忍ばざる、ってね!」

 

 メグは得意げに親指を立てて、鼻を鳴らす。

 主な改良点として目立つのは二基のトラフィック・フィンがそれぞれ、ハイパージャマーとカメラユニットを装備したビット装備に改造されていることぐらいで、原型機であるG-フリッパーの「忍者」を思わせるロービジカラーや、クナイなどの装備はそのままになっているため、恐らく単体での戦闘能力向上を目的として改良が施されたのだろうとアヤノは推察した。

 例の「グランヴォルカ」戦で判明した、というよりは今まで見えていなかった、見てこなかった部分が浮き彫りになったフォースとしての「ビルドフラグメンツ」の弱点は、メグのジャミングとステルスに頼りきっていることと、そして近接偏重故に有効射程が短いことだった。

 弱点というものは得てして克服できるものとそうでないものにわけられるが、少なくとも「ビルドフラグメンツ」の課題は前者である、というのがメグとアヤノの認識だ。

 だからこそメグは、ステルスとジャミングという役割を維持しながらも単機での戦闘力を強化する方面のカスタマイズを行って、アヤノはソードビットを装備することで有効射程を延長するという強化を施したのである。

 レーダーを見る限り、「度胸ブラザーズ」の面々はその名に恥じることがないように、一列の横並びになってこちらを待ち構えているようだった。

 炎の翼を広げて飛び立つユーナのアリスバーニングブルームと、そして「無銘朧月」という新たな刀を手に入れたカグヤのロードアストレイオルタを一瞥し、アヤノはどうする、とばかりにメグへとその視線を向ける。

 

「はいはい了解、それじゃいつもの行っちゃうか!」

「撹乱は頼んだわ、メグ!」

 

 例え相手がどんなバトルスタイルであったとしても、こちらの手札を使わないまま戦うというのは礼儀に反する行為だ。

 だからこそ、頼り切りであるとはわかっていてもメグは新たに作り上げたフィルムビットとジャミングビットを射出して、相手のレーダーやセンサーを無効化しながら一方的にこちらは相手を観察できる、という状況を、「ビルドフラグメンツ」が作り上げてきた勝利への方程式を展開する。

 だが、「度胸ブラザーズ」も、それを知らないでフォース戦を申し込んだ訳ではない。

 ビット化されたことで有効射程が延長されたハイパージャマーの作動を確認すると、赤いのと呼ばれていたダイバー「アカギ」は、後続に控える同じような三頭身のダイバールックに身を包んだ二人組へと指示を下す。

 

『ジャミングが来たぞ、緑の!』

『うむ! ならば任された、赤いの! こちらも逆位相でのハイパージャマーを展開すれば!』

 

 アカギが指示した通りに、緑の、と呼ばれていたダイバーが操る機体──ガンダムデスサイズとガンダムヘビーアームズを半身ずつミキシングしたようなそのガンプラ、【ガンダムデスアームズ】は、メグが射出した妨害電波を打ち消すようにハイパージャマーを起動して、己の機体にかかったノイズを晴らしていく。

 そして、これで条件は互角だとばかりにメグのG-セルフリッパーへと視線を向けると、緑のと呼ばれたダイバーこと「ズイカク」は、残る半身に詰められた火力を全て叩き込むように、ミサイルやビームガトリングによる弾幕砲火を一斉に放つ。

 

「やっぱそう簡単にはいかないか、でも!」

「メグ、実弾は拙が!」

 

 だが、メグとてそれを想定していなかったはずはない。

 ジャミングが無力化されたのを確認するなり、随伴していたカグヤが前に出ると、「菊一文字」と比べて僅かに重さを増したはずの「無銘朧月」を目にも留まらぬ速さで振るい、直撃弾となるミサイルを叩き落とす。

 しかし、ミサイルはあくまで囮に過ぎない。

 直撃コースに本命として放たれたビームガトリングによる連射は、確かに「ズイカク」の狙い通りにコックピットを捉えていた、そのはずだった。

 

「忍法、水鏡の術……ってね!」

『なんと!』

 

 G-セルフリッパーは待っていましたとばかりに背面に装備したパーフェクトパックをリフレクターモードで展開し、直撃弾であるはずのビームガトリングを突っ切りながら、カグヤと共にズイカクと、その隣に控えていた、アルトロンガンダムとシェンロンガンダムを半身ずつミキシングした機体を操る、黄色い三頭身のダイバー「ショウカク」へと切り掛かっていく。

 

「G-セルフリッパーは、生まれ変わったんだかんね!」

 

 G-セルフの胸部を採用したことで展開が可能となったビームサーベルを逆手に持って、メグはビーム・ワイヤーを牽制として放ちながらそう叫んだ。

 そして、ジャミングが無効化されていたとしてもフィルムビットからデータリンクによってリアルタイムに送られてくる映像が途切れた訳ではない。

 モニターに映る映像を一瞥して、カグヤとメグがそれぞれ「ズイカク」と「ショウカク」を押さえ込んでいるのを確認すると、アヤノはGNソードビットを射出して、大胆不敵にも腕を組んだまま待ち構えている赤いのこと、アカギが操る機体へと急襲をかけた。

 

「ユーナ、青いのは任せたわ!」

「オッケーだよ、アヤノさん! それじゃあ……やるよ、アリスバーニング!」

『フハハハハ! 勢いぞ良し! だがこの阿吽と例えられた赤いのとこの私、青いのこと「カガ」を止められるかな!?』

 

 その通り名に違わず、「アカギ」と「カガ」の機体はそれぞれガンダムAGE-1タイタスとAGE-1スパローを半身ずつミキシングしたものが左右で反転しているという、さながらディキトゥスを思わせるカスタマイズが施されている。

 タイタスとスパローという、真逆の性質を持つウェアを単純にミキシングしたのではなく、敢えてアンバランスになることを想定した上で右半身と左半身で異なるウェアを装備したというのは、そのピーキーな挙動を扱い切るという自信の表れに他ならないだろう。

 アヤノが牽制として放ったソードビットをステップを踏むような動きで華麗に交わすと、アカギとカガはスパロー部分の手を繋いでその場で舞い踊るかのように回転し始める。

 一瞬、何をしているのかアヤノは計りかねたものの、それが攻撃の予備動作であることを悟った本能が電流のように脊髄を駆け抜けて、警告を促す。

 

「ユーナ、何かが来るわ、備えて!」

「はい、アヤノさん!」

『ハハハハハ! 気付いたか、だが防ぎ切れるかな!? 往くぞ青いの!』

『応とも、赤いの!』

『『必殺、阿吽ラリアット!!!』』

 

 スパローの半身を利用した機動力で旋回を繰り返し、遠心力を乗せて飛び出すことで、タイタスの半身が備えるビームラリアットの威力を最大限まで高めるその技こそが、「度胸ブラザーズ」の代名詞であり、そして必殺技でもあった。

 当たれば痛いで済まない阿吽の呼吸による連携は、分断を図っていたアヤノの牽制をものともせず、逆にユーナとアヤノの二人に向かってビームラリアットを展開したその二機──【ガンダムAGE-1ハーフタイタス】と【ガンダムAGE-1ハーフスパロー】はその牙を剥いて襲い掛かる。

 ──だが。

 

「悪いけれど……その攻撃は通じない! トランザム!」

 

 アヤノは超高速で突っ込んでくるハーフタイタスを一瞥すると、音声入力によって、クロスボーンガンダムXQ──クロス・クアンタムの意を持たせた愛機に備えられた新たなる力を解放した。

 赤熱化したかのような真紅に染まったクロスボーンガンダムXQは僅かな残影をその場に残し、最小限の動きでハーフタイタスの阿吽ラリアットを回避すると、無防備な後隙を晒したその背中に、バタフライ・バスターBによる二刀流を容赦なく叩き込む。

 

『なんとぉ……ッ!?』

『赤いの!』

「わたしも……負けない、負けてられない! タイガーウルフ師範に教えてもらったことと、アヤノさんにもらったこと、全部を出し切る! だから応えて、アリスバーニング……ブルーム!」

 

 そして、ユーナもまた決意と共に闘志をその双眸に宿し、バーニングバーストシステム──炎クリスタルを組み込んだことによりエネルギーの増幅と放熱の効率化を果たしたことで別物に進化した、「バーニングバースト・フルブルーム」を展開すると、超高速で迫りくるハーフスパローのビームラリアットを、まさに紙一重といったところで回避して、カウンターの回し蹴りを放った。

 

『なんとッ!?』

「わたしは……もう泣き虫なわたしじゃない、皆の足を引っ張るわたしじゃない!」

 

 ユーナの攻撃をもろに喰らう形となったハーフスパローはその体勢を大きく崩して、後隙を曝け出す。

 猛る炎を背中から放ちながらも、燃えるような輝きを放つ炎クリスタルの作用によってそのエネルギーは機体に逆流することなく外部へと放出されて、アリスバーニングブルームはその名の如く、全身に炎の花弁を纏ったかのような勇姿を、戦場に轟かせていた。

 タイガーウルフとの修行を通じてユーナが体得しようとしていたのは、あくまでも心の強さだけのつもりだった。

 だが、どこまでもひたむきな彼女の姿勢は師範の心をも動かしたのか、ユーナは気付いていないものの、トレーニングメニューにはガンプラバトルに必要な動体視力や反射神経を養うものが含まれていたのだ。

 度胸ブラザーズが誇る大技である阿吽ラリアットを回避したユーナとアヤノは、それぞれがすれ違うように狙う獲物を切り替えて、通信ウィンドウ越しに視線を交わす。

 

「ユーナ、スイッチ!」

「はい、アヤノさん!」

 

 この世界では、仮想の躯体であるとはいえ、五体が思い通りに動く。

 ユーナはロックオンマーカーをハーフタイタスに向けると、拳に炎を纏わせながら機体を加速させる。

 それはダイバーとして、という意味だけではない。

 GBNでは、己の作り上げたガンプラが意のままに動かせる。

 反射神経や操縦技術といった要素は要求されるが、タイガーウルフが語った通りに、最後に試合を決めるのは心の持ち様であり、それは、或いは愛とでも呼ぶべきものなのかもしれない。

 だが、心の持ち様であろうが愛であろうが、そこに共通しているのはイマジネーションの存在だ。

 自分はどこまでだって飛んでいける。自分が、ガンプラが一番好きなんだと、ガンプラバトルが一番上手いんだと、その拳を天高く突き上げるための翼は、背中ではなく心にこそ宿っている。

 赤熱化したクロスボーンガンダムXQと、炎を纏うアリスバーニングガンダムブルームは、それこそ阿吽のように呼吸を合わせ、互いに一撃を叩き込んだ相手にトドメを見舞うべく、己が得物を構え直す。

 

「重撃の型……雲雀剛刃!」

『くっ、赤いの、青いの、すまない!』

 

 その傍らには、ショウカクが操る、フーティエとタウヤーを装備したアルトロンガンダムとシェンロンガンダムのミキシングモデルこと、【ガンダムイーバンナタク】が、カグヤの──新たに打ち直された「無銘朧月」の一撃によってテクスチャの塵へと消えていく姿がある。

 

「セルフリッパー、カラテで行くよぉっ!」

『懐に潜り込まれたか……! すまない、黄色いの!』

 

 そして、カグヤの隣ではガンダムデスサイズとヘビーアームズをミキシングしたズイカクのガンダムデスアームズが、G-セルフリッパーが放った高トルクパンチによってあえなく爆散する姿がある。

 ならば、ここで仕損じたのでは名折れというものだろう。

 トランザムシステムによる加速がフィードバックするGに歯を食いしばりながらも、アヤノはザンバーモードに変形させているバタフライ・バスターBを構え直し、己が学び続けてきた、例え燃え尽き、燻っていたとしても振るうことをやめなかった剣を、青いのことカガが操るハーフスパローのコックピットへと、迷いなく叩きつけた。

 

「これで……終わりよ!」

『フハハハハ! 流石だ、「ビルドフラグメンツ」……! すまぬ、赤いの!』

『青いの! いいや、お前はよくやった! だが我々は「度胸ブラザーズ」! 例え逆境にあろうとも、度胸で乗り切ってみせるぞ!』

 

 アヤノがトランザムの加速力と共に叩きつけたバタフライ・バスターBによる一撃で爆発四散したハーフスパローを一瞥すると、アカギは仲間と書いてソウルブラザーと呼ぶフォースメンバーが己以外全滅したことを認めつつも、最後まで屈することはないとばかりに体勢を立て直し、突撃してくるユーナを真正面から迎え打たんとビームラリアットを構え直す。

 

『往くぞ、「ビルドフラグメンツ」のユーナ! 君の度胸を見せてみろ!』

「わかりました、赤いのさん! わたしの度胸……わたしの勇気! そしてもらったものを少しでも返すために、あなたを今乗り越えます!」

『言ったな! ならば……言葉ではなく行動で示すのだ!』

 

 アカギにもわかっていた。もうこのユーナという少女に迷いはない。

 あの日、偶然とはいえリプライで中継されていた「グランヴォルカ」戦を目の当たりにしていた「度胸ブラザーズ」は、その中でも手ひどく心を折られたユーナに同情を示していた。

 だが、今ではそれが失礼なのだとわかる。

 いくら折れても、彼女は這い上がり、また立ち上がってきた。

 それを度胸と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 

「おおおおっ! 全開、炎、パーンチっ!!!」

『ぬあああああっ! 見事だ……見事な度胸だったぞ、「ビルドフラグメンツ」、そしてユーナ!!!』

 

 自分たちが信念として掲げている「度胸」それそのものを形にしたようなその一撃に、渾身のビームラリアットを打ち砕かれながらも、アカギの心に後悔は何一つなく、むしろ晴れやかに、「ビルドフラグメンツ」が、そしてユーナ新たなる門出を果たしたことを祝いながら、テクスチャの塵へと還ってゆく。

 

【Battle Ended!】

【Winner:ビルドフラグメンツ】

 

 そして、無機質な機械音声が告げたものは、紛れもなくユーナたちの、「ビルドフラグメンツ」の完全勝利であり、常套戦術を破られながらも、誰一人欠けることなく栄光をその手に収めたという証明だった。

 ランタオ島に沈む夕陽が、戦いを終えて戦場に佇む四機のガンプラを照らし出す。

 熱が引くように、クロスボーンガンダムXQは赤熱化していた装甲が元の色を取り戻し、アリスバーニングガンダムブルームが纏っていた炎の花弁は、オレンジに染まった黄昏へと静かに還ってゆく。

 

「やったわね、ユーナ」

「うん、アヤノさん……ぐすっ、わたし……わたし……!」

「ええ、貴女は凄い。立派なファイターよ」

 

 感極まって涙を眦に滲ませるユーナを抱きとめるように、どこまでも優しく、慈しむような声でアヤノは囁きかける。

 メグも、そしてカグヤもそこにあえて口を出すようなことはしなかったが、感じている想いはきっと同じだった。

 ──おかえり。

 そして、嬉しさに涙ぐむユーナを迎えるように、GBNへの帰還と再出発を祝うかのように、ランタオ島に沈む夕陽へと、無数の鳥たちが羽ばたいてゆくのだった。




おかえり、ビルドフラグメンツ


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幕間その四:「ビルドフラグメンツを語るスレより」

第四章も幕間なので初投稿です。


【噂の】ビルドフラグメンツを語るスレ part.7【超新星】

 

1.以下、名無しのダイバーがお送りします

ここは魔境ひしめくG-Tuber界隈に突如として現れた超新星フォース、「ビルドフラグメンツ」について語るスレッドです。他のG-Tuberについて語りたい場合は専スレへ、雑談等は雑談スレでお願いします。

 

以下テンプレ

・メグ……ご存知ギャルニンジャ系G-Tuber。あたおかなヴァルガ配信から有名になった。

・カグヤ……メグが後見人をやってるELダイバー。元辻斬り

・ユーナ……元気っ子。アヤノと誤解されやすいがフォースのリーダーらしい

・アヤノ……クロスボーンガンダムを使ってるクールっ子。たまに扇子で顔を隠すのが可愛い

 

G-Tuberスレ

【今日も生まれる】G-Tuber総合スレpart.8988【G-Tuber】

https〜

 

雑談スレ

GBN総合スレpart.17820

https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

14.以下、名無しのダイバーがお送りします

スレ立て乙、しかし立つの早いな

 

15.以下、名無しのダイバーがお送りします

まああのヴァルガ配信にグラン・サマー・フェスティバルの暴れっぷりを見たら多少はね?

 

16.以下、名無しのダイバーがお送りします

二刀流に二丁拳銃のクロスボーンガンダムにステゴロバーニングガンダム、ビームすら斬り払うカグヤちゃん、ステルスジャミングギャルニンジャと属性だけでお腹一杯になりそう

 

17.以下、名無しのダイバーがお送りします

まだ早い

 

18.以下、名無しのダイバーがお送りします

配信で目立ってたのはメグは当然としてカグヤちゃんだけど俺はユーナちゃんを推すぜ、あのわかってるんだかわかってないんだかよくわからないアホの子っぷりがたまらねえ

 

19.以下、名無しのダイバーがお送りします

ワイトもそう思います

 

20.以下、名無しのダイバーがお送りします

ワイトニキは墓の下に帰って、どうぞ

 

21.以下、名無しのダイバーがお送りします

辛辣で草生える

 

22.以下、名無しのダイバーがお送りします

隠れMVPといやアヤノちゃんかな、あの子あんまり目立たないというか他のキャラが濃すぎるだけで戦場よく見てるし味方への支援も早い、伸びる素質があるわ

 

23.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあ僕は最初から「ビルドフラグメンツ」が頭角を表すことぐらい見抜いていましたけどね

 

24.以下、名無しのダイバーがお送りします

ローズガンダムアイコン兄貴、ローズガンダムアイコン兄貴じゃないか

 

25.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>24

ガンダムローズだ、二度と間違えるな

 

26.以下、名無しのダイバーがお送りします

キュリオスはガンダムキュリオスだったのにアリオスになってからアリオスガンダムになったり名称の前後が紛らわしいガンダム多すぎ問題

 

27.以下、名無しのダイバーがお送りします

当然のように最初から素質を見抜いていた宣言するガンダムローズ兄貴は何者なんですかね……

 

28.以下、名無しのダイバーがお送りします

おっとこれ以上は脱線だぞ定期

 

29.以下、名無しのダイバーがお送りします

で、何の話してたんだっけ?

 

30.以下、名無しのダイバーがお送りします

アヤノちゃん胸はないけど可愛いよねって話

 

31.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>30

は?

 

32.以下、名無しのダイバーがお送りします

胸なんて飾りです、偉い人にはそれがわからんのです

 

33.以下、名無しのダイバーがお送りします

アヤノちゃんの魅力は大きめなお尻と脚線美だから……

 

34.以下、名無しのダイバーがお送りします

一応半ナマモノなんだからそういう話も自重はしとけよ

 

35.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあこのスレにダインスレイヴ落ちてきたら洒落にならんからな

 

36.以下、名無しのダイバーがお送りします

獣を仕留めるには相応の作法がある

 

37.以下、名無しのダイバーがお送りします

(´・ω・`) そんなー

 

38.以下、名無しのダイバーがお送りします

明日の夕飯は豚カツだな……

 

39.以下、名無しのダイバーがお送りします

なんかスレ上がってたから来てみたけどこの子らなんかやらかしたの?

 

40.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>39

後見人のELダイバーの身柄を巡って戦ってた配信者がヴァルガ凸でオーガにエンカウントする屑運発揮してたから有名になったんよ、これ切り抜き

 

【URL】

 

41.以下、名無しのダイバーがお送りします

「ちょっと待って、アタシこんなの聞いてないんだけど!? ステルスジャミング徹底してんのに気配だけで斬られるって何げぶぇっ!?」狂おしいほどすこ

 

42.以下、名無しのダイバーがお送りします

メグ、時々声が汚くなるよな(褒め言葉)

 

43.以下、名無しのダイバーがお送りします

そりゃミラコロとハイパージャマーとかいうアサシン構成では鉄板のビルド組んでるのに気配だけ読まれて置き攻撃で斬られたら潰れたカエルみたいな声も出るわ

 

44.以下、名無しのダイバーがお送りします

上位のダイバーはマジで小手先の技術が通用しねーからなあ、FOEさんとこの前ヴァルガで会ったけどあの人もフレーム単位で反応してる疑惑あるし

 

45.以下、名無しのダイバーがお送りします

よくそんな魔境に潜ろうとしてんなお前ら……

 

46.以下、名無しのダイバーがお送りします

亡者も兼任してるから(ヴァルガ行きは)多少はね?

 

47.以下、名無しのダイバーがお送りします

亡者なら仕方ないな

 

48.以下、名無しのダイバーがお送りします

お前ら精神状態おかしいよ……(小声)

 

49.以下、名無しのダイバーがお送りします

いうてそのヴァルガで配信してた奴がメグだぞ、結成したてのフォースだってのに

 

50.以下、名無しのダイバーがお送りします

あれメグの話だとカグヤちゃんが提案したらしいんだよな

 

51.以下、名無しのダイバーがお送りします

えぇ……(困惑)

 

52.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあカグヤちゃん元々辻斬りやってたし……

 

53.以下、名無しのダイバーがお送りします

拙者いかにも穏やかで優しそうな見た目の子が闘争本能を剥き出しにしてるの大好き侍、義によって助太刀致す

 

54.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>53

わかるマーン

 

55.以下、名無しのダイバーがお送りします

このメンツだとユーナちゃんがちょい実力足りてない……足りてなくない?

 

56.以下、名無しのダイバーがお送りします

お前は結成したばっかのフォースに何を求めてるんだ

 

57.以下、名無しのダイバーがお送りします

つってもここ最近のフォース戦動画見てるとユーナちゃん狙い撃ちにされてること多くてな……

 

58.以下、名無しのダイバーがお送りします

筋は悪くないと思うんだけどまあ近接特化ってメタられるよな

 

59.以下、名無しのダイバーがお送りします

格闘機の対策はとにかく徹底して引き撃ちして寄らない寄せない寄ってこさせないを徹底することだって古のゲーム時代から言われ続けてるからな

 

60.以下、名無しのダイバーがお送りします

でも新人なのにステゴロビルドを組むその度胸は嫌いじゃないぜ

 

61.以下、名無しのダイバーがお送りします

懐に飛び込んだときの思い切りの良さ見る限り、ユーナちゃんも伸び代はあると思うんだよな、俺なんか原作で強かったって理由でマスターガンダム使ってた時期あったけど蜂の巣にされて結局乗り換えちまったからな

 

62.以下、名無しのダイバーがお送りします

原作での強さがそっくりそのまま反映されないのがGBNの醍醐味だからな

 

63.以下、名無しのダイバーがお送りします

ジェガンだってデビルガンダムを倒せるんだ!

 

64.以下、名無しのダイバーがお送りします

そんなどっかの平和を守れるサラリーマンみたいなこと言われても

 

65.以下、名無しのダイバーがお送りします

おい、なんか「ビルドフラグメンツ」の奴ら、「グランヴォルカ」の連中に目をつけられたっぽいぞ

 

66.以下、名無しのダイバーがお送りします

うわぁ、潰し屋かよ……あいつらまだやってんのか

 

67.以下、名無しのダイバーがお送りします

俺の推しG-Tuberはあいつらのせいで引退しちまったんだよな……まさかメグたちもそうならない、よな?

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

321.以下、名無しのダイバーがお送りします

グランヴォルカ解散しろ(憤怒)

 

322.以下、名無しのダイバーがお送りします

ライブモニター見てたけどありゃねーわ、マナー悪すぎだろ

 

323.以下、名無しのダイバーがお送りします

つってもあいつら規約は読み込んでるのかギリギリのラインでやってるからガーフレ呼べないのが厄介なんだよなあ……

 

324.以下、名無しのダイバーがお送りします

詳しく説明してください……僕は今、冷静さを欠こうとしています

 

325.以下、名無しのダイバーがお送りします

うみみ……(海底火山大噴火)

 

326.以下、名無しのダイバーがお送りします

サニー○兄貴もキレてるのクッソ珍しいな

 

327.以下、名無しのダイバーがお送りします

そりゃあいつら見てりゃそうなるでしょ

 

328.以下、名無しのダイバーがお送りします

ユーナちゃんガチ泣きしてたからなあ……許せねえよあいつら

 

329.以下、名無しのダイバーがお送りします

粛正委員会とかいう連中何やってんだよ、あいつらんとこ凸しろや

 

330.以下、名無しのダイバーがお送りします

奴さん死んだよ、凸ったはいいけど返り討ちにされてた

 

331.以下、名無しのダイバーがお送りします

申し訳ないが草

 

332.以下、名無しのダイバーがお送りします

あいつら一応クソ強いからなあ、俺も推しが引退させられた時に弔い合戦しに行ったけどボロ負けしてボロクソに煽られて三日間ぐらいはGBNにログインすらしなかったな

 

333.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>332

三日で復活できるメンタル強靭すぎない?

 

334.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあヴァルガ民やってたら多少はね?

 

335.以下、名無しのダイバーがお送りします

あいつらのメンタルはガンダリウム合金製だからな

 

336.以下、名無しのダイバーがお送りします

俺はヴァルガ民だったから耐えられたけど、ヴァルガ民じゃなかったら耐えられなかった

 

337.以下、名無しのダイバーがお送りします

でもこうしてユーナちゃんの泣き顔見てると……わりい、やっぱつれぇわ

 

338.以下、名無しのダイバーがお送りします

言えたじゃねえか

 

339.以下、名無しのダイバーがお送りします

聞きたくはなかったけどな……

 

340.以下、名無しのダイバーがお送りします

なんにしても「ビルドフラグメンツ」もここで解散かねぇ、将来有望なフォースだっただけに残念だな……

 

341.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>340

勝手に決めんな……って言いたいけど正直そうなってきた連中山ほどいるからな、やっぱ許せねえよグランヴォルカ……

 

342.以下、名無しのダイバーがお送りします

かといって報復凸しても勝てなさそうなのがな……

 

343.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>342

まあ気持ちはわかるけど落ち着け、報復凸はどんなに相手がクソ野郎だろうとやっちゃいけないんだ、俺らまであいつらと同じところまで落ちたらダメなんだ

 

344.以下、名無しのダイバーがお送りします

そうだよ(肯定)、さっさとグランヴォルカ解散しろ畜生

 

345.以下、名無しのダイバーがお送りします

この件についてはメグもだんまり決め込んでるしいよいよヤバいわよ

 

346.以下、名無しのダイバーがお送りします

俺はただ平和にメグがリアクション芸するのを見ていたかっただけなのに……どうして……

 

347.以下、名無しのダイバーがお送りします

俺はアヤノちゃんがちょっと恥ずかしそうに扇子広げて顔隠すのを見てたかっただけなんだよ!

 

348.以下、名無しのダイバーがお送りします

頼むから解散しないでくれよ、「ビルドフラグメンツ」……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

728.以下、名無しのダイバーがお送りします

【速報】ビルドフラグメンツ復活

 

729.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>728

マ?

 

730.以下、名無しのダイバーがお送りします

リプレイモニター見てたら「度胸ブラザーズ」と戦ってた

 

731.以下、名無しのダイバーがお送りします

「度胸ブラザーズ」かー、あいつらも中々どうして結構な強豪だよな

 

732.以下、名無しのダイバーがお送りします

ゆるキャラみたいなダイバールックなのに戦術がガチすぎるんよ

 

733.以下、名無しのダイバーがお送りします

アーカイブ残ってる? 残ってなきゃメグの配信待ちか

 

734.以下、名無しのダイバーがお送りします

ちょっと新着動画多すぎて探すのめんどくさすぎんよー

 

735.以下、名無しのダイバーがお送りします

でも無事みたいで何よりだわ、これでまたメグのリアクション芸が見れるな!

 

736.以下、名無しのダイバーがお送りします

何気にアヤノちゃんもユーナちゃんもメグも新機体になってんな

 

737.以下、名無しのダイバーがお送りします

アーカイブ見れねーのがつれぇわ

 

738.以下、名無しのダイバーがお送りします

リプレイモニター見てたワイ、高みの見物

 

739.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>738

おう詳細報告あくしろよ

 

740.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>738

レポあげて やくめでしょ

 

741.以下、名無しのダイバーがお送りします

つっても動き早くて細部まで観察できたわけじゃないからな、メグはなんかパーフェクトパック改造してたし、アヤノちゃんはフルクロスみたいな装備になってたしユーナちゃんは多分ゼロ炎組み込んだのかな、そんな感じだった、ついでにカグヤちゃんの刀も新しくなってた

 

742.以下、名無しのダイバーがお送りします

>>741

有能、たすかる

 

743.以下、名無しのダイバーがお送りします

全員が一応装備一新してんのか、心機一転って感じなのかな

 

744.以下、名無しのダイバーがお送りします

パーフェクトパックを背負ったニンジャとは一体

 

745.以下、名無しのダイバーがお送りします

ニンジャといえばカラテ、ノーカラテノーニンジャ、いいね?

 

746.以下、名無しのダイバーがお送りします

アッハイ

 

747.以下、名無しのダイバーがお送りします

リプレイ見てたわけじゃないからなんともいえねーけどメグのG-フリッパー単品だと戦闘力に欠けるところを補った感じかな、他は順当な強化っぽい

 

748.以下、名無しのダイバーがお送りします

カグヤちゃんの刀はフルスクラッチくさいな、似てるデザインの刀がない

 

749.以下、名無しのダイバーがお送りします

またプラ板に図面引いて切り出して削る作業が始まるお……

 

750.以下、名無しのダイバーがお送りします

積層にしろ箱組みにしろフルスクはようやるわ

 

751.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあ何にせよ、解散せずに「ビルドフラグメンツ」が戻ってきて本当に良かったな

 

752.以下、名無しのダイバーがお送りします

一時期スレも大荒れ通り越してお通夜だったからな……こんなに嬉しいことはない

 

753.以下、名無しのダイバーがお送りします

なんかメグのチャンネルつけてみたら近日中に「度胸ブラザーズ」戦の編集動画上げるってよ

 

754.以下、名無しのダイバーがお送りします

マジか

 

755.以下、名無しのダイバーがお送りします

復活ッッッ、ビルドフラグメンツ復活ッッッ

 

756.以下、名無しのダイバーがお送りします

まあ何にせよ復活で何よりだわ、おかえり、「ビルドフラグメンツ」、おかえり、メグ

 

 

……………………

………………

………

……




電子の海より愛を込めて

【亡者(出典:「青いカンテラ」様作「サイド・ダイバーズメモリー」より)】……終末系G-Tuber「クオン」のファンたちを指す呼称。クオンがよくヴァルガ配信を行っているために現地でクオンから光にされるために群がることも珍しくないとか。

【粛正委員会(出典:「二葉ベス」様作「ガンダムビルドダイバーズ リレーションシップ」より)】……とある事件をきっかけに発足した、やや過激な自治行為を行うフォース。その代表である、とある二人を除けば全体的な練度は高いものではないらしい。


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第五十四話「星屑たちの帰還」

第五章に突入するので初投稿です。


「こうしてフォースネストに戻ってくると、随分と長い間ログインしてなかったみたいに思えるから不思議なものね」

 

 フォース「度胸ブラザーズ」との戦いから数日、アヤノたちはメグの動画が完成したということもあって、フォースネストに集まっていた。

 思えば、「グランヴォルカ」と戦って以来色々なことがありすぎて、実に数ヶ月ぶりぐらいの心境でいたものの、実際に経った日数を数えてみればそれほどでもないのだから、時の廻りというのは不思議なものだと、アヤノは内心でそう呟く。

 

「うんっ! なんだか懐かしいよね、アヤノさん!」

「『度胸ブラザーズ』の時はロビーで誘いを受けたものね」

 

 そんなアヤノの言葉に追従しながら、感慨深げに目を輝かせ、今まではメグたち以外の誰もいなかったのであろうフォースネストを一望するユーナも、考えていることは同じようだった。

 この数日間でアヤノとユーナがやっていたことといえば、ぶっつけ本番での戦いとなった「度胸ブラザーズ」戦から更に機体を手に馴染ませるべく各種ミッションを受けていたぐらいで、一応メグとカグヤから了承は貰っていたものの、フォースネストには立ち寄っていなかったのだ。

 単発のPvEミッションから連戦ミッション、果てはクリエイトミッションや恒常レイドバトルまで一通りのミッションをこなしてきて、光の翼にツインドライヴを上乗せするというピーキー極まる挙動をしたクロスボーンガンダムXQも、随分と手に馴染んできた。

 走馬灯のように脳裏を巡る記憶を手繰り寄せながら、アヤノは拳を握ったり開いたりを繰り返し、操縦桿の感触を思い起こすかのように感慨に耽る。

 それはアリスバーニングガンダムブルームを操るユーナも同じであり、この数日間で受けてきたミッションの中で最も実りがあったものといえば、やはりG-Tuberである「チェリー・ラヴ」が配信している「高嶺の花嫁」だろう。

 クリエイトミッションにしては珍しく難易度が分けられているそれは、上級者にとっても初級者から中級者にとってもオールレンジ攻撃への対策練習という意味合いが強く、アヤノたちは流石に最高難易度こそ突破できなかったものの、このミッションを繰り返し受注することで、ある程度ではあるものの、オールレンジ攻撃への対応力が身についてきたという確信を得ることができた。

 今度また「グランヴォルカ」とぶつかり合うことがあったなら、彼らがどんな戦術を用いてくるかは予測できないものの、少なくともヴィラノの機体がプロヴィデンスガンダムをベースとしている以上、彼に関しては戦術を大きく変えてこないはずだ。

 アヤノはそう予測しながら、開いた拳を再びきつく握りしめる。

 今度会った時が百年目だ。ユーナを、優奈を泣かせた罪はたっぷり償わせてやる──アヤノがそんな、仄暗さを宿した闘志を瞳の奥に滾らせていた時だった。

 

「やほやほー、久しぶりだね、アヤノ、ユーナちゃん」

「メグさん!」

「ええ、久しぶり。『度胸ブラザーズ』の時以来かしら」

「そうなりますね。お久しぶりです、アヤノさん、ユーナさん」

 

 フォースネストの机に座ってコンソールを忙しなく操作していたメグはその手を止めると、すぐ近くでその様子を見守っていたカグヤを連れて、アヤノたちの元へと駆け寄ってくる。

 再開を心待ちにしていたのはどうやらメグだけではないらしく、どことなくそわそわと浮き足立った感じがするカグヤの様子に小さく笑みを浮かべながら、アヤノは久しぶり、と小さく返す。

 実家のような安心感、とはいわないまでも、こうして四人が久しぶりに、フォースネストで顔を合わせたのにはなんだか心安らぐものを感じるのもまた事実であり、つい数日前に会ったばかりなのにもかかわらず、ユーナはきらきらと目を輝かせ、控えめに微笑むカグヤの手をきゅっと握りしめていた。

 

「む……」

「お、妬いてる?」

「……別に、大したことではないわ」

 

 メグからの茶化すような指摘に、アヤノは唇を尖らせてそう答えるが、唇を尖らせている時点でもう全ての答えを白状しているのに等しい。

 とはいえ、仕方のないことなのだ。

 アヤノは自分へと言い聞かせるように内心でそう呟く。

 ユーナは元々、取り繕っていた部分こそあるとはいえ、誰にでも友好的に接する女の子で、そしてカグヤは「ビルドフラグメンツ」の仲間なのだから、あんな風にスキンシップをするのも珍しいことではない。

 とはいえ、そこになんだか少しだけささくれ立ったものを感じるのもまた確かなことなのだが。

 手持ち無沙汰な右手を結んで開いてを繰り返す、完全に挙動不審なアヤノを、さながら拗ねる子供を見守る親のような視線で見つめつつ、メグはそこに、大きな変化があったのだろうと思いを馳せる。

 変わること。変わらないこと。どちらが一概にいいだとか悪いだとかは断言できないにしろ、どことなく何かを諦めた様子があったアヤノが、一つの情熱を取り戻したことは喜ばしいことなのだろう。

 そんなメグの生温かい視線に気付くことなく、拗ねて腕を組んでいたアヤノだったが、とうとうユーナもその様子に気付いたらしく、はっとした様子で目を見開き、恋人の元へと駆け寄っていく。

 

「ごめんね、アヤノさん」

「……ユーナ?」

「はい、アヤノさんとも握手! えへへ、なんだかちょっと照れ臭いかも」

 

 組んでいた腕を解いて、呆然とするアヤノの手を胸元に抱き寄せながら、ユーナは蕾が綻んだかのように、温かくも艶やかな笑みを浮かべてみせた。

 ユーナにも見抜かれてしまっている辺り、自分という人間は相当単純でわかりやすいのかもしれない。

 擬似的にフィードバックされる柔らかな感触から、血液を送り出す鼓動は伝わってこない。

 それでもそこにあの夜に重ね合わせた温もりを、心臓の拍動を思い起こしてアヤノは微かに頬を染め、空いていた手で開いた扇子で顔を覆い隠す。

 

「……その、ありがとう。ユーナ」

「えへへー、だってアヤノさんはわたしの恋び」

「こほん! ええ、本当にありがとう!」

 

 危うく全てを口走りそうになったユーナの言葉を遮るように、アヤノはわざとらしい咳払いと共に声のボリュームを引き上げた。

 ユーナと恋人であることが嫌なわけではない。

 むしろそれが誇らしくて仕方がないのだが、流石に公衆の面前で、仲間の前で私たち付き合い始めました、と宣言するのにはいささか勇気が必要で、それには少し及び腰になっていて。

 ぐるぐると頭の中を絶え間なく駆け巡る益体もない考えに、アヤノは頬を耳まで真っ赤に染めて、蒸気を噴き出しそうな頭を抱えるが、そうしている時点でもう洗いざらい全てを白状しているようなものだ。

 

「おめでとうございます。アヤノさんとユーナさんはお付き合いを始められたのですね」

 

 拙はそういった色恋に関しては疎いのですが、と、遠慮がちな笑みを浮かべながら静かに舌先から滑り落ちたカグヤの言葉は、混乱する思考回路にトドメを刺すのには十分すぎた。

 

「うんっ! わたしとアヤノさん、付き合ってるんだ! えへへ」

「……」

「……アヤノさん、もしかして、嫌だった……?」

 

 ぷすぷすと黒煙を噴き出す頭を抱え、顔を真っ赤にして俯いているアヤノの顔を覗き込んで、ユーナは桜色の瞳を潤ませる。

 そういうことではない。嫌だなんてとんでもないし、むしろユーナから一方的に付き合うのをやめるなんて言われた日には一ヶ月ぐらい寝込む自信があったし、ただそれはそれとしてこういう色恋沙汰には慣れていないから頭を抱えたくなってしまうだけで。

 あれこれと頭の中を駆け巡る考えには際限がない。このままだと言えない言葉が喉の辺りで渋滞を起こして、肯定とも取れる沈黙へと繋がってしまう。

 混乱する思考の中で唯一明晰に働く部分が導き出した直感に従って、アヤノは一度全ての考えを放り捨てると、顔を真っ赤にしたままユーナの瞳を覗き込み、GBNでは倫理コードの観点から制限されているキスに代えて、優しくその頬をすり合わせ、華奢な身体を抱きしめる。

 

「嫌なんかじゃないわ。むしろ私が……夢を見ているくらいで、その……なんというか、こういうことに慣れてないから」

「本当? 良かった! わたしもアヤノさんとお付き合いできて嬉しいから……えへへ」

 

 世界が透明な板で仕切られて、二人だけが隔離されていくような錯覚に陥りながらも、メグとカグヤが見ている前だということを思い出して、アヤノは更に頬を赤らめ、茹で蛸のような有様になっていた。

 それでもこうしてユーナと触れ合うことが、恥ずかしさ以上に嬉しいと心の中で歓声を上げているあたり、やはり自分は単純なのだとアヤノは静かに自嘲する。

 

「ありゃ、思った以上にラブラブだねぇ……ところで今日の本題入っていい感じ?」

 

 焚き付けたのが自分であることに一抹の罪悪感を抱きながらも、メグはこれ以上ユーナとアヤノが二人だけの空間に入られていては話が進まないとばかりに、苦笑を浮かべながら呼びかける。

 

「誰が焚き付けたのよ、誰が」

「本当ごめんて」

「そういえば、何か話があるって感じでフォースネストに集まったんだっけ、えへへ」

 

 メグへと恨みがましい視線を向けるアヤノに対して、ユーナはあっけらかんと──とまではいかなくとも、頬を桜色に染めながら、少しだけばつが悪そうに髪の毛を掻いて小さくはにかんだ。

 そんなユーナの呑気さもまた可愛い、と思考を横道に逸らしながらも、アヤノはこほん、と小さく咳払いをして調子を整えた。

 

「んっと……まずは動画の話かな。『度胸ブラザーズ』と戦った時のやつに編集加えてみたけど、結構好評だったっぽいかな」

「それは何よりね」

 

 メグが指先でコンソールを叩きながら、ポップさせたウィンドウに映るその動画の中では、彼女のアバターが軽妙なトークで「度胸ブラザーズ」との戦いを実況したり、時には解説に回ったりしているが、相も変わらず衰えないその話術に、アヤノは思わず感心を寄せる。

 

『おかえり』

『生きがい』

『待ってた』

『相変わらずゆるキャラみたいな見た目なのにゆるくない奴ら来たな……』

『ジャマーを相殺しやがったぞ』

『オイオイオイ、死ぬわビルドフラグメンツ』

『ほう、新機体ですか、大したものですね』

『僕は最初からビルドフラグメンツが復帰することを見抜いてましたけどね』

 

 画面の右端を流れるコメントには、純粋に戦いの趨勢を見守る声もあれば、「ビルドフラグメンツ」の帰還を祝う声もあって、様々な言葉がリアルタイムで入り乱れているものの、そのほとんどはメグが言う通り、概ね肯定的なものだった。

 再生数も落ち込みを見せているわけではなく、相変わらず十万単位を維持しており、そういう意味ではメグの再起は成功したといってもいいのだろう。

 

「そんで、こっちが多分アヤノたちには本題になるかな」

「ふむ……それは、どういう?」

 

 ばさり、と扇子を広げて問いかけるアヤノに対して、メグは動画を開いていたウィンドウを閉じると、瞬く間に別なウィンドウを立ち上げて、そこに表示されている内容をアヤノたちへと提示する。

 

「シーズンレイドバトル……メグ、これは?」

「カグヤにも説明してなかったっけ、一応公式イベントのレイドバトルなんだけど、PvP要素が入ってるんだよね」

 

 シーズンレイドバトル「光芒のア・バオア・クー」。

 メグが表示したウィンドウに表示されていた公式イベントの名前を頭の中で誦じながら、アヤノはそこに表示されている概要をつらつらと読み連ねていく。

 簡単にいってしまえば、今回のシーズンレイドバトルはPvPレイドということで、「大戦争」イベントと近しい部分があった。

 ダイバーたちは連邦軍とジオン軍の側に分かれて、星一号作戦を再現した戦いに臨むというのがシーズンレイドバトルの要旨であり、主に連邦軍はジオン軍側の空母「ドロス」「ドロワ」の撃墜と「ア・バオア・クー」要塞の陥落、ジオン軍側はNフィールドに配置された連邦軍基幹艦隊の殲滅をそれぞれ目指すことになる。

 参加人数こそ「大戦争」イベントには及ばないものの、対人要素が含まれた防衛戦と侵攻戦を兼ねたその内容は難易度が高く、所属陣営全体での連携が求められる都合、乱戦が発生する確率も極めて大きいのだが、逆にいってしまえば、腕試しの場としては最適であるといえた。

 

「なるほど……つまり連邦軍とジオン軍? に分かれて戦えばいいんですよね、メグさん?」

「んー、まあ半分正解かな、ユーナちゃん。ただ連邦ならレイドボスの『ドロス』と『ドロワ』を倒すのも目標で、ジオンならおんなじレイドボスの連邦艦隊を撃破するのも目標って感じだから色々と複雑っちゃ複雑な感じ?」

 

 メグのざっくばらんな説明に、ふんふんと感心を寄せるユーナはなんだか小動物を連想させて、そんなところとまた可愛らしいと思考回路を色恋でショートさせかけるが、与一からの言葉を思い出してアヤノは、頭を左右に振って脱線しかけた思考を元に戻す。

 

「あと、一番の特徴なのはレイドボス相当のNPDとしてアムロのガンダムとシャアのジオングが出てくることだね!」

「ガンダムとジオング……ガンダムについては拙も存じ上げていますが、ジオングとは一体どんな機体なのでしょう、メグ?」

 

 少し興奮した様子でウィンドウを操作して、シーズンレイドバトルに登場する固定戦力が記されている欄を拡大したメグに、カグヤはそう問いかける。

 一応メグとの付き合いでカグヤもガンダム作品はある程度見ているものの、そのほとんどはアナザーガンダムであり、年代が古い作品、取り分けファーストガンダムについてはそこまで詳しくないのが実情だった。

 

「んー、なんか腕飛ばしてくるやつ! オールレンジ攻撃だね」

「なるほど! わたしたちが戦ってた『高嶺の花嫁』と似たような感じなんですね、メグさん!」

「そうそう、ユーナちゃん。あっちほどオールレンジ攻撃が苛烈ってわけじゃないけどね」

 

 ジオングの特徴は色々と挙げられる……というよりは特徴しかないような機体だが、まず真っ先に警戒すべきは、ビーム砲も兼ねている腕部を射出したオールレンジ攻撃の存在だろう。

 原作においては、アムロが零距離まで接近することで封殺することに成功していたものの、メガ粒子砲があらゆる角度から飛んでくるというのはそれだけで脅威といえる。

 練習として挑んできた『高嶺の花嫁』ほどではないにしても、NPDの強さがレイドボス相当に設定されているのなら、その判断力もまた大きな脅威として数えられることに違いはない。

 

「要するに今のアタシたちの全部が試される感じだね! 悪くないっしょ?」

 

 メグはからからと快活に笑うと、ぐっと親指を立てながらそう言い放つ。

 フォース「度胸ブラザーズ」との戦いを事実上の再起戦としてGBNに復帰を果たした「ビルドフラグメンツ」だったが、相手から挑まれたのではなく、自分から挑んでいくという意味ではまだ四人揃って何かを試したわけではない。

 そういう意味では、広く機体の能力を活用することが求められるシーズンレイドバトルは、メグが言う通り今の自分たちに打ってつけだ。

 アヤノは内心でそう呟いて、ふっ、と口元に獰猛な笑みを浮かべる。

 

「ええ、悪くないわね。私は賛成よ」

「よき戦いとなりそうですね。ならば、拙も異存ありません」

「オッケーオッケー、アタシ含めて三人が賛成って感じだけど、リーダーとしてはどう、ユーナちゃん?」

 

 メグはアヤノたちの意見を取りまとめると、振り返ってリーダーからの答えを求めるが、そんなことは訊くまでもないとばかりに、ユーナの表情は晴れ晴れとした笑顔に染まっていた。

 

「もちろんですっ! えっと……それじゃあ」

「そうね、ユーナ。号令をお願い」

「わかったよ、アヤノさん! えっと……『ビルドフラグメンツ』……ファイト、おーっ!」

『応っ!』

 

 ユーナの号令に合わせてアヤノたちは掌を重ね合わせると、新たなる戦いへの船出を祝うかのように、勇ましく言葉を紡ぎ出す。

 もう一度始まるために、そしてもう一度始めるために。

 フォース「ビルドフラグメンツ」は確かにGBNへの帰還を果たし、ユーナの号令の元に、再始動を果たすのだった。




いざゆけシーズンレイド


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第五十五話「裏の裏は表」

HRがあと50ほど足りないので初投稿です。


「アタシらの所属は……連邦側かぁ」

 

 シーズンレイドバトルに際して、そのチーム振り分けが決定した旨の通知を受け取ったメグは、肩を竦めながらその情報が映し出されたウィンドウをアヤノたちへと提示した。

 連邦とジオンに分かれて、それぞれが防衛目標を守りながらレイドボスを倒すという、通常のレイドバトルからは少し外れた作戦目標が設けられているこのシーズンレイドバトルが何を意味しているかといえば、それは恐らく防衛側と侵攻側を兼任させることによって、防衛側が不利にならないようにするための配慮に尽きるだろう。

 アヤノは自軍である地球連邦陣営のスタート地点と、攻撃目標となる宇宙要塞「ア・バオア・クー」と、ジオン軍側が誇るレイドボスにして巨大空母である「ドロス」と「ドロワ」の配置を確認する。

 原作における星一号作戦と同様に、グレート・デギンとレビル将軍の座乗艦が、コロニーレーザー「ソーラ・レイ」によって焼き払われたところから始まるこの戦いにおいての有利不利を決めるのは、原作における物量ではなくダイバーたちが持つ個々の実力にかかっているといってもいい。

 メグが少しだけ渋い顔をしていたのは、その条件を加味した上で考えた場合、連邦側の方が若干の不利を背負うから、ということになるだろう。

 ジオン軍の場合はレイドボスが「ドロス」と「ドロワ」の二枚看板だとして、連邦軍のレイドボスにして防衛目標は「地球連邦軍基幹艦隊」であるために、それぞれの体力が低めに設定されているのだ。

 一応、総旗艦であるマゼラン級の体力は多めに設定されているものの、それでもジオン側の空母二隻と比べれば雲泥の差だといっていい。

 その代わりにジオン側が背負うハンデとしてはNPDとして用意されたアムロ・レイが駆る初代ガンダムの相手をしなければならないことと、用意されたNPDの兵力で劣ることなのだが、それも決定打になるとは言い難い。

 

「えっと……連邦軍だと、何かまずいんですか?」

「んー、マズいってか、ムズい?」

 

 事態があまり飲み込めていないユーナからの質問にそう答えながら、メグはコンソールにおけるマップ表示を拡大し、連邦軍の初期配置地点とジオン軍の防衛拠点である「ア・バオア・クー」への侵入経路となる四つのフィールドを指し示した。

 連邦軍の初期配置地点と近しい、地球を臨むSフィールドには空母「ドロワ」が、そして激戦が予想される大本命の価格である、サイド3を臨むNフィールドには「ドロス」が配置されており、原作と作戦の大筋が変わらないのであれば、Sフィールドを経由してからNフィールドに向かうのが王道の攻略ルートになるのだろう。

 だが、ここはGBNだ。

 例え原作のシチュエーションが用意されていたとしても、その通りになるとは限らない。

 最も兵力が手薄になっているWフィールドをメグは人差し指で指し示すと、もう片方の指先で各勢力へのフォースの振り分けリストを表示したウィンドウを、アヤノたちの方へと滑り込ませる。

 

「……なるほど、一筋縄ではいかなさそうね」

「どういうこと? アヤノさん?」

「連邦側……つまり私たちの方はチャンピオンが率いる『AVALON』が参加してくれてるけど、ジオン側には戦略家……まあ簡単にいえば頭がいい、『ロンメル』が率いる『第七機甲師団』がいるということよ」

 

 第七機甲師団。アヤノが武者震いと共に舌先へと乗せたその名前を知らないダイバーは、始めたての初心者を除けばGBNでは少数派どころか、いないといっても差し支えない。

 智将の二つ名で呼ばれる通り、もふもふしたオコジョのダイバールックに獰猛な闘争本能を包み込んだロンメルというダイバーは、頭脳戦こそをその本領としており、今回の作戦でも恐らく、原作では手薄になっていたWフィールド……つまり、ダイバーたちが「抜け道」として使用してくるであろう地点に伏兵を忍ばせている可能性が高いのだ。

 

「一見Wフィールドは手薄に見えるわ、でもダイバーたちがこぞってここからNフィールドに侵入しようとすることは相手も予測しているはず。そうなると、恐らくはNフィールドへの唯一の突入経路になるEフィールドが鉄火場になる……恐らくはそんな感じね」

 

 ロンメルがWフィールドに何か仕掛けをしてくるというのはあくまでも推測だが、最悪の可能性は常に考慮しておくべきであり、それを鑑みたのなら、Nフィールドの「ドロス」を落とし、要塞を無力化するのであれば侵入経路は自ずと一つに絞られてしまう。

 その時点で恐らく、自分たちはロンメルの掌の上で踊らされているのだろう。

 アヤノは予想される展開を舌先に乗せて言葉を紡ぐと、どうしたものかとばかりに頭を抱えて、唯一の侵入経路であるEフィールドの戦力配置を拡大する。

 Eフィールドも、本丸であるSフィールドとNフィールドに比べれば兵力の配置は手薄な方だ。

 それでも、原作においてはキシリア・ザビ直轄の特殊部隊、「キマイラ隊」が配置されていたフィールドであると考えれば、ここにも何かギミックが仕込まれているという可能性は否定できない。

 

「なるほど……よくわかんないけど、一個しか行ける道がないってことだよね、アヤノさん!」

「ええ、そうなるわね。もっとも、Wフィールドを強行突破するという選択肢もあるだろうけど……」

 

 連邦軍側が基幹艦隊というアキレス腱を抱えている以上、この戦いにかけられる時間はそうそう長いものではない。

 ジオン側が大挙してSフィールドに押し寄せることを考えたなら、Sフィールドの防衛役兼、「ドロワ」を倒すためのアタッカーを本陣に残し、Eフィールドへと戦力を投入、そこを強行突破してからNフィールドの「ドロス」を倒してチェックメイトとする短期決戦こそが、連邦側に許された唯一のシナリオといってもいいだろう。

 

「強行突破、ですか……」

 

 アヤノはあくまでもそう考えていたのだが、難色を示したのは意外なことに、普段は戦略や戦術に口を挟まないカグヤだった。

 ふむ、と小さく唸ると、カグヤはあえて、ロンメルの罠が仕掛けられているのであろうWフィールドを指し示す。

 

「何かあったの、カグヤ?」

「いえ、アヤノさんの見方は正しいと感じますし、拙としても概ね異論はないのですが……それでも、裏の裏は表、だとは思いませんか?」

 

 カグヤは口元に小さく笑みを浮かべると、戦力配置が最も手薄なWフィールドを指先で拡大しながらそう言った。

 

「裏の裏は表……?」

「……なるほど、そういう考えもあるのね」

「どういうこと? わたし、バカだからよくわかんないや、えへへ」

「そんなに謙遜しなくていいってユーナちゃん。んー、例えばさ、ユーナちゃんはここに『押すと爆発します』って書かれてるボタンがあったら、押す?」

 

 カグヤが言っていることは極めて単純だ。

 誰もがその戦力配置を見た時に、「Wフィールドには罠が仕掛けられているだろう」と判断してEフィールドに押し寄せれば、結果としてWフィールドは手薄なまま放置されるため、そこが穴となる可能性がある、ということに過ぎない。

 無論、ロンメルはそれを見越した上で罠を仕掛けている可能性もあるといえばあるのだが、その罠を踏み倒して進むことが正解になるケースも、往々にして存在する。

 ボタンの例え話に、小首を傾げながらも「押しません」と答えたユーナは、その瞳と同じ桜色の髪をわしゃわしゃとメグから撫でられながら、少しくすぐったそうに小さく笑った。

 

「ひゃあっ!? もう、くすぐったいですよ、メグさん」

「ごめんて、まあ何が言いたいかっていうと、そんな危ないもの仕掛けてある場所なんて誰も通らないけど……誰も通らないってことは、最短の近道になる可能性がある、ってことかな」

 

 屁理屈ではあるし、尚且つロンメルが、「第七機甲師団」が本気で仕掛けたトラップを全て踏み倒して進まなければならないという難題を突きつけられることは確かだが、Eフィールドの乱戦を避けて、最短ルートでNフィールドに到達したいのであればカグヤが提案した強行突破策もそうそう悪いものではない。

 

「なら……どちらにする? 安全をとってEフィールドからの突入を選ぶか、危険を承知でWフィールドからの強行突破を選ぶか」

 

 私としてはどちらでも異存はないわ、と付け加えて、アヤノは三人にそう問いかける。

 相手がフォースランキング第二位、という、最早英傑を踏み越え、魔物が恐れ慄く神々の領域に足を踏み入れているどころか、その頂に近い存在であることを考えれば、強行突破作戦は極めてリスクが高く、普通であるならば避けて通るべきものであることは明白だ。

 だが──ここはGBNで、そして、今回のシーズンレイドバトルに参加するフォースは、何も自分たち「ビルドフラグメンツ」だけではない。

 

「んー、そだね、誰かがやりたいって思ったなら……それと同じ考えの人は少しでもいるんじゃない?」

「拙もメグの意見に賛成です。確かに危険を冒すことは承知ですが、あまり時間の猶予が残されていないのならば、最短での攻略を目指すのは決して間違ってはいないはずです」

 

 前提として、自分たちだけではなく他の誰かも便乗してくれる、という構図ではあるものの、どのみち博打を打つとならば、堅実に行くよりもロマンに走りたがるダイバーというのも珍しくはない。

 誰かがやりたいと思ったことであれば、追従してくれる存在もまた現れる、というのは希望的観測に過ぎないのかもしれないし、それでいざWフィールドからの侵入を選んだのが自分たちだけであれば、間違いなく爆散するのは「ビルドフラグメンツ」の方だ。

 これは極めて分の悪い賭けであることに違いはない。

 それでも、メグとカグヤはリスクとリターンを天秤にかけた上で、強行突破作戦に今回のシーズンレイドバトルにおける命運を託そうとしているのだ。

 アヤノはどちらかといえば分の悪い賭けは好まない方だ。

 それどころか賭け事の類をやったことなど生まれて一度もないし、本音をいってしまうのであれば、「第七機甲師団」の名前と「智将」ロンメルの存在に恐れ慄いていることもあって、強行突破作戦は避けたかった。

 だが、もし──ユーナが首を縦に振ったのなら、自分もすぐさま掌を返すだろう。

 そういう確信が、アヤノの中には存在していた。

 ユーナのためなら世界だって敵に回せる。

 それは思春期の懐かせる全能感がもたらす幻想に過ぎないのかもしれない。

 だとしても、その青臭く未熟な衝動にして情動が、今のアヤノを突き動かしていることもまた確かだった。

 そう考えれば、自分の世界というのも案外狭いのかもしれない。

 幼い頃に抱いて、失った憧れを捨てることもできずに追いかけ続けていたことや、今こうして、そんな自分のことを「大好き」だと言ってくれたユーナのために精一杯虚勢を張ろうとしているのだって、その証拠だろう。

 是非はさておくとしても、一つのことに対して執着して情熱を燃やすというのがアヤノという人間の在り方であるなら、ユーナのためというのが貫き通したい目標であるのなら、それを誰かに止められる筋合いもなければ、止める理由がないのもまた確かだった。

 

「私は……ユーナが選んだ意見に従うわ。このフォースのリーダーは貴女だもの」

 

 そんな言い訳じみたことがすぐ口をついて出る辺り、ずるい女だとアヤノは一人静かに自嘲する。

 リーダーだから、の裏に隠した恋人だから、貴女だから、という言葉を空気と共に飲み下して、答えを求めるように目配せをすれば、気にした様子もなく目を輝かせて、ユーナはその問いに答えてみせる。

 

「じゃあ……強行突破で行きましょう!」

「ふむふむ……アタシらが賛成しといてなんだけど、その心は?」

「えっと、難しいことはよくわかんないですけど……メグさん、『裏の裏は表』って言ってくれたじゃないですか、それに、わたしたちが考えつくんだから、おんなじことしようとする人は必ず出てくるっていうのも、確かなはずです」

 

 小首を傾げ、ユーナは精一杯に考えた言葉を口に出す。

 多数決でただ決めた、というだけであれば、メグはプランに賛成した意見を取り下げて、乱戦が予想されるEフィールドからの突入を提案するつもりだった。

 だがユーナは、他でもないメグ自身の意見を噛み砕いて納得したらしく、わたわたと身振り手振りを交えてこそいるものの、自分なりの結論もまた導き出せている。

 ならば心配も杞憂だったか、と苦笑するメグの心を知ってか知らずか、太陽のような笑顔を浮かべながら、しかし強い意志をそこに宿して、ユーナは真っ直ぐにその桜色の瞳を向けていた。

 

「一応言っとくけど、Wフィールドは多分地獄だかんね? 言い出しっぺのアタシとカグヤがいうことじゃないかもしれないけど……それでも、本当にいい系? ユーナちゃん」

「はい! えっと……他の人が来てくれなかったら、その時はその時っていうか……わたしたちだけでも突破しましょう!」

 

 それがどんなに難しくたって。

 それがどんなに不可能であるといわれたって。

 他人の目から見れば、無理、無茶、無謀の三拍子が揃ったその作戦を実行すると、そして実行のみならず完遂してみせると、ユーナは確固たる意志をもって、そう宣言する。

 

「そうです、ユーナさん。戦う前から弱気になっていては、戦うものも戦えない……これは、拙たちにとっての試練と見ました。なればこそ、乗り越えてみせる気概も湧くというもの」

 

 ユーナの言葉に同意を示すカグヤの瞳は、そこにある戦いを前に燦然と輝いていて、やはり彼女は「武」の道を追求するサムライたちのデータから生まれてきたのだと、アヤノはそんな確信を抱く。

 試練。フォースランキング二位という頂に近い場所に座する神々の一柱が仕掛けた絡繰は、言い得て妙なのかもしれない。

 神は乗り越えられない試練は与えないとどこかの誰かが言っていたが、GBNに座するトップランカーたちは勝利を譲るつもりなど断じてなく、乗り越えられないような試練を平気で課してくるような存在だ。

 それでも、今の自分たちの実力がどこまで及ぶのかを試すのであれば、頂の景色を一目見るという意味では、この作戦は決して悪くないものだといえる。

 

「ユーナがそう言うのなら、私から言うことは何もないわ。ただ勝利のために全力を尽くす……それだけよ」

「ありがとう、アヤノさん。それじゃあ……『ビルドフラグメンツ』、ファイト……おーっ!」

『応!』

 

 ユーナが号令をかけると同時に差し出した右の掌に、アヤノたちは己のそれを重ね合わせて、力強い答えを返す。

 気合だけでどうにかなる話ではないのかもしれない。

 根性なんて意味を持たない話なのかもしれない。

 だとしても、戦う前からそうやって言い訳を重ねて逃げ続けていれば、いつしか本当に戦えなくなってしまう。

 何より、言ってしまえば元も子もないかもしれないが、これはレイドバトルだ。

 例え「ビルドフラグメンツ」が倒れたとしても、参加するフォースが全滅するか、防衛対象である連邦軍基幹艦隊が壊滅させられるかしない限り、負けではない。

 ならば、躊躇う理由なんてどこにもないはずだ。

 勿論、犬死をしていたずらに味方の戦力を減らすつもりもないが、メグが言っていたように「裏の裏は表」という言葉を噛みしめるように、アヤノは「智将」ロンメルが仕掛けてくる手管を想像し、背筋を震わせながらも、上等、とばかりに小さく口角を吊り上げて、闘志を露わにするのだった。




待ち受けるは智将の手管


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第五十六話「不可視の弾丸」

ガンプラが品薄なので初投稿です。


 シーズンレイドバトルの戦場は、鉄風雷火が吹き荒ぶといった様相を呈していた。

 侵攻側ながらも防衛目標を抱えている地球連邦チームはNフィールドに突入した瞬間、空母「ドロワ」を撃墜すべく我先にと戦場へと飛び込む者、そして本丸である「ドロス」と宇宙要塞ア・バオア・クーを制圧すべく、ロンメル率いる「第七機甲師団」が罠を仕掛けていることを警戒してEフィールドへと吶喊する者、そして連邦側のアキレス腱にして本丸である基幹艦隊の防衛に徹する者と、概ね三つの勢力に分けられていた。

 

『いいか、FOEさんはEフィールドに向かった! つまり「ドロワ」に関しては俺たちでRTAするしかねえ!』

『基幹艦隊に敵の兵力を向かわせるなよ!』

『一番槍は譲るかよ、「リビルドガールズ」に続け!』

 

 騒然とする群衆の波をかき分けるように、アヤノたち「ビルドフラグメンツ」も、敵拠点への侵攻に向かうべく戦列に合流するが、目指す場所は大勢が押し寄せて乱戦状態になっているEフィールドではなく、「第七機甲師団」が罠を仕掛けたであろうことを予想して、多くのダイバーが忌避しているWフィールドだ。

 脇目も振らずにWフィールドを目指すアヤノたちを、正気か、と一瞥するダイバーたちは数多いが、一フォースの奇行にいちいち構っていたのでは、シーズンレイドバトルでは命取りだ。

 いかに早く敵のレイドボスを討伐し、いかに早く本丸を抑えるかということが求められている上に、勢力全体で事前の打ち合わせがあるわけでもない以上、どう攻めるかについての裁量は個々のフォースに委ねられている部分が大きい。

 とはいえ、裏の裏は表だというメグの言葉と同じような考えを抱いているフォースは決して少なくはない。

 乱戦を避けて、トラップの突破だけで本丸に到達できるのであれば結果的にそっちの方が早いとばかりに、ウェイブライダー形態に変形したゼータプラスC1型の編隊が、一番槍を務めるかのようにWフィールドへと突撃していく。

 

「メグ、どうするの?」

「んー……ちょっち悪いけど、あの人たちに先を譲って様子見かな」

 

 別に、シーズンレイドバトルの戦場において一番槍を務めることに、何か名誉があるわけではない。

 ただ、迎撃が手薄とはいえ明らかに先行しすぎているゼータプラスの編隊と足並みをそろえるべきかそうでないか、という問いをアヤノはメグへと投げかけたのだが、やはりというか、返ってきた答えは当然ながらも無情なものだった。

 一番槍に興味もなければ、トラップが仕掛けられていると予想されている危険地帯に飛び込むのだから、後出しで情報を仕入れるという選択肢は決して責められるものではない。

 フィルムビットを射出して、ゼータプラスたちの後続にそれをつけると、メグはNフィールドに吹き荒ぶ弾幕砲火を掻い潜りながら、Wフィールドへと続く道を進んでいく。

 アヤノもまた、先行するメグの背中を追うように、バタフライ・バスターBで接近する敵機だけを叩き落としながら、「光の翼」を展開し、強引にジオンチームからの迎撃を振り切って突き進む。

 

「すごい、機体が思った通りに動く……よーし、アヤノさんたちに負けないように追いつくよ、アリスバーニングブルーム!」

「拙も負けてはいられませんね、推して参ります!」

 

 機体を新調したばかりのユーナは、向上した機動力と反応速度、そして一から作り直したことでそれらに耐えうる強度を確保したフレームが文字通り骨子となって機体を支える、アリスバーニングブルームの挙動にすっかりご満悦だった。

 炎の翼を拡げて戦場を飛び回るユーナを撃墜しようと、Nフィールドに陣取る「ドロワ」から出撃した【ヅダ】は対艦ライフルのターゲットスコープに、アリスバーニングブルームの姿を収めようとするが、その一瞬の隙を縫うかのようにすれ違ったカグヤに一刀両断されて、テクスチャの塵へと還っていく。

 フルスクラッチで作り上げられた「無銘朧月」の切れ味は、「菊一文字」と比較して向上しているだけではなく、積層による制作を選んだ都合で重量も嵩んでいることから、一撃の重さが段違いなのだ。

 

『クソ……っ、強いぞあいつら!』

『落ち着け! Wフィールドに突っ込んでいく奴らなんか放っておけばいいんだ! それより俺たちは「ドロワ」を守る!』

『了解した! こちらは基幹艦隊の攻略に回る!』

 

 進撃を続ける「ビルドフラグメンツ」を取り逃がしたことに舌打ちしながらも、「ドロワ」から飛び出してきたジオン系のガンプラで乗機を統一しているフォースは、アヤノたちがわざわざ手の込んだ自殺に等しいWフィールドへの吶喊を選んだということで、そう吐き捨てると共に追撃を諦める。

 

「追ってはこないのね」

「ってことは、この先何かがありますって白状してるようやもんだけどね」

「隠す必要もない、ということでしょう」

 

 フォース「第七機甲師団」の実力は、ダイバーであれば誰もが知っているところだ。

 そんな彼らが直々にトラップを仕掛けたとジオン側チームに触れて回っているのであれば、そこに期待することはあっても心配するようなことは何もない、といったところなのだろう。

 事実、Wフィールドは小康状態すら通り越して奇妙なまでの沈黙に包まれており、ゼータプラスの編隊が乗り込んだのに続いて我先にとトランザムを起動して突っ込んでいくGN-XⅣに、マルチランチャーパックを装備したウィンダムを護衛するように、ドッペルホルンを装備したダガーLが四機、陣形を組んで「ビルドフラグメンツ」を追い抜いていく。

 

「……妙ね、静かすぎる」

 

 アヤノはメグが意図的に侵攻速度を落としているのに合わせる形で、光の翼の展開を止めてその背後へ付かず離れずの距離を保っていたのだが、奇妙なまでに「何か」が起こる気配がない。

 どう考えても自爆特攻を覚悟で一番槍を務めたゼータプラス隊の反応が未だにアクティブであることを鑑みても、もしかすればロンメルが「Wフィールドに罠を仕掛けた」ということ自体がブラフなのではないかと疑いたくなる、そんな沈黙が続いたその時だった。

 

『こちらアルファ1、機雷の敷設を確認した!』

『ロンメルにしてはベタなトラップだが……了解した、爆装している「ピースメーカーズ」は下がってくれ! 我々「GN-XⅣ's」が機雷の処理は引き受けた!』

 

 アヤノたちから大きく距離をとって、既にWフィールドへと侵入していたゼータプラス隊からの通信を受けて、彼らに続いて空域に到達していたGN-XⅣの集団が、所狭しと並べられた機雷に向けて、両手で保持したビームライフルを放つ映像が、メグが仕掛けていたフィルムビットからアヤノたちへと共有される。

 確かに、機雷の敷設だけかトラップだとすれば、「智将」の二つ名も地に落ちたものだと一笑に付すことができたのかもしれない。

 事実、広域通信で共有された「トラップは機雷」という情報を受けて、今までWフィールドへの突入を躊躇っていたダイバーたちが次々と、アヤノたちを追い抜いて戦闘空域を形成していく。

 

「どうしますか、メグさん? わたしたちも行っちゃいますか?」

 

 とうとう、ぽつんと戦闘空域と戦闘空域の中間地点で足を止めることになってしまった「ビルドフラグメンツ」を代表して、ユーナが今まで「待て」を繰り返していたメグへと、どことなくそわそわとした調子でそう問いかけた。

 

「んー……フィルムビットからの映像に特段異常はないけど……なんか、怪しくない?」

「メグ。怪しい、とは?」

「ん……カグヤはさ、なんかこう……呆気なさすぎると思わない?」

 

 ただのフィーリングで悪いんだけどさ、と前置きして、メグは訊き返してきたカグヤへと更に問いを投げ返す。

 メグの疑問は至極もっともなものだった。

 アヤノも先ほどから、フィルムビットを通して共有されているWフィールドの最前線からの映像を見ているが、機雷源を防衛ラインとして先行したフォースの迎撃に当たっている部隊の攻撃は散漫で、デブリの影に砲台が設置されていたりとトラップらしいトラップは仕掛けられていても、どれも、殺気とでも呼ぶべきものが感じられない。

 まるで手当たり次第に効果も考えず罠を敷設してみました、なんてお粗末なことをあの「第七機甲師団」が仕掛けてくるだろうか。

 そう考えれば答えは間違いなくノーであるのだが、現状を示す映像は、その答えを否定するかのように散漫で、お粗末な攻撃に終始している。

 

「確かに……もしや、『第七機甲師団』がトラップを仕掛けたということそのものが嘘だったのでは?」

「そうだったの!? ならわたしたちも急がないと! カグヤさん、メグさん、アヤノさん! Sフィールドで敵のレイドボスを倒さないと──」

 

 雷が轟いたのは、焦りに駆られたユーナが、コンソールに向けてわたわたと身振り手振りを交えながらそんな通信を送った直後のことだった。

 宇宙を引き裂くかのようなけたたましい音がフィルムビットを通して聞こえてきたかと思えば、爆発音がさながらパズルゲームのように連鎖して、何が起こっていたのかもわからないダイバーたちの悲鳴が、遅れて広域通信から響き渡る。

 

『何が起こった!? 状況を報告しろ!』

『わからん、光が押し寄せて──うわああああっ!』

 

 そして、災いを齎す轟雷は波濤となって、宙域付近で自分たちとどうようにまごついていたダイバーたちへと容赦なくその牙を剥く。

 

「ユーナ、緊急回避!」

「はい、アヤノさん!」

「カグヤ!」

「承知しています、メグ!」

 

 なんとか到達前に散開することで難を逃れることこそできたものの、Wフィールドへと集結していた最前線のフォースはそのことごとくが壊滅しており、初見殺しも何もあったものじゃないと、アヤノはその惨状に思わず溜息をついた。

 ──初見殺し。

 己が呟いていた言葉を反芻するように、半ば反射的にアヤノは再び繰り返す。

 確かに、防備が甘いと油断をさせたところに集まった相手に対して何かしらの高エネルギー攻撃を叩き込むのは、奇襲としてこれ以上ないほど有効だろう。

 だが、タネがバレてしまえばそれまでの話でもある。

 

『ハイメガキャノン……違う、ロンメル隊ならビッグガンか!?』

『だが、タネが割れちまえば後は強行突破で何とかなるはずだ! 再チャージにも時間がかかる、今のうちに全力突破を──!?』

 

 奇しくもアヤノが考えていたことと同じ結論に至り、それを行動へと移していたダイバーもいた。

 奇跡的に生き残っていた残存戦力を取りまとめ、進撃の号令をかけたガンダム試作1号機フルバーニアンを操るダイバーが、大きく後退したWフィールドの戦線を再び押し上げるべくブーストを噴かした、その瞬間を穿つかのように、「何か」が虚空から飛来し、その背後からコックピットを貫いていく。

 

「メグ、何が起きてるの!?」

「わかんない! フィルムビットはさっきのでやられちゃったし……でも、ちょっと身体張って偵察してくるから!」

 

 アヤノの問いかけに勇ましくそう答えると、メグはパーフェクトパックの機能をリフレクターモードに切り替えて、同時にミラージュコロイドを展開しながら、禍群の稲妻が降り注ぐWフィールドへと先行する。

 

『一体何が起きて──ぐあああっ!』

『クソッ、ロンメルの野郎、意地でもWフィールドを抜かせないつもりかよ!? うわあああッ!』

 

 メグはジャマービットからハイパージャマーを起動すると、しばらくは相手のレーダーから逃れられる時間を作り出し、最前線で次々と爆散していくガンプラたちを、注意深く観察する。

 おそらくは初撃をBWSのパージで凌いだのであろうリ・ガズィも、その後ろにいたフォースインパルスガンダムも、それぞれ違った方向からの攻撃によってやられていった。

 だが、メグの目から見て、それらの攻撃が全く別なものであるとは思えず、むしろ同じ性質を持った弾が何故か別々の方向から飛んできた、と表現した方が正しいという不可思議な事態に、小首を傾げる。

 少なくとも、Wフィールドに安全地帯の四文字は存在しないようだ。

 後方でまごついていたダイバーもまた、死角からの一撃によって爆散したのを見届けると、メグはすぐさまアヤノたちにその映像を転送して呼びかける。

 

「気をつけて、アヤノ、カグヤ、ユーナちゃん! そこはもうキリングレンジに入ってる!」

「わかったわ、でも何が飛んで……っ!?」

「わかんない、とにかく速度で振り切るしかない! 足止めたら死ぬかんね!」

 

 ハイパージャマーとミラージュコロイドの残り時間を確認しながらメグはアヤノたちにそう伝えると、飛んできた「全てが違う角度からの弾丸」について思索を巡らせる。

 そういう性質の攻撃に関して、メグは心当たりがないというわけではない。

 以前に自分のチャンネルで行った、「GBNにおけるギャル系ダイバーによる雑談配信」にゲストとして来てもらったダイバーの中に、超長距離射撃と、そんな「不可視の弾丸」を組み合わせたという常識外れの芸当を行える女性が──フォース「春夏秋冬」の狙撃手にしてマッパーを自称する元ギャルこと「モミジ」がいたことを、メグは思い出す。

 その不可視の弾丸の絡繰は何だったのか。必死に頭を捻って、考える。考える。

 少なくともそれが到底個人でやれるような芸当ではないにしたって、GBNがゲームであるならどんな攻撃にもタネや仕掛けは必ず存在しているのだ。

 理不尽を強いるゲームはただのクソゲーでしかない。

 詠み人知らずなそんな格言を脳裏に浮かべながら、思考回路をフル回転させた果てにメグは、ようやく一つの結論に辿り着く。

 

「──そっか! 跳弾……反射だ! アヤノ、カグヤ、ユーナちゃん! それからこの通信を聞いてる皆! Wフィールド全体にリフレクタービットが仕掛けられてて、多分ビッグガンの出力を絞り込んだヤツを反射してるかもしんない!」

 

 だからどう気をつけて、といえるわけでもないのが、ロンメルが立てた作戦の恐ろしさだった。

 メグはとりあえずは生き残った中でもまだWフィールドからSフィールドへの侵入を試みているダイバーたちに向けて全力で警告したものの、この戦域全体が「第七機甲師団」のキリングレンジと化している以上、気をつけられるようなことは何もなく、むしろ自分たちはまんまと誘い出されて鳥籠の中に閉じ込められたのに等しい。

 裏の裏は表だが、表通りをガラ空きにしておく者はいない。

 メグが狼狽する裏で、その様子を掌握しながらほくそ笑む芦毛のオコジョが獰猛な笑みを口元に浮かべた、そんな気がした。

 アヤノはトランザムを起動させると、全周囲を警戒しつつ、まごつき、足を止めている間に撃墜されていくダイバーを尻目にぐいぐいと戦線を押し上げていた。

 

「そう、安全地帯が存在しないなら、機動力で振り切るしかない──!」

 

 アヤノの言葉は誰に向けたわけでもなく、ただ虚空にぽつりと投げかけられたただの呟きに過ぎなかった。

 だが、広域通信を切っている暇もなかった都合上、その言葉は細波のように戦場を伝って、やがて一人の男の元へと辿り着く。

 

「──そう、よく言ってくれた! そしてよく見破ってくれた、『ビルドフラグメンツ』の諸君! 各機、聞いたな! 足を止めずに……我々『AVALON』はWフィールドをこのまま強行突破する!」

 

 待ちの姿勢に徹していたのは、何もアヤノたちばかりではない。

 偵察機を先行させて、同じように「不可視の弾丸」の秘密を探ろうとしていたそのフォース──「第七機甲師団」がランキング第二位であるならば、頂点である第一位に燦然と君臨するフォース「AVALON」を率いる男にして、個人ランキングにおいても第一位の座を不動のものとする男──クジョウ・キョウヤは力強くそう宣言した。

 それが進撃の大号令となったかのように、どこから飛んでくるかもわからない不可視の弾丸が狙うWフィールドという鳥籠を打ち破るべく、生き残ったダイバーたちも鬨の声を上げて、全力でブーストを噴かす。

 

「これが……チャンピオン……」

 

 アヤノは呟いた言葉が届くのを狙ったわけではない。

 だが、図らずもクジョウ・キョウヤへと届いたことで彼が打った演説によって、ガタ落ちしていたWフィールドの士気が立て直されていくそのカリスマに、アヤノは驚愕の言葉を呟くのだった。




その男、チャンピオン

Tips:

【モミジ(「二葉ベス」様作「ガンダムビルドダイバーズ レンズインスカイ」より)】……マッパーを自称する元ギャルにして13kmスナイプを実現させた、GBNでも指折りの狙撃手の一人。リフレクタービットを利用した跳弾攻撃も得意であり、メグがロンメルの立てた作戦に気付いたのもモミジと以前コラボしたことがあったためである。


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第五十七話「光芒のWフィールド」

ブライダルとときんが引けなかったので初投稿です。


『ほう、この絡繰をもう見破るダイバーが出てくるとはね』

 

 Wフィールドに引かれた最終防衛ライン、ビッグガンが戦列を作り上げるその中心に佇んだ赤い頭が目を引くグリモアの改造機──【グリモアレッドベレー】に搭乗するそのオコジョは、関心深そうに呟くと、そっと目を細める。

 トラップというのは、何重にも仕掛けることで本命への意識を散漫にさせ、更に本命はタネがバレていたとしても対処が容易ではないものを用意することで初めて完成するものだ、というのが少なくともロンメルの持論であったし、この、デブリに偽装した巨大リフレクタービットとビッグガンの組み合わせによる「鳥籠の陣」はまさにそれを象徴するかのような作戦だった。

 足を止めれば即座に死角から撃ち抜かれ、更にはリフレクタービットの配置を能動的に変えることで動いている相手に対してもその死角から狙い撃つことが可能になる都合、相当な機動力がなければまず「第七機甲師団」のスナイプを抜けることは叶わない。

 さながら反射衛星砲のように、今もダイバーたちの死角をついて放たれるビッグガンによる精密射撃は、可変機ならばと突撃してきたZガンダムのコックピットを撃ち抜き、射線から位置を割り出し、カウンターの一撃を放とうとしたダインスレイヴ装備のグレイズをテクスチャの塵へと帰せしめる。

 

『さて……強行突破を試みるとはいったが、どう出るか見ものだな、キョウヤ』

 

 宿敵である男の、そしてこのGBNの頂点に君臨するチャンピオンの名を呟いて、ロンメルはリフレクタービットの反射角を調整するように指示を下し、エネルギーチャージが完了したビッグガンから順次発射するように、無言でその手を振り下ろす。

 漫画作品「機動戦士ガンダム サンダーボルト」に登場するその兵器は、エネルギーチャージに莫大な時間がかかるものの、サンダーボルト宙域という特殊な地形に隠れ潜むことで連邦軍に辛酸を舐めさせていたのだが、ロンメルはそれに更なる改良を加え、外付け式のGNドライヴによってエネルギーの供給を更に効率化していた。

 これによって、ビッグガンの欠点である「連射が利かない」というウィークポイントを補いつつ、更に出力を絞り込むことで広域殲滅モードと収束射撃モードへの切り替えを可能とした、GNビッグガンとでも呼ぶべきものは、巨大リフレクタービットと併せて、このWフィールドにおいて絶対的な支配権を確保している。

 だが、何事にも例外というものは存在する。

 

『第一防衛ライン、突破されました! 「AVALON」以下、いくつかのフォースが強行突破を試みているようです!』

『やはり、そう簡単に撃ち抜かれてはくれないか……次弾装填! チャンピオンは私が引き受ける、君たちは引き続き残存戦力への露払いを頼んだぞ』

『サー、イエッサー!』

 

 フォース「ビルドフラグメンツ」のメグが鳥籠の陣の秘密を暴き、チャンピオンが進撃の大号令を発したことによって、連邦軍側の勢力はガタ落ちしていた士気を立て直し、今や「AVALON」を先頭に一つのまとめ上げられた集団としてWフィールドを突破しようと試みている始末だった。

 リフレクタービットの存在を想定よりも早く見破った「メグ」というダイバーのファインプレーもあるのだろうが、「自分たちが切り込む」というその一言だけでガタガタになっていた自軍勢力の気勢を再び取り戻してみせたチャンピオンのカリスマもまた恐るべきものだ。

 

『ビルドフラグメンツか……因果な名前だよ』

 

 ロンメルは先行させたグリモアレッドベレーのコックピットで、かつて辛酸を舐めさせられたフォース……「BUILD DIVERS」とよく似た響きを持つそのフォースの名を誦じて、自嘲するようにふっ、と口元に笑みを湛えた。

 まさか、似たような名前のフォースに二度も辛酸を舐めさせられるのは御免被るといった風情で、追随する何機かの随伴機が鶴翼陣形を乱していないことを確認すると、ロンメルは機体をフェニックスモードに変形させ、相変わらず出鱈目な速度でビッグガンによる狙撃の網を掻い潜るチャンピオンの乗機──【ガンダムAGE IIマグナム】と接敵する。

 

「やってくれたな、大佐!」

『君こそ、あれほど落とした士気を一瞬で立て直すとはね』

 

 ビームサーベルとチェーンソーがぶつかり合い、火花を散らす中で、通信ウィンドウに映ったチャンピオンは額に冷や汗を浮かべながらも、決して動揺することなく、グリモアレッドベレーによる攻撃をいなし、更にはその隙をついて放たれたビッグガンによる狙撃をも、舞い踊るように回避してみせる。

 正直なところ、全方位から飛んでくるかもしれない狙撃を避けることで精一杯だったアヤノにとって、チャンピオンの挙動はまさしく「わけがわからないもの」としか言いようがなかった。

 クロスボーンガンダムXQの機動力で、デブリに偽装したリフレクタービットからの跳弾を回避すると、バタフライ・バスターBをザンバーモードに切り替えて、綾乃はリフレクタービットの一つを両断する。

 

「これじゃあ、焼け石に水ね……!」

 

 とはいえ、何基戦場に設置されたのかわかったものではないリフレクタービットを一基潰しただけでは、呟いた通り焼け石に水、ほとんど無駄だといってもいいだろう。

 だが、それでもやらないよりはいい。

 やった方が遥かにマシだとばかりに、ウイングガンダムゼロ炎から移設したウイングバインダーから炎の翼を噴き出して戦場を駆け抜ける、ユーナのアリスバーニングも、カグヤのロードアストレイオルタもまた、あちこちに敷設されたリフレクタービットを破壊して回る。

 

『リフレクタービット、損耗率三割を超えました!』

『落ち着きたまえ、十二番、十八番、三十二番連動。ビッグガン隊は「ビルドフラグメンツ」に標的を定めて各個撃破せよ』

『はっ!』

 

 最後のトラップとした前線に飛び出したロンメルに代わる形で、濃紺に染め上げられた指揮官用ギラ・ドーガを駆るダイバー……「第七機甲師団」の副官にあたる「クルト」は手短に指示を下すと、「AVALON」をある種囮にする形で、侵攻の道中に、その手土産だとばかりにリフレクタービットを破壊していくアヤノたちを睨みつけた。

 事前に調べていた情報では、人気のG-Tuberが所属する新興のフォースだということぐらいしかわからなかったものの、こうして対峙してみれば、彼女たちはただの配信者ではなく、それなりに鉄火場を潜ってきたのだということがわかる。

 防衛ラインを踏み越えて、ビッグガン隊の元に到達しようと先行していたアヤノとクロスボーンガンダムXQに対して、クルトはビームアックスを展開すると、その真下という死角からの近接戦を試みた。

 

「……殺気!?」

 

 だが、紙一重で上回っていたのはアヤノの方だった。

 武芸者として鍛え上げられた危機感知能力が、あるいは防衛反応がとっさに機体を動かしたことで真下から斬り上げてくるその一撃を躱してみせると、アヤノは両肩のバインダーからソードビットを射出し、クルトに対してのカウンターを試みる。

 しかし、相手はフォースランキング第二位という栄冠を手にしたフォースの副官だ。

 そう簡単に事が運んでくれるなど、最初から思っていなかったが、老獪な動きでソードビットの嵐を回避し、最低限、直撃コースで飛んでくるビットだけをシールドで防いだクルトは、残った部下たちに招集をかけて、ユーナとカグヤをも取り囲むように陣形を立て直し、常に二対一を作り上げるように指示を下す。

 

『良いか、ツーマンセルを崩してはならない。相手は格闘戦に偏重している、常に引き撃ちを心がけておけ』

『サー、イエッサー!』

「……やっぱり、そう簡単には通らせてくれないのね、でも!」

 

 戦場全体を俯瞰してみれば、この戦いで劣勢なのはどう考えても連邦軍チームの方であることに疑いはない。

 ビッグガン隊がリフレクタービットを利用して今も後続のグスタフ・カールやジェガンD型といった機体を撃ち抜き続けている以上、あれを止めなければ勝ち目はないのだが、肝心要の「AVALON」とクジョウ・キョウヤに関してはロンメルが直々に抑えている。

 副官である「エミリア」と「カルナ」も奮闘こそしているものの、「第七機甲師団」が総力で足止めにかかっていることでそのポテンシャルを発揮しているとは言い切れず、それを示すかのように、ビッグガン隊は今も欠けることなく全機揃っての鶴瓶撃ちを続けている始末だった。

 だが、切り札を切っていないのはこちらも同じことだ。

 そろそろだろう、と判断したアヤノはクルトと鍔迫り合いを続けながらもオープンチャンネルを切って、プライベート回線によって、ミラージュコロイドとハイパージャマーで姿を隠し続けていたメグへと通信を送る。

 

「メグ、もう十分でしょう?」

「オッケーだよ、アヤノ! さてさて……それじゃ行っちゃいますか! 忍法、フォトン撒菱の術ってね!」

 

 ちょうどミラージュコロイドとハイパージャマーがタイムリミットを迎えたことで、テクスチャが剥がれるように戦場へと姿を表したメグのG-セルフリッパーは、パーフェクトパックの天面をビッグガン隊に向けると、そこから光の粒とでも呼ぶべきものを射出した。

 ──フォトン・トルピード。

 メグは撒菱などと呼んでいたが、実態はそんなに可愛らしいものではなく、GBNにおいてはゲームバランスの都合上威力がかなり抑えられているものの、原作ではかなり絞り込んだ出力であったとしても、掠めただけで機体が蜂の巣になるような威力を持った武器の名前だ。

 そんな武装のキリングレンジに入っていたことこそが、ビッグガン隊にとっての不幸だったのだろう。

 ふわり、と展開された光の粒は、機体の撃破には至らずとも、ビッグガンの砲身へ、対消滅によって穴を空けることでそのことごとくを無力化してみせる。

 

『なんと……やってくれたな、キョウヤ!』

「いいや、僕は何もしていない。彼女たちが……「ビルドフラグメンツ」が奮闘したからこそ、この結果はもたらされている!」

『まさかこうも……ええい、打ち所が悪いとこんなものか……!』

 

 チャンピオンと、彼が率いるフォースである「AVALON」を警戒することは決して間違っていない。

 ロンメルは忌々しげに奥歯を噛み合わせるが、後悔は先に立つことはなく、そして対峙するクジョウ・キョウヤという男がそう簡単に退いてくれるはずがあるだろうか。

 あるはずがない。少なくとも、鳥籠の陣の絡繰が見破られた時点で、警戒を優先すべきはチャンピオンではなく、あのメグという少女──そして彼女たちが所属する「ビルドフラグメンツ」だったということなのだろう。

 ビッグガン隊が無力化されてしまえば、いかに「第七機甲師団」といえども、その瞬間にWフィールドは連邦軍チームにとっての通り道と化す。

 だが、フォトン・トルピードを防ぐ手立てがビッグガン隊には存在しないのだから、これは戦術レベルでのミスだと認め、ロンメルは膝部のシザークローを展開してキョウヤのAGEⅡマグナムを排除しようと試みるも、それが既に泥縄であることは彼にもわかっていた。

 

「ユーナ、このまま一気にSフィールドまで抜けるわよ! カグヤの手を掴んで!」

「わかりました、アヤノさん!」

 

 ビッグガン隊が無力化されたことを確認すると、アヤノは即座にWフィールドを離脱すべく、チャンピオンがロンメルを押さえている間に、クルトを振り切ってSフィールドへと侵入することを試みる。

 

『こちらとて意地がある……! ここは通さんぞ!』

「ならば、押し通る! トランザム!」

 

 音声認証によってアヤノはトランザムを起動させると、向上した出力と膂力に任せて強引に鍔迫り合いを解き、合流したメグの右手を掴み取って、超高速でWフィールドの最終防衛線を踏み越えていく。

 ビッグガンがもはや使い物にならないと悟った狙撃部隊も慌てて携行火器を装備してアヤノの追撃に当たろうとするが、トランザムと光の翼という爆発的な加速力の前には、放たれた弾丸も追いつくことなど敵わず、クロスボーンガンダムXQは悠々とG-セルフリッパーの手を掴んだ状態で、Sフィールドへと一気に駆け抜けていった。

 

『抜かれたか……この私が判断を誤るとは、認めたくないものだな』

「ふっ……僕を囮に使ったか、だが、悪い気はしないな!」

『ここまで来れば死なば諸共! 君の侵攻だけは阻止させてもらうぞ、キョウヤ!』

「受けて立つ、ロンメル!」

 

 アヤノに続く形で、バーニングバースト・フルブルームを起動したアリスバーニングブルームが、ロードアストレイオルタの手を引いてSフィールドへと侵入していくのを一瞥すると、ロンメルは自嘲するように笑って、キョウヤが操るAGEⅡマグナムに怒涛の攻撃を繰り出していく。

 Sフィールドにはレイドボス「ドロス」と、そしてレイドボス級の強さを持つNPDであるジオングが配置されているため、突破されたとしても攻略にはそこそこ手間がかかるようになっているのだが、それでも所詮NPDはNPDだ。

 AIの中に、ダイバーのそれと違って機械的で予測しやすい「隙」が差し込まれる以上、落とされるのはもはや時間の問題だといってもいい。

 偵察隊からの情報によれば、Eフィールドにおいてはまだ乱戦が続いているものの、もう既に何人かのダイバーたちは戦線を突破してSフィールドに到達した、という報告をロンメルは受け取っており、やはり己の判断ミスが招いた事態だと、溜め息混じりに自嘲した。

 だが、ミスを悔やむ暇があったならば、戦場で今できることを全力で探すのが兵士としての最大の任務だ。

 ジオン側の敗北条件である、「ドロワ」と「ドロス」の轟沈及び宇宙要塞ア・バオア・クーの攻略。

 それを満たさせないために今自分が打てる最善の手は、このクジョウ・キョウヤをWフィールドに押し留めて、どんな手を使ってでもSフィールドへと行かせないことに他ならない。

 シザークローによる奇襲も見抜いたとばかりに最小限の動きで回避運動を取るAGEⅡマグナムが、カウンターとして放ってきたシグルシールドによる斬撃をプラズマナイフで受け止めながら、ロンメルはこめかみにじわり、と脂汗を滲ませる。

 偵察隊からの報告では、Nフィールドは既に陥落寸前であり、「ドロワ」が落ちるのも時間の問題だった。

 そして、ビッグガン隊による反射狙撃がなくなったと知るや否や、Eフィールドという鉄火場を避けて通りたいダイバーたちが次々と、怒涛の勢いでWフィールドへと押し寄せてくる。

 

『聞いたか!? Wフィールドのトラップが破られたってよ!』

『さすがはチャンプだぜ! 悪いけどタダ乗りさせてもらうからな!』

『サンキュー、チャンプ! フォーエバー、キョウヤ!』

 

 原作通りに配置されたNPDも少なく、防衛の主力を「第七機甲師団」に依存していたこともあって、押し寄せてくる無数のダイバーたちを止めることはもはや不可能だといってもよかった。

 残存するビッグガンとリフレクタービットを駆使して、生き残ったビッグガン隊が反射弾による狙撃を試みるが、あれは数があってこそ成立するものであり、メグによってそのほとんどが無力化された今では、雀の涙程度の効力しか残されていない。

 ダイバーたちは口々にチャンプを讃えていたものの、この戦いで真に称賛されるべきは「ビルドフラグメンツ」だろうと、刃を交わし合いながら、キョウヤとロンメルは一様に苦笑を浮かべた。

 だがきっと、彼女たちはそんな名声には興味がないのだろう。

 一直線にSフィールドの攻略に向かい、もはや見えなくなった背中を見送るように、キョウヤは光芒が閃くSフィールドを一瞥した。

 

『よそ見をする余裕があるのかね?』

「これは失礼……僕もチャンピオンとしての意地がある、祭りに乗り遅れるわけにはいかないからね! 押し通る!」

『私とてそれは同じこと! 押し留める!』

 

 さながら、第十四回フォースバトルトーナメントを再現するかのように二人は咆哮し、AGEⅡマグナムとグリモアレッドベレーは、漆黒の宇宙に新たな星座を刻むかのような軌道を描き、激突するのだった。




刃を擦り抜け間隙を突け


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第五十九話「Sフィールド、閃光の果てに」

フリトレでブライダルとときんを手に入れたので初投稿です。


 アヤノたちが強引に侵入を試みたSフィールドは、ジオン軍チームの本拠地であるということも手伝って、まだまだ味方側の戦力との比率には大きな偏りがあった。

 だが、それは比率だけを見ればの話であり、アヤノたちが打ち破ったWフィールドの綻びを通って到達したフォースもあれば、真っ当に、Eフィールドの乱戦を勝ち抜いて押し通ったフォースもあるということだ。

 要するに、蠱毒の壺と化したEフィールドを突破してここに辿り着いたダイバーは、それ相応の猛者であるということに他ならない。

 

『GNディバインブラスター、マルチロック、セット』

『キョウヤ様の行く手を阻むなら、このユーロペが絶望を教えよう……』

 

 リスキル不意打ち裏切り、文字通りになんでもありな無制限のフリーバトルが解禁されたディメンション、「ハードコアディメンション・ヴァルガ」において、その遭遇が絶対の死を意味するような強敵──フィールズ・オン・エネミーの渾名を戴くダイバー、「キョウスケ」がその言葉を呟くと、操る機体、【ディバインダブルオークアンタ】が構える槍状の武装、GNロンゴミニアドの先端にソードビットが纏わり付く。

 さながらドライツバークのようなバレルを形成することで放たれたその一撃は、雷鳴や閃光という言葉ですらも生ぬるく、数の利を活かして襲い掛かろうとしたジオン軍チームのダイバーたちを、将棋倒しのごとく薙ぎ払っていく。

 バレルとしての収束と、中継点における拡散の二つの役割をソードビットに担わせることで、さながら拡散波動砲のように威力を保ったままセパレートするGNディバインブラスターの威力にアヤノは舌を巻きながらも、露払いを彼がやってくれるのならとばかりに、一直線に「ドロス」への到達を目指して機体を加速させた。

 キョウスケが敵のダイバーを薙ぎ払ったのなら、その隣でCファンネルを巧みに操り、流れ弾を防ぎながら、「Sフィールドに侵入した敵機の迎撃に当たる」と宣言したNPDジオングの首をギリギリとねじ切ろうとしているのがユーロペだった。

 個人ランキング120位。14位のキョウスケと比較して順位こそ開きはあるものの、依然ユーロペがGBNの中でも指折りの強者であるという事実に変わりはなく、その物静かそうで楚々とした外見に反して、相手の首を容赦なく締め上げてねじ切りにかかるアグレッシブな姿勢が、彼女の本質を表しているといってもいいだろう。

 

「すごい! 水着コンテストの時の人だよね? あんなに強かったんだ!」

「……ええ、そうね。私も何が何やらって感じだけど」

 

 ともかく、数的不利を覆せるような存在と、Sフィールドにおいて最大の障害となりうるであろうNPDのジオングを足止めしてくれる存在がいるのなら、「ビルドフラグメンツ」としては心配することなど何もない。

 すれ違いざまに、攻撃を仕掛けてきたゲルググJを一刀両断すると、アヤノはあくまでも「ドロワ」をターゲットスコープに合わせて覗き込み、ユーナたちと同様に進撃を続けていく。

 

「メグ、ジャマーのリキャストはどう?」

「んー、ちょっち間に合わないかな、でも大丈夫! こんな時のためのパーフェクトパックだかんね! 行くよカグヤ!」

「はい! 背中はお願いいたします、メグ!」

 

 鉄風雷火が吹き荒ぶ戦場こそが自分の居場所だとばかりに目を輝かせたカグヤは「無銘朧月」を鞘から抜き放つと、大物に対しての特効火力となりうるアヤノとユーナを先行させるために、「ドロス」周辺に陣取っていた相手チームのガンプラを、瞬く間になます斬りへと処す。

 無慈悲に告げられる刑死の一撃に、反応できたダイバーはまだ幸運だったといってもいいだろう。

 上半身と下半身が泣き別れをしたことで初めて撃墜されたことを認識したザクF2型を操るダイバーは目を白黒させたまま、断末魔も上げずにテクスチャの塵へと還り、返す刀で振るわれたカグヤの剣風は、背後からの奇襲を試みていたガンダム試作2号機の盾を真っ二つに斬り裂いていた。

 

『な……ッ、サイサリスのシールドだぞ、なんでこんな……!?』

「申し訳ありません、斬れるものは斬れるので……全て斬って、押し通らせていただきます!」

 

 勇ましく宣言するカグヤはその言葉通りに、盾を失って動揺したガンダム試作2号機を縦に真っ二つに斬り裂いて、次なる獲物を求める飢えた獣のように、貪欲に己へと群がってくるジオン軍チームのガンプラを全て、一刀の元に斬り伏せる。

 その背中を狙う狙撃手に対してはメグがパーフェクトパックによる火力で牽制を行い、アヤノとユーナは二人が作り上げた道を駆け抜けていくかのように、「ドロス」へと肉薄していく。

 

『クソッ、どうなってるんだ!?』

『Wフィールドの防衛ラインが抜かれた! ジオングはユーロペに足止めされてるし、ドロワにはよくわからん奴らが接近してる!』

『よくわかんないってなんだよ、情報は正確に──!』

 

 意図した形ではないとはいえ、ある種電撃戦のような奇襲を仕掛ける形となったアヤノたちの奮戦は、ジオン側チームを困惑させるのには十分すぎる材料だった。

 まずは「ドロス」の防衛を優先すべきだとするフォースと、そのまま放っておけば自軍の戦力を大きく削いでくるディバインダブルオークアンタの、キョウスケの対処を優先すべきだとするフォースとで意見が分かれて、さながらギレンの死によって指揮系統が混乱した原作におけるジオン軍のごとく、敵のチームは混乱に陥っていた。

 だが、それでも多くが「ドロス」の防衛に回ったというのは賢明な判断だったのだろう。

 いかに「ビルドフラグメンツ」の機体がパワーアップしているとはいえ、それでもアヤノたちの実力はキョウスケやユーロペのように突き抜けているわけではない。

 押し寄せてくるダイバーたちをアヤノはバタフライ・バスターBによって、そしてユーナは強化されたその拳で打ち砕いていくが、破竹の勢いを保っていた侵攻速度は徐々に低下して、前線に集まった敵機の処理を余儀なくされているのが現状だ。

 そして、それを観測していたキョウスケにも、旗色が悪くなってきたことはよくわかっていた。

 かなりの数の敵機を減らすことには成功したものの、生憎ここはジオン軍チームの本丸だ。

 その全てを消し飛ばすとなると相応に時間がかかる。

 ──ならば、どうすべきか。

 幸いにもこの戦いはPvP形式とはいえレイドバトルだ。

 自分一人で全てを何とかしなくてもいいという辺り、普段やっている完全ソロでの攻略よりは幾分か楽であることに違いはない。

 

『ユーロペ、だったな』

『ええ、わたくしはユーロペ、キョウヤ様に愛を捧ぐ者……して、「ヴァルガの主人」がいかなる御用なのでしょう?』

『僕はそんなに大層なものでもないよ。それはともかく、ジオングを任せてくれないか』

『と、申しますと?』

『「ドロス」は彼女たちに譲る。僕はそのための露払いだ』

『……なるほど、そういうことですか。ならば、承知いたしました』

 

 この時点で敵の本丸に最も接近しているのは「ビルドフラグメンツ」で、彼女たちの実力は自分たちにこそ及ばないとはいえ、非常に高い水準を保っている。

 ならば、「ドロス」の攻略は彼女たちに一任して、自分たちはその脅威を根こそぎ取り除いた方が効果的だと、つまるところ、キョウスケの主張はそういうものだった。

 淡々と告げる彼に対して、ユーロペもまた自らの役割を果たす機械であるかのように、ジオングへとCファンネルを叩き込むと、キョウスケとスイッチする形で、愛機である【ガンダムAGE-2プレアデス】を、ドロス方面へと急行させる。

 

『ええい、更にやるようになったな、ガンダム!』

「悪いが、お喋りをしている余裕はない」

 

 紋切り型の台詞を言い放つNPDに対して無情に宣告を下すと、キョウスケは手にしていたGNロンゴミニアドを分離させ、二振りの剣として、オールレンジ攻撃の嵐を掻い潜りながら、ジオングへと斬りかかっていく。

 その手際は鮮やかという言葉ですら足りるものではない。

 元々ソロでのレイドバトル攻略を生業としていることも手伝って、個人ランキング第14位というその輝かしい戦績が示す、アクティブユーザー二千万の頂点近くに立つその実力を見せつけるかのように、キョウスケはジオングからの全ての攻撃を回避し、有線である都合上オールレンジ攻撃が使えないクロスレンジに肉薄すると、瞬く間にソードビットと斬撃の連携でジオングを解体する。

 その時間は、ユーロペによる攻撃でダメージが蓄積していたことも手伝って、およそ一分と数十秒といった風情だった。

 

『ええい、冗談ではない!』

『ジオングが落とされたぞ、どうするんだ!?』

『誰でもいいからFOEさんを止めろ!』

『できるかバカ! そんなことよりドロスを守るんだよ!』

 

 脱出したジオングヘッドは原作通りにア・バオア・クー内部へと撤退していくが、残されたジオン側のダイバーたちは堪ったものじゃないとばかりに頭を抱え、次はお前だとばかりに「ドロス」をそのターゲットに定めたのか、道中の敵をソードビットで斬り刻みながら進撃する白亜のダブルオークアンタを、親の仇のように睨みつける。

 だが、それしかできないのもまた事実だった。

 本丸であるSフィールドに配属された実力派フォースであったとしても、個人でレイドバトルのリアルタイムアタックを始めるような暴威の化身に抗う術など持ち合わせていない。

 突き進むディバインダブルオークアンタを阻止しようと、懸命にその進路へとサザビーやケンプファーが立ちはだかるが、その全てが数秒にも満たない間にテクスチャの塵へと還されて、台風の目のように、キョウスケを中心とした周囲には空白地帯ができあがっていた。

 しかしそれは、あくまでもキョウスケにとっての作戦でしかない。

 冷静なダイバーたちは本丸であるドロスの防衛を優先しているものの、混乱に浮き足立ったダイバーたちはキョウスケに気を取られて、「ビルドフラグメンツ」が既にドロスへと肉薄していることが頭から抜け落ちてしまっている。

 アヤノは、この状況を好機と見た。

 自分たちを数の暴力で圧殺しようとしていたジオン軍チームの狙いがキョウスケと、そして新たにエントリーしたユーロペへと向いたことによって、相対的に自分たちを狙う敵の数は少なくなっている。

 ならば、仕掛けるのであれば今しかない。

 

「カグヤ、メグ、背後は任せたわ。私とユーナはドロスを落とすわ!」

「了解いたしました! 御武運を、アヤノさん、ユーナさん!」

「オッケー、それじゃあ背中は任せて安心ってね!」

 

 アヤノが発した号令に従う形で、背中合わせになったカグヤとメグは、ドロスの防衛に残った残存戦力を一手に引き受ける。

 

「ユーナ、行くわよ!」

「はい、アヤノさん!」

 

 そして敵の包囲網に綻びが生じたのならば、Wフィールドの時と同じように、クロスボーンガンダムXQとアリスバーニングガンダムブルームのトランザムと、バーニングバースト・フルブルームでそれを無理やりこじ開けることは容易いはずだ。

 アヤノがトランザムを起動するのと同時に、ユーナもまた愛機の必殺技を解放して、その全身から炎を揺らめかせて、包囲網の穴を掻い潜りながらドロスへと肉薄していく。

 

『飛び出したのがいるぞ!』

『速いぞォ!?』

『つっても、迎撃なんてどうやって──!?』

「余所見をする時間があるとは、随分と余裕ですね」

 

 赤熱化し、光の翼を拡げて飛び立つクロスボーンガンダムXQと、纏った炎を翼のようにして羽ばたくアリスバーニングブルームの比翼連理を見届けたジオン軍チームのダイバーたちは、その影を踏もうと追撃に移ろうとした。

 だが、その隙を突くかのように、ユーロペのガンダムAGE-2プレアデスが、ガナーザクウォーリアの首を締め上げて強引にねじ切ると、コックピットへと容赦のない貫手を叩き込んで撃墜する。

 温厚そうなダイバールックに見合わず、バイオレンス一色な彼女のファイトスタイルにある者は恐れ慄き、ある者はアヤノたちの追撃を諦めざるを得なくなり、捨て鉢になってユーロペの首を獲るべく襲い掛かっていく。

 しかし、それが焼け石に水であることは他でもないジオン軍チームのダイバーたちが何よりもよくわかっていた。

 乱戦が続いているEフィールドの均衡も崩れ、防衛ラインを下げてSフィールドまで後退してきた集団を追い込むように、その陣頭で暴れ続けていた「リビルドガールズ」や「BUILD DIVERS」が、とうとう本丸に侵入してきたのだ。

 この戦いの趨勢はほとんど決したといってもいいだろう。

 別々の陣営に配属されたことで、個人的な喧嘩に勤しんでいるタイガーウルフとシャフリヤールの姿を一瞥すると、とうとう「AVALON」に押し切られて、Sフィールドへと後退していたロンメルは自嘲するようにふっ、と小さく笑った。

 

『全く……やってくれたよ、「ビルドフラグメンツ」』

 

 ロンメルが苦々しく呟いたその名を冠するフォースがいるのは、Sフィールドの最前線にして自軍の最終防衛線。

 光の翼を拡げ、すれ違い様に防衛に回ったガンプラのコックピットを胴薙ぎに斬り裂くアヤノと、そして炎を纏った拳で真正面から相対したダイバーを打ち砕くユーナの勇姿を一瞥して、溜息をつく。

 最早誰にも「ビルドフラグメンツ」の進撃は止められなかった。

 加速に伴うGのフィードバックに歯を食いしばりながらも、とうとう弾幕砲火を掻い潜ってドロスの元に到達したアヤノは、両手に保持していたバタフライ・バスターBをブーメランのように投擲すると、腰のマウントラッチに接続していた「クジャク」を構える。

 

「やるわよ、ユーナ!」

「はい、アヤノさん! いくよ、アリスバーニングブルーム!」

 

 そして、全てのエネルギーをブラスターモードの先端に収束させて巨大なビームサーベルを作り上げると、アヤノはそのライザーソードに匹敵する一撃を、ドロスの巨体へと叩き込んだ。

 それを見届けたユーナは全身に纏わせた炎を更に勢い良く噴き出させると、自分自身を一つの弾丸として、瀕死となったドロスを撃ち貫くべく、思い切りブーストを噴かして機体を加速させていく。

 

「応えて、アリスバーニングブルーム! おおおおおっ! 全力、炎、パーンチっ!!!」

 

 ユーナの言葉に応えるかのように燃え盛るアリスバーニングブルームの姿は、ガンプラというより、最早不死鳥のようで、その威容にあるダイバーは圧倒され、あるダイバーは絶望に迎撃を取りやめる。

 切り裂かれ、燃やし尽くされたドロスは炎の中に沈んでゆき、それはとりも直さずジオン軍チームにおける事実上の敗北を意味していた。

 ドロスが落ち、EフィールドもWフィールドも陥落した今、真の本丸にして最後の砦であるア・バオア・クーが落ちるのも、最早時間の問題でしかない。

 ──ああ、終わった。

 誰が先にその諦めを口にしたのかはわからない。

 だが、それはたちまちジオン軍チームに所属するダイバーたちに伝播して、地の底まで落ち込んでいた士気は底をぶち抜いて深く、深く、どこまでも沈み込んでいく。

 

『EX……カリバァァァァッ!』

『トランザムブーストモード、クロススクエア……! GNディバインブラスター、シングルロック、セット!』

 

 Sフィールドに集った猛者たちが、チャンプとキョウスケの必殺技を嚆矢として、次々にア・バオア・クーへと各々の必殺技を放つ。

 その傍らでアヤノに叩き斬られ、ユーナに貫かれたドロスが炎の花を咲かせて爆ぜる。

 全てが炎の中に沈み込んでいく中で、ドロスが解けてテクスチャの塵に還っていくのを背後に、アヤノは機体そのものを弾丸として巨大な敵を打ち抜いたユーナを労うかのように、アリスバーニングブルームをそっと抱きとめた。

 

「お手柄ね、ユーナ」

「ありがとう、アヤノさん! でも、メグさんが、カグヤさんが……何よりアヤノさんがいてくれたからだよ!」

「……そうね。ありがとう。私も……貴女がいてくれたから、頑張れたわ」

 

 真正面から褒められるのは、相変わらずなんだかむず痒い感じがして慣れなくとも、ユーナから向けられたその好意をも抱き締めるようにアヤノは目を伏せると、微かに頬を赤らめながら、ユーナの言葉に答えを返す。

 

【Raid Battle Ended!】

【Winner:Team-EFSF!】

 

 そして無機質な機械音声がアヤノたちの、連邦軍チームの勝利を告げるのと同時に、ユーナとアヤノもまた、小さく拳を固め、喜びもあらわに、再び互いの視線を交わして微笑み合うのだった。




決着、シーズンレイド


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第六十話「因縁、再び」

例の奴らが再び現れるので初投稿です。


 シーズンレイドバトルを勝利で締め括ったのは、アヤノたちも所属している地球連邦軍チームだった。

 原作通りに迎えたその結末を受け入れるダイバーもいれば、再起戦を誓うダイバーもいて、十人十色といった風情でセントラル・ロビーはどことなくそわそわと、浮き足立った様子だった。

 中でもチャンピオンであるクジョウ・キョウヤが率いる「AVALON」はWフィールドにおける戦線の立て直しに尽力した立役者として、GBNジャーナルの取材陣に囲まれていたり、あと一歩及ばなかったとはいえ、奇策を用いて数多くのダイバーを屠ったロンメルの元には悔し涙を浮かべる隊員たちが集っていたりと、お祭り騒ぎのような様相を呈している。

 

「レイドバトルって、前に参加したのだと、なんていうか……こんな感じじゃなかったけど、やっぱりシーズンレイドってことは特別なのかなぁ」

 

 ユーナはその様子を茫洋と眺めながら、どこか感心したようにそんなことを呟いた。

 

「そうね、参加人数も桁違いだから」

 

 アヤノもまた、ユーナの言葉に同意を示しつつ、そっと差し伸べられた掌を包み込むように握って、悲喜交々といった様子のロビーを一望する。

 実際、ユーナの言っていることは間違っていない。

 シーズンの締め括りとして企画されたこのPvPレイドはイベントとしては極めて特殊な性質に分類され、ガンダム作品の中でも様々なシチュエーションを再現したものから、GBN全体とはいわずとも、広いエリアで展開されるオリジナルのものまで幅広く取り揃えられているため、復刻のスパンが極めて遠いのだ。

 だからこそ、ほとんど一度きりに近いその戦いにダイバーたちは死力を尽くす。

 勝利陣営などどうでもいいとばかりにいがみ合っている、狼のような獣人タイプのアバターに身を包んだダイバー「タイガーウルフ」と、彼の言葉に対して煽りを交えて皮肉で返す、狐耳と尻尾というダイバールックの「シャフリヤール」が口論をしながら通りすがっていくのを横目に、アヤノはユーナの手を握ったまま、開いた左手でコンソールを操作して、勝利によって手にしたものを確認した。

 

「生存ボーナス、フィニッシャーボーナス、称号、BC……なるほど、実利の面でも大分美味しいイベントなのね」

 

 シーズンレイドにはPvP要素が挟まれていたとしても、基幹的なシステムはレイドバトルのそれに準じており、極論、参加したのがまだまだ始めたての初心者であったとしても、逃げ回って生き残っているだけでダイバーポイントやビルドコインといった副産物が手に入るため、攻略・検証班からも旨味が多いイベントとして、シーズンレイドバトルへの参加は推奨されている。

 称号に関してはプロフィールカードに設定できる、単なるフレーバー要素でしかないものの、それでも何か特殊な条件をアンロックして手に入ったというのは、それだけで魅力的なものなのだ。

 アヤノは自分のストレージに格納されている称号を新着順に並び替えて、「光芒を見届けし者」「長き一年の終わり」「レイドボスキラー」といった各種称号をタップしてはまた格納するということを繰り返す。

 

「アヤノさん、何見てたんですか?」

「ん……獲得した称号とか報酬ね。ユーナも見てみたかしら?」

「称号……おお、本当だ! お金も増えてる! すごい!」

「……なんというか貴女のその明るさは羨ましくなるわね」

 

 アヤノに促されるまま、ストレージを開いて報酬の類を確認していたユーナは、大幅に加算されていたビルドコインと、アヤノが獲得していたのと同じような称号の一覧を見て、きらきらと桜色の瞳を輝かせる。

 

「その様子だと、ユーナちゃんもアヤノもシーズンレイドは初めてな感じ?」

 

 ひーふーみー、とビルドコインの桁を数えているユーナを、アヤノがどこか小動物を見守るような視線で見つめていると、やってきたのはカグヤをその半歩後ろに連れたメグだった。

 

「ええ、まあ。貴女は参加したことがあるの?」

「もち! って言いたいけど、アタシも一回ぐらいだなー、前のシーズンレイドなんか何もできずにやられちゃったし」

 

 やっぱ人間欲張ったらダメだよね、と、過去の失敗を自嘲しながらもあっけらかんと笑い飛ばすメグも、今回の結果には満更ではないらしく、どことなくテンションが上がっているような、地に足がついていないような感じがして、アヤノはリアルで見た彼女の姿との乖離に、目を丸くしてしまいそうになるが、ここはあくまでGBNだ。

 例えリアルがどんな人物であったとしても、GBNで彼女が「メグ」として振る舞い続ける限り、尊重されるべきはこの世界におけるメグの方であり、それとリアルは切り離して考えなければならないのだ。

 

「拙も、得られるものは多かったと心得ています。何よりあれだけ多くの猛者を相手取るとなると、それこそまたヴァルガにでも赴かない限りは不可能でしょうから」

「あっはは、カグヤらしいね」

「もう、からかわないでください、メグ」

 

 愉快げに笑うメグに対して、カグヤはその頬を桜色に染め上げながら小さく唇を尖らせる。

 アヤノたちの突破口を開くために、まさしく獅子奮迅といった風情の活躍を見せていたカグヤだったが、元々「武」を追求するという意味では彼女にとって逆境こそ燃え上がるところがあるのだろう。

 何よりもそれだけの数を相手にしてへし折れることも綻ぶこともなく、多くの敵をなます斬りにしてきた「無銘朧月」の仕上がりもまずは上々なようだった。

 自分たちで作り上げた刀がカグヤにとって良い得物となってくれたというのは、アヤノにとってもユーナにとっても感慨深いものがある。

 積層自体は面倒であっても単純な作業だったのに対して、さながら型抜きのように緻密な掘削をしなければならない鍔の部分を加工していた時のことを思い返しながら、アヤノはふっ、と口元が緩んでいくのを感じる。

 何にせよ、「星一号作戦」を再現したシーズンレイドバトルは泣いても笑ってもこれで終わりであり、次のシーズンを締め括る際にはまた別な舞台が抽選されるのだろう。

 その時までに自分たちは何をして、どれだけ上に行くことができるのか。

 戦いの功労者としてチャンピオンやロンメルからその名前を呼んでもらったことは光栄だとしても、メグがロンメルの作戦を見破れたのは偶然に近く、また、GBNジャーナルが取材に向かった通り、ガタガタになっていたWフィールドの士気を立て直したのはチャンプの大号令があったからこそだ。

 事実、今の「ビルドフラグメンツ」と「第七機甲師団」が正面からぶつかり合ったところで、万に一つも自分たちの勝ち目がないことは、アヤノたちも理解しているところだった。

 

「そんじゃ、何する? とりあえずまた打ち上げにカラオケでも行く?」

「いいですね、メグさん! よーし、それじゃ皆で……」

「俺たちと踊る、ってのはどうだい? ユーナちゃん」

 

 影が差し込んだのは、心機一転、まずはリフレッシュを図ろうとメグが提案したいつもの打ち上げに乗り込もうとしたその瞬間のことだ。

 ユーナの発言を遮るように、神経を逆撫でするような声音が、棘の含まれている挑発めいた言葉が、「ビルドフラグメンツ」の耳朶に触れる。

 声がした方に振り返れば、ファーのついたレザージャケットにレザーパンツという、威圧的な格好をしたダイバーがぱちぱちとやる気なさそうに手を叩きながら、自分たちに冷ややかな視線を向けている姿がある。

 アヤノは小さく舌打ちをした。

 その姿を、銀髪と赤い瞳という出で立ちを忘れろと言われたとしても、忘れることはできないからだ。

 

「久しぶりだねぇ、アヤノちゃん。ユーナちゃん、カグヤ、そしてメグ。まさかGBNに復帰してるなんて思わなかったよ。ファンとしちゃあ感涙ものだな? ハハッ」

 

 ──ヴィラノ・ディヴィッド。

 このGBNでも上位に位置するSSランカーにして、「鏖殺の暴君」という二つ名で呼ばれる彼の本性は、その冷笑に違わず残忍で狡猾なものだ。

 フォース「グランヴォルカ」の三人を従えて自分たちを睨め付けるヴィラノの視線には少なからず驚きや不快感が混じっていたものの、基本的にはどこまでもこちらを見下して嘲笑うものであることに変わりはない。

 

「白々しい! 大体アタシたちに何の用があって来たわけ!?」

 

 それが挑発であるとわかっていたとしても、一方的にファンを辞めた、という趣旨の捨て台詞を残しておきながら、「ファンである」として詰め寄ってくるヴィラノの態度には腹に据えかねるものがあったようで、珍しく語気を強めて、メグは冷笑を浮かべる彼に問いかける。

 

「おいおい、がっつくなよ。思春期か? ハハッ、そういうのは嫌いじゃないぜ、若いってのはいつだっていいことだ。傍目から見てる分にはこれ以上なく面白いからな、ハハハハ!」

「……ふざけてないで、質問に答えなさい」

 

 怒りに駆られたメグを制するように歩み出て、アヤノはその表情にありったけの不快感を滲ませながら、再び、勝手に悦に入っているヴィラノへと答えを促す。

 

「まあ落ち着けよ、アヤノちゃん? 用件なら先に言った通りだぜ?」

「つまり?」

「鈍いねぇ……ま、要するにアレだ、俺たちと再戦してもらいたいんだよ、生憎シーズンレイドじゃ同じチームだったもんでね、そっちとしてもフラストレーション、溜まってるんじゃないか?」

 

 ヴィラノの提案は極めてシンプルなものだ。

 再戦。いつかは「グランヴォルカ」に対してリベンジをしなければなないとはわかっていたものの、こんなにも早くその機会が訪れたことにアヤノは掌で運命の賽を弄ぶ女神様の気紛れを感じながらも、臆することなく彼を見据えて言い放つ。

 

「少なくとも、それは私だけの判断では決めかねるわ。ユーナとカグヤ、メグの三人が同意しなければ」

「おいおい、つれないな? まあそれもそうか、手酷く負けた相手とはまたやり合いたくはないだろうからな?」

「なんとでも言いなさい、とにかく私たちは──」

「なら、俺たちが負けたら──このGBNから出ていくってルールはどうだい、ユーナちゃん?」

 

 頑なな態度を崩さないアヤノでは話にならないと踏んだのか、ヴィラノはあっさりと視線を外すと、両肩を竦めてユーナへとその提案を持ちかけた。

 負けたらGBNから出ていく。

 どこまで本気かはわからないにしても、そんな条件を持ち出す辺り、「潰し屋」としてビルドフラグメンツを潰しきれなかったことが相当腹に据えかねているのだろう。

 ならば、余計にその話に乗ってやる必要はないと、アヤノがその返事を蹴りつけようとした瞬間だった。

 

「その話、本当ですか」

「ユーナ」

「大丈夫、アヤノさん。わたし、怒ってたりするわけじゃないから」

 

 ユーナの凛とした声が、アヤノの耳朶を震わせる。

 前は怒りと焦りに駆られて彼らの挑発に乗ってしまったものの、今は違うとばかりに制止するアヤノを振り切って、ユーナは一歩前に踏み出すと、ヴィラノへと真っ直ぐに視線を向けて確認した。

 

「ああ、本当さ──ただし、このルールを受けてもらうなら、対価もまた同等じゃなきゃいけないけどな?」

「対価……?」

「要するにお互いのフォースの進退をかけてバトルしようじゃないか、ってことさ、ユーナちゃん」

 

 ビルドフラグメンツが勝利すれば、グランヴォルカは約束通りに解散した上でGBNから完全に去って二度とログインしない。

 ただし、ビルドフラグメンツが敗北した場合その構図は逆になる。

 ヴィラノが提案しているのは、つまりはそういうことだった。

 もう二度とGBNが出来なくなる、という可能性を考えれば、卑怯だの臆病だのと罵られようと、はっきりいってこの勝負を引き受けるメリットは皆無に等しい。

 むしろ二度と関わり合いにならないように徹底的に無視を続けることが、この場における正解なのだろう。

 アヤノにもそれはわかっていて、ユーナもまた、突きつけられた敗北条件の理不尽さと重さに思わず固唾を呑んでいたが、そんな二人を嘲笑うかのようにヴィラノは両肩を竦めたまま、見下すような視線を無遠慮に向けていた。

 

「別に俺としちゃ蹴ってくれても構わないんだぜ? その分ちょっとばかり寂しくなっちまうけどな?」

 

 だが、それはこの男を、ヴィラノ・ディヴィッドというダイバーをGBNの中で野放しにしておくことに等しい。

 例えもう自分たちに絡んでくることがなくなったとしても、ヴィラノたちは「潰し屋」稼業を辞めないだろう。

 そして、他人が頑張っている姿を嘲笑い、全力で楽しもうとする姿勢を暴力で踏みにじり、冷笑と侮蔑と共にこの世界に君臨し続ける。

 いってしまえばアヤノたちとグランヴォルカの間に縁が生まれたのは一種の事故のようなもので、関わり合いにならないという選択肢を取ることは決して間違ってはいない。

 それでも──

 ユーナは胸元で拳をきつく握りしめ、視線でアヤノへ、カグヤへ、そしてメグへと問いかける。

 それでも、こいつらを野放しにしていていいのか。

 因縁に精算をつけるだけではない。このまま放っておけば、第二、第三の自分たちが生まれ続けて、その中には心を完全にへし折られて、立ち上がらなくなったダイバーだって出てくるはずだ。

 だからこそユーナは、桜色の瞳に涙を湛えながらも、「ビルドフラグメンツ」のリーダーとして、アヤノたちに言葉はなくともそう問いかけたのだ。

 

「……そうね、ユーナ。貴女が考えている通りだわ」

「拙も……この戦いに異論はありません」

「……ま、ここまで来たらやるしかないっしょ」

 

 例えそれが義務でなくとも、義理がなくとも、ここで「グランヴォルカ」を止めることができる可能性があるなら、それに賭けてしまいたくなるのがユーナの本質とでも呼ぶべきものだ。

 そしてそれは、自分たちも概ね変わっていない。

 見て見ぬ振りをしない、という行為がただ馬鹿を見るだけに終わってしまっても、もう二度とこの世界を歩むことができなくなったとしても、誰かの楽しみを踏みにじり、誰かの努力に唾を吐きかけるような真似をするような連中を野放しにはできない、というのが、ビルドフラグメンツとしての総意だった。

 

「……わかりました、あなたたちとの勝負、もう一回受けます! だけど……だけど、約束してください! わたしたちが勝ったら、もう二度とこんな真似はしないって! 誰かが頑張ってるところを、楽しんでるところを笑ったりしないって!」

 

 ユーナは人差し指を白手袋の代わりに突きつけると、侮蔑が滲むヴィラノの瞳を覗き込んで、毅然とそう言い放つ。

 

「おいおい、心配するなよ。負けたらちゃんと俺たちはGBNから出て行ってやるんだ、いなけりゃそんな心配もないだろ? ハハッ!」

「……わたし、あなたのそういうところが大嫌いです!」

「いいねぇ、侮蔑は鮮やかに交わし合ってこそだ。それじゃあ早速と意気込みたいが、今日はレイドバトルでお疲れだろ? 明日セントラル・ロビーで待ってるぜ、勇気ある子猫ちゃんたち」

 

 ──もっともそれって、人が蛮勇って呼ぶものかもしれないけどな。

 最後まで侮蔑を投げかけることを忘れずに、ヴィラノは一言も発することなく彼の後ろに控えていたムーンたちを引き連れて、雑踏へと消えていく。

 

「……ごめんなさい、アヤノさん、カグヤさん、メグさん。わたし、どうしても放っておけなくて」

「大丈夫よ、ユーナ。私たちも同じだから」

「ええ、その通りです。彼らを野放しにしていれば、理不尽にこの世界を追い出されるかもしれない方が増える……それは避けるべきことです」

「それに、あいつらに勝つため頑張って来たんっしょ? それなら……勝つしかないっしょ、ユーナちゃん」

 

 戦う前から負けることを考えていたら、戦いにはならない。

 再起戦の相手となった「度胸ブラザーズ」がその信条として掲げているように、いつの日かアヤノが与一から受け取った言葉の通りに、最初から絶望しては何も生まれることはないと、アヤノたちは未来の可能性を恐れて震えるユーナを抱きとめるように、激励の言葉をそっと投げかける。

 

「……アヤノさん、皆……うん、そうだよね! わたしたち、絶対に……絶対に、勝つんだから!」

 

 例えそれが復讐のような形になってしまったとしても。誰かのためだと正義を掲げたところで後ろ指を刺されて笑われようとも。

 この戦いは、自分たちが始めたことなのだから。

 拳を固めて意気込みを露わにするユーナに続いて、アヤノも静かに頷くと、来るべき因縁の精算へと向けて、ヴィラノたちが溶け込んでいった雑踏を、静かに一瞥するのだった。




光明は進路にのみ


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第六十一話「それぞれの思惑」

ネタが浮かばないので初投稿です。


「ちょっと、どういうつもり? 負けたらGBNから消えるって──!」

 

 ヴィラノがアヤノたち「ビルドフラグメンツ」との別れを果たしてから、自身らの本拠地である廃工場のようなフォースネストへと帰還するなり、ムーンはすっかりお冠といった様子だった。

 だが、無理もない話だと、あくまでも傍観に徹しているガラナンは両肩を竦めながら皮肉げにへっ、と小さく笑い飛ばす。

 基本的に「グランヴォルカ」のルールはヴィラノが決めるものだ。

 フォースに勧誘された時もその旨は説明されていたし、彼が一方的な思い付きで事を決めるような人間であることは、ボーガーも、ガラナンも、そして怒り心頭といった様子のムーンもよく理解している。

 しかし、それにしたって決めるのが唐突すぎるし、何よりもあのビルドフラグメンツとかいうフォースにそこまで執着する理由がわからない、というのがムーンの本音だった。

 確かにあのカグヤとアヤノというダイバーには見るところがあったかもしれない。

 だが、洞察力こそ優れていても機体性能と味方の火力に頼っているだけのメグや、そもそも全てにおいて足りていない、論外レベルのユーナというダイバーに関して、そこまでヴィラノが執着する理由とはなんなのか。

 せめてそれを聞かせてもらうまでは引き下がらないとばかりに気丈な意志を瞳に爛々と滾らせて、ムーンはヴィラノへと詰め寄ると、彼の瞳を真っ直ぐに覗き込みながら問いかける。

 

「おいおい、ムーン。ここのルールには納得してもらったはずだろ? それとも、らしくないな。負けるのでも心配してるのか? ハハッ」

「そういうことじゃないわよ! ただ単に、あんたがあの『ビルドフラグメンツ』とかいう連中にそこまでこだわってる理由がわかんないだけよ!」

 

 フォースの方針は全てヴィラノが決める、というルールになっていたとしても、納得のいかないまま納得のいかない勝負をやらされたのでは堪ったものではないと、ムーンはすっかり激昂した様子で吐き捨てるが、別に彼女たちがフォースの解散を天秤の片側に乗せた戦いをするのが初めてだ、というわけではない。

 フォース「グランヴォルカ」は「潰し屋」としてその悪名を轟かせている通り、数多の有望なフォースにフリーバトルを仕掛けてはその口車へと巧みに乗せて、多くの新星たちを潰してきた。

 その中でも、どれだけ心をへし折ろうが「潰し」きれなかったフォースはいくつかあるし、実際今も活動を続けている連中は、その「ビルドフラグメンツ」を筆頭に、片手で数えられる程度とはいえ存在している。

 だが、ムーンにとって、「ビルドフラグメンツ」という存在は、自分たちの解散と追放を天秤に乗せた、ハイリスクな戦いをするに値しない相手でしかなかった。

 或いはあのカグヤとかアヤノと戦えば少しは評価も変わるのかもしれないが、ユーナというダイバーを見ている限り、そこまで必死になって潰しにかかるような連中ではないことは明白だ。

 納得がいかないとばかりににじり寄ってくるムーンに対しても、ヴィラノの表情は冷ややかなものだった。

 

「んー……確かに、お前にとっちゃ取るに足らないのかもしれないな?」

「なら、どうしてよ?」

「お前にとっちゃそうでも、俺にとっては違うからさ。正直なところ、俺はあいつらを『潰し』きれなかったことが大分頭にきててね、それで復帰戦でも鮮やかに活躍されたとあっちゃ、『潰し屋』としての面目も丸潰れだろ?」

 

 心配をかけたかもしれないけど復帰した、というメグの報告動画をポップしたウィンドウへと表示させると、ヴィラノは忌々しげに片眉を吊り上げて、溜息混じりにムーンへと語ってみせる。

 何故彼女たちに、ビルドフラグメンツに執着するのかと訊かれたことに対しては答えになっていないことはわかっていても、正直なところそこに筋道が立った理由など存在しないのだから当然だろう。

 気に食わない。

 とにかく気に食わないからこそ、徹底的に、二度とその顔をこの世界で拝むことがないまでに潰す。

 それが「グランヴォルカ」でありヴィラノ個人の活動方針であり、そこに異論を挟むことは、例えフォースメンバーであったとしても許されていない。

 

「メグねえ……冴えないG-Tuberだったのが随分とまあ人気になってくれちゃったもんだ、そしてアヤノ。あの目……諦めた人間だってのに、天から何かチャンスが降ってくることを期待しているような、ああいう目だ。最高に気に入らないね」

 

 諦めたくても諦めきれない、そんな感情ほど醜く、見ていられないようなものはないといってもいいだろう。

 少なくとも、ヴィラノにとってはそうだった。

 この世界で夢を掲げて頂点を目指す人間は、文字通りに掃いて捨てるほど存在している。

 サービス開始以来不動の「チャンピオン」の座を狙って今日も血反吐を吐きながら険しい道を、道とも呼べないような断崖を登っているダイバーたちは枚挙にいとまがないだろう。

 だが、その多くが途中で滑落する。

 バトルの才能という壁に、ガンプラの製作技術という壁に、その他様々な理由から王道を歩むことを諦めて、それでもこの世界への未練が断ち切れずにダラダラと、惰性でログインを続けているようなダイバーを、ヴィラノは何人も見てきた。

 ならば、王道なんてものを歩む必要や価値がどこにあるのか。

 四年間、チャンピオンというその名を不動のものとしているクジョウ・キョウヤに挑みかかったところで意味がなく、それ以前に、そもそも彼の下にも続々とその名を連ねている化物たちに真正面から挑んだところで、得られたものが骨折り損のくたびれ儲けでは、何の意味もない。

 だったら、楽しめばいい。

 それこそが、ヴィラノにとってのシンプルな結論だった。

 自分が楽しいと思う方法で、それこそお題文句のように多くのダイバーたちが唱えているように、「自由」に楽しんで、楽しみ尽くせばいいだけの話だ。

 それが自分にとっては有望なフォースを潰すことだったというだけで、やっていることの本質としては他のダイバーたちと何一つ変わらないだろう、というのがヴィラノの主張だった。

 だが、あのアヤノという少女は、「ビルドフラグメンツ」というフォースは、自分たちに潰されたはずなのに蘇って、その瞳を未だ鮮やかに輝かせているのだから、それを気に食わないといわずして、何というのだろうか。

 

「潰したいのさ、鮮やかな夢を。潰したいのさ、溢れる希望を。お前だってそうだろ、ムーン?」

「……そうね、あんたほどじゃないけど、気に食わないといえば気に食わないわね」

 

 己の内に滾る激情を、冷笑の仮面に押し込めてへらへらと嘲りながら、ヴィラノはムーンへとそう問いかける。

 あのユーナとかいう才能の欠片も感じなかったダイバーは、少なくとも完全に「潰せた」という手応えはあった。

 だが、それがどういうわけか復活を遂げているのだから、理屈どうこうよりもシンプルに目障りだと思う心が、ムーンの中にもないわけではない。

 

「話は終わったか」

 

 木箱に腰掛けていたボーガーが、どこまでもどうでも良さそうに二人へとそう問いかけた。

 戦いに負けた方がGBNから消えるならば、今度こそ徹底的に潰してあの「ビルドフラグメンツ」とやらがこの世界から消え失せれば、ヴィラノの腹の虫も治って、また新しい戦いに赴ける。

 戦った相手が潰れようが潰れまいが、ボーガーには最初から関係なかった。

 ただ戦えればいい。それが猛者であればあるほど良いし、以前に戦った時は及ばなかったものの、あのカグヤというダイバーにはそれなりの素質を感じるのだから、また戦えるのなら僥倖だという以上の感覚はない。

 

「ワシから言うことは何もありゃせんよ、お前と同じだ、ヴィラノ」

「いいねぇ、こういう仲間意識ってのは。それじゃあ仲良く、奴らを潰しにいこうじゃないか、ムーン、ボーガー、ガラナン」

 

 ガラナンとしてはあの固い絆で結ばれた「ビルドフラグメンツ」が瓦解したところは是非とも見たい光景だったし、前の戦いで潰れなかったというのも屈辱だった。

 だからこそ、ガラナンはヴィラノの意見に同意を示したのだ。

 すっかり上機嫌な様子で、あるいはそれを装って、ヴィラノは三人へと呼びかけるが、そこに意気の合った返事はなかった。

 だが、それこそが「グランヴォルカ」の在り方だった。

 個々人が個々人の目的を果たすためだけに、納得できないこともあろうが、基本的にはヴィラノという男の欲望に付き従う。

 そんな歪な在り方をこそ本質として、「潰し屋」たる彼らはGBNへと君臨しているのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 シーズンレイドバトルで同じチームに所属していた、ということは、恐らく相手は前回と同じように、自分たちの戦術を研究した上でメタを張ってくるだろう、というのが、多かれ少なかれアヤノたちにとっての共通認識だった。

 猶予として与えられたのは一日という短い時間だったが、アヤノたちもまた相手を研究するという形で、シーズンレイドバトルのアーカイブ映像や、前回の戦いの動画を見直して、「グランヴォルカ」の戦術を研究していたのだ。

 ログインを終えて、セントラル・ロビーへと降り立ったアヤノは、昨日メグたちと話し合って方針を思い返しながら、因縁の相手がやってくるのを静かに待ち続ける。

 オールレンジ攻撃によって自分たちの弱点を突く、という彼らの戦術は恐らくガラリと変わることはないだろう、というのが、アヤノとメグの予想であったし、事実、レイドバトルを見てみても、ガラナンの赤いF90が偵察用装備のE装備ではなく、支援用のS装備に切り替わっていたり、ボーガーがその機体からCファンネルをオミットしていた以外は、前に戦った時と、ヴィラノたちの機体は概ね変わっていない。

 特にヴィラノのガンプラがプロヴィデンスガンダムをベースとしている以上、そこからドラグーンをオミットして何か新しい装備を搭載してくる、という可能性は低いはずだ。

 アヤノに続いてログインしてきたユーナも、どこか緊張した面持ちで、指定された場所に立って、仇敵の来訪を待ち続ける。

 

「……アヤノさん、わたしたち……」

「気持ちはわかるわ、ユーナ。でも、落ち着いて。今の貴女は今までの貴女じゃないでしょう?」

 

 敗れた方がGBNから消える、という条件で引き受けた戦いであることも手伝って、ユーナも緊張を隠しきれないようだった。

 ぷるぷると震えるその細い身体を抱きしめながら、アヤノはそっと、その桜色の髪の毛を撫でながら耳元で囁きかける。

 実際のところ、勝算がどれだけあるのかと問われれば、わからない、というのがアヤノとメグが導き出した結論だったし、性格は最悪だとしても、ヴィラノたちがダイバーとして高い実力を誇っていることもまた事実だ。

 それでも、ここで自分たちが負けるわけにはいかない。

 GBNをもう二度と遊べなくなるということもさながら、彼らに背を向けて逃げ出せば、第二第三の自分たちが、暴力で心を折られてこの世界を去っていくダイバーたちが現れてしまうなら、自分たちが勝つしか道は残されていないのだ。

 

「……あまり、気持ちのいい戦いではありませんね」

「気持ちはわかるわ、カグヤ。でも……あいつらとの因縁もあれば、野放しにできないことも確かよ。なら、私たちがやるしかない」

 

 メグと共に集合場所にやってきたカグヤは、物憂げに目を伏せながらそう呟く。

 だが、その気持ちはアヤノも痛いほどによくわかっている。

 本来であれば、ガンプラバトルの勝敗でフォースの進退を決めること自体が間違っていて、そういう意味ではヴィラノたちからの再戦要求を自分たちは何があっても突っぱねるべきだったのかもしれない。

 青臭い正義感に駆られたと笑われてしまえば、返す言葉はそこになく、本来、責任感など、アヤノたちが負う必要は全くないのだ。

 誰かがこれをやらなければいけない。

 だけど、その誰かは自分じゃない。

 そう言って目を背け続けることもできるだろうし、そうする方が自分たちにとってもリスクを選ばなくていい分得だったのだろう。

 だとしても、自分は。

 ぐっ、と拳を固めて、次の犠牲者を生むまいとその責任を小さな背中に負ったユーナを一瞥して、アヤノは己の中に燻っていた炎の残滓をそっと手繰り寄せる。

 元は、誰かに憧れて、誰かに言われて始めたGBNだった。

 それでも今は、この世界にこだわるだけの理由がある。このGBNを続けていたいという願いがある。

 きっとそれは自分たちだけではなく、多くのダイバーたちがそれぞれの事情を、努力をしたり、憧れたり、楽しんだりする理由を抱えてこの電子の海に潜っているのなら、その感情は尊重こそすれども、決して踏みにじって、嘲笑っていいものでは断じてない。

 

「とりあえずは来てくれたようで歓迎するよ、アヤノちゃん、『ビルドフラグメンツ』……」

 

 刹那、心の中で密かに滾らせていた義侠心を、怒りを嘲笑うかのような声がアヤノの耳朶に触れる。

 

「……ヴィラノ・ディヴィッド」

「名前まで覚えていてくれたとは光栄だね、それじゃあ早速……始めるかい? それとも俺たちと他愛もないことを喋りながら楽しむかい?」

 

 俺はどっちでも構わないけどな、と皮肉な笑みを浮かべたまま、声の主──ヴィラノはムーンたち三人を引き連れて、アヤノたちを取り囲むように陣取っていた。

 逃げるつもりは毛頭ないが、相手にとっては逃すつもりも毛頭ないらしい。

 アヤノは無言で、ヴィラノから投げつけられたフリーバトルの申請を受諾すると、その瞳を睨みつけて格納庫エリアへと解けていく。

 

「おいおい、つれないねぇ……ファンサービス足りてないんじゃないのかい、メグ?」

「ファンやめたんっしょ? なら別にサービスする必要もないよね」

「ハハッ、こいつは一本取られたな……まあいい、俺としちゃあさっさと始めてくれた方が手間も省けるんでね、行くぞ、ムーン、ボーガー、ガラナン」

 

 メグの皮肉にも動じることなくヴィラノはそう言い放つと、三人を連れて、一足先に向かったアヤノに続いて格納庫エリアに転送されていく。

 この戦いに正義はない。

 メグもまた格納庫エリアへの転移を選びながらも、普段はバトル中でもONにしているハロカメラの電源をそっと切る。

 例えどれだけ「グランヴォルカ」が悪事を働いていたとしても、どれだけマナーが悪かったとしても、フォースの進退を賭けたただの私闘を配信するのは何か見せしめにしているようで、気が引けるのだ。

 キャプテン・ジオンのように、マナー違反を犯したダイバーを修正するという趣旨の動画はG-Tubeにいくつもアップロードされているが、少なくともメグは、「グランヴォルカ」との戦いをアップするつもりはなかった。

 自分が予想外に有名になってしまった以上、もしこの戦いに影響されて、綱紀粛正の名の下に彼らと、グランヴォルカと同じような暴挙に出るダイバーが生まれないとは言い切れない。

 そういう意味では、この戦いはどこまでも「ビルドフラグメンツ」にとって得になる要素は何一つないといえるだろう。

 

「……でも、アヤノの言う通りだよね」

 

 最後の一人となって格納庫へと解ける瞬間、メグはぽつりとそう呟く。

 誰から期待されているわけでもないにしても、誰から頼まれたわけでもないにしても。

 それでもこれは、自分たちが精算をつけるための戦いだ。

 気合を入れるかのようにぴしゃりと自らの頬を叩くと、メグもまた因縁を終わらせるために、転送された愛機のコックピットで、操縦桿をきつく握り締めるのだった。




これは、私たちの戦い


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第六十二話「傷だらけの栄光」

乾燥が不十分なパーツに触ってしまったので初投稿です。


 決戦の場として選ばれたバトルフィールドは、何の因果か前回と同じ、地球圏の衛星軌道上だった。

 背後にデブリ帯を背負っている以外は隠れる場所もなく、事実上真っ向勝負で挑まなければならないという、以前と全く同じ条件が突きつけられた形だが、戦いに臨むアヤノの手を微かに震わせているのは、以前と全く違った理由のためだった。

 彼らは、「グランヴォルカ」は、強い。

 彼らの振る舞いは認めるわけにはいかないが、リーダーのヴィラノはSSランカーという格上の存在で、他のフォースメンバーも相応の実力を持っている以上、真正面から挑んでまともに戦えるかどうかについては微妙なところだ。

 それでも、やらねばならない。

 固唾を飲み込み、アヤノは先行しているメグのG-セルフリッパーが飛ばしたフィルムビットから転送されてくる映像を睨み付ける。

 

(この戦い、相手がジャマーを無力化できる以上、アタシからの支援はほとんど期待しないでね)

 

 ブリーフィングフェイズでメグが自分たちに伝えていた言葉を思い返し、アヤノは注意深くモニターとレーダーを見詰めて、唯一可能性がありそうな勝利への道筋を頭の中で組み立てていく。

 前回と同じ戦法で「グランヴォルカ」が挑んでくるのだとしたら、狙われるのはまず各個分断という形になるだろう。

 とはいえ、レイドバトルと「度胸ブラザーズ」戦で、こちらもまたパワーアップを果たしているという事実は彼らの前に曝け出している以上、前回と同様に一対一を複数作るという構図で挑んでくるのではなく、何か別な作戦を用意している可能性だってある。

 近接戦闘に偏重しているというフォースとしての弱点を克服すべく、遠距離や中距離での手札となるソードビットを新たな武装として追加したアヤノと、G-セルフのビームライフルを切り詰めて小型化したものを二挺手にしているメグは、戦況に対して応じることができる幅が広がっているものの、ユーナとカグヤに関しては元からの長所を伸ばす形でのパワーアップを図ったため、相手がどう出てくるかに関しては前者後者共に半々といったところだ。

 そんな憶測が、アヤノに迷いを抱かせる。

 ぐるぐると巡る思考はどちらが正解なのかを決めかねて、同じところを何度も走り回って疲弊していく。

 一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていく中でアヤノは考える。考える。

 奴らは、「グランヴォルカ」はどう出てくるか。

 仮に自分の想定した状況でなかった場合はどう対応すればいいのか──

 考えて、考え抜いても、答えが出てくることはなかった。

 ──だが。

 ならば、相手がどう打って出てくるかわからないのならば、こちらの手札だけを叩きつけることを考えればいい。

 悩んだ末に、答えにこそ辿り着けずとも、導き出せた結論はシンプルなものだった。

 強引な強行突破を図るのもある意味では自分たちの持ち味のようなものだと一人苦笑して、アヤノはいつでもユーナとカグヤへのフォローができる位置に陣取って、戦端が開かれるのを静かに待つ。

 フィルムビットから転送されてくる最前線の映像が、メグのコックピットにけたたましく鳴り響くアラートを、アヤノたちの機体にも転送する。

 

「やっぱファンネル! だったら、リフレクターパックでぇっ!」

 

 最前線で「グランヴォルカ」四人組をフィルムビットの視界に捉えたメグは、全方位から鳴り響くアラートへと即座に反応を示して、パーフェクトパックの機能からリフレクターモードを呼び出し、起動させた。

 だが、縦横無尽に軌道を変えて襲いかかってくるのはビームの雨霰ではなく、爆発を伴った攻撃の嵐だった。

 

「ファンネルミサイル……!?」

 

 損傷したG-セルフリッパーの姿勢を立て直すと、全方位レーザーで自機を包囲するファンネルミサイルの数々を撃ち落とすと、メグはオープンチャンネルでの通信を開いて、アヤノたちに警告しようと試みる。

 前回と全く同じ手段で来るとは思っていなかったものの、この短期間で自分たちをメタれるだけの手段を用意していた「グランヴォルカ」の執着に呆れ半分といった調子でメグはちっ、と舌を打つ。

 

「気をつけて、相手はファンネルミサイルを──」

『へっ、そう簡単にやらせるかよ!』

 

 味方への警告を送ろうとしたメグの言葉を遮って、ガラナンの言葉と共にモニターをブロックノイズが埋め尽くす。

 一瞬だけフィルムビットが観測した映像の中で、F90ESは装備していたドローンガンを本来のジャミング・ライフルに戻していた。

 つまりはこちらにジャミングが仕掛けられたのだとメグは理解して、通信ではなくハンドサインによってアヤノたちへの合流を促す。

 ファンネルミサイルは確かに、ビームをある程度無効化できるリフレクターモードへの牽制としては最適だろう。

 しかし、あえて欠点を挙げるとすればそれは、通常のファンネルにもリキャストが設定されているGBNにおいても基本的には使い切りの武装であることだ。

 

「ぐうううっ! 持ち堪えてよ、セルフリッパー!」

 

 勘と経験だけでランダムな軌道を描いてG-セルフリッパーを走らせながら、メグはコックピットの中で今まで自分に直撃したファンネルミサイルの数を数える。

 誰がそれを搭載していたのかはわからないが、少なくともヴィラノのタイラントプロヴィデンスガンダムが元々プロヴィデンスをベースとしているならば、ファンネルミサイルを搭載できるスペースは限られていて、それはフロントアーマーが短い、ムーンのレギルスエクリプスも同じことだ。

 そして、フィルムビットが観測していた映像の中でABCローブを被っていたボーガーのものと思しき機体のシルエットは、メグが記憶している限りでは前に戦っていたのと変わらず、そうなれば消去法でファンネルミサイルを搭載できそうなのは自然とヴィラノに絞り込まれる。

 尚且つ、ドラグーンを搭載しているというアドバンテージを全て放棄したのでなければ、仕込めそうなスペースはフロントアーマーぐらいだ。

 降り注ぐ爆撃の雨霰の中を、舞い踊るように回避するメグの姿を見たアヤノは、「光の翼」を展開してそのフォローへと入るために機体を加速させる。

 ジャミングがかけられている以上、通信が不可能である今、自分たちが立たされているのは、「ビルドフラグメンツ」が常套手段としてきた戦術の前ということだ。

 メグのG-セルフリッパーを付け狙う小型のファンネルミサイルをバタフライ・バスターBで叩き落とすと、アヤノは先陣を切って、ABCローブを纏う三機の中でも上に突き出たシルエットをしている機体に向けて、果敢に切り掛かっていく。

 

「ヴィラノ・ディヴィッドぉッ!!!」

『おっと、正解だ。おめでとう、アヤノちゃん。景品はないけどな?』

「ふざけた口を!」

 

 裂帛の気合を込めて振り抜いたバタフライ・バスターBによる斬撃は、「光の翼」による加速度が乗っていたことも手伝って、ヴィラノのABCローブを剥ぎ取り、その機体の全貌を戦場へと露わにする。

 果たして、メグの予想通りにフロントアーマーの形状が前回戦った時と大きく変わっていたタイラントプロヴィデンスは、一度距離を取るためにドラグーンを展開し、牽制射撃をアヤノのクロスボーンガンダムXQへと放つ。

 味方への通信ができなくとも、こいつは自分が引き受けたという意図ぐらいは伝わってくれたはずだろう。

 アヤノもまたドラグーンを振り切るように機体を加速させて、ランダムなマニューバで熱線の包囲網を振り切ろうと試みるが、一枚上手なのはやはりというべきか相手の方だった。

 予測を超えた位置へと的確に配置されたドラグーンは、クロスボーンガンダムXQの装甲を削り取り、じわじわと、真綿で首を絞めるように、しかし確実に機体を蝕んでいく。

 

『姿隠してる意味ないわね、ボーガーはあのカグヤってのをやるんでしょ?』

『無論だ、ムーン。邪魔立てすれば貴様とて容赦はせん』

『はいはい。あたしはまた残飯処理ね……ま、多少は変わってるみたいだから、楽しませてもらいましょ!』

 

 ビーム兵器を持つアヤノの狙いがヴィラノへと向いたことを認めると、ボーガーとムーンは纏っていたABCローブを脱ぎ捨てて、再び各々が持つ因縁の相手へと向けてブーストを噴かす。

 ボーガーのガンダムAGE-1パワードタイタスは装備していたCファンネルを全て撤去していて、その代わりとばかりに機体に組み込んだAGE-FXの機能であるFXバーストを発動させると、異形の鉄腕を戦線に合流してきたカグヤへと容赦なく叩きつけた。

 

『憤ッ……!』

「くっ、やはり一撃が重い……!」

 

 フルスクラッチによって作られた「無銘朧月」であったとしても、FXバーストのパワーを乗せたその鉄腕は容易に受け切れるものではなく、ロードアストレイオルタの関節が軋みを上げる。

 それでもなんとか衝撃を受け流し、姿勢を立て直すと、カグヤは同じく重撃の型を取り、鉄腕を振るうボーガーに小細工抜きで、真っ正面からの戦いを挑む。

 

「拙は……拙は、復讐のために戦うのではない! これは!」

『言葉は……無用ぞ!』

 

 剛剣と鉄腕がぶつかり合い、鉄の軋みと呻きを上げて、漆黒の宇宙にその雷鳴の如き力と、疾風の如き速度を轟かせる。

 残飯処理、と煽るようにその言葉を口にしたムーンは、そんな戦いに夢中になっているボーガーを嘲るように鼻で小さく笑うと、相変わらず武器も持たずに突撃してくるユーナのアリスバーニングブルームを一瞥して、両腕のレギルスシールドから、ありったけのビットを展開した。

 

『前みたいに、これで終わってくれるんじゃないわよ!』

「言われなくたって! お願い、アリスバーニングブルーム! わたしに……力を貸して!」

 

 ユーナは侮蔑を含んだムーンの煽りに動じることなく機体を加速させ、自身を取り囲むレギルスビットの包囲網を潜り抜けようと試みるが、全てを出し切ったというだけあって、その挙動は複雑怪奇で、あらゆる方向から、異なるタイミングでアリスバーニングブルームへと襲いかかってくる。

 以前のアリスバーニングであらば、否、以前のユーナであれば、その圧倒的な物量とバラバラに襲いかかってくる「間」のズレに困惑して、ムーンが言った通りに何もできないまま大破していたことだろう。

 だが、今は違う。

 脳裏にタイガーウルフとの修行を思い起こしながら、ユーナはバーニングバースト・フルブルームに頼ることなく、冷静に自機を狙うビットとそうでないものを見極めて、一つ一つを丁寧に回避していく。

 ──いいか、戦いってのは先に心が折れた方が負けるもんだ。

 頭で師範からの言葉を思い返せば、あの砕いた岩の破片を全て避ける修行の記憶が身体の底から反射となって蘇ってくる。

 ユーナはレギルスビットによる包囲網をすり抜けるかのように、最低限のマニューバで巧みにその攻撃から逃れていた。

 

『ちっ……! ああもう鬱陶しい! 消えなさいよ!』

 

 業を煮やしたムーンは、牽制を織り交ぜるのをやめて、全てのレギルスビットにオートでの攻撃を指示すると、延長したギラーガテイルをその手に、アリスバーニングブルームへと襲いかかる。

 あのユーナというダイバーは、確かに少しはできるようになったのかもしれない。

 だが、武装を持たないあの機体では全てのレギルスビットから逃れることなどできないと、ムーンがほくそ笑んだその時だった。

 

「バーニングバースト……フルブルーム!」

 

 ユーナのアリスバーニングブルームは、全身から炎を噴き上げると、背面に移植していたウイングガンダムゼロ炎のバックパックに備え付けられていたグリップを二本引き抜いて、超級覇王電影弾の如く機体をぐるぐると回転させる。

 

『ビームサーベル!? 違う……あの炎を剣にしてるってわけ!?』

「技を借りるよ、アヤノさん!」

 

 少なくとも一条二刀流にこんな技はなくとも、二本の剣を使うというその発想をアヤノから借り受ける形で、「炎の剣」とでも呼ぶべきものを掲載したアリスバーニングブルームは、襲いくるレギルスビットの全てを薙ぎ払いながら、ムーンの元へと止まることなく進撃していく。

 元々、ウイングガンダムゼロ炎はそのウイングバインダーを実体剣「ハイパーカレトヴルッフ」として使えるだけでなく、レプリカではオミットされているものの、そのグリップとなる部分からビームサーベルを発振する機能が備え付けられている。

 ユーナが組み込んだのは製品化されたレプリカの方であるため、ビームサーベルを発振する機能は備わっていないものの、必殺技であるバーニングバースト・フルブルームの熱量を逃す形の一つとして、「炎の剣」は編み出され、そして組み込まれたのだ。

 うねりを伴って燃え盛る炎の剣は光すらも焼き尽くし、そして今、黄金のレギルスの前に、全身を焔に包み込んだアリスバーニングブルームがその姿を現す。

 

「これでええええっ!」

『にわか仕込みの素人剣術が……ビットを落としたぐらいで、いい気になってんじゃないわよ!』

 

 そのまま勢いを乗せて、レギルスエクリプスへと振るわれた「炎の剣」を、ムーンは脚部のハンターエッジを展開してアリスバーニングブルームの右手から弾き飛ばすと、弧を描くような動きでそのまま、握りしめていたギラーガテイルを叩きつける。

 体勢を崩されながらも、細かなマニューバでそれを立て直したユーナは左手に持っていた「炎の剣」でギラーガテイルを受け止めていた。

 だが、レギルスエクリプスのパワーは、バーニングバースト・フルブルームをもってしても尚、容易に押し切れるものではない。

 鍔迫り合いを強引に解いて、ムーンは「炎の剣」ごとアリスバーニングブルームを吹き飛ばすと、脚部のハンターエッジを展開したまま、華麗な脚技でユーナのアリスバーニングブルームを蹴り付け、刻んでゆく。

 

『ちょっと機体を変えたからって、舐められちゃたまんないのよ!』

 

 わかっている。機体をパワーアップさせたからといって、容易に押し切れる相手ではないことぐらい、ユーナもまた理解している。

 

「戦いは、先に諦めた方が負ける……だから!」

 

 ムーンの憤怒を乗せて放たれる脚技に、ユーナはタイガーウルフが放ってきた技を重ねて紙一重で回避すると、そのままカウンターとして、バーニングバースト・フルブルームの炎を纏った蹴りを放った。

 がきぃん、と、金属同士がぶつかり合う鈍い音を立てながら、カウンターを想定していなかったムーンは、レギルスエクリプスはその体勢を大きく崩してしまう。

 

『クソっ、こいつ! 生意気なのよ!』

「生意気でもなんでも……わたしは勝ちます! 押し通ります!」

『ふざけんなッ! お前なんかに……負けちゃたまんないって言ってんのよ!』

 

 歯を食いしばり、視線に闘志を滾らせて、ユーナとムーンの格闘戦は流麗という言葉とは程遠く、ノーガードでの殴り合いに等しかった。

 負けたくない、負けていられない。

 形は違っても、ぶつかり合うプライドが火花を散らし、装甲を砕き、関節を軋ませ、機体に傷を刻み合う。

 怒りに駆られても尚冷静に、関節部だけを狙って的確に放たれたムーンの脚技によって、アリスバーニングブルームの左手は脱落していた。

 だが、ユーナの味によって、ギラーガテイルを保持していたレギルスエクリプスの右手もまた引きちぎられて、互いに満身創痍となりながらも、目の前の相手を殴りつける手を止めることはなかった。

 最初に諦めた者が負ける。

 タイガーウルフから受け取ったその言葉に、愚直なまでに従って、ユーナはボロボロになっていくアリスバーニングブルームの姿に涙を滲ませながら、レッドアラートが鳴り響くコックピットの中で、恐れを踏み倒す咆哮と共に操縦桿のトリガーを引く。

 

「おおおおっ! 全力、炎、パァァァァンチっ!!!」

『ふざけんなふざけんなふざけんなぁッ! 殺せ、レギルスエクリプス!』

 

 バーニングバースト・フルブルームの炎を全て纏わせたユーナの拳と、全出力を集中させたことで黄金の煌めきを放つハンターエッジを展開するムーンの脚がぶつかり合い、漆黒の宇宙を裂くように、一筋の閃光が走る。

 ぴしり、と、何かがひび割れる音を立てて、ぶつかり合う光と炎が一つに収束していくのを、ムーンはレッドアラートのコックピットから見届けていた。

 

『そんな、負け、た……?』

「押して、アリスバーニングブルームっ!!!」

 

 勝負を分けたのは、一瞬のことだった。

 ハンターエッジにヒビが入ったのを見たその瞬間に、ムーンはレギルスエクリプスが出力での競り合いに負けたのだと諦めて、操縦桿を手離してしまっていた。

 もしも、ムーンが操縦桿を手放さなければ、この競り合いの結果は変わっていたのかもしれない。

 だが、それだけの話だ。

 勝負に、もしもとたらればは存在しない。

 だからこそ──勝利を掴み取ったのは、最後まで可能性を手放さずに、歯を食いしばりながらも諦めることのなかった、ユーナだったという、それだけの話なのだ。

 

「……やった……わたし、やったよ、アヤノさん……」

 

 ユーナは茫洋とモニターを眺めて、星々の煌めく宇宙に手を伸ばしながら、小さくそう呟く。

 全ての出力を右腕に集中させたことでレギルスエクリプスを貫いたその拳は砕けて、エネルギーも底をついていたものの、アリスバーニングブルームは確かに宿敵を打ち倒していた。

 機体は大破状態で、もうこれ以上の継戦は望めない。

 それでも、勝ち取った勝利をかみしめるように、傷だらけの栄光を手にしたユーナは、はらはらと、静かに涙を零すのだった。




あえて行く者が勝つ


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第六十三話「運命の星を違えた故に」

デカールのりが残った状態でトップコートを吹いてしまったので初投稿です。


 ユーナがムーンとの決着をつける数刻前、激突していたのはガラナンとメグだった。

 ジャマーによってほとんどのセンサーやレーダーが機能しない状態に陥っても、モニターが映し出す像にノイズが混じっていたとしても、メグは動じることなく視界に敵を捉えて、G-セルフリッパーに持たせたショートビームライフルでガラナンのF90ESを攻撃する。

 デバフを相殺するためにジャマービットを起動させる手段も一瞬考えたが、ガラナンの「アルカナム・リバース」が装備に依存するのではなく、ダイバー個人が習得した必殺技なら、それは相手へのバフとして利用されるだけだ。

 光条が絶え間なく宇宙を切り裂き、鋭い音を立てて逃げ回るF90ESを追い詰める。

 だからこそ、メグは多少の不利を承知で、デバフを受けたまま、有視界戦闘によってガラナンを制圧しようと試みているのだ。

 

『この子娘……ッ! ジャマーが効いてねえのか!?』

「バッチリ効いてんよ! でも……今のアタシは120%なんだから!」

 

 かつて、ハイパージャマーとミラージュコロイドを併用した、ほぼ完璧なステルスによって「獄炎のオーガ」を背後から天誅しようと試みたことがメグにはある。

 だが、その目論見は彼の野性的な勘、闘争本能が引き起こす一種の超反応によってあえなく打ち砕かれた。

 あのオーガに敗れたことも、彼が超人的な技を用いることも、メグは納得していたし、ステルスに頼り切った自分の慢心を突かれた形になるのだから、敗れたのもある種納得ができると割り切ってもいる。

 それでも、メグはオーガの研究を、否、このGBNにひしめく強者たちの研究をやめなかった。

 一秒でも早く相手を倒すためには何をすればいいのか。

 デバフ役や優れた偵察と斥候に情報を握られてしまっている場合には何をすればいいのか。

 動画編集の傍で、ひたすら猛者たちの動画を見て研究し、時にはG-フリッパーをヴァルガに潜らせたこともあった。

 その結果としてわかったことはただ残酷で、圧倒的な強者は個人には真似できないその才能によって高みへと上り詰めている、ということだけだ。

 いくら追いつこうとしても、いくら手を伸ばしても、生まれ持った力量の差が埋まることはなく、努力の全ては徒労に終わる。

 ──否。本当に、ただの徒労で終わるのだろうか。

 

「誰かになんてなれなくたって! 誰かの真似ができなくたって! 昨日のアタシにできなかったことは、今日のアタシができるようになればいい!」

『青臭ぇんだよぉ!』

 

 メグは感情がそうさせるままに叫び、ガラナンの機体を宙域に漂う戦艦のデブリまで追い詰めると、ショートライフルを放棄して、移植したG-セルフの胸部からビームサーベルを取り出して、二刀流でF90ESへと斬りかかる。

 例えそれが誰かに否定されたとしても、自分の道を曲げるつもりはメグにはない。

 青臭くとも、泥に塗れても、世界の壁に爪を立てて、そこから血を流してでも這い上がる。

 きっと今までの自分に足りていなかったものは、その覚悟だ。

 ギャルと忍者という個性に甘えて、味方を陰から支援するキャラクターだからと自分をその役割に押し込めて、戦術を一本化することで可能性を閉ざしてきたからこそ、あの時自分は負けたのだ。

 ガラナンのF90ESは、基本的に電子機器との干渉を嫌って抜き放つことはないものの、ビームサーベルを自衛用の装備として備えてはいる。

 彼が咄嗟に抜き放った一撃と、メグが振るった一撃がぶつかり合い、火花を散らして閃光が爆ぜる。

 

『クソッ、ジャマーがイカれたか……!?』

「まだまだあっ!」

『ぬかせ、子娘……がッ!?』

 

 右手に高トルクパックの機能を宿して鍔迫り合いを強引に制すると、返す刀でメグはF90ESのジャミング・ライフルを切り落とし、そのまま高トルクキックでガラナンを蹴り飛ばすと、その機体を戦艦の残骸へと思い切り叩きつけた。

 擬似的なGのフィードバックと衝撃のフィードバックが、ガラナンの息を詰まらせる。

 ジャマーが無力化された以上、F90ESに残されている武装はビームサーベルぐらいであり、パーフェクトパックを装備したことで大幅に戦闘力が上昇したG-セルフリッパーとやり合うのには不利だということぐらいは、彼にもまた理解できていた。

 

『ヴィラノ、ムーン、ボーガー! クソッ、クソッ! 何故だ! 何故ワシを助けに来ない!?』

 

 通信ウィンドウを開いて呼び掛けても、そこに応答はなく、ただ沈黙か、或いは己が相対している敵に対してかける言葉だけが走るのみだった。

 フォース「グランヴォルカ」は、燻っていた自分を拾い上げてくれたのではなかったのか──ガラナンの胸中に仄暗い絶望が影を落とすが、「グランヴォルカ」のルールは最初から決まっている。

 全てはヴィラノのやりたいことに従うだけ。

 そしてそれは、ガラナンも理解していたからこそ、今までは支援役に徹して、数々のフォースがヴィラノに潰されていく様を、高みの見物と決め込んでいたのである。

 だからこそ、そこに「味方を助ける」という選択肢が含まれるかどうかは、全てはヴィラノの胸先三寸であることを、彼は見落としていたのだ。

 

『あ、ああっ……ワシは……ワシは……!』

 

 ──利用されていた。

 絶望に満ちた表情で、震える唇が辿り着いた答えを紡ぐ。

 今までは役に立たない必殺技と、人気のない斥候・偵察型ビルドを組んでいることで行く先々のフォースに煙たがられていた自分を拾い上げてくれたのは確かにヴィラノで、ガラナンはそこに一抹の恩義を感じてさえいた。

 だが、それらは、いってしまえば全て一方的なものでしかない。

 ガラナンがそう思っているだけの、たったそれだけの話だ。

 ヴィラノにとってガラナンを拾い上げた理由は、潰し屋稼業に必要だと思ったからであって、そこに仲間意識などというものは最初から存在していない。

 にも関わらず自分は、一人で勝手に仲間意識を抱き、悪行に喜んで手を貸してきたのだ。

 

『ハ、ハハッ……ハハハハハッ……!』

 

 これが笑わずにいられるだろうか。

 ただ醜い道化芝居を演じていただけだという事実が、一人で舞い上がり、踊っていただけだという現実が、笑い飛ばすこと以外に逃避を許さずに、じわりじわりとガラナンの胸を鉛の綿で締め付けていく。

 よく見れば、目の前にいるメグという少女は、仲間のためにこんなにも必死になっている。

 一度心が折れるまでの敗北を味わいながらも、そこで止まることなく、機体を強化して、味方を信じて、自分のジャミングを潰すという役割に、愚直なまでに徹している。

 今までの自分であれば、それを馬鹿なことだと笑い飛ばしていたことだろう。

 必死になっている姿を、もがいている姿を嘲り、ちっぽけな自尊心を満たそうとしていたことだろう。

 だが、今はどうだ。

 ビームサーベルによって切り裂かれた両腕が、宇宙の塵になっていくのを見送りながら、ガラナンは一人、届くことのない言葉を自嘲の笑いに変えて、怒りの炎をその双眸に灯し、コックピットを穿とうとコールドクナイに手をかけたG-セルフリッパーの姿を、メグの姿をその目に焼き付けるかのように刮目する。

 ──ああ、なんと眩しいことだろう。

 

「これで、終わり! アヤノの、ユーナちゃんの、カグヤのために! ここでアンタを……アタシが討つ!」

『……クク、ハハハハ……見事だよ、お嬢ちゃん』

「敵の話は聞かない!」

『……まあ、そう言うなよ。最後なんだ……このジジイに一つ、教えちゃくれねえか』

 

 メグが振りかぶったコールドクナイがF90ESのコックピットを穿ち、バトルフィールドに自身を構成する躯体が解けていくまでの瞬間、ガラナンは必死に言葉を振り絞って、メグへと問いを投げかける。

 

『……ワシは、どうすればお前さんたちみたいになれたんだろうな?』

 

 しかし、その問いの答えを聞くことはなく、ガラナンの躯体はブロックノイズ状に解けて、セントラル・ロビーへと強制送還される。

 そうだ。ただ自分は、ガンプラバトルがしたかっただけなのだ。

 気の合う仲間と、気心の知れた相手と、他愛もない言葉を交わしながら、上を目指さなくてもいいから、この世界で──ただ、楽しくやれればそれで良かったはずなのだ。

 そんなガラナンの後悔もまた、メグに届くことはない。

 向けられた眼差しに、一抹の哀れみが宿っていたこと、それだけをただ一つの救いとして、戦いに幕が下される。

 

「……そんなの、最初から決まってんじゃん」

 

 誰かを嘲ることなく、誰かを嗤うことなく、ただ──ただ、「ガンプラバトルが好きだ」という気持ちを持ち続けていれば、いつかは報われたのかもしれないし、或いはそうでなかったのかもしれない。

 メグは一人、コックピットの中で届くことのない言葉をぽつりと呟く。

 仮にそうでなかったとしても、あのヴィラノという男についていくべきではなかった。

 それだけが、どこまでも単純で、だからこそ残酷な、たった一つの答えだったのだろう。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『フハハハハ……! 吾輩は今、満たされている! この闘争に! この血潮が滾る戦いに! 貴様はそう思わぬか!』

「……拙は滾りなど感じません、拙は、ただ……!」

 

 ボーガーのAGE-1パワードタイタスが振るう鉄腕を「無銘朧月」によって巧みに受け流し、捌きながら、カグヤはボーガーから投げかけられた問いに、ぎり、と歯を食いしばる。

 彼が問いかけたように、強者との戦いを求める心は、確かに自分が生まれた因子としてこの電子の命、その奥深くに刻まれている。

 だが、それはあくまでも自分を、ELダイバー「カグヤ」を構成する意識の一部でしかない。

 無道の鉄腕を受け止めて、時にその間隙を縫って、疾さを重視した型による攻撃を加えながら、カグヤは互いに疲弊していくロードアストレイオルタの悲鳴と、そしてガンダムAGE-1パワードタイタスが上げる歓喜の声に、じわりとその眦へと涙を滲ませる。

 ──もっとだ、もっと、もっと。

 どす黒く染まった闘志を剥き出しにする、ボーガーと同じパワードタイタスの声は、ロードアストレイオルタが、自分が現実で生きるための躯体でもあるモビルドールカグヤが上げる、もうやめて、という悲鳴とは対照的に、傷つけば傷つくほど、歓喜に打ち震えていた。

 確かにカグヤの心は、今でも強者との戦いを求めているところはある。

 だがそれは、互いに「道」を持っていればの話だ。

 戦う理由を捨てた時、戦いの中に見出すべき道を捨てた時、ただその闘争のみを理由としたその時に、人は獣に成り下がる。

 そうして、戦いの理由と意義は失われ、暴力だけがそこに残る。それに何の意味があるというのだろうか。

 ボーガーは確かに強い。

 彼が強者であることに、間違いはないのだ。

 なんとか「ビルドフラグメンツ」の皆が作り上げてくれた「無銘朧月」のおかげで持ち堪えられてはいるものの、今も防戦一方であることは以前と変わらず、決定的な攻撃のチャンスは見出せていない。

 疲弊しながらも疲労することなく、そして絶え間なく振るわれるボーガーの鉄腕は最早絶え間なく放たれる戦車砲と形容した方が正しいほどの威力を「無銘朧月」の刀身とロードアストレイオルタの関節部に伝え、イエローコーションがコックピットに絶え間なく瞬く。

 まともに打ち合いを続けていたとしても、ボーガーに勝てる保証はどこにもない。

 己の誕生因子に刻まれた「武士」たちの記憶からその型を次々と再現し、変幻の構えでカグヤはボーガーを撹乱していたものの、その小細工ごと踏み潰してやるとばかりに、鋼の腕を持つチャリオットは攻撃のペースを緩めずに荒れ狂う。

 いくら「無銘朧月」が優れた刀であったとしても、GBNがゲームである以上そこには耐久値が必ず存在し、それが「菊一文字」と比較して遥かに上回っていたとして、ゼロになってしまえばへし折れるという結末は変わらない。

 ならば、試すべきは何か。

 息つく間もなく振るわれる鉄腕を捌きながら、カグヤは己の思考回路をフル回転させて、結論へと辿り着くべくもがき続ける。

 ──攻撃を捌こうと思うから、防御に回らされているのではないか。

 一秒が永遠へと引き延ばされていくような緊張の中で、ぽつりと湖面に雫が落ちるかのように、ふとそんな言葉が胸の内から湧いて出る。

 それは、ともすれば求める武士道とは違う考え方かもしれない。

 ビームラリアットとの鍔迫り合いを強引に解くと、カグヤは逡巡を抱きながらも、すぐさま頭を左右に振って、その迷いを否定する。

 そしてカグヤがとった構えは、型は、いつかと同じ居合の型だった。

 ガットゥーミと戦ったあの時、自分は確かにこの技を繰り出していた。

 だがそれは無我夢中だったからで、今回も上手くいく保証があるとは限らない。

 

「──それでも!」

『言葉は……無用か!』

 

 ボーガーもまた、カグヤがやろうとしていることを察したのか、真正面からビームラリアットと磁気旋光システムを展開すると、渾身の力をその鉄腕へと込めて、目の前の敵を轢き潰さんと咆哮を上げる。

 

『アァァララララララァァァイ!!!』

「居合の型……夕凪・空蝉返し!」

 

 だが、カグヤはその攻撃に合わせて刀を振るうことはしなかった。

 全力を込めたビームラリアットが、ロードアストレイオルタのコックピットへと叩きつけられたその瞬間に、必殺技であるモビルドール形態への移行を選択して撃墜を免れると、後隙を晒す形となったAGE-1パワードタイタスの背中に、振り上げた刀を思い切り突き立てる。

 移行によって撃墜判定こそ免れたものの、フィードバックされたダメージは尋常ではなく、モビルドールカグヤの下半身と上半身は泣き別れし、撃墜を紙一重で免れた上半身が「無銘朧月」を振り上げていたからこそ、なんとかボーガーのコックピットを貫くことができている、という有様だった。

 

『……見事だ、嗚呼……良き闘いであった……』

「……ふざけないでください……」

『……何?』

「ふざけないでくださいッ!!!」

 

 コックピットを貫かれ、後はテクスチャの塵となってロビーへと強制送還されるのを、どこか満足げな表情で待っていたボーガーに、カグヤは腹の底からその叫びを投げつけていた。

 

『吾輩が戯れを……? これは笑止、吾輩は死力を尽くしたのだ、ならば敗れて悔いが残るはずがあるまい』

「……それだけの……それだけの強さを持っていながら! それだけ戦うことを望んでいたのなら! どうして貴方ほどの人が、こんな外道に堕ちたのですか!」

 

 カグヤは叫ぶ。

 本当にわからないから。或いは、「道」を踏み外していたら、己もそうなっていたかもしれないから。

 カグヤの心を満たす感情は、達成感でも怒りでも哀れみでもなく、純粋な悲しみだった。

 どうしてボーガーほどの武人になれたかもしれない人間が、道を踏み外して外道に堕ちなければならないのか。

 どうしてこれほどの強さを持っていながら、「道」を持たずに、獣へとその身を窶してしまったのか。

 そして──どうしてもう、ボーガーと戦えないのか。

 いくつもの感情が綯い交ぜになった涙が頬を伝って、白い肌を濡らしていく。

 

「……拙は! 拙は……『道』を持った貴方と戦いたかったのです! ガットゥーミさんのように! なのに、どうして……っ……!」

『道……そうか、吾輩は……』

 

 ボーガーがヴィラノの誘いに乗ったのは、憎まれ役を買って出ていれば、自然と戦う相手が集まってくるから、というシンプルな理由に過ぎない。

 だがそれは、戦い以外の全てに目を背けることと等しかった。

 強くなりたい。このGBNという果てのない闘争の世界で、その頂点を目指したい。

 いつしか戦いに明け暮れる中で忘れていたプリミティブな衝動が、その記憶がボーガーの胸中で頭をもたげて蘇る。

 いくら戦っても満たされなかった。

 潰したG-Tuberの弔い合戦。或いはフォースを潰すための戦いも、レイドバトルも、その全てがボーガーの渇きを癒すことなどなかった。

 だが、今はどうだ。

 カグヤの叫びに呼び起こされた記憶の水源から押し寄せてくるその想いに飲み込まれながら、ボーガーは静かに目を伏せる。

 そうだ。良い戦いだった。だからこそ──

 

『……ああ、そうだ。吾輩は……口惜しいのだろうな。貴様ともうこの世界で相見えることもないのが……再び、戦うこともないのが』

 

 もう一度、カグヤと戦いたい。

 頂点を目指すために。いつか憧れたあの星を、チャンピオンの座を目指すために。

 ボーガーはブロックノイズ状に解けていく手を伸ばし、もう届くことのないその想いへと、見失っている内に沈んでしまったその星へと手を伸ばしたまま、セントラル・ロビーへと消えていく。

 ──運命の星を見誤ったのは、吾輩であったか。

 自嘲の言葉も何処かに届くこともなく、ただ虚空に溶けて消えていく。

 佇むカグヤの涙だけが、祈りのように、流れ星のように零れて落ちる。

 或いは、それだけが。

 それだけが、道を踏み外し、消えていく戦士への手向けであり、ただ一つの救いだったのかも、しれなかった。




叶わぬ願いは流れ星


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第六十四話「誓いのトランザム・ライト」

グランヴォルカ戦に決着がつくので初投稿です。


 ムーンとボーガー、そしてガラナンがやられた。

 レーダーから消失した反応を一瞥して、ヴィラノは小さく舌打ちをする。

 盤面を俯瞰してみれば、まともに動けそうなのは相手の、「ビルドフラグメンツ」の中では残り二機、今対峙しているアヤノとそしてガラナンをほぼ無傷で撃破したメグだけだ。

 そうなると、警戒すべきはメグだろうか。

 光の網でアヤノを絡めとろうと、巧みにドラグーンを手動で操りながらも、ヴィラノは僅かに逡巡する。

 一基ずつ、損耗が激しいものから改修してリキャストを行うことでドラグーン全体の稼働時間を延長するという小技を駆使して、ヴィラノはいい加減に粘り続けるアヤノを仕留め切ろうとドラグーンの出力を引き上げるが、それでも尚クロスボーンガンダムXQは、「光の翼」を広げて己に食い下がってくるのだから堪ったものではない。

 

『しつこいねえ……最初に見た時は感心したもんだが、ワンパターンは飽きるぜ、アヤノちゃん?』

「なんとでも言え……! 私はここでお前を仕留める!」

『ユーナちゃんのために、かい? ハハッ! いいねえ、麗しき友情! 美しき絆! でもいい加減、そういうの飽きたよ』

 

 付かず離れずの距離を保ちながら、時にドラグーンの隙間を掻い潜って、バタフライ・バスターBによる斬撃を繰り出してくるアヤノを嘲笑いながらも、心から鬱陶しそうに侮蔑を前面に押し出しながら、斬撃を外したクロスボーンガンダムXQを蹴り飛ばし、ドラグーンの熱線の中へと叩き込んでいく。

 

「ぐ……うっ……」

『おいおい、誰が誰を仕留めるって?』

「……ソードビット!」

 

 一筋縄ではいかないと、頭の中ではわかっていたものの、それでもこうして現実として突きつけられると、厳しいものがある。

 切り札の一つを切らされたアヤノは同じように舌打ちをしながらも、バインダーから展開したソードビットをバリアにすることで全方位から降り注ぐビームの雨霰から機体を守ることに成功していたものの、バリアを使わされたということは、長いリキャストが完了するまでもう二度と同じ手は使えないということだ。

 焦燥が心臓に早鐘を打たせ、ついついそれに駆り立てられて、攻め手を急いでしまいたくなるが、ここで焦りに飲み込まれて勇み足になってしまえば、全てが台無しになる。

 アヤノは頭の中で、己に残された手札の枚数と、思い描いた勝利への方程式を諳んじると、まだ行けるとばかりにきつく歯を食いしばって、機体のエネルギー残量を確認しながら、退屈そうに佇むタイラントプロヴィデンスガンダムへと、牽制となるバタフライ・バスターBを放つ。

 

『おいおい……やる気あんのか、アヤノちゃん? さっきからワンパターンで、マジでつまらないぜ? やる気ないってんなら……まあいいか、ユーナちゃんから潰してやるとするか』

 

 ヴィラノは飛来する閃光の矢を躱すと、両腕を失って宙域に漂っているアリスバーニングブルームを一瞥すると、ドラグーンの一機を動くことのできなくなったユーナへと向けて放とうとした、その瞬間だった。

 二条の細い閃光がドラグーンの一機を貫いて、虚空から溶け出してくるかのように、一機のロービジリティカラーに染め上げられたガンプラが姿を表す。

 

『ミラージュコロイド……! 隠れてやがったのか、ハハッ! こいつは……厄介だな!』

「厄介でもなんでも、やるっきゃないならなんでもやる!」

 

 まさか卑怯とはいうまいな、とばかりに、姿を見せた主であるメグとG-セルフリッパーは、回収したショートビームライフルをタイラントプロヴィデンスガンダムへと放ち、同時にジャマービットを起動することで妨害を試みようとした。

 だが、そこはヴィラノにもSSランカーとしての意地がある。

 ドラグーンの包囲網を切り崩すと、G-セルフリッパーの死角となる位置からの攻撃を放ってジャマービットを撃墜すると、暴君はとうとうただ佇むことをやめ、GNバスターソードを携えてまずはお前だとばかりにその鈍く重い一撃を叩きつけた。

 

「ぐ……っ……! 高トルクモードは、起動してるのに……!」

『おいおい、笑わせてくれるなよ、メグ。そんなもん、起動したところでなんだってんだ?』

 

 高トルクモードを起動したことで緑色に染まった両腕に保持したビームサーベルで、メグはヴィラノの一撃を受け止めようと試みるが、それさえ無駄だと嘲笑を崩すことなく、「鏖殺の暴君」はその暴君たる本性を現すかのように、G-セルフリッパーを吹き飛ばすと、ドラグーンの嵐によって次々と機体に風穴を空けていく。

 リフレクターモードを再起動するまでは時間がかかる。

 じわじわと嬲られるように装甲値を削られていく歯痒さに、メグはぎり、と歯噛みしながらも、決してその瞳に絶望を宿すことはなく、真っ直ぐにヴィラノを睨み付け、毅然と戦場に立ち続けていた。

 そしてそれは、アヤノも同じだった。

 メグが戦線に合流してくれたことで自身を包囲するドラグーンの弾幕に綻びが出たことを利用して、アヤノは寄ってくるドラグーンを叩き斬りながら、「次の一手」に向けた布石を仕込む。

 ──この戦いは、自分一人じゃ確実に勝てない。

 ブリーフィングフェイズであらかじめメグたちへとそう伝えていたように、いくらクロスボーンガンダムXQが優れた機体であろうとも、そしていくらアヤノのセンスが卓越したものであったとしても、SSランカーという壁はそう簡単に破れてくれるものではない。

 ならばどうすればいいのか。

 その答えは至極単純で、一人でダメなら数人で、できることなら三対一以上が望ましかったが、最低でも二対一でヴィラノを挟撃することでそのリソースを削り、消耗戦に持ち込む。

 幸いにも持久戦に必要なエネルギーという意味では、クロスボーンガンダムXQは両肩に装備されたツインドライヴによってそれを確保していたし、恐らくは一番生き残る確率が高いであろうメグのG-セルフリッパーもまた同じだ。

 それがアヤノの組み立てていた勝利への方程式、その一つであったし、そうなれば予想を上回ってくるのが、SSランカーとしての意地というものなのだろう。

 

『ああ、本当に──本当に、鬱陶しくて仕方がないな、メグ』

 

 明らかな遅滞戦を狙っているアヤノたちにほとほと呆れ果てたのか、ヴィラノは深く溜息を吐き出すと、機体を大きく加速させて、中破状態になったメグのG-セルフリッパーへと、携えたGNバスターソードを叩きつける。

 ぐしゃり、と金属が圧壊していく音が耳朶に触れて、メグはよもやここまでかと歯を食いしばる。

 ──それでも。

 

「それでも、ただで死んでやるつもりなんかないんだかんね! 行け、フォトン・トルピード!」

『やっぱり撃ってきやがったか──っ!?』

 

 パーフェクトパックの天面が淡く輝くのを認めたヴィラノはG-セルフリッパーを両断すると、即座にその対消滅の嵐が吹き荒れる戦域からの離脱を試みるために、必殺技の発動を選択する。

 SEEDセンス・ブースト。

 それはあらゆる行動にバフをかけるというだけのありふれた必殺技ではあったものの、この状況下においては理想的な一手であるといえたし、事実としてそれを発動したタイラントプロヴィデンスは、今までとは全く違ったマニューバによって、メグが悪あがきで放ったフォトン・トルピードの嵐を回避していた。

 ──そう、まったくもって、メグと、そしてアヤノの想定通りに。

 フォトン・トルピードは、いってしまえばただの撒き餌だ。

 当たれば御の字であったものの、そう簡単に引っかかってくれるならヴィラノはSSランカーという、このGBNにおいても上から数えた方が早い位置にはいなかっただろうし、事実として、必殺技という切り札は使わされたものの、トルピードは全て無力化されている。

 だとしてもメグは、アヤノは絶望などしていなかった。

 半身をその暴牙に引き裂かれ、レッドアラートが絶え間なく鳴り響くコックピットの中で、メグは自身にビームスパイクが向けられていながらも、ふっ、と大胆不敵に口元へと笑みを浮かべて、アヤノへと通信を送る。

 

「後は任せたかんね、アヤノ!」

「ええ……貴女の戦い、そして貴女の想い、全て受け取ったわ、メグ!」

『ハハッ、友情ごっこは結構なことだが──必殺技まで使わされたんだ、今の俺は前ほど優しくしてやれないぜ?』

 

 ビームスパイクがコックピットに食い込んだことで爆散し、テクスチャの塵へと還っていくG-セルフリッパーを見送りながら、アヤノは自身に残した最後の手札を確かめるように深呼吸を繰り返す。

 これはいってしまえばぶっつけ本番でのことになる。

 ──それでも。それでも、メグが戦ってくれたから、カグヤが己の道を貫いてくれたから、ユーナが精一杯に頑張ってくれたからこそ、自分は今ここに、戦場に立っているのだ。

 三度目の深呼吸と共に、アヤノは音声入力によってその名を、隠され続けてきた、この日まで、盤面に現れることのなかったジョーカーの名前を叫ぶ。

 

「応えて、クロスボーンガンダム。貴方に私と同じ思いがあるのなら、XPの魂を受け継いでいるのなら──!」

 

 あのア・バオア・クー戦を再現したレイドバトルでは使い道がなかったからこそ、その手の内を曝け出すことには繋がらなかったというその幸運に感謝しながら、しかし躊躇うことなくアヤノはその選択肢を、ヴィラノと同じく「必殺技の発動」という手札を切った。

 刹那、SEEDセンス・ブーストによって強化されたドラグーンによる弾幕が、足を止めたクロスボーンガンダムXQを全方位から包み込んで、絡めとろうとその光条を一つに束ねて包み込んでいく。

 

『何をしようとしていたかは知らないけどな、これでチェックだ、アヤノちゃん。ああ──サヨウナラ。実に有意義で無意味な時間だったぜ、「ビルドフラグメンツ」。ハハッ……!?』

 

 ヴィラノはありったけの侮蔑と嘲笑と共に、クロスボーンガンダムXQが光の雨霰へと飲み込まれていくのを見届けたはずだった。

 SEEDセンス・ブーストによって強化されたドラグーンの弾幕は一発一発がフィン・ファンネルに匹敵するほどの出力を持ち、そんな攻撃が真正面から全弾直撃したのだからひとたまりもあるまいと、アヤノの撃墜をヴィラノは確信していたのだが、レーダーに映る、敵を示す赤い点は今も点滅し続けている。

 雄叫びを上げるかのように、がちり、と音を立ててクロスボーンガンダムXQのフェイスマスクが展開する。

 本来であれば赤熱化していたはずの、ブーストアップ機構は背中のミノフスキードライブから、そして全身の排熱ダクトから炎の揺らぎとなって立ち上り、まるで怒り狂っているかのように、憤怒にその身を染め上げているかのように、クロスボーンガンダムXQは、アヤノは、揺らぐ赫耀を身に纏い、全身全霊でただ、叫ぶ。

 

「これが私の……トランザムライト!」

 

 それは出力を全開にした「光の翼」とトランザムシステムが生み出す膨大な余剰熱を機体がなんとか外に逃がそうとした結果、偶発的に生まれたものだった。

 ツインドライヴからのトランザムによって生まれる熱量に「光の翼」の全力を掛け合わせたなら、通常の機体であればそれだけで自壊するほどのエネルギーが出力される。

 だがアヤノはそれを無理やりGNフィールドによって制御して、「必殺技」の枠に押し込むことで、奇しくもファントムライトと似た原理のシステムを獲得することに成功していたのだ。

 とはいえ、残された時間は三分だけだ。

 必殺技というユニークスキルをもってしても、どれほどの創意工夫が凝らされていたとしても、今のクロスボーンガンダムXQに用意された限界はたったそれだけの時間であり、相手が呆気に取られている今、その好機を逃すわけにはいかない。

 アヤノは一瞬、何が起きたのか理解できずに足を止めていたヴィラノへと一瞬で距離を詰めると、二振りのバタフライ・バスターBをザンバーモードに変形させて振り下ろし、その左腕を強引にもぎ取った。

 

『なるほど、ファントムライト……それに近い性質を獲得したってわけか、だがなあッ!』

「やらせるわけにはいかないのよ……! やられるわけには、いかないのよ……!」

 

 叫ぶ。唸る。そして再び、勝利を掴み取るため宇宙に叫ぶ。

 アヤノはそのGNフィールドの乱流とでも呼ぶべき光の鎧を身に纏ったまま、ビームの雨霰の中を強引に突っ切って、暴君の首を跳ね飛ばそうと、トランザムの出力によって強化された斬撃を放つ。

 それでも相手は必殺技を発動させたSSランカーだ。

 ドラグーンが効かないと分かるや否や、ヴィラノはビームでありながらもバリアを貫通する格闘属性を持つビームスパイクだけを攻撃の中に織り交ぜて、巧みにアヤノを撹乱しながらGNバスターソードを叩きつける。

 だが、アヤノはそれをトランザムライトの強引な機動力によって振り切ると、ブーメランのように手首のスナップを利かせてバタフライ・バスターBの一挺を放り投げた。

 

『おいおい、冗談キツいぜ……いい加減にしろよ、なぁ、お前!』

「……いい加減にするのは貴方の方よ! 自己満足のためだけにどれだけの人を踏みにじってきた! どれだけの人を傷つけてきた!」

『今更そんなもん……数え切れるかよ!』

「何より貴方は……ユーナを泣かせた! それだけで問答無用、即座にその首を叩き落としてやる!」

 

 閃光と閃光が、漆黒の宇宙に新たな星座を刻むかのように、尾を引いてぶつかり合う。

 ただそこにある意地とプライドを剥き出しにして、アヤノはトランザムライトによって大きく加速したことで発生する、強制ログアウト寸前までフィードバックされたGの擬似感覚に歯を食い縛りながら、勝利への細い糸のような可能性を必死に手繰り寄せ続ける。

 腰にマウントしていた「クジャク」をブラスターモードで起動させるとアヤノは、ぶつかり合い、斬り合う中で飛ばされた左腕を置き去りにして、裂帛の気合と共に渾身の一撃を叩き込まんと大きく得物を振りかぶった。

 

「これ、でえええええッ!」

『ハハッ……ハハハハハ! いいぜアヤノちゃん! こんなにムカついたのはいつ以来だ? ああ、全く──鬱陶しいんだ、死ねよ!』

 

 SEEDセンス・ブーストで強化されたGNバスターソードの一撃と、トランザムライトが吐き出す全ての「光の翼」をその刀身へと纏わせた「クジャク」の一撃がぶつかり合い、閃光が爆ぜて、モニターとそれを見つめるアヤノの網膜を焼く。

 だが、決して瞬きをすることなくアヤノは歯を食いしばったまま、荒れ狂うヴィラノの怒りと憎悪が具現化したような荒々しいその一太刀を、とうとう許容出力の限界を超えて自壊した「クジャク」を代償に真正面から押し切って、そしてへし切ることに成功していた。

 ──「クジャク」は壊れた。バタフライ・バスターBは回収できそうにない。

 トランザムライトの展開時間はいつしか残り一分を切り、悪あがきのようにクロスボーンガンダムXQを取り囲むドラグーンからは、強引にその光の衣を剥ぎ取ろうと、熱線が出力される。

 

「ブランド・マーカー展開……! コア・ファイター、脱出……ッ!」

 

 その僅か、刹那にも満たない時間で己がどうするべきかを見定めたアヤノは、ガラ空きになったタイラントプロヴィデンスガンダムのコックピットへと、最後に残されたブランド・マーカーを叩き込んで、機体からのベイルアウトを選択した。

 残り三十秒。ドラグーンから吐き出された光の束は、その制限時間と直結している光の鎧の耐久値を全て剥ぎ取ることだろう。

 閃光の中でぱしゅ、と空気が抜ける音を立ててベイルアウトを果たしたコア・ファイターは、天へと登るように、高く、高く上昇する。

 放たれた光の網はミノフスキードライブユニットを捉え、コア・ファイターの装甲を確かに焼き焦がしていた。

 だが──

 

『ハ、ハハッ……負けた? この俺が? 俺たちが? こんな奴に? ハハッ……ハハハハハ……ハハハハハッ!!!』

 

 悪あがきもそこまでだとばかりに、撃墜判定が降ったタイラントプロヴィデンスはブロックノイズ状に解けて、ヴィラノもまたコックピットの中で光へと消えていく。

 どこか狐につままれたように、何か信じられないものを見たかのようにヴィラノの皮肉な笑みは驚愕と、そして自己嫌悪に歪んでいた。

 狂ったかのように哄笑を上げて、セントラル・ロビーへと強制送還されていくヴィラノだったが、彼が末期の言葉として残したものは、畜生、という短いながらもアヤノへと向けられた怨嗟の、言ってしまえばつまらない、ただの負け惜しみだった。

 

【Battle Ended!】

【Winner:ビルドフラグメンツ】

 

 システムのダイアログが無機質な機械音声で勝利を告げるのを、装甲が溶け落ち、ミノフスキードライブユニットを失って満身創痍となったコア・ファイターの中で、アヤノは確かに聞き届ける。

 

「……やったわよ、ユーナ」

 

 そして、その結果に満足しながらも、どこか一抹のやり切れなさを振り切れないまま、レッドアラートの鳴り響くコックピットの中で、アヤノは一人、静かにそう呟くのだった。




因縁の終わり


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第六十五話「どうして空は青いのか」

開け放たれた初投稿です。


 ──力こそが全てだと知った。

 クロスボーンガンダムXQの展開したブランド・マーカーがタイラントプロヴィデンスガンダムのコックピットを貫くまでの刹那の時間、ヴィラノの脳裏をよぎったのはとっくに過ぎ去ったはずの幻影だった。

 GBNを始めたことに、しいて理由があるわけではない。

 インターネットの片隅を漂っていれば、伝説と謳われた「第二次有志連合戦」と、今も尚真偽が不明で様々な憶測を呼んでいる一度きりのレイドバトル、「アルス」戦まで、この電脳世界には様々な逸話が欠片となって形を成していることがわかる。

 ヴィラノにとって、そこに感動はない。

 あの「ビルドダイバーズのリク」が心の底から叫んだ言葉も、何かのために謎のミッションを戦い続けた「もう一つのビルドダイバーズ」が辿り着いた最終解答にも心は揺れ動くことはなかった。

 ただ唯一惹かれたことがあるとするのなら、それは不動のチャンピオン、クジョウ・キョウヤの存在ぐらいだろう。

 過去に嫌気が差して辞めてしまったVRMMOにもそこで起きていた「伝説」や、様々な「事件」があった。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ヴィラノにとって、そこから学び得たものはゲームに対する熱量であるとか、遊びだからこそ真剣に向き合うだとか、自由を満喫するだとか、多くのプレイヤーたちが口を揃えて唱えるおためごかしではないからだ。

 ヴィラノがクジョウ・キョウヤから学んだことは、結局、神ゲーと、それすら通り越して「第四世界」とまで謳われるGBNも、結局は巷に数多転がっているVRMMOと変わらないということだった。

 ──力こそが、全て。

 あの「ビルドダイバーズのリク」が己のわがままとでもいうべき願いを押し通せたのも、「もう一つのビルドダイバーズ」が「エルドラ」という謎のミッションを制することができたのも、全ては彼らにそれだけの「力」があったからであって、力がなければあの電子生命体──ELダイバー「サラ」は今頃消滅していただろうし、「カザミ」も電子の海の中で藻屑となって呑まれ、消えていたことだろう。

 それでもGBNを始めたことに、何か理由があるのか。

 歯を食いしばり、涙を眦に滲ませながらもいつかの雪辱を、数多の侮蔑を受けて折れた心を立て直して、友のために自らを今踏み越えようとしているアヤノの、どこまでも真剣な瞳を通信ウィンドウごしにヴィラノは垣間見る。

 彼女たちは、「ビルドフラグメンツ」は力のない存在だった。

 たまたまG-Tuberをやっていたメグが注目を浴びたことでちやほやされていたところにちょっと現実を教えてやっただけで、それはいつも通りの潰し屋稼業に過ぎなかったというのに、何故。

 ──何故、お前らはそこまで「誰かのため」であれるのか。

 ヴィラノの唇はその言葉を紡ぐことなく、機体が限界を迎え、コックピットを貫かれたことで、ブロックノイズとなってセントラル・ロビーへと強制送還されていく。

 そんなものはただの綺麗事だ。ただのおためごかしだ。

 結局のところ、力がある者しか「特別」になることなどできない。

 ならばそんな、選ばれし勇者様なんて存在が出てくる前に、あまりにも目障りで、眩しくて──目を焼かれてしまいそうな存在が出てくる前に、そしてゆくゆくはあのクジョウ・キョウヤも潰してしまえば、全ては。

 

【Battle Ended!】

【Winner:ビルドフラグメンツ】

 

 そんなヴィラノの空想を切除するように、幻想を破却するように、無機質な機械音声が告げるのは、無力であるはずの、とっくに現実を叩き込んでへし折ったはずの「ビルドフラグメンツ」が、アヤノが、メグが、カグヤが、そしてユーナが、再び立ち上がり、自分たちを乗り越えたという事実に他ならなかった。

 全ては、なんだというのか。

 ヴィラノがセントラル・ロビーへと転送されるまでの瞬間に脳裏へと閃くのは、数多のゲームで「特別」を手にしてきた存在の記憶。

 力があるからこそ、勇者様と称えられるような存在の、忌まわしい幻影。

 そして──何の力もなかったのに、今、眼前で輝いている「ビルドフラグメンツ」の見せた、勝ったというのにどこか釈然としないような、悲しげに憂いを帯びている、その愚かなほどに真っ直ぐすぎる瞳だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 セントラル・ロビーに帰還したアヤノたちは、同じく戻ってきたヴィラノたちと睨み合う形で立ち会っていた。

 この戦いに定められたルールとして、負けた方はGBNから出て行く──それを彼らが守るだろうかという疑問もあれば、そんな条件を天秤に乗せた勝負をしてしまったこと自体が間違いではなかったのかという後悔に駆られながらも、長い沈黙を破って、アヤノは「グランヴォルカ」へと、ヴィラノへと向けて言葉を紡ぎ出す。

 

「……私たちの勝ちよ」

「ああ、知ってるさ。負けたのは俺たちだ」

「……それがどういう意味か、わかっているわけ?」

「そうだともさ、負けた方はGBNから出て行く──そういう約束で取り付けた勝負だったもんなぁ?」

 

 ヴィラノは飄々と肩を竦めてそう語るが、果たしてそこに真剣さがあるのかどうか、約束を守るつもりがあるのかどうかは、相変わらず嘲笑と道化の仮面に覆い隠されていて、アヤノにはわからない。

 それでも、敗者としての誇りが彼らにあるのなら、その約束は守られなければならないことだ。

 それがどれほど愚かなものであったとしても、約束を交わしたこと自体が間違いであったとしても、天秤に乗せてしまった以上は、一つの賭けとして成立するのだから。

 気まずさを覆い隠せず、俯き、拳を震わせるアヤノに対して、ヴィラノの反応は冷淡──否、その仮面を自ら脱ぎ捨てて、心の底から不思議そうに首を傾げ、そしてどこか悲しげに言葉を紡ぎ出す。

 

「おいおい、勝った奴がなんて顔してやがるんだ? 勝者は笑うもんだぜ?」

「……この条件で、この戦いで、どうして笑えるというの?」

「勝った奴が全てだからに決まってるだろ? 力こそが全てなら、正しかったのはお前たちの方だったってことだよ、ああ──オメデトウ」

 

 再び嘲笑の仮面を被ると、ヴィラノは嘲るようにそう口にしたが、その言葉によって神経を逆撫でされたのは、アヤノたちだけではなかったようだった。

 

「ふざっけんじゃないわよ! こんな試合、こんな口約束、無効に決まってるでしょ!?」

 

 嘲笑の仮面を被りながらも、諦めとしか思えない言葉を口にしたヴィラノへと詰め寄ったのは、アヤノたちではなく、額に青筋を浮かべたムーンだった。

 ユーナにしてやられたことが余程堪えたのか、胸倉を掴んでそう怒鳴りつけるその姿は誰が見ても冷静には程遠く、ガラナンやボーガーへと視線で同意を求めても、ムーンの意見に頷く者など一人もいない。

 何故こんな格下相手に負けて、何故自分たちがGBNから出ていかなければいけないのか。

 それは全てヴィラノが勝手に決めたことだと、ムーンは好意を寄せている相手に対してそう口にしているのと同じであるとも気付かずに、眦に涙を浮かべながら、掴みかかった襟首を締め上げる。

 元々ムーンが「グランヴォルカ」に入った理由は、ヴィラノに好意を寄せた理由は、彼がどこまでも孤高に、そして孤独に強さだけを追求して、「弱くてもいい、楽しめればいい」などとほざいて回る連中をその暴力によって文字通りに「潰してきた」姿に憧れてのことだった。

 その時、ムーンは無力な一人のダイバーでしかなかった。

 ユーナの未熟さに苛立ちを覚えたのは、そんな弱かった過去の自分を否定したかったのと、「ビルドフラグメンツ」の在り方が、ぬるい馴れ合いの中で満足していた連中とよく似ていたからだ。

 だが、いってしまえばその「ぬるい馴れ合いに浸っている連中」に自分たちは敗北を喫して、ヴィラノもそれを認めようとしている。

 その現実が受け入れられず、ムーンは幼子のように憤りを撒き散らしていた。

 

「……やめろよ、ムーン」

「ヴィラノ!」

「……言っただろ? 正しいのは勝った奴だ。それがどんな手を使おうが、どんな連中だろうが……俺たちは負けたんだ、負けたことを認めないのはお前の勝手だとしても、このフォースのルールは忘れてないよな?」

「……ッ……!」

 

 フォース「グランヴォルカ」を縛る掟はただ一つだ。

 全て、ヴィラノのやりたいことに従う。

 だからこそ、何故ヴィラノが「ビルドフラグメンツ」にここまで執着していたのかを問うことも、そして敗北の結果を認めないという主張も、全てがその掟の前に許されないことを承諾した上で、ムーンたちはこのフォースに加入しているのだ。

 

「……貴方に敗者としての誇りがあることには、驚かされるわね」

「ハハッ、こいつは手厳しいな……でもな、本音を言えば俺だって認めたくないんだぜ? なあ、アヤノちゃん……お前たちはなんでそんなに青臭いのに、なんでそんなに無力だったはずなのに、鬱陶しいぐらいに眩しいんだ?」

 

 ヴィラノもまた、「ビルドフラグメンツ」にここまで執心していることに自分でも驚いていた。

 何故そこまで、愚直なまでに「誰かのため」であれるのか。

 ノイズの中へと消えて行く途中で、言葉にならなかったその問いを投げかけることにきっと意味はない。

 無力であったとしても、どれだけ暴力で心をへし折っても、立ち上がってくる存在というのは少なからずいて、ヴィラノはそういう「潰しきれなかった」相手に対して今回と同じようにフォースの解散とGBNの引退を天秤に乗せた戦いを挑み、無理やりに「潰して」きたのだが、ビルドフラグメンツは、アヤノたちはそれを真正面から覆して、「潰し屋」を潰すということを成し遂げた。

 つまり、それだけの話なのだ。

 そう、特に理由などなくとも、特別でなくとも、仲間のために、

誰かのためにへし折れたとしても立ち上がる信念をその胸に宿していたからこそ、紛れもなく「強くなった」からこそ、「ビルドフラグメンツ」は自分たちを潰し返すことができた。

 その結果にヴィラノは決して満足していない。

 むしろ気に入らないという憤りで心は煮え滾っていて、ムーンのように喚き散らしたい気分でさえあった。

 だとしても、自分たちが掲げてきた信念を、「力こそが正義だ」という理由をねじ曲げてしまうことほど、ダサいことはない。

 どうせ敗北者としての汚名を被るなら、みっともなく喚くのではなく、最後まで自分たちの信念に従って消えていく。

 それだけが残された中で最善の選択肢ということなのだ。

 真っ直ぐな怒りと、そして悲しみと哀れみが同居したアヤノの感情にヴィラノは最後まで理解を示せず、綯い交ぜになった感情の雲が浮かぶ青空を思わせるその瞳を一瞥すると、踵を返して歩き出す。

 

「……ああ、どうして空は青いのか、ってね……クソッ、クソが……っ……認められるかよ、畜生ッ……!」

 

 だが、ヴィラノがアカウントの削除のボタンへと手をかけたその瞬間、仮面の下に押し込めたはずの感情が噴き出してきて、伸ばした指を躊躇わせるが、既にガラナンとボーガーはアカウントを消して、このGBNから消えた以上、自分がムーンにあれだけ言った以上、ここでその条件を取り消すわけにはいかない。

 息を思い切り吐き出すと、無理やり震える指を動かして、ヴィラノは、悪逆の限りを尽くした男は己を慕う女と共に、この電子の海から、ただ小さく、みっともなく、惨めに消えていく。

 それを見届けたところで、例え誰かに讃えられたところで、アヤノは、ユーナは、カグヤは、メグは、それを喜ぶことなどできそうになかった。

 どうして空は青いのか。

 投げかけられた問いに答えは示せない。

 それでも、空の青さを綺麗だと思うのではなく、ペンキをぶちまけて穢してやりたいと思うようなヴィラノたちには、きっとその美しさは、時に目を奪われる輝きの正体は、一生理解できないのだろう。

 

「……終わりましたね」

「うん、終わったよ。カグヤ」

「拙は……拙は……っ……!」

「気持ちはわかるよ、カグヤ。でもね、もうどうにもならないんだ。もしもがあっても、そうはならなかったんだ。だから……アタシたちはこれを背負って、やってくしかないっしょ」

 

 例えどんなに悪辣なことをやってきたフォースであったとしても、例えどんなに彼らの所業が許せないものであったとしても、どんなに誰かのためだと大義名分を掲げたとしても──自分たちが、GBNから誰かを追い出すという蛮行に手を染めてしまったことに変わりはない。

 それはきっと、歯噛みするカグヤにも、一言も喋ることなく俯いていたユーナにも、よくわかっていた。

 それでも、両肩にのしかかる気まずい沈黙が晴れることはない。

 一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような感覚の中を揺蕩っていたカグヤたちを現実へと引き戻したのは、その沈黙を破ったのは、陽光のように優しく囁きかけるような声だった。

 

「泣かないで、カグヤ。ニチカは……お姉ちゃんは、貴女が頑張るのをずっと見てました」

「……姉様……?」

 

 声のした方に振り返れば、そこにはカグヤとよく似た巫女装束に身を包みながらも、髪の毛をショートボブにまとめあげ、左の前髪に桜のヘアピンを飾った女性──以前、シャフランダム・ロワイヤルで戦ったカグヤの双子の姉である、ニチカが佇んでいる姿がある。

 

「ええ。カグヤのお姉ちゃんのニチカよ。そしてフォース『ビルドフラグメンツ』の皆さん、お久しぶりですね。当時は名前もなかったのと、後見人さんもいなかったけれど、ニチカはまた会えて嬉しいです」

 

 楚々とした笑みを浮かべて小首を傾げるニチカは、急な再会に呆然としているアヤノたちを一望しながらコンソールを操作して、一枚のウィンドウをポップさせる。

 

「姉様。その、これは……?」

 

 突然の出来事に放心しながらも、「『GHC』 is WANTING YOU!」という見出しと共に長身の男性が画面の外に向けて指をさしているポスターのようなものを受け取ったカグヤは、それとニチカへと交互に視線を向けて、小首を傾げながらそう問いかけた。

 その電子ポスターに記されている「GHC」がなんなのかは、アヤノもまた漠然とではあるが、知っているところはあった。

 確かリアルでも指折りの世界的コングロマリットであり、同名のフォースとしてGBNでも大量のフォースとアライアンスを結んでいる、夏祭りことグラン・サマー・フェスティバルでは裏方や屋台の経営などを担当していたフォースだったはずだ。

 

「ええ。ニチカは『GHC』とアライアンスを結んでいるフォースに身を寄せている。なのでこうして、お姉ちゃんとして、カグヤたちを『大戦争』に誘いにきたの」

 

 困惑するアヤノたちをよそに、ニチカは楚々とした笑みを崩さずにそんな話を持ちかける。

 総帥は、「アトミラール」は、今回とシーズンレイドの件で貴女たちを高く買っているから。

 そう理由を付け加えると、「大戦争」イベントの告知ポスターが表示されていたウィンドウを閉じて、ニチカはくるりと踵を返した。

 

「大戦争……? えっと、ニチカさん、その……」

「ふふ、ニチカの仕事はここまでです。総帥から頼まれたのと、カグヤの様子を見にきただけなので。だから参加するかどうかを決めるのは、フォースリーダーの貴女ですよ? ユーナさん」

 

 ユーナの当惑や逡巡を置き去りにして、ニチカはあくまでメッセンジャーとして頼まれただけだからと、そんな言葉を残して雑踏へと溶け込んでいく。

 ──大戦争。

 まだ感情の整理がついていないままに誘われた、新たなるイベントにユーナたちは目を白黒させていた。

 だがそれは、過去ではなく未来を向いてほしいという、きっとニチカなりの激励だったのかもしれない。

 アヤノたちはそんなエールを抱きとめるように、顔を突き合わせると、一頻り苦笑を零すのだった。




そして舞台は、新たなる戦いへ


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第六十六話「一心不乱の大戦争」

物語も佳境に突入したので初投稿です。


 大戦争イベント。

 それはGBNの中でも異常といえる規模、具体的には二万の軍勢を持つフォースアライアンス「GHC」が主導して行われるイベントであり、具体的には先日のシーズンレイドバトルの規模を極限まで巨大化させたものである、というのが、アヤノが調べた限りの概要だった。

 

(まあ要するに二万対二万で制圧戦やるイベントだよね、アタシらチャレンジャー側は「GHC」の拠点を半分以上制圧して本拠地のヨコスカを落とすか、七割の拠点を落とすかすれば勝ち、防衛側の「GHC」はその真逆で制限時間内にヨコスカ基地と半分以上の拠点を守り切るか、七割の拠点を守りきるかって、そんな感じのイベント?)

 

 参加したことないけどね、と付け足して、やや照れ気味にメグが語っていたことを思い返しながら、アヤノは出撃フェイズに移行したことで転送されたコックピットの中で、その勝利条件を反芻する。

 二万対二万という異例の規模で開催される「大戦争」イベントは、開催期間中、セントラル・エリア以外の全てのサーバーをレイドバトルモードに設定されるほどであり、挑戦者側も基本的には先着順でのエントリーになるが、今回のように「GHC」を率いる総帥にして「提督」の二つ名を戴く男、「アトミラール」から直々に誘いがかかる場合もあるらしい。

 特に将来、フォースアライアンスの一翼を担ってほしいと思えるような実力を発揮したフォースへの事実上のスカウトと試験も兼ねているらしいが、そっちに関してはユーナがよくわかっていなかったのと、アヤノも、失礼なのは承知だが、アライアンスには興味がないということで、イベント終了後にお誘いがあったとしてもお断りすることに決まっている。

 それはともかくとして、アトミラールがわざわざニチカを使者として「ビルドフラグメンツ」に派遣した意味については、よく考える必要があるだろう。

 点ったカウントシグナルが刻まれていく間がどこまでも遠くなっていくような感覚の中で、アヤノはポップした通信ウィンドウに映る、一際険しい顔をしたカグヤを横目に見て、考える。

 それは推測でしかないものの、恐らく、アトミラールが使者としてニチカを寄越したというよりは、その役目をニチカが買って出た、といった方が、あるいは正しいのかもしれない。

 世にも珍しい双子のELダイバーとして生まれてきたニチカとカグヤだが、姉妹である以上に、カグヤにとってニチカという人物は越えるべき壁のようなものであり、そして同時に、彼女が「武」の道を求めているその理由に深く関わった存在だ。

 大丈夫、と気遣いの声をかけることはできたのかもしれない。

 闘志の炎を静かに滾らせながらも、そこに僅かな逡巡や躊躇いのようなものを見せるカグヤに対して、かける言葉は浮かんだとしても、それは彼女の根本に届くことはないのであろうことは、アヤノにもわかっていた。

 あの「グランヴォルカ」との戦いが、ヴィラノとの戦いがアヤノ個人にとっての戦いでもあったのなら、今回の「大戦争」は、カグヤという個人にとっての戦いなのかもしれない。

 二万対二万という、超がつくほどの大規模戦闘の中でも、何故かアヤノには──否、「ビルドフラグメンツ」には、あのニチカと巡り会うだろうという確信があった。

 根拠こそなくとも、それこそが恐らく彼女が「GHC」の使者として自分たちの元に現れた理由なのだろうと、アヤノは声には出さずそう呟き、格納庫のカウンターに青いシグナルが点ったのに従って、愛機であるクロスボーンガンダムXQが足を乗せたカタパルトの勢いに身を任せる。

 

「アヤノは、クロスボーンガンダムXQで行くわ……!」

 

 最早お決まりとなった出撃前の口上と共に、アヤノを乗せた愛機はカタパルトの速度に従って格納庫から射出され、戦いの舞台へと通じるゲートの中へと放り出されていく。

 視界を白く染め上げる光が晴れた時、そこにあった光景はまさに鉄風雷火、屍山血河を思わせる、大規模戦闘が作り上げる地獄の光景だった。

 

『今回も衛星軌道上からかよ、ツイてねえ!』

『愚痴る暇があったら手ぇ動かせ馬鹿野郎! 相手は「GHC」なんだから、そう簡単にいくわきゃねえんだからよ!』

『畜生、艦隊砲撃の密度が高すぎて近寄れねえ!』

 

 アヤノたちが初期エリアとして配属されたのは、何の因果か挑戦者であるダイバーたちの怒号と悲鳴が絶え間なく轟く、そして先日の「グランヴォルカ」戦でその舞台となった、地球圏衛星軌道上だった。

 宇宙から地球への降下を阻止すべく、昨年に続いて大規模な戦力が配置された衛星軌道は、名もなきダイバーが嘆きと共に爆散していったように、ずらりと並んだ大艦隊による高密度の砲撃だけではなく、「GHC」のパーソナルカラーである、軍用機風のカラーリングに染められたウィンダムやダガーLといった地球連合軍系のガンプラが宇宙を埋め尽くさんばかりに配備されている。

 冗談ではない、とどこかの赤い服に仮面を被った、シャア・アズナブルを思わせるダイバールックの男が呟いたかと思えば、彼が搭乗していたシャア専用ザクはウィンダム一機にダガーL二機というスリーマンセルに挟撃されて、宇宙の藻屑と化していく。

 

「ユーナ、カグヤ、メグ! 生きてる!?」

 

 アヤノはその様子を認めると、慌てて通信チャンネルを開いて、恐らくは同時に出撃したのであろう味方へと呼びかける。

 頼むから、生きていてほしい。

 そう願う間にも次々と、挑戦者側の戦力は「GHC」が誇る強固な連携戦術の前に撃破されていく。

 

「大丈夫です、アヤノさん!」

「拙も問題ありません!」

「もち! 噂には聞いてたけどこりゃ一筋縄じゃいかないっぽいね……!」

 

 よく考えてみればレーダーを確認すれば済む話だったが、三人から返事が届いたことにほっと込み上げてきた安堵から胸を撫で下ろしつつ、アヤノは強固に組まれた「GHC」艦隊の布陣を一瞥し、頭を抱える。

 

『いいか、スリーマンセルを徹底しろ! 我々は艦に近づく高機動型や火力型を叩く! それ以外は艦隊に任せて、目もくれなくていい!』

『サー、イエッサー!』

 

 シーズンレイドバトルで矛を交えた「第七機甲師団」のように徹底した、軍隊じみた連携を取りながら的確に突出した高機動型や、隙を狙って威力の高い一撃を放とうと足を止めた機体を、ダガーLの装備したドッペルホルン無反動砲が、ウィンダムの正確無比なコックピットへのピンポイントショットが貫いて、彼らの牙城は崩れる気配がない。

 この状況を雑に解決してしまうのであれば、範囲攻撃によって盤面をひっくり返そうという狙いは理に適っているといえる。

 だからこそ、挑戦者側も隙あらばサテライトキャノンやダインスレイヴといった戦略兵器を「GHC」艦隊へと叩き込もうとしているのだが、高密度の艦砲射撃とウィンダム隊による高度な連携という二枚看板の前には、その一撃が届くことはない。

 

『あれは……「ビルドフラグメンツ」です、隊長!』

『こちらも接敵を確認しました!』

『よし、各員に通達! モビルスーツ隊は「メグ」と「G-セルフリッパー」を集中的に狙うんだ! あのロンメルに一泡吹かせた相手だぞ、決して侮るんじゃない!』

『サー、イエッサー!』

「ちょ、アタシ!? なんで!? ……ってアレか、フォトン撒菱か」

 

 こちらの姿を偵察機と思しき、レドームを背負ったダークダガーLが観測すると「GHC」のダイバーはそれを的確にウィンダム隊へと通達し、受け取った隊長と呼ばれた男は、シーズンレイドから分析したデータを元に、メグへと集中砲火をかけるように指示を下す。

 その理由について一瞬メグは困惑したものの、フォトン撒菱ことフォトン・トルピードがその理由だと納得すると、雨霰のように降り注ぐドッペルホルン無反動砲からの砲弾をランダム機動で回避しつつ、アヤノたちへと通信で呼びかけた。

 

「ごめん、アヤノ、カグヤ、ユーナちゃん! アタシ一人じゃ抑えきれない!」

 

 メグは艦砲射撃も警戒してリフレクターモードも起動していたが、パーフェクトパックというのは、機体の総エネルギーを増加させるパッシブスキルである「フォトン・バッテリー」を有していても尚大喰らいな装備であり、このままの状況が続けば、G-セルフリッパーは遠からずエネルギー不足に陥って撃墜されるだろう。

 それはアヤノたちも理解していた。

 だからこそ、メグを庇うように、ウィンダム隊と同じようなスリーマンセルの陣形を組むと、まず真正面に躍り出たのはユーナだった。

 

「メグさんはやらせない! いっくよー! 炎、パァァァァンチ!」

『なんてネーミングセンスだ……がっ!?』

『隊長!?』

 

 粒子が生成する炎をその拳に纏った、文字通りの炎パンチを受け止めようと、隊長と呼ばれた男はビームサーベルを抜き放ったが、その刀身すら貫いて、ユーナの拳はウィンダムのコックピットへと到達する。

 

「邪魔よ」

『こ、こいつ……うわああああ! パワーが違いすぎる!』

 

 淡々とそう吐き捨てると、アヤノは隊長を失って一瞬の当惑を見せたダガーLのコックピットを、それぞれ二挺のバタフライ・バスターBで貫いて、テクスチャの塵へと還していく。

 確かに「GHC」が誇るモビルスーツ隊の練度は、「第七機甲師団」にも匹敵するほどだが、あくまでも防衛拠点の中でも最重要なのは本拠地たるヨコスカ基地であり、練度が極めて優れた部隊はそこに集中配備されている。

 無論、それを補うために彼らも熟練のダイバーをウィンダムに搭乗させて、比較的経験が浅いダイバーに指示を下させることでその弱点を補おうとしていたのだろうが、こういった場合、隊というのは頭を潰してしまえば少なからず動揺を見せるものなのだ。

 だからこそ、切り込み隊長として真っ先にユーナがウィンダムを潰し、残されたダガーLをアヤノが間髪入れずに撃ち抜いて、そして。

 

「破ッ!」

 

 ドッペルホルン無反動砲からメグを狙って放たれた砲弾を、踏み込みが浅いとばかりにカグヤが切り捨てる。

 チームワークは何も、「GHC」の専売特許ではない。

 焦って突出したところを狙い撃ちにされるのならば、こちらも焦らずに連携で対処していけば、自ずと相手に隙を作り出すことは可能なのだ。

 それを証明するかのように、メグが事実上の回避タンク役として敵機からの狙いを受けている間に、アヤノとユーナ、そしてカグヤが斬り込んでスリーマンセルの組まれたウィンダム隊を撃破していく。

 

『なんだ、何が起きている……!?』

『敵の性能が一枚上手か……しかし、艦隊に向かわせるわけには……ッ!?』

『今だよ、放ちたまえ』

 

 アヤノたちが戦場を引っ掻き回したことで、「GHC」側に属するモビルスーツ隊の多くがメグへとターゲットを集中させたことで、果たして「ビルドフラグメンツ」は狙い通りに、「GHC」からその隙を引き出すことに成功していた。

 一瞬、一秒。それは時間にしてみれば片手の指で数えられるような些細なものであったとしても、戦略家がそれを見逃すはずがない。

 交戦空域となっている衛星軌道を大きく離れたデブリ帯、そこでステルスを徹底して息を潜めていた彼らのことを見逃していたのは、結果的に「GHC」にとっては大きなミスだったとしかいいようがない。

 無慈悲な号令と共に放たれたビッグガンの一撃が、「GHC」艦隊の一翼を担っていた改クラップ級「愛宕」のエンジンを射抜き、密集陣形を組んでいたことも手伝って、周囲の艦をも巻き込んで、「愛宕」はテクスチャの塵へと還っていく。

 

『「愛宕」轟沈しました! 「高雄」「鳥海」「摩耶」も損傷甚大! 第三艦隊の防衛網に穴が──!』

『ええい、落ち着け! 第四艦隊と第二艦隊から戦力を回させろ、何としても敵に衛星軌道を突破されるわけにはいかんのだ!』

 

 第三艦隊を率いていた改ラー・カイラム級戦艦「長門」のブリッジに座す女性はオペレーターからの報告にそう答えるが、その鏑矢が放たれた時点で、最早戦局というチェス盤は大きくひっくり返ったといってもいい。

 密度の高い艦砲射撃を支えていたモビルスーツ隊の陣形に穴が空いたことで、剥き出しになった箇所から綻びに爪を立てるかのように、デブリ帯で息を潜めていた彼ら──「第七機甲師団」は、反撃の狼煙を上げるかのようにビッグガンへと接続されたGNドライヴからエネルギーをチャージして、崩れかけた第三艦隊へとトドメの一撃をきっかりと見舞う。

 

『さて……戦局はこちらに傾いた。あとはこのまま押し通るのみ、食い破るぞ、クルト!』

『はっ、大佐!』

 

 ビッグガンの発射を指示した男──ロンメルはデブリ帯に潜めていた愛機であるグリモアレッドベレーの姿を戦場に表すと、群青色のギラ・ドーガを従えて、鉄の嵐に、ビームの雷が迸る戦場へと機体を急行させていく。

 第七機甲師団。シーズンレイドバトルでは「ビルドフラグメンツ」と「AVALON」に一杯食わされた形となった彼らだが、その本領は用兵だけに留まらず、機動戦術もまた得意とするところなのだ。

 

「ロンメルさん! えっと……ありがとうございますっ!」

『何、気にすることはない。我々とあのアトミラールは宿敵のようなものでね……私も少々、ヨコスカへの道を急がねばならんのだ!』

 

 ユーナからの通信にふっ、と小さく口元に笑みを浮かべながらそう答えると、葦毛のオコジョはその愛らしい外見に似合わない、凶暴な殺意を機体のマニューバに乗せて、「ビルドフラグメンツ」が穴を空けた陣形から「GHC」を食い破るべく、立ちはだかったウィンダムをライフルの三点射で撃墜すると、少数精鋭の部下を従えて第三艦隊の旗艦である「長門」へと突撃していく。

 衛星軌道は戦局において重要な地点であることに違いはないが、ロンメルが口にしていた通り、ここはあくまでも地上に存在する「GHC」各拠点に対する通過点でしかない。

 アヤノたち「ビルドフラグメンツ」が穴を穿ち、「第七機甲師団」がその傷口を食い破ったことで、「GHC」側の連携にも綻びが生じ始めたことも手伝って、各々大気圏へと突入していくダイバーたちの姿も、戦場には散見されるようになった。

 

『クク……キンケドゥにできてこの私にできないはずがあるまい、行くぞ!』

『いつもその調子だね、まあいいさ、私も続こう』

 

 ビームシールドを展開した機体が、バリュートを広げた機体が、リスクを承知で大気圏に突入していく中で、自分たちが取れる選択肢は二つに一つだ。

 アヤノはその二択を頭に浮かべ、襲いくるダガーLをなます切りにしながら、どうすべきかを考える。

 一つはここに留まって、大気圏に降下していく部隊の支援をすること。

 もう一つは、先に飛び込んでいった者たちに続いて地上への降下ルートを選ぶこと。

 どちらの選択肢を取るにしても、ロンメルたち「第七機甲師団」や、火力支援を選んだフォースが検討してくれているとはいえ、未だある程度以上の勢いを保っている「GHC」の艦砲射撃や迎撃を掻い潜らなければいけないのは確かなことだ。

 ならば、どうする。

 アヤノが通信ウィンドウを開いて、ユーナに指示を仰ごうとした、その時だった。

 

『行きたまえよ、「ビルドフラグメンツ」の諸君』

「ロンメル大佐……?」

 

 それに割って入るかのように、落ち着き払った渋い声で通信を寄越したのは、前線でチェーンソーを振るいながらスリーマンセルを組んで襲いかかるウィンダム隊を、クルトのギラ・ドーガとのツーマンセルで圧倒していたロンメルに他ならない。

 

『先日の戦いでは君たちに辛酸を舐めさせられたが……今は共に戦う同志だ。それに、君たちは短期決戦型のフォースだろう。ここに留まることは得策ではないと思うが?』

 

 確かにロンメルが指摘する通り、射撃武装を保持しているアヤノやメグはともかくとして、格闘戦一辺倒のユーナとカグヤが本領を発揮するのは強敵との疑似的な一対一といった状況であり、一対多数を強いられる衛星軌道上での戦いは本来不得手とするところだった。

 アヤノは小さく息を吸い込むと、ユーナたちに向けて通信を送る。

 

「ロンメル大佐の言葉は聞いたわね? 私たちは降下した方が得策だそうよ」

「ま、GBNでも指折りな戦略家が言うなら間違いないっしょ! いいよね、ユーナちゃん!?」

「はい! メグさん、アヤノさん! 私たちは地球に降ります!」

 

 元気よく響いたユーナからの最終確認を得ると、アヤノとメグ、そしてカグヤは全員で小さく頷いて、弾幕砲火を掻い潜りながら進む、ルートの中で、降下できそうな地点をシステムへと検索させる。

 

「キリマンジャロ、ここね……!」

 

 今のところ、無理なく突入後の安全が確保できそうなのはキリマンジャロ基地である、というシステムからの返答を基に、アヤノはビームシールドを展開し、そしてユーナは炎の衣を全身に纏い、メグはリフレクターモードを展開した上で、単独での大気圏降下能力を持たないカグヤをその背中に乗せて、重力の井戸の底へと飛び込んでいくのだった。




いざ、拠点へ


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第六十七話「武士道奇想曲」

天候が不安定なので初投稿です。


 地獄のような衛星軌道を抜けた先に広がっていたのは、開け放たれた空などではない。

 襲いかかる暴威を逃れた先にあるのはまた地獄だったと誰かが嘯いたように、キリマンジャロ基地は無数のトーチカや砲台による迎撃射で、運が悪かったのか、或いは直接の奇襲を狙ったのかは知らないが、直上に降下してきたバリュート・パック装備の機体を無情にも撃ち落としていく。

 各大陸に設けられた拠点の中でも、キリマンジャロは比較的迎撃の手が緩い部類に入る基地だったが、それでも二万という規格外の兵力を誇る「GHC」が相手であれば、いかに手薄だろうがなんだろうが、一定以上の戦力が配置されているのは確かなことだ。

 ジェットストライカーを装備した、御丁寧にも宇宙で見かけたのとは色違いのウィンダムやダガーL、105ダガーだけでなく、ユニオンフラッグやAEUイナクトといった機体もまた「GHC」地上戦力特有のロービジリティカラーに塗り替えられて、大気圏外からの直接エントリーを試みたダイバーたち、とりわけバリュートでの突入を選んだ機体を叩き落としていく。

 

『バリュートのパージを早めるんだ!』

『あの金満集団、これで楽な方ってマジかよ……うわああああっ!』

『エリックー!』

 

 どうやら小規模なフォース単位での大気圏突入に成功したらしい部隊の一翼を担っていた、バリュート装備の百式が、同じ高度まで急行してきたアンクシャの一撃によってブロックノイズへと還される。

 エリックと呼ばれていたダイバーは運がなかったと割り切る他にないが、それにしても攻略が比較的楽だとされているとはいえ、易々と突破されてやるつもりがなさそうなのは確かだった。

 アヤノはビームシールドの展開を停止すると、取り敢えずは応射が届かない位置まで機体を引き離すべく、ユーナたちを手招いて自らが攻略ルートを先導する。

 

「アヤノさん、どうするの?」

 

 ユーナは絶え間なく放たれる弾幕砲火の嵐と、アヤノの視線へと交互に目をやってそう問いかけた。

 行くも地獄、戻るも地獄といった風情だが、敵の本拠地であるヨコスカ基地や、主要拠点となるニューヨーク、北京、ベルリンといった各種都市に比べればまだマシな方らしい、と自分に言い聞かせながら進む他に道はない。

 

「……そうね、このペースだと地上から攻略した方が良さそうね」

 

 アヤノは、ユーナからの問いかけに戦況を俯瞰してそう返した。

 自分たちはなんとか隙を見て降下できたものの、依然として衛星軌道上での戦闘は続いていて、敵の航空戦力と渡り合うためのTMS──可変機といった戦力が、自軍側に不足しているのは誰の目にも明らかだ。

 ならば遠回りだとしても、地上から、真正面からこの難攻不落の拠点を攻略することが結果として正解なのだろう。

 

「ま、アタシも同意かな! とりあえずいつものは任せといて!」

「真正面から……不謹慎ではありますが、拙にはないはずの血が滾るのを感じます……!」

 

 メグとカグヤからも承認の返事が飛んできたのを確認すると、モビルアーマー形態に変形したアンクシャに搭乗しているウィンダムを撃ち落としつつ、アヤノはスクリーンに向けて小さく頷いて、機体を急降下させる。

 

『逃すな! 一人たりとも基地に近づかせるんじゃないぞ!』

『地上戦力に連絡を送れ!例の「ビルドフラグメンツ」が狙ってると──』

「あっはは、アタシたちも有名人だね……でも、喋りすぎだ、よっ!」

 

 同じように、背中にしがみついていたカグヤを撃ち落とそうとしたジェスタをメグは二挺拳銃で撃ち落として、飛び上がったカグヤが主を失ったアンクシャへと「無銘朧月」を突き立てる。

 フルスクラッチで作られた刀は易々とアンクシャの装甲を貫いて、そのコックピットにも致命の一撃を与え、立ちはだかる敵を食い破っていく。

 

『うわああああっ!』

「申し訳ありません、拙は先を急いでいる故……!」

 

 炎の翼を広げて、アヤノに続いたユーナを追いかけるようにそのまま刀を引き抜いてアンクシャを蹴り飛ばすと、カグヤのロードアストレイオルタもまたバーニアで細かな制動をかけながら、真っ白な銀嶺へとその機体を降下させた。

 とはいえ、手荒い歓迎によってもてなされるのは、空中だけではない。

 ぞろぞろと轡を並べた、ジェットストライカーを装備しているウィンダムの部隊が基地から飛び出してきたかと思えば、ドッペルホルン無反動砲を背負ったダガーLが、宇宙と同じように砲台に混ざってその砲弾を放つ。

 一体一体の実力はそれほど高いものではないにしても、厄介なのは彼らがそれを自覚して、常に数のアドバンテージを保った上でこちらを切り崩そうとしてくることだ。

 アヤノは射撃武装を持たないユーナを守るように立ちはだかると、バタフライ・バスターBによるガン=カタを披露するかのように立ちはだかるウィンダム隊を撃ち落としていく。

 確かに、常にスリーマンセルを維持できた衛星軌道上での戦いと比べれば、空中にも防衛戦力を割いていることで、地上には僅かな綻びが生まれているといえるのかもしれない。

 ドッペルホルンから放たれた砲弾をカグヤが切り落とし、そしてフィルムビットを射出したメグから基地付近の戦況が転送されてくるのを確認すると、アヤノたちは比較的防衛戦力が少ないルートを選んで、キリマンジャロ基地へと侵攻する。

 

『くっ、止められないのか!?』

『相手はあの「グランヴォルカ」をやった奴だぞ──!?』

「おっとそこまで、お喋りは終わりにして、一気に制圧すっかんね!」

 

 敵の戦力とその内訳を確認したメグは、ジャマービットを飛ばしてハイパージャマーによる妨害電波をばら撒いた。

 敵の戦力を支えている秘密が強固な連携であるなら、それを分断すればいい──極めてシンプルな結論に従って多くの部隊を撹乱し、破竹の勢いで「ビルドフラグメンツ」はキリマンジャロ基地への一番槍を担うべく突撃する。

 ロンメルが評した通りに、「ビルドフラグメンツ」は短期決戦型のフォースであり、基本的には電撃戦を主軸とした戦術を主体にしていた。

 無論、それだけでは限界があったためにこうしてメグがサポートだけでなくアタッカーにも回れるようにとG-セルフリッパーを作り上げていたわけなのだが、基本的にハイパージャマーをかけての奇襲という戦術が依然主力であることには変わりない。

 敵側が連携を乱されている隙を突く形で「光の翼」を展開したアヤノと、「炎の翼」を展開したユーナがキリマンジャロ基地へと吶喊していくその瞬間、ノイズがかかっているにも関わらず、明晰な殺意が牙となって二人へと襲いかかった。

 

「くっ!」

「きゃあっ!?」

『ほう、今のを避けるか……流石だな、「ビルドフラグメンツ」……いや、アヤノ! そしてユーナちゃん!』

 

 飛んできたものの正体がなんであるかを、アヤノは背後を一瞥したことで知ることとなる。銀嶺を裂くかのように放たれた一閃の正体は単なる斬撃であり、それが飛んできた、というだけの話だ。

 前提が何もかも異常なことを除けば、何も間違ってはいない──頭の中ではそう唱えながらも、異常なそのパワーに戦慄するアヤノは、思わず通信ウィンドウを仰ぎ見る。

 オープンチャンネルで発信されたそのメッセージから伝わってくる声量と熱量は極めて大きく、音量調整を間違えていれば鼓膜が破れる──かどうかはともかく、しばらく耳鳴りを残していたことに間違いはないだろう。

 訪れた驚愕に口を半開きにしたアヤノを狙って、再び斬撃が地を裂き、疾る。

 

「アヤノさん! おおおおっ! 炎、パーンチ!」

『はっはっは! 今の一撃を止めるとは中々だ、ユーナちゃん! だがこちらも基地の防衛という任を任されているのでな、おれたちも本気でやらせてもらう! ザンゾウ!』

 

 斬撃を飛ばした機体──ゴッドガンダムの肩や一部パーツをシャイニングガンダムのものに置き換えた、【シャイニングゴッドガンダム】を操る男は、ザンゾウと呼ばれたダイバーへ大声で指示を下すと、今まで雪の中に隠れ潜んでいたガンダムF91の改造機が前線に躍り出る。

 そのF91の改造機は、本来であればヴェスバーを背負っていたところに大型のレドームのようなものを備えていた。

 ザンゾウは基地に近づこうとしているメグのハイパージャマーに逆位相のジャミングを重ねることで無力化してみせると、そのまま機体を──【ガンダムF971】を疾駆させ、サイドアーマーから取り出したコールドクナイでメグを襲撃する。

 

「ジャマーの無力化……やっぱやられる、か!」

『応ともよ、儂らも本気だから喃! 果てさて決めようか、同じ忍者と忍者、どちらが生きるかくたばるか!』

 

 ザンゾウは口火を切るなり、肩の放熱フィンを展開した。

 さながら分身の術だとばかりに、質量を持った残像を展開するF971が放つ変幻の一撃を、メグは引き抜いたビームサーベルで防いでこそいたものの、高い機動力を活かしたヒットアンドアウェイで翻弄され、攻撃に転じることができないでいる。

 分断しての各個撃破。

 対「ビルドフラグメンツ」としては有効だということが皮肉にも「グランヴォルカ」の手によって証明されている戦術を真っ向からぶつけながらも、単純にその力によって基地を防衛しようと試みている二刀流の剣士、その熱量を、息遣いを、アヤノは誰よりもよく知っていた。

 

「その言葉は……与一兄様、何故GBNに……!?」

『はっはっは! 早速見抜いたか、アヤノ! うむ、だが今のおれはダイバー「ヨイチ」であって、お前の兄ではなく立ちはだかる敵ぞ!』

 

 ──それに、人には言えない秘密の一つや二つはあるものでな!

 相変わらずよく響く大声でそう宣言すると、与一改めヨイチは二刀流を振りかざすと、何が何やらと混乱しているアヤノの目を覚まさせるかのように、豪胆な太刀筋でクロスボーンガンダムXQを圧倒する。

 ヨイチがGBNをやっていたこと自体、アヤノにとっては晴天の霹靂であったし、何より「GHC」のアライアンスとして認められる程度に実力をつけているということは、この兄は、ゲーム嫌いな祖父とのあれこれもあるとはいえ、何食わぬ顔をして「よくわからない」と言っておきながら、実際のところ、かなりのめり込んでいたということだ。

 

「……諸々はあとできっちりお聞きします……! トランザムライト!」

 

 それをずるいだとか意地悪だとか非難するつもりはなくとも、どこか釈然としない感情を抱きながら、アヤノは初手から必殺技を起動した。

 自分のもやもやとした気持ちは置いておくとして、事実だけに目を向けるなら、ヨイチの剣士としての実力は、アヤノを大きく上回っている。

 ここがいかにGBNであるとはいっても、「GHC」のアライアンスに認められる程度に実力があって、先程の「斬撃を飛ばす」ような芸当を披露されれば、彼がこの電子の海においてもまた、極めて高い実力を誇っていることは火を見るよりも明らかだ。

 

『それは困るな! だがお前の挑戦は受けて立つぞ、アヤノ! フォース「武士道カプリッツィオ」が頭領がヨイチ、推して参る!』

「フォース『ビルドフラグメンツ』のアヤノ、ここを意地でも押し通る!」

 

 バタフライ・バスターBをザンバーモードに変形させて、アヤノはヨイチの名乗った口上に合わせて言葉を返すと、さながらいつも道場でそうしていたかのように、「一条二刀流」の構えを取ってヨイチのシャイニングゴッドガンダムへと斬りかかった。

 トランザムライトが生み出す爆発的な加速力を乗せたその斬撃は、容易に受け止められるような代物では断じてない。

 だが、ヨイチは涼しい顔をしてそれを受け流すと、豪胆な笑みを崩さずにアヤノの懐へと飛び込んで、左手に持った小太刀と、右手に持った大太刀を交互に振るう。

 

『どうした、アヤノ! まさかこのおれを前に遠慮をしているのではあるまいな!!!』

「遠慮など……そうして勝てる相手ではないことぐらい、兄様がご存知でしょう!」

 

 必殺技もなしにトランザムライトからの攻撃に対処できる辺り、この世界でも化け物じみていると戦慄するアヤノを他所に、ヨイチは体幹を削り取ろうと、荒々しくも流麗に、己の身に刻み込まれた一条二刀流の技を次々と繰り出して、アヤノを追い込んでいく。

 現実であれば、間違いなくアヤノがヨイチに勝つことは不可能だといってもいいだろう。

 歳が離れている分、積んでいた経験の量が違う。

 まずこればかりは容易に覆せるものではなく、それはGBNでも変わらないが、現実とこの電脳世界に違いがあるとすれば、それは多数の武装を使い分けて戦うことができるということだ。

 大きくバックステップを踏んで、アヤノはヨイチの大振りな一撃を回避すると、バタフライ・バスターBをバスターモードに変形させて、二挺拳銃によるガン=カタを披露する。

 ビームの銃弾を、嵐のように絶え間なく。

 トランザムライトによって強化されたその弾丸は牽制と本命が織り交ぜられたことで、容易には抜けられないはずだった。

 

『はっはっは! なるほど、銃か! 悪くないな! だが、ぬるい!!! ぬるいぞ、アヤノ!!!』

「トランザムライトで、出力は強化されてるのに……!」

 

 だが、乱射された光の弾丸の内、己を狙ったものだけを的確に斬り捨てながら、ヨイチはアヤノの懐へと今再び飛び込むために、機体を加速させる。

 

『お前が必殺技を見せたというのなら、おれも見せねば無作法というものだな! 覚悟を決めろ、アヤノ!!!』

「ッ、兄様……!」

『見よ、明鏡止水が我が境地! 天を斬り、地を引き裂いて轟き疾れ! 一条二刀流・改備え! 「天地鳴動」!!!』

 

 ヨイチの叫びに応えるかのようにシャイニングゴッドガンダムの肩アーマーや脚部のスラスターが展開すると、全身が金色に染め上げられ、銀嶺を激しく揺らがせた。

 明鏡止水。機動武闘伝Gガンダムに登場する「武」の境地ともいえるその必殺技を発動したヨイチは、最早一つの災害といっていいほどに強烈な殺気と闘志を滾らせて、両手に持つ二本の刀へと全ての出力を集中させた一撃を放つ。

 山を砕き、揺らがせるその斬撃は、トランザムライトで受け止め切れるものではない。

 真正面から迫り来る必殺技に備えて、アヤノはバタフライ・バスターBの内一挺を投棄すると、腰にマウントしていた「クジャク」を引き抜いて、自分が持つ二本の剣に、「光の翼」を纏わせる。

 果たして、あの天地を揺らがせる一撃を自分は防ぎ切れるのか。

 アヤノの青い瞳が不安に揺らぐ。

 だが、それを見透かしていたように、或いはその瞬間を待っていたかのように、揺らぐ炎を纏った機体が、アヤノの隣に陣取ってその拳を前へと突き出す。

 

「大丈夫! わたしも一緒だよ、アヤノさん!」

 

 ──わかっている。

 その機体の正体も、ダイバーの名前も、声も。忘れろと言われたって忘れられるはずがなく、例え神様に無理やりそれを命じられたとしたら、謹んで神へと中指を立てるだろう、最愛の相手。

 バーニングバーストシステム・フルブルームを起動させたユーナはその炎を右手の拳に集中させて、アヤノの「光の翼」を剣に纏わせた一撃に重ね合わせて、「天地鳴動」へと思い切り振り抜いた。

 必殺技同士がぶつかり合う衝撃波が、波濤となってキリマンジャロを揺るがせる。

 その名の通りに天へと轟き、地を揺らがせるその一撃は、理すらも超越するようにアヤノとユーナを飲み込まんと荒れ狂うが、重ね合わせた、炎と光が一つとなった必殺の技がそれを許さない。

 

『……はっはっは! やはり戦いというのは良きものだな、アヤノ、ユーナちゃん!』

「……冗談じゃありません、兄様……!」

「わわ、これ一発で全身にダメージが……!」

 

 駆け抜けた閃光が爆ぜたその時、果たしてアヤノとユーナは膝をつくことなくなんとか生き残っていたものの、そのコックピットには絶え間なくレッドアラートが鳴り響き、機体の全身には技と技がぶつかり合った衝撃によってフィードバックされたダメージが蓄積されている。

 それはヨイチも同じことで、明鏡止水の金色はいつしか元の機体色に戻って、シャイニングゴッドガンダムが背負っていた日輪も消失していた。

 それでも、彼は豪胆に笑っていた。

 目の前の戦いを、全力と全力がぶつかり合うことを心の底から楽しんでいるからこそ、全力で遊んでいるからこそ、望まぬ形でユーナが乱入してきたのだとしても、ヨイチはそうあれるのだろう。

 電子の世界でも変わらない兄に苦笑を浮かべながらも、アヤノは今、敵として立ちはだかるヨイチを打ち倒すべく、ザンゾウが零した通り、この瞬間にどちらが生きるかくたばるかを決めるべく、機体を加速させるのだった。




決めようか、兄が勝つのか妹か


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第六十八話「仰ぎ見よ、赫く輝く太陽を」

赤色に染まる時間を置き忘れ去ったので初投稿です。


 アヤノとユーナがヨイチを相手に互いの大技をぶつけている間、各個分断という選択肢を取られたメグはザンゾウのF971と一対一での対決を強いられていた。

 

「ジャマーは無力化、フィルムビットはこの状況だと意味がない……ちょっち厳しいね、これは!」

『応とも……そう簡単に突破されたのでは、儂らの面目が立たんから喃!』

 

 メグのG-セルフリッパーが、機体のパワーアップを図るべく各種武装を取り入れたのならば、ザンゾウのF971は極限まで武装を削ぎ落とすことで機体を軽量化させ、敏捷性に特化した、いわば「引き算」のビルドが組まれている。

 奇しくもそれはG-セルフリッパーより以前、メグの愛機であったG-フリッパーとよく似ていたのだが、武装を削ぎ落として尚相手との間合いを即座に詰める技術や、巧みなコールドクナイの扱いによってビームサーベルを跳ね除けて、ザンゾウのF971は忍者の如く、音もなくその首を掻き切ろうとメグの背後へ回っていく。

 ──やられる。

 本能が背筋を伝う震えとなって、脊髄に走る電流がそうさせるがままに、メグは高トルクモードを起動すると、脚部の膂力を大きく強化して後方へと一気に跳躍した。

 牽制として、もののついでにアサルトモードによるビームも放っているが、元より機動性に特化した構築がなされているザンゾウにその一撃が届くことはない。

 速さ。そして研ぎ澄まされた攻撃のキレ。

 その二つだけで状況を切り抜ける──自分が諦めてしまった道を、このザンゾウという男は技量一つで易々と渡っているのだから、伊達に「GHC」から拠点の防衛を任されているのではないのだろう。

 忍者。

 ザンゾウという男と、そして彼のF971を表すのに、これ以上適した言葉はない。

 

『どうした、お嬢ちゃん。攻撃の手が緩んでおる喃!』

「……ッ、負けない……例えアンタがアタシの届かなかった理想だとしても!」

『カカカッ! 若い、若い喃! だがその熱意……嫌いではないぞ!』

 

 メグはG-セルフリッパーの全力を出すべく、高トルクモードを全身に適用して起動させると、同時に自身の必殺技であるフォトンアヴィラティを発動、時限強化の稼働時間を延長し、そのパワーでもってスピードに特化したザンゾウを圧倒すべく、距離を詰めてステゴロで殴りかかる。

 高トルクモードの膂力に、パーフェクトパックの加速力が上乗せされた一撃は、並の機体であればそれだけでスクラップになりかねないほどの威力をもってF971へと襲いかかった。

 だが、咄嗟に首を逸らしていたことによって、ザンゾウは急死に一生を得ることに成功していた。

 アンテナがへし折れて、頬の装甲を掠めただけでごっそりと削り取っていくその一撃は、軽量化ビルドを組んでいるF971にとっては致命的であり、ザンゾウはコックピットの中で、思わず纏った忍び装束に冷や汗を滲ませる。

 

『カカカ……危なかったわい、真正面からのぶつかり合いとなれば不利なのは儂なのを思わず忘れそうになっていたとは喃』

 

 歳はとりたくないものだ喃、と面頬の下で薄ら笑いを浮かべているザンゾウのダイバールックは極めて若々しく、ヨイチと似たような年頃に見えるが、果たしてどこまでが本気でどこまでが相手を煙に巻く冗談なのかはまるで判断がつかない。

 とはいえ、少なくともメグには一つだけわかったことがあった。

 それは、今の一撃がこの男を──ザンゾウを本気にさせたという確信だ。

 

「さっきみたいに油断しちゃ……くれないよね!」

『応とも、最初に言った通りで喃、決めるのはどちらが生きるかくたばるか……ならば儂も嬢ちゃんの本気に応えるとしようか喃!』

 

 ザンゾウはかっ、と目を見開くと、コンソールを操作して「Finish Move01」──必殺技のスロットに手をかける。

 必殺技。それは基本的にこのGBNでは、原則として一人一人に与えられるユニークスキルのようなものだが、今までの交戦傾向と、そしてヴェスバーをオミットしているというF971の特性からして、十中八九「アレ」しか選択肢は残っていないだろう。

 大きく深呼吸をして、ターゲットサイトにザンゾウの姿を認めたまま、メグはその発動と、相手が仕掛けてくるタイミングを用心深く注視する。

 質量を持った残像。

 恐らくは彼のダイバーネームの由来となっているその機能は、最大稼働モードの熱量によって剥離した金属片がモニターに機体の誤認を促して、あたかも分身しているかのように見せかけるという必殺技だったが、厄介なのはその金属片を機体が全て「本物」と判定することだ。

 だからこそ、質量を持った残像を相手にするのなら。

 メグが勝利への方程式を脳裏で組み立てた、その瞬間だった。

 

『破ァッ!』

 

 ザンゾウがよく響く大声と共に機体を最大稼働モードに移行させ、「質量を持った残像」を展開したところまでは、メグの予想通りだった。

 だが、唯一異なっているところがあるとすれば、それは、本来ならビームシールドの予備が格納されている腰部ラッチから発煙弾を取り出して投擲したことだろう。

 

「ちょ、煙幕!? こんなのアリ!? って、アリか……!」

 

 煙幕による撹乱。自身もG-フリッパーを使っていた時期は常套手段としていた戦術であり、それはミラージュコロイドや質量を持った残像といったステルス性を伴った武装と組み合わさることで、よりその凶悪さを増す。

 レーダーに頼らない以上、視界のみで本体を探り当てなければいけない現状で、その視界が煙幕によって封じられたのは非常に厳しいといってもいい。

 だが、それは立派な戦術であって、非難されるようなことではない。

 動揺からそう口走っていたものの、メグもそれは理解していた。

 

『なるほど確かにお嬢ちゃんの「力」は強い……ならば儂のこの「速さ」、果たして打ち破れるか喃!?』

「破れるとか破れないとかじゃなくて、やんなきゃいけない!」

 

 強がりを口に出したのはいいとしても、実際に仕留め切れるかどうかは微妙なところだった。

 零距離では分が悪いビームサーベルを投げ捨てて、メグもまたコールドクナイに己の得物を切り替えていても、絶え間なく霧に紛れて襲いかかってくるザンゾウの速さに、目では見えていても体の反射が追いつかない。

 加えてカウンターとして斬撃を置いておけば、それはデコイとしての機能を併せ持つ質量を持った残像に吸収されて役に立たず、今も少しずつ、じわりじわりとはいえ装甲値が削り取られている現状を鑑みれば、霧が晴れるまで逃げ回るのも得策だとはいえない。

 あの時戦ったユーナのように、何かパワーで強引に煙幕を捻じ伏せ、更には質量を持った残像全てを巻き込めるような範囲攻撃の類があれば──

 そう歯噛みするメグの脳裏に、焦りから抜け落ちていた一つの選択肢が、凪いだ湖面に波紋を立てるかのように零れて落ちる。

 確かにそれはこの状況を打開するための決定打となりうるだろう。

 だが、文字通りにチャンスは一瞬、勝負は一度きりだ。

 一撃であっても油断することなくヒットアンドアウェイを繰り返すザンゾウを確実にキリングレンジへと巻き込んで、その一撃を叩き込むためには。

 メグはコールドクナイを構え直すと、煙幕の彼方から飛来するザンゾウが何をしてくるのか、何を切り札としているのかを考えた上で、あえてぴたりと立ち止まって逃げるのをやめる。

 襲いかかってきたところにカウンターを叩き込む。だが、それは先ほど通用しなかったことは、メグもわかっていた。

 そう、カウンター狙いは無意味だと、相手もそれをわかっているはずなのだ。

 だが、無意味であるからこそ、無力であるからこそ、メグが用意した牙はその獰猛さを隠しておける。

 

『カカッ! 懲りずにカウンター狙いとは喃……乾坤一擲、その姿勢は嫌いじゃあないが、そろそろ決めさせてもらうとしようか喃!』

「そう、寄ってきて……寄って、来いっ!」

 

 ザンゾウがその必殺技と組み合わせた致命の一撃としているのは、F971がどこまでも武装を削ぎ落とした都合上、デフォルトで残されているビームシールドを、サーベル代わりにして強襲する攻撃だ。

 元が盾ということもあって、射撃ガード判定がついているそれを「質量を持った残像」と煙幕の二段重ねで叩き込むその攻撃は、地味ながらも、極めて対処が難しいものであることに違いはない。

 勝利条件はただ一つだ。

 メグは霧の彼方にビームの刃が微かに揺らぐのを見て、機体をその真正面へと向ける。

 もし彼が決着を焦っていなかったなら。或いは、コールドクナイによる攻撃をこの状況下でも優先していたのなら、自分は賭けに負けていたことだろう。

 メグは質量を持った残像を放出しながら自身の機体へと急襲してくるF971を仰ぎ見て、宇宙では使わずにとっておいた、その切り札を起動することを決めた。

 

「忍法……フォトン撒菱ってね!」

『なんとォ!?』

 

 フォトン・トルピード。

 対消滅による機体の破壊という、物騒極まりない設定のそれは、GBNにおいて当然の如くゲーム的な都合で様々な下方修正を受けている。

 例えば一出撃に一度きりしか使えなかったり、原作で備わっていた削り取った相手からエネルギーを吸収する機能が削られていたり、威力自体も装甲を突き詰めて強化しておけば被害は軽微で済む範囲に抑えられていたりするのだが、それでもメグにとっては十分だった。

 フォトン・トルピードは範囲攻撃であり、尚且つビームシールドに対する貫通効果も有している。

 それだけで、この状況を打開するには十分だった。

 質量を持った残像を物ともせずに、降り注ぐ光の雨霰に削り取られていくF971のコックピットで、ザンゾウは己の敗北を悟りながらもどこか満足げに、面頬を外すと呵々大笑といった風情で笑ってみせる。

 

『カカカ……よもやこの儂が判断をミスるとは喃……! よくぞ、よくぞやってくれた、お嬢ちゃん……! 情に流され、決着を焦ったこの儂に光はなく、そして逆境においても諦めないお主の道に、それがあった……お主の勝ちよ、若きニンジャ』

「そりゃどーもねっ、でも……ザンゾウさんも強かったよ、アタシも諦めかけたぐらい」

『カカカ……グッドゲーム、メグ!』

「グッドゲーム、ザンゾウ!」

 

 侮蔑ではなく、互いの健闘を称え合う言葉を交わし合い、メグとザンゾウの戦いには幕が下された。

 本来ならきっとこうあるべきだったのだろう。

 今はもういない、悪意が形を成したようなフォースを思い返してメグは微かに表情を曇らせると、そんなことに引きずられてはいけないとばかりにかぶりを振って、次なる戦いへと赴いてゆくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「紅蓮の型……光華炎輪!」

 

 凛とした叫びがキリマンジャロの雪原へと響き渡り、燃える炎を纏った刀が、眼前に立ちはだかる敵を斬り落とさんと唸りを上げる。

 

『あら、見たことのない型ね……カグヤは順調に成長してるようでニチカは嬉しいです、お姉ちゃんだから』

「何の因果か巡り会ったのならば……ここで姉様! 拙は貴女を超えてみせる!」

『できるかしら? ふふ……』

 

 この二万対二万という規模で開催される「大戦争」イベントの中でニチカとカグヤが巡り会ったのは、掌で運命のサイコロを弄ぶ女神様の気紛れなのか、或いは最初からそうなるように、神様が使うメモ帳の端書きにそう書かれていたからなのかはわからない。

 だが、フォース「武士道カプリッツィオ」の一員としてニチカはキリマンジャロの防衛を任されていて、カグヤは挑戦者としてこの基地へと降下してきた。

 原因はこの際どこかに放り投げておくとして、大事なのは結果だ。

 カグヤはまだ自分が未熟であることを自覚していても、相応に修羅場をくぐり抜けてきたという確信も抱いている。

 ならば、因縁の相手に──生まれた頃からきっと、どこかコンプレックスを抱いていた姉に対して決着をつけるには、この舞台が相応しいと、きっと神様の類が思し召してくれたのだろう。

 ELダイバーは、一部の例外を用いて信仰を持たない。

 だが、人間たちの会話でよく登場する「カミサマ」という言葉は、自分たちのお呼びもつかないところでその運命を書き記している存在を指しているということは、カグヤもまた理解していた。

 だからこそ、これは神様からの贈り物。

 自身に与えられた、乗り越えるべき苦難なのだと歯を食いしばり、紅蓮を纏った「無銘朧月」をカグヤは振りかざす。

 

『なるほど、確かに強くなった……技のキレも精度も、前に戦った時とは比べものにならないほど上がっている。ニチカは姉として非常に誇らしいです、カグヤ』

「……余裕を崩さずに!」

『あらあら、これでもニチカは必死なのです』

 

 ゾルヌールガンダムが引き抜いたビーム・セイバーと「無銘朧月」の刀身が激しくぶつかり合い、モニターを閃光が埋め尽くすほどに激しく火花を散らす。

 カグヤの刀を一新するのに合わせて、ロードアストレイオルタもまた関節部の調整などが行われていたが、それでもゾルヌールガンダムの出力を強引に押し切るにはまだ足りない。

 だが、鍛え上げた技が、磨き上げられたカグヤの「武」は、確実にニチカを押し返し、そして追い詰めていることもまた確かだった。

 強引に鍔迫り合いを解いて、ニチカは後方へと跳躍すると、妹の成長に満足してか、すっ、と目を細めたものの、そこにある感情は姉としての慈愛だけでは断じてない。

 ニチカがカグヤの双子であるということは、彼女もまた道を、「武」という道を果てしなく探求する心から生まれたことに他ならないからだ。

 一人の武士として、押されっぱなしではいられないと、このままカグヤに押し切られて敗北する未来は認められないと、ニチカをニチカたらしめる「心」が咆哮するままに、ゾルヌールガンダムの双眸が一際強い光を宿す。

 

『ええ、本当に強くなった……カグヤ』

「問答無用! このまま押し通るまで!」

『ですが……忘れてますね? ニチカは、カグヤのお姉ちゃんなんですよ?』

「……ッ!?」

 

 穏やかで柔らかな物腰からは想像できない、ドス黒い殺意を滲ませながら、カグヤのゾルヌールガンダムはふわり、と宙に舞い上がると、青空に明滅する満天の星──宇宙での戦いの跡を一瞥して、そのターゲットサイトにカグヤを見つめたまま、小さく深呼吸をする。

 

『それがカグヤの本気なら、お姉ちゃんも……ニチカも本気を見せましょう、全力で来なさい。そうでなければ……ニチカは貴女を叩き斬るのみ。ソルトランザム!』

 

 ニチカの叫びに呼応するかのように全身を震わせたゾルヌールガンダムは、深紅を纏う機体が赤熱化したかのように、装甲を更に深い赫へと染め上げて、GN粒子の奔流を周囲へと放出した。

 ソルトランザム。

 それこそがニチカの必殺技であり、ゾルヌールガンダム……「太陽」をその名の由来とするガンダムだからこそ、根幹に組み込まれた太陽炉が実現した時限強化の名前だった。

 GBNにおいて、リスクはあるものの、トランザムシステムは概ね上位ランカーも愛用する強力なブーストアップ機構だ。

 慣れない内は発動もままならなかったり、造り込みが追いついてきたとしても、その速度に振り回されたりと、ダイバーたちが口を揃えていうほど「人権」というわけではないのだが、それでも使いこなせたのならば、極めて強力なシステムであることに違いはない。

 紅蓮が更なる赫を纏い、太陽のように光を放つ様を、カグヤはただ仰ぎ見る。

 あれは、ニチカは、ゾルヌールガンダムは自分が超えなければいけない相手。

 そんなことは理解していても、美しさと同時にどこか禍々しさすら感じるその紅に、何故か目を奪われてしまうのだ。

 

『言ったはずです、立ち止まるなら……叩き斬るのみと!』

「くっ……!」

 

 しかし、そんなカグヤを咎めるかのようにニチカは言い放つと、一瞬で距離を詰めて出力が強化されたビーム・セイバーを胴薙ぎに振るった。

 燃え盛る太陽がそのまま彗星となったかのような速度にカグヤはただ戦慄する。

 あれは禍つ凶星だ。

 きっと自分の道を死の光で閉ざすべく、赤々と輝いている。

 本気を出した自分の前に、わずかとはいえ恐れを見せたカグヤを叩き斬るべく、赫く煌めく星となって、ニチカは果敢に切り掛かってゆくのだった。




それは煌めく死の太陽


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第六十九話「赫耀を撃ち落とせ」

メッサーF0初投稿型です。


 ソルトランザムを起動したニチカの躯体──ゾルヌールガンダムの速度は目にも留まらず、その剣技の冴えも相まって、瞬く間にカグヤとの形成をひっくり返していた。

 目で捉えようにも、真紅を超え、紅蓮を纏い、赫耀と化したニチカの速さは追い切れるものではなく、じわり、じわりとロードアストレイオルタの装甲値は削られていく。

 まだ空蝉という必殺技は残されているものの、あれは撃墜判定を一度だけ免れるのであって、他のELダイバーや、同様のユニークスキルを獲得したダイバーがどうであるかはともかく、カグヤのそれは蓄積されたダメージそのものを癒してくれるわけではない。

 だからこそ、どこでその手札を切るのか、そしてその手札を切った後はいかにしてこの禍つ凶星を撃ち落とすのか、それを考えなければならないのだ。

 一つ考えつくのは、時間切れを待つ方法がある。

 トランザムシステムは強力だが、使用時間に制限があり、尚且つそのリキャストにも膨大な時間がかかるという都合、限界まで逃げて、逃げて、相手のエネルギーが尽き果てたところで攻勢に転じるという戦術は珍しいものではなく、対策の一つとしてメジャーなものだ。

 だがそれは、トランザムを発動している相手から逃げ切れるだけの腕前と、そして性能差が開いていないことが前提条件の作戦だ。

 何より──

 

『何を呆けているのですか、カグヤ? ニチカはこのままでいれば貴女を叩き斬りますよ?』

「ッ……!」

 

 死角から切り掛かってきた斬撃を反射で受け止めると、カグヤはその太刀筋から、本気の殺意と、逃しはしないという裂帛の気合を感じ取った。

 そうだ。そう簡単に逃してくれるのだったら、ニチカと自分の間に聳え立つ壁は存在などしていなかっただろうし、何より。

 

「逃げに回るなど士道不覚悟……! なんとか、なんとか、姉様を正面から迎え撃たねば……!」

 

 一瞬でも、ニチカから逃げるという選択肢を頭の中に浮かべてしまった己を恥じながら、カグヤは静かに唇を噛む。

 この戦いから逃げてはならない。

 ここで逃げれば、たとえ逃げ切ることができたとしても、それ以上に大切な何かを失ってしまうのだから。

 故にこそ、選択肢はただ一つ。

 今も絶え間なく荒れ狂う剣風を轟かせる赫耀を、ニチカを真正面から迎撃する他に道などない。

 ──だが、どうやって。

 目ですら追い切ることが不可能に近いソルトランザムに対して、カグヤは出力系にバフをかけるスキルを何一つ有していない。

 紅蓮の型を取って燃え盛る「無銘朧月」でニチカの攻撃を受け止めてこそいるものの、時折反応を超えたビーム・セイバーの一撃が装甲を掠めることでロードアストレイオルタの外装を焼き、そしてその芯となっているモビルドールカグヤにもダメージを蓄積させる。

 勝てないかもしれないと、弱気な考えがふとカグヤの脳裏に零れて落ちていく。

 ここまでよく戦ったのだから、あとは「ビルドフラグメンツ」の皆に託す形で、あのシャフランダム・ロワイヤルの決着を再現する形での勝利を得るための捨て石になることに、何の問題があるのだろうか。

 ぽつりと浮かんできた、どこまでも消極的なその考えを、カグヤはかぶりを振って破却する。

 ──この戦いは、自分の戦いだ。

 確かに自分の後ろにアヤノとユーナ、そしてメグがいてくれるという事実ほど心強いものはない。

 それでも、この戦いは、この戦いだけは、自分の力で、誰に頼ることもなく幕を引かなければ終わらないし、終われないのだ。

 きっと、不完全な双子のELダイバーとして生まれてきたその日から、これは宿命づけられていることだった。

 ニチカの振るうビーム・セイバーがロードアストレイオルタの外装を捉えて深々と一条の傷を刻んだのを認めると、カグヤは必殺技を発動して、ガンダムに偽装した己の鎧を脱ぎ捨てる。

 完全に何かのデータを参照し、強固な自我を得て生まれてきたニチカと、メグに名前をつけてもらうまでは、そして色々なことを教えてもらうまでは、原始的な衝動しか己を形作るものがなかったカグヤ。

 それは図らずとも太陽と月によく似ていて、今もカグヤは、ニチカという光がなければ輝くこともままならないのだ。

 世界を知った。己を、生きるということを知った。

 モビルドールカグヤが振るう一太刀を回避して、カウンターに蹴りをたたき込んできたゾルヌールガンダムに蹴り飛ばされながらも、カグヤは機体の姿勢を強引に立て直して、涙が滲む瞳でニチカを睨みつける。

 そうしてようやく、わかってきた。

 

『これで終わりにしましょうか。泣かないで、カグヤ。ニチカは貴女が頑張ってきたのを知っているもの。だって、お姉ちゃんですから』

「……終われない……終わらない! 拙は……拙の探し求める道は、貴女を超えた先にこそある、姉様!」

 

 そうだ。きっと自分が今の今まで「武」を探し続けてきたのは、ニチカとの決着をつけるためだ。

 そして、そこから歩き出すためだ。

 それは、マイナスがゼロに戻るだけの話なのかもしれない。

 きっとゼロからプラスに進むのではなく、ただゼロに戻るだけの、虚しい戦いだと、俯瞰して眺める誰かは、訳知り顔で言うのだろう。

 だとしても、それが愛憎入り交ざるものだとはいえ、ニチカという光なくしては輝くことのできなかった自分という存在を、ELダイバー「カグヤ」を本当の意味でこの世に送り出すためには、絶対にこの赫耀を踏み越えて、自分の力だけでその輝きを示さなければならない。

 

『ならば言葉は無用……全て、行動で示しなさい、カグヤ』

「言われずともぉッ!」

 

 思い返す。力だけを求めた果てに、外道に堕ちた男のことを。

 今はもういない、あの「鉄腕」の力強さを。

 彼のやってきたことは絶対に許されてはならないが、それでも彼が道を踏み外さなければ、己の中に灯っている信念の火から目を逸らすことがなければ、或いは結末は違っていたのかもしれない。

 だからこそカグヤには、見失ってはいけないものがある。

 ニチカを超えるだけではない。超えたその先にも一人の武士として、「武」の道を求め続けなければ、きっと自分もまた外道に堕ちてしまいかねない。

 言い換えるのであれば、それはカグヤにとっての「夢」だった。

 初めて己の内側から湧き出てきた感情であり、そしてニチカに照らされて浮かび上がったのではなく、例え不完全だったとしても己が生まれた時に参照した「大好きという気持ち」が与えてくれた、自分だけの天命であることに違いはなかった。

 ソルトランザムによる一撃離脱は、今も尚見切れるものではない。

 瞬間に撃閃を轟かせるニチカの「疾さ」を重視した一太刀と、ソルトランザムの加速力が相まったそれは、並大抵のダイバーに防げるようなものではなく、他のダイバーから見れば、防戦一方であるとはいえ、応じられているカグヤもまた尋常ではない存在であることに違いはない。

 だとして、それがどうしたのか。

 他人がいかに自分を褒め称えてくれようと、負けたとしても健闘したと慰めの言葉をかけてもらおうと、受け取りこそすれどもそれはカグヤにとって関係のないことだ。

 絶対に、何を差し置いても、今この瞬間に、ソルトランザムを発動している間にニチカを倒さなければ、自分は前に進むこともままならない。

 だが、その一手が、逆転に至るための一手が、届きそうなのにどこまでも遠い。

 ぎり、と歯噛みするカグヤのこめかみに汗が滲む感覚がフィードバックされる。

 ふと、脳裏に電流が閃くような感覚が走ったのは、そんな悩みに悶えていた瞬間のことだった。

 目で追い切ることのできないその疾さに対して、どうするのかではない。

 今、自分は何ができているのか?

 それを考えれば、自ずと求める答えに繋がってくる。

 三人が、「ビルドフラグメンツ」の皆が作り上げてくれた「無銘朧月」には、かなりの値がする特殊な塗料によるクリアコーティングと研ぎ出しという加工が施されていて、それは理論上カグヤの腕前と合わせれば、「ビームを斬る」ことができるだけでなく、その先まで行けるはずなのだ。

 そして、ニチカの太刀筋を見切ることこそできなくとも、後手に回らされていても、反応することだけはできている。

 カグヤは深呼吸をすると、再び空に紅蓮の軌跡を描いて襲いかかってくる赫耀の凶星と化したニチカを真正面から叩き落とすべく、撃ち落とすべく、辿り着いた答えを具現化するためにただ、刀を正眼に構えると、彼女が突っ込んでくるその瞬間を待ち続ける。

 目で追うことができないのならば、身体の反射に任せてしまえばいい。

 それが可能かどうかについては、自分を信じることしかできない丁半博打だが、だとしても、そんなスリリングな賭けは嫌いじゃない。

 

『それはやられる覚悟を決めたということ? それとも違う何かかしら? どちらでもいいけれど……ニチカは本気を出させてもらいます』

 

 カグヤが取った奇妙な行動に、僅かな困惑を滲ませながらも、ニチカは宣言通りに機体を全力で加速させて、静止したモビルドールカグヤのコックピットを貫くべくビーム・セイバーを突き出す形で構え直す。

 今までの攻撃は戯れだったとばかりに、ソルトランザムの出力をスラスターに集中させたその一撃は、さながら赫き彗星のようだった。

 

『これで終わり。さあ、往生なさい、カグヤ!』

「……姉様ぁぁぁぁッ!!!」

 

 あの彗星を叩き斬れ。

 あの赫耀を、地に伏せさせろ。

 ──目で追うのではない。ただ、己をここまで運んでくれた「道」が示す標に従って、その太刀を振るうのだ!

 煮えたぎる闘争本能に従って目を伏せると、カグヤはただ迫る気配だけに集中して、その瞬間を待ちわびる。

 一秒がどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような感覚の中で、驚異的な速さを誇るニチカの動きもコマ送りになっていく錯覚の中で、カグヤはその好機を掴み取るべく、正眼に構えた太刀を振りかぶった。

 ──来る。

 果たしてその確信通り、ニチカは真正面からカグヤを捉えて突撃してくる。姉が構えたビーム・セイバーがコックピットへと突き立てられようとするその刹那、カグヤは裂帛の気合いを込めて、魂の全てをこの一撃に賭すかのように、声を張り上げていた。

 

「ちぇええええすとぉぉおおおおおおッ!!!」

『おおおおおおおおッ!!!』

 

 ──瞬間、赫耀の光を受けて燃え立つかのように「無銘朧月」の刀身もまた閃光を放ち、光と光が交錯する。

 負けるか、とばかりにニチカも声を張り上げていたが、果たして先に届いたのは、突き出されたビーム・セイバーではなく、その一撃を深々と胴体に受けながらも、己の刀を振り抜いていた、カグヤの一撃だった。

 ビーム・セイバーがコックピットを僅かに逸れて突き立てられたのは、カグヤの気合が、天を貫こうと、星を撃ち落とそうと咆哮したその叫びと、そして今までの戦いで培われた反射神経が、ニチカの全力を僅かに上回っていたからに他ならない。

 故にこそ、その技は型にあらず。

 袈裟懸けに切り裂かれ、纏う赫耀を喪った機体が地面に倒れ伏していく中で、ニチカは口元に微かに自嘲するような笑みを浮かべていた。

 ──強くなったのね、カグヤ。

 きっとそんな言葉さえ、もうとっくにカグヤは踏み越えている。

 ならば、敗者として勝者に送るべき言葉は。

 

『良き戦いでした、ニチカは……悔しいですが、嬉しいです、カグヤ』

「……はぁ、っ、はぁ……っ……姉、様……」

『やっと──「自分だけの戦い方」を見つけられたようですね』

 

 それはきっと、「ビルドフラグメンツ」に加入しなければ、永遠に見つかることがないまま彷徨っていたのであろう、小さくも大きな一欠片。

 ニチカはカグヤが歩んできた道を想うかのように目を伏せると、きっと傷だらけになりながら、泥だらけになりながらもその答えを掴み取ったことに、姉としての誇らしさと、一人の武人としての悔しさから来る涙を一筋だけ零していた。

 生まれた時に参照していた「武士」や「剣士」たちのデータから各々の型を参照することはできても、新しく技を編み出すことができなかった、誰かの上辺をなぞることしかできなかったカグヤはもういない。

 仲間たちと共に歩んできたその日々が鎚となり、金床となり、彼女の中で揺らぎながらも燃え続けていた炎によって、カグヤという一本の刀を鍛え上げるに至っていたのだ。

 

「……姉様……拙は……」

『励むのです。きっと無明の奈落に誘われることもあるかもしれない……だけどその時は、ニチカが止めます。そしていつでもニチカは、カグヤを見守っていますよ』

 

 ──だって、お姉ちゃんですから。

 ニチカの舌先から滑り出たその言葉を、カグヤは初めて真正面から受け止めることができたのかもしれない。

 はらはらと頬を伝う涙は、拭っても拭っても、雨のように零れ落ちていく。

 

「……ありがとうございます、姉様……」

『ふふ……ニチカこそ、ありがとう。カグヤ』

 

 グッドゲーム。

 例え、結末がどんなものであったとしても、相手への敬意を込めて、そしてその試合が決して双方にとって無駄ではなかったことを示す言葉を交わし合って、ニチカとカグヤ、その戦いに幕は下ろされる。

 ブロックノイズ状に解けていくゾルヌールガンダムを見送るかのように、カグヤは暫し佇んでいた。

 そして、ニチカの躯体がセントラル・ロビーへと転送され切ったのを認めて、「無銘朧月」を鞘へと収めるのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『どうした、アヤノ! ユーナちゃん! まさかお前たちの本気がその程度ということはあるまいな!』

 

 銀嶺を飾る白雪を全て吹き飛ばすかのような熱量をもって、ヨイチが叫ぶ。

 必殺技と必殺技をぶつけ合った果ての、満身創痍の状態であるにもかかわらず、シャイニングゴッドガンダムが振るう二本の刀に衰えはなく、アヤノとユーナが二人がかりで挑んでいるのにもかかわらず、ヨイチはまるで崩れる気配も見せずに、アヤノたちを圧倒していた。

 

「クジャクは喪失、バタフライ・バスターは一本だけ……ヒートダガーは抜く暇がない、それでも! ユーナ!」

「はい、アヤノさん!」

『む? 何をしようがおれは構わぬぞ! 互いに全力で挑んでこそ、勝負に価値というものは生まれるのだからな!』

 

 ユーナに指示を出したアヤノの行動を妨害することもなく、一度後ずさって距離を取ると、ヨイチはユーナがバックパックの一部を取り外してアヤノへと投げ渡した光景を視認する。

 ハイパーカレトヴルッフ。ウイングゼロ炎のバインダーは四枚のうち二枚が、実体剣として利用できるようになっているため、ミキシングによってそれを引き継いだアリスバーニングブルームもまた、理論上はその剣を利用できるのだ。

 ただ、ユーナにとっては今まで必要がなかったし、剣をうまく扱い切れる自信もなかったから使ってこなかった、というだけの話で。

 ハイパーカレトヴルッフを受け取ったアヤノは、機体に残された出力を振り絞るように「光の翼」を展開すると、トランザムライトには及ばずともその速度を乗せてヨイチを圧倒せんと、己の身体が覚えている一条二刀流の型ではなく、戦いの中で得た予測不能の喧嘩殺法でシャイニングゴッドガンダムへと斬りかかっていく。

 当然の如く、ヨイチはその攻撃を回避してみせる。

 だが、自分たちは一人ではないのだ。

 回避運動によって生まれた後隙を狙って、ユーナのアリスバーニングブルームがその拳を振るう。

 

『うむ! 協力しておれを倒すか……面白い、面白いぞ!』

 

 太刀と脇差を交差させることによってその一撃をヨイチは見事に防いでみせたが、あえて指摘するのであればそれは彼の戦術的なミスだったといってもいい。

 豪胆に笑うヨイチだったが、アヤノは攻撃を外しただけであってまだ「光の翼」が消えたわけでも、そしてカウンターの斬撃をもらって倒れ伏したわけではないのだ。

 きっと彼は、僅かたりとも慢心していない。

 それでも心のどこかで見せた強者としての余裕が、そのミスを招いていたのだろう。

 だが、そんなことを考えるのに意味はない。

 求めるものはそこから導き出される仮説を現実にすることであり、つまりは結果を出して答えなければ、それはミスでもなんでもなくなるのだ。

 生まれた僅かばかりの隙、刹那にも満たないその間を貫き、穿つかのように、アヤノは機体を加速させて、ユーナから借りた剣と、己が持つ剣を交差させ、ヨイチへと再び果敢に斬りかかる。

 

「兄様……これでえええええッ!!!」

『はっはっは! そう来たか、アヤノ!!! だが!!!』

「させません! そのまま行って、アヤノさん!!!」

 

 機体の膂力に任せて、ヨイチが強引に鍔迫り合いを解こうとしたその瞬間、ユーナもまた残されたエネルギーを全て振り絞るかのように、バーニングバースト・フルブルームを一瞬だけ発動すると、くるりと踵を返した、シャイニングゴッドガンダムの背中を羽交い締めにした。

 

『なんとッ!?』

「おおおおおッ、天誅ッ!!!」

 

 叫ぶ言葉などなんでもいいしどうでもよかった。

 それでも、この好機をもたらしてくれたのが些細な偶然であるのなら、天がやれと、そう言ったのだろう。

 だからこそ、天誅。

 交差した二振りの剣を振り上げて、アヤノは迷いなく、ユーナが叫んだ通り、羽交い締めにしているアリスバーニングブルームごと、ヨイチのシャイニングゴッドガンダムを両断する。

 

『ふ……おれもまだまだ、甘かったということだな』

「……一瞬の偶然でした、それに、ユーナも……」

『謙遜は敗者にとって礼を欠くものだ、アヤノ。誇るがいい、お前たちは……「ビルドフラグメンツ」は、キリマンジャロ基地の要衝たるこのおれたちを見事に突破してみせたのだからな!!!』

 

 ──はっはっは。

 豪胆な笑い声を上げると、ヨイチもまた、撃墜判定が降ったユーナと共に、ブロックノイズ状に解けてセントラル・ロビーへと強制送還されてゆく。

 

「ありがとう、ユーナ」

「ううん、わたしこそありがとうだよ、アヤノさん。わたしを信じてくれて」

 

 致し方なかったとはいえ、フレンドリー・ファイアによって巻き添えを喰らっていたユーナもまたロビーへと消えていく中で、アヤノからかけられた言葉にそっとはにかんでそう答えた。

 ここはGBNだ。仮想の海だ。ならばそこに死はなく、何度だって立ち上がって、何度だってやり直せる。

 今は届かなくても、偶然が勝利を手繰り寄せただけだとしても、いつかはヨイチを本当に超えられるように──そこにかつて抱いていた憧れを思い返すように、アヤノは青々と晴れ渡る空を仰ぐと、グッドゲーム、と、誇らしさと少しの悔しさを舌先に乗せて、そう呟くのだった。




それぞれの決着


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第七十話「流星、天を斬り裂いて」

グスタフ・初投稿です。


【GHCと】大戦争イベントスレpart.152【俺らの戦い】

 

1.名無しの兵士ダイバーさん

ここはフォースアライアンス「GHC」が主催する「大戦争」イベントについて語り合うスレッドです。大戦争に向けてのビルド構築やアライアンスの提案など、専門的な話題はそれぞれ別のスレッドでお願いします。

 

Q.「大戦争」イベントって何?

A.一言でいうならセントラル・エリア以外の全サーバーを舞台にした超巨大な陣取り合戦です。二万対二万で戦います

 

Q.どうやったら勝てんの?

A.「GHC」が持ってる領土の七割を制圧するか六割以上を制圧した状態で本拠地のヨコスカ基地を制圧したら俺らの勝ち、時間内に失敗したら負けです

 

Q.「大戦争」に参加してみたいんだけど

A.直接「GHC」にスカウトされたのでなければ、傭兵プレイかその経験がなければ傭兵派遣フォースと一時的にアライアンスとか組むと参加できます、詳しくは専スレで聞いてください

 

 

【GBNまとめwiki】https〜

【GBNビルド構築相談スレ】https〜

【GBNフォースアライアンス募集スレ】https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

36.名無しの兵士ダイバーさん

こりゃ今年はダメかもわからんね

 

37.名無しの兵士ダイバーさん

毎年聞いてる定期

 

38.名無しの兵士ダイバーさん

どこに配置されるかはランダムで決まるとはいえ「AVALON」が今年も戦力密集地帯になってるコンペイトウに飛ばされてるの草も生えないんだよなぁ……

 

39.名無しの兵士ダイバーさん

>>38

その代わり今年は衛星軌道上に「第七機甲師団」が配置されたっぽいぞ

 

40.名無しの兵士ダイバーさん

つっても今年の衛星軌道も地獄なんだよなあ、戦艦なんてMSのおやつだぜ! なんて「GHC」見てたら口が裂けても言えなくなると思うわ

 

41.名無しの兵士ダイバーさん

開幕ぶっぱじゃなくて今年は純粋な砲撃の密度と機動部隊の連携で攻めてくる王道戦術取ってきたけどそれでも落とせない辺りめんどくさいんだよなあ

 

42.名無しの兵士ダイバーさん

ファッ!?

 

43.名無しの兵士ダイバーさん

ロンメル隊、今まで何やってんだと思ったらデブリ帯に隠れてたのか……

 

44.名無しの兵士ダイバーさん

何かと噂の「ビルドフラグメンツ」が戦線に穴空けてくれたっぽいからな、多分いまが好機と見たんだろ

 

45.名無しの兵士ダイバーさん

その辺ロンメルは割と非情なとこあるよな

 

46.名無しの兵士ダイバーさん

つっても俺らと「第七機甲師団」になんの関わりもない以上、見捨てたところでなんかあるわけでもないしな……

 

47.名無しの兵士ダイバーさん

あのオコジョの勝てる時に勝ちを拾いに行く姿勢は嫌いじゃないよ

 

48.名無しの兵士ダイバーさん

てかよく見たらシーズンレイドの時に使ってたGNドライヴくっつけたビッグガン使ってて草生える

 

49.名無しの兵士ダイバーさん

>>48

あれ作るのにPGダブルオーライザーのパーツ潰してるっぽいからそりゃ使い倒すでしょ

 

50.名無しの兵士ダイバーさん

連射が利かないビッグガンを連射するためにGNドライヴくっつけました! はやたらと繊細な戦術組み立ててくるロンメルにしては脳筋すぎて草生えるんだよな、徹夜でもしてたんかな

 

51.名無しの兵士ダイバーさん

お、「ビルドフラグメンツ」はこのコースだとキリマンジャロ基地に降りてくっぽいな

 

52.名無しの兵士ダイバーさん

キリマンジャロかー、あそこあんまうまあじないんだよな

 

53.名無しの兵士ダイバーさん

出来ることならヨコスカ基地に降りてほしかったけどまあ無理に突入して大気圏で爆散されてもアレだしな

 

54.名無しの兵士ダイバーさん

とはいえロンメルが一気に攻勢に転じてくれたおかげで割と降下しやすくなったのは確かだな、ダブル眼帯貴族の人とかヨコスカ直行してたし

 

55.名無しの兵士ダイバーさん

いやそのりくつはおかしい

 

56.名無しの兵士ダイバーさん

降下しやすくなった(比較的)

 

57.名無しの兵士ダイバーさん

主戦場の状況どうなってる? 俺は衛星軌道で死んだけど

 

58.名無しの兵士ダイバーさん

団長? 何死んでんだよ団長!

 

59.名無しの兵士ダイバーさん

俺は止まるからよ……お前らが止まんねえ限り、大戦争は続く

 

60.名無しの兵士ダイバーさん

ふざけているのかーっ!

 

61.名無しの兵士ダイバーさん

今んとこ主戦場の状況としてはコンペイトウでチャンプと大文字の方のビルドダイバーズが足止め食らってて、衛星軌道上は五分五分ってかこっちが巻き返してる、そんで北京はFOEさんが無双してて陥落寸前、ニューヨークで「リビルドガールズ」が暴れ回ってるのとシドニーで「アナザーテイルズ」が前線張ってる感じだな

 

62.名無しの兵士ダイバーさん

他の有力フォースも今回は概ね地上に配置されたっぽいからなー、南アフリカ基地は謎のSD使い連中におやつにされてるしベルリンに関してはまあ色々あって闇鍋になってるっぽいのよな

 

63.名無しの兵士ダイバーさん

クアドラプルハモニカ砲とか火力がえげつなさすぎるんよ

 

64.名無しの兵士ダイバーさん

今回はアルケーベースの機体に乗ってた「戦争屋」も生き生きして暴れてたし、気合入れて作ったんであろうデストロイガンダムの群れがほぼ一瞬で沈んでいくのは嫌な事件だったね……

 

65.名無しの兵士ダイバーさん

シドニー基地に配備されてるデストロイがブランシュアクセルで解体RTAされてたの申し訳ないが本当草生えた

 

66.名無しの兵士ダイバーさん

MA形態に変形すればビーム弾けるやんけ! って変形したニューヨークの奴らはケーキ入刀されて撃墜されてるしな……

 

67.名無しの兵士ダイバーさん

アイエリの前に立ったのが悪い

 

68.名無しの兵士ダイバーさん

エリィちゃんがファンネルで戦場を掌握して撹乱してる間にアイカちゃんが大物をビルドボルグでぶっ刺していく、うーん、実に合理的だ

 

69.名無しの兵士ダイバーさん

特定のフォースの話するなら専スレでな

 

70.名無しの兵士ダイバーさん

メーデーメーデー、ヨコスカは今年も地獄だぞどうなってんだ!

 

71.名無しの兵士ダイバーさん

海に浮かんだレイテ級が三隻から五隻に増えてたからな……

 

72.名無しの兵士ダイバーさん

海中から侵入しようとしたらユーコン級の縄張りと機雷源だしでなんなんだよ畜生

 

73.名無しの兵士ダイバーさん

アトミラールも毎回してやられたんじゃ堪ったもんじゃないだろうからな、そりゃ本気の一つや二つ出してくるさ

 

74.名無しの兵士ダイバーさん

こちらコンペイトウ、地獄すぎるから北京の奴らはこっちにきてくれ

 

75.名無しの兵士ダイバーさん

北京はまだ陥落してないからファストトラベル使えんぞ

 

76.名無しの兵士ダイバーさん

>>75

んなことはわかってんだよ、FOEさんがどうせ落とすだろうから終わり次第こっち来てくれって言ったんだ

 

77.名無しの兵士ダイバーさん

まあ落ち着けよ、何があったのか知らんけど

 

78.名無しの兵士ダイバーさん

>>77

簡単にいえば「GHC」の旗艦だったはずの改ドゴス・ギア級が二隻増えてた

 

79.名無しの兵士ダイバーさん

ファーwwwwwwww

 

80.名無しの兵士ダイバーさん

ってことはあの拡散ハイパーメガ粒子砲が二発飛んできたってことか……

 

81.名無しの兵士ダイバーさん

容赦なさすぎて草すら生えない

 

82.名無しの兵士ダイバーさん

こっちとしちゃ早めにヨコスカ抑えておきたいんだけどなあ

 

83.名無しの兵士ダイバーさん

確認したわ、「信濃」と「武蔵」とかいう艦名で二隻コンペイトウにいるなこれ

 

84.名無しの兵士ダイバーさん

前線にいる武蔵の方は大文字のビルドダイバーズが沈めにかかってるけど信濃の方は戦力が集中してるのもあってチャンプも手こずってるっぽいんだよな

 

85.名無しの兵士ダイバーさん

いうてあのチャンプ足止めするなら物量作戦か制限時間とロータスチャレンジみたいな厳しい条件つけるしか方法ないからな……

 

86.名無しの兵士ダイバーさん

これは今年こそダメかもわからんね……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

348.名無しの兵士ダイバーさん

いやこんなことある?

 

349.名無しの兵士ダイバーさん

ウッソだろお前wwwwwwww

 

350.名無しの兵士ダイバーさん

チャンプがあの地獄のコンペイトウ制圧したし、ファストトラベルで直接ヨコスカ基地の制圧に来るのかと思ったら衛星軌道上にあえてワープしてから「ビルドダイバーズのリク」を乗せて大気圏突入してそのまま「天城」にカチコミかけてくるとか思わないじゃん?

 

351.名無しの兵士ダイバーさん

「リク君、私に乗れ!」じゃないんだよ

 

352.名無しの兵士ダイバーさん

変形したSV装備のAGEⅡマグナムにダブルオースカイメビウスが乗ってる姿とか多分一生見られないんだよなあ……

 

353.名無しの兵士ダイバーさん

まさかの直上チャンプエントリーだけじゃなくそのままリクのチャンプカリバーでヨコスカ基地の司令部ごと「天城」を一刀両断するとか誰が予想できるよ

 

354.名無しの兵士ダイバーさん

今年はそうきたかぁ……って正直唖然としてたわ

 

355.名無しの兵士ダイバーさん

始まってみればもう終わりだぁ! って感じだったのに去年の金ペリオン兄貴の反射芸に匹敵する撮れ高で終わるとか予想できねえんだよなあ……お前どう?

 

356.名無しの兵士ダイバーさん

(予想でき)ないです

 

357.名無しの兵士ダイバーさん

その後は申し訳ないけど消化試合って感じだったな

 

358.名無しの兵士ダイバーさん

アトミラール自身も三桁ランカーだから結構強いはずだったのに「天城」から脱出した瞬間をミワちゃんに狙われて乙とか悲しすぎるんよ

 

359.名無しの兵士ダイバーさん

ミワちゃんスナイパーとしてはトップクラスにあたおかだからな……

 

360.名無しの兵士ダイバーさん

赤砂って呼ぶと最近露骨に怒るようになったミワちゃん可愛い

 

361.名無しの兵士ダイバーさん

ユニちゃんのガトリングダインスレイヴをブランシュアクセルマキシブーストオーバーナイトロで回避したまでは良かったけど惜しかったなリリカちゃんも

 

362.名無しの兵士ダイバーさん

ごめん、なんて?

 

363.名無しの兵士ダイバーさん

美人の双子ちゃんで活躍するとかすげーよなって話

 

364.名無しの兵士ダイバーさん

おっとそれ以上は専スレ行きだぞ

 

365.名無しの兵士ダイバーさん

まあ上を見たら果てしないんだよなあこの世界……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……は?」

 

 アヤノは、目の前で起こっている事態が理解できずにいた。

 正確に表現するのならば、理解と把握はできているが、想像を超えていたというべきだろう。

 キリマンジャロ基地を制圧したことで解放されたファストトラベルを利用して、「GHC」の本拠地たるヨコスカ基地へのエントリーを果たしたのはいいとして、「ビルドフラグメンツ」のほとんどは満身創痍といった風情だったため、後方支援に徹していたのだが、その時に見た光景は、まさに常軌を逸していたといってもいい。

 

『リク君、私を使え!』

『わかりました、キョウヤさん!』

 

 突如として天から流星が降り注いできたのかと思えば、その閃光の正体は、フェニックスモードに変形したチャンピオンが愛機たるガンダムAGEⅡマグナムSVと、その背中に乗っている「ビルドダイバーズのリク」が愛機であるガンダムダブルオースカイメビウスの姿だった。

 大気圏からヨコスカ基地の直上までエントリーしてきただけならばまだ理解できる。

 しかし、チャンピオンが発した「私を使え」という発言と、それに即応して意図を汲み取ったリクの行動は、まさしく阿吽の呼吸だったといってもいい。

 武器を糧にして巨大な光の剣を生成するリクの必殺技は、どういう理屈かわからないが、変形したAGEⅡマグナムをもその糧とすることが可能であることは「第二次有志連合戦」の後に突如として発生したレイドバトルにおいて確認済みであり、今回もまたそれを放ったというだけの話だった。

 だが、その規模はモーセが海を割ったかのごとく凄まじいものであり、ミノフスキー・クラフトで空中に浮かんでいた「天城」ごとヨコスカ基地の司令部を両断し、発生した衝撃波に数多の量産機を呑み込んで、テクスチャの塵へと還していく様は、それを観測していたアヤノのみならず、誰が見ても異常な領域に達している。

 一桁の世界というのは、その頂点というのは、かくも凄まじいものなのか。

 唖然とするアヤノを他所にして、撃墜されたと思しき「天城」のカタパルトから一機の銀翼──フラッグの改造機、【フラッグP-38Gライトニング】が飛び出したかと思った、その瞬間だった。

 

『おっけーおっけー……そこだよぉ!』

 

 アヤノたちと同じ、前線からはかなり遠くに陣取っていたのにも関わらず、ユーナのアリスバーニングガンダムブルームとよく似た色合いをした、フリーダムガンダムとトーリスリッターをミキシングしたその機体──【フリーダムガンダムティラユール】は、ヅダの対艦ライフルを構えたかと思えば、この瞬間が来るのを最初からわかっていたように、緊急脱出したフラッグP-38ライトニングG、そのコックピットだけに弾丸を集中的に叩き込んで撃退してみせたのだ。

 何が起きているのかわからない。

 率直にいえば、それはアヤノにとってもカグヤにとっても、そしてメグにとっても同じことであり、通信ウィンドウに並んだ「ビルドフラグメンツ」の面々は一様に口を半開きにして、ただ呆然とする他になかった。

 

『まさか、この距離から僕を射抜いてくるとはね──天晴だよ、天凛の射手』

『どうもどうも〜、赤砂って呼ばないでくれてありがとねぇ』

 

 何かを諦めたかのようにふっ、と目を伏せてブロックノイズ状に解けていくアトミラールを見送りながら、その超長距離ピンホールショットという、達人芸という言葉でさえ収まらない芸当を披露した張本人である少女──「アナザーテイルズのミワ」は、何事もなかったかのように、ふにゃふにゃとした眠そうな笑みを浮かべてそう返す。

 ──天才はいる。

 悔しかろうがそうでなかろうが、天凛の才を持ち合わせて生まれてきた人間は存在するのだという事実を示すかのように、桜色の狙撃手は、ヨコスカ基地を制圧したことで現れたファストトラベルを通って、次の戦場へと消えていく。

 

「アヤノ、これってさ……」

「ええ、メグ」

「あっはは……!」

「ふふっ……!」

 

 アヤノとメグは、通信ウィンドウ越しに顔を突き合わせて、けらけらと一頻り笑い転げていた。

 思わず笑ってしまいたくなるほど、頂点への景色は遠いもので。

 そして、頂点に及ばずともその一芸を極めた達人というものは存在していて。

 その事実が、この世界が、GBNが海より深く山より高い電脳の戦場であるということが、何故かどうしようもなく愛しくなって、アヤノとメグは、そして二人に釣られてカグヤもまた、ファストトラベルのゲートが現れても、しばらく顔を突き合わせて笑っていた。

 きっと──途方もないからこそ。

 きっと、どうしようもなく遠いからこそ。

 その道に苦難が待ち受けていても、人はその頂点を目指して、時に血を吐きながら、時に歯を食いしばりながら歩いていくのだろう。

 だからこそ、GBNは楽しいのだ。

 もうきっと、顔を見ることもない「潰し屋」たちの、それ故にきっと歪んでしまった彼らの顔を脳裏に浮かべて、アヤノは、カグヤは、メグは、そしてロビーでこの戦いを見ているユーナもまた、割り切ったかのように笑い飛ばす。

 因縁は、ここに終わった。

 僅かに尾を引いていた後悔をも連れて、ヨコスカ基地を切り裂いた流星は彼方へと、極みへと旅立っていく。

 いつかはその景色に、手が届くのだろうか。

 答えが出ないことはわかっていても、アヤノはそう、空へと問いかけずにはいられなかった。

 その理由はきっと、今という瞬間が、この場所が──GBNが最高に楽しかったからに、他ならないのだった。




一つの因縁、その完全なる終わり

Tips:

【ユニ(「笑う男」様作「『GHC』活動記録」より)】……アトミラールの実娘にして、ギャンとウィンダムをミキシングした機体「ギャン・ダム」を操る三桁ランカーの少女。今回の「大戦争」ではリリカと戦い、勝利を収めている。

【アナザーテイルズのミワ(出典:「ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ」より)】……「緋きスナイパー」略して「赤砂」の二つ名を持つ超絶技巧狙撃手にして、いつもどこか眠たげなリリカの双子の姉。ただし本人はこの二つ名で呼ばれることを嫌っている。


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幕間その五:「龍虎祭への招待状」

物語も最終盤に突入するので初投稿です。


【復活の】ビルドフラグメンツを語るスレ part.12【超新星】

 

1.以下、名無しのダイバーがお送りします

ここは魔境ひしめくG-Tuber界隈に突如として現れた超新星フォース、「ビルドフラグメンツ」について語るスレッドです。他のG-Tuberについて語りたい場合は専スレへ、雑談等は雑談スレでお願いします。

 

以下テンプレ

・メグ……ご存知ギャルニンジャ系G-Tuber。あたおかなヴァルガ配信から有名になった。

・カグヤ……メグが後見人をやってるELダイバー。元辻斬り

・ユーナ……元気っ子。アヤノと誤解されやすいがフォースのリーダーらしい

・アヤノ……クロスボーンガンダムを使ってるクールっ子。たまに扇子で顔を隠すのが可愛い

 

G-Tuberスレ

【いつもどこかで】G-Tuber総合スレpart.9034【G-Tuber】

https〜

 

雑談スレ

GBN総合スレpart.18005

https〜

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

21.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

シーズンレイドでも大暴れしてたな、「ビルドフラグメンツ」の奴ら

 

22.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

前にメグが共演したダイバーが似たような技使ってたからとはいえあの反射衛星砲みたいな戦術潰せるのはあたおかなんよ

 

23.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

一時は引退騒ぎもあってどうなることかと思ったけど順調そうで何よりだな

 

24.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

「ドロス」を撃墜したアヤユーのケーキ入刀が格好よかった(小並)

 

25.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

本当に小学生並みの感想で草

 

26.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

百合の前には語彙力は消し飛ぶものだから多少はね?

 

27.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

復帰してからアヤノちゃんとユーナちゃんの距離が近い……近くない?

 

28.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

わかるマーン

 

29.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

なんかありましたねクォレハ

 

30.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

何があったかなんて突っ込むのは野暮だぞ、俺たちは成立した百合っぷるを壁のシミとなって眺めることこそが礼儀だからな

 

31.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

それな

 

32.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

あれな

 

33.以下、名無しのダイバーがいたします

わ か る

 

34.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

無駄に連携力高いよなお前ら

 

35.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあ実際半ナマモノだしその辺深く触れすぎると粛清されるからな

 

36.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

その話はともかく、復帰戦からこっち「ビルドフラグメンツ」は絶好調だけどなんか変なのに絡まれそうで怖いんだよなあ

 

37.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

噂をすれば影っていうしやめてくれよ……(絶望)

 

38.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

げぇ、グランヴォルカ!

 

39.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まだBANされてなかったのかあいつら

 

40.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

いうて規約は逸脱してない範囲でやってるからなあ……だから厄介なんだけどさ

 

41.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

なんかGBNから引退するとかしないとか言ってるぞあいつら

 

42.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

「グランヴォルカ」が使う常套手段だな、自分たちの引退チラつかせて相手と戦って勝つっていう

 

43.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

乗るなユーナちゃん、戻れ!

 

44.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ようやく一段落したかと思ったらこれとかどうなっちまうんだよ……

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

156.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

勝ったッ! ビルドフラグメンツ、完ッ!

 

157.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

>>156

勝手に終わらせないでもろて

 

158.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

雑魚相手だと侮ってた相手に負けてねえどんな気持ち? どんな気持ち?(AA略)

 

159.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

これで「グランヴォルカ」もGBNから消えたわけか、いやー、飯が美味いな!

 

160.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

つってもあんまり喜んでいいようなもんでもなさそうだけどな、俺らとしちゃありがたいのは確かなんだが

 

161.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあガチクズ相手に遠慮はいらねえっては思うけどこの戦い自体メグには思うところがあったみたいだしな、配信もしてなければ編集動画上げるつもりもないって言ってたし

 

162.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあ本来進退賭けた戦いなんてやるべきじゃないからな……吹っかけてきたのは「グランヴォルカ」の方だけどさ

 

163.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

つってもここであいつら野放しにしてたら第二第三の被害者が出てくるわけだろ? そういう意味じゃメグたちはあえて汚名を被ってくれたんじゃねーかな

 

164.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

楽しくGBNやりたいだけなのにな、なんでこんなに難しくさせるんだ

 

165.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

グランヴォルカの奴らみたいなガチクズはごく少数派だとわかっててもいかんせん規模がデカすぎるから今回みたいな後味悪いことになるんだろうなあ

 

166.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

第二次有志連合戦からこっち、全体的なマナーはかなり良くなったけどそれでも……ってとこがあるのは否めないからな

 

161.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

迷惑系G-Tuberとかもいるしな、世に悪党の種は尽きまじとはよく言ったもんで

 

162.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあでも「グランヴォルカ」の連中が素直に約束守ってGBNから引退してくれただけマシっていえばマシだからな、あのまま駄々こねて引退しないパターンだったら最悪すぎた

 

163.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

そこら辺あいつらに敗者としてのプライドがあったことには驚いたな

 

164.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

(力こそが全てって言ってんだから自分たちより力がある存在の言うことを聞くのは)当たり前だよなあ?

 

165.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

いい加減お前らスレの趣旨から脱線しすぎてんぞ、それより「ビルドフラグメンツ」に「大戦争」の誘いが届いたってマジ?

 

166.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

>>165

マジっぽいぞ、レイドバトルと今回の件でアトミラールが直々に招待状送ったらしい

 

167.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

はぇーすっごい……

 

168.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

アトミラールもグランヴォルカのやり方に苦言呈してたからなあ、かといってあいつら「GHC」には手出してないから悪質だったんだが

 

169.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

確か「GHC」からの招待状ってアライアンスのスカウトも兼ねてんだっけ?

 

170.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

多分それで合ってる、受けるか受けないかはともかく入隊試験みたいなもんだとか

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

294.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

いやこんなことある?

 

295.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

「大戦争」のバトルフィールドでニチカちゃんとカグヤちゃんが巡り逢っちまったか……

 

296.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ニチカちゃんis誰

 

297.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

>>296

カグヤちゃんの姉貴

 

298.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

カグヤちゃん、そういえば双子のELダイバーだったな

 

299.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ソースどこよ?

 

300.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

メグのメンバー紹介動画見てないとかモグリか?

 

301.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあ最近ファンになった奴かもしれんしピリピリすんなよ

 

302.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

新参はジャンルを育てていくための大事な存在だからな、蔑ろにするコンテンツから滅んでいくもんよ

 

303.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ありがとうお前ら、ニチカちゃんがカグヤちゃんの姉貴なのはわかったけどあのよくわからん彗星みたいな軌道してんのはなに?

 

304.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

俺たちにだって……わからないことぐらい、ある……

 

305.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ソルトランザムとかいってたしアヤノちゃんのトランザムライトみたいな特殊トランザムだな、多分ニチカちゃんの場合元のトランザムより機動力に振ってんじゃね?

 

306.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

一瞬でそこまで見抜けるお前がすげーよ

 

307.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

あの彗星みたいな軌道に対応できてるカグヤちゃんも十分おかしいけどな……

 

308.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

三人だけとはいえ一つの基地の最終防衛ライン任せられてる辺り「武士道カプリッツィオ」の連中も大概だな……

 

309.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

血縁といやあのやたらと声がデカい「ヨイチ」ってダイバー、アヤノちゃんの兄貴なのか?

 

310.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

わかんねーけどアヤノちゃんは「兄様」って呼んでたな

 

311.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

俺もアヤノちゃんに兄様って呼ばれたい

 

312.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

じゃあ早くあの声デカいやつのところに婿入りしてこいよ

 

313.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

いやどす……

 

314.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

メグの方もとんでもねー戦いやってんな、煙幕と質量を持った残像相手にフォトントルピードでカウンターか

 

315.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

全方位レーザーだと仕留め切れないかもしれないからといって一発限りの博打にかける度胸は好きだよ

 

316.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

オイオイオイ

 

317.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

マジかよ、カグヤちゃんあの彗星を叩き斬りやがった……

 

318.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

お決まりの「何々の型」って言わなかった辺り無我夢中だったんだな

 

319.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

ヨイチとアヤノちゃんとユーナちゃんの決着もついたくさいなこりゃ

 

320.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

必殺技二発を一発で相殺して尚立ってられるバイタリティ……ヨイチ兄様、あんたも強敵だったぜ

 

321.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

お前は戦ってないだろ定期

 

322.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

キリマンジャロ制圧したってことはファストトラベル通るんかな

 

323.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

まあ、そりゃあな……しかしどこまで行くんだろうな、「ビルドフラグメンツ」

 

324.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

そりゃあどこまでもでしょ、アヤノちゃんたちが楽しいって思ってる限り

 

325.以下、名無しのダイバーがお送りいたします

うみみ……(同意)

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……ってなわけでユーナ、今日はお前らに用があってきたわけだ」

 

 ジャパン・エリアに設けられたマンションの一室といった風情な、「ビルドフラグメンツ」のフォースネストを訪れていたのは、かつてユーナが師事を仰いでいた男、タイガーウルフだった。

 大戦争イベントが終わったばかりで、とりあえずはヨイチの秘密を問いただそうかと、次の活動に向けて話し合っていた最中だったことも手伝って、突然の有名ダイバーの来訪に、アヤノは思わず目を白黒させる。

 

「タイガーウルフ師範! 久しぶりですねっ! それで……えっと、わたしたちに用って、なんですか?」

 

 ぴょこ、と椅子から立ち上がってぱたぱたとタイガーウルフの元へと駆け寄っていくと、ユーナは無邪気に小首を傾げてそう問いかけた。

 噂には聞いていたが、実際にこうして佇まいを見るだけでも上位ランカーというのは凄まじい圧とでもいうべき気配を漂わせていて、例えばやらないだろうが、今アヤノが木剣を持って奇襲をかけたとしてもすぐさま対応してみせそうな凄味とでも呼ぶべきものが、タイガーウルフの背中からは漂っている。

 

「ああ、それなんだがな……実はお前ら『ビルドフラグメンツ』に折り入って用があるというか、『龍虎祭』に出てもらいてえんだ」

「龍虎祭……?」

 

 その提案に、案の定といった風情で頭を捻るユーナへと苦笑を浮かべると、タイガーウルフはコンソールを操作して、「龍虎祭」の広報のために作った宣伝用の資料を「ビルドフラグメンツ」の面々に提示する。

 簡単にいってしまえば、「龍虎祭」というのはタイガーウルフが直々に選抜したメンバーで行われる一対一の武闘大会、エキシビジョンマッチのようなものだ。

 動員した観客たちの席は特殊なフィールドで保護されて、ダイバーとダイバーは思う存分リングの上で実力をぶつけ合える、そういう仕組みになっていると、タイガーウルフは資料を指差しながらそう解説する。

 

「ま、簡単に言やあ俺が主催する武闘会みたいなもんだ。お前さんたちの実力と話題性ならうってつけだと思ってな、まあ検討してみてくれ」

「わかりました、それじゃあわたしたち、『龍虎祭』に出ますね!」

「って、即決かよ!? あー……お前らはその、いいのか?」

 

 タイガーウルフからの誘いに、即決即断とばかりに答えたユーナへ、今度は彼が目を白黒させる番だった。

 とはいえ、「ビルドフラグメンツ」の活動方針は白紙に近かった都合上、そこにタイガーウルフが現れて提案をくれるというのはある種都合が良かったところであり、アヤノたちとしても賛成こそすれど、反対する理由はない。

 

「まあアタシたち、ぶっちゃけヒマだったし?」

「拙も、それが新たな戦いの舞台とあれば反対する理由はありません」

「……概ね私も二人に同意よ」

 

 強いていうなら、ヨイチにGBNでのあれこれを問い詰めたい気持ちはあったものの、兄妹である都合、いつでもそれはできるのだからどうにでもなるとばかりに予定を放り投げて、アヤノはユーナの意見に同意を示す。

 何よりユーナがそう言っていたから、という理由で無条件に賛成してしまう自分にちょっとした危うさを感じながらも、恋人なのだから、好きな人が言っているのだからと、アヤノは小さく苦笑を浮かべた口元を、ばさりと拡げた扇子でそっと隠した。

 

「まあ、俺としちゃ参加してくれるのはありがたいんだがな、よしわかった、それじゃあ『ビルドフラグメンツ』、お前らの参加登録しておくぜ!」

『はーい!』

 

 女子四人に見送られ、どこか照れ照れと後頭部を掻きながら、タイガーウルフはフレンドワープを通じて自分たちのフォースネストへと帰還していく。

 龍虎祭。

 一対一でのエキシビジョンマッチという新たな戦いの舞台へと想いを馳せながら、アヤノたちは次の予定が決まったことに笑みを浮かべながら、とりあえずとばかりに、長い戦いの末に勝ち取った僅かな平穏を噛みしめるように、テーブルの上に置かれた菓子類へと手を伸ばすのだった。




次なる舞台へ、いざ行かん


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第七十一話「君の一歩は僕より遠い」

最終章なので初投稿です。


 タイガーウルフからの招待を受けたことで訪れた「龍虎祭」の舞台は

、割れんばかりの歓声と万雷の拍手で埋め尽くされていた。

 それもそのはずだ、とアヤノは昨日手渡された参加者リストと、試合の組み合わせが記された資料のことを思い返しながら、ばさりと広げた扇子で口元を覆い隠す。

 シーズンレイドバトルや「大戦争」でもその勇姿を認めた「BUILD DIVERS」や「アナザーテイルズ」の存在であったり、或いは夏フェスで、舞台こそ違えど矛を交えた「リビルドガールズ」であったりといった強豪フォースから選抜された面々が鎬を削るとあっては、お祭り騒ぎが大好きなダイバーたちは黙っていられないのだろう。

 

「私たちは……一回戦と二回戦だったわね」

「うん、まあぶっちゃけ前座って感じ?」

「……言うのね、メグ」

「でも、前座だろうとなんだろうと関係ないっしょ?」

 

 そんな中でアヤノたち「ビルドフラグメンツ」が組み込まれた対戦スケジュールは一回戦と二回戦という開幕を飾るカードだった。

 その采配について、アヤノは文句があるわけではない。

 むしろメグと同じく、前座であろうがなんであろうがこの舞台に立っていること自体がある種光栄なことなのだから、死力を尽くして臨むつもりだ。

 だからこそ、問題があるとするのなら、それは対戦の順番ではない。

 

「アタシたち、仲間同士で戦うんだよねー、タイガーウルフさんも大概っていうかなんていうか」

「その方が興行的にも盛り上がるとはいえ、ね。でも」

「うん、わかってる。相手がカグヤだからって手ぇ抜いたりしないって」

 

 ──むしろ、手を抜いたらアタシが一瞬でやられるから。

 肩を竦め、冗談めかして語るメグの口調は軽妙なものだったが、瞳の奥に映る闘志の炎は煌々と輝き、揺らぎ続けている。

 問題があるとするのならそれは、対戦カードということだ。

 メグの言葉を噛みしめるように、アヤノは小さく頷くと、事前に手渡されていた対戦カードに記されたマッチングのことを思い返す。

 一回戦、「ビルドフラグメンツ」よりカグヤ対メグ。

 二回戦、同じく「ビルドフラグメンツ」よりアヤノ対ユーナ。

 なんの因果か、仲間同士、真っ二つに割れて戦わなければいけないという采配にどこまでタイガーウルフの思惑が絡んでいるかは定かではないものの、仲間同士で戦ってくれと言われればそれとなく抵抗感があるのも確かなことだった。

 だが。

 

「そうね……私たちがもし晴れ舞台で戦うなら、きっとこの組み合わせ以外なかったでしょうから」

 

 ユーナから「ビルドフラグメンツ」の話はタイガーウルフも聞き及んでいただろうが、ここ最近の話については推測でしかない。

 ただ、「グランヴォルカ」との因縁も終わり、カグヤとニチカも果たし合いの中で己の本分を見つけ出すことができたのなら、次に誰と戦うか、となれば、それは恐らく上を目指す己自身であり、つまるところ共に、同じ目標を抱いて切磋琢磨する仲間たちと全力でぶつかり合うことで、更なる研鑚を詰め、という、タイガーウルフなりの激励なのだろう。

 あくまで推測でしかないものの、アヤノはそんなことを脳裏に浮かべながら、第一回戦という花々しい舞台を飾るべく戦いのステージに向かっていくメグとハイタッチを交わし、振り返ったその背中が光の中に溶けていくのを静かに見送っていた。

 恐らくは向こうのコーナーにいるユーナとカグヤも似たようなやり取りを交わしているのだろうか、と考えて込み上げてくる苦笑と、少しのジェラシーを覆い隠すように再び扇子を広げ、アヤノはコンソールを開くと、リザーブされている選手用の観戦席への転送を選ぶのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 あの時カグヤと出会わなければ、どんな人生を歩んでいただろうか。

 武舞台の中心で向かい合い、握手を交わして愛機に乗り込んだ黒髪の巫女を、その姿を見つめてメグは、茫洋とそんなことを考える。

 底辺G-Tuberのまま終わっていただろうか。

 それとも何か別なきっかけがあって、今と似たような立場になったのだろうか。

 考えを巡らせれば巡らせるほどいくつもの「if」が頭の中で走馬灯のように浮かんだら消えてを繰り返す。

 きっと、その「もしも」の数だけ世界があって、自分が今引き当てられたこの世界は、いいことばかりじゃなかったとしても、それなりに──いや、とても幸運な方だったのではないだろうかと、メグはそんなことを考える。

 それもきっと、カグヤと出会うことができたから。

 違う。カグヤと──アヤノ、そしてユーナ。

 合縁奇縁といった風情で今フォースを組んでいる面々の姿を脳裏に浮かべながら、決戦のゴングが鳴り響いたのを合図にして、メグのG-セルフリッパーはいの一番にジャマービットからハイパージャマーを、そして両肩からミラージュコロイドを展開して、徹底的なステルスを展開する。

 

「今更卑怯とは言わないっしょ、カグヤ!」

『ええ、メグの手の内は……何より拙がよく知っています故!』

 

 正直なところ、遮蔽物やデブリの類が全くない武舞台において、メグが得意としているフルステルスはそこまで戦術として効果的なわけではない。

 リングアウトも敗北条件に含まれる都合上、一撃当てて逃げ切りを狙うというアウトロースレスレの戦い方も難しく、見る者からすれば、メグが切った札はただ手癖でそうしたようにしか見えない、というのが正直なところだった。

 ならば何故、そんな手段を選んだのか。

 そう問われれば答えは一つだった。

 腰部のマウントラッチに接続していた物体を指に挟むと、メグはワンテンポ遅れて自分がいた箇所を正確に薙ぎ払った、カグヤの「飛ぶ斬撃」を回避して、手にしたそれを武舞台の中心へと投擲する。

 弾頭が炸裂した瞬間、もうもうと立ち込めるその煙に特殊な効果は備わっていない。

 ただ、半休状のバリアで覆われた武舞台をオーバーコートするように、単なるスモークを撒き散らすだけ──要するに、煙幕弾の投擲によって無理やりステルスが有利な状況を作り出す、というのがメグの作戦だった。

 

「カグヤ、射撃持ってないっしょ? だったらこれしかないわけだから……恨まないでね!」

『とんでもない、メグ……この逆境を跳ね除けてこそ、真のもののふというもの! 真正面から迎え撃ってみせましょう!』

 

 カグヤは確かに遠距離へと斬撃を飛ばすことができるかもしれない。

 だがそれは、通常のビームライフルと比較して──トリガーを引くという動作と比較して、鞘に収めた刀を抜き放ち、振るい抜くという予備動作を必要とすることから、その発生には無視できないタイムラグが生じる。

 故にこそ、メグは煙幕を展開するだけの余裕があると見てスモークグレネードを投擲したのだ。

 だが──わかっている。

 カグヤはきっと、そんな自分の、小手先の戦術を跳ね除けてくることだろう。

 煙の中に身を潜め、一撃必殺を狙うべく、ビームサーベルではなくコールドクナイを逆手に構え、メグはじりじりと、全方位を警戒しているカグヤへと詰め寄っていく。

 通信を開いているわけでもないというのに、肌がびりびりと焼けるような感覚が伝わってくるのはきっと、一流の剣士として花開いたカグヤの闘志がそうさせるのだろう。

 そしてメグは確信する。

 もうカグヤは、道に迷うことなどないと。

 戦いを求める者は、一つ道を踏み外せば容易く外道に堕ちる。

 辻斬りをやっていた頃のカグヤは、ニチカを超えたいという目標のために、己の「武」を見つけ出したいという気持ちが先行するあまり、そういう危うさを持っていたことは否定できない。

 そんなカグヤを見ていることしかできなかった自分がいた。

 そんな苦しみの中でもがき続けていたカグヤがいた。

 だがそれはもう、全て過ぎ去った時間の中に融けていくことだ。

 そして、この戦いで何かが劇的に変わるわけではない。

 意を決して、煙幕の中から姿を現したメグは、その死角からカグヤのロードアストレイオルタのコックピットへとクナイを突き立てるべく急襲をかけるが、それすら読んでいたかのように、カグヤは鞘に収めていた「無銘朧月」を抜き放って、迎撃を試みる。

 その一撃には、闘士としての熱こそあっても、情けの温度が感じられないほど怜悧に研ぎ澄まされいた。

 奇襲をかけたG-セルフリッパーの左手を、展開していた煙幕ごと斬り飛ばして、晴天の下にその姿を曝け出させる。

 

「居合の型、『晴天転晴』……! ユーナさん、技をお借りしました」

 

 いつかアヤノとユーナと戦った時のように、斬撃によって無理やり煙幕を断ち切るという荒技を披露したカグヤは、少しだけ茶目っ気を出して、ちろりと赤い舌先を唇の間から覗かせていた。

 元より、対戦カードの時点で──いかにG-セルフリッパーが単体での戦闘力を重視してカスタマイズされたとはいえ、アタッカーとして特化しているカグヤと真正面からぶつかった時点で勝ち目がないことぐらいは、メグにもわかっている。

 それでも、ガンプラバトルというのは、いってしまえば意地の張り合いに帰結する。

 自分が一番強いんだと、自分のガンプラが世界で一番強くて格好いいんだと、その拳を天高く突き上げるために、血涙を流しながら、血反吐を吐きながらも前に進んでいるダイバーたちの辞書に、「諦め」という文字は存在しない。

 わかっている。

 唇だけでそう呟くと、左手を斬り飛ばされて尚、メグは諦めることなく武舞台に膝をついた機体を立ち上がらせた。

 

「アタシだって……負けらんないかんね!」

 

 勝ち目がないことぐらい、最初から詰んでいることぐらい、そんなことは最初からわかっているのだ。

 それでも、メグは立ち上がり、高トルクモードを全身に適用すると、強化された膂力を利用して、カグヤの「飛ぶ斬撃」を回避し、再びその懐へと潜り込んでいく。

 そうだ、わかっている。勝ち目があろうがなかろうが、カグヤが本気で立ちはだかってくるのなら、カグヤが自分に敬意をもって、本気で挑んでくれるのなら、勝てる勝てないの話ではなく、自分もまた、矢尽き刀折れるまで、本気で立ち向かわなければならないのだ。

 しかし、同時に──後見人として、カグヤの背中を見守ってきた者として、メグの中に一つの感慨が芽生えていたこともまた確かだった。

 蹲って悩み続けていた、自分の存在、その定義すらも朧であやふやだったカグヤが今や、剣士として迷うことなくこの場に立っていることが、学んできた「型」も己の一部として受け入れていることが、ただ誇らしくて仕方ない。

 振り下ろされる「無銘朧月」を高トルクモードのパワーで強引に受け止めると、メグは強引に鍔迫り合いを解いて足払いをかける。

 だが、それすら読んでいたかのようにカグヤは跳躍して距離を取ると、再び刀を鞘に収めた上で疾駆する。

 ミラージュコロイドと煙幕は無効化されても、ハイパージャマー自体は発動しているのにこれなのだから、全くもって恐ろしい。

 ぞくり、と脊髄を這う恐怖と興奮に、メグもまた自分の闘志がこの逆境において尚奮い立っているのだと知った。

 自分は、戦士としては一流になれないのかもしれない。

 カグヤが距離を取ったのを見計らってコールドクナイを投擲すると、メグはビームサーベルを引き抜いて、あえて真正面からカグヤへと突撃していく。

 だが、一流になれないからなんだというのか。

 二流でもいい、三流でもいい。目の前の戦いを捨てて逃げ出すような人間にだけはなりたくないと、何よりカグヤの全力を、彼女がぶつけてくれたありったけを受け止められないようでは、後見人失格だ。

 

『来ますか……メグ!』

「行くよ、カグヤ!」

 

 G-セルフリッパーの高トルクモードを稼働させていることを差し引いても、「無銘朧月」を手にしたカグヤとの力比べは尚こちらが有利なのはわかっている。

 だからこそ、メグはそこに一つの布石を打つことを決めていた。

 

「……必殺、フォトン撒菱!」

『トルピード……!? くっ、抜かりましたか……!』

「悪いけど、アタシだって最初から負けるつもりでここに立ってるわけじゃないんだかんね! カグヤ! 勝ちは……アタシがもらう!」

 

 メグが選んだ「奥の手」は、フォトン・トルピードという一撃必殺の武器を使うことでカグヤに回避を強要させ、その一瞬に生まれた後隙を突くという、ザンゾウと戦った時と形は違えど似たような、「後の先」を取る戦術だ。

 いかに空蝉を必殺技に持つロードアストレイオルタといえども、フォトン・トルピードの凶悪極まりない威力を受けた後でモビルドール形態へと移行しても後の祭りでしかない。

 それをわかっているからこそ、メグは空蝉を使われるよりも早くコックピットを貫くことで幕引きを図ろうとしていたのだが、そこには一つの誤算があった。

 

「これでえええええッ!」

『まだです、まだ……拙は!』

 

 果たして狙い通りに、メグが放ったビームサーベルの一撃はロードアストレイオルタのコックピットを貫き通していたが、カグヤの必殺技である空蝉は、「撃墜判定を一度だけ無効化してモビルドール形態に移行する」ことであり、間に合わないと悟っていたカグヤはあらかじめ先行入力でそれを発動させることで、「あえてメグの一撃を受けて」いたのだ。

 ガンダムに偽装していた外装が剥がれ落ち、己の躯体を晒すことになったカグヤは、アーマーパージの衝撃でメグを吹き飛ばすと、手にした「無銘朧月」を手にして、今度こそ勝負に決着をつけるべく、武舞台を蹴って疾駆する。

 わかっていた。

 きっと自分はアヤノとユーナ、そしてメグに出会わなければ、「ビルドフラグメンツ」にいなければ、間違いなくどこかで道を踏み外して、無明に、外道に堕ちていたことだろう。

 だからこそ、自分に居場所をくれたアヤノとユーナには、存在の定義すら朧だった自分に名前をくれたメグにはいくら感謝してもしきれない。

 

「おおおおおッ! これが、拙の……全力です、メグ!!!」

 

 それ故に、その始まりに最大限の感謝と敬意を払うためにカグヤは今この瞬間、持てる全てを出し尽くすかのように咆哮し、正眼に構えた刀を大上段から振り下ろす。

 闘士としてできることは、剣士としてできることはきっとこれぐらいだ。

 子供がいつしか親の背中を超えて歩いていくように、メグは目の前に仮想の死が振りかざされようとも、どこか誇らしげに唇へと三日月を描き、それでもと、易々と抜かれては堪らないとばかりに、悪あがきとしてビームサーベルでのカウンターを試みる。

 だが、特殊塗料によって対ビームコーティングが施され、そして戦いの中で成長していたカグヤの前に、そんな抵抗は児戯に等しく、ビームサーベルの刃をへし切って、G-セルフリッパーのコックピットへと「無銘朧月」の刀身は無慈悲にも突き立てられていく。

 一秒一秒がどこまでも引き延ばされて、コマ送りになっていくような感覚の中で、メグは眦に涙を滲ませながら、これまでの日々を思い返す。

 最初は心を閉ざしきって、後見人になってもあまり話しかけてくれなかったカグヤのこと。姉へのコンプレックスから「武」への道を探求するあまり、「月下の辻斬り」と呼ばれるようになっていたカグヤのこと。

 思い出はいつだって綺麗で、手に取ったその瞬間にプリズムを放つものだ。

 だが、それを塗り替えるかのように、今、一人の剣士として──誇りを抱いて目の前に立っているカグヤの、僅かに涙の滲んだ笑顔が過去を鮮やかに塗り替えて、メグが見開く瞳の奥に深く、深く刻まれていく。

 ああ、そうだ。

 

「……強くなったね、カグヤ」

『メグこそ、強くなりました』

 

 ああ、そうだ。

 撃墜判定が降るまでの一瞬、交わした言葉は短いものだったが、きっとそれで十分だった。

 自分の歩んできた足跡のことなんて、きっと人が見なければわからないものなのだ。

 カグヤの一歩は、自分が歩んできたそれよりも大きい。それでも。

 それでも、メグもまた、諦めずに歩き続けた分だけ、前に進んでいる。

 

「……そうだね。アタシも、進んでる」

 

 ──アタシも、歩いてる。

 その事実を噛みしめるように、そこにあるいくつもの想いを抱きとめるようにメグはすっ、と目を伏せると、敗北という結果を突きつけられながらもどこか清々しく、その結末を、歩んできた道のりの全てを受け入れるかのように、小さく笑うのだった。




間違いなく、君の


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第七十二話「足跡は僕の方が多い」

最終バトルなので初投稿です。


 武舞台を降りたメグとカグヤに向けられたものは、惜しみない歓声と万雷の拍手だった。

 勝者には祝福を、敗者には栄光を。

 例え綺麗事だと詰られたとしても、その心を忘れない者が集うからこそ、ガンプラバトルは、GBNは今も続いているといってもいい。

 観客席から拍手を送っている芦毛のオコジョ──フォース「第七機甲師団」を率いる推定男、ロンメルはカグヤたちに惜しみのない拍手を送りながら、隣に腰掛けている青年、サービス開始以来不動のチャンピオンである男、クジョウ・キョウヤへと言葉を送る。

 

「いやはや、素晴らしい戦いだったとも。彼女たち『ビルドフラグメンツ』とは奇妙な因縁ができたものだが、こうして見ているといつかの我々を思い出すね」

「大佐、お互い前線を退いたわけではないでしょう。ならばあそこにいたのは今の僕たちでもある。違いますか?」

「これは失敬。君の言う通りだよ」

 

 純粋にガンプラバトルが好きだから、このGBNが好きだから。

 そして相手に対するリスペクトを持っているからこそ、戦いは血で血を洗う憎しみの連鎖ではなく、そこに情熱のキラめきを宿した一つの舞台となる。

 GBNでは、その前身となったGPDと違ってガンプラが壊れることはない。

 それでも人の心というのはどうにもヒビが入りやすく脆いもので、ガンプラが壊れないからといっても、数多の敗北や屈辱に塗れて立ち上がることができるかどうかについては、別な話なのだ。

 そういう意味では、「ビルドフラグメンツ」はよく立ち上がったものだと、彼女たちの来歴を調べていたロンメルは感嘆する。

 そして、その苦悩に塗れながらも、泥の中でもがき苦しみながらも立ち上がった姿にかつて、GBNのサービスが始まったばかりの頃の自らを重ね合わせて、ロンメルは静かに腕を組む。

 キョウヤも昔を懐かしむ気持ちこそ抱いていたものの、それ以上にカグヤとメグの戦いを見て、彼の胸中に灯っていたものは、次なる戦いに向けての闘志だった。

 

「悔しいね、大佐」

「何がだね? と聞くのも野暮というものか」

「ええ、あの舞台に立っていない……観客の一人であることが、龍虎祭ではいつも悔しくなる」

 

 キョウヤは、彼にしては珍しく憂いを帯びた表情でそう零す。

 龍虎祭におけるメンバーの選出基準は全てタイガーウルフの都合次第であり、彼が相応しいと思った、或いは招きたいと思ったメンバーしかあの武舞台に立つことができないというのは、キョウヤも重々承知している。

 恐らく、タイガーウルフは自分と龍虎祭というある種の興行的な側面も持つエキシビジョンマッチではなく、横槍の入らない本気の戦いで決着を望んでいるからこそ、いつも招かれることはないのだろうとキョウヤは静かに苦笑した。

 チャンピオンという立場も、決して楽なものではない。

 だが、追われるプレッシャーよりも追いかけて、追いかけて、それでも届かなかった時の悔しさや苦しみを知っているからこそ、多くのダイバーの心が折れてしまうことのないように、キョウヤは攻略指南や製作講座を配信するG-Tuberとしての顔も持ち合わせているのだ。

 

「次の戦いは……アヤノ君とユーナ君だったか、奇しくも親友同士での戦いになるとはね、アセムとゼハートを思い出すよ」

「ふむ、私としてはシロー・アマダとアイナ・サハリンといった風情に感じるがね……彼女たちの戦い、存分に見届けさせてもらおうじゃないか、キョウヤ」

「ええ、大佐」

 

 軽いジョークにジョークで返すと、観客席の中央に陣取る最強の二人は、GBNにおける紛れもない頂点に数えられる二人は、そっと目を細めて、武舞台へと登っていくアヤノとユーナに視線を送るのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 歩ければ、それでいいと思っていた。

 武舞台へと上がるまでの僅かな時間、それがどこまでも引き延ばされていくような感覚の中で、ユーナは自らの半生を、そしてこれまで歩んできた時間のことを思い返す。

 GBNを始めた理由は、とても単純なものだった。

 現実世界で両脚を失って、歩くことができなくなったから──かつて最速のスプリンターであり、最強のステイヤーだったプライドも失って燃え尽きかけていたユーナに、母が教えてくれたのが、この電子の海の存在だ。

 曰く、この世界ならば自由に歩くことができるし、走ることができる。

 それまでは陸上一筋で、ゲームを嗜むこともなかったユーナは半信半疑だったものの、慌ててガンプラを買って組み立て、インターネットで検索したらすぐ頭に出てくる攻略サイトの情報を鵜呑みにして、複数のキットを四苦八苦しながら組み合わせて色を塗り替えて──とにかく慌ただしく、新しく自分が歩くことのできる世界へと入門するための準備を進めていたことは、今も記憶に新しい。

 だからこそ、勝ったり負けたりだとか、そういうことは意識の外にあって、最初は純粋にこの世界で歩いて走って、そしてガンプラに乗って、目一杯楽しめればそれでいいと、ユーナはそう思っていた。

 ──それでも。

 武舞台の中心で対峙するアヤノのクロスボーンガンダムXQは、味方としてその背中を預けていたときとは正反対に、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほど、凄まじい威圧感を放っていた。

 十八メートル級のアリスバーニングと比較して、十五、六メートルのクロスボーンガンダムXQは小柄だが、その大きさが何倍にも膨れ上がって見えるほどに、アヤノの放つ闘志は研ぎ澄まされている。

 

『言っておくけれど、手加減はしないわよ、ユーナ』

「うん、ありがとう。アヤノさん」

 

 同情を寄せるのは、この場においては侮辱に等しい。

 だからこそ、相手が恋人だとわかっていても今は一人の敵として、アヤノは厳しい視線を通信ウィンドウ越しにユーナへと向けているのだ。

 それは、きっと彼女が最大限の敬意を払ってくれているからだと、ユーナにはわかっていた。

 本気で戦う。その言葉の重みはまだ十全に実感できているわけではない。

 開戦を告げるゴングが鳴り響くまでの時間が、ディレイをかけられたようにどこまでも薄く、長く引き延ばされていくような錯覚の中で、ユーナは跳ねる心臓と小刻みに弾む呼吸を整えて、アリスバーニングブルームの拳を構え直す。

 それでも、易々とアヤノは勝ちを譲ってはくれないだろう。

 戦いの始まりを告げる鐘が鳴り響くのと同時に、ユーナは即座にバーニングバースト・フルブルームを発動して、短期決戦を図るべくアヤノとの距離を一気に詰める。

 

「負けられない……負けたくない、そうだよね、アリスバーニングブルーム!」

『やっぱりそう来るのね、ユーナ……なら、私も全力で応える! トランザムライト!』

 

 GNフィールドをIフィールドの代用として、出力を全開にした「光の翼」に揺らぎを与える──あらゆるビーム兵器を弾き返すバリアとしての性質と、トランザムの爆発力を複合させた必殺技をアヤノもまた惜しみなく発動させて、バインダーに備えられていた全てのソードビットを攻撃のために射出する。

 四方八方から、雨霰のように斬撃が降り注ぐが、ユーナはタイガーウルフとの修行を脳裏に浮かべ、あくまでも自分のコックピットを狙うソードビットだけを炎の拳で叩き壊して、バタフライ・バスターBと「クジャク」の二刀流を最初から解禁しているアヤノへと、地面を蹴って、ひたすら詰め寄っていく。

 

「おおおおおっ! 炎、パーンチっ!」

『ソードビットが落とされている……だけどそれも想定内! 来なさい、ユーナ!』

 

 私は、真正面から貴女を迎え撃つ。

 アヤノは宣言した言葉通りに、振るい抜かれた炎の拳を、光の刃で受け止めると、その僅かな隙にアリスバーニングブルームの膝関節を狙って、残っていたソードビットに奇襲をかけさせる。

 

「……来る!? 後ろ!」

『読まれていた……!? でも!』

 

 ユーナは鍔迫り合いを強引に振り解くと、空中に跳躍することでソードビットからの奇襲を免れるが、飛ぶというのは、相応に隙を晒すということだ。

 

『これで……ッ……!』

 

 その好機を見逃すまいとアヤノが放った、ブラスターモードからスマッシャーモードへの変形を済ませた「クジャク」による一撃が、炎の鎧をその身に纏っているアリスバーニングブルームへと容赦なく襲い掛かる。

 この戦いを長引かせようとは、アヤノもユーナも考えてはいなかった。

 最初から持てる力の全てを引き出した短期決戦。ある意味では「ビルドフラグメンツ」らしい戦いを展開する中で、どちらがより早く相手のコックピットを貫くかという意地と意地のぶつかり合いこそが、今、アヤノとユーナが立っている武舞台における戦いの本質だ。

 ここまで歩んでくるのに、どれほどの時間が経ったのだろう。

 指折り数えてみればそれは些細なことで、きっと両手で足りてしまうようなものなのかもしれない。

 直撃するビームの嵐を、全身に纏わせた粒子によって形成される炎を正面に集めることで防ぎながら、ユーナは迷うことなくその中を突っ切って、アヤノをターゲットサイトの中心に捉え、突き進む。

 きっと自分はアヤノと違って、ガンプラバトルの才能はそこまでないのかもしれない。

 それは、ユーナにもわかっていた。

 直接乗り込んで白兵戦で相手のコックピットに拳を叩きつけるスタイルが今まで上手くいっていたのも、それはアヤノやカグヤ、そしてメグのフォローがあったからで、こうして一人で戦場に放り出されてしまえば自分はあまりにも頼りなくて、心細くなってしまう。

 だが、そんな怯えを踏み倒せるかどうか、例えどれほど絶望的な戦力差であったとしても、最後まで諦めなかった者が、例え戦いには負けたとしても、勝負には勝つことができる。

 短い間とはいえ、師事していたタイガーウルフが口癖のように呟いていた言葉を思い返して、ユーナはぎり、と、イエローコーションが明滅するコックピットの中で、滲む涙を堪えて歯を食いしばった。

 

「そうだよ……わたしは負けない、諦めない! だって、師範が──カグヤさんが、メグさんが、アヤノさんが! そう教えて、くれたから!」

『ビームを引き裂いた……!? できるようになったわね、ユーナ!』

 

 炎の鎧を集中させた拳で、扉を開け放つように照射されていたスマッシャーモードによるビームを文字通りに引き裂くと、アリスバーニングブルームは咆哮をあげるかのように天を仰いで、「炎の翼」をその背から生やす。

 ビームを引き裂かれても尚、ソードビットを全て徒手空拳で叩き落とされても、アヤノもまた諦めることはなく、得意の二刀流を構えてユーナの攻撃に備えるべく、「クジャク」を投げ捨てて、もう一挺のバタフライ・バスターBを腰から抜き放つ。

 ガンプラバトルが下手くそで、唯一得意だった陸上もできなくなった、何もないはずの自分がこうして、「龍虎祭」の舞台に立っている。

 きっとそれだけで、十分奇跡のようなものなのかもしれない。

 荒れ狂う斬撃の嵐を、炎を纏った拳で受け止めながら、ユーナはここまで歩いてきた道のことをただ思い返す。

 でこぼこで、泥だらけで、お世辞にも綺麗とはいえない自分の旅路。

 ガンプラバトルの才能を持ち合わせていて、苦難にあっても心を折ることがなかったアヤノと比べればきっと自分は醜くて、みっともなくて。

 それでも、一つだけ誇れることがある。

 アヤノが振るう斬撃の軌道を一つ一つ見極めて、受け流し、時にはクロスカウンターを放ちながら、拳と剣、得物は違えどノーガードでアリスバーニングブルームとクロスボーンガンダムXQは切り結ぶ。

 そう、一つだけ。たった一つ、誰かが聞けば笑ってしまうような、そんなことだ。

 歯を食いしばり、眦に涙を浮かべながらも、ユーナの口元は微かな弧を描いていた。

 ここまで歩いてきたことで刻まれた足跡は、きっと自分の方が多い。

 それは歪で、醜くて、人から見れば目を背けたくなるようなことであったとしても、アヤノと共に歩んできたこの日々の中で、「ビルドフラグメンツ」の旅路の中で、唯一、ユーナが胸を張って誇れることだった。

 

「アヤノさん!」

『何、ユーナ!』

「ガンプラバトル……楽しいね!」

『……ええ、そうね!』

 

 きっとそこに、言葉はいらなかった。

 もつれて、転んで、泥だらけになって、時には手を貸してもらったけれど、アヤノはいつだって隣で、一番近くで自分のことを信じてくれていた。

 何の才能もないと、あったはずの才能も失ってしまったと涙を流した日々はもう終わっている。掴みかけていた才能を踏みにじられ、砕かれかけたあの日も、もはや過ぎ去った時間の中だ。

 そうして開け放たれた光の中に映し出されるものは、眩しいほどに青すぎる空。

 このGBNという、どこまでも果てがなく、限りない世界のきざはしに立って、ようやくわかってきた、その厳しさと隣り合わせの楽しさ。

 全部、全部。「ビルドフラグメンツ」が、最愛の人が、アヤノが自分に教えてくれたことだ。

 ユーナはそれを噛みしめるように、バタフライ・バスターBを構えたクロスボーンガンダムXQの右手首をとって、強引に引きちぎる。

 カウンターとして放たれた斬撃が、肩とバインダーごと、アリスバーニングブルームの左腕を切り落とす。

 

「おおおおおっ!」

『はああああっ!』

 

 ──ユーナ。

 ──アヤノさん。

 二つの言葉は声にはならず、視線の中で火花を散らして交錯する。

 鳴らない言葉を叫びに変えて、一瞬がどこまでも遠のいていくような閃光の中で、ユーナとアヤノは、お互いに機体を守ることなど考えずに、あくまでもノーガードでの殴り合いを続けていた。

 それは華麗なガンプラバトルを望むダイバーたちからすれば目を背けたくなるような、痛々しく醜い光景だったのかもしれない。

 だとしても、今この瞬間、ユーナとアヤノは、血が沸き立ち、肉が躍るような感覚を全力で楽しんで、互いの全てをぶつけ合っていた。

 それは裸で相手の前に立つようなもので、羞恥や外聞も関係なく、この武舞台を二人だけのものにして、アヤノとユーナは舞い踊るかのように鮮やかに、そしてどそまでも泥臭く、互いの機体が限界を迎えるまで、斬撃と打撃の応酬を繰り広げる。

 それでも、楽しい時間というのはいつだって終わりが来るのが世の定めだ。

 ボロボロになって、レッドアラートが絶え間なく鳴り響くコックピットの中で、ユーナとアヤノは互いにバーニングバースト・フルブルームと、トランザムライトの持続時間を一瞥し、次の打ち合いが限界だと悟った。

 よしんば時限強化がもう少し持ち堪えていたとしても、打ち合いに耐えうるだけの余力が、お互いの機体には残されていない。

 本音をいってしまうのであれば、いつまでもこの時間が続けばいいと、アヤノは、そしてユーナは願っていた。

 泥に塗れて血反吐を吐いて、愛機をボロボロにしても尚、互いが互いを信じて、そこに敬意をもって刃を交わしているからこそ、ガンプラバトルは楽しいのだ。

 そんな時間に別れを告げるかのように、夕暮れ時の鐘がなって、約束を交わしながら家路へと戻るように、アヤノはブランド・マーカーを展開し、ユーナは最後の力を振り絞って発生させた粒子の炎を纏わせた拳を構えて、互いの機体へと殴りかかる。

 

『ユーナぁぁぁぁっ!!!』

「アヤノ……さん!!!」

 

 最後に勝敗を分かつものは何か。それは、最後まで己を、ガンプラを信じ抜く心と意地だとタイガーウルフは語っていた。

 では、互いがそれを持っていた場合は、お互いに負けないぐらいの情熱と大きな信念を持ち合わせてぶつかり合って、それでも尚勝敗を分かつ条件があるとしたら、それは何か。

 答えはきっと、人によって異なるのかもしれない。

 だが。

 トランザムライトは、当たり前だがツインドライヴによるトランザムと「光の翼」を最大出力で展開するという都合上、機体に大きな負荷がかかる。

 だからこそ、この結果は必然であり、同時に運が悪かったといえるのだろう。

 最後の最後で機体の損傷が積み重なっていたことでオーバーロードを起こし、前につんのめる形になってバランスを崩したクロスボーンガンダムXQのコックピットを、ユーナが振り抜いた炎の拳が撃ち貫く。

 運も実力の内だと誰かが語った。事実、ユーナが幸運の女神様の後ろ髪を掴んで振り向かせてみせたのは紛れもなく、結果ありきだとはいえ実力だといえるだろう。

 さながら、泥濘の中から一粒の金を探り当てるように、砂漠に紛れたダイヤモンドを掴み取るように。

 はっ、と見上げた通信ウィンドウに映るアヤノは、ふっ、と柔らかな笑みを浮かべていた。

 そんなアヤノの瞳に映る自分は、どんな顔をしているのだろう。

 泣いている。そんな反省と共にじわり、と目元に滲む熱をごしごしと拭って、ユーナとアヤノは視線と、互いの健闘を、努力を、そこまでの道筋を称え合う、たった一つの言葉を口にするのだった。

 ──ただ一言、グッドゲーム、と。




グッドゲーム、ユーナ。グッドゲーム、アヤノ。


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最終話「ブレイヴガールフラグメント」

この物語も完結するので、読んでいただいた皆様への感謝を込めて初投稿です。


 夢はないけれど、憧れがあった。

 机の上に飾られたガンプラを、クロスボーンガンダムXQを見て、綾乃はかつて潜ってもがいていた、電子の海での出来事を思い返す。

 それはきっと些細な感傷で、人から見ればなんということもない出来事のリフレインだったが、脳裏を走馬灯のように駆け抜けていく数々の思い出に、綾乃はどこかじわり、とこみ上げてきた熱が溢れそうになるのを感じていた。

 別に、GBNをやめてしまっただとか、そんなことはない。

 事実、三年前の「龍虎祭」以降も「ビルドフラグメンツ」は武闘派のフォースとして名を馳せていて、かつて憧れていた剣豪たちにはまだまだ届かなくとも、綾乃たちは一角のランカーと呼ばれるまでに至っている。

 それでもどこか懐かしい思い出を感じてしまうのは、今がきっと門出の時だからだろう。

 高校生だった頃、そうしていたように綾乃はクロスボーンガンダムXQを緩衝材が詰まっているタッパーにそっと梱包して、よし、と額に浮かんだ汗をそっと拭った。

 この春から大学生になって一人暮らしを始めたことに、これといった理由はない。

 綾乃が入学したキャンパスは通おうと思えば実家からでも通えるぐらいの距離にあるし、定期券の代金は嵩むものの、そっちの方がいいんじゃないかとは、父も、母も、そして与一もそう言っていたことを思い出す。

 それでも一人暮らしがいい、とわがままを通してしまったことには申し訳なさを感じてはいたのだが、綾乃にとってはそうするだけの理由があるということだ。

 部屋の片隅に置いていたスポーツドリンクを煽って水分を補給すると、ふぅ、と小さく息をつく。

 引っ越しの用意、とりわけ自分の部屋から持っていく必要なものは自分だけで用意しろ、というのが一人暮らしを始めるための交換条件で、だからこそこうして綾乃は日頃からこつこつと必要な荷物の仕分けと不要な物の処分をやっているわけだったが、こうして部屋から物が消えていく光景を見ると、自分がいなくなってしまうようで、どこか寂しさと、おかしさのようなものを感じてしまう。

 小休憩の為にベッドへと身を横たえて、綾乃はそっと静かに目を伏せる。

 そして今も拍動を続ける心臓の音に耳を傾ければ、消えるどころか自分はこうして生きているのだと実感が湧いてきて、それなのに空っぽに変わっていく部屋を見て、「消えてしまいそうだ」と不安や悲しみを抱いてしまう自分に、ちぐはぐなところがあるところを認めたくない心が、羞恥に顔を赤く染め上げていく。

 若さ故に、多感であるが故に、感じる心はまだ錆びつくことなく鋭利に尖っている。

 だからこそ、綾乃がそんなセンチメンタルを抱くのも不思議ではない。

 ベッドに身を横たえて目を伏せていれば、自然と麗らかな春の陽気が包み込むように自分を捕まえに来るわけで、綾乃はいつしか、まんまとそのあたたかく柔らかな手に囚われて、眠りの淵に落ちてしまうのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「いやー、歌った歌った! アタシたち、すっかりここが定番になっちゃったね!」

 

 龍虎祭における全てのエキシビジョンマッチが終わったその直後、アヤノたちは打ち上げも兼ねていつものカラオケ店に集まっていた。

 自分たちの出番が終わった後も続いたエキシビジョンマッチは、タイガーウルフの選りすぐりで出場を果たした猛者たちだということで、観客席から見ているだけで手に汗握る攻防が展開されていたのは記憶に新しい。

 今も目蓋を閉じればその光景が目に浮かんでくるようで、アヤノにとっては打ち上げというよりは次の目標を決める為の小休止、といった風情だった。

 

「ええ、そうね。いい息抜きになったわ」

「拙はあまり歌というものを存じ上げないので、食べてばかりでしたが……それでも皆さんの歌を聴いていた時は、心安らぐものを感じました」

「本当? わーい! えへへ、カグヤさんに褒められちゃった」

 

 本人の言葉通り、カグヤは時折タンバリンを叩いたり、注文したフード類を黙々と頬張っていたが、恐らくその言葉は嘘ではないのだろう。

 しずしずとメグの隣を歩くカグヤの表情は穏やかな春の梢によく似ていて、食べていたばかりではないということを物語っている。

 そんな彼女に褒められて、気を良くしたユーナはくるりとその場で一回転して喜びをあらわにするが、事実、彼女の少し舌足らずな歌声にはアヤノも癒されていたことは確かだったし、今も思い返せば頬だけでなく、心まで綻んでしまいそうなほどだ。

 

「ええ、私も素敵だったと思うわ。ユーナの歌」

「本当? えへへ、アヤノさんにもそう言ってもらえるって、わたしは幸せ者だなあ……なんて」

「大袈裟よ」

「そんなことないよ、だって大好きなアヤノさんに褒めてもらえたんだもん!」

 

 時刻はいわゆるゴールデンタイムだったということもあり、セントラル・エリアの往来にはそれなりのひとが集まっていたのにも関わらず、ユーナは何の臆面もなくそう言ってのける。

 確かに自分はユーナと恋人の関係にまで至っているし、キスだって、唇だけを触れ合わせるキスより先のキスだって済ませているのに、今更こんなことで照れるのも生娘がすぎると、アヤノは頭の中でそう思っていても、見る見る内に頬は桜色に染まってゆく。

 ばさり、と開いた扇子で顔を覆い隠し、ぱたぱたと胸元を仰ぎつつアヤノは周囲を窺うが、誰かがこれといって何かを気にしている様子もなく、そして絶え間なく人の流れは激しく動いている。

 気にしすぎなのかもしれない、と、そう思う一方で、なんだか周りから恋人同士として見られていないのも癪だと、自分でも矛盾していることは理解しつつも、頭はどこかでそんな考えを抱く。

 そうして脳神経から脊髄を伝った衝動がアヤノに選ばせた行動は、さり気なくユーナに向けて手を伸ばすという行為であり、恋人繋ぎを期待してのことだった。

 

「……その、ユーナ。手、繋がない?」

「手? あっ……えへへ、そっか」

 

 頬を真っ赤に染めたまま、ぶっきらぼうに言い放った言葉だったが、真っ直ぐに飛んでいったそれは、確かにユーナの元へと届いていた。

 さながら、思いをしたためた手紙を紙飛行機にして投げ渡すように、届いてほしいと願いながらも、想いを寄せる誰か以外には見つかってほしくないと願う、矛盾を抱いた心が、心へと投げ渡される。

 

「はい、これでいいよね、アヤノさん?」

「……ええ。ありがとう、ユーナ」

 

 絡めあった指先からは擬似的にフィードバックされた体温と柔らかさが伝わってきて、自分から願ったことなのにもかかわらず、快く引き受けたことなのにもかかわらず、アヤノも、そしてユーナも頬を桜色に染め上げていた。

 

「あっはは、本当、二人ってば改めてそういう関係だったんだね。ちょっと妬いちゃうかな」

「そういう関係……?」

 

 そんな二人を間近で見ていたメグは関心を寄せながらも、それを茶化すようなことはせず、むしろ近くで見ていたからこそ、どこか羨ましそうに苦笑する。

 一体全体どういうことなのだと困惑していたのはカグヤだけだったが、そんなカグヤでもなんとなく、二人は特別に仲が良いんだろうな、ということぐらいは朧気に察してはいた。

 ただ、その関係を人間たちがどう呼んでいるかはわからないという、それだけの話だ。

 

「つまり、恋人ってこと」

 

 困惑して小首を傾げているカグヤにメグはそっと耳打ちをすると、先ほどの言葉通りに、指と指を絡め合う恋人繋ぎで頬をすり寄せながらセントラル・エリアの大通りを歩いているユーナとアヤノを、少しの羨望が混じった瞳でそっと見つめる。

 恋人、という言葉にもカグヤは生憎疎かったため、よくわからなかったものの、それは人間が大事にしていることだというのは知識として持っていた。

 そして、つまりあれが恋人なんだな、と、他人同士だとどうしても生じてしまう僅かな距離をじりじりと詰めて、最後にはぴたりと一つ重ね合わせてしまうような、二人で一つの蝶々結びを作るような関係をそう呼ぶのだろうな、と理解する。

 

「なるほど。拙にはまだ全てを把握しきれたわけではありませんが……人はあのような在り方を、恋と、恋人と呼ぶのですね、メグ」

「まーそんな感じかな? 女の子同士だけど、今じゃ珍しくもないしね」

「ふむ……その辺りの事情は、拙にはわかりかねます。ですが、お二人がとても素敵な契りを結んだということはわかります」

「それだけわかってれば十分だよ、それじゃあアタシたちは行こっか」

「ええ、メグ」

 

 二人の世界を邪魔するまいとログアウトボタンに指をかけて、メグとカグヤはそのまま現実へと解けて戻っていく。

 ユーナとの関係は、隠すようなことでもなければ、恥じるようなことでもない。

 恋人繋ぎで当てもなく、ただ他愛もない言葉を交わしながらセントラル・エリアを歩いていたアヤノは、そんな二人の気遣いに感謝しつつ、どこか道ゆく人々に見せつけるかのようにユーナの細い肩を抱き寄せて、現実世界の時計とリンクしていることで夜が訪れた電子の街を、ただ歩いていた。

 

「……ねえ、アヤノさん」

 

 不意に立ち止まったユーナが、自分よりも僅かに高い位置にあるアヤノの瞳を覗き込みながら、何かを企んでいる子供のように綻ぶ口元を押さえて、その名前を呼ぶ。

 

「何、ユーナ?」

「わたし、アヤノさんに出会えてよかったって、GBNやってて……やめなくてよかったって、心からそう思うんだ」

 

 ずっと、言葉にはしてこなかったけれど、あの初心者を騙すようなクリエイトミッションの受注から始まって今日に至るまで、ユーナはずっとアヤノに対して想いを寄せていたのだ。

 それでも、言葉にしなければわからないから、伝わらないから、嬉し涙を浮かべながらはにかんで、ユーナは胸の内側で抱え込んでいた玩具箱を広げるかのように、全ての想いをアヤノへと曝け出す。

 

「そうね、私も……貴女がいなければ、きっとここにはいなかった」

 

 かつての憧れを思い返しながら、叶うことなく潰えてしまった夢を思い返しながら、アヤノはユーナへと言葉を返す。

 ユーナがいたから頑張ってこられた。大好きだからこそ意地を張って、格好をつけて。

 そんな青臭くて、見るひとが見れば笑ってしまうような、或いは羞恥に目を背けてしまうような七転八倒を繰り返して、アヤノはようやく、今この場所で、ユーナと結ばれて立っている。

 それはきっと、何物にも替えがたい幸せなのだろう。

 キスはできないからと、抱き合って頬をすり寄せながら、お互いの胸の内から滲み出てきた熱を交わし合うように、涙が伝う感触を、そのあたたかくも冷たい肌触りを、互いに寄せた頬で感じながら、アヤノとユーナはそっと目を伏せる。

 

「ねえ、アヤノさん」

「どうしたの、ユーナ」

「また明日、一緒にGBNで遊んでくれますか」

「……当たり前よ。だってユーナ、貴女は私の」

 

 ──誰より大切な友達で、恋人だから。

 誓いを確かめ合うように言葉と笑みを交わして、アヤノとユーナもまた、現実世界へと解けていく。

 そこに曖昧な、だけどきっと強固な約束を結んで、それを叶えるために、電子の海から日常へと帰っていく、

 また、明日。それはきっと、さよならじゃないおまじない。

 小さくても、些細なものでも、きっと誰かと誰かを繋ぎ止める、魔法の言葉に他ならなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 五分ほどの微睡みから覚めた綾乃は、大慌てで段ボールに残りの荷物を詰めて、一階へと運び出していく。

 綾乃の一人暮らし先として用意してもらったのはバリアフリーのマンションで、優奈との関係性は両親にも与一にも、そして祖父にも説明をつけているからこそだった。

 古風な家だから反対されるかと思いきや、家族は綾乃と優奈の関係をかなりあっさりと祝福してくれて、どうせなら二人一緒に暮らすと良い、と、優奈の母親とも話をつけてくれた結果、その物件を用意してもらったのだ。

 そういう意味ではまだまだ、自分は子供にすぎない。

 自分で持っていく分の荷物を登山用のリュックサックに詰めた綾乃は、そう静かに自嘲すると、引越し業者がトラックを寄せて待ち構えていた玄関先へと向かって歩いていく。

 その他の荷造りは与一が手伝ってくれたのもあって、順調に一人暮らしのための荷物は業者の青年たちと協力してトラックへと運ばれていて、鍵はもうすでに不動産屋から受け取っているために、あとは引っ越し先へと向かうだけだった。

 住み慣れたこの家と今生の別れを果たすわけではないにしろ、こうして門出の場に立つと、一抹の寂しさのようなものを感じずにはいられない。

 それでも、自分で決めたなら、前に進んでゆくしかないのだ。

 すぅ、と大きく息を吸い込んで呼吸を整えると、綾乃は玄関先で自分を待っていた引越し業者──ではなく、正門の前でじっと待ち続けていた優奈の元へと駆け寄っていく。

 

「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」

「ううん、わたしも今来たとこだから」

 

 車椅子に腰掛けている優奈ははにかみながらそう語ったものの、それが自分に気を使っているだけだというのはすぐにわかった。

 綾乃はそこに一抹の罪悪感を覚えながらも、いつも通りに車椅子のバックサポートから伸びるハンドルを握ると、二人の新居となるマンションへと向かうため、まずは通い慣れた駅への道を辿っていく。

 早咲きの桜が散らした花弁が、風を受けてひとひら宙に舞う。

 思い返せば、GBNでの出来事も、そして人生というのも、宙を舞う花弁と同じようなもので、吹き抜ける時間というかぜのなかでは儚く、脆く、呆気ないものなのかもしれない。

 だとしても、こうして自分たちは生きている。

 明日のことは考えられても、明後日になると途端に難しくなるようなのが人生なのだとしても、例えこの世界に誰かが予見したような終末が訪れなくても、誰かが言っていたように、文明などというものは十万年も経てば塵に還るのだとしても、それでも心臓は動いていて、脳は何かを考えている。

 意味のあること、意味のないこと。

 それだって結局は、自分が決めることに過ぎない。だから。

 優奈は綾乃の存在を、そのあたたかさを確かに背後に感じながら振り向くと、一欠片の勇気を抱きしめるように小さく息を吸い込んで、その話を切り出す。

 

「ねえ、綾乃さん」

「なに、優奈?」

「えっと……私たち、もう付き合って三年だし、その……そろそろ、名前で呼んでもいいかな、なんて、えへへ」

 

 ずっと気になっていたといえば気になっていたのだが、中々言い出せずにいたその言葉を口にすると、優奈はこみ上げてくる熱に頬を赤らめる。

 それでも、優奈は綾乃から目を逸らさなかった。

 どんな答えが待っていても、その全てを受け止めるように、優奈はとくん、と跳ねる心臓を抑えて、続く言葉を静かに待つ。

 

「……ありがとう。私も、その……名前で呼んでほしかったけど、言い出せなかったから」

 

 振り返って仰ぎ見る綾乃の頬は自分と同じ桜色に染まっていて、お揃いだ、とばかりに優奈はぱあっと満面の笑みを浮かべ、その唇から言葉を紡ぎ出す。

 

「ありがとう! その……大好きだよ、綾乃!」

「……ええ、私も。大好きよ、優奈」

 

 身をかがめて視線を合わせ、二人は磁石が引かれ合うように、雨粒が溢れて落ちるように、自然と唇を交わし、舌を絡めあっていた。

 何度も何度も繰り返してきて、すっかりこなれてしまったけれど、いつだってキスを交わすときは心臓がどきどきと高鳴って、いつしか破裂してしまうのではないかと思えるぐらいに緊張して仕方がない。

 恋とか、愛とか。

 或いはもっとその先にある、形も名前もわからない何かに想いを馳せて、綾乃と優奈は甘い電流が脊髄を駆け抜けていく中で、ちょっとだけ、ほんの少しだけ未来にあるもののことを、人が夢と呼ぶものを垣間見る。

 だけどそれは、また明日。遠い明日に交わした、約束のことだ。

 言葉はいらないとばかりに、つぅ、と二人を結び合わせていた銀の糸が重力に引かれて落ちて、優奈のスカートへと僅かに滲む。

 なら、そんな明日に向かうために、今日は少しだけ勇気を出して進んでみようか。

 交錯した視線の中で行き交う思いと思いが絡まり合って、綾乃と優奈は微かに頬を染めるが、確かに二人で頷き合って、新居への道を歩む。

 それは、他人から見ればほんの少しで、小さく、他愛もないことに過ぎないのかもしれない。

 それでも、自分たちをここまで繋ぎ止めてきた勇気の欠片を抱いて、明日への道を、二人はどこまでも一緒に、歩いてゆくのだった。




これは小さな、勇気の欠片のお伽話。


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