西住しほの妹、その名はりほ:リメイク (G大佐)
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原作開始前
家元の妹
戦車道。それは、茶道・華道と並ぶ乙女の嗜み。世界中で行なわれているそれは日本でも古くから存在し、様々な流派がある。
現在主流となっているのは、西住流と島田流である。
――戦車道連盟監修『初めての方への戦車道』より
雨が降っている。それはまるで、何か良くないことが起きると思わせるような、それ程までに暗く、激しい雨であった。
「嫌な天気だねぇ……」
黒と茶色が混ざった短髪の女性は、空を見上げて顔をしかめた。そのままテントの中へ戻る。
ここは、戦車道連盟スタッフのテントの1つ。テントの中には女性だけでなく、男性も混ざっている。彼らは、試合中に撃破された戦車と乗員を回収し、戦車を整備する役目がある。
テント内には、観客用に設けられた物よりも更に細かい場所を映すモニターが設置されていた。女性はそれを見つめ、現状を把握する。
「(黒森峰は川の近くを通るか……。だがこの天気だ。ちょいと危険じゃないかねぇ……)」
今回の大会は、どちらも譲れない戦いであった。自身の姪が所属する黒森峰女学園は10連覇を、相手のプラウダ高校は初優勝を賭けた戦い。女性は姪を応援する気持ちもあったが、仕事の関係上、プラウダ高校の隊長がどれだけの思いでこの大会に挑んでいるかも知っている。故にどちらも応援していた。
しかし、アクシデントが発生した。
「っ!」
降り続いた雨のせいで足場が脆くなっており、1両のⅢ号戦車が川へ転落したのだ。この光景を見た女性の指示は早かった。
「回収班、出動急げ! 救護班も一緒に向かうんだ!」
「は、はい!」
「けど姐さん! 本部からの指示がまだ……!」
「んなもん知るか! 指示待ってる間にも戦車は沈むぞ!」
ただでさえテントに響く大声は、更に大きくなる。
「責任は全部アタシが背負ってやる! とっとと動け! モタモタしてっとケツにドライバーねじ込むぞ!」
再びモニターへ視線を向け……女性は思わず1人の姪の名前を叫んだ。
「みほちゃん!?」
この日、プラウダ高校が全国大会初優勝を飾った。
目の前で豚どもがわめき合っている。今回の試合の結果を許せない者たちで溢れかえり、この家の持ち主である姉妹は苛立っていた。
「西住流にあるまじき行為だ!」
「10連覇と言う栄光を、よりにもよって西住家の次女が失わせるなど!」
「彼女は黒森峰に相応しくない!」
「そもそも戦車道にすら相応しくないのではないか!」
今この場にいない勇者は、年寄りたちから罵られる。酷い者は彼女の存在意義すら否定する。
「そもそもプラウダの隊長こそ卑怯者だ! あんな戦いは戦車道ではない!」
「その通りだ! もっと正々堂々と戦う事こそ、真の戦車道だというのに!」
その瞬間、湯呑みをテーブルに叩きつける音が響いた。
「現場に立たない老害が喚くな」
黒森峰OG達を睨み付けるのは、西住流家元の妹。そして戦車道全国大会での整備班班長を務めていた女性だ。
「人間なくして戦車道なし。西住流以前に、戦車道としての基本をお前たちは忘れたのか?」
害虫を見下すかのような冷たい目は、OG達を黙らせる。
「今回の件は、家元が直々に西住みほに言い渡す。罵るしか能の無い老害はとっとと去れ!」
その迫力に気圧されたOG達は、蜘蛛の子を散らすように、慌てて出ていった。
「……ふぅ。ったく、罵りに来たんなら飲み屋で愚痴ってろ」
「ごめんなさい、りほ。貴女にこんな事を背負わせてしまって……」
「気にすんな姉さん。あんたの発言力は大きい。むやみにみほちゃんを庇うような事を言ったら、裏切り者が出るだろうさ」
西住流家元、西住しほ。彼女は今回の試合結果を残念に思うと同時に、娘と生徒が無事で良かったと言う気持ちを持っていた。何せ、娘が仲間を助けるために川へ飛び込んだと聞いたときは、危うく気を失って倒れるところであったのだから。
「……りほ。私はみほに、戦車道から離れるように進言したいと思う」
「そりゃまた何で?」
「あの子は優しすぎる……。それこそ自分を犠牲にしてでも助けようとする。今回の件で分かったわ。あの子に西住流は、いや、今の戦車道は合わないのよ……」
しほの妹、りほは忠告する。
「その事を伝えるなら、言葉は慎重に選べよ? 姉さんは少し不器用だからな」
「そんなこと分かってるわよ……」
娘たちが帰ってきたと使用人から伝えられ、どのように伝えようかと、しほは頭を悩ませた。
読んでいただき、ありがとうございました。次回をお待ちください。
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親子として、姉妹として
なお、今回は『フェイズ エリカ』の若干のネタバレがありますので、ご注意下さい。
西住家の長女であるまほと、次女のみほ。2人は正座をした状態で、母からの説教を受けていた。
「確かに作戦としては、川の近くを通る方が効率的だったかもしれません。しかし雨による増水と足場が脆くなっている可能性を考える事も、隊長としては必要です。今回は10連覇というプレッシャーもあり、効率的な戦術を選んでしまったことは仕方の無いことかもしれませんが」
「申し訳ありません……」
次にしほは、俯いているみほに対して話をする。
「みほ。フラッグ車の車長たる貴女が、戦車を放り出すとは何事ですか」
「で、でも、戦車が川に落ちたら、仲間が……」
「……では貴女は、他の戦車が敵戦車に撃破されそうになった時、例え己がフラッグ車でも自身を盾にして守るのですか? それがチームの敗北になったとしても、貴女はそれで良かったと思えるのですか?」
「それは……」
「今回の試合、3年生は10連覇と言う目標のために、切磋琢磨してきたのです。その努力が、水の泡になったのですよ」
みほは、息が詰まりそうな気持ちになった。今までの練習で、先輩たちが大会優勝を目指すことを話している様子を、何度も見たことがある。
だからこそ、自分のせいでその目標を砕いてしまったのだと言う、自責の念が彼女を襲った。
それと共に、仲間が溺れ死んでいたかもしれないと思うと、見捨てた方が良かったのかと疑問に感じてしまう。
その2つの思いが、みほを苦しませていた。
「……ここまでが、西住流家元としての言葉です」
「お母様……?」
「お母さん……?」
温くなったお茶を一口飲んで、小さく息を吐く。そして、今度は自分の言葉を告げた。
「みほ。貴女がパンツァージャケットを着たまま川に飛び込んだと聞いて、私は気を失いそうになったわ」
「ごめんなさい……」
「だからこそ、無事だったと聞いて……私は……!」
しほの声は徐々に弱っていき、そしてハンカチで涙を何とか拭った。
「貴女は本当に優しい子。仲間を思うことが出来る。だからこそ貴女の後ろを付いていく人がいる」
「お母さん……」
「……けどね、みほ。優しさは時に弱みになってしまう。他の人から見れば、その優しさが却って侮辱になることもある」
その時、みほは思い出した。黒森峰女学園の中等部に入学し、戦車道チームに入ったばかりの頃。“とある生徒”と副隊長の座が賭かった勝負をしたことがあった。
あの時、自分が負ければいざこざは納められると思い、負けたのだが……
『それじゃあアンタの仲間は、何のために戦って撃破されたのよ!』
そう言われて平手打ちされたのを今でも覚えている。
「あなたは優しすぎる。私は怖いのよ、みほ。仲間を思うあまり、本当に自分を犠牲にするんじゃないかって」
西住流家元として、しほは時に厳しく娘たちに接した事もある。だが、しほとて人間。その加減を間違えて2人を怯えさせてしまう事もあった。その度に夫と妹にその事を注意され、そして埋め合わせをするかのように親子の時間を作っていた。
だからこそ、母として娘を愛してる以上、命の危機に晒されるようなことをして欲しくないのだ。
みほは、そんな母としての姿を見て、申し訳ない気持ちで一杯になった。
「……お話は、これで以上です。疲れたでしょうから、早めに寝なさい」
「……ごめんなさい、お母さん」
「お話はもう終わり。これ以上謝ること無いわ。まほ、引き留め過ぎてすまなかったわね」
「いえ、そんなことは……。失礼します」
まほが妹の手を握って退室すると、しほは大きく息を吐いた。別の襖が開き、妹のりほが入ってくる。
「……流石に言えなかったか」
「思ってた以上に、みほは責任を感じてるみたいだったわ。俯いてることも多くて、話してる間もずっと泣きそうな顔……。そんな状態で、『戦車道から離れなさい』って言えるわけ無いじゃない……」
「だよなぁ……」
2人揃って、これからどうするかと大きくため息を吐いた。
夜。まほの部屋のベッドに、みほは居た。眠れないならいつでもおいでと言われ、お言葉に甘えて姉の布団に潜り込んだのだ。
「狭くないか、みほ?」
「うん、大丈夫。ありがとうお姉ちゃん」
幼い頃、怪談をテーマにした番組を観てしまって寝られず、姉と同じ布団で眠ったのを思い出した。
「……ごめんな、みほ」
「お姉ちゃん?」
「お母様の言う通りだった。雨で足場が脆くなっていることを、私は考える事が出来た筈だった。だけど私は勝利を目指すあまり、その結果が……」
「気にしないで、お姉ちゃん。私も、あそこを通るときは『大丈夫』って気持ちがあったもん。私も気付けば良かったな」
「……そうか」
するとまほは、みほの事をギュッと抱きしめた。
「みほ……。西住流だからという気持ちに捕らわれないでくれ……。このままだと、いつかお前が壊れそうで、私は怖いんだ……」
「お姉ちゃん?」
「何でもかんでも立ち向かおうとすると、いつか壊れてしまう。嫌になったら、分からなくなったら、時には逃げることも大切なんだ」
「逃げても、良いの……?」
「あぁ。一度その場から離れて、考え直すことも大事だと私は思っている。お姉ちゃんだって、疲れて勉強したくない時なんかは、適当な理由付けてサボる事だってあるんだぞ?」
「ふふっ、何か意外かも」
姉の意外な一面を知って、みほはクスクスと笑う。ようやく笑った妹の姿に、まほはホッとした。
「……私、仲間を見捨ててでも勝った方が良いのか、仲間を助けるべきなのか、分からなくなっちゃった。自分のやってきた事が正しかったのかも、分からなくなっちゃって」
「うん……」
「私のやりたい戦車道が何なのか、分からなくなっちゃった……」
「……そうか」
まほはゆっくりと頭を撫でる。姉の体温と撫でられる心地よさで、みほはゆっくりと眠りに就いていった。
次回は、学校でのみほの境遇です。更新をお待ちください。
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彼女はこうして去っていく
それでは、どうぞ。
黒森峰女学園の戦車庫。ティーガーなどの重戦車を格納するために広大となっているこの場所で、戦車道履修生たちは集まっていた。
大勢の生徒の前に立つのは、隊長のまほと、副隊長のみほ。
生徒たちはざわめく。しかしそれは、みほを糾弾するような物ではなく、前の試合について話があることを察し、その話とは何かを推測する声であった。中にはみほを心配する声もある。
「静かに!」
まほの鋭い声が響き、車庫に静寂が訪れる。再びまほが口を開いた。
「今回の全国大会、非常に残念な結果となった。一部の生徒やサポーターからは、副隊長を非難する声が上がっている事は、皆も周知の筈だ」
履修生たちは顔をしかめる。彼女たちは、何故みほがフラッグ車から離れたのかを知っている。戦車の水没とは非常に恐ろしく、今回水没した戦車に搭乗していた生徒の中には、その事がトラウマとなってやむ無くチームを離脱した者もいた。それがもし自分達だったらと思うと体が震え、そして増水していた川に飛び込むというみほの行動には驚かされた。彼女が動かなければ死者が出ていたかもしれないと思うと、ゾッとする話である。
しかしながら、その事を知らない者は、母校の敗北と言う面だけを捉え、裏で何があったかも知らず、みほを糾弾した。あの場に居なかっお前たちが偉そうに言うなというのは、この場に居る履修生たち全員が思っている事である。
「今回の件、根本的な要因として、私の采配ミスにある」
「えっ……?」
まほは、ざわめく生徒達の事を気にせず、話し続ける。雨で地盤が弛んでいるところを、効率を優先するがあまりその危険性が頭から抜け落ちていたこと。迂回となっても安全な道を選ぶべきだったと告げた。
その事を告げられて初めて、履修生たちも「何でそんな初歩的なことに私たちは気付かなかったんだ」と後悔した。誰か1人が気付き、隊長に進言することで、何かが違っていたかもしれないのに。
「私自身が、意見具申すら出来ない空気を作ってしまっていた。……申し訳ない」
深く頭を下げるまほに、履修生たちは困惑するばかりだ。なぜ副隊長ばかりでなく、隊長までもが頭を下げなければならないのか。支える筈の自分たちが頭を下げるべきなのに。
「そして副隊長から、話がある。……みほ」
「はい」
みほが、3年生達の前に立った。
「先輩方の最後の大会を、こんな形にしてしまって、ごめんなさい!」
大きな声で謝罪し、頭を下げた。しかし3年生たちは困惑するばかりである。
「そ、そんな! 頭を上げてよ!」
「そうよ! みほちゃんが居なかったら、チームメイトが死んじゃってたかもしれなかったんでしょ!?」
「そうそう! 誰かが死んじゃう思い出なんかより、ずっと良いって!」
「でも、先輩がどれだけ10連覇を目標にしてきたか……!」
そんな時、3年生の1人が、みほの前に立つ。
「みほちゃん」
「先輩……」
「私たちは、みほちゃんが優しくて、勇気ある娘なんだって思う。私たちですら動けなかったのに、みほちゃんは凄いよ。だから、これ以上自分を卑下しないで。みほちゃんが助けた子たちも、きっとそう思ってる」
先輩からの言葉に、みほの目には涙が溜まる。もっと責めてくれても良かったのに、それでも何処か、不思議な安心感があった。
だからこそ、これからの話というのは非常に辛いものであった。
「今回の件について、お咎め無しと言うのはおかしいと、OGの方々は指摘している。そして話し合いの結果、次のような処分となった」
罰を受けなければならないと言うことに、履修生たちは暗い顔になる。そして、まほの次の言葉は何かを待っていた。
「西住みほを、副隊長から解任。また除隊と転校処分とする」
「……え?」
そう呟いたのは誰だろうか。一瞬の間の後、一気にブーイングが殺到する。
「何でですか! 何で副隊長だけが!」
「そうですよ! OGの方々は何言ってるんですか!」
「私だってOGの判断は納得いかない!」
まほの怒声に、車庫の中は静まり返る。
「だが先ほど言った通り、お咎め無しと言う判断を下せば周囲からの反発が相次ぎ、最悪の場合、学校内でのいじめに発展する可能性もある」
いじめとは、何が原因で、いつ発生するか分からない。「黒森峰は家族贔屓する」と言う理由で、他の履修生がいじめ等の被害に遭うこともあり得るのだ。
「また、最初に話した、みほへの非難の声。それは彼女にとって精神衛生上よくないと言うのが、西住家全員で話し合った結果だ」
西住流家元もそのように判断を下したと言われれば、黙るしかない。履修生たちも、まほも、悔しさで拳を握るしかなかった。
黒森峰女学園の学生寮。みほが転校のために荷造りしていると、ドアをノックする音がした。
「はい?」
「私よ。入って良いかしら?」
「あ、エリカさん。うん、良いよ」
入ってきたのは、銀髪が美しく、少しツリ目が特徴的な生徒。彼女の名前は逸見エリカ。中等部の頃に、みほと副隊長の座を賭けて勝利したものの辞退。そして、手加減されたことに怒り、みほに平手打ちしたこともある生徒である。
「もうこんなに片付いてるのね……」
「うん。片付けてみると、部屋を広く感じちゃうな」
備え付けのベッドと机だけになり、質素に感じる室内。そこに寂しさを感じるのはエリカの気のせいだろうか。
「あんた、噂じゃ戦車道の無い学校に行くって話だけど、本当なの?」
「……うん」
「……他の人も、戦車道から抜けたものね」
みほの除隊処分が告げられた後、彼女と同じフラッグ車に乗っていた生徒たちも、相次いで戦車道を辞めた。
『みほさんだけに全ての責任を押し付けるわけにはいきません!』
それが、彼女達の言い分である。
「私、今迷ってるんだ。自分のやりたい戦車道が何なのか、まだ分かってないんだ」
「……だから、見つめ直すって事?」
「うん。それに、今は少し疲れちゃって……」
「……そう。なら、何も言わないわ。部外者の私が口を挟む事じゃないわね」
エリカは部屋を出ようとしたが、立ち止まり、最後に告げた。
「もしまた戦うことがあったら……もうあの時のような手加減はしないでよ」
「勿論。全力で行く事を教えてくれたのは、エリカさんだもん」
お互いの微笑みを、夕陽が照らしていた。
みほの部屋を出た後、エリカは早足で廊下を歩いていた。自販機とソファのある休憩所に着くと、ソファに座り込み俯いた。
「何でよみほ……! ようやく、ようやくあんたの事を見れたと思ったのに……!」
その目から大粒の涙が溢れ出す。
かつてエリカは、「西住流は強く、堂々と、王者であるべき」という考えを持っていた。だからこそ、いつもオドオドとしているみほの在り方が気に食わず、突っ掛かる事もあった。
しかし、ある時に戦車を整備していた女性から問われたことがある。
『あんたは、西住という家名だけを見てるのかい? あんたは本当に西住流を理解していると言えるのかい?』
『名前越しで人を見るのではなく、行動で人を見な。西住流に当てはめて人を見るのは、お門違いってもんさ』
後にその整備士も西住家の女性と知って驚いたのだが、行動で人を見ると言うのを意識し始めた。「西住みほはどのような人間なのだろう」と。
今まで彼女に対する評価は「人の事を見ている優しい人物で、だけど優柔不断だったりすることがある」だった。しかし今回で新たに、「人のために勇気を出せる人物」という面を見れたのだ。
「もっと貴女や隊長の事を見たかったのに……!」
しばらく静かに泣いた後、袖で涙を拭った。
「……みほはみほなりに、探そうとしている。なら私は私なりに、黒森峰でやってみせるわ!」
そうしてエリカは、隊長であるまほを支えることを、決意したのであった。
次回からいよいよ、原作スタートです。次回をお待ちください。
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原作
強い少女
朝陽がカーテンの隙間から射し込む。部屋に目覚まし時計のアラームが鳴り響くが、部屋の主は目覚めそうにない。
「やっぱりケーキは、苺のショートケーキが良いな……」
誰かとケーキ談義でもしてるのだろうか。寝返りを打つことはあっても、起きる気配がない。アラームはまだ鳴り響いてる。
すると、廊下から足音が近付いてきた。ドアが開くと女性がドカドカと入ってきて、一気にカーテンを開ける。
「起きろぉー!」
「う、ううん……」
部屋の中が明るくなり、女性は大声で少女に呼び掛ける。しかし少女は、眩しいのを嫌がるかのように布団に潜った。
「起・き・ろって……言ってんだろうがぁー!」
「うわぁぁぁ!?」
掛け布団を容赦なく剥がされ、突如襲い来る冷たい空気に少女……みほは飛び起きた。
「おはよう、みほちゃん」
「あ、あはは。おはよう、りほお姉ちゃん」
西住みほと西住りほ、2人は大洗学園艦のアパートで生活していた。
黒森峰から転校することになったみほだが、西住家全員は彼女の事が心配だった。何せ黒森峰が10連覇を成し遂げられなかった事は、マスコミにも盛大に取り上げられている。みほが仲間を助けるためにフラッグ車を飛び出したと言うことは報じられなかったが、ネット界隈でも取り上げられたため、どこで彼女の事を知られているか分からない。転校先でもその件について何か言われないか不安があったのだ。
その結果、りほが同伴することになった。彼女の仕事は、戦車の修理や整備の依頼があった学校へ行き万全な状態にする派遣整備士である。戦車道連盟所属ではあるが、依頼があれば何処からでも行けるため自分が適任だと言ったのだ。
本当は母親のしほや、姉のまほ、父の常夫や使用人の菊代も行きたかったが、それぞれが大事な役目を持っている。それを放棄するようなことになっては、却ってみほが遠慮してしまう。よって、りほが適任となったのだった。
「ハンカチとちり紙は?」
「持ったよ!」
「教科書」
「持った!」
「筆箱は」
「持った! もう、心配しすぎ!」
「はいはい、ゴメンって。じゃあ行ってきな」
「うん! 行ってきまーす!」
朝食を終え、身だしなみを整えて元気に登校する姪に、りほは手を振って見送った。
りほは派遣整備士であるが、なにも戦車の整備だけが仕事ではない。
「コラァ! 軍手やらないと危ないってさっき言っただろうが!」
「す、すみません!」
「貸出用のやつが工具室にあるから取ってこい! ダッシュ!」
「はいぃ!」
戦車道連盟の整備場。そこでりほは教鞭を取っていた。
新社会人や新入生など、何かと新しくなる春の季節。戦車道連盟にも当然の事ながら新人が入ってくるが、連盟が特に多く募集しているのが整備士である。現在の戦車道は、車輌保有数が多い学校の大会出場が浸透しつつある。しかし、安全性も含めて完璧に修理するのは時間が掛かる。スタッフの数が少なければ、他の撃破された戦車を回収しても、修理の手が届かなくなってしまう。だから必然的に整備士の募集が多くなるのだ。
りほは、連盟に所属するメンバーの中では古参の1人である。長く戦車に関わってきた腕を買われて、こうして新人整備士たちの教官を務めることもあるのだ。
「本日はここまで! 今日やった内容は復習しとけよ!」
「「「「はい!」」」」
「解散!」
「「「「ありがとうございました!」」」」
緊張がほぐれた様子で解散する新人達を見て、自分もあぁだったなと、りほは昔を思い出していた。
「(今頃みほちゃんは、友達とか出来てるのかねぇ)」
その頃、大洗女子学園にいるみほは、授業中にも関わらず物思いに耽っていた。
「(戦車道をやれって言われたけど、どうしよう……)」
昼休みの時、生徒会の会長である角谷杏が現れ、「次の必修選択科目、戦車道とってね」と言われたのだ。
戦車道が嫌いと言う訳ではない。だが今の自分は、どんな戦車道をやりたいのか分からない状態であり、そのような状態で戦車道をやって大丈夫なのだろうかと言う不安があった。
「……住さん。西住さん?」
「は、はい!?」
「ボーッとしてましたけど、大丈夫ですか? 保健室に行きます?」
「あ、いえ、大丈夫です。すみません……」
その様子を心配そうに、五十鈴華と武部沙織が見ていた。
授業を終えた後、生徒会による戦車道のオリエンテーションがあった。かなり戦車道を推してるらしく、履修した生徒への待遇も、食券から始まり遅刻の取り消しなどとても豪華である。
「(どうしてそこまで推すんだろう?)」
みほの疑問をよそに、選択必修科目の記入用紙が配られる。そこにまで大きな文字で戦車道と書かれている辺り、どうしても取ってほしいと言う意思が見られる。
「(……うん!)」
みほは決意した。
その日の夜。夕飯を食べ終えたみほは、学校であったことをりほに明かした。
「戦車道を取るぅ!? 大丈夫なのかい……?」
まさか姪が再び戦車道を取るとは思わず、大きな声を上げてしまう。しかしみほはボールペンで既に戦車道に丸をつけている。
「どうしてあそこまで推すのか分からないけど、きっと何かあるんだと思うの。それに……」
「それに?」
「新しく始まる戦車道なら、きっと私も、やりたい戦車道を見つけられるかもしれないの!」
友達が出来たことと同じくらいに目を輝かせるみほに、りほは安心した。最初こそ、戦車道を取るように迫って彼女を追い詰めていたら、殴り込みをかけようかと思っていた。
しかし、みほは思っていた以上に強かった。新しく見つめ直せるとポジティブに捉え、また戦車道をやりたいと言っている。ならば自分は応援する立場だろう。
「そうかい。何か困ったら、いつでも言いなよ?」
「うん!」
その日りほは、お祝いとして缶ビールをもう一本開けた。
家族みんなが支えた結果、みほちゃんは保健室に行くことは無く、むしろ戦車道をまたやろう!と決意しました。
読んでいただき、ありがとうございます。次回もお待ちください。
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動く生徒会
今回はサブタイトル通り、生徒会視点がメインです。それではどうぞ。
「それでは、失礼します」
生徒会室から出てくるみほに、2人の女子が駆け寄ってきた。
「みぽりん! 大丈夫だった?」
「沙織さん……何で此処に?」
「だって、昨日生徒会長に何か言われてから、ずっとボーッとしてたじゃん? 脅されてると思うと心配で……」
「先程も呼び出されていたようですし……」
1人は武部沙織。みほを昼食に誘ったのが切っ掛けで、何かと一緒に居ることが多くなった。みほにとっては初めての友達とも言える。
もう1人は五十鈴華。上品な物腰で、話し方も丁寧なあたり良家のお嬢様と思わせるが、初対面の時は中々の量の昼食を平らげて、みほを内心驚かせた。
そんな2人は、心配そうにみほを見つめている。
「2人とも、ありがとう。でも大丈夫。戦車道をやりますって伝えに行っただけだから」
「戦車道? 昨日オリエンテーションで紹介してた?」
「うん。実はね……」
みほは親友に、何があったのかを歩きながら語った。
その頃生徒会室では、広報担当の河嶋桃と副会長の小山柚子、そして生徒会長の角谷杏が話していた。
「いやー、西住ちゃんが戦車道を取ってくれて助かるね~」
「昨日の慌てぶりが嘘のように、今日はハキハキとしてました」
「吹っ切れたって感じかな。けど、西住ちゃんをスカウトして終わりじゃないからね。むしろ此処からスタートさ。小山ー、西住ちゃんの保護者代理をやってる人って誰だったっけ?」
「えーと、西住りほという方だそうです。西住さんとは叔母と姪と言う関係みたいですが……」
「ふーむ。河嶋ー、戦車道連盟のホームページでスタッフが載ってるページ探して、今すぐ」
「はい」
桃がパソコンで連盟のホームページを探している間、杏は柚子から渡された紙を見る。そこに書かれているのは、20年ほど前に大洗女子学園で使われていた戦車たちの名前だった。
「(半分以上が売られたらしいけど、まだ残ってる戦車はある。残り物には福があるって言葉に縋るしか無いね)」
「会長、西住りほさんの名前が戦車道連盟のスタッフ名簿に載っていました」
「どんなことやってる人かな?」
「派遣整備士、戦車整備士教官、大会スタッフ……凄い人ですよ!」
杏はキラリと目を光らせた。派遣整備士と言う役職の説明を見る。
「“学校からの依頼を受け、連盟から派遣される整備士„……かぁ。ぜひ力を貸してほしいね」
「私たちは戦車道初心者ですけど、修理とか引き受けてくれるでしょうか?」
「大丈夫さ小山。私の勘だけど、この人は引き受けてくれる。……さて、そろそろ戦車道の時間だね。行くよ2人とも」
「「はい」」
そうして3人は、前に見つけた戦車……Ⅳ号戦車の眠る車庫へと向かったのだった。
プロフィール紹介
西住りほ
所属:戦車道連盟
母校:黒森峰女学園
家族:しほ(姉)、常夫(義兄)、まほ(姪)、みほ(姪)
好きな物:ジャーマンポテト、ビール
嫌いな物:トマトジュース
趣味:プラモデル作り、アニメ鑑賞(リアルロボット系)
好きな二文字:「不屈」
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りほとのコンタクト
みほ達が学園のどこかにあると言う戦車を探している間、杏は戦車道連盟に電話をかけていた。
「お忙しいところ申し訳ありません。大洗女子学園の生徒会長をしている、角谷杏です」
『派遣整備士の西住りほだ。姪のみほちゃんが世話になってるね』
「まだスカウトしたばかりで接点は少ないですけどね。恐らく彼女から話は聞いていると思いますが、私たちは戦車道を始めました」
『そのようだね。しかも、履修者への特典もかなり豪華で、みほちゃんは何があったのか気にしてるみたいだったよ』
「はい。どうしても全国大会で優勝しなければならないので、その為には参加者が一人でも多く必要なんです」
その時、一瞬だけ間が空いた。
『……あんた、今の戦車道全国大会の現状を知ってて、そう言ってるのかい?』
「勿論です。“数と質の高い強豪校のみが参加している„……」
『そうだ。そんな状況で初心者がいきなり優勝を目指すってのは、ハッキリ言って無謀だよ』
「それでも、です。優勝しなければ、私たちには後がありません」
『……藁をも掴む思いで、か』
「……はい。私たちは戦車に関しては初心者です。放置されていた戦車の整備は、私たちの方の自動車部に頼もうとも思っていますが。やはり専門的な知識を持つ人の力も借りたいんです」
『なるほど。みほちゃんと居ることの多いあたしだからこそ頼めるって事か』
「どうか、整備のやり方だけでも教えてもらう事は出来ないでしょうか」
再び沈黙が訪れる。心臓がドクドクと強く鼓動しているのを杏は感じていた。
そして、りほの答えは……。
『戦車が見つかり次第、また連絡しな。どんな戦車か名前も教えてくれると助かる』
「っ! それでは……」
『すぐに修理とはいかない。戦車ごとのカタログや部品なんかも用意しなきゃならないから、少し時間はもらうよ』
「ありがとうございます……!」
『それじゃあね。みほちゃんのことも頼んだよ』
外からの協力者が得られるかもしれないと言う事に、杏は内心ガッツポーズをしていた。
その後、見つかった戦車を見ながら、杏はみほと話をしていた。
「西住ちゃん。実はさっき、君の叔母さんに電話をしたんだ」
「え?」
「私たち、戦車道はおろか、戦車の車種でさえずぶの素人なんだ。今回見つかった戦車の名前教えてくれないかな? りほさんにそれを伝えないといけないから」
「わ、分かりました! えっと、38(t)にⅣ号戦車に……」
みほが告げていく名前を、杏はメモしていく。
「それにしても、このⅢ号突撃砲だっけ? この子大丈夫かなぁ? 水の中にあったんでしょ?」
「うーん、りほお姉ちゃんにそこも見てもらわないと……」
「後は、M3リーはウサギ小屋にあったみたいだし、草とか隙間に入ってないか調べないとねぇ」
「あと、全部洗わないと……」
「戦車だけに?」
「……………………」
「……ごめん」
取り組み始めた戦車道だが、まだ乗ることが叶わない現状に、杏は内心ため息をついた。
読んでいただき、ありがとうございました。次回もお待ちください
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徹夜の決意と夕食会
戦車を発見した翌日。車庫に並ぶ戦車を見て、杏の隣にいるりほが呟く。
「……5両か。ギリギリ大会に出場出来る数だね」
「はい。有名なティーガーとかあれば良かったんですけど」
「あれは高いからねぇ。重量の関係で足周りが壊れやすいし、初心者向けとは言えないかな。にしても、戦車の国籍もバラバラとは、面白い事になりそうだね」
見つかった戦車の内の1両、水の中から見つかったと言うⅢ号突撃砲を見る。
「ふむ……。この子は最初に見ないとね。一度バラバラにして細かい部品もチェックしないと」
「では、私は自動車部を呼んできます」
「あぁ、頼むよ」
杏が去ったのを見て、再びりほは戦車たちと向き合う。そっとⅣ号戦車の装甲を撫でた。
「……お前たちを完璧に整備する。長い眠りから覚める時だよ」
りほは思い出す。かつて姉と自分を手こずらせた高校の1つ、それが大洗であったことを。だからこそ突然、大会出場校の名簿から大洗の文字が消えた時は、驚愕したものだ。なぜ大洗が戦車道を辞めたのか。それは今となっても分からない。
だが、僅かに残った戦車たちが、再び日の光を浴びようとしている。その目を覚まさせるのは自分だ。
「(今夜は徹夜になるかもね。気合い入れるとするか!)」
作業用手袋を締め直し、杏が連れてきた自動車部の元へと向かった。
その頃みほは、共に戦車道を取る事になった沙織と華、そして戦車を一緒に探していくうちに仲良くなった秋山優花里の4人で、夕食会を開くことになった。
「ちょっと散らかってるけど、どうぞ上がって?」
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔します」
「失礼します! ……お、おぉぉ!」
最後に上がったのは優花里だったが、リビングのテレビ台に飾られている物を見て、感激の声を上げた。
「こ、これは! 計画までは立てられたものの、様々な理由から実現することのなかった、“陸上戦艦„の異名を持つ戦車『ラーテ』のプラモじゃないですか!」
「な、何これ、こんな大きな戦車があるの……?」
「大砲が2つ付いて、強そうですね」
「何せ、シャルンホルスト級戦艦の主砲を流用してますからね。班長殿とはいつか、熱く語り合いたいものです!」
「りほお姉ちゃんもきっと喜ぶよ! お姉ちゃんは戦車だけじゃなくて、戦闘機とか軍艦とかロボットとか、色んなプラモ作ってるから」
優花里は何のプラモなのか説明し、沙織はその大きさに顔が引きつり、華は純粋に感想を述べる。
叔母と共にこの大洗学園艦に来て、このように友達と笑いあえる事に、みほは内心感激していた。
今日は戦車の洗浄をすることになったのだが、それが終わった後に叔母のりほが紹介された。
『派遣整備士の西住りほだ。そうだなぁ、あたしの事を呼ぶときは……』
みほと区別しやすいようにと、りほは班長と呼ばれるようになったのである。
「ねえねえ、みぽりん。ご飯みんなで作ろう?」
「うん!」
その後、皆で夕飯を作りながら談笑し、みほは改めて友達が出来たことを喜んだ。
なお、その事を知ったりほが実家にも伝え、しほが嬉し泣きしたのは余談である。
本編にはあまり関係の無い、りほの設定
・りほの好きな戦車は、計画のみで実現しなかった超巨大戦車ラーテ。他に多砲塔戦車も好き。
・りほの趣味の1つにアニメ鑑賞があるが、お気に入りの作品は『装甲騎兵ボト〇ズ』。
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りほの休日
徹夜で戦車を修理した翌日。りほは布団の中に居た。
「りほお姉ちゃん、学校行ってくるね?」
「うーん……行ってらっしゃーい……」
ドアの隙間からみほが顔を覗き、小声で挨拶する。一方りほは気だるげな声で返事をし、プラプラと片手を振った。今日は修理依頼もなく、大会に関する会議もない。新人への教官役も入っていない。
これは、西住りほの休日の話である。
午前10時。布団から出たりほはパジャマ姿のままトーストを齧り、テレビをつける。
『次の特集は……』
「そろそろ、ニュースの特集で戦車道の大会が取り上げられる時期になるか」
スクランブルエッグを食パンに乗せて、ケチャップをかけて食べる。りほのお気に入りの食べ方だった。
「ふぅ、暖まる。みほちゃんも野菜の切り方とか上手くなったね」
汁物は、みほの作ったコンソメスープ。スープの素を使ってるとは言えキャベツとモヤシが入っていてボリュームは抜群。姪もだいぶ料理が上手くなってきたことに、りほは感心した。
軽めの朝食を終えたら、食器を片付けて冷蔵庫の中身をチェックする。
「マーガリンそろそろ無くなるから、後で買わないと。げっ、ビールも無くなるじゃん……」
彼女にとってビールは必要不可欠。買い物を決意した。
学園艦上の街を、りほは自転車で駆け抜けていた。海の潮の匂いは彼女を穏やかな気持ちにさせる。
「(天気も良くて、絶好の買い物日和じゃないか。みほちゃん達は……確か自衛隊から戦車道教官が来るらしいな。何人か候補いるけど、誰だ?)」
杏から聞いた話では、戦車の修理が終わり次第、教官を招いて実際に戦車を動かしたり、砲撃や装填なども学ぶ計画らしい。
りほも整備士と言う関係上、試運転として操縦することもある。その為、りほが戦車の操縦のノウハウを教えることも可能だ。だが、生徒の身内が何から何まで面倒を見ると、生徒達の社交的な意味で良くないだろう。礼儀を学ぶと言う意味では外部からの講師も必要なのだ。
ちなみに、仕事の関係上、自衛隊に所属する戦車道関係者のことも彼女は知っている。しかし心当たりが多すぎる為に、誰が教官としてみほ達の元へ訪れたのか分からないでいたのだった。
その後、帰宅したみほから話を聞き、自分の後輩である事が発覚した。
別の日、陸上自衛隊戦車道部隊の車庫にて。
「よぉ、亜~美~」
「げぇっ!? りほ先輩!?」
「みほちゃんから聞いたぞ~? お前操縦の仕方とか教えなかったらしいじゃねえか、えぇ?」
「え、えっと、その……」
「しかも
「パ、パフォーマンス的な演出で、はい……」
「おっしゃ、10式持ってこい。戦車乗りのあり方を戦いで教えてやる」
「嫌ですよ! 先輩の戦いはガチじゃないですか!」
「当たり前だろ。“戦車に関しては常に本気と全力で挑む„があたしのモットーだからな」
「嫌ぁぁ! 誰か助けてぇぇ!」
りほに襟首を掴まれてどこかへ連行される亜美の姿は、まさに『ドナドナ』の仔牛のようだったと、後に隊員は語った。
読んでいただきありがとうございます。次回もお待ちください。
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練習試合の開始前
今回は少し読みやすいようにと、台詞と台詞の間を一行空けて見ました。
大洗女子学園が戦車を手に入れ、練習を始めてから数日が経った頃。生徒会室にて、杏と柚子と桃、そしてりほの4人は話し合いをしていた。
「いきなり練習試合か。まぁ、実際の戦車道を経験すると言う意味では良いかもしれないね」
「相手は聖グロリアーナ女学院です」
「しかも全国大会の常連校が相手かい。向こうが受け入れたこともそうだが、よく戦おうと思ったものだ。勝てると見込んでの挑戦かい?」
「まさか。実戦経験は積んでおいた方が良いという判断ですよ」
「急ピッチだねぇ。けどまぁ、嫌いじゃない」
それは、練習試合が組み込まれたと言うもの。しかも、相手は聖グロリアーナ女学院という高校だ。
聖グロリアーナ女学院は、所謂“お嬢様学校„の校風が強い。戦車道も強く、りほの言う通り全国大会の常連校だ。初心者がいきなり強豪校と戦うのは無謀かもしれないが、確かに一度は、実際の戦いを経験した方が良いだろう。
「ま、試合の時は両校の戦車を直すのがあたしの仕事だからね。そこから先の行動は君たちに任せるよ」
「勿論です」
そうして、練習試合の日は近づいていった。
練習試合当日。りほを含めた戦車道連盟の整備士たちは、会場で待機していた。
「
「全国大会を目指してるんだ。ハードスケジュールだが、やるしか無いだろうさ」
生徒たちは朝6時頃に集合してるらしいが、会場のスタッフ達はそれよりも早く集合している。ミーティング等で危険な場所や発砲禁止区域の確認をしたり、観客用モニターの点検など、やることはあるのだ。
眠気覚ましに、少し濃い目のブラックコーヒーを飲むりほ。強い酸味と苦味が、重い瞼を引き締めさせる。
「姐さん、来ましたよ!」
「おっ、いよいよか」
会場へと運ばれる戦車達が見えたため、その姿を見ようとスタッフ専用テントから出ていく。勿論コーヒーを飲みながら。
「聖グロは、やっぱりマチルダIIとチャーチルか」
「あれ? クルセイダーも居ませんでした?」
「あー……。クルセイダーの小隊長ちゃんがねぇ……」
少し前に聖グロリアーナ女学院から緊急の依頼があり、クルセイダー巡航戦車を修理した事があった。その時に煤まみれになった赤い髪の少女が、額の広い金髪の生徒に怒られていたことを思い出した。聖グロは『優雅な戦車道』をモットーとしている為、それに反するとして今回の試合から外されたのだろう。
「次は大洗女子学園……」
「どうし……ブフォォッ!?」
後輩の声が突然小さくなったのでりほも目を向けた瞬間、思わずコーヒーを吹き出した。
そこには、カラフルな戦車達が居たのである。後輩は思わず絶句し、りほは苦笑いを浮かべた。
「ピンク……金色……上り旗……!」
「こりゃまた、随分と気合い入ってるねぇ。迷彩効果は別として」
ピンク色に塗られたM3中戦車リー、金色の38(t)、上り旗が付けられたⅢ号突撃砲、何か文字が書かれている八九式と個性豊かである。Ⅳ号戦車は唯一シンプルな塗装だった。
「(さーて、今回の試合であの娘たちは何を学ぶかね)」
「カッコいい戦車がー!」と嘆く後輩を余所に、りほは姪たち大洗女子学園の生徒たちを見つめた。
もしもりほが、戦車道大作戦に登場していたら~学園メニュー~
台詞その1:「まほちゃんとみほちゃんの、幼い頃の話でも聞くかい?」
台詞その2:「西住しほが、あたしの姉さんさ。似てないってよく言われるけどね」
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練習試合
アンケートの結果、台詞と台詞の間を一行空けてみることにしました。投票してくださりありがとうございました。
いよいよ今週、最終章第3話が公開ですね。観に行きたいのですが……地元の映画館ではやっておらず、別の映画館がある地域では例のウイルスの感染者が増加してるとか……。ガルパンの神様は私に観るなと言いたいのでしょうか……。
練習試合が始まった。相手は、全国大会の常連校てある聖グロリアーナ女学院。ルールは殲滅戦。聖グロと大洗のどちらかが全車両を撃破すれば、試合終了となる。
整備スタッフ専用のテントで、りほ達はモニターから状況把握に努めていた。
「大洗は、隊列を組んでる聖グロを挑発して、攻撃ポイントまで誘導する作戦ですかね?」
「シンプルかつ初心者にとっても立てやすいからねぇ、その作戦は」
「けど、大丈夫ッスかね? 相手は経験豊富な聖グロっスよ? 見抜いてると思うんスけど」
「いいや向こうは挑発に乗るさ。敢えて、だけどね」
「敢えて?」
予想通り、みほ達の乗るⅣ号戦車が聖グロの隊列に挑発をかけた。聖グロ戦車隊はⅣ号戦車を攻撃しつつ追いかけ始める。
「な?」
「おぉー! このままポイントまで行けば!」
だが、敵戦車ではなくⅣ号戦車がポイントに到達した瞬間に、Ⅲ突、M3リー、38(t)、八九式による一斉攻撃が始まった。幸いⅣ号に当たって無いが、味方に攻撃されたのでは堪ったものではないだろう。
「うえぇぇ!? ちょ、タイミング早すぎるっしょ!」
「大洗の子達にとって初めての実戦だからねぇ。緊張してた奴が撃ったのを切っ掛けに、周りの車輌も……てところかな?」
「初っ端からグダグダで大丈夫ッスかねぇ……」
むやみやたらと撃ちまくり、命中していない。その間にも2両のマチルダが回り込んでいる。その様子を見たりほは、ふと自分なりの作戦を考えてみた。
「(崖を撃って、岩を落として道を塞げば……いや、無理か。崖が硬すぎる)」
一方、後輩は衝撃的な光景を見る。砲弾の飛び交う中、戦車の外に出る生徒達を見つけたのだ。それは大洗女子学園の一年生チームだった。
「姐さん! M3リーの生徒達が車外に!」
「っ! 回収班を向かわせろ! 万が一に備えて救護班も待機!」
「M3リー、撃破! 38(t)、履帯が外れて行動不能!」
「38(t)の判定は?」
「有効ならず!」
残りの3両(Ⅳ号、八九式、Ⅲ突)はその場から離脱、聖グロ戦車隊は追撃を始めた。
市街戦の様子をモニターで観戦していたりほだったが、その光景に関心していた。
「旗に紛れて待ち伏せ攻撃か。良いねぇ、それこそがⅢ突の強みだよ。側面に撃ち込んだのもナイスだ」
「八九式も上手いですよ、ほら!」
1両のマチルダⅡが立体駐車場を通りがかるが、そこでは昇降機のブザーが鳴っている。シャッターが開くのを待ち伏せするが、その後ろからも昇降機が上がっていた。そこには八九式の姿が。これにはりほもヒューと口笛を吹いた。
「おぉー、これは上手い」
マチルダⅡの車長が気付いたようだが時すでに遅し。八九式の砲撃は燃料タンクに命中した。しかし、車体は無事だったらしく、八九式も撃破された。
一方その頃、Ⅲ突も路地裏へ回り込んで攻撃をしようとしたが……上り旗をつけていたことが災いし、そのまま撃破された。
「(これで残るは……)」
姪がどのように立ち回るのかを見守りつつ、りほは回収班と整備班に指示をした。
それから暫くして、試合は終了した。
「大洗、負けちゃいましたね」
「……そうだね」
「……姐さん、何で笑顔なんスか?」
「なぁに、あの娘たちは伸びるなって思ってね。初戦でいきなり、待ち伏せ攻撃が出来る子がいるってだけでも相当さ」
残念ながら、大洗女子学園は負けた。履帯を修復した38(t)が駆けつけたが、砲撃を外した為に撃破される。これで残り1両になった。
しかし、みほの乗るⅣ号が次々とマチルダを撃破し、残るはチャーチルのみとなった。そこまでは良かったのだがあと一歩及ばず、撃破されたのである。
「(これは実りある敗北になったんじゃないかねぇ)」
りほはニヤリと笑った。
「面白いことになりそうだ」
そう呟かずにはいられなかった。
~おまけ~
試合を終え、両校の戦車の修理も終えたりほは、あんこう祭りを見に来ていた。
「みほちゃんは何処に行ったのかねぇ……」
缶ビールを片手にみほを探していると、何やら音楽が聞こえてきた。
「お? 祭りの音頭かな?」
聞こえてきた方へと向かい、踊りが披露されてるであろうトラックを見上げ……絶句した。
「あう、あうあうあう……!」
「もうお嫁に行けない~!」
「こうなったら仕方ありません!」
「もう堂々といっちゃいましょう!」
「そうするか」
「いや、何やってんのぉぉぉぉぉ!?」
ピンク色のピチピチスーツに身を包んだみほ達を見て、そう叫ばずにはいられなかった。
もしもりほが、戦車道大作戦に登場していたら~その2~
台詞その3:「レオポンさんチームの子達は、良い腕してるね。連盟の整備士にスカウトしたいよ」
台詞その4:「流派に関係なく、どんな戦車も直すのがあたしのモットーさ。例え島田流でもね」
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誇れない仕事
なお、この小説では聖グロ戦とマジノ戦の後に全国大会という流れにしていますので、ご了承ください。
聖グロリアーナ女学院との練習試合から数週間が経った。りほは大洗女子学園のグラウンドに設けられた高台から、双眼鏡で様子を見ていた。
「うーむ。やっぱりあたしの思った通りだ」
りほの視線の先には、前までの派手なカラーから一転し、発見された時と同じ塗装が施された戦車たちが走っていた。
「(チーム名もあんこうとかカバさんとかウサギさんとか、可愛らしくて呼びやすい名前になったし、練習試合前よりも真剣さを感じるね)」
試合中に戦車を捨てて逃げた一年生チームことウサギさんチームも、試合後にみほに対して謝罪した。今では戦争映画などから戦術を研究したり、みほ達あんこうチームのメンバーからそれぞれアドバイスを貰いに行ったりと、真剣に取り組んでいる。
「(だけど、全国大会までまだ日はある。もう一戦くらいは練習試合が出来るかもしれないが……)」
果たして次はどことやるのか? りほはそれが気になっていた。
その日の夜。みほから、次の練習試合の相手を聞かされた。
「マジノ女学院か。フランス戦車だから、結構硬いぞぉ?」
「向こうは、防衛戦を得意としているくらいだからね」
りほはそれを聞いて、ある話を思い出した。
「(確か、最近のマジノは隊長が替わって、戦術も変化してるって後輩が言ってたな。けど……)」
缶ビールに口をつけながらみほを見ると、彼女はどのように立ち回るか等を考えているようだ。りほは、後輩が話していた対戦校の変化を教えるのを止めた。
「(必ずしも相手が評判通りに動くとは限らない。戦いは常に千変万化って事を知る良い機会だ)」
そう心の中で呟くと、つまみのウインナーにマスタードをつけて食べる。我ながら良い茹で加減で、噛むと皮が弾けて肉汁が広がった。
「そう言えば、その練習試合って何日なんだい?」
「今週の土曜日なんだけど……」
「あー、ごめんよ。この日は仕事が入ってるから整備班として参加できないや」
聖グロの時はスケジュールも空いていたために練習試合のスタッフとして参加できたが、りほは他にも戦車道連盟としての仕事を持っている。大洗とマジノとの練習試合がある日は残念なことに、その仕事が入っていたのだ。
しかしりほは、眉間に皺を寄せるとビールを一気に飲み干した。
「(はぁ……。今回の仕事は、出来ればやりたくないんだよねぇ……)」
整備士としての仕事を誇りに思っているりほですら嫌悪するその内容。それは……廃校となった学校から、戦車を回収する作業であった。
土曜日。りほを含めた戦車道連盟のスタッフは、軽い整備を終えたあと、戦車達をトレーラーに乗せていた。
この戦車達は、廃校となった学校の戦車道チームが所有していた車輌である。
「班長。全戦車の回収、完了しました」
「……そうかい」
りほだけではない。連盟のスタッフ全員の表情が沈んでいる。彼女達の後ろでは、戦車道をやっていたであろう生徒達が、涙を流し、啜り泣いていた。
「……では、こちらの戦車は全て、私たちの方でお預かりいたします」
りほは心を痛めながらも、そのように告げる。その時、一人の生徒がりほに突進してきた。
「ぐっ!」
「ふざけんな! 私達の戦車を持ってくなよ! そりゃあ試合で負けることもあったさ! だけど、だけど、それでも私達にとって相棒なんだよ! 返せよ……! 今すぐ戦車を返せよ!」
「ちょっと、駄目だって!」
「ふざけんなぁ! 私達から何もかも奪いやがって……! 文科省も連盟もくたばれぇ!」
他の生徒に羽交い締めにされながらも、なおりほへの罵倒を止めない女子。すると、隊長らしき生徒がやって来て、頭を下げた。
「戦車達を、よろしく、お願い……しま、す……!」
徐々に涙ぐみ震えるその願いに、りほは「分かりました」としか言えなかった。
戦車道連盟本部へ向かう道中、りほは助手席でボーッとしていた。運転席のスタッフが声をかける。
「嫌になりますよね、本当に……」
「戦車を直す仕事は、あたしにとって誇りさ。けれど……戦車を奪うこの仕事だけは、誇りになんて思えないね」
政府が行なっている、学園艦の統合計画。それは簡単に言えば、維持費削減のために学園艦の数を減らす、すなわち廃校にすると言う政策である。
「青春を過ごす子供達から、青春を奪うんじゃないよ。まったく……」
りほは不機嫌にそう呟いた。
もしもりほが、戦車道大作戦に登場していたら~部隊編成~
車長の場合:「リーダーって柄じゃないけどねぇ。まぁ任せな!」
砲手の場合:「砲手か。こう見えて当てるのは得意さ!」
通信手の場合:「通信手か……あまり上手くないが、やってみよう」
装填手の場合:「装填かい? 整備で鍛えた腕を見せてあげるよ」
操縦手の場合:「あたしの操縦は派手だよぉ? 振り落とされないようにね!」
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サンダースのホットドッグ屋さん
それと、お気に入り登録者数が100人を越えました! ありがとうございます!
日本一の戦車保有数を誇る高校、サンダース大学附属高校。当然、生徒数も多い学校なのだが、サンダースに来たら絶対に食べとけと勧められる店がある。その名は『タンク・ドッグ』。一人の女性が経営している、ホットドッグ屋である。
「~♪」
鼻唄を歌いながら、移動販売車の中でソーセージを焼く女性。しかし、彼女が歌っていたのはドイツ軍歌の『パンツァー・リート』であった。
「す、すみません! 匿ってくださーい!」
「ん?」
慌てるような声がしたので振り返ると、サンダースの制服を着た癖毛の女子生徒が居た。
「(見たことない顔だね……。新入生かな?)」
何処か怪しかったが、表情を見る限り走ってきたようだ。
「そこに隠れときな。見えにくいから」
「ありがとうございます!」
その生徒が隠れて少し経った頃に、女性にとって見覚えのある生徒達が走ってきた。
「すみません、ミチコさん! 怪しい生徒を見ませんでしたか!?」
「怪しい生徒だぁ? どんな特徴あるんだい?」
「こう、やけにモジャモジャした癖毛の女子です!」
「見てないけど……どうした?」
「他校からの偵察です! 編成まで見られてしまって……」
他校に侵入、偵察して情報を持ち帰ることは、戦車道のルールでは違反とされていない。しかし捕虜とした場合の暴行は禁じられており、試合寸前まで拘束することが可能なのである。
「ふーん……。悪いけど、あたいは知らないよ。他所を当たりな」
「失礼しました!」
サンダースの生徒は走り去っていく。
「……行ったよ。もう大丈夫だ」
「ありがとうございます……。助かりました……」
息を止めていたのか、ぷはぁ!と息を吐いて安堵する癖毛の生徒。その様子に苦笑いした女性ことミチコは、慣れた手つきでパンにソーセージを挟み、ケチャップとマスタードをかけると、紙袋に包んだ。
「ほれ、持っていきな」
「え?」
「あたい特製のホットドッグ。黒森峰のソーセージに、アンツィオのケチャップをかけてるのさ。帰りに食いな」
「えっと、代金は……」
「
「ば、バレてましたか……」
無名の高校が全国大会に出場すると言う噂は、ミチコの耳にも届いていた。サンダースと戦う事になったその学校の名前を、彼女は知っていたのである。
「最初は新入生かと思ったけどね。さ、行きな。そろそろ昼飯食いに人が来るからね」
「分かりました! 何から何までありがとうございます! それでは!」
癖毛の生徒は敬礼をすると、走り去っていった。その様子を見てミチコは呟く。
「りほの奴は元気にしてるかな?」
次回は、優花里が偵察に行く前のお話。まほ&エリカとみほの再会のお話を予定しています。
それでは、次回をお待ちください。
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姉と旧友との再会
ですが、5月から上映する場所が増え、そこに私の地元も含まれていた為、期待が一気に高まりました。感染防止を徹底して、絶対に観に行ってやります……!
これは、ミチコが癖毛の生徒……秋山優花里と出会う前のお話。
戦車道全国大会へ出場することになった大洗女子学園。抽選会を終えた帰りに、みほ達あんこうチームは戦車喫茶に訪れていた。
戦車喫茶『ルクレール』は個性的な店だ。店員が軍服のような制服を着ているだけでなく、呼び出し音も戦車の砲撃音にしているという徹底した店で、戦車の形をしたケーキが人気である。
みほ達がケーキを楽しんでいると、2人の生徒がやって来た。
「失礼する」
「あ、お姉ちゃん。それにエリカさんも……」
「久しぶりね、みほ」
姉であるまほと、かつて共に戦ってきたエリカ。黒森峰女学園の隊長と副隊長の登場であった。
「……元気にしていたか?」
「うん。りほお姉ちゃんも、毎日ビールを飲むくらい元気だよ」
「ふふっ、そうか」
「あ、あのっ!」
「ん? 君は?」
「私、武部沙織です。ずっと立つのも何ですし、良ければ座りませんか?」
「ふむ。通路に立ちっぱなしは迷惑か……。すまないな、お言葉に甘えさせてもらう」
こうして、初出場の学校と戦車道強豪校が相席になるという、不思議な空間が生まれたのである。
まほとエリカが相席になってから少しして、空気は和やかな物になっていた。
「戦車を金色とかピンクとかに塗るって、何考えてんのよ! んなこと
「しかし初心者だけの集団でありながら、あの聖グロリアーナを撃破する車輌も居たとはな。これは油断出来ないかもな」
「そうそう、それとね。マジノ女学院とも練習試合したんだけど、戦い方が変わっていて……」
練習試合の事で話し合ったり、
「マニュアル読んだだけで戦車の操縦を覚えたの? 私なんて覚えるのに苦労したのに……」
「大したことはない」
「でも麻子って、頭良い代わりに低血圧で遅刻ばっかするんですよ~!」
「おい沙織。そんな事を他人に言うな」
「ほう、君は戦車が好きなのか」
「はい! 班長殿と、たまに戦車談義で盛り上がっております!」
お互いの事を話したりなどして、
「初めて砲撃した時、胸が高鳴ってしまいまして」
「その気持ち、よく分かる。私も砲手をやった時があったが、命中した時は内心喜んだものだ」
「エリカさんエリカさん。その時の華さん、凄く色っぽかったんだよ」
「あー、何かそんな感じするわね、あの人」
和気藹々と過ごした。
そうして楽しい時間は過ぎ、お互いに別れる事になった。その時にエリカが、ある忠告をする。
「サンダースは、シャーマンを使ってくる傾向があるわ。バリエーションが豊富だから、戦術をよく練る必要があるわよ。それにサンダースには腕の良い砲手が居る。名前や容姿までは流石に教えられないけど、彼女には特に警戒することね」
「エリカさん……」
するとまほは、思い出したかのようにみほへ問いかけた。
「みほ。赤星小梅という生徒を覚えているか?」
「勿論! もしかして……」
「いや、戦車道を続けている。今では車長だ。みほの事を心配していた」
「そっか……」
「彼女に会いたければ、私たちの所まで勝ち進んでこい。行くぞ、エリカ」
「はい。……じゃあね、みほ」
まさか応援されるとは思わず、しばらく呆然としていたみほ。そこへ沙織が話しかける。
「凄いじゃん、みぽりん! お姉さんに、それも強豪校の隊長に『勝ち進んでこい』だって!」
「ますます負けられなくなったな」
「沙織さん、麻子さん……。うん! その為にもしっかり、作戦とか考えないと」
その時、華と優花里はある決意をしていた。
「(逸見さんが忠告する程の砲手さん……。集中力に、更に磨きを掛けなければなりませんね……)」
「(西住殿が少しでも作戦を立てやすくするには、やはり相手の編成情報が必要ですね……。かくなる上は……!)」
読んでいただき、ありがとうございます。
次回もお待ちください。
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戦友との再会
ついに始まった、第63回戦車道全国大会。ミチコのいる会場では、今年初出場となる大洗女子学園と、自分の商売場所でもあるサンダース大学附属高校との戦いが行なわれようとしていた。
「そろそろ店じまいの準備するかね」
観客をターゲットにして売り始めた自慢のホットドッグは、読み通り多くの人が買っていった。今は人が少なく、会場の観客席に向かった事が分かる。そろそろ閉店しようかと思った矢先だった。
「ホットドッグおくれよ。マスタード多め、ドリンクはコーラで」
「ったく……。来るのが遅いんだよ、りほ!」
100円玉を三枚渡して注文したのは、ミチコの戦友でもある西住りほ。彼女は戦車道連盟のロゴが入った作業服を着ている。文句を言いながらも、ミチコの顔は笑っていた。
りほとミチコは、同じ黒森峰を母校としている。あともう一人を合わせた3人は、戦友と言うべきか悪友と言うべきか、たまに連絡を取り合う仲なのだ。
ミチコはソーセージを焼き始める。彼女の店の自慢は、黒森峰から仕入れているソーセージ。肉汁と旨味たっぷりで、サンダースの舌を満足させる代物だ。その間に2人は世間話に花を咲かせる。
「娘さんは元気にしてるかい?」
「勉強や戦車道で忙しいのか、さっぱり連絡なんて来ないさ。継続高校で何してるのやら……。お前の姪っ子は?」
「ふふーん。これからサンダースと試合。みほちゃんが隊長さ」
「ぶっ!? あたい初耳だよ!?」
ミチコが知ってるのは、大洗が全国大会に出場すると言う事だけ。知らないのも無理はない。
「“あいつ„はどうしてるかね?」
「この間、仕事で会ったよ。いつも通りだった」
「ははっ、それなら安心だ」
そう話している間にソーセージが焼き終わる。我ながら良い焼き加減に、ミチコは笑みを浮かべた。パンに挟んで、慣れた手付きでケチャップをかけると、注文通りマスタードは少し多めにかけた。
「はいよ。マスタード多め」
「サンキュー。しっかり食って、仕事に備えないとね」
そう言って去ろうとするりほ。仕事の関係上、サンダースに来ることも珍しくない。そのたびにミチコの所へ来るので、別れを惜しむような事はなかった。
だが、この時だけは、ミチコは呼び止めたかった。
「りほ!」
「ん?」
「……大洗の子達、強いのかい?」
「伸び代があると思ってるさ」
「サンダースの子達も負けてないからね!」
「分かってるって。……じゃあ、またね」
片手を振りながら会場へ去っていくりほを、ミチコは黙って見送った。
オリキャラ紹介
ミチコ
住所:サンダース大学附属高校学園艦
職業:ホットドッグ屋
母校:黒森峰女学園
家族:夫、???(娘)
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グレーな領域
昼食のホットドッグを食べ終え、りほはスタッフ専用テントで試合の様子を見ていた。
「凄いッスね姐さん! サンダースが大洗の動きを先読みしてるッス!」
後輩が試合の展開に興奮しているようだが、その動きをりほは不審に思っていた。
「……良すぎる」
「え?」
「動きが
大洗の戦車がほんの少しでも動くと、サンダースは即座に動いて先回りしている。その行動があまりにも迅速すぎるために、りほは不審に思ったのだ。
「(この不気味な正確さ、まるでカンニングしてるようだね。……ん? カンニング? まさか!)」
りほはテントから出ると、双眼鏡を取り出して会場の空を探す。
「……やっぱりか」
「姐さん、どうしたんスか?」
「見ろよ。無線傍受機だ」
「えぇっ!?」
後輩が双眼鏡を受けとり確認すると、遠くの空に、試合開始前にはなかった無線傍受機が浮かんでいた。
「あれってアリなんスか!? これじゃあ大洗は一方的に作戦読まれてるじゃないッスか!」
「淑女の戦車道としては無しだろうが、あたしはアリだと思ってるね」
「えぇ!?」
後輩が驚いた理由は2つ。1つはりほが無線傍受を肯定していること。もう1つは……りほが獰猛な笑みを浮かべている事だった。
驚きの表情を浮かべている後輩をよそに、りほはタブレット端末を使って、無線傍受をしている下手人を割り出す。
「サンダースの隊長さんは、良くも悪くも正々堂々としてるから、無線傍受をするとは思えない。傍受機があの位置にあるとしたら、近くで浮かべているのは……なるほど。フラッグ車か。クックックッ……! 中々やるじゃないか、その嬢ちゃんは」
「な、何故ッスか?」
「ルールの穴を突いたからだよ。『無線傍受をしてはいけない』なんて書いてないからねぇ」
「けど、だからって……」
「確かに、戦車道はスポーツ競技みたいなもんだから、正々堂々が好まれるだろうさ。だけど戦車道をやる人間に求められるスキルの1つには、状況把握だって含まれるんだ。乱暴な言い方をすれば、『無線傍受に気付けない奴が悪い』とも言える」
「そんな……」
「けど、そろそろ大洗も気付くんじゃないかねぇ。サンダースは綺麗に動きすぎた。何事もほどほどにって事だね」
問題は、無線傍受に気付いた上でどう動くのか。それが鍵となる。
「(さーて、みほちゃん。どう動く? それに無線傍受を突破しても、まだ壁は立ちはだかってるよ?)」
タブレット端末に表示される各戦車の動きを見ながら、サンダースの編成を思い出す。その中に、第二の壁が存在するのだ。
「(連合軍最強の砲といっても過言じゃない、17ポンド砲。そいつを搭載したシャーマン・ファイアフライ。しかも砲手は凄腕のスナイパーと来た。さぁ、どうなるかね)」
獰猛な笑みを浮かべる中で、りほは無意識に舌なめずりした。
読んでいただきありがとうございました。次回もお待ちください。
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試合を終えて
夕方。試合が終わり生徒たちが引き上げる中、りほは工具を片付けながら、今日の試合内容を思い出していた。
「(あの土壇場でフラッグ車を倒しちまうなんて、大したもんだ)」
サンダースによる無線傍受が発覚してから、大洗の動きが変わった。その様子はまさに、相手の裏をかいていると言えるだろう。
後で知ったことだが、無線で嘘の作戦指示を流しつつ、沙織が携帯のメールで本当の指示を伝えていたと言う作戦だったらしい。彼女が得意とするメールの早打ちが成せた作戦とも言える。
その後、どういうわけかサンダースは大洗の車輌数に合わせて行動した訳だが――
「(サンダースの隊長さんが、フェアプレイを望んだんだろうねぇ。彼女らしい)」
隊長であるケイの性格を知っているりほは、クスリと笑った。
りほが懸念していた第二の壁とも言えるファイアフライを、みほ達は警戒しつつもフラッグ車を倒す事にしたようだ。もっとも、ファイアフライの方はあんこうチームのⅣ号戦車を狙っていたようだが。撃破される寸前にフラッグ車を倒せたあたり、ギリギリの勝負だったかもしれない。
すると、大会運営スタッフの一人がやって来た。
「西住さん、少し宜しいですか? 2回戦について会議があるそうです」
「分かりました。お前ら! 少しの間、片付けを任せたよ!」
「「「「ウーッス!!」」」」
どこが勝ち残ったのか、りほは楽しみにしつつも会議場所へと向かっていった。
その頃、みほたちはトラブルが起きていた。彼女達の乗るⅣ号戦車で操縦手を務める麻子。彼女の祖母が倒れたという連絡が来たのだ。
「麻子、落ち着いて!」
「泳いでいく!」
「ここから泳いで行くなんて無茶ですよぉ!」
靴を脱いで本当に泳いで行きそうな麻子に、4人で何とか止めようとする。
その時、声をかけた人物がいた。
「私たちのヘリを使え」
「お姉ちゃん……?」
「エリカ、操縦は任せた」
「はい! ほら、早く乗りなさい!」
ドラッへの操縦席に乗り込んだエリカが、麻子に搭乗を促す。
「逸見さん、私も着いていきます!」
「OKよ!」
そこへ沙織も乗り込んだところで離陸を始めた。みほや優花里、華、まほはそれを見送る。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「あの時に知り合った仲だからな。それに……家族が心配になる気持ちは痛いほど分かる」
かつて、家族が、そしてチームメイトが死ぬかもしれないという経験をしたまほとエリカ。だからこそ、祖母を心配する麻子の気持ちがよく分かるのだ。
「……あの時はごめんね、お姉ちゃん」
「そんな顔をするな。あれは黒森峰の転機だったかもしれない」
「でも……」
「ほらほら。早く仲間の所に行きなさい。みんな心配してるかもしれないぞ」
「……お姉ちゃん!」
「ん?」
「絶対に辿り着くから! そして見つけるね! 私の戦車道!」
まほは一瞬ポカンとすると、強気な笑みを浮かべた。
「楽しみにしている」
そうして仲間の元へ走っていくみほの背中を見て、まほは呟いた。
「あそこまで強くなるとはな。良い仲間に出会えたな、みほ」
諸事情で、ガルパン最終章を観に行くのが難しくなってしまいました。せっかくアルバイトも頑張ってきたのに……。
次回をお待ちください。
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思考するりほ
サンダースとの戦いを終え、より一層練習に励む大洗女子学園の戦車道チーム。その間りほは、タブレットを見ながら唸っていた。
「(ふむ、アンツィオ高校がマジノ女学院を倒したか。つまり、次のみほちゃん達の)相手はアンツィオか)」
それは2回戦目の相手についての情報だった。アンツィオ高校はイタリアを思わせる雰囲気の学校だ。戦車道は活発では無かったのだが、それを全国大会に出場できるレベルまで成長させた人物がいる。
「(
しかし、気になる事があった。それはアンツィオ高校が使用している戦車についてだった。
少し話は逸れるが、戦車道の大会などでは、試合の数日前に使用する戦車を登録する必要がある。規定に反した車輌を使用していないか、どのような戦車を使うかなどを把握することで、大会運営スタッフが動きやすいようにしているのだ。
話を戻すと、アンツィオ高校は一回戦で、豆戦車とも呼ばれるカルロ・ヴェローチェと、自走砲のセモヴェンテを使用している。しかし二回戦での使用戦車の申請において、1輌だけ変更があったのだ。
次の試合で使用する戦車が変更になるというのは、おかしな事ではない。修理が間に合わず、代理の戦車で試合に出ることを余儀なくされる場合などもあるためだ。よって登録の変更も認められている。
だが、修理が間に合わない戦車がアンツィオにあると言う情報は来ていない。この事からりほが察したのは―――
「二回戦目から本格的に使う戦車があると言うことか……」
『前試合で使用してない戦車を、その次の試合で使ってはいけない』とは書かれていない。このアンチョビという生徒も、規定の穴を突いたと言えるだろう。
どのような戦車が登録されているかは知っているが、スタッフが生徒に教えることは禁止されている。情報を入手するのは生徒自身で行なわせるためである。
「しかし1輌だけじゃ、ね。どのような作戦を立てるのやら……」
アンツィオ高校に関しては置いておき、今度はもう一人の姪の試合を見る。その感想は一言に尽きた。
「知波単の連中は、相変わらずの突撃戦法だねぇ」
まほが率いる黒森峰は、日本戦車を使用する知波単学園との対戦だったようだ。しかし、試合映像を見る限り、黒森峰の一方的な砲撃で次々と日本戦車は白旗を上げていく。
知波単学園は練度も高く、隊長の人柄のおかげで士気も高い。悪くはないのだが、突撃という伝統があるためにその長所が隠れてしまっている。
「突撃の使いどころを、“斬り込み隊長„は教えたのかねぇ」
かつて自分が荒れていた時代に戦った、『知波単の斬り込み隊長』と呼ばれた女。彼女はどうしてるかと、りほは懐かしい気持ちになった。
読んでいただき、ありがとうございます。次回をお待ちください。
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迷うりほ
試合終了のアナウンスが響き、りほは安心したように息を吐く。
「これ、アンツィオ側がミスしてなかったらどうなってたやら……」
今回の試合で、アンツィオ高校はダミーを使うという戦法を取った。偵察に向かった戦車の目を欺き、嘘の作戦をチラチラと見せながら裏をかこうとした。
だが、どうやら配置する数を間違えたらしく、途中からはみほ達大洗女子学園も態勢を立て直すことが出来たのである。
今回の試合も見所はあったのだが、ミスしていなかったらまた面白い戦いになっていただろうと、りほは考えるのであった。
試合を終えて数日後。りほは杏から呼び出しを受けて生徒会室に来ていた。ソファに座るよう促され、お茶と干し芋を出される。
「……りほさん。お話があります」
「真剣な顔をして、どうしたんだい?」
「私たちが戦車道を始めた理由を、お話ししたいと思っています」
「っ!」
そして杏の口から語られたのは、衝撃の事実だった。
学園艦統廃合政策。学園艦を減らすことで維持費などを削減するという政策の対象に、大洗女子学園も含まれていたのだ。
文科省の役人曰く、目立つ功績も無く、比較的古い艦であり入学する生徒も減少しているから。そこを言われれば痛い所だが、それでもいきなり廃校にしますと言われて、ハイそうですかと頷ける訳がない。
そこで杏が考えたのが……
「戦車道の全国大会優勝、か」
「無謀だとは分かってます。でも、やらなきゃならないんです」
「…………そうかい」
だがこの時、りほの背中は冷や汗でびっしょりと濡れていた。それは、自分の仕事内容が原因だった。
彼女の主な仕事は、戦車の整備や修理である。大会では整備スタッフの班長を務める程の腕前だ。しかし、彼女にはもう一つの仕事があった。
それは、廃校となった学校から、戦車を回収するという作業。生徒から見れば、戦車を奪う立場にも就いていたのだ。
「(この学校が廃校になったら、アタシはみほちゃんから、戦車を奪わないといけなくなる……)」
だが、本当にそれで良いのだろうか。りほは今まで投げ掛けられた言葉を思い出していた。
『戦車を返せ』
『思い出を取らないで』
『泥棒』
『人でなし』
もっと単純に、死ねと言われて殴られた事だってある。みほが新たな仲間と共に乗ってきた戦車達を自分が回収する立場になった時、みほはどんな顔をするだろうか。仲間たちは何と言うのだろうか。
「……教えてくれて、ありがとうね。分かった。最大の力を以て、戦車達を整備するよ」
杏たちにはそう言ったものの、りほの頭からは、最悪の未来予想図が離れることは無かった。
最悪の未来予想図に蝕まれ、りほはとうとう、かつての仲間に助けを求める。悩みを打ち明けるりほに対する、仲間の答えとは。
次回『再会する者たち』
……すみません、少しアニメの次回予告っぽくしてみました。
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再会する者たち
今回は、リメイク前とは大きく異なる所がありますので、リメイク前を知ってる方はご了承ください。
夜、家に帰ってきてからのりほは項垂れていた。杏から告げられた廃校の話と、自分の職場での立場、そしてみほの叔母と言う立場に囲まれているからであった。
「次の試合の相手は、プラウダ……」
運命の時と言っても過言ではない、昨年の因縁の相手。戦車の性能はもちろん、隊長のカチューシャや副隊長のノンナの実力は相当の物である。
もし準決勝で敗れたら、大洗女子学園は廃校。みほ達の戦車をりほは回収しなければならない。そう考えたとき、彼女達の悲しそうな顔を想像してしまう。
「…………」
りほが取り出したのは、携帯電話。ビールでも飲んで酔っぱらってしまおうと思っても、気分は暗くなるばかり。だからこそ、彼女が最も信頼している仲間に、助けを求めたかった。
『やぁ、りほ。電話をくれるなんて久しぶりじゃないかな?』
電話に応じたのは、ミチコと同じくりほの仲間だ。
「お前の所で飲みたい気分でね。ミチコも誘おうと思ってるんだ」
『私の所で? まぁ、久々に3人で飲もうじゃないか』
「突然ですまないね。酒は持ってくるよ」
『ふっ。楽しみにしてるよ』
電話を切ったりほは、机に突っ伏したまま眠ってしまった。
とある工場。そこには、大量のスクラップが積まれており、その残骸は全て戦車であった。
此処は、損傷が酷く新品と引き替えになった戦車が行き着く、人呼んで「戦車の墓場」である。りほとミチコはその中を慣れたように歩いていき、作業員の泊まり込む寮へと向かっていた。
「相変わらず鉄臭いねぇ」
「んなこと言って、本当は懐かしいんだろミチコ?」
「てへっ、バレた?」
墓場と呼ばれるこの場所の実態は、戦車の改造工場である。りほ達が会いに行く人物は、対空戦車を戦車道仕様に改造したり、ここに眠る廃戦車たちを蘇らせることも出来る。そのため、りほにとって仕事上つき合いが多いとも言える。
寮に着いたりほとミチコは、件の人物の部屋のインターホンを鳴らす。
「カナエー。来たぞー」
『今開けるよ』
そうしてドアを開けたのは、茶髪の女性。作業に邪魔だからと首の辺りで髪を切り揃えている。
カナエと呼ばれた女性は、ミチコと同様にりほの戦友だった女性だ。今は改造屋と呼ばれる商売をしている。
「ほれ、酒持ってきたぞ」
「ツマミもあるよ~ん」
「それは何よりだ。掃除も終えたところだし、さぁ上がって上がって」
こうして、黒森峰OG三人による飲み会が始まった。
3本目の缶ビールを飲み終えたところで、カナエが本題を出した。
「りほ。何か悩みでもあるのかい?」
「……気付いてたか」
「まぁね。悩んでる時のりほは、何かを指でトントンと小さく叩く」
「あたいも気付いてたよ? 缶をトントンしてた」
「マジかぁ……。実は、さ……」
りほは、姪のいる学校が廃校になりそうな事、もしも廃校になったら自分が彼女たちの戦車を没収しなければならないことを告白した。もし、そうなってしまったら……。最悪な結末を想像してしまうのだと語った。
「…………りほ」
「ん?」
その瞬間、りほの顔面に液体がかけられた。先程までカナエとミチコが開けていたビールである。
「ぶっ、ぷっ! 何すんだ!」
「ふざけんじゃないよ! あんたはそれでも、
「丸くなったどころか、あの時の鋭さを失くしてしまったか? だとしたら笑い物だな」
ミチコが叫んだ亡霊チームとは、りほが黒森峰女学園の生徒だった時に他の学校で噂されたチームである。
黒森峰らしからぬ戦い方で相手を一方的に追い詰めたというのに、翌年から姿を消した幻のチーム。それを率いていたのがりほである。
「やりたくなけりゃ、やらなきゃ良いだろうが!
「だ、だけど、今のあたしは……」
「戦車道連盟のスタッフだから、か? りほ、忘れたとは言わせないよ。『古い伝統の狗に成り下がる気はない』……昔あんたが言った。なのに、なんで戦車道連盟の狗になってんだ」
りほは俯く。昔、西住流の戦い方にこだわり続ける黒森峰戦車道に嫌気がさし、命令無視を繰り返してわずか一年で除隊になった。
自分はもう大人だ。昔のようにはいかない。そう考え、諦めていた。だが自分にアドバイスを求める杏たちはまだ諦めていない。
「……まだ、だよな」
「ん?」
「まだあの子達は諦めてないよなぁ……!」
「(ふふ、あの時の調子を取り戻したか)」
りほの目はギラギラと光り、昔を思い起こさせるその顔にミチコとカナエは小さく笑った。
「ありがとね。お陰で吹っ切れた」
「だとしたら、飲み直しといくかぁ!」
「次の試合に備えて、だね」
3人の乙女の飲み会は、遅くまで続いた。
次回の更新はまだ未定です。気長にお待ちください。
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雪原に向けて
過去の仲間に悩みを打ち明け、そして叱咤激励された翌日。りほは朝から取り組んでいた作業を終えた。
「よし! Ⅲ号突撃砲の仕様変更、完了だよ!」
「おぉ! ありがとうございます!」
感激した様子でお礼を言うのは、仲間たちからエルヴィンと呼ばれている女子。Ⅲ号突撃砲を駆るカバさんチームの車長を務めている。
戦車道全国大会の準決勝の相手は、昨年の優勝校であるプラウダ高校だ。しかも試合フィールドは雪原で、ソ連戦車を使う向こうにとっては庭も同然である。だからこそ、寒冷地に適応した状態へ変更するための作業を朝から行なっていたのだ。
「先輩ー! こっちも終わったッスよー!」
「おーう、ご苦労さん!」
今回は流石に整備する車両数が多いので、『~ッス』が口癖の後輩も呼んで整備を行なっていた。特にⅢ号突撃砲は車体の関係で、雪に身を埋める事が予想されるため、かなり大掛かりな作業となっていた。
仕様変更の作業を終えると、プラウダとの試合から初参加となる戦車を見る。
「フランス戦車、ルノーB1bisか。B1重戦車の改良型が大洗にあったとはねぇ」
「でも、相手はソ連戦車ッス。IS-2とか不安ッスけど……」
「そこは、かの『ジャンヌダルク』の加護があるよう祈るしか無いさ」
90発以上被弾しても戦闘を続けたと言われるルノーB1bisの逸話を思い出していると、その戦車に乗る3人が挨拶をしに来た。
「車長の園みどり子です。こっちは操縦手の後藤モヨ子と、主砲砲手の金春希美です」
「「よろしくお願いします!」」
彼女達は、この大洗女子学園の風紀委員だと言う。独特な名前に内心驚きつつも、りほも挨拶を返した。
「派遣整備士の西住りほだ。と言っても、大会の時は整備スタッフをやってるけどね。初陣の相手は強豪だけど、全力で行きな!」
「「「はい!」」」
そこへ、今度は姪のみほがやって来た。
「りほお姉ちゃん。新しく見つかった戦車なんだけど……」
「はいはい、今見に行くよ」
次にりほが向かったのは、実はかなり前から修理を続けている戦車である。彼女と共に修理作業をし、りほの事を師匠と呼ぶ自動車部。その部長のナカジマが呼び掛けに応えた。
「よーっす。ポルシェティーガーの調子はどうだい?」
「今回の試合には参加できませんねー。まだ砲弾も届いて無いですし」
恐らく大洗のチームの中では最高の火力を誇るであろう戦車である。何せ『ティーガー』の名の通り、この戦車の砲は
だが、推進機構の面でトラブルが発生しやすいという短所を併せ持っている。
このポルシェティーガーは、実は結構前に戦車を探していた際に発見された。しかし、地上へ引き上げるための作業において転落事故が発生し、その為の修理に追われていたのである。
「すまないねぇ。ポルシェティーガーはあたしも修理の回数が多くないんだ。力不足で本当に申し訳ないよ」
「そんな、謝らないで下さい! でも、師匠ですら経験が少ないなんて、秋山さんが『レアな戦車』って言ったのも頷けますね」
「むしろ、20年前の大洗がこれをどうやって運用してたのか知りたいくらいさ」
残念ながら修理が間に合わず、プラウダ戦での参加はお預けとなってしまった。自分の力不足に、りほはただ顔を悔しく歪めることしか出来なかった。
試合前日の夜。りほは声をかけていた。
「みほちゃん」
「? なーに?」
「明日は因縁のある奴との戦いになる。けど……」
「大丈夫だよ、りほお姉ちゃん」
「みほちゃん……」
「今の私には、りほお姉ちゃんだけじゃなくて、みんなも居る。それにお姉ちゃんと約束したんだ。必ず勝ち上がってくるって」
いつになく強気な姪の表情に、りほは一瞬ポカンとした。そして笑みを浮かべる。
「……そっか。頼れる仲間がいるんだもんね。心配は不要か。なら、全力で行ってきな!」
「うん!」
突き出したりほの拳を、みほはコツンと軽くぶつける。そして自室へと戻っていった。
「成長してるねぇ、本当に」
りほは嬉しそうに呟くのだった。
読んでいただき、ありがとうございました。次回をお待ちください
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ブリザードの中で笑う者
アルバイトに大学に就職活動と本当に忙しいのです……。
今回は、プラウダ高校のOGとしてオリキャラが出ます。
ついに、戦車道全国大会の準決勝戦の日となった。舞台は雪原。いつ吹雪が発生してもおかしくない程の暗い天気の下で、みほ率いる大洗女子学園は戦うことになる。相手は、昨年の全国大会の優勝校『プラウダ高校』。みほが黒森峰女学園を離れるきっかけとなった学校とも言えるだろう。
試合はまだ始まっていないが、みほ達の陣地にプラウダ高校の隊長と副隊長がやって来た。カチューシャとノンナである。
互いに挨拶もほどほどに済ませ、自陣へ戻ろうとした時、カチューシャが振り返り、みほにこう言った。
「去年はありがとう。優勝させてくれて」
挑発のつもりだろうか。みほの事情を知っているあんこうチームの面々や、彼女を慕う他のチームまでもがカチューシャを睨む。
しかし、みほは沈黙で返さなかった。
「今年は譲ってあげません」
ハッキリと、そしてこの上なく爽やかな笑顔でそう言い放った。
一瞬ポカンとしたカチューシャだったが、挑発し返された事に気付き、その顔を怒りで歪ませる。
「あんた達は1両も逃さずギッタギタにして、ピロシキの具材にしてやるわ!」
そうしてカチューシャは怒りを隠さないまま戻っていった。それを見届けたみほは、チームメイト達へと振り返る。
「皆さん、目指すは優勝です!」
「「「「はいっ!!」」」」
全員が拳を突き上げた。
観客席にて、1人の女性が試合の様子をモニターで観ていた。今はスピーカーから流れるプラウダ高校の歌声に耳を傾けている。
「良いねぇ、歌は。歌は士気を上げる。パンツァーリートを熱唱してた時代が懐かしい」
そう言ってミルクコーヒーを飲むのは、普段はサンダース大学附属高校の学園艦でホットドッグ屋を営んでいる、ミチコである。
「ういーっす。隣失礼するよー」
「……げえ、お前か」
声の主へ視線を向けると、ソーダを片手にヘラヘラと笑っている女性がいた。そのテンションの高さはまるで酔っ払ってるようにも見える。
「げえは無いだろ~?
「一時的な物だっただろうが、『赤っ面のアカメ』!」
その女性の名はアカメ。プラウダ高校のOGであり、かつて強襲戦車競技でりほ達と戦ったこともある人物だ。
彼女は、どういう訳か炭酸飲料を飲むとテンションが高くなり、常にソーダを飲んで騒ぐその様子から「赤っ面」などと呼ばれている。しかし、それでも隊長を務めたこともあるから侮れない。
「後輩の様子でも見に来たのかよ」
「勿論さ~。今まで無名だった高校が、サンダースやアンツィオを負かしてるんだ。そんな高校相手に今のプラウダ隊長ちゃんがどうするのか気になってね~。そう言うアンタは?」
「同じさ。サンダースの隊長さんも、大洗を褒めてたみたいだし。何より戦友の姪っ子とくれば気になるってもんさ」
モニターの様子だと、プラウダ高校がかなり苛烈な攻撃を行ない、大洗女子学園の戦車たちは後退しつつある。
「……この天気だと、そろそろブリザードが来る。それも相まって、試合が少し止まるかもね~」
「プラウダから生徒が2名、大洗女子学園の方に行ってるな。何か宣言すんのか?」
「後輩ちゃん達の戦い方を何度か見てるけど、今の隊長ちゃんは相手をおちょくったりする『お遊び』が好きみたいでね~。あれもそうなのかもね~」
「強者ゆえの余裕ってやつか」
「にしし。大洗ちゃん達はどうするのかね~」
アカメは笑うと、ソーダを一口飲んだ。
ブリザードが吹き荒れる頃、スタッフ用のテントでは。
「ひでぇ天気だな……。昔プラウダを相手してた時を思い出す」
「その時はどうだったんスか?」
「まるで独ソ戦みたいな地獄さ。寒さとも戦わなきゃならなかった。今は防寒具とかの持ち込みもOKだから、だいぶ良いけど」
「うへぇ。にしても、大洗の子達は大丈夫ですかね?」
「カチューシャちゃんがかなり苛烈に攻撃してたな。試合前に何かあったんだろ。地の利はプラウダにある。だが、無名だからこその強みもある。あたしは大洗を信じるさ」
すると、何やら歌が聞こえてきた。先程はプラウダ高校によるロシア民謡『カチューシャ』が歌われていたが、今聞こえているのは何やら祭りの音頭のようだ。
「だよね、みほちゃん。君たちなら諦めないって信じてたさ……!」
りほは、ここから先で面白い展開になるだろうと思うと、笑みが止まらなかった。
読んでくださりありがとうございます。
未定ではありますが、次回の更新をお待ちください。
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試合後の観客席
プラウダとの戦いは、大洗女子学園の勝利に終わった。あんこう音頭で士気を取り戻した大洗チームは、履帯の修復や相手チームの偵察などを連携して行ない、見事フラッグ車を撃破したのである。
観客席では、みほの様子を見に来た姉のまほと母のしほが、安堵の息をついていた。
「みほは因縁の相手を倒せたわね」
「次は私たち黒森峰との戦いになります。……みな喜ぶことでしょう。みほと戦えるのですから」
「けれどもまほ。妹だからといって手加減は……」
「分かっています。全力で向かう相手に手加減は不要。我々も本気で行きます」
真剣な雰囲気で話す2人の間に、陽気な声が割り込んできた。
「いや~、見事に妹ちゃんが勝ったね~!」
「っ! あなたは、プラウダ高校OGのアカメ!」
「やっほ~。見かけたから来ちゃった♪」
ライバル校のOGという突然の来訪者に、しほは驚く。そんな彼女の様子をよそに、アカメはまほへ近付いた。
「ふ~ん? テレビで何度か見たけど、生で見るとよく分かるね。その風格に雰囲気は、まさに黒森峰の隊長だ」
「あの……」
「おっとっと、失礼。プラウダ高校OGのアカメだ。君のお母さんとは、学生時代に戦車道でぶつかり合った仲でね。特にりほとは……」
「アカメ。この子はまだ知らないわ」
「ありゃ、そうなの? まあとにかく、母校だけじゃなく戦車道を応援してる一人だと思っておくれよ」
「は、はぁ……」
人は見かけによらないと言うが、ラムネ瓶を片手にヘラヘラと笑っているこの女性が隊長とは、まほは到底思えなかった。
「お次は姉妹対決かぁ。楽しみにしてるよ。見に行くから」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をするまほにアカメは満足そうに頷くと、観客席から去ろうとする。だが突然立ち止まり、しほに声をかけた。
「妹さんに言っといてよ。今度暇な時に飲みに行こうぜってな。あいつ、昔一緒に戦った仲なのに全然連絡よこさねえでやんの」
「しっかり伝えとくわ」
アカメは小さく笑みを浮かべると、観客席から去っていった。
しかし一方で、まほは気になっていた。彼女が言っていた『妹さん』。それは恐らくしほの妹であるりほの事を言っているのだろう。だがりほが戦車道をしていたという話を聞いたことがなかった。
「あの、お母様。りほ姉さんは戦車道をやっていたのでしょうか?」
「…………えぇ、そうよ。でもそれを話すと長くなる。今は目の前の大会に集中しなさい」
「え……」
「分かったわね」
「…………はい」
そう語るしほの顔は、まるで過去を悔やんでいるようだった。
読んでいただき、ありがとうございました。次回の更新は未定ですが、どうかお待ちください。
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改造依頼
今回は、カメさんチームの38(t)がヘッツァーへと改造されるお話です。
プラウダ高校との試合を終えた大洗女子学園。決勝戦の相手は、全国大会9連覇を成し遂げているという黒森峰女学園だ。使用する戦車はドイツ戦車が多く、その圧倒的火力と堅牢な装甲をもって相手をねじ伏せてくる。
しかも隊長は、西住みほの姉である西住まほ。異例の早さで隊長に任命されるほどの実力者だ。
先の試合の途中でみほ達が知ったこと。それは、全国大会で優勝しなければ、大洗女子学園は廃校になるというものだった。国の政策である『学園艦統合計画』の対象として選ばれてしまったのである。
最初こそ、その事実に皆が落ち込んだ。しかし、引っ込み思案な所のあるみほが、中々恥ずかしい踊りであるあんこう踊りをやった事で、士気を取り戻したのだ。
試合が終わった今も、全国大会優勝を目標に全員が練習に励んでいた。
「しかし、三式中戦車チヌまであるとはね……」
「たまたま見つけたみたいなんだけどね。でも、何で残ってたんだろう?」
「昔は大火力・重装甲の戦車が好まれてたらしいからねぇ。チヌはお世辞にも装甲が良いとは言えないし、それで買い取り手が見つからなかったんじゃないかな」
作業服に身を包むりほと、その隣にいるみほが話をしていた。目の前にあるのは三式中戦車チヌ。新たに加わったネトゲ三人衆こと、アリクイさんチームが使用することになった戦車だ。
この他にも、自動車部であり戦車整備も担当してくれるレオポンさんチームも参戦。使用する戦車はポルシェティーガーだ。
「さーて、チヌの整備も終わった。あとは38(t)の改造か……」
生徒会ことカメさんチームが使う戦車、38(t)。杏の提案により改造キットを使って強化をすることになったのだが、ヘッツァー駆逐戦車のキットが届いたのだ。
流石のりほも、戦車の外観をも変えてしまうような大規模改造は出来ない。と言うより、38(t)からヘッツァーへ改造したという史実が存在していない。
「……あいつに頼むしかないか」
「りほ姉ちゃん?」
「みほちゃん。カメさんチームの3人を呼んできな。この戦車を、改造工場へ持っていく」
りほの頭の中には、魔改造を得意とする友の姿があった。
遠くから重機の動く音が響き、錆びた鉄とオイルの臭いがツンと鼻を突く。38(t)を乗せたトラックは、運転手のりほと、助手席と後部席に座るカメさんチーム、そしてみほを乗せて工場へ向かっていた。
「辺り一面、戦車だらけ……」
「こんな所があったなんて……」
柚子や桃が、窓から見える光景に唖然とする。いつもは干し芋をかじってる杏も、流石に外の臭いが強いためか食欲が出ないようだ。
「知らなかったろ? ここは戦車道連盟が買い取った土地で、新品と引き換えになった廃戦車たちが辿り着く場所なのさ。関係者はここを、『戦車の墓場』と呼んでいる」
「戦車の、墓場……」
「だが、ここは単なるゴミ置き場じゃない。今から会いに行く奴の手によって、様々な改造・強化を施される工場でもあるんだ。あたしの戦友でもあるんだが、改造の腕はピカイチだよ。趣味でオープントップの車輌を戦車道仕様に改造しちまうくらいだからね」
「りほ姉ちゃんがそこまで褒めるなんて、そんなに凄い人なんだ」
「あぁ。ほら、そろそろ着くよ」
遠くに見えていたクレーンは、徐々に近づいてきた。
駐車係に案内されると、専用のスペースに停まってりほ達は降りる。そしてクレーンによって38(t)がトラックから降ろされると、りほの目的とする人物が姿を現した。
「やぁ、りほ。ご指名ありがとう」
「依頼をするのはあたしじゃないよ。この子達さ」
りほが親指でみほ達を指すと、彼女達は慌てて礼をした。
「大洗女子学園の子達だね。次の決勝戦に向けて、戦車を改造したいと見たけど」
「はい。こちらのキットを使って、38(t)を改造したいのですが」
杏が書類を渡すと、カナエは右人差し指でこめかみを軽く叩きながら呟く。
「38(t)からヘッツァーへの改造か。こりゃまた随分と手強いな」
その呟きを聞いた桃が、少し慌てる。
「ですが、相手は黒森峰女学園です。少しでも火力は欲しいですし、その、予算が……」
「なるほど。いや、出来ないとは言わないさ。原型を無くすほどの改造なんて慣れてる」
「で、では!」
みほ達の顔が明るくなったが、カナエは目付きを鋭くする。
「ただし。私は自分の改造に誇りを持ってる。私にとって戦車の改造というのは、
要するに、改造にかなりの時間を貰う。締め切りを設けたり急かすような振る舞いをするなら、すぐさま送り返す。中途半端な改造ほど、見るに耐えないものは無いからね」
カナエの気迫は強く、平気そうな顔をしてるのはりほだけだ。だが、みほと杏が彼女の前に立った。
「ヘッツァーへの改造を、お願いします」
「大会に間に合わないかもしれないのに?」
「でも貴女は、大会に間に合わないとも言ってません。私たちは信用します。誇りを持ってると言われたならば、私たちは信頼するのが筋というものです」
みほの言葉にカナエは暫く黙り込む。そして、彼女達に背を向けた。
「あ、あのっ!」
「早めに来たのは正解だったね。その依頼、しっかりと承った」
手を振りながら去る姿にポカンとしていると、りほが2人の肩に手を置いた。
「良かったじゃないか。あいつ、君たちを試してたんだよ」
「え?」
「確かにカナエは、締め切りとかを設けられるのを嫌うさ。だけど、『期限内に最高の仕事をするのがプロ』って信念も持ってる。早めに来て正解っていうのは、そう言うことさ」
「じゃあ、大会に間に合うってこと!?」
「そう言うことさ」
その事に安心するみほ達を見て、りほは微笑んだ。
「(あいつ、カッコつけやがって)」
そして、カッコつけたような去り方をした友人に苦笑するのだった。
カナエは職人気質な所がありますが、懇願されて設けられた締め切りを拒否するほどの頑固ではありません。大会までに間に合わせたいという思いを汲み取って、引き受けてくれました。
次回から黒森峰戦の裏側を書く予定ですが、更新日は未定です。時間を見つけ次第書けるよう意識します。
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決勝戦の直前
戦車道全国大会の決勝戦が、始まろうとしていた。
「いよいよ、か」
大会運営スタッフ達は、モニター等の機材チェックや、強豪校と無名校の戦いを見るために集まった観客の誘導など、忙しなく動き回っていた。その中でりほは一人、この戦いの行く末を案じていた。
「(姉妹対決でもあるが、みほちゃんにとっては文字通り負けられない戦い。大洗学園艦の存続と言う大きなプレッシャーがある……。去年の全国優勝10連覇とはまた違う重荷を、あの子は背負ってるなんてね)」
「西住さん。こちら、今回の出場する戦車のリストです。目を通しておいてください」
「あいよ」
スタッフから渡されたリストに目を通し、黒森峰女学園の出場戦車を見る。が、1輌だけあるその戦車を見て驚愕する。
「っ! 本当に投入するなんてね……。やっぱり、まほちゃん達も本気と言うことかい」
一方の大洗女子学園は、新たに追加された三式中戦車チヌとポルシェティーガーと合わせても、8輌のみ。決勝戦では最大20輌まで投入できるため、実質20対8という絶望的な戦力差があった。しかも、相手の戦車は火力と装甲が秀でている上に、全国大会常連校と言うこともあって、生徒の練度も高いと言える状態だ。
「…………苦しい戦いになるな」
「姐さん。整備スタッフ、回収スタッフ共に全員集合したッス。試合開始前の激励、お願いします」
後輩の声に振り返ると、様々な会場で役目を果たしてきたであろう整備士たちが、りほに注目していた。その様子はどこか緊張している。おそらく、今年の決勝戦の結末が分からないからだろう。
りほは姿勢を正し、軽く咳払いをすると、気を引き締めつつ口を開く。
「今回はいよいよ、全国大会決勝戦だ。片方は去年の雪辱を晴らす優勝、もう片方は廃校が掛かった、どちらも譲れない戦いになるだろう。
……静かにしろ。大洗女子学園がここまで来たのも、単なる才能だけじゃなく、廃校を阻止すると言う思いがあったからかもしれない。
だからこそ言う。
あたし達整備士が出来ることはただ1つ。撃破された戦車と生徒に労いの声をかけ、そして戦車を直すことだ。今年の大会は、戦車道の歴史が変わる瞬間に立ち会うのだと、そう言う心意気でそれぞれの役目を果たせ! 以上!」
その瞬間、整備士たちは一斉に姿勢を正し、りほに対して敬礼した。りほも敬礼で返す。その瞬間、試合開始のブザーが鳴った。
「持ち場につけ! 行動開始!」
「「「「おおおおおおおお!!」」」」
雄叫びを上げながら、スタッフ達は持ち場へと走っていった。
その頃、観客席ではミチコにカナエ、アカメといったりほの知り合いが集まっていた。
「改造屋は、今日は休業かい?」
「当たり前だろう、アカメ。君こそ良いのかい? プラウダOG会の会長たる君が此処にいて」
「他の席を見てみなよ~。大洗と試合をした学校の隊長達がみんな見に来てるんだ。OGが見に来てもおかしくない、て言うか黒森峰OGが2人もいるんだから今更だろ?」
「残念ながら3人よ」
凛とした声が聞こえた方へ顔を向けると、そこにはしほの姿があった。
「おやおや、西住流家元のご登場か」
「カナエ、相手は先輩なんだから口調気を付けろよな! あ、西住先輩コーラ飲みます?」
「いただこうかしら」
キザっぽく言うカナエを、ミチコが諌めながらしほにコーラを手渡す。一口飲むと、シュワシュワとした炭酸の刺激と暴力的な甘さが、暑くなり始めたこの季節に丁度いい。
「ところでさ、アカメ。大洗と試合した学校の隊長達が来てるって言うけどさ、アンツィオの連中が見えねえぞ?」
「…………え?」
「彼女たちはマイペースだ。前夜祭でもやって、寝てるんじゃないかな」
「あり得そうで何も言えないね~……」
気楽そうに話をしているが、全員の視線は、試合の状況を知らせるモニターに向けられていた。
「……大洗は、これで負けたら廃校になるんだよな?」
「文科省の役人とそう約束した……らしいな」
ミチコの言葉にカナエが返し、しほが続ける。
「無名の高校が、全国大会常連校を次々と打ち破り、そして決勝戦に上り詰めた。これだけでも十分注目されているのだから、もし廃校にしようものなら様々な方面からバッシングが来るでしょう」
「この戦いはまさに、戦車道の歴史のターニングポイントなのかもしれないね~」
あれこれ言うが、自分達はここから行く末を見守るしかない。かつて戦車道で青春を謳歌した大人たちは、後輩たちの戦いへと目を移した。
読んでくださりありがとうございます。アニメ版本編は最終回に近付きつつあります。更新は不定期ですが、どうか気長にお待ちください。
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超重戦車を撃破せよ
後書きにて、大切なお知らせがあります。
試合が開始されてからしばらくして、戦車の修理スペースは大忙しになっていた。何せ重量のあるドイツ戦車を修理せねばならず、さらに試合で中々使われないような古い戦車……大洗女子学園の戦車も直さなければならないのだ。
現在、大洗女子学園のチヌが撃破され、更に黒森峰女学園の戦車も撃破されたりと、色々な意味で戦場と化していた。
「大洗女子学園、建造物エリアに移動中!」
スタッフの一人の報告に、りほが大声で返事した。
「分かった! 修理が終わった車輌から、各学校の陣地に返還してくれ! それと、超重レッカー車を用意しとけ!」
超重レッカー車とは、従来のレッカー車の数倍のパワーを誇り、重い戦車としても有名なティーガーをも軽々と運べるという、戦車道連盟のみが所有している重機である。
「超重レッカー車!? なんでそんな物を……」
「黒森峰女学園は、参加車輌に超重戦車マウスを投入しているからだ。そいつが建造物エリアで待ち構えている」
「「「「えっ!?」」」」
超重という名の通り、マウスは圧倒的な装甲と火力を有する戦車である。先述したレッカー車ですら運ぶスピードが遅くなるほどの重さをも誇る、まさに怪物戦車だ。
「大洗は様々な方法で強敵を退けてきた。マウスが倒されないなんて考えは捨てろ! 忙しくなるぞ! いっそう気合い入れろ!」
「「「「イエス、マム!」」」」
りほの声に、スタッフ達は勢いのある返事をした。
観客席エリアでは、アカメが現在の戦いを、口をあんぐりと開けて見ていた。
「マ、ママ、マ、マウスぅ!? ちょっと、黒森峰ってば何てもの投入してるのさ!」
「おいミチコ。私たちの時ってマウスあったか?」
「学園艦の地下にあるって噂は聞いたかな。それがサルベージされたとかじゃない?」
「(みほ達はどう切り抜けるのかしら。三突もB1bisもやられたわよ)」
ミチコやカナエ、そしてしほも、マウスとの戦いが映されているモニターを凝視していた。
「っ! ヘッツァーが突っ込んだぞ!」
「おいおい、正面衝突するぞ……」
実況するアカメと、心配するカナエ。その時、僅かにだがマウスの車体が持ち上がる。そこへM3リーとポルシェティーガーが、マウスの側面へと回り込んだ。
「確かに、側面は戦車の弱点の1つ。けれどマウスは全体が強固な装甲になってるのよ」
しほが冷静に、しかし展開が読めない不安を内に秘めながら分析する。
マウスが砲塔を2両に向けたその時だった。
「の、乗ったぁぁぁぁぁ!?」
ミチコが驚きのあまり絶叫した。何と、八九式戦車が一気にヘッツァーを乗り越え、マウスへと乗り込んだのだ。流石のマウスも、人間のように振り落とすことは出来ない。
そして……回り込んだⅣ号戦車が、車体後部のスリットを撃つ。
観客席の沈黙は、黒煙が晴れてあらわになった撃破判定の白旗によって破られた。辺りに歓声が沸き起こる。
「うおおおおお! マウスを倒しやがった!」
「これは、戦車道の歴史に残る快挙だぞ!」
ミチコだけじゃなく、普段はクールに振る舞うカナエですら興奮を抑えきれないでいた。
「祝杯だー! あーっはっはっ!」
アカメは、テンションが上がるあまりラムネを振り、シャンパンのように噴射して歓声をあげる。
「(みほ……。やはり貴女は、西住流に縛られるべきでは無いかもしれないわね……)」
しほは、自分では思い付きもしなかった戦法を編み出した娘に、静かに拍手を送っていた。
読んでくださりありがとうございました。
突然なのですが、次回の投稿をこの小説の最終話として、打ち切りにしようと思っております。
と言うのも、これから先、試験や就活が控えているため、只でさえ遅い投稿頻度が更に遅くなるからです。劇場版や、主人公りほの過去話も当初は予定していましたが、難しくなったためにこのような判断をしました。
どうか、ご理解をよろしくお願いします。
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歓声
打ち切りという形になってしまい、申し訳ありません。
みほの乗るⅣ号戦車と、まほの乗るティーガーⅠが激突する。その様子を、りほは少しの間しか見れなかった。
「M3リー、修理完了しました!」
「よし、すぐに大洗の陣地に返しておけ! 撃破された車輌はまだあるぞ! マウスの方はどうだ!」
「あと4分、いえ2分で終わります!」
「休憩上がりの奴はそっちに向かえ! 他の車輌持ってこい! あたしも修理する!」
大洗女子学園も黒森峰女学園も、撃破して撃破されての応戦となり、大会の修理スペースは更に多忙を極めていた。残念ながら姉妹同士の決戦をじっくり見ることが出来ない。
その時だった。その砲声はやけに大きく聞こえ、りほは思わずモニターへと視線を向けた。両者ともに黒煙に包まれている。
「どっちがやった……!?」
りほの心臓が、この時バクバクと大きく鼓動していた。冷や汗が流れ、煙が晴れるまでの時間がやけに長く感じられる。徐々に晴れ始めるが、それすらスローモーションに見えた。
撃破判定の白旗が上がったのは……ティーガーⅠだった。
一瞬訪れる静寂。
『黒森峰女学園フラッグ車、戦闘不能! よって……大洗女子学園の勝利!』
会場に響くアナウンスの言葉の理解に、ほんの少しの時間が掛かってから―――
「「「「うおおおおおおおおお!!」」」」
爆発する歓声。修理スタッフの中には、抱き合いながら小さくジャンプしてはしゃぐ者もいた。
その中でりほは……脱力し、スパナを落とした。そして腰が抜けて、へたり込んでしまう。
「は、はは、みほちゃんが、やりやがった……! 初心者ばかりのチームで、優勝……!」
「姐さん、やりましたねぇ!」
「お、おう! どうよあたしの姪は! どっちもスゲぇだろ!」
「はいっ!」
「ところでよ……手ぇ貸してくれね? 腰が抜けちまった……」
りほは、苦笑する後輩の手を借りて何とか立ち上がる。彼女を見るスタッフ達の目は、りほが次に言う言葉を待っている。
「さぁ、凱旋のためにもうひと踏ん張り! 気合い入れてくよ!」
「「「「はいっ!!」」」」
優勝パレードが行われ、観客たちは拍手でみほ達の健闘を讃える。その様子を、りほは見守っていた。
「りほ」
「姉さん……それにお前らまで」
「やったな! こんな戦い滅多に見れないぜ!」
ミチコが眩しい笑顔で称賛する。
「つくづく驚かされたよ。最高の試合だった」
カナエは不敵な笑みを浮かべていた。
「こりゃあ、戦車道がマイナーじゃなくなる日も近いんじゃないかな!」
アカメは炭酸を飲んだからか、テンションが高く笑っていた。
「……なぁ、姉さん」
「どうしたのかしら、りほ」
みほ達を見ながら、りほは呟いた。
「戦車道ってのは、やっぱり最高だな!」
その笑顔は、とても純粋なものだった。
読んでいただいた皆さん、評価をしてくださった方、感想を書いてくださった方、本当にありがとうございました。
新しい作品の投稿があるかも未定ですが、時間がある時に書いてみようと思います。本当に、ありがとうございました。
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