ソードアート・オンライン プログレッシブ 四人の進道 (壊緑茶)
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序章
ソードアート・オンライン正式サービス開始


さあ初めての投稿!

最初の方は小説から引用、、又は引用して改変。
その後は原作では丸々飛ばされた話を書いていきます。SAOP7も発売されるのでそこらへんまでは似たり寄ったり。

キリトと男主人公(ユージオ的立ち位置)の物語

学生だから定期的に投稿ペースが遅くなるかもしれません。


「ぬお・・・とりゃあ・・・うえっへい・・・!」

正確に空気を切り、盛大に転ぶクラインを見て絶句するのは致し方がないとしか言えない。

転倒しているクラインを直視するレベル1の青いイノシシ《フレンジーボア》の目が光る。攻撃前のモーションだ。

ヴゥゥゥゥウと雄たけびを終えた奴は突進して来た。

ドンッ!と鈍い音と激しく煌めくクリティカル判定のライトエフェクトの後に、クラインのHPバーが2割程度減少する。

 

「おいキリトよ~」

「ははは・・・、そうじゃないよ。重要なのは初動のモーションだ、クライン」

「おっとあぶねえ・・・でもこいつ動きやがるしよぉ、集中できねえ」

「どこのMMORPGでも敵は動くだろ、まあたしかにVRMMORPGのはデカく感じるけどな」

世界初の"フルダイブ型VR" MMORPG・・・ソードアート・オンライン、通称SAO。茅場という天才が実現した夢のハードナーヴギアで初めての仮想大規模オンラインロールプレイングゲームであり、従来のハードとは性質が根本的に異なる。

平面のモニタ装置と、手に握るコントローラという二つのマンマシン・インタフェースを必要とする旧ハード、ス〇ッチやP〇4, 5 などに対して、ナーヴギアのインタフェースは一つだけだ。頭から顔までをすっぽり覆う、流線型のヘッドギア。

その内側には無数の信号素子が埋め込まれ、それが発生させる多量電界によってギアはユーザーの脳そのものと直接接続する。ユーザーは己の目や耳ではなく、脳の視覚野や聴覚野にダイレクトに与えられる情報を見、聞くのだ。それだけではない。触覚や味覚を加えた五感の全てにナーヴギアはアクセスできる。

 

 

ヘッドギアを装着して顎下で固定アームをロックして、開始コマンドである《リンク・スタート》のひと言を唱えた瞬間、あらゆるノイズは遠ざかり視界は暗闇に包まれる。その中央からの広がる虹色のリングをくぐれば、そこはもう全てがデジタルデータで構築された別世界だ。

つまり。                                                         

半年前、二〇三ニ年に発売されたこのマシンは、遂に完全なる《仮想現実—VR》を実現したと言えるわけだ。開発した大手電器メーカー連合は、ナーヴギアによる仮想現実への接続を次のように表現した《完全没入―フルダイブ》、と。

 

まさしく完全の名に相応しい、それは完璧なまでの隔離だった。

 

「Mobが動くのは当たり前だ。よっと・・・!」

青イノシシの角をはじいた『スモールソード』は僅かな火花を散らした。

「ちゃんと構えて、ソードスキルを発動させれば、あとはシステムが技を命中させてくれるよ」

「モーション・・・モーション・・・」

「タメを入れてスキルが発動する感じがしたら、こう・・・ズバーン! て打ち込む感じで・・・」

「ズバーンってよう」

悪趣味なバンダナの下で、剛毅に整った顔を情けなく崩しながら、クラインは曲刀を中段に構えた。

 

すう、ふー、と深呼吸してから、腰を落とし、右肩に担ぐように剣を持ち上げる。今度こそ技前のモーションが検出され、緩く弧を描く刃がぎらりとオレンジ色に輝く。

「りゃあっ!」

太い掛け声と同時に、これまでとは打って変わった滑らかな動きで左足が地面を蹴った。しゅぎーん!と心地良い効果音が響き渡り、刃が炎の色の軌跡を宙に描いた。片手用曲刀基本技《リーバー》が、突進に入りかけていた青イノシシの首に見事に命中し、HPバーを全てを透明にした。

ぷぎーという哀れな断末魔に続いて巨体がガラスのように砕け散り、俺の目の前に紫色のフォントで加算経験値の数字が浮かび上がった。

 

「うおっしゃあああ!」

 

派手なガッツポーズを決めたクラインが満面の笑みで振り向き、左手を高く掲げた。

 

「初勝利おめでとう。でもここまで来るのにお前三回死んだからな、」

「いやでもビギナーが中ボス級のモンスターを倒したんだぜ!?」

「なわけあるか、ド〇ゴンク〇ストで言うスライム相当だぞ」

口をへの字に曲げ、涙目になるクラインを見て笑ってしまった。

「まあこのこの世界でソードスキルを発動させるのに何日もかかるプレイヤーもいるからな、そいつらよりは馴れとかコツを早くつかんでるよ」

「その言葉に感謝するぜ!キリトよ!」

せめてもの慰めに又大きなガッツポーズを掲げるクライン。もう少し続けようと考えたがもう他プレイヤーがここら辺全て狩りつくしてしまった。

「さてと・・・どうするクライン、ちょっと歩いて別のフィールド狩り続けるか?」

「ったりめえよ!・・・・と言いてぇとこだけど・・・」

クラインの端正な目がちらっと右方向に動いた。視界の端に表示されている現在時刻を確認したのだ。

「・・・そろそろ一度落ちて、メシ食わねぇとなんだよな。ピザの配達、五時半に指定してっからよ」

「準備万端だなあ」

呆れ声を出す俺におうよと胸を張り、クラインは思いついたように続けた。

「あ、んで、オレ他のゲームで知り合った奴らと《はじまりの街》で落ち合う約束してんだよな。どうだ、紹介すっから、あいつらともフレンド登録しねえか?いつでもメッセージ飛ばせて便利だしよ」

「え・・・・うーん」

俺は思わず口籠った。

このクラインとは自然に付き合えているが、その友達とも同様に仲良くなれるという保証はない。むしろそっちと上手くやれずにクラインとも気まずくなってしまうという結果の方がありそうな気がする。

「そうだなあ・・・」

歯切れの悪い俺に、クラインは理由を悟ったのか首を横に振った。

「いや、勿論無理にとは言わねえよ。そのうち、紹介する機会もあるだろうしな」

「・・・ああ、悪いな、ありがとう」

引き下がると、クラインはもう一度、今度はぶんぶんと派手にかぶりを振った。

「おいおい、礼を言うのはこっち方だぜ!おめぇのおかげですっげえ助かったよ、この礼ははその内ちゃんと返すっから、精神的に」

にかっと笑い、もう一度時計を見る。

「・・・ほんじゃ、おりゃここで落ちるわ。マジ、サンキューな、キリト。これからも宜しく頼むぜ」

 

「こっちこそ、宜しくな。又訊きたいことがあったら、いつでも呼んでくれよ」

「おう。頼りにしてるぜ」

 

俺にとって、アインクラッド―――――あるいはソードアート・オンラインという名の世界が、楽しいだけ《ゲーム》の世界であったのは、正しくこの瞬間まで。その後、それを直ぐに知ることとなる。

 

「あれっ・・・」

裏返った声を出す主は

「なんだこりゃ。・・・・ログアウトボタンがねえよ」

有り得ないことを口にして、動揺する。クラインに俺は手を止めて駆け寄る。

「そんなわけないだろ、よく見てみろ」

呆れた声を出す俺だが一応自分のメニューを試す。

「ほらあるじゃなっ・・・いや、無い!」

おかしい、初期状態から開いて空白箇所の多い装備フィギアの左横のメニュータブの一番下。もう一度確かめてみる。もう一度。もう一度。しかし本来ログアウトボタンがある場所は文字が消え、綺麗に消滅していた。

 

「無い・・・」

 

俺が一時にログインしたときは、そこにLOG OUTと表示されていた。つい四時間半前。

「ないだろ?」

少々癪だったが実際にはないので、頷くと曲刀使いはまっと頰を吊り上げ、逞しい顎を撫でた。

「ま、今日は正式サービス初日だかんな。こんなバグもでるだろ。今頃GMコールが殺到して、運営は半泣きだろなあ」

暖気(のんき)な口調でそう言うクラインに、癪の仕返しのつもりで言った。

「そんな余裕かましておいていいのか?さっき5時半にピザの配達頼んであるって言わなかったか」

「うおっ、そうだった!!オレ様のアンチョビピッツァとジンジャーエールがぁー・・・」

「まあそんな気にすることないさ、大慌てな運営もそろそろ強制ログアウトさせるはずだしよ」

いい加減喚き続けるクラインに呆れる。右方を見るともうソルスが沈んでいて、仮想世界ながらも感動していると、クラインも諦めがついたのか静かになった。しかし今度も驚かせることを口にするのだ。

「おいキリトよぉ、メニューにGMコールがねえ」

俺は浮かべていた微笑を再度強張らせた。先程までの運営に対する唖然に、遂には理由のない不安のようなものが、ひやりと背中を撫でた、気がした。

ログアウトには二つしか方法がない。メニュー欄からの手動、又は運営からの強制ログアウトだ。

SAOの公式サイトにも細かく明記されていた。

 

「ログアウトには二つの方法が有ります。

一つ目はプレイヤーの皆さんの自発的ログアウトです。

ログアウトの仕方:まず、右手の人差し指と中指を揃えて縦方向に振ります。メニューが開くので右側に表示されている歯車を押しその一番下のオプション押して下さい。

二つ目は運営によるメンテナンスのための強制ログアウトです。

注釈:強制ログアウトが行われる直前、一分前、三分前、五分前、十分前、三十分前、一時間前、三時間前にログアウトをお願いするアナウンス。また、メンテナンスが行われる日、ログインしたときにメッセージが送られます。」

 

と。

 

SAOのマニュアルにもこと細やかに記されていた。

「――――――以上の二つがログアウトの手段となり、これ以外の方法は一切存在しません」

と。

となるとGMにも話せられない。外部との接触は一切ないのだ。・・・ただのバグなのか?俺達がログアウトボタンの消滅に気付いてから、はや五分は経過したはずだ。

 

「GMコールがないか・・・確かに、もう五分は経ったよな、おかしい」

「だろ?こんな重大な欠陥があるのにまだ運営からの一言すらないんだぜ?」

クラインは、ははは・・・とやや切迫した響きのある声を上た。

「自分の部屋に、自分の身体に、自分の意志で戻れないなんてよ・・・・っ!」

するとクラインは、目に見えない帽子を脱ごうとするように額に手を触れさせた。ナーヴギアを剝ごうとしているのだ。

「無駄だ。俺達の脳がいくら命令してもナーヴギアがインタラプトして、このアバターを動かす信号に変換しているんだからな」

ナーヴギアは完全なVRへのダイブを実現するために、脳からの脊髄へ伝わる命令信号を生命維持に必須なもの以外を100%キャンセルし、かわりにこの世界を動かす信号へ変換する。ここでどれほど派手に手を振り回そうと、現実ではできないような跳躍をみせても現実世界で自室のベットに横たわっている俺の本物の体はぴくりとも動かない。従って、机の角に頭をぶつけて、痣を作ったりせずに済む。

しかし、まさにその機能ゆえに、今俺達は自発的にフルダイブを解除できないのでいる。

 

「冷めたピッツァなんてネバらない納豆以下だぜ・・・」

いきなり意味不明なことを発するクラインを黙殺し、俺は言う。

「奇妙な話だな」

ああ・・・

「SAOの開発元のアーガスはユーザー重視の姿勢で名前を売っていたんだ。それなりのゲーム会社だからこそ、初日にあんなソフト争奪戦になった。その信用を失っていいのかな」

「まあ待つしかないかあ、しっかし現実に帰ったらアーガスのヤロウ大炎上だぜ」

 

冷たく乾いた仮想の空気を深く吸い込み、肺に僅かな冷気を感じながら、俺は視線を上に向けた。

遥か百メートル上空には、第二層の底部が薄紫色に霞んでいる。そのごつごつした平面を目で追うと、ずっと彼方に巨大な塔―――上層へと通路となる《迷宮区》がそびえ、さらに最外周の開口部へと繋がっているのが見て取れる。時刻は五時半を回り、細く覗く空は真っ赤な夕焼けに染まっていた。差し込む夕陽が、広大な草原を黄金色に輝かせ、俺は異常な状況にもかかわらず、仮想世界のポリゴンでできた景色に再度、暫く見惚れた。

 

 

直後。

世界はその有りようを永久に又、完全に翻す。

 

 

突如、リンゴーン、リンゴーンという、鐘のような―――あるいは警報音のような大ボリュームのサウンドが鳴り響き、俺とクラインは跳び上がった。

 

「んな・・・っ」

「何だ!?」

同時に叫んだ俺達は、互いの姿を見やり、再び眼を見開いた。

 

俺とクラインの体を鮮やかなブルーの光の柱が包んだのだ。青い膜の向こうで、草原の風景がみるみる薄れていく。

    

これは強制転移(テレポート)だ。

 

 

青の輝きが薄れると同時に、風景が再び戻った。だがそこはもう夕暮れ時の草原ではなかった。

 

広大な石畳。周囲を囲む街路樹と瀟洒な中世風の街並み。そして正面遠くに、黒光りする巨大な宮殿。

間違いなく、ゲームのスタート地点である《はじまりの街》の中央広場だ。

俺達の後に続いて、数々のプレイヤーが青く発光して転移させられる。

数は・・・五千、七千、いや、一万人近くはいる。つまり、SAO初期スロット一万人分の内、現在ログインしている全てのプレイヤーが転移させられたということだ。

その一万人のプレイヤーは口々にこう言う。

「おいGMどうなってるんだ」

「運営よ早く出せよ、謝罪会見か?」

「オレこの後予定入っているのに、なんでログアウトボタンがないんだ?」

「出せよ」

「ふざけんな」

人がごった返すにつれ、苛立ちを、文句を言う奴が増えてくる。不意に、おい!上見ろ!と叫ぶプレイヤーがいた。

俺とクラインは反射的に視線を向けた。

約百メートル上空、俺達は異様なものを見た。第二層を、真紅の市松模様が染め上げていく。よくよく見れば、それに二つの英文が交互にパターン表示されたものだった。真っ赤なフォントで綴られた単語は、【Warning】、そして【System Announcement】と読める。

異様な赤にWarning(警告) だけを見れば一瞬の驚愕だがSystem Announcement(システムアナウンス) となれば、俺はああ、ようやく運営のアナウンスがあるのか、と考え、肩の力を抜きかけた。又、広場のざわめきが終息し、皆が耳を傾けた。しかし、その後起きるのは誰もが望んだ、ログアウトを連想させる現象ではなかった。

空を埋め尽くす真紅のパターンの中央部分が、まるで巨大な血液の雫のようにどろりと垂れ下がった。高い粘度を感じさせる動きでゆったりとしたたり、だが落下することもなく、赤い一滴は空中で身長二十メートルにもなる巨大な人に変化した。

 

いや、人ではない。

 

俺達は地面から見上げているので、そのフードを付きローブの顔の中を視認できるのだ。

顔があるわけでも、赤い悪魔の目があるわけでもない。そこは全くの黒でもなく、ただの空洞。そしてフードの裏地や緑の縫い取りまでがはっきりと確認できる。

そこには、ただ、誰か何かが入っているわけではなかった。

 

しかしこの登場の演出にはそれが一番恐怖を増した。

 

アーガスのGMでもなく、悪魔が死の宣言をするわけでもない。ただ、プレイヤー達は自分たちが『完全に見捨てられた』ということを、その孤独を恐怖と感じた。

隔離された世界で、GMも何もいない。プレイヤーだけになった瞬間だった。

 

そして最後の実体のないただのボイスを出すだけの物体、ローブという音だけが現実世界と繋がる最後の糸も消えることになる。

 

低く、ひどく落ち着いた男の声が遙かなる高みから降り注いだ。

 

 

『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』

 

 

――――

咄嗟には意味が掴めなかった。

《私の世界》?この声がGMならば、確かに、世界の操作権限は奴にあるはずだ。しかし、なぜそれを言う必要がある?

 

唖然と顔を見合わせたオレとクラインの耳に、赤ローブの何者かが両腕を下ろしながら続けて発した言葉が届いた。

 

『私の名前は茅場昌彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

 

な・・・・・っ

驚愕のあまり、俺はアバターの、もしかしたら生身の肉体の喉も同時に詰まらせた。

茅場――昌彦!!

俺はその名前を知っていた。いや、知らないわけがない。

数年前まで弱小企業だったアーガスが最大手と呼ばれるまでに成長した原動力となった、若き天才ゲームデザイナーにして量子物理学者。

彼はSAOの開発ディレクターであると同時に、ナーヴギアそのものの基礎設計者でもあるのだ。

俺は茅場に深く憧れていた。彼の紹介記事が載った雑誌は必ず買ったし、数少ない彼のインタビューはそれこそ暗記するほど繰り返し読んだ。今の短い言葉を聞いただけで、俺の脳裏に、常に白衣を纏う茅場の怜悧な容貌がいやおうなく浮かび上がるほどに。さっき茅場のことを奴と呼んだことに少なからず申し訳ないと思うほどに。

 

だが、今まで常に裏方に徹し、メディアへの露出を極力避け、勿論GMの役割など一度たりともしたことはないはずの彼が―――なぜこんな真似を!?

 

唐突の事に停止しそうになる思考を必死に巡らせ、どうにか状況を把握しようとした。しかし、空疎なフードの下に設けられているであろうスピーカーから流れる茅場の言葉は、理解しようとする俺の努力をあざ笑うが如きものだった。

 

『プレイヤーの諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気付いていると思う。しかし、これはゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』

 

「し・・・仕様、だと」

クラインが割れた声で囁いた。その語尾に被さるように、滑らかな低温のアナウンスは続いた。

          

『諸君は今後、この城の頂(イタダキ)を極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』

 

この城、という言葉の意味を、俺はすぐにはできなかった。このはじまりの街の、いったいどこに城があるというのだ?

俺の戸惑いは、しかし、次の茅場の言葉によって一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 

『また、外部の手による、ナーヴギアの停止あるいは解除も有り得ない。もしそれが試みられた場合―――』

 

僅かな間。

一万人が息を詰めた、途方もなく重苦しい静寂の中、その言葉はゆっくりと発せられた。

 

『ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』

 

俺とクラインはたっぷり数秒間、呆けた顔を見合わせ続けた。

脳、心そのものが、言葉の意味を理解するのを拒否しているかのようだった。しかし、茅場のあまりにも簡潔な宣言は、凶暴とすら思える硬度と密度で俺の頭の中心からつま先までを貫いた。

脳を破壊する。

それはつまり、殺す、ということだ。

ナーヴギアの電源を切ったり、ロックを解除して頭から外そうとしたら、着装しているユーザーを殺す。茅場はそう宣言したのだ。

ざわ、ざわ、と集団のあちこちが騒めく。しかし叫んだり暴れたりする者はいない。俺達を含めた全員が、まだ伝えられた言葉を理解できないか、あるいは理解を拒んでいる。

クラインの右手がもう一度のろりと持ち上がり、現実世界りはその場所にあるはずのヘッドギアを掴もうとした。同時に、乾いた笑いの混じる声が漏れた。

「はは・・・何言ってんだアイツ、おかしいんじゃねえのか。んなことできるわけねぇ、ナーヴギアは・・・ただの家庭用ゲーム機じゃねえか。脳を破壊するなんて・・・んな真似ができるわけねぇだろ。そうだろキリト!」

後半は掠れた叫び声だった。食い入るように凝視されたものの、俺は首肯できなかった。

ナーヴギアは、ヘルメット内部に埋め込まれた無数の信号素子から微弱な電磁波を発生させ、脳細胞そのものに疑似的感覚信号を与える。

まさに最先端のウルトラテクノロジーと言えるが、しかし原理的にはそれと全く同じ家電製品が、もう五十年も昔から日本の家庭では使われているのだ。つまり―――電子レンジ。十分な出力さえあれば、ナーヴギアは、俺達の脳細胞中の水分を高速振動させ、摩擦熱によって蒸し焼きにすることは可能だ。だが。

「・・・・原理的には、有り得なくもないけど・・・でも、ハッタリに決まってる。だって、いきなりナーヴギアの電源コードを引っこ抜けば、とてもそんな高出力の電磁波は発生させられないはずだ。大容量のバッテリでも内蔵されてない・・・限り・・・」

そこまで口にしたところで俺が絶句した理由を、クラインも察したのだろう。

虚ろな表情で、長身の美丈夫は呻くように言った。

「内臓・・・してるぜ。ギアの重さの三割はバッテリセルだって聞いた。でも・・・無茶苦茶だろそんなの! 瞬間停電でもあったらどうすんだよ!!」

と、まるでクラインの叫び声が聞こえたかのように、上空からの茅場のアナウンスが再開された。

 

『より具体的には、十分間の外部電源切断、二時間のネットワーク回線切断、ナーヴギア本体のロック解除又は破壊の試み――以上のいずれかの条件によって脳破壊シークエンスが実行される。この条件は、すでに外部世界では当局及びマスコミ、N〇Kを通して告知されている。ちなみに現時点で、プレイヤーの家族友人等が警告を無視してナーヴギアの強制解除を試みた例が少なからずあり、その結果』

 

いんいんと響く金属質の声は、そこで一呼吸入れ。

 

『―――残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーが、アインクラッド及び現実世界からも永久退場している』

 

どこかで、一つだけ細い悲鳴が上がった。しかし周囲のプレイヤーの大多数は、信じれない、あるいは信じないというかのように、ぽかんと放心したり、薄い笑いを浮かべたままだった。

俺もまた、脳では茅場の言葉を受け入れまいとした。膝が笑い、俺は後ろに数歩よろめいて、どうにか倒れるのを堪えた。

既に二百人近いプレイヤーがもう死んでいるということなのか?その中には、俺と会ったことのあるβテスターもいただろう。そいつらが、ナーヴギアに脳を焼かれて死んだだと?茅場はそう言っているのか?

「信じねえ、信じねえぞオレは」

クラインが嗄れた声を放った。

「そうだ・・・全てオープニングのイベントなんだように、あくまでも実務的な茅場のアナウンスが再開された。

 

『諸君が、向こう側に置いてきた肉体の心配をする必要はない。現在、あらゆるテレビ、ラジオ、ネットサービス、ネットメディア、又、緊急地震速報の仕組みを使った全てのスマートフォン、携帯電話においてこの状況を、多数の死者が出ていることを含め、繰り返し報道している。諸君のナーヴギアが強引に除装される危険は既に低くなっていると言ってよかろう。今後、諸君の現実の体は、ナーヴギアを装着したまま病院、その他の施設へと搬送され、国の支援により厳重な介護態勢のもとにおかれる。尚、医療費を負担、又は親族に負担させられない。諸君には、安心して・・・・ゲーム攻略に励んでほしい。』

 

「な・・・」

そこでとうとう、俺の口から鋭い叫び声が迸った。

「何を言っているんだ! ゲームを攻略しろだと!? ログアウト不能の状況下で、暖気(ノンキ)に遊べってのか!?」

上層フロアの底近くに浮かぶ巨大な真紅のフーデッドローブを睨みつけ、俺はなおも吠えた。

「こんなの、もうゲームでも何でもないだろううが!」

茅場昌彦の、抑揚の薄い声が、穏やかに告げた。

 

『しかし、充分に注意してもらいたい。諸君にとって、《ソードアート・オンライン》は、ただのゲームではない。もう一つの現実と言うべき存在だ。 ・・・今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。一部を除

いて・・だが。諸君のヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』

 

続く言葉を俺は鮮やかに予想した。

 

 

 

『諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される』

 

 

 

『それでは、最後に、諸君にとってこの世界が唯一の現実であるという証拠を見せよう。諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントが用意してある。確認してくれ給(たま)え』

 

それを聞くや、ほとんど自動的に、俺は右手の指二本を揃え真下に向けて振っていた。周囲のプレイヤーも同様のアクションをし、メニューウインドウを開く。馴れた手つきで見つけたのは・・・

『手鏡』。

なぜこんな物を、と思いながら。俺はその名前をタップし、浮き挙がった小ウインドウからオブジェクト化のボタンを選択。たちまち、きらきらという効果音と共に、小さな四角い鏡が出現した。おそるおそる手に取ったが、何も起こらない。覗き込んだ鏡に映るのは、俺が苦心して造り上げた勇者顔のアバターだけだ。クラインを見るなり、彼の剛毅な容貌の侍も、同じ鏡を手に、呆然とした表情をしている。

――と。

突然、クラインの周りを転移のときと同じ青白い光が包み、直後、俺の視界がホワイトアウトした。

ほんの二、三秒で光は消え、元にままの風景が現れ・・・

 

・・・なかった。

 

目の前にあったのは、見慣れたクラインの顔ではなかった。

 

中略




誤字脱字の報告宜しくお願い致します。

最初の方はそのままですが次話以降(キリトくんが旅立つシーン)からはオリジナルキャラをのせていきますのでBANしないで下さい!



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第一層
一、再開


投稿日時が真夜中でも早朝でも海外に住んでいるからなので健康的です(根拠)。

どうぞ。


 

クラインと別れた俺はすぐさまはじまりの街、中央広場から約一キロ離れたフィールドに出るため早足で駆けた。武器屋で防具を取り揃える時間があるなら、初期装備の防具防御力1から1.3なる物に変えたいが、一番近いフィールドは直ぐにモンスターが根こそぎ狩られてレベリングなんてできなくなる。デスゲームと化したこのSAOでは、ーひたすら自己強化が重要だろう。《はじまりの街》近くの、あの効率の悪い草原に暫く留まるプレイヤーが(ほとん)どだろう。しかし五割のβテスターはそれを理解して隣町のホルンカで一層最強クラスの片手剣、《アニールブレード》が手に入る薬草入手クエストを受ける。あれは百体につき一体お目当てが出るか出ないかのクエストだから、早く行くのに越したことはない。

 

??? Side

あれは・・和人?中性的な顔立ちと表情からそう予想した。

全速力で走るする少年を見て直感した。彼は和人だ。

追いかけないと、こんな偶然、もう無いかもしれない。

和人はあの時以来、塞ぎ込んでいた。あの様子じゃ元気に見えるけれど、それでも心配だ。

 

そう思って、病的に細いと周りが言う自分の足に力を集中させて石畳を蹴った。

この世界はシステムによって厳格かつ絶対的なパラメータが存在する。同じ装備の、同じスキルの、同じレベルのプレイヤーは同じの速度で走るが、それはプログラムによってのみ動く人口知能の場合だ。人間は各々走り方とか、癖とかが違うから実際は同一になることはない。足の正しい回し方、つまり最適化された動きで走ることができれば、この世界でも速く走れる。その土台がパラメータによって決められているだけだ。

 

だから、より滑らかな足捌きなら少しでもブーストがかかる。

 

Kirito Side

――カズトー!

・・・和人って俺のことか?

でも俺の本名を知っている人なんてここにはいないはずだ。それなら別のカズトか。別段珍しい名前でもないからと思って、特に気にかけず走り続けた。

しかし、さすがに五回ぐらいカズトカズト聞こえるので、やっぱり立止まって振り向くと、おとなしめの顔立ちを持った眼鏡を掛けたプレイヤーが息を切らして寄って来た。SAOは脳が動かしているだけで、身体的疲労は皆無のはずではあるが、茅場の宣言通り「もう一つの現実」は嘘ではないことが分かる。事実、俺は酸欠のような感覚にある。

はーはーと息を切らす少年の顔立ちから警戒心が若干解けるが、いくら優しい雰囲気を出しているからといってそれは不用心だと思い、若干後ずさって話を始めた。

 

「ねえ君、和人だよね・・?」

 

「・・・あなたこそ、誰だ」

 

「僕だよ・・・和人、君の幼い頃の友達、辻 凪和(つじ なぎな)。桐ケ谷 和人君・・?」

 

「・・・あんた、分かってるのか?ここでは本名を晒すのはタブーだぞ。―――相手のことを現実の名前で呼ぶのもよくない。」

 

「・・・・でも多分、いや絶対和人君」

 

ゆっくりとした口調で言われた自分の本名は、確証がないためか僅かに震えていた。

誰だろう?俺はなんか見たことあるような顔だなと思った。

 

 

その時だった。

 

 

耳が引き裂けるような轟音(ごうおん)と同時に、真上に電光石火で迫る光、いや、雷が見えた・・・?

難しく言うなら巨大な何かに脳の極点に達した。わかりやすくいうなら頭が痛かった。

これは?

と疑問を抱くのも束の間。

 

 

二〇二八年八月某日

 

「和人ーあっちの方行こ?」

凪和(なぎな)が指差したのはここから約150m離れた丘の上。微風(そよかぜ)が後ろの木を揺らす中、母さんは、俺達を見ていた。空は雲一つ無い快晴でちょうど良い暑さ、湿度を保った空気は最高に心地いい。

「よし!じゃあ競争だ。先に行ったやつは・・・二人分のお菓子を食べていい」

「もーそんな決定ぼくに不利じゃないか~」

とは言いつつも、素直に挑むなぎなに、俺はよーい・・・ドン!と言う。眼鏡を掛けた凪和は知的雰囲気を、オーラを出していた。平均的な頭の俺に対し百点を連発する秀才だった凪和だけれど、人間オールマイティにも大抵欠点があり、彼の場合は少々病弱気味で周りよりは少し高い頻度でに風邪を拗らせた。

それならば運動量では(まさ)っている俺が負けるはずないと思って出した提案である。

しかし俺の安易な考えに後で自ら後悔することになった。

 

「じゃあ和人、お菓子は全て僕のものだからね」

 

ううーと呻き出す俺に、なぎなは言った。僕が風邪を引き易いからと言って油断したかずとが悪いんだよ!毎日家に籠もってるわけないしー大体君といつも遊んでいるじゃん!

 

「その通りです・・・」

 

確か、地味に悔しかった俺は、丘の上で黄昏(たそがれ)つつ自分を慰め丘を降った。「何黄昏てるの(冷笑)」となぎなに言われ、勿論おやつを食べられなかった。

 

 

 

 

 

SAO内

 

えっでも・・・俺はピクニックの後の凪和(なぎな)との記憶がなぜ全く無いのだろう?その後凪和と大喧嘩したのか?引っ越したんだっけ?

不透明な記憶に俺は錯乱(さくらん)していた。

 

 

「まあいいよ、思い出したんだね。割と奇跡だと思った。え、マジで?みたいな」

 

「ああ―――ごめん。凪和だよな、さっきは分からなかった。あと、久しぶり。四年ぶりだっけ」

 

「そうだね大体」

 

「そっか、凪和もSAO来たんだ」

 

「うん。ホントにこんな風になるなんて全然思っていなかった。そうだ、和人、折角だし一緒に冒険してほしい・・・僕はここのこと分からないから。それにコンビの方が絶対効率が良い―――それに君をまた危険な目に遭わせたくない」

 

この状況下でも冷静な凪和にコンビの提案をされて、驚く。昔程仲良くできるわけない上、ネットゲームで基本単独行動、ソロだった俺には抵抗がある。とは言っても凪和に好意があったのは憶えているけど・・・

 

「いやいいんだ。君がおかしくなっていなくて。無理強いはしない」

 

性格のせいか、あまり早々と退こうとしたので、俺は逆にしゃんとしないなと思いひとまず彼を引き止めた。あの記憶の以降、脳内に凪和が一切無かった理由はなんだろう。

 

「分かった。前は確かに一緒に色んなとこ子供ながらに狭い範囲だけど冒険した覚えがある。それに、この四年間の君のことを忘れていた俺自身に気になるしさ。凪和の言い方だと俺は凪和を忘れている。だから君と接触したら何か思い出すかもしれない」

 

そう言うと、控えめの笑みをする凪和によくこんな表情してたなとなんとなく懐かしく感じた。先刻、茅場がSAOをデスゲームと宣言した後、殆どのプレイヤーが狂ったように叫び声を上げていた。俺はそれが気持ち悪くてーここまで突っ走ったわけだが、もしかした過剰に我武者羅になって死んでいたかもしれない。

 

すると警戒心はすっと解け、俺はメニューウインドウを手馴れた操作で開いてパーティ申請のボタンを押した。凪和が(承諾)をタップすると凪和のHPバーが視界左上に表示された。

 

Nagina・・・

 

「本名をキャラネームにしてるのか?」

 

「うん。そっちは Kirito ・・・ああ桐ケ谷和人のキリとトを取ったのんだね。在り来たりっていうか「斬る人」みたい。それに厨二病っぽい」

 

っ・・・しっかし、あの眼鏡がそんな言葉を知っているのか・・

 

「何?あの凪和がそんな言葉を知っているのかって考えたよねー?今時ゲームなんてしていない人の方が珍しいでしょ」

こしょぐろうとする彼に俺はさっと背後に回り、先手を打たせてもらった。おら!

ははは!と笑う凪和に俺は少し驚く。こんな感覚まで再現されているのか、と。

 

少しの間だけ一切を忘れていたが、ここはもうデスゲーム。もっと緊張感があってもいいんじゃないか。

皆が混乱している中、直前までの自身も実のところ混乱していたのが嘘みたいだった。

 

手を止めた俺は急激に再生し、襲う恐怖に再度冷静になる。

そして、まだ一キロは続く石畳を旧友と一緒に走り出す。

 

馳駆(ちく)しながらの打ち合わせで、最初に伝えたのは茅場の言った事、『ここで死んだら現実世界でも死ぬ』は本当だろうということだった。茅場が紹介された記事には、確かに「これはゲームであっても遊びではない。」と記されていた。茅場は最初から嘘なんて付いていなかったのだ。まあいずれにせよ、そのキャッチフレーズからデスゲームを想像することは不可能だが。

 

そして次に、ゲームシステム諸々、ゲームのタブー事項(名前で呼ぶのは禁止だよ)。これから実行すること。βテスターでトップにいたから、それなりに役に立つアドバイスができるということ。それを聞いてほしいと。

 

俺達は、正気を直ぐに手に入れた。はじまりの街に留まっているプレイヤー、ビギナー層が二層に到達したことで、ある程度クリアが見え取り戻すであろうものを。

尤も、ナギナがいなかったら俺も(しばら)くは彼らと同じだったかもしれないし、それ以前に突っ込んで死んでいた。

 

数分で全て話し終える頃にはナギナは完璧に理解した。頭の回る人間だけあってのことだと思う。

ただ分からない事が一つあった。なぜ彼があのデスゲーム宣言をしても全く動揺しなかったのということである。もしかしたら動揺を隠しているのかもと思い観察したが、結局何も分からなかった。

でも、俺は得体の知れない自信に満ち溢れていたから、まだ死なない。まあいつか訊けばいいと心に仕舞っておいた。

 

 

いかにも田舎道のような未舗装の道を走りながら、俺は前方で目を輝かせた非攻撃的なモンスターに、初期で発動できるたった一つのソードスキル、《スラント》を発動させた。右斜め上から繰り出されるシステムに補助された動きに力をかけ、イメージをする。威力が向上したそれはオオカミを45度に真っ二つにし、天色の無数のポリゴンの破片にした。

 

このデスゲームで生き延びてみせる!

 

そう力強く叫ぶと黄昏時の赤みの残った草原に俺の声が木霊した。

 

幸い、全SAOプレイヤー、一万の内最速で《ホルンカ》に到着した俺達は、俺達は直近にある屋台の防具屋に進み、ナギナには何を買うか伝えた。初期コルでは及ばない鉄紺の革装備を、クラインにレクチャーしたときに手に入れたアイテムを売却して、購入する。

 

「ふう、」

 

直後表示される、小ウインドウの即時装備ボタンを押す。そしてナギナも少し俺より不慣れな様子で、スマホを始めて触る人ぐらいのスピードで追従した。ナギナと話していて現在の時間のロスを重大に受け止めた俺は、より即行で村の端にある民家に飛び込む。後から見れば焦りすぎた気もする。

同時に二人のクエストを受注することはできないので、ナギナには扉の前で待ってもらった。

台所で鍋をかき混ぜるいかにも「村のおかみさん」の人に近づくと、俺に気付いた彼女はこう発する。

 

「こんばんは、旅の剣士さん。お疲れではないでしょう、食事を差し上げたいけれど、今は何もないの。出せるのは、一杯のお水くらいのもの」

 

 

システムが誤認しないようにはっきりとした声で、

「それでいいですよ」

 

と言う。

ここで要らないと言えば何も出てこないが、全力で走って来たのでお冷の一つぐらいは貰いたいもの。ちなみに豆知識だが、別にシステムが聞き取れないような音量で言っても究極脳からの信号で判断しているにで、実際は多少声が小さくても反応してくれる。

水を()れた彼女は、再び台所に戻り鍋をかき混ぜ始めた。その時、居間の隣に繋がっている部屋の扉から「こほっこほっ」と誰かが咳き込む音が聞こえた。おかみさんはその声に反応して、(かす)かに顔に憂愁の色が浮かぶ。

 

クエスト発生だ。

 

おかみさんの頭上に感嘆符が現れるのを見逃すことなく、「どうかしましたか」と訊くとおかみさんの頭上の記号が疑問符に変わり、点滅する。もうβのとき何度も承ったから失敗することなく続くように、おかみさんの話を聴いた。

 

話の内容をまとめると、娘が重病を罹ってしまったが、この村にある薬では治療できないから西の方の森に行って、そこにいる魔獣、正式名称《リトルネペイント》を倒せというものだ。

 

リトルネペイントは普通体、花付き、実付きがあり、出現確率は、花と実付きが普通体の百分の一に設定されている。

花付きからドロップする胚珠がこのクエストのキーアイテムだが、実付きについては、頭に付いている実をうっかり攻撃すると破裂音と共に異臭を撒き散らし、それに仲間のリトルネペイントが反応いて大量に集まってくるというトラップがある。

気を付けていればまず割ることはないが、ソードスキルは思ったより攻撃範囲が広いので実を殴って引っかかることが多かった。

 

 

――「どうか、剣士様。娘を助けて下さい」

 

「もちろんです」

 

即答して早歩きで扉の前に立つ。扉を開け、近くにいるナギナを呼んだ。

 

「ナギナ、さっき言ったクエの説明だ。入ったらおかみさんがいて、水要るか?って訊かれるけど、なんと答えてもいいよ。次におかみさんは台所に戻って、鍋を再び掻き混ぜ始めるんだけど、そこでじっと待つように。そしたら隣の部屋から、こほこほって咳き込む声がして、おかみさんが心配そうな顔をする。クエスト発生のビックリマークが出たら、すかさず大丈夫ですか。って聞くんだ」

 

「大丈夫か?より何か困ったことがありますか。の方がいいな。逃すとクエスト進行しなくなるから気を付けるんだぜ。内容は予想できると思うけど、子供が病に罹ってホルンカにある薬草では治らないから薬草を取ってきてっていうのだ。全て聴かないと、これも進行しなくなるから、よく聞くようにな。任されました!とか言ってクエスト開始だ。オッケー?」

 

優等生っぽく話を聞いていたナギナは頷いて、オッケーありがとうと言いながら、脆い木の階段を上り、扉を押し開けた。

 

暫時(ざんじ)の間待つと、戻ってきたナギナは、気を付けていこ!と初めての戦闘を楽しみにしていた。

油断は良くないが、だからといって何も心配していないのも変わったことだ。

 

「ナギナ、装備大丈夫?」

 

装備もクソも《スモールソード》にここの防具屋で買った革装備のみだから、確認の必要はないけれど、これについては気分と習慣の問題である。

 

「大丈夫」

 

俺達が村の門を潜ると、ちょうど広場中央にある櫓に備えてある全街共通の鐘が鳴る。午後七時。アインクラッドは現実との時間が連動されているに加え、季節もあるから肌寒い。

 

ここ、暖冬だった日本は二〇二〇年から二〇二二年にかけてのコロナウイルス感染症により、本来の気温が戻ってきた。在宅ワークなどの外出の減少で、人類は一時的に低活発化した。そこで、二酸化炭素排出量が激減したことを大きく訴えた専門家の影響で、地球温暖化への危機意識が少しだけだけど高まって、目標がこれまた少しだけ上がり対策が施される。従って、日本及び極東は数十年前の気候に本当に少しながらも戻りつつあるのだ。

 

十一月六日、俺はデスゲームとなったSAOへの事実を当日になんとも受け止めることができた。ナギナのお蔭でデスゲームの世界でも心配が軽減されているのは有難いと素直に思う。

 

 

木枯らしが吹く森林に俺達は向かった。

 

実は、まだ何もナギナにSAOの戦闘の仕方、ソードスキルの出し方は教えていない。

剣の振り方も分からないであろう命の懸けたゲームに対し、よく平然といられるナギナがある意味怖い。

 

クラインにレクチャー経験のある俺は自信満々に、「ズバーンと」討てと仕込んだところ、意味が分からないと呆れられてしまった。

師範である俺だが、ナギナはセンスが尋常でない。と、いつか追い越される。いや、直ぐに追い越されると感じた。技前の構えをした後、溜める感じで・・・発動した後は任せればいい。とアドバイスをすると、彼はそれだけで、一回目で、「一回目」で《スラント》を発動させた。更に、ソードスキルのブーストについても伝授したところ、なんだ簡単だね!とあっさり秘技を奪われた。

 

構え(予備動作)、モーション、溜め、青色に閃くスモールソードを後ろに向け、進む。

右斜め上の軌道を通り、空気を振動させ、低温を響かせ、剣の軌跡を光らす光子。

剣先が左斜め下を指すと急減速、光子が徐々に消滅し、剣の煌めきが失われる。

 

直後、

 

ドーンッ!!

重低音と超高音。同時に、周囲の植物らが踊り浮かぶ。彼らを散らした張本人は技後硬直を最短まで省き、立ち上がった。

 

「おお!凄い!すごいの言葉しか出てこない!」

感激した俺は彼に、拍手喝采を送る。

ソードスキルのブーストも、二度でマスターした眼鏡を掛けた人・・・ナギナに驚いた。あそこまでか・・・

 

「GJ. 次はパリィ&スイッチ、回避、POTローテーションだ。でもパリィだけはめちゃ難しいからね」

「何か覚えること多そう・・・ふう、分かった!」―――

 

リトルネペイントはリポップしては殺されるの繰り返しだから可哀そうになってくる。

本来、レベルが5有っても、ネペイントは基本レベル3なので苦労するはずだが、俺とナギナは完璧な連携をとるから相手にもならない。・・・精神的には。

つまり、実際ばっさばっさ倒すわけではさすがにないが、心は切迫しているのかと訊かれれば、否ということだ。

 

「オッケー。胚珠一つ獲得」

一時間程で、ひとつ花付きが出たので、二人分、ふたつは目は開始から二時間半あれば足りるだろう。

その頃には九時半か・・・そんなぶっつ続けでは疲労が蓄積して、危険になるが・・・

次の一体を倒すと、ちょうど俺のレベルが2に上昇した。

 

「よし!」

 

腹の横でガッツをした。

 

SAOでは可視化ステータスが二つしか存在しない。STR(筋力)とAGI(敏捷力)だ。そのステ振りは、更に二つに分かれる。筋力は攻撃型と耐久型。敏捷力は分かれない。攻撃力と防御力こをなぜくっつけたかは理解できないが、確かに筋力がない、か弱い人にタンクは務まらない。そういう解釈で良いと思う。

レベルが2に上がることで貰える貴重な三つステータスポイントを筋力、攻撃型に一つ。敏捷力に二つ割り振った。

 

そこで、再度リポップしたネペイントに剣を向ける。一匹四十秒で狩れば、一時間で1. 111…体花付きと実付きがポップするから、ひとまず順調と言えるだろう。

 

「行くよっ」

 

ナギナの分の胚珠をとるために俺達は同時に飛び出し、攻撃的なネペイントの触手を俺がパリィする。続けて来る奴の触手を全て弾き返すと、血を表す赤いポリゴンが散乱した。「スイッチ!」ナギナは恐れる身振りもせず、《スラント》を発動させた。CRI――クリティカル、クリティカルのときに描写させられる限定的効果で、ネペイントは瞬間的に隙を出す。

スイッチ!技後硬直を縮めたナギナは大きく叫び回避ステップで下がる、俺は喊声を上げて突進し、通常攻撃を幾らか叩き込んだ。

もう反撃態勢を整えた動く捕食植物は、気色の悪いウツボ部分に在る口から腐食液を放とうするから、俺は即座に回避する。

 

クラインと(ほふ)った青イノシシに対し、触手(ツタ)攻撃と腐食液噴射をするネペイントは、少し多彩なパターンだが、後に出てくるゴブリン、亜人系より幾分ましではある。ゴブリンはソードスキルを使用、駆使してくるからだ。

 

腐食液を盛大に四散させたネペイント周りの雑草は、瞬く間に枯れてしまう。

しかし、チャンスと見切った俺はHPデバフを受ける範囲に突き進み、《スラント》を起こす。発光した剣がネペイントを照らし、実体を浮かび上がらした。斜め上から奴の中央、茎を斬るが・・・堅い。削り切れるかな・・・

 

「やあっ!」

 

真横で聞こえた声に、安堵した。

 

「ナイス、ナギナ」




か誤字脱字報告宜しくお願い致します。

見返してたら、文へたくそすぎて笑っちゃいました☆
長い間書いていけばその内違和感なく楽しめるようになるでしょうので、それもお楽しみください。

あと8年遅らせています。2030年11月6日SAO正式サービス開始です。



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二、旅のはじまり

しゅぱっぱ!

あ゛・・・

 

・・・避けて、キリトっ

後ろ側にいたリトルネペイントの触手(ツタ)攻撃を食らったナギナのHPが三割も減少した。

 

ヤバい、一度引いて回復しないと。

「ナギナっ回復しろ!!」

攻撃を受けた部位が凹んで赤くなる。赤片を散らしたナギナは同時に後退し、直ぐに治癒ポーションを飲む。俺もバックステップの着地と同タイムで鞘に剣を収め、ポケットに手をかけた。大して削られている訳ではないが念のため。

追って来る奴に姿勢を低くし、抜剣できる準備を整える。まずい液を含んだ口を無視して簡易居合切りができる、《スラント》を起こした。

 

初期のスキルながら二方向、下段から上段へ、上段から下段への使い道があるこのスキル。前者は「簡易」ではあるけれど、片手用直剣で唯一の居合切りができる。《スラント》は通常、上段を使用する。とはいえ、剣が鞘に納まっているならこっちを使うのが無難であるのだ。

 

「らあっ!!!」

ネペイントの腹に切り込みが入った。技後硬直が緩んだら、奴に四方八方からの斬撃を与える。リトルネペイントの目が赤色に閃き、次の手がコンマ一秒後に繰り出されることを知らせた。

触手攻撃は全てを的確に防御することが難しいので(まず無理)一発目をパリィで除けると、まだHPが100%ではないナギナは俺の応答に反応してくれた。

 

スイッチ。

 

彼の耳傍で交代の合図を言うと、ネペイントの背後に回ったナギナは土を大きく弾き飛ばし、跳躍した。右腕を一等星に向けた彼は次に《スモールソード》をリトルネペイントに向け、を右から左へ、左から元の場所へ、直後、触手をパリィして、また叩き込む。ネペイントの視角に入らないよう常時、奴の周りを走りながら死角から、スルッと滑らかな剣撃を与える。

そして、またもやの猛攻に多量の火花を乱らさせながら、防御する。カンカンカン!!突きや斬撃を完璧に防御すると敵に発生する仰け反りにナギナはスイッチ!と唱え、下がった。

 

 

幾らかの時間が経過すると俺はレベル3へ上がり、ナギナはレベル2に上昇した。これでレベル3のネペイントに対して一定の《安全マージン》を獲得した。最前まで、レベル差によるカーソルが「危険」の紫だったが2で薄紫、3の現在で赤に変わる。

 

初日でここまで上がるとは考えていなかった。確か、第一層踏破の推奨レベルは10なので、迷宮区には足元さえ及ばないが、現段階最速のレベリングと言えるだろう。

今回もステ振りは筋力攻撃型に一つ、敏捷力俊敏さに二つに付与した。ナギナにはそこら辺指導済みだから勝手に終わらせるはずだ。

 

貴重なステータスポイントは主にレベルの上昇で貰える。俺はβ時代、丁度レベル25まで上げられたから、そこまでは分かる、以降は未知数だが。

 

一二三(ひふみ)の2、3は3ポイント、5、15で4ポイント、10、20では5ポイント、クオーターポイントの25は10ポイントだった。

後は35、45、55、65…は4ポイント、30、40、60…は5ポイント、50、75、100は10ポイント。

・・・これはただの予測でしかないが。

実際、茅場の言った100層までの攻略なら、100レベルでは全く足りない気がする。

 

ちなみにβテストで分かったことは基本その層+10レベルが推奨だ。なら、100レベル以上が存在するのかと訊かれても、クオーターポイントは何かを一とした時の四分の一の割方であり、四分の二、三も含まれるから上限100、と答える。

しかし、それではゲームの性質上鬼畜難易度となり、このデスゲームのクリアは99%不可能だ。

これが分かるのは、半年後・・くらいかもしれない。

 

 

「パンパン」

突然乾いた音に、気を許さず警戒する。何だ?

このフィールドでは絶対に出現しないはずの、人型モンスターのシルエットが見えた・・・ひとまず攻撃姿勢を取り、左の骨盤辺りに掛けてある剣に触れる。チャ・・自分の剣の金属音が聞こえた。その時、さっさっという草を踏みつける音に紛れて、敵のシルエットが浮かび上がる・・・いや、エネミーではない。あれは

 

人間、クエストNPC?

・・・違う、プレイヤーだ。

・・・俺達が発見できなかったということは、奴は隠蔽スキルを取得しているはずだ。彼はβテスターだろう。別に、《隠蔽》自体さほどおかしなものではない。寧ろソロプレイヤーが主スキルの後一、二を争う如く重要ではあるが、ネペイントには第一目がなく、視覚効果を遮断、及び軽減する《隠蔽》では現状、発動している意味がないのだ。

 

「拍手なんかして何の用だ」

その男性プレイヤーはこう言う

「ごめん、いきなり脅かしたりして。君らのコンビネーションがあまりにも見事だったからだよ」

男の目は特に疑いようのないものだった。人は、言葉以上に表情が、目がものを言う。

 

「君らも秘薬クエ目的でしょう、俺も秘薬クエ受けているんだけど、これが全く実付きが湧かないんよ。手伝ってもらいたい」

いちおう同意する。秘薬クエ―――《アニールブレード》を獲得できるこのクエストは100回言っても言い切れないほど大変だ。

そして彼に共感した俺は快く返事をしようとした。

いや、まて、β時代はよくやっていたこと、目的のアイテムがドロップするまでのパーティはどうか。

だがしかし、いくら効率が良くなるとはいえかれこれ二時間もぶっ通しで叩いているのだ。生半可な意気込みだと前はよく死んだ。

 

ナギナという天才の蕾?がパートナーとしているからとはいえ、ナギナも多分MMORPGは初のはずだ。

・・・あれ?まだナギナにそこら辺訊いていなかった。現実で剣道でも始めたのか?

・・・曖昧になってきた。

 

俺が短い間思考している間に、ナギナは普通にオッケーしていた。

「いいよ、た・だ・し、僕はMMORPG、いや、フルダイブすら初めてだから足手まといになるかも」

ナギナの強調した言葉に微笑した彼は、じゃあ現実でも剣道でもやっていたのか・・・と先程の俺と同じことを呟いていた。同意する。あの腕前だからな。

さすがに急に現れて驚かしたけれど、そこのマナーはあるらしい。・・・俺の行き過ぎた警戒だと思いながらも、依然怖れていた。

 

しかし、俺の剣の耐久値は後三十分だろう。斬り続ければ消滅する。

「すこしいいか。こっちは剣の耐久がもうないんだ。一旦街へ戻らせてくれないかな」

「・・・一応言うが、拒否じゃない」

俺の帰還の言葉に一瞬がっかり気味だった彼は、すぐに取り戻した。

「勿論。僕はコペル。よろしく」

ああと返事して彼に背を向けた。

 

一時間程経過すると、問題なくお目当てのアイテムが全てドロップしたのでほっとする。

見慣れたホルンカで胚珠を交換して、三人とも無事にクエストを完了させた。

何気に三時間弱かかったが、確認しない内に片手用直剣の熟練度が50まで上がっていて、スキルが色々と使えるようになっていた。

25で《ファースト・コスモス》50で《ホリゾンタル》、《バーチカル》、《レイジスパイク》

と、現在四つ解放されている。だいぶレパートリーが増えたなあ。

全部似たような技ではあるが攻撃力110%が120%になったり、単発が2連撃、3連撃と後ろになればなるほど基本的に連撃数が多くなり、威力が増加する。

β時代はログアウト、インができないなんて事はなかったから意味も調べた。

 

ファースト・コスモスは英語で《最初の宇宙》

ホリゾンタルは英語で《水平》

バーチカルは英語で《垂直》

レイジスパイクは英語で《怒ったトゲ》

だった。所詮翻訳ソフトかネットで調べただけだから正確かは分からない。

それとファースト・コスモスは「最初の」が付くから後々派生していくだろう。

 

ソードスキルについて回想をしていると、ふとβからソードスキルのエフェクトが強化されていることが浮かんだ。

厨二心を擽られるなあと、連撃数が増えるとどうなるのか密かな楽しみになった。

 

コペルとは何事もなく別れ、俺とナギナは値段にそぐわないぼったくりボロボロ宿に泊まることにした。

 

「はあー疲れたねー」

ほとんど無言で戦っていたナギナはぎりぎり柔らかいと言えるベッドに腰掛ける。

・・・部屋が少し高いものだから一応宿主に訊くとベッドが二つあると言ったのだ。意外。

部屋を見ると、室内の85%がベッドに占領されており、残念ながら想定外ではなかった。

 

10時半。俺達はベッドの上で完全に目を瞑る。

 

 

起床の理由は窓からのさえずりだった。小鳥がちゅんちゅんと鳴いていて、又冷風が隙間から侵入してくる。眼鏡を外した寝顔ですうすう寝るナギナを起こし、時間を確認した。

 

うーん・・・学校に行かないと・・・

っ・・!ナギナの寝言にハッとした。俺達は今、普通なら学校への準備をしている時間だ。突然の心配が頭をよぎった。

 

学校、行かなくていいのかな。

 

デスゲーム宣言の時点ではそこまで深く考えなかったが、これは異常だ。

日常がない。

 

俺は、そこまで学校に貢献していなかったから誰かが気にすることではないだろう。しかし、世間は大慌てだと簡単に、ほぼ直感的に予想できる。(のち)にSAO事件と名付けられる、この事はつまるところ一万人が監禁されているのだ。

 

おそらくニュースでは連日報道されるだろう。

その上、学校や職場では友達か同僚が心配する。小学生―――いないことを願う。

これは現実世界で後れをとることになる。社会人で、会社で働いている人は特にひどい損害だと思う。何日か分からない間、「ゲーム」によって休まないとならないから。仕事は確実に首になることなんて中二の俺でも分かった。学生は、同じ年でも勉強が一切理解できないことに陥る。又、俺もナギナもその一員。対処として、学年が下げたとしても、同級生なのに年齢が違うということになる。

 

日本の学校では異なる歳での同じ学年が場違いだという風習が微少にある。運が悪ければいじめに発展するかもしれない。勿論、教育委員会とか、学校とかが緻密に連携を取るだろうが、一部の子供達は、先生からの言いつけを重大だと思わずに軽い正義感で行うかもしれない。学年が上になれば、それは減るだろうが、間接的に痛いものを見る目で見られるだろう。絶対居辛いな。もしかしたら自分自身がそういうふうになるかもしれないのに。

俺はβの進み具合から一年以内にクリアと予測するけれど、一年、茅場は本当に何がしたかったのだろうか。

 

・・・俺はナギナを揺さぶって起こそうとする。それでも起きないナギナに名前を呼んで試すが、これも失敗。

 

・・丁度7時。少し早いような気もするが今度こそ容赦せずに現実に誘った。

ナギナー!

 

ばっ

 

急覚醒。

「遅刻!」

これを諦観したというのだろう。

 

黄味がかかった白い布団を起床の勢いで畳んだナギナに俺は、ここはSAOだよと言う。更に直後の気まずい雰囲気を無理やり打ち消すように言った。

 

「まずはクエスト受注しに行こうぜ」

あっ・・うん。

何時でも正気なナギナに俺はメニューウインドウを開き、彼の正面に持っていった。

「今から、このホルンカから北へ3キロ、渓流のほとりにある村に行く。そこでのクエストが一層の重要アイテムの一つだから」

「うん、分かったよ。・・ところでアニールブレードの強化はしなくていいの?」

まさに今そこで強化素材を貰いに行こうとしているのだ。首をかしげるナギナにはソルスの光が目に入って、いかにもアニメっぽくキランと眼鏡が反射した。

 

苦笑いした俺は彼に図星だよ。と言う。

「町は《ファルべカ》。ホルンカより一回り大きくて、畑だらけ。二層は牛がテーマなんだけど、そこで牛の餌を作っているっていう設定」

「トウモロコシでも栽培しているのかな?食べ放題だったらいいけど」

甘いトウモロコシが好きなのか、欲が出ている。

 

ファルベカの世帯数は《ホルンカ》より僅かに多く、町長以外全ての町民が農家、及びその子供だ。

 

田畑は民家から北へ一キロ幅500メートルと現実で言えばさほど大きな耕地ではないが。しかしSAO第一層が十キロ。一キロは直径の十分の一だから広い。

細かい位置関係や様子は、はじまりの街は最南端から北へ500メートルに南の大門。北の大門まで2キロ(直径2キロ)、ホルンカはそこから北北西へ2キロ、ファルベカは更に北へ3キロの地点。そこから1キロ田畑が続いているからもう端の方だ。“まあまあ”長いか・・傾斜は緩やかだが北端は相当盛り上がっていて、自然の形が中々の絶景だ。途中ゝゝ麦色の合間に収穫した作物を保管する小屋、渋紙色の農業倉庫が点々としているのも味を出している。・・・まあとにかく凄かった。

 

・・・この宿は二階建てで四部屋あった。俺達は2-1を取ったので真正面の三階建て民家からぎりぎり隠れず、南向きの窓からはソルスが伺えた。向かいの道は舗装され、右側は一軒家が並びんでいた。左の草原を見たナギナは振り返って、行こ。と発した。

 

東の門から圏外へと進むと遠くでモンスターが幾らかポップする。オオカミ系Mobだ。雑魚を狩っても効率が悪くなるだけなので無視する。

「アニールブレードずっしり重いね」

鞘に込めてある剣が変更されたことで移動速度が若干低下する。改めて、こういうとこ細かいなあ。

普通のMMOはステータスさえ上回っていれば、大剣以外で速度が落ちることはないと思うが、SAOには個別に重量が設定されている。要求ステータスが同じでもサバイバルゲームの様な重量があるのはリアリティが増していい。

 

横から怒号を発して突進してくる青イノシシをあっさり剣で吹き飛ばし、衝撃で殺す。一瞬硬着したイノシシは体を青く発光させ、同時に無数のポリゴンの破片へ変化した。

・・敵は経験値だと考え怯えずに怯まずこれからも生きていく!ともう一度誓った。

 

《ファルベカ》へ到着した俺達は、いくつかの通りを曲がった。町の端の方で目を伏せ、しゃがんでいるクエストNPCに話しかけるナギナ。何度も見るこのマーク。クエスト発生だ。

普通、βテスターの俺が間違えないためにやるべきことをナギナが先行しているのには以下のような背景がある。

 

『たたたた・・

人が通る事で獣道のように草が生えていない環境を快速で駆け、俺達は目的のクエストの話をしていた。いや、話ではなく単に俺の一方的な講義と言うべきだろう。

「ファルベカで受けるクエストは、おn...」

「ストップ!!キリト、さっきからネタバレしている!」

おにいさんが野獣退治に出かけようとして、腰を怪我したから野獣を抹殺して()れ。というのだ。

とまさにネタバレして、最後のオチまでバラそうとしていた俺は早々と静止させられた。

「僕に十層までの間丸ごと教えようとしてたでしょ!」

何気にぷくーとわざとらしくなく頰を膨らませたナギナに、俺は「確かに」と同意させられる(ほか)なかった。

悪気は断じて無いが、知識的な意味での師匠として調子に乗っていたのは(いな)めない。』

 

そんな訳で俺から話しかけなかったのにはこういう理由がある。理屈の通った事だろう?どちらから発生させようが何も変わりはしないが、俺がテキトウな謎解きゲーで答えを見せつけられた楽しめない。ならナギナも同じ事だ。

 

 

クエストNPCは泣いてはいないが、目が滲んでいる様子だった。彼はファルベカ農場を営んでいる内の一人。年齢的には、今最も働ける歳といったところだ。

田畑は実は圏外。モンスターこそ湧かないが、偶に侵入してくるらしい。現実世界でも山に住んでいた動物が食糧難で降りてきて畑を荒らすのはよくある話だ。

 

☆  ☆  ☆

 

―――暫く経ってからだが、現実での実例とは少しだけ、根本が違うことに気が付く。βからの変更だ。

 

彼はそこで熊かイノシシかに襲われたのだ。

 

「大丈夫ですか」

ナギナは彼にそう言う。腰を低くし、目を向けた。クエストNPCはナギナを上目遣いで見、ナギナの穏やかな表情を読み取ってか、実は・・・と続ける。

薄茶色いレンガの壁を背に二人は立ち、詳細を話した。NPCは用意されたセリフを喋る。

 

SAOはさすがに《初のフルダイブ型MMORPG》という訳で注目されている。その甲斐あって、結構な種類の応答がβの時から備えてある。旧来のRPGゲームと違ってプレイヤーは百通りの質問をできるからだというのは単純明解だろう。

だが俺がβ時代に彼から受けた反応から幾分雰囲気に合っている気がする。β時代はプレイヤーがどん底に居ても、逆にニコニコしても、NPCは用意された感嘆以外は雰囲気に合わせた喋り方をしなかった。

一言で「自己中心的」と表せる。

しかし、今はAIがプレイヤーの顔を窺うようになったのだ。横暴な、素っ気無い言葉で答えれば、NPCも素っ気無く答える。真剣に興味深そうに答えれば、NPCも丁寧に教えてくれる。ということだ。

 

折角のフルダイブなのに、自分の返答に対して場違いな答えが返ってくる!(例えば、ふざけんなよ!と言ったのにずーっとニコニコしているとか)そこで細かい事を気にする誰かさん達がネットで呼びかけて、フィードバック送信していたという噂を聞いた。

 

☆  ☆  ☆

 

「実は・・・私達の畑を荒らす者がいまして、それの退治と出たところ奴はイノシシだったのです。

私は短剣を持ちまして、一本入れたのですが奴は死ぬ覚悟で自爆してきました。

私は、手に大火傷を負い左手が使えなくなってしまいました。

っ・・・わ・・たしは左利きで農作業には左手が必須なのです。勿論両方あることが望ましいですが、片方でもできなくはないのです。・・・しかし利き手ともなると、いない方が良く、おまえはしばらく休養だ。右手に馴れるまで来なくていい。と仰るのです。でも、右手に馴れたからといって、効率良く作業ができないもので・・・っ。」

 

自爆!?

 

βではそんなこと無かったはずだが・・突進されて腕を失ったという設定だったのだ。第一、野生のイノシシが自らを爆発する力などない。昨日クラインと狩ったイノシシは最終手段の特攻なんてしなかった。HP低下によるパターン変化はあの手の雑魚モンスターはしないはずだ。

 

確かに、秘薬クエ(アニールブレードのクエストの愛称)も病に罹った娘などが追加されてはいた。しかし敵Mobの変更はなく、NPCのAIも少し人間らしくなっただけだ。

俺は正式サービス版での修正点はバグ、グラフィックの向上、一部の立ち入り不能エリアの削除、NPCのリアル化、細やかなUIの変更。難易度の微調整だと聞いた。公式ガイドブックに記載されていたから絶対だ。しかしネックになるのは、それ以外の変更は初日の時点で無いと断言していたことだ。茅場もこれ以降はカーディナルシステムによって管理し、この世界に外部から手を加えれるのは自分一人だと言った。

イノシシが自爆したのは単純に設定の改変だ。それを茅場一人で全て行えるとは思えない。カーディナルシステムが設定の追加をできるなんて聞いていないぞ・・・

 

・・・まだ俺達に分からないことは沢山あるのか。

 

とりあえず自爆については疑問だが、実際初めてのナギナはこれに疑問を持たないから、俺が必要以上に警戒する必要は無い。

まあβテスターは全く同じストーリーを二度も見なきゃならないので、少し変更されている方が楽しみがあっていい。

 

俺が脳を巡らせている間、NPCと話終えたナギナは、しっかりクエスト進行中を意味する疑問符をNPCの頭上に挙げていた。

 

序盤はβ時代と変わっていなく「鬼退治」だ。・・・鬼ではないけれど。

 

「今から宜しくするわけだから名乗らなくては、私はタイカと申します」

 

彼は、タイカは小さく会釈し、直後俺達のパーティーメンバーとなる。俺達と類似装備なタイカはレベルも1で俺達が守らなければならない存在だ。

所詮イノシシだから倒して終了。簡単なクエストだ。

 

よしナギナ!行くか。




オリジナルなストーリー書いていて楽しいですね。

この物語を進めれるのは私、ひとりだけですもの。

途中の「耳傍」という単語が存在するかは分かりません。つまり適当に創っただけです。
まあ「耳元」とかいう言葉もありますが

誤字脱字報告宜しくお願い致します。


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三、危機

こんにちは
まさかの転校することになりました。
今回はちょっと長めです。
どうぞ。


「らあああっ!」

今俺達はまさに絶体絶命だ。

まさかこのクエストがここまで強化、難易度の上昇が施されているとは思わなかった。MPも殆ど残っていない。比較的簡単なクエストだったβ時代の経験で、ポーションは最低限しか所持していなく、HPは後9割、第一HPポーションは後1本。第一MPポーションは無し。MPの自然回復は遅すぎて話にならない。第十層で、エクストラスキル、《無窮の技巧者》という、MP自然回復をブーストさせるものがあるのだが。無いものねだりをしても今はどうしようもない。

 

「ナギナ!これ以上は無理だ!こいつら一体が限界だ!・・撤退は?」

「分かってる、でももう囲まれているよ!隙間を通り抜けようとすると突進でぺちゃんこに潰れるよ!」

小ボス級モンスターが六体。全てイノシシのデカいバージョンだ。一体の強さはレベル5と俺達より高い。だがHP、攻撃力共に低く一体なら二人でぎりぎり倒せる。しかし数が多すぎる。このクエストの真意を考えたいところだが、そんな余裕はない。

「覚悟して一体ずつ倒すよ。別イノシシの攻撃は全部避けて」

「オッケーナギナ。おまえこそ弾こうとするなよ」

その言葉を待っていた俺は的確に触手を弾くナギナの昨日の姿を浮かべ、そう言った。

「勿論」

彼もその気はなく、俺達は合図を出し合い、戦う。攻撃は防御ではなく、ステップで避ける。

 

NPC、タイカは怖いからという理由で、畑から西にある山の途中、平たくなっている処で俺達を待っている。俺達はその山の丁度峠でイノシシに遭遇した。直径一キロとまたまた結構大きな山で《ファルベカ》と農地、山を合わせれば南北1キロ、東西1.5キロはある。

実際、このクエストのみだったら広くて暇、飽きるが、ファルベカにはβの時から十種類以上の豊富でそれなりに時間の掛かるクエストがある。尤も、正式verではクエストも増えているが。

 

イノシシはどす黒い茶色で、鑓が身体に突き刺さり、片目を失っている。しかし全ての個体がそうとは限らなく、それぞれ体色が微妙に異なっていたり、体に刻まれている剣跡が深かったり、浅かったり、方向が九十度傾いていたりする。

凄いな。一つ一つのモンスターをデザインするのは大変だろうに。

 

とにかく、戦いながら誰かを守るというのは、非常に難しく、多くの集中を注ぐ必要がある。だから待っている。という設定は有難い。

 

もうかれこれ30分は避けては剣を入れて、避けては入れてを繰り返した。相手も雑魚モンスターではないため、圧倒的な集中を延々と続ける。

しかし、昨夜も秘薬クエで二時間近く没頭していたから、ずっとは無理だった。警戒が散漫したとき俺は遂に相手からの直接攻撃を食らってしまう。

ここ30分間体同士が擦れることはあったが、HPは減らなかった。でもこれでポーションを飲まざるをえない。最後の鈍い味を脳に送る第一HPポーションを口に含み、HPが1ドットずつ回復するのを確認した。

 

そして、とあるウインドウ操作をした。

 

先程の攻撃、イノシシのただの突進かと思ったら途中で中断し、噛みついてきた。横に移動し避けようと試みたが、腰に軽く噛みつかれ、HPバーが2割近くも減った。もしガブっといっていたら、3割は無くなるだろう。

 

標高200メートルの山。俺はその頂上付近にいる。気が生い茂る山中を抜け、木が同心円状に林立する峠の核心、茶イノシシに向かって斬撃を入れた。黒鳶(くろとび)の地面は言葉通り湿っていて、不快感を与える。軽い水溜りが点々として、俺達の周りにある木の葉は濃い緑。ソルスはその隙間から顔を出し、この薄暗い空間の光を付与する。

 

ナギナは斜め前で茶イノシシの攻撃を避けた。頭突きと言ったところだ。彼は次に来る踏付けの技後硬直を狙い、あえて立ち止まる。当たる直前にイノシシの横に回り、盛大に空振りしたイノシシにソードスキル《バーチカル》をお見舞いした。

重低音と共に、ライトエフェクトを迸らせ腹に傷跡・・攻撃判定による赤い裂け目がイノシシにできる。その瞬間キーンというソードスキル特有の超高音を一帯に響かせた。直ぐにナギナは俺に

「今のクリティカル!一割減った!」

と言う。こっちのイノシシに追われている俺は返事をナイス!とだけ返し、同時に迫る二つのイノシシに備えた。

 

ナギナはソードスキルの技後硬直から抜け出し、ぎりぎり・・・次の別イノシシの攻撃を避けれなかった。

俺は視界左上に有る「Nagina」と記されたHPバーを眺め、黄緑色のヘルスポイントが大体十分の一減ったことを認める。

 

俺がイノシシらに備えてから一秒が経った。 

ン゙ヒー!

ン゙ヒー!

途端、突進。高さ1.7メートルほどの巨体がどんどん大きくなる。

二体に続いて、遠くに走って行った俺が抱えている三体目も戻ってきた。アイツも十秒後には対応しなければならないな。

はっ!

問題なく躱し、俺は時間の許す限り少しでも多くの剣を与えた。

 

SAOは限りなく現実世界に寄せてある。モンスターは基本的に現実世界にいる動物なので行動が似ていて、例えば今戦っているイノシシもその一つだ。具体的に説明すると、ひたすら永遠に攻撃はしてこなく、興奮している素振り、いちいち地面に鼻先を付けたり、威嚇したり、あっちやこっちを振り向いたりする。

そのおかげで後々ポップする人間型モンスターよりも簡単だ。彼らは剣を使うし、回避も上手い。又、無駄な動きが無いのだ。

だからこの30分間なんとか生存できている。

 

三体目のイノシシはゆっくり接近して、俺の周りを歩き、様子を窺っている。俺から見て横腹を見せるどす黒い茶イノシシの腹には赤みがかかった縦線が刻まれていた。剣の跡だ。俺が予想するに、

『NPCタイカが会ったのはこいつらの子供に相当する。村で痺れを切らした村長か誰かがイノシシの退治計画を立てて村で剣が使える人全員でここに来たのだ。最初はタイカが会ったちびイノシシだと思ったのだが、結局は子供で親分が居た。已むを得なく戦った、が撤退した』

という感じだ。

こんな伏線はβでは無かったから正式サービスで追加されたのだろう。奴の傷もβでは無かったしな。

 

三体目イノシシが周囲を回りながら俺を窺い始めて早三秒が経過する。決心したのか茶イノシシはまたまたゆっくり接近し、距離は一メートルまで縮まった。さすがに全長2.2メートル、体高1.7メートルあるだけあって、それなりの迫力がある。

 

しかし、自分とほぼ同じ背丈のため許容範囲内だ。

体高二メートルを超すと恐れを感じるようになる。三メートル以上は怖い。うん、怖い。何度か五メートル級と戦った事があるが、それクラスになると基本的に味方と共闘することになるから大丈夫。裏を返せばそれ程のデカさとなると一人では無理だな。

 

俺は茶イノシシの頭上に表示されるHPバーを確認し、残り一割しかないことに驚いた。もうここまで減らしたのか、と。

 

足を後ろに引き、体勢を低くする。戦闘開始以来剣により力を掛けよりダメージが入るようにしていた。ただの斬撃が通常攻撃とするなら、通常猛撃?猛攻?と言える。

そのかひ有ってか三分前、熟練度がまさかの53に達したのだ。β時代、ここまで上がるのに丸一日(十時間)必要とした。謎の仕様、熟練度50から53までの間少しだけポイント獲得が難しくなるというのが実在する。憶測ではあるが茅場の誕生日だと思っている。・・・

これが氷解するのは半年後か、一年後か。

 

そんなわけでこの53には凄いソードスキルが眠っている。「眠っている」にある通り隠しスキルだ。初期ではβで死ぬまで熟練度を上げていたのだ。デスゲームとなった現在のSAOでは絶対に行ってはならない事になったが、とにかく100までは上昇に明け暮れていた。でもいかなる理由有ってか一時期効率が二分の一になりなぜだ?と色々調査した結果。

隠しスキルだったのだ。これに勘付いているのはβテストに選ばれた千人の中で数人しか存在しないと考えている。

50から53までたったの三つだからだ。大概の人は没頭しないだろうし、何度もメニューウインドウを開いていたらキリがない。しかし俺は1から100まで毎度毎度確認するために、大量にある設定欄の中の熟練度上昇時の通知をONにしていた。初期設定ではOFFにされているが、ステータス→スキル→熟練度を省く方法がないかと探し、ONにした。最終的に集中が途切れるからOFFにしたのだが。

そこで発見したのだ。50から53までの三つ、他より明らかに遅くなっていると。最初は50というクオーターポイントだから小難しくなったと考えたのだが、54以降は元に戻った。という理由だ。

 

暗中模索を続け、果てに

『ステータス→スキル→熟練度の熟練度欄にある小さなボタン、詳細表示で熟練度ログを可視化し数字が並んでいる中、53になったところを見つけ、タップし選択。

「何々が何々で何々に何ダメージを与え武器熟練度が1上昇した」と細かく明記されている。更にその端に有るこのログの「削除」の右隣のボタン、見たときは意味の分からない「獲得」をタップした。ウインドウの上方に小ウインドウが表示されソードスキル《ステリー・ソルヴィング・アイウス》を取得したと出る』

となった。

一応他の54や55などの確認もしたが「獲得」さえ無く、隠しスキルだと予測した。

以上である。

まとめると50から53の間熟練度上げが難しくなるのはヒントということになる。

 

三分前、丁度ポーションを飲むタイミングでこれを実行した。UIがほんの少しだけ修正され超絶見やすくなったウインドウを手早く操作し《ステリー・ソルヴィング・アイウス》を取得した。

 

今俺は、非常に細い糸で止められているような雰囲気のイノシシに剣を向けて、それを発動しようとしている。もう一度HPバーを視認し、直後、残りヘルスポイントが一割のイノシシと全く同時に攻撃を開始した。

 

このスキル、《ステリー・ソルヴィング・アイウス》は三連撃。三連撃が初めて取得できるのは熟練度125の《シャープネイル》だ。だから一層の時点で使えるというのは有利になる。無論、連撃数がソードスキルの全てではないが。

 

剣が少数派の色、緑に光る。最も最初は斬撃・・・ではなくそのスキルに応じた構えだ。全てに違う準備動作があり、適当に振っても何も起こらない。このステリ―・・長すぎるのでSSAスキルは剣を一定の位置・・・右手を上段に、剣先を真正面に向け左手を剣身の中央部につの字の形で囲うと発動する。

 

はっ!!

緑色に眩く《アニールブレード》は上段から剣を高く上げ、大きく助走をつける。

ソードスキルというのは、単純な動きが殆どだ。無しでも同じ動きはできる。でも、やはり速い剣速と与ダメージが圧倒的だ。もう一つ利点がある。ソードスキルが直撃すると相手にノックバックが与えられることだ。

神速の三連撃を食らわせ、茶イノシシ、《リーパーボア》(Reaper Boar)は、イノシシとしては長い生涯を終えた。

 

 

「・・・・」

顔が青白い。

ここまで疲労するのは初めてだった。あの後全ての茶イノシシ六体を倒し終えた後、タイカが居る所まで下った俺達は、クエストの報酬を貰おうとした。

 

『君達・・ありがとうございます。これはお礼です。受け取ってください』

タイカはそう言った。そして俺達はまんまと騙された。

それは謝礼ではなかったのだ・・・

 

彼は人間ではなく人間に化けた動物。日本のお伽噺(おとぎばなし)で有名な「たぬき」であった。

「くっそっ!まだ終わらないのか・・・」

 

・・・このクエストを丸々片付けるのに三時間を要した。

 

本当のホントの伏線は、彼は怪我さえしていなく、たぬきが化けていただけである。たぬきが人間を陥れるために、超絶強いモンスターに戦わせる。これが真実だ。

幸い、クエストの報酬は俺達が求めていたもので、安堵する。突っ走ったおかげでレベル4だ。

 

 

———お遣いクエスト!!

あの後《ファルベカ》戻った俺達はお遣いをこなしていた。

 

もう疲労が蓄積し過ぎで、到底戦えないからである。

一通りファルベカのクエを掃除したら、ホルンカやはじまりの街に行って、軽くコル&経験値稼ぎをしようとナギナと合意した。

何か買ってきてだの、何かからドロップするアイテムを持ってきてだの、アイテム拾ってこいだの、特に頭を使う必要は無い。

俺達は現在最もレベルの高いプレイヤーなので、ここまでの初心者用クエは簡単に行えた。

 

ホルンカでは、グロトカゲを狩ってきてというのも有った。村の周りは弱湿地帯で植物系モンスターが多く、グロトカゲの身体は緑に染まりぬめぬめした皮、眼球の大きさが左右対称ではなく舌をしゃーと出して襲ってきたが気色悪いで済んだ。

 

依頼NPC(いわ)く、キモイから。だそうだ。

 

《はじまりの街》では、未だに黒い雰囲気が漂っていて未だに発狂するプレイヤーが居る。

ナギナは心配そうに、時には怪訝(けげん)な表情を浮かべていたが、俺は、俺達が彼らを助けられるだけのステータスが無いと、説得した。

実際のところ、俺が初心者を手助けしたことがないからなのだが。

 

 

 

ナギナは俺の説得に応じ、深く頷く。ただ、首肯した訳ではないようだった。

いつか、ナギナがものすごく強くなった時、彼らに手を差し伸べるだろう。

 

《はじまりの街》「商業区」。

ここでは武器強化屋、武器屋、武具修繕屋、防具屋、防具強化屋、部位に特化した武器屋、防具屋、ポーション系ショップ、ヘアカラー専門美容院(超高い)、アクセサリーショップ、パン屋、肉屋、八百屋、飲食店、万屋(素材屋)、鑑定屋、その他もろもろなどがそれぞれ数店舗ずつ出店している。

武器の種類は壊滅的に少なく、β時代ここで販売されているのは武器種につき二つ。一つ次の村に行けば三つ、ファルベカは四つ売られていた。

ざっと見たところここは変更なし。

 

この商業区への用はクエスト。

『ここで商売をしていた人が売り物の素材集めでフィールドに出かけていた。

ある日、街中でレアアイテムの噂が広まる。なんでも、市場価格は1億コルにもなるというものだ。

・・・残念ながらプレイヤーは売れない。

それははじまりの街のどこかの仕掛けを動かし、秘密基地のような場所で謎解きをする。最後の部屋に辿り着くと、室内には黄金に光る宝箱があるらしい。

百年前その探検家がそこを発見し、宝箱を開いた。探検家はその中に収められていた超レアアイテムを手にし、最終的に億万長者に転身した。

でも恐ろしく価値の高い物を買える人は存在しなくついにはここら一帯を統治している王が買い取ることになり、探検家は莫大なコルを手にする。しかし、何の理由か王はそれを手放し、探検家から聞いた元の場所に返した。

 

噂の発端(ほったん)は上記と記された書物が、黒鉄宮から掘り出されたことだ。

 

お目当ての物はお宝ではなくNPCが()れる《剣身の心》だ。アニールブレードの強化素材である。今朝(けさ)、難易度の上昇であれだけ災難に遭っておいて、大丈夫なのかと悲観的ではあるが、今回のクエは圏内のみでできる。まあホントに探偵しか解らないような内容ではあるが。

俺も含めたβテスターは総勢で挑んだから真相は全部分かるけれど、ナギナがつまらない!と俺に訴えるのは理解しているので詳細な解き方は控える。

 

どのような経緯で探すことになったかはNPCが(こぼ)さず言うので口出しは必要なさそうだ。

 

 

「お!兄ちゃん、

一緒にお宝探し行こうよ」

 

・・・・珍しく(?)馴れ馴れしいのだ。

 

「いいですよ!お手伝いしましょう」

「お!メガネ兄ちゃんノリがいいね」

 

というように俺の前でクエストが開始された。

 

「まずはどこかにあるなんかの仕掛けを動かすことだ!」

分かりにくい日本語で喋るNPCは気分が良いみたい。

商業区を出て、数分。石畳が敷き詰められている地面はコツコツと音を立て俺達三人がいることを周りに知らせる。

他人が邪魔にならないようにするためか、雰囲気作りか一時的マップに転送されるのは有難い。プレイヤーの殆どがここに留まっているからだ。そんな所で悠々とクエストを進めている人がいたら何というか・・・複雑。

 

 

—————意味分からん。

無理難題に手こずるには当たり前といえば当たり前だ。

ボアクエの方も高難易度に設定されていたから同種クエのこちらも停滞するのは当たり前といえば当たり前だ。

当たり前・・・・

 

無理っ!!

 

結局ナギナも降参したらしく俺に助けを求めたのだが、「なんじゃこりゃー」の勢いだ。

仕組みの(いしずえ)自体は特に変化無し。

南京錠で例えるならば、鍵式だったのが鍵+暗証番号を要求されるようになったような・・・

 

「キリトーこれ意味わかんない!」

同意。と小声言うと、

「いやいやいや、元βテスターって非テスター者にアドバイスをするためにいるんだよね?今朝から君、意地張ろうとしていたのに?」

 

ごもっともです。

と呟いておいて、俺は適当に逃れようと発する。

「い、いやー俺も昨日の秘薬クエ全部知っていてつまらなかったんだよなー。折角今朝のクエも変更を受けていたわけだし、楽しもうよ。ね、ナギナさん」

分かったよとナギナは返答し、身を翻して再度謎解き・・・パズルとにらめっこした。

俺は、この薄暗い空間の中、どこ(どこ)かに隠されている鍵を探す。

錆びれた椅子をどかして机の下に目を向けたり、壁ぎっしりの棚を一つずつ注意深く見た。

 

三十分後。

「ふうー有った」

「遅い、キリト、僕は十分も前に終わらせていたんだからね」

じゃあなぜ俺を手伝わなかったのかというと、元々パズルは俺の担当だったからだ。

 

この地下の家、どれくらいの広さなんだろ・・・

 

 

究極的に、謎解きクエストは6時間かかった。辛い。鬼クエ。基本的にクエストは15分から30分。秘薬クエはレア武器だから一時間半ぐらいだった。比べ物にならない。

 

夕暮れ時。

もうソルスは朱色に変色し(あわ)く発光している。

 

はじまりの街の民家の地下からでてきた俺達はニカっと純白の歯を少し出して笑うNPCに例の品を渡された。

——《剣身の心》。

 

朝の《剣柄の魂》と一緒に強化すると、《強靭(きょうじん)なアニールブレード》になる。

強化より進化の方が適当だが、システム上なぜか強化に位置していた。多分、単純なステータス強化ではなく、強化での+〇の効果が付くからだ。

 

《強靭なアニールブレード》は通常の《アニールブレード》から重さ+3と正確さ+1丈夫さ+2鋭さ+3だ。

・・・・

チートみたいな性能だ・・・

 

「さてナギナ、今日の目標ででっかいクエはもう終わらせた、他のクエストも全部片付けちゃお」

俺が話題を持ち出すように言う。

「うん、今朝言っていた通り、本当に安全なクエストしか受けていないようで僕は安心したよ」

「まあ、朝のあれは特別だったからな。あの様子だと明日からも無謀なことはできないよもんね。でもあのクエみたいに難易度が上がってても、それはβで得た知識があるからだし、知識さえなければただ高難易度クエストでしかない」

そうだよね、と同意するナギナ。

これからはβの知識は使いどころを考える必要があるだろう。

勿論、戦闘の経験ではβテスターの方が有利だが、俺達のようにどんどん突きって、最終的には変更された点に混乱するだろう。

一番の望みは、βテスターのような経験者がβ時代の知識で挑んで、死んでしまうことだ。

どうにかしなければならないのは分かっている。だがネットが存在しないSAOで、更にまだ序盤に分かってもらうのは不可能だろう。

 

俺達は、二日目にして最も腕の良いNPCの鍛冶屋に《強靭なアニールブレード》への強化を依頼した。午後九時の三分前である。

 

成功率は85%。少し心配だったためコルを余分に支払った。

確率を上げるためだ。

基本は素材を上乗せすることで向上する武器強化及び進化成功確率だが、この強化の場合コルを乗せるだけで良い。お値は張るが。

85%に10%追加され、95%になった。

 

ここで妥協しては、後々あの悪魔クエを受けなくてはならなくなるからしようがない。

 

Congratulations!!

 

黄色い文字にぼかされた白い枠線で表示された。

続いて、

Succeeded

と出る。

そのウインドウの右端に備えてある、強化後即時ステータス確認ボタンを押す。

やっぱりチート性能や・・・・

β時代から変更はなく、重さ+3正確さ+1丈夫さ+2鋭さ+3だ。

単純に考えて+9の武器だ。

ついでに普通の強化もお願いした。+2まで。

鋭さ、丈夫さにそれぞれ一つずつだ。

まだ殆どアイテムは持っていない二日目でも、ある程度のクエは終わらせたおかげでぎりぎり挑むことができる。

確率は悩むところではあるが、最初の+3までは案外普通に成功する。

それ以降は急激に不成功になりやすくなるので素材を上乗せしてやってもらわないといけないが。

これで実質的+11になる。一層の片手用直剣では最強だろう。迷宮区前の街に売っているものには初期ステータスが(おと)るが、本質的最大で+17まで強化できることになった。

 

このクエスト実のところ、βテスターで片手用直剣使いが皆挑戦するのだが、大抵は謎解きクエで諦めていた。今回はボアクエの方も強烈に強くなったから、これを手に入れるのはごく一部だと予想する。

それに、このクエストが明るみに出たのは二層の中盤だった。理由は《剣〇の〇》シリーズの使い道が分からなかったからだ。

更に、クエスト自体一部にしか知れ渡らなかった。これの理由はその頃には《強靭なアニールブレード》は劣れど、NPCショップで買える武器で十分だったからである。

 

 

「試し振りは明日にしよ」

とナギナが言ってきた。

今日は強靭なアニールブレードのために大分頭を使用した。もう休むべきである。

「うん。ここで寝泊まりしようか」

即時返し、質素な宿屋に身を寄せた。




誤字脱字報告宜しくお願い致します。


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四、新しい繋がり

こんにちは前回の投稿から二ヵ月が経過しました。
ここ、転校とか補習校の入校(海外住まいなので)
で超絶多忙でした。

転校はインターナショナルスクール(私立)への転校ですので試験勉強とか馴れとか大変でした、少し落ち着いて来て、やっと完成にこぎつけ、投稿した次第です。

ちょこちょこ書いて、一週間おきとかだったので段々と無理やり感がでてきますが、これからもそうなると思うので、ご了承願います。


翌、現時点最前線の《ファルベカ》の町周りでレベリングに勤(いそ)しんでいたところ、女性プレイヤーが一人、南東の門をくぐって圏内に入るのを見た。

 

朝っぱらから晴天でお天道様が俺達を睨みつけている。微少に秋を感じる気温に燦燦と降り注ぐ陽はやはり、まだ夏であることを知らせた。

 

横目にチラッと映っただけだったため、年齢までは分からない。

どちらにしても、このデスゲーム宣言後まだ間もないのに関わらず最前線に女性プレイヤーが居ることに物珍しく覚えた。

 

目の前のシカ型モンスターの立派に枝分かれした角は、切迫感を俺に与える。

一瞬逸れた集中を再度シカに返した。

 

 

「さて、このようなことになったのにはどのような背景があったのかな」

ナギナはその女性プレイヤーを直視して、きつく質問する。

薄暗い中、俺達が物体を見れるのは太陽・・・ソルスではなく月と人工物だ。

「えっと・・・とりあえず町に戻りたいです」

———結局、その女性プレイヤーに会うことになった。

 

言葉に俺達は従い、第一に町に戻ることにする。

 

空気中に砂が浮遊し俺達の視界を悪くしていた。

一層は緑が多いものの、多種多様なマップが展開されている。これは、一層がアインクラッドで最も広い面積を持つからだ。

砂漠もその一つだ。そして、ここは砂漠である。

さして「広大」とは呼べないものの、砂漠の外周は盛り上がっていて有るであろう緑が見えない。

 

 

 

———この砂漠の特徴は、一部を除外しモンスターが出ないことだ。

今、どれだけの声量で発狂しようと、敵はポップしない。

サハラ沙(さ)漠(ばく)には基本的に生命が存在しないのだ。それと同じだろう。

 

さっさっと三人の足音が聞こえる。

「あの・・・お名前をお伺いしても宜しいですか?」

突然の問いに俺達は答えた。

「僕はナギナ。その人のパートナー」

素っ気無さが混じる返答をするナギナ。

「その人と言われた人はキリトだ。君は?」

「えっと・・・マツリです」

対し、俺は柔らかく返すと一瞬控えめに、でもはっきりと返事をしてくれた。

 

テキパキ会話が進み、名前は知ることができた。

さっきから会話の最初に「えっと」を付けてくるマツリは、しかし、未だに肩を狭くしている。

ナギナが先程から強く言ったのは、女性プレイヤーがこの砂漠にいることが原因と推測した。

 

一昨昨日(さきおととい)、俺が彼女を見かけた。今はあれから前線は少し進み、南の方を攻略し始めている。

つい先日までは《はじまりの街》から北西に進んでいたが、北西の端近く《ファルベカ》近郊から離れると敵が急に強くなったので、一時、南を開拓しているというところだ。

ただ、一言でのレベルなら《ファルベカ》近郊と同等かそれ以上なので最前線だ。そんなところに女性プレイヤーが一人で居るのは多分———ナギナは怖いのだ。死ぬのが。

ナギナは自分の命が絶対とは言わずとも、安全圏に有ることを理解している。しかし、まだ何も分からないビギナーがここまで前に出て無意味に死ぬのが何よりも怖いのだ。

自分が助けられるのは本当にごく一部のプレイヤーであり、全てを監視することは不可能である。

 

砂漠エリアは《はじまりの街》から更に南下すると広がっている。

ちなみに、はじまりの街は層の中央から少し下。

 

SAOは大半が現実世界に準拠しているのだが、日本の気候以外、つまり熱帯エリアや砂漠エリア、氷雪エリアなど温帯に属さない場合、その限りではないのだ。

又、その層ごとのテーマにそぐわない場合も含まれない。近しい層だと四層だ。

あの層は晴れない、少なくともβでは晴れなかった。

これでは同期しているとは言えないだろう。

 

とにかく、

つまり、熱い。

 

この暑さは45度に迫る気がする。

 

絶えずさっさっと砂を踏むと地面が微少に沈み、俺達の移動速度を落とした。

 

最寄り街ははじまりの街。俺達はそこに向かっている。

現在地は砂漠の端で、層の端でもあるため、距離は2キロといったところだ。せいぜい40分はかかると予想したのだが、その間何も喋らずに歩くのはきつい。気まずい。

 

ナギナの第一印象が悪くなるかもしれないと、必死に頭を捻ってナギナの考えていたのだがサービス開始後一週間しか経過していない今は楽しい経験談はナシ。話題ナシ。

 

まってまってまって・・・

俺、もはや初対面の人と話す技術が1以下なんだけど・・・!

中学二年の頭を必死に捻(ひね)っても、社会人のように「こんにちは。わたくし、何々と申します。どうぞよろしくお願いします。・・昨今は暑くなってきましたねー。これも地球温暖化なのかって気になりますぅ」とは言えない。

 

「君はなぜここにいるの?」

暫くの間が過ぎるとナギナが言った。

「私は別に気にしていません」

「何を?」

「SAOがデスゲームになったことです。普通にありえることだから。・・・ナーヴギアは自分の脳と情報をやりとりしているのに、おかしな信号を送られたとしても自己責任でしょ?私は一応警戒していました。ただ、これを発明したのは《アーガス》だから、油断したのです」

「もともとナーヴギア自体興味さえなかったんですよ。でも知り合いから進められて、どのゲームが良い?と聞かれたとき私は『信用できる会社』のと答えました」

 

アーガスは確かに『信用できる会社』だ。

超が付くほどの大規模な会社ではなくとも、《アーガス》は顧客の信頼と期待は大企業とは全く違う点がある。

 

「そしたらその子は『ソードアート・オンライン』っていうゲームが発売されるんだって言いました」

「その会社は今までも大ヒット作を出して、プレイヤーの意見をよく聞いて、問題点はすぐに直してくれて、すごいんだよ。その新作ゲームだよ。って興奮気味に」

「そうですか、それで君はこのゲームを買ったんだ」

 

・・・そうです。

静かに頷く。

「もうその場の雰囲気で、発売日に並んで買うことが決まりました」

 

「結局、抽選を通ったのか」

俺は半ば反射的に言った。

ナギナは気にすることなくもう一度マツリ問いかける。

「分かったよ、でも僕が訊きたいのはソードアート・オンラインにいることではなくて、君がなぜここまで前に出てきているのか?ですよ」

 

「ああ!そうですね。途中から話が脱線してしまいました。ごめんなさい」

 

「二回目、ですけど私は気にしていないんですよ。SAOがデスゲームになったことは。」

マツリは自身の脚を見つめ、続ける。

「どうしようもないし、街に籠っていてもなにも起こらない。なら折角買ったゲームだし楽しんでしまえ!っていう感じです。」

声のトーンからマツリが微笑んでいることが分かった。

遠くをにぼーっと目を向けていると再びマツリが発した。

 

「それに人間は出来ると思い込めば、予想以上になんでもできるものなんですよ」

化学が証明していますし・・・

語尾に付け足した言葉はナギナに届いているだろう。

 

軽く相槌を打ちながら聞くナギナは終(しま)いに「分かった」と言った。

 

「君は本当に大丈夫?」

 

「はい私は全く問題ありません」

 

「そう、またね。何かあったら僕らでも誰でもいいから助けを呼んでね。後、はい」

ナギナは話の途中高頻度で相槌を打っていたから、もう理解しただろう。

マツリの前にひゅっと浮かんだのはフレンド申請の画面。

了承を押すとウインドウは上下方向から瞬時に消滅した。

「・・後これからは丁寧語やめますね。私普段はこんな喋り方ではないですし」

「こっちこそ、最初キレていたせいでいつもより幾分落ち着いて話せたよ」

ナギナはキレていた(?)ことを何もなかったように暴露し、さようならと言った。

「幽霊くんもバイバイ」

マツリは俺達とは異なる場所を目指しているようだ。

 

足音が俺達とは45°反対の方向に向かうのが聞こえなくなると、偶然ながらマップが砂漠から緑地帯へと変化した。

「はああああああぁぁ」

ナギナは直後、大大ため息をつく。

「どうした?」

「僕、自分が怒ると別人格になることを発見した・・・」

「同意する。なんというかここ数日のナギナは女子感溢れていたけどさっきは、イケメン男子だった。うん」

即答で本音を口にした。

本当に昨日まではオカマオーラ放射していたけれど、イケメンオーラに先刻、急に変わるのは驚く。

 

「後さナギナ、なんでお前は女性プレイヤーが攻略するなって言うの?」

ナギナの行動は女性プレイヤーへの差別でもある。はっきりとは伝えていなかったけれど、彼は危ないから来るなと暗示しているのだ。

もう会話の中でも結論は付けているが本人の言葉で知りたい。

「怖いじゃん。誰かが今死んでいるかもしれないというのは。君は数日前に無視しろと言ったけど僕はそれでも無視できない」

そうか・・

俺は数日前、はじまりの街で初心者は無視しろと言ったが、彼には関係あるようだ。

「ナギナは怖くないのか?」

これはまだ一度も訊いていない。

前々から人の心配ばかりしていて、自分自身が怖いと言ったことはない。

 

・・・・・怖くないかな。

隠しているとかじゃなくてさ。

彼は地面に咲いている花に囁きかけるように言う。

 

「僕は今キリトが普通の人間でいることが嬉しいから、それで頭が埋め尽くされているんだ」

 

・・・?

 

俺が普通の人間であることが嬉しい?

ナギナは初日に会ったときもそう言った。

俺は現実でも学校以外では引き籠もりなところを除いて、一般人だ。何の病気も患っていなく、精神病でもない。

 

疑問に思った俺は直後に訊く。

「その治ったって何?昔俺はおかしかったか?」

 

「・・・・うん。結構おかしかった」

間を空けた返事は、理解できなかった。

 

「いいよもう。その話はいつか教えるよ」

 

俺の心に少し曇が残る。

よく分からない。

記憶の中に俺がおかしかったなんて知らない。

思い出せない。

いや、思い出せないとかではなくて、完全にそんな記憶さえ無い気がする。

 

冴えない顔で悩んでいても、やはり何も分からなかった。

 

 

空に星が浮かぶ頃、未だに頭の靄(もや)は消え失せてくれない。

疑問を無くすことなんて重視するべきではないが、俺はSAOでなぜかお目当ての品がないとか、中学校で数少ない知り合いとの決裂なんかよりも、一層これを解消したいと考えた。

 

 

翌日の夜十時、消灯。

残念ながらベッドとは呼べないベッドに転がって、睡魔と戦っている。

SAOでは、現実では考えられないほど規則正しい生活を送っていた。

 

まれに夜更かしもあるがSAOでの二週間、十時から十一時に寝て、六時から七時に起きている。

理由は単純だ。

人間は疲労すれば眠くなる。

眠りを阻害する物と無縁であるならば、本来人間が寝るべき時間に寝られるようになる。

 

疲労は60%戦闘で、40%は常に死を意識しているところからきているのだ。

 

眠りを阻害する物は、スマホ、パソコン、家庭用ゲーム機である。

一切の電子機器と離れていると、もはや使う気も起こらなくなってくるのだ。

ブルーライトは太陽光と同じらしく、今は昼だ、日中だ、活動だ。

と浴びれば浴びるほど瞼が下がらなくなるが、触れもしない、見もしなければ疲労が蓄積すれば眠くなる。

 

そのダブルパンチで眠い。

 

ふぁ~・・・

 

現在、昨日のナギナの俺はおかしかった論について考えているが、もう負けた。寝る。

 

☆   ☆   ☆

 

その後の三日間はあっという間だった。

そして次に印象に残るとすれば多分今日だろう。

 

「あ、おはよう」

「おはようございます、五日ぶり?ぐらいですね」

それは、再びマツリに会ったことだ。

彼女は、前の様なあたふたした話し方ではなく、彼女は非常に落ち着いた印象で話しかけてきた。

 

はじまりの街の悲鳴は聞こえなくなったため、俺達はフィールドにいるときの声量で話し始める。

「どうだった?」

マツリは気さくに尋ねた。

「どうだった?なんて僕が訊きたいよ。僕は君をフィールドに出すのが嫌なのに」

「そうだね。問題なかったよ。私はレベルも順調に上がって熟練度も上がって、単純な経験も沢山詰んだからね。ナギナが心配することはないよ」

 

やはり気さくに話すマツリはあの時、緊張していたのかもしれない。五日前はナギナとも呼んでなかった。喋り方も控えめだった。が、今話しかけるマツリは少しお淑やかで、無駄な壁もない。

もう何度も聞く石畳の音は、俺達の話のメトロノームのようだ。

 

「それはレベルが順調に上がるような敵と戦っていたということ?」

「いや、勿論安全をキッチリ考慮してたよ。あなた達の方が無茶しそうだけど。特にその幽霊君。雰囲気から」

 

いつの日か読んだラノベで雰囲気薄い人が幽霊君と呼ばれていたときの否定を、そっくりそのまま真似した。

「いや~マツリさんひどいなあ幽霊だなんて」

「ふふふふ、意外。あなた話題に何も入って来なかったからもっと陰気で、でも実は凄いゲーム上手なオタクだと思っていた」

 

ウケは良かったようだ。

しかし俺の想像が想像より酷く、この人本当は笑いながら恐ろしいこと考えているんじゃないか。と思った。

 

適当に頷けば、間もなく話題転換した。

「あとマツリさん、幽霊君って可哀そうだからちゃんと名前で呼んであげて」

「そうしたいところなんだけど生憎(あいにく)、記憶力が乏しくて」

それは忘れたということだろう。

「・・・・じゃあ、改めてこの人はキリトです」

 

 

俺達は座りながらお喋りをしていた。

「君って今どれくらい強い?」

レベルをそのまま訊くのには気が引けたので、濁らせて質問した。

 

「わざわざ誤魔化さなくてもいいよ。レベルのことでしょ?私はレベル5だよ。」

 

私「は」というあたり、俺達の「は」も必要そうだ。

 

「俺は6。ナギナも同じだろ?」

「うん。いつもこの人とペアだから変わらないよ」

 

一週間足らずでこのレベルだ。結構がんばった方なのだろう。

 

突然、マツリは口を開いた。

「βテストの時、この層のボスどれぐらいのレベルで倒したの?」

 

「・・・皆6とか7だったな。レベルだけで見るならもう数日で達成できる」

 

前回、一層は十日で攻略した。

しかし、この状況を考察するに今回、正式サービスでは無理だろう。

 

「あの時は何度も挑んで何度も死んだから攻略できたんだ。あのレベルでも。誰も死ねないし、死ぬという恐怖からも、13とか14最低でも10は必要なんじゃないかな」

 

うん。

マツリは暗い顔で囁く。

たいへんだね。

 

「キリトは一層の攻略どれくらいかかると思う?」

 

「・・・正直、分からない」

《はじまりの街》のカフェ(らしきもの)で話している俺達は、はじまりの街商業区に居る。一層の加えてこの街では二層、三層、など上層には劣れど、かりにも主街区だ。

デザートの一つはある。

 

俯きながら黒い網目の様な、お洒落なテーブルを見た。

何もかもが本物そっくり。

火の表現などは現実と異なれど、椅子、机、家、動物、金属のつや、反射、物体は全くの違和感を感じさせない。

 

物理エンジンも精密に計算されており、物が落ちる速さ、剣を交えたときの反動。その他遠心力なども込み込みで、本当にこの世界にいるようである。

・・この世界がいつか現実になってしまうのだろうか。

 

マツリが手を首に当て頰杖なる首杖をし、横を見る。

 

彼女は唐突に提案してきた。

「パーティー組まない?」

 

急だね。

隣に座っている少年が即座に返すと、マツリは早速パーティー申請をした。

「はい。有言実行!」

 

「有言実行って、まだ僕らOKって言ってないよ」

「・・・別にナギナ達には不利益じゃないでしょ。それに一層の攻略までどれくらいかかるか分からないと言ったのはキリトでしょ」

 

それと何が関係あるのかとツッコミたくなった。

なぜ?なぜ攻略進度が関係するの?

 

「なぜ君は僕らとパーティーを組みたいの?」

どうやらナギナに先越されたようである。

 

パーティーは基本的にメリットしかない。

訂正。基本的にではなく絶対的にだ。

パーティーを組んで一切の損は存在しない。

 

コルは人数で割られ、経験値はそのキルにどれだけ貢献したかで分配される。

二人になり、コルが半分になろうが、効率は二倍、安全性は二倍。連携が上手くいけば効率も安全性も比較のしようがないほど高く、メリットがあるのだ。

 

俺は今ナギナとコンビを組み、システム的にパーティー扱いになる。パーティーになればそのメンバーのHPバーなどが視界左端に表示され、頭ではなく眼球を向けることで確認できる。

 

確かにパーティーを組む意味は十分に理解できるが、最も分からないのが、その理由だ。

 

それを知るべく俺は尋ねた。

「パーティー組む上でのメリットは分かるが、君はなぜ俺達とパーティーを組む必要があるのか教えてくれないか」

 

「それは・・・・」

 

「なぜ僕らなのか。僕たちはその君の個人的な理由を知りたい」

 

ここまで俺達がマツリを責めるように問い質(ただ)すのには当然訳がある。

 

マツリは俺達の態度の急変に戸惑っていた。

彼女は一緒にパーティーを組もうと誘っただけで、「有言実行」と言ったのもマツリなりの誘い方だと知っている。

 

なぜかよく分からない。

愕然とした表情で、さっきから何も変わっていなかった。

 

なぜ問い質すのか?

それはマツリを疑っているからではなく俺達の二日前、今後の方針について腹を固めたことに関係を持つ。

 

理由は情報、βのときの攻略情報が役に立たなくなったからである。

モンスターが強くなったのは共通の認識だったが、ここ最近段々と戦闘スタイルや弱点が変異してきた。

 

まだSAO開始から一週間と少し。この時点での決断は少々早く、パラメータやプログラムが更新されたのはたまたまだったのかもしれない。

 

でも確かに二日前俺達はダンジョンでプレイヤーが死ぬのを見た。

彼はここ数日で急激に力をつけ、一部の人では知られた存在であったのである。

 

彼曰(いわ)く、鼠の書いた攻略本を参考に、暗記するほど読んでいたそうだ。

でも彼がこのゲームから永久退場した原因は攻略本に頼り過ぎて、咄嗟の判断を誤ったことである。

 

本には危険なポイント、危機的状態に陥ってしまったときの対処法までは書いてあったが、もし敵が変異していれば本は頼りにならず、自らの判断が重要だった。

 

彼は攻略本通りに進んで効率的に狩れたその反面、敵の攻撃方法、特殊攻撃を受ける前に倒していた。

昨日、俺達が彼のいたダンジョンに行くと、段々と進むにつれ変化が著しくなっていた。

 

途中で撤退したから最後までは踏破していないが、本当にβとは打って変っている。

 

急激に強くなった彼は少し思い上がっていたのだと思う。攻略本があるから大丈夫。それに直近、全く問題がなかったから大丈夫。と。

 

これがパーティーと関与しているのは、不必要な人々との接触と、「俺達」の情報収集が遅れることだ。自分たちが攻略の前線を担っていることは知っている。

だから俺達と組んだ誰かが、いずれ自分はもう大丈夫と思って独りでに攻略するのは避けたい。

 

第三者からしたら大した問題ではないかもしれないが、鼠に情報提供したのは俺だ。

繰り返したくない。

「繰り返したくない」これはもしかしたら、自分が死に関することが怖いだけなのかもしれないのかとも思った。

 

この件は二つ目の情報収集に影響し、ここから俺とナギナ二人で鼠、アルゴに正確の情報を提供しよう、となったのである。

 

だから・・・

「だからやだとかじゃなくて無理。俺は君と組むことができない」

 

事実関係を明らかに説明し、俺は完全に切り離した。

 




誤字脱字方向よろしくお願い致します。


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五、命取りのスライム

いやー長くなりましたねー
ここ最近コロナのせいで、せいで時間が飛ぶように過ぎてくんですねーほんとにつまらないですね、オンラインというのは。

とはいえ私の居る国もそろそろ規制緩和が・・・明日は友達というかクラスメイトといかまだ微妙ですけどプールに行く約束をしたりしています。幸い、趣味の同じ日本人がいてよかったです。
どうぞ


それではどうぞ。


「なんか不思議な感じ。なんであんなに避ける必要があったのかな、って今になって思った」

首をひねるナギナに対して、あれから何度も考えている「マツリが俺達を誘った訳」について俺は頭をひねっていた。

 

フィールドに足を運ぶのが日常になってきた今、歩きながら雑談をするのは当たり前になっている。例えばモンスターの話。クエストの話。プレイヤー関係。

まるで中高生が放課中にするゲームの話のように。

 

☆  ☆  ☆

 

「さてナギナ、今日の予定は覚えてる?」

予定というより目標に近い今日の予定は普通の攻略だ。攻略以外ないような気もするけど、他にもレベリング、熟練度上げ、厳選がある。攻略していれば自然に手に入ることではあるが、おいしい狩場は暫く留まりたいのだ。

今日は攻略であり、それは次のステップに進み、一層のボスに近づくことを意味する。

 

「うん・・・・進捗はまあまあだね。若干遅れているかな?」

たかがゲームなのに大雑把に将来像を決めるのは、デスゲームだからだろう。

これからどんなことが起きるなんて誰も予測できないけど、それでも俺達は闇雲に合ったって砕けないといけない。砕けるが死んだとしても一生ここにいるのは道徳的に良くない。

 

茅場は大病院に移された安全は保障された。と確かに言ったけど本来現実世界で生きる、未来のある若者が一万人もゲームにいるのは異常だ。そしてゲーム依存ではなく、誰かの手によって行われている事が問題である。

 

「ああ、目標ではここらへんまでマッピングするはずだったからな」

ウインドウを出し、マップから白く(もや)がかかっているところを指で指した。

 

一層ぐらいはマップを完璧に記憶している。ここには湖が在り、小魚なモンスターが、ボケモンのハゼキング的なのがポップしていた。

 

ウインドウを消すと、ナギナは前方方向に小走りしだす。

「キリトーあそこちょっとキラキラしていない?」

・・・どいうことだろうか?

ナギナに釣られて地面を強く蹴り彼に追い付くと、何かに反射した何かがキラキラと輝いていた。

 

———水だ。

 

日光が反射して閃く水面は広く、これが湖であることを知らせる。

 

しかしふと疑問に思った。湖はもう少し先にある筈だ。先刻、ナギナと見たマップで自分のカーソルとマッピング済みの地形から推測した湖の位置からは少し近い。

まあ気にかけることはない。この僅かな期間の攻略でも地形の変更は幾つか発見したからだ。

 

ナギナは土が盛り上がっている場所から湖を眺め、綺麗だよと言う。

同時に俺もそこに行くと、圧巻な風景が待っていた。

驚くばかりである。光の反射や水の屈折も現実と見分けがつかないものになっていた。

 

「すごいな。前の農場の景色もだったけど、これ凄いってなることが増えた気がする」

何度も感動していたらキリがないけど美しい景色に会ったら、素直に何度でも楽しみたい。

 

「よし!行こうぜ。さっさと今を終わらせよう」

―――分かった。

ナギナの快い応答に張り切って駆け始めた。

 

 

スパ!

気持ちよく斬れる魚は戦っていて爽快感がある。

レベル5の雑魚モンスター、愛称雑魚キングはレベル6のソードマン二人にスパスパ斬られていた。

 

この池の周りは結構人気な釣りスポットで、同じく戦っている(?)NPCも居れば、釣りをする人もいる。

 

 

ざくざく砂利の音が聞こえる。ギィィィンと剣の音が聞こえる。水滴が落ちる音が聞こえる。

そして、

「これ、著作権大丈夫かな?」

「だよな、この《キングオブカラシアス》とかなんの捻りもない、英語をローマ字にした「フナ科の王様」なんだよ」

 

ボケモンのフナキングが少し英語らしくなっただけで、大概は同じだ。

見た目も名前もそっくりなのに訴えられないのは単に、ボケモンと提携しているからである。

これからも雑魚モンスターには時折、ん?というのが存在していた。

当然、大部分がオリジナルだが、製作者の一人にボケモンファンが居るようで、目がほんの少し飛び出るぐらいのお金をボケモングループに払っている。

 

「こんだけ斬れると気持ちいいね!」

笑顔で魚斬る姿は見ていて面白い。

 

その場はさっさと片付け、そこら辺で釣りをしているNPCに話しかけた。

 

中年のおじさん的顔立ちの彼は、聞きやすい声を持っていて、もしろ少し高め。

「すみません。お腹が空いてて、ここに住んでいる魚を釣りたいのですが、どうすればいいでしょうか?」

 

ピコン。

音は小さく、彼の頭上にはお馴染みの感嘆符が浮かぶ。

「そうですか。僕も未だ初心なもので教えられることは限られていますが、是非是非」

・・・やっぱいいと返したくなるのは俺だけだろうか。

 

クエストが開始された。川でいう河原をゆっくりとしたペースで歩く。ここから行く処は徒歩だと時間がかかる。

そしてその時間は、彼と話すためにあるのだ。もうクエストは始まっている。

少しでも多くの情報を手に入れるため俺と彼は積極的に言い交した。

 

「まず、釣竿を買わなければいけないですよね。餌も、針も、糸も」

はいと生きの良い返事をする。

「次は、釣堀でしょう。先程の池もいいですが、僕はもっとおいしい場所を知っています。付いて来てください」

 

付いていくなんて、分かり切ったことだが意外とこのおっちゃん、運動神経に恵まれているのでガタガタした地形でも容赦なく連れていく。

 

なぜここではゆっくり歩くのかと聞いたところ、転ぶのが怖い。だそうだ。

 

木が生い茂って、岩石級の岩がゴロゴロしている林ではびゅんびゅん進むが、不思議なことである。

 

「どれぐらい釣りしているのですか」

と、唐突に訊くと彼は、18ぐらいで熱中して、かれこれ27年経ったと言った。

 

ひとまず、どこが初心やねーんとツッコミたくなった。

 

ということは45歳だ。そして人生の半分以上を釣りに捧げるのはなぜかと訊くと、なぜかなと言った。

理解し難いが、要するになんとなく好きなのだろう。

そろそろアクロバチックな地形になった。

 

あのおじさん曰く、ここは若い子供達の遊び場だったそうだ。

この城が大地から切り離されたことで魔法は消え、そのような文化も色褪せたのである。

 

おじさんは浮遊城になった後に生まれたので、こんな穴場を知っているのは理由があると思った。

 

そして俺はこのクエを鮮明に覚えている。

元々現実世界より軽いこの身でいずれ、ジャンプやステップを数倍、数十倍に強くすることができる。

残念なことに今は倍もないが。

 

ふんだんに跳躍すれば、風切音が聞こえるほどだ。

奥に進むと植物もより多く、所謂(いわゆる)「草木が生い茂っている」環境になり、踏みつける石はコケが生えている。

 

俺はバランスをくずした。

「おっと!」

石と靴は互いの摩擦でスルッと音が出た直後、・・・ギリギリ落ちなかった。

「危ない・・」

この高さから落ちたからといって現実でもこのアバターも死なないが、脳に潜む本能のせいで危機感を抱かざるを得ない。

 

立ち直るまでの時間ですぐ後ろで走っていたナギナに抜かれた。

 

また止まってフウと息を吐き、数メートル離れた距離を再び戻す。

 

 

「ナギナー!・・・右行くかー?左行くかー?」

「・・・・急になに?」

ナギナが受け答えに応じるために走り終えるとおじさんも止まる。

「あれ?」

「大丈夫。ここは選択式だから。」

獣道が左右に分かれていた。

「ここはどっちかを選択して行く。・・・何があるかはお楽しみ」

・・・お楽しみと言っても結局目的地は釣堀(つりぼり)で、本当はこの分かれ道、二つとも全く同じだ。

少しは遊び心あってもいいよね。ぐらいの意味である。

「君達、どっちから行く?」

おじさんは竿を肩にかけ、問うた。

 

 

「キリト。この道実は両方とも同じでしょ、キリトの遊び心でしょ」

予想はしていたが図星を指されるとグキっとくる。

「ま、まあな、まあそんなこともあるさ」

 

ちなみにおじさんが訊いたのも冒険感を出したい製作陣の気遣いだ。

ちょこちょこ、後になって「あれ何の意味あったん?」らしき展開があり、全て製作陣の冒険感出したいチームの案である。

要るか要らないかは個々人の考え方に委ねられ、俺はそれなりに満足だ。

「製作陣の遊び心に乗る遊び心も必要さ。あと何か月かかるこのSAOにいるのか分からないし」

そんなことを話していると目的に着いた。

 

またまたデカい池だ。しかし水の汚れ度合を表す指標、BODの場合、約4の汚れている、であり、ドブ池ではないがこの美しい自然の中の池にはそぐわない。

 

尤もβのときも無色透明だったわけではないが、俺の覚える限りの池より汚い。

前はこの到着後時間を待たずに釣りクエストが始まったがさて、この池に魚は居るのだろうか。

急におじさんは実はな・・・と始め、この池の難事について俺達に教えた。

 

要約するとヘドロを吐き出すモンスターが最近この森をうろついており、この池がそのヘドロ被害に遭った、だ。

又そのモンスターを殺してほしいと依頼を受けついでにモンスターの弱点を下(く)れた。

 

無論弱点と言ったわけではない。おじさんは「あの悪魔の核心を突けば奴は一瞬で狼狽(うろた)える」とSAOにありしき言い方で俺達に伝えた。核というのは中心とか最も重要な部分なので心臓のことだろう。

 

おじさんの言う『ヘドロモンスター』なるものに実のところ、一層で会ったことはない。

未対敵のモンスターと戦うのはデスゲームと化したSAOでは怖い。

あれだけ必死に戦っていた数ヵ月前、死んでもリスポーンできた数ヵ月前を思い出すとどうしても腕に迷いが生じる。

今は復活できない。だからあの時のような「挑戦的な戦闘」で幾度も死んだことを考えると、この状況で行うのは危険なんじゃないか、と思う。

 

数刻後、木々の中で目標を発見した。

鞘から剣を取り出す。スーという金属摩擦音が鳴り、少しばかり戦闘モードにさせる。

 

同時にいつもと違う感覚が体を襲った。恐怖?

 

ナギナが隣にいてコンビを組んでいる現況を見れば、断然安全だ。

それでも、それでも足が竦んで動けないのではないかと思う。

 

剣を少し傾け(つば)を見つめる。

グリップを包む手を見つめる。

 

わずかに震えている。

 

あれ・・・おかしいな。

今までこんなことなかったのに。

視界が暗転するとドサッと音と共にナギナの声が聞こえた。

 

☆   ☆   ☆

 

んん・・・重い瞼を空け、今日のタスクを考える。

 

一瞬、俺が戦闘直前にぶっ倒れたことを思い出し、直後、現状の整理に努めた。

 

広葉樹を認める。どうやらまだ森の中のようだ。背中に冷たく固い何かを感じ、寝床が石であることを確認した。

起き上がるとすぐ近くにはナギナが座っている。

「・・・ナギナ」

「ああ起きた?」

素早い反応で振り返ったナギナに「ああ」と返した。

 

「急に倒れるからどうしたものかと思ったよ。大丈夫?」

眼球をHPバーのところに向けてそのまま大丈夫だよと言う。

「あはは、HPは大丈夫だよ。あの後直ぐにここに連れてきたから」

どうやって連れて来たか訊きたいが、俺なら多分寝袋にいれて持ってくるためスルーした。

 

「そんなことより君は大丈夫かって」

「———ピンピンさ」

「その様子だと大丈夫に見えなくもなくもないね」

 

自身が大丈夫か聞かれているのは分かっていた。ただそれを言ってしまうと後々()()ない気持ちになるのは容易に想像できる。

「スライムはどうなった?」

「えーと()だ敵対していなかったから普通に逃げられたよ、でも戦っている最中に倒れたらもう無理だったかもね。それにカーソルは・・・紫。短時間でHP割る前に討伐は難しそう」

HP割るはグリーンを下回ることだ。

そうか。と返事をし、ごめんと言った。

 

「大丈夫だよ。今は二人いる。今まで特攻をして何度死んだとしても、これからは慎重になればいい。君がレッドゾーンに入っても今なら僕が時間を稼げる」

————それは分かり切っていたが、直で声を聞くと実際は忘れていたのかもしれない。と感じた。

 

小半時ほど経ち落ち着きを取り戻した俺は、

「行こうぜ」

と声を掛ける。

 

先刻のような怯えは全く感じなかった。ヘドロモンスターとやらの討伐でどんなアイテムがドロップするか楽しみなほどだ。

もう一度二人のHPバーが満タンであることを確認し、そのまま馴れた動作で剣を抜く。

「これ前はなかったんだよね。攻撃パターン全く知らない?上の層で似たようなの出てこなかった?」

「えーと、九層に普通の敵としていたね。こんなボス感はなかったはずだ。でも干形が違う気がする」

「ボス感ねー。今一番レベルが高いはずの僕と、キリトでも紫だからね。名前は?」

九層にいたのは《ヴォミーティング・スラッジ》。攻略情報サイトなんて、殆ど見なかったけど、あれに関しては必要だったからから見た。

うる覚えだが、そこにひねりのない直訳とか書いてあり、「ヘドロを吐く」だそう。

 

「ヴォーミティング・スラッジ。弱くもない、普通に時間のかかる敵。でも攻撃パターンがヤバいめんどかったな。どんなのだと思う?」

「・・・・典型的な超複雑なやつ?一層にも居たよね」

うーんと悩んだナギナの答えの反対である。

「逆だ。同じ攻撃を超高速で連発してくるの」

 

「・・・・めんどうくさいと言うことは普通に対処したら負けるんだよね。単純なモンスターって簡単だったけど。・・・もしかしてヘドロを発射し続けるみたいな」

「ダッツライト!延々と、当たると毒状態になる玉を出してくる。普通のモンスターだけどそこが特殊なんだよ。でもそういう敵ってHPが減らしてあるのが定番だけどね」

「・・・ね?つまりHPが高いわけ?」

そこまで鬼ではない。

「いやいやそれ以外は本当に普通。ただ攻撃の特殊なフィールドモンスターに過ぎないから」

ナギナは雰囲気を想像できたのか、納得した様子で二度頷いた。

 

話に集中していたのか、剣先を下に向けてあった。

半直線上に剣が伸びたとすると、そこにはあのモンスターの中心、心臓がある場所で、その位置は九層にいたモンスターのそれと同じと仮定した場合である。

 

西洋風中段の構えのような形を取りながら、俺はナギナに本当にこれしかないコツを教えた。

「攻略方法は一つだけ。あれ、実はパリィできるんだ」

言った直後、今日までナギナにパリィという言葉の意味を伝えていないことに気付いた。

「ああごめん、パリィっていうのは攻撃を剣で弾くことのことだよ。でも、単に弾いて攻撃を止めるのとはちょっと違う」

 

始めて聞くSAOの要素にナギナは首を傾げるのではなく、俺に質問をする。

「何?パリィって。普通の防御とは何が違うの」

「食いつくように訊くね、パリィっていうのはつまりベストタイミングで弾くんだ。そして、成功したら・・・デバフがかかる、というのはないけど敵は零コンマ零一秒怯むぜ」

 

「てか零コンマ『零』一秒っていう言葉初めて聞いた気が———ふーんでも一秒失っただけで最悪死にかけることもある。って前言っていたよね。弾かれたプラスほんとに一瞬だけど隙ができたら一気に有利になれるのかな」

ナギナはこの世界で、戦闘中の零コンマ零————というのは少々オバーだが零コンマ一秒の重要さを心得ている。

「まさにな。パリィの強いところは特殊攻撃を弾けるんだ。例えばこいつみたいなっ」

丁度そこに、そのヘドロモンスターとやらの毒玉が飛んできた。

 

ギィィン!その液体には似つかない衝撃音が響く。

「こういう風にね」

ナギナはしまったと思ったはずだ。警戒を怠ったからである。

 

「大丈夫。パリィはこう・・ピンときた時に剣を振るえばいいから」

上手い伝え方が分からないのもあるが実際、33%ぐらいは直感で成功していた。

 

「ピンときた時か・・・それは経験しないと分からないよ。理解不能だよ」

その通りだが、もう詳しく言うことはできなさそうだ。

 

そして勿論、ナギナはそれ以上訊かない。

そのヘドロモンスターが敵対し始めたからだ。

初撃は様子見的な小攻撃を繰り出す者も居れば、いやおうなしに突進する者もいる。あのモンスターは前者であり、これから本格的な攻防となる。

 

「そろそろ頃合いだ」

「———分かった」

 

敵の本当の名前を確認するために、数歩進んでカーソルを見るが、まだ距離が遠いようで出てこない。しかしもう少し近づけば、その名称は浮き出て来た。

《The fatal slime》

ザ・フェイタルスライムと読むのだろうか?

「ナギナいmっ・・・」

クソ!危ない!

ナギナは俺と正反対の方向に回避し、又、続きを言わずとも俺の疑問に答えた。

 

「最もポピュラーなのは致命的だけど、多分、『命取りのスライム』とか『死者が出るスライム』とかそんな感じだと思う」

「ありがとうっ」

距離からしたら必要以上の声量でお礼をする。

そしてその言葉の余韻が消える時には、俺達は殆ど戦闘モードになっていた。

 

程度を超えた速さと早さで出される毒玉をただひたすら躱す。

でも、毒玉飛沫(しぶき)が何度か当たっていると、毒状態を表すアイコンが視界左上部に点滅した。

レベル1の毒状態。

 

解毒ポーションは元からストレージに入っている。しかし、戦闘中にはそんな時間は無い。

 

そんな時間は無い・・・?

 

しまった・・・!

ポーション等はポーチに仕舞っておくのがセオリーで、戦闘中だと、ここは絶対に攻撃されないっていうとき、確証があるときにだけポーチに補充するのが普通だ。

団体だと比較的戦闘中でも補充できるが、ソロ、デュオなどの数人規模だと、安全地帯や、仲間が守ってくれるときのみだ。雑魚や普通のモンスターなら二人以上ではできるが、よもや相手が強敵に分類されるものとは・・・!

不運なのは敵が超高速連射攻撃をしてくること。そしてそういう敵には猶予は確保できない。

 

自分は敵が毒使いである確率が高いと思っていた。それに目視でも明解だった。しかし、ポーチに入れておくのを忘れた。

なんという失態か分かっている。自分の評価が下るから悔やんでいるのではない。

これは命に関わる。

 

「ヤバい。ポーチに解毒ポーション入れてなかった。アホすぎる」

俺はナギナにそれを伝えるのが先決だと判断した。

暫くしてナギナはこう言った。

「引き返す」

 

選択の余地は残されていなかったので全力疾走で逃げる。

危険な展開に陥ったときの最も正しい判断は逃げることだ。

そこまで簡単には逃げられないのに現実感がある。

レベルも装備を低い状態では、回避ステップも現実よりは身軽なぐらいだ。

足も現実よりは速いが、現実でも基本的に動物の方が速いため撤退というのは至難の業で、更に動物系はグループ行動のため逃げるのがより難しい。包囲されるからだ。

 

幸運だったのはそれがスライムであることによって足が遅く、数も一体しかいないということである。

 

相変わらず追っかけては来たが結果、逃げるのは成功した。

 

「ごめん。ナギナ、今日は足手纏いだった」

「足手纏いだなんて誇張しすぎだよ、キリト。いつもは僕が足引っ張っているんだから」

「それもそうだったな」

そこは否定するのが礼儀ってもんでしょ。というのは受け流した。

 

気付けば外気は冷たくなっていた。

 

その後はレベリングに精を出していたが特にクエスト失敗にはならなかったし、おじさんも期限は示していなかったのでタイムリミットは一週間ほどだろう。

取り敢えずの基本計画として、あのクエストを完了するまでひたすらレベルを上げることにした。

 

つまりは今までと同じだ。

 

☆   ☆   ☆

 

三日が経過し、二人ともレベルは8に上昇した。

そして今、もう一度あのスライムの前に居る。

装備は変わらず頼りなく豪華でないものだけど、解毒POTは買い込んで、ポーチにも半々で治癒POTと一緒に入れてある。

夜は作戦会議なるものをし、9層で会った同じヘドロモンスターのをこと細やかにした。

準備万端!

 

三日ぶりに行くぞ!と檄を飛ばす。




スライムってありますけどイメージメタモンじゃなくてベトベターとかベトベトンです

誤字脱字報告宜しくお願い致します。


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六、名釣り

十五日で投稿ですよ。目標には間に合っています。

今回は9000字と長めです。途中で切ってもよかったかな
名釣り=めいづり
それではどうぞ


ギィィン!

ギィィン!

「やあぁあ!」

ナギナは雄叫びを上げ、あの毒玉を斬っている。

ヒューッ

多くの玉は金属質があり、鉄球の上に厚く毒を塗ってある。しかし十に一の確率で毒玉だけの玉が存在し、それをパリィで割ると相手に毒デバフを掛けられる。

玉を割るの意はそのままで風船が破裂した(さま)だが、なにせここはゲーム、プレイヤーの居る角度には99%当たらない。

 

ギィィンと衝撃音が響く、つまり金属玉を叩くのはあまりにも武器の耐久値が減るから、最初は避けるのが最適だとされていたけれど、弾くのに自信が在れば割った方がいい。

金属毒弾と毒弾の見分けは全くつかないので、取り敢えず割った方がいい。

 

それに特殊攻撃に扱われる(が連発してくる)この毒弾は、パリィで弾けば耐久値減少を抑えられる。

毒玉を、金属付の毒玉を破壊してまで弾く理由は九層にいた別の、似た敵の攻略から編み出されたものだが、幸いこいつにも効くようだ。

その証拠に、今俺が弾いた毒玉の飛沫(しぶき)はヘドロモンスターに当たり、二本あるHPバーの上部に毒アイコンが出た。

九層の目の前の目標にに似て異なる《ヴォーミティング・スラッジ》は毒使いにも関わらず毒デバフを与えれば、猛烈な速さでHPが減っていた。

前に居る《ザ・フェイタルスライム》にそれが当てはまるのか注意深く確認する。

「ナギナ、攻略法やっぱり九層のと同じだ」

 

パリィをまだ成功させていないナギナは、武器の耐久値を見過ごして毒玉に剣をぶつけていた。次の玉も成功しなかったナギナはそのまた次の玉を避け、こう言う。

「分かった。続けてみる」

 

システム的にパリィが成功すれば、ただのパリィより大きな音と派手なエフェクトが散る。

 

順調に弾けると武器の耐久値もそこまで減らないので大胆なことができる、がナギナはここ30回ほど叩いた玉を一つたりともできていないようだった。耳を澄まさなくても分かる。

 

これ以後も成功しないナギナの武器の耐久値は2割は減ったなと思う。

前回完了させた大型クエスト、隠しクエスト(?)で最終的に出来た《強靭なアニールブレード》は相当な性能だった。

ナギナも俺と全く同じものを持っているから、自分が失敗したパリィからの耐久値の減りようから予測できる。

このまま続けるのがよいとは思えない。

メインウエポンでもサブでも、武器はは消耗品と考えて使い捨る人も居るし、別に考え方は人それぞれなので本当にどうでもいい。だが、この三層までは使えそうになった強靭なアニールブレードを捨てるのは非常に勿体ない。

だから俺はナギナにもう少しパリィのコツというか、なんか「ピンとくるとき」の説明にピンとくる言葉を探していた。

 

「っ!」

俺が現在までに破裂させた毒玉は2つ。毒スライムは残りHP、バー一本とバー半分。

通常攻撃を入れてもまるで通用しなかった九層の毒スライムはひたすらパリィするだけだ。

しかし、念のため本体に斬撃を与え剣がどれぐらいのダメージになるのかを確かめておきたい。

 

「・・・斬撃は通らないと思うけど一応試してみたい。ナギナ、ヘドロがお前に集中するから気いつけて」

了解を得る前に走り出していた。

自分にもいくつか飛んでくるが、あのモンスターは近接戦には興味がなく、二人以上のプレイヤーがいれば遠い方を攻撃する。

そう、俺の斬撃はひゅうっと回避する。

 

βではその回避がバカ俊敏だったので、実は毒弾弾いてデバフかけるより剣で斬った方がいいのかと思われたことがある。あの時のヘドロモンスターはボス性がなく、こんな大人数もどうかということになったが結局十人募集して検証していた。

————ソロもOK!とか募集ページの第一声にあったもからそれに参加し、知っている。

 

 

結果はナギナに言ったと同じく、想像を絶する並みに効かない。だった。

一人だと通常攻撃では難しいのでソードスキル、基本単発下段突進技《レイジスパイク》を発動させる。

 

長剣に光が宿るのを感じ、この突進技を発動させるために行った予備動作を上乗せしてより深く動く。

音が限界、弾ける前に到達しているのが分かると、俺は力を解放した。

「はああー!」

毒スライムが辺りをうろついているせいか草の背丈が全体的に低くなっている地を蹴り、剣が突き出される。

キィィン、完璧とはいかないくとも八割のパワーが伝わっただろう。

敵のHPを見る、分かってはいたが数ドットのみの減りであった。俺は落胆することもなく、バックステップを繰り返し、先刻の距離に戻るとナギナはまあねーと表情を苦笑の形に変えている。

 

突如、森にはうなり声が響き渡った。

スライムのだ。

どこから垂れてくるのか物理的に説明の困難なスライムの毒、頭頂から流れるそれの勢いが増した気がした・・・というか増している。

 

九層にはなかったそのパターンに俺はもしかして剣の攻撃の方が効果があるのかと思った。

———俺のその期待は早々に裏切られ、またそれは裏切られるどころか悪化していた。

狂乱モードだ。毎度のこと悪い状況に陥っている気がするが、運は自ら変えることはできない。

何処かのネットの記事で、幸運が起きやすくなる行動も心構えもああだこうだとあったけれど、運に左右されるのは確かで、不運と表せるから幸運と表せるから運がある、と思う。

 

逆鱗に触れたように猛烈な変化を示すその攻撃に、俺は猛省した。

つい30秒前の1.5倍の速度で発射され、1.5倍の大きさの玉を受け止めるのに精いっぱいで、パリィがどうのこうのとかを意識している暇は一切存在しない。

「このままだとジリ貧だな、ナギナもパリィは考えずに当たらないようにマジで防御して。反発と音で分かると思うけどあれ、中の金属も固くなっている」

「うん、でもこれ避けるのはやっぱりダメ?昨日は避けて毒状態にったけど、このままだと武器が持ちそうにないよ」

躱すのはどうか・・・か。毒POTを飲むだけなら大丈夫そうだが、何度も繰り返しているといずれ尽きる。

 

それに、重複デバフ・・・!

 

あいつの毒はデバフが何重にも重なるものだ。アイコンが、ただの毒デバフとはデザインに違いを認められるのであれは確実に重複デバフだ。レベル1の毒デバフは最大10段まで重なる。

今のところまだ毒状態ではないので分からないが、一昨昨日(さきおととい)の毒アイコンを見たときはそれに驚いた。

九層に居たのは厄介なフィールドモンスターという名だけだったが、ここではボス。その点よく有る話だが今回は「かなり」厄介である。

 

クソ、あのモンスターに遭遇した後二つ目の汚言をそして口にした。

 

 

☆   ☆   ☆

今日、前回の「避ける」変わって「弾く」ことに専念していたのは重複デバフを危険視したからである。ナギナには無論伝えてあるから、それを理解し、そこから考えた末の案だろう。

 

こうして考えている間も毒弾は容赦なしに飛来してくるから気を緩められない。

又こういうときこそ、暖気(のんき)にSAOのまずい食事について雑談をしたいけれど、そんなほんわかした話を考えるのも命取りだ。

 

利き足を前で曲げ、反対を後ろに伸ばし、正座に近い高さの頭の上を毒玉が(かす)める。次弾もはもう俺とスライムの間に在って、その玉の浮遊先は俺の顔面だ。

前弾は後ろの木の幹で爆散し、その毒沫が俺にかかる。

 

毒状態。改めてアイコンを確認すると毒アイコンが出た。案の定それは普遍的モンスターの放つ毒とは違うもので、重複毒だった。

 

しかしそれを確認したのが失敗であったこと0.1秒後に知る。

アイコンを見定め終わると、もう視界端には次があって盛大に顔に当たり、俺はそれが10分の9の確率のつまり珍しくない上打撃ダメージのある金属毒弾であると分かる。

 

本当に、しまった。と思った。せめてナギナに救援要請を送るべくあちらを見たが、ナギナは(すで)に腰をついていて、二度目の直撃が直前に差し迫っている状況にいた。

 

俺は自らのHPを見ることもなく、ナギナの視線の約十センチメートル前に向け、最も予備動作の短い《スラント》を発動させる。

(まばゆ)く光る剣身と、そこから放たれる線香花火の大きさと色に近いエフェクトを放ち、ソードスキルを発動させるたびに聞く甲高い音を森に響かせ前例のないほどの速度で進むと、ナギナの目と鼻の先で間一髪弾けた。

 

————と思った。

 

それは弾かれ明後日の方向へ飛んでいくことなくナギナの目の前で、俺の目の前に盛大に毒は飛び散る。

 

もう一度、しまった。と思った。

金属が入っていればどこかへ飛んでいったが、まさかただの毒玉だったとは。

口をああと、目には最悪の状況のときの後悔の色と。

 

金属の入っていないただの毒玉の毒滴は、ゲームだからプレイヤーにはかからないと説明したが絶対だと言い切ってはいない。あくまで99%有り得ないと言った。

しかし、これは製作陣の作った落とし穴とも言える。

 

元々デスゲームのために作られていないこのゲームは、レベル設定こそ厳格であるものの、ごく稀にシビアな展開がある。それはプレイヤーが「ああこんなことも起きるのか」とワクワクさせるためにるもので、決して死なせに来ているのではない。

この毒玉も基本は当たらないが、それは玉の形を工夫して、物理エンジン的に斬った反対方向、つまり弾いた張本人がいる方向には飛び散らないようにしただけだ。

普通では有り得ない方向で斬れば、その99%有り得ない毒状態になり得る。

 

βで斬った張本人の真正面に丁度入ってきて毒になったという人がいて、それが原因で99%になっている。

 

けれども、その毒の効果までは流石に知らないもので、恐る恐る重複毒アイコンを確認する。

 

レベル2・・・重複毒。

 

デバフはレベル1重複毒と、レベル2毒になった。

この毒玉は毒沫と違いもろにに当たるとレベル2になる・・・と。

 

限界まで集中した世界では一秒の密度はすさまじく、俺は破裂した玉のまた次の玉の対処には十分の猶予があった。

 

体を奮い立たす。

重力で飛んでくる途中毒滴を垂らす紫の毒玉に狙いを定め、パリィを成功させるためにピンとくるときを狙って目を瞑る。

 

ギィィィン!

轟音が木々のあいだを抜け、(ほとばし)った。

 

スパークが連鎖すると、金属毒弾は斜めの方向に消えていく。

 

それを確認する途端に次の玉は近づく。これを10秒ほど続けその間にナギナの体制は戻った。

 

「離れて!近いと俺の剣があたるぞ」

「うん。別れないと二人分が来るからね」

二人の距離が離れると、俺は自分の対処する必要がある攻撃だけに脳を使用させ、極力パリィで敵に毒が当たるために努める。

 

————10分が経った。

 

もう1.5倍速に馴れた。というかこれが普通になった頃だ。

一部弾けないものも存在したが、それでもHPバーを捉えれるぐらいに成長し、現在のデバフはレベル1の毒が三重、レベル2の毒一重と上々な出来だ。

 

だがこれが10分も続いたらもうHPバーは6割以上減っている。合間に一度交互にくる玉を一人で受け止めて交代で治癒POTと解毒POTを飲め、治癒ポーションは、ナマケモノのように減少の遅いレベル1毒二つ分は受け持ってくれていた。

———お蔭で現在までの5分は実質レベル1毒とレベル2の毒で、これからも解毒POTが効いて変化無し。

 

尤も、レベル2の毒は今の俺達のレベルには過剰に強く、第一ひとランク上のPOTでないと分解できないため緊迫感は漂うばかりであるが。

 

いい加減ミスをしなくなった俺は、自身でも思う華奢な腕を振ってパリィをした。

柔らかい。金属ナシだ。

そろそろ敵の二本目のバーは半分を下回ろうとしており、俺達はパターンの変化への警戒心を無言で、目を合わせるだけで承知する。うん、と。

 

危機的状況に陥ったときに忘れてはならないことは、冷静さを保つことだ。それができているから俺とナギナはHPがレッドにならずに済んでいる。

 

———昨日のレベリングで何度か小規模なギルドかパーティーを前の街で見かけた。そこで分かった雰囲気とはHPが切る時点でもうヤバいと思った方がいいということである。

 

俺はβ時代の知識でHPが切る、イエローゾーンになったら休みを取って回復するを勿論心得ていたけれど、その重みは正式サービスでは幾分増していることは薄々気付きながらも理解はできていなかった。

しかし今回は、今回だけはその新しい考えを無視せねばいけなく、ポーチではなく剣を信じる。

 

☆   ☆   ☆

二人合わせて20は毒玉をパリィしただろう。ついに自らの放った毒で力尽きたヘドロモンスターのこと《ザ・フェイタルスライム》はその3mの巨体を輝く水色の破片に変えた。

そして、アバターの周りを円状に黄色い半透明の幕が覆い、おめでとう!を意味する英語と短い賞讃音楽が鳴る。レベルアップだ。これでLv9になった。

 

ナギナも後半は前半よりも大きな音で毒弾を弾いていて、それはパリィが少なからず成功していることを表していた。ナギナが五つの金属ナシを破壊し終えたときヘドロモンスターは死んだ。

でも最も引っ掛かるのは、あのおじさん、《釣り》を教えてくれる人のアドバイス、核心を付け、はなんだったのだろうかということだ。

レイジスパイクを当てたとき、俺は微調整をし確かに中心を突いた。

 

もしかしたら九層のヴォミーティング・スラッジからの剣が効くかどうかを脳内では優先していたため3センチほど外れていたかもしれない。

———やっぱりそれではない気がする・・・

 

勝った余韻に浸りながらも試験で解けない問題があったときのように悩んだが、埒(らち)が明かないと判断して、結局ナギナに訊いた。ナギナも同じ事を考えているだろうから。

 

「パッとしない。あのおっさん、心臓を突けって言ったのに全然関係なかった。あのとき別のことも考えていたから完璧に突いたっていう自信はないけど目で見るかぎりは中心だったと思う」

「ん、僕から見ても外した感じじゃなかったしそんな難しいことなのかな」

弾くことのみを視野に入れさせて、本当の攻略法は真ん中を狙うこと。それはないことはないというのも頭を過ったので即時伝える。

「攻略法違ったんだと思わないか?心臓だけ狙うのが正解だったんだ。・・・せっかく弱点知ってたのに九層のスライムのことを考えていたし。ほとんど」

かもねとナギナは頷く。

 

「それはそうとキリト、この毒、いつ消えるの?全然無くなる気しないけど何分続く?」

「20分。それアイコンの絵がちょっと危なそうでしょ。あと端っこにラテン数字で2ってあるだろ」

「うんある、確かムーンウォーズで映画の1とか2の話数はこういう感じだった」

「そのⅠとかⅡでも毒のレベルが分かる。まあみんな数字を見るけどね。ちなみにレベル3もあって30分続く」

 

30分!と驚くナギナに詳しい情報も教えて、もっとビビらせようと思い、こう言う。

「———ダメージはⅠがⅡに上がるとに毎秒1ドットが5ドット、Ⅲは30ドット減る。正直Ⅲともなると減りが早すぎてヤバい。十層まで出ないけどな」

 

毎秒50で30分というと・・と計算しようとする少年に、俺は地面に残る毒溜りを見つめながらとっくに暗記したその恐ろしい数字を教えた。

「Lv1は600。2は6000。3は48000」

6000・・?・・・!

治癒ポーションは1000の回復量でそれを三本飲んだ。俺が今持っている毒は1が4重と2、合計ダメージは8400。で実質的に減るのは大体5000になる。現在までに減ったのは1400ほどだと予想し、理由はそうでなければ俺は今生きていない。

 

 

毒スライムを倒した時点でLv9に上昇した俺達は基礎体力1940の防具含め殆(ほとん)ど2000だ。

レベルが上がった時点で体力は全回、基礎体力も140底上げされた。

が、今もなお毒の効果は消滅しないため、このレベル2毒をどうにかして解毒しなければいけない。

いや、解毒は今は絶対にできないから方法は——圏内に入るだ。

 

そうだ。早くレベル2毒を消さなければ、減少はまだまだ続く。これから減るのは3000近いHPで、現在体力は1700を割っている。

 

与えられた猶予は7分。

その時間が分かった瞬間、一秒も無視できない即刻ナギナに言った。

「もう7分でHPが尽きる。早く街に帰らないと死ぬ」

 

息をのんだ様子でナギナはその意味と状況を一瞬で把握し・・・ていなかった。

「ちょ、ちょっとどういうこと?君が急に言うものだから分からない」

「状態異常はレベルの上昇では治らない。だからさっきその話をしていたんだ。今すぐに街に突っ走って圏内に入らないとこの毒は消えない」

ますます分からないといった顔でナギナは首を傾げる。

「でもポーションで解毒できないの?POTまだ大量にあるよ」

「昨夜言ってなかったっけ?そのレベル2の毒はハイポーションじゃないと消滅しない」

 

 

僅(わず)かな沈黙は三秒だった。

「じゃあ治癒POT飲んだら」

 

・・・そうだった。

 

それを忘れていたことは謎。っていうか少々恥ずかしいが、その後は普通に治癒ポーションを飲み、ドロップした毒スライムの心臓を抱えおじさんの(もと)にクエスト完了、報告をしに行った。

 

☆   ☆   ☆

「これで釣りもできると・・?」

あれ、池を汚した諸悪の根源は抹殺したけれど池の汚れは取れないよね。

「・・・忘れていたけど池綺麗にしないと釣りできない。あれ、まず汚い池に魚っているんだっけ?これから掃除クエストがあって綺麗にしても魚を釣れるようになるには一年はかかるよね・・・?」

 

二人して毒スライムの抹消を依頼したおじさんをじーっと見る。

「——お前さんたち、あの悪魔の心臓は持っているかい?奴の心臓は何もかもを元の状態にすることができる。だから心臓を池に浸けてほしい」

・・・?

溜息のつく話だ。あのどす紫いモンスターの心臓を浸けろと。

とはいえ見た目で中身を決めつけるのはいけない、案外心はピュアなのかもしれないし。

はい分かりましたと返事をし、早々にウインドウを開いた。

 

SAO独特のピ——とかピッと音が数回出た後、心臓は実体化する。

空耳か、ボッと聞こえた。

アイテム名は《ザ・フェイタルスライムの心臓》で手の中で浮きながら、ゆったりとした速さで横回転している。

 

手を動かすとその心臓も遅延を起こしながらも付いてきて、腰を下げて手を下ろすとそれはまたもやボッと、あたかも光沢があるように(ほの)かに艶めいた。

 

これでクエストは一度区切りがつき、明日からは釣りの修業が始まる。ナギナの顔を伺い彼が顎を引くのを確かめてから手を開く。

 

際してあっという間に以前の姿になった池にはどこからか湧いたのか魚系モンスターがいた。

———湧いた、は言い方が適切ではない。単純にスポーンするようになったのだ。

 

「おお、有難い。これで私も釣りを楽しめる。今更にはなったが元々釣りを教えるのだったな。釣りはたいして難しい技術ではない。君達も直ぐに会得できるよ」

ナギナは俺と顔を合わせ、

「お願いします」

と言う。

 

☆   ☆   ☆

夜。

昨日は倒して後解放された俺達はいつも通りのスケジュールで攻略を進めた。何気に攻略は終盤に入りつつあり、ちらほら俺達の最前線にプレイヤーを見かける。

 

大多数と干渉していない、というより干渉しないこのコンビが知っているのはフィールドに人がいるかいないか程度で、分かるのはプレイヤーの様々な意味でのレベルと雰囲気だ。

 

経験値が目に見える形でも見えない形でも溜まり始め、加えて今日いっぱいは新しいスキル《釣り》の獲得に(はし)る。

 

順調に進んでいてもベータテストのときの進行速度には全く敵わない。一か月で十層まで進んだのに対し、二回目は一か月でやっと一層が攻略できるかできないか。だ。

 

脳を巡らせていると、今度は今日中に釣り習得クエストを終了できるか心配になってきた。とにかく悩んでいるよりはよ進まないと考えた時間こそ無駄になるので、さっさとナギナを起こし、宿を出る。

 

———そういえば今日は俺が先に起きた。久しぶりだ。

ちょっとした優越感を感じ、今日は釣りの修業が待っていることを思い出す。結局薄々、うっと気分が落ちた。

理由は、幼い頃に家族旅行で訪れた山中の釣堀で驚くほどの暇時間を過ごしたからだ。もっと魚がバンバン引っ掛かって、釣れない釣れない釣れない・・・釣れた!というもっと濃い時間だと思っていて、けれどもいざやってみると釣りは待つばっかり。

 

中学二年にもなって幼少期よりは待つことに慣れたが、何時間も経てばそわそわしそうだ。

 

「なあナギナ。お前って釣り好き?——あれは多分、将来仙人になるための修業の一環だと思うんだけど」

「仙人ねえ、そこまで嫌いならこのクエスト受けなければよかったのに。最初ルンルンだったじゃん」

「ま、まあね。まあこれは攻略の道のりだしー」

「そう」

(俺が好きかどうかは)興味の無いナギナはすたすたと早歩きで行くのを観察しているとどうやらナギナはそれなりに楽しみなのかなと感じる。マジかよとこそっと心の奥深くで吐いたのはさておいて、そういえばナギナには本来は必要のない《釣り》をわざわざクエを受けてまで取得する理由を教えていないことに気付いた。

 

☆   ☆   ☆

「よっ・・こいしょ」

年を取った爺さんのように間が空くほど、それは重かった。

《釣り》を取得するために一層で時間を割(さ)かなくても、《釣り》はボタンをポチッと押すだけで獲得できる。つまりは特別、クエストをこなさなくてもいいのだ。

βのときから重いその魚を捕ってまでもここで取得するには意味がある。

 

このクエストは《釣り》の上位版、《名釣り》が取得でき、通常版を取った後だと10層が開放されるまで挑戦できないと、条件付きだ。

 

皆基本飛ばす、いや目もくれなく釣り自体重要ではないが、俺はちょくちょく《名釣り》を持っている人を羨ましく思っていた。戦闘派の俺は娯楽(ごらく)回復(かいふく)の役割がある釣りスキルは普通に考えて要らない。

しかし、しかしだ。この『名釣り』捕った魚を食べるとHP、MPだけだはなくバフが付き、ステータスの一時的な上昇の他、超ド級魚を食べたときは名釣りだとステータスが上昇するというのもある。勿論、一時的ではなく永続的にだ。

 

攻略を有利に進められる名釣りで釣った魚、通称「名魚」は通常版よりも美味く、食べたときの効果まで上だというならゲットするしかない。

 

あの時は十層まで《釣り》のままで、十層が開放されたのもベータテストが終了する間際だった。残り数日のうち、半日を釣りに費やし、《釣り》から《名釣り》になったときは感動ものだった。魚は美味いし、バフはスゲーと。

このクエストを受ける前に《釣り》を取得したことを涙ながら後悔した俺は、正式サービスが開始されたら一層のうちに受けると決めていた。

リアルでの経験でクエは大層詰まらなく、

 

そして、今は期待と憂鬱といった心情である。




ちょっと「ソードアート・オンライン プログレッシブ」というタイトルが引っ掛かりそうなの考えておきます。

誤字脱字報告よろしくお願い致します。


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八、迷宮区へ

「《名釣り》・・・ね。——このスキル相当強そう。バフも見逃せないけど、基礎値がアップするのは信じられない」

「おお!強いなんて言葉ナギナが使った。これはレコードしなければ。心に」

「心?・・・そういえば訊いてなかったけど録画とか、せめて録音とかできるの?ウインドウ見たところそういうのは無かったと思うけど」

録画は番外だがSAOでは撮影と録音はできる。

「SAOでは写真と、ボイスレコードは残せるよ。でもゲームの機能としてじゃなくてゲーム内のアイテムとして。まあ俺自身それ使ったことないし、公式が発表しただけでまだ誰も使ったことないと思う。十一層以降なのかもな」

 

βでは十層の迷宮区まで俺は行けた。そこまでには、言った通り撮影ができたり録音ができたりするアイテムは無く、第一、フィールドで写真を撮っていたりするのは攻略中は無理だろう。使う場面は下層の思い出巡りとか、街中に限られる。

 

「へーでも一応在るんだ。けど十層って現状だと一か月では行けなそうだよね・・・暫くは考える必要はなさそう、ということで」

進行速度が明らかに遅い正式サービス版。進捗が遅くなる理由は十二分に頷ける。リスポーンできないという事情があるのはゲームがクリアされるまで付いてきそうと朧げに認識した。

 

まだ朝早いが報酬が豪華なクエはめんどうくさい上、時間がかかる。早く始めないと今日中にコンプリートできないかもと、足の交差速度を速める。

本日お世話になる滞在場所は昨日の池、ナギナと倒した毒スライムの心臓を浸けたその池は原形に戻り釣りができる所謂釣堀になった。

 

今回のクエストで俺達は、数値面でも技術面でも成長しただろう。例えば、新しく追加されたスライムを倒すまでに大いにパリィ技術が上達したことだ。

 

砂漠の東隣の、高低差の多い草原フィールドでマツリに会った俺達は沙漠を縦断してはじまりの街に戻った。そこでパーティー申請をされたが、あの時は断って今は北東側を攻略している。

現在の宿は北東にある町、《コウゼン》だ。なんとなく日本にも中国にもありそうな名の町の規模は《ファルベカ》と同等。ファルベカと対になる位置に在るコウゼンは、名釣り獲得クエストを持ち出してきたおじさんと初めて会った処の湖の町、港町ではなく湖町だ。

 

一層の中でも一、二を争う透明度の、あの湖の湖畔(こはん)にある《コウゼン》は石と木造りだったホルンカやファルベカの家に対し、ログハウスを連想させる完全木造の家が主である。

その上町は傾斜していて、中心を通る主要通りに向け斜め方向に家が並んでおり、透明な湖に相応しい洗練された町だ。

家々の中、町の一角に佇むひときわ大きな家は実は民家ではなく民宿で、俺達はそこの最上階である五階を借りている。

 

湖の外周から百数十メートルはのどかな草原が広がっており、町は西に昨日の森は東にある。そろそろ森に入りかけるところ、俺達は早歩きから駆け足に変えた。

 

14の男子に踏まれて、土と雑草共は擦れさっと鳴く。動物が歩けば植物はいずれその場所から消えてゆく。どうやら視線直線上に人が多く歩く道はない。

森のすぐ隣で村にも近いのだから手入れしないのかとも思うが森に入ると険しい山を縮めたような岩々が入り組んで、人間が森での仕事を済ませるためにここを整備する必要はないだろう。

 

岩と岩の隙間に根が張り、木が立っているのは黄山の斜面に似ている。高低差は小さいから写真で見たような壮大さも連想される危険もないけれど、此処にはコケが生息していた。

 

滑らないよう十分弱ジャンプを続けると池に着く。

おじさんは小屋の中で道具を漁っていた。話しかけてクエストを進行させ、頭上のマークを変えた。

「これは初心者向けの釣竿だ。初心者向けといっても私が使う竿と何も変わらないけどね。色がついていないだけ。・・・どうぞ」

「————ありがとうございます」

「使い方は君達も知っていると思う。針に餌をひっかけて池に垂らす。浮きが沈んだら竿を引っ張って魚を釣る。難しいのは竿を引っ張るときで、そのタイミングを誤ると魚は逃げてしまうよ」

実物を指で指しながら説明するおじさんに、これはもう使い方を言っているのではないのかな・・?と突っ込んどいた。

「はい。分かりました」

同時に竿を頂戴してその質感を感じる。・・・んーいったって普通。

木の枝に糸を垂らしただけ、のような簡素過ぎる見た目でもなく、それなりの堅い棒であり弧状にも曲がる、つまり弾力性もある。

とはいえ大きな魚の反発には耐えれそうにはない。硬すぎるのだ。

あちこちベタベタ触って確かめたが、まあ普通だと思う。

 

「さーてと、どれぐらい釣れるのかな。出現率はどれくらいかな。逃げられる確率はいくらかな・・・透明だから魚の数も見れて、引っ掛かっても分かりそう。釣れば釣るほど熟練度もがっぽがっぽだよね。・・上でやったときより簡単そう」

「見た目はねーでも案外つれないかも、こういうのって大抵そうじゃん」

その線も考えられるな。いくら視覚的に簡単でも魚が手ごわければ釣れない。

「もしかしたらそれをさらに裏返してめちゃくちゃ釣れるかもしれないだろ」

「キリト、そのさらに反対の可能性は?」

「その反対も?」

思ったより笑っていたみたいだった。

「その反対も?」

「もうキリがないよ。いつまで続ける気?」

さすがに苦笑いになっていた。

「まあまあ、喋ってHPが減ることはないから」

 

☆  ☆  ☆

 

絶賛、焦っていた。

おじさんは「焦るな焦るながんばれがんばれ」と激励してきたが、がんばれと応援されてどうにかなるものではない。いや、最早声援で魚が逃げていた。

浮きが沈むと、水が音で知らせる。それに視界から消えるから、分かる。

 

俺達のような初心者には実際よりも忙しく感じた。ナギナは、自分のもので忙しそう。忙しいというよりかは筋力的にキツイものがある。

極端に大きくないし、極端に早いペースでかかるわけでもないが、どちらかと問えば大きく、前の魚をバケツに入れたりなんやらかんやらしている内に新しい魚がかかる。自分が想像していたよりも抵抗は強くて水の中では魚は釣り上げられまい食べられまいと必死に尾びれを振っているであろう。

小さい生き物の体に対する筋肉の量は、人間よりも少ない比率でその体を動かせると聞いたことがある。虫はあの細い足でも問題ないのは、小さいからだ。もし魚が人間並みのスケールなら、単純に体を倍にしただけでは肉は乏し過ぎて、筋肉の体積をさらに多くしなければならない。

羨ましいなあと呟きながら、尚も頭を半分ぐらい空にしていた。

 

おっと!

さすがに何十匹目にもなり脳死で手を動かしていると、しばしば今行っていた事の手が止まる。

竿が描く弧は二つ合わせたら楕円形になる。腕を上げ、引くと少し丸に近くなった。俺は後退し、網を取る。もう一度水面の殆ど真上に顔を置き、糸と網を握っている手で抓んで引っ張って魚を近づけてみた。

 

らあっ!

「・・・これで50匹目だ。」

バケツが十数個いっぱいになった。後この魚飽和水(魚入りバケツ)が倍必要である。攻略サイトで見た時のクリア条件は100匹だった。

☆ ☆ ☆

「お!」

かなり大きめの魚がかかった。強いな。

「よっと」

魚・・・?が上がった?

魚かモンスターか半信半疑になりつつ針先を近づけた。池の中央近くに糸を垂らしたので水深の深い所に住む大きい魚か、あるいはそこに住む捕食者かを確かめるべく近づけたそれには・・・巨大おたまじゃくしが引っ掛かっていた。

体長50センチはあるおたまじゃくしは、そのヌメヌメした身体を風に揺られる鯉のぼりみたくはためかせる。かなり、というか相当奇怪で、つまり気色悪い。

 

間髪入れずに彼岸で立っているナギナを呼んだ。

「・・・なんか成長したらかなり大きなカエルになりそうだよね」

突っ込むところそこかと心の中でツッコミつつ確かに成長されたら厄介だなと思い剣でバッサリ斬った。

 

その後は特筆すべき事は無かった。100匹の魚を釣り終えて(顔は違うが)お馴染みのおじさんに魚を渡したところでクエスト完了、同時に俺達のメニューウインドウに《名釣り》スキル取得のメッセージが表示された。取り敢えずなんでもすぐに戦闘に入るSAOはその度にいちいち疲弊するので1ミリメートルぐらいはホッとし、1ミリメートルぐらい死に近付かなかったことに感謝をしただけだった。

早速その《名釣り》とやらの効能を確認するため、ウインドウを開き数少ないスキルから名釣りをタップする。

 

『※名釣りは釣りの上位互換である。』

丁寧にもその御書きから始まる説明欄にはβ時代の情報と大体同じ内容が記されていた。

『名釣り

熟練度0

このスキルを使って釣った全ての魚は以下のボーナスが追加される。

HPの回復量及び回復速度+30%

Bランク以上の魚を食べた場合に基礎ステータスが上昇。

(Bランクは筋力攻撃型(攻撃力)・筋力耐久型(防御力)・敏捷度のいずれか+0.1。Aランクの場合いずれか+1。Sランクの場合+5)

尚、熟練度上昇により以上の値が上昇する。』

 

基礎値の上昇量はもう一つの浮遊城と変わらない。ステータスが5ポイントも上がれば僅かだが実感できるほどの変化だ。これが名釣りで獲得できる全ての魚に適用されればゲームバランスを崩しかけないが、生憎Sランクのアイテムなんてそもそも会えないので突出してこのスキルは強くないだろう。それでもステータスの底上げへの貢献が著しいこのスキルはこれから人気が出てくるだろうということを改めて、認識した。

 

「早速使ってみようか、ナギナ」

ナギナを催促して池に連れる。針にエサを引っ掛け糸を下ろす。竿を引き浮きを水面に向かって投げた。

ちゃぽんと水が言った。直後浮きが揺れた。三度振動すると浮きが完全に沈む。間もなく竿を持ち上げる。

《名釣り》一匹目!名釣りスキルは何気にβの時から楽しみにしていたのだ(とゆうより妬ましげに取得者を見ていた)。中二・厨二ゲーマーの一人として最強並みのバフ効果を備えるスキルを試してみたいのは普通であろう。心の中で某サメ映画のデンデンデンにじゃじゃーんと、脳内再生をしながら魚をタップすると、そのBGMに相応しい効果が付与されていた。

『HP回復+300

HPリジェネ+1000』

 

今の俺達のヒットポイントがおよそ2000。レベル1の治癒ポーションの回復量は1000だからHPポーションより少し強いといったところか。ただ俺の知っている限りではSAO内の治癒ポーションは全て時間回復型で、即時回復ができる結晶はもう少し上の層からしか入手できない。

 

HP回復300は数値的には微妙だがこの即効性は貴重だ。もしかしたら現時点では、この名釣りで捕獲した魚でしかHPを即時回復できないかもなどと思いながら俺はそれを検証するためにナギナに提案する。

「あのーナギナさん、HPを自ら減らすという自虐に・・・・」

「自虐(笑)?それ自分で言うんだ。気になるなら試してみたら?ちなみに僕は君がイエローになってもポーションあげないしモンスター湧いても助けないから」

「・・・そうすか。あれまってさすがにイエローになったら・・・」

一応ソロのときはHPバーが黄色になったら即撤退をすることになっている。

「ん~じゃあ黄色になったらね」

「は、はいお願いします。ナギナさん」

「・・・ヨシいくぞーおー」

 

検証の結果、これにはマジでHP即時回復効果があるらしい。語尾が「らしい」なのは未だに半信半疑だからだ。

ベータテストからSAOのみならず全てのゲームにおいて仕様が変わるのは重々承知しているつもりだったけれど、あのほぼ完成形を一ヵ月もプレイした身としては少しの変化にも驚きがある。

 

本心ではこの後、レア度がBランク以上の魚が本当に基礎ステータスを上昇させられるのかも実験したいところだが、残念ながら俺達は攻略をサボれない。

三層のとあるクエストから結成可能になるギルドのようなノルマがあるわけではない。単にカンの問題だ。だらけていると、そろそろ抜かされそうだなあーというあれ。

 

そろそろ抜かされそうだからがんばろーというかなり楽観的な原動力を元に、その後四日間は《ホルンカ》と《ファルベカ》《コウゼン》にあるクエストを片っ端から終わらせた。レベルは10に上がり、又真のアインクラッド開始から21日が経過した。

 

———そして今は攻略開始22日目、11月27日。SAO第一層は八割以上マッピングされ、残りの二割は迷宮区とトールバーナとその周辺だ。そして今、第一層迷宮区に最も近い町《トールバーナ》に続く道を歩いている。

「やっとここまで来た」

まさにその言葉が相応しかった。ベータテストではおよそ二週間でクリアしたこの層は今やっと二層へ物理的に繋がる地上二十階の迷宮区タワーを始点として攻略されようとしている。死者は物凄い量だった。黒鉄宮に在る金属製の巨大な碑《生命の碑》に無慈悲にも横線が引かれた数は現時点で1500だ。22日で1500人死んだ。日当り68人が死んでいる計算である。すなわち毎時2.8人が命を落としているのだ。

 

直径十キロ、高さ百メートルの円柱という狭小な空間。しかも老死や病死は存在しない。これは単に超絶治安が悪い場所とか、海外の局所的なスラムとは違うのだ。それが一つの都市を形成している。どこへ行ってもひったくりではなく強襲に備えなければいけない。死は常に迫ってくる一方、助け合えば防げることでもあった。殆どが運である病気と、最大限気をつけていれば死なないSAO。そしてパーティを組み連帯的に行動したり、情報を持っているプレイヤーが教えれば助かった命。

 

俺は毎日の死者約68人を無くすことは叶わずとも減らすことは可能だったのだ。こうして誰とも触れ合わずコンビで行くと決めたからには、そういう人達へ償う義務がある。俺は、あの迷宮区を少しでも早く突破しないと。

 

「そうだね」

短い返事が聞こえた。

正直、ナギナには本当に感謝している。デスゲームが始まったあの日、俺はソロでひたすら自己強化のために戦うつもりだった。もしコンビを組んでいなければ死んでいたかもしれないなどというほど自分に自信が無いのではないし、これから迷宮区攻略やいつかは解放されると信じている二層やもっと先の層で倒れるという失望的観測をしているのでもない。

・・・ソロ攻略の限界を俺は知っている、それだけだ。どれだけ安全マージンを取っていても死ぬ時はあっさり死ぬ。

ソロ攻略での死は運なのだ。

だからこそ不運を実力でかき消せるコンビやパーティは安全なのである。そういう意味で俺は感謝していた。

 

トールバーナに行く途中はモンスターと何度かエンカウントしただけで済み、どうやら一番乗りで到着したようでプレイヤーは一人も居ない。プレイヤーが居ないと微妙に寂れているなあと思いながら一先ずここで補給休憩を済ませ、直ぐに片っ端からクエストを受けておいた。簡単なやつは今日中に終わらせて他のも順次進行させていこうとナギナといつも通りの確認をして、おらァと稲妻のごとく街を出る。

 

勿論目的は《逆襲の牛》クエストだ。何のアイテムのために受けるのかは未だナギナに伝えていないので、何気にサプライズを企てつつ最速(二時間)でクリアする。目的のクリームが一つかもと心配したが、幸いなことにパーティメンバー全員にそれぞれ一つずつ貰えて心配ご無用だった。

 

「クリーム・・・?」

無駄なことは極力したくない派らしいナギナは微妙に顔を傾ける。

「・・なんでこんなクエスト受けたの?いくらなんでも経験値少な過ぎない?」

(別に引っ掛けようとはしていないが)見事に引っ掛かった。

「・・んーなんでだろう」

などと誤魔化しておく。

「まあまあこれはね。その、えーと・・・」

えーと言い訳考えていなかった。

ん〜・・・

「あっそうそうあれだよアレ。完全マッピング主義者なう全クエスト完了主義者だよ」

 

言って直ぐそもそもあっそうだよあれアレとか弁解している時点で死んでいる、なんて悲し言い訳なんだろうと自滅して、これからサプライズ仕掛けるときは口実の一つや二つは作っとくべきだなあと反省した。

肩を落としながらナギナを見ると特に変わりない様子だったのでこれはギリギリ切り抜けた、ということにする。

 

その後もしつこくどうして?なんで?と問われながらアイテム収集クエストと魔獣討伐クエストの目標数値を埋めた。クエスト六つ分を集めたところで丁度陽が最も明るくなる。昼だ。仮想の空腹感の巻き上がり覚える。

 

「そろそろ飯食いに行こうぜ!」

遠くに居るナギナに届く声で叫んだ。この後はトールバーナに戻ってご飯を食べる。寄ってきたナギナはさすがにもうクリームのことは忘れているのだろう、何もと問い詰めずただ疲れた〜とボヤいていた。

「よしよし食べよ食べよ。ところでキリト、この町にはあの白い一コルのパン以外で安くて美味しい食べ物ってある?」

「残念〜一コルで買えるパンはこれ以外ないんだなそれが。次の層だと二コルであのパンよりマシなやつがあるけど」

「そうだよね。仕方ないかあ節約のために」

そうそう節約節約にと半ば反射的に返事した。

 

《トールバーナ》に至った後NPCショップで激安(値段相応)パンを二つ買った。このパンの長所は安価である事と安すぎるが故(攻略組は)イチイチ割り勘が不必要である事だ。例えパーティメンバーでなくともあれの一つや二つ、容易い出費である。とは言ったもののSAOでは料金は基本的にパーティメンバーで自動割り勘されるので今は案じなくともいいが。

そんなほぼほぼ安い事しか取り柄がないパンをナギナに渡す。適当に座って食べようとするのを制止して早速「あれ」を実体化した。

 

「クリーム・・・?」

無言でクリームを「使った」俺に、ナギナは少々関心を持ったようだが結局何もしずに控えめに開口したので再び制止してクリームを「使う」のを促す。

「これ、塗ってみろよ」

「・・・・・」

それでもやや迷い気味だったので痺れを切らしてクリームの壺を投げる。ナギナはスっとキャッチするとようやくそれを塗ってくれた。以外と新しいもの興味ないヒトなのかなあ、知らなかったなあと考えていると東方から期待通りの反応が返ってきた。

 

「おいしい・・・!あの味気ないパンがなんというかデザートみたいに・・・これらもうケーキだよ!」

疲労が溜まっていていつもより元気がないというか静かだったが、今の彼にその面影は欠片もない。

「使った方がいいだろ。ベータの時は空腹を無視できたからうまいメシを探したりしなかったけど、それでも最初食べたときは驚いたよホント。そこら辺で売っている中途半端に高いご飯よりも絶対うまい」

「うん。そう思う」

 

ナギナはゆっくり味わって食べ完食した。クリームパンの余韻に浸っているらしく、未だ顔がニヤけている。俺も久しぶりに食べたあのクリームパンはやはりかなり美味しかった。味は色褪せていないようだ。

 

調子を取り戻したところでクエスト報告・補給・休憩、今回は武器のメンテもしてもらい《強靭なアニールブレード》から発される所謂強い剣オーラが復活した。ぎらりと輝く剣身を一瞥して鞘に戻す。

 

「じゃあ、午後の攻略開始だな。ここで受けられる一部のクエストは、迷宮区で湧くモンスターの討伐依頼も含まれているから・・・・」

「から迷宮区攻略に行く・・・?」

「そそ。さっき迷宮区タワーが見えたけど、あれに上る」

 

ここから見えないかとタワーがある北北東方向を向くが、建物が邪魔して視認できなかった。探すのを諦めナギナを振り向く。

「迷宮区はそこいらに居るMobとは全然違う。ゴブリンとかオークとか一層のフィールドやダンジョンでポップしない亜人系モンスターが出る。奴らは《ソードスキル》を使うから本当に気を付けないとな」

そう。第一層迷宮区はSAO初のソードスキルを使う敵がいる。

「・・・ソードスキルって敵も使えるんだ」

意外半面想定内だろう。

「勿の論だよ」

「ついでに言っとくと、ソードスキルを使う敵と戦うときに最も重要なことは冷静なのは勿論だけど、相手のプレモーションを見極めることだ。ソードスキルは速いしダメージが大きい。でもソードスキルを使う敵は特殊攻撃をあまり使わないんだ」

「というと?」

「殆どか剣と盾が通常装備。つまり手を使った特殊攻撃は少ない上にブレスは吐かない。体が人の背と一緒なのが多いから、スタンプ攻撃もないし防御不可の超攻撃も少ない」

「ということはパワーでゴリ押したりしない?」

「ああ。その剣技を生かした色んな攻撃をしてくる。他のMobと決定的に違うのが盾を使った防御で・・・」

うんうんと頷いているのを確認して続ける。

「動物系とか植物系は、高度なAIを持っていても避けるぐらいのことしかしないけど亜人系は違う。盾で防御してくる。これがウザくてさ、ダメージは入るんだけどほぼ相殺されて」

 

「ああそっか確かに。言い換えれば甲羅を纏っているようなものだよね」

「そうそう。他のモンスターで表現するなら防御力と攻撃力両方とも高い群れのリーダー的なやつが標準湧きって感じ」

あれ今の説明分かりにくくない?と自問しつつ考えた。

亜人系又は人型モンスターの特徴は防御されることである。単に防御力が高いとかではなく盾を動かすことで《防御》をしてくる。

突進系ソードスキルならダメージが入らなくても、ノックバックが与えられるのは不幸中の幸いだが、斬撃系、刺突系では良くてチャラ、しばしばこちらにディレイが課せられるのだ。

「つまり盾には気をつけてっということ。それとさっきも言ったけどソードスキルを避ければ相手は技後硬直でこちらが圧倒的に有利になるから、プレモーションを見極めて」

その日、迷宮区攻略一日目は塔二階まで踏破した。午後から始めてに二階まで攻略できたから、明日は四つか五つは進むだろう。まだ一層迷宮区の一二三階は馴れのため・・・というか体験版みたいなものでまず死なないようになっているが四階以降・・・いわゆる正規版は数種類だった攻撃バリエーションが段々と増え十数個になってくるので安全マージンはより十分に取らなければならない。

「当たり前だけど階が上がれば攻撃バリエーションは増える、言い換えれば普通なら死なない敵でも必殺技で死にかけることがあるから注意」

「うん。・・・ところで必殺技ってどういうのなの?」

「それはまあ・・・秘密かな。その都度言うよ。結構大事なことだからしっかり覚えておかないといけないよ。・・・・あえーとここで言って、言葉で覚えて誤解していると、本番本当に危ないっていうこと」

 

それだけ伝えて、迷宮区に向かった。



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