純黒なる黒龍の戦記物語 (キャラメル太郎)
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第一章
第一話  黒龍の産声




初めまして。見たことがある方はまたお会いしましたね。キャラメル太郎という者です。

この作品は別のサイトでも投稿している作品となりますが、ハーメルンでも投稿する事にしました。読んでいただければ幸いです。


出来るだけ頑張って書いていますので、温かい目で見守り下さい。




 

 

 

(りゅう)…それはこの世に蔓延る多種多様な種族の一つ。人間の背を大きく超え、強靭な肉体に鋭利な爪、鋭い牙を持ち、持ち前の翼で大空を駆け抜けて制空権を牛耳る。そしてその体に膨大な魔力を宿し、魔法を巧みに扱う。寿命も異様に長く、万年生きるとも言われている。そんな存在が強くないわけがなく、この世で龍は最強の存在であるとされていた。

 

だが、龍は最強であるからこそ、斃した場合の名声が計り知れない。歴史に名を残すような英雄や伝説的存在のその多くは、その一生の中で龍と出会い、戦い、殺し合い、打ち破った。謂わば強くなった者の通過点にされることがある。そういった話があるから、我こそはと龍に挑まんとする存在も居る。中には龍を斃したのだと、嘘を並べるものさえ居た。

 

では世の者共よ、龍がこの世で最も強く、気高い存在というのであれば、その龍という最強の種族の中でも頂点の存在を前にして斃すと、斃せると同じ言葉を吐くことが出来るか?やってみせると息巻く事が出来るのか?

 

これは異世界へ転生して尋常ならざる力を手に入れ、人々からも称賛を浴びながら数多の女に囲われる話では無い。最強の黒龍と謳われ、畏れられ、崇拝すらされる、とある一匹の龍の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は醜い。期待していたものではなかった。目障りになった。最初から望んで等いなかった。そんな理由で我が子を捨てる。何でも無いように、まるでゴミを捨てるかのように。中には我が子をその手に掛ける者すら居る。しかし、そんな醜い行動が果たして、他の種族には当て嵌まらない…何てことはあるだろうか?否。断じて否である。

 

動物は我が子であろうと不要となれば躊躇いも無く捨てる。見上げるほど高い場所に出来た巣からも落とす。不要。要らない。そういった理由は腹を痛めてまで産んだ新たな生命を捨てる理由になり得てしまう。故に、空を飛べる種族なのに空を飛べない、幼い龍の子が大空を舞い落ちていても不思議ではないということだ。

 

 

 

「……………──────。」

 

 

 

全身を純黒の鱗に覆う体。生まれて間もないというのに声一つあげること無く、小さな黒龍は無感情とも言える表情のまま大空を自由落下して落ちて行っていた。だが黒龍の姿形が他とは似て非なるものだった。龍は基本四足移動する、最も認知されていた姿だった。しかしこの黒龍は人のように立って二足歩行で歩くことが出来る形をしていた。長い腕や脚。龍らしい長い尻尾。他と比べてスリムな見た目。そして何と言っても、生まれて間もないにも拘わらずその身に宿す破滅的な莫大な魔力。

 

混じり気の無い純黒の鱗と、龍からしてみれば人に似た姿をした異形。身の毛も弥立つ莫大な魔力。それだけでこの黒龍は実の両親から愛を受けること無く、直ぐに捨てられてしまった。地面が近付いてくる。それでも黒龍は身動き一つしなかった。本能で自身を守るような体勢は取れる。それでも黒龍は動かなかった。

 

 

 

遙か上空から落とされただけで、それが自身を傷付ける事は有り得ないと、発達していない脳が理解していたからだ。

 

 

 

辺り一帯に鳴り響く落下音。木々を薙ぎ倒し、地に蜘蛛の巣状の亀裂を刻み込みながら、黒龍は地面に激突した。朦々と立ち上る砂煙。一寸先の前すら見えない程の砂が舞い上がり、風が吹いて少しずつ晴れてきた。見えてきたのは中心に向かうにつれて損傷が激しく砕けていく地面。そして両脚で立っている黒龍だった。

 

体を守るために防御の姿勢に入るのでは無く、唯両脚から着地したのだ。本来ならば落下速度に肉体が耐えきれず潰れて絶命しても可笑しくは無いというのに、生まれて間もない、発達のハの字すら起きていない未熟な肉体で衝撃に耐えきった。

 

両の脚で立ち、両の掌を見つめる。細くしなやかな指だ。他の龍は物を掴むことなど出来ないだろう形をしているのに、黒龍の手は人間のような形をしていた。暫しの間黒龍は自身の手を見詰め、開いて閉じてを繰り返した。そして徐に足元にあった拳大の大きさの石を掴むと、少しだけ力を籠めた。すると如何だろう。拳大の決して脆くは無い石は粉々に砕け、掌の中で砂状になった。

 

黒龍は無感情に一連の工程を見ていたが、まだ何の知識も無いので思うことは無い。砂と化した石を手を振って払うと周囲を見渡した。落ちてきた衝撃でその場に立っていた木々は折れて砕けてしまっているが、それでも黒龍の降り立った場所は森の中で違いなかった。姿形は少し違えど、龍として生まれたことによって持っている並外れた聴覚が数多くの音を拾う。その中でも重く響くような足音が一つ、真っ直ぐこちらへ向かっていた。

 

 

 

「グルルルルルルルルル…………」

 

「………………………。」

 

 

 

森の中から、黒龍が着地したことによって円形に何も無くなってしまった所へやって来たのは、虎の姿をした魔物だった。だが虎と言っても大きさは4メートルはあろうかという程の大きさだ。人が出会えば見上げる大きさだろう。涎を垂らし、血走った目は食い物を求める空腹な獣のそれだろう。その二つの目は黒龍を捉えて離さない。黒龍からは純黒の魔力が漏れ出ているのだが、空腹が過ぎる魔物はそんなことはどうでもいいと言わんばかりだ。

 

虎のような魔物はゆっくりと黒龍へと近づく。だが次第にその顔は上を向くこととなった。虎の姿をした魔物は4メートルはある大きさだ。確かに大きいのだろう。しかし黒龍はそれを更に上回る6メートルはあるだろう背丈を持っている。龍とは総じて大きい生物だ。嘘か誠か、嘗ては大陸と間違う程の大きさを持つ龍も居たとされている程だ。ならば生まれたばかりとはいえ、それ程の大きさを持っていても可笑しくない。

 

虎の姿をした魔物はたじろぐ。流石に見上げなければならない相手となると分が悪いと今更になって判断したのだろう。しかし魔物はそうでも、黒龍は違う。この世界に生み落とされて直ぐ捨てられ、落ちてきてから何も食べておらず、口に出来る物をまだ見つけてすらいなかった。謂わばこの魔物は黒龍にとっての初めての食べ物。逃がすつもりは毛頭無かった。

 

緊張が奔る。顔を顰めて如何するか悩んでいた魔物は、意を決して黒龍へと突進した。虎のような姿をしていて見かけ倒しということは無く、四肢を曲げて姿勢を低くし、強靭な筋肉のバネを利用して飛び掛かった。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「…………………ッ!!」

 

 

 

爆音に思える咆哮を上げながら、身長差2メートルを物ともしない跳びかかりを見せて黒龍の頭上から狙った。黒龍は動かない。まだ射程範囲内に入っていないと解っているからだ。黒龍は魔物を見る。縦に裂けた黄金の瞳で。すると魔物の動きがまるで遅延しているようにゆっくりとなった。

 

並外れた動体視力が産んだ遅滞する世界である。そして魔物がゆっくりと向かってきて、射程範囲内に入ったその瞬間、魔物の首に手を掛けて宙づりにした。魔物は瞬きをするに等しい刹那の瞬間に捉えられた事に混乱し、次いで器官が圧迫されて起こる息苦しさに藻掻いていた。だが黒龍は暴れる魔物を見ながら、首を掴む手に力を更に加えていく。

 

 

 

 

─────────ごきん。

 

 

 

 

魔物の首から骨が折れる音がしてから、魔物は抵抗も無く、そして力無く黒龍の手によって宙づりとなった。黒龍は暫く動かなくなった魔物を見つめていたが、死んだのだと理解した途端、魔物を掴んでいる腕を振り上げ、足元の地面に魔物の頭を叩き付けた。

 

瞬間、黒龍が大空から地面に着地した時よりも大きな轟音を響かせ、大地を陥没させた。隕石が衝突したようなクレーターを生み出し、魔物の頭は耐えきれることは無く弾け飛んでいた。頭を失った体は大地に横になり、黒龍は魔物の血に塗れた自身の手を見詰め、口を開いて長い舌を出し、血を舐めた。舌を口の中に引っ込め、口内で血を味わう。ごくりと喉を鳴らしながら嚥下した黒龍は、頭を失った魔物の死体を見る。

 

黒龍は尻尾を使って体のバランスを取りながらしゃがみ込み、魔物の死体を掴み、大きな口を開いて鋭い牙を覗かせ、魔物の体に牙を突き立てた。ぞぶりと皮や筋肉を引き千切り、口の形に肉を抉り取った。口の中に広がる血と生肉の味は初めての経験だ。故に上手いも不味いも無い。唯空腹を満たす為だけに食事を続けた。

 

黒龍は一心不乱に魔物の肉を貪る。4メートルを越える巨大な魔物の肉は次第に黒龍の腹の中へと収められていき、最後には骨だけとなってそこら辺へと投げ捨てられた。口元の大量の血を拭うこともせず、黒龍は慣れない動作でしゃがんだ状態から立ち上がり、空を見上げる。

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

聞く者の耳を劈くような大きな声で、日が沈みかけた夕暮れの大空へと咆哮した。体中から撒き散らされる純黒の魔力は大地を侵蝕し、木々や小さな生物の命を貪る。この世界に生み落とされ、要らぬとばかりに捨てられ、身寄りも無く味方も居ない孤独な黒龍。

 

 

 

 

 

だがこの瞬間、野放しにするには余りに強大すぎる存在が、確かに産声を上げたのだ。

 

 

 

 

 








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第二話  強敵との邂逅





 

 

 

黒龍は虎型の魔物を捕食した後、当てもなく森の中を歩いていた。6メートルに匹敵する巨体が歩き、それに相応しい重量の為、重い足音が鳴り響く。邪魔な木々に手を掛けると、生まれて間もないとは思えない腕力で木々が根元からへし折れる。小さな生き物たちは怯えて逃げ惑い、四足獣ですらも逃げて行った。

 

黒龍にとっては全てが初めての経験だった。歩く。掴む。見る。触る。匂いを嗅ぐ。故にか、黒龍は何処か上機嫌のようだ。言葉を知らず、感情というものもあまり発達していない現在では自覚出来ないが、今黒龍が身に感じているのは、きっと歓びだろう。

 

ふと、歩っていた黒龍は何かを感じ取った。気配と呼ばれるものを既に察知出来るようになっていることは驚異的であるが、今回はその察知した気配が蟻のように一箇所で群がっていることに注目するべきなのだろう。黒龍は気配そのものを理解していない。だが何かが居るということは直感している。先の魔物との戦いで、相手から発せられる気配を間近で感じ取っていたのだから。

 

黒龍は好奇心から数多くの何かが集まった気配のする方へと歩みを進めた。すると見えてきたのは、木が生えていない小さな円形の開けた場所に横たわる馬の死骸。そしてそれに群がる小さな存在だった。小鬼…ゴブリンと言われるその魔物は、数が多く群れで動く習性があり、知能が低いこともあって誰彼構わず襲うという厄介な存在だ。

 

しかし一匹一匹が小さく、力も弱いため一人であったり、不覚をとらない限りは負けることは無い。だがそれはゴブリンの数が少ない場合だ。今のように、少なくとも三十匹は居るだろう集団が相手の場合は、無理に戦おうとせず、応援を呼ぶなりした方が賢明だろう。しかし黒龍は違う。

 

 

 

「──────っ!?ぎゃあ!ぎゃあ!!」

 

「……………………。」

 

 

 

何も感じる者は無く、堂々と真っ正面からゴブリンの群れへと進んでいった。重く響く足音と強大な気配に気が付いたゴブリンは、馬の死骸から目を離して黒龍へと向き直る。知能が低いこともあり、圧倒的体格差があるにも拘わらず、手に持つ武器を掲げて黒龍を威嚇する。

 

落ちていた物を適当に拾ったのだろう、錆びて切れ味に頼ることが出来そうにないナイフ。手頃の長さに折れている木の枝。拳ほどの大きさの石。自身で加工したものは一切無く、物をそのまま利用していた。そしてそのどれもが、馬の血に塗れていた。

 

新たな餌がやって来たと、卑しい笑みを浮かべて走り出す。我武者羅に手に持つ武器を振り回し、黒龍が動かないことを良いことに武器を振り下ろした。しかし、手に持っていた錆びたナイフは黒龍の純黒の鱗に傷一つ付けることも無く、根元から真っ二つに折れた。

 

手元のナイフに視線を落として呆然としている。恐らくそれで馬を仕留めた為、黒龍にも傷を付けることが出来ると踏んでいたのだろう。だが、黒龍の鱗はそんな物では傷付ける事は出来ない。黒龍は右手を上げて、ナイフを持っていたゴブリンの頭上目掛けて振り下ろした。大きな影に気が付いてゴブリンが上を向く。最後に見た光景は、差し迫る黒い影だった。

 

 

 

「──────ぎぎゃ…っ!?」

 

「………ぎ?」

 

「……ぎゃあ!」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

無雑作に叩き付けただけだ。それだけで地面は陥没し、潰されたゴブリンは柘榴のように弾け飛んでいた。原形など留めている筈も無く、手を叩き付けた爆風で周りのゴブリンは数メートルに渡って吹き飛ばされていった。そして爆風を凌いだゴブリンが呆然とした表情で黒龍を見る。何が起きたのか理解していないのだ。やったことは手を叩き付けただけで、その一連の動作は確と目にしていた。だが無雑作とは思えない威力に困惑しているのだ。

 

流石のゴブリンも攻め倦ねた。仲間があっさりとやられたのだ。しかも武器を使ったら傷付けることが出来なかった。判断するにはもう遅いが、黒龍を襲うのは危険なのではないかと考え始めたのだ。どうしようかと考え倦ねている間に、一匹のゴブリンがある事に気が付いた。黒龍の口内から、黒く眩い光が漏れている事に。嫌な予感がする。今すぐ逃げねば……だがもう遅かった。

 

 

 

 

 

「……────────────ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

黒龍の口内から、純黒の魔力の奔流が解き放たれた。体内に蓄積されて貯まっている魔力を口内に溜め込み、一気に解き放つ。黒龍の初めての魔法だった。魔力を撃ち出すという簡単なものだが、規模は有り得ないほど広く、破壊力は壊滅的だった。

 

直径300メートルにもなる純黒の魔力の奔流は光線のように放たれ、直線上に居た全てのゴブリンは勿論、その後ろにあった木々や大岩、遙か先にある山にも到達し、山の中腹に丸い大穴を開けた。大地は光線に触れた部分が綺麗に抉り飛ばされ、黒龍の純黒の魔力の放出が止められた後には、何一つ残ってはいなかった。

 

これでも黒龍はほんの少し魔力を使用しただけだ。それだけでこの破壊力。今は自覚が無いが、この一撃だけでも国の2、3は簡単に消し去る事が出来るだろう。全く全力ではないということも助長する。

 

黒龍は何も無くなってしまった大地を一瞥した後、踵を返してその場を後にした。ゴブリンの事など何とも思っていない。脅威とも敵とも思っていない。攻撃されて煩わしいから、消しただけ。それだけでしかないのだ。黒龍は当てもなく歩く。その後ろ姿を……何者かに見られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒龍は歩き続け、数キロを移動したところで大きな川を見つけた。水を初めて見た黒龍は川に流れる水の匂いを嗅ぎ、問題ないと本能的に理解したのかしゃがみ込み、手を付いて水に口を付ける。ごくりごくりと喉を鳴らしながら水を飲み、喉を潤した。

 

そしてそこで初めて、水面に映る自身の姿を見た。純黒の鱗を持つ龍の顔。黄金の瞳。映るものが自分の姿だと理解していなかった黒龍は首を振ったりして水面を見て、同じような動きを見せる水面の姿を、自身のものだと納得した。そして、黒龍は水面に映る自身の姿とは別に、光り輝くモノが自身の周囲に三つ、飛んでいるのに気が付いた。

 

捕まえようとしたのか、手を伸ばせば触れるのは当然川の水。手を入れたことで波紋が広がり、川の流れに流されて消える。もう一度見るとやはり、三つの光が飛んでいた。捕まえる事が出来ない。首を傾げる黒龍は、ふと閃いた。膝を付いてしゃがんでいた状態から立ち上がり、上を見上げる。すると、水面に見えていた光が目と鼻の先に居た。

 

今度こそと言わんばかりに捕まえようと手を伸ばせば、光は焦ったように、ひゅるりと黒龍の手から逃げた。中々捕まえられない光に業を煮やしたのか、口の中に膨大な魔力を溜め込み、純黒の光を溢れさせた。

 

 

 

「──────まって!まってまって!」

 

「それうったらだめー!」

 

「わたしたちがしんじゃうよー!」

 

 

 

「…………?」

 

 

 

黒龍は突然掛けられた言葉に固まり、声がした方向に目を向けると、そこには先まで捕まえようと躍起になっていた光があった。見つめていると光は弱くなり、光の中から小さな人の形をした存在が現れた。

 

黒龍に言葉が通じないと分かっているからか、身振り手振りでそれを撃つなと訴えている。両手を挙げて降参の意を示していて、何となく敵意は無いと理解した黒龍は口内に溜め込んだ魔力を霧散させた。撃たれず、攻撃を中止したことに小さな者達は安心したように胸を撫で下ろし、黒龍の前までふよふよと飛んできた。

 

 

 

「あなたつよいのね!さっきのみてたわ!」

 

「これなら“あいつ”にもかてる!」

 

「ねーえ?おねがいがあるの!わたしたちにはたいせつな“き”をきずつけるやつがいるの!そいつをやっつけて!」

 

「やっつけてくれたら……ことばをおしえてあげる!」

 

「おいしいごはんもあげるよ!」

 

「けど、あんまりたいせつなきをたおしちゃだめだからね!」

 

 

 

「………………………。」

 

 

 

言葉は通じない。言葉というものを知らないからだ。それを承知で語り掛け、小さな者達……精霊と呼ばれる者達は黒龍にやっつけて欲しい者が居るのだと一生懸命説明する。言葉だけでなく、三匹で悪い者をやっつける。そうすれば言葉を教え、食べ物をあげるとジェスチャーで示した。

 

完璧に理解した訳では無いが、大方の事を把握した黒龍は、やはり賢明なのだろう。ついてきて欲しいと行って飛んで行く精霊達の後をついて行く。大人しくついてくる黒龍の姿を後ろを向いて確認した精霊達は顔を見合わせ、嬉しそうにハイタッチを交わしていた。

 

それから黒龍は精霊の後をついて行き、数十分が経とうとした頃、黒龍は澄んだ空気の広がる所へやって来た。そこには黒龍も大きく見上げなければならないほど大きな大樹が生えていた。恐らく500メートルはあるのだろう。この大きさならば遠くから見えても可笑しくない筈なのに、近づくにつれて薄らぼんやりと見え始めたように思える。

 

しかしそれは正しく、この大樹は外敵から身を守るために一定以上の高い魔力を持たねば見ることは出来ず、此処へ辿り着くことが出来ないという不思議な大樹である。精霊が言っていた大切な木というのが、この大樹のようで、精霊は指を指してこれがその言っていた木だと教えている。

 

問題の大樹を傷付けるという者がまだ居ないようで、黒龍は取り敢えず大樹の近くまで寄っていった。近付けば近付くほど澄んだ空気になり、魔力の元となる魔素も濃くなっていった。

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

「すごいでしょー?」

 

「大きいでしょー?」

 

「わたしたちの“おかあさん”だよー!」

 

 

 

精霊は大樹を指差しながら自慢げに話す。精霊とは通常人の目には見ることが出来ない自然的な生物で、ありとあらゆるものに宿っている。ここに居るのは、此処等一帯に広がる森の精霊である。その母と言われるくらいだ。この大樹はこの森の主と言っても過言ではないのだろう。

 

近くに居るだけで力が漲るような感じがする。黒龍は心地良い気分になりながら大樹へと歩みを進め、その立派で余りに太い大樹の幹に手を付いた。命の波動を感じる。大地からエネルギーを汲み上げ、枝を通して葉へと行き渡らせ、汚れた空気を綺麗な空気へと変化し、魔素を辺り一面に降り注いでいる。

 

故に、大樹の周りに生えている木々は総じて高く成長し、幹も太く逞しい。小さな生物も住んでいて、緑が更に豊かと言えるだろう。だが、精霊達が言うには、この美しさと優しさ溢れる自然を脅かす存在が居るというのだ。黒龍が大樹に触れて、その力強さと魔素の豊潤さに身を任せていると、足を付けている大地が揺れた。それは次第に大きくなっていき、黒龍が居る所より離れたところで大地が盛り上がった。

 

 

 

「──────きた!」

 

「あいつだ!あいつが“おかあさん”をきずつけるし、このへんのきをたべちゃうんだ!」

 

「おねがい!あいつをやっつけて!」

 

 

 

 

 

「──────ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

現れたのは、全長50メートルにも達するだろうかという巨大な木の怪物だった。木に魔物が取り憑いたとも言える容姿に、枝が腕や手のように形を作っている。脚は無く、その代わりに幾本もの根っこが蠢いて動いている。トレントという木の姿をした魔物が居る。だがそれは所詮普通の木と同程度の大きさしか無い。だというのにこの怪物はどうだろうか。見上げねば幹に付いた恐ろしい形相の顔すら視認出来ない大きさで、高さだけでなく、人でいう胴体も大きく立派だ。

 

これはトレントという魔物の上位種であるジャイアントレントという魔物である。しかしそれでもここまで大きくはならない。突然変異に思われるかも知れないが、事実は少し違う。普通のトレントよりも魔力を持って生まれたことで、精霊に母と呼ばれる大樹を見つけ出し、大樹の持つエネルギーを直接吸い取ったり、魔素が多く含まれた木々を捕食することにより、膨大なエネルギーを手にし、ここまで大きくなったのだ。

 

目に見える体格差。これまで黒龍は自身より小さな存在にしか会わなかった。だが、今回の相手は見上げねばならないほどの大きさだ。ジャイアントレントからも膨大な魔力が迸っている。ここら辺に居る魔物ではまず相手にならないだろう、完全な上位種。黒龍が会うには少し早すぎたとしか言えない相手。だが黒龍は背を向けなかった。寧ろジャイアントレントを正面から見据えていた。そして同時に理解していた。

 

この巨大な怪物……ジャイアントレントは放っておけば、この心地良い空気を作り出している大樹を傷付けるということを。勿論精霊は何度もそう言っていたのだが、黒龍はジャイアントレントをその目で捉えた瞬間、敵と認識した。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「……ばきッ……ばきゃッ……ばきッ……?オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

 

 

足元に生えている木を根元から引き抜き、口の中へと放り込んで咀嚼して呑み込む。木が木を捕食する光景は見慣れない異常だろう。そんな光景の中、黒龍は大樹の元から駆け出してジャイアントレントの元へと突っ込んでいった。翼を持てど、使い方を知らず、龍であっても飛ぶことは出来ない。そこで黒龍が取れる行動は、大地を駆ける事しか無い。

 

捕食していたジャイアントレントは駆けてくる黒龍の存在に気が付いた。そして黒龍から尋常ではない魔力を感じ取れ、敵意と殺意を感じ取ったことで敵と認識した。自身よりも半分以下で、踏み潰せるほど小さい存在に脅威的な何かを感じ取る。本来ならば黒龍程度の大きさしか無い存在など歯牙にも掛けないのだが、全力で排除すべきだと考えたのだ。

 

駆けてくる黒龍に対して、土煙を上げながらジャイアントレントも駆け出した。縮まっていく両者の距離。黒龍を連れて来た精霊達は見ていられないと言うかのように手で目を覆っている。黒龍は手を硬く握り込んで握り拳を作り、右腕を振り上げた。対してジャイアントレントは体から触手のような蔓を伸ばし、鞭のように黒龍に向かって叩き付けた。

 

全力の力で遠心力も載せた蔓は黒龍の体よりも太く、しなやかなものだった。それが真面に叩き込まれた黒龍は脚が大地から離れ、後方へ吹き飛ばされた。ボールのようにバウンドして木々に当たってへし折り、大きな岩に叩き付けられた。背中から叩き付けらて呼吸困難に陥っている間に、細めの蔓が黒龍の足首に巻き付き、持ち上げる。

 

ジャイアントレントの目線程の高さまで逆様に宙づりにされた黒龍だったが、上で円を描いて振り回され、最後には大地に叩き付けられた。轟音が鳴り響く。爆発音のようなそれは黒龍が大地に叩き付けられた音に間違いなく、足首の蔓は取れず、そのまま持ち上げられて同じく大地に叩き付けられた。それをその後十度は繰り返され、最後は地面を削るように押し付けられて吹き飛ばされていった。

 

黒龍が乱回転しながら吹き飛ばされた先には大樹があった。視界が回る中で、縦に裂けた黄金の瞳の虹彩をさらに細めると、景色が遅くゆっくり動いているように見える。それによって大樹へと向かっていると把握し、このままで大樹に突っ込んでしまう。そう察した黒龍は長い尻尾を地へと突き立てて勢いを殺し、獣道を作りながら大樹の前で停止した。

 

黒龍は顔を俯かせる。そして体が小刻みに震えだした。畏怖か、恐怖か。怖ろしさか。違う。どれも違う。否、否、否。黒龍が抱いているのは純然たる憤り。怒りの感情だった。

 

 

 

「──────がああああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

「──────ッ!?ギ……っ!?」

 

 

 

怒りに身を任せた驚異的な跳躍は地を砕き、衝撃波を生んでジャイアントレントの視界から姿を消した。次いで現れたときにはジャイアントレントに当て身の突進をしていた。叩き付けられる黒龍の体。鱗は硬く、鋭利なためジャイアントレントの表面を削り取り、突っ込んだ勢いによって体中に罅を入れた。

 

そしてジャイアントレントは黒龍の体当たりの威力に負け、その巨体を後方へと倒した。ずしんと重い地響きを起こしながら倒れ込むジャイアントレントの一方で、黒龍は地に着地して口内に純黒の光を溢れさせていた。さらにその籠められた魔力は、ゴブリンを殲滅した時とは比にならないほどの膨大な魔力であり、放たれれば黒龍の正面の全てが更地となるだろう。

 

それを理解しているからか、精霊達が黒龍の元まで急いでやって来て身振り手振りで止めようとしていた。しかし黒龍はもう聞こえていない。精霊達など目の端にすら映っていない。あるのはジャイアントレントを消し去ることのみ。その一点のみが黒龍の脳内に渦巻いていた。精霊達は顔を青白くさせていた。流石にそう広範囲の木々を消されるわけにはいかない。

 

そもそも、ゴブリンを殲滅した時の光線ですら、本当は非常に大きい打撃を受けているのだ。だが、もう精霊達は諦めていた。黒龍の瞳がジャイアントレントにしか向いておらず、その瞳の奥にはどす黒い憤りの感情しか宿っていないからだ。

ジャイアントレントが起き上がろうとしている。だが既に、黒龍は魔力を解放する準備が整っているのだ。

 

いざ膨大な魔力を解き放たん。しかしその瞬間……黒龍の瞳に光が戻る。何かに気が付いたように、放たれる刹那に黒龍は初めてとなる魔力の精密な制御を熟した。

 

 

 

「………ッ────────────ッ!!!!!!」

 

 

 

黒龍の口内から放たれた純黒の光線は細かった。一条の線となって起き上がったジャイアントレントの右隣を抜けていった。外してしまった。渾身の魔法が、掠りもしなかった。そう思いガッカリした精霊達。しかし黒龍の攻撃は終わっていない。

 

黒龍は細い純黒の光線を放ちながら、首を右へと振り払った。すると光線はそれに伴って右へと移動し、ジャイアントレントの体を半ばから真っ二つに両断したのだ。それも細い光線の直径に比例しない位大きく消し飛ばした。体の大部分を消されたジャイアントレントがそのまま生命活動を維持することなど出来ようはずも無く、残った部分は枯れるように朽ち果てていった。

 

黒龍は見事、この戦いの勝利を掴み取ったのだ。精霊達も万歳三唱で喜びを分かち合っていた。だが件の黒龍といえば、その場から動かない。どうしたのだろうと精霊達が疑問に思っていると、黒龍はその体をふらりと揺らした。精霊達は慌てる。無理も無い。黒龍はまだ生まれたばかりなのだ。本来ならば親の龍に食べ物を獲ってきてもらい、狩りを少しずつ覚えていくものだ。

 

それを黒龍は独りで熟し、況してや大きく、強くなりすぎたジャイアントレントとの戦いがあった。要するに黒龍は疲労困憊としているのだ。覚束無い足取りで大樹の元へと歩き、根元まで来るとゆっくり横たわり、丸くなった。翼で体を覆い小さくなる。その姿は寒さを凌ごうとする小さな龍であった。

 

 

 

「……いきなりたたかわせて…ごめんね?」

 

「あなた…まだうまれたばかりのこどもだったんだね……」

 

「……これ、おれいなの。おきたらたべてね」

 

 

 

「…………すぅ……すぅ………」

 

 

 

 

 

『──────ありがとう。小さくも勇ましき、強き龍の子よ』

 

 

 

 

 

黒龍は眠る。疲れを癒すために、体力を回復させるために。そんな黒龍に優しい声が掛けられる。膨大な純黒の魔力を撃ち放つ瞬間、正気に戻させた不思議な声を……。

 

黒龍をこの場へ連れて来た精霊達は理解する。この黒龍が強すぎて気が付かなかったが、まだ生まれたばかりの子供だということを。そんな子に自身達では手に負えない者の相手をさせてしまった。罪悪感を感じながら、黒龍が起きた時に食べさせるための果物をせっせと運んでくる。

 

最初は三匹の精霊が運んできていたが、次第に数は増えていき、何時しか沢山の精霊が黒龍の元へ食べ物を運んできた。感謝の印である。脅威を退けてくれた黒龍への、せめてもの。それを見守るは見上げるほどの大樹。母なる神樹。森を見守る存在。

 

何時しか黒龍の元には山積みとなった果物に溢れかえり、何処からかクスクスとした優しい声が聞こえてきた。この日の黒龍の戦いは…漸く終わったのだった。

 

 

 

 

 

 







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第三話  黒龍…その名は──────






 

 

心地良い空間に居る。熱くも無く寒くも無く、じめじめしておらず、からっとし過ぎていない。全てが完璧な空間。だが周囲は見渡す限り暗く、暗黒だ。そんな空間に独りで存在する黒龍。夢……というものを初めて経験している。

 

楽しい夢では決して無い。何もやることはせず、唯そこに存在しているだけだ。それでも、黒龍はこの空間が実に好ましいと思った。本来ならば幼い子供とはいえ、見た光景は夢として現れる。父親であったり母親であったり、花畑の中を歩ったりと。

 

しかし黒龍にそんなものはない。これまで楽しいと感じる光景が無いからだ。親は生まれて直ぐに黒龍を捨てた。地上に墜ちてからは敵に遭遇し、精霊に出会ったかと思えば案内された先で強大な敵と対峙する。普通の子供が経験する生後ではないだろう。故に、黒龍は幸福を知らない。愛を知らない。

 

だがそれでも良かった。味方は必要無い。この有り余る力がある。愛は必要無い。常に感じられる純黒がある。敵とは独りで戦い、勝利を収める。龍は強い生き物だ。その中でも黒龍は一線を画すだろう。それは先の戦いで窺い知れる筈。故に黒龍は、こんな現状に満足している。そう感じる、生後1日目の夢の中だった。

 

 

 

「──────…………っ!?」

 

 

 

自身にとっては幸福な夢を見ていた。が、夢とは必ず覚めるもの。起きた黒龍はぼんやりする頭のまま、少し長い首を持ち上げて瞼を開けた。中から黄金の瞳が見え、目の前の光景が見えてくる。

 

黒龍はハッとした。ぼんやりとした景色が次第にはっきりと見えるようになっていき、その瞳で見えてきた光景は山積みとなった果物だった。だが量が可笑しい。立ち上がった黒龍と同等の高さにまで積まれているのだ。山盛りの盛り盛りである。

 

起き抜けで直ぐに目が覚めた黒龍は困惑する。何故こんなにも食い物が有るのだろうか…と。こんな物は眠るときには無かった…と。不思議な光景に首を傾げていると、腹の虫が盛大に鳴った。ぐるぐると音が聞こえてきて、黒龍は驚いた。空腹で腹が鳴るのが初めてだからだ。突然自身の体から変な音がなれば驚きもするだろう。

 

そんな驚いたり困惑したりしている黒龍の背後から、クスクスと優しい声が聞こえてきた。黒龍の瞳が剣呑なものとなる。鋭く刃のようになり、強靭な脚力でその場から跳ねるように飛んで距離を取った。ずしりと重く着地しながら、口内に純黒の魔力を滾らせる。何時でも攻撃できるように。

 

 

 

『──────待って下さい。私はあなたの敵ではありません。敵意はありませんよ。なのでどうか、その恐ろしいほどの魔力を鎮めて下さい』

 

「……………………ッ!」

 

『……あぁ。言葉は通じないのでしたね。では降参の意を示しましょう』

 

 

 

先まで黒龍が居た所に居るのは、半透明な女性だった。宙に浮かび、困ったような笑みを浮かべている美しい女性だった。優しい印象を与える笑み。非常に整った顔立ち。肩まである薄緑色の髪。服装は真っ白なワンピースを着ている。

 

そんな女性は両手を挙げている。敵意は無く、降参するという意思表明である。黒龍は暫し女性を見つめていた。無防備な姿を晒して動かない。敵では無い。そう判断したのか、黒龍は少しずつ口内の純黒の魔力を霧散させていった。

 

それを見ていた半透明の美しい女性はホッと胸を撫で下ろす。そして同時に少し反省した。命の恩人だからといって眠っている間に近くに寄りすぎた。まだ生まれて間もないという事を知っておきながら、警戒するだろう事をすっかり忘れて、黒龍の姿を近くで眺めていた。見たことの無い、人に近い姿形をした龍を。

 

 

 

『……ごめんなさい。敵も味方もまだ理解出来ないあなたに近づき過ぎてしまって…。態とではないの。少し……私の知る龍、姿とは違ったあなたが珍しくて……いえ、これは言い訳ですね。……本題に入りましょう。私は──────』

 

 

 

──────ぎゅるるるるるるるるるるる…………。

 

 

 

『──────……………。』

 

「……………………。」

 

『……………………。』

 

「……………………?」

 

『──────ふふっ。うふふっ……。そうですね。まずはご飯にしましょうか。私の子供達が約束したお礼もまだですからね?遠慮せずいっぱい食べて下さいね。これはあの子達があなたのために集めてきたものですから』

 

 

 

半透明な女性は山積みの果物を指して是非食べてくれと言う。言われても良く解っていない黒龍に、笑みを浮かべながら何かを掴んでいる体で手を口元に持っていく動作をした。食べる…というジェスチャーである。それは流石に察した黒龍は、半透明な女性に背を見せず、正面を向きながらゆっくりと果物の方へと進み、鼻を近づけて匂いを嗅いだ。

 

いきなり食べようとはせず、何か変な匂いが無いかを確認している黒龍を見て、半透明な女性は目を丸くした。誰も教えておらず、誰にも教えられていない。況してやそういった場面を見たわけでも無いのに、毒が無いのかを確認する。その行為が初めから出来るということに驚いたのだ。

 

黒龍は何気なく水を飲むときにもやったこの行為、普通の龍はしない。だから親の龍がこうしなくてはならないと、教えるのだ。本能で解らなくも無いが、生まれたばかりの龍には流石に無理な話だろう。故に教わりもせず、見て学んだ訳でも無い確りとした行動に半透明な女性は目を丸くした。

 

黒龍は異常が無いと判断したようで、山積みの果物の内、真っ赤な林檎を手に取って口の中に放り込んだ。普通サイズの林檎は、黒龍には小さいので一口だ。口の中の林檎を噛み砕き、甘い汁が溢れ出す。しゃりしゃりと小気味良い音を奏で、新鮮な果肉が口いっぱいに広がっていく。

 

あっという間に食べ終わった黒龍は、次々と果物を口の中に放り込んで咀嚼し、嚥下し、また果物を口に放り込む。見ると圧倒されてしまう山積みの果物はみるみる無くなっていき、最終的には全ての果物が黒龍の腹の中へ収まってしまった。同じ高さ程まであった果物の山がだ。龍というのはよく食べる種族だ。体が大きい分エネルギーを多く消費する為だ。だがどうやら、黒龍はその大食漢である龍でもよく食べる方らしい。

 

あっという間に無くなってしまった果物と、それを全て食べてしまった黒龍を見ていた半透明な女性は、その良い食いっぷりに笑みを浮かべていた。満足してくれたようで良かった、そう言っているように。

 

 

 

『さて…では、あなたも食べ終わった事ですし、本題へ入りましょうか。言葉が通じなくとも言わせて下さい──────あの魔物を倒していただき、本当にありがとうございました。あなたのお陰で、もう無意味に森を荒らされなくて済みます。あなたは私達の恩人です。いえ、恩龍…とでも言うべきでしょうか』

 

「…………………。」

 

『そして…突然連れて来て、あの魔物と戦わせてしまい申し訳ありませんでした。明確な意思を表示できないあなたを罠にかけたような真似になってしまいました。あの子達はちゃんと叱っておきました』

 

「……ごめんなさい」

 

「……かってにつれてきて、たたかわせて……」

 

「……はんせいしてます…」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

黒龍は頭を下げる半透明な女性と、この場に連れて来た精霊達を見ていた。一様に頭を下げる光景に、何となく謝っているということを理解したようだ。何も反応を示さない黒龍に、取り敢えず頭を下げるのをやめて顔を上げた半透明な女性。そして宙を漂いながら一歩分黒龍の方へと近付くと、黒龍からグルルと威嚇する声を立てられた。

 

敵では無いと示したとしても、近付く事は許してくれないようだと、距離を詰める事はやめて、半透明な女性は着ているワンピースの橋を持ち上げて優雅に礼をしながら自己紹介した。

 

 

 

『私はスリーシャといいます。この大樹に宿る精霊で、この子達の母親でもあり、この森を見守る存在です。そして、私があなたに言葉を…知識を教えます。どうかよろしくお願いしますね』

 

 

 

そう言って半透明な女性改め、スリーシャはニッコリと笑みを浮かべた。黒龍には精霊や森を見守る存在というものは理解出来なかったが、母親ということは理解したようだ。何せ小さな精霊達がスリーシャに近寄って甘えているのだ。それを優しい笑みで浮かべて抱き寄せたりしている。見たことも無ければ感じられたことも無いが、これが母親なのだろうと、漠然とした思いで理解していた。

 

黒龍は家族愛に溢れている光景を見ても何も思わなかった。何も感じなかった。愛を知らない哀しい黒龍はしかし、愛を知ろうともしなかった。知る必要性が無いと無意識に判断しているのだ。無くとも生きていける。生きていく上で必要なものだとは思えない。故に黒龍は羨ましいとも思わないし、輝くような光景にも見えないのだった。

 

それから黒龍はスリーシャから言語というものを学び、言葉を学習した。木や森。空や太陽。大地や川。それらの細かい単語についても教わり、魔法についても教えられた。スリーシャは魔法についても詳しく、黒龍に基礎的なことを教えていった。

 

スリーシャも黒龍に色んな事を教えていった。しかしその中で、スリーシャは黒龍に対して戦慄する。教えたことを一度で全てを理解して忘れなかった。砂漠に水を垂らしているようで、吸収して決して溢れさせない。記憶力も思考能力も普通とは一線を画し、況してや魔法については恐ろしいほどの成長を見せていく。

 

基礎を教えただけで理解し、応用へと発展させる。言わずとも魔法に必要な魔法陣を描き始め、実践して十分以上の効力発揮する。更には体内に莫大な魔力を持ち得ている事もあって魔法を使用し続けていても、魔力の消費が激しい魔法を放っても何でも無い顔をしている。

 

教えていく中でスリーシャは思った。この黒龍は他の龍とは余りに違いすぎると。スリーシャはかれこれ何千年も生きている。大樹と共に生きている訳なので、それ程の長生きとなっている訳なのだが、そんな長い時を生きていると龍という種族に邂逅する時もある。そんなスリーシャの会った事がある龍は黒龍のような姿形ではなかったし、立派な大人の龍だったが、黒龍以上の魔力を持っていなかった。

 

 

 

この黒龍は……将来誰も手が付けられない程の力を手に入れる。そう確信させる何かを持っていた。

 

 

 

それから時は進み、一年が経過した。スリーシャは黒龍に自身の持つ全てを教えた。出し惜しみをせず、何もかもを教えた。そして黒龍はその全てを容易く吸収して我が物とした。恐るべき学習能力であると、スリーシャは今にしても思う。

 

黒龍は生まれて一年が経つと身長が更に伸びていた。生まれて間もなくは6メートルだった身長が、今では10メートルにもなっていた。龍というのは成長が早く、ある程度成長するとそこからはもう成長することが無く、その姿のまま長い時を生きていくのだ。まあ、黒龍はまだまだ子供なのでまだ大きくなると思うのだが。

 

 

 

『私が教える事はもうありません。あなたはとても優秀な龍でしたよ』

 

「──────世話になったな、スリーシャ。お陰で俺は言葉を知ることが出来た」

 

『とても生まれて一年とは思えない成長ぶりですがね。普通はもっと子供っぽいところがあっても可笑しくはないのですが……何故あなたはそう大人びているのでしょう?』

 

「知らんな。強いて言うならば…俺が俺であるからだ。他の龍なんぞ更に知らん。捨てられてこの方、同じ龍に会った事すら無い」

 

『巡り会う事があれば仲良くするのですよ?あなたは他者に歩み寄ろうとしない節があります』

 

「フン。相手の出方次第だな。態々仲良くする必要性が感じられんが」

 

『全くもう…あなたという龍は』

 

 

 

しょうがないとでもいうような困った表情をしながら、スリーシャは黒龍を眩しそうに見た。これから色んなものを見ながら色んな事を知っていくのだろう。まだまだ子供だから苦難にぶつかるかも知れない。けど、この黒龍ならばきっと真っ正面から立ち向かっても打ち勝つだろうと思えてしまう。

 

知らぬ間に随分と変な信頼をしてしまったようだ。普通ならば心配の一つや二つしてあげるべきなのだろうが、スリーシャは黒龍に対して心配の文字が必要無いとしか思えてならないのだった。

 

一年だ。たったの一年で逞しくなったものだ。肉体的にも精神的にも。到底一歳の龍とは思えない大人びた言動に、物事の考え方。他を圧倒する膂力に魔力。スリーシャは心の中で思う。恐らくこれ程変わった龍と会うことは無いだろう…と。

 

そして最後に思う……黒龍の名を聞いていなかったと。名付けようかと提案したが、自身で考えるからいいと拒否されたのだ。それからは名乗られることが無かった。故に黒龍さんやあなたとしか呼べなかった。

 

 

 

『ねぇ、名前は決まったのですか?よければ教えてくれませんか?』

 

「あぁ。そういえば言ってなかったな。良いぞ。俺の名を知るが良い」

 

 

 

黒龍は大きく胸を張り、背中にある大きな翼を開いてばさりと一羽ばたきした。それだけで爆風のような風が発生し、黒龍の周囲に膨大な魔力が渦巻いている。

 

 

 

 

 

「俺の名は──────リュウデリア。リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ」

 

 

 

 

 

『リュウデリア……良い名前ですね』

 

 

 

スリーシャは何度もリュウデリア…と繰り返して自身の頭に刻み付けた。忘れないように。この一年の出来事を何時でも思い出せるように。そうしている次第に、スリーシャの視界が潤んできてしまった。生きてきた何千年という悠久の時に比べて、一年という一瞬の時間だったが、スリーシャはとても楽しかった。とても充実に過ごせた一年であった。

 

それはリュウデリアと最初に出会った三匹の精霊達も同じようで、可愛らしい顔をくしゃくしゃにして大粒の涙を流している。だがそれでも行かないでと言わないのは、成長したなとスリーシャは思った。

 

別れの時だ。リュウデリアはスリーシャから色々と学んだ。ならばリュウデリアが此処に残る必要は無い。世界はまだまだ広い。リュウデリアはまだこの森しか知らないのだ。それならば、もっと広い世界を知る必要がある。世界の広さを知らなければ龍の名が泣くというものだ。

 

さて、別れだとリュウデリアが言おうとしたその時、大地が揺れた。この揺れ方は見に覚えがある。したから巨大な何かが迫り出てこようとしている揺れだ。そんな確信めいた思いを肯定するように、リュウデリアとスリーシャが居る場所から離れたところで、大きな轟音を上げながら大地が隆起した。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

『…っ!?あれはジャイアントレント!?それも前のよりも大きい……!』

 

「……どうやら今回は突然変異の類のようだな。内包する魔力も比では無い」

 

 

 

現れたのは思い出深いジャイアントレントだった。しかし今回のジャイアントレントは突然変異で生まれたものだ。大きさは60メートル程だろうか。姿形はジャイアントレントのそれではあるが、色は灰色であった。こういった突然変異種というのは存在し、こういった者達は何かしらで原種よりも優れた面があったりする。

 

リュウデリアは口の端を吊り上げて嗤った。一年前は最初いいようにされたが、今は違う。言語を知り、学び、魔法を習得し、新たなステージへと進化したのだ。そんなリュウデリアが負ける道理なんぞ……存在しない。

 

ジャイアントレントの大きさと、内包する凄まじい魔力に呆然としているスリーシャの横で、リュウデリアは右手を翳すと、そのまま上へと向けていった。すると、見上げる大きさのジャイアントレントが上空へと浮かび上がっていった。不自然な浮上に驚きながらも、ジャイアントレントは蔓や根っこ、手を使って大地へと自身の体を繋ぎ止めようと試みるも、ジャイアントレントの体は無理矢理上空へと持ち上げられてしまった。

 

そしてほぼ真上を見上げるほどの高さにまでジャイアントレントを持ち上げると、リュウデリアはジャイアントレントへ向けていた手を強く握り締める。それに伴い、ジャイアントレントの目前に巨大な純黒の魔法陣が展開され、光り輝いた。

 

 

 

 

 

「死ぬが良い──────『第二の疑似的黒星太陽(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』ッ!!」

 

 

 

 

 

遙か上空に……純黒の太陽が顕現した。

 

 

 

中心にいるジャイアントレントは抵抗すら許されず、文字通り跡形も無く消し飛んだ。灰すらも残さず、細胞一つの存在も許さなかった。スリーシャはジャイアントレントの存在に呆然としていた筈なのに、今はリュウデリアの放った魔法に呆然としていた。

 

今までリュウデリアが見せたのは、簡単な攻撃魔法だったり、防御魔法だったりしたのだが、これ程の大規模な魔法は見せられた事は無かった。吃驚しているスリーシャの横顔を見ながら、リュウデリアは人知れず笑みを溢した。最後の最後に優しい微笑みを崩すことが出来たと。

 

リュウデリアは翼を広げて羽ばたき、その10メートルの大きな体を持ち上げた。スリーシャはハッとしたようにリュウデリアを見返すと、リュウデリアは既に大空へと飛び立とうとしていた。リュウデリアは見下ろし、滅多に他人には見せない笑みをスリーシャに見せた。ありがとう。そう言っているように見えたのは、きっと間違いではないとスリーシャは思った。

 

 

 

「──────さらばだ、スリーシャ。縁があればまた会うだろう。それまで、精々枯れ朽ちぬことだな」

 

『……もぅ!素直じゃない子なんだから…!……ふふっ。またね、私の可愛い黒龍……リュウデリア』

 

 

 

「お前達も精々スリーシャに叱られるんじゃないぞ!」

 

「ばいばいっ…!」

 

「またあおうねっ…!」

 

「たまにはかえってきてね…!!」

 

 

 

純黒の黒龍は大空へと飛び上がった。その速度は非常に速く、見守っていたスリーシャや小さな精霊達は、あっという間に点ほどの小ささになっていくリュウデリアを見ていた。そして目尻に貯まった涙を拭う。これで最後のお別れでは無い。また会うことがあるだろうから。だからこその“またね”。

 

スリーシャはこの一年の出来事を思い返す。触ることを嫌がる癖に、川で大きな体を洗うことに四苦八苦している姿。強い力をコントロールするための訓練で堅い木の実を破裂させて呆然としている姿。魔法を容易く習得し、何でも無いように無表情をしながら、嬉しさを隠しきれずパタつかせている翼と尻尾の様子。初めての飛行で慣れず頭から墜ちて不貞腐れている姿。甘えるように大樹の根元で丸くなり眠る姿。

 

スリーシャはとても嬉しそうに、愛おしそうに、切なそうに、笑みを浮かべ、リュウデリアが去って行った大空へ向けて小さく手を振った。

 

 

 

『また帰ってきて、お話を聞かせてね……リュウデリア』

 

 

 

リュウデリアは大空を飛翔しながらこれから何処へ向かおうか思案する。取り敢えずは山を越えよう。そしてそれからのことは、その時に決めよう。リュウデリアはガラにも無く心躍らせていた。これからどんな世界を見ることが出来るのだろうか…と。

 

 

 

 

リュウデリアはこれからに思いを馳せて、大空で一回転するのだった。

 

 

 

 

 








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第四話  怒れる黒龍






 

 

黒龍のリュウデリアは飛んでいた。広く爽やかな快晴の空を。大きな翼を力強く羽ばたかせて加速する。空気の壁を打ち破り、ソニックブームを引き起こす。今でこそ快晴であるが、雲があればリュウデリアの速度によって道を作るように消し飛ばされていただろう。

 

飛行しながら目線だけを下げて陸地の方を見る。龍は翼を持っている以上大空を自由に飛ぶ。それも人間やその他の種族のように、基本地上で過ごしている者達では呼吸困難になるように高度な場所をだ。その為、龍は遙か上空から下の様子を見て確認するために、非常に優れた視力を持っているのだ。

 

黄金の瞳を細める。そうすれば次第に距離感が変わり、地上の様子がはっきりと見えるようになってきた。スリーシャが見守っていた森を抜け、木が生えていない荒野が見えてきた。緑の姿は無く、故に土の色に染まりきり、木らしい木は一本も無い。

 

森が途切れて見えてきたのは荒野であった。取り敢えずは山を越えるという最初の目標がある以上、リュウデリアは荒野で降りることは無かった。そもそも食べ物が無さそうな荒野に降りたところで、食べるものを探して別の場所へ探しに移動することになる。そうなれば二度手間も良いところである。

 

リュウデリアは気持ち良さそうに空を飛んでいる。空を飛ぶことが出来る以上、飛ぶという行為はそもそも好きだ。鋭い鱗が風を切り裂く音や、普段は畳んでいる翼を伸び伸びと伸ばし、空気を掻く感触も良い。兎に角、リュウデリアは飛ぶことが好きだ。そして飛びながら下を見て、観察するのも中々に面白い。

 

速度を上げたり減速させたりしながら飛んでいると、リュウデリアは知らぬ間に、横へと連なって壁のような形になっている標高2000メートル程の山を越えた。見えてくるのは反対側と同じ荒野だった。どうやら山の麓は木が生えづらい土のようだ。少しの間荒野が続けば、後は緑豊かな木々の群だった。

 

見渡す限りの木。スリーシャが見守っている森よりも広大な為、これは樹海と呼ばれるものだろう。又しても木が鬱蒼と生えている場所か…と、リュウデリアは苦笑いし、水の流れる川を探す。樹海である以上は食べ物はあるのだろう。他には必ず必要になると言っても過言ではない水がある場所が良い。

 

リュウデリアは暫く水場を探していると、お目当てのものが見付かった。一条の川が流れている。水源があれば、その近くの良さそうな場所を見つけて住処とすればいい。リュウデリアは川を基点として周囲を捜索し、体の大きなリュウデリアでも住めるような場所を探す。すると、川に面して巨大な崖となっている場所を見つけた。

 

 

 

「……彼処にするか」

 

 

 

見上げて目を凝らさねば見えないような遙か上空から急降下し、リュウデリアは地面を目指した。空気が摩擦によって熱を帯び始めようとした段階で減速する域にまで降下し、地面スレスレで急停止した。風が舞って草木が大きく揺れる。リュウデリアを中心として円状に風は吹き、動物達が逃げていってしまった。

 

ゆっくりと降り立ったリュウデリアは、崖を見上げる。リュウデリアが見上げるほどの高さがあれば、二足歩行で移動する自身がそのまま入っていける入り口を作ることが出来る。リュウデリアは満足そうに崖を見ると、左から右へ、崖の断面に手の平を翳すようにして振った。すると、リュウデリアがそのまま入っていっても全く問題ない大きさの穴が空いた。

 

土が崩れて出来た穴だ。つまり、まだこれでは終わらない。崩れた事によって溜まった土がまだ残っているのだ。リュウデリアは背中の折り畳んでいた翼を広げて二度三度と軽く動かすと、適度な強さで前方の穴に目掛けて風を叩き付けた。すると轟音が響いて土煙が舞った。崩れた土を全て風圧で吹き飛ばしたのだ。

 

魔法で軽く風を作って砂煙を晴らせると、リュウデリアの前には見事な洞穴が出来上がった。満足そうに頷いたリュウデリアは中へと入っていく。土は魔法で削ったので艶やかなものだ。天然の洞窟のように凹凸が有るわけでは無い。奥行きは取り敢えず深く作っておいた。リュウデリアが眠る時は寝そべるため、長くなってしまうのだ。

 

翼の大きさも考えて幅も広めにして作っている。今のリュウデリアの大きさならば少し大きいと感じてしまう大きさで作った洞穴は、とても満足のいくものだった。後はゆっくりする事が出来るものを作っていくだけだ。

 

二足歩行だからといって常に立っている訳にもいかないので、土を操って椅子の形に固める。身長が10メートルもあるリュウデリアが使う椅子ともなると、普通のサイズの者達が見れば圧倒するサイズとなる。早速座ってみて調子を確かめ、改良が必要だと思えば形を変える。背もたれの角度が気に入らなければ寝かせたりして丁度良いところを模索した。

 

そうして満足出来るものを作ると、全身の力を抜いて体を預ける。体の大きいリュウデリアはそれ相応の体重があるのだが、魔法で固めているので、そう簡単には崩れたりしない。座り心地が良い椅子を作れば、今度は寝床の準備である。

 

椅子から腰を上げて洞穴から出る。鬱蒼と生えた木々の中へと入っていき、手頃な葉を掻き集めていく。両手で持ってもまだ足りないので、魔法を使って葉を浮かせて持ち上げ、洞穴へと戻っていった。ある程度決めていた洞穴の奥へと持ってきた葉を縦長に敷き、その上に寝そべる。固い土の感触を和らげているので大丈夫と判断すると、起き上がった。食べ物の準備をする為である。

 

因みにであるが、この椅子やベッドの知恵を与えたのはスリーシャである。こうした方が過ごしやすいし、負担にもならないと教えてくれたので、それを実践して作ってみれば、成る程確かに楽になる。それからはリュウデリアはこうして、椅子やベッドを作るようになった。

 

体の構造的に椅子を使う龍は居ないが、ベッドのように何かを敷いてその上に寝る…という習慣は実のところ龍にはある。少し人間のように思えても仕方ないが、それは人間に限らず動物もする行為だ。例えば鳥。鳥は眠ったり雛を育てたりする為の巣を作っている。四足獣も枯れ葉等の上で眠ってたりする事だってある。つまり実のところ、生き物として別にそう珍しいものではない。

 

況してや自然界には、自身の巣を編んで作る者達だって居るくらいだ。体格差で劣っている分を罠を仕掛けて待ち伏せしたり、態と他の者が獲った獲物を横取りしたりと、単純に見えて、それぞれの個性を持っているのだ。

 

話を戻す。リュウデリアは魔物を探して森の中へと入っていった。川の中を泳いでいる魚を食べても良いが、如何せん魚が小さい。川魚は捕って食べたところでリュウデリアの腹の足しにはなりはしないのだ。ならばどうするかという話になってくるのだが、リュウデリアはこの一年間である技術をものにした。

 

いや、一年掛けて修得した訳では無く、元から出来ていたのだが、この場合は更に磨きを掛けたというべきだろう。体の大きなリュウデリアが満足する程の獲物ともなると、天然の動物達では小さすぎる。そこでリュウデリアが身に付けた技術というのが、魔力感知である。

 

この世には魔力を持っていない者と持っている者に分かれる。例えば一般人などは魔力を持っていないとするならば、ギルドや傭兵等の魔物と戦う者達は魔力を持ち、魔法を使用する。そしてこの世に蔓延る魔物とは、必ず魔力をその身に宿しているものだ。

 

リュウデリアはその魔力を遠くに居ようと感じ取り、発せられる魔力の質や強さや輪郭を捉える事によって魔力の持ち主の体の大きさや強さを測る事が出来るのだ。この技術によって体の大きな魔物を探す事が容易となった。無論、魔力を感知するので魔力を持たない者を感じ取る事は出来ないのだが、リュウデリアはそこも確りと考えていて、魔力で感知出来ないならば気配で探る…という方法も取ることが出来る。

 

森の中を進みながら魔力を察知する。周囲に小さな魔物が居るが、それでは腹を満たす事は出来ない。少し感知領域を広げて索敵する。するとリュウデリアは大きな反応を察知した。魔力も豊富で図体も大きい。そんな都合の良い魔物を発見した。

 

 

 

「…………ッ?──────ッ!?」

 

「──────逃がさんッ!!」

 

 

 

その場で少しだけしゃがみ込み、筋肉を軋ませて力み、その大きな体を更に見上げる程空中へと跳ばせた。大きな跳躍。脚が離れる瞬間に爆発が鳴り、目標の猪の姿をした魔物が何事かと、音のした方へと振り向いた。リュウデリアの胸元辺りまでの大きさを持つ猪の魔物は驚いているのだが、そんな猪の魔物が見ている先に、リュウデリアは居ない。

 

音がすれば振り向く。それは魔物とて同じ行動。そして音のした高さへと視線が固定してしまうのも仕方が無いこと。故に跳躍して上から猪の魔物を狙っているリュウデリアに気が付かなかった。猪の魔物は影が自身の視界を覆い、暗くなった時に初めて、上に何かが居るのだと察した。

 

眼球が上を向き、純黒の黒龍が空中で右腕を引き絞っているのを見て、四足獣としての素早さを利用した回避をしようとした。しかし行動に移すには、もう手遅れの状況でしかなかった。

 

猪の魔物が片脚を上げ、一歩踏み出した瞬間…リュウデリアの立てて固められた四本の指が猪の魔物の頸に突き刺さった。鋭く尖った指先は容易に猪の魔物の分厚い毛皮を突き破り、この下の強靭な筋肉をも突き破った。そして脚が地面に付き、着地したと同時に左手で反対側の頸にも四本の指を突き立てた。

 

猪の魔物の血が噴き出る。目を血走らせ、必死の形相でリュウデリアに突き立てられた指を引き抜こうと暴れるのだが、四本の指が肉に刺さった後、残った親指で肉を掴んでいるので外れるわけが無い。万力のような握力で掴まれ、指がめり込んでいる。こんなに脳内を駆け巡る激痛を猪の魔物は体験したことが無かった。

 

絶叫をあげ、口から血を吐き散らしながらリュウデリアを引き剥がそうとする。だが体格的にも重量的にも、そして何と言っても力的にも猪の魔物はリュウデリアに劣っている。剥がせない。激痛が奔る。ならばもうやることは一つしか無い。苦し紛れの悪足掻きである。

 

正面に立っているリュウデリアは、両手を頸に突き立てていることで腹がガラ空きだ。四足獣と同じ四足での移動をしている猪の魔物は体の構造上突進がとても強力だ。太い大木だって頭突きで根元からへし折った事もある。故に、猪の魔物はリュウデリアの無防備な腹部へと全身全霊を掛けた突進を繰り出した。

 

だが……猪の魔物は立派な二本の牙をリュウデリアの腹部へ突き立てた瞬間に理解する。嗚呼、自身は最初から勝ち目など皆無であったのだと。相手は絶対に敵うことが無い、強大な敵なのだと。

 

無防備なリュウデリアの腹部へと牙を突き立てたはいいが、牙はリュウデリアの純黒の鱗を突き破る事はおろか、傷一つ付けることは敵わなかったのだ。牙が触れた瞬間、脳内に奔ったのは見上げても頂点が見えない巨大な岩であった。ビクともしない巨大な岩に敵うわけが無い。猪の魔物は頸から流れる大量の血により、思考が鈍くなり、最後には膝から崩れ落ち、動きを停止した。

 

リュウデリアは突き立てた指を引き抜き、猪の魔物を横へと倒して寝かせる。そして人差し指を立てて猪の魔物の体をなぞっていくと、その箇所が綺麗に斬れていった。指先が鋭く尖っているので、まるで刃物のような役割をしているのだ。

 

切れた皮膚の隙間から指を入れて皮膚だけを掴み、思い切り引っ張って剥がした。皮を食べても良いが、リュウデリアは猪の魔物の体毛が長く、それを口の中に入れるのが嫌だったので皮を剥いでいるのだ。皮を引き千切った事で見えてきた中の肉に牙を突き立てた。そして噛み千切って咀嚼する。

 

大方の血は頸の傷から噴き出て血抜きになっていたが、それでも残っている血が滲み出てリュウデリアの口の周りを汚した。顎から血が滴りながら、リュウデリアは夢中になって捕食していた。そんな中、血の臭いを嗅ぎ付けたのか、狼の魔物が草むらの中に身を潜めながら目を光らせ、捕食中のリュウデリアの背後に忍び寄る。

 

機会を窺う。狼の魔物の体長は5メートル程。リュウデリアとの体格差は2倍近いものがあるが、それでも狼の魔物は恐れを抱かなかった。その理由は仲間が居るから。他にも五匹の狼の魔物が違う方向からリュウデリアを狙っているのだ。数で掛かれば斃すことが出来る。そういう自信に満ち溢れていた。

 

ゆっくりと忍び寄っていき、リュウデリアが捕食するために頭を下げた瞬間、全くの同時に6方向から狼の魔物達が襲い掛かった。飛び掛かり、狙うは生き物共通の急所である頸。鋭く尖った牙を突き立てて、鋭利な爪を使ってその命を散らす。その後は仲間達とゆっくりと食べる。それで()()()()()上手くいっていた。

 

狼の魔物の視界がぐるりと回転している。目標に向かって一直線で向かい、目を離さなかったというのに、何時の間にか景色が高速で移り変わっていくのだ。何が起きているのが全く理解出来ていない。地面に落ちて少し転がり、回っていた視界が止まった。すると目の前に自身の体が横たわり、頸から大量の血を吹き出していた。頭は無い。何処にいったのだろうと考え、至る。そうだ、自身がその無くなった頭なのだ…と。

 

全くの同時に襲い掛かり、全くの同時に六匹の狼の魔物の頸が落ちた。断面は綺麗な切り口だった。何が起きたのかやられた本人達にも全く理解出来ていない。それを察したのだろう。リュウデリアは猪の魔物の肉を引き千切りながら横目で見て、目の端を吊り上げて愉快そうに嗤った。

 

頸しか見ていない狼の魔物達は気が付かなかったが、リュウデリアの長い尻尾が関係していた。魔力を練り上げて刃物のように形を変え、尻尾の先端に形成されていたのだ。その証拠に今も尻尾の先に片刃の刃物のような純黒の魔力が存在している。狼の魔物が絶命したと確信してから、魔力は虚空へ溶け込むように消えた。

 

長い尻尾を円を描いて一振りした。魔力で形成した刃で狼の魔物の頸を狙っての一閃。それが狼の魔物が同時に頸が落ちた全容である。つまりリュウデリアは最初から狼の魔物達が自身を囲っている事を知っていた。場所も大きさもタイミングも全てが筒抜けだった。だから態と隙を晒していたのだった。狼の魔物達はその罠にまんまと掛かってしまったということだ。

 

 

 

「──────ははッ!ははははははははははははッ!!!!これで暫くの飯の心配は無いかァ?実にありがたいものだ。態々食い物の方からやって来るのだから」

 

 

 

リュウデリアは可笑しそうに嗤う。肉を食い千切って血を啜りながら。自然は弱肉強食。負ければ殺されて食われ、勝てば生きて食らう事が出来る。故にリュウデリアは生きて食らうのだ。それを攻める者は居ない。攻められる者は居ない。当然の権利。当然の摂理。当たり前の光景なのだ。故に、負ける…ということは誰であろうと平等にあるのだ。

 

それがやって来たのはリュウデリアが自身の住処を見つけて100年が経った頃だった。10メートルだった体は25メートルにまで達していて、2倍以上の高さにまで達した。膨大な魔力も更に量は増え続けていった。何時しかリュウデリアが居る場所には何人も近付かなくなり、生物は捕食されるその瞬間を怯えて生きていた。

 

リュウデリアはこの100年で、完全に樹海の王と化していた。誰も逆らわず、狙おうとも思わない。動物も魔物もリュウデリアを前にすれば全てが平等だった。そんなリュウデリアの元へ、懐かしき存在が現れた。100年前に世話になった森を見守る存在のスリーシャ。そのスリーシャと共に居た小さな精霊だった。

 

しかしその精霊は小さな体をボロボロにしていて、擦り傷が目立ち、血を滲んでいる。涙を流して瞼は腫れ、急いできたのだろう息も荒かった。精霊は本当に突然やって来た。100年で更に磨かれた魔力の感知能力で小さな懐かしい魔力を感じ取っていたが、それがよろよろと力無く飛んでいた。何か様子が可笑しいと察したリュウデリアだった。

 

そして精霊がリュウデリアの元までやって来て、差し出された大きな掌の上に力無く降り立った。何があったのかと、そのボロボロな姿は如何したのだ、そう聞こうと口を開く前に、精霊は懇願するように声を振り絞った。

 

 

 

「──────おかあさんが……おかあさんが…っ!」

 

「…っ!スリーシャか…!スリーシャが如何した?」

 

 

 

「ひっく……ひっく………つ、つれ…!つれてかれちゃったよぉ…!“にんげん”に…つれてかれちゃったぁ…!!」

 

 

 

「──────何?」

 

 

 

精霊から告げられた事を、リュウデリアは理解出来なかった。スリーシャは森を見守っている聖なる精霊。害を与える存在ではない。寧ろ、豊潤な魔素と空気を撒いていて森を豊かにしているのだ。そんな存在が何と言ったか。攫われた。攫われたと言ったか。

 

瞬間、リュウデリアの脳裏に100年前の光景が投影された。まだ言葉も解らない自身に言葉を教え、魔法の基礎を教え、他よりも断然食べるリュウデリアの為に、森の恵みの多くを無償でくれた。優しく笑いかけてくれた。優しく教えてくれた。優しく見守ってくれた。そして、出て行く自身を見送ってくれた。そんな、リュウデリアには数少ない親しい存在を攫った……?

 

 

 

リュウデリアの周囲は純黒の魔力に当てられ、純黒に侵食されていった。その異常が表すのは……リュウデリアの中で爆発し続けている大きな怒りの感情だった。

 

 

 

 

小さな精霊を潰さないようにしながら両手で包み込み、背中の大きな翼を広げ、目にも止まらぬ速度で大空へと舞い上がった。上空には雷が鳴る真っ黒な雲が青空を隠す。まるでリュウデリアの怒りを表しているかのようだった。

 

 

 

 

人間は間違いを犯した。人畜無害な精霊を攫うべきでは無かった。いや、そもそもその森に近付くべきでは無かった。だがもう手遅れだ。

 

 

 

 

破滅は憤怒の表情を浮かべながら咆哮し、必ずや手を出した者達を殲滅しようと魔力を滾らせているのだから。

 

 

 

 

 

───────もう破滅を免れる手段は……無い。

 

 

 

 

 

 

 








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第五話  破滅が近付いてくる






 

 

 

 

──────破滅が咆哮をあげる三ヶ月前。

 

 

 

 

そこはエンデル大陸という南側の大陸に位置する、とある王国…イリスオ王国。高く豪華な城が聳え立ち、広い城下町がある。それなりに広大な領地を所持しており、領地の中には村だって栄えている。家畜を育て、野菜を作り、兵士を大量に持つ。国としては良いと言っても過言ではない。そして何よりも……森に最も近く、森の精霊を見つけた国でもある。

 

ここ近年になってから、領地を更に拡大しようという政策に入り、そこで目をつけたのが森であった。何故か豊潤な魔素が森中に降り注いでいて、森の木々は水を得た魚のように元気に押し茂っている。他の森ではそのような事は無い。依然とした普通の森であった。

 

一体何の秘密があるというのか。それが気になり、同時に何か大きな発見が在るのではないかと直感した。イリスオ王国の王はそういった勘が良く当たる。これまでも他国が攻め込んでくるタイミングも大方当てることが出来たし、育てている作物が豊作かそうでないかも、資料を見ないでも勘である程度当てられる。その為、イリスオ王国の国王は賢明な国王で知られている。

 

だが人間とは愚かな生き物だ。そうした場面が連続して当たると、あたかも自身が他者よりも断然優れていると錯覚してしまう。それが覚めれば良いのだが、国王は覚めること無く、全能感に支配されながら今日という日を迎えている。

 

本当に森の件が当たりかどうかは解らない。故に最初は少数の兵士を向かわせて調査をさせた。流石に全兵士を調査に向かわせる訳にはいかないからだ。そして数日して戻ってきた兵士に詳細を報告させ、魔素の濃度は奥へ行けば行くほど濃くなっているということを聞いた国王は、更に送る兵士を増やして再び調査へと向かわせた。

 

そうした調査を何度も繰り返し、偶然調査の話を聞いた国王の信頼を獲得しており、国内指折りの実力者である騎士団長が調査へ行くことを願った。まだ調査が必要で、騎士団長を送るほどでは無いと思っていた国王なのだが、森には魔物が多数居て、危険だという話も聞いていたので、調査班の護衛という形で同行を許した。普通ならば騎士団長という特別な人間をそう簡単に国外へと行かせはしない。騎士団長も単なる好奇心で不在となるのは如何なものだろうか。

 

つまるところ、イリスオ王国の国王と騎士団長、並びに止めようとしなかった家臣達は考え方が浅はかなのだ。故に魔力を持っていて、スリーシャが宿る大樹を視認することが出来る、イリスオ王国内で有数の実力者の騎士団長が大樹を視認し、調査の対象となってしまったのだ。

 

魔素を多く放出する大樹が存在し、多くの魔力を持つものでなければ視認する事が出来ない。その報告を受けた国王は自身の勘が外れていなかったことを悟り、更なる優越感に浸った。他の者達では気が付かなかった事を、自身は気付いていた。実物も捜し出した。自身は間違っていない。正しいのだと。

 

それからの調査は実に力の入ったものだった。魔素を放出する大樹の調査を命じ、最初とは比べ物にならない兵士を導入した。森の中には魔物も居る。だが騎士団長を初めとした訓練を受けている騎士や兵士が悉くを打ち倒し、死体を持ち帰って資源や武器や防具の素材。服や装飾品などにして金へと変えていた。もうそこまで行けば調査は更に力が入るというものだ。

 

行って大樹を調べながら金になる魔物を狩ることが出来るのだから。国王は日々を満足しながら過ごし、調査をし、結果を報告する調査班や兵士に騎士達の帰りを待った。そしてとうとう、大樹には大樹に宿る精霊が居る事を知る。

 

精霊とは、通常人の前には出て来ない。故にそうそう目にすることは出来ないのだが、スリーシャは森に入ってきて思い思いに調べていくイリスオ王国の兵士達に一言言ってやろうと、姿を現してしまった。そしてその半透明な美しい姿を見た兵士達は見惚れ、騎士団長はある事に気が付いた。そこが悪夢の始まりだった。

 

森を荒らすな。動物達が怯えている。そう言ったスリーシャに従い、騎士団長はその日素直に帰っていった。だがしかし、後日騎士団長率いる武装した騎士や兵士が森へとやって来て、小さな精霊達を乱獲し始めた。血相を変えて出て来たスリーシャがどういう事か問うと、騎士団長は冷たい目線を向けながら、森に魔物が居るのは豊潤な魔素の所為であり、それ故に魔素を無為に生み出している精霊を残らず捕らえる。抵抗すれば排除すると宣った。

 

スリーシャは訳が解らなかった。この人間が一体何を言っているのか、全く理解出来なかった。それもその筈。理由は単なるでっち上げだ。体として用意しただけで、目的は精霊であるスリーシャ達の捕獲なのだから。

 

そもそも魔物とは、体内に魔力を宿した生命体であり、強さによって進化をしたりするだけで、発生方法は普通の動物と何ら変わらない。つまり、魔素があるからといって特別魔物が発生しているのではなく、単純に魔素が多く心地良くて寄ってきているだけであるのだ。それでも生態系を破壊するほど居るわけでも無い。

 

スリーシャは説得を試みた。だが一切話を聞かない兵士達に攻め込まれ、スリーシャはイリスオ王国へ連れ去られてしまったのだ。小さな精霊達も多くを捕まえられてしまった。だがそれでも、どうにか助けをと思っていて思いついたのが、リュウデリアの存在だった。しかし精霊は数瞬迷った。嘗てリュウデリアには生まれたばかりだというのに、無理矢理にも等しいやり方で戦わせてしまった。今回も自身達の事だというのに、突然会って助けてくれでいいのかと。

 

精霊達はリュウデリアが善悪で言うのならば善ではなく悪側の存在だということは知っている。狩りをしていても痛め付けて追い詰めたり、恐怖させたり、生きたまま手脚を引き千切ったりしているのを見たことある。つまり残虐であるのだ。そしてとても冷徹である。若しかしたら助けてくれないかもしれない。自分達の撒いた種なのだからと。そう言われてしまえば立ち直ることが出来ない。

 

だが、精霊達は捕獲されて涙を流している仲間を見て葛藤を捨てた。リュウデリアに助けを求める。拒否されたならばそれまでだ。そう判断して囮作戦を使って多くの精霊達が捕まりながらも、一匹だけ精霊を逃がすことに成功した。逃げることに成功した一匹の精霊は、捕まった仲間達の叫び声を背中で聞き、涙を流しながら飛んでいった。あの日リュウデリアが飛んでいった方向へと。それがリュウデリアの元へ精霊が辿り着く7日前の話である。

 

それから精霊は必死に飛んだ。リュウデリアの飛んでいった方向へと。広い森を抜け、何も無い荒野を行き、魔物に襲われても必死に逃げた。小さい精霊にとっては尋常じゃない高さの山を登り、下って行って、更にまた何も無い荒野を抜けていった。その間に風に煽られて地面に叩き付けられたり、魔物に襲われて体はボロボロであった。飛ぶのもやっとと言える状況で、精霊は諦めなかった。

 

荒野を抜けて広がる樹海には、魔物がかなりの数棲み着いていた。それにより何度も襲われたが何とか逃げ果せる。そして、あの破滅的に膨大な魔力が感じ取れ、最後に見たときよりもとても大きくなった翼のある純黒の翼を見つけたのだ。7日間。只管飛んだ精霊は限界だった。限界だったがそれでもリュウデリアの元へと辿り着いたのだ。

 

精霊は安心したように、自身を包み込む純黒の手に体を預ける。長い道のりだった。だがその苦労が消し飛ぶほどの助っ人が来てくれた。若しかしたら助けてくれないかもしれない…そう思っていたのが馬鹿らしくなるくらい、怒り、咆哮し、全速力で飛んでくれているリュウデリア。しかしその手は、壊れ物を扱うように優しいものだった。精霊は静かに涙を流す。リュウデリアにこれ以上無い程の感謝の気持ちを抱きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ッ!?これ……は……」

 

 

 

リュウデリアは全速力で空を駆け、目的の場所であり、スリーシャが宿る大樹のある森へとやって来ていた。しかし、嘗て元気で力強い木々が生えていた森は山火事があったように、転々と円状に炭と化し、魔素を放出していた大樹は燃え尽きていた。

 

根元が真っ黒になって残っていること以外、大樹は見る影もない。到底元が300メートルを越える圧倒的な大樹だったとは、最早誰が見ても解らないだろう。リュウデリアはゆっくりと大樹の近くに降り立ち、歩って大樹へと近付いていった。体が大きくなったリュウデリアの重量により、歩くだけで振動が生まれる。たったそれだけで、炭となった木々は崩れ落ちていった。

 

あれだけ元気で、天真爛漫の子供のような精霊は一匹も出て来ない。いや、それには語弊があった。出て来ないのではなく、出て行く精霊がもう此処には居ないのだ。集まれば前が見えなくなる程居た精霊が居らず、動物達の気配もしない。

 

大樹の元へとリュウデリアは辿り着いた。精霊を載せていない右手で炭となっている大樹の表面に触れると、全く力を入れておらず、触れただけでかさりと音を立てながら崩れてしまった。人間は隠れた精霊を炙り出す為だけに、木々に火を放ったのだ。それが次々に燃え移り、大樹に関しては弓矢を使い、矢の先端の鏃に火をつけて放った。故意による放火である。

 

手についた炭を握り締めながら、その場にしゃがみ込むリュウデリア。大樹の根元で何かを探す仕草をしている。そして太い根っこを掻き分けると、中から人一人入れるほどの空洞が現れた。リュウデリアはそれを見つけて手を握り締める。ここはスリーシャの本体があった場所である。

 

精霊の中で唯一半透明であり、実体でなかったスリーシャの本体は別の所にあった。それが大樹の根元である。リュウデリアは魔力を感知していたので、本体が居る場所は知っていたが、例え話しているのが本体でなくとも気にしていなかった。スリーシャはスリーシャであることに変わりなかったからだ。しかし、此処にはスリーシャが居ない。予め言われていた通り攫われてしまった。

 

 

 

「………疲労で倒れそうなのは解る。だが一つだけ教えろ。スリーシャが連れて行かれた方角は何処だ」

 

「……っ…あっち……あっちからきたの…。たぶん…もりをぬけたらみえる、にんげんのくににつれていかれちゃったんだとおもう……」

 

「解った。スリーシャ達の事は俺に任せ、お前は此処で休め」

 

「…っ…ごめんね……ごめんねっ……」

 

「良い。気にするな。スリーシャ達には言葉や魔法を教わり、食い物を貰った恩がある。案ずるな、必ず取り返す」

 

「…………ありが……とう…」

 

 

 

7日前に侵攻してきた人間が来た方角を指差した。そちらを見れば、確かに魔力の残痕が道を作っていた。普通は見ることが出来ない魔法を使用した後の魔力の残痕を、リュウデリアは可視する事が出来る。それを辿っていけば何処へ向かったのかが解る。

 

掌の上に載せていた精霊を大樹の根元にそっと降ろし、手を翳すと薄黒い膜が精霊を覆った。魔力で防御しているのだ。今の精霊は疲労で眠ってしまって無防備だ。そこで魔物に襲われたりしないようにするリュウデリアの配慮だった。

 

背中の翼を大きく広げて飛び上がる。今度こそ侵攻してきた人間を滅ぼす為に。巨体のリュウデリアが一度、羽ばたくだけで爆風が吹く。炭となった木々が崩れ飛んでしまうが、もうそんなことは気にしていられない。いや、もう燃え尽きていた死んでしまっている。気にしたところで意味は無いだろう。

 

故に、燃やされた木々や大樹の弔いは、侵攻してきた人間の魂を使って行うとしよう。リュウデリアは未だ見ぬ人間を思い浮かべ、黄金の瞳に憎悪の炎を滾らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豪華な机。豪華な椅子。煌びやかな壁に、一目で高価と分かってしまう置物。間取りは完璧を求められ、風通しの良い窓の配置。気分を紛らわす為のバルコニー。下を見渡せば、街並みの絶景が拝める。そう、ここはイリスオ王国に聳え立つ王城であり、その中でも限られた者にしか入室許可を与えられない、王の執務室である。そこでは勿論、イリスオ王国の国王が国の為に、民の為に執務をしている。だが、今日の国王の上機嫌だった。

 

隣国で昔から親交のある国と協力し、()()()存在を見つけて捕まえる事に成功したからだ。2ヶ月と少しの期間で大きな一歩を踏み出した国王は、その一歩で人間は優れている。何者であろうと我々に勝る存在などこの世に居ないと確信したのだ。国王は所謂人間至上主義だった。数多の種族がこの世に居る中で、人間こそが最も強く、最も賢く、最も偉大なのだと確信して疑わなかった。

 

故に、精霊などという種族が、領土を拡大しようとして目をつけている森を住処として居座っている事が我慢ならなかった。だから兵士や騎士を侵攻させた。さっさと邪魔な存在を消し去り、更に人間の国を、我が国を大きくするために。それが今叶っている。それだけで国王はここ最近上機嫌なのだ。

 

しかし、そんな上機嫌はそう長くは続かなかった。特別な者にしか入室許可を与えない王専用執務室の扉が、強くノックされた。何時もならば適度な強さでノックするのだが、まるで何かに急いでいるかのような、荒々しく乱雑なノックだった。国王は眉を顰めながら、早く入るように声を掛けて入室を促した。すると、扉をやや強めに開け放った臣下の大臣の一人である男が、額に大きな玉のような汗を流しながら、息も絶え絶えに入ってきた。

 

 

 

「国王様…っ!はぁ…っはぁ…っ…!大変です…!!」

 

「……何だ騒々しい。私は今気分が良いのだ。入るならもっと静かに──────」

 

「それどころではありません…ッ!!」

 

「解った解った。何だ?愚か者が国内に入り込んだか?」

 

 

 

国王は鼻で笑い、大した事では無いと、余裕の表情を作った。過去、この国を攻め落とそうとした族が居たが、洩れなく自身の兵士と騎士で皆殺しにした。それ程、この国の力は強かった。それ故の自信。それ故の慢心。それ故の──────滅び。

 

 

 

 

 

「我が国の領地に──────()()()()()()()

 

 

 

 

 

「──────は?」

 

「……龍です。この世に存在する数多の種族で…その圧倒的力にモノを言わせて最強の名を欲しいままにする…あの龍です」

 

「……解っておる」

 

「その強さは神をも畏れると謳われ──────」

 

「解っておるッ!!!!」

 

 

 

国王は顔色の悪い状態で大臣に向かって叫んだ。いや、最早それは絶叫だろう。何度も言われても解る。攻めて来たのだ。あの龍が。龍、それは世界最強の種族。過去に人間が挑み、勝利を収めた事は有るには有る。だが、その戦いの後は死屍累々の数々が生まれた。

 

膨大な魔力を必ず持って生まれ、身を覆う鱗は業物の刀剣の一切を跳ね返し、ものともしない。強力な膂力から生み出される一撃は防御の魔法を施しても易々と貫き、吐く炎は太陽すらも思わせる。それ程の存在が一匹居るだけで、国一つが滅ぶと言われても、誰一人反論はしない。それが今…領地に現れた。絶望だろう。だが希望もある。領地に現れただけで、此処に攻めてくるとは限らないからだ。

 

しかし、そんな楽観視する国王を地獄に底に叩き込んだのは、他でも無い臣下の大臣であった。

 

 

 

「そしてその龍は──────此処を目指しています」

 

 

 

「……全兵士。全騎士を集めろ」

 

「……は」

 

「今すぐにッ!!我が武力の全ての戦闘態勢を整えさせろッ!!」

 

「──────畏まりました」

 

 

 

大臣はそれ以外にはもう何も言わず、静かに国王の執務室から出て行った。残された国王は椅子に座りながら机の上に上半身を倒してうつ伏せになる。ジッとして動かない国王はしかし、次第に体が震え始め、右手を上げて勢い良く机に叩き付けた。

 

国王は顔中から嫌な脂汗を掻き、机の上にポツポツと垂らしていく。顔色は青白く、死人のように見える。国王はもう信じるしか無い。自身の国の武力で世界最強の種族を倒すことを。

 

 

 

 

 

 

国王は窓から遠くに見える、純黒の存在に怯えて震えながら、奇跡を祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第六話  鏖殺






 

 

大きな足が緑の大地を踏み締め、跡を付けて音を立てながら進む。地面に生えている草を食べていた動物達は逃げ、そんな動物を狙ったり、通る者を狙っていた魔物が焦ったようにその場を後にした。何者も居なくなった草原を歩いて進み、一歩踏み締める毎に緑の草は萎れ、色を純黒のそれへと変えてしまった。

 

怒りを抱き、感情の大きな起伏によって体内に内包する魔力が外へと溢れ出て、影響を及ぼしている。見上げねば見えない巨体の一歩は非常に大きい。故に一歩と一歩の間隔は広いのだが、純黒は間隔の隙間を容易に詰めてしまい、要因であるリュウデリアが歩った後は純黒の大地へと変貌している。

 

完全な異常。外的要因による変色。過ぎ去った事に安堵し、警戒しながら純黒に変色した草に近付いていく。間近まで近寄り、匂いを嗅いで、試しに草を食い千切って食してみる。すると、草を食べた鹿の体が一瞬で純黒に染まり、倒れた。もう鹿は助からない。既に絶命している。凶悪極まる純黒なる魔力は、相手を区別すること無く平等に命を奪う。

 

触れてしまうだけで命を奪う純黒を身に纏わせながら、リュウデリアは真っ直ぐ王国を目指す。スリーシャを攫っていった不届き者であるイリスオ王国へと。場所はもう把握している。人間らしき気配が多く集まっている事を感知し、遙か上空から陸地の様子を把握できる視力で王国がある事を視認している。森から一番近く、小さな精霊が示した方角に位置する王国。間違いようが無い。

 

更に言えば、もう殆ど残っていないが、スリーシャの魔力の残痕がイリスオ王国へと道を作って続いていた。それが最も決定的な証拠になる。だがリュウデリアは腑に落ちない。気配を探れば蟻の大群のように集まる国の内部が解る。魔力を探れば全体の半分以下程度の存在を感知する。しかし、リュウデリアはその中にスリーシャの気配も魔力も感じなかった。

 

妙である。連れ去られたのは7日前。普通ならばリュウデリアがスリーシャの気配であったり魔力であったりを感知しても当然だ。1年傍に居たのだから、忘れようにも忘れられない程、気配と魔力を覚えている。脳に焼き付いていると言っても過言ではない。だがそんなリュウデリアがスリーシャが何処に居るのか全く解らないのだ。

 

気配と魔力が感じられない原因は全部で3つある。一つが何者かによって意図的に隠されている場合。魔法を使用して対象を見えなくさせたり気配を消させたり、又は上級者向けだが魔力を察知させなくしたりすること。もう一つが、そもそもそこにはもう居ないという場合。その場に本当に居ない以上気配も魔力も感じることは無い。何せそこには感知する対象が存在しないのだから。

 

最後が、現状での最悪の場合なのだが、感知しようとしている対象が既に死んでいる場合だ。死人は生き物が発する気配を発していない。生命活動を停止しているので当然である。それと同時に体内に内包している魔力も次第に無くなって完全に消える。そうなれば気配も無いし魔力も感じられない、今のような状況へとなるわけだ。だがそれは繰り返すが最悪の場合だ。

 

必死に死ぬ思いをしてまで小さな精霊が、遠方に居るリュウデリアの所まで助けを求めて来て、今こうしてやって来たというのに、助けようと思っていた存在が既に殺されていた。間に合わないだとかそういう話ではない。リュウデリアはスリーシャ達が襲われている事を知らなかった。知り得なかった。小さな精霊が助けを求めに来なかったら、恐らくあと数十年から数百年は気が付かなかっただろう。

 

そもそもな話、違うところに居てどうやっても解りっこない事だった。そんなものどうやっても察知しろというのか。無理なものがある。だがリュウデリアは許せない。スリーシャ達が襲われている間、のうのうとしていたなんて。リュウデリア自身が到底許せなかった。

 

奥歯を噛み締めて、ギチギチと歯軋りをして更に爆発しようとしている怒りをどうにか霧散させる。これ以上魔力を滾らせたら、大地を伝ってイリスオ王国を純黒に変えて、中に居る人間を皆殺しにしてしまう。それは駄目だ。頂けない。確実に事情は知っているだろう、イリスオ王国の国王()()()まだ生かしておかねばならないのだから。

 

 

 

「……出て来たな」

 

 

 

リュウデリアは類い稀なる視力で、イリスオ王国の入口が開く瞬間を見た。門が開き、中から武装した人間が現れる。隊列を為し、武器を手に、目標のリュウデリアの方へと行進を始めた。兵士の数は四万。新兵から熟年の兵士まで全てを掻き集め、四万人の兵士が行軍している。

 

黒い川を作り、近づいてくるリュウデリアを敵と見定める。一歩が大きいリュウデリアは、兵士達から見て数キロ先に居ると思わせたが、数分もしない内に直ぐそこまでやって来ていた。リュウデリアの全長は約25メートル。見上げれば、鋭い黄金の瞳が自身達を見ておらず、イリスオ王国の方を向いていた。

 

目の前で武装して武器を構えているというのに、敵だと思われていない。国を簡単に滅ぼせる最強の種族が、今…目の前に居る。それだけで武器を握る手が震え、尋常じゃない手汗が滴り落ちる。敵だと思われていないならば、敵と認識されて殺気を飛ばされるよりマシかと思われるが、そうでは無い。

 

国を滅ぼせる最強の種族、龍が…イリスオ王国を狙っている。それはつまり、己等の大切な家族。友人。恋人。親戚。それらが狙われていると同義である。大切な存在が背後に居る。ならば此処を通すわけにはいかない。通せば大切な存在を失ってしまう。それは、それだけは嫌なのだ。

 

兵士の各々が頭の中に大切な存在を思い浮かべた。小さな頃から面倒を見てくれた家族。共に馬鹿をやったり、時には互いに励まし合ったりした掛け替えのない友人。愛おしそうにこちらを見つめ、抱き締め、接吻を交わす大切な恋人。その者達の為に、兵士に志願して国を護っている。相手が最強の龍だろうが神だろうが関係ない。最強と謳われて図に載っている龍に、人間の底力を見せてやる。そう意気込んで、先頭を進む兵士500が()()()

 

目も合わせない黒龍に突撃をしようと一歩踏み出した瞬間、横から黒い何かがやって来て吹き飛ばされ、体が砕けて肉塊と成り果てた。共に巻き上げられた土塊が砂埃を上げて場を包み込み、目を守りながら呆然とする。次第に砂が晴れると、前に居た兵士は完全に消え、残っているのは握っていた筈の武器だけだった。前に居た筈の兵士は横を向けば居る。但し真っ赤な肉の塊と成り果てているが。

 

何が起きたのか理解出来ない。気が付いた時には既に何かをやられていた。額から嫌な汗が噴き出てきた。何があったのか全く解らず、兵士500人を瞬く間に殺した存在に突撃をしなければならないのか。戦わなければならないのは解る。だが恐怖を感じないという訳では無い。死ぬのは怖い。一方で大切な存在が死ぬのはもっと怖い。故に兵士はその場から逃げ出そうとする脚を、無理矢理その場に縫い付けている。絶対に逃げてはならない。逃げれば死より怖い事が起こってしまう。

 

前方で死の覚悟を決めながら黒龍へ突撃していく兵士を見て、後ろから一連の過程を見ていた兵士は顔面蒼白となっていた。兵士の横から飛来した黒い物体の正体、それは黒龍の長い尻尾だった。黒龍の大きさに圧倒され、攻撃する箇所を見定めている間に、横から途轍もない速度で尻尾が振り抜かれた。近くに居たから見えなかったのだ。それなりに後方にいれば辛うじて見ることが出来た。だが恐るべきは、尻尾の一振りで兵士が数百人殺されたということだ。

 

龍は賢明な頭脳を持ち、強靭な肉体と尋常ならざる膂力を兼ね備え、魔法を巧みに操る。尻尾の薙ぎ払い等攻撃の内には入らない。払ったというのが正しい。正しく邪魔で鬱陶しい虫を払っただけ。それだけで人間には脅威となってしまう。ならば、そんな圧倒的な力を持つ龍が、更に魔法等を使ったらどうなってしまうのだろうか。解らない。解らないが、解る。きっと我々は何も残らずこの世から消されるだろう……ということが。

 

 

 

「ぉ…おぉ──────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「突っ込め突っ込めェッ!!」

 

「何としても…!龍をこの場で倒せッ!!」

 

「クソッタレがっ!死ねェ──────ッ!!」

 

「くたばれ龍がァッ!!」

 

 

 

手汗に塗れた武器を掲げて雄叫びを上げ、逃げようとする脚に渇を入れて無理矢理前へと進み出た。前へ。前へ前へ前へ前へ前へ……人間に攻め込む龍を倒すために。大切な存在を護る為に。兵士は死ににいく。大切な存在が死ぬ代わりに、己の死を捧げるのだ。必ず自身が龍を倒さなければならない訳では無い。突撃して殺されようと、少しの隙を作ることが出来て、誰かが龍を倒してくれれば、人間の勝利なのだ。

 

 

 

しかし人間の、心からの雄叫びと決死の覚悟による突撃は、黒龍の無慈悲な一撃にて、脆く崩れ去ることとなった。

 

 

 

右腕を上げて、振り下ろす。それだけの行動で、黒龍の足元から地割れが発生し、兵士数千人が落ちていってしまった。強靭な膂力を龍は持っている。事前知識が有ったにも拘わらず攻撃を受けてしまったのは、どれ程の膂力が有るのかを知らなかったに他ならない。考えてもみて欲しい。力無く上げられた右腕と、先の尻尾を振るった時の速度ほどでは無い速さで振り下ろされる、硬く握った拳。その結果が広範囲の地割れ。

 

兵士は悔しそうに唇を噛み締め、長年連れ添ってくれた己の妻に謝罪する。もうただいまと言うことが出来ない。おかえりという言葉を受け止めることが出来ない。目尻から涙が流れる。悔し涙か哀し涙かは、兵士にしか解らない。そしてその兵士は、底が見えない地割れを落ちていった。もう誰も、知ることは無い。

 

 

 

「クソッ…!クソォッ!!」

 

「刃がッ……刃が通らないッ!?」

 

「ぐあァ……ッ!?」

 

「岩盤をひっくり返した!?避けろォッ!!」

 

 

 

地割れから逃れる事が出来た兵士は、落ちていった兵士に心の中で謝罪しながら一瞥もすること無く、黒龍へと向かっていった。足で兵士を踏み潰し、尻尾の薙ぎ払いで人間を肉塊へと変貌させる。地面に手を突き刺して無理矢理持ち上げ、岩盤をひっくり返して押し潰す。岩を持ち上げて低めに投擲すると、兵士は飛んで転がる岩に吹き飛ばされ、潰される。細かい石を拾って投擲すれば、散弾のように飛び散って兵士に風穴を開けた。

 

どう見ても一方的な鏖殺であった。逃げずに向かってくる以上、その全ての兵士を殺していっている。それに兵士達が解っていることは二つある。一つは黒龍が最強の種族と言われて納得する力を持っていること。もう一つは、兵士の一人だって生きて逃がすつもりが無いということ。

 

余りにも呆気ない仲間の死に気を可笑しくした兵士が居た。突然笑い出して適当に武器を振り回し、そして戦場から高笑いしながら走り去ろうとした。黒龍の傍には兵士がこれでもかと居た。だが黒龍は戦場から離れる、気を可笑しくした兵士を目敏く見つけ、岩を掴んで走る兵士に的確にぶち当てて圧殺した。一気に殺すならば足元を狙えば良いだけだ。それも戦っている最中であった。走り去る兵士を狙うのは不自然だ。

 

故に兵士達は察した。今も兵士を数十人一気に捕まえて握り潰して肉団子を作った黒龍は、我々を一人たりともこの場から逃がすつもりが無いのだと。逃がすつもりが無い黒龍と、逃げるつもりが無い兵士。その二つが揃った戦場は、まさに地獄だった。黒龍の一挙手一投足によって生々しい肉塊が生み出されていくのだ。もうこれは戦い等では無い。黒龍にとっては雑草を抜いているだけに等しい児戯だ。

 

故に黒龍は油断している。兵士で倒せるならばそれでいいが、本命は他に居るのだ。イリスオ王国には兵士とは別に騎士が居る。兵士よりも強く、魔法を扱い、王国戦力の精鋭部隊である。スリーシャを見つけたのだって騎士である。そんな存在が黒龍が油断する瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。そしてその油断は今…為された。

 

 

 

「──────『爆破する矢(アローボム)』ッ!!」

 

「──────『貫き穿つ矢(ウイングアロー)』ッ!!」

 

 

 

兵士の格好に紛れ込んだ騎士が手に持つ弓矢に魔法を付与し、黒龍目掛けて撃ち放った。矢は二本三本なんて規模では無い。数百本という規模である。絨毯爆撃を最初に放つ。油断している以上至近距離で放たれた矢を避けることは今更不可能。況してや20メートルを越える巨体ではそれ程素早い動きは出来ない。その考えの基、魔法を付与した矢の一斉掃射であった。

 

着弾と同時に爆発する矢と、風によって回転を加えて貫通力を上げた矢が黒龍へと撃ち込まれた。爆発により黒煙が朦々と立ち上り、視界を覆って目眩ましをし、貫通力のある矢が黒煙の中へと消えていく。一矢で終わらせず、直ぐに矢を番えて各々黒煙の中に居る黒龍へ撃ち込んだ。爆発音と鋭い風切り音が暫く続き、数分が経った。

 

一人の兵士の格好に扮装した騎士が手を上げて止めの合図を送る。指示に従い騎士達は矢の打ち込みを辞めた。爆発によって黒煙が広範囲に広がっている。兵士達は固唾を呑んで黒煙が晴れるのを待つ。風に流されて黒煙が晴れ、視界が良好になった。次に兵士達と騎士達の目に映ったのは、黒龍の翼だった。体を二枚の大きな翼で覆っていた。

 

黒煙が完全に晴れ、翼で体を覆った黒龍と兵士達と騎士達がその場で止まり、静けさが生まれた。そんな静寂を破ったのは黒龍の翼の羽ばたきだった。体を覆っていた翼が勢い良く羽ばたいて防御の姿勢を解除した。中からは全く傷一つ無い黒龍が姿を現した。防御していた翼の方にも全く傷はついておらず、無傷のままだった。

 

 

 

「まさか……無傷だとッ!?」

 

「あれだけの魔法を付与した矢を受けて傷一つ無いッ!?」

 

「あの鱗は一体どれだけ硬いというんだっ!!」

 

 

 

無傷の黒龍に驚きの声を上げながら攻撃を続ける。爆発する矢。貫通力の高い矢。鋭い槍や剣。それらを使って黒龍を攻撃するのだが、その一切を黒龍は受け止め、無傷であった。ダメージなんぞ全く受けていない。攻撃の勢いは全く緩まない。しかし兵士と騎士には龍と人間の隔絶とした差を実感した事による、絶望が広がりつつあった。そんな人間側の状況を知ってか知らずか、龍による王手が掛けられた。

 

黒龍の拳大の岩を手にして両手で無理矢理砕き、小さな粒へと変えていく。そしてそれを上空へと巻き上げた。やっている事の意図が解らず、兵士と騎士は一様に困惑していた。しかし巻き上げられて落ちて来ることは無く、空中で滞空し続ける石の数々に嫌な予感を感じ、それが現実のものとなる。

 

空中で滞空していて動かなかった大量の石が突然動き出した。意思があるように不規則な動きを繰り返しながら兵士達に殺到して体当たりの如くぶつかっていく。それが唯の石で投げられた程度の威力ならばどれ程の良かった事か。兵士は隣の仲間が頭に石が当たり、止まること無く頭を貫通して飛び去っていったことに呆けた。石は人間の骨の中でも一番硬い筈の頭蓋骨を易々と貫通し、止まること無く次の標的を狙って飛び交う。

 

阿鼻叫喚の地獄となった。どれだけ飛んでも地に着かず、速度も緩めること無く頭や体を貫通していく。迎撃しようにも石は剣や矢を交わしてぶつかってくる。それは魔法の付与。明らかに先の爆撃で使用した魔法陣を使われている。騎士は寒気が全身を奔った。見たばかりだというのに、もう魔法を摸倣して使いだしたというのか。魔法を巧みに操るとは聞いているが、これは話以上だ。騎士は有り得ない…と絶望しながら、飛来した石によって頭に風穴を開けられ、絶命した。

 

大量の石が自由自在に飛び交い、兵士達を撃ち殺していく。そんな一方的な光景が続くこと数十秒後。四万も居た兵士は一人も生き延びることは無く、全員黒龍の前に殺され尽くした。誰も立っていない。虫の息の者も居ない。完全に生命活動を終えた死体と成り果てた。四万の兵士達は、たった一匹の龍に傷一つ付けること無く死んでいったのだった。

 

 

 

「──────この程度か…話にすらならん。つまらん塵芥共が。精々死して悔いるが良い」

 

 

 

戦いの最中、一度も話すことが無かった黒龍…リュウデリアは喋り出した。いや、人間の兵士達に話し掛けてやる言葉など持ち合わせていなかったのだ。余りにも脆く、弱く、つまらない存在故に敵とも認識しなかった。精々群れる塵でしかなかった。魔法に関しても、第一波が飛んで来てから着弾する前に、使用されている魔法陣の解析は終えていた。その後には騎士が使っていた魔法陣を逆に使って石に魔法を付与した。速度と形の維持。後は魔力で操るだけで終わりである。

 

あっという間に終わってしまい、足元には真っ赤な血の海が広がっていた。リュウデリアは何かを思うことも無く、血の海に倒れる人間の死体を踏み潰しながらイリスオ王国へ向かっていった。距離はそれなりにあるが、リュウデリアが少し飛ぶと、その距離は一瞬の内に縮まった。

 

魔物に襲われても侵攻を防ぐため、入口と出口が兼用されている門は大きく分厚い。その分丈夫で、これまで巨体の魔物に突進されてもビクともしなかった程だ。そんな門を背後にして、リュウデリアは降り立った。空を飛べる龍に壁なんぞ意味を為さない。ならば、直接イリスオ王国の国王が居る王城に行けば良いのだが、リュウデリアの目的は別にあった。

 

これから逃げようとしていたのだろう、国民が各々最低限の荷物を持って門の近くまで来ていた。リュウデリアの姿を見て、暫く呆然としていたが、我に返ると蜘蛛の子を散らすように叫び声を上げながら逃げていった。()()()()()()()()()()()()逃げ場なんぞ無いというのにだ。

 

リュウデリアは振り返り、鋼鉄製の門に右手の人差し指を添えた。すると門は熱で溶けたように形を変え、直ぐに固まってしまった。イリスオ王国の門は両開きである。それに大きく作った事によって重量も凄まじく、人力ではそう簡単に開けることは出来ない。そこへ更に鋼鉄製の門を溶かして開閉する部分を混ぜ合わせて固めた事により、単なる一枚の鋼鉄製の板へと変えてしまった。つまり、これでもう中から外へ逃げることは出来ない。

 

固まって開かないことを触れて確認したリュウデリアは、その場から踵を返して奥に有る王城目指して動き始めた。途中建物が有るが、リュウデリアがそのまま歩くことによって倒壊し、中に居た人間は崩壊する建物の下敷きとなって死んでいった。足元で逃げている人間も踏み潰していく。

 

歩くだけで破壊と殺戮を撒き散らす黒龍の存在に、人間は心の底から怯えていた。それらの一切を気にすること無く、リュウデリアは目的の王城の前までやって来た。門番のつもりなのだろうか、王城の入口に立っていた二人の兵士は踏み潰した。

 

王城の前に立って中の気配を探るリュウデリア。王城の中にもチラホラと気配がする中で、兵士達の中で一番の魔力を内包した存在に気が付き、その傍に一つだけ普通の気配を持つ人間が居た。確実にこの国の国王と、王を護る側近だろうと察した。弱い兵士を向かわせて、自信の傍らには最も強い者を置くとは、やはり己の身が可愛いかと、期待は全くしていないし殺意しか無いが、失望した。

 

リュウデリアは右腕を引いて王城を見つめ、思い切り手を王城へと突き込んだ。巨体に似合わない速度で突き込まれた手の中に何かが収まっている。リュウデリアはそのまま手を純黒の黒炎を発生させた。最初は何やら断末魔が聞こえたが、数秒もしない内に何も言わなくなり、灰すら残らずリュウデリアの掌の中から燃え尽きた。

 

燃やし終えたリュウデリアは手を動かしてその場から逃げようとしていた気配を的確に掴んで捕まえると、外へ手を引き抜いた。手の中に居たのは、頭に王冠の載せた初老の男だった。長く白い髭を生やし、皺の目立つ顔に、怯えきった目をリュウデリアに向けていた。このまま殺されるのだろうか。先程傍に居た騎士団長のように純黒の黒炎に焼かれるのだろうか。全身をこれ以上無く震わせて恐怖を感じながら怯えていた。

 

 

 

「──────人間。貴様がスリーシャを攫っただろう。スリーシャを何処へやったァ?」

 

「し、喋った…!?う゛ぐっ…!?ぎやあぁああああああああああああああああああああッ!?」

 

「俺が問うているのに無駄口叩くな塵芥のゴミが。貴様が精霊のスリーシャを攫ったのは知っている。だがこの場には居ないな?何処へやったッ!!」

 

「ひ、ひぃいいいいっ…!?ど、同盟国が精霊の研究をしたいと言っていたから渡してしまった…っ!!捕らえて直ぐに送ってたから、今頃はもう既に着いている!!」

 

「──────攫っただけでなく売ったというのだな……塵芥風情がァ…ッ!!」

 

 

 

リュウデリアが妖しく光る黄金の瞳で睨み付けると、国王は顔を蒼白くさせて震えていた。国王はリュウデリアに容赦が無いということを身を以て実感していた。問いに直ぐ答えなかったというだけで、国王は捕まえている手に力を籠められて両足を圧迫骨折され、更には粉々な粉砕骨折にされてしまっているのだ。尋常じゃ無い痛みが駆け巡り、恥も外聞も関係なく、大涙を流して泣いていた。

 

それを見てもリュウデリアは何とも思わなかった。それどころか殺さないでくれ、精霊を売ったことには悪いと思っていると、その場凌ぎの言葉をつらつらと並べ始めているのだ。寧ろ今すぐぶち殺したい気持ちを必死に抑えて情報を聞き出している事を褒めて欲しい位だ。

 

泣き叫んでいる国王に向かって耳の鼓膜を破りかねない程の声量で咆哮した。国王の顔の肉は咆哮の爆風に煽られて波打ち、頭に被っていた王冠は吹き飛んで何処かへ行ってしまった。突然の咆哮に驚き固まった国王に、やっと黙ったようだと、リュウデリアは面倒くささと殺意で握り潰すのに待ったを掛けていた。

 

 

 

「送った国の名と方角、その国の情報を全て吐け」

 

「わ、私に同盟国の情報を売れと!?そんなこと出来るわけが──────ぐえェ……!?」

 

「俺は教えてくれと頼んでいない。命令しているのだ。何故貴様の事情に合わせねばならん。それとも貴様はこのままゆっくりと握り潰されたいのか?そうか。ならば望み通り握り潰してやる」

 

「──────ッ!?わ、わぎゃっっだぁ゛…!おじえ゛る゛がら゛ッ…や゛め゛でぇ゛……っ」

 

 

 

本当に少しずつ潰し始めたリュウデリアに焦り、肺を圧迫されて上手く喋れないながらも殺さないでくれと懇願して、同盟国の情報を洗いざらい吐いた。どの方角にあるのか。どれだけの戦力を持っているのか。どんな国王が国を治めているのか。どんな実力者が居るのか。どんな特徴があるのか。その全てを。

 

最後までリュウデリアは沈黙したまま国王の話を聞いていた。何の反応も示さない国王は何かしてしまったのだろうかと不安を多大に抱えながら、口から湯水の如く情報を吐き出していた。というよりも、そもそもな話、国王はスリーシャを攫っているので何かしてしまったのだろうかという所ではない。

 

話を終えて肩で息をしている国王とは別に、リュウデリアは暫し黙って頭の中で情報を整理していた。人間が脆く脆弱であるという事は先の一方的な戦いで把握した。だがこの国王が言った通りの戦力であるという保証は無い。いくら同盟国とは言え、己の手の内を全て明かすとは到底思えないからだ。若しかしたらということも考えて、徹底的にやるのがリュウデリアなのだから。

 

 

 

「じ、情報はこれだけだ!本当にこれだけなんだ!なっ?もう良いだろう?頼むから命だけは…!!」

 

「……何やら勘違いしているな。貴様は俺が殺すべき対象をむざむざ逃がしてやるとでも思っているのか?この俺がそんな甘ったれた存在に思えるか?それともお人好しの龍に見えるのかァ?」

 

「ひっ…!」

 

「頭の悪い塵だな──────この国の居る人間なんぞ皆殺しに決まっているだろう愚か者め。殲滅の道一つだ」

 

 

 

「ま、待っ──────ごぶォ」

 

 

 

待ったを掛ける前に、リュウデリアの掌の中で握り潰され、おまけに純黒の黒炎を上げて燃やし消した。イリスオ王国の国王は今この瞬間に死んだ。後はそう…逃げようと開かない鋼鉄の扉を押したり叩いたりしている国民を皆殺しにして、殲滅を完了させるだけだ。

 

リュウデリアは門の方へと歩み始めた。国民には巨体の鳴らす足音が死神の足音に聞こえた。人間をゴミのように踏み潰していた黒龍がこっちに来る。それだけで大パニック状態と成り果てた。我先に我先にと人を押し退けて門へと縋る。押しても引いても叩いても出られない。出られないようにしたのだから。

 

出ようと門に蔓延る人間の塊に手を伸ばして鷲掴み、握り潰して殺した。踏んで殺した。燃やして殺した。民家ごと潰して殺した。地に埋めて殺した。水の中に落として溺死させた。リュウデリアは国民を無慈悲に、容赦無く、冷酷非道に殺し尽くした。何時しか叫び声を上げる人間が居なくなり、イリスオ王国の生存者が0となった後、リュウデリアは手の上に純黒の球体を作り出してイリスオ王国の中心に放り投げ、大空へと飛んでいった。

 

数瞬後、イリスオ王国は眩い純黒の光に呑み込まれ、光が消えた頃には、覗き込んでも底が見えない程深い大穴が、イリスオ王国が在った場所に出来ていた。人間の生き残りどころか、国そのものがその日の内に消えた。次に目指すは北。その王国の名はルサトル王国である。

 

 

 

 

 

「待っていろスリーシャ。そして覚悟しろ塵芥の人間共──────俺が皆殺しにして殲滅してやる」

 

 

 

 

 

後悔しても、最早純黒の黒龍は止められない。話し合いも命乞いも懇願も届かない。求めるは恩のある森の精霊スリーシャ。為すは殲滅。女子供であろうと生かす理由は無い。

 

 

 

 

 

何故なら──────黒龍に慈悲等無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第七話  衝突する魔力






 

 

地図から完全に消え去ったイリスオ王国から、北へ数十キロの位置に、その王国は在った。ルサトル王国。領地はイリスオ王国程広い訳ではな無いにしろ、王国の広さはイリスオ王国よりも広く。建設に関しては他国に比べて莫大な費用を費やしている。そのお陰か、ルサトル王国は鉄壁のルサトルとも謳われていた。

 

他にルサトル王国で良く聞く話といえば、魔道具の開発が挙げられるだろう。魔道具とは、日常生活をより豊かにするための道具で、中に入っている魔石と呼ばれる魔力を貯め込む性質のある石に魔力を与え、魔道具それぞれの使い道として効果を発揮させるものである。例えば、暗闇を照らすランタン。

 

本来は中に蝋燭を入れて使う代物だが、魔石を入れる事によって火の強弱による明るさの高低を無くし、常に一定に、そして蝋燭の火より明るく照らすことが出来る。火は酸素があればあるほど良く燃える。それを利用して内部に空気を送り込んで火を強くしたりするのでは無く、摘まみを回すことで簡単に明るさを調節することが出来る。

 

そういった優れたアイテムを数多く作って排出しているのが、ルサトル王国である。つまりは開発面でとても優れた力を持つ王国なのである。しかし、このルサトル王国はイリスオ王国の歴とした同盟国である。つまりはスリーシャを攫う行動に一役買っているのだ。

 

 

 

「──────それにしても、あの精霊は我が国の良い()()()なってくれましたな、陛下」

 

「ははは!全くだ。あの精霊から向こう20年分の資源が手に入った」

 

「しかし、アレはもうよろしかったので?」

 

「あぁ。限界以上に絞ってやったからな。残りカスに用は無い。だがこれで新たなことが解ったな。質なのか解らんが、人間のよりも精霊の方が明らかに効率が良い!故に命令だ。イリスオ王国がまた疲労軽減の魔石を欲したら好きなだけくれてやれ。それで得られる利益は莫大だ」

 

「解りました。開発部に伝えておきます」

 

 

 

王の玉座に座る40代程の男は、喜色満面の笑みを浮かべながら、膝を付いて頭を垂れている男に命令を出していた。数日前に同盟国であるイリスオ王国から送られてきた精霊を使った実験で大成功を収めたからだ。開発面で素晴らしい技術を持つのは良いが、その為に必要なモノが枯渇しやすく、幾らあっても足りないと思っていた。

 

そこで現れたのが精霊であった。結果は良好。ルサトル王国の国王は利益を報せる報告書を読んで、これ以上無いほどの上機嫌さであった。だからこそ大して気にも留めていなかったのかも知れない。イリスオ王国へ送った感謝の言葉と、近々また話し合いの席を設けようという事が書かれた手紙が、まだ返されていないことに。何時もならば直ぐに返事が返ってくるのだが、今回は矢鱈と遅かった。

 

しかし、まあいいかと、上機嫌さに輪を掛けて機嫌の良い国王は気にすること無く、今日の分の責務に没頭した。精霊を使った実験で利益は右肩上がり。今まで数えるほどしか為し得なかった事を為したお陰で士気も向上している。まさに今は政策の絶頂期であった。だがそんな時、離れた所でも通信することが出来る魔道具に報せが入った。

 

まだ改良が必要な試作品で、高さが成人男性と同じくらいある球体の水晶である。そこには各地に情報を集めさせる為の捜査員の男の顔が映っている。浮かべているのは焦った表情で、額にもぽつぽつと汗を掻いている。何かあったのだろうと当たりをつけた国王は、先程までの上機嫌さを消して真剣な表情で応答した。

 

 

 

「どうした。何か良くない情報が入ったか?」

 

『……はい。陛下、落ち着いて聞いて下さい。つい先程の話のようですが、イリスオ王国へ向かっていた商会の荷馬車が、イリスオ王国の在った場所に巨大な大穴が空いていて、国そのものが消えていたのを見たと』

 

「………………何?」

 

『そして、その場に居た商会の者によりますと、何かの大きな足跡が北へと向かって続いていて、最後は足跡が途切れていたのだそうです。若しかしたら……』

 

「──────何かが此方に向かってきている…ということか。それもこの国程では無いにしろ、一国を丸ごと消し去る存在…突然途切れた足跡…空を飛んだのか…?ということは……まさかっ!?」

 

『……推測をお話しする事、お許し下さい。私の見解ですと…我々の国に向かっているのは、恐らく……龍…ではないかと』

 

「……確実にあの精霊が関係しているな。……私は()()()要請を送る。お前は防衛大臣へ兵の招集を掛けるよう話をしておけ」

 

『は、畏まりましたッ!』

 

 

 

国王は直ぐに執務用の部屋へと向かい、執務用の机の引き出しから手紙を取り出した。同盟国であったイリスオ王国は、決して戦力が低いという訳では無かった。兵の数で言うならば、ルサトル王国よりも断然多いだろう。そんな王国が一日と経たずに滅ぼされている。況してや救援の報せが来ていないことを察すると、報せを出す暇も無く滅ぼされたと見て良い。

 

兵の数で言えば、()()()()()()()()()最も少なく、兵士の強さもそれ程強いとは言えないだろう。だがルサトル王国は大きい国だ。ならば国の戦力が心許ないというのに、どうやってこれ程大きく出来たのか。それは単に、魔道具然り、何かを作るという面に於いて他を抜いているからに他ならない。

 

鉄壁のルサトルと謳われる力はそれ程のものがあるのだ。つまるところ、ルサトル王国の国王はイリスオ王国が出来なかった龍殺しを出来ると確信している。それだけの奥の手を持っているのだ。龍のような強大な力を持つ龍が、万が一国に攻め込んで来たときに使う、対龍迎撃用手段である。

 

それから少しの時間が過ぎた。その間に兵士の戦闘準備が整い、ルサトル王国の入り口である門の前に列を為している。鉄壁と謂われる所以を直ぐには使わない。先ずは兵士を差し向けて油断させる。そして兵士が全滅した所で秘密兵器を龍に向かって撃ち込む。最初から兵士を犠牲にする惨い作戦である。

 

だが国王は兵士の命程度、何とも思っていない。国を護るために兵士となるべく志願したのならば、兵士らしく国のために死んでいけ。そう思っている。兵士は単なる時間稼ぎと油断を誘うための駒。故に殺され尽くした所で何の痛手にもなりはしない。国王は口の端を吊り上げてあくどい笑みを浮かべた。これで、過去にも数度しか達成されていない龍殺しの称号は自身のものだと、既に殺した時の優越感に浸っていた。

 

今にも高笑いしそうな国王の居る執務室に、ノックがされた。どうやら準備は全て整ったようだ。国王はニヤリと笑い、椅子から腰を上げて執務室を出て行った。その様子を足に丸めた手紙をつけた伝書鳩が開いた窓に留まって見ていたが、与えられた仕事を全うするために、飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウデリアは北へと飛んでルサトル王国を直ぐに見つけた。殺したイリスオ王国の国王が言っていた北へ向かうと、暫くは何も無い平原が続いていたが、直ぐに聞いていた特徴と合致する王国を見つけた。イリスオ王国からルサトル王国の途中には平原しかないので、北へ向かって最初に見えた国がルサトル王国である。

 

空を飛んで近くまでやって来たリュウデリアは、既に兵士達が国から出て来ているのを視界に収めた。格好も完全武装である。イリスオ王国のように、歩って行って人間がリュウデリアを見つけ、武装して出て来るならば解る。だが今回は明らかにリュウデリアが飛んでくるのを見計らって出て来た。つまり、予めリュウデリアが王国に攻め込んでくることを予知していたことになる。

 

しかしリュウデリアは、人間がリュウデリアの行動を予測した…という選択肢を迷い無く切った。そんな筈が無い。スリーシャが攫われた事を遅れながらも今日知り、迷い無く直行してきたのだから。それにイリスオ王国から此処まで、道のりは数十キロだったが、30分やそこらの超速度でやって来た。恐らく、知っていたではなく、知ったというべきだろう。

 

少し思考し、リュウデリアは何らかの方法で先程の滅ぼしたイリスオ王国の惨状を知り、離れた所に居る相手に言伝を送ることが出来る魔法か何かを使ったのだろうと当たりを付けた。そして驚異的な視力により王国から出て来た兵士達の表情を見る限り、龍がやって来た事に驚愕している節は無い。つまりはイリスオ王国を滅ぼしたのが龍であるということは見抜いていたというわけだ。

 

中々如何して推測力があるではないか…と、感心した。これでそこらに居る魔物の少し大きい程度がやったのだろうと思い、おざなりの装備で出て来た暁には、人間はそれ程頭の悪い種族なのだと基準にしてしまう。まあ、既にスリーシャに手を掛けている時点で印象はマイナス値を振り切っているのだが。

 

 

 

「……さて。人間の兵士共が出て来た以上、国を先に滅ぼすよりも兵士共を皆殺しにするのが先だなァ?」

 

 

 

雲が近い高度で飛んでいたリュウデリアは急降下を開始し、空気摩擦で熱を帯びながら地上を目指す。大地に近付くと速度を落としていき、最後は人間の兵士達の少し前に土煙を巻き上げながら降り立った。兵士達はやはりのこと、顔を蒼白くしながらリュウデリアを見ていた。だがそれもそうだろう。同盟国を完全に消滅させて滅ぼしたのは、今目の前に降り立った黒龍なのだから。

 

最強の種族が龍であるというのは、世界で共通の認識だ。まあ中には我々の種族こそが最強であると訴える者も居るだろう。己の種族至上主義というものだ。紆余曲折。龍は唯単に最強なのでは無く、他を圧倒する力を持っているからこそ最強と謳われている。つまりは、兵士として訓練した普通の人間程度が真っ正面からやり合った所で、真面にやり合えるはずが無いのは、想像に難しくは無いだろう。

 

犬と象の対決を見て、どちらが勝つのかと胸を高鳴らせる者など殆ど居ない筈だ。況してや人間と龍で、自身が命の奪い合いの土俵に立たされれば、もう頭の中は戦いに対する拒否感と、本能的恐怖により染まるはずだ。それ故に、リュウデリアは兵士達が自身を負の感情で濁った瞳で見上げているのは当然だと思っていた。しかしその中で解らないのは、濁った瞳の中に、一種の諦めが混じっている事だ。

 

震える足で龍の前に立ち、手汗に塗れた手で己の武器を強く握り締め、勝てないと確実に解っているだろうに龍の姿から視線を逸らさない。だが諦めの感情が見え隠れしている。やっていることと感じ取れる感情がちぐはぐなのだ。流石のリュウデリアも、この矛盾に思える行動と感情に関しては、これがこうだからこの感情なんだ、とは言えなかった。

 

まあ取り敢えず、最終的にはルサトル王国の国民は皆殺しにすると決めているので、諦めの感情を持っていようがいまいが関係ない。そちらから態々殺されに来るというのならば是非も無し。龍には勝てないのだと骨の髄まで思い知らせ、皆殺しにしてやろう。リュウデリアは右手を、雄叫びを上げながら駆けて向かってくる兵士達に翳し、人間が使っていた魔法の模倣ではない、リュウデリアの魔法を行使した。

 

 

 

「──────『迫り狂う恐怖(フゲレス・フォーミュラァ)』」

 

 

 

魔法を発動したリュウデリアから、前に居る全ての兵士達に向かって禍々しい純黒の波動が放たれた。目には見えない音の波のように押し寄せる波動が兵士達に触れて突き抜けていき、決死の覚悟で雄叫びを上げて駆けて突撃してきた兵士達がその脚を止めていき、その場に突っ立って動かなくなった。

 

全ての兵士達、数にして大凡一万人が立ち止まってしまった。誰一人声を上げる事も無く、しかし手に持つ武器は決して離さない。リュウデリアの放った魔法は炎を生み出したり氷を張るような魔法ではない。放った魔法は対象が持つ()()()()()狂気的な迄に強制的に引き出して露わにさせる魔法である。

 

そして無理矢理引き出すのは……“生きたい”という生存本能から来る感情だ。ならばそれは対象をこの場から逃げ出させる類のものなのかと問われれば、それは違う。この魔法は感情を狂気的な域まで発露させるものだ。つまり“生きたい”という感情を狂気的に高めると、狂気的なレベルで()()()()()()()()()()()()()()()()()というものへと変換させ、行動に移させる。結論から言うと、自分一人になるまで強制的に且つ徹底的に同士討ちをさせる、対多数に於いて畏るべき魔法である。

 

 

 

「がッ……ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!生きたいィ……生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたいィィィィィィィッ!!」

 

「お前が邪魔だ……お前も…お前もお前も……お前もお前もお前もお前もお前もお前もお前もおぉォぉォォォォぉォッ!!」

 

「こ、ころじっ!ここころじころじころじでやるう゛ゥ゛ッ!!」

 

「死ねッ!!死ね死ね死ね死ね死ねェッ!!俺以外の奴等は死ねェッ!!」

 

「いぎ、いぎる……生ぎるのは…生き残って生きるのは俺だァ────────────ッ!!!!」

 

「けひッ…けひひッ……ッ!生きるの楽しいッ!生きるの楽しいよォッ!!だからおまえら邪魔なんだよォぉォォッ!!」

 

 

 

「くくッ……はははッ!!ハハハハハハハハハッ!!友人家族なんぞ関係無いッ!貴様等には平等に“生きたい”という感情をくれてやるッ!故に……くははッ……諦念の意思なんぞ持つんじゃないぞ?精々面白可笑しく──────狂い果てて死ね」

 

 

 

兵士達は瞳を不自然な程真っ赤に充血させて血走らせ、口から唾液と泡を溢しながら身近に居る仲間の兵士に飛び掛かった。手に持つ槍で突き刺して内臓を引き摺り出し、剣で頸を跳ね飛ばし、相手の持っている武器を無理矢理奪って突き立て、武器を無くしたのならば素手で殴り殺し、狂気でリミッターが外れた筋力で掴んだ頭を引き千切る。

 

誰が相手であろうと、生きたいと願う自身の為に仲間を殺す。今は正常な判断力を阻害されている所為で気が付かないが、兵士になったときの同期、小さい頃から一緒に育って共に兵士となった親友、親同士も仲が良い幼馴染み、それらの親しい者達も躊躇いなく手を掛けて己の手で殺して、殺して殺して殺して殺して殺し尽くしていく。

 

魔法を掛けられる前は一万人も居た兵士は瞬く間に、もの言わぬ死体へと変わり果て、辺り一面赤黒い血の海と化した。地面の傾斜で血はゆっくりと流れ、赤黒く鉄臭い川を作り出した。リュウデリアの足元にも流れてくる。それを踏み付けて大地に滲ませる。人間の血潮を踏み躙り、覚悟と命を嘲笑する。

 

口の端を吊り上げて真っ白な鋭い牙を剥き出し、黄金の瞳が除く眼を細めて嗤う。ゲラゲラゲラゲラと、眼下で行われる凄絶にして凄惨な同士討ちの戦いを観戦して見ている。愚かな存在だ。知らぬとはいえ精霊に手を出して龍の怒りを買い、親しい存在をその手に掛ける。見ていてなんと愚かで、脆くて、弱くて、つまらん存在だろうか。

 

一人、また一人、いや……数百人単位で兵士が死んでいく。一万の軍勢は見る影も無く死体となって数を減らしていき、リュウデリアが魔法を放って少しで、もう既に兵士達の数はたったの一人になっていた。生きたいと狂気的に願っていた兵士は、これで思う存分生きることが出来ると、全身を赤黒く染め上げながら天を仰いで嗤い狂っていた。そして、リュウデリアは掛けていた魔法を解いた。

 

 

 

「はははははハはははははハははハははははハははははッ!!俺は生きるッ!!生きるッ!生きるッ!生きるッ!生き……──────あ……れ?俺は……生き……残っちまった……?へ…へへ……えへへェ……えひひひひひひひひひっ!!きィッひひひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃッ!!」

 

 

 

最後の一人になるまで生き残った兵士は、自身の行った今までのことを全て思い出し、真っ赤な掌を見つめて嗤いだし、頭や顔を傷付けるほど掻きむしって、最後は自身の頭頂部と顎を掴んで一瞬で捻りあげて首の骨をへし折り、嗤って歪んだ顔のまま死んだ。一万の軍勢はリュウデリアに指一本触れること無く、全滅した。

 

一面に赤黒い絨毯が生み出され、血生臭い臭いが鼻腔を刺激する。死屍累々が生み出され、生み出した元凶は鼻で笑って死体を踏み潰しながら王国を目指した。ぶちり、ごきり、ぐちゅりと潰れていく死体は、どれもこれも怒りと恐怖を混ぜ合わせたどす黒い表情を浮かべている。最後まで惨い死に方しか出来なかった兵士達に勇姿は無い。あるのは無惨で凄惨な死体の山だけだった。

 

死体を踏み付けながら王国を目指しているリュウデリアは、ルサトル王国から地響きのような音と、足元の地面から伝わってくる振動に首を傾げた。攻撃では無い。リュウデリアの足元から何かが迫り出てくる時の振動では無く、ルサトル王国の方から地面を伝ってやって来る振動だ。要するに、振動の元はルサトル王国である。

 

首を傾げているリュウデリアを余所に、ルサトル王国に変化が訪れる。大きく広い王国を円形に囲うように、地面から何かが隆起してきた。それは厚さ10メートルの鋼鉄の壁であった。それが地面からルサトル王国の上まで伸びていって完全に包み込む。銀色の鋼鉄の壁はルサトル王国を半円の形で覆ってしまい、完全な防御形態へと移行してしまった。出入り口なんぞ何処にも無く、隙間も無い。

 

そして更に、鋼鉄に覆われたルサトル王国の隣の地面が円形に開き、中から何やら巨大な砲台が出て来た。明らかに何かを撃ち出す為のその兵器は、世界最強の種族である龍をも殺すと謂われる代物で、対龍迎撃用魔力砲台『龍を撃ち滅ぼす鉄槌(ディケイオン・ドラゴノーツ)』であり、ルサトル王国の切り札である。

 

発動するまでに時間が掛かってしまうのと、一発撃つのに膨大な魔力を必要とする。それ故にそう何度も撃つことが出来ないのが欠点なのだが、この砲台を複数回撃つ必要は無い。一発だ。たったの一発で全てが終わるのだ。だからこその最終兵器にして切り札なのだ。それに、例え殺しきれなくても、今や鋼鉄の壁で覆われたルサトル王国に手を出すのは不可能。この厚さの壁は破れない。絶対的な威力の矛と、最硬の盾を持つ。それがルサトル王国の真の姿である。

 

 

 

「……よもや国を覆うか」

 

 

 

『──────聞こえるか、我が王国に攻め込んできた憐れな純黒の黒龍よ。貴様は終わりだ。我が兵器の前に消滅するが良いッ!!ははははははッ!!あぁそれと、私の推測だが……貴様はあの精霊に用が有るのだろォ?だが残念だったなァ!?あの精霊は魔力を限界以上に搾り取って残りカスにした後、西にある同盟国のジヒルス王国へ送ってやったわッ!!今頃弱者を甚振るのが趣味の国王に可愛がられているだろうよッ!!フハハハハハハハハハハハッ!!!!』

 

 

 

「…………………──────────。場所は解った。居ないことも知れた。ならば後は消すのみだ」

 

 

 

響き渡るルサトル王国国王の拡声器越しの言葉に、静かに莫大な魔力を口内で溜め込むことで答える。ルサトル王国も準備が整った砲台に、ありったけの魔力を送り込んだ。砲台は甲高い音を響かせながら魔力を一点に集束させていく。溜め込まれた魔力は周りにも影響を及ぼし、岩盤が捲り上がって砕けていき、地響きが鳴り響く。強大な力を持つ魔物も一目散に逃げるだろう魔力が砲台に溜め込めれていき、集められた魔力は青黒い魔力となっていた。

 

対するは口内に純黒なる魔力を上限無く溜め込んで凝縮し、周囲が暗くなってしまったと勘違いしてしまう程の純黒の光を放っていた。完全に消し去る。跡形も無く、何も残させず。リュウデリアの憎悪と共にルサトル王国をこの世から全て消し去る。躊躇いも油断も躊躇も慈悲も無く、唯々目の前の塵芥を無へ還すのだ。

 

両者が莫大な魔力を溜め込んでいるだけで、大地が崩壊して天変地異を引き起こそうとしている。そして、魔力を溜め込めるのが限界値まで達した砲台が魔力を撃ち放ち、同時にリュウデリアも魔力の光線を撃ち放った。

 

 

 

『──────『龍を撃ち滅ぼす鉄槌(ディケイオン・ドラゴノーツ)』発射ァッ!!』

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

青黒い魔力の光線と純黒の光線が衝突した。単純な威力の勝負となり、ぶつかり合った瞬間には衝撃波が周囲に撒き散らされ、地割れが発生して草は枯れ果て、上空にある雲が消し飛んでいった。だが拮抗なんてものは、同じ威力によるものの衝突で起こる現象である。つまり、ルサトル王国の青黒い魔力の光線と、リュウデリアの純黒の魔力の光線では、拮抗することは無い。

 

ルサトル王国の魔力の光線が直径百メートル程なのに対して、リュウデリアの放った純黒の魔力の光線は直径が五百メートルを越える。当然そこまでの大きさが異なると威力も桁違いになってくる。衝撃波はぶつかり合った時に生まれたものであり、拮抗することはせず、ルサトル王国の光線はリュウデリアの光線に呑み込まれていった。

 

そもそも、リュウデリアの純黒の魔力で放たれた光線とでは質も全く違う。純黒は総てを呑み込み塗り潰す、凶悪な魔力だ。それをありとあらゆる者の魔力を混ぜ合わせて量だけ溜め込んだ魔力にまけるはずがない。純黒の魔力の光線に呑み込まれたルサトル王国の光線は容易に決着がつき、ルサトル王国の最終兵器にして切り札の砲台に消し去った。

 

ルサトル王国の横に設置された砲台が純黒の光線によって跡形も無く消し飛ばされた。まさか切り札がこうも呆気なく負けるなど思っていなかったルサトル王国の国王は、外の様子を映し出す魔水晶を覗き込んでこれ以上無い程瞠目して、全身汗で水浸しになりながらこのあとの事で最悪のパターンを思い浮かべた。そしてそれを現実にするように、リュウデリアの純黒の光線は未だ途切れていなかった。つまり、このまま横へ薙ぎ払ってルサトル王国を消し去るのだ。

 

 

 

『ま、まままま待てッ!!精霊については謝るッ!!ジヒルス王国の国王へ精霊の即時返還の言伝を送ってもいいッ!!だから攻撃をやめて──────ぎやあぁあァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 

 

リュウデリアはルサトル王国の国王の言葉に一切耳を貸さず、放ち続けている純黒の光線を横に薙ぎ払った。莫大な魔力によるリュウデリアの純黒なる魔力の光線は、広大な広さを持つ王国一つを消し去っていった。王国を厚さ10メートルの鋼鉄の壁で覆っていようが全く関係無い。触れた瞬間から無へ還す光線には無意味だ。

 

ならば生身の人間なんぞもっと容易というものだろう。抵抗なんてものが起こるはずも無く、ルサトル王国に住む国民も、貴族も王族も国王も、その総てを呑み込んでこの世から完全に消し去った。後には何も残っていない。草原の緑すらも消えて、大地の土が剥き出しとなって大きく抉られているだけであった。

 

リュウデリアは消し去ったルサトル王国に一瞥もすること無く、直ぐさま大空へと飛翔し、3つの同盟国の最後の国、西にあるジヒルス王国へと向かっていった。今しがた殺した国王が言う通りなのならば、スリーシャの身がかなり危険だ。追い打ちを掛けるようにルサトル王国に魔力を限界以上に奪われていて体力を消耗している。

 

そんな状態で痛め付けられでもすれば、いくらスリーシャが精霊と言えども死んでしまうだろう。それは考え得る可能性の中で最悪の結末だ。故にリュウデリアは唯飛ぶだけでなく、魔力を惜しげも無く使用し、魔力を放出して莫大な推進力得て大空を一条の光となって飛んだ。

 

ジヒルス王国。ここら辺にある王国の中で、唯一『英雄』が戦力として在籍している、戦争無敗の王国である。

 

 

 

 

 

 

最後の王国目指して大空を飛ぶ。果たして、リュウデリアは無事にスリーシャを取り返すことが出来るのだろうか。それは……誰にも解らない。

 

 

 

 

 

だが解る事が一つある。それは……リュウデリアの瞳は憤怒に塗れているということである。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第八話  純黒の殲滅龍






 

 

一面が黄金の煌びやかさに包まれた、自己主張の激しいとある豪華な一室の窓辺に、1羽の鳩が留まった。脚には手紙が丸めて括り付けられていて、部屋の主は鳩からそれを受け取ると広げ、中に書かれている文章に目を通していく。

 

書かれているのは、我等が同盟国の一つであるイリスオ王国が黒龍の手によって跡形も無く滅ぼされ、次はルサトル王国を狙って向かってきている。故に同盟国として救援を求む。そう書かれていた。読み終えた部屋の主は、手紙を部屋に備えつけられている暖炉の中に放り込んで燃やしてしまった。その目は何を考えているのか解らないほど冷たく、そして悍ましい程に綺麗な微笑みを張り付けていた。

 

部屋の主は細身の若い男であった。そしてこの男がジヒルス王国の歴とした国王である。余りにも若い見た目の国王は、見た目通り20代前半の歳だ。しかしその歳にして前国王だった父と妃の母、4つ歳の離れた兄と3つ歳の離れた姉を一人で殺し、若くして国王の座に就いた畏るべき男である。

 

ジヒルス王国は建国してからというもの、戦争を起こせば必ず勝利を収め、未だに戦争負け知らずの無敗を誇る王国である。その勝利の裏には、必ず戦場に立って敵を殺し尽くす男が居る。何らかの功績や戦争に於ける要を担った者、他を圧倒する力を持つ者を、人は『英雄』と呼ぶ。その男こそがその『英雄』である。たった一人で戦争を終わらせ、嘗ては龍すらも殺したと言われている超人である。

 

同盟国の救援要請を躊躇いも無く燃やしてしまった国王は、黄金に囲まれた煌びやかな部屋の中で、唯一異質な部屋の隅へと歩みを進めた。そこには天井から鎖が垂らされ、その先には頑丈な腕輪。そしてその頑丈な腕輪に腕を通して吊されているのが、国を滅ぼして回っている黒龍の目的、森の精霊スリーシャ。その本体である。

 

だがスリーシャは辛うじて足の指先が床に触れるかどうかという高さで腕を吊され、意識が無いのか顔を俯かせている。服は着ておらず、生まれたままの姿を晒し、その体には数え切れないほどの切り傷がついて血も流れていた。肌は死人のように白くなり、髪も痛んで乱れている。まるで拷問を受けた後のようだ。

 

 

 

「おい。何を勝手に寝ている。起きろ」

 

「………………………。」

 

「起きろと──────言っているだろうッ!!」

 

「──────ッ!?ぁぐっ……っ」

 

 

 

国王は机の上に置いてあった鞭を手に取り、加減など無く、全力で吊されているスリーシャに目掛けて振った。ばちんと嫌な音がなり、遠心力で加速した鞭の先端がスリーシャの肌に打ち付けられ、切ったような浅い傷を作りながら血を滲ませた。尋常じゃない痛みで目を覚ましたスリーシャは、跳び起きて痛みで呼吸を一瞬止めた。

 

鞭は人を殺す為の道具ではない。殺さず最も残酷に痛め付ける拷問に用いる道具である。それをスリーシャは何百と打たれていた。体は悲鳴を上げ、口からも絶叫を捻り出し、痛みだけで何度も意識を飛ばした。止めてくれと言っても、国王は聞く耳持たず、寧ろ願えば願うほどスリーシャを痛め付けた。

 

 

 

「どうやら、黒龍がお前を探して攫った国を滅ぼして回っているようだぞ」

 

「ぁ……ぁっ……りゅう…でり…あ………」

 

「リュウデリア……成る程。その黒龍の名はリュウデリアというのか。ハハッ。態々貴様を探しに、俺の国に来るとはなァ。言伝には救援要請なんぞ書いてあったが、今から送ったところで間に合うと思うのかァ?どうせ今頃、あの国は滅ぼされているだろうよ。そもそも、あの国と同盟を組んでいたのは愚かな我が父だ。寧ろ同盟を切ろうと思っていたところだ、手間が省けたな。貴様もそう思うだろう?」

 

「……りゅうで……りあ。きちゃ……だ…め。りゅうでり…あ」

 

「俺の話を無視して、これから死ぬ黒龍の心配かァ?……フンッ!」

 

「────ッ!?ぁ゛あ゛っ……あぐっ…ぎっ…!はぁ…はぁ……ッぐぅ…!ぁ゛がッ……ぃ゛……っ」

 

 

 

国王は何度もスリーシャに鞭を叩き付ける。何度も何度も何度も。スリーシャが気絶しようが関係無く、悲鳴を上げても手を止めなかった。やがて30は鞭を打ち付けただろうか。打っても打っても声も上げなくなったスリーシャに興が削がれたのか、鼻を鳴らして踵を返し、血塗れの鞭を机へ無雑作に投げて置いて、部屋の扉を開けた。そこには執事の格好をした男が立っていて、国王の指示を待っていた。

 

国王は執事に告げる。兵の準備は要らない。その代わりに『英雄』に戦いの準備をしろと伝えろと。一国を滅ぼせる力を持つと謂われている龍だが、もう既に二国滅ぼしていて、更には此方にも向かってくると推測される。そんな化け物のような種族が相手ならば、多少魔物と戦える兵士を仕向けたところで焼け石に水だろう。ならば無駄に兵士を消費するのではなく、最初からジヒルス王国最強の存在である『英雄』をぶつける。

 

噂程度にしかなっていないが、『英雄』は過去に龍を一体殺している。だがそんな奴が仮に、万が一にも負けた時には、大人しく国諸共消える覚悟が、国王にはあった。どうせ此方に恐ろしい速度で向かってきているのだ、逃げようにも時間が足りないし、逃げたところで魔法でも何でも使って追い掛けてくるだろう。どちらにせよ『英雄』が敗北すれば死ぬのは確実。ならば最強の種族と人間の『英雄』の戦いを生で観戦した方が面白い。

 

国王はどちらに転んでもいいとでも言うように、張り付けた微笑みを深くして部屋から出ていった。一人取り残されたスリーシャは苦しそうに気絶から目を覚まし、うっすらと目を開けた。此処に来て二日、スリーシャは国王に拷問のような仕打ちを受けていた。何故こうなったのかは解らない。

 

何時ものように森を見守っていたら、森に人間がやって来た。最初は何もせず、森を調べて帰っていったが、日にちが経つにつれて森に生えている木を荒らしたりし始めた。そして強い魔力を持つ人間が大樹を見つけた。そこからだ、可笑しくなったのは。森を荒らすならば出て行けと忠告してからだ。

 

大人しく帰って行ったと思えば、直ぐにまたやって来て、再び忠告して森から出て行かせようとした時、人間は森に火を放った。そして大樹にも火を放ち、小さな精霊をも捕まえていった。これ以上精霊に手を出さないでくれと、自身が身代わりになったというのに、人間は嘘をついてスリーシャを捕らえた後、小さな精霊をまた捕まえ始めた。

 

何度言っても精霊を捕らえることは止めず、最後には殆どの精霊が捕らえられてしまった。スリーシャは小さな精霊の上位の存在だ。故にある程度の耐久性は持っている。だが小さな精霊達は、そうもいかない。ルサトル王国で無理矢理魔力を搾取されたことで、小さな精霊達は皆死んでしまった。スリーシャは小さな精霊達の分も搾取していいから、解放してあげてくれと頼み込んだが、結局はこの有様である。

 

このままジヒルス王国の国王に殺されるのだろうと思っていた。だが先程の話だ。リュウデリアが……100年程前に少しだけお世話をしたあの黒龍のリュウデリアが……自身の事を探して追ってきているというのだ。それも森に攻め込んで来た国と、魔力を限界以上に搾取した国を消したという。

 

十中八九取り戻そうとしてくれているのだろう。その行動が嬉しくないと言えば嘘になるが、だからこそ此処には来て欲しくないと切実に思う。スリーシャはこの二日間で一度だけ国王が言っていた『英雄』を一目だけ見た。その一目だけで、他の人間とは格が余りに違いすぎるのを肌で感じ取った。あれは強者だ。龍を殺したというのも恐らく本当だと直感してしまう程の何かを、その身に宿していた。

 

スリーシャは意識を飛ばしそうになりながら、此方へ向かっているリュウデリアに届くように、強く念じた。

 

 

 

──────リュウデリア……私の事は良いですから、此処へ来てはいけません。お願い……リュウデリア、此処へは来ないで……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────スリーシャが最後のジヒルス王国とやらに連れて行かれてどれ程経つかは解らん。スリーシャが既に殺されているという可能性は当然有る。だが逆もまた然り。ならば……俺に出来るのは出来うる限り早くジヒルス王国に辿り着き、人間を皆殺しにして殲滅する。……それだけだ。

 

 

 

莫大な魔力を背後への放出だけに全て回し、音を置き去りにする超速度を推進力で実現させる。雲を吹き飛ばし、地上にすら引き起こされたソニックブームの衝撃波が届いている。薙ぎ倒す程ではないが、生えている木が揺れるほどのものが訪れる。リュウデリアは初めてとなる自身で出せる速度以上の速度下で、冷静に魔力のコントロールを熟していた。

 

空気摩擦で熱を生じさせるが、リュウデリアの純黒の鱗はその程度の熱をものともしない。だが心の内は異常に熱い。愚かな人間に対する憎しみと憤り。それが黒い禍々しい炎となって燃え上がっているのだ。逃がさないに逃がしてやる気は無い。ジヒルス王国の人間は殲滅すると決めている。己の手で必ず。

 

リュウデリアは国を一撃で消し飛ばす魔力と力、魔法の技術を持っている。なのに態々自身で王国の中に入り込み、直接人間を殺しているのは、死ぬ今際の際まで恐怖を与えるためだ。魔法を使って一撃で殺すのは容易いが、それだと龍を憤らせた身の程を弁えない行動に対する対価を払わせる事が出来ない。故に一度で滅ぼすのではなく、態々己が攻め込むのだ。

 

ルサトル王国から飛んで数十秒が経過した。たったそれだけの時間でリュウデリアは目的のジヒルス王国に辿り着いた。しかしリュウデリアはジヒルス王国の違和感に気が付いた。先の二つの王国は直ぐに兵士を出してきたというのに、ジヒルス王国はリュウデリアが上空に現れ、降りてきても兵士を投入することは無かった。

 

だが、その代わりにジヒルス王国の前にある開けた地に、一人の人間の姿が見えた。たった一人で仁王立ちしているその人間からは、これまで魔力を内包する者の中で、断トツの魔力を内包していた。突然変異で巨大に成長したジャイアントレントをも圧倒する、文字通り圧倒的魔力である。そして同時に強大な気配も感じ取り、小さいのに大きい存在に見えてしまう。

 

 

 

「──────やァっと来やがったか。待ちわびたぜ?国を滅ぼして回ってる黒龍サンよ」

 

「……………………。」

 

「はは。お前が喋れる事は知ってるぜ。だから勝手に喋らせてもらうが、お前の目当てである精霊なら、今は手出しすんなって言ってある。お前が精霊に無駄な心配や焦りを感じて、動きが疎かになっても困るからなァ」

 

「……貴様は俺に何の憂いも無く殺し合えと言うのか」

 

「お…?喋ってくれんのか。……そうだ。俺は過去に龍をぶち殺してやった。だがそれは龍の子供だ。大した戦い方も知らねぇガキを殺したんだ。だがお前は違ぇだろ?俺は真っ正面から龍と戦って勝って……本物の『英雄』となる」

 

「は、下らんな。所詮は他者からの評価と、眼を曇らせる栄光が欲しいだけだろう。そんな糞の役にも立たんものの為に死にに来るとは。愚か極まるな──────反吐が出る」

 

「人間で男に生まれたんだぜ?──────英雄を目指すのは珍しい事じゃないんだよッ!!」

 

 

 

龍であるリュウデリアを前にして闘気を失うどころか、寧ろ闘気と殺意を漲らせ、リュウデリアへその手に持った2メートルはあろう大剣を軽々しく持ち上げ、人間とは思えない驚異的な跳躍力で、全長25メートルあるリュウデリアの顔までやって来て大剣を振り下ろした。

 

ジヒルス王国の英雄をしているこの男は、190はある高身長に筋骨隆々の恵まれた肉体。浅黒く焼けたその肉体には所狭しと傷が刻まれており、その鋼のような肉体を惜しげも無く晒している。着ている服はズボンだけ。明らかな肉体派の戦闘スタイルを思わせる。目は鋭く、口は獰猛な笑みを作っていた。

 

振り下ろされる大剣にリュウデリアは目を細め、空中の英雄に向けて硬く握り込んだ右拳を振り抜いた。衝突しあう大剣と右拳。衝撃波が発生して火花が散る。英雄の男は大剣で思い切り叩き付けたにも拘わらず、火花を散らして切り傷すら付かない異常な硬度のリュウデリアの純黒の鱗に挑戦的な笑みを浮かべた。今振り下ろしている大剣は、鋼を豆腐を斬るが如く両断する業物の名剣である。

 

だが英雄の男は驚きはしない。最強の種族である龍を人間が鍛えた業物の名剣程度で易々と斬れるとは考えていないからだ。しかし名剣で斬れない鱗を殴って砕く何て芸当が出来るかと言われれば、英雄の男は否と答えるだろう。強敵との命の奪い合いを、これまで数え切れない程行ってきた。それ故に無駄な自信は持たないようにしている。油断して死ぬ等、笑い話にすらならないからだ。

 

英雄の男はリュウデリアからの殴打の威力に逆らわず、大剣を一つのクッションにして受け止め、体に伝わろうとする殴打の絶大な威力を殆ど殺して、後方へと飛んで下がっていった。空中で体勢を整え、音も無く体格に似合わない軽快な着地をしてみせた。獰猛な笑みを浮かべながら、リュウデリアと衝突させた大剣の刃を見てみれば、大剣の刃は既に大きく刃毀れしていた。英雄の男はそれを見て声を上げて笑ってしまった。

 

 

「くはッ!はははッ!!いいねいいねェッ!?名剣でも斬れるどころか、刃を毀れさせるその異様に硬い純黒の鱗…!俺の腕力に真っ向から打ち勝つ膂力ッ!!楽しみで胸が高鳴るなァッ!!悪いが黒龍よ、俺は早速全力で行かせてもらうぜ?……──────術式起動」

 

 

 

「……あれは……」

 

 

 

英雄の男が足元に赤い魔法陣を展開すると、ジヒルス王国の方から魔法発動による魔力を感知した。籠められた魔力は膨大で、数は200ほど。その全てが独りでに動いて此方へ向かってくる。リュウデリアの眼に映ったのは、ありとあらゆる種類の武器だった。その一つ一つから強大な魔力が内包されているのが感じ取れ、その全ての武器を英雄の男一人で操作しているのだ。極められた魔力操作技術と精神力、そして膨大な魔力が織り成せる技である。

 

空を渡ってやって来た数々の武器は英雄の男の周りに突き刺さって止まった。針山となった地面を歩ってリュウデリアの方へと進み、刃毀れした大剣を後ろへ放り投げて捨て、無雑作に槍を手にして鋒を向けた。魔力を帯びた武器は見る者を圧倒させる魅力を醸し出している。これで相手が普通の人間ならば、忽ち降参を宣言するだろう。それ程の覇気を纏っていた。

 

 

 

「俺は今でこそ『英雄』と呼ばれているが、お前の前では名乗らねェ。その代わりに違う名を名乗らせて貰うぜ。俺はダンティエル、通称『千剣(せんけん)』のダンティエルだ。本来武器千本は操れるんだが、生憎お前とやり合えそうな武器は200ぐれェしかないんでな……ま、よろしく頼むわ。殺し合う前にお前の名前も教えてくれよ」

 

「……リュウデリア・ルイン・アルマデュラだ。どうせ今から死ぬ身だ、覚えんでいい」

 

「ひひッ。なら──────覚えていられるようにお前を仕留めねェとなァ──────ッ!!!!」

 

 

 

ダンティエルはその場から忽然と姿を消してしまった。常人にはまず見切れない速度だ。だがリュウデリアの眼には捉えられていた。自信の動きを眼で追い掛けているリュウデリアに、ダンティエルは楽しくて楽しくて仕方ないとでも言うように笑みを深くし、リュウデリアの背後へ回って足首を狙った。

 

全長25メートルに達するリュウデリアの体は、鱗や筋肉によって重量が尋常ではない。そしてその超重量を支えているのは、二本の足と尻尾である。その内の一本を奪ってしまえば、地上に於ける動きはかなり制限されるだろう。見た目からは想像できない計画的な行動。ダンティエルは筋肉が薄く、他よりは刃が入りやすいだろう関節の足首を狙った。

 

ダンティエルが足首を槍で突き刺そうとしているのを見ずに、リュウデリアは尻尾の先端に魔力で刃を形成し、槍が鱗に到達する寸前でダンティエルごと両断しようとした。振り下ろされる尻尾と純黒なる魔力の刃。それを直感のみで察知して後ろへとバックステップで方向転換した。槍はリュウデリアの魔力の刃によって抵抗無く斬られた。

 

これでもかなりの鍛冶屋が鍛えた逸品なのだが、まさか魔力で作った即席の刃で易々と斬られるとはな……と、ダンティエルは魔力の刃の切れ味に感嘆としながら走り回って撹乱し、地に突き刺さった武器の中から片手剣二本を持ってリュウデリアへ突撃する。

 

真っ正面から突っ込んでくるダンティエルに対し、リュウデリアは尻尾の魔力の刃を消さず、串刺しにする気持ちで刺突した。見上げる程の巨体の割に俊敏なリュウデリアにまた感嘆としつつ、目前まで迫ってきた魔力の刃を跳躍して躱し、尻尾の上に乗って伝って走り、また跳躍してリュウデリアの眼に向かって二本の剣を突き出した。

 

流石のリュウデリアでも、眼球に剣を突き立てられれば失明するし、奥に突き込まれたら脳に届いて死ぬ。かと言って今から手を動かして防御しようにも間に合うかは解らない。そこで密かに、口内で準備をしていた魔力を解放した。放たれるのは純黒の光線。ダンティエルはほぼ零距離で空中だ。避けられる訳が無く、耐えられる訳が無い。

 

だがリュウデリアはダンティエルが生きていることを解っていた。口内に溜めていた魔力を解放して呑み込もうとする瞬間、下から何かがやって来て、ダンティエルを攫って光線の射線上から間一髪で離脱したのだから。目を細めながら頤を上げて上を見ると、大剣の上に乗って宙に浮かぶダンティエルの姿があった。

 

 

 

「俺の魔法は予め武器に施した魔法陣を使って自由自在に操る。範囲は半径十キロ。同時に操れる最高記録は1246本だ」

 

「何だ、己の力を誇示したいのか」

 

「楽しくてお喋りしちまうんだよ、ハハッ!それと、お前はアレだな……龍の突然変異だろ?普通の龍は四足歩行だからな。お前みたいな人間に近い姿形をしてない。それにその、お前の体に内包されている底が見えない魔力だ。どう考えても普通じゃねェ。龍……という事を考慮してもな」

 

「……………………。」

 

「おっと、勘違いしないでくれよ?侮辱してるンじゃない。()()()()突然変異だな……と思っただけだ」

 

「……………………。」

 

「俺もな──────生まれながらにした突然変異の人間なんだよ」

 

 

 

今でこそ『英雄』と謳われて讃えられているものだが、元々ダンティエルは治安の悪いスラム街の生まれだった。何らかの理由で一般住宅街から追い出されてしまい、お金も無く、頼る存在も居ない者達が行き着くゴミ溜めのような場所である。父は薬物中毒とアルコール中毒で真面な言葉を喋る事さえ出来ない。母は体を売って小銭を稼いでいた。

 

ダンティエルはお金も無く、友達も居らず、頼れる人も居ない。そんなダンティエルに有ったのは……幼い子供にして発達した筋力と、子供が内包出来るとは思えない膨大な魔力。故に取れる行動は一つ。金を持っている者達を襲って金品を奪う。両親が魔力も持っておらず、況してや恵まれた肉体を持っていない一般人から生まれたとは思えない、天性の肉体。それだけで何年も生き延びた。

 

指名手配されてからは森に行って魔物を狩って資金源とし、成長してからは傭兵として戦場に赴き、数え切れないほどの敵を殺した。それからだ、周りが敵を殺すごとに褒め讃えるようになったのは。元が指名手配されていた者だとは思えない栄光を掴んでいき、戦場の落ちている武器を使って敵勢力を殆ど一人で壊滅させ、幼いが龍を殺した。

 

ダンティエルは己の力のみで今の地位を手に入れた。だがその力で慢心したことは無い。だからこそ死ぬかも知れない壮絶な戦いも、屈強な精神力と戦いの才能、そして日々を努力で塗り固めたダンティエルだからこそ、最後は必ず打ち勝ってみせるのだ。

 

 

 

「突然変異は普通じゃ生まれないところから、特別な何かを持って生まれた存在だ。何かが優れる代わりに……何かを犠牲にしている場合も有る。俺達のような存在は完璧な突然変異の類だ」

 

「……要領が得んな。何が言いたい」

 

「俺はな……嬉しいんだよ。これまで俺と同類の奴なんて会った事が無くてな。況してや相手は最強の種族である龍の突然変異と来た。俺にとってこれ以上の存在は居ない。だからありがとよ……純黒の黒龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。俺は今、最高の気分だッ!!」

 

「……そこまで言うのならば、お望み通り最高の気分のまま殺してやる。精々誇るが良い──────貴様には俺の力を見せてやる」

 

「ひひッ……そりゃ楽し──────」

 

 

 

ダンティエルはリュウデリアが見上げる位置に居た。高さで言うならば40メートル位だろうか。つまり眼下に居るリュウデリアが動けば解るのだ。話してはいたが、リュウデリアの事は注視していた。つまり不意打ちやその類の事は事前に分かるということだ。だがダンティエルは不可解だった。一体どうやって……目の前に現れて拳を既に振り抜いているというのか。

 

空中に居るダンティエルの目の前に居て、そして尚且つもう既に拳は振り抜かれて目と鼻の先。脳裏に浮かぶのは……濃厚な死。強靭な肉体を以てしても耐えることは出来ないと無意識に悟るほどの一撃だった。そこからの動きは完全な無意識だった。手に持っている二本の剣を平行して構え、迫り来る拳に当てて刃に擦らせて自身の体と共に逸らせた。

 

しかしリュウデリアの拳の威力を完全には殺しきれず、乱回転しながらリュウデリアの横を通って吹き飛ばされていった。そこで直感が働いた。必ず横から追撃が来ると。周囲を確認するまでも無く、直感に従い、足場にしていた大剣の腹を使って自身の体を真下に叩き付けた。ダメージを受けるが、一撃必死の攻撃を躱すことに成功した。

 

ダンティエルの居た所に、尻尾の先に形成した魔力の刃が紙一重で通っていった。避けねばダンティエルの体は今頃真っ二つに両断されていた。それを理解していたからこそダンティエルは、戦闘が開始されてから初めてとなる冷や汗を流していた。大剣を全力で叩き付けた事で地面には直ぐに着地した。そして間髪入れずに横へと緊急回避する。

 

上から残像を帯びながらリュウデリアが現れ、ダンティエルに向けて振りかぶった左拳が振るわれる。それをまたしても間一髪で回避したのだが、リュウデリアの拳はそのまま大地へと吸い込まれていき、叩き付けられ、陸が揺れたと錯覚する程の震動が発生して地面が円形に陥没し、巨大な亀裂が蜘蛛の巣状に奔った。受けていれば確実に原形が分からなくなる程潰されていたというのが、想像に難しくない。

 

 

 

「ぐっ……っ!なんッつー威力だ…っ!?見たことがある最上級魔法でもここまでの威力は無かったぞ……ッ!?それに更に厄介なのはあの速度だッ!あの巨体で何故そこまでの速度で動ける!?俺ですら残像を捉えられるかという域……クソッ!!術式起動、一斉掃射ッ!!」

 

 

 

「──────『略奪の権限(ジャック)』」

 

 

 

「──────はっ!?そんなことまでアリかよ…っ!」

 

 

 

打ち込まれた殴打の威力に舌打ちをし、突き立てられた数々の武器を一斉に浮かび上がらせてリュウデリアへと殺到させた。だがその刃達が届く前に手を翳して純黒の魔法陣を展開すると武器達は動きを止め、向きを反対方向へ変え、ダンティエルの方へと突き進んでいった。

 

リュウデリアがジヒルス王国に来る前から武器に施した操作するための魔法陣を、リュウデリアが更に魔法で乗っ取ってしまった。今やダンティエルに向かってきているのは、リュウデリアの操る武器だ。ダンティエルはリュウデリアの出鱈目さに改めて気が付く。初めての筈の武器の操作は完璧だ。軌道を読まれないように一本一本が出鱈目な動きをして迫ってくる。

 

操作する本数も最初から200本以上を軽々とやってのけている。普通は一発目からは成功しない。一本だって満足に動かせない筈だ。それをリュウデリアは、あろう事か初めてで長年操ってきたダンティエルと互角程の操作を見せ付けた。乗っ取られていない大剣の腹に乗って空中へ退避する。その後を追い掛けてくる200本以上の武器。速度は操られている武器が上。

 

少しずつ迫ってくる武器を振り切ろうと、思い付く出鱈目な軌道で空中を駆けているというのに、一本も引き離せない。如何すれば撒く事が出来るのか。そう考えた瞬間、足下の大剣が突然粉々に砕け散った。本当に突然の事に、ダンティエルは頭が真っ白になってしまった。そして武器の群が追い付いてしまった。もう迎え撃つしかない。

 

ダンティエルは足場が効かない空中で、突撃してくる武器を両手に持つ剣で弾き飛ばしていった。雄叫びで気合いを上げ、瞬きもせず、10、20、30……と武器を弾き飛ばし続けた。そしてダンティエルは、つい前からやって来る夥しい武器に気を取られ、背後で振りかぶっていた大鎚の存在に気が付かなかった。背中を打撃する大鎚。奇襲による驚きと、背中への一撃で呼吸困難になりながら、ダンティエルは自身に突如訪れた状態に驚愕した。

 

 

 

「──────『見聞き奪い不話を為す(ベネクタァ・スリィエンス)』」

 

 

 

瞼を開けている筈なのに景色が見えない。知らぬ内に眼を傷付けられて失明したのかと、手を当ててみるも傷の類は無い。そして何も聞こえない。耳も何かされていないか確認してみるが、耳が飛ばされていたり何かがあった訳では無さそうだ。そして声。何が起きた…、と言ったつもりだったのだが、口を動かした感覚はあれど、自身の声が聞こえない。喋れていないのだ。

 

これはリュウデリアの魔法である。視覚、聴覚、発声を奪う魔法だ。これをダンティエルを背中から襲った大鎚に付与しておき、叩き付けて直接対象を変えたのだ。

 

見ることが出来ない。何も聞こえてこない。声が出ない。普段当たり前にやっている事を突然奪われた人間は、正常に動く事が出来なくなる。どれか一つでも奪われると行動に支障を来すというのに、ダンティエルは一度に三つも主要な部分を奪われた。しかし流石は『英雄』とも言うべきか、地面に真っ逆様で落ちても着地を完璧に熟し、見えず聞こえずでも、的確に上から飛来する武器をはたき落としていく。

 

弾かれた数多くの武器がダンティエルの周囲に乱雑に落ちていく。武器が飛来する時に生じる風切り音を聞き分ける事も出来ない今では、出来ることは一つ。大気の歪みを肌で感じ取って飛来する場所を予測し、類い稀なる身体能力を限界まで活用し、今のように武器を弾いているのだ。

 

声は出ていないが咆哮し、武器を弾き続ける。120、130、140……と弾いていき、後少し…後少しで全て弾くことが出来る。そう思った瞬間のことだった。ダンティエルは下の方で何かを感じた。大気の歪みが生まれたと感じたのだが、気のせいだったのだろうか。そう思うと同時に、体が下に落ちるように高さがズレた。何が…と思ったが理解した。足二本が膝当たりから両断されたのだ。

 

今先程の大気の歪みは勘違いなどでは無かった。物体の通る速度が速すぎて感じ取れなかったのだ。遅れてやって来る痛みに顔を少しだけ歪ませていると、ダンティエルの奪われた視覚、聴覚、発声が戻った。そして視界が戻ると同時、三つ叉の槍と両刃の西洋剣が目前まで飛来してきており、ダンティエルの両腕を肩から奪っていった。

 

上がる血飛沫。飛ばされていく両腕。飛んできて腕を奪った武器によって後方へと倒れて仰向けとなった。広がるのはリュウデリアがソニックブームを起こしながら来たことで雲が吹き飛び、顔を見せた澄み渡る青い空だった。ダンティエルは頭を持ち上げて、前に居るだろうリュウデリアを見た。そこにはやはり、尻尾の先に魔力の刃を形成していたリュウデリアが居た。それと色々な箇所で両断された武器がそこかしこに散らばっている。

 

直感的に理解する。自身が懸命に武器を弾いている間に、リュウデリアは自身が後少しで全て弾き終わると、ほんの少し安堵から来る油断を突いて、飛んでいたり弾かれて地面に突き刺さった武器ごと自身の脚を斬ったのだと。完全に自身の落ち度。そしてリュウデリアの作戦による勝利だった。

 

 

 

「……くくッ。はははっ。あーはっはっはっはっはっはっはっ!!あ゛ー清々しい気分だぜ。脚は膝から下が無ェし、腕は肩からバッサリ。武器は乗っ取られて一本も動かせねェし、予備は存在しない。こりゃァお手上げだわ。俺の敗けかァ……」

 

「……貴様は俺が生まれてこの方、100年余りで出会った中で最も強い存在だった」

 

「はははっ。無傷の奴が言うンじゃねーよ。嫌みか?くくッ。……しっかし、まだ100年しか生きてねェのかよ。龍にしてみればまだまだガキじゃねーか。つまり、お前はこれから先、今とは比べ物にならないほど強くなるわけだ。かーっ!!そんなお前とも戦ってみたかったぜ!ま、無いもの求めても仕方ねーわな。俺は潔くここで散るとしますかねェ」

 

「貴様は強い。強いが今回は俺の方が強かったというだけだ。だが覚えておくぞ、貴様の『千剣』のダンティエルという名を。欲を言うのならば『千剣』の由来となった操られる千の剣を見てみたかった」

 

「……俺はダンティエル・ブレイワークス。来世が有るならまた会おうぜ。今度はお前を完膚無きまでにぶちのめしてやるよ」

 

「ふん。来たところでまた殺してやるが、期待せず待ってやる。ではな、ダンティエル・ブレイワークス。突然変異(どうるい)に生まれし人間」

 

「じゃあな、リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。俺が生まれ直すまで精々長生きしろよ」

 

 

 

リュウデリアはダンティエルから踵を返してジヒルス王国の方へと歩みを進めた。そして右手の人差し指を上に向かって振ると、ダンティエルから乗っ取ってまだ使える100本程度の武器を上空へ飛ばし、仰向けに倒れ込んでいるダンティエルに差し向けた。

 

『英雄』とまで謳われたダンティエルは、降り注ぐ数多の武器を見ながらぼうっとして考える。これまでの戦いに明け暮れた日々を。どんなことよりも強い奴と戦うことが好きだった。体を動かしていると生きていると実感する。窮地に立つと快感すら覚えた。

 

強い奴と戦って死ぬなら本望だ。常にそう考えているし、覚悟なんて魔物が蔓延る森へ行こうと決心した子供の頃から出来ている。だが…それでも……リュウデリアとの戦いは最高に楽しかった。全力でやって傷一つ付けられない、絶対強者。最強の種族でありながら突然変異として生まれてきた純黒の黒龍。悔いは無い。だが未練はあった。

 

 

 

「…っ……くっそッ。まだまだアイツと……やり合いたかったなぁ……っ!!今度はぜってー敗けねェからなァッ!!覚悟しやがれェッ!!!!」

 

 

 

ダンティエルは嬉しそうに、哀しそうに笑みを浮かべながら、リュウデリアに届く程の大声で叫び、数多の武器に体を突き立てられ、『英雄』はこの世から去った。

 

最後のダンティエルの叫びがリュウデリアに届いたのかは分からない。だがリュウデリアの尻尾は左右にゆらゆらと揺れている。まるで別れを告げて手を振っているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間の中でも限られた者しか到達出来ない『英雄』が死に、最強の種族として共通認識を持たれている龍がやって来る。兵士では刃が立たないのは火を見るより明らか。故にジヒルス王国の国王は城につけられている屋上テラスまでやって来ていた。傷だらけで死にかけの精霊であるスリーシャを連れ、国王は絶えない微笑みを浮かべながら、此方を見ている純黒の黒龍の瞳を見つめ返した。

 

ジヒルス王国の建築物を歩くだけで破壊され、土を魔法で操って王国の全ての出入り口を塞がれた。やはり人間一人だって逃がすつもりは毛頭無いようだ。そして城の前までやって来て、国王とスリーシャが出て来るのを見ていたリュウデリアは、スリーシャの状態を見て膨大な魔力を溢れさせた。

 

あれだけの戦いの後だというのに疲労の色は全く見えない。感じ取れる魔力は底など無いようにすら思える。『英雄』の一撃を受けても無傷の純黒の鱗は美しく、国王には今まで見てきたどんな絵画や宝石、傾国の美女等よりも綺麗に見えた。欲しい。そう短絡的に考えるほどの魅力が前にある。だが国王は頭を振って煩悩を消した。今から死ぬのに、そんな想いは抱くだけ無駄だと。

 

 

 

「──────ようこそ。純黒の黒龍リュウデリア」

 

「俺の名を呼ぶな塵芥風情が。況してや貴様はスリーシャを甚振った──────真面に死ねると思うなよ?」

 

「分かっている。そもそもダンティエルが敗れた時点で俺達が死ぬのは決定していた。どんな死でも甘んじて受けるとも。……それよりもそら、精霊を受け取らんでいいのか?俺が言うのも何だが、もう死ぬぞ」

 

「……精々苦痛のある死を遂げるが良い」

 

 

 

リュウデリアは魔力の操作で傷付いたスリーシャを浮かび上がらせて掌の上に寝かせ、外的要因による刺激が無いように、純黒の膜で覆った。これでリュウデリアのスリーシャ奪還は果たした。あとは、このジヒルス王国の民と国王を皆殺しにして殲滅し、国を滅ぼすだけだ。

 

用が済んだリュウデリアは翼を広げて飛び立ち、上空から純黒の球体をジヒルス王国の中間位置に投げ落とした。落ちてきた莫大な魔力が籠められた球体に、人々は騒然としたものの、直ぐにそんな騒ぎは別の騒ぎへと切り替えられた。

 

 

 

「──────『迫り狂う恐怖(フゲレス・フォーミュラァ)』」

 

 

 

ジヒルス王国の国王を除いた全ての人間に、同士討ちを強制させる魔法を掛けた。突如始まる人間同士の醜く残虐で凄惨な殺し合い。それを一人だけ見届け、正常な意識を持ったまま誰かに嬲り殺される時を待つ国王。生きる為に、徹底的に嬲られて殺されることだろう。それを分かっていて尚、国王の表情には変わらない微笑みが張り付いていた。

 

ジヒルス王国はジヒルス王国の民の手によって生存者は0となった。生き残った最後の人間も、正常に戻った頭で狂った己の行いに耐えきれず自決。惨い殺され方をした死体だけが国内に捨てられていた。それから暫くして、ジヒルス王国は純黒の光に包まれてその姿を完全に消すこととなった。

 

後日、突如姿を消したジヒルス王国の国王の署名が入った手紙が風に流れて近くの王国に渡り、拾って読んだものが一大事だと国王に渡した。それから、その国の国王は世界に向けてメッセージを伝えた。曰く、純黒の鱗を纏いし黒龍…リュウデリア・ルイン・アルマデュラは日を跨ぐことなく三つの国を滅ぼし、数少ない選ばれし『英雄』をも正面から容易に屠った。見つけた者は死を覚悟するべし。彼の純黒の黒龍に慈悲は無く、逆鱗に触れれば訪れるのは殲滅である……と。

 

 

たったの一日で三つの国を跡形も無く消し去った純黒の黒龍に、人間は恐怖した。今は亡き一国の国王にここまで言わしめる存在である。人々は恐怖の象徴として、リュウデリアに二つ名を付けた。

 

 

 

殲滅龍(せんめつりゅう)』……純黒の黒龍であるリュウデリアに付けられた名である。

 

 

 

因みに、それを本人が知るのは更に数日後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リュウデリアはこれ以上無く速度を出して飛んでいた。望み薄かも知れないが、スリーシャが宿っていたあの大樹の元まで連れて行こうと思ったのだ。件の大樹も既に大部分が焼けてしまっているが、完全に死んでしまった訳では無い。まだ辛うじてだが生きている。

 

掌の上にある純黒の膜の中で眠っているスリーシャからは、魔力を微かにしか感じない。そして生命力から来る気配もかなり薄い。本当の死にかけであった。あと数分もすれば、スリーシャの生命活動は止まる事だろう。故にリュウデリアは珍しく焦った表情をしながら森を目指し、大樹の元まで急いだ。

 

 

 

「──────スリーシャッ!!着いたぞッ!お前の宿っていた大樹だッ!!今すぐ傷を癒せッ!!」

 

「……………………。」

 

「おいスリーシャッ!!目を開けろッ!!眠っていると本当に死ぬぞ!?聞こえているのか!?」

 

「……………………。」

 

「この俺に助けられたというのに、お前は俺と一言も交わすこと無く死ぬつもりか!?そんなこと俺が許さんぞッ!?」

 

 

 

森の上を飛んで大樹の元までやって来たリュウデリアは、純黒の膜を解除して、元々スリーシャの本体が入っていた大樹の根元に割れ物が如くゆっくりと横たわらせた。しかしスリーシャは目を覚まさず、それどころか傷の回復すらしない。まさかそんなことも出来ない程弱っていたとは……と、リュウデリアは手を握り締める。

 

大声で話し掛ける。喧しさで目を覚ますならば幾らでも声を張り上げる。だがそれでもスリーシャが目を覚ます様子が無かった。リュウデリアはもう如何すれば良いのか分からなかった。魔法による回復をリュウデリアは行えない。傷を治す魔法なんてものは存在せず、有ったのは今よりも遙か古代で、今では失われた技術だからだ。

 

ぶっつけ本番でやろうにも、今やってほんの少しでも間違えれば、体力が残っていない今のスリーシャでは到底堪えきれない。如何すればいい?如何すればスリーシャが助かるというのか。リュウデリアは歯噛みする。こうなるならば一々憎い王国を滅ぼして回るのではなく、場所を無理矢理聞き出してスリーシャを奪還し、後で滅ぼしに行けば良かった。

 

過ぎ去った事はもう変えられない。発達した聴力がスリーシャの掠れた息遣いが少しずつ間隔が広くなり、浅くなっていった。今まさにスリーシャが事切れようとしていた。リュウデリアに出来ることは……もう無い。

 

 

 

「──────その者の傷、私が治してやろうか?」

 

 

 

「──────ッ!?…………何者だ、貴様」

 

 

 

事切れる寸前のスリーシャの前で座り込み、項垂れるリュウデリアの元へ澄んだ美しい声が聞こえてきた。ハッとして瞠目したリュウデリアは頭を上げて声がした方を見た。腰まである長く細い煌びやかな純白の髪。真っ白でヒラヒラとしたキトンのような服を身に纏い、服の下にある肉体美が人の情欲を誘う。

 

程良い大きさの胸部に、括れた腰。形の良い臀部。人間が居ればその絶世な美しさに心を奪われるだろう。だがリュウデリアは龍であり、それ以上に気配を感じさせること無く、近くまで寄ってきていた事に警戒心を抱いた。

 

それを知ってか知らずか、女は神がかっている整った顔立ちに微笑みを浮かべ、リュウデリアの方へと近付いてくる。まるで警戒する必要は無いと語るように。

 

 

 

 

 

 

リュウデリアに何者かと問われた、この絶世の美女の正体は何なのか、まだ解らない。だがそれとは別に、スリーシャの命のタイムリミットが刻一刻と近付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








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第九話  黒龍と女神






 

 

温かく、気持ちの良い空間に居る。寒くなく、熱くも無い、丁度良いと感じ、横になれば誰でも直ぐに微睡みの中に入ってしまいそうな、そんな空間に居た。

 

自身は今、仰向けで眠っている。背中にはもふもふのクッションが敷いてあった。寝るのに適した空間とクッションに、仰向けで寝ているスリーシャはまさしく夢心地だった。しかしスリーシャはふと思う。あれ?と。そういえば今でこそこんなに心地良い空間で横になっているが、何故横になって寝ているのだろうか……と。

 

一度考えるとこれまでの経験した過去が湯水の如く頭の中に流れ始めた。人間が森へやって来て害が無いことを確認し、日にちが経つにつれてやって来る人間は森を荒らすようになってくる。忠告をした。これ以上森を荒らすなと。荒らすならば今すぐに出て行けと。そう言うと人間は潔く森から出ていった。

 

だが帰っていったと思ったら、またすぐにやって来て森に火を付けた。緑の森が真っ赤に染まり、パチパチと音を立て黒くなり、他に燃え広がって大切な森が失われていく。そして意図的に点けられた火は自身の本体がある大樹へと、その魔の手を伸ばし、人間達はその間に小さな精霊達を捕まえていく。

 

泣き叫んで逃げても追い掛けられ、捕獲されて連れて行かれる小さな精霊達を見ると胸が引き裂ける想いだ。だから連れて行くのならば自身だけにして、他の子達には手出ししないでと言った。それに了承した人間達だったが、人間達は約束を破った。人間達は自身の本体の肉体を捕らえると、小さい精霊達を再び捕らえ始めたのだ。言っていた事と違うと叫んだら、その場で一番偉い人間が言ったのだ。

 

 

 

『約束と違う……?ふむ──────お前を捕らえたら他を逃がすという約束をした証拠はあるのか?』

 

『……え?』

 

()()そんなことを言ったのだとしても、証明出来なければ無効も同じだろう。つまらん事を言っている暇があるならば目に焼き付けたらどうだ──────他の精霊が捕らえられる瞬間を』

 

『──────何という……あなた達は、何故そう平然と酷い事が出来るのですか……っ!あなた達は約束一つも守れないのですか……っ!』

 

『は、我々人間が、人間ならざる存在と対等な関係でなければならない?交渉はそれ相応の対価を持つ者と、対等な者により行われる。貴様の身がそれ相応のものか?違う。貴様は我々人間と対等か?違う。我々は搾取し、貴様等は抵抗無く搾取されるべき存在だ。交渉なんぞ通ずると思った己を恨むのだな』

 

『……ひどい。っ……ひどすぎます……。私達が一体……っ何をしたというのです……っ!』

 

『言っただろう。貴様等は搾取されるべき立場にあると。何かをした、してないは関係無い。()()()()()()()()()。それだけだ』

 

『……───────────。』

 

 

 

人間の醜さに絶望した。何故こうも非情な事が出来るのだろうか。首と手足に枷を嵌められ、鎖で繋がれて動くことが出来ない。出来るのは捕らえられていく小さな精霊達を見ていることだけだった。無力。あまりに無力。何も出来ず、人間に裏切られて捕まって、見ることしか出来ない。ここまで何も出来ない自分自身を呪った事は無い。

 

逃げ回っている小さな精霊達は捕まる。だがその中で唯一逃れられる事が出来た精霊が居た。視界の端で逃げ果せた小さな精霊を偶然目にしたのだ。その時は人間に悟られないように目線を逸らし、唯々祈った。どうか逃げ延びて、生きてくれと。その祈りが届いたのか、チラリと確認すると小さな精霊はもう居なかった。良かった。本当に良かった。不幸中の幸いに涙を流した。

 

スリーシャはその時、逃げ果せた小さな精霊が生き延びて行くのだろうと思っていた。だが真実は全く違う。小さな精霊は仲間達を助けるために、拒絶されるかも知れないというのに7日掛け、嘗て交流のあった最強の種族の黒龍の元まで行ったのだ。見捨てるつもりも、一人だけ生きていこうという気持ちは無かった。

 

だが小さな精霊の掛けた7日間は、酷かも知れないが長すぎた。国に着いたと思えば直ぐに違う国に送られ、着いたら直ぐに魔力を搾取された。人間はスリーシャや小さな精霊達から抜き取った魔力を、巨大な魔水晶に貯め込み魔道具の開発に役立てると言っていた。つまりはどれだけあっても困らないということだ。それからは酷いものだった。魔力が枯渇し、命を奪いかねない状況でも魔力を搾り取ろうとした。その所為でまだ小さない精霊達は耐えきれず命を落とした。

 

小さな精霊の上位互換の存在であるスリーシャはまだ耐える事が出来た。だが小さな精霊には無理だ。代わりに取っていいから止めてくれと言っても、人間達は聞く耳を持たず、結局スリーシャを除いて全て死んでしまったのだ。そしてその死ぬ瞬間というのも、スリーシャは見ていた。苦痛以外の何物でも無かった。

 

数日間に渡り、魔力を限界以上に搾取され続けたスリーシャが次に受けるのが、理不尽な暴力だった。ジヒルス王国の国王は他者を傷付けることに興奮を覚える類の人間で、送られてきたスリーシャに暴力を与え続けた。終わらないのではと思っていた暴力に、ここで死ぬのだと悟りを覚える頃、リュウデリアが来たのだ。来ないと思っていた、あのリュウデリアが……。

 

そこからスリーシャはハッとして柔らかで寝心地の良い布団のようなものから起き上がった。上半身を勢い良くがばりと起き上がらせ、頭を振った。夢を見ていたかのように、人間に捕まってからの事を思い出していると、リュウデリアの事が頭をよぎって飛び起きた。

 

 

 

「……私は確か……あの国の国王に鞭で打たれて……それから……そうだわ、リュウデリア……っ!あの子が私を助けるために……っ!」

 

 

 

スリーシャは枯れ葉の上に大きな葉っぱを載せて作った簡易的なベッドから立ち上がり、周囲を見渡した。しかし瞼を開けているにも拘わらず、一寸先は闇の中で何も見えなかった。手探りで何か無いか探して歩っていると、掌に何かが触れた。硬く、岩のような何かだった。唯、岩にしては滑らかな手触りなので、スリーシャは首を傾げて触れているものが何なのか思案していた。

 

手を動かして硬い何かを伝って移動していると、何やら滑らかな触り心地のものは、幾つもの集合体であるようだった。手で触れながら伝って歩いていると、窪みのような所に触れた。スリーシャはそこをペタペタと触れて外に通じるような何かが無いか探す。すると、スリーシャが触れているものが動き出し、中から黄金に妖しく光るスリーシャの身長よりも大きい瞳が現れた。

 

 

 

「えっ………………きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

「……ッ!?目が覚め──────痛ァッ!?」

 

 

 

スリーシャは突如現れた黄金の瞳に平手打ちをかました。反射だった。意図してやった事では無い。なので例えその瞳がリュウデリアのものであったとしても、それは仕方の無い事だ。物凄く近い位置から声が聞こえ、その声が聞き覚えのあるものに、スリーシャは目を丸くして驚いた。その一方で、見えていた黄金の瞳は瞼を閉じられ、真っ暗闇の世界に光が差し込まれた。

 

ゆっくりと純黒の壁が動く。それはリュウデリアの巨大な体だった。眠っているスリーシャをすっぽり囲み込んで翼で蓋をし、外敵の一切からその身で護っていたのだ。人間の『英雄』でも傷一つ付ける事叶わなかったリュウデリアの純黒の鱗に傷を入れられる存在が、スリーシャの宿っていた大樹の周辺に居るはずも無く、スリーシャが目覚めるまで襲撃は無かった。まあ、リュウデリアの魔力と気配で大抵の生物は近寄らないのだが。

 

真っ暗な所から光を浴びた事で眩しさに目を細め、腕で光を遮って慣れるのを待つ。慣れた頃を見計らって腕を退かすと、黒く焦げて一部は灰となっている大樹が目に入った。長年連れ添った大樹が無惨な姿になっている事に胸を痛めると、背後から呻き声が聞こえた。スリーシャはハッとして振り返ると、見上げる背丈まで成長したリュウデリアが左手で左眼を押さえていた。

 

スリーシャは思い出した。今先程、反射的に黄金の何かを引っ叩いたが、良く思い返せばあれは黄金の瞳だった。あっ……と、察した。スリーシャが引っ叩いたのはリュウデリアの眼球である。それも思い切り直接である。何気に生まれて一番のダメージは、スリーシャの眼球への平手打ちだった。

 

 

 

「~~~~ッ!!まさか眼球に平手打ちを食らうとは思わんかった……」

 

「ご、ごめんなさいリュウデリア…っ!だ、大丈夫?本当にごめんなさいね?」

 

「いや、気にするな。お前が起きただけで十分だ」

 

 

 

「──────感謝するんだぞ。お前が起きるまでの3日間。リュウデリアは一歩もそこから動かず、誰も近付けないように護っていたのだから」

 

 

 

スリーシャが眼を手で押さえているリュウデリアに謝罪していると、そんな両者の英田に並び立つように現れた美しい女性に、スリーシャは目を丸くした。突然現れた女性は本当に美しく、そして会った事も無い知らぬ者だったからだ。不思議そうに首を傾げてから、上を向いてリュウデリアの顔を見ると、どこか苦々しい表情をしていた。

 

何故リュウデリアがそんな表情をしているのだろう……と、更に首を傾げてから、取り敢えずスリーシャは現れた美しい女性に誰なのか尋ねてみることにした。

 

 

 

「……あなたは?」

 

「私はオリヴィア。お前の傷を治した者であると同時に──────女神だ」

 

「え……っ!?め、女神様!?」

 

「あぁ。正真正銘女神だとも。よろしく頼むぞ」

 

 

 

スリーシャは口を手で覆いながら瞠目した。女神、つまりは神と謳われる存在は、人間や精霊や龍、その他の種族が住まう下界には降りてくる事は滅多な事では有り得ず、探して見付かるような存在ではないからだ。謂わば一目見ただけでも生涯語り継いでいけるほどの伝説的な存在である。

 

件のオリヴィアといえば、驚き固まっているスリーシャに微笑みを浮かべている。吊り目気味で薄く笑みを浮かべる唇。高い背丈に小さな顔。一目だけで解る完璧なプロポーション。神としての存在故に感じ取れる神威。クールな印象を受ける女神オリヴィアの微笑み一つで、生物学上は同じ女のスリーシャは、つい見惚れて顔が熱くなってしまう。

 

ぽーっと見惚れていたスリーシャなのだが、頭を振って正気に戻るとその場に膝を付き、オリヴィアの前で平伏した。それには流石のリュウデリアも驚きである。何故突然頭を下げるのか、解らなかったのだ。

 

 

 

「スリーシャ……?何をしている?何故この女に頭を下げているんだ」

 

「リュウデリア。教えていませんでしたか?神は本来我々の住まう地上に奇蹟や豊穣、時には力すらも与える偉大な御方達なのですよ。一生の内に出会えればその後の生涯に語り継いでいっても当然なこと。況してや私はオリヴィア様に傷を治して貰った大恩があります。ならば頭を下げるのは至極真っ当と言えるでしょう」

 

「……私は私の目的があってお前を治したに過ぎん。それに私はそこまでして畏まられるのは好きではないんだ。頭を上げてくれ」

 

「は、オリヴィア様のお望みのままに」

 

 

 

オリヴィアに言われてやっと頭を上げて立ち上がったスリーシャだが、何処かその目には敬服の念が混じっているようにも思えた。神とは本来信仰の対象であり、場所によっては貢ぎ物やお供え物を捧げることによって無病息災や、畑の豊作を願ったりする。

 

中には神により人知を超えた力を与えられ、英雄や伝説になり歴史に名を遺す存在も居る程だ。つまりは全ての種族の完全な上位的存在とも言えるだろう。故にスリーシャは目の前に居る本物の女神であるオリヴィアに平身低頭の様子なのだ。

 

スリーシャの対応にオリヴィアが苦笑いしていると、スリーシャはふと思った事がある。死にかけていた自身の体の傷を治してくれたのは女神オリヴィアてまある。だがそのオリヴィアには目的あり、その為に治したのだという。つまりは目的の中には間接的にもスリーシャが関わっているということだ。スリーシャは不敬ではないかという考えを抱きながら、恐る恐るオリヴィアに尋ねた。

 

 

 

「オリヴィア様。オリヴィア様の目的というのは何なのでしょうか?先程の話によると、私がその目的に間接的に関わっているように聞こえたのですが」

 

「ん?あぁ、その事か。私の目的、それはな──────」

 

 

 

このオリヴィアが語る目的の話は、スリーシャが目覚める3日前に遡る。スリーシャはオリヴィアに話を聞きながら、頭上でリュウデリアが苦虫を噛み潰したような表情をしているのが気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────スリーシャが目覚める3日前。

 

 

 

 

細心の注意を払いながら森にある大樹の元までやって来たリュウデリアは、大樹の根元、元々スリーシャの本体が居たところに寝かせ、傷を癒させようとした。しかしあまりに衰弱していることもあって、スリーシャの呼吸は弱く浅くなっていき、もうリュウデリアにはどうしようも無いと、諦めるしかないのか……と、思ったその時に現れたのが、オリヴィアだった。

 

何処からともなく現れた美しい女性の容姿をした女神のオリヴィアに、リュウデリアは警戒心を抱いた。それこそ不用意な動きを見せれば、誰の目にも捉えられない速度でオリヴィアを殺すことが出来る程の。今のリュウデリアは緊迫していたからだ。恩人が目の前で息絶えようとしている状況、普段のように冷静でいられる訳が無い。

 

 

 

「──────私がその者の傷、治してやろうか?」

 

「──────ッ!?……何者だ、貴様」

 

「私はオリヴィア。女神オリヴィアだ。見たところ、あと一分もすればその精霊は死ぬだろう。どうする、私が治してやろうか?」

 

「──────消えろ。今の俺は虫の居所が悪い。素性も知れん貴様なんぞに頼るものなんぞ無い。今すぐ消えねば、神だろうがこの世から消すぞ」

 

 

 

リュウデリアは本気だった。今すぐ消えないならば、オリヴィアを本気で殺して消すつもりだった。唯でさえ緊迫しているというのに、スリーシャの近くに知らない誰かを近付けようとも思わなかった。だからリュウデリアは尋常ではない殺気と莫大な魔力を放出しながらオリヴィアを威嚇し、脅しも籠めてオリヴィアの目前まで指先を寸止めの要領で突き付けた。

 

しかしオリヴィアは動かなかった。殺気を放った寸止めだったというのに、目前にある命を容易く奪える鋭く鋭利な指先に、瞬き一つとてしなかった。堂々とした佇まいで微動だにしないその姿と、リュウデリアの瞳を真っ直ぐ見つめるオリヴィアの朱い瞳に、リュウデリアは目を細めた。

 

そしてそれからリュウデリアは瞠目する事となる。なんとオリヴィアは目の前にあるリュウデリアの鋭い指先に左掌を擦って切り傷を作ったのだ。浅いものではない。掌の肉を半分は切り裂いただろうという深手である。少しだけ表情を歪ませたオリヴィアは、大量に滴る赤黒い血に塗れた左掌をリュウデリアへ一度見せ付け、それから右手を負傷した左掌に翳す。

 

右手から純白の光が発せられる。リュウデリアは眩しそうに目を細めながら、一連の過程を見ていた。右手から発せられる純白の光に当てられた左掌は、みるみると深い切り傷を塞いでいき、あっという間に傷を無くしてしまった。滴っていた血も消えて無くなり、オリヴィアの手は傷付ける前と全く変わらない、綺麗な白魚のような手であった。

 

 

 

「何……っ!?傷の治癒だと…!?」

 

「ふふ。私は治癒の女神オリヴィア。治癒に於いて、私の右に出る者は居ない。例え部位の欠損であろうと、元通りに治すことが出来る」

 

 

 

──────回復系の魔法は今よりも遙か古代の文明時代に失われたとスリーシャに聞いた。この女がやった事は正しく回復のそれ。治癒の女神……気配はこれまでの者共と全く違う……そして何より治癒中に魔力の一切を感じなかった……っ!疑い、否定するのは容易だ。だが目の前でその力の一端見て、それでも納得もせず、否定するのは俺の矜持に関わる。……問題はこの女が本当にスリーシャに害を与えないかということ……しかし、スリーシャはもう……。俺には傷を治す術が一切無い…………クソッッ!!

 

 

 

リュウデリアにはもう後が残されていなかった。これ見よがしに必要な時に必要な力を持った存在が現れ、スリーシャの傷を治すという。これ程上手くて都合の良い話が他に有るだろうか。いいや、有るわけが無い。世界はそこまで上手く出来てはいない。リュウデリアは訝しみながら、選択肢を与えられているようで、脅迫されていることに歯噛みした。

 

その場から一歩も動かず、リュウデリアの事を真っ直ぐ見つめているオリヴィアから目を離し、スリーシャの方を見る。先よりも更に呼吸が浅くなっていた。もう今まさにスリーシャが事切れようとしている。もう一度オリヴィアの方を見る。オリヴィアは目を離している間もその場から微動だにせず、薄く微笑みながら決まり切った答えを待ってた。

 

リュウデリアは自身の恩人の為に、背中を曲げて頭を下げた。もう頼れるのはオリヴィアのみ。そして最低限度の礼節を重んじる。リュウデリアは生まれて初めて、他者に頭を下げたのだ。

 

 

 

「──────頼む。()()()()対価は払う。故にスリーシャを……俺の恩人の傷を治癒してくれ……この通りだ」

 

「……分かった。引き受けよう」

 

「……だがこれだけは言っておく──────怪しい行動一つでもしてみろ、俺は一言掛ける事無く、貴様を殺す。この世から消してやる。何処へ逃げようとも必ず見つけ出して、惨たらしく惨苦に殺す」

 

「──────構わない。私は私の目的有っての行動。態々無駄なことはしない」

 

 

 

薄く浮かべていた微笑みを消し、真剣な表情でリュウデリアを見返す。その気配に嘘は無く、心からスリーシャを助けようとしてくれていた。しかしそれでもリュウデリアは信じ切る事は無い。会ったばかりの者に全幅の信頼を置くなんてお人好しのことを、リュウデリアには出来ない。出来ようはずも無い。

 

大樹の根元に寝かされているスリーシャの元まで近寄ったオリヴィアはしゃがみ込み、両手を翳す。その様子をリュウデリアは後ろから右手を魔力で覆いながら観察していた。翳されたオリヴィアの両手から純白の光が放たれる。淡く優しい包み込むような純白の光はスリーシャを照らし、傷が無い所を見つける方が難しい、痛々しい体の傷を治癒し始めた。

 

浅く擦れた傷から、肉を深くまで抉られた傷まで、純白の光は治していった。みるみると傷は無くなっていき、スリーシャの体は見違えるように綺麗になった。どこからどう見ても傷一つ無い、リュウデリアの記憶にあるスリーシャの姿だった。

 

優れた聴力で、スリーシャの息遣いが元の健康な状態のそれとなり、顔色も優れたのを確認して安堵の溜め息を溢した。心臓も正常に動いている。先程までの死にかけの状態が嘘のようだった。心なしか表情も柔らかなものとなり、それが更にリュウデリアの安心感を強くさせる。因みにであるが、此処へ置いてきた傷だらけの小さな精霊の傷も治癒してもらい、回復して眠っている。

 

スリーシャのことはもう安心して良い。だが話はここで終わった訳では無い。スリーシャの命を助けたのは他でも無い、オリヴィアである。そしてそのオリヴィアは目的があってリュウデリアの前に現れ、スリーシャを助けると申し出た。これ以上無いタイミング。これ以上無い状況。これ以上無い治癒の力。これで無償だと言われた暁には、リュウデリアは生物そのものの理解を放棄することだろう。

 

穏やかな表情で静かに眠るスリーシャを少しだけ見届け、オリヴィアは立ち上がってリュウデリアの事を見た。浮かべられる薄い微笑みにはまるで、約束通り治したぞ……と、言外に語っているようだった。リュウデリアは頭の中で、解っていると諦観の念を抱きながら、オリヴィアに話を聞いた。

 

 

 

「……それで、女神オリヴィアとやら。貴様は……いや、お前は俺に何を求める。俺の恩人の命を助け、このリュウデリア・ルイン・アルマデュラに何を望む」

 

「クスクス……。そう警戒してくれるな。私がお前に求めるのはたった一つ──────私をお前の傍に置いてくれ。期限は今のところ考えていない」

 

「……?お前の目的というのはそれだけか?俺の鱗や心臓や血を求めるのではないのか……?」

 

「……?それこそ何故だ。私はお前の傍に居たいだけだ。お前の傍で、お前の行動一つ一つを観察し、共に流れる時間を噛み締める。それが私の望みだ」

 

「……要領を得んな。しかし、それがお前の望みだというならば、俺に否は無い。だが、謂わばお前は突然現れた未知の存在だ。傍に居る事を許そうと、警戒を解くことはない。それは頭に入れておくが良い」

 

「ふむ。まあ、そこは追々解きほぐしていくとして……では、よろしく頼むぞ。純黒の黒龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラ」

 

「……あぁ。よろしく頼む、治癒の女神オリヴィア」

 

 

 

こうして奇しくも、女神であるオリヴィアと、純黒の黒龍であるリュウデリアは、共居ることとなった。リュウデリアはオリヴィアが何故自身の傍に居る事を願ったのか、毛ほども理解していない。いや、理解していないというよりも、理解出来ないのだ。最強の種族である龍の鱗や心臓、体中を流れる真っ赤な血潮は尋常では無い価値を有する。それが例え人間やその他の種族達のように、紙幣による等価交換の習慣が無い神であろうと、同じ筈だ。

 

若しかしたら、高位な存在である神にとっては龍の肉体の一部よりも価値が有るものが存在するかも知れない。いや、そもそも全てが全て、龍の素材を至上としていると一様には言えないのだが、それでも貴重な事には変わりない。

 

だがオリヴィアはそんなことは一切求めず、利益になるのかすら解らない、リュウデリアの傍に居るだけという望みを口にした。迷いは感じられなかった。恐らく最初から決めていたことを、唯口に出しただけなのだろう。故にリュウデリアは不可解だった。リュウデリアはオリヴィアとは初対面である。これまでの100年余りの人生の中で、言葉を交わしたことも無ければ、一目見たことも無い。

 

リュウデリアは疑問の残る思考をしながら、オリヴィアの事を見た。オリヴィアはリュウデリアが見ていることに気が付いたのか視線を合わせ、美しい限りの顔で優しく微笑んできた。リュウデリアは目を細め、鼻を鳴らして視線を逸らし、傷が無くなって綺麗になったスリーシャを魔力操作で浮かび上がらせて自身の近くに連れて来た。

 

スリーシャを浮かび上がらせたまま、人間の放った火で燃えていない所から大量の枯れ葉と大きな葉を魔力操作で引き寄せ、簡易的なベッドを作成。その上にゆっくりとスリーシャを降ろした。身体的な傷は無くなっても、魔力を奪われた時の疲労や甚振られた時の疲労も重なって精神的に疲れている筈。だからスリーシャが自然と目を覚ますまで待とうとしている。

 

簡易的なベッドの上で眠るスリーシャの健康状態を、瞳に魔法陣を描いて確認してから巨大な体で円形に囲い、大きな翼で蓋をした。これで何者もスリーシャを傷付けることは出来なくなった。仮にスリーシャを害するつもりならば、スリーシャを囲っているリュウデリアを相手にしなければならない。完全で完璧な防壁である。

 

スリーシャを護るために己の身を壁にして丸くなっているリュウデリアを見つめながら、オリヴィアは近くの切株に腰を掛け、膝に肘をついてから手に顎を載せて静かにしていた。特に何かをするわけでは無く、唯丸くなってジッと動かないリュウデリアの純黒の鱗を見つめていた。

 

 

 

「……艶々だ」

 

「……………………。」

 

「混じり気の無い完璧な黒。ここまで美しく突き詰めた黒は初めて見た。……とても硬そうだ」

 

「……………………。」

 

「──────すっごく触りたい」

 

「勝手に触れたら殺すぞ」

 

「………………………………………………解った」

 

「間が長いわ愚か者」

 

 

 

特にこれといった会話はなかったが、時折オリヴィアがリュウデリアに話し掛け、リュウデリアが渋々と答えるという会話は行われていた。まだまだ会ったばかりの両者である。リュウデリアは取引の内容があるためオリヴィアが傍に居る事は特に何とも思っていないが、オリヴィアはリュウデリアとどういう会話をすればいいのか思案しているようだった。

 

ただそれでも、ちょっとしたリュウデリアとの会話をする度、少し嬉しそうにしているオリヴィアに、良く解らない奴だとリュウデリアは心の中で溢していた。まるでリュウデリアとの会話を楽しんでいるように思えるオリヴィアだが、それは無いだろうと判断する。会ったばかりの者に対し、そこまで好意的に接せられる理由が無いという、至極真っ当な理由を抱いているからだ。

 

 

 

「しゃりっ……近くに果物があったぞ。食べるか?」

 

「……要らん」

 

「ふむ、そうか……分かった。……しゃりっ」

 

 

 

ずっと視線を感じていたが、その視線が途切れ、オリヴィアが何処かへ行ったかと思うと、割と直ぐに帰ってきた。その手に幾つかの果物を持って。果物を採りに行く前に腰掛けていた切株に再び腰を下ろし、膝の上に果物を置いた。幾つかの果物の中から林檎を一つ手に取ると、汚れがないか確認してから齧り付いた。しゃりしゃりといい音を立てながら食べ、神とも謂われる存在もモノを食べるのだな……と、神の事について一つ知ると、オリヴィアはリュウデリアに別の果物を差し出しながら要るか聞いてきた。

 

傍に居る事を許しても警戒を解いていないリュウデリアは、もし仮に何かを果物に混入されている場合も考え、要らないと返答した。極論を言ってしまえば、そこらにあるような毒程度では龍を殺すことなど以ての外で、龍は強靭な胃と胃液を持っている。それ故に別に食べても問題無いのだが、リュウデリア的にはまだ素性の知らない者から何かを受け取るつもりは毛頭無かった。

 

拒否されたオリヴィアは特に責める様子も、残念がるような様子も無く、食べかけの林檎を食べ進めた。焦ることもなくゆっくりと林檎を完食したオリヴィアは、別の果物も食べていく。リュウデリアの呼吸とオリヴィアの呼吸、そして果物を咀嚼する音だけが聞こえる。そしてそれから少しすると、オリヴィアはふぅ…と、一息を入れた。膝の上にあった果物はすっかり無くなっている。そしてどうやら、丁度腹もいっぱいになったようだった。

 

食べ終えたオリヴィアはまたリュウデリアの事を見ていた。見ていてつまらなくは無いのかと思ってしまうほど、オリヴィアはリュウデリアの事を見続けた。そうして時間が経っていくと、雨雲が掛かってきて、ぽつぽつと雨が降り始めた。リュウデリアは雨に濡れようが関係無いので気にしていないのだが、それよりも気になるのはオリヴィアのことだった。

 

雨が降っているにも拘わらず、オリヴィアは切株に腰掛けたままその場から動こうとしなかった。雨に濡れて髪が額や頬に張り付き、来ている服も濡れて肌が透けている。最早服の意味を為していない様子に、リュウデリアは訝しんだ。雨を凌げる場所に移動すれば良いだけだというのに、そこから動こうとしないのだ。だがリュウデリアには関係の無いこと。

 

何かの気配だったり魔力を感知したり、オリヴィアが動いたりすれば直ぐに目を覚ます浅い眠りに入ったリュウデリア。その様子を見ながら、オリヴィアは雨が強くなろうとその場から動かなかった。そしてそれはリュウデリアが1時間で目を覚ました時にも続いていた。起きたリュウデリアは溜め息を溢しながら、スリーシャを覆っている翼とは別のもう一方の翼を伸ばし、オリヴィアの上に翳して雨を凌ぐ傘を作った。

 

 

 

「……驚いた。まさかお前が私のために雨除けをしてくれるとは……」

 

「目の前で雨に打たれているのを見ていると寝覚めが悪いだけだ。そもそも何故お前は雨の凌げる場所に行かん。来ている物もずぶ濡れではないか」

 

「……そうだな、強いて言うならば……雨に濡れていようともお前を見ていたかった。それだけだ。それ以外には特に理由は無い」

 

「……下らん」

 

 

 

薄く微笑まれながら言われても、リュウデリアは興味なさそうに目を閉じてしまった。オリヴィアは濡れた髪を耳に掛けながら、リュウデリアに少し嬉しそうに微笑みかけた。

 

こうした小さなやり取りをしながら時が過ぎ去っていき、3日目、スリーシャが目を覚ましたのだった。いつ頃起きるのか大体の予想を立てていたリュウデリアは、それでもちゃんとスリーシャが目を覚ましてくれたことに、内心ほっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────という訳で、私はリュウデリアの傍に居るんだ」

 

「……成る程。分かりました。そして重ねてありがとうございます。お陰で命を繋ぎ止める事が出来ました」

 

「……ふむ。私は既にお前からの礼の気持ちは貰った。ならばお前が礼を口にする相手は私では無いはずだ」

 

 

 

スリーシャが眠っている間に何が有ったのか、それをオリヴィアの口から訊くと、もう一度頭を下げてお礼の言葉を口にした。しかしオリヴィアはそのお礼の言葉を受け取らなかった。そしてオリヴィアに言われてハッとする。起きて直ぐに女神が目の前に居ることに驚いて肝心なことを忘れてしまっていた。なんと罰当たりなのだろうと、恥ずかしい気持ちや申し訳なさを抱きながら、スリーシャは体の向きを変えた。

 

前にはリュウデリアが居る。最後に会った時よりもずっとずっと大きくなって強くなったリュウデリア。冷たく冷酷な面がある事を知っているから、例え自身が人間に捕まったとしても、弱いのが悪いと言って切り捨てると思ったのに、人間の3つの国に攻め込んで、滅ぼして回るという危険な行為までして助けてくれた恩人。

 

お礼の言葉が遅くなった事に対する申し訳なさと、態々助けに来てくれた事に嬉しさにより、目の端に涙を溜めながら、深く……深く頭を下げて精一杯の気持ちを届けた。

 

 

 

「リュウデリア、危険を顧みず助けてくれて本当に……っ本当にありがとうございました。これであなたに助けてもらったのは2度目ですね。あなたは私の命の恩人です。……なのにお礼の言葉が遅くなってしまってごめんなさい」

 

「構わん。そもそもお前の他の精霊は間に合わなかった。小さな精霊が知らせに来なければお前のことも間に合わなかっただろう。故に過度な謝礼は要らん」

 

「……解りました。けど覚えておいて下さいね。例えあなたが私からの気持ちを頑なに受け取らないとしても、私はあなたにこれ以上無いほど感謝しています」

 

「……ふん」

 

 

 

目の端に涙を溜めながら優しい笑みを浮かべてお礼を口にするスリーシャに、リュウデリアは鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。それがリュウデリアなりの照れ隠しなのだと解っているスリーシャは、クスクスと笑った。二人のやり取りを見ていたオリヴィアも、満足そうに頷いていた。

 

全てをという訳では無いが、奪われたものを奪い返し、和やかな空気の中に小さな物体が飛んできてスリーシャにぶつかった。飛んできたのはリュウデリアにスリーシャ達の危機であることを知らせに来てくれた、小さな精霊だった。

 

実はスリーシャの傷を治して貰った後、傷だらけだった小さな精霊の傷も治癒して貰っていたのだ。スリーシャが目覚めるまでの3日間は、人間に荒らされ、燃やされた森の現状を把握し、捕らえられていない仲間が他に居ないか、生存確認の為に奔走していた。そしてたった今、その一仕事が終わって此処へ戻ってきたのである。

 

 

 

「おかあさんっ!ぶじでよかったよぉっ!!」

 

「私は無事よ。それにあなたがリュウデリアを連れて来てくれたのでしょう?大変だったわよね。本当にありがとう」

 

「んーん!だって、わたしにはそれしかできなかったから…っ!それにわたしがおそかったから……っ!ほかのみんなが……っ!」

 

「いいの、いいのよ。大丈夫。あなたのせいじゃ無いわ。だからほら、泣かないで。あなたはとっても頑張ったわ。ありがとう。本当にありがとう」

 

「うぅっ……ぐずっ……」

 

 

 

「……あの2人が生きているのも、お前の治癒のお陰だ。改めて感謝する」

 

「確かに私の治癒の力も有るだろうが、大元はお前が人間の国から救い出したからだろう。だから私とお前の力によるものだ」

 

「……そうか」

 

 

 

抱き締め合う小さな精霊とスリーシャを見ながら、リュウデリアとオリヴィアは静かに会話する。後少し遅ければこの光景も実現出来なかった。そしてこの光景を作り出せたのは、勇気ある小さな精霊、何者にも敗けないリュウデリアと、治癒の奇跡を生み出したオリヴィアの力にだ。

 

こうして、醜い人間の欲望と、最強の種族である龍の戦いは幕を降ろした。全てを取り戻せた訳では無い。溢れ落ちた命が山とある。それでも、助かった命がある。失ったものばかりに目を向けず、助かった命と前を向いていく。

 

 

 

 

 

 

だが……安心するのはまだ早い。この戦いなんぞまだ序章に過ぎない。世界には有りと有らゆる戦いに満ちているのだから。

 

 

 

 

 

 

最強の種族……龍に生まれた黒龍リュウデリア・ルイン・アルマデュラは、これからどのような戦いを繰り広げ、どのような日常を送っていくのか。それは誰にも解らない。故に見届けよう。彼の黒龍の織り成す日常や非日常を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは純黒なる黒龍の、龍による龍の為の、最強の種族の物語。

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二章
第十話  強き人間の子







 

 

少年は全身傷だらけの姿で正面に居る、とある存在に剣を構えていた。相手のとある存在というのは、少年の修行をつけてくれている父親ではない。村に攻め込んできた賊でもなければ、自身に何故か目をつけてきた格上の人間でも、人間より優れた力を持っている他種族でもない。

 

少年が相手にしているのは、龍だった。御伽話にも出て来る伝説の存在。その力は、たった一体で国をも滅ぼすと謳われている、絶対強者である。少年は己の力を過信しすぎた。過信しすぎた故に今こうして窮地に立たされているのだ。仲間が居た。こんな自分に優しく語り掛けてくれる、大切な友人であり、仲間が。

 

だが今はもう居ない。大切な友人である仲間達は、もう笑いながら話し掛けてくれる事は、二度と無い。温かい光を持った瞳は、白く光を失い、自身の手を握って引っ張ってくれたあの手は、冷たくなって固くなってしまった。もうどうしようも無い。今失ってしまったものは、これから先、冗談一つ言い合うことすら出来ない。

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……なん……でッ……何でこんな事に……ッ!!」

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

 

 

 

 

少年は震える手で……いや、全身を恐怖で震わせながら剣を強く握り、必死に自身を鼓舞して相手の龍に剣の切っ先を向けている。少しでも気を抜くと逃げ出しそうで、死んでしまった仲間達に背を向けてしまいそうで、自身が情け無くて仕方なかった。

 

奥歯を噛み締めながら体内に内包する、その歳にしては有り得ない膨大な魔力を練り上げて魔法を発動し、魂の雄叫びを響き渡らせながら向かっていく、純黒の鱗を持つ……黒龍へと。

 

少年は駆けながら走馬燈のように、自身の送ってきた14年間の人生を思い返した。普通には経験できない、特殊な人生を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぎゃあ……っ!おぎゃあ……っ!おぎゃあ……っ!」

 

「おーよしよし。元気な男の子だねー」

 

「生まれた……ッ!元気に生まれたぞレミィ!!」

 

「はぁっ…!はぁっ…!私達の……赤ちゃん……っ!」

 

「いやー、この子の魔力とんでもない量だね。あたしは既にこの子の将来が楽しみだよ」

 

 

 

──────うわっ…!何だこれ、どういう状況?え、俺赤ん坊になってる!?……あれ?もしかして俺……異世界に転生してる!?

 

 

 

とある村に住む若い夫婦の間に、新たな命が誕生した。生まれた赤ん坊は母親の女性の胎内に居る時から膨大な魔力を持っており、村の中で魔力を内包する者達は、お腹から感じる魔力に驚きながら、早く生まれるといいな……と、祝福してくれていた。

 

月に二、三度やって来る商人から必要な物を買い、それ以外では自給自足をしてやりくりをしていたその村は、住人がみんな温かい人達で、元々冒険者だった赤ん坊の両親は、その温かさを気に入ってこの村に移住することを決めたのだ。

 

移り住んで2年と少しが経ち、生活にも慣れて来た頃に子宝にも恵まれ、何の危機も無く無事に出産された。赤ん坊の両親で夫のガレスとレミィは、我が子の誕生に涙を流しながら喜び合っていた。だがその一方で、愛しい者を見る視線を一身に浴びている赤ん坊……アレクは、普通では考えられない思考をしていた。

 

 

 

──────えっ!?俺本当に異世界に転生したのか……っ!?よっしゃーーっ!!これってあれだろ!?ラノベとかにあるチート持ちで異世界無双するやつだろ!?勝ったぜ俺の人生っ!!

 

 

 

生まれて間もないというのに、まるで普通の男性のような思考回路をし、表では泣きつつ、心の中でこの世界に生まれ落ちた事に対して嬉々としていた。生んでくれた母親のレミィの元へ連れて行かれたアレクは、頭を撫でられたり、手を優しく握られたりしながら眠った演技をしつつ、これからの事について考え始めた。

 

アレクは所謂、前世の記憶持ちの転生者である。前世は25歳で何時の間にかその世を去っていた。中学生から高校卒業まで陰キャボッチで、何の才能も無く、学歴も並程度だった。高校在学中の就職活動には成功し、いざ社会人として働き始めたと思えば、職場が合わず直ぐに退職。それからは両親に就職はどうするのだと小言を言われながらニートをしていた。

 

寝て起きたら何時の間にか転生していたアレクは、前世に両親を置いてきてしまった事に少しの罪悪感を抱くものの、転生するまでずっと就職の話をされて鬱陶しいと思っていたところなので、前は前、今は今の人生だと開き直った。

 

眠っている演技をしながら考える。此処は自身が居た世界とは全く違う異世界である。そして先程赤ん坊の自身を母親の女性であるレミィと、自身を取り上げてくれた妙齢の女性が言っていた事は解らないが、体内に感じる凄まじいナニカから察するに、異世界らしく世界には魔力があり、自身は見事これ見よがしに魔力を持って生まれたようである。

 

ならば小さい内からやることは一つ。ニートだった前世の時に読み漁ったラノベの転生主人公のように、小さい内から修行して強くなる。先ずはそこだった。そこさえクリアしてしまえば、後の人生の流れは緩やかなものだろう。努力を怠るつもりはないが、人の上に立って魔法や魔術無双をしてみたい。それがアレクの目下の目標だった。

 

 

 

──────よし。やってやるぞっ!俺の人生はここからなんだっ!!

 

 

 

眠った演技をしながら、心の中で気合いを入れた。今度こそ、今度こそは素晴らしき人生を送るために。そうして数日の時が過ぎた。やるならば最初から全力で。赤ん坊の内はまだ歩くことが出来ない。なので出来ることは自然と限られてくる。故に今やれる事といえば、この世界にしかなく、前世には無かった魔力の操作技術向上である。

 

魔力とは、簡単に言ってしまえばその人の持つ特別な生命エネルギーのこと。無論この世には持って生まれなかった者達も居るのだが、そういった人達とは別に存在するエネルギーのことだ。魔力は魔法を使用される時などに使われる。魔法陣を描いて魔力を流し込み、魔法を行使する。

 

唯魔法陣に魔力を流し込むだけなのに、果たして魔力操作技術は必要なのかと言われれば、必要であると答えよう。その根拠とは、魔力による身体能力の向上である。魔力を体に纏わせて身体能力を上げたり、攻撃力を上げたり、魔力を纏った攻撃の防御も行う事が出来る。未熟であると、纏わせていてもムラが出てしまったり、ちょっとした拍子に纏わせた魔力を霧散させてしまうことだって有り得る。

 

それが戦闘中ともなれば、その一瞬は致命的なものになると言えよう。故に魔力操作技術は必要なのである。因みにではあるが、魔法陣も魔力で構築されている為、操作技術が無いと魔法を行使すること自体が遅くなってしまい、結果戦いの勝敗を別けてしまう。まあ、魔力の操作技術が高くて損をする事は無いと考えればいい。

 

アレクの父親であるガレスは、元々冒険者という事もあって腕っ節に自信があるので、村の外へ出て動物や魔物を狩りに出掛けていった。一家の大黒柱らしく仕事である。その間アレクの母親のレミィは家事全般の仕事である。今は洗濯物を洗っているので、アレクを見ている者は居ない。だが少し声を上げれば直ぐに駆け付けられる所にレミィは居るので、そう大きな音を立てる事は出来ない。

 

 

 

──────……よし。魔力のコントロールの練習をするなら今だな。まずは……この掛け布団を浮かせてみよう。

 

 

 

生まれて数日もすれば体内に魔力と思われる力の輪郭が確り解るようになった。慣れない魔力を使い、自身の体に掛かっている布団を動かしてみる。上を捲って掛け布団から体を出し、今度は真上に向かって浮かせてみる。するとゆっくりとだが掛け布団は宙へと浮かび、下に降ろすように操作すれば、ゆっくりと下に降りてきた。アレクは感動する。今この瞬間、夢にまで見たラノベの世界の魔力を使っているのだと。

 

だが感動ばかりしてもいられない。レミィは布団を洗っているが、洗い終わって干してしまえば、今度は家の中の家事に移ってしまう。そうなればおいそれとは魔力の操作技術向上の練習が出来なくなってしまう。

 

アレクは両親に魔力の練習がバレないようにしている。というのも、まだ生まれて数ヶ月の赤ん坊がまるで魔力の練習をしているような光景を見せれば怪しまれてしまうし、気味悪がられるかも知れないからだ。それに、練習してある程度の技術を会得してから、こんな事が出来るんだと見せて驚かせてみたいとも思っている。なので今は色んな理由が有って秘密裏に練習しているのである。

 

感動しつつ練習する事1時間程。アレクはレミィが家の中に入ってくるまでの間に、掛け布団を上下の移動から円を描く浮遊。そして鳥が飛んでいるが如く、部屋の中で自由自在に掛け布団を動かす事に成功した。たった1時間で赤ん坊が会得したとは思えない技術を手に入れたアレクは、自身の力を客観的に見て魔法に対する才能があると感じた。

 

これは異世界チートの線が濃くなってきた……と、密かにテンションを上げるアレク。それから足腰が強くなって歩けるようになり、走って遊べるようになるまで、密かに魔力の操作技術向上を謀った。時には見付かりそうになりながらも、子供の体と無邪気さを利用して惚けたり、偶然出来たと嘘をついてやり過ごした。

 

そうして日常を送ること6年。前世とは違う言葉も文字も学び、少しずつ体も成長してきた事も有り、アレクは父のガレスに剣を教えて欲しいと頼み込んだ。ガレスは魔物を狩る時に剣を使う。というより、冒険者時代から剣しか使った事が無いので、逆を言えば剣しか使えないのだ。後は魔法も使えるが、これは主に身体能力の強化である。

 

最初はまだ子供のアレクに剣は早いだろうと思っていたガレスだったが、アレクが父のように強くなりたいからと言ってお願いすると、無下にも出来ず教えることにした。自身のように強くなりたいからと言われて嬉しさの余り、即答した訳では無い。決して。自身の子供が可愛くて仕方ない訳でも無い。決して。

 

 

 

「よォしアレク。父さんが剣の使い方を教えてやる。ちゃんと聞くんだぞー?」

 

「うん!わかった!」

 

「じゃあ最初は剣の持ち方と足の使い方だな。まずはこうして持って──────」

 

 

 

ガレス指導の下、アレクは初めての剣を握った。真剣でもなく、刃を潰した模造品でもない、木で剣らしい形に作られた木剣なのだが、前世が陰キャのぼっちで、修学旅行で木刀をその場のノリで買ってみるという事も無かった。それに部活はやらず帰宅部だった事もあって、転生するまで木刀に触れたことすら無かったのだ。

 

新鮮な気持ちで木剣の握り方と、立ち方を教えて貰ったアレクは、その場で素振りを開始した。剣を使っているガレスの息子という事あって、素振りは既に様になっていて、ガレスは少し驚きながらも満足そうに頷いていた。動きのキレは悪くない。寧ろ良い。流石は我が息子だと、少し親バカな事を考えながらガレスは、自身と打ち合ってみようと提案した。

 

 

 

「えっ!?いいの?父さん!」

 

「良いぞ。アレクが一生懸命剣を振っているのを見ていたら、父さんもやりたくなった。それに実践形式も中々馬鹿に出来ん。アレクは将来すっごく強くなるぞ!」

 

「へへっ。よーし!父さんから一本とってやる!」

 

「はっはっは!父さんは強いから、泣いちゃダメだぞー?」

 

「ふふーん!俺は強いから泣かないもん!」

 

 

 

アレクから少し距離を取って、自身の身長に合わせた鍛練用の木剣を右手で握り、左手で何時でも来いというジェスチャーをした。それを見てから、アレクはその場から駆け出す。その時にガレスは瞠目する。アレクの初速が異様に速かったからだ。普通の子供程度の速度で駆けてくるのかと思いきや、猪のような四足獣の速度で向かってきたのだ。

 

剣術なんてものは何も知らない。精々今先程教えて貰った剣の握り方と、素振りするときの足の置き場くらいなものだ。故にガレスに向かって木剣を振り上げる動作はまだまだ初心者のそれ。振るときのキレが良かろうと、所詮は握って数分のものだ。

 

子供らしく直線的に向かってきて木剣を振り下ろす。向かってくる初速の速度に驚きながらも、振り下ろされる木剣を余裕を持って受け止めた。後にガレスは受け止める時、両手を使うべきだったと語っている。その理由は、右手のみで受け止めるには重すぎる一撃だったからだ。短時間に2度目の瞠目。受け止めきれないと判断すると、かち合ったアレクの木剣を逸らして凌ぎ、逸らされたことで下から斬り上げてくる木剣を後方へ下がって避ける。

 

前髪を木剣の切っ先が撫でる。それを感じながら、今流れるように放ったアレクの二連撃について考えていた。まるで逸らされるのが解っていたかのような、流れる斬り返しだった。木剣を振り下ろし、完璧な逸らしをした。その後、まだ6歳の子供では振り回されるだろう重さの木剣を、地面すれすれの所で急停止させ、斬り上げた。とてもではないが、剣を握って数分の子供の動きと発想とは思えなかった。

 

解りきっている筈なのに、生まれた時から6歳まで見てきているから当然の筈なのに、打ち合っている相手が6歳の子供なんて優しいものではなく、腕に多少の覚えがある剣士と打ち合っているようだった。ガレスは自然と笑みを浮かべ、冷や汗を一滴額に流した。アレクは将来、自身では考えつかないほどの強さを得るだろう。そう考えると末恐ろしいと思えるし、そんなアレクを是非とも見てみたいとも思った。

 

だからこそ、こんな所で負けられる訳にはいかないのだ。アレクの才能は凄まじいものがある。神が、天が与えた類い稀なる才能の塊だろう。故に、今のアレクに必要なのは自身の力を全力でぶつけても越えられない、目標とすべき力を持つ壁だろう。

 

ガレスはもっと愛する息子と剣をぶつけ合っていたいという名残惜しい気持ちをぐっと抑えながら、斬り上げて腹部が無防備となったアレクに急接近した。一度後方へと下がってから前に突っ込むという動作を一瞬の内に行ったガレスの動きは速く、アレクが迎撃のために木剣を戻すよりも早く、ガレスの木剣が殆ど寸止めに近い力加減でアレクの無防備な腹部を突いた。

 

そしてガレスの木剣の切っ先は、虚空を突いた。驚きに固まることも許されず、ガレスは今出来る一番の動きで木剣を背後に滑らせ、ノールックの防御をした。何時の間にか、本当に何時の間にかアレクがガレスの背後に回り込み、木剣を振り下ろしていたのだ。見ずに木剣を受け止めたはいいが、とてもではないが息子の成長速度が天才の領域に収まるとは思えなかった。

 

 

 

──────我が息子ながら恐ろしい才能だ……。今の動きは何だ?一体どうやって俺の背後に回った?突いたと思ったら次には背後に居た。……まさか身体能力向上の魔法を使ったのか!?

 

 

 

少し大人気ないと解りつつも、力加減した蹴りを背後に放った。何も触れなかったし感触が何も無かった事から、避けられたのだと悟り、背後へ向きを変える。そこには全身を魔力で薄く覆っているアレクの姿があった。魔法で強化したのではない。魔力で簡易的に身体能力を向上させていたのだ。だが逆を言えば、魔法ではなく魔力だけでガレスの事を出し抜いた事になる。

 

向きを変えたガレスに何時でも突っ込めるように腰を低くして木剣を正面に構えている。まだまだやる気に満ち溢れている、爛々とした目をしたアレクに申し訳ないと思いながら、打ち合いはここまでにしようと提案した。それを聞いたアレクは少しだけ残念そうにした後に木剣の切っ先を下に降ろした。

 

ガレスはやっと深呼吸が出来る……と、アレクにバレない程度に静かに深呼吸をした。変に心臓が激しく脈を打っている。肉体的にはまだまだ疲れていないのだが、息子の新しい一面を発見した事で……というよりも、その新しい一面がとてもインパクトが大きいので、短時間で立て続けに見たことで精神的に疲れたのだ。

 

 

 

「……ふぅ。アレク、一つ聞いてもいいか?」

 

「うん!いいよ」

 

「その魔力の使い方は、誰かに教えてもらったのか?例えば母さんとかに……」

 

「……んーん?自分でだよ?……俺何かダメだった?」

 

「いや、大丈夫だぞ!いやー、アレクはすごいな!父さんはもうアレクの将来が楽しみだ!」

 

「俺ね、昔の父さんみたいに冒険者やりたい!冒険者やっていっぱい人のためになりたい!」

 

「……そうか。アレクがそう思うなら、父さんは応援するからな」

 

「ありがとう父さん!!」

 

 

 

自身が昔、冒険者をやっていたと話せば、アレクが冒険者になりたいと言うのではないかとは、薄々思っていた。本来ならばアレクの父親として、危険な事はしないで欲しいと言うべきなのだろう。だがアレクが持つ力の一端を知った以上、おいそれとアレクの夢を否定する訳にはいかない。アレクが持つ力は、個人のために使うには強すぎるのだろう。人のために使い、人のためになる。そういう男になって欲しいと思い、応援すると言った。

 

父親であると同時に1人の男でもある以上、吐いた唾は飲み込めない。応援すると言ったならば、最後まで応援しよう。自身の夢を応援してくれると肯定してくれたことに喜び、木剣を振り回しているアレクを見ながら優しく微笑んだ。

 

微笑んでいるガレスとは別に、アレクは心の中で悔しそうにしていた。体がまだ出来上がってないので当然といえば当然なのだが、それでも最後の魔力による身体能力の強化での背面への回り込み、そして間髪入れずの振り下ろしは確実に入ったと思った。本来はまだ魔力の事については話すつもりはなかったが、つい打ち合いが楽しくて魔力を使ってしまった。

 

ガレスは魔力を使っていない、持ち前の経験と身体能力のみでアレクと打ち合い、アレクは全力で打ち込み、魔力まで使った。それでも一本も取れなかった。だが戦いの中での魔力の使い方はもう覚えた。アレクは今度こそ一本取ってやると意気込みを込めて、手に持っている木剣を強く握り締めた。

 

数年後、年端もいかない幼少だったアレクは少年へと成長し、内包する魔力も更に増大し、剣の腕前も一人前と認められた。そんなアレクは14歳となり、村を出て行くこととなった。冒険者となるために。

 

 

 

 

 

才能に溢れた少年は冒険者となり、何を為すというのか。それを見つけるために、アレクは大きな一歩を踏み出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 








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第十一話  旅立ちの日







 

 

晴れやかな日。出掛けるにはもってこいの天気と澄んだ空気。風も強くなく、心地良い加減で吹いている。何と素晴らしい日だろうか。旅立つと決めた日の天気が、こうも心地良いものだと世界から祝福されているように思えてしまう。

 

とある村の住人だったアレクは、今日という日を以て村を出て行くのだ。小さな頃からの夢であった冒険者となるために。父親のガレスは元冒険者だった。冒険者として魔物を倒して生計を立て、母のレミィと出会って交際をし、ある程度の金を貯金したら冒険者を辞めてこの村へ引っ越してきた。だからか、アレクはよくガレスから冒険者時代の話を聞きたがった。

 

小さな子供にとって、冒険者の送っている日常は煌びやかで冒険に溢れ、未知に囲まれた素晴らしいものなのだろう。実際、見たことも無いような魔物と戦ったり、珍しい植物を発見したり、時には命からがら逃げる事だってある。だがそれは普通に過ごしていれば起きない出来事ばかりだ。新たな出会いがあって、寂しく辛い別れもある。

 

新しいに満ちたものが冒険者であり、そういった経験を積んでいく事によって一人前となり、大人になっていくのだ。その一歩をアレクは踏み出そうとしている。両親のガレスとレミィは勿論、アレクを見送るために村の入り口まで来ている。そしてその他にも、アレクを見送りに来てくれた村の人が大勢居た。

 

 

 

「アレク……もう行っちまうんだな……」

 

「アレクちゃんが生まれてもう14年か……」

 

「長いようで短いもんだねぇ」

 

「アレクにはほんっと、世話になったよ」

 

「寂しいもんだなぁ」

 

「みんな……」

 

 

 

口々に別れを寂しそうに語る、お世話になった村人の人達。アレクは涙を流すまいと、堪えるようにして顔を歪ませた。村の人達には本当にお世話になった。村に移住してそう年月が経っていない夫婦の子供だからと、何かと良くしてくれた。外に出れば話し掛けてくれる。店に買い物に行けばおまけをして何かをくれたり、多く入れてくれたりした。

 

魔力を持っている人に限っての話になるが、アレクが膨大な魔力を持っているということは知っているので、簡単な魔法を教えたり、魔法のことが書いてある魔道書のお下がりを無料で譲ってくれたりと、アレクにとってありがたいものだった。

 

成長してからはアレクも日頃お世話になっているということもあり、魔物が畑を荒らすという問題を解決出来るように知恵を絞った。畑を囲うように杭を打ち込み、その杭に鉄の紐を巻き付けていく。そして先端を魔石に繋いで高圧電流を流すのだ。

 

魔石に籠められた魔力が尽きれば、魔力を持っている人が魔力を補充すれば良いだけで、魔物が来るのを監視している必要は無くなるし、勝手に撃退してくれるので、身体的な負担も無い。この対魔物用の柵を作るだけで畑を持っている人達にはとても感謝されたものだ。被害が極端に減った事に喜ばれ、よく野菜などのお裾分けを貰うことがあった。

 

骨格が出来上がって筋肉も更に付き始めた頃には、村を出て行く時の為に狩りの練習ということで、ガレスに付いていって動物を狩ったり、魔物を狩ったりしていた。最初は子供らしく怯えたり腰を抜かしたりするのだろうか……と、少し心配していたガレスだったが、杞憂に終わった。魔物を見つければ死角から接近して一撃で鎮める。

 

素早い動きが特徴の魔物が相手だろうと、速度で負けること無く跡を付けて易々と捕まえる。体が大きい魔物も剣を一振りすれば豆腐を切ったように頭を落として仕留めてしまう。幼少の時から既にガレスと打ち合えたガレスが、今更低級の魔物程度に後れをとるわけがないか……と、考えすぎだった自身を納得させた。

 

勿論、普通の子供ではこうはいかない。アレクの他にも小さな子供が村には居るが、試しに連れて行ってやってくれと子供の両親にお願いされて、絶対に傍から離れない事を条件に連れて行けば、魔物を見た途端に帰ろうと騒ぎ立てる程だ。普通の子供はそうだ。自身と同じくらいの獣が、こっちを見て今にも突っ込んできそうな剣呑な雰囲気を出していれば、好奇心よりも恐怖が勝って動けなくなってしまう。

 

子供の両親は良い経験になると言って笑っていたが、ガレスは苦笑いだった。何故ならばアレクが同じくらいの年齢の時には、魔物に対して全く怯まず、寧ろ己の手で仕留めても良いかと聞いてきた位だ。幾ら実力があろうと、まだ早いのでやらせはしなかったが、アレクには戦いに関する才能はやはり凄まじいようで、自身の勘違いではないということが解り、少し誇らしい気持ちだった。

 

アレクが強いというのは村の人々も知っていて、大きくなって出稼ぎに出て行った息子が居る村の人は、小さいのに大人になった息子よりも強いアレクに最初は驚いていた。ある程度の自身の身の安全を守れるように、男の子ならば必ず1回は狩りに行って魔物か動物を獲ってくるようにしている。

 

魔物と言っても低級のものに限るので、冒険者のように強い魔物と戦える術を持っていなくても、剣を振れれば十分である。因みにであるが、魔物は食べられるものと食べられないものの2つが居るので、気を付けなく手はならない。食べられない魔物は素材にして商人が引き取って換金してくれるので、獲ってきて損をすることは無い。

 

 

 

「アレク。最初に何処へ向かうかは決めてるのか?」

 

「うん。とりあえず魔道具とか気になるし、()()()()()()()行こうかなって考えてるよ」

 

「あー、あそこか。あそこは魔道具を開発してる国だから魔道具に関してはもってこいだな」

 

「そんなにすごいの!?楽しみだなぁ」

 

「楽しみだからってはしゃぎ過ぎんなよ?」

 

「道中は商人が通っている道を使うにしても、魔物だって出るんだからな」

 

「勿論気を付けて行って来るよ!」

 

 

 

村の人達はアレクの肩を叩きながら、別れを惜しみ、思い思いの言葉を掛けていく。アレクは村の人達にとっても自身の子供のように可愛がっていた。そんな子の巣立ちにはやはり、思うことがある。でも、アレクは小さい頃から冒険者になるんだと言って素振りをしていたり、ガレスに鍛えて貰ったりしていたことを知っているし、見ていたので、頑張ってこいとしか言えないのだ。

 

そろそろ良い時間だろうということで、アレクの巣立ちの時間がやって来た。時々帰ってくるという事は知っていても寂しいので、アレクと握手をしたり、肩を組んで笑い合ったりしている。そしてここまで育ててくれたガレスとレミィの前までやって来て、誇らしそうに胸を張った。

 

 

 

「いってらっしゃい、アレク。気を付けるのよ。怪我したりしたら、母さん心配しちゃうからね」

 

「うん。分かったよ」

 

「アレク。お前は強い。まだまだ小さいお前だけど、この村でお前に敵う奴なんざ居ない。だからといって油断するなよ?この世界には強い奴なんていくらでも居るんだからな」

 

「分かった。危ないときは無理しないで直ぐに逃げるようにするよ」

 

「……良し。じゃあ、行って来い。偶には帰ってくるんだぞ」

 

「分かってる!」

 

 

 

アレクはレミィに抱き締められて頭を撫でられてから、ガレスと拳を合わせて挨拶を終わらせた。荷物の入ったリュックを背負い、ガレスから餞別にと貰った剣を腰に差してあることを確認し、村の外に出て行った。

 

狩りに出た時にも村の外へは行っている。別段見慣れない光景ではないというのに、村を出て行くとなると、急に何度も通った道が新鮮な感じがしてくる。まるで一度も通った事がないところを初めて歩み進めていくかのようだ。

 

歩けば2、3日で着くという……それ程遠い旅路でもないというのに、気分は旅そのものである。深呼吸してから、後ろでアレクの名を叫びながら大きく手を振ってくれている村の人達や、ガレスとレミィに振り返って手を振り返した。次に帰ってくる日は何時になるだろう。村を出たばかりだというのに、もう帰ってくる日の事を考えている自身に苦笑いした。

 

頬を手で叩いて気合いを入れると、意気揚々と商人が使う道を歩く。気持ちが高揚しているので、少し走ろうかと思ったその時、アレクの事を空から狙ってくる存在が現れた。龍の下位互換とされながら、それなりに高い討伐難易度とされるワイバーンである。体長は3メートル程。駆け出しの冒険者には厳しい相手である。

 

アレクを見送っていた村の人達は騒然となる。ワイバーンなんて魔物はここら辺には居ない筈。それに何匹かで群れるので仲間が居る筈なのだが、見当たるのはアレクを狙うワイバーン一匹だけであるは。それから推測するに、このワイバーンは群れから離れて此処までやって来たのだろう。

 

流石に相手がワイバーンともなると厳しいかも知れない。相手は空を飛んでいて、飛ぶ手段が無いアレクでは剣を振っても当たらないだろう。助太刀に向かおうとガレスが剣の柄を握り締めた時、上空から鋭い爪で狙ってくるワイバーンの方を見てすらいないアレクが、ガレスに向けて手を翳し、大丈夫というジェスチャーをした。

 

ワイバーンは急降下してアレクを狙っている。風を切り、鋭い爪を備えた足を伸ばす。距離が縮まっていき、アレクに触れようとした瞬間、アレクはその場から忽然と姿を消していた。ワイバーンの一撃は虚空を掴んで空振り、もう一度上空に上がろうとした。だがワイバーンは上空に上がることは無く、地面へと叩き付けられた。

 

何故、如何してと困惑しているワイバーンは、自身の翼にあった膜が斬り裂かれていることに気が付いた。膜が無ければ空気を掴んで浮かび上がる事が出来ない。飛んで獲物を上から狙うことも出来ない。地面に落とされた所為で、ワイバーンの厄介性の1つが消えた。

 

ワイバーンに攻撃を受ける瞬間には姿を消していたアレクは、ワイバーンから離れた所に居た。村を護るような立ち位置。ワイバーンは自身の翼を傷付けて制空権を奪ったのはアレクだと解り、怒りの雄叫びを上げながら地面を蹴り上げ、猛烈な速度でアレクへと向かっていった。しかしアレクは焦らない。焦らず、ワイバーンに向けて手を翳し、魔力を練り上げて魔法陣を展開した。

 

 

 

「──────『飛ぶ炎の玉(ファイア・ボール)』」

 

「────────────ッ!?」

 

 

 

撃ち放ったのは炎系魔法の最下級の魔法である。魔法陣から炎の玉が生み出され、走って寄ってくるワイバーンに向かって一直線に飛んでいった。何かが来るとは解っていたワイバーンだったのだが、アレクが生み出した炎の玉は異常の速度で飛んで行き、ワイバーンが避ける前に顔面へ直撃した。炎の玉は最下級の魔法なので、威力はそれ程高くはなく、殺傷性は無い。だがアレクが使うと化けるのだ。

 

ワイバーンに炎の玉が着弾すると、大きな爆煙と爆発音を周囲一帯に響き渡らせながら爆発した。離れた所に居るというのに、踏ん張っていないと吹き飛ばされてしまいそうになっている村の人達は、皆で身を寄せ合って爆風に耐え、風が止んだら恐る恐る前を向いた。そこは黒い爆煙が広がり、晴れるとワイバーンの姿は無かった。

 

あったのはワイバーンが立っていた所に空いた巨大な穴だった。最下級の魔法の威力とは思えない威力に、村の人達は口を限界まで開けて呆気に取られている。そんな村の人達の様子に疑問を覚えたアレクは、首を傾げていた。この程度のことで何で固まっているのだろう……と。

 

 

 

「「「えぇ────────────ッ!?」」」

 

 

 

「え?みんなどうしたの?俺なんかやっちゃった?」

 

「いやいや!?お前どんだけ魔力籠めたんだよ!?」

 

「普通そこまでの威力にならないから!」

 

「んー、そんなに魔力籠めてないよ?」

 

「はぁッ!?」

 

「あはは!まあワイバーン倒したし大丈夫だよ!じゃあみんな、行って来まーす!!」

 

 

 

アレクは自身のやった事に今一良く理解していないのか、村の人達の反応を大袈裟だなと軽い気持ちで受け止め、再び目的地へと向かっていった。アレクの魔法の威力に冷や汗を流している村の人達は開いた口が塞がらない思いだ。確かにアレクには膨大な魔力が内包されているが、どうやったら最下級の魔法があのように大爆発をおこすというのか。

 

何故そうなるのかと叫んだら、何でも無いように返してきた。若しかしたら日常生活に於いての常識はあるが、他を巻き添えにするからという理由で余り使わなかった魔法に関しては常識が無いのでは?と思い至る。外には強い魔物も居るだろうから心配していたが、何だかアレクの心配をしているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。そんな村の人達である。

 

 

 

「……アレクは大丈夫かと、心配してたんだけどな」

 

「やっていけるのかと思ってたんだが……」

 

「まあ、アレクだしな」

 

「そうだな。アレクだし」

 

 

 

「「「……アレクだから大丈夫だろ!」」」

 

 

 

「……アレクに魔法に関しての常識教えるの忘れてた」

 

「大丈夫よ。なんたって私達の子だもの。何だかんだ上手くやるわ」

 

 

 

ガレスはやってしまった……とでもいう言うように額を手で押さえて大きく溜め息を溢した。レミィは特に気にしていなそうで、アレクが元気に向かっていくのを嬉しそうに見て微笑んでいた。普通とは思えない、村育ちの普通の少年は進む。ルサトル王国を目指して。

 

転生してからの14年間で力を付けた。魔物も魔法で一撃で倒せるようになった。魔力の操作技術もかなり上達し、魔力を限界まで使うことで魔力の総量を増やした。魔法もオリジナルで幾つか作ったし、剣の腕も村で一番強かったガレスに認められた。これでラノベの主人公のような無双に一歩近付いただろうと、アレクの気分は最高だった。

 

 

 

 

 

アレクは気付かない。既に彼が言うラノベ主人公のような道を辿っているということを。そして知らない。それがこの世界で何処まで通じるのか……ということを。

 

 

 

 

 

 

 








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第十二話  典型的な流れ






 

 

アレクは商人などが通ってくる、周りに草が生えているのに、人が通る部分の土が露出しているという分かりやすい道を通っている。この道を道なりに進んでいくと、ルサトル王国があるのだ。月に3、4回訪れる商人が荷車を使うので、荷車を引く2頭の馬と護衛の人の足跡でその部分の草が枯れていき、今のような道が出来上がったのだ。

 

道は開けた場所にあるので魔物が来れば直ぐに分かる。つまり魔物が近寄ってきて戦闘にならない限りは、悠々自適な旅が楽しめるのだ。商人の場合は移動する時に魔物に襲われる可能性があるから、冒険者に依頼をして護衛をしてもらうという事も有るが、他にもそういった商人の荷車を狙って襲ってくる盗賊の撃退などもある。

 

話が逸れたが、要は何事も起きなければ無事にルサトル王国へ着くのだ。アレクは運が良いのか、村を出てから数時間経つが、魔物一匹すら出会っていない。彼は快晴な空の下、ルサトル王国へ着いたらまずどうしようかと考えながら歩っている。ルサトル王国には冒険者ギルドがある。それは知っているのだが、長旅の終着点である。美味しい物の1つや2つ食べてからにしたいと言っても罰は当たらないだろう。

 

まあアレクの事なので、今はどうしようかと考えながらも、いざ着いてみれば冒険者ギルドへ直行するだろうことは窺い知れるというものだ。そして先の何も無ければ、普通に着くという話なのだが、そうもいかないようであった。アレクは聞こえたのだ。誰かが助けを求める声が。

 

アレクは何も言わず、何も躊躇わず声のした方向へと駆け出した。アレクの走る速度は目にも止まらぬ速さで、走り出してから直ぐ、声の主が乗っているであろう荷車が見えた。それにプラスして走っている荷車に襲い掛かる魔物の姿も見えた。魔物は狼に似た姿をしており、毛皮が薄緑色で、森などの緑色が多い場所に生息しているグリーンウルフという魔物である。

 

群れで行動するので獲物を見つけると集団で襲い掛かってくる。爪には毒を持っていて、食らうと痺れて動きが鈍くなったり、重症だと動けなくなってしまう。襲われればそれなりに厄介な魔物だ。

 

 

 

「──────おりゃあッ!!」

 

「──────ッ!?」

 

「グルルルルルル………」

 

「──────ッ!?君は……!」

 

「そのまま走らせて下さい!魔物は俺がどうにかしますから!」

 

「わ、分かった!」

 

 

 

走っている荷車に襲い掛かっているグリーンウルフに、あっという間に追い付いたアレクは腰に差した剣を引き抜いて、今にも荷車を引っ張っている馬に飛び掛かろうとしたグリーンウルフに斬り掛かった。父のガレスから餞別に貰った剣は切れ味が良く、グリーンウルフの胴体を易々と斬り裂いた。更に、薄く魔力を纏わせているので切れ味も上がり、グリーンウルフに深手を負わせた。

 

悲鳴を上げて地面に倒れ込み、走っていた速度も相まって転がった。倒れたグリーンウルフは起き上がってくる事は無く、一撃で死んだということが分かった。仲間がやられたことに気が付いた残りのグリーンウルフ五匹は、荷車を襲うことをやめて、標的をアレクへと変えた。上手く誘導出来たと悟ったアレクは、その場で足を止めて剣を構える。

 

グリーンウルフも足を止めてアレクに躙り寄り、五匹でアレクを囲うように円を描いて様子を見ている。腹を空かしているのだろう、唸り声をあげ、口からは大量の涎が垂れている。アレクを見る目は完全に獲物を狙ったそれであり、グリーンウルフから殺気が飛ばされている。

 

逃げるつもりは毛頭無い。この場でこのグリーンウルフを逃がしてしまえば、また群れを作ってここら辺を通る荷車や人を襲いかねない。だが、一方のグリーンウルフとてアレクを逃がすつもりは無かった。久方振りの獲物なのだ。これ以上獲物を狩り損ねると、空腹に堪えきれず餓死してしまうだろう。

 

ぐるぐるとアレクの周りを彷徨って機会を探る。アレクはグリーンウルフの殺気にも、円を描く動きにも惑わされず只管前を向いて剣を構えている。気配を読み取り、殺気を感じる。グリーンウルフが如何動いても直ぐに対応出来るように。

 

 

 

「…………──────ッ!!」

 

「──────そこだっ!」

 

 

 

どちらも攻め込まず、静かな均衡を保っていたが、それはグリーンウルフによって崩壊した。空腹にもう堪えきれなくなったのだろう。涎を撒き散らし、アレクの背後から全速力で駆け出して飛び掛かり、毒のある爪で引っ掻こうとした。しかしアレクはその動きが解っていた。

 

背後からのグリーンウルフの飛び掛かりに対し、振り向き様に剣を振り抜いた。交差するグリーンウルフとアレク。アレクの剣には血が付いており、グリーンウルフは着地することなく、そのまま地面へと倒れ込んだ。遅れて何かが落ちてくる。ごとりと音を立てながら落ちてきたのは、グリーンウルフの頭だった。アレクは擦れ違い様にグリーンウルフの首を両断したのだ。

 

剣にこびり付いたグリーンウルフの血を振り払い、今度は左右同時に襲い掛かってくるグリーンウルフに対応した。挟み撃ちの攻撃である。左右から来ている以上、前か後ろかに逃げ道があるのだが、残念ながら残っているグリーンウルフは四匹。遅れて前と後ろから向かってきていた。ならばもう囲まれているのと同じである。グリーンウルフは今度こそ、人間を仕留められると思っていた。しかしそれは早計であった。

 

左右のグリーンウルフから伸ばされる毒の爪が、触れようとした瞬間にアレクは上へと跳躍して左右からのグリーンウルフの攻撃を躱し、なんと空中からグリーンウルフの首を狙って剣を揮った。足場が無く、不安定な状態だというのにアレクはグリーンウルフの首を見事両断し、着地すると同時に飛び掛かって襲い掛かってきた前と後ろからのグリーンウルフには、魔法で土の壁を作り出した。

 

 

 

「──────『隆起する土の壁(マッド・シールド)』っ!」

 

「──────ッ!?」

 

「隙有りッ!!」

 

 

 

目の前に、下から迫り出てきた土の壁が現れた事で顔から激突し、怯んでしまった。そこをアレクは突いた。土の壁を解除してグリーンウルフに接近し、体勢を崩している所を狙って剣を振り下ろして首を両断。残った最後の一匹は、仲間が全員やられてしまった事で臆してしまい、踵を返して逃げ去ろうとした。だがここで逃がせばまた襲い掛かってくる。

 

腹を空かしていて、丁度そこに荷車を引いた馬が見えたので襲い掛かったのだろう。自然の中で生きているグリーンウルフに罪は無い。唯、狙う相手とタイミングが悪かったのだ。襲わず逃げているグリーンウルフに罪悪感を感じながら、その場で地面を強く踏み込んで弾丸のように飛び出し、振り返って駆け出そうとしたグリーンウルフの側面にやって来て首を刎ねた。

 

ふぅ……と、アレクは息を吐き出して肩の力を抜き、抜いて剥き出しの剣を腰の鞘に納刀した。戦闘は終わった。周囲に他の魔物が居ない事は分かっている。魔物を狩るのは村に居た頃からやっていたので慣れたものだ。だが最後の一匹は後味が悪いと感じた。恐怖を抱き、生き延びようとしている魔物を、追い掛けて殺してしまったのだから。だからアレクは両手を合わせて黙祷を捧げた。この世界でたった1人しか知らない祈り方だったであった。

 

グリーンウルフに黙祷を捧げ終わったアレクは、馬車が走っていった方を見る。馬車はアレクが指示した通り走り去って行ったようだ。助けたのにお礼を言われていない……なんて不粋なことは思わない。寧ろ助けられて良かったと、心から思った。アレクは周囲に倒れているグリーンウルフの亡骸を見て、溜め息を吐いた。少しやることが出来たと言うように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉ……っ!ここがルサトル王国かぁ……っ!」

 

 

 

アレクは3日掛けて着いたルサトル王国を見て、見上げながら感嘆とした声を上げた。村に高い建物は無かったので見上げる程高い建造物が珍しく、いや、アレクの場合は久し振りに見たのだった。国を覆う防壁の役割をした壁も見た限り分厚く、頑丈そうだ。門も鋼鉄に造られていて、今は開いているが、閉めれば魔物からの侵入を防ぐことが出来るだろう。

 

ルサトル王国に入国するには少しの金が要る。入国手数料というものだ。それさえ払えば入国することが出来る。移住するにはまた違う手数料と手続きが必要になってくるのだが、今回アレクは冒険者になる為に来たので移住ではなく、滞在となる。

 

アレクは早速ルサトル王国の入り口前に出来ている、入国するために順番待ちの列に並んだ。人を捌く速度は速いので直ぐにアレクの順番が回ってきた。立っている門番に持ち物検査をされ、問題が無いと言われて入国手数料を払い、許可証を受け取り、いざ中へ入ろうとした時、門番はアレクの顔を見て何かに気が付いたように待ったを掛けた。

 

 

 

「おい、お前ここ数日の間に荷車を魔物から助けたりしたか?」

 

「え?……はい。そういえば3日前に助けましたけど……」

 

「昨日ここへやって来た商人が、お前に似た特徴の少年に助けられたと言って、見つけたら報告するように頼まれている。少し待て」

 

「は、はい……」

 

 

 

門番に待つように言われてしまい、ルサトル王国へ入ることが出来ない。仕方ないと諦めて、アレクはその場で待機する事にした。門番はまだこの国に滞在している、件のアレクが助けた商人を呼びに行っているのだろう。どれくらい掛かるのだろうかと、次々中へ入っていく他の人達の列を見ながらぼんやりとしていた。

 

それから待つこと15分程。アレクは先程走って行った門番と、その横で一緒に走ってアレクの元へ向かってくる男性を見た。商人だろう男性はまだ若く、三十代位だろうか。駆け付けながらアレクを見て、安心したような表情をしたので、助けた商人というのは、この人物で間違いないのだろう。

 

門番と一緒にやって来た商人の男は、アレクの前で止まって膝に手を置いて荒い息を鎮めている。呼吸が整った商人の男は、アレクの手を両手で取って固く握手をしながら頭を下げた。

 

 

 

「君だね!?あの時助けてくれたのは…っ!ありがとう、本当にありがとう!あの時君に助けてもらわなかったら、今頃私はここに居ないよ」

 

「あ、いえいえ。そんな大した事してませんし、偶然通りかかったところでしたから、あなたが助かって良かったです」

 

「本当に助かったよ。実はあの時、雇っていたC級冒険者がグリーンウルフの毒にやられていてね。君に助けてもらって先に行かせてもらってなかったら、冒険者の命も無かったんだ。是非私からお礼をさせて欲しい!」

 

「え、いやでも…お礼なんて……」

 

「いいから。ほらほら」

 

 

 

商人の男はアレクの手を取って門を通り過ぎていった。許可証はもう門番から受け取っているので、問題は無いが、お礼なんて受け取ろうと思っていなかったので、些か困惑気味だ。偶然通りかかったところで襲われていたのを助けただけなのに……と言っているが、最初はアレクと荷車の距離は離れていた。唯アレクの聴力が凄まじいのと、駆け付ける速度が他の人達と一線を画していただけだ。

 

ルサトル王国の中に入って、感慨に耽る余裕も無く、アレクは助けた商人の男の奢りて昼食を頂いた。食事を頼んで配膳して貰うまでの空きの時間にも、商人の男は改めてアレクにお礼を言った。そして自己紹介がまだだった事に気が付き、商人の男はケイトと名乗った。

 

それから商人のケイトとアレクは話し合い、配膳された料理を共に食べて店から出て来た。アレクはその時に袋の中に入った10万Gを手渡された。この世で流通しているゴールドは、謂わば紙幣である。そしてその場で助けたにしては破格であり、受け取れないと固持したのだが、命を助けてもらったのにこの程度出さなければ商人の名が廃ると言って、無理矢理アレクに持たせた。

 

勿論、ケイトは感謝だけの為に金を渡したのではなく、これからも商人と客としてもよろしくお願いするという意味も込めて渡しているのだ。更に言うならば、グリーンウルフ六匹と戦って、見たところ無傷で倒して来たアレクを、今度の護衛に選ぶために唾をつけた……という事も有る。

 

いつか護衛役を頼むと言われて、アレクとケイトはその場で別れた。ご飯をご馳走して貰ったのに、更には別で決して少なくないお金を貰ってしまった……と、独り言ちて冒険者ギルドへと向かっていった。

 

 

 

「……ここが冒険者ギルド──────『餓狼の鉤爪(ウルフ・クロー)』かぁ」

 

 

 

人に道を尋ねながらやって来たのは、幼少の頃から入ろうと決めていた冒険者ギルドであった。ルサトル王国にあるのはウルフ・クローというギルドで、冒険者ギルドは冒険者組合をトップとして、あらゆる国に設置されており、一般人からの仕事の要請や、お偉い人の仕事等の、仕事の斡旋をしている。

 

少し緊張しながら両開きの扉を開けて中へ入ると、冒険者ギルドに所属している者達が数多く居て、それぞれ話したり騒いだりしていた。そして冒険者達はアレクが入ってきた事に気が付く。扉から入ってきたのがまだ少年であると分かって、アレクを見ながらコソコソと話して厭らしい笑みを浮かべている。

 

少し肩身が狭い思いをしながらギルドの中を進んでいき、受付カウンターまでやって来た。受付をしている女性は笑みを浮かべながら対応をしてくれる。

 

 

 

「初めまして。御用は何でしょうか?」

 

「あ、えっと……冒険者登録をしたいのですが」

 

「はい、冒険者登録ですね。では手数料として2000G頂きます」

 

「はい!」

 

「……はい、確認しました。冒険者についての説明を受けられますか?」

 

「あ、お願いします!」

 

「はい。承りました」

 

 

 

アレクは冒険者のシステムについて余り知らないので、受付の女性の説明を聞くことにした。冒険者ギルドに登録すると、冒険者組合の方にも登録内容が明け渡され、ルサトル王国で登録しても、登録内容は冒険者ギルドが有る国ならば何処でも同じように仕事を斡旋して貰えるのだ。そして冒険者登録をすると、ランクが示されたタグを貰えるので、それを使えば一種の身分証明書になる。

 

冒険者のランクは下からFと始まり、E・D・C・B・A・S・SS・SSSという風に階級で分別されている。一定の貢献度や活躍をすれば、そこのギルドを任されているギルドマスター判断の基、冒険者ランクが上げられていくということだ。そしてSSSランクというのは、『英雄』と云われる者達と同等の力を持っているとされ、冒険者ギルド最強の存在であり、大陸に数人しか居ないともされている。

 

仕事はクエストボードから見つけ、必要ランクが記載されている依頼の紙を取って受付カウンターで受付をし、仕事を行うというものだ。仕事を一緒に行けるのは4人まで。但し別々のパーティーとして連携して行くのであれば、8人までは認められる。そしてギルド内での暴力沙汰は禁止されており、見つけ次第それ相応の処罰を用いる。

 

一つ一つ丁寧に説明をしてくれたことにより、一度で把握する事が出来たアレクは、受付の女性に礼を言ってギルドについての説明は終わった。そして丁度、違う受付の女性が出来上がったアレクの冒険者としての証明書であるタグを持ってきた。

 

タグは基本身に付けておき、提示を求められたり身分を証明したりする時に見せて欲しいと言われて頷きながら、Fと刻まれたタグを見つめて、首に掛けた。これでずっと夢だった冒険者になることが出来たのだ。さて、これから今日泊まる為の宿を探そうとしたところで、受付の女性から言い忘れていた事があると言われる。それは狩った魔物等の換金をする事が出来るということ。

 

狩った魔物の一部分を持ってくれば、狩猟系クエストの達成基準を満たせるが、丸々一匹持ってきたりすればそれ相応に報酬は上がるし、単純に引き取りも出来るのだ。それを聞いてこれ幸いと、アレクは何の疑問も無く、手を翳して魔法陣を生み出し、()()()()()()()()()魔物の死骸をその場に出した。

 

まだまだ子供の見た目であるアレクが行った事に、その場に居た冒険者は目を丸くし、出て来た魔物の死骸が何なのかを理解して吃驚した。

 

 

 

「「「えぇ───────────────ッ!?」」」

 

 

 

「えっ!?今のは空間系の魔法!?高難度な魔法だからと最低でもSランク冒険者レベルでないと扱えないというあの……!?それにこの魔物は……グリーンウルフにワイバーン!?それもこんなに!?」

 

「え?……俺なんかやっちゃいました?」

 

「あ、アレクさん!この魔物はどうしたんですか!?」

 

「……?もちろん、ここに来る前までに襲われたので返り討ちにしたんです。いやー、買い取ってくれるならとても嬉しいです。どうしようかと思ってましたから!」

 

「ち、ちょっと待ってて下さいね!?今買い取り業者を呼びますからっ!」

 

 

 

「アイツしれっと空間系魔法使ったよな…?」

 

「何モンだ…?アイツは……」

 

「とんでもねぇ奴が入ってきやがった……」

 

 

 

その後ギルド内が騒然となり、他の冒険者達は遠巻きでアレクの事を見ていた。アレクは数多くの視線が自身に集まっているのを自覚しながら、どうしようとオロオロしている。それから数分すると買い取る為に受け渡しをしてくれる業者が来て、アレクの持ってきたグリーンウルフ六匹と、道中襲い掛かってきて返り討ちにしたワイバーン五匹の鑑定に入った。

 

村を出て襲ってきたワイバーンのように、炎で消し炭にしたのではなく、剣を使って首を斬り落としたので、実に状態が良く、買い取り価格も上昇した。どれも一撃による絶命と分かると、ギルドはまたも騒然となった。ワイバーンはBランクに指定されている魔物であり、Bランク冒険者が複数人居て倒せるというものだ。

 

 

 

「え、えぇっと……買い取り価格は総じて62万Gとなります」

 

「えぇ!?そんなに高いんですか!?」

 

「……グリーンウルフは一匹2万で、ワイバーンは一匹10万という計算になり総額62万です……私も初日でこんな大金渡したのは初めてです……」

 

「……ワイバーンも全然強くなかったのに……」

 

「ワイバーンが強くない!?あなたは一体……」

 

 

 

アレクは実に……実にラノベ主人公のようなことをなぞってやっている。倒してきた魔物は最初から高ランクのもので、珍しい魔法を使って周囲を驚かせて自身は何に驚いているのか理解していない。典型的なものとも言えるだろう。そしてこういう場合は、高確率で冒険者ランク飛び級の打診が入っているのだ。

 

無論、それはアレクにも言えることで、実は受付の女性は別室に居るギルドマスターのところまで行って、アレクがワイバーンを1人で複数狩ってきた事を報告した。それに興味を持ったギルドマスターは今、アレクの元へやって来たのだ。ギルドマスターは元SSランクの冒険者であった。つまりこの場で最も強く、そして相手が嘘をついているか分かる魔法を使える。

 

二階建てとなっていて、二階の部屋にあるギルドマスター専用の部屋から降りてきたギルドマスターは、白い頭髪に厳つい顔。その顔には生々しい傷が付いており、筋骨隆々の姿をしていて高身長な為、前に立たれると威圧感が尋常では無い。そんな中で、アレクはギルドマスターから質問を受けた。

 

 

 

「俺はガンダル。このギルドのマスターをしている。小僧、お前が1人でワイバーンをやったのか?それに間違いは無いか?」

 

「あ、はい。ワイバーンは俺がやりました」

 

「……嘘では無いな……真実か。………良し。アレクだったな?お前ギルドマスター権限により──────Bランク冒険者に任命する」

 

「……え?」

 

 

 

「「「えぇ──────────────ッ!?」」」

 

 

 

「いきなりBランク冒険者!?」

 

「何なんだアイツはよォ!?」

 

「飛び級にも程が有るぞ!?」

 

 

 

「──────待ちなさい!!」

 

 

 

「……?」

 

 

 

歴代最速のBランクへの飛び級で盛り上がっているところに、鋭い声が掛けられた。段々とアレクの周囲に集まってきていた冒険者の壁を別けてやって来たのは、髪が赤く、背中に自身の背より大きい大剣を背負っている美少女だった。アレクは突然やって来た少女の姿に見惚れている。しかしそんなことはお構いなしアレクの元までやって来た赤髪の少女は、人差し指を突き付けて決闘をしろと言った。

 

いきなりやって来て、はいBランクというのは納得がいかない。そんなに実力があるならばC級の自身が決闘をして力を見定めても構わない筈という。いきなり来て何を言っているんだと思っているアレクとは別に、実力が見たいというギルドマスターの意見が通ってしまい、ギルドの手合わせ用の敷地に移動してやり合うことになった。

 

ギルドの出入り口とは別の扉から出て、開けた場所にてアレクと赤髪の少女は対峙していた。決闘の合図はギルドマスターが行い、決闘に勝てばアレクは晴れてBランク冒険者となり、赤髪の少女が勝てばアレクはFランクからスタートという話になっていた。赤髪の少女が大剣を構え、アレクは腰の剣の柄に手を置いた。そして、ギルドマスターの開始の合図が出される。

 

 

 

「いっくわよ──────きゃぁ……っ!?」

 

 

 

「「「え、えぇ────────────ッ!?」」」

 

「サーシャが一撃で吹っ飛ばされた!?」

 

「しかも……気絶してるし……」

 

 

 

「……あれ?軽く剣を振っただけなのに……。もしかして……まずかった?」

 

 

 

赤髪の少女、サーシャが一歩踏み出す前に目前に現れたアレクが剣を一閃し、サーシャは舞様にも飛んでいって目を回していた。有り得ない光景に、外野に居る冒険者達は口々に騒いでいる。そしてその中に、驚きを隠せないでいるのがギルドマスターである。

 

元SSランク冒険者であるギルドマスターのガンダルは、アレクの動きが見えていたと言えば見えていたが、ギリギリ見えていた。そしてCランクの中でもBランクに上げても十分な力を持っているサーシャを、それもその見た目に反して怪力のサーシャを軽々と吹き飛ばし、更には軽く剣を振ったときた。

 

今サーシャを倒したというのに喜ぶどころか、簡単に終わってしまった事に困惑して頬を掻いているアレクが、将来大陸に数人しか居ないと云われているSSSランク冒険者になるのではないか……と、冷や汗を流しながら考えていた。

 

 

 

「あ、あんたの強さは……まあ仕方ないから認めてあげるわっ。だからしょうがなく……しょうがなくっ、私のパーティーに入れてあげるわっ!」

 

「えぇ……?俺まだパーティーとかは……」

 

「……むうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

 

「や、やっぱりサーシャさんのパーティーに入りたいです!入らせて下さい!」

 

「ふ、ふん!仕方ないわね。入れてあげるわ、感謝しなさいっ」

 

 

 

アレクは全く以てテンプレのような事をやりながらその日は終わった。だがそんな平和な日常は長くは続かない。何故なのか?それは……強者は強者を引き付けるからだ。

 

 

 

 

 

ある存在と邂逅を果たすまで……あと3ヶ月。

 

 

 

 

 

 








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第十三話  愚かなる者達






 

 

強者は人を惹きつける。その言葉を良く耳にするだろう。何故か?それは簡単だ。強者はその他の有象無象には無いものを持ち、目立つからだ。目立てば目立つほど人の視界に入り、それが圧倒的強さを持つ故に、見た者は己と強者を己の持つ秤で比較し、真似できないと悟れば敬い、己にも出来ると思った者は対抗心を持ち、太刀打ち出来ないと実感すれば嫉妬する。

 

善悪は関係無い。そこに愛情や憎悪を抱こうが、結局強者に関心や興味を持ってしまっているということなのだから。だからこそ力ある存在はよく目立ち、強さを知ろうとする愚か者が後を絶たず、結果強者の周りには人が集まっているのだ。強ければ強いほど人を惹きつけ、厄災を招く。

 

そこに強弱はあれど、有無の関係は非ず。故に力を持って生まれた少年は、受け入れようが拒もうが、我こそはという者達に囲まれるのだ。今もそうだ。歴代最速のスピードで冒険者ランクをFからBにまで上げた天才……と持て囃され、最初の訝しんだ視線や身の程知らずが来たという侮辱的な視線が止み、是非我がパーティーにと誘いを出す。

 

若しくはその力の強さに圧倒されて対抗心を持ち、人物像を殆ど知らぬ癖に悪意から出た言葉を誇張して撒き散らす。またある者は、自身には無い力を持っていて、尚且つ大した審査も調査もしないまま、嘘をついていないという理由だけでランクを上げられた事に嫉妬し、妬み、憎悪する。俺は私はこんなに苦労したのに……何故お前はそう簡単にランクを上げる事が出来る?何故お前だけ。

 

だがそれを口にして言ってはならない。返ってくるのは、その強者に惹かれに惹かれ、心の中で全幅の信頼を抱き、恋という名の毒に犯された者の、又は現状を本当に理解していない者の冷たい言葉なのだから。悪く言うことは許さない。悪意があった言は認めるが、本当のことだ。嫉妬でものを言うな。嫉妬が無いと言えば嘘になる。だが正論だ。

 

しかしそれ以上何かを言えば、強者による実力行使か、強者に近づく事が出来る、強者の次に強い者の鉄槌だ。理不尽だろう。憎いだろう。悔しいだろう。だが現実だ。現実でそんなことが罷り通っているのだ。何故ならば強いから。他を従え、黙らせる力を持っているから。だから従うしか無い。

 

 

 

「ぁ…あのあの……本当に私なんかが…パーティーに入ってもいいのでしょうか……?」

 

「もちろんだよ!俺はリィナが居てくれた方が心強いし、一緒に居て楽しいから!」

 

「ぇっ……ぁ、ぁりがとう…ございます……っ」

 

「これからよろしくね、リィナ!」

 

「は、はいっ!よろしくねお願い…しますっ」

 

「はぁ……コイツの周りに女が増えたわ……私だけの場所だったのに……アレクのばか」

 

「……ん?サーシャ、何か言った?」

 

「……なんも言ってないわよ!」

 

「痛!?何も殴らなくたっていいだろ!?」

 

 

 

そうこうしている内に、強者は新たな仲間を手に入れた。大剣を扱う美少女とは別に、双剣を使った軽やかな動きが出来る美少女の剣士である。控えめな性格の所為で中々魔物に斬り掛かる事が出来ず、実力はあれど仲間に巡り逢えなかったという不幸な美少女。それを目敏く見つけた強者は手を差し伸べ、欠点を克服させ、仲間に引き入れる。

 

必然的に、己の為に色々と良くしてくれて、手を握られながら微笑まれた双剣の美少女ことリィナは、強者に恋心を抱く。そして同じ心の内を持つサーシャと何度も強者の奪い合いをするのだ。それを傍目から見ている者は面白く無いだろう。それは当然だ。長年掛けて今のランクに辿り着いたというのに、強者は初日でそれを抜き去り、見た目麗しい少女を両手に花状態なのだから。しかも強者は惚れられていることを自覚していない。

 

現実的な話をするならば、あなたが何年も掛けてオリンピック選手候補になったとする。そこにある少年がやって来て、いきなり驚くような技を連発する。すると少年は初めてやったのだと宣い、その場でオリンピック選手に内定するのだ。普通はそうはいかない。有りと有らゆる条件をクリアした者がなれる、名誉ある役だ。それをいきなり掻っ攫われ、尚且つそれを偶然見た、あなたの好きなアイドルが少年に心底惚れてしまう。

 

あなたは当然意見をする筈だ。そんな事があって堪るか。そんなのは無効だ。あなたの意見は正しい。全く以て正論である。だが返ってくるのは無情な一言。お前には無理だ。

 

やってみなきゃ分からないと話して説得し、いざ決闘すれば少年の神に愛されたとしか思えない才能の前に膝を付くのだ。そして好きだったアイドルからは、負けて当然、少年はあなたと違って努力してるし、強いし、優しいんだから。そう言われるのだ。何を見てそう思った?何故会ったばかりでそこまで言える?努力をしてる?笑わせるな。今初めてやったと本人が言っただろう。だがあなたの言葉に耳を傾ける者は居ない。何故ならあなたは負けて、少年が勝ち、少年は強者だからだ。

 

 

 

「……私は攻撃が出来ない。盾で防ぐことしか出来ない騎士のなり損ないだ。それでも……私を必要としてくれるのか?」

 

「ちょうどそういう人を探していたんですっ。むしろこちらからお願いしたいくらいですよ!それに皆さんおかしいですよね、イレイナさんみたいな美人の人を悪く言うんですから!」

 

「び、美人……!?いや、でも……私は攻撃が出来ないからな。言われて当然だ」

 

「なら、悪く言われたら言って下さいね!俺が絶対に言い返してやりますから!イレイナさんはすごいんだって!」

 

「あ……ありがとう……っ」

 

「うぅ……ライバルが増えちゃいました……」

 

「はぁ……まあアレクだしね。仕方ないわよ」

 

 

 

強者はあなたを見ない。視界に映ってすらいない。何故ならば弱いから。そして強者は強く、更に人を惹きつけて止まないから味方を作っていく。種族も関係無い。年齢差も、善悪も、立場も、何もかもを捲き込んでいく。強者こそが絶対。そこに努力で埋める隙間は無く、足掻く気すら起こさせない。まるで自身が強者の立場を確立させる為だけに在るような気がしてならなくなるのだ。

 

強者であるアレクは欠点が無いのだろう。顔が良く、心優しく、強かで、負けず嫌いで、弱き者を護り、負け知らずなのだ。だが敢えて言わせて貰おう。欠点が無いことが弱点だ。特に負け知らずという部分を押させて貰おう。負けが無いということは、負けた時を考えていないということに他ならない。窮地はあれど、最後は勝ってしまう。それだけの力が有るからだ。

 

まるで主人公。世界が彼を中心に廻っているようだ。神の加護を存分に受けて周囲が弱体化している。その間には埋められない差があり、覆しようの無いものが有る。故にそんな彼へ絶望を与えよう。

 

絶対に越えられないと周囲の有象無象に悟らせ、負けを認めさせる力を持って、自身を慕って離さない仲間を手に入れ、負け知らずの彼へ。

 

世界の共通認識で最強を欲しいままにし、周囲の塵芥は飛んで当然で、負けどころか同じ土俵にすら立たせず、慕う仲間を必要としない、勝利を約束された星の下に生まれし純黒の黒星を。

 

 

 

「……なに……これ……」

 

「……ありえないです……こんなことが……」

 

「……これは一体……何が……」

 

「誰が……こんな事を……ッ!!」

 

 

 

アレクがルサトル王国に初めてやって来てから顔馴染みの商人であるケイトから名指しで依頼を頼まれ、同じパーティーのサーシャ、リィナ、イレイナの4人で護衛をしていた。行き先はイリスオ王国。片道3日は掛かる道のりだった。途中までは良かったのだ。魔物に襲われこそすれど、仲間と共に戦うことで苦もなく倒せたのだから。だが問題は到着してからだった。

 

嫌な予感はしていた。向かう途中で計り知れない魔力を肌で感じ取ったからだ。全身を鋭いナイフで滅多刺しにされているような、尋常では無い程の莫大な魔力の波が、アレク達を襲い掛かったのだ。アレク達は身を寄せ合って耐えた。寧ろそうしないと発狂してしまいそうな、そんな恐ろしい程の魔力だった。そして、その魔力を感じたのが目当てのイリスオ王国の方角からだったのが、嫌な予感を倍増させた。

 

商人のケイトに申し訳ないと思いつつ、出来るだけイリスオ王国へ急いで向かったところ、そこにイリスオ王国は無かった。あったのは底が見えない程開いている大穴だけだった。何も無い。在るべき物すら無く、在って欲しい者達ら欠片すら見えなかった。完全に消し飛ばされていた。到底賊とかそういった生易しい存在ではない。国を丸ごと消す。神のような何かだ。

 

大穴を見て呆然としていると、後から馬に荷車を引かせた男性がやって来た。男性もイリスオ王国が無くなっている事に気が付いて呆然としたが、直ぐに気を取り戻してケイトに説明を求めた。そこからは知っていることを話した。辿り着いた時からこの有様だったと。そして説明している時だった。サーシャが足跡を見つけたのだ。今まさにやって来た方向へ進む、巨大な足跡を。

 

見た瞬間にケイトは龍であると看破した。大きさに地面の沈みの程度、そして途中から完全に足跡が消えていることから、空を飛べて巨大な躯体を持ち、国を丸ごと消し去る程の魔力と魔法を持っている存在。いや、こんな事が出来るのは、龍を置いて他には居ないと思ったのだ。

 

アレク達は顔を蒼白くさせた。国を丸ごと消した存在が、今まさにルサトル王国へ向かっているというのだから。若しかしたらルサトル王国に立ち寄ることは無く、そのまま何処かへ消えてくれるかもしれない。そんな考えも浮かんだが、残念ながら嫌な予感がして仕方が無い。ケイト達に遅れてやって来た男性は、荷車の方に移って誰かと何かを話しているようだった。だが今はそんな事どうでもいい。やることは今決まったのだから。

 

アレク達はケイトに断りを入れて、全速力で来た道を戻っていった。速く、速く速く速く速く。何も考えず、只管ルサトル王国へ引き返したのだ。来るときは3日も掛かったというのに、魔力を惜しげも無く使用して戻れば2時間で到着した。普通ならば早い。普通ならばそんなに早く到着しない。だが遅すぎた。余りにも、遅く、手遅れ過ぎたのだ。

 

 

 

「ぁ……ぁあ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

「そんな……そんなぁ……っ!!」

 

「なんということだ……私達の国が……ルサトル王国が……っ!」

 

「みん……な……みんな……ッ!!」

 

 

 

ルサトル王国は何も無くなっていた。地面が削られて、あたかも何かによって削り取られたかのように。アレクはルサトル王国にやって来てまだ3ヶ月である。その間に仲間には恵まれて、ギルドは楽しくて、街の人はみんな優しくて活気に溢れた国だった。なのに、その国は今や何も無い。人一人すら居ないのだ。まだ誰かの一部分があった方が良かったかも知れない。それ程、綺麗に何も無いのだ。

 

見渡す限り荒野のような状態が広がっている。探しても探しても何も無い。手分けして探そうが無駄だ。何かが残っているという可能性は、限りなく……なんて言葉を使う必要が無い程、無いのだから。

 

思い出の街。生まれ故郷。懐かしの店。知り合いの武具店。初めての冒険者ギルド。そして大切な仲間達。それが無へと消えた。サーシャはその場で座り込んで空を呆然と見上げている。リィナは膝を付いて顔を両手で覆い、嗚咽を漏らしながら泣いている。イレイナは膝は付いてこそいないが、何も無い景色を見つめて唯呆気に取られている。そしてアレクは、ルサトル王国があった場所を見つめて、血が滴るほど手を握り締めていた。

 

 

 

「なんで……何でこんな事を……ッ!!俺達が一体何をしたっていうんだッ!!」

 

 

 

アレクは吼える。この惨状を作り出した龍へ向けて。だが彼は理解していない。何もやっていないのに、龍に襲われたのでは無い。何かをやらかしてしまったから、龍に襲われて消滅したのだ。無知。無知無知無知無知無知。何も知らない、無知蒙昧な小さき人間。人間だって突然魔物に襲い掛かっている。それこそ現れたから……とか、襲われたら大変だから……など、己等のことを棚に上げて、いざ襲われれば何故、酷い、有り得ない。

 

所詮人間も魔物からすれば魔物だ。それも見掛ければ直ぐに襲い掛かり、魔物から造られた装備を手に取って掲げ、魔物から作られた装飾品を身に付けて喜ぶ。元仲間の亡骸を加工されて身に付けられているのだ。どちらが酷い、どちらが有り得ない?そして何故襲う。魔物を殺すのならば、魔物に殺される。当然の摂理だ。

 

ルサトル王国は良い国で、みんな優しくて、活気に溢れた所。確かにそうなのだろう。だが裏でやっていた事は惨い精霊の売買である。それも街のエネルギーとなる魔力を、これでもかも搾取し、貯め込んだ。小さな……まだ名も無き小さな精霊達は魔力を奪われすぎて死んでいった。上位の精霊は限界以上に魔力を搾取し、残りカス同然にして、他の国へ売り払った。

 

上辺の表向きの顔を見ていて、日常を唯謳歌していただけの人間が、少し襲われて仲間を殺された位で何を吼える。何を憎む。何に憤る。弱肉強食。文明の進歩や法律が生まれようと、根本的なものは一切変わらない。特に戦う運命にある者達にとっては、それこそ日常的なものと言える。故に、これは必然。ルサトル王国は滅ぶべくして滅んだのだ。

 

 

 

「……みんな、お願いがある。俺の…一生のお願いだ」

 

「……言われなくたって分かってるわよ」

 

「……ぐすっ……私も……同じ気持ちですっ」

 

「……私も今、アレクと同じ事を考えていると思う」

 

 

 

「……うん──────龍を見つけて、倒そう。俺達がみんなの仇を討つんだッ!!」

 

 

 

「仕方ないから乗ってあげるわ!」

 

「も、もちろんアレクさんについていきます!」

 

「私は最初からそのつもりだとも」

 

 

 

そして人間は決心した。こんな惨状を作り出した元凶である龍を我等が討つのだと。いやはや、何と無謀なことか。龍が世界で最強の種族だというのに、挑みに掛かって倒そうというのだ。たかだか冒険者ギルドでトップレベルの実力と持て囃されただけの存在が。その場の勢いで仲間達の仇を討ち、話がまとまると本気で思っているのだ。

 

冒険者で最高位のSSSランクが『英雄』と謳われているが、その『英雄』が手も足も出ずにやられたのが龍である。何故十何年しか生きていない子供に、そんな龍が倒せる思ったのか。崇高な目的を掲げるのは良い、許そう。だが実力が伴わないのに挑みに掛かるのは、挑みに掛かる相手に対する侮辱に他ならない。

 

アレク達は直ぐに情報を集め始めた。周辺の村などに行って龍の影のようなものは見なかったか、何か異変は感じなかったか、何でも良いから情報をくれと、手分けして捜索した。すると、ケイトとは違う別の商人が、イリスオ王国の近くにある森から、龍らしきものが飛び立つのを見たという情報を手に入れた。

 

幸い、アレク達はイリスオ王国の近くに集まっていたので目的の場所には直ぐに行ける。情報を集めるのに2日、移動に1日を掛けて、アレク達は話しに聞いていた森へと入っていった。此処に高い確率で龍が居る。そういう情報なのだから、居るのだろうが……何故だか進んでいく毎に全身に重くのし掛かるような魔力が感じられる。

 

肌がナイフで滅多刺しにされているような、そんな覚えのある禍々しく凶悪な魔力だ。そう、その魔力はイリスオ王国が消されただろう思われる時に感じた、あの魔力だった。居る、確実に。探していた存在がこんなにも早く見付かると、何と運が良いことか。だが実際は、何と愚かな行為だろうか。会いさえしなければ、まだ残りの人生を謳歌出来たであろうに。

 

そうして、禍々しい凶悪な魔力が感じ取れる方へ進んで行き、見つけた、見つけてしまった。全身を純黒の鱗で覆い、巨大な体を持つ、純黒の黒龍が。黒龍はまるでアレク達が此処に来る事を知っていたかのように、その全てを見透かしていると錯覚させられる黄金の瞳に捉えられていた。いや、実際には捉えていたのだ。森に入った瞬間から。

 

周囲の木々が燃えて炭となり、真っ黒になっている。そこに多少の疑問は持てど、今はもっと最優先の目標がある。アレクはこの黒龍がみんなの居る国を消したのだと理解し、奥歯を噛み締め、鍛えられて強化された剣の柄を握り締めた。

 

 

 

「……ッ!!お前が……お前がルサトル王国をやったのか…っ!!」

 

「……………………。」

 

「答えろッ!!優しい、何も知らない俺に笑いかけてくれたみんなを、仲間達を殺したのはお前だなッ!!」

 

「ふざけんじゃないわよッ!!お前のせいで……私の家族は……ッ!!」

 

「な、なんであんな酷いことを……っ!!」

 

「私は貴様を許さない。何があろうと、例え相打ちになろうと、貴様はこの場で倒すッ!!」

 

「……………………。」

 

「そうか、それが返答だなッ!!」

 

 

 

黒龍は何も言わない。龍は総じて高い知性を持つことで、言葉を理解すると云われている。だが何も言わず、語らない。それどころかアレク達なんぞどうでも良いとでも言いたげな目をしていた。向かってきた所で何にもならない。敵とすら思っていない、無感情な目だった。それがアレク達の神経を逆撫でした。

 

それぞれが武器を手に取り、黒龍に向かっていった。アレクはその場で待機しながら、特攻したサーシャとリィナ、イレイナに攻撃防御速度を飛躍的に上昇させる魔法を掛けた。それに足して鋭い感覚を与える魔法と、ある程度の攻撃を弾くシールドも付与した。普通はここまで一気に掛けられず、それも高い倍率を出すことは出来ないが、アレクは膨大な魔力と才能がある。

 

黒龍はサーシャ達が突撃してくると、その巨体を起こして立ち上がった。聞いていた龍の姿とは少し違う。人間に近い姿をしているのだ。だがそんなことはどうでもいい。今は黒龍を倒すことだけを考える。

 

アレクからの援護の魔法を受け、サーシャは自慢の超重量を誇る大剣を振りかぶり、跳躍して黒龍の頭目掛けて振り下ろした。跳躍中、迎撃されそうになれば、アレクから魔法の援護が入る手筈なのだが、黒龍は微動だにしなかった。だからこれ幸いと、頭を真っ二つにするつもりで振り下ろした。鋭い金属音が鳴り響く。大剣が弾かれ、手が痺れる。黒龍は防御なんぞしていない。鱗で受け止め、弾いたのだ。

 

 

 

「~~~~~~~ッ!!かっったいっ!!どんな硬度してんのよっ!!」

 

「なら、相手の硬度を下げる魔法を掛けるっ!!リィナ頼む!」

 

「は、はい!!」

 

「サーシャは一度私の後ろへ来い!防御は全て私に任せろ!」

 

「了解よ!」

 

 

 

着地したサーシャは、大きな盾を二つ持っているイレイナの背後に回り、手の痺れを回復させる。その間にアレクは黒龍の足下に魔法陣を展開して魔法を発動させ、黒龍の鱗の硬度を最低値まで下げた。これで普通の武器でも鱗を斬ることが出来る。そこで攻撃者に躍り出たのがリィナだった。柔軟性のある体に素早い動きを可能にした双剣の戦闘スタイルは、翻弄しながら相手を斬り刻む。

 

稲妻の形に走って黒龍を翻弄し、足下から双剣で斬っていく。更に魔法で足が壁にも吸い付くようにくっ付ける事が出来る魔法を使い、黒龍の体を駆け上りながら同時に双剣をこれでもかと揮う。頭までやって来て目に突き刺そうとするが、目を閉じられてしまう。だが大丈夫だ。アレクが掛けた魔法で硬度は下がっている。今なら貫通する。そう思って剣を突き立てた。そして思い知る。黒龍の鱗の硬度を。

 

リィナの双剣は先端すら刺さらなかった。それどころか双剣の先端が半ばから折れてしまった。リィナは驚愕する。アレクの魔法で柔らかくなった筈の鱗が、傷付けることすら出来ないのだ。リィナは焦りながら黒龍の体から飛び降りていく。途中、黒龍の体を見ると、駆け上りながら斬った筈の鱗は、傷一つ無かったのだ。何故だろう。双剣の切れ味が悪かったのか。それとも斬り方が駄目だったのか。

 

アレクの魔法は完璧だ。そう思っているから、問題は自身にあるのだと錯覚するが、実際はアレクの魔法なんぞ効いていない。黒龍は魔法を掛けられた直ぐ後に、アレクの魔法を純黒なる魔力で呑み込んで消し去ったのだから。つまり、魔法は最初から無効化されていた。リィナもアレクも、それに気付かず攻撃していたのだ。

 

強者故の慢心。今まで通じていたからこそ、効いていると錯覚して効いていないという選択肢を見ていない。物理で黒龍に傷を付けられない。だが、これまでの過程は無駄では無かった。アレクは目を閉じて集中し、手を翳して巨大な魔法陣を形成する。そして膨大な魔力を籠めて、魔法を発動させた。これを耐え切れた者は居ない、使える魔法の中で最上級の破壊力を持つ魔法を。

 

 

 

「──────『迸り崩壊させる神の雷(エレクトロ・ニクス)』」

 

 

 

白い雲が所々にある程度だった空が、真っ黒な雲に覆われて帯電し、渦を巻いて雷を轟かせる。そして、渦の中心から黒龍に向けて、超大型の雷が落とされた。落雷。そして遅れて音がやって来る。爆発音が鳴り響いて、衝撃が森中に渡った。最上級魔法を凌駕する、畏るべき破壊力を秘めた魔法である。ただし、この魔法はアレクを以てしても溜めの時間を有する為、最初は動かず、援護をしながら魔法陣を形成していたのだ。

 

大きな砂埃が落雷の破壊力によって舞い、黒龍の姿を覆い隠す。いや、これだけの大魔法だ。賢者にすら1人では発動すら出来ないだろうと言わしめた魔法である。黒龍なんぞ肉片になってしまっているはずだ。仇を討つ事が出来た。我々は、あの龍に勝ったのだ。そう喜び合おうとしてサーシャがイレイナの後ろから出て来た瞬間だった。

 

ひゅるり……と、何かが通り過ぎる音が聞こえた。サーシャは何の音だろうかと不思議そうに首を傾げる。リィナは何か嫌な予感がすると、顔を強張らせる。アレクは起きた事の、事の深刻さに顔を蒼くさせ、イレイナは驚愕に目を瞠目させていた。アレクは辛うじて目で捉えていた、だが一切反応が出来なかった。それ程の速度だったのだ。

 

 

 

「え、何々?何か飛んできた?」

 

「わ、分かりません……!けど、すごく嫌な予感が……」

 

「だ、ダメだ……ダメだダメだダメだイレイナさんっ!!」

 

 

 

「……っ……く……………ごぼ」

 

 

 

飛んできたのは、先端に純黒の魔力による刃が形成されていた尻尾だった。それが飛んできて、イレイナの事を大きな盾ごと……上半身と下半身で真っ二つにされていたのだ。速すぎてイレイナの斬られた体が認識するのを遅れてしまい、数秒経ってからイレイナの体は横にズレて地に落ちた。がしゃんという着ている甲冑が音を立てながら倒れ込み、アレクが駆け付け、状況を理解したサーシャとリィナが武器を砂埃に向かって構える。

 

サーシャとリィナは見た。砂埃が晴れて出て来た黒龍が、一切ダメージを受けていない姿を。アレクの雷が落ちる前と落ちた後で何も変わっていない。立ち位置も立ち姿も変わっていない黒龍が、そこには居た。

 

体を真っ二つにされて倒れ込み、内臓がまろび出ているイレイナの頭を膝に載せ、アレクは涙を流しながらイレイナの名を呼んだ。イレイナは目の下を蒼くさせ、呼吸が浅くなりながらアレクの頬に手を置いて、今出来る精一杯の微笑みを浮かべた。

 

 

 

「ア……レク。すま……ない………私……は………」

 

「喋らないでっ!!今……っ!今俺がどうにかしますからっ!」

 

「むだ……だよ。もう……私は……死ぬ……アレ……ク」

 

「待って……待って下さい……イレイナさんっ!」

 

「わたし……は……あれ……く…が……す……き…………だ……………──────」

 

「………────────────。」

 

 

 

「──────がはっ……!?」

 

 

 

「──────ハッ!?」

 

 

 

イレイナは死んだ。瞼が閉じられる事は無く、半開きの状態で瞳の光が失われた。頬に当てられた手が地面に落ち、体内にあった魔力が霧散した。アレクは目の前が真っ暗になった気分だった。しかしその状態を解かせたのは、仲間の……リィナの叫び声だった。ハッとして気が付いたアレクが顔を上げると、リィナの腹部から大量の出血が見られた。

 

黒龍が鋭い指先で引き裂こうとした所を、どうにか身を捩って回避したはいいが、回避しきれず、リィナの腹部に当たって深手を負ってしまったのだ。アレクはイレイナの顔に手を置いて瞼を閉じさせると、言葉を交わすこと無くサーシャと役を交替した。

 

サーシャがリィナの傍に行って、腰に付けたポーチから回復薬を取り出してリィナに飲ませようとする。その間はアレクが殿を務める。だがアレクは殿として時間稼ぎをするのでは無く、黒龍を殺す気で向かっていった。冒険者になって魔物を倒し、手に入れた稀少な素材を使って強化された剣を強く握り、黒龍に向けて一閃した。

 

 

 

「喰らえッ!!──────『一刀両断』ッ!!」

 

 

 

シンプルだからこそ強い、横凪の斬り払い。どんな魔物もこれで真っ二つに裂いてきた。例え硬い装甲を持つ魔物と言われても、この一撃で屠った。だから、黒龍にだって通用すると思ったのだ。しかし現実は違う。最早冒険者ギルドでお前に敵う者は居ないと言われたアレクだが、アレクの一閃は黒龍の左掌によって易々と防がれ、右手で繰り出す平手打ちに吹き飛ばされていった。

 

手が叩き付けられた瞬間、可能な限りの防御魔法を施して、衝撃も殺した。だが打撃の衝撃は体の真にまで届いてしまい、口から血を吐き出した。そして右からの衝撃で左へ吹き飛ばされるのだが、吹き飛ばされる先に尻尾が現れる。純黒の尻尾がアレクを捉え、弾き飛ばされ、黒龍の前に戻されて上から下に叩き落とされる。

 

訳が解らないほどのダメージを負いながら吹き飛び、大した時間稼ぎをする事も出来ず、アレクはサーシャとリィナの元へやって来てしまった。これでは時間を稼ぐ者が居ない。やってくれと言わんばかりの陣形である。アレクの言うラノベの世界ならば、敵はここで待ち時間を作ってその間には回復でも出来るのだろうが、黒龍は待ち時間など与えない。

 

アレクは見ている事しか出来なかった。自身の流した血の所為で視界が赤くレッドアウトし、サーシャとリィナが赤い世界に取り残される。黒龍が尻尾に純黒の魔力による刃を再び形成し、振り下ろす。狙うのはまだ動けるサーシャだった。だが彼女はリィナに回復薬を飲ませようとして必死だ。気が付いていない。だからだろう、気が付いたリィナがサーシャの事を押し、身代わりとなってしまったのは。

 

サーシャが押されて、リィナに手を伸ばすが届かない。リィナは緩やかな世界で、アレクとサーシャに言葉を送った。声など無い、口を動かすだけの無音の言葉を。

 

 

 

『アレク……大好きでした』

 

『サーシャ……ごめんなさい』

 

 

 

リィナは死んだ。黒龍の純黒の魔力の刃によって、体を縦に真っ二つに割られたのだ。リィナは此方を向いていた。つまり体は横から真っ二つにされてしまったのだ。生きている仲間がまた1人死んだ。目の前で、手を伸ばせば届くような距離で。サーシャの目は暗く濁ってしまった。何と戦っているというのだろう。何に戦いを挑んでしまったのだろう。

 

アレクは血管が千切れるほど頭に血が上っていた。最早頭の中は黒龍を如何に早く殺すかしか考えていなかった。だが体が動かない。指先すらも動かない。恐らく肋が数本折れている。腕や脚の骨には罅が入り、激痛を生み出している。立ち上がることすら出来ない状況で、無理矢理起きようとしている時に、黒龍の無慈悲な魔の手が、サーシャに伸びた。

 

 

 

「殺す……殺してや゛が…ッ!?ぁ゛が……ひゅッ…っ!」

 

「サーシャ……?サーシャ……っ!サーシャッ!!」

 

 

 

サーシャが大剣を手にして黒龍に向かおうとした途端に動きが止まり、腕や脚を広げて大の字を作った。そしてそのまま上へ体が浮遊した。確実に黒龍の仕業である。黒龍が何かをしているのだ。だが正体が解らない。アレクは焦りながら、魔法を使うギルドの仲間達から反則と言われた、魔法削除という魔法を使ってサーシャを解放しようとするが、効かない。魔法ならばどんなものでも無効化出来る魔法が効かないのだ。

 

サーシャの持っている大剣が手から無理矢理取られ、サーシャと同じように空中に浮かんでいる。大剣が軋み、悲鳴を上げ、捻じ切れて砕けた。粉々になるまで捻られて砕けて砕けて砕けて、大剣は砂のようになって撒布された。それを見せられたアレクは絶叫した。サーシャにしようとしていることを悟ったからだ。

 

 

 

「やめろッ!!サーシャを離せッ!!やめろ……やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 

 

「あ……ぁ………ア゛レ゛ク゛…だずげ──────」

 

 

 

 

────────────ごちゅり

 

 

 

 

「ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

 

 

サーシャの体は、関節を全て捻られ、捻じ切られてしまった。指の第一関節から始まり、手首、肘、肩、首まで、全て何回転も……ゆっくりと時間を掛けて捻られた。サーシャは苦痛の中で藻掻くことも出来ず、かといって直ぐに死ぬことも無く、関節という関節を捻られる激痛の中で苦しみながら死んだ。

 

宙に浮いているバラバラになったサーシャの死体は、糸が切れたマリオネット人形のように地面に落とされた。びちゃり、どさり。そんな悍ましい音を立てながら、サーシャだった肉塊が漸く解放されたのだ。

 

仲間は居ない。全員殺された。好きだと言ってくれた少女は、もう何も言わぬ肉の塊だ。放っておけば腐って朽ちていくだろう。アレクは握り込んだ拳を地面に叩き付けた。何度も何度も何度も。己の弱さを否定したくても、現状が突き付けてくる。弱いから仲間が死んだ。弱いから奪われた。弱いから護れなかった。弱いから黒龍の前に倒れている。

 

だから強くなる。今、ここで。絶大な力を持つ黒龍を討ち滅ぼす為の力を解放するのだ。アレクは立ち上がった。立つことが出来なかった体から、今は溢れんばかりの力を感じる。その力の源は、死んでいってしまった仲間の体から光が伸びて、アレクに集束している。仲間の死によって、アレクは己の限界を今越えた。

 

元々持っていた膨大な魔力が更に爆発的に上昇し、体を包み込む。大地や森が悲鳴を上げ、大気が絶叫している。地震が発生して大地を揺らし、天が割れて天変地異を引き起こしていた。アレクの今の力は元の数千倍にもなるだろう。溢れ出る力の波動。手を握って開いてを繰り返し、実感すると……見下ろす黒龍を睨み付けた。

 

 

 

「お前は俺の大切な仲間を奪った。だから俺は……何があろうと絶対にお前を許さない。リィナ…イレイナさん…そしてサーシャ。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 

 

 

アレクは今、人類で最高峰の力を手にした。神に愛され、加護を与えられたと言っても過言ではない力に、仲間の死によって到達した覚醒。果たしてその力で黒龍を倒せるのか。だがこれだけは言っておこう。

 

 

 

 

 

 

世界最強の種族の力を──────舐めるんじゃない。

 

 

 

 

 

 

 



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第十四話  最強種族の力



誤字報告ありがとうございます。助かります。




 

 

 

「お前は俺の大切な仲間を奪った。何があろうと絶対にお前を許さない。3人から貰った力で──────お前を倒すッ!!」

 

「………………………。」

 

 

 

仲間の死を経験し、アレクは覚醒した。人には限界の壁というものがある。ある程度成長すると、それ以上の伸び代が極端に小さくなる事だ。常に同じ成長速度で、それを死ぬまで続けられるということは殆ど無い。中には『英雄』のように、殆ど成長速度に限界が無いような存在も居るのだが、アレクもその内の1人だった。

 

異世界から出でし異端の魂は、その世界での輪廻転生を迎えず、何の因果かこの世界の理に入り込み、剰え赤子の肉体に宿った。強く強靭に育ち、赤子には有り得ない豊潤にして膨大な魔力を宿す肉体へと。

 

成長し、実戦経験を経て技には磨きが掛かり、キレが増した。咄嗟の判断力も付いたし、技のレパートリーも増えた。独自の魔法も開発した。神に愛されし子。そう称されても過大評価とは言えない。正しく悪を誅す為に生まれてきた弱きを助け強きを挫き、安寧を与える存在。

 

ならば、それ程の強さを持つ存在には誰も勝てないのか?神に愛され、両親からも愛され、周りの者達からも愛された、そんな完全無欠の存在に、敵対する者は大人しく己が首を差し出さなければならぬのか。否。否、否、否。世界はそう甘くは無い。少なくともこの世界は、そんな愛されし子がその他全てを一方的に圧倒する、出来る世界では無い。

 

上には上が居る。圧倒的強者の部類に属するアレクは人間だ。過去には人間の『英雄』が伝説を創った事だってある。それもその伝説の中には龍を見事打ち倒した……と、言い伝えられているものだってあるくらいだ。故に、人間だからと見下す理由にはならない。だが、愚かな行動を取りがちなのもまた、人間である。

 

今回の騒動とてアレクは一切知らないが、元は理由も無く黒龍の恩人である精霊を襲い、意味も無く森に火をつけ、更には共に捕らえた小さな精霊を大量に殺した。それだけに飽き足らず精霊を己の欲を満たすために甚振り、殺そうとした。それだけのことをして、何故黒龍が怒らないと思うのか。知っていれば誰も手は出さなかった。

 

しかし知らなかったは理由にはならない。知ろうが知るまいが、手を出してしまったのだから。故に国は滅んだ。龍が攻め込んできてその日の内にだ。

 

紆余曲折。アレクは元々成長速度が異常で、限界が殆ど無い状態だった。そこで仲間の死による覚醒で、成長が数十段階飛ばして起こり、限界を超えてしまった。今のアレクは数十年後の、全盛期の力の数百倍の力を手に入れしまった。『英雄』と持て囃されるのも時間の問題だろう。だがしかし、その力は強いが、それはあくまで人間の中でという話になってくる。

 

何度も言うが、世界最強の種族は龍である。世界最強というのは、読んで字の如く、世界で最も強い種族ということだ。そんな種族の龍が、たった一度覚醒しただけの子供に負ける道理が有るのだろうか。長年やってプロになった世界一のゲーマーが、その日は調子が良いからという初心者のゲーマーに手も足も出ず敗北するだろうか。

 

 

 

「──────『裁きを降す黄金剣(インディール・グラディウス)』ッ!!」

 

 

 

余りの魔力の密度に可視化され、燃えるような赤い魔力はアレクの全身を包んで唸りを上げた。天に手を翳せば黒い雲が生み出され、中から100メートルはあろう巨大な黄金の剣が現れた。神秘的な装飾と雰囲気を醸し出すそれは、見上げて様子を見ている黒龍に向かって墜ちてきた。

 

上から串刺しにせんと差し迫る巨大な黄金の剣。それを黒龍は両手で挟んで受け止めた。黒龍の足下の地面が砕けていく。重さと威力に足下の地面が先に力尽きようとしているのだ。黒龍は一瞬足下を見て、周囲の木々を見ると、黄金の剣を掴んだまま翼を広げて飛び上がった。

 

強風が吹き荒れ、アレクは顔を腕で覆って凌ぎ、自身も魔法を使って上空に飛んだ。黄金の剣は黒龍を未だ突き刺そうとしている。鬱陶しく思った黒龍は、そのまま砕いてしまおうと力を籠めたその時、黄金の剣は眩い黄金の光を発して大爆発を巻き起こした。爆発によって生み出された球体状の炎が黒龍を包み込む。そこへアレクは更なる追い打ちを掛けた。

 

 

 

「──────『無慈悲なる冰剣(コルディール・グラディウス)』」

 

 

 

アレクの背後に形成された同じ大きさの驚くほど美しい氷の剣。それが炎に呑み込まれている黒龍に向けて発射され、炎に氷の剣が触れた瞬間、真っ白な煙を撒き散らしながら二度目の大爆発を迎えた。前に広がるのは視界を遮る白い煙。だがアレクは鋭い視線のままである。この程度で黒龍がやられるとは思えないからだ。

 

有り得ないほどの硬度を持つ純黒の鱗に覆われたあの体は、生半可な攻撃では傷一つ付けられない。恐らく二度の連続的な爆発によるダメージでも傷一つ付いていない事だろう。そしてその予想は正しく、黒龍の体には一切の傷が見当たらない。

 

アレクは歯噛みしながら魔力を練り上げて、下に向けて魔法陣を展開した。対象は一本の木である。魔法を付与された木は突然上空に居る黒龍の高さにまで太く大きく成長し、生い茂る葉が太陽の光を遮った。突如背後に現れた大木に振り向こうとするが、その前に大木の枝から生き物のように伸びる蔓が絡み付いてきた。

 

両手首と両足首、そして首に巻き付いた蔓は黒龍を大の字に括り付け、首を絞める。ぎちりと音がなるほど絞めているというのに、黒龍は苦しそうな声も上げない。依然として黙ったままだ。それが余裕の表れのように感じるアレクは奥歯を噛み締めながら、大木の太い枝を黒龍の体に巻き付けた。

 

大きな蛇は獲物を捕らえた時、相手に巻き付いて締め上げる。そうして全身の骨を粉々に折って呑み込みやすくするのだ。今黒龍に巻き付いた枝は大蛇だと思えば良い。太く強靭な枝は黒龍の体を締め上げて、締め付けによって黒龍の鱗を砕こうとしているのだ。だが甘い。その程度では黒龍の純黒の鱗は砕けはしない。

 

アレクは苛つきが募っていくのを実感する。どれだけ攻撃しても全く効果が無く、そして黒龍は全く反撃してこない。お前の攻撃なんぞ痛くも痒くも無いと言いたげな涼しい顔だ。それが更に苛つかせる。次はどうやって攻撃しようか。そう考えた時、仲間のイレイナがやられた時に鳴った音が聞こえた。

 

ひゅるり。そんな軽い音が鳴っただけで、黒龍の背後にあった大木も、手首や足首に括り付かせていた蔓も、体に巻き付けた枝も細切れになって解けた。アレクはごくりと喉を鳴らす。これだ。黒龍の尻尾の先端に形成される、純黒なる魔力の刃が脅威なのだ。抵抗すら無く全てを切断してみせた。イレイナの盾は硬い超金属で造られている。出会ってから一度も傷付かなかった優れ物だ。それを豆腐のように両断し、鎧諸共イレイナを真っ二つにした。

 

脅威なのは、あの異常な硬度の純黒の鱗と、尻尾を使った斬撃だけだ。それだけをどうにかすれば、あの黒龍を仕留めることが出来る。そうアレクは思った。実際はそんなこと有り得ないというのにだ。そもそも魔力の総量が違いすぎる。唯でさえ膨大な魔力を持つアレクが覚醒し、その魔力総量は倍増していると言ってもいいが、それでも黒龍の魔力総量には遠く及ばない。

 

そして最も勘違いしてはならないのは、黒龍の脅威は鱗の硬さや魔力の刃だけではないということだ。黒龍は翼を使って飛んでいるが、その時の翼の動きが少し違った。大きく力強く広げたのだ。何か来る。そう身構えた時、アレクの視界の中に居た黒龍は、姿を忽然と消していた。そしてその代わりに背後に大きな気配が一つ。

 

アレクは形振り構わず、全力で防御用の魔法陣を複数展開した。得られる防御力は並大抵のものではない。故にアレクは次に打ち込まれる攻撃を確実に防げると思った。それ程の魔力を流し込み、堅固な防御魔法を展開したからだ。しかし、その考えは甘かった。

 

打ち込まれたのは拳だった。右の、硬く握り込んだ拳。それがアレクに叩き付けられた。一瞬だが意識が飛んだ。防御魔法を易々と貫通し、鋼の方が柔らかいのではないかと感じる拳が打ち込まれ、アレクは耐えきれず吹き飛ばされていった。覚悟は決めていた。防御してそれでも威力を殺しきれなければ、甘んじて受けると思っていたのに、来たのは防御魔法を貫通した拳だった。

 

覚醒した自身の目にも捉えられない速度で動いたかと思えば、魔法を一瞬で貫通させてくる膂力を見せ付けてきた。もう訳が解らなかった。アレクは混乱するばかりだ。何故こんなにも強いのか。どうやってあの巨体でこれ程の動きが出来るのか。魔法の形跡は無い。つまりは素の身体能力でこれをやっているというのか。

 

 

 

──────何なんだ……っ!何なんだよこの化け物はっ!!ラノベに出て来る龍はもっと弱いはずだぞっ!こっちはこれだけ攻撃してんのに、何でこの龍は傷一つ付かないんだ!理不尽過ぎるっ!!

 

 

 

アレクの思考は理解不能で埋め尽くされつつある。理不尽な程強い龍。これが、この世界で生きていて、世界最強と謳われる龍の力。大いに侮っていた。この世界に転生した時、ラノベの主人公のように強くなれば、異世界ならではとも言える龍を倒すことが出来るかも知れないと。そんな漠然とした考えをしていた。

 

今は全く違う。今ならそんなことを考えていた過去の自身を殴り倒せるだろう。そんなに優しい存在ではないと。これだけパワーアップしたにも拘わらず、黒龍は最初とは比較にならないほどの力を見せ付けてくる。つまり、全く力を出していなかったのだ。児戯にも等しい行為。

 

それで、自身で言うのも何だが、ルサトル王国の中で五本の指に入るくらいには強い己を、その児戯にも等しい行為で弄ぶことが出来るのだから。

 

頭や口から血を流し、吹き飛ばされている最中に魔法でブレーキを掛けて止まる。口の血を雑に拭って両手を合わせ、精神を集中させる。これから展開するのは、出来ればやりたくなかった奥の手。消費魔力が尋常では無く、使えば最後……動けなくなってしまうからだ。それだけの大業を、もうぶつけるしか無い。そうしなければ、もう黒龍にダメージを与えることは不可能と判断したのだ。

 

これでダメならば、それ以上の攻撃をすることは不可能。現時点での最高にして最強の破壊力を持つ魔法を発動させる。アレクが両手を合わせて魔力を練っていると、大気が震え始めた。発動まで時間が掛かる魔法だが、黒龍はその間に動く様子は無い。やはり完全に遊ばれている。

 

アレクは苛つきをまた募らせながら、絶対にその余裕を焦りに変えてやると意気込み、顔中に青筋を浮かべながら魔法陣を展開した。異変は直ぐに起き、黒龍は気が付いた。上を見上げて目を細める。アレクが行ったのは、あるものを召喚する魔法だ。だが規模が大きいため、消費する魔力が圧倒的に多いのだ。

 

黒龍に向かって墜ちてきたのは、直径10キロにもなる、超巨大隕石だった。ラノベ主人公が取得する魔法と言えばありふれたものに思えるが、実際にやられると堪ったものではない。況してや今回は直径10キロである。普通ならば大陸が消し飛びかねない程のものだ。しかし黒龍は、それを見ても大して変わらなかった。変わったと言えば、アレクが蒼白になる程の底知れない魔力を、口内に溜め込んでいることくらいか。

 

黒龍の口内に溜め込まれた底知れない魔力は、純黒の眩い光を放出している。アレクはそれを見て、感じながら悟る。これは人間の手には負えない……と。これは最早勝つ負けるの世界には存在していない。殺すか生かすかの一方的な世界に君臨しているのだと。

 

 

 

 

「──────『總て吞み迃む殲滅の晄(アルマディア・フレア)』」

 

 

 

 

「は……はは……………ありえない……だろ」

 

 

 

結果を言うならば、直径10キロの超巨大隕石は跡形も無く消滅した。黒龍の放つ純黒の光線により、完全に消え去ったのだ。有り得ない有り得ないと思っていたが、最も有り得ない光景を見せ付けられた。どう考えても魔力の総量が違いすぎる。そして質も。使い方も破壊力も。考え得る全てが黒龍に劣っていた。

 

これが龍。これが世界最強の種族、その本領。アレクは思い知ってしまった。この世界には勝てる勝てないの他に、触れてはならない存在が居るということを。まだまだ挑むべきでは無かった。それどころか近付くべきではなかったのだ。それを噛み締めながら、アレクは落ちていった。

 

魔力が底を尽き、魔法で飛ぶことすら出来なくなった。だから落ちていき、偶然木があって枝にぶつかり、落下の衝撃を殺されて着地することが出来た。そして落ちた直ぐそこに、ばさりと翼を羽ばたきながら黒龍も降り立った。黄金の瞳が見下ろす。初めてその眼に見られたとき、見透かされているように感じたが、実際に見透かされていたのだろうと、無駄な考えが頭を過る。

 

 

 

「──────最後の悪足掻きにしては、及第点だな」

 

「……っ!?し、喋れたのか……。何故……黙っていた…?」

 

「は、貴様等は態々道端の石に声を掛けるのか?所詮貴様等なんぞその程度だ。言葉を交わしてやる義理も無い。今言葉を交わしているのは──────貴様は今死ぬからだ。故に、俺の気分によって話した。それだけだ」

 

「…………お前にとって……俺はそんなに弱いのか…?」

 

「──────雑魚だな。話にすらならん。……くはッ。よもや貴様、己が強いとでも思っていたのかァ?ふ…ふふ……ははははははははははははははははははははッ!!傑作だぞッ!?その程度でそんな過大評価が出来るとはッ……くくッ」

 

「は…はは……そんなに…俺はッ……」

 

 

 

子鹿のように足を震わせ、右腕を左手で庇いながら、アレクはどうにかその場に立ち上がった。見上げていると、黒龍はアレクをこれでもかと嘲笑した。まさかそんなに自身が強いと思っていたのかと。そんな虫けらのような力で強うするとでも思っていたのかと。話にすらならないと。言われたい放題。だがもう反論する事など出来ない。出来ようはずも無い。

 

そしてもう後には残されていない。黒龍は殺すと言った。この第二の人生を、たった14年しか生きていない、まだ新しい人生を。ならばと、アレクは自身のことについて話し始めた。前の世界は魔法も何も無い世界で、此処へは転生してやって来たと。そしてチートのような体に恵まれたから、龍にすら勝てると思っていたと。

 

 

 

「……貴様がこの世界の人間では無いことは、一目視た瞬間から解っていた」

 

「……え?」

 

「貴様の体と魂がちぐはぐだ。本来魂は輪廻転生の過程に於いて真っ白な状態に初期化され、新たな肉体へと宿る。だが貴様の場合、異世界から死んだ状態の魂が無理矢理新たな肉体に宿った。ならば魂と肉体が完全に定着せず、不完全となっても不思議ではあるまい。寧ろ当然だ」

 

「……そんなことまで解るのか。流石は……世界最強の種族だ」

 

 

 

アレクは嘆息した。もうこの龍には勝てないと。知識という部分に於いても負けている。自身の体の事だというのに、アレクはそんなこと何一つ知らなかった。それにこの黒龍は、自身が異世界からやって来たということを話しても、然して驚く様子を見せなかった。何をしても、黒龍を印象付ける事が出来なかった。

 

つまり、黒龍にとってそれ程、先程言っていた道端に落ちている小石程度の認識なのだろう。だから言語を理解しているのに、話し掛ける事はせず、攻撃を受けても反撃らしい反撃をしなかったのだ。傷付けられないと解っていたから。

 

 

 

「……なぁ。俺が、これまでのことを謝罪するから見逃してくれ……って言ったら、見逃してくれるか?」

 

「──────有り得んな。俺は敵対した者は必ず殺す。赦しはせん。悔いるならば死して悔いよ。この俺から逃れられる術は無いと知れ」

 

「……だよな──────おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

 

 

アレクは使い物にならない右腕を垂らしながら、我武者羅で黒龍……リュウデリアへと特攻していった。大して力も入らない左手に拳を作り、不格好に振り上げた。対するリュウデリアは溜め息を吐いて、拳を作った右腕を振り上げた。勝てる見込みはもう無い。だが、逃げられないのならば今やれる全力を出す。

 

この日、前世は魔法も何も無い世界からやって来た、神童と謳われた14歳の少年アレクがこの世から去った。二度目の人生はそう長くは続かず、手に入れた絶大な力は、世界最強の種族である龍の前に呆気なく散った。

 

純黒の黒龍であるリュウデリア・ルイン・アルマデュラに殺された4人の亡骸は、無惨にも誰かに見つけられる事は無く、血の臭いを嗅ぎづけた魔物によって食い散らかされ、骨も残らなかった。

 

 

 

「リュウデリア。大丈夫だったか?怪我を負ったならば治癒してやるぞ」

 

「要らん。傷一つ付いていないからな」

 

「ふふ。流石だな。あ、それはそうと……格好良かったぞ。とてもな」

 

「……ふん」

 

「クスクス。……何か食べよう。動いてお腹が空いただろう?」

 

「……肉が食いたい」

 

「ふふ。じゃあ一緒に獲物を探そう。出来るだけ大きいのをな」

 

「……あぁ」

 

 

 

リュウデリアは殺したアレクの方に一瞥すらせず、隠れて見ていたオリヴィアを連れて何処かへ行ってしまった。これにて、異世界より来たれし転生者との戦いは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

自信のある者達よ。挑むならば挑むが良い。但し、挑む以上殺される覚悟を決めておくことだ。

 

 

 

 

 

 

 

黒龍に慈悲は無く──────逃がしはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第三章
第十五話  新たな行き先を求めて







 

 

 

「本当にいいのか?」

 

「えぇ。人間の悪意によってこの森が燃やされました。……私達は燃やされてしまった木々の修復をしないといけません。それに、今まで何百年と見守ってきたものですから。いきなりこの森を離れる、というのは心の準備が足りません」

 

「いきたいけど、あのこたちのおせわしないとだから……」

 

「……そうか」

 

 

 

森の大樹に宿っていた精霊スリーシャが瀕死の状態から回復して7日が過ぎた頃。純黒の黒龍リュウデリアは、また別の場所に移動しようとしたのだが、その際に、スリーシャと小さな精霊も一緒にどうかと尋ねた。だがスリーシャと小さな精霊の答えは否。人間の手によって燃やされてしまった木々の代わりに別の木を生やし、森を修復させなければならない。

 

この森にやって来て見守ること数百年。今や自身の子供のような感覚になっているスリーシャにとって、おいそれと森を手放すことは出来ないのだそうだ。スリーシャはリュウデリアにとって恩人である。言葉、計算、文字、魔法、それらを教えてくれたのは全てスリーシャである。

 

そしてそんな恩人のスリーシャは、リュウデリアが居ない所で危険な目に遭っていた。全く与り知らぬところでの事なので、リュウデリアが察知出来なくても責めはされないが、それでも本人的にはスリーシャが危険な目に遭うのは許せない。だから共に行こうと誘ったのだが、断られてしまった。

 

リュウデリアは少しだけ思考する。同行することを無理強いをしたくは無い。だがスリーシャにとって、この森は自身の子供に等しい。なるばもう連れて行くことは諦めて、別の方法でスリーシャの身の安全を護らなくてはならない。どうやって護ろうか……と、思案していると、スリーシャの着ているワンピースのような服が目に入った。そして閃き、リュウデリアはしゃがみ込んでスリーシャに手を翳した。

 

 

 

「……?どうしましたか?リュウデリア」

 

「お前が同行する事が出来んのは理解した。故に、せめて同じ事が起きんように保険を掛ける事にした。動くなよ──────『黒龍の恩恵による加護(アルマデュラ・ファヴァール)』」

 

「リュウデリア、今のは一体……?」

 

「その服に魔法を付与した。序でに魔力もな。毎日発動しても200年は持つ魔力だ、それだけあれば十分だろう」

 

「200年……どんな魔法ですか?」

 

「簡単に言えば──────お前に手出しすると灰燼と化す魔法だな」

 

「えっ」

 

 

 

さり気なく、とんでもない魔法を付与された服を摘まんで観察しているスリーシャだが、魔法なので目に見えるものが有るわけでは無い。それよりも普通に考えて、今の一瞬で毎日起動しても200年は持つ莫大な魔力を注ぎ込んで、平然とした態度のリュウデリアに驚くべきなのだろうが、スリーシャは気が付かなかった。

 

今付与した魔法、リュウデリアが簡単に言いすぎたが、実際の効力を言えば、スリーシャに悪意を持った存在がスリーシャに害を与えようとした時、スリーシャの着ている服に掛けた魔法が自動的に起動し、その時その場所で最も効率良く効果的な魔法を発動するというものだ。普通の敵には大体炎が選択されるので、灰燼へと化すと言ったのだ。

 

因みに、この魔法をスリーシャに使う時、リュウデリアの隣に居る治癒の女神オリヴィアが、どこか羨ましそうな目で見ていたとか何とか。

 

 

 

「と、とりあえず……ありがとうございますリュウデリア。折角魔法を掛けてもらったんですもの、この服…大切にしますね」

 

「いいなぁ…おかあさん」

 

「お前にも掛けておいたぞ。無いとは思うが、万が一スリーシャに掛けた魔法が発動しなかったらお前がスリーシャを護るんだ。いいな」

 

「わかった!えへへー。わたしにもかけてもらっちゃったぁ」

 

「ふふ。良かったですね」

 

「うん!」

 

「……さて、では俺とオリヴィアは行かせてもらう。何時かは解らんが、また来るからな」

 

「えぇ。待ってますね、リュウデリア、元気でね。今回は本当にありがとう。オリヴィア様も本当にお世話になりました」

 

「気にするな。私も理由があっただけのことだ」

 

「さびしくなるけど……ばいばい」

 

 

 

目の端に涙を溜めている小さな精霊が手を振り、スリーシャを一緒に微笑みを浮かべながら笑みを浮かべてくれた。そんな2人の視線を背中に受けながら、リュウデリアとオリヴィアは去っていった。スリーシャは2人が見えなくなるまで見送り、着ている服をぎゅっと握り締めた。

 

態々助け出してくれて、本来は何を要求されるかも解らないというのにオリヴィアと契約して傷を治してくれて、更には同じ事が無いように魔法による加護もくれた。同じく嬉しい気持ちが有るのだろう、自身の着ている服を見ては嬉しそうに笑って無邪気に飛び回る小さな精霊を見てクスリと笑う。

 

スリーシャはオリヴィアから後になって聞いたのだが、リュウデリアはスリーシャ達を救い出すために、攫った国三つを塵も残さず消し去ったという。更にはそこに住んでいた者達も全て殺して。例外は無く、女子供、赤子、老人、罪の無い者達を、一切温情も慈悲も無く、冷酷非道に容赦無く、淡々と躊躇いなく殺し尽くしたという。

 

人々は恐らく、国を三つも1日で滅ぼしたリュウデリアの事を恐れ慄き、嫌悪し、邪悪だと罵ることだろう。例えその裏にあるのが助け出す為とはいえ、余りにも殺しすぎた。それでもリュウデリアは見つけるまで止まらず、人間の中でも特別な『英雄』すらも屠って来てくれた。それに嬉しいと思う自身もまた、リュウデリアと共に罵られるべき存在なのだろうか。

 

スリーシャは1人でクスリとまた笑う。その笑顔は綺麗で美しく、見る人を虜にするものだろう。但し、その笑顔に隠れる黒い感情さえなければの話だが。リュウデリアは善悪で言えば悪だろう。でなければ関係の無い者達まで巻き添えにして皆殺しなんかにするわけが無い。そしてスリーシャはそんなリュウデリアの近くに居た存在だ。

 

純黒で禍々しく、残酷で非情な黒龍の近くに居て、影響を受けないなんて奇蹟が起こり得るだろうか。いいや、そんなことは無い。スリーシャも少しとはいえリュウデリア側へ染まっているのだ。例えば、スリーシャは国が三つ滅んだことに対して特に何とも思っていない。人々が大勢死んだとしても、思うことは無い。それどころか、森に火を放った人間が死んで清々していると言っても良いだろう。

 

 

 

「リュウデリア。私がこんな精霊と知ったら……幻滅しますか?でもあなたが悪いんですからね。私を助けて、私を護って、私にこんな贈り物(魔法)までくれて。だから……私はどんなことがあっても、あなたの味方ですからね?」

 

 

 

 

 

──────私の可愛い龍の子……リュウデリア。

 

 

 

 

 

スリーシャは美しい精霊ではあるが綺麗な精霊ではない。そもそも、人間ならざる存在だというのに、人間を基準にして考えるのが可笑しいのだ。精霊とて、時には冷酷にだってなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オリヴィアとリュウデリアは今、蒼い大空を飛んでいた。最初は歩っていた2人なのだが、リュウデリアの体は大きく、それに伴って一歩の距離が大きいため、普通の人間と変わらない大きさのオリヴィアとは歩幅が全く合わないのだ。それに、今のところの目的の地であるリュウデリアの住処まで、歩くとかなりの距離がある。そこで、オリヴィアをリュウデリアが運んで飛んで行く事となった。

 

風で吹き飛ばされないように、リュウデリアの掌の上に乗っているオリヴィアには、魔法による防御壁を作ってある。これで速度を出しても落としてしまうことはないし、何かの拍子にオリヴィアが落ちてしまう心配も無い。

 

魔法の防御壁がある範囲で下を見るオリヴィア。かなり高度な場所を飛翔しているので、眺めはとても良い。それに、二人きりという面に於いても申し分ない。更に言わせて貰えば、今なら触りたいと思っていたリュウデリアの鱗に触り放題なのだ。腰を下ろして座り、リュウデリアの掌に触れる。混じり気の無い純黒の鱗は硬く、そして温かかった。

 

陽の光を純黒が吸収して温かくなっているのか。リュウデリアの体の温かさなのか。指の方に寄り、指の腹に頬を付ける。オリヴィアは後者だと思っている。中から温かさが伝わってとても安心するのだ。このまま頬擦りをしていると微睡みの中に入ってしまいそうだ。しかしそれも良いのかも知れない。そう思いながら目を閉じる。

 

 

 

──────……解らん。この女は何故俺の傍に居る事を条件とした?ここ数日、この女は不審なことをするどころか、寧ろ害意や悪意が一切無い。精霊にも好かれ、スリーシャからは信頼関係を築いていた。そして最も解らんのが……この女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。国を辿った順番、塵芥共の殺し方。使った魔法。それら全てを知っていた。スリーシャに説明しているのを聞いたから間違いは無い。だが妙だ……俺はあの時、確かに周囲に他の生物が居ない事を気配や魔力で感知していた。にも拘わらずこの女は間近で見ていた口振りだ。

 

 

 

ここ最近、リュウデリアはオリヴィアの事を考えていた。どう考えても可笑しい。気配はしなかった。視線も感じなかった。あの時はかなり頭に血が上っていたことは否めないが、それでも己の感覚に間違いは無い。つまり、リュウデリアも言っているが、まるで見ていたようなのだ。それも口振りからして、間近で最初からずっと。そうでなければ辻褄が合わない。

 

一体どうやって見ていたというのか。オリヴィアの力は傷を治す事が出来る治癒の能力。その力は凄まじいもので、死にかけのスリーシャの傷を瞬く間に治す程のもの。まだ傷を負った事が無いので、その力がどのように凄いのかを体験できていないリュウデリアだが、傍目から見て凄まじいと感じた。

 

回復魔法。それは古代に失われてしまった大古の魔法であり、その中でも難易度が飛び抜けて高いとされる代物だ。今は既に失われてしまい、リュウデリアでさえも独自に開発が出来る段階に至っていない。つまり、オリヴィアの治癒が今のところの唯一の手段である。

 

最初、リュウデリアはどうやって国を滅ぼす様子を見ていたのか、何故会ったことも無い筈の自身の傍に居たいと願ったのかを聞こうと思った。しかしやめた。理由が解らないので警戒はしているものの、疑ってはいない。何故ならば恩人を助けてくれたからだ。万が一それで騙されたとしても、スリーシャは助かっているので、その面に関しては言うことは無いのだ。

 

 

 

「──────リュウデリア」

 

「……何だ?」

 

「今向かっているのは、お前の住処なんだろう?」

 

「そうだ。何だ、何か問題でもあったか?」

 

「いや、問題というよりも、提案だな」

 

「提案?」

 

 

 

考え事をしている最中、突然話し掛けられたので反応が遅れてしまったのだが、オリヴィアは特に気にした様子は無く、リュウデリアに提案を持ち掛けた。リュウデリアは何に対する提案なのだろうかと小首を傾げながら、オリヴィアを載せた掌を顔の近くまで持ってきた。オリヴィアは微笑んでいる。自信満々に。是非やろうそうしようとでも言うように。

 

 

 

「お前は住処に戻ってそのまま暮らすのか?既に100年くらいは住んでいるだろう?ならば……偶には冒険をしてみるのも良いんじゃないか?」

 

「……冒険。つまり、宛ての無い旅をするということか?」

 

「そうだ。私はここ数日のお前を見ていたが、基本魔物を生で食っているな?大きさという面もあるのかも知れないが、街に行って人の作った物を食べてみないか?生で食べるよりも断然美味いと思うぞ」

 

「……ふむ」

 

「それにな、人間の街には図書館というものがあってな、これまでの歴史を綴ったものや、中には魔法に関することを記述した魔道書なんて物もあるらしい」

 

「……ッ!ほう?魔法を記したものか……それは俺も気になるな」

 

「そうだろう?勿論、騙すつもりは無いし罠に掛けるつもりも無い。何なら何時でも殺せるように魔法を掛けておいてもいいぞ。……どうだ?」

 

「……そうだな」

 

 

 

リュウデリアは少し思案する。オリヴィアの提案は魅力的だろう。基本リュウデリアの体の大きさにあった動物は居ないので、巨体の魔物を狩ってそのまま食べるのが主流となっている。だがそれだと飽きが来るのだ。だが、だからといって何か創意工夫が出来るかと言われれば、それは否だ。リュウデリアに料理なんてものが出来る訳が無いし、そもそも料理を知らない。

 

100年程前に見つけてから、今まで住み続けていた住処にこれからもずっと住み続けるのかと聞かれれば、それは否と答えるだろう。龍は一カ所を永遠に自身の住処とすることは無い。何百年かしたら、また新しい場所を探し求めて旅をするのだ。中には本当に気に入ってその場に留まる者も居るかも知れないが、今のところのリュウデリアにそんな予定は無い。

 

手に載っているオリヴィアは変わらず微笑んでいる。騙される事を心配しているならば、殺傷性のある魔法を予め掛けておいても良いとまで言っていたのだ。それに、リュウデリアは人間の国に興味が無い訳では無い。スリーシャを甚振り、小さな精霊を殺した人間達に悪い感情を持っていないと言えば嘘になるが、全員が全員そんな者達では無いことは、理解している。

 

己の武勇を誇る為とはいえ、世界最強と謳われる龍に単独で挑みに掛かった『英雄』ダンティエル。彼はリュウデリアが本気で戦えるように、スリーシャを痛め付けないように配慮した。名を名乗って敬意を払った。負けも潔く認めて散っていった。彼が居なければ、リュウデリアは今頃人間という種族そのものを嫌悪していたやも知れない。

 

リュウデリアは考える。どこか期待の視線を送ってくるオリヴィアをチラリと見て、まあ何事も経験かと思って提案を呑むことにした。だが問題が一つ。そう、リュウデリアの巨体である。まだリュウデリアは自身が『殲滅龍』と噂されて純黒の黒龍というだけで恐怖の対象となっている事を知らないが、龍で純黒で巨体。コレだけあれば人間は一目散に逃げるだろう。故に、リュウデリアは人の居る場所に行けるとは思えなかった。

 

 

 

「恐らく、お前のその体について思うところが有るのだろうが、それについても私に考えがある」

 

「ほう……?」

 

「お前は少し、窮屈な思いをするのかも知れないが、上手くいけば容易に人の居る場所へ行くことが可能となるぞ。そうすれば世界が更に広がるというものだ」

 

「……成る程。では聞かせて貰おうか。お前の案というやつを」

 

「ふふっ……」

 

 

 

オリヴィアは待ってましたと言わんばかりに、リュウデリアに考えていた案を話し始めた。その案を聞いたリュウデリアは微妙な表情をしていたが、最後には溜め息を吐きながら了承するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────なァ。何時までオレを待たせるつもりだ?」

 

「待たせている事には謝罪する。だがもう少し待ってくれ。当初の計画通りに事を進めたい」

 

「……チッ。なら確実に成功させろよ。失敗なんてしてみろ、オレがテメェ等全員殺してやるからな」

 

「……我々も()()()()()()怒りを買おうとは思っていない」

 

「なら精々キビキビ働くこったな。オレは人間共の恐怖に染まる顔が見てェンだよ」

 

 

 

見上げる程の大きさの影と、人の影が周囲に誰も居ない空間で会話をしていた。一見普通に過ごしていれば相見えるとは思えない二つの影なのだが、共通していることが一つある。それは、両者は単純な悪意を広めようとしているということだ。

 

そして二つの影が話し合いを終わらせたようで、人の影がその場から去って行くと、大きな影は独り言ちる。不愉快そうに、苛立ちを籠めたように。

 

 

 

 

 

「──────『殲滅龍』ねェ。随分身の程を弁えない奴が居るもんだ……このオレを差し置いてよォ」

 

 

 

 

 

悪意は近付いてくる。意図せずとも、暗闇に紛れながらやって来るのだ。そしてこの悪意がこれから何を齎すというのか、この時はまだ誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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第十六話  初めての美味






 

 

 

「……よし。次の者、顔が見えるようにフードは取れ」

 

「私だな。……これで良いか」

 

「……ッ!?美し……あ、いや、ん゛ん゛ッ。こ、この街には何をしに……?」

 

「私は魔物使いなんだが、如何せん旅をしている身。ならば身分証明書代わりに冒険者にでも登録しておこうと思い、寄った。それに金稼ぎにもなるしな」

 

「な、なるほど……ではその肩に乗っているのが……」

 

「あぁ、私の相棒の──────リュウちゃんだ」

 

 

 

「──────グルルルルルルルル……………」

 

 

 

「……初めて見るタイプだが……とてつもなく威嚇されてるな……」

 

 

 

街の入り口に立っている門番に、被っているフードを取れと言われて取り、見えたのはオリヴィアだった。門番はそのオリヴィアの美しさに惚けてしまったが、仕事があるので頭を振ってどうにか持ち堪えた。そしてオリヴィアはしれっと嘘をついている。魔物使いというが、実際は戦闘なんて出来る筈も無く、肩に乗せているのは魔物と言えば魔物なのだが、国を滅ぼした黒龍である。

 

そう、何を隠そう……オリヴィアの肩に乗っている、顔の半分ほどの大きさをした黒いのはリュウデリアである。他の人からしてみれば、翼を生やした純黒の珍しい蜥蜴にしか見えていないが、唯魔法で小さくなっているだけである。

 

オリヴィアの作戦はこうだった。どう考えてもリュウデリアがそのまま行けば、大惨事になるので魔法によって体を小さくし、そしてオリヴィアの使い魔という事にしているのである。それに先にもオリヴィアが言ったが、冒険者登録をすれば身分証明書となるので、見せれば何者なのか証明する事が出来るし、他の街にも簡単に入ることが出来る。

 

設定であったとしても、誰かの下についているようで不満があったリュウデリアなのだが、オリヴィアに利点を挙げられ、それが納得できるものだったので仕方なく許可したのだ。先程威嚇したのは、門番の小さなものを見る目が気に入らなかったからだ。此処へ来る前に声は出すなと言われているので、我慢した。

 

因みに、リュウデリアのことをリュウちゃんと呼んだことに対しても不満を覚えている。

 

 

 

「あー、ごほん。この街が初めてならば案内をしようか?」

 

「いらん」

 

「なら、美味しい食事でも──────」

 

「お前の仕事は女を口説く事なのか?そもそも私は容姿に目が行って下半身で会話するような男は好きでは無い。寧ろ嫌いだ。解ったら門番の仕事を続けるんだな。これ以上無駄な話をするならばお前の上司に苦言を呈すぞ」

 

「……申し訳ない……」

 

 

 

にべも無く断られた門番は項垂れて仕事に戻った。リュウデリアはオリヴィアと門番の会話の意味が良く解っておらず首を傾げていた。案内が要らないというのは解るが、何故会って数秒の相手を食事に誘うのかが解らなかったのだ。

 

無論、門番は美女のオリヴィアに性的興奮を抱いたので、下心在りきで食事に誘ったのだが、リュウデリアは今まで性的興奮を抱いた事が無い。まあ、他の雌の龍に会ったことが無いので仕方ないのかも知れないが、兎に角、余り理解していない様子だった。そのリュウデリアの様子を見てクスリと笑ったオリヴィアは、街の中へと歩みを進めて、入っていった。

 

この街はリュウデリアが住んでいた住処から、スリーシャ達の居る大樹がある方向とは反対の方向に20キロ程行った所にある、小さくも大きくも無い普通の街である。それでも街は街なので多くの人が住み、賑わいを見せている。

 

オリヴィアとリュウデリアは街の中を散策する。リュウデリアは初めて見る光景だった。国を滅ぼした時にも城下町に降り立ったのだが、スリーシャを取り戻すのに夢中で、人間の街のなんて大して見ていなかった。それに体が大きいので、見方が違っていただろう。

 

 

 

「……何やら良い匂いがするな」

 

「これは……ポテトだな。あの屋台から香ってくるようだ」

 

 

 

服屋などをウィンドウショッピングしていたオリヴィアとリュウデリアは、何やら良い香りがしてきたのに反応し、そちらの方へ向かった。リュウデリアは嗅ぎ慣れない匂いだったろうに、不快では無く、香ばしく食欲をそそる匂いだった事もあって尻尾を振っている。

 

意外と感情に正直な尻尾に、可愛いなぁと思いながら気づかれないように表情を取り繕い、進んでいった。やって来たのは小さなジャガ芋を串に刺し、螺旋を描きながら切って伸ばすことによって、トルネードの形をしている、ポテトトルネードを売っている屋台である。

 

 

 

「店主、それを二つ」

 

「おっ、姉ちゃん別嬪さんだな!君みたいな子が来てくれてオジサン嬉しいから一本おまけしとくよ!代金は二本分の600Gでいいからな!」

 

「助かる。金は600Gだな……うむ」

 

「ピッタリどうも!ありがとうねー!」

 

「よし、どこか座れる所に行って食べようか」

 

 

 

オリヴィアが屋台のオジサンから二本受け取り、リュウデリアが残りの一本を尻尾で受け取った。立ちながらではなく、座ってゆっくりと食べようというオリヴィアの提案に、首を縦に振って肯定の意を示したリュウデリアを乗せて、座れる所を歩きながら探した。それから少し歩ったところにベンチがあったのでオリヴィアが腰を掛けると、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛び降りて隣に座り、ポテトトルネードを尻尾から手に移した。

 

因みに、オリヴィアが普通に代金を払っていたが、当然オリヴィアは女神なので、この街に出発する時から金を持っていた訳では無い。ならばどうやって金を払ったのかというと……ぶんどったのである。盗賊から。予めオリヴィアに金が必要になると言われたリュウデリアは、先ず小さくなって空を飛び、オリヴィアを盗賊らしき者達が居る所の近くに行かせ、盗賊がやって来てオリヴィアに近付いた所でリュウデリアが降下して全員を叩きのめす。後は持ち物の金を全て奪って終わりである。

 

 

 

「……良い匂いだな」

 

「確かに。さ、まだ温かいうちに食べるとしようか」

 

「うむ……では」

 

 

 

パクリ。と、2人同時に食べた。オリヴィアは美味しいと言いながら食べていたが、リュウデリアは一口齧って固まった。ジャガ芋というのはスリーシャから教えられているのだが、如何せん普通のジャガ芋は小さいのでリュウデリアが食べるには小さすぎて腹が満たされないので、今まで食べることは無かった。

 

故にしつこくない程度に味付けがされたポテトトルネードが感動するほど美味しかったのだ。今まで食べていたのは魔物の生肉。特に美味しいとも不味いとも思わず、腹を満たすためだけに狩り、喰らう。唯それだけの作業に等しい行為だった。だが今や違う。まさかこんな物があったとは……と、尻尾を振りながら黙々と食べていった。

 

食べ物というのは食べていれば必ず無くなる消耗品である。つまり、黙々と食べ進めていたリュウデリアがあっという間に食べ終えてしまうのは、仕方のないことなのだ。食べ終え、美味かったと余韻に浸りつつ、少し残念そうにしながらゴミの串を黒炎で包んで消した。すると、横から新しいポテトトルネードを差し出された。驚いて横を見てみると、微笑みを浮かべたオリヴィアが差し出している。

 

 

 

「元々おまけで一本多くあるんだ。食べていいぞ」

 

「……お前は食べなくて良いのか?これはお前がベッピン?だから貰ったものだろう」

 

「私は一本食べられれば十分だ。それにお前は元があの巨体だ。この程度食べた所で腹は膨れないだろう?これを食べて違うものをまた探そう」

 

「……ならば、貰うとしよう」

 

 

 

見上げる巨体を魔法で小さくしているからといっても、食べる量は残念ながら変わらないのだ。変わっているのは大きさだけである。なので大食漢なのは変わっていない。一方オリヴィアは普通の女性と同じくらいしか食べられないので、一本食べられれば十分だと最初から考えていたし、リュウデリアが食べ終わったらあげようとも考えていた。

 

くれるというオリヴィアの善意を受け入れて受け取ろうとしたのだが、リュウデリアの手がオリヴィアの持つポテトトルネードの串に触れる前に上に逸らされた。なんだ……と、思いながら非難する目を向けると、オリヴィアはクスクスと笑っていた。

 

 

 

「イジワルをした訳では無い。私が食べさせてやろうと思っただけだ」

 

「……?俺は自分で食える」

 

「まあまあ、そう言うな。ほれ、あーん」

 

「……?あーー」

 

 

 

まさか騙されたのか?と思ったが、オリヴィアは何故か自身の手で食わせたいのだという。リュウデリアは自身の手で食べられると言っているのだが、譲らないようだった。まあ食べられるならばどちらでも良いかと考え、与えられるがままに差し出されるポテトトルネードを食べた。

 

黙々と食べているリュウデリアなのだが、彼は知らない。与えている側のオリヴィアが幸せそうに微笑んでいることを。少々無理矢理食べさせた事に関しては否めないが、それでも手ずから与えた物を口にしてくれている。それだけでも大きな進歩と言えるだろう……と。何せ最初は果物を差し出してにべも無く断られたのだから。

 

次第に無くなって串だけになると、リュウデリアはオリヴィアが持っている何も刺さっていない串を二本とも受け取り、黒炎で消した。灰すら残らず消すなど、一体どれ程の熱を持っているのかと言いたくなるが、ゴミが残らないので良しとしよう。

 

オリヴィアとリュウデリアは、また違うところを散策した。色々な店を見て、リュウデリアが人間の街がどういうものなのかを知る機会を与えているのだ。リュウデリアは考える。此処へ来る前は、本当に行く意味が無く、食い物と魔道書等の本に興味を持っていたが、来てみて初めて分かる。人間が生活を工夫して住みやすくしていることを。

 

食べ物も、色々な味付けをしてみたり、見た目も良くして飽きを来させないようにしている。音楽を奏でて心を落ち着かせたり、中には大道芸をして笑顔を届けたりしているのだ。そしてその中には、子供の手を引いた両親の姿もある。リュウデリアは無意識の内にその光景を見ていた。

 

リュウデリアは親の顔を知らない。気付くと大空を降下しており、受け止めてくれる者もおらず、無情にも大地に叩き付けられた。周りには敵しか居らず、スリーシャ達に会ったのは奇蹟だろう。故に愛情を知らず、親の温かさや子供としての無邪気な心を持ち合わせていなかった。

 

 

 

「……どうかしたか?」

 

「……親……というものは解らんな。いや、親が解らんというよりも、子の親を頼る気持ちが解らん。俺は気付けば独りだった。誰も居らず、周りに居るのは俺を狙う魔物のみ。スリーシャ達は最初利害の一致からなる関係だった。だから俺は親から与えられる無償の好意を知らんし、無償の好意を求める気持ちも解らんのだ。……無償の好意を知らなくても生きてきた。……だから解らんものを与え、与えられている人間の親子を見ていると、常に未知の生物を見ている気分になる」

 

「……………………。」

 

 

 

何となく口から出た言葉だった。悲観するつもりも、悲観している訳でも無い。唯事実を事実のままに受け止め、理解した上で、今広がる光景の中に居る人間の親子が、その光景を作っていること自体に疑問を抱いているのだ。親が居らず狩りの仕方も知らない。だがリュウデリアは余りある力を持ち、教えられる必要が無かった。だから出来た。出来てしまった。

 

生まれてくれば必ず居る筈の両親が居ないのは、あまり見ない事だろう。人間の中にもそういった、子供を捨てる親が居る。そして人間に限らず、自然界にはそういった『捨てる』という行為は無数にある。だが捨てられて自力で生きていけるものは少ない。必ず誰かの力を頼らなければ生きていけないからだ。それが出来てしまったということは、それ程己()()()生きていく力に優れているということ。

 

まるで捨てられることを前提とした力のバランス。リュウデリアは若しかしたら、独りであるべしという星の下に生まれてきたのかも知れない。だがそれに否と唱え、待ったを掛ける存在が今ここに居る。

 

 

 

「確かに、お前は親の龍に捨てられてしまった。しかし生きる術を学ばずとも理解したお前はすごいぞ……本当にな。生き物は誰かに支えられなければ生きていけない。それを独りで熟すんだ。弱いわけが無い。だが、それ故に親の子を思う気持ちに不可解さを覚えるならば考えなくて良い。親の龍なんぞ気にするな。所詮はお前のすごさを理解せず捨てた薄情な存在だ。だがお前の周りに誰も居ないとは考えるな。あの小さな精霊やスリーシャ、そして……この私が居る」

 

「…………………。」

 

「私がずっとお前の傍に居る。だから他の者達や親なんて考える必要は無い。条件を出して傍に居るが、条件なんぞ建前だ。そうしなければ近付くことすら出来ないから取った手段なだけで、私はずっと……お前の傍に居るからな」

 

「……そうか。」

 

 

 

オリヴィアは肩に乗るリュウデリアが考え込みながら相槌を打ったのを、前を向きながら理解した。まだまだリュウデリアは親というものを理解し切れていない。理解し切れていないのに、傍に居ると言われても何故という疑問が生まれてきて、肯定も何も無いのだろう。故にそうかという相槌。

 

だがオリヴィアはそれでも十分だった。今はまだ解っていなくとも、これから解って貰えれば良いだけなのだから。傍に居る。ずっと。他がどうであろうと関係無い。オリヴィアがリュウデリアの傍に居たいのだ。その気持ちは心の底からのものだ。それを本気で言っているからこそ、理解し切れていないリュウデリアにも届こうとしているのだろう。

 

オリヴィアは歩きながら横目でリュウデリアを見て、優しく微笑んだ。そして思考していたリュウデリアはオリヴィアの視線に気が付いて小首を傾げる。そしてオリヴィアはゆっくりとリュウデリアに手を伸ばし、翼の付け根や背中、頭を優しく撫でた。撫でられたリュウデリアは拒否する事も無く、大人しく撫でられ、目を細めた。触れることも許して貰えている。少しずつ、少しずつ警戒心を解いてくれている。それだけで、オリヴィアは本当に嬉しそうに微笑むのだ。

 

 

 

 

 

 

2人は向かう。今度は目的であった冒険者登録をするための冒険者ギルドへと。

 

 

 

 

 

 

 

 








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第十七話  冒険者登録






 

 

 

「──────おい、見ろよ」

 

「すっげー美人じゃねーか」

 

「肩に乗せてんのは使い魔か?見たこと無い奴だな」

 

「龍に似てるが小せぇし、少し形が違う。翼が生えたトカゲか?」

 

「ローブのせいで体付きがあんま分かんねぇ……!」

 

 

 

街の中を適度に散策していたオリヴィアとリュウデリアは、そろそろ頃合いだろうという事で冒険者ギルドへ向かった。名前は『黄金の鵞鳥(ゴールド・グース)』といい、この街と同じように大きくも無く小さくも無いギルドである。そして此処でのオリヴィアへの反応は街に入った時と同じだった。

 

神なだけあって神がかりの美しさを持つオリヴィアに、冒険者ギルドの男達は目が釘付けである。ギルド職員の女性とてオリヴィアの容姿に感嘆の声を上げ、つい魅入ってしまう。なので、肩に乗っているリュウデリアの姿形に注視する者は余り居らず、居ても都合の良い勘違いを起こしている。

 

思い思いに騒いでいたギルド内がオリヴィアが中に入ると直ぐに静かになり、視線が集まる。多くの視線が集まっているというのに、注目の的になっているオリヴィアが気にした様子は見られない。それを肩の位置から見ているリュウデリアは、やはりオリヴィアは人間達にとって興奮するような容姿をしているのだな……と、思っていた。

 

 

 

「冒険者登録を頼む」

 

「……えっ、あ、はい!冒険者登録ですね!では、まず最初に手数料の2000Gをいただきます。それと名前をお願いします」

 

「うむ。名はオリヴィアだ」

 

「……はい、料金を確認しました。オリヴィアさんですね。冒険者ギルドについてのご説明はいたしますか?」

 

「頼む」

 

「はい、畏まりました。では冒険者ギルドのランクについてですが──────」

 

 

 

そこからは冒険者ギルドの受付嬢による、冒険者とギルドのシステムについて説明された。ランクは前章で説明した通り、Fから始まってE、D、C、B、A、S、SS、SSSと決められており、ランクが上がれば上がる分だけ報酬も良くなるが、難易度も同時に上がっていき、死の危険も伴う。特にSSSともなると、その実力は大陸で数人居るか居ないかというもので、『英雄』と謳われる者達と同列とされている。

 

伝説では『英雄』同士の戦いで大陸の形が変わったとも言われている。そんなSSSの仕事は、普通の人間では立ち入る事の出来ない過酷な環境に於ける討伐や調査が主とされている。オリヴィアとリュウデリアは今初めて登録するので、最初のFからである。Fに求められているクエストは、薬草の採取や溝浚い等の内容となっている。

 

クエストは紙に記されており、クエストボードに張られているので自分達で選んで取り、ギルドの受付嬢に渡して手続きを終えてからが開始となる。チームは4人制で、合同ならば8人で行くことも可能である。勿論、1人で行くことも可能であるが、あくまでクエストに行くのは自己責任という扱いになるので、自身の力を過信し、高ランククエストを1人で行って死亡したとしても、ギルドは責任を取らない。

 

それらの説明を聞いたオリヴィアは、最後にギルド内に於ける暴力行為については如何なのか聞くと、受付嬢は何かを察したように頷いて詳細を話し始めた。ギルド内の暴力行為は基本的に先に手を出した者の責任となる。その場合、反撃されて傷を負ったとしても被害者の責任にはならない。そして更に加害者にはギルドからそれ相応の処罰を与えるとのことだ。それを聞いたオリヴィアは頷き、説明は終わった。

 

 

 

「これが冒険者の証となるタグですので、無くさないようにお願いしますね。つけるところはなるべく見せやすい所の方が良いですよ?私のオススメは首に掛ける事ですね!」

 

「そうだな。その方が見せやすく、取り出しやすい。私もそうしよう」

 

「ではこれで冒険者登録は完了です。今日はクエストを受けられますか?」

 

「時間も余っているし、簡単なものを一つ受けようと思っている」

 

「はい、畏まりました。ではクエストボードからクエストを選んでいただき、私の方まで持ってきて下さい。手続きをいたしますので!」

 

「うむ。分かった」

 

 

 

オリヴィアは受付嬢の居る受付カウンターから離れ、壁に設けられているクエストボードの所まで行き、張ってあるクエストを見ていく。最初のFランクに出来るのは本当に簡単な仕事ばかりなので、最底辺のランクといえども、次のランクに上がるまでは基本的に早い。謂わば研修のようなものだ。

 

意外と多くあるFランククエストでどれにしようか選んでいると、背後から大きな足音を鳴らして近づき、オリヴィアに声を掛ける者が居た。オリヴィアはやはりな……とでも言うように態とらしく深い溜め息を吐きながら振り返る。そこに立っていたのは大きな体に筋肉の鎧を纏ったスキンヘッドで顔に傷がある男で、如何にもありがちなシチュエーションだと思った。

 

 

 

「おい、女1人でクエスト行くのか?なんなら俺様が手伝ってやってもいいんだぜ?」

 

「失せろ。私は1人で行くわけでは無い。貴様には私の相棒が目に入らんのか?そもそも、貴様のような何日風呂に入っていないのか分からん悪臭漂う男なんぞ願い下げだ」

 

「──────あ゛?調子に乗ってんじゃねェぞ……このアマッ!!」

 

 

 

沸点が低いのだろう、スキンヘッドの大男はオリヴィアに掴み掛かった、そして手が触れたその瞬間にスキンヘッドのオリヴィアに伸ばした右手が手首から先が無くなった。は?と訳が解らず頭に疑問符を浮かべている大男だったが、何時の間にか自身の手が手首から斬られているのだと理解すると尻餅をつき、血を噴き出す手首をもう一方の手で押さえて叫んだ。

 

大男が突然倒れ込んで血を噴き出している事に驚いて、数人の男が大男の元に駆け寄って行った。その男達は大男がオリヴィアに声を掛ける光景を厭らしい笑みを浮かべて見ていた者達だ。大男の仲間だったのだろう。必死に血を止めようとしている。オリヴィアは絶叫している大男の方を一瞥すらしていない。代わりに見ている存在が一匹。オリヴィアの肩に乗るリュウデリアだった。

 

一瞬の事過ぎて誰の目にも見えていなかったが、リュウデリアはお馴染みの尻尾の先に形成した純黒の魔力の刃によって、大男の手を斬り飛ばした。切断された手は、大男の傍に落ちている。回復魔法なんてものは失われた太古の魔法なので、くっ付ける事は出来ない。そして、傷を癒す回復薬があるにはあるが、流石に斬り落とされた手をくっ付ける薬は普通には出回っていないし、有ったとしても高額な品だろう。

 

つまり、この大男の冒険者生命は今、断たれたことになる。リュウデリアは本来頭を斬り落とそうとするだろう。だがしかし、ここで殺してしまえば後が面倒くさくなると考え、手を加えられて被害者となった瞬間に死なない程度に斬り落とした。大男は冒険者ランクがCであるのだが、それが目にも止まらぬ速さでやられたことに、ギルド内ではざわめきが起こっている。

 

オリヴィアは全く興味が無いようで、結局大男の方を一度も見ないまま受付カウンターの方へ、クエストボードから取ったクエストの紙一枚を持って向かった。先にクエストの手続きをしようとしていた他の冒険者は、オリヴィアが来るとあからさまに道を開けた。その道を堂々と通り、受付カウンターに居る、先程冒険者登録をしてくれた受付嬢にクエストの紙を渡した。紙を渡された受付嬢は、分かっていたとでも言うように苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

「このクエストを頼む」

 

「……はい、薬草の採取ですね。50本の納品ですが、カゴなどは使いますか?貸し出しも出来ますよ」

 

「いや、大丈夫だ。それと先に言っておくが、私は被害者だからな。私に責任を押し付けるなよ?」

 

「あはは……一応私も見ていましたし、そんな感じがしていたので大丈夫です。彼には後で処罰の内容を伝えて処置しますので、オリヴィアさんはクエストに行かれて大丈夫ですよ」

 

「うむ。頼んだ」

 

 

 

手続きが終わり、いざクエストに向かってオリヴィアが歩き出すと、誰も近付こうともせず、総じて道を開けていった。声を掛けようとする者も居ない。騒がしさも消えて静かになったものだ。しかしオリヴィアは清々しい気分であった。無駄に声を掛けられるのが好きでは無い。見ず知らずの男に馴れ馴れしく声を掛けられるのも好きでは無い。今が丁度良いと言える。

 

冒険者登録をしたのだって念の為というものであるし、ランクを上げたいと考えている訳でも無い。必要最低限のクエストを今受けようとしているだけなのだから、自身達のことは放っておけと思っていた。そちらから寄ってこないならば是非も無い。

 

誰も近寄ってこないことに上機嫌となりながら、オリヴィアとリュウデリアはクエストに出て行った。内容は単純な採取もの。街の外等で生えている薬草を50本取ってきてギルドに持ち帰る。それだけである。溝浚いの仕事があり、それは街の中で出来るのだが、流石に臭いが気になってしまうので、今回は薬草の採取である。

 

街へ入る時に対応された門番とまた会いながら外へ出て、リュウデリアがオリヴィアの全身を薄く魔力で覆った。それだけで、オリヴィアの移動速度は格段に上がるのだ。その場で少し屈んで跳躍すると、高く高くその身を跳ばし、近くの木々が生えた場所まで3回跳ぶだけでついてしまった。

 

 

 

「ふぅ……これは中々に気持ちが良いな」

 

「俺は翼で飛ばず、お前に乗って風を切るのが新鮮で変な感覚だ」

 

「お前の魔力での強化のお陰で三歩で着いてしまったしな。お前は私に乗っていていいぞ。元のサイズに戻れば此処からでも見えてしまうからな」

 

「細かい大きさの調整も出来るが……まあいい。今回はお前に乗って移動するとしよう」

 

「ふふっ。落ちないようにな?」

 

「……分かっている」

 

 

 

肩にリュウデリアを乗せたまま、オリヴィアは歩き出して薬草の捜索を開始した。流石の女神でも薬草は知っていたので、リュウデリアが態々どれが薬草なのか説明をすることも無い。オリヴィアは鼻歌を歌いながら薬草を探す。リュウデリアも一緒に薬草を探していた。

 

歩って数分もすれば、リュウデリアが薬草の匂いを嗅ぎ取って方向を尻尾で指して示す。その方向にオリヴィアが向かえば、周りの雑草とは少し違う形をした草を見つけた。早速リュウデリアが魔力を操作して薬草を一本引き抜くと、オリヴィアから待ったを掛けられた。どうやら自身の手で抜きたいとのこと。

 

草抜きを経験してみたいと言う神も居るんだな……と、思いながら了承し、抜くのはオリヴィアに任せた。しゃがんで根元を掴み、引き千切らないように抜いていく。最後まで抜ききると、リュウデリアの魔力の操作で薬草が浮かび、オリヴィアの横を追従していた。最初にリュウデリアが魔力操作で抜いた薬草もあるので、今二本分の薬草が浮いている。

 

その後もオリヴィアが抜いてリュウデリアが魔力で受け取って浮かせるという作業を繰り返し、あっという間に目的の50本に到達してしまった。案外早く終わったが、まだ目前に何本かの薬草が生えているので、序でに採っていくオリヴィア。結局最後は50本ではなく、80本の薬草を採取していた。土で汚れたオリヴィアの手は、リュウデリアが魔法で水を生み出して洗い流した。

 

採った薬草が80本も重なると、中々の量になる。そんな薬草の束は、リュウデリアが器用に指を鳴らすと、魔法陣が展開されて姿を消した。魔法で別の空間に送ったのだ。目的の物も採取し終わったので、早速リュウデリアとオリヴィアは街へと帰る。帰る方法は来た時と同じで、リュウデリアの魔力で単純に強化された力で直ぐに街へ着いた。

 

たったの三歩で街へ帰ってきたオリヴィアとリュウデリア。オリヴィアは、また性懲りも無く食事に誘おうとしてくる門番に首から提げた冒険者の証明であるタグを見せ、誘いを完全に無視して入っていった。勿論門番は溜め息を吐いて項垂れた。街へ入り、冒険者ギルドへと入っていくと、またしても静かになった。どうやら出る時の大男にやったデモンストレーションが効いたようである。

 

 

 

「……これを。目的の数に達したが、まだ少し生えていたから序でに採ってきた」

 

「……えっ、今空間系魔法を……あはは……。はい、えーっと……薬草80本の納品ですね!余分に採られた分については此方で買い取りますので安心して下さい」

 

「頼んだ。それと、お前のオススメでいいから、風呂の付いている宿を教えてくれないか?まだ泊まる宿を決めていないんだ」

 

「そうなんですね!なら、丁度良い宿があるので紹介しますよ?あ、報酬は薬草一本につき200Gなので、全部で16000Gです」

 

「うむ。確かに」

 

 

 

しれっと空間系魔法を使用している事に驚いている受付嬢だったが、どこか他の冒険者達とは違うと考えているのだろう、何も聞かないで手続きを済ませてくれた。有能である。オリヴィアは他の一々騒々しい者達とは流石に違うな……と、思いながら、クエストの報酬である16000Gの入った袋を受け取り、中にちゃんと全部入っているかを確認すると、今度は受付嬢からオススメの宿の場所を聞く。

 

用件を全て済ませたオリヴィアは、誰かに道を遮られる事も無く、ギルドを後にした。無論、オリヴィアとリュウデリアが出て行った後は、使っていた空間系魔法についての話が出ていたが、結局オリヴィアが実はすごい新人なのではという結論で終わった。

 

日が沈み始め、夕陽が見えて景色が茜色になりつつある時間帯、オリヴィアとリュウデリアはゆっくりと目的の宿へと向かっていた。人間の街での一泊は初めての経験なので、二人ともどんなものなのだろうかと興味を持っている。まあ一泊すると言っても、宛がわれた部屋で眠ったりするだけなのだが、興味があるのは泊まる部屋である。

 

少しずつ通りを歩く人が減り始めた頃であり、そうなればオリヴィアの美しさに見惚れてしまう人も減り、視線も必然的に減る。鬱陶しい視線が消え始めたことに、オリヴィアは上機嫌そうだった。リュウデリアも、晩飯でどんな物が食べられるのか少し楽しみにしていて上機嫌である。

 

 

 

「此処が受付嬢の話していた『旅人の休憩所』だな。……すまないが、部屋が余っていれば一泊させてくれるか?」

 

「はい!旅の御方ですかね?ウチは食事付きで一泊一万Gでやってますけど、どうしますか?」

 

「ほう、食事が……では頼む」

 

「……はい!確認しました!ここの宿は使い魔の同伴もオッケーなので、存分にお寛ぎ下さいね!食事は1階で他のお客さんと共同で、2階がお部屋になってまーす!」

 

「分かった」

 

 

 

紹介された宿は2階建てで中々に大きく、食事付きで中々の値段だったので即決した。オリヴィアとリュウデリアは宿の受付で部屋の番号が書かれている木のタグが付いた鍵を受け取り、二階の階段を上がって部屋を探した。少しだけ歩って目当ての番号が書かれた部屋は、運が良いことに角の部屋だった。ドアノブに鍵を差し込んでドアを開けると、中はとても綺麗だった。

 

元々この宿は風呂の付いた部屋のある宿といことで受付嬢が紹介してくれたので、部屋とは別に洗面所と風呂場が設けられている。女神でも風呂には入る。汚れが付いてしまうので落とすためにも入るし、何と言っても温かい湯船に浸かるのは気持ちが良い。汚れが落ちて綺麗になったと自覚できることも大きい。

 

 

 

「よし、では一緒に風呂に入ろうか?」

 

「風呂とは水浴びのようなもののことだろう。ならば俺は一匹で入れるぞ」

 

「まあまあそう言わずに、私が綺麗に洗ってやるから」

 

「いや、俺は一匹で……ぅぐふっ」

 

 

 

オリヴィアは肩に乗っているリュウデリアを鷲掴んで両手で抱えると、洗面所に行って風呂場のドアを開けて中にリュウデリアを置いてきて、オリヴィアは素早く着ているローブなどを脱いでいった。大体が曇りガラスになっているドアからは、服を脱いでいるオリヴィアの影のシルエットが映っている。普通ならば胸が高鳴っても当然な光景なのだが、リュウデリアは溜め息を吐いているだけだった。

 

何故態々二人で入ることになっているのだろうと思っていると、オリヴィアが入ってきた。タオルも巻かない、美しい肢体をこれでもかと見せる生まれたままの姿。誰も見た事が無いだろう、どんな宝石にも勝るその肢体をリュウデリアに見せ付ける。大事なところも一切隠さないその様子から一転して、顔はほんのりと朱に染まっている。煽情的なその姿に、リュウデリアは柔らかく脆そうという感想しか無かった。

 

 

 

「……その、どうだ?」

 

「……?擦れ違う人間を見ていたが、総合的に見ればお前の肢体が最も均等が取れて美しい?んじゃないか?龍の俺には余り分からんがな」

 

「……っ……いや、その言葉だけでも十分だ、ありがとう」

 

 

 

ほんのりと染まった朱が濃くなった。何故赤くなっているのだろう。皮膚の色が変わるなんて不思議だな……と、場違いなことを考えているリュウデリアを抱き抱え、椅子に座って膝の上にリュウデリアを置いた。シャワーのノズルを取ってお湯を出し、リュウデリアに掛けていく。温かいお湯を受けて目を細め、最初から置かれているスポンジと石鹸を使って泡立て、リュウデリアの体を洗っていった。

 

洗ってくれる手つきはとても優しい。リュウデリアの鱗は尋常では無いほど硬いと知っているだろうに、まるで壊れ物のように扱うのだ。それがもどかしいとも感じているが、同時に心地良いとも感じているリュウデリアは、されるがままだった。そしてリュウデリアが洗い終わってオリヴィアが自身の体を洗う。

 

普通ならば絶対にお目に掛かれないオリヴィアの体を洗う姿なのだが、リュウデリアは魔法でバスタブにシャワーから出て来るお湯と同じくらいの温度のお湯を出して貯めていた。満タンまで入れると、頭から入ってお湯を溢れさせる。そして中で適当に泳いでから顔を出すと、此方を見ているオリヴィアと目が合った。ニッコリと嬉しそうに微笑むオリヴィアに、リュウデリアは小首を傾げる。

 

その後、洗い終わったオリヴィアも湯船の中に入り、リュウデリアを抱えて肩までゆっくりと浸かり、体が芯まで温まったところで二人で出て来た。置いてあるバスタオルでリュウデリアの全身の水気を拭き、自身も身体を拭いていく。髪の毛の水気は、リュウデリアが魔法を使って一瞬で乾かしてくれた。本当は二人揃って最初からそうしようとしたのだが、オリヴィアがリュウデリアを拭きたいと言ったので、取り敢えず任せていた。

 

その後は宿の貸し出しの服に着替えて1階に降り、晩飯を二人で食べた。食事のメニューは決まったものから選べるという事だったので、オリヴィアは軽くサラダで、リュウデリアは鶏の唐揚げ定食を頼んだ。勿論、食べようとするとオリヴィアが食べさせると言って譲らないので、デジャヴだと感じながら全部食べさせられた。

 

料理に舌鼓を打って部屋に戻ってきた二人は、歯を磨いた。基本歯を磨く習慣なんて無いリュウデリアなのだが、食べた後は歯を磨くものだとオリヴィアに力説されて、慣れないぎこちない動きで歯ブラシを使って歯を磨いた。その姿をオリヴィアは何故かずっと凝視していたのだが。

 

 

 

「ふぅ……この布団は柔らかいな。とても気持ちが良い」

 

「ふむ……こんな柔らかい物の上で寝るのは初めてぐふぅ……おい、何故抱き締める」

 

「ふふっ。お前を抱き締めて寝るのが小さな夢だったんだ。寝苦しくはさせないから、このままで……」

 

「頭の下にあるやつでも抱いて寝れば良いではないか」

 

「んん……お前は……温かくて……好……すぅ……すぅ……」

 

「お前……!抱き締めてそのまま寝る奴があるか……全く」

 

 

 

美しい純白の長い髪がベッドの上に広がり、リュウデリアを優しく腕で包み込んでそのまま眠ってしまった。神にも睡眠が必要なのかと言いたくなる寝付きの良さに、リュウデリアは溜め息を吐いてそのまま眠る事にした。

 

今まで人間のような行動はしたことが無かっただろうに、今日は色々と歩き回ったり、多くの視線の中を歩って来たり、それにクエストの内容である薬草の採取でも主に動いていた。リュウデリアは今日、オリヴィアの肩に乗って、少し大男の手首を斬り落としたのと、魔力操作で色々としていたぐらいしかしていない。冒険者の手続きや薬草の採取、食べ物を手ずから与え、街の中も徒歩で移動していた。

 

魔法を使えば直ぐのことも、リュウデリアに頼まず出来ることは自分でやっていた。神だというのに、偉そうにもしない。まるで心の底から自身を気遣っているような振る舞いから、確りと自身の心まで伝わっていた。見ていないようで、何とも思っていないようで、リュウデリアは確りとオリヴィアの事を見ているし、考えていたのだ。

 

リュウデリアは少し迷った様子を見せるが、目の前に広がるオリヴィアの美しい寝顔を見て、ふっ……と、少し笑って顔を近付ける。オリヴィアの鼻に、自身の鼻をコツンとつける。それから少し顔を振って鼻を擦り合わせると、ゆっくりと元の位置へ戻る。

 

 

 

「今日はご苦労だった、ゆっくり休むといい。……色々とありがとう」

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「……おやすみ」

 

 

 

リュウデリアはオリヴィアの腕の中で静かに眠りについた。そして眠っていたオリヴィアは知らない。龍が鼻を相手の鼻に擦り合わせるのは、感謝や親愛を表す時に行う行動なのだが、そもそもこの行動は自身の認めた相手にしかしない、大切なものである。

 

 

 

 

 

オリヴィアはリュウデリアから認めて貰えるように頑張っているが、殆ど認めている事を自覚する日は……案外近いのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 









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第十八話  黒龍は『殲滅龍』を知る






 

 

冒険者ギルドの受付嬢からオススメで教えてもらった宿に一泊したオリヴィアとリュウデリア。朝、先に起きたのはオリヴィアで、となりに眠るリュウデリアを寝惚けた半目で見ながらゆるりと微笑み、起こさないように頭をそっと撫でてからベッドから起き上がり、洗面所に行って顔を洗った。

 

髪が長いこともあって寝癖が付いている。それを直してから鏡の前でチェックをする。神であっても身嗜みには気をつけるのだ。そしてチェックを済ませて問題が無ければ、寝室に戻って自身の服に着替える。ローブを纏ったところで、リュウデリアも起きた。眠そうに頭だけを上げて辺りを見渡すその姿に、オリヴィアはクスリと笑った。

 

ボーッとしているリュウデリアに近付いておはようと挨拶をすると、眠そうなおはようという挨拶を返された。余程柔らかいベッドが合っていたのだろう、予想以上にリュウデリアは熟睡していたようで、目も半開きになっている。オリヴィアは連れて行っても問題ないだろうと判断して、リュウデリアを抱えて部屋を出る。鍵を閉めて2階から1階に降りる。

 

既に起きて朝食を取っている他の客も居て、階段を降りてきたオリヴィアの美貌に驚いて固まったのを無視し、空いている席の所に行き、自身が座る反対側のテーブルの上にリュウデリアを降ろし、自身は椅子に腰掛ける。座って少し待っていると、従業員の女性がやって来るので朝食を頼み、待つ。その待っている間は、まだ少し眠気を取り切れていないリュウデリアの観察をしていた。

 

テーブルに肘を付き、手の平の上に顎を載せる姿勢を取っているオリヴィアは美しい。その証拠に朝食を取っていた他の客の視線を一人占めしていた。それも主に男性の。恋人だろう男性と朝食を食べていた女性達は、他の客に見惚れている相方に怒りを露わにし、耳を引っ張っていた。そんな他の視線を集めるオリヴィアの視線は、常にリュウデリアに向いている。なんと羨ましい事だろうか。

 

 

 

「はい、ウチの宿で出している定番の朝食でーす!メニューは、スクランブルエッグとハム。サラダにコーヒーです!使い魔ちゃんの飲み物はコーヒーじゃない方が良かったですか?」

 

「んー、念の為果実のジュースでも貰おう」

 

「はーい、畏まりました!」

 

 

 

直ぐにリュウデリア用のジュースを持ってきた従業員の女性に礼を言い、オリヴィアとリュウデリアの朝食が始まった。他の客にも使い魔らしき小さな魔物であったり、狼の魔物を傍に座らせていたりするが、全員飼い主が手ずから食べさせている。床やテーブルを汚してしまうと考えているからだろう。だがリュウデリアは違う。

 

オリヴィアはリュウデリアをチラリと見ながら、リュウデリアが他と比べて優秀な事に優越感に浸る。リュウデリアは手や食器を使わず、魔力操作で食べ物を浮かし、口元まで運んで食べている。口の中に入れられる分だけを浮かせ、食べる。絶対に溢す訳が無い。これには他の客も思わず見てしまう。

 

明らかにサラダを食べているオリヴィアではない。ならばもう、リュウデリアが自身で浮かせて食べている事になる。繊細な魔力操作技術。それをあんな小さな使い魔が熟しているとは……と、興味深そうに見ているのだ。すると、視線に敏感なリュウデリアが周囲を見渡し、見ている者達を黄金の瞳で見返した。

 

つい他人の使い魔を覗き見ていた者達は、リュウデリアが見返してきた時、背筋に冷たいものを感じた。目で見て見えている分には肩に乗せられる小さな使い魔だが、目が合った瞬間にはまるで……強大で巨大な何かに見られている感覚に陥った。冷や汗が噴き出て、食器を持つ手が震える。リュウデリアが目を細めると、目線を前に戻した。触らぬ神に祟り無し。もう盗み見るのはやめようと心に決め、自身の使い魔を撫でて気を紛らわせた。

 

オリヴィアはその光景を見てほくそ笑む。リュウデリアを唯の使い魔だと思って舐めているからそうなるのだと。そもそも使い魔ですらないのだが、オリヴィアとてリュウデリアが小さく見られるのは気に入らない。本来の姿は見上げるほど大きく、勇ましく気高く崇高で強大な力強さを持つ姿をしているのだから……と。

 

 

 

「さて、今日はどうする?」

 

「ふむ……冒険者のランクを一つ上げておくのはどうだ?どうやら最底辺のFランクというのは研修?というのを兼ねたものらしい。本も捨てがたいが、どちらも時間を置いて逃げるようなものでもない。ならば先に勝手が分かる冒険者ランク上げから入るとしよう」

 

「お前が良いなら、今日もクエストだな」

 

 

 

周囲の者達にバレないように小声で会話する二人。今日は何をするかというものだったが、リュウデリアの考えの元、冒険者ランクを一つ上げるということになった。冒険者ランクの内、Fランクというのは最底辺であると同時に研修のようなものである。つまり、本格的な冒険者とは声を張って言える状況では無い。ならば如何するか。とても簡単である。ランクを上げるだけだ。

 

Fランクのクエストを数回受ければ、FからEへと上がる。簡単なクエストなのは変わらないのだが、Eに上がったところで、本当の冒険者の始まりとも言えるだろう。そして肝心なことがここで一つ。Fランク冒険者は一年以内にランクを上げなければ、冒険者協会の方から強制的に冒険者登録を剥奪するということだ。本来ならば一週間もあれば、十分以上にランクをEに出来るというのに、それが一年も経つということは、冒険者をする意思が無い……と、とれるからだ。

 

オリヴィアとリュウデリアは人間ではない。この街に寄ったのだってリュウデリアの元住処から一番近くに有ったからに過ぎない。冒険者登録とて、他の街や国に行った場合の身分を証明出来る物を念の為に作っておく為だ。故に明確な確固たる理由があって登録するわけでは無い。そうなれば、若しかしたらFランクのまま一年を優に超える期間活動しないかも知れない。それを考慮し、ランクを一つ上げるのだ。

 

話が纏まった二人は立ち上がる。リュウデリアはオリヴィアの体を登って肩の上に乗り、伏せている状態に入る。出来るだけ蜥蜴などを基にした使い魔に見せる為だ。まあ、翼を生やしている時点で普通の蜥蜴にはあまり見えないだろうが。

 

席を離れて受付の所まで行くと、借りていた部屋の鍵を受付の女性に返却した。元気の良いありがとうございましたという挨拶を背中に受けながら街道に出た。今日の天気は雲が少し有るが、晴れていて気持ちの良い空が広がっている。風も強くなく微風程度だ。クエストを行うにはもってこいの天気だろう。

 

歩きながら、美貌の所為で多くの視線を集めるのは面倒だからということで、オリヴィアはローブに付いているフードを被った。これで顔を見られて視線を集めることは無い。因みに、このフードはリュウデリアが魔法で造った代物で、勿論純黒の色である。

 

このフード付きのローブ、実はとんでもない力を籠められている。例えば、オリヴィアが死角から不意打ちをされたとしても、着ている限り物理攻撃の威力を九割以上軽減させ、魔法は撃たれた方向、撃ち込まれた威力でそのまま跳ね返し、万が一反射を貫通した魔法は、物理攻撃と同じく九割以上軽減させるというとんでもない代物である。更にローブ自体が物理と魔法に非常に高い耐性を持っている。つまり、着ている限りオリヴィアはほぼほぼ無敵に近い。

 

これはオリヴィアを外的要因による攻撃から護る為という理由もあるが、最もたる理由は、リュウデリアが魔法を放った時、仮にオリヴィアに誤射してしまったり、広範囲で捲き込んでしまったとしても、あまりダメージを与えないようにするためのものである。リュウデリアが誤射したり、範囲を間違えたりするのは殆ど無いに等しいが、念の為である。

 

こうして説明している間にもオリヴィアとリュウデリアはギルドに着いた。フードを被って顔を隠しているが、純黒のローブと純黒の鱗を持つ蜥蜴のような翼を生やした使い魔を肩に乗せているのは、オリヴィアしかギルドに居ない。直ぐに誰か察すると視線が集まる。たかだか大男の手首を斬り飛ばした位で、随分と敬遠するものだと鼻で笑うと、クエストボードの前に立ってクエストを見繕う。

 

 

 

「討伐系のクエストは無いんだな。Fランクは基本採取や街中の無くした物を見つける……なんて下らんものばかりだ」

 

「まあまあ、そう言うな。お前も自分の口で研修だと言っただろう?討伐系クエストはEからだ」

 

「チッ、つまらん。……ん?そうだ、こういうのはどうだ?」

 

「……ほう。ふむふむ……それは良い考えだ。それなら直ぐにEへ上がるな」

 

 

 

オリヴィアは小声で提案してくるリュウデリアの案に耳を傾けると、早速提案通りにクエストボードから依頼書を千切って受付カウンターの方へと向かう。丁度誰も並んでおらず、スムーズに受付をする事が出来る。そして受付カウンターに居たのは、昨日オリヴィアとリュウデリアの受付を担当してくれた受付嬢だった。

 

二人が来たことにニッコリとした笑みを浮かべて歓迎してくれた。他の者達が恐れている中で、唯一恐れず接してくれつつ、余計なことを聞いたりしてこない、有能な受付嬢である。

 

 

 

「おはようございます、オリヴィアさん。使い魔さんもおはよう」

 

「…………………。」

 

「おはよう。お前の紹介してくれた宿だが、中々どうして良いものだった。また利用させてもらうかもしれん」

 

「良かったぁ。使い魔さんも居るので使い魔同伴でも大丈夫な宿を紹介させて頂きました!それで、今日のクエストはどれですか?」

 

「それなんだが、同時に複数受けてしまおうと思ってな。どうせFランクのクエストは簡単なものであるし、短時間で終わるものを何度も行ったり来たりするのは些か面倒だ。そこで、4つ持ってきた」

 

「な、なるほど。まあ、同時に複数受けてはならないというルールはありませんし、不可能じゃない範囲なら大丈夫ですよ。それにFランクの簡単なものですし。それで、えーっと依頼は……薬草の採取を4つですね!」

 

「溝浚いでも良かったんだが、使い魔のリュウちゃんの鼻が曲がると思ってな」

 

「あー、下水道の溝浚いばかりでしたからね……納得です」

 

 

 

理由を聞いた受付嬢は苦笑いしながら頷いていた。実際リュウデリアは鼻が良いので、下水道に行けば鼻が曲がるだろう。それを考慮して選んだクエストは全て薬草の採取。昨日行ったもののみである。これならば同じ場所で取れるものなので、一度クエストを終わらせてもう一度向かうという手間を掛けなくてすみ、無駄な時間を短縮して省けるというものだ。

 

幸いにしてギルドのルールの中に、一度に複数の依頼を受けてはならないというものが無かったので、簡単に依頼の手続きを進めてもらえた。一度に4つの手続きをするので少し時間が欲しいと言われたので待っていると、受付嬢が手続きが完了したという旨を報告してくれたので、早速薬草の採取に向かおうとした。だがそこで、受付嬢が待ったを掛けたのだった。

 

 

 

「オリヴィアさん達に、昨日言い忘れた事があったんです!」

 

「なんだ、注意事項か?」

 

「いいえ、そうではありません。いや、ある意味注意事項なんですが……実は、ここからは数十キロは離れているんですが、あの龍が出たんです」

 

「ほう…?」

 

「それも、一日で3つの国を滅ぼした畏るべき龍で、特徴は全身を純黒の鱗で覆い、普通とは違う龍の姿をしているそうです。龍の出現を表明した国は、その純黒の黒龍の事を『殲滅龍』と名付けました。本当の名はリュウデリア・ルイン・アルマデュラというらしいですが……純黒の姿を見たら直ぐに逃げて下さいね!絶対に対峙してはいけませんよ!冒険者ランクSSSと同等とされる『英雄』ですら刃が立たず、一方的に殺されてしまったようなので……」

 

「……………………。」

 

「なるほど……そんなことが。純黒の黒龍……リュウデリア・ルイン・アルマデュラ……か。分かった。十分に気を付けておこう。助言、助かった」

 

「いえいえ。私はオリヴィアさん達を思っての事ですから!オリヴィアさん達は……何て言えば良いんでしょうか?他の方々と違う、何かを感じるんです。未来の『英雄』を見ているような……そんな気持ちになるんです」

 

「ふふっ。それは流石に言い過ぎだ。まぁ、悪い気はしないがな。……では、行ってくる。内容が内容だから、恐らく直ぐに帰ってくるだろう」

 

「はい!いってらっしゃい!」

 

 

 

小さく手を振って見送ってくれる受付嬢に軽く手を振り返し、オリヴィアとリュウデリアはギルドを後にした。そして街道を進んでいき、門に居る門番を昨日のように無視し、リュウデリアが魔力をオリヴィアに纏わせる。少し屈んで跳躍すると、昨日行った木々の生えた場所に三歩程度で到着した。

 

中へと入っていき、薬草を探しながらオリヴィアがクスクスと笑い出した。突然笑い出したオリヴィアだが、その笑っている理由を大方察しているリュウデリアは、目を細めて睨んだ。咎めるような目線にすまないと謝罪してから、オリヴィアはリュウデリアの頭を撫でた。

 

 

 

「いやはや、『殲滅龍』の説明を聞いてはいたが、その『殲滅龍』殿が私の肩の上に居て、彼奴等が今目にしているのに……と考えると面白くてな。此処まで笑うのを我慢するのに腹筋を大分使ったぞ」

 

「ふん。……俺の話を広めるために手紙でも放ったのだろう。最後に滅ぼした国の王の仕業だ。恐らくダンティエルと殺し合っている時にやったんだな」

 

「……?人間の名前を覚えているのか?」

 

「あぁ。彼奴は中々の人間だった。殲滅して皆殺しにした人間の中で、真面な人間性を唯一俺に見せた。故に、俺は奴に対して敬意を払い、俺の力を見せて殺した」

 

「なるほどな。……因みにだが私の名は覚えているか?」

 

「は?オリヴィアではないのか?」

 

「ふふっ……大丈夫だ、当たっているぞ」

 

「……?」

 

 

 

何故態々名前を言わせたのか分からないリュウデリアは小首を傾げるが、オリヴィアは何も言わず、嬉しそうに微笑みながら薬草を探していた。良く分からないが、まあオリヴィアが特に何か言ってくるわけでも無いので良いか……と考えて、リュウデリアも薬草を探すことにした。匂いを嗅いで薬草の大まかな位置を割り出し、尻尾で方向を指し示してオリヴィアに伝える。

 

オリヴィアがリュウデリアの教えた方向に歩みを進めて薬草を探している間に、リュウデリアは『殲滅龍』という名について考えていた。まさか国を滅ぼした事によって二つ名を得てしまうとは思わなかったからだ。それにもっと厄介なのが、リュウデリアの外見的特徴が広まってしまっているということだ。

 

仮に人間に見つかり、討伐に出られたとしても負けるつもりは毛頭無いし、なんだったらまた滅ぼすことだって容易だとも考えている。何せそれだけの力を持っているのだから。だが、襲われて殲滅してを繰り返すのは実に面倒だ。簡単に殲滅できるからといって、そう何度も向かってこられるのは鬱陶しいのだ。

 

今のように小さくなっていれば、3つの国を滅ぼした純黒の黒龍だとは思われないので活動は出来るが、元の大きさに戻れば、見上げる程の大きさなだけに、それだけ人目に付いてしまう。龍ともあろう者が小さな事を考えていると思うかも知れないが、生活を脅かされると考えれば考えなくは無い事だろう。

 

 

 

「よし。一つ目のクエストの薬草は採取したな」

 

「4つも受けたが直ぐに終わるな、これは」

 

「帰って報告したら、適当に食べ歩きでもするか?」

 

「今度は肉系を食ってみたい」

 

「ふふっ、了解だ。一緒に探そうか」

 

 

 

二人は薬草を探しては抜いて、異空間に跳ばしてを繰り返しながらクエストの内容を進めていった。このあと、あっという間に薬草の採取は終わってしまい、その場ではやる事なんて無いので街へと戻り、門番を無視してギルドに帰った。受付嬢にクエストの目的であった薬草を渡して報酬を受け取り、4つのクエストを達成したのでFランクからEランクへ昇進した。

 

受付嬢はオリヴィア達がクエストに向かっている間にEランク用の冒険者のタグを作っていた。将来有望だろうオリヴィア達の事なので、薬草の採取クエスト4つなんて直ぐに終わらせて帰ってくるだろうと踏んでいたからだ。結果は予想通りで、余分な分も採ってきてくれたので追加報酬を払い、Eランクのタグを渡したのだ。

 

Fランクのタグは記念に持っておく事も出来るが、特に思い入れなんて無いので受付嬢に返却し、交換する形でEランクのタグを受け取った。早速Eランクのクエストをやっていくか尋ねられたが、リュウデリアと食べ歩きをすると言って断り、受付嬢に別れの挨拶をしてギルドを出た。

 

それから二人は街の中を適当に歩って目についた美味しそうな物を食べ、また歩って探しては食べてを繰り返し、一日を満喫した。途中からはオリヴィアが満腹になってしまったのでリュウデリアが食べていたのだが、オリヴィアはリュウデリアに食べさせているだけでも嬉しそうで楽しそうだった。そして泊まる場所は、結局同じ宿になった。受付の人ももう一度やって来たオリヴィアとリュウデリアに歓迎の笑みを浮かべてくれた。

 

 

 

 

 

 

自身が知らぬ所で『殲滅龍』と畏れられている事を知り、色々な食べ物を2人で食べ歩いた一日であった。そんな2人はまた一緒のベッドで眠る。次の目的は図書館。リュウデリアが人間やその他の種族、世界について知る機会である。

 

 

 

 

 

 

 

 









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第十九話  小さな異常






 

 

柔らかいベッドの上に居るのは、女神オリヴィア。そして『殲滅龍』リュウデリア・ルイン・アルマデュラ。本来は滅多に人前に現れない存在がしかし、冒険者ギルドの受付嬢に紹介された宿で眠りこけていた。朝日が射し込んで眩しさに目が覚めるオリヴィア。傍らには小さい姿のリュウデリアが未だ眠りこけている。

 

早起きは三文の徳とは良く言ったものだ。早起きをすれば健康に良く、勉学や仕事等が捗るという意味を持つこの言葉。オリヴィアにとっては不審がられる事も無く、リュウデリアの眠る姿、寝顔をこれでもかと堪能する事が出来る。

 

この安らかな眠りを甘受している、今は小さな純黒の黒龍が、実は見上げる程の巨体を持ち、古今無双の権化だと誰が思うだろうか。いや、誰も思わず気付かなくていい。知っているのは私自身で良いのだ。独占欲が溢れそうだと自覚しながら、リュウデリアの翼の生えた背中を優しく撫でた。

 

毛皮があり、手入れをされた犬や猫の方がふわふわで滑らかな感触なのだから、リュウデリアの硬い鱗を撫でるよりも気持ちが良いのだろう。だが、オリヴィアは2つを並べられたら毛皮に一瞥すること無く、リュウデリアに飛び付くだろうと自信を持って言える。確かに硬い。『英雄』の渾身の一撃を受けて掠り傷一つ付かない優れ物だ。だがそれが良い。というよりも、リュウデリア()という部分が全てを占めている。

 

 

 

「……っくあァ………っ!」

 

「うん?起きたか?」

 

「……あぁ。お前は基本俺よりも起きるのが早いな……」

 

「少し早起きすると良いことがあるからな」

 

「……ほう……そうなのか……」

 

「ふふ。眠そうだな」

 

「……あぁ」

 

 

 

起き抜けで眠気が飛ばず、確りとした受け答えが出来ていない。寝惚け頭で会話しているリュウデリアの事をクスクスと笑い、オリヴィアはベッドから起き上がった。洗面所に向かって顔を洗い、髪の寝癖を直す。身嗜みを整えたら寝室へ戻って服を自分の物に着替え、リュウデリアを抱き抱える。部屋の鍵を持って部屋を出て鍵を閉め、1階へと降りていった。

 

前日と同じように朝食を出してもらい、ゆっくりと食べると、その頃にはリュウデリアの目と頭も起きてきた。毎度のように食べ物を浮かせて口に運んでいき、オリヴィアはリュウデリア観察をしながら軽めにサラダを食べて終わった。

 

今日やることを予め決めておかなくても、やることはもう決まっているようなもの。今日やること、それは図書館に行って知識を高めることである。リュウデリアはスリーシャに常識等を教えてもらったが、それでもスリーシャが教えるには限界がある。そこで、周りが知っていて当たり前だと思われる知識を手に入れる。

 

役に立たないかも知れないし、役に立つかも知れない。だが知って置いて損をすることは無いだろう。リュウデリアはオリヴィアの体を登って定位置の肩の上に乗り、オリヴィアが席を立って出発する。図書館の場所は知っている。食べ歩きを適当にしていたら偶然見つけたのだ。

 

宿の鍵を返してから街道に出て歩き始める。そこでフードを被っておくことは忘れない。美人なら美人で大変なものである。視線を集めてしまうのは慣れたものだが、それでも気にならないと言えば嘘になる。まあ、その容姿を褒められれば、あっという間に他がどうでも良くなってしまうものなのだが。

 

歩きながらチラリと肩に乗っているリュウデリアを見やる。目敏く見たことを感じ取ったようでパチリと目が合った。どうやら見ていたことがバレてしまったらしい……と、ニコリと微笑むと、なんとリュウデリアも軽めだが笑みを浮かべた。オリヴィアは固まる。初めて笑いかけてくれたのだ。

 

 

 

「……っ」

 

「……?如何した」

 

「いや……何でも無い。今日はやけに暑いな……」

 

「お前達にとって適温だと思うが?それと、そのローブは少しの温度調整も出来る。お前が暑いと感じるのは気のせいだ」

 

「…………………………いや、気のせいではない。熱いんだ」

 

「そうか……?」

 

 

 

フードを深く被ってしまい、顔が見えないので良く解らないという顔をしているリュウデリアだが、オリヴィアは今顔を見られる訳にはいかない。何せ今は顔が朱に染まってしまっているからだ。顔が熱い。手で団扇のようにして扇いで風を送り、顔の熱を冷ます。まあそれでも、控えめに笑ったリュウデリアの顔が脳内で反芻されていた。

 

若しかして認めて貰えている……?そう考えても不思議ではない。そもそもな話、リュウデリアは警戒心が強いが、いきなりやって来て傍に居るなら兎も角、オリヴィアはリュウデリアの掛け替えのない友人の命を救っている。警戒はすれど、命の恩人という面が大きいので、誠意を持って接していれば、意外と簡単に認めて貰える。

 

龍は恩を仇では返さない。敵対すれば慈悲も無いだろうが、少なくとも恩がある者を邪険にはしない。そしてオリヴィアは恩人の命の恩人という、かなり大きなアドバンテージがある。更にはここ最近の行動はリュウデリアにとって好印象だったので、今のように笑いかけてくれるくらいには気を許してくれているのだ。

 

 

 

「さて、着いたな」

 

「どれ程の本が有るのか楽しみだ」

 

「んー、出鼻を挫くようで悪いが、此処は所詮街の中にある図書館だ。王立図書館と比べれば断然量が少ないし、質も下がると思うぞ」

 

「いや、今はその程度で良い。先ずは世界について。種族や種族ごとの文化の違いや身体の作り、魔物の特徴や種類などを知りたい。最初から小難しいものを読んでも、恐らく俺には理解出来ん」

 

「勤勉だな。普通の龍はそんなこと知ろうとも思わないだろうに」

 

「念の為だ、念の為」

 

 

 

話しながら、オリヴィアとリュウデリアの両名は図書館の中へと入っていった。図書館は恐らく想像した程度の広さしか無い。棚に頭文字順に並べられ整理整頓が行き届いた本の数々。千冊は有るだろうそれは、見慣れた人からすれば至って普通の図書館だ。だがリュウデリアは図書館を初めて見る。一冊に情報が詰まっていると考えると、これだけでも十分情報の山に見えるのだ。

 

図書館に並ぶ本の数々に感嘆としているリュウデリアにクスリと笑って、受付の前を通り過ぎて本の棚に歩みを進める。此処は本に傷を付けなければ使い魔の同伴も許されているので、受付カウンターに居る職員はチラリと見ただけで何も言ってこなかった。

 

図書館の中では飲食が禁止で、大きな声での会話を厳禁としている。他の人の迷惑になるからだ。なのでリュウデリアとオリヴィアも顔を寄せ合って小声で話をしていた。先ず何の分野から借りるのか。そう言う話をしている。取り敢えずリュウデリアは世界の共通の常識に付いて知っておこうと思い、その類の本がある棚を探し始める。

 

本が置いてある棚の横には、何系のものが置いてあるのか大まかに書いてあるので、それを目印に目当ての本を探していく。そして2人でタイトルを追いながら見ていると、割と直ぐに目当ての本が見付かった。オリヴィアが手に取って読める場所を探す。見渡して探していると、リュウデリアはその場で捲って見せてくれと言う。

 

確認するために一応目を通しておくという事なのだろうと思い、最初の数ページを開いて見せた。だが、リュウデリアはもっと早く最後まで捲って見せて欲しいという。取り敢えずは頼まれた通り最初から結構早めの速度で最後まで捲っていくと、リュウデリアはもう本を棚に戻して良いと言った。

 

オリヴィアは指示通り本を棚の元あった位置に仕舞おうとして本を持つ腕を上げた所で気付いた。もう戻していいということは、若しかしてリュウデリアは今のだけでもう読み終わったというのか。言われて少し経ってから気付いたオリヴィアは少し驚きながらリュウデリアを見ると、リュウデリアは見つめられている理由が分からないようで首を傾げた。

 

 

 

「いやちょっと待ってくれるか?まさかとは思うが、もう読んだのか?」

 

「……?あぁ。為になる内容だった。一枚の区切りをページと言うんだったな?ならば136ページに大まかな地図と名前が載っていたから、初めて俺が居る大陸の形を知った」

 

「……136ページ……本当だ」

 

「さて、次を読んでいこう。読んで初めて自覚したが、こういうのは得意のようだ」

 

「……そうみたいだな」

 

 

 

オリヴィアは言葉に出さないが、心の中では吃驚していた。唯確認するために捲ってくれと言っているのだと思ったら、1秒も掛からないような捲る速度よりも早く読んで理解していたとは。速読なんてレベルでは無い。瞬間記憶力と理解力が頭抜けて違いすぎる。こんな芸当、一体どれだけの者達が出来るというのか。普通に考えても、そう居ない事だけは理解するだろう。

 

その後もオリヴィアが本を手に取ってパラパラとページを捲り、本当に読んでいるのか、理解しているのか解らない速度で一冊を読み終わっていく。勿論、オリヴィアは捲っている本人だが読めている訳が無い。そもそも文一行ですら読み切れる訳が無いのだから、リュウデリアが行っている凄技は到底出来っこない。

 

それからもリュウデリアは本を読み進めていき、読んだ本の数が3桁に入ろうかという具合での事だった。オリヴィアの肩に伏せてゆったりとした姿勢で読んでいたリュウデリアが突然、勢い良く頭を上げた。何かに気が付いたように目が鋭くなり、天井しかない上を見つめる。本を読んでいた時との変わりように、何かを悟ったオリヴィアは本に伸ばしていた手を引っ込め、真剣な表情でリュウデリアを見た。

 

 

 

「如何した?何かあったか?」

 

「……一瞬だったが、俺と同じ龍の気配と魔法を行使した際の魔力の気配を感じた」

 

「龍……?つまり、その龍がこの近くで魔法を使ったということか?」

 

「近く……なんてものではない──────この街に小規模な魔法を使ったようだ」

 

「小規模……何系の魔法を──────」

 

 

 

 

 

「──────きゃあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 

 

 

「──────対象は生物だ」

 

「私達に直接の害があるかは分からないが、見てみるか?」

 

「俺以外の龍がやったことは確実だ。それに……俺も興味がある」

 

「なら決まりだな」

 

 

 

図書館の中にまで聞こえてきた女性の叫び声。耳を劈くような声に、即座に何か異常が起きたのだと理解した他の図書館利用者も、何が起きたのだろうと興味が先走って図書館の出入口へと向かっていく。オリヴィアもローブについているフードを被り直して同じように図書館の出入口へと向かっていった。

 

叫び声からして、場所は恐らく近い。図書館から出て来たオリヴィアとリュウデリアは、人集りが出来ているのを肉眼で確認し、少し早歩きで人集りが出来ている場所へ近付く。すると、近付くにつれて人の悲鳴が聞こえてきた。野次馬として集まった人集りの何人かは一目散にその場から走って逃げていった。

 

フードを被っているオリヴィアの横を、少しの恐怖を滲ませた表情を浮かべた男性や女性が走って行った。事態は見た人が逃げ出すようなものだったらしい。少しずつ人集りから人が走って逃げていき、偶然人と人の間に出来た隙間から中の様子が見えた。一瞬の事だったが、それだけで何が起きているのか二人は理解した。

 

人集りは円形に形を作っており、その中心に悲鳴の正体があった。見えたのは、恐らく悲鳴を上げただろう倒れて肩から出血し、手で押さえている女性と、人集りの中から率先して事態の収拾を図ろうとした正義感の強い男性二人が、口を大量の血で濡らした目の充血している男性を必死に取り押さえている。どう見ても、取り押さえられている男性は正気ではない。

 

オリヴィアは早歩きで人集りの傍まで着くと、人集りの野次馬をしている男性に話し掛ける。此処で起きたことを尋ねる為だ。残念ながらオリヴィアとリュウデリアはこの場に居なかったので何が起きたのか知らない。まあ、二人はもう既に何が起きたのか予想がついているのだが、一応確認としてだ。

 

 

 

「えーっと、俺も他の人から聞いただけで詳しくは知らないんだけど、今取り押さえられている男が突然、隣で歩いていた女性に掴み掛かって肩に噛み付いたらしいんだ」

 

「ふむ……なるほど。分かった、ご苦労」

 

「え、あ…はい」

 

 

 

「まあ、予想通りだな」

 

「あぁ。しかしこれは……また繊細な魔法だな」

 

「どういう原理であんなにも凶暴化しているんだ?恐らくだが、あの座り込んでいる女の肩は食い千切られているぞ」

 

「──────生体電流の操作だ」

 

「生体電流?」

 

 

 

オリヴィアは首を傾げる。人間と神の体付きは似ているが、元が神という別次元の存在なので、生体電流と言われても良く解らないのだろう。そもそも生体電流とは、人間の体内に流れている、とても微弱な電気のことだ。 血液やリンパの流れ、脳や心臓等の人体に於いて重要な部位も、この生体電流が動かしており、人間が生きていく上で欠かすことの出来ないものだ。無くて動くとしたらゾンビ位のものだろう。

 

つまりリュウデリアが言った生体電流の操作というものを噛み砕いて説明すると、魔法によって取り押さえられている人間の男性の体内に流れる生体電流を意図的に操作し、弄くることで今のような暴挙を起こさせ、凶暴化させているのだ。だがその生体電流は本当に極めて微弱な電流だ。それを強すぎず弱すぎず操り、脳を弄って今のようにするには、とても繊細な魔法技術が求められる。

 

リュウデリアから説明を受けたオリヴィアは納得がいったと頷いた。そして考える。恐らくその魔法を使用したのは、先程リュウデリアが気配で感じ取った龍だろう。だがリュウデリアが言うには、感じ取った気配は一瞬であったとのこと。つまり、気配の主である龍は、その一瞬の間に人間の体内に流れる生体電流を操ったということになる。

 

原理を解明して絡繰りを説明するのは簡単だったが、リュウデリアは今の自身には出来ない芸当だと認めている。リュウデリアが得意としているのは高火力による広範囲殲滅型の殲滅魔法である。一生物の体内に流れる生体電流なんて、極めて微弱な電流だけを操るのは至難の業だ。そしてその技術を今は修めていないので、出来るか分からない。

 

恐らく今リュウデリアがやれば、強く弄りすぎてやられた人間は言葉一つ話す前に廃人となって倒れる事だろう。リュウデリアは認める。こと魔法の繊細な技術に関しては、気配で感じ取った龍の方が上である……と。

 

その後、取り押さえられている男性は、取り押さえている男性二人を跳ね飛ばした。驚異的な腕力だ。恐らく生体電流で肉体のある程度の枷も強制的に外したのだろう。だが、騒ぎを聞き付けた憲兵が数人やって来て、暴れていた男性を力尽くで取り押さえた。怪我をした女性は、暴れていた男性の婚約者だそうで、今は暴れる男性を牢に閉じ込めておき、女性は怪我を診て貰っている。

 

突然の騒ぎだったが、その元凶がリュウデリアではない、別の龍であるということを、オリヴィアとリュウデリアだけが知っている。そして二人は同じ事を思った。この街では近い内に、何かが起きるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、どういう事だ。話が違うぞッ!!」

 

「細けェことを気にすんなよ。ちょっと人間を弄っただけじゃねーか」

 

「我々は計画を立てて動いているッ!!計画の始動は()()()()ッ!!その前に変な警戒心を持たれたらどうするつもりだ!?」

 

「チッ……うっせェなァ。テメェ等がチンタラやってんのがわりーんだろうが。これ以上なんか言うんだったら殺すぞ?テメェもあんな風になりてェのか?」

 

「……ッ……あと3日なんだ。大人しく待っていてくれ」

 

「へーへー」

 

 

 

大きな影に向けて、己の内に燻る怒りの感情を抑えつけて姿を消す人の影。大きな影……龍は、人の影が消えた場所を鼻で笑い、大きな欠伸をしてから寝る体勢に入った。

 

つまらない暇な時間を睡眠に当てようとしている龍は、眠る前に一つ思い出す。一瞬だけ街の上に姿を現し、魔法を使用する一瞬だけ、自身の同じ龍の気配を感じ取った。あれは勘違いでは無い。確実に、街の中に龍が居る。それを確信した。

 

龍は眠りながら面白そうに口の端を吊り上げる。どうやら面白い事になりそうだと。これからが楽しみだと、喉の奥からクツクツとした悪意の孕んだ声で嗤った。

 

 

 

 

 

 

リュウデリアとオリヴィアの予想通り、二人が居る街で何かが起きようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二十話  大会にエントリー







 

 

平凡な街、アウグラリス。この街で昨日の昼間に不思議な事件が起きた。婚約者関係であった男女のカップルの内、男性の方が突如豹変し、婚約者である隣を歩っていた女性に襲い掛かり、組み付き、肩に噛み付いたというのだ。女性は命に別状は無いが、大量の出血を伴う怪我を負う。男性はその後憲兵に取り押さえられて連行されたが、未だ豹変した症状は戻っていない。

 

仕方なしに牢屋に入れて監禁しているのだが、牢の中で暴れる一方だ。食事も取ろうとはせず、寧ろ食事を運んできた憲兵に襲い掛かろうとする始末。原因は未だ解明されておらず、診療所から医師が見に来たが、医師ですら初めて見る症状であるとのこと。現時点での判断としては、何か良からぬ物を食べたのでは……というあやふやなものになっている。

 

小さな事件が起きてから翌日である今日、オリヴィアとリュウデリアはお馴染みの宿に泊まっていた。使い魔の同伴を許し、部屋も家具も掃除が行き届いて綺麗で、風呂も備え付けられて食事もついてくる。値段もお手頃なので重宝している。それは宿側も分かっているのか、オリヴィアとリュウデリアが来ると笑顔で迎えて何時もの角部屋の鍵を渡してくれる。お得意様と判断されているようだ。

 

何時ものように用意をして飯を食べ、宿から出て来ると、今日も朝から図書館へと赴いた。昨日は途中で事件が起きたので有耶無耶となり、結局女性を襲った男性が憲兵に連れて行かれるのを見届けた後は宿の方へ行ってしまったのだ。

 

 

 

「今日はどうする?一日図書館で本を読むか?」

 

「……いや、それだとお前がつまらんだろう。だから本は昼までする。それに折角Eランクになったんだ、午後はギルドに行ってEランクから受注できる討伐系依頼をやるとしよう」

 

「なるほど、私に配慮してくれた……ということか」

 

「まあ、お前は本なんぞ読まんと思うしな。俺のやることに付き合わせ続ける訳にもいかんだろう」

 

「ふふっ。そう言ってくれるだけでも十分なんだがな。だが、そうだな……折角だから午後は依頼をやろう」

 

 

 

オリヴィアはリュウデリアが自身のことを認めてくれているということを実感した。昨日控えめだが微笑み返してくれたので、まさかとは思っていたが、漸く確信することが出来た。自身はリュウデリアに認められた。それがとても嬉しい。嬉しくてつい、意識をしなければ顔がニヤけてしまいそうになる。ほんのり朱に染めた顔を見られる前に、オリヴィアは急いでフードを被った。

 

若しかしたらまだ認められておらず、単なる気紛れという可能性も無きにしも非ずと言える。だが、オリヴィアは思う。認めておらず、警戒しなくてはならない相手に微笑むだろうか。認めていない相手の心境を配慮するだろうか。何とも思っていないならば、つまらないと思っていようがいまいが関係無いはずだ。少なくとも、リュウデリアは何とも思っていない相手に配慮なんぞしない。

 

種族が違うので声を大にして言うことは出来ないが、思うにリュウデリアは根っからの男女平等主義。そして機械のように合理的な考え方を持つ筈だ。大を生かすために小を切り捨てるだろう。逆も又然り。つまり、認めていない者が相手ならば、オリヴィアにしたことを、リュウデリアはしないと言ってもいいのだ。

 

やっと……やっと認めてもらう事が出来た。もっと永い年月を掛けなくては駄目なのかと思っていた矢先のことである。オリヴィアは今日の天気は雲の有る晴れだというのに、雲一つ無い晴天の下を歩いている気分だった。つまり何が言いたいのかというと、今オリヴィアはとても気分が良いのだ。

 

スキップしてしまいそうな程舞い上がっているオリヴィアは、図書館に着いて、リュウデリアが本を読んでいる間も美しい微笑みを絶やす事は無く、ご機嫌に本のページを捲っていた。昨日は途中で退出してしまったが、今日は昼まで読んでいく事になっている。つまり、それだけリュウデリアが知識を蓄えるということだ。

 

リュウデリアの一冊に掛ける時間は大凡10秒。一分で約六冊を読破してしまう。その驚異的な速読術と情報処理能力を使って次々と本を読み漁り、知識を吸収していく。そして今日は何の障害も無く、邪魔者も居ない。オリヴィアも機嫌が良いので次々と手際良く本を見せてくれる。その結果、リュウデリアはたったの4時間で図書館の全ての本を読んでしまった。

 

因みにであるが、リュウデリアは昨日のオリヴィアへの説明で使った生体電流という単語と詳細は、元々知らなかった。つまり、その直前で人間の体についての本を読んでいたのだ。役に立つかは分からない。確かに彼はそう言っていたが、知識とは武器である。蓄えれば蓄える程手数が増えるのだ。

 

丁度昼まででリュウデリアは本を読み終えた。彼が読んでいる間、オリヴィアは長時間同じ姿勢で本を持ち、只管ページを捲っていた。肩が凝るなんてレベルの話では無いはずだ。だがそこは流石の治癒の女神。自身を治癒しながら本を捲っていた。疲れた傍から治癒する、オリヴィアにしか出来ない荒技だ。

 

 

 

「さて…と、討伐系では何があるやら」

 

「……ウルフの討伐でいいんじゃないか?」

 

「まあ、それが多いからな」

 

「魔物の中でも低位の奴等だ」

 

 

 

ゴブリンと比べれば厄介度は高いと言えるだろうが、どちらにせよ低位の魔物である。冒険者ギルドの下から2番目のクエストとして張り出されるくらいだ、その弱さは推して知るべしだろう。だが勿論、低位の魔物だからといって油断すれば、隙を突かれてやられる……何てこともある。

 

低位の魔物が相手なのだから余裕だろう。そう考える者が居るが、やっている事は命の奪い合いである。隙の一つを晒すだけで戦況が変わると考えても大袈裟ではない。まあ、ここまで油断や隙の話をしたが、リュウデリアは問題ないだろう。隙一つで戦況が変わるのは、力に歴然とした差が無い時だ。世界最強の種族が今更低位の魔物にやられるなんて事があるだろうか。

 

否。否である。力とは強さであり、正義であり、真理である。力が無ければ何も貫くことは出来ない。護れない。語れない。世界は弱肉強食であり、残酷なまでに平等である。故にウルフは圧倒的強者であるリュウデリアの手によって狩られるのだ。そこに明確な理由は無い。ギルドのクエストボードに貼り出されていたから。それだけで狩られてしまうのだ。

 

 

 

「こんにちは、オリヴィアさん。使い魔さん……リュウちゃんもこんにちは」

 

「…………………はぁ」

 

「あぁ、こんにちはだな。早速だがこの依頼を受ける」

 

「はい。内容は……街の周囲で彷徨いているウルフ5匹の討伐ですね。ウルフは魔物の中でも低位ですが、油断の無いようにお願いしますね!」

 

「分かっている。これでやられたら笑い話にもならん」

 

「そうですよー。だから気を引き締めて!ですよ?……あっ、それとオリヴィアさんに昨日言おうとしていた事があったんでした!」

 

「うん?」

 

「……?」

 

 

 

恒例となりつつある受付嬢の引き留めに立ち止まる。ウルフの討伐はたったの5匹なので時間的には問題ない。それに言い忘れていた事というのは、本来昨日の時点で伝えようとしていた内容だ。恐らくオリヴィアとリュウデリアがギルドに顔を見せたら伝えようとしてくれていたのだろう。残念ながら昨日は、図書館に行ってそのまま帰ってしまったので、伝えそびれてしまったのだ。

 

来た道を引き返して受付嬢の元まで戻ると、受付嬢はある紙を一枚オリヴィアに手渡した。使い魔という体なので文字は読めなく、興味が無い……という風を装いながら、横目でオリヴィアが持つ紙に視線を落とす。そこには、2日後の明後日にこの街の領主が主催の使い魔による大会があるのだそうだ。

 

参加は自由。出場者は使い魔に限る。契約者が同伴する事は禁じられており、使い魔の近くに寄ったり、魔法による支援等をした場合は強制的に退場となる。対戦内容は使い魔によるバトル。但し、使い魔自身が魔法を使える場合は使用を許可する。優勝賞金は100万G。2位が10万G。3位が高級旅館の一泊二日券(5万G相当)の贈呈である。因みに、対戦相手を殺傷するのは厳禁。出場に伴った使い魔の負傷の責任は取らないので自己責任とする。

 

オリヴィアは最後まで読んで、受付嬢の言いたいことが解った。そしてリュウデリアもオリヴィアの肩の上で理解しつつ、受付嬢からは見えない方の口の端をヒクつかせた。確かにリュウデリアは使い魔だ。だが体である。そしてその正体は『殲滅龍』だ。人間が使役する使い魔がそんな『殲滅龍』に勝てるわけが無い。仮に勝てたとしたら、それは龍よりも明らかに強い別次元の生物だろう。

 

つまり、目を爛々と輝かせて出ましょう!という感情が漏れて出ている受付嬢の誘いのままに出れば、エントリーした瞬間優勝が決まる。出来レースも良いところだし、何よりリュウデリアの対戦相手になる使い魔がとても可哀想である。

 

 

 

「どうですか!?オリヴィアさんとリュウちゃんならば優勝出来ると思うんですっ!」

 

「いや……まあ面白そうではあるが……」

 

「……………………。」

 

 

 

珍しく歯切れが悪いオリヴィア。チラリと肩に乗るリュウちゃ……じゃなくリュウデリアの方を見る。どうしようかと悩んでいる様子だ。何せ出ると言うのは簡単だが、実際リングに上がって戦うのはリュウデリアである。しかも相手は雑魚ばかり。『英雄』クラスの使い魔が居ればそれはそれで出て良いと考えるのだろうが、そんな使い魔がこんな所に居るわけが無い。

 

賞金の100万Gだって、確かに貰えるなるば貰うに越したことは無い。大金だ。当然だろう。しかしそれを貰うには出来レースにリュウデリアを引っ張り出す必要がある。オリヴィアは勝手にそんなことをしたくない。というよりも、リュウデリアに変な負担を強いたくないのだ。ぶっちゃけ大会に出て負担になる相手が居たら居たで会ってみたいものだが。

 

 

 

「んんっ……エントリーして良いぞ」

 

「……?」

 

「理由はウルフを狩りながら話す」

 

「……!」

 

 

 

「うーん、優勝出来ると思うんだけどなぁ……」

 

「……その話だが、やはり出ようと思う」

 

「えっ、本当ですか!?」

 

「あぁ。私のリュウちゃんがどこまで通じるのか少し気になるし、何より折角奨励してくれたんだ、やってみても良いだろう」

 

「うふふっ、やった!私受付嬢ですからオリヴィアさんとリュウちゃんの活躍する姿を見てみたかったんです!」

 

「私は出ないがな」

 

「あっ、そうでした!」

 

「……………………。」

 

 

 

舌を出してうっかりしてましたと戯ける受付嬢を、リュウデリアは目を細めながら見つめ、興味が失せたようにそっぽを向いた。その後、オリヴィアが受付嬢から渡されたエントリー用紙に必要な事項を記入してエントリーは終了となった。明後日に開催されるというのに、今申し出ても間に合うのか?と、思ったが、受付嬢の計らいで特別に出場出来るようにしてくれるらしい。

 

元から出場させる気満々だったのだろうと、少ししてやられた気持ちになりながら、オリヴィアはリュウデリアを連れてギルドを後にした。因みに余談ではあるが、受付嬢とオリヴィアの会話を盗み聞きしていたギルドの者達は、早速オリヴィアの使い魔がどこまで行けるかという賭けを始めた。内容は優勝四割。2位が三割。3位が二割。対戦相手を殺して退場が一割だった。最後の賭けの内容は大穴過ぎる。それには受付嬢も苦笑いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ギャっ!?」

 

 

 

「3匹目。あと2匹は逃げ腰……と」

 

「全く、低位なのは百も承知だが……弱すぎる。所詮はEランクの討伐系クエストだな」

 

「お前からしてみればSSSランクと戦っても同じ事を言いそうだがな。しかし何故、使い魔の大会を出ることにしたんだ?正直な話、つまらんし見世物になるつもりは無い……と言って出場を断固拒否すると思ったんだが」

 

「その話をする前に、最初に言っておくが……決定打は俺の勘だ」

 

「……勘?」

 

 

 

ギルドを出てから街も出て、周囲を適当に散策していると、初めてのEランククエストで指定されているウルフ5匹が出て来た。家族なのか群れの仲間なのかは知らないが、散り散りになっていなくて助かったと思い、戦闘はリュウデリアに任せた。依然としてオリヴィアの肩の上に乗っているリュウデリアは、襲い掛かってくる前衛2匹のウルフを魔力操作で動きを止め、そのまま頭を捻じ切った。

 

続いてやって来る1匹のウルフには、地面から隆起させた土の棘で串刺しにして身動きを止め、出血死する前に頭を先の2匹と同じやり方で頭を捻じ切った。残った2匹は、仲間が3匹ともあっという間に殺されてしまった事に恐れて、精一杯の威嚇をしながらゆっくりと後退していった。

 

だが逃げることは出来ない。依頼はウルフ5匹の討伐である。それにリュウデリアを前にして逃げ果せる事などほぼ不可能と言っても良い。コイツらには勝てない。そう悟って逃げ出そうとするウルフ2匹だが、背後に土の壁が迫り出てきたことで失敗し、やるしか無い……と、覚悟を決めたはいいが、振り向く間も無く……ウルフの首は千切れた。

 

リュウデリアは殺したウルフの死体を別の空間に送り込んで確保し、話を進めることにした。オリヴィアもリュウデリアの説明を受けながら街へ向かって歩き出した。

 

 

 

「先日、龍の気配がしたと言っただろう?」

 

「言ったな。その後の事件はその龍が使った魔法の所為であるとも」

 

「そうだ。あれは確実に龍の仕業だ。だが腑に落ちない。龍ともあろう者が、あんな小さな事件を起こして満足し、はいお終い……で終わると思うか?俺は他の龍に会った事が無いが、これだけは言える……絶対に無い」

 

「では何故、事件を起こした龍はそれだけで終わらせたんだ?」

 

「これは推測だが、龍は既に俺達が居る街を標的にしている。そして頃合いを見て襲撃でも何でもするつもりなのだろう。先日の()()()()()は待ち遠しくて我慢ならず、つい手を出してしまた……という線ではないかと思っている」

 

「ふむ……勘だと言っていたのは……」

 

「その襲撃決行の日が使い魔の大会の日だと思った。完全に俺の勘だからな。信用しなくて良い」

 

 

 

長寿である龍としてはまだまだ若いリュウデリアの勘は、まだ信憑性が薄いだろうし、何より当たるかどうかも解らない。なんだったら龍が今後街にちょっかいを出してくることすら無く、アレは単なる気まぐれ……だという線だってあるのだ。故にリュウデリアは信じなくて良いと言ったのだが、オリヴィアはそんなリュウデリアを見てクスリと笑って頭を優しく撫でた。

 

信じない訳が無い。例えリュウデリアの言った勘と推測が間違っていたとしても、リュウデリアを信じたのは自身で、そこに後悔も何も無い。そして同時に躊躇いも無い。リュウデリアが言うのならば私は信じよう。頭を撫でながら見つめ、顔に浮かんでいる優しい微笑みが、言外に物語っていた。

 

オリヴィアからの信頼が伝わってくる。言葉にしなくても伝わってしまう位、無類の信頼性であった。リュウデリアはオリヴィアに撫でられて目を細めながら、もう一つだけ言っておきたい事があったので口を開いた。

 

 

 

「……なぁ」

 

「うん?どうした?」

 

「……いや、何でも無い。早く受付の女に報告して何か食おう」

 

「ふふっ。昼を食べたばかりだというのに、仕方ないな。いいぞ、ウルフ討伐の達成報酬で何か食べよう」

 

 

 

街へ戻っていくオリヴィアの横顔を少しだけ見つめてから、顔を伏せてしまうリュウデリア。彼は教えておこうと思った事があったのだが、オリヴィアの顔を見たら言う気になれなくなってしまった。言わなくてもそこまで支障は無いと思うし、言ったところで問題は無いとも思う。だが何故か言う気になれなかった。

 

二人は何時ものようにギルドへ戻って依頼が完遂した事を、ウルフ5匹の亡骸を見せると共に報告し、報酬を貰って出て行った。街を適当に回って食べ歩きをし、お馴染みの宿へと宿泊する。そして時間はあっという間に経ち、二日後の日となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はエントリーした、領主主催による使い魔の武闘大会が開かれる日である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二十一話  事件の始まり






 

 

 

「──────やって参りましたァッ!!今年の使い魔武闘大会の始まりだァッ!!」

 

「対戦相手はトーナメント式で当たります。今回の選手数は33!昨年よりもちょっと少ないですねー」

 

「ですが盛り上がりますよー!なんせ今回は前回優勝者がエントリーしてますからね!しかも特別シード枠で!」

 

「えー、それはアリなんですかー?」

 

「面白そうだからアリ!」

 

「あらー」

 

 

 

年に一回だけ開催される使い魔による武闘大会。正直な話になるが、使い魔を使役する魔物使いを役職にしている者達というのは、それ程多いわけでは無い。使役するのが魔物というだけで奇異とされてしまったり、襲われるのではないか、制御出来ないのではないか、という一般人の心配も少なくはない。

 

信頼関係を築いた上での契約を行うので基本は安全である。余程のことが無い限りは暴れたりしない。だがそれを知識の無い者に言っても詮無き事だろう。一般人から受けが悪いという面もありつつ、使い魔は生きているので一緒に生活する上で、どうしても金という面でのコストが掛かってくる。

 

怪我をすれば治療費が掛かり、仕事の最中ならば回復薬などの消耗品を使って代金が嵩むし、日常生活を共に送るのだから食品なども考慮しなくてはならない。宿によっては使い魔の同伴お断りと定められている所もある。防御面を考えるならば装備も付けたりするし、武器を装備させたりもある。

 

そういう面倒な事が多かったりするので、大体の人は魔物使い等の使い魔を相棒とする役職よりも、剣士や双剣使い、槍使い等の魔物と直接戦う職に手を出すのだ。まあ、役職とは言ったが、大剣使いなのだから大剣だけを使え……なんて事は無い。別に大剣を使いながら槍だって使っても良いのだが、複数使えばどっちつかずになってしまったりするので、基本は武器を一つに絞って鍛えるのだ。

 

話が逸れたが要するに、使い魔を使役する魔物使いの数は思っているよりも少ないということだ。だが魔物使いが少なくなっていく傾向にあるからこそ、皆の前で使い魔が雄々しく戦い、相棒との絆を見ることが出来る、この様な催し物を開催したりするところもあったりする。

 

 

 

「少しこの場を借りて、領主であり主催者でもあるコレアン氏にお礼の言葉を贈りたいと思いまァす!いやー、今回も盛り上がっていきますよー。それは全てコレアン氏のお陰です。本当にありがとうございます!」

 

「いえいえ。私は唯、魔物使いの方と使い魔の友情や絆を他の人にも見て貰いたい一心で開いているのです。そんな感謝は私には勿体ない。それでもと言うのでしたら、どうか皆様の声援で選手達を励まし、鼓舞してあげて下さい」

 

「コレアン氏、良い言葉をありがとうございました。では切り替えまして……いよいよ1回戦目が始まるぞォーッ!1回戦目は、メイラ選手の使い魔マックーVSナハタ選手の使い魔イエロー!ルールは簡単。リングの上から落ちたら負け!戦闘不能になっても負け!勝負が見えてこなくなったら審判の判定によって勝者を決めるぞ!じゃあ準備はいいか!?1回戦目……初めッ!!」

 

 

 

「頑張って!マックー!」

 

「勝てよ!イエロー!」

 

 

 

マックーと呼ばれた茶色い犬のような姿の魔物と、黄色い蛇のような姿の魔物が、リングと呼ばれる正四角形の舞台の上で戦いの火蓋を切った。魔物とは基本人の生活を脅かし、人を襲ったりする生物で、その特徴は体内に魔力を持っていること。普通の動物は魔力を持っておらず、犬の見た目をしていても、体内に魔力を内包していれば、それは魔物という括りになる。

 

魔物の中でも低位として有名なゴブリンやウルフ等も魔力は内包しており、魔力を多く持って生まれてくれば魔力を使って戦ったりもする。低位の魔物は基本的に魔力をごく僅かにしか持って生まれてこない。だが進化をして新たな存在へと昇華された場合は、体内に内包している魔力が多くなり、魔法を使用したりする。

 

魔法を使った戦闘をし始めるのは、主に中位の魔物だ。中には戦いに生き残って魔力の使い方を覚え、全身を魔力で覆って強さを増強するような、賢い魔物も居る。因みに、龍も体内に魔力を内包しているので、括りとしては魔物なのだが、魔物というと他の存在と一緒にしてしまい、怖ろしさが伝わらなくなってしまったりした挙げ句、自身なら勝てるという根拠の無い自信で挑み、命を散らしたり、村や街に飛び火して龍の怒りを買ったりしてしまった事例があるので、龍を見て魔物だ……という者は殆ど居ない。

 

圧倒的強さで括りが別のものになっているので、龍は魔物ではなく、龍として扱われる。これを聞いて龍だけ贔屓だという者も居ない。何故ならば納得するからだ。強さが別次元なのは周知の事実。それは世界の共通認識にまで発展している。龍が持つ、力によって。

 

 

 

「──────おぉっと!マックーが場外ッ!試合はそこまで!勝者はイエロー!では皆様、素晴らしい試合を見せてくれた両者と、その使い魔達に盛大な拍手をお贈り下さい。絆を育んできたからこその、今の戦い。私、見ていて胸が打たれますっ!」

 

 

 

「頑張ったなマックー!」

 

「お疲れさまーイエロー!次も期待してるぞー!」

 

「マックー可愛いぞー!そしてカッコ良かったぞー!」

 

「イエローはマジでイエローで目に痛いぜ!!」

 

「最初の試合から熱い試合ありがとよー!!」

 

「マックー、お疲れ様。また一緒に強くなりましょうね」

 

「イエロー良くやった!次もあるからゆっくり休めよ」

 

 

 

両者の使い魔による試合は熱い戦いだった。リングの街の広場に設置され、周りに集まって誰でも見れるようになっている。年に一度開催されている催し物なので、出場者が30数人しか居なくとも、周りには近くで見たくても前に行けないくらいの人が集まっている。そうなると後ろの方に追いやられてしまった人が見えないと思われるが、別の場所に設置された映像を映し出す魔水晶が後ろには設置されている。

 

生で見る事は叶わないが、それでも試合をはっきりと見る事は出来る。見えないならば見なくて良いか、という考えに至る者も少なくはないので、その処置として魔水晶が設置されているのだ。これは領主からの計らいで、是非とも使い魔の勇姿を見届けて欲しいとのことだった。

 

その後も試合は続いていき、オリヴィアとリュウデリアの番がやって来た。人が集まっている場所での素顔の披露はある意味で危険が伴う為、フードを確りと被っている。この日はオリヴィアが出る大会。つまるところ、賭けの内容が解る日である。賭けとは何の話か?それはギルドの者達がオリヴィアとリュウデリアがどこまで勝ち進むかという話である。

 

ある者はお小遣いを、ある者は臍繰りを、ある者は今月の生活費をベットした賭けが今始まろうとしている。なのでこの場には、この街の冒険者もやって来て応援の声を掛けていた。それら全ての声を無視し、オリヴィアはリュウデリアを肩に乗せたままリングの外側にやって来て、リュウデリアにリングへ降りろというジェスチャーをした。

 

指示に従いリングへ降り、蜥蜴の類の使い魔らしく4足歩行でゆっくりとリングの中央に歩くその姿は従順な使い魔の姿に他ならない。人間より賢い頭脳をも持つだけ、演技も中々である。オリヴィアが魔物使いとして確りと使い魔の手綱を握っているということを、暗に示しているのだ。そして栄えあるリュウデリアの最初の対戦者は、梟に似た姿の魔物だった。

 

どちらも翼を持っていて空を飛ぶことが出来る。そういう場合は、最初から最後まで空へ飛んで不平等な戦いにならないよう、飛べる時間は30秒で、降りてからは3分間飛んではならない事になっている。インターバル中に飛んだ場合は、イエローカードを出し、二回で退場となる。

 

 

 

「次の試合ッ!!カハラ選手の使い魔ヘイリーVSオリヴィア選手の使い魔リュウによる試合です!空を飛んだ場合によるルールは抑えているかッ!?準備は良いかッ!?ではいくぞッ!試合……開始ッ!!」

 

 

 

「…………………。」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

審判による開始の合図が為された。試合は始まり、気合い十分だった梟に似た姿をした使い魔ヘイリーは、先手必勝と言わんばかりにリュウデリアへ向けて駆け出そうとした。相棒であるカハラと事前に打ち合わせをしていたのだ。試合が始まったら直ぐに突っ込んでいけ……と。反撃の機会を与えるなと。

 

長年やって来た相棒だからこそ、相棒の言っている事を理解した。本来対戦相手のカハラとヘイリーはその実力から、いい線まで行くのだろう。それだけの経験と絆が育まれているのだろう。だが相手が悪かった。悪すぎた。ヘイリーは一歩踏み出そうとした足がリングに吸い付いているが如く動かない事に驚愕し、前に居るリュウデリアを見る。依然として開始前と同じ姿。だがその背後に、途轍もなく巨大で強大な何かを見た。そして感じた。リュウデリアから送られてくる言葉を。

 

 

 

『──────棄権しろ。然もなくばこの場で殺し、貴様の死肉を貪り喰らう』

 

 

 

──────勘違いである。

 

 

 

実際リュウデリアはヘイリーが思っている事を思い浮かべてすらいない。正しくはこうである。

 

 

 

『さて……殺すのは拙い。ならば適当に掴んで場外にでも出すか。その方が楽だ』

 

 

 

で、ある。思っている事は平和的解決なのだが、無意識の内に絶望的な迄の強者の風格と覇気が滲み出て、ヘイリーを威圧していた。そんなつもりが無くても、ヘイリーはこれ以上前に立つならば問答無用でぶち殺す……と、言われているように捉えたのだ。ヘイリーの立派な羽根が精神的ストレスによって全て抜け落ちそうになる。

 

このままでは拙い。殺される。喰われる。それだけが頭の中を支配し、ヘイリーの体は恐怖に埋め尽くされた脳内に従うように後退していき、何時しかヘイリーは自身の足で場外へと出ていた。呆気に取られる観戦者達。これまで幾つもの熱い戦いがあったので、今度の試合もそうだろうと思ったのだが、内容は自らの場外。開始の合図から10秒程度の出来事だった。

 

 

 

「えーっと、ヘイリー場外のため、リュウの勝利です!正直、何が起きたのかは解りませんが……ルールはルールなのであしからず!」

 

 

 

「あれ!?ヘイリーっ!?」

 

「ありゃりゃ、どーしたんかね」

 

「さあ?具合でも悪くなったんじゃね?」

 

「あのリュウって使い魔、フォルムがカッコイイな」

 

「リュウちゃん可愛いーー!!」

 

「リュウちゃんこっち見てーー!!」

 

 

 

「お疲れ様。早かったな?私は何もしていないように見えたんだが、何をしたんだ?」

 

「……何も……全く何もしていない。あの使い魔が勝手に怯えて後ろへ下がっていった。それだけだ」

 

「……まあ兎も角、お疲れ様。次の試合を待とうか」

 

「……うむ」

 

 

 

出れば勝ちが確定するどころか、攻防すらも起こりえない状況になるとは誰が予想しただろうか。リュウデリアとて、相手の使い魔は怯えこそすれど、我武者羅にだったり悪足掻きだったりで向かって来るとは思っていたが、まさかの自主的な場外である。これには主催者である領主の男性も苦笑いだ。

 

その後にも当然2回戦目も始まるのだが、他が熱い戦いを見せていても、いざリュウデリアの番になると、突然相手の使い魔が逃げ出してしまうのだ。拍子抜けも良いところであり、何時まで経ってもリュウデリアは戦いのたの字も無い。これまでリュウデリアがやって来た事と言えば、オリヴィアの肩から降りてリングの中央に向かっただけ。それしかしていない。

 

2回戦目から大方察した観戦者達は、一様にリュウデリアの相手が逃げるか逃げないかの二択で戦いを見極めようとしている。誠に遺憾である。自身の使い魔ならば逃げたりしない!そう意気込んでいざ始まると、使い魔は怯えながらリングの外へと出てしまう。リュウデリアは何もやっていない。面白いぐらいに何もやっていないのだ。

 

結局トーナメントは5回勝ってしまい、観客からやっぱりな……という呆れの視線を受けて、青筋を立てながらリングへ上がるリュウデリア。何もしないまま決勝まで来てしまった。果たして、これまでの使い魔の武闘大会で、ここまでつまらない一方的な決勝戦進出者が居ただろうか?いや居ない。

 

決勝戦の相手は、明らかに不平等に感じるシード枠の前回優勝者であった。何もしないまま決勝戦に躍り出たのは相手も同じ。本来ならばこれまでの戦いの所為で負った怪我や疲労を蓄積しながら、前回優勝者に勝たなくてはならないという、結構な鬼畜仕様なのだが、今回の対戦相手は無傷の疲れ無しである。だがそれでも、前回優勝者の男性の表情に焦りは無い。

 

 

 

「いよいよをもちましてェ!決勝戦が開始されますゥ!選手は、前回優勝者にして特別シード枠を獲得していたバンナ選手と使い魔キング!対するはオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!一睨みで全ての対戦者を脱落させた猛者が今!前回優勝者に鋭い牙を剥くゥっ!!前回優勝者はその牙に食い千切られてしまうのか!?または返り討ちで食い千切るのか!?勝負は如何に!?さぁ刮目して見よ!試合……開始ィッ!!」

 

 

 

「よっしゃ!お前の力を見せ付けてやれ……キングッ!」

 

「殺すなよ、リュウちゃん」

 

 

 

「……──────ッ!!」

 

「……サイズの規定を入れた方が良いんじゃ無いか?」

 

 

 

誰にも聞こえない声でぼそりと呟き、溜め息を溢すリュウデリア。何を見てそう言ったのか、それは対戦者の使い魔の大きさにある。リュウデリアの決勝戦の対戦者、前回優勝者の相棒というのは、低位の魔物で代表格として取り上げられやすいスライムだった。だがこのスライム……大きい。とても大きい。

 

本当のスライムは小さく、10歳の子供でも余裕で見下ろせる大きさでしかない筈のスライムがなんと、8メートル四方の大きめなリングの半分を占領している大きさをしているのだ。圧巻も圧巻である。普通に成人男性よりも大きいそのスライム、前回大会で余裕の勝利を収めた。まあ当然なのだろう。リングの半分は取られて使えないのだから。

 

巨大なスライムが寄ってくるだけで場外へ押し出される。空を飛んで凌いでも時間制限がある上に、スライムは粘液体質なのでリングを覆い尽くして広がれば着地と同時に詰む。卑怯と言わずして何とするスライムだった。だが何度も言うが相手が悪かった。普通の使い魔が相手ならば2連続優勝だったろうに。試合開始の合図と共に、津波の如く押し寄せるスライムへ、リュウデリアは初めて動いた。

 

 

 

 

 

「範囲縮小──────『廃棄されし凍結雹域(ルミゥル・コウェンヘン)』」

 

 

 

 

 

「────────────ッ!?」

 

 

 

リングの上は純黒に凍り付いた。急激に凍結された大気は何も無い所から異常な色の純黒な雹を降らせ、巨大なスライムであるキングの体は忽ち純黒に凍てついている。動かないのではなく、動けない。範囲はリングだけになるように精密な調整をしているので観客にその凍結の魔の手が差し伸べられる事は無い。だが、須く全ての観客は声を失った。

 

失礼ながら不正でもしているのではないのか……と、疑ってもいた観客だったが、その意見は瞬く間に覆された。どうやらリュウデリアの前から逃げた使い魔達は、我々よりも危機管理能力が長けているらしい。こんな事を易々とやってのける使い魔だと全く解らなかった。

 

魔法に耐性のあるリングの床が無理矢理凍らされたことによって罅が入り、今にも割れ砕けそうだ。スライムのキングも全身が凍っていて生きているのかすらも怪しい。観客は開いた口が塞がらないといった表情をし、一人だけ……対戦相手を殺した事による場外で賭に勝った!と、少々早計だか内心踊り狂っているギルドの男が居る。

 

呆気に取られていた審判が急いでキングの生存を確認する。だがスライムなので生存確認の仕様が無い。そこで審判はキングの相棒であり契約書のバンナに契約が切れているのかの確認を取った。同じく呆気に取られていたバンナだったが、キングとの使い魔のパスが繋がっているのを確認して、審判に申し出た。内心踊り狂っていたギルドの男は両膝を付いた。

 

判定は、キングを戦闘続行不可能と見なし、リュウデリアの勝利となった。反対の者は居ない。ケチのつけようの無いくらいの圧勝である。

 

 

 

「いやすんげー……ハッ!?んんっ!優勝はオリヴィア選手と使い魔リュウッ!!ここに新たな優勝者が生まれたァ──────ッ!!では、表彰に移りますので、優勝者のオリヴィアさんと使い魔のリュウ。2位のバンナさんと使い魔のキング……はその間に解かしますか。3位のシリンダさんと使い魔のバルは壇上に上がって下さい!領主のコレアン氏から直々に賞品とメダルが授与されます!」

 

 

 

「キング……俺のキングぅ……」

 

「1位、2位、3位でそれぞれ壁ありすぎじゃね……?」

 

 

 

「あの魔法は普通にやって解けるのか?」

 

「無理だな。俺の魔力(純黒)だぞ?寧ろ解ける奴が居るなら会ってみたい」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「今遠隔で解いている。あのスライムも死にもせんし後遺症も無い。加減に加減を重ねたからな」

 

「成る程な。了解した」

 

 

 

3位の男は準決勝まで勝ち上がった、魔物のウルフから進化したハイウルフを使役するシリンダという男だ。そして2位のバンナも壇上に上がり、オリヴィアも上がった。肩にはリュウデリアが乗っている。壇上に上がった3人に、観客は総じて拍手を贈った。素晴らしい戦いであったと。魔物を使役する魔物使いも凄いのだと。

 

負けても笑い合い、次頑張ろうと励まし合う姿に胸を打たれた。試合に勝って共に嬉しがり、抱き締め合う魔物使いと使い魔には心温まるものがあった。それを見せてくれた選手達全員に万感を籠めた拍手を贈った。

 

この街の領主をしている40代程の男性がやって来るまで拍手が続き、3位から順番にメダルと賞品を手渡していく。オリヴィアも金のメダルと賞金が入った包みを渡され、領主が優勝おめでとうと言いながら握手の為に手を差し伸ばした時だった。観客の中から……絶叫があがった。

 

 

 

 

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 

 

「や、やめろっ……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「なんだコイツ!!何しやがる!!」

 

「誰か助けてくれぇ……っ!!」

 

 

 

「な、なんだ!?何が起きている!?」

 

「ひ、人が人を襲ってる!?」

 

「あ……おいコラ!やめろ!!」

 

「マックー!座りなさい!!」

 

 

 

一体何が起きたというのか。今まで静かにメダルと賞品の授与式を見守っていた筈の観客が騒ぎ出した。だがあがるのは絶叫だ。痛みに悶える叫び声。砂漠で乾いた喉を潤す為に水を求める干涸らびかけた人間があげるような呻き声。その正体は、二日前に女性を襲った男性の状態と同じ症状が出た観客と、今まで静かにしていた使い魔の魔物だった。

 

目を充血させ、唾液を滝のように垂れ流し、近くに居る人間に襲い掛かって噛み付き、肉を引き千切る。使い魔達だけならば、結局魔物は魔物だと言えるのだろうが、暴れている者の中の大半は人間である。一体どうしてしまったというのか。事態の急変は本当に唐突だった。予兆すら無かった。故に異変に気付く暇も無かった。

 

領主の男性が阿鼻叫喚になりつつある広場にどうしたら良いのかオロオロとしている一方、2位と3位の男達は、暴れ出してしまった使い魔を止めようと必死である。幸い人を襲うような状態にはなっていないらしい。そしてオリヴィアとリュウデリアは、やはりこうなったかという顔をしていた。

 

 

 

「勘は正しかったようだな」

 

「あぁ。そして最初に人を襲い始める直前で、あの龍の気配がした。早業だ。瞬きをするような刹那でこれだけの者達の生体電流を弄った。そして……あの騒ぎの中で唯一棒立ちで居ても、何も被害を受けないどころか、驚いていない奴が一人」

 

「……先日、お前が言おうとしていたのは……これのことだったのか?」

 

「……そうだ。察しが早いな」

 

「はは。これでも驚いているんだぞ?まあ……失望が大半だがな。なぁ……実行犯とは別にこの騒ぎを引き起こす計画を立てたであろう首謀者」

 

 

 

オリヴィアはリュウデリアを伴って壇上から飛び降りて歩み出した。人が人を襲い、魔物が人を襲う、騒ぎと混乱の中で唯一観客の中に混じっていて被害を一切浴びていないどころか、焦りも恐怖も驚きすらもせず、表情一つ変えること無くその場に佇み続けた存在。隠れる気が更々無い、堂々としたこの騒ぎの犯人。

 

 

 

 

 

「何故こんな事をした──────受付嬢」

 

 

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

そこに立って佇んでいたのは、オリヴィアとリュウデリアがこの街にやって来て、冒険者登録をした日から、何かしらで世話になった受付嬢の女性だった。何時もオリヴィア達がやって来ると笑顔で迎えてくれた、笑顔の似合う優しく優秀な受付嬢。だがそんな彼女は、今までの浮かべてくれた笑みは何だったのかと言いたくなる、能面のような表情をして、前に立ったオリヴィアとリュウデリアを見つめていた。

 

受付嬢の瞳は黒く、暗く、濁り腐っていた。何も信じていないような、信じることを諦めて復讐を誓った亡者のような、そんな……人が浮かべるべきではない暗い瞳が物語っていた。犯人は……この騒動を起こしたのは、紛れもなく私なのだと。

 

 

 

「全く。計画通りならばお前達も()()魔法の餌食となっている筈だというのに、どうやって防いだ?いや、そもそもその落ち着きよう……お前、ある程度予想していたな?……やはり、やはりお前は障害になると思っていたぞ」

 

「防いだ手立てをむざむざ()()教えると思うのか?まさかだろう。お前は優秀だと思っていたが、過大評価だったようだ。これで判明したな……貴様は愚劣極まる愚か者だ」

 

「……例の龍も動き出した。俺の相手は彼奴だな。ふは……態々事が起きると解っていて首を突っ込んだ甲斐が有れば良いがなァ?」

 

 

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!!」

 

 

 

 

 

騒ぎの犯人は早々に分かり、実行犯だろう龍も現れた。オリヴィアは鋭い視線を受付嬢へ送り、リュウデリアは空を飛ぶ龍を見ながら口の端を吊り上げ、あくどい笑みを浮かべて嗤った。

 

 

 

 

 

 

この街はどうなってしまうのか。人々はどうなるのか。受付嬢や龍は何の目的が有ったのか。だがリュウデリアはその悉くがどうでもいい。狙うは龍。初めて邂逅する同族の、その持ちうる力にしか興味が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二十二話  過去の吐露







 

 

4年前のあの日……外は身も凍るような寒さの時期になっていた。雪は降らず、積もらずでいつも通りの景色。だが気温はとても低い日だった。冬。一年の中で最も気温が下がり湿度も下がる季節。薄着で外に出れば、針に刺された如く皮膚が痛み、指先の感覚を奪っていく。そんな季節の寒空の下、一人の女が大事に赤ん坊を抱いて歩いていた。

 

女……リリアーナは18の時、2年交際していた4つ上の彼と結婚した。幸せだった。始まりはベンチに腰掛けて読んでいた本を忘れてしまい、焦って戻ってみると彼が居た。持ち主であると告げると、安心したように笑って手渡してくれた。最初の印象はとても優しい雰囲気で笑うんだな、きっと心も清くて優しい人なのだろうと、そんな漠然としたものだった。

 

それからはとんとん拍子に事が進んでいった。大事な本を持っていてくれた彼にお礼としてご飯をご馳走し、食べながら色んな事を話している内に、彼も本を読むんだという事が解った。今読んでいる本はあるのか。好きなジャンルは。誰が書いた本をよく読むのか。どの位の頻度で読むのか。語りあっていたらすっかり時間を忘れていた。それくらい楽しくて充実していた。

 

オススメの面白い本がある。そう切り出して二人で図書館に行った。各々面白いと思った本を互いに貸して、それを読む。あまり父親以外の年上の男性と話したことの無いリリアーナにとって、彼の存在はとても頭に残るものだった。そしてそんな彼が、優しそうに笑っていた彼が真剣な表情で本を読む姿に、リリアーナの心臓は早鐘を打って熱くなり、その熱は顔にまで登った。

 

何時の間にか好き合っていた二人は、両想いという形で交際を開始した。初めての交際で何をして良いのか解らなかったリリアーナを、年上としてリードしてくれてデートをした。唇を合わせ、肌を重ねて交わり、恋人らしい関係を良好に続けていた。

 

両親が料理店を営んでいたリリアーナは、日々店の手伝いをしていた。一方の彼は街の医者をしている。互いに仕事があったが、それでも会える日を楽しみにしていれば、時間の経過なんてあっという間だった。そうして2年の月日が流れ、二人は結婚した。彼の優しさや、真剣に心からリリアーナを愛していることを知っていたリリアーナの両親は、直ぐに二人の結婚を認めて祝福した。

 

幸せな結婚生活を送っていた二人は、これ以上の幸せがあるだろうかと思うほど幸せだった。愛し合う二人は仲の良い夫婦だ。そしてそこへ、幸せの絶頂を味わっている二人へ幸福が訪れる。二人は子宝にも恵まれたのだ。

 

夫婦として営みをしていた二人の間に子供が出来た。悪阻が起きてトイレに駆け込み、その症状はお腹に新たな命が宿った証拠だと、妊娠したんだよと涙ぐむ母親に言われて初めて、リリアーナは自身が母親になるのだと理解した。彼もリリアーナから妊娠を告げられた時には驚き、そして幸せそうに、あの頃から変わらない優しい笑みを浮かべた。

 

それから1年後。リリアーナは元気な女の子を産んだ。父親と母親になった彼とリリアーナは泣きながら我が子を抱き締め、幸せにしてあげようと二人で固く誓った。赤ん坊の夜泣き等に四苦八苦しながら、これからこの子がどんな風に成長するのか、楽しみだった。

 

そして二人はある計画を立てた。結婚をしてから新婚旅行を行っていないので、赤ん坊が産まれた事だし、この際だから少し景色を見て回ってみようと。まだ赤ん坊は小さいのでそこまでの遠出はせず、家族で回れるような近場の綺麗な景色を見に行こうという話になったのだ。リリアーナは賛成した。決して街の光景が綺麗ではないという訳では無い。唯純粋に赤ん坊に綺麗な景色を見せてあげたかったのだ。

 

物心もついていない赤ん坊に見せても、どう美しいのか理解出来ないだろうし、忘れてしまう事だろう。だが思い出が作れる。二人は赤ん坊が大きくなったら、こんな所に行って景色を見て来たんだよと、語り聞かせてあげようと思った。

 

計画が採用された彼は日取りを決め、プチ旅行の日の仕事を有給にして休んだ。上司からも家族サービスをしてやれと言われたらしい。それから家族で寝泊まり出来て、尚且つ荷物を沢山持っていけるように馬車と馬を借り、街を出発した。そしてリリアーナは後に後悔したのだ。街の周りには魔物が出たりするというのに、家族だけで出掛けてしまったことを。

 

 

 

『逃げろ……っ!』

 

『ぁ…ぁ……あ………■■■さんっ!!』

 

『うわぁんっ!!うわぁぁんっ!!』

 

 

 

赤ん坊と彼とリリアーナの乗っていた馬車が、魔物のウルフに襲われた。走っている所を草むらから襲い掛かってきて、突然の襲撃に興奮した馬が制御不能となる。手綱を握って操作しようにも、馬は全く指示に従わず、闇雲に走っていく。只管全速力で走る馬に、凸凹道の所為で跳ねて震動を与えてくる馬車。リリアーナは揺れる馬車の中で赤ん坊を抱いて身を丸め、何かあった時のために備えていた。

 

そして、馬が追い付いてきたウルフに引っ掻かれ、痛みで混乱したまま走った所為で大きく横へ曲がった。だが馬の全速力で引かれた馬車が、そんな急に曲がりきれる筈も無く、馬車は横転。馬は馬車に繋ぐための拘束具を破壊して走り去ってしまった。

 

逃げる馬より倒れている人間を狙う。そこにご馳走が有るのに、狙わない理由が無いウルフ達は、地面に投げ出されたリリアーナ達にゆっくりと忍び寄る。唸り声をあげて涎を垂らしながら躙り寄って来るウルフに本能的恐怖を感じ、伝染したかのように赤ん坊が泣き叫ぶ。

 

襲い掛かってきたウルフは二匹。一匹ずつ襲い掛かってきたらリリアーナ達も食われ、折角産まれた大事な赤ん坊までもが、ウルフの餌食となってしまう。頭から血を流し、所々の服が破けて血が滲んでいるリリアーナが腕に抱き付いて震えている。彼はその時決心した。二人は、二人だけは絶対に逃がして見せる……と。

 

彼は手元にあった石を幾つか持って立ち上がり、ウルフに向かって投げ付けた。彼が投げた石が頭や体に当たったウルフは牙を剥き出しにし、怒りの感情を孕んだ唸り声を上げた。完全に標的を彼へ固定したのを見計らって、彼はそこから駆け出した。一匹のウルフが追い掛け、もう一匹はリリアーナ達を狙おうとしている。そこへまた石を投げ付けて注意を引き付ける。すると、今度は確りと二匹の意識を自身に向けることが出来た。

 

リリアーナは最初呆然としていたが、彼が何をしようとしているのかを悟り、泣きながら彼の名を呼んだ。だが返ってきたのは走ってこの場から逃げろという言葉だった。愛している夫が引き付け役となって走っている。ウルフに追い掛けられている彼の背中が涙でぼやけて滲む。嫌だ、一緒に逃げたい。死なないで。置いて行かないで。そう言って手を伸ばした時、彼は遠くでウルフに捕まった。

 

群がられて噛み付かれ、引き裂かれ、肉を食い千切られている。血飛沫が舞い、絶叫の声を上げる中、彼はまだ動けないリリアーナに向けて走って逃げろと、最後の言葉を送った。最早どう見ても助かる可能性は無い。リリアーナは涙を流して嗚咽を漏らしながら必死に駆け出した。赤ん坊が泣いているが、泣き止ます事は今出来ない。兎に角走って走って走り続けた。

 

兎に角走り続けたリリアーナは、気付いたら平原に居た。愛する夫がウルフを引き付けて食べられて死んだ事によるショックで、走っている最中の記憶が無い。帰るべき方角も分からない。お金は馬車に置いてあったし食料もそうだ。そして所々には傷があり、寒い時期だというのに服が千切れて寒い風を通してしまう。絶望的な現状に打ち拉がれていると、赤ん坊が自身の頬に触れた。慰めてくれていると感じたリリアーナは、膝を付いて赤ん坊を抱き締めてまた泣いた。

 

 

 

「食べもの……水……それにさむい……」

 

「あー……………あー」

 

 

 

馬が出鱈目な方向へ全速力で走って、更には自身も全速力で適当な所を走ってしまっている。帰る方向が分からず、取り敢えず思い付いた方向へ向かって歩き出してから優に5日が経過してしまった。元々馬車と馬を使って4日は移動して景色を見たりしていたリリアーナ達であった。馬の足でそれ程の場所まで来ているのに、赤ん坊を連れた、あまり体力に自信の無い女が歩って同じ日数で着くわけも無い。更に方向が合ってるとは限らないのだ。

 

不幸中の幸いと言えば、この5日間魔物と遭遇しなかった事か。剣なんて振った事も無ければ、そもそも武器を持っていないリリアーナは丸腰も同然。況してや赤ん坊を抱えている今ならば激しく動くことも出来ない。精々走るのがやっとだ。故に魔物に会えば襲われて食われるのも時間の問題だ。

 

だが、まだ見えぬ魔物よりも現状で肝心なのが、食料不足と水分不足。そして寒さを凌ぐための手段が無いことである。何もかもを馬車に置いてきて、着ている服は所々が破れ、土も付着していて見窄らしい格好。更には赤ん坊の為に上着を脱いで赤ん坊を包んでいるので自身は更に寒くなる。

 

赤ん坊は絶対に守る。そう意気込んで5日、赤ん坊が高熱を出してしまった。赤ん坊が出すには高すぎる熱。意識を朦朧とさせているのか、呼んでも定まらない視線。熱く荒い吐息。常に寒い風に当たってしまい、風邪を引いてしまって熱が出たのだ。このままでは命の危険がある。それは素人目にも分かってしまった。しかし医者は居ない。治す薬も無ければ落ち着ける場所も無い。もう、どこか人が居る所を見つけて保護してもらうしかないのだ。

 

見付けられるだろうか。この5日間歩き続けて見つけられなかった人の居る所を。陽がすっかり沈んで辺りが暗くなった時間帯、リリアーナは少しだが登り坂になっている平原を登って下を見下ろすと、あれほど望んでいた人の居る所……街が少し遠いが見えた。夜だから光をつけている煌びやかな光景を作り出す街が見えた。見つけられた。リリアーナは空腹感や肉体的疲労、精神的疲労をものともせず走り出し、街へ辿り着いた。

 

 

 

『入場料の5000Gが払えない?──────ならば通すわけにはいかないな』

 

 

 

そしてやっとの思いで辿り着いた先で言われたのは、この言葉だった。唖然とした。まさか、まさか街へ入るための入場料が払えないというだけで、通してもらえないなんて。門番の目は、外の気温と同じように冷たいものだった。言っても通じない類の人だと思ったが、それでも諦めずリリアーナは中へ入れてもらえるように頼み込んだ。

 

だが門番は首を縦に振らなかった。リリアーナは今一文無しである。服装はこの寒い時期にも拘わらず薄着、それに汚れが目立って見窄らしい。赤ん坊を抱えているが、入場料を払わなければ通すことは出来ない。そう説明しているのにリリアーナは頭を下げて頼み込み、諦める様子がまるで感じられない。

 

門番も段々と面倒になってきたと感じた頃、門番は背後からどうしたと声を掛けられた。振り返って敬礼をする。背後から声を掛けてきた人物は、偶々夜の街の見回りを自主的にやっていたこの街の両親であるコレアンという男だった。門番は内心助かったと思い、門番の畏まった態度から、コレアンが領主だということに気が付いたリリアーナは、コレアンに頭を下げて願い出た。この街に入れて欲しいと。この子の事を診てあげて欲しいと。

 

 

 

『何だ、入場料も払えん奴が何を言っている?入りたくば入場料を払え。そのガキを診て欲しいならば料金を払え。常識だろう。他の者達は全員払っている。お前だけ特別扱いなんぞしないからな』

 

『で、でも……この子は高熱を出していてっ……お願いします!どうか、どうかこの子だけでも……っ!』

 

『ダメだ──────この街に入りたいならば入場料を払え!払えないならば別の所へ行け!ここはお前のような貧乏人が入っていい街じゃないんだよ!!』

 

『ま、待って!待って!!お願い…!お願い……しますからぁ……!!ぁあああああああああああああ……っ!!』

 

 

 

門を閉じられ、強制的に閉め出されてしまった。リリアーナは門を叩いて叫ぶ。どうか入れて欲しい。この子を助けて欲しい。しかしその言葉は、無情にも聞き届けてはくれなかった。リリアーナはもう開けて貰えないのだと悟り、枯れたと思うほど出した涙を流して街を後にした。

 

その後、リリアーナは朝日が昇るまで歩いていた。茫然自失となって歩き続けていた。一睡もせず、休みもせず。下を見ながら歩いていると、馬車が近付いてきた。こんな寒い時期にどうしてそんな格好をしているのか、何故歩いているのか。そう聞かれるが、上手く答えられない。そして搾り出すように、リリアーナは旅行中に魔物に襲われ、夫が食われて亡くなってしまったことをどうにか話した。

 

馬車に乗っていたのは、商人見習いのケイトという男性だった。ケイトはリリアーナの話を聞いて不憫だと思い、リリアーナの故郷へ連れて行ってあげる事にした。リリアーナは静かに涙を流してありがとう、ありがとうとお礼を言った。

 

馬車の周りには数人の雇われの冒険者が居て、見窄らしい姿のリリアーナを見て眉を顰めるが、大変な目に遭ったのだからそういう扱いをするわけにはいかないと、余っている服や食糧を提供した。リリアーナは疲労が浮かぶ顔で出来るだけ微笑み、抱いている赤ん坊の頬を撫でた。

 

 

 

全く動かず起きない、氷のように冷たくなった赤ん坊の頬を、ずっと……家に着くまでずっと撫で続けたのだ。

 

 

 

その後、送り届けられたリリアーナは、何時まで経っても帰ってこないリリアーナを心配していた両親に思い切り抱き締められた。そして事の経緯を詳細に話した。もう彼は魔物に襲われて死んでしまったこと。此処まで来れたのは奇蹟に近いこと。そして……赤ん坊は無事に守り切ったことを。リリアーナの両親は涙を流しながら聞いていた。

 

母親がリリアーナから赤ん坊を受け取る。もう何日も動いておらず、起きてすらこない、息の無い赤ん坊を。リリアーナが体力低下の所為で深い眠りについた後、両親は教会に行き、赤ん坊の弔いを依頼した。リリアーナを同行させるのは、無理だと思っての事だった。

 

リリアーナが起きてからは大変だった。赤ん坊は何処だ、何処にやったのだと叫んで狂ったように暴れ、夫の彼を連れて来てと絶叫する。どうにか取り押さえて医者を呼び、精神安定剤等を打ってもらって落ち着かせた。一年はそうして半狂乱になりながら暴れていたが、段々と落ち着いてきて、店の手伝いが出来るようになり、元のとは言い難いが、それでも笑顔を見せてくれるようになった。

 

だが運命の、家族を亡くしてから2年後のある日。リリアーナは朝や昼の店の手伝いをして、店を閉める手伝いをした後、店の中の掃除をして風呂に入り、諸々のやることを終わらせて寝床に着いた。そして横になって眠りについた時、最早トラウマとも言える……あの時の光景が夢に出た。魔物に襲われた時の光景。彼が死んだ時の光景。街に入れてもらえなかった時の光景。そして……コレアンが自身に向ける嘲りの視線。

 

 

 

『──────へぇ。テメェは中々に面白い事を経験してンだな』

 

『……あなたは誰』

 

『オレか?オレは──────天下の龍様だ。オレが此処に居んのが不思議か?なら教えてやる。テメェみてェな絶望を経験し、誰かに憎しみを抱いている奴を、夢の中に入り込むことで探してたんだよ』

 

『そ、そんなこと……』

 

『最強の存在である龍を舐めんじゃねぇよ人間。オレ達にとっちゃ人間の夢の中に入り込むなんざ魔法でいくらでも出来ンだよ。それよりテメェだよテメェ。テメェは憎いんだろォ?入れてもらえなかった街の領主がよ。なァオイ人間──────復讐の機会をくれてやろうかァ?』

 

『復讐……』

 

『そうだ。テメェが憎い領主を殺す手段をくれてやる。その代わりオレに他の人間共を殺させろ』

 

『何でそんなことを……』

 

『殺すと言っても、人間が恐怖に怯えて震えながら死ぬ姿が見てェンだよ。ひひひッ。本来ならオレが今すぐに行って殺っても良いんだが、どうせならテメェが復讐の道に走って踊り狂うところも見たい。だから交換条件だ。テメェは復讐をする。オレはオレで愉しむ。どうだァ?伸るか反るかはテメェ次第だぜ』

 

 

 

 

 

『私……私は──────あの領主を殺したい』

 

 

 

 

 

『ひひひッ──────此処に契約は相成った。精々オレを愉しませて躍り死ねよ、愚かで弱い下等な人間』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────こうして()()()この街を襲う事にした。私はそこに居る領主を殺す為に。あの龍はその他を殺す為に。あの龍に夢の中で会ってからの2年間はこの街に移り住んで冒険者ギルドの受付嬢として身を隠していた。そこの領主が殺せる絶好の機会が揃う今日までな」

 

「……………………。」

 

「ひ、ひィ……っ!?」

 

 

 

自身の過去に起きた事を話し終えた受付嬢改め……リリアーナはオリヴィアの傍で腰を抜かして尻餅をついている領主のコレアンに目を向けた。黒く暗く濁った底無し沼のような瞳に見つめられたコレアンは、あの時の女がコイツだったのか……と、心の中で叫びながら悲鳴を上げた。

 

オリヴィアは黙って聞いていたが、表情は動かなかった。薄情かも知れないが、オリヴィアにとって領主のコレアンが死のうが街の者達が死のうが至極どうでもいいのだ。聞きたかったのはリリアーナの話。明かしたかったのはリリアーナが現状の騒ぎを起こした理由だった。そして聞きたいことが聞けて、知りたいことも知れた。

 

ギルドでオリヴィアとリュウデリアの事で下らない事を言っていたり、警戒している他の者達が居る中で、唯一普通に接して無駄な事を聞いてくることも無く、仕事の仕組み等を教えてくれたリリアーナ。優秀だと思っていた。ギルドの中で唯一、一人の人間として認めていた。

 

だが、オリヴィアのその期待を裏切った。オリヴィアは冷めた瞳で失望したと言おうとした時、何やら数多くの足音が聞こえてきた。少しずつ近づいている。オリヴィアはリリアーナを見ると、彼女は作り物の笑みを浮かべて両腕を大きく広げた。

 

 

 

「言っただろう?()()()……と。同じように入れてもらえず、最愛の人であったり最愛の子を奪われた者達は、私の他にも居たんだよ!私はこの2年でその者達とコンタクトをとって仲間に引き入れた。そしてあの龍が求める絶望の瞬間と領主を殺す事が出来る日が重なるのが今日、この時だッ!!」

 

「……お前は一体何をするつもりだ?」

 

「今は製造を禁止されている魔物を引き寄せる香水が有ったのは知っているか?私の仲間にはそれを偶然手に入れた者が居る。それを使って魔物の大群をこの街に誘き寄せるッ!!今狂って人を襲っている者達は、単なる時間稼ぎだッ!!街の門は閉じて龍が固めた。お前達が魔物の大会に意識が向いている間になッ!魔物の大群が着けば、この街の門なんぞ壊れるのは時間の問題だ。仲間も私も死ぬことを恐れない──────領主、貴様殺す為ならばなァッ!!」

 

「ひィィィィィィっ!!た、頼む!!許してくれ!わ、私が悪かった!!だからせめて、私だけ……!私だけは……ッ!!」

 

「……醜いな、貴様は。……本当に。貴様だけは絶対に殺してやる」

 

 

 

「……はぁ。まさか街へ魔物を……これは些か面倒だぞ」

 

 

 

オリヴィアは溜め息を吐いた。リリアーナはこの街を諸共壊滅させるつもりだった。製造が禁止された魔物を引き寄せる香水を使って街に魔物の大群を、仲間を使って誘き寄せる。それまでの時間稼ぎで人間と魔物を他の者達に襲わせて、門は大会が開催されている間に閉めて開けられないように塞ぐ。逃げ道の無い、まさに袋のネズミというわけだ。

 

領主のコレアンは他がどうなっても良いから自身だけは助けてくれと、醜い要求をして泣いている。それを一瞥もせずオリヴィアは上を見上げた。龍が飛んでいる空へ行ってしまった、リュウデリアの居る空を。

 

 

 

 

 

 

 

リュウデリアは龍を追い、オリヴィアは魔物の大群が攻め込もうとしている街に居る。オリヴィアはもう一度、深く溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二十三話  復讐の時







 

 

 

「領主──────貴様だけは何があろうと殺すッ!!我々は死など恐れない。例え刺し違えても殺してやるッ!!」

 

「た、助けてくれ!謝る……っ!謝るから、()()命だけは……っ!!」

 

 

 

「敢えて首を突っ込んだとはいえ、まさか魔物の大群が来るとは……」

 

 

 

犯人であった元受付嬢のリリアーナは、領主を憎しみ籠もった眼で射貫いた。先程まで常闇のような瞳をしていたというのに、領主の事となった瞬間憎しみが滲み出た。それが自身にだけ向けられていると理解した領主は、腰が抜けたようにへたりこんで命乞いをしている。

 

たったの5000Gだ。それを払わないという理由だけで、街への入場を拒んだ領主。その時は払えずとも、何かしらの仕事をさせて払ってもらったり、命の危険があるのだから保護をしても良かっただろうに、領主はそれに否と答えた。高熱を出して今にも息絶えそうになっている赤ん坊の事よりも、見窄らしい姿をした当時のリリアーナを街に入れること自体が嫌だった。

 

領主コレアンは、言うなればこの街のトップである。一番偉い。つまりはこの街は自身の絶対領域。何もかもが思いのまま。そんな神聖なる場所に、泥だらけで蠅が集る程の汚臭を放つ人間を快く招き入れるとでも思っているのか。いいや、私はそんなことはしない。況してや、たったの5000Gも払えない貧乏人が、私の神聖なる領域に相応しい筈が無い。そう思っての過去のやり取り。

 

しかし、今やその領主は、当時に見捨てた……見窄らしい格好をしていた女に殺されようとしている。更には同じようなやり取りで見捨てた者達がこぞってこの街を壊滅させようとしているという。魔物の大群?冗談では無い。最早街の人間や冒険者がどうなろうと知った事では無い。自身が、自身のみが助かればそれでもう良い。万事解決だ。素晴らしい。

 

領主は勘違いをしている。命乞いをすれば助けてもらえると思っている。純黒のローブを着た、使い魔の大会を優勝した女が万が一の時は助けてくれる……と。だが現実は違う。リリアーナは怨敵に時間を与えはしない。必ず殺すと計画を立てた時から決めている。オリヴィアは領主を助けるつもりが無い。

 

たったの5000Gを払わないという理由で何の罪も無い赤ん坊を見殺しにし、領主はたったの5000Gから始まった復讐に殺されるのだ。全ては過去の行いから来た皺寄せによる自業自得。助けは来ない。都合良く助けは入らない。これから来たるは煮えたぎる憎しみと、冷たい死である。

 

 

 

「私はそこの領主を殺す。お前はどうする?私を止めるか?」

 

「知らん。私は領主が死のうが街の人間が死のうが興味は無い。そもそも、騒ぎが起きることは解っていた。それでも此処に来たのは、リュウデリアが龍に会ってみたいと言ったからだ。私は特に、お前達に期待するものなんぞ、端から無い」

 

「……ッ!リュウデリア……そうか。あの黒いのはトカゲの新種ではなく『殲滅龍』だったのか。どうりで最優先で狂う筈のお前達が平然としている訳だ。納得がいった。それに大した演技だった」

 

「お褒めに預かり光栄だ。私もお前の演技は見抜けなかった。憎しみの一つすら感じ取らせなかったお前は、やはり優秀だったよ」

 

 

 

「な、何を呑気に会話している!?そ、そこの女を殺せ!!これは命令だ!!私を助けろ!!」

 

 

 

「──────喧しいぞ人間。この(女神)に命令するな。お前も早く殺すならば殺せ。煩くて耳障りだ」

 

「……この日を待っていた。2年間ずっと。お前を見掛けたときは殺しに行こうとする体を律するのに苦労した。だが、今はもう律する必要も取り繕う必要も無い。だから──────今すぐここで死ね。そして精々過去の自分を恨むがいい。これは言葉すら話せない……まだ小さい赤ん坊だった、私の愛する娘の仇だ」

 

 

 

「や、やめろ……来るな……っ。おいそこのお前!私を助けろ……!た、助けて……お願いしますっ……お願いしますっ……お願いしますっ……いやだ……いやだいやだいやだぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」

 

 

 

後ろの腰に隠し持っていたナイフを手に持ち、近付いてくるリリアーナに、領主はその場から逃げ出すことすら出来なかった。あまりに強い憎しみに、そういったものを経験してこなかった領主は腰を抜かしていた。立ち上がる事が出来ない。せめて出来るのは命乞いと助けを求めることだけだった。だがもう死は決まっている。助ける者は来ず、逃がしはしない。

 

リリアーナはナイフを振りかぶり、領主目掛けて振り下ろした。この日の為にギルド職員として働いて稼いだ金を存分に使い、業物を購入していた。切れ味は抜群。咄嗟に防御しようとしてリリアーナに向けた左手の指を親指を残して4本を斬り落とした。領主は痛みで悶えながら苦しみの声を上げた。

 

背を倒してのたうち回りながら右手で左手首を押さえるが、斬られた指先から出血が止まらない。噴き出す血が自身にも降り掛かりながら、腹部に重みを感じた。リリアーナだ。リリアーナが仰向けに倒れている領主の腹部へ馬乗りになっていたのだ。顔から血の気が引く。両手で握られたナイフが自身の血に濡れているのが嫌でも目に映る。全てがゆっくりに思える感覚を体験し、走馬燈が脳内を駆け巡り、ナイフが振り下ろされた。

 

 

 

「ィぎ……っ!?だずげッ!?だずげで!!お゛ね゛がい゛ッじま゛ずッお゛ね゛がッい゛じま゛ず……ッ!!じに゛ッだぐな゛い゛ぃ゛!!ぎや゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛…ぁ゛……………ぁ………──────」

 

 

 

「はぁっ……はぁっ……はは……あははっ……あっはははははははははははははははははははははっ。やっと…!!やっと殺してやった!!仇を取ったっ!!ははははははっ!!」

 

 

 

何度も何度も胸にナイフを突き立てられながら、それでも領主は命乞いをしていた。痛みで千切れるほど声を上げても、手を伸ばしても、助けてくれる者は居なかった。刺されて刺されて刺され続けた領主は呼吸も小さくなっていき、辺り一面に血の水溜まりを作って死んでいった。完全に動かなくなってもリリアーナはナイフを振り下ろす手を止めず、何度も刺した。

 

やがて気が済んだのか、ナイフを領主の死体に突き立てたままゆらりと立ち上がり、領主だった死体を見下ろした。刺し傷だらけの胸にナイフが一本突き立てられ、顔は痛みと恐怖が混ぜ合わさったような表情になっている。惨い死に顔だ。だがリリアーナにとっては心地良いと感じる表情だった。

 

これでもかと痛みを与えて殺してやった。自身の手で、娘の仇をとったのだ。何度も殺すことを夢見て、実現させると誓った光景が今、目の前に広がっていた。清々しい気分である。この快感は普通とは違うものだ。故にもう味わうことは無いのだろう。復讐を遣り遂げた自身にはもう、やることは無くなったのだから。

 

 

 

「……どうした、そんなに見つめて。口封じで殺しに掛かれば、死ぬのはお前だぞ」

 

「違う──────私を殺してくれないか」

 

「は、私にお前を殺せと?全てを終わらせて良い気分なのは良いかも知れないが、私は今から自身の身を護らねばならない。だというのに、先にこの世から退場か?良い御身分だな」

 

「……此処に居ればどちらにせよ魔物の大群が襲ってくる。私は今更死にたくないとは言わない。だがせめて……お前に殺して欲しい。私の過去を知り、私の復讐を見逃してくれた……他でも無いお前に」

 

「捕まって牢に閉じ込められるよりも、先に死んだ者達と同じように死にたいという訳だ。……お前の願いなんぞ叶えてやる義理はもう無いのだが、まあ良い。そこまで死にたいならば死ぬといい。私を失望させたお前には何の思い入れも無い」

 

 

 

失望した。死ぬならば死ねと言われたのに対し、リリアーナは先程までの狂気の滲んだ笑みでは無く、自然な笑みを浮かべた。もう思い残すことは無い。魔物の大群は直ぐそこまでやって来ている。仲間はこの街に誘き寄せた後、魔物の手によって死ぬだろう。そしてこのまま此処に居れば、例え魔物の大群がどうにか出来たとしても、領主を殺したのだから捕まる。そうなる前に、夫や娘が居ないこの世界から消えたかった。

 

虫のいい話なのは解っている。自身でもそう思う。これだけ大きな騒ぎを引き起こしておいて、自身のやることが終わったから死んで居なくなると言っているのだ。まだ騒動は終わっていない。寧ろ今から街にとっても住人にとっても一番面倒な騒動が押し寄せる。その処理もせず、見届けもせず、殺してくれと頼む。

 

ある日、黒い新種のトカゲか何かを肩に乗せ、冒険者ギルドへやって来た美しい女性。一人でやって来たと思えば、ギルド内でも結構腕の立つ、絡みに行った冒険者を一瞬で行動不能にした期待の新人。受けた仕事は淡々と素早く熟し、無傷で帰ってくる。その身に純黒のローブを纏った純白の長い髪。初めて見た時から只者では無いと直感していた。

 

しかし真実は、予想を上回っていた。警戒していたからこそ、最初の騒ぎの中心になる使い魔の大会では身の毛も弥立つような使い魔の力を見せて優秀。あの龍の魔法をどうやってか無効化し、何も無かったかのように立っていた。そして肩に乗せていたのは、最近騒がれている純黒の黒龍である『殲滅龍』ときた。笑ってしまうような存在だった。

 

オリヴィアは綺麗な瞳をしている。純白の長い髪とはまた違う存在感を醸し出す、朱い真っ赤な瞳。それは常に冷たく冷淡に物事を見つめ、興味を見出していないようにすら感じさせる。なのに無意識なのか、黒龍を見つめる時だけ、熱い何かを宿すのだ。見ているこっちが照れてしまうような、そんな蕩ける視線を黒龍にだけ注ぐ。冷たいのと温かいのがはっきりしている人物だと思った。

 

だから……という訳では無いが、この人ならば自身を殺してくれると思った。何度も顔を合わせて話をして、何故かは解らないが宿の紹介もしていた。自身が思う、この人に最適な最も良い宿を。警戒している癖に贔屓してしまう。自身にこうも贔屓させるこの女性ならば、友達にもなれただろうやり取りをした自身を、何の憂いも無く殺してくれると思ったのだ。

 

最後に失望させてしまったようで、何も感じなくなっていた心に棘が刺さり、胸にチクリとした痛みを与えるが、自身は復讐をすると誓い、これまで接してきた人達を最低の形で裏切ると解っていたはずだ。だから胸の小さな痛みを内に秘めたまま、目の前に居る彼女に全てを委ねる。

 

オリヴィアはその場に立っているだけで何もしない。だがオリヴィアの考えを汲み取った純黒のローブが動き出した。純黒のローブから純黒なる魔力が溢れ出し、石造りの地面を純黒に侵蝕して塗り潰した。純黒の侵蝕はリリアーナの方へと伸びていき、途中にあった領主の死体を忽ち侵蝕して純黒に塗り潰す。脆くなった炭のように弱い微風に吹かれて砕ける。そこに領主の死体は無く、何も残っていなかった。

 

触れれば確実に死ぬ。今のように脆く砕け散ってしまうのだろう。それでもリリアーナはその場から動かなかった。純黒が地面を伝って足下へ辿り着く。履いているギルド職員用の靴が侵蝕され、純黒は肌に到達した。恐ろしい。恐怖とは違う、理解の外にあるナニカに喰われようとしている、そんな漠然としたものを感じた。

 

痛みの代わりに途轍もない喪失感。動かすことは出来ず、純黒はそのまま太股まで登りが、下腹部まで迫り上がってきた。もう脚に感覚なんてものは一切無く、体の約半分は侵蝕されたという自覚は死よりも恐ろしく感じる。純黒は侵蝕を続けて首元までやって来た。もう話すことも出来なくなる。だからリリアーナは、全てを失ったあの日以降初めての、心からの笑みを浮かべた。

 

 

 

「さようなら、オリヴィアさん。元気でね」

 

 

 

「──────さようなら。次は掴んだ幸せを手放さないことだ」

 

 

 

最後の心からの笑みを浮かべたまま、リリアーナは全てを純黒に侵蝕され、粉々に砕けて散った。風がリリアーナだった純黒を攫って空へと持っていく。その内完全な消滅を果たすのだろうが、オリヴィアにはリリアーナが、先に逝ってしまった愛しい夫と愛する娘の元へ飛んで行くように見えた。

 

この街で最も話したであろうギルド職員の受付嬢は死んだ。過去に囚われて復讐を誓い、復讐を為し遂げた女、リリアーナはもうこの世から消えて無くなった。でもオリヴィアは表情を変えることは無かった。優秀だと思っていた者が期待を裏切って死んだだけ。当然の結末だ。故にオリヴィアは何とも思わない。哀しくも惜しくも無い。だが祈りはする。

 

女神だというのに祈るのはどうかと思われるかも知れないが、オリヴィアはリリアーナの来世がせめて復讐とは関係無く、愛する者と、愛する者との間に産まれた子供と幸せに暮らせるようにと、祈ったのだった。

 

 

 

「さて、後は魔物の大群だが……よし、リュウデリアが折角ローブを改造してくれたんだ、試し撃ちしよう」

 

 

 

大群が迫っているというのに余裕なのは、この日のために予め前の日にリュウデリアが改造してくれた純黒のローブの存在があるからだ。元々九割の物理攻撃と魔法攻撃を軽減し、魔法に至っては撃たれた方向、強さに魔法をノーリスクで反射する反射魔法も掛けられている。そこに更に何を足したというのか。

 

オリヴィアは広場から離れて街の入り口へとやって来た。見えてくるのは、馬に乗った3人の男女が魔物の大群を引き連れている光景だった。魔物の殆どは低位のものだった。ゴブリンやウルフや鹿に似た魔物、木に似た姿のトレントなどだ。だが、中にはハイウルフやゴブリンが進化した姿であるホブゴブリン等が混じっている。

 

ざっと見た感じだと200体程だろうか。そのだけの魔物が、魔物を引き寄せる香水を自身に振り撒いた、リリアーナの仲間目掛けて走っている。低位が多いとはいえ、かずがこうも多ければ一般人は忽ちやられてしまうだろう。唯一押し寄せる魔物を迎撃できる者達が冒険者なのだが、残念ながら冒険者の大半は龍の魔法によって意識を操られ、仲間や近くに居る住人を襲っている。

 

運が良く龍の魔法にやられていない者達は、襲い掛かってくる者達の対処に追われていて手が離せる状況に無い。つまり、ここで戦える存在といえば、オリヴィア位しか居ないのだ。しかしそのオリヴィアも治癒は出来ても戦いは出来ない。治癒の女神だからだ。そこでリュウデリアの生み出したローブの話に戻ってくる。

 

リュウデリアが純黒のローブに施した改造というのが、オリヴィアの意思で発動する魔法の行使である。女神であり魔力を内包していないオリヴィアは、魔法を行使することが出来ない。そこでローブに貯め込んだリュウデリアの魔力を使用して、オリヴィアが思い浮かべた、若しくは口にした要望に出来るだけ沿った魔法を行使する。

 

但し、これには欠点があり、度が過ぎた魔法や複雑な魔法は使用出来ない。あくまでリュウデリアが莫大な魔力を籠め、それを使って簡易的な魔法を発動出来るというシステムなのだから。故に国を消して欲しいとか、魔法を分解して欲しいとか、そういったものは複雑な術式が必要なので出来ない。

 

そしてもう一つが、回復に関する魔法も使えないという面だ。回復系の魔法は失われた太古の魔法。故にいくらリュウデリアといえども、知らない魔法を行使する事は出来ないし、未だ創り出す事も出来ていない。だがその面は大丈夫だろう。何せオリヴィア自身の力で治癒する事が出来るのだから。

 

 

 

「初めての試し撃ちだ……そうだな、シンプルに炎系の魔法を放ってみよう」

 

 

 

思い浮かべるのは炎の球。それを強く思い浮かべると、ローブが攻撃意思が有りつつ思い浮かべたと判断し、貯えられた莫大な魔力を使用してオリヴィアの頭上に純黒で巨大な炎の球体を形成した。直径は5メートル程だろうか。成人男性3人分位の大きさをした炎の球に、オリヴィアは思い浮かべたと通りだと満足し、右腕を持ち上げてから人差し指を立て、振り下ろして向かってくる魔物を指し示した。

 

純黒の巨大な炎の球は、オリヴィアの指示に従って押し寄せる魔物の大群に向かって放たれた。魔力を持っている魔物は、ある程度の魔力を感知出来る。低位であればあるほど強い弱いを感じるのが鈍いが、逆をいえば上位の存在ほど魔力に敏感だ。そこで大群の中に居るハイウルフやホブゴブリンが、純黒の巨大な炎の球に籠められた魔力の多さに驚愕して左右へと避けていった。

 

残念にも逃げ遅れた、中央を走っていた魔物達は純黒の強大な炎の球に呑み込まれた。純黒の巨大な炎の球は魔物を次々と呑み込んで一瞬で燃やし尽くして消し飛ばし、大群の中央に辿り着いた瞬間に純黒の光を発して大爆発を起こした。天を貫くような純黒の炎の柱が上がる。それを見ていたオリヴィアは、魔法を使った時の爽快感に笑みを溢した。

 

 

 

「よしよし、良好だな。(まと)……じゃなくて魔物はまだ居る。恐らく今ので30は死んだが、お楽しみはこれからだ。ほら、次々放つから避けろよ」

 

 

 

オリヴィアが指を鳴らすと、頭上に先程放った純黒の炎の球が10個現れた。放たれる瞬間を今か今かと待っている純黒の炎の球はは、同じように指で指し示されると勢い良く発射されていった。同時に放たれた純黒の炎の球はあらゆる方向へ向かって突き進み、大爆発するまでの途中で何体もの魔物を燃やして消滅させた。そして何十体も捲き込んで大爆発する。

 

そこかしこで純黒の炎の柱が発生し、魔物の残りは少なくなってしまった。地面もあまりの超高温に真っ赤になり、火山から流れる溶岩のようになっていた。魔物は飛来する純黒の炎の球から逃げるのに必死だった。というのも、魔物を誘き寄せていた人間が、純黒の炎の球の餌食となって消し飛んだ為、誘き寄せられない状況になってしまったのだ。残ったのは正気になった魔物だけ。だがオリヴィアの猛攻は止まらなかった。

 

 

 

「これが魔法か。一撃でこうも魔物が死ぬと爽快で気持ちいいな。もっと撃ちたい気持ちも有るが、残りは少ないし終わりにしてしまおう」

 

 

 

オリヴィアが次に想像したのは、使い魔の大会の決勝戦でリュウデリアが大きなスライムに使用した魔法である。あの瞬きをするような刹那でリングを凍てつかせた氷系の魔法。それを魔物が居る一帯全てを対象に行使した。気温が急激に下がって何も無い所から純黒の霜が降り始める。大地は純黒に凍てつき、魔物の足が捲き込まれて凍ってしまった。

 

動くことは出来ない。足は地面と一緒に凍らされているので剥がせない。例え剥がせたとしても、それは氷から足を剥がしたのではなく、氷から接している皮膚や肉ごと剥がしたという方が正しい。それに付け加えるならば、凍てついたのは地面に接していた箇所だけでなく、足の付け根まで凍り付いているので、無理に動けば脚は砕け散ってしまうだろう。

 

これでもう魔物は逃げる手段を失ってしまった。早くどうにかしなければと足掻けば足掻く程、凍り付いた脚に罅が入ってしまい、後が大変になる。ならば……と、凍っている地面を叩き壊そうとするも、純黒の凍てついた大地を破壊することは不可能である。

 

不穏な音が鳴り響いた。大いなる自然が憤っているかの如く鋭い、大きな存在感を示す音だ。魔物達は一様に上を見上げる。そこには雲が散らばっていた晴れた空が、真っ黒な厚い雲に覆われており、純黒の雷が雲で帯電してゴロゴロと鳴っていた。雷鳴である。自然の中でも危険なものの一つである雷。それが純黒となって落ちようとしていた。

 

魔物は怯え、体の芯から震えだした。そして急いで凍り付いた脚をどうにかしようとするのだが、解けず砕けない。中には凍り付いた脚を砕いて這いずって逃げようとする魔物も居たが、そんな速度では魔法の範囲内から外へ出ることは不可能である。オリヴィアは炎の球の時のように人差し指を上へ向け、勢い良く下まで振り下ろしきった。純黒の雷雲は、巨大で強大な純黒の雷を、魔物が居る大地へと落とした。

 

 

 

「──────『純黒の落雷(トル・モォラ)』……なんてな」

 

 

 

落とされた純黒の雷は、動けない魔物全てを呑み込む巨大なもので、落とされて大地と接触すると大爆発を引き起こして純黒の大地をも砕き割った。純黒は純黒でしかないので、同じものをぶつければより強い方が残る。つまり、純黒の雷は凍てついた大地よりも膨大な魔力で生み出されていた事が解る。

 

砂塵が舞っていて、風に煽られて景色が見えてくると、魔物の姿はもうどこにも無かった。あるのは広範囲に残った凍てついた純黒の大地と、中央に存在する大きなクレーターだけだった。動きを止めてから一撃死の魔法を叩き込む。中々に良い戦い方をしたオリヴィアは、リリアーナの件で堪っていた鬱憤を晴らして胸が空くような気持ちだった。

 

ローブがあってこそと言えるが、オリヴィアも戦うことが出来るようになった。それは単にリュウデリアのお陰である。オリヴィアは着ている純黒のローブを掴んで宝物のように大切そうに抱き締めた。

 

 

 

「私の方は終わった。後はそっちだけだぞ、リュウデリア」

 

 

 

オリヴィアは上を見上げた。そこには大空の遙か上空で、二匹の龍がぶつかり合って戦っていた。世界最強の種族である龍。その二匹がぶつかり合うだけで、音の爆弾が弾けて地上にまで聞こえてくる。リュウデリアが生まれて初めて会う龍である。龍なだけあって強大な力を秘めている事だろう。だがオリヴィアは心配なんてしない。

 

 

 

 

 

オリヴィアはリュウデリアが、例え相手が同じ種族であろうと勝利して、自身の元へ戻ってくると信じているのだ。

 

 

 

 

 

 

 









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第二十四話  龍 VS 龍






 

 

大気が震え、雲が散る。火花が弾け、衝突音が鳴り響いた。大空で二匹の龍が体をぶつけ合っている。人の目では小さな点にしか見えないような遙か上空。制空権を奪い去る龍にとって、空は己の領域。何も障害が無く、純粋な力比べとして最も最適な場所。そこで、二匹の龍は戦っていた。

 

常人には二匹が動いている姿をその目で捉える事など出来やしない。目にも止まらぬ超速度で動いているのだ。魔法を放てば大爆発を起こし、簡易的な魔力の塊を創り出せば村一つは呑み込めるのではと思えるほど大きく、展開される魔法陣は複雑な機構で恐ろしい威力を誇り、龍以外の種族が当たろうものならば、一撃でも十分過ぎる程の必殺だろう。

 

 

 

「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前()の力を見せてくれッ!!」

 

「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」

 

「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」

 

「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」

 

 

 

ゲラゲラゲラ。狂ったように嗤って巨大な純黒の魔法陣を展開するリュウデリアに、負けじと巨大な魔法陣を展開する龍。籠められている魔力は計り知れなく、それでもリュウデリアの魔法の威力の方が高い。魔力効率が良すぎる。こっちが1の魔力で100の火力を出すのならば、リュウデリアは1の魔力で5000の火力を出してくる。

 

リュウデリアと接戦している龍は苛ついたように吼えながらリュウデリアの元へと飛翔する。何故人間の絶望に染まった顔を見るために2年も待ってやったのに、見るどころかこんな事になっているのかと、自問自答したくなってくる。確かに他に龍が街に居ることは知っていたが、こんなのが居るとは思ってもみなかった。

 

龍は全力でリュウデリアに対峙する。何故か。それは何時消し飛んでも仕方ない戦場になってしまっているからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────テメェか。俺の魔法を弾いたのは」

 

「──────お前だな。三日前に感じた龍の気配は」

 

 

 

オリヴィアの肩から飛び去って上空までやって来たリュウデリアは、小さくしていた体を元の大きさへと戻していた。久しい元の体。小さいのも街に入るには良いが、やはり元々の自身の体の大きさが一番気持ちが良い。開放感がある。

 

街で騒ぎが起きてから、常人には点にしか見えないだろう遙か上空から、三日前に感じた龍の気配があったので、直ぐここへやって来た。そして上空に居たのは、全身を黄色の鱗で覆った龍だった。体の大きさは同じくらいだろうか。龍は皆同じくらいの大きさになれば、それからの体の大きさの成長は止まるのだ。中には成長が止まらず、大きくなり続ける者も居たらしいが、今は良いだろう。

 

リュウデリアは黄色の龍の体を見る。初めて目にする自身以外の龍。嘗て精霊のスリーシャから、あなたの姿形は私が知る龍の姿形とは違う……と、言われた。それ故に、本来の姿形で産まれなかった自身を突然変異なのだと思った。だがどれ程違うのかというのが今一つ解っていなかったが、こうしてみると確かに違う。

 

この世に居る龍というのは、基本4足歩行をする為の体の作りになっている。想像しやすくするならば、蜥蜴を硬い鱗で覆って翼を生やして巨大化させたものだと思えば良い。つまり二足歩行で移動するような身体の作りにはなっていない。しかしリュウデリアは違う。

 

鱗や翼、鋭利な爪や牙は龍そのものだが、身体の作りは人間に近い。多少首が人間よりも長くなっている事くらいか。それでも世に知られている龍の首よりは短い。二足歩行を基本とし、寧ろ4足歩行はあまりしない。そんな姿が同じように見えるはずも無く、確かに己は突然変異だと、改めて思った。

 

初めての同族で、リュウデリアは感動の出会いとも言えるのだが、相手の黄龍は違うようで、同じ高さで飛んで対峙しているリュウデリアの事を睨み付けていた。何やら怒気が伝わってくるので、何かやっただろうかと首を捻るのだが、黄龍は最初に放った魔法が防がれたのが気に入らないのだ。

 

 

 

「オレの魔法は確実にテメェに当たった筈だ。どうやって弾きやがった?」

 

「あぁ、その事か。確かに当たったが、生体電流を弄られる前に魔力で打ち消しただけだ」

 

「……あ?当たって弄られる前に打ち消したァ?」

 

「オリヴィアの場合は俺の創ったローブが魔法を反射しただけだ。お前自身には効かなかったようだがな」

 

「だから一発だけ跳ね返ってきやがったのか。……どうやらテメェは中々やる奴みてェだな」

 

 

 

黄龍の放つ魔法は超精密で速い。ほんの一瞬で意識を弄ることが出来るというのに、リュウデリアは既に、その魔法を対処するだけの反応速度を獲得していた。実際知らなければ危なかったのかも知れないが、リュウデリアは三日前に原因をその眼で見ている。一瞬気配を感じ取っただけの、その間で魔法を完璧に掛けたのだ、それさえ知っていれば、リュウデリアは対処可能となる。

 

オリヴィアにも効かず、跳ね返ってきた時には少し驚いたが、理由を知れたならばもうどうでも良い。一人魔法が掛からなかった所で、あれは単なる時間稼ぎのようなものなのだから。そして黄龍はリュウデリアの魔法技術を知っても驚きはしない。龍ならばその位出来ても可笑しくは無いからだ。

 

普通ならばこの短期間で黄龍レベルの魔法を弾けるようになるのは異常で、その片鱗を見れば誰だって驚くだろう。だが龍は何故と思えど驚くに値しないのだ。転生した者や使い魔の大会然り、少し魔法を使っただけで有り得ない……と、ばかりに驚かれてばかりだったリュウデリアはつまらなさを感じていたが、これが龍。強さの基準が世界で最も高い最強の種族。リュウデリアは面白そうに口の端を吊り上げた。

 

 

 

「俺はリュウデリア・ルイン・アルマデュラだ」

 

「知っとるわ。人間の国滅ぼして噂されてる『殲滅龍』だろ。調子に乗ってるのが居るって思ってたんだよ。因みにオレはウィリス・ラン・エレクトヴァだ。覚えておけ」

 

「ではウィリス。先の俺とオリヴィアへの攻撃は水に流そう。だがその代わりに──────お前の力を見せてもらおうか」

 

「はん。何上からもの言ってんだゴラ。まあ、良いぜ。お前をぶちのめして舎弟にしてやらァ」

 

「ふはッ──────征くぞ」

 

「──────来いや」

 

 

 

全くの同時にその場から動き出し、初速から目に見えない速度を叩き出した二匹は減速すること無く頭突きしあった。爆発音に間違うような音が鳴り響き、近くにあった雲が吹き飛んでいった。しかし頭突きをしている二匹は痛みを感じている様子が無い。龍の鱗は頑丈で、それだけで無く肉体までもが強靭で頑丈なので、例え頭をぶつけ合ったとしても、大したダメージにはならないのだ。

 

頭をぶつけながら睨み合う両者で、ウィリスが最初に仕掛けた。右腕を振りかぶってリュウデリアの顔面を爪で引き裂こうとしたのだ。左から真っ直ぐ顔に向かってくる手を眼で追っていたリュウデリアは顔を引いて回避した。しかしそれを読んでいたのか、ウィリスは右から左に行く流れを体全体で使い、体を捻って尻尾を振った。

 

長い尻尾はその分リーチも長く、遠心力が加えられたその速度は引っ掻きと比べても数段速い。それが引っ掻きからほぼノータイムの速度で繰り出されては、リュウデリアは避けきれない。向けられたウィリスの尻尾が、引っ掻きを避ける為だけに逸らしたリュウデリアの横面に叩き込まれた。

 

ばちんという破裂するような音が鳴り、ウィリスは手応えが有ったとほくそ笑む。流れるような二連撃を躱さなかった。否、躱せなかった。ウィリスは推測する。此処へやって来て最初にやったことが、ウィリスの体を観察するように見ること。他の龍や親の龍を見ていればそんな、姿形を確認するような視線を送ってくる必要は無い。つまり、この純黒の黒龍は自身以外の他の龍を見たことが無い、捨てられた龍だということを。

 

他の龍に会った事が無いということは、龍と戦った事が無いということに他ならず、ウィリスから言わせて貰えば対龍の喧嘩初心者。恐るるに足らず。碌に戦った事すら無い奴が、どうしてこのオレに戦いを挑もうと言うのか。口調からして自信過剰。人間なんて下等生物を少し殺しただけで、己の力を過信した愚かな龍。それがこの僅かでウィリスが出した推測だ。

 

 

 

──────……ッ!?待てよ。手応えはあったが、何だこの感触!?硬すぎるッ!!

 

 

 

「……っ!ははッ。鱗越しとはいえ、衝撃が中に届いた。良ィい一撃を見舞ってくれるなァ。では、今度は俺の番だ」

 

 

 

「……あ?──────ぐぉっ……ッ!?」

 

 

 

ウィリスが尻尾を顔面に思い切り叩き込んでやったにも拘わらず、尻尾の打撃の威力で少し体勢を崩そうとも、眼はウィリスを捉えて離していなかった。尻尾が当たった時、確かに手応えがあった。真面に叩き込んでやったという確信があった。確信があったからこそ判断が遅れたが、その後に悟ったリュウデリアの鱗の硬さと体幹の強さは異常だった。罅すらも入らず、痛みを受けた様子も無い。言葉からして感じたのは衝撃だけのようだ。

 

尻尾を横面に叩き込まれたリュウデリアは、その叩き付けられた尻尾を、逃げられないようにまず左手で掴み、その後右手も使って両手でがしりと掴んだ。人間に近い姿をしているリュウデリアならではの行為。ぎちりと尻尾が軋む程の万力の力で握られ、痛みで顔を歪めながら振り解こうとした瞬間、ウィリスの体をリュウデリアを基点として円を描いて振り回し始めたのだ。景色がぐるりと回る中で、ウィリスは高速で回されることにより、顔をリュウデリアに向けることすら出来なかった。

 

ならば無理矢理にでも魔法で剥がしてやろうとするのだが、それを察してかリュウデリアがウィリスの尻尾を離して投げ飛ばした。豪速で投げ飛ばされるウィリスだが、翼を使って強く羽ばたいて距離をそこまで開ける事も無く止まった。空中でその停止は称賛に値するだろう。ウィリスは無理矢理振り回された事によって少し回った頭を振って正常にし、歯を噛み締めながらリュウデリアの方を見る。

 

見えたのはリュウデリアではなく、目と鼻の先に接近していた巨大な純黒の炎球だった。気付かない内にもう目前まで迫っていた純黒の炎球に瞠目した。そして着弾して大爆発を起こした。リュウデリアはウィリスの方に向けて右手を突き出している。投げ飛ばした後に追撃として放ったのだ。

 

リュウデリア自身だと普通に魔力を籠めた程度の認識だが、莫大な魔力を持つリュウデリアの普通が本当の普通な訳が無く、他人からしたら途方も無い魔力が籠められている。そんな純黒の炎球が爆発して爆煙が朦々と立ち籠める中で、爆煙の中から巨大な雷球が5つリュウデリアに向けて放たれた。

 

視界が遮られてウィリスの姿が見えないのを逆手にとって、ウィリスはリュウデリアと同じように膨大な魔力が籠められた巨大な雷球を飛ばしたのだ。全部で5つ。リュウデリアは一先ず回避しようとその場から動いたのだが、雷球はリュウデリアが動いたことで軌道を修正して追い掛けてきた。追尾をすることが可能なのだ。

 

リュウデリアは面白そうに顔を歪ませて嗤い、身体を丸めて顔は腕で防御し、更に体全体を大きな翼で覆って防御態勢に入った。そして着弾。リュウデリアがウィリスに放った炎球と同程度の爆発が捲き起こり、それが5発全弾当たった事で立て続けに起こる。爆発の威力で大気が震える。ウィリスは飛んでいる翼の羽ばたきで爆煙を消しながら、リュウデリアの居る爆煙を注視する。

 

すると、大きな爆煙の中から純黒の鎖が現れた。それは意志を持つようにウィリスに目掛けて伸びて来る。捕まるのは拙いと判断したウィリスはその場から高速で飛翔して純黒の鎖から距離を取る。だが純黒の鎖はその取られた距離を詰めてくる。先のウィリスが放った雷球のように、追尾をするのだ。

 

大空を縦横無尽に飛び回って鎖を回避する。だが鎖は何処までも追い掛けて来て、ウィリスの事を何時しか囲い込んでいた。ウィリスを捕らえる為の檻が完成したことに舌打ちをしながら、背後に3つの魔法陣を展開し、リュウデリアに放った雷球を生み出して鎖の檻の手薄な場所目掛けて同時に3つ放った。

 

純黒の鎖に3つの雷球が着弾すると同時に大爆発が起きて、ウィリスはその中を突っ込んでいった。雷球の爆発で純黒の鎖が弾かれた事による空間を縫って脱出したのだ。しかしウィリスはそれでも逃げ切る事は出来ず、右前脚に純黒の鎖が巻き付いているのに気が付いた。檻を手薄にしたのは囮で、ウィリスが一連の動きをすると考えて、別の鎖を待機させていたのだ。

 

出し抜くことが出来なかったウィリスはもう一度舌打ちをし、巻き付いた純黒の鎖に噛み付いて力付くで剥がそうとするも剥がせない。純黒の鎖は異常に頑丈で破壊することが出来ないのだ。剥がさなければと思っている内に、もう一方の左前脚にも純黒の鎖が巻き付いた。そして鎖はウィリスが抗えないような力で引っ張り、純黒の鎖の根元に居るリュウデリアの元までウィリスを連れて来た。

 

 

 

「テメェっ!離せコラッ!!」

 

「はははッ!!俺とこれだけの時間戦えているのは、お前が初めてだッ!!まだまだイケるだろう?もっとお前の力を見せてくれッ!!」

 

「こンの……ッ!!この距離でぶっ放すつもりかよッ!!」

 

 

 

純黒の鎖で引き寄せられたウィリスは、両手をリュウデリアの両手と合わせた。リュウデリアが指を絡ませてきたことで引き抜けない。幸い巻き付いていた純黒の鎖が消えたものの、今度はリュウデリアの剛力によって拘束された。指がびきりと嫌な音を奏で、痛みで顔を歪ませる。

 

両者の距離が零になっているこの状態で、リュウデリアは大きな口をがぱりと開き、小さい純黒の球体を超密度で形成し始めた。リュウデリアが主に使う圧倒的魔力の質量で、総てを呑み込む純黒の光線である。それをこの零距離で放とうとしている。

 

流石のウィリスも戦慄した。リュウデリアの籠めている魔力が本気で途方も無いからである。撃ち放たれれば、いくら龍の鱗や身体が頑丈といえども、零距離で食らえばタダでは済まないというのは想像に難しくない。大きく口を開けて眩い純黒の光を生み出す球体を形成しながら、ウィリスを見て眼だけで嗤っていた。如何するとでも言うその眼に怒りを覚えながら、ウィリスは全身から雷を迸らせた。

 

 

 

「──────『總て吞み迃む(アルマディア)──────」

 

 

 

「──────『雷竜(らいりゅう)纏慧雷迸(てんけいらいほう)』ッ!!」

 

 

 

誰もが聞いたことの無いような雷鳴が轟き、全方位超無差別高威力放雷が炸裂した。黄色の雷がリュウデリアを易々と包み込み、周囲3キロに渡って迸り、危なく地上にまで到達するところだった。もう少しリュウデリア達が地上に近い場所で戦っていたら、今頃街はウィリスの放った雷によって消し炭と化していたことだろう。

 

ウィリスが全方位に放った雷は約20億Vである。自然現象で発生する雷の電圧が平均して1億Vであると言われているので、単純に普通の雷の20倍の威力に相当する。そしてそんな放雷を零距離で真面に受けたリュウデリアの形成した純黒の球体は暴発し、籠められた魔力全てを使った想像を絶する大爆発を引き起こした。

 

その威力たるや、残っていた雲が地平線の彼方まで吹き飛んで、完全な快晴の天気にしてしまうほど。巨大な爆煙が広がり、二匹の龍がどうなったのか分からない。地上に生える草木を揺らすほどの大爆発の中心部に居たリュウデリアとウィリスはどうなってしまったというのか。

 

朦々とした爆煙が広がっている。国なんて消し飛んで当然の爆発が起こった後には、嫌な静けさがあった。しかしそれから少しして、爆発の中で黄色の雷と純黒の光が見えた。中で戦っているのだ。両者は大爆発を零距離で受けておきながら、まだ戦える状態にあるのだ。

 

巨大な爆煙が上下で真っ二つに斬り裂かれる。裂かれた爆煙と爆煙の間にはリュウデリアとウィリスが居り、リュウデリアは尻尾の先端に純黒の魔力で造った刃を出して振り抜いていた。ウィリスはそれを上体を反らすことで避け、純黒の魔力の刃を形成した尻尾を思い切り振った事で斬撃が生み出され、爆煙が断ち切られてのだ。

 

寄れば斬られるのを解っていてウィリスは敢えてリュウデリアの懐に入り込み、尻尾を振れないようにした。間合いを詰めれば斬るための振りを奪うことが出来る。再び零距離になった途端、ウィリスは魔法陣を展開してリュウデリアに巨大な雷球を叩き付けた。正面から雷球に当たってしまうリュウデリア。だが爆発はしなかった。

 

巨大な雷球を受け止めていたのだ。両腕を広げて抱き締めるようにして雷球を受け止め、純黒なる魔力で覆って呑み込んでしまった。それにはウィリスも驚きを隠せない表情をする。相殺するでもなく、魔力の塊を受け止めて覆い尽くし、呑み込んで無効化してしまったのだ。籠めた魔力は相当なものだった。だが関係無いとばかりに消されてしまう。

 

驚きの所為で少しの隙が出来てしまった。そこを見逃さないリュウデリアではない。リュウデリアが胸の前で手を叩いて合わせると、リュウデリアとウィリスの周囲一帯に純黒の魔法陣が多数展開された。その数は軽く見積もって100は下らない。その一つ一つからは膨大な魔力が感じられ、ウィリスは顔を引き攣らせた。

 

魔法陣は光り輝いて中央に魔力を集束させる。そして放たれるのは純黒の光線だった。幾本もの光線がウィリス一匹を狙っている。ウィリスは飛翔してその場から回避した。100本以上の膨大な魔力を籠められた光線は、ウィリスが先程まで居たところを狙い撃って通過し、再度放たんと魔力を集束させ始めた。ウィリスは内心怒鳴る。あれだけの魔力を集束させておきながら、何発でも撃てるのかと。魔法陣一つにどれだけの魔力を注ぎ込んでいるのだと。

 

ウィリスは一発でも受ければ体に穴が空きそうな程の魔力を籠められた光線を、大空を広く使って避けていく。魔法陣は未だその魔力を尽かせる気配が無い。有り得ないほどの魔力を注がれた魔法陣が100以上も展開されている。何故それだけの魔力を使って術者が平然としているというのか。そしてウィリスは瞠目した。先程までリュウデリアが居たところには、彼の姿が無かったからだ。

 

ばさりという音が聞こえた。よく聞き慣れた、翼をはためかせる時に聞こえる音が、目の前から。まさかと思いながら前を向き直した。ゆっくりに感じる振り向きで、見えてきた正面には、リュウデリアが此方を見ながら嗤って右腕を振りかぶっている所だった。回避しようと思った。しかし視界の端には純黒の光線が既に此方へ向かって放たれていた。

 

リュウデリアの殴打を受けずにその場で無理矢理回避をすれば、体勢が崩れて100以上もの純黒の光線の餌食となる。そうなれば体に穴が空くなんてレベルの話では無く、確実に体の大部分を持っていかれる。ならば、と……ウィリスはリュウデリアの殴打を受け止めることにした。

 

振りかぶった右腕が振り抜かれて、固く握り込んだ右拳がウィリスの顔面に伸びる。受けた衝撃でそのまま後方へと態と飛んでいき、純黒の光線を回避する。ダメージを受ける覚悟は決めた。そして大丈夫だと自身を鼓舞した。自身の鱗は硬く、殴られる覚悟も決めた。魔力によって全身を覆って防御し、殴られるだろう顔面は最も厚く魔力を覆っている。そしてリュウデリアの純黒の鱗に覆われた右拳が左頬に触れ、ウィリスの意識はぶつりと途切れた。

 

 

 

「──────ごばァ……ッ!?」

 

「はっははははははははははははははははッ!!!!」

 

 

 

腹部に何かが激突した。吐き気に襲われて頭の中が混乱している。突然何が起きたのか、何をやっていたのか訳も解らず目が泳いだ。そして思い出す。リュウデリアと戦闘中で、避けきれない状況になったので殴られる覚悟を決めて、甘んじて受けてからの記憶が飛んでいる。何が起きたのか解らないが、何が起きていたのかは理解した。

 

リュウデリアに殴られた瞬間、その殴打の威力で一時的に意識を飛ばしたのだ。そして吹き飛ばされ、意識が飛んでいて無防備な自身の腹に膝蹴りをお見舞いしたのだ。だから、腹部に来た頭の可笑しいほどの衝撃は、今尚腹部にめり込んでいる膝が物語っている。体がくの字に曲がって隙だらけだ。そこへリュウデリアが両手を合わせた拳を、ウィリスの背中へ叩き込もうとしている。

 

腹部への衝撃で吐きそうになりながら、ウィリスの全身に雷が帯電した。そしてリュウデリアが両手で作った拳を振り下ろして叩き付けられる瞬間、その場から雷の如く速度を出して退避した。ウィリスは殴打を避けながらリュウデリアの動体視力にも戦慄する。雷の速度で避けたにも拘わらず、リュウデリアの瞳はウィリスを捉えて一切離さなかったのだ。

 

雷速の移動によって、姿を捉えられていようと殴打を回避する事が出来た。リュウデリアの元から瞬時に500メートルは離れた所に雷を伴って現れる。当たれば腹部へのダメージと同等のものを受けることだったと、人知れず冷たい何かを感じながら、目前に残像を伴いながら現れたリュウデリアに瞠目した。

 

速い。あまりに速すぎる。瞬きもしていないのに忽然と現れたように感じる接近。リュウデリアが現れて残像が後から付いてきたのを辛うじて捉えたので、瞬間移動の類では無く、純粋な移動で現れたというのが解った。そしてリュウデリアは現れた傍から左腕を振りかぶり、その拳には魔力が漲っていた。魔力を纏わせる事による簡易的な強化。リュウデリアの殴打は受けて解った。あれは甘んじて受けて良いものではない。

 

姿形が違うのに龍だという事から、リュウデリアが突然変異で産まれてきた事は理解出来る。他の龍に会った事が無いことから察するに、突然変異で産まれてきた養子の違いから、親の龍から捨てられて放棄されたということも、何となく想像できる。そして、そんな突然変異がここまで強く生まれてくることを、ウィリスは初めて知った。

 

雷を瞬間的に纏ってその場から掻き消える。リュウデリアの拳がウィリスの居たところに振り抜かれて、拳圧が飛んで大気を震わせた。そこからは雷を纏ったウィリスと、追い掛けて更には追い付いてくるリュウデリアとの追いかけっこが始まった。全速力に足して雷を纏って雷速を出している。常人には雷が軌跡を描いて縦横無尽に空を駆け巡っているように見えるだろう。

 

それに追い付くのは純黒の一条の線だった。雷を追い掛けて追い付き、雷が屈折して方向を無理矢理転換する。稲妻を描き、円を描き、上下に揺れて、緩急をつけ、螺旋を描く。思い付く限りで移動しているのに、リュウデリアはウィリスから一切離れず、残像を伴い忽然と現れるのだ。

 

 

 

「──────はははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!楽しいなァ!?えェ!?俺は今楽しくて仕方が無いぞッ!!ダンティエルも中々だったが直ぐに殺してしまったッ!!だがお前はまだ生きて俺と戦えているッ!!ぁあああぁあ……ッ!!俺は今……ッ!!戦いを楽しんでいるッ!!もっとだッ!!もっともっともっともっとォッ!!俺にお前()の力を見せてくれッ!!」

 

「んッの……ッ!!ざっけんなよクソヤロウが……ッ!!さっきからバカみてェな威力の魔法バカスカ撃ちやがってクソが!!テメェの魔力は無尽蔵かマジで!!しかもどうやったらンな訳分からん速度が出んだよッ!!これ以上速度出したら鱗剥がれるわッ!!」

 

「ならば己の肉体を強化しろッ!強化して強化して限界を超えてッ!俺ともっと魂を削り合うような不毛な戦いを存分にしようじゃないかッ!!ぁあ駄目だ……俺の心の臓腑が熱くて仕方ないッ!!第二段階にギアを上げるぞッ!!良いよな!?良いだろう!?さあ俺を──────もっと愉しませろォッ!!」

 

「まッッだ余力あンのかよふっざけんなマジでッ!!クッソがァッ!!いいぜやってやンよ!!ボコボコにぶちのめしてやらァッ!!」

 

 

 

これ以上出せば体が耐えきれなく感じる速度を出しながら飛んでいるというのに、リュウデリアはこれから更に速度を上げようとしている。それにギアを上げると言っているが、確実に速度以外の部分のギアも上げてくるのだろう。今更速度だけ上がると言われた方が不自然で気持ちが悪い。それ程の強さをこの黒龍は持っていた。

 

人間を少し殺した位で調子に乗っていると思っていたが、前言撤回だ。これはその程度では全く満足していなかった。いや、そもそもそんなこと端から気にしてすらしていなかったのだ。それどころか、自身とある程度戦える相手を捜し求めていた。そして戦ってみて解る、異常なほどの戦闘能力と魔法の才能。使っても無くなっているのか疑問が湧いてくる程の底知れぬ魔力量。

 

此方は既に体の至る所の鱗に罅が入って血を流している。体の奥底では貯まったダメージが悲鳴を上げて鈍痛を生み出す。魔力も大きい魔法を連発すれば底を尽きそうだ。当然だろう。あれだけの魔法を何度も使用しているのだから。魔力が底を尽きそうで当然。それが龍であってもだ。それに大規模な大爆発を零距離で受けているのだ。ダメージがあって然るべきだ。

 

しかし相手はどうだろうか。狂ったように嗤って追い掛けて来ながら、ダメージを負っている形跡が無い。というのも、鱗に傷すら付いていない。どういう硬度をしているというのか。魔力も一向に無くなっている様子も無い。体力も有り余っているようだ。理不尽な程に強い同族で突然変異の黒龍に舌打ちをしながら、方向を変えてリュウデリアへと突っ込んでいき、リュウデリアは待ってましたと言わんばかりに両手を広げて歓迎して嗤う。

 

 

 

 

 

絶対にぶちのめす。そう思いながらウィリスは、純黒の黒龍へと突っ込んでいき、魔法陣を展開した。戦いは終わりを迎えようとしている。

 

 

 

 

 

 

 









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第二十五話  決着







 

 

本当に嫌になる。何が悲しくて、こんな訳の解らない奴を相手にしなくてはならないのか。押しても引いても倒れやしない。いや、それどころか動きもしない。そんな奴を相手に一体どれだけ戦っているのだろう。それとも時間が経っているように思えて、実はあまり時間は経っていませんというやつなのだろうか。それはそれで嫌だが、今の状況はもっと嫌だ。

 

とっくに残り半分を切っている魔力を使って魔法陣を展開し、雷を発生させて奴にぶち当てる。奴は避けようともしなかった。それで魔法の雷が直撃こそすれど、やはりダメージが無い。若しかして魔法無効化の体質でも持っているのかと疑っても不思議ではないはずだ。それ程、奴に攻撃が効いていると思えないのだ。

 

速度を載せて体当たりをしても、鋭利な爪で引き裂こうと、尻尾を叩き付けても、魔法を撃ち込んでも、何も効きやしない。こっちはもう鱗に罅が入り、中には割れている箇所だってある。魔力も底を尽きそうだし、何よりこんなのをずっと相手にしていて精神的に来るものがある。なのに、何故奴はあんな生き生きしているんだ。そんなに他の龍と会えたことが嬉しいか。

 

奴は調子に乗っていなかった。寧ろ調子に乗っていたのは自身の方だった。()()の息子だからって、今まで喧嘩で負けたことが無かったからって、上には上が居るってことを頭の中から放り投げていた。上には上が居るのは当たり前だ。自身では、父様には逆立ちしても勝てない。強いのは幾らでも居る。あぁ、なんと愚かだったのだろうか。当たり前のことを忘れて、今更思い出すなど、龍の癖に阿呆が過ぎる。自身でも呆れてしまう。

 

 

 

「おいおい。まさかもう終わりなのか?冗談だろ?なァ、それは俺を騙す演技なのだろう?()()()()()()()()()()?俺はまだまだ足りないぞッ!!もっとだ、もっと俺に力を出させてくれッ!!魔力は有り余っているぞッ!?普段では安易に使えない魔法も態々取って置いてあるんだッ!!お前が終わったら俺は不完全燃焼も良いところだッ!!魔力か?魔力が尽きそうなのか!?俺の魔力を分けてやろうか!?そうすればお前がまだやれるというのなら、オリヴィアに傷を治癒してもらって俺が魔力をやるッ!!もっと俺を愉しませてくれッ!!」

 

「…………………………。」

 

 

 

──────無意識か?無意識でそんなにオレの事を煽ってんのか?はーッ、つれーわー。マジつれーわー。マジでつれーし面倒だし……マ ジ こ い つ ぶ っ 殺 し た い 。

 

 

 

満身創痍だって解らないのか。血が流れているし息も上がっている。感じ取れる内包した魔力は最初に比べてクソみたいなもんだと解りきっていての発言だと十分に理解した。もう本気でぶっ飛ばしたい。同族の龍である自身でも理不尽な塊の黒龍……リュウデリアを、この状況から一体どうやって追い込めというのかは、皆目見当が付かない。

 

普通ならばここで良い案を思い付いて実行するのだろうが、考えてもみて欲しい。最大火力はもう使った。それに足して相手の莫大な魔力を暴発させて誘爆してやった。その時に魔力で全身を厚く覆って防御したし、魔法でも防御してダメージが貫通してきた。だが知っている。リュウデリアは魔力で覆うこともせず、文字通りのノーガードだった。それでダメージが無かった。

 

繰り出される殴打は一撃で意識を刈り取り、鱗はバカみたいに硬い。魔力は余りに余っているというし、そんな出鱈目な奴が安易に使えないという想像したくも無い魔法が有るという。殺す気か。ていうか、これだけの事を並べられて良い案が思い付くわけ無いだろ舐めんな。寧ろ教えて欲しい位だわ。そうウィリスは心の中で愚痴りに愚痴りまくっていた。

 

表情は最早無である。いや、ちょっと目元が引き攣っているかも知れない。まあそれは良いとして。ウィリスの顔は静かに冷たく、心は怒りで熱く燃え上がっていた。限界近いっていうのに、無意識だろうか煽りを入れてくるリュウデリアが悪いのだ。無理だろうなとは思いながら、ウィリスは本気でリュウデリアを殺したくなってきた。無理だろうが。

 

 

 

「──────『逆雷電(さかイカヅチ)』」

 

「む、下からか」

 

 

 

魔法陣がリュウデリアの真下に現れて、雷が包み込んだ。自然発生する雷よりも数十倍の威力がある雷なのだが、リュウデリアはそれが直撃して尚、笑みを溢している。笑みといっても人間が見たら震え上がるような悍ましい笑みで嗤っているのだが。リュウデリアは楽しいのだ。人間では相手にならず、況してやここら辺に居る魔物なんかでは話にすらならない。

 

もっと強いのは居ないのか……と、オリヴィアの肩に乗って魔物を狩っている時は思っていた。何だったら魔物の突然変異がいきなり目の前に現れてもいいとさえ思っていた。寧ろ来てくれと願った。結果は……世界はそんなに甘くは無いということだ。

 

だからこそ、街の中で人間が意識を弄られて、龍の気配がして、自身ではまだ持ち得ていない魔法の精密なコントロール技術を持つ龍が居るのだと思ったら、この日が待ち遠しかった。早く会ってみたいと思って数日、漸く会えた龍は雷を自在に操り、今まで会ってきた者達の中で最も強かった。

 

ここまで戦えた奴は居ない。殴って耐えた奴も居ない。例え殴打が半分以下の力によるものだとしても、あの『英雄』ですら死を覚悟して回避していた。それなりに殴っても蹴っても魔法を撃っても死なない。やり返してくる。立ち向かってくる。他では味わえない高火力の魔法を体験できる。リュウデリアにとってウィリスとの戦いは、実に心躍るものなのだ。

 

 

 

「──────『第二の疑似的黒星太陽(リィンテブル・ヴィディシオン・フレア)』ッ!!」

 

「おまッ……ッ!それ今真面に当たったら絶対死ぬやつッ!!あ゛ーークソッ!!『雷龍の雷球強壁(らいきゅうごうへき)』ッ!!」

 

 

 

ウィリスに向けて右手を翳し、魔法陣も展開される。何度も見ている純黒の魔法陣。その魔法陣の構築速度は異常の一言だ。あっと思った時にはもう魔法陣が出来上がっている。だから今この時は回避が間に合いそうに無い。魔法陣から生み出された純黒の小さな炎球はウィリスに向けて放たれた。

 

避ける暇も無いとなれば、もう当たるのは覚悟してありったけの防御をするしか無い。正直殴打の時のようになる可能性もあるので、受け止めるという選択は余りしたくは無いが、避けられないともなれば話は別だろう。

 

全身を雷で形成された丸い球体で覆い尽くす。それを何層にも重ね合わせて格段に防御力を増強する。本来は一つ張れば終わりなのだが、正直今張った十枚でも、リュウデリアの魔法が防御魔法をかち割って貫通してくる可能性もある。そうなれば魔力で全身を覆って受けるしか無い。その頃には防御魔法によって威力が殺されていることを祈るのみだ。

 

完全な防御態勢に入ったウィリスに、純黒の炎球がやって来た。どう見ても大した魔法には見えないそれ。だが侮る事勿れ。見た目が小さい炎球であろうと、籠められた魔力は途方も無いものだ。でなければウィリスが態々厳重に防御魔法を展開する必要が無い。それに当たれば死ぬとも言わない筈だ。

 

純黒の炎球がウィリスの展開した防御魔法に到達した。瞬間、大空に純黒の太陽が顕現した。爆発では無い。凝縮された純黒の炎が解放され、太陽に思える巨大な球体を作り出しているのだ。無論、その中心部にウィリスは居た。そして焦っていた。爆発系で直ぐ終わるのではなく、高熱の純黒に全身を呑み込まれてしまったからだ。更には防御魔法が一気に八枚砕けた。秒である。

 

こんな高火力の魔法を魔力だけで防御すれば、灰すら残らないかも知れない。死。純黒が死を運んできた。それは今目の前にあり、背中にも控えている。本当に殺される。だが死ぬわけにはいかない。ウィリスは残りの二枚が砕け散る前に、また新たな防御魔法を発動し続けた。凝縮された純黒の炎熱が防御魔法を次々砕き、その度に防御魔法を展開する鼬ごっこになっていた。

 

何時まで続く。何時まで続ければ良い。防御魔法にはそれなりの魔力が必要になる。それをこうも何度も創り出していたら、魔力が底を尽いてしまう。唯でさえ、もう魔力が心許ないというのに。ウィリスは色んな意味で焦りを感じながら、懸命に魔法を発動し続けた。そして、純黒の太陽は消え、ウィリスはどうにか凌ぎきった。

 

しかし代償として、魔力が尽きてしまった。最後の防御魔法を展開した時に、丁度無くなってしまったのだ。これではリュウデリアの魔法も攻撃も受け止めることが出来ない。雷速で回避することも出来ない。防御面を強化する事だって出来やしない。拙い。このままでは絶対に拙い。そう思っている時に限って、リュウデリアが残像を伴いながら目前に現れるのだ。

 

残像を伴う超高速移動によりウィリスの目前に現れると、リュウデリアは殴打の姿勢に入った。魔力が無い今、喰らった時のダメージは考えたくも無い。故に受けるわけにはいかない。受けたくない。本気で受けたくない。それだけが頭の中で先行し、行うにはおざなりな尻尾の打撃に走った。体を捻って尻尾を捻ってリュウデリアに上から尻尾を叩き付ける。

 

だが尻尾の打撃は避けられた。リュウデリアが忽然と姿を消した事によって。嫌な予感が背筋に奔った。消えたリュウデリアの気配が真横からする。何でも良いから回避をしようと翼を強く羽ばたかせる前に、リュウデリアはウィリスの真横に移動し、無防備となった腹部に下から突き上げて抉り込むような拳を見舞った。魔力で覆って強化された拳は重く、硬く、強く、ウィリスの鱗に覆われた腹部を抉り込む。

 

 

 

「……っ……──────ごばァ……ッ!?」

 

「まだまだァッ!!」

 

「ぢょ゛……ま゛で……ッ!?」

 

 

 

くの字に折れ曲がって殴打の衝撃がウィリスの背中から衝き抜けた。腹部の黄色い鱗を粉々に砕き、強靭な筋肉の壁を破壊し、衝撃は内臓を通り抜けていった。呼吸困難を引き起こし、何がどうなっているのか解らない痛みが腹部を襲う。風穴が空いているんじゃないだろうかという錯覚を起こしてながら、まさかの追撃である。

 

痛みで悶えながら嘔吐いているウィリスの静止の声が聞こえず、リュウデリアは空中にも拘わらず前に一回転してウィリスの頭に向けて踵落としを決めた。ばきりという嫌な音を立てながらウィリスがぐるりと白目を剥き、衝撃を与えた方向である真下へと叩き落とされていく。リュウデリアは翼を大きく開いて大きく羽ばたき、その場から消えた。

 

踵落としが決まって叩き落とされている最中、ウィリスは意識が朦朧としていた。脳震盪によって平衡感覚も狂っている。そんな防御らしい防御も出来ないウィリスの体に、打ち上げる要領で蹴りを入れたリュウデリア。落ちていくウィリスに追い付いたのだ。ウィリスは斜めになりながら体から落ちていた。つまり蹴りを入れれば脇腹に直撃する。

 

ごきりという音が響き、新たな激痛によってウィリスの意識は強制的に引き戻された。感触からして蹴りを入れられた肋骨が粉々に折れた。それも数本である。上へ向かって打ち上げられながら、ウィリスは大量の血を吐き出した。ごぽりと吐き出される血と鉄の味、脇腹や頭の痛みに顔を歪めながら、どうにか翼を使って体勢を立て直そうとした。しかし、そんなウィリスの体はリュウデリアによって捕まえられた。

 

腹部の方から背中に向かって腕を回してリュウデリアがウィリスの体を抱き締めている。見方によっては抱擁しているようにも見えなくも無いが、やられているウィリスは堪ったものではない。リュウデリアが逃がさないと言わんばかりに、剛力を使って締め上げているのだ。ミチミチと軋み、蹴り折られた肋骨の箇所が死ぬほど痛い。なのに絞められている所為で息すら真面に出来やしない。

 

 

 

「かッ……ひ…ゅ……ッ」

 

「お前が全方位に雷を放った放電ならぬ放雷があっただろう?アレを少し俺風に創ってみたんだ。これを最後に戦いを終わりにしよう。……少々物足りないが」

 

「ぶ……ぐ……や゛…………め゛………っ!!」

 

 

 

「──────『殲滅龍の黒纏雷迸(こくてんらいほう)』」

 

 

 

抱き締められて逃げられない状況から、純黒なる魔力によって純黒と化した黒雷が、遙か上空で強烈に弾けた。ウィリスは満身創痍で降参するとも言えず、体中に奔る尋常ではない雷の痛みを感じながら、意識は暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ハッ!?」

 

 

 

嫌な夢を見ていたような気がする。痛くて苦しくて怒りがこれでもかと込み上げてくるような、そんな胸くその悪い夢を。ウィリスは草の上で目を覚ました。それから何かが有ったような無かったような……とぼやけた頭で考えていた。すると、そんな彼の前に純黒の何かが現れ、自身の顎を突然掴んだかと思えば上を向かせる。

 

乱暴なその手つきに苛立ちが瞬く間に頭の中で広がり、犯人を睨み付け、呆然とした。そこには純黒の黒龍が居て、顔を上げた自身を黄金の瞳で見つめているのだ。ウィリスは嫌な夢だと思い込んでいた一連のことを思い出した。

 

ひゅっ……と、喉が鳴り、喉の奥が乾ききった。心なしか体中が震えているようにも思えるのは気のせいだろうか。気のせいではない気がする。ウィリスは殴られ蹴られ、骨を折られ、訳が解らない程の威力を持つ魔法を撃ち込まれた、戦いという戦いにはならなかった喧嘩を思い出してしまった。

 

尻尾がぴんと立ち、瞳がこれでもかと泳ぐ。そんなウィリスの事を放って置いて、リュウデリアはウィリスの顎を掴んだまま右を向かせたり左を向かせたり観察した後、掴んでいた顎を離して腕を組んだ。2本の脚で立って腕を組んで見下ろしているリュウデリアに、何かやられるのかと怯えていると、ふと思い至る。全身が痛くない。寧ろ軽いのだ。

 

 

 

「傷はオリヴィアが治癒したぞ」

 

「……何でだよ。オレはお前に負けたんだぞ。殺しもしねーし、一体何を考えてやがる」

 

「……?俺は同族のお前と戦いたかっただけで、殺すつもりは毛頭無い。だから最初に言っただろう、力を見せろと。同族に会った事が無かった俺は同族の力を知りたかった。それだけだ」

 

「……オレは人間が絶望して死ぬところを見る為に、この騒ぎを起こしたんだぞ。テメェが厄介になってたこの街をだ。だっつーのに、それだけで話を終わらせるつもりか?」

 

「俺は別にこの街の人間がどうなろうと知った事では無い。生きているならば生きているで良いだろうし、死んだならば死んだで構わん。この街に来たのは偶然だからな」

 

「……そーかよ」

 

 

 

ウィリスは前に居るリュウデリアではなく、二匹を傍らで見ているオリヴィアに視線を向ける。人間にしか見えないが、人間では無いということ、ウィリスは見ただけで解っていた。取り繕ったところで、龍に隠し事は出来ない。そういった看破する力も込みで世界最強と謳われているのだから。

 

初めて見る、リュウデリアが言っていたオリヴィアという存在。人間では無いことは確かだが、何の種族かまでは解らない。だがどうでもいい。そんなことなど気にしていないからだ。ウィリスはオリヴィアが着ている純黒のローブに視線が行った。あれだけリュウデリアと戦ったから、察する。このローブによってオリヴィアは護られているということが。

 

十中八九自身の魔法を跳ね返したのは、このローブだろうと直感し、護られているなと思った。感じ取れる魔力はそう大したものには思えないように、敢えてカモフラージュされてはいるが、龍の感知能力を甘く見てはいけない。ウィリスはローブに籠められている計り知れない魔力が感じ取れている。故に、オリヴィアの背後には巨大な黒龍が、此方を睨み付けているように見えるのだ。

 

今居るのは街の入り口から少し離れた場所。近くに大きな焼け焦げた場所があるのは何なのだろうか。それを辺りを見渡して見ていたウィリスは、ある事に気が付いた。何か可笑しくはないか?と。リュウデリアが自身を見下ろしているのは解る。骨格からして二足歩行を主としているのだろうから。戦っている時もそうだった。しかしオリヴィアは違う。人間と同じ大きさだ。なのにどうして自身はそんなオリヴィアに見下ろされているというのか。

 

 

 

「な、なンッッッッじゃこりゃァ──────っ!?」

 

「お前が元の大きさのまま降りてくる訳にもいかん……ということで、リュウデリアが小さくなる魔法をお前にも掛けたんだ」

 

「これで俺達は、人間から新種の蜥蜴としか思われん」

 

「蜥蜴と一緒にされて堪るか!?」

 

「因みに俺は新種の蜥蜴の使い魔というポジションだ。便利だぞ。魔法は全てオリヴィアがやったように見せれば殆ど何でも出来る」

 

「お前の事情なんざ知るか!?」

 

「何だ、折角教えてやったのに」

 

「な・ん・で!オレが興味ある前提で話し進めてンの!?全く興味ねーわ!!おちょくっとんのかテメェは!?」

 

 

 

ウィリスは吼えた。何なんだコイツ等は……と。リュウデリアの方が強いというのが解っているから余裕なのか解らないが、街を襲って戦った相手が居るというのに楽観的過ぎないかと。まあ、ウィリスも命の奪い合いをしたわけでは無く、人間でいうところの手合わせみたいなものだ。此方は全力だったが。

 

オリヴィアが小さな二匹の龍を見て微笑んでいる。何だか居たたまれないウィリスは立ち上がった。確りと4本の脚で立ってみたが、痛むところは一切無い。体を確認してみても、出血している所も無く、鱗が砕けている所も無い。腹部にリュウデリアの殴打を受けて鱗が壊滅的な被害にあったが、見てみても傷は無かった。

 

龍の中にも傷を回復させる、治癒出来る者は居やしない。回復の魔法というのはそれ程稀少で居ないのだ。ウィリスも龍らしく住処を転々としているが、そんな稀少な者には会った事が無い。つまり、治してもらう所を見ていた訳では無いが、オリヴィアという存在は世界から見て超稀少な、喉から手が出るほど欲しい存在だ。そもそも回復の魔法は太古に失われている。

 

だがウィリスがオリヴィアについて何かを言うつもりも無い。誰かに報告することも無いし、広めるつもりも無い。負けたからといって腹いせに……なんてつまらない事をする種族じゃないのだ。負けたならば負けたと潔く認め、買った相手を尊重する。負けたのは弱い己の未熟さが原因と捉える。

 

 

 

「何だ、もう行くのか」

 

「……あぁ。此処に居る理由がねェしな。オリヴィアっつったか、ありがとよ、オレの傷を治癒してくれて。あの傷だと7日もすりゃあ死んでたぜ」

 

「いや、そんなに保つのか」

 

「……じゃあな。次は負けねェ。精々首洗って待っとけ。絶対ェテメェをぶちのめしてやる」

 

「覚えておこう。因みにあと総合的に200倍強くなってくれると、もっと良い戦いが出来ると思うぞ」

 

「軽く言うなやッ!!」

 

 

 

翼を広げて飛び上がった。ウィリスはまさかこんな目に遭うとは思わなかったが、自身がまだ弱いということを知る良い経験になった。これから行かなくてはならない所が出来たし、何を言われるか解らないが、傷を治癒してもらい、特に何かを要求されている訳では無い。自身が弱いと解っただけでも十分だ。

 

少し飛んで振り返り、オリヴィアとリュウデリアを見下ろす。リュウデリアはもう使い魔としての姿に戻っている体なのか、オリヴィアの肩の上に乗っていた。種族が違う二人を見て、何の疑問も抱かない、抱かせない二人はお似合いに見えた。見ていて自然体だからだ。

 

龍は基本的に誰かに肩入れする事は無い。況してや別の種族の者なんかは基本生きようが死のうがどうでもいいのだ。なのにオリヴィアが着ているあのローブは、尋常ではない魔力と、視たことで思い知らされる、考えるのも億劫になる複雑な術式と機構。同じものを造れと言われても、自身には無理だと答えるだろう逸品。それが表すことは……。

 

 

 

「……おい!この小せェ魔法は何時になったら解くンだ!?結構飛んだぞ!!」

 

「あぁ。忘れてた。それは寝ている時も機能するように効果時間が設けられている(嘘)。一日は寝ていると思ったから、そうだな……あと23時間はそのままだな(大嘘)」

 

「よォしッ!!テメェ次は絶対にぶち殺してやるからなッ!!」

 

 

 

ウィリスは激怒した。小さな姿で帰らされている事に。そしてその元凶とも言えるリュウデリアに。次に会った時は絶対に許さないと。

 

 

 

「あ、ちょっ……ワイバーンが調子に乗ってんじゃねーぞゴラァッ!!」

 

 

 

ウィリスは大空を飛んでいる。小さな体で翼を懸命に動かしながら。時には敵の強さが解らない低位の魔物に襲われながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────何か有れば戻って報告せよと言ったが、何故その内容が初めて負けたという報告なんだ?貴様はこの私を愚弄しているのか?」

 

「い、いいえ……父様。唯、オレの気持ちの整理がつきましたので報告にと……」

 

「愚か者がッ!!貴様は頭が足りん。だから貴様は兄弟の中でも最弱なんだ。初めて負けた?貴様は所詮有象無象の中に紛れ込んでいただけに過ぎん話であろうがッ!!」

 

「で、ですが……リュウデリアは龍族に於いても最上位の力を持っているかと……」

 

「……?負けたのは同族か。それに貴様……最上位だと?ふむ……其奴の名は何という」

 

「り、リュウデリア・ルイン・アルマデュラといいます……」

 

「……………………。」

 

 

 

とある場所にて、そんな会話がされていた。報告を受けた者は顎を手で擦って何かを考えている様子。それを静かに床に片膝を付きながら見ている。やがて考えていた者は召使いを呼んだ。若しかしたら何か余計な事をしてしまったかも知れない。膝を付いて頭を垂れているものは一粒の冷や汗を掻いていた。

 

 

 

 

 

 

純黒の黒龍は同族を知ることが出来た。だがまだ同族全体は純黒の黒龍の存在を知らない。これから何が起きるのかは……まだ解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 









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第二十六話  騒ぎの顛末






 

 

街の脅威は去った。今回の立役者はオリヴィアだ。そして陰の立役者がリュウデリアとなる。街を魔物の大群を仲間を使って呼び寄せ、魔物や人の意識を弄って他人を襲わせたのは、全てリリアーナがした仕業だと、今はまだ情報が足りていないので犯人が誰かは解っていない状況だが、知れば皆がそう思うことだろう。だが真実は違う。

 

リリアーナが復讐の道に走る切っ掛けを与えたのは、一匹の龍であった。雷を自在に操っていた龍が、人間の夢の中に魔法で入り込み、強い憎しみを胸に秘めている者を探していた。そして見つけたのだ。悲惨な過去を持つ人間を。それがリリアーナだった。リリアーナは旅行の最中魔物に襲われ、夫の犠牲もありながら命からがら逃げ果せた。

 

凍えるような寒空の下、腕に抱いている自身の赤ん坊の命の灯火が消えかけていたその時、街に辿り着いた。しかし、門番に街へ入るための入場料を求められた。リリアーナは入場料を払えなかった。魔物に襲われた際に全て置いてきてしまったのだ。入場料を払わないならば入れられない。そう断固として拒否されても、必死に我が子だけでもと、偶然その場へやって来た領主にも頼み込んだ。しかし結果は否。我が子の命も失われた。

 

夫も我が子も全て失ったリリアーナは、両親の尽力の甲斐あって心の余裕が生まれた。悲しみを克服したわけでは決して無いが、笑顔を浮かべられるようになったのだ。しかし、そこで黄色の龍であるウィリスと夢の中で出会い、契約を交わしてしまった。それからは街の領主への復讐計画の準備を進める毎日だった。

 

2年の月日を掛けて数人の仲間を集い、作戦を結構した。製造を禁止した魔物を誘き寄せる香水を使って魔物に街を襲わせ、龍が人と使い魔を暴走させ、混乱に乗じて領主を殺す。そして主な目的であった領主をその手で殺すことが出来たリリアーナは、オリヴィアの手によって葬られた。街に押し寄せる魔物の大群も、オリヴィアが一人で片付けてしまった。

 

暴走した人や使い魔は、街の衛兵達の手によって捕らえられ、今は牢屋に入れて暴走の様子が治まるのを待っている状況である。そして、一見オリヴィアが街の危機を救ったように思えて、裏で暴走させてリリアーナを焚き付けた黄色の龍は、リュウデリアの手によって止められた。暴走を食い止めるため、なんて善意ではなく、初めての同族で手合わせをしていただけなのだが、結果的には街の危機を救った事にはなる。詰まるところ真実は、龍の悪意によるものだったのだ。

 

 

 

「行方不明の街の領主の事は残念だ。だが一方で街が救われたのは事実。そしてその街の危機を救ったお前という存在が居たのもまた、事実だ。領主が今行方不明である事によって、次期領主となる領主の息子が、お前に謝礼金を贈呈したいと言って、その金は俺が預かっている。本当は顔を見て直接渡したかったらしいんだが、人や使い魔の暴走の件で代理として、今は急務に追われていて来れないんだと」

 

「……ギルドに来て早々私を連れ出したのは、事情聴取とそれが主な理由か。道理で先からその丸々とした袋が置いてある訳だ」

 

「そういうこった」

 

 

 

オリヴィアとリュウデリアは今、ギルドの2階にある一室に来ている。そこはギルドマスター専用の部屋で、主にギルド運営に関するマスターの責務仕事をやっている。時々今のように話を聞くための部屋としても使っていて、ギルドのランクが上位に上がったりする時にも、こうした話の場を設けたりもする。

 

ギルドに顔を出して直ぐに見慣れぬ男に手招きされた。顔が少し怖いのが特徴の男性で、そこまで外から見ると筋肉質には見えない体付きだが、実際はとても引き締まった身体をしている。そんな男性が、いきなり手招きしたのだ。何用だろうかと思って近付けば、まだ会った事の無いギルドマスターだったのだ。

 

取り敢えず騒ぎに関しての話を聞きたいということで案内されたのが、この部屋だったということだ。オリヴィアは適当に寛いでくれと言われたので、低めのテーブルを挟んで対面して置かれているソファーに腰を下ろし、リュウデリアはオリヴィアの肩から降りて隣に腰掛けた。何も言わず隣に腰掛け、大人しくしているリュウデリアを見て、ギルドマスターは目を細めていた。

 

 

 

「貰える物ならば貰っておく。だが解せんな。私が確かに魔物を全て殺したが、その後は何処にも寄らず宿へ帰った。誰にも私がやったとは報告していない。なのに何故私がやったと解った?」

 

「その事か。それなら、俺が見てたんだよ。いや、俺だけじゃなくて他の冒険者も見ていたんだがな?いや、あれは見事だった。最近Eランクに上がったと報告は受けていたが、あんなとんでもない魔法が使えたとは……()()()使()()()()魔法は素晴らしかった」

 

「……そうか」

 

 

 

騒動が起きて魔物の大群が押し寄せ、てんやわんやだったが、オリヴィアは魔物の大群を殲滅し、黄色の龍のウィリスの怪我を治癒した後、何時もの宿へと帰っていった。つまり誰にも自身が魔物の大群を相手にしたとは言っていないのだ。言う必要も無いし、別に誰かに自慢するような性格でもないオリヴィアからすれば普通だろう。故に知られていることが何故なのか解らなかった。

 

だがギルドマスターの話を聞いて納得だった。見られていたのならば、今このように謝礼金を受け取ってくれと言われても不思議では無い。だが懸念するべき所があった。それは、オリヴィアが魔物の大群を殲滅する直前、リュウデリアはオリヴィアの肩から飛んでいってしまったということ。下に居てリュウデリアとウィリスの戦いは熾烈なものだと解っていた。攻撃の余波が地上にまで来ていたからだ。

 

衝撃波や熱。後少しで当たる所だった雷など、それらを街の住人達は目撃していたのだ。ならば遙か上空へ飛んでいって中々戻って来なかったリュウデリアを訝しんでも可笑しくは無い。寧ろ自然だろう。だがギルドマスターはリュウデリアがあたかも、オリヴィアと一緒に戦っていたような物言いだった。オリヴィアは表情を崩さず反応したが、心の中ではリュウデリアの手回しだと気付いた。

 

リュウデリアは上空へ行く前に、辺り一帯の広範囲に幻覚作用を引き起こす魔法陣を展開していた。内容は、居もしない者がそこに居るように見えるというもの。つまりはオリヴィアと一緒にリュウデリアも傍に居たという幻覚を見せたのだ。自身が居なくなり、それを目撃されていた場合の事を、飛び立つ前に考えて対抗策を講じていた。故にリュウデリアが『殲滅龍』ではないのか?と、疑われることは無い。

 

人知れずそんなことをしていたのか……と、内心感嘆としながら、オリヴィアはありがとうという気持ちを伝えるために、隣で眠っている演技をしているリュウデリアの腹に手を回し、持ち上げて自身の膝の上に置いた。一瞬だけ目を開けてオリヴィアを見たリュウデリアだが、特に何もせず、オリヴィアに身を任せた。柔らかい感触の膝の上に乗せられ、頭から翼の生え際にかけて優しく撫でられている。尻尾が左右にゆらゆらと揺らしているのは、リラックスしている証拠。オリヴィアはリュウデリアを撫でながら優しく微笑んだ。

 

ギルドマスターはそんなオリヴィアとリュウデリアを興味深そうに見ていた。使い魔の大会は後ろから見ていた。仕事があったので準決勝辺りからの観戦になったが、それでもリュウデリアが対戦相手を自主退場させ、決勝で観客をも圧倒させる魔法を見せた。アレにはギルドマスターである自身すらも背筋が凍った。籠められた膨大な魔力に気が付いたからだ。

 

範囲は狭いものの、相手を一瞬で凍てつかせ、大気をも同時に凍らせた膨大な魔力。それを撃って他の魔法が使えなくなる……というのならば納得するが、使い魔にそんな様子は無かった。それどころかとてもつまらなそうな印象を抱いた。あれだけの魔法は冒険者ランクSでも難しい。そんな魔法だった。だからギルドマスターはこの二人の実力を計りかねているのだ。

 

使い魔が使い魔なら、主であるオリヴィアも尋常ではない魔力と魔法だった。天を突くが如く上がる炎の柱。全てを凍てつかせた氷の魔法。そして残った魔物を一撃で消し飛ばした雷。それを連続で撃ち続けた。そんな存在が冒険者ランクがEときた。まだまだ新人なのである。ギルドマスターは、テーブルの上に置いた500万Gが入った丸々とした袋に魔法陣を展開し、異空間にしまったオリヴィアに驚きながら提案をした。

 

 

 

「……それが空間系の魔法か。報告で聞いたが、まさか本当だったのか。いや、それよりも……どうだ?ランクをAかBにまで引き上げてみないか?」

 

「順に上げていくのが決まりではないのか?」

 

「本来はな。だが明らかにそのランクの域を越えていると判断すれば、ギルドマスターの権限によりランクを特別に上げる事が出来る。今回はお前の功績と、実際に目にしてそれ相応の力があると判断し、推薦させてもらう。どうだ?」

 

「別に今のランクでも満足している。旅が目的なだけで、冒険者の依頼は旅の資金を稼ぐための手段でしかない。それに今となっては大会の優勝賞金や謝礼金もある。当分は問題ない。だから昇格の話は断らせてもらう。上げる楽しみというのも有るからな」

 

「……そうか。分かった。これはお前の話だからな。じゃあ、今まで通りでEランクだ。これからもよろしく頼むぞ」

 

「うむ」

 

「うし、じゃあ次の話だ。聞きたいのは──────」

 

 

 

それからオリヴィアは、ギルドマスターから騒動について尋ねられた。一応騒動が起きた場所に居たギルドメンバーの皆から話を聞いている。ギルドマスターもその場には居たのだが、生憎と遅れてやって来たことと、観客の数に押されてしまった事が原因で後ろの方に居て、暴走した人を止める手伝いもしていた。オリヴィアの戦いを見れたのは、地を鳴らす足音が近くなったので、街の入り口を確認するために向かって偶然目にしたのだ。

 

だから誰が何のためにやったのかというのが、まだ解明されていなかった。同じような質問を他にもしていたのだが、確かな情報は得られていない。だから今回もそう大したものは得られないのだろうと思った矢先、騒動の原因はギルドの受付嬢をしていたリリアーナだということが分かった。

 

人と魔物の暴走は知らないが、魔物の大群が押し寄せて来たのは、リリアーナの復讐によるものだったと聞かされる。犯人がまさかギルド職員の受付嬢だったとは……と、驚愕する。受付嬢は2年程働いているが、とても働き者で優しい笑顔が人気の女性だった。何人かのギルドメンバーの男から交際を持ち掛けられたという話も聞いたことがあった。人畜無害そうな笑みをよく浮かべる受付嬢がまさか……と。

 

少し疑う気持ちも有ったが、受付嬢が喋ったという自身の過去を聞いて、ギルドマスターは頭を抱えた。完全に領主の不手際だった。ギルドマスターもたかだか5000Gぐらい見過ごしても良いだろうと声を大にして言いたいが、今はそんなことをしている場合ではない。聞いた受付嬢の過去の苦さを噛み締め、続きを離すように促す。そして、犯人だったリリアーナが実は領主を殺し、その後にリリアーナをオリヴィアが殺した事を聞き、再び驚きを露わにした。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!リリアーナを殺したのか?ていうか、リリアーナがもう領主を殺していたのか?」

 

「拙かったか?犯人であったし、領主をナイフで刺して殺した後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()見たからな。その場を目撃した私に己の過去を語り、逃げる前にやっておいた方が良いと思ったんだが」

 

「捕縛は出来なかったのか?」

 

「街が壊れても良かったなら可能だ。リリアーナは魔力こそ持っていなかったが、魔道具は持っていた。中々に強力なものだ。捕縛ってことは抵抗されるからな?」

 

「……そうか。まあ、倒したというのならば良い」

 

 

 

本当ならば捕縛して欲しかったのだが、住人が居るというのに街の中で暴れられても困る。それならば仕方ないが、まさか行方不明になっている領主がリリアーナの手によって殺されているとは思わなかった。それならば、次期領主で現在代理をしている領主の息子が、これからも領主として働くことになる。領主の死亡の旨はこのあと、直ぐに伝えなくてはと思いながら、オリヴィアを見る。

 

受付嬢は人当たりが良かった。今でこそ領主を殺し、街に魔物の大群を誘き寄せた犯罪者だが、ギルドで依頼を受ける以上リリアーナとは必ず話すだろう。同じ女性ということもあって少しは仲良くなった筈だ。

 

しかしオリヴィアは、何事も無かったかの如く殺したと言った。哀しんでいる様子も無い。若しかして受付嬢の事を何とも思っていないというのか。それならば中々に冷たい女性だと思った。だがオリヴィアの使い魔を撫でる手と表情はとても優しいものだ。使い魔に確りと愛情を持って接している事が分かる。

 

オリヴィアは街を救った立役者だ。だというのに、そんな人物を冷たい等と邪推するのは失礼に当たる。それが例え心の声だったとしても。ギルドマスターは心の中で謝罪をしながらオリヴィアに対する考えを改めた。オリヴィアは内心哀しみを抱えているのだ。それを悟らせないようにいつも通りの態度で振る舞っている。何と強い女性だろうかと。

 

ギルドマスターは腕を組んでうんうんと頷いている。だから見えなかった。リュウデリアがオリヴィアに撫でられながら薄く目を開き、ギルドマスターを見た後に鼻で笑ったことを。まるで変な勘違いを起こしていることを見破られているように、見られていたことを。

 

 

 

「話はこれで終わりか?今日は何か依頼を受けようと思って来たんだ。何時までも此処で拘束されていたくはない」

 

「ん?おう、もう大丈夫だ。助かったぞ。色々とな」

 

「構わん。こちらも謝礼金は貰ったからな。それ相応の事はするとも」

 

 

 

膝の上に乗っていたリュウデリアはオリヴィアの体を伝い、何時もの定位置である肩へと乗った。リュウデリアが乗ったのを確認したら顎の下を撫でてから立ち上がった。元々、依頼を何か受けようと思ってギルドに顔を出したのだ。それに、ギルドマスター専用の部屋に居ても、使い魔としての演技で喋れないリュウデリアには退屈だ。

 

それに大部分がリュウデリアと二人きりで居たい、という気持ちで占領されているオリヴィアからしても、此処にずっと拘束されるのは勘弁願いたい所だった。オリヴィア達が部屋から出ていき、階段を降りていく音が聞こえる。ギルドマスターは溜め息を吐いた。

 

随分と大型のルーキーが入ってきたと思う。今は冒険者ギルドのギルドマスターとして執務仕事を主にやっているが、これでも昔はSランク冒険者として依頼に取り組んでいたのだ。そんな自分からしてみても、オリヴィアとその使い魔の底が知れない。まだまだ力は出し切っていないように見えるし、それは勘違いでは無いのだろう。

 

ギルドマスターはまた溜め息を吐く。これで事件の大部分は明確にすることが出来た。後は……街の上で戦っていた龍と思われる事の心配だ。遙か上空で戦っていたので肉眼では見えなかったが、望遠鏡のように遠くの物が見える魔道具を使って見た人が、龍のようだったと話している。

 

だがギルドマスターは解っている。遙か上空でぶつかり合っていたのは、確実に龍だ。でなければそんな肉眼では見えない場所で戦っているにも拘わらず、地上にまで余波を届ける戦いにはならないだろう。もう少し高度が低ければ危ないところだった。龍に対する対抗策は無い。対抗しても意味が無いからだ。

 

最近は『殲滅龍』が突如として現れて国を滅ぼしている。武力も有って、技術力も有り、『英雄』が居た国が悉く消されたのだ。ギルドマスターは戦々恐々としながら責務に励んでいる。どうか龍が戻ってこないように……と。そして知るわけが無い。先程まで、この部屋に『殲滅龍』本人が居たということを。

 

 

 

「最近あまり食べられていないが、大丈夫か?元があのサイズだろう?」

 

「ふふん。その事なんだが、この前尋常じゃないほど腹が減ってな。その時に元のサイズに作用しながら小さくなる魔法を創った。これでもう食料について考えなくていいぞ。この体ならば人間100人前で事足りる」

 

「……お腹が減ってたのか。ごめんな?」

 

「いや、何故謝る?」

 

「帰ったら謝礼金を使って色んなものをたくさん食べようなっ」

 

「んん?あー、そうだな。うむ、そうするか?」

 

 

 

一方Eランクの依頼で魔物の狩猟を受けたオリヴィアとリュウデリアは、マイペースに狩りをしていた。まだ捕らえた暴走している人間と使い魔は元には戻っていないものの、騒動は収まった。少し歪められた真実も知れた。

 

()当分、平和を脅かされる事は無い。だが、オリヴィアとリュウデリアはどうかと言われると……首を傾げるだろう。二人の物語と戦いは、まだ始まったばかりなのだから。

 

 

 

 

 

 

「ん゛ん゛!?オリヴィア待て!その魔法を今撃ったら俺が巻き添えを──────ごはァ!?」

 

「あ、すまない!本当にすまない!大丈夫か……っ!?」

 

 

 

 

 

 

魔物を狩猟しながら、リュウデリアは誓った。先ずはオリヴィアに魔法の火力調整と戦い方を教えなければ……と。

 

 

 

 

 

 

 








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