"菊の番犬"と呼ばれた部隊 (キングコングマン)
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設定 登場人物紹介 (挿絵あり)



 オリジナルの登場人物が増えたので、設定や登場人物を載せとおこうかと思います。話が進むにつれて改変するかもです。


 

 菊花隊(きっかたい)

 

 アインクラッドにおける、唯一の治安維持ギルド。

 その理念としては、『この世界から1人でも多くプレイヤーを生還させる事』と、『その間の治安維持』。

 現実世界で事件の解決を待つ事を念頭に置いている為、攻略には殆ど参加せず、プレイヤー間のトラブルに割って入る『仲介役』を担う事がが多い。

 犯罪者ギルドなどの対応が主であり、戦闘スキルよりも拘束スキルや、探索スキルなどが高いメンバーが多く、チーム内の連携を重視している。

 攻略に殆ど参加しない為、前線の攻略組から疎まれることが多い。警察の真似事をしていると思われる事も多いからか、『番犬』などの蔑称で呼ばれることもある。

 スキンは白軍服をモチーフとし、左胸に菊花紋章を付けたシンプルなもの。

 

 

 桜花隊(おうかたい)

 

 菊花隊の裏の顔。通称『サクラ』と呼ばれる、菊花隊における諜報部隊。

 菊花隊の情報の要であり、その実態は他プレイヤーはおろか、菊花隊のメンバーでさえも内情を知らない者が多い。

 しかしその情報は信頼性が高く、前線の解放軍よりも明確な情報を握っていることもしばしば。

 菊花隊の様に指定のスキンが無いので、どのプレイヤーが桜花隊に属しているのかを探し当てるのは非常に困難。

 

 

 

 登場人物

 

 

 

 プレイヤーネーム  スグル (四条優)

 

 使用武器  日本刀

 

 役職  菊花隊隊長

 

 性別  男性

 

 

 特徴:精悍な顔付きと、短く切り揃えた短髪に鋭い目付き。身長は高めで、体つきもがっしりとしている。

 

 

 菊花隊の隊長。本名は四条優(しじょうすぐる)。

 元は警視庁捜査2課の刑事であり、警視庁内部でも『カミソリ』との異名を持つほどの切れ者。常に冷静で動じない構えを見せ、的確な指示を出すカリスマ性と、冷静な判断を下すその圧倒的なリーダシップから、隊員からの信頼もかなり厚い。

 

 

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 プレイヤーネーム  ユーリー (神崎由里子)

 

 使用武器  薙刀

 

 役職  菊花隊副隊長

 

 性別  女性

 

 

 特徴:子供っぽさの残る童顔な顔付きと、ショートヘアが特徴。痩せ型で、自分が子供っぽい見た目をしているのを結構気にしている。

 

 

 菊花隊の副隊長。本名は神崎由里子(かんざきゆりこ)

 スグル(四条優)と同じく、元は捜査2課の刑事。

 明るい性格で、気難しいと誤解されがちなスグルをフォローする事もある。スグルが男性達から信頼されやすいのに対し、その面倒見の良さからか女性から支持を集めやすい。

 自身の見た目が子供っぽい事を結構気にしている。

 

 

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 プレイヤーネーム  エイン

 

 使用武器  レイピア(細剣)

 

 役職  菊花隊幹部

  

 性別  男性

 

 

 特徴:高い身長に手足も長く、濃紺のストレートの髪を首元まで伸ばしている。黒縁のメガネがトレードマーク。

 

 

 菊花隊の幹部。

 口数は多い方ではなく、会議でも意見することはあまり無い。しかし周りの状況を把握する能力には長けており、加えて観察眼も鋭いので、ここぞと言うときに助言やフォローが出来る正に縁の下の力持ち。

 

 

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 プレイヤーネーム  ミカ

 

 使用武器  ダガー(短剣)

 

 役職  菊花隊幹部

 

 性別  女性

 

 

 特徴:垂れ目にウェーブのかかった明るい髪、そしてメリハリの付いた体型と、何かと大人な雰囲気を漂わせる女性。他の女性隊員に比べ、微妙にスカートも短くしている。

 

 

 菊花隊の幹部。

 少しのんびりとした性格だが、腹の中はしたたか。言葉で人を誘導するのが上手く、プレイヤー同士の口論などを仲介させるのが部隊で一番上手い。常にニコニコしているが、偶に毒を吐く事も。

 

 

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 プレイヤーネーム  ユーシ

 

 使用武器  日本刀

 

 役職  菊花隊幹部

 

 性別  男性

 

 

 特徴:まだ少年っぽさの残る体つきと童顔な顔立ちで、伸びた前髪は目元を隠している。

 

 

 

 菊花隊の幹部。

 幹部の中では最年少であり、その為か他の幹部と比べて直情的に動く傾向がある。隊長のスグルに心酔している気があり、目標は隊長の右腕になる事。若いが俯瞰で物事を考える事が出来る人物で、人を見る目に長けている。

 

 

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 プレイヤーネーム  メイ

 

 使用武器  片手剣 ビーストテイマー(鷹)

 

 役職  菊花隊幹部兼、捜索隊

 

 性別  女性

 

 

 特徴:腰までストレートに伸びた長髪と、クリっとした丸い目。その小さい身長から、小動物の様な印象を受ける。

 

 

 菊花隊幹部兼、捜索隊。

 自分に自信が待てない性格で、その為か幹部に関してはほぼ飾りの様な状態になっている。この世界では珍しいビーストテイマーで、使役する動物は鷹。その鷹と視覚共有する事が出来るので、空からの索敵や探索が得意。

 

 

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 プレイヤーネーム  リダ

 

 使用武器  両手大剣

 

 役職  菊花隊幹部

 

 性別  女性

 

 

 特徴:高い身長に赤みがかった髪をポニーテールに纏め、腰下まで伸ばしている。大剣も相まってか、周りから見たらかなり目立つ。

 

 

 

 菊花隊の幹部。

 バンカラで姉御肌な性格で、時折りメンバーからは男よりも男っぽいと言われる始末。大剣を使える様にスキルはパワーに寄りがち。少々雑な性格でもあるが、チームワークはピカイチで立ち回りの上手さから戦闘や確保においてはメンバーから絶大な信頼を受ける。

 

 

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本編
警視庁捜査二課


 こんにちは、キングコングマンと申します。この他にガルパンの二次小説なんかも書いていたりします。
 感想など全て返して行こうと思うので気軽に書いてくれると幸いです。


 

 

 

 

 ______警察とは、正義では無い。

 

 

 「どうしてもっと早く動いてくれなかったんですか!?」

 

 

 基本的に"何か"が起こらないと行動できない。

 

 

 「貴方達がもっと早く来てくれれば、こんな事にはならなかったのに!!!」

 

 

 証拠もないのに怪しい人間を拘束する事は出来ない。"事件"が起きないと何も出来ない。

 ヒーローの様に、何か誤ちが起こる前に解決する事はまず無い。

 事件が起こってからの後始末。これが警察の仕事。

 

 

 

 

 

 「あの子が死ぬ事も無かったのに!!!!!」

 

 

 

 

 

 _______だから警察は、"正義"では無いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1、

 

 

 警視庁捜査ニ課。言わずと知れた刑事警察であり、贈収賄や企業犯罪、特殊詐欺などのいわゆる"知能犯事件"を取り扱っている課だ。その課が設置されているとあるオフィスでは、あるゲーム機が話題に出ていた。

 

 

 「ナーヴギア?」

 

 

 20代後半くらいだろうか、若い男がそう呟く。

 オフィスの一室、捜査ニ課の課長室では二人の男性が向き合っていた。一人は自分のデスクに座っており、もう一人はそれに対面する様に立っている。

 

 「ああ、そうだ。最近話題になっているだろう?」

 

 若い男の目の前でデスクに座っている初老一歩手前といった感じの男性が言葉を返す。

 

 「…知らないですね」

 

 「そうか、なら実物を見てもらった方が良いな」

 

 すると初老の男は自身の机の下からヘルメットの様なものを出してきた。しかし、ヘルメットにしては何処か近未来的過ぎる。

 

 「柳井さん、何ですか?それ」

 

 若い男が初老の男性、柳井と呼んだ男にそう聞く。

 

 「これがナーヴギアだよ。手に入れるのに苦労したんだ。何でもフルタイム?型とか言うゲーム用VRマシンらしい。四条君は知らないのか?」

 

 「いえ、ゲームには疎いもので...」

 

 柳井に若い男、四条と呼ばれた男が頭を掻いてそう言う。

 目の前に出されたこのヘルメットの様な物体はナーヴギア。フルダイブ型のVRマシンであり、端的に言えばコントローラーの不要なVR型ゲーム機、と言えば良いだろう。

 

 「何でも人の脳神経を直接この機会で読み取る事で、現実世界での手足や身体の動きをVRの世界に反映させるらしい」

 

 付属の説明書を見ながら柳井がそう説明するが、四条はイマイチピンと来ていない様だ。

 

 「はぁ、なるほど?で、それがどうしたんですか?まさか警察ともあろうお方が勤務中にゲームで遊ぼうと?」

 

 肩をすくめて冗談っぽく言う四条。今のところ彼には目の前の物体が唯のVRゴーグルにしか見えない。

 

 「それも良いかもしれないが、今回は歴とした仕事だよ」

 

 柳井の"仕事"と言う言葉を聞いて四条の顔が一気に張り詰めた。ここからは警察としての仕事の話。四条の中に緊張感が走る。

 

 

 

 「……ここ数年、インターネット上での犯罪、事件が増えている事は知っているな?」

 

 「……えぇ、詐欺からイジメによる自殺、はたまた殺人に至るまで。大体の元を辿ればインターネット上のトラブルに行き着く事が多いですね」

 

 インターネットの爆発的な普及。それは同時にそこでの犯罪率を高める事にもなった。ネットの世界にある莫大になった情報を取捨選択できずに騙され、犯罪に巻き込まれる人間を四条も何人か見てきたのだ。

 

 「それを踏まえて今回、四条君にやって貰いたいのは、ナーヴギアを使っての調査だ。さっきも言った通り、このナーヴギアは脳神経の身体に対する信号を直接VRの世界に反映する。…つまりだ、今までパソコンの画面でしか出来なかったネット上での意思疎通を、ナーヴギアと言うVRを通じてよりリアルに出来るようになったと言う事だ。…これがどう言う意味か、君なら分かるだろう?」

 

 柳井の説明に四条も真剣な表情で頷く。

 

 

 「……トラブルが増えるのは、間違えありませんね…」

 

 

 それはつまり、今までのネットの世界でパソコンの画面では見えなかった相手の表情、仕草などがナーヴギアでハッキリ分かる様になると言う事だった。匿名で、しかも自分の本当の声と姿を見せずに現実世界と同じ様に意思疎通が出来ると言う事は、犯罪者としては動きやすい事この上ない。

 もしこれが詐欺師などの"騙す側"だとしたら、これ以上に食いつきの良い釣り場は無いのだ。

 

 

 「このナーヴギアが、犯罪者の温床になる可能性があると?」

 

 

 「流石に鋭いな。その通りだ。刑事上のトラブルはまだ少ないかもしれないが用心するに越した事はない。全く、科学の進歩も決して良いことばかりじゃ無いな。それどころか問題点は増すばかりだよ」

 

 

 そう言ってため息を吐いて苦笑いをする柳井。ナーヴギアにより犯罪者が急増する前に何か手を打っておきたいと言うのが、彼の狙いだった。

 

 

 「それで、僕はその、ナーヴギアを使って何をすれば良いんでしょうか?」

 

 しかしゲームに疎い四条としてはこの機械を使ってどの様に調査をするのか全く検討もつかない。

 

 「まあ、落ち着け。これは言った通りゲーム用のVRマシンだ。ならプレイをするソフトが必要だろう?」

 

 柳井がそう言うと再びデスクから何かを取り出す。四条の目の前に出されたのはよくあるゲームソフトのパッケージだった。

 そこには空中に浮かんでいる島の様なものが描かれ、中央にはタイトルであろう文字が書いてある。

 

 

 

 「ソードアート……オンライン……?」

 

 

 

 パッケージのタイトルを見て四条が呟く。

 

 「そうだ。通称SAO。仮想現実を舞台としたVR MMOで茅場晶彦と言うゲーム開発者がデザインを手掛けた作品らしい。何でもこの茅場と言う男はナーヴギアの開発者でもあるそうだ。だから巷ではナーヴギアの性能を存分に引き出せるゲーム、との噂だ。そしてこのゲームの最大の特徴はインターネットを通じて世界中のプレイヤーとコミュニケーションが取れる点にある」

 

 なるほど、パッケージの名前の通りこのゲームはオンライン上でのやり取りがメインらしい。と言う事は人と人との交流は仮想現実ながら増えるわけであり、そこに生ずるトラブルも大いに考えられる。

 

 

 「なるほど、このゲームの世界で色々問題が無いか探ってくれと、そう言う事ですね?」

 

 察しのいい四条に柳井も満足そうに頷く。

 

 「ああ、君にはそこで調査をしてもらいたい。と言っても、深入りはしなくていいぞ。あくまでどんなゲームだったかを報告してくれるだけでいい」

 

 あくまでも調査。犯罪捜査では無い事に四条も内心ホッとする。

 

 「分かりました。じゃあ早速始めましょうか」

 

 大体の説明を聞いたところで、四条がナーヴギアに手を伸ばすが柳井がそれを止める。

 

 「まあ、待て。このゲームのオンライン正式サービスは明日からだ。今日は明日に備えての説明ともう一つ、君に同行する部下。つまり相棒を選んで欲しい」

 

 柳井の相棒と言う言葉に四条が反応する。確かに目の前に用意されたナーヴギアは2台あるが……

 

 「相棒?柳井さんが一緒にやるんじゃ無いんですか?」

 

 てっきり柳井と一緒にプレイするものだと思っていた四条が疑問を口にする。

 

 「……私も機械には疎いんだ。それに今は課長と言う肩書きもある。仕事であれゲームをしてたなんて上にバレたら後が面倒だからな」

 

「……僕では、問題ないと?」

 

 不貞腐れる様にそう言う四条だが、柳井は快活に笑い飛ばした。

 

 「ハハっ!そう言うな。それに、捜査ニ課でも一際優秀な君だ。そろそろ君も部下の扱い方と言うものを覚えてもらわないとな」

 

 そう、この四条優と言う男は捜査二課でも"カミソリ"との異名を持つ程、腕の立つ刑事だった。要するに切れ者なのである。しかし、初めて自分の部下を持てると言うのに、四条は下を向いて俯いてしまった。

 

 「……自分は部下を持つ様な人間ではありません。現場判断を誤る様な人間には…」

 

 暗い声でそう言う四条に、柳井は少し心配そうな顔をして問いかける。

 

 

 「……まだ、あの事件を引きずってるのか?」

 

 

 「……」

 

 

 「あれは不可抗力だ。君の責任じゃ無い」

 

 

 「ですが……」

 

  

 「どうもこうもない。終わった事件を後々まで引き摺るのは刑事として御法度だ」

 

 キツい口調で柳井はそう言い切った。圧のある柳井の言葉に何も言えず四条は押し黙ってしまう。

 重い沈黙が流れ、しばらくの無言の後、口を開いたのは再び柳井の方だった。

 

 「……とにかく、パートナーはそっちで選んでくれ。そんなに難しい仕事でも無い。資料にも目を通しておいてくれ。いつまでも引き摺ってないでそろそろ前を向いてみろ」

 

 口調を戻し、柳井は困り顔でそう言うと四条は短く一言、

 

 「……分かりました。それでは、失礼します」

 

 それだけ言って捜査ニ課の課長室から退出した。

 

 

 

 

 

 

 2、

 

 

 ビルの屋上、目立たない場所の片隅には申し訳程度の喫煙スペースが設けられている。四条はそこで一服をしていた。

 

 「ゲームねぇ……」

 

 ポツンと、独り言を漏らす四条。彼自身、ゲームをやるのは高校か大学生以来だった。当然、その時代にはナーヴギアなんて物は存在していないし、何ならVRMMOなんて言うゲームのジャンルでさえ無かった。

 

 「まさか仕事でやる事になるとはな……」

 

 タバコの煙を空に吐き出して考え込む四条。まず今までやってきた捜査とは毛色が全く違う。現実世界では無く仮想現実での調査だ。限りなく現実に近いが、それは唯のまやかしに過ぎない。恐らく、彼が警察だと言っても信じて貰えない者の方が多いだろう。それくらいの"偽装"ならあの世界では十分に可能だからだ。警察と言う肩書きは、あの世界では全く無意味と思っていい。

 それと四条には柳井から貰った資料の中に、気になる一文を見つけていた。

 

 "これは、ゲームであっても、遊びでは無い"

 

 このゲームの開発者、茅場晶彦がどこかの週刊誌に向かって吐いた言葉。開発者である彼がフルダイブ型VRのリスクを危惧しての言葉だと週刊誌には紹介されているが、言い回しといい、四条には別の意味がある様に思えた。

 

 「考え過ぎか……後は、誰を連れていくかだな……」

 

 正直、四条の悩みの種の大半はこれだった。数々の刑事事件に関わってきた彼だが、部下を率いての調査は経験が無い。柳井に無理矢理押し付けられたとはいえ、上司に頼まれたのならやらなければならない。

 少し考える。今回は仮想現実、ゲームの世界での仕事。恐らくそう言うところでも決められたルールや暗黙の了解などがあるだろう。

 となれば、インターネットやゲームに詳しい人物を相棒にしたい。

 

 「目星は一人、付いているんだがなぁ……」

 

 四条の中では一人、心当たりのある人間がいるのだが、どうも何かが引っかかって躊躇している様だ。

 

 「少し若過ぎるのがな……」

 

 そう言って悩みながら一服を続ける四条。気付けばあっという間にタバコを一本吸い終えようとていた。しかし他の候補を探せと言われても四条には思い付かなかった。

 

 「とにかく、アイツに話だけでも聞いてみるか……」

 

 そう言って同時にタバコの火を消すと、再びビルの中へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 3、

 

 「え?今何って言ったんすか?」

  

 「だから、ソードアート・オンラインについて教えてくれと言ってるんだ」

 

 "捜査ニ課"と入口に書かれたオフィスの一室で二人の男女が会話をしている。女性の方は驚いた顔で男性、四条を見ており、対する四条は何だか居心地の悪そうな表情をしていた。

 

 「……へぇー、先輩、ゲーム興味ないって言ってたじゃ無いっすか」

 

 女性の年齢は四条を先輩と呼ぶあたり、彼よりも歳下なのだろう。童顔で黒い髪をお団子ヘアにまとめており、結構スレンダーな体型をしている。下手をしたら高校生か中学生に間違われる様な見た目をしていた。

 ニヤニヤと煽る様にしてそう言う女性に四条の眉間に少し皺が寄る。

 

 「……プライベートの話じゃ無い。仕事の話だ。神崎はゲームに詳しいだろう?このゲームに関してもやってたりするのか?」

 

 四条の言葉に、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに神崎と呼ばれた女性が立ち上がった。

 

 「そりゃ勿論っすよ!アタシはこのゲームがβ版の頃からやってたっすからね!!」

 

 「β版?」

 

 聞いたことのない言葉に四条は首を傾げる。

 

 「あー、何って言うか、簡単に言うとオンラインの体験版みたいな物です。と言うかβ版知らないって、先輩ホントにゲームに疎いんすね」

 

 「ゲーム歴は高校生で終わってるからな。それより体験版をやったと言う事はある程度詳しいんだろ?」

 

 それなら話が早い。捜査、調査の基本はなるべく多くの情報を集める事だ。そう言う意味ではここにSAOのプレイヤーが居るのは、四条にとってかなりありがたい事だった。

 

 「まあ、ある程度は。と言うか先輩、ナーヴギアを使って仕事なんて、一体何をするつもりなんすか?」

 

 警察がゲームを使っての仕事をするなんて聞いたことが無い。純粋に疑問に思った神崎は四条にそう尋ねる。

 

 「調査だ。仮想現実を創るあのゲーム機が犯罪者達の温床になるかも知れないと言う事だ。少なくとも、課長はそう思っているらしい」

 

 「へぇー、なるほどー。まあ、いい読みしてるんじゃないすか?確かにフルダイブ型のVRだと現実世界とあまり変わらないっすから、詐欺師とかが目を付けやすいかもしれないっすね」

 

 神崎も早くもナーヴギアのリスクに気付いた。やはり普段からオンラインゲームをしている分、その世界でのトラブルに詳しいのだろう。この理解の早さにやはり相棒にするなら彼女しか居ないと、四条の心が決まる。

 

 「理解が早くて助かる。そこでだ神崎、今回の案件、ナーヴギアは2つ用意されている。……俺に任された案件だが生憎ゲームには詳しく無いからな。お前の知識が欲しい」

 

 「え?それって?」

 

 「明日から正式サービスなんだろう?一緒に行くぞ」

 

 四条に誘われて神崎の目が一層輝く。

 

 「おぉー、マジっすか!?いやー、まさか仕事でSAOの世界に入れるとは思わなかったっすねー!!」

 

 仕事でもゲームができると思っているのか、神崎のテンションが妙に高い。

 

 「一応言っておくが、遊びじゃ無いぞ?歴とした仕事で行くんだからな?」

 

 勘違いしてもらっては困るので一応四条も釘を刺しておく。ゲームであって遊びでは無い。週刊誌の茅場の言葉を四条は思い出していた。

 

 「勿論分かってるっすよ、まぁ、任せて下さい!アタシがSAO初心者の先輩に色々教えてあげるっす!!」

 

 元気いっぱいにそう言うと神崎はサムズアップを決める。

 

 

 「はぁ、全く、調子のいいやつだな……」

 

 

 対して、四条はため息を一つ吐いてそう言い放った。

 

 

 

 



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リンクスタート

 

 1.

 

 翌日、正式サービスの開始の日。捜査二課の会議室に四条と神崎は来ていた。SAOをプレイするためである。

 

 「サービス開始は正午、12時からなんでそれまで先輩に軽く説明だけでもしときましょうか」

 

 「ああ、頼む」

 

 ゲーム初心者の四条としては神崎のアドバイスはかなりありがたい。元々βテストで腕を慣らしている神崎は得意げに説明を始める。

 

 「まずこのゲームは剣が主役のゲームっす」

 

 「剣?だからソードアートなのか?」

 

 「そうっす。名前の通りっすね。こう言うファンタジー系のゲームは魔法とかの要素があるのが通例なんすけど、このゲームは武器が殆ど剣しかないっすからね。だから"剣自体のスキル"が重要になってくるゲームなんすよ」

 

 剣のみのゲーム。それはつまり武器の相性の差が無くなり、自身のゲームの腕前が如実に出ると言う事でもある。

 それと四条には一つ強みがあった。

 

 「まあ、先輩には向いてるゲームじゃないっすかね?警察剣道の大会でも準優勝だったじゃないっすか」

 

 「ゲームと現実じゃあ違うだろう」

 

 四条は謙遜するがリアルとほぼ同等の経験が出来るフルダイブのVRならば、彼の現実世界での剣道技術もSAOでは無駄にならない。それほどまでに現実に近いのがこのゲームなのだ。

 

 「まあ、レベルアップをすると強くなるってのもあるっすけどね。レベル何上がると"スキル"が覚えれるんで」

 

 「スキル?必殺技みたいなものか?」

 

 「厳密にには違うっすけど大体似た様なもんすね。スキルを覚えておくと色々便利っすから。それとこのゲームはボスを倒すとレアなドロップアイテムが貰えるんすよ」

 

 「ドロップアイテム?」

 また知らない単語が出て来た。四条は聞き慣れない言葉に首を傾げる。

 

 「モンスターとかの敵を倒した時に出てくるアイテムっす。ボスを倒した時はレアドロップって言って持ってるだけでステータスにもなるんすよ!!」

 

 神崎が興奮したように説明するが、四条は未だピンと来ていない。ゲームをしない故、知らない単語が後輩の神崎から出て来る度に微妙な表情になっていた。

 

 「……まあ、こんなもんすかね?後は実際にやってみてもらった方が早いと思うっす」

 

 このままでは埒が明かないと四条の表情を見た神崎がそう思ったのか、ナーヴギアを手渡す。

 

 「まずはオフラインで操作とかルールに慣れてみましょう」

 

 「……まあ、そうだな」

 

 何か釈然としないが、四条もそうした方が早いと感じたのか、神崎からナーヴギアを受け取る。

 

 「電源を入れてナーヴギアを装着したら、"リンクスタート"って言って下さい。そしたら音声認識でゲームが始まるんで」

 「なるほど……分かった」

 

 短く返事をすると、四条はヘッドギアの横に付いていた電源のスイッチを入れ、頭に装着する。

 

 「何だか違和感が凄いな……リンクスタート!」

 

 四条が勢いよくそう言うと耳元から微かな電子音が聞こえ、何やら機械然とした起動音が聞こえる。

 しかし辺りの景色は変わらない。会議室の中だ。しかし機械は起動しているっぽいのでもうフルダイブは完了しているのだろうか?

 

 「ほう、現実と殆ど変わらないじゃ無いか。会議室もリアルに再現されている」

 

 感心したように四条が呟くが、その光景を神崎は唖然として見つめていた。

 

 「何だ神崎、お前ももうゲームを始めていたのか」

 

 視界の端に神崎を見つけ、最先端の科学に触れているであろう四条が少し興奮気味で話しかける。

 

 

 

 「………先輩、ヘッドギアのつける位置、逆っすよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 

 

 フルダイブ型のVR機器と言うのは、まさに革命であり、人類の科学の歴史において間違いなく語り継がれて行く様な発明だ。

 それまで目と耳でしか得られなかったバーチャルの情報が肌や鼻、はたまた味覚までもがこの世界で享受出来る様になった。

 

 「うおっ!神崎!今風が吹いたぞ!」

 

 そんな最先端の科学に、四条優と言う男も大興奮している。リアルと変わらない感覚に視線をキョロキョロさせて色々確かめている様だ。

 

 「あははっ!最初はアタシもそんな感じだったっすねー」

 

 それを見て神崎も初めてフルダイブ型のVRに触れた時を思い出したのか、感慨深そうな表情で四条を見つめていた。

 

 「物とかも触ると、ちゃんと感触があるっすよ?」

 

 「何!?本当か!」

 

 神崎からそれを聞いた四条はスタスタと彼女の方へと近づいて行った。

 

 「……何やってるんすか?先輩」

 

 すると四条は興味深そうに神崎の顔をペタペタと触り始めた。

 

 「……本当だ。凄いな。確かに感触がある……」

 

 感心した様に四条は呟くが対して神崎は少し顔を赤らめて一歩引いた。

 

 「アタシで確認しないで下さいよ!!」

 

 「いいじゃないか?ゲームだろ?」

 

 「ゲームの中にもデリカシーってもんがあるんすよ!!」

 

 普段ならこの様な事は一切しない四条であるが、VRの世界に居ると言う興奮と、これはゲームだと言う意識が彼の中にあるのか、どうにもデリカシーの無い行動を取ってしまったらしい。

 全くもう、と神崎が呟くと一つ咳払いをして呼吸を整える。

 

 「まずは操作っすね。さっきチュートリアルで武器を選んだと思うんすけど、アイテム欄を開いて装着してみて下さい」

 

 「おう、分かった」

 

 神崎の言葉に素直に頷く四条。ゲーム初心者特有のぎこちない操作をしながら、多少の時間を掛けながらも、この世界の"肝"である剣を装着する。

 

 

 「おー、やっぱ先輩は日本刀っすか。似合ってるっすねー」

 

 

 四条の腰に青い光を帯びながら現れたのは、長めの日本刀だった。服はこのゲームの世界のデフォルトの西洋風の服装なので多少違和感があるのだが、神崎には好意的に捉えられた。

 

 「……違和感が凄いな。本物の日本刀よりかなり軽い。これで本当に斬れるのか?」

 

 「……何で先輩が本当の日本刀の重さを知ってるのか分かんないっすけど、やっぱそこはゲームっすからね。操作性とかも考えてるンスよ」

 

 日本刀をブンブンと振り回しながら感触を確かめる四条。そしてある程度振り回すと、目線を神崎の方へと向けた。

 

 「そういや神崎、お前は何の武器を選んだんだ?」

 

 目の前に映っている神崎は四条と同じく西洋風のデフォルトの服装だ。

 するとそれを聞いた神崎は待っていましたと言わんばかりに得意げな顔になる。

 

 「えぇー、気になるっすかぁー?先輩ー?」

 

 「………今興味が無くなったな」

 

 ここまで自慢をしたいのがバレバレなのも珍しい。それを感じ取った四条も少し意地の悪そうな顔をしてそう言う。

 

 「ちょ、冗談すよ!!まあ、アタシはβテスト版の方で作ったアバターがあるんで、そっちに変えるっすね」

 

 そう言うと、四条とは対照的に慣れた手つきでアイテム欄を操作する。

 

 すると目の前から神崎の姿が一瞬消えた。こう言うところはゲームっぽいと言ったところだろう。そして数秒後にまた目の前に神崎"らしき"人物が現れた。

 

 「……お前、神崎か?」

 

 目の前に現れたのは高身長で足が長く、真っ青な髪をポニーテールに纏めた大人の雰囲気を持つ女性だった。肩やへそ、下半身は太腿の上部まで肌が見えるほど露出が多く、艶やかな唇と目元にある黒子は色っぽさを出している。

 

 「……なんすか?何か言いたそうっすけど」

 

 神崎のアバターは、現実とはお世辞にも似ていないものだった。

 

 「いや、だってお前……それ……」

 

 ここまでなら四条も文句は言わなかったかもしれない。これはゲームの世界だ。警視庁捜査二課所属の神崎由里子と言う人間は童顔で髪をショートに切り揃えていて、どっちかと言うと可愛い系だ。だが今目の前にいるのは露出多めで、色気全開のしなやかな長髪を靡かせた美女だ。

 しかし、最大のツッコミ所はそこでは無い。現実とあまりにもかけ離れた"体型"を持ってして現れたのなら、流石の四条も突っ込まざるを得ない。

 

 「何というか……もうちょっと、現実に寄せても良かったんじゃ無いか?」

 

 だって目の前の神崎はどう見たってアルファベットで表すなら6番目か7番目くらいに出て来そうなほどのバストサイズだったからだ。

 現実の神崎はスレンダーでスラっとしているからこそ、四条の目には違和感の三文字にしか写らない。

 

 「……いいじゃないっすか!!アタシだって好きで貧相に生まれた訳じゃ無いンスから!!ゲームの中でくらい夢見たっていいじゃ無いっすか!!!」

 

 何がとは四条は言ってないが、神崎は言葉の雰囲気と視線で察したのか、悲痛な叫びをあげる。

 

 「あー、うん、そうだな……」

 

 流石に涙目でそう捲し立てられると、四条も反応に困ってしまう。現実とあまりに違う神崎の姿にまだ戸惑っている様だ。

 

 「あー、それでだ神崎。そろそろ武器を見せて貰っていいか?」

 

 この話はしない方がいいと思った四条は本題の武器の話題へと移る。

 

 「……そうっすね」

 

 神崎もこの話題はもうお終いにしたいのか、一言それだけ言うと、顔を赤く染めて無言でアイテム欄を操作し始めた。

 

 

 「へえ、薙刀とかもあるのか」

 

 

 神崎が装備した武器、それは四条の日本刀よりも数段長い薙刀だった。アバターの高身長も合わさり、絵になる姿だ。

 

 「アタシはβ版の頃からこれを使ってるっすからね。高校と大学でも薙刀はやってたんでやっぱり使いやすいンスよね」

 

 すると1回、2回と神崎は素振りをして見せる。慣れている様で、どうやらその言葉は嘘では無いらしい。

 

 「それじゃあ、基本動作と立ち回り方なんかをやって行くっすかね。オフラインはモンスターが出てこないんで、レベルの上がらない仮想的を出してやって行くっす」

 

 こうして、ようやく神崎によるゲームの指導が始まった。

 

 

 

 

 

 

 3.

 

 それから1時間と30分程度、神崎の指導によりある程度四条もゲームのシステムに慣れて来た。

 1人だけだとまず何からすれば良いのか分からなかった事もあり、神崎の存在はかなり有難かった。

 

 「やっぱ先輩は物覚えが良いっすね」

 

 感心した表情で神崎が頷く。実際、ゲーム初心者としては四条の呑み込みの速さは見事なもので、これだとソロ、つまり1人だけでも困惑する事なくゲームを進められる知識を得ていた。

 

 「最初はお前から出て来るゲーム用語がほぼ分からなかったからな。お前を相棒にしたのは正解だったみたいだ」

 

 四条のストレートな褒め言葉に神崎も照れているのか少し頬を赤らめて頬を掻く。

 

 「そ、そうっすか!!でも、自分は先輩に相棒として選ばれるなんて思ってなかったンスよ?」

 

 「どうしてだ?」

 

 「……自分、刑事としてはまだまだ未熟も良いところっすからね。今回先輩に選んで貰ったのも、アタシがゲーム得意だからってだけで、刑事としては……」

 

 そこまで言うと、神崎は黙り込んでしまった。この神崎由里子と言う女性、普段は明るく振る舞ってはいるのだが、それと反比例するように自分に自信が持てない女性でもあるのだ。

 虚勢、と言うわけでは無いが、そんな弱い自分を隠すかの様に明るく振る舞う。

 

 「……神崎。お前、デスクワークじゃない、足を使う仕事は初めてだったな?」

 

 「は、はい。そうっすけど……」

 

 刑事という仕事は、ドラマなどで見ると自分の足を使い、目撃者などに聞き込みを行うイメージが強いが、その実、集めた情報などを整理するデスクワークの方が多くの時間を占める。そのため新米の刑事は先輩刑事の集めた情報を机上で整理する仕事が多い。

 神崎はVR上と言う特殊な環境下ではあるが、初めて自分の足で捜査を任されているのだ。

 

 「……俺が刑事として初めて事案を任された時、やらかしたのを聞いた事があるか?」

 

 「………又聞きには……」

 

 その話は余り良いものではないのか、四条は飄々としているが、神崎の表情は暗い。

 

 「刑事、いや、警察の仕事と言うのは難儀なものでな、基本的に"何か"が起こらないと動けない」

 

 「………」

 

 四条の言葉に神崎は黙って耳を傾ける。

 

 「だからこそその"何か"が起こった時、被害者の無念を晴らす為にも俺ら刑事が全力を尽くすんだ。……あの時の俺はそれを履き違えていたのか、あんな事が起きてしまった……」

 

 少し目を伏せて語る四条。対して神崎は何も言えないままだった。

 

 「判断の躊躇、それは時にして取り返しのつかない事になり得る。あの時の俺は自分の"自信の無さ"からあの様な"事件"に発展させてしまった」

 

 自信の無さと言う言葉に神崎の肩が少しピクンと、反応した。

 

 「お前には俺と同じ様な過ちを冒して欲しくない」

 

 四条は真っ直ぐ、神崎の目を見据えてそう言い放つ。その射抜くような目線に、神崎も目が離せなかった。

 

 「……まあ、何が言いたいかって言うと、自分の判断や行動には自信を持て。そして責任を感じろ」

 

 「……出来る様になるっすかねぇ……」

 

 簡単に言ってくれる。と言う風に苦笑いになって神崎はそう返す。これから刑事として仕事をして行く以上、この覚悟は必要になって来るのだ。

 

 「はっ、それが出来たら一人前の刑事になってるよ。まあ、今回の案件は捜査じゃなくて調査だ。"事件"何て起きようも無いだろう。気楽にやって行け」

 

 先程の真面目な雰囲気とは一変、勇気付ける様な四条の言葉に神崎も安心したのか、笑みが溢れる。

 

 

 _____ピロンッ____

 

 すると、アイテム欄が勝手に開き、通知のベルが鳴った。

 

 「……あ、先輩!!どうやら正式サービスが開始したみたいっすね!!」

 

 通知の内容は、正式サービスが解放され、オンライン上でのゲームが楽しめる様になったと言うものだった。

 

 「そうか、じゃあこれからが本格的な"仕事"だな」

 

 「!!、……っすね!!」

 

 四条の"仕事"と言う言葉に気合が入ったのか、神崎から良い返事が返ってくる。

 

 調査だけの簡単な仕事。四条も神崎もそう思っている。問題が起こったとしてもそれはインターネット上の些細な問題だろうと。

 

 

 だが、これから起こる未曾有の"大事件"に、この2人は"刑事"として巻き込まれて行く事になる。

 

 

 

 



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始まりの街

 1.

 

 「……人が多いな。さっきまでとは大違いだ」

 

 「正式にサービスが開始したっすからねえ。β版の時よりももっと賑やかになったっすね」

 

 二人はプレイヤーが一番多く集まる場所である、始まりの街に居る。

 このソードアートオンラインは、浮遊城アインクラッドと言う巨大な浮遊物体の中で行われるゲームで、その城の階層は100。それら全てにボスモンスターが配置されており、100階層を全てクリアすれば晴れてゲームクリアと言う設定だ。

 始まりの街はその最下層、第一層に存在する。

 ふと、周りを見れば一人がコミュニケーションを取るために様々なプレイヤーに話しかけたり、初めてプレイするゲームで戸惑っている者が居たりと、反応は様々だった。

 

 「……にしても先輩、プレイヤーネームが『スグル』って、安直過ぎないっすか?それにアバターが顔も背格好も現実と変わらないじゃ無いっすか?」

 

 そんな中、神崎が苦笑いをしながらそんな事を言って来た。

 

 「何でだ?自分がプレイするんだから当たり前だろう?」

 

 四条は何を言っているんだと言う風な反応を返す。

 

 「そりゃあまあ、そうなんすけど……オンラインゲームって匿名でやる人間が殆どっすからねえ。現実の自分と顔を似せたり本名だと色んなトラブルに巻き込まれやすいっすよ?」

 

 なるほど、と四条は納得した様に頷く。ネット掲示板の名無しみたいなものだろう。匿名の方が何かと動きやすいし、ゲーム上のプレイヤーになり切る事だって出来る。

 

 「お前のその格好もそう言う理由だったのか。成る程、感心だな」

 

 今回は刑事と悟られない様に動くことが大切だ。そういう意味でも神崎の言う匿名性は大事なのだと四条は感じていた。

 

 「そ、そうっす!別にもっと色気出したいとかじゃないっすから!!」

 

 対して神崎は言い訳する様に慌ててそう言う。しかし神崎の見栄っ張りに気付かない四条は首を傾げた。

 

 「?、まあいい。じゃあお前のプレイヤーネームは何なんだ?」

 

 自分は本名にしてしまったので神崎のプレイヤーネームが気になった四条はそう尋ねる。

 

 「え?あ、あぁ、アタシはこのゲームじゃ『ユーリー』って名乗ってるンスよ」

 

 すると神崎はメニューを開き、"情報"の欄のプレイヤーネームを見せて来た。確かに『ユーリー』と表示されている。

 

 「……由里子だから、ユーリー?」

 

 「そうっす。まあ、アタシ達が警察の人間だってバレることは無いと思うっすけどね。なんで先輩も自分だけのプレイヤーネームやアバターを作ってみたらどうっすか?」

 

 神崎にそう勧められるが、四条は微妙な顔をした。

 

 「……やめとくよ。自分を偽って名乗るのは何だか慣れない」

 

 「ははっ、何だか先輩らしいっすね」

 

 そんなやり取りがありながらも、2人は何かトラブルが起こらないか、目を光らせるのだった。

 

 

 

 

 「取り敢えずここには怪しい人間は居なさそうだな」

 

 始まりの街に来てから1時間と少し。賑わっているが、その後もトラブルが起こる事もなく、プレイヤーのモラルも良心的。と言うのが四条の印象だった。

 しかし神崎は苦笑いになる。

 

 「まぁ、ここは戦闘も無くてトラブルも起こりにくいっすからね。モンスターの出るところまで行くと、そうも行かないかも知れないっす」

 

 オンラインゲーム上のトラブル。それはいざ戦いが始まってからの方が表面化しやすい。ゲーム上とは言え、戦うのがモンスターだけとは言え、プレイヤーは闘争本能を掻き立てられる。すると思った事や攻撃的な部分が口から出てしまう事があり、そこからトラブルに発展する。

 オンラインゲームに慣れ親しんだ神崎は、それを身に染みて経験していた。

 

 「この街より、外のモンスターの出るエリアの方がトラブルが起きやすいと?」

 

 「その通りっす。興奮して自制の効かなくなったプレイヤーほど厄介なものは無いっすからね。……ゲーム上の話なんで犯罪にはならないっすけどそれでもモラルは良くない事が多いっすよ」

 

 こればかりは仕方がないと、神妙な顔で肩をすくめる神崎。

 

 「……取り敢えず、モンスターが出る場所まで移動してみるか」

 

 四条も、同じく神妙な顔になりながら、二人はモンスターの出るエリアまで移動して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 始まりの街の西に位置する場所には草原が広がり、モンスターが現れる。

 草原にはやはりと言うべきか、レベルアップを目論むプレイヤーで溢れており、一人で狩る者。チームを組んで狩る者など各々が様々なプレイをしている光景が見られた。

 時刻はもう夕方を回ったところなのか、陽も落ちて来ている。しかし活気は途切れる事がなかった。

 

 「……取り敢えず、大丈夫そうか?」

 

 四条は数人のプレイを見渡し、そう呟く。

 

 「……オンラインゲームにも暗黙の了解というか、ルールがあるっすからね。……ここにいる人達は熱心なゲーマーさんばかりなんでそう言う、モラルがしっかりした人が多いんじゃないっすか?」

 

 まだ正式のサービスが始まって数時間。この日を待ち侘びた1万人と言う最初の選ばれたプレイヤー達は流石にオンラインゲームに慣れている人間が多いのだろう。ルールやモラルを守るプレイヤーがたくさん見られた。

 

 

 「おいふざけんなよ!!お前俺の戦利品取っただろ!!!!」

 

 

 

 するとそんな感想も束の間、遠くから男の怒鳴り声が聞こえて来た。

 

 「……やっぱり、こうなるっすよねー」

 

 それを聞いた神崎からため息と共にそんな言葉が出る。

 

 「取り敢えず、行ってみるか……」

 

 真剣な表情になりながら、2人は怒鳴り声の方向へと歩いて行った。

 

 

 

 周りには野次馬が出来ている。その野次馬の合間を縫って声の主の方へ進むと、2人の男が口論しているのが見えた。

 

 「ふざけんなよ!!俺のドロップ品早く返せよ!!!」

 

 「だから!!取ってねーって言ってんだろーが!!」

 

 口論と言うよりかは、1人がもう一方に対して一方的に癇癪を起こしている様な状況だ。

 詰め寄っている男は金髪で全身青の服を着て、顔を真っ赤にしながら叫んでいる。

 もう一方は赤い髪で、装備も戦国時代の赤備えの様な野武士の風格を漂わせた、これまた詰め寄っているプレイヤーとは真反対の雰囲気を持った男だった。面倒臭そうに絡んでくる金髪の男をあしらっている。

 

 「俺は見たんだぞ!!モンスターがドロップしたアイテムがお前の前で消えて行くのをな!!!」

 

 「知らねえよ!!さっきも見せたけど俺のアイテム欄にはそんな物無かったろーが!!」

 

 「どっかに隠し持ってるに違いない!!早く返せよ!!!」

 

 口論がヒートアップして来た。周りの野次馬達も『良いぞー』とか『やれやれー』と言った様なヤジが飛んでいる。

 まるで田舎のヤンキーのケンカだ。

 

 「……止めるか」

 

 見かねた四条が口論を止めようと一歩踏み出す。

 

 「ちょ、ちょっと先輩!!何やろうとしてんすか!?」

 

 それを見た神崎は慌てて四条の服の袖を引っ張って止めた。

 

 「何だ神崎、今目の前で"事件"が起こっているだろう。これは仕事だぞ?」

 

 神崎に引き止められた四条は不満げな顔で神崎を見つめ返す。

 

 「もう!これだからオンゲー初心者は……先輩、いいっすか?ここは"ゲーム"の中っす。もし口論から相手を斬りつけたり殴ったりしても"傷害罪"にはなったりしないっすよ。全ては現実じゃ無くてバーチャル上の出来事っすからね」

 

 「……しかし、あれは……」

 

 初めてのオンラインゲームプレイがSAOであった事が四条の最大の不幸であろう。他の視覚と聴覚でしか情報を得られない、パソコンの画面上のみのオンラインゲームであれば非現実の中の出来事だと実感できる。しかしこのナーヴギアは五感から得る情報全てをゲームに反映させることが出来るものだ。

 

 つまり、現実と虚構の境界線が、ひどく曖昧になる。

 

 四条はそこに困惑を覚えていた。

 

 「おい!!お前らも見たよな!?コイツが俺のアイテムを盗むところをよぉ!!」

 

 すると、金髪の男が大声で周りの野次馬に問い掛ける。他のプレイヤーは自分はやってないと目を背けたり、唯のモブモンスターのドロップアイテムでこれだけ激昂する金髪の男の異常性に気付いた者もいるのか、仲間内でヒソヒソと、まるで腫れ物を扱う様な視線に変わって来た。

 

 

 「……ああ、俺は見てたぞ」

 

 

 すると、一人。男の声が何処からか響き渡った。四条と神崎もキョロキョロと辺りを見廻して声の主を探す。

 すると、周りを囲んでいた野次馬から一歩、黒髪の男が前に出て来た。

 

 「おお!!何だよ!お前はちゃんと見てたのか!ほら見ろ!!これでお前の悪行は…「結論から言うと、その赤髪の人は本当に盗んでないぞ?」

 

 

 「……は?」

 

 

 金髪の男の言葉に被せる様に、黒髪の男はそう言い放つ。援護してくれるものかと思っていた金髪の男から情けない声が出た。

 

 「アンタ、複数のモンスターをかなりの至近距離で相手にしてただろ?」

 

 「だ、だから何だよ?」

 

 黒髪の男の淡々とした口調に金髪の男もたじたじとなる。

 

 「このゲームは自分の剣でアイテムを斬るとアイテムも消してしまう"と言う特性もある」

 

 「………」

 

 まるで知らなかったと言う様な表情になる金髪の男。だが黒髪の男は話を続ける。

 

 「……アンタ、モンスターを倒すのに夢中で、自分で自分のアイテムを消したんだろう?」

 

 「なっ!!!」

 

 黒髪の男の核心を突く言葉に金髪の男の顔が真っ赤に膨れ上がる。もしそれが本当なら、恥をかくと言うレベルでは済まされない。

 

 「な、そんな事あるはず無いだろう!?確かに俺は同時に3体相手にしてたけど、そんなヘマ俺がする訳ねーよ!!」

 

 「じゃあ、その赤髪の人のアイテム欄に何も無かったのをどう説明するんだ?」

 

 「そ、それは……」

 

 黒髪の男がそこまで言うと、金髪の男は絶句してしまった。

 

 

 

 

 「……なあ、神崎、彼らは何の話をしてるんだ?」

 

 そんな光景を小声で一言。遠目から話を聞いても状況を全く理解できていない四条から疑問の声が上がる。

 

 「へ?あー……何って言うか、不毛な争いに終止符を打ったって感じ……っすかね?」

 

 神崎もどう返そうか迷ったが、取り敢えず事態は収束に向かっている事だけを四条に伝えた。

 

 「……そうか、取り敢えず終わりそうなんだな」

 

 「……っすね」

 

 四条としてはどちらが悪いとか言うよりも、面倒事が収まる事に安堵していた。

 所詮はゲーム上の口論なので、どちらが悪いとか悪くないと言う話では無いのだ。

 もし黒髪の男が現れ無かったとしても、赤髪の男がその場から逃げるなり、ログアウトすれば話が済む。

 

 つまりこの口論は、ゲーム上の茶番でしか無いのだ。

 

 

 「……っ!!!」

 

 しかしその茶番に、金髪の男はなおムキになっている。顔を真っ赤にして、今にも何かやらかしそうな雰囲気を纏っていた。

 

 「………ありゃ不味いな」

 

 「……先輩?ちょ、先輩!!」

 

 刑事の勘と言うやつなのだろう。これまで様々な犯罪者や異常者を見てきた四条はするりと野次馬の中から飛び出した。

 

 

 「何だよ!!俺が間違ってるのかよ!!ふざけんな!!ふざけんなあああああ!!!!」

 

 

 すると、金髪の男が叫び出し、腰にある剣を抜いた。

 

 「え!?」

 

 「なっ……!!!」

 

 金髪の男の突然の暴走に黒髪と赤髪の男達も反応が遅れている。

 

 「死ねえぇぇぇ!!!!!」

 

 顔を真っ赤にして薄っすらと涙を浮かべながら金髪の男は二人に斬りかかる。このままではPK、つまりプレイヤーキルが起こる。

 

 「少しは冷静になったらどうだ?」

 

 「え?」

 

 そんな声が金髪の背後から聞こえてきた。そして振り返る間もなく金髪の両手に衝撃が走る。

 

 「がぁっ!!!」

 

 衝撃で剣を落とす金髪の男。状況を確認しようと振り返るが、その瞬間、金髪の男の視界がひっくり返った。

 目の前には四条が居たのだ。振り返ると同時に上体を押され、男は後ろにバランスを崩し、その勢いのまま地面に叩きつけられた。

 

 「ぐえっ!!!」

 

 カエルが潰れた様な声を出して仰向けに叩きつけられる金髪の男。

 四条がした動きは柔道のものだった。いきなり現れた四条に、赤髪と黒髪の男も目をパチクリとさせている。

 

 「悪いな。口を挟むつもりは無かったんだが、仕事柄どうしても身体が動いてしまってね」

 

 「っつ!!離せっ!離せよ!!!」

 

 倒れた金髪の男にガッチリと関節技をキメて動けなくなる様にする四条。男の方も何とか抜け出そうとしているが、無駄な様だった。

 

 「あ、え、いや、こちらこそ。助けてくれてありがとうございます!」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 状況が飲み込めたのか、遅れて反応した赤髪の男が礼を言う。するとそれに続く様に黒髪の男も慌てて礼をした。

 

 「黒髪の子、全員が傍観してた中で一人勇気を出して行ったのは流石だ。素直に感心するよ」

 

 「え?あの、その……」

 

 四条からいきなり誉め言葉が出て来て、黒髪の男はポカンとする。

 

 「赤髪の子も、良く自分から手を出さなかったな」

 

 「え?あ、ありがとうございます?」

 

 続いて赤髪の男にも称賛の言葉を送り、意識を自分の下で関節技を極めている金髪に向ける。

 

 

 

 

 「……さて、金髪、お前、まだやるつもりか?」

 

 

 四条が金髪に対してそう問い掛ける。対して金髪は先程の威勢は何処へやら。プライドがズタズタにされたのか、随分と大人しくなっていた。

 

 「……いいよ、もう良いから、離せよ……」

 

 ポンポンと、四条の足をタップして降伏の意を示す金髪。それを確認した四条はゆっくりと関節技を解いた。金髪は項垂れながら落とした剣の方へと向かい、拾い上げて鞘に仕舞う。

 それからこちらを一切見る事なく、足早にその場を立ち去ろうとした。それを見た四条は金髪に向かって声を発する。

 

 「……一つアドバイスだ。人間、冷静さを失っている時ほど、間違った判断をするぞ?」

 

 金髪は一瞬立ち止まり、肩をビクンと震わせた。

 

 「………っチッ!!!!」

 

 まるで捨て台詞かの様に舌打ちをすると、その場から逃げ去る様に金髪は走り去って行った。

 

 

 

 

 

 

 



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デスゲーム

 1.

 

 「もー!!何やってんすか先輩!!いきなり飛び出さないで下さいよ!!!」

 

 慌てた表情で駆け寄って来たのは神崎だった。新たな登場人物に赤髪と黒髪の男達も目を丸くしている。

 

 「……彼らは剣で斬られそうだったじゃないか。見逃すわけには行かないだろう」

 

 「だ・か・ら!!この世界はゲームなんですって!!目立っちゃってどうするんすか!!」

 

 説教をされているが、四条は納得の行かない表情をしている。自分は間違った事などしてないと言う、そんな顔だ。

 

 「し、しかし……」

 

 「しかしもでももストライキも無いっす!!」

 

 刑事では四条の方が先輩であるのだが、このゲームの世界では神崎の方が先輩だ。普段ならば絶対に見られない、四条がバツの悪そうな顔をしている。

 

 「……あのー、取り敢えずありがとな。助けてもらって」

 

 すると、おずおずと赤髪の男からお礼の言葉が出てきた。

 

 「あのままだったら確実にやられていた。ありがとう」

 

 黒髪の男も続いて礼を言う。礼を言われた四条は二人の方向へ体を向ける。

 

 「ああ、黒髪の子の言う通りあのままだったら確実に斬られていただろう。ああ言う輩は何をしでかすか分からないから、視界から消えるまで注意をした方がいいぞ?」

 

 二人に対して今後のアドバイスを送る。刑事としての経験からの物だが、一般人にも適用は出来るだろう。

 

 「……おお、何だか経験者っぽいな。もしかして別のVR MMOのゲームをやってた経験者とか?」

 

 刑事としての教訓を語っただけの四条だが、赤髪の男にはそれが熟練のゲームプレイヤーの様に映ったらしい。

 

 「?、いや、このゲームは初めてだぞ?」

 

 「え?、ほ、本当かよ。動きが達人のそれだったぜ」

 

 信じられない、と言う風に赤髪の男は驚く。コントローラーでは無く現実の動きが反映されるこの世界では、殆どゲームをした事がない初心者の四条も動きは良い。

 

 「体を動かすのは得意だからな。ゲームはからっきしだがこの世界はどうやら性に合っているらしい」

 

 得意げに笑ってそう言う四条。彼は剣道、格闘技、刑事に必要な護身術を彼は身に付けている。その経験がゲームでも反映される事に四条は感動を覚えていた。

 

 「確かに、現実の反射神経も反映されるから、一概にゲームの上手さだけが必要になる訳じゃないからな」

 

 黒髪の男も同意する様にそう言う。

 

 「しかし、本当に凄いな。この世界は。殆ど現実に近い」

 

 四条はそれを見に染みて感じているのか、手を閉じたり開いたりしながら感触を確かめる様にそう言う。

 夕方特有の肌に来る独特な寒気さも、よりゲームにいる事を忘れさせる様だった。

 

 「ああ、作った奴は天才だ」

 

 すると、赤髪の男も同意する。黒髪の男も同意する様に頷き、自身の剣を空にかざした。

 夕日に照らされた剣は現実そのもの。質感、重み、全てが"そこ"にある様に感じられる。

 

 「この世界はこの剣一本でどこまでもいけるからな。仮想空間なのにさ、現実世界より"生きてる"って感じがするよ」

 

 黒髪の男の言葉に赤髪の男も同じ気持ちなのか夕陽を見ながら微笑む。

 何もかもが"現実"な仮想空間。そこには"生"と言う理念さえもある様に思えた。

 

 

 「……先輩?」

 

 

 しかし一人、四条だけはその言葉に思うところがあるのか、険しい表情で見つめている。

 

 

 「さて、ここで会ったのも何かの縁だ。お礼がてら一緒に狩りでもしねえか?」

 

 

 すると赤髪の男が四条達を見やり、気さくにそう尋ねる。

 

 「え?、あー……アタシ達はそろそろ抜けましょうか?……色々やる事もありますし」

 

 メニューで時間を確認しながら、神崎はそう言う。もうすぐ日が沈む時刻だ。そろそろ現実世界に帰って、柳井に報告もしたい。

 

 「ああ、そろそろ報告書も書きた……っぶ!!」

 

 すると、神崎がまた話を遮る様に四条の口を手で塞いだ。

 

 「報告書……?」

 

 黒髪の男が怪訝そうにそう聞く。

 

 「ああ!これはえーっと……そう!!メモっすよ!!この人、マメなんで何でもメモする癖があって……それを報告書って呼んでるんす!!」

 

 神崎が慌てて早口で捲し立てる。

 

 (先輩!!何回言ったら分かるんすか!!警察の人間ってバレたら色々面倒っすよ!!)

 

 (あ、ああ。すまない……)

 

 またしても小声でヒソヒソとやり合ってる二人。そんな二人を見て赤髪の男は苦笑いになった。

 

 

 「……あのさー、もしかしてお前らってカップルなのか?」

 

 

 すると、赤髪の男から冷やかす様にそんな言葉が飛んできた。

 

 「「え?」」

 

 神崎と四条の声がシンクロする。

 

 「だって妙に距離感が近いっつーか、お互いを知ってる感じだったからよお」

 

 「……いや、なんて言うか俺達は…「あははー!!バレちゃったすか!?」

 

 するとまたしても四条の言葉を被せる様に神崎がそう言った。

 

 (先輩!ここはそうしときましょう!!そっちの方が自然です!!)

 

 (……そうだな)

 

 四条は納得の行ってない表情をするが、これはもう神崎に任せた方がいいと思ったのか肯定の返事をする。

 それに神崎から何かは分からないが謎の圧を感じた。

 

 「くぅーっ!!!カップルかよぉ!!羨ましいぜ!!見せつけやがって!!!」

 

 オーバーリアクションで悔しがる赤髪の男。それを見て逆に今度は四条と神崎が苦笑いになってしまった。

 

 「はぁ……じゃあ解散だな。今日は本当に助かった。また機会があったら一緒に狩りでもしようぜ」

 

 ひとしきり悔しがった後、赤髪の男は切り替えたのか四条にいい笑顔でそう言って来た。

 

 「……ああ、よろしく頼む」

 

 短く一言、そう返す四条。ただの仕事で来たのだが、こう言う友情が生まれるならば、オンラインゲームも悪くないと思い始めていた。

 

 「お前も、あの時擁護してくれて助かったよ」

 

 すると赤髪の男は黒髪の男にも向かって礼の言葉を述べる。

 

 「あ、ああ。それはもう気にしないで良い」

 

 慣れてないのか、ぎこちなくそう返す黒髪の男。赤髪の男はそれを見て満足そうな顔をする。

 

 「じゃあな」

 

 と手を挙げてメニューを開き、ログアウトしようとした。

 

 

 

 「あれ?」

 

 

 

 ここで解散、そう言う雰囲気だったのだが、赤髪の男からそんな言葉が出た。

 

 

 「ログアウトボタンが無え」

 

 

 ログアウトボタンが無い。その言葉に神崎は耳を疑う。

 

 「一番下に無いっすか?分かりやすい場所にあるっすよ?」

 

 赤髪の男はもう一度メニューを開いて確認する。

 

 「やっぱ何処にも無えよ」

 

 黒髪の男も信じられないのか、自身のメニューを開く。

 

 「………本当に無い」

 

 「だろ?」

 

 慌てて神崎と四条もメインメニューを開くが、本当にログアウトボタンが無かった。

 

 「まあ、今日は正式サービスの初日だからな。こう言う不具合もあるんだろう。今頃運営は半泣きだぜ」

 

 赤髪の男が茶化す様にそう言う。

 不具合。本当にそうならば待てば解決できるだろうが、四条には引っ掛かりがあった。

 

 「……メインメニュー以外でログアウトする方法は無いのか?」

 

 四条が神崎に対してそう聞く。一瞬、神崎は考えたが答えは決まっていた。

 

 「……無いっす。誰かがナーヴギアを引っこ抜いてくれれば強制的にログアウト出来るっすけど、自力ではメインメニューを操作するしか……」

 

 不穏な空気が流れる。第一ログアウト出来ないなんて大問題、運営が見逃す筈がない。

 

 「本来、こう言う時はサーバーを停止させて強制的ログアウトさせるんだけど、それすら無いなんて……」

 

 黒髪の男も不穏さに気づいたのか、深刻な顔をしてそう言う。

 

 「おいおい、運営は何やってんだよ。俺達はどうなるんだ?」

 

 赤髪の男はうんざりした様にそう呟く。恐らくプレイヤーの大半がこんなリアクションをしてるだろう。

 

 (……神崎、サイバーテロの可能性はあるか?)

 

 (……恐らくその可能性はほぼゼロっす。サービス開始初日でハッキングされたなんて聞いた事が無いっすよ。開発者でも無い限りそんな事は出来ないっす)

 

 四条と神崎の二人は流石刑事と言った所だろうか、異変が起きれば直ちに考察を始めていた。

 

 (多分、普通にサーバーか何かの不具合だと思うっすよ)

 

 (………そうか)

 

 神崎はそう結論付けるが、四条は依然として違和感を持っていた。ハッキングとかそう言うのでは無い。もっと重要な何かが潜んでいる様な気がする。

 "開発者でもでも無い限りハッキングは不可能"。その言葉を聞いて四条はある人物を思い出していた。

 

 

 "これは、ゲームであっても、遊びではない"

 

 

 捜査資料の中で見つけた開発者、茅場晶彦の言葉。その発言の引っ掛かりが、四条の中で大きくなっていた。

 

 

 _____ゴーン……ゴーン………_____

 

 

 すると、何処からか鐘を突く様な音が鳴り響いた。四人が一斉に音が鳴った場所へと顔を向ける。

 

 音の居場所は、始まりの街だった。

 

 

 

 

 

 

 2.

 

 「……ここは?」

 

 四条は辺りを見回す。さっきまで草原にいた筈なのだが、いつの間にか見覚えのある景色に変わっていた。

 

 「始まりの街……?」

 

 このゲームを始めた時に初めて来た街。その広場。しかしどうも異様な雰囲気だ。まず人が多すぎる。何かの催し物でもこれから始まる様な人の多さだ。しかし、周りの人間は待ち侘びている様子はなく、誰も彼も困惑している者ばかりだった。

 

 「居た!!先輩もやっぱりここに飛ばされたっすか!」

 

 すると、そんな人混みを縫って来た神崎に話しかけられた。

 

 「どうなってる、神崎」

 

 「強制テレポートっす。本来ならプレイヤーが死んだ時に発動するもんっすけど、どう言う訳かプレイヤー全員が集められてるっぽいっすね」

 

 サービス開始時のプレイヤーは約一万人。周りを見ればその程度の人数はいる様だった。

 

 「さっきの2人は?」

 

 「どうやらはぐれたっぽいっすね……」

 

 先程一緒に居た2人の男はどうやらはぐれたらしい。この人数では探し当てる事も困難だろう。

 

 「イベント…?」

 

 「ログアウト出来ないってそう言う事?」

 

 周りからそんな声が聞こえる。しかし、ログアウトさせない様にしてまでここに集める理由があるのだろうか?

 

 「あ、上……」

 

 すると、プレイヤーの一人がそう言ったのを皮切りに次々と上空に視線が集まる。

 そして全員が空を注視したであろう瞬間、オレンジ色だった空色が禍々しささえ感じる赤色へと変わっていった。

 

 「……何だあれは?」

 

 「……イベントっすかね?」

 

 同じく空を見上げていた四条と神崎からそんな言葉が出る。広場を赤く染めた空。その中心の上空から"何か"が出て来た。

 

 「液体?……血か……?」

 

 空からドロドロと流れ出るそれは形を作り、やがて一つの物体へと成長して行く。

 そしてその物体の中から現れたのは、巨大。深いローブを着た、10メートルは優に超すであろう顔の無い人物"らしき"ものだった。

 

 「怖い……」

 

 「セレモニーの続きだよ」

 

 プレイヤー達は慣れ出したのか、この光景を楽しんでいる者もいた。

するとローブを着た人物は、両手を大きく広げる。

 

 

 「プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ」

 

 一言、初めてローブの人物が声を発する。声色から男であることが分かった。

 

 「私の名前は茅場晶彦。この世界をコントロール出来る唯一の人間だ」

 

 開発者の名前が出たことで広場から響めきが起きる。セレモニーと確信した者もいるのか、拍手を送る者さえ居た。

 

 「あれが、茅場……」

 

 四条も釘付けになって茅場と名乗ったローブの男を見上げている。

 

 「プレイヤー諸君は、すでにログアウトボタンがメインメニューから消えている事に気付いていると思う」

 

 淡々と、毅然として茅場は説明を続ける。それが何だか不気味に思えて、四条は身構える。

 

 「しかし、これはゲームの不具合では無い」

 

 不具合では無い。その言葉に四条は大きく目を見開いた。上がっていた歓声も、一気に静まり返る。

 

 

 「繰り返す。これは不具合ではなく、ソードアートオンライン本来の仕様だ」

 

 

 念を押すようにそう宣言する茅場。その言葉に、セレモニー気分であったプレイヤー達も騒めき始めていた。

 

 「諸君は自発的にログアウトする事は出来ない。また、外部によるナーヴギアの停止、解除もあり得ない」

 

 茅場がそう続けると騒めきは一層大きくなる。そんな中、異変だと真っ先に感じ取ったのは、四条だった。

 

 「神崎」

 

 「は、はい」

 

 混乱している神崎に、四条が話しかける。至って冷静だ。

 

 「この広場の周りを隈なく探せ。怪しい動きをしている奴がいたら直ぐに報告しろ」

 

 「え?、り、了解っす!」

 

 指示を受けると神崎は目線を観衆に移し、怪しい者が居ないか探す。

 周りは唖然としている者ばかりだが、四条は念には念を。万が一の可能性に備えて神崎に指示を出した。杞憂であると願いたいばかりだが。

 

 「もしそれが試みられた場合、ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる」

 

 しかし、四条の悪い予感は的中したらしい。どう切り取っても物騒でしか無い発言に広場の混乱はさらに大きくなる。『どう言う事だ』『ちゃんと説明しろ』などの怒号も飛び交う様になって来た。

 

 「残念ながら、現時点でプレイヤーの家族、友人などが警告を無視し、ナーヴギアを強制的に解除しようとした試みが例が、少なからずある」

 

 混乱の中、茅場は淡々と説明を行う。高出力のマイクロウェーブ。それを直接脳に食らったら生きているものはいないだろう。電子レンジの出力を、直接脳に浴びせられているようなものだ。

 しかしそれが本当に可能なのだろうか?四条もまだ半信半疑で茅場の言葉を聞いていた。

 

 「その結果、213名のプレイヤーがアインクラッド、及び現実世界からも永久退場している」

 

 茅場のその言葉に、四条の血の気が引いていく。もしそれが本当ならば、歴史に残る大量殺人だ。

 

 「213!?」

 

 「おい!!本当かよ!!」

 

 広場の怒号が益々大きくなる。混乱は極まり、広場から立ち去ろうとする者もいた。

 そして茅場の周りに、モニターの様なものが複数写し出される。

 

 「ご覧の通り、多数の死者が出たことを含め、この状況をあらゆるメディアが繰り返し報道している」

 

 そこに映されていたのは、何処で誰が亡くなった、被害者の累計などが示されたニュース映像だった。

 恐らく茅場が本当に現実で起こっている事だと強調する為に用意したものなのだろう。

 

 「!!あれは……!!」

 

 そして、四条の目に一つの映像が目に入った。

 

 『警視庁からの警告です!テレビをご覧の皆様!!もし家族や友人にナーヴギアを装着している人がいましたら、絶対に触れないで下さい!!!繰り返します!絶対にナーヴギアには触れないで下さい!!』

 

 記者会見で必死にナーヴギアに触れない様、必死に警告する、四条の上司、柳井の姿があったのだ。

 

 「……本当に、ナーヴギアで命が……?」

 

 半信半疑で話を聞いていた四条だが、かなりの信憑性のあるニュース映像を見て茅場の言う事を信じ始める。

 広場はニュース映像を見せられた事によって混乱は更に増していた。

 

 「よって、既にナーヴギアが強制的に解除される危険は低くなっていると言ってよかろう。諸君らは安心してゲーム攻略に励んで欲しい」

 

 「ゲームだと?」

 

 この期に及んでまだゲームなんぞと抜かす茅場に四条の怒りが募る。今の自分は茅場に命を握られていると言っていい。咬み殺す様な目で茅場を見つめていた。

 

 「しかし、留意してもらいたい。今後ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君らのアバターは永久に消滅し、同時に_______」

 

 ここまで説明をして茅場は一拍置く。まるで次の言葉が本題であるかの様に。

 

 

 

 「諸君らの脳は、ナーヴギアによって破壊される」

 

 

 

 茅場のその一言に、広場にいる全員が目を見開く。この世界での死、それは即ち現実世界での死を指しているのと同義だと言う事だった。

 

 「諸君らが解放される条件はただ一つ、このゲームをクリアすれば良い」

 

 そんな観衆も嘲笑うかの様に茅場は淡々と話を続ける。

 

 「……クリア?」

 ゲーム特有の用語、"クリア"と言う言葉に四条は引っ掛かりを覚えた。

 

 「現在君達が居るのはアインクラッドの最下層。第一層であり、各フロアの迷宮区を攻略し、フロアボスを倒せば上の階に進める」

 

 そこまでは四条にも分かる。確かこのゲームは資料によれば何層かのエリアに分かれており、上の階層に行くほどモンスターが強くなると言う事だった。

 

 

 「そして第100層にいる最終ボスを倒せばクリアだ。君たちが解放される条件はそれしか無い」

 

 

 茅場の言葉にプレイヤー達は唖然とする。第一層からあと99層。それまで"一度も死なず"にクリアせねば自分達は助からない。その現実に口を失う者ばかりだった。

 

 「て、適当なこと言ってんじゃねーよ!!」

 

 「100層なんて無理だろ!!βテストじゃ碌に上がれなかったって言うじゃねーか!!」

 

 非難轟々。あまりにも現実的では無い解放条件に理解し始めたプレイヤーから反論の声が上がる。しかし茅場はそんな声も耳に入ってないかの様に話を続ける。

 

 「それでは最後に、諸君のアイテムストレージに、私からのプレゼントを用意してある。確認してくれたまえ」

 

 茅場がそう告げると、プレイヤー達は一斉にアイテム欄を確認し始める。四条も確認すると、そこには"手鏡"と記されたアイテム見覚えのないアイテムがあった。

 

 「うわぁっ!!」

 

 「なんだ!?」

 

 すると、周りから驚きの声が上がる。複数、恐らくその"手鏡"とやらのアイテムを開いたのだろう。

 次々とプレイヤーが青白い光に包まれていった。

 

 「不用心すぎる……!!」

 

 実態の分からないアイテムを何の警戒心もなく開くプレイヤー達に小声で悪態をつく四条。

 犯罪者の発言にはまず必ず疑いを持って掛かると言うのが刑事としての四条のやり方なのだが、この混乱している場ではその判断をできる者は少ない。

 しかし、それも杞憂に終わる。

 

 「……結局、開いても開かなくても同じか。趣味の悪い演出だな」

 

 自身の手を見つめながら怒りの籠った声でそう呟く四条。アイテムには手を触れていないのだが、他プレイヤーと同じく全体が青白く光り始めた。どうやら手鏡を開く開かないに限らず何かしらの"イベント"は起こるらしい。

 

 そして響めきと共に、広場全体が青白い光へと包まれて行った。

 

 

 

 

 

 「先輩!!大丈夫っすか!?」

 

 青白い光が消えていくと、聞き覚えのある声から話しかけられた。

 

 「神崎か、俺は大丈夫だ。そっちは?」

 

 どうやら神崎が戻って来たらしい。四条は彼女の方を振り向き、安否を確認する。

 

 「アタシは大丈夫っす。……広場はもう混乱し切ってて誰が怪しいのかも……」

 

 シュンと、"童顔の顔"を項垂れながら地面に向ける神崎。どうやら成果は無かったらしい。

 

 「仕方がない。異変が起きてここまでそう時間は経ってないからな」

 

 神崎の肩に手を当ててフォローをする四条。他の現場でも何回か同じやりとりをしているので神崎が落ち込まない様に励ます。

 

 「……それで、今はどうなってる?」

 

 「分かんないっす。周りは"なんで俺の顔が"とか、"お前誰だよ"とか言ってますけど……」

 

 「何か変わったのは確かな様だな。だがお前は変わってないな。いつも通……り……?」

 

 いつも通り?確かに神崎はいつも通りの姿だ。童顔でスレンダー。スーツを着てもあどけなさが残り、着せられている感覚のある四条の部下。

 

 

   ______しかし、それは現実での話だ。

 

 

 

 「お前、キャラクターを変えたか?」

 

 目の前にいるのは、四条がよく知る神崎だ。

 現実の世界でよく見た神崎由里子。まさにその人物である。

 

 「何言ってんすか?そんな事して無いっすよ」

 

 こんな時に何を言っているのかと、神崎は怪訝な顔をしてそう言う。

 

 「……鏡で見てみろ」

 

 もうアイテムを使用していいだろうと判断した四条はアイテム欄から手鏡を取り出し、本人の顔が見える様に神崎に見せつける。 

 

 

 「…………え?、な、なんで……」

 

 

 神崎の反応は周りのプレイヤーと同じだった。何故なら今の神崎の姿は、先程まで彼女が使っていたアバターではなく、現実の神崎由里子なのだったから。

 

 「周りのプレイヤーも皆んな姿が変わっている。恐らく現実の姿になってるんだろう」

 「ああ、だから先輩だけ………」

 

 四条はアバターを現実の姿のままにしているので見た目は殆ど変わらない。神崎が四条を見て変化に気付かなかったのもそのせいだろう。

 しかし何故茅場はこんな事をするのだろうか?そんな疑問が湧いてきたのも束の間、茅場は話を続ける。

 

 「目的は既に達せられた」

 

 そんな混乱をまるで嘲笑うかの様に茅場はそう言う。それに神崎と四条もそちらに顔を向け直した」

 

 「この世界を"鑑賞"する。私の真の目的だ」

 

 満足そうに、恍惚感に溢れた様な声色で茅場はそう言い放つ。途端に四条の眉間に皺が寄った。

 

 「……犯罪者らしい言葉だな」

 

 何故こんなことをしたのか。動機を語る茅場に尚も睨め付けながら四条はそう呟く。拳は手首の血管が浮き上がるほど強く握り締められていた。

 

 「……では以上で、ソードアートオンライン、チュートリアルを終了する」

 

 そう宣言すると、茅場の姿が再びドロドロと溶けていく。顔は見えないが四条にはそれが笑っている様にしか見えなかった。

 

 

 「プレイヤー諸君の健闘を祈る」

 

 

 最後の一言は、まるで面白がる様な、まるでゲージの中で蟻を観察するかの様な興味に満ちた声色だった。

 その一言を皮切りに、茅場の姿が完全に消える。

 

 一瞬の静寂。広場に残されたプレイヤーは何が起こったのか分からない者が大半なのか、いまだに空を見上げていた。

 

 

 「……ふ」

 

 

 そんな中、1人のプレイヤーが声を上げる。

 

 「ふざけんなよ!!おい!!ここから出せよ!!!」

 

 「ほ、本当にHPが無くなったら死ぬのか!?」

 

 「じ、冗談でしょ?」

 怒号は益々大きくなり、広場は遂に収拾がつかなくなってきた。その状況に四条は軽く舌打ちをする。

 

 「まずいな…… パニックになってきてる」

 

 「ど、ど、ど、どうするんすか!?」

 

 「お前がパニックになってどうする!!」

 

 しかし同じ刑事である神崎も同様にパニックになっていた。それを見た四条は逆にさらに冷静になる。四条が一喝すると、神崎は怯んだ様に大人しくなった。

 

 「落ち着け神崎。今はパニック状態。プレイヤー達は何をしでかすか分かん」

 

 「あ、アタシはどうすれば……」

 

 涙目になりながら神崎は四条の指示を仰ぐ。

 

 「……今の茅場の言葉。恐らく信じて無い奴は少なからず居るだろう」

 

 「先輩はあの茅場の言葉を信じるんすか?」

 

 神崎は現実を受け入れたく無いのか、そんなことを聞く。だがこの状況では無理もない。あまりにも急な出来事だ。

 

 「……茅場が現実世界のニュース映像を出してきた時、柳井さんが記者会見をしていた。ナーヴギアに触れない様に警告するためにな。……残念ながら茅場の言った事は本当に起こった事なんだろう」

 

 「そ、そんな……」

 

 四条の言葉に神崎は頭を抱える。一般人で警視庁内でしか顔を出さない柳井がニュース映像に出て来たと言う事は、このデスゲームの現実味を出すには充分すぎた。

 

 「しっかりしろ神崎!!俺達は警察だ!!」

 

 「だって!!」

 

 心が折れかかっている神崎に四条は肩をガッシリと掴む。彼女の肩は驚くほどに震えていた。

 

 「落ち着け神崎。人間、冷静さを失った時ほど間違った判断をする」

 

 神崎の両肩に手を乗せながら優しく、四条は先程の件のプレイヤーに対して言った言葉を述べる。神崎は落ち着かせる様な四条の声色と、その時の光景を思い出したのか、徐々肩の震えが治まっていった。

 そして神崎は大きく一つ、深呼吸をする。

 

 「……スンマセン。取り乱しました」

 

 冷静さを取り戻したのを確認すると、四条は神崎の肩から手を離した。

 

 「よし、"いつも通り"だな。……さっきも言った通り、今広場はパニック状態。プレイヤーは何をしでかすか分からん。この世界から現実世界へと帰るために色々やるだろう。………そして茅場の言葉を信じてない奴は元の世界に帰ろうと自らHPをゼロにする事だって平気で行う」

 

 「!!!、それって………!!」

 

 四条の発言に、神崎は目を見開く。

 

 「自殺……とまでは行かないがあれだけで全てを信じられない奴は少なからず居るだろう。俺達でそれを阻止するんだ。……これ以上被害が出ないためにな」

 

 「でも、どうやって……?アタシら警察手帳なんか今持ってないっすよ?」

 

 不安げに神崎はそう尋ねる。

 神崎の言う通り、1番の問題はそこだった。今はゲームの世界。警察官の命とも言える、常時肌身離さず持っている警察手帳はこの世界にはない。証拠も無い状態で口頭で"私は警察です。だから指示にしたがって、自分でHPをゼロにするのはやめましょう"と言ってもきな臭いだけである。

 

 だとすれば、HPがゼロになったら本当に死ぬと言った様な、信じ込ませる"何か"が必要だ。

 

 

 「……良い案がある。……神崎、お前演技は得意か?」

 

 

 「………え?」

 

 

 四条の予想外過ぎる発言に、神崎の反応も遅れて返ってきた。

 

 



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茶番

 1.

  

 「ど、どうする?」

 

 「どうするって、どうもしねえだろ。お前、アイツの言う事信じるのか?」

 

 「でも、さっきニュースでも話題になってるって……」

 

 「ハッ!あんなん合成でどうとでもなるだろ?ハァーっ……せっかく最高のアバターも作ったのに本当の顔がバレちまうしよぉ。現実世界に戻ったら開発元に抗議しまくってやるわ」

 

 広場ではやはり現実を受け入れてない者が居るのか、そんな会話もチラホラ聞こえて来る。

 

 "ゲームの世界に閉じ込められた"

 

 そんなものはよく出来たSF作品でしか見た事も聞いた事も無い。自分は夢を見ているのでは無いか?そんな事すら思う者も出る始末であった。

 

 「……取り敢えず、一回死んでみるか」

 

 「お、おい!!良いのかよ!!アイツの言ってることが本当なら……」

 

 「んなもん嘘に決まってんだろ?取り敢えず一回死ねば戻れるんじゃね?」

 

 そう言うと、プレイヤーの一人はヘラヘラと笑って自分の剣を首元に当てる。本当にHPがゼロになったら現実でも死ぬとは思っても無い様子だ。

 

 

 

 「だから言ったじゃないっすか!!!」

 

 

 「お、俺だってあんな事になるなんて思ってなかったんだよ!!」

 

 

 

 すると、プレイヤーの耳に大声で言い合いをする男女の声が聞こえて来た。何事かと、プレイヤーは首元に当てた剣を一旦下ろし、声の方向に視線を移した。

 

 「先輩が大丈夫なんて言うからっ!!柳井さんは死んじゃったんだ!!!」

 

 「アイツだって信じてなかったじゃないか!!!まさか本当に"居なくなる"なんてっ………!!!」

 

 言い合いをしているのは四条と神崎だった。2人の声は相当に大きいのか、直ぐに周りの注目を集め出した。

 

 「人殺しぃ!!先輩が柳井さんを殺したんだ!!!先輩が一旦HPをゼロにすれば戻れるんじゃないかとか言うから!!!」

 

 神崎の悲痛な叫びを聞いた周りにいる人間がギョッとする。

 

 「え?本当に死んだの……?」

 

 「いや、でも………」

 

 神崎のあまりの剣幕に、周りの人間は再びドヨめき始める。恐らく親しい人間が自らHPをゼロにしたのか、それとも何らかのトラブルでゼロになってしまったのか。そんな事がヒソヒソ囁かれ始めていた。

 

 「ど、どっかでリスポーンしてるかも知れないだろ!!!まだ死んだってわけじゃあ……」

 

 「じゃあ!!何で柳井さんはアタシ達のギルドから急に消えたんすか!?」

 

 「そ、それは………」

 

 神崎に問い詰められ、四条は絶望的な表情をする。周りの人間も顔が青ざめていく者ばかりだった。

 

 「嘘………」

 

 「ギルドから消えたって……やっぱ本当に………」

 

 周りの人間が状況を把握し始めたのか、"ゲーム内で死ねば現実世界でも死ぬ"と言う事実を認識し始める。

 

 「ろ、ログはどうなんだ!?プレイ中ならアイツのログに反応がある筈だろう!?」

 

 最後の望みを賭ける様に四条がそう聞くが、神崎から帰って来たのは無言。そのまま首を横に振る仕草だけだった。

 

 「あぁ……そんな………!!」

 

 それを見て四条は膝から崩れ落ちる。

 

 

 「本当にHPがゼロになったら死ぬ……?」

 

 「アイツの言う事は、本当なのか?」

 

 そして、広場にいる人間はこの状況を見て、理不尽な現実を受け入れ始めていた。2人のやり取りにより突きつけられた現実に、その場の空気がどんどん重苦しく変化していく。

 

 「お、おい茅場!!!俺達は本当に元の世界に帰れねえのかよ!!!」

 

 すると、1人の男が空に向かって叫び始めた。

 

 「ふざけんな!!!出てこいよ!!!何処かで見てんだろうが!!!」

 

 もう1人、違うプレイヤーも追随する様に叫び始めた。

 

 「頼む!!誰かここから出してくれぇ!!!」

 

 「やだ………やだぁ……!!!」

 

 再びパニックになったプレイヤー達は、次々と先程まで茅場が喋っていた空に向かって声を上げる。さっきまで冗談半分で聞いていた表情とは違い、怒りや焦り、悲痛な表情に染まった者達ばかりだ。

 

 「……神崎、ここから逃げるぞ」

 

 「了解っす」

 

そしてさっきまで喧嘩していたはずの2人が、この混乱に乗じてその場をそそくさと去る。皆空を見上げて怒号や助けを求めている者ばかりだ。2人を気にしているプレイヤーなど居ない。

 

 

 「……更にパニックにさせてしまったが許してくれ。これは本当に起こった出来事なんだ……」

 

 

 広場を去る途中、一瞬振り返って四条がボソッと謝りの言葉を入れると、人混みに紛れる様に2人は消えていった。

 

 

 

 

 

 2.

 

 「……ふぅ、取り敢えず、成功っすかね」

 

 「ここまで来れば大丈夫だろう」

 

 四条と神崎は広場から離れ、人目の付かない街中の細い路地まで来ていた。

 

 「……現実を突き付ける形になってしまったが、ああでもしなけりゃ意図せず自殺する人もいただろう」

 

 申し訳なさそうに、四条はそう言う、茅場の言う事が信じられないと言うのは、その実例を目の当たりにしてないからだ。

 ならば信じ込ませるにはその実例を見せれば良い。たとえそれが嘘であったとしてもだ。

 

 「ククッ、先輩の絶望した顔、見事なモンだったっすよ」

 

 「お前の発狂もなかなかのものだったな」

 

 お互いに悪どい笑みを浮かべながらそう言う2人。四条の案、それは仲間が本当に死んだと言う"架空"のシナリオを作り、それをプレイヤーに見せ付けることで茅場の言葉を信じ込ませる事だった。

 その茶番劇の効果は絶大で、少なくともあの広場に居たものが、自らHPをゼロにすると言う最悪の事態は起こらないだろう。

 代わりに混乱を大きくしてしまうと言う代償もあったが。

 

 「状況を整理しよう。これからこの世界で生き抜き、そして元の世界に帰る為の策を考えるぞ」

 

 四条は真面目な顔に戻ってそう言う。うかうかはしてられない。一刻も早くこの世界から抜け出さなきゃいけないのだ。四条の雰囲気が変わった事に神崎も気が付き、同じく真面目な顔になる。

 ここから先はこの世界からどうやって帰るのか。その解決策を考えねばならない。

 

 「茅場は100層を突破すれば、つまり100体のフロアボスを倒せばクリアって言ってたっすね」

 

 神崎の言う通り、茅場から告げられたプレイヤーが解放される唯一の条件、このフロアの100層まで到達する事。もしそれが本当であるならば勇気あるプレイヤーは皆そこを目指すだろう。しかし、四条は難しい顔をする。

 

 「神崎、お前は確かβテスターだったな。その時はどこまで行けたんだ?」

 

 「……βテスト期間の2ヶ月、丸々やってやっと第8層っす」

 

 四条以上に難しい顔をして神崎はそう言う。彼女はβテスター。このさゲームの難しさは見に染みて分かっている。

 その表情だけで、100層のクリアが現実的では無い事を物語っていた。

 

 「……恐らく現実では茅場晶彦に逮捕状が出てるだろう。何処かに隠れてるのは違い無いが、警察には面子と言うものがある。血眼になって総力を上げて探し出す筈だ。開発元も即、摘発されるだろう。そうすれば俺達も元の世界に戻れる筈だ」

 

 「……現実で事件が解決するまで、アタシ達はこの世界で生き抜くって事っすか?」

 

 神崎の言葉に四条は頷く。ゲームをクリアすれば解放されると茅場は言っていたが、あまりにも現実的では無い。それなら元の世界での警察に事件解決を任せ、その間自分達はこの理不尽な世界で生き抜くと言う選択を取るのが一番正しい。

 

 「プレイヤー達は混乱している。……ここはゲームの世界だ。ならプレイヤーは若年層が多い。彼らの中に冷静な判断が出来る人間が果たして何人いるのか……」

 

 このゲームのプレイヤー層は、やはり中、高、大学生と言った若者が多い。彼らは言葉は悪いがまだまだ"未熟"な人間も多いと言う事だ。

 それらがもしこの世界で暴走などすれば混乱は更に大きくなってしまう。

 

 

 「そこでだ神崎。俺らはこの世界で"治安の維持"をしようと思う」

 

 

 四条の提案に、神崎がハッとした顔になる。この世界での治安維持。つまりそれは……

 

 「この世界で、警察の"代わり"をアタシ達がやるって事っすか?」

 

 

 

 神崎の言葉に四条は頷く。つまりは現実世界で事件が解決するまでの間、PKやプレイヤー同士のトラブルを抑制しようと言うのが四条の狙いであった。

 現実の警察官を、このアインクラッドでやろうと言う訳である。

 

 「いつ元の世界に戻れるか分からんからな。それは柳井さん達に期待するしかないが、その間に出来る事はやっておきたい」

 

 1人でも多く元の世界に返す為、その策を四条は考えていた。プレイヤーはまだ20にもなってない少年ばかりだ。その未来が消えて行くのは四条としても避けたいところだった。

 

 「それともう一つ、これは個人的な憶測なんだが……」

 

 「何すか?」

 

 そして四条は顎に手を当てて眉間に皺を寄せる。少し怒っているかの様に見えて神崎も少し縮こまってしまった。

 

 

 「………茅場もこの世界にいるかも知れない」

 

 

 四条の言葉に神崎は目を見開く。事件の首謀者、茅場晶彦もこのゲームをプレイしてる。そんな発想は全く無かったからだ。

 

 「神崎、このゲームは現実の世界から第三者視点でゲームを覗くことは可能か?」

 

 「え?えーっと………」

 

 続けて四条にそう問われて神崎は少し考える。そして合点が行ったかのようにハッとした表情になった。

 

 「………無理っす。SAOはフルダイブ型と言う特徴である以上、ナーヴギアを装着しないとその世界で何が起こったか知る事は出来ないっす」

 

 それはつまり、自分もゲームプレイヤーにならないとその世界を知り得る事はできないと言う事だった。神崎の返答を聞いてやはりなと言う風に四条は頷く。そして憶測は確信へと近づいて行った。

 

 「……茅場はこの世界を"鑑賞"すると言っていた。それはつまり……」

 

 

 

 「……今もこの世界の何処かに、茅場が居る……?」

 

 

 

 このゲームの世界を"鑑賞"する。そうするにはナーヴギアを装着するしか無い。この事実が、四条が茅場がこの世界にいると言う推理を立てた根拠だった。

 

 「しかし100%居ると決まったわけじゃない。アイツは開発者だ。色々と融通も利くだろう。自分だけログアウト出来る様にもしてる筈だ。だが、アイツが"鑑賞"してる間は、この世界にいる可能性が高い」

 

 神崎は生唾を呑む。この世界を自由自在にコントロールできる人間が、すぐそばにいるかも知れない。

 それは"鑑賞"する為に自分に不都合な事があれば、容赦なくHPをゼロにする事だって出来ると言う事だ。

 

 「茅場晶彦の捜索、そして拘束。これも目的に加える……恐らく困難を極めると思うがな」

 

 言葉通り難しそうな顔をしてそう言う四条。自分で作った世界に1万人をも閉じ込め、それを"鑑賞"するには、恐らく自身のアバターも現実に似せないだろう。その中から茅場を見つけ出せと言われても恐らく生半可には行かない事は確かだ。

 

 「層の攻略は、どうするっすか?」

 

 次に神崎が100層までの攻略をどうするのか聞く。茅場の言う通りなら、あと99層のフロアボスを倒さなければならない。

 

 「俺達は干渉しない。あまりにも非現実的だからな。俺達の目的はあくまで"この世界の治安維持"と"茅場晶彦の捜索"だ」

 

 しかしピシャリと、そう言い放つ四条。恐らく多くのプレイヤーは茅場の言葉を鵜呑みにし攻略を目指すだろうが、四条の見ているものはあくまで"現実"だった。

 現実世界に戻る為の最善の策。それは層を攻略する事ではないと四条は結論付けたのだ。

 

 「了解っす。それと、後は、えーっと………」

 

 他に何か決めておく事は無いかと、神崎は考えを巡らす。正直、今日1日で起きた出来事が多過ぎて神崎の頭はパンク寸前だった。

 

 「……明日、具体的な策を練るぞ。今日は色々頭を使ったからな。もう時間も夜だ。取り敢えず一旦休憩しよう」

 

 そんな神崎を見て四条も察したのか、そんな提案をする。

 

 「え?い、いや!、まだまだ行けるっすよ!!」

 

 しかし、足枷になりたくないと言う思いからなのか、神崎は食い下がる。しかし四条にはお見通しで、険しい表情から困った様に笑った。

 

 「じゃあ、俺が疲れた。少し休憩したい。どっかで休むぞ」

 

 「え?そ、それなら……ハイ………」

 

 そう言われては神崎も強くは出れない。見透かされた気持ちになった神崎は、顔を真っ赤にして四条の言う通りにするのであった。

 



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開始

 

 

 「ふぁああ………全然寝た気がしない………」

 

 翌日の朝。近くの宿で陽も上がりきってない時間に神崎はそう呟く。あの後、近くの宿を取り、気晴らしにご飯を食べながら四条と今後の策について話し合った。

 まず決まったのは、"ギルド"を作る事。初期メンバーは四条と神崎の2人。治安維持をすると言っても2人だけでは1万人のプレイヤーに目を見張る事はできない。ならば自分達の同じ考えを持つパーティーメンバーを増やし、徐々に治安維持の範囲を広げて行こうと言うのが今後の目標として決まった。

 そして茅場の捜索。これは後回しにすることとなった。この世界での最優先事項は、組織としてギルドの地盤を固める事だ。

 その第一歩として、この早起きを敢行したのである。

 神崎はぐるぐると肩を回し、身体をほぐす。ゲーム内なので肩凝りや疲れなどの症状は起きないのだが、現実世界でのクセでそうしてしまう。

 

 「……これからレベリングかぁ……流石にモブモンスターにやられる事は無いと思うけど………」

 

 神崎は誰もいない部屋で独り言を呟く。ギルドに人を集めるには、自分のレベルを上げて力を見せつける事が効果的だ。ましてや今はデスゲームの真っ最中。力のある人間に付いていこうとするのは自然な事でもある。

 それに"抑止力"を生むには、まず自らが強くならねばならないのだ。

 装備のチェックをすると、すぐさま扉の部屋を開いて宿の階段を降りる。

 

 「……身支度をしなくていいのはこの世界の良いところなんだけどなぁ……」

 

 階段を降りながら、苦笑いになってそんな事を呟く神崎であった。

 

 

 

 「おう、早いな。もう少し寝てても良かったぞ?」

 

 神崎が階段を降りると、宿の受付のベンチで四条が座って待っていた。彼も装備は準備万端と言った風だ。

 

 「アタシより早く起きた人が何言ってんすか、まだ集合時間の30分前っすよ」

 

 苦笑いになって神崎はそう返す。こう言うところも、四条の真面目らしさが出ている。事件現場でも四条が神崎より遅く来ると言うのは、彼女も殆ど思い当たらなかった。

 

 「どうも寝れなくてな。それより神崎、レベリングとは言うがモンスターを狩ると言う事はこの前の草原に行くのか?」

 

 ベンチから立ち、真剣な顔つきになる四条。この顔の時は仕事をしている時の顔だ。神崎もそれを察し、メインメニューからマップを開いた。

 

 「いや、そこから少し離れた場所に行くっす。あの草原もモンスターは出るっすけど、今回はここから離れた……ここっす」

 

 マップを指差し、マーキングをする神崎。そこは始まりの街の次の村の、少し離れた場所だった。

 

 「あそこじゃダメなのか?」

 

 「あのフィールドは始まりの街から近いっす。このゲームはマージンって言って与えられる経験値が限られてるっす。無限にモンスターが出る訳じゃないんすよ」

 

 「……つまり、この街から近い狩場だと、すぐに狩り尽くされてしまうと言う事か?」

 

 四条の言葉に神崎は無言で頷く。

 

 「なんで拠点を次の村に移して、人がいないところで借りをした方が効率が良いっす」

 

 確かにそれならば短期間で、効率良くレベルアップが出来るだろう。しかし、一つ問題があった。

 

 「………恨みは、買うだろうな」

 

 四条の発言に神崎は痛いところを突かれた様な顔になる。それはつまり他のプレイヤーを出し抜いて、自分達だけオイシイ思いをしようと言う事だった。

 

 「しかし、ギルドを作るには仕方がない。そうと決まれば早めに出発するぞ」

 

 だがこう言う取捨選択が出来るのが四条の強みだ。現状を把握し、今現在どの選択を取れば最適解なのか。その判断が抜群に上手い。

 彼が警視庁内で"カミソリ"と呼ばれる所以は、ここからだった。

 

 「了解っす!!」

 

 そしてその四条の判断に、神崎も全幅の信頼を寄せているのだった。

 

 

 

 

 2.

 

 

 「右に曲がったら強いモンスターが居るんで、遠回りになるっすけど左に曲がった方が安全っすね」

 

 「じゃあ、左だ」

 

 場所は少し薄暗い森に移り、次の村まであと少しと言うところまで2人は来ていた。

 道中は神崎が先頭に立ち、四条の道案内をしている。彼女はβテスター。テストでは第8層までクリアをしているので、始まりの街付近の危険ポイントは熟知していた。

 

 「……来た!!先輩!両方からっす!!アタシは右をやるんで先輩は左を!!」

 

 「了解!!」

 

 すると、茂みの中から2体のモンスターが飛びかかって来る。イノシシ型の小型モンスターだ。すかさず神崎は右に、四条は左に飛び掛かる。

 安全と言っても、ここはモンスターの出るエリア。エンカウントする確率はゼロでは無い。

 

 ___ピィギャァァァァ!!!____

 

 すると、四条は日本刀を一振り。神崎は薙刀を一振りして、モンスターを一撃で倒した。やはりあまり強いモンスターでは無かった様で、手に入る経験値も少ない。

 

 「ふぅ、……そろそろ先輩も狩りに慣れてきたっすか?」

 

 完全に敵が沈黙した事を確認すると、汗を拭う仕草をして神崎がそう聞いてきた。

 

 「ああ、いい"先輩"が居るからな。参考になるよ」

 

 まだまだモンスターは弱く、この様に会話をする余裕もある。四条がそう返すと、神崎は得意げに微笑んだ。

 

 「村まであと少し、HPも申し分ないんでこのまま行けば安全っすね」

 

 少し油断気味の神崎に、四条は少し困った様に笑う。

 

 「油断はするなよ。お前の悪い癖だ」

 

 「わ、分かってるっすよ。……もう少しでこの森を抜けるんでそれを過ぎれば"圏内"。つまりモンスターは襲ってこないっすね」

 

 "圏内"。それは居住区にモンスターが入り込まない様にするシステムで、各所の村や、最初の始まりの街がそれに当たる。そこまで来れば体制を立て直し、拠点が作れると言う訳だ。

 

 「しかし、やはりここまで来るとプレイヤーも居ないな」

 

 周りをキョロキョロと見回しそう呟く四条。辺りは最初の草原とは違い、プレイヤーの姿は全く見当たらなかった。

 

 「やっぱり皆んな慎重になってるんすよ。HPがゼロになれば命は無いって分かってるっすからね」

 

 皆、怯えて躊躇しているのだろう。ましてやこのゲームを初めてプレイするプレイヤーからしたら、モンスターの対処法が全く分からずに殺される事だってあり得る。

 その結果、始まりの街に籠ると言う選択肢を取るプレイヤーも少なく無い筈だ。

 

 「……全員がそうしてくれると、こちらもありがたいんだがな」

 

 苦虫を噛み潰したような表情でそう言う四条。自分の命を危機に晒す事は彼としては極力やめて欲しいところだった。

 

 「まあ、未だにこれはゲームの中って考えるプレイヤーもいるっすからねぇ……ってあれ?先輩、あそこに誰か立ってないっすか?」

 

 すると、神崎が立ち止まり、何かを見つけたのか林の奥の方を指差した。

 神崎が指を刺した方向に四条も顔を向ける。そこには、1人のプレイヤーらしき人物が棒立ちしていた。

 

 「……どうやらアタシたちみたいな考えをする人は少なからず居るみたいっすね。モンスターと戦闘中っぽいっす」

 

 始まりの街からここまでは結構な距離がある。時刻はまだ朝方。こんな時間にここに居ると言う事は、レベリング目当てのプレイヤーだろうか?

 

 「だが棒立ちだぞ?武器も構えていない」

 

 しかし、四条はそのプレイヤーの違和感に気付く。モンスターと対峙してると言うのに戦闘の構えを取ろうともしない。片手に剣は握られているがだらんと、両手を地面に向けて垂らしたままだ。

 

 すると、モンスターがそのプレイヤーに襲いかかった。無防備なプレイヤーはそのままダメージを受ける。

 

 「!?あの人、反撃を全くしないっすよ!?」

 

 その光景に神崎が驚いた顔をする。無理もない。あのプレイヤーは果たしてHPがゼロになったら現実でも死ぬ事を理解しているのだろうか?そんな事は御構い無しにと、プレイヤーはモンスターにされるがままだった。

 

 「もしかして……!!」

 

 「せ、先輩!?」

 

 その光景に、四条が飛び出す。もし彼の勘が当たってるとすれば、あのプレイヤーはこのままHPがゼロになるからだ。

 近くまで来ると、そのプレイヤーの全体像が確認できた。プレイヤーは男で、HPゲージを確認すると、ゲージは黄色から赤に変わっており、あと一撃でも喰らえばゲームオーバというところまで来ていた。

 しかし、モンスターはそんな事情を無視するかの様に、プレイヤーに突進を仕掛ける。

 

 「!!!、届けぇ!!!」

 

  モンスターのタックルがプレイヤーに届くまであと数メートル。四条は雄叫びを上げながらありったけに身体を伸ばしてモンスターに突撃していった。

 

 ____ドゥン!!!!!_____

 

 そして、鈍い音を立てながら、タックルを喰らった"それ"は転がって行く。

 

 「先輩!!!!!」

 

 神崎の悲鳴が森に木霊する。すんでのところで横から四条のタックルがモンスターに決まり、その勢いで両者とも横に転がって行った。

 何回転かすると、四条はモンスターに馬乗になる様な体制になり、すかさず上から剣を振りかざした。

 

 「このっ!!くたばれ!!!!」

 

 その一言と共に渾身の一撃がモンスターに振り下ろされる。至近距離から斬撃を喰らったモンスターは、けたたましい断末魔を上げて一瞬にして消えていった。

 

 「大丈夫っすか!?先輩!!!」

 

 慌てて神崎が駆け寄る。モンスターに直接タックルを仕掛けたのでHPは僅かながらに減ったが、どうやらゲームオーバにはまだまだならない様子だった。

 

 「俺は大丈夫だ。それより」

 

 四条は素早く立ち上がり、先程の棒立ちしていたプレイヤーに近づく。顔を確認してみると目は虚ろで、どこか遠くを見ている様だった。

 

 「君、自殺しようとしただろ」

 

 四条の突き刺す様な声に、プレイヤーの方がビクンと跳ねる。明らかに怒りを隠しきれていない声色だった。

 プレイヤーは体の線が細めの、髪の長い若い男だった。パッと見、20代前半と言ったところだろうか。

 

 「………もう少しだったのに………」

 

 若い男は、虚な目で地面を見つめながらそう呟く。助けられた感謝ではなく、後悔の言葉が出てくる辺り、やはりこのプレイヤーは自ら命を絶とうとした様だ。

 

 「もう少しで死ねると思ったか?」

 

 「…………」

 

 四条の問いかけに若い男は無言となる。目は依然として虚ろで、話が通じる様な状態では無かった。

 

 「……一旦落ち着こう。もうすぐ次の村に着く。そこで話を聞こう」

 

 すると四条は一旦落ち着かせた方がいいと考え、突き刺す様な声から優しさを含んだ声色に変える。そして若い男の手を取ると、引っ張るように歩き始めた。

 

 「……あ………」

 

 四条に手を引っ張られて男は何かを言おうとする。しかし有無を言わせない四条の雰囲気に、再び黙り込んでしまうのであった。

 



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カイト

 1.

 

 「うぅっ……ぐすっ……俺、現実世界で会社でも孤立してて……どこにも居場所が無かったんです…….」

 

 「そうか……随分と苦労をして来たんだな」

 

 あの後、無事に村に入った3人は近くの酒場に寄り、四条と神崎は自殺しようとした青年の話を聞いていた。

 最初は何を聞いても答えようとしなかった男だが、四条が辛抱強く説得した結果、徐々に口を開く様になったのだ。

 

 「俺、一人暮らしで友達も居なくて……だからこの世界に来たんです。なのにこんな事になるなんて………」

 

 大粒の涙を流しながら自白する様に青年は続ける。あまりにも凄い勢いで泣くので神崎と四条も少し引いてしまっていた。

 

 「それで、あの場所で一人で来たと?」

 「はい。もう死ぬしか無いと思って………」

 

 どうやら自殺しようとしたのは本当らしい。この世界に絶望し、自暴自棄になってあんな事をしたのだろう。

 

 「でも死んじゃあダメっすよ?死んだら多分もっと後悔すると思うっす」

 

 神崎も諭す様にそう言う。この青年、どうやらかなり気の弱い性格の様で、感情の振れ幅も大きかった。

 

 「でもこれからどうやって生きていけば……」

 

 不安な目で青年は四条を見つめる。まるで助けを求めているかの様な、そんな目つきだ。

 

 「死なない為には自分が強くなるしか無い。君は自分自身の事を"弱い"と思っているだろう?」

 

 その視線に応える様に、四条も青年の目を真っ直ぐ見据える。青年は無言で頷くのみだった。

 

 「だったらまず変わろうと思う事だ。"俺は弱く無い"。"俺は強い人間なんだ"。そう思い込む事でも見える世界は変わってくるぞ?」

 

 自己暗示の様なものだがネガティブな思考に陥るよりも、無理矢理にでも自分に自信を持った方が良いこともある。

 そしてこの男には、正にそれが必要と四条は見抜いていた。

 

 「そんな、急に言われてもどうすれば………」

 

 しかし青年は根っからのネガティブ思考なのか、四条にそう発破を掛かられても俯いて口から自信のない言葉が出てしまう。人は急には変われないのだ。

 どうしたものかと、四条が腕を組んで考えていると、今度は神崎が閃いた様な顔をした。

 

 「じゃあ、一緒に狩にでも行ってみるっすか?モンスターを倒してレベルアップすれば、自信も付いてくるんじゃないっすかね?」

 

 このままではもう一度自殺する可能性もあるだろう。ならこの青年にどうやって生き抜くための自信を付けさせるのか。神崎の提案に四条も深く頷いた。

 

 「……なるほど、だそうだ。俺は別に構わないが君はどうする?"変わりたいのか"、それとも"今までの自分"で良いのか」

 

 四条の問いかけに男はまた深く項垂れてしまう。答えは無言。その反応を見て、一つため息を吐くと四条は席を立った。

 

 

 「行くぞ神崎」

 

 「え?」

 

 いきなり席を立ち、酒場を去ろうとする四条に神崎は予想外だったのか反応が遅れた。そして見下ろす様に青年を見つめ、四条は言葉を口にする。

 

 「ここは圏内だ。この村に居ればモンスターは襲ってこない。死にたくないならここでずっと過ごしていれば良い。もっとも、俺は君がもう一度モンスターに殺されに行くと踏んでいるがな」

 

 「ちょ、先輩!!そんな言い方……!!!」

 

 

 心を折りに来る様な発言に神崎はギョッとする。この短い会話の間でも青年の心の弱さは彼女も理解しているつもりだ。こんなキツい言葉を浴びせられたら逆効果に決まっている。

 

 「…………」

 

 青年は依然として項垂れて無言のままだ。何を思っているのか、その表情は見えない。

 

 「変わらなければそのままだ。もし、このデスゲームから解放されたとしても、現実で君の立場が変わる事は無いだろう。それ程に君は"弱い"」

 

 四条の"弱い"と言う発言に青年は肩を震わせる。そして四条は青年から背を向け、出口まで歩いていった。

 

 「じゃあな、もうこれっきりになるだろう」

 

 それだけ吐き捨てると四条は酒場の扉に手をかける。神崎も慌てた様子で四条に着いて来て、心配そうな表情で青年をチラチラと見つめていた。

 

 

 

 「…………待ってください」

 

 

 

 すると、青年がようやく声を発した。その声に四条は立ち止まり青年に向かって振り返る。

 

 「……あ、貴方達のレベリング、ぼ、僕も付き合っていいでしょうか!?このままでは自分も嫌なんです!!」

 

 すると、青年は勢い良く顔を上げて四条にそう懇願して来た。先程までの弱々しい表情では無く、何かの覚悟を決めた表情だ。

 神崎は先程までと全く違う青年の雰囲気に戸惑っていた。しかし、四条は何かを見定めるかの様に青年を見ている。

 

 「途中でモンスターに殺されるかも知れないぞ?」

 

 四条は脅す様に青年に対してそう問い掛ける。一瞬、青年は怯んだが負けじと目に力を入れると、席を勢い良く立ち上がった。

 

 

 「お、俺は死にません!!強くなりますから!!!」

 

 

 虚勢である事は四条にも分かった。全身がガタガタ震えていて、冷や汗も掻いている。

 しかし、目だけは力強いままだった。

 そう、この青年は自身を変えようとしているのだ。

 

 「……神崎、ここから効率良く経験値を稼げる場所はどこだ?」

 

 しかし、無視するかの様に四条は神崎にそう聞く。

 

 「え?えっと……多分ここっすね。ここなら他のプレイヤーもいない筈っす」

 

 困惑しながらも神崎はマップを開き、その場所を指差す。場所を確認すると、四条は静かに頷いた。

 

 「そうか、じゃあ早速行くぞ」

 

 四条はそれだけ言うと踵を返して再度酒場の扉に手を掛けた。

 それを見て青年は再び項垂れる。もう遅かったのかと、やはり自分の覚悟は足りなかったのかと。彼の中で後悔の念が押し寄せていた。

 その悔しさから、拳を強く握り締める。

 

 

 「おい、何してるんだ?」

 

 

 すると、四条は振り返らずにそう言い放った。それを聞いて青年は勢い良く顔を上げる。

 

 

 「レベリング、お前も行くぞ」

 

 

 「………え?」

 

 

 四条の言葉に、青年は呆けた顔になる。まだ飲み込めていない様子だ。

 

 「……良かったっすね。先輩が認めるなんてあんまり無いっすよ?」

 

 神崎から"認める"と言う言葉を聞いて、青年の体温が上がる。そして理解したと同時に深く頭を下げた。

 

 

 「ありがとうございます!!!よろしくお願いします!!!」

 

 

 

 2.

 

 「"カイト"君!!そのままだったら隙が出来ちゃうっすよ!!もっと動いて攻撃が当たらない様にしなきゃ!!」

 

 「は、はい!!!」

 

 場所は草原、見晴らしのいい場所で3人のプレイヤーがいる。その一人の青年、"カイト"と呼ばれた青年は今にも死にそうな顔になりながら、モンスターと戦っていた。

 

 「もう少しで敵が突進して来るっす!!それに合わせて!!!」

 

 「は、はいぃ!!!」

 

 神崎の叫び声に涙目になりながら剣を構えるカイト。構えからしてもうガチガチで、側から見てもダメそうなのが伝わって来る。

 

 「男の子だったらしゃんとしなさい!!!ほら!!来るよ!!!」

 

 すると、敵モンスターが、助走をつけてカイトに突っ込んで行く。

 

 「う、うわぁぁああ!!!」

 

 しかし、恐怖の限界を迎えたカイトは、そのまま何もすることができず、構えた剣ごと後ろに吹っ飛ばされてしまった。

 

 「ああ!!また!!!」

 

 これで何回目だと言う風に頭を抱えてそう叫ぶ神崎。直後、今度は突進直後で動きが鈍っている敵に向かって四条が剣を振り下ろし、モンスターが消滅した。

 

 

 「……大丈夫か?」

 

 ゆっくりと近づいてカイトの安否を確認する四条。対するカイトは仰向けに大の字で倒れたままで、真っ白になっていた。

 

 「なんで……いっつも………」

 

 大の字になりながらガッカリとした声でそう呟くカイト。HPゲージが黄色に変化していたので四条は回復アイテムを使う。

 

 「まあ、直接言えば度胸が足りないな」

 

 HPを回復しながら四条の直接的な言葉に精神的なダメージを受けるカイト。レベルを見ても神崎と四条のレベルはみるみる上がって行くのに、カイトだけは一向にレベルが上がらなかった。

 

 「はあ、動きは良いンスけどねぇ……」

 

 同じくカイトに近付いて来た神崎にそんな事を言われる。それを聞いて再びシュンとなってしまうカイトだった。

 するとカイトは自分の両頬を勢い良く叩き、これではダメだと奮起させる様に立ち上がった。

 

 「……もう一回、良いですか?」

 

 「ああ、何回でもやれ」

 

 「もう一回!次は成功させるっすよ!!」

 

 神崎と四条の二人もそんな姿を見てカイトに協力する。そんなやり取りは、日が沈むまで続くのであった。

 

 

 ___________

 

 

 「あっはっは!!!やっぱあのやられ方が一番面白かったっすよ!!先輩もそう思うっすよね!!」

 

 「いや、俺は躓いてそのままモンスターの下敷きになったのが一番だな」

 

 「あー、確かにあれも良かったっすねぇー!!」

 

 「も、もう!!二人ともいいじゃないですかぁ!!その話は!!!」

 

 

 場所は変わってここは村の酒場。もう日もすっかり落ちており、狩も終えて3人で夕飯を食べていた。

 この世界では飯や酒を飲んでも現実に反映されず空腹感が紛れるだけだが、四条は必ず食事は取ろうと提案して来た。何でも食事によるモチベーションの変化は大きいらしく、空腹感が紛れるだけでも取った方が良いだろうと言う四条の判断だ。神崎とカイトもその案に快諾し、今は酒場でこうやって騒いでいる訳である。

 

 「だけど、ちょっとは固さが抜けたっすかねぇ?モンスターが、突進して来ても何も出来ないって事は無くなったっすよ」

 

 「でも、まだ自分一人で倒し切れてないです……」

 

 この一日でほんの少しだけ進歩したカイトだったが、それでも神崎と四条のレベルに差をつけられてしまっている。

 焦りもあるが、それ以上に自分の力の無さに落ち込んでしまうカイトであった。

 

 「ユーリーさんは凄いですよね。あんな長い薙刀でモンスターを一歩も寄せ付けずに倒してしまうんですから」

 

 「そ、そうっすか?いやあー、照れるっすねぇ!!」

 

 カイトに褒められて満更でもない顔をする神崎。普段もこのゲームの世界でも四条に褒められる事は殆ど無いため、照れている様だった。

 

 「スグルさんも、間合いと言うか、剣を出した先にモンスターが来てるみたいで、どうやってるんですか?あれ」

 

 「どうやってるって言ってもな……俺は現実でも剣道をやってるから、その経験からかも知れないな」

 

 対して四条は淡々とそう返す。実際、二人の実力はこのゲームでも上の方で、それと比べるというのはカイトにとっては酷な話だった。

 それと同時に彼の中で憧れも生まれる。

 

 「俺も2人みたいに……って言うか、2人ってどういう関係なんですか?今まで聞いて来なかったですけど、ユーリーさんはスグルさんのことを先輩って呼んでますよね?」

 

 すると、カイトがそんなことを聞いて来た。神崎は一瞬戸惑ったが、先に口を開いたのは四条の方だった。

 

 「会社の先輩後輩の間柄なんだ。俺が3つ上でな。こいつの教育係も俺だったからこうやって付き合いもあるんだ」

 

 肝心な部分は言ってないが嘘はついていない。その言葉に納得した様にカイトはへぇー、と言う。しかし神崎はどこか不機嫌そうな顔になっていた。

 

 「仲が良いんですね。一緒にゲームをするなんて」

 

 カイトが羨ましそうにそう言うと、四条は恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 「………そうでも無いぞ?仕事でも抜けてるところがあるし、すぐにあたふたするし……」

 

 「あ、あははー。……申し訳ないっす!!」

 

 四条に欠点を指摘され、明るく神崎は返すが、少し元気がない様にも見えた。

 

 「……自分は一緒にゲームをやる友達も居なかったんで……」

 

 すると、カイトは現実の事を思い出してしまったのか、再び俯いてしまった。

 

 「……もう!何で下向くんすか!!せっかくの楽しい場なのに!!」

 

 すると、神崎は両手でカイトの両頬をガシッと掴み、無理矢理顔を上げさせた。

 

 「や、やめへふらはい!ゆーひーはん!!」

 

 神崎に両頬をぎゅっとキツく閉められ、変な顔になって許しを乞うカイト。眉毛のハの字とひょっとこみたいな口も相まって、中々に間抜けな顔をしていた。

 

 「ぷっ、はははは!!」

 

 「あははは!!良いっすねー!!その顔!!!そっちの方が良いっすよ!!」

 

 「もー!!っく、あははは!!!!」

 

 四条と神崎が爆笑しているのを見て、釣られてカイトも笑う。彼も会社の飲み会に参加をした事があるが、こんな雰囲気では無かった。誰もが目上の人間に媚びる様に頭を下げ、お酒を楽しむ余裕さえもない。彼の中の飲み会は、そんな何が楽しいのか全く分からない集会と言う認識でしか無かった。

 

 「あはは!!!ああ、楽しいなぁ…!!!」

 

 しかし、その認識が変わりつつある。

 

 

 その夜は、カイトにとって人生で一番騒がしい夜だった。

 

 

 



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スイッチ

 

 1.

 

 デスゲームが始まってから4日目、相変わらず四条達3人は、始まりの街から少し離れたフィールドで狩りをしている。

 他のプレイヤーを見かける事はなく、経験値稼ぎの為の争なども起きていない。なので順調に3人ともレベルアップを重ねていた。

 

 「はぁっ!!!」

 

 気合の入ったカイトの声と同時に、モンスターが倒される。彼のHPはまだ青色。ガチガチに固まってる訳でもなく、出会った初日と比べれば、かなり動きが良かった。

 

 「ナイスっす!!やったっすね!カイトさん!」

 

 「は、はい!!ありがとうございます!!」

 

 手放しの神崎の褒め言葉に、心底嬉しそうにそう返すカイト。初めは四条と神崎に大きく差をつけられていたレベルも、みるみる内に縮まっていった。

 

 「やっぱセンスはあるんすよね。あがり症が無くなって、かなり良い動きをする様になったっすから」

 

 神崎が感心する様にそう言って頷く。正直、カイトのゲームセンスは2人よりも上だった。剣術に関しては四条と神崎に分があるのだが、それ以上にモンスターと戦う際の立ち回りが上手かったのである。

 

 「もうレベルも大分上がって来たし、次は連携でやってみるっすか?」

 

 「連携?」

 

 神崎がそう提案すると、四条が疑問の声を上げた。

 

 「はい、ソロでやるのも良いんすけど、やっぱMMOの醍醐味はチーム連携っすからね。例えばこっちが大技を使うと大きな隙が生まれるんすけど、それを連携で埋めるんすよ」

 

 「と、言うと?」

 

 「例えば、その生まれた隙にモンスターに攻撃される可能性があるじゃないっすか?そう言う時に別プレイヤーと交代すれば、攻撃の手を緩めずに済むって事っす。"スイッチ"って技術なんすけどね」

 

 神崎の説明になるほどと、納得した様に頷く四条。確かにメリットは多そうだ。

 

 「攻撃以外にも、スイッチしてる間は回復とかも出来るんで、やる事に越した事はないっすよ」

 続けて神崎はそう言う。やはり彼女がβテスターで助かった。知識で言えばこの3人の中でずば抜けているのだ。

 

 「なるほど……なら、連携の練習もした方がいいな。カイト、お前もやるか?」

 

 「も、もちろんです!!」

 

 四条がカイトに向かってそう聞くと、勢いの良い返事が返ってくる。少しずつ彼も変わっているのを四条も感じ取り、心の中でほくそ笑んだ。

 

 「よし、じゃあ少し休憩したら森の方へ行ってみるか」

 

「了解っす」

 

 「は、はい!!」

 

 四条がそう提案すると、2人から了承の返事が返って来た。

 

 

 

 

 2.

 

 「取り敢えず、あのモンスターで試してみるっすか?」

 

 「……そうだな」

 

 「ま、マジっすか?つ、強そうですよ……?」

 

場所は森のフィールド。茂みに隠れて3人は1匹のモンスターを観察している。

 そいつは体の大きいゴリラみたいなモンスターで、身長は3人の中で一番高い四条を軽く越している。

 外観も本物のゴリラみたくムキムキなので、体の大きさも相まって相当な威圧感を感じる。

 

 「……作戦をおさらいするっすね。まずは先輩が攻撃を仕掛けるっす。その途中で"スキル"を使った攻撃をして下さい」

 

 すると、神崎が作戦のおさらいとしてモンスターに気付かれない様、小声で話す。

 

 「……さっき覚えた"薄雪(ウスユキ)"ってやつか。了解」

 

 「そしたら先輩がスイッチって、叫んでください。その掛け声でアタシとカイト君が飛び出すんで、先輩は素早く後ろに下がってください」

 

 「……了解」

 

 「りょ、了解です……」

 

 なんとも言えない緊張感が張り詰める。普通のゲームならばここまで空気が張り詰める事は無いだろうが、この世界はデスゲームなのだ。

 もし失敗してHPがゼロにでもなったら、本当にこの世とはおさらばになる。

 

 

 「ふぅー……」

 

 四条が一つ、深呼吸をする。相手は自分より数段背も体格も大きいモンスター。恐怖感はある。しかし、それを押さえつけるかの様に深呼吸をして、四条はいつも通り、平常心を保つ。

 

 「……よし、行くぞ!」

 

 

 そして、自分に喝を入れる様に掛け声を出すと、弾き出された様に茂みから飛び出していった。四条はそのままモンスターに突進して行き、不意を突かれたモンスターはそのまま一撃、二撃と四条の斬撃を喰らう。

 

 ____ブフゥーン!!____

 

 攻撃を喰らったモンスターは興奮したのか、鼻息を荒くして両腕をブンブンと振り回す。しかし、攻撃をして即座に距離を取った四条には当たらなかった。

 

 「デカイのは図体だけだな」

 

 ボソッと、四条はそんな事を呟く。確かに当たったらダメージがデカそうだが、スローモーションの様なその動きは避けるに十分だ。

 

 ____ブン!、ブン!___

 

 続けてモンスターがヤケクソの様に太い腕を振り回してくる。しかし、四条はそれを冷静に避けていく。スキルを発動する間合いを測っているのだ。そして3、4度、モンスターの攻撃を避けると、四条の刀が薄い光を帯び出した。

 そして、もう一度モンスターの攻撃を避けると、四条は大きく刀を振りかぶった。

 

 「オラァッッ!!!」

 

 そんな叫び声と共に光を帯びたエフェクトを携え、四条の刀がモンスターを斬りつける。

 モンスターはけたたましい叫び声を上げ、HPゲージが半分程に減った。

 

 「スイッチ!!!」

 

 そして、すぐさま四条が声を張り上げる。それと同時に茂みに隠れていた神崎とカイトが飛び出した。

 作戦通り、四条は素早くモンスターと距離を取る。モンスターは四条を逃さまいと、慌てて距離を詰めようと飛び掛かるが_______

 

 「はあぁっ!!!!」

 

 「ふぅっ!!!」

 

 その前に、神崎とカイトと斬撃がモンスターに直撃する。その一撃でHPがゼロになったモンスターは、激しい断末魔を上げて倒れ、そのままアイテムをドロップした。

 

 

 

 「………ふぅ、上手くいったっすね」

 

 少しの余韻の後、神崎がドロップアイテムを拾いながら安堵した声でそう言う。

 

 「なるほど、これは使えるな……」

 

 今回の練習で確かな手応えを感じたのか、四条も薄く笑って神崎にそう返す。

 この連携を突き詰めれば、多種多様な戦法も可能になるだろうと四条は考えていた。

 

 「き、緊張したー……」

 

 そして横では、カイトが安心し切った顔で情けない声を出していた。

 

 「だが、飛び出したタイミングは完璧だったな」

 

 神崎と同じタイミングで飛び出していたので、四条は手放しでカイトを褒める。

 四条にはさっきのカイトが今までで一番いい動きをしている様に見えた。

 

 「ユーリーさんの動きをずっと見てたんで、それに追いつく様にして一緒に飛び出したんですよ」

 

 直接褒められたのが少し恥ずかしいのか、少し照れ臭そうに笑ってカイトはそう返す。

 それを聞いて、四条は少し驚いた様な表情になった。

 

 「……ほお、中々周りを見てるじゃないか」

 

 このゲームの経験者である神崎の動きを見ると言うのは、ある意味正解だ。そして、それに合わせられるカイトも、中々のものである。

 

 「とにかく、この"スイッチ"でやれる事はまだ沢山ありそうだな。もう少し練習するか?」

 

 「もちろんっす!」

 

 「はい!」

 

 四条の問いかけに、神崎とカイトも良い返事を返す。

 その後は、日が暮れるまで連携でレベリングを行った。

 

 

 

 

 3.

 

 「あー、疲れた……連携って、結構頭使うんすよねぇ……」

 

 日が暮れ、この前と同じ様に四条たちは酒場に再び来ていた。そのテーブルの一角、神崎は椅子に寄りかかる様に座り、そんな愚痴をこぼす。

 

 「そうですか?自分は楽しかったですけど……」

 

 そんな神崎と対照的に、カイトはケロッとした顔でそう言う。

 初めての連携、意外なところでカイトの強みが分かった。と言うのも彼、サポートが滅茶苦茶上手かったのである。四条や神崎に比べれば戦闘技術は劣るが、常に周りを意識した立ち回りで絶妙なタイミングでスイッチを繰り出し、一切の無駄が無い。

 

 「性に合ってるってやつっすかね?意外と言っちゃなんすけど、今までMMOをやって来た中でトップクラスのサポート能力だったっすよ」

 

 それはこのゲームに慣れ、知識も豊富な神崎が舌を巻く程だ。対してカイトは苦笑いになった。

 

 「あはは……仕事が終わって家に帰ったらゲームぐらいしかやる事がなかったですから。それで、他のゲームでもよくサポートに回ってたってのもありますね」

 

 こればかりはゲーマー独特の感覚だろう。カイトは他のゲームもやり込んでいた。そこで得た立ち回りのノウハウをこのSAOでも活かしているのである。

 

 「しかし、これだけ周りが見えるなら、現実世界でも活かせば良いだろう?少なくとも職場で孤立することは無いと思うが……」

 

 すると、四条がカイトに向かってそんな事を言う。現実世界の事を引き合いに出されたカイトは、下を向いて少し暗くなった。

 

 「あはは……そう言う、チームプレイを重視する職場だったら、良かったんですけどね……」

 

 「………」

 

 「………」

 

 何処か濁った目でそんな事を言うカイトに対し、四条も神崎も言葉を詰まらせてしまう。

 ……どれだけ劣悪な環境で働いていたのだろうか?

 

 「……僕って、つくづく運が悪いんですよ。職場で孤立したのも、他人のミスを僕が休みの日なのを良い事にアイツがやったって事ででっち上げられて……僕じゃ無いって言っても誰も信じてくれませんでした」

 

 「……辞めれば良かったじゃないか、そんな職場」

 

 あまりにも酷い労働環境に、四条がそんな事を言う。対してカイトは顔を上げ、困った様に笑った。

 

 「今ではそうしておけば良かったなって思いますけど、その時はかなり追い詰められてまして……お陰でどんどん内向的になって、昔からの友人とか、家族とも連絡を取らなくなって………」

 

 そこまで精神的に追い詰められていたとは、四条も思わなんだ。このカイトと言う青年は誰にも相談出来ない相手がおらず、職場でも孤立して徐々に精神を削られた結果、あの森で自殺紛いの事をしようとしたのだ。

 

 「でも、その中でもスグルさんとユーリーさんと出会えたのは、数少ない幸運だったかも知れませんね」

 

 そして暗い顔から一転、柔らかく微笑んで、カイトはそんな事を言う。

 心の底からの言葉である事は、四条と神崎にも理解出来た。彼と出会って3日。この純朴さが、彼の本来なのかも知れない。

 

 「……そうか、そりゃ嬉しい限りだな」

 

 「な、なんか、面と向かってそう言われると、恥ずいっすね……」

 

 そんな彼の純朴さに充てられたのか、少し気恥ずかしそうに四条と神崎はそう返す。

 まるで命の恩人かの様な扱いをされて、二人とも参っていた。

 そして、四条の頭にある考えが浮かぶ。

 

 (……なあ神崎、ちょっと提案があるんだが……)

 

 すると、四条が神崎に耳打ちをし始めた。

 

 (?、なんすか?)

 

 そんな四条に、神崎も耳を傾ける。そして、カイトに聞こえない様に何やら小声で会話を始めた。

 

 「な、なんですか?二人して小声で話して……」

 

 目の前で内緒話をし始められて、カイトは内心穏やかでは無い。そして1分ほど話したのち、四条は神崎の耳から顔を話し、今度は真剣な眼差しでカイトを見つめた。

 

 「なあ、カイト。お前、元の世界に戻るにはどうしたらいいと思う?」

 

 「え?、も、元の世界ですか……?」

 

 明らかに先程とは雰囲気の違う四条に困惑し、質問に質問を返してしまうカイト。

 

 「俺はな、現実世界で事件が解決するまで、この世界で生き抜くのがベストだと思っている」

 

 「そ、それって、元の世界の警察に事件解決を任せるって事ですか?」

 

 カイトの疑問に、「ああ」と四条は深く頷いた。そして、次に四条が発する言葉に、カイトは大きな衝撃を受ける事となる。

 

 

 

 「……実はな、俺とユーリーは、警察官なんだ」

 

 

 

 「………え?」

 

 直ぐには、理解が出来なかった。この世界はゲームの世界。そんな場所に国の威信である警察が居るとはカイト自身、露ほども思っていなかったからである。

 そんなカイトを他所に、四条は自己紹介を始めた。

 

 「俺の本名は四条優。警視庁捜査二課の刑事だ。そしてこっちが……」

 

 「神崎由里子、同じく捜査二課で先輩の部下っす」

 

 唖然とした顔でカイトは両者を見つめる。にわかには信じられなかった。確かに相当な場数を踏んできているのだろうなとは、四条の立ち振る舞いと雰囲気で分かった。

 しかし、それが刑事だとは……

 

 「ほ、本当に刑事さんなんですか……?」

 

 まだ二人が刑事だと言う事を信じられないカイトは、驚いた表情のままそんな事を聞く。

 それを見て四条と神崎は、困った様に笑って互いを見つめ合った。

 

 「まあ、いきなりこんな事言われて信じられないだろうが事実だ。……警察手帳は現実世界に置きっぱなしだがな」

 

 「は、はぁ……」

 

 冗談ぽくそう言う四条だが、カイトはそんな事よりもこの二人が本当に刑事なのかをまだ疑っていた。

 しかし、この二人が嘘をついている様にも思えない。それはこの3日間一緒に行動した事で、彼も何となく分かっていた。

 

 「そこでだ、現実世界で事件が解決するまでの間、俺達はこの世界の治安維持をしようと思っている」

 

 そして、ついに四条が本題に入る。ここまで話を聞いていたカイトも、なんとなく想像できた。

 

 「それって……」

 

 彼らは警察官。それが本当なら、やるべき仕事は一つ。この世界には、今のところ治安を維持する組織は存在しない。

 

 

 「この世界で警察の"代わり"をする。そしてカイト。お前にもその手伝いをして貰いたい」

 

 

 四条の発言に、カイトの背筋がゾワっとする。カイト自身、この世界から抜け出すためには茅場の言ってた通り、フロアを100層攻略しなければならないと思っていた。

 しかし、この四条が考えているのはあくまで現実。カイトを見つめるその眼差しは真剣そのもので、彼に四条と神崎が警察官だと認めさせるには、十分なものだった。

 

 

 「ぼ、僕に出来るっすかね……」

 

 

 そして次にカイトに生まれた感情は、不安。言うが易し行うが難しとはよく言ったもので、一般人として生きてきたカイトにとって、その使命は重すぎるものだった。

 

 「お前は、変わりたいと言ったな?なら、これはその第一歩だ。人の為に、誰かを守る為に行動する。それは生半可な事じゃないが、確実にお前を強くしてくれるぞ?」

 

 だが、四条は尚も真剣な眼差しで、カイトを諭す様にそう言う。四条は、この青年にその力があると確信していた。いや、力と言うよりかはその信念があると踏んでいた。

 先程見たサポートの立ち回り。他人への気遣い。そして、素直に礼を言えるその純朴さ。

 後は、その気弱さだけなのだ。

 

 「………」

 

 四条の言葉に、カイトは深く考える。今まで自分が人の為に何かやってこれたかどうか。

 努力は、したと思う。しかし、それが実った事はない。

 だが、ここで諦めては、現実世界と同じだ。今、ここはゲームの世界。限りなく現実に近いが、まやかしの世界だ。

 

 そんな虚偽の世界なら、自分も人の為に何かできるかも知れない。

 

 

 「……分かりました。手伝います!!」

 

 

 一言、それだけ言い、真剣な表情で四条を見つめ返すカイト。その一言で十分だった様で、四条は軽く笑うと、カイトに向かって手を差し伸べた。

 

 「よし、じゃあ、改めてよろしくな。3人目のギルドメンバー、ゲットだ」

 

 「お、お願いします!!」

 

 差し出された四条の手をしっかりと握り返し、緊張の面持ちでそう返すカイト。

 

 「よし、じゃあ、飲むか!コルは今日一日で山ほど貯まったから、好きなだけ飲んで食っていいぞ?」

 

 すると、四条は新たなギルドメンバーの歓迎にと、そんな事を宣言した。

 

 「へへっ、あざーっす!!」

 

 「あ、ありがとうございます!!」

 

 そしてここぞとばかりにと、神崎はNPCの女性店員に、注文する。そして、いつも通り形だけではあるが、用意された料理を食べ始めた。

 

 

 _______ジジッ_______ジジジッ______

 

 

 すると、料理に手をかけたカイトの手が、少しながらノイズを上げて霞んだ。

 

 「ん、なんだそれ?」

 

 「さ、さあ?、バグか何かですかね?」

 

 しかし、直ぐに元通りになったので、その後は気にせず、料理に舌鼓を打った。

 

 

 

 

 

 



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最悪のシナリオ

 1.

 

 「状況は?」

 

 「全くもって。……茅場はこのゲームが発売される2週間前から、行方を眩ませています。……恐らく、相当念入りに準備していたんでしょう。会社のサーバーはダミーだったので、恐らく雲隠れした茅場の元に本サーバーもあるはずです」

 

 警視庁捜査二課。『SAO事件対策本部』と筆字で書かれた部屋には、課長の柳井とその部下の男が居た。デスゲームが始まってから5日。事件の対応に追われているのか、柳井の目元にはくっきりとクマが浮かび上がっている。

 

 「……進展、無しか……関係者への聞き込みは?」

 

 「茅場と繋がりのある東工大出身の後輩に何人か。……皆、一様に知らなかったと言った様子です」

 

 柳井の問いかけに、部下が資料を見ながら眉間に皺を寄せてそう返す。この男の名は、篠塚和樹(しのづかかずき)。四条や神崎と同じく捜査二課の刑事で、課長である柳井の部下であり、懐刀だ。

 

 「今のところは茅場の単独犯行の可能性が高いか……」

 

 「ええ、ですが皆、あまり驚いている様子はありませんでした」

 

 「と、言うと?」

 

 篠塚の意味深な発言に、柳井は怪訝な表情を見せる。

 

 「……以前から茅場は、常々"この世界に永遠に住めれば良いのに"と口も漏らしていたそうです。……当時は皆、冗談だと受け流していた様で……」

 

 「動機付けも完璧と言う事か……」

 

 こんな未曾有の大事件、起こす事を予測しろと言う方が無茶な話だ。しかし事後報告を聞くと、何故もっと早く気付けなかったのかと言う後悔の念が湧いてくる。

 だが、後悔ばかりしていては事件は解決しない。

 

 「それで、"例の件"は?」

 

 続けて柳井がそう聞くと、篠塚は一層険しい顔になった。

 

 「………そちらは深刻です。家族や同居人が居る世帯では何とかなっていますが、大学生などは一人暮らしも多いです。通販などで購入した被害者は住所を割り出せますが、店舗の受け取りともなると特定は困難です。……全力を上げて販売店舗などの情報から自宅を特定していますが、既にチラホラと………」

 

 「……もう5日だ。この時期に見つからないとなると、その人達は……」

 

 悲痛な面持ちで篠塚がそう説明すると、柳井は悔しそうに拳を握る。

 このデスゲーム、最悪のシナリオはもう表面化し始めていた。

 

 「四条と神崎の様子は?」

 

 「そちらは大丈夫です。点滴による栄養補給で容態は安定しています」

 

 「そうか………」

 

 篠塚の報告に、柳井はほっとした様にそう呟く。

 

 「見舞いの一つにでも行きたいが、今はそれすらも惜しい。……俺が蒔いた種だ。この事件、あの二人を絶対に元の世界に戻さなければ……」

 

 山の様に積まれた報告書を見ながら、柳井は決意した様にそう呟く。

 茅場明彦の行方は、未だに分からない。

 

 

 

 

 2.

 

 「やった!」

 

 「ナイスっす!カイトさん!!」

 

 一方、こちらはアインクラッド。とある草原ではカイトがモンスターを一人で倒していた。

 最初の頃と比べると動きも立ち回りも良くなり、今は四条と神崎の足手まといにならないぐらいには成長している。

 

 「よし、今日はこれまでにしておくか」

 

 すると、四条はメインメニューを開き、15時を過ぎた事を確認すると、そんな提案をする。

 

 「え?、でもまだ全然日も落ちてないですよ?」

 

 この4日間、レベル上げのために朝から陽が沈むまでモンスター狩りに勤しんでいたので、カイトは疑問の声を上げる。

 

 「ギルドを立ち上げたっすからねー。なら、専用の"衣装"も必要じゃないっすか」

 

 それに対し、今度は神崎が嬉しそうにそう言ってくる。ギルドを作ると言う事は、チームを作ると言う事だ。ならば、そのチームを象徴する様なユニフォームが必要になって来る。

 

 「俺は別に良いと言ったんだけどな。神崎がどうしてもと譲らなくてな」

 

 「良いじゃないすかー。こう言うのは気持ちっすよ!気持ち!!」

 

 苦笑いになる四条に対し、神崎は興奮気味にそう返す。どうやら衣装云々は神崎の提案らしい。

 

 「それに、もうレベル上げも他プレイヤーより随分上がったと思いますし、そろそろ始まりの街の方へ戻ってもいいと思うんすよね」

 

 続けて神崎がそう言うと、四条は考えるように顎に手を当てる。

 

 「……確かにそうだな。もう十分強くなった。明日辺りから戻って警備に当たるのも良いだろう。それとギルドメンバーのスカウトもしなきゃならないしな」

 

どうやら四条も神崎の案に賛成の様だ。

 

 

 ______ジジッ、ジジジッ________

 

 

 すると、耳に深く残る様な不快なノイズ音が聞こえる。

 

 「またっすか?カイトさん?」

 

 神崎がまたかと言う風にカイトの方を向いてそう呟く。彼の方向を見やると、そのノイズ音とともに両手が霞んでいた。

 昨日の夕飯の時より酷くなっている。

 

 「今日の朝からこんな感じなんですよ。段々酷くなってますね。バグか何かでしょうか?」

 

 「それは無いと思うっす。この世界は"カーディナルシステム"って言って、何か不具合があったりすると強制的に修正されるプログラムAIが組み込まれているんすよ。アバター表示の不具合なんて、カーディナルが見逃すはず無いと思うんすけど……」

 

 神崎がそう説明すると、二人とも首を傾げる。しかしゲームの不具合以外に何か問題があるのは考え辛い。

 

 「…………」

 

 一人、四条だけは深刻な面持ちでカイトの事を見つめていた。

 

 

 

 3.

 

 

 

 それから街に戻り、四条達は衣装を着替えにNPCが営んでいる服屋へと寄る。

 

 「おおー!カッコいいですね!このデザイン、ユーリーさんが考えたんですか!?」

 

 「ふふーん。そうっすよー?コンセプトは"栄えある帝国軍人"!!カッコいいっしょー?」

 

 自作の衣装をこれでもかと言うくらい見せびらかしながら、鼻高々にそう言う神崎。

 神崎デザインの衣装は、日本の旧帝国海軍の士官服をモチーフとしたもので、上下白の軍服に長ブーツと言う、シンプルながらにピシッと決まったものだった。男子は白ズボンスタイルでブーツの色は黒。そして女子は白スカートに黒タイツスタイルでブーツの色は白と言う棲み分けもされている。

 そして左胸元には、小さいながらキラキラと存在感を放つ、銀色の菊花紋章が輝いていた。

 

 「メインメニューから着替えれるんで、ささっ。二人とも早速!」

 

 こう言う服装にこだわる所はさすが女子と言った所だろうか。待ちきれないと言う風に、神崎は早く着替えるよう二人に促す。

 

 「えっと……あ、これかな?」

 

 メインメニューから、"ユニフォーム"と言う項目を開くと、一番上の欄に新しく追加された衣装がカイトの目に入った。

 

 「ん?、菊花隊?」

 

 ユニフォーム名には、"菊花隊 衣装"とシンプルに書かれた文字が映っていた。

 

 「アタシ達のギルドの名前っす。菊は日本の国花とも言われるっすからね。最初は警察と同じ旭日章にするって先輩と話したんすけど、それだとアタシ達が警部ってバレちゃうんで、菊花紋章のエンブレムにして、そのままギルド名にしちゃおうって感じっす!」

 

 神崎が自慢げにそう言うと、カイトはなるほどと納得した様に頷く。菊花紋章は日本国家の代表とも言える花だ。それをモチーフにした部隊名となると、自然とカイトの背筋も伸びた。

 ユニフォーム欄をタップするとまるで魔法少女の様に体が光り、デフォルトの衣装から、白軍服の衣装にフォルムチェンジする。

 

 「おおー、良いじゃないっすかー」

 

 ギルド衣装に着替えた二人を見て、満足そうにそう呟く神崎。筋肉質の四条はともかく、線が細めのカイトも白軍服が様になっていた。

 

 「……着た感じは動きにくさとかは無いな」

 

 「そりゃ、ゲームっすからね。刀が本物より軽いのと同じっす」.

 

 動きやすさを確かめる様に体を動かす四条に対し、神崎がそう返す。

 着心地はデフォルトの衣装となんら遜色は無かった。

 

 「じゃあ、アタシも……」

 

 そして神崎も慣れた手つきで衣装を変える。こういう時更衣室に行かなくて良いのは、ゲーム特有の便利さだろうか。

 

 「……どうっすか?」

 

 女性verの菊花隊の衣装に変えると、神崎が四条に対し感想を求める。

 

 「……どうって、その……良いんじゃないか?」

 

 対して四条は、少し困った様に頬を掻いて目線を逸らしながらそう返す。

 ピッシリとしたスーツの様な、体のラインが出やすいこの衣装はスレンダーな神崎の体型にピッタリで、大和撫子の様な凛とした雰囲気を纏っていた。

 

 「……むー、良いっすよー。アタシは体のメリハリがありませんからー」

 

 しかし四条の感想にご不満なのか、神崎の口から出たのは子供っぽい言葉で、拗ねるようにそう言う。

 

 「そんなこと言ってないだろう?その……なんだ、似合ってるんじゃないのか?」

 

 手で後頭部を掻きながら恥ずかしそうにそう言う四条。なんとも素直ではないがそんな反応で良かったのか、神崎は「……へへっ」と照れくさそうに笑った。

 

 

 ______ジジッ、ジジジっ、ジジッ________

 

 

 すると、またノイズ音が響く。

 

 「あ、まただ……」

 

 ノイズと共に霞んで行く自分の両手を見ながら、少し不安がる様な声でそう言うカイト。段々と酷くなって行くそのノイズは、ここ数時間で一気に増えた。

 

 「またっすか?もー、カーディナルは何やってるんすかねー?」

 

 「バグにしては修正が遅すぎますね。……何か別の問題でもあるのでしょうか?」

 

 神崎が困った様にそう言うと、カイトは不安そうにそう返す。

 

 

 「……………」

 

 

 その光景を、やはり四条は深刻そうな面持ちで見つめていた。

 

 

 

 4.

 

 

 

 その後、夕飯も食べて宿に戻ると、自室で神崎は明日の準備をしていた。明日からは始まりの街へと戻る。そのための回復アイテムや装備などのチェックをしていた。

 

 ______コンコンッ______

 

 すると、部屋の扉が2回ノックされる。

 

 「はい、誰っすか?」

 

 「俺だ。神崎」

 

 「……先輩?」

 

 扉の向こうの声は、紛れもなく四条だった。しかし何だか深刻そうな口調だ。

 こんな時間に何の様なのだろうか?神崎は良からぬ妄想でもしているのか、自身に汚い所が無いか念入りに確かめている。

 

 「……神崎?」

 

 「ああ、すみません!今出るっす!」

 

 中々出てこないので四条が聞き返すと、神崎は慌てて扉のほうへと近づく。

 期待を胸に扉を開けると、そこには深刻そうな面持ちをした四条が居た。

  

 「今、時間良いか?」

 

 「も、もちろんっす!ささっ、中入って!」

 

 急かす様に神崎がそう言うと、四条はゆっくりと部屋の中へと入って行く。

 

 「そ、それで、今日はどう言った御用件で?」

 

 そして入り口の扉をガッチリ閉めると、期待するかの様に神崎はそう聞く。

 

 「………カイトの事だ」

 

 対して四条は考え込む様な険しい面持ちでそう答えた。期待したものとは違ったが、何やら深刻そうに呟く四条に対し、すぐさま神崎も仕事モードになる。

 

 「カイト君……って事は、あのノイズが関係してるって事っすか?」

 

 神崎の推理に、四条は黙って頷く。そして、次に四条が発する言葉に、神崎は心底驚かされる事となる。

 

 

 

 

 「……もしかしたら、カイトはもう長くないかも知れない」

 

 

 

 「………え?」

 

 四条から出た衝撃の言葉に、遅れて気の抜けた返事を返す神崎。

 

 「な、長くないって……どう言う事っすか?カイト君は強くなって来たし、モンスターももう一人で十分倒せます。……自殺でもしない限り、この世界でカイト君のHPがゼロになる事は無いと思うんですが……」

 

 「違う。そっちじゃない」

 

 神崎の説明に、四条は首を振って否定する。では、何が問題なのか?

 

 「……神崎、このデスゲームが始まって、何日経った?」

 

 「えっと、今日含めて、5日っす」

 

 四条の問いかけに、神崎が指を折ってそう返す。

 

 「そうだ。……神崎、確かナーヴギアが稼働している時は、現実世界で身体を動かす事は不可能だったな?」

 

 「はい、動かすにしても、第三者の力が必要不可欠です。……でもそれがカイト君と何の関係が………あ……」

 

 すると、最悪の想像をしてしまったのか、神崎の表情がみるみる青ざめて行った。

 

 

 

 「……お前も気付いたか。カイトは確か一人暮らしだと言っていた。……もしデスゲームが始まって誰もカイトに接触しなかった場合、アイツはこの5日間、一切飲まず食わずでゲームをプレイしてる事になる」

 

 

 

 考えうる最悪のシナリオ。それはこの世界でHPが無くなる事では無く、現実世界にあった。

 

 「で、でも!それなら何でアタシ達は……」

 

 「俺らは職場でナーヴギアを起動した。他の職員が対応に当たった事は容易に想像できる。……しかし、カイトは……」

 

 

 『うぅっ……ぐすっ……俺、現実世界でも孤立してて……どこにも居場所が無かったんです…….』

 

 

 四条は初めてカイトと会話した時の事を思い出す。もしあの言葉が本当だったとした場合、第三者がカイトを見つける可能性は……

 

 「で、でも!警察が何とか見つけるんじゃ……!!」

 

 何か救いは無いのかと、悲痛な面持ちで神崎はそう言う。しかし四条は難しそうな表情になる。

 

 「俺もそう思いたい。……だが現に5日経ってカイトの体に異変が出て来ている。……恐らく栄養失調で上手く脳波が拾えなくなって来て、あのノイズが起きているんだろう。……今日の夕飯の時、俺がカイトに対して聞いた事を覚えているか?」

 

 「………あ……」

 

 四条の問いかけに、今度は神崎の表情が絶望に染まった。

 

 

 『カイトは、ナーヴギアを何処で手に入れたんだ?』

 

 『え?、普通にゲーム屋ですけど?』

 

 『………そのゲーム屋は、家から近いか?』

 

 『いや、会社の近くのゲーム屋で受け取ったんで、結構離れてますけど……』

 

 

 

 通販ならば、まだ救いがあったかも知れない。何故なら配達先の住所

が割れるからだ。しかし店舗での受け取りとなると、捜索は困難を極める。それが受け取った店舗と自宅が離れていれば尚更だ。

 「………もう餓死寸前なんだろう。俺らが出来る事は、現実世界で警察がカイトを見つける事を祈るしか無い」

 

 そう言う四条も、悲痛な面持ちだった。

  

 「………この事、カイト君には言うんすか?」

 

 「………言わない方がいいだろう。ゲームの中ではどうにもすることが出来ない。この事を言っても、カイトが混乱するだけだ」

 

 重い空気の中、これからどうするのか、四条と神崎は話し合う。カイトがもう餓死寸前というのはあくまで四条の推理であるが、それにしては状況証拠が残り過ぎている。

 神崎も認めたくは無いが、カイトが今死にかけの状態なのはほぼ確定だった。

 しかし現実とは違い、ゲーム内ではケロッとしている。

 その事実が、このゲームの本当の恐ろしさを物語っている様だった。

 

 「……カイト君にはずっとこの街、いや、ずっとベッドか何かで寝てもらうっすかね?この状況で脳を使う事は得策とは思えないっす」

 

 こんな状況、経験した事など皆無だ。ゲーム内で本人はピンピンしているのに、現実では死に掛け。

 どう対策していいのか神崎も、そして四条すらも分からない。

 

 「……ベッドで寝てもらう為に、なんて説明するんだ?」

 

 「それは……」

 

 四条がそう言うと、神崎は黙りこくってしまう。もう5日も経ち、カイトが餓死するかも知れないと言う事実に気付くのが遅すぎた。

 

 「今その事実を言ってカイトを興奮させれば、死期を早めるだけだ。……俺達が今出来る最大限の事は、なるべくカイトの脳に刺激を与えない事だ」

 

 もうナーヴギアが上手く脳波を拾えないほど、カイトの脳は衰弱している。そこへ"お前はもう死ぬかも知れない"と告げれば、弱った脳にさらにダメージを与えるのは目に見えて明らかだった。

 つまり、全てが遅すぎたのだ。

 

 

 「……とにかく、カイトにはこの事は秘密だ。俺達にはどうすることも出来ない」

 

 

 どうしてもっと早く気づけなかったのか、今となっては、後悔の念ばかりが湧いて来る。

 目の前の人物を助けられないと言うのは、刑事である二人にとって悔し過ぎるものだった。

 

 

 

 



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怒り

 

 1.

 

 

 「おはようございます」

 

 「……おはよう」

 

 「……おはようっす」

 

 翌朝、カイトが宿の階段を降りて来ると、ほっとした様な表情を浮かべて、ロビーに居た四条と神崎は挨拶を返す。

 

 「……ノイズはどうだ?少しは治ったか?」

 

 そして、普段通りを装いながら、四条はカイトにそう聞く。

 

 「全然。酷くなる一方です。……それに、ゲームの中なのに何だか頭がボーッとするんですよ」

 

 カイトの発言に、四条と神崎は息を呑む。遂にはゲーム内の思考にまで影響が出始めた。状況が良くなるはずはないとは分かっていたが、もうここまで酷くなっているとは四条も予想外だった。

 

 「そ、そうか……実はな、今日は始まりの街に行く事を中止して、圏内でアイテムを集めようと思うんだ」

 

 四条は遠回しに、そんな提案をする。始まりの街に行くとしても、モンスターとの戦闘は避け難い。ここでカイトの脳を刺激してはダメだ。なので四条は脳に負担が掛かる始まりの街へ行く事よりも、圏内で買い物をする事を選んだ。

 言えるはずが無い。しかしそれは、確実に四条に罪悪感を植え付けていた。

 

 「え、そうなんですか?……まあ、確かにコルは狩をしまくったお陰で沢山ありますからね」

 

 カイトは笑顔になって、そう言い放つ。だがその表情は、二人の心を抉るのみだった。

 

 「……ああ。だから、始まりの街へ行くのは延期だ。今日は街に出て、偶にはリフレッシュするのも良いだろう」

 

 今出来るのは、カイトの脳に刺激を与えない事だけ。しかもそれは付け焼き刃。自分の無力さに四条は思い切り拳を握りしめた。

 

 

 

 3.

 

 街への買い出し。神崎と四条は明るく振る舞う。いつも通り。それがカイトの延命処置になるからだ。

 

 「こっちの回復アイテムも買った方がいいんじゃ無いか?」

 

 「あ、そうっすねー」

 

 表面上は楽しんでいるが、二人の内心は焦りと罪悪感で埋め尽くされている。

 しかしそれを崩す事は出来ない。

 

 「カイトはどう思う?」

 

 「え?、あー、えっとー……なんの話ですか?」

 

 さっきから四条と神崎の後をついて来ていると言うのに、もう一度聞き返すカイト。

 

 「っ……回復アイテムの話だ。多い事に越した事は無いだろう?」

 

 明らかに異変が表面化して来たカイトに対し、少し動揺する四条。神崎に至ってはカイトの表情を見れなくなっていた。

 

 「そうですね。あ、これとかいいんじゃ___」

 

 そして、カイトが一つの回復アイテムを手に取ると……

 

 _______ジジジッ________

 

 アイテムを持った手にノイズが走り、その手をすり抜ける様に、そのアイテムは床に落ちてしまった。

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 無言、3人とも、今目の前で起きた出来事に唖然とする。

 

 「………あの、少し聞いてもいいですか?」

 

 すると、カイトが震えた声で呟く様にそう聞く。顔は真っ青で額には汗が滲み、明らかに普通の状態では無かった。

 

 

 「……俺、もしかしてこのまま居なくなるんじゃ……?」

 

 

 ここまで来ると、カイトも自分の置かれた状況を理解し始めてしまった。体は動く。健康体そのものだ。しかしそれは、ゲーム内での話。思考は今朝からフワフワし、ノイズに至ってはもう常時手が霞んでしまう様な状態。そんな現実を見せられ、カイトは理解してしまった。

 

 自分はもう、死ぬ間際なのだろうと。

 

 「……そんな事は……」

 

 「でも、俺、一人暮らしですよ……?家に訪ねて来る人間なんて一人も居ません……!」

 

 「……落ち着け、カイト」

 

 震える声で続けてそう言うカイトに対し、四条は両肩を掴んで諭す様にそう言う。

 間違いない。カイトは今、自分が置かれている状況を理解しつつある。呼吸が荒くなって来た。

 

 「もしかして俺、餓死寸前の状態なんじゃ?……そうに違いない……!だって、そうじゃなきゃこんな……!!」

 

 そう言って自分の両手を見つめるカイト。しかし残酷にも、それを嘲笑うかの様に、ノイズの乱れは酷くなっていった。混乱して脳を酷使している。

 

 「やっぱり……!!俺、もうすぐ……!!」

 

 「落ち着け!!カイト!!」

 

 取り乱すカイトを落ち着かせようと、四条は掴んでいる肩に力を入れる。四条の言葉で少し正気に戻ったのか、荒くなっていたカイトの呼吸が、落ち着いて行く。それと同時に両手のノイズも少しばかり治って行った。

 

 「………よく聞け、カイト。これは大事な話だ」

 

 これはもうダメだ。四条は覚悟を決めた様にカイトを見やると、その視線にカイトは一つ、生唾を呑む。

 

 「……デスゲームが始まってから5日間、よくここまで頑張った。お前は強い」

 

 真っ直ぐ、カイトの視線を見据えて、四条はそう言う。建前ではない事は、カイトも直感で分かった。

 

 「……正直、俺はお前に謝る事しか出来ない。どうしてもっと早く気づけなかったのか、俺はお前に殺されても文句は言えない」

 

 四条は続けて後悔するように、地面を睨めつけながらそう言う。その言葉を聞いて、やはりなと、カイトも項垂れてしまった。

 

 

 「……すまない。お前を助けてやれなくて」

 

 

 そして四条はゆっくりとカイトの肩から手を離すと、深く頭を下げて謝る。

 何が刑事だ。何が捜査二課だ。目の前の青年一人を助けることすらできない。四条の心の中はそんな自責の念で埋め尽くされていた。

 

 「……頭を上げてください。スグルさん」

 

 すると、カイトは意外にも落ち着いた声でそう言う。四条にもそれが意外だったのか、少し驚いたように顔を上げた。

 

 「……この5日間、俺は自分なりに戦いました。弱い自分に勝とうと。モンスターに襲われて自害しそうになったあの時から。短い間でしたけど、スグルさんは俺にとっての憧れです」

 

 カイトも真っ直ぐ、四条を見据えて続けてそう言う。もうすぐそこにまで死が迫って来ていると言うのに、確固たる信念を持ったその瞳は、一人の男として立派に成長している証だった。

 

 「だから謝らないでください。俺はむしろ感謝してるんです」

 

 カイトは微笑んでそう言い放つ。屈託のないその笑みは、彼の人柄を表している様だった。

 

 「………本当に強いな。カイトは」

 

 「ははっ、ありがとうございます」

 

 たった5日間。しかしそれだけでも、このカイトと言う男が強い人間である事が分かった。

 

 「ユーリーさんも、これまでありがとうございました」

 

 そして、未だ罪悪感でカイトの顔を見れない神崎に対しても、深く一礼をしてそう言う。

 

 「ま、まだ死ぬって決まったわけじゃ……!これからす警察が見つけ出してくれるかも知れないですし……!」

 

 しかし神崎は諦めがつかないのか、悲痛な面持ちでそう言う。

 

 「良いんです。自分のことは自分が一番良くわかりますから」

 

 悲しそうにそう言うカイトに対し、神崎は「ごめんなさい……」と、その一言だけしか絞り出せなかった。

 

 すると、激しいノイズと共に、カイトの体が淡く光り始めた。

 それを確認すると、カイトの体が恐怖で震え出す。

 

 「ああ、でも、いきなり過ぎるよ……心の準備ぐらいはさせて欲しかったなぁ……」

 

 震える声で、消えていく体を見つめながら、カイトは必死に恐怖を抑え込む様にそう呟く。いきなり直面する"死"という恐怖。まだ若いこの青年がそれを受け入れるには、あまりにも酷な話だった。

 すると、四条が力強くカイトを抱きしめる。存在を確かめる様に、しっかりと。

 

 「ははっ、そう言う趣味だったんですか?スグルさん?」

 

 「……何とでも言えば良いさ」

 

 泣きそうな声で気丈にそんな冗談を言うカイトに対し、しっかりと返事を返す四条。その言葉を聞いて安心した様に、カイトは目を瞑った。

 

 

 「はぁー。でも、もうちょっと生きたかったなぁ……」

 

 

 最期にカイトが名残惜しそうにそう言うと、激しいノイズと共にその場からカイトの姿が消える。

 まるで、そこには最初から誰も居なかったかの様に。

 

 

 「………………」

 

 「………………」

 

 

 無言。あまりにもいきなり過ぎる。ゲームの中だと現実の自分の体の異変に気づかない。そして気づいた時には、もう手遅れ。

 それが、このソードアートオンラインと言うゲームの真の恐ろしい姿だった。

 

 「………神崎」

 

 そして、四条は立ち上がると、一言、何かを堪える様にそう言う。

 

 「………はい」

 

 神崎も何とか言葉を絞り出すように、一言だけ返す。

 

 

 「………茅場晶彦の捜索、これは絶対だ。分かったな?」

 

 「……了解です」

 

 

 2人の目には、確かな憎しみの感情が篭っていた。

 

 

 

 4.

 

 「こっちです。柳井さん」

 

 「悪いな。……やっぱり、餓死か?」

 

 「ええ、今回も若い男性、一人暮らしです」

 

 とある賃貸マンション。黄色のバリケードテープをくぐり抜け、篠塚からの報告を聞くと、柳井は悔しそうに顔を顰める。

 

 「……これで餓死は50人を超えたか……ガイシャはどんな様子だ?」

 

 「名前は大山海斗(おおやまかいと)。IT企業勤務の会社員です。経過からして、死後2日程かと」

 

 「そうか……」

 

 説明を聞きながら、そのまま柳井と篠塚は被害者の部屋に入る。そしてブルーシートのかけられたベッドの上まで歩みを進めると、2人とも合掌をして一礼をする。

 それを確認すると鑑識が丁寧に、ベットの上のブルーシートを剥がした。

 

 「……笑ってるよ」

 

 そこにはガリガリに痩せ細った、ナーヴギアを付けた男性が横たわっていた。

 

 「年齢は?」

 

 「……24歳です……」

 

 「そうか……若過ぎるな……」

 

 篠塚が言いにくそうにそう答えると、柳井は悲しそうにそれだけ返す。しかし、その言葉には確かな怒りも含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 



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菊花隊

 人と言うのは、"欲"の生き物だ。食欲、性欲、物欲。あらゆる欲を持っている。その欲が暴走した時、争いが生まれる。人間同士、欲に忠実であればある程、衝突は避けられない。

 

 「いやっ、嫌……!!」

 

 そしてここにも、欲に塗れた男達の犠牲になろうとしている人物が一人。薄気味悪い笑みを浮かべるその男達に対し、追い詰められている女性は顔を青く染めて、砕け腰で後退りをする。

 

 「心配すんなって。ちょいとお前のアイテム欄を拝見するだけさ。大人しくしときゃ何もしない」

 

 「まあ、それ以外でも用途はありそうだがな」

 

 こんな人気の無い林の中に追い込むとは、こういう事に慣れているのだろう。男の1人が懐から短刀を取り出す。それを見て「ひっ……!」と女性は短い悲鳴を上げた。

 

 

 ________ピィーーー!!!_______

 

 

 すると、何処からか笛のような甲高い音が鳴り響いた。

 

 「ちぃっ!!嗅ぎ付かれた!"番犬"だ!」

 

 男の1人が舌打ちして、心底鬱陶しそうにそう言う。

 

 「ど、どうする?捕まったら1ヶ月は柵から出れねーぞ?」

 

 もう一人の男は、その笛の音に怯える様な仕草を見せる。

 

 「……こんな上玉逃すなんて勿体ねえ。俺らで返り討ちにするぞ」

 

 「お、おい、正気か?」

 

 男達がもたもたとそんなやり取りをしていると、襲われていた女性とその男達の間に、複数の影が立ち塞がった。

 

 

 「菊花隊だ。通報があった為、事情を聞かせてもらう」

 

 

 一人、白軍服をモチーフとした衣装を着たメガネをかけた男が、淡々とそう言う。胸元には、銀の菊花紋章のバッジが飾ってあった。

 彼等は"菊花隊"。このアインクラッドの、警察機関の様な役割を果たしているギルドだ。

 

 「もう大丈夫ですよー。あれはもう逃げられませんからー」

 

 もう一人。同じく白軍服を着たウェーブのかかった長髪が特徴の女性が腰の抜けた女性に対して優しくそう言う。

 そしていつの間にか現れた同じ衣装の集団にあっという間に取り囲まれ、男達は身構える。

 

 「……今素直に投降すれば柵に入る期間は短くなるが、どうする?」

 

 菊花隊のリーダー格なのか、メガネの男が相変わらず淡々とそう言うと、襲っていた男の眉間に皺が寄る。

 

 「冗談じゃねぇ……お前ら、一人残らずやれ!」

 

 「「おらぁああ!!」」

 

 するとヤケクソ気味に、男達は菊花隊の面々に襲い掛かる。しかしそれを慣れた様に菊花隊は切り掛かる男達の攻撃を避け、それにカウンターを合わせる様に一閃、刀を抜いた。

 

 「うっ………!!」

 

 一瞬にして間を詰められ首元に刀を当てられ、身動きが取れなくなる男達。それで戦意を失ったのか、降参する様に短刀を放り投げ、両手を上げて降参する意志を見せた。

 

 「よろしい。まあ、手を出したからもう2ヶ月追加と言うところだろう。無駄骨だったな」

 

 メガネの男がそう言うと、菊花隊に後ろに手を回され手錠の様なものを掛けられる男達。

 

 「連れて行け」

 

 「「ハイ!!」」

 

 メガネの男がそう声をかけると、強引にその襲った男達は菊花隊によってどこかへと連れて行かれる。

 

 「……はぁー、このゲームが始まってから半年。こういう手合いは増える一方だな……」

 

 メガネの男が頭を抱えながらそう言うと、ウェーブの掛かった女性は苦笑いになる。

 

 「……皆、この世界に慣れて、HPが無くなれば死ぬと言うことを忘れてきているのでしょう」

 

 そう、このデスゲームが始まってから、もう半年も経過していた。

 

 

 

 2.

 

 ここはアインクラッド、第11層。タフトと呼ばれるレンガ造りの街並みが特徴的なこの街に、そのギルドのホームがある。

 特徴的な菊の紋章。その紋章の通り菊花隊と呼ばれるギルドは、もはや誰もが知るほどの名の知れたギルドになっていた。

 

 このアインクラッドに存在する、唯一の治安維持ギルド。

 

 それが菊花隊。このギルドは、他のギルドに比べて少々異質でもあった。

 

 「報告書、また増えたな」

 

 「こっちもですー。こんだけ多いと、スグルさんに申し訳無いですねー」

 

 先程の二人、メガネの男と、ウェーブの掛かった髪が特徴の女性が大量の紙の束を抱えながらそんな会話をする。

 ここはギルドのホームでもある建物内。そして二人が向かうのは、そのギルドのリーダーの部屋でもある司令室だ。

 部屋の入り口、扉の前まで来ると、メガネの男が2度ノックをした。

 

 「どうぞ」

 

 中から声が聞こえ、二人は室内に入って行く。中では部屋の中央に設置された机の上で、同じく菊花隊の衣装を着た男が書類を確認していた。

 

 

 「おう、お疲れさん。ご苦労だったな」

 

 

 一言、書類を確認しながら、そのギルドリーダー。四条優ことスグルは二人に対して労いの言葉をかける。

 

 「お疲れ様です。……事件の報告書の提出に来ました」

 

 「了解。受け取った。エインは仕事が早くて助かるな」

 

 メガネの男、スグルにエインと呼ばれた男は、きっちりとした動作で報告書を四条に渡した。

 

 「あらー、エインだけじゃなくて、私も報告書の提出ですよー。無視するなんて、スグルさんは酷いですねー」

 

 対してウェーブの髪が特徴的な女性は、のんびりとした口調で揶揄う様にそう言う。

 

 「こら!ミカ!隊長にそんな態度を取るんじゃ無い!」

 

 それを見て、慌ててエインがその女性をミカと呼び、注意をした。

 

 「ははっ、まあ良い。どっちも仕事で疲れただろう。今日はもう上がって良いぞ?」

 

 「「はい!」」

 

 軽く笑って四条がそう言うと、二人は一つ礼をして、部屋を退出する。

 

 「ふぅー……ここまで人数が増えると、こんなにも忙しくなるもんかね……」

 

 目の前に積み上げられた書類の束を見て、困った様にその様な独り言を呟くスグル。

 最初は神崎と二人で始めたギルド。それが今や、50人を超えるほどの大きな組織となっていた。

 

 

 ______コンコンッ______

 

 

 すると、もう一度扉のドアがノックされる。

 

 「どうぞ」

 

 先ほどと同じ様にスグルがそう言うと、扉を開けて入ってきたのは、彼と同じく菊花隊の衣装に身を包んだユーリーこと、神崎由里子だった。

 

 「お疲れ。状況は?」

 

 短く一言、スグルがそう聞く。

 

 「……ここ最近、犯罪者ギルドの勢力が拡大してるっす。レッドプレイヤーはほとんど見かけませんが、恫喝やアイテム狩りを行うオレンジ

プレイヤーは増えて来たっすね……」

 

 ユーリーは深刻そうな顔をして、スグルに対しその様な報告をする。

 

 「理由は分かるか?」

 

 「恐らく、この世界に長く居過ぎている事が原因っすね。HPが無くなれば死ぬって事は皆理解してるんすけど、この世界での生活が日常になって来て、モラルの部分が緩くなっているって感じっすね」

 

 続けてのユーリーの説明にスグルは書類仕事を一旦止め、難しそうに頷く。

 

 「……一度、何かしら対策を取る必要があるな……それで、茅場の方は?」

 

 そして、スグルは話題を茅場の方へと移す。

 

 「そっちは正直言ってからっきしっす。何人かの"サクラ"から色々プレイヤーの情報を集めてるっすけど、名前が出てくるどころか似たような顔の情報すらも入って来ないっす」

 

 ユーリーがお手上げだと言う風にそう言うと、スグルは一つため息をついて右手で自身のこめかみを抑えた。

 

 「進展無しか……もうこの世界に閉じ込められて半年が経つ。そろそろ一つや二つの情報でも出て来て良いはずなんだけどな……」

 

 「仕方ないっす。……現実の方がどうなってるか分からない以上、アタシ達がやれる事は限られているっすから」

 

 愚痴る様にスグルがそう言うと、ユーリーも深刻そうに返す。この菊花隊の基本方針は、アインクラッドの治安維持。それと、現実で事件が解決されるまで辛抱強く待つ。そしてこの事件の首謀者である、茅場晶彦の捜索。

 しかし半年。未だに足跡を掴めないと言うのは、スグルとユーリーにとっては歯痒いものだった。

 

 

 「………それと、これが本題なんすけど、一部のギルドから、"菊花隊は層の攻略に参加しないのか?"と言う、抗議の声が出てるっす」

 

 

 すると、心底鬱陶しそうな表情で、続けてユーリーがそう言う。対してスグルは考え込む様に腕を組み始めた。

 

 「……気持ちは分からんでもない。……菊花隊は組織として大きくなった。個々のレベルも他のギルドに比べて高い」

 

 「でもそれは、他の犯罪者プレイヤーを抑止する為のものであって……」

 

 「しかしそれだけでは納得しないのが人間だ。"俺達は命を賭けて攻略してるのに、なんでアイツらは圏内でぬくぬくしてるんだ"。大方、そんな感じだろう」

 

 ユーリーの反論に被せる様にスグルがそう言うと、なんとも言えない複雑な表情を見せる。

 組織が大きくなると言う事は、それ以上にヘイトを集めることもあると言う事だ。

 

 「………行くんすか?攻略の方に」

 

 「……仕方がない。このままダンマリを決め込めば、菊花隊の信頼問題に関わる。そうなる前に、手は打っておきたい」

 

 心配そうに尋ねるユーリーに対し、スグルは腹を決めた様にそう返す。

 このまま菊花隊の基本方針を貫いてしまうと、いずれは他のプレイヤーから反発が起こる。

 "他のプレイヤーよりレベルが高いのに、なぜ菊花隊の連中は攻略に参加しないのだろうか"と。

 プレイヤーからの信頼が落ちれば、治安維持活動を続けても意味は無い。そこは現実の警察と同じだ。

 ここで一度攻略に赴き菊花隊の誠実さを見せ、プレイヤーからの信頼を落とさないと言うのが、スグルの狙いだった。

 

 「………ユーリー、皆を集めてくれ。攻略に行くか否か、会議をする」

 

 「……了解っす」

 

 「……はぁ……本当、やる事が多過ぎてうんざりするよ」

 

 そしてスグルは悪態を吐く様にそう言うと、書類作業へと戻って行った。

 犯罪者ギルドの対策と、茅場晶彦の捜索。そして攻略組への信頼獲得と、ゲームの中でさえ大忙しな四条優であった。

 

 



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会議

 


 「……と言う事だ。皆、何か異論はあるか?」

 

 菊花隊のホーム。そこにある集会所では、スグルが次のボス攻略に行く旨をギルドメンバー全員に伝えていた。いきなり全員集められての発表に、メンバーから騒めきが起こる。

 

 「無理に行く必要は無い。攻略の間、治安部隊としてここに何人かは残しておきたいからな。……攻略メンバーとしては俺、副リーダーのユーリー。"幹部"からエイン、リダが先頭となって行くつもりだ。治安部隊として残るのはミカ、ユーシ、メイの予定だ。治安部隊のリーダー代行は、ミカにやってもらおうと思う」

 

 淡々と、続けてそう説明するスグル。

 今の菊花隊には、リーダーがプレイヤーネーム"スグル"こと四条。副リーダーに"ユーリー"こと、神崎。そして、その下に、"幹部"という役職が存在する。

 現在、アインクラッドは第28層まで攻略されている。その広い範囲で治安維持活動をする為には、現場に少しでも早く駆けつけられる様、ある程度ギルドメンバーを層ごとに分けて配置しなければならない。

 

 そこで生まれたのが、その配置されたギルドメンバーをまとめ上げる役割を担う、"幹部"だ。

 

 現在の幹部の人数は5名。メガネをかけ、細身のスラッとした高身長が特徴の男性、"エイン"。垂れ目におっとりとした雰囲気で茶髪気味のウェーブした長髪が特徴の女性、"ミカ"。長身で長い赤髪を後ろで一つにまとめ、快活そうな印象を受ける女性、"リダ"。目元が隠れる程黒い前髪を伸ばし、少し幼さの残る顔をした男性、"ユーシ"。幹部の中でも一際身長が小さく、小動物の様なくりっとした目つきが特徴の女性、"メイ"。

 そこにユーリーとスグルを含めたこの7人が中心となって、アインクラッドの治安は維持されている。

 少し話が逸れたが、その7人を攻略組に4人。治安部隊に3人割くと言う事は、スグルがいかに攻略組に対して気を遣っているかが垣間見えた。

 理想としては、全体で半々に別れれば良いと彼は考えている。

 

 「幹部が半分抜けるって……それでアインクラッドの治安は大丈夫なんですか?」

 

 すると、隊員の一人が不安そうにそう聞いて来た。

 

 「今回の攻略組への参加、今のフロアボスを倒すまでにしようと思っている。大事なのは他のプレイヤーに菊花隊は信用に足るギルドだと思わせる事だ。層を突破する事じゃ無い。プレイヤーの協力があってこその治安維持だからな。……留守中に一部の犯罪者ギルドが動き回る可能性はあるが、俺は優先順位はこっちの方が上だと思っている。君達はどう思う?」

 

 そして要点をまとめてスグルがそう説明し、是非を問うと、ギルドメンバーは各々考え始める。攻略組に菊花隊が参加するか、それとも参加せずに治安維持に尽力するか。

 攻略組に参加すれば、メリットとして他プレイヤーからの信頼が得られる。しかしデメリットとしては、手薄になった警備の穴を突かれて、犯罪者ギルドが大きく動くかもしれない。

 対して攻略には参加せず、治安維持に尽力する方向を取れば、先ほどのデメリットは無くなるが、今度は逆に他プレイヤーからの信頼を失い、今後の治安維持活動に支障が出るかもしれない。どちらも一長一短。決めあぐねている様だ。

 

 「俺は、スグルさんの意見に賛成です」

 

 すると幹部の一人、エインが一歩前に出て、同意して来た。

 

 「……アタシは、反対っす」

 

 対してユーリー。神崎は、険しい顔をしてそれを否定して来た。

 

 「理由は?」

 

 それに対し、スグルが一言そう聞く。

 

 「リスクが高過ぎるっす。菊花隊の基本理念は、"現実世界で事件が解決するまで辛抱強く待つ事"と、"その間の治安維持"っす。それを崩してまで死ぬ可能性の高い攻略組に参加する程、メリットがあるとは思えないっす」

 

 「それだけか?」

 

 見透かした様にスグルがそう言うと、困った風に苦笑いになるユーリー。

 

 「……ホントに先輩には隠し事が出来ないっすね。……これはアタシの予想なんすけど、攻略に参加すれば、一時的には信頼が得られるかもしれないっす。けど、次のボス攻略に参加しないとなった時、『何で前回は前線に出たのに、今回は前線に出ないんだ』と言う声が必ず出る筈っす。そしてそれは、今よりも菊花隊への信頼を落とす事になりかねない。それに………」

 

 そこまで説明すると、ユーリーは後悔する様に目を伏せた。

 

 

 「無駄に命を消費する様な事は、アタシとしては反対です」

 

 

 普段の砕けた口調を捨て、伏せていた目を四条に向けて力強くそう言い放つユーリー。

 思い出すのは、目の前で消えて行ったあの青年。その時の無力感をもう一度味わいたく無いと言うのが、彼女の本音だった。

 

 

 「………ユーリー。このデスゲームが始まってから、何人が消えて行った?」

 

 

 すると、真剣な口調でスグルは問い掛ける。

 

 「……1000人程っす」

 

 それに対し、ユーリーは言いにくそうにそう答えた。

 

 「そうだ。1000人。半年で1000人もの命が失われている。サービス開始から全体の10パーセント。凄まじい数だな」

 

 「「「…………」」」

 

 スグルに現実を突きつけられ、言葉を失うギルドメンバー。菊花隊の最大目標は、一人でも多くの人々を現実世界に帰す事だ。その内の1000人は、叶わずこのゲームにより散って行った。モンスターに殺された者、プレイヤーキルでやられた者。長過ぎるプレイ期間の内に現実世界で病死した者。

 

 そして、ボス攻略で散って行った者も居る。

 

 「……皆、もう現実の警察を信じれていない。……事件発生から半年、この世界から解放される気配が無いからな。だからこそ、茅場の言い放った言葉を信じ、皆、層の攻略を目指す。それが自分達が解放される唯一の希望だからだ」

 

 今、アインクラッドで信じられるのは、皮肉にもこのデスゲームを始めた茅場の言葉のみになりつつある。

 この世界では、現実世界の情報は一切入って来ない。現実での警察が、どれほど捜査を進めているのかも把握出来ない。そしてゲームの世界に幽閉された状態のまま、何ヶ月も時間だけが過ぎて行く。

 そこに覚えるのは、紛れもなく"不安"だ。

 本当に現実世界で警察が事件を解決してくれるのだろうか?本当は警察も匙を投げて、自分達は見捨てられたのではないだろうか?

 

 _____なら、茅場の言う通り、自分達の力でアインクラッドを100層まで攻略するしかないじゃないか。

 

 "現実世界で警察が事件を解決するのを待つ"と言う理念を持つ菊花隊が攻略組に良く思われない理由は、そこにあった。

 

 『もう現実での事件解決を待つのは無駄なのだから、お前達も攻略に参加しろ』と。暗にそう言っているのだ。

 

 「……俺は、菊花隊の方針を曲げるつもりはない。"この世界から一人でも多く現実世界に帰す"。これを曲げれば、組織は崩壊する」

 

 しかし、この四条優と言う男はは警察官だ。それも警視庁の人間。日本の警察がどの様な組織かも熟知している。

 

 「だったら余計攻略に行くのは……」

 

 矛盾している。しかしユーリーがその言葉を言う前に、スグルは口を開いた。

 

 

 「だが今だからこそ、攻略に行くのが一人でも多く助かる最善の策だと、俺は思っている」

 

 

 

 「……どう言う事ですか?」

 

 それを聞いて幹部の一人、ユーシが疑問の声を上げた。

 

 

 「………"サクラ"からの情報だが、最近、菊花隊に関しての良くない噂が、攻略組の間で流れているらしい」

 

 

 深刻そうな表情でスグルがそう言うと、ギルドメンバーからどよめきが起きた。

 

 「……良くない、とは?」

 

 初耳の情報だったのか、ユーシも驚いた表情で詳細を聞く。

 

 「『犯罪者ギルドの連中から助けた報酬として、アイテムを全部没収された』とか、『何もしていないのに疑われて、酷い仕打ちを受けた』やら、根も歯もない噂ばかりだ」

 

 「そんな……!各層のメンバーには、それぞれ幹部が付いているはずです!怪しい動きなんてしたら直ぐにバレますよ!?」

 

 冤罪だと言う風に、ユーシは声を張り上げる。しかしスグルは落ち着いた様子だ。

 

 「そう、全ては"噂"だ。菊花隊がそんな事をしたと言う事実は無い。……恐らく、俺達を良く思わない連中が、何かしらの工作をしているんだろう」

 

 

 「………ラフィン・コフィン……」

 

 

 すると、思い切り顔を顰めて、エインが恨みの篭った口調でそう呟く。その名前が出た途端、ギルドメンバーに緊張が走った。

 

 犯罪者ギルド、"ラフィン・コフィン"。このアインクラッドで、そのギルドの名を知らない者はいない。

 菊花隊が急速に勢力を伸ばすキッカケとなった集団。

 この集団は、"SAOで最も悪辣なギルド"と呼ばれる。基本姿は見せず、他のプレイヤーに対し"対立煽り"と言う、わざと仲違いをさせる様な行動を繰り返し、治安を乱す。

 そして自身の利益や目的の為には、平然とプレイヤーキルを行う。

 数ある犯罪者ギルドの中でも、最も恐れられるレッドプレイヤーばかりが集うギルド。

 

 そして、菊花隊の宿敵とも呼べる集団だ。

 

 「……噂を流しているのがラフコフかは定かでは無いが、一枚噛んでいるのは確定的だろう。……このまま無視すれば、菊花隊の信頼は地に落ちる。そして、菊花隊を頼るプレイヤーは居なくなる。……そうなれば、治安維持を行うギルドは事実上消滅し、ラフコフなどの犯罪者ギルドが動きやすくなってしまう。……死人が増えるのは明らかだろう」

 

 スグルのその説明に、ユーリーはハッとした様な表情になる。彼がここまでのリスクを背負って攻略組に参加しようとする理由は、ここにあった。

 

 「生憎、奴らは表立って活動しない。噂の根源を特定する事は不可能に近いだろう。……だからこそ、菊花隊が前線に出て、身の潔白を示す必要がある」

 

 続けてスグルがそう説明すると、ギルドメンバーから納得の声がちらほら上がり始める。しかし、それだけでは……

 

 「……ですが、どうやって身の潔白を示すんですか?我々が前線に出ただけでは、その疑いを晴らす事は出来ないと思うのですが……」

 

 心配そうにユーシがそう聞く。すると、スグルはニヤリと笑った。

 

 「そこでだ。今回のボス攻略で得られる経験値、アイテム等は全て解放軍に譲ろうと思う。こちらから見せつけるんだ。菊花隊の潔白をな。そうすれば菊花隊の疑いは晴れるし、次の層攻略に参加しなくても文句は言われないだろう。そして、人数は多い方が良い。人が多い程、向こうはこちらに信頼を置くからな」

 

 スグルがそう説明すると、ユーシも納得した様な表情になる。そして、その他のギルドメンバーも。

 そしてそのタイミングを見逃さず、スグルは全員に聞こえる様、声を上げる。

 

 「もう一度聞こう。俺の案に賛成する者は、手を挙げてくれ」

 

 その問いかけに、次々とメンバーから手が上がって行く。

 そして全会一致で、攻略組に菊花隊が参加する事が決定した。

 

 

 

 



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攻略組

 

 1.

 「おい、あれ……」

 

 「……間違いない。白軍服と菊の紋章、"番犬"だ」

 

 「何でこんなとこに……」

 

 ヒソヒソと、話し声が聞こえる。どれもこれも怪しむ様な目線。菊花隊のメンバーも、それをひしひしと感じていた。

 

 (予想より、噂が出回ってるんすかね?)

 

 (そうみたいだな。少なくとも、歓迎という雰囲気では無い)

 

 小声でユーリーとスグルがそんなやり取りをする。完全アウェーの雰囲気だ。果たしてどんな噂が出回っているのやら。

 

 「ようこそ、攻略組へ。僕はシンカー。一応、アインクラッド解放軍のリーダーという事になってるよ」

 

 すると、気弱そうな雰囲気を纏った男性がスグルの前に出てきた。そして柔らかく微笑んで、右手をスグルの前に出して握手を求める。

 

 「よろしく。菊花隊リーダー、スグルだ。今回は俺達の申し出を受け入れてくれて感謝する」

 

 対するスグルも自己紹介をし、シンカーの手を握った。

 

 「感謝するのはこっちだよ。普段からこの世界の治安維持活動に当たってくれている上、攻略にまで参加してくれるなんて、頭が上がらないよ」

 

 シンカーは申し訳なさそうにそう言う。場の雰囲気から軍のリーダーには良い印象を持たれていないと思っていたスグルだが、案外友好的な態度に肩透かしを喰らっていた。

 

 

 「へっ、何をしてんのか分からん連中やないか。今更攻略組に来て何しよう言う気や?」

 

 

 すると、ツノの生えたような特徴的な髪型をした男が、関西弁を喋りながらスグルに突っ掛かって来た。

 

 「ちょっとキバオウ!……ごめんね。彼は解放隊のリーダーだった人で、25層での事件から、少し疑い深くなってしまっているんだ」

 

 申し訳なさそうにそう言うシンカー。対してスグルは軽く首を振った。

 

 「大丈夫だ。変な噂が出回っているのは、俺たちの耳にも入っている」

 

 「はっ!今まで攻略に参加せえへんかったのに、今更仲間にして下さいかいな!恫喝に必要なレベルでも足りひん様になったか?」

 

 挑発する様に、キバオウはそう言う。しかし菊花隊の面々はどこ吹く風。全くその言葉に靡かない。

 治安維持活動を名目としている以上、菊花隊に属していると人間同士のトラブルに巻き込まれる頻度は多い。なのでこれくらいの言葉ではびくともしないのだ。

 

 「………ッチ、その内その化けの面、剥がしたるわ」

 

 カマをかけたつもりのキバオウだったが、全く反応の無かった事に舌打ちをして悪態を吐くと、その場を去って行く。

 

 「……本当にすまない。後でキバオウには僕から言っておくから」

 

 尚も申し訳なさそうにそう言うシンカーに対し、スグルは薄く微笑んだ。

 

 「気にしなくていい。あの程度の罵倒、言われ慣れている。こんな役割を担っているもんでな、冷静さを失った人間なんていくらでも見ている」

 

 冗談めいてスグルがそう言うと、シンカーはホッとしたような表情になった。

 

 「……そう言ってくれると助かるよ」

 

 組織のリーダーがこんなので良いのかと思ってしまう程、シンカーは気弱な性格だった。

 

 

 

 2.

 

 「今入ってる情報を確認しよう。ボスは飛行型、両翼に蝶の様な羽が付いていて、恐らく今までのボスの中でもトップクラスの素早さを持っている。……だが、攻撃力に関してはそこまででは無いらしい」

 

 シンカーの説明に、皆真剣に耳を傾ける。やはりHPがゼロになれば死ぬと言う、自分の命が掛かっている事もあり、雰囲気はかなり張り詰めていた。

 

 「……ホンマに信じれるんか?その情報?」

 

 一人、副リーダーのキバオウは、懐疑的な目でそんな事を言う。

 

 「……確かな筋からの情報だ。間違い無いよ」

 

 水を差す様なキバオウ発言に困った様な表情を浮かべ、シンカーはそう返す。

 

 「それが信じられんのや。ワイは25層でのあの時、嘘の情報に騙された。お陰で部隊は半壊。せやからシンカーさんのその情報の裏付けが欲しい」

 

 「……そんな事を言い出せばいくらでも疑える。今はこの情報が精一杯だ」

 

 あいも変わらず懐疑的な姿勢を崩さないキバオウに対し、困り果てるシンカー。

 キバオウの言葉に乗せられたのか、少々場がざわつき始めた。

 

 

 「……なら、自ら行って確かめようでは無いか」

 

 

 すると、その騒めきを消し去る様に、一人の男が前に出た。

 

 「……血盟騎士団だ……」

 

 「あれが?……じゃあ、あの男が……」

 

 周りから小声でそんな事を囁く様な声が聞こえる。

 精悍な顔つき。髪型をオールバックに纏め、全身を赤色の鎧で包んだその男は……

 

 

 「血盟騎士団、リーダーのヒースクリフだ。突然出て来て済まないが、あまり建設的な話では無い様でな」

 

 

 「なんやと!?」

 

 ヒースクリフと名乗った男に馬鹿にされたと感じたのか、キバオウがすぐさま食って掛かる。しかしシンカーがすぐさま片手をキバオウの前に上げ、静止する。

 ヒースクリフ。この男の名は、四条の耳にも入っていた。25層を突破した辺りから突如攻略組に現れ、瞬く間に血盟騎士団と言うギルドを結成。そのギルドも最近、急速に力を付けて来たと聞いている。

 

 「そう、だね。……でも、それだと前衛の部隊が危険に晒される事に……」

 

 シンカーは困った様な表情を浮かべ、ヒースクリフに対してそう言う。それを聞いたヒースクリフは薄く微笑んだ。

 

 「なるほど……なら、前衛は私たちに任せてくれないか?」

 

 自身ありげにそう言うと、周りのプレイヤーから「「おぉー……」」と、感嘆の声が上がる。

 しかしそれに構わず、ヒースクリフは言葉を続ける。

 

 「……私のユニークスキル、"神聖剣"は防御特化型。敵に攻撃されても倒される事はほぼ無いだろう。……それに、"素早さ"なら血盟騎士団に抜きん出ている者がいる」

 

 そう説明すると、ヒースクリフの後ろから一人の少女が現れた。

 

 

 「血盟騎士団、副リーダーのアスナと申します」

 

 

 出て来たのは明るい髪色を腰まで伸ばし、ヒースクリフと同じく赤を基調とした衣装を纏った若い女性。アスナと名乗った少女が棘のある口調でそう言うと、ペコリと一礼する。

 

 「この少女は血盟騎士団の中でも屈指のスピードを誇る。その素早いと言うモンスターにも、付いていけるだろう」

 

 ヒースクリフがそう言うと、今度はその場から響めきが起こる。最近の攻略組でのこの血盟騎士団の活躍というのは、目覚ましいものがある。規模は30人程度と少数であるが、その一人一人が高レベルで実力も高い。

 そんな勢いのある新生ギルドに、他のプレイヤーも期待を寄せているのだ。

 

 「良いかもしれないね。皆んなは?この作戦に賛成という人は手を挙げてくれ」

 

 シンカーがそう聞くと、プレイヤーから何の迷いもなく手が上がり始める。菊花隊の面々もそれに釣られる様に、手を挙げて行った。

 

 「………了解した。では今回の作戦、血盟騎士団のメンバーが前衛となってもらう。よろしく頼むよ」

 

 シンカーがそう言うと、周りから拍手が起きる。対してスグルは、真顔でその光景を見つめていた。

 

 

 

 3.

 

 「………茶番だったな」

 

 「ホント、そうっすね」

 

 その後、一度解散し、スグルとユーリーは近くのレストランで食事を終え、そんな会話をする。

 今は菊花隊の人間とは悟られない為に、二人ともデフォルトの衣装に変更していた。

 

 「あんな少女を前衛に出すとはな。……どうやらゲーム感覚がまだ染み付いているらしい」

 

 スグルは眉間に皺を寄せながら、悪態を吐く様にそう言い放つ。

 

 「ヒースクリフ。……最近急速に力を付けて来た、血盟騎士団のリーダーっすね」

 

 すると、周りに聞こえない様にユーリーはそう言う。

 

 「それに加えて謎も多い。どこであの"神聖剣"を手に入れたのか。25層が攻略されるまで一体何をしていたのか、全く情報が無い」

 

 それに対し、ユーリーも小声でそう返す。

 

 「……"桜花隊"の情報力を持ってしてもですか……」

 

 「ユーリー」

 

 ユーリーから桜花隊と言う言葉が出た瞬間、スグルはキッと彼女を睨めつけた。

 

 「おっと、口が滑りました。すんません」

 

 まずったと言う風に、ユーリーは口を抑える。

 

 「どこで犯罪者ギルドの連中が聴き耳を立てているか分からん。注意しろ」

 

 それに対し釘を刺す様に、スグルはそう言い放った。

 

 「了解っす……でも"サクラ"が必死になってもヒースクリフの情報を得られないとは……」

 

 「これまで人と関わらず、ソロでプレイしていた可能性もある。……今のところは様子見で良いだろう」

 

 スグルがそう言うと、ユーリーは納得した様に頷いた。

 

 「それで、アタシ達は後衛っすか」

 

 すると、話題を変える様に神崎がそう言う。

 

 「ああ。正直、無理にする必要も無いが、信頼を得るには十分なポジションだろう。前衛に次いでモンスターに襲われやすいポジションだ」

 

 それに対し、スグルはそう返す。菊花隊に与えられたポジションは、フォーメーションの一番後ろ、後衛。これはリーダであるスグルが自ら志願した場所だ。前衛ほどでは無いが、攻略組の背後からモンスターが襲ってくる場合ももちろんある。

 菊花隊が信頼を得るには、危険な場所でモンスターから攻略組を守る事も有効なのだ。

 

 「それについてはまたギルドメンバーを集めて話そうと思う。……ボス部屋に行くまでは迷宮区を通る。その中での後衛はある程度危険を伴うだろう。宿に着いたら幹部を集めて戦略を立てるぞ」

 

 スグルが続けてそう言うと、「了解っす」とユーリーも一言それだけ返す。

 

 

 「……さあ、行くか」

 

 「っすね」

 

 そして一通り話を終えると、二人して席を立ち上がる。そのまま会計を終えてレストランの扉を開くと、タイミング悪く人とすれ違ってしまった。

 

 

 「おっと、すまない……あ」

 

 

 「いえこちらこそ……あ」

 

 

 互いに謝ろうとすると、見覚えのある顔にお互い声を上げる。

 そのすれ違った人物は、先程ヒースクリフが紹介していた、アスナという名の少女だった。

 

 



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アスナ

 「こんにちは、君は確か、血盟騎士団のアスナだったね。今からお昼かい?」

 

 「え?、あ、こ、こんにちは。ええ、まあ……」

 

 人の良さそうな笑顔でスグルが挨拶をすると、アスナから困惑気味の返事が返って来る。

 

 「……えっと、菊花隊の人達ですよね?なんでユニフォームを脱いでるんですか?」

 

 いきなりの出会いに最初こそ困惑したアスナだが、スグルとユーリーのデフォルトの衣装を見ると、疑う様にそう聞く。

 

 「おっと、顔を覚えてもらえて嬉しい限りだよ。……まあ、こんな役割をしてるものでね、疎まれたり恨まれたりする事が多いんだ。あの衣装で行くとおちおち食事もしてられないから、こうしてカモフラージュさせて貰っている訳さ」

  

 それに対してスグルは困った様に笑い、そう説明する。しかしアスナは尚も疑いを隠せない表情をしていた。

 

 「……信じられないと言った反応だね。……丁度良い。君は確かこれからお昼なんだろう?ならこちらの疑いを晴らす為に、話がてら一緒に食べようじゃないか」

 

 するとスグルは、尚もニコニコ笑いながらそんな提案をする。

 

 「……今、食事を終えたばかりのなのでは?」

 

 尚も警戒心を解かないアスナは、棘のある言葉をスグルに投げかけた。

 

 「まーまー。この世界じゃ食べようと思えばいくらでも食べれるしな。お題はこちらで持つよ」

 

 「経費じゃ下りないっすよー?」

 

 スグルがそう言うと、ユーリーから冷やかしの様にそんな事を言われる。

 

 「……だそうだ。なるべく安いものにしてくれると助かるかな?」

 

 困った様にスグルがそう言うと、アスナにはユーリーとスグルのやり取りが意外だったのか、肩透かしを食らった様な呆けた顔になった。

 

 

 

 2.

 「それで、君は俺たちにどんな印象を抱いているのかな?」

 

 席に着くと開口一番、スグルからいきなり確信を突く様な言葉が出る。しかし張り詰めた雰囲気は無く、そんな事を聞いている四条もニコニコとリラックスした様子だ。

 

 「……噂は沢山。治安維持と銘打って暴行や恫喝が横行してるとか、意味も無く疑われて酷い仕打ちを受けたとか、……これ以外にもまだまだあります」

 

 「ストップ、良いよ。もう大体分かった」

 

 敵意剥き出しの表情でそう言うアスナに対し、スグルはそれ以上言わせまいと手をアスナの前に出して静止する。

 若いな。と言うのが、スグルのアスナに対する感想。目の前の情報に踊らされ、事実と噂の境目の判断ができていない。それはあの場にいた他の攻略組の連中にも言える事だが。

 しかし、それならそれでやりようがある。

 

 「どうやら良い印象は持たれて無い様だね」

 

 「ええ、信用してませんから」

 

 どうにも心を開かないアスナに対し、両者とも苦笑いになる。最初にヒースクリフの紹介で出て来た時からそうだが、スグルにはこのアスナと言う少女が何か焦っている様にも感じた。

 まるで尋問している様だなと思いつつ、スグルは言葉を続ける。

 

 「なら、信用して貰わなきゃね。……君は見たところ、随分と若い様だが、学生さんか何かかい?」

 

 「……中学生です」

 

 アスナからその言葉を聞いて、占めたと言う風にスグルは心の中でほくそ笑む。

 

 

 「……そうか、中学生か……じゃあ、現実世界に友達も居ただろう」

 

 

 そんな本心とは裏腹に、スグルは悲しげな表情をしてそう言う。それを聞いて、アスナの瞳が僅かながらに揺れた。そして、カミソリと呼ばれる男はその表情の変化を見逃さない。

 

 「……俺はな、一人でも多くプレイヤーを現実世界に戻したいと思っている。……君の様な将来ある学生が消えていくのを、もう何人も見た。……正直、君が前線に出るのも、良く思っていないんだ」

 

 スグルはアスナの情に訴えかける様に、そう言う。その言葉に心を打たれたのか、アスナは少し悲しげな表情に変わった。

 

 「……私は、この世界に負けたく無いんです。だから前線に出るし、今まで死んでいった人達のためにも、戦わなくちゃいけない……!」

 

 悲しげな表情から悔しそうな表情へと変わり、独白する様にアスナはそう言う。それを見て、ようやく本心を出して来たなと、スグルは薄く笑う。

 

 「……そうか、君は強い子なんだな……」

 

 そして柔らかな笑みを浮かべながらそう言うと、アスナは悔しそうに俯くその顔を、スグルの方へと向ける。

 アスナの中で、菊花隊に対する印象が少し変わった。今までは治安維持と銘打って何をしているのか分からない怪しい集団と言うのが、アスナの菊花隊に対する評価だったが、今のスグルとの会話で、少しは信用して良いかもしれないと思ったのだ。

 

 「………べ、別に、そんな事はありません……」

 

 すると少し顔を赤らめ、恥ずかしそうにアスナはそう返す。こうなれば、ここからはスグルの独壇場。少し心を開いた彼女の隙を逃さない。

 

 「事実を言ったまでだよ。自ら他人の為に動ける事は、生半可な覚悟では出来ない」

 

 「………」

 

 真っ直ぐ、アスナの目を見据えて、スグルはそう言い切る。そのストレートすぎる褒め言葉に、アスナは恥ずかしそうに俯いてしまった。

 

 「……君ほどの人間が身を置くその血盟騎士団とやら、少し興味があるね。……少し聞いても良いかい?」

 

 そしてここぞと言うタイミングで、スグルはそんな事を聞く。

 

 「……元々は、ヒースクリフさんが誘ってくれたんです」

 

 その後は根掘り葉掘り、アスナから情報を聞き出すのであった。

 

 

 

 3.

 

 「……酷い大人っすね」

 

 店を出てアスナと別れた後、宿までの帰りの道を歩いていると、呆れた様な口調で、ユーリーがそう言ってきた。

 

 「……何がだ?」

 

 それに対し、白を切る様に憮然とスグルは返す。

 

 「純真な女子中学生の心を弄んだ、警察の人間。現実じゃ問題になるっすよ?」

 

 「人聞きの悪い事を言うな。"任意"で色々と質問しただけだ」

 

 ジトっとした目を向けそう言う神崎に対し、四条は悪びれもせず、そんな言葉を返す。

 ユーリーは見抜いていた。彼女も警察、それも警視庁の人間。観察力はスグル程では無いが、ずば抜けて高い。

 なので何が狙いで彼がアスナに話し掛けていたのかを、察していたのだ。

 

 「よく言うっすよ。あの子の良心につけ込んで、いろんな事を聞いてたじゃ無いっすか」

 

 不貞腐れた様にユーリーがそう言うも、スグルは悪びれる様子は無い。

 

 「変な事は聞いてないんだから良いだろう」

 

 「そんな事したら警察失格っす。……まあ、ヒースクリフの情報は聞き出せなかったみたいっすけどね」

 

 ユーリーに図星を突かれたのか、スグルは困った様に笑う。

 

 

 「1番の目的はそれだったんだがな。……どうやら、徹底的に素性を隠しているらしい」

 

 

 スグルがアスナに話し掛けた理由。それは、彼女からヒースクリフの情報を何か聞き出せないかと考えたからだ。

 店の扉の前で出会ったのは本当に偶然だったのだが、スグルはあの一瞬で、ヒースクリフと同じギルドに所属してあるアスナなら何か知っているかもしれないと思い、咄嗟に話しかけた。

 しかし、結果は空振り。アスナに勘付かれない様にヒースクリフの素性を聞いたが、彼女が知っている事は、血盟騎士団のリーダーである事と、そのカリスマ性で急速に勢力を拡大していると言う、もう自分達が知っている情報だけだった。

 

 「……しかし、ギルドメンバーにも素性をバラしていないとはな」

 

 が、それが収穫でもある。ギルドメンバーにすら明かさない自身の素性、その謎が、疑惑を深める材料となっていた。

 

 「……こう言うオンラインゲーム上では、個人的な事を聞くのはタブーの風潮もあるっすからね……」

 

 ユーリーはそう言うが、それにしても分からない部分が多すぎると言うのが、スグルのヒースクリフに対する率直な印象だ。

 

 「……"サクラ"に、もう少しヒースクリフについて深く調べてもらうか……」

 

 「……そうっすね」

 

 難しい顔をしてスグルがそう言うと、ユーリーもそれに同意する。

 

 それは、今まで完全に滞っていた茅場の捜索が、確実に一歩進んだ瞬間だった。

 

 



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攻略開始

 

 1.

 宿に戻ると、スグルの部屋に幹部が集められ、そこで会議をする。攻略組に参加する幹部は、リダとエイン。そしてそこにスグルとユーリーの4人が部屋に集まっている状況だ。

 

 「俺達は後衛。ボス部屋に行くまでには、迷宮区を通らなければならない。そして迷宮区にはトラップやモンスターなども大勢いる」

 

 「迷宮区ですか……シンカーさんが言うには、ボス部屋までのルートは判明していると言ってましたね」

 

 スグルがそう言うと、エインがそう返す。

 

 「ああ、だが迷宮区はモンスターの出現率が高い。スイッチなどの連携は必須になるだろう。欲は出すなよ?最低限の数だけモンスターは倒すんだ」

 

 「「「了解」」」

 

 念を押すようにスグルがそう言うと、各々返事が返ってくる。

 迷宮区と呼ばれる場所は、100層あるアインクラッドの幾らかの層に存在する、ダンジョンのような場所だ。

 文字通り迷路のように入り組んでおり、そのマップを全て把握するには、相当の時間と土地勘を必要とする。その中で見つけたボス部屋。しかし事前の情報により、ボス部屋までのルートは確立されている。

 その道中の後衛を、菊花隊は任されたのだ。

 

 「経験値云々の話はどうするのさ?アタシ達は今回の攻略で一切貰わないんだろう?」

 

 すると、長い赤髪を一つに纏めた長身の女性。幹部の一人であるリダがスグルに対してそう聞く。

 

 「それに関しては、明日の攻略に出る前に俺から宣言する。……シンカーに聞いたところ、今日の攻略会議に参加しなかった者もいるらしいからな。全員集まる明日に言った方がいい」

 

 「なるほど、了解。……にしてもあいつら、アタシ達が経験値要らないなんて言い出したら、どんな顔するのかねえ?」

 

 スグルの説明に納得すると、今度はケラケラと笑い面白がる様にそう言うリダ。

 

 「驚くと言うよりかは、困惑するんじゃないすか?ボスを倒した時の経験値は、そこら辺のモンスターとは比にならないらしいっすからね」

 

 それに対し、興味なさげにそう返すユーリー。

 何度も言う様に今回のボス攻略は、あくまで攻略組の信頼を得るためのものだ。層の攻略や私欲のためでは無い。

 

 「……本来の目的を忘れるな。明日、攻略組の連中に煽られたりしても、絶対に反応するんじゃ無いぞ」

 

 「分かってますよー」

 

 釘を刺す様にスグルがそう言うと、リダは軽い感じでそう返す。

 

 「……よし、他に何か質問はあるか?」

 

 そしてスグルが皆に対してそう聞くと、3人とも軽く首を振った。

 

 「なら、これで解散とする。……明日の攻略、無駄な戦闘は極力避ける様に。良いな?」

 

 「「「はい!!」」」

 

 最後に締める様にスグルがそう言うと、会議は終了した。

 

 

 2.

 

 「よし、みんな集まっているね」

 

 翌朝、解放軍のリーダーであるシンカーがぐるりと周りを見回し、全員が揃っていることを確認する。

 そして、全員に聞こえる様に声を張り上げた。

 

 「では、最終確認をします!ボス部屋までの道中、前衛は血盟騎士団、後衛は菊花隊が守ります。迷宮区はモンスターの出現率が高いエリアです。ボスモンスターまで回復アイテムを極力使わないのが理想ですが、危険と判断した場合は惜しみなく使用する様に心がけて下さい!これはデスゲームです!HPがゼロになれば、そのまま現実世界でも死んでしまうのを忘れない様に!!」

 

 シンカーがそう言うと、その場に居たメンバーの背筋が伸びる。これからボスに挑むと言う実感が湧いてきたのだろう。

 

 「アイテム分配については、金は自動均等割り。経験値は、モンスターを倒したパーティーのもの。アイテムは、ゲットした人の物とする。いつもと同じだが、それで良いかい?」

 

 続けてシンカーがそう聞くと、皆一様に頷く。

 そして、そのタイミングを見計らって、スグルが手を挙げた。

 

 「少し良いか?」

 

 皆納得する中、スグルが手を挙げたので、少々場が騒つく。

 

 「……何かな?」

 

 対してシンカーは、身構える様にしてそう聞いてきた。

 

 

 「今回のボス攻略、菊花隊は手に入れたコルもアイテムも経験値も要らない。全て攻略組に譲ろうと思う」

 

 

 この場に居る全員に聞こえる様にスグルが宣言すると、案の定、騒めきは響めきへと変化した。

 

 「な、なんや、また何か企んどるんか?」

 

 スグルの言葉の真意が理解できてないのか、解放軍の副リーダーであるキバオウが困惑しながらも食って掛かる。

 しかし、スグルは憮然とその表情を崩さない。

 

 「言葉の通りだ。……最近、菊花隊に関して様々な噂が攻略組の間で流れているらしいな」

 

 スグルが問い掛ける様にそう言うと、今度はシンと、周りが静まり返る。まさか噂されている本人からその言葉が出るとは意外だった様で、皆驚きの表情をしている。

 

 「……菊花隊はこの世界での治安維持部隊だ。そして、現実の世界で事件が解決するまで一人でも多くHPがゼロにならない様、最大限を尽くす。……これは、この場に居る人間なら皆が知っている方針だろう」

 

 スグルがそう言うと、バツの悪そうに顔を背ける者がちらほら。恐らく噂を真に受けた連中なのだろう。

 

 「……なら、なんで今更攻略に参加するんや?」

 

 しかし、キバオウは尚も警戒心丸出しでそう聞く。

 

 「攻略組に菊花隊を信用してもらう為だ。今ここに来ているメンバーはギルド全体の半分。判断材料としては十分だろう。ここに居るプレイヤー達には、今からの我々を見て貰い、菊花隊が信用に足るギルドかをその目で判断して欲しい。……聞いただけの噂では無くな」

 

 憮然と、スグルがそう宣言すると、今度は困惑した様な声が上がる。

 いくら口だけで噂は事実無根だと訴えても、この世界の人間はそれを信じられる人は少ない。

 なら、行動で見せれば良いでは無いか。

 菊花隊が攻略組に参加する理由の一つはこれだ。言い方は悪いが、攻略組の目の前で菊花隊がどんなギルドなのかを"プレゼン"する事によって、スグルは彼等から信頼を得ようとしているのだ。

 

 「……なるほど、分かった。僕としては良いけど、皆んなもそれで良いかい?」

 

 シンカーの問いかけに、尚も困惑した反応を見せるプレイヤー。

 

 「………私は、構わないが?」

 

 すると、血盟騎士団のリーダー。ヒースクリフも同意して来た。発言力のあるプレイヤーがそう言った事により、周りからも同意の声が上がり始めた。

 

 「……よし、じゃあマージンの設定を変えておくよ。……本当に良いんだね?」

 

 「ああ、構わない」

 

 躊躇なくスグルがそう言うと、シンカーはメニュを開いて設定を弄る。そしてその操作を完了させると……

 

 

 「よし!、ではこれより29層フロアボス、の攻略に行く!皆んな、覚悟はいいか!!」

 

 「「「おぉおおー!!」」」

 

 いつも気弱なシンカーが精一杯声を張り上げると、それに呼応する様に雄叫びが返ってきた。

 

 

 

 3.

 

 29層、迷宮区。洞窟型のこの迷宮区は所々見通しが悪く、油断しているとモンスターがすぐそこまで迫ってきていると言うこともあり得る。

 攻略組はそこを一歩ずつ、慎重に進んでいた。

 

 「はあぁっ!!!」

 

 前衛、女性の気合の入った声と共にモンスターが細身の剣、レイピアで一突き、消滅する。

 

 「は、速ぇー……」

 

 「俺今、見えなかったぞ……」

 

 その光景を見て、周りのプレイヤーから驚きの声が上がる。

 

 「ヒースクリフ!右!」

 

 「……分かっている」

 

 アスナがそう叫ぶと、それに答える前にヒースクリフは盾を構える。そしてその盾を構えた方向に吸い寄せられる様に、モンスターが突進して来た。

 

 「っ!……ふっ!!」

 

 盾で難なくその突進を受け止めると、もう片方で握っていた剣を一振り。モンスターに浴びせると、これまた一撃で粉砕した。

 

 「ヒースクリフも凄えな……やっぱ今一番勢いのあるギルドは違うな……」

 

 ヒースクリフの戦闘を見ていたプレイヤーからも、感嘆の声が上がる。

 血盟騎士団の実力は、本物だった。一人一人のレベルは勿論、スキルも高い。

 正に"個"の力で押して戦っている様な、圧倒的力量だった。

 

 

 

 「スイッチ!」

 

 「あいよ!」

 

 して、こちらは後衛。スキルの発動後にすぐさまエインがそう叫ぶと、流れる様に素早く、リダが前に出る。そして襲ってきたモンスターにカウンターをを合わせる様に剣を一振り。消滅して行った。

 

 「……こっちは派手さは無いが連携が完璧だ。スキルを発動した後も殆ど隙がない」

 

 菊花隊の戦い方は、血盟騎士団の個の戦闘力に頼る戦い方とは真逆の、洗練された連携による一切の隙のない攻撃だった。

 ヒースクリフの"神聖剣"の様なユニークスキルを持っている者は愚か、スキル自体も、派手なスキルを持っている者はいない。

 しかし、その差をカバーする様な、完璧な連携。

 

 「左方!1人ゲージが黄色だ!回復隊!リダが護衛に当たれ!」

 

 「はい!!」

 

 「前方3匹!続けて来るぞ!!ユーリーとエインで当たれ!」

 

 「「はい!!」」

 

 そしてその連携を可能にしているのは、スグルの的確な指示も大きかった。一切の無駄がなく、メンバー全員がそれぞれの仕事をこなしている。

 まるで訓練された軍隊の様に。

 

 結果、後方から襲って来るモンスター達は殆ど攻略組の元に行き着く事なく、菊花隊によって消滅させられていた。

 

 「……凄え……流石にオレンジやレッドから、"複数の番犬が来たら即座に逃げろ"と言われるだけあるな……」

 

 "連携"。それが菊花隊の真骨頂。このギルドは他プレイヤーからしばしば、"アインクラッドで最も統率の取れたギルド"と呼ばれる。

 これはリーダーのスグルが打ち編み出した戦い方で、交互にモンスターに攻撃を与える"スイッチ"を始め、攻撃専用のプレイヤー。回復専用のプレイヤー。モンスターの数が増えた際の予備要因と、それぞれの役割を持って戦闘に挑む。

 そして、その役割を駒の様にスグルが動かすと言うのが菊花隊の戦い方だった。

 

 

 「………面白い戦い方をするな……」

 

 

 すると、前衛から遠目にそれを見つめていたヒースクリフが、誰にも聞こえない声でポツリとそんな言葉を漏らした。

 

 

 

 

 

 



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洞窟の蝶

 

 「………行くよ」

 

 ボス部屋の前。

 緊張な面持ちでシンカーがそう言う。

 

 この先は、未知の世界。どんな死に方をしたっておかしくない。

 それを皆分かっているのか、強張った顔をするものばかりだ。

 

 _____ギィーー………_______

 

 ゆっくりと、大きく重い扉が開いていく。

 中は暗闇。何が居るか分からない。それが更にプレイヤー達の心を揺さぶる。

 

 「………行くぞ」

 

そんな中、ヒースクリフが一声掛けると血盟騎士団がゆっくりとその中へと入って行く。それに追随する様に、他のプレイヤーもボス部屋の中に入って行った。

 

 「………鳥籠……?」

 

 暗闇に目が慣れてくると、部屋の全体像が見えてくる。スグルの目に映ったのは、まるで自分達が大きな鳥籠の中に入れられたかの様な、異質なフィールドだった。

 

 ______ボッ__________

 

 するとフィールドを照らす様に松明の火が点き、暗闇から一転、周りの景色が露わになる。一瞬目が眩んだが、フィールドの全体像が明らかになる。

 

 「………居ない……?」

 

 プレイヤーの1人がそんな事を呟く。周りにはボスは愚か、他のモンスターさえ見当たらない。

 

 _____ヒュウウウゥゥゥ…………______

 

 すると、何処からか風切り音の様な音が聞こえる。外に繋がっているのか?

 そう思ったのも束の間_______

 

 ______ボウッ!!!!!_________

 

 「わあ!?」

 

 「ぐあっ!!!」

 

 突如として吹き荒れる暴風。

 突然の出来事に、プレイヤーの何人かが吹き飛ばされてしまった。

 

 「!?、上!!!!」

 

 すると、アスナが吹き飛ばされ無いよう必死で踏ん張りながら、上を指差して叫ぶ。

 その声に反応して、プレイヤーは一斉に顔を上げた。

 

 「んだありゃ!?」

 

 「飛んでる!?」

 

 フィールドの上空、我が物顔で翼を羽ばたかせているモンスター。

 翼を広げ、色とりどりの模様を携えたその羽は、今は絶望の色にしか映らない。

 

 

 その蝶型のモンスターの横には、《パピヨン・デ・グロッド》と名前が記してあった。

 

 

 「落ち着いて!!情報通りだよ!!!まずは風圧で吹き飛ばされない様、距離を取って!!!」

 

 シンカーがそう叫ぶと、プレイヤー達は一斉にパピヨンから離れる様に距離を取る。

 まずは情報の再確認。もし情報の通りなら次は……

 

 「耳を塞げ!!!!」

 

 「フオオォォォォォォォン!!!!!!!!!!」

 

 四条が叫ぶと同時に聞こえてきたのは、爆音。甲高く耳を貫く様なその音は、複数のプレイヤーを一瞬にして麻痺状態に変えてしまった。

 

 「ッチ!!!会議に参加しないから……!!!」

 

 悪態を吐く様に四条はそう言い放つ。何人かのプレイヤーに麻痺を示すアイコンが出ているが、それは一様に攻略会議に参加してない者ばかりだった。

 

 ________ブオッ!!!!_______

 

 そして続け様に暴風が吹き荒れる。

 

 「これじゃ……近付けない………!!!」

 

 飛ばされそうになる体をなんとか踏ん張り耐えて、ユーリーがそう言う。

 今までの雑魚モンスターとは明らかに違う大きさ、機動力、戦闘力。

そんな現実を目の当たりにして、菊花隊の面々は怯んでいる者ばかりだった。

 

 

 「落ち着け!!!考えろ!!!!」

 

 

 すると、一喝するようにスグルが叫ぶ。

 

 「冷静を保て!!取り乱せば間違った判断をするぞ!!!」

 

 普段からスグルが口酸っぱく隊員に言い聞かせている言葉。

 冷静さを失えば、人は間違った判断をする。

 その言葉で気付かされるように、菊花隊の表情が変わった。

 

 「………思い出せ。奴の弱点はその耐久性だ。攻撃を与えられる手段さえ見つかれば勝ち筋は見える」

 

 諭すようにスグルがそう言うと、菊花隊のメンバーは考える。シンカーから得た情報は、敵の耐久力は低く、飛行型。そして音響で麻痺を仕掛けてくる。それに加えて今の戦闘で暴風で相手を寄せ付けない事も加わった。

 この世界に弓などの飛び道具は無い。ならばその暴風攻撃が来ないタイミングを見計らい、一気に距離を詰めるて攻撃を喰らわすしかない。

 

 「まずは様子見だ。相手がどんな攻撃を、どんなタイミングで仕掛けてくるか。……幸い、回復アイテムはまだ山ほど残っている。まずは下手に攻撃せず相手を観察しろ!!」

 

 「「「「了解!!!」」」」

 

 スグルがそう言うと、メンバーは一歩引いた構えを取る。

 その圧倒的なリーダーシップでその場をまとめ上げる姿は、菊花隊を象徴するものだった。

 

 

 「お、おい、どうする?」

 

 「俺らも一回様子を見た方が良いんじゃ………」

 

 そしてその姿は、攻略組の面々にも影響を与え始めていた。今までの的確な指示、隊員の士気を下げさせない凛とした立ち振る舞い。

 それはカリスマ性とも呼ぶべきものだろうか。

 この人に着いて行けば、間違いは無いんじゃないだろうか?

 そう感じる程のの存在感を、スグルは今攻略組に見せつけている。

 

 「……………」

 

 一人、ヒースクリフはその光景を感心するように見つめていた。極限の戦いであるボス戦の最中である筈なのに、意識は完全にスグルの方へと向いている。

 

 「わあっ!?」

 

 「うぐっ……!!」

 

 パピヨンの攻撃は続く。暴風が吹き荒れる中、菊花隊の隊員は何処かに隙はないかと、目を凝らす。

 

 「1……2……3………」

 

 そんな中、敵の暴風圏内より遠くで、何かを確かめるように秒数を測る男がいた。

 

 「1……2……3………」

 

 幹部の1人、エインだ。暴風攻撃が止んでは秒数を測り、次の攻撃が来るまでの時間を測っている。

 

 「1……2……3………」

 

 プレイヤーを寄せ付けない暴風攻撃。それを喰らわない様に敵に近づくにはどうしたら良いのか?

 

 「1……2……3……よし……!」

 

 そして確認する様にそう言うと、エインはすぐさまスグルへと近づいて行った。

 

 「隊長。パピヨンの暴風攻撃、放った後に隙ができます」

 

 同じく離れた場所でパピヨンの攻撃を見ていたスグルに対し、そう報告する。

 

 「どのくらいだ?」

 

 「3.5秒ほど。その間にこっちの攻撃を当てられれば、もしくは」

 

 暴風吹き荒れる中、簡潔にそんなやりとりをするスグルとエイン。

 

 「それじゃ足りない。暴風圏内から奴の元まで5秒は掛かる」

 

 「菊花隊にそこまで早い隊員は………」

 

 「……ウチで1番早いのはユーリーだが、それでも恐らく届かないだろう」

 

 敵の暴風攻撃の隙は3.5秒。それまでは近づく事さえも出来ない。

 

 「この隙を突くのは無理ですかね……」

 

 悔しそうな表情でエインはそう言う。一度敵の暴風圏内に入れば、3.5秒を過ぎるとまた振り出しに戻される。

 問題はスピード。ならば"閃光"よりも早く、敵まで辿り着ける俊敏さを持つ者が必要となる。

 

 

 「………一人、居る」

 

 

 その時、スグルの頭に一人の少女の姿が浮かんだ。

 ボス部屋までの道中、誰よりも早かったその少女。

 

 「作戦だ。俺は血盟騎士団の方へ向かう。エインは俺が今から言う事を皆に伝えてくれ」

 

 「え?、は、はい」

 

 不敵に笑ってそう言うスグルに対し、エインは困惑気味に返事を返した。

 

 



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閃光

 

 1.

 

 「っ!!これじゃ近付けない……!!」

 

 暴風吹き荒れるボス部屋。アスナが苛立ちを孕んだ声でそう呟く。

 血盟騎士団の方でも何度か敵に攻撃を仕掛けていたが、ここまで一度もその刃が敵に届いたことは無い。

 アスナも自身も素早さを活かして敵に接近したが、すんでのところで風に阻まれる。そんな後一歩届かないもどかしさが、彼女が苛立ちを抑えられない原因だった。

 

 「………ふむ、どうしたものか……」

 

 だがこんな状況下でも、他人事のように冷静な男が居た。ずっと盾を構え、観察するようにパピヨンを見つめているヒースクリフだ。

 

 「……ヒースクリフ、貴方の盾でもパピヨンの風は防げないの?」

 

 そんなヒースクリフを咎める様に、棘を含んだ声でアスナがそう聞く。

 

 「私の盾は物理特化だ。直接的な攻撃は防げるが、どうやら風は例外の様だな」

 

 しかしあいも変わらず他人事の様に、憮然とヒースクリフは返す。それよりも自分の盾が通用しない事に、新たな発見が出来たと"関心"を持っている様だった。

 

 「………そう。取り敢えず、このままじゃ埒が開かない。……何かいい案は無いの?」

 

 「私にはさっぱりだ」

 

 アスナの問いかけに対し、興味なさげにヒースクリフは返す。

 

 「……だが、菊花隊は面白い事をしようとしている様だな」

 

 そう言って、今度は面白がる様にヒースクリフは目線を菊花隊の方へと移す。

 

 「……あの人達は何を……?」

 

 その光景を見て、アスナは怪訝な表情を浮かべる。

 他のプレイヤーががむしゃらにパピヨンに近づこうとしているのに対し、菊花隊はこの状況で集まって話し合いの様な事をしていた。

 幹部の1人であるエインが隊員に何やら説明をしている。

 

 

 「ちょっと攻略の糸口が見えたもんでね」

 

 

 すると、背後から別の声が聞こえる。

 2人して振り向くと、そこにはスグルの姿があった。なにやら不敵な笑みを浮かべている。

 

 「……どういう事かね?」

 

 興味津々。今まで興味無しと無表情の顔だったのを崩し、こちらも何か試している様な微笑みでヒースクリフはそう聞く。

 

 「その言葉のままだよ。……だが、攻略するにはそこの少女を少し借りたい」

 

 するとアスナの方へと顔を向けてスグルがそう言う。

 

 「え、わ、私ですか……?」

 

 対してアスナは困惑していた。このスグルという男が何をしようとしているのか、全く見当もついていない。

 

 「ああ。……もうこちらの回復アイテムも少なくなって来た。一時的に俺たちのパーティーに入って欲しい。君がいないと恐らくパピヨンに攻撃すら与えられないだろう。……頼む。協力するかしないか、今ここで決めてくれ。作戦はパーティーに入った後で説明する」

 

 淡々と、しかし逃げ道を潰す様にスグルはそう言う。

 スグルはあの酒場で会った時、ある程度アスナの性格を見抜いていた。

 

 それは、責任感と正義感を持ち合わせている少女だという事だ。

 それも過剰な程に。

 

 だから、この様に頼み込む様に彼女の正義感に付け込めば、協力せざるを得ない状況を作れると、スグルは確信しているのだ。

 

 「…………」

 

 そしてその読みは当たったのか、一瞬考え込む様な表情を見せた後、覚悟を決めた様にアスナは顔を上げてスグルを見やる。

 

 「………分かりました。協力します。ヒースクリフ、良いですね?」

 

 「ああ、構わない」

 

 計画通り。読みが当たったと、スグルは内心ほくそ笑む。

 

 「……ありがとう。取り敢えず、作戦を説明するからこっちに来てくれ」

 

 しかし表情は言葉通りのありがたがる様な顔を浮かべる。正に狸。しかしこの状況であればこれが最適解。

 

 人を見抜く

 

 ゲームスキルでは絶対に手に入れることの出来ないその能力は、四条が刑事として幾つもの修羅場をくぐり抜けて来たからこそのものだった。

 

 

 

 2.

 

 

 「作戦だ。聞け」

 

 一度ボス部屋から出て、スグルがそう言うと、隊員が一斉に耳を傾ける。

 その中には、アスナの姿もあった。

 

 「まずは俺たちがこの子の前に出て"盾"になる。つまり暴風攻撃が来たら吹き飛ばされるギリギリのラインまで敵に接近するんだ。何名か吹き飛ばされるかも知れないが、それでも可能な限り接近する。敵の攻撃が止むまでこの子を守り通すんだ」

 

 そう言って、スグルはアスナの肩をポンと叩く。

 

 「さっきの彼女を見てると、敵に攻撃が当たるまであと10メートルと言ったところだった。その10メートルの差を俺たちで埋めるんだ」

 

 スグルの説明に、皆一様に頷く。

 作戦としては菊花隊がアスナを敵の暴風から守りながら可能な限り近付く。そして暴風攻撃が止むと同時に、アスナが1人飛び出して敵に一撃を加えると言う作戦だった。

 シンプルではあるが、かなり有効的な作戦だ。

 

 「この作戦の肝は"連携'だ。暴風圏内の中、少しでも敵に近づく。そして飛び出すタイミングが少しでも遅れるとまた吹き飛ばされる。各々役割を理解して臨むように。いいな!」

 

 「「「了解!!!」」」

 

 気合を入れるようにスグルが一喝すると、隊員から返事が返って来る。

 

 「り、了解です!!」

 

 緊張気味ながらも、アスナも返事を返した。

 

 

 

 そして、ボス部屋に再度入る。

 フォーメーション的には、前衛に風避けとして3列縦隊の形で並んでいる。その最後尾にアスナが1人。

 まずはジリジリと、パピヨンとの間合いを詰めていく。ボス部屋の中は敵が暴風攻撃をしていなくても常に強い風が吹いている状態で、いつでも暴風攻撃が来ていい様に身構えながら一歩づつ近づいていく。

 

 すると、パピヨンが攻撃のモーションを見せた。

 

 「!!、来るぞ!!!」

 

 隊員の叫びと同時に、暴風が菊花隊を直撃する。

 

 「おうあっ!!!」

 

 「ぐおっ!!!!」

 

 最前列に居た隊員の何人かが、後ろに吹き飛ばされた。

 

 「怯むな!!姿勢をなるべく低くして近付け!!!」

 

 スグルがそう叫ぶと、暴風吹き荒れる中、隊員達はなんとか前に進み出す。

 

 「うわあああ!!!」

 

 一歩踏み出すと、隊員の1人が。

 

 「があっ!!!」

 

 「ダメだっ……っああ!!!」

 

 もう一歩踏み出すと、今度は2人が。

 

 敵に近づいていくにつれて、吹き飛ばされる人数は増えていく。

 

 「ううぅっ!!!先輩!!もう無理っす!!!!」

 

 「ぐうぅっ!!もうちょっとだ!!!辛抱しろ!!!」

 

 泣き言を言うユーリーに対し、檄を入れるスグル。

 

 「後2歩です!!そこまで詰めれば、行けます!!!」

 

 アスナも暴風に耐えながらそう言う。それを聞いてもう一歩、なんとか前に進む。

 

 「これ以上はっ………!!!」

 

 しかし、これ以上はもう限界だ。残っている盾はもう10人を切っている。エインが厳しい表情でそう呟いた。

 

 「これじゃ……届かない……!!」

 

 諦める様に、俯いてアスナは呟く。恐らくこの距離で敵に突撃しても、ほんの僅か届かないだろう。後一歩、後一歩だけ進めれば、どうにかなるのだが………

 

 

 「アタシの薙刀を使うっす!!!!」

 

 

 

 すると、アスナの前からそんな叫び声が聞こえる。顔を上げると、未だに必死に風に飛ばされない様踏ん張るユーリーの姿がアスナの目に映った。

 

 「な、薙刀……?」

 

 「薙刀の方がリーチ長いんすから!!行けるっす!!」

 

 そう言ってユーリーは踏ん張りながらも持っていた薙刀をなんとかアスナに差し出す。

 

 「で、でも私、薙刀のスキルなんて……」

 

 「つべこべ言わない!!アタシが行けるって言ったら行けるんす!!!」

 

 「は、はい!!」

 

 神崎がそう叫ぶと、勢いに負ける様にアスナは薙刀を受け取る。

 

 そして次の瞬間、風が弱まった_____

 

 「今だ!!!突っ込め!!!!」

 

 スグルが叫ぶと、薙刀を両手に持ってアスナは飛び出して行く。

 

 見えない

 

 スグルが最初に抱いた感想は、それだった。初速から全速力。一瞬で駆け抜けて行くその様は、正に"閃光"とも呼ぶべきものだった。

 

 1秒

 

 敵までは、まだ遠い。

 

 2秒

 

 アスナが薙刀を振りかぶる。パピヨンは早くもまた暴風攻撃のモーションを見せる。

 

 3秒

 

 アスナが薙刀を突き出す。それと同時にパピヨンの周りに風が起き始める。

 

 

 

 「届けええええええええっ!!!!!!!!!」

 

 

 

 渾身の叫びと共に、薙刀の剣先は_________

 

 

 

 

 「フオオオオオオオオンッ!!!!!!」

 

 

 

 ボス部屋に、パピヨンの雄叫びが鳴り響く。

 

 

 HPゲージが、緑から黄色に。

 

 

 一瞬にして赤からゼロにまで減った。

 

 

 

 そして、パピヨンの体は青白い光を帯びて、その大きな羽が実体を無くす様に、ポロポロと崩れて行く。

 

 

 

 「………倒した……?」

 

 「……っすかね……?」

 

 スグルの呟きに、ユーリーがそう返す。

 2人の目の前に映ったのは、パピヨンの羽が青白い光を帯びて崩れて行く様をバックに、ただただ立ち尽くす少女の姿。

 なんとも幻想的な光景だった。

 

 

 Congratulation

 

 

 そして、パピヨンが完全に消滅すると、そんな文字が表示される。途端、地鳴りの様な歓声がボス部屋を包んだ。

 

 

 「すっげー!!見たか!?今の!?」

 

 「俺、速すぎて見えなかったぞ!!」

 

 同時に、アスナの周りに多くのプレイヤーが押し掛ける。

 

 「どうやったんですか!?今の!?」

 

 「ボスを一撃で倒すプレイヤーなんて、初めて見ました!!」

 

 「え?あ、あの………」

 

 どいつもこいつも興奮した様子で、ボスを一撃で倒した英雄に詰め寄る。案の定、アスナは困惑し切った表情を浮かべていた。

 

 

 「終わったー………」

 

 「ホント、生きた心地がしねーよ……」

 

 一方、菊花隊の面々は疲れ切った表情でその場にへたり込んでいた。無理もない。今日一日大車輪の働きを見せたのだ。総合点で見れば今回の戦いのMVPだろう。

 

 「………ふぅ」

 

 スグルもようやく腰を落とし、安堵の表情を浮かべる。勝てた事もそうだが、彼の中では今回の戦いで1人も死ななかった事に、大きな意味を見出していた。

 

 「……面白いものを見せてもらったよ」

 

 すると、感心した様な声で、スグルに話しかける人物が1人。今日一日ずっと傍観者の立場であった、ヒースクリフだ。

 

 「面白くは無いよ。人の生死が関わってるんだからな。俺は必死に生きる事を考えただけだよ」

 

 そんなヒースクリフに対し、少し顔を顰めてスグルはそう返す。ボス戦だと言うのに何処からどこまでも他人事のようだ。

 

 「………そうだな。……今度は、別の立場で君と会う事になるかもな」

 

 「………どう言う事だ?」

 

 なんだか意味深な事を言うヒースクリフに対し、スグルは怪訝な表情を浮かべる。

 

 「……いや、何でもない。……ともかく、良いものを見せてもらったよ」

 

 それだけ言い残すと、ヒースクリフはその場を去っていく。そんな男の背中を、スグルはジッと見つめていた。

 

 「……先輩?」

 

 

 「ん?ああ、かん……ユーリー」

 

 すると、今度はユーリーが話しかけて来た。顔をヒースクリフから彼女へと向ける。

 

 「どうしたんすか?」

 

 「……いや、何とかやり切れたなあと」

 

 「もちろんっす!いやー、今回も的確な指示でしたねー。先輩?」

 

 「……褒めても何も出ないぞ?」

 

 「えー、けちー」

 

 久々にこうして軽口を飛ばしあった気がする。

 菊花隊が大きくなってから忙しさでそんな余裕もなかったんだなと、このユーリーとの会話でスグルはそれを身に染みて感じていた。

 

 「でも、英雄にはなり損ねちゃったっすねー」

 

 そして、ユーリーは揶揄うような口調でアスナの方を指差してそう言う。ボスを一撃で倒したその英雄は、未だにプレイヤー達から囲まれて称賛の声を浴びせられていた。

 

 「……英雄は俺の柄じゃ無いよ」

 

 「あはっ、先輩、褒められるの苦手っすもんねー」

 

 「……うるさい」

 

 尚も揶揄うユーリーに対し、不服そうな顔でスグルはそう返した。

 

 

 

 「凄いよ!!いや、マジですげぇ!!」

 

 「これからアスナ様って呼びます!!」

 

 「アスナ様!」「アスナ様!!」「アスナ様!!!」

 

 して、こちらの方は大盛り上がり。アスナに対して、プレイヤーは過剰な程に持ち上げていた。

 

 「あ、あはは………」

 

 それがどうも気持ちが悪いのか、当の本人は何とも言えない微妙な表情を浮かべている。

 そもそも、今回の勝利は自分だけの力では無いと、アスナも分かっていた。だからこそ、自分だけがこうして英雄視されている事に居心地の悪さを感じているのである。

 すると、人混みを割ってアスナの前にシンカーがやって来る。

 

 「おめでとう。今回は紛れもなくMVPだったね」

 

 「いえ、私だけで倒した訳じゃありませんから……」

 

 シンカーの褒め言葉に対しても、アスナは微妙な反応を見せる。

 

 「まあまあ、……取り敢えずこれ、渡しておくよ」

 

 そして、シンカーは手のひらサイズの丸い水晶の様な物を、アスナに差し出した。

 

 「これって……」

 

 「ボスのドロップアイテムだね。……一応ラストアタックを決めた人が貰う決まりだから、受け取ってよ」

 

 そう言うと、シンカーはアイテムをアスナに手渡す。

 そのやりとりに再び拍手が沸いた。アイテムを受け取ると、アスナは少し俯く。そして何か決めた様に「うん」と呟くと、顔を再びシンカーの方へと向ける。

 

 「……私なんかより、これを受け取るべき人がいます」

 

 そしてその視線を、今度は端の方に向ける。

 

 視線の先には、2人して会話をしているスグルとユーリーの姿があった。その2人を確認すると、アスナは迷わずその方向へと歩みを進める。

 

 「……あの……」

 

 正面に立ち、アスナはスグルに声を掛ける。

 

 「……何かな?」

 

 「これ、受け取ってください」

 

 簡潔に、それだけ言ってアスナは先程シンカーから貰ったドロップアイテムを、スグルの前に差し出した。

 

 「君が貰ったんだから、君の物でしょ?」

 

 少し困った様な笑みを浮かべて、スグルはそう言う。

 

 「はい。でも、それじゃあ私が納得しません」

 

 しかしこの少女、見かけによらず結構頑固な性格らしい。スグルに断られるも、差し出したアイテムを下ろそうとしない。一つため息をつくと、観念した様にスグルはそのアイテムを受け取った。

 

 「皆さんも、異論は無いですね?」

 

 アスナがプレイヤー達に向かってそう言うと、彼らは少しバツの悪そうに頷く。

 皆、今回の戦いで菊花隊の実力を目の当たりにした。しかしそれ以上に、後ろめたさがあった。今回の菊花隊の立ち振る舞い。スグルのリーダーシップ。

 信頼を得るには、十分過ぎるプレゼンだった。

 

 「……あと、これ、ありがとうございます。これが無かったら、攻撃は届いてませんでした」

 

 続いてお礼の言葉と共にアスナはユーリーに向かって一礼すると、薙刀を返す。

 

 「い、いやー。それほどでも……」

 

 「お前も褒められるのは苦手なんだな」

 

 「うっさいっす」

 

 照れて少しぎこちなくなるユーリーに対し、スグルが揶揄う様にそう言う。

 その光景を見て、アスナは少し吹き出した。

 

 「ふふっ、仲、良いんですね?」

 

 「あ、やっと笑った」

 

 笑顔を見せてそう言うアスナに対し、嬉しそうにユーリーが反応した。

 

 「……え?」

 

 揶揄うようなユーリーの言葉に、今度は素っ頓狂な表情を見せるアスナ。それに構わず、ユーリーは言葉を続ける。

 

 

 「だって君、酒場で出会った時からずっと険しい顔してたじゃないっすか。初めて笑ったところを見たっすよ」

 

 

 「………あ……」

 

 その言葉に、ハッとした様な表情を浮かべるアスナ。

 

 思えば、デスゲームが始まってから一度も笑わなかった。

 

 何かに勝とうと、この世界でもがこうと必死になり過ぎて、笑う事を忘れてしまっていた。

 しかし、目の前の薙刀を持つ女性は違う。

 

 

 「やっぱ、女の子は笑った方がカワイイっすね」

 

 

 そう言うユーリーの表情は、満面の笑みを浮かべていた。

 

 「そう……そうです……よね……」

 

 そんなユーリーの人柄に触れたからか、熱いものがアスナから込み上げる。

 

 「ちょ、ちょっと!何かアタシ悪いこと言ったすか!?」

 

 いきなり泣き出したアスナに対し、オロオロしながら慰めようとするユーリー。

 

 「いえ、……なんか……ぐずっ……嬉しくって……」

 

 しかし泣きながらも、アスナは笑っていた。そんな彼女に対し、ユーリーは優しく微笑み、アスナに一歩近づく。

 

 「……もう、考えすぎなんすよ」

 

 恐らく、今までずっと気丈に振る舞って来たのだろう。そう察したユーリーは、右手でアスナの頭を撫でながら諭す様に言葉を続ける。

 

 「……確かにこの世界は理不尽っすけど、それで自暴自棄になったら絶対ダメっす。……冷静さを失えば、人は間違った判断をするっすからね。ですよね?先輩?」

 

 普段から、スグルが口酸っぱく隊員に言い聞かせている事。

 スグルの方を見て自信満々そう言うユーリーに対し、困った様にスグルは頷いた。

 

 「だから、この世界を憎むだけじゃなくて、少しは楽しまないと。それが出来れば、君はもっと強くなるっす!!」

 

 「はい……グズっ……はい……」

 

 絶望でしかないこの世界。しかしこの言葉で、アスナは少し救われた気持ちになった。

 

 「じゃあ、これからはそうするっす!!何かあれば、相談に乗るっすよ!ここには女の子が全く居なくて退屈っすからねー」

 

 最後に締める様にユーリーがそう言うと、ようやく泣き止んだアスナが、再度一礼をする。

 

 「……すん……ありがとうございます。……じゃあ早速、相談いいですか?」

 

 「ん、なんすかー?」

 

 そして顔を上げると、アスナは満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

 「アスナって呼んで下さい。これからお願いします。ユーリーさん。スグルさん」

 

 

 

 



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鼠と桜

 

 1.

 この広大なアインクラッドで生き残るには、情報が命だ。

 

 モンスターの情報、マップの情報、他プレイヤーの情報。

 一つでも多くの"情報"を手にした者が、有利にゲームを進められる。しかしこの世界には攻略サイトは無い。情報を集めるには全て自分の足で。だから大きなギルドともなると、諜報専門のプレイヤーを置く事もある。

 

 「……ご苦労。手応えは?」

 

 「………茅場に関してはまだまだだね」

 

 ここはアインクラッド第11層。タフトの街の路地裏。人気の少なく薄暗い雰囲気と同じく、小声で会話している2人のプレイヤーも黒のフードを被っている。

 

 「聞き方を変えよう。ヒースクリフに関しての情報はあるか?」

 

 「そっちなら進展あったよ」

 

 1人は男、もう1人は女性。情報を外に漏らさないためか、路地裏に踏まえて念を押して音声遮断のアイテムを使っている。

 

 「彼、いい情報を待ってるね。この前の31層がクリアされた時もそうだけど、オイラが知らない様な情報もほとんど把握してた。オイラが必死で裏を取った情報さえも、いとも簡単にね」

 

 女性としては特徴的な1人称を使い、男にヒースクリフに関する情報を伝える。薄暗くフードを被っていても、その金褐色の髪と両頬にペイントされた特徴的な3本の線が確認出来る。

 

 「………そうか。そこまでの情報をあっちが把握してると言う事は、血盟騎士団にも"情報屋"がいるのか?」

 

 「少なくとも血盟騎士団の中には居ないよ。アイツらの諜報スキルはからっきしだからね。戦闘一辺倒って感じ」

 

 少しおちゃらける様に、女性はそう言う。対して男は難しそうに腕を組んだ。

 

 「……お前以上にアインクラッドの情報を把握してるプレイヤーがいるとは思えん。……別の情報屋がヒースクリフに協力してる可能性はあるか?」

 

 「そこは分かんない。そもそもヒースクリフ自身が攻略以外では外にほとんど出て来ないプレイヤーだからね。どっかでパイプが繋がってたとしても、どうやってその情報を仕入れてるのか、検討もつかないや」

 

 「……一気にきな臭くなってきたな……」

 

 報告を一通り聞いて、難しい口調で男は呟く。

 情報屋が命懸けで集めたこの世界の情報を、ヒースクリフはいとも簡単に入手している。疑惑を深めるのには十分な材料だ。

 

 

 「ヒースクリフに関してはこんなもんかな?……あと、ラフコフに関しても新しい情報があるよ」

 

 

 すると、してやったりといった顔で、女性は自身ありげにそう言う。その情報は男としても予想してないものだったのか、少し驚いた様なリアクションを取る。

 

 「……無茶はしてないだろうな?」

 

 犯罪者ギルドの情報集めは、ある意味ボス攻略の情報を集めるよりもリスクが伴う。男が心配そうな口調でそう尋ねると、女性は不敵に笑った。

 

 「大丈夫、大丈夫。足跡は残してないよ」

 

 「そうじゃなくてお前が……まあいい。それで?何か分かったのか?」

 

 男がそう聞くと、今までヘラヘラとしていた女性の口調が、真剣味を帯びたものに変わる。

 

 

 「……ラフコフのリーダー、分かったかもしれない」

 

 

 「な!?」

 

 その一言を聞いて、意図せずとして男から大きな声が出てしまい、慌てて片手で自分の口を覆った。

 

 「……確定か?」

 

 こんな情報、最重要機密と言っていい。今までラフィン・コフィンという犯罪者ギルドがあるのは分かっていたが、その中身はほぼ謎と言って良かった。だからこそ前回の菊花隊の悪評が広まったと言っていい。

 

 しかしその内情が少しでも分かれば、大きな前進となる。

 

 「……裏は取ってない。情報って言っても噂程度だからね。」

 

 「……詳しく頼む」

 

 それでも、喉から手が出るほど欲しい情報だ。

 

 「25層の森で、ラフコフのメンバーが会話してるのを見たってプレイヤーが居る。腕に棺桶の紋章があったから、間違い無いって」

 

 「……それで?」

 

 「会話をしていたうちの1人が、『これであの人に認めてもらえる。やっぱり"ホップ"は考える事が違う』って、言ってたらしいよ」

 

 「……ホップ?」

 

 「プレイヤーネームなのか、それとも二つ名の類いなのかは分かんない。それを見たプレイヤーはそいつがなんか怖くてすぐ逃げ出しちゃったみたいだし……」

 

 女性も確定的な情報では無いからか、言葉に迷いがある。

 しかし、この情報だけでも大きな収穫だ。今まではそもそもラフコフにリーダーが居るか居ないかさえも分からなかった。それに加えて、このホップという名前。もしこいつがリーダーであるならば、ここからPKなどの指示が出ている可能性が高い。

 

 「ありがとう。それが分かっただけでもかなり大きい」

 

 そう言って男は被っていたフードを脱ぎ、顔を覗かせる。

 

 「いや、オイラに出来る事はこれぐらいだからさ。"桜花隊"の一員として、仕事をやっただけだよ。スグルさん」

 

 そして、同じくして女性もフードを脱ぐ。今度はその頬の3本線がハッキリと見えた。

 「お前の情報力には驚かされるばかりだよ。"アルゴ"」

 

 感心した様にスグルがそう言うと、女性、もといアルゴは少々照れる様な仕草を見せる。

 

 「いやいや、その代わり"コレ"はたっぷりと頂いておりますので」

 

 そんな照れを隠す様に、アルゴは顔の前でお金のジェスチャーを作る。彼女のプレイヤーネームは、アルゴ。通称、"鼠のアルゴ"。このアインクラッドでプレイヤー間での情報交換を生業とする、いわゆる情報屋だ。

 そして、菊花隊の裏の顔である諜報機関、"桜花隊"のメンバーでもある。

 

 「今のラフコフの情報、他のプレイヤーには売るなよ?」

 

 「分かってますよーそれぐらい。オイラは"サクラ"の人間だからねー」

 

 彼女の表向きの肩書は、ただの情報屋。どこに属することも無く、費用に対して相応の情報をプレイヤーに与える中立的な立場。

 しかしその裏では菊花隊の為に情報を集めている。そこにはスグルとの奇妙な出会いがあったのだが、ここでは割愛させていただく。

 

 「それならいい。……最近は"鼠"としても随分稼いでる様じゃ無いか?」

 

 すると揶揄う様にスグルからそう言われ、アルゴはそれに乗っかる様にニンマリと笑顔を見せる。ここでスグルが言った『鼠として』と言う言葉は、表向きのただの情報屋としてと言うことだ。

 

 「最近、お得意様が増えたもんで。やっぱり"ソロ"はいっぱい出してくれるからねー」

 

 「……随分な客を見つけたもんだな」

 

 そのお客様はどうも羽振りが良いのか、少し呆れた様子のスグルに対してアルゴ更に幸せそうな表情を見せる。

 

 「なんせ"黒の剣士"様ですから。レベルも高けりゃコルも大量って訳ですよ」

 

 黒の剣士。

 その言葉を聞いて、今度は驚いた表情を見せるスグル。

 

 「へぇ、なるほど。攻略の人間でソロとなれば、そりゃ羽振りもいいか」

 

 黒の剣士の噂は、スグルの耳にも届いている。なんでもこのアインクラッドでは珍しいソロプレイヤーらしく、自分の腕一本で攻略組にも参加している"変わり者"が居ると。

 

 「どんな奴なんだ?その黒の剣士様ってのは?」

 

 スグルは興味津々に、黒の剣士についてアルゴに聞く。

 この世界で1人で生きていくと決めたプレイヤーがどう言う人物なのか、スグルとしても気になるところではあった。

 

 「うーん、一言で言えば、"子供"かな?」

 

 「子供?」

 

 なんとも抽象的な答えに、首を傾げるスグル。

 

 「うん。何って言ったら良いのかな?とりあえず会ってみれば、その言葉がしっくり来るかも」

 

 「?」

 

 言葉で説明できないのか、聞き取りようでは馬鹿にしてるとも取れる発言をアルゴはする。しかし、表情は決して馬鹿にはしておらず、逆に何かを期待する様な表情をしていた。

 

 「今度会ったらスグルさんを紹介してみるよ。……もっとも、あの子がそれに応じるかは分かんないけど」

 

 困った様な笑みを浮かべてそう言うアルゴに、なんとなくスグルも察してしまう。

 

 「……なるほど、そう言う感じか」

 

 



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現実と虚構

 

 1.

 

 菊花隊は、このアインクラッドにおける唯一の治安維持ギルドだ。

 元々ゲーム内に法律など無いが、それでも一定数のマナーと言うものは存在する。ましてやHPが無くなれば現実世界でも死ぬこの世界では、秩序と言うものは大きな意味を成す。

 

 「それで、ダインさんは何で菊花隊(ウチ)に入ろうと?」

 

 第11層。タフトの街にある菊花隊の本部では、リーダーであるスグルが1人の男性と対面する様に座っている。

 

 「そりゃ、治安維持部隊って憧れるじゃん?俺、そう言うの好きなんだよねー。秩序を守る為に動く組織って言うの?他のMMOでもそう言う事やってたしー」

 

 スグルの質問に対し、対面している男はなんとも軽く、浅はかな回答をする。それを聞いたスグルは少し眉を顰めた。

 

 「憧れるじゃん、ねぇ……他のMMOでもそう言う事やってたらしいけど、具体的に菊花隊がどんな事やってるかって、知ってる?」

 

 「?、何って、治安維持活動だろ?悪い奴が居たらそいつらを問答無用で捕まえて、監獄エリアにぶち込む。サイコーのギルドじゃん」

 

 男のその返しに、こりゃダメだとスグルは眉間に手を当てる仕草をする。

 

 「はぁ……」

 

 そして大きく一つため息をつくと、前に乗り出す様にして机の上で手を組んだ。

 

 「一つ勘違いしてる様だから言っておく。ウチを勧善懲悪のギルドだとか、正義の味方だとかそんな風に思ってるのなら、菊花隊に入るのはよした方がいい」

 

 「な、なんでだよ」

 

 スグルの雰囲気が急に変わり、男の方もタジタジとなる。

 

 「質問に質問で返す様で悪いが、菊花隊の最大の敵って、なんだと思う?」

 

 「そ、そりゃ、犯罪者ギルドだろ。オレンジとか、レッドとかの」

 

 「そうだ。もしそいつらと対峙した時、君は彼らと渡り合えるか?」

 

 「もちろん!俺のレベルは52。そんじゃそこらのプレイヤーとはスキルが違うって訳よ」

 

 男の回答を聞いて、スグルは更に顔を顰めた。

 

 「………やっぱり、君は菊花隊(ウチ)には合わないな」

 

 「だから何でだよ!!」

 

 自分の思い通りに事が運ばないのが癪に障るのか、男は大声を張り上げる。しかしスグルはそれに乗っかることは無く、再び大きくため息をついた。

 

 

 「それだよ。君、基本的に他の人を見下す癖があるだろ?」

 

 

 「え?」

 

 男にはその自覚が無いのか、素っ頓狂な返事を返す。

 

 「『悪い奴が居たらそいつらを捕まえて問答無用で監獄エリアにぶち込む』、『そんじゃそこらのプレイヤーとはスキルが違う』。ウチには合わないと言われて逆上する。今までの自分の発言と言動を思い返してみろ」

 

 「………………」

 

 全くの図星。男は言葉を失ってしまう。しかしスグルはトドメとばかりに言葉を続ける。

 

 「そんな考え方で治安維持を任せられると思うか?オレンジやレッドはあの手この手で俺たちを煽って来る。それに耐えられるだけの精神性が君にあるとは、俺には到底思えないよ」

 

 「……………」

 

 遂には男は俯いて言葉を発しなくなってしまった。スグルに正論を突きつけられて相当ショックを受けている様子だ。

 

 「……以上。まあ今回は縁が無かったと言う事だ。君は君で精一杯この世界で生き抜いてくれ」

 

 突き放す様にスグルがそう言うと、小さく「……チッ」とだけ舌打ちを返し、態とらしく扉を乱雑に開けて部屋から出て行った。

 

 

 ____コンコンっ______

 

 

 すると、入れ替わる様に扉の音がノックされる。

 

 「どうぞ」

 

 短くスグルがそう言うと、再び扉が開かれる。童顔の顔立ちと目元まで隠れた髪。書類を持って入ってきたのは幹部の1人、ユーシだった。

 

 「ロクでも無いのが来ましたか」

 

 閉めた扉を再度見つめながら、何処か他人事の様にユーシはそう言う。

 

 「聞いてたのか?」

 

 「ええ、少し。無礼も無礼。隊長にあんな態度取る奴なんかこっちからごめんです」

 

 淡々と、扉の向こうの男に向かって吐き捨てる様にそう言うにユーシ。対してスグルは苦笑いになる。

 

 「俺に対しての態度とかはどうでもいいんだがな。……まああの調子だといずれにせよここ(菊花隊)では上手くやっていけないだろうな」

 

 そこまで言うと椅子に寄っ掛かり、天を仰ぐ様な仕草を見せるスグル。

 

 「はぁ……久しぶりに大ハズレを引いたよ」

 

 「レベルは高かったんですがね」

 

 ユーシから出た"レベル"と言う言葉に、スグルは少々眉を顰める。

 

 「そっちは正直どうでも良い。むしろレベルが高ければ高いほどああ言う手合いは増えるからな」

 

 「そう言う奴ほど勘違いしてるのが多いですから」

 

 当たり前かの様に、しかし皮肉っぽくそう言うユーシ。

 この世界では、レベルの数字に盲目になるプレイヤーは多い。確かにレベルが上がれば、プレイヤーとしては強くなる。モンスターも簡単に狩れる様になるし、周りから羨望の眼差しを受けることもある。そうすると、"自分は強いからなんでもまかり通る"と勘違いするプレイヤーが出てくるのだ。

 そんなプレイヤーがごまんと居る中から、中身が伴ったプレイヤーを見分けなければならない。

 

 「本当、人を集めるのは大変だとつくづく思うよ」

 

 苦笑いを浮かべ、困った様にそう言うスグル。

 

 菊花隊が抱えている一つの問題。それは人材不足だった。

 

 現在アインクラッドでクリアされた層は36層。そしてクリアされた層が増えれば増えるほど、相対的に警備をカバーするエリアが増えると言うことだ。それに伴って菊花隊の人数も必然的に増やさなければならない。

 

 しかしいざ面談と銘打って蓋を開けてみれば、ああ言う手合いばかり。

 

 レベルは高いが、中身はすっからかん。

 

 そんな人材しかいない事実に、スグルは心の中で大いに嘆いていた。

 

 「……僕は、今ままで良いと思いますが。下手に人を増やして隊の質が下がるのはごめんです」

 

 少し顔を顰めてユーシはそう言う。彼はあまり菊花隊の人数が増える事をよく思っていない様だ。

 

 「そう言うな。いずれにせよこのまま攻略が進めば人は足らなくなる。それに人の質を高めるのは俺らの仕事だぞ?ユーシ。お前は若いが周りが見える人間だ。人を育てるのもお前の役割なのを忘れるな」

 

 諭す様にスグルがそう言うと、やりにくそうにユーシは頬を掻く。

 

 「………そう言うのは苦手です」

 

 「ははっ、まあその時は当たって砕けろだ」

 

 人を育てると言うのは、生半可な人間には出来ない。しかしスグルは目の前の若い青年にはそれが出来ると確信していた。

 

 「……因みにあと何人ぐらい必要なんすか?」

 

 話題を逸らす様ににユーシがそう聞くと、途端に難しい顔に変わるスグル。

 

 「………5人は欲しい」

 

 「……現実的な数字では無いですね」

 

 たった5人。それでも遠すぎる数字に感じた。

 

 

 2.

 

 

 「フゥー………」

 

 1人ポツンと残された部屋で、スグルはタバコを一本味わう。

 現実世界だと喫煙所などと言う狭苦しい牢獄まで出向かなければならなかったが、この世界ではその必要は無い。

 目の前の書類を全て終えた、この時間がスグルは好きだった。

 仕事を終えての、至福のひと時。この感覚は現実のものと同じだ。ふと外を見ると、今日は月が綺麗に見えた。アインクラッドの気象設定によれば今日は満月だ。

 

 「……外で吸ってみるか……」

 

 まやかしの世界なのは言うまでも無いが、偶にはそのまやかしに心を預けてもいいかも知れない。そんな気持ちで、スグルは屋上へと向かって行った。

 

 

 

 「……ん?」

 

 屋上に行くと1人、月を見ている人間が居た。月明かりの逆光でシルエットしか見えないが、制服は菊花隊の物を着ている。ゆっくりと、スグルはその人影に近づく。

 

 「なんだ、ユーリーか」

 

 「……あ、先輩」

 

 話しかけられて、ユーリーもスグルの存在に気付く。

 

 「珍しいな。今日は非番だろ?」

 

 「あはは。今日は月が良く見えますからねぇー。街に寄った帰りにここでお月見をしようと思いまして」

 

 いつも通りの笑顔を浮かべて、ユーリーはそう返す。対してスグルは以外そうな表情を見せる。この世界で月見をしようなんて人間が自分以外に居るとは思わなかった様だ。

 

 「なんだ、お前もか」

 

 「じゃあ、先輩も?……へぇ、見かけによらずロマンチストなんすね」

 

 「揶揄うな。お前こそ意外だな」

 

 「む、女の子はいつだってロマンチックですよー」

 

 いつもの軽口を叩き合いながら、スグルはユーリーの隣まで足を進める。

 そして、2人して見惚れる様に月を見上げた。

 

 

 「………こんなに綺麗なのに、現実じゃ無いんすよねー……」

 

 

 そんな事を呟いたのは、ユーリーの方だった。何処か羨ましがる様な、寂しがる様な、悲しむ様な、何とも言えない表情をしている。

 

 「………お前らしくも無い」

 

 同じく月を見ながらスグルはそう返す。

 この世界ではあまり弱みを見せなかったユーリーだが、今日は様子が違う。

 

 「………今日、昼にアスナちゃんと遊んだんすよ」

 

 「へぇ、またか」

 

 スグルがまたかと言った様に、菊花隊が参加した29層のボス攻略後、ユーリーとアスナは個人的に交流を持つ様になっていた。

 元々女性の少ないこの世界。互いに仲良くなるには時間は掛からなかった。そしてその過程で、アスナからよく相談も受ける様になっていた。ユーリーがβテスターなのも相まってか、ユーリーとアスナは良き先輩後輩の様な間柄になっていた。

 

 「やっぱりあの子、まだちょっと焦ってる様で。今日だって『今の間にも、私たちの現実での世界が失われているって』考え込んだ表情で相談して来たんす。あの時は考え過ぎだって言ったんすけどね」

 

 少し俯き、考え込む様に呟くユーリー。

 

 「……後でよくよく考えると、アタシだってこの世界に慣れて来てる感覚があるなって」

 

 そこまで言って、ユーリーは再度月を見上げる。

 

 

 「いつしか現実よりも綺麗なこの月が、アタシ達の日常になってしまうんじゃないかなーって」

 

 

 もう、この世界にいる事が日常的になりつつある。

 いつしか、"神崎"と呼ばれるより、"ユーリー"と呼ばれる事の方を自然と受け入れてしまう。そんな気持ち悪さと葛藤しているのが、今の彼女だ。

 

 「………だから、ここに来たのか?」

 

 「まあ、そんなところっすかね?」

 

 口調は軽いが心底困った様な表情を浮かべ、ユーリーはそう返す。

 現実と虚構の境目が曖昧になっているのが、今の"神崎由里子"だ。

 

 

 しかし、"四条優"は違った。

 

 

 「……俺は、やっぱりどこまで行ってもここは現実じゃ無いと思うよ」

 

 

 そんな彼女の気持ちに応える様に、同じく月を見据えながらスグルはそう言い放つ。

 

 「……やっぱすごいっすね、先輩は」

 

 少し羨ましがる様な口調で、ユーリーはそう返す。

 

 「神崎、お前はこの世界の何が一番都合が良いと思う?」

 

 「……どう言う事っすか?」

 

 質問の意図が分からず、質問に疑問で返すユーリー。そしてスグルはその表情を、月からユーリーへと移す。

 

 

 「俺は、現実の痛みや苦しみが無い事だと思う」

 

 

 「あ……」

 

 そこまでスグルが言うと、何か察した様な表情を見せるユーリー。

 

 「例えば一日中モンスターの狩りをしても、次の日筋肉痛にはならないだろう?ダメージを受けてもその場の違和感はあるが、アイテムを使えば一瞬で回復する。まるで攻撃された場所は何も無かったかの様に」

 

 他にも色々ある。食べなければ餓死する。走れば息が切れる。ものを食べたら小便や大便が出る。

 そんな生きる上での不都合が、この世界には存在しない。

 

 「だから、この世界では俺たちは生きてないんだ。生きるって事は、もっと不便だから。そこを省略してこの世界で"生きている"だなんて、俺は口が裂けても言えない」

 

 「………そうっすね」

 

 ゲームシステムによって、生きる上での不都合が省略されている。

 だからこそ、スグルはこの世界がまやかしであると断言出来る。

 

 「……やっぱ、先輩は強いっすね」

 

 どこまで経験を重ねれば、この人の様に芯のある強さを手に入れる事が出来るのだろうか。そんな感情を込めて、ユーリーはそう言う。

 警視庁の中でも"カミソリ"と呼ばれる程の男。

 その本質は、この芯の強さにあるのかも知れない。

 



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鷹と少女

 

 1.

 

 ビーストテイマー

 

 直訳すれば『猛獣使い』

 

 このアインクラッドにおいて、剣のスキルが重視されるこのゲームのシステム上、ビーストテイマーを名乗るプレイヤーは少ない。

 しかし、剣を使う以外のメリットを得られるのが、このビーストテイマーだ。プレイヤーのHPを回復してくれるビースト。予期せぬ攻撃からプレイヤーを守るバリアを張ってくれるビースト。背に乗る事ができて、フィールドの危険地帯を回避出来るビースト。

 使う人間やビーストによってその能力はまちまちだ。

 

 そんなビーストテイマーを、菊花隊も1人抱えている。

 

 ________ピィーーーーーッ________

 

 早朝の菊花隊本部。1人の少女が指笛を吹くと、大空に一つの影が浮かび上がる。

 

 「おいで」

 

 一言そう言うと。少女は自身の左腕を差し出す。そしてその影は少女を見つけると、左腕に向かって急降下し始めた。 

 近づくにつれて、シルエットがハッキリと浮かび上がる。大きな翼、鋭い目付き。翼の角度を器用に変え、スピードを落としてピタッと少女の左腕に止まった。

 

 「お帰り。ピー太」

 

 少女が愛おしそうにそう言うと、ピー太と呼ばれた"鷹"はそれに応える様に頬擦りをする。

 この少女の名は、メイ。菊花隊の幹部の1人だ。

 菊花隊唯一のビーストテイマーであり、使役するビーストは鷹。その主な任務としては、『偵察』が挙げられる。

 

 鷹匠のビーストテイマー

 

 部隊内ではそんな呼ばれ方をする彼女だが、身長は部隊内でも下から数えたほうが早く、気弱ですぐ驚いたりするので何かと小動物の様な扱いを受ける。

 

 「……よし。今日も異常無し」

 

 そう呟いて、メイは安心した様にリストにチェックを入れていく。

 今彼女がしているのは、巡回警備。なぜそれを彼女が任せられているかと言うと、少々特殊な能力を持っているからだった。

 

 「今日もいい天気だったねー、ピー太ー。突風に突っ込んだ時はちょっとビックリしたけど……」

 

 それは、使役しているビーストとの視覚共有。見渡しの良い空から鷹の視覚を共有出来ると言う事は、偵察や捜索を行うに当たっては非常に有利になる。

 なので攻略組によって層が攻略された時などは、情報収集の為に彼女の能力が多いに役に立つ。安全な空から密度の高い情報が得られるので、桜花隊に次ぐ情報の要とも言って良いだろう。

 

 

 ___________

 

 

 「し、失礼します……」

 

 目の前の扉をノックし、緊張の面持ちでメイは司令室へと入って行った。

 

 「お疲れ様。何か問題はあったか?」

 

 まだ早朝だと言うのに、スグルはもう書類に目を通している。

 

 「い、いえ。いつも通りです。巡回の報告書が出来ましたんで、チェックお願いします……」

 

 尚も緊張気味で、メイは報告書をスグルに差し出す。

 

 「お、もう出来たか。……確かに受け取った。ピー太もお疲れさん」

 

 「ピィ」

 

 続けてピー太にも一言言うと、言葉が分かっているのか短く返事を返す。

 

 「今日の仕事はこれだけだ。後はゆっくり休んでくれ」

 

 「は、はい!ありがとうございます」

 

 そう言って、メイは深々と頭を下げる。それに対してスグルは苦笑いを浮かべた。

 

 「……そんなにかしこまらなくても良いぞ?いつも緊張してちゃ疲れるだろう?」

 

 「あ、あぅ……そうなんですが……」

 

 メイの弱点として、このあがり症が挙げられる。

 基本的に緊張感のある現場では固まってしまうので、実際に取り締まりをする実働部隊には配属出来ないのだが、それでもこの能力は菊花隊にとっての命綱と言って良かった。

 

 「……とにかく、今日はもう仕事は終わりだ。次の巡回までゆっくりしててくれ」

 

 「は、はい……失礼します……」

 

 最後は萎れる様にそう言うと、入った時よりも低い腰でメイは出て行く。扉が閉まったのを確認すると、スグルは軽くため息をついた。

 

 「……もうちょっと、自信が付けばなぁ……」

 

 

 _________

 

 

 

 「はぁ……」

 

 本部の廊下。がっくしと肩を落としながら、メイは歩く。

 

 「また緊張しちゃったよぅ。ピー太ぁ……」

 

 「?」

 

 慰めてもらおうとピー太に話しかけるも、鷹のピー太から返ってくるのは首を傾げる動作のみだった。

 彼女とて、自分のあがり症を治したいと思っている。

 

 「……みんなしっかりしてるのに、私だけ……」

 

 その理由の一つとして、菊花隊のギルドメンバーは自分の意思を持って行動してるプレイヤーが多い。

 だから緊張もせずにズバズバと意見を述べる事が出来るし、その上で行動力も高い。

 

 「この前の会議だって、私だけ黙ってるだけだったし……」

 

 そんな人たちと比べているからこそ、メイは自分を卑下してしまっている。あまりにも落ち込んでいるからか、ピー太が「ピィ?」と心配する様な鳴き声を出した。

 

 「あれ、メイさん」

 

 すると、前の方から声が聞こえる。

 咄嗟に顔を上げると、同じく報告書を持ったユーシが前の方から歩いて来ていた。

 

 「お疲れ様です。早朝の哨戒ですか」

 

 「は、はい。ユーシさんは報告書を?」

 

 ユーシの手には、先程メイが出した何倍もあるであろう報告書が握られている。

 

 「ええ。14層でアイテムの強奪事件があったので、それの後処理を」

 

 「す、すごいですね?もう今月に入ってから3件目じゃないですか」

 

 「まあ、仕事ですから」

 

 尊敬の眼差しを向けるメイに対し、少し照れる仕草を見せて素っ気なく返すユーシ。

 

 「私は、この辺りをグルグル回ってるだけなのに……」

 

 そんなユーシと自分を比べてか、再び俯いて暗い声でメイは呟く。そんな彼女を見て、ユーシは軽くメイの肩に触れた。

 

 「そんな事ないですよ。空からの偵察はメイさんにしか出来ませんから」

 

 「あ、ありがとうございます……」

 

 手放しのユーシの褒め言葉に、真っ赤な顔で俯いてメイはそう返す。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 しかし互いに次の言葉が見つからないのか、なんとも奇妙な沈黙が流れてしまった。

 

 「……それでは、僕は隊長に報告してきますんで」

 

 「え?あ、は、はい。お気をつけて?」

 

 ただ報告書を出すだけなのに何を気をつける事があるのだろうか。天然なメイの発言に、ユーシも少し吹き出してしまう。

 

 「ぷっ、何を気をつけるんですか。相変わらずメイさんは面白いですね」

 

 「え、あっ、うぅ……」

 

 ユーシにそう言われて、再び顔を赤くして俯くメイ。

 

 「それでは、失礼します」

 

 最後にそう言うと、ユーシはメイの横を通り過ぎて司令室の方へと向かって行った。その背中を、何処かボーッとメイは見つめる。

 

 

 「……どうしよピー太。ユーシさんに話しかけられちゃった」

 

 

 

  2.

 

  「……そうか、ちょっと度がすぎるな。オレンジとは言え、やり方は悪質極まりない」

 

 「ええ。タチが悪いのは自分の手は汚していないところっす

。シルバー・フラッグスの件も、奴らが噛んでいるかと」

 

 司令室。険しい面持ちで話すのは、スグルとユーリー。

 彼らはちょうど今、とある犯罪者ギルドについて話している。

 

 「尻尾は掴んだいるのか?」

 

 「そっちはサクラの方が裏も取ってるんで大丈夫っす。でもリーダーの方が厄介そうっね。自分で手を汚してないんで、表示はグリーンのままらしいっす」

 

 「……他のグリーンプレイヤーに紛れ込めるって訳か」

 

 眉間に皺を寄せた難しい顔でスグルは呟く。

 プレイヤーに表示されるアイコン。ほとんどのプレイヤーは、その色は緑だ。しかしPKなどを犯したプレイヤーには、オレンジのアイコンに色が変わる。そしてそれを続けた場合、その色は真っ赤に染まる。

 オレンジやレッドならばグリーンと比べてかなり目立つので容疑者の発見は容易だ。

 

 しかし、グリーンに紛れ込んでいるとなると、捜索の難易度は一気に跳ね上がってしまう。

 

 それを逆手にとって動く犯罪者ギルドは、菊花隊にとってもかなり厄介な存在だった。

 

 「せっかく向こうが尻尾を見せたんだ。今はどの層にいるか、検討は付くか?」

 

 「恐らく35層っすね。迷いの森でグリーンのギルドと紛れているって情報があるっす」

 

 「迷いの森か……」

 

 腕を組み、スグルは考える。彼自身もあそこには行った事があるが、1人では突破するだけでも困難な場所だ。

 その上で人探し。それもグリーンに紛れ込んでいる。鬱蒼とした森の中、それを"人の目"で探し当てるのは不可能に近い。ならば、別の手段だ。

 

 「………空から、だな」

 

 スグルがポツリと呟くと、ユーリーは驚いた様な表情を見せる。

 

 「………メイちゃんを行かせるんすか?」

 

 「ああ」

 

 「……でも彼女、実働部隊としては……」

 

 ユーリーはメイを向かわせる事に躊躇している様だ。言いにくそうに口籠る。

 

 「メイにオレンジをどうこうしてもらう訳じゃない。今回は偵察だ。あの森に居るプレイヤー達をしらみ潰しに探索してもらう。その上で別の隊員がマークをすれば良い」

 

 「なるほど……」

 

 スグルの説明にユーリーも納得した様に呟く。

 メイはハッキリ言って戦闘や確保にとことん向いていない。そのまま向かわせてオレンジと対峙させたら、言い方は悪いが足を引っ張ってしまうだろう。ならば探索に専念させておいて、別の部隊に確保を任せれば良い。

 

 「会議だ。今回は5名で行く。その内幹部は2名」

 

 「2人行かせるんすか?メイちゃんは確定として、後1人は?」

 

 ユーリーの問いかけにスグルは少しばかり腕を組んで考える。必要なのは、冷静な判断力と人を見分けられる能力。

 そして彼の中で決まったのか、ゆっくりと口を開いた。

 

 

 「もう1人はユーシだ」

 



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迷いの森

 

 

 1.

 

 「作戦を伝える。基本は2人一組。メイは迷いの森には入らず、ピー太を使って他のプレイヤーを探してもらう。その中で怪しい人物が居たらマークをするんだ」

 

 「「「「はい!!」」」」

 

 スグルの説明に、ユーシを含めた4人はすぐさま返事を返す。

 今司令室にいるのはユーシ、メイの幹部2人と他3人の菊花隊隊員。そして隊長のスグルと副隊長のユーリーの7人。与えられた迷いの森のマップを見比べながら、会議は緊張感を持って進む。

 

 「は、はい!」

 

 1テンポ遅れてメイも返事を返す。しかしその表情は緊張でガチガチになっていた。

 

 「特定出来る可能性はどのくらいでしょうか?」

 

 ユーシがマップを見ながらスグルに質問をする。迷いの森はかなり広大なマップだ。その中でたった1人のプレイヤーを見つけるのは、相当難しい。

 

 「先程も言った様に相手は自分の手を汚さずグリーンを装っている。確率はハッキリ言って少ないと言わざるを得ないだろう。しかしそこにいるプレイヤー達を把握できれば、ある程度は絞れる」

 

 「もし特定出来なくても、無駄では無いと言う事ですね……」

 

 スグルの回答に、ユーシは顎に手を当てる仕草を見せる。そして今度は顔をメイの方へと向けた。

 

 「メイさん。ピー太は迷いの森の捜索、全域をカバー出来ますか?」

 

 「え!?あ、は、はい。迷いの森は一度ピー太と飛んだ事がありますので」

 

 緊張気味ながらも、メイはユーシの問いかけにそう返す。しかし、その表情には自信が感じられない。

 

 「………で、でも、迷いの森って道自体も木の影に隠れてる様な場所なんです」

 

 「と言うと?」

 

 言葉を続けるメイに対し、ユーシも質問を続ける。

 

 「プレイヤーもそれに隠れて見つからないって事があるかも知れません……」

 

 「なるほど、そう言う事か……」

 

 メイから回答を聞くと、再びユーシは顎に手を当てる。空からの捜索は確かに視認性が良いが、その殆が木々に隠れているとなると話は別だ。そんな難しい顔をしているユーシの姿を見て、メイは俯いてしまう。

 

 「ご、ごめんなさい……役に立てなくて……」

 

 「あ、いや、メイさんを責めてるわけじゃありません。僕たちが地上で捜すよりも、断然確率は良いですから」

 

 目に見えて落ち込んでいるメイに対し、慌ててユーシはフォローを入れる。

 

 「………ともかく、この作戦の肝はメイとピー太だ」

 

 「うぅ…………」

 

 スグルからのプレッシャーの掛かる言葉に、更に縮こまってしまうメイ。

 

 「大丈夫っすよ!メイちゃんいっつも良い情報をアタシらにくれるんすから!今回だって気負うことなんて全然無いっす!」

 

 そんなメイをユーリーが励ます。メイが作戦に参加する時は、いつもこんな感じだ。常に自信が無いので、常に誰かが励ましている。

 

 「で、でもぉ……」

 

 「深呼吸っす!ほら、吸ってー……」

 

 「……すぅー」

 

 ユーリーに言われるがままに、メイは大きく息を吸う。

 

 「はいてー……」

 

 「はぁーー……」

 

 「吸ってー……」

 

 これを何度か繰り返し、再びユーリはメイに聞く

 

 「はい!どうっすか?リラックス出来たっすか?」

 

 「ぜ、全然です……」

 

 「えー!?」

 

 どうにもこの自信の無さをどうにかするのは、一筋縄では行かないらしい。

 

 

 

 2.

 

 「よし、ここにしましょう」

 

 35層、迷いの森の外れ。

 見渡しの良い場所を見つけ、周りに危険が無いかを確認すると、ユーシがそう呟く。

 

 「ここからなら捜索もしやすいでしょう。モンスターが襲って来る可能性もありますので、メイさんの護衛はウォーロングさんに頼んでも良いですか?」

 

 「了解。いいぞ」

 

 続けてユーシがそう言うと、ウォーロングと呼ばれた隊士も快く返事を返す。メイがピー太と視覚共有している時は、基本的にメイが見ている景色は空からのものだ。すると、自分の身体がどうしても無防備になってしまう。なのでモンスターに襲われる可能性がある圏外で探索をする時は、最低一人護衛を付けるのが基本だった。

 

 「他の3人は僕含め迷いの森に入ります。マップにマーキングをしてますので、各自ポイントに就いて下さい」

 

 「「了解!」」

 

 ユーシの説明に、隊員達からもハキハキとした返事が返ってくる。具体的な作戦としては、まずは森の中に3人の隊員を配置。その上でメイが空からプレイヤーを探し出し、アイテムを通して隊員達に伝え一番近い隊員が急行すると言うものだ。

 

 「メイさんはプレイヤーを見つけたらできる限りでいいのでその人の特徴を教えてください。オレンジやレッドが居たら直ぐに報告をお願いします」

 

 「は、はい!」

 

 「それでは、行きましょう」

 

 「「「了解!!」」」

 

 締めるようにユーシがそう言うと、3人は森の中へと消えて行く。

 メイはそれを見届けると、自分を落ち着かせるように一つ大きく深呼吸をした。

 

 「………ふぅー………行くよ、ピー太」

 

 短く、一言そう言うと、メイは左腕を前に差し出す。それに応えるようにピー太が「ピィ」と短く鳴くと、肩から左腕に飛び乗り、飛行の体勢を取った。

 

 「ふっ!!」

 

 そしてその左腕を空に向かって大きく振り上げる。

 

 振り上げられた手からカタパルト射出されて行く戦闘機の様に、ピー太はバサバサっと大きな羽音を立て、大空へと飛び立って行った。

 

 

 3.

 

 「上手く行くっすかねぇ……」

 

 菊花隊本部。司令室でユーリーが難しい顔でそう呟く、

 

 「……今回の捜索で探し当てる事は難しいだろう。大事なのは該当するプレイヤーを絞り込む事だ」

 

 それに対し、スグルも少し険しい顔でそう返す。

 

 「だから5人なんすか?」

 

 ユーリーの問い掛けに、スグルは頷く。

 本来ならば、迷いの森などの広大なマップで捜索をするとなると、もっと人数を割かなければならない。しかし、今はそれが出来ない理由があった。

 

 「ここで捜索に人数を割いたら、下手したらラフコフが動くかもしれないからな」

 

 犯罪者ギルドは、今迷いの森に隠れている奴だけでは無い。オレンジやギルドは嬉々として他プレイヤーを陥れる策を練って来る。もしここで菊花隊の警備が手薄になれば、ラフコフなどの犯罪者ギルドが動く可能性は十分にあり得る。

 

 「……素性さえ分かれば、あとは早いんすけどね」

 

 苦虫を噛み潰したように、ユーリーが恨めしくそう呟く。表立って活動をするオレンジやレッドよりも、グリーンに紛れていると言う手合いは、思った以上に厄介だった。

 

 「焦るな。ある程度の素性は割れてる。見つけたらいつも通り確保して監獄に行ってもらうだけだ」

 

 そう言うと、スグルは窓の外に目線を移す。

 

 「……タイタンズハンド。ここで潰しておくぞ」

 

 

 今回の逮捕目標であるオレンジギルドの名前。スグルがそう言うと、ユーリーも強く頷く。

 

 「……そうっすね。……まあ、アタシは別の方面でも"気になっている"ところではあるんすけどね?」

 

 今までの緊張感の張り詰めた雰囲気から一転、何処か面白がる様にユーリーはそう言う。

 

 「……何のことだ?」

 

 ユーリーが何を言おうとしているのか見当も付かず、スグルは首を傾げる。

 

 「えー?気付かなかったんすか?先輩。メイちゃん、あんなにあからさまだったのに」

 

 「……?」

 

 尚もピンと来てないスグルに対し、ユーリーは軽くため息をついた。

 

 

 「……まあ、そうっすよねー。先輩に乙女心が分かったら、アタシもこんな苦労して無いっすもん」

 

 「?…………?」

 

 

 このスグル、もとい四条優という男は、どうやら色恋沙汰に関してはまるっきりセンスが無いようだ。



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迷いの森②

 

 「……森の南西、プレイヤーが4人居ます」

 

 空からの目。

 ピー太と視覚共有しているメイが、通信用のアイテムを通して隊員たちに情報を伝える。

 

 『近付けますか?』

 

 「は、はい。可能な限り近づいてみます。……ピー太、行くよ」

 

 ユーシの問いかけにメイそう返すと、ピー太は高度を下げて行く。

 連携はうまく行っている。メイの報告をユーシが受け取り、的確に指示を出す。

 そして木陰になる様、木の幹にピッタリ止まり、ピー太の視覚を通してプレイヤーを確認する。

 

 「……男性が4人。街の方向へ向かってます。……恐らく狩りの帰りでしょう」

 

 『様子はどうです?』

 

 「皆さん和気藹々と喋りながら歩いています。多分、ずっとこのメンバーでやって来た感じの……」

 

 『……分かりました。特徴はありますか?』

 

 「えっと……皆さん武器に星のマークが付いています。見た事ないですが、多分ギルドの紋章だと思います」

 

 『了解です。そっちはもういいので、また別のプレイヤーの捜索をお願いします』

 

 「りょ、了解です!」

 

 ユーシの指示に、素直に従うメイ。再びピー太を空へと羽ばたかせる。

 現在メイが発見したプレイヤーは、併せて3組。高難易度のフィールドとあってか、皆集団で行動している。メイから得た情報を元にギルドの特徴が報告されるが、今のところ怪しげなギルドは無い。

 

 「………もう居ないか?……いや、それにしては何か引っ掛かる……」

 

 森の中、ユーシが独り言を呟く。この何処かに例のオレンジギルドが居た事は確定的なのだが、もう既にこの森を出ている可能性もある。そのリスクを考えると、時間が長引けば長引く程探し当てるのは困難になって来る。

 しかし、何も痕跡が残っていないと言うのが、ユーシにとっては気掛かりだった。もしプレイヤーがキルされた場合、少なからず森のどこかでは騒ぎになる筈だ。だが今のところその情報は一切入っていない。仮に今起きたとしても、ピー太とメイがそれを見逃すはずが無かった。

 

 「………もう少し探してみましょう」

 

 『りょ、了解です』

 

 通信アイテム越しにユーシがそう言うと、メイから緊張気味の返事が返ってくる。まだこの森の中で機会を伺っているのか、それともPKはここでは起こせないと判断して既に森を抜けたのか。ユーシには計りかねた。

 

 

 ____________

 

 

 空からの景色というのは、最大の情報源となる。

 大昔なら気球。少し時代が進めば飛行機。現代になれば衛生などの宇宙から情報を得る事が出来る。

 そしてそれはゲームの中でも、かなりのアドバンテージとなる。モンスターから攻撃されない安全圏から、質の高い情報が得られるのだ。

 

 『……人数は6、い、いや、7人です。……この紋章は、アーリーグロウのギルドですね』

 

 「了解です。怪しい動きをしている人は居ますか?」

 

 『いえ、それらしき人は……』

 

 そして正確な報告。

 このメイという少女、見かけによらず観察眼が鋭い。その人物の特徴や仕草。雰囲気などを見極める能力が高いのだ。

 

 空からの高い諜報能力とメイ自身の鋭い観察眼。

 

 菊花隊が重宝するのも頷ける人材だ。

 

 「……分かりました。そろそろ終わりにしましょう。何か手掛かりでも掴めれば良かったんですが、そうも行きませんね」

 

 一つため息をつき、冗談めいてそう言うユーシ。

 

 『す、すみません!役に立たなくて……』

 

 「い、いや!メイさんを責めてるわけじゃ無いですよ!」

 

 『うぅ……すみません……』

 

 何故か謝るメイに対し、ユーシが慌ててフォローを入れる。後はその自信の無さをどうにかすればもっと良くなるのだが……

 

 「とにかく今日は終わりです。……夜間の迷いの森はフロアから抜け出すのが非常に困難です。撤収しましょう」

 

 締めるようにユーシがそう言うと、他の隊員達から「了解」と返事が返ってくる。

 

 「……了解です」

 

 メイも一つ遅れて返事を返す。

 そして再びピー太を空へと羽ばたかせ、自分のところへと戻そうとしたその時だった。

 

 

 「………ん?」

 

 

 視覚共有しているピー太の視界に、何かが入る。

 日も沈みかけている森の奥、何かが動いている。唯のモンスターだろうか?

 ……いや、そもそもエンカウントしなければモンスター自体現れない筈だ。では、プレイヤーの誰かがモンスターと戦っているのだろうか?

 

 「ひ、東側で誰かがモンスターと戦っているかもしれません。最後に見てもいいですか?」

 

 『……分かりました。向かって下さい』

 

 ユーシの了承を得ると、メイ。もといピー太はその場所へと飛んで行く。森の木々で見えにくいが、段々と全貌が明らかになってきた。

 中型のゴブリンが数体居る。この数を相手してると言う事は、ギルドの複数人で相手をしていると言う事だろうか?

 

 確認するためにピー太はもう少し近づく。すると驚きの光景がそこにあった。

 

 「………っ!!」

 

 メイは絶句する。プレイヤーは1人。しかも少女。タガーを持っているが、ゴブリン相手に全く歯が立っていない。

 そして何より_______

 

 

 

 「森の東側!プレイヤーが1名モンスターと戦っています!!かなり劣勢!ゲージも黄色から赤に変わりかけています!!!」

 

 

 

 ゲームオーバー寸前。

 正にそう言ってもいい様な状態のプレイヤーが居た。

 

 『!!、向かいます!!詳細の場所を教えて下さい!!!』

 

 メイの叫びの様な報告に即座に反応したのは、ユーシだった。

 

 「森の東側!小川に掛かる石橋を南東に進んだ辺りです!!」

 

 『了解しました!!自分が一番近いです!!メイさんはそのままそのプレイヤーを見張って下さい!!逐次報告をお願いします!!!』

 

 「は、はい!」

 

 報告のあって地点に向けてユーシは猛然と走る。

 プレイヤーを補助するビーストではあるが、ピー太自身には戦闘能力は全く無い。

 なのでユーシ自身が現場に急行する他ないのだ。

 

 

 「ど、どうすれば……っ!」

 

 そして、メイは狼狽えていた。目の前、いやピー太の視界を通した眼前では1人のプレイヤーがゲームオーバーになろうとしている。

 しかし、何も出来ない。

 今からメイが現場に向かったとしてもまず間に合わないし、よしんば到着したとしても迷いの森でモンスターと戦えるほどのスキルをメイは持ってない。

 

 言うなれば、1人の少女を見殺しにしている様なもの。

 

 そんな事実に、自責の念がメイに積もる。

 

 「ユーシさん!!あとどれくらいで着きますか!?」

 

 助けを求める様に、メイが叫ぶ。

 

 『あと少しです!!今、石橋が見えました!!』

 

 「っ!!」

 

 メイは直感する。これじゃ間に合わない。最悪の光景がメイの脳裏に浮かぶ。目の前で、何も出来ずに1人のプレイヤーが散って行く姿を。

 

 

 

 「ピー太……どうしよう……!」

 

 

 

 震えた声で、助けを求める様にメイは呟く。

 

 すると、思いもよらない出来事が起こった。

 

 

 「!?、ピー太!!何を……!!」

 

 

 _____________

 

 

 

 「……はぁ、はぁ……」

 

 少女は追い込まれていた。

 目の前には敵モンスターであるゴブリン。それも一体だけでは無い。数体のゴブリンが絶え間無く攻撃を与えてくる。ジリ貧になるのは明らかだった。しかしもう回復アイテムも無い。

 

 「キュイーーーー」

 

 その時、少女のHPゲージが僅かながらに回復した。

 彼女が回復したのでは無い。

 

 「はぁ、はぁ……ピナ……」

 

 少女の横に居る、薄い青色の小さな竜の様な生物。

 そう、彼女はビーストテイマーだった。それも回復系の。しかし少しHPを回復したとて、ゴブリンの攻撃が収まる事は無い。

 

 「きゃあっ!!」

 

 遂にゴブリンの一撃を喰らい、大きく後ろに跳ね飛ばされる少女。遂にゲージが黄色から赤に変わる。

 

 「はぁ……はぁ……もう、何も……」

 

 少女の顔色が絶望に染まる。

 逃げなければ。しかし恐怖で手足が震える。

 ここに来て、ようやく実感する。

 

 

 この世界でゲームオーバーになれば、現実での命も失うのだと。

 

 

 

 「ごめん……ママ、パパ……」

 

 

 

 俯き、諦めた口調で少女は呟いて、祈る様に目を瞑った。

 しかしそんな少女の心を踏み躙るかの様に、ゴブリンは攻撃の体制を取る。

 

 そして次の瞬間_______

 

 

 

 _________ピィィィーーーーーーーッ!!!____________

 

 

 

 

 勇猛な、気高い鳴き声。

 

 ________グシャっ!!!__________

 

 そして鈍い音が響き渡る。

 少女がやられたのだろうか?……いや、違う。

 

 「…………え?」

 

 少女は呆けた様な声を出す。やられたのは自分でも、ましてや自身が使役しているビーストでも無い。

 

 「……………」

 

 隣を見渡すと、倒れてピクリとも動かない鷹の姿が少女の目に入った。

 

 「わ、わたしを………」

 

 一歩、その鷹に近づこうとする少女。

 

 

 __________グオォォォォォォ!!!___________

 

 

 それも束の間、再びゴブリンが襲い掛かる。

 今度こそやられる。少女は諦めた様にゴブリンの攻撃を見つめる。

 

 

 しかし、その攻撃が届く前にゴブリンは散って行った。

 

 

 「ふっ!!!」

 

 

 男の声が少女の耳に入る。そして次に目にしたのは、刀。

 その軌道は、他のモンスター達を次々と切り裂いて行った。正に一瞬。流れる様な動作で敵モンスターのHPをゼロにまで削って行く。

 全てのモンスターが倒されると、倒した人物のシルエットがくっきりと見えてきた。

 

 白の衣装。菊花紋章の胸バッジ。凛とした佇まい。

 

 

 

 「菊花隊………」

 

 

 

 気が抜け切った声で、少女はそう呟いた。ヘタリと、ぷつりと糸が切れた様にその場に座り込む。

 

 「………大丈夫ですか?」

 

 一言、ユーシは少女に対してそう尋ねる。

 

 「え、あ……は、はい!ありがとうございます!それより……」

 

 一言礼を述べ、少女は先程助けてくれた恩人に目を向ける。同じくユーシも少女と同じ方向に目を向けた。

 

 

 「!!、ピー太!!なんで……!!」

 

 

 ユーシが目にしたのは、変わり果てた姿になったピー太だった。すぐさま駆け寄るが、息も絶え絶え。HPゲージは赤では無く、ゼロになっていた。

 

 「これは……」

 

 すぐさまユーシはピー太を抱きかかえるが、その瞬間、淡い光を纏ってピー太はその光と共に散って行った。

 

 「ピー太!!」

 

 ユーシは叫ぶが、それも虚しく手には先程まであったピー太の重みだけが残っていた。

 間違いない。ピー太はこの少女を庇ったのだろう。

 

 「クソっ!!……もうちょっと早く来れていれば……」

 

 拳を地面に叩きつけ、悔しがるユーシ。

 自分がもう少し早く到着していれば、こんな事にはならなかったと、自責の念が彼の中で湧いていた。

 

 「あ、あの……」

 

 そんな彼に、少女はおずおずと話しかける。それによって幾分かユーシも冷静さを取り戻した。

 立ち上がり、少女の方へと振り返る。

 

 「あ……すみません。……怪我は無かったですか?」

 

 「は、はい。それより、その……ごめんなさい………わたしのせいで……」

 

 俯き、本当に申し訳なさそうに少女はユーシに謝る。助かったのは良いが、彼女もビーストテイマー。家族とも言える相棒を失った悲しさは計り知れなかった。

 

 「いや……それは……」

 

 ユーシの脳裏に浮かんだのは、メイの姿。

 そう言えば今、彼女は……

 

 ユーシはすぐさまアイテム欄から通信用のアイテムを取り出す。するとタイミング良く、着信が入った。メイの護衛を担当していたウォーロングからだ。すぐさまユーシは応じる。

 

 『やっと繋がった!!ユーシ!!そっちはどうなってる!?』

 

 ウォーロングは何やら焦っている様子だ。

 

 「ピー太がやられました!メイさんは大丈夫です!?」

 

 予想が当たっていれば、彼女は……

 

 

 

 『大丈夫じゃねえからお前に連絡したんだよ!とりあえずメイが錯乱しちまってる!』

 

 

 

 やはりなと、ユーシは悲痛な表情を浮かべる。

 

 「分かりました。とりあえずそのままメイさんを見てやってください!他隊員はすぐに撤収を!」

 

 「「「了解」」」

 

 それだけ伝えると、ユーシは通信を切る。

 そして目線を再び少女へと向けた。

 

 「……とりあえず、お話を聞きたいので、付いて来てもらってもいいですか?」

 

 有無を言わせないユーシの表情に、少女の顔も強張る。

 

 「は、はい」

 

 



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後悔

 

 1.

 

 「……………」

 

 完全に陽が落ち、ここは菊花隊の本部。司令室では、これ以上に無いほど険しい顔で報告書を見つめるスグルの姿があった。

 今回の任務、結果としては大失敗に終わったと言っていい。タイタンズハントの尻尾は掴めず、それ以上に情報の要であるピー太を失ってしまった。

 

 「すみません!!自分がもう少し早く向かっていれば……」

 

 スグルと向かい合う様に立つユーシが、深々と頭を下げる。

 責任感の強い彼の事だ。今回の任務は彼が主導で行った事もあり、一層罪悪感を覚えていた。

 

 「……頭上げろ。後悔もいいが反省する事だ。幸い人は死んでない」

 

 「ですがピー太は……」

 

 「……過ぎた事をとやかく言うな。それに、蘇生は出来るじゃないか」

 

 「ええ……」

 

 ピー太のアバターが散った時、ピー太からアイテムがドロップした。

 亡骸の様な光を帯びたその羽のアイテム名は、「ピー太の心」と設定されていた。

 プレイヤーとは違い、ビーストは一度HPがゼロになっても蘇生のチャンスがある。

 しかし、その条件はかなり厳しいものだった。

 

 「47層、思い出の丘ですか」

 

 「ああ、それに3日以内じゃ無いと、二度とピー太は蘇生出来ない」

 

 2人とも険しい表情で言葉を続ける。ただでさえ攻略の難しい47層のダンジョンの最奥。そこに3日以内で向かわなければならない。

 それと、この条件にはもう一つ難関が立ちはだかる。

 

 「メイの様子はどうだ?」

 

 尚も深刻な表情でスグルはユーシに尋ねる。対して、またしても後悔する様にユーシは顔を歪ませた。

 

 

 「……相当参っています。ピー太がやられた事もそうですが、視覚共有したまま攻撃を受けました。恐怖は相当だった筈です。精神的にかなり来ていると……」

 

 

 視覚共有を切っていれば、まだ良かったのだろう。しかし、ピー太はメイの指示を聞かずに"独断"で少女を庇った。

 その一瞬の間に共有を切れと言われても、無理のある話だった。

 

 「思い出の丘まで行けそうか?」

 

 「…………」

 

 スグルの問い掛けにユーシは無言を返す。最後の難関、それはビーストを使役しているプレイヤーも一緒に行かないと蘇生出来ない事だった。

 しかし、今のメイにそれが可能なのか?ユーシは首を縦に振れない。

 

 「……ともかく、メイには向かってもらう他ない。……まだ3日ある。今はお前が側に居てやれ」

 

 「………分かりました」

 

 力なくユーシがそう返すと、肩を落として司令室から出て行く。

 そしてそれと入れ替わる様に、今度はユーリーが入って来た。扉を閉めると、自分の分の報告書をスグルに手渡す。

 

 「……ユーシ君、相当責任感じてるっすね」

 

 「普段殆どミスを犯さない奴だ。その分やらかした時の反動は大きい」

 

 報告書を受け取りながら、少し考え込む様な表情でスグルは言葉を返す。

 

 「ふーん。まるで先輩みたいっすね」

 

 「冗談じゃないぞ」

 

 少し冷やかしを入れて来たユーリーに対し、釘を刺すスグル。

 

 「分かってるっすよ。……でも、まさかピー太が他のプレイヤーを庇うのは、予想外だったっすね」

 

 「……どう言う意味だ?」

 

 なんだか意味深な事を言うユーリーに対し、スグルも深堀りする。

 

 

 「β版の頃からそうなんすけど、基本ビーストって使役しているプレイヤーだけを守る様にプログラムされてるんすよ」

 

 

 「……つまり、他のプレイヤーを庇う事はあり得ないと?」

 

 それに関しては、スグルも違和感を感じていた。メイがピー太に指示をした上でそうなったのならばまだ納得出来るが、報告書によればピー太はメイの指示を聞かずに真っ先に襲われていた少女を庇ったらしい。

 

 本来ならプログラミングされていない筈の行動。

 

 何かあるのだろうか?

 

 

 「バグか?」

 

 「それか、正規版に移行する時に何か修正が入ったのかも知れないっす。……言ってもこの世界でのビーストテイマーなんてかなり少ないんで、断定的な事は言えないっすけどね」

 

 「………幸い、ビーストテイマーはまだ菊花隊本部(ここ)にもう1人居る。"あの子"にもそこら辺聞いてみるか」

 

 考え込む様にスグルがそう言うと、ユーリーは嬉しそうな表情に変わった。

 

 「シリカちゃんっすね!任して下さい!アタシが聞いてみるっす!!」

 

 何故だかやる気満々の様だ。対してスグルは意外そうな表情を見せる。

 

 「なんだ?もう仲良くなったのか?」

 

 「えへへ、シリカちゃん、いい子なんすよねー。正に元気印!って感じで。妹が出来たみたいでちょっと嬉しくて……」

 

 少し照れる様な表情を見せ、恥ずかしがる様にそう言うユーリー。しかしそれなら話は早い。同じ女性同士、話もしやすいだろう。

 

 「じゃあ、シリカの方は頼んだぞ。報告書は受け取った」

 

 「了解っす!!それでは、失礼します!!」

 

 最後に一礼をすると、ユーリーは楽しそうに司令室から出て行った。

 

 

 

 2.

 

 

 トラウマというものは、その人物の精神性に左右される。

 残酷ではあるが早い話、心が強ければトラウマにならないし、心が弱ければその出来事をずっと引きずってしまう。

 

 その点ではメイという少女の心は、深いトラウマを負ってしまっていた。

 

 自分の判断の弱さが、ピー太を死なせてしまった。

 最後に見たあの光景。自分の何倍もの身長があるモンスターが、躊躇なく襲ってくるあの光景。

 

 「っ!!………」

 

 自室の端、月明かりだけが僅かに差し込む暗い室内で、メイはこれでもかと言うくらい身を縮こませる。僅かながら、その体は震えていた。

 

 後悔と、恐怖と、自分に対する情け無さ。

 

 精神性と言う点では、メイはまだ未熟過ぎる。しかしそれを自覚しているからこそ、彼女の中でトラウマはどんどん大きくなってしまっていた。

 

 

 _________コンコン、_____________

 

 

 すると、扉の方からノック音が聞こえてくる。しかしメイは返事を返さない。

 

 「………メイさん、居ますか?ユーシです」

 

 名前をを聞いて、メイの肩がピクンと跳ねた。

 

 「…………」

 

 しかし、メイは反応を示さない。

 

 「………ここには居ないのかな?」

 

 反応が無いので、ユーシはその場から立ち去ろうとする。

 

 

 ___________ギィーー………___________

 

 

 すると、扉がゆっくりと開いた。メイの姿はまだ見えない。ユーシは一つ、生唾を飲んで再び扉へと近づく。

 

 「………メイさん、入っても良いですか?」

 

 「………………はい………」

 

 ユーシの問いかけに対し、本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの声でメイはそう返した。

 一歩、ユーシは部屋の中へと歩みを進める。中はやはり暗い。ある程度見渡すと、窓のある一角、部屋の隅で俯いて座っているメイが居た。

 ユーシはゆっくりとメイの元まで歩いていく。

 

 「………お話、出来ますか?」

 

 「……………」

 

 ユーシの問いかけに対し、メイは無言で首を振った。

 

 「……分かりました。でしたら、自分はここに居ます。落ち着いたら、話をして下さい」

 

 そう言って、ユーシは更にメイに近づいて隣に座る。再び、メイの肩がピクンと跳ねた。

 

 「……嫌でした?それなら、もうちょっと離れ……」

 

 距離が近すぎたかと、再びユーシが立ちあがろうとする。

 

 「…………」

 

 しかし、メイは無言のままユーシの裾を握る。そして精一杯の意思表示なのか、俯いたまま静かに首を振った。

 ユーシもそこまで察しの悪い男では無い。なるべく刺激をしない様に、ゆっくりとメイの隣に腰を下ろした。

 

 

 

 3.

 

 菊花隊の本部には、中庭がある。

 ただ仕事をするだけではつまらないだろうという事で、憩いの場を設ける意図としてリーダーのスグルが考案したものだ。

 幸いゲームの中なので植物が勝手に成長する事もないし、いつも綺麗な花が咲き、中庭の中心には立派な噴水がいつも水を噴かせている。

 そんな噴水の淵に、ポツリと座る少女が居た。

 まだ中学生になったか、なってないであろうかの顔立ちと小さな身長。栗毛の髪を両サイドに纏め、左肩には薄い青色の龍の様な生物が居る。

 少女の名は、シリカ。

 ユーシが襲われるゴブリンから救い出した、ビーストテイマーだ。

 彼女はボーッとしながらに噴水の流れをただただ見ている。

 

 「ここに居たんすか、シリカちゃん」

 

 そんなシリカに、声を掛ける人物が1人。

 

 「あ、ユーリーさん。こんばんは」

 

 「こんばんは。なーに?思い詰めちゃった様な顔してー?」

 

 互いに挨拶をし、ユーリーは明るく振る舞ってシリカの隣に座る。

 対してシリカは対照的に表情に影を落とした。

 

 「いえ、その……今日の事、考え込んじゃって……」

 

 シリカは思い出す。確かにユーシによって助けてもらったのは感謝しているが、それ以上に他人のビーストを死なせてしまった事。それに罪悪感を感じていた。

 

 「もー、それは結果論だよ。アタシ達は1人でも多くこの世界から現実に戻すのが目的。だからシリカちゃんが助かった時点で、アタシ達の仕事は達成したんだよ?」

 

 「で、でも……」

 

 それは同じビーストテイマーだからだろうか、シリカは更に暗い表情になる。

 ユーシに連れられ、ここに来るまでに、メイと会った。彼女は他の隊員に抱えられながら、自分のビーストの名前を泣きながら連呼していた。

 ビーストは、使役するプレイヤーを守る様にプログラミングされている。

 もしあの時ピー太が助けてくれなかったら、その立場は逆のものになっていたかも知れない。

 そう思うと、シリカの中で一層罪悪感が大きくなってしまう。

 

 「あの人に、なんで言えば……」

 

 泣きそうな表情で、シリカは後悔の言葉を口にする。

 それを見て、困った様にユーリーは頭を掻いた。しかし、ここまで罪悪感を感じているという事は、この子が優しい証拠でもある。それが確認出来ただけでも充分だ。

 

 「_________えい!!」

 

 「え?、きゃ、きゃあ!!」

 

 そして、突如としてユーリーは嬉しそうに笑いながらシリカに抱きつく。

 

 「いっちょ前に責任なんか感じちゃってー!この、この!」

 

 「ちょ、やめて下さい!ユーリーさん!どこ触って……」

 

 リラックスさせる為なのか、ユーリーはシリカにくすぐりを敢行。少し表情が赤くなった。

 

 「やっ……!あんっ!……」

 

 あらぬところを弄られている気がするが、ここでは割愛させていただく。しかし今のシリカにとっては、この温かさが嬉しかった。

 そしてひとしきりシリカを堪能した後、ユーリーはシリカの両肩を掴み、真っ直ぐと彼女を見据える。

 

 「シリカちゃん、ビーストテイマーって蘇生が出来るの、知ってる?」

 

 「……え?」

 

 思ってもいなかった情報に、シリカは目を丸くする。

 

 「47層、思い出の丘。3日以内にそこに行けば、ピー太も蘇る」

 

 「ほ、本当ですか!?」

 

 ユーリーからその言葉を聞いて、今までの暗い表情から一転、ようやくシリカは明るい顔を見せる。

 

 「おー、良い顔!!やっぱり女の子は笑った方がカワイイっすねー」

 

 どこかの閃光にも言った言葉。

 それを聞いて、シリカも少し恥ずかしがる様な表情を見せた。

 そして、今度はシリカが真っ直ぐユーリーを見据える。

 

 「………今回は、わたしのせいでピー太が亡くなっちゃいました」

 

 そこまで言ってシリカが一つ、深呼吸をすると、今度は覚悟を決めた様な顔付きに変わった。

 

 

 「わたしも、ピー太の蘇生に連れて行って下さい」

 

 

 どうやらこのシリカと言う少女は、優しいだけで無く強さも持ち合わせているらしい。

 

 

 

 



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