無個性オリ主が共にヒーロー目指す! (チェリオ)
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第01話 扇動 無一

 
 


「悲惨だねぇ」

 

 一人の学生服姿の少年がぽつりと呟いた。

 癖のある短めの黒髪を掻きながら、青い瞳が目の前に広がる光景を眺める。

 場所は田等院駅前に立つビルの屋上。

 周辺は多くのビルに囲まれ、通勤や通学で人の往来が多い事から駅前には飲食店が立ち並ぶ。

 何処にでもありそうな平凡そうな鉄道橋(架道橋)

 それがあちこちシートで覆われて、急ぎ補修工事が行われていた。

 レールは曲がり、枕木は折れ、高圧電線は千切れ、側面のコンクリートが砕け散っている。

 砕けたコンクリートは下を通っている道路よりすでに撤去されているも、降り注いだ破片によって周囲に与えた傷や破損の跡が見受けられる。

 

「これがひったくり犯の足掻きってんだから、本当にこの世界(・・・・)は怖いよ」

 

 少年―――扇動 無一(センドウ ムイチ)は心底そう思いながらため息を漏らす。

 よく二次創作小説などであった前世の記憶を持った転生者ってやつだ。

 とは言っても別に神様に会った事も、チート能力を授かったなんて都合の良い事は無い。

 ただただ前世の知識と記憶を持っているだけの普通(・・)の一般人。

 

 この世界は前世に比べて異常だ。

 世界人口の約八割が何かしらの特殊能力を持ち、それを“個性”と呼んで社会に取り組まれている。

 俺が生まれるずっと前はそうではなかったらしいが、中国で“発光する赤子”が生まれたのを皮切りに世界各地で“個性”を持つ人々が生まれ、現在の“超人社会”に成るまでに至ったのだとか。

 

 これを聞いた時は恐怖を感じたね。

 同年代の少年少女は個性をまるでアクセサリーのようにひけらかしたり、自慢したり、希望を持っていたようだが、前世がある分思考回路が出来上がっていた無一はすぐさまその危険性にも気が付いた。

 個性は部類や用途によっては凶器となる。

 しかも発現するまでどんなものかもわからないびっくり箱。

 下手をすれば十代未満の子供が間違って人を殺してしまう可能性もある訳だ。

 喧嘩となればカッとなって使用することだってあるだろう。

 それ以上に手間も金も掛からない武器が身近にあれば、それを使って悪事に使おうとする者は必ず現れる。

 法も人も万能ではなく、人の個性も性格も十人十色ですべてに対応する事なんて不可能。

 

 その考えを肯定するかのように目の前の鉄道橋はひったくり犯が暴れた影響で被害を受け、夕方になっても路線の復旧が出来ていない。

 どれだけの人に影響が出て、どれだけの被害額を被ったのか。

 考えるだけでため息がまた出てきそうだ。

 

 だからこそ“ヒーロー”が必要とされる。

 個性を使用する“ヴィラン()”は年々増加し、対応しようとした政府は後手に回り、その間に一部の市民が立ち上がって個性を用いて取り締まったのが始まりだ。

 コミックに登場するようなコスチュームに、悪を挫いて正義を成す。

 解り易いヒーロー像を行く彼らは民衆に多大な支持をされ、世論に押される形で公的職業となった。

 この田等院駅で起きた事件もヒーローとしての国家資格を取得した“プロヒーロー”二人の活躍により迅速に捕縛され、事件自体は即座に解決したのだった。

 

 様々な理由でヒーローを目指す奴は多い。

 ヒーローに成りたいと憧れを持つ者に金を稼ぎたい者、世間の注目を浴びたいやらヴィランをぶっ飛ばしたいなどなど。

 俺とてヒーローを目指す者の一人で、無論ヒーローに成りたい理由もあるがその道のりは困難を極める。

 

 なにせ彼は全人口の約八割より外れた二割内の存在。

 超人社会にて特殊能力である個性を持ちえない“無個性”。

 

 ヒーローは個性を悪用するヴィランと戦うだけではないが、戦う事の方が圧倒的に多いために命を危険に晒す。

 誰もが口にするだろう。

 無理だ、諦めろ…と。

 でも無一はヒーローを目指す。

 数少ない友人を焚きつけた(・・・・・)責任と、その友人と交わした約束を果たす為に。

 そしてとあるヴィランを自らの手で摑まえる為に…。

 

 だから幼い時分から鍛え続けている身体を知識をより鍛えた。

 個性がないから有るもので勝負するしかないのだから。

 元々才能が有ったのか運動能力は高く、毎日怠ることなく研鑽を続けて目標に向かってただ進む。

 おかげで友達と遊ぶ時間も限られて、友人と呼べるのは三人(・・)しかいない。

 

 

「さて、そろそろ行くかな」

 

 ただぼんやりと眺める為だけにタクシーで万札払ってここまで遠出しに来たわけではない。

 今日は先の友人三名の内、二人と会うべくここまで来たのだから。

 両親が亡くなって離れたから何年ぶりになるか…。

 

 俺と同じく無個性ながらヒーローに強い憧れを抱き、前世の人生込みで精神年齢おっさんには眩しいほど眼差しを輝かせ、夢に希望を振り撒いて語ってくれた少年。

 羨ましいほど強い個性を持つと同時に天性の才能に恵まれ、我が強く自分本位であるもヒーローを志す少年。

 対照的な少年たちであったがそれゆえに記憶に残り、俺と良く接してくれた。

 良い意味でも悪い意味でも…。

 

 右腕に巻かれたごつい腕時計で時刻を確認し、待ち合わせに指定したレストランへと向かい始める。

 懐かしく騒がしかった当時の幼馴染を思い浮かべながら。

 

 

 

 

 

 

 偶然というものは本当に恐ろしい。

 もう小学校以来会えていない友人に会おうと言うその日、僕―――緑谷 出久(ミドリヤ イズク)はヴィランに襲われた。

 僕は無個性で個性を持っていない。

 持っていても個性で人を傷つければ罪に問われる為、出来るのは小柄ながら自分なりに鍛えた肉体を用いた肉弾戦。

 しかしながら襲って来たヴィランは身体がスライム状であり、打撃の類はまったくもって効きそうがない。

 まったくもって相性は最悪な上に、襲われたところは人目に付きにくい頭上注意の看板が入り口に置かれた小さな橋の下で、この道は人通り自体が少ない。

 最悪の状況でも必死に何か手はないかと思案しながら回避に専念する。

 けど動きながら思案しても中々妙案は浮かばず、じりじりと体力と僅かな時間だけが消費されていくばかり。

 そんな最中、マンホールから姿を現したのは“ナンバーワン”ヒーローのオールマイトだった。

 安心感を与えるニッカリと力強い笑みを浮かべ、鍛え上げられた大柄な肉体がヴィランを殴らんと構え、振るった拳の風圧だけで液体状のヴィランをぶっ飛ばして捕縛した。

 

 オールマイトは僕が一番好きなヒーローだ。

 何者も何事も圧倒する力に、どんな状況でも笑顔を絶やさず、臆する様子など一切なく人々を救う最高のヒーロー。

 まさに理想を形にしたヒーローに興奮し、僕もまたそんなヒーローになるんだと未来に想いを馳せた。

 

 彼はただのヒーローではなく、その圧倒的な実力と存在自体がヴィランへの抑止力となっている事から“平和の象徴”と呼ばれているヒーロー。

 忙しいのは理解しているつもりだ。

 それでもほんのわずかな時間だったが邪険にされる事無くにこやかに言葉を交わし、サインまでしてくれた事は最高の時間だっただろう。

 だけど僕はさらにその先を求めてしまった。

 ナンバーワンヒーローの彼だからこそ聞きたい事があった。

 こんな機会滅多にというかこの先ないだろう。

 僕は必死に跳び去ろうとするオールマイトの脚にしがみ付き、案の定オールマイトを困らせてしまった。

 悪い事をしてしまったという自覚はある。

 

 憧れのヒーローに助けられるまでは恐ろしいほどの偶然だったが、自ら手を伸ばして先を掴んだのは偶然ではなくなった。ゆえに繰り寄せてしまった結果である。

 

「まったく危ないじゃないか」

 

 周りのビルより高く飛翔したオールマイトは近場のビルに降り立ち、足にしがみ付いていた僕を安全に降ろしてくれた。

 やはり急いでいるようですぐに去ろうとするのを大声で制止すると共に問いかける。

 

「個性が無い人間でも、貴方のようなヒーローに成れますか?」

 

 問いかけて見たかった。

 世界最高峰のヒーローはなんて答えるのか…。

 

 そう問いかけると脚を止めたオールマイトは身体より煙を噴き出し、煙幕を張ったかのように視界が遮られ、晴れていく煙より姿を現したのは筋肉隆々のガタイの良い大男(オールマイト)ではなく、骨と皮だけのようにほっそりとした人物だった。

 自分で意図せずとも手繰り寄せてしまった結果は予想以上の話に脳が追い付かない。

 体格は別人でも服装に髪型はオールマイトと同じ。

 嘘だと思いながらも当人がそれを認めた。

 否、認めてしまった。

 見られたから説明する義務は無いも、事情がある為に実は知っている姿は力の限り力んで膨らましているだけで、今のがりがりの状態が本当の姿である事を語り出した。

 そのついで(・・・)にと五年前にヴィランとの戦いで負傷し、呼吸器官の半壊に胃袋全摘など度重なる手術と後遺症で憔悴してヒーロー活動を行えるのは一日三時間のみ。

 衝撃過ぎる事実にもしこれを誰かに漏らせば“平和の象徴”として存在だけで犯罪抑止になっていた現状は崩れ去る。

 絶対に漏らす訳にはいかない秘密。

 古傷を見せながらそう語るのは知られたから事情を話して黙っていてくれと頼む為ではないだろう。

 冷静になればすぐわかる。

 最強と謳われるヒーローでもこのような大けがをするという事実を見せつける為。

 すると続く言葉には見当がつく。

 

 僕の問いに少し悩み、鋭い眼光が向けられた。 

 

「プロはいつだって命がけだよ。“個性”がなくとも成り立つとはとてもじゃないが口に出来ないね」

 

 あぁ、やっぱり貴方でもそう言うんですね。

 ショックが無かったと言えば嘘になる。

 けどそんな解かり切った事だったからこそ僕は受け入れられた。

 

 

 

 幼い時分からヒーローに憧れた。

 強くて、格好良くて、誰かを救えるヒーロー。

 毎日毎日ヒーロー動画を見漁って、自分がヒーローになる未来を思い描いた。

 中々発現しない個性に希望と夢を抱きながら日々を楽しみに過ごし、そして僕は夢見てきた瞬間が訪れる事無く、絶望の淵へと叩き落された。

 

 ―――無個性。

 “個性”を持っている者は約八割。

 残りの約二割は何の“個性”も持っていない人。

 僕はその二割だったらしい。

 

 『諦めた方が良いね』

 

 皆が“個性”を発現させているのに未だ兆候すら見せない僕を心配してお母さんが連れて行ってくれた病院でお医者さんにそう言われた。

 ピシリとナニカが罅割れた…。

 

『ごめんね出久…ごめんね…』

 

 オールマイトの様なヒーローになれるかなとお母さんに聞いたら、聞きたい言葉(きっと、なれるわよ)ではなく泣きながら何度も何度も謝られた。

 パラリパラリとナニカが崩れた…。

 

『“無個性”のくせにヒーロー気取りかデク(・・)!!』

 

 幼馴染でよく遊んでいた友達に笑顔でそう言われた。

 バキリとナニカが砕け散った…。

 

 僕はナニを勘違いしていたのかな。

 虚無感と悲壮感に包まれた僕は何をするでもなし、ブランコにただただ腰かけていた。

 

「どうしたイズク?」

 

 そんな僕に声を掛けてくれたのはむーくん(扇動 無一)だった。

 むーくんは幼馴染の中でも変わった子だ。

 同い年なのに非常に落ち着いており、頭が凄く良くて、口は悪いけどその言葉一つ一つに芯があり、何処か惹かれる魅力を持っていて誰からも頼られる存在。

 彼とは何度もオールマイト談義に誘って、ひたすらに話を聞いてもらった事もある。

 嫌な顔一つせずに僕がヒーローに成りたい思いを聞いてくれる彼ならと口を開いた…。

 

「ぼく……ひぃろぉに…なれるかなぁ」

 

 期待した。

 彼なら言ってくれると勝手に信じた。

 ―――『無個性でもヒーローになれる』と。

 それだけで良かった。

 例えなれないとしてもそう言ってほしかった。

 慰めて欲しかった。

 励まして欲しかった。

 何でも良いんだ。

 僕は失ってしまいそうなナニカに縋れる一言を欲した。

 

「知らんがな」

 

 予想だにしなかった言葉…。

 いや、解かり切っていた言葉に僕は項垂れた。

 そうだよね、やっぱり…と無理にでも納得させようとした僕の頬は左右より抓られ、無理やりに顔を上げさせられた。

 

「詳細を言わずにいきなり聞いて、一人で唐突に終わらせんな。話してみ?まずはそれからだろ」

 

 医者の先生はただ淡々と…。

 母さんは申し訳なさそうに…。

 友達は嘲笑うように…。

 けどむーくんは優しい瞳でしっかりと僕を見てくれた。

 とめどなく感情が涙となって溢れ出し、泣き喚くように喋った。

 途中途中相槌を打ちながら聞き終わると何度か頷きニンマリと笑う。

 

「ある人が言いました―――望みの大きさに合わせて身の丈を決めてやる――と。

 確かに無個性ではイズクが憧れている超絶パワーで人々を救うオールマイトみたいには成れないだろう。だけど、イズクはオールマイトに成りたいわけじゃあるまい?ヒーローに…誰かを救う英雄(ヒーロー)に成りてぇんだろ」

「…英雄(・・)?」

「プロヒーローという()は危険と背中合わせだ。個性ってのはそれを補うツールであり、手軽に使用できる武器であるが、それは絶対ではない」

 

 正直難しい話だと当時の僕は思う。

 けれどむーくんが語り掛けると何故かすとんと耳に入って来る。

 いつの間にか涙は止んで、僕は頷きながら聴き入ってしまっていた。

 

「個性がないなら他でカバーしろ!イズクには両親から授かった立派な身体があるじゃねぇか!覚悟を決めろ!自身を奮い立たせろ!本気で英雄(ヒーロー)を目指すんなら無個性でもヒーローに成れるか?ではなく、無個性でもヒーローに成ってやるとその両足で立って見せろ!!」

 

 心が震えた。

 諦めろと正しくも辛く悲しい現実を突き付ける訳でもなく、傷ついた傷心の心を癒やす慰めの言葉でもない。

 現実を理解した上で僕を奮い立たせようとする言葉と彼の強い想い。

 崩れかかった想いに焔が灯った…。

 先ほどまで冷めきっていた身体に力が、想いが、希望が、熱が籠る。

 そんな僕と対照的にむーくんは一息ついて頬を掻きながら、困ったように眉をハの字に曲げた。

 

「…とまぁ、偉そうなことをべらべら喋ったが決めるのはイズクだ。今までの夢を諦めて新しい目標に進むも良し。今までの夢を死に物狂いで掴もうとするのも良しだ。人としてはどちらを選んでも間違いじゃない。ただ後者を選ぶのであれば厳しい道のりだな」

 

 最後に悪戯っぽく笑む。

 籠った熱に僕は立ち上がり、一歩前へと踏み出した。

 

「じゃあ、ぼくもひーろーに…」

「今さ“じゃあ”つったか?」

「い、いってないよ」

「だったらなんて言ったんだ?」

 

 大きく息を吸い込む。

 今の僕の想いを告げるんだ。

 

 

 

「僕はヒーローに成ります。無個性でも貴方のように誰かを救えるヒーローに!」

 

 しっかりと自信を持ってオールマイトの目を見て告げた。

 “とてもじゃないが”と言った。

 それは絶対に無理と断言する言葉ではない。

 限りなく無理に近いが出来ない事はない。

 僕はそう捉えた。

 

 これは大きな壁なんだ。

 ナンバーワンヒーローが言うんだからそれは非常に高い壁なんだろう。

 ヒーローを目指すのならばそれさえも越えなければならない。

 

 …というかここで弱音を吐いたらむーくんに蹴り入れられそうだし…。

 もっと頑張らなくちゃと意気込み、オールマイトに頭を下げてむーちゃんとの待ち合わせ場所に向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 グラントリノという老齢のヒーローが居る。

 国家資格を持つプロヒーローであるもその認知度は非常に低い。

 ヒーロー活動を行う者の中にはメディアへの露出を嫌う者も居るが、グラントリノはそういうのではなくヒーロー活動事態にあまり興味がないのだ。

 ―――と、いうのもある人物の頼みで雄英高校学生時代のオールマイトを鍛えるのに、個性使用許可が必要だったから取っただけという理由があり、同時に鍛えるにあたって雄英教師として勤める必要もあって教師としての資格も持っている。

 現役時代と呼ばれる若い頃は逞しい肉体と自身が吸い込んだ空気を圧縮して足の裏の噴出口から噴き出す【ジェット】という個性を用い、屋内外問わずに縦横無尽の目にも止まらぬ速さで飛び回り、速度と肉体を生かした格闘能力はかなりの戦闘能力を発揮した。

 それも今や昔…。

 年老いたグラントリノの逞しい体躯は小柄となり、本気で個性を使用すれば腰を痛める等身体にガタがき始めている。

 ただ衰えていてもその速さと攻撃力は現役のプロヒーローにも劣らない。

 さすがは学生時代とは言えオールマイトにトラウマを植え付けたヒーローとでもいうべきか。

 

 そんなグラントリノは電車とタクシーを乗り継いで、大きな屋敷の客間にて腰を下ろしていた。

 家の持ち主は扇動 流拳(センドウ リュウケン)という扇動家の現当主。

 彼もまた老齢のプロヒーローであるもその身体つきはグラントリノと比べて対照的に逞しいままだ。

 身長は二メートルを超えた身体は上着の上からでも筋肉隆々な事が伺えるほど逞しく、ヒーロー活動の最中にヴィランより受けた古傷が左瞼から顎まで残り、鋭い眼光は居るだけで周りに圧を加える威圧感を放つ。

 ヒーローというよりヴィランと見間違う見た目で子供に会えば泣かれ、大の大人と通り過ぎればあからさまに怖がられ、警察官と顔を合わせれば職質をかけられる始末。

 

 何の因果かお互いに現役時代にオールマイトを通して出会った二人は、今でも交流を続けるような仲になっていた…。

 

「で、何の用だ?儂をここまで呼び出しておいて」

「いや、少し相談したい事があって…な」

 

 無意識に放っている圧がふわっと揺れ、頬を掻きながら目の前の大柄の老人は悩んでいるようだ。

 二人が挟んでいるテーブルに胴着姿の青年がお茶と山のように積まれた饅頭とたい焼きを乗せた皿を置いていく。

 流拳はプロヒーローでありながら道場を運営しており、そこの代表兼師範代として約五百を超える弟子を持つ。

 その弟子の一人がお茶とお茶菓子を置いて客間を退室すると一枚の写真を取り出した。

 

「孫の件なんだけどな」

「…儂は帰る」

「まぁ、待てって」

 

 悪人面が孫が映る写真を手にした瞬間にふにゃりとだらしない笑みを浮かべる。

 こいつは真面目で寡黙なのだと周知されているも、実際の大半はそうであるも孫の事になると普段とはかけ離れただらしなさが目立つようになり、彼の孫自慢に付き合うと日が傾くどころかまた上がって来るぐらい熱弁するのだ。

 またかと友の悪癖にため息を漏らして立ち上がると必死そうに止めに来る

 

「真面目な話なんだろうな?」

「無論だ。実は孫の…無一の将来の事でな…」

「あのクソガキか…」

 

 名前を聞いて再びため息を吐き出す。

 扇動 無一とは何度か訪れた中で知り合い、流拳に直に自慢されたりで何度も顔を合わせている。

 子供らしからぬ子供。

 大人のような子供。

 大人しいと言えば聞こえがいいが、幼いながらに完成された人格と性格を持つ異端児。

 その上で性格は捻くれていると来れば生意気というものだ。

 流拳にとっては自身を恐れる事無く接してくれる唯一の子供という事もあって一番可愛がっている。

 

 ただ環境を考えれば別に可笑しくはないのかも知れない。

 元々扇動家というのは数多くのヒーローを輩出しているヒーロー一族であり、無一の両親もある程度名の知れたプロヒーローであった。

 周りは無個性の無一を“期待外れ”やら“落伍者”と嘆いて陰口を叩いていたが、彼の両親は腫れ物に触れるような接し方はせずに、純粋な愛情を注いでヒーローとしての有り方を熱心に説いた。

 本当に仲の良い家族だったと流拳から聞いている。

 それがある日崩れ落ちた…。

 プロとしてヒーロー活動していると身の危険は当然ながら訪れる。

 活動中ヴィランと遭遇し、幼い無一を残して彼らはこの世を去った。

 

 元々正義感の強い子だったと聞く。

 その事もあって彼は辛い訓練に励み続けた。

 おかげで今では毎年表彰されるほどの肉体能力を得て、流拳の数多くの弟子達と渡り合えるほどの実力者となった。

 

「儂の天使になんてことを!?」

「天使って柄か?…何でもいい。無一がどうかしたのか?」

「それがの…ヒーローになりたいと言うんじゃ」

「ヒーローにか」

 

 それは確かに悩むところだろうな。

 孫を可愛がる流拳とすれば孫の願いを叶えてやりたいも、危険な目に合うかもとなれば話は別か。

 個性が無いだけでその他はヒーロー向きだと思いはする。

 運動能力が非常に高い事もさることながら学業の成績も優秀で、それだけでは飽き足らないのか悪知恵も良く働く。

 捻くれているも人を思いやる心を持ち合わせており、幼くして我が身を犠牲にして他者を救うという“自己犠牲”の精神を持ち合わせている。

 さらに努力家で戦闘技術と肉体能力の向上を図り、救助や応急手当などの学習を自ら学んだりと勤勉。

 その学習の成果か中学時代には人命救助をし、多くのニュースで取り上げられた事もあって表彰もされた。

 

 本当に惜しい存在だ。

 個性抜きでヒーローになれるとグラントリノは口が裂けても言えない。

 もう少し性格が捻くれて無ければオールマイトに紹介しても良かったんだがな…。

 

 ここで否定するのも肯定するのも簡単だが、それのどちらが正解なのかと問われれば答えは永久に出ないだろう。

 未来ある若者の人生を左右するというのは非常に重い。

 だからこういう場合は任すに限る。

 ある意味冷たく逃げに近いかも知れないが、無一の人生なのだからそれは無一本人が決めるもの。

 

「奴の思うがままにさせてやれば良いだろう」

「しかしだなぁ…」

「アイツは考え無しに動く人間ではないだろう。何か聞かれたりしたら答えてやるぐらいでちょうどいいんだ」

「でもなぁ…」

「それにお前さんの孫だろ?問題ないだろうさ」

「だよな!儂の孫だもんな」

 

 最後のは後押しのつもりだったのだが、失言であったと気付いた時には時すでに遅し。

 大興奮の爺さんによる孫自慢トークが炸裂し、半ば諦めつつ冷めないうちにたい焼きを口にするのであった…。




 望みの大きさに合わせて身の丈を決めてやる
 【ストレンヂア 無皇刃譚】虎杖 将監より

 


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第02話 ヘドロ事件

 年々増加の一途を辿る個性を使用するヴィランによる犯罪。

 各国のヴィラン犯罪発生率は軒並み20%を超えている中、日本だけは6%を下回る稀有な国だ。

 対抗する警察機構にプロヒーローの頑張りもあるが、一番の要因は世界屈指のヒーローで“平和の象徴”と謳われる“オールマイト”の存在だろう。

 オールマイトは圧倒的な個性と実力を持ち、正義感がとても強く、我が身を犠牲にしても誰かを助ける理想のヒーローとして絶大な人気を誇っている。

 いつも力強い笑顔を浮かべて危機的な状況でも安心感を振り撒き、ヴィランは不利を悟って圧倒される…。

 彼の存在そのものがヴィランに対する抑止力となって、治安を大きく支えているのだ。

 

 ただそれは良い事ばかりでもない。

 オールマイトはヴィラン犯罪に自然災害でも力を発揮し、多くの命を救って来た。

 倒されたヴィランなどどれほどいるか分からない。

 彼のおかげで犯罪発生率が下がったのは事実で、下がったゆえに平和に慣れて危機感が薄れる者が多くなってしまったのも事実…。

 我が身に降りかかる可能性が低いヴィラン事件は対岸の火事と同様に捉えられ、ヒーロー見たさも相まって事件が起きると自然と人だかりが生まれる。

 携帯電話片手に見世物でも見ているような気軽さで、声援やら野次やら飛ばして…。

 自分が立っているところを安全地帯とでも思っているのだろうか。

 つい数十分前まで友人との再会に胸を躍らせていた扇動 無一は深く大きなため息を漏らした。

 

 友人との待ち合わせ場所に向かっていた道中、ヴィラン事件に遭遇したのだ。

 発生率6%未満という割には駅での引っ手繰り事件も合わせれば、この辺だけで一日に二件は多すぎる。

 しかも今回は被害が大きい。

 

 遠目ながら流体系のヴィランが暴れているのだが、周囲は火の手に包まれつつある。

 どうもヴィランは少年を取り込もうとしているらしいのだが、少年も抵抗して個性を振るってこうなっているらしい。

 

 ―――心底腹が立つ…。

 

 ヴィランは当然だがそれ以上に友人一人(・・・・)救えにいけない自分自身が本当に腹が立って仕方はない。

 薄い金髪の刺々しい髪に赤い瞳、撒き散らされる“爆破”という強個性。

 間違える筈がない。

 アレは今日会う筈だった友人の一人、爆豪 勝己(バクゴウ カツキ)だ。

 ギリリと噛み締め、唇より血が垂れる。

 

 周囲にはヒーローが集まっているが事件は終結する兆しすら見えない。

 身長二メートル越えの筋肉隆々のパワー系ヒーロー“デステゴロ”では流体系ヴィランの対処は不可能。

 巨人のように“巨大化”する個性を持った“Mt.レディ”は大きさから圧倒的な力を振るうも、大きさの調整の出来ない彼女ではこの道幅では身動きはとれない。

 消防士のコスチュームを身にまとうヒーロー“バックドラフト”は消火活動で手一杯。

 個性“樹木”により身体の一部を伸縮自在に操った捕縛術に長けた若手実力派ヒーロー“シンリンカムイ”は、その個性ゆえに体まで樹木なために火との相性が非常に悪すぎて近づき辛い。

 

 誰もが個性の相性が悪すぎて、対処できるヒーローが居ない。

 だけど対応できない訳でもないのだ。

 

 ヒーローもヴィランも自分の個性を最大限活かせるように装備や戦い方を考え抜く。

 だからこそ考え方が凝り固まって他の手段が見えなくなる。

 人ごみを掻き分けて集まっているヒーローの中で面識があり、話を聞いてくれそうなデステゴロの近くへ向かう。

 爺ちゃんがある意味有名なヒーローで、集まりがあるごとに俺を誘うのでプロヒーローの知り合いが自然と多くなった。と、言っても良い関係ばかりと言えないのが悲しい所であるが…。

 

「デステゴロ!」

「――あ?なんでお前がここに?」

「少しで良い。話を聞いてもらえないか?」

 

 誰だ?と疑問符を浮かべながら振り返って俺を認識したデステゴロは、言葉を続けると途端に険しい顔をする。

 それは子供がこんな時に話を聞いてくれと言った事に対してなのか、それとも俺を目にしたからなのか…。

 悲しいかな後者だよな…。

 

 物理攻撃を得意とする者は流体系の相手とは相性が悪い。

 流体というのは決まった形がなく、形なきものは掴めないし、殴っても斬りつけても意味がない。

 逆に言えば固形化させる事さえ出来れば打撃はある程度通じるようには出来る。

 水のように粘度がほとんどない液体には片栗粉でとろみをつけて、小麦粉でもぶっかけてやればいい。

 今回の相手は表面の様子に漂う汚臭から粘度のあるヘドロである事から、粉を振り掛けるだけで幾らか打撃に意味を持たせれる。けれど周りに火の粉がある以上は粉塵爆発の可能性があるので手頃に手に入る小麦粉系は撒けない。

 そこで使えるのが消火器だ。

 消火器ってのは取り扱い易さから大概が(その限りではない)粉末消火剤が使われている。

 火への対処は勿論有効な事からこの場で最適なアイテムだろう。

 他にも暴れているヴィランを観察して目や口がある事から怯ませるのに有効であろう催涙スプレーに、流体である事から水分を吸収し保持する高吸水性高分子が使われている紙おむつや生理用品などを買い込んでおいた。

 

 これらを使い固形化させればパワータイプのデステゴロが掴むか殴るかで人質にされている爆豪を助け、火元である爆豪が離れる事でシンリンカムイの個性で捕縛する事が出来る。

 俺の事を良く知っているデステゴロは可能性があるのならと話を聞き、その様子に他のヒーローも集まって来た。

 その中でシンリンカムイは首を横に振った。

 

「無理だ。一時的に固形化させたとしても流体ゆえに捕縛しても抜け出す可能性が高い」

「誰も縛れとは言ってない。伸縮自在の樹木の個性を使って包み込めばいいんだ」

「それでも隙間から抜けるとも限らない」

「アンタの技ってウルシ(・・・)鎖牢だろ?漆ってのは酸化する事で耐久、耐水、断熱、防腐などの効果があるだけでなく、接着剤としても使われていた」

 

 言っている意味を理解してシンリンカムイは黙り込んだ。

 なにせウルシ(植物)ではなく(樹液)を使えという事は血を流せと暗に示しているのだ。

 そりゃあ躊躇いもするだろう。

 

「今とても危険な事を頼んでいるというのは重々承知している。でも、どうか俺の友達を助けてほしい。…お願いします」

 

 姿勢を正して誠心誠意頭を伏して頼み込む。

 シンリンカムイはその様子に少し悩み、意見を求めようとデステゴロへと視線を向ける。

 初見のシンリンカムイと違い、俺をある程度知っているデステゴロは悩みながらため息を漏らす。

 

「想う所はあるが俺達はヒーローだ。助けれる手があるなら救うさ」

 

 そう言ってすぐさま行動に移すべくシンリンカムイと話を進める。

 上手く運んだと思っていると背後から視線を感じた。

 

「相変わらずね。アンタ…」

「猫かぶりに言われたかねぇよ」

 

 視線を向けていたのは巨大化を解いて、半笑いを浮かべたMt.レディであった。

 彼女とはヒーローも参加していたパーティ会場で顔を合わせた。

 ヒーローは人気のある職業という事でパーティによっては招待される者も多く、中には有力な若手を各方面に引き合わせる伝手作りの場としても扱われ、脚光を浴びたがっている彼女は猫を被って参加していた。

 こちらは孫自慢したい爺ちゃんに連れて行かれたとはいえ、プロヒーローに直に会える機会なので少しでも情報収集をする共に、爺ちゃんの顔に泥を塗らないようにそれなりの対応をしなければならない。

 互いに素を隠して接していた二人は直感的に被っている(・・・・・)のを理解してしまったという訳だ。

 それからちょくちょく顔を合わせる度に俺に声をかけて来るようになった。

 俺自体に用があると言うよりは俺が爺ちゃん伝いに参加するパーティやイベントへ招待されるように手を回してくれないかという事。

 手を回すと言っても俺に対して甘々な爺ちゃんに頼むだけで、苦労するのは爺ちゃんなのだが…。

 こっちはこっちでパーティなどで会えないヒーローに直に会えるように手を打って貰ったりして、対価を得ているから良いのだが中坊に頼み込むヒーローってどうなんだ?

 

「考える事狡いわよね」

「仕方ないだろ?無いもの(個性)は無いで有るもので勝負しなきゃいけないんだから」

「けどあんな演技で騙して行かせるなんて」

「救えるんだったら頭ぐらい何度でも下げるさ。あと演技でもねぇし」

 

 出来るなら自分で助けたいがヒーローとして資格がある訳でもない自分が駆け出しても現場を混乱させるだけだ。

 だから彼らに託すしかない。

 自身が情けなくて仕方がなくて腹が立ち、拳を握り締めては爪が酷く食い込む。

 そんな様子を眺めてクスリと笑う。

 

「口は悪くても素直に表現しちゃって―――早くアンタもヒーローになりなさい」

 

 優しく囁くように告げられた言葉に心情を見抜かれたようで恥ずかしい。

 彼女は先輩であるシンリンカムイの見せ場を奪うなど自己顕示欲が強く、明るい性格と異なり先輩や同僚に敬語を使うも舐めた口調だったり、極光を浴びるとドヤ顔を披露したり性格的に想う所があるも、話しているとヒーローとしての矜持をしっかりと持った強かな女性だと言う事が判り、かなりの好感を持てるヒーローだ。

 なにより気軽に裏で話せ易いというのが良い。

 だからか先の言葉に乱された感情も、予感からすぐに冷却された。

 

「そうしたら私がこき使ってあげるわ」

「…爺ちゃん呼ぼうか?」

「今の嘘。マジで勘弁してくれない」

 

 ちなみになのだが俺とMt.レディはお互いを利用し合って利害が一致しているが、爺ちゃんからしたら孫を利用している奴と認定しているので口にしないだけでかなり嫌っているのだ。

 彼らに託すしかなく、見守るしかない俺は気遣ってくれているのだろう(多分…)Mt.レディと言葉を交わしている中、人影が飛び出して行ったのに気付いて目を見開く。

 嘘だろと二重の意味(・・・・・)で驚きながら、準備を終えてないデステゴロとシンリンカムイへと駆けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら駆け出していた。

 友人との待ち合わせ場所に向かっていた緑谷 出久はヴィランに襲われ、憧れのオールマイトに助けられるというハプニングに見舞われ、待ち合わせ時刻に遅れそうになって急いでいた。

 そんな最中に人だかりを目撃し、それがヴィラン事件だと遠目ながら理解すると次第に足が止まり、中心にて友達の爆豪 勝己が襲われていたのを目撃して止めた脚は無意識に駆け出してしまう。

 ヴィランは先ほど手も足も出せなかった流体系で、自分が言ったところで何ができると言うのだろうか。

 こちらには有効的な救出方法や攻撃方法は存在しない。

 ついさっきオールマイトに助けられる前に襲われた事から解かり切っている。

 周辺には手が出せないで包囲しているヒーロー達が居る事から活動の妨害に当てはまるだろう。

 他にも色々と後悔が頭に過るが、それと同じぐらい助けに向かう為の理屈も思い浮かぶ。

 何より流体系のヴィランに取りつかれて困っている人を―――あんな苦しく藻掻き、助けを求めるかっちゃん(友人)の顔をひと目見てしまえば、助けなくちゃと身体が想ってしまったのだから。

 

 ヴィランに近付けば近づくほど火災や火の粉による熱風が肌を撫で、汚水を連想させる汚臭が鼻につく。

 そんな事など気にも止めずに辿り着き、助けようと一心不乱に流体を掻き分ける。

 払っても払ってもほんの一部が飛び散るだけで、全くと言っていいほど爆豪を覆う流体を退けることは出来なかった。

 それでも諦める事無く必死に手を動かし続ける。

 

「どぉしてお前がぁ!?」

 

 様子を見ていた爆豪は悶えながらも緑谷に言い放つ。

 いつもの強気で傲慢な怒声ではなく、弱々しく涙声の混じった聞いた事の無いかっちゃんの声が耳だけでなく心に響く。

 かっちゃんは凄い奴なんだ。

 自分本位で周りに荒い言動を振るうけど、強い個性に昔から何でもすぐ熟す才能を持ち、自分に無いものを全部持っているからこそ憧れた。

 そんな彼が表情を歪めるほど苦しみ耐えている。

 手は一切止めずに彼へと顔を上げて答える。

 

 

「君が…助けを求める顔をしてた!」

 

 

 多分今僕は震えているだろう。

 けれど間違いなく笑っていた。

 オールマイトのように安心感を与えれるように、自身の心を恐怖や不安に負けないように奮い立たせようと…。

 

「あと少しなんだから……邪魔するなぁああ!!」

 

 無情にもヴィランは何としても助けようとする緑谷を目障りに思い、思いっきり振り上げた手を振るった。

 迫る大きな手より身を護ろうと咄嗟に両腕を盾にするように構えるが、振るわれた手が緑谷を襲う事は無かった。

 

「目が!目がぁアアアアアア!!」

「自殺志望者かよ!」

 

 声に反応して振り返るとそこにはデステゴロが立っており、手には拳銃のようなもの(拳銃型の催涙スプレー)が握られていた。 

 ヴィランは目にダメージを受けたのか手で両目を抑え、今度は自身が悶え苦しんでいる。

 デステゴロが引き金を引くと銃口より液体が噴出され、掛かったヴィランはより大きな悲鳴を上げた。

 掛けていたのが催涙スプレーかと気付くよりも先に咄嗟にヴィランの腕に手を差し込んだ。

 取り込む寸前という事で頭はまだであったが、すでに体のほとんどは取り込まれており、差し込んだヴィランの腕の中にはかっちゃんの腕も入っている。

 がっしりと掴んで引っ張ろうとすると催涙スプレーで怯んだのもあって取り込もうとする力が緩んでいた。

 

「離すなよ!」

「―――ッ、はい!」

 

 掴んだ手ごとデステゴロに握られ、パワータイプの本領発揮と言わんばかりに強引に爆豪共々引っ張られる。

 流体の中から引き摺り出されたかっちゃんにホッと安堵する。

 

「―――まったくらしいなイズクは(・・・・)

 

 誰かの声が聞こえた。

 それは何処か懐かしい雰囲気を纏い、僕もかっちゃんもそちらへと視線を向ける。

 昔に比べて随分と成長しているも、面影を残している扇動 無一が消火器を手に嬉しそうに笑っていた。

 

「扇動!?」

「むーくん!?」

「目を閉じてろ!!」

「最近のガキ共は無茶しやがる!!」

 

 デステゴロは自身の身を盾にするように爆豪と緑谷を抱き込み、無一は躊躇いなく消火器を噴出させた。

 短時間であるも吐き出された消火剤が煙となって広がり、直撃を受けたヴィランは一瞬で白く染まる。

 

「クソ!クソ!目が…何だってんだよチクショー!!」

「先制必縛――――ウルシ鎖牢!」

 

 晴れる煙の中より真っ白に染まったヴィランは、目が見えないのかじたばたを暴れながら悪態をつくも、頭上より迫ったシンリンカムイの個性による必殺“技先制必縛ウルシ鎖牢”により閉じ込められる。

 最初こそ大きめな囲みであったが、相手を圧縮するかのように縛り込む。

 

「助かったぁ…」

 

 かっちゃんは助かり、ヴィランはシンリンカムイによって捕縛された以上は事件解決だろう。

 一気に気が抜けた緑谷はその場にへたり込み、安堵の息を漏らす。

 

「無茶をするなお前って奴は」

「…むーくん」

 

 見上げれば消火剤によって若干制服が白み、それを軽くはたきながら苦笑する扇動 無一がそこに居た。

 懐かしくも現状による高揚感などのふつふつと湧き上がる感情に頬が緩み、僅かながら瞳に涙を溜める。

 

「むー――」

(きた)ねぇ、寄るな」

「酷い!?」

「ったりめぇだろうが。あんな汚水に手を突っ込んだんだ。どんな菌が付いてるか分かんねぇだろうが」

 

 久しぶりの再会を喜び近づこうとすると、まさかの強い拒絶にショックを受ける。

 けど昔っから変わらない様子に笑ってしまう。

 口の悪さとその理由に納得しつつ、変わらなさに対して乾いた笑みを浮かべていた緑谷の前で扇動は片膝をつく。

 

「腕を出せ」

「用意周到なんだね」

「俺はお前と違ってすぐに駆け出せなかったからな…」

 

 出した腕に背負っていたバックより取り出した消毒液を撒かれ、何処か後ろめたさを感じる言葉に対して戸惑う。

 寧ろ褒められた行為は取っていない。

 その言葉を否定しようと口を開くよりも先に、ボトルのキャップを閉めた扇動の方が先に動いた。

 

「イズクはとりあえずこれで良いだろう。さて…と」

「痛い!?」

 

 思いっきり喰らわされたデコピンにより痛みが額に走る。

 何故と問うより顔を見れば理由は明らかだった。

 ジト目で静かにながら怒っているのが雰囲気的に理解出来る。

 

「いきなり飛び出しやがって!もう少しで作戦も台無しになるところだったぞ。助けに行こうとするその想いには理解も称賛もするが、あれでは爆豪を救えないどころかお前も危険な目に遭うだけだっただろうが!!」

「い、いや、でも…そのぉ…」

 

 慌てて弁明しようとしても良い言葉は出てこず、漏れ出したのは言葉にならないものばかり。

 最終的に言い返す事も出来ずに項垂れる。

 そんな緑谷をしょうがないと言わんばかりに微笑みを浮かべ、扇動は力強くも優しく頭を撫でた。

 

「けどまぁ…そんなところがイズクの良い所でもあるんだけどな」

 

 クシャリと満面の笑みを向けられ、少し照れてしまう。

 最後にポンと軽く頭を叩かれ、扇動は立ち上がりながら言葉を続ける。  

 

「ある消防官は言った“一番大事な物は自分の命だ。命が無くなればこれから救う命も救えなくなる”とな。イズクの性格上自分を最優先にとは言わないが、少しは自身の身も大事にしろよ」

「ぜ、善処します…」

「宜しい。とまぁ後はプロヒーローより説教があるだろうから、俺のお小言はここまでにしとくよ。それと今日はもう会えそうにないからまた電話するわ」

 

 それだけ言い残すと扇動は他のプロヒーロー達の方へと歩いて行ってしまった。

 先には爆豪がプロヒーロー達に囲まれており、強力な個性と耐え続けていたタフネスさから褒められ、色んな所から勧誘を受けているところだった。

 

「褒めてないでそっちのヘドロ塗れも除菌する!それと誰か清潔なタオルと着替えの用意!救急車の手配も!助かったからって油断してっと痛い目見るぞ!それとでしゃばった俺への注意及び説教も!」

「アンタ…普通自分で要求する事?」

 

 怒鳴るように注意とも指示とも取れる発言をした扇動は、呆れた様子のMt.レディによって本人が言ったように連れていかれて説教を受けるのであった。

 その様子に苦笑しながら怒りながら近づいてくるデステゴロに姿勢を正す。

 

 

 

 暴れていたヴィランはヒーロー達の活躍によって捕縛され、飛び込んだ少年二人が怒られている光景に事件は終わったんだと、集まっていた観衆は散り散りに去って行く。

 しかし一人の男性だけはその場を離れようとはしなかった。

 酷く収まりの悪い後悔に苛まれつつ、湧き上がる高揚感と共に一人の少年を見つめながら…。




 一番大事な物は自分の命だ。命が無くなればこれから救う命も救えなくなる
 【炎炎ノ消防隊】蒼一郎アーグより


 ●扇動 無一の知り合いのヒーロー達
 グラントリノ
 デステゴロ
 Mt.レディ
 インゲニウム
 ガンヘッド
 セルキー
 などなど…。


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第03話 雄英を目指す三人

 先週投稿する予定でしたが遅れに遅れて申し訳ありません。
 花粉症に悩まされながら、投稿前に気に入らず書き直したら時間が掛かってしまいました…。


 朝日が昇るも外には人影がまだ少ない朝六時。

 夜間で冷え澄んだ空気がほんのりと陽光に当てられ温かさを含むも、やはり体温との差から吸い込めばひんやりと冷たい。

 弱り切った身体に沁みると思いながらも八木 俊典(ヤギ トシノリ)は、朝早くからゴミが溢れる沿岸部を眺める。

 瞳には汚れ切ってしまった沿岸に先に広がる海原も映るが、視線は一人の少年だけを捉えていた。

 

 緑谷 出久…。

 十日前に起きたヴィラン事件にて、友人を助けようと真っただ中に跳び出して行った少年。

 彼は今この“海浜公園(カイヒンコウエン)”にてゴミ掃除に勤しんでいる。

 元々海浜公園沿岸部の一部区域では海流の流れから漂流物が流れ着き、不法投棄も相まって地元の人間でさえ寄り付かない場所となっており、彼は身体を鍛え上げる訓練とヒーロー本来の役割である奉仕活動を兼ねて掃除を行っているのだ。

 ゴミと言ってもビニール袋やタイヤなどの持てる物から冷蔵庫や鉄骨など重く大きい物まで様々。

 たった一人で運ぶだけでも一苦労だろう。

 けれど弱音を吐く事無く、歯を食いしばり、溢れ出る汗を流しながら少しずつでも海浜公園入口へと移動させていく。

 さすがにゴミ処理場まで運ぶのは私が軽トラを運転していくことになっている。

 彼はこの後学校に行かなければならないしね。

 時間的にはまだ余裕があるも言わなければいつまでも続けそうな一生懸命な様子に微笑む。

 

「まだ行けそうかい?」

「大丈夫です。多少鍛えてましたから。さすがにオールマイト(・・・・・・)ほどではないですけど」

 

 オールマイトと呼ばれた八木は口元に人差し指を当てて注意する。

 

「こらこら、その呼び方は…」

「す、すみません!」

 

 絶大な人気と圧倒的過ぎる力を誇るナンバーワンヒーロー“オールマイト”。

 存在自体がヴィラン犯罪抑止に繋がるという規格外の存在ゆえに“平和の象徴”と謳われる。

 筋肉隆々で笑顔を絶やさないオールマイトと、時折吐血する細身で骨ばった八木 俊典は見た目も様子も大きく異なる。が、緑谷が呼ぶように八木こそがオールマイトの正体であるのは違いない。

 そもそもの姿が今のやせ細った姿(トゥルーフォーム)であり、誰もが知っている筋肉隆々の姿(マッスルフォーム)は力んで全身を強張らせて膨らませて維持しているに過ぎない。

 この事は極一部関係者以外には知られておらず、緑谷もその極一部に含まれた。

 …否、彼は極一部の中でより少ないオールマイトの“個性”を知る人である。

 

 オールマイトの個性は前代未聞な特殊なモノである。

 ある理由(・・・・)で“力を蓄積する個性”と“個性を譲渡する個性”という二つの個性が融合した“ワン・フォー・オール”。

 その特性ゆえに人から人へと聖火の如く受け継がれてきた。

 八木もまた先代継承者より受け継ぎ、平和の象徴と謳われる目覚ましい活躍を見せている。

 無論個性の力あってだが、そこに至ったのは彼の強すぎる正義感と自己犠牲の精神あってゆえの事。

 どんなヴィランにも臆せず、どんな危険にも我先にと突き進む最高のヒーローは、全盛期に比べてかなり弱体化していた。

 公にはされていないヴィランとの戦いでの大怪我で内臓の大半を摘出し、一日三時間しかヒーロー活動が出来ないうえに能力も衰えてしまったのだ。

 この事実は易々と口に出来るものではない。

 もしこれが公になってしまえばオールマイトを恐れて大人しくしていたヴィランは活発化し、そうでなくとも大小問わないヴィラン事件が発生するのは目に見えている。

 だからこそオールマイトこと八木 俊典は次代を担う後継者を探し求めていた。

 そして彼に出会った…。

 

 “個性が無い人間でも、貴方のようなヒーローに成れますか?”

 

 ヘドロ状のヴィランを追っていた際に助けた緑谷少年にそう言われた時は背を押す言葉も浮かんだが、私はその言葉をグッと呑み込んで真逆の言葉を彼に放った。

 

 なにせヒーローには危険が伴う。

 突如として猛威を振るう自然災害に予期せぬ大事故、個性を使って悪事を働くヴィラン。

 それだけとは言わないがヒーローは常にこういった危険と対峙する時が必ず来る。

 相手が凶器として“個性”を振り回す危険地帯に素手だけで挑むというのは、通常(個性持ち)のヒーローに比べて危険の格が違い過ぎる。

 “平和の象徴”と誰からも認められる自分でさえ大怪我を負い、共に平和の為に戦ったヒーローの死を目撃した事だってある。

 無責任に彼の背を押すような事が、どういう結果を招くのかは言わずもがなだろう…。

 

 だからこそ罪悪感を感じながらも彼には冷たく言ってしまった。

 “プロはいつだって命がけだよ。“個性”がなくとも成り立つとはとてもじゃないが口に出来ないね”とね…。

 一瞬、彼の表情が曇り、瞳が陰ったのが酷く心を軋ませる。

 けれどそれはほんのわずかな間だけだった。

 沈んだ雰囲気は払拭され、強い意志を持った瞳が向けられ“僕はヒーローに成ります。無個性でも貴方のように誰かを護れるヒーローに!”と宣言された時は胸が震えた。

 彼は無個性でヒーローを目指す意味を知っても尚、確固たる信念を持ってその茨の道を突き進もうとしている。

 

 あの出会いはまさに運命的なものだったのだろう。

 その直後に捕えた筈のヴィランに逃げられ、近場で少年を取り込もうと大暴れするという事件を許してしまった。

 以前の私ならばすぐさまに事件を解決出来ただろうが、大怪我を負ってからは一日三時間しかヒーロー活動が行えなくなっており、その日はすでに限界まで使い切ってしまっていた。

 駆け付けた多くのヒーローが個性の相性から見守るしかなく、苦しむ少年を眺める事しか出来ない歯痒さだけが我が身を締め付ける。

 誰もが眺める事しか出来ない中、無個性で助けられるだけの力が無かったとしても緑谷少年だけが、苦しむ少年を助けるべく事件の真っただ中に駆け出したのだ。

 相手を安心させようと、自身を奮い立たせようと笑みを浮かべながら…。

 無茶で無謀で褒められた行為ではない。

 だけど私はそんな彼が………彼こそがその場の誰よりもヒーローであったと強く感じた。

 

 トップヒーロー達は学生時代から逸話を残しており、彼らの多くが話をこう結ぶ―――“考えるより先に体が動いていた”と。

 あの時の緑谷少年もそうだったのだろう。

 だからこそ私は緑谷少年が後継者に相応しいと思ったのだ。

 

 噴き出る汗がシャツに沁み込んで中々に鍛えられた肉体が透けて見える。

 知識と自ら実践して得た経験の偏った鍛錬から斑は多いが、それでも筋肉量にスタミナは中学生の平均より高いだろう。

 だけどそれではまだまだ不完全。

 

 “ワン・フォー・オール”の力は絶大だ。

 絶大過ぎるゆえに受け継いだ人物の身体が生半可では、受け取り切れず四肢が捥げて爆散してしまう。

 今の状態ではそうなるのは確実。

 ゆえにまず鍛えなければならず、鍛錬を兼ねた海浜公園一区画のゴミ掃除(課題)を効率よく確実にクリアする私考案のトレーニングプラン“目指せ合格アメリカンドリームプラン”を用意した。

 ぶっちゃけ寝る時間さえも組み込んだ超ハードトレーニングメニューであったが、基礎として鍛えている分だけ多少の余裕が生まれる。

 これをプランの強化に使うか、それともプランにゆとりを持たすか。

 彼はどちらを選ぶか…。

 

「鍛えてはいるけど受け継ぐにはまだまだだね。けど鍛えている分は予定より余裕が出来る訳だ。時間を精一杯使って身体を作るか、その先を踏まえてもっと鍛え抜くk…」

「鍛える方向で!」

「早っ!?即決だな」

「僕は他の人より何倍も頑張らないと駄目なんですから」

 

 強い決意を持って言い切った彼に笑みが零れる。

 ヒーローを目指すならまずはプロヒーローを育成する高校に入学するのが第一。

 彼が選んだ高校は私を含めた多くのプロヒーローを輩出してきたヒーロー科最難関の国立雄英高等学校―――通称“雄英”だ。

 最難関と言うだけあって高い学力と能力を必要とするだけに彼にはかなり難しい。

 個性“ワン・フォー・オール”を引き継いだとしてもそれを使い熟せるかは彼次第だし、使いこなせるまでの訓練期間は流石に入試までの残り十か月で仕上げるのは不可能だ。

 

「この行動派オタクめ!!」

 

 HAHAHAHAと大声で笑うと同時にトゥルーフォームに変わり、激励も込めてバシンと背を軽めに叩く

 私のようなヒーローを目指し、私の出身校だから雄英しかないと面と向かって言う。

 まったくもって嬉しいじゃないか。

 

「それに約束がありますから」

 

 ニカリと笑いながら力が籠り、業務用冷蔵庫がゆっくりながらも着実に進む。

 夢に向かって突き進もうとする彼の背を心強く感じ、期待を胸に満面の笑みで見守るのであった。

 

 

 

 

 

 

 爆豪 勝己は扇動 無一が気に入らない。

 今も昔もオールマイトに憧れを抱き、将来はオールマイトも超えるヒーローになると夢見ていた少年だが、幼少期はヒーローを目指すにしては酷く荒れていた。

 幼い時分から何事も僅かな時間で苦労もなく習得し、周囲が羨望の眼差しを向け賞賛を贈るのが普通と化した中で、彼は自身を“凄い奴(特別な人間)”であると認識した。

 特に周りに比べて派手で強い個性を手に入れてからは、周囲の奴らを“凄くない奴(モブ)”と見下す傾向が顕著に表れ、非常に高い自尊心と攻撃的な性格から虐めなど問題行動も行うようになってしまった…。

 

 そんな最中に現れたのはモブだと認識していた扇動 無一であった。

 ヒーロー一族(・・)に生まれて両親はプロヒーロー。

 運動も勉強も出来、口は悪いが大人びて面倒見が良い事から周囲からの信頼を集める存在。

 俺より目立っているのは気に入らなかったが、奴がボツ個性(弱い個性)どころか個性を発現しなかった無個性であったことから格下と見下して嘲笑っていた。

 

「喧嘩ならいざ知らず苛めはいかんでしょう」

「喧嘩も駄目だよ!?」

 

 何時も見たく取り巻きと“凄くない奴”を懲らしめていたら、無一はデク(・・)を連れてやって来た。

 デク―――緑谷 出久はよく一緒に遊んでいた間柄であったが、元々何してもどん臭い上に無一同様に無個性だと判明して方は特に“凄くない奴”と認識してからはヒーローオタクからクソナード(オタク的な意味)木偶(でく)の棒と出久をかけてデクと蔑称で呼ぶようになっている。

 最近は無一とつるむようで、二人でセットのイメージが強い。

 そんな無個性二人(モブ)が前に立とうと怖くもなんともない。

 ただ腹が立った。

 

「馬鹿だなぁ。ガキは喧嘩してなんぼだろ?」

「いやいや、それは無いって!」

「漫才すんなら他所でやれや…」

 

 相手にするのも面倒であっち行けと言わんばかりに手をひらひらと振るう。

 普通のモブならそれでさっさと立ち退くが、無一もデクも苛められていた奴の前から退く事は無かった。

 それどころかニヘラと笑いながら歩み寄って来る。

 

「そう邪険にすんなよ。どうせ暇だろ?元気も有り余って暴れたりないんだろ?なら俺と喧嘩しないか」

 

 まさかのモブから誘われると思わず怪訝な顔を晒す前で、デクは心配も含めて慌てて止めに入るも無一はカラカラと笑う。

 

「この周辺で同年代限定になるけど…“大丈夫―――僕、最強だから”」

「あぁ?」

 

 ぷつんとキレた俺は幼く未熟ながらも個性を使用して見下して来た身の程知らずのモブを叩きのめそうとして、徹底的なほどまでの敗北を刻み込まれた。

 無個性の奴に完膚なきまでに負けた俺は初めて“挫折”を味わった。

 そんな俺に奴は「ヒーロー目指すもんが苛めはするもんじゃねぇよ」と簡潔ながら言い聞かせるように説教をし、悔し涙を流しながら横たわる俺の頭をくしゃくしゃと撫でる。

 

「君には才能がある。俺に無い強い個性がある。何より君の負けん気とか結構気に入ってんだよ。だからさ“強くなってよ。僕に置いて行かれないくらい”―――なんてね」

 

 悔しくて仕方がなかった。

 何より見下していた奴に見下された敗北感が酷く身を焦がす。

 それからは荒い言動は変わらなかったが負けたままで終われるかと日々強さを求める結果、苛めなんかを行う時間すら勿体くなく、扇動(・・)に再戦を挑む(・・)機会が画然と増えた。

 いつまでも勝てない悔しさが心を苛むも超えるべき目標が出来た事で充実した日々は唐突に終わりを告げた。

 

 急に扇動が引っ越す事になったのだ。

 俺達はその日、一つの約束を交わした。

 ヒーローを夢見る三人が目指す先はオールマイトが通っていた“雄英”。

 ならば俺はそこで扇動に完膚なきまで勝利し、トップヒーローへの道を駆け上がる。

 

 そう扇動に宣言して数年…。

 雄英の入試まで十か月と迫った中、会おうと連絡を受けたがあのクソ忌々しいヘドロ事件で延期となり、デクは入試に向けて忙しいとの事もあって、再会の約束は雄英の入試以降となったとデクを介して聞いた。

 だが奴の口から聞きたくもあり、俺も言いたい事があったので連絡を取る事にしたのだ。

 

「……で、どうなんだ?」

『いきなり主語を飛ばされても解んねぇよ』

「察しろカス!」

『なんでキレてんの?』

 

 ベッドに寝ころびながら携帯電話を掛ける爆豪は察しの悪さに苛つくも、涼しい顔を浮かべているのが容易に想像出来て舌打ちひとつ鳴らして話を続ける。

 

「――チッ、あの時の約束忘れてねぇよな」

『無論だとも。俺も雄英を目指す』

 

 舌打ちしながら問いかけた問いの答えに笑った。

 そうでなくてはと鋭い眼光を輝かせ、酷く悪い満面の笑みを浮かべる。

 

「雄英に入ったら格の違いを教えてやらぁ!そして俺がナンバーワンヒーローになる!!」

 

 自室どころか近所にまでに響き渡る宣戦布告に、扇動はクツクツと笑い返す。

 

『お前さんのそういうところ好きだわ』

「ケッ、テメェに好かれても嬉しくねぇわ!精々踏み応えのある踏み台になれや!!」

『簡単には踏み越えさせねぇよ。頑張って超えて見な』

 

 今度こそアイツを負かして俺が格上なんだと証明してやる。

 俄然やる気に燃える爆豪であったが、あまりに騒いだために母親と口論する事になるのであった…。 

 

 

 

 

 

 

 爆豪との電話を終えた扇動 無一は高鳴る鼓動を抑えつつ、喜びから獰猛な笑みを浮かべる。

 あんな素敵な宣戦布告を受けては滾るというもの。

 電話する少し前まで扇動家所有の道場にて対人戦を行ったばかりで、疲労感もあるというのに身体を動かしたくなって仕方がないじゃないか。

 

 興奮し切った無一の周囲には十名強ほどのプロヒーローを含めた扇動家所縁の者らが疲労困憊で床に転がっていた。

 ヒーロー科最難関である雄英に挑むには無個性である我が身を鑑みれば足りなさ過ぎる。

 無論幼少期より意欲的に鍛錬を付けて貰ってスタートダッシュだけは誰よりも早かっただろうが、ヒーロー科の入試では普段使用を禁止されている個性の使用が可能となり、個性の有無の差は絶望的に大きくなるだろう。

 だからこそ無一はより鍛え、なるべく実戦に近い訓練を積んで実戦経験とさらなる技術の習得に励みたいところ。

 

 そこで身内を利用させてもらった。

 ヒーロー一家ではなくヒーロー一族である扇動家は当主である扇動 流拳の子供らを中心に派閥争いを水面下を行っている。

 当主になれば扇動家本家の資産を好きに出来る上に、今まで培っていた色々なコネを利用する事が出来る。

 その利益や名声から最も爺ちゃんに近い五人の子供達が微笑を浮かべながら騙し合い、蹴落とし合いをして虎視眈々と当主の座を狙い、分家や連なる者らは甘い汁を吸おうとそれぞれに寄り付いている。

 その子供らの中で最も次期当主と噂されていたのは実は俺の親父だったりする。

 爺ちゃんの子供達の中で末っ子であったが、歳をとってから出来た子供に酷く甘かったらしく、全盛期の頃に産まれた兄弟たちは厳しく育てられただけにそれが気に入らなかった。

 プロヒーローとしても彼らより実力が上だった事で手出しも出来ず、やるのは精々裏での陰口程度。

 ゆえになのか両親が亡くなった際には今までの腹いせとばかりに俺に当たる者も多く居た。

 特に一族の誰もがヒーローを目指す中で俺だけ無個性だってのも攻撃の材料になった。

 

 それも今は成りを潜めたが。

 敵意ある親戚中をたらい回しにあっていた俺を、事を知った爺ちゃんが引き取ってくれたのだ。

 愛情たっぷり注いでくれる爺ちゃんに俺は感謝してもし切れない恩を感じている。

 親戚たちは面白くなかっただろう。

 苛立ちや鬱憤を募らせた事だろう。

 だからここいらでそれらを使ってやろうと画策したのだ。

 

 爺ちゃんに俺が対戦者を求めていると伝えて貰ったのだ。

 これで気に入らない奴らは対戦の最中の不慮の事故込み(・・・・・・・)で本気で来てくれるだろう。

 そう思っていたら爺ちゃんが俺を次期当主に考えているなんて爆弾発言までかましてくれたもので、血気盛んな奴らが阿呆程集まって訓練には事欠かない状況に。

 有難い事ではあるけどね。

 無個性の俺に当主の座を譲っても良いと思う程に期待されているんだから。

 

 それにこんな連中に負けるようではヒーローなんて夢のまた夢だろうしな。

 

 俺は知っている。

 自分の体躯より何十倍も大きく、ビルより巨大なヴィランと戦って勝利したヒーローを。

 目にしたのは偶然だった。

 ある動画投稿サイトに目撃者の誰かが携帯か何かで撮影した画質の悪い映像。

 イズクや爆豪はオールマイトの動画に釘付けだったが、俺はそのヒーローに…いや、雄英の学生に心惹かれた。

 個性は見た者の個性を“抹消”するというもので、強い個性ではあるが決して戦闘向きな個性ではない。

 寧ろ異形型の個性持ちや巨大な相手となると正直無個性と変わらない。

 どちらかと言えば後方支援系の個性だろう。

 それなのに圧倒的体格差を鍛え上げた肉体と格闘と特殊な布を自由自在に操る技術、そして状況を把握して勝つための手段と道筋を叩き出した頭脳を持ってして勝利を収めた。

 アレを見てしまえば戦い方と己の武器をどれだけモノにするかでヒーローに成れる道があると希望を抱いてしまい、目標と定めた日からそのヒーローを追い縋って超えるしか道はない。

 

 だからこそこんな連中相手に立ち止まる訳にはいかない。

 

「無一、そろそろ飯にせんか?」

 

 意気込んでいた無一は流拳の声で我に還り、視線を向けると道場の入り口に立っておて、時刻を確認すると時計の針は十九時を指していた。

 無一同様に転がっている奴らに興味なしといった様子の流拳は、孫だけを視界に入れて優し気な笑みを浮かべて歩み寄って来る。

 確かにお腹は空いているものの、気持ちが高ぶってそれどころではない。

 不完全燃焼でなんとも収まりも悪いし…。

 

 

「ちょっと今高ぶって仕方がないんだ。そうだ爺ちゃん!今から手合わせしよう!」

「無一からの誘いか。無下には出来んな。で、何割だ?」

「七割から八割。俺をぼこぼこにする感じで」

「可愛い可愛い孫の頼みとは言え、心が痛むのぉ」

 

 本当は本気でと頼みたいが、爺ちゃんが本気出す程俺が強くない。

 まず本気で相手してくれる程度に強くならなくては。

 

 闘志を胸に宿し、扇動 無一もまたヒーローを目指して鍛錬に勤しむのであった。




 大丈夫。僕、最強だから
 強くなってよ。僕に置いて行かれないくらい
 【呪術廻戦】五条 悟より


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第04話 実技試験 前編

 国立雄英高等学校―――通称“雄英”。

 オールマイトを筆頭に数多くのプロヒーローを輩出してきた最難関のヒーロー育成を掲げた学術機関で、施設の移動にバスを使用するなど広大過ぎる敷地を所有し、ヒーロー科以外にもヒーローを補助するアイテムの開発や製造、開発など技術面でサポートするサポート課、ヒーローを下支えを目的とした会社経営やプロデュースなどを目的とする経営課などの学科を持つ名門校。

 ヒーローを目指す学生たちの憧れの高校であるも、ヒーロー科の入り口は非情なほど狭く高い。

 倍率300という高い壁を乗り越えなければまず足を踏み込むことすら許されない。

 

 試験当日。

 ヒーローへの夢を思い描いた少年少女が未来への期待と不安から来る緊張を胸に雄英の門を潜る。

 前世も合わせると二度目の高校受験ながらも緊張するものなのだなと扇動 無一はしみじみ思う。

 懐かしいも経験をしていた事で薄れた緊張感が程よく身体を引き締める。

 幼少期から肉体を鍛えれるだけ鍛えた。

 技術を爺ちゃんを含めた周りから得てきた。

 戦略・戦術や咄嗟の判断能力を高めるべく思考能力の向上にも努めた。

 出来る事、やれる事は思いつくものも含めてやって来たつもりだ。

 後はそれらを出し切るべく全力を尽くすのみ。

 

 短く肺に溜まった空気を吐き出して自らも門を潜って他の受験生と共に会場へと向かう。

 その中で見知った顔を見つけて驚きつつもそりゃあそうかと納得して「よぉ」と短く声をかける。

 声を掛けられた学生は怪訝な顔で振り向くも、こちらを視認するや否や驚きの表情へと変化した。

 

「去年のパーティ以来かな?」

「おお!久しぶりだな扇動くん!」

 

 彼―――飯田 天哉(イイダ テンヤ)とはヒーロー達が多く招待されたパーティで何度か顔を合わせている。

 俺はヒーローではないがいつもながら爺ちゃんに付いて行き、飯田 天哉はターボヒーロー“インゲニウム”こと兄の飯田 天晴(イイダ テンセイ)に連れられて参加しており、同年代という事で紹介されたのが最初だ。

 中学生にして身嗜みに乱れはなく、言葉遣いもかなり礼儀正しい。

 良くも悪くも規則正しい人間なんだとその堅苦しい性格は“真面目”というに相応しいものだろう。

 何度か接していてもその硬さは今も健在だが、いつも以上に硬い事に苦笑いを浮かべる。

 

「緊張しているのは解かるけど肩の力抜いたほうが良いぞ」

「いや、()…俺は普段通りだが?」

「言葉遣いが堅いだけでなく表情まで硬くなってんぞ。さっきの振り向いた時の顔なんて威圧されたかと思ったよ」

「そんなつもりは!?」

 

 否定しようとするも振り返った際の表情は結構な顔をしていた。

 最難関の学校に挑む事でガチガチに緊張しているのが見ていてわかるが、余裕が無さ過ぎてそれが焦りや苛立ちとなって精神を苛んでいる。

 緊張は精神の引き締めにもなるが、身体を引き締めすぎては実力の発揮も難しくなる。

 イズクや爆豪ほどではないが、少なくとも彼も合格して欲しいと願っている。

 彼は真面目過ぎて“正しい事”に重きを置く。

 他は恥ずかしいや面倒だと思う行為も率先して行う事の出来る貴重な存在であるが、その正しさは時として周囲に大きな波風を立ててしまう事もある。

 本当に良くも悪くも真面目なんだ。

 そしてそんな行いは誰もが出来る事ではない。

 

 「俺は分かってるって。けどまぁ強過ぎる口調に苛立ちを込めた睨みまで利かしたら相手が委縮しちまうだろ。ただでさえ皆緊張しているんだから。天哉も、他の受験生も」

 

 真面目であるが話を聞かぬ頑固者という訳ではなく、自身に非があれば潔く認める理想的で有難い(・・・・・・・)思考回路を持ち合わせている彼は、少し考え込むと後悔を顔色に出した。

 

「確かに緊張していたようだ。すまなかった」

 

 潔く認めた天哉は深く頭を下げた。

 そこまでしなくともと思いながらも、苦笑しながら謝罪を受ける。

 

「だから硬いって。俺は気にしてねぇから気楽にな」

「まるで緊張していないようだな。何か秘訣があるのか?」

「まぁ、人生経験の差(前世の経験)…かな」

「ふむ…経験の差か」

 

 ふむと少し悩む様な仕草をして俺の言った意味を考えているようだが、こればかりは説明したところで詮無き事だろう。

 

「退けデク!!俺の前に立つな。殺すぞ!」

 

 突如聞き覚えのある怒鳴り声に俺は反応し、天哉としては何事かと振り返ると爆豪がイズクに突っかかっている所であった。

 本日の試験はヒーロー科の試験ゆえに受験性は自ずとヒーロー志望という事になる。

 

「あれでヒーロー科志望なのか!?…言っていたように緊張しているのか」

 

 …いや、アレは素なんだが。

 怒声に威圧、殺すという単語を自然と放つ様に眉を潜めるも、ひと呼吸入れて頷き納得している天哉に対して心の中だけで突っ込むも口には出さない。

 

「…お互い最善を尽くそう」

「あぁ、共に雄英で学べるようにな」

 

 俺の言葉に熱を持ちながらも爽やかな笑みを浮かべて天哉は会場へと先に向かう。

 その堂々とした背を見送り、ちらりとイズクへ振り返ると躓いて“魚雷跳び”のように転びそうになるも、近くに居た女の子の個性に助けられ、何やらにこやかに声を掛けられ頬を朱に染めていた。

 微笑ましい様子に笑みを浮かべ自身も試験会場へと急ぐ。

 試験は筆記に実技の二種類あり、自分を含めてヒーローを目指す中学生がわんさかと席に付き、筆記試験を終えた彼ら・彼女らは今や今やと実技試験の説明を待っていた。

 目をギラギラ輝かせ、忙しなくちょこちょこ動いて興奮し切っている者。

 ドキマギと今にも倒れそうなほど身体を振るわせて緊張している者。

 どちらか知らぬが荒ぶっている精神を落ち着けようと何かしらしている者。

 様々な学生を眺めつつ、無一は小さくため息を吐き出して離れた席に座っている友人を心配する始末。

 

 ちらりと視線を向けると緑谷 出久はきょろきょろと辺りを見渡したりぶつぶつと何か呟いては、隣の爆豪 勝己の苛立ちを募らせて怒られている。

 それに否応なく当てられる周囲の学生達の不運を憐れみ、心の中だけで合掌しておく。

 まだかなとぼんやりと待っているとプロヒーローで雄英で教師としても働いているボイスヒーロー“プレゼント・マイク”が壇上に上がって来た。

 名門中の名門だからもっと堅苦しい説明会かと思ったが、そうでもないんだなと関心を寄せた。

 なにせプレゼント・マイクは教師を務めながらも毎週ラジオ出演したり、喋りは勿論メディア慣れした人物。

 こういった話の場には慣れ親しんでいるだろう。

 

「今日は俺のライヴにようこそー!!エヴィバディセイヘイ!!!」

「……よーこそー」

 

 …プレゼント・マイクの性格もあったのだろうけど緊張し切った学生達を和らげる目的もあったのだろうと思う。

 けどガチガチに緊張したり、真面目に受けに来た学生はそれに答えられる応用力は無かったようだ。

 なのであえて晒し者になる理解した上でほどほどに声を出して返す。

 するとまさか返す奴が居るとは思っていなかったのと、静まり返った空気が変に揺らいだせいか周囲の何人かが噴き出し、くすくすと笑ったり嗤ったりするものが出てきた。

 

「そこの受験生リスナー!返答サンキュー!!」

 

 周囲から浴びせられる“恥ずかしい奴”という視線を微塵も気にせず、お礼を言われてぺこりと頭を下げる。

 何か別方向(爆豪方面)から殺気だった視線も感じるがそれは無視だ。

 というかそっちはそっちでここまでぶつぶつと呟く声が未だに聞こえるのでそちらに向けて欲しい。

 多分ヒーローオタクのイズクがプレゼント・マイクに興奮して呟いているんだろうなぁ…。

 

 出だしから勢いのあるプレゼント・マイクの説明は続き、実技試験の内容と規則が表記される絵を伴って伝えられる。

 実技試験は【模擬市街地演習】。

 説明後は各々に割り振られた別の試験会場に移り、配られたプリントに表記された各種ごとにポイントが割り振られた仮想(ヴィラン)であるロボットを倒し、集計された合計ポイントで競うというものだった。

 無論他所への妨害行為はNGという事で。

 

「質問宜しいでしょうか!」

 

 プリントを見ながら説明を聞いているとイズクたちとは別方向に座っている天哉がピンと真っ直ぐ手を伸ばして挙手し、質問の許可をプレゼント・マイクに求めた。

 質問内容はプレゼント・マイクの説明では三種類(・・・)と言っていたのにも関わらず、プリントに記載された四種類目(・・・・)の仮想敵疑問に思っていただけに耳を傾けるも、天哉はプレゼント・マイクへの質問だけで終わらずにイズクに視線を向ける

 

「それとそこの君!気持ちは解る(・・・・・・)がぼそぼそと呟かれては周りの迷惑になるので止めるように!」

「は、はい!」

 

 緊張が本当に和らいだようでいつもの天哉に戻っていた事には良かったと思うも、急に注意されたことでイズクはガチガチになっているのは、自業自得として受けて貰う他ない。 

 ちなみに質問の四種類目はポイント無しの0P仮想敵でお邪魔虫(・・・・)、またはステージギミックと誰もが判断し、俺も同様に判断を下してしまった(・・・・)

 最後は校訓である決して折れる事の無い心と弛まぬ努力の末に己の限界という殻を破って“更に向こうへ!”と意味を込めた“Plus Ultra(プルス ウルトラ)!!”で締め括られ、模擬市街地演習の説明を終えた。

 

 説明が終わればそれぞれ宛がわれた試験会場に向かい、模擬市街地演習に挑むのだがその前に学生服から動きやすいジャージに着替えるべく更衣室に寄らなければ。

 ちゃっちゃと着替えを済ませ、試験会場に入って周囲を見渡す。

 市街地を想定した演習というだけあって広い範囲にビル群が聳え立っている。

 さすが雄英と驚くべきか呆れるべきか。

 苦笑を浮かべながら柔軟を行い、スタートラインに立つ。

 

「ハイ、スタートー」

 

 唐突に会場に響いた間の抜けた言葉に反応して跳び出した。

 周囲の受験生は戸惑った反応を見せて動いていない状況に、一瞬フライングしたと不安が襲ってきたが、足は止めずにそのまま動かす。

 もしもフライングであったなら注意か警告がされる筈だし、本当に開始の合図であれば立ち止まる事は真っ先に跳び出したという優位性を殺す事になる。

 

 

「どうした!?実戦じゃあカウントなんざねぇんだよ!走れ走れ!賽は投げられてんぞ!!」

 

 

 続いて響く言葉に安堵を覚えつつ、足に込める力を強める。

 同時にビルの脇より1P仮想敵が襲い掛かって来た。

 

 ―――咄嗟だった。

 振り被られた一撃を身体を半歩ずらしただけで躱し、勢いがついてだけに前のめりになった1Pの仮想敵を脚部を足で払いながら肩を掴んで向きに合わせて(・・・・・・・)押す。

 頭から大地に突っ込んで無防備な姿をさらしたところで、胴体と頭部を繋げる首部分を思いっきり踏みつけてゴキリとへし折った。

 開幕に見せつけられた受験生は焦りを覚えて、自分達もポイントを稼がねばと駆けだし始める。

 焦りとやる気が溢れる中、初撃破を成した無一だけはあまりの脆さ(・・・・・・)に困惑していた。

 

 この世界(ヒロアカ)と無一が生きていた前世(こちら側)では大きな違いが存在する。

 個々人が持っている超常の力“個性”は言わずもがなだが、人間の身体能力も異常に優れているのだ。

 見た相手の未来を“予知”する個性を持つヒーローは、予知した相手の動きに対応出来るほどの高い判断能力と身体能力を持っていた。

 相手の血を嘗めると体の自由を奪う“凝血”の個性を持つヴィランは分厚い氷柱を刀で叩き切ったり、壁を垂直に駆け上がるほどの人間離れした走行を行った。

 触れた対象を球状に“圧縮”出来る個性を持つヴィランは、聳え立つ木から木へと飛び移る高い跳躍力とバランス感覚、それと細く曲がり易い木の先端部に着地して跳ぶという技術を軽々と見せつけた。

 中でも目視している相手の個性を“抹消”する個性を持つヒーローは両手で捕縛した男女問わず成人三人を振り回し、大柄のヴィランを殴ればメートル単位で高く遠くへ吹っ飛ばした腕力と、16メートル(四階建てのビル)以上の高さがある階段を助走も付けずにひとっ跳びで降りる跳躍力と怪我する事も無く着地した頑丈さはもはや人間離れし過ぎている。

 他にも例を挙げてばもっと多くの人物達がここに連なるだろう。

 

 “個性”ばかりか人間の身体能力も計り知れないこの世界。

 祖父の繋がりを利用して引退・現役問わず実力のあるプロヒーローに教えを乞い、幼少期から炎と氷の二つの個性を持った少年とは違って自らが意欲的(・・・)に鍛えていた扇動 無一の身体能力も異様な向上を見せた。

 さらに仮想ヴィランのロボット達は戦闘に不慣れな中学生でも対処出来るように、単純でほどほどに脆く作られている。

 現在別の会場で試験に挑んでいる飯田は、個性により脹脛にエンジンのような器官が備わっていて驚異的な加速を得る事が出来、足先より跳び蹴りを喰らわせて装甲ごと砕くシーンが描かれている。

 そう脹脛のエンジンによって速度は得ているけど、足先は別段何かが備わっている様子はない。

 驚異的加速を得た事で運動靴で包んだ人間の足がロボットの装甲を貫通する脆さ(・・)

 

 ロボットは印象的に人間では壊せない硬さを有していると思い込んでいた(・・・・・・・)だけに、この想定外の二点は無一を驚かせるに十分たるものだった。

 それも良い意味で。

 正直対人戦ならまだしも対ロボット戦は自信が無かった為、どうしようかと策を練っていただけに無駄になるも、これならば何とでも出来る。

 無論四種類全部がという訳ではないだろうけど、合格への突破口が見えた。

 

「こういう時って――“勝利の法則は決まった”って言うべきかな?」

 

 前世の記憶を漁ってぽつりと漏らした言葉に頬を緩ませ、ヒーローへの道に踏み込むべくひたすらに駆けるのであった。

  

 

 

 

 

 

 実技試験の為に用意した四種類の仮想敵。

 当然ながら戦闘経験が無く、自身の個性を使い熟せていない中学生を振るいにかけるだけに、武装も装甲もそれほど強くない。

 システムを受験者をロックオンすれば追尾して行き、襲い掛かるという単純なもの。

 プロヒーローからすれば案山子同然の的だろう。

 だが、まだまだ未熟でヒーローの素質があるものを選別するには丁度良い。

 

 プレゼント・マイクによる試験開始の宣言により、各試験会場にてさすが高い倍率に挑んで来るだけあって派手で強い個性を持った者が多く、自身の個性を使って合格を掴もうと必死に暴れ回っている。

 一般的に個性の使用というのはヒーロー免許でも持ってない限りは禁止である為、思いっきり使う機会というのはほとんどの者が無く、使い慣れない者も居れば強弱の加減が出来ていない者も多くみられる。

 彼ら・彼女らは人としてもヒーローとしても幼く未熟過ぎる原石なのだ。

 その原石の中から一握りの生徒を厳選し、共に荒くも精密にも研磨してプロヒーローへと道に導いてやるのが雄英教師陣の役目…。

 荒れ狂う各試験場に仕掛けてあるカメラの映像を見る事が出来るモニタールームにて、採点を行う雄英教師陣が模擬市街地演習をしっかりと見つめていた。

 中にはポイントを得るために強引な行為に及ぶ者や周囲を全く見ておらずに巻き込んでしまう者、怪我した者に対して競争相手が減ったと言わんばかりにほくそ笑む者などヒーローを目指すにしても不適切な者らも見受けられため息を漏らす。

 この試験で見ているのは状況を素早く把握する“情報力”、即座に現場に駆け付けれる“機動力”、如何なる状況でも対応できる“判断力”、ヴィランとの戦闘なども加味した純然たる“戦闘能力”、そしてあえて(・・・)説明から省いた誰かを助ける“救助活動”の五点。

 限定された時間で広大な敷地で炙り出された五点を吟味するポイントで今年の合格者が決定する。

 それぞれの教師達はモニター越しに全体を見ながら、途中途中にあの子が良いとか、凄いとか感想を混ぜる。

 

「お!さっきのリスナーじゃん」

 

 これもそんな一コマだった。

 プレゼント・マイクの一言に数人が耳を傾ける。

 見ている先には扇動 無一が移り込んでいた。

 かなり速いペースで駆け巡り、出合い頭に襲ってきた1P仮想敵を軽く投げ飛ばす(・・・・・・・)

 投げられた1P仮想敵は頭から地面に落ち、自重も加わって首部分のパーツがへし折れて行動不能に陥った。

 撃破された事から自動的に点数が加算され、その合計数値は30を超えていた。

 

「この子が気になったの?」

 

 ほぼ独り言に近かったが元々声が大きい事もあって、皆の耳に入った一言を18禁ヒーロー“ミッドナイト”が拾う。

 高校の教師の筈なのだが出るところは出て引っ込むところは引っ込んだ魅力的な身体を、際立たせるようなボディスーツと極薄タイツで構成されたコスチュームを身にまとっている。

 思春期真っ盛りの彼らには刺激が強いと思われるも、雄英生徒時代のコスチュームを間近に見たことのある後輩のプレゼント・マイクと抹消ヒーロー“イレイザー・ヘッド”にしてみれば以前に比べてかなり落ち着いて見えている。

 

「言ったろ?一人だけ答えてくれた学生リスナーの話」

 

 そう返されて説明を終えたマイクが話していた内容を思い出すも大半が聞き流していた為に思い出すのに少し間を要した。

 

「あの子がそうなのね」

「いやはやクレイジーだぜ!ああもポンポン投げれるか普通!!」

「動キニモホトンド(・・・・)無駄ガナイ。状況把握モ早イヨウダ」

「強化系かしら」

 

 会話にダブルボタンマントで身を隠し、耳元まで裂けた口に口許以外を覆う禍々しいフェイスマスクが特徴的な“エクトプラズム”も少しばかり参加した。

 誰もが個性を疑うのは仕方がない。

 30名強の定員に対して300もの倍率に膨れ上がった学生を見るのだからひとりひとりを観察する訳にもいかないのだから。

 だが一人だけその動きを目で追っている者が居た。

 

 無一が目標にしているヒーロー―――“イレイザー・ヘッド”こと相澤 消太(アイザワ ショウタ)だ。

 

 確かにパッと見れば強化系の個性のように見えるがそうではない。

 用意された仮想敵は目標を定めたらただただ向かっていく仕掛けになっていて、1P仮想敵は四種類の中では一番脆く高い機動力を持ち、勢い任せに襲い掛かって来る。

 無一は振り上げられた腕部を掴むと受け止めるのではなくそのまま受け流しながらそちらへと引っ張り、バランスを崩したところで足元を無理せぬ程度に力を込めて払う。

 元々一輪走行しているためにバランスは悪く、そこを攻められてはひとたまりもない。

 無理に真っ向から力勝負はせずに、相手の力すら利用して攻撃に転じる。

 それをプロヒーローが一見しただけでは気付かせない程自然に行うのだから、ただの中坊にしては恐ろしいほどの技術だ。

 さらに注視すれば1Pだけではなく四種類の中では二番目(・・・)に重装甲で巨躯の3P仮想敵も狩っている。

 やり口は簡単で転がっていた仮想敵のパーツをモニター部分に突き刺すか、鈍器のように扱って叩き壊すなど徹底的に頭を狙ってやがる。

 

「おいおいちょっと待てよ!?こいつ無個性(・・・)だぜ!!」

「それ本当?」

 

 どうも気になったマイクがデータを閲覧したようで、個性無しに驚愕しているのが声と雰囲気から分かるが、相澤はちゃんとモニターを見ろよとイラっとしながら思った。

 にしても無個性でヒーローを目指すなんて非現実的だ。

 どれほどの努力を重ねてきたのやら…。

 駆け回りながら時たま声を張り上げても乱れていない呼吸からもかなりの持久力を有しているのが解る。

 それによく用意された仮想敵の事を把握している。

 

 確かに目標に定めたらずっと追っていく簡単なシステムが組まれているが、目標を発見するまでは目と耳で判断する。

 つまり姿が見えない位置に居る仮想敵は音に反応して寄って来るのだ。

 それを効率よく行っているのが“爆破”の個性を使用する爆豪だろう。

 なにせ仮想敵を攻撃すれば否応が無しに爆音が響き渡り、近場の仮想敵が反応して寄って来るのだから。

 

 見ている限り加味する四点に加え、怪我人には簡単な応急手当を手短に行ったり、仮想敵との戦闘で危ない場面が有ったら横取りではなく、破壊されて転がっているパーツを投げるなり他の者を援護して助ける場面も見られるので救助活動も行い評価は高いだろう。

 だからこそあの0P仮想敵を前にどう動くのか…。

 相澤は目を細めながらモニターを見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 扇動 無一は試験が開始してからずっと走り回っていた。

 ポイントはかなり稼いだ筈だけど正直数えていない…否、数える余裕など端から捨てている。

 そんな事に思考を割くぐらいなら情報収集に努めるのが有意義だろう。

 何ポイントで合格など受験者は解からないし、他の受験者の様子を伺おうにも会場は複数ある上に眺めている余裕なぞない。なら考えるよりも稼げるだけ稼ぐ他ない。

 などと思いながらもさすがに怪我人は放置できなかったし、戦い方が危なげで少しばかり手を出してはポイントにならない時間を費やしてしまったのは合否を考えたら少し不味いか。

 ペースを上げて仮想敵を探す中、会場全体が大きく揺れる。

 地震にしては妙だと思うより前にビルが崩しながら、ビルに負けない程巨大なロボットが姿を現した。

 外見より四種類目の0P仮想敵と判断すると苦虫を嚙み潰した表情を晒す。

 同時に圧倒的な仮想敵に慄いて悲鳴が挙がり、ポイントにならない事も相まって受験者は脱兎の如く逃げ出して行く。

 勝てない相手に挑むのも無謀だし、ポイントにならないギミックに挑んでも意味がない。

 だから戦闘を回避すべく移動するのは間違っていないが、我先にと周囲を鑑みずに走り出すのは頂けない。

 

「慌てて駆けんな!他の受験者を巻き込みかねない!あの仮想敵はそれほど動きは早くない。慌てず急がず落ち着いて!!」

 

 どれだけ効果があるかは解らない。

 だけど声を張らずにはいられないかった。

 集団の中で慌てて駆けだせば躓く者もぶつかってしまう者も出るだろう。

 踏まれればギャグマンガのように済まず、捻挫や骨折などの怪我は勿論の事ながら最悪圧死の可能性すらある。

 周囲を見渡せば転んだりした受験生がちらほらと見受けられる。

 中には腰を抜かしたかのようにその場にへたり込んでいる者…。

 

「無事か?怪我をしたのか?―――オイ」

 

 声をかけてもへたり込んだ女学生は反応が無く、大きな音が出るように開手を打つ。

 ハッと我に還った桃色の肌の女学生はびくりと身体を震わす。

 

「怪我は?動けるか?」

「あ…うん、大丈夫!」

 

 戸惑いサッと確認した彼女は大きく頷き、差し出した手を取って立ち上がる。

 立ち上がる様子から本当に怪我はなさそうで、仮想敵から離れる事は出来るだろう。

 だけど逃げ遅れた者もいる。

 

 0P仮想敵は巨大な体躯に見合った鈍足な移動速度で迫っているとは言え、万が一にもその巨体を支えるキャタピラに踏まれればひとたまりもない。

 いや、作られた大通りを進むだけでビルを崩しているので、落ちて来る瓦礫に潰される事も考えられる。

 

 どうするべきか…。

 挑むべきかと悩むもアレには勝てないと判断を下し、その足を止める。

 自分に出来るのは精々囮になることぐらいだ。

 

 なんで合否に関係ない(・・・・・・・)相手に挑もうとしてんのか俺は…。

 若干呆れ交じりにため息を漏らすも身体は0P仮想敵を向いたままだ。

 

 周囲に逃げ遅れが居るのに見捨てるのも性に合わないし、ここで逃げたらアイツらに合わせる顔が無い。

 出来る事を出来得る限りやる。

 

「アレに挑む気(・・・)なのか!?熱ぃなオイ!!」

 

 逃げるどころか勘違いして近づいてきた奴が居るらしい。

 後ろから掛けられた大声に反応して振り返ると、他にも何名かが集まって来ていた。

 避難を勧めに来たのか、真っ先に近づいてきた奴みたいに勘違いして来たのかは解らないが…。

 

 もう試験時間も残り少ない。

 あの台詞を口にするには早すぎたなと肩を落とし、「さて、どうしたものか…」と呟いた。




 勝利の法則は決まった
 【仮面ライダービルド】桐生 戦兎より


 
 


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第05話 実技試験 後編

 またも投稿遅れてしまい申し訳ありません。
 花粉症を中和する個性持ちってどこかに居ないかなぁ…。
 
 タグにあった“ハーレム”を“ヒロイン複数”に変更いたしました。


 明るいピンク色の肌と髪。

 黒い結膜(白目)に黄金色の角膜(黒目)

 頭部に生えた二本の触覚()など見た目的特徴の多い少女―――芦戸 三奈(アシド ミナ)はヒーローを目指すにあたり名門中の名門校である雄英を受験していた。

 さすが最難関だけあって筆記テストはかなり難しかったけど確かな手応えを感じ、筆記より自信のある実技試験に挑んだ。

 趣味でダンスをやっていただけに運動神経は高く、実技試験の内容と個性の相性が良い。

 

 個性“酸”。

 身体中の何処からでも溶解液()を出せ、その酸の濃度や液の粘度を調節できる。

 強い個性ゆえに非常に状況を選ぶ個性…。

 人が集まっているところで撒けば周囲に被害が出るし、固体を溶かす程の濃度を対人戦で使えば相手は大怪我必至。

 しかも周囲や相手だけでなく、調整を間違えれば服装もだけど自身の肉体すら溶かしかねない。

 大変に危険な個性でもあるのだ。

 けれど実技試験の内容はポイント()が割り振られた仮想(ヴィラン)であるロボット(無機質)を破壊するというもの。

 これならば対人戦と違って遠慮する事は無い。

 

 少し出遅れてしまったが試験が始まって、高い身体能力を活かしつつ酸で次々と仮想敵を溶かして壊しまわる。

 ちゃんと全力で動けている事に微笑む。

 前日よりかなり緊張しており、雄英の門を見た頃には身体が固く思えるほどガチガチに緊張し切っていた。

 頬をパチンと叩いて気合を入れて、自身に言い聞かせるように元気づけ、不安を退けようとカラ元気で門を潜ったのを覚えている。

 けど試験中は集中したり周りの迷惑を考えて静まり返ったりして、静寂の中で残っていた緊張はじわじわと時間が経つにつれて大きくなっていく。

 そんな緊張は実技試験の説明が始まると同時に霧散した。

 ある受験生が緊張と真剣過ぎて余裕のない受験生達の誰一人返さなかったプレゼント・マイクに呼びかけに、そこそこ大きい声で返事を返したのだ。

 それが妙に面白くてつい笑ってしまった。

 勿論大声で笑ったら周りの注目を集めてしまうので声の音量を落としてだ。

 思わぬ事で緊張が解けたのは本当に良かった。

 

 順調にポイントを稼ぎ、新たな仮想敵を求めて試験会場を駆けまわる。

 さすがに駆け回りながら戦闘を行っただけに体力も結構消費して、肩を揺らすほど呼吸が荒くなっているがまだまだいける。

 そう思っていた矢先、大きな揺れに足が止まった。

 結構大きな揺れに地震かと思うも、その揺れが人為的な副産物だとすぐに理解した。

 

 揺れの発生源に視線を向ければ巨大なロボットが。大通りを巨体を支えるキャタピラが踏み鳴らし、四車線ある道路を塞いで、腕がビルに当たっては大きく崩して行く。

 巨大ゆえに動きは緩慢で、逃げる分には問題ない。

 なにせ相手は0ポイントの仮想敵。

 戦ったところで得るポイントは無い上に、ただ時間を消費するのでデメリットしかない。

 

 ただ()は逃げる事は出来なかった…。

 周囲のビルを越す巨体が織りなす圧倒的な程の存在感に足が縺れる。

 脳裏を過る恐怖の記憶…。

 

 足元まで覆うボロボロの布を頭から被った五メートルを超える大男…。

 友人二人がヒーロー事務所への道のりを問われていたけど、大男に気圧されて言葉になっていなかった。

 答えてくれない事に苛立ったのか大男の指先が友人の背後のビルを撫でる。

 まるで型抜き菓子のように簡単に罅が走り、小石程度の破片が散った。

 私は放っておくことなど出来ず、咄嗟に友人と大男の間に割り込んで問うていたヒーロー事務所の道順を叫んだ。

 

ありがとう

 

 礼を言われたが私はそれどころではない。

 腹の底に響く声色。

 身体を芯から凍り付かせるような鋭い眼光。

 心臓を直に鷲掴みにされたような威圧感と存在感。

 それらを真正面から受け、気が付けばその場にへたり込み友人と一緒に湧き上がる恐怖で涙を流していた。

 

 あれに比べたら大したことないものの、脳裏を過った記憶により身体が震え、足が全くと言って良いほど言う事を聞かない。

 眼球がころころと動き、焦点が合わない。

 

 ――――パチンッ。

 

 呼び覚まされた記憶に震えて思考が真っ白になっている中、眼前で開手を打たれて自然と焦点が定まり、私を見下ろしている少年に向けられる。

 

「怪我は?動けるか?」

 

 いつの間にか震えが止まり、忘れがたい記憶は片隅へと追いやられていた。

 何処か冷めていながらも心配する瞳が向けられ、座り込んだ私に手を差し出してくる。

  

「あ…うん、大丈夫!」

 

 先の感情を吐き出すように小さく息を吐き、差し出された手を掴んで立ち上がる。

 怪我もしていないし、恐怖から解き放たれた身体は自由に動く。

 確認を済ましてお邪魔虫(0P仮想敵)から離れようとするも、動かずに巨大な仮想敵を見上げている。

 逃げないの?と聞こうかと思ったが、何かに呆れるような乾いた笑みを浮かべながら踏み出された一歩が雄弁に語っていた。

 

「アレに挑む気(・・・)なのか!?熱ぃなオイ!!」

 

 同じく読み取ったであろう受験生の一人が目をギラギラと輝かせながらすぐ近くに立っていた。

 逃げ遅れたというよりはわざわざ近づいて来たのだろう。

 やる気十分と雰囲気を纏い、銀色に染まる拳同士をガチンと合わせて金属音を響かせる。

 

「オイオイマジかよ…」

「無謀よ」

 

 よく見れば他にも数人集まってきている。

 彼のようにやる気があるというよりは、どちらかと言えば止めにだろう。

 

(チゲ)ぇんだけどなぁ…ったく」

 

 彼はガクリと肩を落とすとため息を漏らしながらも笑っていた。

 こちらへと振り返った時、ようやく“よーこそー”の彼だと解って頬が緩みかける。

 

「制限時間はもう少ない。俺は時間稼ぎぐらいしようと思うけど、付き合ってくれるなら大変助かる」

 

 彼―――扇動 無一は苦笑いを浮かべながら頼んできた。

 0P仮想敵に挑む事の無意味さを解き、逃げ遅れた者や怪我をした者がちらほら見える事から時間稼ぎを行うんだと補足説明を聞き、声を大にして扇動を止める者は居なかった。

 好き好んで(・・・・・)ヒーローを目指す者達だ。

 大なり小なり正義感は強い。

 困っている人が居るのが解って知らんぷりは出来ない。

 時間がもう少ないのも決心させる一翼を担ったのもあるだろうけど…。

 

「私も協力するよ」

「助かるよ。えっと…」

「名前?私は芦戸 三奈。個性は―――」

「あしど?あしど……アシッド………あぁ、(acid)か!」 

 

 仕方なしと手伝う事を了承して名乗り、個性も口にしようとしたところ、先に扇動は“あしど”と何度か呟いて口の中で転がしパチンと指を鳴らして個性を言い当てた。

 初対面なのに何故と問いかけると「名は(個性)を表すって言うだろ」と逆に首を傾げながら答えられた。

 

 私以外にも協力する者も同様に名乗りと個性を口にしていく。

 まず最初っからやる気十分な鉄哲 徹鐵(てつてつ てつてつ)の個性は、身体の一部から全身まで金属化出来る“スティール”。

 高い跳躍に壁への張り付き、最長で二十メートル舌を伸ばしたりと、個性である“蛙”らしい事なら大体できる蛙吹 梅雨(アスイ ツユ)

 個性は両肘から射出する“テープ”で捕縛から罠、さらには射出から巻き取りを用いた三次元的な移動可能な瀬呂 範太(セロ ハンタ)

 

 他にもどの程度の事が出来るかを手短に聞いて回った。

 全員が全員、違う学校で初対面。

 そんな私達に扇動は困ったように眉を潜め、ため息交じりに口を開く。

 

「あのデカ物…倒せるな」

 

 先とは打って変わってくつくつと嬉しそうに笑い、呆気からんと言い放つ。

 その様子が妙な安心感というか高揚感を感じる。

 扇動は聞いた個性と出来得る事から組み立てた案を述べる。

 

 一つ、溶解液で装甲の一部を溶かして内部を壊して周る。

 仮想敵を完全破壊するのではなく内部の一部を破損させるだけで行動不能に出来るというメリットに対して、下手すれば感電死する可能性という非常に危険なデメリットがある。

 

 二つ、移動手段であるキャタピラの破壊。

 旧式の戦車同様なら履帯を切断し、クリスティー式のように転輪が車輪になっているならその車輪を一つでも破壊すれば良い。

 外部からの破壊としては一番手っ取り早いが、キャタピラに巻き込まれ一瞬でミンチとなってしまう…。

 

 そして最後に三つ目。

 三次元的な移動が出来るという瀬呂が注意を引きつけ、蛙吹が張り付きと長く伸びる舌を用いて私と鉄哲を頭頂部に運び、鉄哲が装甲に穴を空けて、私がその穴より溶解液を流しいれて頭部内部の電子機器を溶かすというもの。

 完全に溶かさなくとも基盤の一つ、配線を幾らか溶かすだけでも精密機器の塊である仮想敵は壊れるとの事。

 

 私が決めなければならないと圧が掛かる中、述べた扇動はどうするのかと問いかける。

 

「まぁ、出会ったばかりの俺を信じろってのは難しいだろう。だから任せるよ。俺を信じるも良し、自身の判断の下で別の行動を取っても良い。“せいぜい…悔いが残らない方を自分で選べ”ってところだな」

「やるに決まってんだろ!」

 

 間髪入れずに鉄哲が答え、蛙吹が頷き、仕方ねぇなと言いたそうに苦笑いを浮かべる。

 そして最後の私に視線が向けられ、満面の笑みを浮かべて答える。

 

「やろう!みんなでやればなんとかなるよね!」

 

 ニカっと笑いながら大声で答える。

 始めて会った知らない誰か。

 競い合う筈だった受験相手。

 急ごしらえの即席チーム。

 巨大な相手に不安が過るが、自然と気持ちが高鳴ってすぐさま不安は彼方へと消え去る。

 並んで踏み出す一歩に力が籠り、今なら何でも出来ると妙な気持まで抱いてしまう。

 感情が高ぶってハイになっているんだろうと解りつつも、芦戸 三奈は感情に赴くまま知り合ったばかりの仲間(・・)と共に立ち向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 0P仮想敵は見事撃破された。

 説明通りでは倒したところでポイントは手に入らないばかりか、かなりのタイムロスするだけのお邪魔虫。

 作戦を立案した扇動 無一は作戦には参加せずに出会ったばかりの彼ら・彼女らの活躍を観察しつつ、逃げ遅れた受験生の誘導や怪我人の応急手当てに専念した。

 

 肘から射出したテープを構造物に巻きつけて固定しては、自身がそちらに向かうように巻き取って速度を生み出し、調査兵団やスパイ●ーマン並みの高速での立体機動を行う瀬呂 範太が、0P仮想敵の周囲を飛び回っては注意を引きつける。

 その間に仮想敵の動きを観察してはタイミングを見計らい、頭部に張り付いては残りの二人を長い舌で巻いては頭頂部に運ぶ蛙吹 梅雨はサポート役を熟してくれた。

 頭頂部に辿り着いた鉄哲 徹鐵は身体を鋼鉄へと変化させると、振り被った拳を装甲へと叩き込む。防御力向上の個性に彼の尋常ならざる腕力は数発で巨大な0P仮想敵の装甲を見事貫く。

 ダメージを負った仮想敵はヘイトを鉄哲に向け追い払おうとすると、蛙吹がいち早く気付いて舌で巻き取って回避させ、すかさず瀬呂がダメージになり得ないも攻撃を加えて再び引き付ける。

 仮想敵は瀬呂を警戒しつつ最後に頭頂部に上った芦戸 三奈にも攻撃を行うも、忍者顔負けのアクロバティックな動きで躱して行き、鉄哲が開けた穴より溶解液を侵入させて中央処理装置(CPU)を含んだ中枢機関を溶かして不能へと陥らせ、脳を焼かれた0P仮想敵はただの巨大なスクラップへ変貌したのだ。

 芦戸からは自己申告でダンスをしていて運動神経が良いと聞いていたが、あそこまで高い身体能力を見せつけられるとは。

 俺もダンスをするべきかと一考させられた。

 

 兎にも角にも巨大な仮想敵を倒した面々と俺は、都内でも有名なケーキ店に訪れていた。

 この店は店内に飲食コーナーを設けており、その場でケーキ類と飲み物を注文して楽しむ客で賑わっている。

 一時的とは言えチームを組んであのデカブツに挑んだ仲間という事で仲良くお話でも………と、いう意図も含んでいるが、メインは俺の申し訳ない程度の謝罪だ。

 いやはや考えが足りない。

 あの時はデカブツを倒す策と競争相手である受験生同士が何のメリットもなく共闘するという状況に、高揚していたのもあって思考能力が落ちていたと思い込みたい。

 

 仮想敵の習性(プログラム)は周辺の音を察知して、目標(受験生)を補足したら襲ってくるというもの。

 解っていたというのに完全に抜け落ちていた…。

 動くだけでも轟音を立てる0P仮想敵が四名によって攻撃を受け、より激しく音を立てれば近場で残存していた1Pから3Pの仮想敵が寄って来るのも仕方がない。

 そしてそれらは高所にいる彼ら・彼女らではなく、下に居た俺に寄って来るという訳だ。

 襲って来られては仕方なく撃破したが、デメリット(0P仮想敵)を押し付けておいて自分は悠々とポイント稼ぎ。

 これは文句を言われてもそれこそ仕方がない(・・・・・)

 それぞれ冗談っぽく軽く文句を言いつつも許してくれたが、それではこちらとしては気が済まない。

 そう言った訳で試験も終えた事だし、何か奢るよと申し出て芦戸の提案によってこのケーキ屋に訪れているのだ。

 

 ちなみにお金の心配は一切していない。

 鍛錬ばかりでは辛く苦しいので息抜きがてら、趣味とヒーロー学習兼ねたものを二つ、前世の記憶を用いたものを一つなどで多少金を稼いでいるので懐は十分すぎるほど温かい。

 

 会話に参加しつつ目の前のケーキにフォークを伸ばす。

 ホールケーキをカットした三角の形ではなく、小皿に乗るような小さく四角形にカットされたものだ。

 断面からはスポンジケーキの間に小さくカットされた苺を包んだホイップクリームの層があり、上部にはふんわりとホイップが盛られ、苺一つがそのまま乗せられている。

 フォークで一口分切り取って口に含む。

 含むとすぐにホイップクリームの軽く滑らかな口当たりに濃厚な味わいが広がる。

 甘さ自体は控えめだけど、それを補う程に苺の糖度が凄い。

 さっぱりとしながらも調和の取れた自然な甘さの果汁が、ホイップに混ざってしつこ過ぎる事無くスッと喉を通って行く。

 スポンジケーキもふわっと軽やかでホイップの食感に合う。

 予想していた以上に美味しいショートケーキに舌鼓を打ち、後味が残る口内に珈琲を入れる。

 砂糖もミルクも入れていない程よい苦味と酸味、深いコクのブラックコーヒーが、なめらかで甘味のある後味に触れてマイルドな味わいへと変化する。

 メディアで紹介される人気店だけあって、ケーキだけでなく珈琲も美味い。

 芦戸に言われるまま来て正解だった。

 

「さすがテレビで紹介されるだけあって美味しいね」

「本当ね。このゼリーも美味しいわ」

 

 にこやかに食べつつ話す蛙吹に芦戸に対して、鉄哲と瀬呂はガチガチに緊張しているというか居辛そうな空気を纏っている。

 仕方がないと言えば仕方がないか。

 花柄や明るい彩色の店内に、広い飲食スペースのほとんどを占めているのは女性客。

 寧ろ男性客は俺ら三名しか見当たらず、場違い感は半端ではない。

 そう思いつつ自然体で扇動はケーキと珈琲を楽しむ。

 勿論会話にも参加するので口いっぱいに頬張るのではなく、喋れる程度に小さく切り分けてだ。

 

「って二人共どうしたの?」

「どうしたのってなんか場違いっていうか…」

「おう…やっぱ気になるよな?」

「女性限定の店じゃねぇんだ。別に悪い事もしてねぇんだから落ち着けよ二人共」

「お前は落ち着き過ぎだろ!?」

「まぁ、こういった店に来慣れているからな」

「彼女とだ!」

 

 緊張気味の二人の話だったのに、男の俺がこういった店に来慣れているという発言に芦戸が過剰反応を見せて話題がこちらに。

 先も言ったように女性限定の場所ではないので、別に男性が居てもおかしく映っても(・・・・・・・・)おかしな事ではない。

 男側からしたら入るのに勇気はいるがね。

 …などと、並べて見たものの芦戸の発言はあながち間違いでもない。

 こういった店に来たのも彼女―――中学時代の友人に誘われて訪れた。

 けれども期待されているような恋愛関係ではない。

 向こうからしたら家族を除いて学校で唯一“秘密を共有出来る後輩(・・・・・・・・・・)”でしかないだろうし。

 そう否定的な発言をした矢先に自爆(・・)した事に気付かず、燃料を投下された芦戸が食らいつく。

 

「秘密の共有!そこのところ詳しく聞きたぁい」

「あー…色っぽい話じゃないぞ。……いや、ある意味色っぽいか」

「どっち!?ねぇ、どっち!?」

「恋バナ好きだねぇ」

「写真とかないの?写真!」

「無理に詮索するのは良くないわ」

「えー!?でも聞きたくない?」

「だから好いた惚れたの話じゃないっての。あ、これ写真」

 

 わいわいと騒ぎ出し、硬くなっていた男性陣も解れたのかバクリバクリとケーキを口にするようになった。

 瀬呂に至っては芦戸と蛙吹に渡したスマホの画面を覗き込むように見ているほど。

 仏頂面の俺と満面の笑みを浮かべている彼女が映っている画像を見て、色々と感想を口にするのを眺めながらショートケーキを平らげる。

 

「ごめんなさいね」

「いんや、別に気にしてない」

 

 流れ的に気にしていたらしく、蛙吹が俯きながら一言入れてきた。

 こちらとしては気にしているどころか若干嬉しくもある。

 大人数でわいわいと喋るなどあまり無かった経験だけに新鮮味すら感じているのだ。

 爆豪とはほぼ喧嘩ばかりだったし、イズクとは鍛錬の相談かヒーローに関するオタクトーク、先輩とは近しい事はあったけど基本一対一だったし前世は基本ぼっちだった。

 そう考えるとこう大勢で賑やかなのは前世今生合わせて初めてではないだろうか。

 

 寂しくも感慨深くも思いながら、ショートケーキと一緒に買っておいたモンブランへフォークを伸ばす。

 下部はタルトではなくスポンジケーキで、上にはたっぷり乗せられた栗のクリーム、そして天辺には栗の砂糖漬け(マロングラッセ)が聳え立つ。

 一口含めば栗が入った事でねっとりとした餡子に近いクリームが口内を撫で、濃い栗の風味と強い甘さが舌の上で踊る。

 なんだろう。

 クリームの食感が餡子に近いせいか珈琲じゃなくて熱いお茶が欲しい。

 珈琲と合わない事もないけど、何となくしっくりこない。

 後でお茶を注文するかととりあえず頭の片隅に置き、今と実技試験の時の蛙吹の様子を思い出し、少し疑問を抱いて問い掛ける。

 

「蛙吹さんって弟妹居たりする?」

「えぇ、弟と妹が一人ずつ居るわ」

「だからか。試験中も良く周囲に気が回るなと思ったんだよなぁ」

 

 そう、彼女は恐ろしいほど徹底していた。

 私感であるがヒーローを目指す中坊の大半は自分本位だ。

 正義感の強弱関係なく“自分こそがヒーローだ”と夢を強く抱き、現実を知らない分だけ自身を過大評価して突っ走る。

 色々と知らないゆえに失敗したり、恥をかいたりする若気の至りという言葉があるほどに、それらは顕著に表される。

 

 その私感に対して蛙吹は自身を過大評価する事も過小評価する事もなく、自身が今出来得る事と個性をしっかりと理解してサポート役に徹していた。

 誰にでも出来る事ではない。

 周りへの気配りというか状況把握能力が高く、判断もかなり高い。

 ただチラ見であったが天性のモノというよりは慣れと言った感じがした。

 日常的にそう言った状況に慣れ親しんでいるとなると、まず思い浮かぶのが家庭内の仕事を請け負っているとかだ。

 例えば何かしら理由があって日常的に家事などを担当したり、手のかかる弟妹の面倒を見たり。

 前世の同じ時分の頃では決して彼女のように徹する事は出来ない自信がある。

 それほどに出来上がって(・・・・・・)いるのだ。

 

「若いのにああしてサポートに徹せれるのは凄いと心底思うよ。尊敬するほどに」

「ありがとう嬉しいわ。あとお友達になりたい人には梅雨ちゃんと呼んでほしいの」

「了解だ。梅雨ちゃん」

「…ねぇ、扇動ってタメ(同い年)だよね?」

「さぁ、どうだろう」

 

 ニヤリと意味深に笑い、彼ら彼女らとの談笑を楽しむ。

 ぐいぐいと人懐こさのある芦戸が初めて知り合ったという垣根をぐいぐい押し切り話を広げてくれるおかげで、鉄哲も瀬呂も蛙吹も俺も会話に参加し易くて大変助かった。

 中でも“梅雨ちゃん”とは学校が終われば家の事やヒーローに成るべく勉学に励んで中々友達を作ったり、遊んだりする時間がなかったなど差異はあれど似通った経験談から色々と話し込んでしまった。

 気が付けばかなり長居してしまい、そのままの流れで解散することに。

 楽しい時間と言うのはあっと言う間と言うが、本当だったんだなと実感する。 

 帰り際に冗談交じりにお土産を強請られたので、当然と言わんばかりにケーキセットを人数分買って渡しておいた。

 驚かれたり恐縮されたりもしたが、押し付けるようにして「またな」とだけ言い残してさっさと帰路につく。

 先に連絡は入れておいたが爺ちゃんも心配しているだろうしな。

 

「またな…か。雄英でまた会えたらいいな」

 

 先ほど口にした言葉を呟きながら、また楽しみが増えたと頬を緩ませるのであった。




 自分の力を信じても…信頼に足る仲間の選択を信じても……結果は誰にもわからなかった…。だから…まぁ、せいぜい…悔いが残らない方を自分で選べ。
 【進撃の巨人】リヴァイ・アッカーマンより


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第06話 合否と平和の象徴

 何とか今週中に投稿出来た…。
 早く花粉症収まってくれないかなぁ。

 小説情報を見て調整評価が赤色になっていたので驚きました。
 評価して下さった皆さま、ありがとうございます。


 オールマイトこと八木 俊典は手土産の和菓子を持ち、扇動家の本家へと訪れていた。

 扇動家とは色々と付き合いがある。

 …否、あった(・・・)というべきだろうか。

 

 ワンフォーオール先代継承者で師となる志村 菜奈と出会い、後継者として人々の拠り所(頼れる柱)なれるように志し、雄英高校在籍中にグラントリノに鍛えられていた。

 個性を継承してアメリカに渡る前、自らの実力を試すべく武闘派で名高いヒーローの道場の門を叩いた。

 そのヒーローこそ扇動家当主である扇動 流拳。

 軽い気持ちという訳ではなかったが、結果は酷い事に惨敗…。

 しかもその後に渡米する理由を答えたが最後、渡る日までの間グラントリノに並ぶような厳し過ぎる鍛錬を強いられた。

 理由を理解した善意だと言うのは解っていたのだが正直きつ過ぎた…。

 加えてグラントリノも途中参加してさらに厳しくなり、門に近づくだけで足がガクガクと震える。

 アメリカに渡ってさらなる研鑽を詰み、帰国した私は“平和の象徴”として活躍しつつ、あるヴィラン(・・・・・・)との戦いに身を投じて行った。

 そんな折に扇動 流拳を通じて繋がりを得た流拳の息子夫妻が協力するようになる。

 彼らはトップとまではいかずともヒーローとしてかなりの実力を持つ者で、信用できる人材であると判断したがゆえに色々と頼ってしまった。

 それがいけなかったのだろう。

 彼らはあるヴィラン(・・・・・・)によって殺害されてしまったのだ…。

 どんなに悔やんでも悔やみきれない。

 扇動家の本家には葬儀の時以来となる。

 あの時の思い出と言えば人が亡くなったにしては悲しんでいる親族が少なかったという事と、涙一つ流さず悲しみに暮れていた少年だろう。

 

 本日自分の浅慮で亡くしてしまい、訪れ難かった扇動家本家に訪れたのは流拳により連絡を受けたからだ。

 彼は幼かった孫である扇動 無一には事故としか伝えておらず、ヒーローを目指すのであれば知らなければならない。

 そう考えて話すべき人物であろう私に連絡をくれたのだ。

 亡くなった二人の位牌が並べられた仏壇に線香を立て、手を合わせて冥福を祈る。 

 そして私の後ろには流拳と無一の二人が座って待っていた。

 振り返っていざ話をしようとすると言葉に詰まる。

 話し辛い内容な上に葬儀以来の再会となる扇動少年の第一声も相まって空気が重く感じる。

 

 六年ほど前に葬儀の時に顔を合わせた程度なのだが、扇動少年は私の事をしっかりと覚えていた。

 理由は「葬儀の際に悲しんで下さっていた数少ない方ですから」と純粋な感謝の念を抱いた笑みを向けて来たのだ。

 にこやかな笑みに対して言葉に含まれる闇が深すぎる…。

 重い空気に臆してしまい口が更に堅くなるも、ずっとだんまりを決め込む訳にはいかず、意を決して話し始める。

 最初は私の正体から話さなければならない。

 私が実はオールマイトで、本当の姿が今の姿なのだと説明するも、緑谷少年と違ってまったく驚きもしない。

 だからと言ってそのまま呑み込む訳でもなく、ただただ話を聞きながら考え込んで話の内容を消化しているようだ。

 そして本題である彼の両親の死の真相と私との関係性を語る。

 当時を思い返しているであろう流拳は自然と握り締める拳の力が強まっている。

 対して反応を見せずに無言で話を聞き終えた扇動少年は、少し悩む様な仕草を見せてから口を開いた。

 

 「そうですか」

 

 ただそれだけだった。

 怒りも悲しみも感じられない程、淡々と一言だけ発して納得したようだった。

 責められる事を覚悟し、それを受け入れるつもりだったゆえに予想外である。

 

 「責めないのかい?私が君の両親を巻き込んだばっかりに――」

 「責めませんよ。貴方が殺したまたは殺されるように仕組んだというなら別ですが、責めるべきはそのヴィランでしょう。それに貴方を責めるという事は父と母の行動を、意思を否定することに他ならない」

 

 強い瞳を持って言い返された。

 どうやら彼にとって私は無粋な事をしてしまったようだ。

 扇動少年は続いて「出来ればそのヴィランの名前が知りたいですね」と言ったが、私は決して名前を口にする事はしなかった。

 

 …いや、口に出来なかったが正しい。

 先ほどの強い意志を感じさせる瞳が一瞬で陰り、瞳の色が酷く濁って映ったのだ。

 覗き込む黒い瞳孔は闇夜より深く暗く、負の感情が渦巻いているのが感じ取れる。

 中学生というか人がしていい目ではない。

 ゾッとして背筋が凍り付く感覚に身体が震える。

 絶対に名前を教えてはいけない。

 もしも名を知ったのならば彼は復讐に走るのが想像に容易い。

 

 名前を教えなかった私に扇動少年は「ですよね」と微笑み、瞳は元に戻っていて安堵する。

 だからこそ胸に刺さった罪悪感という棘は残り続ける。

 許されようとは思わない。

 これは私が抱え続ける罰なのだから。

 それを察してか無一は乾いた笑みを浮かべる。

 

 「貴方ってどれだけ助けて来たかを誇るより、助けれなかった人を抱き続けて自分を責め続けるタイプですよね」

 

 少しアレンジになりますが…と呟いてコホンと咳ばらいを入れる。

 

 「貴方は十分に苦しんだ。もう前を向いてほしい―――ボクが許します。だからいい加減前向いて生きて下さい」

 

 真っ直ぐな瞳を向けられ、優しく掛けられた言葉が心に染み入る。

 心の棘が若干和らぎ、彼の一言で救われたような感覚に陥る。

 さらに「その方が父も母も喜びますから」と言われれば返す言葉もない。

 

 「本当に君、中学生かい?」

 「中学生ですよ。肉体年齢は」

 「肉体年齢は?」

 

 言葉に疑問が残るも深く追求する事もない。

 何かしらの冗談かなにかだろう。

 クスリと笑いながらふと話題を変える。

 

 「そう言えば扇動少年も雄英だったね」

 「えぇ、ヒーロー目指してますんで」

 「ならお互い四月から頑張ろう」

 「頑張ろうって受かっていればの話ですけど」

 「合格通知届いてないのかい?」

 「――え?」

 「ん?………あ!」

 

 今日一番の失言にしまったと口を塞ぐも、飛び出してしまった言葉は戻りはしない。

 頭を抱えて俯くオールマイトに、呆れた視線二つが突き刺さるのであった。

 

 

 

 

 

 

 オールマイトが来訪してしばらく経つ。

 不意にも合否を知ってしまった以上は、無駄な時間を過ごすより先の為に行動を取る。

 本家から通うのは少し遠く、鍛錬などの時間を移動時間で削られたくなかったので、これを機に一人暮らしを決める。

 両親が亡くなったばかりの頃は小学生中盤の年代で一人暮らしは難しいと周りに判断されたが、あれから約六年近くが経過した今でなら一応ながら許可が下りた。

 …一応というのが爺ちゃんがあまり賛成してくれなかったからだ。

 

 年齢以外にも性格や家事などの生活における能力的にも問題ないと判断されたが、俺が離れて暮らす事が嫌だったのだろう。

 けど理由から理解して泣く泣く頷いてくれたのだ。

 

 『わぁ~たぁ~しぃ~がッ!投影された!!』

 

 雄英からの合否通知は書面でなく、録画した映像を立体的に表示して音声にて告げる機器によるもの。

 紙に比べて確実に値段が跳ね上がる通知に、金の無駄遣いだろうと呆れ果てる。

 通知はオールマイトが言っていたように合格。

 どうもあの実技試験は仮想敵を倒すだけでなく、通知しなかった(・・・・・)審査制の救助活動P(レスキューポイント)も含めて合否を決めていたらしい。

 応急手当に避難誘導など行っていたのは無駄ではなかった。

 敵P(ヴィランポイント)49と救助活動P73で、筆記試験の点数も含めてヒーロー科の入試一位で取った。

 すでに結果は知っていたし、詳細も一度聞いたので解かり切っている。

 なので今はBGM代わりにリピート再生しているだけ。

 

 新任教師として着任するオールマイトの何度目か分からない合否説明を聞き流しながら、ガムテープで閉じられたダンボールを開いては荷物を床の上に広げていく。

 一人暮らしをする以上、マンションの一室を借りようと思っていたのだが、お祖父ちゃんの厚意により一軒家が用意された。

 よくもまぁ、学生や新社会人が新たな生活環境に対して家探しを行うこの時期に良い条件の家を見つけたものだ。

 しかも雄英に近いとなれば本当に有難い。

 けど一人で暮らすには大き過ぎる物件だとも思うだけどね…。

 

 荷解きを済ませてダンボールに詰まっていた荷物を、位置を決めながら置いていく。

 決めると言っても一人分の最低限の食器類に調理器具、持って来た写真を並べるだけでそう時間は掛からない。

 先に業者によって冷蔵庫や洗濯機などの重量のある家電製品に鍛錬用の器具は運ばれているし、一部仕事道具(・・・・)は置くべき部屋の防音処置が済んでから。

 

 扇動 無一は結構な額を中学生の身でありながら稼いでいる。

 フリーランスの原型師に作詞及び作曲家、それと“HUC(フック)”のバイトの三種類。

 HUC(フック)というのはHELP(ヘルプ)US(アス)CAMPANY(カンパニー)の略で、本格的な救助訓練などで要救助者を演じる人達を派遣する会社である。

 酷く詳細な知識を求められる職業だ。

 要救助者を演じる以上その訓練ごとに発生する怪我に症状ばかりか、ヒーロー免系の試験では採点をも担当する事があるので対処法までも熟知しなければならない。

 ヒーローを目指すのであれば人命救助に関する知識は必須。

 金を稼げるうえに応急手当てに救助作業を効率よく経験として得るには丁度良い。

 膨大な知識と認知度の低い職業ゆえに引っ張りダコで、厳しい試験を突破したとはいえバイトの身でがっつり働かされたものだ。

 ま、仕事があるよと連絡を受けて引き受けたのは自分自身だけどな。

 これに関しての荷物というのは“HUC(フック)”が提供している資料集だけで、先の防音が必要な仕事道具ではない。

 

 防音が必要なのは作詞・作曲のお仕事だ。

 元々は前世で好きだったアニメや特撮でのオープニング曲やエンディング曲をこちらでも楽しもうと、歌詞と曲を思い出して音源に移しただけだったのだけど、爺ちゃんがパーティなどで知り合った人物に教えてしまったのがきっかけで仕事として音楽に関わる事に…。

 個人的に楽しむだけだったのにどうしてこうなったか。

 安く借りれるスタジオでなくプロの演奏が付いて、ちゃんとしたレコーディングスタジオが借りれて再現できるので俺的には質が向上して嬉しいが、人の創作物を自分のモノのように扱われるというのは妙な気分だ。

 すでに数本再現して発売され、たまに街中でライダー系のOPが流れているとついつい反応してしまう。

 ただ昭和系は歌詞に名前が含まれていたりするので、一般に出回っているのは平成以降のものとなり、昭和系は個人的に楽しむようになっている。

 兎も角、このお仕事により一度楽譜に起こす為に演奏する必要があり、それが近所迷惑になってしまうので防音設備が必要なのだ。

 ちなみに楽器の扱いは上手い訳でも下手過ぎる訳でもなく、個人的に楽しむ程度って感じである。

 

 空箱になったダンボールを畳んで片付けていると携帯電話が鳴り響く。

 誰からだろうと何気なく手に取り、通話ボタンを押す。

 

 『う゛がっだよ゛おおおおおおおおおおお!!』

 「…うるせぇ」

 

 スピーカーボタンを押した訳でもないのに、響き渡るイズクの声で耳鳴りがする。

 『ごめんよ』と謝りながら泣き続けるイズクに苦笑する。

 幼い頃から憧れていたヒーローへのスタートラインに立てた喜びが、ひしひしと伝わって来てこちらまで泣きそうになるじゃないか。

 …最初の耳鳴りさえなければ…。

 

 「合格おめでとう。これで一緒に通えるな」

 『うん!うん!!』

 「ってかお前は俺が受かったかどうか聞かないんだな?」

 『え、あ!ごめん…落ちると思ってなくて…』

 「絶対的な信用、ありがとさん」

 

 鼻水も垂れていたのか啜る音がスピーカーから聞こえ、泣き過ぎだろうと笑ってしまう。

 それと少し遠いが電話の向こうで他にも泣いている声が聞こえる。

 多分だがイズクのお母さんが泣いているんだろうな。

 母子揃って涙脆かったからなぁ。

 正直あの人間の水分量を超えた水量に涙腺から水道の蛇口のように放出される涙を始めて目撃した時は、それがあの母子の個性かと疑ってしまったほど異常だった…。

 ぐずりながらこれから頑張ろうねなど言ってくるイズクに相槌を打ち、一通り話し終えると電話を切る。

 

 まさかと思いメールを開いてみると未読の着信が何件か溜まっていた。

 そりゃあ俺の所に届いたんだから、他の面々にも通知が来ていておかしくない。

 ケーキ屋でメールアドレスを伝えていたので芦戸、蛙吹、瀬呂、鉄哲からも合格した報告と合否を問うメールが届いていて、鉄哲を除く面々とは同じクラスらしい。

 他にも飯田の“拝啓”から始まる真面目で長ったらしい長文メールに、《落ちたらぶっ殺す。受かってたらぶっ飛ばす》という爆豪の脅迫文のようなメールまで…。

 

 彼ら・彼女らが合格したことに頬を緩ませながら返事を返し、途中で中断したダンボールの片づけを続ける。

 畳んだダンボールを紐で結んで纏め、とりあえずは端に置いておこう。

 

 片付けもひと段落したところで、ため息一つ漏らす。

 業者に運んでもらった大荷物は別に、俺が並べた荷物は少ないものだ。

 にも関わらず思った以上に時間をかけてしまった。

 日課である鍛錬の予定は大いに狂ったし、片付けで妙に疲れたので飯を作るのも億劫だ。

 コンビニで弁当を買うかと思い立ったその時、通知と一緒に送られてきた書類系が目に止まり、面倒な書面があった事を思い出して軽く頭を抱える。

 

 入学前に役所に提出している“個性届”と“身体情報”の書類を提出すると、学校専属のサポート会社より専用のコスチュームが用意してくれる“被服控除”というシステムがある。

 一緒に“要望書”を添付する事でさらに自分が意図する物が用意されるのだが、身体能力頼みの無個性である俺は何処まで書いていいのやら。

 

 普通は個性を生かす形で描くも、その個性が無いのなら己の肉体かサポートアイテムに頼り切るしかない。

 ないのだがそのサポートアイテムは何処まで注文していいものなのか。

 出来ればパワードスーツが欲しいがそれは高望みだろうし、合格したばかりで実績のない学生にそれほどの物を用意される事はあり得ない。

 警棒やスタンガンは有りか?ガスガンやペイント弾は?

 考えだしたらキリがない。

 無難そうなのと無理そうなのを一応全部書いてやろうか。

 

 面倒だなと呟きながら一応要望欄を埋めていく。

 後々サポート課に協力して貰って、アイテムの追加やコスチュームの変更を視野に入れておこう。

 

 「あー…雄英に頭がぶっ飛んでそうなサポート科の生徒とかいねぇかなぁ…」

 

 理想としては基本に忠実な人ではなく、ネジが外れた純粋なマッドエンジニア。

 それも今後の付き合いを考えるなら同年代、または年齢の近い先輩辺りが望ましい。

 出来過ぎた希望だと自分の想いに乾いた笑みを浮かべるも、そう遠くない内に出会うとは思いもしなかっただろう…。




 お前は十分に苦しんだ。もう前を向いてほしい…だって―――もういい、ボクが許す。だからいい加減前向いて生きろよ
 【エンマ EMMA】ナユタより




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第07話 無個性と元無個性の体力テスト 前編

 ヒーローの育成機関として名を馳せ、名門中の名門である雄英高校正門前。

 新たな一年生を迎える初日という事で扇動 無一は祖父の扇動 流拳と共に訪れていた。

 腕時計の針は朝の六時を指しており、早すぎる登校である。

 本日よりヒーロー科でヒーローへの第一歩を踏み出すという事で、気分が高まって早めに訪れた―――なんて浮かれた理由ではない。

 無一は知らなかったのだが、どうも雄英高校では入学式を執り行わないようなのだ。

 合格通知と共に送付された資料には無かったのだけど、雄英の入学式についての記載がなかった流拳が連絡を入れたところ、“相澤”という教師がしないと答えたのだ。

 俺の高校生活初日となる入学式での様子をビデオカメラで録画しようと思っていた祖父はがっくりと肩を落とし、あからさまに落胆していると弟子の連中伝手に聞き、なら入学初日に校門前で写真を撮らないかと言ってみたところ、瞬く間に復活して今に至るという訳だ。

 本来ならばこの時間は軽くランニングなどを行っている筈ではあるが、慣れた俺ならば兎も角初見の学生が強面の祖父を校門前で見てしまえば、通り難くなる事間違いなしだろう。

 周りの迷惑と祖父に精神的ダメージが及ばないようにと考えて、まだ学生の大半が登校していないこの時間帯に来ることに。

 

 いつになく微笑を浮かべて流拳と並んで写真を撮る。

 チカッとフラッシュが焚かれて、カシャリと言う音が三脚に乗せられたカメラより発せられる。

 もう二桁を超えて繰り返された撮影を終え、流拳は今撮られた写真を確認して大きく頷く。

 

 「よし、良く撮れとるぞ」

 「後で写真貰える?」

 「勿論じゃとも。今日の夜には用意しておく」

 

 祝いに豪華な飯じゃぞと俺以上にルンルン気分で笑みを浮かべていた流拳は、校舎に視線を向けるとむっと険しい表情を浮かべる。

 “むっと”などと可愛らしい表記をしたが、それは慣れ親しんだ無一から見てそう見えるだけで、傍から見れ仇でも睨んでいるような剣幕が漂っている風に感じるほど険しい顔をしている。

 

 「それにしてもなってないのぅ」

 「入学式の事?」 

 「いや、情報の伝達じゃよ。聞かなければ門前で困惑しとったぞ」

 「確かに送られた奴には式の説明みたいのあったのにな。それにしても情報伝達がなってないのは確かか」

 「“情報の命は速さだ”というのに」

 「あ、俺が教えた言葉覚えてくれてたんだ」

 「無論じゃとも。確か諜報機関の…ファットマン(太った男)という者の言葉だったかの?」

 「いや、ブックマン(学者)ね。体形的には間違ってはいないけどさ」

 

 こちらの世界では前世で嗜んでいたアニメや漫画、特撮がないために話題にする事も共感する事も出来ない。

 なので気に入っている“台詞”や考えを口にしたりしているのだけど、こうやって覚えて他の人が口にしてくれるというのは中々嬉しいものがあるな。

 嬉しそうに笑っていると三脚を片付け、カメラを大事そうにバックにしまった流拳は軽く片手をあげる。

 

 「ヒーローを目指すのが第一じゃろうが、青春は今しか味わえんのじゃ。存分に高校生活楽しむんじゃぞ」

 「善処…いいや、了解したよ」

 「そういえば無一はこの後どうする?何処かで時間を潰すか?」

 「あー、まだ内部構造理解してないし、校内を見て回るよ。これだけ大きな敷地を持ってるんだから暇潰しにはなるでしょ」

 「そうか。なら儂は帰るぞ」

 

 カッカッカッと朗らかに笑いながら流拳が飛んだ(・・・)

 年老いても高過ぎる身体能力による跳躍と、個性による補助を用いて建物の踏み台に跳び、数度建物より高く飛翔すると視界から完全に消え去ってしまった。

 俺もあそこまでに至れるのだろうか。

 否、至らねばヒーローなんて続けられないと再認識し、ヒーローへと至るべくこれから三年間を過ごすであろう雄英高校の門を潜る。

 

 

 

 

 

 

 朝会を済ませた職員室では、職員たちがそれぞれ動き始める。

 クラスの担任達は教室に向かい始め、クラスは持たないが教科を担当する職員や校長などは本日行われる入学式の準備の為に動き始める。

 

 ヒーロー科1-A組を担当する相澤 消太は気怠そうに席を立ち、教室へ向かうべく準備を始めるのだが、その第一歩が寝袋を用意するという変わった行動を取る。

 彼は自身が持つ“合理性”に重きを置く。

 食事は手早く栄養が取れる栄養補給ゼリー飲料で済まし、無駄だと思う事を省いて有効だと判断した事を行う。

 今もまた教室へ移動した後の僅かな時間を有効に使うべく、寝袋で寝て休むという彼なりの合理的判断に基づいている。

 

 「Hey!イレイザー!」

 

 自分を呼ぶマイク(プレゼント・マイク)に手を止めて顔を向けると、男子生徒を連れて出入り口で手を振っていた。

 その生徒は自分が担当する生徒の一人である扇動 無一であった。

 

 「どうせ寝袋被って教室に向かうつもりなんだろ。だったらついでに持って(荷物を)行って貰えって」

 

 雄英で共に学生時代を過ごしてきた長い付き合いだけあって、マイクの予想は大きく当たっていた。

 確かにこれから教室に向かうであろう扇動に荷物を持たせるのもまた合理的だ。

 本日行われる入学式を時間の無駄(・・)と判断して、グラウンドで授業を行おうと考えている相澤は、用意されている新品の体操着へ視線を向ける。

 しかし持って行くという行為そのものが非合理的と判断する。

 

 「いや、別にいい」

 

 断りながら視線を寝袋に戻し、ジッパーを空ける。

 そしてちらりと無一に視線を向けた。

 

 扇動 無一。

 実技試験での戦闘技術に的確な救助活動を目撃した相澤は、軽くであるが調べ上げた。

 両親はヒーロー活動中にヴィランに襲われて死亡。

 その後は親戚中をたらい回しにされ、祖父である扇動家当主の扇動 流拳に引き取られる。

 学校での成績は上の上で、個性禁止の体力テストでは全国一位をキープ。

 HUCのバイトを熟して救助に関する知識と経験を積み、中学時代にはそれが役立ち人命救助を行い表彰された事もある。

 転々と渡った小学校や中学校の担任に電話で話を聞けば、口が多少悪い以外に悪い話は一切なく、寧ろ担任からも生徒からも好感を得ていた高評される。

 基本的な(・・・・)人間性も戦闘技術も救助能力も優れている生徒だけに、試験官を務めた職員の大半が彼の合格に納得し、これからの彼に大きな期待を抱いた。

 その大半に含まれない一名…。

 相澤だけが彼の入学に否定的であった。 

 

 確かに扇動は同年代、いや、多くの上級生と比較しても基礎能力で秀でているだろう。

 しかしそれは純粋な身体能力や身に着けた経験と知識によるもの。

 “個性”があるならば“個性”と共に鍛える為に大きな伸びしろもあるが奴にはそれがない。

 個性にも身体能力にも個人差があれど限界が存在する。

 伸ばせる個性を持たず、すでにかなり鍛え込まれている身体能力を持つ扇動に、どれほどの伸びしろがあるというのか。

 寧ろ他の学生に比べて限界が近いのではないかと思う程。

 雄英で三年間で学べる知識はあれども鍛え上げれる部分が無いのであれば、正直に雄英に通うというのは無駄(・・)に思えて仕方がない。

 だから俺はヒーロー科の定員から弾くように校長に進言した。

 すると他の職員との意見を合わせて、俺が担当するクラスを2()名にしたのだ。

 ヒーロー科の定員は40名。

 A組B組それぞれに20名ずつなので、これは完全に定員オーバーであるも、雄英の“自由”な校風が売り文句。

 特例として21名とするも良し。

 俺の判断で21名以下にする(・・・・・)も良し。

 そう言われてしまえば返す言葉はない。

 つまり俺は俺が否定した生徒を合理的(・・・)に判断しなければいけなくなったのだ。

 

 そんな事とは露とも知らない扇動は、プレゼント・マイクが“イレイザー”と呼んだ事が気になり、相澤をじっくりと観察するように見つめた。

 

 「イレイザーってイレイザー・ヘッド?」

 「お、メディアあんまり出てないのによく知ってんじゃん」

 「えぇ、憧れのヒーローなので」

 「「「憧れ…」」」

 

 プレゼント・マイクにミッドナイト、それと何となく眺めていた八木 俊典(オールマイト)は“憧れ”を抱かれているイレイザー・ヘッドこと相澤 消太に視線を向ける。

 

 整えられていないぼさぼさの長髪に生やしっぱなしの髭、やる気が一切見られない弛んだ様子…。

 憧れを向ける対象がこれでは酷いと三人とも思ってしまう。

 例えるなら純粋な子供が好きなキャラクターの着ぐるみの頭が外れて中身が出てしまったような、特撮ヒーローのピンクの中身がおじさんだったのを偶然目撃してしまったりしたような感じ…。

 残念そうな視線を受ける相澤は気にせず、扇動はそんな視線から意図を察して微笑む。

 

 「大丈夫ですよ。イレイザー・ヘッドの戦い方や戦闘技術に憧れを抱いているだけで、別に誰もが抱くヒーロー像みたいな人間性は求めていないので」

 「意外と言うわね…」

 

 本人を前にハッキリ言うなと誰もが思い、扇動は「但し、周囲に害をなさない程度は求めますが」と付け加えて、俺が手にしていた体操服を取り上げる。

 

 「…何をする?」

 「逆に問います。何をしてるんです?」

 「入れて(・・・)持って行く。それが合理的だろう」

 

 ついでに持って行かさずとも、寝袋に入れて運べば手が空くのでゼリー飲料を食べながら移動も出来る。

 無駄を省いてこその合理的だ。

 

 「寝袋に入れて運べば効率的なのに、君は意外と(・・・)合理性を欠くね」

 「先生は合理的というよりは単なる横着者のようですね。失礼ですがおいくつですか?」

 「30だが」

 「担任とは言え初めて会った三十路の男性と共に包まれて運ばれた衣類に対し、年頃の少女を含めたクラスメイトの反応は凡そ嫌悪でしょう。下手したら好感度の低下どころか保護者からクレーム来ますよ。合理的というならいらん面倒事を増やさないためにも後を視野に入れないと」

 「ふむ、そういうものか」

 「そういうものです。というか無頓着に過ぎるでしょう」

 

 面倒なのは確かだと納得し体操着を渡すと、腰に提げているポーチより紐を取り出して体操着を一括りに結んで机の上に置き、寝袋を被ってジッパーを上げた俺を背負う。

 右手で支えながら左手で体操着を結んだ紐を掴む。

 

 「じゃあ持って行きますね」

 「おいおい、イレイザーごとかよ」

 「ついでです」

 

 担がれて職員室を出る俺は眠気眼のまま扇動を見据える。

 努力は認めよう。

 それも並大抵のものではない。

 だからこそ思うのだ。

 こいつは…無個性である扇動はヒーローという危うげで無茶な道でなくとも別の道があっただろうと。

 

 「お前は本当に合理性を欠いている。無個性でヒーローなんて無謀もいいところだ。別の道もあっただろうに…」

 「分かってますよンな(そんな)ことは。けど決めちまったら仕方ないでしょうに」

 「決めた…か」

 「友達を煽った責任、餓鬼の我侭に快く付き合ってくれた爺ちゃんの優しさ、ヒーローになる夢を応援してくれた先輩に応える為にも。そしてあるヴィランを俺の手で捕まえる為にもなるんだ」

 「…親の復讐か?」

 

 頭に過ったのは扇動の両親を殺害した犯人。

 ヴィランにより殺害された以外の情報は知る事が出来ず(・・・)、その事件を起こしたヴィランの生死や逮捕されているか以前に名前すら不明。

 ヒーローとして危険に身を晒す以上、何かしら自身を奮い立たせる精神を支える柱が必要だ。

 だからと言って復讐とはな…。

 俺の問いに扇動は首を横に振るった。

 

 「それは別。捕まえたいヴィランには恨みも辛みも抱いていません。寧ろ……いや、違うな」

 

 何か言おうとした口を閉ざして考え込む。

 その横顔には何処か懐かしみ、穏やかな笑みすら浮かべていた。

 対して追求も問いかけもせず、ただただ「そうか」とだけ口にしてこの話を締めくくる。

 話もほどほどにヒーロー科1-A組の教室に到着し、扉が開かれた教室内の喧騒が廊下にまで響き渡っていた。

 開けっ放しの出入り口を塞ぐように緑谷 出久に麗日 お茶子が話し込んでおり、教室内では机に脚を乗せる爆豪 勝己に注意する飯田 天哉が騒いでいた。

 

 「(わり)ぃが道を空けてくれるか?」

 「むー…く…ん?」

 「あ!“よーこそー”の人だ!」

 「はいはい、よーこそーの人ですよ。」

 

 それぞれの反応を示す中、緑谷だけが戸惑いの表情を浮かべる。

 扇動と小学校が一緒だったことで顔見知りという事もあったのだろう。

 パァと顔を輝かせると同時に、背に俺が居る事で何度か見比べて困惑の色を濃くする。

 そしてその困惑はクラス中に広がっていく。

 

 「おはようイズク」

 「おは…よう?…えっと、後ろの人は…」

 「(グレート)(ティーチャー)(鬼塚)ならぬGT(相澤)。もしくは現状芋虫」

 「先生って事だよね!?」

 「…そうだ」

 

 チャイムが鳴り響くと仕事に入る為、小さく返事をして背中より降りる。

 直立した状態で寝袋のジッパーを下げ、顎をしゃくって扇動に持たせた体操服を教卓に置くように示す。

 騒ぎも扇動と俺の登場で静まったのは黙らせる手間が省けて丁度良い。

 

 「担任の相澤 消太だ、よろしくね。早速だけどこれ着て(体操服)グラウンドに出ろ」

 

 簡単な自己紹介を済また相澤は、有限である時間を無駄にしない為と彼ら・彼女らにヒーローの素質があるか否かを見極める為にも、事によっては無意味になる(・・・・・・)入学式やガイダンスなどを無視してグラウンドに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 ソフトボール投げ、立ち幅跳び、50メートル走、持久走、握力測定、反復横跳び、上体起こし、長座体前屈。

 どれも小学校や中学校で行われる体力テストで用いられる種目だ。

 無論許可なく個性の使用を禁じられ個々人の身体能力を測定するので、測定内容は超人社会以前の個性を含まないものとなっている。

 超人社会となった現在では身体能力の把握のみで、個性の扱い認識には適用されない。

 俺は個人ごとに異なる個性に合わせたテストを用意するなど不可能と思いなんとも思わないが、合理的に重きを置く相澤先生は国の怠慢であり非合理的だと批判する。

 入学式もガイダンスもすっ飛ばしてグラウンドに集めたのは、その個性禁止の体力テストで個性を含めた自身の現状を把握させようというのだ。

 

 「扇動――いや、爆豪。中学の時のソフトボール投げの記録何メートルだった?」

 「6()メートル」

 「個性使ってやってみろ」

 

 呼ばれた爆豪が白線で描かれた円の中に立ち、投げ渡されたボールを手で投げる体勢を取って思いっきり踏み込んだ。

 

 「――――死ねぇええええええ!!」

  (………死ね?)

 

 手からボールが離れる瞬間に爆破の個性を用いて遠くまで吹き飛ばす。

 掛け声に俺を含めた何人かが疑問符を抱きながら、爆破によって起こった風を肌身で受ける。

 ボールには計測機器が仕込まれていたようで、相澤先生の端末に“707.5(・・・・・)”という驚くべき記録が表示される。

 

 「まず自分の最大限を知る。それがヒーローの基礎を形成する合理的手段」

 「なんだこれ!!(すげ)面白そう(・・・・)!」

 

 記録に驚き騒ぐ声の中、面白そう(・・・・)と言った生徒の言葉に相澤先生が反応する。

 それは酷く残念そうで怒りすら伺える。

 沈黙した先生は冷たい視線で向けて口を開いた。

 

 「面白そう…そんな浮ついた腹積もりでヒーローになる三年間過ごすつもりかい?…よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し除籍処分にしよう」

 

 入学初日。

 まさかの除籍の危機に皆が理不尽だと不満を口々に騒ぐも、相澤先生は鼻で嗤って言葉を続ける。

 

 「自然災害に大事故、身勝手なヴィラン達…ヒーローとはそう言った理不尽を覆すものだ。放課後をお友達と談笑したかったのならお生憎様。これから三年間雄英は全力で君達に苦難を与え続ける―――“Plus Urtra(更に向こうへ)”。全力で乗り越えて来い」

 

 挑発するように告げる相澤先生に対して、除籍されるかもと不安を募らせる者、強烈な洗礼を受け入れる者、獰猛な笑みを浮かべる者と様々な反応を見せる。

 中でもイズクのビビり様は相当なものであった。

 

 「焦り過ぎんなイズク。出来る事を出来るだけやんぞ」

 

 通り様にニカリと笑いながら背を叩いて言葉をかけておくも、こればかりはイズクを励ますというより自身に言い聞かせるが正しい。

 俺は何の個性も持たない無個性。 

 除籍という言葉に不安を覚えない訳がなかった。

 平静を装いながら軽く身体を解し、全力を尽くして種目に挑むもやはり個性の壁は非常に高い。

 50メートル走では“エンジン”の個性を持つ飯田 天哉が3.04秒で駆け抜け、握力測定では障子 目蔵が個性“複製腕”により腕を複製して540キロを記録し、立幅跳びでは掌で“爆破”を起こした爆豪 勝己とへそからレーザーを放つ“ネビルレーザー”の個性を持つ青山 優雅が着地用の砂場を軽く超え、反復横跳びでは“もぎもぎ”という頭のボール状の物質の弾力を利用して峰田 実が残像が残る速度で反復を繰り返す。

 

 越えられない壁…。

 だけど独学に爺ちゃんやプロヒーローと鍛えた身体能力は、前世では考えられないほどの記録を叩き出して何とか上位陣に食い込んでいた。

 やはりこの世界での身体能力の向上幅は異様なようだ。

 そう噛み締めながらボール投げで個性不使用の爆豪の記録を超える飛距離を出し、クラスメイトの様子を伺う。

 さすが雄英を受けただけあって、個性がこの体力測定に合わない者も中々いい記録を出している。

 

 ボール投げの記録は爆豪の記録がトップかと思いきや、麗日 お茶子の個性“無重力”によって無限()なんていう馬鹿げた表記で追い越された。

 まったく個性ってのはなんでもありだな。

 

 「全種目で上位に食い込むとはさすがだな扇動君」

 「そっちこそ大した記録じゃないか」

 

 クラスメイトの個性と身体能力を“情報”として頭に入れていると、近づいてきた飯田 天哉に声を掛けられ、視線は逸らさずに会話を続ける。

 なにせ視線の先には瞳が小刻みに動き、呼吸があからさまに荒く、焦りで顔が青ざめているイズクがいるのだ。

 同じ無個性(・・・)であり、各種記録も伸び悩んでいる現状を鑑みれば、除籍される最下位は間違いなくイズクだろう。

 どちらに転ぶか分からぬが、見届けなければならない。

 それに少し気になる。

 無個性である筈なのだが、イズクの瞳は死ぬどころか何かを狙っているような想いが感じ取れる。 

 

 「む、緑谷君はこのままだと不味いな」

 「ったりめーだ!無個性の雑魚だぞ!!」

 

 俺の視線を辿ってボール投げに挑むイズクを飯田は心配するが、嘲笑かのように爆豪が言う。

 雑魚かどうかは置いておいて、確かにこのままでは難しいのは確かだ。

 爆豪の言葉に反応した飯田は注意するでもなく、疑問符を浮かべて首を傾げた。

 

 「無個性?彼が実技試験で何を成したのか知らないのか?」

 「あ?」

 

 不可解な返しに爆豪よりも先に怪訝な表情を晒してしまった。

 それはまるでイズクが個性を持っているかのような…。

 個性の発現は四歳までというのが一般常識だ。

 勿論大多数のデータを元にした常識なので、漏れや特例が存在する事もある。

 

 僅かだが飯田の発言に気を取られ、視線を外した隙にイズクはボールを投げており、記録は49(・・)メートルを記録した。

 記録に不満や絶望を抱くのではなく、信じられない(・・・・・・)と言った様子で視線を己の手に向けるイズクに、眠たげだった眼をこじ開けてイズクを睨み続けている相澤先生の様子。

 相澤先生―――否、抹消ヒーローの名を持つイレイザー・ヘッドの個性を抹消する個性を使用したと見える。

 つまりイズクは何かしらの個性を持っている…。

 

 「天哉。その話詳しく聞かせて貰えるか?」

 「構わないとも」

 

 イズクが相澤先生に詰め寄られ何やら注意をされている間、俺はイズクと同じ試験会場だった飯田と麗日 お茶子から話を聞くと、なんでもあの巨大な0P仮想敵の頭部まで跳躍して拳一撃で撃破したという。

 その際に両足と殴った右腕を骨折したとの事。

 個性が発現して使い慣れずに制御が出来ないか、または何かしらの制限がある超強化系…。

 思考を働かせながら相澤先生が離れた事で、一つも見逃さないように動きを注視する。

 

 構えは先ほどと変わらない。

 はっきりとした理由は解らないが個性を抹消したのは、個性を使って骨折という大怪我を許容しなかったからと推測される。

 自爆覚悟の個性の使用は出来ず、かといってそのまま投げれば最下位確定で除籍。

 絶望的な状況だ。 

 なのにイズクの瞳は曇らず、輝きを灯したままだった。

 足に前に踏み込み、振り上げた腕を全力で振るう。

 手からボールが離れる刹那、人差し指がピシリと小さく電気を纏ったように輝き、不格好ながらも力強いフォームから放たれるボールは速く高く飛び、受信した端末には709.5という爆豪を超える数値が浮かび上がる。

 

 「…先生!まだ動けますっ!!」

 

 人差し指は痣どころか色がどす黒く変色し、涙が流れるほどの痛みに苛まれるイズクは、歯を食いしばりながらも笑ってそう言い放った。

 

 「あぁ、良い…。凄く良い」

 

 自然と口から漏れ出してしまった。

 湧き上がる高揚感が胸中で溢れかえり、頬が思いっきり緩んでしまう。

 自己の犠牲を厭わず臆せず今出来得る事を最大限生かして壁を超えた。

 まるでアニメや漫画に出てくる英雄(ヒーロー)のようで格好良いじゃないか。

 俺だけでない筈だ。

 目を見開いて口角が上がっている相澤先生も、隠れているつもりだろうがまっ黄色の目立つスーツにその巨体が隠れ切れずに満面の笑みを浮かべるオールマイト。

 現役のプロヒーローの心を震わせる友人が誇らしく、非常に輝いて見える。

 これは煽った身としてはこのままでは終われないな。

 とりあえずあの骨折しているであろう指の応急手当でもしてやるか。

 

 心躍る光景に興奮気味の扇動は、納得できずに襲い掛かろうとして相澤に捕縛された爆豪をスルーしてイズクの下へ駆け寄るのであった。




 情報の命は速さだ。
 敵より一秒遅ければ味方を見殺しにし、一秒先んずれば命を救う。
 【ヨルムンガンド】ブックマンことジョージ・ブラックより


 扇動 無一(15)
 Birthday  :7/17
 Height   :175cm(センチ)
 好きなもの&好きな事
       :前世の記憶にある台詞を口にする事
 仕事&バイト:原型師
        HUC
        作曲・作詞

 前世の記憶を持つ無個性の少年。
 複数の理由からヒーローを目指して高い身体能力を得たが、個性が無いゆえの限界を察している為、何かしらの装備品やパワードスーツを欲している。
 出来れば仮面ライダーみたいな。
 ヒロアカの知識は持っていない。
 もしくは削除された。


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第08話 無個性と元無個性の体力テスト 後編

 投稿遅れました…。
 まだ本調子には程遠い状況なので、次回投稿がまた遅れるかも知れません。
 遅れないようにはしたいのですが…。


 ヒーロー科1-A組は、入学式をすっ飛ばしてグラウンドにて個性使用の体力テストを行っていた。

 すでに50メートル走、握力測定、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げなど半分以上が済み、残る三種目となったが暫し休憩が入り中断となった。

 僅かながらスタミナを回復して次の種目に備える中で僕―――緑谷 出久は毒黒く変色した人差し指の痛みに耐えていた。

 

 僕の個性は憧れのヒーローであるオールマイトより受け継いだ“ワン・フォー・オール”。

 オールマイトによりマンツーマンで鍛えられた肉体は、強大過ぎる個性を受け入れる“器”とはなったけれども、自然に使用するまでには至っておらず、個性有の体力テストでは行動不能になる博打(個性の使用)は打てない。

 …が、それまでヒーローらしき結果が出せず、焦った結果は相澤先生の叱責。

 

 ―――また(・・)行動不能になって誰かに助けて貰うつもりか?

 

 昔オールマイトは一人で大災害から千人以上を救出したという伝説を創り出した。

 同じ蛮勇でも僕のは一人を助けて木偶の棒になるだけと…。

 

 言われて強く実感する。

 雄英高校の実技試験にて、オールマイトによって身体は鍛えられたが戦う心積もりが微塵も出来ていなかった緑谷は、会場を動き回るだけでポイントを得れずにかなり焦っていた。

 そんな最中、一人の少女が巨大な0P仮想敵が崩した瓦礫に挟まり、身動きが取れなくなったのを目撃して、ヘドロ事件同様に頭より先に身体が反応して助けに行ったのだ。

 個性“ワン・フォー・オール”は強大で、両足に力を込めれば0P仮想敵の頭部まで跳び、拳の一振りで撃破するに至る。

 緑谷は一人の少女の窮地を救った。

 だがしかし、肉体の限界を超える個性の使用の代償は両足と右腕の複雑骨折。

 さらに助ける事ばかりに全てが向いていた為に、跳んだあとの着地などは全く考えに無かった。

 両足も利き腕も使えない状態で痛みに苛まれる思考では、着地すら怪しい状態。

 まさに一人を助けて木偶の棒になった瞬間だ。

 そして助けた女の子によって自由落下していた自分は助けられた。

 

 体験したがゆえに強く理解し、だからこそ必死に考える。

 個性を使っても身体は壊れて行動不能にならず、高い記録を叩き出す方法。

 無い物強請りしても仕方がない。

 ならあるモノを絞って最善を尽くすしかないんだ。

 思い至ったのはボールを投げる瞬間、人差し指だけ(・・)個性を使用する事。

 人差し指は酷い状態になったけど記録は出せて僕は十二分に動ける。

 

 で、今に至る訳なんだけどやっぱり痛い。

 

 「なんでいつもいつも怪我すんのかなぁ」

 「むーくん!?」

 「動くな。人差し指伸ばしてろ」

 

 指の痛みに耐えているとむーくんが苦笑いしながら、手にしていたポーチから色々と取り出す。

 痛む指をひんやり冷やし、添木をして包帯できつくならない程度でしっかりと結ぶ。

 手慣れた応急治療に気が付いた何人かが興味深そうに眺める。

 まったく気にする素振りを見せずに淡々と済ます。

 

 「一応言っとくけど出来るなら人差し指を心臓より上に挙げとけ。腫れを多少は抑えれるから。どうせ保健室は体力テスト後に行くんだろ?」

 「うん、心配かけてごめんね…」

 「まったくだ…けど、さっきのは凄かった。格好良すぎて心が震えたよ」

 「あ、ありがとうむーくんっ!?」

 「頑張れよイズク」

 

 礼を言うも頭が揺れるほどのデコピンを喰らわされ、指の次に痛む額を撫でる。

 応援を最後に述べてポーチに取り出した医療品を仕舞い込む。

 その様子を眺めていると雄英高校受験日に出会った女の子が心配そうに駆け寄ってきてくれた。

 

 「指大丈夫?」

 「う、うん。大丈夫です!」

 

 心配そうに覗き込んできた彼女―――麗日 お茶子の顔がすぐ近くに寄せられた事で女の子に慣れていない緑谷の顔は真っ赤に染まる。

 麗日と緑谷が出会ったのは雄英高校受験日の門の前。

 躓いて転びかけた緑谷を、個性“無重力”で麗日が助けたのだ。

 実技試験では同じ会場であり、先に挙げた(書いた)話に出た女の子とは彼女の事である。

 互いに互いを助けてくれた人として強い意識を向けている。

 さらに母親以外に女性と関りがなく、女性慣れしていない緑谷は分け隔てなく接してくれる麗日の性格に、若干押され気味ながらも嬉しく思っている。

 

 「大丈夫なわけあるか。馬鹿が」

 「いはいほふーふん(痛いよむーくん)

 「仲良いんやね」

 「まぁな。とはいっても小学生の頃に転校してからは離れ離れだったがな」

 

 照れ隠しを孕んだ回答に応急手当てしたむーくんがジト目で頬を抓る。

 痛い痛いと口にするもむにむにと摘ままれたまま。

 仲良さげな様子にクスリと麗日が微笑み、照れ臭く緑谷も笑みを浮かべる。

 

 「扇動君、彼の指は大丈夫かい?」

 「ンなわけねぇだろ。内部出血は酷いし、骨にも異常ありそうだよ」

 「遠目でしたけど手慣れていますのね」

 「天哉にお嬢(・・)か」

 「その呼び方止めて下さい。私には八百万 百(ヤオヨロズ モモ)という名前が…」

 「すまん、すまん」

 

 指の具合を気にした飯田 天哉と応急処置の手際に感心した八百万 百。

 飯田とは実技試験会場が一緒だった事と説明時に注意を受けたことでよく覚えていたが、八百万とはクラスで顔を見た程度で全く知らない。

 親し気に話す様子からむーくんの知り合いらしい。

 

 「二人共むーくんの知り合いですか?」

 「以前パーティでお会いしまして」

 「君もか。俺もヒーローが集まったパーティで出会ったんだ」

 「パーティ?」

 「えぇ、確か扇動さんのお爺様が船舶関係の会社を持っていたかと」

 「そうなのか?俺はプロヒーローと聞いたが」

 

 緑谷は二人の口から出てくる事実にきょとんとしてしまう。

 お爺さんがプロヒーローだったとか、会社経営をしているだとか、それ以前にお爺さんの話自体初耳だ。

 よくよく考えてみれば話を聞いてもらう事がほとんどで、たぶん聞けば答えてくれるだろうけど自ら話していた事は確かに無かった。

 小学校を転校した理由ですら“家庭の都合”としか聞いておらず、詳しくは緑谷も爆豪も聞かされていない。

 …ただ転校の話を聞いた母が薄っすらと悲しそうな表情を浮かべていたのを思い出す。

 

 「へぇ、クラスの中で扇動の知り合い多いんだ」

 「貴方達もですの?」

 「俺達は実技試験でな。もう一人B組にも居るけど」

 「扇動ちゃんと一緒に(・・・)あの0Pを倒したのよ」

 「(ちげ)ェよ。あれはお前さん達の活躍であって俺は入ってねぇって」

 「もう、そうやって否定して」

 

 わいわいと楽し気に話していると賑やかさに惹かれてクラスメイトもなんだなんだと近寄って来る。

 

 「やっぱすげぇんだな。今んところ記録だって上位に全部食い込んでるしな」

 「そりゃあ実技含めて一位で通過したって言ってたもん」

 「マジか!?」

 

 周りの皆がむーくんが一位通過だったことを知って関心する中、僕一人だけは顔を青ざめて硬直した。

 何故なら自分とむーくんの幼馴染であるかっちゃんは、完璧主義でなんでも喧嘩で勝てなかったむーくんを超えようと闘志を燃やしている。

 勿論入試を受けるからには一位を狙っていたに違いない。

 そんな彼が誰が一位だったかを知れば、その行動は火を見るより明らかだ。

 

 「テメェかぁあああああああ!!」

 

 グラウンドに響き渡る爆発と怒声。

 砲弾のように飛び出したかっちゃんに対して、むーくんはすぐさま構える。

 …が、伸ばした手は届く事無く、何本もの布が絡まって動けなくなった。

 炭素繊維に特殊合金を編み込んだ帯状の捕縛武器“操縛布”。

 ヒーロー名“イレイザーヘッド”こと相澤先生の近距離捕縛武器が完全に動きを固定し、睨まれている限りは“抹消”の個性によりかっちゃんの“爆破”の個性は封じられたままで抵抗らしい抵抗が全く出来ていない。

 

 「何度も何度も個性使わせるなよ――――俺はドライアイなんだ!!」

  (((個性凄いのに勿体ない!!)))

 

 全員が同じ思いを抱きながら爆豪を捕縛した相澤先生を見て、鎖で繋がれた猛獣のような爆豪に視線を向ける。

 今にも噛みつきそうな形相も身動きが取れず、扇動がゆっくりと近づくとむすっとしながら目を背けた。

 落ち着きを取り戻したとして操縛布から解放された爆豪は、何故か(・・・)扇動にガンを飛ばしてくる。

 

 「そろそろ続きが始まるだろうし、爆弾を抱えたままでは難しいな」

 「むーくん?」

 「爆発させるのも一種の手だが今は無理か」

 

 爆発させると聞いて昔のように喧嘩をする気なのかと脳裏に過ったが、気配を察した相澤先生の睨みもあってか肩を竦ませて諦めたようだ。

 

 「で、どうしたんだよ」

 「……テメェは知ってたのかよ?」

 「イズクの事か?」

 「決まってんだろボケ!ついこないだまで道端の石っころの癖だったのに…」

 「その言い方気に入らねぇな。けど納得はした…が、納得させれるだけの答えは持ってないぞ。俺だって今日目の当たりにしたんだから。――ってかずっと一緒だったお前さんが知らなかったのかよ」

 

 非常に後ろめたい…。

 二人には伝えておきたかった。

 しかしこの個性を話すのは大きな危険を伴う。

 決して二人が信用できないという訳ではないが、話す事は真実を語ってくれたオールマイトを裏切る事になりかねない。

 感情が渦巻く中、扇動は淡々と続ける。

 

 「予想だけど良いか?」

 「…ああ」

 「多分あの個性最近発現したものだろう。それもあのヘドロ事件以降にだ。なぁ?」

 「え、あ!う、うん………」

 「個性が発現だぁ!?あり得ねぇ。個性の発現ってのは―――」

 「四歳までに発現するってのが通説だ。だけど何事にも例外は存在する。イズクはそんな例外だったって事だろ」

 「…クソデクがァ……!今まで俺を騙していやがったのかぁ!?」

 「あんな馬鹿正直なイズクが数年もお前を騙しきれるかよ。それともお前さんの目は節穴だったのか?」

 「アァ!?テメェ、喧嘩売ってんなら言い値で買ってやんよォ……!!」

 「ばぁか。こんなところで売るかよ。代わりに勝負といかないか」

 「ああ?勝負だぁ?」

 「この体力テストの順位勝負」

 

 怪訝な顔を浮かべた後、獰猛な笑みを浮かべられた。

 小学校以来越えるべき相手として認識していた相手から吹っ掛けられたのだ。

 同時に扇動の気遣いに感謝する。

 完全にかっちゃんの意識が僕からむーくんに逸れた。

 酷く心を抉る視線が緩和されたことは有難いのだけど、なんだからしく(・・・)無い。

 人を煽るようにして諭す事は確かにあった。

 けど興奮気味に人を煽って乗らせるというのは…。

 

 「……上等だ!残り三つ圧勝してブチ殺してやるよ!!………にしてもらしくねぇな。テメェから吹っ掛けて来るなんてな」

 「ちょっと昂ってしかたねぇんだ」

 

 同じく思っていたかっちゃんの言葉にむーくんは意味ありげな笑みを浮かべてこちらを見た。

 それが何を意味していたのか問いかける前に、ため息交じりに相澤先生が声をあげる。

 

 「そろそろ再開するぞ。次は上体起こしだ」

 「そうだ、他の皆も乗らねぇか?」

 「えぇ…?面白がってっとまた怒られるんじゃあ…」

 「そりゃあ面白半分で言うからだろ。俺が言ってんのは上目指す為の本気の勝負だ」

 

 急な振りに異論が上がるも止めに入らない相澤先生の反応と、挑発するように「どうする?」と視線を向けて問いかけると、感化される何人かが(切島や芦戸など)「やってやるぜ!」とやる気に満ちて乗ってきた(・・・・・)

 勿論それは僕も同じだ。

 ぎゅっと握り締めた拳から痛みが響き渡るも、やる気に満ちた想いは燻ぶったままだ。

 

 残る種目は上体起こしに長座体前屈、持久走の三つ。

 やる気に溢れた緑谷であったが、走る度に発生する振動で痛みに苦しんで十二分に本領を発揮することは出来ず、決して記録が伸びる事は無かった。

 この三種目については個性が合わない者が多く、扇動がほぼトップを独占する事となる。

 持久走では爆豪に飯田、轟が個性を使って速度をあげるも途中で個性を使わなくなり、ほとんど速度を落とさずに全力疾走に近い扇動に抜かれて行った。

 その扇動はバイクを個性によって創造した八百万に追い付けずに持久走では二位となる。

 

 持久走を終えた皆はそれぞれ疲れを見せており、扇動も呼吸する度に肩を大きく上下させるほど息を荒くし、汗だくになるほど疲弊していた。

 

 「はぁ…はぁ…はぁ…、少し無理を…ッしたか…。“たかが数キロ走ったくらいで痛めるような内臓は持っていないよ”とか言ってみたかったな…」

 

 何かを呟いて地面に大の字に寝転がった扇動に、緑谷を含めた何人かが歩み寄る。

 皆も疲れてはいるものの、扇動程に倒れ込むほど疲弊している訳ではなかった。

 ゆえに異常にも見える必死過ぎる行動を一人が問いかける。

 

 「ねぇ……、扇動ちゃんはどうしてそこまで勝ちに拘るの?」

 

 倒れ込んだ扇動の顔を覗き込むように蛙吹が問い、ゆっくりと深呼吸を繰り返して息を整えながら、照れ臭そうに頬を掻きながら答える。

 

 「あー…人の言葉を借りるなら“負けたくないことに理由っている?”」

 

 緑谷は先ほどはらしくないと思ったが、僕が知らない誰かの言葉を使う事に対しては昔のままだな、とほくそ笑んだ。

 ちなみに相澤先生の除籍処分発言はやる気を出させる為の合理的嘘だったとの事で、最下位であった緑谷は驚愕で画風が変わるほどのリアクションをしながら、除籍されなかったことに心の底から安堵するのであった。

 

 

 

 

 

 

 体力テストの結果を順位にして生徒に見せ、最下位は見込み無しで除籍処分はやる気を出させる為の合理的虚偽だったと()を吐き、今後のカリキュラムなどの書類が教室に用意してある事と緑谷に保健室利用書を渡してその場を離れた相澤 消太は校舎裏へと進んで行った。

 

 「相澤君の嘘吐き!

 

 にっかりと力強い笑顔を浮かべたオールマイトが待ち構えていた。

 入学式では新任の先生の挨拶もあるだろうし、それが終わったとしても新任として覚える仕事は多くある。

 なのに何しているんだかこの人は…。

 

 「見てたんですね。暇なんですか?」

 「合理的虚偽って!エイプリルフールはとっくに過ぎてるぜ」

 

 嫌味も込めたこちらの言葉はどうやら届かないようだ。

 嬉しそうに語ろうとする彼に呆れ交じりの視線を向け、無駄と肩を竦めて視線を向ける。

 

 「君は去年の担当する筈だった一年一クラス全員を除籍処分にしている。見込みゼロと判断すれば迷いなく斬り捨てる君が前言撤回。それはつまり君も緑谷少年に(・・・・・・・)可能性を感じたからだろう!?」

 

 言いたい事は複数あるが、まず最初に気になったのはオールマイトが漏らした一言だ。

 

 「…君()?随分と緑谷に肩入れしているんですね?」

 

 教師として一人の生徒に肩入れするというのは決して良いことではない。

 人間である事から誰かを贔屓する事は大なり小なり発生する。―――だが、無意識にも口に出す程に強く贔屓するというのは非合理的で大問題だ。

 あからさまに動揺する様子も相まって深いため息を吐き出す。

 

 「ゼロ(・・)では無かった。それだけです」

 

 そう、ゼロではなかった。

 夢を抱くのは勝手だ。

 教師として夢―――ヒーローを目指すというのであれば、全力で試練を与えて叶えられるように後押ししよう。

 だが、夢を追うにしてもヒーローは危険な職だ。

 実力主義で成り立っている。

 見込みのない者を鍛えて運よくヒーローに成れたとしても、ヴィランとの戦いや大災害などで命を落とす事になるだろう。

 

 「見込みがない者はいつでも切り捨てます。半端に夢を追わせる事ほど残酷な事はない…」

 

 想いが籠った一言にオールマイトは去るべく歩き始めた相澤を見送る。

 その相澤は二人の生徒に思考を向けていた。

 強力過ぎる個性を扱いきれずに怪我を負ってしまう緑谷 出久。

 無個性ながら身体能力は他の生徒より何歩も抜きんでていた扇動 無一。

 どちらも体力テストの途中記録と実技試験の映像から、薄っすらと切り捨てるだろうと思っていた。

 しかし奴らは見込み(・・・)を示した。

 

 緑谷の課題はまずあの扱い切れていない個性を扱い切れるようにする事。

 それさえ出来れば出来る事は多い。

 扇動に関しては現状見込み有でも、今後考えを改めない限り(・・・・・・・・・)は切り捨てる事になるだろう。

 そんな事を思いながら相澤は、無意識に(・・・・)若干ながらの笑みを浮かべるだった。

 

 

 

 

 

 

 入学初日を終え、祖父流拳との会食を済ませた扇動 無一は自宅にて、今日一日を振り返って思案を深める。

 

 入学式やガイダンスを無駄(・・)として省き、執り行われた個性有の体力テストは得るものが多かった。

 まず自身の実力の再確認と、ヒーローのスタートラインに立ったばかりのクラスメイトに対してどの程度渡り合えるか。

 扇動 無一の自己評価としては最低限…。

 身体能力のみで対峙したところほぼ圧倒出来たのは良かったが、種目に有用な個性持ちが相手だと勝つことは出来なかった。

 さすがに個性の壁はそう簡単に超えられそうもない。

 ヒーローを目指すにしても、この先に控えている学校行事“雄英体育祭”の事を考えると今まで以上に鍛え直す必要性を確認できたのは上々と思うべきか…。

 

 雄英体育祭では同じクラスメイトと競い合う事も考えると、非力な(・・・)無個性としては策を練らねばならず、情報の入手は最重要課題となるだろう。

 とは言っても本日の体力テストで大まかなデータは集まったので、あとは細かな詳細を詰めていくだけなんだけどな。

 芦戸と蛙吹、瀬呂は実技試験の際に、爆豪は以前から知っているのでとりあえず置いておく。

 麗日は見たところボール投げと50m走の様子から対象を“浮遊”または“重さの軽減”、飯田は脹脛の気筒が現れ速度を得る速度特化。轟は“氷結”で八百万は“創造”と言ったところだろう。

 他にも何人かは個性を使用していたが、種目に合わずに個性を使用できなかった者も居た。

 そういった者は以前芦戸に言ったように“名は体を表す”に当てて予想するしかない。

 

 前世と異なるこの世界ではその言葉通りに名前が個性や人物を現している事が多い。

 “尻尾”が生えている()白や耳たぶにプラグの形になっている()郎、身体が透明の葉()とか。

 中には個性を使用できず、名前から判断し辛い者も居たがそれこそ今後に期待だな。

 

 「にしてもお嬢に轟の個性は凄かったな」

 

 パーティで世間話した程度でしか接点は無かった八百万の多種多様な物を創造する個性に、自身が接触している物を通して氷結及び氷を生成する轟の個性。

 両者とも非常に応用の利くもので羨ましい限りだ。

 特に轟の個性は凍らせるという単純なものではなく、氷を連続で作り出す事で移動にも使っていた。

 身体能力も高い上に早い移動手段、相手を凍らせるという方法で直接戦闘から捕縛する事も容易であろう。

 出来れば体育祭では敵対することなく済ませたいが、今から個性込みであれだけの能力を持っているのだから、上がってこない事の方があり得ない。

 まぁ、あの二人に対しては弱点も多少透けたから手も無い事も無いか…。

 

 八百万は握力測定時に複数の万力、ボール投げではアームストロング砲らしい砲、持久走ではバイクを創り出したが、物が大きくなるにつれて創り出すのに時間が掛かる上に、創り出すたびに若干ながら顔色が悪くなったようだった。

 創造するには何かしら体力か体調に関わる代償を払わなければならないのだろう。

 轟に至っては持久走で八百万や俺に敗北した事から個性の長時間使用は出来ないようだ。

 個性を使用した時の速度を考えると即席のバイク程度(・・)に後れを取る筈がない。

 勿論俺にもだが…。

 

 一息ついて珈琲に口を付けた無一は、体力テスト終了時の相澤先生を思い出して苦笑する。

 

 「なにが合理的虚偽だ。あの狸教師め…」

 

 あの目は虚偽など含んでいない。

 確実に切る気満々だったと見える。

 そこは認められたと誇るべきだろうな。

 個性持ちは能力強化を図れば今後の伸びる余地が大いにある。

 対して個性の無い俺では伸ばせる部分は限られている為、切り捨てられてもおかしくは無かった…。

 

 安堵と共に憧れのヒーローに認められたという思いが歓喜に繋がる。

 …とは言えその感情に浸っては居られない。

 

 喉に小骨が突き刺さったように疑念が残る。

 イズクの“個性”の事だ。

 爆豪にはああ言って見せたがそれが事実かどうかは疑ってはいる。

 個性を得たのはつい最近である事は間違いない。

 もしも以前から隠し持っていたのならイズクの性格を鑑みて“ヘドロ事件”の際に使わないなどあり得ない。

 自身が罰せられようとも助けにいかない訳がないのだ。

 

 「例外中の例外…あり得なくもないが、アイツの周りで何も無い(・・・・)ってのがおかしい」

 

 麗日という少女と天哉の証言を信じるのなら、イズクは個性を把握したうえで0P仮想敵に挑んだようだが、挑む前は仮想敵に怯んでいたと同実技会場に居た青山が教えてくれた。

 肉体が耐えきれない超パワーの個性、または肉体を代価にして超強化を得る個性と言ったところか。

 0P仮想敵で使用して、それまでは使用しなかった事から最低でも自損する事実は知っていたと見て良いだろう。

 ならば自損すると知ったのは何時だ?

 代償にすれば巨大な仮想敵さえ倒せると理解したのは何処でだ?

 

 矛盾…。

 個性の性質を知っていながら、それを知る機会が無いのだ。

 ヘドロ事件からイズクの様子を爆豪に聞いたところ、見ていた訳ではないが反抗する態度や授業中に居眠りをしていた程度の情報ばかりで大怪我を負ったとか暫く学校を休んだというのは無かったとの事。

 事故で個性を発現させてしまい、その威力を暴発させて大怪我を負ったというのなら、話の内容からニュースに取り上げられてもおかしくない。

 だが、そんなニュースはネットを調べても見つかりはしなかった。

 

 病院の検査で個性の有無は調べられてもそれが何なのかまでは詳細を示せるわけもない。

 考え込むだけ矛盾点が浮上しては未消化のまま脳内を漂う。

 

 「少し調べてみるか…」

 

 現状解らないだけで調べられない訳ではない。

 体力テスト中、物陰から巨体を隠しきれていないオールマイトが様子を伺っていた事は解っている。

 あんな妙な気配(・・・・)を漂わされれば嫌でも気づくというもの。

 

 これは勘違いかも知れない。

 ただ単に気になったから伺いに来たのかも知れない。

 が、オールマイトの個性も超絶なパワーを振るうものである事から、繋がりを疑うなという方が難しい。

 無論オールマイトが個性を使用する度に大怪我を負う話を聞いた事はないが、疑いを晴らすべく調べるのも悪くない。

 違ったら別から調べれば良い。

 

 空にした珈琲カップを置き、キーボードを叩いて情報の海(ネット)から必要な情報を探るのであった。




 たかが数キロ走ったくらいで痛めるような内臓は持っていないよ
 【物語シリーズセカンドシーズン 花物語するがデビル】神原駿河より

 負けたくないことに理由っている?
 【ハイキュー】日向翔陽より


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第09話 お嬢とトカゲとホラーとコスチューム

 ふと日間ランキングで気になる話ないかなぁと見ていたら“無個性オリ主が共にヒーロー目指す!”があって驚き、平均評価が赤に入っていた事で一瞬思考が停止しました。
 皆さま、ありがとうございます。
 そして前回に引き続き遅くなった事、申し訳ありませんでした。


 子供らしからぬ子供。

 それが彼―――扇動 無一に抱いた八百万 百の第一印象であった。

 企業の社長や議員などが集まるパーティには、次代を担うであろう子供達の姿もある。

 会場にておいた(・・・)をしないように教育が施されてはいたが、遊び盛りの子供達が感情を押し殺してジッとしていられるのも限度があり、騒いだり暴れたりは無くとも退屈などの感情を表情に出してしまう。

 が、中学生一年の彼は連れてきた扇動家当主扇動 流拳よりも堂々とし、飽きて態度に出していた少年少女が居れば話しかけて多少なり払拭させ、呼ばれたは良いがパーティ慣れしていないプロヒーローの世話を焼いたりと下手な大人よりしっかりしていた。

 子供らしからぬ様子に興味が惹かれ、声を掛けたのがきっかけ。

 最初こそ穏やかで物腰柔らかな対応であったが、ヒーローとのやり取りを目撃してからはガラリと変わった。

 各界の著名人やその子息と会話する際とは異なり、荒っぽくラフな感じで振舞う彼こそ素だったのだろう。

 周りの大人たちは“出来過ぎた子供”と認識していた彼の本性には戸惑いを見せたものの、自分の周りに居ないタイプが物珍しく、自分が知らない様々な知識を持っていたりするので、パーティで会う度にお話しするようになった。

 その頃からだろうか。

 彼が名前ではなく“お嬢”と呼ぶようになったのは。

 

 クスリと微笑み懐かしい思い出に慕っていた八百万は、雄英高校へ向かう家からの送迎車から歩道を駆け足で進んでいる件の扇動を見つけ、窓を開けて声を掛ける。

 

 「おはようございます扇動さん」

 「……んぁ?ああ、おはようさんお嬢」

 「ですから――ってどうしたのですか?」

 

 振り返りながらまたもお嬢呼びする扇動にムッとしながら言い返そうとするも、口元どころか顔の下半分を覆う大きなマスクをしている様子から、体調不良かと心配を顔に浮かべる。

 こちらの表情に一瞬戸惑いを見せたが、意図を察して否定するように首を振る。

 

 「風邪とかじゃねぇから。これトレーニング」 

 「トレーニングですか?」

 「そう。酸素を薄くして高地トレーニング同様にスタミナアップさせるマスクトレーニング」

 「個性把握テスト(個性使用有体力テスト)であれだけの結果を出されたのにさすがですわ」

 「逆だよお嬢。あんな(・・・)結果で満足出来るほど驕れねぇってだけだ」

 

 個性把握テストで八百万は総合一位を獲得した。

 個性“創造”は分子レベルまで構造を理解し、対象の大きさに比例した脂質を消費する事で無機物を創り出す事が出来る。

 握力測定では万力、跳躍と長座体前屈では鉄棒、ボール投げでは大砲、上体起こしでは補助となる健康器具、持久走では原動付きバイクを創造して高い記録を出してトップに躍り出る事が出来た。

 だけど決して満足してはいない。

 一見万能そうな個性だがその分膨大な知識を必要とするので、十全に扱うべく昔から多くの知識を得るように努めてきた。

 けれど身体能力は平凡に近いものがあり、距離の短い50メートル走や反復横跳びでは自身の知識不足もあって創造する物が浮かばず、個性抜きの身体能力で挑んだところ多くのクラスメイトに後れを取る結果となってしまった。

 個性が合わなかったからなどただの言い訳にしかならない。

 何故ならそんな事知った事かと言わんばかりに、扇動さんが身体能力のみで総合二位を獲得したのだから。

 

 見たところ大きな変化や飛びぬけた記録が無かった事から、種目には合わない“個性”だったのでしょう。

 もしかしたら何かしら私みたいに条件のある個性だったのかも知れませんが、それでも倍率300倍という狭き門を潜った生徒達と競って、総合二位という結果を出すというのは凄い事だと思います。

 されどそれに胡坐をかく事無く、努力を怠ることなく更なる高みへ向けて邁進する。

 私も総合一位となりましたが慢心することなく努力精進して行こうと思っておきながら、扇動さんと比べるとなんて為体。

 汗顔の至りとはまさにこのことですわ。

 

 思い立った八百万は運転手にここまででと告げて停車させ、カバンを手にして送迎車より降りて駆け足で並ぶ。

 

 「おいおい、送迎は良いのか?」

 「私も満足出来ないので」

 「そりゃあ良い。プロ目指すんなら尚更な」

 

 ニカリと朗らかに笑う扇動さんは、少しばかり速度を落として並走する。

 それでもペースが速いのでなるべく合わせるようにするも、表情に出さないようにしている筈なのに理解して合わせようと速度を調節して下さる。

 いらぬ気を使わせて鍛錬のお邪魔をしてしまったと後悔して、想いを口にすると今度は鼻で嗤われた。

 

 「なら次は合わされないようにするこった」

 「確かに…次回はそうするよう努力いたしますわ」

 「意外と負けん気が強いよなお嬢」

 「テストの結果に納得することなく努力する貴方にそっくりそのままお返し致します」

 「おぉ、ブーメランだったか」

 

 他愛ない会話をしながら駆け足をするというのは意外に肺に負担が掛かる。

 それをマスクを付けたまま何事も無いように会話をしている扇動さんの努力は相当なものなのだろうと、昨日の個性把握テストの様子も相まって感心する。

 

 「そういや昨日個性を使う度に体調悪そうにしてたけど大丈夫か?」

 「えぇ、私の個性は創造するのに脂質を消費しまして、昨日は少々作り過ぎただけですので体調は問題ありません」

 「脂質かぁ。何となくデメリットがあるんだろうなとは思っていたがそうか。謎が解けたよありがとさん」

 「考察していたのですか?」

 「先の体育祭考えたら必須だろ」

 「さすがと言うべきでしょうか?」

 「表情が呆れたって言ってんぞ」

 

 言われている通り呆れてはいた。

 けど同時に感服もしている。

 彼の目には目の前の事だけではなく、先の事態を見据えてすでに動き出している。

 圧倒的なまでの意識の違いを見せ付けられ、八百万は自身もまだ未熟なのだと理解する。

 

 「いえ、私も負けてはいられませんと思っただけですわ!」

 「ならまず弱点を克服しろよ」

 「…私の弱点」

 「気になんなら今度教えてやんよ」

 「宜しいのですか?弱点を克服すればより強く成りますわよ」

 「―――あ?仲間が強くなるのに宜しいも宜しくないもねぇだろ」

 

 本当に変わっている。

 体育祭の事を視野に入れて闘志を燃やし、情報収集や鍛錬で準備を始めている言動をしておきながら、仲間が強く成るのは別として捉えているのだから。

 

 「変わった事を聞くんだなお嬢は」

 「またその呼び方…もう、良いですわ」

 

 直す気はないのだろうとため息交じりに諦める。

 少しだけムッとしながらも話題を変えようと、個性把握テストで緑谷さんの指の治療をしていた事を思い出す。

 

 「そう言えば扇動さんは何処で応急治療などを習われたのですか?」

 「HUC(フック)って知ってっか?要救助者を演じる仕事で、怪我や治療などを詳しく理解してないといけないんだ。そう言った知識と経験も得られるからそこでバイトさせて貰ってたんだ。ぶっちゃけバイト代も良いし」

 「緑谷さんの応急治療をなさっている時の手際の良さも納得です」

 「知識も大事だけど経験は大きいから」

 「ですから去年(・・)事件(・・)でも速やかな対応が行えたのですね」

 

 パーティで色々お話はしてきたが、扇動 無一個人の話を聞いたことはそうなかった。

 物は試しとインターネットで調べてみると意外に関連の記事が簡単に見つかり、主なものは爆豪さんや緑谷さんも関わっている“ヘドロ事件”と、去年に多くのメディアにより大々的に挙げられたとある事件(・・・・・)の二つ。

 その二つの内、着目したのは後者。

 事件の内容は卒業式を迎えたある中学校にて、女学生が男子学生を刺したというのが大まかな話。

 扇動さんは刺された学生を発見後、的確な応急処置を施しながら騒ぎに集まった学生に指示を出して、素早い処置もあって負傷した学生は命に別状なく、助けたことで警察から表彰を受けたのだ。

 

 褒めたつもりで話題に挙げたのだが一瞬ペースが乱れ、表情が曇ったのを見逃さなかった。

 それもほんの僅かな間だけですぐ元のペースに戻して苦笑いを浮かべる。

 

 「まぁ、調べれば出るわな。けど学校で話題に出さんといてくれよ。あんま好きじゃないんだあの事件」

 

 重たい口調からハッと思い至る。

 当時中学二年生だった彼は、訓練などで知識や経験は詰めたとしても、大怪我を負った人を目の当たりにするのは初めてだっただろう。

 心に大きなトラウマを抱えてもおかしくは無い。

 

 「すみません。私ったら配慮が足らず…」

 「あー…そういうのじゃないから気にしなさんな―――救えなかった(・・・・・・)俺が悪いんだから…

 

 再び予想に反する反応と僅かながら聞こえた小さな言葉に疑問符を浮かべるも、扇動さんはカラカラと何事も無かったように笑う。

 道中他愛のない談笑を交えながら雄英高校へと到着した頃には、談笑しながら駆け足だったのが祟ったのか肺が痛く、肩で息を切らしていた。

 ペース配分を任せていただけに少しだけ(・・・・)恨めしく睨むも、きつくないと意味がないだろうと軽くいなされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 雄英高校一年の推薦枠は四つあり、そのうちの一つを勝ち取った取蔭 切奈(トカゲ セツナ)は、クラスメイトの鉄哲 徹鐵と共に大食堂に訪れていた。

 別に食事に誘った訳でも誘われた訳でもない。

 来た理由は鉄哲を呼び出した相手に興味が湧いたからだ。

 

 鉄哲曰く、当日出会った四人と五分に満たない僅かな打ち合わせをしただけで、四人の個性をしっかりと把握してあの巨大な0P仮想(ヴィラン)を短時間で撃破できる策を考え付いた人物―――扇動 無一。

 知ったのは偶然ながら鉄哲達の会話が耳に入った事がきっかけだ。

 実技試験はどうだったとか言う内容だったが、正直推薦枠の面々は試験内容が大きく違う為に共感する事は出来ず、そうなんだと相槌を打つばかり。

 その中で無駄に声のデカイ鉄哲は、共に闘った戦友(・・)が凄いんだと誇らしげに語っていた。

 

 話を聞けば聞くほど興味が湧いてくる。

 詳しく聞けば短時間で個性を把握した以外に、複数の策を案として出した時点で相当頭が良い。

 しかも単に賢しい(・・・)だけではなく、鉄哲とのメールのやり取りで入試一位通過(・・・・・・)で入学初日に行われた個性把握テストとやらでは総合二位を勝ち取るほどの実力を持っているらしい。

 A組にも推薦枠で入った者が二人は居り、確実にそのどちらかより上回る能力を誇っている。

 そして本人は否定しているが“不向きだから”と撃破してもポイントにならないと説明されていた0P仮想敵との戦闘を任せ(・・)、音に反応して集まったポイントになる仮想敵を独占(・・)した。

 これが意図したものならその狡猾さに感心する。

 そうでなくとも出会ったばかりの四人を戦わせる気にさせ、意図しなかったポイントの稼ぎを謝罪して埋め合わせなどフォローを行う辺り大したものだろう。

 

 興味を抱きながら待ち合わせ場所に指定された大食堂に到着すると、昼食を食べようと多くの学生と僅かに教員が詰めかけており、食券の販売機前には長蛇の列が出来上がっていた。

 並ぶの面倒と顔に出していると突然鉄哲がぶんぶんと手を振り始めた。

 

 「おう扇動!待たせたな!!

 「相変わらず声がでけぇ…」

 

 片目を吊り上げて苦笑する彼が、鉄哲が言っていた“扇動”なのだろう。

 サッと視線を走らせて、身長はやや高めで特徴と言えば青い瞳に癖のある髪ぐらいかと軽く観察する。

 特に変わった様子はなく、向こうも不思議そうにこちらを眺める。

  

 「悪いな呼び付けちまって」

 「構わねぇって!」

 「ってか昨日のメールだと男子が同行者じゃなかったっけ?」

 「あー…物間なら来れなくなってね(物理的に)

 

 鉄哲が扇動の話をした際に誰が調べたのか入学以前から結構な有名人だったらしく、目立っている事も含めて(・・・)何故か対抗心を燃やした物間 寧人(モノマ ネイト)が同行すると言い出したのだ。

 ただ当日である今日になって可笑しなテンションで危うい雰囲気が漂っていた為、同クラスメイトの拳藤 一佳の説得(手刀)により教室で待機(気絶)となったのである。

 

 「変わりというか鉄哲から話を聞いて少し聞きたい事があってね……。取蔭 切奈って言うんだ宜しくね」

 「どんな話をしたのか気になるがこちらこそよろしく。扇動 無一だ」

 

 軽く挨拶を交わしながらも向こうからも同様に軽い観察が入ったのを視線で察する。

 ただ向こうに関しては隠す気配がない。

 こちらの視線に気付いてのお返しなのか、気にしない性格なのか…。

 

 「立ち話も何だし飯食いながらにしようか。趣味(・・)に合うか解らんが俺と同じもん買っておいた。一応驕りだ」

 「お!良いのか!!」

 「俺が勝手に選んで買っただけだからな。それで金払えってのはおかしな話だろ」

 

 扇動は鉄哲だけではなく、こちらにも単品で数枚(・・)の食券を渡して来た。

 礼を口にしようとするも、食券に書かれた品々に一瞬固まってしまう。

 タケノコご飯にアサリの味噌汁、いんげんの卵とじに鰹のたたき。

 決して悪いという気はないが、どれも好んで選ぶことは今まで無かった品々…。

 

 「若者らしくないって思ったろ?」

 「…いやぁ、普通カレーとか当たり障りないもの選ばない?」

 「日本は四季折々を楽しめ、味わえる稀有な国だ。ならその旬の物を食べるべきだろう」

 「本当に若者とは思えないんだけど」

 「そりゃあ二度目ともなればな」

 「…二度目?」

 「こっちの話」

 

 首を捻りながら食券を手に扇動に続いて並んで料理を受け取る。

 料理名を見た時以上に実物がトレイに置かれると余計にらしく(・・・)ないなぁと苦笑いを浮かべる。

 席に着いた扇動と鉄哲はまず用件を済ませようと食べながら話し込む。

 今回鉄哲を呼び出しや理由というのが、入学初日に行われた入学式とガイダンスの話を聞きたいという事だった。

 入学式が始まった時はヒーロー科A組が居ない事に他の一年生は疑問符を浮かべていたが、先生方は別段気にすることなく進行していき、事の詳細を知ったのは昼休みに鉄哲に届いたメールだった。

 A組の担任の意向により式に参加せず、個性把握テストを行っていたとの事。

 一応カリキュラムの紙だけは貰ったらしいけど、式で行われた諸々の説明や話を聞いときたいという事で鉄哲に話が来たのだ。

 二人が話している間、補足は多少入れるが割り込む気はないので自然と料理に箸を伸ばす。

 

 汁椀を口元に寄せてアサリのお味噌汁を啜ると、味噌の味もするがそれ以上に濃厚な貝の旨味が味覚に主張し、潮の香りが鼻孔を擽る。

 貝の風味は独特だ。

 人に寄っては臭みに感じて嫌う人もいる。

 小さい頃はそこまで好きという訳でもなかったが、こうして飲んでみるとこの独特の風味がスッと身体に入り込む。

 箸で摘まんだアサリを咥えてふっくらとした身を殻より取り出す。

 味噌汁に出汁として旨味が出ているものの、噛めばしっかりとしたアサリの風味が残っている。

 こんなに美味しかったっけと思いながら、汁物で口を湿らせると次にタケノコご飯に箸を伸ばす。

 こちらも旬を考えてタケノコをふんだんに使っており、箸で一口含むと醤油とみりんの甘じょっぱさと共にシャクシャクとタケノコの小気味いい歯応えが広がる。

 米もふっくらと焚かれており、食感の違うタケノコと混ざって面白い。

 いんげんの卵とじは下準備がしっかりされていて、いんげんの青臭さはかなり抑えられている。

 そこに卵の滑らかさに沁み込んだ出汁が合わさる。

 不思議と箸が進み、量が多いと思っていたのに見る見るうちに減っていった。

 メインのおかずである鰹のたたきは春鰹が使われており、脂身は少なく引き締まった身はさっぱりとしていて食べ易い。

 さらにそこにおろし生姜とポン酢、玉葱と一緒に食べる事でよりさっぱりとする上、元々たたきにした事で薄れていた生臭さはほぼ皆無。

 これならいくらでも食べらそうだと箸が進み、その減り具合を面白そうに眺めている扇動の視線に気付くのが遅れてしまった。

 

 「食材の活かし方が上手い。さすが“クックヒーロー”ランチラッシュが務めているだけある。しかも安いと来れば通わぬ理由がないな」

 「だな!」

 「んんッ!話に移っても!?」

 

 満足そうに食べていた様子を見られていた事に恥ずかしさもあり、グイッとお茶を一気に飲み干して、くつくつと可笑しそうに笑う扇動を睨む。

 どうぞと手で示され、コホンと咳を挟んで口を開く。

 

 「実技試験での話なんだけど少し聞いただけで個性を把握したってマジ?サーチ系の個性だったりするの?それとも…」

 「本人の説明と予想によるものだ」

 「予想って初見でしょ。鉄哲も実技試験で出会ったって言ってたよね?」

 「おう、そうだぜ!」

 「全てではないが見た目と名前から推測できる者も多い」

 「なら私の個性はなんだと予想する?」

 

 問いに対して扇動はスッと目を細めてこちらを眺める。

 30秒に満たない沈黙の後、お茶を一口飲むと一息つく。

 

 「自身の意思で身体を切り離し、高い再生力を持って切断した部位を再生出来る…とか?」

 

 完全な正解―――ではなかったが、個性の一部を確かに当てられた事に驚きを隠せない。

 鉄哲からかとも思ったが同じように驚いている様子から違うのだろう。

 

 扇動曰く理由は不明だが個性はその者の名に影響を齎し、個性による特徴が身体に現れる事もあるという。

 まず着目したのが苗字。

 とかげ(取蔭)である事から蜥蜴(トカゲ)に関する個性だと断定し、容姿と名前の追加要素からさらに補足・分析・予測を立てる。

 歯は鋭く、顔立ちは何処か爬虫類を連想させるので蜥蜴である事は間違いない。

 しかし尻尾が生えていたり、表皮に鱗のような特徴は見受けられない事から“異形型”を外し、Mt.レディのような“変形型”かイレイザーヘッドのような“発動型”のどちらか。

 残る判断材料は名前。

 せつな(・・・)に真っ先に思い浮かんだ刹那(せつな)を含めた漢字を当て嵌めていくと、ことわざにもなっている蜥蜴に備わっている機能と重なった。

 

 ――“蜥蜴のしっぽ切り”。

 外敵から身を護る為、僅かながら動き回る尻尾を切り離して(自切)注意を逸らす。

 せつな(切奈)の“せつ”が“切”であるならば自切の可能性が高いを判断し、自切を行える生物は高い再生能力を保有している事から再生能力も答えに含んだのだ。

 

 取蔭 切奈の個性は扇動の予想通り“蜥蜴のしっぽ切り”。

 自切も再生能力も正解であるが、付け加えて切り離した部位を思い通りに動かせる。

 

 返答の理由を述べ、正解を示された扇動は切り離した部位が僅かにでも動く事から“思い通りに動かせる”にまで考えが至らなかった事を悔やんでいるようだ。

 先ほど恥ずかしい想いをした身としては、それを見て多少満足した。 

 

 「個性がサーチ系でないなら強化系か」

 「あ?俺、無個性だけど」

 「「はぁ!?」」

 

 まさかの言葉に鉄哲共に声を上げてしまった。

 倍率300という狭き門である雄英高校ヒーロー科を一位で通過し、個性把握テストでは総合二位という高順位を出した者が無個性とは考えもしなかった。

 それに入試の実技試験と違い、個性把握テストではA組に二人いる推薦組の内一人を負かしている事になる。

 推薦組で一般入試組とは別で実技試験を受けて、他の推薦を受けに来た受験生の強個性を目撃した身としては信じられない。

 

 「マジ?」

 「マジもマジ。大マジだ」

 「(すげ)ぇな!つまり個性無しで身体能力のみで勝ち上がったんか!!」

 「“無いもん強請りしている程ヒマじゃねぇ。あるもんで最強の戦い方探ってんだよ。一生な”。俺が好きなアメフト選手の言葉だ。まさにその通りだろ?」

 

 正直に感心した。

 鉄哲より実技試験内容を聞いてはいたが、身体能力と知恵だけで突破できるものなのか?

 早々出来る事ではない。

 もしも出来たとしても個性による戦闘能力の差が容易に埋まる訳ではない。

 それを埋めたとなればその研鑽は並大抵のものではないだろう。

 だからこそ思わずにはいられない。

 個性があったらどうだったんだろう―――と…。

 

 すでに割り切った本人はカラカラと笑いながら、そのアメフト選手の言葉を口にする。

 

 「アメフト好きなのか?」

 「アメフトがって訳でもねぇんだがな」

 「ストイックに鍛えたとかいうんじゃないんだ」

 「さすがに鍛錬のみの生活はきついだろ。合間合間に趣味ごとは挟んでいるよ。フィギュア作りやアニメに漫画、映画鑑賞とかな」

 「アクション系なら俺も見るぜ!」

 「俺は雑食だな。SFもファンタジーも好きだしホラーも結構…」

 

 話が趣味に移って話し始めた矢先、扇動が眉間にしわを寄せたまま固まった。

 どうしたのかと目線の先を辿って背後へ振り返ると、後ろの席で食事をしていたのであろう同クラスの柳 レイ子(ヤナギ レイコ)が目を大きく開いて凝視していたのだ。

 真後ろだっただけにマジでビビった。

 

 「ちょ!?びっくりしたじゃん柳!!」

 「ホラー映画…好きなの?」

 「おお、凄い食いつきの良いのが釣れたんだがB組の子か?まるでスタンド(ジョジョ)のように寄り添っていたけど」

 「ザ・スタンド(ホラー)?シャイニングとかミザリーとかの…」

 「そっち(ホラー)に行ったか。キャリーやペット・セメタリーも観たぞ」

 

 入学して二日目である為、まだそこまで仲良くはなっていなかったが、教室内で見た雰囲気が一変して嬉しそうに食い気味に興奮しているのが見て取れる。

 正直ついて行けないぐらいに…。

 

 「内容分かる?」

 「いや、聞いたことはあるけどよくは解んね」

 

 流れ的にホラー映画の話に突入したらしいのだが、そこまでホラーに詳しい訳ではなく、同じくカヤの外となった鉄哲に問えば同様の反応であった。

 とりあえず柳が興奮気味に食いついたが為、話す空気が変わってしまって入り辛いし、あの楽しそうな様子を断つのも可哀そうだ。

 一応どんな奴なのかは知れたのでここらで退散するとしよう。

 でもその前に聞いてみたい事が増えたのでそれだけ片して行こう。

 

 「最後に一つ―――私の個性を持っていたとしたらどう使う?」

 

 嫌な顔一つせず柳のホラー談議を受けていた扇動は話を区切り、少し悩む様な仕草を見せてから答えた。

 

 「バラバラになる(キャラ)は何人か知っている。幾らかは扱い方は頭にあるが、俺だったらメインは(・・・・)近接戦闘(・・・・)用に仕上げるかな。」

 

 その回答がピンとこず、生返事を返して一足先に教室に戻る。

 また今度、別の機会に聞くこととしよう。

 

 

 取蔭 切奈が退散した事でカヤの外だった鉄哲も引き上げ、扇動は昼休み終了ギリギリまで人が少なくなった大食堂で柳のホラー談議に付き合うのであった…。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業開始ギリギリに教室に戻った扇動 無一は、急ぎ足で自分の席についてため息をつく。

 まさかあんなに話し込むとは思いもしなかった。

 この超人社会が当たり前の世界では、前世で楽しんでいたアニメや漫画、特撮ヒーローなどは無かったりするも、何故か洋画系はそのまんま存在したりして、プロヒーローの中にはタイトルをヒーロー名にしていたりする。

 グラントリノやイレイザーヘッドとか。

 …相澤先生(イレイザーヘッド)らしくないけど、ホラー映画(イレイザーヘッド)好きなんだろうか?

 

 一番びっくりしたのが前世でも有名だった喜劇王がこちらでも活躍し、名前を残しているのを知った時だ。

 こっちにも居るんだと驚くのと同時に、もしかしたら前世で好きだった特撮もあるのかと期待したのを今でも覚えている。

 …まぁ、期待はあっさり裏切られたのだけどな…。

 

 だから前世の記憶に強く残っていたホラー映画の話で盛り上がったのもあって油断した(・・・・)

 洋画はそのまんまでも邦画はそうでも無かったりする。

 日本のホラー映画の話をした途端キョトンとされたよ。

 そして興味から怒涛の質問攻め…。

 今度詳しく教えるからと約束しなかったら遅刻する所だった…。

 

 再びため息を漏らすと頬をパチンと叩き、気合を入れると同時に気持ちを入れ替える。

 午前は雄英高校で教鞭をとっているプロヒーローにより通常授業だったが午後は“ヒーロー基礎学”。

 自己流で拾い集めた知識ではなく、現場や実戦で培われたヒーローの経験から生み出される学問。

 理由がどうであれヒーローを目指すからにはそう言った知識は宝であり、過去の事例や想定される事態に対処すべく行われる訓練は自身の血肉となる事だろう。

 

 「わーたーしーがー!!

 

 昼休みの鉄哲で大声が可愛く感じれる程、廊下を大音量の声が響き渡って来る。

 教室内が声の主であるオールマイトに反応してきょろきょろと視線を扉へと向けた。

 

 「普通にドアから来た!!

 

 ナンバーワンヒーローであるオールマイトが登場した事で、テンションが爆上がりする緑谷を始めとした皆が湧きたった。

 興奮に包まれる中、オールマイトは黒板の前に立つ。

 

 「ヒーロー基礎学!ヒーローの素地を作る為の様々な訓練を行う科目!!早速だが今日はコレ―――戦闘訓練!!

 「戦闘訓練!」

 「嬉しそうだねぇ爆豪…」

 

 ギラギラと闘志を燃やす爆豪の様子に、暑苦しさと喧しい程の大音量に苦笑いを浮かべながら扇動はぼそりと呟く。

 

 「そして訓練に伴い入学前に送ってもらった個性届と要望に沿ってあつらえた戦闘服(コスチューム)!!

 

 オールマイトが示すと壁から収納棚が現れ、中に番号が書かれたケースが並べられていた。

 要望していた戦闘服を前に再度湧き上がり、オールマイトは着替えたらグラウンド・βに集合と言い残して行ってしまった。

 すると皆が我先にと棚に群がり、ケースを手にして更衣室へと向かう。

 人が少なくなったところで出席番号である“14”と書かれたケースを取り、ゆっくりと更衣室へと歩く。

 到着した時にはすでに着替えた生徒が先に出ており、思っていた通り結構空いていた。

  

 戦闘服(コスチューム)が収まったケースを開けて、中身を確認して添付されていた説明書に目を通す。

 無茶な要望(・・・・・)はやはり弾かれたようだけど、求めていた凡その装備と機能は持たせてくれたらしい。

 多少の満足を得ながら完全(・・)に至れなかったのを悔やみ、用意された戦闘服を装備する。

 踏み抜き防止と蹴りの威力を上げるべく鉄板を仕込んだブーツ。

 胸部に真っ赤なプロテクターが取り付けられ、高い耐久性と消音効果を持つ特殊素材を用いられた黒のレザースーツ。

 レザースーツ同様に胸部辺りには真っ赤なプロテクター、白銀ショルダーアーマー(肩鎧)に火災などを想定して高い耐熱性を持つ膝まで届くロングコート。

 ロングコートの上から腰に巻かれたベルトには複数の大きめの指輪が提げられていた。

 真正面はメタリックレッドのミラーガラスで視界を確保し、他は黒色の後頭部以外は白銀で彩られたフルフェイスマスク。

 フルフェイスマスクに使用されているミラーガラスは強度を上げ、さらにあまり視界を遮らないように細い補強がXを描くように通っている。

 着心地も視界も良好だなと確認しながら、要望しといたサポートアイテムをコートで隠すように仕込む。

 着替えを終えると置いてあった姿見に視線を向けると、そこには“仮面ライダーウィザード”が立っていた。

 

 ヒーローとして戦闘服を着るならと前世で好きだった特撮ヒーローから選んだのだけど、作品を知っている俺が見るとどうしてもコスプレ感が拭えない。

 けどこちらでは誰も知らない。

 俺の活躍如何によってこの姿での評価にも繋がると認識すると、好きだったゆえに無様は出来ないなと自身に言い聞かせてグラウンド・βへ向かうのだった。




 ないもんねだりしているほどヒマじゃねぇ。あるもんで最強の戦い方探ってんだよ。一生な
 【アイシールド21】蛭魔 妖一より


 


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第10話 戦闘訓練《緑谷vs爆豪》

 “ヒーロー基礎学”

 ヒーローとしての基礎や現場で培われた経験から得た様々な訓練を行い、生徒達の素地を作り上げるヒーロー科ならではの科目。

 誰もが憧れ目指している夢へ至る授業であると同時に、記念すべき最初の授業を受け持つのが実力・人気共にナンバーワンのオールマイトであるという事、さらに形からという事で着替えた自身で考えたコスチュームを着るとなれば興奮を隠す事は出来ないだろう。

 

 ただ麗日 お茶子は半面で恥ずかしさを味わっていた。

 入学前に個性届と身体情報を提出し、要望を添付する事でなるべく沿う形で最新鋭のコスチュームを学校専属のサポート会社が用意してくれる被服控除というシステムがある。

 雄英高校ヒーロー科の生徒は(約一名を除く)利用しており、麗日自身もこのシステムを利用してコスチュームを得た。

 …得たのだが要望をしっかりと書かなかった為に身体情報通り(・・・・・・)に仕上がってしまい、身体のラインがはっきり解ってしまうパツパツのコスチュームが届いてしまったのだ。

 恥ずかしいなと思いつつも着替えを済ませて指定されたグラウンド・βに集まると、入試の実技試験以来仲良くなった緑谷 出久を見つけて駆け寄る。

 

 「あ、デク(・・)君!?格好良いね。地に足ついた感じ!」

 「麗日さぁ…んんッ!?」

 

 緑色のジャンプスーツに膝や肘を保護するサポーター、厚手の靴と手袋にオールマイトの髪型と笑みを模したフルフェイスマスクのコスチュームを着ていて、ぶんぶんと手を振りながら近寄ると振り向いた途端に膠着された。

 その様子に自分のコスチュームを思い出し、恥ずかしさから頬を赤らめる。

 

 「要望ちゃんと書けば良かったよ…パツパツスーツんなった」

 

 お互いに顔を赤らめていると黒基準の全身を覆うコスチュームを着込んだ扇動 無一が疑問符を浮かべながら近づいてきた。

 

 「満面の笑みでデク(蔑称)って――苛めか?それとも苛められるのが快感になったのかイズク」

 「どっちも違うよ!?」

 

 どちらも大慌てで否定する緑谷と扇動のやり取りを眺めながら麗日は一人納得する。

 昨日の帰り道で“デク”と爆豪より呼ばれていた事からデクという名前なのだと勘違いして呼び、それが出久と木偶(デク)の棒を掛けた蔑称である事を知ったのだ。

 幼馴染でその事を知っている扇動からすれば爆豪だけでなく、他からも蔑称で呼ばれていたら苛めが広がっているとも思えるだろう。

 けどそうではない(・・・・・・)のだ。

 緑谷にとって「でも“デク”って“頑張れ!!”って感じでなんか好きだ私」と思いもしなかった好意的な言葉を掛けられた事で、自身を卑下する蔑称である“デク”がまた違うものに変わってどれだけ救われたか…。

 その事を伝えようとするも言葉が組み立てられずしどろもどろに口から零れ出る。

 

 「麗日さんはその…蔑称だった“デク”に違う意味をくれたって言うか……」

 「あー…うん、そのニヤケ面で大体察した。すまないな、勘違いして」

 「ううん、デク君の事を知っていたらそうなるよね」

 「いらぬ心配だったけどな。それにしても君は凄いな。言の葉一つで陰を陽に変えてしまうんだから」

 「イン?ヨウ?」

 「心根の優しい子に巡り合えてよかったなイズク。その縁は大切にしとけよ」

 

 最後に邪魔したなと零してひらひらと手を振りながら扇動は離れていく。

 残された緑谷はそんな様子に苦笑し、麗日はコテンと首を傾げる。

 

 「いつもあんな感じなん?」

 「そう…だね。昔と変わらないかな」

 「さぁ、始めようか有精卵共!戦闘訓練のお時間だ!!」

 

 全員が集まった事で授業を始めようとオールマイトの声が響き渡る。

 集められたグラウンド・βは入試での実技試験で使用された市街地演習場。

 ゆえに実技試験を受けた一般入試組は同様の訓練かなと思い、フルプレート(全身鎧)のようなコスチュームの飯田が率先して質問をする。

 対して返ってきた返答は違った。

 屋外ではなく屋内での対人(・・)戦闘訓練。

 街中で見かけるヴィラン退治というのは屋外での活動が目立つも、実際は屋内での事件の方が圧倒的に多い。

 なので本日の訓練は“ヴィラン組”と“ヒーロー組”に分かれて2対2の攻防戦を行うとの事。

 基礎訓練も無しにと不安の声も漏れるも、それを知るためにぶっ飛ばせば良いだけのロボではない対人戦を行うとナンバーワンヒーローに言われれば、納得しざるを得ない。

 …と、ここまで説明がされると八百万が軽く手を上げ、質問を口にすると次々と皆が問いかけ始めた。

 

 「勝敗のシステムはどうなります?」

 「ぶっ飛ばしてもいいんスか?」

 「また相澤先生みたいな除籍はあるんですか?」

 「分かれるとはどのような別れ方をすれば宜しいですか?」 

 「このマントヤバくない?」

 「んんん~聖徳太子ィイ!!」

 

 一斉に巻き上がる質問の嵐にさすがのオールマイトも対応仕切れない。

 口から出たのもどれかの解答ではなく、十名の訴えを一斉聞き分けた逸話を持つ人物の名前…。

 現場では百戦錬磨の教師としては新米。

 元々のおおらかで優しい性格もあって相澤のように圧を放つこともなく、空気感は良くも悪くも緩んでしまっている。

 

 「…なぁ、まだ説明の途中だろ?最後まで聞いてから質問しようや」

 

 ゆえに扇動のため息と呆れが混じった注意によって少しばかり場が締まる。

 注意を受けた皆は黙ってオールマイトの説明の続きを待つ。

 状況設定としては“核兵器(・・・)”を隠し持つヴィランのアジトへヒーローが向かうというもの。

 ヒーローは制限時間内にヴィラン二名を捕まえるか核兵器の回収。

 ヴィランは制限時間が過ぎるまで核兵器を護るか、ヒーローを捕まえるのが勝利条件となる。

 相手を判定的に(・・・・)“捕える”には訓練開始前に配られる確保テープで巻く必要がある。 

 組み合わせはくじでランダムに決まる事に対して、緑谷は状況次第では他のヒーローと急遽チームを組む事を考えての事だろうとの推測(勘違い)を口にすると、皆がなるほどと関心を抱くもオールマイトは力強くも何処か焦りと申し訳なさの混ざった声で先に進めようとくじの入った箱を手にした。

 “A”のくじを引いた麗日は緑谷とチームを組むことになり、仲の良い相手と組めたことを喜ぶ。

 

 「頑張ろうねデク君!」

 「う、うん。頑張ろうね」

 「まずは建物の見取り図覚えないと。それにしても相澤先生と違って除籍とかないみたいで安心したよ――って安心してないね!!」

 

 組と対戦相手が決まるとすぐさま第一戦目となったヒーロー側の“A”と、ヴィラン側の“D”を引いた面々は別々に訓練会場として指定されたビルへと向かう。

 建物の見取り図を眺めながら声を掛けるも、全然大丈夫そうではない様子。

 

 「その…相手がかっちゃんだから身構えちゃって」 

 「爆豪君って馬鹿にしてくる人だっけ…」

 

 “D”は飯田とその爆豪のチームでデクが蔑称だと軽い説明を受けた際に、爆豪との関係を多少聞いていたので不安そうにする反応に納得する。

 …が、不安がっていたのも僅かな時間だけで、すぐさま何かを決意した強い意志を瞳に宿していた。

 

 「嫌な奴だけど凄いんだ。個性も身体能力も僕の何倍も…―――でも今は(・・)負けたくないんだ」

 「男の因縁ってやつだね!」

 「あ、いや…ごめんね。麗日さんには関係ないのに…」

 「あるよ!コンビじゃん!!頑張ろう!!」

 「―――ッ!!」

 

 先の雰囲気を払拭して道ながらに作戦を話し合い、正面の玄関からではなく窓から侵入する。

 訓練がスタートするのはヴィランチームが核兵器の設置場所などをセッティングする事を考えて、五分後にヒーローチームが潜入した時。

 お互いに周囲を警戒しつつ、緑谷を先頭に探索しつつ先へ進む。

 

 ナニかが視界を遮った。

 それが何だったのかを確認するよりも先に麗日は、振り返りながらも跳んだ緑谷によって庇われたまま地面を転がる。

 通路に響く爆音に肌を掠めた熱気と風圧。

 確認するまでもなく理解しつつ、顔を上げるとマスクの半分が破れている緑谷の顔が視界に映る。

 

 「麗日さん大丈夫!?」

 「うん、ありがと…ってデク君、顔!」

 「掠っただけ。まだ(・・)大丈夫」

 

 我が身の心配よりも先に人の心配をしながら、奇襲をしてきた爆豪(・・)から目は放さない。

 ビルまでの道中の話で爆豪が狙ってくると予想を聞いていただけに、混乱する事はなく寧ろ予測通りな実情に感嘆する。

 

 「避けてんじゃあねぇぞクソナードが」

 「かっちゃんならまず僕を殴りに来ると思った!」

 

 緑谷に向けられているとは言え放たれる敵意にブルリと身を震わす。

 怯えながらも立ち向かおうとする背を頼もしく感じながら、立ち上がっていつでも動けるように少し離れる。

 

 「中断されねぇ程度にぶっ飛ばしたらぁ!!」

 

 目を大きく見開き、血走った瞳孔を向けながら大ぶりの一撃をかまそうとする爆豪に対し、避ける事も防ぐ動作も見せずに緑谷は突っ込んだ。

 大きく振り被った大ぶりの右手を両手で掴み、右足を一歩前へ踏み込む。

 そしてその右足を軸にして左足を滑らせて爆豪に背中を向ける。

 相手の腰辺りを背に乗る感じで持ち上げ、掴んだ右手を思いっきり前へと引っ張る。

 柔道の一本背負い投げ。

 予想しなかった反撃と自らの勢いをも利用された事で、ダメージは大きく背中から叩き付けられた痛みから短く声を漏らす。

 

 「凄い!達人みたい!!」

 

 まるでドラマや映画のような魅せる動きに思わず叫んでしまった。

 叩き付けられた爆豪は扇動との喧嘩の癖で(・・)、距離を取りながらすかさず立ち上がり…二重の意味(・・・・・)で怒りを露わにした。

 

 「読んでやがったなぁ……クソデクがぁ!!」

 「どれだけ見て来たと思っているんだよ…凄いと思ったヒーロー(・・・・・・・・・・)の分析は全部ノートに纏めてるんだ!いつまでも“雑魚で出来損ないのデク”じゃないぞ…。僕は―――“頑張れって感じのデク”だ!!

 

 爆豪に対する布告と同時に決意を咆哮に乗せて叫ぶ。

 その決意に麗日は目を見張り、爆豪は苛立ちを募らせる。

 

 「黙って守備してろや!俺ぁムカついて―――」

 「行って麗日さん!!」

 

 爆音が響くも状況が解らない飯田からの無線に答えた僅かな隙。

 言われるがままに駆け出す。

 高い速度を誇る飯田に爆破という戦闘向きの個性に身体能力自体も非常に高い爆豪。

 二人が揃った場合、緑谷と麗日では勝算は少ない。

 かといって二体一で挑んでもそう簡単に勝てる相手ではなく、良くてもかなりの時間を消費してしまうし最悪二人共やられる可能性がある。

 ゆえに緑谷が囮になって固執する爆豪を引きつけ、麗日が飯田が護っているであろう核を確保する事にしたのだ。

 

 核捜索の為に駆け出した麗日の背後で緑谷に飛び掛る爆豪は、爆破の反動を活かして強烈な蹴りを頭部に喰らわせようとするも、個性把握テストで見る事が出来たイレイザーヘッドの技を模して確保テープで引っ掛けて(巻くほど余裕はない)防がれた。

 咄嗟に右の大振りを振るうも情報を蓄積していた緑谷に読まれて呆気なく避けられ、目も向けてなかった麗日どころか固執していた緑谷にまで見失ってしまう。

 

 「待てコラ!逃げてんじゃあねぇぞデク!!」

 

 遠くから響く怒声に上手くいったんやねと安堵しつつ、麗日は勝つために上への階段を駆け上がるのだった。

 

 

 

 

 

 

 緑谷と爆豪の対決を同ビルの地下にあるモニター室で見ていたオールマイトと一年A組の面々は、始めから目を見張る戦闘訓練の様子にそれぞれ抱いた感想を口々に話し合ってわいやわいやと盛り上がる。

 蛙吹 梅雨も同様に眺めていたのだけど、会話に入らずに部屋の隅へと目を向けていた。

 そこには室内の騒ぎを微塵も気に掛ける事無く、一人離れた席に腰かけた扇動 無一がマスクを外して真剣にモニターの映像に目を通していた。

 皆から離れた所に腰かけた事と眺めている様子から邪魔されたくないのだろうと、声を掛けないでいたのだけど芦戸 三奈は気にせずスタスタスタと近づいて行った。

 

 「さっきまでの戦いを振り返ってどう思いますか?解説の扇動さん」

 「いきなり振って来たな」

 「だって扇動ってば一人だけ皆と離れてカヤの外だったんだもん」

 「まったく二人から(・・・・)の気遣い痛み入るよ」

 「ケロッ!?」

 

 気付いていたらしい扇動が蛙吹にも微笑みかけ、驚いて声を漏らしてしまった。

 その様子に芦戸がニヤリと笑みを浮かべた事ですかさず話を進めようと口を開く。

 

 「扇動ちゃんはどう見てるの?」

 「正直微妙としか言えんな」

 「え?緑谷の方が優勢じゃないの?」

 「今のところは…だな」

 

 以前訪れたケーキ屋のように面白半分の話題にされずに済んだことにホッと胸を撫でおろす。

 爆豪の奇襲から麗日を咄嗟に護り、相手の攻撃を利用して投げ飛ばす様などアクション映画のようで、誰もが驚きと感嘆の声を漏らしていただけに、扇動の悩ましそうで重い口調に疑問を浮かべた。

 

 「昔っからあいつは情報の分析能力は高かったんだよ。俺と爆豪が喧嘩した後なんかノートにびっしりと書き込んでさ」

 「よく喧嘩してたの?」

 「あぁ、爆豪とは何度も。……で話を戻すが、戦闘が有利に運んだのはイズクの情報分析による予測と爆豪の油断によるものが大きい」

 「けど情報分析が得意なら爆豪の攻撃とかなんとかなるんじゃない?」

 「それはない。爆豪は粗暴で自分勝手で口が非常に悪く、誰彼構わずガンを垂れたり悪態を撒き散らして乱暴な奴だけど馬鹿じゃない」

 「…扇動ちゃん。それ普通に悪口よ」

 

 突っ込みを入れるも入学二日目にしてその様子はクラス内に知れ渡っており、誰一人訂正しない素振りすら見せない。

 寧ろ納得しているものの方が多く、蛙吹もまた否定できないのであった。

 

 「爆豪にとってイズクは苛めの対象であり、自身と比べて完全に格下と舐め切っていた。贔屓目なしに言っても爆豪は天才だ。努力をすることなく大抵のことは難なく熟す天性の才能を持っている。ゆえにそれは致し方ない事だろ俺は思っている。だけど今の奴は手痛くやられたことで本気でぶちのめそうとするだろう。どんな手を使ってでも……な」

 「それって大丈夫なの?」

 「多分だいじょばない。運動神経も頭も良くて勘も冴えている。そして喧嘩慣れしている分、人を攻撃することに対して躊躇いがない。そんな相手が本気になるんだ。不味いに決まってるだろ」

 「じゃあ緑谷じゃあ爆豪に勝てないって事?」

 「それはイズク次第としか言いようがない」

 「ならお茶子ちゃんが核を確保するしかないわね」

 

 これはチームでの戦闘訓練であって、個人戦ではない。

 爆豪と緑谷のどちらが勝とうとも、核の状態如何では勝敗は異なる。

 けれど扇動は渋い顔を浮かべた。

 

 「かなり難しいぞソレ」

 「そんなにかな?」

 「麗日の“無重力(・・・)”なら触れたら触る事さえ叶えば(・・・)どうにでも出来るけど天哉は速度特化の個性。狭い一室でも触れる事は出来まい」

 「確かにそうだけど無視して核を…」

 「八g…オールマイト先生。あの核は持ち運び可能?」

 「勿論可能さ。見た目だけのハリボテだからね。片手でも上げれるよ」

 「個性把握テストの様子から麗日の個性も予想(・・)している天哉は近づかれたくないだろうし、防衛という事から核を持ったまま逃げ回れるのが最良だろうな。なにせヴィラン側は時間さえ潰せば良いんだから」

 「あー…そう考えたらヒーロー側は難しいかぁ」

 「それにしてもお茶子ちゃんの個性って“無重力”なのね」

 「多分な」

 

 渋い顔の理由に納得する中、麗日が無重力であると知った蛙吹は口にするも、情報源である扇動より不確かな言葉が漏れ出た。

 小首を傾げると個性把握テストでボールを浮き具合と、宇宙服を連想させるコスチュームから予想したのだという。

 

 

 「そういえばあの二人喧嘩しているようにも見えたのだけど」

 「見えたじゃなくて喧嘩してたなぁ」

 「授業中なのに…」

 「良いじゃないか。変にため込むより感情のままにぶつかり合うなんて餓鬼らしくて」

 「友達が喧嘩してたってわりには嬉しそうね」

 「そりゃあ嬉しくて仕方がないんだよ梅雨ちゃん。だって今まで立ち向かうも恐怖で震えていたイズクが“凄い人”と嫌いながらも憧れていた相手に挑む。これは大きな一歩だろ?」

 「扇動ちゃんって緑谷ちゃんの事好きよね」

 「残念。爆豪もだよ」

 「あれだけ悪口を並べたのに?」

 「中々居ないから。ああやって妥協せず自身を貫こうする奴って」

 「…妥協?」

 「生きていれば様々な事で妥協するだろ?

  人間関係や日常生活、仕事などetc.etc.…。

  自身を貫いて生きて行くなんて周囲との軋轢も考えたら出来るもんじゃないし、息苦しさも生き辛さも大なり小なり生じる。

  だから多くがこれぐらいでいいやと妥協して生きている。

  けど爆豪は自分を貫こうとする。

  気に入らないなら真正面からぶつかり、目指すものがあるなら立ちはだかる壁をぶっ壊してでも突き進む。

  オールマイトを超えるヒーローになるという大言(・・)を吐き、己を鼓舞して完璧主義ゆえに断固として夢を目指す。

  アイツのそう言う所が好きなんだな。

  正直言って憧れすら抱いてるよ。

  …ただ周囲に対する荒々し過ぎる言動の数々は問題だけどな」

 

 しみじみと聞いていたが、最後の一言で皆が頷きながら苦笑する。

 そうこうしていると飯田が護衛をしている核を配置した部屋に麗日が足を踏み入れ、核を巡る交戦状態に突入。

 攻め切れない麗日に防衛と逃げに専念する飯田の攻防を繰り広げていると、一階を映し出しているモニターに緑谷と爆豪が接敵し、再開される二人の戦い(喧嘩)に皆の視線が集まる…。

 

 

 

 

 

 

 アイツは道に転がっているだけのただの石っころだった…。

 ボツ個性どころか個性が無い無個性で、なにをしても上手く出来ない鈍臭い。

 個性発現前は俺の後ろを付いて回り、発現後は扇動の後ろを付いて回るだけ…。

 努力と鍛錬を重ねて渡り合ってくる扇動とは違って凄くない奴(・・・・・)

 なのにいっちょ前に正義感とかは強く、何も出来ねぇ癖して苛めを目撃するとしゃしゃり出て…。

 昔から気に入らなかった。

 

 最近は特にそうだ。

 生意気に反抗するようになったり、俺もスゲェと思ってしまう個性を持っていたのを黙っていたりと何もかもがムカツク。

 苛立ちが増して怒りで煮えくり返りそうだ。

 動きを読まれて投げられた事やデク如き(・・)を警戒して離れた自分に対してもだが、それ以上にアイツが個性を使わない事が何より気に入らねぇ…。

 

 「なんで個性を使わねぇんだデク?」

 「かっちゃん!?」

 

 逃げ回りやがったデクをようやく見つけた。

 表情に不安を浮かばせながらも歯を食いしばってこちらに対峙する様は、滑稽で健気ながら俺の神経を酷く逆なでしやがる。

 怒りながらも思考は冷静なまま、右腕をデクに向ける。 

 

 「俺には個性を使うまでもねぇって相手って事かぁ?」

 

 俺の個性“爆破”は掌の汗腺よりニトログリセリンのような性質を持った液体を分泌し、それを発火する事で爆発を引き起こす個性。

 コスチュームにはその性質を活かす要望を出しており、腕部に装着している手榴弾を模した小手にはソレ(・・)を蓄積するようになっていて、安全ピンを抜けば溜まったソレラを放出する仕組みとなっている。

 

 『爆豪少年ストップだ!殺す気かっ!!』

 「当たんなきゃ死にゃしねぇよ!!」

 

 少量でも結構な爆発を起こせるのに小手いっぱいに蓄積され、放出口の一点から放たれる威力は相当なもの。

 それを知っているオールマイトが制止の声を掛けるが、無視して安全ピンを引っこ抜く。

 放たれた蓄積物は爆発となって放たれ、周囲を熱風と煙で満たす。

 

 「“個性”を使いやがれデク…全力のテメェをねじ伏せる!!」

 

 個性を使わず戦うなんて、俺を舐めたような事はさせねぇ。

 奴が使用した上で俺の方がスゲェと教え込んでやる。

 大規模な爆発により周囲の壁は罅割れ、正面の壁には大きな穴が空き、デクはそのすぐ横で震えながら無線をしながら立ち上がる。

 

 「あぁ…ムカつくな!俺を無視か!」

 『爆豪少年。次にそれ(・・)を撃ったら強制終了で君らの負けとする。屋内戦にて大規模攻撃は相手だけでなく自分達へも被害をもたらす愚策だ!大減点だからな!!』

 

 小さく舌打ちしながら苛立ちを隠さず、ならばと爆破を起こして接近戦に持ち込む。

 完膚なきまでぶちのめしてやる。

 

 速度を上げて接近する爆豪は触れるか触れないかの寸前で爆破を起こし、方向を変えて緑谷の頭上を飛び越える。

 真ん前での爆破により熱風と煙により視界を遮断され見失い、気付く間もなく背後に回った爆豪からの一撃をもろに喰らってしまう。

 爆破による衝撃は態勢を崩し、発生した熱は肌を焼く痛みを与える。

 悶える隙を逃さずに小手を使った大ぶりの一撃を当てると同時に、右手を掴んで爆破で強化した遠心力を利用して地面に投げつけた。

 連続する痛みに悶えながらも転がりながらも立ち上がった緑谷は距離を取る。

 恐怖や怯えを宿しながらも今だ闘志を失ってない瞳を向けて…。

 

 「ここまでして…ここまでされてなんで個性を使わねぇんだ!!俺を舐めてんのか!?ガキの頃からずっとそうやって…」

 

 脳裏に過るのは何人かと遊んでいて、足を滑らせて浅い川に落ちた時の事。

 怪我も痛みもなく、なんともなかった俺をデクだけは心配そうに手を伸ばして来やがった。

 (凄い奴)デク(凄くない奴)に心配される謂れはねぇんだ!

 

 「俺を舐めてたんかテメェは!!

 「違うよ!君が凄い人だから勝ちたいんじゃないか!!―――勝って越えたいんじゃあないかバカヤロー!!」

 「その面止めろやクソナードが!!」

 

 気に入らねぇ……気に入らねぇよ!

 涙を流してビビりながらも向かってくるアイツが!!

 

 爆豪は掌をバチバチと爆破させながら、緑谷は個性の発動により右袖を吹き飛ばしながら大きく振り被り、互いに狙い(・・)を付けて接近する。

 

 『双方中s―――』

 「行くぞ麗日さん!!」

 

 怒り一色に染まる中、オールマイトとデクの声が微かに耳に届いた。

 それが何なのか理解することなく怒りのまま思いっきり爆破を浴びせる。

 僅かに遅れてデクの拳が振り上げられる(アッパー)は、狙いが甘く(・・・・・)俺には当たらねぇ位置だ。

 

 …そう思い込んで(・・・・・・・)しまった…。

 

 DETROIT(デトロイト)―――SMASH(スマッシュ)!!

 

 振り上げられた拳による発生した風圧は、緑谷に向けられた爆発を吹き飛ばし、天井に次々と風穴を開けて屋上にまで到達した。

 あまりの威力と出来事に驚きと怒りが込み上げて混ざり合い、言いたい事が出て来るもはっきりとした言葉にならず口から漏れ出す。 

 

 「そういう…最初(ハナ)っからテメェは…やっぱ舐めてんじゃあ…」

 「使わないつもりだったんだ。身体が耐えきれなくて使えないから…。だけど…これしか…思いつかなか…った…」

 

 爆破と使い切れていない個性のダメージが限界に達した緑谷は、それだけ言い切るとその場に倒れ込んだ。

 その直後に無線を通じてヒーロー側が勝利した事を伝えられるも、爆豪は呆然と立ち尽くしたまま動かない。

 

 動きを読まれ、俺と戦いながらも訓練で勝利する算段を付けながら動いていやがった。

 認めたくねぇ……けどこれは完全に俺がデクに…。

 

 呆然として動かない爆豪は迎えに来たオールマイトに肩を叩かれるまでその場を一歩も動く事は出来なかった…。

 

 

 

 

 

 AヒーローチームとDヴィランチームの戦闘訓練は、アジトに設定した四階建てのビルを大きく破壊する出来事も起こったが、ヒーローチームの勝利で決着がついた。

 核を巡っての飯田少年と麗日少女の攻防戦は相手の個性を警戒して室内を念入りに片付け、速度を活かした防衛に徹した飯田少年に軍配が上がっていた。

 あのまま何事も無ければ間違いなくヴィラン側の勝利だったはずだ。

 けどもそこは機転を利かした緑谷少年の渾身の一撃によって覆された。

 連携が取れていなかったDチームと違い、連絡を取り合って互いの状況を知らせ合っていたAチームは、核が配置されている階層と位置を互いに把握しており、それを元に爆豪少年を惹き付けながら核のある部屋が頭上になるように移動した緑谷少年は、一階から四階までの天井をぶち抜いたのだ。

 情報が伝わらない飯田少年はいきなり床と天井がぶち抜かれたことに驚き、知らされていた麗日少女は発生した瓦礫を散弾のように個性で飛ばして一時的に飯田少年の動きを止め、隙をついて自身を浮かして核に触れて確保したのだ。

 

 その結果と内容を含めて迎えに行っていたオールマイトは今戦の評価を行うべく、参加していた四名中三名(・・)を連れてモニタールームに戻った。

 本来なら除かれた一名である緑谷少年にも聞かせるべきなのだが、戦闘訓練中に受けたダメージとワンフォーオールの使用による負傷の為、急ぎ保健室に移送すべくハンゾーロボ(小型搬送用ロボ)に運ばせた。

 そう言う訳でモニタールームより眺めていたクラスメイトの前に、爆豪少年に飯田少年、麗日少女の三名が並ぶぶも三人とも表情は暗い。

 爆豪少年は先の訓練(緑谷の件)を引き摺って俯き、飯田少年は敗北をした事への反省。麗日少女は結果ではなく自身が行った内容に思う所があって自信無さ気。

 コホンと咳払い一つして評価を始めよう。

 

 「戦闘訓練一回戦目はAヒーローチームの勝利。…つっても今戦のベストは飯田少年だけどな!!

 「なっ!?」

 

 この評価に周りもだが負けたヴィラン側の飯田少年が一番驚き、逆に麗日少女はやっぱりかと苦い顔をする。

 終わりが良ければ全て良しという事は実際にもあるのだが、訓練段階でそれを容認する訳にはいかない。

 彼ら・彼女らの成長させるには良し悪しに改善点を示さなければ。

 

 「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」

 「さぁて、何故だろうなぁ~?わかる人!」

 「はい、オールマイト先生」

 

 蛙吹少女からの質問に答えるのは容易いし、評価する上に悪かった点を語るのは当然の事。

 だけどそれを全部私が言うより、皆で考えて語り合うというのも一つの成長となるだろう。

 そう思って聞いてみるとすかさず八百万少女が手を挙げる。

 

 「それは飯田さんが一番状況設定に順応していたからです」

 

 爆豪少年は私怨丸出しの独断及び、自ら(ヴィラン側)拠点(建物)を倒壊させる可能性すらある大規模攻撃を行うという愚策。

 緑谷少年も同じく大規模攻撃を行い、麗日少女はヴィラン役に徹していた飯田少年を見るや否や噴き出すなど気の緩みに、核があるというのに範囲攻撃を行うなど攻撃が乱雑だったなどなどを批判。

 逆に飯田少年はハリボテを核と認識した(・・・・)うえで相手の対策を確実に熟し、核の争奪をちゃんと想定していたからこそ対応に遅れたので仕方はないと高評した。

 

 「ゆえにヒーローチームの勝利は訓練だから(・・・・・)という甘えから生じた反則のようなものですわ」

 

 最後にそう締め括った八百万少女の説明に、生徒のみならず私まで聴き入ってしまったよ。

 …というか私の言う事が無くなってしまった。

 

 「ま、まぁ、飯田少年もまだ固過ぎる節があったりもする訳だが…正解だよ!」

 「常に下学上達!一意専心に励まねばトップヒーローになどなれませんので!」

 

 思っていたより言われて困惑する心情を出さぬよう、表情筋に力を入れてサムズアップすると、当然と言わんばかりに胸を張って言い切ったところで扇動少年が何か言いたげに乾いた笑みを浮かべた。

 

 「そう気落ちしなさんな麗日。確かに気を抜き過ぎていたのもあるけど、今回のように個性が使えない状況がある事など不足な所が浮き彫りになっただけ一番成長する可能性があんだから。

  “勝ち負けは些事である。己が何を得られたかこそ重要である”。いつまでも反省するんじゃあなくて、反省点活かすように前向きに考えようや」

 「うん、そうやね……」

 「爆豪も反省しろよ。喧嘩すんなとは言わんが状況は選べ。イズクとお前さんの私情に無関係である麗日と天哉には迷惑千万だったんだから」

「………」

 「傷口に塩を塗っていくのね扇動ちゃん」

 「知ってっか?傷口に塩を塗り込むとかなり染みるが止血にはなるんだぜ。後が大変だけどな…」

 

 扇動少年が言うように出来なかった事の多くが洗い出された事で、今後の課題として見えた事は大きい。

 課題が理解しているのとしていないのでは、今後の成長も大きく異なるのだから。

 うんうんと一人頷き、次の戦闘訓練を進めようとくじの箱へ手を突っ込む。

 

 「さて、次の組み合わせはヒーローチームは“B”で、ヴィランチームは“I”。大きく損壊したから場所を移して二戦目を…っとそうだった。人数差からハンデが必要だね」

 

 ヒーロー科一年A組は21名で、二人組を作ると一人余るので一組だけ三人となっているのだった。

 速い者順で二十名が先に引き、最後まで待っていた21人目が再びくじをして、引いた所が三人組になるようにしたので、待っていた扇動少年がIのグループに入ったのだ。

 さすがに二対三では数に差が出るのでハンデを付けなければと頭を悩ました矢先、Bのくじを引いた轟少年がつまらなさそうに呟いた。

 

 「別にハンデなんかなくて良いよ…」

 「しかしだね轟少年――」

 「数の差なんて(・・・・・・)俺には関係ねぇよ(・・・・・・・・)

 

 強がっている様子もなく、淡々と呟いた言葉に周りの空気がピシリと歪んだのが解った。

 仲間()である障子少年は突然の事に驚き、Iの葉隠少女と尾白少年がムッと不機嫌そうな雰囲気を出す。

 A組の中で訓練に付き合った緑谷少年を除けば性格を知っている扇動少年がどう反応するか不安だったが、発言を聞いても動じる様子は無し。

 どうも私の杞憂だったようだ。

 

 「オールマイト先生。アジトを大きく損傷させる攻撃やわざと大怪我を負わせるような事以外は―――何をしても良(・・・・・・)いですよね(・・・・・)?」

 「んんっ!?」

 

 …戦闘訓練二回戦目は無事に終える事が出来るのだろうか。

 にっこりと表情だけ(・・)は満面の笑顔を浮かべる扇動に一抹の不安を抱えつつ、オールマイトは準備に取り掛かるのだった…。




 勝ち負けは些事である。己が何を得られたかこそ重要である
 【刀剣乱舞】山伏 国広より


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第11話 戦闘訓練《扇動と轟》

 「私、ちょっと本気出すよ!!」

 

 戦闘訓練二回戦目でヴィラン側を担当する事となった葉隠 透(ハガクレ トオル)は、憤慨しながらそう言い放つと身に着けていた手袋とブーツを脱ぎ始めた。

 姿が見えない“透明化”の個性を活かそうとしたら、見えている衣類を脱ぐのは正しい選択である。

 憤慨してそのような行動に出たのには轟 焦凍(トドロキ ショウト)の余裕と言わんばかりの発言が関係している。

 個性把握テストで氷結という強個性と、高い身体能力を見せていた事から凄いのは解かったけど、あからさまに物の数じゃないと宣言されれば怒るのが普通の反応であろう。

 ぷんすかと怒りながら脱ぎ捨てる様子に尾白 猿夫(オジロ マシラオ)は、透明人間としては正しくても女の子としてどうなんだろうと顔を顰めて頬を掻く。

 

 …ただ一階廊下にて罠を仕掛けていた(・・・・・・・・)扇動 無一(センドウ ムイチ)は驚きと関心を含んだ視線を向けていた。

 見えないとしてもまじまじと眺められてはさすがに恥ずかしい。

 

 「えっと、なにかな?」

 「あぁ、すまない。ただただ感心しただけなんだ。たかが訓練と侮ることなく、自身の個性を最大限に活かす為に最善を尽くす。それも透明だと言え年頃の女の子が異性の前で衣類を脱ぎ捨てるなど相当の覚悟だろう」

 「あはは、そうかな」

 

 揶揄するのではなく本当に褒め称えている事から照れて頭を掻いて誤魔化す。

 ニカっとひと笑いすると扇動は作業に戻り、やる事の無い葉隠と尾白はその様子を眺める。

 

 「所で扇動君は何してるのかな?」

 「んー、グレネード仕掛けてる。言っとくけど非殺傷のな」

 「何処からそんなの用意したんだ…」

 「アイテム会社…ってかコスチュームに要望書いといた」

 

 話を聞いてみれば敵対者を無力化する強烈な光と音で視界と聴覚を乱すスタングレネードに、皮膚や粘膜に付着する事で刺激を与えて咳や落涙、嘔吐などの症状を発生させる催涙手榴弾。

 攻撃時にも撤退時にも使用できる発生させた煙幕で視界を塞ぎ、周囲を隠してしまうスモークグレネード。

 火災現場などで活用しようと要望・制作して貰った破裂するのではなく、内部の消火剤を噴出する消化手榴弾(仮名称)をコートしたに隠して装備していたとの事。

 消化手榴弾については粉末消火剤、強化水消火剤、窒息効果のあるガス性消火剤の三種類あり、罠として仕掛けているのはスタントスモーク、粉末消火剤と強化水消火剤の四種類を仕掛けているらしい。

 

 「扇動って容赦ないな…」

 「なに言ってんだよ。後を引く催涙と窒息の恐れがあるガス性消火剤は使わないという配慮をしてんだろ?」

 「配慮になるのか?普通にアウトなのでは?」

 「それに汚かろうが小賢しかろうがあんな啖呵切られちゃあやるしかねぇだろ」

 「うん!私もそう思うよ!ちょっとムカッとしたもん!!」

 「…と言いつつも結構ヤバいんだよな轟と障子」

 「え、そんなに?」

 

 やる気十分だった様子が深いため息を吐き出し、困り顔を晒した事に首を捻る。

 確かに轟君は個性使わなくとも良い記録出していたし、個性で速度を上げた50m走は結構早かったのは解っているが、それほどなのかと疑問を抱いたからだ。

 それは尾白も同様で強いとは何と無しに理解していても、扇動程の危惧は抱いていない。

 

 「アイツ50m走の時、足元から氷を連続して生やして速度出してたろ。連続して出せんなら多分範囲攻撃も行けそうなんだよなぁ。氷結の範囲攻撃持ちに室内での防衛線…勝ち目ねぇよ。それに障子の握力測定の人間離れした数値。近接戦で掴まれれば一貫の終わりだ」

 「だったらどうするの?」

 「そこは策を巡らすさ。これだってそうだろ?」

 「え?これって…」

 「スタングレネード。各種二個ずつ持ってんだ」

 「そうじゃなくて使い方知らないよ!?」

 「教えるって。それと策もね」

 

 一階での仕掛けを終えた扇動君から使い方と作戦の説明を受けながら二階へ上がる。

 本人は気に入らなかったら言って欲しいと苦笑しつつ言ったけど、私も尾白君も異論が出るどころかそれで行こうと太鼓判を押した。

 二階の窓から外では開始の合図を待つ轟と障子の姿があり、まだかまだかと待ち侘びている様子。

 

 眺めていると罠を仕掛けない扇動に疑問を抱いた尾白が問いかける。

 

 「そう言えば二階には仕掛けなくて良いのか?」

 「出来れば仕掛けてぇけど手榴弾の数が足りないし時間も短い。だから山勘で一階、それも限定的な場所にしか仕掛けれなかったんだよ」

 「山勘って…」

 「あの台詞に普段の態度がブラフでなければ策なんて使って来ねぇよ」

 「轟はそうかもだけど障子は解らないんじゃあ」

 「あー、アイツは個性も読めんかったんだよな…」

 「「読む?」」

 「ほら名は体(個性)を現すって言うだろ。葉隠は名に“隠れる”に“透き通る”、尾白には“尾”に“猿”が含まれていて、どちらも個性を連想できるだろ」

 「あ、本当だね!」

 

 それぞれ指差して言われた答えに確かにと驚く。

 言われてみれば確かに皆の名前にもそう言うのがあると考えていると、扇動君は苦々しい表情をする。

 

 「“障子”に“目”だから目目連(モクモクレン)的な奴かと思ったんだよ」

 「もくもくれんってなに?」

 「妖怪の一種。障子に目が現れて増殖していく話」

 「普通に怖いなソレ」

 「話では商人がその目を全部抉って売ったって」

 「その人の方が怖いよ!」

 「他にも障子と目を含んだことわざもあるだろ。壁に耳あり、障子にメアリー、肩にフェアリー…ん?なんか違ったような…」

 「なんか一つ多いし、名前出て来たよ!?」

 「…障子に目有りでしょ」

 

 ネタなのか素なのか解らない反応に突っ込みながら思わず笑ってしまった。

 ほどなくしてオールマイトから無線で「五分が経つよ」と知らせがあり、私は二階に残って屋上に向かう尾白君と扇動君を見送る。

 さぁて、頑張るぞぉー!と一人気合を入れて、ヒーロー側の登場をジッと待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 人数差なんて関係ない。

 そこにあるのは驕りや虚勢ではなく決定的な実力差。

 轟 焦凍は淡々と母より受け継いだ凍らせる個性を振るえる右手を見つめ、父より受け継がされた(・・・・・・・)燃やす尽くす炎の個性を宿す左手を忌々しく睨む。

 ―――個性“半冷半燃”。

 誰もが羨む個性の二つ持ちという稀有と言われる存在ながらも、その事を一度たりとも誇らしげに思う事は無い。

 

 父親である轟 炎司(トドロキ エンジ)はオールマイトに続くナンバーツーヒーローとして活躍していた。

 そのクソ親父(・・・・)は身体から高熱の炎を噴出させる個性“ヘルフレイム”は、強個性であるも高火力を使い過ぎると熱が身体に籠って身体機能の低下をもたらすデメリットを持っていた。

 自身と個性の限界を感じた親父は一つの打開策を考え出した。

 違うな、打開策なんかじゃない。

 

 自身が持つ炎系の個性に加えて、籠った熱を冷却する個性までも受け継がせ、自身では越えられなかった夢を無理やり我が子に(・・・・・・・・)押し付けたのだ(・・・・・・・)

  

 個性を一つしか発現出来なかった夏兄や姉さんを“失敗作”と蔑み、個性を二つ受け継いだ俺を“成功作”と称して地獄を見せられた(・・・・・・・・)

 幼少期の全てを訓練という虐待で染め上げられ、同年代や兄姉との時間を奪われ、厳し過ぎると護ろうとした母は暴力を受けて肉体的にも精神的にも疲弊して病院に入れられた…。

 

 ―――あの子(焦凍)の左側が時折とても醜く思えてしまうの…。

 

 病院に入れられる前に電話している母さんが言った言葉。

 そして精神を病んだ母さんは俺の…クソ親父から受け継いだ左側に熱湯を浴びせた。

 憎かった…。

 母さんがじゃない。

 優しかった母さんをあんなになるまで苦しめ、追い詰めた親父が心底憎い。

 

 左目周りに今でも残る火傷の痣をひと撫でして、戦闘訓練の舞台となっているビルをつまらなさそうに見上げる。

 ヒーローを目指すに当たって一つの誓約を立てている。

 左の炎(親父の個性)は絶対に使わねぇ…。

 嫌々ながら鍛え上げられた身体能力に母さんから受け継いだ個性だけでヒーローを目指す。

 アイツ(クソ親父)の思い通りには進ませない。

 

 同じチームの障子 目蔵(ショウジ メゾウ)が先行して建物内に入って行く。

 個性は“複製腕”。

 肩より腕は勿論ながら目玉や耳を生やして戦闘能力だけでなく索敵能力も保有している。

 

 「屋上に一人。二階のどこかにもう一人…素足だな。三人目は…音がしない。動いていないのか個性なのか解らない」

 「外出てろ危ねぇから。向こうは防衛戦のつもりだろうが…」

 

 索敵した結果を伝えて来るが関係ない(・・・・)

 母さんの個性(氷結)は戦闘だけでなく移動や捕縛にも有効な強個性。

 さらに点だけでなく範囲()攻撃も行える。

 ビルごと凍り付かせれば核にダメージを与えずに、相手を無力化する事が可能。

 攻防戦など端から存在しない。

 あるのは無慈悲までの一方的な蹂躙…。

 

 勝手に相手を見縊り(・・・)、知らず知らずに奢り切っていた(・・・・・・・)轟は決めつけが過ぎた(・・・・・・・・)

 

 触れようとした矢先に破裂音が響き渡った。

 同時に周囲に湿気が通路を満たす。

 凍らせようとした手をぴたりと止める。

 ビル一棟を凍り付かせるほどの冷気に周囲を満たす湿気は呼応するように凍り付くだろう。

 そうなれば通路内の自身も多少なりとも凍り付く事になる。

 凍っても溶かす手段は持ち得ているも(半燃)、無駄なタイムロスに繋がるだけでなく罠を仕掛けてきた奴に時間を与えるのは非常に不味い。

 

 再び破裂音が鳴り響くと奥より煙が流れてくる。

 煙幕で視界を遮って来るという事は何かしら仕出かしてくるつもりらしい。

 予想通り奥の方から手榴弾らしきものが転がって来るのが煙幕の隙間より見えた。

 本当に忌々しい。

 障子を押して急ぎ外へと急ぐ。

 いっそのこと外から凍り付かせるかと外に飛び出て、通路内を煙幕越しにでも強烈な閃光と音で満たす。

 光で眩む事は無かったが音で多少耳鳴りに悩まされるも、これぐらいなら戦闘に支障はない。

 

 「ビルから離れてろ。外から凍ら―――」

 「――ッ!?危ない!!」

 

 言い切る前に突然目を見開いた障子に突き飛ばされた。

 何事か理解出来なかった轟は、転がりながらソレ(・・)を視界に収めた。

 

 まるで空から降って来たかのようにロングコートを靡かせて舞い降りる扇動と、着地の瞬間に尻尾で地面を叩いた事で加速を得ながら方向転換を行った尾白が、轟を押しのけた障子の背後からに突っ込んで確保テープを撒く瞬間を…。

 

 「予定通り(・・・・)だ葉隠。核の護りは任せた!」

 「―――ッお前!!」

 「う、動くなヒーロー!」

 

 無線で連絡を入れる扇動の声を耳で聞き取りながら、転がりつつも即座に立ち上がり反撃に出ようとする。

 しかし確保テープで捕縛判定された障子を尾白が人質にする事で僅かな躊躇いが発生した。

 声の震えようと迷いのある表情から尾白の意思ではないのだろう。

 …と、なればこの奇襲(・・)姿が見えない(・・・・・・)葉隠 透にも指示を出した扇動が練ったものに違いない。

 

 「“さぁ、ショータイムだ”」

 「―――ッ、舐めてんのか(・・・・・・)!?」

 「散れ!」

 

 余裕のある態度と言葉に苛立ち、右足を踏み込んで接触面より地面を凍らし、氷結を真っ直ぐ走らせる。

 しかし咄嗟に指示を出した扇動は轟から見て左に、指示に呼応した尾白は障子は放して右側へと走って回避する。

 伸びた氷結は尾白を取りのがしてしまったが、人質(障子)を救出する事には成功した。

 だが、人質を救出したからと言って安心はできない。

 

 轟は左側を使いたくない理由があり、それを覆う事も兼ねて左半分を氷で覆い尽くしている。

 氷による防御力も得られるものであるが、ここで一つの弱点が漏洩した。

 非常に見え難いのだ。

 左目まで覆わぬようにはしていたものの、周囲の氷が光を屈折させて正確に見る事叶わず、外に出たことで太陽光に反射する。さらに氷の僅かな厚みでも右目の視界を多少なりとも遮ってしまう。

 回り込んだ扇動の動きが一切見えない…。

 

 先の様子からやはり(・・・)罠や奇襲を考えたのは扇動である事は間違いない。

 空から降り立ったのを個性と断定するなら飛行…いや、浮遊に類する(・・・)個性持ちなのだろう。

 自由に飛べるのであれば地面を凍らせる事を警戒して飛ぶはずだが、扇動は尾白と別れる際に凍らされる危険があるのに関わらず地面を走っていた。

 何かしらの制限があるか、使いどころが難しい個性…。

 どちらにしても攻撃に適しては居ない筈。

 ならば今は(・・)放置して右側に居る尾白を速攻で凍り付かせて数を減らす。

 

 視線を尾白に向けて再び足より氷結を走らせると、尾白は地面に尻尾を叩きつける事で力業ながら氷結を飛び越えた(・・・・・)

 読まれていたか(・・・・・・・)のように練られた対策に舌打ちを零すも、冷静さを欠く事無くとりあえず尾白側に氷壁を作って防備を備え、頭脳である扇動へと振り返る。

 振り返れば扇動は尾白を狙った事で生まれた死角を利用して、かなり接近してきていたものの手が届く様な位置まで辿り着けてはいなかった。

 浮こう(・・・)としても避け切れない程の氷結と広範囲への氷結で決める。

 

 「奇策には驚かされたが―――悪いな。レベルが違う」

 『フレイム』

 

 冷気を纏わせた右手を振るおうとしたのに合わせて、扇動はベルトに右手に嵌めた赤い指輪を重ねて回し蹴りを放った。

 ベルトより電子的な声が発せられると同時に靴が炎を纏う。

 振るおうとしていた右手で咄嗟にガードして、眼前で憎い炎(・・・)が揺らめく。

 扇動はガードされたことで即座に距離を取り、咄嗟に振り払うようにして氷結を放った轟は感情の揺らぎによって遅れて取り逃がす。

 

 「予想以上に氷結が(つえ)ぇな。上方修正だなこりゃあ…」

 「呑気な事言っている場合!?」

 

 距離を取って相対する扇動と尾白。

 策が通じず焦っているようだが退く気配はない。

 初手で圧勝できなかったことは残念だが、ここで一気に凍り付かせて終わらせる。

 前面に対しての広範囲氷結で片を付ける。

 氷結に用いる冷気により身体が冷え、それを全放出させて凍り付かせようとした瞬間、上から下へと視界を何かが遮った。

 頭が真っ白になった。

 遮ったそれが何なのか理解する間もなく無線が届く…。

 

 『ヴィランチームの勝利!!』

 「……は?」

 

 オールマイトからの敗北宣言を受けて、あまりの衝撃に声が漏れ出た。

 そして自身を遮ったモノへと視線を降ろすと胴を巻くようにあったそれは確保テープ。

 敗北した事が信じきれずに振り返ればそこには何も無い(・・・・)

 が、自分にテープを巻いた相手が居るのは確かだ。

 

 「やったね扇動君!」

 「ナイスだ葉隠!」

 

 何もない空間でハイタッチしているらしい扇動を見て全てを理解した。

 わざわざ俺達の前で無線したのはそう思い込ませる為で、扇動と尾白は葉隠を気付かせずに近づかせる囮であったと…。

 完全にしてやられた。

 圧勝できると思っていただけに思い描いていた勝利をあっさり覆された事で、悔しさ以上に恨み辛みが込み上げるも、モニタールームでオールマイトの評価を耳にするうちに、自らのミスに気づかされ沸き立った感情が鎮火する。

 

 扇動達は仲間内と会話をして連携で戦ったのに対して、俺は会話すら行わずに勝手に相手を舐めて掛って敗北した…。

 何が行われていたか見てない身としては、モニタールームで話される内容に驚くばかり。

 俺の発言と様子から侵入経路を予測してサポートアイテムである非殺傷の手榴弾を仕掛け、個性把握テストの様子から氷の個性は右側だけと断定し、氷で左側を覆っていた事で死角が出来ていた事に気付いていたと…。

 さらに振って降りたようだった扇動は個性など一切使っておらず、腰のベルトに取り付けてあったフック付きのワイヤーを用いて壁伝いを降りて来たのだ。

 屋上の柵にフックをひっかけ、左腕を上へとまっすぐ伸ばしててワイヤーを掴み、右手は右腰にあるワイヤーにブレーキを掛けるレバーに添え、建物の壁を走る様に降りたり、段差を両足を揃えて蹴って越え、自衛隊や消防士などが行う懸垂降下(リぺリング降下)を尾白を背負った状態で行って俺達に奇襲を仕掛けた。

 それも自らも囮となるように行動して、葉隠との挟撃となるように…。

 

 何やってんだろ俺…。

 第三回戦目の様子を皆から離れた後ろの壁に凭れながら眺める。

 すると何気なしに横に扇動がやって来た。

 勝利した割には辛気臭い雰囲気を漂わし、ため息交じりに壁に凭れた。

 話しかける事も無くモニターを眺めていると、小さく唸り声を漏らして重い口を開いた。

 

 「聞き辛ぇし、答えにくいかも知らんが一つ聞いても良いか?」

 「…あぁ、なんだ?」

 「お前さん、親父さん嫌いか?」

 

 唐突な問いに一瞬だけ戸惑い、次の瞬間には憎しみを込めて答える。

 

 「あぁ、大っ嫌いだな」

 

 問いの答えにやっぱりかと暗い表情を浮かべ、大きく息をつく。

 ちらりとモニターから他の面々に視線を向けると三回戦目の様子に釘付けのようで、こちらの話には一切気付いて居ないようだ。

 軽い確認を済ますと呟くようにこちらも問いかける。

 

 「どうしてそう思った?」

 「炎を憎むように見たろ?あん時炎を通して誰かを見てる気がしてな。炎に轟姓ともなれば嫌でもエンデヴァーが思い浮かんじまう。それにその火傷跡が気になったのもあるが」

 「これは……いや、関係はする…か」

 

 ぽつりと零す。

 聞き難い内容ゆえか言葉で続きを催促する事はなかったが、視線でどうするのか(・・・・・・)と促してくる。

 語る理由もなければ黙る理由も…別にない…。

 詳細には語らず、自分に起こった事を簡潔に思い返しながら呟く。

 扇動は返事をすることなく聞き、終わると小さく頷いてこちらに視線を向けた。

 

 「ひでぇ話だなそりゃあ…だけどなんでお前さんはヒーローを目指すんだ?」

 

 問われた意味が理解できずに首を傾げる。

 

 「嫌いなんだろ?だったらなんで同じ土俵に上がろうとしてんのかなって」

 「ヒーローに成りたいからだ。親父の考えを全否定して…」

 

 拳を握り締めながら答える。

 胸中を満たすのは親父に対する憎しみばかり。

 絶対にアイツの思い通りにはしてやるものか。

 そんな想いを知ってか知らずか扇動は眉を潜め、呆れているようだ。

 

 「私怨で人助けか。報われねぇな」

 「あ?」

 「鏡見てみ。今のお前さん――テレビで見たエンデヴァーそっくりだぞ」

 「――ッ!?」

 「もう一回聞くぞ。お前さんはなんでヒーローを目指すんだ?」

 

 言われて顔を隠すように手で覆う。

 鏡を見ずとも指先だけで相当に険しい表情をしているのが容易に解る。

 確認出来てしまった(・・・・・・・)事もそうだが、人よりそう見えた(・・・・・)事実が感情を掻きむしり、心を酷くざわつかせる…。

 

 荒れる心境に再び問われる問いに、深く考え込む。

 どうして何故だと自身に問いかければ、過ったのは幼き日々。

 母さんと一緒にソファに座り、オールマイトのインタビューを見ていた。

 言葉になるほど整ってはいなかったが、その日その時に抱いた感情が僅かに蘇って心に灯る。

 あの時…母さんはなんて言ってたっけ?

 

 「良い瞳するじゃん。しっかりとしたヒーロー像持ってんじゃあないか」

 

 思い出すこと叶わず、沸き立つ想いを宿した瞳に嬉しそうな扇動の言葉に意識が戻された。

 同時に扇動はやっちまったと言わんばかりの苦い顔をする。

 

 「“最後まで責任を持てないのなら何もするな”か。知ってる筈なのにな」

 

 悔やんでいるように言葉を吐き出し天井を仰ぐ。

 突然どうしたのかと見つめれば、大きく息は吐き出して苦笑を向ける。

 

 「轟。一人暮らしか?それとも実家暮らしか?」

 「実家暮らしだ。それがどうした?」

 「家に居辛いなら俺の所に来い。一人暮らしにしては広い家だ」

 「良いのか?」

 「最後までは無理だがせめて手助けぐらいはすんよ」

 

 急な話に戸惑うと「離れる事も必要だろう。時間もな」と言って、こちらに向けていた視線をモニターに戻した。

 色々思う所があってすぐには答えが出ないだろう。

 最低でも姉さんには話しておきたいし…。

 

 「少し考える時間をくれないか」

 「構わねぇよ別に。…っとそうだ。帰りにドーナツ食いに行かね?この衣装(ウィザード)着たら無性に食いたくなってさ」

 

 ニカリと笑う扇動につられて薄っすらと微笑む。

 この日、初めて轟は誰かと共に買い食いをするのであった。




 さぁ、ショータイムだ!
 【仮面ライダーウィザード】操真 晴人より

 最後まで責任を持てないのなら何もするな
 【ゲート 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり】伊丹 耀司より




 壁に耳あり、障子に目あり、肩にフェアリー
 【銀魂】土方 十四郎&近藤 勲より


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第12話 ドーナツ屋にて

 先週は投稿出来ず申し訳ありません。
 夏バテだと思うのですがダウンしてしまって…。
 
 今週は何とか投稿しようと思っていたのですが、次の話が今週中に書けるか怪しかったので、ダウンする前に書いて没にしたものを少し手直ししてとりあえず投稿致します。
 一応ぎりぎりまでは次話を投稿するつもりではあります。


 俺―――扇動 無一は戦闘訓練にて轟 焦凍を誘った通りにドーナツ屋に訪れていた。

 雄英高校に近いけれども大通りや駅前から離れている為、学校帰りの時間帯でもこぢんまりとした店内に客は少ない。

 来る前に高校出る前に調べた時は情報が少なくてどうかなと思っていたけど、店長には悪いが客は少なく静かで、商品のラインナップも充実している様子に当たりかなと、ドーナツを乗せたトレイを手に席へ戻る。

 視線の先には数分前まで客は少なく静かな店内は、今ではほぼ満員となって騒がしくなっていた…。

 

 本来なら誘った轟と訪れる筈だったのだが、訓練終了後に興味本位で奇襲をしなければどうする気だったのかという問いに、轟は実演(・・)で答えてビル一棟を氷漬けにしたのだ。

 正直訓練終了後で今日は使う予定は無かった事からオールマイトからのお咎めは無し。

 …ただモニタールームに居たクラスメイトがその冷気に当てられる事になってしまう。

 大変だったのが蛙の個性を持つ蛙吹で、あまりの寒さにその場で冬眠しようとするので大慌てで外へと運んで八百万が創造したストーブで温める事に。

 一連の流れを見ていたクラスメイトからしたら実行した轟もだが、要らん事言った俺に非がある事は明らか。

 ブーイングの嵐を受けていた最中、戦闘訓練の反省会も兼ねて「皆で何処か寄らね?」的な話が上がり、誘われた轟が先約があるとドーナツの件を口にすると、だったら皆で行こうという話になったのだ。

 ただ爆豪だけは真っ先に帰ったので、爆豪を除くヒーロー科一年A組の面々でだが。

 

 あー、ちなみにだが冬眠しかけた蛙吹を運ぼうとした際、下心を微塵も隠す事無く運び役を買って出た峰田 実(ミネタ ミノル)は女性陣の冷やかな視線に晒され、俺が確保テープで縛って連行しといた。

 

 とりあえずお詫びとして飲み物とドーナツを一つ奢って、自身は少し離れたテーブルに腰かける。

 騒がしく情報交換や交流を深めるのも良いが、今日はクラスメイトの個性などの情報収集に努めたので思考が疲弊しており、わいわいと賑やかに食べるよりは静かに糖分補給を済ませたい。

 

 「…見た目以上に食べるんだな」

 

 テーブルを挟んだ向かいに轟がおり、他のクラスメイトは近づこうとはしない。

 出会って二日で碌に誰とも接しようとせず、戦闘訓練後は誰も近づくなオーラ出していただけに様子見している者が多い。

 静かに食いたい身としては彼が悪魔の石像(ガーゴイル)代わりになってくれるのは有難い。

 

 「良いじゃないか。どれだけ頼んだって。好きなんだからドーナツ。それにお嬢よりは慎ましいつもりだ」

 「お嬢ってのは八百万の事か?あれは個性の性質上仕方ない事だろ」

 「それにしてもあの量は凄いだろうに」

 

 八百万の個性は自身の脂質を消費する為に、どうしても貯えて置く必要がある。

 しかしながらヒーローを務める以上、動けなくては話しにならないので、太り過ぎずも瘦せ過ぎないように体形を管理している。

 ゆえに使えば使うだけその脂質を食事などで補充しなければならないのだ。

 皿に山盛りになっているドーナツタワーに比べて皿に八つに、十個は入るお持ち帰り用の箱をぶら下げている俺なんかは可愛いもんだろ。

 

 「出来れば箱ではなく紙袋が良かったんだがな」

 「食べ物を紙袋にって衛生面的に不味くないか?」

 「不味いんだけど気分は乗る」

 「そういうものか?」

 「俺は…だと思うがな」

 

 お持ち帰り用の箱をテーブルの端に寄せて、皿に乗る何種類かのドーナツの中からまずは目的だったドーナツを手に取る。

 揚げ菓子であるドーナツにしては柔らかく、白い生地に粉砂糖が振り掛けてある。

 一口含むと真っ先に粉砂糖がふわっと溶けて上品な甘味が広がり、噛み締めればふわっとパンのような柔らかさと弾力が伝わる。

 柔らかいだけではなく表面の粉砂糖が幾らか溶けて固まっているために、所々で溜まった甘味がパリッとした食感と共に押し寄せる。

 油で揚げているも然程脂濃さは無く食べ易い。

 問題があるとすれば振り掛けられた粉砂糖が食べる度に唇に付着することぐらいだろうか。

 口許と指先が油と糖分でべた付くも気にせず満喫する。

 

 「あ~…甘さが染みるなぁ」

 「美味しそうに食べるな」

 「実際美味いよ。油っこさも少ないから食べ易いし」

 

 一つ食べきると指先はナプキンで、口周りはペロリと舌先で舐め取り、後味の残る口内は牛乳でスッキリさせながら喉を潤す。

 やっぱり粉砂糖が掛かったドーナツには牛乳でしょう。

 相性もあるがやっぱりイメージに引き摺られている(ガメラVSギロン)のは否めないが…。

 

 懐かしい記憶に笑みを零し、他のドーナツにも手を伸ばす。

 油でしっかり揚げている為、外はザクザクと香ばしく、中は浸み込んでしっとりとしているオールドファッション。

 多少油分がしつこい感じもするがこれはこれで癖になる。

 

 対照的に揚げたとは思えないほど柔らかく、スポンジケーキのようなふんわりとした食感のチョコレートドーナツ。

 甘過ぎずしっかりとチョコレートの風味。

 これは牛乳よりかは珈琲が欲しくなるなぁ…。

 

 捻じれた生地が特徴的なクルーラー。

 表面で固まった砂糖類のパリッとした食感に、捻じった事で得た硬さが心地よい。

 だけどここの生地は単なるクルーラーではなく、シュークリーム生地を用いたフレンチクルーラーでふわっとした軽さも存在する。

 

 数珠のように球体上のドーナツが連なるポンデリングは、ドーナツとしては珍しいもちもちとした弾力のある食感を楽しめる。

 

 疲弊した脳にエネルギーが行き渡るのを感じながら各種類を食べきって一息つく扇動を眺めていた轟は、口を付けていたドーナツを皿に置いてぽつりと言葉を漏らす。

 

 「個性を使わないのは……やっぱり不味いか?」

 

 皿に残っている三つのシュガードーナツを口にしようとしていた扇動はぴたりと動きを止めた。

 単なる質問や軽い会話であれば食べながらとでも思うが、声の感じと後ろめたさのある瞳からそれは良くないと理解したからだ。

 

 「詳細を聞かせてくれるか?」

 「あぁ…」

 

 ドーナツを置いて聞き始めた扇動は轟の説明に、表情は変えずに内心驚いていた。

 轟の個性は“氷結”―――だけではなく(・・・・・・)右には氷結を、左で炎を出せる“半冷半燃”。

 個性を二つ持っているなど聞いたことがなかった。

 とんでもねぇなと思いながら、やはり無い身としては羨ましくもある。

 個性の説明を受けたところで口を開く。

 

 「使わない理由は…訓練後の話同様か」

 

 鍛錬という虐待を幼い頃より受け、大好きな母親に暴力を振るって精神的にも追い詰めた父親の個性を使いたくない。

 理解も納得もする。

 だからといって使わないというのは単純に勿体なくも感じる。

 同時に使わない事で助けられた命を助けれなかった場合、彼は酷く酷く想い悩むことになる。

 己を束縛するした上に重い十字架を背負う可能性があるのであれば、それを解き放つ方が良いに決まっている。

 

 だけどそれは同時に轟の心に負担を掛けるという事。

 現状父親を心底恨んでいる轟が力を行使したとしても本来の力を発揮するとは思えない。

 さらに下手をすれば精神の乱れから個性の暴走や、使い続ける事で心に傷を蓄積して崩壊させ兼ねない。

 

 使うべきではあるが使わせるべきではない…。

 それが扇動が出した結論…。

 

 「まったくままならんな…」

 

 自身が人の心さえ救う事の出来る人間であればどれだけ良かったかと悔やむも、言い聞かせているように無い物強請りしてもしょうがない。

 

 「俺は使った方が良いと思うが、無理に使うぐらいなら使わなくても良いと思っている」

 「そうか…」

 「ただし、使わないのであれば努力はすべきだ」

 「努力?」

 

 戦闘訓練中と後を含んだ轟の個性は大雑把なように感じた。

 日常的にあの個性を使用するのは難しいので、慣れていないというのも勿論あるだろう。

 だからこそ色々と応用が利かせれる。

 というかすでに幾らかの使い方は脳内に浮かんであるのだ。

 

 「左は使わなくても良い。だけどその代わり左を使わなくても良いぐらいに右を鍛えろ。わざわざ私情で個性を押さえて人助けをするんだ。後々後悔しないようにな」

 「………分かった。そうしよう」

 「ならば良しだ。ほら、お前もこれ食え。美味いぞ」

 

 頷いて了承した轟の重っ苦しい表情に向けて、まだ口を付けていないドーナツを突き出す。

 きょとんとしながら齧り付き、口周りを白く染めた様子に扇動はクツクツと笑い、自身の状態が解ってない轟は小首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 日も傾いて夕焼け頃。

 多くの家で晩御飯の支度に取り掛かり、調理場ではせっせと調理を行う。

 以前はお手伝いさんを雇っていた轟家だが、腰を痛めて引退してからは長女の轟 冬美(トドロキ フユミ)が調理を担当している。

 慣れた手つきで調理する彼女であるも、その顔は嬉しそうもありながらも不安さを同居させた何とも形容し難い表情を晒していた。

 

 今日、学校から帰ってきた焦凍から相談を受けたのだ。

 昔からお父さんの方針で焦凍とは距離を置かされた為に、仲良く遊んだり想像するような姉弟らしいことをした記憶はない。それどころか今でも会話は最低限だったりする。

 これは不仲という訳ではなく接する機会を奪われた為に、それが普通と認識されてしまっている…。

 なのに今日の焦凍はいつになく良く喋った。

 勿論人が変わったかのように怒涛のように喋ったのではなく、ぽつりぽつりと言葉を漏らすようにだ。

 それでもそう言った事を話してくれた事に喜び、何より頼って(相談)くれた事は嬉しかった。

 幼い頃からお父さんからヒーローにすべく、英才教育という虐待を受けていた焦凍に何もしてあげれず、その時の後悔と負い目を感じて教職を目指していた身としては本当に嬉しかったのだ。

 

 …まぁ、いきなり「友達(・・)の家で暫く世話になろうと思っているんだけど」と、説明を省いた一言には困惑したけど…。

 

 質問を混ぜた会話を数度繰り返して理解したのだけど、どうも出会って二日だというのに焦凍の事を心配して提案してくれたお友達が居るらしい。

 泊まるように勧めてくれた理由や経緯、自分がそれに対してどう思っているかを聞いた。

 

 お父さんとの関係を考えると無理に向き合わせる事なんて出来ないし、なら距離を置いた方が良いのは賛成だ。

 

 …ただ「なら良いよ」と簡単に返事する訳にはいかない。

 焦凍を想っての事らしいけど、たった二日で会話も碌にしていない相手を家に泊めるなど控えめに言っても怪しいし、向こうもお泊りするとなると気を使うし、下手すればお父さんが関わる事態が発生して、相手に被害が及ぶ可能性がある。

 地位も権力も力もあり、自分勝手…特に焦凍の事になると目の色を変えるお父さんが気に入らぬと判断したらどうなる事か…。

 絶対に荒れる。

 それも精神的にではなく物理的に…。

 

 相手―――扇動 無一という少年はそれらを先に予期していたらしく、焦凍に携帯の電話番号を教えて準備を整えていた。

 彼の祖父は現役ヒーローの番付であるヒーロービルボードチャートJPにて、老齢ながらも五十位前後を維持している実力派のプロヒーローで、かつ会社経営をしていて、お父さんでも容易に手が出せる相手ではない。

 ネットで調べてみると会社の公式ページに孫自慢の記事が挙がっており、掲載された写真(雄英高校前で撮った奴)を焦凍に確認して貰って本人と確認も取れた。

 そして電話での受け答えはしっかりしたもので、まるで年上と話し(・・・・・)ているような(・・・・・・)対応と話し方に好感が持てた。

 これなら大丈夫かなと思いつつも、“他所様の家で宿泊すると言う許可をお父さんから取る”と言う一番の問題が残っている…。

 

 今日の授業(戦闘訓練)で負けた相手って言うのは絶対に言ったら駄目だし、プロヒーローのお孫さんってのは…違うヒーローに鍛え上げられると思ったら断固拒否するから黙っておこう。

 学校から三十分の距離(※自転車で徒歩ではない)言っていたから(※徒歩とは言ってない)こっちより近いし、鍛錬用の器具は揃っているから毎日鍛錬に励めるとかで言えばいけるかな?

 焦凍の頼みという事で調理を熟しながら、必死に説得出来るように思考を働かす。

 

 悶々と悩みながら考え、焦凍がお土産にと貰った粉砂糖が塗されたドーナツを一つ摘まむ。

 友達が出来た事もさることながら、初めて誰かと帰りに買い食いしたという事が薄っすらとながら嬉しそう話してくれたっけ。

 嬉しそうに微笑みながら口に広がる甘味に頬を緩ませる。

 

 「何かいいことあったのか?」

 「お、お父さん!?」

 

 いつの間に帰って来ていたのかいつもの仏頂面で台所を除く轟 炎司(トドロキ エンジ)に驚き、まだどういおうかを決めかねていただけに焦りも生じる。

 その炎司は冬美ではなくテーブルの上に置かれたドーナツの箱に視線を向けていた。

 

 「どうしたこれは?」

 「えっと、焦凍が持って帰ってくれたの。糖分を摂取するにはドーナツが良いんだって。ほら、疲れた時には甘いもの欲しいじゃない?」

 「ふぅむ…そうか」

 

 焦凍が友達と買い食いをして時にお土産に貰った―――とは言える筈も無く、言葉を濁しながら電話でドーナツの礼を言った時に、扇動君より聞いた話を織り込んで話す。

 気になっただけなのか生返事だけ返して、一つを手に取る。

 

 「冬美、口周りを確認した方が良いぞ」

 「………え!?」

 

 手にしたドーナツを咥えながら去って行く炎司とは別に、冬美は口元を手でなぞって粉砂糖が付着している事に気付き、恥ずかしく頬を若干染めるのであった…。



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第13話 騒がしい日常に忍び寄る者…

 合格通知が届いてからは通う事が待ち遠しく、昨日までは通学中までどんなことを習うのだろうかとやる気と未来への期待で満たされていたというのに、今日は学校に向かう足取りがやけに重い…。

 体調不良という訳ではないのだけど一歩進む度に心中が騒めいて、溜まった負の感情を撒き散らすように僕―――緑谷 出久は俯いたまま大きく深いため息を零す。

 

 胸中穏やかでない理由は昨日の放課後にあった…。

 戦闘訓練での勝利条件は満たしたものの、内容的には褒められたものではなかった。

 その事にも想うところはあるけれど、それ以上に対戦したかっちゃんの事である。

 格下に見ていた相手は戦闘訓練で勝つことを考えながら、一対一で戦って勝利条件を満たした。

 これは内容云々を抜きにしても防衛を無視して僕をぶちのめす事に専念していたかっちゃんの自尊心を大きく傷つけた。

 

 励ます…なんて事は出来ないけど、授業中に舐めていると思われていた事だけは否定しようと先に下校していたかっちゃんを追いかけた。

 決して軽んじていた訳ではなく今出来る全力で挑んだんだと。

 それと個性把握テストでは僕が個性が有るのを黙って、騙してやがったと言っていた事もむーくんの言葉だけじゃなくて僕の言葉で伝えないといけないとも思っていた。

 それが何故か譲渡されたばかりで個性をまだ使いこなせていない事と、いつかは使いこなして君を追い抜くとの宣言になってしまったんだろうか…。

 オールマイトに秘密にと言われ、漏洩した場合どんな事態になるか理解していた筈なのに。

 かっちゃんは今は(・・)理解出来てはいなかったみたいだけど、頭も勘も良いからもしかしたら気付かれるかも知れない。

 けどそれよりも僕に負けて(・・・・・)轟君の氷結の個性に圧倒されて敵わないと一瞬でも過らせ、八百万さんの指摘に納得してしまって(・・・・・・)意気消沈していたかっちゃんが、“俺はここで一番になってやる(・・・・・)!!俺に勝つなんて二度とねぇからな!!”と想いを吐露すると同時に()がついたのは良い事だ。

 …後で話した事をオールマイトに怒られれてしまったが…。

 

 今、僕の心に影を落としているのは図らずにもかっちゃんに秘密を話してしまった事と、むーくんに話せていない(・・・・・・)という二つ。

 

 入学してからずっと思っていた。

 むーくんは僕の事をどう思っているのだろうかと…。

 対応や雰囲気は個性の有無に関わらず昔のまんまだった。

 けど同じ無個性だったのに僕が個性を突如発現した(・・・・・・)知った(思い込んだ)時どのような事を想ったのだろう。

 簡単だ…。

 きっと羨んだはずだ。

 そして少なからず負の感情を抱いたはずだ。

 何故なら逆の立場なら僕だって思い兼ねないから…。

 

 本人は否定するかも知れないけど僕を奮い立たせて、諦める事無く険しいヒーローへの道を進もうと決意させてくれた。

 そんな彼にこの秘密(ワン・フォー・オール)の事を伝えるべきなのではないのか?

 けれどオールマイトに再度注意された事も考えると話す訳にはいかない。

 かっちゃんに話してむーくんに話さないと言うのは…。

 

 悶々とその問答が胸中を巡り、結果として伝えず(・・・)にため息を漏らしているのだ。 

 今日は延々と悩み続けるんだろうなぁと頭を悩ませていると、雄英高校校門前の光景に戸惑って小さく声を漏らした。

 

 ヒーローとはこの超人社会において最も人気のある職業である。

 “憧れ”の対象として(いだ)かれるに留まらず、一種の有名人と同等またはそれ以上の扱いを受け、多くのファンが彼ら・彼女らの活躍に心躍らし、私的な欲から好きなヒーローの事をより広く、より深く知りたいと願う。

 それは恐ろしいまで貪欲であり、中には欲を満たす為には非情な程残虐さを内包し、犯罪にすら手を出す者が出る程に…。

 底なしにも思えるその欲に答えるようにマスコミは民衆が望む望まない(・・・・)に問わず、ヒーローの活躍や私生活の情報を我先にと求めて駆け摺り回る。

 全部が全部とは言わないが、その行為が行き過ぎる時があるのも事実。

 まさに僕が見た光景はそれであり、雄英高校の門の前にカメラやマイクを持ったマスコミ関係者が群れを成して殺到しているのだ。

 何のイベントも無く、控えてもいないというのにどうしてこれだけの人だかりが出来てしまったかというと、それはオールマイトのせいだと断言出来よう。

 なにせ日本だけでなく世界からも絶大的な人気を誇るヒーロー。

 最前線で身を削る様に活躍していたというのに、それが今までになかった後人育成の動きを見せた。

 誰もがどうしてと知りたがり、マスコミは情報を収集したいしせざるを得ない。

 彼の事を知りたいという者は山のように居る。

 僕だってその一人であり、マスコミが搔き集めた情報を元に編まれた書籍を読み漁ったり、コレクションしようとお母さんに頼んで買って貰ったのだから。

 

 だがこうして情報を得ようと熱を持って殺到する様子は、悶々としていた心情を一時忘れさせて気圧させるには充分過ぎた。

 あの中を通らないといけないのかと困惑するも、今日に限ってオールマイトが非番の為にメディア関係者が満足して帰る事は絶対に無い。

 ゆえにあの群れの中を突っ切る事は決定事項なのである。

 

 「うわぁ、凄い人だかり!」

 「記者のようだが何かあったのか?」

 

 登校する道中で合流した飯田くんと麗日さんもマスコミの人だかりに、戸惑いを覚えながら遠巻きに眺める。

 あの集団に突っ込んだ生徒はヒーロー科問わずにオールマイトの事で質問され、オールマイトの授業を受ける事のない学科の生徒と知るとあからさまに残念がって離れていく。

 

 「何してんだお前ら?」

 「――ッ!?おはようむー…く……ん?」

 

 どうしようかと眺めていると先ほどまで悩んでいた対象であるむーくんに、背後から声を掛けられ振り返るとさらに困惑する事に。

 この困惑と自分の言葉にデジャブを感じつつも、戸惑いを隠せない僕は後ろより声を掛けたむーくん………ではなく、その斜め後ろにいる八百万さんを注視する。

 クラスメイトである彼女は学校指定のジャージ姿で扇動と同じく口元を大きく覆うマスクを付け、汗を掻きながら肩で息を切らしていた。

 

 「おはようイズク。で、どうしたんだ?」

 「いやいやいや、そっちこそどうしたの!?」

 「俺のペースに合わせる為に無理した結果だ。あんまりじろじろ見てやんな」

 

 麗日さんが駆け寄って心配そうにするも、それ以上に八百万さんは申し訳なくて仕方がなかった。

 なにせ先日に続いてトレーニングを一緒にさせて貰っておきながら、限界を見誤ったペース配分で先導してこの様なのだから。

 扇動のペースを落とさせて邪魔をしてしまった…と。

 

 「すみま…せん…迷惑をおかけして…」

 「謝るぐらいなら把握しろ自身の限界を。そして活かして越えるように努めろ」

 

 それを得れるなら上々と言わんばかりにニカリと笑うむーくん。

 その様子を懐かしみながら、どんなトレーニングだったのかに興味を持ってぶつぶつ呟きながら自分も混ぜて貰えないかと考える。

 毎度お馴染みの呟きに苦笑したむーくんは、じろりと鬱陶しそうに校門前に睨むと「面倒臭ぇ…」と呟いてガシガシと頭を掻く。

 

 「俺が注意を引くからイズクはお嬢を連れて先に行ってくんね?さすがに休ませねぇと」

 「えっ!?だったら僕も―――」

 「腹を空かせた肉食獣顔負けに(ネタ)を求めて殺到する大人数を相手出来るか?」

 「………ごめん、無理かな…」

 

 想像しただけでも緊張でガチガチになるのは明白なのですぐさま謝ると、逆に飯田君が「なら俺が」と申し出るも目がそちらに行った際に頼むと言われて僕達と共にこっそりと門を潜る事に。

 正々堂々と真正面から向かう扇動を見て、こっそりと回り込むように動く。

 門に連なる壁際を歩き、大勢の視線を集めるむーくんに申し訳なさ交じりでちらりと伺う。

 

 「おはようございます。朝早くからお仕事お疲れ様です」

 (((………誰っ!?)))

 

 爽やかな笑みを浮かべ、穏やかさを纏ったむーくんに僕を含めた皆が目を疑った。

 自然ながらも普段を知っているだけに作られた雰囲気と表情に目が釘付けにされるも、それで足を止めていては意味がないと門へと急ぐ。

 

 「君、ヒーロー科の生徒かな?」

 「えぇ、そうですけど」

 「ちょっと待って。確かヘドロ事件で―――」

 「その件は大変申し訳なく―――」

 「オールマイトの授業の様子は―――」

 「平和の象徴が教壇に―――」

 「○○中学校での殺人未遂事件で表彰されてた子だよね?あの事件で―――」

 

 ヘドロ事件を含めて様々な事で話題を持つむーくんはマスコミを惹き付けるには十分であり、知らずとも他の者が話題を口にすれば呼応して群がる。

 落ちているお菓子に群がる蟻のような光景に「うわぁ…」と誰かが声を持たした。

 僕はその姿を申し訳なく見つめながら門を潜った。

 ぶり返した悶々とした悩みを渦巻かせながら…。

 

 

 そして朝のHR(ホームルーム)にて悶々と悩んでいた緑谷は、戦闘訓練で個性の制御が出来ていない事を相澤より駄目だしを受け、制御さえ出来ればやれる事も多いと発破をかけられた事でやる気に満ちるも、クラス代表である学級委員長を飯田の提案で投票で決めた結果、立候補(ほぼ全員)したとはいえ自身が選ばれたことに別の不安を抱く事になるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 昼休みは昼食を食べようと多くの教員や生徒が大食堂に集う。

 飯田 天哉もまた大食堂に訪れ、注文したカレーライスを楽しんでいた。

 隣には麗日 お茶子、向かいの二席には緑谷 出久と扇動 無一が腰かけてそれぞれ食事を口にしている。

 だが緑谷だけは不安そうにかつ丼を食べては手を止める。

 

 「委員長なんて僕に務まるかな?」

 「務まる」

 「大丈夫さ」

 

 ぽつりと吐露された言葉に即座に返す。

 普段は失礼だが頼りなさげな彼だけど入試時の実技試験や個性把握テスト、戦闘訓練では見事な判断力と胆力を見せた。

 そんな彼に資質がないなど断じて思えなかった。

 ()よりも先に返答したように麗日君も同じように思っていたのもその証拠だろう。

 

 「緑谷君のここぞという時の胆力や判断能力は“多”を牽引するのに値する。だから君に投票したんだ」

 「けど牽引するんだったもっと他に…」

 

 不安げにちらりと視線を向けた先には扇動君が居た。

 確かに扇動君にも多を牽引する力は十分にあるし、彼ならそつなく熟すだろう。

 

 「無理強いはあかんよ。したくない(・・・・・)って言うんやから」

 

 麗日君の言う通り扇動君は学級委員長を自ら棄権している。

 ヒーロー科においてクラス代表である学級委員長は、プロヒーローに必要な“集団を率いる”という素地作りに向いている。

 ゆえに委員長には誰もが立候補するほどの人気を見せたが、扇動君だけは手を挙げるところか寧ろはっきりと“俺、したくないんだけど”と宣言したのだ。

 理由は如何にも扇動君らしく「委員会で時間を割くより自身を鍛えたい」との事。

 

 「でも飯田くんは委員長やりたかったんじゃないの?眼鏡だし!」

 「やりたいと相応しいかは別の話。()は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 「…僕?」

 

 話題が僕に振られるも自分の選択は間違っていないと思っている。

 だから皆が皆、自身に投票する中で僕は緑谷君に入れたのだ。

 ちなみに麗日も緑谷に投票して三票で委員長に選ばれ、緑谷に投票した飯田は扇動から投票されて一票を得ていた。

 

 自身の考えを口にしていたのだが、一人称が俺から僕に戻っていた(・・・・・)事に気付かず、気付いて疑問符を浮かべた緑谷君の一言にしまった!と顔を歪ませる。 

 

 「ちょっと思っていたけど飯田くんて坊ちゃん?」

 「坊ッ!?……そう言われるのが嫌で一人称を変えていたんだが…あぁ、俺の家は扇動君と同じく代々ヒーロー一家なんだ。俺はその次男なんだ」

 

 言ってしまった事はもう仕方ない。

 麗日君の問いに諦め交じりに答えると興奮気味に緑谷君が食いついて来る。

 僕の兄さんはターボヒーロー“インゲニウム”と言って、東京の事務所に65人ものサイドキックを雇っているプロヒーローで、最も僕が憧れているヒーローである。

 そんな兄さんの事に詳しく、キラキラと目を輝かせて語られると凄く嬉しく誇らしい。

 いつの間にか笑みを浮かべながら胸を張って答える。

 

 「規律を重んじ人を導く愛すべきヒーロー!!俺はそんな兄に憧れヒーローを志したんだ」 

 「まったく一家揃って堅物なんだから。ま、そこが飯田の良いところなんだけどな」

 「前にも言ってたけど扇動くんの家もヒーロー一家なん?」

 「正確には一族。ただしまともにヒーロー活動してんの極一部だけどな…にしてもこのサバの味噌煮美味かったなぁ」

 「お米も美味いし」

 「本当にそれな」

 

 会話に参加しないなと思っていたら、どうやら心行くまで麗日君同様に注文したサバの味噌煮定食を味わっていたようだ。

 しかし参加して訂正を入れると話題を逸らした。

 何故か知らないけれど扇動君は緑谷君にご家族の事を意図して伏せているように感じる。

 こちらとしてもどうしてなのかと追及する気はない。

 彼は彼なりの考えがあるのだろう。

 

 「そうだむーくん…今日時間あるかな?話したい事があるんだ」

 「放課後は開発工房の方に行こうかと思ってたけど、急用なら先に回すけど」

 「う、ううん!用事があるんだったら良いよ」

 「開発工房というのは?」

 「読んで字の如くだよ。主に使用しているのはサポート科の教員や生徒だけどな」

 「なら扇動君は開発工房へ?」

 「コスチュームの改良ってかサポートアイテム制作依頼出来ねぇかパワーローダー先生に聞きに行こうと思ってさ」

 

 昨日の戦闘訓練ではオールマイトにも褒められ、見事な勝利を収めたというのに奢ることなくさらに上を目指す為に動く。

 さすがだなと思い口を開こうとした矢先、校内放送でけたたましい警報が鳴り響いた。

 

 『セキュリティレベル3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください』

 

 警報に続いて校内アナウンスが流れて周囲が騒がしくなる。

 セキュリティレベル3が何のことか解らずにいると、近くにいらっしゃった先輩に聞いてみるとどうやら校内に何者かが侵入した事を知らせるものらしい。

 急ぎ避難をしようとするが非常口に大食堂を利用していた生徒達が殺到。

 高い危機意識を持っていたからこそ迅速な行動が行えたが、この事態は想定外だっただろう。

 人の波に僕は勿論ながら緑谷君や麗日君、それと少し離れた位置では上鳴君や切島君が呑まれて身動きが取れ辛い状態に陥っていた。

 窓際で身動きが取れなくなっていると、運よく外で駆けている集団が視界に映った。

 それは今朝校門前に集まっていたマスコミのようであった。

 侵入者というのはマスコミの方々だったのかと解り、ヴィランなど危険な者でなかったことに安堵すると同時に、これを皆に伝えなければならないと思考を巡らす。

 現在人が多く集まり過ぎた上にパニックまで起こしている現状、転倒でもしようものなら大怪我に繋がり兼ねない

 

 「――ッ!麗日君、僕を浮かせてくれ!!」

 

 無理やりにでも麗日君に近づいて手を伸ばす。

 意図は理解せずとも伸ばした手に触って個性を使ってくれた事に感謝する。

 浮いた事で圧迫感はなくなり障害物は無くなった。

 個性“エンジン”を吹かして加速を得る。

 目指すは皆の注目を集めるであろう非常口上部。

 爆豪君のように自由に空中を動く事は叶わなかったけど、何とか壁に激突する形で到達した。

 思っていた通りその場の全員の視線が集まり、僕は大声で侵入してきたのはマスコミで落ち着いた対応をと大声で叫ぶ。

 事態を理解すると混乱も収まって、落ち着きを取り戻した集団は慌てる事無く冷静に屋外への非難を開始した。

 

 「凄かったよ飯田君!」

 「ありがとう。これも麗日君のおかげだ」

 「うちは何もしてへんよ」

 

 駆け寄る緑谷君に笑みを浮かべ、照れ臭そうにする麗日君。

 僕の様子を見ていた上鳴君に切島君もスゲェと言いながら駆け寄ってきてくれる。

 そこでふと気が付いた。

 扇動君の姿がこの場に無い事に…。

 

 

 

 

 

 

 朝から校門前で待機していたマスコミは、どうにか情報(ネタ)を仕入れれないかと頭を悩まし、募る焦りと苛立ちをネタの提供を拒む雄英教師陣に向けて各々が愚痴っていた。

 時刻が十二時を回って学生や職員が食堂でわいわいとランチを楽しむ中、飲食店に食べに行ってネタを逃す可能性もある事からコンビニで買っておいたおにぎりや菓子パンなどでそれぞれが空腹を満たす。

 そんな彼ら・彼女らの前に異常事態が起きた。

 突如として校門を塞いでいた分厚い壁が崩れたのだ。

 

 ネタが欲しかったのもある。

 空腹もあって苛立っていた者も中には居ただろう。

 かれこれ四時間以上待ち侘びるばかりで判断能力が欠如した者も居たかも知れない。

 集った誰もがそれぞれの思惑を抱いている中で、壁が崩れた瞬間誰かが(・・・)雄英高校敷地内に足を踏み入れたのだ。

 不法侵入に当たる行為で同じことをすれば最低でも警察に厳重注意を受ける羽目になる。

 所属している会社に迷惑をかける事にもなるだろう。

 しかし誰一人としてそんな事で(・・・・・)躊躇う者は居らず、他社にスクープを奪われてなるものかと我先にと雪崩れ込む。

 

 校内で警報が鳴り響くのもお構いなしに突き進み、何事かと対応に出てきた職員に群がる。

 誰もが情報を求めて殺到するも職員は嫌な顔をしつつ頑なに拒む。

 

 これだけ待って中に入れたのに何の収穫も無しではそれこそ編集長に怒られてしまう。

 新人の女性記者は落胆を露わにしながら、遠巻きにマスコミに囲まれながら対応する相澤と山田(プレゼント・マイク)を眺めてため息を漏らした。

 彼女は新人ゆえなのか本来の気質なのかよく言えば意欲的、悪く言えば高圧的に取材を行っていた。

 朝だって無理に校門を潜ろうとしてセキュリティを起動させてしまうし、先ほどまでマスコミの最前列で攻めるように突っかかっていたのだ。

 ゆえにかオールマイトの情報を得れなかった今となっては、雄英高校の冷たい対応(彼女目線&私怨交じり)を批判する記事を出してやろうかと攻撃的に思考を働かし始める。

 

 「お姉さん、少し宜しいですか?」

 「なによ…って、君は――」

 

 後ろから声を掛けられてムッとしながら振り向くと、今朝の取材でそれなりに(・・・・・)答えてくれた少年―――扇動 無一が微笑みながら立っていた。

 他者のマスコミがあれやこれやと話を聞きたがっていた様子から気になって先輩から話を聞いてみると意外に話題の尽きない人物だったらしい。

 先輩から聞いたからには気にしていた相手が、いきなり現れた事に驚き声を上げようとしたところ、口元に人差し指を当てて“お静かに”と意思を示してきた。

 飛び出しそうになった言葉に制止をかけて、手招きされるがまま他のマスコミから隠れるように木々の裏へ回る。

 

 「良いネタ仕入れれました?」

 「それが駄目なんスよね。ガードが固くて…君ならオールマイトのネタとか持ってない?」

 「まだ授業も一回だけなので特筆して言う事は何も無いですね。お力に沿えず申し訳ないです」

 

 にっこりと笑顔で問われるも結果は散々。

 物は試しと聞いてみてもそりゃあそうかと解りきっていた答えが返ってきた。

 逆に申し訳なさそうにする様子にこっちが困ってしまう。

 …っと、ここで一つ気が付いた。

 オールマイトが無理なら彼を取材するのも良いのではないか…と。

 先輩曰くプロヒーローだった両親がヴィランに殺害された過去を持ち、今は雄英高校ヒーロー科に在籍している事などストーリー(・・・・・)としても良いだろうし、無個性ながらも入試一位で合格したり、ヘドロ事件など話題になった事件に関わった人物としては話題性もあるのでは?

 祖父はプロヒーローを輩出するヒーロー一族の扇動家当主であり、会社経営をしながら今だ現役を続ける人物。

 

 「もしよかったら君の事取材させて貰えないかな?」 

 

 これはいけるのではと思って言ってみると、キョトンとした後に嬉しそうに(・・・・・)頬を緩ませた。

 そして勿体ぶるようにどうしようかなと悩む素振りを見せられる。

 

 「う~ん、条件次第では構いませんよ」

 「条件?」

 「そう条件。お姉さん以外にお仲間っています。特にカメラマンとか」

 「いるよ。あそこの彼がカメラマンでその隣は先輩ッスね」

 

 扇動に教えようと指で示しながら背を向けた彼女は気付く事は無かった。

 今朝も今も自然な作り笑いと外向きの対応を取っていた扇動が、ニンマリとほくそ笑んでいた事に…。

 

 

 

 マスコミの一団から離れた扇動 無一は、放送で流される避難指示を完全に無視して校門前に立つ。

 本来ならば即座に避難するべきなんだろうけど、侵入してきたのが悪意あるヴィランでなく強硬なマスコミならば、身の安全を確保する前にどうやって雄英高校の敷地内に侵入して来たのかという方が気になって仕方がない。

 ヒーロー科のある高校とは大なり小なり目立つものだ。

 ヴィランなどの犯罪者からすれば自分達を取り締まるヒーローの卵が育成される場所。

 時には標的にされることもあれば、度胸試しと称して乗り込んで来る奴も現れる。

 そんなヒーロー科を抱える中でも幾人ものトップヒーローを輩出し、名門中の名門と謳われる雄英高校は万全のセキュリティを敷いていた。

 校内の各所には一般公開されることも多いので場所ごとにレベルは異なるがセンサーが置かれ、校門には学生証などの学校側より配布された通行許可IDを未所持の者が通ろうとすると分厚く非常に頑丈な壁が出現して塞ぐようにセキュリティシステムが組まれている。

 

 扇動の視線の先には確かに壁によって塞がれた痕跡(・・・・・・)が残っていた。

 門を塞いだ壁は今も尚塞ぎ続けてはいるが、それは半分ほどでもう半分ほどは崩れ落ちている…。

 携帯のカメラで撮影しながらその様子を考察しながら眺める。

 

 半分が崩れたおかげで断面が覗いているだけに、詳細は解らないがかなりの強度がある事が伺える。

 少なくとも俺ぐらいでは傷一つ付ける事は出来ないだろうな。

 そんな扉を壊すのなら非常に高い攻撃力を発揮する個性か、特殊な攻撃系の個性の二択。

 ただ今回の様子から前者はあり得ない。

 外から壁を壊そうと力を加えたのなら、壁だった破片は外側から校内側へと飛び散る筈だ。

 だけど今回は崩れ落ちた様に扉の周りに転がっている。

 となれば特殊系…それも“崩壊”させる系の個性の可能性が高い。

 芦戸の個性()みたいに溶解させる個性でも破壊は出来るが、こんな破片は出来ずにどこぞやに溶けた跡が残る筈。

 

 なんにしてもこんな事を仕出かす強個性の持ち主など相当に厄介だ。

 いくら何でもネタ欲しさにマスコミが破壊してまで侵入するとは考えられず、そうなるとかなり自信があるヴィラン…。

 

 携帯の動画を再生する。

 先ほど今朝にも居たマスコミから入手した映像だ。

 壁が崩壊して中に入ったのなら、この機を逃すまいとカメラを回しているだろうと踏んで取引(・・)を持ちかけて良かった。

 個性を使ったシーンは映っては居なかったが、不審なフードを深く被った人物が靄で覆われたナニカ(・・・)と共に校内に入って行く様子がばっちり撮られていた。

 話を掛けた時はどうやってマスコミが入ったのかを知りたい程度だったが思った以上の収穫に、取引を持ち掛けたマスコミの単独取材を受けるという苦労も報われるというものだ。

 向こうから食いついてくれたおかげで楽だったし、あの新人(・・)女性記者には感謝だな。

 

 ともあれどうやって侵入したかは分かった。

 壁を破壊した個性は凡そ推測出来た。

 容疑者らしき人物も顔は見えないが映ってはいた。

 得られる情報は得たし戻るとしますか。

 

 一応これらの情報はそっと相澤先生に伝えるけど、どうせ向こうは生徒にこういった詳しい説明はしてくれないだろうに。

 校舎に戻ろうとした扇動はぴたりと足を止めて、私用で使っている携帯ではなく仕事用の携帯を取り出す。

 

 何故壁は破壊されたのか? 

 ヴィランとすれば目的はなんだ?

 今現在暴れている様子が無ければただの悪戯か何かしらを仕込んでいる可能性がある。

 校内に潜伏はセンサー類から難しいが、不審物を残すぐらいなら可能だろう。

 だがもし中に潜める手段があるとすれば、それは後々にヤバイ事態が巻き起こる事も考えられる。

 

 こっちも一応示唆しておくが、ただの生徒である自分が出来る事はない。

 なので保険を掛けておいた方が良いだろう。

 無駄で終われば良し。

 本当にただの保険。

 

 電話帳の中から“ココ”と表示される人物に連絡をつける。

 ()を仲介して何かしら手は打ってくれるだろうと、ヘラヘラと笑う彼を思い浮かべながら話を付ける。

 

 ―――これが翌日に続く事件の幕開けであったとは露とも思わずに…。

 

 

 

 尚、朝のSHR(ショートホームルーム)に続いて、帰り前のLHR(ロングホームルーム)にて委員決めの続きが行われ、非常口に殺到した生徒が大混雑と混乱したのを見事治めた飯田の活躍により、緑谷が委員長として飯田を推薦して本人が受け入れた為に飯田が一年A組の委員長となる。

 その途中に上鳴 電気が言った“非常口飯田”というあだ名の詳細を情報収集の為に見逃した扇動は、「…何それ?」と困惑と興味津々と言った様子でLHRを過ごすのであった…。 



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第14話 二人の会合と苦労する者…

 “失敗は成功のもと”。

 これはかの有名なエジソンの「失敗ではなく上手くいかない方法を見つけただけ」という言葉が語源と言われることわざ。

 多くの科学者もそういった方法を見つけ歩み続けた結果、世で言う“成功”を生み出して来たのだ。

 だから私が失敗するのもまた成功へ至る為には、致し方ない事なのです。

 “失敗は成功の母”。

 数多の失敗を仕出かそうとも、それらを糧にして私はただひたすらに進むのです。

 

 サポート科一年の発目 明(ハツメ メイ)は大きなゴーグルで目を保護し、自身の脳裏に浮かんだアイデアを形にしようと厚手の皮手袋を装着して作業に勤しむ。

 ヒーロー科が未来のヒーローを育成する学科であるように、サポート科は基礎を始めとしてサポートアイテムを開発・整備などを教え込まれる学科。

 彼女もまたそんなサポート科の一人であり、工作熱心な生徒で趣味人(・・・)…。

 頭に浮かんだアイデアを検証する間もなく思ったがままに組み立てる為に、入学三日目にしてサポート科を担当する先生方には問題児としての認識が広まり始めている。

 今日も今日とて開発工房にて可愛いベイビー(自分の作品)を生み出すべく、放課後になると開発工房で下校時間ギリギリまで工作を行う予定だ。

 頬を垂れる汗を革手で拭って代わりに油汚れが彩る。

 けれどそんな事(油化粧)など気にも止めずに、目に新しいベイビーから離れる事は無い。

 

 「失礼しますっと…ん?」

 

 数度のノック音の後に一人の生徒が入ってきた。

 一瞬パワーローダー先生かと思い振り返るも今日はマスコミが敷地内に侵入してきた事で、職員会議が長引く事から早々戻って来る事は無い。

 制服を見てサポート科ではない事を理解すると同時に、その生徒がヒーロー科であると解り興味惹かれた。

 

 「すまんがパワーローダー先生は?」

 「職員会議です」

 「そうか。サポートアイテムの事で話があったんだが…」

 

 先ほどまでは“ヒーロー科の生徒”が訪れたというちょっとした興味だったが、それが“サポートアイテム”で訪れたと知って、興味が段違いに沸き立つ。

 

 「サポートアイテム!――――私、興味があります!!!」

 

 興味のままに喰いついた発目は会議と答えて、ベイビーに視線を戻し掛けてグルンと振り向き、一気に距離を詰めてキラキラと輝く視線を向ける。

 ヒーロー科の生徒は突然の事に目を見張る。

 そして少しばかり値踏みするような視線を送り少し考え込む。

 

 「そいつはお前さんが?」

 「はい!私の可愛いベイビーです!!」

 「バックパック?飛行…いや、ジャンプ(・・・・)する為のもんか」

 「解りますか!これはとあるヒーローのバックパックを参考に独自解釈を加えて作ってみたんですよ」

 「再現アイテムか。そりゃあ気が合いそうだ(・・・・・・・)

 「どうです?試してみます?」

 

 返事を聞く事なくせっせと背負わせてスイッチを渡す。

 戸惑う様子を見せなかった彼はされるがままに装備し、なんら疑念を抱くどころかノリノリで試す素振りを見せ、バックパックより伸びているスイッチを押した。

 ここで発目は自身のミスに気が付いた。

 バックパックから噴出される推進力が予想以上に高過ぎた(・・・)のだ。

 

 あっと言う間に天井に近づいて激突する間際に、無理やり身体を捻って向きを変えて天井から壁に向かい、またも方向転換して壁沿いをスイッチを緩めながら速度を落として着地する事に成功。

 ぶつからず怪我もなく無事だった事は安堵すると同時に、自身の過ちを素直に謝ろうと近づく。

 しかしながら脳裏には方向転換する為のサブスラスターの無いバックパックで、無理やりと言えども負荷を物ともせずに変えた彼の身体能力にも興味を抱き始めていた。

 

 「出力設定をミスったようです!ごめんなさい!」

 

 謝ってはいるものの表情はニカリと笑ったままで、人によっては苛立ちや怒りを募らせる場合があるが、彼はまじまじと発目と降ろしたバックパックを見て嬉しそうに笑った。

 

 「原石だが個性有りきのサポートアイテムを技術だけでここまでやるか…これを見てくれるか?」

 

 咎める事もなく渡されたノートに目を通してみると中々に面白い内容であった。

 何十ページに渡り描かれているのは異なるパワードスーツらしき絵(ライダースーツ)にそのサポートアイテム類。

 詳細ではなく要望が書き綴られ、それらの大半が身体への負荷を無視したような代物。

 これらを要望通りにするには技術的解決法が求められる。

 

 「かなり身体に負担を強いりますよ?」

 「負担に対して性能が得られるんなら問題ねぇよ」

 

 先ほどの方向転換から身体能力の高さも伺えた事からさらに面白そうと興味が惹かれる。

 高い技術力が求められ、ある程度の無茶が許される。

 中にはバックパックの技術を持ち入れるものもあった。

 目を通していると「約束をすっぽかすタイプか?」とか「気分で仕事をするタイプか?」と聞かれ、否定すると満足そうに頷いて微笑まれた。

 

 「Dr.マイヤミ*1でもロイド伯爵*2でもなく、接した感じから束*3でもなさそうだ。どちらかと言えばエル君*4に似ているか。ぶっ飛んでいて且つ接しやすいとか最高だな」

 「どなたです?」

 「こっちの話だ。ところで頼みがあるんだがこれらの制作やってみる気はあるか?」

 「面白そうなのでやってみたいですね!」

 「即答か。ただこちらから頼み事だけってのは気が退ける。さっきのバックパックみたいに何かしら作った際は呼んでくれ。喜んでモルモット(実験体)になろう」

 「それは良いですね!良い意見が聞けそうです!」

 

 お互いに利のある関係ににこやかに笑い、発目は求められるまま握手に答えた。

 革手をしたままで、はっきり見える油汚れを気にすることなく握り返させる。

 

 「俺はヒーロー科一年A組扇動 無一だ」

 「サポート科の発目 明です!」

 「あぁ、これから(・・・・)宜しく。ところでさっきのバックパックで少し話があるんだが…」

 

 初会合を果たした発目と扇動。

 不安もあるコンビの結成が吉と出るか凶と出るか…。

 望んでいたイカレタ科学者に出会って興奮する扇動に、扇動の提案に面白そうと喰い気味に跳びついた発目では、そこまで考えが行くことはなかったのである…。

 

 

 

 

 

 

 夕焼けも徐々に沈みかけ始め、暗みが増す廊下を一人の教員が歩いていた。

 いや、本人は(・・・)歩いていない。

 大型の異形の個性持ちでも余裕を持って通れるように設計された廊下を、搭乗部もろ出しのパワードスーツが進んでいる。

 搭乗しているのはヒーロー科とサポート科の二つの教員を兼任している掘削ヒーロー“パワーローダー”こと埋島 干狩(まいじま ひがり)で、彼は疲労感から大きなため息を零す。

 雄英高校は行事などを含めて年がら年中何かしら起こり得る学校である。

 毎年大なり小なりの問題は起きると理解している。

 新学期が始まってまだ三日であるも、すでにサポート科のある生徒に悩まされているのもその一つだ。

 

 発目 明という新入生。

 サポートアイテムを作る事に関しては熱心で技術面的にも優秀な生徒。

 彼女は入学前から独学で習っていた節があり、同学年のサポート科の生徒と比べて基礎が出来上がっていた。

 しかしまだ幼く若い原石である彼女は危うい。

 アイデアのままに勢い任せで組み立てるので初日にして組み立てたアイテムが暴走後に、小さな爆発を起こして壊してしまったのだ…。

 熱心過ぎるのも問題なのだ。

 最初は怪我などの危険性も考慮して開発工房の出入りを禁じるかとも思ったが、一度の失敗でそれは過度な罰かと考え直し、昨日は自分が注意出来るように見ている時ならと許可したら、下校時間ぎりぎりまで入り浸りやがって。

 これから三年間接するのかと思うと頭が痛くなりそうな問題であるが、今はそれが他愛ない些事に思えてならない。

 

 強固なセキュリティシステムを組んである雄英高校であるが、そのシステムを突破して侵入者を許してしまう。

 前代未聞な事件に世間もマスコミも騒ぎ始めている。

 職員会議ではその件で話し合い、情報の共有が図られた。

 そしてパワーローダーは長く続いた会議が終われば、何者かに壊された校門のセキュリティシステムである壁の応急処置に向かった。

 完全に修復するには時間も掛かる上に、材料が足りないので発注しなければならない。

 なので今日は本当に応急処置で、明日になったらもう少し形になるように手を加えなければならず、予定も含めて精神的にも疲れが押し寄せている。

 

 再び大きなため息を吐き出し、乗り込んでいるパワードスーツを慣れた手つきで動かし開発工房に向かう。

 前代未聞の事件が起きたからと言って、あの問題児が開発工房に来ていないとは思えない。

 どうせいるだろうなと当たりを付け来てみればやはり電気が灯されていた。

 下校時間ぎりぎりだってのにと文句を呟き勢いよく扉を開いて文句を言おうとして、中の様子を目にしたパワーローダーは口を閉ざした。

 

 開発工房内では一人の男子生徒が飛んでいた。

 まだ仮組らしきバックパックを背負い、飛行実験するには低い室内を縦横無尽に舞う。

 ベースはバスターヒーロー“エアジェット”のバックパックで、斜め上に飛び出したスラスターポットと底に推進部を取り付けたレッグアーマー。

 拙く仮の為にまだまだ不安定。

 それをバックパックより伸びた急ごしらえの操縦桿を駆使して飛び回って着地を決めた。

 着地した生徒は不満を隠す事無く口にする。

 

 「感度が良過ぎる!これじゃあ頭を焼き兼ねないぞ!!」

 「ふむふむ、なるほど……このぐらいですかね?もう一回飛んでもらえます?」

 

 言われた所を修正すると再び飛ぶも、今度は硬すぎて上手く機能し切れていない。

 だけどその危なっかしい光景は彼女にとって望ましいものだとパワーローダーは思う。

 彼女は注意しても基本的自分本位で人の話を聞かない。

 否、聞いても別の解釈で押し進む節がある。 

 熟練者ならまだしも原石たる発目がそれでは駄目だ。

 しかしああやって無茶な実験に付き合って真正面から意見を言ってくれる誰かと協力し、トライ&エラーを繰り返すのであれば原石は研磨され、いつかは研ぎ澄まされた輝きを纏うだろう。

 

 採掘重機を思わせる見た目のヘルメットから覗く瞳は、そんな未来を抱かせる光景を映しつつ、同時に彼に現実を叩き付ける。

 

 飛び回る度に辺りに舞う書類に工具。

 軽く接触したであろう壁や天井の傷に、スラスターが当たった焦げ跡。

 時計が完全下校時刻であろう時刻を指し示そうとする事実。

 

 「あ、パワーローダー先生!見て下さいよこれを!」

 

 興奮気味に駆け寄ってアイテムの説明をしようとする発目。

 対してパワーローダーはわなわなと肩を震わし、察しや扇動は目を逸らした。

 

 「今何時だと思っている!とっとと帰れ!!出禁にするぞ!!!」

 「出禁は困ります!ではまた明日!」

 「失礼します」

 

 怒鳴り声をあげて問題児二人(・・)を開発工房より追い出す。

 廊下を走って行くのを見送ったパワーローダーは、本日一番大きいため息を漏らすとチクリとお腹辺りに痛みを感じた。

 

 後日、パワーローダーの所持品に胃薬が追加されるのであった…。

*1
Dr.マイヤミ 本名:天田南 登場作品:ヨルムンガンド

玩具メーカーに勤めるも作るものは必ず軍事転用されるロボット工学のスペシャリスト。

超がつくほどの超マニア。蝶の為なら一年前から楽しみにしていた約束ですらすっぽかす。

*2
ロイド・アスプルンド 登場作品:コードギアス

貴族であり大国でトップレベルの研究者。

自身の気分や興味の有無で研究を行い、時には黙って資金を使って上に請求書だけ送り、他の部隊から建前と屁理屈を用いて軍用機を自分の物にしたりする。

*3
篠ノ之 束 登場作品:インフィニット・ストラトス

世界各国の軍事基地にハッキングしたり、複製不可能なマルチフォーム・スーツを開発した頭脳及び身体能力オーバースペックの天才もとい天災。

身内以外には冷徹無慈悲な程無関心で話しかけられたりするとあからさまに拒絶する。

*4
エルネスティ・エチェバルリア 登場作品:ナイツ&マジック

自分専用のロボットを制作する為ならどんな苦労も厭わない大のロボット好きの設計者兼プログラマー兼パイロット。

頼まれてもだが頼まれずとも何かしらを設計・開発している。

実験で自身は気絶、現行機を一機大破させたことがある…。



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第15話 ヴィラン襲来 前編

 サポートアイテムとは戦闘面または救助活動にて、使い手の手助けや補助を行う道具。

 多くは最新の技術や素材、電子機器を用いられたハイテクノロジーの塊であり、その用途や仕組みを理解していなければ性能を徒然に発揮する事は難しい。

 特に戦闘面を支える武器となると尚更だ。

 頼れる相棒となる筈が、理解及ばず戦闘中に使用不能なれば目も当てられないだろう。

 ゆえに扇動 無一は注文していたサポートアイテムのチェックは怠らない。

 握りの具合にトリガーの固さ、持った時の銃身に掛かる重み、折り畳み式の刀身(スタンロッド)と握りの機構、フレームに歪みがないか、弾倉の入り具合などなど。

 説明書に目を通しながら念入りに確かめる。

 今のところは問題はなさそうだが、撃った時(・・・・)の癖や()として扱った時の具合は実際に使ってみないと解らない。

 外見は灰色に銀色で構成された色合いに、大型拳銃と呼ぶに相応しい実物サイズなどほぼ要望通りで外見は良い感じではある。

 しかし実用性を考えると仕方なく手型のハンドオーサーや音声は無いが、趣味的には欲しかったところである。

 

 「男子ってそういうの好きだよね」

 

 移動中のバス内で座ってから一人確認作業に勤しんでいた扇動は、葉隠の言葉に顔を上げる。

 本日は第二回目となるヒーロー基礎学で人命救助(レスキュー)訓練を受けるのだが、雄英高校は多くの巨大な施設を複数持つために広大で、今回使用する施設まで校舎より距離がある為に敷地内をバスで移動しているのである。

 移動中はさしてする事がなく暇で、各々好きに時間を潰している。

 そんな中で一人作業をしていたら自然と皆からの注目を浴びてしまう。

 …ただバスでの移動と聞いて左右二列ずつの座席を予想して、緑谷より委員長の座を受け継いだ飯田が張り切って乗り込む際に皆を二列に並ばせて乗車させたのだが、予想に反して前半分は長椅子である為に張り切りが空回りして「こういうタイプだった!くそう!!」と叫んで一人だけ項垂れてはいるが…。

 周囲を見れば何人かと目が合い、隣の蛙吹や緑谷に向かいの芦戸は堂々と覗き込んでいた。

 

 「全員という訳ではないだろうが俺は好きだな」 

 「ってか銃刀法違反じゃね!?」

 「無許可で実銃だったらな。これは非殺傷のサポートアイテム」

 「戦闘訓練の時は使って無かったよね?」

 「デザインとか弾丸とか色々注文したから遅れたんだ」

 

 趣味満載のアイテムだから余計にな。

 機構と弾が特殊な為にコスチューム受け渡し時にこの二丁(・・)は間に合わなかった。

 一つはバス内で確かめていた仮面ライダーウィザードが使用していた“ウィザーソードガン”。

 コスチュームをウィザードにする時点でやはりこれはいるだろうと詳細な要望書を出しておいたのだ。

 弾丸は銀の弾丸…なんて殺傷能力の高いもの頼めないので、超小型の電源と回路を内蔵した特殊弾を用いるので近接可能なスタンガン()である

 もう一丁は黒基準で木製グリップのコルト・パイソン。

 こちらはウィザードは関係ないが、予備でもう一丁欲しいなと思ったら仮面ライダークウガで刑事(杉田 守道)がクウガに渡していたシーンが頭が過って要望したのだ。

 上鳴の問いに問題ないと二丁の拳銃を見せながらロングコートで隠れているホルスターに収める。

 これで銃の話題は終わったのか、蛙吹が緑谷に視線を向けて口を開いた。

 

 「私思った事をなんでも言っちゃうの。緑谷ちゃん」

 「あ、ハイ!?蛙吹さん!!」

 「梅雨ちゃんと呼んで―――アナタの個性、オールマイトに似てる」

 「―――ッ!?い、いや!それは…その」

 

 女性に話しかけられた事でテンパる緑谷は、次の言葉であからさまに慌てる様子を見せる。

 つくづく隠し事(・・・・・・・)に向かない性格しているよな。

 相も変わらずな様子に苦笑する。

 否定しようとするも動揺から言葉がガチガチに硬く、声は若干裏返ってしまっている。

 

 「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは個性使っても怪我しねぇぞ。似て非なるもんだぜ。にしても増強型のシンプルな個性は良いな!派手で出来る事が多い!俺の“硬化”は対人じゃあ強ぇけど地味なんだよなぁ…」

 「僕は凄くかっこいいと思うよ。プロでも十分通用する個性だよ。――ね?」

 

 途中で割って入った切島は否定すると同時に緑谷の個性を褒めては羨む言葉を並べるも、話題が逸れた事で調子が戻った緑谷はそれこそ否定して俺に同意を求めて来やがった。

 小さく苦笑しながら銃が納められていたアタッシュケースに説明書を仕舞い、頭の引き出しより返しの言葉を探し出す。

 

 「ある獣人が“攻撃は最大の防御”ということわざを用いて言ってたな。“防御する盾で攻撃まで出来るようにしちまえば、最大の攻撃と最大の防御が一緒になって、最大二つで最強なんじゃねえか”って」

 「いやいや無茶苦茶だろうソイツ…」

 「だがどちらも最大なら道理だろ?」

 「確かに…良いなソレ!」

 

 上鳴のツッコミを他所に気分の上がった切島は硬化した拳と拳をぶつけて、瞳はやる気で満ち溢れていた。

 個性…それもヒーローの話題となればヒーロー科としては盛り上がるのも道理。

 それぞれが“自分の個性が”という中、切島が参加していなかった爆豪や轟に振る。

 

 「派手で強ぇつったら轟と爆豪だな」

 「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそう」

 「ンだとコラ!!出すわ!!!」

 「ホラ」

 「この付き合いの浅さで既に“クソを下水で煮込んだような性格”と認識されるってスゲェよ!」

 「テメェのボキャブラリーは何だコラ!殺すぞ!!」

 「いや、誰もそこまでは思ってねぇよ…」

 「そこまではってなんだ!少しは思ってるってことか!?アァ!?」

 「あんまり騒ぐんじゃあねぇよ。隣に迷惑掛かってんだろうが。耳郎、何だったら席変わるか?」

 「いや、大丈夫。あと少しだろうし」

 

 蛙吹は通常運転だから良いとして、上鳴は怖い者知らずって言うより爆豪になんか恨みでもあんのか?

 あの(・・)爆豪が弄られている現状に驚き交じりで震える緑谷の隣で、扇動は上鳴に不思議そうな視線を向ける。

 話で盛り上がっている中で、芦戸はふと気になる事を思い出して扇動に話しかけた。

 

 「ところで扇動の個性ってなんなん?使ったところ見た事ないんだけど」

 「…あ?俺、無個性だが」

 「「「え!?」」」

 

 沈黙で車内が一気に静かになった。

 緑谷と爆豪、そして相澤先生を除く皆が目を見開き、口をポカーンと開けて驚愕しているような(・・・・・・・・・)表情を浮かべている。

 その様子に対して肩眉を吊り上げ、首を傾げていると理由を理解して納得した。

 

 「そういやぁ言ってなかったな」

 「ちょ、マジか!?」

 「それで入試一位ってどんなチートだよ!」

 「あー…確かに個性把握テストで飛びぬけた成績は出してなかったな」

 「お前らいい加減にしとけよ。もう着くぞ…」

  

 バス内で繰り広げられた喧騒も相澤の一言で静まり、目的地に到着したバスから降りた一同は巨大なドーム状の施設―――(ウソの)(災害や)(事故ルーム)に入って行く。

 内部は非常に広く、外見以上に深い(・・)

 施設内に入った矢先には数えるのも馬鹿らしいほどの階段が下へと続いており、火災に水域に土砂に山岳などなど多彩な災害現場が人工的に再現されている。

 さすが災害救助で活躍するスペースヒーロー“13号”先生(・・)が監修するだけはある。

 …というか雄英高校はどれだけの予算を使ってるんだか。

 ヒーロー育成への力の入れ方に感心するも、半分呆れが表情から零れ出る。

 

 そんな扇動を始めとした一年A組の面々を出迎えたのは、宇宙服のようなコスチュームで身体だけでなく素顔も隠している13号その人だった。

 13号の登場にヒーローオタクの緑谷は勿論ながら、好きなヒーローだったらしく麗日も高揚しているようだ。

 

 授業を始める前に13号から“お小言”称された説明と心持の話をされる。

 超人社会では当たり前になっている個性。

 誰もがアクセサリーのように気軽な扱いをする中で、実際に個性の危険性を肌身で感じている者は少ない。

 使い方一つで多くを救える可能性を秘めながらも、人を傷つけるだけでなく容易に殺す事も出来る力…。

 なんでも吸い込んで消滅させる“ブラックホール”という危険な個性を持つ13号ゆえに、話される内容に強い説得力と重みがある。

 

 「この授業では人命の為には個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君達の力は人を傷つけるのではなく、誰かを助ける為にあるものだと心得て下さい。以上!ご清聴ありがとうございました」

 

 そう締め括ると為になる話に聴き入っていた皆は、自然と拍手喝采が沸き起こった。

 柔らかな口調に紳士的な態度も相まって、初見であるが好印象を持った扇動も拍手し、ピリッとひり付く様な感覚にバッと勢いよく振り返る。

 階段下の広場に黒い靄が沸き起こり、靄の中から人が現れた。

 それも一人や二人ではなく団体でだ…。

 

 「なんだありゃあ?入試の時みたくもう始まっているパターン?」

 「動くな!あれはヴィランだ!!」

 

 相澤の言葉に驚愕する皆。

 それよりも黒い靄を発生させているであろう、靄を纏っているヴィランは先日の事件(マスコミ侵入)で映像に映っていた奴だと理解して苦虫を潰したような顔をする。

 

 「先生。あの靄は…」

 「あぁ、そうだろうな。先日の件はクソ共(ヴィラン)の仕業だったか」

 

 扇動はホルスターから抜いた銃剣--ウィザーソードガンを構え、相澤は本当に忌々しそうに睨みながら首に掛けてある捕縛布に手を掛ける。

 ヴィランが続々と現れている中で、ひときわ目立つのは三名。

 脳みそが剥き出しで嘴のような口に、オールマイトのような大きく逞しい肉体のヴィランに、黒い靄を纏い転移系個性を持っているであろう靄のヴィラン。

 そしてその二人の間に立ち、顔や首や腕などに“手”を付けている“手だらけ”…。

 顔を隠すように付けている手で覆われているも、指の隙間から目が合った気がした。

 ニタリと実に楽しそうに笑みを浮かべた奴は言った。

 

 「子供を殺せば来るのかな?」

 

 こうも真っ向から悪意を…それも無邪気(・・・)な悪意を向けられたのは初めてだ。

 妙な違和感を感じて正体を探るよりも内ポケットにしまっている携帯へと手を伸ばす。

 

 「(ヴィラン)!?ヒーローの学校に入り込んで来るなんて馬鹿だろ!」

 「逆だ逆。ヒーローが多数いる学校に乗り込めるほど周到な準備してんだよ…」

 

 切島の発言を否定しながら即座に携帯を確認するもやはり圏外(・・・・・)と表示され、電波は一本も立っちゃあいない。

 通信網の遮断に作動していない侵入者用のセンサー、校舎から離れた空間にヴィラン多数。

 付け加えてヴィラン側は靄より現れた事から“転移”系の個性持ちが居り、退路を確保しているだけでなく援軍を呼ぶ事だって可能だ。

 

 「13号は生徒の避難を!センサー対策をしているなら電波系の個性が妨害している可能性がある。上鳴、お前の個性で連絡出来ないか試せ」

 「了解っス!」

 「先生は!?まさか一人で戦うんじゃあ…」

 「ヒーローは一芸では務まらん」

 

 そう言うと捕縛布を多少緩めながら、何百とあろう階段をひとっ跳びで降りていく。

 身を隠すことも自由に動けぬ空中ゆえにヴィランは射撃可能な個性持ちが前に出るも、相澤―――イレイザーヘッドの個性を消す個性によって乱され(・・・)、呆気ない程に接近を許してしまう。

 もうそこからは無双だ。

 捕縛布を絡めて振り回し、蹴り飛ばしたり殴り倒したり…。

 戦闘経験豊富なプロヒーローという事もあるのだが、動きの悪さや判断の遅さが程度の低さも大きく関係している。

 厄介そうなのは居るが今は一刻も早く援軍を呼ぶべく、校舎に向かうのが正しいだろう。

 13号もそう判断して早くここから出るように指示を出す。

 相も変わらず分析して遅れているのが一人(緑谷)いるが…。

 

 「―――させませんよ」

 

 出入口に向かおうとして背後より聞こえた声に振り返ると、いつの間にか靄のヴィランがすぐそこまで来ていた。 

 簡単には逃がして貰えないか…。

 

 「初めまして。我々はヴィラン連ご―――ッ!?」

 「チッ、左に流れやがる(弾丸が)

 

 突如と眼前に現れた黒い靄のヴィランに一同が驚く中、扇動はウィザーソードガンを向けて発砲。

 調整が上手くいっておらず弾は左に逸れ、咄嗟に避けられた事で当たる事は無かった。

 

 「避けたな。靄で解り辛ぇが本体があるらしいな」

 「…生徒と言えど優秀な金の卵。さすがに侮れませんね……!」

 「13号先生。靄を頼みます」

 

 余裕を見せてべらべら喋る靄から視線と銃口を外さず、小声で13号に伝える。

 ズレはだいたい今ので理解出来たので端っからずらす事で修正可能。

 靄が邪魔で本体が狙い辛いがそこは13号の個性で吸い取って貰えれば何とでもなる。

 最悪そのまま吸い込むという手もあるがヒーローである以上取りたくない選択肢だ。

 察した13号は個性を使おうと指先のカバーを開く。

 

 予想外(イレギュラー)というのは突如と起こり得る。

 いきなり射撃されるとは思わなかった靄のヴィランもそうだが、扇動と13号もまさか射線上に爆豪と切島が飛び出して行くとは思わなかった。

 これでは13号は個性が使えないし、俺も撃つことも出来ない。

 切島の“硬化”による打撃は実体を捉えられず不発。

 範囲で攻撃できる爆豪の“爆破”は効果はあっただろうが、爆発で発生した爆煙で視界が遮られる。

 

 「我々ヴィラン連合の目的は平和の象徴オールマイトに息絶えて頂きに参りましたが、どうも予定が変更されたようで。まぁ、それとは関係なく…」

 「退け爆豪!切島!!」

 「私の役目は―――散らして嬲り殺す」

 

 煙りの向こうで声がした事から即座に距離を取れと叫ぶも、先に黒い靄が周囲を取り囲み。

 扇動達は成す術なく靄に包まれた…。

 

 

 

 

 

 

 名門中の名門である雄英高校ヒーロー科を受かっただけに、一年生と言えども能力や個性はずば抜けている。

 とは言えまだヒーローへ至るスタートラインに立ったばかりの雛であり、戦闘経験など皆無に近い彼ら・彼女らに突然のヴィラン襲撃は酷…。

 多くの者が焦りや不安を抱きながら、何とかしようと足掻き行動する中、耳郎 響香(ジロウ キョウカ)は自身の幸運(・・)に感謝していた。

 

 黒い靄に包まれた耳郎は次の瞬間には山岳ゾーンへと転移(・・)させられていた。

 名前の通り山岳地帯を再現して、救助訓練などを行う訓練場。

 その為に岩場で囲まれて足場は悪く、周囲は崖で囲まれて逃げ場がない。

 橋を使えば別の場所へと移動する事が可能であるが、山岳地帯を表現する為か吊り橋は縄と木材で組まれたもので、もしも渡ろうとすれば間違いなくロープを切られて谷底に真っ逆さまだろう。

 

 「うおっ!今マジで三途の川見えた!!何なんだよこいつら!!」

 

 この山岳地帯に転移させられたのは四名。

 一人は戦闘訓練で同じ組になった上鳴 電気。

 個性は“帯電”で電気を纏ったり周囲に放電出来たりと協力だけども、敵も味方も密集しているこの状況では無差別に感電させるしかなく、個性が状況に合わずに使えずにいる。

 大柄のヴィランの攻撃を何とか避けて逃げ惑う様子にイラっとする。

 

 勿論こんな状況で学生がいきなりヴィランとの戦闘という事で気持ちは理解出来る。

 だけどそれはこちらも同じこと。

 寧ろ自分を含めて女の子二人が必死に戦っているのに、騒いで逃げ惑う姿に苛立たない方が少ないだろう。

 

 「男の癖にうだうだと…」

 「だって仕方ねぇじゃん!俺の個性だとお前ら巻き込んじゃうんだから!」

 「お二人共真剣に!」

 

 八百万 百の叱咤を受けて、上鳴から目の前のヴィランへと意識を移す。

 一緒に八百万が居てくれた事は幸運の一つだ。

 推薦入学者はヒーロー科の中でも個性も実力も群を抜いている。

 冷静な判断からなる指示やサポートに付け加え、“創造”の個性により武器を難なく入手できるのは大きい。

 本人も創り出した長い鉄製の棒で応戦しており、耳郎も刃が潰れた鉈モドキで戦っている。

 彼女が中核を担ってくれるおかげで思いっきり戦闘に専念できる。

 

 「お嬢!鉄製の棍棒で良いから上鳴に渡してやれ!」

 「いやいや、俺近接なんて…」

 「電気流しゃあ簡易スタンガンになんだろ!」

 「解りましたわ。上鳴さん!」

 

 同じく転移させられた扇動 無一の言葉に従って八百万が“創造”した棍棒を上鳴に投げ渡す。

 受け取った上鳴は恐る恐る電気を纏うと、棍棒にも電気が流れた。

 そこへ襲ってくるヴィランに咄嗟に振るうと当たった棍棒で痛みを与えると同時に、流れた電気によって相手が痺れて倒れた。

 倒したヴィランと棍棒を何度か眺め、自信に満ちた笑みを浮かべて振り返って来た。

 

 「通用するわコレ、俺強ぇ!みんな俺を頼れ!!」

 「軽いなオイ…」

 「ならそのまま前衛を頼むぞ!耳郎は中距離も兼ねた支援してやれ!お嬢、そっちの指揮は―――」

 「解っていますわ。皆さん、引き締めて参りましょう!」

 

 上鳴が前衛として機能した事で三人の(・・・)連携が生まれ始めた。

 拙いながらも上鳴が前衛を務め、八百万が後方支援しつつ指揮を執る。そしてウチが前衛兼個性による援護を行う。

 個性“イヤホンジャック”は耳たぶがプラグになっており、そのまま挿せばで自身の心音を爆音として対象に響かせ、ブーツに取りつけてあるスピーカーと繋ぐことで爆音を衝撃波として放つことが可能。

 こちらに向かって来たヴィランを片付けて一息つき、もう一方へ(・・・・・)視線を向けると向こうもどうやら終えたようだ。

 

 「っーかあいつやべぇだろ…あれで無個性って」

 「けどおかげでウチらは助かるよ」

 

 視線の先には一人離れて大勢を相手に大立ち回りを披露し、見事無傷で勝利を収めた扇動 無一が息を切らす事もなく立っていた。

 正直ウチらは有難いのだけど、襲ってきたヴィラン達にしたら災難だっただろう。

 

 

 転移させられた直後の扇動の動きは速かった。

 広がる地形に相手の人数を認識した瞬間には走り出していた。

 地形の利もなく数は劣勢。

 相手の詳しい情報が枯渇している状況下で、ただ待ち構えるのは悪手過ぎる(・・・・・)。 

 そもそも無個性で近接戦闘メインの扇動の場合は、遠距離攻撃可能な個性持ちで囲まれたら詰みなのだ。

 ヴィランが大勢を整える前に強烈な一撃で乱す事で相手の連携を崩すのみでなく、戦闘慣れしていないであろうクラスメイトの支援にも繋がる。

 走り出すと同時に離れた位置に躊躇なく催涙手榴弾を放って場を乱し、いきなりの攻撃に慌てた先頭のヴィランに回し蹴りを喰らわせた。

 個性を活かすコスチュームではなくほとんど私服のような服装や、相澤先生に対して連携も対応も取れていない様子から訓練を受けた戦闘集団ではなく寄せ集めである事は解りきっている。

 乱戦に持ち込めば同士討ちを仕出かすだろうし、気付いてしまえば攻撃の手が疎かになる。

 扇動の思惑通りに多勢で囲んでいる割に攻撃が出来ず、一人一人と蹴りをメインにした攻撃を受けては倒れ込んでいく。

 ロングコートを大きく揺らしながら動き回っては蹴りを喰らわせていたかと思うと、ウィザーソードガンを手にすると余裕を持って歩きながら相手の動きに注意して攻撃モーションに入ったらしい奴から撃っては気絶(スタンガン)させ、終いにはスモークグレネードで視界を遮ってからウィザーソードガンを銃から剣に切り替えてまたも突っ込んでいく。

 

 

 ちらりと視界に映っていたがハッキリ言って実力が違い過ぎる。

 そのおかげで四分の三が引き付けられて、ウチらは残り四分の一を相手するだけで済んで、誰も欠ける事無く無事に助かった(・・・・・・・)のだが…。

 

 油断…。

 数日前まで普通の学生で戦闘経験などある筈も無く、ヴィラン襲撃という危機的状況を打破したと思い込んだ矢先だっただけに、気が緩むというのはしょうがない。

 しかしそれをしょうがないと片付ける程、ヴィランは待ってはくれやしない。

 

 「―――ヒッ!?」

 「動くな。手だけ上げてろ…勿論“個性”は禁止だ。使用せずとも妙な動きを見えたらこいつを殺すぞ」

 「上鳴さん!」

 「やられた…完全に油断してた…」

 

 地中に潜って潜んでいたヴィランは出て来ると背後より上鳴の首根っこを掴んで人質にし、もう片腕には電気を走らせて不敵な笑みを浮かばせる。

 悔しがってももう遅すぎた。

 言われるがまま両手を上げて隙を伺うしかない。

 そう思っていた矢先、少し距離を置いていた扇動が堂々と白い銃(ウィザーソードガン)を仕舞って、リボルバー(コルトパイソン)を懐から取り出したのだ。

 さらにポケットより弾を一発だけ取り出し装填までする始末…。

 「なにしてんだよ!?」と言う前にヴィランが口を開いた。

 

 「良いもん()持ってんじゃァねぇか。そいつを渡せ」

 

 気分良さ気に要求するヴィラン。

 対して扇動は「なに言ってんだこいつは?」と言わん限りに怪訝な表情を浮かべ、銃口をヴィランへと向けた。

 この行動にウチら以上に驚いたのはヴィランだ。

 人質の上鳴を盾にしながら、首筋に電気を纏わした手を近づけて脅しをかける。

 

 「お前、状況が解ってんのか!?こっちには人質が居るんだぞ!!」

 「だから…それがどうしたって言ってんだろ」

 「状況が解ってねぇのかよ!?」

 「違ぇよ。テメェが状況を理解出来てねぇんだろうが…。そっちは殺害を公言したヴィランじゃあねぇか。殺されると解って渡すなんざ“武器を渡すだけ損じゃねぇか”」

 「扇動さん!今はそんな事を言っている時では…」

 「それにだ。俺や上鳴は別として美少女二人(八百万と耳郎)は捕まった場合、ナニ(・・)されるか解かったもんじゃない―――考えただけで反吐が出る!」

 

 怒気がこちらにまで伝わって来る。

 真正面から受ける事になったヴィランは、怒りを通り越して殺気すら籠った青い瞳に背筋が凍り付く様な錯覚に襲われていた。

 ふぅ…と小さく息を吐き出し、真っ直ぐ上鳴を見つめる。

 

 「上鳴―――お前が選べ」

 

 ただそれだけ…。

 短く主語の無い言葉であったが、何を指しているのかは明白だった。

 ゴクリと生唾を呑み込んだ上鳴は今にも吐きそうなぐらい青い顔をし、不安や怯えなどで震えを払うように虚勢交じりで叫ぶ。

 

 「…お、俺に構わずに撃ってくれ!」

 

 …銃声が響き渡る。

 上鳴の身体が揺れて、白いシャツが赤く染まる。

 呆けた表情を晒した後、腹部を押さえて藻掻き出す。

 撃たれた痛みから暴れ出す上鳴は完全にヴィランの行動の疎外にしかならず、人質を取ったがゆえに咄嗟に動けなかったヴィランに扇動が迫る。

 上鳴を突き放して電気の纏った腕を振るうも避けられ、電気はロングコートを撫でるだけで扇動にまで伝わる事は無かった。

 “火災などを想定して”制作されたロングコートは、電気による火災も想定して対策を施されている。

 完全に攻撃を無効化した扇動は接近して、鉄板が仕込まれているシューズが顎を打ち抜くように思いっきり回し蹴りをかました。

 顎を打ち抜かれた衝撃で脳を揺らされたヴィランは白目をむいてその場に伏した。

 完全に敵を無力化したのを確認した扇動は仮面を外して一息つく。

 耳郎は沸き起こる怒りのまま駆け出し、振り被った平手で扇動の頬を叩いた。

 

 「アンタ何してんの!!」

 

 避ける事もせずに受けた扇動の態度を気にすることなく胸倉を掴んで叫ぶ。 

 出会って数日の関係だ。

 だからと言って見捨てる事など出来る筈がない。

 あの状況で他にどんな手段が取れたかなんて分からないが、ヒーローを目指す者が仲間を斬り捨てる事を…いや、ヒーロー云々関係なくそれ自体がウチは許せることではなかった。

 怒りと悲しみで言葉が出ず、瞳に涙を浮かべて睨みつける。

 

 「失望しましたわ扇動さん!」

 

 同じく八百万も吐き捨て、痛い痛いと呻きながら転がり回る上鳴に駆け寄る。

 状況が状況だけに即座に病院に連れていくことは叶わない。

 せめて血だけでも止めなくてはと八百万は傷口を押さえて一時的にでも止血しようと服を捲る。

 最初は小さかったのに短時間で大きく広がった赤いシャツを見て、耳郎は目を逸らしながら上鳴が助かる事を祈る事しか出来ない。

 

 

 

 

 「上鳴さん………何処を撃たれた(・・・・・・・)のですか?」

 「うぇ?」

 

 捲ったものの撃たれた個所が見当たらず、何度も探すが怪我一つない身体に八百万は首を傾げる。

 服を降ろせばやはり真っ赤に染まっている。

 どういう事だと全員が扇動に視線を向ける。

 

 「言っただろう。“これは非殺傷の(・・・・・・・)サポートアイテム(・・・・・・・・)”だってな」

 「え?じゃあ撃ったのは…」

 「ペイント弾。こいつは見かけはリボルバーだけど見た目だけで中身はガスガン」

 

 トリガーを引けば撃鉄が降りるも銃口からは勢いよく何かが抜ける音がした。

 ポケットより数種類の弾丸を取り出し、ペイント弾以外に発信機やゴム弾などの非殺傷の弾だと説明する。

 

 「人質が足手まといになれば戦うにしても逃げるにしてもヴィランにとっては邪魔なだけだ。かと言って見せしめに殺すなんて手間が増える上に相手に攻撃させる隙を生むだけで悪手にしかならない」

 「咄嗟にそこまで考え付いたのですか?」

 「いんや、探偵やってる元刑事(名探偵コナンの毛利 小五郎)を参考にさせて貰った。悪かったな上鳴、一張羅汚しちまって」

 「構わねぇって。寧ろ助かった!ありがとう」

 

 状況と扇動が行った事を理解して手が緩む。

 叩いた事も胸倉をつかんだ事にも文句を言う事無く、リボルバーを仕舞って座ったままの上鳴に手を差し伸べて立ち上がらせる。

 ウチと八百万は知らなかった、知らされなかったとはいえ発言と行動から罪悪感が募る。

 

 「う、ウチッ………!」

 「反省も後悔も後回しだ。今は最善を尽く為に行くぞ」

 

 気にしてないと言わんばかりにニカリと笑う扇動。

 そう…まだ危機的状況は終わってないのだ。

 頬を軽く叩いて気持ちを切り替え、とりあえず今は扇動のいう通り皆で助かるべく進むのであった。

 




 “攻撃は最大の防御”って言葉があるらしい。じゃあよ、防御する盾で攻撃まで出来るようにしちまえば、最大の攻撃と最大の防御が一緒になって、最大二つで最強なんじゃねえか
 【Re:ゼロから始める異世界生活】ガーフィール・ティンゼルより


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第16話 ヴィラン襲来 後編

 ―――平和の象徴であるオールマイトの殺害…。

 

 “ヴィラン連合”を名乗る集団はその目標を達するが為に、綿密な計画と兵力を搔き集めて事を起こした。

 ただ彼らも雄英高校に真正面から戦うような馬鹿な作戦は立てなかった。

 そもそも頭数を揃えた程度で攻略できるほど簡単ではないのだ。

 相手は高いセキュリティ装置で固め、教員がプロヒーローで戦闘能力も高い。

 まともに相手したところで一部を除いて(・・・・・・)勝機は無い。

 

 だからこそ自分達に有利な状況を敵地のど真ん中に作り上げた。

 目標であるオールマイトの予定を入手し、物理的に校舎から離れた場所に移る時を狙い、防犯センサーや通信類を妨害する個性持ちによる通信網の遮断。

 座標さえ分かれば転移するゲートを開けれる個性持ち“黒霧”による、大規模な兵隊の投入を行うべくマスコミを陽動として勝手に(・・・)利用した下見。

 オールマイト対策が施された者を用意(・・・・・・・・)し、さらには戦闘経験のない生徒を散らして集めた兵隊(ヴィラン)に襲わせる事で、正義の味方(ヒーロー)のオールマイトが逃げられない状況も出来る。

 

 全てがヴィラン連合にとって都合の良い方向に進む―――筈であった…。

 

 どれだけ念入りな計画を立てようとも異常事態(イレギュラー)は意図も容易く発生し得る。

 まず最初の綻びはオールマイトの不在だっただろう。

 通勤時にヴィラン事件を耳にしたオールマイトは性格的に見逃せずに、結果として授業に遅れるばかりか本日の活動時間を大幅に削って校長から有難いお話(教員としての心得)を貰っている。

 

 次に挙げるは生徒の実力だろうか。

 数日前までただの中学生だった彼ら・彼女らであるも、難関である雄英高校の狭き門を突破したヒーローの卵。

 (ウソの)(災害や)(事故ルーム)の各災害エリアに戦闘を強いられるも、どこもかしこもヒーロー側優位に事を進めている。

 暴風・大雨ゾーンでは常闇に口田が、火災ゾーンでは尾白が多勢を相手にして個性と戦い方で優勢。

 土砂ゾーンの轟と、倒壊ゾーンの爆豪と切島に至っては配置されていた連中を呆気なく全滅させる始末。

 兵隊移送に退路の役割を担う個性“ワープゲート”を持ち、ヴィラン連合の中核を担う“黒霧”が入り口付近にて、プロヒーローで教員の13号の個性“ブラックホール”を“ワープゲート”で繋げて大怪我を負わせるという戦果を挙げるも、飛ばし(転移)きれなかった生徒達の一致団結した反撃に合い、ヒーロー科一年A組で最も速力を持つ飯田 天哉を逃がしてしまうという失態を演じてしまう。

 この時点でヴィラン連合の有利は、時間が立てば経つほど覆る事が確定した。

 …とは言ってもこれは黒霧の認識上の話であって、事実は大きく異なる。

 

 山岳ゾーンにて扇動・八百万・耳郎・上鳴の活躍で、配置していた者が全滅したどころか通信類を妨害していた個性持ちまで倒されたのだ。

 すでにセンサーによって侵入者が入り込んでいる事は学校側に伝わっており、今頃は校舎にいる生徒の安全を図るための護りを残して、教員による救出部隊が編成されているところである。

 ヴィラン連合にとって思っている以上に時間はなく、襲撃を受けた一年A組にすれば時間さえ経てば助かるのである。

 

 

 

 そんな最中、自ら危機を脱して中央広場に向かっている者達が居た。

 水難ゾーンに飛ばされた緑谷・蛙吹・峰田の三名だ。

 水難ゾーンはその名の通り、水難事故などの訓練を積むべく、広く深い人工湖が誂えられた災害ゾーン。

 当然ながら緑谷達を待ち構えていたのは、水中で真価を発揮する個性持ちで固められたヴィラン達。

 如何なる超人であろうとも人である以上は水中では行動を制限される。

 オールマイトより“ワンフォーオール”を受け継いだ緑谷も例外に漏れず、峰田と共にヴィランに襲われるところであったのだが、舌を伸ばしたり高い跳躍能力、壁に貼り付いたりちょっとした毒(ピり付く程度)を含んだ体液を分泌など、蛙が行えることはだいたい出来る個性を持った蛙吹が居たのは救いであった。

 彼女もまた水中での真価を発揮し、緑谷と峰田をヴィランより素早く救出して、人工湖に浮かべられたプレジャーボートへと引き上げた。

 その後、親指と中指がグニャグニャに骨折するという使い切れない個性の反動を受けながらも、ワンフォーオールから発生させた風圧で水面を割る緑谷。

 割られて元に戻ろうとする水の流れに峰田は恐怖から泣き叫びつつも頭皮より生えた球体を投げまくる。

 その球体は体調次第で一日以上粘着したものから離れない峰田の個性“もぎもぎ”で、流れに呑まれたヴィラン同士がくっついて文字通り一網打尽にする事が出来た。

 最後に二人を高い跳躍能力を持つ蛙吹が飲み込まれないように遠くへ抱えて跳んで脱出。

 ヴィランとの戦闘経験()皆無だった三人は、緑谷が負傷するも初戦闘にて初勝利を飾ったのだ。

 

 この時、緑谷は錯覚していた。

 水難ゾーンのヴィラン達に勝てたのだから、自らの力は十分ヴィラン達に通用するんだと…。

 大勢のヴィランが居た中央広場を避けて出口に向かうのが最善なのだけど、相澤先生に助力して少しでも負担を減らせればと考え、逆に中央広場に向かう選択肢を取った。

 

 淡い期待を抱いて進み―――そして絶望を見た…。

 

 相澤先生の個性は見ている対象の個性を使えなくする“抹消”。

 単純な戦闘で力を発揮する個性ではないものの、鍛えられた戦闘技術と身体能力で一体多数にも関わらず圧倒していた。

 そんな先生は“手”を身体のあちこちに嵌めたヴィランに、“瞬きするタイミング”と“個性を使用するごとに間隔が短くなる”という弱点を見破られ、触れられた右肘の皮膚がぽろぽろと崩された(・・・・)

 さらに追い打ちをかけるようにオールマイトのような大柄のヴィラン“脳無”が迫り、一撃で地面に叩き伏せられた上に右腕をバキバキに折り曲げられた。

 

 あの相澤先生が…プロヒーロー(・・・・・・)があっさりとやられた…。

 目の前で起こった痛々しい光景に声も出なかった。

 小枝でも折るように左腕も折られ、上げさせた顔面に地面に罅が入るほどの力で叩き付ける…。

 

 「死柄木 弔」

 「黒霧。13号は殺ったのか?」

 「行動不能にはしましたが、散らし(転移)損ねた生徒が居りまして………一名逃げられました」

 「……はぁ?」

 

 死柄木と呼ばれたヴィランは不機嫌そうにため息を吐き出し、首を両手でガリガリと搔きむしる。

 苛立ちを言葉に乗せて「お前がワープゲートじゃなかったら殺してるよ」と黒霧という黒い靄で包まれたヴィランに言い放ち、今度は冷静にプロヒーローの応援が来ては不利だと呟く。

 

 「あーぁ、今回は(・・・)ゲームオーバーだ。帰ろっか…」

 

 ヴィランが帰ると言った事で助かるんだと喜び、蛙吹に抱き着いたどさくさに胸に触れ、沈められる(水中)峰田に一切気にすることなく思考は働かす。

 彼らはオールマイトを殺すと公言した。

 だけどこのまま帰ったら雄英の危機意識が上がって、入り込むのは今以上に困難になる。

 それに今回は(・・・)と次を示唆する言葉に、ゲームオーバーなんてゲーム(遊び)でもしているかのような台詞。

 いったい何を考えているんだ?

 恐怖と混乱混じりで思考に雑音(ノイズ)が走る…。

 

 「けどもその前に平和の象徴としての矜持を少しでも――――――へし折って帰ろう!」

 

 一気に距離を詰められ、手が蛙吹さんへと伸ばされる。

 観た筈だ…。

 相澤先生の肘が崩れる瞬間を…。

 最悪の光景を脳が理解しても動きが追い付かず、視線だけで追っていた死柄木の手は蛙吹に触れようとして―――停止した。

 

 「本当にかっこいいぜ。イレイザーヘッド」

 

 手を止めたのは重症で身動きもとれない相澤先生の個性で封じられたから。

 ニタリと笑いながら呟くと、個性を発動していた相澤は再び地面に叩き付けられた。

 

 身体が震える。

 恐怖心で感情が乱される。

 自身が傷つくより他の誰かが(・・・・・・・)傷つくのが怖い。

 焦りながら跳び出した緑谷は「SMASH!!」と叫びながら殴りかかった。

 発揮された威力の拳が風圧を伴って直撃して煙を巻き上げる。

 相手がどうなったかより、個性を使って右腕が負傷していない事実に驚きを隠せない。

 

 初めて無機物ではなく人に使うという事で、無意識化で個性にセーブが掛かったのだ。

 相澤が課題として言っていた個性の制御が偶然ながらも出来た事に戸惑いながら喜びが交え、煙が晴れると絶望が緑谷を包み込む。

 狙った死柄木を護るように立ちはだかった脳無によって防がれた。

 それも聞いていないように微動だにせず…。

 

 「良い動きをするなぁ…スマッシュってオールマイトのフォロワーかな?……まぁ、いいや」 

  

 視界がゆるりと動く。

 人は危険な目に合うとスローモーションのように遅く感じる事があるらしい。

 相澤先生を倒した巨躯のヴィランが自身に迫る中、助けようと舌を伸ばす蛙吹。

 その蛙吹と峯田を個性で“崩壊”させるべく頭へと手を伸ばす死柄木。

 緑谷は勿論、蛙吹も峰田も危ういこの状況…。

 なんとか打破出来ないかと思い焦るばかりで思考が纏まらない。

 こんな時はどうすれば良い?

 憧れのヒーローであるオールマイトなら…爆豪なら…扇動ならと記憶を辿るも答えは出ない。

 絶望的な状況にて、居ない筈の声が聞こえた。

 

 「―――オレ、参上」

 「あぁ?」

 「むーくん!?」

 

 その場の誰もが声を発するまで気付かなかった(・・・・・・・)

 命令を順守するだけの脳無を除き、誰もが突如現れたかのような扇動に視線を向ける。

 わざと注目を浴びるようにして隙を生み出した(・・・・・・・)

 

 地面が一直線に凍り付き、脳無が首から上を残して氷漬けにされる。

 辿った先にはやはり轟が立っており、安堵さから白くなった吐息を漏らした。

 一瞬で脳無が凍らされたことに驚きつつ、死柄木が立ち上がりながら扇動に手を伸ばす。

 扇動は触られたら崩壊するのを知っているかのように(・・・・・・・・・・)避けて外側に回り込み、手首を右手で掴むと左手は首に絡めるように押し、死柄木の体制を後ろへと傾かせて後ろから足を蹴り飛ばす。

 空中で後転させながら水の中へと叩き落した扇動は、緑谷へと手を差し出した。

 

 「早く上がって来い。それともずっと水ン中居るのか?」

 「死柄木 弔!よくも―――」

 「むーくん、後ろ!!」

 

 手を掴むより先に背後より迫る黒霧。

 しかし扇動は目を向ける事もしなかった。

 否、する必要がないのだ(・・・・・・・・・)

 “爆破”の個性を使っての空中移動してやって来た爆豪により、黒霧は“爆破”をもろに受けてよろめいた所を組み伏せられた。

 

 「後ろがガラ空きじゃあねぇか!ちゃんと見とけや!!」

 「預けてんだよ」

 「――ケッ!良いかクソ靄!怪しい動きをしたと俺が判断したら爆破する!!」

 「ヒーローらしからぬ言動だな…」

 「悪ぃな、他の面子と合流してたら遅れた」

 「ううん!助かったよ」

 

 扇動に爆豪、そして轟と頼りになる仲間が駆け付けてくれた事で、緑谷はホッとして気が抜ける。

 今度こそ手を掴むと引き上げられ、次に蛙吹に峰田も同様に引き上げられた。

 周囲を確認すると離れた位置にはこちらに掛けてくる八百万たちの姿もあった。

 

 「扇動さん!」

 「お嬢は相澤先生連れて出入り口へ向かえ」

 「私も戦いますわ!」

 「馬鹿、救助優先だ!梅雨ちゃんに耳郎、上鳴、峰田、それと葉隠(・・)も先に行け」

 「葉隠、居たのか?」

 「居たよ!?ずっと一緒に居たよ!」

 「…分かってたんじゃねぇのか?合流した時からずっと後ろにいたが」

 「気付かなかった」

 「やってくれたな……脳無!!」

 

 突き落とされてびしょ濡れになりながらも上がって来た死柄木の一声で、脳無は無理に動いて自らの肉体ごと氷を割った。

 飛び散る氷と肉片に戸惑うも、それ以上に瞬時に再生した肉体に目が行く。

 

 「遠目ながら見てたが尋常ならざる力に緑谷の攻撃を掻き消した(・・・・・)個性に高い再生能力など個性の複数持ちか…勝ち目が全く持って見当たらねぇな」

 「あぁ!?何弱気な事言ってんだ!!」

 「事実だ。真っ向からじゃあ俺は勝てねぇ………けどよ、対処出来ない訳じゃあねぇぞ―――轟、もう一度凍らせてくれ!!」

 「さっき“超再生(個性)”を自分で示唆したばっかじゃんか」

 

 無駄な事を…と嘲笑う死柄木を他所に、扇動の指示通り轟は脳無を再び凍り付かせ、脳無も先ほどと同じく身体を砕いて再生しようとする脳無。

 扇動はベルトのフック付きワイヤーを抜き取ってフックを躊躇う事無く脳無に突き刺すと、そのままワイヤーを乱雑に絡ませる。

 雑過ぎて緩々であったが再生した部位で無くなり、寧ろ無理な体制で縛り上げたのだ。

 頑丈なワイヤーが食い込んで、体勢も悪い事から力が入り辛い。

 

 「“再生力があり過ぎるのが仇となったな。内側から盛り上がる自分の肉で自ら締め付けられる”ってな」

 「おぉ、凄ェ!あの脳無ってやつ身動き取れてねぇぞ!!」

 「ったりめぇだ。そう言う風にしたんだからな!」

 「身動きが取れないなら―――」

 「逸るな!撤退だよ!!」

 「え!?このまま捕まえるんじゃぁ…」

 「一時的に動きを止めただけだ!殺し切れるだけの…」

 「こ、殺し…?」

 「間違えた。押し切れるだけの力量はねぇんだよ!」

 「いや、このまま行けるって!」

 

 そう…殺し切れない(・・・・・・)

 捕縛や気絶させると言った手間を一切無視した戦闘行為をもってしても倒しきれないと扇動は判断した。

 そもそも時間さえ稼げば勝利(・・)なのだ。

 直にプロヒーローである教員達が駆け付ける。

 無理に戦う必要も無茶して捕まえる必要性は無い。

 だからこそ撤退を想定して先に八百万たちを先に退避させ、戦闘能力や移動が速い者で足止めを敢行したのだ。

 …けど黒霧と脳無の動きを封じ、今動けるのは死柄木だけという状況は血気盛んな若者には好機に映ってしまった。

 切島は発した一言に同意する様に轟もまた死柄木をやる気満々で睨みつける。

 爆豪は扇動の言葉の意図を察して理解はしているらしいが、性格から絶対に“ヴィランに背を向ける”事は自らする訳はないがな…。

 

 案の定、頑丈なワイヤーも圧倒的過ぎるパワーの前にはぶちぶちと引き千切られ始め、自由の身となった脳無は咆哮を上げて突っ込んで来る。

 それも周りの誰もが反応(・・・・・・・・)出来ない程の速度で…。

 唯一目で追えたのは扇動のみだった。 

 これも爺さんに頼んで多くのプロヒーローと模擬戦をして目が慣れていたおかげだ。

 受け流しや回避ならまだしも、真正面から受け止める事は不可能。

 しかしながらすぐ側に緑谷と轟が居る為に、受け流す事も自分だけ避ける事も出来やしない。

 迫る脳無の動きを視界に捉えながら思考する。

 現状どうするのが一番合理的(・・・)なのか。

 コンマ代での思考の末、扇動は緑谷と轟を突き飛ばした(・・・・・・)

 轟の個性は現状一番の有効打。

 凍らせる事で数秒と言えど足止めが出来るし、使うか否かは置いといて炎は火力次第では再生部分を焼いて再生自体を食い止める事が出来るやもしれぬ。

 現状負傷した上に個性が通じない緑谷だが、理屈云々関係なくやらせる訳にはいかない。

 その二人に比べてパワー負けしており、有効であろうサポートアイテムを戦闘訓練含めて使い切ってしまっている己では、切り捨てるべきは誰かなどハッキリしている。

 

 「――扇動!?」

 「――むーくん!?」

 

 片腕ぐらいで済めば良い方か(・・・・)と二人の心配そうな叫びを聞きつつ、左腕を盾にするように体と右腕で支えて犠牲覚悟で受ける事を選択した。

 目にも止まらぬほどの速度で迫る体躯と拳。

 眼前まで迫った一撃により風圧が身体を撫で、衝撃と痛みだけは何時まで経っても届く事は無かった。

 背中に感じる力強く支えてくれる大きく温かな手に、背後より突き出して脳無の拳を拳で誰かが受け止めた(・・・・・)。 

 

 「もう大丈夫だ―――――私が来た!!」

 

 振り返れば口元は笑みを浮かべつつ、八木 俊典ことオールマイトは不甲斐無い己自身にキレながら、不条理なヴィランに対して確かな怒りを瞳に宿して睨みつけていた。

 生徒達が恐ろしい目にあった事や後輩ら(13号や相澤)が頑張りなどを想いを抱いてオールマイトは胸を張って言い放つ。

 ニカリと笑みを浮かべてヴィランを威圧し、扇動に視線を向けるとぱちくりと目を見開いて瞬きすると疲れたような笑みを向けた。

 

 「助かったぁ。俺ではどうも力不足で…」

 「………扇動少年」

 

 いつになくしおらしい反応に戸惑う。

 面として数回しか会っていないが何処か大人びた様子が印象づいて忘れていたが、まだ15の幼い少年なのだとオールマイトは再認識した。

 堂々としていても怖かっただろうに…と。

 

 「すまない。遅くなっ―――」

 「サポート会社にアヴェンジャー(30ミリガトリング砲)パンツァーファウスト(携帯式対戦車擲弾発射器)とか注文出来ねぇもんかな?」

 「アヴェ……意外と平気そうだね君…」

 

 何を言っているのか分からず苦笑してしまうが、大丈夫そうで良かった。

 視線をヴィランに向けると本当に忌々しそうにこちらを睨んでいる。

 忌々しく思っているのはこちらも同様だが…。

 

 「オールマイト。奴さんは個性の複数持ちだ。腕を斬り落とそうと速攻で生える超再生に圧倒的な程の超パワー、あとは防御…それも特殊系の個性を有していると思う」

 「情報ありがとう。ここは任せて下がりなさい」

 

 大丈夫と笑顔で答えて離れる扇動を見送り、オールマイトは襲撃者であるヴィランを真っ向からねじ伏せようと突っ込んだ。

 

 「CAROLINA―――SMASH!!!」

 

 ヴィランへと突っ込んで勢いよく放たれたクロスチョップは、相手に直撃すると同時に周囲に風を舞い起す。

 ――が、受けた脳無はびくともせずに立ちはだかる。

 

 「マジで全然効いてないな!?」

 「効かないのは“ショック吸収”だからさ。脳無にダメージを与えるなら肉を抉ったり、そこの子供がしたみたいにしないとねぇ」

 

 ケタケタケタと嘲笑う死柄木は、楽し気に眺めながら語り掛ける。

 他の為に振るう暴力は美談として語られるが、自身の為に振るえばそれは悪しき行いとして非難される…。

 同じ暴力であるにも関わらず、良し(ヒーロー)悪し(ヴィラン)と振り分けられる。

 世の中は不条理極まりない。

 平和の象徴と呼ばれるもそれは所詮抑圧する為の暴力装置。

 

 「暴力は暴力しか生まないのだと、お前を殺す事で世の中に知らしめるのさ!」

 

 高らかと宣言するもその言動には実が無い。

 それらしい文字を並べたような違和感を感じずにいられない。

 感じ取ったオールマイト同様扇動は呆れながらも納得したような視線を向ける。

 

 「“暴力は暴力を生むだけなんです”…か。同じセリフなのに仁先生(・・・)と比べてこうも説得力欠けんのか…」

 「そういう思想犯の眼は静かに燃ゆるものだ。自分が楽しみたいだけだろ?」

 「バレるの早…」

 

 クツクツと嗤ってすんなりと肯定されたが、オールマイトの視線は脳無に向けられたまま。

 個性の相性は悪い…けれど、だからと言って引き下がる訳にはいかない。

 自身は平和の象徴なのだからと瞳で語り、大きく息を吸い込む。

 

 脳無の脅威を知った面々であるが、オールマイトが相手をするならば自分達は他の死柄木や黒霧を抑えて援護すべきだと、考えた末に動こうとするも扇動が制止を掛けた。

 

 「止まれ」

 「なんでだ?あの脳無はオールマイトが抑えるなら他は―――」

 「―――巻き込まれんぞ」

 

 オールマイトは昔に比べてかなり弱体化している。

 能力は低下して時間制限まで課されている。

 身体機能的にも弱り、原因である古傷は今でも疼く。

 そんな状態でも平和の象徴たるオールマイトは信念を貫こうと身体に鞭打って突き進む。

 

 砲弾のように脳無とオールマイトが直線的に突っ込んで拳一つ振るった。

 愚直な突進からの一振りは風を纏い、ぶつかり合う事で強烈な風圧を生み出して、中心地に近かった死柄木は吹き飛ばされる程に。

 脳無の個性はショック吸収と判明しているのに正面からの殴り合いなど愚行にように思えるが、受けた脳無の腕は衝撃からグニグニと膨らみ収縮した。

 明らかに強すぎる衝撃を吸収するのに手間取ったのが見て取れる。

 

 そこからは猛攻そのものだった。

 互いに拳を振るっての乱打戦に移るも一撃一撃の重さは数ばかりで軽く成るどころか一撃が重すぎる。

 放たれる一撃が全て全力の殴りであり、ショック吸収が機能していないかのように脳無が殴られる度に押されてゆく。 

 誰もが発生した風圧で動けずに、オールマイト(平和の象徴)に釘付けにされる。

 

  「君の個性がショック“無効”ではなく“吸収”ならば限度があるんじゃぁあないか?君が私の100%を耐えるならッ!さらに上からねじ伏せよう!!」

 

 殴られる度に個性の超えるダメージで怯む脳無に対し、同じ数だけ殴られるオールマイトは個性ではなく気合と精神で耐え抜き、血反吐を履いても後退せずただ前進するのみ。

 

  「ヒーローは常にピンチをぶち壊していく者!」

 

 等々限界を超えた…。

 振り被った拳を受けた脳無は衝撃を吸収しきれずに吹っ飛ばされ、木をへし折り地面に激突して大きく抉った。

 あり得ないとしがらきや黒霧の表情が歪む。

 

 「ヴィランよ!こんな言葉を知っているか!!」

 

 今までの比ではない程に力が籠められる。

 転げ回ってようやく立ち上がった脳無の懐まで入り込み、踏ん張った両足が地面に亀裂を生む。

 足首、膝、腰、肩、肘、手首など力が籠められ、一撃の為に捻り込まれる。

 

 「更に向こうへ――――Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)!!!!」

 

 振り抜かれた一振りはショック吸収の個性を超え、受けきれなかった脳無は空高くかち上げられ、天井に激突しては大穴を空けて吹き飛んだ。

 敵も味方も無く呆気に取られる中、オールマイトは笑みを浮かべ続ける。

 

 「やはり衰えた。全盛期なら五発打てば十分だったろうに…300発以上も打ってしまった」

 

 超人社会では個性の強弱が大きく左右する。

 けれどそれは絶対ではない。

 知恵や使い方によっては打破できる場合がある。

 だからと言って個性をなかったように(・・・・・・・)するなど反則(チート)も良いところだ。

 それを衰えたと言いながらもやり遂げて見せた。

 これがプロヒーローの…平和の象徴との壁を感じながら魅入る。

 これこそがプロの世界なのだと理解し、自分達が目指すべき場所なのだと。




 オレ、参上
 【仮面ライダー電王】モモタロスより

 暴力は暴力を生むだけなんです
 【JIN−仁】南方 仁より

 再生力があり過ぎるのが仇となったな。内側から盛り上がる自分の肉で自ら締め付けられる
 【鋼の錬金術師】リン・ヤオより


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第17話  休校日に買い物へ…

 遅れて申し訳ありません。
 急ぎはしたのですが間に合いませんでした…。
 出来れば今週中、または来週には一話投稿出来れば…と思っております。


 ヴィラン連合の襲撃に伴って雄英高校は今後の方針や対策などを行うべく臨時休校を余儀なくされ、扇動は県内最多店舗数を誇る木椰区(きやしく)ショッピングモールに訪れていた。

 さすがと言うべきか衣類に食品、異形型の個性向けの商品などなど豊富に品揃えて充実している。

 フードコートの一角で扇動は八百万と耳郎と共に軽い食事を楽しむ。

 …まぁ、約一名だけ傍から見れば(・・・・・・)軽くないのだが…。

 

 「…食べ過ぎじゃない?」

 「個性で消費した分を補わなければならないので」

 

 耳郎が食べているのはハンバーガーにポテト、ジュースの基本的なセットを一つだけど、八百万はその二倍から三倍をぺろりと平らげたのだ。

 確かに多いように見えるがこれは個性の性質上仕方ない事。

 体内の脂質を消費して創造する為に、昨日の襲撃事件で消費しただけ回復する必要があり、常日頃からいつでも使えるように貯め込んでおく必要性すらある。

 だから基本八百万の食事は量が多い。

 パーティなどで話や食事の様子から知っていた扇動は、初見で驚いている耳郎とパクパクと食べる八百万を眺めながら一人シュガードーナツを頬張る。

 

 「ところで本当に良かったの?」

 「――良い。寧ろ貴重な休日を私用で奪っちまってんだ。申し訳なく思うよ」

 「そんな事ないですわ!」

 「ウチらの方が…」

 「なら相子だ。気負う事も謝辞を述べる事もいらん」

 

 口元に付いた粉砂糖を指で拭う。

 木椰区ショッピングモールに訪れた理由は買い物だけではない。

 襲撃事件はヒーロー科一年A組の面々に様々なモノを与えた。

 ある者にはヴィランの恐ろしさ。

 ある者にはプロとの圧倒的な壁。

 またある者には実戦という学校では得られ難き経験などなど…。

 その中で八百万と耳郎は強い後悔の念を抱いていた。

 

 山岳ゾーンでの上鳴がヴィランに人質にされた際、俺は“大の虫を生かす為には小の虫を殺す”様に演じ(・・)、結果としてゴム弾の直撃によるちょっとした(・・・・・・)痛みとコスチュームを汚した程度で上鳴を救出する事に成功した。

 あの時に二人は俺に騙されて(・・・・)責めた。

 それは正しい。

 ――否、俺としては嬉しく思う。

 なにせ彼女達はあって数日という短い期間でしか知らぬ身である人物を、自身が危機に晒されていたというのに切り捨てるなど良しとせず、助けようと必死に思案して見捨てまいと彼を案じていた事への表れなのだから。

 …ま、今のままでは想うだけで力不足(夢想家)だが、それは今後の授業と経験で補えるだろう。

 俺は英雄(・・)への最推し(・・・)緑谷だけど、こういう片鱗(・・)が見られるというのは嬉しくて堪らない。

 

 誰かを救う為に(・・・・・・・)誰かを切り捨てた(・・・・・・・・)俺とは大違いだ(・・・・・・・)

 

 なんにしても俺は彼女達を責める気も怒る気も無く、同時に謝罪を受け取る事も無い。

 頬を叩くほどの怒りや責めは彼女達の現れであり、そういう風に演技して騙したのは俺であるからして非があるのなら人質を取ったヴィランか騙した俺か…だ。

 だから襲撃事件後に謝罪に来たが、俺は考えを口にして受け取れないし受け取らなかった。

 

 その自責の念が棘として心に深く突き刺さったままとなった。

 正直彼女らの心情を想えば受け取るのが正しいのだろうが、それでは俺の道理に合わん。

 なので謝罪は受けずに代わりに頼み事をすることにした。

 元々轟が家に来ることで一人暮らしを想定していたので食器類が足りない上に数着衣類も欲しかった。

 ファッションセンスがあると自ら豪語するほどの自信は無いので、多角的な視線を交えて取り繕って貰いたい―――と頼んだのだ。

 こちらとしては大助かりだし、向こうにしてみれば負い目から二つ返事で引き受けてくれた。

 

 「買いたいもんも色々あるし、こうして集まったのに買うもん買って帰るってのも味気ない。少しばかり遊んで行こうと思うけど予定空いてるか?」

 「問題ないですわ」

 「ウチも大丈夫だけど買い物の方は良いの?」 

 「それは後でも良いさ。とりあえずゲーセンでも寄るか。こんだけデカけりゃあんだろ」

 

 案内図を眺めて目的のゲームセンターを見つけ、自動ドアを潜って足を踏み入れれば多種多様な音が混ざり合う雑多過ぎる騒音に呑み込まれる。

 あちこちと行きかう人の活気と熱気。

 場所ごとに並び立つ機器の数々。

 初めて訪れたゲームセンターという異質な空間に興味からきょろきょろと辺りを見渡し、八百万は戸惑いを隠しきれずに立ち尽くしていた。

 

 「どうしたお嬢?」

 「いえ、初めてだったもので少しばかり驚いてしまって」

 「あー、それ解かる。最初は誰だってびっくりするよね」

 「予想はしてたがお嬢は初か」

 「えぇ、あまりこういった場には来たことが無く…」

 「マジ?」

 「カジノなら行った事ありそうだけどな。ちっとばかり軽めから行くか」

 

 誘われるがままに八百万は初めてプレイするゲームに戸惑いながら、ホンに楽し気にプレイする様は観ていて微笑ましく俺や耳郎をほっこりさせる。

 二人して後ろから様子を眺めては邪魔にならない程度にアドバイスしたり、協力するシューティングゲームでは基本援護に回るなどして大いに楽しんだ。

 

 …ただそれは八百万との事であって、耳郎となると大きく異なった。

 格闘ゲームで対戦して勝ってからどうも火がついたようで、リズムに合わせて流れてくるノーツにカーソルを合わせる音楽ゲームやレーシングゲームなどで対戦を挑まれて全勝(・・)を決めてしまった…。

 前世は今生のようにヒーローに成る為に時間を削るなんて事はなかったのでゲーセンとかは良く通っていたし、音楽ゲームは今生でもたまに反射神経テストと称してやってたしな。

 

 「お上手なんですね」

 「上手というより扇動強過ぎ!」

 「昔から(前世)嗜んでいた経験の差だな」

 「爆豪や緑谷と幼馴染なんだって?じゃあ二人と通ってたんだ」

 「一人でだが?」

 「扇動ってさ…ぼっち?」 

 「バッサリと突くなお前…。友達なら居たさ。ただその誰とも来てないだけだ」

 

 妙に視線が痛い気がするが無視してクレーンゲームにて、取り易い位置にあったデフォルメされた“ミルコ”と“リューキュウ”ぬいぐるみを取って渡す。

 どちらもプロヒーローと知名度が高いだけにこういった商品は多い。

 他にオールマイトやエンデヴァー、“ベストジーニアス”などのも見受けられる。 

 受け取った二人だったが、俺が何も手にしてない事に気付いた。

 

 「扇動さんは宜しいので?」

 「…いや、知り合いばっかで家に置き辛い」

 「お爺さんがヒーローって聞いたけどその関係?」

 「まぁな」

 

 さすがにエンデヴァーは知り合いではないが、轟から話を聞いて取る気にはなれなかったがそこは口にしないでおく。

 ゲームセンターでそこそこ遊んだ俺らは買い物しようと店を巡る。

 食料品を扱う店では八百万お勧めの茶葉を買ったり、食器売り場ではコレが良いアレが良いと意見を聞きながら選び、耳郎が寄りたいというので音楽ショップにも立ち寄った。

 

 「耳郎ってギターとか似合いそうだな」

 「得意だよギター。親がミュージシャンで小さい時からやってるんだ。扇動や“ヤオモモ(・・・・)”はどうなのさ?」

 「上手くはないけど一通りは」

 「私はピアノを」

 

 音楽関係ばかりは苦手だ。

 前世では聴くかカラオケで歌うかの二択。

 だが今生で前世の音楽を楽しもうと思ったら、音や歌詞は覚えていたからいいものの楽譜だけはどうにもならず、鍛錬の合間合間に覚えるしかなく最低限弾ける程度にはなれたが人に聞かせれるものではない。

 

 それより耳郎の“ヤオモモ”呼びを聞いて早く浸透すると良いなと心底思う。

 何故ならA組内にて俺の“お嬢”呼びが浸透し始めており、八百万に「扇動さんのせいですからね!」と叱られてしまったのだ。それに関して本当に悪いと思っている。

 しかも半ば俺に対して諦め交じりだった為に俺が呼ぶ分は反応を示さなかった事から、芦戸が「そういう関係なの!?」と嬉しそうに喰いついてくるし…。

 葉隠とかが新しく“ヤオモモ”というあだ名をつけてくれて助かったよ。

 

 楽器を眺めていた耳郎が他のコーナーへと向かうと、俺と八百万はただただ後ろを付いて行った。

 するとCDコーナーへと差し掛かり、僅かながら顔を顰めてしまう

 

 「ウチ買いたいCDあったんだよね」

 「CD…か」

 「あった!この“一海(かずみ)”って人の曲好きなんだ」

 「……おぅ」

 「何方ですの?」

 「え、二人共知らないの!?結構有名なんだけどなぁ」

 

 新曲コーナーから一枚のCDを手に取った耳郎は興奮気味に語って来た。

 “一海”というのは“猿渡 一海(さるわたり かずみ)”という作詞・作曲家のペンネーム(・・・・・)で、ひと月に二曲三曲発表する事もあり、デビュー初期の頃などには十曲などという恐ろしい速度で曲を出して、月間ランキングなどに全曲載るという事もあったと言う。

 発表の速度も有名な一つなのだけど、他にもペンネームだけで顔出しする事もなく性別すら不明だったり、発表する曲風がそれぞれ異なっていて単独ではなくペンネームはグループの総称なのではと噂が立ったりしているらしい。

 

 俺らの反応から知らないものなのだろうと語ってくれたのだが、“猿渡 一海”なら良く知っている。

 なにせ俺が使っているペンネームなのだから…。

 爺ちゃんが音楽関係者に話した事がきっかけで今や趣味兼仕事になっているが、面倒な関わり合いは避けたかったので顔出しや取材NGで、俺の正体を知っているのは爺ちゃんが話した音楽関係者と俺の担当者を含めた極一部の者だけ。

 好きな特撮ヒーローから多種に渡るアニメ楽曲を持ち込んだために独自の曲風なんてある訳がない。

 勢い任せにひと月に十曲出したのは担当に怒られたっけ。

 寡黙で仕事人間みたいな人だったから怒鳴る事はなかったが、視線で訴えて来るのは精神に来るよアレは…。

 

 ちなみに“猿渡 一海”と言うのは仮面ライダービルドに登場するキャラクターのもので、ペンネームをどうしようかと悩んだ末に誕生日が同じだったのを思い出して選んだのだ。

 彼(猿渡 一海)が変身する“仮面ライダーグリス”が好きだったのもあるが。

 

 なんて思っている間も八百万は興味津々と言った様子で耳郎の話を聞いていた。

 

 「“ヤオモモ”も聞いてみない?」

 「えぇ、勿論。ですがどの曲がお勧めですの?」

 「お勧めはたくさんあるんだけど、中には特典や数量限定とかあって全部は置いてないんだよね」

 「…家に全部あるけど?」

 「あるの!?」

 

 完成品を担当が送って来るので全部置いてある。

 それどころか楽譜やデモテープもあるが、そんな詳細に言う必要はないだろう。

 口にした言葉に対して勢いよく反応し、興奮気味な耳郎の喰いつきには扇動も若干驚いていた。

 

 「良かったら行っても良い?」

 「別に構わんが…」

 「耳郎さん。その前に」

 

 今すぐ行こうとも言い兼ねない様子に、八百万が買い物の目的を諭すと我に返って「ごめん」と謝られた。

 家に来たいと言う事と耳郎が目的のCDを買えた事もあって、音楽ショップを後にして俺の目的となっていた服屋へと向かう。

 無論俺の服だけでなく彼女らも欲しい衣類もあるだろうから見て回るのを待って、俺の服を見繕って貰ったのだが…。 

 

 「おお!やっぱり似合うね!」

 「次はこれなんかどうかな?」

 「この歳で着せ替え人形にされるとは思わんかったな…」

 「元が良いんだから仕方ないじゃん」

 「そう言われると悪い気はしねぇな」

 

 クスリと笑みを浮かべながら、渡された何十着目かも忘れた衣類を受け取る。

 

 扇動としてはより多角的に服と自身の良し悪しを見極めてくれるので有難いが、まさか試着だけで一時間近く拘束されるとは思いもしなかった。

 

 黒いシャツに黒と灰色が自然と合わさるズボン、薄い茶色い上着を羽織る。

 襟元がもふもふの冬用らしきコートも渡されたのだけど、これは季節的に今は着なくて良いよなと首を捻る。

 

 「やっぱり似合いますね!」 

 「次はこれ着てみてよ」

 「私はこちらの方が似合うのではないかと」

 「…お前ら狙ってないよな?」

 「なんの話?」

 「いや、何でもない」

 

 耳郎はストライプのシャツに黒のベスト、ソフト帽のセットとか左 翔太郎(仮面ライダーW)を連想させる衣装じゃないか。

 八百万は天道 総司(仮面ライダーカブト)が着ていた灰色の作務衣を持っているし…。

 狙ってはいない筈なのだが、こうも重なるとどうしても疑ってしまう。

 なんやかんや試着を繰り返し、扇動はパンパンに膨らんだ紙袋四つを手にする事に…。

 そしてテンションに呑まれて興奮気味だった八百万と耳郎もようやく落ち着きを見せる。

 

 「その…ごめん扇動」

 「つい楽しくて…」

 「別に良いよ。おかげで色々と買えたわけだしな」

 

 衣類だけの話ではない。

 食器類や紅茶と言った予定になかったものも様々な意見や勧めを受けて買う事が出来た。

 そちらはさすがに持ち運びは難しかったので、宅配サービスのカウンターですでに家の方に送っておいた。

 買うべきものは買ったし、荷物も人数も多い事からタクシーを呼んで帰路へとつく。

 家に付くとお金を払ってから荷物を降ろし、扉の鍵穴に鍵を差し込む。

 後ろでは豪邸に住んでいる八百万は兎も角、一人暮らしと教えていただけに大きな家に耳郎は驚いているようだ。

 

 「ここが扇動の家かぁ。結構大きいね」

 「本当にお邪魔しても構いませんでしたの?」

 「構わん構わん。どうせ俺一人…いや、今日から同居人が居るんだった」

 

  ガチャリと鍵を開けて扉を開けると「ただいま」と呟いて二人をを迎え入れる。

 「お邪魔しまーす」と口にして入ろうとした足は、廊下の先から顔を覗かした人物を見て止まった。

 

 「おかえり。届いた荷物は台所辺りに置いといたぞ」

 「あぁ、助かる。それとただいま」

 「え、轟さん!?」

 「ここって扇動の家だよね?」

 「今日から扇動と一緒に住むんだ」

 「一緒に住むってどうかしたの!?」

 「?………そのままの意味だが?」

 「そうだけど!そうなんだけどさ!」

 「落ち着け。理由が抜けてんぞ」

 

 二人には掻い摘んで説明する。

 特に家庭内事情など話す訳にはいかないので、雄英高校との距離が近くて通学に便利であるという事と、家にトレーニング器具が揃っているので鍛錬がし易いとだけ伝えて置いた。

 予定では土日にでも荷物を持ち込む予定だったが、臨時休校と言う事で予定を前倒しにしたのだ。

 話をしながらすでにそわそわしている様子から耳郎を先に音楽部屋に案内する。

 中にはギターやドラムなどの楽器類に、楽譜や歌詞を書く為のデスクと音楽の関係資料があって、壁際の棚にはCDが大量に収まっている。

 CDを聞くプレイヤーは音質で選んだのだけど、楽器は良し悪しが解らないので担当伝手に見繕って貰ったからよく知らないのだが、楽器を見て興奮する耳郎の様に良いモノなのだなと理解した。

 

 「凄ッ!?」

 「色々揃っていますのね」

 「まぁ…一応。とりあえず壊さなければ好き勝手してくれて構わないから」

 「うん、ありがと!」

 「茶菓子でも用意するか。轟も荷解き終わったのならいるだろ?」

 「あぁ、頼む」

 

 キッチンに向かった俺は珈琲を淹れ、茶菓子にシュークリームを用意する。

 モールで買った紅茶を淹れた方が良かったかも知れないが、*1特命係の警部さんの淹れ方を見た事あるぐらいで、実際に淹れた事がある訳ではないので今日は珈琲を淹れる。

 珈琲なら『あんていく』の店長さん(東京喰種トーキョーグール)が淹れていたのを見て、何度か淹れて練習した事だし。

 

 シュークリームは店で買ったものでなく出る前に作っておいたものだ。

 焼いたシュークリーム生地にホイップクリームとカスタードクリーム、粉砂糖を全部別々にダイニングのテーブルに並べていく。別々に用意して“お手詰め最中”のように食べる前にクリームを入れるので、生地が湿気る事無くサクサクと香ばしい食感を楽しめる。

 好きな量で手詰めして齧り付けばサクリとした食感の後に、ふわっと軽やかで甘さ控えめホイップクリームの濃厚な味わいにとろ~りとしたカスタードクリームの滑らかさ、生地に振り掛けた粉砂糖の上品な甘さが一つ一つ伝わって最後には合わさって舌を喜ばす。

 これと淹れ立てのブラックコーヒーとの相性が良いのだ。

 

 「本当に美味しいですわ!」

 「…美味い」

 

 轟は無表情に近かったが美味しそうに食べる二人の様子に頬が緩む。

 俺も味わうかと手を伸ばした矢先、廊下の先よりドタバタと走って来る音が聞こえた。

 音の方向から音楽部屋の方のようだがなんかあったのかな?

 

 「扇動!アンタって“猿渡 一海”だったりする!?」

 

 来るなりそう興奮気味に言って来た耳郎に「何故?」と戸惑いつつ視線を向けると、手に持っているのは今度担当に送ろうと思って机に出しっぱなしにしてしまっていた“仮面ライダーウィザード”のオープニングの楽譜だった。

 そう言えば仮面ライダーオーズ(OOO)や仮面ライダーフォーゼのオープニングも同じ作詞家と作曲家だった。

 すでに出した曲を知っていたからと言って、それだけで同じ人物の作詞・作曲と理解したのか。

 面倒事を考えると否定すべきかも知れないがわざわざ否定するのもどうかなと思い、肯定してから口止めを頼み込むのだった。

 

 

 恐るべしミュージシャンの血筋…などと内心驚くが、それ以上に轟に自室にと貸し出した一室が洋風からほぼ和室にリフォームされていた事には心底驚いた…。

 まぁ、リフォームされた事に関しては本人が過ごし易いならと良いのだが、「頑張った」としか返されないがどうやって一人で半日ちょっとリフォーム出来たかをいつかは知りたいものだ。

*1
 相棒に登場する杉下 右京警部。

 ティーポットを高らかに掲げて、高低差を活かしてティーカップに注ぎ込む淹れ方が独特。

 大自然広がる密林内に自らのティーセットを持ち込み飲むほどに紅茶を好む。

 同じ淹れ方をした場合、飛び散った飛沫で火傷をする可能性があるので要注意!



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第18話 強化訓練

 後に“USJ襲撃事件”と呼ばれるヴィラン連合による雄英高校襲撃は、オールマイトの参戦から程なくして駆け付けたプロヒーローである教師陣によって鎮圧されたことで幕を下ろした。

 主犯格であろう“死柄木 弔”と“黒霧”の二名には逃げられるも、脳無を含めた襲撃に参加したヴィランをほぼ全員捕縛。

 そして雄英側は生徒はほぼ無傷だが、教員はイレイザーヘッドと13号が重症でオールマイトが負傷という決して軽くない被害を被った。

 何より天下の名門である雄英高校がヴィランの襲撃を許す(・・)ばかりか、平和の象徴が負傷するなど目に見えないダメージも相当である。

 危機的状況を乗り越え、臨時休校を挟んでの登校日。

 襲撃を受けたヒーロー科一年A組のクラスは熱気に包まれていた。

 

 重症患者で普通は(・・・)絶対安静である筈の相澤先生は、ミイラ男みたいに包帯ぐるぐる巻きの状態で教壇に立ち、「俺の安否はどうでも良い…」と呟いて“雄英体育祭”が迫っていると告げた。

 雄英体育祭というのは日本に於いて熱狂的な人気を誇るビッグイベントである。

 それと同時に生徒にとっては己の能力を発揮する場であり、プロヒーローからすれば優秀なヒーローの卵をスカウト目的に見定めに訪れる。

 認められれば資格取得後(卒業後)はプロ事務所でサイドキック(相棒)入りし、トップクラスのヒーローとなれば経験も話題性も段違いに跳ね上がる。

 先生が無事()だった事も相成って雄英体育祭で胸を躍らせ、朝のHRから昼休みになってもまだ熱気は納まらずにいた。

 

 

 

 それは(麗日 お茶子)も同様であった。

 周りの皆はヒーローになる立派な動機を持っているけど、私は究極的に言うとお金が欲しくてヒーローを目指している。

 家は建設会社を経営しているのだけど、仕事がなくてあまり経営は良くはない。

 “無重力”の個性を使えば大幅にコスト削減が出来ると思って言ってみたら、「気持ちは嬉しいけど親としてはお茶子が夢を叶えてくれる方が何倍も嬉しい」と返されてしまった。

 だから私は絶対にヒーローになって、お金を稼いで両親に楽をさせたげる。

 

 その目標(・・)を叶える為に雄英体育祭で頑張らないと!

 やる気も気合も十分にデク君(緑谷 出久)と飯田君と共に食堂に向かう途中、デク君はオールマイトに呼ばれて別れたけど、食堂に到着すると扇動君と八百万さんが居た。

 昼食と言う事で皆が皆、がっつりとした物を注文していたのだけど、扇動君だけは高菜の漬物に大きめの器に入った白米、梅干しとお茶のみ。

 どう見ても少なすぎる昼食に体調が悪いのかと危惧した。

 

 「ごはん少な目やね。体調悪いん?」

 「いや、ちょっと開発工房に顔出してって言われてっからゆっくり食えねぇんだ」

 「駄目だぞ扇動君!しっかり食べなければ」

 「一応調理パンかおにぎり持って行くから大丈夫だ」

 「それなら良いのだが」

 

 さっと食べれるように白米に高菜と梅干を乗せて、お茶を注いでお茶漬けにして食べだした。

 ズズズッっと啜りながら、ポリポリと心地よい音を立てている扇動君。

 

 「扇動君がヒーロー目指す理由ってなんなん?」

 

 意図もせずにふと口にしてしまっていた。

 食堂に来る間にデク君にヒーローを目指す理由を聞かれ、頭に残っていたのもあって口から出てしまったのだろう。

 聞かれた扇動君は口の中のものを呑み込んで口を開く。

 

 「イズクが英雄(ヒーロー)になる様を見届ける為。それとあるヴィランを捕まえる為だな」

 「それが扇動君の理由なん?」

 

 何でもないようにお茶漬けを啜る扇動君はこくんと頷いて肯定する。

 予想外の理由に八百万さんも飯田君も驚き、色々と聞こうとするもその前に言葉を続けられて逆に私がヒーローを目指す理由を問われてしまった。

 私は少し頭を掻きながら答えた。

 皆みたいに立派な動機でなくお金欲しさという理由に恥ずかしくなり頭を掻く。

 話を終えるまで真っ直ぐ瞳を見つめる扇動君は空になったお椀と箸を置いた。

 

 「お金か。夢だけでなく現実的。立派な動機じゃないか。もしかして朝気張っていたのはそれが理由か?」

 「そうなんよ。ここでアピールせんと」

 「ふぅん…」

 

 想う所があったのか少し悩む仕草を見せ、お茶を口にして一息ついた。

 

 「割りの良いバイトやってみねぇ?」

 「バイト?」

 「HUC(フック)っていう…要救助者役をする仕事なんだけど、色々重なっちまって人手が足りないらしくてな。やる気があるんだったら詳細送るけど」

 「それ私でも大丈夫?」

 「専門知識が必要な職業だから本来なら駄目。けど人手不足ってのもあって、俺が指導するならという話で許可は貰ってる。ちなみにイズクやお嬢も参加するから」

 「八百万君も?」

 「後学の為にと思いまして」

 「なら俺も良いかな?」

 「勿論良いぞ」

 「それと放課後イズク達の鍛錬を見る事になってるけど来るか?」

 「うーん、バイトの方は少し考えさせて。鍛錬の方は行こうかな」

 

 扇動君は襲撃事件も含めて凄い人ってのは解っている。

 そんな人に見て貰える(・・・・・)というのは、体育祭で活躍する為を想えば強く成れるというのは非常に有難い。

 バイトの方は詳細や都合があるので即答は出来なかったけど。

 

 「ん、了解。飯田はどうする?」

 「HUCというのには興味はあるが、鍛錬の方は遠慮するよ…。僕はまだまだ未熟だ。体育祭では君もライバルの一人(・・)として挑むつもりだから」

 

 一緒に居た飯田君に話を振ると、真顔で強い瞳で否定した。

 ピリッとした雰囲気が漂い周囲が騒めく。

 きょとんとした扇動君は嬉しそうに、楽しそうに獰猛な笑みを浮かべた。

 

 「宣戦布告か。良いねぇそういうの。受けて立つよ天哉」

 「見つけました!!」

 

 食堂に響き渡った大声に誰もが振り返る。

 そこには桃色のドレッドロックス(ドレッドヘアー)らしい髪型の女子生徒が立っていて、気のせいでなければこちらを指差しているようだ。

 誰に向けて言っているのか解らず辺りを見渡すと扇動君が軽く手を挙げた事で、彼の知り合いなんだと理解した。

 多くの教員と生徒が利用しているだけに密集率は高いというのに、それを物ともせずに結構な速さで迫って来る。

 

 「扇動さん!いくら待っても来られないので迎えに来ました!!」

 「おう、発目。少し話が込ん―――」

 「さぁ!さぁさぁさぁ!!行きますよぉ!!」

 

 近づいた発目と呼ばれた女子生徒はむんずと扇動君の手を取ると、有無を言わせぬ勢いで連れて行ってしまう。

 引っ張ると言うより引き摺られていく扇動君という光景にぽかんと呆けながら眺めていると、「すまんが片付け頼む!」とテーブルに残された食器類を示しながら遠退いて行く様を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 昼休みを過ぎてから扇動 無一は僅かに頬を緩めて、午後の授業は緑谷を含めた複数人の特訓メニューを考えながら受けて過ごした。

 イズクの課題は襲撃事件から考えていただけに特訓メニューはすんなりと決まったが、他の面々は若干悩み中な上に麗日に至ってはどうしたものかと悩みに悩んだのだ。

 一応形にはしてみたものの、あとは様子を見ながら軌道修正するしかないな。

 自ら鍛えた経験こそあれど誰かに教える経験というのは圧倒的に不足している。

 今後、こういう事態を想定して誰かに習うのも良いかも知れない。

 怪我が完治した頃に相澤先生に聞いてみよう。

 

 とりあえず今は特訓の事もあるので頭の片隅に置いて、帰りのチャイムが鳴った事で特訓する場として申請しておいた体育館γ(ガンマ)に向かおうとして足を止めた。

 

 「何ごとだぁ!?」

 

 教室入り口に殺到する人だかりに、麗日が戸惑い交じりの大声を発した。

 それらが何をしに来たか分からなかった(・・・・・・・)扇動は首を傾げる。

 

 「出れねぇじゃん。何しに来たんだよ!」

 「敵情視察だろザコ(・・)

 

 さも当然のように告げた爆豪に対し、雑魚呼ばわりされた峰田がフルフル震えながら緑谷に視線でナニカを訴えかけている。

 そんな様子よりも爆豪の言葉を聞いて余計に扇動は意味が解らなかった。

 敵情視察?

 帰り際の教室に来たところで何の情報が得られるというのか。

 得れても名前に容姿と言った最低限のものばかり。

 意味がない…とは言い切れないが、そんな余裕(・・)があるのなら施設を使用する申請でもして個性を鍛えるべきだ。

 そもそもパッと見た感じからして身体から出来上がっていない者が多い。

 ヴィランと戦った話題もあって遊び半分、興味本位で来た連中も見受けられる。

 

 「意味ねぇから退けモブ共」

 「知らない人の事をとりあえずモブって言うの止めなよ!!」

 

 呆れ過ぎてため息を漏らしながら爆豪の言葉に強く同意する。

 ムッと怒りを灯す連中の中から一人の男子生徒が前に出た。

 不満顔というより期待外れと言わんばかりの呆れ顔…。

 それが妙に興味が惹かれた。

 前に出た彼はあまりに偉そうな爆豪の態度にヒーロー科まとめてそういう感じ(・・・・・・)なのか問い、全力で首を横に振って否定する緑谷、飯田、麗日の返答をガン無視してそういう奴らと纏めて幻滅したと口にする。

 遊び半分や興味本位ではなさそうだ。

 

 「ヒーロー科を落ちた奴が普通科とか他の科に結構いるの知ってるか?体育祭の結果によってはヒーロー科への編入を検討してくれるんだって。そしてその逆も然り」

 

 冷めた瞳を向ける彼は希望を費やしてないんだ。

 受からなかったと絶望交じりに羨望だけ向けるのではなく、俺らを引き摺り降ろしてでもヒーロー科の席をとり(・・)に来るつもりらしい。

 興味が惹かれた理由はそれかと頬を緩める。

 

 「敵情視察?少なくとも(普通科)は調子乗ってっと足元ごっそり掬っちゃうぞっつ―――宣戦布告に来たつもり」

 「君、名前は?」

 

 今まで傍観者だった(扇動)は爆豪に並んで彼に向かい合う。

 突如として前に出た事で視線がこちらに向き、ぽつりと口を開かれた。

 

 「…心操 人使(シンソウ ヒトシ)

 「全力を持って受けて立つよ俺ら(・・)は。だから全力で盗りに来いよ。ヒーロー科への切符を」

 

 一瞬目が見開き、冷やかな目に熱が籠った。

 真正面からその瞳を受け、扇動は自らの言葉の責任の重みを自覚する。

 こうして口に出して言ったからには負ける事なんざ許されねぇ。

 吐いた唾は呑めぬのなら、有言実行するのみ。 

 …強制的に皆まで巻き込んだのはやりすぎたかなとは思う………吹いたら飛びそうなぐらい若干にだが。

 

 「じゃあ俺は体育祭に向けて特訓があるから通させてもらうぞ」

 「いや、待てよ!?どうしてくれんだ。おめー()のせいでヘイト集まりまくってんじゃねぇか!!」

 

 爆豪に続き扇動の発言で対抗心や不満を露わにしている様子に切島が叫ぶ。

 巻き込まれた側としては当然の権利であるのだが…。

 

 「プロを目指してんだろ?こんぐらいで騒ぐなよ」 

 「(うえ)()がりゃあ関係ねぇ」

 

 俺と爆豪がそう答えると教室内外が黙り込む。

 その隙に俺は集まっている連中の隙間をすり抜けて、特訓の用意もあるのでさっさと体育館γに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 “USJ襲撃事件”ではヴィランの脅威にプロヒーローの実力、同年代であるむーくんとの力量の差を身をもって(緑谷 出久)は知った…。

 ヴィランを無傷で鎮圧し、人質にされた上鳴君を助け、自ら戦いながらも仲間の様子を見ながら指示や支援を行い、死柄木や脳無の個性を見破って対応して見せたり、状況の判断だって段違いだった。

 何より自分は二度も助けられた…。

 一度目は轟や爆豪と共に助け、二度目はその身を挺してまで…。

 対して僕は蛙吹さんが死柄木に掴まれそうになった際には身動き一つとる事が出来なかった…。

 不甲斐無い自分が嫌になりそうだ。

 

 「…ごめん」

 

 口から零れ落ちた言葉に、先生たちの応急処置を終えて僕の骨折した指に包帯を巻いていたむーくんは首を傾げる。

 これにもまた()を感じてしまう。

 むーくんは安全が確保されるとすぐさま相澤先生と13号先生の応急処置を行った。

 八百万さんの個性による補助を受けながらも見事な処置が施され、二人は一足先に病院へと運ばれていった。

 僕には出来ないなぁと感心してしまう。

 

 「なにいきなり謝ってんだ?」

 「…僕、弱いよね―――痛い!?」

 「喧嘩売ってんのか?売ってんだな。言い値で買ってやろう」

 

 応急処置が終わった矢先、返しとして額にデコピンを喰らわされた。

 それも結構力を込められた為にかなり痛い。

 額を抑えつつ視線を向けるとジト目で睨まれる。

 どうしてそんなに怒ってるのか解らず怯えると大きなため息を吐かれ、優しい目付きでしっかりと瞳を見据えてきた。

 

 「お前は強いよ。梅雨ちゃんから聞いたぞ。水難ゾーンでは凄い活躍だったってな」

 「けどむーくんみたいには…」

 「無い物強請りか?人と比較して悲観するぐらいなら、それを自らの物にするぐらい足掻け」

 

 再びデコピンを食らうも先ほどに比べて威力は落ちてパチンと音が程度。

 一瞬痛いのかなとびくりと震えた事で、可笑しそうに頬を緩めてむーくんは片頬を緩める。

 

 「そもそもだ。長年遊ぶ時間も削って爺ちゃんのコネや自ら必死に経験を蓄積しまくったのに、昨日今日で追い越されて溜まるか」

 「努力…してきたんだもんね」

 「追い付き追い越したいんだったら必死に喰らい付けよ」

 

 ぽふっと頭に手を乗せられ、優しく撫でられた。

 まるで父親とのやり取りのように感じて少し照れ臭く感じるも、言っている事が最もで正しい事は解かる。

 オールマイトのようなヒーローを目指すのなら、ただ悲観するだけじゃあ駄目だ。

 小さい頃はむーくんの背中ばかり見て来た。

 けれどこれからはそれじゃあいけないんだ。

 肩を並べる――――いや!追い越さなきゃいけないんだ!!

 

 「やっぱり強ぇよお前は。普通ならそんな目しねぇよ」

 

 想いと覚悟を宿すと悪戯っぽく笑った(・・・・・・・・)

 その笑みはあの幼き日と何ら変わりないものだった。

 

 「むーくん!僕に色々教えてくれないかな?その、都合が良い事言っているかも知れないけど…僕は!」

 「構わねぇよ」

 「即答!?」

 「ったりめぇだろうが。俺はお前が英雄になるのを見たくってヒーロー目指してんだ。手を貸さない道理があってたまるか」

 

 当たり前だとニカリと笑った。

 

 

 

 あれから(襲撃事件)臨時休校を挟んだ登校日の放課後。

 約束通り扇動が鍛錬してくれると言う事で緑谷は体育館γに集まった。

 雄英体育祭の事も合って気合が入りまくっていた。

 要因はそれだけではないが…。

 

 昼休みにオールマイトに呼び出された。

 襲撃事件で脳無戦も含めて無茶が祟って、活動時間が50分前後にまで短縮されてしまったという事実を知らされた。

 それは“平和の象徴”として存在し続けられるのがそう長くはない事と、いずれは抑止(“平和の象徴”)から解き放たれたヴィランによる事件の増加を意味している。

 この事実を伝えた後にオールマイトは僕に言った。

 全国が注目するビッグイベントである雄英体育祭にて“次世代のオールマイト”または“象徴の卵”として、世の中に知らしめて欲しいと期待を込めて頼まれたのだ。

 責任重大である。

 不安から震え、高揚感から酷く高鳴る。

 憧れのヒーローからの期待に応えるべく始める前から熱が籠る。

 体育館γに鍛錬に訪れたのは緑谷だけでなく、麗日に八百万、轟に切島も集まっていた。

 そして向かいには黒のレザースーツで身を包み、顔や胸部に脚などに蛍光色の黄色のプロテクターで覆われたコスチュームを着た人物が立っている…。

 

 「では体育祭に向けての短期鍛錬(・・・・)を始めっぞ」

 「その声…扇動か!?」

 「どうしたその恰好?」

 「新しいコスチューム?サポート会社に頼んだん?」

 「いきなり質問攻めか。コスチュームというより測定器だな。なんでもスーツ内に電極やらなんやら仕込んであって、俺の身体能力をデータ化して送信するんだと。見た目(仮面ライダーゼロワン)は俺の趣味な。それとこれはジェバンニ…もといサポート科の発目が一晩でやってくれたもんだ」

 

 「まさか一度見せた絵を形にするとはなぁ…」と呟きながら声色は随分と嬉しそうだ。

 こほんと咳払いして空気を整えると言うより、浮ついた自身の気持ちを切り替えて見渡す。

 

 「本格的な訓練は授業でやるだろうから、これは補助とでも思っていてくれ。まずはお嬢からやるか」

 「はい!よろしくお願いします」

 「前に言ったよな。お嬢には弱点があるって。口で言うより体験した方が良いから一対一の模擬戦入れんぞ。相手の身体に一撃入れたら終了って感じで」

 

 それだけ言うと首や手首を軽く捻りながら距離をあける。

 いきなりの模擬戦に戸惑いながらも八百万は構えるも、個性(・・)的には一方的に有利を得ている。

 無個性だからという訳ではないけど、サポートアイテムを所持していない扇動には格闘戦しか手段がない。

 対して八百万の個性“創造”は条件さえクリアすればあらゆるものを創り出せる。

 個性把握テストで出した大砲なんてまさにその例だ。

 だからこそ近接戦闘が主な緑谷や切島はどう攻略するのかと注視する。

 

 「イズク。スタートの合図くれ」

 「は、始め!」

 

 急に言われて驚いたのもあり、緊張して開始の合図が裏返ってしまった。

 恥ずかしいながらも視線は二人をしっかりと捉え見守る。

 八百万は護りを重視して盾を創造し、防御を固めつつ創造を行うようだ。

 それは正しい判断だった。

 50メートル以上離れた距離があって、相手は格闘戦しか出来なければ創造の時間は十分にある―――筈だった。

 腕より想像された盾が形付いた瞬間、走り出していた扇動は速度は落とさず異様に低い体勢になって迫る。

 爆豪や飯田のように異常に速さはないが、鍛えた脚力に身に着けた走法(技術)によって非常に足が速く、開けていた距離があっと言う間に詰められる。

 しかも八百万は盾を創造したがゆえに(・・・・・・)構えた盾に寄って視界の一部が遮られ、死角に入り込むように体勢を低くした扇動を見失ってしまった。

 

 「―――ッ、早い!?」

 「逆だ。遅いんだよ」

 

 一瞬で詰められたような錯覚さえ感じた八百万は両手で盾を支えて守りの体制を取るも、たった一発の掌底打ちでぐらりと崩された。

 そこからはもう一方的過ぎた。

 相手の反撃を許さない掌底打ちの乱打に盾が大きく揺さぶられて、反撃どころか抵抗することなく八百万はよろめいて尻もちをついてしまう。

 何も出来ずに倒れ込んだことに呆然としつつ、見下ろす扇動を見上げる。

 

 「感想は?」

 「なにも…出来ませんでしたわ…」

 「そう、お嬢の弱点はそれだ。個性は万能そうで創り出すまでのタイムラグがあり、思考出来る時間が無ければ作る事さえ出来ない。体力テストで解ってたが身体能力は平凡。何より知識だけで技術が伴ってない」

 「…ッ」

 

 淡々と言われた事実を面と言われて悲痛そうに項垂れる。

 言う事を言ったら中腰になって視線を合わせ、片目を吊り上げながら不敵に笑う。

 

 「要は時間を稼げばいいわけだ。盾を出すにしてもこんな真っ直ぐな盾は出すな。お嬢がオールマイト並みに鍛えてどんな攻撃でも真正面から受け止めて見せるってんなら別だがな」

 

 アドバイスを受けて次に創り出された盾は、亀の甲羅のように丸みを帯びたものだった。

 ただイメージが出来上がっていなかったために不格好な見た目だ。

 

 「盾ってのは攻撃を受けるもんだけどな、馬鹿正直に受ける必要はない。戦車の装甲は丸みや傾斜を付けて避弾経始(ひだんけいし)を行って砲弾を逸らして弾く」

 「つまり受け流せば良いと?」

 「ご名答。さっきの盾でも出来ない事は無いけど、真っ直ぐな分だけ傾斜が大きいからな。身体能力の向上は全員必要としてお嬢への課題は個性の時短に時間稼ぎに盾での受け流し方などの技術面、あとは即座に創り出す武器のリストアップか」

 「後、この盾も改良しないといけませんわね!」

 「意欲高めで助かるよ」

 

 一変してやる気になった八百万から視線を轟と切島に向けて立ち上がる。

 轟は兎も角切島はピンと背筋を伸ばした様子に緑谷は苦笑いを浮かべる。

 

 実は切島のみ襲撃事件後に扇動に叱られたのだ。

 扇動からしたら制止を振り切った事に対しては、命令を下せる立場も権利もないので、聞くか聞かないかは相手の自由なので想う所は無い。

 しかし独自の判断の結果、周囲に危険を二度も及ぼした事は別であった。

 なので制止を振り切って迷惑をかけたと自ら謝りに来た切島に、デコピン一発とリボルバーに装填したゴム弾三発を喰らわせていた…。

 

 「がむしゃらなまでの勢いってのもまた若者の特権だ。だけど戦場(・・)で判断を誤れば自身だけでなく味方を巻き込みかねない。それだけは覚えとけよ。と、まぁ俺からはそれだけだ。結果良ければ全て良し…じゃあねぇけどお互い無事で何より。とりあえず今回のを糧にして励めよ。……ただ次やったら―――“二発殴って、五発撃つ”」

 

 緑谷から見て扇動は物事を引き摺るタイプではない。

 注意や叱りはするも、相手が理解納得すれば根に持つことなく変わらず接していた。

 三発目だけは硬化で防いだ切島に言いたい事を言い、真摯に受け入れた切島に話し終えた扇動は怒りは一切抱いていなかった。

 だが最後の言葉もあって緑谷が大丈夫だよと言っても相当に怒っていると未だに思い込んでいるらしい。

 そんな様子に扇動は苦笑する。

 

 「轟は氷結のコントロールの強化。本来なら最大威力を上げたいところだが、テメェの個性は場所を取る(・・・・・)からこんな手狭な場所じゃあ無理だ。最悪全員を氷漬けにしかねない」

 「家でやっている(・・・・・・・)事をやれば良いのか?」

 「あんな小手先の遊びじゃ意味ねぇだろ。それに関しては後で詳しく言うよ。…で、切島は硬化の強度アップと並行して持続時間の増強。つまり筋力(硬化)スタミナ(持続時間)の向上を目指そう。様子を見て実戦形式の模擬戦も混ぜていく感じで考えているけど良いか?」

 「ウッス!」

 

 気合の入った返事に満足そうに頷き、今度は緑谷に視線を向ける。

 

 「とりあえずイズク。個性使って(・・・・・)俺を殴ってみろ(・・・・・・・)

 「うん――――え?」

 

 軽い感じで言われて釣られるように返事をしてしまったが、それがトンデモない事であると理解すると同時に顔が青ざめる。

 戸惑いを露わにしていると逆に首を傾げられる。

 

 「どした?」

 「いやいやいや、だってむーくん怪我しちゃうよ!?」

 

 ワン・フォー・オールは長大過ぎて使い切れていない。

 手加減どころか0か100しか使えない身としては、対人訓練で使う訳にはいかないのだ。

 なのに扇動は使えという。

 当然ながら断るも逆にキョトンとされ、次には大声で笑い出した。

 

 「“それはそれは!!心配して頂き有難い事だ。イズクは俺に怪我をさせると思っている訳だな。心の底から安心しろ。俺はお前より強い”」

 

 煽るように放たれた言葉にムッとする。

 確かに扇動は強かった。

 襲撃事件ではそれを目の当たりにした訳だけど、そうハッキリ面と向かって言われると少々腹も立つ。

 けれど今の緑谷は自主練に加えてオールマイトに鍛えられ、受け継いだ個性がだってある。

 

 そこで自分を抑えた。

 挑発して使えと言ってきているが、それで使って怪我なんてさせたら事だ。

 グッと堪えた緑谷を見て、扇動は何処か冷めた視線を向けて乾いた笑みを浮かべた…。

 

 「そっか。そうか…なら仕方ねぇ。別のプラン組むから少し待ってな」

 「―――ッ!…本当に良いんだね」

 

 嫌だった。

 怪我させるかも知れない事もだけど、それ以上に失望したような表情(・・・・・・・・・)には耐え切れなかった。

 けどやっぱり怪我はさせたくないと思って、煮え滾らない感情でフルフルと震える。

 

 「あぁ、構わない」

 

 それだけ言うと拳の届く距離で構えた。

 大きく深呼吸して打つと覚悟を決め、振り被った拳を突き出す。

 

 突き出す刹那…。

 一歩斜めに踏み込みながら、腕を横合いから突かれて軌道をズラされた。

 振るった拳は扇動の横に突き出すと、ワンフォーオールから発生した威力で風が吹き荒れる。

 個性を振るったにも関わらず怪我をしていない事より、技術を持って簡単そうにあしらわれたことに驚きが隠せない。

 

 「やはり対人となると力をセーブするようだな」

 「え?あ!」

 「躊躇っているのか怯えてるのか知らんが様子から無意識っぽいな」

 

 何気なく考察され、ようやく自損していない事に気付く。

 一人で納得した扇動は深々と頭を下げた。

 

 「悪いな。殴らせる為とは言え慣れない(・・・・)挑発しちまって」

 「「「「「…慣れない?」」」」」

 「おう、今聞き返した奴ら前に出ろ」

 

 男女問わず繰り返した者(全員)にはデコピンを打って行き、痛みから額を押さえる。

 

 「イズク。お前の課題は個性を使える程度(・・・・・)にはする事。という事で俺を殴り続けろ(・・・・・・・)

 「………え?」

 「個性に限らず技術やコツなんてものは反復して覚えるしかねぇんだ。物ではなく人を殴る際に無意識にセーブするってんなら人を殴り続けて感覚を掴むしかねぇだろ」

 「ちょっと待って!もしもだよ。当たったらむーくんは…」

 「骨折で済めば良い方なんじゃないか?」

 「他人事!?」

 「受け流そうとはするけど怪我する時はするからな。数日はサンドバッグになってやっから頑張ってコツ掴め」

 「頼んだの僕だけど本当に良いの?」

 「構わん構わん。イズクが個性を使い熟すのが先か、俺が壊れるのが先ぐらいだし」

 「それが一番の問題だよ!?」

 

 大声で叫ぶも自身の怪我などはどうでも良いと言わんばかりに呆気からんと笑う。

 そして最後に麗日に向き直るも、その表情は何処か曇っている。

 

 「麗日は基礎または身体の動かし方。要は技術を身に着ける事…かな。個性の方も見てやりてぇけどさすがに時間がねぇしなぁ…」

 「うー…なんかごめんね」

 「いんや、悪いのは合った訓練メニューを決めれなかった俺だ。それでも身体の使い方を覚えただけでも麗日の個性なら爆豪とも良い感じに戦えるぐらいになると思うんだよなぁ」

 「私が爆豪君と!?」

 「ま、良い感じであって勝つのは非常に難しいがな…と、長話で時間を潰すのもアレだし、とりあえず最初はストレッチに基礎トレ入れてから、個々人の鍛錬または模擬戦と行こうか」

 

 それぞれ気合を入れ頷いたり返事を返したりすると、扇動はリュックよりマスクが詰まった箱をを取り出した。

 首を傾げる中、八百万だけは意図を察して若干表情がひくついた。

 

 「マスクトレーニングつって詳細は省くが精神的にも肉体機能的にも鍛え上げる方法があるんだがこれはしたい人だけで。正直息はし辛いし、汗が染みたら息が出来ないし、熱中症になり易くなったりと危険な面もある。一応目は光らせるが自己判断に任せるよ」

 

 真っ先に切島と轟が一枚受け取るも、八百万はさすがにキツイと判断したのか受け取らず、その様子から最初は試しでつけるか悩む麗日と緑谷。

 そんな中、扇動は緑谷に手招きをして呼び寄せる。

 

 「出来ればレイリー式*1でやりたいところだけど、あれは時間の余裕と自由が利かないと出来ねぇから…ほい」

 「なにこれ…ゴーグル?」

 「白川流武術*2式に習って用意してみた」

 「これもなにかあるの?」

 「簡単に言うと視野を狭めて(・・・・・・)視野を広めるんだ(・・・・・・・・)

 「どういう事?」

 「まぁ、こればっかりは体験した方が解んだろ。…ただこれも自己判断に任せる」

 「これも危険なの!?」

 「…いや、毎日ずっと付けてないと意味がなくて、四六時中となると周りからの眼が…な?」

 「あぁ、うん…」

 

 理由に納得しつつも受け取った側面が完全に塞がれて正面しか見えない(・・・・・・・・)ゴーグルとマスクを付ける。

 こうして緑谷達は体育祭までの二週間、放課後は体育館γで汗を流すのだった。た。

*1
“ONEPIECE”に登場するシルバーズ・レイリーがモンキー・D・ルフィを鍛えた方法

*2
“タカヤ‐閃武学園激闘伝‐”主人公やヒロインが使っている武術




●ジェバンニが一晩でやってくれました
 【DEATHNOTE】ニアより

●二発殴って、五発撃つ
 【文豪ストレイドッグス】太宰 治より

●それはそれは!!心配していただいてありがたいことだ。お前は俺に怪我をさせると思っているわけだ。心の底から安心しろ。俺はお前より強い!!岩を斬っているからな!!
 【鬼滅の刃】錆兎より


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第19話 苦労する者、再び…

 マスコミが雄英高校敷地内に侵入した出来事に続いての襲撃事件。

 施設の建設に補修、修繕をセメントスと共に行うパワーローダーは深いため息を漏らす。

 崩壊させられた校門の修理が終えたと思えば、ウソの災害や事故ルームはオールマイトと脳無の戦闘で基礎まで被害を受け、一度襲撃を受けたからには対策を施さねばならなかったりと大忙し。

 だというのに休校日にも関わらず「作りたい物があるので!」と発目(問題児)はやって来るし、今日の昼休みには出来上がったスーツを見せたいばかりに発目に呼び出された扇動がついでとばかりにアイテム制作頼んでくると来たもんだ。

 正直発目はどう頑張っても事故が起きる品物でなかったからそれならと許可を出したし、扇動が頼んで来たのはデザインは考えねばならなかったが簡単な物で然程苦労も無い。

 だけどこう…じわじわと精神が削られ、胃の当たりが締め付けられるような感覚に襲われる。

 今期は出だしから色々あり過ぎた。

 ひと段落がついたら温泉でも行って休養するのも良いかも知れないな。

 

 「…で?なんでついて来るんだ発目」

 

 扇動より放課後はだいたい体育館γに居ると聞いていたので、出来上がったアイテムを散歩がてら持って行こうとしたパワーローダーは、後ろを台車を押して付いてくる発目に怪訝な表情を向ける。

 確か休校日に作っていたのはスーツ(仮面ライダーゼロワン)だった筈。

 シーツで隠されているとは言え、台車に乗っている物は明らかに違う。

 嫌な予感しかしないのは何故だろうか…。

 

 「私、扇動さんに用があるので!」

 「それは必要なのか?」

 「生まれたてのベイビーを早速試して貰いたく!」

 「…そうか。そうだよなぁ…」

 

 チクリと胃が痛んだ気がしたが、気のせいだろう………多分。

 明らかに不安要素の塊に眩暈がしそうになるも、精神と思考が現実逃避しようと見なかったことにしたがっている。

 ため息交じりにそれが何なのか問いかけるが、到着してからのお楽しみですとはぐらかされた。

 まったく楽しめる気がしないから教えてほしかったのだが…。

 

 体育館γに到着するとひんやりとした冷気が頬を撫で、汗を垂らしながら鍛錬に励む学生達が目に付く。

 そして遠巻きながらに眺めているイレイザー・ヘッド。

 

 「体育祭に向けてか。熱心じゃないかイレイザー?」

 「俺じゃない。アイツらが勝手に切磋琢磨しているだけだ」

 「へぇ、そうなのか…」

 

 イレイザーが居たから指導しているのかと思いきや、自主練習だったとは…。

 視線の先では範囲技で凍り付かせる事を禁止された轟が氷柱を出し、切島が硬化して防いだり壊したりして近づき、盾持ちの八百万が遮って切島の行く手を防ぐ。

 ガンガンと殴られる盾で苦しそうではあるが耐え抜き、轟が氷柱で援護する。

 

 もう一方では全体を見渡している扇動に緑谷が殴りかかるも拳は意図も簡単に躱されて吹き抜ける暴風だけが通り過ぎ、振り抜いて無防備となってしまった緑谷は放り投げ飛ばされる。

 隙を突くように接近していた麗日が触れて浮かせようとするも、完全に動きを見切られた挙句にその動きすら利用されて軽く転がされた。

 立ち上がって再び殴りかかった緑谷の行動は破れかぶれで、呆れた様子で扇動は拳を振るう前にタイミングを合わせて懐に飛び込み、膝で軽くしゃがんでから踏み出して背中で体当たり―――貼山靠(鉄山靠)を喰らわせていた。

 

 …最早実戦レベルではないのかと、眺めながら思う。

 扇動を除く全員がすでに息を切らして、肩を大きく揺らしていた。

 もう限界ではと思っていると、見越した扇動は今日は終了だと皆に告げてスポーツ飲料を手渡して休ませ始めた。

 

 「扇動、ちょっと良いか?」

 

 キリが良いと判断して呼び、手招きすると駆け足で近づいて来た。

 他の面々は疲れて座り込んでいる者も居るというのに、こいつだけは平気そうなんだが…。

 

 「少しばかり熱が入り過ぎなんじゃないか?」

 「初日だから様子見を兼ねてますから。明日からは調整していきますよ」

 「きつ過ぎて辞めたら元も子もないだろうに」

 「無理強いするもんでもないし、辞めたいなら辞めれば良い」

 「意外とドライなんだな」

 「人の意思を尊重してるって言って欲しぃ…ってどうしたんです?」

 「お前が頼んだんだろうに」

 

 そう言って昼休みに頼まれたマスクとゴーグルが合わさったアイテムと、デザインこそおしゃれな眼鏡みたいなゴーグルの二つを取り出してた渡す。

 前者は緑谷 出久のコスチュームに合うデザインと色合いに、軽さとそこそこの強度を持たせた。

 後者は普段付けていても可笑しくない物という事で、どんなデザインが良いのか解らず“ミッドナイト(香山 睡)”に意見を求めて形にした。

 

 「おお!さすが仕事が早い。助かりますパワーローダー先生」

 「別に難しい機能を付けるような品物でもなかったしな」

 

 素直に喜んでいる様で何よりだ。

 そう思っていると話が終わるのを待っていた発目が強い反応を示した。

 

 「なんで―――私に―――言ってくれないんです!」

 「お前に言ったら余計な機能つけるだろ」

 「はい!」

 「否定か少しは間を空けろよ…」

 「発目…」

 

 二人揃って呆れ顔を晒すも、一瞬で数メートルの距離を詰めてきた発目は「それが何か?」と言いたげな様子。

 …とここで扇動は発目がここに来ている事に首を傾げた。

 

 「蓄積されたデータを取りに来たのか?」

 「それもありますが、生まれたてのベイビーを持ってきました!」

 

 バッとシーツを勢いよく捲るとオレンジ色のロケットを模したアイテムが姿を現した。

 発目が制作した事もあり、見た目も相まって不安感が押し寄せてくる。

 逆に扇動は目を輝かせ、疲れて座り込んでいた生徒達もなんだなんだと眺めている。

 

 「おお!フォーゼのロケットか!!よく短時間で作ったな」

 「形も機構もシンプルでしたので。要望に書いてあったように移動にも攻撃にも使えますよ」

 

 意気揚々と説明する発目と嬉々として耳を傾ける扇動。

 異常な空気を生み出している様子に誰も眺めるばかりで近づかず、イレイザーに至ってはこいつら大丈夫なのかとこちらに視線で訴えかけてくる始末。

 

 「早速試してみましょう!」

 「いや、ちょっと待ちなさい発目」

 

 どう見ても悪い未来しか見えない。 

 止めようと近寄るも、それより先に扇動が言われるがまま中間部に手を突っ込んで装備する。

 躊躇う事無くスイッチを押すと後部にある四つのブースターが火を噴く。

 すでにここでアクシデントが発生していた…。

 誰の眼から見てもブースターから放出される火の勢いが異常なのだ。

 案の定勢いに耐えれず扇動の手が中間部より抜け(運良く)、まさしくロケットのように飛んだアイテムは轟が出しっぱなしにしていた氷塊に激突して爆発を起こした。

 目の前で起こった惨状に生徒は呆気に取られ、イレイザーから抗議の視線が向けられて、胃が締め付けられる。

 

 「出力の調整がまだでした!ごめんなさい!!」

 

 造った張本人はあっけらかんに謝るが、これは最悪扇動が大怪我をしていた所だ。

 悪気があった訳ではないのは解かる。

 昨日の一日がかりのスーツ作りで疲労が溜まっていてチェックが甘くなり、短時間で作り上げたアイテムゆえに確認や実験が疎かになってしまっていたのだろう。

 理解はしてもだからと言ってすんなり許してはならない。

 

 「発目!お前はまた何でもかんでも…下手したら怪我人、いや!死人が出たかもしれないんだぞ!!」

 「本当にすみません」

 「まったく!お前も何か言ってやれ!」

 

 怒鳴り付けながらもう少しで多大な被害を被るところだった扇動に振り向く。

 扇動はロケットの残骸を眺めながら、振り返ることなく小さく口を開いた。

 

 「―――これ、良いな」

 「……は?」

 

 怒るでも安堵するでもなくニヤつきながら呟かれた言葉に耳を疑った。

 あの時、腕が抜けなければ骨折は間違いなく、爆発に巻き込まれれば大怪我していたというのに…。

 発目に続いて扇動の反応で頭が痛く、湧き上がって来る感情でフルフルと肩が震える。

 

 「パンツァーファウスト(対戦車擲弾発射装置)というよりはシュツルム(疾風)ファウスト()だな。これが脳無戦の時にあれば…。移動・格闘戦を向上させるだけでなく、対物兵器にも出来るなら幅は大きく広がる。使いどころが限られるが備えあれば憂いなしとも言うし…早速改良案を―――」

 「このッ…問題児二人ここに座れ!!」

 

 怒鳴り声を上げたパワーローダーは胃の痛みを無視して、問題児二人(発目&扇動)にこんこんと説教を行い、次回からは試す前に許可を取ってからと開発工房の出禁をチラつかせながら念入りに言い聞かせた。

 

 …扇動が叱られている様子を見てイレイザーは、他人事ではないのかも知れないなとため息を漏らすのであった…。




・シュツルムファウスト
 機動戦士ガンダムなどのガンダムシリーズに登場する兵器。
 巨大ロボット(モビルスーツ)が装備している対ロボット用のパンツァーファウストの名前である。


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第20話 波乱!?救助訓練前編

 雄英高校が襲撃を受けて四日後。

 世間では未だに話題に挙げて騒いでいようとも、学業を疎かにする訳にはいかない。

 そういう訳でヴィランに寄る襲撃で行えなかった救助訓練を、今回のヒーロー基礎学で行う事と相成った。

 脳無とオールマイトの戦闘で一部が激しく損壊した“ウソの災害や事故ルーム”も、セメントスとパワーローダーの修復作業のおかげで跡は残っておらず、あの日の出来事がまるで嘘のようである。

 しかし包帯でぐるぐる巻きのミイラ男状態の相澤を見るに、あれが現実だったことを実感する。

 特に教える先生が相澤と13号の二人というのが強く思い起こさせる要因にもなっていよう。

 想う所あれど授業は授業。

 各々ヒーローに成りたくて雄英に集った子供達は、先に進むべく真剣にヒーロー基礎学を学ぶので―――――…。

 

 「あぁ!?なんで俺がデクなんか助けなきゃならねぇんだ!!」

 

 訂正しよう。

 すんなりとは進めないようだ(授業が…)

 

 救助訓練は山岳ゾーンで行われ、設定としては登山客三名が誤って谷底に滑落。

 一人は頭を強く打って意識不明の重傷で、二人は足を骨折して動けない。

 救助要請を受けたヒーロー四名が到着して、これより三名を用意してあった道具も使用して救助すると言うもの。

 

 駆け付けたヒーローを演じるのは爆豪に轟、八百万に常闇 踏陰(トコヤミ フミカゲ)の四名が選ばれ、滑落した登山客役は緑谷に飯田にお茶子の三名。

 側は違うものの爆豪と緑谷を組み合わせるのは、相澤先生も意地が悪いと言うかなんというか…。

 もしくは狙って例として扱うつもりなのか…。

 

 何にせよ爆豪は始まるや否や怒声を上げた。

 その様子に周りはまたかと呆れた様子で眺め、同じ班になった呑気に構えていれない。

 

 「始めるぞ。誰が降りる?」

 「仕切ってんじゃあねぇぞ半分野郎!!降りるまでもねぇ…爆破で谷を無くす

 「正気ですか!?」

 

 口出しをせずに傍観に徹していた扇動は眉を潜めた。

 緑谷が関わった事で爆豪が正気でバグって輪を乱す発端となっているのは確かなのだが、それに対して班の対応も悪すぎる。

 轟は半分無視を混ぜながら話し合うのも無駄と決めつけて無理に進めようとし、常闇は呆れて面倒臭そうと言わんばかりに爆豪から距離を取っている。

 

 これは訓練だ。

 死人も怪我人も出ない訓練…。

 そう思っているから三人ともなめてやがる(・・・・・・)

 

 谷底では役とは言え要救助者が待っているというのに、連携どころか話し合いすらしない状況。

 救助というのは一刻一秒を争うのだ。

 成す為にはどんなに気に喰わない相手であろうとも協力せねば、スムーズに救出する事は出来ないだろう。

 下から一番真面目に取り組んでいる飯田の助けを求める声がするも、聞こえてはいても届いてはいない(届いていても聞こえやしない)。 

 

 「八百万はプーリーを出せ。倍力システムを作って意識不明の奴から一人ずつ上げる、介添えは常闇を―――」

 「待てテメェえええ!!全部勝手に決めてんじゃあねぇぞ!!」

 「これがベストだろう」

 「あぁ!?」

 「遊び半分なら何もしなくて良い………俺はこんな訓練してるほど暇じゃねぇ」

 

 ため息交じりな轟の対応が爆豪(火種)に油を注ぎ、剣呑な雰囲気が漂い一触即発の事態に…。

 胸倉を掴むほどに怒りに満ちた爆豪と一歩も引く事無く対峙する轟。

 相澤先生が止めるだろうけど、最悪跳び出せるように身構えていると怒気を纏った八百万の一喝が響き渡った。

 

 「おやめなさい!二人共見っとも無い!!」

 

 いがみ合っていた二人も同じ班でも関わらないようにしていた常闇も肩を震わして驚く。

 皆からの視線を集めた八百万はつかつかつかと谷に近づき、膝をついて谷底を覗き込んで緑谷達を目視で捉えた。

 谷底で救助を心待ちにして不安であろう救助者に優しくも力強い声掛けを行い、振り返っていがみ合っていた爆豪と轟をキッと睨みつける。

 

 「要救助者への接触が第一です。絶望的な状況でパニックを起こす方もいると聞きます。そんな方々を安心させる事が迅速な救助に繋がるのです。こんな訓練?真剣に取り組まずして何が訓練ですか!!」

 

 その言葉は二人だけでなく見守っていた者も含めた全員に響いた。

 さすがにこの一喝は効いたらしく互いに不満はあるも、黙々と救助作業をようやく開始する事が出来た。

 …にしても八百万の芯の強さには驚かされた。

 いざこざを治める事は俺にも出来ただろうが、一喝で言い聞かせる事は出来なかっただろう。

 この歳(前世込み)で気付かされるとはな。

 

 「凄ぇ、立派だなぁ八百万」

 「まったくだ」

 「あぁ―――ご立派ぁ」

 「クズかよ!」

 「クズだな…」

 

 切島の言葉に強く同意していると、屈んだ八百万のお尻をガン見している峰田の別の意図を含んだ(下卑た下心全開)発言に、軽蔑の眼差しを向けて呟く。

 八百万によって一応の纏まりを見せ、後は個性を活かしてスムーズに一組目の救助訓練は程なくして終える事が出来た。

 この結果に13号は“一組目にしてはとても効率的で模範的な仕事”と称した。

 災害救助などで活躍しているヒーローらしく、やはりこういった救助訓練などで力が籠り易く、非常に嬉しそうにその様子を眺めていた。

 話では最近プロヒーローは適材適所を理解せずに、自分が自分がと状況を悪化させる者も居るらしい。

 ゆえに自分の個性で何が出来るかをよく理解し、時にはサポートに回ると言った事を学ばせたいとの事だ。

 

 それを聞かされた後、俺が救助側に選ばれた訳なのだが…。

 電気を帯電させれる上鳴 電気。

 生き物に言う事を聞かせれる口田 甲司(こうだ こうじ)

 個性が透明化とされている(・・・・・)葉隠 透。

 この三名と班を組まされたのだが、誰一人山岳救助に適した個性持ちが居ないのですが…。

 俺に至っては個性すら持っていない。

 

 「相澤先生。レクチャーの時間を頂きたい」

 「任せる」

 

 多分これを狙ってやりやがったな。

 確かにHUCのバイトや四人組(・・・)の山岳救助を得意とするヒーローの下で教わった事があるので、教える事は十分に出来ると思う。

 けど、なんかこう…利用された感(便利な奴)が半端じゃない。

 まずは道具の使い方に役割分担(降下要員や補助要員など)を説明し、個性が適してない全員は時間がないと思われるので俺の班だけでも全員道具や降下やさせるべきだろう。

 だがその前にコスチューム(ウィザード)であるロングコートを脱いで葉隠に差し出しておく。

 

 「実演も兼ねて説明するから個性が適してない奴、それと無個性での救助方法に興味がある奴は集まれ。それと葉隠、見辛ぇからこれ羽織ってもらえっか?間違えてぶつかって谷底へなんてシャレになんねぇしな」

 「あ、うん!温かいねコレ!」

 「コートが温かいんじゃなくて、ブーツと手袋だけだから身体が冷えてんだろ」

 「それもそっか」

 「…前から思ってたけど扇動って見えてんの(・・・・・)?」

 「なんで?」

 「なんでって言うかなんとなく見えてるっぽかったから」

 「戦闘訓練の時、ブーツと手袋無しでも何処にいるか分かってる感じだったな」

 「そういえばいつも話すとき目が合うんだけど…もしかして見えてるの?」

 「………見えてる」

 「「「嘘ぉ!?」」」

 「勿論嘘だ」

 「むぅー!!」

 

 思い当たる節があったために本気で恥ずかしがって、コートで身体を隠す素振りを見せた葉隠だったが、扇動に揶揄われたと解ってポカポカと軽く叩いて“私、怒ってます”と物理で抗議する。

 

 「位置は気配と音。目線はだいたいの予想だな」

 「気配って…そんな事出来んのか?」

 「鍛錬を積めばな。俺の話は置いといて説明すんぞ」

 

 ちらりと言われた通りにマスク付きのゴーグルを着用している緑谷を見て、扇動は内容が内容だけに冗談抜きで真剣にしっかりとレクチャーをする。

 その様子を窺う相澤と13号はただ眺めている訳でなく、説明に不備がなくちゃんと正しい情報を教えているかを確認しており、様子と内容から満足そうに頷いた。

 

 レクチャーを加えての救助訓練で時間は掛かったものの、概ね問題なくそれぞれが上手く動いたのでスムーズに救出する事が出来て、扇動は登山客役が回って来るまで他の班を観察していようと思っていたのだが、背後より峰田にちょんちょんと腰辺りを突かれたことで振り返る。

 

 「なぁなぁ、扇動って襲撃事件の後に、先生たちの治療してたよな?」 

 「応急処置程度だがな」

 「それは13号先生も…だよな」

 「13号先生はコスチューム着膨れしてて、中身が細いから見た目ほどひどい怪我してなかったとは言え、見て見ぬ振りなんて出来ないだろう。背中は皮膚はかなり捲れてて、こう…人体模型の境目みたく綺麗に分かれ目が―――」

 「詳しく言うなよ!想像しちゃうだろうが!!じゃなくて顔だよ顔!」

 「顔?」

 

 期待を浮かべた瞳を向けて来る峰田。

 最初こそ小声だったのだが、突っ込みの際に大きくなって聞こえてしまった13号。

 他にも周囲の何人からの視線を向けられ、そう言う事かと理解した上に多少なりとも呆れてしまった。

 後頭部のコスチュームが壊れていたのと、怪我の具合を確認する事もあって顔は確かに見ている。

 前後から(13号と峰田)相違な視線を受けて悩んだ扇動は少し間を空けて答えた。

 

 「可愛らしい感じだよ。中性的で整った顔立ちだったな」

 「ちょっ!?なに言ってるんですか!?」

 「マジかッ!?詳しく教えろよ扇動!!」

 「無駄話してっと相澤先生に怒鳴られんぞ」

 

 さすがにジト目を向けている相澤に反してまで聞く気はなく峰田は黙って顔を背け、他の面々も目の前の授業に集中する。

 その後の授業は最後の班である緑谷が、麗日が骨折している設定の蛙吹を浮かせて谷底より上げ、足が折れているというのに担架ではなくお姫様抱っこで受け止めたという事以外は順調に進んだ。

 …隣で緑谷を羨ましそうに血涙を流す峰田が居たが触れないでおいた。

 

 どうでも良い事なのだが、装着している仮面には戦闘分析や訓練での復習を考えてカメラ機能があり、受け止めて置いて赤面する緑谷とお姫様抱っこされて照れた蛙吹の様子はばっちり録画している。

 

 最後の組が終わった事で整列して13号が評価を下す。

 

 「一回目にしては大変素晴らしい成果でした。救助とは時間との闘い。まだまだ改善の余地が皆さんにはありました。つまり伸びしろがあると言う事。今後は改善点を積めてより効率の良い救助が出来るように努めましょう」

 「なんか呆気ないや」

 「気を抜くなよ。まだ授業は続いてるんだ。次の救助訓練を行う為に倒壊ゾーンに移動する。ついて来い」

 

 終わったと気を抜いた上鳴の発言に相澤はじろりと睨み、移動すると伝えて先導しようと倒壊ゾーンへと歩き始めた。

 皆が移動する中、当然ながら俺もそれに付いて行く。

 

 「あ、扇動君!ちょっと来て貰えるかな」

 

 13号先生直々の指名に首を傾げる。

 顔の事は別段比喩や誇張無しで言ったつもりだし、いつもコスチュームを着ているだけで顔出しNGのヒーローではなかった筈だよなと思いつつ、扇動は呼ばれるままに一人列から離れる…。

 

 

 

 

 

 

 廃墟のような瓦礫や程よく(・・・)壊れたビルが並ぶ倒壊ゾーン。

 ここで行われるのは端的に言えば“かくれんぼ”。

 都市部を震災が襲った直後で、被災者の数も規模も解っていない状況。

 そんな状況で到着した四名のヒーローは制限時間内(授業時間の都合により八分)により多くの被災者を救わなければならない。

 クラスメイト残り17名は各々好きな場所に隠れ、内八名は声が出せないという設定。

 ヒーロー側は緑谷、麗日、峰田、爆豪の四名…。

 二分の隠れる時間を経て、ヒーロー達は捜索を開始する。

 

 荒れ果てたビルの一室。

 窓ガラスもはめ込まれていない窓枠より光が入り込み、瓦礫の上に座る轟の背を照らす。

 ただ待つだけの時間というのは暇なものだ。

 それも授業中という事もあって読書や携帯ゲームなんて以ての外。

 ぼんやりと待つしかない轟は、室内に転がるランニングマシーンを忌々しく睨みつける。

 ランニングマシーンに対してナニカあると言う訳ではなく、何もする事の無い状況もあって無駄に思考が働いて連想してしまったのだ。

 あの忌々しい家での日々を…。

 

 幼い頃から親父からは親子として扱われた記憶がほとんどない。

 もしかしたらそんな親子らしい事もあったかも知れないが、地獄のような日々が完全に塗り潰している。

 両親から氷と炎の個性を受け継ぎ、発言したその日から俺の日常は苛烈を極めた。

 

 基礎鍛錬に戦闘訓練。

 戦闘や学業で必要な知識を無理にでも叩き込まれる。

 例え身体が耐えれず嘔吐して内容物を吐き散らそうとも、手足を地面に付いて這いつくばろうとも一切“心配”される事は無い。

 あるのは威圧的な視線と声色で「立て」の一言。

 嫌がろうとも抗議しようとも聴き入られる事は無い。

 返って来るのは鍛錬を続けろと言う命令か、力尽くで無理やりに言う事を聞かせるかの二択。

 そして事あるごとに告げられる「お前は俺の最高傑作なのだから」という者ではなく物として見ている言葉…

 

 「思い通りになんてさせねぇ」

 

 そう…思い通りになんかなってやるもんか。

 ヒーローには成りたい。

 けれどアイツが求める物に成り下がったりはしない。

 

 転がるランニングマシーンで嫌な事を思い出してしまったが、これからはそうではないだろうと思ってはいる。

 まだ引っ越してから二日しか過ごして居ないが扇動の家は快適なものだ。

 実家同様にトレーニング器具は揃っているし、アイツ(親父)の眼が無いと言うのはかなり精神的に楽になった。

 扇動は頼めば色々と世話を焼き、アドバイスしてくれるがそれを強制しないのは本当に有難い。

 家でのトレーニングの際には声を掛けたら一緒にしてくれて、誰かと一緒に鍛錬をするのもだが楽しいと感じたのも初めてだった。

 怪我をしないように周囲にマットをひき、ランニングマシーンを同時に徐々に加速させて時速25キロに到達したところで、互いの間に設置した台に置いてあるリモコンを取って、どちらが先に止めれるかという*1遊びは中々に面白かった。

 ああいった遊びを含んだトレーニングは今までなかっただけにとても新鮮だった。

 

 …不満があるとすれば食事は姉さんの方が美味しかったぐらいか。

 

 「ヒーローらしからぬ顔をしたと思ったら今度はにこやかに笑う。中々に感情が忙しそうだな」

 「―――ッ!?誰だ!!」

 

 嫌な思い出を塗り潰すように期待が膨らむ今後に思考を向けていると、何処となく声が響いて警戒しながら周囲を見渡す。

 この一室への入り口は扉の無い出入口のみで、誰かが入り込んだ様子はなかった。

 無論誰かと一緒に隠れたという訳でもない。

 警戒していると壁の一部が轟音と共に砕け散り、埃も含んだ砂煙が舞って人影が映し出される。

 ゆっくりと晴れた砂煙から現れたのは大柄の男であった。

 顔は左目の周りが橙色で彩られたガスマスクを付けて隠れており、肩当やマスクの後ろ部分は刺々しいデザインを施されたコスチュームを着ていた。

 コスチュームから個性を伺わせるような特徴的な特徴は無く、代わりに服の上からでもハッキリかなり鍛えている事だけは解かる。

 

 (…マジで誰だ?)

 

 クラスメイトでも無ければ今日のヒーロー基礎学を担当している先生方でもない。

 一瞬他の教員の参加を疑うも、こんなコスチュームの教員に心当たりはない…。

 警戒を解くどころか強めて、いつでも攻撃できるように構える轟に大男は肩を回しながら多少身体を解し始めた。 

 

 「四日ぶりに暴れるかぁ」

 

 大男の一言に驚きを隠せない。

 四日前と言えばヴィランが襲撃してきた日。

 言葉をそのまま信じるのであれば目の前の大男は襲撃してきたヴィランの残党。

 それもただのチンピラヴィランとは異なる。

 なにせ事件後は取り残しがないか教員(ヒーロー)や警察がくまなく捜索し、機械を用いた探索やスキャンも行われた。

 それなのにこいつは四日もここに潜んでいたという…。

 予想以上に不味い状況に焦りが混ざり始める。

 

 先手必勝と言わんばかりに足元より氷結を伸ばして大男をヴィランと断定して捕縛しようとする。

 ――が、次の瞬間にはヴィランは目の前から掻き消えていた。

 

 「遅ぉい!――――なにぃ!?」

 「…チッ、外した」

 

 目で映らない(・・・・)ほどの速度で背後に回った際にはヴィランは勝ち誇るも、直後にその考えは尚早過ぎたと笑みを浮かべた(・・・・・・・)

 まるで読んでいたかのように足元の氷結が背後の床を凍らせ、そこから突如として氷柱が飛び出して来たのだ。

 迫った事で自ら直撃しそうになったヴィランは咄嗟に飛び退いて事なきを得たが、轟にしてみれば一筋縄でいくような相手ではない事が解かり、それが先の対応で油断から警戒すべき相手と自身を見定めた事で状況が悪くなってしまった。

 何処か楽しそうなヴィランはクツクツと笑いながら問いかける。

 

 「よく対応出来たものだ。見えていたのか?」

 「見えてねぇよ。だけどある奴が教えてくれたんだよ。速度に自信がある奴は必ず死角から襲ってくる…ってな」

 

 まさか放課後の扇動との特訓と食事の際にしてきた他愛ない話がこうも発揮されるとは思わなかった。

 扇動曰く速度に絶対的自信がある奴は必ずと言っていい程、初見は背後を取って来るらしい。

 二度目三度目は頭上や斜め後ろとか手を加えて来るけどなと、何処か懐かしくも悔しそうに話していたっけ。

 役には立ったけど活かせず相手を警戒させたのは不味った。

 どうするかと考えながら平静を襲おう轟に、ヴィランは嬉しそうである。

 

 「ははははは、そう言う事か(・・・・・・)。なるほどなるほど――――ところで君にその事を教えた奴ってのはこの子じゃないかな?」

 「――――ッ!?」

 

 そう言って未だ砂煙が残る一室でヴィランが持ち上げたモノを見て、轟は信じられないと言わんばかりに目を見開いて驚愕を露わにした。

 ヴィランが持ち上げたのは人…。

 首根っこを掴まれてぶらんと垂れ下がり、力なく手足がだらんとしている扇動であった…。

*1
“ジョジョの奇妙な冒険”第四部スピンオフ作品“岸辺露伴は動かない”より




 次回の投稿は二週間後を予定しております。


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第21話 波乱!?救助訓練後編

 山岳ゾーンで“滑落した登山客の救助”を想定した訓練を終えて、次の内容に移るべく倒壊ゾーンに移動した緑谷 出久は不安を抱かずにはいられなかった。

 訓練内容は震災直後の都市部にヒーローが駆け付けたという設定で、十七名は被災者役として隠れて救助を待ち、ヒーロー側に選ばれた四名が捜索及び救助を行うものである。

 残りの授業時間内でヒーロー役を回さなければならない都合上、隠れるのに二分と捜索・救助に八分の合計十分という短い時間しか与えられず、どれだけ迅速に行動できるかが鍵となる訓練だ。

 

 訓練内容の難しさもさることながら、不安の原因は自身と同じく選ばれたヒーロー側にあった。

 選ばれたのは緑谷に麗日、それと爆豪と峰田。

 爆豪は誰にでも憎まれ口を聞いて一筋縄にはいかず、特に緑谷が関わるとより気性が特に荒くなって団体行動が取り辛くなる。

 峰田 実(ミネタ ミノル)身体能力こそ低いが(個性把握テストで20位)個性は戦闘や捕縛などで強い力となり、襲撃事件ではビビりながらではあるが緑谷の案に従って多くのヴィランの捕縛に貢献した。

 ここまでなら良かったのだが、彼は欲望に忠実過ぎて暴走しかねない面を持っている。

 

 無事に終われば良いけどと不安を胸に抱いていると、13号より訓練の説明を受けながらもその視線は蛙吹や芦戸などの女生徒の臀部(お尻)に釘付けになっている峰田が視界に映って思わずため息が漏れる。

 

 「被害者を運ぶ際に胸や臀部に触れてしまった場合、なにか罪に当たるか否か」

 「君に限ってアウトだよ。峰田君」

 「罪に問われなくとも訴えられる事はあるらしいぞ。そして無罪になったとしても訴えられた事実というのは残る。将来ヒーローという注目を浴びる仕事に就くならそう言ったのは響くぞ。なにせ初対面の人を判断するのには完全なマイナスであり、多くの人は内容より最初は見出し(・・・)で判断しちまう。そう言った理由から緊急かつ必要がないのであれば避けた方が良いだろうな。何より女性陣からの信頼を完全に失墜させる行為であり、故意に行ったなら犯罪行為で俺は警察に通報しなくちゃならん」

 「…はい。すみませんでした」

 

 さすがに黙って入れずに注意をしたが、思いのほか低い声が出てしまった。

 続くように携帯を片手に淡々と告げる扇動の言葉も相まって、なにかしらする前であるが峰田は深々と頭を下げて謝った。

 これで落ち着いてくれるかなと一つの懸念が晴れると、もう一つの懸念が訓練開始直後に現れる。

 

 「俺に付いて来いカス共!!」

 

 スタート合図がされるや否や、爆破を用いて爆豪は飛んで行った。

 自分勝手な言動に峰田が憤慨して、聞こえないのを良い事に文句を叫ぶ。

 確かに自分勝手な行動だけども間違ってはいない(・・・・・・・・)と緑谷は思っていた。

 山岳ゾーンでの救助訓練でも13号先生に言われたが、救助というのは時間との勝負。

 なら爆豪の機動力は大きな力となり、強弱の調整が出来る破壊力に高い判断力は迅速な救助に向いている。

 連携をとる事も大事であるも、そちらばかりに偏ってしまえば彼の長所を間違いなく殺す事になる。

 

 ここで思考を切り替える(・・・・・)

 悩んだり不安に駆られていたって、訓練時間を無駄にして捜索活動に支障が出るばかり。

 

 「じゃあ声の届く範囲で散って捜索しよう!」

 

 今は目の前の訓練に集中。

 特にむーくん辺りは捻くれた隠れ方をしてそうなので、探し出すのに苦労しそうだし…。

 苦笑いを浮かべた緑谷は少しでも多く見つけようと駆け出す。 

 目を凝らして辺りを見渡しながら声掛けをしていると何処からか助けを求める声が返って来た。

 声の方へ向かっている途中、同じく声を聴いた峰田と合流して被災者役の尾白を発見した。

 ただ尾白は落とし穴のように瓦礫の中に出来たちょっとした空間に居る為、助けに言った場合は出る事が出来ない。

 そこで転がっていた鉄パイプに峰田の個性である吸着力の高いボールをくっ付け、さらに瓦礫をくっ付ける事で簡易梯子を制作する。

 普通に立って助けを求める様子から怪我はなく動けると判断して、梯子を降ろして自力で昇って貰う事に。

 

 「よく思いつくよな」

 「昔からヒーローの個性活用を考えるのが癖になっちゃって」

 

 素直に褒められたのを受け取り、微笑んでいると響き渡る異音(・・・・・・)が耳に付いた。

 疑問符を浮かべながら振り向くと、少し離れたビルが砂煙に包まれている。

 

 「なんだアレ?」

 「分からないけど…行ってみよう」

 

 もしかしたら何かしらの事故が起きたのかも知れない。

 尾白を救出するとそのまま音の発生源であるビル周辺に向かい、当初とは異なる不安にぶつかる事になってしまった…。

 少し急いで現場に到着した先に居たのは困惑する麗日と被災者側の耳郎と飯田。

 それとガスマスクで顔は見えないがガタイの良い男性…。

 誰だと言う疑問より先にその手に持つ者ら(・・)へ視線が向いた。

 

 「轟君に…むーくん!?」

 「ヴィラン!?なんでここに…」

 

 左右それぞれに扇動と轟が首根っこを掴まれてぐったりとしている…。

 信じ難く信じたくない光景に唖然とする。

 あの二人を相手にして傷一つ見受けられないヴィランはかなりの脅威だ。

 それも襲撃時より潜んでいたというなら教員(プロヒーロー)の見回りと警戒網を掻い潜り、また新たに侵入したと言うなら雄英に手を出してもやれるという自信か策があると言う事…。

 どちらにしても状況は最悪。

 相澤も13号も怪我が癒えておらず、戦えるような状態ではない。

 戦うか逃げるかという選択肢があるのなら、逃げて救援を呼ぶのが正解なのだろう。

 だが、扇動がやられて(・・・・)戸惑う今の緑谷に冷静な判断は下せなかった。

 

 「皆さん逃げて下さい!入り口へ早く!」

 「逃がしゃしないさ。全員まとめて―――死に晒せぇえええええええ!!!

 

 事態を知った13号が慌てるように叫ぶも、ヴィランの方が動きが早かった。

 思いっきり地面を踏みつけると大きな揺れと共に視界を覆い切るほどの粉塵が舞い、晴れるとヴィランを中心にクレーターが出来上がり、周辺のビルや瓦礫が積み上がって巨大な壁が形成された。

 

 「誰一人逃がさんぞ!!」

 

 力強く余裕を持った声色と見せつけられた力に対峙していた皆が息を呑む。

 例外一人を除いて…。

 

 「勝手にやられて(・・・・)んじゃあねぇ!!」

 

 爆発音を連続で響かせながら猛スピードで爆豪がヴィランに強襲(・・)を仕掛けた。

 当たり前だがそれだけの爆音と罵声を浴びせた事から気付かれ、振り返り様にヴィランは腕で防ごうとする(・・・・・・・・)

 しかし寸前で爆豪は軌道をずらして、本来の目標であった扇動を掴む手に爆破を喰らわせた。

 痛みと衝撃から手が緩み、立て続けて扇動に(・・・)爆破を浴びせる。

 掴みが緩んだ上の爆破によって扇動はヴィランの手から離れ地面を転がった。

 

 「かっちゃん!?」

 「逃げてぇ奴は逃げてろ!こいつは俺がぶっ潰す!!」

 「人質諸共に攻撃か。ヒーローを目指す者には到底思えんなぁ」

 「うるせぇよクソヴィランが!!アイツは俺がぶっ倒す予定だったんだよ…なぁに勝手にやってくれてんだ、オイ!!」

 

 爆豪は恐ろしい形相で猛攻を仕掛けるも、圧倒的な実力差があるのか扇動が居なくなった事で自由になった片手一つで簡単にいなされてしまっている。

 突然の出来事に驚いてしまった緑谷だが、考え直してみるとこれもまた間違った行動ではないと理解出来た。

 

 八百万や耳郎が襲撃時に味わったように、人質が一度でも通じると理解させてしまっては後手に回るしかない。

 どれだけ迅速に人質を救出するかが大事となる。

 広範囲への威力から少なくとも弱くはないと判断した爆豪は、無傷での救出をあっさりと切り捨てて、多少の怪我をしても人質が居ても無駄であると知らしめ、救出を同時に行うように行動したのだ。

 無個性である程度生活を知っている間柄ゆえに、コスチュームがただのファッションではなく防御面にも優れたものだと判断出来たし、サポートアイテムの幾らかが消火などで使える物から耐熱性も備わっていると予想出来た事もあって、手荒な救出劇を行う判断が出来た。。

 …まぁ、自身が倒すべき目標と定めていただけに、他の誰かに負けた事への八つ当たりはあっただろうけど…。

 

 「痛いだろうが!!」

 

 実力差はあれども人質()がいるだけに身動きが取れず、爆破を浴び続けるヴィランはダメージと苛立ちが蓄積したようで、怒鳴り声を発しながら腕を振るう。

 振るわれたその一撃を見切って回避し、背後に回り込んで大きな爆発を起こして爆豪は、反動を利用して一度飯田の近くまで後退する。

 

 「オイ!棒立ちしているだけの雑魚(モブ)ならその辺の奴ら連れて引っ込むか、役立たず(扇動)を持ってとっとと下がれ!!」

 「――ッ、君はどうしてそう憎まれ口ばかり!!」

 

 戦う気がないなら避難しろ。

 気絶しているのか動かない奴を救助しろ。

 口にはしないが爆豪は相手との力量の差を理解しながら勝機を探り、周りが居るからこそ退けないし引く気も無い。

 意図を察する事は出来たが言い方があるだろうと反感は抱かずにいられない。

 …が、爆豪のそんな考えは真っ向から否定された。

 

 「おいおい爆豪!その辺の奴らってのはねぇんじゃねぇのか?」

 「一年A組21人!」

 「全員一応ヒーロー志望なんだけど!」

 

 切島の言葉に続くように咆え、誰一人欠ける事無く闘志をその目に宿してヴィランと対峙した。

 数の差こそ得たけれど、ヴィランには余裕があるのが雰囲気で伺える。

 

 「随分勇ましいな。しかし…ふん!!」

 

 拳の一振りで地面を抉り、大量の瓦礫が雨のように降り注ぐ。

 迎撃するは青山の“ネビルレーザー”。

 光線が多くの瓦礫を切り裂いては砕き、撃ち漏らしを切島と砂藤が殴って壊す。

 同時に耳郎は衝撃波を伴う音波がヴィランに襲い掛かり、瀬呂の肘から伸ばされたテープと八百万が創造した大砲より捕縛ネットが発射されて身動きを封じた。

 この期を逃すまいと駆け出したのは緑谷だけでなく、飯田や障子や常闇などが轟救出とヴィランの拘束を行おうと駆け出した。

 

 「まさか全員で挑んで来るとはな…だが!!」

 

 腕力だけでテープと捕縛ネットを用意に引き千切り、自由になった腕が振るわれて風圧で駆けだした緑谷達は呆気なく吹き飛ばされた。

 ヴィランへの攻撃と轟の救出は失敗した。

 けれど攻撃で注意が逸れた隙に戦闘区域(危険地帯)で倒れた扇動を、芦戸に葉隠に口田などが運び出して安全地帯へと連れ出す事には成功した。

 これで多少はやり易くなった。

 

 「攻撃で気が逸れている間に一人を救出したか。中々やるな。しかしその程度で俺は―――ッ!?」

 

 どういう訳かこちらの行動がお気に召したように悦に入ったヴィランに、爆豪が背後より爆発を浴びせる。

 爆豪は爆豪なりに出来る事を行う。

 旗色が悪かろうが決して諦めず、考えながら全力を振るえず(・・・・・・・)も戦い続ける。

 

 ―――そう、爆豪は全力を出し切っていない。

 戦闘訓練で見せたビルを大きく壊した大火力の爆破をまだ放っていない。

 戦う前から訓練も込みで汗を掻いており、すでに十分な量は両手の小手に蓄積されている。

 しかしながら撃つことは出来ない。

 あれほどの大火力ならヴィランにダメージを与える事が叶うだろうが、同時に人質にされている轟までもその攻撃を受けてしまう。 

 

 「轟さんを救出しないといけませんわね」

 「八百万さん。コスト(・・・)管理は大丈夫?」

 「問題ありませんわ。まだまだ余裕はあります」

 

 同じ考えを抱いていた八百万の一言に頷き、問いかけながら緑谷は思考を巡らす。

 轟を助け出す策がない訳ではない。

 それとヴィランを無力化(・・・)する事も可能だとは思うが、絶対の自信や確証がない事に少し悔しがる(・・・・)

 

 自分が個性を使い熟し、出力を上げれて扱えたのなら良かった。

 しかし訓練を受けて二日と短い期間ではものに出来ず、さらに個性の出力を上げて良い程肉体の強化も至っていない。

 だから皆の協力とかっちゃん(・・・・・)を信じてやるしかない!

 

 緑谷達は扇動が設けた優先事項を元に強化鍛錬しているが、それだけで終わる筈がなかった。

 一人一人に“自主的に”と言う事で課題を放り投げていたのだ。

 

 まずは強力過ぎる個性を制御する事が第一の緑谷には、鍛錬での模擬戦を振り返って扇動が行った技術や戦い方を分析して、まずは知識としてものにする事。

 思考能力と技術を優先している八百万には、創造する度に脂質を消費するので徹底したコスト管理が出来るように、自分の限界と創造物のコストを定めたり、コスト管理のシミュレーション(・・・・・・・・)を行う事。

 切島は筋力とスタミナによる硬化と持続時間の強化に並行して、全身力んで無駄にスタミナを消費させ続けるのではなくオン・オフを切り替えるみたく瞬時に硬化出来るようにする事などなど。

 

 まだ八百万のコストに余裕があるのなら大丈夫と考え、振り返ってその場の全員の顔を見渡す。

 

 「みんな(・・・)、僕に考えがある」

 

 まだまだやる気に溢れているA組の面々は集まり、緑谷の作戦に聞いて早速動き出す。

 こちらの動きを感づかれないように青山や耳郎などの遠距離攻撃可能な面々が、戦い続けている爆豪を援護しながら注意を引き、瓦礫に寄る攻撃が行われたのなら腕力や格闘戦に自信のある切島や尾白達が瓦礫を砕いて護る。

 八百万は個性を使用して特殊な砲弾を作り、峰田や飯田が要である仕掛けを用意し、芦戸や葉隠は意識の無い扇動に習ったばかりの応急治療を施し、緑谷は麗日と蛙吹と共にタイミングを見計る。

 

 「さすがに疲れて来たな。そろそろ終わらせるとしよう」

 「笑わせんな。まだまだこれからだ!!」

 

 どれだけ挑もうと焦る様子も無く、余裕を持ち続けたヴィランは、幕を下ろそうと戦い続けて疲弊し始めている爆豪に意識を集中した。

 それを…その瞬間を待っていた緑谷は見逃す事無く駆け出した。

 

 「麗日さん!蛙吹さん!!」

 「梅雨ちゃんと―――呼んで!!」

 

 全速力で駆けだした緑谷を麗日が個性で浮かし、蛙吹が舌で捉えてぶつかり合おうとするヴィランと爆豪の間に放り投げた。

 爆豪の爆破を正面から受けたヴィランは、視野に入れてなかった緑谷の奇襲に対応仕切れなかった。

 飛んで行った緑谷は峰田のボールを掴んでおり、通り様に轟のコスチュームにボールをくっ付け、固定された轟をそのまま救出する事に成功。

 

 「爆発のタイミングで!?」

 

 ようやく見せた焦り。

 そこにヴィランの頭上を越えるように(・・・・・・)八百万が創造した特殊砲弾が発射された。

 振り返って砲弾を警戒するも、今すぐ警戒すべきは緑谷であった。

 救出と同時に麗日に個性を解かれた緑谷は着地すると、振り返って人差し指と中指(・・)を親指に引っ掛けた。

 

 腕で個性を使った場合、対人で無意識に制御されてしまえば威力不足。

 自損してしまったのなら万が一の場合には動けないだろう。

 だから自損しても動ける指での個性発動。

 それも一撃だけでなく二連撃を想定した攻撃。

 

 扇動曰く、とある喧嘩屋(相楽 左之助)美食屋(トリコ)は一秒に満たない刹那に複数回の打撃を叩き込んで、とんでもない威力を叩き出すらしい。

 さすがにそんな事は出来ないが、一発だけ放つよりは二連続で放った方が伝える衝撃は加算され、作戦はより成功率を上げる。

 

 「―――SMASH(スマッシュ)!!」

 

 親指から弾くように伸びた人差し指より凄まじい集約された風圧が放たれ、代償として指は赤紫に染まって血を垂らす。

 風圧は砂を巻き上げながらヴィランへと進み、さすがに片手で受ける訳にはいかずに両腕で防ぎきった。

 やはりというかこれだけでは駄目だったかとすぐに二発目の中指を弾く。

 一撃目で受け止めたために身動きの取れないヴィランに連続で二発目が叩き込まれる。

 ただその二発目は衝撃だけでなく、頭上で炸裂した八百万の特殊砲弾が撒き散らした黒い粉を纏い、直撃したヴィランの周囲を黒い粉で満たした。

 

 「クッ…なんだこれは?粉?」

 「以前扇動さんに教えて貰いましたの。硝石に(“便所に土間の土、)硫黄に木炭(硫黄、木炭、)三つ揃うと(三役そろうと)黒色火薬(たまぐすり)であると(である”)

 「黒色火薬!?―――ッ!!」

 「しねぇええええええ!!」

 

 八百万が口にした黒色火薬と緑谷達がやろうとしている事を見抜いた爆豪は、躊躇う事無く小手のピンを引き抜いた。

 戦闘訓練で放たれた大火力に加え、八百万がばら撒いた黒色火薬に引火した爆発は、攻撃の悉くを防いでいたヴィランを容易に吹き飛ばした。

 そして吹き飛ばされた先には峰田の個性のボールがくっ付けられた大きな瓦礫が…。

 ベタンと勢いよくぶつかったヴィランは全く身動きが取れなくなり、今度こそ完全に拘束することに成功したのだ。

 

 「デク君。やったね!」

 「お見事よ緑谷ちゃん」

 「皆のおかげだよ。それに…」

 

 打ち合わせも無くこちらのやろうとしている事を把握して、ヴィランが仕掛けに突っ込むように調整して爆破を放ってくれた。

 やっぱりかっちゃんは凄い人だと思いながら緑谷は視線を向ける。

 当の爆豪は凶悪な笑みを浮かべ、掌をバチバチと小さな爆破を起こしながら身動きの取れないヴィランへと歩み寄る。

 

 「う、動けん」

 「止めだ。クソヴィラン!!」

 「ちょ…ちょっと待って。わたし……私は―――――――私がきてた!!

 「「「「オールマイト!?」」」」」

 

 無理やり顔を瓦礫より引きはがすとガスマスクがすっぽ抜け、誰もが知っているオールマイトの顔が現れた。

 驚きが隠せない皆の前でオールマイトは高らかに笑いだす。

 

 「なぁーはっはっはっはっはっ。この前にあんなことがあったばっかりだし、サプライズ的にヴィランが出た際の救助訓練をと思ってね。いやぁ、予想以上に動きがテキパキしてて、さすが雄……えっ?」

 

 能天気に笑っていたオールマイトは自身が置かれている立場に驚き困惑した。

 周囲を見渡せば教え子の大半が般若のような顔と怒気を振り撒いて取り囲んでいるのだ。

 ようやく理解して口を噤み、冷や汗を垂らして一言。

 

 「あの…その……なんか………すみませんでした…」

 「「「「やり過ぎなんだよオールマイト!!!!」」」」

 

 そのまま非難を浴びながら成す術も袋叩きにされるナンバーワンヒーロー(平和の象徴)…。

 参加せずに眺めていた緑谷に先ほど救出された轟がムクリと立ち上がり、ゆっくりと近づいて来た事に気が付いた。

 

 「轟君!」

 「あぁ!?テメェもこのクソサプライズ共犯か!!」

 「…悪かった」

 「って言う事は!」

 

 轟はオールマイト扮するヴィランに襲われはしたが、即座にネタ晴らしされて協力を要請されていた。

 ヴィランそのものがオールマイトに寄る嘘で、やられていたと思っていた轟も一枚噛んでいたとなると、当然もう一人のやられ役である扇動も…。

 苛立ちを募らせた爆豪と一緒に視線を向けた緑谷は、既に立ち上がりオールマイト同様に取り囲まれている扇動を目撃した。

 

 「酷いよ扇動くんまで!!」

 「いや、悪かったって。13号先生に頼まれて仕方なく……」

 「なぁにが頼まれて仕方なくよ!ペイント弾まで使ってノリノリじゃない!!」

 「扇動さん。物事には限度というものがありますのよ!!」

 

 怪我の具合や容態を確認する為に仮面を脱がされた扇動の後頭部には、べったりと血がついているように見える事から、負傷した役として自身でペイント弾を撃ったのだろう。

 リアリティの演出としては間違ってないけど、やられたと思って心配した身としては責められても仕方ないと思う。

 参加させられた側だったので袋叩きにはされてはいないが、あまりに非難が殺到していて爆豪も割り込む気が今は(・・)失せてしまった。

 

 「ごめんて。本気じゃなかったんだ」

 「本気でなかったとしても緑谷君は指を負傷しております!これは学校としては非常に不味い事では!!」

 「もう駄目ですからねオールマイト!ねぇ、デク君」

 

 話を振られた緑谷は怒りよりも安堵の方が大きく、その場にぺたりと座り込んで笑みを浮かべた。

 

 「サプライズで良かったぁ」

 

 人差し指と中指は痛むが、そんなのが気にならない程に安堵に包まれる。

 緑谷の心の底からの言葉に、ほんわかして“らしい”と微笑を零す。

 

 「…緑谷少年」

 「緑谷少年――じゃあねぇんだよ!!」

 

 釣られてオールマイトもほんわかするも、この騒動の主犯にそんな事を許されない。

 再び集中砲火を浴びる平和の象徴なのであった…。

 

 

 

 ちなみにオールマイトのサプライズに協力した13号は、救助訓練終了後に後悔していた。

 オールマイトから“突発的に出現したヴィランへの対応”を想定した訓練内容を聞かされ、必ずまとめ役を担うであろう扇動が居ては何人かは己の意思ではなく、言われるがまま任せてしまうだろう。

 ゆえに扇動にサプライズ側に回って貰おうと山岳ゾーンで呼び止めたのだが、思いのほか非難を浴びている様子に悪いと思い謝りに行くと、「貸し一つですよ」と薄っすらと嗤いながら告げられてしまった。

 なにやら作ってはいけない相手に貸しを作ってしまったようで、同じく前もって内容を聞かされていた相澤に助けを求めるも、「…俺は知らん」の一言で切り捨てられたのであった…。




 便所に土間の土、オッパイーヌの硫黄、木炭、三役そろうと黒色火薬(たまぐすり)である
 【DRIFTERS ドリフターズ】織田前右府信長より


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第22話 扇動と関わる者…

 すみません!遅れに遅れました!!
 単純に間に合わず、遅れて一話単体で投稿するより二話連続で投稿しようと思い、今日までかかってしまいました。
 もう一話は少々手直し後に投稿しようと思っておりますので。


 私、オールマイトこと八木 俊典は保健室に急ぎ向かっていた。

 緑谷少年を含めた何人かに扇動少年が鍛錬を付けていた事は相澤君より聞いており、無茶をしている(扇動が)らしいが相澤君曰く合理的(・・・)なもので任せても大丈夫だろうとの御墨付。

 少なからず(扇動)を知るのもあって勝手に問題ないと思い込んでしまっていた落ち度を今は深く反省する。

 扇動少年が怪我をした…。

 それも緑谷少年が不慣れな個性のコントロールを出来るようにと組んだ模擬戦にて、躱し切れずに風圧を受けて飛ばされたとの事だ。

 

 これは私の落ち度だ…。

 緑谷少年を“ワンフォーオール”の継承者と定め、受け止めれる器として最低限鍛えはしたが、個性のコントロールに関しては私は何もしてやれていない。

 今後の授業や経験の中で培い鍛えて行こうと無意識に先送りにしてしまっていたのかも知れない。

 それを扇動少年は自らを危険に晒してまで何とかしようとして怪我を負った…。

  

 自分の不甲斐なさと申し訳なさを胸中に抱き、ガラリと保健室の扉を開けると“リカバリーガール”と目が合った。

 “リカバリーガール”―――珍しい治癒系の個性を持ち、長年に渡って雄英高校を支え続けた救護教諭(保健室の先生)で、私の正体(・・)だけでなく個性の事も知っている極々限られた人物。

 視線が合うと心底面倒臭そうにため息をつかれた。

 

 「今度はアンタかい。やれやれ悪童(・・)に千客万来だね」

 「扇動少年は大丈夫なのですか?他の生徒達は…」

 「大丈夫さね。掠り傷程度だよ。見舞い(付き添い)に何人かついていたけどあの子がさっさと帰らしたよ」

 

 何処となく不機嫌そうなリカバリーガールに疑問を抱きつつ、示された先に向かうと何事も無かったように鞄を手に帰ろうとしている扇動少年の姿が…。

 確かに怪我をしたらしく手の甲に絆創膏(・・・)が貼られているが、それほど大きな怪我はしていないようだ。

 

 「オーr…八木先生まで見舞いに来てくれたんですか?いや、申し訳ない」

 「怪我をしたって聞いたんだけど大丈夫そうで良かったよ」

 「えぇ、ちゃんと受け身取りましたし、怪我しないよう(・・・・・・・)に吹っ飛んだんで(・・・・・・・・)

 「……吹っ飛んだ!?」

 「アイツの戦闘技術はまだまだ未熟だ。躱す流すならまだ(・・)問題ねぇ。けどそれで殴っても大丈夫なんだ(・・・・・・・・・・)なんて無意識に慣れられたら不味いでしょ」

 「だからわざと受けたと…」

 

 理屈は理解出来る。

 今は個性を扱えない事への危険性から無意識にセーブが掛かっている。

 しかしながら放課後の特訓で扇動少年に個性を振るおうとも大丈夫と安心感を覚えてしまえば、万が一にも人に振るった際にあの扱い切れない威力が出た場合は大怪我を負わせる事になるだろう。

 個性のコントロールからも離れてしまう。

 その生まれ始めているであろう緩み(・・)を張り直すべく自ら受けた…。

 理解は出来るがそれを素直に褒める事は出来る筈がない。

 

 「無茶をし過ぎだ扇動少年。君は爆豪少年とは違った意味で緑谷少年に執着し過ぎている。どうしてそこまで…」

 「どうしてって…俺個人の理由もあっけどそれ以上に何処かの誰かさんが(・・・・・・・・・)個性を見て上げてない(・・・・・・・・・・)からですかね?」

 「―――ッ!?」

 

 注意をする気だったのが一瞬で言葉に詰まった。

 何かの冗談で片付けるにしては扇動少年の瞳はこちらの瞳を通して内側を覗き込むように見つめてきている。

 誤魔化し切れる雰囲気ではない。

 

 「場所変えよっか?」

 

 言葉すら出ずに悩んでいると先に言い出され、頷いて保健室から退室する。

 話の内容的に聞かれると不味いので目指す先は自ずと決まる。

 

 「仮眠室?」

 「ここは訪れる人も少なく、防音が施されていてね」

 「密談するには最適という訳ですか」

 「まぁ、そう言う事だね」

 

 仮眠室と言ってもベッドが置いてあるだけという訳ではなく、ゆったりと出来るようにテーブルを挟んでソファが置かれ、給湯器もあるのでお茶とお茶菓子なども随時完備されている。

 自分を落ち着かせるのもあってお茶を淹れに向かい、扇動少年には席に座るように促す。

 言われるがまま腰かけて手持ち無沙汰なのもあってこちらを見て来るのは良いが、なんだか観察されているようで容赦のない視線が背中に突き刺さる。

 居心地の悪さを感じつつお茶を淹れ、お茶菓子と一緒におぼんに乗せて向かいのソファに腰かける。

 

 「甘いものは好きかい?置いてある饅頭を選んだんだけど…」

 「―――緑谷から聞きましたよ」

 「……そうか。そうだよね…うん…」

 

 徐々に徐々に話を振ろうと思っていたが、どうやら変化球はお好みではなかったらしい。

 前置きなど構わずにどストレートに豪速球投げ返されてしまった…。

 けれどその答え自体は予測していただけに、やっぱりかと頭を抱えてしまった。

 以前直接ではないが爆豪少年に示唆するような発言をしてしまった緑谷少年。

 信頼も信用もしている扇動少年に打ち明けてもおかしくは無い。

 

 「あんまり怒らんでやってくれます。個性を強化する手前知らないと不味かったので」

 

 思っていた事がそのまま態度と表情に出ていたのだろう。

 扇動少年の言葉に小さくため息を吐いて、真正面からしっかりと見据える。

 

 「緑谷少年は君の事を信頼して話したのだろうけど……解っていると思うけど内容が内容だけに口外はしないで欲しい」

 「別に広めようとは思ってませんので。それよりちゃんと面倒見てやんないと。一から百までとは言わんが、さすがにやるだけやって放置ってのは無責任でしょ」

 「それは…その…仰る通りで…」

 「で、これからどうすんの?俺が鍛えても良いの?」

 

 言葉と視線が問いかけて来る。

 教員として一人の生徒に掛かりっきりというのは不味い。

 このまま扇動に任せると言うのも一つの手でがある。

 しかし先代がしてくれたようにワンフォーオールを受け継いだ自身が彼を育てるのが道理。

 すでにバレてしまっているのならここで隠しても意味は無い。

 そう思い込んで(・・・・・)八木は覚悟を決めた。

 

 「扇動少年に頼り切りという訳にはいかないさ。彼に譲渡(・・)した者として彼を育て上げる義務がある。ただ教師という役職上付きっ切りという訳にはいかないのは苦しいところ…なの…だが?」

 

 覚悟を言葉にして告げている最中、扇動の表情に疑問を覚えて途中で止めてしまった。

 なにせ彼は驚いた様子を見せ、数度頷いて何かを納得したようだったのだ。

 どうしたのだと見ていると小さく呟いた。

 

 「あー、分け与える(・・・・・)とかじゃなくて譲ったんだ(・・・・・)。ふぅん」

 「…………え?」

 

 意味が理解出来なかった。

 様々な感情が顔に出ては消えていく。

 理解出来ない様子に扇動はクスリと微笑んだ。

 

 「なんて顔してんだか」

 「いや、だって緑谷少年から聞いたって!」

 「嘘に決まってんだろ」

 

 開いた口が塞がらない。

 なんと扇動少年は個性把握テストで緑谷少年が個性を得ていた事を知り、個性を例外的に発現させたとしても何も無さ過ぎた事(・・・・・・・・)に違和感を覚え、ヘドロ事件から入試までの期間に絞って緑谷少年付近で変わった事がなかったかを調べていたらしい。

 調べた矢先に見つけたのは私の目撃情報。

 近場であろうが遠かろうが事件が起きれば駆け付けていた為に目撃情報は日本各地に及んでいたが、調べていた期間は“市営多古場海浜公園”周辺での情報が著しく増えた。

 さらに言えば目撃された時間というのが平日は早朝ばかりで祭日を含んだ休日ばかり。

 早朝以外に平日で目撃された時期もあったのだが、カレンダーに当てはめたら夏休みや冬休みと言った学校のスケジュールと一致。

 ついでに言えば“市営多古場海浜公園”にてファンと一緒に写真を撮ったものがネットに上げられており、そこには小さくも汗水垂らして必死に鍛えている緑谷少年の姿が…。

 

 「それで私と緑谷少年の関係を疑ったという訳か」

 「いや、疑ったのは雄英内でイズクを見る目が違ったからだが?そもそも隠す気あったの?あれで?」

 

 信じられないと言わんばかりの感情の籠った瞳が精神にダメージを負わす。

 一応隠していたつもりだったんだが…。

 そう口にすると「あのオールマイトの図体で隠れ切れる訳ねぇでしょうが」と呆れられた。

 

 「貴方とイズクの関係性は察したが、どうして個性を得たのかはついぞ解らんかった。可能性としては突然発現したのが高いのだろう。けど梅雨ちゃんも示唆したようにイズクの個性はオールマイトに似ている」

 「まったく…そんな曖昧な予想で私を鎌に掛けたのか…」

 「こちとらイズクを鍛えんのに個性の詳細知らなくちゃならなかったんでな。遠回りで問いかけても濁しやがるし、だったら可能性でも引っ掛けるしかなかったんだ」

 

 そういえば話の中で確信を突く様な詳しい情報は口にしておらず、曖昧な言い回しだったのを今更ながら気付いてしまった。

 二重の意味でこれは私の落ち度だ。

 がっくりと肩を落としてお茶を啜る。

 

 「ま、予想は暴投も良いとこだったがな。轟で俺は個性の複数持ちの可能性を知って、襲撃事件で貴方は個性を振るっていたがゆえに、“個性を分け与えれる”個性()持っていたと思っていたんだが…まさか譲渡とは思わんかった」

 

 そう口にして同じくお茶を啜る。

 

 「再確認なのだがこの事は――」

 「口外しねぇよ。こんな社会情勢引っ掻き回すような危なっかしいの。それよりも詳しく聞かせて貰えます?情報次第ではイズクの特訓で改良すべき点もあるかも知れないし」

 

 本当に扇動少年は緑谷少年に固執し過ぎではないだろうか?

 若干危ういなと感じながら教員として公に一生徒(・・・)を贔屓にする訳にはいかず、当面は扇動少年に委託(・・)する事となり、この後は人と会う予定があるとの事で情報交換を手短に済ます。

 後日、緑谷は「鍛錬の事もあって扇動少年にも伝えたから…」と嘘は交えず(・・・・・)、疲労困憊気味のオールマイトより告げられるのであった…。

 

 

 

 

 

 雄英体育祭で注目を浴びているのはヒーロー科だ。

 未来のヒーローの卵であるのと同時に、今年はオールマイトが教員として教えていたり、ヴィラン連合の襲撃事件で騒がれただけに、例年以上に注目を浴びる事だろう。

 しかし雄英体育祭はなにもヒーロー科だけのものではない。

 サポート科もまた企業に作品見せる良い機会である。

 

 ゆえに二年生に三年生は自身が使うサポートアイテム作成に勤しみ、熱意ある者は開発工房に籠る事になる。

 一年生の大半は授業で習い始めたばかりなので、この入学早々にある体育祭で披露できるほどの作品を作るには至ってはいない。

 例外を除いて…。

 

 ある意味有名となった問題児―――発目 明。

 入学して早々に様々なサポートアイテムを作り始め、その多くはお粗末な欠陥を孕んでおり、すでに何度も爆発させると言った騒動を毎日のように起こしている。

 正直迷惑であるも同時に彼女を羨み、高く評価する者が多く居るのも事実。

 

 サポート科に入るにあたって多くの生徒が工作に自信があっただろう。

 だけど彼女のように問題を抱えながらも実が伴う作品を入学早々に生み出せたかと言えば否と答えよう。

 すでに形作るだけの技術を持ち、高過ぎる制作意欲の塊。

 失敗はするもののめげる事の無い精神力と努力は評価に値する。

 

 そもそも彼女が失敗を起こす一番の要因は、思った事を想いのまま詰め込むところにある。

 これが作りたいと思えば熱意のままに形作る為に、必要な補助的なものが置き去りになってしまっているのだ。

 それさえ補う事が出来れば彼女は一層伸びるだろうとパワーローダー先生も期待している程に…。

 

 「ふむ…どうしましょう?」

 

 今日は珍しく発目が手を動かす事無く、作品の前で首を傾げている。

 考えるよりも手を動かすような彼女が首を捻るなど天変地異の前触れかと同じく開発工房に入り浸っていた生徒は不穏を感じ取っていた。

 かくゆう自分もそうであり、出来れば関り会いたくないし、下手に近づいて爆発などに巻き込まれたくもない。

 こちらの方がどうしたものかと悩む始末。

 

 ちらりと視線を向ければまたパワードスーツらしきものを制作しているようだった。

 パワーローダー先生曰く、ヒーロー科の問題児(扇動 無一)の依頼でパワードスーツの制作を行っているらしい。

 すでにパワードスーツは三着在って、その一着は何処に置こうか悩んだ末に一時的に開発工房前に置かれたのだが、本人が忘れてしまったのか今や開発工房の目印として認識されてしまっている。

 シャープな造形にメカチックな見た目、バッタを連想させる面立ちが特徴的な銀甲冑(シャドームーン)

 なんでも依頼したヒーロー科の生徒の身体に合わせて作っただけの雛型らしい。

 今作っているのは同じようでただの甲冑とは違って色々と電気部品が組み込まれ、メカチックというよりはメカそのもの。

 

 多少興味を持って覗いてしまっただけに、間違っていないのだがもっと効率が良い配線に気付いてしまい、何気なしに口から漏れ出してしまっていた。

 言葉を聞いた発目は設計図の配線図をざっと目を通し、目を見開いて振り返って来た。

 

 「―――それです!!」

 

 あまりの勢いに戸惑い引いてしまった。

 どうも予定していたより稼働時間が短くて悩んでいたらしい。

 そして口を挟んでしまったがゆえに発目は語り始めた。

 試作のパワードスーツ(仮面ライダーG3)制作を頼まれて作ってみたのだが、剥き出しのバッテリー(背中のバックパック)に全身を完全に覆うようにしてしまったがゆえに重量もあって動きが遅く、何より稼働時間が十分しか持たないのは心許なさ過ぎるとダメ出しを受けて思い悩んでいたそうな。

 新しく設計し直して組んだは良いものの、思っていたより結果は芳しくなかったらしい。

 そう言って設計図を見せてきたが、こいつ(発目)に頼んだヒーロー科の生徒(扇動)の正気を疑った…。

 

 どう見積もっても操縦者への負荷が半端ない。

 これ動かせんのと疑問を口にするとその生徒の身体能力のデータを渡され、本人が負荷を掛けても良いから見合った性能を持たせろと言っていた事を聞く。

 言う方も言う方だが、聞く方もどうかしている。

 

 でもサポート科の生徒として…いや、作り手として面白い(・・・)と思ってしまったのも事実。

 なにせ操縦者の身体能力が高く、多少無茶が利く上に本人がそう望んでいるのだ。

 これを面白そう(・・・・)と思わず何というのか。

 

 発目の声が大きかったのと知らず知らずに面白そうというのが表情に出て居たのが、周囲に居たサポート科の生徒に伝わってしまったようだ。

 なんだなんだと興味を持った連中が集まり、設計図とデータに話を聞いて心惹かれたようだ。

 次々にアドバイスを口にして、発目は良い意見は素直に受け入れ、気になる意見は深く掘り下げて互いの意見をぶつけ合う。

 気が付けば開発工房に居たサポート科の半分以上が関わっている。

 自身もその一人なのだが自分の作品を忘れる勢いで語り合い、とても充実した一時を過ごしたのであった。

 

 

 

 遠巻きに眺めていたパワーローダーはほっこりと微笑んでいた。

 発目は確かに優れているが所詮は原石。

 それが授業を経て経験や他分野の専門も含んだ二年三年の上級生と関わる事でより高い技術を得る事になるだろう。

 これこそ良い経験というものだ。

 なにより生徒達が一つの事に対して意見を言い合うだけでも良い刺激になる。

 

 温かな目で見守っていたパワーローダーであるが、彼は知らなかったのだ。

 この集まりがきっかけで扇動と発目(問題児)に協力するサポート集団が誕生すると言う事を…。

 しかもそれが経営科の生徒も巻き込むなどとは露とも知らず…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィングヒーロー“ホークス”と言えば有名なトップヒーローの一人である。

 最年少でヒーロービルドチャートトップ10入りを果たし、実力に個性である“剛翼”による速度を活かして即座に事件を解決する“速すぎる男”。

 そんな彼は拠点である福岡から飛び出し、雄英高校近辺に出没していた。

 突如として九州方面で活躍するトップヒーローが現れた事で通行人は驚き、興奮気味に握手やサインを強請ったり声援を送ったりと一種のパニック(混乱)を引き起こしてしまっている。

 しかしそんな状況にも慣れっこなホークスは愛想笑いを浮かべ、目にも止まらぬ速さでサインを済ませ、手を振って応えたりファンサービスを怠らなかった。

 応えて貰ったファンは興奮状態には変わりないが多少余裕と落ち着きを取り戻し、手慣れた対応と速さによって数分後には混乱は解消される。

 小さく一息ついたホークスは携帯に表示される地図情報を頼りに一軒の洋食店に入る。

 静かな店内でもやはりホークスの登場に騒めくも、さすがに店内でバタバタと騒ぐ者は少ない。

 予約を入れていた知り合いの名を口にして、店員に奥の個室へと案内される。

 そこでは洋食屋でサバ味噌(・・・・)を食べている扇動 無一の姿が…。

 

 「おー、“ココ(・・)”!先に食べ始めさせて貰ってるよ」

 

 真っ先に声を掛けてきた扇動に“ココ”と愛称で呼ばれたホークスは、店員が退室した事を確認して席に着き呆れた表情を向ける。

 

 「捻くれ過ぎでしょ。わざわざ洋食店でサバ味噌食べるって」

 「この店は隠し味の味噌が絶妙でな。頼んで作って貰った」

 「わざわざ頼むか普通」

 「洋食屋で食べるから意味(仮面ライダーカブトのワンシーン)があるんだ」

 「相変わらずよく解んないね君は」

 「あぁ、ここのチキンソテーは中々だぞ。そろそろ来ると思って注文しといたんだけど」

 「それは楽しみだ」 

 

 変わらない様子に苦笑を禁じ得ない。

 無一と出会ったのはいつだったか。

 確か大先輩である流拳に頼まれたのがきっかけだったのは覚えている。

 “孫が会いたがってるから来てくれないか?”なんて以前の大先輩を知っている身としては、随分と丸くなったものだなと内心戸惑ってしまったっけ。

 元々ヒーロー仲間から“変わった餓鬼(クソガキ)”として多少噂になっていた事や、大先輩の頼みである事もあって二つ返事で会いに行った。

 

 出会ってすぐの第一印象は“気持ちの悪い餓鬼”。

 礼儀は心得ているし落ち着きもあって接しやすいが、何処か“気持ちが悪い”んだ。

 なんていうか中身(ソフト)外見(ハード)があって無いような違和感。

 さらには出会って挨拶を交わした辺りで「何処かで会った事ない?」なんて、ナンパのような台詞を口をしてくる始末。

 大先輩の前もあって態度や表情は崩さず、出来るだけ柔和な対応でさっさと済ませて帰ろうと思ったよ。

 

 呼び出された用件は二つ。

 ヒーローとしての心構えや経験、考えを教えてほしいというのと、“最速”のヒーローとして少し手合わせを願いたいとの事だった。

 手合わせつっても本格的な奴じゃなくて先に相手に一撃でも当てたら勝ち(触れば勝ち)という簡単な遊びのようなもの。

 結果は瞬で俺の勝ち。

 ただ諦めが悪いのかそこから数十戦相手を頼まれ、飽き飽きしながらも付き合ってやった。

 当然ながら多少鍛えているぐらい子供に本気を出す程ではない。

 回数は三十を超えた事と相手が他愛ない子供という事で飽き飽きとして、流れ作業のように相手をしてやっているという驕り。

 その油断がいけなかった。

 否、そのように誘導(・・)されてしまったと言うべきか。

 

 …当てられた。

 攻撃と呼ぶには軽過ぎてダメージにもなりゃしない。

 三十もの模擬戦を情報収集と捨て石に使ってようやく触れた程度…。

 けどルール上で俺は負けた。 

 こちらの心境や手を抜いている事。

 動きを見えないながら(・・・・・・・)も予想と攻撃された感触からパターンというか癖を見抜き、自身の実力を誤認させる様に本気で手合わせに挑み、タイミングが合わさったこの一戦にて本領を発揮して当ててきやがった。

 

 「あー、思い出した。“ココ”に似てんだ―――“何を思っているかが解り辛い。笑みで隠しているのかい?”」

 

 頬を人差し指で突いて唇を歪ませて笑みを作りながら、無一は悪戯っぽく微笑んだ。

 化かされた事への驚きと一矢報いてきた若者の輝きに柄に無く喜んでいる中、核心を突いてきた一言もあって印象が“面白い子供()”に変わった。

 あれから何度か会い、いつの間にか奇妙な関係を気付いてしまう事になるなんてな。

 それと何故か“ココ”と呼ばれるようになり、最初こそ「ココって誰?」てな感じで聞いても武器商人なんて冗談(事実)で誤魔化すもんだから、次第に慣れて気にする事もなくなって自然と返事するほどに定着してしまったな。

 

 ちなみにだがそれ以降は一勝すら許していない。

 

 「…ッフフ」

 「どした?急に笑い出して」

 「いんや、本当に変わらないなと思ってさ」

 

 思い出し笑いを零したホークスは無一お勧めの“チキンソテー”を口にして舌鼓を打つ。

 お勧めするだけあって美味い。

 皮はパリッと香ばしく、噛めば鶏の旨味と程よい塩気、そして鶏の味わいを活かすように主張し過ぎないソースが絶妙なバランスを生み出している。

 

 「確かに美味しいなコレ」

 「お眼鏡に適ったようで何より――っと、聞いて無かったけど今日なんで来たんだ?」

 「急に辛辣だねぇ。用事がないと会いに来ないみたいじゃん」

 「来ないじゃなくて来れないだろ。副職(・・)忙し過ぎてさ」

 

 ヒーロー(公務員)は基本副業が認められている。

 雄英高校などヒーロー科を有する学校では現役ヒーローが教員を務め、“ウワバミ”というヒーローは企業の広告塔としてテレビCMなどに出演したりしている。

 だけど俺の場合はそれらと意味合いが異なる(・・・・・・・・)

 秘密裏に公安の仕事(・・・・・)を請け負うヒーローなど公に出来るものではない。

 別に無一には教えたつもりはなかったのだけど、ぼかしていたが大先輩との会話を聞かれたのは不味かったなぁ…。

 

 「そうだねぇ…最近は突然の団体客(ヴィラン連合)が荒らして行くもんだからどうしたものかと大手の店(公安と警察)で対処悩んでるよ」

 「迷惑千万って言うけどまさにそれだな。というかその団体客の相手させられた俺に一言は?」

 「他の面々(一年A組の生徒達)面倒を被った先輩方(負傷したヒーロー達)には悪いけど、対応した一人が君で良かった(・・・・・・)と思ってるよ。接客(ヴィラン事件)だって初めてじゃないだろう?」

 「手助け(怪我人の治療)応援(ヘドロ事件)ならまだしも指名での対応(襲われる側)は初めてだよ」

 「そりゃあいい経験になったんじゃないの?」

 「俺はな。けど(雄英高校)は大打撃を被るし、先輩方(先生たち)を考えると申し訳ないよ」

 「あぁ、それは俺も想うよ」

 

 腹立たしい事である。

 ヒーローは暇しているぐらいが平和で丁度良いのだ。

 なのに新たな悪意が形を成して世に放たれた。

 無一のコスチュームには復習やデータ収集目的でカメラが搭載されており、襲撃事件でも映像データとして録画されていた。その映像を人伝に(・・・)受け取って目を通したがヴィランにしてはまだまだ幼くも、事件の規模も戦果もかなりのもの。

 ヴィランとして雛鳥であれだけの事を仕出かすなど末恐ろし過ぎる…。

 へらへらと笑みを貼り付けていたが、スッと真顔に戻って頭を下げる。

 

 「すまない。先に連絡貰ってたのに対応出来ず…」

 

 以前電話にて連絡を入れられた。

 雄英高校の門を意図も簡単に崩壊させた悪意(ヴィラン)による宣戦布告。

 犯人らしき人物や崩壊させられたという情報を知らせ、こちら側で(・・・・・)対策を施せないかとの相談。

 結果としてこちらは話は身内(・・)で話を少し共有しただけで、あまりに向こうさんの動きが早すぎて対抗策を練る事すら出来なかったが…。

  

 「俺も危機感を抱いて置きながら何も出来なかった。責める立場にねぇよ」

 

 今日会いに来たのは心配や話を聞きたいというのもあったが、その一件もあって一度会わないとと思っていたのだ。

 対して無一はふてたようで後悔しているような表情でそっぽを向く。

 あまり見ない反応に自然と笑みが浮かぶ。

 

 「上じゃなくて“兎”に話だけしてみたら良かったかな?多分悪い奴は蹴っ飛ばすとか言って速攻で来てくれたかもよ?」

 「勘弁してくれ。あの“兎”に俺は嫌われてんだから」

 

 まんま“兎”と称したのは“ラビットヒーロー”ミルコの事だ。

 無一は大先輩のコネで様々なヒーローとの模擬戦を行い、関りと技術の向上に努めていた。

 大概のヒーローはその姿勢に苦笑いを浮かべつつも好評や好感を抱く者が多いのだが、逆に無一に対して強烈な程の嫌悪を示した唯一の相手がミルコであった。

 

 ―――“臆病者”または“小心者”。

 

 彼女は模擬戦で無一をボコボコにした後、そう罵って帰って行ったそうだ。

 これは大先輩からの又聞きなので実際に何があったのかは分からないし、別段問い質してまで聞こうとは思わない。

 時たま揶揄う話題として口にするぐらいだ。

 

 「しっかしえらく嫌われたもんだ。セクハラでもした?」

 「心当たりねぇよ」 

 「あのコスチュームだからねぇ。ジロジロ見ちゃったとか」

 「んな事すっかよ。ただ尋常ならざる威力を発揮する足の筋肉量には着目したが」

 「それはそれでどうよ。若いのにちょっと枯れ過ぎじゃない」

 「言い方よ。熱心と言ってくれ」

 「まぁ、何でもいいや。そうそう進路とか決まった」

 「あぁ?また目良(・・)さんか?」

 「そっちだけじゃないよ」

 「あのおばさん(・・・・)もか…良い加減諦めてくれよ」

 「無理でしょ。だって君ほどの好物件中々ないよ」

 「物件言うなし」

 

 公安でも警察でも欲しがるさ。

 数多くのヒーローと繋がりに扇動家次期当主となれば政治や企業へのパイプやコネを有し、無個性という戦闘能力的には期待出来なくも悪知恵に関しては(・・・・・・・・)有能差を示している。

 上としても現場指揮官としてもヒーロー側の協力者(・・・)としても使える駒(・・・・)としてはかなり良い。

 

 「俺としては一緒に働きたいけどね」

 「それは俺に頑張らせて楽させろって?」

 「ヒーローが暇を持て余す社会ってのが俺の目指す先でね」

 

 本来ならこんな子供に話す内容ではないけど、彼はこちら側(・・・・)の人間だ。

 あの大先輩(・・・・・)を祖父に持ち、こちら側の素質も持っている。

 期待するなという方が難しい。

 

 「大いに同意はするよ。期待されているって事も。だけど―――」

 「おっと答えは聞かないよ。今日はそういうつもりじゃないんだから」

 「いっつも答えようとするとはぐらかす。へらへらと仮面貼り付けて喰えない人だ」

 「()に言われたくないなぁソレ」

 「タヌキ?」

 

 きょとんとする無一に苦笑を零し、談笑を交えながら料理を口にして会話に華を咲かせるのであった。




 お嬢は何を思っているかが解り辛い。笑みで隠しているのかい?そんな必要ない
 【ヨルムンガンド】アールより


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第23話 視察と鑑賞

●B組による扇動の訓練見学

 

 雄英体育祭が近づくにつれて雄英高校ヒーロー科一年B組内には、焦る生徒が幾人か見られるようになった。

 原因は世間を騒がしているヴィラン連合による雄英襲撃事件である。

 B組の面々は被害に合う事は無かったが、同じヒーロー科のA組は襲われながらも奮戦して見事撃退。

 図らずも実戦を体験した彼らはヒーローを目指す者としては得難い経験を早々に得たことになる。

 

 ただそれだけなら焦る事もない。

 向こうはニュースで事件が挙げられる度に話題に出てるなぐらいに思う程度。

 しかし襲撃事件を受けて彼らは臆することなく、何人かは放課後に訓練を行ってより強く成ろうと切磋琢磨しているとの事。

 担任の“ブラドキング”もその事を耳にしており、別段向こうも秘密にしている訳でもなく、学校の体育館で行っているので様子見も兼ねて見学を提案してきた。

 体育祭前に向こうの実力を知る(敵情視察)のも良いだろうという考えだったのだろう。

 B組のクラス委員長である拳藤 一佳(ケンドウ イツカ)もその案には賛成であり、参加自由の形で興味のある生徒を纏めて軽い気持ち(・・・・・)で見学に向かったのだ。

 

 ―――が、そんな気持ちは到着して三分も経たない間に消え去った。

 

 「スマッ(SMAs…)―――」

 「踏み込みが甘い!」

 「―――ッ!?」

 

 殴りかかって来る緑谷が拳を振るおうとした瞬間にタイミングを合わせて扇動は距離を詰めた。

 自身が突っ込んでいたのもあってたった一歩踏み込まれただけで懐に潜られ、振り被った拳は振るうに振るえない位置に。

 予想外の行動に対して急に止まる事など出来る筈も無く、殺し切れなかった勢いを利用されて緑谷は扇動に一本背負いの要領で投げ飛ばされる。

 振るわれなかった力は周囲に霧散して風圧を撒き散らす。

 

 「これ本当に組手?」

 

 ポツリと誰かが零した言葉に皆が同意した。

 訓練や組手といったレベルではない。

 意図も簡単に扇動は投げ飛ばしたが、離れている自分達にまで僅かに届く風圧から決して人に向けて良い威力でないのは明白。

 当たれば大怪我間違いなし…。

 それを躊躇う事無く放つ方(緑谷)も放つ方だし、平然と対処する方(扇動)もする方だ。

 同時に異常とも呼べる光景に周りも気に止めない様子から、訓練では“いつもの事(通常運転)”となっているのだろう。

 

 緑谷を投げ飛ばした扇動は麗日の不意打ちを躱し、後方より支援していた八百万に突っ込む。

 対して八百万は創造したトリモチを放るも躱され続け、接近戦を覚悟して薙刀(木製)を創造して構える。

 素手と長物である薙刀ではリーチの差が大きい。

 しかし扇動は振られた一撃をいなして(・・・・)接近する。

 振るうに振れないと判断してすぐに薙刀を棄てるも、すでに扇動の間合いに捕えられてしまっている。

 扇動は打ち込もうとするも肌より生えた物にいち早く気付いてバックステップで距離を取った。 

 

 「危ねぇな。だが良いタイミングだったお嬢。初見だったら喰らってたな」

 「お褒めに与り光栄ですわ。ですが扇動さんなら初見でも躱せてたのでは?」

 「買い被りが過ぎる」

 

 一撃を受けそうになった直前に八百万の腕から刃が生えたのだ。

 いや、肌より何本もの刃を創造したのだ。

 右腕から肩、頬辺りからも刃が生えた光景は異質…。

 扇動の判断が遅かったならどうなっていたかと考えるとぞっとするような瞬間である。

 

 「隙あり!」

 「奇襲をするなら―――いや、“不意を打つなら静かに行うべきだな!”」

 「…俺、実際に鉄山靠見るの初めてなんだけど…」

 「いやいや、そこじゃないでしょ…」

 

 不意打ちを完全に見切られた上に反撃で貼山靠を喰らった麗日は床を転がった。

 加減はしているのか立ち上がった麗日の表情は悔しそうではあるが、痛そうと言った感じは見受けられなかった。

 それにしても転がってからの立ち上がりが早い。

 

 同じく見学に訪れていた骨抜 柔造(ホネヌキ ジュウゾウ)の呟きに返しつつ、目は(扇動)(緑谷・麗日・八百万)の組手を必死に追っていた。

 骨抜以外に見学していた庄田 二連撃(ショウダ ニレンゲキ)取蔭 切奈(トカゲ セツナ)柳 レイ子(ヤナギ レイコ)も同様に見入ってしまい、時たま感想を口から零すばかり。

 ここに鉄哲 徹鐵(テツテツ テツテツ)鎌切 尖(カマキリ トガル)を連れて来なくて良かったと切実に思う。

 熱く好戦的な性格から参加しかねない。

 鉄哲に至っては特訓している事を聞いて「負けらんねぇ!!」と自ら特訓しているらしく、見学する余裕がなかったというのが正解だが…。

 

 「イレイザー、やり過ぎだろこれは!怪我人が出るぞ!」

 「だから俺は何もしてねぇよ。アイツに言ってくれ…」

 

 引率として共に来ていたブラドキングが予想外過ぎる訓練内容に抗議を入れるも、相澤はため息交じりに扇動に視線を向けながら返す。

 確かに危険すぎる内容であるが、三者の猛攻を容易く流しては攻めに転じる扇動を見ていたら、当然の危険性(・・・・・・)というものが薄らいでしまう。

 それほどの実力の差に見ていて安心感が発生してしまっている。

 

 「さすが入試一位。動きが段違いですね」

 「あれだけやっておいて掠り傷一つ受けてない」

 「それで個性使わず(・・・)手を抜いてるとかあり得ねぇだろ」

 

 見ていても解るほど扇動には余裕が見て取れる。

 決して油断している訳ではなく、相手の戦闘レベルに合わせて幾らかセーブして闘って自分自身も鍛えている。

 だからこそ三人は驚きよりも恐れを抱いていた。

 単なる身体能力による戦闘だけであれだけやれるという事は、個性を使用したらどれほどの力を発揮するのか見当が付かなかったからだ。

 雄英体育祭の種目は毎年変わるが、決勝で行われる一対一のトーナメント戦だけは恒例となっている。

 もしも自分が対峙したとして、個性を解禁した扇動に勝てるか否か…。

 答えは決まり切っていた。

 

 「扇動…無個性だけど?」

 「―――は?」

 「柳の言う通りよ。私も聞いた時は驚いたもの」

 

 扇動が無個性と知って拳藤は驚きを隠せなかった。

 それは他の二人もであったが推薦入学者の骨抜とは温度差があり、拳藤と庄田は実技試験を受けた身ゆえ衝撃はより一層強いものとなった。

 

 「身体能力だけで仮装ヴィラン相手にしたって事!?」

 「しかも合格ならいざ知らず、入試一位になるなんて一体どうやって…」

 「本当にウラメシ(・・・・)いよ扇動…」

 

 柳の言う“ウラメシ”は“怖い”という意味がある。

 組手の様子と無個性という事実から確かにと思う反面、雄英体育祭を考えると安堵してしまった(・・・・・・・・)

 酷い話だと過ってしまった事に対して苛立ちを覚える。

 組手は三名が疲労具合を見極めた扇動が休憩を言い渡した事で一時中断された。

 この体育館では轟と切島も特訓しているのだが、二人の訓練は秘匿されるように氷の壁で塞がれてしまった。

 本人達は別に見せても構わないと言った風であったが、扇動が断固として(・・・・・)それを拒んだ(・・・)のだ。

 

 「有益な視察になったか?」

 「アンタが化け物って事は分かったよ」

 「誰が化物だよ…ったく。まだ人間は辞めてねぇぞ」

 「辞める予定あったの?」

 「目的を達成出来るなら良いが“ネビュラガス(スマッシュ)”も“ヘルヘイムの実(インベス)”も勘弁だがな」

 「…なんの話?」

 「こっちの話だ。気にすンな」

 

 疲労困憊といった様子で休んでいる三名に比べて疲労の“ひ”の字も見えない扇動。

 本当に化け物ではと思うのも無理ないだろう。

 

 「あんまサービスしてやれねぇけど、アイツら休ます間ぐらいなら質問とかあれば答えるけど?」

 「なら一つ、なんで二人の様子は非公開で四人は公開したんだ?」

 

 柳と取蔭は以前に接点を持っていたが、拳藤を入れて三名は初顔合わせ。

 普通は初対面の相手には多少躊躇するものだろうけど、骨抜は言葉と本人の雰囲気から早速質問を口にする。

 

 「あー…強いて言えば轟と切島が目標に達していないからかな」

 「それは実戦レベルに達してないって事?」

 「違ぇよ。俺の想定したレベルに達してねぇってだけ。そもそも轟に至っては下手なプロより戦闘能力あるからな」

 「なら他は見せても問題ないって事か」

 「情報の流出なんて問題しかないだろ―――けどプロと成れば情報はメディアを通して駄々洩れ。対策を取られた相手とも戦わねぇといけなくなるわけだ」

 「プルスウルトラって訳か」

 「そんなとこだな。つってもこの情報を他に教えるか否かは任せるよ。体育祭はプロの目が集まる将来にも繋がる活躍の場。仲良しこよしで通れるほどプロの世界は甘くないだろうからな」

 「…仲間を蹴落としてでもプロに成れって言うの?」

 「違う違う。お前さんたちは自らの時間を削って“情報収集”を行い、来なかった連中はそれを怠った。これはその差の話さ。ま、君らがクラスの代表として来ていたり、事情によって異なるだろうけどな」

 

 言いたい事は理解出来た。

 それは確かにと納得すらしてしまう。

 少しばかり轟と切島に課したレベルというのが気になるが、それ以上に気になるのが何故扇動が自身の能力を明かしたか(・・・・・・・・・・・・・・・・)だ。

 

 「けど扇動は良かったの?」

 「良かったとは?」

 「無個性のアンタの武器は身体能力による戦闘のみ。それを見られたら―――」

 「体育祭では不利だって言いたいんだろ」

 

 無個性というならば扇動の戦闘能力は身体能力と技術によるところが大きい。

 それを見せてしまっては…無個性だと教えてしまっては個性によっては簡単に対策を取れてしまう。

 他の誰よりも不利にしか思えない行為に疑問を覚えていると、そんな事かと言わんばかりに扇動は小さく笑った。

 

 「わざわざ見に来てんのに土産の一つも持たせない訳にいくかよ。それにアイツらの訓練内容だけ見せて俺は秘匿するなんて道理が通らねぇだろうが」

 

 カラカラと笑いながら当然だろと爽快に応えられ、逆にキョトンと呆けてしまう。

 道理を通すと言ったがそれはどう考えても不合理極まりない道。

 なのにまるで何でもないように言い切った様子は味方によっては挑発にも取れるが、雰囲気からそうではないのだと伺える。

 ゆえにと言えば良いのか拳藤は真っ直ぐに捉えながら笑い返した。

 

 「悪いけどもし戦う事に成ったら手加減しないから」

 「ったりめぇだ。手加減なんかしやがったら思いっきり付け込んで勝ちを頂くぞ」

 

 獰猛な笑みでバチバチに滾らせている扇動に、少しでも過った罪悪感は消え去っていた。

 寧ろそれでも食い破り兼ねない雰囲気にそれを感じていられないくなったと言うべきか。

 なんにしても拳藤を含めた見学した五名は特訓の様子から脅威であると認識し、より一層気を引き締めて体育祭では競い合おうと決めたのだった。

 

 ちなみに特訓の様子は待機して貰った鎌切を除いて自ら喋らず、扇動が無個性であるという情報は体育祭当日まで見学の五名と鉄哲のみの情報として扱われる事になったのである。

 

 

 

 

 

 

●心が燻ぶられる二名。

 

 開発工房。

 サポート科の生徒が切磋琢磨して己の作品を制作する場であり、ヒーロー科の生徒がコスチューム変更やサポートアイテムの依頼などで訪れる事がある。

 とは言っても一年生、それも半年も経たずに訪れる者など稀だ。

 なにせコスチュームは降ろしたてで不備や改良案を模索するにも早いし、サポートアイテム云々の前に公に振える個性に目が行ってそちらに意識が向かう事がないからである。

 唯一の例外としては扇動 無一が発目 明に制作依頼や改良案、はたまた新たなサポートアイテムの実験体(モルモット)として良く訪れる(たまに引き摺られて)ぐらいだ。

 

 その開発工房前にて二人の学生が立ち並んでいた。

 一人はヒーロー科一年A組の常闇 踏陰(トコヤミ フミカゲ)

 もう一人はヒーロー科一年B組の黒色 支配(クロイロ シハイ)

 思想的類似点(・・・・・・)こそあれど、互いにクラスを超えての接触がなく、この度の会合は偶然が重なったものであって示し合わせた訳ではない。

 

 出くわして視線を合わせて会釈こそすれど、言葉は交わす事無くただただ入り口付近を眺めるばかり。

 視線の先に金剛力士像のように開発工房の入り口左右の鎧、またはコスチュームの二つ(・・)が並び立っていた。

 彼らの目的は最近話題になっていた開発工房前に佇む目印(・・)にあった。

 何故入り口前に置かれているのかが解らなかったが、遠巻きであるが話を聞くうちに興味を抱いて見に来たという訳だ。

 

 常闇の先には白銀(シルバーメタル)漆黒(黒色)が織り成す銀甲冑が立っている。

 メカメカしいほどにシンプルながら無骨なデザイン。

 だけどシャープな印象を受け、力強くも美しいと見ていて感じ入ってしまう。

 さらに柄は金色で護拳部は丸みを帯びながらも刺々しく、透き通るような真紅の刀身は禍々しくも見えるサーベル(サタンサーベル)が常闇の感性に突き刺さる(・・・・・・・・)

 台座には銀甲冑の名称だろうか“シャドームーン”と書かれている。

 自室にも()西洋甲冑(・・・・)置いてある(・・・・・)常闇であるが、無性に心が擽られる様に欲しい(・・・)迂闊にも(・・・・)思ってしまった。

 

 黒色 支配はもう一体、シャドームーンと対となるコスチュームに目が奪われていた。

 滑らかなボディスーツというよりは外骨格のように伺える。

 頭部の触覚や関節部から虫…それも黒を主体とした色合いから蟻を連想してしまうコスチューム。

 だからといって虫に対する嫌悪感のようなものは無く、寧ろ力強さと丸みを帯びた外観に見惚れる程。

 彼の個性“(ブラック)”は影などの黒色の中に入り込み操る事が出来る。

 他にも同様に入り込んで移動する事も可能なので、この黒のベースとしたコスチュームには着る事も潜る(・・)事も外から操る事も可能。

 シャドームーンと同じく台座には“ブラックサン”と名前が書かれ、黒色は和訳しながら口の中で転がしてはニヤリと嗤う。

 

 (ブラックサン……(ブラック)太陽(サン)……黒()太陽か!) 

 

 こちらも同じく感性(・・)を擽られ、食い入るように眺めている。

 言葉も無く静かにただただ眺めるのみ。

 傍から見れば変にも映る光景に声を掛けたのは開発工房に用があったパワーローダーであった。

 

 「何してるんだ?」

 「―――ッ!?」

 「いえ、ただ物珍しかったもので」

 「まぁ、そうだろうな。置き場がないからって入り口に飾りやがって…」

 

 二人の反応よりも何をしていたかにパワーローダーは苦笑いを浮かべる。

 無論彼らが入り口で眺めていた事ではなく、その眺めている物が飾られた経緯の方に。

 以前扇動が発目にコスチューム依頼を出した際に、雛型としてなんの機能もなく作られた銀甲冑(シャドームーン)

 折り畳む事もばらして保管するにも置き場に困って入り口に飾る事になった。

 しかしそれを知った扇動は「だったらブラックサンも飾ってくれないか」と飾る目的で制作を依頼。

 パワーローダーが気付かぬうちに制作されたそれは(ブラックサン)入り口に飾られ、何も知らないままに飾られているのを目撃して頭を痛めたのは日に浅い。

 

 「全くあの問題児どもには困ったもんだよ」

 「はぁ…苦労されてるんですね」

 「それはそうとそんなに興味あるなら持って帰るか?」

 「――ッ、宜しいので?」

 

 正直に言えば処理に困っている類の物。

 なんの機能もないただの銀甲冑にコスチュームでは飾るか着るぐらいしか使い道がない。

 かさばるアイテムゆえに邪魔で仕方ないと思っているパワーローダーにしてみれば、処理する為の費用を考えれば引き取って貰えたならどれだけ有難いか。

 

 いきなりの申し出に常闇も黒色も期待から目を輝かせるも、現実という非情な壁に首を横に振るう。

 等身大の荷物を家に持って帰るとなれば、抱えたり背負って行く訳にもいかず、ともなれば業者によって運んでもらう必要性が発生する訳で、同時にそれに対する対価を支払わねばならない。

 払えない事は無いが学生の小遣いでは少し厳しい。

 さらに言えばそんな大荷物を部屋の何処に置けるのかという問題もある。

 そのような理由から二人は申し出を断るほかなかった。

 

 「申し出は有難いですが、置き場に困りますので。しかし、またの機会があればその時は」

 「…俺も」

 

 それもそうかとパワーローダーは開発工房へと入室していった。

 断るほかなく眺めるばかりの二人だったが、ある事がきっかけで手にする機会が来るとはこの時は思いもしなかったのである。



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第24話 体育祭を前に

 この回は第34話を投稿したら移動します。


 網の上で炙られた鮭の切り身が余分な脂をぽたりぽたりと落として、熱源に触れてはじゅわりと音を立てて香りを周囲に放つ。

 炊飯器を開ければふっくらと焚き上がった白米が顔を出し、大根を辛くならないように下ろして、沸騰せぬように気を配る鍋からは味噌汁の匂いが漂う。

 それぞれを装うと海苔をサッと火で炙る。

 朝食の用意を済ませた扇動 無一は珈琲カップ片手にソファに腰かけて、近くに置いてあるCDプレイヤーをランダム再生で起動させて一息つく。

 

 早朝四時に起きてから町内をぐるっと走り、トレーニングルームで六時半ほどまで汗を流し、シャワーを浴びて身支度を済まし、朝食の支度を済ませて今に至る。

 いつも通りの日常。

 雄英体育祭が目前に迫っても特に変化はない。

 寧ろ今更焦るぐらいなら遅いだろう。

 

 のんびりと珈琲を口にしながら流れる曲に耳を傾ける。

 するとトコトコと廊下より足音が聞こえてきた。

 起きたなと思い、入り口へと視線を向ける。

 

 「おはようさん」

 「あぁ、おはよう」

 

 扉を開けて姿を現したのは寝間着から雄英高校指定の体操着(ジャージ)に着替えた轟 焦凍。

 居候するようになって最初こそ戸惑っていた彼も今や慣れて、軽い挨拶を交わすとテーブルへと向かって椅子に腰かける。

 ダイニングルームより「いただきます」と言われ、轟は用意しておいた朝食を食べ始めた。

 先ほど作った朝食は自分用ではなく轟用。

 夕食なら兎も角、自分の朝食でそれほど手間をかけようとは思わん。

 すでに自身の朝食は済ませており、その内容はバナナに無糖ヨーグルトにホットミルク。

 

 それこそ轟が同じもので構わないと言ったが、うちで預かると言っておいて食事に不自由させる訳にはいかんだろうに…。

 お姉さんが料理上手だったなら尚更だ。

 どうせならお姉さんの舌で慣れた轟を、唸らせるような美味しい料理を作ってみたいものだ。

 目指せ天道(仮面ライダーカブト)ってな。

 

 朝食を終えた轟は食器類を流しに運び、さっと洗っては乾燥機に入れていく。

 現時刻は六時四十分。

 そろそろかなと大きな古時計に視線を向けたその時、インターフォンが鳴り響いた。

 洗い物をしていた轟が動こうとするのを制止して、ソファから腰を上げて玄関へ向かって鍵を開ける。

 

 「おはようございます扇動さん」

 「おはようさん。今日もまた目立つので来たな」

 

 インターフォンを鳴らしたのは八百万 百であった。

 登校時にランニングしていると知られてから一緒に走る事になり、朝とは言え娘が一人で走るのは不安が残る両親からの意向でここまでわざわざ送迎されている。

 …ただ一緒に走るクラスメイトが男の子と知った父親は別の意味でひと悶着あったようだがな。

 

 それにしても毎回毎回送迎がリムジンとは…。

 いつも通りに駐車場に止められたリムジンを見て苦笑いを浮かべる。

 

 「あれでも控えめな方なのですけど…」

 「………いや、考え方次第か。確かにリムジンだろうがシャトルだろうが金ぴかなドロシー嬢より控えめだった」

 「何方ですの?」

 「平和を愛するお嬢さんだよ。お嬢は紅茶で良いか?お茶請けにカップケーキがあったな」

 「では、お言葉に甘えて頂きますわ」

 

 招かれた八百万は洗い物をしていた轟と挨拶を交わし、来るようになって折角なので紅茶の淹れ方を教えて貰い、今では紅茶を常備するようになった。

 ただし、一番良い茶葉はお嬢が持ち込んだものであるが…。

 

 作り置きのカップケーキを淹れた紅茶と共に差し出してから再びソファに座る。

 もう暫しゆったりしたいところであるが時刻は午前七時前。

 ショートホームルームが八時二十五分からなのでまだ一時間以上あるとはいえ、自転車で(・・・・)三十分の距離をランニングするので最低でも四十五分は掛かるだろう。

 到着後の着替えも考えてそろそろ出発する頃合い。

 部屋着で使っている灰色の作務衣から学生服に着替えようと自室に戻り、手早く済ませて荷物を手にして戸締りを確認して回る。

 そして確認が終えれば轟と八百万に声をかけて登校するのだ。

 三人揃って出たのを確認して送迎してきたリムジンが帰って行く。

 さて、マスクを装着して雄英高校までランニングする訳なのだが、轟だけは加えて個性のコントロール訓練も行っている。

 幼い頃よりエンデヴァーに鍛えられた為に身体機能は高いので、ランニングだけなら何ら問題はなくついて来れるだろう。

 運動すれば体温が上がるのは必定。

 それを氷結の個性でもって体温を保ち、汗をかかない程度に維持し続ける

 同時に二つの事をやり続けるというのは難しいものだ。

 案の定、轟は出力を上げれば凍って動きが鈍り、弱過ぎれば楽ではあるが訓練の意味がなく、精密な個性コントロールを走りながら三十分以上持続という難題を四苦八苦しながら行っている。

 だからか到着後はお嬢同様に汗だくになってしまっている。

 

 一応訓練については提案はするが強制ではない。

 これは採用したならば自己責任という訳ではなく、するか否かは任せるというだけの事。

 採用したならば提案した責任はとるつもりだしアドバイスもする。

 だから無理したがる轟には手を焼く訳だが…。

 

 気配で大体の距離は掴んでいるが、ちらりと振り返ると表情が曇っている。

 これから学校だというのにスタミナ配分無視も甚だしい。

 自分が行っている特訓は補助であり、メインはヒーロー基礎学で学ぶべきだ。

 そもそも轟がうちに来るかと声をかけたのは父親との事が理由である。

 ゆえに焦って訓練に励む事もないだろうに、徐々に慣らして行けばいいものをハイペースに突き進もうとする。

 

 「焦るな轟。短距離走の速度で長距離を駆け抜ける事は出来ねぇんだから」

 

 一応忠告を口にしておくが聞いてはくれないだろうな。

 …今は二つの事に意識が回っている上に余裕がないのもあるだろうがな…。

 

 ちなみにだが轟には個性のコントロール訓練とだけ伝えたが、これは単に氷結の個性コントロールの訓練ではない。

 個性のコントロール訓練に偽りはないが、同時に二つの事を並行して行うというのは何も今の状況だけに限られる訳もない。

 例えば氷結と炎の個性を同時に使用する事があれば、異なる二つの事柄を並行して行わなければならない。

 そう、“これは例えば”の話だがな。

 

 そうこうして雄英に着けば二人と別れる。

 お嬢は最初こそペース配分をミスって疲労困憊していたが、ちゃんと見極めて自身のペースを把握していた。

 けれど疲労から汗だくになるのは変わらない。

 これはマスクトレーニングで息苦しいのもあってだろうが…。

 兎も角汗だくなお嬢と轟は急ぎ職員室に行って男女それぞれの更衣室の鍵を借りて、備え付きのシャワールームを借りて汗を流して、ジャージ姿から学生服に着替えなければならないのだ。

 ゆえに(・・・)俺だけそのまま教室に向かい、自身の席でショートホームルームが始まるのを待つ。

 午前中は通常授業で前世の高校と然程変わらない。

 真面目に授業を受けては休み時間には宿題で出されたプリントを済ませたり、雑談に華を咲かせたりして過ごす。

 そして昼休みには食堂でランチラッシュの料理に舌鼓を打つ。

 

 これが流れだったのだが今日はイズクに深刻そうな顔で声をかけられ、密談室…もとい、仮眠室で少し話がしたいという。

 何事か心当たりはなかったが、あの表情から無視できる話題ではないだろう。

 最も笑っていようと無条件で自分の流れ(予定)など放置して優先しただろうけどな。

 

 

 

 

 

 

 緑谷 出久は思い詰めていた。

 憧れのヒーローであるオールマイトより個性を受け継いだ。

 それはとても光栄な事であり、非常に嬉しい事である。

 オールマイトのようなヒーローになる為に。

 オールマイトの期待に応えれるように。

 日々期待に背を押され、夢に向かって我武者羅に進んでいく…。

 それだけの筈なんだがずっと思い悩んでいる事がある。

 

 オールマイトより個性を受け継いだことをかっちゃんにもだが、むーくんにも伝えれていないという事。

 同じ無個性で今もだけど小さい頃から支えてくれた大事な友人。

 彼はどういった心境だったのだろう…。

 羨んだのだろうか?

 憎しみを抱いたのだろうか?

 裏切者(・・・)に映ったのだろうか?

 騙していたと思われるだろうか?

 事が事だけに軽々に話せないし、オールマイトより口止めされていた………というのは言い訳にしかならないだろう。

 怖かったんだ…。

 むーくんの口からそう言った感情を言葉にされるのが…。

 怖くて怖くて仕方がなかった…。

 

 すでにオールマイトから個性の件については話は済んであると聞いた時、僅かに安堵すると同時に大きな後悔に襲われた。

 何故自分の口で言えなかったのか…と。

 

 ずっと思い続け、体育祭前日になってようやく重い腰を上げれた。

 人には聞かせれない内容なのでいつものように仮眠室に訪れる。

 向かいに座るのはむーくん。

 それと隣には同席を頼んだオールマイトが居る。

 どう話し出そうかと迷い、三者の間に沈黙が流れる。

 

 「…で?いつまでだんまりするんだ?」

 

 内容を知らないだけに黙々と紙袋から取り出したシュガードーナツを食べていたむーくんが首を傾げながら問いかける。

 オールマイトからも戸惑い交じりの視線を受けられ、ようやく意を決して重い口を開く。

 

 「オールマイトから聞いたよね?」

 「あぁ、個性の話なら聞いたな」

 「ごめん。言えなくて」

 

 重かった口がひとたび開くとダムが決壊したかのようにつらつらと溢れ出る。

 今まで抱いて来た想いが止め処なく…。

 むーくんは手を止めてジッと目を見ながら話をただ聞いていた。

 相槌は打つものの遮る事はしない。

 そして終わると頭をふわりと左手で撫でられた。

 

 「気ぃ使わせちまったようで悪かったな。俺は気にしてねぇから思い悩むなや。明日のパフォーマンスに響くぞ」

 「だって同じ無個性だったのに僕はオールマイトから個性を貰って…むーくんだってオールマイトの個性は欲しいでしょ?」 

 「いや、別にいらんけど」

 「そうだよね。オールマイトのあの絶大な個性を――っていらない!?」

 

 眉一つ動かす事無く返された返事に声が大きくなり、慌てて口を塞ぐがここが防音が施されている事を思い出して手を放す。

 これにはオールマイトも驚いていたが、本人はそれを見て鼻で笑う。

 

 「驚く様な事か?」

 「普通は驚くよ。だってオールマイトの個性だよ!」

 「超絶パワーは凄いと思うけどよ。それを俺が手に入れてどうすると思う?」

 「どうするって…」

 「俺は俺の目的の為に使うと思うぞ。ハッキリ言って私利私欲でだ」

 

 思いも寄らぬ言葉に目が点になる。

 あのむーくんが私利私欲で使うと言われて想像がつかなかったのだ。

 

 「力というのは使い方一つで良くも悪くも捉えれる。力さえあれば気に入らない奴を叩きのめす事も出来るし、オールマイトのように誰かを救う事も出来る。あの人(・・・)を探して捕まえるにも仇を討つにしてもな…だから誘惑してくれるな。その力はお前が持つべきものだ」

 「扇動少年…」

 

 何か言いたげなオールマイトの表情から二人の間で僕の知らない事柄の話をされているのは解かる。

 一体何があったのかと気にはなるも、軽々に聞けないだろう内容のように感じて、ただ話が進むのを待つしか出来ない。

 

 「お前なら大丈夫だと信じてオールマイトは託したんだ。人の顔伺う前に信頼に応えるべくモノにして見せろよ。俺が壊れる前にな」

 「本当にご迷惑お掛けします…」

 

 個性の調整が完全に出来ていない為に、今だむーくんに個性を使用してはコツを掴もうと実情から、冗談でもそう言われると肩身が狭い。

 その様子にオールマイトもむーくんもクスリと微笑み、つられて微笑んでしまう。

 つっかえていた想いを話せた安堵から胸を撫でおろし、飯を食いに行くぞと誘う扇動について行く。

 明日こそその背中に追い付きたい(・・・・・・)と思いながら…。

 

 

 

 

 

 

 昼休みが終れば午後の授業が待っている。

 普通科や経営科、サポート科は六限までだがヒーロー科は七限まで。

 そして授業が終われば扇動 無一指導の特訓が待っている。

 自由参加で誰もが手応えを感じているので脱落者は無い。

 前日である今日も今日とて厳しい訓練が行われる―――などと思っていた一同に扇動は明日の事を考えて軽めの内容かつ早めに切り上げると言ったのだ。

 しかもその上で都合が良かったら飯食いに行かねぇか?と誘って来たのだ。

 

 食事は誰もが即答で応えたが、本番前なのに追い込まないのと訓練に対しては疑問を浮かべていた。

 対する回答は本番前だからこそ休めるんだろうがの一言。

 ここで無茶をして身体を痛めたりしたら元も子もない。

 確かにその通りだと軽めのトレーニングを受け、俺達は扇動君に誘われるまま食事をしようと店に向かう。

 扇動が予約を取ったのは値段も良心的で美味しいと評判の焼き肉屋であった。

 店内に入ると予約していただけに早速席へと案内される。

 

 「英気を養う為にも遠慮なく食えよ」

 「ごちに成ります!」

 「おう」

 

 今回の焼肉は扇動の驕りである。

 最初は自分の分だけでも払うと言ったのだけど、誘ったのは俺だしこれも放課後の特訓の一部だと聞かなかったのだ。

 なんにしても

 

 「すみません。これ(カルビ)これ(ハラミ)これ(タン塩)…それとこれ(ホルモン)を十人前ずつお願いします。皆さんはどうしますか?」

 「多っ!?」

 「一人分(八百万)の注文やったんやね」

 「ああいう風に注文すれば良いのか?」

 「違うよ!?」

 「ライスと飲み物は注文せんのか?」

 

 注文時点でかなりカオスな感じになっているが、それを纏めつつ白米や飲み物の注文や追加を行う扇動。

 それを横目で見ながら肉を焼きながら、がっつくように喰らい付く

 

 「うめぇな!箸が止まらん!」

 「いつもより軽めだけど結構動いたからね」

 「本当にね」

 

 扇動の軽めというのは量ではなく質の話である。

 身体を痛めるようなメニューを除いても、それなりの量は熟したのだ。

 動けば動くだけエネルギーを消費し、身体が欲して箸と口が忙しなく動く。

 それを眺めながら扇動は次々肉を焼き、時々摘まむように食べている。

 

 「けど身体を休めるというのであれば、訓練自体を無くす方が良かったのでは?」

 「お嬢…そうしたら空いた時間で明日の為にと訓練する奴がいるだろう」

 

 決して名前は出さなかったが、視線が緑谷と切島に向けられて二人は肩を竦ませる。

 全くもってその通りだと苦笑いを浮かべる。

 

 「そういや轟は初めてか?」

 

 轟に向けられた問いかけに自然と耳が傾き、食べながらもこくんと轟は頷く。

 

 「友達と(・・・)食べに行くなんていうのは初めてだな」

 「いや、そっちじゃなくて焼き肉屋がって事なんだが?」

 「あぁ、それも初めてだな」

 

 なんか聞いちゃいけない内容だったかと箸が止まる。

 けどそんな事気にする様子もなく八百万は山のように盛った肉を平らげ、当の本人も気にする素振りさえなく箸を動かしている。

 

 「ん?お前ら遠慮せず食えよ」

 「お、おう!」

 

 重たく感じた空気を蹴散らすように肉を喰らい、扇動は追加を十人前単位で注文していく。

 

 「イズクもどんどん食えよ。つっても食い過ぎて明日の試合に響かぬ程度にな」

 「うん、ありがと」

 

 皿に乗せていた肉が減っているのを見て、扇動は緑谷の皿に焼けた肉を追加する。

 前から思っていたけど扇動は緑谷に対して面倒見が特別良く、友人というよりは兄弟のように見える。

 しかも年の離れた感じの…。

 

 「いっぱい食べて明日は優勝目指して頑張るよ」

 「そりゃあ無理だな」

 

 仲良さげな様子だったにも関わらず、扇動は即答でバッサリと切り捨てた。

 その事に誰もが驚いて手を止めて振り向く。

 

 「―――俺が一位獲るから」

 

 ニタリと挑発的な笑みを浮かべた扇動。

 対して誰もが反応を示す。

 

 「いや、俺がトップは貰うぜ」

 「私だって負けませんわ」 」

 「俺も負けるつもりないぞ」

 「私もだよ」

 

 それぞれ想いを口にして肉を食らう。

 挑発した扇動はその様子に満足そうに笑い、焦げるまで焼いたホルモンを口にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰宅してから日課となっている帰宅後のトレーニング(人にはああ言っておいて…)に風呂を済ませた扇動 無一はパソコンの前で黙々とキーボードで文字を撃ち込んでいる。

 これは決して迫る体育祭の為に何かしている訳ではない。 

 どちらかと言えば今行っているのは趣味の範疇―――いや、急ぎの仕事という事になるか。

 

 この世界には前世に無かった個性の存在により差異が生じている。

 個性により自身もそうだが周囲の環境が異なった事で、人によっては全然違う道を歩んだものは少なくない。

 中でも映画やドラマ、アニメなどの影響は小さくない。

 前世での記憶がある分、差異が大なり小なり存在している。

 

 今回に限ってきっかけはB組の柳 レイ子と接点が出来た事だ。

 彼女はホラーが大好物で、出会った一件でホラーを知っている俺と幾らかやり取りをするようになった。

 内容は今生で見た映画の感想会や俺が前世で見たホラー話を電話越しに話したりだ。

 ただここで問題が起こる。

 前世で有名な和製ホラーの話をしていた際に、ふと名前とか何等か違いがあるだけで存在しているのではないかという疑念を抱く。

 柳に聞いて見てもそんな話は初耳という事で聞かせてと強請られたのだが、彼女とてすべてのホラーを熟知している訳でもあるまい。

 そこで仕事とは離れてしまうが俺の担当(・・)に尋ねたのだ。

 否、尋ねてしまったのだ…。

 

 彼の本職は音楽関係で映画関係ではないものの、色々と伝手があるので公私混同ではあるが調べて貰おうと頼んだのだ。

 軽いストーリーを話すと数日お待ちくださいと言われ、三日経ったから回答として“企画通りましたよ”だと告げられた。

 

 誰がそんな話をしたかと突っ込んだが、知り合いの映画監督に問い合わせたところ面白そうと乗り気になり、そちらで勝手に話が進んだそう。

 何より名を広まっている(無一が使ってるペンネーム)猿渡 一海(仮面ライダーグリス)”がホラー映画を作るとなれば話題にもなると喰いついたものも出たそうで、こうなっては自分の浅慮を悔いるしかない。

 しかしホラーとして八月頃もしくは遅くても九月の上映に持って行きたいとの要望はどうにかして欲しかった。

 八月だとすれば今月入れても三か月しかない。

 確か撮影だけでも一か月から三か月の期間が必要だったと記憶しているので、どう考えても日数が合わないだろう。

 

 対して担当は「最低でも中旬頃には箇条書きでも良いので台本が欲しいですねぇ」なんて言い出す始末。

 色々とお世話になっている手前、無理と口にする気が退けて、こうして夜遅くまでパソコンに映し出される文章と睨めっこしているのである。

 

 すでに話題として噂を流しており、聞きつけた柳が楽しみに(彼女は正体を知らない)楽しみに待っており、その事実を知っているからこそ余計に断れないのもあるが…。

 体育祭前夜に砂糖にミルク一切なしの珈琲の苦々しさを流し込みながら、夜遅くまで後悔と共にキーボードを打ち続けるのであった…。




 焦るな轟。短距離走の速度で長距離を駆け抜ける事は出来ねぇんだから
●ラインハルト様、どうか焦らないでください。短距離走の速度で長距離を駆けぬけることはできません
 【銀河英雄伝説】ジークフリート・キルヒアイスより



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第25話 雄英体育祭開幕!!

 


 緑谷 出久はガチガチに緊張していた。

 これから行われる雄英体育祭は日本中の人々を熱狂させる一大イベント。

 一般客に勧誘目的のプロヒーローを含めた大勢の観客が自分達の活躍に目を光らせると思うだけで胃が痛くなるような緊張に襲われる。さらに付け加えればオールマイトより次代を担う者(ワンフォーオール)として活躍を期待しているとなれば圧し掛かる重圧は相当なものだ。

 期待に答えるべくこの二週間は扇動指導の特訓に励み、個性のコントロールも強制的(・・・)にだが向上する事は出来た。

 自信もあるにはあるがそれで緊張が掻き消えるかと聞かれれば否と即座に答えよう。

 

 一年A組の控室では公平を期すためにコスチュームの着用は禁止され、体操着姿で入場の時間が来るまで各々好きに待機している。

 談笑をする者に期待や不安を募らせる者、ただただ普段通りに時間を潰す者などなど。

 不安を募らせる緑谷に轟が近づいてくる。

 ほとんど感情を表情に乗せない為、無表情やポーカーフェイスほどではないが読みにくい轟ではあるが、纏っている雰囲気が少しばかりピり付いている事に気付いて切島辺りがどうしたと注視する。

 

 「緑谷。少し良いか…」

 「何かな轟君?」

 

 緊張していた事もあって声かけられて少し戸惑いながら返事をしながら振り返る。

 視線が合った瞬間緑谷は別の意味で肩を震わして戸惑う。

 なにせ轟の瞳には敵意に似たナニカが宿って、それを自身に向けて居たのだから。

 

 「お前…扇動だけじゃなくてオールマイトにも目を掛けられているよな。別に詮索するつもりはないが―――俺はお前に勝つぞ」 

 

 オールマイトの関係の指摘に突然の宣戦布告に内心焦りまくる。

 周囲もそれに対して騒めき、争いごとかと切島が仲裁に入った。

 

 「おいおい、急に喧嘩腰でどうした?直前に揉め事は止めろって」

 「止めるな切島」

 「けどよ扇動…」

 「良いから言わせろ(・・・・)

 

 携帯を弄ったり談笑していた扇動は興味深そうに見つめ、その視線に押されるように僕は言葉を口にする。 

 

 「轟君がどうして僕に勝つって言って来たのかは解らない。実力は轟君の方が上だし…どうして僕にとも思うよ」

 

 身体能力や状況判断もそうだ。

 個性の使い方なんて僕はようやくで、轟君は帰宅後もむーくんの指導を受けて強めているとの事。

 何を置いても格上である相手なのは確かだ。

 ―――けど!

 

 「けど…だからこそ僕も言うよ!クラスの皆も他の科の人も本気でトップを狙ってる。遅れをとる訳にはいかないんだ。むざむざ負ける訳にはいかないんだ。僕も本気で獲りに行く!勿論君にも負ける気はないよ」

 「―――ッ、おお」

 

 真正面から想いを込めて言い返した事で、内心は昂って震えている。

 その高ぶりを落ち着かせる間もなく入場時間となり、控室より一年ステージの入場口へと委員長の飯田を先頭に進む。

 会場として使用されるは12万人を収容出来るドーム状の施設“体育祭会場”。

 詰め寄せた観客と報道陣によって客席は埋まり、騒めきは入り口に近づくたびに地響きのように伝わって来る。

 一年A組が入場するのに合わせて司会を担当しているプレゼント・マイクの声がスピーカーより放たれる。

 

 『雄英体育祭!ヒーローの卵たちが凌ぎを削る年に一度の大バトル!!どうせテメェらアイツらが目当てだろ!!高校に上がったばかりにも関わらず、姑息なヴィランの襲撃を乗り越えた奇跡の新星!!ヒーロー科、一年A組!!!』

 

 会場に響き渡るプレゼント・マイクの言葉に歓声が挙がる。

 観客の声援にテレビ局のカメラが向けられ、緊張も最高潮に達して心音が嫌に大きく聞こえる。

 同じように余計に緊張する者も居れば、自分達が注目されているという事実に心躍らせる者も居た。

 けど一人だけ…扇動だけは全く別であった…。

 

 「気付いてっかイズク?」

 「えっと、何のこと?」

 「プレゼント・マイクの言いようもだけど会場の反応だよ。まるでヒーロー科以外の生徒は引き立て役……いんや、モブのような扱いしてんのによぉ…」

 「そんな事はないと…思うけど…」

 

 返事をしながら緑谷は扇動の横顔を見た。

 苛立ちを募らせて険しい表情を浮かべている。

 確かに観客やテレビ局の反応に、プレゼント・マイクの発言は意図していないとしても示してしまっている。

 同時に入場してきた普通科の生徒に視線を向けるとやはり不機嫌そうで納得出来ないと言った感情を露わにしていた。

 

 「どこぞの神父じゃあねぇけど…“気に入らねぇな。気に入らねぇよ”」

 

 小さく呟いた扇動を視線で追いながら所定の位置で並び。

 一年生の主審の登場を待つ。 

 

 雄英高校の生徒数は多い。

 一般的な体育祭のように学年ごとに分けて一つの会場を使う事は出来ない。

 ただでさえ強力な個性持ちが多く、使用が解禁される事もあって同じ会場を使う事は難しいのだ。

 そもそも雄英高校は敷地が広大で施設も多いので、学年ごとに会場を分けている。

 校長は三年生を担当するとして、一年生の主審を務めるはミッドナイト。

 過激な衣装で“18禁ヒーロー”と謳われるミッドナイトの登場に主に男性の観客が騒めき、生徒の中からは18禁なのに高校に居ても良いのか?と疑問の声が挙がる。

 

 「選手宣誓!選手代表一年A組扇動 無一!!及び爆豪 勝己!!」

 「かっちゃんも!?」

 

 入試一位であった扇動は分かったが、何故爆豪まで呼ばれたのか誰も理解出来なかった。

 しかし当人はその予定を知っていたらしく、両手をぽっけに突っ込んだまま怠そうに扇動に並んで(・・・)壇上へ向かう。

 その最中に緑谷は扇動の横顔が見えたのだが、口角を吊り上げて嗤っていた(・・・・・)

 信頼と信用をしているけれども不安が拭いきれない。

  

 壇上に上がった扇動はマイクを手に取ると、ミッドナイトに向けて選手宣誓を行うと思いきや(・・・・)、振り返って選手である生徒に見渡した。

 

 「俺はある生徒より聞いた。普通科の生徒はヒーロー科落ちた者が大半だと」

 

 壇上に立っている事もあって物理的に見下ろしている扇動の発言に全生徒がざわついた。

 サポート科や経営科は視線を扇動か普通科に向ける程度だが、発言に該当するほとんどの普通科の生徒は反応を示して睨み、ヒーロー科の生徒一同は何を言う気なんだと冷や冷やしながら見守る。

 一部罵倒や苛立ちを口にする者も居る中、見渡して向けられる反応に笑みを浮かべて真剣な眼差しを向ける。

 

 「現在王道とされるのはヒーロー科で学んで、用意されている予定に従って歩む道だがヒーローへと至る道は一つではない。プロヒーローに見込まれて事務員やアシスタントとして身近で修業を積んでヒーローに至った者も居れば、自主的に鍛錬を積みながらもに勉学に励んでヒーロー免許を手にした者だっている。

  険しくも道は存在するのだ―――さて、君達はいつまでも恨み、妬み、指を加えて観ているのだ?」

 

 声色は優しくも力強く語り掛ける扇動の言葉は、ざわついた発言があったからこそ余計に耳に残る。

 

 「ヒーロー科に受からなかったけれどヒーローという夢を抱き、望み、憧れ、諦めきれない者達よ。これは千載一遇の好機である!自身が持てる全てを出し切り夢を勝ち取れ!教師陣に優れていると判断されればヒーロー科への椅子が!プロの目に止まればヒーローへの僅かながらも大きな一歩が踏み出せるのだ!今こそ困難を糧に壁を乗り越える時ぞ!!」

 

 感情が籠る言の葉に吸い込まれるように誰もが聴き入る。

 それは生徒だけでなく観客たちも同様で、誰一人として会話をしている者はいなかった。

 言葉の強弱や声色だけではない。

 扇動は表情や手振り身振りも使って語り掛ける。

 

 「これはヒーロー科、普通科だけではない。観客の中には大企業のお歴々も集まっている。サポート科にとって今ここ(・・)こそが未来への見本市。まだまだ未熟ながらも見せ付けよう。自分という原石はここにあると高らかに!

  経営科にとってここは多くの情報が垂れ流されるカオス(混沌)だ。どのような個性があり、どのような者がいるか知るには良い場所だろう。自分なら彼を彼女をどういう方針で支えるか。どのように事務所を運営していくか。良いところと悪いところの重箱の隅を突く様な粗探しをして改善点を見出そう。見つけれなければ仲間と相談して深めよう。知識は力と成りて自らを成長させるだろう」

 

 焚きつけられ鎮火しそうなほど弱々しくも、いつまでも諦めきれなかった残り()に薪をくべられ、徐々に熱を上げながら大きく強く灯る。

 そしてそれは普通科のみならずサポート科に経営科にも広がって行く。

 誰も彼もが意思の籠った瞳で見つめ、最初にあった嘲りなどの感情は消え去っていた。

 

 「サポート科は持てる技術を見せ付けろ!経営科は情報を糧に思想を伸ばせ!ヒーローを諦めきれぬ普通科の生徒は奮起せよ!!そうでない者は日ノ本を上げての一大イベント。我関せずと怠け傍観するよか馬鹿になって全身全霊で楽しもうや」

 

 最後に楽しそうに笑った事で生徒や観客から返事の代わりに割れんばかりの歓声や拍手が上がる。

 会場そのものが熱に包まれた。

 やっぱりこういう事は上手いなと昔自分にしてくれた事を思い返して緑谷は笑顔を浮かべていた。

 

 ………一緒に壇上に上がっている爆豪の存在を忘れて…。

 

 「そして最後にヒーロー科…いや、A組を代表してどうぞ」

 「―――俺が一位になる」

 

 火が灯るどころではなくなった。

 当然が如くに無気力に放たれた一言に怒りが生まれ、生徒一同は怒気を含んだ業火に包まれた。

 それは壇上に爆豪に向けられる。

 観客は唖然とし、中には面白がっている者も見受けられるが同クラスのA組の面々はそうはいかない。

 なにせ爆豪のせいで一年全員のヘイトが自分達にも向けられる事となったのだから。

 

 「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」

 

 ブーイングの嵐を物ともせず、首を掻っ切るようなジェスチャーでさらに挑発する様に緑谷は内心「それ以上は止めて!!」と願うも叶う事はなかった…。

 物ともしていないのは扇動も同じで、涼しい笑顔を浮かべてミッドナイトへと向き直る。

 

 「宣誓!我々は己が夢を叶えるべく、全身全霊を持って挑む事をここに誓います!!選手代表扇動 無一」

 

 …してやられた。

 そして巻き込まれたとA組は理解した。

 扇動の清々しい程のしてやったりという表情に、一風どころか挑発するような宣言に対して口を挟まず満足そうに選手宣誓を受けたミッドナイト。

 予期せぬ出来事(アクシデント)ではなく先に許可を取っていた予定通りの行動。

 にこやかに戻って来た扇動に皆が口々に何かを言う前に口を開かれた。

 

 「さて、これで後には退けないな。ヒーロー科は終点ではなく単なる通過点。胡坐を掻く事無く日々困難を糧に壁を乗り越えて行こうか。プルスウルトラ…ってやつだな、うん」

 「「「オマエらが煽動(扇動)したんじゃねぇか!!」」」

 

 一斉に突っ込みを浴びて楽し気にくつくつ笑う様に「全く…」A組の面々は呆れつつ、二人には酷く感心(・・・・)してしまう。

 負の感情渦巻く普通科にやる気のあまりなかった生徒も焚きつけてやる気にさせた扇動に、生徒全員にあえて言い切る事で自らを追い込んだ爆豪。

 凄いと思いながらもどちらもクラスを巻き込むんだよなぁと苦笑いを浮かべてしまう。

 

 「さぁて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう!毎年多くの者が涙を飲む運命の第一種目はこちら!!」

 

 ミッドナイトの台詞に合わせて会場の大型モニターに映し出されたのは“障害物競走”の文字。

 内容は一年生計十一クラスに寄る総当たりレースで、コースはスタジアム外周約四キロ。そしてコースさえ順守すれば何しても(・・・・)良いのだ。

 個性を使おうと妨害しようと何をしても…。

 

 スタート位置となる会場から外に出る門に生徒が集まり、上に三つの点灯しているランプがスタート合図である全部消灯するのを待つ。

 扇動に爆豪によってボルテージを上げられた生徒の熱量を肌で感じて身震いするも、オールマイトのような(・・・)ヒーローを目指すのであれば負ける訳にはいかない。

 周囲に飲まれそうになるもオールマイトの期待と自らの夢を背負い、集中力によって雑念が掻き消えまだかまだかとランプを見つめ、スタートの合図と共にヒーローを目指す者は駆け出した。

 

 

 

 雄英高校は異形型などの大柄な人でも不自由なく動けるように大きめに作られている。

 体育祭会場もまた大きく広く設計されているものの、それにも限度というものは存在する。

 重機が入れるほど広い入り口ではあるが、A組だけでも21人いるクラスが十一クラス。

 単純計算でも二百二十人以上の生徒が門に殺到して、たかが重機が通れるだけの門を一斉に潜れるだろうか?

 答えは不可能。

 譲り合いの精神という言葉が存在はするがここには無い。

 誰も彼もが我先にと突っ込み、首都圏の渋滞をあざ笑うかのような大渋滞を引き起こす。

 押し合い、掻き分け、ぶつかり合いが門内で発生する。

 

 『これより実況はこの俺、プレゼント・マイク!そして解説はイレイザー・ヘッドでお送りするぜ!早速だがミイラマン(イレイザー・ヘッド)!序盤の見どころは?』

 『…今だよ』

 

 スピーカーを通して発せられる相澤の言う通り、大渋滞をしていた門内で大きな動きが起こる。

 いち早くその場を制したのは空を飛べる爆豪でも、速度で秀でた飯田でも無かった。

 周囲の足元を凍らせるのと連続して足裏で氷を発生させることで速度を得た轟である。

 妨害に渋滞からの脱出を難なく図った轟は、個性の使用をやめて走って先頭を行く。

 範囲攻撃も行える氷結の個性は強いが個性を使用すればするほど身体に霜が降りて動きが鈍くなる弱点が存在する以上、使い続けるなんて事は不可能なんだ。

 解決策はあるも使いたくない私情もある。

 

 だから入り口の連中全員を氷漬けにするほどの高威力は出していないので、人によっては力づくで氷を割れるし、凍り付いた地面を滑って進める。

 それに氷結の瞬間さえ何とかすれば容易に難を逃れる事は可能なのだ。

 現に八百万は掌より棒を創造して飛び越え、爆豪は爆破で飛び、個性でなくともジャンプ一つで氷結から突破した者もいる。

 初見である他の科の生徒らは足止めを受けているも、A組の面々は誰も足止めされる事無く突破している。

 中には個性を見せていないB組の生徒も難なく躱していたのは意外だったが。

 

 「思いのほか対応したな。いやはややる気になったのは良いが、熱意に浮かれるばかりでは足元を掬われるな」

 「対応に関しては同意だが、後半はお前の策だろ?」

 「人聞きがワリィな。俺は不貞腐れているだけの奴らに発破を掛けただけだ」

 

 氷結を難なく回避して背後をアイススケートでもするようにして付いてくる扇動の言葉に返しながら、決して警戒は解く事は無い。

 個性把握テストでの結果からして容易に抜く事は出来る筈なのに、ぴったりと背後を付いてくると言う事は何かしらを狙っている筈…。

 疑いの眼差しを向けると肩を竦ませられた。

 

 「そんな目ぇすんな。俺はただお前さんの前に出ても良い事がないから後ろにいるだけだ。仕掛けるなら後半だ」

 「………」

 「あからさまに疑うんじゃあねぇよ。ここで争ったって足の引っ張り合いだ。時間が立てば経つほど本調子になる爆豪が来る前に距離を稼いでおきたいのは俺もお前も一緒だろうに」

 

 確かにその通りだ。

 爆発する成分を含んだ汗を起爆させて高い破壊力と速度を生み出す爆豪は、身体が温まれば温まるほど発汗が多くなって威力も速度も上がって来る。

 ここで扇動と争っていては本調子、または本調子以上の爆豪に追い付かれた時に非常に厄介なことになる。

 会場にはクソ親父が居る事もあって負ける訳にはいかない。

 それは勿論頑張っている姿を見せる為なんて理由ではなく、奴の炎の個性を用いなくともヒーローになれると証明する為…。

 争っても無駄だし、扇動も追い抜いた所で背後からの氷結に警戒しなければならない愚策は犯さないだろう。

 合理的に考えて今は扇動の言葉を信じても大丈夫と言い聞かせて、多少警戒したまま手を出さないでおく。

 

 「轟の裏の裏をかいてやったぜ!!」

 

 背後より扇動以外に声を掛けられて振り返ると、そこには“もぎもぎ”の個性で乱されたボールを使ってぴょんぴょんと跳びながら迫る峰田の姿があった。

 これには扇動も意外そうで感心したように視線を向けていた。

 

 「轟と扇動の背後を取ってやったぞ!喰らえ、オイラの必殺“グレープラぁああああああああああああああ!?」

 

 勝ち誇った表情を浮かべ、跳んだ高所から粘着力は非常に厄介なボールを投げてこようとしていた峰田は、固執し過ぎたせいで視野が狭まって近くに居た入試試験時に使用された1P仮想(ヴィラン)のロボットにぶん殴られ、勢いよく地面を転がっていった…。

 

 「なんだったんだアイツ…」

 「……“気にするな。コースの妖精だ”…なんて冗談は置いといて、性格はアレだが個性の使い方が上手いんだよな」

 

 吹っ飛ばされた峰田から視線を外し、自分達を覆う影の発生源に向け直す。

 太陽を背に巨大なシルエットが数台聳え立つ。

 

 『さぁ、いきなりの障害物だ!!まずは手始めの第一関門―――ロボ・インフェルノだああああ!!』

 「あぁ、入試ん時の0Pヴィランか」

 「これがか」

 

 聳え立つ複数の巨大なロボットが、話に聞く実技試験で使用されたものと知るも轟にとってどうでも良かった。

 寧ろ彼にとっては障害にすらなりはしない。

 のろいしデカイだけの的…。

 

 「なんならもっと凄ぇの用意して欲しいもんだ―――クソ親父が見てんだからな」

 

 瞬殺だった。

 片手を振ると同時に広がった氷結は地面を伝って巨大な氷が覆いつつ、表面を冷気が撫でると共に霜が降りた。

 それが数台居た0Pヴィランを襲い、それらすべてが行動不能となってただの置物と化したのだ。

 誇る様子も無く足元を駆け抜ける轟は背後から足音に小さく舌打ちをする。

 

 「舌打ちすんじゃあねぇよ――ってかテメェ、背後の俺も凍り付かそうとしやがっただろう」

 「妨害はありだろ?」

 「涼しい顔して…だがまぁ、ありがとよ。良いもん見れたわ(・・・・・・・・)

 

 なにか意味ありげな言葉に眉を潜めるが、そちらに意識を割くよりはレースに集中した方が良い。

 轟と轟任せの扇動は難なく第一関門を走り抜け、倒れて道を塞ぐロボ・インフェルノに背を向けて先へと進んでいく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一コマ:サポート科、脅威のメカニズム…。

 

 雄英体育祭前日。

 個性の使用が全面的に解禁される雄英体育祭において、サポート科は科目ゆえにサポートアイテムの使用が許可されており、個性よりも自身が作り出した作品を使う事に重きを置いている。

 自らの作品を多くに披露したいという欲に加え、観客の中にはサポート会社の人々も訪れるので、目に付けば卒業後の就職にも繋がるというもの。

 だからこそ開発工房にて生徒達はこれまでに制作した作品を眺めてうんうん項垂れていた。

 

 毎年恒例の光景にパワーローダーもほっこりと眺め――――て居られる訳ないんだよなぁ…。

 

 今年は特に問題児が他のサポート科の生徒に伝播していった為に、非常に精神的に圧が掛かって胃が痛い。

 大きくため息を吐き出して胃薬を口に含み、慣れてしまった苦々しい味を水で流し込む。

 

 「なんで俺がこんな目に…」

 「体調が悪そうですね!」

 「誰のせいだと思ってるんだ!!」

 

 気に掛けられるのはいいのだが、それが元凶の一人となれば話は別である。

 当の本人は何のことですかと言わんばかりに笑みを浮かべて首を傾げているが…。

 兎にも角にも今日はサポート科の生徒…それも初参加の一年が危なっかしいものを選ばないか監視しなければならない。

 胸中を渦巻く負の感情をため息と共に吐き出し、深く新たな空気を取り入れると共に気持ちを切り替えて生徒一人一人に近づいて行く。

 

 「お前さんは何使うんだ?」

 

 一人の生徒に問う。

 するとその生徒はよくぞ聞いてくれましたと制作したサポートアイテムを見せて来る。

 下半身だけ装着するパワードスーツのようだが、腰部分に取り付けられたブースターユニットが不安を煽る。

 

 「これは扇動が教えてくれたアイデアを組んだ“セイバーZX(ポーダーブレイク)”です」

 「移動用らしいが…」

 「その通りです!腰部分のブースターは焼け付かないように制限を設け、一定のブースターを吹かす事機動力に細かに使う事で小回りも利くんです。足裏にはローラーを付けているので」

 「却下だ!下半身だけ覆って上半身がGに耐えれる訳ないだろ!?」

 

 設計図や説明書にも目を通して怒りを通り越して呆れ果てる。

 良く出来てはいるんだが甘い。

 扇動だけでなくて発目の発明意欲まで伝染してないかコレ?

 そして似たように足裏にローラーがついている下半身のパワードスーツを作っている生徒が目に止まる。

 

 「それもセイバーなんちゃらとか言う奴か?」

 「違いますよ。これはあんな急発進急制動するもんじゃなくて、安定した走りをするので無茶なGも掛からないんです」

 「ふぅん、これどうやって曲がるんだ?」

 「それはここから“ターンピック(ボトムズ)”というアンカーが地面に突き刺さって…」

 「その急旋回時のGは?」

 「………あ!」

 

 同じように設計図を出させて目を通し、最高速度を簡単に計算してその旋回方法を使用した場合、冗談抜きで死ぬか骨折するだろう。

 危険性に気付いた生徒はがっくりと肩を落として項垂れる。

 他には製作者が乗りこなせない太陽光発電可能でターボ付きのスケートボード(名探偵コナン)や、他の生徒を跳ねるか踏みそうな水色にカラーリングされた蜘蛛を連想させる見た目の多脚ロボット(1/2スケールのタチコマ)などなど。

 中には製作途中のバイクをギリギリまで作業しようとしていた生徒もいたが、前方に装着された巨大な可動式のブレードに連射可能な射撃機構(無論実弾ではない)、巨大なタイヤに大型の排気口もといブースター装備で最高速度360を予定した大型三輪バイク(BRS THE GAME)なんて完成しても体育祭で使用許可が降りる訳がない。

 …いや、降りたとしても乗りこなせるもんなんて居るのか?

 

 とんでもない作品の数々に悩まされるも誰も扇動が注文している“ライダー”とかいう関係作品に手を出さない点は嬉しい誤算である。

 あれらは扇動専用に作られているために他の者が装着しても扱い切れない危険物が多かったりするので、そこらへんは弁えていると見える。

 

 扇動の知識に感化されて開発意欲が上がったのは良いのだが、危険な制作も増えて面倒を見るこっちの身にもなって欲しいもんだ。

 最悪もう一人ぐらい面倒を見れる常識人が必要だな。

 今度校長に進言してみるかと考えつつ、あまり聞きたくなかった問題児に視線を向ける。

 

 「はぁ…発目、お前は何使う気だ?」

 

 もうすでに胃が痛くて仕方がないのに、最後が一番の最難関。

 気が重くなる中、見せて貰うとそうでもない。

 脚部に付けるホバー発生装置にアンカー付きのワイヤー発射装置、背中に背負う跳ぶ(ジャンプ)だけのブースターユニットなど他に比べては危険の少ない…寧ろ安定しているサポートアイテムにとんでもない安堵感を抱いてしまう。

 まさか発目に対してこんな感情を抱くとは思いも寄らず、安堵感から薄っすらと目元は涙で潤む。

 

 …ただ単に期限内に作ったアイテムに問題が見つかった為に代わりのアイテムを差し出され、場合によってはそれを使う魂胆であると言うのは内緒であるが…。




 気に入らねぇな。(他のキャラの台詞を挟んで)気に入らねぇよ!!
 【ヘルシング】アレクサンド・アンデルセンより


 気にするな。コースの妖精だ
 【カーニバル・ファンタズム】アーチャー:エミヤより


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第26話 障害物競走

 凄いと素直に認めてしまった。

 認めるほかなかったと言うべきか。

 

 『一年A組轟!攻略と妨害を同時に!?こいつぁシヴィー!!』

 

 無理な体勢で凍らされた巨大なロボット達は倒れ込み、地面に激突して破片や氷の粒を撒き散らす。

 実況のプレゼント・マイクが言うように、一発で自身は突破した上で倒れ込んだことでそれは文字通りの障害物と成り果てた。

 

 入試時には片腕と両足を犠牲にして撃破した0Pヴィラン(ロボ・インフェルノ)を、轟は複数体を無傷で瞬殺…。

 活躍こそしていないが扇動は氷結を間近ながらもタイミングを合わせて跳んで二位を維持している。

 そして生き残っているロボ・インフェルノに真っ向から挑むのではなく、タイムロスを考えてあえて相手にせずに頭上を飛び越えて行った爆豪。

 三人とも凄い人なんだ。

 だけど…だからと言って負けてはいられない。

 僕の個性の制御は対人に置いては有効となったが、二週間では時間が足りずにまだ人以外は未知数…。

 ここで下手に使って行動不能になっては第一種目の突破も困難となるだろう。

 どうする?どうすれば良い?

 緑谷の思考はこの難題に対して働き、対して表情は獰猛な笑み(・・・・・)を浮かべていた。

 もし扇動が見ていたならばその様子に興味深く、そして嬉しそうに眺めていた事だろう。

 

 倒れ込んだロボ・インフェルノに下敷きにされた切島と鉄哲の防御特化の個性持ちは装甲を砕いてレースに復帰。

 残存するロボ・インフェルノは八百万が創造した大砲に寄る砲撃にて全滅。

 事態は秒で変化し、圧倒的突破が困難のように見えた第一関門は大きく開かれた。

 …とは言っても障害物として配置されたのは0Pだけではなく、峰田を吹っ飛ばした1Pヴィランのように入試の際に出てきた仮想(ヴィラン)が複数配置されている。

 各自各々戦闘、もしくは避けて先へと進む。

 

 緑谷といえば残骸である装甲を手に、向かって来た1Pヴィランと対峙していた。

 試験時にこの仮想敵は直線的に行動し、設定した標的を追尾するという情報が揃っている。

 勢いよく突っ込んで来るのを薄っすらと感じ取りながら(・・・・・・・)、逃げるふりをして突然の方向転換。

 立ち止まれない1Pヴィランに拾った装甲を振るう。

 狙うは酷く細くなっている胴体と下半身の接続部分。

 両足を無理のない程度に開いて足首や腰などに捻りを加えて振るった一撃は大剣のようにぶった切り、1Pヴィランの上半身と下半身を分断した。

 

 (武器だけでなく盾にもなるし凡庸性高いぞコレ)

 

 などと拾った装甲版に評価を下し、ぶった切った際に散る破片を気にすることなく進む。

 この際に放課後の特訓が始まって以来つけ続けているゴーグルに対しても感謝していたが、本当に思うべきところはそんなところではない。

 なにせ視線を向けずに背後より迫る1Pヴィランの位置を大体ながら感じ取れたことこそ扇動がゴーグルを掛けるように言った意図なのだから。

 

 装甲版を手に走り続ければその先には崖…。

 下を除けば真っ暗で底など見えず、先に進むには途中途中に聳え立つ石柱へと繋がるロープを渡らなければならない。

 

 『オイオイ、第一関門チョロイってよ!!なら第二関門はどうよ!!落ちればアウト!それが嫌なら這いずりな――ザ・フォオオオオオオオル!!』

 

 あまりの高さにゴクリと生唾を呑み込みブルリと震える。

 周囲に視線を向けると同様にビビッて足を止めていた。

 

 「大げさな綱渡りね」

 

 ケロッという掛け声と共に蛙吹が先陣を切ってロープに跳びつき、ひたひたひたと進んでいく。

 さすがというか度胸が違うと感心してしまう―――などと感心している場合ではない。

 すでに先頭集団はザ・フォールを抜けようとしている。

 轟はロープを氷結させて発生した氷で足を固定しつつ連続発生させて通過し、扇動は消防士などが使うセイラー渡過でスルスルっと素早く渡り切った。

 そのすぐ後ろに追い付こうと爆破で飛び越えるのは、身体が温まって調子が出てきた爆豪。

 先頭とこれほどに差があるのかと理解しつつ、自分もロープへとしがみ付く。

 背中に先ほどの装甲版を背負っている為に身体が下になり、意図せずモンキー渡過で渡っていく。 

 

 ロープを足場にして絶妙なバランスと個性のエンジンで突破する飯田に、高所より複製腕でムササビのように滑空して飛び越える障子など他の生徒も続々と渡過を始める。

 その中で一人異彩を放つ者が一人。

 

 「ふっふっふっ、来ました来ましたよ。私のサポートアイテムが脚光を浴びる時が!」

 

 そう言って周りの注目を集めるは様々なサポートアイテムを身に着けた発目であった。

 注目を浴びると同時に誰もがその身につけているサポートアイテムに釘付けとなる。

 それは魅せられたとか言う訳ではなく、アイテムの使用はズルなのではという視線…。

 

 「アイテムの持ち込みって良いの!?」

 

 皆の思いを口にしたのは側に居た芦戸である。

 対して発目の解答は公平を期すため(・・・・・・・)に許可されているというもの。

 なにせヒーロー科は授業で個性の扱いを習って使い慣れており、普通科を含んだ他の学科からすれば不公平。

 そこでサポート科は自身が作ったサポートアイテムならば使っても良しという事になっているのだ。

 

 「なので私達サポート科にとってこれは企業にアピールする絶好の機会なのです!」

 

 発目はアンカー付きのワイヤーを射出するサポートアイテム“ザ・ワイヤー”を使い、向かいの石柱にアンカーを突き刺すと崖へと跳び出し、ボタンを押すと巻き取りを開始してそのまま石柱へと突っ込む。

 ただアンカーを刺したところに向かうので、上の足場ではなく下の石柱激突コース。

 ぶつかる寸前に脚部の“ホバーソール”にて発生されたホバーで衝撃を緩ませて巻き取りで得た速力も加えて宙へと駆けあがる。

 

 「さぁ、見て!出来るだけデカイ企業!!私のドッ可愛いベイビーを!!」

 

 高らかに、そして誇らしげに叫びながら、飛び越える為だけではなく多くの注目を浴びようと宙を舞う発目。

 それに目をくれる事無く緑谷は先頭集団に喰らい付こうと先を急ぐのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「私のドッ可愛いベイビーを!!」

 「……んあ?」

 「どうした扇動?」

 「発目の叫び声が聞こえたような気が…いや、何でもない」

 

 渡り切ったところで扇動は遠くより響いて来た声に反応するも、すぐさま轟の背後をぴったりと追う。

 現在の順位は二位。

 これは絶妙な順位である。

 そこまで一位に固執している訳ではないが、むざむざ負ける気も無い。

 しかしここで勝つのは非常に困難だ。

 

 前を走っている轟は範囲攻撃が可能で、一位になると言う事は背を晒す行為。

 さすがに後方からの氷結を躱し続ける自信は無いし、氷結を喰らってしまった場合は最悪ゴールすら怪しくなる。

 一番良いのは轟が個性を使えない状態・状況に追い込むか行動不能にするかだが、身体能力高めで強個性持ちに何の準備も無く勝てるかどうか…。

 否、倒すだけなら出来るだろうけど確実なタイムロス。

 数分だけでも過ぎれば確実に爆豪が追い付いて来るだろう。

 轟・爆豪の連戦もかなりきついが、それ以上に倒し切れず二人に挟撃されるなんて事になれば目も当てられない。

 

 『一面地雷原!怒りのアフガンだ!!地雷は解り易くなってるから目と足を酷使して突破しやがれ!!ちなみに地雷は威力はねぇけど音と見た目派手で失禁必至だぜ!!』

 『…人に寄るだろソレ…』

 

 悩みつつも到着した扇動と轟に合わせてプレゼントマイクの説明が入る。

 見てみたら確かに土が盛り上がっていたり、埋め直されたような跡が見受けられる。

 アレが地雷のある場所なのだろう。

 確かに見つけ易いのだけど、注意しながら走ると言うのは中々に集中力を使う。

 下手にどちらかを緩めたら足止めか後続に追い付かれる危険性がある。 

 

 「怒りのアフガンって…機関銃撃ちまくるランボー(ランボー3 怒りのアフガン)でも出てくんのか?」

 「良いアイデアあるか?」

 「被害ガン無視なら爆破が一番。火で焼き払ってみるかい?」

 「絶対に炎は使わねぇ」

 「となると氷結で起爆させないように固めるかだけど後続に道作っちまうな」

 「つまり?」

 「地道に見分けて進むしかねぇな」

 

 面倒臭いけどそれが一番だろうと判断した二人は土の具合と互いの様子を窺いながら先へ急ぐ。

 続々と後続が追い付くも背後から響き渡る爆発音からして上手く進めてないらしい。

 中では飯田の突破法は凄まじかった。

 個性“エンジン”による速度頼りで堂々の正面突破。

 先へ進む度に地雷を起動させるも駆け抜けており、爆発するのは後方となる。

 突破法としては理想的であるも、意図せずとも少しでも緩めてしまえば爆発の餌食。

 実際飯田の全力疾走も長くは続かず後ろから続く爆発に飲まれた。

 威力は低いんだろうけど大きな爆風とピンク色の爆煙が

 

 「爆発えぐっ」

 「エンタメしてんな」

 「そんなの俺には―――関係ねぇえええ!!」

 

 見分けながら先に進んでいると後方より地雷とは違う連続した爆発音が近づき、それは徐々に大きくなって到頭(とうとう)それは(・・・)追い付いた。

 地雷を無視する爆発を利用した空中移動に、身体も温まって汗の量も増えて速度を上げれた爆豪が追い付くのは必然だった。

 扇動は舌打ちしながら地雷原での乱戦に知恵を巡らせる。

 

 「テメェ!宣戦布告する相手を間違えてんじゃあねぇよ!!」

 『ここで先頭が変わったぁああああ!!喜べマスメディア!!お前ら好みの展開だぁああああ!!!』

 

 先頭が轟から爆豪へと変わる。

 しかしそれを見逃す轟ではなく、進む為でなく妨害する為に氷結の個性を振るう。

 さすがに無視して先へ進む事叶わず、爆破を用いて防ぎながらなんとか先に進もうとする。

 激しい一位を巡った攻防戦。

 お互いに攻防を繰り返すもある一点に気付くと即座に対象を切り替える。

 

 「先に行かせるかよ!!」

 「気付いてねぇと思ったかクソ“すがら(身すがら)”が!!」

 「バレたか!気付くんじゃあねぇよ!!」

 

 二人が妨害に夢中だった隙にこっそりと抜いた扇動であるも即座にバレて攻防戦に巻き込まれる。

 すでに手の内を知り合っている三名の戦いは妨害と防御の二択と相成った。

 それぞれの得意分野に引き込まれないように警戒しつつの順位争い。

 モニターに移される順位表は目まぐるしく入れ替わる。

 手に汗握る争うの終止符を打ったのは扇動でも爆豪でも轟でも無かった。

 

 今までの地雷とは異なり過ぎる大きな爆音が響き渡る。

 何事かと三人の意識が僅かながら向く。

 地雷原の入り口で突如起きた巨大過ぎる爆発に高く舞うピンクの爆煙。

 そしてその中から爆風に乗って物凄い速度で迫って来る緑谷 出久。

 

 「イズク…お前ッ!?」

 

 予想打にしなかった事態に勝機を掴めた僅かな隙を逃してしまった扇動は、今まさに頭上を飛び越えようとする緑谷に驚き、次の瞬間には敵対していた三者は口にせずとも一時休戦となって緑谷を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 一か八かだった。

 今しがた地雷原に到着した自分と妨害しつつも四分の三も突破している扇動・爆豪・轟の先頭集団。

 すでに多くの生徒が地雷に引っ掛かって数は少なくなって進み易くなっているとしても、地雷原を駆け抜けてかなりの距離がある彼らに追い付けるはずもない…。

 だったら地雷を気にせずに彼らに追い付くしかない。

 脳裏に過ったのは爆豪の技である爆発を利用した空中移動。

 

 良くも悪くもここには爆発物は山ほどある。

 使えるかもと持って来た装甲版は爆風を受けるのにもってこいだ。

 目に付く埋めた跡を掘り起こして地雷をありったけ搔き集める。

 簡易であるが砂の壁で爆発の方向性を多少向けさせ、あとは成功する事を祈って装甲版を構えて地雷に跳び込むのみ(・・・・・・・・・)

 装甲版より伝わる振動に舞い上がる風圧を一身に受け、響き渡る爆音に耳が痛むもキッと目を見開いて正面を睨む。

 誰も彼もが上を見上げている。

 

 それもその筈…。

 大量の地雷が同時に起爆した事で発生した轟音に爆発で振り返れば、爆風を利用して空を猛スピードで飛翔する緑谷 出久の姿があったのだから。

 地雷もない空中では障害物もなく、爆風を一心に受けた緑谷は先頭集団に迫る。

 驚愕の表情をこちらに向ける三人。

 

 『A組緑谷!爆発で猛追―――ってか抜いたぁあああああああ!?』

 

 追い付くどころかそのまま頭上を飛び越して行った。

 やったと内心歓喜するもそれも束の間。

 麗日の“無重力”ならまだしも緑谷は爆風を利用した飛翔。

 距離が長く成ればなるほど失速して、引力にしたがって落下して行くのは道理。

 そもそも緑谷は着地の事など失念していた…。

 

 (どうする?どうする!?)

 「クソデクがッ!俺の前を行くんじゃあねぇえええ!!」

 「――チッ、仕方ねぇ」

 

 着地の問題も迫る中、抜かれた事で争っていた扇動・爆豪・轟が敵を緑谷に絞り(・・・・・・・)追い掛けて来たのだ。

 轟に居たっては後続に道を作ってしまう事を理解した上で、氷結で地雷を凍り付かせた安全な道を生成してまで追って来る。

 反応速度もそうだが追い掛けて来る速度も速い。

 失速する中でその三人が視界に入り、このままでは抜かれるのは必須。

 加えて地面に激突して転び、体勢を立て直すのに何秒掛かる?

 秒とは言え抜かれてしまっては追い付くのは難しい。

 もうそこまで迫る三人。 

 

  (こんなチャンスは二度と来ない。放してなるものか!追い抜き無理なら―――抜かれちゃ駄目だ!!)

 

 落下する中でも決して放さなかった装甲版を、着地する前に地面に叩きつけた。

 その真下にあった地雷が爆発し、追い越そうとしていた爆豪と轟は爆風をもろに受けて体勢を崩す。

 逆にまだ空中にいた緑谷は爆風に押される形で前へと飛ばされ、転がりながらも決して好機を逃すまいと立ち上がると同時に駆け出していた。

 

 『間髪入れず妨害!?なんと地雷原速攻クリア!!スゲェなっていうか凄過ぎだろお前のクラス!?どういう教育してんだ!!』

 『俺は何もしてねぇよ。奴らが勝手に火ぃ付け合ってんだろ…』

 

 だがこれで決着がつく筈もない。

 この先の障害物が無くともまだゴールには到着していないのだから…。

 

 「チィ―――なぁッ!?」

 「クソデクが!―――テメェ!?」

 

 爆発により体勢を崩されたと言っても爆豪と轟の反応は速かった。

 すぐさま体勢を立て直しつつ猛追しようと爆煙より跳び出そうとする。

 

 ―――が、彼らは緑谷に意識し過ぎて一人の存在を忘れ去ってしまっていた。

 轟が右側で爆豪が左側を走り、正面には落下してくる緑谷。

 そのまま突っ込んではぶつかると減速した偶然(・・)と、一瞬見えた緑谷の瞳からナニカをやらかす(・・・・)と悟って急停止で(二度目の爆発)を逃れた扇動 無一の存在を。

 注意が完全に逸れた二人は気付く事無く背後より首根っこを掴まれ、体勢が崩れているゆえにあっさりと引っ張られるままに転がされてしまった。

 そしてここは地雷原。

 転がった先にも地雷があり、予期してなかった三度目の地雷を受ける羽目に。

 

 

 ―――ゾワリ…。

 

 

 観なくても感じる。

 二つの爆発を背に猛スピードで追走してくる扇動を…。

 スタミナ・速力ともに負けている為、追い付かれれば必ず抜かれる。

 迫りくる圧を感じながら必死に足を動かす。

 決して抜かれるものかとゴールであるスタート地点兼ゴールである体育祭会場へと。

 

 『おっとトップ争いはA組緑谷と扇動の一騎打ちだ!リードはしているものの…って扇動足早っ!?みるみる距離を詰めて行ってんぞ!現在一位の緑谷、扇動の猛追から逃げきれるかぁああ!!』

 

 肺が痛い。

 息が苦しい。

 脚が疲れて休みたい。

 頭の中でいらん考えが渦巻く。

 だけど少しでも緩めたら抜かされる。

 

 勝つ…絶対に勝つんだ(・・・・)!!

 

 歯を食いしばって駆ける。

 徐々に距離が詰められているのが解る。

 後どれぐらいだ?

 足音からしてももうすぐ後ろ…。

 そう思っていると首筋に指先に触れられ緑谷は………。

 

 『さぁさぁ、序盤からこんな展開になるなんて誰が想像出来た?今一番にスタジアムに還って来たその男――――緑谷 出久の存在を!!!』

 

 会場全体を包む歓声と大型モニターに表示される自分の名前と順位。

 目にした瞬間、疲労と達成感から安堵しきって身体中の力が抜けて崩れ落ちそうになる。

 倒れ込みそうになったところで背後より扇動が支えられる。

 

 「勝者が膝付くんじゃあねぇよ」

 「あ、ご、ごめん……気が抜けちゃって…」

 「こういう時は無理にでも笑いながら胸張って歓声に応えるもんだろ」

 「そう…だよね…」

 

 大きく深呼吸をして無理やりにでも落ち着かせ、支えられてではなく一人で立って歓声に応えるように手を振る。

 観客席の一角は教員のスペースとなっており、トゥルーフォーム(八木 俊典)のオールマイトの姿も見え、やりましたよと気持ちを込めて視線を送る。

 第一種目だがやり遂げた達成感を噛み締めながらも、緑谷は先ほどまで居た扇動へと視線を移す。

 しかし扇動はすでにそこには居らず、一人離れた場所でモニターを眺めている。

 

 なにかおかしい(・・・・)

 らしくないと言うか喉元に引っ掛かる違和感。

 何処がと言えば指摘し辛いが、よく思い返したら先ほど支えた時の表情もおかしかったような。

 どう言えば良いのか…表情は困っているようなのだが、雰囲気は嬉しいようで悔しそう。そして怒っていた(・・・・・)ようにも感じ取れた。

 

 「一位凄いよデク君!悔しいよチクショー!」

 「い、いやぁ…」

 

 疑問に思って声を掛けようかと思うも続々とゴールした生徒の中に麗日もおり、悔しそうながらも嬉しそうに急接近された事で、照れにより顔が真っ赤に染まってそれどころではなくなってしまう。

 時間が経つにつれてゴールする人数は増えて行き、全員が揃ったところでミッドナイトが壇上に上がる。

 それと大型モニターには全員の順位ではなく上位42名の順位と名前だけが(・・・)表示された。

 

 「予選通過は42名!落ちちゃった人は残念だけど活躍する場はまだまだあるから安心なさい!そして次からは本選!!ここからは取材陣も白熱してくるよ!より一層注目されるんだから気張りなさい!さて、本選となる第二種目は―――騎馬戦よ!!」

 

 基本ルールは通常の騎馬戦と変わらない。

 二人から四人でチーム(騎馬)を組んで、騎手の鉢巻きを奪うというもの。

 ただし順位ごとにポイントが振り分けられていて、鉢巻きに書かれたポイントの奪い合い。

 この騎馬戦では鉢巻きを奪われたとしても失格ではなく、最終的にポイントの多い上位数名が次の種目への参加権を得るのだ。

 つまり組んだチームメイトによってもポイントも変わる。

 それと個性の使用は有りだが、悪質な崩し攻撃はは違反で退場との事。

 

 「ちなみに一位に与えられるPは1000万よ!!」

 「………イッセンマン?」

 

 ミッドナイトの説明を聞いていた緑谷だったが、自身のPに与えられた数値に頭がバグる。

 同時に獲物を見つけた肉食獣のような視線が高ポイントを持った緑谷に注がれていた。

 そして何より異質な視線も向けられていた。

 不意を突かれたとはいえ己を超えて行った事に喜び、後数ミリの差で追い付けなかったことを悔しがり、あまりの不甲斐なさ(・・・・・)に怒りさえ覚えている扇動の視線を…。

 



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第27話 騎馬戦 前編

 心操 人使(シンソウ ヒトシ)は首に手を当てながら周囲を見渡す。

 第二種目である騎馬戦はチーム戦。

 チームの合計点もだが仲間内の個性によって戦い方も有利になる。

 だからこそチーム決めは騎馬戦での行く末を大きく左右する事になるだろう。

 一位(緑谷)高ポイント(一千万)を保有するゆえに狙われるリスクが大き過ぎて誰も組もうとはしない。

 逆に三位()四位(爆豪)は一位ほど馬鹿みたいなポイント(リスク)は無く、上位に食い込んだ強個性を持っている事から群がられて組もうとアピールされているようだ。

 そんな中で二位の筈の扇動には人が集まってない事に気が付いた。

 確かに一位に次ぐ高ポイント保持者であるが、それでも狙われる可能性は圧倒的に一位が高く、二位に上り詰めたのなら相当強い個性を持っている筈(・・・・・・・・・・・・・)…。

 不思議に思いつつも思考を巡らせつつ近づく。

 

 個性“洗脳”…。

 その名の通り相手を洗脳して操る個性。

 便利(・・)そうな個性ではあるが条件は意外と厳しい。

 洗脳する為に必要なのは洗脳する意思(・・・・・・)を持って対象に問いかけを行い、対して返事をした(・・・・・)場合のみ洗脳出来て自由自在に解除する事も可能。

 しかしながら解除に関してはある程度(・・・・)の衝撃を受けるだけで自動的に解除される上に、簡単な動作指示ぐらいしか命じられない。

 そして何よりこの個性は初見以外では必ず警戒されて掛け辛い(・・・・)という難点を持つ。

 

 相手は初見。

 問い掛けの話題は選手宣誓で煽っていた事にして、あえて挑発して返事し易くさせるか。

 そう決めて表情を作って洗脳しようと忍び寄る。

 

 「なぁ、アンタ…選手宣誓してたよな。あんだけ煽っておいて二位か。ヒーロー科入試一位も大したことないんだな」

 

 嘲笑うようにして掛けた言葉。

 対して振り返った扇動には怒りや苛立ちと言った反応は無く、こちらの顔をじっと見つめると大型モニターに視線を戻した。

 警戒された?と脳裏に過るが実技入試の会場では扇動を見ていないし、ヒーロー科と違って普通科では個性を使用する事がないので知られていない。

 考えすぎかと過った考えを棄て、次に掛ける言葉を選定する。

 …が、その前に扇動が口を開く。

 

 「確かシンソウ ヒトシ…だったな。あぁ、あったあった。“心”を“操”り“人”を“使”うか。個性は洗脳(・・)と言ったところだな」

 「―――ッ!?」

 

 息を呑んだ。

 確かに宣戦布告しに一年A組に訪れた際に名前は聞かれて答えはした。

 だけどそれだけで個性を当てられる(・・・・・)とは思っておらず、驚きの余り感情が表情に出てしまった。

 

 「その表情…当たりってとこか。順位は28位(・・・)。服の上からだがそれほど鍛えてるようには見えないから個性を使ったな。それで実技試験を落ちた(・・・・・・・・)って事は何かしら制限があるか対人にしか効かない…そんなところか」

 

 条件などの詳細を語っている訳ではないが、こうも言い当てられると気持ちも気分も(・・・)悪い。

 一言返事させるだけだがこうも見抜かれてしまっては警戒されてしまっているだろう。 

 他に情報が広まる前にチームを組まなければと早々に扇動を諦めて去ろうとする。

 

 「対人用ならあの実技試験では相性が悪過ぎたな。まったく雄英の試験は勿体ねぇ事すんな。こんなヒーロー向きの良い個性(・・・・・・・・・・・)を振るい落とすなんて」

 

 無意識にぴたりと足が止まった。

 そんな事(ヒーロー向き)言われたのなんて初めてだ。

 今までの奴らは個性を知るや否や「洗脳して悪さし放題じゃん」などと言い、ヴィラン向きの個性(・・・・・・・・・)と笑いながら言って来た…。

 なのに目の前の奴は真逆の言葉を言い放った…。

 

 「…なんでだ?」

 

 それは洗脳しようと意識した言葉ではなかった。

 誰とも違う言葉に自然と問いかけてしまったのだ。

 洗脳だと個性を断定しているにも関わらず扇動は首を捻る。

 

 「別に変な事は言ってねぇだろ?」

 「…いや、アンタみたいな事言う奴が珍しくてな…」

 「可笑しな奴だな。ヒーロー科が大半を占める中に個性一つで食い込めるとなれば条件は知らんが相当な個性だ。個性の度合いや条件によっては暴れるヴィランの隙を突くのにも大人しくさせるのにも有効。人質を取られた際など無傷で救出する事だって考えられる。ヒーローならびに警察だって欲しがる逸材だろうが」

 「…そう…か」

 

 本当に不思議そうに言い返した扇動に対して心操は若干俯く。

 初めてそんな風に評価され、困惑と喜びから頬がニヤケてしまう。

 

 「お前―――俺と騎馬組む気ねぇか?」

 「相手が洗脳持ちって解って接してくるか?」

 「敵なら脅威だが味方なら頼もしい。何より正面切って宣戦布告してくる奴だ。期待してンぜ」

 「ははっ、変な奴だな…アンタ」

 「で、どうする?」

 「こっちは最初っからそのつもりだよ。ただ洗脳する気満々だったけどな」

 「そりゃあ結構。主審のミッドナイト先生からも個性の使用は下りてんだ。使えるなら使わねぇとな………ただ俺が騎馬戦に置いて使えるかどうかは怪しいが…」

 

 獰猛な笑みを浮かべる扇動に肩を竦める心操はちょっぴり嬉しそうに笑う。

 変わった奴に声を掛けてしまったなと思いつつも、その後を追いかけるように付いて行く。

 なんにせよこの騎馬戦を戦い抜いて、夢の為にも本選への切符を手に入れなければ…。

 

 

 

 

 

 

 心操に声を掛けられた扇動は表面的には強がっているが、どうやったら勝ち残れるかを思案していた。

 障害物競走に続く種目が個人種目か団体競技ならどれほど楽だったか。

 しかしながら選ばれたのは複数人で一個となる相性最悪の騎馬戦(・・・・・・・・)

 これが一般の個性禁止の騎馬戦であるなら何ら問題なかったが、雄英の騎馬戦は個性有りき。

 騎馬になっても自分勝手な身動きは取れ辛いので鍛えた身体能力も貯えた技術も使えないし、騎手を務めても不自由な体勢でどれほどやれるだろうか。

 それに俺は二位で205ポイントを保有しているために鴨にされる可能性が高い。

 鴨と言っても一千万という馬鹿げたポイントを与えられたイズクほどではないだろうけどな。

 

 ちらりと視線を向けると(三位)爆豪(四位)の争奪戦は行われているが、予想通り一千万ゆえに狙われるリスクからイズクに近づこうと言う変わり者は居ないよう―――いや、居たな。

 

 「デク君!組もう!!」

 「麗日さん!!嬉しいけど良いの?多分凄く狙われるけど…」

 「ガン逃げしたらデク君勝つじゃん。それに仲の良い人とやった方が良い!―――ってどうしたの!?急に不細工だよ!」

 

 誰も組む気配のなかったところに一本の蜘蛛の糸が垂らされて喚起するのは解るが、感極まって涙が溢れるどころか目から放水(・・)して周囲を水浸しにし、続く言葉で直視出来ないほどに眩しかったのか表情が酷く歪む。

 

 意識を向けていたからこそ聞こえた会話に大き過ぎるリスクを避けるなかりではなく、それを呑み込んだ上で勝算有りと手を取った麗日に対して「ほう…」と感嘆した。

 単なる友誼って訳でもないだろう。

 仲が良い間柄ゆえに能力欲しさで組むよりは連携が取り易く、戦闘訓練や放課後の訓練などで組んでいるからこそ相手の個性や身体能力(・・)もよく理解出来ている。

 

 イズクのチームはこれで二人。

 騎馬戦は二人から四人なので最低限の数は揃ったが、優勝を目指すのであれば四人組にする必要がある。

 麗日と組んだイズクは飯田を誘いに行ったようであるも、離れて轟の下に向かった様子からどうやら断られたらしい。

 

 「やはり良いですね目立ちますもん―――私と組みましょ一位の人!!」

 「わぁあああ近ッ!?―――あれ?確かサポート科の発目さん…だったよね?」

 「あれ?何処かでお会いしましたっけ?」

 「放課後に何度か顔合わせてるよ!?」

 「んー、すみません。貴方の事は覚えてませんが立場を利用させて下さい!!一位の貴方と組むと当然注目を浴びるじゃないですか!そうすれば自然と私のドッ可愛いベイビーが大企業の眼に留まるんですよ!それは私にとって大きなメリットで、貴方にとっても悪い話ではないと思うんです!サポート科はヒーローの個性をより扱い易くする装備を開発します。私のベイビー達の中にもきっと貴方に合う子がいると思うんですよ!!」

 

 聞き覚えのある声に苦笑いを浮かべ、全くもって彼女らしい考え方と正しい選択(・・・・・)に大いに納得する。

 何処から取り出したのか疑問を覚える程のサポートアイテムの数々を並べ、アピールする最中でイズクと盛り上がって話し込む様子を見て安堵して背を向ける。

 強かな女性達(・・・・・・)に友人で今は競う相手であるイズクに勝つべく、扇動は集まっているA組から離れてB組が集まっている方へと向かう。

 

 「鉄哲、俺と組まねぇか?」

 「はぁ!?」

 

 思いがけない相手(A組)より声を掛けられた事もあったが、それ以上に選手宣誓であれだけ煽っていたがゆえに鉄哲の驚きは大きかった。

 驚きと元々声が大きさにより周囲に響き、振り返ったB組の面々が注視する。

 一斉に視線を向けられた事態に一緒に居た心操はたじろぐも、扇動は動じることなく鉄哲の続く言葉(反応

)を待つ。

 

 「オイオイ!俺はお前が良い奴って解ってるつもりだ。けどあんだけ煽っといてそれはねぇだろ!」

 

 当然と言えば当然の反応か。

 意味合いは異なるも煽ったのは確かな事実であり、鉄哲は良くも悪くも熱く真っ直ぐな男だ。

 煽ると言う挑発的行為をそのまんまに受け取っても致し方なし。

 

 「だから俺は全力で戦うぞ!」

 「吐いた唾は吞めぬ…か。まさにその通りだな。当ては外れたがそれで良い」

 「何言ってんだ?」

 「簡単な話だ。お前さんはやる気に満ち溢れてるんだろ?」

 「あぁ、それが?」

 「煽ったかいがあったというもんだ」

 

 挑発しといて手を組もうなどと都合が良過ぎる。

 我ながら現在の状況に焦り、勝ちに逸って理解が及んでいなかったと見える。

 存外にイズクに負けたのが(・・・・・)堪えているらしい。

 早速考えを切り替えてこちらと組んでくれそうな可能性のある人物を、脳内でリストアップしつつ踵を返そうとするが、わなわなと震える鉄哲を見て留まった。

 

 「お前…その為に煽ったのか?」

 「全力で競い合った方が面白いだろう」

 「―――ッ、クッソ熱いじゃねぇかソレ!!」

 

 本当に良くも悪くも真っ直ぐで助かった(・・・・)

 意図を理解した鉄哲は興奮気味に叫び、表面だけを汲み取ってしまった事に憤っているらしい。

 

 「俺はそんな事も解らず煽られた事だけを…」

 「それは置いといて、考え方が変わったんならもう一度誘おう。俺と組まねぇか?」

 「おう!そう言う事だったなら受けるぞ。けど(B組)で良いのかよ。クラスメイトと奪い合う事になるぞ?」

 「構わねぇよ。ヒーロー(・・・・)ならばどんな状況下でも現場に居合わせたヒーローが険悪な間柄でも誰かを、何かを護る為ならば“最善を尽くす”べきだろう」

 

 注目を浴びていただけに扇動の言葉は周囲にも届いた。

 それに表立って同意する者も見受けられるほどに。

 これで三人だが正直これで勝てる気はしない。

 轟は兎も角爆豪は障害物競走での事で真っ先に襲ってくる可能性が高い。

 上鳴や耳郎のように中距離攻撃、または防御に徹せれる個性持ちが欲しいところだ。

 

 「そう言う事なら私と組む?」

 「どう考えてもお前さんは騎手向きだろ。うちの騎手は悪いけど決まってんだ」

 「…なら私と組もう」

 「いやいや、個性活かすんなら創造系か破壊可能な攻撃力持った奴が良いだろ」

 

 有難い事に取蔭 切奈と柳 レイ子が申し出てくれたが、彼女らの個性を考えるとどうしても活かせない。

 柳 レイ子はホラー系の話が大好きらしく、大食堂で知り合って以来知らないホラー話(前世で見たホラー系の邦画や特番)を強請ってくるような間柄になった。

 おかげで彼女を含めたB組の様子や情報を知り得る事が出来た。

 彼女の個性は“ポルターガイスト”。

 重量に制限はあるけれども、制限内であれば人でも物でも自由自在に操る事が出来る。

 すでに轟と組んでいるが創造の個性を持つ八百万などと組ませたら面白そうだ。

 

 二人の申し出を断りながら周囲を見渡すと“最善を尽くすべき”という言葉に共感と感銘を受けたらしい少女が祈るような仕草で懺悔を口にしていた。

 

 「鉄哲。彼女は?」

 「塩崎 茨だな」

 「塩に茨か…なんかアンデルセン神父(ヘルシング)を思い浮かべちまうな。個性は?」

 

 名前にヒントはあるが個性の断定がし辛い。

 髪質が茨のようなので髪が個性なのは解るが、それがどうなるかまでは名前では計れない。

 伸びるのか操るのか。それとも名の塩も関連するのかなどなど。

 問いかけると鉄哲は勿論だが、取蔭や柳も話してくれて情報を得た扇動はニヤリと笑う。

 

 「初めまして。唐突で申し訳ねぇが俺達と組まないか?君の力を貸して貰いたい。代わりに俺の知恵と知識を提供しよう。最善を尽くす為に、ヒーローという夢を叶える為に」

 

 初対面ではあったが差し出された扇動の手を塩崎 茨は拒むことなく、口にした目的に同意して申し出を快く受け入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 日本でのビッグイベントである“雄英体育祭”。

 一際注目を浴びているのは間違いなくヒーロー科一年A組だろう。

 なにせ前代未聞の雄英高校襲撃事件を耐え忍んだ生徒達が在籍するクラスというのが大きいだろう。

 他にもオールマイト(ナンバー1)に次ぐヒーローであるエンデヴァー(ナンバー2)息子(轟 焦凍)や、ヘドロ事件の被害者&関係者(爆豪・緑谷・扇動)が在籍しているというのもまた一つの要因である。

 一般の観客もヒーロー関係者もマスメディアも誰も彼もが注視する。

 

 それを良く思わない者も当然ながらいる。

 一年B組の物間 寧人(モノマ ネイト)などがそれに当たる。

 B組とて同じく雄英高校ヒーロー科の狭き門を突破した金の卵達。

 誰も彼も優秀なのは確かでA組に引けをとる事は無い。

 だというのにA組ばかりちやほや(・・・・)されるというのが気に入らない。

 別に自分達を持て囃して欲しいと言っている訳ではなく、自分を含めてB組の仲間(・・)がA組よりも優秀な事を証明したいよいう想いからだ。

 ………高い自尊心(プライド)にヒーローを目指す向上心から何が何でもA組を引き摺り降ろしたいという願望がない訳ではないが…。

 

 そして同じように“ヒーローを目指す向上心”から少なからず物間に同調する生徒(B組)も多く、物間は騎馬を組む為に集まったB組の彼ら彼女に向かって語り掛ける。

 

 「ここに集まった観客の多くがA組ばかり注目している。なんでだ?彼らと僕らB組の違いはヴィランと会敵(・・)しただけだぜ?僕ら一年B組が予選で何故中下位に甘んじたかを調子づいたA組に知らしめてやろう皆」

 

 ニヤリとほくそ笑む物間。

 対してB組の面々の反応は様々で頷く者も居れば、また物間がなんかやってるよと眺めている者もいる。

 ただ真っ向から否定する者だけは居なかった。

 中には拳を掲げて声を出す者も居た―――B組の生徒ではなかったが…。

 

 「…おー」

 「って君はA組の生徒だよね!?なに当然って顔で混じってるのさ!!」

 

 何気ない様子で混じっていた扇動は声を出すところかと一応声を挙げて応え、物間のツッコミとB組の面々からの視線を受ける事になった。

 隣には組んでいる心操が居たが、扇動の行動に対しては呆れたような眼差しを向けるばかり。

 

 「あんだけ選手宣誓で煽っておいて良くもまぁ混じれたもんだね!顔の皮膚厚すぎるんじゃないの?」

 「別にA組だけで組めとは言われてねぇんだから良いだろ」

 「良くないね!良い訳ないよね!?何さも当然に言っちゃってんの?っていうかなんで皆何も言わないのさ!?憎きA組の…それも宣誓で煽り散らした張本人だよ!!」

 「別に憎くはないって…」

 

 先ほどまでやる気なさげながらニヒルに笑っていた物間は、見るからに感情が爆発(暴走)して興奮しきって見る影もなく崩壊しており、慣れた様子の拳藤 一佳(ケンドウ イツカ)が訂正を口にする。

 拳藤もそうだが誰もA組(扇動)が居る事になんら反応がない事に驚きながら大仰な動きを持って振り返る。

 しかしすでに受け入れているらしき者がちらほら

 

 「単に煽ったんじゃなくて他の生徒のやる気を上げて競い合おうなんて熱い展開じゃあねぇか!」

 「向上心も大事ですが如何なる状況でもヒーローは最善を尽くすものと言われてしまえば、手を取り合い共に歩むのもまたヒーローへの道なのでしょう」

 「意外に皆話の解かる奴らばっかだった」

 「ちょっと皆チョロくない!?」

 

 少なからず好感情を持っていなかった筈なのに、実技試験で仲が良くなった鉄哲は例外としても、B組に溶け込むほどに親しく談笑している。

 

 注目を浴びているA組ってだけで気に入らないっていうのに、こっち(B組)でも人気者なんてさ。

 それに彼の事は幾らか知っている。

 家は金持ちでヒーロー一族。

 入試一位の実力者で中学時代には人命救助で表彰。 

 最近ではヘドロ事件にも関わっており、メディアにも取り上げられていた…。

 

 ―――恵まれた人間(・・・・・・)

 

 「―――で?A組の、それも入試主席様が何の用で来たのさ?」

 「騎馬の勧誘」

 「同じクラスメイトでなくてB組に?随分と薄情―――いや、人望が薄いんだねぇ」

 

 余計に皮肉に力が籠る。

 対して扇動は気に止める様子もなく返した。

 

 「俺は無個性だ。個性禁止の騎馬戦なら問題じゃなかったが、個性有りきとなると別だ。どれだけ身体を鍛えて居ようと技術を持っていようと身動きが取れないんじゃあ価値がない。現にA組で俺と真っ先に組もうと思う奴はいなかったし、俺も同じ立場なら勝つことを考えて同じ事をしただろうしな」

 「はぁ!?無個性!?入試一位の君が!?」

 「あれ?物間知らなかったんだ」

 「知らないし聞いてないよ!!」

 

 物間とて一般入試組なので実技試験の内容は実体験で理解している。

 だからこそ信じられず、驚愕から声を荒げる。

 個性も無くその身一つであの実技試験を突破したなど信じれるものではない。

 A組もだがB組にも一般入試組で強個性の持ち主は何人もいる。

 それ中で合格したというだけでなく一位通過。

 にわかには信じ難い。

 だけど一緒の会場で共闘したという鉄哲は勿論の事ながら、拳藤も誰かから聞いていたらしく首を傾げながら聞かれた事もあり、疑いようのない事実なのだろう。

 取り乱したが荒げた呼吸を落ち着かせ、先程の扇動の言葉に戻る。

 

 「それにしてもB組なら組んでくれる人が居ると?楽観的なんじゃないの?」

 「違ぇな。A組でなくB組なら(・・・・・・・・・)価値があるだろ」

 「…へぇ、勝つために仲間を売るなんて厚顔無恥なんだ」

 

 思わず鼻で嗤ってしまった。

 A組に無価値でB組では価値のあるもの。

 そんなの授業を共に出来ないゆえに知り得ない詳しい情報だろう。 

 

 「仲間を売るとは率直な物言いだ。―――言ったろ。俺は無個性だ。手段を選びつつ使える物は何でも使う。そうでもしねぇとヒーローになんて成れやしねぇだろう。この至れぬ我が身ではな。それに全力で戦わねぇと勝てねぇから」

 

 皮肉というよりは侮蔑混じりな言葉に返された一言が重なる(・・・)

 

 ―――至れぬ身。

 無個性の扇動が自分自身を現す為の言葉であるも、それはこちらにも当て嵌まる。

 扇動とは違って個性を持つ物間だが、その個性“コピー”は人の個性をコピーして使用するというもの。

 時間制限だったり、コピー出来る条件があったりするが、一番の問題は己の個性だけで戦う事は出来ないと言う事。

 

 決して一人では強くなる事は出来ない…。

 トップヒーローと呼ばれる第一線で活躍するヒーロー達のようには成れはしない…。

 自身に主役を張れる性質は持ち合わせず、真っ直ぐな道のりを歩む事叶わず…。

 

 だけど物間は断じて自身の性質を恨むことは無い。

 主役は張れない。

 ならば脇役を務めれば良い。

 脇役に収まるのでもなければ脇役に満足する訳でもない。

 目指すは主役をも喰らうような名脇役。

 

 …だから…という訳ではないが、何と無しに気持ちを理解してニヤリとほくそ笑む。

 

 「へぇ、君も僕と同じ脇役しか演じられないって言う訳か。なら喰らってみるかい?彼ら主役を張れるクラスメイトを」

 

 ポツリと零して物間は正面から見つめると、扇動は不思議そうに眉を吊り上げ、そして酷く笑った(・・・・・)

 

 「あぁ、喰っちまおう(・・・・・・)

 

 扇動と物間が向かい合ってニヤリと笑みを浮かべる様は、不穏そのものであった。

 よく解らないが意気投合したようで良かったと思う鉄哲や、なんか面白そうとほくそ笑む取蔭など変わった趣で眺める者も居るが、大半は不安と呆れ交じりの視線を向ける。

 

 かくして幾つかの騎馬が組まれ、第二種目の火蓋が切って降ろされるのであった…。



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第28話 騎馬戦 中編

 明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いいたします。

 …で、早速なのですが新年早々投稿が遅れまして申し訳ございませんでした。
 今回は騎馬戦の続き、それと書いておいて何処で投稿しようかとお蔵入り(17.7話)していた話の二話投稿させて頂きました。
 次回投稿した際には17.7話は17.5話と18話の間に移動します。


 日本の一大イベントである“雄英体育祭”はテレビ放送だけでなく、放送席を設けてラジオでも中継が行われている。

 左耳だけにイヤホンを挿した扇動 流拳は孫である無一の活躍が伝えられる度に口角を上げるも、観客席で見られない事を非常に残念がりながら暗がりの路地裏を一人歩いていた。

 

 いや、見れなくて自分が残念なのは兎も角として、孫には見学に来る肉親は自身しか居ない。

 それを寂しがっていたりしないだろうか?

 悲しんでいないだろうか?

 そうぐるぐると考え出すとただでさえ立ち並ぶビルによって日の光が届き辛い路地裏に、どんよりと非常に重っ苦しく湿った空気が漂い始める。

 

 上がった口角が下がって、今度は何度目か解らないため息を漏らす。

 

 青空広がる天気の中、孫を第一に考える流拳はヒーロー活動と以前からの孫の頼みに応えるべく、泣く泣く活動地域を超えて路地裏での捜索活動を行っていた(・・・・・・・・・・)

 何故探している時には見つからず、都合が悪い時に限って見つかるのか…。

 出来れば体育祭の後に見つかれば良かったのにと思うも詮無き事か…。

 なによりヒーローとして放置する訳にもいかないし、孫曰く“スイクン(ポケットモンスター金or銀)”とか言う奴並みに出会うのは難しいので、この期を逃す訳にもいかない。

 そう言った事もあって孫に謝罪してこうしている訳なのだが、家族を優先するか仕事を優先するかの選択をこの歳で味わう事になろうとは思いもしなかった。

 

 沈み切った心中に喝を入れるように両頬を叩いて意識を切り替える。

 今はヒーローとしての職務に孫の頼みに専念する事としよう。

 そして見事孫の願いを叶えた上で、今日応援(観戦)に行けなかった分だけ甘やかしてやらねばと熱意を抱く。

 同時に自分の友人はちゃんとしているだろうかと危惧も浮かべる。

 

 自分が見に行けない事もあって家では雄英体育祭を中継しているテレビにラジオを録画・録音しているが、どちらも体育祭全体(・・)を見ている為に焦点を孫にだけという訳にはいかない。

 なので友人であるグラントリノに現場での録画を頼んでおいたのだ。

 頼み込んだ時は一言で断られたが粘り強い交渉(一週間に渡る電話攻撃及び自宅への突撃)により快く(青筋を立てて)受けてくれた。

 今事手渡したビデオカメラ(約三十万円前後)を手に映してくれている事だろう。

 さすがに個人個人生活のある弟子達全員(・・)を行かせる訳にもいかないかったので、良い友人が出来て良かったと心底思う。

 今度何かしらお礼をしないとな。

 

 グラントリノのお礼(謝罪)も考えつつ、流拳は路地裏をこっそりと進む。

 あるヴィラン(・・・・)を探して…。

 

 

 

 

 場所を戻して雄英高校。

 一千万という馬鹿げたポイント設定を与えられた緑谷 出久は、高過ぎるポイントゆえに狙われるリスクから避けられていたが、何とか騎馬を組んで勝ち残るべく騎馬戦に挑む。

 デメリットもあるけれども仲の良さで選んでくれた麗日 お茶子。

 一位という注目を集める順位を利用して自身の作品を見せ付けたいと利害優先の発目 明。

 このチームの利点は何と言っても発目の存在であろう。

 サポート科は公平を期すために自らが作成したサポートアイテムの使用を許可されている。

 その条件は騎馬戦でも同様であり、使用の許可はチーム内にまで及び、緑谷は圧縮した空気を噴出して一方向へ飛べるバックパックと、左腕に鍵のような形をしたガントレット(小手)を装備していた。

 

 …ただ発目がいる恩恵でサポートアイテムが使えると言ってもそれだけで勝てる程甘くない。

 なによりこのチームには圧倒的に攻守面が足りていない。

 サポートアイテムで補う方法もあるにはあるが、装備しまくれば自然と重量が増加して騎馬すら組めなくなるだろう。

 唯一緑谷が攻撃可能な個性を持っているものの、あまり力を込めれば悪質な崩しと見られてルール違反と見做される可能性がある為に咄嗟の使用や乱発は出来ない。

 

 そこで目を付けたのが同じクラスメイトの常闇 踏陰(トコヤミ フミカゲ)である。

 個性の“ダークシャドウ”という頭部は鳥を思わせる影のモンスターであり、攻撃能力も高ければ伸縮自在でカバーできる範囲が広い。

 さらに独自の知性と感覚を持ち合わせているので視野も非常に広い。

 

 声掛けをしたら二つ返事で応えてくれた常闇を含め、緑谷が騎手を務める一千万三百五Pの騎馬が出来上がった。

 

 「それにしても狙われたものだな緑谷」

 「うん…本当にね」

 

 騎馬は全部で十二騎。

 そのほとんど(・・・・)がこちらに視線を向けてきている。

 いつもは味方である扇動ですら敵なのだ。

 

 扇動のチームに顔を向けるとなんとも言えないチームが出来上がっていた。

 騎手に普通科C組の心操 人使を据えて、前方を鉄哲 徹鐵、右後方を塩崎 茨、左後方を扇動 無一で騎馬を組んだ普通科・A組B組ヒーロー科の混成騎馬。

 組と科だけで言えば数合わせやその場凌ぎにも見えなくもないが、あの扇動(・・・・)が組んでいるとなると警戒心を抱かずにいられないのは何故だろうか。

 そしてその扇動に対して怒気剥き出しで睨みつけている爆豪…。

 障害物競走で一位を取った緑谷は荒れそうだなと思いつつ、自身に向けられていない事に安堵するのであった。

 

 『全員組み終わったな!それじゃあ早速始めようか!!残虐バトルロイヤル―――カウントダウン開始!!』

 

 プレゼントマイクの開始の言葉に合わせて“3”からカウントダウンが行われる。

 選手の多く(・・)が一千万三百五ポイントの緑谷チームを目標に定め、観客は今か今かと注目する。

 

 『スタァアアアアアアアト!!!!』

 

 開始の合図とほぼ同時に走り出す。

 クラスメイトも関係なく、包囲するように一斉に緑谷に群がる。

 

 「追われる者の定めか…選択しろ緑谷!」

 「勿論逃げの一手!」

 「承知!―――ッ!?」

 「地面が!?」

 

 包囲されていると言えども連携している訳ではない。

 誰も彼もがポイント欲しさにがむしゃらに突っ込んでいるに過ぎず、十分に付け入る隙は存在する。

 戦闘を避けて包囲網からの脱出しようとした矢先、足元が底なし沼のようになって沈んでいく(・・・・・)

 B組の誰かの個性によるもの…。

 

 「麗日さん!発目さん!顔避けて!!」

 

 指示通りに緑谷が背負っているバックパックの噴射口から顔を避ける。

 バスターヒーロー“エアジェット”のバックパックを参考に作ったそれは、噴射口より勢いよく空気が噴出されて飛ぶ事が可能なのだが、個性の補佐目的ではなく単体で設定されただけに四人で飛ぶことは流石に無理がある。

 そこで麗日の出番となる。

 麗日の個性“無重力”で重さを無くし、人ひとり浮かせる推進力で四人で飛ぶことが可能となったのだ。 

 噴き出された風圧で土埃が立ち、煙幕替わりとなった中で緑谷達は空高くへ飛翔して危機を脱する。

 

 

 

 

 囲むように迫る騎馬集団から逃れようと飛んだ緑谷チームを皆が見上げる。

 その中には葉隠を騎手としたチームもその一つだ。

 鉢巻き以外は透明化で見えないとはいえ、支えている騎馬の左右後方を担当している砂藤 力道(サトウ リキドウ)口田 甲司(コウダ コウジ)は気まずく顔を上げ辛い。

 

 「飛んだっ!?じ、耳郎ちゃん!!」

 「解ってるって!!」

 

 その中で前を担当していた耳郎は睨みつけ、個性“イヤホンジャック”である耳たぶのプラグを伸ばして追撃を行う。

 ―――が、常闇の怪我より現れているダークシャドウに弾かれてしまう。

 舌打ちひとつ零して緑谷が着地する地点へと当たりを付ける。

 終了時に手にしていれば騎馬戦を突破するのは確実の高ポイントを一度逃したぐらいで諦めれる筈がない。

 

 「追うよ!―――ちょっと!?」

 「なんだこれ!?足が動かねぇ!!」

 

 追いかけようとした矢先、耳郎は後ろの二人が動かなかったことでつんのめって転びそうになった。

 何事かと視線を向けると口田と砂藤の足が白い液体が掛かっており、それが瞬時に固まって動きを封じてしまっている。

 どうにかして脱出しようと二人は力を籠めるもビクともしない。

 そこに迫るのは足を固めた“セメダイン(接着剤)”の個性を使用した凡戸 固次郎(ボンド コジロウ)を騎馬として、おんぶされる形で騎手を務めている小大 唯(コダイ ユイ)のチームであった。

 

 「やった!やったよ!扇動くんの言う通りだったね。緑谷君が飛んだ時(・・・・)こそ周りは狙い所だって」

 

 名が挙がったように扇動はB組に協力してもらう(・・・・・・・)代わりに情報と策を与えた。

 以前開発工房で発目のサポートアイテムを見て性能を知っていた為、緑谷が背負っているのがそれだと解りきっていた。

 なのでその事と凡戸に個性の確認(・・)した上で騎馬戦での有用性を説いたのだ。

 悪質な崩しは禁止されている以上、相手を戦闘不能状態に追い込むのは非常に難しい。

 しかし凡戸の個性なら悪質な騎馬崩しをせずに、相手をその場で動けなくして行動不能にする事が可能。

 さらに今回に限って運も大きく作用している。

 三人固めるつもりが耳郎が追撃の為に動いたので避けられてしまった。

 それが功を成してというか後方の二人が足が急に止められた事で崩れかけ、騎馬の形的に前は一人で立て直さなければならなくなった耳郎は、支えるので精いっぱいで小大チームに攻撃が行えずに葉隠は小大と騎馬を組んでいる訳ではないので手が自由の凡戸の二人掛かりによって鉢巻きを奪われたのだった。

 

 「…ん」

 「―チッ、やられた…」 

 「扇動君の裏切者ぉ~!」

 

 これにより小大は元々の140ポイントに奪った370ポイントが加わって十二位から五位まで浮上し、同時に行動不能となった葉隠チームはリタイヤ確実になってしまうのだった…。

 

 

 

 

 「扇動!テメェはブッ殺す!!」

 「騎手じゃねぇんだけどな俺…」

 

 葉隠が鉢巻きを奪われた頃、爆豪は緑谷ではなく扇動が居る心操チームに向けて猛進していた。

 騎馬の芦戸に瀬呂、切島は高得点の緑谷を狙った方が良いのではと進言するも、障害物競走にて思いっきり妨害されて言い様にされた事を根に持った爆豪が聞き入れる筈もない。

 扇動は近くにいた拳藤チームと言葉を交わして即座に離脱(・・)させる。

 

 「さっきはよくもやってくれたなぁオイ!!」

 「真っ向から突っ込む気だぞ!どうすんだ扇動!」

 「試練ですね」

 「心操、打ち合わせ通りに(・・・・・・・・)

 「本当に言うのか?あー…かっちゃん(・・・・・)だったっけか」

 「かっちゃん言うなや!―――あ?」

 「オイ!どうした爆豪!?」

 

 答えてしまった(・・・・・・・)

 洗脳する意思を持った問いかけに答えた相手を操る個性。

 条件が条件だけに知っていれば対処は容易いが、初見で個性を知らない爆豪では警戒はしても対処までは難しい。

 まんまと洗脳に掛かった爆豪の動きはぴたりと止まって騎馬に動揺が走る。

 そしてそこを物間のチームがすかさず接近して無抵抗の爆豪より鉢巻き奪い取る。

 

 「ほんと…単純だよね」

 「―――ッ!?何が…」

 「爆豪!鉢巻き盗られてんぞ!!」

 「ンだと!?返せテメェ!殺すぞ!!」

 「返す訳ないだろ。えーと、ヘドロ事件の被害者君(・・・・・・・・・・)。今度参考に聞かせてよ。年に一度ヴィランに襲われる気持ちってのをさ」

 

 心操の洗脳は心操自身の意思以外では、ある程度の衝撃を与える事で解除される。

 鉢巻きを取られた際か、心配した切島が揺らした事のどちらかは知らないが、運よく洗脳より解き放たれた爆豪は怒りで満たされてしまった。

 この瞬間、爆豪の優先順位が入れ替わる。

 一位を取る為にデク(緑谷)ややってくれた扇動でもなく、厭味ったらしく煽り散らしてくれた眼前の物間しか(・・)映っていない。

 

 「…予定変更だ切島―――デクや扇動の前にこいつを殺す!!」

 

 怒気が目に見えそうな感じで溢れ出る爆豪。

 当然ながら周囲に居た騎馬は自然と離れて行く。

 

 「物間一人で大丈夫か?加勢すべきなんじゃあ…」

 「加勢つっても俺はB組の連中の癖を知らん。形だけの連携で止められる奴じゃあねぇんだよ」

 「なら俺達は本命を狙うか?」

 

 意識の違いに扇動は顔には出さないが少し悩む。

 高い熱量を心に灯した鉄哲は勝てるか否かは関係なくトップを狙っている。

 ヒーローとして上昇志向である塩崎も同様である。

 しかしまずは突破を狙っている心操と扇動はそこまでは高くない。

 …ただ敗けっぱなし(やられっぱなし)というのは気に入らない訳で、緑谷にリベンジマッチを仕掛けたいとは思っている。

 だがそれはタイミング的に(・・・・・・・)まだだ。

 

 「――今は様子見だ。ただ途中盗れるモンは盗るがな。頼むぞ塩崎」

 「あぁ…穢れに手を染めなければならないなんて…」

 

 爆豪から645ポイントを奪った物間のチームは自前の285ポイントと合わせて930ポイント。

 二位に上昇した物間チームを狙って小大チームに、泡瀬 洋雪と庄田 二連撃が騎馬となって尾白が騎手を務めるAB共同チームが迫る。

 物間に意識を向けている爆豪をそのままにして、扇動達は緑谷を狙って動き出す。

 

 

 

 

 件の緑谷は飛んだ事で包囲から逃れ、着地時には発目が障害物競走で使用していたホバーソールで着地の衝撃を緩め、危機的状況より脱して着地しようとしていた。

 

 「どうです私のベイビーは?可愛いでしょう。可愛いは作れるんですよ!」

 「機動性ばっちりだよ!凄いよベイビー!」

 「でしょでしょ!」

 「浮かしとるからやん…」

 「それに凄いよ常闇君。僕らに足りなかった防御力。それも補って余りある全方位中距離防御能力!」 

 「―フッ、選んだのはお前だ」

 

 しかし、一難去ってはまた一難。

 一千万という保持すれば一位突破は確実のポイントを早々に諦める筈も無く、包囲していた騎馬は軒並み追撃を敢行する。

 

 『まだ二分も経ってねぇってのに早くも混戦乱戦!各所で鉢巻き奪い合い勃発で順位も入れ替わり激し過ぎんだろ!?』

 「奪い合い?違うね。これは一方的な略奪よ!!」

 「障子君!?これ騎馬戦だよ!?」

 

 複製腕で背中を覆いながら単騎で突っ込んで来る。

 凡戸もだったが騎馬を成さない様子に驚き突っ込む緑谷だったが、冷静に状況を判断した常闇が距離を取るべく離れる事を進言。正しい判断と同意してすぐさま移動しようとするが、ホバーソールを装備している麗日が峰田の“もぎもぎ”を踏んでしまって動けない。

 

 「何なん!?取れへん!」

 「峰田君の!?一体どこから―――ってそれありなの!?」

 

 周囲を見渡しても峰田本人の姿は無し。

 …が、障子が複製腕で覆っている隙間から峰田の姿が覗き、障子の複製腕で防御しつつ攻撃し続けれる作戦に驚きよりもズルいという感想が先に出てしまう。

 さらに隙間より蛙吹と思われる長い舌が伸びる。

 

 「蛙吹さんも!?二人抱えて…凄いな障子君!!」

 「梅雨ちゃんと呼んで緑谷ちゃん」

 

 間一髪で回避した緑谷は再びバックパックのスイッチを押す。

 もぎもぎがくっ付いている為に無理やりの飛翔となり、ホバーソールは耐え切れずに悲鳴を上げて(軋みと破損音)底面が割れてしまった。

 

 「私のベイビーが引き千切れたぁあああ!?」

 「ごめん!でも離れられたよ―――むーくん…」

 

 悲痛そうに発目が嘆きに謝りながら振り返ると、追手来ていた扇動の姿が見えた。

 狙ってきている事に危機感を覚えながら、着地地点に視線を向けるとそこには拳藤チームが待ち構えていた。

 

 「読まれてた!?」

 「本当に飛ぶだけで移動は出来ないんだ。扇動の言った通り読み易い!」 

 「奪うなら今ですぞ!」

 

 簡単な話だ。

 空中を自由自在に飛行できるサポートアイテムでなく、ジャンプする要領で飛ぶだけなら着地地点の推測は意外と容易い。

 機動力に富んだ拳藤チームは扇動の情報を元に先回りしたという訳だ。

 

 扇動曰く獣には美女が付きものとの事らしいく、利点を含めて勧められたチーム。

 個性“獣化”にて体格は二倍ほど巨大化し、身体能力を大幅に向上させる宍田 獣郎太(シシダ ジュウロウタ)が文字通り騎馬となり、両拳を巨大化させる“大拳”の個性で障子同様に自分を覆って高い防御から攻撃にも活かせる拳藤 一佳。

 攻守に加えて宍田の速度にブレない騎馬というのは非常に厄介な相手である。

 

 「どうする緑谷!?」

 「強行着陸と同時に正面突破!!」

 「デク君、本気!?」

 「麗日さんと発目さんは顔避けてて!減速(・・)任せるよ常闇君!!」

 「――減速?」

 「個性を解除して麗日さん!」

 「解除!!」

 

 着地地点で待ち構える拳藤。

 無重力が解除された事で降下速度が早まり、待ち構えていた拳藤が不意を突かれる形となって慌てて拳を巨大化して鉢巻きを奪おうと振るう。

 その瞬間前屈みになってスイッチを押した。

 バックパックより噴出された勢いで巨大な拳が振るわれるより先に抜ける。

 …ただ指先が掠って鉢巻きではなく、放課後の特訓を始めて以来付けっぱなしとなっていたゴーグルを弾き飛ばす。

 強行突破した緑谷達だが前へと加速した事で着地が不味い事に…。

 

 「そう言う事か緑谷!ダークシャドウ!!」

 「アイヨ!」

 「麗日さん個性を!」

 

 先の言葉の意図を理解した常闇はダークシャドウに地面を掴ませる(・・・・)

 指先が地面に食い込んで跡を残すも甲斐あって減速させる事に成功し、速度が緩んだところで麗日の無重力と残っている片方のホバーソールで無事着地した。

 

 「嘘!?抜かれた!?」

 「上手くいったがもう少し伝えて欲しかった」

 「ごめん、咄嗟の……事…で…」

 

 下手すれば激突コースだったことから常闇の不満はもっともだろう。

 言葉足らずだった事から緑谷は謝罪を口にするが、その途中で意識を別に持ってかれた。

 ゴーグルが取れた事で視野が開け、世界が広がったのだ(・・・・・・・・・)

 縁で隠れていた部分を感じる事で察していた(・・・・・・・・・・)世界が視野の中に納まる(・・・・・・・・・・・)

 あまりに見え過ぎる感覚に一瞬呑まれたのだ。

 

 「デク君!?」

 「緑谷!」

 「―――ッ、ごめん!皆踏ん張って!!」

 

 視界の端にちらりと映った相手と飛翔するナニカを即座に判別して指示を出し、即座に身体を捻って回避行動に入る。

 意味が解らずに言われるがままにする三人は奇怪な光景を目の当たりにする。

 緑谷に対して“キノコ”や“角”、さらには“手”などの身体の部位が浮遊して襲い掛かる。

 それらを掠りはするがほとんど(・・・・)躱すか払い除けるで対応仕切る。

 

 「えぇ!?なにこれ!?」

 「摩訶不思議な光景です!」

 「アレか!!」

 

 驚くべき光景の中、常闇は個性の使用主を見つけた。

 それもまた奇怪な光景である。

 

 生えている角を射出したり飛ばして自由自在に操る個性“角砲(ホーンホウ)”の角取 ポニー(ツノトリ ポニー)を先頭に、多種多様なキノコの胞子を放出しては湿ったところであれば幾らでも生やせる“キノコ”の個性で自身を含めて仲間にも少量ずつキノコを生やす小森 希乃子(コモリ キノコ)と、その生えたキノコを近くのモノを重量制限内なら複数操る事の出来る個性“ポルターガイスト”で操っている柳 レイ子で騎馬を組み、騎手である取蔭 切奈は自身がばらばらにして操れる“トカゲのしっぽ切り”の個性で両腕だけをバラバラにして攻撃に使用している。

 

 「遠距離型で固めたチーム。中々の強敵だな―――迎撃しろダークシャドウ!」

 

 回避に専念するばかりでは形成は変わることなく寧ろ不利になるばかり。

 そこで常闇はダークシャドウで飛来物を薙ぎ払わせる。

 おかげで飛翔物の群れに穴が空き、開いた隙間に跳び込むように脱する。

 

 「さすがだよ常闇君。助かったよ」

 「それはこちらの台詞だ。良くアレを躱したものだ」

 「うん、今凄く見え過ぎて(・・・・・)るんだ」

 

 本当に良く防ぎきったと言えよう。

 なにせ角に色とりどりのキノコや腕のほとんどを目暗ましとして使用し、本命で鉢巻きを奪取しようとしていた手による前後左右上下による全方位攻撃を凌ぎきったのだ。

 当然ながら死角からの攻撃もあったというのに、あたかも見ていたように防ぎきった。

 

 二週間も見辛いゴーグルをつけていた甲斐があったというのもだ。。

 視覚から得ている情報に制限をかける事で視覚以外の感覚を鋭敏にして慣らし、さらに事故とは言え視覚の制限が外された事で周囲の情報感知能力は飛躍的に向上している。

 ただし、常日頃着用していたとは言え二週間の短い期間では完全とはいかず、音や気配もあってなんとなく大体で察している程度。

 けど今はそれでも十分すぎる成果を上げる事が出来た。

 緑谷は内心ゴーグルの成果と扇動に感謝するも、扇動にしたら体育祭始める前に外していなかったのかと半分呆れていた…。

 

 B組の個性の情報を得て扇動が示唆した編成案を採用した拳藤チームと取蔭チームから逃れた緑谷達だったが、その先には轟のチームが迫っていた。

 後方には拳藤・取蔭チームが居り、扇動を始めとする他のチームもこちらに向かってきている。

 

 「そう上手くはいかないよね…」

 「そろそろ奪るぞ」

 

 対峙する二組の騎馬。

 だが立ち止まって睨み合い出来る余裕はどちらにも存在しない。

 どちらも騎馬戦を突破するに足る高ポイントを持っているチーム。

 上を目指す者なら狙わない道理はない。

 周囲から囲まれながら緑谷と轟の両騎馬による攻防戦が始まろうとしていた…。



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第29話 騎馬戦 後編

 客席にクソ親父―――エンデヴァーの姿があった…。

 苛立ちと戦闘においては絶対に()は使わないと言う意思を強く抱き、轟 焦凍は緑谷 出久を騎手とした騎馬と対峙する。

 爆豪が一位に固執しているように轟も優勝を目指す。

 それはヒーローを目指してなどと語れるものではなく、母親より受け継いだ氷の個性で優勝を飾って親父()を完全否定するといったもの。

 障害物競走では緑谷と扇動に後れを取ったが、騎馬戦ではそうはさせない。

 絶対的な一位を勝ち取る。

 

 「終盤で相対すると思っていたが少々早かったな。随分と買われたものだな緑谷」

 「時間はもう半分!何としても守り抜くよ(・・・・・)!!」

 

 終了時間までポイントを死守すれば緑谷達は一位通過間違いなし。

 逆にここで奪われたら取り返すのは難しいだろう。

 対峙した緑谷からも強い意思を向けられるが、そういった視線は正面からだけではなかった。

 なにせ一千万という規格外に続いて三位の高ポイントが集まっている。

 勝利を掴もうと言う騎馬が群がって来るのは道理だ。 

 

 「扇動!お先に!!」

 「私達が一千万を貰うよ!」

 「飯田前進!八百万はガート(・・・)伝導(・・)を、上鳴は―――」

 「言わなくても解ってんよ!」

 「―――ッ、轟から離れろテメェら!!」

 

 絶好の機会と言わんばかりに拳藤や取蔭を含んだ周辺の騎馬が雪崩れ込むも冷静に指示を出し、八百万が創造した絶縁シートで上鳴から自身と八百万と飯田を隠すように被る。

 気付いた扇動が叫ぶが遅い。

 上鳴の放電(無差別放電130万ボルト)によって周囲に集まっていた騎馬は痺れ、足を止めた所に伝導として想像して貰った鉄棒を地面に擦らせ、伝って(・・・)氷結で周りの足を凍らせる事に成功。

 これで多くの騎馬を行動不能にする事が出来た。

 …ただ緑谷と扇動の騎馬は距離が範囲外だった為に難を逃れている。

 

 「無差別放電に寄る広範囲攻撃。しかもダメージを受けてない様子から絶縁シートか。抜かりねぇな…残存騎馬は?」

 「近辺では三騎だけです」

 「――チッ、想定より早く減らされたな(・・・・・・)。念のため周囲の回収を頼む」

 

 扇動は決して怠っていた(・・・・・)訳ではない。

 戦闘訓練の様子と上鳴との日常会話にて個性“帯電”の情報収集はしていた。

 だが、その放電の範囲と威力を目にする事は無かったのである。

 

 ―――原作ではヴィラン連合襲撃時にお披露目する筈だったのだが、扇動が居た事(・・・)によってその機会が無くなった事が一番の要因であった…。

 

 特に警戒していた扇動達が仕掛けるどころか氷結で動けなくなった騎馬へと向かっていく。

 

 「進路変更だ!先に扇動を片付ける(・・・・)!!」

 「――ッ、解った!」

 「ちょ!?緑谷が先じゃなくて良かったのかよ?」

 「扇動さんを放置しておくのは危険(・・)なんですの!」

 「そう言う事だ」

 

 解り切っている。

 扇動がこの種目では能力を発揮できない事を。

 だからこそ奴は積極的に仕掛けようとせず、B組の生徒とも組んで協力体制を築いて自身が襲われ難い状況(・・・・・・・)を意図させずに作り上げた。

 かといって優勝を目指していないなんて事はあり得ない(・・・・・)

 狙うなら俺達と緑谷、または爆豪とやり合っている最中、時間終了間際にどさくさに紛れて強襲してくるに決まっている。

 

 無個性だからと言って侮るつもりは俺にも八百万にも飯田にもない。

 …逆だ。

 無個性ゆえに思いも寄らぬ手段を用いてでも勝ちを獲り(・・)に来る。

 

 放電によって残存しているチームは緑谷・爆豪・轟・心操・物間・尾白・小大の七チーム。

 説明では次の種目へ進めるのは四チーム。

 展開次第では最悪ここで痺れた面子のポイントを拾われれば自分達が最下位に成りえる可能性が存在する。

 その芽を摘む意味も込めて行動不能になった連中から扇動はポイントを回収して行るのだろう。

 今の状態では自分達が上がれる可能性が非常に低い事を知っていて、同じクラスメイトである鉄哲や塩崎に託すようにポイントを繋ぐ(・・)者もいて抵抗を受ける事もなく回収を進める。

 

 轟は近づきながら拳藤の鉢巻きを一応盗って行き、ポイント回収を終えた扇動達と対峙した。

 

 「お前を残していたら後々何されるか解かったもんじゃない。ここで潰させて貰う!」

 「不味ッ、近づき過ぎた!」

 

 声色は焦っているようだが瞳はこちらの動きを見極めようとこちらを捉えている。

 長期戦となれば反撃される可能性に緑谷を逃してしまう。

 一気に蹴りを付けてここを離れる。

 鉄棒の先をまた地面に擦って氷結を伝わらせて凍り付かせようとする。

 

 「氷結が来る!きつく結べ(・・)塩崎!!」

 「痛みを伴いますよ」

 「多少刺さっても(・・・・・)気にするな!――ヤレ!」

 

 塩崎はツルを左右に伸ばして、片方は扇動に巻き付けた上で鉄哲へと伸ばす。

 鉄哲は身体を鉄と化すために問題ないが、茨のツルは体操着越しとは言え扇動の身体に棘が食い込む。

 上から見るとツルが三角形で三者を結び、心操は足を鉄哲の手からツルへと乗せる。

 

 「一心不乱に砕け鉄哲!!」

 「おっしゃあ!任せろ!!」

 

 心操を支えなくて良くなった鉄哲の手は自由になり、氷結によって迫って来る氷の波をひたすらに殴り続けて粉砕する。

 氷結の個性によって発生した氷群は、先頭を潰された事でそれ以上の進行出来ずに食い止められる。

 

 「氷結を食い止められた!?」

 「――チッ、上鳴放電を!!」

 「お、おう!」

 「正面を覆え塩崎!」

 

 轟としても考えなかった訳ではなかった。

 訓練を見て貰う事で個性の扱い方に技術などを教われたが、それはまた扇動にとっては俺の能力を見られているという事。

 戦闘訓練時でもあれだけこちらを読んで行動したのだ。

 より精密な情報を元に氷結の対策を施してやがった。

 となれば先に驚いていた様子の放電を喰らわせようと指示するも、塩崎のツルが壁のように立ちはだかって防ぎきりやがった。

 

 「正面のツルを切り離せ!離脱する!!」

 「逃がすか!!」

 「良いのか?遠退いてるぞ一位(・・)

 

 言われてちらりと視線を向けると緑谷は俺と扇動がやり合っている隙に距離を取っていた。

 氷結対策(鉄哲)ツルによる防御能力(塩崎)個性不明の騎手(心操)…。

 それに加えて扇動の状況分析と指揮能力。

 短時間で動きを封じて一位の鉢巻きを奪取するのは不可能…。

 先のツルに寄る壁でさえ、放電を防ぐと同時に切り離した事で行く手を遮る障害物と化している。

 

 「残り一分…皆、俺はこの後使い物にならなくなる(・・・・・・・・・・)だろう」

 「…飯田?」

 「しっかり掴まっていろ」

 

 どうすべきか悩む轟に重く告げて来た飯田。

 声色とその雰囲気からナニカを仕出かすというのは察せれる。

 飯田はぐるりと騎馬を緑谷に向けて、扇動に背を晒すように動いた。

 

 「奪れよ轟君!トルクオーバー―――…」

 

 これは危険極まりない。

 扇動は騎馬を組んで咄嗟に動けないとしてもこれでは攻撃も防衛もし辛い。

 けれど轟は飯田を信じ、背後より迫る扇動達を無視してしっかりと掴む。

 

 「―――レシプロバァアアアスト!!」

 

 急加速に伴って負荷がかかり、景色が恐ろしい程早く動く。

 遠ざかっていた距離があっと言う間に縮まり、あまりの急接近に対処出来なかった緑谷から通り過ぎる瞬間に鉢巻きを掴み奪った。

 遅れて緑谷の呆けた声が漏れる。

 呆けそうなのは轟も見ていた誰もが一緒だった。

 

 『な、何が起きたんだ今!?早っ!飯田、そんな超加速があるなら予選で見せろよー!!』 

 「今のなんだ飯田?」

 「トルクと回転数を無理やり上げて爆発力を生む。ただし、反動で暫くするとエンストしてしまうがな。クラスメイト…扇動君も知らない裏技さ」

 

 飯田は緑谷からの誘いを断った。

 良い友人関係を築いているからこそか、入試から緑谷の活躍を目の当たりにしている分、未熟と称する自分と比較して今回は敵―――ヒーローを目指すライバルとしての見ている。

 ゆえに虎の子である裏技を披露してくれたのだろう。

 雄英体育祭では年ごとに競技が変わるが、一対一のトーナメント戦だけは恒例となっている。

 すでに扇動の中では裏技への対策を巡らせている事だろう。

 自身が不利になるのも解り切った上で披露し、奪取できた鉢巻きは絶対に死守する。

 

 奪われた事で焦りながら突っ込んで来る緑谷に、轟は自身の想いと飯田の覚悟をもってして応戦する。

 

 

 

 

 

 

 轟に緑谷、扇動とは離れた一角にて四位の高ポイントの争奪戦が行われていた。

 四位から鉢巻きを奪った物間の騎馬に小大と尾白が襲い掛かるが逆に一本ずつ鉢巻きを奪われてしまう。

 奪還も含んで奪い合いをしている少し離れた位置で爆豪達の騎馬は居た。

 

 「落ち着け爆豪!冷静になんねぇと取り返せねぇぞ!!」

 

 心操の洗脳の個性を初見で喰らってしまった爆豪は無抵抗のままB組の物間にポイントを奪われてしまった。

 絶対的な勝利者を目指している爆豪としてはポイントを奪われただけでも苛立っているのに、物間は“ヘドロ事件”を掘り返しつつ煽りに煽って腸が煮えくり返りそうな状態である。

 爆豪と騎馬を組んだ面々は諦めておらず、勝つために爆豪に冷静になるようにと代表して切島が促すも、爆破によって生じた音によって掻き消される。

 

 「―――進め切島ァ……俺はすこぶる冷静だ!

 「んとに頼むぞマジで」

 

 怒りで身体をわなわなと震わしながら闘志…いや、殺意(・・)にも似た怒気を露わに爆豪は物間だけを定めた。

 不安は残るものの奪われたポイントを取り返そうと物間の騎馬へと突き進む。

 他に二組の騎馬が物間に襲い掛かっているが邪魔だと言わんばかりに強引に割り込む。

 

 「待ちやがれテメェ―――ッ!?」

 「ハハッ、良い“個性”だね」

 

 手を伸ばして爆破を喰らわせてやろうとした爆豪は逆に“爆破”を浴びせられてしまう。

 同一の個性…。

 威力は低かったがそれでも顔当たりに爆風も込みで喰らって左右に顔を振るう。

 “爆破”の個性を使用した物間は爆破を放った手を引っ込める際に軽く切島の頭を叩く。

 

 「爆豪!オメェ()個性ダダ被りか!?」

 「うるせぇ!クソがッ!!」

 

 切島は障害物競走にて轟が凍らせた0Pヴィランの下敷きになり、その際に一緒に下敷きにされた鉄哲の事を言っているのだろう。

 “硬化”の個性を持つ切島に身体を鉄にする“スティール”の個性を持つ鉄哲。

 どちらも身体を強固な防御力を持つ個性。

 だが、物間に対しては違和感が残る。

 今まで爆破を使っている話は無かったし、使っておいて“良い個性だね”と言うのは不自然だ。

 思考は冷静に、感情は怒りで沸騰しそうな爆豪は今度こそ爆破を喰らわす。

 しかし爆発から姿を現した物間は腕を“硬化(・・)”して防いでいた。

 

 「―――まぁ、僕の方が良いけどね」

 「コイツ…コピーしやがった…」

 「へぇ、意外に頭周るんだ。ま、馬鹿でも解るだろうけど…ねぇ?」

 

 爆破に次いで硬化の個性を使用しやがった。

 かなり低いが轟のように個性二つ持ちの可能性もあるにはあるが、こうも被る(・・)となるとそれは別の個性と思った方が現実的だ。

 爆豪の指摘通り物間の個性は“コピー”で、触れた相手の個性を五分間は使用可能というもの。

 

 「うおっ、固まった!動けねぇ!!」

 「ちょい待ち!私の“酸”で溶かすから」

 「急がねぇと俺ら0Pだぞ!」

 

 物間と爆豪がやり合っているのを周囲の騎馬も黙っているつもりはない。

 凡戸の個性“セメダイン”が撒かれて運悪く切島の足が固められる。

 下で慌てる三人の声を耳にしながら、鬼の形相である爆豪は襲われながらも余裕を持って逃げ切ろうとする物間を捉えて離さなかった。

 

 「これで良し!」

 「取り返すぞ爆豪!」

 「―――ぇが一位になる…

 「なんだって?」

 「一位だ…ただの一位じゃあねぇ…俺が獲るのは完膚なきまでの一位だ!!」

 「―――ッ、待てって!」

 「しつこいなぁ…。あまりに粘着質過ぎるのはヒーロー云々よりも人としてどうなん―――ッ!?」

 「勝手すんな爆豪!!」

 

 敵味方どちらも度肝抜かれた事だろう。

 なにせ爆豪(騎手)が爆破で飛んで、騎馬から離れて物間に襲い掛かったのだから。

 

 「円場、防壁!!」

 

 騎馬正面を務める円場 硬成は“空気凝固”という空気を固め、壁や足場にも出来る個性を持っている。

 慌てながらも指示を飛ばす物間に従って爆豪の前に空気の壁を作る。

 勢いを付けていただけにぶつかった爆豪は痛がるも、そんな程度で立ち止まるような軟な男ではない。

 力尽くで空気の壁を破壊して物間が首に巻いている鉢巻きを数本奪い去る。

 

 「三本(・・)盗られた!?」

 「戻れ爆豪!」

 

 空気の壁を破壊して鉢巻きを取った爆豪は態勢を崩すも、瀬呂によるテープで巻きとられて騎馬へと戻される。

 まさか三本も奪われるとは思わなかった物間は焦るも、爆豪から奪った645Pの鉢巻きは残っていた。

 奪われたのは物間達の285Pに物間達が奪っていた小大(140P)尾白(350P)の鉢巻き。

 合計すると爆豪は775Pを手に入れて現在三位に浮上。

 逆に物間は四位でギリギリで通過という危うい立場に。

 爆豪から取り返そうとも思うが小大が葉隠から奪った370Pを保持している筈だ。

 どちらからでも一本奪うだけで四位通過は確実となるが奪おうとすれば奪われる可能性も高くなる。

 通過を確実なものにするか今のポイントを死守するべく逃げ回るか選択を迫られる物間だったが、そんな時間を待つ爆豪(・・)ではない。

 

 「俺単騎じゃあ踏ん張りが利かねぇ………あの野郎から俺らのPを取り返して一千万に行くぞ!!

 

 口は悪くあえて(・・・)口に出してないが、あの爆豪(・・・・)が自分だけでは駄目だと理解して頼っている。

 内容は力を貸せ!って感じではあるが…。

 騎馬である切島、芦戸、瀬呂は仕方ねぇと思いつつ、爆豪の雰囲気に良い意味で(・・・・・)呑まれた。

 

 「醤油顔!テープ!!」

 「瀬呂な!!」

 「黒目!進行方向に弱い溶解液!!」

 「芦戸 三奈だって!!」

 

 瀬呂のテープが物間の騎馬を追い抜いて地面に張り付き、芦戸の弱酸性の溶解液が撒かれて、硬化で踏ん張りを利かせれるように切島がした事で、爆豪は芦戸と瀬呂の顔に当たらぬように後方へ爆破を放つ。

 爆破によって生じた加速によって溶解液にて滑らかになった地面を滑るように進み、瀬呂のテープが進行方向への誘導と巻き取る事で加速の補助を務める。

 

 これは個性や実力の違いというのもあるのだろうが、物間達と爆豪の際たる違いは彼が抱く執念…。

 その違い事が物間の敗因である。

 反撃しようとも対処が遅れ、通り様に奪った爆豪に掠りもしなかった。

 

 「良し!これで通過確実だ!!」

 「まだだ!!次、デク(一千万P)のとこだ!!」

 

 完全なる勝利を目指す爆豪に従って緑谷と轟が交戦している場に向かう。

 

 

 

 

 緑谷達は焦っていた。

 終了間際に0Pで通過可能な四位外にまで落ちてしまった。

 このままでは敗退は確実…。

 

 「轟君に突っ込んで!!」

 「上鳴が居る以上は不利(・・)だ!他のPを狙った方が――」

 「駄目だ!Pの散り方を把握できていない上に時間がない!!」

 

 常闇の“ダークシャドウ”は影から成る個性で、暗闇を力に変える反面光には弱いのだ。

 その点を考慮すると上鳴の帯電との相性は最悪だ。

 だけど口にした通り時間がなく、どのチームが合計ポイント所持しているかは大型モニターで表示されていても、誰がどのチームの鉢巻きを所持しているかは解らない。

 最悪奪ったとしても小大の370Pより下であれば通過出来ない。

 

 「よっしゃ!取り返そうデク君!!」

 

 焦る緑谷に個性の相性ゆえに戸惑う常闇。

 その二人の背を押すように麗日が前進しようと押す。

 振り返った緑谷は強い想いと諦めていない麗日に奮い立つ。

 彼女がヒーローを目指す意思を知っている。

 同様に常闇には常闇の、発目には発目の想いがあってチームを組んだ。

 自分がオールマイトに期待され、自ら夢であるヒーローを目指すように彼らの想いそのものを背負っているんだ。

 

 「あああああああああああああ!!」

 

 三人の想いを強く感じた緑谷は奪い返そうと鬼気迫る表情で、大声を発しながら必死に手を伸ばす。

 逃げ切れば一位確実の轟は逃げずに受けて立つ。

 放つ電気の容量が限界点を超えると思考能力が著しく低下すると言う上鳴の自己申告に、飯田が裏技を使用した事でいつエンストが起こるか解らないという事もあったが、逃げると言う選択肢が存在しなかったのだ。

 緑谷に宣戦布告した事にエンデヴァーへの否定も含んだ意地。

 

 だけどその意地が霧散する。

 三人の想いを背負った緑谷から発せられる思わぬ気迫に圧されたのだ。

 その瞬間、無意識ながらに()を纏った。

 絶対に戦闘では使わないとあの日以来決めていた炎を…。

 

 ワン・フォー・オールを人に使えるようになった緑谷だが、拳を振るう事は悪質な騎馬崩しというルール違反に当て嵌まって退場させられる可能性がある。

 ゆえに僅かに腕に纏わせてタイミングを合わせて横に振るう。

 巻き起こる風圧の流れによって轟がガードしようとして伸ばした腕を払い除ける。

 風圧が轟の炎に当てられほんのりと熱を持って通り過ぎる。

 そしてすかさず鉢巻きを奪取した。

 

 「()った!」

 

 終了時間まで僅か十七秒という時間で鉢巻きを奪い取る事には成功した。

 しかしそれすなわち騎馬戦通過とはならなかった…。

 

 「待ってください!その鉢巻き違いませんか!?」

 「――ッ、やられた!!」

 

 手にしていたのは轟は念のために拳藤から取った135Pの鉢巻き。

 轟は緑谷から鉢巻きを奪って巻く際に位置を入れ替えたのだ。

 してやられたと焦りながら再び轟達へと向かう。

 が、気迫にやられた事と十秒を切った事で形振り構わず防御に徹するべく、絶縁シートを被って上鳴が容量を超えてでも放電を行う。

 容易に近づけない上に騎馬から離れた爆豪に、扇動達を除いた(・・・)生き残っている(行動可能な)騎馬が迫って来る。

 

 「バインド(・・・・)を!」

 

 上鳴が放電したのを一度見てから再び放つのを待っていた緑谷は、打破すべくもう一つの左腕のサポートアイテムを使用する。

 嵌めている小手(ガントレット)は腕を護る為ではなく、ガントレットより伸びている鍵状の射出機より捕縛用の鎖付きの手錠を放つ。

 

 「なにっ!?―――ッ!!」

 「なんだこりゃあ!!」

 

 狙って射出された手錠はそれぞれの目標に向かって飛んで行く。

 一つは飯田の足を施錠(・・)して伸びた鎖を伝って放電に寄る電撃が轟達を襲い、飛び掛って来た爆豪を牽制して驚いて体勢を崩す事に成功。

 絶縁シートで完全に防ぐつもりでいた為にこの痺れは想定外。

 動きが鈍った轟達に緑谷達は諦めず手を伸ばす。

 

 『ここでタイプアップ!騎馬戦終了のお知らせだぁああ!!』

 

 無情にも告げられた終了の一言に降りた緑谷は打ちひしがれる。

 オールマイトの期待に応えれなかった…。

 むーくんに特訓を付けて貰ったのに活かせなかった…。

 なにより自身を信じて託してくれた三人の想いに応える事が出来なかった…。

 

 『一位、轟チーム!二位は僅差で心操チーム!三位は爆豪チーム!………』

 

 膝をついてその場で悔しさを噛み締め、読み上げられる上位のチーム名とそれに対してのそれぞれの反応を耳にする。

 もう後悔でいっぱいいっぱいで、よろりと立ち上がった緑谷は三人に頭を下げる。

 

 「皆……その、ごめん…本当に…」

 「デク君、デク君!」

 

 何処か浮いた様子の麗日の呼びかけに顔を上げると麗日と発目が常闇を指で指し示す。

 示された常闇は閉じていた目を開き、背後にいるダークシャドウを示した。

 

 「緑谷…お前の一撃は明らかに轟を動揺させた。奪われたポイントを取り返すのが本意だっただろうが、そう上手くはいかないものだな―――だが、警戒が薄まったもう一本の方を頂いて置いた。これはお前が追い込み生み出した結果だ」

 

 ダークシャドウが加えているのは轟達の持ち点だった595P。

 合わせて730P…いや、合わせずともそのポイントだけでも四位だった(・・・)小大達の370Pを超えている。

 

 『四位、緑谷チーム!!以上四組が最終種目進出だぁああああ!!』

 

 目の前の事実に頭が追い付かずにいた緑谷に告げるように、プレゼントマイクに四位で読み上げられた事で、一瞬で興奮と歓喜で心中が満たされると溢れ出るように目から涙が放水(・・)されるのであった。

 




●各チームと順位表
〇一位:轟チーム(10,000,305P)  
・轟 焦凍  
・飯田 天哉  
・八百万 百 
・上鳴 電気  

〇二位:心操チーム(1475P)
・心操人使
・扇動無一 
・鉄哲徹鐵  
・塩崎 茨  

〇三位:爆豪チーム(1420P)
・爆豪 勝己  
・切島 鋭児郎
・瀬呂 範太  
・芦戸 三奈  

〇四位:緑谷チーム(730P)
・緑谷 出久  
・常闇 踏陰  
・麗日 お茶子 
・発目 明  

〇五位:小大チーム(370P)
・小大 唯  
・凡戸 固次郎 

〇以下同順

〇取蔭チーム
・取蔭 切奈  
・角取 ポニー 
・柳 レイ子  
・小森 希乃子 

〇葉隠チーム
・葉隠 透  
・耳郎 響香  
・砂藤 力道  
・口田 甲司  

〇峰田チーム
・峰田 実  
・蛙吹 梅雨  
・障子 目蔵  

〇物間チーム
・物間 寧人  
・回原 旋  
・円場 硬成  
・黒色 支配  

〇拳藤チーム
・拳藤 一佳  
・宍田 獣郎太 

〇尾白チーム
・尾白 猿夫  
・泡瀬 洋雪  
・庄田 二連撃 

〇鱗チーム    
・鱗 飛竜  
・骨抜 柔造  
・吹出 漫我  
・鎌切 尖  


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第30話 休憩時間

 騎馬戦第四位にて最終種目への通過を果たした緑谷 出久は、その成果から考えられないほどに暗く重い雰囲気を纏っていた。

 別段結果に対して思い悩んでいるとかではない。

 騎馬戦の結果発表を終えて休憩時間に入ると、緑谷は轟に話があると呼び出された。

 簡潔に内容を述べると意志表明…。

 その内容が非常に重く、軽い言葉を挟む事の出来ない話であった…。

 

 轟の父親がナンバー2ヒーロー“エンデヴァー”である事。

 上昇志向の高いエンデヴァーは自分ではオールマイトを超えれないと判断すると、自身の個性を強化して子に継がせる為に配偶者を選んで、実績と金で相手の親族を丸め込んで結婚を強いた(・・・・・・)

 結果、両親の個性を受け継いだ轟とその母親の日常は想像を絶するものだったのだろう…。

 彼の記憶の中の母親はいつも泣き、「お前の左側が憎い」と熱湯を浴びせたという…。

 

 …あまりにも世界が違い過ぎる…。

 思う以上に凄惨な日々を送って来ただろう…。

 

 ヴィラン連合襲撃事件で脳無とオールマイトの本気の戦いを肌身で感じた轟は、それに近しい感覚を騎馬戦の時にも感じ、オールマイトに目を掛けられている事もあって、何かしら繋がりのある者と緑谷を判断した。

 ゆえにかエンデヴァーを完全否定する為に炎を使わず氷結だけで一位を獲る。

 その為には僕がオールマイトの何であれ勝つという宣言。

 

 

 僕は無個性だった。

 いや、オールマイトから個性を授けられても多くの誰かに助けて貰ってここに居る。

 正直話を聞いただけで知った気になっているだけで、全然彼が体験した事の一つも理解出来てはいないだろう。

 それでも僕は目指す。

 轟君に比べたら小さいかも知れないけど、助けてくれた人たちに応える為にも僕は負けられない。

 僕は轟君に個性云々の下りは内に秘め、想いと改めて君に勝つと言い返した。

 

 

 そんな事もあって少し気持ちが沈んでいる。

 会場から昼食を取ろうと食堂の方へ歩き始めながら大きめのため息を吐き出していると、トットットッとこちらへ誰かが掛けてくる足音が聞こえて顔を向ける。

 

 「デク君!どこ行ってたの?」

 「早くしないと食堂が埋まってしまうぞ」

 「ちょっとね…ってどうしたの?」

 「いや、僕達もよく解らないんだが…」

 

 笑みを浮かべて駆けてくる麗日とゆっくりと近づいてくる飯田に何処か不機嫌そうな扇動の三人。

 騎馬戦が終わってからすぐに呼ばれた為に声を掛けずに行ってしまった為、どうやら探してくれていたらしい。

 けれど扇動が不機嫌な理由が解らない。

 もしかして勝手に姿を消した事でナニカあったかな?と緑谷は少し怯えながら声を掛ける。

 

 「えっと、どうしたのかなむーくん?」

 「イズク、バインドマスターキー(・・・・・・・・・・)使ったろ?」

 「あ、発目さんのサポートアイテムだね」

 「アレ頼んだの俺なんだ…」

 

 言われて思い出した。

 発目が披露してくれたサポートアイテムの中で捕縛用に作られたガントレット。

 なんでも頼まれたサポートアイテムの試作品で、要望に程遠い為に“バインド”としか名を付けれなかったアイテム。

 放課後の訓練でもアイテムの試作品を持って来ていた事から扇動と関りがあるのを思い出し、あのバインドもそうだったんだと思うと同時に微笑ましい思いが溢れてきた。

 なんて言うかお気に入りの玩具で勝手に遊ばれて不貞腐れた子供のような反応だ。

 

 「………ふふっ」

 「笑うんじゃあねぇよイズク」

 「だってそんな子供っぽいむーくん初めて見たよ」

 「うるせぇ…俺だってこの歳でこんな感情抱くとは思わんかったよ」

 

 プイっとそっぽを向いている様子に笑みが零れ、珍しい様子に二人はキョトンと呆ける。

 居心地が悪かったのもあってデコピンを一撃入れられ、額を押さえていると扇動は食堂とは別方向に向かい始める。

 

 「むーくん、どこ行くの?」

 「飯食いに行くんだけど」

 「でも食堂はあっちだよ」

 「いや、俺は別で……あー、イズクも一緒に来るか?」

 「いいけど…何処に?」

 「顔出しも兼ねてな」

 

 名言されなかったが今から食堂に行っても込み入っている。

 それなら扇動に付いて行った方が良いだろう。

 まさか学校外にまで食べに行くと言う訳でもないだろうし…。

 緑谷に続いてその場にいた麗日や飯田も誘った扇動は校門の方へと歩いて行く。

 本気で外に出る気かと思いきや、雄英体育祭という事で大勢の観客が訪れる為、校門付近には多くの屋台が立ち並んでいた。

 扇動はそれらに並ぶのではなく、朝間の内に注文していたので屋台裏で受け取り、早速場所を移動するのだが…。

 

 「この量、おかしくないか?」

 「…た、食べ盛りなんやね」

 「お前ら俺をフードファイターかなにかと勘違いしてねぇか?俺の胃袋は宇宙じゃあねぇぞ」

 「なんの話?」

 

 受け取った料理は焼きそばにタコ焼き、唐揚げに焼きとうもろこし、イカ焼きに牛串と種類もさることながら量が凄いのだ。

 大きめの袋にいっぱいに詰められたそれらを腕に複数引っ提げている。

 何十人分買い込むつもりだと誰もが思うだろう。

 

 「量も量だが大丈夫かい麗日君?」

 「これくらい平気平気」

 

 大荷物ゆえに仕方がないとはいえ、持っている荷物は他の面々と変わらない量を引っ提げている。

 心配するのも当然だが、まったくもって無理そうな感じはしない。

 

 「めっちゃ鍛えられてるから」

 「アハハ…本当に鍛えられたよね…」

 「なんだイズク。不服か?なら訓練内容増やすか」

 「「いえ、今ので十分です!!」」

 「…君達、本当に大丈夫かい?」

 

 一人だけ放課後の特訓を知らない飯田は首を傾げるが、内容を骨身に染み込んでいる二人は必死に首を横に振るう。

 そうこうしていると外れにある仮設建物(プレハブ)にやって来た。

 どう見ても雄英の施設じゃなさそうだし、関係者以外立ち入り禁止との看板が立てかけられ、近くにはプロヒーローらしきしとが立っていた。

 警備が増員されて、プロヒーローも担当すると聞いていた事から、ここが警備しているヒーローの詰所、または休憩所かと思っている合間に扇動はズカズカと看板を通り過ぎる。

 声を掛けて制止を促す前に、そこに居たヒーローに止められる。

 

 「お!ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

 「うるせぇよ。こちとら差し入れ持って来てやったんだぞ?」

 「相変わらず口の悪ぃガキだな。一本(牛串)貰いっと」

 「一本と言わず焼きそばも持ってけ。って事で通るぞ……お前ら、なに立ち止まってんだ?」

 「「「いやいや、普通止まるでしょ!?」」」

 

 揃った突っ込みを受けながらも停まる事を知らず、ついに仮設建物に入って行ってしまった。

 おろおろと戸惑いながら後を追うと、中ではヒーロー達が和気藹々と騒いでいた。

 

 「差し入れ持って来たぞ」

 「おう、扇動じゃねぇか。悪いな」

 「あ、ちょうど小腹空いていたのよね」

 

 警備で呼ばれたヒーロー達は多い。

 その誰も彼もから親し気な様子で接せられている事から知り合いなのだろう。

 久しぶりと声を掛ける者も居れば、活躍してたなと褒める物、選手宣誓での事で相変わらずだったな呆れながらも笑みを向ける者などなど好意的な対応をされている。

 

 「…いや、関係者以外立ち入り禁止なのだが…誰も突っ込まないのか?」

 

 唯一ヘドロ事件で知り合ったばかりのシンリンカムイの呟きは、喧騒で掻き消されたが飯田と麗日はその小さな一言に大きく同意する。

 緑谷はテレビや情報で知っている多くのヒーローが目の前に居ると言う事で興奮状態で周囲を見渡していてそれどころではない。

 

 「ヘドロ事件以来ね。活躍見たわよ」

 「そ、その件はご迷惑お掛けしました!」

 

 Mt.レディの一言に緑谷は頭を下げる。

 ヘドロ事件で居合わせたヒーロー達も居て、あの時の事が脳裏に強く過る。

 焦りながらペコペコ頭を下げる様子にMt.レディはクスリと笑む。

 

 「ねぇ、職場体験うち来ない?」

 「え!?」

 「オイ、パシリにする気満々だろ」

 「そんな事ないわよ」

 「どうだか…。そもそもイズクの為になると思えん」

 「ちょ!ちょっとむーくん(・・・・)

 

 失礼極まりない発現に焦る緑谷を他所に、顔見知りであるヒーローは慣れた様子で笑むばかり。

 ただ扇動が“むーくん”と親しそうに呼ばれた事の方が興味津々と言ったようであった。

 

 「むーくん…ねぇ。アンタ、友達居たんだ」

 「居たよ。大事な友達なんだ」

 

 穏やかに、そして嬉しそうにそう答えた扇動。

 嬉しくも照れ恥ずかしくて頬を染める。

 二人の様子…特に扇動に対してヒーロー達は驚きを禁じ得ない。

 

 「クソガキにこれだけ言わせるって相当だな」

 「話聞かせてくれよ」

 「え?あ、はい。えと…」

 

 ヒーローに興味を抱く事はあっても抱かれることに慣れていない緑谷は、高揚しながらも不安交じりで皆に視線を向けるもそれぞれ話しかけられて飯田は丁寧に、麗日はわたわたと慌てながらも返していた。

 唯一助けてくれそうなのは扇動だけだが、助け舟を出すのではなく苦笑して背を押す。

 

 「人間社会っての一人では成り立たねぇ。見える見えないに関わらず人との繋がり必要不可欠だ。そしてそれは俺達の目指している()も同じだ。知らない相手と組むより知っている相手と組む方が手間も省けて効率が良い。だから損してでも繋がりは維持し、広め、深めるべきだ」

 「なるほど…」

 「それにコネというのは万が一という時に利用出来るからな」

 「「「良い話ぽかったのが台無しだよ!?」」」

 「アンタ、それ本人達を前に言う?」

 「いや、今更だろ」

 

 ドッと笑いが起こり、呆れた視線を向けられる。

 けど大切なのは確か。

 緑谷は誘われるがままに話をしようとすると、先に扇動より焼きそばやら食べ物を渡される。

 

 「腹ごしらえ忘れんな」

 「食堂埋まってるからここに来やがったな。どうせそんな事だろうと思ったよ」

 「顔出しも込みでだけどな」

 「せめてそっちがメインって言いなさいよ」

 

 もう少しばかり慣れ始めた軽口の応酬に苦笑いを浮かべる。

 何はともあれプロヒーローとの交流は将来を考えても有難い。

 時々暴走気味に喰いつきを見せて周りを困惑させながらも会話を弾ませていると、音楽が鳴り響いて発信源に視線を向けると扇動が携帯電話を取り出していた所だった。

 

 「悪ぃ、ちょっと席外す」

 

 画面に表記された名前に眉を潜め、不思議そうだった扇動は建物を出る。

 その後、八百万からの電話を受けた麗日に用事が出来た事で解散するまで緑谷達はヒーローとの交流を楽しむのであった。

 

 

 

 

 

 

 人気のない通路までわざわざ移動した扇動 無一は、保留にしていた携帯電話を耳に当てる。

 プロヒーローに仕事関係、雄英入学前までは二人しかなかった友人関係などなど、結構な数の連絡先を持っている為に相手の名前如何では人前では話せないものもある。

 今回もその部類に入るかと思って緑谷達から距離をおいた。

 電話してきたのは轟 冬美。

 轟 焦凍のお姉さんで轟家で俺の家に焦凍が同居している事を知っている人物だ。

 正直彼女と連絡を取るのは初めてではない。

 焦凍の様子を話したり(報告)、料理を電話越しに教えて貰っていたりしている。

 だから状況が異なれば離れる事も無かったのだが、時間帯を考えれば怪しまざるを得ない。

 

 教員として働いているのに、このような昼に電話を掛けてくると言うのは今までなかった。

 時刻からして給食の時刻。

 電話をする事は出来るが緊急性のない用件なら後でも十分なはずだ。

 面倒な予感を感じ取りながら保留を解除する。

 

 『大変なの!!』

 「いや、声量…」

 

 いきなりの大声で携帯を放す。

 イズクもそうだがどうして鼓膜を破る勢いで携帯電話に話すのだろうか…。

 キーンと耳鳴りがする中で向こうからの「ごめんなさいね」という謝罪を聞きながら、第一声から予感が的中していた事を半ば諦めながら理解する。

 

 「エンデヴァー絡み?」

 『そうなのよ!どうやってかお父さんが知っちゃったみたいで…今、雄英体育祭の観客席に映ってたらしいの!』

 「息子の活躍を見に来た…なんてほのぼの出来る状況じゃあなさそうだな」

 『まだ会ってないのね!急いでそっちに向かうから―――』

 「いや―――会うには会ったな」 

 

 電話していると遠目に通路を歩いていたエンデヴァーを目撃した。

 そしてそれは向こうも同じようで、こちらに向かってズンズンと威圧感出しながら向かってくる。

 見るからに怒っているようだがこっちとしては知った事ではない(・・・・・・・・)

 近くまで寄って来たエンデヴァーに対して唇に人差し指を当てて静かにとジェスチャーを行う。

 あからさまに電話中であると見て、口を閉ざして待つようだ。

 腕を組んで睨みを利かした状態で…。

 

 『え!?もしかしてそこに居るの?』

 「がっつり目が合ってる」

 『代わって貰える?私が何とか…』

 「今から長電話されると後の予定に響くんだけど。昼休憩もそこまで長くないから」

 『そうだよね。本当にごめんなさい…』

 「とりあえず学校側に話して放課後に一席設けて貰うから、来られるんだったら授業終わってからで」

 

 とりあえず今はそれで電話を切る。

 話を聞いていたであろう筈だが切ると同時に口を開いて来た。

 

 「お前が扇動 無一だな。単刀直入に言おう―――焦凍から手を引け」

 「断る」

 

 間髪入れずに返し、余計に苛立つエンデヴァーに次の言葉を吐かせる前にこちらが続ける。

 

 「そっちに事情があるようにこちらにも事情・言い分がある。語るには時間もない。先も言ったように一席設けるからそこで」

 

 威圧してくるも今はやり合うつもりはない。

 暖簾に腕押し。

 向けられる圧を流しているとフンッと鼻を鳴らして踵を返して行った。

 問題を先延ばしにしたせいかなと思っていると、再び携帯電話が鳴り始める。

 携帯の着メロが“マーメイドメロディー ぴちぴちピッチ ピュア”のオープニングテーマ曲である事から芦戸かと判断し、雄英

に入学してから一気に増えた友人“用”の携帯電話を取り出す。

 

 「あー、もしもし?」

 『ちょっち聞きたいことあるんだけど今大丈夫?』

 「大丈夫だけど…」

 

 電話に出た扇動であるが紛れ込む雑音に眉を潜める。

 妙に後ろの方がざわついているような気がする。

 それに微かながらも何か擦れるような音も割り込む。

 

 「先に聞くけど今何処だ?」

 『更衣室だよ』

 「だからか…女子更衣室から電話かけるか普通…」

 『見えないから気にしない気にしない』

 「…頼むから長瀞(イジらないで、長瀞さん)みたく間違ってもテレビ通話ボタン押してくれるなよ…」

 

 何やってんだかと頭を抱えながら話を聞いて見ると、上鳴と峰田が相澤先生からの伝言(・・・・・・・・・)を伝えに来たらしいのだが、内容が女子生徒に寄る応援合戦なる催しがあるとの事。

 詳細を聞く前から怪しい…。

 相澤先生だって人間なんだから連絡忘れもあり得るだろう。

 それ以上に怪しいのが峰田と上鳴が伝えてきた事。

 しかも詳細を聞けば聞くほど余計に怪しくなってくる…。

 通達忘れにチアガール衣装がないから八百万に作って貰えとかあり得んだろ普通…。

 体育祭で行うのなら授業でやっても良いものだろうに。

 

 「そもそもスケジュールに応援合戦なんて表記されてないぞ」

 

 運動会や体育祭などでは競技内容などが書かれたスケジュール表が存在する。

 それは雄英高校も同じで、開始直前まで秘密にされていた障害物競走と騎馬戦は明記されてはいないが、第一種目第二種目として書かれている。

 午後の予定は第三種目以外は明記されているが、それらしいものは無かった。

 

 『だよねぇ…扇動も聞いてないんでしょ?』

 「初耳だ。まぁ、相澤先生なら逆に(・・)伝えない気がするが…」

 

 ヒーローに成る為の授業時間を割くなんてただの浪費だ…とか言いそうだし。

 怪しさもあることながら完全に否定できない事から歯痒い。

 ため息交じりに芦戸に待って貰い、仕事“用”の携帯電話で八木 俊典(オールマイト)に連絡を入れる。

 本音を言うなら相澤先生にかけるべきなのだが教員で電話番号を知っているのはオールマイトだけ。

 ちなみに仕事用の携帯に入れているのはヒーロー“用”の携帯を万が一にも落とした際に、ヒーロー(オールマイト)として認識されていない八木の情報が少しでも漏れるのを防止する為。

 無論暗証番号でロックはしているが念の為である。

 

 数コールしようも出る気配がなく、仕方なく“予備”の携帯で記憶にある柳に電話をかける。

 タイミングが悪いとしか言いようがなかった。

 なにせ扇動と別れたエンデヴァーはトイレに向かう途中、久しぶりとオールマイトが話しかけていた時であったのだ。

 柳はすぐに出てくれたので、訳と事情を話すもB組は知らないと言う。

 

 「状況から見て黒だけど確証がない。すまんな、力になれず」

 『ううん、こっちこそごめんね』

 「構わねぇよ。じゃあ切るぞ」

 

 電話を切った扇動は一息つきながら時刻を見る。

 緑谷達と離れて二件の電話もあって昼休憩も終わりに近づいている。

 ため息一つ漏らす。

 

 「あー…飯食いそびれた…」

 

 本選である第三種目までのレクリエーション中に何か食うかと頭に入れ、時間もない事から慌てる事無く体育祭会場近辺で待機するのであった…。

 

 

 

 

 

 

 午前の種目は終了し、昼休憩を挟んだ午後の部。

 会場を盛り上げるべく本場アメリカより招いたチアリーダー達のチアダンスが行われ、第一・第二種目を突破した選手たちは本選の種目発表の為に会場に集まり始める。

 …一部、例外を除いて…。

 

 『…アイツら…何してんだ?』

 『どーしたA組!?サービス精神旺盛だな!!』

 

 スピーカーを通して呆れている相澤の視線の先にはチアリーダーと同じ衣装を着たヒーロー科一年A組女子生徒が暗い表情で立っていた。 

 周囲を見渡しても生徒でチアの格好をしているのは自分達だけ…。

 騙されたと一年A組女子全員が悟った瞬間であった。

 謀った張本人二人に一瞥くれると非常に嬉しそうにしているのが腹立たしい。

 中でも八百万は簡単に騙されてしまった事に自己嫌悪すら感じている。

 

 「何故こうも峰田さんの策略に嵌ってしまったの私…」

 「いや、仕方ないって」

 「相澤先生からって聞いたら誰でも…ねぇ?―――えっ」

 

 落ち込む八百万を慰めながら同意を求めた耳郎と芦戸は振り返った先にいた扇動を見てギョッとする。

 片目を吊り上げて上鳴と観客席に居る峰田を隠し切れない怒気を露わにして睨みつけていたのだ

 睨みつけられた当人は勿論の事ながら、周囲に居た面々も何事かと驚きながらもその怒気に当てられて肩を震わせる。

 

 「そう怒んなって扇動。お前だって見たいだろ!?」

 「見たい見たくねぇの問題じゃあねぇんだ」

 「ちょいちょい!落ち着いてって!!」

 「扇動ちゃん、怖いわ…」

 「私達もそこまで気にしてませんから…」

 

 怒っていても別の人が怒っていたら逆に冷静になる場合がある。

 と言っても皆に比べて扇動の怒りの熱量が高過ぎるのもあったが…。

 当人達が良いと言っている事もあって、扇動は少し落ち着きを見せるも雰囲気は重いままだ。

 上鳴達から視線を八百万達に向け、小さく吐息を零して話し出した。

 

 「ある治安の悪い街(ロアナプラ)で一人の日本人男性(ロック)がスリにあった。男は収入全部使い切れないし、それぐらいのお金くれてやっても良いと言った。それを聞いた女ガンマン(レヴィ)は言った。その温情を受けた餓鬼はより分厚い財布に手を伸ばし、遠からずそこらの水面に浮かぶだろうとな」

 

 扇動はそこで口を閉ざすも、瞳が「この意味、解るな?」と訴えかけている。

 意図を察した面々は口を閉ざした。

 上鳴へと振り返った扇動の瞳に怒りの色は存在せず、ただただ真剣な眼差しで見つめていた。

 

 「上鳴、誰かに見たいからってこんな大衆のど真ん中で赤っ恥欠かされてお前は平気か?」

 「それは…」

 「加えて言うとお前らの嘘で八百万は個性を使って衣装を作る羽目になった。これから最高のパフォーマンスをしなきゃならんというのにだ」

 「ごめん」

 「俺にじゃあねぇ。謝るならあっちだ」

 

 指し示す先は当然ながらヒーロー科一年A組女子達の方であった。

 自分の非を理解した上鳴は素直に謝罪して、皆はそれを受け入れた。

 

 「扇動も悪かったな」 

 「それは筋違いだ。なにせ俺は被害は被ってない。それより俺の方こそ悪かったな。歳を取るとどうも説教臭くなっちまって」

 「いやいや、扇動は間違ってねぇよ。寧ろありがとな」

 「歳を取るとって扇動タメ(同い年)でしょ…あれ?なんかデジャブ(実技試験 後編にて)

 

 扇動の謝罪に爽やかな笑顔で返す上鳴。

 そして会話内容に突っ込みを入れた芦戸は首を傾げる。

 言いたい事も終え、謝罪も済ませた扇動は一切の怒気が消えていつも通り(・・・・・)に戻っていた。

 

 「後で消費させた分、お嬢に脂質のあるもん奢ってやれ」

 「了解。たい焼きで良いかな?」

 「糖質ならな。脂質だからクリーム系だ。それと峰田にも言っといてくれ。アイツは個性もさることながら使い方が上手い。だけどあの欲に忠実な所は治さないといつか捕まるぞ」

 「それは確かに…」

 

 八百万に対してだけでもあからさまに臀部をガン見する事二度(戦闘訓練と救助訓練中)、障害物競走では八百万に個性を使ってでもくっ付く形でゴールを決める等、痴漢行為で訴えれるのではと言った感じだ。

 ゆえに扇動は危惧している。

 サプライズ訓練とは言え個性でオールマイトを捕縛し、個性の応用で先頭を走っていた(障害物競走)轟と扇動に軽々と追い付いた逸材(・・)が逮捕され兼ねないと言う事に。

 そこまで馬鹿ではないと願うばかりである。

 

 「ま、何はともあれ、こうなったら楽しんじゃおうよ」

 「やる気ね、透ちゃん」

 

 にこやかな葉隠の言葉に場が一気に明るくなる。

 話も終わった辺りでチアリーダーによるチアダンスも中盤。

 会場内も盛り上がって来た事から主審であるミッドナイトが大型モニターを示して説明に入った。

 

 『レクリエーションが終われば最終種目!騎馬戦を勝ち残った総勢16名に寄るトーナメント形式の一対一のガチバトル!!』

 

 形式こそ異なるが毎年行われている一対一のバトル。

 去年までは見る側だったのがあのステージに立てるんだと思うとなんとも感慨深い。

 トーナメントはくじ引きで決まる為、対戦相手に恵まれますようにと皆が思い思いにくじを引く。

 大型モニターに映し出されるトーナメント表が、一人引いて行くごとに名前で埋まっていく。

 誰もが優勝を願う中、どうしても当たりたくない相手というのは居る。

 A組トップクラスの強個性と戦闘能力を持つ轟と爆豪。

 それと個性抜きにしても戦闘能力が高く、何をしてくるか予想が出来ない扇動…。

 出来れば反対のブロックであって欲しい、当たるなら決勝でと誰もが祈る。

 

 「―――あ?麗日?」

 

 そんな祈りを知ってか知らずか爆豪は対戦相手の名を疑問符を浮かべながら口にし、名前を出された麗日は声にならない悲鳴を上げる。

 「ドンマイ」と慰めるように芦戸がポンと肩を叩く。

 

 「えっと、あたしの相手は…―――え!?」

 

 災難と諦めるしかない麗日に同情した芦戸であったが、自身の対戦相手が表示された事であまりの事に膠着してしまう。

 対戦相手は“扇動 無一”であった…。

 相手の名前を理解した瞬間、瞳から力が抜けてがっくりと肩を落とした…。

 

 ――――扇動が(・・・)…。

 

 「今日は俺の厄日か?」

 「なんで扇動がそんな反応するのさ!?」

 「あ!そうか!!」

 

 思いも寄らぬ反応に思わず突っ込む。

 すると理解した緑谷が納得したように声を漏らし、爆豪は鼻で嗤った。

 

 「ンな事も解んねぇのか黒目…」

 「だから黒目じゃなくて芦戸 三奈!……ってどうゆう事?」

 「えーと、芦戸さんの個性って“酸”だよね」

 「そだよ。だから―――」

 「オメェが酸纏ったりしたらどうやって戦うんだ?」

 「………あ!」

 

 理解出来た。

 扇動 無一は個性を持たぬゆえに戦闘方法は肉弾戦。

 それも今回はサポートアイテムの使用や武器の持ち込みが出来ないので素手に限定される。

 となれば酸を纏いでもすれば扇動は触れる事叶わない(・・・・・・・・)

 

 「…ほ、ほら!レクリエーション始まるよ!」

 「そ、そうだよ。楽しまないと損だよ!」

 「今から気を揉んでいても疲れるだけだって」

 「うじうじ悩むより全力で戦うだけだろ?な」

 「んー、それもそうだな」

 

 麗日に緑谷の励ましを始めとし、上鳴や切島の言葉を受けて扇動は立ち上がる。

 その際に見えた横顔は落胆とは違って、何か企んでいるような表情をしていた事に芦戸は嫌な予感を覚え、今度は逆に麗日から「ドンマイ」と肩を叩かれるのであった…。




●トーナメント表

〇Aブロック
・緑谷 出久
・心操 人使

・轟 焦凍
・瀬呂 範太

・切島 鋭児郎
・鉄哲徹鐵

・麗日 お茶子
・爆豪 勝己

〇Bブロック
・扇動無一 
・芦戸 三奈 

・上鳴 電気 
・塩崎 茨

・常闇 踏陰
・八百万 百

・飯田 天哉
・発目 明 


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第31話 Aブロック一回戦

 毎度毎度申し訳ないです…。
 書き直しに次いで書き直ししてたら遅れました…。


 様々なレクリエーション種目が行われた一年の体育祭会場では、セメントスによってトーナメント戦用の特設ステージが組まれていた。

 雄英体育祭の締めを飾る大注目の種目ゆえに会場の熱気は上りに上がっている。

 

  『ヘイ、ガイズ!!色々やって来たが結局はコレだぜ!心技体に知恵知識を総動員したガチンコ勝負!!』

 

 初戦を飾る緑谷 出久は入場通路で高鳴る心臓を抑えようとするも、会場を沸かせようと煽りに煽るプレゼント・マイクの言葉でより跳ね上がる。

 やれる事はやって来た筈だけどまだやれたのではないか?

 本当に僕はオールマイトの後継者として活躍できるのだろうか?

 不安で鼓動が早まり、背後から近づくオールマイトに気付けなかった。

 

 「ヘイ、緑谷少年!」

 「お、オールマイト…」

 「ガチガチに緊張しているじゃないか」

 

 HAHAHAと笑うオールマイトに対して緑谷は決して笑顔を浮かべる事は出来なかった。

 寧ろ期待している憧れのヒーローが現れた事でより一層緊張している。

 それを見抜いているオールマイトはニカリと笑みを浮かべる。

 

 「障害物競走も騎馬戦も君は見事に勝ち残った。何を臆する事があるんだ?」

 「不安…ですよ…。皆の協力と運もあって勝ち上がれましたけど、ワン・フォー・オールは使えるだけで使い熟せていませんし…まだまだオールマイトみたいには……ブツブツブツブツ」

 「君、ほんッとうにそういうとこネガティブだね!そこは“こなくそ頑張るぞ!”で良いんだよ!」

 

 突っ込んだ勢いで多少血を拭いたオールマイトは背中を思いっきり叩く。

 バシンと良い音がして、若干ながら咽る。

 そして落ち着いてから視線を戻すと、トゥルーフォームではなくマッスルフォームでニカリと笑っていた。

 

 「良いかい?怖い時、不安な時こそ虚勢でも見栄でもいいから胸を張って笑うんだ。君は私が見込んだ未来のヒーローなんだから!」

 「―――ッ、はい!」

 「ほら、もう出番だよ!」

 

 背中を押される形で会場へ出た緑谷は、観客席より声援を受けながらもステージへと上がる。

 対戦相手は心操という普通科の生徒。

 正直どんな個性を持っているのかすら分からない。

 …ただむーくんと騎馬を組んでいた事から油断できない事は確かだ。

 気怠そうに首を摩る心操に対して緑谷は警戒と不安が表情に現れる。 

 

 『成績の割にどうしたその顔?ヒーロー科緑谷 出久!バァアアサス()唯一の普通科よりの参戦、普通科心操 人使!』

 「アンタ、扇動と仲良さそうだったな?」

 

 相手の個性が解らない以上長期戦は不味い。

 速攻を仕掛ける気でいた緑谷に、プレゼントマイクが紹介する中で心操が声を掛ける。

 まだ始まってはいないが警戒したまま耳を傾ける。

 

 『第一回戦、レディィィィイ……』

 「俺も強く想う“将来”があるから形振り構ってちゃ駄目だとは思う。けどアイツは厚顔無恥過ぎん(・・・・・・・)だろ」

 

 嘲笑いながらの一言にピクリと反応をした。

 誰が何だって?(・・・・・・・)

 怒り交じりの感情が脳裏を占める。

 

 「仲間の情報を売ってまでB組に取り入って、それに対して恥じる様子すらなかったし…冷たい人間なんだな」

 「むーくんはそんなんじゃあな―――」

 『スタァアアアアト…って、オイオイどうした?開始早々緑谷完全停止したぞ!?』

 

 激昂した緑谷の怒声は最期まで言い終える事無く口だけではなく動きすらも停止する。

 様子を見ていた誰よりも動けなくなった緑谷本人が一番困惑していた。

 心操の個性が“洗脳”であり、その個性の発動条件が“問いかけに返答するだけ”というヒントも得れなかった(・・・・・・)緑谷としては防ぎようがない。

 

 「振り向いてそのまま場外まで歩け」

 

 頭に靄が掛かったようになり、言われるがままに身体が動く。

 どれだけ意思が拒もうとも身体が言う事を聞かない。

 なんで?どうして?と疑問の言葉と何も出来ない自身に自責の念が募る。

 正面には入場口より心配そうに見つめるオールマイトの姿が…。

 

 ザザザッ…と砂嵐のようなノイズが走る。

 視界の先に映っていた通路(出入り口)は暗がりに変わり、そこには八人の誰かが(・・・)こちらを見つめていた。

 幻覚だろうか?

 なんにしてもナニカ(・・・)が流れ込み、僅かに指が跳ねた(・・・)

 

 ―――激痛と共に風が吹き荒れた。

 

 同時に身体の自由が戻って、場外に進んでいた足が止まった。

 これに一番驚いているのは心操自身だ。

 

 「なんで!?どうして動けるんだよ!?」

 

 そんなのこっちが知りたい。

 何故身体が動いたのか。

 個性が発動したのか。

 ただハッキリしているのは彼ら(・・)によって靄が晴れ、個性が勝手に跳ねたという事だけだ。

 振り返った緑谷は心操に向かって突き進む。

 それに心操は焦り、後ずさりしながら口を開く。

 

 「指動かすだけでその威力。本当に羨ましい限りだよ!」

 

 …痛い程解るよ。

 個性を持っている人を羨んだよ。

 昔の僕だってあんな個性有ったらなんて羨んだから…。

 

 「俺はこの個性(“洗脳”)で夢を追うのにスタート地点から遅れちまった…。恵まれた人間には解んないだろうな―――ヒーロー向きの個性を得て、望む場所に行ける奴らにはよ!!」

 

 確かに僕は恵まれたさ。

 ヒーローになる夢を笑う事無く応援し、手助けしてくれるむーくん。

 こんな僕でもヒーローに成れると認め、後継と選んでくれたオールマイト。

 他にも多くの()に恵まれた。

 だからこそ応える為にも、僕の為にも(・・・・・)ここで負ける訳にはいかない。

 

 何が発動条件か明確ではないにしろ、自身が操られた時の事を考えれば質疑応答が疑わしい。

 範囲制限などの可能性も否めないが、それなら後ろに下がる意味が解らない。

 

 口をきつく閉ざした緑谷はそのまま心操に正面からぶつかり、純粋なパワー勝負にて場外へと押し出そうと試みる。

 オールマイトと扇動によって鍛えられただけあって心操を圧倒し、抵抗するも押し切られる形で境界線である白線に近づく。

 しかし心操もそれを良しとする筈もない。

 

 「ふざけんなよ!お前が出ろよ!!」

 

 身体を捻る事で押し出そうとする力を流し、体勢を崩した緑谷を逆に押し出そうと手を突き出す。

 体勢を崩した状態で受ければ押し出される可能性が高い。

 ならばとその手を躱して掴み、一本背負いの要領で投げ飛ばした。

 

 「心操君、場外!よって緑谷君の勝利!!」

 

 ステージに叩きつけられた心操はそのまま白線より外に出た為、審判であるミッドナイトより緑谷の勝利が告げられる。

 叩きつけられた痛みと負けたことに対する悔しさを見せた心操は、顔を伏せたまま立ち上がって開始位置まで戻る。

 何とも言い難い気まずい雰囲気が漂う中、緑谷は問いかける。

  

 「心操君はなんでヒーローを?」

 「…憧れちまったもんは仕方ねぇだろ」

 

 その言葉に自身と彼が重なる。

 オールマイトの後継として個性を授かった今の自分では彼にかける言葉は思い浮かばない。

 項垂れそうになる緑谷は観客席より投げかけられる言葉の数々に気付く。

 それは心操を賞賛する声ばかり。

 くすぐったそうに、嬉しそうに僅かに頬を緩めた心操は背を向けて出入り口へと向かいかけるも足を止めて振り返る。

 

 「今回は駄目だった。けど次はこうはいかない。俺は夢を諦めない」

 「うん……あっ」

 「普通、警戒するもんだけどな…見っとも無い負けをしないでくれよ。それと扇動に謝っといてくれ。洗脳を掛ける出汁にして悪かったって」

 

 そう言って心操は最後に不敵な笑みを浮かべて去って行った。

 一回戦目が終わったので緑谷もステージ上から退場する。

 今更ながらじくじくと跳ねた指が痛み、急ぎ保健室に向かおうとする。

 オールマイトにも洗脳が解けた幻影の事も聞かなきゃいけない。

 少しばかり駆け足の緑谷は通路先より現れた麗日 お茶子を見て足を止めた。

 

 麗日は同じAブロック出場ではあるが第四試合の筈。

 選手用の控室で待機するにしてもかなり速いような気がする。

 それ以上にいつもの麗かさはなく、重い雰囲気を纏っている事が妙に気に掛かり、放っとけないと負傷した指を隠しながら歩み寄る。

 

 「麗日さん!」

 「で、デク君!?試合見んくて良いの?」

 「ちょっと気になって……って眉間が凄い事になってるよ!?」

 「あー…ちょっと緊張しちゃって…」

 

 突然名前を呼ばれ驚きつつ振り返った麗日の表情は険しく眉間の辺りの皺は酷かった。

 指摘された事で表情を繕うも不安や緊張しているのは明らかだった。

 対戦相手があのかっちゃん(・・・・・)だと思うと余計に…。

 

 「その、大丈夫?」

 「大丈夫!……と言いたいところやけど超怖い…」

 

 眼で見て手が震えている。

 武者震い…ではないんだろう。

 こういう時に何か気の利いた言葉を掛けれれば良いのだが…。

 悩む緑谷に麗日は若干俯きながら呟いた。

 

 「デク君はさ。どんどん凄いところ見えてくる」

 「そ、そんな事…」

 「一生懸命で果敢で…どんな時も諦めない。それだけじゃない。分析とか考える力もある。私には出来ないよ…」

 

 困り顔で力なく笑う様子にかなり不安に押し潰されているのが見て取れる。

 当然だと思う。

 雄英体育祭は大きなチャンスである事からプレッシャーもまた大きく、夢を叶える為に結果を出さなきゃという使命感と強迫観念。相手がかっちゃんという事も圧し掛かっている事だろう。

 こういう時は周りは輝いて見え、自身を比べて卑下して余計に押し潰されるという負の連鎖を起こしてしまう。

 何かしら言わなくちゃと焦りながらも口を開けるも、言葉が出て来なくて閉じてしまう。

 こういう時むーくんならと考え、昔言われた言葉をふと思い出した。

 

 「―――“思考停止に安住するな”」

 「…え?」

 「昔、むーくんに言われたんだ。思考停止は楽だけど安住は脳の機能を阻害する。自分をどう評価しようと構わないが使い続けろ。使えば使うだけ発達する器官なんだから…ってね」

 

 むーくんは技術もそうだけど頭も良かった。

 その事で自身を卑下した際に言われた事を思い出し、懐かしさに酔うあまり無意識に真似をしながら言ってしまい、あまり似ていないのもあって麗日は小さく笑った。

 急に恥ずかしくなり言葉を続けようと思うも、卑下していた事で思い出した言葉をそのままいった為にオチを考えていなかったことに今更ながら気付いてしまった。

 

 「えっと、その…つまり何が言いたいかというと…自分を卑下して立ち止まったら駄目だよ。考え続けてれば何か良い案だって生まれるかも知れないし…かっちゃんは怖い程強いけど、この二週間頑張って来たじゃないか」

 「そう…だよね。勝てない相手に挑むなんてここ最近毎日やってたもんね(扇動との組手)。それにしても扇動君らしいね。それも誰かの言葉なん?」

 「あ、うん。“文芸部の魔王”としか答えてくれなかったんだよね」

 

 多少は不安が解けたのか笑みを浮かべた麗日に緑谷は少しばかり安堵する。

 

 「ありがとうデク君。決勝で会おうぜ!」

 

 その麗日は頬を叩いて気合を入れると、ニカリと笑いながらそう言って控室へと向かって行った。

 頷く事で返事を返した緑谷は指の事を忘れて居たことに気付き、急ぎ保健室に向かうと「もっと早く来な!」とリハビリーガールに叱られるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 二回戦目はあっと言う間の出来事であった。

 轟 焦凍と瀬呂 範太のA組同士の対戦。

 瀬呂は勝てる気はしなかったものの、負ける気もさらさらなかった。

 彼の取った戦法は開始と同時に個性“テープ”で轟を捕縛して、一気に場外へと放り出す速攻。

 この速攻は上手く決まって即座に捕縛した轟を場外近くまで持って行くことは出来た。

 

 しかし、瀬呂は間が悪かった(・・・・・・)

 通常の轟であったなら多少驚きもあって対処が遅れたかも知れない。

 だが今は速攻に驚く感情が怒りで塗り潰されてしまっていた…。

 

 開始前に通路で待ち構えていたエンデヴァーは、姉と兄を失敗作と称して比較し、自身に勝手な義務と道具である事(オールマイトを超える最高傑作)を押し付けてきた。

 苛立ちも頂点に達していた轟は八つ当たり気味に個性を放ち、ステージの半分と体育祭会場であるドームを超える高さのちょっとした氷山を発生させたのだ。

 これには誰もが驚愕せざるを得ない。

 開始から数秒で行動不能となった瀬呂はあまりの出来事に“どんまい”コールされ、勝者となった轟は八つ当たりしてしまった事を後悔しながら自らじんわりとだが氷を溶かした…。

 

 逆に三回戦目の切島 鋭児郎と鉄哲徹鐵の戦いは二回戦目とは異なって持久戦へと縺れ込んだ。

 何しろ互いに身体の強度を増す個性で、戦闘スタイルは肉弾戦。

 殴っては殴り返され、硬化してその一撃一撃を受け止める。

 ある意味会場を沸かせる試合であった。

 個性もだが熱血漢で負けず嫌い。

 本当に良く似た二人である。

 どちらかが勝利する為にはアイツの防御を貫くほどの攻撃を与えるか、硬化で幾らか防いでいると言ってもダメージは蓄積しているので相手の限界点を超えさせる事。

 現状貫けるほどの攻撃を持ち合わせていないので、決着を付けるには個性と肉体と精神による我慢比べと相成る訳だ。

 そして扇動の放課後特訓を受けた切島と負けずと自主練に励んだ鉄哲による殴り合いという壮絶な我慢比べは、設けられた試合時間いっぱいまで行われ、先に金属疲労で限界に達した鉄哲が膝をついたことで敗北した。

 そんな鉄哲に切島は手を差し出し、互いに称え合い第三試合は幕を閉じた。

 熱い試合によって湧きに湧き、続いて第四試合へと移る。

 

 『中学からちょっとした有名人!堅気の顔じゃあねぇ、ヒーロー科爆豪 勝己!対、俺こっちを応援したい。ヒーロー科麗日 お茶子!』

 

 プレゼントマイクのコールに合わせて爆豪 勝己と麗日 お茶子はステージに上がる。

 睨みを利かせる爆豪に対して麗日は麗かさはなく真っ向から真剣な表情で返す。

 

 「ウチなんか見たくないなぁ…」

 

 観客席で見ていた耳郎がぽつりと漏らし、ヒーロー科一年A組の生徒は誰もが近しい思いを抱いていた。

 個性“爆破”による高い攻撃力に応用に寄る空中移動での機動力。

 持て余す事無く難なく使い熟すだけのセンス(才能)に非常に優れた身体能力。

 キレ気味な性格でありながらも冷静かつ状況や相手を分析・判断出来る頭の回転の速さ。

 どれをとっても対戦相手の麗日に劣るところはない。

 加えて爆豪は緑谷が関わる事を除けば、戦闘において油断する事などない。

 相手を自分の中で(・・・・・)正しく認識して評価を下し、余程の事がない限りは警戒を緩めない。

 

 それらを知っているからこそ耳郎は見たくないと口にした。

 爆豪が女子だからと手加減するとは到底思えないから…。

 

 開始の合図と共に麗日が低い体勢で駆けだした。

 速攻をかける気だと誰もが注視する中、爆豪は警戒を強めながら片手を構える。

 名前は憶えて居なくとも顔と個性は把握している。

 触れたモノを浮かせる“無重力”の個性。

 厄介であるのは確かで、下手に逃げ回って万が一に触れられるよりは迎撃で対処する。

 

 触れようと近づいた所を思いっきり爆破を喰らわせた。

 直撃を受けた様子…というよりは女の子相手によくやれるなと非難の交じりの声が観客席であがるも、爆豪の警戒の色は一向に消える事は無かった。

 

 (なんだ今のは…)

 

 爆破に寄る煙で視界が遮られる中、あまりの手応えの無さ(・・・・・・)に眉を潜める。

 回避出来っこない近距離での爆破を喰らわせた。

 それは間違いなかった。

 だからこそ自身が感じ取った感覚が違和感として強く残る。

 

 「まだまだぁ!!」

 「――ッ、テメェ!」

 

 煙で包まれている真正面から麗日が抜けてきた。

 一瞬驚きで動きが鈍った爆豪であるも、触れられることなくまたも爆破で吹っ飛ばした。

 

 再びの違和感が襲う。

 そもそも麗日の動きがおかし過ぎる(・・・・・・)。 

 一発目の爆破は本気という訳でもなかったが、手加減したつもりもない。

 下手すればその一発でダウンしていてもおかしくないだけの威力は放った。

 けれど麗日は想定以上の速さで復帰し、再び突っ込んで来たのだ。

 違和感と疑念に頭を働かせている間も何度も何度も低姿勢で気迫と勢い任せに突っ込んで来る。

 多くの観客はその違和感に気付けず、麗日が突っ込んでは爆破で迎撃される光景に目を背けるか、苦々しい顔で眺めるばかり。

 晴れない疑念に悩まされ、無駄な突撃を繰り返すだけの攻撃に苛立ちも募る中、真正面の煙の中でナニカがふわりと動いた。

 

 「何度も何度も馬鹿の一つ覚えみてぇに、なめ――ッ!?」

 

 煙りに紛れての真正面からの突撃という同じ行動に、嘗められていると感じて怒鳴りながら爆破するも、それを受けたのは浮かされた(・・・・・)体操服の上着。

 僅かな間で囮を用いた麗日は煙から出て爆豪の側面より襲い掛かる。

 

 『咄嗟に上着を浮かせて囮にしたのかぁ!よく咄嗟に出来たなオイ!』

 

 解説が混じる中で麗日はチャンスを掴もうと足掻く。

 煙から跳び出てから爆豪を眼で補足し、触れようと手を伸ばしながら突っ込む。

 距離も近かった事から普通なら対処は難しい攻撃であった(・・・)

 

 視界の隅に映った麗日に爆豪の反応速度は見事に追いついた。

 努力や研鑽で何とかなる産物ではなく、生まれ持っての才能。

 眼で見てからでも動けるほどの異常な(・・・)反射速度。

 地面を抉るように爆破を横向きに放つ。

 

 無論もろに受けた麗日は吹っ飛ぶが、その飛びようはどこか柔らかく(・・・・)見えた。

 

 「――ハッ、そう言う事かよ!テメェ、利用しやがったな(・・・・・・・・)

 

 違和感の正体を看破された麗日は焦りを隠すように笑みを浮かべる。

 爆豪の個性“爆破”はニトロのような汗を爆発させ、発生した熱量と爆発によって押し出した衝撃波――つまり爆風による攻撃である。

 対して麗日の個性は触れた者でも物でも“無重力”状態にするというもの。

 浮かせるのも無重力化で上へと力を加えた結果(・・)上昇しているに過ぎない。

 

 爆豪が“爆破”の個性を使用した際に自身を(・・・)無重力(・・・)”にすれば、当然ながら最初に到達した爆風に押される形で受け止める事無く流される。

 ゆえに麗日のダメージは幾分も軽減化され、ある程度離れた所で個性を解除する為に立ち直りは早かったのだ。

 

 「そういやぁアイツら(扇動・緑谷)とつるんでたな…」

 

 爆豪は酷く苛立った。

 想像以上に麗日がやれた(・・・)事に対してではなく、扇動の助言を受けて緑谷のような臆しながらも笑みを浮かべる様子にである。

 ただ麗日自身は扇動からは「麗日の個性なら爆豪とも良い感じに戦える(第18話 強化訓練より)」とヒントは貰ったが、それを活かしたのは麗日が控室で悶々と考えてようやく気付けたのが要因である。

 

 苛立ちながら冷静さを残す爆豪はすでに対策を脳裏に描く。

 爆破の衝撃を利用して流すというのなら、逃れられないように挟んでやればいい。

 ただ問題として左右から爆破を喰らわすと言う事は、麗日に出来る限り接近しなければならない。

 そうすれば向こうも手が届く射程内となり、触られれば無重力を受ける事に。

 当然麗日が触って無重力状態にしようとしている事など解り切っているので警戒をより強める。

 

 

 

 だからこそか爆豪は引っ掛かってしまった(・・・・・・・・・・)

 麗日は爆豪の構えが変わった事からナニカ仕掛けてくるのは見えていたが、警戒し過ぎて立ち止まる事は出来なかった。

 

 ひたすらに爆豪に向かって突っ込んでいきながら麗日は放課後の特訓での組手を思い出す。

 

 走りながらも左手をゆっくりを肩と垂直になる辺りまで上げ、そのまま後ろへとゆるりと下げる。

 “無重力”を警戒する爆豪の目はその左手を追うように注視する。

 意図してやった訳では決してない(・・・・・・・・・・・・・・・)

 組手にて扇動が注意を逸らすべく緑谷や自身にしたのを思い出して真似しただけ。

 

 しかし“触れられる”事に警戒をしてしていた爆豪に、その動作はミスディレクションと機能して、本命である攻撃(・・・・・・・)から見事注意を逸らす事が出来たのだ。

 偶然ながらも気を取られた僅かな間に、麗日は止まることなく一歩深く懐に突っ込む。

 眼で見てから対応できるほどの反射神経を有している爆豪でも、一瞬でも気を取られた事で対応が遅れて最早間に合わす事は叶わなかった。

 

 

 「―――カハッ!?」

 「ウチだってただただ過ごして居た訳じゃない!」

 

 突っ込んだ勢いに一歩深く踏み出し、膝で軽くしゃがんでからの背中を用いた体当たり―――貼山靠(鉄山靠)

 思いも寄らぬ一撃に体勢が崩れる。

 麗日の攻撃に対して驚いたのは爆豪だけではなく、会場全体が騒然としていた。

 中でも扇動の驚きは人一倍であった。

 

 「むーくん!今の!!」

 「俺は教えてねぇぞ…」

 

 何度か見せたり喰らわせたりはした。

 だけど教えてはいない。

 扇動が麗日に行ったのは基礎の向上と経験を積ませる事。

 そもそも体育祭までの期間が短く、無茶をさせて壊す(・・)訳にもいかなかった。

 運動能力・体力向上と組手、助言はしてきたが基本それだけだ(・・・・・・・)

 

 まだまだ技として甘いが体験と見ただけで模倣出来たのは麗日の才能ゆえんだろう。

 なにせ彼女は原作にてたかが一週間の職場体験でプロヒーローの格闘術を実戦で使用可能なレベルで習得し、下手をすれば神経や脳に深刻なダメージを与えかねない首への当身を見事に決める事が出来るほどの格闘分野にて高いセンスを発揮したのだから。

 

 貼山靠を受けた爆豪に対してすかさず麗日は腕を振るって何とか指先を掠らせた(・・・・)

 ようやく触れれたという喜び交じりの気の緩み。

 それを見逃す程、爆豪は甘くない。

 

 「ぶわっ!?」

 

 カウンターの爆破。

 今度は個性で受け流す余裕もなく、もろに受けてしまった。

 吹っ飛ばされて地面を転がる事になるも、麗日は即座に立ち上がって睨みつけ、 個性“無重力”で爆豪を浮かす。

 

 「浮かされたぐれぇで…」

 

 無重力にされて自由に動ける人というのは少ないが、居ないと言う訳ではない。

 スペースシャトルと同じで推進力を出せるのであれば、無重力化でも自由な移動は可能となる。

 その点、爆破という推進力を発生させれる爆豪にとっては無重力での姿勢制御にさえ慣れてしまえばなんら問題はない。

 すでに爆破を数度行っては動きを身体で感じて慣れ始めている。

 

 「俺が止められるか!!」

 「――ッ解除!!」

 「なっ!?クソが!!」

 

 爆破によって起動が安定し始めて、慣れた瞬間に個性を解除した。

 無重力化からいきなりの重力下へと法則(・・)が変わった為、あらぬ方向に爆豪は自らの推進力で吹っ飛んだ。

 

 こんな好機を逃す手はない。

 体勢を立て直す前にステージ上の瓦礫に触れて回る。

 低い体勢で突っ込んだのは爆破の個性を利用して、ステージを削らせて利用しようと画策していたからだ。

 幾つもの瓦礫が日の光を遮るようにステージ上に大量に浮かぶ。

 

 「解除!」

 

 荒れに荒れた体勢を何とか立て直し着地した爆豪に豪雨のように瓦礫の山が降り注ぐ。

 同時に麗日も突っ込む。

 瓦礫を防がれたとしても自身が近接戦闘を仕掛ける二段構え。

 

 「絶対に勝ぁあつ!!」

 「…あぶねぇな、オイ!!」

 

 巨大な爆発が起きた。

 動いただけ身体は温まり、発汗量は十分な程。

 瓦礫に向けて放たれた爆破は一撃で迎撃するべく高出力で放たれ、あまりの爆風に麗日の突撃が止められるどころか吹っ飛ばされるほどに…。

 一撃にて二段構えを崩した。

 策だけでなく圧倒的な程の実力差に心まで挫けそうになる。

 顔が絶望に染まる麗日だったが、それでも決して諦める事無く瞳はまだ死んでいない(・・・・・・)

 

 「―――いいぜ!本番はこっからだ麗日(・・)

 

 爆豪の目が変わった。

 先ほどまでは冷静かつ警戒していた事と、下していた評価(・・・・・・・)から何処か冷めていた。

 だけどここまでされたからには評価は見直され、戦うべき相手(・・・・・・)と判断して獰猛な笑みを浮かべる。

 

 両者は駆け出し、互いの攻撃が交差しようとする。

 

 ──だが、それは叶わなかった。

 電源が落ちたようにぱたりと麗日が倒れ込んだのだ。

 肉体の酷使に個性の限界を超えて使用、大体は流したとはいえ少なからず蓄積されたダメージ。

 全てが合わさり許容範囲越え(キャパオーバー)を起こしたのだ。

 意思はあっても身体が追い付いていない。

 倒れ込んだ麗日に審判であるミッドナイトが近づき、意志は兎も角戦闘継続不能と判断したのだろう。

 

 『麗日さん行動不能。爆豪君二回戦進出!』

 

 第四試合の結果が告げられるが爆豪は釈然としていない面で、悔しそうに涙を浮かべながら移送用のロボット(ハンソーロボ)に保健室へと運ばれていく麗日を見つめるのであった。




 思考停止に安住するな
 【Missing 神隠しの物語】空目 恭一より


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第32話 Bブロック一回戦

 Aブロック一回戦目が一通り終わり、注目集まるBブロック第一回戦目が行われようとしていた。

 試合参加者は芦戸 三奈と扇動 無一。

 特に扇動はこの体育祭にて障害物競走や騎馬戦で二位という好成績と突破した事と、個性を使った様子がない(・・・・・・・・・・・)事から多くの観客から注目を集めるのも無理ないだろう。

 扇動を知っているヒーローは勿論B組の生徒、クラスメイトであるA組の面々も注視している。

 しかし前の試合でステージが荒れに荒れており、コンクリを操る個性を持つセメントスが修復する為に比較的短時間で治せるが時間は必要で待たされてはいるが…。。

 おかげで選手控室で休んでいた麗日は試合開始前に観客席に戻る事が出来た。

 …ただ敗けた事によって発生した感情の整理と、中継を見ていた父親からの温かい励ましの電話で涙が溢れ、目一杯泣いた目の腫れを引かすだけの時間はさすがになかった。

 

 「どちらが勝つのだろうか……」

 

 ぼそりと常闇は呟いた。

 A組の誰もが扇動が強い事は知っている。

 個性と無個性の差を埋めるように鍛えた身体に磨いた技術。

 向上心が高く、サポートアイテムを使う事を厭わない。

 情報収集を怠らず、分析して知識から有効な策を模索する。

 だが、今回は相手と状況が悪いとしか言いようがない。

 ルール上、サポートアイテムを使えない上にステージは遮蔽物もない開けた真っ平。

 さらに芦戸の個性は“酸”であり、格闘戦で挑まなければならない扇動としては纏われれば文字通り手の出しようがない。

 扇動の敗北は濃厚と思われるも、根拠はないがただやられるとは思えない。

 だから常闇の呟きを共感するものは多い。

 

 「えー、芦戸じゃね?さすがに素手で酸はどうしようもなくね?」

 「それはそうなんだが…相手が扇動なだけにちょっとな」

 「けれど今回は条件が絞られておりますから…」

 

 上鳴のいう通りなのだが、怪しくて(・・・・)常闇と八百万の言葉もはっきりしない。

 唯一扇動が勝つことに疑いを持っていないのは爆豪だけだ。

 最もこれは“アイツは俺がぶっ飛ばす”という自身の中で確立した前提がある為、なんら根拠がある訳ではない。

 腫れた瞼を擦りながら麗日は緑谷に問いかける。

 

 「デク君はどう思う?」

 「むーくんの方が分が悪いとは思う。芦戸さんは個性の使い方もそうだけど運動神経も良い。個性の相性も考えて勝つのは芦戸さんだとは思うけど、むーくんもそう簡単に負けるとは思えない。勝つために何かしら手段を講じようとする筈。けど…ブツブツブツブツブツ……」

 「緑谷ちゃん、それ怖いわ…」

 

 問いかけに答えただけだったが、途中から呟きが止まらない様子に若干周りも引いている。

 麗日自身困った様な笑みを浮かべて眺めていると、修復が完了して選手である二人がステージへと上がって来た。

 

 『あの角からなんか出んの?ねぇ、出んの?ヒーロー科一年A組、芦戸 三奈!!ヴァーサス(VS)、無個性でヒーロー科入試一位を勝ち取った同じくヒーロー科一年A組、扇動 無一!!』

 

 プレゼント・マイクの紹介に会場全体が騒めいたのが解る。

 個性が当たり前のこの時代で無個性というのは冷遇されやすい。

 いじめなどの人間関係もだが、社会システムに対してもまた同様。

 特にヴィランとの戦いが想定されるヒーローには強力な個性が必要だと考えられ、無個性がヒーローを目指すなど誰も考えもしないだろう。

 ゆえにこの騒めきは当然のことである。

 

 「扇動君はどう対処するつもりなのだろうか」

 

 飯田は心配交じりに試合の行く末を見守るように視線を向け、緑谷はノートを広げてペンを握り締める。

 確かに芦戸の個性に対して素手で挑む扇動は相性が悪過ぎる。

 けれど勝つ方法がない訳ではない。

 ルールには相手を戦闘不能にするか場外に出すか、降伏させるかの三つ。

 昔から鍛えて来ただけに扇動のスタミナもA組内で一番高いだろう。

 格闘戦だけでなく扇動の接近そのものに警戒するであろうから、それを利用してスタミナを使い切るように動けば先に潰れるのは芦戸のほうである。

 しかしそこまでにもって行くのが難しい上に、芦戸自体ダンスをしていた事もあってスタミナも高いので、時間内に潰せるかどうかが怪しい。

 色々と頭の中でシミュレートしながら緑谷は、ミッドナイトの合図により始まった試合を見逃すまいと目を見開く。

 

 試合は序盤から一方的な展開となった。

 予想通り接近すら警戒する芦戸は溶解液を放って射撃での攻撃を行い、対する扇動は掻い潜りつつも接近を試みる。

 しかし避けながらでは速度はそれほど出せず、逆に弱酸性の溶解液を撒いてアイススケートのように素早く動き回れる芦戸に追い付けない。

 走り続けるよりも滑っては流れに任せる芦戸の方がスタミナ消費は少ない。

 この追いかけっこは試合開始から五分ほど行われ、決着がつきそうにない様子に誰もが時間切れに寄る引き分け、または延長戦に持ち込まれるだろうと思い始めた矢先、扇動が足を止めた…。

 会場の多くが一方的な展開から諦めたかと生暖かい目を向ける。

 中には「無個性でよく健闘した」とか「無個性で勝てる訳ねぇよ」など口にする者も居る中、A組の面々は決してそうではないと警戒する(・・・・)

 

 あの扇動が(・・・・・)こんなにあっさりと敗北する訳がない。

 絶対に何か仕掛けるに決まっていると解り切っているからだ。

 ゆえに芦戸も足を止めた事に非常に警戒していた。

 

 『扇動の脚が止まったぞ。これで決着か!……ってアイツ何してんだ?』

 

 大きく吐息を吐き出した扇動は上のジャージを脱ぎだした。

 それにプレゼントマイクを含んだ多くが動揺する中で、扇動は気にする様子もなくジャージを右腕に撒き始めた。

 最後に袖でぎゅっと締め付けて、即席のアームカバーを作り上げた。

 その場で小刻みなジャンプを行うと今度は突然突っ走り始めた。

 しかもフェイントを一切行わない正面からの突撃。

 近づけまいと芦戸は溶解液を放つ。

 

 『―――…え?』

 

 芦戸の戸惑った声をマイクが拾った。

 放たれた溶解液を今まで通り避けると思っていただけに、まさか顔を防ぐように出した右腕で防ぐとは思わなかったのだ。

 右腕を降ろすと苦悶に歪む表情を浮かべていた。

 

 酸を浴びた様子が痛ましく、観客の中には小さい悲鳴を零す者も居る程…。

 特に浴びせた芦戸の動揺は大きい。

 戸惑いを隠せない所へ追い打ちをかけるように扇動が全速力で走り出した。

 酸を放とうか逃げようか判断が遅れた芦戸は、慌てて逃げようとするも動揺し過ぎて足が空回る。

 転びそうになりつつも離れようと移動を行うも、扇動はもう避けようとせずに(・・・・・・・・)走り抜けて来るので速度が出ていた。

 追い詰めていた筈の芦戸は反撃する事もせず逃げることで精いっぱいとなり、とうとう芦戸を場外ギリギリにまで追い込んだ扇動。

 芦戸は息を切らせながら扇動を睨むも思いつめたような表情へと変わる。

 

 『うー…降参!降参します…』

 

 悩んだ素振りの後に悔しそうに降参を宣言して試合は扇動の勝利で幕を閉じた…。

 

 おかしな結末(・・・・・・)にほとんどの者が首を傾げる。

 何故芦戸は途中から攻撃する事が無かったのか?

 攻撃せずとも酸を纏えば扇動は手も足も出せなかっただろうに何故しなかったのか?

 疑問の答えを理解しているのはプロヒーローの幾人かと、A組では鼻を鳴らして呆れる爆豪と理解して納得するように頷いた轟ぐらいだった。

 

 疑問に頭を悩ますよりも溶解液をまともに浴びた事の方が心配した面々は、保健室まで様子を見に行こうかと悩み、行動に移すよりも早くに扇動は戻って来た。

 

 「むーくん!?」

 「ケロッ!?扇動ちゃん腕大丈夫なの?」

 「あぁ?俺の腕がどうかしたか?」

 「いやいやいや!お前芦戸の溶解液喰らってたじゃあねぇか!」

 

 逆に首を傾げる扇動は心配している面々の言葉で何を示しているのか理解して腕を見せる。

 そこには怪我どころか火傷一つ負ってはいなかった。

 

 「お前ら…芦戸が人を溶かすほどの酸(・・・・・・・・・)を撃ってくると思うか?」

 

 その一言に謎が解けると同時に誰もが呆れ、心配を一切排した冷めた視線を向けた。

 強酸性の溶解液ならば扇動は一切手出しは出来ない。

 纏われれば触れた瞬間に焼けるか解けるかしてしまう。

 …ただそれを人、それも友人(・・)に出来るかと聞かれれば誰もが躊躇うであろう。

 扇動は芦戸の人間性にそれまで放たれた溶解液が付着した部位の様子などから害のない弱酸性と見抜いて追い込んだのだ。

 

 避ける様子もなく敗北する気もなさそうな扇動に、強酸性に切り替えた溶解液を放って万が一にも当ててしまった時を考えて芦戸は攻撃が出来なくなってしまったのだ。

 つまり扇動は芦戸の良心を頼りに責め立て、勝利を勝ち取ったのだ…。

 

 「ズリィ!ってかそれで良いのかよ!?」

 「ヒーローっぽくない戦い方だね!」

 「うるせぇよ。俺だって使いたくはなかったさ。負けたくもなかったが…」

 「それで芦戸さんが不機嫌そうなのですね…」

 

 扇動の後ろには芦戸も居て、恨めしそうに扇動を見つめていた。

 けど本気で怒っているというよりはむくれているという感じだ。

 解っているのだ。

 自身の夢の為に多少の違いはあれど同じ夢を抱く友人を負かし、プロにアピールしようとしていたのだから…。

 解っていても負けたのは悔しいし、論理だけで感情は納得し得ないのも当たり前。

 

 「芦戸のリクエストでケーキバイキングで手を打ってくれる事にはしてくれたが…」

 「皆も行こうよー。扇動のおごりで!」

 「了解。動いた後は甘いもんほしいからな。体育祭の打ち上げってのも違う感じもするがそれで気を直してくれるのなら何なりと」

 

 悪戯っぽく笑う芦戸に扇動は肩を竦ませながら微笑む。

 そんな最中、次の試合の参加者である上鳴が立ち上がる。 

 

 「まぁまぁ、俺が芦戸の仇はとってやるって」

 

 上鳴は自信満々に口にした。

 範囲攻撃で近づけさせずに麻痺させて行動不能に出来る“放電”の個性は芦戸の酸以上にルール込みで扇動には相性が良い。

 だからこその自信。

 余裕すら感じさせる上鳴はニカリと笑う。

 

 「一瞬で終わっからよ」

 

 自信に満ち溢れた上鳴。

 事実、Bブロック第二回戦は速攻で決着した。

 対戦相手である塩崎 茨の圧勝で…。

 速攻放電した上鳴であったが壁のように編まれた茨によって防がれると同時に、アース(接地)の役割も担って電流を地面に流され、次の瞬間には縛られて行動不能に陥って敗北した。

 思っていた内容は逆であったがまさに瞬殺である…。

 寧ろプレゼントマイクの紹介で「B組の刺客」と称された事に真面目な茨が抗議した時間の方が長かったほどだ。

 

 ちなみに先の発言にこの結果を見て、壁を隔てた隣で眺めていた物間が煽りに煽って来たが、こちらも拳藤の当身で瞬殺されるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 続いてのBブロック第三試合は苛烈を極めた。

 常闇 踏陰は対戦相手である八百万 百の弱点を見抜いていた。

 個性“創造”は思った物を出せるような魔法の類ではない。

 創造するにはソレを構成する知識と創るにあたって消費される脂肪量が居るという事。

 使いこなせるならあらゆる場面でも対処できる強個性だ。

 逆に言えば創り出す余裕、創造の為の構造を考える思考の時間を与えなければ良い、

 

 ゆえに常闇の取った手段は速攻であった。

 開始と同時に現れた“ダークシャドウ”による猛攻が襲い掛かるも、八百万は想定内の攻撃を盾一つで凌ぎきったのだ。

 丸みを帯びた円形状の小さな盾ではあったが、ダークシャドウの攻撃に合わせて受け流し、隙あらば防御である盾で攻撃(シールドバッシュ)を行う場面も多々見られた。

 速攻を決めきれなかっただけに時間が出来てしまい、八百万は次にハンマーを創造した。

 片手で持てる頭が大きなハンマー。

 持ち手には紐が付けられ、それを掴んで回す事で遠心力込みの打撃を相手に喰らわせる。 

 盾で攻撃は受け流され、ハンマーによる重い攻撃がダークシャドウと襲う。

 

 この状況下では常闇は動けずにいた。

 別にダークシャドウを使用する事で制限があるという訳ではない。

 常闇自体の戦闘能力はそれほど高くない。

 下手に接近でもして攻撃を喰らった場合、戦闘不能にでもなればそこで敗北してしまう。

 

 自身が弱点になってしまうからこそ近づけない。

 だが逆に八百万は放課後の特訓でその弱点を毎日のように突かれ、対処しようと自主的に試行錯誤を繰り返し、時にはアドバイスを受けてきたのだ。

 弱点を突かれた際もやっぱりかと思う事はあっても、焦る事がない程に落ち着いていた。

 

 しかしながらこの状況は常闇にとって悪いものではなかった。

 ダークシャドウにスタミナの概念はなく、八百万は受け流すにしても攻撃するにしてもスタミナを消費している。

 このまま持久戦を続けれれば勝つのは常闇なのである。

 それを八百万もそれを正しく認識しており、打開策を講じて実行に移す。

 

 武器であるハンマーをダークシャドウではなく常闇に投げる。

 ダークシャドウも常闇も避けるにしても防ぐにしても意識はハンマーに向けられる。

 その隙に掌からフレアガン(信号拳銃)を創造する。

 創造すると同時に掴み、ハンマーから常闇を守ったダークシャドウに向けた。

 トリガーを引いて放たれた信号弾はダークシャドウにくっ付き、赤い輝きを周囲に撒き散らす。

 

 “フレアガンはジェイソンですら足止め出来るんだ(フライデー・ザ・13th)

 

 盾やハンマーなど何を創造すべきかのリストアップしていた時に扇動が言った言葉だ。 

 これが何を意味しているのかはよく解らなかったが、足止めにも目潰しにも使えるのでリストに加えていたのだ。

 

 足止めと目潰し目的で放った信号弾であったが、光に弱いダークシャドウにとっては最悪である。

 光に目が眩むどころか悶え苦しみ、常闇の指示すら聞こえていない。

 図らずも出来上がった大きなチャンスをものにしようと八百万はダークシャドウを無視して、常闇に接近して創造で作り出したネットを放って身動きを封じる。

 こんな状態で拾ったハンマーを向けられれば常闇は負けを認めるほかなかった。

 

 Bブロック第一第二試合以上に大きな歓声が挙がる中、八百万の勝利が高らかに告げられる。

 激しい戦いであったがステージに被害は無く、第三試合の熱が籠る中で飯田と発目の第四試合が始まろうとしていた。

 

 『お次はザ・中堅って感じ!?ヒーロー科、飯田 天哉!対、サポートアイテムフル装備…ってか装備し過ぎじゃね!?サポート科、発目 明!』

 

 サポート科はサポートアイテムの使用可能。

 だが限度というものはあるだろう。

 

 肩より上に飛び出た可変式のスラスターが取り付けられたバックパック。

 腰のベルトにはモーターと連動したワイヤー付きのアンカー。

 膝から下を覆う様なレッグアーマー。

 腕には左右異なる籠手。

 安全も兼ねたバイザー付きのヘルメット。

 パワードスーツのようなフル装備の発目 明に対して思わずプレゼントマイクは突っ込み、飯田とイレイザーベッドは驚くか呆れるかの視線を向ける。

 ちなみに教員用の席の一角で胃の当たりを抑えて苦悶の表情を浮かべる教員が居たとかいないとか…。

 

 「凄い装備だな」

 「はい!これも全てサポート会社にアピールするチャンスですから!!」

 

 あまりに堂々と、そして純粋に言い切った発目に呆気に取られるも自分もそう変わらないのだと思い出す。

 元よりそうだったが負けられないという気持ちを新たに気合を入れ直す。

 

 『ではBブロック四回戦目、スタァアアアアアアト!!』

 

 開始直後の速攻。

 飯田は個性を用いた加速にて一気に発目に迫る。

 対して発目は少し操作し難そうに右腕に装備した籠手の操作パネルを弄る。

 

 「良い加速ですね!ですけど速度なら負けませんよ!」

 

 レッグアーマー踵に繋がった可動式のローラーが回転し、底部の補助ホイールが連なって力の向きに回り出す。

 迫る飯田に対して下がる発目。

 かなり速い速度ではあるが、飯田と比べると若干遅い。

 それは移動時間が長くなるにつれて距離が狭まる事で明らかだ。

 さすがに速度勝負は不味いと理解した発目は飛んで空へと逃げる。

 無理のある動きを仕込んであるオートバランサーが機能して補助してくれる。

 だけどどうも連動が甘かったようでラグが目立つ。

 

 「改善の余地ありですね!」

 

 そう判断しながら発目の視線は観客席に設けられた企業関係者席に向く。

 発目の個性は“ズーム”。

 文字通り拡大する事が可能な個性で、遠く離れた企業関係者の表情をハッキリと見る。

 喰いついた様子でこちらを見ている事を確かめ、ご満悦といったように笑みを浮かべる。

 

 着地を狙おうと飯田は追い縋るも、騎馬戦時のバックパックとは異なってスラスターが可動式。

 方向転換はお手の物で逆に右に左へと飯田を翻弄する。

 これでは埒が明かないと判断して温存も兼ねて足を止める。

 すると発目は少し距離をおいて着地した。

 さすがにずっと飛び回れる事は無いようで安堵する―――が、発目が右手の小手に取り付けられた操作パネルに触れた矢先、バックパック辺りからナニカが出て来たことで嫌な予感が襲ってくる。

 

 「なら、これはどうですか!」

 「それはありなのか!?」

 

 バックパックには簡易的なサブアームが取り付けられており、それが銃のようなものを向けて来る。

 勿論実弾などではなく、発目が用意した専用のトリモチ弾。

 あくまで捕縛用なのだが乱射が激しく弾雨のようになってはいる。

 その弾雨を浴びないように飯田は必死に走り抜ける。

 当たらない実状よりも発目は精度や使ってみた感想から改善案をすでに思案していた。

 

 「ふむふむ、反省すべきところは多々ありましたね!大きな収穫です!!…あれ?」

 「―――ッ、今だ!!」

 

 目線を認識したバイザーで狙いを付けて、操作パネルでサブアームのオンオフを切り替える。

 その為に起動させてから連射し続ける事となり、あっという間に弾切れが起きてしまう。

 この機会を逃すものかと逃げ回っていたのから一変、発目を掴んで場外に押し出さんと迫る。

 しかし発目は使えなくなったサブアームを切り離すと同時に飛翔して退避する。

 

 「さぁて、まだまだ行きますよ!」

 

 そこからは追いかけっこであった。

 発目は装備の機動性に小回りを見せる為にも低く飛び、飯田はそれに追い付こうと追い掛ける。そして追い付かれそうになっては飛翔して難を逃れるを繰り返す。

 十分近い鬼ごっこは決着がつきそうになかったが、データ収集とお披露目もかなり出来た発目によって唐突に終わりを告げる。

 

 「そろそろ締めにしましょう!―――“ファーカレス”」

 

 飯田の頭上へと飛翔して左手のガントレットより蜘蛛の巣状に編まれた帯のようなものが行く手を遮るように囲む。

 しかし一つとして飯田本人を捉えておらず、鳥籠に封じ込められた状態。

 隙間は狭いが抜けられない事は無い。

 焦りながらも抜け出す場所を探そうと視線を動かすも、次の瞬間にはそれも叶わなくなった。

 

 「“閉じろ”」

 「なぁにぃ!?」

 

 抜け出そうと走り出した途端、音声に反応した帯が急に迫る。

 形状記憶合金を用いられたこのサポートアイテムは、音声または操作によって籠手より熱を走らせ、半円状に広がった網を閉じる事が出来るのである。

 さすがに脱出するには時間があまりにも足りなく、飯田は迫った帯に地面に押し付けられるようにして動きを完全に封じられてしまった。

 

 「どうです?どうです!?形状記憶合金を用いた捕縛装置は!!」

 「っく、動けない!」

 

 何とか脱出しようと藻掻くががっしりと捉えられて抜け出せない。

 眼前に着地した発目を身動きの取れない飯田は見上げる。

 敗北したという事実を悔しく思うも、彼女の努力が自分を勝ったのだと勝者を称えるべきと心を律する。

 

 「さすがだ発目君。僕は―――」

 「はい、私の負けです(・・・・・・)!」

 「――降さn……は!?」

 『はぁああああ!?ここで発目が降参!?何考えてんだぁおい!』

 

 当然の突っ込みに会場全体が同意する。

 対戦相手の飯田としても同様であり、疑問の目を発目に向ける。

 

 「今回私が創ったベイビー達のお披露目は出来ましたし、なによりエネルギーが切れましたので!!」

 

 もうやり切ったという清々しい表情を浮かべ、汗を袖で拭う発目に飯田はガクリと肩を落とした。

 確かに目的を達成した彼女は良いのだろう。

 けど勝負結果は負けでありながら勝ちを譲られた現状になんとも言えない感情が胸中に渦巻く。

 しかし考えようである。

 一回戦目は不甲斐無かったかも知れないが、二回戦目で払拭するような務めれれば良い。

 自分には機会が与えられたのだと…。

 そう思う事にした飯田だが、捕らえられたままで動く事も叶わない。

 

 「ところで発目君。これを外して貰えないか?」

 「………あ!戻す機能をつけ忘れました!ごめんなさい」

 「…え?」

 

 …トーナメントBブロック第一回戦目は、教員に寄る飯田救出作業によって幕を閉じるのであった…。




 ●発目の装備品の元ネタ
 バックパック :【機動戦士ガンダム0083】よりGP-01Fbのバックパック
 レッグアーマー:【コードギアス】よりナイトメアのランドスピナー
 ガントレット左:【メイドインアビス】よりボルドンドの“月に触れる”


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第33話 Aブロック二回戦

 遅くなって申し訳ありませんでした。
 ここ数週間花粉症に悩まされ、ダウンしておりました。
 投稿再開致します。

 それと以前より書き忘れたシーンがあり、それを含めて加えようと思って少しずつ書いていた回も一緒に投稿したので今日は二話投稿となっております。
 一緒に投稿した第24話は次に投稿した際に順番通りに並べます。


 緑谷 出久は騒めく心境を抑えながらステージに立つ。

 トーナメント一回戦は各自終了し、試合の熱に当てられて観客は盛り上がりを見せる。

 勝ち残った八名による二回戦最初の試合が開始されようとしていた。

 ここに至って初戦前のような緊張はない。

 

 対戦相手は轟 焦凍…。

 身体能力に氷と炎の二つの個性を持ち、ヒーロー科一年A組トップクラスの実力者。

 実力差もあることながら彼から聞かされた境遇や想い。

 それにステージに来る途中に偶然にも出会ったエンデヴァーに会ってしまった事が大きい。

 

 “焦凍にはオールマイトを超える義務がある”

 

 エンデヴァーは超パワーはオールマイトにも匹敵する個性と言って、轟を計るためのテストベッドとして有益と口にした。

 我が子への応援ではなくそうあらねばならないという冷たくも圧が込められた一言。

 自身をテストベッドと称した事などどうでも良かった。

 まるで轟を道具として見ていないような感じに怒りを抱く。

 

 轟から聞かされた境遇と決意も加わり、緑谷は何か引っ掛かった(・・・・・・)気持ち悪さを抱きながら目の前の試合に集中する。 

 

 『では第二回戦目緑谷バーサス()轟!――――スタァアアアアアト!!』

 

 開始の合図と同時に氷がステージ上を走る。

 それは瀬呂の時のような大出力なものとは違い、線を引くように真っ直ぐ伸ばされた氷結。

 緑谷は避ける素振りを見せずに氷結と轟の位置が重なっているのを確認して右腕を振るう(・・・・・・)

 

 「―――SMASH(スマッシュ)!!」

 

 突き出した拳は個性“ワン・フォー・オール”の力を纏い、パワーによって押し出された風圧が氷を砕いて轟を襲う。

 個性を使用しても腕は壊れてはいない。

 限定的な個性の使用。

 扇動の訓練にてようやく掴みかけた個性の調整だが、放課後という限られた時間では足りなさ過ぎて、どうしても人に対する無意識下でのコントロールに頼るしかない。

 最終テストとして扇動は使わせたいという考えはあったものの、体育祭が迫った状態で使用して大怪我させる選択肢が取れなくて曖昧な状態で迎えさせるしかなかったのだ。

 なんにせよ腕を振るっても壊れないギリギリの使い方が出来るというのは有難い。

 

 放たれた風圧は向かって来た氷結を砕き飛ばすばかりか轟にまで直撃して吹っ飛ばす。

 あまりの勢いに浮かされて場外まで飛ばされそうになるが、背後に氷塊を出現させて無理にでも減速させる。

 一枚で止まらないのなら二枚三枚と数を増やして踏みとどまった。

 

 「…やっぱそう来るか」

 

 氷結を打ち破られた事に動揺は見られない。

 完全ではないものの放課後の特訓はお互いに僅かながら情報は覗ける。

 その際にこちらが自損せずに個性を振るう所を何度か見ていただろう。

 止める為とは言え背を氷塊にぶつける羽目になって表情が歪んでいるが、目は決してこちらを捉えて離す気がない。

 再び氷結が放たれてそれを同じように砕く。

 しかし砕いた先に轟は居らず、風圧はそのまま抜けていく。

 

 放ったら砕かれるのを承知でその場から移動された。

 迫る氷結に注意が向いた上に出現する氷で姿が隠れるのを利用された。

 おかげでこちらは無意識に個性がセーブされたので自損はしなかったが、一瞬とは言え位置の把握が出来ていない。

 察して(・・・)振り向くと回り込むように駆け出している轟がおり、右手が地面すれすれに振られて氷結が走らされていた。

 

 ただこの氷結には驚かされた。

 授業や訓練時はだいたい一直線にしか氷結を走らせていなかったというのに、細くとも五本の氷結をこちらに向けて走らせている。

 手ではなく指先での個性使用。

 しかも同時に五本という出力調整を施した個性のコントロール。

 放課後の特訓で自身が以前に比べて成長しているように、轟とて成長していてもおかしくは無い。

 

 これでは一本を回避しても他のを受けてしまう。

 なんにせよ吹き飛ばさなければと個性を使おうと拳を構える。

 

 「スマ―――ッ!?」

 

 …してやられた。

 目の前の氷結ばかりに注目して、別方向から迫る氷結に気付くのが遅れた。

 指先から放たれた氷結だけでなく、足元よりもう一つ氷結が走って来ていたのだ。

 それも円を描くように湾曲して死角を突くように。

 氷が織り成す音と気配(・・)を察せれなければ気付く事も無かっただろう。

 しかしすでに回避が間に合う距離ではない。

 正面を対処すれば側面から凍らされ、逆に側面を対処しても正面で凍る。

 悩む間も惜しく、氷結は緑谷に間近まで迫る。

 

 「SMASH(スマッシュ)!―――痛ッ…」

 

 背に腹は返れない。

 歯を食いしばりながら左人差し指を親指の腹で抑えて、正面と側面から迫る氷結の丁度中間に向けて弾く(・・)

 瞬間放たれた風圧によって氷結は吹き飛んだが、代わりに左人差し指が耐えきれずに痛みを発した。

 赤黒く変色した指がじくじくと痛むも堪えながら視線を向けるとそこに轟の姿は無かった…。

 代わりにあるのは上へと段々に伸びていく氷…。

 

 「何処に…上!?」

 

 視線を上に向けると氷を踏んで駆け上がり、頭上を取った轟の姿があった。

 咄嗟に横っ飛びに回避するも、着地した瞬間に氷結が追って来た。

 射線上に轟が居ると右腕を振るおうとするも、こちらの意図を察してか射線上から飛び退かれた。

 これでは振るえない。

 今度は左薬指を弾いて吹き飛ばす。

 

 無意識での個性コントロールは諸刃の剣。

 条件として人を意識しなければ壊れる危険性がある…。

 ゆえに状況を考慮して自損覚悟で使用せねばならないときは左手…それも指の一本ずつと決めていた。

 覚悟もしていたとは言え激痛が走り顔が歪む。

 その様子を冷静に眺めていた轟はふぅ…と吐息を漏らす。

 

 「お前個性のコントロール出来てねぇだろ」

 「――ッ…」

 「図星みたいだな」

 

 見破られた事に動揺を隠しきれなかった緑谷に轟の猛攻が襲う。

 放たれる氷結は射線上に重ならないように走られて、対処するには何とか躱すか自損覚悟で個性を使うしかない。

 残った中指、薬指、親指を使わされた。

 右手を使う前に一度壊れた指を頬に引っ掛けて弾く事でもう一巡使い切る。

 一度だって激痛を伴うのに、壊れた指で再び壊す行為に溜まらず悲鳴のような声が漏れ出てしまう。

 それでも負ける訳にはいかないと活路を見出そうと必死に耐え続ける。

 

 …右腕は問題ないが左指は全滅。

 焼けるような痛みが脈打つように駆け抜ける。

 

 解っていた。

 個性だけではなく判断能力から応用力、身体能力まで全てが自分より上だって事は…。

 ギリっと強く歯を噛み締める。

 

 「もうその左手は使えないだろ。悪かったな」

 

 自身の状況を踏まえた上で轟を見つめる。

 風圧に耐えるべく出現した氷結で背を打ち付けて、ダメージは蓄積されているだろうけど今のところ戦闘に支障がある用には見えない。

 まだまだ戦える相手に対してどうすると頭を悩ます緑谷は轟が若干震えている(・・・・・)事に気付く。

 

 「おかげで奴の顔が曇った。」

 

 緑谷は歯を食いしばる。

 それは痛みによるものでも絶望に呑まれた証明でもなく、視線を自分からエンデヴァーに向けた事でもない。

 彼が今している事に対して怒りが胸中を駆け抜ける。

 轟から家庭の事情は聴いた。

 エンデヴァーがどう思っているかの一端を目撃した。

 それは自分でも計り知れない苦悩があった事だろう。

 だけども許せなかった…。

 

 「轟君…震えてるよ」

 

 睨みながら放った一言に轟は足を止め、震えている腕に視線を落とした。

 その震えはダメージから来るものではない。

 寒さ(・・)から来る震えであった。

 

 「個性だって身体能力一つだ。君の個性にだって限度があるんじゃないのか?」

 

 氷結による冷気は周囲だけでなく使用者にだって影響を及ぼしている。

 無条件で耐えられる訳ではなく、すでに限度を越して身体が震えるほどに影響が見て取れる。

 だけどそれは左の炎を使えば解消される筈だ。

 

 「皆…本気でやってるんだ。真剣に戦ってるんだ!目標に近づくために必死になって!それを半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つ付けられてないぞ!!」

 

 このトーナメントに上がれなかった人は勿論の事ながら、トーナメントで敗れた麗日達や不利であるも頭を使って勝利した扇動が脳裏に浮かぶ。

 彼ら・彼女らだって成りたいものを目指して努力し、全てを出し切るように上を目指している。

 だから僕は皆の想いを踏み躙るようで許せなかった。

 

 「―――全力で掛かって来い!!」

 

 緑谷は怒りと共に胸中を渦巻く想い(・・)を抱いて大声で叫んだ。

 

 

 

 轟の読みは間違っていなかった。

 現在の緑谷は個性のコントロールを己の意志で行う事はままならなかった。

 だがこの瞬間において―――キレた(・・・)この時に限って無意識化であるが個性のコントロールが成ったのである。

 

 「なんのつもりだ緑谷…クソ親父に金でも握らされたか?」

 

 片手は壊れきっており、痛みだって尋常ではない筈だ。

 状況的に見ても緑谷は不利だというのに何故という疑問と浮かんだ予想で勝手に苛立って感情が荒れる。

 死角から迫るように湾曲させて走らした氷結は拳の一振りで払われた。

 振るった右腕には自損は見られない。

 

 「イラつくな!」

 

 出力全開で放ったところで砕かれかねない為、近づいて凍らせるしかないと判断した轟は駆け出す。

 何度も氷結を使用した事で霜が降りて能力低下した身体で。

 緑谷も駆け出しており、互いに攻撃しようと拳を構える。

 だが轟の手は触れる事は無かった。

 踏み込もうと一歩出た瞬間、タイミングを狙ったかのように緑谷が懐へと踏み込み、先に拳を腹部に叩き込んで来たのだ。

 

 「―――カハッ!?」

 

 腹部に緑谷の拳が食い込む。

 あまりの重さ(・・)に身体がくの字に曲がり、威力から吹っ飛ばされて地面にぶつかって何度か跳ねる。

 痛みからすぐさま体勢を立て直せれず。よろよろと起き上がって緑谷を睨む。

 当の緑谷もこちらを睨んでおり、追撃ではなく口を開く。

 

 「動きが悪いよ轟君。氷の勢いも弱まってる」

 

 見抜かれている。

 けど炎を使うつもりもない。

 炎を使わず勝たなきゃ意味がない。

 出力を上げて氷結を走らせるも駆け出した緑谷は咄嗟に払うように右手を振るって吹き飛ばし、近づいたところで左手(・・)で殴りかかって来やがった。

 再び腹部を駆け抜ける重い一撃…。

 勢いで地面を跳ね、転がった轟は起き上がりながら見た。

 殴りかかった痛々しい左手より血が垂れ、激痛で歪む緑谷の顔を…。

 

 「なんでそこまで…」

 「期待に応えたいんだ!!笑って応えれる格好良いヒーローに成りたいんだ(・・・・・・)!!」

 

 ヒーローに成りたい…。

 その言葉が脳裏に引っ掛かる。

 緑谷は止まる事なく思いの丈を口にしながら拳を振るってくる。

 

 「皆、ヒーローに成りたくて全力を出しているんだ!」

 

 クソ親父を全否定する為に氷…母さんの個性だけで勝たなくちゃならない…。

 それが俺がヒーローを目指す理由……本当にそうだったか?

 重い一撃を受けながら何かが引っ掛かる。

  

 「君の境遇も決心も僕には計り知れない………けど!」

 

 重い(想い)一撃を浴びせられる度に脳裏に思い出が過る。

 クソ親父にしごかれた日常。

 友人も作れずに兄姉とも遊ぶ事さえ許されない日々。

 必死に守ろうとしても暴力を振るわれる母の顔。

 苛立ちが募る記憶にギリッと歯を強く噛み締めながら立ち上がる。

 

 「全力を出さずに一番になって全否定なんて―――ふざけるなッ!!」

 

 クソ親父の都合の良いようになってやるもんか。

 俺はアイツの全てを否定する為にヒーローを………。

 

 

 ―――焦凍…。

 

 優し気な声が自分の名を呼ぶ。

 それは今や聞く事も少なくなってしまった母さんの声…。

 

 

 

 「君の力じゃないか!!」

 

 

 

 ―――“成りたい自分になって良いんだよ”。

 

 

 あぁ、思い出した。

 母さんと一緒にオールマイトが出演していたテレビを眺めながら、クソ親父に縛られてではなく憧れを抱き、自分自身であんな格好良いヒーローに成りたいと想い、母さんに優し気にかけられた言葉を…。

 いつの間にか忘れてしまっていたあの日の事を…。

 

 ぶわりと溢れる思い出と感情は熱を持ち、炎となって轟より勢いよく吹き荒れた。

 放たれた熱気は緑谷を撫でるに留まらず、観客席にまで至った。

 ようやく炎を使った事に対して感情を高ぶらせるエンデヴァーを他所に、扇動とオールマイトは緑谷の行為に魅せられた。

 これはただ勝つための行為ではない。

 意識してなのか無意識でなのかは分からないが、緑谷はこの戦いの中で轟を救おう(・・・)としている事に。

 

 「成りてぇよ…俺だって、ヒーローに!!」

 

 なんかクソ親父の事なんてどうでもよくなっちまった。

 今は靄が晴れた様にスッキリして、妙な気持になって笑みが零れてしまう。

 

 「…ったく勝ちてぇくせに敵に塩送るなんて…どっちがふざけてるって話だよ…」

 

 炎の個性により霜は消し飛ぶ。

 これで氷結の個性で起こった身体への影響は完全に消え去った。

 対して緑谷の状況は改善どころか悪化したに過ぎない。

 だというのにアイツは笑っている。

 

 「なに笑ってんだよ。その怪我でこの状況…お前イカれてるよ―――どうなっても知らねぇぞ」

 

 ―――“全力で掛かって来い”。

 今の轟の頭にはそれに応えるべく全力を振るう事しかない。

 右側から氷結、左側からは炎が荒々しく放たれる。

 緑谷も全力を払おうと脚と右腕にワン・フォー・オールをかけ巡らせる。

 

 この異様な光景と二人の熱量に主審のミッドナイトと待機していたセメントスが動いた。

 すでに緑谷の怪我は酷いものだ。

 試合を止めようかとも考えた二人であったが、まだ大丈夫だと判断して止める事は無かった。

 しかしこれ以上は身が持たない。

 そう判断したセメントスは急遽二人の間にコンクリートの壁を形成しようとして、ミッドナイトは個性の“眠り香”で眠らせようと個性を使用する。

 

 今までの氷結と比べ物にならないほどの大出力の氷結がステージを駆け抜けるが、ワン・フォー・オールの力が加わった脚力は易々と飛び越えて、緑谷は弾丸のように轟へと跳んでいく。

 勝つためには個性同士をぶつけるだけでは駄目だ。

 出来得る限り至近距離で全力を振るうしかない。

 高温を持った左手が自身の周囲を漂う冷気を消し飛ばす。

 

 「………緑谷、ありがとな」

 

 それは決して緑谷に聞こえる事はなかっただろう。

 けれど轟は穏やかに、優し気に口にする。

 炎を纏った左手を緑谷に向けながら。

 

 中央で巨大なコンクリートの壁が幾層にも聳え立ち、ミッドナイトの眠り香が漂う。

 そんな中を冷え切った冷気を熱しながら大出力の炎と思いっきり個性を振う緑谷が突っ込んだ。

 余りある力を防ぐことは叶わず、受けたコンクリートの壁はものの見事に砕け散って四散し、ぶつかり合った二人の強大な力に散々冷やされた空気が熱せられた事で発生した熱膨張も加わり、衝撃は強風となってドーム内を轟音と共に荒々しく吹き抜けた。

 ステージ上は煙で覆われて状況が掴めない。

 誰も彼もがどうなったんだと目を見張る。

 

 荒れ果てたステージに立っていたのは轟 焦凍だけであった。

 緑谷はぶつかり合った衝撃に眠り香もあって、壁に激突して意識を失っていた。

 

 『み、緑谷君場外…轟君、三回戦進出!!』

 

 大きく息を吐き出す。

 観客達が各々感想を口々にする中、轟は不思議そうに左手を眺めていた。

 クソ親父を連想して憎かった炎だったのに、先の一瞬だけはアイツ(エンデヴァー)を忘れていた…。

 色々と想いながらハンソーロボによって保健室に連れていかれる緑谷を見送り、轟 焦凍はステージを後にする。

 

 

 

 

 

 

 緑谷と轟の試合が終わるとステージ修復の為に一時中断が入るも、 コンクリートを操れる個性を持つセメントスによって被害の割には比較的短時間で終わり、先の激しい試合の興奮が冷めぬうちに次の試合―――爆豪と切島の試合が開始されていた。

 

 「―――ッ、硬ぇ」

 「効かねぇっての爆発さん太郎が!!」

 

 修復されたばかりのステージで爆発音が響き、直撃を受けた切島はよろめく事すら無く真正面から受け切り、硬化の個性で固めた拳を振るう。

 反射的に避けた爆豪であるも僅かに掠め、擦れた皮膚が切れて血がじわりと頬を濡らす。

 爆破が効かなかったばかりかよろめきすらしなかったことに険しい表情を向けられる。

 対して切島は好戦的な笑みを浮かべて叫ぶが、内心は少々焦っていた。

 

 切島の“硬化”は肉体を硬質化させる個性。

 防御は勿論の事ながら硬度を増した肉体は武器と成り、攻撃においても有効な個性である。

 だけどデメリットがない訳ではない。

 個性使用時は力まないといけないので、持久力が切れれば硬化を維持する事が難しくなるというもの。

 それを理解していたからこそ扇動は持久力や使用時間を延ばせるように訓練を付けようとしてくれた。

 

 ――「硬化に頼り過ぎるな。受け切れると理解しているからこそ受けても大丈夫という油断が生まれる」

 

 受け続ければずっと力み続けなければならなくなり、早々に個性の限界が訪れてしまう。

 一応捌き方は教えてもらったが、持久力や高度を上げる事がメインだったゆえに付け焼刃程度。

 戦闘センスの塊のような爆豪に対して通じるようなレベルではない。

 だからと言って馬鹿正直に受けていれば全身力みっぱなしですぐに切れてしまう。 

 

 ピンポイントで腕だけ硬質化させて受け、恐れる事無く踏み込んでいく。

 ガードした左で爆炎を払って、右の拳を爆豪に叩き込む。

 先は早々に蹴りを付けようと顔――顎を狙ったが今度は腹部へ叩き込んだ。

 扇動曰く、頭は小さい部位なので狙われても避けるのは容易かったりするらしい。

 なんでも霞 拳志郎や毛利 蘭という人物は弾丸すら避けたのだとか。

 にわかに信じられない話しながらも先ほど掠りはしたが、直撃を避けられた事から思い出して的として大きいボディを狙う。

 

 「ガハッ……テメェ!」

 「はっはぁ!効かねぇっての!」

 

 硬化した拳の一撃が効いて声を漏らしたが、即座に反撃の爆破を放って来た。

 さすがの反応速度からピンポイントでは間に合わず、咄嗟に全身力ましてガードする。 

 焦りを顔に出さないように威勢を張る。

 しかし爆豪は怪訝そうな顔を向ける。

 

 「今…解いたな(・・・・)?」

 「―――ッ!」

 

 いつも血の気の多そうな風でありながら力任せの無鉄砲ではない。

 爆豪は冷静な判断力と高い分析能力を持つ。

 出来れば気付かれない方がやり易かったが、そう易々と勝たせてくれそうにない。

 それはそれで燃える(・・・)と頬を緩ませながら真っ向から突っ込む。

 

 ここで退きさがるという選択肢は存在しない。

 戦闘方法が近接戦闘…肉弾戦であるというのもあるが、それ以上に気持ち的にも下がりたくなかった。

 

 麗日戦で反射神経が優れているのは理解しており、一端でも見抜かれたからにはピンポイントのガードでは防ぎきれないだろう。

 攻撃時は腕だけとしても防御時は全身を固めるしかない。

 ずっと力む事になって持久戦的には辛いが、ガード無しで受けるよりはマシだ。

 

 一気に猛攻が激しくなる。

 硬化した拳を脅威に見ていた爆豪は回避してからの反撃(カウンター狙い)を主に行っていた。

 それが超攻撃的に攻めだしたのだ。

 一か所に集中するのではなく右と左で連打で爆破を叩き込み、こちらが攻撃しようとするとその腕を爆破で逸らす。

 この戦い方は完全に気付いてやがる。

 ヤバイと思いながらも解いて休む事叶わず、今は耐え忍ぶしか手がない。

  

 「切島!顎狙え顎!!」

 

 観客席より鉄哲の声援が届く。

 一回戦目では対戦相手であったが、真正面からの殴り合いを終えた後はバトル漫画のようであるが、何処か妙な友情めいたものを感じていた。

 今の自分は一回戦で負かした鉄哲の分まで背負ってんだ。

 特訓に付き合ってくれた扇動にも、抱く己の夢を叶える為にも―――。

 

 「―――負けらんねぇんだよ!」

 

 連打で爆破を浴びせられて視界も悪くなっていた切島は、気合と意地で前へと突っ込む。

 例え爆煙で視界が防がせようと爆豪の位置は攻撃してくる方向で解る。

 そこへと硬化したまま突っ込んで体当たりを喰らわす。

 

 予想外に突っ込んで来た切島を避け切れず受けた爆豪は、押されるがままに吹っ飛ばされた。

 そのまま背を地面にぶつけそうになったのを咄嗟に爆破で浮かして、転がるようにして着地する。

 これはチャンスである。

 体勢を崩した爆豪に一気に詰め寄って拳を振るう。

 

 「クソッ、やってくれたな切島ぁ(・・・)!!」

 「早く倒れろ爆豪!!」

 

 畳み掛けるように攻められ、体勢が崩れている以上は攻勢に出れず、爆豪は受け流すのが精いっぱい。

 なんとしてもここで蹴りを付けようと拳を振るい続ける切島は違和感を覚える。

 

 爆破の威力が弱まった様な気がした。

 眼で見てわかるほどに弱くなったとかではなく、本当に僅か過ぎて気のせいかと思う程度。

 だけどそれを裏付けるように一瞬だけ表情が曇った。

 

 それが何を意味しているのかは切島は理解し得なかった。

 放課後の特訓の成果や意思による支えによって耐え凌いでいた硬化が緩んだのだ。

 身体に響き渡る爆破の痛みと衝撃に苦悶の表情を浮かべる。

 もう限界が来たのかと噛み締めながらなんとか硬化を維持しようと残った体力を絞り切るように力を籠める。

 

 「ガチガチに気張り続けてんだろ。そりゃあ綻ぶわな」

 「くっ…」

 

 爆豪も爆豪で先ほど感じたモノが偽りとでも示すが如くに爆破の威力を上げて猛攻を続け、耐え切れなくなった硬化は綻んでもろにダメージが入る。

 痛み意識が持っていかれ、無意識に綻びが全身に広がっていく。

 

 「―――死ねぇえええ!!」

 

 二度三度と無防備になったところに畳み掛けられ、止めの一撃が強要限界を超えて切島の意識が刈り取る。

 大の字でステージに倒れ込む切島の様子から、戦闘不能と判断したミッドナイトが爆豪が三回戦進出を告げるが、当の爆豪は掌を睨んでから観客席で眺めていた扇動に目を向ける。

 

 

 

 

 爆豪と切島の試合を見届けた扇動 無一は観客席からステージへと向かう。

 次の試合に参加する都合上、控室で待っていた方が良かったのかも知れないが、イズク同様に爆豪の試合を見逃す事はしたくなかったので、終わりまでは観客席に居座ったのだ。

 とは言っても爆豪の爆破の影響で大なり小なりステージが荒れたので修復の時間が入るのでそこまで急ぐ必要もないが。

 

 ステージに向かいながら携帯を弄って緑谷に撮影しておいた爆豪と切島の試合を送信する。

 轟との試合を終えた緑谷は保健室に運ばれてから戻れていない。

 これは試合で負った怪我が酷過ぎた為である。

 左指の自損に次ぐ自損に最後の衝撃で場外の壁に受け身も取れずに激突した事、そして両足と右腕の自損(・・・・・・・・)…。

 一時個性のコントロールを成した緑谷だったが、最後の一撃を放つときは自ら全力を振るおうとした結果、跳ねた両足と振るった右腕が限界を超えたのだ。

 おかげで心配した麗日に蛙吹、飯田に峰田が見舞いに行こうと駆けて行くほど。

 

 それにしてもと扇動は試合前だというのに浮ついた心のまま緑谷の試合を思い出す。

 単に勝敗の話とかではなくて、緑谷が轟を救おうとした事…。

 

 一般的にヒーロー(職業)(ヴィラン)を打ち倒し、災害や事故や事件から誰かを助けるものと思われているが、ヒーロー(英雄)とは誰かを助けるだけではなく救う(・・)者を指すものだと俺は思っている。

 無論ヴィラン事件が多発する現代では戦闘能力が重視される現場は多い。

 しかし必須ではあるが英雄(ヒーロー)とは力だけで成り立つものでは決してないのだ。

 だからというべきか緑谷に心の奥底から魅せられた。

 父親に対する怨嗟で覆われていた轟の心を…感情を揺れ動かした様は震えたよ

 ヒーロー(英雄)の一端…。

 これだからイズクは凄いと心の底から憧れ、尊敬し………嫉妬すら覚える(・・・・・・・)

 

 ながら(・・・)で携帯を弄っている以上、周囲に気を配りながら進む扇動は人の気配を感じ取って足を止める。

 するとそこに居たのは浮かない表情の轟であった。

 緑谷との試合で晴れたような(・・・・・・)表情を見せただけに、この変化には怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

 「どうした轟?」

 「さっきクソ親父と会った…」

 

 そう口にすると轟は頭を下げた。

 察した扇動は小さく「あぁ…」とだけ声を漏らした。

 エンデヴァーと会ったという事は俺に言った内容を聞いたのだろう。

 轟に話して変に気を使われるのも、試合前に雑念を与えるのもどうかなと言わないで置いたというのに…。

 エンデヴァーに対しため息をついた扇動に轟は言葉を続ける。

 

 「悪い。面倒をかけた」

 「構わねぇよ。それ込みで手ぇ貸したんだから」

 

 そうだ。

 緑谷がこじ開けたんだ。

 俺では救えなくともせめて助けに成ろう。

 是が非でもエンデヴァーの件をクリアしなければ。

 エンデヴァーで思い出したのだが、先の試合で轟が使用した炎の個性は今後どうするつもりなのだろうか?

 

 「炎は使っていくつもりなのか?」

 「……使う。ヒーローに成る為に形振り構わっていられねぇ」

 

 問いかけに少しばかり沈黙を挟んだ轟は、眼には複雑な感情を浮かべつつもしっかりと左手を―――炎の個性を捉えながら答えた。

 「そっか」とだけ続け、扇動はステージに向かって歩き始める。

 轟の瞳に宿った焔に今後が楽しみだなと微笑み、自らの試合に挑むべく頬を軽く叩いて気合を入れ直す。



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第34話 Bブロック二回戦

 切島と爆豪の試合を終えて多少なりともステージを修復すべく一時中断を挟む。

 毎年雄英体育祭をテレビ観戦してきたが、当事者や関係者として間近で観戦するのでは訳が違う。

 目の前で行われた大規模で白熱する試合の数々。

 さらにそれを行うのが自身のクラスメイトであるというのが余計に感情を大きく揺らしてくれる。

 

 「惜しかったね切島君!」

 「行けると思ったんだけどな」

 

 先ほど爆豪との試合を終えた切島は軽い手当てだけで観客席に戻って来ていた。

 負けた事は悔しいが、それでも全力を出して負けたのだから寧ろ清々しさすらある。

 それより彼らは目前に迫る次の試合に注視していた。

 

 「―――ッ、扇動君の試合は!?」

 

 緑谷を見舞いに行っていた飯田が観客席に戻ってくるとそう問いかけた。

 様子を見るに相当に急いで来たらしい。

 

 「まだだよ。今ステージの修復中」

 「そうか。それは良かった」

 「…って、飯田はその前にヤオモモとだろ」

 「いや、そうなんだが…」

 

 上鳴に指摘されて申し訳なさそうに八百万へと視線を向ける。

 決して飯田が侮っている訳でもないのだが、一回戦目でもそうだがどんな手段を講じて来るか分からない相手…。

 これから戦う可能性があるというのなら警戒せずにいられない。

 特に飯田の戦闘スタイルは速度を活かした“近接戦闘”。

 芦戸と違って同じ土俵で戦う事になるのだから尚更である。

 だがそれは自身の相手である八百万は勿論、これから扇動の対戦相手である塩崎 茨に対しても失礼ではあった。

 

 「あれ?あれれ?もう勝った気でいるのかい?余裕綽々だね。けど相手はあの塩崎だよ!そこの(上鳴)を瞬殺した彼女だよ!もう忘れちゃったのかなぁ?AHAHAHAHAHA――ブウェ!?」

 

 …A組と仕切りを挟んだ隣はB組に用意された席となっている。

 その仕切りにへばりついて顔を覗かせて、ここぞとばかりに煽る物間 寧人は背後より衝撃を受けて落ちて行った。

 ひょっこりと次に顔を出したのは拳藤 一佳で「度々ごめんね」とだけ言って引っ込む。

 上鳴の試合後にも同様の光景を視ただけにデジャブを感じる。

 

 「飯田さん、私は気にしてませんわ。まずは自身の試合が第一ですが、同時に扇動さんに注視せぬ訳にもいきませんもの」

 

 二度目ゆえにそれほど気にせず、八百万が先ほど向けられた視線に対して口にする。

 飯田とまた異なるが、八百万は放課後の特訓で組手を行って全戦全敗。

 自身が負ける気はないとなると想定せざる得ない相手を無視は出来ず、勝つために策を巡らすにも情報が多く欲しい所である。

 

 「おー、二人共バチバチだね!」

 「勿論ですわ!狙うは優勝です」

 「それは俺だって同じさ。ここまで来たらNo.1で報告しないと」

 

 そう口にして飯田は兄である“インゲニウム”を思い浮かべる。

 自身の憧れのヒーロー。

 報告しようと電話を掛けたのだが丁度仕事中だったらしい。

 寧ろそれで良かったと思う。

 優勝を飾って堂々と報告しよう。

 

 「お、扇動が出て来たぞ!」

 

 切島の一言にステージに注目すると、肩を軽く回しながら扇動 無一が入場しているところであった。

 誰もがステージに視線を向けている中、上鳴は急に立ち上がって大声を上げる。

 

 「扇動!俺の仇を取ってくれ!!」

 「…上鳴、アンタさぁ…」

 

 トーナメント一回戦目にて扇動に敗北した芦戸に“仇は取ってやる”と口にした上鳴の発言に、耳郎を始めとした面々は呆れた視線を向けるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 オールマイトこと八木 俊典は震えていた。

 

 緑谷少年が試合を終えた後、彼が運ばれた保健室へと向かった。

 あの大怪我を心配しての事もあって急ぎ駆け付けると、想像以上に酷い怪我に言葉を失った。

 リカバリーガールより彼を焚きつけ、このような事態になった事にやり過ぎだとお叱りを受けて、責任を実感するも大怪我するまで無茶をした彼自身を怒る事は出来なかった。

 無論注意は行ったが、それ以上にヒーローの本質として間違った事はしていなかったと思っているからである。

 ただし、注意はしたが…。

 

 今、震えているのはその事ではない。

 確かに轟少年を救おうとするあの試合は振るえたが、現在感じているのは興奮ではなく畏怖…。

 

 保健室から観客席に戻って来た時、見覚えのある人物を見つけたのだ。

 雄英高校在学中は大変お世話になった(・・・・・・・・・)お方で、見たからには挨拶しないという選択肢は存在しなかった。

 …ただ当時の教え(・・)を思い返すと震えが止まらないのだ。

 ガタガタと携帯電話のバイブ機能以上に震えながら、その恩師である“グラントリノ”に近づく。

 

 「お、お久しぶりですグラントリノ」

 「おう、俊典か」

 

 空いていた最後尾の席にて高価そうなビデオカメラを三脚に乗せて撮影し、眺めていたグラントリノは声をかけたオールマイトに視線を向け、返しながらも空いていた隣の席を叩いて座れと示す。

 失礼しますと口にしながら隣に腰かける。

 挨拶しに来たのは良いのだが、何を話そうか戸惑うオールマイトより先にグラントリノが口を開く。

 

 「あの緑谷…だったか?後継者(・・・)

 「――ッ!?何故それを」

 「分からいでか。個性もだがあの無茶の仕方はお前さんにそっくりだ」

 

 この一言には恥ずかしさもありながらも申し訳なさで頭が下がる。

 グラントリノはオールマイトの正体及びに個性“ワン・フォー・オール”を知る数少ない人物。

 会ってはいなかったが手紙で知らせてはいたとは言え、今日の今日までちゃんとした話をせずに来たのは自分の落ち度だろう。

 頭を下げたところでふと思った。

 今日訪れたのは自分が後継に選んだ緑谷少年がどのような人物なのかを見に来たのではないか…と。

 

 「まさか見極めに来られたのですか?」

 「流拳にクソガキの撮影を頼まれてな」

 

 違う用件だと知って胸を撫でおろす。

 もし緑谷少年の様子を見て想う所があったのならば、自身の育成方針を問い質される事だろう。

 嫌でもあの血反吐を吐きそうな指導の数々が脳裏を過る。

 安堵すると今度はグラントリノが口にした“クソガキ”と言うのが気になるところ。

 視線を追って行くとステージに上がった扇動 無一に辿り着く。

 

 「扇動少年の事ですか…」

 

 グラントリノと扇動 流拳が自分を通して接点を持っている事は知ってはいる。

 なら流拳の孫である無一とも接点があり、見に来る事だってあるあろう。

 

 一回戦を突破した扇動 無一の対戦相手は塩崎 茨…。

 上鳴 電気の“放電”を意図も簡単に防ぎ、即座にツル()で捕縛して勝利した。

 勿論ながらその試合も観戦していたオールマイトは、無一が不利である事に表情を歪ます。

 どれだけ鍛えようと無個性では強化系のようなパワーを持つことは無く、あのツルによる拘束を破る方法はない…。

 サポートアイテム込みであるなら何かしら考えただろうが、ルールに縛られる関係上不利過ぎる。

 不安そうな表情をしていたのを目撃したグラントリノは鼻で笑った。

 

 「クソガキの心配か。いらんだろう」

 「しかし彼は…」

 「無個性でヒーローを成るってのは端からハンデを背負ってやがる」

 

 その一言に大きく頷く。

 緑谷 出久と初めて出会った際に自身も諫めようとした。

 言わんとしている事は理解している。

 自身もワン・フォー・オールを受け継ぐ前は無個性(・・・)だったのだから…。

 

 「だがな俊典。あのクソガキはそのハンデを理解して、それを補うべく行動し続けて来たんだ」

 「努力は報われる…という事ですか」

 「違うな。絶対に(・・・)努力すれば報われるなんて事はない。ただアイツが立っている土俵は他と異なっている」

 

 ステージ上で塩崎と対峙する無一は簡単に身体を解ながらスタート合図をただ待つ。

 彼が以前より身体を鍛えているのは(・・・・・・・・・・)知っている。

 けれども鍛えていたのは扇動だけではない。

 

 身体を鍛える点で言えばその通りである。

 緑谷や切島を含んだ何人かは入学前から身体が鍛えており、その点だけ(・・・)言えば同じ土俵ではある。

 しかしグラントリノが言う土俵はそこではない。

 

 「儂が知っているだけでもプッシーキャッツの“虎”、“ガンヘッド”、“クラスト”、“デステゴロ”、“エッジショット”などと模擬戦を行った上で教えを乞うたと聞くぞ」

 「名立たるヒーロー達に!?」

 「無論儂も模擬戦を幾度もしてやったし鍛えてもやった」

 「あの指導をなさったんですか…」

 

 青褪めるオールマイトに険しい顔を向けるグラントリノは何か言おうとして止め、再びステージに目をやりながら続けた。

 

 「儂の速度に対応し、最速の“ホークス”の動きを目で追い、対多数戦闘は“ピクシーボブ”に鍛えられ、捕縛系の個性において随一と言える“ベストジーニスト”に模擬戦で幾度も苦汁をなめ続けさせられ、それでも勝利を掴もうと研鑽を続けたクソガキが負けると思うか?」

 「――ッ!?それは…」 

 『ではではお待ちかね。Bブロック第二回戦扇動バァアアサス塩崎、スタァアアアアアアト!!』

 

 …違い過ぎる。

 ただ身体を鍛えるのとは訳が違う。

 扇動はオールマイトが先代やグラントリノから受けた指導クラスの事柄を、中学生前より自発的に受けているのだから…。

 

 開始の合図と同時に走り出した扇動は、伸びて来るツルを躱しながら一か所に留まってツルに包囲されないように動き続ける。

 動く様は身体の機能を徒然に駆使したパルクール。

 さらに周囲の状況に相手の状況を把握してフェイントを入れたり、伸ばされたツルを利用して死角として使ったりして、捕縛どころか掴まれる事無く走り抜ける。

 

 言われてみれば確かにそうだ。

 塩崎 茨の複数のツルは脅威である。

 しかしホークスやグラントリノに比べて動きは遅く、ピクシーボブの個性“土流”で生み出される土くれの魔獣の数より少なく、ベストジーニストの個性“ファイバーマスター”で操る繊維より太くて扱いは未熟。

 彼はハンデを背負っていても同学年の誰よりも早くにスタートしており、プロヒーローの実力と土俵を肌身で体験している。

 

 『アクロバティック!ヘイヘイ、イレイザー!お前んとこのクラスはあんなの(パルクール)も教えてんのか?』

 『知らん。アイツに限っては自主的にだろう』

 

 一向に捉えられない扇動が距離を詰めてくる様を真正面より体感している塩崎の焦りは相当であっただろう。

 ゆえにツルで編んだ壁を創り出して精神的にも身を護ろうとしながら、突き進む扇動の脚を僅かでも止めようとした。

 ここで足を止めればそこを包囲するように捕縛すれば良い。

 

 しかし壁を作るという事は自ら死角を生み出すという事。

 扇動 無一がそれを利用しない筈はなかった。

 壁が出現すると相手の視野が遮られている事を把握し、跳び出すように右側に靴を蹴り飛ばした。

 突如として壁から跳び出したモノに反応を示すも、サイズが小さかった事に即座に気付いて囮と理解する。

 

 その考えは的を射ていた。

 靴が跳び出した反対側よりナニカが跳び出したのだ。

 そちらが本命かとツルを伸ばして呆気なく捕縛した。

 

 …的は射ていたのだ。

 ただ扇動の囮は右側に蹴った靴だけではなく、左側に放ったジャージも含まれている。

 そして本命たる無一は最初に靴を蹴飛ばした右側より塩崎に突っ込む。

 

 視界の端に映る無一に気付いて慌ててツルを伸ばすも、距離的にも慌てて精確性を欠いたツルでは捉えきれない。

 もう躱す動作すらせずに愚直にも突き進み、向けられたツルの棘が頬や腕を掠めて血を滲ませる。

 傷つく事に表情の一つも変える事無く近づいた扇動は、速度を緩めることなく身体を逸らすようにして構える。

 

 『塩崎の縦横無尽のツルを突破ああああぁ!!――――って、容赦ねぇええなオイ!?』

 

 プレゼント・マイクが驚くのも無理はないだろう。

 観客席の誰もが扇動があのツルを突破する様に息を呑み、興奮のあまりに声を挙げる者すらいた。

 だが、次の瞬間には唖然として沈黙する。

 

 速度を一切緩めることなく突っ込み、至近距離で捻った身体をバネのようにしならせ、突き出された右の掌底(スピアタックル)は塩崎の腹部に食い込んだ。

 くの字に身体が曲がった塩崎はその場に倒れるも何とかよろよろと立ち上がったが、主審であるミッドナイトにお腹を押さえたまま青ざめた顔を左右に振って戦闘不能をアピールする。

 その間も相手の様子を窺いながら即座に追撃しようかと見定めている様子には油断…いや、容赦がない…。

 

 「えぐいな扇動少年…」

 「あの対戦相手(塩崎)には悪いが相手が悪過ぎる」

 「…えぇ、二重の意味で…」

 『せ、扇動君、準決勝進出!』

 

 ミッドナイトからの勝利宣言を受けて、扇動は二言三事塩崎に声をかけてから肩を貸し、二人してステージを降りて行った。

 その様子を眺めて乾いた笑みを浮かべるオールマイトに、グラントリノは少しばかり真面目な様子で口を開く。

 

 「俊典。後継の事もあるが無一(・・)の事もよく見てやってくれ」

 「勿論ですとも。けど扇動少年は大丈夫ですよ。あの年でしっかりしてますし、何より私より指導している事があって大変助かるぐらいですし」

 

 自身の不甲斐なさではあるが実際その通りであるから誤魔化しようもない。

 緑谷の個性コントロールの訓練にヒーロー基礎学では相澤より手本や手伝いとして声をかけられる事の多い生徒。

 助けが居る時には全力で助けるも、今のところはそう言ったところが全くもって見受けられない。

 無論プロとして教える事は多いが、彼だけ特別に前倒しで教えるのは贔屓に当たってしまう。

 などと思っていたオールマイトにグラントリノの表情は一向に変えずに続ける。

 

 「アイツは歳に似合わず賢し過ぎる。子供のくせして中身は大人と変わらん。だから…なのか。奴は同年代に比べて周りを見る事にかけては優れているが、自身を過少に評価し過ぎるところがある。自分を犠牲にする事も厭わない程にな…」

 「自己犠牲の精神…という事でしょうか?」

 「いや、違うな。アイツは秤にかけて躊躇いなく切り捨てるんだ」

 

 それを聞いて思い当たる節があった。

 ヴィラン襲撃時、自身は脳無に殴られそうになった扇動を助けた。

 あの時は彼が(・・)襲われていると思っていたが実際はそうではなかった。

 殴りかかられた緑谷と轟を助けるべく自分を犠牲にしようとした…。

 

 後の報告を受けてそう判断していた。

 だが、グラントリノの一言で自分が考え違いをしていたのかと疑問を浮かべる。

 何があったのかは計り知れないが緑谷少年に強い想いを抱き、あの状況で有効な個性を持っている轟少年。

 誰かを護る為に身を挺したのではなく、それらを鑑みて自身を切り捨てた…。

 そうも考えられる。

 これが他の生徒だったら否定してかも知れないが、あの扇動少年だからこそ即座にそう判断して行動に移したとしてもおかしくはない。

 

 扇動の危なげな一面を認識したオールマイトは深く頷いた…。

 

 

 

 

 

 

 八百万 百は意気揚々と自身の二回戦目に挑み、三分も経たぬ間に意気消沈してステージを降りた…。

 試合内容を思い返して悔しくて噛み締める。

 放課後の特訓で色々と成長出来て、それを活かして一回戦目を勝利した事により自信を持って挑んだ二回戦目。

 まずは防御を固めるべく盾を創造した瞬間こそ悪手だったのだろう…。

 対戦相手である飯田は騎馬戦で見せた“レシプロバースト”で通常時以上の加速で接近し、加速のついた蹴り技での攻撃ではなく盾を掴んだのだ。

 受け流す術こそ学んだものの、掴まれた際の対処法は学んでいなかった…。

 後は速度にものを言わせた押し出しによって場外へと運ばれてしまい、成す術もなく呆気ない幕切れとなってしまった。

 

 自分でも解っている。

 この結果を招いたのは自分の怠慢だと。

 最初は防御に徹して創造までの時間を稼ぐ事をなんら疑う事無く、まるでそれが当然の如くに実行してしまった。

 自身の不甲斐なさに呆れ果ててしまう。

 

 俯きながら通路からステージを繋ぐ出入り口へと向かい、膨らんだ紙袋を手にしながら試合を眺めていたであろう扇動 無一と目が合った。

 ゆっくりとした動作で観客席から見えない程度に入ると力なく顔を向ける。

 

 「扇動さん…観ていらっしゃったんですのね…」

 「当然だろ。出来れば観客席から全体的に観たかったが、準決勝まで然程時間がなかったからな」

 「…申し訳ありませんでした。指導して下さったというのに…」

 

 個々人のメニュー作りから指導、組手の相手など色々と尽くしてくれたというのに、こんな怠惰な結果に終わって本当に申し訳なくて仕方がない。

 頭を下げて謝罪を口にしたところ、扇動は眉を潜めてポカーンと口を開けていた。

 

 「んー…それは違うな。同じ学生ながら偉そうに指導しといて役に立たなかったんだ。お前の指導のせいで(・・・・・・・・・)…と言っても責めても良いんだぞ」

 「なっ!?そんな事はしませんわ!」

 「指導役ってのはそういうもんだろ?指導したからには指導した責任が伴う。お嬢が失敗したのならそれは俺の責任だろう」

 「違います!活かせなかったのは私の方で…」

 「一回戦目は見事に活かしてたろに…。こういう場合の対処を授けなかった俺の落ち度だ―――って、存外に頑固だなお嬢は」

 「扇動さんこそ頑固者です!」

 

 先ほどの沈んでいた様子は何処に行ったのやら、お互いに責任の取り合い(・・・・)をしていた八百万と扇動は少しの間を置き、二人して堪え切れずに笑い出した。

 

 「分かった分かった。どっちも悪かったって事で謝罪は無しだ」

 「そういう事にしますわ…」

 「今回の件を糧にさらなる成長に期待するぞ?」

 「勿論です……ちなみになのですけど扇動さんでしたらどうしました?」

 「それはお嬢としてか?」

 「はい」

 

 答えを知りたい…という訳でもない。

 これはちょっとした興味であった。

 彼ならばどのような手段を講じたのか。

 そこにこそ自分との差異があるのではないかと。

 少しばかり悩む素振りを見せて扇動は早々に答える。

 

 「創造を警戒して速攻を仕掛けてくるのは明白だからな。俺なら開幕水素を創造して周囲の濃度を上げるかな」

 「まさか水素爆発起こす気ですの!?」

 「飯田のエンジンは火を噴いていたし、良い火種になるだろう」

 「自身も巻き込まれますけど…」

 「だけど心理的に軽々に突っ込めなくなるだろ?」

 「それは…そうでしょうけど…」

 

 少し考え込んでしまう。

 有用性は認めてもそんな危険な手段に自分が出れるかどうか。

 悩む八百万に扇動は持っていたシュガードーナツ入りの紙袋を放り、突然の事に慌てながらなんとか受けとる。

 

 「検討は後にしよう。とりあえずそれ食って脂質と糖分摂っとけ。消費した分を回復するにも思案するにも必要だろ」

 「………遠慮なく頂きますわ…」

 

 紙袋より一つ手に取ってカプリと齧る。

 ドーナツと一緒に広がる甘味がスッと身体に沁みて行く。

 

 「二人して何してんだ?」

 「轟さん!?」

 

 声をかけられ振り返ると轟 焦凍が不思議そうに首を傾げていた。

 何故ここにと疑問が過るも、次は轟と爆豪の試合なのだからここを通る事に何一つ可笑しなことはない。

 寧ろステージ前の通路で話し込んでいる自分達の方がおかしいのだ。

 

 「ちょっとした反省会だ。気にするな」

 「そうか」

 

 短く言葉を交わすだけで轟はステージへと向かって歩き出し、扇動は応援する事無くただ見送る。

 準決勝に出場する扇動はスムーズに進めば時間的余裕はあまりない為、観客席に戻る様子は一切ない。

 八百万は戻る事も出来たが、壁に凭れながら観戦しようとする扇動に習って、シュガードーナツを齧りながらここで準決勝の行く末を眺めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ターボヒーロー“インゲニウム”。

 東京の事務所に65人ものサイドキックを雇い、現場に少しでも早く駆け付け多くの人々を安心させれるように“速さ”に重きを置いているプロヒーロー。

 これまで多く事件や災害にて多くの人々を救い、弟である雄英高校一年A組の飯田 天哉が尊敬し目指している人物。

 

 そのインゲニウムはあるヴィランを捜索していた。

 ヒーローばかりを狙って30名以上が被害を受け、半数以上は再起不能な大怪我を負わされ、残りは無惨にも殺害するというヒーロー殺し“ステイン”。

 堂々と目立った犯行ではなく大概が一対一の状況にて襲われるケースが多く、一か所に留まらない事から発見する事がまず困難な相手だ。

 しかしながら一度事件を起こすとその地域で犯行を繰り返す為、見つけるだけなら意外と容易くはある。

 相手の狙いがヒーローであるからして有名なヒーロー、もしくはコスチュームからしてヒーローらしき者が事件が発覚した地域を巡回すれば自ずと向こうから出向いて来るだろう。

 

 保須市にて地元の警察と連絡を取りつつステイン捜索に当たっていたインゲニウムは、日の光が届きにくい裏路地にて地に伏していた。

 純白のコスチュームは所々切り裂かれ、鮮血が周囲に飛び散っていた…。

 身動きが取れず、うめき声しか漏らせないインゲニウムを見下ろす者が居た。

 

 首と目元を覆うように赤と白の布が巻かれ、結び目より垂れた余りが背後でバサバサと揺らぎ、ナイフや日本刀と言った刃物を複数本装備し、刺々しいブーツで音も立てずに歩く。

 異様な程の雰囲気を纏う彼は巻いた布より覗く鋭い眼光を向け、忌々しそうにステインはため息を漏らした。

 

 「………贋物(・・)か…」

 

 それだけ呟くとガタガタに刃こぼれした日本刀が振り上げられる。

 彼は強い憎しみと悲しみを抱く。

 またしても本物ではなかった(・・・・・・・・)………と。

 

 「―――ッ!?」

 

 止めを刺そうと振り下ろそうとする最中、背後より殺気(・・)を感じてその場から飛び退く。

 跳びながら自身が居た位置へと視線を向けると、鋭すぎる回し蹴りが通過する所だった。

 もう一秒でも反応が遅れていたらアレをまともに喰らっていた…。

 一瞬ひやりとしながらも新手の登場に素早く体制を整える。

 

 「ようやく会えた訳じゃが………全く血気盛んじゃな。ヒーロー殺し」

 「はぁ…邪魔が入った…」

 

 相手は高齢の男性。

 顔には見覚えがある様な気はするも、ヒーローかどうかは解らない。

 寧ろ厳つ過ぎる顔からヴィランではと疑いも出る。

 例えヴィランであっても粛清対象(・・・・)である事には変わりはないが…。

 

 「ヒーロー……いや、ヴィラン…か?」

 「誰がヴィランか!!打ちのめすぞ小僧(・・)!!」

 「そうかヒーローか…」

 

 贋者(粛清対象)本物(・・)か見極める。

 得物やサポートアイテムの類は見受けられない事、また服の上からでも解るほど鍛え上げられている身体から、格闘戦メインの個性持ちであると断定する。

 刀を構えたステインは老人へと突っ込んだ。

 ステインの恐ろしいところは個性よりもその高い身体能力にある。

 戦闘では個性も使用するが使用する為の条件を揃えるまでは身体能力だけでプロヒーロー達を圧倒してきたのだから。

 フェイントを入れながら急接近して、老人へと躊躇なく刀を振るう。

 

 ステインの瞳に世界がスローモーションで動いているかのようにゆっくりと映る。

 下がる事も出来なかった老人は慌てる様子もなく、刀から身体を守るかのように右手を向けた。

 例え初撃で致命傷にならずとも、血が僅かに出る程度の掠り傷さえ与えれればいい。

 刀の刃が老人の右手に触れた…。

 その瞬間不可解な事が起きた。

 

 斬ったと思った矢先、世界がグルンと回ったのだ(・・・・・・・・・・・・)

 

 先ほどまで薄っすらと見えていた空は下となり、薄汚れた地面は天井に変わっている。

 一瞬理解が遅れるも即座に判断を下す。

 当たり前だが天井と地面が急に入れ替わる事など無い。

 上下が入れ替わるように自身が回されたのだ(・・・・・・)

 

 咄嗟に地面に手を付き、跳ねるようにして距離を取る。

 今度は油断せずに睨みながら相手を観察する。

 焦りどころか冷や汗一つ見えず涼しい顔でこちらを眺めている。

 そこには怒りに憎しみと言った感情は一切なく、寧ろ感心しているような印象すら受ける。

 

 「やはり老いには勝てんの。たまにはしっかりと動かさんと身体が訛って仕方が―――いや、相手の動きが良かったと賞賛すべきか」

 

 素直に褒めている老人は頷きながら笑みを零すも、ステインは微塵も予断を許さぬ状況に冷や汗を垂らす。

 どんな個性を使用して、何をされたのかは皆目見当が付かないが、確実に言える事は一つだけある。

 ヒーローを名乗ったこの老人は、確実に俺を潰そうとした(・・・・・・)

 もしも手を付けなければ勢いと速度から頭が割れていた可能性が高い。

 相手を無力化する為には手段は択ばない種類の人間…。

 

 「お前…本当にヒーローか?」

 「何度も失礼な。これでも孫と地元に愛される現役のヒーローじゃぞ」

 

 ちらりと刀身を見ても血は付着しておらず、老人の手も怪我をした様子はない。

 手で触れながら斬れない相手…。

 かなり強い相手…いや、自分以上の強者と判断したステインは忌々しそうに睨む。

 

 こいつは贋者(粛清対象)だ。

 薄っすらとだが言動や雰囲気から本物(・・)ではないと嗅ぎとった。

 贋物(・・)相手にやられるなど絶対に在ってはならない。

 倒して良いのは本物(・・)だけだ。

 

 「お前は粛清対象だ!」 

 「今となっては全国区的には認知度は低いが、扇動 流拳と言う名がある。お前なぞと呼ぶな小僧」

 

 ステインはより素早く駆け、流拳に切り付ける。

 狙うは致命傷ではない。

 掠るだけで良いのだ。

 

 個性“凝固”。

 相手の血を摂取する事で相手の自由を奪う。

 それこそがヒーロー殺しステインの個性。

 如何に強靭なヒーローと言えども動けなければ何しようものか。

 ただ問題としては血を摂取しないといけないという発動条件がシビアである事。

 

 斬りかかったステインの攻撃を流し、流拳の拳が顔面を捉えた。

 重く鋭い一撃によって吹っ飛ばされる。

 が、痛みはあってもその程度の攻撃でステインの意思は止められない。

 倒れた瞬間には転がってでも立ち上がって突っ込む。

 ステインの行動の速さにも驚いたが、それ以上に流拳は手応えの無さに疑問符を浮かべていた。

 

 人間には急所以外にも弱い部分はある。

 元々細い骨は折れやすく、鍛えにくい部位は護りは弱く、繊細な器官は壊し易い。

 そういった点で顔面を殴り飛ばした。

 顔の中で最も突き出した部位である鼻は骨が細くて折り易く、鍛え辛いので守りは弱く痛みも大きい。

 さらに血管自体が繊細なのでちょっとした衝撃で血が噴き出る。

 しかしながら鼻血を噴き出すどころか感触すら感じなかった。

 文字通り出鼻を挫こうとした訳だが、まさかの事態に動揺が隠せない。

 

 襲い掛かるステインの猛攻は激しさを増す。

 右手で刀を振るって、隙あれば左手のナイフで突いてくる。

 流拳はそれらを全て流すか捌いており、隙あらば打撃を見舞っていく。

 何発も叩き込むが立ち向かってくる様に思わず笑みが零れる(・・・・・・)

 

 一応急所は避けている。

 年齢を重ねた分だけ老いた事でパワーダウンしているし、ここ近年は現状意地ばかりで向上心を置き去りにしていたのもあってより衰えてはいた。

 それでも普通なら気を失ってもおかしくない程度にはダメージを与えている。

 

 確かに動きから見てかなり鍛え上げられているが、これは肉体面より精神面によるブースト(・・・・)

 意思の強さによって動いている。

 

 こやつがヴィランでなくこちら側であったなら…。

 そう思わずにはいられなかった。

 

 ほんの僅かながら流拳の動きが鈍った。

 すかさずステインは刀を振るい、ナイフを二本ほど指と指とで挟んで投擲する。

 狙うは流拳ではなく転がったままの粛清対象であるインゲニウム。

 刀を避けたばかりの流拳では防ぎようはない。

 

 「―――…ほぅ」

 

 ステインは小さく声を漏らしてしまった。

 眼前に(ステイン)がいるというのに己を鑑みる事無く、仰け反った状態ながら無理に足を動かして、インゲニウムに向かって行ったナイフを見事に防いだのだ。

 ナイフ二本は流拳が出した左脹脛に深々と突き刺さる。

 痛みで苦悶の表情に歪んだ一瞬、振り切っていた刀の刃を返して続けて振るう。

 後ろに倒れ込んで避けようとするが、刃は頬を掠めて刃先には僅かながら血が付着する。

 

 それをステインはぺろりと嘗めた。

 

 「―――ッ、これは…」

 

 ガクンと流拳は膝をついた。

 身体が急にいう事を聞かずに動く事を否定する。

 個性によって動きを封じた事で、ステインは粛清しようと高らかに刀を振り上げる。

 

 「はぁ…終わりだ贋者…」

 「舐ぁめるなよ小僧!!」

 「―――カハッ!?」

 

 あり得ない。

 凝固の個性には弱点も存在する。

 自身と同じB型なら効果時間は長いが逆にO型は短い。

 だとしてもまだ三十秒も経っておらず、動けるなどまずあり得ない。

 しかしながら流拳は一歩踏み込み、次の瞬間には肉薄されていた。

 

 一体何が起こったのか解らない。

 否、考える間も与えられなかった。

 ワープしたかのように眼前に迫ったかと思えば、突き出された掌底が腹部に食い込んでいる。

 体内の空気が圧によって口から吐き出され、勢いに耐えれず後方へ吹っ飛ばされる。

 転がりながらなんとか立ち上がるもダメージが大き過ぎて立つ事すらままならない。

 刀を杖代わりにして無理にでも立ち続け対峙するステイン。

 だが流拳の眼には最早ステインは映ってなぞおらなんだ。

 

 倒れたままのインゲニウムを抱えて表通りへと歩き始めたのだ。

 

 「…何処へ行く」

 「本来なら後顧の憂いを断つのが一番なんじゃが、歩くのがやっとではどうにもならん。そもそもヒーローが人命を優先せんでどうするか!」

 

 ステインは不用意に背中を晒す流拳を見つめる。

 凝固の個性を受けた中で動けたのは個性が関係しているとは予測する。

 だがそれがどんな個性なのかは解らず仕舞い。

 特定出来ない個性に自身の状況を鑑みればここは引くしかないと判断し、路地裏の暗がりにステインは溶け込むように消えて行った。

 

 気配で察した流拳は全身を力ませながら個性をコントロールし続けて何とか歩みを進める。

 …ただ胸中は孫との約束を果たせなかった上にこの為体に半ば自身に失望していた。

 帰ったらこの訛った身体の錆び落としから始めなければ。

 

 「その前に病院じゃな」

 

 四分ほどかけて表通りに出た流拳は、O型であったこともあって動けるようになり、救急車を呼ぶより走った方が早いと判断して街中を個性を使用して跳んで病院へと急ぐのであった。



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第35話 トーナメント準決勝

 トーナメントも各二回戦が終わってベスト4は出揃った。

 準決勝となると試合開始前から会場は熱が籠り始める。

 そんな中で轟 焦凍は悩んでいた…。

 

 悩む内容は“炎”の個性についてである。

 緑谷戦では緑谷の熱に感化されて、アイツ(エンデヴァー)や過去を一時とは言え忘れ、自分が夢を追う為にだけに振舞った。

 躊躇いは無かった。

 成りてぇもんを見据えたのなら使うべきなのだろう。

 しかしながら熱から冷めてしまった今、全力で使えるのかと問われれば沈黙するしかない。

 使おうと思うだけで脳裏に過るアイツと過去…。

 ギュッと左手を握り、ため息交じりに睨みつける。

 

 『ヒーロー科一年A組実力者同士の対決だ!轟 焦凍対爆豪 勝己!―――START!!』

 

 心境が定まり決まらないまま、プレゼント・マイクによって開始される。

 決まらずとしても始まったのならやるべき事は一つ。

 相手――爆豪の次の手を警戒しつつ、開幕速攻で氷結を走らせる。

 規模も最大ではないもののかなりの大きさで避けるのは難しい。

 

 …なら、砕きゃあ良い(・・・・・・)

 

 爆豪は生み出した氷結…いや、氷塊で完全に姿が見えない。

 警戒を解かずに見つめていると爆音が連続で響き渡り、真ん中を爆破のラッシュで砕き進んで姿を現して来た。

 

 『いきなりかましたぁ!速攻で決着かぁ…って、モグラかよ!爆豪、掘り進んで突破ぁ!!』

 

 ヴィラン襲撃時や授業など爆豪の高い実力を発揮。

 性格は荒々しくも冷静に相手を分析して弱点を把握して攻める思考能力。

 そしてあの扇動が気にかけ背中を預けた相手…。

 

 氷塊を突破した事に対して驚く事は少なく、逆にやはりかと納得してしまう。

 出て来た爆豪に速攻で氷結を放つも爆破で飛翔して容易に避けられ、炎を放とうとするのを躊躇ってしまった。

 そこを一気に怒気を纏った爆豪が突っ込んで来た。

 

 「―――ッ、嘗めてんのか!!」

 

 躊躇ったのを見抜かれて左側を掴まれ、勢いを付けて投げ飛ばされてしまう。

 着地と同時に足より連続で氷結を生み出し、後ろに跡を残しながらステージをぐるりと周るように移動して距離を取る。

 

 「俺が獲るのは完膚なきまでの一位なんだよ!デクん時以上でねぇと意味がねぇんだよ!全力で戦う気がねぇなら―――俺の前に立つんじゃあねぇ!!」

 

 キレている。

 性格を考えるとそうなるであろうし、アイツが言っている事は正しいのだろう。

 全力を出さずに俺は…。

 飛んで来る爆豪の猛攻を氷結を用いた防御と移動で凌ぐ。

 

 今の俺を見てアイツらはどう思うだろうか…。

 緑谷はまたふざけるなって怒るだろうか?

 扇動は勿体ない(・・・・)と呆れるだろうか?

 思考により動きが鈍る。

 このままで爆豪に勝つどころか凌ぎきる事は難しい。

 そんな中、入場口から眺めている扇動と目があった。

 

 ―――違う。

 

 「―――ッ、なんだぁ!?」

 

 自身を中心にらせん状の氷結を脆く(・・)荒々しく(・・・・)不均等に(・・・・)、隙間を空けて渦を巻くように上へ上へと駆け上がらせる。

 近づこうとしていた爆豪も眼前に張られた障害物に僅かながら距離を取る。 

 

 解ってる。

 扇動は決して炎を使えとは言わない。

 寧ろ躊躇っているのを見抜いて使えないなら使うなと言うだろう。

 炎を使わないのなら()の全力でぶつかる。

 

 螺旋の外に足を出して氷結を走らす。

 ただし、狙いは爆豪ではない。

 外へ走らせた氷結はUターンして勢いよく大きく伸びていく氷を螺旋状の氷にぶつける。

 砕き易い螺旋状の氷は小さい破片となって吹き飛ばされ、爆豪へと散弾のように飛翔した。

 上から降り注ぎ、正面から飛んで来る氷片を爆破で吹き飛ばされる。

 

 「テメェ、俺相手に舐めプしてんじゃあねぇぞ!」

 「俺は…俺で今出来る全力で」

 「炎を使わず勝とうってか!コケにすんのも大概にしやがれ!!」

 

 爆破で跳び出した爆豪に右手を振るって指先より細い氷結を走らせた。

 合計五つの細い氷結を陽動として、左足よりカーブを描かせて側面より氷結を向かわせる。

 …が爆豪は正面から迫る五つの氷結を回避し、側面は爆破の一発で防ぐ。

 

 護るべく氷壁を発生されるもやはり一撃のもと粉砕される。

 それを見越して氷壁で隠れた際にもう一枚自身の前に作り上げた。

 ただそれは防御の為ではない。

 斜めに作り出した氷壁は一枚目を粉砕した爆豪に、太陽光の反射を浴びせる。

 

 「――ッ、目暗ましか!?」

 

 脚が止まったところに氷結を伸ばすも咄嗟に飛び退いて難を逃れる。

 さすがに楽には勝たせてくれないかと次の手として氷結を走らせようとするが、身体に霜が降りてかなり動き辛くなっている事に気付いた。

 使い過ぎたと苦虫を潰したような顔をすると、すかさずそこを狙って終いにしようと爆豪が動き出す。

 爆破で飛んだと思ったら空中で回転しながら連続で繰り返し、周囲の風を巻き込みながら勢いを増しながら突っ込んで来る。

 

 霜が降りて動けない状態。

 爆豪が迫る中で轟は心情は戸惑ったまま。

 今までアイツを見返すべくやって来た。

 それが緑谷のおかげで乱れ、自分がどうするべきなのか…どうすれば正しいのか分からない…。

 

 「負けるな!頑張れ!!」

 

 観客席から緑谷の声が届いた。

 大怪我をしてリカバリーガールの治療を受け、腕を包帯を巻いてギプスを付けた状態にも関わらず、急いで駆け付けたのか息を荒らしている様子。

 その言の葉(・・・)は耳で留まらずに心中へと入り込む。

 同時に無意識にも炎が熱を持って噴き出す。

 凍り付いていた身体が温まり、霜が消え去った。

 

 すでにかなり近づかれているとは言え、今までの発生させた氷で周囲は溢れている。

 高温の炎を払えば緑谷戦のように冷え切った冷気が急激に熱され、膨張した事で爆風が起きるだろう。

 そして放とうとする直前、脳裏に過去の数々にアイツの顔、そして緑谷戦に炎を使う前までの自分が過り、纏っていた炎が消え去った…。

 

 「―――ハウザー(榴弾砲)インパクト(着弾)!!」

 

 爆豪の最大火力に回転と速度によって生まれた勢いが加算された強烈な一撃が放たれた。

 衝撃は観客席まで届き、ステージは舞い上がった煙で隠れる。

 煙が晴れたステージは大いに荒れており、直撃を受けて気を失っている轟と呆けている爆豪が見受けられる。

 

 「………ざっけんなぁあああああ!!」

 

 炎を噴き出した瞬間、全力を出しやがったと喜んだ爆豪だったが、先程寸前のところで消した事にブチ切れていた。

 自身にもかなり反動もあってズキズキと腕が痛むも、無視して気を失った轟に近づいて胸倉を掴んだ。

 納得できないのは解かるが、意識不明な選手に手を出しかねない状況を主審であるミッドナイトは看過できない。

 個性“眠り香”を撒き散らし、吸い込んだ爆豪は眠気に誘われるままその場に倒れ込む。

 

 結果として轟が戦闘不能になった事で爆豪の決勝進出が言い渡されるが、敗者も勝者も意識なく保健室に運ばれる様になんとも言えない空気が流れる。

 

 

 

 

 

 

 飯田は緊張しながらも今この時を楽しみにしていた。

 同じくヒーロー一家出身で同年代。

 しかしながら如何ともし難い技術と経験の差が存在している。

 チーム戦とはいえ戦闘訓練であの轟君に勝利し、襲撃事件では多くのヴィランを倒し、この体育祭では好成績を残して突破してきた。

 彼は“個性”を持ち合わせていない無個性だ。

 ヒーローを目指すにあたり相当なハンデを背負いながら、物ともせずにここまで至った。

 無個性だからと諦めるのではなく、無個性だからこそ何十倍もの努力を重ね、例え個性が無くともここまで来れるのだと全国に雄姿を見せ付けた君を僕は心より尊敬する。

 尊敬するがゆえに僕は友人として、ライバルとして、同じくヒーローを志す者として君に挑もう。

 

 『お互いヒーロー一家出身!飯田 天哉VS扇動 無一!スタァアアアアト!!』

 

 試合開始が宣言されると両者共向かって走り出した。

 どちらも近接戦闘(ファイター)なので近づかなければ意味がない。

 だが、レシプロはまだ(・・)使わない。

 レシプロバーストは驚異的な速度を発揮するが長時間の使用が出来ず、限界を超えると個性“エンジン”がエンストを起こしてしまう。

 

 まずはエンジンの加速がついた蹴りを放つ。

 …が、やはりと言うべきか扇動は避け、すぐさま反撃しようと蹴りの体勢を取る。

 胴体を狙う動作からガードしようとするもそれはフェイントで、全くノーガードだった膝側面に即座に直撃。

 ガクンと体勢が崩れた所に強烈なミドルキックが打ち込まれるが、胴体ではなくガードしようと出していた腕目掛けて放たれ、さらに体勢が崩される。

 そこに腹部、腕、顔を狙った三段蹴りまで喰らわされる。

 体勢が後ろに崩れていたおかげもあって、顔の直撃はなかったものの喰らっていたらヤバかったかも知れない。

 蹴りの猛攻激しく、体勢を立て直す為にもエンジンの加速で距離を取る。

 

 『蹴り技のラッシュ!!迂闊に近づけねぇぞコレ!!』

 

 確かに迂闊には近づけない。

 そもそも先ほどの行動自体が迂闊すぎた。

 八百万君や耳郎君、上鳴君との話でヴィラン襲撃時に蹴り技で多くのヴィランを倒したと聞く。

 それだけでも彼の蹴りを警戒しておくべきだっただろう。

 付け加えれば先の蹴り技はそれぞれ方向性が違うように感じ取れた。

 彼は蹴りだけでどれだけの技術を持っているのか?

 

 「…驚いたな。何処かで習ったのかい?」

 

 物は試しと聞くだけ聞いてみる。

 答えてくれるかは分からなかったが、扇動は少し困ったように笑う。

 

 「蹴りというかキックに憧れ(・・・・・・)があってな。ジークンドーやムエタイ、テコンドーなどにカポエラを少々…つっても爺ちゃんとの修練とか忙しくて中学の三年間(・・・・・・)だけでは時間がなかったから、ネットや本で調べて自主練ばかりだったからちゃんとした奴ではないが」

 

 時間が足りずに本格的指導を受けていない。

 これには疑問が残る。

 爺ちゃんと言った事からプロヒーローである祖父から鍛錬を三年間受けていたのは分かった。

 ならば三年間も何を習っていたのか?

 今までの実績からしてただ基礎訓練を積んできたわけではないのは明白。

 となればまだ彼は何かを隠している?

 

 これは出し惜しみしている場合ではない。

 少し息を整えると駆け出す。

 ある程度近づいたところで二秒(・・)ほどレシプロを使う。

 急な加速を付けてそのまま跳び蹴りを放つが、これはさすがに躱されたが速度の急速な変化に虚は突く事は出来た。

 着地と同時に再びレシプロで急加速して背後より迫る。

 

 「―――えっ!?」

 

 背後から迫った瞬間、扇動が視界から消えた。

 違う。

 視界から外れたんだ(・・・・・)

 咄嗟にレシプロを切って(・・・)急停止を掛ける。

 その途端、鼻先を踵が掠って通り過ぎて行った。

 視線を下へと下げると頭を地面近くまで下げて両手をついて後ろ回し蹴りを繰り出す扇動がそこに居た。

 読まれていた上にタイミングを合わされた事実に驚く飯田であるが驚いてばかりはいられない。

 扇動はその低い体勢から再び回って蹴りを放って来たのだ。

 まだレシプロの加速は残っている。

 避けるより通り抜けようとエンジンの加速へと繋いで横をすり抜ける。 

 前の蹴り技に比べて明らかにリズムの異なる回し蹴りに戸惑いながら、距離をおいて振り返ると扇動は悪戯っぽく笑っていた。

 

 「“カポエラも使うと言った筈だ”…にしてもライダーキック(・・・・・・・)みたいなのしやがって。羨ましいじゃあねぇか」

 

 ライダーキックが何なのか分からないが、どれほど隠し持っているのやら。

 レシプロは十秒が限度。

 小出しではあるが四秒ほど使用。

 このような使い方は初めてなので、時間通り持つのかさえ不明。

 だけどここは信じて行くしかない。

 普通にエンジンの加速を付けて接近し、顔を狙っての回し蹴りを放つ。

 しかし扇動はすっと避ける為に身を逸らした。

 

 「………君なら避けれると信じていた」

 

 まともにやっても勝ち目はない。

 なら虚を突くしかない。

 小刻みながらの四度目のレシプロバースト。

 脚を無理にでも捻って足先が肩に向くようにして、加速が入った蹴りは右肩を捉えた。

 避けようと逸れた体勢に加速のついた蹴り。

 いくら扇動と言ってもそんな状態で蹴りを受けてはひとたまりもなかった。

 力負けした扇動は力が掛かるままに地面に叩き付けら、あまりの衝撃に撥ねさせられた。

 

 『モロ入ったぁああああ!今まで掠り傷だけだった扇動に大きい一撃が決まったぁああ!!』

 

 会場全体が歓声を上げるもここで油断は出来ない。

 素早く首根っこを掴んで場外に放り出さねば。

 そう思い手を伸ばす。

 

 ―――目が合った…。

 大きなダメージを受けて、不利な体勢であるにも関わらず、扇動君は何処か嬉しそうに青い瞳をこちらに向けていた。

 

 伸ばした腕を扇動は両手で掴むと、素早く身体を捻らせて首を両足で挟む。

 後は力の向きと体重を掛けて飯田を放り投げた。

 第三者として見ていたのならまだしも、受けた当事者としては何が起こったのか分からず、混乱しつつも立ち上がる。

 

 「良い一撃だ。天哉がそこまでしてくるのにこちらが全力を尽くさぬのは非礼か…」

 

 静かに息を吐いた扇動は左肩を前に出すように身体を傾け、肩幅に足を開いて左手をだらんと下げる。

 構え…にしては無防備のようで妙である。

 だが反して観客席…それも三十代後半以上のプロヒーロー達の顔色が悪くなった。

 

 『なんだぁ…あの構え?』

 『資料に目を通してないのか…』

 『目は通したさ!けど流拳(・・)と面識ないんだって俺』

 

 ざわつく雰囲気を感じ取りながら警戒は怠らない。

 それを知りながらも扇動は飯田に構えたまま近寄って行く。

 嫌な予感を感じ取ってじりじりと下がるも、遠慮なくこちらの間合いに入り込んで来る。

 少しばかり躊躇うもこのまま下がり続けてはいられない。

 停止している状態からレシプロの急加速を付けた蹴りを顎狙いで放つ。 

 

 対して扇動は目で追いながら左手を動かす。

 腕で防ぐのではなくタイミングを見計らって軽く上へとポンと押した。

 軌道をずらされた右足は狙いを外すと同時に、上がり過ぎた為にバランスが崩れる。

 そこに一歩踏み込んだ扇動が迫り、鳩尾に右肘が食い込む。

 痛みに悶える暇もなく裏拳が鼻を襲い、人体で弱い部分である鼻から生じた痛みが駆け抜ける。

 次に左手の掌底が右横腹に打ち込まれ、後ろへと体勢が崩れたところを左腕を掴まれて一本背負いの要領で地面に叩きつけられる。

 

 実況席より眺めていた相澤は眉を潜める。

 扇動の事を調べ上げた際に彼の祖父やその戦闘スタイルも調べている。

 今では知名度は下がってはいるがひと昔はある意味(・・・・)有名なヒーローで、ヒーロービルドチャートで上位をキープしていた。

 その祖父流拳(本名兼ヒーロー名)は扇動家に代々発言している“個性”とその“個性”を活かした近接戦闘術―――扇動流を使用した近接戦闘を得意としていた。

 

 扇動流で受け流しの技術は最初に叩き込まれる程重要視されている。

 ただ扇動流とは受け流しを主とした防御術などではなく寧ろ()攻撃主体の戦闘術。

 受け流しの技術は身を護るのではなくて、流す事で相手を無防備にしたところに攻撃を持って叩きのめすもの。

 

 古い映像資料を拝見したが、それは酷い(・・)ものであった。

 とても生徒達に見せられる類のものでは決してない。

 

 その点、扇動に躊躇いがあるようにも見える。

 もし今のを映像で見た流拳が行ったのなら、投げて無防備のところに追撃は必ず入れていただろう。

 そもそも裏拳を喰らわした際に鼻が折れるどころか鼻血すら噴き出していないところを見るに明らかに力を抜いている。

 芦戸戦の時に扇動は相手の良心を攻めたが、扇動自身も良心が働いているのか…。

 または実戦なら兎も角体育祭の種目で相手を怪我させる事は無いと判断したのか…。

 

 そんな事を考えながら相澤が見ている中、飯田は戸惑いを隠しきれなかった。

 何をされたのか理解が追い付かない。

 けれどもこのまま負けれない。

 出来る事なら全力で。

 

 「行くよ扇動君!」

 「来いよ天哉」

 

 計算だけで行ったら残り四秒ほど…。

 限界を超え―――さらに向こうへ。

 

 「レシプロ―――バァアアアスト!!」

 

 全力のレシプロでの後の事は一切考えていない猛攻。

 受け流されはしているが早々反撃が行えず扇動は防戦一方。

 計算上の上限を超え、飯田は扇動に挑み続ける。

 捌き続けているが僅かながらでもダメージは蓄積している筈。

 このまま押し切れれば僕の勝ちだ!

 

 ……ぼふんとガスが抜けるような音が脹脛より鳴り速度が急激に低下した。

 エンストを起こしたと意識がそちらに向いた瞬間、扇動の周り蹴り(ケイシャーダ)にて踵を顎に打ち込まれた。

 顎への強烈な一撃で飛びそうになる意識を何とか保つも、身体の方は全くと言っていい程言う事を聞いてはくれない。

 そのままステージに向かって倒れ込みそうになったところを扇動が肩を貸す形で支えた。

 

 「…僕は…君に届かなかった…」

 

 この状況を良く理解し、意識を刈り取られなかったとはいえ朦朧として上手く喋れているかも分からない。

 けど扇動は一瞬眉を潜め、苦笑しながら呟いた。

 

 「届いたよ。良いのを喰らった」

 

 軽く右肩を揺らす。

 そう言われ微笑を浮かべた飯田は保っていた意識を手放した。

 これにて戦闘継続不可能と判断され、扇動の決勝戦進出が決定した。

 

 

 

 

 

 

 準決勝の二試合を見てA組は他の観客以上に騒然としていた。

 爆豪と轟の試合は凄い事になるのは解り切っていたが、まさか扇動と飯田の試合もあれほど激しいものになるとは思っていなかったのである。

 友人(クラスメイト)が見せた壮絶な試合に目を見張り、興奮と共に胸躍っていた。

 試合直前まで折角打ち上げ行くなら飯にしようとか肉が良い、寿司が良いとワイワイと口にしていたが、試合が始まった瞬間には消し飛んでいた。

 

 「…なんて試合だよ!」

 「ほんと、爆豪も轟もだけど扇動達も凄かったな」

 「打ち上げの話している場合じゃなかったね!」

 

 それぞれが口々に感想を言う中、緑谷は違う意味で目を輝かせていた。

 今まで扇動の祖父がヒーローであるとは知ったが、ヒーロー名は教えて貰っていなかった。

 先の試合でその名を知って、色々聞きたくて仕方がない。

 その上、話で聞いても間近で本気の戦い方を見たこと無かったので、興奮気味にノートに情報を綴っていく。

 最早名物と言った光景に麗日や蛙吹などは苦笑いを浮かべる。

 

 「俺も特訓受けてみようかな」

 「いきなりどうしたのさ」

 「いや、な。扇動があれほど強かったろ。それに特訓して貰った奴らは良い成績か良い試合したじゃん。俺も強く成れっかなって」

 

 上鳴の言葉に何人かがそうだなと口にするが、それを耳にした麗日は渋い顔をする。

 ここに八百万が居たならばどうようの反応を示した事だろう。

 なにせ今回の放課後鍛錬は体育祭までの短期間と言う事もあって、扇動曰く鍛えながらも壊れないようにメニューを考えてのものだったらしい。

 怪我をしてしまったら治す期間が短くて本番に響くと言う事で無茶が出来ない軽いメニュー(・・・・・・)…。

 

 確かに扇動以外大怪我を負う様なメニューは無かった。

 されどアレが軽いとなれば長期間で手加減が無くなったとなればどうなる事やら…。

 そもそも体育祭に向けての特訓であったから、これから先も続けるかどうかは不明なのだ。

 

 とは思っても盛り上がっている皆に水を差すのもどうかなと思って紡ぐ。

 なんにせよ次は決勝戦。

 今から気になってステージに目を向けてしまう。

 

 緑谷もそれは同様であり、幼い頃喧嘩を良くしていた爆豪と扇動の試合。

 見逃すわけには絶対に行かない。

 ノートを手にしたまま、目を輝かせて開始を待つのであった。




●柔道三段、空手三段、剣道二段、ほかにムエタイ、少林寺、サンボ、骨法、ブラジリアン柔術などカポエラも少々―――カポエラも使うと言った。
 【クレヨンしんちゃん】アクション仮面より


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第36話 トーナメント決勝

 いよいよトーナメント決勝戦。

 ステージに立つのは扇動 無一と爆豪 勝己。

 爆豪にとってこれ試合は長年待ち侘びたものである。

 幼い頃、喧嘩を吹っ掛けられて初めて敗北を知り、何度喧嘩を仕掛けては負けた事か。

 次こそはと挑み続け、絶対負かしてやると息巻いていたが、小4の時に転校と言う名の勝ち逃げをされ、それから六年近くお預けを喰らわされ続けてきたのだ。

 ようやく設けられた場に爆豪は闘争心をぐつぐつと煮え滾らせ、獰猛な笑みを浮かべる。

 待ち望んでいた舞台であるも、一つだけ不満があった。

 

 「てめぇボロボロじゃねぇか」

 「心配してくれんのか?」

 「違ぇわボケ!万全の状態のテメェに勝たねぇと意味ねぇだろうが!!」

 

 扇動は見るからにしてボロボロであった。

 決勝戦が行われる直前にリカバリーガールの治療を受けた扇動であるが、治療を願ったのは飯田に喰らわされた肩だけであり、塩崎戦で受けたツルによる掠り傷やひっかき傷は放置している。

 その上、体操服の上に来ている上着は芦戸戦で弱酸性の溶解液でびちょびちょにされ、学校側よりあまりの上着を貰ったのだけど同じく塩崎戦でツルで所々破け、飯田戦ではエンジンの熱に当てられ焦げたりもして扇動以上にボロボロな状態に。

 さすがに貰った日にもう一着下さいとは流石に言う訳にもいかず、そのズタボロの上着を着ているのだから余計に目立つ。

 しかし扇動は指摘されたところで気にも留めない。

 

 「この傷を治すのにどれだけ体力を消費しなければならない?肉体は万全でもスタミナ(戦闘継続時間)が少なくてはお前に勝てはせんだろう。それにお前の方がヤバイ(・・・)んじゃあねぇか?」

 「…チッ、こんなの屁でもねぇわ!」

 

 気付かれていた事に舌打ちひとつ零す。

 爆破の個性にもデメリットは存在する。

 それは限度を超えたり、火力によっては自身がダメージを負ったり汗腺を痛める事である。

 麗日に切島、轟など手強い相手との連戦で酷使した為、どちらのダメージもかなり蓄積されているのは確かだ。

 ただ扇動は完全には把握してはいない。

 切島戦での僅かな表情の変化に、轟戦の最後に大技を放った後に腕を庇う様な仕草が見受けられた事から、なんらかのデメリットがあるなと察したぐらいだ。

 

 『さぁ、いよいよトーナメント最終決戦だ!今期雄英一年の頂点がここで決まる!!決勝戦扇動対爆豪―――スタァアアアアアト!!!』

 

 戦闘態勢を取っていた扇動と爆豪にプレゼント・マイクによる開始の宣言が告げられる。

 宣言と同時に仕掛けたのは爆豪ではなく扇動。

 真正面から全速疾走で突っ込み、爆豪は近づいてきたところを手を開いて広範囲の爆破を行う。

 その直前に扇動は身を護るようにして自ら後ろへと跳んだ。

 爆破によって生じた煙から転がるようにしながらも、その勢いを利用して立ち上がった様子にイラつく。

 

 「テメェか!丸顔(麗日)に入れ知恵しやがったのは!!」

 

 完全ではないが突撃からの爆風の流し方はまさに麗日が見せたそれであった。

 立ち上がった扇動は首を横に振る。

 

 「違う違う。俺が麗日のをパクってんだよ」

 

 悪びれずに呆気からんという。

 さすがに無重力の個性はないので麗日ほど受け流せてないが、それでもかなり受け流されてはいる。

 手の状態を考えるとかなり不味い。

 警戒しつつ思考を回していると扇動はおもむろに首を傾げた。

 

 「それにしても近づくなと言わんばかりの爆破だったな……あー、うん……“もしかして…もしかしてだけどぉ……」

 「…あ?」

 「―――びびってるんですかぁ?”」

 

 対戦している爆豪は勿論、ステージ近くに設置されたマイク(収音機)を通して扇動の声は会場に伝わる。

 A組の面々は…中でも特訓を受けた四名は扇動の発言の途中で嫌な予感がしており、予感が的中すると静まり返った会場の中で爆豪に視線を向ける。

 それはここまで様子で表面的に爆豪がどんな人物なのかを知った観客も同じであった。

 会場全体の視線が爆豪へ集まる。

 そこにはヒーローを目指す若者と言うより、ヴィランでさえ裸足で逃げ出すような面を晒した悪鬼の類(・・・・)が立っていた。

 

 「―――ぶっ殺す!!!」

 

 決して扇動は馬鹿にした訳でも、爆豪も単純に挑発に乗った訳ではない。

 それ以上に中距離・長距離での戦いを仕掛けられては扇動に分が悪く、爆豪も手の状態から範囲攻撃を仕掛けるよりも直に叩き込むしかないと思っていた。

 先の挑発は爆豪の考えも理解した上で背中を押したのだ。

 打算的にキレて冷静さを欠いてくれればと言う期待もあったのは否めないが、そちらは望み薄だと思いながらも言うのはただである。

 …全国に流れているので自分の評判は落ちるかも知れないが…。

 

 怒号と共に爆破で加速して突っ込む爆豪。

 対して扇動は拳を構えてステップを踏む。

 

 「知ってっか?“ボクサーのジャブはあらゆる格闘技中最速のパンチ”らしいぞ」

 

 接近して爆破を喰らわせようと手を伸ばそうとした爆豪より出遅れた扇動の左拳(ジャブ)の方が先に打ち込まれた。

 

 「ぶっ!?…クソが!!」

 「それとなボクシングには蹴り技が存在してな―――」

 

 顔を二連続でジャブを打たれて怯んだ爆豪は扇動が右ストレートを打ち込もうとしたので距離を取ろうとする。

 少し離れれて扇動の間合いの外に出る。

 しかし扇動はステップに合わせて地面を蹴り(・・)、急に迫られ間合いから抜ける直前に右ストレートを顔面を捉えた。

 

 「―――“大地を蹴る格闘技”なんだ」

 「舐めやがって!!」

 

 怒鳴りからの反撃。

 しかし精確さを欠いた攻撃は容易に躱される。

 だからこそ扇動は警戒を強めた。

 爆豪が出鱈目な動きをする筈がない。

 顔を伺うと爆豪の眼は鋭く、ナニカを狙っているのは明白。

 下手を打って手痛い反撃を被るのを避けようと下がろうとした時、地面を蹴って(・・・)爆破の加速も用いずに急接近した爆豪の手は扇動の腹部に押し当てられた。

 

 「こういう事だろうが!」

 「―――ッ、さすが…」

 

 もろに爆破を至近で受けて扇動は吹っ飛んだ。

 爆豪は扇動が見せた動きを見事一見するだけで物にして見せたのだ。

 まさに天賦の才と言う他ない。

 

 「試合中に対戦相手にご教授とは良いご身分だなぁ…オイ!」

 

 吹っ飛んだ扇動に追撃を行うべく爆破で加速する。

 転がりながら立ち上がった扇動にもう一度爆破を浴びせようと手を伸ばす。

 …が、届く前に軽く伸ばしていた右肘辺りを左手で小突かれ、肘辺りが痺れると同時にピンと意志に関係なく伸びた。

 僅かながら作った隙に扇動は無防備を晒す腹部に右フックを打ち込む。

 痛みに顔を歪める爆豪であるが扇動は右フックを打つと同時に下げていた左がアッパーを打ち込む体制に入った事で咄嗟に顎を護ろうとガードする。

 しかし左のアッパーは顎の守りを固めた瞬間、狙いを変えて再び腹部へと打ち込まれた。

 痛みに耐えながらお返しにと浴びせるように両手の爆破を放つ。

 吹き飛ばしたが今度は追撃せずに足を止める。

 

 「あんだけ打ち込まれて二発とか割りが合わねぇ!!」

 「……その一発一発がきついんだろうが…」

 

 息を整えつつ言葉を交わし、扇動は飯田戦で見せた構えを取る。

 それは試合中眠らされていた爆豪にとっては初見である。

 ナニカあると分かっていても食い破る気満々で爆豪はバチバチと小さな爆破をチラつかせる。

 

 再び突っ込んだ爆豪は先のを警戒して、何かされる前に小さな爆破を浴びせて牽制し、もう一発叩き込もうと更に前に出る。

 だがそれは扇動も同じで、浴びながらも前で出て伸ばされていた手を左手で払うと同時に絡めるように掴み、背負い投げの要領で投げ飛ばそうとする。

 叩きつけられそうになるも、地面に対してもう片手の爆破を放って宙に飛ぶ。

 その際に放そうとした扇動の手を掴んで宙へと連れて行った。

 

 「テメェが喰らいやがれ!!」

 

 掴んだまま爆破で方向を変え、逆に扇動を地面に投げ飛ばそうとするが、そうはさせるかと扇動は掴み返して身体を捻って軌道を変えさせて叩きつけた。

 背中を打ち付けた衝撃で声と空気が口から漏れ出るも、すかさず着地しようとした扇動に爆破を喰らわせて吹き飛ばす。

 …ここまで十分前後の事である。

 学生のものとは思えないほどの試合に誰もが息を呑む。

 

 両者共息を多少整え、爆豪が両手を後ろに回して突撃の構えを取る。

 待ち構える扇動であったが、爆破で加速して突っ込んで来る爆豪は触れもしない距離で手を伸ばし、なんだと警戒するも次の瞬間には眩いばかりの閃光が視界に広がる。

 

 スタングレネード(閃光弾)!!」

 「くっ、目が!?」

 

 直接攻撃ではなく目潰し。

 咄嗟に顔を逸らして右目は無事だが、左目は完全に眩んでしまっている。

 苦し紛れに前蹴りを喰らわせて蹴り飛ばすも、この好機を逃すまいと爆豪は迫る。

 真正面から突っ込んだと思ったら、急に方向転換して目が眩んでいる左側の死角に回り込んだ。

 慌てて振り向くも遅い。

 

 「終いだ!―――あ?」

 

 決着を付けようと伸ばした手は空を切った。

 扇動が突如として視界より消え去った。

 無個性である扇動が消えるというのはあり得ない。

 爆豪の瞳が下へと向く。

 

 ―――上体逸らし。

 ボクシングのスウェー(上体反らし)よりも大きく上体を反らし、近距離まで迫っていた爆豪の視界から外れたのだ。

 予期せぬ事態に反応は遅れ、生まれた隙を扇動は逃さない。

 上体を起こしながらの右ストレートが爆豪の顎に直撃した。

 衝撃が顎から脳へと達し、意識が遠のきかけて視点が定まっていない。

 ここで決めようと思うも爆豪の眼がまだ生きている(・・・・・)事に気付き、起き上がると同時に掌底を叩き込んで吹っ飛ばして距離を取る。

 

 意地でも立ち上がる爆豪を見つめていた扇動は嬉しそうに笑う。

 プロにも引けを取らない戦闘能力。

 高い分析能力に判断能力。

 雄英高校に入学して二か月足らずで個性の使い方も応用も出来てきている(・・・・・・・)

 なによりあれだけのダメージが入っているというのに起き上がった強い意思。

 ―――素晴らしい。

 学生で…まだ十五の少年がよくぞここまで…と感動にも似た感情を抱くも、だからと言って負けてやる気はさらさらない。

 爆豪に失礼…というのもあるだろうけどそれ以上に、学校内で公に個性の使用許可が降りて間もない程度で勝たせてやるもんか(・・・・・・・・・)、そう簡単に乗り越えさせてやるもんかというただの意地。

 

 立ち上がった爆豪は揺れる視界で扇動を捉えたまま、今持てる全てを出し切ろうと奮い立たせる。

 もう限界が近い。

 相当なダメージを受けたのもあるが、手の方もかなりきて(・・)しまっている。

 今、決着を付ける他ない。

 歯を食いしばりながら跳び、身体を軸に回転させるように爆破を連発し、風を纏いながら突っ込んでいく。

 

 ハウザー(榴弾砲)――――むぐっ!?」

 

 突っ込んで行った爆豪は突如として視界を塞がれた。

 これが初見であったなら扇動とて対処や対策を練る時間は無かったかも知れない。

 しかし飯田戦で観戦しており、一度とは言えデータは掴んでいる。

 火力は兎も角回転させるだけで勢いが増す事は無い。

 あれは回転させる事で自身にプロペラの役割を担わせている。

 前方の空気を後ろへと送り出す事で速度を増し、爆破によって生じく爆風や衝撃を含めて勢いを加算していく。

 つまり前方では後方に送る為に吸い込みが発生しているという事だ。

 

 動きからあの技が来ると判断した扇動は、ある程度接近したところで上着を投げつけた。

 吸い込まれれば顔か腕に絡まり、最低でもバランスは崩すであろう。

 

 運悪く顔に纏わりつき、何とか振るい払うもすでに扇動の間合い。

 扇動は構えるでもなく自然体のままで小さく「(one)(two)(three)」と呟いてタイミングを計り、間合いに爆豪が入った瞬間回し蹴り(・・・・)を放つ。

 制止した状態からの居合のような最速の一撃。

 視界が塞がれ、体制も崩れていた爆豪は避ける事叶わず、回し蹴りは見事に顎を打ち抜いた。

 二度目の顎からの衝撃にもはや爆豪の意識は風前の灯…。

 

 勝ったと僅かながら生まれた油断。

 意識を失いかけてもまだ爆豪の瞳は死んではいない(・・・・・・・)

 左手で肩を掴むとそこを軸に背に回って右手を押し当てる。

 

 「――ッ!?しまっ――」

 「―――インパクト(着弾)!!!」

 

 零距離での大爆発。

 耐え切れず意識を失った爆豪は反動に耐える事出来ず、勢いと耐性が崩れていた事も相まってステージ上を転がり倒れる。

 ステージの大部分は大爆発によって煙が発生し、扇動がどうなっているのかは全く見えない。

 もし扇動が気絶か場外へ出ていたならば延長戦となり、場内で戦闘可能な状態であれば優勝が決定する。

 誰も彼もが凝視する中、ゆっくりと風に流される煙。

 

 

 扇動は立っていた。

 

 煙りが晴れると右手をポケットに突っ込み(・・・・・・・・・・・・)、左拳を高らかに掲げた。

 会場が割れんばかりの歓声で満たされる。

 

 『爆豪君、戦闘不能!よって扇動君の勝利!!』

 『以上で全ての競技が終わり、今年度の雄英体育祭一年優勝は―――A組、扇動 無一!!!』

 

 割れんばかりの歓声を一身に受け、扇動は観客席―――緑谷 出久に挑発的な笑みを浮かべる。

 向けられた緑谷は決勝の様子からこの結果に生唾を呑んだ。

 火が灯る。

 まだ足りない(・・・・)

 僕もオールマイトのようなヒーローになるのならもっと強くならなくちゃ。

 

 強く想うと同時に扇動に対して違和感のようなものを感じ取り、担架(ハンソーロボ)で運ばれる爆豪とステージより降りる扇動を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 決勝戦が終わると同時に芦戸 三奈は優勝したお祝いの言葉をかけるのと、打ち上げの変更の話を早めに持って行こうと入場口へ駆けていた。

 どうぜなら飯にしようぜなど皆の意見を聞いていたらバイキング(食べ放題)の方が良いかなと思い、試合終了後に予約すると言っていたので急いでいるのだ。

 入場口に辿り着くと、そこで観戦していた八百万を発見した。

 観客席で姿を見ないと思ったらここに居たんだと声をかける。

 

 「ここで見てたんだ」

 「えぇ、上からではないので把握し辛い所もありましたが、凄い迫力でしたわ。芦戸さんはどうしてこちらに?」

 「優勝した扇動にお祝いの言葉と打ち上げの変更を伝えにね」

 「確かケーキ屋でしたでしょうか?」

 「だったんだけど皆の意見聞いてたらバイキング(食べ放題)の方が良いかなって」

 「バイキング(ヴァイキング)ですか…」

 「多分だが違うぞお嬢」

 

 “バイキング”に対して疑問符を浮かべながら困惑している八百万に、ちょうど戻って来た扇動が突っ込みを入れる。

 二人して振り返って優勝者を迎える。

 

 「優勝おめでとうございます扇動さん」

 「おめでとう。試合凄かったよ!」

 「おぉ…ありがと…」

 

 駆け寄ってハイタッチしようとする芦戸であったが、扇動がこの場において返す事は出来なかった。

 通り過ぎるようにして扇動が倒れかけたのだ。

 慌てて支えると顔色は悪く、呼吸もどこか荒い。

 明らかに普通ではない。

 

 「ちょっと、どうしたの?」

 「すまん…さっきのがかなり利いててな…」

 「すぐに担架(ハンソーロボ)を呼んできますわ」

 「いらねぇ…優勝者が担架で搬送なんて…アイツらに対して格好がつかん…」

 

 そう言って再び一人で歩き出そうとする様子にムッと眉間を寄せる。

 問答無用で肩を貸すように左右から支える。

 

 「本当に扇動さんは頑固者なんですから!」

 「なんで男の子ってのはそう…保健室に連れて行くよ!」

 「…すまん、助かる。―――で、バイキングだっけ?」

 「その話は後で!」

 

 保健室へ連行された扇動はリカバリーガールに診察を受け、右手に両足の突き指に爪が幾らか割れ、右指の腹は血が出る程擦れており、他にも背中の火傷にハウザーインパクトで吹っ飛んだ際に強打した左肩を含めた複数の打撲などなど多くの怪我を負っていていた。

 扇動が言うには場外まで吹っ飛びそうなり、何とか留まろうと右手を両足を踏ん張らせて留まったのだとか。

 右手をポケットに突っ込んだのは血が流れている右指を隠す為。

 利き手の右ではなく左手を掲げたのは肩を強打していても無事そうなのが左だったから。

 爆豪から受けたダメージもありながらそんな状態でステージ上でアピールしていたのかと思うと意地の強さに感心すると同時に呆れてしまう。

 リカバリーガールに至っては何してるんだい!?と叱られてしまう。

 そんな中で扇動は「表彰式があるので歩ける程度に治療して欲しい」と願い出て、一応その要望に応えるように治療はしたが、表彰式が行われる直前までリカバリーガールに心配と呆れを超えた怒りで芦戸と八百万両名も加わった説教を受ける羽目になるのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回の雄英体育祭は日本各地に―――否、世界へと広がっていった。

 世界的に有名なヒーロー“オールマイト”の母校である程度の注目を集めている上に、無個性が一年とは言え頂点に立ったのだから話題性にしても十分過ぎるだろう。

 この事にある者は希望を抱き、ある者は絶望に打ちひしがれた…。

 彼のような道もあるんだと、彼のような道もあったのかと…。

 世界的にも有名な技術者を父に持つ娘は同じ無個性と言う事で興味を持ったり、異能(個性)自由行使(解放)を願う知人(・・)は鼻で嗤ったりと反応は人ぞれぞれ。

 しかしながら中には感想だけで済ますものばかりではなかった…。

 

 隠れ家であるバーより中継を見ていた死柄木 弔はクツクツと笑っていた。

 正直襲撃時に手痛くやられた事もあり、情報収集も兼ねて観戦していたが最初は不快でしかなかった。

 オールマイトのフォロワーらしき緑髪のガキ(緑谷 出久)

 自分を水中へと叩き込んだクソガキ(扇動 無一)

 二人が映る度に苛立つ様子に黒霧は周りの物に当たり散らさないかとハラハラしていた。

 だが、それは徐々に変わったいくことになる。

 姑息と言われるような策を用いてどんな手段を講じても勝とうとする姿勢は、王道のヒーロー像とはかけ離れて過ぎている。

 寧ろこちら側(ヴィラン)の方があっているのではと思う程に。

 もしも襲撃時にあんなのが居たならば、容易にゲームクリアしていたかも知れない。

 表彰式にて手を振るう一位(扇動)に何故か鎖で縛られて暴れている二位(爆豪)

 死柄木はその二人の様子と一位二位という注目度に目を付けほくそ笑む。

 それはとても楽し気で、とても物欲しげ(・・・・)で…。

 

 眼を付けたのはヴィラン連合―――死柄木 弔だけではなかった。

 

 

 

 代を重ねるごとに強まり、交じり合う個性。

 それはいつか世界を終焉へと誘うであろうと予見する個性終末論。

 ゆえに個性持ちを排除して、世界と純粋なる人類(無個性)の救済を掲げる組織“ヒューマライズ”。

 彼らが無個性ながらも個性持ちを打ち破った者を見逃すはずがなかった。

 

 「興味深いな」

 

 ヒューマライズの指導者であるフレクト・ターンはそう呟いた。

 個性を持たぬ彼のような純粋な人類は救済しなければならない。

 しかしながら彼の注目度と祖父が権力を持っているプロヒーローである事から手は出し辛い。

 そもそも今は動く時ではない。

 組織には個性終末論を憂う者や個性持ちから無個性だからといわれのない仕打ちを受けた者、個性持ちに恨み妬みを抱く者などなど様々な理由を持ち、多くの純粋な人類が所属している。

 そんな彼ら・彼女らからすれば胸がすく様な出来事だっただろう。

 今すぐ彼を迎えるべきだと提案する者が出て来ることも当然であった。

 執務室で嘆願書を受け取ったフレクトは、彼らが望む答えと反する回答を口にする。

 

 「今は彼を迎える事、接触する事を硬く禁ずる」

 

 返された言葉に団員たちは驚き、指導者がそういうのであればと納得しようとしつつ肩を落とす。

 そこへフレクトは言葉を続ける。

 

 「あくまで今は(・・)です。もうじき時は来たる。その時こそ彼を迎える、または保護しましょう」

 

 肩を落としていた団員たちは続けられた言葉に喜んだ。

 ただ懸念は残る。

 彼がヒーローを志しているという事。

 今後はヒーローとは相反する事を行おうとしている。

 フレクトはそれが懸念でしかない。

 賛同してくれれば有り難いが、敵対するなら対処せざるを得なくなる。

 出来れば避けたい所ではあるが…。

 兎も角フレクトは情報収集を命じるに止めた。

 …今は(・・)…だが。




●ボクシングとは大地を蹴る格闘技なのだ!
 【バキ】ナレーションより

●ボクサーのジャブはあらゆる格闘技中“最速のパンチ”だ。それこそ…かわしきれるものではない!!
 【タカヤ‐閃武学園激闘伝‐】透間 ヴォイドより

●戦わずして人間を滅ぼしたい?同じリングに立ちたくない?それってもしかして、もしかしてですが―――ビビってるんですかァ?
 【終末のワルキューレ】ブリュンヒルデより


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第37話 轟家の親子事情と…

 十八日以内に二話…いや、最悪一話投稿したい…。


 怪我やハプニングはあれど、雄英体育祭は何とか終了した。

 表彰式の際、爆豪が「二位だろうが一位以外に意味がねぇ」と表彰式の参加すら拒否しようとしたので、教師陣の説得により問答無用で鎖で縛りつけての強制参加させるという事に…。

 あれが一番のハプニングだっただろう。

 振り返りながら職員室に戻って来た八木 俊典(オールマイト)は異様な光景を目の当たりにした。

 職員室に戻っていた教職員(プロヒーロー)全員が校長室前で聞き耳を立てていたのだ。

 

 「何をしているんだい?」

 

 注意というか問いかけると集まっていた教員達は静かにとジェスチャーした後に、こっちへと手招きする始末…。

 何をしているんだかと思いつつも、何故そうなっているのかと興味もあるにはあった。

 少しばかり悩むも誘惑に流され、皆と同じように聞き耳を立てる。

 

 校長室内では話し合いが行われようとしているところであった。

 内容は一年A組の轟 焦凍の事である。

 轟家での教育事情に問題があり、扇動 無一により轟 焦凍が扇動家で預かっていたのだが、それは本人である轟 焦凍と預かる側の扇動、そして焦凍の姉である轟 冬美の三者の話であって、父親であるエンデヴァーこと轟 炎司(トドロキ エンジ)は少し前まで知らなかったのである。

 そのまま返す訳にはいかずに扇動もエンデヴァーも焦凍を巡って対立している為、雄英生徒である事から雄英高校の校長である根津校長に話を通して一席設けて貰ったのだ。

 

 雄英高校の校長を務める根津(ネズ)

 異形型の個性ではなく見たままの白いネズミで。個性“ハイスペック”は動物が人間以上の頭脳という世界的にも稀有な個性の持ち主である。

 ゆえにこの件の解決案を複数通り頭にあるが、扇動の意思もあって今回は中立・仲裁役に徹するつもりだ。

 

 室内には校長席から見守る根津校長に、そのすぐ側で待機している担任の相澤 消太。

 テーブルを挟んだ片側のソファにエンデヴァー、向かいのソファに扇動 無一と轟 焦凍、そして父親を止めようと急いで駆け付けた轟 冬美の全員で六名が会話の始まりを待っていた。

 相澤や轟 冬美などの大人(・・)が割って入るにせよ、轟 焦凍の話を聞くにしてもまずは扇動とエンデヴァー双方の言い分を聞かなければならない。

 沈黙している室内にて、視線を集める扇動が口を開こうとした矢先、エンデヴァーは鼻を鳴らして立ち上がる。

 

 「これは家族の問題だ。他人が口を出す事ではない!」

 

 …一刀両断であった。

 これに対して扇動は「そう言われたら仕方がない」と肩を竦ませて呟いた。

 らしくない(・・・・・)様子に相澤はおもむろに眉を潜める。

 続けて「帰るぞ焦凍!」と命令口調で告げるエンデヴァーに反抗しようとする焦凍、ちゃんと話をしようと間に入ろうとする冬美であったが、その前に扇動が遮った…。

 

 「18歳未満の子供への身体的虐待に精神的虐待に家庭内DV…話し合いが出来ないとなると児童相談所?いや警察に話を持って行くべきか……待てよ、ナンバー2ヒーローの不祥事になるからにはヒーロー公安委員会にも一応話を通しておくべきなのだろうか。そう言えば俺の知人の記者がネタが無いって言ってたっけなぁ。いやはや困ったもんだ。俺の知り合いに爺ちゃんの繋がりも考えると話す相手が多すぎて」

 「貴様、脅す気か?」

 「正式な手段を用いるだけですよ。俺も出来れば(・・・・)穏便に済ませたいですから」

 

 扇動の言葉にエンデヴァーは足を止めて睨みつけるも当の本人は涼し気な顔で受け流すばかり。

 さすがに扇動家(・・・)にそれをされると不味く、腹立たしくも戻ってドカリと乱暴にソファに腰かける。

 この流れに「…やっぱり」と相澤と聞き耳を立てていた教師陣は呆れるが、電話で取り繕った(・・・・・)扇動としかやり取りしていなかった冬美は驚きは大きかった。

 

 エンデヴァーはナンバー2ヒーローという地位とそれに伴う権力(・・)と金を有してはいる。

 相手が相手ならば金で黙らせる事も握り潰す事も出来たであろう。

 だけど扇動家が相手となると分が悪過ぎる。

 六年ほど前からヒーロービルボードチャートの順位は急激に落ちるも経営している会社は大きく、プロヒーロー達以外にも大企業経営者や富豪、政府関係者など様々な(権力)のある知人が多く居り、資金面でも権力面でも負けている。

 それを理解して交渉しようとしている子供…。

 (流拳)の威を借る(無一)

 それが余計に苛立たせる。

 

 大分恨みは買っているだろうなと理解しつつ、座った事で扇動は真顔で話しを続ける。

 

 「エンデヴァー、貴方は轟を………あー、まどろっこしい。焦凍をどうしたいんだ?」

 

 轟と口にしたところ、三人(焦凍・冬美・炎司)が反応するので呼び方を変えて問いかける。

 これにエンデヴァーは淡々と答えた。

 

 「…アレにはオールマイトを超える義務がある」

 

 誰もがオールマイトを別格として見ている。

 そう、あの人は自分達とは違うんだとほとんどの人々は理解している。

 憧れも尊敬もするが彼のようになることは不可能だと…。

 ただそんな背をエンデヴァーだけは追い続けた。

 個性を極め、身体を鍛え上げ、実績を積み上げてきた。

 だからこそ越えられない壁に深く絶望した…してしまった(・・・・・・)…。

 

 エンデヴァーの個性は炎系統最強クラス“ヘルフレイム”。

 高過ぎる(・・・・)火力は勿論ながら遠距離攻撃に噴射する事で加速して驚異的な速度で移動し、空中でホバリングしたりと応用の利く強力な個性である。

 しかしデメリットとして高い火力を行使し続けると熱が身体に籠り、身体機能が低下してしまう。

 自分ではオールマイトを超える事は叶わない。

 ならデメリットを打ち消す個性の持ち主と結婚し、自分の個性とその女性の個性の両方を引き付く子供に託すしかない(・・・・)

 そうして出来たのが炎と氷結の二つの個性を受け継いだ最高傑作(轟 焦凍)

 焦凍には自分が成し得なかった夢を実現させる。

 

 さも当然のように語るエンデヴァーに口を挟まずに眉一つ動かさないで聞いていた扇動。

 この内容に聞いていた者はそれぞれの反応を示し、特に焦凍はキレて襲い掛かりそうな勢いであったが扇動を手を引いて制した。

 まさに一触即発の空気が漂う中、扇動は大きなため息を吐いて眉を顰めた。

 

 「アンタ…馬鹿だろ」

 

 放たれた一言に誰もが呆けた様に固まった。

 もう一度ため息を吐き出して続ける。

 

 「“子供ってのは大人を食いものにして成長するものだ”。だが、力のない子供を力のある大人が食いものにするのは駄目だろ。子供に夢見るのも夢を託すのも良いさ。だけど自分の不出来(・・・)を押し付けるんじゃあねぇよ」

 「なんだと?」

 「個性を高め、肉体を鍛え、技を磨いてやるべき事は全てやった。しかし熱のデメリットは克服できなかったんで焦凍に丸投げして超えさせようって?

  肉体や個性で補えない部分を補助するのがサポートアイテムだろ。なんで頼らない?

  コスチュームだってオールマイトのようなぴっちりした奴で、通気性と耐熱性ばかりで冷却機能とか付けてないだろ。

  オールマイトを超えたいのであってオールマイトに成りたい(・・・・)訳じゃあねぇんだったら、冷却機能込みのコスチュームにすれば幾らかは改善出来る筈だ。

  人に押し付ける前に改善すべきところだろうに」

 

 怒り心頭ではあったがさすがはナンバー2ヒーロー。

 一考すべき意見は受け入れながら、開けかけた口を閉ざして耳を傾けていた。

 その姿勢に感心した扇動はそれならばと勧める。

 

 「もしもその気があるのなら今度サポート科一年の発目っていう生徒を訪ねてみると良い。俺が頼んだ試作品…というか開発停止した未完成品が役に立つかも知れない。克服は出来ないが役には立つ筈だ。無論、貴方にその気があるのなら」

 

 そう付け加えた扇動であったが話をずらしてしまったようで、コホンと小さく咳払いして話を戻す。

 

 「…で、戻すがオールマイトを超えるナニ(・・)を作ろうとしているんだ?」

 「そんなもの、ヒーローに決まっている」

 「ならどうして心を育てない?」

 「心だと?」

 「オールマイトを超えるんだったら力だけでは駄目だ。誰かをナニカを救える護れる心を育てないと。家族、学校、友人……これらコミュニティによって自分以外の他人(・・)を知り、人との繋がりと社会の一端を知り得る事が出来る。

  ただ守るのと誰かを…大事な何かを護るのでは天と地ほどの開きがある。

  対して貴方は子を護ろうとした母親を殴り、反抗する子には力と罵倒で黙らせ、社会との接触を最低限に避けさせ、向かい合う事もせず一方的に押し付ける…それでヒーロー(・・・・)が育つものか」

 

 エンデヴァーはくだらんと思いながらも言い返せなかった。

 いや、言い返せたとしても扇動は言い返せなくなるまで徹底的にやり合うつもりでいた。

 何処か納得していない様子であったが沈黙が回答として言葉を続ける。

 

 「力だけではただの暴力。想いだけでは抱くだけの夢。“力だけでも想いだけでも駄目なんだ”。その両方があってこそ…そもそも焦凍がぐれなかったのが不思議なぐらいだ。受けた仕打ちからヴィランに成っていても可笑しくはない。貴方は焦凍に甘え過ぎだ」

 

 途中、口を出そうとしたものの、聞いた上で考え込むエンデヴァー。

 それを見て扇動は最後の問い(・・・・・)を投げかける。

 

 「最後に一つだけ聞かせて欲しい―――最後に焦凍が笑ったのはいつだ?」

 

 この一言にエンデヴァーは戸惑った。

 何を言っているんだと訝しげにするも、その表情はみるみる曇っていった…。

 

 いつだった?

 焦凍が俺に笑顔を見せたのは…。

 辿る記憶にあるのは不平不満を抱き、怨嗟の瞳を向ける顔ばかり。

 数日、数か月、数年、十数年遡ろうとも笑みは見えない。

 それ以外の表情はあっても怯えや不安なものばかり。

 焦凍が俺に笑みを向けたのなんて赤子の頃しかないのではないか?

 

 ゾッとした。

 背筋が凍り付く寒気に身体が震え、搔き乱された感情が騒めき出す。 

 今まで自身の野心と下らん反抗として蓋をして、見て見ぬふりをしてきた事実…。

 脳裏に浮かぶのは焦凍だけでなく、冬美を含めた悲痛な顔を向ける家族…。

 そして何より焼き付く様に浮かぶのは焚きつけるだけ焚きつけて、もう二度と会う事の出来ない似すぎてしまった(・・・・・・・・)我が子の必死な顔…。

 

 「お…俺は……焦凍…」

 

 気付いた。

 気付いてしまった。

 せがむ様に我が子に手を伸ばそうとするも扇動がそれを制した。

 

 「自分の都合で押し付けて酷い仕打ちを長年しておいて、気付いたから一緒にやり直そうってのは都合が良過ぎるだろう」

 

 伸ばした手が止まった。

 まさにその通りだ。

 自分が仕出かした事柄を鑑みたのなら尚更…。

 

 「比喩でも物理的にでも構わんから頭を冷やせ」

 「あぁ…そうだな…」

 「落ち着かせるにしても向かい合うにしてもまずは時間が必要だ。焦凍はうちで預かるが宜しいな?」

 「……頼む…」

 

 ガクリと肩を落として項垂れる様に扇動は申し訳なくも後は根津校長に任せる形で焦凍と共に退席しようとする。

 焦凍も冬美も今まで見たことのない父親の様子に戸惑う。

 

 「…俺は…間違っていたのか…」

 

 誰も声をかけれない沈黙の中、ポツリと漏らされた言葉に今度は扇動が足を止め、大きなため息を零しながら振り返る。

 

 「知らんがな(・・・・・)。それは焦凍がうんと歳を重ねてようやく振り返れるようになって出せる答えだ。今どうこう言って成否を決める権利なんざ俺らにはねぇさ」

 

 返したことろで頷くばかりで動きはほとんどない。

 少し唸りながら頭を掻いて扇動は携帯を取り出して向ける。

 なんだとぼんやり見つめるエンデヴァー。

 

 「直接は難しいだろ。だから定期的に報告するからアドレス交換」

 「…良いのか?」

 「ならやっぱ止めたとでも返そうか?俺はあくまでも焦凍よりの第三者だ。小さな一歩ではあるがようやく踏み出せた足を蹴飛ばすような無粋はしたかねぇ。それがどう転ぶかは別問題だがな」

 

 エンデヴァーはそっと「すまない」と呟き、携帯電話を取り出してアドレスを交換する。

 これで話し合いは一応の終了を得た。

 

 …となると校長室から退出する訳で、扉前で聞き耳を立てていた教師陣と遭遇するのは当然。

 最後のやり取りまで聞いていた為に動くのが遅れ、扉を開けた扇動と目が合う教師一同…。

 

 「Hey!リスナー!少し落ち着こうぜ」

 「そ、そうよ。決して盗み聞ぎしてた訳では…ねぇ?」

 「ここで私に振るのかい!?」

 

 わたわたと慌てふためきながら考えつつ様子を窺う。

 きょとんと見ていた扇動はクスリと笑った。

 

 「盗み聞きとは良い趣味をお持ちで」

 「お、怒ってないのかい?」

 「別に。…寧ろオー…八木さんは副担任として知っておいた方が良いでしょ………っと、そうだ。この後ヒーロー科(・・・・・)一年で打ち上げするんで相澤先生やブラドキング、一年ステージを担当していた先生方も如何です?」

 「勿論行くぜ。なんならイレイザー引き摺ってでも」

 「おい、俺は参加するとは…」

 「なら連絡取れた方が良いですね。アドレス伺っても?」

 「…無視か」

 

 思い出したように告げて教師達からアドレスを入手した扇動は轟 冬美も誘ったのだが、それ以上に焦凍と話す機会だと焦りを見せるエンデヴァーが視線を向けるも「頭を冷やせと言った」の一言で突っぱねるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 飯田 天哉は急いでいた。

 まだ三位決定戦が控えている中、突如と母から連絡を受けた。

 兄――“インゲニウム”がヴィランとの戦闘で大怪我を負ったというのだ。

 医者から命に別状はないと伝えられて大丈夫と母から言われても、心配過ぎて心ここに在らずの状態で挑む事と成り結果は四位…。

 雄英体育祭が終われば教室でHRがあり、それが終わると心配をかけないように用事があるからと打ち上げの不参加を伝え、兄が入院している病院へと急いだ。

 受付で病室を伺うと普段はあり得ないが投下を走り、慌てて病室の扉を開けた。

 

 「兄さん!!」

 

 開け放った扉の音に驚きながら兄の飯田 天晴(イイダ テンセイ)は振り向いた。

 足や腕など包帯が巻かれて固定するようにされている事から酷い怪我をしているのが解かる。

 にも拘らず天晴は慌てて訪れた天哉に困ったようで優しい笑みを浮かべる。

 

 「聞いたぞ天哉。四位なんて凄いじゃないか」

 「そうじゃなくて大丈夫なのかい兄さん!」

 「静かにね。病院なのよ」

 

 心配から声を荒げてしまい、ベッド横の椅子に腰かけている母に注意を受ける。

 自分らしくないとは思いながらも、それでも心配で急いてしまう。

 

 「大丈夫さ。大きな怪我は負ったが命に別状はない。ただ入院が長引くらしくてリハビリは必要らしいが」

 

 平気だとアピールするように包帯が巻かれた足を上下に動かす。

 その様子にほっと胸を撫でおろすと気が抜けて、へたり込んでしまった。

 同時に兄にこんな事をしたヴィランに対し怒りも込み上げる。

 安堵と怒りに苛まれる天哉を他所に両手を荷物を抱えた扇動 流拳が入って来た。

 

 「差し入れじゃ。しっかり食ってゆっくり休めよ」

 「ありがとうございます。あぁ、天哉。覚えているか?パーティで何度か会っていると思うが」

 「勿論です。扇動 無一君のお爺様の扇動 流拳さんですよね」

 

 何度かパーティで拝見している。

 初めて会った際はその厳つさから少しばかり怖がったものの、無一に向ける優しく孫に甘い様子から見た目通りの人ではないと思っている(・・・・・)

 とは言っても中々近づく事もなかったのも事実。

 今もだが言葉は優しくもあるが表情は古傷もあって非常に険しい。

 …いや、本人は会社の経営者やプロヒーローではなく無一の祖父と覚えられている事を嬉しく思い、我慢できずに微笑んでいただけなのだが…。

 

 「流拳さんのおかげで助かったんだ」

 「そういう事でしたか。兄を助けて頂きありがとうございます」

 「助けきれなんだがな。もう暫し早く到着しとれば共闘して捕らえる事も出来ただろうが…」

 

 後悔を伴う回答で確かにそうであったならば一番良い結果を得れていただろう。

 けど天哉も天晴もそれは確かにと思うも決して口にする事は無い。

 感謝こそすれど恨み辛みを口にするのは筋違いである。

 だから流拳の後悔交じりの解答に同調する事は出来はしない。

 …出来はしないのだが失礼ながらも沈黙してしまった。

 これは我想う所有り…と言う訳ではなく、別の事に意識が向いてしまってそちらへの対処が遅れてしまった他ならない。

 

 天哉はお礼を口にして深々と頭を下げた際、天晴は天哉は頭を下げた事で視線が釣られて下に向いたことにより、流拳の脚に二本のナイフが突き刺さったままになっている事に気付いたのだ。

 微塵もそんな素振りを見せない流拳の様子から見間違いかとも判断しかけるが、何度見ても深々とナイフは足に突き刺さっている。

 

 「つかぬ事をお伺いしますが―――その足は…」

 「おう、これか。これは…なんだぁ…気にするな」

 「気にしてください!!」

 

 笑いながらそう口にするも息を切らして現れた医者が遮る。

 不味いと思ったのか深刻そうな表情で顔を医者から逸らす。

 

 「…何ともない」

 「ナイフが突き刺さったままでなんともない筈がないでしょう!貴方もインゲニウム程ではないですが、内部の損傷が激しい(・・・・・・・・・)んですから」

 

 医者の言葉と周りの視線を集める流拳はおもむろにナイフを引き抜いた。

 突然の行動に驚くも溢れ出る筈の血は一滴も流れる事は無かった。

 誰もが驚きを露わにしていると得意げに胸を張る。

 

 「孫曰く、“ケンシロウ”なる拳士は大怪我を負った際、こうやって血を止めて傷を塞いだという。まさか儂が実践するとは思わんかったが、これで治ったであろう」

 「治る訳ないでしょう。一時的に止めているだけで…どんな体しているんだか。兎も角治療しますんでこちらに」

 「嫌じゃ。儂は孫の祝いに行くんじゃ!」

 「駄目に決まっているでしょう!それにそんな面で甘えるような声出さないで下さい」

 「誰がヴィラン面か!」

 

 孫の下に向かおうとする流拳であるも医者に看護師に本気で抵抗する訳にもいかず、周囲を騒がせながら治療の為に連行されて行き、その様子に苦笑いを浮かべながら飯田家は見送るのであった…。

 




●子供ってのは大人を食いものにして成長するものだ
 【銀河英雄伝説】ヤン・ウェンリーより

●想いだけでも…力だけでも駄目なのです。だから…キラの願いに、行きたいと望む場所に、これは不要ですか?
 【機動戦士ガンダムSEED】ラクス・クラインより


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第38話 打ち上げへ

 投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。
 ゴールデンウイーク初めより体調を崩してしまい、今まで回復や投稿物を打っていて遅れてしまいました。


 日本のビッグイベントである雄英体育祭は閉幕し、こういう集まりに興味のない爆豪に急遽用事が出来たと帰った飯田を除いたヒーロー科一年A組は打ち上げをしようと予約した食べ放題(バイキング)の店に集まっていた。

 時刻は19時を過ぎた夕食時と言う事もあり、店内は家族連れなどの団体客で賑わっている。

 先に予約を入れていたおかげですんなりと座れ、店の一角を雄英高校(・・・・)が占めていた。

 そう、一年A組の面々ではなく雄英高校が…である。

 

 「ヘイ、ボーイ&ガールズ!今日はお疲れさん!良い結果を残せた奴も悔しい思いをした奴も今は忘れて騒ごうゼ!カンパーイ!!」

 

 プレゼント・マイクに続いて皆が乾杯と口にする。

 緑谷 出久も言いながら困惑した様子でさっと視線を流す。

 予約していた席にはA組のみならずB組、さらには一年ステージを担当していた教師陣までも座っている。

 B組も同じように打ち上げをするのは分かるのだけれど、同日に同じ店でとなるとは思いもしなかった。

 さっと流しただけであったのだけど、ちょうど物間と視線が合ってしまった。

 

 「嫌だ嫌だ。こっちを盗み見るように見てさぁ」

 「あ、偶然にも(・・・・)打ち上げが一緒になったなぁと思って…」

 「偶然…偶然ねぇ…。僕達はアイツに誘われて仕方なく来てやっただけなのだけどね!仕方なく――ね!」

 「なに言ってるのさ…」

 「ガフッ!?」

 

 嫌味っぽく告げた物間であったが、隣の拳藤がため息交じりに突っ込み(首への手刀)を受けて突っ伏した。

 体育祭でも何度か見て慣れつつある光景に多くが物間に呆れ顔を浮かべ、扇動は神経の集まる首に軽く当身しただけで相手を無力化する拳藤の技術の高さに目を見張る。

 

 「ごめんね。なんか打ち上げの話が聞こえちゃってさ。B組でも打ち上げをしようって話になったのよ。場所は取蔭と柳が扇動から聞いたんだけどね」

 「そういう事…」

 

 説明を受けて納得すると同時に昼休憩にプロヒーローとの繋がりを見せ付けられた緑谷と麗日は、入学して二か月でクラスに馴染むばかりかB組まで人の輪を広げていた事に感心する。

 同時に聞いていなかったA組の生徒は扇動へと視線を向けると、少し悩む仕草を見せた後に「…伝えるの忘れてたな」と思い出して呟いた。

 体育祭では大活躍で、その後は用事を済ませて教師陣や焦凍と共に集合時刻ギリギリに着たりなど、大忙しだっただけにそういう事もあるよねと苦笑する。

 

 「俺からしたらMt.レディが居る事の方が不思議だがな」

 

 言う通りさも当然のように参加しているMt.レディ。

 あまりに自然に参加していた為に、教師陣やB組のように扇動が誘った訳ではないようだ。

 その問いに答えたのはMt.レディ本人ではなく、申し訳なさそうに手を合わせた謝る麗日であった…。

 

 「ごめん扇動君。校門へ向かっていた時に会ってね…その時の流れで打ち上げの話をしちゃって…」

 「あぁ、それで来たという訳か」

 「奢って貰えると聞いて!」

 「そうは言ってへんよ!?」

 

 冗談…っぽく言ってはあるが顔が本気と語っている。

 麗日の必死のツッコミと相まって自然と笑いが生まれる。

 仕方ねぇなと肩を竦ませる扇動に肩をわなわな震わせた峰田と上鳴が立ち上がって口を開く。

 

 「それより誰だよあの美人!?」

 「紹介しろ。紹介」

 

 二人がいう美人とは扇動が用事―――轟家との話し合いを終えた直後に誘った轟 冬美の事であった。

 予定に無かったB組に教師陣、Mt.レディなどの面子であまり目立ってはいなかったものの、気になっていた者は少なからず存在しており、彼女の存在を峰田が見逃す訳もない。

 知らない人物への興味というのもあるだろうけど、それ以上に邪な想いが混ざっている事は確かめるまでもないだろう。

 なんにしても知らない者が圧倒的に多いので、紹介せねばならないのはならないのでしようとしたら、二人の声で察した冬美はにっこりと微笑みながら自ら名乗り出た。

 

 「轟 焦凍の姉の轟 冬美です。今日はクラスの打ち上げなのにお邪魔してごめんなさいね」

 「そんな事ないです!」

 「寧ろ大歓迎です!」

 「アイツら…」

 

 喰いつきが半端ではない二人に恥ずかしさと呆れ混じりに耳郎が呟く。

 正直に峰田はこの時、興奮状態に陥っていた。

 A組のみならずB組女子(・・)、教師ミッドナイトにプロヒーローMt.レディ、そして冬美の参加。

 そして同時に嫉妬の念が高まっていた。

 

 冬美に喰い付いていたかと思いきや、グルンと扇動へと血涙を流しそうな嫉妬と怒気を含んだ表情で振り返った。

 

 「クラスの女子にB組、教師にプロに美人のお姉さんとか………手ぇ出し過ぎだろぉおおお!?」

 「人聞きが悪ぃ。別に女性だけ誘った訳じゃあねぇだろうが」

 

 扇動が言うように誘った面々には担任の相澤を含めた男性教師達に、仲良くなったB組生徒には鉄哲など男子も居る。

 だが、峰田は拳藤の説明時に扇動は柳や取蔭と接点があるという点に着目し、何故か上鳴までも「そうだ!そうだ!」と同調する始末…。

 

 「あの二人と仲良いのは間違いないんだろう!」

 「雑談も多いけどアドバイス(・・・・・)とか情報交換(・・・・)とかしてるかな」

 「私は知らないホラー話を色々聞かせてもらってる」

 「そう言えば夜中に誰かと電話してたな」

 

 取蔭と柳が答えた内容に焦凍がアレか…と心当たりがあって呟いた。

 それに対して峰田の熱量が増す。

 まさに火に油…。

 

 「確かにズリィよ!不公平だ!誰か紹介しろよチクショー!!」

 「おい、本音がだだ洩れだぞ…」

 「Mt.レディ以外にもプロと知り合いなのか?」

 「結構居るんだが有名どころだとベストジーニアスにココ(ホークス)、クラスト、インゲニウム、ウワバミ、リューキュウとかか」

 「ウワバミ!?リューキュウ!?マジか!!」

 「その二人とは爺ちゃんの会社のポスターやCM、イベントで会ったんだ」

 「お前の爺さん何もんだよ!?」

 「プロヒーローだよ。“流拳”っていうヒーロー名でやってたんだけど…知らないか」

 「いやいやいや、僕は知ってるよ!人命救助は勿論だけどヴィラン事件の解決で名を馳せたヒーローだよね。代々ヒーローを輩出している家で、会社経営もしているんだ。向こう見ずな戦闘スタイルと自ら求めて各地を転々としていた事から“喧嘩屋”なんて呼ばれて、一時期はヒーロービルドチャートの五位内をキープし続けて…ブツブツブツブツ…」

 「おぅ、説明助かる」

 「とりあえず凄い人ってのは解かった…」

 

 緑谷の解説を耳にしながら、峰田が知り合いのヒーローを聞いて来たのは女性ヒーロー目当てかと苦笑しながら、扇動は去年の事を思い返して少しばかり遠い目をする。

 去年の事ではあるがイベント出演でリューキュウが訪れた際に顔出しに行った時、インターンで来ていた学生も参加する話になっていていて会ったのだが、初対面で「ねぇねぇ、どうして~?」とか「~教えて、教えて?」と質問攻めにされたっけか。

 

 「そういやあの人…雄英生だったような…」

 「どうしたの?」

 「いや、何でもねぇよ」

 「っていうかB組女子とはいつ仲良くなったんだよ!!」

 「通学二日目だったかな」

 「て、手が早ぇ―――イテェ!?」

 「痛い!?」

 「だから言い方に気を付けろよお前ら」

 

 興奮気味で突っかかりだした二人にデコピンを一撃ずつお見舞すると、扇動は苦笑しながら料理と飲み物を取りに行った。

 予約した食べ放題の店は肉に魚、デザートなどなど豊富な種類の料理を取り揃えている。

 特に肉類は焼き肉用も含まれるので種類は格段に多い。

 他の料理には目もくれずにその焼き肉用の肉を大皿に盛りに盛った切島は、各テーブルに設けられた網にどさりと転がすと焼けた肉から白米と一緒にカッ喰らっていた。

 食べ盛りと言う事もあるが障害物競走に騎馬戦、トーナメントに各種競技に参加していたりと、たくさん動いた分だけお腹は減るというもの。

 勢いよくカッ喰らう様子に自然と周りの視線を集める。

 

 「オウオウ、良い食べっぷりじゃあねぇか!」

 「腹が減ってな…って人の事言えるか!?」

 「お二人共、お肉ばかりでは栄養が偏りますぞ」

 

 良い食べっぷりに鉄哲が声を掛けるも、そう変わらない喰い様に突っ込み返す。

 互いにガツガツと食らう様は圧巻ではあるが、肉ばかり食べている事に対して宍田 獣郎太が注意を促しておく。

 対して切島は箸を止めて、扇動より教えてもらった事を思い出す。

 

 「扇動が教えてくれたんだけどな、しっかりとした身体を作るんだったら試合とか運動後に肉とか食ってたんぱく質を摂るのが良いんだとよ」

 

 勿論それだけが理由ではなく、肉が好きなのが一番の理由であるが…。

 そうなんだと多くが感心する中、ふらりと物間が立ち上がる。

 

 「へぇ、もう先の事を考えてるのか」

 「こりゃあ俺らも負けてらんねぇな!!」

 

 それも物間と鉄哲が先導するのだけど、拳藤はA組B組の女子が集まっているテーブルに居る為に制止役が不在。

 止めるどころか浮かれていたのもあって、ノリに乗っかって次々と巻き込んで喰らう。

 飲み物を片手に戻って来た扇動は知らぬ間に何故か(・・・)ドカ食いしている面々を目撃して首を傾げるが、楽しんでいるようなら別に良いかと席に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 

 各々談笑に華を咲かせながら、料理に舌鼓を打って打ち上げを楽しんでいた。

 騒ぎながらもガツガツと食欲を満たす男子達。

 生徒達の様子に微笑んだり、呆れたりと反応を示しながら教師陣はビールを傾ける。

 そしてA組B組の女子達はMt.レディを加え、料理やデザートをちょいちょい摘まみながら談笑を楽しんでいる。

 

 「扇動ちゃんとは昔からの知り合いなのね」

 「知り合いと言うか取引相手…かな?ヒーローとの渡りを付ける代わりにパーティに誘って貰っているのよ」

 「だから色んなヒーローと知り合いだったんやね」

 「何々?何の話?」

 「お昼にちょっとね」

 

 昼に紹介された緑谷や飯田、麗日は別として他の面々はプロと繋がりがある様子から話題に上がったのだ。

 Mt.レディとしては濁す(・・)事でもないのでありのまま答える。

 

 「ヒーローになるなら扇動とのコネを維持して置く事ね。色々と便利だから」

 「便利って…まだ学生ですよ?」

 「その学生が多くのプロとの接点を持ち、アイツの頼みならと骨を折ってくれる奴もいるのよ」

 「Mt.レディもその一人なんですか?」

 「取引相手だって言ったでしょ。私とアイツは持ちつ持たれつ…いや、でも副業斡旋(・・・・)に関しては返し切れないぐらい助かってるかな。かなり良い収入持って来てくれたのよね」

 

 ヒーローは人気のある職業である事から注目度が非常に高い。

 活躍だけでなく個性などの特性如何ではメディアの眼を大きく惹き付け、副業公認である事からも広告塔やグッズ商品などの仕事の依頼が舞い込むのである。

 扇動 流拳が経営している会社は造船から海運、遊覧船などなど船関係の仕事を行っており、扇動が頼み込んでその中からMt.レディに適した仕事を斡旋したのだ。

 おかげで良い収入源を得たと微笑んだMt.レディだったが、そこで何人かが疑問符を浮かべた。

 

 「一つ聞いても良いですか?」

 「あら?なにかしら」

 「プロヒーローってそんなに儲からないんですか?」

 「……へ?」

 「確かに。扇動ちゃんに奢って貰うって言ってたわね」

 「そ、それは…」

 

 両親の為にもお金を稼ぎたいと言っていただけに、麗日はMt.レディの発言が気になっていたのだろう。

 打ち上げ最初の発言を聴いたらプロが15歳の学生に集っているように聞こえただろう。

 本人の様子から冗談―――っぽいが本気であった事は明白だった…。

 かといってそのままの事実を伝えるのはプライド的にも口にし辛いところである。

 

 プロヒーローは個性を使用してヴィランと戦う。

 単純な巨大化と言う個性はそれだけで脅威であり、暴れたり転んだだけでも周辺に影響を与えてしまう。

 例えばMt.レディの場合は市街地でヴィランと戦った結果、一度の戦闘にて被害総額八億を叩き出した事がある。

 さすがにヒーローにヴィランとの戦闘で生じた被害総額を全額(・・)弁償しろなどとしてしまえばヒーローに成りたがる者は激減してしまい、さすれば事件発生数の増加に繋がって悪循環に繋がるので仕事上仕方ない損失についてはある程度(・・・・)は国が保証してくれる。

 

 だが、事故はまた別の話だ。

 

 車を踏んづけてしまって三百五十万。

 それで転んでビルにぶつかり三億八千万。

 立ち上がる際に新幹線の高架橋を倒して九億円。

 活躍も大きいが弁償も多いのでMt.レディの事務所は赤字が多いのだ。

 

 そこで扇動からの副業の話になる訳なのだ。

 扇動 流拳の会社で行っている海運業では大きな荷物を大型クレーンなどを用いて積み込む。

 “巨大化”の個性を持つMt.レディは重すぎたり高級車のような傷つけたら弁償が不味いものを除いて、時短の為にもクレーンやフォークリフト代わりに荷物運びを頼む事があるのだ。

 一人で数十人が付き切っりになる仕事を熟し、危険手当も付いて給料はかなり高い。

 付け加えるならCMやポスターなどの広告も務めているので結構な額になる。

 ちなみに大赤字になる度に絶望に浸りながら何度か飛ぼうと(・・・・)した事もあるMt.レディのサイドキック(相棒)兼マネージャーは、扇動が仕事を持って来た際には大粒の涙を流しながら感謝していた。

 

 なんにせよヒーローを目指している生徒を前に、意図せぬ事故とは言えどそんな失態を自ら口にはしたくない…。

 

 「ア、アイツとはそれぐらい軽口を言い合うだけ気軽な相手ってだけよ。それと人に寄るけど収入はかなり良いわよ」

 

 嘘は言ってはいない。

 確かに気軽に軽口や冗談を言い合える相手であり、すでにファンが付いて認知度が高いMt.レディの収入は良い。

 …ただ出費が収入を追い越し、今回は冗談でなく本気で奢りは期待しているが…。

 「そうなんだ」と納得するようで口を濁らせ慌てながらの解答に不思議そうな視線が突き刺さる。

 Mt.レディは何とか逸らそうと話題を振る。

 

 「私の話は良いのよ……それより恋バナとかないの?」

 「はいはぁーい!ヤオモモが怪しいんだよねぇ」

 「私ですか?」

 

 咄嗟に口にした餌に喰い付いたのは葉隠だった。

 名前を出された八百万は戸惑うものの、そう言った話に敏感な芦戸が乗った。

 

 「そうそう!毎朝扇動や轟と一緒に登校してるもんねぇ」

 「家の方向全く別だったよねぇ」

 「扇動さんとはそういう関係ではありませんわ」

 「「えー?本当にぃ?」」

 「二人共悪乗りし過ぎ…けどヤオモモって以前から扇動知ってんだっけ?」

 「えぇ、パーティでお会いして色々と教えて頂きましたわ

 「「「色々…」」」

 

 扇動に関してはすでにA組B組共にある程度の信頼と信用を向けている。

 だが、あの扇動が教えたと聞いて不安が拭いきれないのはどうしてなのだろうか。

 それも含めて聞きたい気はするが、当の本人は完全に否定して答えるつもりはなさそうだ。

 聞いていた蛙吹も無理には駄目よと注意を促しようにこれ以上追及するのは良くはない。

 ただし、それは八百万に対して。

 

 「実際どうなのさ扇動?」

 

 丁度飲み物を取りに行こうとしていた扇動に芦戸が問いかける。

 皆が騒いで楽しむ中で扇動は轟 冬美から学校での焦凍の様子を聞かれたり、少し離れた位置で周りを眺めながら食べて居たりと他に比べて静かに過ごして居ただけに話し声が聞こえていた。

 

 「喜ばれるような事はねぇよ。一緒に買い物には行ったがな」

 「デートって事!?」

 「違ぇよ。買い物って言ったろ…その期待の眼差しを止めろ」

 「それってウチも行ったやつでしょ」

 「あぁ、美少女二人に囲まれて両手に華って奴だ―――イッタ!?」

 

 何気なくスラリと口にされた言葉が照れ臭く、気が付いたら耳郎は耳たぶのプラグを扇動に刺して心音を叩き込んでいた(イヤホンジャック)

 発言に加えて照れて赤くなる耳郎へとターゲットが変わって、冗談交じりにも大いに盛り上がるのだった。

 

 …扇動はリカバリーガールに動ける程度の回復しかして貰っていない為、平静を装ってはいるが爆豪戦でのダメージがほぼほぼ残っている。

 そこにイヤホンジャックを叩き付けられた為、心音が全身のダメージにまで響くという爆豪・飯田に次ぐ一撃を体育祭後に受ける羽目となり、雰囲気を壊さぬように必死に耐え装うのであった…。

 

 

 

 

 

 

 大いに盛り上がった打ち上げも時間が経てば落ち着き始める。

 女子達は談笑に華を咲かせてはいるが、肉をドカ食いしていた連中はほとんどが満腹で満足そうにダウン。

 それでもまだ元気の良い連中は騒いでいるものの、落ち着き始めた者達は自然と扇動の周辺へと移動する。

 轟 冬美と焦凍の事で話し合っていたのもあったが、爆豪より受けたダメージで騒げるほどの余裕がないというのが大きい。

 

 「焦凍、今日は自宅に帰るかお姉さんに電話しろよ」

 「なんで?」

 「今日の事とか色々話せる事あんだろ。テレビで凡その流れや結果は解っても、こういうのは無駄話交えてでも話した方が色々(・・)伝わるもんなんだよ」

 「ん、分かった」 

 

 ぽつりぽつりと会話を挟みながら、扇動は海老やイカ、ムール貝たっぷりのシーフードパスタを含む。

 倣っている訳ではないのだがやはり騒ぎ疲れたのもあって、周りの面々も多少の会話を混ぜながら食事をゆったりと楽しむ。

 そんな中で合流してきた上鳴が問いかける。

 

 「そういやぁ扇動。放課後の特訓って続けるのか?」

 

 扇動としては頼まれれば断る理由もないので受けるつもりではあるが、特訓を受けていた緑谷や焦凍や八百万なら兎も角、上鳴から言われるとは思っていなかっただけに不思議そうに見つめてしまった。

 これに関しては体育祭までの短期訓練で受けていた面々も気になっていた事である。

 受けていた者も興味を持っていた者も自然と視線を向けた。

 

 「そりゃあ構わねぇが、どうした?」

 「いやさ!強いヒーローってそれだけで目立つしモテるだろ!!」

 

 ニカリと笑って堂々と胸張って応えた上鳴に誰もが不純な動機だなと表情に出さずとも苦笑するが、扇動は一瞬目を大きく見開いてから面白いと言わんばかりに笑った。

 

 「分かった。メニューしっかり考えとくよ」

 「「「良いの!?」」」

 「胸を張って言えんだ。理由はどうであれ、それは自身にとって恥じるもんじゃあねぇってことだろ」

 「扇動ってさぁ……なんでそんなに面倒見るの?」

 「―――“人が人を助けていいのは、自分の手が直接届くところまでなんじゃないかって”これはあるヒーローの言葉だ。ただ人一人の手が届く範囲なんてたかが知れてる。だけどヒーロー同士で繋げばどこまでも届くだろ(どこまでもとどく俺の腕)?」

 「だから誰にでも手を貸すの?」

 「逸脱者(オールマイト)ただ一人を主軸に据えた現在のヒーロー社会はシステムとして(・・・・・・・)間違ってんだ(・・・・・・)。だから俺の手が届く範囲であるが皆が強くなる為には力を貸す。一人だけ強くても意味がねぇ(でも俺だけ強くても駄目らしいよ)んだから」

 

 上鳴の頼みから柳の問いで語られた扇動の考え。

 皆が感心を寄せる中で何事も無いようにシーフードパスタを食べきる。

 

 「それに一人だけ強すぎる(キャラ)って都合によっては何かと理由付けて排除か弱体化されかねないし…」

 「「「なんの話!?」」」

 「……オチを付けないと駄目なのアンタ…」

 

 総ツッコミと呆れたMt.レディの呟きを受けながら、飲み物と料理のおかわりと取りに行こうと立ち上がる。

 それを狙って芦戸よりついでにと追加の料理(デザート類)を頼まれ、元よりそのつもりだったので「はいはい」と軽い返事をしておく。

 っと行こうとしている所を峰田が声をかけてきた。

 

 「そうだ扇動!明日って何か用事あるか?」

 「まぁ、締め切りが…」

 「締め切り?」

 「…なんでもない。家にはいるけどどうした?」

 「いやなぁ。明日休校日だろ?遊びに行きたいなって…なぁ?皆も扇動ん家って興味あるだろ?」

 

 確かに雄英体育祭が終わってからの二日間は休校日となっている。

 休みに友達の家に遊びに行くのは分かるのだが、峰田が言うとなるとナニカあるんじゃないかと邪推してしまうのは考え過ぎだろうか。

 もしも女性に言っているのなら理由の根本は邪な事であろうけど、今回は男である扇動なので皆が考えすぎかと当たっていた(・・・・・・)予感を放棄して、逆に扇動の家に興味を持ち始める。

 

 「扇動の家か…確かに興味があるな」

 

 周りに振った事で真っ先に喰い付いたのは常闇であった。

 言葉にしてないが聞こえていたらしく、B組の黒色 支配も視線だけであるが興味を示している。

 この二人に関しては開発工房に飾られているシャドームーンとブラックサンを作らせたのが扇動だと知っている事から興味を抱いている。

 一人が名乗りを上げると続いて俺も私もと続く。

 緑谷も興味を持ったのだけれども、扇動が引っ越したり無個性云々があって誰かの家に遊びに行く機会なんてとんとなかった。

 その為か口が重く閉ざされる。

 それでもぎゅっと拳を握り締め、意を決して口を開く。

 

 「ぼ、僕も良い…かな?」

 

 フルフルと震える様子に扇動は優し気に微笑み、くしゃりくしゃりと頭を撫でた。

 

 「俺はイズクに対して閉ざす扉はもってないよ。碌なもてなしは出来んかも知れんがな」

 

 悪戯っぽく笑みを浮かべられ、緑谷も少し恥ずかしそうに微笑む。

 その端でクツクツとほくそ笑む峰田に気付かぬまま…。

 

 

 

 

 

 

 

 

●ちょっとした一幕:保護者…

 

 轟 冬美は遠巻きながら焦凍の様子を眺めていた。

 表情がころころと変わる事はないが、以前に比べて若干ながら明るくなったように見えない事もない。

 これも彼のおかげだろうかと焦凍と共に飲み物や料理を眺めている扇動にも視線を向ける。

 クラスメイトの子らに聞いたところ一番仲の良いのは扇動であると。

 轟家の事情を知った上で深く焦凍に関わっているというのもあるのだろう。

 けど、話を聞いた彼と焦凍の関係性は友人というよりは“歳の離れた兄弟”のようだと称されたのは、ちょっとばかり複雑なところである。

 

 ドリンクバーを眺める焦凍の横に居た扇動は、すぐ側に置かれていたTea Bagに対して首を傾げていた八百万に視線を向ける。

 

 「家で使っている物とはメーカーが違いますのね」

 「数杯で何千円もする茶葉使ってたらこの店倒産するぞ。紅茶だけで元が取れるどころか速攻で赤字だ」

 「扇動、これはどうすれば良い?」

 「ドリンクバーの使い方書いてないか?」

 「…混ぜるのか?」

 「違う。それ基本でなく応用」

 

 なんにせよあの焦凍に友達が出来たのは素直に喜ばしい事だ。

 同時にドリンクバーでのやり取りには悲しいものを感じる。

 学校で友人を作らせて貰えず、学校に帰りに誰かとファミレスに寄る事も無く、家族で外食も昔から家政婦さんを雇っていた事で行くことも無かった…。

 だからこそ使い方すら知らない。

 

 …まぁ、別の意味で初めての八百万も居るのだが…。

 紅茶を淹れながら八百万も興味を持ったのかドリンクバーをまじまじと眺める。

 

 「紅茶もありますのね。けど香りとかどうなっているのでしょう?」

 「試しに飲んでみたら良いんじゃねぇか」

 「それもそうですわね」

 「これに何を混ぜれば良いんだ?」

 「張られたレシピにメロンソーダはなかった筈だが……」

 「そうか…」

 「分かり易く沈むな(・・・)。ジュースの組み合わせは解んねぇが、アイスとさくらんぼ乗せたらクリームソーダには成るぞ」

 「アイスなら何でも良いのか?」

 「良くねぇよ」

 「あの、扇動さん…芦戸さんから聞いたのですがパフェを自作できるって本当ですか?」

 「果物やアイスと充実してっから出来るけど……って、お前ら聞きまくっといて散らばんな」

 

 …なんだろう。

 同い年の筈なのに興味のまま動き回る子供の世話をしているように見えてきた。

 “歳の離れた兄弟”というよりは最早“保護者”では?




しっかりとした身体を作るんだったら試合とか運動後に肉とか食ってたんぱく質を摂るのが良いんだとよ→
●体格に不安があるのなら今日のような試合やトレーニングの運動後にタンパク質を取れ
 【アイシールド21】進 清十郎より

●人が人を助けていいのは、自分の手が直接届くところまでなんじゃないかって
 【仮面ライダーOOO】火野 映司より

●でも俺だけ強くても駄目らしいよ
 【呪術廻戦】五条 悟より
 
俺はイズクに対して閉ざす扉はもってないよ→
●お前にむけて閉ざすドアは私は持っていないよ
 【銀河英雄伝説】ヤン・ウェンリーより


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第39話 発目達とエンデヴァー

 四月十八日は発明の日と言う事で。
 38話を投稿してからこの回を投稿したかったのですけど、さすがに時間的に難しかった…。
 次回より投稿ペースを戻します。


 雄英体育祭が終わって二日間は休校となる。

 それはサポート科も同じはずなのだが、休校二日目にも拘らず開発工房には多くのサポート科の生徒が集まっていた。

 集まった面々は遮光眼鏡をかけてこれから行われる実験を見守る。

 視線の先には耐熱特化した装置の中に一着のコスチュームが設置され、開発主任(・・)となっている発目 明がボタンを押すと同時に炎が噴出された。

 装置内温度やコスチュームの状態など計器や検出される数値に問題ないかを確認し、得られる情報を随時記録していく。

 どんどん温度は上がって行き、コスチュームから吹き出ていた赤色の炎は徐々に黄色味掛かり、白へとなった直後で計器に表されていた数値に異常が見られ始める。

 耐熱用の機能が作動しておきながらもすでに意味を成しておらず、吹き出し口から解け始めてそれは全体へと広がっていく。

 この結果に実験の中止が言い渡され、装置内に消火剤が撒かれて鎮火される。

 実験が失敗したというのに誰も悲壮な顔は浮かべていない。

 

 「フェニックス(・・・・・・)でのテストはこれが限界でしょうね!」

 「これ以上となると一から組み立てないと…」

 「ノウハウが獲得出来たので収穫ゼロではありませんし、寧ろ成功で宜しいのでは?」

 「それは次に活かせてからです。兎も角このテスト18にてフェニックスは完成としましょう」

 

 発目はそうきっぱりと言い切った。

 フェニックスと言うのは扇動が頼んでいるコスチュームの一つ…というより、その実験機の役割で作られたものだ。

 望まれるコスチュームにはもっと高い温度を求められており、高まった炎によって現れる色は色の次の青。

 実験機でその手前まで迫れたのだから確かに失敗ではない。

 ちなみにフェニックスというのは扇動のアイデアノート(ライダーの写し書きなど)にあったもので、何度も実験しては全焼しては修理する内に構造を簡易化させたりと、名実的にもフェニックスとして開発メンバーに認知されている。

 そんな実験を監督していたパワーローダーに、今回生徒達が開発工房に集まるきっかけとなったエンデヴァーは遮光眼鏡を外す。

 相変わらず無茶な実験に呆れ顔のパワーローダーに比べ、エンデヴァーは感心したように眺める。

 

 「ふむ、学生と侮っていたが予想以上だな」

 「それはここにいる連中が特別(おかしい奴ら)なのさ」

 

 現在開発工房に集まっているのは扇動と発目の問題児に払拭されたサポート科の面子だ。

 一年の新入生から実績を積んで来た三年生までが協力し、お互いに切磋琢磨して研究開発しながら学んでいく。

 教師としても良い光景であるも限度はある。

 

 感化された生徒達は興味持ったアイデアを実現しようと好き勝手に作り、サポート科の予算を食い潰すのではと思う程に消費し始めた。

 中には同じ物を複数のグループが知らずに作っていたりした事実も発覚。

 根津校長は生徒の自主性を高く評価して資金面はどうにか都合して下さったが、現在の状態が続いて良い筈もないので改善案は必須であった。

 

 まずは研究開発を纏め上げる為に組織化。

 扇動からのアイデア実現を頼まれた発目を主任(リーダー)とし、開発項目と現在状況を組織内での情報共有を開始。

 この話を聞いた経営科の生徒が面白そうと資金面の見直しを申し出て、今では向上心の高い経営科の生徒が資金面の無駄を省いたりしている。

 サポート科の生徒が開発プランを伝え、経営科が必要経費の算出して、途中経過によっては変更と組みなおしを繰り返す。

 売上こそないものの、多少緩いがサポート会社に近い組織へとなってしまった。

 生徒にしてみれば職業体験しているようであろうが、その担当教師であり監督する立場のパワーローダーの苦労は急増した。

 イレイザーヘッドではないけれどもこれが非合理性の類なら即刻止めさせる決断も出来たのだろうが、結果も成果もある上に生徒の為になっている事からそういう訳にもいかない。

 

 ため息交じりのパワーローダーは関心を持って眺めるエンデヴァーが羨ましくて仕方がない。

 ナンバー2ヒーローの職務や重責は無視して、今は開発工房にとっては見学に来たお客。

 気楽に生徒のアイテムを見ているだけで済むのだから。

 

 「フェニックスでの実験を終了。以降は“クローズ”にて」

 「扇動はコスチュームだけで何着作らせる気なんだ?」

 「二着ですかね。“グリス”は兎も角もう一着は予定すら未定ですが」

 「では、ここらのは?」

 「せっかくアイデアを貰ったので」

 

 扇動が頼んだのは全身を覆う黒と金色のコスチューム“グリス”。

 しかしながら調整やシステム面が水準に達しておらず、まだ型だけで完成には至ってないがそれも時間の問題だろう。

 寧ろパワーローダーが問題とするのはそれ以外…。

 

 エンデヴァーはそれぞれが制作中、または完成して立てかけてあるコスチュームやサポートアイテムを眺めて行く。

 これこそが休校日に学生が集まった目的である。

 プロヒーローに自身のサポートアイテムを見せれる機会なのだ。

 眺めているサポートアイテムを担当している者が嬉しそうに説明している。

 人によっては辟易して聞き流すだろうが、エンデヴァーは興味深そうに話を聞いて質問もするので説明にも熱が籠る。

 

 “ラビットタンク”に“ゴリラモンド”、“ホークガトリング”などなど試作機や実験機として作られた“ビルド”シリーズを眺めた先にエンデヴァーが見に来た目的のコスチュームがある。

 

 「これが例のモノか…」

 

 置いてあったのはコスチューム名“グリス ブリザード”。

 コンセプトとしては冷気を操るものを想定していたが、個性でなくアイテムで再現するとなるとサイズが肥大化し、人が着るようなサイズから脱してしまったのだ。

 一応冷却機能は付けはしたが、想定していた物とかけ離れてしまったがゆえに凍結されたプロジェクト…。

 メタリックブルーの外装に護られたコスチュームには“液体窒素”が貯蔵されており、それを噴出する事で相手を凍らせる、または周辺の温度を下げる事が出来る。

 

 「試着してみます?」

 「出来るのか?」

 「元々扇動さんの数値に合わせてますので全部は無理ですが一部は調整出来ますので」

 

 物は試しだと言わんばかりに申し出を受け入れ、緩ませた片腕のパーツが装備されていく。

 動きや感覚を確かめる。

 

 「……ふむ、確かに冷たいな」

 「話は先に受けていたので少しばかり改良して、外装部を液体窒素が流れるようにしてます」

 「熱を抑えるのは良いが調整は出来ないのか?」

 「一応プランとしては熱感知させて自動でその部位を冷却する仕組みを」 

 「だとすれば重量が増えるな。今の状態でも軽くは無いんだがそこはどうするつもりだ?」

 「そのコスチュームにはパワーアシストも付いてますのでそう言った機器を外して、入れますのでただ加算されはしないです」

 

 二人してああだこうだと話し合う。

 これもまた生徒にとっては良い刺激となるだろう。

 なにせプロが…それもナンバー2ヒーローが自分達のサポートアイテムに興味を持ってくれているのだから。

 

 その後もエンデヴァーは多数の武器に強化モジュール(フォーゼ)、バース支援ユニットなどの装備アイテムから、まだ制作中の“トライゴウラム”や“ライドシューター”、“サイドバッシャー”や“カブトエクステンダー”などのバイクまで目を通していく。

 

 「バイクか…これもアイツが?」

 「はい。足が居るとの事で」

 「しかし免許を持ってないだろう」

 「誕生日過ぎたら普通二輪免許取るそうですよ」

 「いつだ?」

 「忘れました!」

 「七月だろう。一発で取るから納期それでって言われただろう」

 「そうでした!」

 「まったく…」

 

 本気で忘れていた事に頭と軽く腹部を抑える。

 これぐらいの事で胃を痛めて溜まるか!

 まだ“ジェットスライガー(最高速度1300)”を作ると言い出した時に比べれば幾分もマシだ。

 当然ながらそんな速度で何処を走るつもりだと怒鳴って却下したがな。

 そんなパワーローダーの様子に全く気付かずエンデヴァーは何やら考え込んでいる様子。

 

 「他のアイテムもまだまだありますよ」

 「あ、あぁ…見せて貰おう」

 「これなどお勧めですよ」

 

 考え込んでいたエンデヴァーにそう言って見せたのはガントレット(籠手)

 しかしそれはただの防具ではない。

 そもそも防具ではないのだが…。

 

 「……何だこれは?ガントレットにプロペラ?」

 「はい。飛行用の道具なので」

 「止めろ!そんな危険物を進めるんじゃない発目!!」

 

 興味津々で今すぐ説明を受けて使いそうな様子に慌てて止めに入る。

 造りは簡単でガントレットにプロペラやモーター類を取り付けただけのもの。

 腕を上にあげて回転するプロペラによってヘリのように上昇するサポートアイテムである。

 

 …このアイテムには非常に問題を孕んでいる。

 片手のガントレットにプロペラやモーター類を詰んだがゆえに重量があり、浮上する際のプロペラの振動や重量に耐えたまま体制を維持しなければならない。

 実験で扇動は何とか浮上したが試しに使用しようとしたサポート科の生徒は構える事すら無理であった。

 相当鍛えてないといけないという点では扇動に使えたのだからエンデヴァーが使えない訳がない。

 だが、問題はそれだけではないのだ。

 浮上は出来ても方向転換が難しく、そもそも降下する事すら機能的に出来ない。

 

 「扇動との話でもバックアップ装備でないと意味がないって話になっただろう」

 「ですのでエンデヴァーの個性ならバックアップなしでも何とかなるかと思いまして!」

 「ふむ…」

 

 説明込みの突っ込みに発目の言わんとしている事を察したエンデヴァーは周りに火が移らない程度に炎を噴出する。

 …ただそれは予想外の結果を生み出す。

 プロペラが噴出された熱風によって回転し始めたのだ。

 それも回っている事で円盤状に瞳には映り、まるでエンデヴァーが円形状の盾を構えているように…。

 

 「ほぅ…これは…」

 「良いですねソレ!!」

 

 予定外の扱いに発目の瞳に火が籠る。

 すでに脳内ではモーター抜きで盾としての設計図が引かれている事だろう。

 相手も乗り気で話を聞いては意見を口にしたりして話はヒートアップ。

 

 根津校長…。

 サポート科に教員を増やせとは言いませんから、せめてもう一人ぐらい面倒を見れそうな人材を見繕って貰えないだろうか…。

 最近本気でそう思うようになったパワーローダーであった。

 

 ちなみに新学期始まって二か月の出来事である。

 

 

 

 エンデヴァーが帰ってからパワーローダーはやる事があると言って出て行ったが、発目だけは開発工房に残っていた。

 せっかく使えるのだ。

 時間を無駄にしないようにしなければと…試作機と実験機を兼ねた新作一着とコスチュームの改良・制作に取り掛かるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 後日、エンデヴァー用に合わせた試作品のスーツが送られ、装着したのは良かったのだが武骨でメカメカしい見た目となり、そう言ったのを好むファン層が追い掛ける様子が目撃される事に…。

 発目的には注目されて嬉しかったりするのだが、エンデヴァー本人としては仕事の邪魔になるのでデザイン変更希望を速攻で出したそうな…。

 なお、顔は露出させているので仮面だけは開発工房に残っている…。

 

 

 



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第40話 いざ、扇動家へ

 休校日初日。

 前日の体育祭の疲労もあって多くの生徒が休んでいる中、ヒーロー科の生徒幾人かは扇動の家へと訪れていた。

 

 「デカッ!?」

 「ここに二人で住んでいるのかよ!?」

 

 テレビや漫画に出て来るような豪邸ではないものの二世帯または三世帯で済んでも十分そうな程大きく、そこに二人で住んでいるという事実を代表して峰田と上鳴が口にした。

 多くは同意見であるのだけど唯一例外となる八百万は首を傾げている。

 

 「本当に大きいね!」

 「これなら扇動の言うように大勢で来ても大丈夫だったね」

 「さすがに多いんじゃない?」

 

 扇動の家に訪れたのは十四名。

 A組からは緑谷 出久、切島 鋭児郎、峰田 実、上鳴 電気、常闇 踏陰、八百万 百、耳郎 響香、芦戸 三奈、葉隠 透で、B組からは鉄哲 徹鐵、黒色 支配、拳藤 一佳、取蔭 切奈、柳 レイ子。

 他にも興味本位から来たがっていたのだけど、あまり大勢で行ったら迷惑だろうと断念したのだ。

 すでに十四名と多い気もしていたのだが、扇動が大勢でも問題ねぇと言った事から不安ながらも、広さ的には本当に問題なかったらしい。

 いつもであれば飯田 天哉や麗日 お茶子も加わっていたかも知れないが二人共来れなかった。

 飯田は昨日からの用事で、麗日は買い出しから帰ると実家から両親が訪れていたので急遽取り止めとなったのだ。

 

 「大丈夫か?顔色というか色々と凄い事になってるぞ?」

 「ダ、ダイジョウブダヨ…」

 

 訪れる面子が揃った事からチャイムを鳴らそうとするも、明らかに緊張でガチガチに強張った緑谷の様子に手が止まる。

 友達とは言え初めて家に遊びに行くとなると緊張もするが大概の人は楽しみなどの感情の方が勝るだろうけど、あまりに久方ぶり過ぎて緑谷は緊張が勝ってしまっているのだ。

 おかげで身体はガチガチに強張り、手に持っていた菓子折りごと携帯電話のバイブ機能並みに震えていた。

 

 「ただ遊びに来ただけなんだから気楽に行こうぜ」

 「ウ、ウン」

 「駄目だなこりゃあ」

 

 片言で返す様子にクスリと笑いが零れる中、八百万がチャイムを鳴らす。

 奥から足音が聞こえ、それはゆっくりと近づいてくるのが解る。

 同時に緑谷の緊張も上がって鼓動が早まる。

 ついに足音はすぐ側まで迫り、玄関がガチャリと開いた。

 

 「こ、これ!つまらないものですが!」

 「いや、早ぇよ!」

 「落ち着けって…」

 

 開いた瞬間に頭を下げて菓子折りを差し出した事に突っ込まれ、緑谷は恥ずかしそうにしながら顔を上げた。

 そこで玄関を開けたのが扇動ではなく、同居している轟だった事で余計に恥ずかしく俯く。

 

 「あら?今日は轟さんなのですね」

 「扇動は手が離せないらしくてな。とりあえず上がってくれ」

 「お邪魔しますわ」

 「「「お邪魔します」」」

 

 何度も訪れている八百万を先頭にして言われるがままに上がって行く。

 入ってから廊下を進んでまず案内されたのはダイニングルーム。

 お茶を用意するという事で椅子やソファを勧められて腰を降ろす。

 男二人暮らしというからにはもっと散らかっているのをイメージしていた者が多く、実際には片付いている様子に驚いていた。

 待っている間は暇潰しがてら周りを眺めてしていると、誰もが食器棚前で戸惑っている轟に目が留まった。

 どうしたのかなと誰もが疑問符を浮かべながら見ていると八百万が問いかける。

 

 「どうしたのですか?」

 「カップの場所は何処だったか」

 「お客様用のでしたら一番左の棚奥ですわ」

 「ポットは…」

 「ポットでしたら茶葉と一緒にこちらに」

 「お茶菓子は…」

 「取り置きしている物でしたら戸棚に。作られたものでしたら冷蔵庫では?」

 「珈琲豆…」

 「珈琲やココアでしたら茶葉の下の棚にですね」

 

 登校日には毎朝訪れてお茶を淹れて貰ったり、以前に淹れ方を扇動に教えたりと扇動家の台所の勝手知ったる八百万は、場所を教えながら用意を始め、終いには轟は持て成す側が持て成される側と入れ替わっていた。

 

 「いやいやいや!ホストとゲスト逆じゃね!?」

 「住んでる轟よりヤオモモの方が詳しいってどうなのよ…」

 「いつもは扇動にして貰ってたからな」

 

 轟の口から扇動の名が出た事と、紅茶を淹れるにも時間が掛かる為に疑問を口にする。

 八百万や耳郎は別としてどうして扇動の家に同居しているのか?とか、男二人で家事とかどうしているのか?などなど質問を口にする。 

 扇動に世話になっている理由である轟家の事情は伏せ、通学の利便性とトレーニングに適して居る等、以前扇動が八百万や耳郎に説明したように伝える。

 その説明に対して誰もが“羨ましい”と思った。

 

 家事全般は扇動が行うので気にせずに鍛錬に集中でき、トレーニング器具が揃っている上にトレーナー(扇動)付き。

 ヒーローを目指す学生にとって最高とまでは言えなくても、十二分に整えられた環境。

 特に切島や鉄哲は羨ましいと思うと同時にトレーニングルームに興味津々である。

 それとは別に扇動が要らない・しなくて良いと言ったとしても食費や家事など面倒を見て貰っている実情に別の事を思う者もちらほらと…。

 

 「んー、なんかヒモ(・・)みたいだね」

 「正確には違うけどね…」

 

 何気なく放たれた葉隠の言葉に何人かが固まったり、戸惑ったりで静寂が訪れる。

 逆にヒモの意味が解らない八百万と轟は首を傾げてしまう。

 丁度そのタイミングで作務衣姿の扇動が姿を現し、「いらっしゃい」と口にして眠たげに欠伸を零す。

 八百万に珈琲or紅茶かを問われ、紅茶と答えてソファに腰かけたところで轟が先の疑問を問いかけた。

 

 「なぁ、ヒモってなんだ?」

 「あー…初期のレイ君(こどものおもちゃ 相模 玲)…」

 「「「誰だよっ!?」」」

 「人の名前出されても…もしかして扇動寝ぼけてる?」

 

 眠気もあったのか妙にズレた解答で、他の面子が轟と八百万に説明をする羽目に。

 それにしても扇動がだらけ(・・・)、無防備というのは珍しい光景だ。

 眼の下にはクマが薄っすらと出来ており、かなり睡魔で弱っているらしい。

 

 「むーくん、大丈夫?」

 「大丈夫だ。問題ない」

 「クマ出来てんじゃん」

 「まぁ、昨日は中々寝付けなくてな」

 

 半分は嘘である。

 体育祭トーナメントでの爆豪戦でのダメージ(怪我や痛み)で多少寝辛くはあったが寝れないほどではなかった。

 打ち上げより帰宅した扇動は録画していた体育祭の中継映像を視ながらA組に関わらず新たに得たデータを追加しようと打ち込み、さらには台本と楽譜と締め切りに追われているので、作業に勤しんだりと寝る間を惜しんだに過ぎない。

 結果、仮眠程度しか寝れずにいつも通りの早朝に起きる事に…。

 

 そんな状態の扇動に簡単にヒモの説明を受けて、このままではいけないと轟が迫る。

 

 「扇動、俺に(※家事とかで)出来る事はないか?」

 「…朝食で海苔を炙ってるだろ。アレを自分の個性()でやってみるか?火が強くても炙る時間が長くてもすぐ焦げる」

 「分かった。他には?」

 「他?他かぁ…そうだな。風呂とか。氷を出して炎で溶かして温度調整をするんだ。目標温度にするまで温めたり冷やしたりを繰り返して、徐々に調整回数を減らすようにするんだ」

 

 やる気十分に頷く轟であったが皆は「家事というより個性の特訓では?」と思うのであった。

 

 「お茶とお菓子の用意出来ましたわ」

 「おぅ、すまない。ゲストなのに任せっきりで」

 「お気になさらず」

 

 そう言って八百万は紅茶に珈琲、それとお茶菓子にと用意されていた一口タルトを配膳して行く。

 一口タルトの上に小さく刻まれた桃が花のように添えられ、パクリと頬張ればサクリと香ばしいタルト生地に、甘味もあるがどちらかと言えばさっぱりとしたヨーグルトとレモンの風味が広がり、それが桃の甘みを際立たせる。

 誰もが美味しい、美味しいと口にしながら紅茶や珈琲に口を付ける。

 

 「悪いけどアレ(・・)取って貰えるかお嬢」

 「コレ(・・)ですね」

 

 そんな中、一口タルトを作って用意していた本人である扇動は、八百万から紙袋に入ったシュガードーナツを受け取ってガブリと頬張る。

 

 「扇動、タルト食べないの?」

 「脳を酷使していたから今は糖分が欲しくてな」

 「ならアタシが貰って良い?」

 「構わねぇよ。…っと、ならアレ(・・)も出そうか」

 「お饅頭と煎餅がありますけど?」

 「小袋だから両方出しても問題ねぇだろ」

 

 一人五個ずつ配られたタルトに加えて、戸棚にあった饅頭などがテーブルの真ん中に置かれ、各々に手に取って話しながら口にする中、どうしてアレ(・・)の一言で通じるんだろうと緑谷は扇動と八百万を不思議そうに眺めるのであった。

 

 

 

 扇動の家は広い割りに当初の予定では一人暮らしだった為、多くの部屋が余っていたのでトレーニングルームや書斎、音楽部屋など専用の部屋になっている。

 後に轟が同居する事になって轟の自室が増えたり、物置部屋やシアタールームなど追加で増えたりして、家の中を案内されるだけでも結構楽しいものである。

 各部屋の説明を受けながら一回りするとそれぞれ興味を抱いた部屋が異なったのもあり、各自ばらけて楽しむ事に成った。

 

 特に人が多かったのはトレーニングルームである。

 スポーツジムのように多種多様なトレーニング器具が並び、中にはベンチプレスのように事故起きた際に一人で対処出来ない物もあるので、轟が使い方を教えながら面倒を見ていた。

 

 「スポーツジムほど広くはないけど充実してるね」

 「そうですわね。これらを扇動さんと轟さんは毎日していらっしゃいますの?」

 

 軽く触れながら周っていた拳藤と八百万はベンチプレスをしている緑谷のサポートをしている轟に問いかける。

 緑谷が持ち上げたバーを引っ掛けに乗せたのを確認して頷いた。

 

 「平日は多少だけど休日とか時間があれば。扇動は毎日全部使っているらしいが」

 「毎日!?これら全部!?」

 「アイツ朝早ぇから」

 

 無個性というハンデ(・・・)を補う為にはそれぐらい必要なのかと並ぶ器具の数々を見渡しながら感心する。

 見渡していると切島と鉄哲であーだこーだと言いながら首を傾げているのが映った。

 先ほどまでサンドバッグやパンチングボールなどボクシング系の器具を使用していたのだが、今度はランニングマシーンを使ってみようと思ったのだろう。

 しかしそのランニングマシーンの後方にはマットが敷かれ、二台の間には腰より高めのテーブルが置かれていたりと不思議な点が見受けられる。

 

 「なぁ、轟!これってなんであるんだ?」

 「あぁ、ゲーム用だな。マットは怪我防止でテーブルはリモコンを乗せる台」

 「ゲーム?」

 「ランニングマシーンの速度を徐々に上げて、時速25キロになった時点でどちらが先にリモコンを手にして止めれるかっていう遊び」

 「面白そうだなそれ!良し、やってみようぜ切島!」

 「おうよ!」

 

 面白そうと早速やってみる切島と鉄哲。

 その後、八百万・拳藤・緑谷・轟の四人が見守る中で二人はリモコンを掴み損ね、転ぶとそのままマットへと飛ばされるのであった…。 

 

 

 

 トレーニングルームで切島と鉄哲がマットに沈んでいた頃、常闇・黒色・上鳴は共に物置部屋に足を踏み入れていた。

 案内時にちらりと見た時から興味がそそられて仕方がない。

 なにせその物置部屋に置かれている物は扇動が発目に制作依頼した物やその過程で生まれた型などなど。

 サポートアイテムと呼べる品物でもなく、危険性もないとパワーローダーに判断され、置きっぱなしにされても邪魔だから何とかしろと言われた数々…。

 開発工房前に飾ってあったシャドームーンやブラックサンで感性を惹き付けられた常闇と黒色が興味を抱かぬはずがなく、二人ほどではないが男心を擽られた上鳴も訪れたという訳だ。

 ただ好き勝手に触って良いのかは解らず、判断する為にも呼ばれた扇動も同行している。

 

 物置には型らしいグローブや籠手、シューズなどが所狭しと置かれているが、中には充分なスペースを確保して大事そうに飾られている物もある。

 それは何種類ものベルトであった。

 壁に取り付けられた棚に鎮座するベルトは軽く見ても二十以上はあり、デザインや取り付けられた機器が一つ一つ異なっている。

 

 「スッゲェ!色んなモンがあるな」

 「ベルトがたくさん…」

 「これもサポート科の作品なのか?」

 「いや、それらは昔趣味で作ったもんだ」

 「趣味か。ならこれらもか?」

 「そっちは趣味半分鍛錬半分…ってところか?」

 「何故お前が疑問形なんだ」

 

 それは奥の方に置かれていたモデルガン。

 自動拳銃に回転拳銃、短機関銃に突撃銃など少なくない数が置かれ、気になった上鳴が手に取って構える。

 続いて常闇もそそられて手に取る中、黒色だけは側に置かれていた物を興味深く見つめる。

 

 「これは…なんだ?」

 

 形や大きさから腕に装着するものだとは解かったものの、それが一体何をする為の物なのかはジッと眺めても判断がつかない。

 レールやスプリングが付いている事からナニカを滑らせるのだろうけど…。

 首を傾げながら問いかけると実演も兼ねて扇動が腕に装着し、コルト.25(ポケットピストル)のモデルガンをレールの肘近くの引っ掛けに取り付けて、腕を振るように伸ばすとレールをコルト.25が滑るように移動して掌にすっぽりと収まった。

 目の当たりにした三人…特に黒色と常闇を眼を輝かせていた。

 

 「使ってみても良いか?」

 「勿論良いぞ」

 

 受け取ると早速と言わんばかりに試しては嬉しそうに笑う。

 俺も使ってみたいと逸る気持ちを抑え、常闇は平静を装いうように努める。

 

 「確かサポートアイテムで銃を使っていた筈だが、これは使わないのか?」

 「使わないってか使えない。仕込むには服を緩めにしなきゃあならんし、そもそも大き過ぎて仕込むには向かん。何より合わねぇんだ(・・・・・・)

 

 合わないの意味は常闇には解らない。

 だが知っている(・・・・・)扇動としてはウィザードの衣装で仕込み銃を使う所が想像出来ないのだ。

 気になっているようなので逸らそうと常闇に籠手を装着させる。

 されるがままに腕に付けられた上に下部の装置から繋がる紐を指に引っ掛けられ、疑問が残りつつも籠手を注視していた。

 最後に紐を引っ掛けた指を動かせば、下部の装置よりナイフが飛び出す。

 本物の刃だと危険なので木製のナイフではあるが、そんなの関係なく機構と隠し武器の前に先の疑問など消し飛んでしまう程関心を向ける。

 

 「こ、これは!?」

 「アサシンブレードっていう再現武器だな」 

 「アサシンブレード…」

 

 アサシンブレードを夢中になって見つめていた常闇。

 その様子を眺めていた黒色に気付いて自然と対峙する。

 言葉を合わせる事無く二人共同タイミングでブレードと銃を構えて止まった。

 中々様になっている構図に上鳴は声を漏らしながらカシャリと携帯で写真を撮り、楽しそうな三人(特に二人)に「壊さなければ好きにしてくれていい」と言い残して扇動は仕事もあるので物置部屋を後にするも、スイッチ(・・・・)が入ってしまった二名はそれにも気付かずに物置部屋の数々のアイテムを前に遊び倒すのであった。

 

 

 

 

 

 皆、楽しんでいた。

 シアタールームでは柳がホラー映画鑑賞を、小さいながらもカラオケ機材を完備した一室には取蔭に芦戸に葉隠がわいわいと盛り上がっていた。

 唯一例外として耳郎 響香だけは少し辛そうに音楽室にてギターに触れていた。

 

 世間では雄英体育祭で無個性であるも優勝した扇動に脚光が向けられ、ニュースなどで凄いと好評する声が挙がっている。 

 けどウチらからしたら扇動が凄いなんて今更…と言う感じだ。

 戦闘訓練では策を巡らし、ヴィラン襲撃時では戦闘技術を目の前で披露されているだけに、優勝した事に驚きこそしたがそこまでというものではない。

 扇動なら…と思っていた部分も確かにあったからだ。

 個性の有無を問わずに扇動は知略と技術を持ってA組の実力者上位に食い込んでいる。

 寧ろ凄いと思うのは放課後はクラスメイトの特訓で自分の時間を潰し、“猿渡 一海”の名で音楽関係を続けながら今日の結果を叩き出したという事実の方だ。

 

 “猿渡 一海”は扇動が使っているペンネームで、出す曲出す曲ヒットを連発させた有名人である。

 …メディアに顔出しする事が無く個人なのかグループ名なのか、そもそも性別すら公表されていない正体不明というのもあって余計に有名なのもあるが…。

 ちなみに正体を知っているのは本人曰く両手の指の数で事足りるという。

 好きな作曲・作詞家の秘密を知っている数少ない一人だと思うとちょっぴり優越感に浸れる。

 

 だけど…いや、だからこそ(・・・・・)扇動 無一は頼りになるクラスメイトで憧れの人物でもあり、恨み妬みの対象(・・・・・・・)でもあった。 

 

 両親が音楽関係(ミュージシャン)の仕事をしている影響もあって幼い頃からウチも音楽は大好きだ。

 …いつかは両親と同じく音楽への道をと考えていたのに、ヒーローに憧れを覚えては日に日に強くなっていった。

 けど易々と音楽とヒーローの両立は難しい。

 ウチは音楽の道ではなくヒーローへの道を選んだ。

 なのに扇動は名こそ出していないものの音楽を広げながら、ヒーローへの道をズカズカと進んでいく。

 

 羨ましい…。

 時たま考えてしまう。

 どちらも出来たのなら良かったのにと憎しみに近い嫉妬を抱く…。

 そしてそんな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

 

 「ん…あぁ、すまん。邪魔したか?」

 

 ガチャリと音がして扉が開いたので振り向くと、扇動がキョトンとした顔でこちらを見つめていた。

 考え込んでいた内容が内容なだけに酷い顔をしていたのだろう。

 何でもないよと誤魔化すように笑みを作る。

 

 「そんな事ないよ。って、それ楽譜?」

 「夏向けに曲を頼まれててさ」

 「ふぅん…、聞いてても良い?」

 「構わんよ」

 

 新曲という事はお披露目前に聞かせては不味いだろうに…。

 まだ眠たくて思考がちゃんと働いてないのか、それともそれだけ信頼されているという事なのか。

 なんにせよ小さく歌いながら奏でる曲をぼんやりと耳を傾ける。

 歌詞は良い。

 曲も良い。

 しかしながらテンポが悪い。

 これは意図している訳ではなく、扇動の腕に寄るものだろう。

 以前買い物に行った際に“一応”弾けると答えていた事からあまり得意ではないのだろうとは思ってはいたが、まさかここまで下手だとは思いも寄らなかった。

 扇動にも苦手なものってあるんだなと思うと小さく笑ってしまい、察した扇動は僅かにだが恥ずかしそうに苦笑する。

 

 「ごめん。でもちょっと意外だったかも」

 「俺も人だ。得手不得手はある」

 「本当に意外だわ。扇動って何でも出来そうなイメージあったから」

 「出来ねぇことの方が多いんだが」

 「そう…なんだ…」

 「そうだよ」

 

 ポツリと呟くと扇動はギターを置いてこちらを見据えてきた。

 その眼が自分の感情を見抜いている様で怖く、そっと目を逸らす。

 

 「何でもいい。あやふやでも文章として不完全でもその溜め込んでるもん吐き出してみろ」

 「…笑わない?」

 「事による」

 「こういう時って普通笑わないって確約するんじゃないの?」

 

 と言うも扇動は前のめりな姿勢でこちらを見つめるばかり。

 何処か優し気な瞳に若干の後ろめたさを感じながら自分の想いをぽつりぽつりと口にする。

 話としては文面は乱れ、前後したりするので不格好。

 それに茶々を淹れる事もなく真剣に相槌を打ちながら聞き続ける。

 想いや感情をそのまま吐き出している為に時折口どもったり、声が震えるたりと徐々に昂って止め処なく言葉が漏れ出してしまった…。

 

 「扇動は凄いよ。音楽もヒーローも熟して。ウチはどっちもなんて……あぁ、本当に扇動が羨ましいよ。色々と恵まれて(・・・・)、同い年で大成功を収めて………ズルイよ…――――ッ!?」

 

 俯き加減にポツリと漏らした言葉にハッと我に返った。

 そこまで(・・・・)…いや、そんな事を言うつもりは毛頭なかったというのに。

 自分でも思ってもみない言葉に戸惑う。

 

 ヒーローと音楽の二足の草鞋を易々と履き熟せる筈もない。

 相当な努力をしてきたなんて少し考えればわかる事だ。

 昨日のダメージと怪我も完全に癒えていない状態で、目の下にクマを作ってでも締め切りを護らんと務めている。

 自分が放ってしまった“らしく”ない言葉に戸惑い後悔が沸き起こり、不安の入り混じった視線で扇動の様子を窺うと表情に変化はなかったが手をゆっくりと上げた事にギュッと眼を閉じて身構えた。

 叩かれるというよりは怒られると思って咄嗟に目を瞑ったのだけど、思っていた反応が向けられることはなかった。

 代わりに頭をゆったりとした動作で撫でられ、その手から優しく温かな感触が伝わってくる。

 

 「良く吐き出せたな。偉いぞ」

 

 たったそれだけだった。

 追及も怒りもない一言。

 それはそれで戸惑ってしまう。

 

 「怒ってないの?」

 「別に、その通りだしな。両親に爺ちゃん、家にも恵まれただけでなくコネまで使えるんだ。ズリィだろう?」

 

 呆気カランと言い放つ扇動は何処か嬉しそうに、何処か悲しそうに仰いだ。

 どうしたのだろうと眺めていると少しばかり真面目な表情で振り向いた。

 

 「それに音楽に関しては確かにズルしてるからな」

 「ズル?」

 「…ある男の話なんだがそいつはある事がきっかけでパラレルワールドに渡ってしまったんだ。けど街並みも人間関係も全く同じ。唯一の違いは世界的有名なミュージシャンが存在しないという事。彼はその事を知らずにある筈でない曲を身近な人の前で弾き、たちまち大きく絶賛されて周囲に伝わっていった………何が言いたいか解るか?」

 「いや、ごめん…解んない」

 「俺はその男性に近い存在なんだ」

 

 現実的ではない話に扇動の発言…。

 どう反応して良いのか解らずに押し黙り、妙な沈黙が僅かな時間だけ流れ、耐え切れずに噴き出してしまった。

 

 「プッ、アハハハハ。扇動でも冗談言うんだ」

 「受けたなら何よりだ」

 「ハハハ、でもあんまりセンスはないんだね」

 「言ってくれるな」

 

 笑い過ぎてお腹を抱える耳郎に、扇動は席を立って奥からもう一つギターと楽譜を持ってくる。

 

 「二兎を追う者は一兎をも得ず。どちら()を選ぶかどちら()を選ぶか…以前イズクにも似たような事を言ったな。夢を目指して険しい道を進むも片方に絞って堅実に進んでも良し―――どちらを進んでも俺は応援してやんよ」

 

 にっかりと笑った扇動より差し出されたギターを見つめる。

 「音楽は好きなんだろ?」と言われて頷いて受け取り、渡された楽譜(ハイキュー!!第四期OP)に目を通しながら弾いてみた。

 楽器の扱いと違って歌うのは上手い扇動に合わせて歌詞を口ずさむ。

 まったく扇動は()である。

 どちらでもと言いながら歌詞が色々と今の自分に沁み込んで考えさせられる。

 歌詞の噛み締めながら扇動も耳郎も音楽を堪能した。

 

 

 

 夕刻。

 扇動家をそれぞれ楽しんだ面々はリビングルームに戻って来ていた。

 ほとんどが満喫していたのだが、峰田だけは悔しそうに地団駄を踏んでいた。

 

 「クッソォ!なんでエロ本の一冊も見つからねぇんだよ!!」

 「それが目的だったの!?」

 「あの余裕綽々な扇動がどんな臆面を持っているか暴けると思ったのに!!」

 「本人居るのに大々的に言うなよ…」

 

 何故打ち上げで扇動の家に行きたがっていたのかの理由が解けて納得するも呆れ顔を向ける者が大半。

 要は妬みから扇動の化けの皮を剥がそうと試みたのだ。

 扇動の同級・プロ問わずの交友関係に嫉妬心を抱いての犯行であるが、同じく羨ましいと思った上鳴は、決して同じことをやろうとは思わないし、峰田の行動に冷や汗をタラリと流す。

 体育祭で女子達を謀った一件で扇動の怒りを向けられた一人…。

 あの時を思い出して怒られるのではと思って見つめるも、扇動は呆れた表情をするばかり。

 逆に怒るどころかイラついている様子すらない事が不気味でもある。

 

 「健全な男子なら絶対どっかに隠している筈だ!」

 「紙媒体でなく電子の可能性を見落としてないかお前…」

 「――ッ、しまった!?そっちか!!」

 「いや、アンタさぁ…扇動も怒って良いんだよ」

 「“男友達が男友達の部屋に遊びに来たときに発生するイベント”だろ。阿良々木君(化物語)も言ってたし」

 「だから誰だよ」

 「それよりフュギュア部屋はどうだった?」

 

 扇動はバイトの一つに原型師もしていた。

 前世の趣味も兼ねたそれもまたプロヒーロー関係とのコネにもなるし、データ収集にもなっている。

 企業やプロ事務所より製作を依頼された際に、本人の同意が取れればサイズや機能の情報を貰っていて、コスチュームにどんな機能を付けてどんな素材を使っているのかなどを知る事が出来るのである。

 無論の事ながら情報の中には個人情報も含まれるしっかりとした契約書にサインせねばならないが。

 

 今まで制作したフュギュアに参考資料用に購入したフュギュアを並べている“フュギュア部屋”と呼んでいる一室。

 家中を探索しようとしていた峰田は長い時間その部屋で足止めを喰らう事になってしまう。

 峰田だけでなくトレーニングルームを出た緑谷も同じく足を止めた一人である。

 

 「圧巻だったね!」※人気から多かったオールマイトフィギュア達

 「圧巻だったな!」※女性プロヒーローのフュギュアに対して 

 「…楽しんでくれたようなら良いか」

 

 言っている事は同じでも明らかに意図が異なる二人。

 その事を口にしようかと悩んだ扇動はそのまま流してテーブルの上に鍋を置く。

 昨日より今日はおでんと決めていたので合間合間具を煮て味を浸み込ませていたのだ。

 

 「どうせなら食っていくか?多めに作ってるからよ」

 

 大いに楽しんだ全員は扇動の言葉に甘えて夕食もご馳走になる事になった。

 …ただ視界に入るように部屋の隅にスキンヘッドで白衣姿の人形を置いたことに誰もが困惑する事になる。

 誰が何と聞こうとも名前以外は答えようとしない事から、扇動の謎としてA組B組に広がるのに時間は掛からなかった…。



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第41話 休校明けの授業とパーティ

 休校日明けの雄英高校は二つの話題で持ちきりであった。

 一つは体育祭の活躍からプロヒーローよりスカウト込みの指名票の開票。

 もう一つはプロヒーロー“インゲニウム”の負傷。

 有名なインゲニウムがヒーロー殺しに襲われたとニュースは衝撃的であったが、同時に数週間の入院で済むとの続きに多くの者が安堵した事だろう。

 多くの者にとっては他人事、または流れるニュースの一つと捉えてるものがほとんど。

 しかしながらヒーロー科一年A組の面々にとっては他人事とは思えない。

 なにせインゲニウムこと飯田 天晴は飯田 天哉の兄である。

 当の本人は気丈に振舞って声を掛けても「大丈夫だ」というばかり。

 実際インゲニウムの怪我も命にもヒーロー活動に支障が出るものでもなかったと飯田が言っていた。

 本心がどうなのかは兎も角、本人がそう振舞っているのなら深くは踏み込む事は出来ない。

 だから気に掛けながらも指名票や体育祭が中継された事から通行人に声を掛けられたなどの話題を口にしている。

 

 そして待ちに待った開票が行われる“ヒーロー情報学”。

 今までヴィラン連合による襲撃事件の負傷にて包帯でぐるぐる巻きだった相澤は、ようやく包帯が取れて久方ぶりに素顔を拝見する事が出来た。

 本人としては“そんな事どうでも良い”程度で授業を進行していく。

 

 早速開票…に入る前に本日はヒーロー名である“コードネーム”の考案を行う。

 …というのも指名票は今現在の様子から将来性を見据えての興味(・・)を数値化する為だけでなく、プロヒーローが職場体験(・・・・)での受け入れたい者に対して受け入れる準備があると示すものでもあり、プロの下でヒーロー活動をするとなるとヒーロー名が必要となるのである。

 ちなみに自身のヒーロー名にも興味がなかった相澤は、同級生の山田 ひざし(プレゼント・マイク)に付けてもらった過去もあって、ヒーロー名考案のアドバイスや判定をミッドナイトにして貰う事になっている。

 

 説明後に相澤は黒板に名前と指名票の数値を書き、見やすいように端に寄ると開示された結果に驚きで目を丸くした。

 

 「やっぱ轟と爆豪は多いなぁ」

 「でも順位とは逆なんだ」

 「表彰式で縛られた奴なんてビビるって」

 「プロがビビってんじゃあねぇ!!」

 「あれ?でも順位って言うんなら扇動少なくない?」

 

 誰もが指名票の多い轟と爆豪に視線が行ったところで、扇動への指名票がかなり少ない事に気が付いた。

 上位二名は三千を超える票に対して五百程(・・・)

 票の多さ的には三位であるがトーナメント一位であるにも関わらず少ないのではないかと不思議そうに結果を見やる。

 逆に扇動としては多いと思っているぐらいであるが…。

 

 「当たり前だろ。体育祭でトーナメント一位になったとしても学生にしては(・・・・・・)腕っぷしが強いだけ(・・・・・・・・・)で無個性で将来性も低い。話題性を加味しなければ同じ立場ならば別の奴に入れるだろうよ」

 「いや、でもよ…」

 「それだけプロの世界は危険なんだよ」

 

 扇動はプロより鮮明にされた評価を淡々と受け入れ、寧ろクラスメイトの方が結果に戸惑っているのが見て取れる。

 “プロはいつだって命がけ”………そう言ったオールマイトの言葉を緑谷は噛み締める。

 不条理な自然災害にヴィラン事件。

 ヒーローとはそれらに対応する者であり、絶え間ない努力を詰んだとしても身体一つではやれることは限られる。

 誰もが全てを熟せるという訳ではないが、ただ腕っぷしが強いだけではプロから見て到底務まらないと…。

 決してプロの現場というものを舐めていた訳ではない。

 認識の甘さを誰もが思い知らされた。

 

 自分達…それもあの轟や爆豪に勝利を収めた扇動でさえこの扱いなのだと…。

 厳しい現実を叩き付けられて平気な顔をしているのは予想していた扇動と相澤ぐらいなものだろう。

 

 加えて扇動は入った指名票は大半が話題性で選んだと見ている。

 指名票が入っていた生徒にはリストが配られ、中には繋がりのあるヒーローの名は少ない。

 だろうなと納得する中でMt.レディの名があったのにもさすがに笑ってしまったが。

 話題性とこき使う為に選んだのが透けて見える。

 それでも入れてくれた事実は普通に嬉しいものだ。

 

 他の面々もそれぞれ反応を示す。

 入っていない事に嘆く者や指名されている事に嬉しさを隠しきれない麗日、そして超パワーであるも自損する事が祟ってか一票(・・)しか入っていない緑谷の傷口に塩を塗り込んでいく峰田などなど…。

 

 「…では、次にヒーロー名考案に移る」

 「将来自分がどんなヒーローに成りたいか。よく考えて決める事ね。ここで付けた名が認知され、そのままプロ名になっている人が多いからね!適当に付けたら地獄を見るよ!」

 

 そう言って入れ替わるように教壇に立つミッドナイト。

 同時に「後は任せた」と言わんばかりに寝袋に入る相澤に誰も突っ込む事もしない。

 

 ヒーロー名はそれぞれ決めた者から順次発表形式と成り、まず初めにと青山 優雅が発表するも長文過ぎて短文に、ボートに書かれたヒーロー名である英文へのアドバイスが行われて席に戻って書き直す。

 同じように何人かはアドバイスを受けて書き直しをする羽目になったが、小学生の事から温めていた蛙吹の“梅雨入りヒーロー”《フロッピー(FROPPY)》や憧れだった“漢気ヒーロー”《(クリムゾン)頼雄斗(ライオット)》をリスペクトした切島の“剛健ヒーロー”《烈怒頼雄斗(レッドライオット)》など一発で通過する者も多い。

 中には芦戸が《エイリアンクイーン》や爆豪の《爆殺王》はアドバイス以前に却下されたが…。

 

 意外にもテンポよく決まって行くヒーロー名。

 しかし緑谷に飯田、扇動の三人は一度も発表せずに考え込む

 

 飯田 天哉は一瞬ボードに書きそうになったヒーロー名を寸前の所で止めた。

 兄の飯田 天晴は軽傷とは言えヒーロー活動は当面行えない。

 入院は兎も角としてリハビリにどれほど掛かるか解らない上に、調子を取り戻すとなるとさらに時間は必要となる。

 それに“ヒーロー殺し”に負けた事実に目を反らせるほど天晴は柔ではない(・・・・・)

 二度と負けないようにと思えばより強くならねばならず、ヒーロー活動の両立は難しくなる。

 だから天晴は天哉に“インゲニウム”の名を使って欲しい(・・・・・・)と口にした。

 

 “インゲニウム”を名乗る…。

 それは未熟な我が身で名乗るにはあまりに大きく重過ぎる…。

 ましてや今自分の中で渦巻いている感情はヒーローと呼ぶには程遠い考え。

 ゆえに天哉は“インゲニウム”を名乗る訳にはいかず、自分の名前である“天哉”とだけ書いて発表した。

 これに対して前に轟が名前である焦凍をカタカナ表記にした“ショート”で発表していたので、貴方も名前なんだ程度で他に言われる事はなく通った。

 

 続いて発表したのは扇動であった。

 前に出て披露されたヒーロー名はマスクドヒーロー“仮面ライダー”と書かれており、それを見た全員が半分納得して半分疑問符を浮かべた。

 なにせ“ウィザード”や“ゼロワン”など扇動のコスチュームは顔を隠す仮面を被っていたのでマスクドヒーローと“仮面”の部分は理解出来たが、乗り手の意味がある“ライダー”が意図が解らない。

 

 「ライダーって何か乗り物使うの?」

 「いくら足が速くても無個性では限度があるし、バイクは必須(・・)ですから」

 「確かに欲しいだろうけど免許持ってないでしょ。それに放課後にクラスメイトの面倒見てたらしいから教習所とか行けてないんじゃない?」

 「んー…普通二輪(16歳で取得できる免許)なら二度目(・・・)だからなぁ。一応本読んで復習もしてっから免許センターで取るつもりだが」

 「「「二度目?復習?」」」

 

 ミッドナイトも教習所に通わずに免許センターでの一発合格狙いは厳しいわよと普通ならアドバイスする所だが、気になるワードが二つ続いた事に生徒達同様に首を傾げながら喰い付いてしまった…。

 

 扇動としてはお気に入りの“仮面ライダー”の名を名乗る事も視野に入れていたものの、その場合は他の“ライダー”コスチュームでも呼ばれる事に成るので、すべてのライダー表すべく“仮面ライダー”と名乗る事にしたのだ。

 好きなヒーローの名前だからこそ下手な事は出来ないなと名の重みを噛み締める。

 

 発表も終えたので扇動はさっさと自分の席へと戻って行く。

 元々ヒーロー名というのは当人が決めるもので、先輩としてアドバイスをするだけで強制ではない。

 戻っていった扇動の背からアドバイスがあろうとも変える気はないという意思を感じ取ったし、ヒーロー名に問題のあるワードを使っていたならまだしもそんな事も無かったのでミッドナイトとしてはこれ以上口を出す事はなかった。

 

 そして最後に緑谷が発表したのだが、その名に一同は戸惑う。

 ヒーロー名として発表された名前は“デク”…。

 名前の“出久”と“木偶の棒”を合わせた爆豪に付けられた蔑称。

 当人もこの蔑称は嫌いだったけれども、それに――“デクって頑張れ!!って感じでなんか好きだ”と新しい意味を与えられ、緑谷 出久は堂々と胸を張って口にすた。

 爆豪は怪訝に、麗日はにこやかに、扇動は緑谷と麗日を羨ましそう(・・・・・)に見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 情報学を終えた休み時間。

 書き直して“爆殺卿”とも発表するも却下されて、唯一授業内に決める事の出来なかった爆豪は、苛立ちながらも多少は切り替えて他に比べて多い指名票を入れてきたプロヒーローのリストに目を通していた。

 職場体験に行くのであれば雑魚(・・)では駄目だ。

 自分が向上出来るぐれぇ強いヒーローでねぇと意味がないと考え、リスト全員の名前を確認してやっぱりこいつだなと線を引く。

 ヒーロー名“ベストジーニスト”。

 ヒーロービルドチャート四位のトップヒーローが一人。

 性格までは知らないが仮にもトップヒーローである事から雑魚なんてこたぁねぇだろ。

 目星をつけて早速職場体験先として記入しようとした時、書き込もうとしていたのに気付いて扇動が近づいてくる。

 

 「もう決めたのか?早ぇな」

 「テメェが遅ぇだけだろうが!ってか覗いてんじゃあねぇ!!」

 「で、誰にしたんだ?」

 「誰が教えるかッ!!」

 

 吐き捨てるように言うも、開いたままのリストから察した扇動は怪訝な顔をする。

 それもリストの名前と爆豪の顔を何度も見返しながら…。

 

 「テメェ……言いたい事があるならハッキリ言えや!!」

 

 威圧するように怒鳴ると扇動は困ったように話し始めた。

 祖父のコネもあって何度も会い、実際に手合わせをした事のある人物でそれなりには接点を持っているとの事。

 合理的で判断も早く、実戦経験豊富なヒーロー。

 性格は堅実で驕る事などまず無い。

 確固たるヒーロー像を確立されており、独自の規律と思想を持っている尊敬できるヒーローの一人。

 ここまで高評価が続くも表情からそれだけではないないと伝わって来る。

 

 「天哉と違った意味で真面目でな。ルールに忠実でなくて…何というか“健全な肉体に健全な魂が宿る”みたいな感じで健全なヒーローに成るには健全な精神と格好を要求してくる…」

 「アァ?」

 「ジーンズの着用と髪型は七三分けを強要される」

 「「「爆豪が七三………ブフォッ!!」」」

 

 話が聞こえていた切島と上鳴、瀬呂などが想像して大いに噴き出した。

 腹を抱えて大爆笑する面々に「笑うなや!!」と怒鳴るも笑い転げる彼らに効果はなかった…。

 笑い声が響く室内で、気にすることなく扇動は続ける。

 

 「学べるところは大いにある事は違いない。ただ彼の担当地区ではヴィラン事件すら少ないし速攻で片は付く。多分だが望んでいるような展開はねぇと思うぞ」

 

 苦虫を噛み潰したような面をする。

 得るものは多い。

 扇動がそう言うのなら間違いはねぇだろうが、笑い転げている連中同様に自身の七三分けなんて似合わねぇと思う。

 選べない訳ではないが順位から決めただけにもう一度リストを見直さなければならなくなった。

 そんな爆豪に扇動は一つの提案を口にする。

 

 「変えるんなら俺の爺ちゃん所とかどうだ?」

 「ケッ、誰がテメェのジジイに世話になるかよ」

 

 真っ向からの否定して扇動の提案を払い除ける。

 言ってみたものの予想の反応であったので驚く事はなく肩を竦ませる程度。

 

 「他のヒーローならいざ知らず、爺ちゃんなら職場体験の合間に鍛錬を付けてやって欲しいと頼めばある程度話を通せる事も出来たんだが…。まぁ、無理にとは言えんよ。なにせ俺が一度も勝てない相手(・・・・・・・・・・・・・・)だしなぁ」

 

 ぴたりと爆豪が固まった。

 ヒーローの職場体験のみならず鍛錬を付けてくれるというのは自身の向上を考えたのなら有難いが、扇動に貸しを作るようで御免被りたいという気持ちの方が大きい。

 だが、最後の一言と苦笑を浮かべなられた事で一変する。

 これで違う選択肢を選んだのなら、まるで“俺が逃げ出した(・・・・・・・)”みたいじゃあねぇか!!

 

 今日の扇動は“らしくない(・・・・・)”事をしているという自覚はある。

 けれど祖父の想いを叶えれる良い機会だと逃す事もしたくなかった。

 

 以前より緑谷や爆豪などの友人の話はしており、どんな奴なのか会いたがっていた流拳は他にも指名したい者がいたが、一人二票まで入れれる指名票を緑谷と爆豪に将来性込みで入れたのだ。

 祖父の想いを叶えて上げたいという反面、爆豪本人の意思を無視して頼む気はなかったのだけど、それならと煽り勧めた(・・・・・)

 流拳と爆豪であれば有益であれど不利益ではない筈。

 

 乗ってしまった爆豪は青筋を立てながら獰猛な笑みを向けた。

 

 「オイ……テメェのジジイを完膚なきまでぶっ飛ばしても文句言うんじゃねぇぞ!!」

 

 やる気…もとい、殺意十分な爆豪に対して扇動はニヤリとほくそ笑む。

 

 「了解。早速爺ちゃんに話を付けておくよ」

 

 そう言って携帯を片手に廊下へと向かっていく。

 扉を開けたところで振り返り、意味深な笑みを浮かべながら人差し指を立てる。

 

 「一つ、貸しだからな」

 「――ッ、ちょっと待てや!……クソがッ…!」

 

 制止を聞く間もなく廊下へと出て行った。

 爆豪は嵌められた!と忌々しく去っていった扇動を睨み、厄介な奴に借りを作ったなと舌打ちひとつ零す。

 

 

 

 

 

 

 葉隠 透は戸惑っていた。

 きっかけは昼休みに扇動に急な話であるがバイトを頼まれた事である。

 バイトと言っても扇動の隣に居て美味しい料理を食べるだけ。

 楽な内容の代わりに放課後は潰れるとの事。

 扇動は急ぎだった事と出来れば程度だったので断って貰っても構わないと言ったけど、付いて行って美味しい食事を食べるだけの二重の意味で美味しいバイトは逃せない。

 礼と共にバイト代を弾むと言われたがそこは金銭ではなく、人気ケーキ店の期間限定セットで手を打った。

 そこまでは気楽に考えていた自分に「もっとしっかり考えなよ!」と物申したい。

 

 周りに気付かれないようにと付け加えられ、下校前のHRを終えると見つからないように扇動と一緒にタクシーに乗って移動。

 そこからは目まぐるしかった。

 途中でタクシーから迎えの車に乗り換え、服屋に靴屋に化粧品店などなどを巡りに巡った。

 

 「うぅ~、騙された…」

 

 不貞腐れながら文句を言うと隣の扇動は困ったように笑う。

 

 「別に嘘はついてないだろ?」

 「でもしっかりとした説明もしてくれなかった!」

 「それは確かに悪かったがあんまり激しく動くな………乱れちまうぞ」

 「―――ッ!?」

 

 眼を背けながら言われた一言に服装を確認する。

 さすが高級店で合わせて貰っただけあって、そう簡単にズレる事はなかった。

 安堵しつつ振り返れば自然と目が合い、恥ずかしくって今度は葉隠が目を逸らす。

 

 いつもなら見えていない事が普通なのだが、今は逆に見られている(・・・・・・)からこそ恥ずかしい。

 高級なドレスに靴、手袋にアクセサリーなどを身に着け、肌が露出している所にはメイクで肌を再現し、目はカラーコンタクト、髪はウィッグを使用して物理的に見せているのだ。

 

 連れられて行ったどの店も普段利用している店より高級感が凄かったけど、一番印象に残っているのは服屋の女店主だろうか。

 透明なお客で限られた時間でドレスを合わせる(・・・・)という条件に俄然燃えて、採寸した寸法と輪郭や目の位置などを触った感覚で理解して、寸法を合わしただけ(・・・・・・)でなく葉隠に合った(・・・)ドレスを用意したのだから。

 

 「これどれぐらいするんだろう?」

 

 素人目でも高価だと分かるぐらいなのだから、実際はいくらなのかという単純な興味。

 

 「――知りたい?」

 「……ううん、いいや」

 

 対して返ってきた言葉に葉隠は首を横に振るう。

 どれも高級店だったのに特級でやったとなると値段は跳ね上がるだろう。

 そう考えると恐ろしくて値段なんて聞けやしない。

 いや、思ってしまっただけに服に傷一つでも付けたらヤバいのではと緊張と不安からカチコチに身体が硬くなる。

 実際にはそれに加えて葉隠の情報を伏せるように料金を上乗せしたのでより高くなっている。

 緊張しています!と言わんばかりの葉隠に扇動は苦笑する。

 

 「別に破れたって文句は言わねぇよ。気楽に行こうぜ」

 「そうはいっても扇動君。私としては難しいの!」

 「縮こまっていると折角の可愛い顔が曇ってしまうぞ」

 「もぉ!!」

 

 今まで自身の見た目を可愛いなどと言われた事はない。

 なにせ透明で生まれてこのかた見えないのであるから…。

 言われるなら着ている服やアクセサリーなど目に見える物であった。

 だからこうもハッキリと自身が可愛いと言われると恥ずかしくて堪らない。

 

 「そうやって揶揄って!」

 「揶揄ったつもりはないんだが…そもそも声や仕草だって可愛らしかったし…」

 「だぁ~かぁ~らぁ~!!」

 

 冗談でも揶揄うでもなく真顔で普通に言われて余計に恥ずかしいったらありゃあしない。

 恥ずかしさ半分嬉しさ半分でポカポカと軽く叩いていると移動用にと扇動家より駆り出されたリムジンが停車した。

 到着したのだと分かると別の緊張が押し寄せてる葉隠を他所に、扇動は穏やかな微笑を作り上げて(・・・・・)先に降りると手を差し出す。

 

 「では、参りましょうか」

 

 いつもとは別人のような扇動に促されるままに手を取って降り立つ。

 扇動に付いて美味しい料理を食べるバイトがまさか著名人が集まるパーティだったなんて…。

 

 扇動家は大きな力を持つ家である。 

 会社として大成功を収めているだけでなく、政界やヒーロー界などなど色んなパイプを有している。

 当然他からすれば妬まれる対象でもあり、手に入れたい力であった。

 ゆえに扇動 無一が扇動家次期当主という話もあって見合い話がわんさか来るようになったのだけど、無一本人はまだする気はなく流拳も別に急いで結婚させるという気は毛頭ない。

 それ以上に政略や家の都合で道具として孫を利用するつもりもないので無一の意見を尊重して断られている。

 見合い話を本家に持って行っても断られると分かってかパーティでのアプローチが強くなった。

 

 そこでいつもなら事情を知った上で同年代で色々と話を聞いてくる八百万と行動する事で、そういった人達は近づかなかったのだが今日は毎度のようにはいかなかった。

 本来なら扇動 流拳が出席する予定になっていたけど急な用事が入ったとか(怪我の事は伝えていない)で代わりに出席して欲しいと頼まれたのだ。

 八百万は登校日である事からパーティに出席する予定はなく、寄って来る連中の相手を覚悟するか誰にか代役を頼むしかない。

 元より爆豪の一件を頼んだ手前もあるが、流拳からの頼みを断わる気がない扇動は自ずと行くのを前提にどうするかと考え込んだ。

 頼み易いのは同級生の女子達であるが、雄英高校体育祭の中継で面が割れている為、最悪面倒事に巻き込みかねない。

 そこで素性は知られていても顔は知られる事のない葉隠に頼む事に。

 

 頼まれた葉隠は扇動に付いて会場内を歩き回り、色んな方々に挨拶して周るのを笑みを浮かべて見続けた。

 挨拶している最中、扇動が“人見知りが激しい”と誤魔化してくれるので話す事はなかったものの、どこぞの社長や著名人が集まっているパーティゆえに緊張して中々に疲れる。

 

 「ケーキセットだけじゃあ足りないよぉ…」

 

 挨拶回りも終え、皿に料理を乗せて会場端へと寄った葉隠はぼやく。

 並べられていた料理はなるほど確かに豪勢で非常に美味しかった。

 けれどそれとこれとでは別である。

 不平不満を向けられてごもっともと扇動は頷く。

 

 「何がご所望でしょうか?」

 「んー…今度服買うから付いて来て」

 「仰せのままにお嬢様」

 

 外向けの顔をしている扇動に笑ってしまう。

 顔は元々整っていて、スーツはしっかりと着こなし、口調や態度は柔らかく紳士的。

 でも素を知っているだけに違和感は半端ない。

 笑っていると誰かが近づいて来たのが視界に入ったので扇動の少し後ろに立ち、近づいてくる相手へと向く。

 

 その相手は後退しつつある額と童話に登場する魔女のような長く大きい鷲鼻が特徴的な老紳士だった。

 何処かで見覚えのある老紳士に首を傾げていると扇動がデトネラット社代表取締役の“四ツ橋 力也(ヨツバシ リキヤ)”だと小声で耳打ちされた事で思い出した。

 デトネラット社と言えば主に一般向けのサポート会社で、トップシェアを誇る国内有数の大企業。

 社長自ら自社のCMに出演しているので、道理で見た覚えがある筈だと納得する。

 

 「久しぶりだね扇動君。流拳さんはご壮健かな?」

 「えぇ、元気にやってますよ。四ツ橋さんはお変わりなく」

 「ははは、ここ最近でまた後退してしまって…困ったものだよ」

 「今後はウィッグや育毛剤に手を出してみますか?社長自らCMに出演されるなら注目の的でしょうに」

 「私が気にしているので構わないが、部下が言うにはそれも私の魅力というのだからね」

 

 正直扇動の失礼な発言にギョッと驚く葉隠だったが、本人は気にしていると言う割には軽く笑いながらにこやかに話している。

 付き合いが長いのかこれぐらいで怒らないというのが解っているのだろう。

 普通怒らないにしても多少は雰囲気に漏れそうなのに、一切そんな様子がない事からとても心が広い人なのだろう。

 驚きながらも見つめていた葉隠の視線を受けた四ツ橋は逆に葉隠に対して首を傾げた。

 

 「おや?今日は違う女性となんだね」

 「その言い方だと語弊を招きかねないのですが」

 「おっと、それは失礼した」

 

 冗談交じりに話していたところで、思い出したように手を叩く。

 

 「そうだそうだ、見たよ体育祭。パーティとは雰囲気が違ったね」

 「演技力というのはいつ必要になるか分かりませんから」

 「あっちが素だったのかい?」

 「どちらかが仮面かはご想像にお任せします」

 

 挨拶回りの際にも同じような事を聞かれてたけど、扇動は焦ったり取り乱す事無く微笑みながら答えて行った。

 当然のように四ツ橋にもそうであったが、返事に想う所があったのか少しばかり悩む仕草を見せる。

 

 「仮面…仮面か…。そういえば前に勧めた本――“異能解放戦線”は読んでくれたかい?」

 「四ツ橋さんから勧められましたからね。勿論読みましたとも―――っと言っても無個性の自分には縁遠いものでしたが」

 「そう言わず君の意見を聞いてみたいものだね」

 

 本のタイトルを聞いても葉隠は解らず、ぼんやりと二人のやり取りを眺める。

 今度は扇動の方が悩む仕草を見せ、僅かながら四ツ橋の顔を伺いながら話し始めた。

 

 「個性を…自身がありのままで居られる世界。それはとても素晴らしく強く共感しました」

 「ほぅ!」

 

 扇動の返答に嬉しそうで声を漏らす四ツ橋。

 しかし扇動は遮るように続けた。

 

 「思想としては(・・・)素晴らしいでしょう。ですが現実には個性の解放となると非常に難しい。個性は個々に寄る強弱があり、誰も彼もが好き勝手にしていてはその格差が広がって、やはり解放出来る者と解放出来ない者が出来てしまう。それも今以上により多く、理不尽な程に」

 「…では君は彼の思想は間違っていると?」

 

 表情は以前にこやかであるが若干怒気が含まれている。

 悪寒がする…。

 それはヴィラン連合襲撃時に味わった以上の嫌な感じ…。

 葉隠は無意識に扇動の裾をぎゅっと掴む。

 そんな中、扇動は態度を変える事無く返す。

 

 「いえ、思想自体は素晴らしいと申し上げました。問題はそれを叶えられない人間、またはルールサイドの方でしょう」

 

 扇動の答えに興味深そうに眼を丸くし、納得したように四ツ橋が頷くと漂っていた薄っすらとした怒気は完全に消え去り、葉隠はホッと安堵する。

 

 「いやはや、君と話してみると色々考えさせられるよ――っと、人を待たせているんだった。今日はこれで失礼させて貰うよ」

 

 そう言うと四ツ橋はにこやかに離れて行った。

 離れて行く背を見送った扇動は葉隠に申し訳なさそうに眼を伏せる。

 

 「すまん。怖い思いをさせたな。あの人は急にスイッチが入るんだ。今日は俺一人じゃないんだ。配慮が足りなかった…ごめんな」

 「…ううん、大丈夫だよ。けど…」

 

 …ここには居たくない…。

 悪寒は薄れたがまだ寒気がする事もあって、すぐさまここを離れたい気持ちでいっぱいだった。

 察した扇動は出入り口へと葉隠と共に向かい始める。

 

 「まだお腹が空いているなら何処か寄るが」

 「こう堅苦しい場所じゃなくて気楽に入れるファミレスが良い」

 「この格好でか?」

 「着替えてだよ!」

 

 こうしてパーティ会場を後にした扇動と葉隠は道中扇動馴染の店で部屋を借り、着替えを済ませてファミレスで談笑や料理を楽しむのだが、偶然にも雄英の生徒に目撃されてしまい、翌日扇動はクラス中に質問攻めにされて問い質される事に。

 それも制服から雄英高校の生徒らしいがどこの誰かも判らず、謎の美少女という事で余計にこの話は注目を集め、峰田や上鳴以外からも追及を受ける羽目となってしまった…。

 噂の当人は謎の美少女と言われる事に口を閉ざすか誤魔化す扇動には悪いが見えない顔で嬉しそうに笑うのであった。



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第42話 職場体験先での扇動の話

 遅れて申し訳ありません。 
 微妙に体調が悪い…。
 細胞を活性化させる個性が真面目に欲しい…。


 フレイムヒーロー“エンデヴァー”。

 個性による高い火力に鍛え抜かれた身体に技術をもって、事件解決数史上最多を誇る日本のナンバー2ヒーロー。

 大勢のサイドキックを抱えているエンデヴァー事務所があるビルの前に二人の学生が立っていた。

 エンデヴァーの息子で火と氷の相反する個性を使える轟 焦凍。

 無個性でありながらも雄英体育祭一年の部で一位を勝ち取った扇動 無一。

 現在雄英高校ヒーロー科はプロヒーロー事務所への職場体験を行って本日はその初日。

 焦凍にも扇動にもエンデヴァーより指名票が入っていた事で、ナンバー2の事務所でお世話になろうとやって来たのだ。

 

 「本当にやるのか?」

 「他に代案が無い以上そうなるな……」

 

 不満混じりの焦凍の問いに、いつになく歯切れが悪い扇動。

 同じように思う所があるんだなとビルを見上げる。

 ここにエンデヴァー(クソ親父)が居ると思うと自然と焦凍の表情が険しくなる。

 アイツを赦せないし赦す気もない。

 だけどここへ来たのはナンバー2としての事実を受け入れる(・・・・・)為、そして母に会いに行った際にあの事を泣いて謝って“何にも捉われずに突き進む事が幸せであり救いになる”と言ってくれたから…。

 

 見上げていた二人だがずっとビルの前に居てもしょうがなく、初日から遅刻する訳にもいかない。

 覚悟を決めるというかため息を零してビルへと踏み込んだ。

 さすがというべきかフロア丸々一つ借り切っている事務所は広く、経理担当や事務方の人達にサイドキックなどなど多くの者が詰めていた。

 

 「良く来たな焦凍………それと扇動」

 

 フロアの奥より現れたエンデヴァーに焦凍は怪訝な顔を隠す気もなく向ける。

 それは赦せない相手だからというだけではなく、明らかに扇動に対して怪訝な顔を受けた事に対してである。

 エンデヴァーとしては自分の下へ来るならば焦凍を鍛える、または自身の背(プロの背)を見せ付けてやろうとは考えていたが、扇動にはそこまでの想いは持ってはいない。

 職場体験で生徒を受け入れるという事はいつもに比べて仕事が増えるという事。

 プロヒーローの仕事を体験させるべく現場に連れて行くという事は誰か一人が面倒を見なければならず、少なくとも一人は人員を割かねばならず効率は多少でも落ちる。

 雄英体育祭での実力と戦い方、その後の話し合い(・・・・)などでサイドキック(・・・・・・)としては即戦力として使えない事もないだろうと選んだのだ。

 それに焦凍との一件の事もあって一応入れたに過ぎず、その件で嫌われていると思っていただけにまさか選んで来るとは思わなかった。

 焦凍は別として一人足手纏い(・・・・)が出来た事で、一分一秒を争うプロヒーローとしては怪訝な顔を浮かべるのも仕方ない事だろう。

 

 寧ろ断られたり、わざわざ口にしない辺り配慮されているとも言え、その辺を察している扇動に不満はない。

 

 「本日より一週間お世話になります」

 「…なります」

 

 深々と頭を下げた扇動に見習って焦凍も軽く頭を下げつつ口にする。

 返事のつもりなのかエンデヴァーはフンッと小さく鼻を鳴らす。

 続けてエンデヴァーに背を向けぬように、フロアに居る面々へと振り返る。

 

 「職場体験で参りましたヒーロー科一年A組の扇動 無一と申します。経験も実力も至らぬ身でご迷惑をおかけする事も多々あるかと思います。ここで学んだ事を糧に良きヒーローに成れるよう頑張りますので、どうかご指導ご鞭撻のほど宜しくお願い致します」

 

 扇動が挨拶をすると同じく焦凍もクラスに名前、それと「お願いします」と口にすると、拍手を持って二人共受け入れられた。

 普通ならここで挨拶は終わる筈なのだが、若干困った様な視線を扇動と焦凍は合わせる。

 多くのサイドキックはその意図を察せれず疑問符を浮かべる中、何やら嫌な予感を感じ取ったエンデヴァー。

 さすがナンバー2ヒーロー。

 その予感はある意味正しく当たっていた。

 

 「ちなみに扇動と同棲(・・)しています」

 

 スッと焦凍が扇動に寄り添うように腕を組みながらそう言った。

 突然の発言にフロア内が凍り付く。

 発言にどうとかではなく、エンデヴァーがどのような反応を見せるか分からなかった為、自ずと皆の視線は覗き見るように動く。

 次の瞬間、凍り付いた空気は物理的に発生した熱で温められ、熱の発生源であるエンデヴァーは声を荒げていた。

 

 「確かに貴様にショートを預けたが、そこまで許した覚えはないぞ!!」

 「落ち着け…」

 「ショートの言う通りですよおとうさん(・・・・・)

 「だれがお義父さんか!?」

 

 今にもフロアごと焼き兼ねないエンデヴァーをサイドキックが数人掛かりで落ち着かせ、「やっぱりこうなるか…」と頬を掻きながら扇動が弁明に入る。

 

 「申し訳ない。職場体験の事を知り合い…というか仕事で付き合いのあるプロヒーローに助言を求めたら〝元気とユーモアのない社会に未来はない”と言われたので(サー・ナイトアイより)…」

 「全く何処のどいつだ!それで貴様はそのアドバイスでこんなジョークを仕掛けたのか!?」

 「いえ、俺も焦凍もそういうセンスがないので、別のヒーローから仕入れました」

 「誰だ!………アイツか!!!」

 

 誰かは口にしなかったが取ってつけたようなニヘラと笑みを浮かべた事から、当たりを付けて怒りを込めて叫ぶ。

 今頃九州で件のヒーローはくしゃみか悪寒に襲われている事だろう。

 

 怒りを向けるべき元凶が判ったところでため息を吐き出し、落ち着きを見せたエンデヴァーはスッと雰囲気を変え、プロヒーローとしてのスイッチを入れた。

 空気が変わったのを感じ取って姿勢を正す。

 

 「ショートは俺が面倒を見る。バーニン(・・・・)、扇動…いやライダー(・・・・)は任せる」

 「了解です。エンデヴァー!」

 

 エンデヴァーより扇動を任されたのはバーニンは好戦的な笑みを浮かべて応えた。

 黄緑色の炎の長髪を揺らす彼女はエンデヴァー事務所で頭角を現している有名なサイドキックである。

 初めて会ったヒーローではあるが、その好戦的な笑みは何処かミルコ(・・・)を連想させ、思い出しては苦笑いを浮かべそうになったのを堪える。

 

 「なんで扇動と俺が別なんだ」

 

 やけに苛立っている声色で突っかかる焦凍。

 学びに来ている事から組む事は嫌でも勉強になるとは理解しているのだが、別々にされたのは“親子”だから特別扱いしてやがると判断しての事だろう。

 嬉しいのだがここは焦凍を落ち着かせるべく制止する。

 

 「落ち着け焦凍。多分勘違いしてんぞ」

 「何をだ?」

 「これ私情ではなくリスクの分散だ。なにせヒーロー経験もない足手纏いを連れて行く訳だからな。何が起こるか解らない現場で万全を尽くすのであれば足枷は無いに越したことはない。それも一人なら兎も角二人となると尚更だ」

 「だったら俺は…」

 「そこは個性の相性だな。炎系個性を持つお前なら炎系最強のエンデヴァーの活躍を間近で見る事も良い勉強になるだろ?そもそも単なる学生である俺に名実ともに有名なバーニンを担当させるというのも破格の待遇だと判断している。実力確かな彼女を遊ばせるような事はしないだろう事からそれだけ現場に出る機会が増えるって訳だ」

 「…そう…いう事なのか?」

 「そうなんだよ。俺の事で怒ってくれたんだろ?気持ちは嬉しいよ」

 

 沸き立った感情を抑えながら言われた言葉をゆっくりと噛み砕き、納得し始めた焦凍は小さく頷くとエンデヴァーに向かってしっかりと頭を下げた。

 

 「すみませんでした。これからお世話になります」

 「…い、いや、こちらも説明を怠っていた。すまん…」

 

 迷いが無いと言えば嘘になるが、それでも焦凍は憎らしい父親でなくプロヒーロー“エンデヴァー”として見ようとしていた。

 素直で優しい焦凍の性格とその事に当てられ、私情込みで接していたエンデヴァーは恥じて頬を掻きながら返す。

 近くで「照れてるな」、「照れてらぁ!」と囀る扇動とバーニンに「喧しい!!」と一喝するのを忘れない。

 

 さて、これでプロの現場に向かえる。

 そう思っていた扇動に焦凍が若干独り言のように問いかけてきた。

 

 「それにしても意外だった」

 「ん、何の事だ?」

 「扇動も嫌っていたと思っていたから」

 「それは焦凍の父親である轟 炎司の話だろ。フレイムヒーロー“エンデヴァー”の実績と実力は本物だ。好き嫌いに関わらず尊敬出来るヒーローだと俺は思っている」

 

 意外そうな焦凍に説明する扇動の言葉はそこまで大きくはないが、皆が注目していただけに耳に入ってしまう。

 それはそうだろうがとエンデヴァーに視線を向けると、腕を組んで若干どや顔を浮かべていたのがむかつく。

 

 「ヒーローとしては(・・・・)…か」

 「そう、ヒーローとしては(・・・・)、だ!」

 「焼き殺すぞ貴様!!」

 

 上げといて落とされたエンデヴァーは怒鳴りつける。

 このコントみたいなやり取りにエンデヴァー事務所の何人かが噴き出した事で、フロア全体が笑いに包まれた。

 すぐにエンデヴァーより「俺の事務所であのアドバイスは不要だ!!」とのお達しを受けて。扇動は先のような発言はせずにバーニンと、焦凍はエンデヴァーと共にプロの現場へと足を踏み入れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 バトルヒーロー“ガンヘッド”の下へ職場体験に行った麗日 お茶子は木製のナイフを手に対峙していた。

 “ガンヘッド”の個性は“ガトリング”であるも主な戦闘は近接格闘術という遠距離から近距離まで熟せるヒーロー。

 それも独自の格闘術“ガンヘッド()()マーシャル()()アーツ()”を駆使する程に武術に長けている。

 初日の挨拶を終えたところで口で説明するよりも体験してもらった方が解り易いだろうといきなり木製のナイフを渡されて対峙している訳である。

 

 向かい合っているガンヘッドは構えもせずほぼ無防備状態。

 けれど隙だらけのようで隙は無く、易々と攻める事は出来ない。

 漂っている空気が組手をした際の扇動に近しいものを感じる…。

 警戒しながらもこのままでは埒が明かず、少しばかりフェイントを交えつつ襲い掛かるがさすが武闘派ヒーロー、完全に見切ってナイフを手にしている手首を掴まれたと思ったら、次の瞬間には流れるように組み伏せられていた。

 手加減されたので痛みはなく、解かれた麗日は「さすがや…」と呟きながら立ち上がってガンヘッドを見つめる。

 ガンヘッド自身は余裕を見せながらふうと小さく息を吐く。

 

 「凄かったです。気が付いたら身動き取れんくて…これがガンヘッド・マーシャル・アーツなんですね!」

 「これから色々教えて行く訳だけど、軽くは掴んでもらえたようだね」

 

 武闘派という事もあって身体は筋肉粒々でガタイも良い。

 けれど話し方や仕草は柔和で可愛らしくも見えて、話し易そうな人で少し気分が楽になる。

 ニンマリと笑顔を浮かべて頭を下げる。

 

 「はい!これから宜しくお願いします!!」

 「元気があって大変宜しい………ところでさっきのフェイントは何処で習ったの?」

 

 元気いっぱいに返事した麗日だが、ガンヘッドの質問に戸惑ってしまった。

 あのフェイントは正確には習ったものではない。

 放課後の特訓で何度か行われた組手にて扇動にされたものを見様見真似でやったに過ぎず、だからタイミングも動きも悪く不格好で不完全。

 そもそも体育祭までの時間が少なく、それ以前に教える事が多過ぎてフェイントなどの技術を見せる事はあっても、教え込む事はしなかったし余裕もなかった。

 

 「えっと、同じクラスメイトの扇動君がしていたのを見様見真似で…」

 「やっぱり!道理で見覚えがあると思った」

 「え?扇動君と知り合いなんですか?」

 

 驚いて口にするも、すぐに「それもそうか」と一人納得してしまった。

 無個性でヒーローを目指す扇動は戦闘方法が近接格闘に限られる。

 多くのプロヒーローと関りを持ち、努力と研鑽を怠らなかった事から武闘派のガンヘッドと接点が無い方がおかしいだろう。

 案の定、その考えは当たっていた。

 

 「確か彼が中学一年生だった頃に短期間だったけど習いに来たのよ」

 「中一の頃の扇動君かぁ。どんな子だったんですか?」

 「……末恐ろしい子だった………」

 

 ガンヘッドは部厚そうな仮面を付けている為に表情を見る事は出来ないが、声色と様子から遠い目をしているのは明らか。

 「何をしたん扇動君!?」と心の中で叫んでいるとガンヘッドが語り始めてくれた。

 

 「始めは同じように軽く体験して貰おうとしたのだけど、三本ぐらいだったかナイフ(木製)をジャグリングしながら襲い掛かって来たの…」

 「…ジャグリング?」

 「そうジャグリング。馬鹿げているようだけど動くモノには自然と意識が割かれちゃって、そこを用途に応じてセイバーとリバーグリップ(逆手持ち)を使い分けて、フェイント交じりに軽くても手数で攻めて来て本当に中一なのって驚いたよ」

 「どうなったんですか?」

 「まぁ、向こうも意図を理解していたから、思いっきり(・・・・・)組み伏せて終わり。でも怖かったなアレは……。襲い掛かって来る時も異様に低く迫って来てねぇ……」

 

 言葉の割に雰囲気から凄く慕っているのが伝わって来る。

 ちなみにナイフの扱い方はミズーリのコック(沈黙の戦艦)FRDF機械化猟兵隊の少佐(ヨルムンガンド)、とある特等捜査官(東京喰種)などから得て、後は自主鍛錬で幾分かものにしたという。

 

 「いつか五本でジャグリングするんだって言ってたけど出来るようになっているのかな?」

 「ナイフ戦はした事ないので…」

 

 話を聞いただけでもしたくないというのが本音であり、表情から察したガンヘッドは小さく笑みを零す。

 

 「麗日ちゃんもトーナメントでの試合で格闘センス良いようだし、これからビシバシ鍛えて行くからね」

 「押忍!」

 

 体育会系のノリで返してやる気を露わにする。

 これは教え甲斐が有りそうだとガンヘッドはガンヘッド・マーシャル・アーツを教えながら、プロヒーローの仕事などを体験させていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 八百万 百は職場体験先でB組の拳藤 一佳と合流して、早速スネークヒーロー“ウワバミ”の下で活動を開始していた。

 一つのヒーロー事務所に二人の学生が迎えられるというのは珍しくない。

 指名票は二票まで入れれるのでエンデヴァー事務所だと扇動と轟、任侠ヒーロー“フォースカインド”の事務所には切島と鉄哲を指名して受け入れている。

 中には四人面倒見るから四票にしてくれと雄英高校に頼み込んだプロヒーロー(扇動 流拳)も居たが当然ながら却下された…。

 だから拳藤と一緒にウワバミに世話になると知った時、それほど驚く事はなかった。

 寧ろ活動内容の方が驚いたものだ。

 ウワバミはヒーロー活動は勿論だが、持ち前の美貌を買われて企業の広告塔としてCM出演依頼などを副業を受けている。

 出演している事はテレビなどで見かけていたので知ってはいたが、自分達は見る側(・・・)であり関係はないと思い込んでいた。

 パトロールや警備の手伝い、プロとしての心得や基本を教わるものとばかり思っており、まさか自分達がCM出演させられるなど露ほども思わなかった…。

 

 実はウワバミは最初からそのつもりで票を入れていたのである。

 無論彼女らの実力を見て将来有望であると判断した上で、可愛いからという理由込みで指名したのだ。

 

 「……まさかCM出演するなんて思いもしなかった…」

 「私もです。ですがこれもまた貴重な体験ですわ」

 

 苦笑いを浮かべる拳藤にポジティブに捉えようとする八百万。

 そんな二人を眺めてウワバミは微笑む。

 

 「人々を護る為に戦うだけがヒーローではないわ。それに貴女たちは容姿も良いんだから活かさないと」

 

 そう言われれも二人としては生返事を返すしかなかった。

 さすがにヴィラン事件を望むなどと不謹慎な事は思わないが、正直に言うともっとヒーローらしい活動がしたい。

 伝わって来る若者の逸る気持ちに頬が緩む。

 あの子(・・・)もこの子たちくらい素直になれればいいのに。

 

 「安心なさい。ちゃんとしたヒーロー活動にも参加してもらうから」

 「――ッ、すみません……」

 「良いのよ。顔に書いてあるぐらい解り易くて助かるわ」

 

 自分達の至らなさを指摘されている様で恥ずかしくもあり、大きく俯くもウワバミからしたら揶揄い甲斐もあって楽しいと余裕を持って受け止めている。

 現場で学生らしい甘さを出されては困るが、移動中や休憩時間は大目に見よう。

 

 「そういえば期間中にあのCM撮影もあるから、そっちの出演は頼むわね」

 「なんのCMですの?」

 「流拳さんのところの豪華客船でクルーズ企画があってその宣伝CM」

 「確かそれって扇動のお爺さん……だよね?」

 「二人からしたらあの子の方が接点があるのよね」

 

 「私は副業の都合上、流拳さんの方が多いけど」とウワバミは続ける。

 扇動家は船舶業界ではトップシェアを誇る大企業で設計から造船に販売、海上輸送やクルージングなどなど手広く熟している。

 同時にヒーロー一族である事からプロヒーローとの接点も多く、よく副業として仕事を持ってきてくれることが多いのだ。

 クルージングや旅行のCMとかならウワバミやドラグーンヒーロー“リューキュウ”にファイバーヒーロー“ベストジーニスト”、海運や造船所ではデステゴロやMt.レディ、以前にはパワーローダーも仕事を受けた事がある。

 加えてMCとしてプレゼント・マイクも仕事を受けた事があるが、それは企画立案者が指名して担当が手配したので流拳とプレゼント・マイクの接点はほぼほぼ薄かった。

 どちらもパーティで見かけるなぐらいの印象しかないのである。

 

 「ヒーローとの繋がりが強いから引退して雇って貰った人も居るのよ」

 「へぇ、そうなんですね」

 「そこの次期当主と言うのもあって、あの子を狙っているヒーローも居るのよねぇ」

 

 芦戸や葉隠ほどではないが、多少なりとも興味はある。

 それもあの扇動のとなると余計に…。

 しかし二人が知っている扇動の知り合いのヒーローと言えばMt.レディなのだが、仲が良いのは確かなのだがそういう感じはしなかった。

 というのもウワバミが言っているのは、とある山岳救助を得意とする女性ヒーローの事だ。

 本人は将来が楽しみと言う事で唾を付けておいたと言っていたが、無一から聞いた話ではどうも唾を吐きかけられたらしいが…。

 本当に困った様な顔をして話していた様子を思い出して小さく笑みを零した。

 

 「フフッ……まぁ、そういう感情抜きにしてもあの子、口は悪いけど面倒見が良いから気に入られてるのよね」

 

 口が悪いという共通認識を前に八百万も拳藤も苦笑いを浮かべるのがせいぜい。

 否定する言葉より肯定する方が先に頭に浮かぶ。

 表情から学校でもそうなのねと余計に笑ってしまった。

 釣られて二人も笑っているとそういえばと思い出す。

 

 「あの子、たまにお酒贈ってくれるのだけど趣味が良いのよねぇ」

 「「……え!?」」

 

 思い出したように呟かれた一言に二人は戸惑い困惑してしまった。

 同い年というよりは年上のようなところが見え隠れするとは言え同年代。

 まだまだ未成年で酒を嗜める歳には達していない。 

 大事にするのも気が退けるが、せめて注意しておかないといけないと強く想う真面目な八百万と拳藤にウワバミは続ける。

 

 「とは言ってもレビューか流拳さんから聞いたんだと思うのだけどね」

 

 それもそうかと失念していた事に心の中で謝る。

 ……が、実際は扇動が選んだものであり、試飲こそしていないが香りに味、舌触りは確かめている。

 前世を加えたら軽く成人年齢は超えているものの、身体は未成年と自覚しているので、口に含むまでで吐き出している。

 それは料理酒として使う酒を確かめているだけで選別の過程で良いのがあったら、もう一本を購入して酒が好きそうな知人(ウワバミ)に贈っているのだ。

 事情は知らずに三人は少しばかり談笑を楽しみ、ようやくヒーロー活動に赴くのであった。

 

 

 

 

 

 

 夕刻となって一日目の職場体験を終えた蛙吹 梅雨は一息ついた。

 始めてヒーロー活動に参加する学生にしては落ち着きがあり、物怖じしない蛙吹はアクシデントらしいアクシデントもなく、順調そのものに仕事を熟していったが緊張はしており、終わったという事で張っていた気が緩んで疲れがドッとやって来たのだ。

 そこへお世話になっている海難ヒーロー“セルキー”の事務所でサイドキックをしている“シリウス”がやって来てジュースを差し出す。

 

 「お疲れ様。初日から疲れたでしょ?」

 「ケロッ、確かに慣れない仕事で緊張もしたけれど、とても遣り甲斐はあったわ」

 「えー…あれで緊張してたの?」

 

 受け取りながら冗談めいたシリウスと一緒に笑い合う。

 彼女は同性で事務所内で一番年の近く、元々面倒見が良いので職場体験で訪れた蛙吹の面倒を見ている。

 まだ初日で会ったばかりではあるが、話し易さや彼女の性格とも合って仲良くさせてもらっていた。

 

 「楽しそうじゃねぇか」

 

 二人の笑い声に釣られてかセルキーが声を掛ける。

 海難ヒーロー“セルキー”。

 個性は見た目と同じ“ゴマフアザラシ”で、ゴマフアザラシが出来る事なら何でも熟せる。

 巡視船“沖マリナー”の船長で海難ヒーローを行うセルキーは密輸船の取り締まりなども行う為、結構危ない任務も多々受ける事と戦闘は肉弾戦メインなので身体を鍛え上げているので、ガタイも良くてかなり厳つい。

 だけど多少言葉は荒くとも面倒見の良く、仕事中も結構気に掛けてくれていたのを知っている。

 

 「どうだ?初めてのプロの現場は?」

 「えぇ、大変ではあったけれど皆優しく教えてくれて凄く助かったの。良い人ばかりで良かったわ」

 

 笑顔でセルキーを含めての蛙吹の言葉にニカリと笑い「おう!」と返事する………のではなく、身体を丸めるようにポーズを取りながら「セルキー、嬉しい」とかわい子ぶるが正直仲間内からの受けは悪い。

 セルキーはガタイの良いマッチョで厳つい成人男性。

 男女問わず可愛い子がやるならまだしもセルキーがやったところで可愛らしく見えないというのが大多数であり、蛙吹のように〝可愛い”と思うのは少数派なのである。

 可愛くないですよとシリウスに毎度のツッコミを受け、コホンと咳払いしてセルキーは真面目そうに蛙吹に向く。

 

 「今日は何もなかったが期間中に何が起こるか解かったもんじゃない。気を抜くなよフロッピー(・・・・・)

 

 今日大丈夫だったからと言って明日大丈夫な保証はない。

 当たり前と言えば当たり前の事なのだが、そりゃあそうだと思っているだけ(・・)の者と、肌身で実感して噛み締めてきた者とでは言葉の重みに雲泥の差があった。

 「はい!」と返事をした蛙吹にならば良しとセルキーはニカっと笑う。

 

 「良し、なら飯に行くか。フロッピーの職場体験初日って事で俺が奢ってやる!」

 

 嬉しい話に純粋に喜ぶ。

 これも蛙吹の性格や熱心な姿勢が気に入られたからである。

 勿論驕りには他の仲間も含まれる為に、シリアスは少しばかり心配そうに見つめる。

 

 「良いんですか?この面子で驕りとナルトかなりしますよ」

 「男に二言はねぇ!フロッピーも気にせず楽しめよ」

 

 そういうと早速店に向かう為に車へと乗り込んでいく。

 移動中の車内では当たり前のように蛙吹の話題で盛り上がり、話題の中心となっている蛙吹も楽しそうに答えて行く。

 そんな中でセルキー達と蛙吹の共有の知人である扇動の名が出るのは当然の流れだったろう。

 

 「そういやぁ最近あえてねぇが扇動の坊主は元気にしてるか?」

 「扇動ちゃんと知り合いなのね」

 「「「扇動……ちゃん?」」」

 

 多くのプロと繋がりがある事は知っていたので、セルキーとも知り合いだったなんて軽く返したが、急に静まり返る車内に蛙吹は戸惑う。

 どうしたのだろうかと首を傾げていると車内は突然の爆笑に包まれた。

 セルキーどころか全員素の(・・)扇動を知っており、アレを“ちゃん”付けで呼んだことがツボに嵌ったらしい。

 腹を抱えて笑う者から笑い過ぎて涙を流す者まで反応は様々。

 

 「あ~、ごめんねフロッピー。けど可笑しくって」

 「全員知り合いなのね」

 「おう!丘は兎も角としても海や川など水関係でヒーローやっている奴で扇動家を知らねぇ奴はまず居ねぇよ。特に俺の所の海の男達はな!」

 「船長……ここに女子が居るんですけど?」

 「おっと、いけね。忘れてた」

 「船長!!」

 

 二人のやり取りに再びドッと笑いが起こる。

 もう!っと膨れっ面だったシリウスはため息を一つ漏らすと表情を変え、笑顔で蛙吹へと振り向いた。

 

 「でもヒーロー問わずに海関係だと知らない人はいないと思う。うちで使っている船舶だって扇動家の所に注文した船だし」

 「扇動家ってのは多くの水難(・・)ヒーローを輩出してきた家系だからな」

 「ケロッ!?それは初耳ね」

 

 驚く蛙吹に対して「あ…またか」と呆れながら口にする。

 

 「アイツ……秘密主義って訳ではないんだろうが、自分語りが下手糞なんだよなぁ。そこんとこは相変わらずか。口にしたついでに教えといてやるよ」

 「えぇ、お願いするわ」

 「扇動家ってのは昔は船頭をしていたらしくな。海や川で働いていた知識と個性(・・)も合って水難ヒーローとして活躍してたんだよ。寧ろアイツの爺さんのように丘で戦っている奴の方が少ないんじゃなかったか…」

 「私、聞いたことあるよ。確か個性発現し始めた頃に個性を使って自警団のような事を始めた人に父親入れても、扇動家の直系では五人も居ないんだって」

 「ほらな、付き合いは俺の方が長いってのに知らねぇことがあるんだ。もう少し自分語りをすべきだと思うんだよ」

 

 確かにアドバイスなどは多いけど自分自身の事を語る事は少ない。

 知らない話に目を丸くして聞いている蛙吹に、シリウスは若干声のトーンを落とす。

 

 「でも話したくないのも解るなぁ。ほら去年の……」

 「――ッ、シリウス!」

 「あ…ごめんなさい」

 

 にこやかだったというのに突然セルキーが怒鳴り声を上げた。

 声色から余計な事を言うなというのははっきりと伝わる、シリウスもしまったとばつが悪そうな顔をして俯いてしまった。

 不味い話題なのだろうと察しはしたが、逆に途中で止められたがゆえに気にはなってしまう。

 多分そうなのだろうと思ったセルキーは頭を掻く。

 

 「本人に聞かれた方が厄介か。途中まで口にされたら気になって仕方ねぇだろ。教えてやるが俺達が喋ったってのは内緒にしてくれな」

 「わ、分かったわ…」

 

 重々しい空気にゴクリと生唾を呑み、間を空けるセルキーの言葉を待つ。

 

 「一年ちょい前だったか。あの坊主が中二の時に事件があってな。当時の中三の女子生徒が卒業式に男子生徒を負傷させたってニュースを覚えてないか?」

 「…あるわ。確か犯人は捕まらなかったのよね」

 「その事件でアイツは負傷した男子生徒を助けようと応急処置や周囲へ的確な指示を飛ばしたんだ。おかげでその生徒は命にも別状はなかった」

 「それで表彰されたのだけど、私達がその事件の話をしたら“俺は救えなかった(・・・・・・)”って辛そうな顔をしたのよ」

 「救えなかった?」

 「どういう意味なのかは解らねぇ。というかあの顔を見た後では聞くに聞けねぇ。他にもアイツは平気そうな顔はしているが、色々な過去(・・・・・)を背負ってやがる。誰にでも振られたくねぇもんがある。気になるとは思うが触れないでやってくれるか?」

 「えぇ、もちろんよ」

 「…良し、重たい話はここまでだ。気分変えて飲んで食って楽しむぞ!」

 

 ちょっとばかりしんみりした空気を入れ替えるようにセルキーがテンションを変え、店に到着した車から降りたって店内へと入って行く。

 セルキーの言われた通りに学校では触れないように気を付けようと思い、今はセルキーやシリウス達と楽しい一時を過ごすのであった。

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一幕:峰田の不幸…

 

 職場体験を始めて数日。

 峰田 実は夜中だというのに悔し涙を流しながら携帯電話を手にしていた。

 

 彼が職場体験先に選んだのはMt.レディ。

 選んだ理由としてはヒーローとして…なんて事はなく、容姿の良い女性ヒーローで一週間も一緒に居れば予期せぬ出来事(ラッキースケベ)も期待できるかも知れないという不純な動機に他ならなかった…。

 しかしそこはある意味でMt.レディの方が上手であり、彼女は若手の育成の為に受け入れたのではなくちょっとした小間使い(・・・・)が居たら楽だな程度で受け入れたのである。

 ゆえにMt.レディがヴィラン事件に駆け付ける意外はソファに寝っ転がってお菓子を食べたり雑誌を読むばかり。

 よって峰田の仕事はMt.レディが食べ零した食べかすなどを掃除するか、「アレ、買って来て」と言われて買いに行かされたり…。

 こんなのただのパシリじゃあねぇか!!

 プロヒーロー事務所への職場体験の意味がない。

 勿論峰田としては本心を隠し、ヒーロー活動としてどうなんだと建前で抗議したさ。

 けれども「ヒーロー活動とは暇な時間を如何にやり過ごすかが重要」と寝転がったまま雑誌片手にポテチを食べながら告げられて話は終わってしまった…。

 

 諦めきれずに事務所の経理も熟すMt.レディのサイドキック(相棒)に抗議するも「ヒーローが活動しなくて済むというのは平和であるという証拠なんだよ」と諭すように言われてしまい、Mt.レディとは違った説得力で納得してしまいそれ以上は言えなかった。

 …ただそれだけで終わらず遠い目をしたサイドキックは「私、父親になるんだ」と家族写真を見せて来た。

 同時にデスク上の桁がおかしい被害報告書と赤字が目立つ事務所の経理書類、引き出しの隙間から覗く“遺書”と書かれた封筒と保険関係の資料。

 あの事務所、闇が深ぇ…。

 

 講義は諦めたが期待を裏切られた(邪で勝手な期待)感は大きく、電話で尾白などに愚痴を零そうとした。

 それがいけなかったのだろう。

 忙しくて携帯電話を充電する暇もなく、悔しさで泣きながら公衆電話から掛けたると途中で小銭が切れて、愚痴を零す事すら出来なかった。

 コンビニで充電器を買ってようやく充電を終えた時、上鳴からメールが届いていたのだ。

 なんでそうなったかは解らないがオイラがプロヒーローに襲い掛かった(・・・・・・)という内容だった。

 

 経緯としては泣くだけ泣いて電話が切れた峰田を心配した尾白が瀬呂や上鳴に相談したところ、話があちらこちらと流れて誤解と想像が合わさりそういう誤情報が出来上がってしまったという訳だ。

 

 しかも上鳴のメールはA組男子に一斉送信されたようで、不名誉な誤解を解くために峰田は必死になっている訳である…。

 何故こんなことになってしまったのかと涙を流しながら番号を入力する。

 一番に誤解を解くべき相手は真面目な連中。

 緑谷とか飯田とかは洒落にならん事態に発展する可能性が高い。

 特に飯田なんかは信じて自首を進めて来るかも知れない。

 

 後、扇動にも早めに連絡入れておかないと。

 万が一にもMt.レディに確認を取られた際にはなんて言われる事か…。

 頼む早く出てくれと祈りながら扇動の番号にかけるとすぐに出たのでまずは安心し、向こうが喋るよりも早く訂正を口にする。

 

 「扇動!!伝わっていると思うが真っ赤な出鱈目だからな!!信じるんじゃあねぇぞ!!」

 「……あ?いきなりなんの話だ」

 

 どうやら扇動には話が届いていなかったらしく大きく安堵する。

 事のきっかけを話し、上鳴からのメールを確認した扇動は「そうか…」と呟きため息を零した。

 

 「とりあえず了解した。俺から誤解を訂正するメールを一斉送信しといてやる。A組男子だけで良いんだな?」

 「助かる!」

 

 自分がどれだけ訂正しようと事が事だけに信じてもらえるか解らない。

 …いや、多分口では「分かった」と言ってくれても信じてない、または疑いを抱いたままの奴が多いだろう。

 その点、第三者で信頼・信用のある扇動なら安心だ。

 ただ「日頃の行いを検めろ」とは言われてしまったが…。

 

 「何があったか知らんが話ぐらいなら聞いてやるぞ」

 「良いのか?結構遅い時間だけど」

 「構わん。すでにA組どころかB組、顔見知りの受け入れ先から毎日のように電話を受けているからな」

 「マジか!?」

 「多い日は一晩で20人超えたからな」

 「結構エグイなそれ……」

 

 A組だけでも20人に加えてB組の何人かと受け入れた顔見知りのプロヒーローとなればざっと四十を超え、扇動もまさかそんなに電話が来るとは思っておらず、一人ずつ話を済ませては着信順にかけ直し、途中途中「これ担任が受ける事では?」と疑問を抱かない事もなかったが、それだけ頼りにされているという証として受け続けて今に至る。

 ちなみに峰田は気付いていないがクラス丸々という事なので爆豪も含まれており、クレームのような怒声の電話も聞いていたのである。

 

 兎に角、峰田としては愚痴を聞いて貰えるだけで気分は晴れる。

 なんだかんだと話を聞いてもらって落ち着く事は出来た。

 

 「すまねぇ、愚痴を聞いてもらって…」

 「構わねぇよ。そうだ。職場体験終わったら皆で遊びに行こう。それを糧に頑張れや」

 「扇動ぉ~、お前良い奴だな。オイラ、お前の家であんな事してたのに…」

 「………気にしてねぇよ。じゃあ、またな」

 

 そう言って扇動は電話を切った。

 いくらかスッキリしたところで明日も早いんだから寝ようとした峰田に一件のメールが届く。

 送り主は扇動 無一。

 【これを見て元気出せ】という一文と共に一枚の画像が添付されていた。

 

 もしかしてと期待を込めて画像を開く。

 だがそれは峰田が思っているような画像の類ではなく、あとで緑谷に自慢してやろう(送ってやろう)と日中に「友達に貴女と組んだと伝えたいので写真撮っても良いですか?」と許可を訪ね、二つ返事と共に肩を抱き寄せられて横並びに写っている扇動とバーニンの写真。

 それも抱き寄せられた勢いで当たっているような(・・・・・・・・・)…。

 

 「扇動の奴~~~~!!!」

 

 扇動が言っていたように峰田は元気を得た。

 それも“怒りのスーパーモード(機動武闘伝Gガンダム)”で全身が金色に輝き、髪が逆立って(ドラゴンボール)戦闘力53万の敵キャラを倒せそうなほどに…。



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ちょっとした一幕:夜食

 夕食もお風呂も済まし、働いた疲れから睡魔に誘われて眠りに落ちる…筈だったのだが、バーニンは閉じていた瞼を開けて時計を見やる。

 時刻は日付が変わる0時(24時)

 明日とてヒーロー活動を行うので疲労を癒やす事も兼ねて寝なければならないのは理解している。

 だけどどうも小腹が空いて寝辛い。

 意識を背けて布団に包まるも腹が囀る。

 寝なきゃいけないという焦りと苛立ちからため息を吐き出し、ムクリとベッドから起き上がる。

 時間が時間なだけにあまり良くはないのだが、少しばかり腹に何かを納める事にしよう。

 コンビニに行って買うのも面倒だ。

 冷蔵庫に何かあっただろうかと部屋を出る。

 

 エンデヴァー事務所には宿泊施設が完備されており、一応ながらキッチンも設けられているも、料理をする者が居るならば別だが大概は給湯室と何ら変わりない。

 使用したとしても冷蔵庫に買ったものを入れるぐらいか。

 

 ぐぐぐっと背を伸ばしながら欠伸一つを嚙み砕き、廊下を歩いていると先の方で灯りが零れていた。

 位置からしてキッチン辺りだろう。

 自分以外にも小腹を空かした者が居たんだなと覗き込む。

 すると予想に反した人物と目が合った。

 

 「良い子は寝る時間だぞ」

 「そっくりそのまま返すよ」

 

 呆れたように促す扇動にハッと鼻で嗤いながら返してやる。

 そう言えば扇動が来てからはキッチンはこいつ専用のようになっちまったんだよな。

 

 大抵のヒーローは昼食を簡単な物で済ませる。

 理由は単純にいつ呼び出しが掛かったり、事件が起こるか分かり得ないからである。

 たまにはとラーメン屋に入った矢先にヴィラン事件で駆り出されたときなんか眼も当てられない…。

 なのでナンバー2ヒーローであるエンデヴァーと言えども効率優先で菓子パンに缶コーヒーで済ませている。

 そういう事情で誰もがパンやコンビニのおにぎりなどで済ます為にキッチンを使う事が無いのだ。

 

 けど扇動は諸々の事情で焦凍を預かっている身らしく、昼食の弁当を作るために使っているのだ。

 摘まみ易いようにおにぎりメインの弁当で、初日の昼食時にはエンデヴァーと共に行動を共にしていたサイドキックがその話題で盛り上がったらしい。

 そこから話が広まって何故か扇動がサイドキックの何割(・・)かの同様の弁当を作る事に。

 大概が一つでは足りないから菓子パンorおにぎりを二つと飲み物一本を買っていたら三百円前後。

 扇動のおにぎり弁当はおにぎりと唐揚げ二つずつに卵焼き三切れ、ミニトマトと斜め切りの胡瓜が少々にお茶の入った水筒含めて200円を切る。

 量が多い上に値段が安い事に惹かれた一部が頼み込み、一人作んのも数名作るのも変わらねぇと請け負った結果だ。

 何より自分が作る手間がいらないってのが大きかったらしい。

 でその本人曰く、ここには知らないヒーローも多いから顔を売るには良いだろと苦笑いを浮かべていた。

 

 明日の弁当の内容を決めていたらしい。

 一日ずつしっかりとメニューを被らないように気を付けているらしい。

 夜中キッチンに来た事から察して口を開いた。

 

 「夜中に食うと腹に付くぞ」

 「良いんだよ。その分、動くっから」

 「道理ちゃあ道理か」

 「で、なんかある?」

 「確か、卵と…昨日の米とかはあったかな」

 「んー、コンビニ行くか」

 「適当で良いんだったら作るけど?」

 「マジで?」

 「焼き飯で良いか?具材ほぼ無しの」

 「本当にまんま“焼き飯”じゃん」

 

 何処か面倒臭そうに昨日の余りの米をレンジに突っ込み、卵一つとごま油を用意する。

 ケタケタと笑うと何かに気付いたようで、あっと小さく声を漏らす。

 

 「聞くの忘れてたけど昨日の米でも良いか?」

 「別に良いけど、なんでだ?」

 「人によっては気にすんだろ。俺としては炊き立てより数日放置した米の方が焼き飯はパラリと仕上がんだよな」

 

 保冷は出来ても乾燥はすっからなぁ…と呟きながら熱々に温めた米に卵を掛けてかき混ぜる。

 同時進行でコンロにフライパンを置いて火にかけ、目分量で多めのごま油を注ぐ。

 どう見ても焼き飯というよりは卵かけご飯を作っているようにしか見えない。

 ただ待っているのも暇なので椅子に腰かけて様子を見ていると、ぱちぱちと油が跳ね踊っては周囲にごま油の香ばしい香りを撒き散らす。

 

 「期待はすんな。手抜きなんだから」

 「急にハードル下げたな!作ってやるって言っといて自信ねぇの?」

 「目標や評価なら兎も角、期待なんてもんはハードルを下げとくにこした事はねぇからな」

 「なら期待してる」

 「言うと思ったよ」

 

 ニカリと笑みを浮かべると苦笑しながら温まったごま油に卵かけご飯を投入した。

 じゅわっと音を立てるとすぐにかき混ぜる。

 それもフライパンを振るって宙を回し、フライパンを通した熱で焼くというよりコンロの火で炙っているように。

 へぇ、と感心して声を漏らすもこちらの事など気にしていないようで、塩・胡椒を軽く振るって調理を続ける。

 最初は卵かけご飯だったのに傍から見てもぱらりと仕上がり、そこへ数滴垂らしてふわっと醤油の香りが漂った。

 

 「ほら出来たぞ」

 「早っ!!」

 「夜食に時間も手間もかけられっか」

 「すでに手間かかってんぞ」

 「…食わんのなら俺の昼飯にするぞ」

 

 大雑把に皿に盛りつけられ、レンゲと共に差し出された焼き飯を受け取る。

 湯気に混じってごま油と薄っすらと醤油の香りが鼻孔を擽る。

 有言実行したように卵意外は肉や野菜など具材が入っていない焼き飯だが、匂いだけでも美味そうだ。

 

 「それじゃあまぁ、頂きます」

 「召し上がれ」

 

 レンゲですくうと早速パクリと頬張る。

 本当に思っていた以上に美味かった。

 パラリとしてあるのに多めのごま油でしっとりした食感。

 程よい塩気と卵の味わい、それにここでもごま油が仕事をしており、仕上がりとしては中華風の味わいが強い。

 焼き飯というよりはチャーハンだ。

 

 「うめぇなこのチャーハン!」

 「焼き飯つったけど実際黄金チャーハンだからな。よくレシピとか見んだろ?」

 「料理番組とかたまにしか見ねぇな」

 「要は卵かけご飯で焼き飯作るんだよ。卵は火を通すとすぐ固まんだろ?米に絡ましとけば炊き立てでもそれなりにぱらりと仕上がるからな」

 

 へぇ、と生返事を返すと扇動は背を向けてフライパンなどの洗い物を済ませ始める。

 良く解からないが手軽で美味いのだけは解かった。

 それと解ってはいたが扇動が口は悪いが面倒見が良いのもだ。

 

 「お前、卒業したらエンデヴァーの事務所に来ないか?」

 「却下」

 「即答だな」

 

 カカカッと朗らかに笑いパクリと頬張る。

 確証があった訳ではなく何となくの勘だが断られるような気はしてた。

 だから断られても別に問う事もせずにチャーハンを口にする。

 せっかくの出来立てなのだから冷めたら勿体ない。

 掻き込むように食い切ると気になっていた小腹は成りを潜めていた。

 

 「あー、ご馳走さん」

 「お粗末様」

 

 ぶっきらぼうにそう返した扇動は一杯のお茶を差し出した。

 手に取ると熱いのではなく温か。

 ゴクリと飲むとじんわりと身体を温める。

 腹も満たされ身体がほんのりと温められた事で逆に眠気が沸き起こって来た。

 

 「生意気だな。早く寝ろってか」

 「言ったろ。良い子は寝る時間だってな」 

 「おかわりはねぇのか?」

 「さっきの焼き飯は油少しばかり多めだし、味付けだってシンプルだ。二杯目以降はすぐに飽きが来るんだよ。ビールと一緒でいっぱい目が美味ぇんだからよ」

 「ビール飲んだ事あんのかよ未成年」

 「………秘密だ」

 「飲んだ奴の反応じゃねぇか!」

 

 頬を掻きながら悩んだものの、答えが出ずに適当に流そうとした事に心底笑ってしまった。

 面白れぇ奴だこいつは。

 腹抱えて笑っているとクソ面倒臭えと言った面で、廊下の方を見つめ出したので釣られて振り返ると見知った二人の姿が。

 

 「そんなに邪険そうにしないで欲しいな」

 「というかそっちが悪い。部屋まで美味しそうな匂い漂わせやがって」

 

 顔を包帯を巻いて隠している“キドウ”と二本角付きの額当てをしている“オニマー”。

 どちらもエンデヴァーのサイドキック(炎のサイドキッカーズ)の中でも別格の腕利き 

 そんな二人は同じく席に着いて扇動へと視線を向ける。

 言葉にせずとも言わんとしている事を察して扇動は深いため息をついた。

 

 「出来ればあと少し早く来てほしかったな。洗い物が二度手間になった」

 「あと少し遅くは正解だろ。手間が省けたろ」

 「明日色々言われて結局手間が増えそう」

 「そりゃあそうか」

 

 最悪話を聞いた奴が明日の深夜に夜食を頼むかも知れない。

 “口止め料”と考えれば安いもんだと悪態をつきながら扇動はさっさと焼き飯を作り始め、満足したバーニンは「じゃあ良い子は寝るよ」と軽口を叩いて戻っていった。

 今日は良く眠れそうだ…。

 ニンマリと笑いながら自室のベッドに寝っ転がるのであった。



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第43話 流拳と爆豪

 扇動 流拳は異色のヒーローである。

 先代の扇動家当主の嫡男として生まれ、将来はヒーローではなく会社の跡取りとして期待されて教育を施された。

 中学校までの学園生活で度々問題は起こしたものの、苛めや喧嘩を自ら率先して仲裁した際に、相手を無力化すべく組み伏せるなどの行為ばかりで、扇動家としてはさして(・・・)問題に捉える事もなかった。

 だが、風向きが変わったのは中学三年生となり、受験する高校を決めてからの事である。

 

 私立の高校を受験して大学へ進むものとばかり思っていた周囲の考えに反して、雄英高校ヒーロー科への受験を申し出たのだ。

 経営者として育てていただけに反対は受けるも、頑固な程に強い意思と副業として下積みから働くとの条件で了承され、雄英高校の受験を見事に合格。

 元々幼い頃より扇動流を叩き込まれていたのと、武術の才能もあってか在学中に個性の扱い方を覚えてかなりの好成績で卒業。

 社会人として働きながらヒーロー活動を行う。

 二足の草鞋で大変な日々ながらもそれらを流拳は熟して行った。

 通勤時だけでなく昼休みは片手で済ませれる昼食を口にしながら、退勤後は夜遅くまでヒーロー活動に勤しんだ。

 出張や取引先への面会に出向く際にでも隙あらば行うのだから周囲の者は倒れないかと心配する程に…。

 唯一休めるであろう休日すらも潰し、時には県外まで出向いてヴィラン退治を行う始末。

 

 献身的な流拳の活動によって彼の行動範囲でのヴィラン事件は幾らか減少し、実力と活躍から注目を集めると先代より引き継いだ人脈以外にもヒーロー方面にも多くの繋がりを得る事が出来た。

 こうしてヒーローとしても経営者としても大きく活動するようになった流拳は、歳に寄る衰えやオールマイトの出現で活躍の低下や知名度は陰りを見せ、以前はトップテン入りしていたヒーロービルドチャートの順位は大きく後退した。

 七年前(・・・)ぐらいからは構えていなかった事務所に腰を置き、地域に密着するヒーローとして活動方針を転換。

 周辺で問題視されていた者を更生させたり、プロヒーローである事を活かして学校の相談役を務める。

 他にも更生させた者らに仕事の斡旋なども行い、その為に警備会社を設立したりもした。

 そして約四年前(・・・)からは広大な本家敷地内に託児所を設けたりと子育てなどの事業を行うようになる。

 

 活躍していた時期を知る者から見れば大分丸くなったように感じられるが彼の本質は変わってはいない。

 そもそも彼は“困っている人には手を差し伸べる”と言った一般的なヒーロー像は持ち合わせておらず、“強い相手と戦いたい”という理由でヒーローになったバトルジャンキー。

 周りから見れば献身的な活動も彼にとっては趣味の範疇。

 寧ろヴィラン退治こそストレス解消の一端を担っていたかもしれない。

 

 例え歳を取って多少丸くなったとしてもその本質は今も尚健在。

 その証明として少し手を合わせただけで“ヒーロー殺し”のステインが贋者(・・)と断定したのだから。

 ゆえに職場体験先として訪れた爆豪は、その本性の一部に晒される事になってしまった訳だ。

 

 「血気盛んで羨ましい事じゃわい」

 「―――ッ、クソが!!!」

 「ほれ、動きが鈍ってきておるぞ」

 

 大量の汗を流しながら、肩を大きく揺らして荒く呼吸を繰り返す爆豪は、眼前でにこやかにしている流拳に睨みを利かす。

 受け入れ先である事務所の最寄り駅までは担任同伴で、そこから先は送られていた地図を頼りに流拳の事務所兼扇動家本家に訪れた爆豪は、門前で出会った流拳に招かれるまま敷居内に足を踏み入れずと、そのまま道場へと案内されたのだ。

 「孫から鍛えてやってくれと言われておるからの。まずはお前さんの実力を知らねばな」と言うとひと試合設けられ今に至る。

 

 扇動家本家敷居内には道場が二つ存在して一つは扇動流の道場であり、二つ目の道場は流拳本人やサイドキックの面々が鍛錬目的に個性使用可能な道場。

 ゆえに爆豪は全力を持って挑み、それらすべては軽くあしらわれ続けられては手痛い一撃を返される。

  

 

 扇動 流拳。

 個性“ベクトル操作”。

 自身と接触するモノ(・・)の力の向きの変更やぶつかり合った際に力の()を加減する事が可能!

 ただし、完全な反射は不可能だ!!

 ※プレゼント・マイク風の解説

 

 

 爆破を浴びせようとすれば払うように腕を振るえば流され、距離を取れば個性を応用した人間離れした動きで近づかれ、近接戦では扇動流で圧倒的に不利な上に、攻撃されれば反動を引いてからその分を衝撃に足して軽い攻撃でも大ダメージを負わされる。

 実力や経験どころか相性すら最悪な相手…。

 一応手加減しているのか動きに可笑しな点は見られるが、手を抜く事は一切ない。

 

 「どうした?目が追い付いておらぬぞ?」

 「うるせぇんだよクソジジイがッ!!」 

 

 近づいて来た流拳が一瞬で視界から消えたかと思えば背後より声がした。

 個性ではない。

 これは流拳が習得し、長年を掛けて昇華させた技術の一つ。

 何とか反応して爆破で吹き飛ばそうと手を向けるも、すでにそこに流拳は居らずに首根っこを掴まれたかと思えば地面に叩きつけられ転がされる。

 すでにボロボロの身体を無理をしてでも立ち上がらせようとしている矢先、一息ついた流拳が待ったをかける。

 

 「とりあえずここまでじゃな」

 「っざけんな!俺はまだやれる!!」

 「…じゃろうな。儂個人としてはお前さんとの手合わせを続けても良いんじゃが、一応職場体験という名目で来とるからな。それらしい(・・・・・)活動せねばならんだろう」

 

 忌々しそうに睨まれる流拳は軽く流しながらサイドキックの面々を呼び集める。

 同時にタオルにスポーツ飲料、梅干を持ってこさせる。

 

 「少し休憩をしたらパトロール行くぞ」

 「――チッ…」

 「ついでに“セキ”の散歩にも行きたいしの」

 「あ゛ぁ?」

 

 サイドキックより渡されたタオルで顔の汗を拭い、スポーツ飲料で喉を潤わせると入り口辺りで待ち構えているブルドック(セキ)と目が合う。

 そういえばと敷地内に入ってやたら犬猫を見るなと気にも留めていなかったが、飼っているのかと思いつつ梅干を口に放り込み、年単位で熟成された梅干しの強烈な酸味に驚き、残っていたスポーツ飲料で種を残して飲み込んだ。

 

 表情こそ不満げな爆豪であったが、初日であるがすでに気に入っている(・・・・・・・)

 本来の職場体験であるならばパトロールや口頭による先達の教えばかりで、望んでいるような自分をもっと高く、強くするような事柄には恵まれない。

 寧ろプロヒーローによっては学生だからと危険から遠ざける者も居るかも知れない。

 

 パトロールに出た爆豪は忙しかった。

 セキをサイドキックの一人に任せた流拳は持ち前の運動能力と個性で高く速く跳び回り(・・・・)、爆豪が気付くよりも先に現場に駆けつけては事件を解決している。

 その度に動きの無駄を指摘され、アドバイスと言う名の指導を受ける。

 事件の後始末はサイドキックが行うのでついて行くばかりなのだが追い付けない。

 これが今の自分との差かと噛み締めながらパトロールを終えると昼食となり、初日と言う事で敷地内を案内される。

 雄英高校程ではないが広大な敷地内には道場以外にヒーロー事務所に本宅、離れや主に寝所として使われている宿泊所、それに託児所などがあり、全部見て回るには時間が掛かるので必要な施設のみとなった。

 

 案内が終われば早速再戦を口にすればノリノリで受け入れられ、道場で倒れ込むまで手合わせを行う。

 17時までは組手や鍛錬にパトロールなどを繰り返し、虫の息にまで追い込まれるも肉体の限界は超えないように見極められ、身体を動かした後の個性使用のマッサージが行われる。

 勝てない事に対して苛立ちや怒りが募っていくが、だからこそ自分の糧になると嫌でも認識して獰猛な笑みを零す。

 

 17時になれば学生の職場体験なので終了なのだが、せっかくだから受けてみないかと扇動流を体験させて貰う事に。

 時間が時間だけに学校帰りや会社帰りの門下生が訪れ始めるので、それに紛れて基礎から叩き込まれる。

 

 鍛えるには充実した一日で夕食を口にする頃にはクタクタであった。

 夕食を済ませてゆっくりと湯船で汗や疲れを落とし、後は寝所で寝るだけだった爆豪を流拳は呼び止めた。

 

 「ちょっと面貸してくれや」

 「まだやんのか?」

 「あぁ…すまん。言葉遣いが悪かったな。少し話があるから付き合ってくれるか?」

 

 そう言って連れていかれたのは道場ではなく、本宅である屋敷―――それも仏間へと通された。

 仏壇の前で座った流拳から視界に入った遺影に視線を移す。

 何処か見覚えのある二人に記憶を呼び覚まし、小三までの学校行事などで見たなと思い出した。

 ――、扇動 無一の両親…。

 その両親の写真が飾られている…。

 

 「…亡くなったんだったな」

 「あぁ、ヴィランに殺されてしもうた。儂は長年ヒーローを務めてきたがヴィランの倒し方は知っておっても、人の助け方や守り方なぞ分からなんだ…」

 

 噛み締めるように口にしながら写真を申し訳なさそうに見上げる。

 

 「元々喧嘩が好きでヒーローになったんじゃ。喧嘩(ヴィラン退治)出来て金がもらえるどころか賞賛されるなんて天職と思ってな。ヒーローになってからは仕事しながら好きに暴れ回ったもんじゃ」

 

 遠い目をしながら思い出を語り出した流拳。

 なんの話だと一蹴する事無く、爆豪は流拳が纏った雰囲気もあって黙って聞き続ける。

 

 「天狗(調子に乗る)になっとったんじゃろうな若かりし儂は。だから下積みから上へと移動させられても好きなように振舞い、家庭を持ってからもその生き方は変えなんだ。同時に妻や子供達にも同じように振舞った。儂が好きにしとるんだからお前らも好きにしろと。今では間違いだと思っとるがな」

 「だろうな」

 

 自主性を大切にする―――と言う訳ではない。

 放置・放任の類の発言。

 その先に行きつく結果は何となく察しがついた。

 実際流拳の子らは好き勝手する者に育ち、家族とは言え絆を紡げるような者は一人を除いていなくなってしまった。

 今では自分の利益の為には兄弟であろうが親であろうが謀る者ばかり。

 

 「あの子だけは違った。他人を気を払える良い子に育った。本当に儂にとっては過ぎた子じゃったよ」

 

 乾いた笑みを浮かべ見上げていた流拳は、爆豪へと顔を向ける。

 後悔と強いナニカを感じる瞳を向けられ、姿勢を正す事はしなかったが真正面からその瞳を受ける。

 

 「儂はな。あの子らが亡くなってから初めて逃げたんじゃ。強大なヴィランでも我が子を失った事実からでも無く幼い孫から…。独りぼっちになってしもうたあの子を見た時にわしゃ怖くて仕方なかった。

  これまでやって来た事、それまでしてこなかった事を叩きつけられ、全てを否定されたようで怖く、儂はあの子を遠ざけるように関わろうとはせなんだ。

  そのせいであの子は親戚中をたらい回しにされ、酷い扱いを受ける事になってしもうた…。

  儂はな。儂のようなヒーローは自身にとっても周りにとっても不幸を招くだけだと思って居る」

 「―――あの託児所は贖罪のつもりか?」

 「…聞いてた通り聡い子じゃの」

 

 我が子や無一に対して出来なかった事への贖罪…。

 少しでも子供が楽しくすくすくと育ち、同じような事がないように…。

 

 「拳を交えて思った。お前さんは儂に似たタイプなのではないかと…。頼む、頼むから儂のようにはなるなよ」

 

 真剣な趣で口にした流拳に対し、爆豪はくだらねぇと一蹴した。

 

 「ったりめぇだろうが!俺が目指すのはオールマイトを超える圧倒的なヒーロー(・・・・)だ!!アンタみたいな強さだけの半端なヒーローに誰がなるかっ!!」

 

 罵り混じりの言葉に流拳は喜ばしく笑う。

 話はこれで終いだなとふすまを開けて、貸し出された寝所に向かおうとしたが、足を止めてちらりとだけ振り返る。

 

 「俺はもっと強くなる。アンタもアイツ(無一)も俺の踏み台だ。いつまでもしみったれてんじゃあねぇぞ!………それにアイツは恨んじゃあいねぇ。寧ろ……チッ」

 

 続きを口にしようとしていた所で噤む。

 なんで俺がそこまで面倒を見なきゃいけねぇんだと苛立ち混じりの考えが過って小さく鼻を鳴らす。

 それでも察した流拳は口は悪いが良い子じゃのと頭を撫でて本気で迷惑がられた。

 

 「頭撫でんなクソがッ!!」

 「儂がウジウジしとったらお前さんには迷惑じゃな。一週間と言う短い期間を無駄には出来ん。もうひと試合やるか?」

 「時間と歳を考えろやクソジジイ!!」

 

 などと喚きつつも二人は獰猛な笑みを漏らしつつ、道場に向かって行くのであった。

 

 

 

 

 

 

 ●ちょっとした一幕:扇動家の動物事情

 

 扇動家では数匹の犬猫と共に生活を送っている。

 それらは引っ越しなどの都合(・・・・・)により面倒が見れなくなり、仕事内容には無いが“ヒーローなのだから…”と頼まれ預かった子たちだ。

 

 「ンだよアレは!!!」

 

 二日目は早朝からトレーニングを行うとの事で、朝早くからけたたましいアラームで叩き起こされ、身支度を済ませてストレッチやランニングなどの軽めの運動を行う。

 その後、朝食を摂っていた最中に爆豪が流拳に怒鳴り声を挙げた。

 一緒に朝食を摂っていたサイドキックや事務員の多くは流拳によって更生させられた者達で口の悪さには慣れている。

 しかしながら更生時はここで共同生活を送って仕事の斡旋等世話になり、流拳に恩義や親しみを抱いている者達ばかりの為に爆豪の態度にムッとする。が、訪れて日が浅い事からアレだな(・・・・)と当たりをつけて口に出す事は無かった。

 ただ気になったのはどちらか(・・・・)、と言う事。

 

 「はて、何のことかの?」

 「とぼけんな!あの猫と犬の事だよ!!」

  (((…どっちもか)))

 

 突然の怒声を気にも止めずに首を傾げる様に、余計爆豪は怪訝な顔をして怒鳴りながら続け、当人達を除く全員が想いを同じにして憐れみ混じりのため息をつく。

 昨夜、話し終えた爆豪は貸し出された寝所で寝ようと押し入れから布団を出そうとした際に、奥で怪しく光るナニカ(・・・)を目撃した。

 暗がりの先で爛々と輝く二つの眼。

 なんだ?と睨みを利かせながら凝視してみれば、その姿は鮮明に映り出す。

 

 ――猫だ。

 シルエットから猫っぽいとは思ってはいたが、その姿に戸惑いと驚きを禁じ得なかった。

 ……全身の毛が無かったのだ…。

 まるで全身の毛を根こそぎ奪ったかのような細身の猫。

 

 別に毛を刈り取った訳ではない。

 薄い産毛ぐらいしか生えていない無毛猫(・・・)として知られる“スフィンクス”という猫種である。

 

 さすがに知らなかった上にまさか押し入れで遭遇するなど想定出来る筈もなく、驚きの余りに叫ぶことはなかったが「おっ!?」と声を漏らしてしまった…。

 

 次はとりあえず猫を放置したまま布団出して、さぁ寝るぞと布団に入って寝かけていた時の事。

 ふと、窓の外から視線を感じてのそりと振り返れば、身長1メートルぐらいはあるだろうドーベルマンが吠えるでも唸るでもなく、ただただジッと覗き込むように見つめていたのだ。

 これもまた驚きの声を漏らすも、ドーベルマンはなんら反応も見せずに数分間見つめた末に足音も無く去っていった。

 

 扇動家で暮らした事のある誰もが通った洗礼を二つ続けて受けたんだなと懐かしさが込み上げる。

 

 「あー…“タマ(スフィンクス)”と“五郎丸(ドーベルマン)”の事かな」

 「タマって面かアレが!!」

 

 失礼ながらそれは誰もが思っていた。

 前もって説明を受けた者は名前を聞いて三毛猫などを勝手に想像して、突然の出会いに悲鳴を上げた事は少なくあらず…。

 

 ちなみに扇動家で暮らしている動物達は大概名前を二つ持っている。

 仲の良い祖父と孫であるも名前のセンスは異なっており、流拳は和名を好む傾向があるが無一はそうではない。

 例を挙げるならオスの三毛猫に名前を付ける際に無一は“ホームズ”と名付けるも、流拳はその場では否定しないが“ミケ(三毛)”と呼んでいる。

 同様に流拳が名付けたタマ(スフィンクス)は“ルナ”と無一は呼んでいるようだ。

 ちなみに爆豪を驚かせたドーベルマンの“五郎丸”は無一命名ながら、まんま和名なので統一されていたりする…。

 

 「そう言えば紹介しとらんかったの」

 「あんなのが居るなら居るって言っとけや!」

 「なら朝食後に紹介してやろう」

 「まだ居んのか?」

 「居るよ。元気なのが」

 

 そう言うとさっさと食べ始め、爆豪も素早く朝食を片す。

 食べ終えて向かった先は敷地の最奥。

 大きめの公園程のスペースが柵で囲まれていた。

 中には茂みや犬用遊具が並んでいて、端っこを陣取るようにポチや五郎丸が眠たそうに転がっていた。

 「飯じゃよ」と二匹の器に餌を入れた流拳は食べるのを確認してから柵で囲まれた中心地より周囲を見渡す。

 奥の茂みでガサゴソと何かが動き、爆豪は目を凝らす。

 

 「タロウ(太郎)ジロー(次郎)。ご飯じゃぞ」

 

 この一言をきっかけに茂みから一頭の犬が跳び出して来た。

 闘犬や番犬、闘熊犬として活躍したブル・アンド・テリアを原種に持ち、賢さと力強さに俊敏性を持ち合わせる犬種“ブル・テリア”――流拳命名“タロウ(太郎)

 駆け寄って来たタロウに流拳は微笑で応える。

 

 「お前らはいつまで経っても元気じゃの。この甘えん坊共め」

 「…甘えん坊?」

 

 言われてみればそうなのかも知れない。

 構って欲しいと言わんばかりにはしゃいでいるようにも見えるが、犬歯剥き出しで襲い掛かっているようにも見えてしまう。

 流拳曰く、この程度はじゃれ合い(・・・・・・・・・・)らしい。

 どうも預けられた当初よりこうだったらしく、爆豪はどういう経緯で預けられたかを察してなんとも言えない顔をする。

 ぼんやりと柵外より眺めていた爆豪だが、急に陰に覆われた事に気付く。

 曇って来たかと見上げると、自分目掛けて跳びかかる大型犬の姿が…。

 

 タロウとジローの二頭とじゃれ合っていた流拳はドスンという鈍い音で柵外へと視線を向けると、オールド・イングリッシュ・シープドッグの“ジロー(次郎)”に圧し掛かられている爆豪の姿があった。

 相手が犬である事から個性を使わず藻掻いているようだが大型犬を退かせるほどではなく、流拳は助ける事もせずに物珍しそうに覗き込むばかり。

 

 「退けッ、このクソ犬!!」

 「こりゃあ珍しいの」

 「何がっ!?」

 「ジローは面食いな上に好みが激しくてな。そこまで懐かれたのはお前さんが初めてじゃな。良かったの」

 「良くねぇ!早く退け!!重てぇクソが!!!」

 

 散々怒鳴りつけても「わふ?」と鳴くばかりで動く気配すら無い。

 終いには気に入られたのか顔を舐め回され、爆豪の怒声が響き渡るのであった…。




●扇動家で過ごして居る動物達(一部)
・ブルドック
 無一命名/セキ【北斗の拳】
 ※統一

・スフィンクス
 流拳命名/タマ
 無一命名/ルナ【キューティクル探偵因幡】

・ドーベルマン
 無一命名/五郎丸【ヤンキーショタとオタクおねえさん】
 ※統一

・三毛猫 
 流拳命名/ミケ
 無一命名/ホームズ【三毛猫ホームズ】

・ブル・テリア
 流拳命名/タロウ
 無一命名/バウ【平成イヌ物語バウ】

・オールド・イングリッシュ・シープドッグ
 流拳命名/ジロウ
 無一命名/シャドウ【王室教師ハイネ】


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第44話 進歩する者に動き出す者ら

 グラントリノという老齢のヒーローが居る。

 ヒーロー免許を持ち、事務所を構えてはいるが積極的にヒーロー活動をしている訳ではなく、実力は兎も角活躍はほとんどしていないので認知度はかなり低い。

 けれどそんな彼が居たからこそ今の平和な日常が築かれたと言っても過言ではないだろう。

 何故なら彼こそ先代ワン・フォー・オール継承者よりオールマイトを鍛えて欲しいと直々に要請を受けたヒーロー。

 雄英学生時代のオールマイトを鍛えに鍛えぬいて、きつく厳しい鍛錬をつけられたオールマイトは今でも頭が上がらない。

 恩師という意味でも鍛錬の内容がトラウマになっている意味でも……だ。

 そのグラントリノの事務所にオールマイトよりワン・フォー・オールを継承した緑谷 出久は職場体験先として訪れていた。

 

 体育祭で途中までは良かったが、超パワーにより肉体が持たずに自損してしまうのを見られ、危うい事から指名票が一票しかなかった。

 最初こそその一票を入れた扇動 流拳の下でお世話になろうと思ったのだけど、爆豪が行くと言う話を聞いては最悪…というか絶対相手方に迷惑が掛かってしまう。

 学校側が用意してくれた先で検討していた矢先、オールマイトからの呼び出しがあったのだ。

 内容は締め切りギリギリにグラントリノが指名を入れてくれた事。

 説明でオールマイトを鍛えたヒーローと聞けば行くべきだろうと思うが、指名を入れた理由が「私の指導不足を憂いての事か、それとも…」とがくがくと足を震わせるオールマイトを見て不安に駆られる。

 さらに鍛える事に関しては「俺みたいに優しくないから気をつけるんだな」と追い打ちをかけるのだから余計にだ。

 ちなみに十分扇動のも厳しいと思っていた為に、「冗談…だよね」と返したらデコピンをいっぱつ喰らわされてしまった…。

 

 初日は驚きの連続だった。

 尋ねてみれば転倒してケチャップと連なったウィンナーをぶちまけて、あたかも内臓が零れたかのように倒れ込んでいたり、「誰だ君は?」と何度か口にした事から年齢から来るものなのかと疑うも、小手調べと手合わせを行わされたら手も足も出ない程に惨敗…。

 トーナメントで戦った轟 焦凍も強かったが、ここまで何も出来ないほどではなかった。

 老齢でこれなのだからオールマイトを鍛えていた頃はもっと凄かったのだろうと容易に想像がつく。

 加えて本日は偶然なのか故意なのかワン・フォー・オールの使い方のヒントを頂いた。

 グラントリノから冷凍されていたたい焼きの解答温めを頼まれ、電子レンジに対して大きめの皿に乗せてしまった為に回らず、一部しか温まらなく解凍に至らなかった。

 それをきっかけに一部(腕や脚)にワン・フォー・オールを込めるのではなく、万遍なく全身に伝える(巡らす)感覚で随時発動させておく―――“ワン・フォー・オール フルカウル”へと気付かされた。

 

 全身に巡らせている様子を見ていたグラントリノはニヤリと好戦的な笑みを浮かべる。

 

 「その状態で動けるか?」

 「――ッ、なんとか」

 「なら試してみるか?」

 「お願いします!!」

 「そうだなぁ…三分だ。三分以内に俺に一発でも入れてみな!!」

 

 グラントリノはカチリと時計のタイマーを押した瞬間飛んだ(・・・)

 個性は足の裏の噴出口より空気を噴射する事で、空中を自由自在に動き回れる“ジェット”。

 機動力に加速を加えた蹴りの高い攻撃力。

 衰えてもなお第一線で活躍するプロに引けを取る事はない………どころか並みのプロ以上の実力を有している。

 

 眼で追うのも難しいぐらい空中を跳ね回り(・・・・)、容易に背後を取られるも初日のようにやられる気もないし、今はフルカウルが何処まで通用するかを試したい気持ちでいっぱいだ。

 

 しかしそう易々と上手くいくことはない。

 身体を張り巡らしながら戦うというのは慣れていない緑谷にとって非常に困難なもの。

 必死に巡らす事に集中しながら反撃よりも回避に専念する。

 背後から、頭上から、視界の隅から、真正面から、フェイントを入れて、速度と技術を合わせて仕掛けて来る。

 それを視えずとも察しながら(・・・・・・・・・・)何とか避けようとするも、完全に全てを躱し切る事は出来なかった…。

 一撃を貰えばフルカウルが解けてしまう。

 

 「おいおい、それじゃあ初日と何も変わらねぇぞ。それでは救えるもんも救えねぇぜ!平和の象徴と謳われる人間はこんな壁、軽々超えて行くぞ!!」

 

 どうする、どうすると思考を巡らしながら死角から迫るグラントリノを察して(・・・)、拳を振るうも急旋回して避けられた上に反撃を受けてしまう。

 纏うにしても状況を打破するには多少でも時間がいる。

 周囲に感覚を張り巡らしてソファがある位置へと滑り込む。

 

 ソファの下へと潜り込んだところで完全に観られ、グラントリノの蹴りはコンクリオートでさえ砕く威力を持ち、ソファ一つ軽々と破壊する事は可能。

 時間を稼ぐにしても盾にするにしても意味はない。

 そう考えながらグラントリノは迫る。

 

 「――ッ、狙ったか小僧!」

 

 突如としてソファが跳ね上がった。

 グラントリノが指摘した通り、緑谷は狙っていた。

 迫るタイミングを狙ってソファを吹っ飛ばした事で動きを遮られ、否応なしに隙を作られてしまった。

 

 僅かでも時間を稼いだ緑谷はワン・フォー・オールを巡らせ跳び上がると同時に殴る掛る。

 けれどもジェットの個性で避け切り、空中では移動できない緑谷は背後をとられたところで動けない。

 着地を狙って迫るグラントリノ。

 対して緑谷は振り返ることなく位置を察して跳ねる(・・・・・・)

 

 地面から壁へ、壁から天井へと跳ねてグラントリノのような動きを見せた。

 初日と比べて進歩を遂げた動きに目を見張って驚くと同時に酷く喜ぶ。

 けれど易々と攻撃を受ける気はなく、ジェットを吹かして僅かながら避けて躱し、方向転換をすると着地する前の緑谷に一撃を浴びせてグラントリノは時計を確認する。

 

 「三分経ったな」

 「クソォ………」

 

 悪態を吐くもすぐに問題点を洗い出して改善点をぶつぶつ唱え始めていた。

 そんな緑谷を満足そうに笑いながら見つめる。

 初日からオールマイトへの憧れなどが足枷になっていたが、中々に柔軟な思考能力を持っていた事は評価していた。

 ここに来てヒヤっとするほど実感させられるとは思わなかったが…。

 

 最後の一撃の時、グラントリノは本気で避けた。

 結果は完全には避け切れずに緑谷の一撃は頬を掠めていた。

 俊典め、良いのを見つけたじゃねぇかとニカリと笑う。

 

 「中々やるじゃあねぇか」

 「あ、ありがとうございます」

 「初日も思っていたがお前さん。視んでも感じ取っているだろう」

 「は、はい!むーくん……扇動君に鍛えて貰って……」

 

 体育祭までのトレーニングで使っていたゴーグルは、視界を狭める事で見えない所に対して感覚が研ぎ澄まされるのを利用しての周りへの感知能力の向上。

 騎馬戦でゴーグルが外れた際に実感して驚いたが、なるほどこれは凄いと感心しながら使っていた。

 

 振り向きもせずに避けようとしたり、死角から迫ったのに攻撃しようとしたり、先読みでもされているかの行動にグラントリノは疑問を持っていたが、これでスッキリする事が出来た。

 だが、思う所がない訳でもない。

 

 「どれくらい見えとるんだ?」

 「だいたいこの辺りかな…っていうぐらい……ですかね」

 「ったく、あの小僧は面倒を見るのは良いが見通しが甘い!」

 

 まったくと言わんばかりのグラントリノを緑谷はどういう事だろうと眺める。

 これは単に考え方の違いである。

 周囲を見ずに感知出来る技術は個性の有無に関係なく大なり小なり体得出来るだろう。

 しかしヒーローに求められるレベルとなると長い時間を要する。

 プロになった後では時間が無く、視界を狭めるというヴィラン事件の現場などではデメリットとなる事は控えた方が良い。

 …となると鍛えるなら学生の時分。

 現状ヴィラン連合という新たな脅威が現れた事で、ヴィラン事件の活性化も予想される。

 平和の象徴たるオールマイトがいつまでも現役を続けられるか定かではなく、ならばワン・フォー・オール継承者である緑谷の強化は急ピッチで行われなければならない。

 オールマイトから扇動にワン・フォー・オールの事を話した(聞き出された)と聞いているグラントリノは、“なんとなく”程度で止めるなら扇動の怠慢とも捉えている。

 

 だが、扇動としては緑谷危険を冒してまで急造(・・)の英雄を作る気も、誰も彼も救おうとする気概は兎も角社会の平和を一人で担うシステム(オールマイト)大慌てで用意する気もなかった。

 

 扇動が目指すは個体の強さだけで成り立つのではなく、個々の強さを求めつつ群体としてのシステム。

 緑谷の英雄に成りたいという想いに応えると同時に自信の想い(・・)もあって手助けを行っているが、オールマイトが引退するとしても未来のヒーローで穴埋めするのではなく、現在のヒーローが行うべきと考えている。

 まだ学生として習う事も鍛える事も多く、ゴーグルなど先駆けでさせたのはあくまで体育祭などで少しでも技術を得させる為。

 なので体育祭が過ぎてからはゴーグルを用いた感覚の鍛錬は行っていない。

 

 扇動とグラントリノの事を語った事から、知り合いである事は解り切っている。

 ならばプロと組手を幾つもして来たであろう扇動はグラントリノともしたのだろうかと疑問が浮かぶ。

 

 「あの……グラントリノは……む、扇動君とは戦った事はあるんですか?」

 「あぁ、迷惑なことにな………」

 「扇動君は…勝ったりとかは……」

 

 失礼ながらも気になり、ゴクリと生唾を呑みながらそこまでで口を紡ぐ。

 何処か不機嫌そうにグラントリノはそっぽを向きながら答えた。

 

 「何度か負けたよ…」

 

 その言葉に目を輝かせた。

 やっぱり扇動は凄いと感じ入るが、グラントリノは思い出してため息を零す。

 確かに扇動はグラントリノに勝った事がある。

 その勝利の中には回避と防御に徹してグラントリノのスタミナ切れと、ジェットの個性に寄る衝撃に老体が耐えれずに腰や関節に起こる不調を狙っての持久戦があり、あの後は体中が痛くて一週間は安静にしていた…。

 

 忌々しい事を思い出して肩を落とすも、すぐに考えを切り替える。

 

 「慣らす為にガンガンやるぞ!」

 「はい!宜しくお願いします!!」

 「………その前に朝飯食うか」

 「あっ、そう…ですね」

 

 やる気満々だった緑谷だけど言われて空腹に気付いてグラントリノの言う通り朝食を摂る事にする。

 この時緑谷は知る由もなかった。

 グラントリノに寄る“慣らし”と称した組手は休憩や睡眠を挟みながらも、翌日(職場体験三日目)の夕刻までぼこぼこになるまでみっちり行われる事。

 同時に次の段階としてヴィラン退治の為に人口密度の高い渋谷まで出かけ、その途中横切る保須市で大事件が起きるとは……。

 

 

 

 

 

 

 ……苛立たしい…。

 

 死柄木 弔は最近苛立つことが多い。

 先生(・・)と出会った頃にもむかむかと苛立たしい事は度々あったが、雄英高校襲撃事件はここ近年では一番大きかった。

 

 平和の象徴“オールマイト”の殺害。

 それを目標にチンピラヴィランを集めて、先生より対オールマイト用の脳無を与えられた。

 世間ではヴィラン連合の襲撃は成功したと言われている。

 雄英高校を襲撃したという前例無き事態だというのに、プロヒーロー二名を戦闘不能に追いやるほど負傷させ、オールマイトにもかなりのダメージを与えた。

 ヒーロー育成機関の名門中の名門である雄英高校にかなり深い傷を残した。

 

 ――だが、それは世間や報道による評価であり、襲撃者である当事者たる彼にしたら失敗以外の何でもない。

 

 雄英高校に侵入して仕掛けた上に逃げ切った。

 教師二名に大怪我を負わせた。

 オールマイトを負傷させた。

 今まで築き上げられ来た雄英高校の信頼や信用に泥を塗りたくってやった。

 

 それが何だというのだ?

 オールマイトは殺せていないばかりか、入学したてのガキに阻まれ、誰一人殺す事も出来なかった。

 集めたチンピラヴィランがどうなろうと知った事ではなかったが、切り札だった脳無はオールマイトに敗れてヒーロー側に回収され、自身に至っては撤退出来たが弾丸を両脚両腕に叩き込まれて負傷。

 先生は見通しが甘いと一つの教訓として受け止めて先へ進めと言う…。

 

 思い出すだけで今だに腹立たしい。

 俺を殴ろうとしたオールマイト並みのパワーと速さを持ったガキ(緑谷 出久)に、水面に叩き下ろしてくれたクソガキ(扇動 無一)

 情報収集も兼ねて雄英体育祭の中継を見ていたが、活躍する度に物に当たっては黒霧がため息を漏らした…。

 

 なんにせよいつまでも立ち止まる訳にもいかず、先へ進まなければならない。

 棄て駒ではなく精鋭を揃え、次に備えなければならない。

 その一環として死柄木 弔は有名なヴィランと顔を合わせていた。

 

 ヒーロー殺し“ステイン”。

 多くのヒーローを屠って来たヴィラン。

 奴であるならば実力・知名度共に申し分ないだろう。

 後は使えるか使えないかだけだが、死柄木はすでに切り捨てたい気持ちでいっぱいであった。

 

 「何を成すにしても強い信念が必要だ。それが無い弱い者が淘汰されるは必然―――だから、こうなる(・・・・)

 

 左腕を踏みつけられ、右肩にナイフを突き立てられ、首元にもう一本のナイフを当てられた死柄木にステインは見下ろしながらそう告げる。

 さすがと言うべきか強い。

 だが、こいつは駄目だなと自分の中で答えが出る。

 …と、言うかようやく撃たれた傷が塞がったっていうのに何してくれるんだこいつは…と忌々しく睨む。

 

 場所はヴィラン連合の拠点であるバー(酒場)内。

 大勢の手下や脳無は居なくとも座標さえ分かれば転移する、またはさせる事が可能な黒霧も居たけど、ひと傷負わされてから身体を動かせずにいる。

 

 「英雄(ヒーロー)の本来意味を忘れ、偽物が跋扈するこの社会も、無用に(個性)を振り撒くお前ら犯罪者(ヴィラン)も…粛清対象だ…」

 「――ッ、この掌は駄目だ………殺すぞ

 

 首元に触れていたナイフでそのまま首を切ろうとした時、刃先が顔に付けていた掌に触れかけた事で刃を右手で掴む。

 掴まれる前に切る事は出来た。

 されどステインは死柄木の言葉に何かを感じ取って手を止めた。

 触れられたナイフはボロボロと崩壊し、刃は小さな鉄粉へと姿を変える。

 

 「口数が多いなぁヒーロー殺し…信念なんて仰々しいもんねぇよ。強いて言うんなら―――――オールマイトなんて塵が祭り上げられている社会を――めちゃくちゃにぶっ壊したい――とは思ってるよ」

 

 嗤いながら口にした言葉には強い念が込められていた。

 ゾッとするような笑みと言葉にさすがのステインも背筋を凍らせ、その場から距離を取って死柄木と対峙する。

 そして何処か嬉しそうに笑う。

 

 「それがお前なんだな……俺達の考えは相反するもの。だが現在を壊す(・・・・・)その一点のみにおいて共通している」

 「ざっけんな帰れ。こっちには治療出来る個性持ちが居ねぇってのに…どうしてくれるんだ?」

 

 不穏な雰囲気にいつもなら仲裁に入る黒霧であるもまだ動けずにいる。

 キレている死柄木は兎も角、ステインは機嫌が良いように笑ったまま続ける。

 

 「お前の真意を試した。人は死線を前に本質を現す。異質で歪であったがお前の想いという信念の芽を俺は見た。だからお前を始末するのはそれを見届けてからでも遅くない」

 「結局始末すんのかよ…」

 

 刺された肩を抑えながら目の前のイカレに対して仲間に加えるのはやはり嫌だ。 

 しかしながら利害の一致から利用し合えるという事は理解している。

 ゆえにぼやきはするが完全な否定はしない。

 ようやく動けるようになった黒霧は死柄木が手を出さなかった事と、一応協力出来ると言う事で交渉が成った事で安堵する。

 

 …が、ステインはため息を吐き出し、冷めた視線を黒霧に向ける。

 

 「もう用は済んだ。俺を保須に戻せ」

 「あぁ?」

 「ヒーローとは偉業を成した者を指す“称号”。英雄気取りの拝金主義者共に自らの過ちを気付かせるにはまだまだ犠牲が必要だ。まだあの街を正すには少ない」

 「戻してやれ黒霧」

 

 ため息交じりに黒霧に指示を出し、言われるがままステインは転移を通って戻って行く。

 本当に忌々しい。

 理想の英雄に当て嵌まらないヒーローを偽物として狩り、世間に知らしめて意識改革を行って本物の英雄が生まれる環境を作ろうとしている。

 回りくどい上に性に合わない。

 

 「黒霧、脳無を出せ」

 「は?脳無をですか?」

 「もっと手っ取り早くしてやろう。―――大先輩(ステイン)の面子と矜持を潰してやろう」

 

 転移で抜けた保須市を見下ろせる高所より死柄木はニヤリとほくそ笑む。

 その背後より複数体の脳無が姿を現して、眼下に広がる保須の街へと降りていく。




 私みたいに優しくないから気をつけるんだね
 【メイドインアビス】オーゼンより

 それは………冗談なのか?
 【メイドインアビス】レグより


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第45話 保須市での悪夢

 保須市。

 最近ヒーロー殺し“ステイン”が出没してプロヒーロー“インゲニウム”が負傷したとニュースで話題になっている。

 警察やヒーローは巡回や人員を増員して警戒を強めているものの、未だに逮捕どころか発見にも至っていない。

 それでも人々の日常は巡っていく。

 表向きには平穏、変わらぬ日常を街全体で過ごして居る………筈であった(・・・・・)

 昼までは何ともなかった日常はたった数時間で保須市は非日常へと叩き落された…。

 

 突如として現れた脳無の群れ。

 一体一体は雄英高校でオールマイトと戦った特別な脳無(・・・・・)と比べて能力的にも戦闘面でも弱い。

 だがそれは比べる対象が強すぎるだけの事。

 プロヒーローの多くをオールマイトと比べるようなものだ。

 一般人にとってもプロヒーローによっても脅威に成りえるだけの能力は十分に持ち合わせている。

 

 暴れ回る脳無に逃げ惑う人々。

 何とか対応しようとする数で勝る警官にヒーロー達。

 されど手強い脳無達は広がって広範囲に被害を拡大して、避難誘導だけでも手一杯な状況。

 

 そんな状況の中で路地裏ではヒーロー殺しのステインの凶刃が振るわれようとしていた。

 対峙するのは負傷させられた“インゲニウム”を兄に持つ飯田 天哉。

 彼は職場体験で保須市で活動しているプロヒーロー“マニュアル”にお世話になっていた。

 しかしながらそれはマニュアルから学ぼうという考えではなく、兄に大怪我を負わせたステインへの復讐。

 ステインは各地で被害を出しているが毎回四名以上という決まりがあり、まだインゲニウムしか襲っていない為にまだ保須市で活動しているだろうと踏んで職場体験先に選んだのだ。

 

 執念の結果か飯田 天哉は探していたステインを発見する事が出来た。

 それも今にも凶刃をプロヒーローに振るわんとしていた矢先に。

 飯田 天哉は恨み辛みを胸に襲い掛かった(・・・・・・)

 結果は一瞬で制圧されて(・・・・・・・)しまった…。

 

 圧倒的な程の実力差。

 この結果は当然というべきであっただろう。

 なにせステインは多くのプロヒーローと戦い、勝利を重ねてきた猛者である。

 それが加えて子供だからと手加減をすることなく排除すべき対象として対峙し、憎しみに囚われ視野の狭くなったヒーローの卵の相手をしたのだ。

 

 地面に横たわり、身動き一つ出来ない飯田はステインを殺意を込めて睨みつける。

 許せない。

 インゲニウムと兄弟であるという事も理由の一つであるが、努力を重ねて人々を助ける兄は理想のヒーローで憧れだった。

 それを贋者(・・)と卑下して大怪我を負わせたステインが許せない。

 他に襲われたヒーローは命を奪われたり、再起不能な怪我を負わされたりしているのを考えれば、完治すれば復帰できるインゲニウムはまだ軽い方なのかもしれない。

 だからと言って許せる訳も道理もない。

 ヒーローの夢を抱かせてくれた兄にあんな目に合わせたヴィランを赦せない(・・・・)

 

 「復讐か……ハァ、私欲に駆られた贋者。だから弱い(・・)。そしてお前の兄も――」

 「黙れ悪党!兄さんは多くの人を助け、導き、救ってきた立派なヒーローなんだ!!」

 

 個性の影響か動かない身体に力を込める。

 されと刺された右腕と左肩が痛むばかりで全くと言っていい程に動かない。

 どうしてという疑問よりも憎しみで心が満たされていく。

 

 「お前が……潰して良い理由なんてないんだ………!殺してやる!!」

 

 いつもの飯田からは出ないほどの殺意と憎悪の籠った一言が漏れた。

 だが向けられたステインはため息一つ吐き出して呆れたと言わんばかりに見下ろす。

 

 「まずアイツを助けろよ」

 

 たった一言。

 示された方向には見つけた時に襲われたヒーローが動けずに倒れ込んでいる。

 死んではいない。

 否、殺される直前でステインを見つけた飯田が割り込んだことでトドメを刺されずにいるが怪我は負っている。

 

 「ヒーロー(英雄)とは己自身を顧みず、誰かを救い(・・)出す強い存在だ。己の為に力を振るうなどヴィランとなんら変わらん……だからお前ら(・・・)は贋者なんだ」 

 

 思いもしなかっただろう。

 ヴィラン…それも兄を傷つけたヴィランにヒーローの何たるかを説かれるなど。

 しかしその言葉は荒れ狂った飯田に正しいと理解出来た。

 自分は負傷した者を見もしないで、ただただ自身の復讐心を満たす事ばかり考えていた。

 事実、誰も救えない。

 

 「じゃあな、正しき社会への供物(贋者)…」

 

 振り上げられた凶刃が自身に向けて振り下ろされる。

 脳裏に過るは兄さんが僕にヒーローとして期待を抱いていた光景や友人たちと共に雄英高校でヒーローを目指す日々。

 ヒーローを目指していた身としてはあるまじき行為に走った事に後悔しながら、それでも迫る死の恐怖より眼前に居るステインへ憎しみを向ける。

 

 ナニカが爆ぜる音がした。

 ソレは風切り音を連れながら、電流のような緑色に光を身体に纏って現れた。

 

 「SMAAAAASSH!!」

 

 物凄い速度で頭上を跳び越えた()はステインに避ける暇など与えずに殴り飛ばした。

 さすがに一撃で倒れる事はなかったが吹っ飛ばされただけのダメージは入っている。

 自身は掠りもしなかった相手に一撃を入れた。

 その事実よりこの場に彼が居る事に心底驚く。

 

 「何故…君がここに…」

 「助けに来たよ、飯田君!」

 

 降り立った緑谷 出久はステインへ最大限の警戒を向けながら、周囲で倒れているヒーローと飯田に気を配りながら構える。

 いつもなら「助かった」などと口にするところだが、今の飯田には自身の命は悪い意味で勘定に含まれていない。

 ただ目的であるステインを自身の手で倒す事しかない。

 ゆえにここに居ては駄目なのだ。

 ヒーロー殺し“ステイン”をヤル(・・)のは緑谷(ヒーロー)ではなく、自身(復讐者)でなければならないのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

 街中に被害が拡散している中、保須市はある意味で幸運であった。

 普段ならここにいる筈のないヒーロー達が脳無による被害に対処しようと動いたのだから。

 

 ナンバー2のプロヒーロー“エンデヴァー”。

 彼はヒーロー殺し“ステイン”が保須市に出没してから情報収集を行っており、今までの事件に比べて被害者が少ない事からまだ保須市に潜伏していると判断。

 ステインを捕縛する為に訪れていたのだ。

 

 そして緑谷の職場体験先であるグラントリノ。

 こちらは本当に偶然であった。

 ワン・フォー・オール・フルカウルの感覚を掴み始めた緑谷を鍛えるべく、ヴィラン事件で実戦を詰ませるべく向かった渋谷でのヒーロー活動の帰り、乗っていた新幹線が保須市に差し掛かったところで一体の脳無が突っ込んで来たのだ。

 突如襲って来た脳無を相手するには新幹線内は狭すぎる。

 乗客にも被害が出る可能性もあり、脳無を押し出す形で保須市に降り立ったグラントリノは被害が広がっている現状から脳無の制圧に乗り出したのだ。

 

 この参戦は非常に有難いものであった。

 なにせ脳無一体に対して複数人でようやく相手を出来る状況が、一対一で圧倒出来る実力者が二人も参戦したのだから。

 そして職場体験でエンデヴァーの下に訪れていた扇動や焦凍もこの騒動に巻き込まれていた。

 

 ヒーローであろうが市民であろうが無差別に襲い掛かる脳無。

 その前に跳び出したのは全身を覆うコスチュームを纏った扇動であった。

 狙いを扇動に向けた脳無は殴りかかるも半歩下がって身体を捻る事で簡単に回避され、近づいた所を鳩尾に肘内を叩き込まれてうめき声を漏らす。

 隙を逃さぬように心臓部に掌底、顎にアッパーを喰らわしてダメージを与える。

 だが、さすが脳無と言うべきかそう簡単に倒れそうにない。

 

 「タフだな。性能テスト相手には充分か」

 「無理するなよ扇動!」

 

 扇動も焦凍も保須市でのヒーロー活動に参加できないでいた。

 非常に残念な事ではあるが法律上ヒーロー免許を有していない二人が、好き勝手にヒーロー活動を行う事は良しとされてはいない。

 特に個性の使用となると厳しく、最悪監督者が責任問題を問われる事態に成り兼ねない。

 焦凍はだからと言って放っておけるかと参戦しようとするも、焦る気持ちを扇動が推し留めたのだ。

 ルールを無視するのは最終手段。

 不必要にルールを破るのはヴィランと変わりなく、それまでは最善の行動を行うべきだと説得した。

 とは言っても保須市の地理に詳しい訳でもないので避難誘導は難しく、逃げ遅れた住民の手助けをするのがやっとである。

 

 その最中、扇動は避けられないとして脳無と戦闘を行っている。

 扇動が行うのであれば個性の行使はあり得ない。

 

 「俺も手伝うか」

 「いらん。これはヒーロー活動じゃねぇ。暴行を行っていた(・・・・・・・・)現行犯を逮捕(・・・・・・)するだけだ」

 「その言い分は警察でなくとも大丈夫なのか?」

 「一般市民には捜査権がないだけで逮捕権はあるんだよ。俺の場合は苦しい言い訳程度に使わせて貰っているがな…」

 

 現在扇動はサポートアイテムを満載したコスチュームを使用している。

 職場体験で現場に出るかもと言う可能性から発目より実験機である“仮面ライダーG3”の装備(コスチューム)を無理やり持たされていたのだ。

 おかげで脳無相手にも戦え、さらに詳細な戦闘データまで入手出来るのだけど、未だ実験機と言う事で使い辛さや稼働時間が短く実戦向きではない。

 逮捕に関しては大丈夫かも知れんが、この装備を使用した件は怒られるかなと苦笑いを浮かべる。

 

 すると二人の携帯が突然鳴り出した。

 当然戦闘中の扇動は見れない為に焦凍が確認を取る。

 

 「扇動!緑谷から座標が一斉送信された」

 「座標?どこ…だって!」

 「この近くだ」

 

 再び襲い掛かって来る脳無の攻撃を流して、急所と呼ばれる部位に打撃を叩き込む。

 痛みはあるのか呻きはすれど、決して倒れる様子がない。

 何らかの個性かと疑いを持ちながら戦う扇動は焦凍の返しに小首を傾げる。

 

 グラントリノの下へ職場体験をしている事は知っている。

 されどグラントリノの事務所はここから遠い筈。

 なのに何故と疑問への答えを巡らそうとするも、思案を邪魔するように脳無が襲い掛かって来る。

 悪態をつきながら何かを思い立ったのか走り出そうとした焦凍を呼び止める。

 

 「焦凍!ドローン(・・・・)を持ってけ。使い方は覚えてんだろ?」

 「あぁ、大丈夫だ」

 「良いか、必要だと思ったら個性を使えよ。躊躇ってやられるなんて洒落になんねぇからな!」

 「行こうとしといてなんだが、お前は大丈夫か?」

 「大丈夫そうだから行こうとしたんだろ?なら問題ねぇよ。行け!」

 

 意を決した焦凍は扇動のトランクケースを持って走り出す。

 トランクケースには発目が「職場体験に行くんですよね!!」と押し付けてきたスタンガン(銃タイプ)や小型ドローンなどなどのサポートアイテムを収納してある。

 …と、いっても押し付けようとしたのは量が多かったのでかなり選別して少なくしているが…。

 

 「さすがにフォーゼのロケットは持ってこれなかったしなぁ…」

 

 効いていない訳ではないが、それでもかなりタフな脳無を前にしてパワーローダーに持って行くのを禁止されたサポートアイテムを思ってぼやくも無い物は無いで諦めるしかない。

 それ以前に戦った感触から雄英高校襲撃時に居た奴よりかなり性能は劣り、再生能力やショック吸収と言った個性を持ち合わせてはいないようで、自身と“仮面ライダーG3”の装備(コスチューム)だけでも十分対処可能だ。

 稼働時間は残り少なく、エンデヴァかバーニンに念のために緑谷の座標などを伝えておきたいし、変にヒーローが来て止められる前にさっさと片付けなければ。

 何が起こっているか分からないがとりあえず緑谷との合流を急ごうと扇動から攻めに出た。

 

 

 

 

 

 

 緑谷 出久は困惑していた。

 グラントリノと共に渋谷でヴィラン退治を行った帰り、保須市辺りを乗っていた新幹線が通った際に飯田の事が気にかかった所で、雄英高校を襲撃してきた脳無に似た者が突っ込んで来て内部はパニック。

 脳無を押し出すように飛び出して行ったグラントリノは「乗ってろ!」と待機を命じたけれど、やっぱり飯田君の事も今の脳無の事も気がかりで跳び出すと街中の至る所で脳無との戦闘や火災などが起こっていた。

 どうすべきかも定かではない状況下で一人のヒーローに言葉が耳に停まった。

 それは急に居なくなった飯田を探しているプロヒーロー“マニュアル”。

 名前を呼びながら探し回っている事と、ここかインゲニウムがヒーロー殺しに負傷させられた事からもしかしてと路地裏を駆け巡った。

 

 その甲斐あって負傷している飯田を見つけ、剣を振り下ろされそうになっていたところを間一髪で助ける事が出来た。

 ここまででも街の状況に脳無達などなど困惑する事多くあれど一番は飯田の言動である。

 

 普段の礼儀正しさは消え去った代わりに憎しみを現しするばかりか「君には関係ない!」と言い放つ。

 インゲニウムを…お兄さんを傷つけられて頭に来ているのは分かるが、それでも“らしく”なさ過ぎる。

 負傷している事から大通りに出てプロの応援を呼んで欲しいところであるが、何やら個性で動けないらしく凌ぐしかない。

 対峙してピリピリと肌がひり付くほどの威圧感がステインより放たれ、歯を噛み締めて対峙する。

 

 「助けに来たか……良い言葉だ。だが俺はそいつら(贋者)を殺す義務がある―――さぁ、どうする?

 

 ぞわりと背筋が凍り付きそうになる。

 襲撃してきたヴィラン連合とは比べ物にならない程の殺気。

 生存本能が騒ぎ出すも飯田君たちを見捨てて逃げる選択肢は存在する訳がない。

 片手を後ろに回してこっそりと携帯電話で座標を一斉送信しながらステインにニカリと笑いながら返す。

 

 「オールマイトが言ってた。余計なお世話はヒーローの本質なんだって」

 

 何が何でも凌ぎとおす。

 誰一人殺させない。

 強い意思を抱いて言い返したところ、ステインはその回答にニンマリと笑みを浮かべた。

 

 相手の武器は刀。

 遠距離ではないが同じ近距離でも刀の方がリーチがある。

 まずはその差を埋めるしかない。

 ワン・フォー・オールを全身に流すフルカウル状態で一気に距離を詰めようと突っ込むも、完全に見切られた上にタイミングを合わせて刀を振るわれる。

 相手が格上なのは解り切っている。

 自分の実力ではオールマイトのように全てを真正面から解決する事など叶わない。

 足りないのなら考えろ。

 知恵を絞れ!

 

 振られる刀を姿勢を低くすることで避けつつ、ステインの脚の間を潜って背後を取る。

 動きを目で追えていたステインは後ろへと刀を振るうがそこには緑谷は居ない。

 まるで消えた様に姿を消した事に驚くも次の瞬間には歓喜に包まれていた。

 背後に回った緑谷はそれでも駄目だと頭上へと跳んだのだ。

 まだまだ若くも確実に倒そうと僅かな間に画策した良い動き。

 ステインは自分に拳を振り降ろそうとしている少年にヒーロー(英雄)の要素を感じ取って興奮気味に笑っていた。

 

 そんな意図など知ったものかと緑谷は殴りつけ、ステインは殴られた衝撃によって頭から地面に叩き付けられた。

 あのヒーロー殺しにも通用したという自信を抱きながら、緑谷は殴った瞬間で避けそこなったナイフによる傷口を確認する。

 本当に軽く掠った程度で血が滲んでいる。

 戦闘に支障はないと起き上がるステインを睨むも、ステインが掠らせたナイフを舐めた瞬間身体が重く感じてその場に倒れ込む。

 

 「パワーも読む能力(先読み)まだ(・・)無いが良い動きだった。口先だけのそいつらとは異なる。お前は生かす価値がある………こいつらとは違ってな」

 

 飯田も倒れているヒーローも負傷している事。

 滲んだ血が付着しているナイフを舐め取ったと同時に身体が重くて動かなくなった。

 奴の個性の正体は血を舐める事で対象の動きを止めるもの…。

 判明したところで今はどうでも良い。

 自分を通り過ぎて飯田の方へと向かって行く。

 あの凶刃が振り下ろされそうとしている。

 

 動け、動け、動け!

 無理にでも動かそうと身体に力を籠めるも、僅かばかり震えるだけで動くまでは至らない。

 今動かなければ彼らが殺されてしまうと焦りながら力を籠める緑谷の真横を冷気と氷が通り過ぎた。

 何事かと振り向くより先に頭上を炎が熱気を纏って駆け巡った。

 

 足元を氷結が突然迫った事で飛び退こうとしたステインであったが、その後すぐに炎が放たれていた事に気付いて跳び越える高さを上げる。

 氷結に炎…。

 目撃した緑谷と飯田は良く知る人物の顔が頭に過る。

 

 「次から次へと―――ッ!?」

 

 炎も跳んで躱したステインであったが、着地地点を見た際に怪訝な顔をする。

 先ほどは薄い氷結が走っていたにも関わらず、炎が通り過ぎて見えたのは串刺しにはならなくとも踏めば足裏には突き刺さりそうな剣山状の氷。

 最初の氷結を囮に炎を放ち、さらに炎の目暗ましに使って新たに氷結を走らせて罠を張る。

 

 彼らしくない(・・・・・・)というよりは彼にその罠を教えたであろう人物が思い浮かぶのは仕方ない事だろう。

 

 「今のを避けるか……」

 「……はぁ、今日はよく邪魔が入るな」

 「緑谷、もっと詳しく伝えてくれ(メール)。遅くなっちまっただろう」

 

 左にはあれだけ嫌っていた炎を纏い、右は冷気を漂わしながら轟 焦凍が友人を守るべくステインに向かって立ちはだかる。



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第46話 抱くヒーローへの想い

 人数的に言えば四対一。

 されど現状プロヒーロー一人に飯田と緑谷は相手の個性により行動不能。

 実質現着した轟 焦凍のみの“ヒーロー殺し”ステインと一対一(タイマン)

 新手の登場に加えて初手で仕掛け(・・・)て来た相手にステインに警戒を強め、何故ここに居るんだと緑谷と飯田は疑問を浮かべるも、二人が抱く根本の感情は大きく異なっている。

 緑谷は助かったと安堵すると同時に自身もすぐに戦闘に加わらねばと思い、飯田は自分がアイツを倒さねばならないと焦りが表情に出ている。

 二つの異なる視線を向けられる焦凍は氷結を走らせて続けて炎を放つ。

 攻撃というよりは牽制しつつ仲間を救出すべく放ったものであり、離れた位置に居たプロヒーローと緑谷は下からの氷結で持ち上げられ、近くを通り抜けた炎の熱気で溶けた事で山なりの氷結を滑るように転がり降ろされて焦凍の後ろへと移動させられた。

 

 「()らせねぇぞヒーロー殺し」

 「ほぅ………」

 

 緑谷の時ほどではないがステインは感嘆の声を漏らした。

 今日は喜ばしくも厄介な日だなとため息を漏らしながら、それでも未だ贋者と定めたプロヒーローと飯田を排除する事は諦めていない。

 装備していた投げナイフを投擲すると同時に駆け出すステインに焦凍は怪訝な顔を浮かべ、慣れた親しんだ(・・・・・・・)対応をしてしまった。

 

 氷結を足より走らせると視界を遮らないように氷柱を何本か立てる。

 投擲された投げナイフへの盾になると同時にその氷柱らは突っ込もうとするステインへの足止めにも有効。

 事実、ステインは突っ切る事はせずに速度を緩める事へと繋がった。

 

 「轟君、気を付けて!多分、血を摂取すると対象者の自由を奪う個性を持ってる!!」

 「それでナイフ(刃物)か……」

 

 確かに厄介な個性であるけれども近接戦闘をしてくるというのであれば、遠距離攻撃可能な事から近づけなければ良い―――などと思う事はない。

 そんな容易に事が運ぶのであれば多くのプロヒーローが被害に合う事もなかっただろうし、なにより自身が条件付きとは言え同じような相手(・・・・・・・)に放課後にやられた事がある(・・・・・・・・)のだから。

 

 ゆえにと言うべきか、別の意味での油断があったのだ。

 足止めを受けたステインに炎による火力をぶつけようとした矢先、立ちはだかっていた氷柱が消え去った(・・・・・)

 決して蒸発したという訳でも一瞬で消し飛んだという訳でもない。

 

 ―――単純に手にしていた刀で氷柱を斬ったのだ。

 

 文字にすれば簡単であるが鉄程ではないにしても硬い氷を削るではなく、切断(・・)となると易々と出来るものではない。

 それもステインが使っている刀は刃がガタガタで意図してか意図せずか(ノコギリ)歯のようになっていて斬るには不向き。

 逆に鋸のように削り取るのには向いているが、それでもたったの一振りで削り取るのもあり得ない。

 しかしながら眼前でやってのけた事からいつまでも目を逸らす事はただの現実逃避。

 

 直ちに迎撃の為に炎を放とうとするもステインの方が上手過ぎた(・・・・・)

 刀が頭上へと放られる。

 山なりに上がった刀に自然と視線が向く隙を突いて一気に距離を詰めて来る。

 視線を戻すと走りながらまたも投げナイフを投擲しており、頬を刃先が撫でて薄っすらながら血が垂れた。

 

 確かに個性の優劣だけを見れば二つもの個性を操れる焦凍に分配が上がるだろうけど、鍛え上げられた身体能力と戦闘経験と技量の差で埋めるばかりか超えている。

 

 氷柱の切断から刀を放って注意を別に向けさせ、隙を突いての投げナイフで血を流させた事で個性を警戒してしまう。

 留めなく流れ出る情報によって処理しきれない焦凍は放つつもりだった炎を出す事も出来ず、ナイフを握り締めたステインに接近されてしまった。

 炎から氷へと意識を切り替えて間近に氷結を創り出して振られたナイフを止める。

 されどステインがちらりと視線を向けた方向には放物線を描いて自身に向かって振って来る刀が…。

 

 「――ッ、テメェ!?」

 

 それすらも視線の誘導。

 ステインの目線を追って刀を見てしまったが危機感も相成って意識は先程よりも向いてしまうは当然。

 戻した時にはステインの顔がそばまで迫っており、頬を流れる血を舐め取ろうと舌を伸ばしていたところであった。

 だから咄嗟にやらかしてしまった(・・・・・・・・・)

 

 炎を一点に集中しての放出。

 扇動からは決してまだ使うな(・・・・・・・・)と強く言われていた技。

 数々の経験と鍛錬により非常に高い精度の技術でエンデヴァーは行えるものの、焦凍は最近になって炎を使う決心したばかりで練度は低すぎる。

 使うにしても放つのが精々。

 それでも同年代やプロヒーローの一部には通用しようとも、上を目指すならばコントロール技術は必須。…と、言う事で扇動より家で指導を受けているものの、ワン・フォー・オールを受け継いだばかりの緑谷同様にまだまだ未熟。

 文字通り(ただ放つ)(手加減無し)かで、下手すれば相手を殺しかねない。

 

 何をしようとしているのかは解らずとも、気配を察したステインは自身の勘に従って飛び退きつつ刀を手にする。

 少々でも離れた事で焦凍の手から放たれた集中して圧縮された火炎のゼロ距離での直撃は避け、向かって来た高火力を再度跳び避けつつ刀で軌道を僅かでもずらして避けた。

 しかしあまりに高火力な為に熱気によって肌がひり付くが、直撃を喰らうよりは大分マシである。

 寧ろまだまだ未熟ながらもそれだけの力を秘めている事に多少喜びを抱くほど。

 その放った焦凍は反動から後ろへと吹っ飛んでおり、地面を転がりながらも氷結を用いて停止させ対峙する。

 

 「二人共…辞めてくれ(・・・・・)……」

 

 時間にしてはほんの僅かな攻防。

 それでも命の危険を何度も感じた焦凍に飯田は苛立ちながら口を挟む。

 まだステインを相手にしている事から多少息を荒げながら相手を牽制しつつ、焦凍はその飯田らしくない言葉に焦凍はただただ耳を傾ける。

 

 「俺が()るんだ。兄さんの傷つけ、兄さんの想いや頑張りを踏み躙るアイツを……僕が()らなきゃいけないんだ!!」

 

 ちらりと見た飯田の顔には怨嗟しか伺えなかった。

 決してヒーローを目指す者の顔ではない。

 その様相は雄英体育祭で緑谷に救われる(・・・・)前の自分と重なる。

 だからこそ声を張り上げる。

 自分もそうだったからこそ怒鳴りつける。

 

 「それがインゲニウムに憧れた奴の言葉か!?辞めてほしけりゃあ立て!!決着(ケリ)を付けてぇなら闘え(・・)!!成りてぇもんをちゃんと見ろ!!今のお前はインゲニウムに誇れるヒーローか!!!」

 

 成りたい者(・・・・・)…。

 ぶつけられた言葉をかみ砕いて呑み込む。

 過るはやはりヒーローとして活躍している兄の後ろ姿…。

 規律を重んじて人を救い導く愛すべき偉大なヒーロー。

 憧れを抱いて兄のように成りたいと、兄のようなヒーローで在りたいと想っていた。

 だから傷つけられて怒らずにはいられなかった。

 ヒーロー殺しからも言われた真実(・・)

 今の俺は見せられたもんじゃあない。

 

 炎と氷を操り戦うもステインは体一つで突破しては斬りかかる。

 不利な状況の中、血液型によって効果時間が異なる(・・・・・・・・)ステインの“凝固”の個性から解き放たれた緑谷(一番効果時間が短いO型)が奇襲を仕掛けて一撃をお見舞いする。

 不意の一撃に焦凍の支援が合わさり状況は多少有利になったかも知れないが、実力差は未だに健在で安心出来る余裕はない。

 

 ―――本当に自分は未熟者だと思い知らされた。

 

 解っていたつもりではあった。

 ヒーローの卵たる自身は未熟であると分かっていたつもりだが、ヴィラン(ヒーロー殺し)の言う通り僕では彼らの足元にも及ばない事を骨身にまで教え込まれた。

 誰かを救おうとせず、友は血を流して護り、その後ろで伏している事しか出来ない。

 歯茎から血が出る程に噛み締め、先とは違う意思を瞳に宿して身体を起き上がらせる。

 

 ダメージは入っているものの緑谷をあしらって、氷結を素早く走って避けたり、刀で切り裂いて焦凍にステインの凶刃が迫る。

 無論殺すつもりはない。

 贋者を消す為に行動不能にするだけの一振り。

 

 「レシプロ……」

 「…チッ、お前も時間切れか……」

 「―――ッバァアアアアアアストオオオオオオォ!!!」

 

 今ここで立たなきゃ友にも兄さんにも顔向けどころか、皆に誇れるヒーローを目指す者として二度と追い付けなくなってしまう。

 意思が籠った蹴りが殺意無き凶刃を圧し折った。

 折れた刃は宙を舞って地面に突き刺さり、受け流し切れなかったステインは衝撃を受けて後ろへと飛ばされる。

 

 「……すまない二人共。迷惑をかけた」

 

 立ち上がった飯田の瞳の違いに気付くもステインはひと目で否定する。

 

 「感化されて取り繕うとも無駄だ。人の本質は早々変わりはしない。私欲を優先させた貴様は贋者以外の何者でも無く、英雄(ヒーロー)を穢す癌そのもの。誰かが正さねばならん(俺が排除してやる)

 「あぁ、お前の言う通りなんだろうな。でもこれ以上彼らに血を流させる訳にはいかない。何より例えヒーローを名乗る資格がなくとも折れる訳にはいかない―――インゲニウムを背負う者(・・・・)として折れる訳にはいかないんだ!」

 

 以前授業でヒーロー名を考案する際に飯田は兄がインゲニウムの名を使って欲しいと言ったのを断わった。

 今の自分ではその名を継ぐに相応しい者ではないと判断したから。

 しかし今はその逆。

 自身の未熟さを噛み締めた今だからこそその名を継ごうと思った。

 途方もない重みだ。

 名乗るからには今日のような醜態(・・)を晒す事は出来ない。

 これは自らに課す誓い(契り)

 兄のようなヒーローに成る不退転の覚悟としてインゲニウム(・・・・・・)の名を背負う覚悟を口にしたのだ。

 

 「論外」

 「―――そうでもないさ」

 

 あからさまな嫌悪と怒気の混じった否定に覆いかぶさるように、温かく力強い肯定(否定)が告げられる。

 ふわりと空から降り立った片割れの(・・・・)発言者は敵対者たるステインに警戒はしたままに、飯田 天哉に対して優しい瞳を向ける。

 

 「私怨を抱くアヴェンジャー(復讐者)から己が憧れる英雄(ヒーロー)をも背負おうとするその不遜(・・)。吠えたじゃあねぇか天哉。ゆえに俺はお前を尊敬するよ」

 「新手か……それもプロも居るな…」

 

 降り立ったのは扇動 無一。

 轟 焦凍と別れた後に脳無を無力化(・・・)した扇動ではあるが、コスチュームである“G3(装備)”は予想通りエネルギー切れを起こして待機状態で放置し、今は下に来ていた長袖長ズボンのトレーニングウェア姿。

 察せられる年齢から子供(・・)が退路を塞ぐように緑谷達とは反対側に立ちはだかっている。

 子供でありながらもかなりの実力を有する三人に手間取っているというのに、新手が別動隊として背後を抑えているのだ。

 退路の確保やこの場の離脱も視野に入れる状況下、ステインが扇動を襲わないのはその隣にエンデヴァー事務所のサイドキッカーが一人、バーニンが並び立って構えているからに他ならない。

 圧倒的ではないがステインに不利な状況下で、扇動は右手で赤いメダルを弄りながら一歩前に出る。

 

 「“若い芽を摘むんじゃない。これから始まる()だよ。彼らの時代は”」

 

 注意が扇動に向いている事から緑谷達は背後から襲う事は出来た。

 しかしながらステインを挟んで対面に居る扇動の視線がそれを拒んでいた。

 ここに到着する前に焦凍は持って来たトランクケースよりドローンを放ったので状況は粗方理解している。

 

 「贋者を排除する事で英雄が生まれる環境を整えるか………馬鹿馬鹿しい」

 「―――ッ、貴様……!」

 「英雄を求めるなら堕ちるのではなく育手になるべきだった。決意や執念は大したものだ。俺でははかり知れん程の領域なのだろう。だけどなぁ…どう繕っても――――論外だな」

 

 嘲笑うかのように扇動は叩き返した。

 ステインの個性は使い勝手が良いものでも、強個性という類のものでもない。

 それでもプロにも通用するほどの個性と力を有している二人(緑谷・轟)を相手にしていられたのは、偽物を排斥してヒーローの在り方を元に戻すという執念による鍛錬と意志の強さによるもの。

 核心たる執念を馬鹿にして嘲笑っては否定した男に対して殺意を向けるなという方が無理な話だ。

 

 相手を煽る為の言動を行う時はあるが、これはそんな話では決してない。

 物の見方によっては負傷している学友三人と倒れ込んでいるプロより、ステインを引き離す為に自身にヘイトを向けさせたとも見えなくもないが、今回に限ってはそのような考え方は無かった。

 

 ただただキレていた。

 友人が負傷させられた事もその一端であるも、それ以上に不遜ながらも背負うという覚悟を見せ、奮い立った飯田をたった一言で断じた事が許せなかったのだ。

 

 「死ね……!」

 「―――アンク(・・・)!」

 

 ナイフを手に襲い掛かったステインに対して扇動は誰でもない(・・・・・)名を叫ぶ。

 すると焦凍が持って来て転がしていた扇動のトランクケースより黒主体で赤色が多い装飾が施された籠手が飛び出した。

 発目に作って貰ったサポートアイテムの一つ。

 名前や見た目からして“仮面ライダーOOO(オーズ)”の“アンク”を模しているのは紛れもないが、喋る事も自立行動をとる事もない。

 製作して貰った経緯としては装備がなければ肉体のみで戦わねばならず、ヴィランと交戦中に装備を揃えたり装着する事は至難の業となるだろう。そこで勝手に装着する装備品があったら言いな程度で頼み込んだのだ。

 すると見せたノートの内容から発目はアンクに目を付けた。

 最低限の推進剤と目標となるメダルを察知するセンサー類を付けた移動型の籠手。

 

 本当なら戦闘に入る前に装備したかったのだけど、焦凍がドローンを持って行けと言ったのにトランクケースごと持って行った事でギリギリの装着と相成ってしまった訳だ。

 右手で弄っていたメダルに向かって飛んで来たアンク(籠手)はそのまま扇動の右手に装着され、振るわれたナイフを鈍い金属音を響かせながら見事に受け止めた。

 

 驚いて見開いたステインの横腹に衝撃が走った。

 扇動の両脚には鉄が所々に仕込まれ、踵にスパーが付いた“キックホッパー”と名付けたカウボーイのブーツのようなものを履いており、不意打ちを兼ねた蹴りが脇腹に直撃したのだ。

 

 「“さぁ、お前の罪を数えろ”」

 

 扇動はそう告げてステインに挑みかかった。

 お互いに戦闘方法は個性に頼り切るよりは鍛え上げた肉体を活かした近接戦闘。

 しかしながら扇動とステインでも練度が違う。

 優勢なのはステインの方であるも長物である刀は飯田によって折られ、焦凍の熱波などは肌を軽くながら焼いており、緑谷の一撃は身体に響くところか頭部にも喰らわしたために脳が何度か衝撃で揺らされている。

 この状況だからこそ扇動はそれなりに戦えている。

 

 本来ならば学生ではなくプロのバーニンが戦う場面である。

 だが、彼女は見守る側に徹している。

 職場体験に訪れてから組んでいる為に、幾らか実力は把握してはいる。

 勝てるとは思ってはいないけれども見てみたくはなった。

 

 脳無を倒した後に合流し、送られたとか言う座標へ扇動を背に乗せて移動している中、ドローンから送られている映像に目を通した相棒(・・)が頼み込んで来たのだ。

 俺はアイツに挑まなきゃいけない(・・・・・・・・・)―――そう言ったのだ。

 

 贋者が蔓延る世界を嫌悪し、本物の英雄の為に駆除しなければならないと行動をしているヒーロー殺し“ステイン”。

 ヒーローと言う職や社会をそう言うモノ(・・・・・・)として捉え、英雄であろうとヒーローであろうと夢を追う者に為に手を貸す“扇動 無一”。

 

 互いに異なる信念を持つ者。

 同時に同じく個性主体ではなく鍛え上げた近接戦闘をメインに戦う格上の相手。

 それら両方に対して扇動は挑まなければならないと心の底から思ったのだ。

 

 ゆえにバーニンは扇動とステインの激しい攻防戦を見守っている。

 無論逃がす気も扇動をやらせるつもりもないので、いつでも割り込めるようにスタンバイはしてある。

 

 ナイフと拳が幾度となく振るわれ、互いに互いの攻撃を避けたり流したりして防ぎ合う。

 時折ヒヤッとさせる場面もあれど、驚く素振りも見せぬまま何事もなかったように攻撃を繰り返す。

 決して力任せの攻撃の応酬はなくて、自ら磨いた技術同士のぶつかり合い。

 高い技術のぶつかり合いに戦っている扇動やステインもだが、周囲で見守っている面々も固唾を呑んで魅入ってしまっている。

 周囲の視線を集めながら戦う二人。

 されどステインはまだ贋者か本物かの判断を付けておらず、本気で殺そうとはしていない。

 

 「貴様は贋者か?本物か?」

 「誰かを救うのに贋者も本物も関係ねぇだろうが!!」

 「ある!贋者が蔓延る世界は粛清せねばならない!!」

 「―――何故そこまで英雄(ヒーロー)に拘る?」

 

 扇動の問いに攻防の手が止まる。

 問いのせいでもあるが、お互いに攻防の流れで距離を取った事もある。

 なんにせよ足を止めたステインは気紛れにも眉を傾げる扇動の言葉の続きを待った。

 

 「テメェ、本当は憧れるヒーロー(オールマイト)に成りたかった口か」

 「――ッ、黙れ……」

 「成れない事実か現実に打ちのめされたのかは知らねぇ。だけど志して歩もうとしたんだろ」

 「黙れと言っている!」

 「テメェが勝手に失望しようが諦めようが知ったこっちゃあねぇ!同じようにヒーローに成りたいと焦がれた後輩(若人)を身勝手に間引いて邪魔しようとするんじゃあねぇよ!!」

 

 大きく振り被った一撃は扇動から放たれた言葉によって揺らいだ。

 それによって生まれた隙によって扇動は切り裂かれる事無く、右ストレートを顔面に叩き付ける事が出来た。

 

 重い一撃がステインに直撃する。

 ふらりとよろめいた様子からかなりのダメージを浴びせたのは確かだ。

 しかしながら倒し切るには至らなかった。

 

 受けた瞬間にナイフを掠めらせており、刃先の血をステインが嘗めた為に扇動はその場で膝をつく。

 動けなくなった相手に止めを刺す事は容易ながら、殺すべきか生かすべきか少しばかり躊躇ってしまった。

 それが勝敗を決定づけてしまった。

 

 「やらせねぇよヒーロー殺し!」

 「邪魔を……ッ」

 「上に飛んだらいけねぇな―――ステイン」

 

 見上げて告げる扇動の言うとおりだった。

 右側からはレシプロバーストで飛翔しては、超加速を活かした蹴り技―――レシプロエクステンドを喰らわそうとする飯田 天哉。

 左側よりワン・フォー・オール フルカウルで壁を蹴って空中に上がって殴りかかろうとする緑谷 出久。

 そして自身を氷結によって高く飛びあがって、炎を放出しようとしている轟 焦凍。

 

 ステインの瞳がそれらを捉えようとも空中では身動きが取れない。

 ヒーロー(英雄)を目指す三人によるそれぞれの渾身の一撃は見事なまでに直撃し、ヒーロー殺し“ステイン”はダメージから意識を手放すのであった。




●若い芽を摘むんじゃない。これから始まるのだよ。彼らの時代は
 【ONEPIECE】シルバーズ・レイリーより

●さぁ、お前の罪を数えろ
 【仮面ライダーW】左 翔太郎より


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第47話 執念

 エンデヴァーは苛立っていた。

 保須市内の至る所でヴィラン(脳無)が暴れ回っている事も大きい。

 彼にとっては一体一体対処出来ない程の相手ではないが、他のヒーローにとっては驚異的な力を保持している為に、自分が片付けなければ被害が拡大する一方。

 そんな最中で扇動から座標と焦凍が向かったとの情報を得て、心配もあってかすぐに向かいたいところだ。

 しかし脳無達はそんな事情は考慮してくれない。

 否、ヴィランがヒーローの都合良く動く事などないか…。

 

 市内で活動していたヒーロー達や自分が引き攣れていたサイドキック達には脳無と接触しても時間稼ぎ、または自身が倒した脳無の拘束と身柄引き渡しを任せている。

 焦凍の方には座標を知っている扇動とバーニンが向かわせ、幼少期から鍛えた焦凍なら大丈夫だと思いながらも不安と言うのは残るものだ。

 こういう感情を何故もっと前から持てなかったのかと昔の自分を責めるも詮無き事…。

 追加で老人ながらも一撃で脳無を倒し切る実力のあるヒーローにも向かって貰ったが、早く片付けて自分もそちらに向かわなければ。

 

 頭上を一つの影が通り過ぎた。

 視線を向ければそこには空を飛ぶ脳無が人を足で掴んで飛行している所であった。

 

 「――ッ、逃がさん!!」

 

 エンデヴァーの個性“ヘルフレイム”の火力は尋常ではない。

 長きにわたる絶え間ない鍛錬と経験から個性のコントロールし、コンクリートを溶解する程の熱を足の裏に持たせ、ビルの壁を溶かしながら足場として駆け上がり、掌から噴き出した炎を槍状にして投げる。

 顔面に直撃した脳無は痛みから人を手放す。

 しかしその一撃で倒すには至らなかった。

 あまりにも火力を上げ過ぎては捕まっている人にも被害が出ると加減したのだが、それでも飛び続けるだけのタフさには驚かされる。

 いや、すでに脳無には驚かされている。

 多少異なるも脳みそが露出している見た目は勿論ながら個性を複数持ち、身体能力も中々に高い。

 中には大怪我を負っても即座に再生するだけの再生能力を持つ個体も居たぐらいだ。

 

 逃げるように飛び続ける脳無を追う事も出来たが、先に放されて落下中の人を助ける方が先決だ。

 落ちるよりも先に駆け寄って受け止めながら着地する。

 

 「あちらは……確か…」

 

 助けた人物を降ろしながら飛び去る脳無を目で追うと、伝え聞いた座標の方角へと向かっているようである。

 偶然か必然かは分からぬが、追う他ないエンデヴァーは急ぎ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 多くのプロヒーローを手に掛けたヒーロー殺し“ステイン”との戦闘した面々は、負傷こそしたもののお互いに無事である事に安堵した。とは言っても市内では未だ脳無が暴れ、気絶しているとは言えステインが目の前にいる状況から何もせずに立ち尽くす事は出来やしない。

 プロヒーローでステインと対峙した者の中で無事(戦闘可能)なバーニンが周辺の警戒を行い、轟 焦凍がゴミ集積場から拾って来た縄で気絶したステインを縛り、両腕を刺されるなど一番負傷している飯田を先に襲われていたプロヒーロー“ネイティブ”が布で縛って止血していた。

 掠り傷程度ながらも慣れていない“ワン・フォー・オール フルカウル”を使用した戦闘でクタクタな緑谷は、最後に個性“凝固”によって動けずに地面に横たわる扇動に歩み寄る。

 

 「むーくん大丈夫!?」

 「怪我自体は掠り傷だけだから問題ねぇけどよ。ヒーロー資格保有者でもない学生が個性使ってヴィラン事件に首突っ込んだ方が問題だがな」

 「そ、それは……だけど!」

 「ま、だからと言って助けないってのは英雄(ヒーロー)としては見捨てられねぇよな」

 

 言われる事に確かにと思うも、友達であろうと無かろうと見捨てる選択肢は存在しなかった。

 扇動の様子から良し(・・)としているのは分かるが、この事を他の人達がどう判断するかは別だ。

 自分達のやった事は間違っていないと思っていようと、規則(ルール)を破ったのは確かなのだから。

 特に今回職場体験中と言う事もあって職場体験先のプロヒーローの責任問題に成り兼ねない。

 迷惑をかけてしまうかも知れない不安と同時に、待機を命じられながら参戦してしまったからにはグラントリノに何て言われるか……いや、最悪殴られるか…。

 不安を抱いているのを察して扇動は困り顔ながら笑う。

 

 「言い訳は考えてあるし、話もしといた(・・・・・・)から最悪の事態(・・・・・)は避けれると思うが、お叱りは甘んじて受けろよ」

 

 そう言ってバーニンに視線を向ける扇動。

 二人の様子からして何かしら話は通っているのだろう。

 眼があった事でバーニンは悪い笑みを浮かべる。

 

 「地味にやられたな!デカイ口聞いたわりには情けねぇな」

 「……ゥルセェよ。こんな時にまで発破かけんな。そう言うのを突破すんのは英雄の役目だ……なぁ?」

 

 怪訝な顔を浮かべながらこちらに同意を求められても頷く事は出来ない。

 寧ろ、何故自らをヒーローから外す(・・・・・・・・・・・)のかが理解出来なかった(・・・・・・・・)

 首を傾げる緑谷を他所にバーニンは動けない扇動を揶揄う。

 

 「立てねぇなら担いでやろうか?」

 「勘弁してくれ。もう…動ける」

 

 担ぐと言っても持ちかたは様々だ。

 しかしながらバーニンが見せたモーションは“お姫様抱っこ”。

 あからさまなまでの揶揄いに扇動は鼻で嗤いながらゆっくりと立ち上がる。

 ステインの個性“凝固”はB型なら最大の八分行動不能にするが、逆にO型は硬化時間が一番短い。

 緑谷同様にO型であった扇動は動き難いながらも動けないほどではなく、これから揶揄うネタが出来そうだったバーニンは笑いながら「残念」と口にする。

 とりあえず表の通りに出るかと歩き始めたのに続いて行こうとした緑谷だが、動き辛そうな扇動に手を貸そうと振り返るも大丈夫だと断られる。

 ここに芦戸と八百万が居たならばまたですか(体育祭決勝後)と呆れていたところだろう。

 

 なんにせよ通りに向かって歩き始めた一行。

 そして通りに出たところで目に入ったのは緑谷と扇動の見知ったプロヒーローであった。

 

 「……えッ!?グラントリn―――」

 「座ってろって言っただろうが!!」

 「―――ヘブッ!?」

 

 ジェットの個性を用いた目にも止まらぬ蹴りが、指示を無視した緑谷に直撃した。

 軽め(・・)とは言え見事な蹴りにバーニンが口笛を鳴らして関心を示し、扇動が相変わらずだなと眺めるも喰らった緑谷を除く他の面々は驚きで目を丸くする。

 続いて他のプロヒーローが駆け付けて来た。

 なんでも知らせを受けたエンデヴァーよりこちらに向かうように指示を受けたとの事。

 それにしてもなんてタイミングの悪さだろう。

 

 掴まっているステインに負傷したヒーロー予備群(学生)

 交戦したのは誰の眼にも明らかである。

 

 「もしかして君らが?」

 

 集まったヒーロー達はまさかと半信半疑で口にする。

 どう答えるべきかと冷や汗を流す緑谷の前に扇動が出た。

 

 「いんや、バーニンが倒してくれたよ(・・・・・・・・・・・・)

 

 たった一言で察したグラントリノを除く、集まったヒーロー達は納得してしまった(・・・・・・)

 あのヒーロー殺しを“学生が倒した”というよりは“プロヒーローが倒した”という方が納得するし、そのプロヒーローはナンバー2ヒーローエンデヴァーの下に居る実力のある有名サイドキックなら説得力はあるだろう。

 加えてステインは打撃以外に焦凍の炎により火傷を負っているが、バーニンも炎系の個性持ちである事も要因の一つになる。

 だが、動けずとも見ていたネイティブが否定を口走りそうになるも、すかさず扇動が何かを耳打ちした事で肯定した。

 何を言ったのか気になるところだが、ネイティブの様子から聞かない方が良いような気もする。

 

 「扇動、どういう…」

 「あとで説明するから今は合わせろ。イズクも天哉もな」

 

 問いかける焦凍を小声で制止すると流れでこちらにも口にする。

 頷いて了承している間にヒーロー達は怪我している事もあって救急車の手配などを行う。

 

 ゆえにと言えば良いのか上空より接近する者に気付けなかった。

 

 「―――ッ、伏せろ!!」

 

 羽ばたく音を耳にしてグラントリノが叫び、“伏せる”という行動より何事だとその原因へと視線を向ける。

 上空より降りて来る蝙蝠のような翼を持つ脳無。

 皆が身構える中で迷うことなく脳無は足で緑谷を掴むとそのまま攫って行ってしまう。

 

 

 

 いち早く動いたのは二人(・・)

 緑谷に英雄(オールマイト)へ成れる可能性を見出したステインと、緑谷なら英雄に成れると信じている扇動。

 互いに互いを認識したところで足は止めず、目標は緑谷を攫った脳無以外にない。

 

 「牽制する!―――アンク!!」

 

 告げると右手に装着したままの籠手“アンク”を解除してメダルを脳無の進行方向へ放り投げ、扇動の声紋と音声(アンク)に反応してメダル目掛けて飛んでいく。

 突然眼前をメダルを追いかけた推進剤を吹かすアンクが勢いよく通り過ぎた事で()を止めた。

 そこを飛行可能な個性持ちのグラントリノが行くかと思えば、腕を縛られていたステインの方が早かった。

 

 ここに来るまでに負傷していた脳無が流した血が頭上を飛行した際に、集まっていたヒーローの一人に付着していたのを目撃していたのだ。

 隠し持っていたナイフにて縄を切るとその血を舐め取り、脳無は凝固の個性によって身体が膠着して落下し始め、先を走っていた扇動を追い越して(・・・・・)ステインは跳びかかりナイフを脳天に突き刺した。

 急に掴まれて連れ去られようとされた事も驚いたが、それ以上に殺した(・・・)所を目撃した事に驚愕と畏怖を覚える。

 状況に思考が追い付かない緑谷を他所に脳無は墜落を始め、そのままでは緑谷諸共に地面に激突してしまう。

 落ちる前にステインに無理やり引っ張られて後追いに成ってしまった扇動へと放り投げ、察した扇動は真正面から受け止めるのではなくて力を受け流すようにしながら受け止めた。

 

 「無事かイズク!?」

 「うん、僕は……だけど」

 

 助かった安堵より先に捕縛から逃れたステインへと視線を向ける。

 誰もが慌てて戦闘態勢をとる中、大声が響き渡って来た。

 

 「何を集まって足を止めている!?こちらにヴィラン(脳無)が逃げた筈だ……が………まさか、ヒーロー殺し!!」

 

 脳無を追って来たエンデヴァーの声にステインがゆるりと振り返る。

 目元を隠すように覆っていたボロ布が解け堕ち、誰もがその素顔に慄いて個性を使われたかのように膠着する。

 

 隠れていた削ぎ落された鼻が露出し、焦点を失いかけているにも関わらず強い念の籠った瞳がヒーロー達を捉え、全身から噴き出すような威圧感が周囲を呑み込む。

 緑谷達学生もだが、その気迫にエンデヴァーもグラントリノも気圧される。

 

 「贋者め……偽者共め!誰かが正さねば……正しき社会の為に………己が手を地に染めてでも真の“英雄(ヒーロー)”を取り戻さねば!!」

 

 一歩近づく。

 ただそれだけなのに向けられた圧に押し潰されそうになり、ナニカ(・・・)怨念のようなものがステインの背後に幻視する。

 あまりの気迫にヒーローでさえ立って受け止めるには覚悟が足りず、何人かが後ずさるか座り込んでしまう。

 

 「来い偽者共!俺を倒して良いのは……俺を殺して(・・・)良いのは――――オールマイト(本物の英雄)だけだぁあああああ!!!」

 

 気圧された事を掻き消すように攻撃に移ろうとエンデヴァーが構えたが、彼の誇る炎がこの場にて振るわれる事は無かった。

 言い終わると同時に威圧感は霧散し、ステインは白目を剥いたままピクリとも動かなくなってしまったのだ。

 

 「………気絶、したのか……?」

 「な、なら今のうちに捕縛するぞ」

 

 気圧されたヒーロー達は恐る恐る、エンデヴァーとグラントリノ、バーニンはまだ向かってくる可能性も考慮して最大限の警戒をしてステインを拘束する。

 あまりの威圧に緑谷も飯田も焦凍もその場を動けず、ただただ呆然と様子を見守るばかり。

 その中で扇動は複雑な感情に浸っていた。

 

 ステインの行いは間違っていると断言する。

 そもそも考え方が根本で異なっているのだ。

 英雄(ヒーロー)以外の英雄(職業)鍛える側(扇動)切り捨てる側(ステイン)では水と油。

 語り合っても互いに納得できる終着点は見いだせないだろう。

 

 だがその反面、奴の放った気迫は執念―――いや、強過ぎる信念ゆえのものであった。

 自身にあれだけのモノがあるかと問われれば首を横に振るわざるを得ない。

 信念の強さにおいても技術の高さにおいても上だった。

 扇動は扇動の考えゆえに否定したが、そう言う面では大敗を期した。

 

 倒した事を後悔する事は無いけれど、言葉にし辛いがナニカぽっかりと穴が空いた様な感覚。

 喪失感ではなく敗北感?

 それとも別の感傷的なものだろうか。

 訳の分からない難しさを感じながら扇動は空を見上げる。

 

 

 「―――…セン……ドォ………ゥ…」

 

 

 ふと、誰かに呼ばれたような気がして振り返るも、そこには誰も居はしなかった。

 ただそこにはステインに脳天をナイフで刺され、絶命したであろう脳無が横たわるのみ。

 瞼を閉じずに開きっぱなしの虚ろな瞳はこちらを見つめているようであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 暴れ回っていた脳無は倒されるも、起こった火災など被害が燻ぶっている保須市を一望出来る高所に二人の人影があった。

 一人は冷静かつ何の感情も見せない黒霧。

 もう一人は今にも手にしていた双眼鏡を壊しかねない程にご機嫌斜めの死柄木 弔のヴィラン連合を代表する二人だ。

 脳無を送りつけてから一部始終を眺めていた死柄木はガリガリと首を掻き毟る。

 様子から苛立っているのは一目瞭然であるが、彼の怒りを即座に鎮火させるだけの言は無い黒霧は自ら語り掛けずに死柄木の反応を見守る。

 

 「ふざけるんじゃあないよ!何だよコレ!何なんだよアレは!?」

 

 ようやく口を開いたかと思えば予想通りの怒りの言葉。

 だが、その気持ちの一端は察する事が出来る。

 予想外にエンデヴァーなどのプロヒーローが居た事で、投入した脳無が比較的短時間に全滅。

 嫌々ながらもこれから手を組む予定(・・)だったステインの敗北。

 そして雄英高校襲撃時から特に毛嫌いしている学生二名(・・・・)の姿が見受けられる事。

 付け加えればステインによって脳無の一体が屠られた事もある。

 なんにしても死柄木は思い通りに事が運ばなかった事に対してキレている。

 

 ただその怒りのままに襲い掛かるような安直な真似をしないだけ助かる。

 投入した脳無もステインも警察やヒーロー達に捕縛されていく様子を眺め、やはり死柄木は手にしていた双眼鏡を“崩壊”させ、溜まった苛立ちを放出するように特大のため息を吐き出す。

 

 「……帰ろっか」

 

 ポツリと死柄木が口にした事で黒霧は“ゲート”を開きながら、怒気どころか不貞腐れた様子もない事に驚く。

 先程の怒りは何処に行ったというのか。

 それと彼の機嫌を良くするような収穫があったのだろうか?

 

 「何か得るものはありましたか死柄木 弔?」

 「そりゃあ明日次第だ黒霧」

 

 何処か楽しそうに死柄木は空を見上げる。

 そこには保須市の惨状を知って上空より撮影するテレビ局のヘリが飛んでいた。

 カメラより中継された映像には暴れ回る脳無は勿論ながら、通りでヒーロー達を威圧する信念を晒したステインや、高見より眺めていた死柄木達も映し出されていた…。



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第48話 辛い勝利者達

 投稿が遅れに遅れて申し訳ありません。
 まさか風邪が治るとすぐに風邪をひくとは……。


 世間は昨夜起きた保須市での事件で沸き立っていた。

 雄英高校を襲撃したのとは別個体の脳無が複数対暴れ回り、ヘリから報道していたカメラにはヴィラン連合の主犯と目される死柄木 弔と黒霧の姿が高所より様子を見下ろしていたのが映り込み、多くのヒーローを襲っていたヒーロー殺し“ステイン”が同時刻に捕縛されたなどなど話題が尽きない。

 高い戦闘能力を持つ脳無に対して保須市で活動しているプロヒーローではまったくもって歯が立たず、偶然ながら居合わせたエンデヴァーとグラントリノの活躍もあって短時間且つ最小限の被害で事件は収束する事が出来た。

 しかしながら世間を賑わしているのはヒーローの活躍よりもヴィラン側にある。

 ヒーロー育成機関の名門中の名門、雄英高校を襲撃してから半年も経たぬ間の大きな事件を起こし、時を同じくしてしてステインも事件を起こしていた事でヴィラン連合と関りがあったと考えられ、ニュースでは軒並みヴィラン連合の事ばかり語られている。

 この事件によって潜んでいたヴィラン達が影響を受けて活発化するのを感じ取り、危機感を抱いているのは極一部の者だけだろう。そして解っていても未知への危険に対処など到底出来るものではなく、今後どのような事態に陥る事になるのかは誰にも知る術はない。

 

 

 職場体験四日目。

 緑谷 出久に飯田 天哉、轟 焦凍の三名は職場体験を一時中断して保須総合病院に入院していた。

 保須市の多くで普段通りに近いの光景が広がっているものの、昨夜の事件で被害を受けた区域などでは被害状況の確認やら瓦礫の撤去や復旧作業に追われている。

 ヒーロー事務所で職場体験している学生とは言え、保須市の警察もヒーローも手一杯で猫の手も借りたい程で、扇動 無一も手伝いとして駆り出されている。

 本人達も手伝いをしたい気持ちはあれどステインとの戦闘で怪我を負っている事もあって休養を優先せざるを得ない。

 特に両肩を刺された飯田に慣れぬフルカウルでの戦闘にて腕の骨に罅が入った緑谷などは数日間は活動への復帰は難しく、残りの期間が少ない為に職場体験の復帰は絶望的となっている。

 ちなみに焦凍は掠り傷なれど検査入院するようにと担当のエンデヴァーの指示を受けるも、扇動は「身体が鈍る」と入院を拒否したそうだ。

 見舞いと話に来たグラントリノが「祖父が祖父なら孫も孫だな」とぼやきながら教えてくれた。

 ただステインによって扇動 無一の祖父である流拳が負傷したが、意地で入院を拒んだ事は一切公表されてない為になんの事だろうと首を傾げる事になった。

 

 三者三様に自身が受けた傷口を見やる。

 名誉の負傷―――というよりは今回の一件で想い知らされた自らの未熟さを戒める傷……。

 緑谷は襲われていたプロヒーロー(ネイティブ)友人(飯田)を助けるべく、個性を用いて(・・・・・・)ヴィラン(ステイン)と交戦した。

 誰かを救う為に身を賭して闘うなどある種の美談であるも、理由はどうであれ個性を用いて人を傷つける事は違反であり、それが許されるのは個性の使用を許可されたヒーロー免許保有者ぐらいなもの。

 救おうとした行為は間違ってないと思いつつも、規則(ルール)を破ってしまったのは事実。

 それにステインは緑谷にヒーロー(英雄)の断片を見出して明らかに手加減して戦い続けた。

 凝固の個性は良い個性であっても強個性では決してない。

 そして数の差もありながら殺す事を禁じ、プロの増援もあった事も含めて焦りながら戦っていたのだから、彼が本気で殺しに来ていたのなら全滅していた可能性が非常に高かったろう。

 

 浅慮に力不足を噛み締めた三名だが彼ら自身が罰せられる事は無かった。

 保須警察署所長である面構(ツラガマエ) 犬嗣(ケンジ)直々に注意され、ステインはヒーロー資格未取得の学生ではなくエンデヴァーかバーニンなどのプロヒーローが倒したと公表すると提案を受ける事になったからだ。

 ステインは骨折に火傷とかなりの重症との事でこれをヒーロー資格未取得がやったと公表すると将来も含めた問題が生じるが、エンデヴァーやバーニンがやったとなれば資格所有者であるプロヒーローがヴィランと対峙しただけとなる。

 どちらも炎系の個性で火傷の条件に合うし、すでに扇動が現場で行った軽い情報操作を含めて噂ではバーニンが倒した事になっているのでそこらへんは容易なようだ。

 確かにプロヒーローを救い、ステインを倒したという功績は無い事にされるが、メリットとデメリットを考えるとこれは大変ありがたい話である。

 加えて自分達が行い犯した違反(・・)を英断と功績による“偉大な過ち”と称され、誰にもケチを付けさせたくないと面構署長個人としては賞賛している事を言われては呑まない訳にはいかない。

 これにて三名(・・)が犯した違反は無かった事になったが、職場体験先のヒーローには責任問題として多少の罰が下る事に。

 注意と提案に訪れた面構署長と共にグラントリノや飯田の担当だったプロヒーロー“マニュアル”居り、その場で申し訳なくて飯田がマニュアルに頭を下げて謝罪すると、「人に迷惑が掛かるから二度とするなよ」との注意と軽く小突くだけで済ませてくれたが、自分達が至らぬ身である事を痛感させられた。

 グラントリノも罰を受けたが小言は口にしたがその行動をとやかくいう事は無かった。

 ゆえに自分達がまだまだ至るぬ身である事をより強く認識してしまう。

 

 特に飯田は私怨に囚われて襲われていた誰かを助けるなど頭に無かった事もあって余計に……。

 ステインに腕を刺された際に神経にダメージが及び、指の痺れなど後遺症が残るも神経移植すれば治る可能性があると伝えられた飯田は、自分が目指すヒーローに成るその日まで戒めとして残す事を決意した。

 素直に凄いなぁと感心してしまった。

 もうすでに今回の一件での反省や意図を呑み込み、ヒーローを目指して歩みだそうとしている。

 僕も踏まえて強くならなくては。

 そう思っていた矢先、ノック音が響いて扉が開いた。

 

 「見舞いに来たぞ。ほれ」

 「ありがとうむーくん」

 「……いや、お前も見舞われる側だろ」

 「入院してねぇんだから見舞う側で良いンだ」

 

 時刻は17時を回っており、本日の職場体験を終えた帰りに寄ってくれたのだろう。

 制服でもコスチュームでもなく水色のノースリーブロングパーカーに裾を織り込んだ緑色のズボン、薄い黄色の長袖Tシャツという私服姿である。

 手渡された箱を開けるとフルーツゼリーの詰め合わせであった。

 

 「お見舞いっていうとフルーツっていうイメージあるよね」

 「メロンとかな。けど腕怪我してる奴が多いのに切るのも剥くの難しいだろ。それに生ごみの処理も面倒だし」

 「扇動君らしいな。有難く頂くよ」

 「おう。それとこっちはエンデヴァーからだ――――皆で、だってさ」

 

 エンデヴァーからの品と聞いて焦凍が不快そうな表情を浮かべるも、続く“皆で”との言葉で開こうとした口を閉じてむすっとそっぽを向く。

 轟家の事を聞いている緑谷は焦凍への品なら本人が断っていただろうけど、皆でとなれば断らないだろうと扇動が入れ知恵したんだろうなと察して苦笑いを浮かべる。

 

 「扇動君はお咎めはあったのかい?」

 「あー、グラントリノから詳細は聞いてっけど、お前らよりはかなり軽いぞ。無個性ゆえに個性で人を傷つける事もねぇからな。それに救援とプロヒーローを呼んでもいたしな―――バレたら怒られそうな事はしたが」

 「何をしたの?」

 

 問いかけるも苦笑するばかりで答える気が無いのが解って誰もそれ以上聞こうとは思わなかった。

 脳無が大暴れしたせいで警官もヒーローも手一杯である事もあって火事場泥棒は数件起こっており、災害時や大きな騒動では少なからず居るだろうと警戒して巡回して見つけては逮捕して回っていたのだ。とはいえ学生が歩き回るには遅い時間で補導の対象と成り兼ねない。

 なので受け入れ先のエンデヴァーに話を通し、現場の混乱を承知している上に自身は他にも居ないかと捜索しなければならない状況下から了承された。

 後で問題にならないように逮捕するも自分の手柄ではなく、他のエンデヴァー事務所のサイドキックに報告を入れてその者が逮捕した事にはした。

 おかげで問題にはなっていない。

 そんな事情を知らない緑谷達に扇動はポケットに突っ込んでいたジュース缶を渡してくる。

 

 「なんだったか……勝者には美酒こそが相応しいが、敗者には珈琲の苦さが―――だったか?なんにせよまだ未成年だから(ワイン)の代わりにグレープジュースだがな」

 「ありがとう。ところで今のは誰の言葉?」

 「あー…誰だったか。俺も歳かな」

 「いやいや、同い年でしょ!?」

 

 ツッコミを入れながら何処か“らしくない”と感じながら、その微かな違和感は口にしたグレープジュースと一緒に流れていく。

 扇動も別の缶に口を付けながらふと思い出して焦凍に携帯を差し出す。

 なんだと画面をのぞき込むと不機嫌そうな表情が一変、吹き出しそうになって肩を大きく震わし始めた。

 何を見せたのかと首を傾げていたら画面を向けられ一枚の画像が映し出されおり、保須市にある有名ケーキ店にケーキを買い求めて多くの女性客が店内で楽しみ、入り切れない者は長蛇の列に並ぶ。

 その中に物凄く居心地悪そうに並んでいるエンデヴァーの姿が……。

 思わず除いてしまった緑谷も飯田も噴き出して笑い転げてしまう。

 どうにかして耐えた焦凍は呼吸を整え、そっぽを向きながら問いかける。

 

 「アイツは居んのか?」

 「“俺はメリケン男(オールマイト)の代わりかッ!?”ってガチギレしてたけどな」

 

 日本のナンバー2ヒーローであるフレイムヒーロー“エンデヴァー”は、保須市にはステインを捕縛しようと訪れただけで担当地域は別にある為、ステインが捕まり脳無の襲撃も収拾した今となってはここで油を売っている暇はない。

 だけど襲撃を受けた保須市民の不安や恐怖心を和らげるためにはそれなりの支え(・・)が必要。

 不愛想且つ威圧的で近寄り難くも実力確かなトップヒーローが居るというのは多少なりとも効果はある。

 本当なら市民を安堵させる為にも大人気で平和の象徴オールマイトに来てほしかったであろうが、オールマイトに成れるのが(・・・・・)一日数時間だけな為に八木も断らざるを得なかった。

 正直エンデヴァーに頼んだのだってファンサービスの類を行わず、ヴィラン退治や事件に重きを置く事から断られると思っていただけに市長は受けた事に驚いていた。

 実は見舞いの口実に残ったのは秘密であるが……。

 ※行こうとは思っても気まずさもあってまだ来れていない。

 

 「最悪でも後一日はいるらしいから」

 「そうか」

 

 短く焦凍が返事をすると沈黙が続いた。

 緑谷は燻ぶる思いを口にしようと缶を置いてしっかりと扇動を見つめた。

 

 「むーくん……僕は強く成りたい」

 「あぁ、そうだろうな」

 

 職場体験でオールマイトを鍛えたグラントリノの下にいるとは言え、すでに期間である一週間の内四日目でステイン戦で腕に罅が入っているので退院したところで日数も足りない上に本格的な指導は不可能。

 誰かを護るオールマイトのような英雄(ヒーロー)に成るのならもっと強くならなければと強く思うだけに、これまで以上に鍛えなければならない想いを込めて扇動に向ける。

 

 「だから――――イタイ!?」

 「急くな」

 

 強過ぎる(・・・)想いと共に口にしようとした緑谷に、バチンと音を立ててデコピンが額を襲う。

 いつもながらの痛みに額を押さえながら「なんで!?」と驚きながら見つめ返す。

 

 「まずは身体を休めろ。話はそれからだ。考えてはやっから」

 「―――ッ、うん!」

 「扇動、俺も!」

 「僕もお願いする!」

 「だから急くなつってんだろうが!!」

 

 緑谷に続くように口にした焦凍と飯田にも同じくデコピンを見舞う。

 「――ったく」と呆れながらも頬を緩めている様に、クスリと笑ってしまった。

 

 「体育祭前みたく短期間ではなくちゃんとしたメニューは考えておく。だからゆっくり休めろ。ただでさえ無茶しがちなんだから」

 

 そうため息交じりに言うと缶の残りを一気に飲み干して「またな」と病室を後にしていった。

 三人ともお互いに強く、目指すヒーローに成ろうと口にするのを背で聞きながら、扇動は廊下に設置された自動販売機横のごみ箱に無糖のブラックコーヒー缶を入れて行くのであった……。

 

 

 

 

 

 

 オールマイトは自身の秘密を知る数少ない人物の一人、塚内 直正(ツカウチ ナオマサ)警部は八木 俊典(オールマイト)と共に雄英高校の開発工房へと足を運んでいた。

 彼はヴィラン連合絡みの事件を担当している事もあって、本来ならば脳無が暴れ回った保須市へ向かうべきなのだが、保須市よりある物(・・・)が送られてきた事からこちらを優先したのだ。

 加えて彼の地では被害状況すら把握していない為に、事件の全貌の前に調査や復興作業の準備段階で手一杯で、ヴィラン連合に絞っての捜査を行うにも行えない状況かと言うのもあった。

 雄英高校襲撃時に確認された“脳無”が使用され、テレビ中継に指名手配しているヴィラン連合の“死柄木 弔”と“黒霧”の姿が確認された事で関与は疑う余地はない。

 犯行声明こそないものの直積的でも間接的にでも関与の証拠として十分。

 それらもあって塚内は開発工房へと向かい、来ることを聞いた八木が案内をしている。

 

 「半年も経たずにこうもやられるとは……ね」

 「面目ない。あの時に私が捕まえていれば………」

 「責めている訳ではないよ。寧ろ手掛かりのひとつでさえ我々(警察)は掴めていないのだから」

 

 お互いに肩を竦めて力不足を嘆くも、後悔と反省はほどほどに先を見据えなければ。

 目的地であった開発工房の扉を開けば幾人もの学生―――はほとんど居らず、居るのは教員のパワーローダーと発目ぐらいだ。

 放課後という時間帯から多くの学生が詰めているけど、今日ばかりは必要最低限にパワーローダーが制限をかけた為に発目以外の生徒は訪れていない。

 

 「お、来たね。目的のブツは用意出来てるよ」

 「済まない。ここで見る事は?」

 「用意しといたよ」

  

 会話を交わしながら進んだ先には、二人がここまで来た理由がそこに鎮座していた。

 扇動 無一用のコスチューム(実験機)が一つ“G3”。

 暴れ回った脳無の一体と戦闘を行った装備で損傷しているものの、軽傷(小破)で済んでいるのは性能と使用者の戦闘秘術によるものだろう。

 修復作業も行われずに切れたエネルギーを充電しただけだが、目的からすればそれだけで十分であった。

 目的のモノはG3に記録された戦闘データ。

 改修・改造を施すにも実際の戦闘データというのは欲しい所で、G3にも当然データ収集用の機器(システム)が組み込まれている。

 加えて言うのであればカメラも搭載してあるのでデータどころか映像まで記録されていた。

 

 ヴィラン連合の戦力であろう脳無の正確な情報の一端。

 担当官としては今後の対策や思案を講じる上で喉から手が出る程欲しい情報だ。

 

 「ただ……コピーを取った形跡はあったがね」

 「多分、()だろうね」

 

 パワーローダーの一言に使用者の名前を先に知らされていた塚内は肩を竦ませながらため息は吐いた。

 この反応にパワーローダーは勿論、今ここでコピーされていた事を知った八木も疑問を抱く。

 まるで抜き取った人物を知っているようではないか………と。

 

 「どうしんだい?」

 「いや、君は扇動少年の事を知っていたのかい?」

 「昔、事件で少し……ね」

 

 何処か口にし辛い空気を察してそれ以上聞く事は無かった。

 いや、ただ辛いというよりは………。

 八木はそこまでで考えるのを止めて、パワーローダーより塚内が受け取った記憶媒体を見つめる。

 あの中に脳無との戦闘データが入っているのだろう。

 

 「彼からも意見を聞きたいのだけど……」

 「さすがに戻っていないよ。病院にも行っていないようだけどね」

 「揃って(祖父・孫)病院嫌いなのだろうか」

 「何かあったのかい?」

 「報告は挙がっているけど、ちょっとあってね。それよりも私としては彼がステインに―――“英雄回帰”に染まってないかの方が心配だよ」

 

 ステインが捕まった報道は世間に大きな波紋と共感(・・)を広めていた。

 捕縛されたステインは過去にヒーローを目指してヒーローの育成機関に入学するも、自身の理想とかけ離れている現状から短い期間で中退。

 彼の行動理念である“ヒーローとは見返りを求めず、自己犠牲の果てに得る称号であるべきだ”という主張―――”英雄回帰”を街頭演説などで語るも聞くものがいないのは自身の言葉に力がないからと断念。

 自らを鍛え上げて行動に移したのだ。

 狩られたのは彼が贋者と判断したヒーローのみだけではなく相当数のヴィランもであって、ステインが現れた区域でのヴィラン犯罪数が激減するというデータが存在する。

 英雄たるものは英雄(・・)で在れといった風潮煽るのみならず、英雄を英雄として取り戻す為に我が身を棄てても事を成そうとしたステインを評価する者が一日と経たず現れたのだ。

 これからその風潮は強まると感じている。 

 それも悪い意味でだ。

 

 人と言うのは他人の全てを理解する事など不可能に近い(・・)

 深く関わるなら兎も角大抵は表面上の事柄や、自分が知り違った情報へと変換されてしまう。

 ステインの焦がれるような執念ではなく、表面的な物だけを勝手に受け取った模倣犯が必ず現れるだろう。

 警察内部ですら英雄回帰に興味を抱く者がいたぐらいだ。

 子供にとってそれはどんな影響を与えたものか分かったものではない。

 

 「それは無いです」

 

 真っ向から否定したのは発目であった。

 ばっさりと言い切られた事に自然と三人の視線が向く。

 表情からして決して冗談の類で言っている訳ではないのは解る。

 

 「どうして言い切れるんだい?」

 「本質が違いますので」

 「本質?」

 「確かにどちらも同じモノ(英雄)を見ているでしょう。けれど“意に添わないから排斥”するのと“意に添わずともそれはそれと受け入れる”。この違いは決定的なものです。それこそ天と地ほどの差があるように」

 

 はっきりとそう答えられた。

 この回答に八木も塚内も意外そうに見つめる。

 扇動を信用・信頼している者は居るだろうが、扇動を理解している者は少ないと思っている。

 なにせ自身の事を自らは話そうとしない為に理解しようにも知るのも察する他ない。

 それも限度があるだろう。

 

 特に驚いたのはパワーローダーであった。

 サポート科の生徒で発目が一番扇動と関りがある人物であるが、“人付き合い”としてではなく開発に至る互いの利害の一致によるところが大きい。

 元々然程“人”に対して興味の薄い事も驚愕させ得る一端である。

 

 「何故君はそこまで扇動少年を―――」

 「昨日電話で聞きましたので!」

 

 本人の談と即答されてガクリとコケる(・・・)

 “らしい”と言えばらしいのだけど、感心していただけにコケ具合は大きい。

 苦笑いを浮かべながら八木は立ち直して続きを問う。

 

 「扇動少年はなんと?」

 「自らの未熟さをただ恥じると………それは私も同じですが。G3はまだ実験機とは言え、まだまだ未完成なのは私の未熟ゆえ。今回のデータを元に完成を急がなくてはいけません」

 「だったら他に手を出さずに完成させなさいよ発目ェ……」

 「それはそれ。これはこれです」

 

 ニカっと笑いながら発目は開発工房の片隅へと視線を移す。

 アンク(籠手)AI(人工知能)を搭載して欲しいというリクエスト(注文)に早速手を出し、そして扇動が要望している“グリス”ではなく別のコスチューム制作に取り掛かっていたりする。

 バイクにコスチューム、サポートアイテムなどなど注文側(扇動)もだが、制作側(発目)の熱量も非常に高い。

 

 勿論それらは発目を含めたサポート科のチームが思うがままに組み立て、試行錯誤の為に実験を繰り返す為にしわ寄せが全て責任者(・・・)に回るわけで、記憶媒体を受け取った二人は別としてパワーローダーだけは胃にチクリと痛みを感じ、早めに薬を手に取るのであった………。




●…勝者には美酒こそが相応しいが、敗者には珈琲の苦さが―――

 何か作品の台詞だと思うのですが思い出せず、検索しても出てこなかった為にタイトルとキャラクター名書けず………無念。

追記
【タイタニア】アジュマーン・タイタニアより


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第49話 撮影

 一人の少年ががっくりと肩を落として、大きなため息を零していた。

 少年の名前は蛙吹 五月雨(アスイ サミダレ)

 彼は今日と言う日を心待ちにしていた。

 家から二駅ほど離れた場所であの“猿渡 一海(ペンネーム)”がシナリオを描いた初の映画撮影が行われるのだ。

 “猿渡 一海(ペンネーム)”はメディアに一切情報を出さない作曲家で発表した曲のことごとくがヒットする事で有名な人物で、彼もだが彼の姉に妹もお気に入りのCDを買っていたりする。

 特に発表された曲の中には姉の声そっくりなモノもあって、周りからその話を聞いて以降気になって聞き始めたらしい。

 

 当然ながら主題歌も担当しており、撮影現場では数量限定で先行販売が行われている。

 しかもその現場のキャストのサイン入りという限定版仕様。

 五月雨の目当てはまさにそれだったが転売されているものは非常に高く、小学校(十歳)と言う縛りがある以上は休日を狙う他なく、撮影日が休日に重なった今日になるのが楽しみで仕方ない。

 撮影場所によっては当日エキストラの抽選会もやっていたりもして、自分が選ばれたらと妄想まで膨らませながらワクワクドキドキと期待で胸を膨らませた。

 膨らむだけ膨らみはするも、その期待は当日になって急速に萎む事になる……。

 

 本来の予定では休みと言う事で父が連れて行ってくれるとの事だったのだけど、仕事の疲れもあって爆睡して揺さぶっても唸るだけで起きる気配はなく、姉に連れて行って貰おうと思うも職場体験の疲労から父同様に起きる事はなかった。

 時間も差し迫っていた事もあって起きていた妹に玄関の戸締りを頼み、少ない小遣い片手に大慌てで家を跳び出した。

 不安と淡い期待を混ぜ込んだ思いを胸に電車に乗り込み、撮影現場に到着した彼に突き付けられた現実は“完売”の二文字。

 無論抽選会も終わってとんだ無駄骨となってしまった。

 怒りやら苛立ちやら悲しいやらで膨れっ面になって立ち尽くす五月雨。

 そんな彼に一人の男性が近づく。

 

「迷子か?」

 

 声を掛けられ振り向くと純白のスーツに中折れハットを着用しているお兄さんが立っていた。

 見た感じから姉と同い年くらいだろうか。

 そう思うと視線を落としながら首を横に振って先の問いを否定する。

 

「なら具合でも悪いのか?」

 

 さらに問いかけるお兄さんに五月雨はぽつりぽつりと事情を零す。

 すると驚いたようで一瞬目を見開き、「そうか」と僅かに微笑みながらふわりと頭を撫でられた。

 

「わざわざ二駅も一人で来るとは大したモンだ。これは手ぶらで帰す訳にはいかないな」

 

 そう言うと撮影現場を周辺を見渡ながら取り出した携帯電話で誰かと話し始めた。

 どうしたんだろうと眺めていると撮影現場の方からおじさんがやって来る。

 こちらに向かってくる事から戸惑うもお兄さんは微笑むばかり。

 やって来たおじさんは「子供のエキストラが足りないから、良ければやってみないかい?」と言ってきたのだ。

 それもお礼に内緒でCD(予備)を差し上げますというオマケ付きで。

 いきなりの事で驚きながらも二つ返事で引き受けて、言われるままにしていると撮影はスムーズに終わり、五月雨はおじさんからCDを受け取って先のお兄さんの所へと走った。

 これらは全部あのお兄さんのおかげだという分かっているのでお礼を言わなくちゃというのと、少し聞きたい事もあるので足が自然に早まる。

 戻ってお兄さんに開口一番に礼を言うと「良かったな」とだけ言って笑う。

 だから五月雨も満面の笑みを返し、そしておずおずと不安交じりに問いかける。

 

「お兄さんは――――“猿渡 一海(ペンネーム)”なんですか?」

 

 周囲の人から離れた位置であった事と周りの雑音に紛れ、小声で問いかけた事でその言葉を耳にしたのはお兄さんのみ。

 少しばかり悩む仕草を見せたお兄さんは苦笑を浮かべ、唇に人差し指を当てた。

 反応から本人なんだと思うと嬉しくて仕方がない。

 

「良く気が付いたな」

「色々と手を回してくれたから偉い人だと思ったけど、監督さんはあの人ぽかったからもしかしてそうなのかなと」

「推測と予測、あとは勘と言ったところか。タダ(11人いる!)のように優れた直観力でもあるのかな?」

 

 クツクツと笑うと手にしていた紙袋の口を向けながら「どうぞ」と勧められ、中からシュガードーナツを手に取って齧る。

 ふわっと上品な甘さに程々の油を纏うしっとりしたドーナツの味わいが広がり、美味しいと二口目はガブリと大口で齧り付く。

 同じくお兄さんもシュガードーナツを齧るのだけど、憧れの人だからか似た動作にも関わらず格好良く観える。

 真似をするように齧ると微笑ましそうに笑った。

 

「さて、どうしたものか。俺としてはあまり知られたくないのだが」

「勿論秘密にします。だから、その、サインを……」

 

 交換条件と言う程ではないが、ならばとサインを強請るも色紙は持ち合わせていない。

 ハッと先ほど貰ったCDが脳裏を過るもそもそもすでにキャストのサインが入っているのでスペースが少なすぎる。

 焦り悩む素振りから察して一つ提案―――否、趣味の布教をする事に。

 

「サインぐらい構わないさ。ただ色紙などを持ち合わせてなくてね。お気に入りのCD(仮面ライダー系)があるからそれにサインしてプレゼントしよう」

「良いんですか!?」

「秘密を守ってくれるなら安いぐらいだ。とは言っても別に性別と年齢、格好とかを言わなければ会った事自体は言ってくれても構わないが……。そうだ、時間があるなら色々と遊んでいくかい?」

 

 思いもしなかった誘いにキラキラと目を輝かせる。

 到着時には最悪な日だと思ったけど、今となっては最高の一日になりそうだと五月雨は頬を緩ませる。

 近くのCDショップに連れられ、プレゼントするCDを探し始めるも、どちらにしようかと悩み始めて最終的に二枚CDをプレゼントされる事に。

 どちらも持っていないCDというのもあって非常に嬉しく、浮きそうなぐらい軽い足取りでゲームセンターではシューティングにレースをプレイしたり、カラオケでは思う存分歌いまくった。 

 遊びを楽しみながらその視線はお兄さんに向き続けていた。

 一つ一つの動作が格好良く、昼も近いという事で入ったオープンカフェでお兄さんが飲んでいるものを注文し、見様見真似で口にする。

 

「………苦い…」

 

 砂糖もミルクも一切入ってないブラックコーヒーは苦く、感想を渋い顔をしてそのまま口にしてしまった。

 普通なら砂糖を入れて甘くするところだけど、少しばかり意地も混ざって頑張ってそのまま飲もうかと悩む。

 そんな中、お兄さんは砂糖を二杯入れ、ミルクをぐるりと回し入れた。

 

「君も入れるか?」

「うん」

 

 勧められるままに砂糖とミルクを入れ、飲み易くなった事でホッと息をつく。

 続いて料理が届き始めて手を付けるも食べるペースは鈍い。

 これを食べ終えたらここでお別れなのだ。

 

 遊びに行く前に家族に心配させてはいけないと言われて連絡は済ませており、“猿渡 一海”のマネージャーよりそれらしい事情説明が行われ、昼過ぎには帰す事になっている。

 だからこの食事が終わったらさよなら……二度と会える事もないだろう。

 ゆえに食事のペースは遅い。

 

「もう少し、遊べないかな?」

「こうして縁は結ばれたんだ。また会う事もあるだろう」

 

 ポツリと期待を込めて零すも断言はされずとも叶わなかったのは理解出来た。

 残念で残念で仕方が無く俯いているとぽふっと頭の上に何かを乗せられ、それがお兄さんが被っていた中折れ帽子だと気付くのに時間は掛からなかった。

 

「ある人の言葉だが“男の目元の冷たさと、優しさを隠すのがこいつの役目だ”。まぁ、俺も早すぎて(・・・・)似合っているとは言い難いんだがな」

 

 戸惑いの視線を投げかけていると、駐車場に入って来た車より撮影現場にも居たおじさん―――マネージャーが近寄って来た。

 「迎えが来たな」と口にしてマネージャーに後を任せてお兄さんはお金を払って立ち上がる。

 

「帽子が“似合う男になれ”」

 

 その一言を残して背を向けるや否や、軽く手を振ってそのまま去って行った。

 また会えるよねと五月雨はその背を見送りながら帽子を被り直す。

 マネージャーに送られて帰宅後、朝早く一人で出かけた事について両親から叱咤されるも、“猿渡 一海”と会った事で姉と妹より質問攻めにされると自慢するかのように上機嫌で語るのだった。

 しっかりと帽子を被りながら。

 

 

 

 

 

 

 朝のSHR前の教室。

 扇動 無一は昨日出会った少年の事を思い返していた。

 職場体験と通常授業の間にある休日。

 今まで全てマネージャーに任せっきりだった事と、ヒーロー殺しの一件で想う所があった扇動は気分転換も兼ねて撮影現場の様子を眺めに行っていた。

 勿論素性を付ける事無く一般人の観客としてだ。

 好きな曲の普及なら兎も角、映画関連を全て再現する気は毛頭ない。

 あるのはこの一件でシナリオライターとして名声を得れば、他の作品にも手が出せるようになるという皮算用は存在している。

 すぐには無理でもいずれは仮面ライダーを今生で再現出来るのではないか………と。

 最初はホラーデビューの為にそういった作品が多いだろうけど、途中途中路線変更して行けば大丈夫だろう。

 ホラー(・・・)繋がりで牙狼とか。

 そんな想いを抱いていた昨日、ある少年と出会ってしまった。

 

 少年を思い返すにあたり、別に身バレして焦っている云々とかではなく、ヒーローなどを一切忘れて純粋に遊んだのはいつ振りだろうかという想いからである。

 今生どころか前世にまで遡るのでは…と軽く記憶が遡り始めた所で止め、それより布教がてら渡したCDの感想とか聞きたいなと考えを切り替える。

 お気に入りの曲と言う事でライダー系のCDを渡そうとしていたのだけど、名前(ペンネーム)から仮面ライダーグリスの主題歌を渡すべきか、それとも衣装的に鳴海 荘吉(なるみ そうきち)の挿入歌を渡すべきかで悩んだんだった。

 結局決めきれずにどちらも渡したわけだが…。

 そういえば連絡先も名前も聞いていなかった事に気付くが、自分が口にしたように縁があれば会えるだろう。

 微笑みながら思い出していると教室内が騒がしくなる。

 

 なんだろうと視線を向ければ蛙吹を中心に盛り上がっている様子。

 大方先週までの職場体験の内容だろうと当たりを付けたが、それは会話の内容から即座に否定された。

 

「えぇー!“猿渡 一海(ペンネーム)”に会ったの!?」

「ケロッ、私じゃなくて弟がよ」

 

 内容が内容だけに凝視してしまった。

 確かに顔つきとか似ていたなと思いながら耳を傾ける。

 

「どんな人だったの?」

「男性だった?それとも女性?」

「頼む!女性だと言ってくれ!そして美人であってくれ!!」

「それがいくら聞いても教えてくれなかったの」

 

 ちゃんと約束を守ってくれた事に心の中で感謝する。

 同時に願望を口にする峰田に男で悪かったなと苦笑を向ける。

 

「サイン入りのCDに帽子をプレゼントされて、午前中遊んで貰って凄く喜んでいたわ。寝る時まで帽子を被ろうとしていたぐらいよ」

「とっても嬉しかったんやろうね」

「――っていうか本人直筆のサインとか超レアじゃん!俺も欲しいなぁ」

「アンタ、踏んで割ってオチつきそう」

「んな事しねぇって!」

 

 素性を知りながら話に参加している耳郎や八百万から時々視線を受ける中、中心にいた蛙吹が輪から抜けてこちらにやって来る。

 

「扇動ちゃん、少し良いかしら?」

「別に良いけど話し中だったようだけど―――どうした?」

「いつもドーナツを持ち歩いていたわよね?」

 

 表情には出さなかったがその言葉に内心驚いていた。

 確かに黙っていて欲しいと頼んだ項目外。

 身バレしても構わないと思う反面、そうしたら面倒な事になりそうだなと策を巡らし始める。

 何を言われるかと身構える扇動に蛙吹は続ける。

 

「弟が昨日から食べたいって言っててね。どこかオススメの店ないかしら」

「………それなら何件かあるから後でリストアップしておくよ」

「助かるわ」

 

 バレたのかと思ったがそうでもないらしく安堵する。

 それにしても世間と言うものは狭いものだなと持ち込んでいたシュガードーナツを齧る。

 蛙吹が輪の中に戻った事でニヤニヤと笑いながら耳郎がそそそっと寄って来る。

 

「子供には随分と優しいじゃん」

 

 耳元で囁かれた言葉にため息交じりに返しておく。

 

「元々優しいだろ俺は?」

「「「「「―――え?」」」」」

 

 耳郎を含む返事が聞こえてしまった面々は否定と疑問を抱く戸惑いを持たした。

 そんな面々は朝っぱらから扇動のデコピンを受けるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラスや学年トップではなく雄英高校在校生トップに君臨し、プロにも匹敵する実力者三名―――通形 ミリオ(トオガタ ミリオ)波動 ねじれ(ハドウ ネジレ)天喰 環(アマジキ タマキ)を総じて“ビッグ3”と呼称している。

 すでにヒーロー資格を保有して職場体験やインターンでは活躍を見せる彼・彼女らは撮影現場である一室を訪れていた。

 別に雄英高校で行われた授業の一環と言う訳ではない。

 通形にバイトの依頼が入って、波動達はその見学という形で随伴したのだ。

 正確には通形より話を聞いた波動が親友の甲矢 有弓(ハヤ ユウユ)を誘い、渋っていた天喰の背を押して(半ば強制)見学に訪れた形である。

 

「どんな撮影なんだろう。楽しみだね!」

「そうだね。けどあまりスタッフさんの邪魔しないように」

 

 にこにこ笑いながら見渡す限り興味津々と言った様子の波動に性格を熟知している甲矢が釘を刺しておく。

 あらゆる事に興味を持って問いかける様も波動の可愛らしいところだとは思っている甲矢だが、さすがに撮影前であちこち忙しそうに往復しているスタッフ達の邪魔をするのは良くないと理解している。

 だから先に釘を刺したというのに言った矢先から問いかけようと、スタッフに負けじとあちこち行こうとする波動を何とか止める。

 せめて天喰ぐらい大人しくしてくれればと思うも、それはそれは波動らしくないと考えを検める。

 

 天喰は目付きが悪いために一見強気のように見えるが、実際はメンタルが弱い上にネガティブな思考の持ち主。

 今とて邪魔にならないようにスタジオの端に寄っているのだけど、極端な程に壁に寄っては頭を擦り付けるようにして人の視線を視ないように壁へと向いたまま。

 それでは見学にならないだろうと思いながらも、とりあえず波動の手を引いて天喰の下へと向かう。

 

「誰もが忙しそうな中、俺は暇を持て余して……周りからなんて思われているのだろうか……もう、帰りたい」

「駄目だよ天喰君!ちゃんと見ないと」

「けど、姿が見えないんだけど」

 

 別の意味で帰りたい甲矢は肯定したい気持ちはあるも、せっかく波動に誘われたからと今すぐ帰る選択肢はない。

 訪れている一室で行われるのはホラー映画のワンシーンの撮影。

 内容を知らないとはいえホラーシーンを画面を通して観るのと、直に見るのとでは大きく異なるだろう。

 もっと怖く感じるのか編集前の為にそうでもないのかは別として。

 

 それにしても見学しようにも通形の姿が全くもって見当たらない。

 一緒には来た筈なのだけどと周りを見渡す。

 その間も波動が勝手に動き回らないように甲矢は見ておかないといけないので、しっかりと探すにしては注意が散漫してしまう。

 その最中、可笑しな光景を目にしてしまった。 

 

「―――えっ…」

「どうしたの?」

「――ヒッ!?」

 

 声に反応した波動と天喰は甲矢が見ている先に視線を向けて、膠着して小さく声を漏らしてしまった。

 目線の先は一室の置かれた一台のブラウン管のテレビ。

 映像が映し出される画面は真っ暗だったが、真っ白な手が映り込む。

 

 否、血の気の引いた真っ白な手が画面から出て来たのだ(・・・・・・・・・・)

 ゆっくりとした動作で出て来たのは手だけでなく、腕から肩、そして顔を隠すように少しばかりぼさついた長い黒髪が垂れる。

 這い出るように画面から姿を現したソレは立ち上がり、古びて薄れ汚れた白いワンピースを不気味に揺らす。

 慌ただしかったスタッフ一同も気が付いて膠着し、テレビから現れたソレを凝視する。

 ゴクリと生唾を呑んだのは誰だったのだろうか?

 

 誰もが見つめる中でソレは小刻みに震えながら動き出して―――サイドチェストのポーズを取って髪の隙間からきらりと歯を見せてニカリと笑った。

 

 「ナイスバルク!」とスタッフの誰かが口にした事で現場は笑いに包まれた。

 同時に画面から出て来たソレが通形なのだと理解した。

 

 通形の個性は“透過”と言って発動すればありとあらゆるもの(・・・・・・・・・)をすり抜ける事が可能。

 今回バイトを頼まれたのはその個性ゆえにである。

 撮影期間が非常に短いために当初はCGの予定だったが何処からか聞き付け、バイトの依頼をする事になったのだ。

 個性ならCG加工するより時間も短く、なおCGに掛かるお金より大分安く済む。

 そんな事情は知らず、目の前で行われた通形の練習で驚いた事に感想を零した。

 

「ビックリしたぁ」

「凄かったね今の!個性見て解かったけど背筋がぞぞぞってしたね!」

「変な声出しちゃったよ」

「ねぇ、天喰君は―――あれ?」

 

 波動と甲矢は互いに感想を口にする中、天喰にも振るが当の本人は驚きと恐怖のあまり固まってしまっていた。

 固まるほど怖かったもんねと納得しながら早矢は、天喰の周りをうろうろしながら声を掛ける波動も可愛いなとほっこりとしながら眺める。

 撮影シーンは無事終わり、帰り支度する頃には天喰も平常運転―――いや、大分怯えていたが動ける程度には回復するも、撮影を終えた通形と波動より映画が公開されたら一緒に見に行こうと誘われたのは震えながら全力で断ろうとしていたが、結局は押し切られる形で行く事になるんだろうなぁと甲矢はオチの予想を立てながら静かに見守るのである。

 

 

 

 ちなみに蛙吹 五月雨が関わったのは別であり“ある家に関わるだけで呪われる”作品で、猫の群れが出て来る方ではなく映画一作目の内容になっている。




●男の目元の冷たさと、優しさを隠すのがこいつの役目だ
 似合う男になれ
 【仮面ライダーW】鳴海 荘吉より


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第50話 成果

 約一か月近く投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
 なんか風邪が治ったと思ったら、何故か台風が来る度に体調が悪くなって中々書けず、遅くなってしまいました…。

 もう具合も良くなったので大丈夫かと。
 投稿を再開致します。
 


 職場体験を終えて、通常授業が再開される初日。

 ヒーロー科では各々ヒーロー事務所で体験した出来事を語ったり、聞いたりして話題に事欠かない様子。

 耳郎は索敵などの後方支援から避難誘導、蛙吹は密航者捕縛に多大な貢献するなど活躍する者の一方で、事件などはなくとも有意義な体験をしたものも多い。

 例外としてはMt.レディの下でパシリとして扱われていた峰田が「女は怖いぜ…」と闇落ちしたかのような禍々しい淀んだ空気を纏っていたぐらいだろうか。

 

 有意義な体験を得たというのであれば麗日 お茶子は特に(・・)である。

 ヴィラン事件に遭遇する事が無かっただけに、パトロールなど通常業務を除いては武闘派《バトルヒーロー》ガンヘッドに鍛えられた一週間だったのだから。

 元々素質もあってかその成長具合には目を見張るものがあった。

 教室内でも気を放ちながら構えを披露しているところだ。

 コォオオオオ独特な呼吸音を漏らしながら構えていると視線に気付いて振り返ると、ジッと見つめている扇動と目が合って戸惑うままに構えが崩れる。

 戸惑う麗日と目が合おうと観察するように見つめている扇動に気付く者も当然現れる訳で…。

 

「どうした扇動、そんなに麗日が気になるのか?」

「もう夏間近っていうのに気分は春ってか?」

 

 上鳴と瀬呂がニヤニヤと笑いながら揶揄い、聞きつけた芦戸と葉隠などが興味津々と言った様子で視線を向ける。

 対して扇動は動揺する素振りもなく少しばかり頬を緩ませる。

 

「体幹がしっかりしたなと思ってな」

「た、体幹?」

「分かってた、分かってたけどさぁ…」

「反応も薄くて面白くない~」

「なに求めてんだか」

 

 扇動ゆえにそこまで期待していなかったが、それでももう少し反応が欲しいところだと文句を言うも、ため息交じりに返されてしまう。

 そして戸惑っていた麗日は体幹がしっかりしたと言われても自身では気付けていない変化に余計戸惑ってしまっている。。

 きょろきょろと確認しようと自身を見て見るも解らずに首を傾げる。

 

「そんなに変わったかな?」

「あぁ、以前に比べてレベルアップしたように感じ取れる」

「えへへ、そうかなぁ?」

「手合わせして欲しいぐらいに――なぁ」

 

 鷹のような猛禽類を連想させるような鋭い眼光を向けられ、ブルリと悪寒と共に身体を震わした麗日は周りに視線を向けるも、目が合った同じく訓練を受けて来た面子は苦笑を浮かべ、その様子に当てられた上鳴を含めた初参加のメンバーの一部が静かに合掌するのであった。

 「見捨てんといてぇ!?」と悲痛な叫びを受け止める者はいなかった訳だが、代わりにふと思い出した峰田が麗日に向けられた話題をぶった切るように間に入る。

 かなりお冠のようで今にも血涙を流しそうな形相でだ。

 

「そういえば扇動!オイラ忘れねぇぞ!!あんな写真送って来やがって!!」

「写真……あー、バーニンとの」

「あのツーショットを見て、オイラがどれだけ惨めだったか!」

「元気にはなっただろ?」

「殺意が湧いたわ!!」

「ツーショットってなんの話?ねぇ、なんの話?」

「喰いつきが良過ぎんだろ」

「ねぇ!どんな写真!」

「別に普通に撮っただけだっての」

「良いから、良いから」

 

 峰田の主張とは別に写真に釣られて恋愛話かと芦戸が早速喰らい付く。

 面倒臭いと思いっきり顔に出ていたが、扇動は携帯に保存してある画像フォルダを漁って一枚の画像を見せ付ける。

 …ただそこにはバーニンの姿はなく、優し気な微笑を浮かべて眺めているリューキュウと、満面の笑みを浮かべては無理やり気味に扇動を巻き込んで写真と撮ったと思われるヒーローらしき女性(波動 ねじれ)が映っていた。

 誰もが予想外で困惑する最中、様子がおかしいと思った扇動は肩眉を潜めながら自ら提示した写真を見る。

 

「どうし……悪い、間違えた」

「扇動テメェ!!」

 

 図らずも峰田には火に油、芦戸達には燃料投下してしまった事で余計に騒ぎが大きくなってしまう。

 終いには八百万に「年上が好みなんですの?」などと聞かれる始末。

 変に扇動で盛り上がる一方で緑谷達も話題の中心になりつつあった。

 正確には緑谷、轟、飯田、扇動の四人が居合わせた(・・・・・)保須市襲撃事件―――特に世間を大きく騒がしているヒーロー殺しの件である。

 

 《ヒーロー殺し》ステインは逮捕されて素性が知れると報道機関はその背景を調べようと躍起になり、数日と経たぬ間にかなりの事柄を調べ上げたのだ。

 元々ヒーローを志して育成機関に入学するも自分が思い描く英雄とはかけ離れていた事から一年も経たずに中退。

 “ヒーローとは見返りを求めるのではなく、自己犠牲の果てに得る称号”であるという“英雄回帰”を訴えかけるも誰も耳を傾ける者は居らず、それを言葉に力ないと断念すると同時に自らを徹底的に鍛え上げ、彼が言う贋者もヴィランも狩り始めた。

 多くのヒーローを手に掛けたのは確かなのであるが、それ以上にヴィランも狩っていただけにステインが現れた地域でのヴィラン事件が激減したという統計したが存在するのも拍車をかけ、その執念と理念と行動を指示・共感する大衆も多い。

 同時刻に脳無が襲撃した事もあってヴィラン連合との関係性を疑われたりもして話題性も十分過ぎて連日報道され続いている。

 

 だから事件現場である保須市に居た面々に話を振る者がいるのも当然であった。

 大変だったなと労う言葉に収束されたプロヒーローの賞賛が飛び交う中、反応した上鳴が振り向きざまに話題に入った。

 

「あぁ、ヒーロー殺しって怖ぇけど動画とか観ると一本気というか執念って言うのか、なんか格好良いよな(・・・・・・・・・)?」

「上鳴くん!」

「え?――ッ、悪い飯田!」

 

 何気なく言ってしまった言葉がどういう意味を持つか。

 事件件数は減少させたし、罪を犯しても己が理念を貫こうとする裏で涙した者は多くいるのだ。

 粛清の名目で殺害された者達の親族に、再起不能なほどの大怪我や後遺症を負わされた者など多くの被害を受けている。

 そう、報道ではステインを肯定する意見が蔓延する一方で近しい者を失った人は多くいる。

 贋者として粛清されたヒーロー達は勿論ながら大小問わず狩られたヴィランの中には悲しむ家族がいる。

 どう華々しく飾られようとステインの執念は多くの命を喰らって血で塗装されたモノ。

 他に比べれば軽かろうとも負傷させられたインゲニウムを兄に持つ飯田の前で話す内容ではない。

 

「良いんだ。確かな信念があった。クールだと思う人がいるのも解る(・・)。ただ奴は信念の果てに“粛清”という手段を選んだ事だけは間違いなんだ。俺のような(・・・・・)者をこれ以上出さぬためにも改めてヒーローへの道を歩む!」

 

 上鳴の言葉に飯田は己の信念を言い切った。

 その決意表明におおと感嘆の声を漏らす者も多く、特に何があったかを知っている緑谷は若干目が潤んでいるようにも伺える。

 

 ふと、芦戸は扇動が静かな事に気付いた。

 ヴィラン連合の襲撃後や体育祭では間違った行動には叱った前例があるだけに、今回は何も言わないんだと少しばかり気になった訳だ。

 ちらりと視線を向けるも何ら反応がない様子にキョトンと首を傾げてしまう。

 

「――あ?なんだよ」

「いや、てっきり注意するのかなと思ってさ……」

「飯田が良いって言っている以上俺が口を挟む事じゃあねぇよ……あぁ、そういえば、来週フック(HUC)のバイトあるの忘れんなよ」

 

 周りに向けて告げられた扇動の言葉に職場体験云々で忘れかけていた為に、ほとんどが思い出すも何ら準備をしていない事に不安を抱く。

 以前汚れて良い服と着替えが必要であるのと集合場所と時間しか伝えられていない。

 

「必要なものとか本当にないのか?」

「前伝えた通り着替え類以外に身一つで構わねぇよ」

「専門的な知識が必要なのでは?」

「さすがに色々学校行事があんのに覚えれねぇだろ。その辺りはこっちで何とかしといたから問題ねぇよ」

 

 参加する面々は本当に良いのかとまだ疑問形であり、ハッと何かに気付いた峰田が脳裏に浮かんだ疑問を口にする。

 

救助最中(バイト中)に女性と故意ではなく事故で接触した場合は――」

「オメェに限ってはアウトだ」

 

 言い切る前に即座に否定されるいつもながらの峰田に冷めた眼が向くも、沈みかけた空気は若干の呆れ交じりの笑いもあって薄れ、朝のホームルーム前のチャイムが鳴り始めた事で気持ちを変えて席に戻り始めた。

 

 

 

 

 

 

 午後の授業であるヒーロー基礎学は救助訓練と銘打たれた競争(レース)が催される事となった。

 複雑に入り組んだ密集工業団地の運動場γ(ガンマ)にて、負傷者役のオールマイトが位置につくと救難信号を発信し、受信したらグループ順に救助者の下へ向かうというものだ。

 単なる競争と言うだけでなく、職場体験で得たものを確認する一つでもある。

 とは言っても入り組んでいるのは地上の話で空中を進める者にとっては苦ではなく、寧ろ有利過ぎる訓練と言えよう。

 

 四組に分かれた第一組は芦戸に飯田、尾白に瀬呂、緑谷と機動力のある者が偏ったが、個性“セロハン”と個性“尻尾”で上を飛べる瀬呂と尾白が誰の眼にも有利に映る。

 逆にスピード重視の個性持ちである飯田と酸によって滑って早い上にアクロバティックな動きが可能な芦戸に比べてパワータイプだけだと思われている(・・・・・・・・・・)緑谷は最下位と予想された。

 

 逆に緑谷本人はそんな事は全く抱いてはいない。

 寧ろ今の自分にうってつけの訓練だと入り組んだフィールドを眺める。

 そして救難信号を受信した瞬間、誰もがスタートを切った。

 地面を駆ける飯田に頭上を移動する瀬呂・尾白・芦戸(・・)に遅れて、緑谷はワン・フォー・オールを全身に巡らせて一歩を踏み出す。

 

 緑色の輝きを漏らし散らしながら駆けては跳ねる。

 8%(・・)の出力とは言えさすがはワン・フォー・オール。

 芦戸に尾白、そして先頭を行っていた瀬呂をあっと言う間に追い抜いて行った。

 

(イケる!!常に8%――いや、10%でも!!)

 

 自身が得たフルカウルが通用しているという実感から高揚感に満たされる。

 そしてその緑谷を見た誰もが驚愕の眼差しを向ける者ばかり。

 たった一週間前まで力を振るうと骨折する程の自壊もしていたのがウソのように完全に使いこなせている――様に見えているのだから。

 同時に一部の者はその動きに覚えがあって余計に……だ。

 個性が違う為に完全に一致と言う訳ではないが、緑谷が意識してか無意識でかは不明ながらも真似ているのは確かだろう。

 動きを真似られた爆豪もまた一週間での進歩に驚き睨み、職場体験先のグラントリノではなく爆豪の動きを真似た事に扇動は驚きと共に笑みを零す。

 

(落ち着け!冷静に、そして緊張を常に保っ―――てぇ?)

 

 満たしていた高揚感が抜けて突如として浮遊感が緑谷を襲う。

 何が起こったのかと足元を見ると踏みつけたパイプの丸みに沿う形で足が滑っている。

 個性に注意を割き過ぎた結果、足元への注意がお留守になってしまっていたのだ。

 足場も手を付く先もない緑谷は手立てもなく落下して行き、後続となった瀬呂が大慌てで落下中の緑谷を受け止める事で事なきは得た…。

 

(着地地点も考えないと……)

 

 救助側だった筈が救助される側へになってしまった緑谷はランク外となり、一着でゴールを決めたのは緑谷も救助(アクシデント)した瀬呂であった。

 落ち込むどころかすでに思考を巡らして反省点を洗い出す緑谷は頭をわしゃわしゃと撫でられて意識を現実に戻す。

 振り返ってみるとやはり扇動がそこに居た。

 

「成長したな。けど詰めが甘ぇな」

 

 撫でられて恥ずかしさと嬉しさで半々となっていた緑谷であるも、指摘された通り詰めは甘かったのは確かだ。

 第三者からの視点での意見、それとアドバイスがあれば聞きたいと思って視線を向けるも、頭から手を離した扇動は次の組へと意識を向けていた。

 次の二組目には爆豪が居た。

 いつもながらの不機嫌そうな面をしながら睨みを利かせて一瞥向けられた事に、緑谷はブルリと震えながら戸惑いを露わにする。

 

「か、かっちゃんはどうしたの……?」

「気にすんな。イズクの成長具合に当てられただけだ」

「えっ!そ、そうなの!?」

「一週間前までは超パワーを振るうも危うさ(自損の可能性)が随伴していたのが、振るうだけでなく使い方に扱いも覚えてたんだから見違える様だろうよ」

 

 言われてそうだと納得するも爆豪の視線はそれだけでは無かったようにも感じる。

 扇動もそれは感じ取っているだろうけどあえて口にしない辺り、ナニカあるのだろうと察して問いかける事はしなかった。

 もしも聞かれたとしても緑谷に対しては(・・・・)濁して答える事もなかったが。

 それよりも扇動としては緑谷の動きの方が興味津々と言ったようだ。

 

「さっきの動き、爆豪のを真似たな」

「え、うん。良く観ていたからね(・・・・・・・・・)

眩しいよ(・・・・)。お前さんのそう言うところ」

 

 クツクツと嗤う様子にキョトンと首を傾げる。

 そうしている間に二組目が並びスタートの合図を待つ。

 爆豪以外には轟・常闇・青山・切島がいるが圧倒的に上を行ける爆豪が一位である事は疑いようがない。

 二位に氷結を利用して移動する轟かダークシャドウで瀬呂みたく上を跳べる常闇のどちらかと予想されていた。

 騒がしかったが始まる寸前となると黙してどうなるのかと興味深そうに見つめる。

 そして位置についたオールマイトより開始の合図が送られた事で、二組目は一着を目指して跳び出す。

 爆豪の個性を考えるなら障害物が一切ない空中を行くのが正解だ。

 ―――だが、爆破を一度起こすと反動で飛んだものの、急速に降下して密集工業団地内へと降りて行った。

 誰も彼もがその行動の意図を察する事が出来ずにただただ困惑しながら見つめるしかなかった。

 所狭しと乱立する障害物で溢れる中を爆豪は流れるように(・・・・・・)突き進む。

 爆破の威力を出来るだけ大きくするのではなく、御せる許容範囲を若干超えるぐらいの速度で合間を縫うように飛び、パイプに捕まった際の遠心力を利用して加速したりと流れを重視しての移動方法に魅入る。

 無論障害物ガン無視で直線的に進める上を行くより遅いが、それでも後続を寄せ付けない程の速度で目標地点に迫っていた。

 

「凄い!けどあの動きって…」

「爺ちゃんの動きを取り入れたか。若者の成長速度と言ったら恐ろしいもんがあるな」

「そっか!かっちゃんはむーくんのお爺さんの所に行ったんだったね。だから――――ブツブツブツブツ……」

 

 動きが一週間前とは変わり果てた事の理由を知った緑谷はぶつぶつと呟きながら考えを纏める横で、轟は地面を凍らせながら突き進むもダークシャドウを用いて上を進んだ常闇に後れを取った事に対して険しい顔で眉を潜めるのであった。

 

 

 

 

 

 

「一組目や二組目に比べて差がなさそうだな」

「お!確かに。これ一位獲れっかな」

 

 スタート地点についた三組目には直接(・・)速度に関わる秀でた個性持ちはいない。

 唯一入学初日に体力テストでバイクを創造した八百万であるも、あまりに入り組んでいる為に同じ手段を講じても障害物に拒まれて早く到着する事は叶わないだろう。

 等しく土俵に立ったように見える為に誰もが抱いた。

 例外として峰田だけは体育祭のように八百万にくっ付こうなどと邪心を抱いて、目標が変わっている気がしなくもないが…。

 

「うわぁ…絶対何か企んでるよあの顔。ヤオモモは気を付けなよ」

「えぇ、体育祭で一度やられましたから」

 

 雰囲気から察した耳郎があからさまに嫌悪感を峰田に向けながら、八百万に注意を促すもすでに一度やられただけに警戒しているようだ。

 面子は八百万 百に耳郎 響香、上鳴 電気、峰田 実、砂藤 力道。

 個性を有用に扱えれば扇動は一位峰田(・・・・)二位砂藤(・・・・)と予想している。

 ただどちらも弱点が発揮(・・・・・)されるだろう事からそうとは限らないが、同様の私見を抱く八百万はふぅと体内に溜まった淀んだ空気を吐き出し、新鮮な空気をいっぱいに吸い込む。

 

「それに二度も許す程甘くはありませんの」

 

 静かに闘志を燃やす。

 すでに前回の情報を持っていて同じ過ちを犯すなら経験を活かせていないという証拠。

 扇動曰く、アンという少女は数多くの失敗や過ちを犯すものの、決して繰り返す事は無かったと言う。

 起こった出来事をただ流すのではなく、それらを糧に臆せず成長していく。

 そんな彼女の話をパーティ会場の片隅でしてくれた当時は感心するばかりだったが、今となってはどれだけ彼女が凄い人なのかが良く解かる。

 自身もそうでありたいと思う程に。

 

 意識をレースと称された救助訓練に切り替える。

 これは単に一位を目指すだけではいけない。

 今回は誰が先につくだけと言う事から前提条件を忘れがちになってしまうが、要救助者が居ると想定されている事から幾らか余力を残しておかなければならなず、早く救助する為に体力は消費しても良いが個性は幾分か残しておく必要性がある。

 一位を獲るだけなら簡単だ。

 ロケットのような推進装置を創造して一直線に飛んで行けば良いのだ。

 しかしそれでは機器の創造と加速に応じての消費され続ける推進剤、さらには到着時に使用する減速装置などなどで消費が大き過ぎる。

 

「コスト管理がなってないって怒られそうですわね」

「なにか言った?」

「いえ、なんでも」

 

 ぼそりと漏れた独り言に耳郎が反応を示す。

 丁度と言えば良いのか配置についたオールマイトより信号が送られ、位置情報が届くと共に救助訓練の開始が宣言された。 

 駆け出した八百万の選択肢は消費を最低限にしつつ、尚且つ余力を残しつつ一位を獲る事。

 

 最も早く動きを見せたのは峰田であった。

 個性“もぎもぎ”によって生み出された球体は粘着力の他に峰田に対しては高い反発性を誇る。

 眼前に投げるとそれを踏みつけ上へと跳び上がり、頭上にあったパイプに新たに捥いだもぎもぎを押し当てて話す。

 パイプにくっ付くが手を離した事で押し当てられた反発力で吹っ飛ぶように、八百万斜め上から背中目掛けて向かって行く。

 すでに手にはまた新たに捥いだもぎもぎを握り締め、八百万の背中にくっ付く用意は万端である。

 

 授業と言う枠組み内であるもオールマイトを拘束した事もあるもぎもぎ。

 一度引っ付いたら逃れるのは難しい。

 そう……引っ付けれればの話…。

 

「消えッ!?―――ゴヘッ!!」

 

 貼り付こうとした直前、八百万の姿は消え去った。

 いきなり対象者を失った峰田はそのまま地面に張り付く事になり、押し付けられた二つのもぎもぎの反発力で上へと吹っ飛ばされ、後頭部を張り巡らされたパイプにぶつけて悶絶してその場に転がる。

 怪我の具合が心配と言えば心配であるが、元々は欲望に寄る自業自得なだけに動いている事だけ確認した他の面子は八百万を目で追う。

 

 創造する物は単純で小さなものであれば消費量は抑える事が出来る。

 速度を出す為には上を行くのが最適解で、消費を考えれば使い切りではなく使い回せるものが好ましい。

 スタート開始前に靴を脱いで創造するのはバネ。

 足の裏に生み出したバネにより一目散に上へと逃げた八百万は、足場となるパイプや壁を蹴って遮蔽物の無い空間へ飛び出る。

 次に創造するは燃料なく空中を移動できる簡易的なハンググライダー。

 

「それありかよ!?」

「やっぱり汎用性高いよな創造って」

「お先に!」

「あっ、負けねぇからな!」

 

 見上げて感想を口にしていた上鳴と砂藤を他所に、耳郎は隙ありと言わんばかりに走り抜いて行った。

 出遅れて二人も駆け出す。

 一人悶絶したままの峰田をその場に残して…。

 

 結果、三組目は八百万が一位着となる。

 続いての四組目は八百万同様に救助対象者が居る前提から自身も急ぐが、誰かが先着する方が優先だと判断した麗日に無重力で浮かばせて上へと押し上げ、蛙吹の協力でオールマイトの方向へと飛ばすやり方で麗日が一位着となった。

 

 

 

 

 

 

 本日の授業を終えた相澤 消太は職員会議を終えた後、そのまま明日の準備や作業を行いだした。

 いつも通り黙々と合理的なまでに仕事を処理して行く最中、「おや?」っと首を傾げながら山田 ひざし(プレゼント・マイク)は近づいてくる。

 

「ヘイヘイ、イレイザー!どうしてここにいるんだ?」

「どうしてもなにも仕事をするならおかしな事はないだろ」

「違うって。放課後の特訓に参加しなくて良いのかって話」

 

 今日放課後に扇動が主催の特訓がある事は教員の大半が知っている。

 というのも飛び入りも含めて人数が増えた事もあり、自分だけでは目が足りない(・・・・・・)と言ってエクトプラズムとセメントス、それとオールマイトではなく八木 俊典に協力要請を行ったと聞いているからだ。

 彼らは生徒の成長の為にと二つ返事で請け負っており、職員室はその分だけ人数は少ない。

 話を聞いていた山田は当然のように行っているだろうと思っていただけに、相澤が残って仕事をしているのが不思議で仕方がなかった。

 対して相澤は「あぁ、断った」と目線を書類に向け直して仕事を続ける。

 

「おいおい、良いのか?」

「成長を促すなら俺が参加して口を出す事もないだろう」

 

 淡々と口にした意味に山田は苦笑を浮かべる。

 相澤は扇動が嫌いと言う訳ではないが、無個性でヒーローになろうというのは非合理的だという考えには変わりない。

 この点に関しては山田も理解出来る。

 確かに現時点では同年代でも実力も経験も一歩抜きんでているが、これから成長していけば個性持ちのクラスメイトに追い抜かれていくだろう。

 自分でもヒーローよりもサイドキックを勧めるだろう。

 

 だけど相澤は成長を促すと言った事から否定的なだけではないが、ヒーローとしての成長と言うよりは教育者として積ませようという気がする。

 そういった経験は役立つ事もあるも合理主義の相澤がそちらをメインに鍛えるとは思えない。

 

「アイツを教員にするつもりかよ?お前らしくねぇんじゃねぇか」

「教員なら転校を進めている。アイツはヒーロー科だ。ヒーローとして成長しなければ居る意味がない。それこそ合理的じゃないからな」

「ならどうしてだ?」

 

 小さくため息を零したかと思えば少しばかり黙り込む。

 言いたくない事なのかと眉を潜めるもそうではなかったらしく、いつも通りの表情でこちらに見上げる。

 

「扇動に必要なのは意識改善だ。今日の授業のようなままでは駄目だ」

「今日のまま…ねぇ」

 

 ふぅんと話を聞きながらひょいっと本日のヒーロー基礎学の評価を書き込んだ書類を手に取り、勝手に取った事で抗議の視線を受けるもお構いなしに捲っては目的の扇動の欄に目を走らせる。

 内容を見るや納得すると同時に“らしいな”と微笑むも、相澤の辛辣な評価を書き込んでいた意味も理解した。

 そして相澤が去年同様に退学を言い渡していない所を見ると、まだ期待してはいるらしい事が解かり、山田は困ったようにまた苦笑する。

 

 

 

 

 

 

 

 

●おまけ:大きく偏る欲望か僅かな理性か

 

 ヒーロー基礎学が終わるとA組の面々は更衣室へと向かう。

 それぞれコスチュームから学生服へと着替えながらも今回の反省点を口にする。

 向上心の高さが伺える中で、別の熱量を持つ者が一人。

 

 ―――峰田 実。

 彼の直感が壁に張られたポスターに違和感を訴えかける。

 内容は「熱中症に気を付けましょう」というさしあたりの無いもので、内容的にも位置的にも何かおかしいという点も見受けられない。

 普通に見ればであるが…。

 

 峰田は見逃さなかった。

 四つ角をシールで止めている中で、何度も張り直されたらしい右上のシール。

 薄っすらと左上から右下へポスターを横断する折った痕跡。

 何より折った跡にほど近い一点についた皺。

 彼の洞察力と直感は刑事ドラマの主人公並みに働き、もしやと思ってポスターを捲ればそこには穴が空いていた…。

 

 これは遺産である。

 過酷な訓練に励みながらヒーローを目指していた諸先輩方が残した負の遺産。

 なにせ壁の方向からして穴の先には女子更衣室に繋がっているのは明白。

 

 八百万のヤオヨオッパイ!!

 芦戸の腰つき!!

 葉隠の浮かぶ下着!!

 麗日のうららかボディ!!

 蛙吹の意外オッパイ!!

 想像するだけで涎が零れそうだ。

 しかし脳内が性欲に満たされつつある峰田であった、微かに残っている理性が待ったをかける。 

 

 この理性というのは脳内で天使と悪魔が囁き合っているというものではない。

 そもそも峰田の脳内に巣くう存在なのだから、対なる存在だとしてもエロスに関してはどちらも肯定するに決まっているのだから…。

 

 ならばこの理性とは何か?

 決断を下す最終防衛戦に立ち塞がるは扇動の姿をしたナニカ。

 他のクラスメイトであれば止めようとするだろうけど、扇動の場合は制圧後に通報しそうで怖い。

 いや、絶対にすると思う…。

 

 直接ではないが体育祭での一件は記憶に新しい。

 ここで危険を賭してでも見るべきか?

 もし通報されたらヒーローどころの話ではないが、こんな機会(チャンス)二度とないのは解り切っている。

 仁王立ちする扇動らしいナニカの前に峰田は、GOサインを出す悪魔と天使の囁きを聞きながら悩む。

 

「なぁ、扇動…お前覗きってどう思う?」

「藪から棒にどうした?」

「い、いやぁ、ちょっと気になっただけだよ…興味あったりとか」

 

 悩んだ結果は“相手を巻き込む”であった。

 扇動だって男である。

 興味がない訳ではないだろう。

 女子の前では語り辛い話でも男子しかいない更衣室ではぶっちゃけて話せることもある。

 万が一にでも興味があるなら引き込める可能性も…。

 

「興味云々関係なく普通に犯罪行為だろう」

「だ、だよなぁ」

「体調でも悪ぃのか?凄い汗掻いてっけど」

「そりゃあ…ヒーロー基礎学の後だから!」

 

 真っ当な返しに冷や汗が零れ落ちる。

 不審な目で見られるも何とか誤魔化せたと思う。

 

 まだポスターは剥がし切っていない。

 存在を知るのは自分一人。

 今は駄目でもまた機会があるかも知れない。

 そっと花園へと否がっているであろう扉をひと撫でする。

 

「そのポスター、何かあるのか?」

 

 ゾッと背筋が凍り付く感じがした。

 別段扇動は声を低くしたり、威圧感を放って声を掛けた訳ではない。

 ただ単に何してるんだと気になって聞いてみただけ。

 しかしながら後ろめたさのある峰田にはそう捉える事は出来なかった。

 

 もはや自分は審判の場に立たされた…。

 自身の欲望の赴くままに貫くか、それとも立ち止まって諦めるか。

 目の前に夢にまで見た花園が広がっているというのに…。

 プルプルと震えながら峰田は扇動に振り向く。

 

「ここに覗き穴があった…」

 

 ヒーローを目指すだけあって誰もがその言葉に怪訝な顔をして、次の瞬間にはギョッとした顔を晒す。

 なにせ文字通り峰田が血涙を流していたのだから。 

 どれだけの想いで自らの邪念に打ち勝ったのかを物語っている。

 素早くセメントスに連絡した扇動は峰田の肩をポンと叩き、ポスターを瀬呂のテープを少し貰って強固に貼り付ける。

 

「よく教えてくれたな」

「……おう」

 

 ぐしぐしと袖で涙を拭きとるも、峰田の視界は霞んでいたという…。



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第51話 鍛錬再開

 すみません。
 体調不良とか関係なく投稿遅れてしまいました…。


「まず最初に言っておくが俺は個性を伸ばす鍛練は行わない」

 

 体育館γには飛び入りも含めて扇動主導の放課後に特訓を受けようと集合した面々は、扇動の第一声に面食らってしまっていた。

 参加を表明したのは爆豪を除くヒーロー科一年A組だが緑谷は八木との話で、上鳴は扇動のアドバイスを受けて開発工房へ向かったので今回は不参加である。

 疑問と驚きを向けられるのは当然の反応。

 人手不足で協力を頼まれたエクトプラズムとセメントスは先に話を聞いていたから驚く事はなくとも、これに対すて扇動がどう答えるつもりなのかと興味津々と言った様子で伺う。

 視線を浴びる扇動は普段通りの態度で答えを口にする。

 

「過去に全身に酷い火傷を負った事で発汗機能が壊死し、運動などしたら冷やさなければ体内に際限なく熱が籠り続け、最悪人体発火に繋がる恐れがあると医者に宣言された男がいた。激しい運動をするならばと数分という短い時間制限を設けられたが、男は限界を超えてまで戦い続けて最終的に自らの炎によって倒れる事に…。

 相澤先生みたく個性を強制的に止めるとか、後の頃を考えた用意は出来ないし、知識はあっても教員としての経験無い俺が無暗に出力を上げるとか言った限界に挑むな無責任な事はやりたくない。

 なので基本アドバイスや特訓メニューの考案、個性の使い方は教える」

「「「個性の使い方?」」」

 

 これもまた当然の疑問...いや、先程以上に疑問に思っている。

 個性が発現して十数年。

 超常の力と言え長年連れ添った身体の一部。

 使い方と言われてもピンと来ない者が多いが、それは当たり前のようにしているだけで理解している訳ではない。

 医者の不養生ではないが自身の身体だからと言って理解している者はほとんど居ないだろう。

 そう言う反応するよなと扇動は一同を眺めて切島へと視線を止める。

 

「切島、一発殴るが良いか?」

「え?ああいいぞ……よっしゃ、来い!」

 

 ノリの良い切島は勢いよく返事をすると両腕を硬化させてガードの体制を取って、いつでも殴って良いぞという風に待ち構える。

 しかし扇動は殴りかかる事はせず、そのまま言葉を続ける。

 

「なんでガードしたんだ?」

「ん?扇動が殴るって言ったんだろ?」

「そうだ。だが殴るとは言っても受けろとは言ってねぇ。硬化は高い防御力を誇る個性だ。だからこそ(・・・・・)受けるって認識がねぇか?」

「…お、おう」

「相手の攻撃を防げるってのは心強い手札だが、受けねぇことが一番良いに決まってんだ」

 

 異論はなかった。

 切島の例に確かにと納得する者もいれば、自身に当てはめる者も僅かながら居る。

 一層強まる視線を受けて少しばかり嬉しそうに扇動は笑う。

 

「常識のように思い込んでいる個性への認識や小技であろうとも手札に成りえる技術などなど―――持ってないがゆえに気付ける範囲で教える。それでも良いなら参加してくれ」

 

 ここで降りる者は一人も居らず、早速どんなのが待っているんだと期待や不安を浮かべるがいきなり無茶をさせる筈もなく、始めに行われたのが準備体操の軽いストレッチで拍子抜けと感じるものが大半。

 ただ八百万や轟、切島に麗日と体育祭前からのメンバーだけは、準備体操を終えればどんな鍛錬を言い渡されるかと身構えていた…。

 

 

 

 口田 甲司は不安を抱えていた。

 ヒーローになる為にはもっと強くならなきゃいけないなんて事は、ヴィラン連合による襲撃事件を受けて実感はしている。

 だから今回のような特訓をするのならと参加はしたのだけど、口田は扇動と仲が良い訳でも仲が悪い訳でもない。

 元々話すタイプではないのもあって今まで会話をした事もなく、何となくの印象でしか扇動を知らないのだ。

 良く相手を知らない事とどんな訓練をさせられるのだろうかという二つの不安。

 早いながら不安から若干後悔していた口田だが、扇動に呼び出されて内容を聞かされた時にはホッと胸を撫でおろした。

 

「口田、生物を操るその個性を活かすには指揮力と分析能力を向上させる必要がある。今日はだが皆を観察して俺と被っても良いから個性への把握と考察をしてくれるか?それでお前さんがどれぐらいかを把握できる。身体を動かす方が良いなら護身術を叩き込む方にするが?」

 

 口田の個性は“生き物ボイス”という人を除く生物を操る事の出来るものである。

 個性を説明をすると授業の様子から当たりは付けていたようで、前者を選ぶとレポート用紙とペンを渡してくれた。

 良く観ていた事に驚きつつ頑張ろうと気合を入れて観察すると、自分だけではなく皆の事を良く観ていた事が解かる。

 

 砂藤 力道は体内の糖分を消費して数分間自身を強化する“シュガードープ”という個性を持っているが、時間経過と共に脳機能の低下と睡魔に襲われるというデメリットがある為に個性に頼り切る事は出来ない。

 だから素の状態で出来る事を増やすのと個性の使い処を見極める必要があると言われていた。

 

 葉隠 透の個性“透明”であるとされるも身体が透明になっているだけなら理解出来るが、口から入った食べ物が見えないのには説明がつかないとの事で、実際は光を屈折させているのではと推測を口にしていた。

 「食事中も観察していたの!?」と恥ずかしそうな反応を葉隠は示すも、「二人でファミレス行っただろうが。対面に座れば自然と視界に入るだろう」と答えられて納得していたが、峰田がこれを聞いていたら訓練そっちのけで質問攻め【嫉妬混じりの】していたところだったろう。

 扇動に付いて回っていたいた為に耳にした口田は、軽い笑みを浮かべてしまった。

 

 ただ扇動はアドバイスなどを口にするだけでなく、実際に弱点を体験させて分からせる事もする。

 

「言っておくが手加減はしないぞ―――ダークシャドウ!!」

「アイヨ」

 

 常闇に組手を申し込んだ扇動は、影より現れたダークシャドウに襲われる。

 ダークシャドウにも意識や痛覚がある為に攻撃が通らない事は無いが、人間と違って急所や関節がない為に有効打に欠け、さすがの扇動もダークシャドウ相手には分が悪い。

 ゆえに回避一択で避け、隙を見つけて常闇へと駆け出す。

 

「なに、ダークシャァ――グッ!?」

 

 急いで戻ろうとするダークシャドウではあったが扇動の方が先に常闇の間合いに入っており、技量の高さから抵抗らしい抵抗も出来ぬまま投げられてしまっていた。

 見ていた者もたまたま視界に入った者も思わず歓声を漏らしてしまう。

 

「“止まるんじゃねぇぞ…”――じゃなかった。本体であるテメェが立ち止まってたら意味ねぇだろう。戦うのはダークシャドウに任せて自身が高みの見物が出来るほどヒーローは楽な職業じゃあねぇぞ」

「見事だ。こうも簡単にしてやられるとは…」

今は(・・)……だろ」

「フッ、そうだ。立ち止まる事は許されないようだからな」

 

 微笑合う二人を見て口田もつい頬を緩める。

 授業や体育祭などで強い事や口が悪いのは知っていたが、それだけでなく優しい人のようだ。

 怖い人でなくて良かったと思いながら観察を続ける。

 扇動は常闇を起こすと次は集団で軽い模擬戦を指示した一団へと向かい、興味深く眺めると蛙吹へと声を掛ける。

 

「蛙吹は相変わらず視野が広いな。チームを組んだらどれだけ心強い事か」

「ケロ、褒めて貰えて嬉しいわ。アドバイスがあれば聞きたいのだけど…」

「んー、そうだな。もう少し先に思考を進めても良いだろうな」

「例えばどんなことかしら?」

「されて嫌な事は人にしてはいけませんって言うよな。戦闘では逆に相手がされて嫌な事を率先してやれ。道義や規則に反さない程度に―――そう、反しなければ…な」

「扇動ちゃん、怖いわ」

 

 ………怖い人かも知れない…。

 アドバイスする様にブルリと震えながら口田は視線を逸らして、そのまま別の人の考察をしようとする。

 が、それを知ってか知らずか逸らした矢先に扇動が近づいて来た。

 

「口田、ちょっと良いか?」

 

 近づかれた事にもだが、名前を呼ばれた事にドキリと鼓動が鳴り、不安が押し寄せて来た。

 もしかして思っている事に気付かれたといらぬ心配をするも扇動の用件は別である。

 

「実はな、最近ヒーローではないけど見惚れる程の高い技量と意志を持った奴(ステイン)を見て…というか交えてな、鍛え直そうと思ってんだ。俺の考察も頼んで良いか?」

 

 今まで扇動の活躍を見る機会があっただけに、素人の自分の考察なんかでも良いのかという疑念と、十分に強いように思えて鍛え直す必要があるのかと首を傾げてしまう。

 思っている事を察して扇動は恥ずかしそうに苦笑する。

 

「知ってるか?“魂にも脂肪は付く”んだぜ。そんなつもりはなかったが知らず知らずに奢って怠けていたんだろうな。まだ掴める技術や高みがあるというのに…」

 

 顔は笑っているものの言葉の端に憤りや焦りが同居しているのが解かる。

 それは誰かに向けたものではなく自身に向けたもの…。

 何があったのだろうと思う反面、聞く事は出来ないと判断して深く頷く。

 自分の考察が役に立つのならと…。

 

「ん、頼んだ。麗日、ちょっと俺と模擬戦しよう」

「―――え゛!?」

「何だその嫌そうな反応は?」

「今のは違くて!」

 

 麗日の反応に対してやる気を増した扇動を見て、口田は面倒見は良いけど“怖い人”という評価に留めるのであった。

 ちなみに後日、その怖い人に呼び出されるとは露とも知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 “超常黎明期”と呼ばれる個性発現直後で社会が適応できずに混沌とした時代。

 圧倒的な力と人を想うがままに操る頭脳を持った一人の男が悪の支配者として日本に君臨した。

 “オール・フォー・ワン”と呼ばれる男の個性は個性を奪うだけでなく、与える事も出来るというもの。

 個性のないある者は個性発現者にされるがままに襲われ、ある心優しい青年は異形の個性を発現したがゆえに虐げられた…。

 彼は個性ゆえに虐げられた者から個性を奪い、襲われた者に個性を与えて両者の心を鷲掴みにした。

 強制ではなく人をどうすれば掌握出来るか解っているオール・フォー・ワンは勢力を拡大し、強い個性を収拾する事で己の力をより圧倒的なものへと確立して行った。

 

 そんなオール・フォー・ワンには無個性の弟がいた。

 弟は強い正義感の持ち主で、兄のやり方に批判的で幾度も抗い続けた。

 無個性の弟への優しさか、または屈服させる為かは解らないが、オール・フォー・ワンは“力をストックする個性”を弟に無理やり与えた。

 

 一見無個性だと思われていた弟であるが、実は“個性を譲渡する”という個性を有しており、二つの個性が合わさった事で奇しくも“ワン・フォー・オール”が誕生した。

 初代である弟から同じ志を持つ後継者に脈々と受け継がれ、今も尚個性を用いて生きているであろうオール・フォー・ワンという巨悪と戦う事をワン・フォー・オール継承者は宿命として背負う事になる…。

 

 後継者である緑谷 出久にもいつかは語らなければならない話。

 解っていたがタイミングを計って話していなかったがフルカウルの取得や個性のコントロール技術の向上、さらにはヒーロー殺しとの一件もあって話すべきだろうと八木 俊典は緑谷に話した。

 

 ヒーロー殺し“ステイン”は戦闘中に緑谷の血を舐めた。

 これは緑谷にワン・フォー・オールを渡した際に伝えた“DNAを摂取する”という条件に当て嵌まる。

 しかしDNAを摂取するだけでなく、受け渡す側が渡しても良いという意思があるかないかも重要であり、この事を話す必要もあってオリジン(始まり)から伝える必要があったのだ。

 

 …酷な話だ。

 まだ高校生の若い彼に奴との戦いを押し付ける結果となってしまったことに…。

 

 密談を終えたので緑谷少年を帰らした八木 俊典は、仮眠室で一人深いため息を漏らす。

 出来れば自分の代で片付けたかったが、この身体ではワン・フォー・オールを持っていたとしても難しかっただろうか。

 不甲斐なさを味わいながらぼんやりと天井を眺める。

 

 これから緑谷少年は巨悪に立ち向かう事になるだろう。

 雄英高校襲撃事件の際に捕縛できた脳無…。

 オールマイトを含めるオール・フォー・ワンを知る者ならその正体に心当たりがあった。

 オール・フォー・ワンは個性を与える事が出来るが、人によって受け取れる個性の許容量が存在する。

 一つしか受け取れない者や複数の個性を得られる者…。

 その許容量を超える個性を与えた場合、負荷に耐えきらず物言わぬ人形のようになってしまう。

 

 逮捕後の脳無は抵抗する事が無いどころが何に対しても反応すらなかったと聞いている。

 複数の個性を有す事とそれらからヴィラン連合にはオール・フォー・ワンが背後に居ると見て間違いない。

 

 「緑谷少年()に託さねばならない…のだな」

 

 オールマイトには支えてくれたサイドキックが居た。

 お互いに高い信頼を寄せあえる仲だった。

 今はある理由で少し…いや、かなり会い辛かったりするが、昔の自分達のように緑谷少年が巨悪と戦うのなら、必然的に扇動少年が協力するだろうが、出来る事なら彼には関わって欲しくはない。

 

 彼は口に出さないだけで両親を殺害したヴィランへの復讐を強く抱いていた。

 だからこそ彼にオール・フォー・ワンの話だけはする訳にはいかない(・・・・・・・・・)と判断し、今日の密談には呼ばなかったのだ。

 

「私が緑谷少年を支えれれば良かったのだが…」

 

 緑谷少年にはワン・フォー・オールのオリジンは語ったが、伝えねばならない私自身の事は言えずに密談を終えてしまった。

 彼が巨悪を打ち倒すとしてもその頃には多分―――自分は居ないだろう事を…。

 

 

 

 

 

 

●取り扱い注意…。

 

 クラスメイトが体育館γで鍛錬を行っている最中、上鳴は開発工房へ向かっていた。

 扇動から肉体面でも技術面でも鍛える事は多いが、まずサポートアイテムを作って貰えと言われたのだ。

 個性“帯電”を使用すると身体に纏うだけでなく、耐久を持つ自身にも多少なりともダメージを受ける事となり、耐久値を超えると脳が麻痺して思考能力が大幅に低下するとの事。

 対策としては個性を伸ばす事で耐久値を上げるか、サポートアイテムで対応する他ない。

 鍛錬で身体や技術を鍛えるのも良いが、サポートアイテムは開発時間も掛かるので、先に話だけでも通しておいた方が良いと言われ、現在開発工房に向かっているという訳だ。

 

「って言われてもどんなのが良いんだろーなー……?」

 

 アドバイスを貰えれば良かったのだけど、扇動は鍛錬の指導があるので動けない。

 ただ先に連絡は入れて貰っているので、いきなり訪れるにしては気が楽だ。

 「失礼しまーす」と口にしつつガラリと扉を開ければ、中で作業していた一人の女生徒がぐるりと顔を回して(・・・・・)こちらを向いた。

 

「上鳴さんですか?上鳴さんですね!扇動さんから話聞いてますよ!」

「うおっ、近ッ!?」

 

 距離があった筈なのだが気付けば眼前まで迫っていた彼女に驚かされる。

 彼女が扇動が言う発目 明なのだろう。

 会話した事は無いが騎馬戦で緑谷達と組んだサポート科の女生徒と説明を受けていたので、騎馬戦での光景は特徴的だったのでよく覚えている。

 ついでに個性と関係なく梟のように首が回ったり、縮地でもしたかのような移動術を行ったりするとも聞いていたが、扇動でも冗談言うんだななんて思っていたが事実だったとは。

 特徴と距離感に驚く中、確認を取った発目はすぐに離れたかと思えば、奥より幾らかのサポートアイテムを持って来た。

 

「なにこれ?」

「電気系のサポートアイテムを作っていた事があったのでそれらを持って来ました!要望があれば勿論聞きますよ!」

「おぅ、なら…」

「まずは試して見て下さい!!さぁ、これなんてどうでしょう!!」

「話を聞いてくれる?」

「こちらは扇動さんからの要望で作ったシャドームーンの籠手で――」

「ねぇ、聞いてる?もしもーし?」

 

 会話のキャッチボールが全くもって出来てない事だけは解かった。

 要望は後でするにしてもとりあえず試して見る事にする。

 というかそうしなければ話が進まないと察したから…。

 武骨でメカメカしい銀色の籠手を手に付ける。

 

「おお、なんか格好良いなコレ!」

「中身も重要ですがグッときますよね!」

「で、これどう使うの?」

「それはですね―――」

 

 説明されるがままに軽く電気を流しながら腕部にあるボタンをオンにして手を開くと掌から何本もの電流が前にばら撒かれる。

 

「すげぇ!なんか出た!!」

「けどこれ失敗作なんですよね!バッテリーを詰むと重くなりますし、方向性は大体で散らばる上にあまり飛距離ないので」

「あー、電気を発生させる俺には丁度良いと?」

「はい、上鳴さんが歩くバッテリーとなるのです!」

「言い方何とかならない?」

「次はこちら!」

 

 がちゃがちゃと山積みになっているサポートアイテムから目当てのものを掴み、押し付けるように渡してくる。

 …見せようとしているのは分かるが、あまりに顔に近づけるので見えないのだけど。

 

「こちら電力を用いたヨーヨーで、回転速度を上げたり電気ショックを与える中近距離武装となってます!」

「ちょっとこれ重過ぎない!?」

「難点としては機能をつけ過ぎた結果、重量が数キロとなってしまいました!」

「人に当たったら大惨事だよね!?頭とかかち割れるよコレ!!」

「ならこのレールガンは如何でしょう?」

「重過ぎ!ってかこんなもん持ち歩けねぇよ!」

「威力もかなりのもので壁ぐらいなら軽くぶち抜きますよ―――イタイ!?」

 

 勢いを増しながら紹介してくる発目にゲンコツが振り下ろされた。

 発目に圧されて気付いていなかったが、すぐそこまでパワーローダー先生が近づいていたらしい。

 叩かれた頭を撫でる発目が軽い抗議するも、俺の胃の痛みに比べたら軽いもんだろうと自傷気味に語るパワーローダーは流して上鳴に向き合う。

 

「扇動から聞いてるよ。すまないね、少し席を外している間に…」

「い、いえ、宜しくお願いします」

「まず要望から聞こうか?」

 

 会話が成立する事に強い安堵感を覚えながらパワーローダーに要望を伝える。

 電気による脳の負担を減らすアイテム開発に簡易的にスタンロッドのような近接武器の提案を受けて了承すると同時に、遠距離に電気を放てるようなものがあればと己の注文も伝え、制作して貰えることになった。

 礼を口にしながら胃薬を飲むパワーローダーに対して憐れまずにいられなかった…。




●止まるんじゃねぇぞ…
 【機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ】オルガ・イツカより

●魂にも脂肪は付くものだ、我々の魂にもな
 【BLACK LAGOON】バラライカより


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第52話 懐かしむヴィランと懐かしまれるヒーロー候補

 楽しげな鼻唄が耳に障る。

 明るく陽気に跳ねる。

 なんて気持ち良さげに奏でるのだろうか。

 しっとりとした湿気て陰湿とした何処かで、名も顔も知らぬ彼女は歌う。

 綺麗な子なのだろうか?

 可愛い子なのだろうか?

 美しい子なのだろうか?

 見えないからこそ想像は膨らみ、解らないからこそ夢見勝ちな妄想に耽る。

 

 おぞましい考えだ。

 例え彼女が絶世の美女であろうと、可憐な少女であろうが、妖艶な女性であろうが僕は決して見ることはない。

 決して見てはならぬのだ。

 昔話で良くあるだろう。

 見るなと言われて見てしまうお話。

 馬鹿だなぁとか気持ちは解るなんて軽口を叩いていた自分自身にキツく怒鳴り付けたい。

 好奇心は猫をも殺すというのに…。

 

「可愛いねぇ。けど、もっと可愛くなろうよ」

 

 ねっとりと高揚している彼女の声が耳を撫で、細く薄いひりつくような痛みが頬をゆったりと通る。

 痛いというより熱く、恐怖心が心中を駆け巡る。

 助けを呼ぼうにも猿轡で口を塞がれ、目から溢れた涙は目隠しを濡らすばかり。

 例え叫んだところで誰かが来ることはない。

 何年も放置されている廃校。

 古びて危険だと学校でも注意された場所に遊び半分に近づいた結果がこれだ…。

 すでに何ヵ所も切られ、ヒリ付く痛みがあちらこちらからする。

 

「血がいっぱい垂れてるねぇ。知ってる?血の味って人によって大きく異なるって」

 

 カタカタと恐怖心で震えながらも、相手のご機嫌だけは損ねないように顔を振って否定する。

 彼女はその様子があかべこみたいで可愛いなと思ってクスリと笑う。

 

「血液型やその人の体調、直前の食事でも多少違うんだよ。でもでも同じ血液型でもすんごく違う味もするんだよね。なんでかな?」

 

 聞かれても味の違いどころか血を飲むという事がないのだ。

 青年は震えるばかり。

 問いの答えを待つも「それもそうだよね…」とつまらなさそうに、そして寂しそうに呟いた。

 機嫌を損ねたかと思い慌てる青年に変わらぬトーンで語り掛ける。

 

「吸血鬼って知ってる?私の後輩にね詳しい子がいてね、色々な事を聞かせてくれたの」

 

 撃たれようが刺されようがストックしている数多の魂の一だけ死なない吸血鬼や石の仮面を被ると人から吸血鬼になるとか、はたまた首ににんにくや十字架のネックレスを下げ、日光浴をしながら悪霊払いより献血(強制)した血を優雅にワイングラスで飲むなどなど。

 綺麗な声色で、清んだ感情で荒唐無稽な話を語り続ける。

 何が言いたいのだろうか?

 自分は吸血鬼だぞとでも名乗る気でもあるのか…。

 思考しても解らず、さらに首筋にヒヤリとしたナイフを当てられれば、考えている余裕なぞ消し飛んだ。

 

「中でも興味を惹いたのが魂を取り込む話なの」

 

 弾むトーン事態は変わらないが、雰囲気だけは一変した。

 急激に真冬の冷え込みのような寒気に包まれ、心臓を鷲掴みされたかのような恐怖が押し寄せる。

 

「そう、魂。全ての血を取り込むことで相手の魂までも取り込めるって話。さっきの命のストックじゃあなくてね、相手の魂が自分の魂と混ざり合ってひとつになる―――これって素敵だと思わない?」

 

 背し筋が凍り付いたような悪寒に恐怖が限界までに達し、青年の理性は崩壊した…。

 

 

 

 遠くからサイレンが聞こえる。

 自らがここにいると言わんばかりの警告音に少女は笑う。

 思ったより存外に早かったなと思いながら夕暮れに染まる大通りを堂々と歩む。

 犯罪者とは言え未成年という事で個人情報は伏せられ、砂糖の塗されたドーナツを齧りながら闊歩したところで騒ぎになる事は少ない。

 最近お気に入りのフードを被り直し、口元についた砂糖を指で拭う。

 

 隠れ家に使っていた場所に自ら入り込んで来た格好良いというよりは幼さが残る可愛いらしい青年。

 元が良かったのもあって、ナイフで撫でたらもっと可愛らしくなって程よく満足した。

 本当は最もボロボロな方が好みであるが、彼のように遊び半分で誰かが訪れる危険を考えれば長居できる時間も長期で監禁する事も難しい。

 

「メイクもしたらもっと可愛く出来たのに」

 

 特殊メイクの類いは自身の趣向を話した後輩がそれならばとお、色々手配してくれたのでそれなりには自信がある。

 もう少し可愛くしたかったと思う反面で、手離した事に後悔はない。

 あまり執着し過ぎて捕まるのは御免だし、何より後輩に比べて血がそんなに美味しい子でもなかった…。

 

「今日はやけに思い出すなぁ」

 

 長らく会っていない後輩を思い浮かべる。

 吸血鬼云々の話もそうだし、犯人はその場を離れたがるだろうという警察側の心理をついて、近辺に留まってやり過ごした殺人の疑惑を掛けられた名探偵の孫の話などなど、色んな事を知っている変わった子で、一緒に居て楽しく素の自分で振る舞える楽な相手。

 彼との出会いで幾分か心が安らいだ。

 彼の前では周りに合わせる為の鍍金を剥がす事が出来た。

 

 なにより血が物凄く美味しい子だった。

 同い年の筈なのに長年熟成(・・・・)させたような深みがあるのに血液自体は若々しくて飲み易い。

 多くの人から飲んだ今だから言えるが、彼の血が一番だった。

 加えて気兼ねなく飲む事も出来たし…。

 

「あー、久しぶりに飲みたいな…」

 

 思い出すだけで頬が緩む。

 もしも魂を取り込めるとすれば、彼の魂を取り込みたいものだ。

 くつくつと笑って懐かしむ少女は、遠くへ逃げようとしているであろう連続傷害罪の容疑者を逮捕するべく、何人かを事件現場に残して遠ざかるパトカー数台を遠巻きに眺める。

 もう少しこの辺りで時間を潰そうと少女は軽い足取りで、夕日色に染まる路上から路地裏の薄暗さに溶け込んで行く。

 

 

 

 

 

 轟家の食卓は長女の轟 冬美によって支えられていた。

 家政婦が引退してからは料理を担当しており、その腕前は元々の素質もあってかかなりの腕前になっている。

 身体資本の父に食べ盛りの弟達という事もあって量を作らねばならず、彩や栄養面も考えてメニュー被らないように気を配りながら献立を組み、日中は小学校で教師を務めるという忙しい毎日を過ごして居る。

 そんな彼女に最近弟子というか高校生の生徒を持つことになったのだ。

 いや、話友達と言った方がしっくりくるかな。

 

『―――へくちッ』

「大丈夫?風邪?」

『体調管理はしてた筈なんだが…念のために後で風邪薬飲んどきますよ』

「焦凍から聞いたわよ。中々に不健康な生活してるって。若いからって無茶してたら身体がもたなくなるんだから」

『出来得る限り善処しましょう』

「あー、それって絶対聞く気ないでしょ」

 

 ビデオ通話で相手の表情が解かるだけに、嘘っぽく返す様に思わず笑ってしまった。

 通話相手は扇動 無一君。

 轟家の事情を知っていて、色々世話を焼いてくれた弟の焦凍の友人。

 彼も料理は出来るらしいのだけど、焦凍から私の料理の方が美味しかったと事を言われてから、良ければ料理を教えて欲しいと頼まれたのだ。

 焦凍としては何気なく言っただけなのだろうけど、なんて失礼な事を言ったかと思わず電話越しに頭を下げた。

 当の本人は未熟な所を指摘された方が楽だと気にしている様子がなかったから良かったものの。

 

 彼には本当に色々と迷惑を掛けてしまっている…。

 家の事情に焦凍を預かって貰っている件、さらに父への近況報告―――だけでなく父から相談を受けている節も見受けられる。

 この前なんか何をそわそわしているのかと思えば授業参観の事で相談乗って貰ってから落ち着かないとか…。

 まだお知らせも来ていないのに気が早すぎる。

 

「それにしても大変ね。学校と家事の両立なんて」

『何を言ってるんですか。小学校の教諭として教えを説くだけでなく生徒の相手、仕事の付き合いに責任などなど熟している上で家事をなさっている方に比べたら楽なモノですよ』

「でも、指導はしてるんでしょ」

『焦凍からですか?意外に喋ってるようで安心しました』

 

 うーん、訂正した方が良いのだろうか?

 確かに連絡を入れてくれるようになったけど、自分から話してくれることが少ないので私から聞き出したというのが正しいのだけど…。

 

『先生方の協力を仰いでいるので負担は少ないですが』

「もしかして今日もだったの?」

『いえ、今日は参加者側(・・・・)だったもので指導はしてませんよ。どうもA組で放課後に特訓しているのを知ってB組でもという話になったらしく、そこに参加させて貰ったんです』

「もう、ちゃんと休まないとダメよ」

『明日は放課後の予定を開けてますので、気分転換をするように心掛け――』

「掛けるんじゃなくて休みなさい。自分では大丈夫だと思っても疲労やストレスってのは知らずに溜まるんだから」

『…了解です。先生の言う通りにしますよ』

「宜しい――フフッ」

 

 料理に慣れている分、談笑に華を咲かせれる。

 初めて連絡を貰った際は対応や大人びた雰囲気から年上っぽい印象を受けたが、雄英高校での話し合い以降はもう少し砕けて話すようになって、弟の友人というよりは同年代の友達のように接してしまっている。

 情報交換も混じるが大概は他愛のない話だ。

 この前は延々と愚痴を聞いてもらっていた事は後で反省しました…。

 なんにしても気兼ねなく話せる相手がいるというのは嬉しい。

 特にこの家の中では話す相手は限られる。

 私と(炎司)、私と次男(夏雄)なら兎も角、父と次男が居合わせたときなんか空気が重くなり、何か理由が無ければ食事を一緒にする事もないだろう。

 

「もうそろそろかな?」

『良い色合いになりましたね』

「餡も上手くできたし、今からお腹減っちゃったよ」

 

 今日の料理は白身魚の甘酢餡掛け。

 なんでも連続で肉料理が続いて魚料理が食べたいなと思ったところ、一週間前に煮魚や小鉢で酢漬けなどを出して何を作ろうか迷ったらしい。

 そこで白身魚の甘酢餡掛けを提案して、丁度冷蔵庫に白身魚があったのでこちらでもメインにさせてもらう事に。

 カリッとした衣に解れる淡白ながらしっかりとした白身、揚げ物ながらも甘酸っぱくて食べ易く、一緒に野菜類も入っているので栄養もばっちり。

 想像しただけでも涎が出そう…。

 

『すみません。毎度教えて貰って』

「良いのよ。こうして話するの楽しいもの。それに今日は献立考えずに済んで助かったわ」

『そう言って貰えて助かります』

「遠慮しないでね。そうだ。今度餃子の作り方教えましょうか?」

『是非!』

「凄く喰い付いたね…」

『餃子は腕を上げたい料理の一つなので。出来る事ならゴローちゃん(由良 吾郎)が褒めてくれるぐらいの奴を』

 

 学校の友人だろうか?

 あまりに熱意が強いだけに彼の希望に添えられたら良いのだけど。

 そんな事を思っていたら玄関から物音がして、お父さんの声が届いて来た。

 丁度出来上がる頃合いだっただけにベストタイミングだ。

 

「今、帰ったぞ」

「お父さん、お帰り」

「今日は魚か」

「えぇ、白身魚の甘酢餡掛け。扇動君に頼まれてね」

「そうか………ん、扇動…だと」

 

 扇動の名を聞いてビデオ通話していた事に気付いたのだろう。

 携帯画面に映る扇動君にぎろりと睨みを利かし、少し考え込む動作をして私へと神妙な趣で向き直る。

 

「まさかと思うが―――付き合っているのか(※交際/恋人)?」

「え、付き合っているけど(※付き合い/料理)…どうしたの?」

 

 おかしな事を聞くのねと思いながら答えると、目を見開いて驚くと急に俯いた。

 徐々に肩をフルフルと震わせる様から様子がおかしい。

 どうしたの?と声を掛けようとしたところでガバリと顔を上げた。

 

「俺は許さんからな!!」

 

 大声を上げたと思えば懐から携帯電話を手に台所から出て行ってしまった。

 すると画面越しに移る扇動君の着信音が鳴り始め、ビデオ通話している(友人用携帯)のとは違う携帯電話(仕事関係用携帯)を取り出して通話ボタンを押したところでこちらで怒号が響く。

 

「貴様、これは一体何の冗談だ!焦凍の時もそうだが俺を揶揄うな!!」

『五月蠅ッ、鼓膜破る気か?別に冗談言ってねぇ(※俺は何も言ってない)だろうが。飯が冷めるから切るぞ』

「待たんか貴様。冬美!」

「は、はい!?」

「俺は絶対に認めんからな!!」

『あまり怒ってると血圧上がるぞ。カルシウムや亜鉛不足じゃないか?もしくは糖分の摂りすぎとか』

「それ当たってるかも。お父さんってばお昼を菓子パンで済ませるから」

『職場体験中もあんパンとかだったな。動いている分、腹回りには付いてないけど血糖値とか気にしないと』

「ヒーロー職ってアスリートと一緒で身体資本なんでしょ?」

『最前線で活動しているヒーローは基本若いからな。トップ10内をキープしている人もいるが稀だな。基本は年取って引退か育成、または続けるも最前線からは下がるかだ』

「だったら食生活を少しずつでも改善しないとと駄目だよ。今のに慣れてそのまま続けたら―――」

「喧しいわ!!勝手に老後の話を進めるんじゃない!!」

「はいはい、ご飯が冷めるから先に食べようね」

 

 カッカする炎司を宥めながら夕食へと促した冬美であったが、勘違いに気付くにはそう時間は掛からず、寧ろ勘違いを解く方がかなりの時間を有するのであった。



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第53話 HUC、バイト体験

 また書き直していたら遅れてしまいました…。
 根津校長の個性“ハイスペック”と文才が欲しい…。

 あの二日でもう一話書きたいなぁ…。


 ヒーローという職業(・・)が脚光を浴びるようになってから、新たな職業が幾つか生まれるようになった。

 ヴィランとの戦いや災害救助でヒーローをサポートするアイテムを制作・販売する者らや会社・業者。

 育成する為にヒーロー科という新たな学問と経験豊富な現役・退役を含んだヒーローの教師。

 そんな中に“HUC(・・・)”という職が存在する。

 “HELP・US・COMPANY”―――通称“HUC”。

 災害救助訓練(・・)にて負傷者や要救助者を演じるプロフェッショナル達。

 救助の際の手順から多種多様な怪我の内容に応じた手当や処置など幅広い知識を求められる職業で認知度は非常に低い。

 ゆえに…と言えば良いのか訓練での依頼が殺到するも圧倒的に人が足りず、技能報酬込みで求人広告などに記載されている給料はかなり高額だが応募する者は中々にいない。

 専門知識に加えて個人で怪我や状況に合わせた特殊メイク技術に試験官としての能力も求められる。

 知名度に加えての難易度に人手不足になるのも当然の事で、反比例してヒーローになりたがる人が増えれば訓練や試験などが増えていく…。

 

 週末の休日に雄英高校ヒーロー科一年A組の大半の生徒は、私服で市民会館への一室に集まっていた。

 最初こそ祖父のコネで技術と知識を確かなものとして得るべく、HUCでバイトを始めた扇動 無一は必要な能力を治めると同時に高い信頼を勝ち取って、雄英高校に入学するまではバイトを頼まれる程になっていた。

 今回はその伝手より試験や訓練など仕事が重なり、人手不足である事から駄目元で応援要請をされたのだ。

 高校生活での学びや個人的な仕事もあって断ろうと思うも、同じヒーローを目指す者にとって救助される側を経験するのも為になるとバイトの話をクラスメイトに振ってみると後学・興味本位・割りの良いバイト代などなどの理由で多くが参加する事に。

 …ただ救助される際に偶然を期待している(ラッキースケベ)者も居るが…。

 

 勿論これは雄英高校とは関係ない扇動を仲介したバイト。

 参加は個人の自由であるというのに、参加者は爆豪と轟を除く19名となっている。

 ちなみに爆豪は休日に面倒と言い、轟は母親の見舞いに行くとの事。

 

 今回のバイト内容はヒーロー(職業)になるには必要なヒーロー免許の一歩前、ヒーロー仮免許試験を控えた一般受験者への模擬試験となっていて、採点と休憩時間を挟んで十三時までの間に三回ほど行う事になっている。

 現在受付が開始した時刻で試験自体はまだ始まらないが、HUCのバイトとして来た面々は自分が担当する役柄を把握する必要があるので、バイトとしての仕事が始まっているのだ。

 模試とは言え試験内容が僅かでも漏れる可能性を無くすべく、HUCからの要望で当日まで内容は関わっている扇動しか知らされてはいない。

 

 知らされていないと言えば、集合場所に到着するまでA組の面々はヒーロー科一年B組も幾人か参加する事を知らずにいた。

 入学して間もなく繋がりを持っていた取蔭や柳、鉄哲を通して参加者を募ったらしい。

 多くが体育祭の騎馬戦時に多少話した程度の接点なれど、さすがヒーローを目指すだけあって全員参加となったのは人手不足だったHUCにしてみれば嬉しい誤算であったろう。

 

「バイト代も良いし、昼からショッピングしようと思っててさ」

「あー!それ良いね」

「なら皆で行こうよ」

「うちも行って良いかな?」

「もちろん」

 

 A組もB組も関係なく女子達がバイト後のショッピングに行く話で盛り上がっている最中、男子生徒は別の話題で盛り上がっていた。

 話題はそれぞれであるが一番メインとなっているのはバイトに対するものとB組もA組に習って行った放課後の特訓に扇動が混じっていた話であろうか。

 

「見せてあげるよ。A組よりB組の方が演技においても上手いという所を!」

「一々張り合うなよ…」

「もしかして俺達(A組)と張り合う為にわざわざ来たのかアイツ…」

「いえ、扇動氏に頼まれたからですぞ」

「体育祭以降仲良いんだよなぁ」

 

 意外な組み合わせ―――でもないかと話を聞いたA組の全員が即座に納得してしまった。

 性格は大きく異なるが何処となく似ているのを何となく感じており、B組においてはそれを肌身で体験(・・・・・)しただけに否定する者は一人もいない。

 …B組で行われた放課後の特訓にて、終了間際に二人組を組んでのバトルロアイアル形式の模擬戦を行ったところ、扇動は物間とペアを組んで全員と戦った訳ではないが終了時間まで生き残ったのだ。

 

 話題に上がっていた扇動は見知らぬ男性と13号先生と共にようやく姿を現した。

 男性の方は模試の関係者だと思われるも、雄英高校の行事ではないこの場に何故13号先生が来ているのかが解らなかった。

 

「遅ぇぞ扇動」

「すまない、少し打ち合わせをしてて遅れた」

「どうして13号先生も居るん?」

「もしかしてバイトですか?」

「いえ、以前より今日の試験内容についての(・・・・・・・・・)アドバイス(・・・・・)を頼まれておりまして、関わったからには模試の様子を見守ろうかと」

「休日だから良いって言ったんだけどなぁ」

借りも返せますし(波乱!?救助訓練にて)

「心強いではありませんか。実際に災害救助で活躍しているプロヒーローのお力添えなんて」

「そりゃあそうだけど―――っと、こちらはヒーロー公安委員会の目良 善見(メラ ヨクミル)さん。公安の激務に追われている上にヒーロー免許関連の試験官としても派遣される人だ」 

「どうも目良です。扇動君とは以前より知り合いでしてね。今日は試験官ではなく見学として参りました」

「暇があるなら寝てろワーカーホリック(仕事中毒者)

「…君に言われたくないですね」

 

 知られていない個人的な仕事を除いたとしても放課後の訓練で指導したり、家や通学時などトレーニングなどに励んでいる事を知っている面々としては目良の返しに納得しそうになるもぼさぼさの髪に着崩れたスーツ姿、だらんと怠そうな目付きと雰囲気を発している目良に比べたら健康そうに見える分だけマシに映る。

 そんな視線を受ける扇動は一呼吸おいて雰囲気を真面目なモノへと切り替え、それを察して皆も気持ちを切り替えていく。

 

「さて、説明を行うけど本来HUC職員は負傷者を演じるばかりでなく試験官として採点も行うのだけど、モニター室から俺やHUCから派遣された試験官などのスタッフが採点するので、皆は担当する役を演じる事を第一にしてくれ。

 これからそれぞれが担当する負傷内容を資料として配布するが、もし自分が担当する以外の資料が欲しい時は申し出てくれ。一応素人(扇動自身)が書いた物で良ければ渡す予定がある」

 

 説明が始まった事で自分がしっかりと出来るだろうかという不安や緊張、焦りに襲われるものがちらほらと出て来る。

 特に緑谷の緊張は激しく、掌に人という文字を書き続けるも呑み込む動作をする事を忘れる程に緊張しまくっていた…。

 幾人かいると思っていた扇動は、やはりかと少し頬を緩める。

 

「安心しろ。全員には小型のイヤホンとマイクを付けて貰い、こちらで指示やアドバイスを出すから心配すんな。最悪役を忘れてもフォローしてやっから。13号先生、試験前に皆に一言宜しいか?」

「そうですね、少しお小言を一つ…二つ…三つ…」

 (((また(・・)増えてる…)))

 

 覚えのある台詞にヴィラン連合に襲撃されて中止した授業の出出しを思い出す。

 咄嗟に周囲を見渡して黒い靄が無いかと探ってしまうもそんな靄は無く、体験していないB組はどうしたんだと首を傾げる。

 襲撃時に被害を受けた13号も、同様の想いを抱くも話を続ける。

 

「災害救助で必要なのは迅速さと咄嗟の判断能力です。早く動けばそれだけ多くの人が救え、冷静さを失ったり判断を間違えれば逆に多くの人命を失う事になります。今回の皆さんは救助する側ではなく救助される側。救助側としてどのように見えるか?どのような想いを抱くか?そういった点を踏まえた上で体験する事で君達の良い学びとなるでしょう。とは言えこれは授業ではなく休日のバイト。僕からの話はここまでとして、皆さん慣れないバイトを頑張って下さい。ご清聴ありがとうございました」

 

 話が終わると自然に拍手が起こり、扇動は一人一人に資料を手渡していく。

 配られた資料は二種類。

 一つは怪我の症状と対する対応に、13号が実際に目にした事例も加えられた下手な参考書より詳しい専門書のような物。

 八百万や飯田のような後学目的に加えて頭の良い面子は兎も角として、大半の面々は字面を目にした瞬間敬遠してしまう為に、もう一方の演ずる怪我の名称と症状の演じ方などが解かり易く簡略的に書かれた指示書に自然と目を向ける。

 覚えようとする一方で扇動や13号に詳しい話を聞いて理解してと忙しいが、加えて扇動はHUC本職なら個人でリアリティを出す為に特殊メイクをするが、そんな技能を取得している者はいない為に担当している。

 一人一人メイクが施されると会場にてスタンバイに入る。

 会場には本物の瓦礫を模した小道具で災害現場が再現されていて、中には瓦礫が足に降って来て動けない者や埋もれた者、逃げ遅れて負傷した者などなど役に合った状態で受験者が救助に来るまでを待つことに。

 全員の準備が終わって受験者への説明が行われ、模試の開始が宣言されると試験会場は一気に騒がしくなる。

 バイト側は負傷者をしっかりと演じ、受験者側は実力をしっかりと把握する為に救助活動を行う。

 

「誰か!誰か助けて下さい!友人が埋まっているんです!!」」

 

 そんな中で一際目立つ助けを求める声が響き渡る。

 負傷者側である飯田であった。

 声を耳にした受験者が駆け寄ると飯田は必死に近くで瓦礫に埋まっている八百万を助けてくれるように頼み込んでいる。

 さすが真面目な飯田というべきか迫真の演技でリアリティが半端ではない。

 救助側は普通に会話が出来て、しっかりとした足取りと意志のある飯田より埋まっている八百万に意識を向けて、集まった受験者は救助しようと意見を交わし合う。

 

 その時点で減点されたとも知らずに。

 普通に歩いて助けを呼んでいる飯田。

 一見ではなんともないように見えるも、その背中には血のりがべったりと付着しており、出血量から命に関わる状態である。

 怪我や事故などで鎮静作用のあるアドレナリンを分泌して、怪我に対しての痛みを緩和する事がある。

 受験者は大丈夫そう(・・・・・)であると判断して、飯田の状態を碌に確認しようとしなかった。

 

 試験官(扇動)の性格の悪さ―――もとい、ミスが許される模試だからこそ意地が悪くとも、本試験や実戦で使えるように引っ掛けや難問を合間合間に挟んでいるのだ。

 他にも掠り傷程度であるが痛みから泣き喚いている幼子役の峰田や、負傷して症状や助けを求めるも英語でしか話さないようにと指示された日系アメリカ人の角取 ポニーなど、受験者側は困りながらも試行錯誤に困難を突破しようと頭を回す。

 模試内容に四苦八苦しながらも救助対象者が全員救出されるとアナウンスが流れ、講評に休憩時間を挟んで次の模試が行われる流れであるが、負傷者側は次の(怪我)が書き込まれた資料を受け取って目を通し、受験者が休憩している間にスタンバイする必要があった。

 この模試中の扇動は採点にフォローから講評、役への質問を受け付けながら特殊メイクを行って、スタンバイの手伝いから監修を行う為に休憩は一切存在しないのであった…。

 

 

 

 

 

 

 一回目を終えて二回目に移った模試を試験会場に設置されたカメラを通して眺め、受験者の採点から負傷者役の指示やフォローを行うモニタールームにて、13号は扇動の補佐も兼ねてインカムで雄英高校生徒達のフォローに回っていた。

 隣では複数のモニターを眺めながら受験者の採点を行いながら講評を書き込み、口はアドバイスを飛ばしたりと扇動が忙しなく働いている。

 試験官として張り切っているという気張る様子はなく、ただただそういう性分ゆえに自然体で熟している。

 

 何度かヒーロー基礎学や救助訓練などで見る機会があり、戦闘や救助などで優れた知識や技術を有している事は知っているも、ベテラン顔負けの仕事を行う様にちょっとばかし心配を浮かべてしまう。

 彼の持論である無個性ゆえに努力せねばヒーローに成れないというのは、一般的に無個性ではヒーローに成れない事から理解は出来るが、それにしても無理をし過ぎである事は明白。

 しかしながら簡単に無理をし過ぎと注意する事も躊躇われる。

 強力な個性を持っていてもヒーローに成れない者も居る中で、十分能力があるから良いじゃないかと気休めに夢に向かう足を止めさせるのは無責任というものだ。

 

「絡め手が足りないような…もう少し、いや…どう思います13号先生?」

「それよりもっと現実味を出した方が良いと僕は思いますよ」

「症状を複雑化させてもヒーローじゃなくて医者の領分になるからレパートリーを増やすか?」

「怪我への知識もですが次は救出作業の方を重要視してみましょう」

「あー、ならパターンBにHを混ぜた構図にするか…」

「Dの方が良いと思いますよ」

「なら合わせるのは―――」

 

 こちらの心配を他所に手を動かしながらもすでに頭の中では三回目の模試の変更を考え始めている。

 ワーカーホリック(仕事中毒者)と言い返されても仕方ないでしょうと思うも口には出さず、ただ問いに対してアドバイスを返していく。

 

 ふと、扇動を見ていて彼はヒーローでなくても良いのではと考えが過った。

 これは単純に無個性だから難しいとかいう話ではなく、彼には教員の方が向いているのではないかと思ったからである。

 口は悪かろうと面倒見は良いのは知っているし、仕事はきっちり行う上に周りや人をしっかりと観ていたり、先の講評でも問題点を指摘するだけではなくて褒めるべきところはちゃんと褒めていた。

 捻くれた試験問題も込みで何処か自身の先輩(相澤)を彷彿させられてしまう。

 

 実戦経験を積んだヒーローというのは経験と知識の塊だ。

 そんな彼らが後進育成に力を入れたならば、よりよいヒーローの卵が育つ土壌が出来上がるであろうが、ヒーローというのは我が強かったり、一癖も二癖もある者が多い。

 平和や人々を護りたい。

 ヴィランをぶっ飛ばす。

 活躍して目立ちたい。

 賞賛を浴びたいなどの理由から成った者も多く、後進育成に関心を持つヒーローというのは非常に少ないのだ。

 

 だが彼ならばと思わずにはいられず、仕事中にも関わらずつい言葉として出してしまった…。

 

「扇動君…教員に興味はないですか?」

 

 つい漏らしてしまった言葉に眉をピクリと動かして、扇動はため息交じりに苦笑する。

 それは呆れや馬鹿にしたというよりは言われて困っているようであった。

 

「勘弁して下さい。親御さんから抗議(クレーム)が来る…そもそも俺に教員は合わないでしょう」

「僕は向いていると思いますけどね」

「褒めたところで職業(・・)ヒーロー志望なのは変わらないですよっと」

 

 会話を混じりつつも手は止めず、途中指示を飛ばしたりで会話は中断された。

 別にそこで断ち切ってくれても良かったのだけど、扇動は仕事を優先するもぶち切って終わりにしようとは思わなかったらしい。 

 

「そもそも務まりませんよ」

「先輩――相澤先生も似たような事を言っていたそうですよ」

「それは初耳。後で詳しく聞かせて欲しいですね」

「なら先輩を教員に誘った本人(ミッドナイト)に聞くと良いと思いますよ」

「ミッドナイト先生か。今度飲みにでも誘って聞いてみるか」

「…未成年の飲酒駄目ですよ」

「誰も飲むとは言ってねぇ。なんなら監視で一緒に来ます?奢りますよ」

「そう言う訳にはいきませんよ」

「なら割り勘という事で。良い居酒屋知ってますよ」

「…楽しみにしてますよ」

 

 まったくと今度は13号が苦笑いを浮かべ、無線機を通して生徒のフォローへ戻った。

 

 

 

 

 僕―――目良 善見が扇動 無一と出会ったのはヒーロー仮免許試験会場であった。

 前々よりも扇動 流拳の孫がコネでHUCのバイトをしているという噂は耳にしており、それが自分が試験官として担当している場に来たのかと言った感想を抱いた。

 流拳がどのような人物だったか(・・・・)を知っていたけれども、老いた彼も孫に甘い顔をする程度に甘くなったのかと高をくくっていた。

 しかし蓋を開けてみればビックリ。

 中学生にしてプロ顔負けの知識を持って見事に演じ切ったのだから大したものだ。

 興味本位で話しかければ当初こそ礼儀正しい大人びた少年であったが、僕が睡魔に襲われつつも気になって仕事を優先して酷使し過ぎていた事にキレて、流拳を仲介して労基を盾に上司に休みを取らせろと掛け合った事から今の砕けた感じで接せられるようになった。

 

 何というか年齢的には歳の離れた兄弟か若めの父親ぐらいの差があるのだけど、これではどっちが上なのか分かったものではないですね。

 

 小さい頃には大人びた子供や聡い子と言われようとも、成長して大人になれば周りと変わりない普通へとなる筈だ。

 けれども彼はただ成長するだけでは飽き足らず、祖父のコネを使ってプロヒーローとの繋がりを蜘蛛の巣のように広めながら太くし、積極的に話を聞いたり鍛錬に付き合って貰ったりで知識も技術も経験も高めている。

 ヒーローに成りたいからと夢を語るのは出来る。

 されど幼い頃からヒーローに就職する為に(・・・・・・)動くのは誰もが出来る事ではない。

 正直それを理解した時は彼の事を“異端”と僕は称した。

 

 同時に彼を酷く欲しいと思えた。

 なにせコネを使ったとは言えプロヒーローとの深く広い関りに個人の能力、そして貪欲な知識と技術の収集癖。

 ヒーロー免許の試験もそうだが試験内容というのは過去にあった災害や事件のデータをある程度(・・・・)収集、元にして行われる。

 贅沢を言えばヒーロー全員からありとあらゆる事態や出来事を収集して、それを活かすデータバンクを用意出来たら一番良いのだろうけど、それを行うには時間も労力も資金も莫大と言わずとも消費は少なくない…。

 だからある程度で満足する他ないが、彼は個人的に最新のものにアップデートし、知識は増え続けている。

 実際に災害救助で活躍したプロヒーローで雄英高校の教師という13号で関りを持ち、試験に協力して貰ったという事も大きいのだろうけど、今回の模試内容にも試験官を幾つも務めた自分でさえ目を見張るものは多くあった。

 

 彼がヒーローに成りたがっているのは何度も勧誘した際に、同じ数だけ返された事から知っている。

 教員になったとすれば振るい(・・・)としても育成者としても大いに期待できるだろう。

 解っていながらも13号が誘った事を耳にして、話が区切られた辺りで釘を刺してしまった。

 

「彼を勧誘するのは辞めて貰えませんか?ウチ(公安)が予約していますので」

「いえいえ、扇動君は教員の方が合ってます」

「勝手に話進めんな。俺はヒーロー志望つっただろうが!」

「やっぱりうちで働きませんか?」

「却下。協力(・・)や手伝いならまだしも」

「君に向いている職業だと思いますけどねぇ…」

「―――本音は?」

「そうですねぇ…僕の仕事が減って快眠出来ればという事で」

「働き過ぎなんだよ。少しは身体を労われ」

「…なるべく気を付けるようにしますよ」

 

 毎度ながら否定されるというやり取りを行った目良は乾いた笑みを浮かべる。

 会う度に繰り返されるやり取りを熟すも、顔色は以前より悪いのは見て分かっていた扇動は心の底から長く深いため息を吐き出した。

 

「今度、爺ちゃんのコネ使ってでも心身ともにリフレッシュできる予定組んでやっから連休をメールしてくれ」

「激務続きでして休んでいる暇ないですよ」

「また労基違反を問うぞ。忙しいのは解ってるがそれで倒れられたら困る。何だったら爺ちゃんに頼んで掛け合って貰うけど?」

「分かりました。ちゃんと有休申請しますから」

 

 労わってくれているのは分かるのだけど、祖父(流拳)譲りか直伝か解らないけど鋭過ぎる視線での威圧(※流拳は素の視線)しないで貰いたいのですが…。

 

 

 

 モニタールームで二方向から勧誘されるなど試験会場込みで多少のアクシデントはあったが、問題になる事もなく模試は無事に終了。

 後日通帳に割りの良いバイト代が振り込まれ、加えて後学目的で参加した面々は扇動が制作して配った資料全種を受け取るなど、金銭的にも知識的にも経験的にも得るものを得るのであった。

 

 

 

 

 

 

 ―――追記。

 A組B組の生徒は模試終了後に解散となったが、試験官役であった扇動は報告など後にも仕事が続き、自主的に13号と目良が手伝ってくれた事もあって、夕飯と打ち上げを兼ねて一緒に食事をする事に。

 急ではあったが相澤云々で話に上がったミッドナイトに13号が誘いをかけると、丁度予定が空いていた事で参加。

 記念にと酔って机に突っ伏す目良に13号とミッドナイト(私服姿)の二人に扇動が囲まれている写真を撮るのだが、後日給与明細を扇動が渡す際にこの事を話し、流れで写真を見せたところで再び峰田より猛抗議されるのであった…。



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第54話 雄英・オブ・ザ・デッド前編

 蛙吹 梅雨の中学時代は多忙であった。

 両親は仕事の都合上出張が多く弟妹の世話や家事などを行いながら、倍率が非常に高い雄英高校入試に向けての勉学に励んだ。

 大変だったけれども素敵な生活。

 されど自由な時間が取れずに友達を作る事も出来なくて、中学校では一人でいる事が多くなっていた。

 そんな中で一人の女生徒が付き纏うようになる。

 

 名前は万偶数 羽生子(マングース ハブコ)

 首から上が蛇の見た目で睨んだ相手を三秒間弛緩させるという“弛緩”の個性を持つ。

 突然個性を使われたり、見つめてきたと思ったら舌なめずりを始めたりと怖かったりもしたが、何となくであるが蛙吹は彼女が何を想っていたのか察していた。

 

 万偶数は友達が欲しかったのだ。

 性格や見た目もあってか一人っきりだった彼女は、友達に成りたいと思いつつも勇気が出ずに見つめるばかり。

 察した蛙吹が逆に声を掛けた事で友人と成り、その交友は別々の高校に入学した今でも続いている。

 互いにヒーロー校に入学した事もあって近況報告などメールする事はあっても、忙しさから会えないというのは寂しいものだ。

 

 高校入学から二か月近くが経った今。

 まさか再会出来ると思いもしなかった。

 

「本日のヒーロー実習は(イサミ)学園との合同訓練だ」

「「「突然の新キャラ来たぁああああ!!」」」

「…新キャラって…お前ら言い方」

 

 雄英高校のような名門中の名門ではないが、ヒーロー科を有するヒーロー育成機関の一つ“勇学園”。

 本当に急に決まった為か説明されるまで誰一人知りはしなかった。

 突然の事にハイテンションな盛り上がりを見せるヒーロー科一年A組の面々。

 落ち着いているのは扇動に爆豪、轟ぐらいなものだろうか。

 他は何処か舞い上がっており、緑谷に至ってはどんな個性を持っているのだろうか、今日の合同訓練は何が行われているのだろうかとワクワクが止まらない様子である。

 

 勇学園より共同訓練に参加するのは男女二名ずつの計四名。

 膨よかで何処となく気弱そうな多弾 打弾(タダン ダダン)

 不遜な態度も体形も対照的で、自己紹介で苗字しか名乗らなかった藤見(・・)

 四人の中でまとめ役であろう礼儀正しく眼鏡をかけた女子、赤外 可視子(セキガイ カシコ)

 そして最後の一人は赤外に隠れるようにして様子を窺っていた万偶数 羽生子。

 

「ケロッ!?羽生子ちゃん!」

「梅雨ちゃん!」

 

 万偶数と蛙吹の視線が合うと自然と駆け出して再会のハグを行う。

 久しぶりの友人との再会。

 二人にとって非常に嬉しい再会シーンであるも、個性の元()見た目()的な意味で周りは妙なハラハラと緊張感を味わう事に…。

 

「オイ、万偶数!雄英生なんか(・・・)と仲良くしてんじゃあねぇ!!」

 

 苛立ちの籠った藤見の一言が教室に響き渡った。

 誰もが想う事はあれども即座に声に出す事は無かった。

 特に説明から自己紹介が行われる短時間の間に女子に異常なほどに興奮を見せた峰田の様に、いきなり赤外に連絡先を聞き出そうとナンパ的行動にでた上鳴など醜態を真っ先に晒したがゆえにそう言われても仕方がないかと思うのも多少なりともあった。

 だが、そんな事関係なしに嘗められている、下に見下す発言に即座に苛立ちを露わに反応を示す者が一人。

 

「今なんつった!雄英以下のクソ学生がっ!!」

「かっちゃん落ち着いて!?」

「テメェは黙ってろ!」

「お前もだ爆豪」

 

 幸いにもここは教室内。

 今にも手を出しそうなほどの反応と威嚇を示した爆豪だが、相澤の一喝により渋々ながらもこの場では堪えた(・・・・・・・・)

 …ただ雄英・勇学園のどちらも男子の中に爆弾を抱える事は回避不可能であったが…。

 男子陣と打って変わって女性陣は蛙吹と万偶数を中心に、更衣室でコスチュームに着替えながら和気藹々と話を交えていた。

 

「二人は中学校からの友人なんやね」

「えぇ、私達とっても仲が良いのよ」

「そ、そうなんだ……」

 

 本当に仲の良い雰囲気であるもやはりイメージ的にハラハラとしてしまう。

 そんな周りに再会で舞い上がっている二人は気付かずに話の輪を広げていく。

 

「貴方達の事は梅雨ちゃんから色々聞いてるわ」

「へぇ、どんな風に言ったのさ?」

「私も聞きたい聞きたい」

「け、ケロ……恥ずかしいから聞かないで欲しいわ」

「余計に気になる!ねぇねぇ、どんな風に話してくれたの」

 

 楽し気に話す様を眺めながら勇学園ヒーロー科のクラス委員長を務める赤外は、クラスメイトで問題児の藤見がここ(雄英)で問題を起こさないか………いや、問題を起こしているんだろうなぁと思い、同じくクラスメイトに問題児を抱えているA組のクラス副委員長の八百万と共有した思いと共に苦笑いを浮かべるのであった。

 件の問題児達は壁を隔てた隣の男子更衣室でバチバチと火花を散らしていた。。

 当然ながら中心人物はやはり両校で問題児と称されている二人…。

 

「不良上がりみたいなんでも受かるとは雄英も地に落ちたもんだなぁ?」

「ンだと陰気野郎が!喧嘩売ってんなら言い値で買ってやンよォ……!」

「気に入らねぇんだよ。お前みたいのが雄英に入学しただけで認められるなんてな………俺達の方が上だってことを証明してやるよ………!」

「表出ろや!速攻で格の差を教えてやんよ!!

「お、おい何とかしろって緑谷」

「む、無理だよ。むーくんなら…」

 

 着替えながらも殺気立つ二人にひやひやしている中、緑谷は唯一止めれそうな扇動の名を口にすると自ずと皆の視線が向く。

 当の扇動は何か考え事をしながら着替えており、喧騒を耳にするだけと特に思う事はないようだ。

 強いて言うならば「あの二人に物間加えたらどうなるんだろうか?」ぐらいの関心しかなかった…。

 扇動があてにならない現状、やはり仲裁しようと間に入るのは飯田であるも二人共聞く耳を持たない。

 

「すみません。藤見君は口はああだけど悪い人じゃないんです」

 

 代わりに謝罪と弁護を口にする多弾に飯田はこちらこそと謝罪を返す。

 ただし謝罪だけで在り、悪い人ではないとハッキリ答えれないという考えを口にした為、爆豪は藤見だけでなく飯田にまで声を荒げて男子更衣室は別の意味騒がしかった。

 授業開始前から騒々しい生徒一同はヒーロー実習の舞台となる仕切りに囲まれた森林地帯前に集合した。

 担当する教員はA組の担任である相澤ともう一人。

 

「わたしがぁああああああああ―――来た!!」

「「「「――ッ、オールマイト!?」」」」

 

 空高くから降り立ったオールマイトに勇学園生徒は目を輝かせる。

 雄英高校ヒーロー科にとってオールマイトが教員として接する回数は日に日に増え、初めての授業の時に見せたような嬉々とした反応は大分薄れてしまっていたが、オールマイトは実力人気共にナンバーワンヒーロー。

 自分達も最初はこうだったなと思い返させる反応であった。

 先ほどまで爆豪とバチバチに険悪な雰囲気を撒き散らしていた藤見でさえ、目をキラキラと輝かせて高揚と興奮を隠せないでいる。

 

「さて、今日のヒーロー実習だが―――勇学園合同のサバイバル訓練を行って貰う!」

 

 オールマイトにより説明されるサバイバル訓練の内容は四人一組で六チームを作り、制限時間内生き残る事を目標とする事。

 他チームと協力しても良し。

 確保テープを巻きつけたら戦闘不能と判定されるので、他チームを倒しても良し。

 何をしても良いから生き残る事を重要視する訓練である。

 

 チーム分けについては雄英高校一年A組は21名の為に一組だけは五名となり、チーム分けはランダムなれど初見でチームを組んでも連携が難しいハンデを背負ってしまうので、勇学園は勇学園の生徒でチームを組む事になった。

 合計六チームが出来上がり、各チーム別々のスタート地点に移動する前に、相澤は手を挙げて言いたげにしている扇動に視線を向ける。

 

「なんだ扇動?」

「訓練を開始する前に写真良いですか?」

 

 質問だろうと思っていただけに扇動の問いに険しい表情を浮かべる。

 聞きながら勇学園の生徒に視線を向けている事から、彼らとの記念にという事であろう。

 蛙吹を始めとした多くが「皆で撮るの良いな【集合写真】」と同意するような視線を向けるも、相澤にとって今する事ではないと切り捨てる。

 

「授業中でなくとも良いだろう」

「まぁまぁ、良いじゃないか相澤君」

「いえ、そうではなく彼らとオールマイトのです。雄英高校で教鞭を取っているとは言え多忙な身(・・・・)。折角一緒に居るのですから記念に一緒に撮りたいよな?」

「――ッ、是非お願いします!」

「勿論だとも!さぁ、寄って寄って!!」

 

 扇動は八木がオールマイトでいられる制限時間の事をご多忙と称し、後でオールマイトとして一緒に撮れるかどうかわからない事を示唆した。

 オールマイトは確かにと納得するよりも先に、一緒に撮りたいという勇学泉の生徒の視線に応えないという選択肢が存在する訳もなく、にっかりと笑って了承しつつ勇学園四名の間に立つ。

 嬉しそうながら緊張している面々は携帯のカメラを構える扇動に向かい、カシャリカシャリとフラッシュと共に写真を撮られた事に頬を緩ませる。

 

「後でデータ送るんで連絡先教えて貰って良いかな?」

「えぇ、良いですよ」

「「ズリィぞ扇動!――――イテェ!?」」

「アンタらは不純な想いからでしょ」

「不純とはなんだ!」

「そうだそうだ!オイラ達は純粋に――」

 

 自然な流れで連絡先を聞き出していた扇動に上鳴と峰田は抗議をするも、これ以上恥を晒すなと言わんばかりに耳郎のツッコミ(イヤホンジャック)を受ける。

 騒がしい様子に相澤はため息を漏らすも、オールマイトがノリノリで撮影を引き受けた事と、理解出来なくもない理由に今は目を瞑る事にした。

 自然な流れのまま連絡先を教えて貰って登録していく扇動であるも、藤見だけ苗字での登録となってしまう。

 同じ苗字の登録者が居ないとはいえ、被った場合は解かり辛い。

 最もらしい言い訳(・・・)を視野に問いかける。

 

「そう言えば名前聞いてなかったな。良ければ教えて貰っても?」

「あ?―――藤見 露召呂(フジミ ロメロ)だ」

「ロメロ?……あぁ、そういう…

 

 名前を聞いた扇動は小さくも納得したように呟く。

 すでにオールマイトと四人並んだものに加えて、ツーショットの写真も撮って貰った事の喜びと興奮から注意散漫となっていた藤見を含めた勇学園の生徒は扇動の様子に気付くことななかった…。

 

 

 

 

 

 

「さっきの写真撮影ってなんだったの?」

 

 各チームがスタート地点について五分後に合図無しでサバイバル訓練が開始される。

 その前に気になって仕方なかった葉隠は扇動へと問いかけた。

 葉隠と扇動が居るチームは五人編成で、焦凍も口田も尾白も同様に気付いていようといなくとも葉隠の問いに合わせて扇動を見やる。

 サバイバル訓練での立ち回りを考え込んでいた扇動はすぐに切り替え、問いに対して眉を潜めて疑問を浮かべる。

 

「…何か変だったか?」

「変って訳じゃないんだけど、何か考えがあったのかなって」

 

 なんだそんな事かと携帯電話を取り出して、さっき撮ったばかりの画像を見せる。

 オールマイトと勇学園の生徒が映った写真。

 別段おかしな事もなく、ただ単に撮っただけのように感じる。

 思ったことがそれぞれ顔に出ていただけに扇動は説明を口にした。

 

「情報収集だよ。コスチュームってのは個性や特徴を活かすように作られてっからな」

「相変わらずだなぁ…」

「ちょっとズルくない?」

「評価は任せるよ。俺は俺に取れる選択を行っただけだ」

 

 そう言われると確かにと納得する他なく、何しろ扇動らしいと思うしかない。

 また今回の実習がサバイバル訓練である事から戦闘の可能性があり、勇学園もそうだが互いに情報が無い状態で、扇動のように情報収集を行ったものがいるというのはアドバンテージとなる。

 だから心強くもあると葉隠と尾白は呆れも少々混じりながら戦闘訓練時のように信頼を寄せているのだ

 

「多弾は名前とコスチュームに開けられた穴から遠距離系……それも複数攻撃可能だろうな」

「他のは?」

「万偶数は蛇の見た目と目をゴーグルでカバーしていた事から“蛇に睨まれた蛙”―――相手の動きを止めるか威圧。赤外もゴーグルをしていたし名前からも予想して赤外線だろうな」

「あの藤見(ふじみ)君は?不死身(ふじみ)とも読めるから不死だったり?」

 

 入学して間もない戦闘訓練にて扇動と組んだ尾白と葉隠。

 あの時に名前による考察を聞いていただけに、軽く予想を立てて見るも押し黙った扇動の様子からハズレだという事は明白だ。

 同時にその様子から危惧しているのを察して不安を抱く。

 

「そんなに不味い相手なのか?」

「俺の予想だが非常に厄介だろう。最悪A組全員で挑んでも全滅する可能性すらあり得る」

 

 そんな馬鹿なと扇動の言葉を否定したかった。

 爆豪や焦凍、八百万や扇動などなどクラスメイトには頼りになる仲間がいる。

 なのに全滅するなんて…と思うも真剣な表情で告げたのが扇動である事から可能性は高いのだろうと理解させられる。

 

「苗字から不死身を連想させる超回復などの可能性も考慮していたが、コスチュームの内側から両腕の穴までチューブが繋がっていた事から液体か気体を噴出する個性であると思われる事から違うであろうと模索し奴の名前を聞いたんだ」

「そういえば自己紹介時に苗字しか名乗ってなかったな」

「で、名前から個性解かったの?」

藤見(ふじみ)という不死性をにおわす苗字にロメロ(・・・)という名前――――奴の個性は十中八九ホラー映画に登場するゾンビ(・・・)に関するものだ」

 

 ゾンビという答えに戸惑いを浮かべる。

 もしも扇動の予想通りの個性であるならば、映画に登場するゾンビに自分達がされかねないどころか、最悪ゾンビとなったクラスメイトと対峙する事になるだろう。

 一人ならまだしもクラスメイト全員がそうなった場合は対処仕切れるのか?

 不安と疑問がそれぞれ抱くも扇動と焦凍が居るのだから何とかなると信頼と根拠のない自信を胸に奮い立たせる。

 頼りにされている焦凍としては恐れるというよりはどう対処すべきかと考えを進めており、当然ながらゾンビだという予想を立てた扇動に投げかける。

 

「どう対処すれば良いと思う?」

「―――近づけさせない、近づかないのが一番だが…どうなるかな?」

 

 扇動自身困った表情を浮かべる中、五分が経過した事でサバイバル訓練は開始されるのであった…。



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第55話 雄英・オブ・ザ・デッド後編

 今年は厄年か何かだったのでしょうか…。
 数日間に渡って食当たりか何かで数日間ダウンしており、投稿が遅れに遅れてしまいました…。


 雄英高校ヒーロー科一年A組と勇学園ヒーロー科四名との合同ヒーロー実習にてサバイバル訓練が実施された。

 ルールは制限時間内に生き残る事。 

 確保テープを用いて他チームを戦闘不能判定にしても、他チームと協力しても良しの何でもあり。

 血気盛んな学生はサバイバル訓練という事で戦闘を真っ先に思い浮かべるも、ルールを理解して落ち着いた判断を下す者は戦闘を避けて生き残る作戦を視野に入れて行動を開始する。

 Aチームは冷静な蛙吹にその事を指摘・提案されて、戦闘を避ける為にもその場を動かずに生き残る作戦を取った。

 作戦を了承すると同チームの芦戸はならばと麗日と共にお菓子を食べ始める余裕を見せる為、さすがにと緑谷はひやひやとする事になるのであるが、そんなのほほんとしたAチームを他所に戦端は開かれる。

 

 授業開始前の勇学園自己紹介時より雄英高校の爆豪と勇学園の藤見は剣呑な雰囲気を出しており、互いに相手を倒す事を第一に行動を開始していた。

 そうでなくとも血気盛んな爆豪辺りは全員を倒してクリアすると念頭にある為、戦闘を避けようと行動しようと向こうの方から寄って来ていただろう。

 しかしながら戦端を開いたのは爆豪からではない。

 先に仕掛けたのは索敵能力で相手の位置を把握する耳郎に遠距離射撃が行える青山、範囲攻撃可能な上鳴に高い捕縛能力と移動手段など応用の利く個性を持つ峰田のEチーム。

 真っ先に先行していたBチームの爆豪を潰そうとしたEチームであったが、状況から目ではなく音で索敵している事から耳郎がいると判断した爆豪は、爆音を響かせて(ソナー)を潰して索敵不能にしたのちに強襲。

 あっと言う間にEチーム全員を戦闘不能に追い込んだ。

 続いて目に付いた飯田・砂藤・常闇・瀬呂のDチームと交戦し、爆豪とチームを組んでいた切島・障子・八百万が合流するより先に捕縛を終えて、たった一人で二チームを全滅させるという大戦果を叩き出したのであった。

 

「味方だと頼りになり過ぎるな」

「るっせえ!!それより陰気野郎は何処だ!!」

 

 まるで出番なしな現状を口にする切島であったが、爆豪自身は藤見をぶっ飛ばす事を今は第一目標に定めており、自分が活躍したところで誇る事も気に留める事もない。

 そうでも無ければ轟と扇動が居るCチームを真っ先に狙っていただろう。

 爆豪が藤見を狙うように藤見もまた同様に気に食わない爆豪を虎視眈々と狙っていた。

 

「凄いわね。あの爆豪って人……」

 

 蛙吹の友人である万偶数は仲間と共に高みより眺めており、爆豪の驚異的な戦闘能力に素直に驚きと賞賛を浮かべていた。

 それもまた気に入らないと言った様子の藤見は鼻を鳴らす。

 赤外は個性“赤外線”によって森の中に潜む雄英生を索敵して把握し、未だ指示の無い多弾は汗をハンカチで吹きながら何事もなく終わらないかななんて思いながら眺めていた。

 されどそんな彼の願いは叶わない。

 

「多弾!ダダン(・・・)とやっちまえ!!」

「――ッ!」

 

 指名が掛かった事に怯む多弾。

 勇学園生徒が集まっているFチームは戦術が決まっている。

 個性“赤外線”による索敵を行う赤外に三秒間見つめた相手を弛緩させる“弛緩”の個性を持つ万偶数。

 どちらも戦闘向けではなく藤見に至っては連携が取れ辛い範囲型で攻撃型の個性ではなく、肉弾戦による戦闘を得意とする訳でもない。

 そうなると自ずと遠距離攻撃も範囲攻撃も熟せる多弾の個性がメインに据えられるのは必須。

 仲間の為にと臆病な自身に喝を入れて破れかぶれ気味に叫ぶ。

 

「そうさ!これも仲間の為さ!全員焦土にしてやんよ!!」

 

 多弾の個性は“ミサイル”。

 丸っこくもメカメカしいコスチュームには複数の発射口が開いていて、そこからミサイルが飛翔しては赤外が捉えている爆豪達へと複数のミサイルを降り注いだ。

 種類も選べれる中で今回選択したのは閃光と音によって相手を気絶させるフラッシュバン。

 

 クラスメイトの個性を把握している緑谷は異様な音と降り注ぐミサイルから勇学園の誰かの個性と判断し、彼らが動き出した事を察していた。

 同様に扇動もそれは目撃しており、遠巻きながらやっぱりかと短く感想を漏らす。

 

「凄かったね今の」

「ミサイルだったよな……」

「あの多弾って奴の個性だな。あー、多弾って多弾(タダン)頭ミサイルか」

「納得している場合か?」

 

 藤見の個性をゾンビ関連と扇動が予想した事からCチームは戦闘を避ける方針で動いていて、高所の岩場地帯で身を隠して赤外の眼を掻い潜り、同時に口田の個性により指揮下に置いた野鳥を数羽ばかり索敵・監視として展開している。

 すると起こった個性による攻撃に芦戸が感嘆の声をあげ、切島が呆然と呟き、焦凍が扇動の呟きにツッコミを入れ、皆が目撃する事が出来た。

 予想と情報を合わせながら扇動達は慌てる素振りはない。

 すで逃走経路もすでに構築しており、出来る事なら制限時間までここでゆっくりとするつもりなのだ。

 

「別に勇学園が動いている分は構わねぇよ。寧ろ動かなくなった方が問題だよ」

「どゆこと?」

「爆豪と藤見。あの様子から互いを狙って動くのは明白だろ」

「それは……うん、そうだろうね」

「あいつらが動いたという事は狙いは爆豪」

「あ!動かなくなったら決着がついたって事で、爆豪君がこっちに来そうだもんね」

「というか必ず来るだろうよ。大きな獲物が二人もここに居んだから」

「誰の事だ?」

 

 爆豪が狙いそうな者と言えば……なんて視線を扇動が送るも、片割れである焦凍は何のことやらと言った様子。

 冗談なのか本気なのか。

 その様子に多少笑みを零す扇動達は今の所は傍観し、参戦するつもりは一切ない。

 非戦闘を方針としたAチームとCチームを他所に、遠距離からの奇襲を仕掛けたFチームは大量のミサイルを着弾させた地点に到着し、首を傾げながら辺りの捜索を行っていた。

 

 ルールで明記されたのは確保テープを巻いたら戦闘不能で退場となるも、単に気絶しただけでは意識を取り戻したら復帰されてしまう。

 気を失っている今のうちに確保テープを巻こうと来たのだが着弾地点に爆豪達の姿はない。

 赤外線を用いて周囲を見渡すもそれらしい反応はなく怪しむ赤外。

 

「この辺りで気絶している筈なのだけど……」

「まさか逃げられた?」

「あり得ないわ。フラッシュバンとは言えこの広範囲で」

「ハッ、本物のミサイル撃ち込んでやれば良かったな」

「出来る訳ないでしょ」

「確かに。気絶して間抜け面を晒す不良上がりをじっくり眺めれねぇからな」

 

 不安が過る中で藤見は嘲る様な笑みを浮かべ、阿保面を晒して気絶している爆豪に期待しながら周囲を見渡す。

 そんな彼の期待は一言で打ち砕かれる。

 

「オイ、テメェ!一々癪に障る野郎だなぁ!!」

 

 声を掛けられて即座に振り返ると木を背に、八百万が対赤外線シートを作成して潜んでいたのだ。

 Bチームには索敵可能な障子がいち早くミサイルを発見したおかげで、何とかフラッシュバンから逃れる事に成功し、知らない個性から勇学園と予想した事で対赤外線シートで身を隠して待ち伏せていた。

 完全に騙された藤見は忌々しそうに睨みつけながら、コスチュームである黒いコートの間を伸びているチューブに個性のガス(・・)を流し込む。

 

「覚悟は出来てんだろうなッ!!」

「ここは任せて!!」

 

 跳びかかろうとする爆豪の動きを察して、万偶数が咄嗟に個性を使用して弛緩させる。

 八百万に切島、障子が成すすべなくその場に崩れ落ち、今のうちに確保テープを巻きつけようとするも、さっきまでその場にいた爆豪が居ない事に驚愕する。

 

「――ッ、上だよ!」

「まさかあの一瞬で!?」

「―――たったの三秒。ちっせぇ個性だなぁああああ!!」

 

 万偶数が弛緩の個性を発動しようとする一瞬。

 爆豪は何かを察して咄嗟に跳躍しており、まさかの行動に勇学園生徒は戸惑う。

 この僅かな間ではあるが、弛緩の個性が続く三秒が過ぎるには充分過ぎた。

 

「馬鹿にしやがって……」

「藤見!?駄目よ!!」

「嘗めんなぁああああ!!」

 

 個性を発動させようとしている藤見にいち早く気付いた赤外は制止を口にするも時すでに遅し。

 袖下の噴射口に繋がっているチューブからガスが送られ、周囲を埋め尽くすほどの高濃度なピンク色のガスが噴き出された。

 雄英生は警戒を露わにして、勇学園は諦めつつも口元を覆うも意味はなく、彼ら・彼女らは藤見が発生させたガスに包まれるのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 “ゾンビ”というのも一口に説明し辛いものらしい。

 ホラー映画などに登場する人を襲い、噛みつく事で感染させる生きた屍という意味での“ゾンビ”に至っては、複合体による産物だと言う。

 ゾンビには諸説色々ある中で特筆されたのは“死者の蘇り”。

 噛む事で眷属を増やす吸血鬼(バンパイア)

 人に化けて人肉を食らう悪魔“食人鬼(グール)”などなど。

 走れなかったり走れたりの性質に感染源が呪術やウイルスだったりと、作品によって異なるものの大まかには最初に生み出されたゾンビ(生きる屍)が基本とされている。

 理性は無くなり本能のまま行動し、力は生前以上に強くなって屍ゆえに痛みを感じる事はなく、噛みつかれた生者は感染を経て生きた屍(ゾンビ)に成り果てる……。

 

 “ゾンビ”というのはホラー映画やゲームなどに登場するモンスター程度にしか思っていなかった緑谷は、扇動からの説明に感心しながら耳を傾ける。

 

 サバイバル訓練中に発生したピンク色のガスが何なのかは解らないが、性質が解らないからこそ警戒して離れた緑谷達Aチームは、元々高所を取っていた扇動達Cチームと合流したのだ。

 状況が状況なだけにお互いに休戦して協力体制を結ぶと、安全を確保しつつ状況を整理する為にも情報交換の流れになっただが、クラスメイトの個性ではないから勇学園の誰かの個性程度の認識しかない緑谷。

 対して扇動は出会ったばかりの勇学園生徒の個性の考察はすでに済んでおり、個性の性質(・・・・・)とガスを散布出来そうなコスチュームの構造からガスを撒いたのは藤見 露召呂であると当たりを付けていた。

 

 藤見(フジミ)不死身(フジミ)という死者が蘇る不死性を現し、露召呂(ロメロ)というのは映画に登場する生きる屍(ゾンビ)生み出した者を示す名。

 そこから推測されるはゾンビ(生きる屍)に類する個性。

 しかも近年見られるような走るゾンビではなく、脚を引き摺ったりと動きは鈍いタイプのゾンビ。

 

 ガスで広範囲に感染を広げると言うのはゾンビの性質云々ではなく、ただ単に感染源の一種としてなのかホラー映画に“ゾンビもの”というカテゴリが生まれる程に多く広まった(広範囲の感染)事からかは解らないが、それらの事象や理が個性として定着したと仮定も出来る。

 

 推察している内容はガスが撒かれた木々の合間より真っ白な肌に黒く虚ろな目、腕も動き方も張りがなくだらりと弛み、開けっ放しの口からは随時「あぁ……」と呻き声を漏らしながら、緩慢な動作で歩む映画さながらのゾンビと化してしまった雄英高校・勇学園両生徒達が現れた事でほぼ正しい事が証明された。

 

「ちなみにモデルとなったであろうゾンビ作品では、石で車のガラスを割って生者に襲い掛かろうとしているシーンがある事から、多少なりとも知性は残っていると思われる。現に個性を使ってはいるようだしな」

「成程、そういう予想も出来たんだ!!」

「……成程じゃあないんよデク君!?」

「検討している場合じゃないんだよ!!」

 

 森の中を警戒しつつ歩みながら考察を聞いていた緑谷は心底感心したが、状況が状況なだけに皆からツッコミが飛んで来る。

 合流した後、森よりゾンビ化した生徒達に囲まれそうになったのを突破して逃げ延びたのだが現状打開策は一切ない。

 ゾンビ映画での結末の多くがバッドエンドであり、大概の治療法(・・・)弾丸(・・)だったりする為に類する行為も行う訳には絶対にいかない。

 一番なのは個性を使用した本人に解除方法を教えて貰う、または個性を解除して貰うのが良いのだけど叶わない。 

 なにせ感染源である藤見 露召呂は感染者となってしまったのだから……。

 

 彼はこの状況に心から喜んだ。

 ヒーロー校の名門中の名門である雄英高校への憧れ・羨み・妬みを抱いていたのは明白であり、そんな雄英生は自身の個性で大半(12名)が感染してゾンビと化した状況。

 通用するどころか一泡吹かせた事実に気分は高揚してハイって奴になっていただろう。

 だから彼は生存者であった緑谷達に姿を見せて自慢した。

 自分の個性は凄いだろう…と。

 その慢心が彼自身を感染者へと変えてしまう。

 

 どうもゾンビ化した者は知能はほとんどなくなっても、執念までは無くならずに抱き続けるらしい。

 ゾンビ化しようとも煩悩のままに女性(赤外)に抱き着いている峰田のように、藤見に苛立っていた爆豪は他の生存者には目もくれずに襲い掛かり、噛みつかれた藤見はゾンビと成ってしまった訳だ。

 

「扇動、この後どうするつもりなんだ?」

「何処かに立て籠もる?」

「ゾンビ映画だと絶対に人間同士のいざこざに発展するパターンだね!」

「安全地帯を維持できんならまだしも包囲された上に限定空間内を数で押されたら終わるぞ」

「でもずっと歩いている訳にもいかないんじゃあ……」

「――時間制限はある」

「あ!そっか。サバイバル訓練だもんね!!」

 

 そう、これは授業。

 ヒーロー実習に設けられた時間を過ぎれば先生たちが事態収拾に必ず動くだろう。

 扇動の言葉に皆がそうだ、そうだ!と納得と希望を抱くも、緑谷と焦凍は言葉にされなかった部分に気付いた。

 ヒーロー学は基本午後の授業で、普通科と違ってヒーロー科は一限多い五限目から七限目まで……。

 つまり最悪ゾンビ達から三時間近く逃げ続けなければならないという事。

 歩くだけならまだしもゾンビ化した生徒と出くわした際には戦闘となる事を考えたら、体力が最後まで続くかどうかはかなり怪しくなる。

 

「急にわって出てこないかな?」

「ホラーやパニックものだと定番だな」

「でもでも扇動君や轟君も居るし大丈夫だよね」

「焦凍は兎も角、今回戦闘面で役立たずの俺に期待すんなよ」

「俺も自信はねぇな」

「ちょっと、不安を煽らないでよ!」

 

 単に煽っている訳ではなく事実の共有という所だろう。

 藤見は噛まれた際に感染してゾンビになった事から迂闊に近接戦闘を挑めば感染する確率が非常に上がる。

 行動を共にしているメンバーの中で言えば扇動に麗日、蛙吹に尾白がそれに当たり、遠距離可能な芦戸はクラスメイトを溶かす訳にもいかないし、口田は鳥などを操って足止めは出来るだろうけど鳥の群れが感染したりすれば絶望的な状況に成り得る。

 氷結が使える轟は捕縛が可能であると思われていたが、ゾンビ化した感染者に囲まれ脱出しようとした際に脚を凍らせたところで、ゾンビ化の影響により強くなった力で意図も簡単に砕かれた事から僅かな時間稼ぎにしか使えない。

 首元まで凍らせれば話は別であろうが後に凍傷になる可能性も出て来るので捕縛は不可能と判断される。

 さらに加えれば個性を使いこなせてはいないが使う事が出来るらしく八百万はずっとマトリョーシカを創造し続けてたし、自ら出したテープに絡まっている瀬呂にエンジンの加速を使うも木に何度も何度もぶつかっている飯田などなど集まっていた際に目撃する事が出来た。

 その際にぶつかり続ける飯田には掠り傷一つないというのに、木の方がぶつかられる度に削れていった事からダメージを受け付けないであろうと予測でき、扇動が持つ飛び道具(ウィザードガン)もあまり意味はないと思われる。

 

 扇動の一言によって不安が漂う中で、そこから考察を始めた緑谷のブツブツと長く小さい呟きがさらに不安を加速させる。

 

「その呟きも怖いって緑谷!」

「あ!ご、ごめん!?」

「扇動君も煽らんといてよ……」

「煽ってねぇよ。イズクを頼りにしろってこった」

「僕ッ!?」

「たりめぇだろ。遠距離可能で吹っ飛ばせるんだからな」

「――ッ、うん!」

 

 確かにワン・フォー・オールを振るえば風圧を起こせる。

 触れることなくダメージによるノックバックではなく風圧で吹っ飛ばせば感染のリスクはない。

 なにより扇動から頼りにされているという事に胸が躍る。

 皆からの頼られらているという思いを一身に背負う緑谷は、頷いた直後に草むらから発生した物音にびくりと反応を示す。

 驚いた全員が怯えながら緑谷に隠れたり、扇動や轟のように身構えた。

 

 ガサガサと茂みを揺らし、姿を現したのはゾンビ化した万偶数であった。

 指を弾いて風圧を起こそうとしていた緑谷も蛙吹の手前もあって一瞬戸惑い、ゾンビ化した親友が現れた事に戸惑いながらも蛙吹は近づく。

 

「あぁ……あぁ……」

「羽生子ちゃん」

「……あぁ?」

「駄目だ蛙吹さん!」

「待てイズク!」

 

 近づく様子に遅れて構える緑谷を扇動は制止した。

 ゾンビ化した感染者は本能や執念などの強い想いによって動く。

 彼女は知性を無くそうとも親友を襲うなどという行為は強い想いに反する行為だったという事だろう。

 

 襲う動作なく万偶数は蛙吹と見つめ合う。

 ゾンビに成ろうとも襲わない親友に感極まりつつ、蛙吹は手を伸ばせば万偶数も同じように伸ばして手を繋ぎ、何処となく喜んでいるように見える。

 フッ飛ばさずに済んだ事に緑谷は胸を撫で降ろすも、こんなことがありえるのかと扇動へ振り向く。

 

「ゾンビでもこういう事あり得るの?」

「確かゾンビだかグールだか忘れたが人を襲わない作品もあったな」

「何にしても良かったよ」

「誰かがフラグ立てるから」

「ごめんて。けど爆豪じゃなくて良かったよね」

「……確かに。かっちゃんだったら絶対襲い掛かってた」

「こっちを見んな。お前も襲われる対象だからな―――っと、これもフラグだろ?」

 

 そう言った矢先、またも草むらががさりと音を立てる。

 万偶数のような事態は奇跡に近い。

 今度はそんな事はないと思い警戒していると、目元は黒ずんだ倦怠感を漂わせた人が茂みより姿を現した。

 

「「「ゾンビだぁあああ!!」」」

「違う!待って!!」

「え、オーr……八木先生!?」

 

 茂みから出て来たのはゾンビ―――ではなく、一件ゾンビ化しているようにも見える八木 俊典であった。

 放課後の特訓に参加している事で見覚えのある人物だと認識すると、ゾンビ出現という混乱は収まるものの何故という疑問が浮かぶのは当然だろう。

 

「やぁ、君達は無事だったようだね」

「どうしてここに?というか、えっとぉ……」

「ゾンビに襲われなかったんですか?」

「あぁ、どうも私はゾンビだと認識されたらしくてね……」

 

 何故オールマイトの状態ではないのですかと聞こうとした緑谷は、皆の前では聞けない事に気付いて口を閉ざす。

 その間に質問が投げかけられ、八木は普段以上に暗い表情で悲しそうに答え始めた。

 

 勇学園生徒である藤見 露召呂の個性は“ゾンビウイルス”。

 ゾンビに感染させるガスを噴射する事が可能で感染した者はダメージが利かず、攻撃力と凶暴性が増長する代わりに思考能力は著しく低下するというもの。 

 厄介な個性が使用された事から相澤は訓練の中断を視野に入れたが、これもサバイバル訓練だとオールマイトが大丈夫と言って続行させるも、勇学園生徒も合わせて20名がゾンビ化した状況を鑑みて救助に来たとの事。

 されど救助するには八木では力不足で在り、ゾンビと遭遇した折には仲間と判断されて団体で通り過ぎられたらしい。

 話には出さなかったが八木はサバイバル訓練開始時よりオールマイト状態で眺めており、活動限界を超えた為に救助に出た後にオールマイトから八木に戻ってしまったのだ……。

 

「駄目じゃん!どうするの?」

「ど、どうしよう……」

 

 救助がこれでは当てには出来ない。

 焦燥感に苛まれる一行の中で扇動一人何かを思いついた様子を見せる。

 

「むーくん?」

「あぁ、いやなに、八木先生のおかげで光明が見えたなと思ってな」

 

 新たな希望に皆が喰い付く。

 扇動曰く、考古学者が主人公の二作目で死者の群れに対して、主人公の義兄さんが呪文を唱えながら振りをする事で難を逃れたという。

 嗅覚などではなく視覚で判断するのであれば誤魔化しは利く。

 それも特殊メイクを施した訳でもない素の八木の顔でだ。

 

 木の実などその場にあるものを染料として使い、一見ゾンビらしく見える簡易メイクを施した一行はゾンビ化した生徒に紛れる事に成功。

 ただゾンビ近くで苦手な虫にくっ付かれて今までに聞いた事ない程大きく甲高い悲鳴を上げた(口田)り、ゾンビらしからぬ行動や反応を示した者は感染してしまったものの、A・C両チームの半数以上がゾンビ化が解けるまで感染する事無く生き残る事が出来た。

 

 授業の様子を眺めていた相澤は大丈夫と言いながら大丈夫ではなかったオールマイトに呆れつつ、ゾンビに紛れ込む生徒の様を眺めて有名なミージックビデオを懐かしくも思い出すのであった。

 

 

 

 ちなみにサバイバル訓練終了後、ヒーローと関係なさそうな情報であろうと役に立つ事を実感した緑谷は、早速そういう勉強にも励もうと強く思い立った。

 今回の件で言えばゾンビ映画。

 ホラー関連は柳 レイ子の方が詳しいと扇動の言によって仲介をして貰ったのだけど、押さえておくべき作品にマイナーながら神作、お勧めしたい傑作選など多量のタイトルが告げられ、戸惑いながらも真面目な緑谷は勉強だと言い聞かせ、夜な夜な震えながら進められた作品を考察しながら観るのであった………。



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第56話 放課後の交流

 すいません。
 単純に考えが纏まらず今日まで遅れてしまいました…。


 こじんまりとした一軒のドーナツ屋。

 華やかというよりもシックな雰囲気で、客入りはほどほど。

 ゆったりと落ち着ける空間は心地よい。

 目新しくはないがショーケースに並ぶベーシックなドーナツは、優しい味わいで懐かしさすら感じてしまう。

 ぺろりと一つ食べた万偶数 羽生子は頬を緩ませる。

 

「美味しいね」

「私も気に入ってるの。けどついつい食べ過ぎちゃって……」

「分かる!私も気を付けなくちゃ」

 

 雄英高校にて行われた勇学園との合同ヒーロー訓練は無事終了し、万偶数と蛙吹は久々に会えた事から帰りに何処かに寄ろうという話になったのだ。

 そこで蛙吹が紹介したのは大通りからは離れていたが、駅からも雄英高校からも程よく近いドーナツ屋。

 (五月雨)がシュガードーナツを強請り、ドーナツ好きの扇動に聞いて紹介されたのだけど、今や半ば常連に成りつつあるらしい。

 

「そう言えば扇動君って言えばよくお話にも出て来るよね?」

「ケロッ!?そうだったかしら?」

 

 焦りとも戸惑いにも見える表情を浮かべながら、人差し指を下唇辺りに当てて思い返している様子についつい微笑んでしまう。

 決して彼だけという訳ではなく男女問わずクラスメイトの名前も話と共に上がりはするが、頻度としては一番多かったので印象に強く残っている。

 入学試験や放課後の特訓、日常的に頼りにしている感じが伺えていた。

 正直今日会って印象はかなり違っていたが……。

 

「なんて言うか凄く優しそうな人だったね。もっとガサツな感じのイメージだったんだけど」

「それは違うわ。扇動ちゃんは多少口は悪いけれども良い人よ」

「口が悪い?あれで?」

 

 今度は万偶数が戸惑う。

 このドーナツ屋には自分一人ではなく、クラスメイトも一緒に訪れている。

 理由は今回遊びや私用で訪れたのではなく学校の行事。

 団体行動を常にという事で寄り道するにあたって皆付いて来てくれたのだ。

 申し訳ないと思いつつも皆は先客で訪れていた扇動と談笑しており、振り向いた視線の先では優しそうな笑みを浮かべて会話を楽しんでいるようであった。

 全部聞こえている訳ではないけど様子や雰囲気から口が悪いなどとは想像が出来ない。

 

「扇動ちゃんは猫を被ってるのよ」

「良い人そうだけど……ほら、気を利かせて写真を撮ってくれたし」

「多分アレは別の考えがあったと思うの」

「別の考えって?」

「そうね。例えば情報収集とか」

 

 オールマイトとのツーショット写真を撮る事が情報収集?

 あまりピンとこずに首を傾げてしまうも、不明瞭ながら「扇動ちゃんなら」と親友が確信している事からそうなのだろうと吞み込んだ。

 

「けど他の皆は話通りでびっくりしちゃった。特にあの爆豪って人は……」

 

 誰も彼もが特徴的で初対面の筈なのに、聞いていた話の人と一致したのはちょっと面白かった。

 蛙吹も同様に万偶数よりメールや電話などで聞いており、互いに実際に見ての感想やまだ話せてなかった出来事や最近の話などで盛り上がる。

 久々に面と向かって話せるだけではなく、美味しいドーナツや居心地の良い店の雰囲気も談笑に華を咲かせるスパイスとなってくれているのだろう。

 二人は文字通り時間を忘れて話し合った。

 

 

 

 

 

 

 合同訓練を行う為に雄英高校に赴いていた勇学園生徒一同は、帰路に就く前に寄り道でドーナツ屋に寄っていた。

 内容が学校行事である事から団体行動が常であるも、久々に親友と会えたという万偶数の気持ちも分からなくはない。

 加えて藤見達も訓練後で小腹が空いていたのもあって同行する形になったのだが、店には先客で扇動 無一が訪れていた事でこちらもこちらで盛り上がってしまった。

 そもそも友人同士の交流を邪魔しない方が良いという考えが赤外 可視子にあった為、別のテーブル席で時間を潰そうと思っていたところ、扇動を視界に収めた藤見が本人の許可を得ないまま同じテーブル席に着いたのだ。

 誰彼構わず悪態をつくような問題児である藤見であるも、憧れのヒーローでもあるオールマイトとのツーショット写真を撮ってくれたりしたことから彼には“親切な奴”という良い感情を抱いており、同時に雄英生ならニュースなどでは見る事のない教員としてのオールマイトを知っているだろうという興味もあっただろう。

 突然の相席にも関わらず嫌な顔を一切せずににこやかに答えていく様に赤外は面食らってしまう。

 

 扇動とは初対面であるも赤外は以前より知ってはいた。

 日本のビッグイベントが一つ“雄英体育祭”一年の部で優勝を果たした人物で、当時は結構なニュースとなって特番が組まれたのも記憶に新しい。

 生まれが代々ヒーローを輩出している“扇動家”で、祖父が会社経営をしながら現役のプロヒーローである扇動 流拳である事もだけど、一番報道陣が喰らい付いたのは彼が“無個性”だったからである。

 ヴィランは個性を用いて悪事を働き、ヒーローは個性を用いてヴィランや災害・事故といった困難に立ち向かっていく。

 ほとんどの人は個性の強弱で図る一方、無個性では(・・)ヒーローなどなれないと言うのは常識のように考えに根付いている。

 だというのに彼は倍率300という狭き門を突破した成績優秀で強い個性を持つ同級生を破り、一年とは言えトップに君臨したのだから当時の驚き様は相当なものだった。

 付け加えると幼少期から祖父のコネも使って多くのヒーローと繋がりを得ては師事を受け、自ら厳しい鍛錬に励み続けたという努力の賜物から成り立つ技術面に、両親がヒーロー活動中にヴィランによって殺害された悲劇など話として面白そう(・・・・・・・・)と喰らい付いた人が大勢いたのも広める事になった要因だろう。

 

 ゆえにか赤外としてはストイックというか寡黙な人、もしくは祖父が大金持ちである事から坊ちゃん系、または自分本位などと想像していたのだけど実物は違った。

 授業開始前にオールマイトは忙しいから後では撮れるか解らないと気を回して(※情報収集の為)写真を撮ってくれたり、一方的に藤見が話しかけてもただただ返答するだけでなく、話を深めたり広くしたりしながらタイミングを計って他にも振って来る。

 多弾が参加したくとも興奮気味に話している藤見に遠慮しているのを見抜いて、藤見に対して話をぶち切るのではなくしっかり楽しく話させながらも自然な形で振ったりしているので、藤見は気持ちよく語れる上に多弾も参加出来て嬉しそうに喋っているように、彼は自分本位ではなく周りに自然な配慮を振るえる人だった。

 逆に返せばこの場を上手くコントロールしているようだ。

 

 万偶数から聞いた所によると放課後には同級生の特訓の師事をしていたりするそうで、色々な場面でかなり頼りになる存在なんだとか。

 だから……というのもおかしいが、赤外は興味本位で問いかけてみた。

 

「今日の訓練ですけど、私達はどうでしたか?」

 

 丁度話の区切りが見えたところでの質問。

 確かに気になると身を乗り出しながら回答を待つ藤見に、結果があまり振舞わなかった事に若干落ち込んでいる多弾。

 少し悩む素振りを見せた扇動はにこやかに答えた。

 

「凄かったですよ。各々強力な個性を持っていましたし……」

 

 ―――違和感があった。

 ここまでの会話で自分が自分がと話す事がなかった彼が、何処か言いたげだった上に濁した様な雰囲気さえ漂わしたのだ。

 何かを隠す気が強いというよりも言うべきか困ったような感じ。

 自分達がクラスメイト(蛙吹 梅雨)友人(万偶数 羽生子)のクラスメイトという事で遠慮したのだろうか?

 気付く事無く「俺の個性凄いだろ!」と笑う藤見とホッと安堵した多弾は気付いていないが、どうしても気になった赤外は問いを続けた。

 

「今後の参考にしたいので言ってくれた方が助かります」

 

 その言葉にキョトンとしたのも束の間、ジッと真っ直ぐ瞳を覗く様な視線を向けられた。

 「本当に良いのか?」と言いたげな瞳にコクンと頷くも、感心したように頬を緩められる。

 何を想って笑ったのか解らないものの、答える気になってくれたようだ。

 先ほどまで纏っていた柔和な雰囲気を引き締め、真面目ながらこちらの値踏みするかのような表情を浮かべた。

 

「そうか。なら答えるがその間に質問を質問で返すようで悪ィが、逆に訓練中何が問題(・・)だったと思う?」

 

 雰囲気も表情も口調も崩れた事からこれが彼の素だったのか。

 戸惑う二人を他所に訓練での出来事を思い返す。

 

「反省すべき点は多くあります。私が相手を気絶したと不用意に近づいたのもありますし、何より藤見を制止出来ていたらまだなにかと手は打てたかと……」

「問題点の一つだな。個性と言えども万能ではない。お嬢――八百万が対赤外線シートで目を掻い潜ったように対処は可能で、索敵不十分のまま近づいた結果、待ち伏せを喰らった訳だ」

 

 個性“赤外線”によって赤外の目には赤外線を用いた索敵が可能で、チームの目の役割を担っていた。

 大量にばら撒いた多弾のミサイル(フラッシュバン)で気絶したであろう事から、捜索しながらテープを巻こうとしたのは迂闊だったとしか言いようがない。

 不用意に接近してしまった時点では脱落者は一人も居らず、藤見が振り撒いた個性“ゾンビウイルス”によるガスの噴射を止めて居られればまだ戦えたはずだ。

 自身の判断ミスに対して俯いていると扇動は首を横に振るった。

 

「失敗を失敗したなって片付けるんじゃなくて、失敗を糧にしようとしてんだ。地面眺めるより先を見据えようや」

「――ッ、はい!」

「索敵の不十分な点以外には遠距離のメリットを自ら殺した事だろうな」

 

 遠距離と言われて自然と多弾を見る。

 見られた本人は藤見と一緒にガラリと様子が変わった扇動に戸惑っているが、話している内容と視線からより戸惑いは強まって焦りもしていた。

 

「狙撃手の恐ろしさは姿が見えない位置からの一方的な攻撃に、気付いても有効な手段を持っていなければ反撃どころか文字通り手も足も出ない事だ。正直ミサイルという遠距離からの面攻撃なんてまさに一方的な展開が可能だ。しかも高所に探索可能な目が居た事から彼の能力は引き出せていた」

「前に出すべきではなかったと?」

「場合によるがな。ただ個性やコスチュームからも解るが近接戦闘には向いていないのは確かだ」

「近接戦……格闘術ですか」

「別に攻撃重視でなくとも護身術や合気道、捕縛術などはチーム的に欲しいところだな。または遠距離・中距離戦メインに据えるか?索敵一(赤外)デバフ一(万偶数)遠距離・中距離二人(多弾・藤見)だし」

「けど不意の遭遇戦や場所によっては使えないですよね?」

「まぁな。手札があればやれることも増えるから対応も出来る。どうするかはそちら次第だが」

 

 少しばかり悩むも自分達のやれることを狭めてしまうと首を横に振るう。

 遠距離攻撃としては強いかも知れないがミサイルもガスも範囲系。

 開けた場所なら兎も角、市街地では活躍は難しい。

 チームとしても個人としても今から狭めてしまうのは不味い。

 

「おいおい、随分と感じ変わるじゃねぇか!?」

 

 蚊帳の外となって戸惑っていた藤見がようやく我に返ったかと思うと店中に響く様な大声。

 客や店員からどうした?と視線を向けられると気まずく縮こまる。

 その様子がなんとも微笑ましくも感じてクスリと笑うとばつが悪そうにしつつ、元凶である扇動をキッと睨む。

 

「予定では外向きで良いかと思ってたんだが、ヒーローを目指しての助言ならこっちの方が伝えやすくてな」

「変わり過ぎだろ」

「否定はせんよ」

 

 今思い返せば写真を撮ろうと言い出した際、雄英生に若干ながら戸惑いが見えたのはそう言う事なのだろう。

 自分達とは逆パターンを急に見せられたら「どうした!?」と驚きもする。

 納得していると睨むのではなく、そっぽを向きながらぽつりと問いかけていた。

 

「……俺にもあんのか?」

「正直お前さんが一番の問題なんだが」

「俺が!?」

「ゾンビ化させる相手を意図出来るならまだしも、敵味方関係なくゾンビにするのなら撒き方を考えねぇと」

「撒き方ってつってもよ……」

「どの程度でガスは効果を発するのか?反対にどの程度ならゾンビ化しないのかを調べろ。そうしたら使い方も変わるし、サポートアイテムを頼ったって良いんだ。ガスグレネードなら撒き散らさずに中距離で撒けるし、スプレーに詰めたら仲間に携帯させる事も可能だ。他にも自身一人なら煙幕としても使えるだろうし、そこらへんはよく考えるべきだ」

「確かに……」

 

 最初に“良い奴”認定していたからかそれほど噛みつく事無く藤見は意見を聞いている。

 頭を使うんなら糖分を取るべきだと勧められたシュガードーナツを一つ貰ってパクリと頬張った。

 程よい甘さが疲れた身体と頭に沁みるようだ。

 

 それから反省兼検討会と称して扇動と勇学園の生徒は話しを詰めていく。

 片や親友と交友を深め、片やヒーローとなる為に意見を行っていると時間は思いの他経ち、気が付けば結構な時間が経って慌てて帰宅する羽目になってしまった。

 

「ごめんね。皆を巻き込んで……」

 

 帰りの電車の中で万偶数が申し訳なさそうに言うも誰一人文句を言う事はない。

 それは藤見もまた同じであった。

 

「そんな事ないよ。僕達も扇動君といっぱい話してましたし」

「私達も時間そっちのけで話しちゃってて。おかげで色々課題が見えました。一緒に来てよかったわ。藤見もそう思うでしょ?」

「……チッ、そうだな……」

 

 不満そうだが素直に認めている藤見に対して、万偶数が目を見開いて驚く様に思わず吹き出してしまった。

 何があったか知らないからこそ普段の彼には見られない変化にそうなるのも解るからこそ多弾も釣られて笑ってしまい、藤見の機嫌はみるみる悪くなってしまった。

 色々あったが本当に為になる一日であったと赤外は振り返る。

 次会う事があれば、それまでには今日の事を糧にして強くなっていようと赤外は―――否、後に話を共有した万偶数を含めて全員強く思うのであった。



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第57話 テスト終わりにカラオケへ

 入学してから二か月。

 個性を含めた今出来る全てを出し切って競い合う雄英体育祭に、プロヒーローの活動を間近で体験させて貰う職場体験。

 ヒーローに成る為に経験や知識を得る学校行事が行われてきたが、いくらヒーロー育成機関の名門と言えど学問を疎かにする訳にはいかず、一期末を前に中間テストが待ち構えていた。

 どれだけ学びが身に付いたかを計る場。

 テスト期間に入れば否応が無しに勉強机と向き合う事になるだろう。

 追い込みや復習・確認に励む者。

 両親や周りから“良い成績”を求められたり、“勉強せんでええんか?”と圧を掛けられ座る者。

 勉強をするかと向かい合うもちょっと掃除をしようとか、たまたま目に付いた漫画が読みたくなったなど、勉学とは異なる事にいつも以上の異様な集中力を発揮してしまう者…。

 様々な理由や想いを胸に学生は各々期間を過ごし、ペンの擦れる音が大きく聞こえる程に静かな時間をテスト用紙と向かい合う。

 教科ごとに割り振られたテスト時間を乗り越えた学生は、息が詰まりそうな時間に加えて勉学に向き合わせばならないテスト期間もあって、終わりのチャイムが鳴り響くと同時に清々しい程の解放感を味わう事になる。

 テストの良し悪しを別として……だが。

 

「んー、終わったぁ」

「どっちの意味で?」

「……両方…」

 

 思いっきり伸びをしながら呟いた上鳴に、耳郎が問いかけるとそのまま前のめりに机に突っ伏した。

 反応から悪かったのだなと何人かが苦笑い、または同様の想いを抱く者もちらほら。

 だが、大半が結果も出ていない点数を考えたり、今から不安に対して思い悩むよりも勉強漬けだった鬱憤を晴らしたい。

 

「帰りにどっか寄らね?」

「お、良いね!」

「私も私も!」

 

 一人が声を掛けた事で次々と参加の声が挙がる。

 放課後の特訓は自主参加な上に、テスト明けは皆遊びたいだろうと休みにしていた事もあり、全員(・・)で帰りに寄って遊ぼうという事になったのだ。

 で、その行き先というのがカラオケ店となり、代表してクラス委員の飯田が―――といきたい所であったが、あまり訪れた事がない為に耳郎や上鳴がシステムなどを説明しながら受付で設定などを行っている。

 

「楽しみやね」

「う、うん、そうだね…」

 

 笑顔の麗日に対して困ったように緑谷は答える。

 正直楽しみというよりも下手だったら、音痴だったらどうしようと内心不安が過ってそれどころではない。

 楽しそうな麗日に誘われ、興味津々だった飯田に釣られる形で来ただけで、慣れていない為に余計に不安が募る。

 扇動なら何かしら言ってくれたかもしれないが、忙しそうで(・・・・・)声が掛けずらくて一人悶々と抱えているのだ。

 

「それにしても意外だよなぁ。爆豪が来るとかあり得なくね?」

「アァ!?俺が居ちゃワリィか!!」

「いやいや、そう言うキャラじゃねぇだろ?」

「楽しそうだから俺が誘ったんだ」

「切島のそう言う所すげぇよな…」

 

 聞こえてきた瀬呂との会話に遠巻きにも納得する。

 爆豪が来たこともだけど対等に(・・・)言い合える切島には驚かされる。

 確かに扇動も言い合う(・・・・)事は出来るが対等とは言い難い。

 別に見下して上から目線とかではないけれど、何となく目線がズレて(・・・)いるように感じがするのだ。

 

「あれ?むーくんは何処に……」

「そう言えば見ぃひんね」

「あっちで保護者やってたよ」

「保護者?」

 

 会話が耳に入ったのか青山がウインク一つしながら指し示すと、ドリンクサーバーの前で八百万と轟両名の相手をしている扇動の姿が……。

 

「この機械は使い方覚えてますわ!」

「おう、解かったから落ち着けお嬢」

「ソフトクリームはアイス……だよな?なんで飲み放題に含まれてるんだ?」

「店側が含めたんだから気にするな。それかコーラや珈琲の上に乗せればフロートになって飲み物になるって事で納得しろ」

「ほんまに保護者しとる!?」

 

 二人共家的に(・・・)訪れた事がなく、興味津々と言った様子で扇動に質問などを投げかけていた。

 体育祭の後に食べに行った時もそうだったけど、保護者の肩書が定着しつつある事に苦笑を浮かべる。

 

「受付出来たぞ!」

「じゃ、いこっか」

 

 受付が終わったらしく呼ばれた面々は、大人数の移動は他の客の邪魔になる事から飯田が一列になるように指示を出し、指定された大部屋へと移動して行く。

 大部屋とは言えさすがに21人も入ると狭苦しい事は無いが、結構なスペースが埋まる。

 入るや否や食入る様にパネルを弄って何を謳おうかと曲を視たり、メニュー表を開いて何か注文しようとするなど様々。

 

 さて、ここで最初の一曲目を謳うと言うのはこれからの流れ的な意味でも重要だ。

 一人でなら気にする事も無いのだが、やはり初っ端は勢いづけるにも選曲も重要。

 加えるなら最悪歌っている途中に注文されたドリンクや料理を持った店員が入って来る確率が非常に高い。

 あと、単純に人数が多いゆえに譲り合いが発生し易い。

 そんな中、耳郎がニタリと笑いながら手を挙げた。

 

「扇動、最初歌いなよ」

 

 この時、何故扇動に振ったのかという疑問を多くが抱くが、耳郎の理由を理解出来た八百万は納得したような視線を向ける。

 対して向けられた扇動は眉を潜めるもため息一つ零し、パネルを操作して即座に曲を入れた。

 若干目が怪しく笑っていたのを緑谷は見逃さなかった。

 

この曲(仮面ライダーW OP)知ってるか?」

「勿論知って……え?ちょっと待っ――」

「吹っ掛けたのはそっちなんだ。付き合え」

 

 やられた言わんばかりの顔をするも、言い出したのは自分だと理解しているだけに―――否、それだけでなく一緒に歌える(・・・・・・)事から笑みを浮かべてマイクを手に取った。

 歌ったところなど見た事など無かっただけに、どんな風に歌うんだろう程度に眺めていた緑谷は、歌い始めた二人に圧倒された。

 熱の籠り方や歌唱力も高い事ながら、扇動も耳郎も画面に表示される歌詞を一切見ずに完璧に歌い切ったのだ。

 これには室内大盛り上がり。

 そこからは二人に続けっていう勢いで歌い始める。

 

「じゃあ、私いっくねー!!」

「この曲どこかで…」

「扇動の着信じゃね?」

 

 芦戸が選んだ曲(ぴちぴちピッチピュアOP)の出だしで気付き、扇動を見ると何故かそっと顔を逸らされた。

 扇動は着信音で誰からか分かるように音や曲を変えており、芦戸は自身の着信音にされていたという事で強く印象強く、元々知っている曲だから選曲したのだが、扇動はその理由を一度たりとも口にした事はない。

 前世で聞いた歌い手と芦戸の声が似ている(・・・・)から設定したなど話す事はないだろう。

 

「そういえばこれちょっと梅雨ちゃんに似てるよね?」

「ケロ、羽生子ちゃんにも言われた事あるわ」

 

 前世の記憶がある扇動からすればこの世界の声は聞き覚えがあり過ぎる。

 葉隠が示す曲(幼女戦記 ED)も蛙吹に似ているというか、前世の歌い手の声真似をして似せた結果だ。

 当然こちらで広めた際に蛙吹と出会っていない扇動が、どうして蛙吹の声を真似て歌ったんだろうと耳郎の疑問の視線が突き刺さるが知らんぷり。

 

 続いて切島は非常に熱く(武装錬金 OP)、麗日は麗かに……というよりは格好良く(グレンラガン OP)歌う。

 初めての八百万も前に耳郎に勧められたものを、焦凍は(扇動の家)で毎朝流されて覚えているライダー系の曲を歌うなど、扇動が“猿渡 一海”を名乗って持ち込んだ曲を歌うと言う流れが出来てしまった……。

 正体を知る耳郎はニンマリと笑みを浮かべる。

 

「ねぇ、ねぇ、今どんな気持ち?」

「聞くな」

 

 にまぁと笑いながら扇動に絡む耳郎との会話は、歌に紛れて他の耳に入る事はなく掻き消される。

 嬉しい反面恥ずかしさから顔が若干赤くなっているも、皆歌に夢中で気付かないのは有難い―――と思った矢先、こちらを見ていた青山と目が合い、さっと逸らされた(・・・・・)

 見られた事より妙に青山の反応に気になった扇動だが、助けを求める視線が向けられた事で疑念を後回しにしてしまった。

 

「緑谷君は歌わないのかい?」

「そうやね。デク君も歌おうよ!」

「――え、僕は……」

 

 ほぼ聞き手に回っていた緑谷は急に振られてどうしようと思考を巡らす。

 何を歌うべきか、どういう曲が良いのかと悩み、扇動へと視線を向けると仕方がないと苦笑した。

 

「仕方ねぇ。一緒に歌うかイズク」

「――ッ、うん!」

「他も混ざれ混ざれ」

 

 選曲されたのは初めて聞いた曲だったが、歌いやすいのと一緒に歌っていてくれた事もあって、心の底から楽しく歌い切れた。

 思いっきり歌った事で満足感とちょっとした疲労感が喉にも襲い掛かり、注文したジュースを口にして一息つく。

 

「この曲って何か思い入れがあるの?」

「……いや、なんで選んだんだ?」

 

 自分で選んだはずなのに何故か解らず扇動は困惑を露わにした。

 この曲も自分がこちらへと持ち込んだ事には違いない。

 されど耳に残っている、記憶にあれど何で聞いたかは覚えていないというもので、多分アニメか特撮のどちらかだろうと推測は出来ても思い出す事は叶わない。

 ただその曲を選んだ時、緑谷の顔が最初に浮かんだ(・・・・・・・)のは確かなのだ。

 

「デク君、上手かったね!」

「い、いやぁ、そんな事は……」

「一緒に歌おうよ!」

「え、ちょ――」

 

 疑問符を浮かべる扇動より答えが返って来るよりも先に、麗日に誘われるままに二曲目を歌い始める。

 楽しいのだけどさすがに連続は喉が多少なりとも疲れ、歌い終わった頃にはマイクを渡してソファに腰かけて大きく凭れた。

 

「大丈夫かい緑谷君?」

「うん、大丈夫だよ」

 

 …と返しながらも疲れているのは誰の目にも明らか。

 ジュースを口にしながら先ほど一緒に歌ったばかりの麗日へと振り向くと、飲み物と共に注文していた料理を本当に美味しそうに口にしていたところであった。

 それに当てられて何人か料理を注文し始め、歌うのを楽しみながらも料理に舌鼓を打っては楽しい一時を楽しむ。

 

 自分が歌った曲に皆が歌った曲など聞いている内に興味が湧いて良き、帰りにCDショップに寄ってみようかと話していると耳郎が喰い付いて帰りに皆で寄る事に。

 熱が籠り過ぎた事もあって皆熱唱した結果、楽しくも疲れが見え隠れしている。

 時間も時間なだけにお開きにしようと思うも、それに待ったを掛ける人物が一人。

 

「次こそ!」

「もう時間来ちゃうよ」

「ンだと!延長するに決まってんだろうが!!」

「時間的に無理があんだろ。最期に一曲というところだな」

 

 採点機能も使っていて爆豪も結構な高得点ながら、扇動の方が高い点を叩き出して(ライダー系は特に)おり、歌とは言え負けたままでは帰れねぇと殺気立っている。

 だけど扇動もそろそろ帰らないと晩飯を作るのに響く(※焦凍の晩飯)

 ゆえに誘導するしかないとため息を漏らす。

 

「最後に一緒に歌うか?」

「誰がテメェとなんか歌うか!」

「合わせれないか?仕方ない、俺が合わせてやるから――」

「…上等だコラ!少しでもヘマしやがったらぶっ飛ばすからなァ」

 

 うわぁ……と若干周囲から引き気味の声が漏れる中、扇動はパネルを操作して最後に何気なく、爆豪の声からあっちこっちのOPを入れて扇動と爆豪、合いの手に何人かが混じって歌うとカラオケは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扇動は焦凍と共に家に帰りながら考え込んでいた。

 何故あの曲に対して緑谷の顔が浮かんだのか?

 あの青山の反応は一体何だったのか? 

 今日の晩御飯は何にしようかなど考える事は多くあるが、今一番の悩みは今後の学校行事の事だ。

 

 来月にもなれば七月となる。

 夏休みを真っ先に思い浮かべる者も多いが、一期末テストや林間合宿などの学校行事もある。

 その中で最も近い学校行事が―――授業参観。

 

 別に爺ちゃんが見に来るのは有難いし、嬉しい事なので自分は問題ない。

 問題なのは隣を歩いている焦凍。

 つまり轟家の誰に伝えるかである。

 親という事を考えれば炎司であるが、エンデヴァー当人はノリノリで参観に来るだろうが、焦凍は正反対に気分はダダ下がりになるのは目に見えている。

 

「お姉さんが適切な所か……しかし……」

「どうした?何かあったか?」

 

 唸りながら悩む扇動に心配そうに焦凍が声を掛けるも、お前さんの家で悩んでんだと素直にいうのもなんだなと悩み、扇動はしばらくの間は自分だけで悩むのであった……。




 


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第58話 授業参観 前編

 今日のヒーロー学はいつもと様子が異なっていた。

 ウソの()災害や()事故ルーム()に集まったヒーロー科一年A組の生徒は水辺での救助訓練を行うのだが、多くがそわそわと落ち着かず緊張していたり、力んだり張り切り過ぎているのが見て取れる。

 当然と言えば当然なのだろう。

 本日のヒーロー学には“授業参観”と言う事で、各々の親が訪れているのだから張り切るのも無理ないというもの。

 

 ただ生徒以上に気合が入っている保護者もいるが……。

 

「やっぱトップヒーローともなると存在感半端ねぇな!」

「圧って言うか気迫凄くない?」

「さすがプロ。常日頃から常在戦場の心構えですのね」

「エンデヴァーもだけど隣の爺さんもなんか凄くね?」

「むーくんのお爺さんだよね!生で見るの初めてだよ!!」

「あ?クソジジイ来てんのか?」

「なんで爆豪は扇動の爺さんに敵意剥き出しなんだ?」 

 

 コスチュームは着用していないエンデヴァー…もとい、轟 炎司が腕を組んだ状態で睨みつけるように眺め、隣には直立不動の扇動 流拳が鋭い眼光を向けていた。

 炎司は焦凍に、流拳は無一に期待と活躍を見守ろうとガン見しており、無一に至っては流拳の視線だけでなく口にはしないだけで焦凍の抗議の視線まで突き刺さっている。

 

 轟家の事情と焦凍の心情を考慮するならば父親である炎司は呼ぶべきではないだろう。

 もし轟家の誰かを呼ぶのであれば姉の冬美であるとは思ったが、万が一にでも炎司の耳に入って来る可能性を考えたら、手を打つ為にも先に話を通しておいた方が得策かと判断したのだ。

 だから炎司はかなり釘を刺されている。

 

 焦凍が今までどのような扱いを受けて、どのような感情を抱いているかを淡々と再認識させられ、変に呼びかける事は気を散らすばかりか焦凍にとってはより嫌う行為だから参観中は観戦に徹して声掛けなどは遠慮する様にと

 そもそも体育祭で炎司が見せた反応は恥ずかしく、クラスメイトやその保護者の前でやられては溜まったもんじゃないだろう。

 

 約束を守って観るのに徹してくれたのは良いのだが、それはそれで焦凍は気になって仕方はない様子。

 横には冬美が何かあった際の制止役としているけれど、その表情は呆れ交じりの困り顔を浮かべていた。

 

 ……流拳の場合は安全管理の都合上、撮影が禁止だった事で用意したカメラ類が使用できず、孫の活躍を目に焼き付けるとの事…。

 

 さて、授業参観で行われるヒーロー学は救助訓練。

 水難ゾーンで溺れかけている要救助者を救助すると言う内容。

 周囲にはキャンプでもしていたのかキャンプ用品が置かれており、救助方法はそれぞれが考えて行うようにとの事だ。

 担当教員は担任の相澤と13号の両人。

 保護者が見守る中でまず最初に救助する側に選ばれたのは緑谷。

 いつも以上に視線が集まる以上に一番手という事もあって緊張の度合いは凄まじいもので、何故か母親の緑谷 引子は心配し過ぎて祈るように見守っていた。

 

「扇動、溺れ役頼めるか?」

「案山子?それともリアル(・・・)?」

「リアルで」

「了解。梅雨ちゃん、投げ飛ばして貰える?」

「ケロッ!?良いの扇動ちゃん」

 

 短く確認を取った扇動は仮面とロングコートを脱ぐと、蛙吹に頼みながら軽く準備体操を行い始める。

 戸惑いながらも確認するも変更はなく、仕方がないと舌を胴に巻きつけると思いっきり投げた。

 水に落ちる際は水しぶきがほとんど上がる事ないように入り、浮かんで来た扇動はバシャバシャと必死にもがき始めた。

 本当に溺れているかのように…。

 

「―――ッ、むーくん!?」

 

 訓練と言えど事故は当然起こりえる。

 大慌てで飛び込んだ緑谷は少しでも早くと泳ぎ、藻掻いている扇動へと手を伸ばす。

 気付いて扇動も手を伸ばしてきたが掴んだのは腕。

 それで終わらず次に肩などにしがみ付かれ、上手く身動きの取れない緑谷は態勢を維持できずに引きずり込まれる。

 顔が水中に沈みそうになった時、離れた扇動が横合いから片腕で胴を掴んで支え、水面より浮き上がらせた状態で陸地へと引っ張っていく。

 救助者と救助される側が入れ替わった事に誰もが驚き、同時に扇動が本当に溺れていたのではなく演技だった事に安堵する。

 水から上がった扇動は濡れた髪をかき上げながら小さく息をつき、逆に引き摺り込まれそうになった緑谷は四つん這いで息を荒げていた。

 

「し、死ぬかと思った…」

「デク君大丈夫!?」

「このように危機的状況に正常な判断は出来ずにパニック状態に陥り、何彼構わずしがみ付こうとしますので、まずは相手を落ち着かせれる様に声掛け、またはロープや浮力のある物を投げるなどして救助しましょう」

「直接救助する場合もあるだろうが、真正面からすると緑谷のように二重事故を起こしかねない」

「“溺れる者は藁をも掴む”という訳ですね」

「――ッ、つまり溺れる役は合法的に抱き付け……」

「アンタに限ってはアウト」

「イタイッ!?」

「参観日ぐらい少しは自重しろよ」

 

 実演した緑谷の行動から指摘と追加のアドバイスされる中、欲望を口から漏らした峰田はツッコミで耳郎のイヤホンジャックを

受けるのであった。

 勿論離れた所からも救助できる蛙吹や常闇など個性で救助できるものは個性を使用し、救助に向かない個性持ちは道具を用いての救助などを行って進んでいく。

 

「やっぱり梅雨ちゃんや常闇君の独壇場だよね」

「ってか、条件に合う個性持ち少なくね?」

「皆、自分に出来る事をしっかりとやろう!」

 

 親が来ているという事で頑張るところを見て欲しいという思いもあって、幾ばくか有利な個性に対して妬みというかどこかネガティブになりがちである。

 時に轟は地面から氷結を伸ばして救助しに行くと、引き上げると同時に炎を少しばかり出して要救助者を温めつつ声を掛けたりと、派手で他には出来ないやり方を見せただけに余計にだ。

 逆にやる気を見せる切島や皆に呼びかけた飯田みたいに寧ろ対抗心を燃やす者も居る。

 保護者達は子供達の授業風景をそれぞれの感想を抱き、授業内容や柔軟な思想や個性の使い方に感心したりしながら眺めていた。

 時折掛けられる声援やら反応にちょっとばかし気恥ずかしく思う者もいたが、順調に授業は進んで一通り済んだところで突如轟音が響き渡った。

 何事かと視線を向けながらも生徒の脳裏に過ったのは、ヴィラン連合襲撃事件の後に救助訓練にてオールマイトがヴィランに扮して襲ってきた事。

 

「おいおい、今度は何だよ!?」

「またオールマイト?」

 

 またかと感想を漏らす者が大半。

 この中で即座に反応したのは十人にも満たない。

 即座に戦闘態勢を取った轟 焦凍と爆豪 勝己。

 サポート科の発目に作って貰った偵察用のドローンを放り投げ、腕部のモニターを起動させて状況の把握に努めている。

 

「オイ、どっちだ(・・・・)!」

「教員だ。しかも正面に二人―――エクトプラズム先生とセメントス先生」

「え、なにこれ?訓練の一環で良いの?」

「だろうな。でなければエンデヴァーと爺ちゃん(流拳)が行動しない訳がないだろ」

 

 プロヒーロー二人が動く動作をしないと言う事は先に知らされていたのだろう。

 他にも誰か居ないかと情報収集を行いながら扇動は相澤先生に対して軽く苦笑した。

 

 授業参観があると説明した際に保護者へ感謝の手紙を書くように言われた。

 その時は上鳴が冗談ですよねと口にしていたように、相澤先生にしては“らしく”ないと思っていたが、これがあったからこその感謝の手紙だったのかと感心させられる。

 書かされた事で普段以上に保護者への意識が高まり、ほとんどがヴィラン役の教師陣よりも自身の親へ意識が向かっている。

 

「相澤先生、これも訓練なんですか?」

「あぁ、ヴィランから一般人を護れ。クリア条件は保護者の避難または制限時間内護り切る事。逆に守り切れなければゲームオーバーだ」

「ちなみに私達は居ない者とします。ヴィランを担当する先生方はハンデとして重りを付けていますので」 

「……アイツを……護る?」

 

 何の冗談だ?と護衛対象の一人である炎司に焦凍は怪訝な顔を浮かべた。

 誰もがエンデヴァーなら護らずとも一人で撃退できるのではと思うも、今回は護衛対象という設定ゆえに考えを放棄する。

 中には相澤がため息交じりに説明している事から、多分この訓練を組んだのはオールマイトかなと当たりを付ける者もいるが、今はそれよりも目の前の訓練に集中すべきだ。

 ドローンで観察していた扇動は向かってくるエクトプラズムの分身体を確認した。

 

「数30以上来るな」

「マジかよ!?エクトプラズム先生の個性って幾らでも出るんじゃねぇの!?」

「何度でも出せるけど総数は限られてた筈だよ」

「いやいや、無限に沸くって事だろそれ!?」

「しかも本体はセメントス先生が護っている」

「勝ち目ねぇじゃんそんなの!」

 

 そう口にする気持ちは理解出来る。

 相手は一度に出せる数が決まっていようと消されたらまた出して逐次投入が可能な上、コンクリートを自由自在に操れるセメントスが本体を防御しているとなれば防衛も攻撃も難しい。

 だから弱気になるのも仕方ないだろう。

 されどそんな彼らに爆豪は馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに鼻で嗤った。

 

「本体をブッ飛ばせば終いだろうが!!」

「ちょっと勝己!」

 

 跳び出して行った爆豪に母親の爆豪 光己(バクゴウ ミツキ)が「あの子ったら……」と心配そうに声を出すも、一年A組の生徒からすればやはりかという感じで早々慌てる程ではない。

 寧ろそれもそれでありかと扇動辺りが考え始めている。

 

「間違っては無いんだけどな―――イズク、焦凍。爆豪の援護頼めるか?」

「え?けど守りは……」

「お前ら二人共範囲系だ。最悪保護者を巻き込みかねない」

「確かに攻めならば気にする必要もないか」

「分かったよむーくん」

 

 どの道、持久戦となる防衛線では分が悪い。

 本体を叩ければ一番なのは当然だし、彼ら三人が向かう事で別の効果(・・・・)も期待できる。

 爆豪を追うようにして向かって行く緑谷と焦凍を見送った後、扇動は少し悩んで八百万へと近づく。

 

「防衛の指揮はお嬢に任せる」

「扇動さんはしないのですか?」

「俺は足止めに回る。それと―――」

「――ッ、スナイプ先生まで!?解りました。こちらは任されましたわ!」

 

 示した方向からは別動隊の役割だろうスナイプが距離はあるが向かってきていた。

 理解した八百万は指示を出して保護者を護る体勢を構築しながら、最後に扇動が小声で耳打ちした言葉にも意識を向ける。

 

「青山と葉隠、付き合ってくれねぇか?」

「……フフッ、勿論良いさ☆」

「OKだよ扇動君!」

 

 扇動に呼びかけられた青山と葉隠は二つ返事で了承し、続いてスナイプへと向かって行った。

 

 

  

 

 

 

 

 

●授業参観に向けての職員会議

 

「……却下です」

「何故!?」

 

 中間テストが終われば授業参観が待っている。

 保護者が見に来るのだから折角にとヒーロー科の授業内容は救助訓練と決まった。

 しかしながらそれだけで終わると言う事もなく、もう少し踏み込んだものにしようと話が上がったのが事の始まりだ。

 別段その事自体に相澤は反対はしていない。

 

 真っ先に提案されたのは保護者を人質役にした救助訓練。

 確かに有りとも思ったが発言者がオールマイトこと八木 俊典である事から即座に却下した。

 寧ろ何故却下されないと思ったのか……。

 呆れ交じりのため息がつい漏れそうになったのを一応抑える。 

 

「何故もないでしょう。また同じことを繰り返すつもりですか?」

「――ウッ……それは、その」

「オールマイトさん、前回やり過ぎちゃいましたからねぇ」

「さすがに保護者の前で前と同じは駄目でしょう」

「特に緑谷君は怪我してましたから」

「それは保護者から苦情が出るでしょう」

 

 ぐうの音も出ない正論。

 加えて教員の誰一人として擁護どころか止めを刺さんばかりに畳み掛けてきた。

 しょぼんと肩を落とした八木は、最後の希望と言わんばかりに根津校長へ視線を向けるも「君はどうしてもやり過ぎちゃうから駄目なのさ!」と笑いながらも容赦なく止めを刺した。

 

「でも、面白そうよね」

「保護者が居るのだから人質救出、または防衛訓練とか出来そうですね」

「良いね、良いね!面白そうじゃん!」

「面白そうってお前なぁ……」

「硬い事言うなよイレイザー。考えるだけならタダなんだし」

 

 全くこいつはと頭を抱えるも、プレゼントマイクの発言に賛同する者は多く乗り気であった。

 家族が居る状況での訓練というのも彼ら・彼女らの良き経験になるだろう。

 しかしながら保護者が参加すると言う事はヴィラン役を担当する教師陣に対しても足枷となる。

 声による音波攻撃を広範囲に遠距離で行える個性“ヴォイス”のプレゼントマイク。

 個性“眠り香”を周囲に巻く事で吸い込んだ相手を眠らせるミッドナイト。

 吸い込んだものを分子レベルで分解する13号の個性“ブラックホール”などなど。

 範囲攻撃の類は最悪保護者も巻き込みかねない。

 特にオールマイトは威力が高い上に拳の一振りすら範囲攻撃になり、熱が入るとやり過ぎてしまう事から論外。

 

「そうなって来ると限られるんだよんぁ」

 

 プレゼントマイクの言う通り、皆の視線は自ずとエクトプラズムやセメントス、スナイプにパワーローダーなどに向けられる。

 向けられた中でパワーローダーは怪訝な顔をして首を横に振るう。

 

「遠慮させて貰うよ」

「ヘイヘイ、パワーローダー。どうしたんだよ?」

「A組って事はアイツが居るだろ?何してくるか分からん上に怖いから止めとく」

「あはは、確かに扇動君は何をしてくるか解りませんからボクも怖いですね」

「どれだけ嫌われているんだよアイツ」

 

 乾いた笑みを浮かべながらやんわりと同意する13号は別として、腹部を押さえながら言うパワーローダーは切実な想いが混じっているがゆえに頼み込むのも気が引ける。

 対してセメントスやスナイプ、エクトプラズムなどは授業の都合さえつけば担当しても良いと快く返事してくれた。

 しかし誰が担当するかによって内容は大きく異なるだろう。

 

「ヴィラン役やるならどんな方法をとるんだ?」

「そうですね、私なら―――」

 

 ニッコリと穏やかな笑みを浮かべる様子とは異なり、セメントスの口から出たのは教師陣が引くぐらいな難易度鬼畜過ぎてクリアさせる気など微塵もない内容。

 さすがにそれはと誰もが表情で物語っている中、根津校長が「良い考えがあるのさ!」と難易度を下げながらも生徒でもクリア

出来るかも知れない案を出し、それが採用されるのであった。




 読んで頂きありがとうございます。
 今年一年投稿遅れや体調不良が目立ちましたが来年はないように気を付けたいです。

 まだまだ寒い日も続きますので皆様も体調お気を付けください。
 皆様にとっても良き一年でありますように。


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第59話 授業参観 中編

 明けましておめでとうございます。
 どうぞ今年も宜しくお願い致します。


 ヴィラン役としてA組の授業参観に参加しているセメントスとエクトプラズムは、真っ向から向かってくる爆豪達を見て笑みを浮かべた。

 前もって相澤より得ていたA組の情報と雄英体育祭で見せた性格から爆豪は間違いなく向かってくるのは予定通り。

 他にも幾人も来るだろうと踏んでいたのだけど、向かってきているのはA組内でトップクラスの実力を持つ合計三名のみ。

 

「ホゥ、少数精鋭デ挑ンデ来ルカ」

「道理と言えば道理ですが入れ知恵か本人の判断か気になるところですね」

 

 良くも悪くも強い個性を持つ三人は広範囲での面攻撃が可能ではあるも、熟練者ならともなく防衛戦では最悪護衛対象にまで被害を与えかねない。

 それだけではなく防衛側の負担も減らそうと言う魂胆なのだろう。

 時間稼ぎを考えるなら機動力の高い飯田やテープやもぎもぎで捕縛可能な瀬呂や峰田、音による広範囲攻撃で支援できる耳郎などが選ばれるだろうが、面子から考えたら時間稼ぎというよりも撃破を狙っていると推測出来る。

 例え倒せずともエクトプラズムは分身の多くを割かねばならず、ハンデのある状態ではセメントス一人だけでも先へ進むと言う事は叶わない。

 教員として思いを馳せていた二人に対し、文字通り飛んで来た爆豪は怒号を浴びせる

 

「―――死ねやッ!!」

 

 爆発によって発生した爆炎を空中より放つ。

 複数のエクトプラズムの分身体が飲み込まれて消失する中、本体はセメントスが作り出したコンクリートの壁に防がれて無傷。

 炎が周囲に散ったところでセメントスは小さくため息をついた。

 

「仮にもヒーローを目指す者としてその発言は如何なものか……」

 

 ぼやくような小さな呟きは聞こえているのだが、爆豪は感情のままに返す事無く舌打ちを一つ零す程度で留める。

 なにせ自身の攻撃を防がれたばかりか幾重ものコンクリートが捕えようと伸び、反射も込みで必死に回避や迎撃に努めていてその余裕がないのだ。

 

「ホォ、アレヲ躱ストハ中々」

「将来が楽しみですね」

 

 会話だけはほっこりしつつも互いに手を抜く事は無い。

 エクトプラズムの分身体は倒された矢先から増やして数を補強する。

 そしてセメントスに至っては大人気ないというよりえげつない(・・・・・)

 コンクリートを自在に操って爆豪を誘導し、死角や壊す為に発生させた爆発に紛れさせて伸ばしたりして、複数の手段を用いて絡め取ろうと手を打ち続ける。

 授業としてはやり過ぎなように見えるが明確にオールマイトのような怪我が起こる一線は超えないようにきっちり守っている。

 逆に言えばそのギリギリまでは攻め込んでいると言えるが、これに関してはそれだけ期待しているという裏返し。

 加えて今の内に爆豪を捕えないと後が不味いという現れでもある。

 

「―――スマァアアアアッシュ!!」

 

 到着した緑谷により殴りつけるような風圧が分身体を吹き飛ばすだけでは飽き足らず、自分達に向かって来た事でコンクリートで遮蔽物を形成。

 何枚か砕けるも幾重に重ねたために受ける事はなかった。

 しかし注意がそちらに向いてコントロールが緩くなった先に、爆豪は伸びていたコンクリートを爆発で吹き飛ばして脱出。

 さらに轟の氷結によって足場ごと凍り付かされてしまう。

 

「誰が来いっつったよ!」

「えっと、手伝いに来たんだけど……」

「テメェの手助けなんざいらねぇんだよ!!帰れ!!」

「無駄話している場合じゃあねぇぞ。来るぞ!」

 

 気に入らないと言った様子で緑谷に対して睨みと怒声を浴びせる爆豪。

 まだ捕縛も出来ていない(ヴィラン役)の前で喧嘩する余裕があるのかと言わんばかりに、コンクリートを操作して氷結を砕き、補充した分身体が雪崩のように襲い掛かる。

 

抑えるぞ(・・・・)!」

「仕切ってんじゃあねぇよ半分野郎!!」

「落ち着いてかっちゃん」

「テメェは黙ってろ!!」

 

 チームの相性は悪いように聞こえる(・・・・)観ていて(・・・・)悪くはない。

 我先にと突っ込んで来る爆豪の強個性と高い身体能力による突破力は侮れず、昔から見て(観察)きたからか未熟なれど喰らい付く様なカバーを行う緑谷、その緑谷をサポートしつつもガンガンに攻めて来る轟。

 完璧―――には程遠いが中々な連携を見せてくれる。

 その上、数で襲うもコンクリートで攻撃を仕掛けるもそれぞれの個性が強力で易々と砕き突破してくる。

 

「これは厄介……ですが」

「連携ニ粗ガ大キイ」

 

 緑谷がサポートして一応形にはなっているものの、それを気に入らないのが爆豪だ。

 苛立ちなどが僅かな隙を生んで、積み重なる事で付け入るには充分過ぎる。

 加えて爆豪も轟もサポートよりもメインとして前に出るタイプ。

 まだまだ学ぶことが多い学生でサポートする側の経験は圧倒的に少ない。

 

 成長の余地有りの有望な若人を前にエクトプラズムもセメントスも不敵な笑みを浮かべ、我武者羅な生徒に対してヒーローとして蓄積された経験を活かした技術をもって嗜めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 一方、防衛を担当しているA組の生徒達はヴィラン役の分身体エクトプラズムの猛攻を耐え凌ぎ、護衛対象である保護者に被害を出す事無く守り抜いていた。

 エクトプラズムの個性は分身体を出す事での数の暴力であって、単体が強固な力を発する個性を発揮する訳ではない。

 つまるところ相手が少数か多くても個性を含めて実力が本体前後の相手には有利でも、(個性・戦闘能力)と量が伴った相手には単独では不利となる個性。

 持久戦や相手のスタミナを消費させるなど他にも手はあるが、基本は上記の通りの相性である。

 

 ただ“ヒーローは一芸では務まらん”と相澤が口にしたように個性だけで成り立つ職業ではない。

 いくら数を出そうが分身自体が弱ければ意味がない。

 個性を使用せずとも単身で相手を倒せるようには当然ながら鍛えている。

 プロとしての実績に経験、長年鍛え培ってきた年月というのは早々にひっくり返せれるものではない。

 

 近接戦をメインとする麗日や尾白、砂藤などはさすがに一対一では撃破は難しく、寧ろ向こう側が複数体で一人に襲い掛かろうとする動きすら見せる為に単独での行動は撃破される危険が高い。

 そこで峰田のもぎもぎや瀬呂のテーブなどで中距離可能な個性持ちで的確に相手の分断を図りつつ、最低でも二人以上で分身体を倒していく戦法を取らざるを得ない。

 

 約一名ばかりはその限りではないが……。

 

 扇動曰く、対物戦ならいざ知らず対人戦だと個性を酷く制限しなければならないというハンデを背負う人物―――芦戸 三奈。

 酸を用いた機動力に合わせて本人の高い身体能力、鉄だろうと即座に溶かしてしまう強力な酸攻撃。

 相手が分身である事から本領を発揮している彼女はまさに無双状態。

 離れようとも機動力からすぐさま追い付かれ、囲って討ち取ろうとしても酸を纏えば触る事すら叶わない無敵と化し、最早止める事すら叶わない彼女は防衛側の最高戦力と成っている。

 

「強過ぎない?」

「今ならあの時の扇動ちゃんの気持ちが痛い程解かるわ」

 

 雄英体育祭でトーナメント発表時に、芦戸が相手だと解って酷く項垂れた事があった。

 目の前で起こっている事をすでに理解して予想していただけにあの反応だったのかと戦闘の合間に幾人かが思い出しては納得していた。

 

 無論芦戸一人のおかげで防衛がなされている訳ではない。

 中でも特筆すべき活躍をしているのは確かではあるが皆の活躍あってこそである。

 他にも音による範囲攻撃で足止めをしている耳郎に周囲に気を配ってはサポートに徹している蛙吹、全体を見渡して指示を飛ばしている八百万の活躍も目立つところだ。

 

 八百万の個性は膨大な知識と脂質を消費して発動する。

 以前から勉学や知識の収拾に努めてきたつもりだが、扇動はそれらを褒めると同時に新たな課題を与えてきた。

 脂質から単純に何が作り出せるかではなく、戦闘の流れや脂質の残量に作り出せる物の最適解など先を見据えたコスト管理。

 前面を張れる個性でもある事から戦闘技術を習いながらも、理想的なのは後方との事で戦況把握能力や指揮能力の向上などなど学ぶことは多い。

 その中で扇動に自主勉強に勧められたのは“戦略シミュレーションゲーム”。

 しかも最も参加人数の多いオンラインタイトル。

 リアルタイムで戦況を把握しつつ、自分のコストを考慮しながら指示を出さねばならない事に最初の頃は四苦八苦し、両親にヒーローを目指す為にとその事を話すと渋い顔をされたのは記憶に新しい。

 

 指示と各自の奮戦あって戦い抜いて来た面々は、あからさまに攻めて来る分身体の数が減っている事に気付く。

 

「数、減ってね?」

「デク君達がやってくれたのかな!?」

「いいや、向こうに集中したようだ」

 

 希望的な麗日の言葉を離れた位置で起こっている音や振舞われている個性などから戦闘は続いていると飯田が否定する。

 数が減ったのは緑谷、爆豪、轟の三名の攻撃によってこちらに回せるだけの余力がなくなったという事だろう。

 逆にこちらは手透きとなった事で心に余裕が生まれてしまう。

 

「――っし、なら俺らも行くか!」

「駄目ですよ」

 

 やる気に満ち溢れた切島達が救援に行こうと言い出すが、即座に八百万が待ったを掛ける。

 何故という多くの疑問の瞳を皆から向けられるも、意見を決して変えるつもりは一切ない。

 

「私達の役目は防衛。ここで戦力を分散させてしまっては万が一の時に護れません」

「だけど爆豪達は―――」

「優先すべきは保護者の避難です。なので素早く避難を済ませて救援に向かいます!」

 

 余裕が出来たがゆえに見誤ってしまった。

 自分達の未熟さを突くのではなく、目的を再度ハッキリさせる事で再認識した者は、ハッと我に返って反省しながらも八百万の意見が正しいと同意して今のうちに避難させようと行動を開始させる。

 

 この時、八百万に余裕はなかった。

 別れ際に扇動に小声で「気を付けろよ(・・・・・・)」とだけ告げられたのだ。

 何を……と告げられた訳ではない。

 ただ単に応援や軽い注意みたいなものだったかも知れないが、ナニカあると警戒するに越した事はないだろう。

 

 避難すべく移動する際には保護者達に気を回しながら、行く手に待ち伏せなどが居ないかを飯田や耳郎に頼んで偵察隊として行って貰ったりと警戒は怠らない。

 担任である相澤と救助訓練を担当していた13号はその様子を眺め、口にはしないが採点や色々と想いながら後に続く。

 

 

 

 

 

 

 プロヒーローであり雄英高校教員を勤める“スナイプ”。

 個性“ホーミング”は600メートル以内の視認した標的に、弾丸だろうと矢であろうと投げた物であろうと当てる事が可能。

 デメリットとしては威力は落ちるし、部位は選べないというのがあるが、メリットはその個性ゆえの脅威の命中率だろう。

 相手を倒す事だけ考えたなら手榴弾を投げる事だけで事足りる。

 なにせ600メートル内なら爆弾でも狙い通りに向かって行くミサイルのような誘導兵器と化すのだから。

 

 三年生担当である事から一年生とはすれ違ったりはあれど、がっつりと関わる事は非常に少ない。

 ハッキリと関わったのも前にヴィラン連合の襲撃を受けた際に救援に駆け付けた時ぐらいなので、スナイプの実力と個性を大まかにでも知っているA組の生徒は少ない。

 その数少ない一人が扇動である。

 

 緑谷を焚きつけてからは自らを鍛えつつ、プロヒーローの情報や動画を見て勉強や情報収集も行っていた。

 大人気であるオールマイトや自身の憧れであるイレイザーヘッドなど印象に強いヒーローは多く、遠距離でトップクラスに入る個性と技術を持つスナイプもその一人。

 以前インタビューで答えていたのをしっかり覚えており、ゆえに今の所片手で事足りる少数で相手出来ている。

 

「反撃行けそうか?」

「うん、無理かな☆」

 

 キラッと輝かんばかりの笑みを浮かべて応える青山に「そうか」とだけ返す。

 近接戦闘メインの扇動にとってスナイプとの相性は悪すぎる。

 なにせ相手は重りというハンデを付けていても射撃で寄せ付けなければ別段どうにでもなる程度。

 現に扇動と青山は近づけずに防戦一方。

 

 さすがに600メートルなんて長距離は無理でも遠距離攻撃可能な個性“ネビルレーザー”を持つ青山は、最初こそ攻撃を仕掛けたが直線的な攻撃は避け易く、カバーする技術を持ち合わせていない事から有効な反撃が出来ないでいる。

 そもそもの話、扇動は青山を誘ったのは別にスナイプ先生を倒せとか撃ち合えといった理由で連れて来た訳ではない。

 

 確かに遠距離での支援は期待したが、本音を言うと防衛側から離す必要性があった。

 青山の個性“ネビルレーザー”は使えば使う程にお腹の調子が悪くなるというデメリットが存在する。

 防衛側では保護者を護りながらの防衛戦を展開せねばならず、遠距離攻撃というのもかなり欲しいところであるも頼り過ぎたり使い過ぎたりして腹を下せば、本来の能力が発揮出来ないどころか足手纏いになりかねない。

 経験豊富なプロヒーローならまだしも未熟な身で突然防衛戦力に穴が空いたりすれば対応仕切れるか不明。

 ならばとこちらに組み込んだのだ。

 無論足手纏になったとしても見捨てる気も囮にする気もさらさらない。

 

 それにしてもと扇動は青山をちらりと視線を向ける。

 名は体を表すように、この世界では名と個性の繋がりは強い。

 例として砂藤(さとう) ()道は砂糖(さとう)などの糖分を消費して()を増すなど。

 だが、青山 優雅の名にはネビルレーザーや腹痛などを現す言葉は使われていない。

 何事にも例外はあると言えば何も言えないのも確かではあるが。

 個性を受け継いだ緑谷 出久を除いたとしてもA組には“無重力”の麗日 お茶子、教員には“ヴォイス”の山田 ひざし(プレゼント・マイク)とか。

 もしかしたら俺が知らないだけで何かしら繋がりのある名なのかも知れないが…。

 

 軽い考えが浮かぶも今は目の前の事に集中しなければと振り払う。

 現在扇動は守りと攻めの両方を担当している。

 普段は手鞄のように折り畳み、広げれば防弾盾となるサポートアイテムで防ぎ、ウィザーソードガンで隠れつつ反撃や牽制を行っているのだ。

 ちなみに近くに遮蔽物が少ないために青山は扇動を盾にするような形で隠れている。

 

「大丈夫そうかい?」

「判断は任せる」

「かなり厳しそうだね☆」

「そう見えるんならそうなんだろうな!」

 

 正面から撃ち込まれた弾丸を盾で防いだ所を、射線は外しながらも誘導されるように緩やかに曲がって弾丸が襲って来た。

 青山を押して庇えるように立ち位置を変えさせて曲がって来た弾丸も盾で受け止める。

 衝撃を逃がすようにはしているつもりだがやはり中々に腕にダメージが蓄積する。

 悪態の一つも吐き出したくなるも、大まかな情報ばかりで詳細を知らなかっただけに、体験した事で脅威を認識しつつ安堵した。

 

「笑ってるけど良い案浮かんだかい」

「いいや、そうじゃなくてな。クロス・マリアン(D.Gray-man)のイノセンスほど凶悪でなくて良かったと思っただけだ」

「どんなのなんだい?」

「目標に直撃するまでは止まろうが壁にめり込もうがどんなことがあろうと絶対に向かって行く魔弾」

「本当にそうじゃなくて良かったね!」

 

 激しく同意されるも喜んでばかりもいられない。

 こちらが不利なのは一向に変わらず。

 相手の残弾が切れれば話は別なのだが向こうが切れる前にウィザードガンの残弾の方が先に尽きるだろうし、そこまでの持久戦が出来るかどうかって言うのも怪しい。

 せめて手榴弾系が使えれれば良かったけれど、投げたところで撃ち落されるだろうし、最悪投げ返されたらホーミングの個性で付与されて目も当てられない事になるだろう。

 

 焦りと苛立ちを胸に思考を巡らせる扇動に対してスナイプは、顔を覆うマスクで表情を伺う事は出来ないが目を見張るほどに感心していた。

 

「初見の筈なんだが対策はばっちりという訳か―――厄介な」

「余裕綽々で良く言う(・・・・)。ハンデを重ね着(・・・)している相手にこの為体を晒しているってのに……」

「これは生徒に対しての枷ではない。教師として(・・・・・)ヒーローとしての(・・・・・・・・)枷だ」

「―――ッ、それは失礼した。今の失言を撤回させて頂きたい」

 

 当たり前の事だ。

 ヒーローと活動するならば制限が掛かる。

 例えば頭や心臓と言った急所を狙うと言ったヴィランとは言え殺害しかねない攻撃を行うなど…。

 交戦が始まってから足や腕といった戦闘不能にする部位を直接狙うのではなく、掠めるようなギリギリばかりを狙ってきていた。

 当然教師としても大怪我させる訳にもいかないので、スナイプは教師としてもヒーローとしても(制限)を付けられながらも、出来る事を最大限にやっていたのを勝手に生徒だから手加減されていると勘違いしたのだ。

 自分がどれほどまでに冷静ではなかったのか思い知らされた扇動は、撃たれる事を覚悟で深々と頭を下げた。

 対してスナイプはリロードを済ませた銃口を向けるも、撃つ事はせずに「構わない」と柔和な様子で答える。

 

「聞いてた話よりは感情的なんだな」

「……少し想う所がありまして…」

「―――焦りか」

 

 当たっていた(・・・・・・)

 “ヒーロー殺し”ステインの強い意志と執念を見せ付けられ、技術的点においても格の差を想い知らされた。

 彼と同じく―――とは決して思わないが、引けを取らないだけの強さを、強く抱ける信念をと想うも成果がなく、皆にはバレないように潜めながら焦燥感が胸の内を焦がしていた。

 焦っているのは間違いない。

 しかし何故接点もなかったスナイプに見破られたのかが気になって仕方がなかった。

 

「どうしてって顔をしているな。これでも教師だ。動きからも何となく読み取れたのもあるが」

「そんなに……」

「普段のお前を話でしか知らないが、今のお前は表情にも出ていたぞ」

「俺は――…」

「何に焦って悩んでいるのかは知らんが、一人で考え込んだって堂々巡りするばかりだ。信頼する誰かを頼るのも頭を空っぽにして原点に戻るのも、悠長に思えるかも知れんが時には立ち止まる事が突破口に繋がる事だってあるさ」 

 

 ただヴィラン役をやっていただけではなく、しっかりと相手の生徒を見ていた。

 決して解決策や答えを見いだせた訳ではないが、少しばかりスッキリした気がした。

 ふぅ…と大きく息を吐き出した扇動は再び頭を下げ、盾を構え直して戦闘態勢を取り直す。

 

「さて、授業を再開するとしよう」

 

 スナイプの言葉に頷き、晴れやかな気持ちで盾を構えながらウィザードガンをスナイプに向け、次の瞬間にはスナイプが放った弾丸がウィザードガンに直撃して砕けた。

 呆然と扇動は散らばったパーツと壊れてしまったウィザードガンを交互に眺め、徐々に表情から感情が抜け落ちて行く。

 後ろから様子を窺っていた青山はそんな扇動をもろに見てしまい、あまりな表情にゾッとして引いてしまった……。



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第60話 授業参観後編

 新年早々、投稿遅れをしてしまったぁ…。


 スナイプとしては当然の選択であった。

 ヴィラン役だからと言って本物のように好き勝手して言い訳は無く、ヒーローとしても教員としても守らなければならない一線は順守しなければならない。

 例えば軽い怪我程度ならまだしも急所や大怪我を負わすような部位への攻撃など。

 限られた手段の中で相手の武器破壊は有効な手段であっただろう。

 遠距離系の個性を持つ青山の直線的で真っ直ぐな為に恐れるに足りず、威力不足ながらも正確な射撃だけでなく動きを予想して撃って来る扇動の方が厄介。

 だから扇動の銃(ウィザードガン)を破壊した。

 

 間違っていない。

 ……間違ってはいない筈なのに嫌な予感がするのは何故だ。

 

 壊れた銃を投げ捨てた扇動は青山に何かを告げて盾を渡す。

 無個性である事から遠距離可能な個性は無く、射撃武器はサポートアイテムに頼りっきり。

 何をする気だと注視していると扇動は徐に走り出した。

 

「破れかぶれか?それとも何かしらあるのか…」

 

 扇動の評価は良くも悪くも高い。

 自身が出来る事を把握して、その範疇で最善を尽くそうとする。

 若人は我武者羅に頑張り過ぎる者が多いというのに、よく自分を把握して使いこなそうとしている所は評価すると同時に、達観し過ぎていると言えよう。

 その辺りを相澤は気に掛けているようだ。

 13号もセメントスもミッドナイトもオールマイトとパワーローダーも高評価を下す一方で、“何を仕出かすか解らないから怖い”と口々にしていた。

 

 なんにせよ相手の土俵である近接戦闘に持ち込まれないように銃口を向けようとした矢先、扇動はジグザクと左右に動いて命中率を下げようとしている。

 それだけならまだ良いのだが、周りの評価を鑑みるに個性を把握されている可能性すらある。 

 個性“ホーミング”は600メートル内であれば投げた物でも命中させるというもの。

 ただしメリットばかりではなく、デメリットとして部位はランダムである上に威力は下がる。

 以前にインタビューを受けたりして答えていたから知られていても不思議ではないがまめ【勤勉】なことだ。

 

 実弾では当てる訳にもホーミングで撃つ訳にもいかず、弾をゴム弾に変えて銃口を向け直す。

 ゴム弾でならかなり痛くとも死ぬことはない。

 目に直撃した場合は失明の危険性はなくもないが、扇動は仮面で顔を覆っているのでその心配もいらない。

 個性を使うまでもなく技術で動く扇動に合わせて銃口より放たれたゴム弾は、脇腹に直撃する直前に扇動が右腕で払い除けた(・・・・・)

 

 スナイプは目と耳を疑った。

 実弾ではなくゴム弾だからとそう易々払えるようなもので決してない。

 ただ可能だった理由として注目するのは払った時の音だ。

 腕に当たったというよりは何か硬い物にぶつかった様な音と痛みの割に反応の薄い様子から確実に何か仕込んでいたのは確かであろう。

 

「防弾か!?」

 

 確かに防弾であるがこの場においては誤解が発生している。

 火災や炎系の個性を考えてコートなど耐熱仕様であったのに加えて、飛び道具を考慮して扇動は追加でコートを防弾も組み込みはしたのだが、防弾コートでは貫通は防げても衝撃はそのまま伝わって来る。

 今しがた払えたのは授業中でもデータが欲しいと発目にゼロワンモデルの計測用のコスチュームの着用を頼まれたのもあって、ウィザードモデルのコスチュームであるロングコート下には計測用のプロテクターなどを装備していて、腕には黒い籠手をしていたからに過ぎない。

 

 弾いた所で扇動は左手でヴィラン襲撃時に上鳴を撃った演技を行った際に使用したコルト・パイソン型のサポートアイテムをホルスターから抜くも、情報として知っていて警戒していたスナイプにより即座に銃を撃たれて弾かれる。

 しかし扇動は銃を抜くだけでなく利き手である右手で手榴弾を放って来た。

 様々なサポートアイテムを所持している事も情報として知っているし、授業や襲撃事件で消費した分をサポート会社から補充した事も聞いている。

 投げられた手榴弾を警戒するも飛距離的に自分まで届くものではない。

 囮と判断して即座に扇動に視線を戻すと本命らしき手榴弾を握っていた。

 投げてきたところを撃ち返すと構えたところで、先に投げていた手榴弾のスモークグレネードが扇動を隠すように煙幕を撒き散らし、白っぽい煙を伝達する様に眩い光と高音が周囲に響き渡る。

 

「クッ、スタングレネード!しかし奴は何を……そこか!」 

 

 目を潰す程ではなかったが煙を伝っての広範囲の眩い光に僅かに眩む。

 その煙幕の中より跳び出す影を視界に収めたスナイプは銃口を合わせてトリガーを引いた。

 跳び出したソレは直撃した部位を大きく揺らし、ふわりと(・・・・)地面に落ちて行く。

 ソレが扇動本人ではなくコスチュームのロングコートであると解かると、自然と煙幕を挟んだ反対側へと銃口を向けようとする。

 コートを囮として使ったという事は視野の死角からの攻撃が予想され、実際に扇動は銃口を向けようとしていた方向の煙幕から飛び出していた。

 結構距離を詰められたがまだ近接戦闘に持ち込むには遠い。

 銃口を扇動に合わせようとしていたところで扇動が叫んだ。

 

「今だ青山!!」

「そう言う事か!!」

 

 予想外な行動と動きに翻弄されて青山への警戒が薄れてしまっていた。

 コートどころか扇動自身が囮役だったのだ。

 振り返れば青山がネビルレーザーを放とうとしているが、扇動をそのまま放置する訳にもいかない。

 籠手で防ぐだろうと想定しつつ数発だけ放ちながら、横に飛び退いて青山の射線から飛び退く。

 ネビルレーザーの発射口は複数あり、銃のように銃身がある訳でもない為に射線を読みにくいが、まだまだ未熟な為に視線と身体の向きを追えばだいたいは解かるものだ。

 

 そもそも急遽放ったためかネビルレーザーは元々狙いが外れていた。

 土壇場でのミス。

 一発本番で決めれる方が難しいのだ。

 落ち込む事はないがしっかりと学んで活かせれば良いのだから。

 直撃しない事を確認して煙幕より跳び出して来た扇動に銃口を合わせようとする。

 

「奇襲なら声を出さずに行うべきだ」

 

 確かにそのまま撃つ訳にはいかないが、これが何を意味するか扇動は理解出来るだろう。

 焦り呆ける青山。

 目を見張る扇動。

 二人はまだ距離もある事もあって勝ったと確信したスナイプにたった一言だけ呟いた。

 

「――勝った(・・・)

「なに?―――ガハッ!?」

 

 突然外れていた筈のネビルレーザーが途中で逸れて、飛び退いたスナイプの横っ腹に直撃を果たしたのだ。

 資料によればネビルレーザーは直線にしか行えない筈。

 なのに何故途中で曲がったというのか?

 横合いからの衝撃に体勢を崩したスナイプは痛みと驚愕に呑まれつつ、困惑の原因を探ろうと視線を向ければ見えるか見えないかの薄っすらながら一人の少女がそこに居た。

 

 まさか…と答えを口にするより早く、扇動が距離を詰めて来ていた。

 中々に小癪な手を打って来るなと褒めてやりたい所であれど、だからと言って負けてやる理由にはならない。

 体勢を立て直そうとするもハンデの重りが邪魔をして動きが悪い。

 少々強引だが狙いを仮面に向けて撃つも銃口を向けられた段階で理解した扇動は、撃った瞬間を狙って首を傾けてゴム弾を回避。

 続いて仮面越しに伝わる殺気(・・)のような怒気を向けて来る扇動は、感情を乗せた勢いのついた本気の回し蹴りが顎辺りを狙って迫って来る。

 あ、これは終わった……。

 

 視界に映る世界がスローモーションのようにゆっくりと流れ、迫る蹴りは顔に触れるか触れないかのギリギリで止まった。

 

「ふぅ、勝ちで良いですよね?」

「……あぁ、お前達の勝ちだ」

「やったね扇動君!!」

「見てくれたかい?僕の輝きを☆」

 

 喜んでいる青山と葉隠(・・)の二人に笑みを浮かべながら扇動は、一応ヴィラン役であるスナイプの手を縛って捕縛を完了させる。

  

 多分であるがこれは当初より考えられた作戦だったのだろうとスナイプは推測する。

 ネビルレーザーを撃たせる事で青山の存在を印象付け、不利だから撃てないというのもあって温存させ、扇動が注意に注意を惹き付けたことろで、外した様な演出を加えたネビルレーザーを葉隠に反射させる事で不意打ちを成功させる。

 壊れて放り投げた銃(ウィザードガン)の辺りに葉隠が待機して、そこ辺りに青山がネビルレーザーを撃ったのが良い証拠だろう。

 

「してやられたよ扇動」

「いえ、俺は策を練っただけで青山と葉隠の動きがあってこその勝利です」

「謙虚なんだが分からんな。それにしてもどうやって葉隠はネビルレーザーを反らせたんだ?サポートアイテムの類か?」

「普通に葉隠の個性ですが?」

「……ん?確か葉隠の個性は透明化ではなかったか?」

「葉隠の個性が透明化な訳ないでしょう」

 

 即座の否定に困惑してしまうスナイプは葉隠を見るも、彼女は彼女で苦笑いを浮かべていた。

 なんでも扇動曰く葉隠の個性は光の屈折で、身体に当たった光を屈折させる事で透明なのだという。

 何故知っているかというと大食堂で食事をしていた際に、口に含んだ料理が即座に見えなくなった事で気付いたのだとか。

 

「身体が透明になってるなら口に含んだところで料理は見える。それもキャ●パーに登場した幽霊の如くに」

「なるほど。だからレーザー()を反らせた訳か」

 

 納得して一息ついたスナイプは、青山と葉隠を連れて戻って行く扇動を見送りながら確信に近い疑念を抱く。

 

 アイツ、歯止めが利かなかったら本気で蹴るつもりだったろうに。

 縛られながらスナイプは先の一撃を思い返しながら、転がっている壊れたサポートアイテムを眺める。

 何で怒ったのかは知らないが、次があるのであれば気を付けるとしよう。

 出来れば無いに越した事はないが……。

 

 ため息を吐き出しながらスナイプは若干ではあるが、パワーローダーの気持ちを解かった気がしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 爆豪 勝己に轟 焦凍、緑谷 出久の三人はA組内どころか雄英高校ヒーロー科一年内でトップクラスの実力を誇っている。

 粗削りでまだまだ甘いところはあれど、そこいらのヒーローと為を張れるだけの実力もある。

 このまま順調に育てば次代を担うトップヒーローと成れる事だろう。

 

「確かに個々は強くても連携がなってないですね」

「ンなもん必要ねぇ!!」

 

 爆破の個性は単純な攻撃から爆豪の並々ならぬ身体能力から高機動能力を発揮している。

 空中戦が行える上に戦闘能力と機動力から突破力は凄まじい。

 現に分身体であるエクトプラズムが複数で襲い掛かろうとも、咄嗟に判断して撃破しつつ包囲を突破している。

 

 驚異的な程の突破力だが単騎特攻ならやり様はある。

 進路を塞ぐようにコンクリートの壁が生えると選択肢は二択。

 爆破で砕いて直進か避けて進路を変えるか。

 咄嗟に方向転換しつつ回り込もうと動いた先にはすでに塞ぐようにコンクリートの壁が用意され、認識した際に発生する選択を余儀なくされる僅かな隙を狙うように、壁に隠れていた分身体が襲い掛かる。

 迎撃しつつ不利と瞬時に理解した爆豪は迎撃しつつ、追加で生えてきた壁より離れる。

 

「時間を稼ぐぐらいしか出来ねぇのかオイ?」

「ハッハッハッ、挑発には乗らないよ。どうやら君は持久力に不安(・・・・・・)があるようだからね」

「――チッ、クソが…」

 

 挑発をされるも馬鹿正直に乗る事はないとセメントスはニッコリと笑みを浮かべる。

 確かに強力な個性であるがデメリットがない訳ではない。

 爆破を行う度に汗腺を通ってニトロのような汗が分泌されるために、極度に使用し過ぎると痛めてしまう。

 この事は雄英体育祭の決勝戦で扇動と戦ったのを観戦していた分析能力のある一部のヒーローや教員も勘付いており、セメントスは一年の舞台の補強・修繕や副審を担当していただけに観客席より間近で観ていた。

 あえて突き付けるように弱点を突いてくる嫌らしさに悪態をつく。

 個々で強力であろうとも互いを互いが補って緻密な連携を取り、プロとしての経験が豊富なセメントスとエクトプラズムを崩すのは難しい。

 

 いや、三人がちゃんとした連携を取れているならまだしも稚拙だった連携も時間が経つにつれて崩れ始めたのだ。

 中々押し切れない実情に焦れ始めた爆豪と轟。

 カバーに入ろうとも爆豪に手を貸した際は気に入らないと感情を全面に出され、下手に轟の方に跳び込めば広範囲攻撃の餌食か妨害になってしまう。

 

 「―――ッ、そこだ!!」

 

 緑谷 出久は入試試験の時に比べて個性の扱いが上手くなった。

 あの時は一撃放つたびに腕を骨折するなど扱い切れてなかったが、個性のコントロールから応用とゼロからだったのもあり、急激な成長を遂げている。

 セメントスが爆豪に注意を割いていた隙をついて轟が氷結を伸ばし、その対応に個性を使用していた所を緑谷が仕掛けたのだ。

 爆豪から轟と注意が完全に向いている今こそが好機とフルカウル状態で突っ込む。

 

「ソノ選択ハアル意味正シイ―――ガ、君ハ逸リ過ギル(・・・・・)

「しまっ!?」

 

 緑谷は良くも悪くもヒーローなのだ。

 自己犠牲を厭わず誰かを助けようとする。

 それが本人にとっては当たり前でそうすべき当然の行為。

 だからか責任感が高過ぎる。

 

 ここで自分がと自ら重荷を背負ってしまう。

 僅かとは言え状況打破が可能な好機を逃したくない。

 注意が逸れている自分が成すしかないと思ったのだろう。

 しかしながら連携し合っている(・・・・・・・・)だけにもう一方が見逃す訳もない。

 

 分身体が減らされている一方で増やしていたエクトプラズムだったが、セメントスが爆豪と轟に注意を向けた事で緑谷を警戒し、動きを読んですべての分身を解除した。

 そうした事で30以上の分身を生み出すのではなく一つの分身に全てを込めれる。

 

 強制収容―――ジャイアントバイツ。

 十メートルはあるだろう巨大なエクトプラズムの分身体が飛び込んだ緑谷の眼前に現れ、咄嗟に後ろに飛び退くも大きく口を開いた分身体がそのまま食らいつくように突っ込み、衝撃で待った煙が晴れると緑谷は巨大な分身体に埋まっている状態となっていた。

 顔や手は出ているものの関節が取り込まれて固定され、さすがの超パワーも身体を動かせなければ振るう事は出来ない。

 

「待ってろ緑谷!」

 

 即座に動き出した轟と爆豪であるが互いに目的は異なる。

 轟は捕まった緑谷を救助する為に動き、その動きを察した爆豪は任せて元凶を倒しに向かう。

 

 巨大化させた分身体はその巨体さゆえに動きが緩慢で、速度と小回りの利く爆豪を早々に捕える事は出来ない。

 当然セメントスの妨害がある事は視野に入れても突破は不可能ではない。

 なにせ緑谷を捕縛するのであれば分身体を消せずに新たに作り出す事は不可能。

 突っ込む振りをしつつ抜けて個性を自由に使えないエクトプラズムをまずは狙う。

 多少なりとも格闘術を扱えるかも知れないが、個性が使えないなら一対一でも勝機はある……。

 

「……トデモ思ッテイルノカ?」

「まだまだ甘いですね」

 

 緑谷を捉えていた巨大な分身体が解除されて掻き消えると周囲に三十を超す分身体が現れ、三人を纏めて捕えるようにコンクリートの壁が作り出される。

 急に拘束が解かれて宙に浮いている緑谷は兎も角、突然の事で対処が遅れた爆豪と轟。

 

「爆豪!俺を上に飛ばせ!!」

「俺に命令してんじゃあねぇ!!」

 

 襲い掛かる分身体と迫るコンクリートの包囲網。

 まだ頭上が空いているものの足元の氷柱を伸ばすも間に合わない。

 急な方向転換ゆえに間に合わないと判断した爆豪は、命令された事に文句を言うも爆破で轟を上へと吹き飛ばした。

 

 抜けた事を目撃したがセメントスもエクトプラズムも緑谷と爆豪を優先する。

 なにせ炎は兎も角として轟の“氷結”個性は空中では機能しないのだから……。

 

 

 

 轟 焦凍は内心焦りを感じていた。

 クソ親父(エンデヴァー)の暴力的に特訓を強いられる事で鍛えられ、両親の個性を二つ受け継いだ事で身体能力・個性共に協力である。

 されどそれは入学当初から然程変わらない。

 急成長を続ける緑谷に抜群のセンス(才能)を活かして上へと昇る爆豪。

 すぐ近くで観ていただけに実感し、爆豪に至っては体育祭で戦ったことから肌身で感じた。

 

 対して自分は前には進んでいるには進んでいる。

 けれど二人に比べれば決定的に遅い。

 炎を使えば今までと異なり幅が広がるどころか炎と氷の両方のデメリットを相殺する事が出来て、個性の扱いにおいても戦闘面においても何倍も強化される事になるだろう。

 しかしながら未だに使用に躊躇いや、氷結を使ってしまう()が付いてしまっていた。

 

 ―――「お前の個性“氷結”の本質は()を凍らせる事で氷を生み出せる事だ」

 

 扇動は特訓する中でそう語ってくれた。

 「炎の錬金術師は雨の日に無能になるが、お前の場合は雨の日こそ氷結の本領発揮なんだよ」と解らない話を交えながら一枚のメダルを渡された。

 重みも材質も機能も特別なんて事は一切ない何の変哲もない単なるメダル。

 なんでもメダルでなくとも良いそうなんだが、誰かに渡すとなるとメダルが脳裏に過ったからそうしたとかまた訳の分からない事を言っていたが、確かにこれは丁度良いお守りとなった。

 

 氷を生み出すのではなく、軸を経て氷を生み出せる。

 

「こう使えって事だよな扇動!」

 

 ポケットに忍ばせていたコインを()として氷結で凍り付かせ氷を広げていく。

 氷を大量に発生された事で身体に霜が一気に降り始めるも、躊躇いはあるも形振り構わず反面炎を纏う。

 霜が炎によって払われ、赤々とした炎を氷が乱反射して空に朱く輝く大輪の華を咲かせた。

 摩訶不思議で美しい様は離れている保護者達の目にも映り、誰もが感嘆の吐息を漏らす程に魅入られた。

 それは生徒も教員も同様であるが対峙している二人だけはそうはいかない。

 

 高い位置で生み出された巨大な氷の華は浮遊している訳ではない。

 重力と引力から当然降って来る。

 もはや質量兵器と言っても過言ではないそれを見惚れたまま受けるなど死を意味する。

 

 慌てて体勢を整える前に何本も地上に向けて氷柱が伸ばされ、爆豪と緑谷を包み込もうとしていたコンクリート群外縁にその足【氷柱】を降ろし、質量と落下も加わった衝撃と共に伝って来た氷結がそのままコンクリートを呑み込み、根を張った氷の大輪は降りる事無く上より見下ろすばかり。

 

「ホウ、コレハ見事ナ」

「これは少々……いえ、かなり分が悪くなってきましたかね」 

 

 降り注いだ氷柱はコンクリートの壁のみに在らず。

 セメントスとエクトプラズム本体にも向けられて回避や防御に手一杯。

 そもそも二人の個性では空中戦は出来ず、行えるのは迎撃のみ。

 

「俺を無視すんなや!!」

「ありがとう轟君!!」

 

 当然回避防御に集中せざる得ない状況下で緑谷と爆豪まで相手取れずに、氷結されたコンクリートの隙間を塗って脱出。

 慌てて分身体を解除して新たに作り出すがそれを許す訳もない。

 上から伸びている氷柱の何本かを爆豪が爆破、または緑谷が蹴り砕く事で破砕した氷の塊が教員二人へと降り注ぐ。

 自分の身を護るも分身体は次々と降り注ぐ氷塊で倒され、フルカウル状態の緑谷と爆破で加速しながら氷塊の雨の中を突っ込んで来る爆豪、そして氷の華より龍のように氷結を伸ばして迫る轟。

 イケると確信した三名だったが、それは打ち砕かれる事はなくとも霧散する事になる。

 

 ―――ヴィラン側(教員)勝利の放送をもって…。

 

 

 

 

 

 

 海難救助訓練や護衛・避難訓練を終えて、教室にて用意していた保護者への手紙を渡し、保護者のほとんどは(エンデヴァーを除く)嬉しそうな表情を浮かべて授業参観は無事に終わった。

 その後は折角だからと懇親会が開かれ、多くの保護者が子供を連れて参加。

 エンデヴァーや一部を除いて多くが近場の飲食店に集まる事となった。

 

 ちなみに扇動 無一の祖父である流拳も懇親会に参加する予定だったが、爆豪が職場体験のリベンジと称して挑んだ事で雄英高校OBの流拳が根津校長に頼み込んで、今頃は体育館を借りて手合わせをしている事だろう。

 

 和気藹々と談笑と料理を楽しんでいる雰囲気の中、一角だけどんよりと重たい空気が纏っていた。

 

「………私が不甲斐ないばっかりに……」

「暗い!暗いよヤオモモ!」

「元気だしなって。悪いのは扇動なんだから!」

 

 保護者の避難誘導で指揮を執っていた八百万は訓練での失態に一番思い詰めていた。 

 セメントスとエクトプラズム両名を倒しに行った三名は最終的に優勢。

 スナイプを抑えに行った扇動率いる別動隊は勝利。

 飯田達は偵察兼脱出経路を確保に成功。

 後は保護者の避難を完了させるだけだった。

 人手を割いて薄くなったのともうすぐ完了出来るという油断をヴィラン役の教員に突かれ、保護者を人質にされるという最悪の結果で敗北してしまったのだ。

 そのヴィラン役の教員というのがまた厄介で、海難救助訓練から側にいた相澤と13号である。

 

 訓練の説明や一緒にいた事で無意識にヴィラン役の可能性を外してしまったがゆえの失態。

 勿論ズルいだの卑怯だとの抗議の声を上げる者もいたが、誰も自分達がヴィランでないと言った覚えもないし、無意識に除外したヒーロー側に問題があると言い返されてしまった。

 さらには実際に同じ事が起こっても卑怯と喚きたてるつもりか?と言われては何も返せなかった…。 

 付け加えて相澤も13号もハンデの重りを最初から付けており、扇動は動きがいつもと違う事から察して注意を八百万に促していただけに余計に落ち込んでいるのだ。

 当然慰めている面々のジト目はサポート科の発目にウィザードガンの修理を頼み、遅れてやってきた扇動に突き刺さる事になる訳だ。

  

「扇動もちゃんと教えて上げれば良いのにさ」

「そうだ、そうだ!」

「いつも俺が居る訳じゃねぇんだ。そういう所も伸ばして行かねぇと」

「まぁ、そう言われたらそうなんだろうけどさ」

 

 確かにと納得する反面、納得し切れないと不満を表情で表される。

 しかしどうするべきかと落ち込む八百万を眺めながら考える扇動。

 それを隣の蛙吹が下唇に指を当てて悩んだ後にトントンと肩を叩いて振替させる。

 

「扇動ちゃん、アフターケアは必要だと思うわ」

 

 蛙吹の一言に対して一瞬きょとんしたした扇動であったが、意図を理解して即座に返す言葉を持ち合わせてはいなかった。

 生徒として授業に取り組むのであればしっかりと教えるべきで、今回のように成長を促すのは教員の役目。

 そう考えると不親切で役目を勝手に変更した行動自体が、授業に不真面目であったと言わざるを得ない。

 さらに周りに尻拭いを任せている状況下であり、蛙吹に“自分の尻は自分で吹け”と示唆された事で、自分の未熟さと思い上がりを思い知らされる。

 至らなさを実感し、指摘ではなくあえて遠まわしに教えてくれた蛙吹に頭を下げる。

 

「そうだな……すまんな梅雨ちゃん。そして、ありがとう」

「ケロッ、どう致しまして」

「確かにヒントだけで俺の行為は不親切で不遜で迷惑を掛けた。詫びと言っては何だが俺に出来る事ならなんでもしよう」

「なら誰か女子紹介しろよ扇動!」

「すぐにそっち方面の反応示すよな」

「そう言う事だからお嬢。あんまり気にするな」

「ですが私が気付かなかったのも確かなので……」

「反省すべきところは今後活かせば良い。今回改良点が見つかった事で成長出来ると考えよう。後ろ向きでなく前向きに」

 

 少し不満そうではあるが八百万は頷いた。

 そしてそれをきっかけにというのもおかしな話だが、扇動に嵐のように注文や頼み事がなだれ込む。

 無論、峰田の頼みは却下したが……。



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第61話 期末テスト前に

 楽しく彩られた日々。

 学習授業は中学までの応用や延長なれど、雄英高校での数か月の日々はあまりに濃厚。

 自らの夢であり目標であるヒーローに成る為のヒーロー基礎学は、毎回毎回学ぶことは多くも自身が一歩ずつ確実に進み、歩んでいるのを実感する。

 試験や訓練、体育祭での桁違いの規模に圧倒され、間近で体感するプロヒーローの凄さ。

 ヴィラン連合襲撃など危険なハプニングはあったが、それを乗り越えて仲間と共に進歩の道を突き進む。

 辛い事もある。

 厳しいと思う事もある。

 周りと比べてと劣等感に浸る事も当然ながらあるだろう。

 しかしそれもまた雄英高校での学園生活を彩り、同じ夢へと切磋琢磨する仲間と共有する。

 忙しく目まぐるしい日々であるも楽しい青春の一ページ。

 だが残念な事に楽しいばかりの日々を送れる訳もない。

 感情とは一つではない。

 “喜怒哀楽”の格差と落差を知っているからこそ人はその感情を認識するのである。

 つまり何が言いたいかというと今日この日に絶望を与えられた……。

 

「夏休みに林間合宿がある」

 

 相澤先生の一言に教室中のほとんどが盛り上がった。

 多くの学校の夏休みでは大量の宿題が出されるも一か月の休みを満喫する事だろう。

 当然雄英高校にも夏休みは存在するも丸々休めるのではなく、合間に林間合宿が入り込んでいる。

 友達と一緒に寝泊まりして何かをする。

 それだけでも盛り上がっている中で肝試しや花火、カレーなどさらに話を膨らませる。

 わいわいと騒ぐ生徒をいつも通り眼光で黙らせる相澤だったが、次の一言でゆるっとして静まった空気が一変した。

 

「その前に期末テストで合格点に達しなかった奴は―――学校で補修地獄だ」

 

 クラスメイトが寝食共にして和気藹々としている最中、自分達は学校で勉強机に向かってのお留守番。

 想像した面々はやる気に満ちるというよりは必死の形相を見せる。

 

「マジでどうしよう!」

 

 一期の中間テストの結果発表をされたばかりで、自分の学力や順位に不安を持つ者は絶望しているのだ。

 入学してから通常授業に加えてヒーロー基礎学や新たな学園生活で覚える事が多く、雄英体育祭や職場体験に授業参観など行事が目白押しで忙しかった分、勉強に費やす時間や意識が薄れていたのは少なからずある。

 頭を抱える上鳴(21位)に諦めからか笑っている芦戸(20位)

 戸惑いや不安を抱く者も当然ながら多い。

 なにせ中間テストは筆記試験のみだったが、期末は筆記だけではなくて演習試験もあるのだ。

 どのようなものが出るのかと不安に駆られるのも当然。

 一切焦らず自然体なのは爆豪を始めとした一部だけだろう。

 

「皆、頑張ろうよ!やっぱり全員で林間学校行きたいもん!!」

「うむ!」

「……普通に授業受けてりゃ赤点は出ないだろ?」

「言葉には気をつけろよ!!」

 

 上から四位(緑谷)二位(飯田)六位()の高順位三名の応援が鋭利なナイフ並みに上鳴に突き刺さる。

 特に轟のは言の葉が刺さるとか響いたとかそんなレベルでなくクリティカルヒットで瀕死なレベル。

 これが嫌味で言われたなら怒鳴り返す選択肢もあったが、素で摩訶不思議そうに言われては何とも言い難い。

 

「お二人共。座学ならお力添え出来るかも知れませんわ」

「ヤオモモ!」

「マジで!!」

 

 中間テスト21名中一位の八百万からの言葉に芦戸と上鳴は顔を輝かせる。

 まるで後光が降り注いでいるように見えた二人だったが、次の瞬間にはどんよりと淀んだ空気が漂い始めた。

 

「演習の方はからっきしでしょうけど………」

 

 まだ授業参観でのダメージが響いていて、他とは別の意味で実技に不安を抱えていた。

 無論あれから反省点は洗い出し、改善点を自分なりに出しはしたが、それとこれとは別で立ち直れはしていない。

 そんな八百万に耳郎(八位)尾白(九位)瀬呂(十八位)が申し訳なさそうに近づいてくる。

 

「二人ほどじゃないんだけどさ。二次関数の応用で躓いちゃって……ウチも教えて貰っても?」

「悪ぃけど俺も!古文で躓いちゃって!」

「僕も良いかな?」

 

 頼られている事からか寧ろ八百万の方が嬉しそうに顔を緩ませる。

 続けて予想外にももう一人近づいて来た。

 

「すまんが俺も良いか?最近忙しくって成績が落ちてな」

 

 そう言ったのは五位(・・)の扇動であった。

 本来なら一位(八百万)は無理でも少し上の順位は狙えた筈であった。

 クラスメイト同様に行事に追われはしたが、授業の方がHUCのバイトやコネで中学までに教わった事が予習になって多少楽ではあったのだが、放課後の特訓のメニュー作りやHUCのバイトでクラスメイトの指示書や説明書の制作、さらに音楽と脚本などなど仕事も重なりに重なって勉学が疎かになってしまったのだ。

 

 まさか扇動から頼み込まれるとは思いもしなかった八百万は「勿論良いですとも!!」といつになく嬉しそうでやる気に満ちた声を出した。

 打って変わって第三位の爆豪に頼むクラスメイトは居らず、「これが人徳の差だな」と呟いた切島(十六位)に対して、「教え殺したろうか!」とビキビキと怒りが漏れ出しながら爆豪は返す。

 以降ファミレスにて怒鳴り散らしながらも一対一で勉強を切島に教えている爆豪の姿が目撃されるのだった。

 

 

 

 

 

 

「扇動君、少し良いかな☆」

 

 林間合宿の話が相澤より伝えられたその日。

 午前中の授業を終えた昼休みに大食堂へ飯を食べに行こうとした扇動は呼ばれた事で足を止めた。

 振り返った先には青山 優雅がフフンと笑っていた。

 別に用事という用事もなくシュガードーナツの入った紙袋があるので多少ご飯を抜いても、栄養面の話は別として腹的には問題はない。

 基本大食堂に向かう者が大半なので自然と昼休みの教室は人が少ない。

 居るのは教室で一人食事をしている青山ぐらいなもので、何用かは知らないが二人っきりとなる教室で済ますかと思えば、屋上まで連れ出されてしまった。

 周囲を確認した青山は柵に凭れながら余裕のある笑みを浮かべてこちらを見つめる。

 

「で、どうしたよ?」

「……どうして扇動君はヒーローを目指したのかな?って☆」

「あー、そりゃ昔、イズクに発破をかけた事があってな。その責任を取る的なものもあるが……」

 

 わざわざ屋上にまで来てどんな用かなと思っていただけに少し肩透かしを食らった気分になる。

 何回か答えた事のある内容を口にしたところで青山は首を横に振るった。

 

「そうじゃなくて―――どうして無個性なのに(・・・)ヒーローになろうと思ったの?」

 

 不思議だった。

 人は無意識に自分と相手の差を口にしてしまう場合がある。

 今まで個性を持っているがゆえに無個性でも(・・)と言われる事が多かった中、青山はなのに(・・・)と口にした。

 たった小さな差であるも妙な興味を惹かれた。

 

「無個性ってだけで周りから外される(・・・・)。それなのにどうして君はそうしていられるんだい……?」

 

 悪意―――ではないな。

 興味の方が強い気がするが単なる興味本位という訳でもなさそうだ。

 顔は笑っているけれども何処か不安を感じる。

 目もこちらをジッと見ずに多少ながら泳ぎ、握っている拳に力が籠っている。

 不安だけでなく恐れ?

 観察しながらも問いに頭を悩ませる。

 

 青山が問いかけているのは原点ではなく性質の類。

 確かに無個性だからと馬鹿にする奴らも居たには居た。

 だけど前世という人生経験がある分、ある程度は流せる術を持っていたし、何か仕掛けてきた連中の黙らせ方(・・・・)も多少心得があったのも大きい。

 前世での経験があったからと答えた所で彼が求めている答えにはならないだろう。

 

「どうしてって言われてもなぁ」

 

 頭を掻きながら考え込む。

 沈黙が続くも青山は黙って返答を待つ。

 観念したかのように扇動は一息ついて答えを口にする。

 

「外野がどうこうよりも言おうが、やりたい事があったからこうしている(・・・・・・)だけなんだ」

 

 緑谷に発破をかけた責任。

 両親を殺したヴィランに対する復讐。

 あの日の後悔を胸に刻み、先輩を自らの手で摑まえる。

 

 友への想いに憎しみ、悲壮を宿した言葉に青山は「……そうなんだ」と答えて空を見上げて、ぼんやりと眺めながらぽつりと口を開く。

 

「もし…もしもだよ。取引で個性が手に出来るとしたらどうするのかな?」

「その手の話は二度目だな」

「――え?」

「別にどうもしねぇよ。当然取引内容にも寄るだろうが要るモンだったら貰うし、要らんかったら突っぱねるさ」

 

 これに関しては即答できる。

 前にもイズクから言われた事もあるし、別段悩む様なモンじゃない。

 あまりにはっきりと言い切った事で青山は少しばかり口を開けたまま呆然と言った様子で見つめて来る。

 

「どうした呆けて?」

「予想外だったよ。だって扇動君は無くともここまで来れたじゃないか☆」

「逆だ。無いからこそ(・・・・・・)ここまでこれたんだろうが」

 

 個性を持っていたらそれはそれで別の道を歩んでいたんだろうか。

 想像の世界に羽搏きそうになった思考を「何考えてんだか」と笑って振り払う。

 それにしても取引で個性か。

 力を使う度に大事な記憶を失ったり、周りの記憶から自身の存在が消えたりなどライダーであったなと思い出す。

 だが力を行使する為の代償ではなく、力を得る為の取引となればまた話は違うか。

 

「そう聞くからにはC.C.またはV.V.みたいな奴でもいたんか?」

 

 冗談交じりにコード保有者(コードギアス)の名を出したことろで青山はキョトンとするばかり。

 当然そうなるか、と扇動は青山に「なんでもねぇよ」と苦笑を浮かべなら言葉を返す。

 

 ここで話を振り返った扇動はふとある仮説を組み上げた。

 突飛な考えで馬鹿げたような冗談話。

 けれどワン・フォー・オールなんて話もあったのだからあってもおかしくは無い……。

 

「お前さぁ―――…」

「―――見つけました!!」

「……発目?」

 

 言いかけた所で扉が勢いよく開けられ、発目が登場した事に面食らう。

 それは青山も一緒で表情こそ崩さなかったが強張って、肩をびくりと大きく揺らしていた。

 

「なんか用事か?いや、約束してた……か?なんにしても探させたようで悪かったな」

「いいえ、用があって来ました!!」

 

 ウィザードガンの修理や新コスチュームにバイクなどサポート科には頼み過ぎているので、何か約束を忘れてしまったかと頭を下げたがそうではないようだ。

 また相談か新たなアイテムの試験か何かだろう。

 ……そう思っていた…。

 

「追加機能を付けたので見て貰いたく!」

「……まさかウィザードガンにか!?アレには余計な追加はしなくて良いとあれほど」

「大丈夫です!機能的には納得してくれる筈です!!」

「違う!アレは再現アイテムだから以上や追加武装はいらないんだよ!!」

 

 何してくれてんだ!と抗議の視線を向けるも発目は発目で“新機能に自信有り”といった態度を崩す事は無かった。

 ため息交じりにとりあえず話だけは聞くかと立ち上がる。

 するとでは早速と言わんばかりに手を引いて連れて行こうとする発目。

 

「――っと、青山。何にお前さんが何に悩んでんのか知らんが話せるようになったら話に来いよ。困ってんなら出来る限り手も貸してやれるからさ」

 

 発目に連れられて行きながら扇動はそう残りた

 見送った青山は薄っすらと笑いながら俯く。

 

「扇動君……君は本当に凄いんだね」

 

 青山は悲しそうに呟き、ギュッと今まで以上に拳を握り込んで閉まった扉を見つめるのであった………。

 

 

 

 

 

 

 八百万の家で勉強会が開かれる事になった。

 上鳴を始めとした不安のある面々は頼んで受け入れてくれた時は喜んでいた。

 なにしろ八百万は学力が高いだけでなく面倒見が良い。 

 それにお金持ちの家というのも多少なり興味を持っていたのもある。

 されど日が近づくにつれて疑問というか疑念が生まれては大きくなり始めた。

 

 ―――普段着で良いのだろうか?

 

 奇抜過ぎや相手を不快にさせるような衣装なら兎も角、友達の家に遊びに行くだけなら普段着で問題ないだろう。

 けれど相手は大金持ち。

 家に行った事のある扇動に聞けば、豪邸で使用人もあるとの事……。

 普段着で大丈夫ですと八百万が言ったけれども徐々に不安は大きくなり、勉強会が開かれる二日前の放課後。

 耳郎と芦戸はショッピングモールを訪れていた。

 近場で選んだのでさすがに県内最大規模ほどではないが中々の品揃えだった。

 

「うーん、良い買い物だった」

「思ってたより結構買っちゃったけどね」

 

 洋服店で軽い服選びのつもりだった筈が、あっちやこっちと見て回った結果、衣類が入った紙袋がどんどんと増えてしまった。

 当初の目的である衣類に加えて欲しかった服に手頃で良い感じの品、話しながら見ていて気に入った物などなど。

 買った事に満足しても予算的にはかなりオーバーしてしまった。

 

「私も予定外の出費だったなぁ」

「ならバイトする?」

「んー、時間もないし授業の後となると……」

「だよね。内容によってはバテて出来るかどうか怪しいもんね」

 

 雄英高校ヒーロー科は七限目まであり、午後の授業にはヒーロー学が予定されている。

 情報学や座学に近い授業ならまだしも救助や実技となると疲労も大きく、それを抱えたままバイトとなると難しく思える。

 なによりヒーローに成る為にと扇動の放課後の特訓にも出ているので時間がよりない。

 特訓も毎日やっている訳ではないので空いている日はあれど、そういう日は帰りに遊んだり自由に時間を使ったりしているので、出来れば潰したくないのが本音だ。

 

「そうだ!またあのバイトとかないの?」

 

 私、良い事思いついたと言わんばかりに振り返った芦戸は、二人の後を歩いていた扇動に問いかける。

 男子達は「ヤオモモが良いって言ってるし大丈夫だろう」と服装の事には別段思っている事はなく、何度か八百万宅にお邪魔した事のある扇動を誘ったのだ。

 八百万同様扇動も問題ないだろうと言うものの、不安ならと快く付いて来てくれた。

 

「あれは人手不足だったからな。早々ないだろうな」

「そっかぁ、それは残念」

「本当に割り良過ぎでしょ。あのバイト」

「依頼料も多くてほとんどが出張だから正社員になると給料もっと良かったぞ。ただ覚える事は山ほどあるが」

「うへぇ、今でも勉強で大変なのにぃ……」

 

 他のバイトと比べて時給はかなり良かったので、試しにと言ってみたものの即座に返された返答にやっぱりだよねと諦める。

 無いと言われた事は予想していただけに何でも無かったが、テスト前で勉強に焦っているのにそんな話を聞かされては気分がより滅入ってしまう。

 がっくりと肩を落とす様に苦笑されるも、芦戸はモール内の看板を見て頬を緩ませた。

 

「ちょっと寄って行こうよ」

「晩飯前だが大丈夫か?」

「お菓子は別腹だって」

「普通は飯食った後の言い訳だろソレ」

「大丈夫、大丈夫」

 

 見つけた看板はモール内に出店している洋菓子店。

 ケーキ専門店という訳ではなくてアイス系やクッキー系など幅広く扱っており、さっさと注文を済ませてテーブル席の一つを占拠する。

 何層にも重なっているパフェにスプーンを突っ込んで、すくったクリームや果実類を含んだ芦戸は幸せそうに頬を緩めた。

 

「美味しいよこれ!」

「扇動じゃないけどあんまり食べ過ぎない方が良いよ」

「大丈夫だって。今日色々歩いた分だよ」

 

 カロリー計算的に採算が合わないんだがなどと野暮な事は耳郎も扇動も口にしなかった。

 いや、食べずとも美味しいのが解かるほど満面の笑みで幸せそうな表情をしている芦戸に言うのも無粋というべきか。

 軽いケーキを口にしながら耳郎は扇動の皿を見て小首を傾げる。

 品揃えが豊富な洋菓子店なのでドーナツもあったのに、扇動が注文したのはビターのガトーショコラに珈琲だった。

 

「あれ?扇動って甘党じゃないんだ」

「程度はあるが辛いのもしょっぱいのも苦いのも好きだが、なんで甘党って事になったんだ?」

「だっていっつもドーナツ食べてたじゃん」

「違う違う、甘いのがという訳じゃなくてシュガードーナツが好きなんだ」

「そういえば学校でもシュガードーナツばっかりだったね」

 

 言われてみれば入学して程なく行われた戦闘訓練を行った日に、皆でドーナツ屋に行った時は色々注文していたけど、それ以降はいつもシュガードーナツ以外のドーナツを食べている所を見たことがない。

 ショーケース内へ目を向ければ、プレーンやチョコレートはあれどシュガーは見当たらなかった。

 特にシュガードーナツが好きなんだなと再認識している途中で思い出してしまった。

 

「あ!言うのが前後しちゃったけどついて来て貰ったけど本当に大丈夫だった?」

「元々特訓も仕事も予定してなかったから。だけど轟には悪いことしたかな」

「何かあったの?」

「帰るの遅くなるから外食で済ませてくれって頼んじまって。渡したお金で足りるとは思うんだけど、預かってる身としては無責任かなと……」

「扇動って同年代だよね?たまに年上っぽく見えるのなんで?」

 

 問いかけに対して扇動はクスリと微笑むばかりで答えず、店員にカフェオレの注文を伝える。

 

「俺の事は然程気にしなくて良い。寧ろ役得と言えるだろう」

「どゆこと?」

「両手に華な上に美少女のファッションショーに呼ばれたん―――痛ッ!?」

「余計な事言わなくて良いから!」

 

 照れた耳郎のツッコミ(イヤホンジャック)が扇動を襲う。

 商品の確認の為に試着をした際に、着替える度に似合っているか見て貰っていたのは事実ながら、そう言う言われ方をされると照れ臭い。

 もし扇動が弄り目的で口にしていたら恥ずかしさよりも苛立ちなどもあったが、こういった事に関しては素で答えているだけに余計に照れ臭さが増すというもの。

 避ける事も払う事もせずに受けた扇動はツッコまれた所を軽く押さえて苦笑いを浮かべる。 

 そこに芦戸がにんまりと笑みを浮かべて追撃を仕掛ける。

 

「何処が良かったか聞いても良い?」

「ちょ、何聞いて……」

「折角見て貰ったんだから聞いておかないと」

「……解って言ってるでしょ」

 

 ニンマリと嫌らしい笑みを浮かべる芦戸はイジッて来ているのは見れば解かる。

 ムッとしながら芦戸を見つめるも暖簾に腕押し。

 なので問われた扇動を睨むと少し考え込んで逆に芦戸に返す。

 

「それ本当に聞きたい?」

「―――ッ、い、いや!やっぱり言わなくて良いよ!」

 

 余裕のある態度と悪戯っぽい微笑を前にヤバイと判断した芦戸が退いた。

 ここで聞きたいと答えれば耳郎だけでなくて芦戸に関しての感想も素で言われた事だろう。

 さすがにそれは芦戸も恥ずかしいと思ったのか、逆転したがゆえに耳郎は弄ってみたいという気持ちに襲われるも、同じような返しが来るのは目に見えているので口には出さない。

 照れ隠しで残っていたパフェを掻き込む芦戸に扇動は追加で注文したカフェオレを差し出す。

 

「温かいの飲んで落ち着けよ」

「扇動のでしょ?」

「俺は珈琲飲んだ」

 

 芦戸が注文したのはパフェとキンキンに冷えた炭酸のジュース。

 胃が冷えてるだろうと最初っからそのつもりで注文したのかと納得する二人だが、なんだが余裕綽々な様子に眉を潜める。

 こうもやられっぱなしというのは納得はいかない。

 

「何か扇動って弱点無いの?」

「本人に聞くか?様子からどう考えても良い事になりそうにないんだが?」

「だって悔しいじゃん」

 

 クツクツと余裕のある態度を崩さない事に芦戸の言葉から耳郎は何か引っかかって考え込む。

 弱点というか何かあったようなと記憶を探り、あった(・・・)と思い出してニヤリと笑う。

 

「そう言えば楽器類苦手だったよね?」

「へぇ、そうなんだ」

「……勘弁してくれ」

 

 余裕のある表情が崩れて肩を竦ませた。

 やり返せたと目を合わせてクスリと笑う。

 落ち着いた所で楽器コーナーへ連れて行き、無理言って楽器の腕前を披露して貰うとその後、ゲームセンターで散々な目に合う事に……。

 

 

 ただ扇動と芦戸のリズムゲームやダンスゲームは異次元なぐらい上手過ぎて、参加する気力はなくとも見ごたえは充分であった。



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第62話 期末実技試験前

 夏休みに行われる林間合宿。

 期末テストで赤点をとった者は学校に残っての補修地獄が待っている。 

 成績に不安があるものは必死に、余裕がある者でも好成績を取るために勉学に励み、期末テストの一つである筆記試験は終了した。

 残るは実技である演習試験のみ。

 されど演習試験は通例では入学試験同様に対ロボット戦闘。

 B組がその情報を先輩方より掴んでおり、A組へと流してくれたのだ。

 全員ロボット相手なら問題ないと余裕満々で迎えた演習試験当日。

 広大な雄英敷地内を移動するバスが並ぶバス停に集合した面々の視線は扇動に向いていた。

 ここから試験会場に移ると言う事でコスチュームに着替えての集合という話で、皆も着替えているのだけど扇動のコスチュームがいつもと違って物々しいのだ。

 

 扇動が持っているコスチュームは三着。

 授業などで扱っているロングコートが特徴的なライダー衣装“ウィザード”。

 訓練時にデータ収集を行える計測機器が盛り込まれた“ゼロワン”。

 待ちに待っている“グリス”完成の為に試験機として作られ、職場体験時に着用していた“G3”ユニット。

 他の二着は兎も角として“G3”は同じ職場体験に行った轟と、制作した発目とサポート科の幾人しか知らないコスチュームだ。

 

 今扇動が着用しているのは起動継続時間の向上など大幅な改良が加えられた改良機“G3‐X”。

 本物と違ってAIは搭載していないが、動きによってサポートするシステムは組み込まれているとの事で、データ収集の為に宜しくお願いしますねと発目に渡されたのだ。

 嫌いではないけれどコスチュームが完成しましたと呼び出された時は、グリスが完成したのかと浮足立ってしまった俺の気持ちを返せ……と思い出してはため息をつく。

 

 ため息ついでに手にしているサポートアイテムを見て、再度ため息を吐き出した。

 “ウィザーソードガン”は仮面ライダーウィザードが使用していた武器の再現アイテムである。

 銃にもなるし剣にもなる機能を持つ。

 再現と言っても弾に魔力が籠っている訳でも銀の弾丸でもなくゴム弾で、ソードモードは切れ味のある刃物ではなくスタンロッドに近い。

 要は実用性がある自己満足なサポートアイテムである。

 

 だからこそ改良の余地があった訳だ。

 単発から連射可能にして制圧能力を上げ、弾数を八発程度だったのをマガジンを大きいものに変更して30発に変更。

 威力と飛距離を伸ばす為に本体を大型化して、近接戦闘機能が弱いという事で小型チャーンソーを下部に装着。

 さらに単発からバースト、連射機能に切り替え可能。

 

 改造したと聞いて見せられた銃がこれだ。

 ……もう別物じゃあねぇか!怒鳴りたい気持ちを抑えるのには必死だった。

 なにせ実戦を考慮するなら性能面を考慮している発目の方が正しいので、銃は別物として褒めておいてウィザーソードガンを新たに作ってくれと注文しておくに留めた。

 性能面は良くても持ち運ぶのに不便なんだよこれ…… 

 見た目チェーンソーが付いたアサルトライフル。まんま危険物で、ヴィランの前に俺が警察官に逮捕か職質かけられる。

 その点、ウィザーソードガンはハンドガンより少し大きい程度なのでコート内に隠し易いし、コートでなくてもバックとかに潜ませるなど持ち運びが楽だ。

 後、一番はやはり気分が乗るから。

 

「なぁ、扇動。装備厳つ過ぎねぇか?」

「何と戦う気なん?」

「新装備及びサポートアイテムのデータ収集」

「あー、確かにロボット相手ならそういうのも良さそうだよな」

 

 クラスメイト達に自身の装備の事を聞かれ、説明していく。取り敢えず気分を切り替えよう。

 対ロボット戦闘のデータ収集で、このデータは先で活かされるだろうし、グリスの開発が早まると思えば。

 

 そう考え方を変えて先生の到着を待っていた所で教員達が姿を現した。

 全員、相澤先生が着たら試験会場に移動と思っていただけに、スナイプ先生やミッドナイト先生、はたまた根津校長などなど計10名もの教員が並んだのには面食らった。

 同時にこの事態に対して勘の良い者は何かあると察する。

 ひょこっとマフラーのように巻いている相澤の捕縛布の間より出ている根津校長が話し出した。

 

「これから諸君らには二人一組のペアでここに居る教師一人と演習をしてもらう」

 

 まさかの内容に誰しもが騒めいた。

 理由としてはロボットとの戦闘は実戦形式とは言い難く、現状ヴィラン連合やヒーロー殺しに当てられた(・・・・・)者達などなどヴィランの活性化が見込まれる中、ヒーロー側としても育成方針をより実戦向きな試験へと変更。

 教員側にはハンデとしてサポート科が開発した腕輪状の重りを付けたとはいえ実力・経験共に格上の存在。

 二対一とは言え勝利するのは難しい試験内容。

 ただ教員に勝つのだけが勝利条件ではない。

 実際の状況では勝ち目のない相手とぶつかることも当然ある。

 なので勝利条件は腕輪状のハンドカフスを教員に取り付ける事での捕縛判定にするか、救援を呼ぶと言う事で一人でもフィールドに設けられた扉よりの脱出の二択。

 状況に応じての判断が試される事になっている。

 

 「やってやろうぜ皆!」

 「たりめぇだ。オールマイトだろうがブッ飛ばしてやんよ」

 「やる気に溢れているのは大いに結構なんだけど、物騒過ぎないかい爆豪少年?」

 

 燃え上がる切島にビシビシとやる気というか殺意が溢れている爆豪、当てられて冷や汗を流すオールマイト。

 誰も彼もが彼らの様に闘争心に火が付いている者ばかりではない。

 授業参観の事の引き摺っている八百万や対戦相手が対戦相手なだけに卑屈になっている緑谷など弱腰になっている面々も当然ながら居る。

 

 「開始は順番に行われる。それまではペアで作戦を組むんだり、好きにすると良い」

 

 ペアの発表と担当教員を告げた教員達はそれぞれのバスに散っていった。

 早速と作戦を練るペアもあれば各々好きに過ごすところもある。

 

 扇動としては作戦会議をしたい所であるが、担当の教員の個性は知っていてもどの程度の物なのかが不明で作戦が取れない。

 そもそも実戦での活躍を知らない事もあって対策も立てようがないと言うのが実情だ。

 だとしてもやるからには本気で取り組もう。

 つい最近、梅雨ちゃんに言われたばっかりだからな。

 人の成長を考える前に生徒として全力で挑まなければ。

 

 意気込みを抱いてどうするかなと頭を悩ます扇動に駆け寄る者が二人。

 

「扇動、頼りにしてるよ!」

「俺任せにされても困るんだが?ペアでの勝利が一番なんだから。あと俺が無個性だってことを忘れてないか?」

「分かってるって。でもお前が一緒でちょっと安心してるんだ。なぁ?」

 

 駆け寄って来た芦戸と上鳴。

 A組は21名という人数から一組三人が出来る。

 前から思っていたが俺が三人組に入ることが多くないかと首を傾げる。

 

 いや、今考えるのはそこではない。

 寧ろハンデがある中で三人を相手取るだけのナニカがあると言う事。

 

「………気を引き締めて行くぞ」

「え、どうしたの?やる気満々じゃん」

「相手根津校長でしょ?言っちゃ悪いけど楽な相手じゃない?」

「追い込めるかどうかは知らんが“窮鼠猫を噛む”という言葉は昔から存在するし、ただでさえネズミ(・・・)という生き物は色んな意味で恐ろしい生き物なんだよ。それに猫は犬を、犬は人を、人は太陽を、太陽は雲を、雲は風を、風は建物が強いと言って行った先に辿り着いたのは鼠なんて話もあっただろう」

「マジで言ってる……よな?」

「大マジだよ。気を抜いて居ると狩られるぞ」

 

 嫌な予感を感じ取りながら注意するも二人がどの程度、理解してくれたかは解らない。

 そもそも扇動自身が理解出来ていないので言い過ぎの可能性もあり得るが、希望的観測よりも最悪を想定して動くに越した事はない。

 不安を抱きながら扇動は芦戸と上鳴の二人と共に移動用のバスに乗り込んだ。 

 

 

 

 

 

 

「んー、何か話でもするかい?」

 

 何十人も乗れるバスの中。 

 前の方に座っていたオールマイトは振り返りながら問いかけるも返って来たのは沈黙のみ。

 反応の薄さと車内の空気に苦笑いを浮かべつつ前に向き直す事しか出来ず、どうしたものかと頭を悩ませる。

 それにしてもか出発前から空気が重くて仕方がない。

 ハンデ用の腕輪を複数付ける事になって物理的に重たいと感じるも、この精神的に重たいのに比べれば些細なものだ。

 

 このバスにはオールマイトを相手にする事になったペアが搭乗している。

 緑谷 出久と爆豪 勝己。

 

 ペアと担当教員の選定はそれどれの課題から選ばれている。

 砂藤・切島は攻撃力防御力共に高いが、持久力に問題ありとして、攻めも守りも行えて長時間戦闘が可能なセメントス。

 動物達を声により言う事を聞かせる口田と、音を収集する事での索敵能力や音を放つことで攻撃が可能な耳郎は、音による広範囲長距離攻撃を行えるプレゼント・マイク。

 そんな中で緑谷と爆豪が選ばれたのは単純に仲の悪さ。

 知っていたとは言え三人しか乗っていないバスの中で肌身で感じさせられるなど堪ったものではない。

 

(もしかして二人の成長を願ってだけでなく、私に対して想う所があったのだろうか…)

 

 戦闘面において強力な二人をペアにした場合、誰が相手をするかという事でオールマイトが選ばれた訳だが、開始前から精神が重苦しい空気に寄りガリガリ削られて行く事から変に勘ぐってしまう。

 

 訓練でヴィラン役を演じた際にやり過ぎた事だろうか?

 勇学園との共同授業で「大丈夫大丈夫、もし何かあったら私が何とかする」と豪語しておいて、結局時間切れで何も出来なかった事だろうか?

 他にも――――…。

 考え出したら心当たりがあり過ぎてオールマイトまでどんよりとし始めた。

 

 いかんいかん、私まで重くなってどうする。

 頭に浮かんでいた考えを振り払い……いや、後で相澤君に飲みにでも誘って聞くと言う事で片隅に置いて、今は試験の事について意識を向けよう。

 緑谷少年も爆豪少年も相性は最悪。

 どちらも上昇志向の強いので、多少であれば互いに切磋琢磨する良いスパイスとなったであろうが、今のままでは協力する事すら困難。

 

 先の事を考えるなら仲良く―――は難しくても妥協点を見出して行かなければならない。

 雄英で共に学ぶ事を考えてもここいらが分岐点……か。

 

 考え付く自身の方針は一つ。

 二人が互いに協力せざる得ない状況を創り出す事。

 爆豪少年は緑谷少年と協力する事を毛嫌いしながら単独で真っ向から挑んで来るだろう。

 緑谷少年は分析能力と臆病さから脱出する事を選ぶだろうか。

 

 ここでまた一つ気が重くなる。

 「アンタはいつもやり過ぎる!」とすでに釘を刺されてしまったというのに、試験で行う内容はそれを完全に無視することになってしまう。 

 後で叱られる事は確定しようともやらねばならぬ。

 

 挑んで来る爆豪少年だけではどうしようもない程に叩きのめし、一人では脱出する事は叶わないと緑谷少年に教え込む、

 要はやり過ぎなければならない…。

 後継を、そして未来のヒーローの育成の為とは言え心が痛いな。

 

 そこまで思ったところでふと扇動の事を思い浮かべる。

 

 会議で一番困ったのは扇動を何処に入れるかだった。

 生徒を選ぶ基準は個性。

 その個性の弱点と特徴から選び出す。

 だが無個性である扇動はその条件から外れる。

 体術が得意という点から近接戦も行える相澤の名も挙がったが、すでに轟と八百万を担当する所に扇動を入れるとなると、どうなるか分からないと却下。

 ならば格闘術が通用しない長距離から広範囲攻撃できるプレゼント・マイクが次に挙がるも、アイツなら自分ではなく他のメンバーを活かす策で突破するだろうという声が出て却下。

 なら私がと扇動少年の策略を突破し、体術で来るなら真正面から受け止めようとオールマイトが壁として名乗り出た。 

 しかし緑谷と爆豪を仲の悪さで組ませ、オールマイトが相手をすると決まっている状態の所に扇動を入れれば、緩衝材になって連携を取れるように形を作るのは必定。

 

 あーでもないこーでもないと職員会議で悩んだ末、リカバリーガールの提案が採用される事になった。

 

 「彼が知恵と体術を得意とするならば、手も足も出ない遠くから知恵には知恵で捻じ伏せればいいのさ!」

 

 そうして扇動を担当するのは根津校長となったのだ。

 確かに確かにと納得はした。

 けれど強い不安が残る。

 ただその不安は根津校長を案じるというものではなく、寧ろ扇動少年を案じるもの。

 

 根津校長を推した事から彼が克服すべき所を知っているリカバリーガール。

 担当すると根津校長が言った瞬間、目を細めた相澤君。

 怪しい笑みを浮かべる根津校長。

 

 絶対何かあるだろう。

 彼の身を案じながらもこの試験が彼の成長に繋がる事を祈り、オールマイトは停車したバスより試験会場に降り立った。

 

 

 

 

 

 

●試験前に訪れた、静寂のち嵐

 

 今日の開発工房は静かだ。

 語弊があってはならないので正確に言うと五月蠅い。

 カンカンコンコンとサポート科の生徒が様々なアイテムを創ろうと切磋琢磨し、機材を使用しているので騒がしい事この上ない。 

 パワーローダーが言っているのはそう言った作業音ではなく、いつになく黙って作業している発目の事である。 

 興味惹かれるままに行動して本人もだが、良くアイテムを暴走や爆発させるので半径何メートル単位で騒がしい子。

 それが静かに黙々と爆発や暴走させる事無く、作業を淡々と行っているのだ。

 

 いつも奇抜な行動とアイテムによる被害に苦しんでいたパワーローダーとしては有難い事だ。

 なにせ手を患う事がないのだから。

 周囲の者も巻き込まれる心配がないから伸び伸びと自身の作品に取り組めるもの。

 以前から思い描いていた日々が訪れたのだ。

 嬉しいに決まっている。

 これで桃太郎のきび団子並みに所持していた胃薬ともおさらば出来るかな?

 

 

 ―――…なんて思えたのは束の間。

 

 何故あんなに静かなのか?

 求めていた事だけど今度は逆にそれが不気味さを漂わせる。

 生徒達も異変に気付いて遠巻きに気にし始めて手が止まる始末。

 

 嵐の前の静けさと言うが、まさかその類ではないだろうか?

 嫌な考えが過る。

 そんなまさかなと笑い飛ばそうとするも、より不安感は強まっていく一方。

 これだけ何もないのだから開発工房が吹き飛ぶような事が起きたりしないよ…な?

 いやいや、待てよ。

 黙々と作業する程の超絶危険な代物を思案しているのではないか?

 そうなると次にあるのは検証という名の実験。

 最悪怪我人どころか死人が出るのでは…。

 

 嫌な考えが際限なく沸き起こり、ゴクリと胃が痛むのを感じながら近づく。

 

「発目、どうしたんだ?」 

「あ、先生…」

 

 ヤバイ…。

 いつもの発目と違って覇気がない。

 これは本当に不味い奴なのでは?

 ブワリと汗が出たのを腕で拭う。

 

「いつものお前らしくないじゃないか。相談ぐらいだったら幾らでも聞くぞ?」

 

 真正面から問い質すのではなくちょっと変化球気味に聞いてみる。

 何を創ろうとしているのか知らないが、いきなり馬鹿正直に受け止めるのは危ういと判断した。

 物によっては俺の胃が悲鳴――もとい絶叫を挙げる事になるだろう。

 だからゆっくりと咀嚼して呑み込めるように心の準備が出来るよう回り込む。

 

「実は扇動さんに――」

 

 アイツが原因か。

 問題児の一人であるアイツが頼むとすれば、コスチュームが主流だが時にサポートアイテムを頼む時がある。

 比較的まともそうに見えても奴も発目よりのぶっ飛んだ人間。

 どんな無茶難題を突き付けたんだ!?

 

「――怒られまして」

「そうかそうか……ん、怒られた?」

 

 予想外の話に首を傾げずにはいられない。

 扇動が怒ったのかというよりは、発目が人に怒られた事を気にするんだなという感想が大きかった。

 

「はい、はっきりとは口にしませんでしたが、一瞬凄い怒気で……」

「詳しく話して見ろ」

 

 聞いた話によれば勝手に扇動のサポートアイテムを良かれと思って改造したところ、気に入らなかったのかとてつもない怒気を放ったとの事。

 そして気に入らないのか解らず、口にしなかったので何に怒ったのかもわからないとの事だった。

 

「私に何か不備があったのでしょうか………?」

「んー、機能面じゃないとは思うぞ。お前さんの実物を見た訳ではないが、扇動ならそう言う理由なら指摘するだろう」

「…では、彼は何に怒ったのでしょう?」

「普通に勝手に改造された事とかじゃないか。なんか思い入れあったようだし」

 

 たまに整備で持ってくる際に大事そうにしていたのを思い出す。

 「そういうものですか?」と不満げな発目も、開発していた物を誰かに勝手に改造されたりしたら嫌だろうと言ったら納得してくれた。

 何はともあれ、最初に抱いていたような危機でなくて本当に良かった。

 

「それで頼まれたアイテムを作っていたのか」

「はい、頼まれましたので」

「…予定に無かった機能なんかは?」

「………付けてませんよ」

 

 今の間が怪しかったが付けてないならセーフとしておこう。

 

「ま、兎も角今度謝っておくことだな。もしかしたら奴とは卒業しても関わる事もあるだそうし」

「そうですね!」

「あとはそうだな。奴が喜びそうなアイテムを作って提供するとかか?」

 

 前に見た奴のアイデアノートに合ったアイテムの一つ二つ作ってやったら機嫌も直るだろう。

 そんな考えで呟いたアドバイスだったのだが、それが呼ばれても無かった嵐を召喚するきっかけになるとは思いもしなかった。

 アドバイスに納得した発目はやる気に溢れて、いつもの調子を取り戻した。

 

 そして以前から温めていたコスチューム“G3”ユニットの改良に取り掛かり、早速開発工房内で爆発・暴走事故が多発するのだった……。



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第63話 二人の壁

 意見が対立するのは当然であった。

 こればかりは互いをどう思っているかは関係ない。

 

 平和の象徴と謳われ、圧倒的なまでの力で道理とヴィランを捻じ伏せてきたオールマイト。

 ヒーローと括るには絶大過ぎて、最早生きる伝説と化したバケモノ(・・・・)

 人々は彼の活躍と存在に尊敬や安心を抱き、ヴィランは疎ましさに恐怖を抱く。

 たった一人にして万の軍勢にも勝る逸脱者(・・・)

 まさに英雄(ヒーロー)の名を背負うに相応しい。

 

 誰もが彼の偉大さと強さを知っている。

 だから彼が実技試験とは言え障壁と立ち塞がった時、片や乗り越える為にぶつかる事を決め、片や絶対に勝てないと思い込んで逃げを選択した。

 どちらかが間違っている訳では決してない。

 ヒーローを目指すのであれば先人となる彼を越えようと真正面から挑む事も、力量を理解して合理的に行動する事も正解なのだ。

 

 ……ただ悪い点があるとすればどちらも雑念を含んでいた事か。

 

「さぁ、君達の脅威が来たよ」

 

 緑谷の事が気に入らず怒鳴って邪険にする爆豪。

 作戦を提案しても怒鳴られて話にならない事に怒鳴り返す緑谷。

 そんな二人を襲ったのは吹き飛ばされそうなほどの風圧。

 実技試験場はビル街を模しており、強風の発生源に目を向けると上から降り立ったオールマイトと衝撃の余波で被害を被った建造物。

 

 オールマイトはガチであった。

 教育者として日も浅く、経験も実績も少ない彼であるが、二人の事は良く観ていた。

 言葉だけで諭すようなやり方は自分には出来ない。

 だからこそ自分のやり方―――ちょっとの言葉と真正面から全力でぶつかる(・・・・・・・)事で解らせる。

 今のオールマイトは救助訓練でヴィラン役を演じた時とは異なり、遊びはなく纏うは身を竦ませるような威圧感。

 

 びりびりと伝わる圧に怒鳴り合っていた爆豪も緑谷も足が止まる。

 

「不味いよかっちゃん!ここは一旦逃げ――」

「俺に命令すンじゃあねぇよクソデクが!!」

 

 真っ直ぐに突っ込んで来るオールマイトに爆豪は逃げではなく攻めを選ぶ。

 とは言っても真正面から受け止めれるなんて思ってはいない。

 口は荒く、苛立っていても分析は行えている。

 自身と相手のスペック。

 例え負けているからと言って逃げるなんて選択肢は端から存在すらしちゃいない。

 まずは目潰しと言わんばかりに合わせた両手より技名:閃光弾(スタングレネード)と名付けた強い閃光を放つ。

 如何に強者と言えど目を潰されれば動きは鈍る。

 

「君ならそう来ると思っていた!」

 

 眼を潰して突っ込んだ爆豪だったが、オールマイトは腕で閃光を防いでおり、そのまま爆豪の頭を片手で鷲掴みにした。

 これで爆豪の自由は抑えた。

 そう思った矢先、爆豪は掴んで来た手を剥がす事など全くもって考えず、爆破による連撃を浴びせる。

 戦術的撤退を選択していた緑谷もそのあのオールマイト(・・・・・・・・)を倒そうと行動している猛攻を見て足を止めた。

 けれどその程度で止まる様なオールマイトではない。

 

「本気で私を倒す気でしかないようだが、そんな弱連打ではどうにもならない!」

「――カハッ!?」

 

 激しい爆破の連発もオールマイトによっては然程ダメージにはならず。

 掴んだまま地面に叩きつけた事で爆豪はうめき声をあげる。

 

「で、仲間を置いて逃げるのかな?――緑谷少年!」

(――ッ、ここは距離を取って……)

 

 叩きつけると振り返ることなく、一瞬で緑谷へと距離を詰めたオールマイト。

 放たれる圧からヒーロー殺しを思い浮かべたが、即座に近づかれた事に危機感をもって後ろへ飛ぶ。

 その行動はオールマイトを倒そうと立ち上がって飛んで来た爆豪の進行方向とも知らずに……。

 

「え、かっちゃ――」

「クソ、邪魔だ!」

「はっはっはっ、君達二人共冷静さを欠き過ぎさ!」

 

 空中で激突してしまった二人。

 そこで跳び上がったオールマイトの追撃。

 拳が腹部に突き刺さる。

 あまりの衝撃に胃の内容物を嘔吐しながら地面を転がり回る。

 解かり切っていた実力差。

 

「爆豪少年、君は焦り過ぎだ。元々個性を持って来た君と、最近になってゼロから個性を鍛え始めた緑谷少年。スタート地点が違うんだ。君だってまだまだ成長する事は―――」

 

 焦り。

 急成長する緑谷に対して爆豪は焦っていた。

 オールマイトが言うようにスタート地点が異なる。

 ゲームでも低レベルの時は容易にレベルを上げる事は出来るが、高レベルになると求められる経験値も多くなって中々に成長する事が出来ない。

 それがさらに緑谷に対してイラつかせる要因。

 

「うるせぇよオールマイト……アイツに……アイツの力を借りるなんざぁ―――負けた方がマシなんだよ」

 

 プツンと切れた。

 痛みを忘れて跳び出した勢いに、振り被った拳が爆豪に直撃した。

 

「君が!負けた方がマシなんていうな!!」

 

 拳はオールマイトではなく緑谷。

 殴られて吹っ飛びそうになった爆豪をそのまま抱えて距離をとる。

 逃げている様でこれは逃げではない。

 時間が必要なのだ。

 

「僕は勝てない。オールマイトに勝つ事も逃げ切る事も思いつかない!」

「テメェの事なんざ知るかっ!!放せやクソがッ!!」

「諦める前に僕を使うぐらいの事をして見せろよ!君が勝ちを諦めるなんて“らしく”ないじゃないか…」

 

 小さい頃から爆豪を見てきた。

 例え相手が年上だろうと決して自分を曲げず、衝突しては勝ちに拘って決して諦める事はなかった。

 オールマイトが平和の象徴ならば、緑谷にとっての爆豪は決して諦める事なく、勝利を収めようとする凄い奴なのだ。

 

 重りというハンデがあるからか、それとも時間を作ってくれているのかオールマイトを撒いた二人はビル陰に潜む。

 相変わらずイライラしているが勝つ為に緑谷を使うと判断したからか、一人で突っ込む事は止めた。

 

「使えって言ったのはテメェだ……」

「わ、解かってるよ。だから――」

「ならまずその考え(・・・・)をどうにかしやがれ」

 

 何を言われたのか呆けた顔を向けるとイラついたままに胸倉を掴まれた。

 

「か、かっちゃん!?」

「テメェを俺は気に喰わねぇ」

「う、うん……」

「勝つのを諦めんなって言ったからには、テメェも勝つ気でいやがれ!オールマイトだからって逃げてんじゃあねぇぞ(・・・・・・・・・・)!!」

 

 緑谷も爆豪も小さい頃からオールマイトに強い想いを抱いていた。

 憧れや尊敬。

 それが今の緑谷には足枷になっていた。

 最高のヒーローを目指す為には越えなきゃいけないと解っていても、心の奥底で超える事なんて出来る訳が無いと思ってしまっていた。

 これこそが合理的に逃げを判断した裏にあった想い。

 

 勝つ為にそんな考え棄てやがれと言っているのだろうけど、どこか口荒く諭してくれたようにも思えてならない。

 勝手な考えなのかも知れないがクスリと頬が緩んでしまった。

 

「あ?なに笑ってやがる」

「ご、ごめん!でもなんだかむーくんみたいな事を言うなって思って」

「――後でぶっ殺す…」

 

 本気の怒気を纏っての一言に引いてしまう緑谷。

 これは試験中も試験後も大変だなぁと思いながらも、二人は早速勝つ為の行動に動く。

 

 

 二人を見失ってしまったオールマイトは出入り口へと向かっていた。

 この実技試験のクリア方法は教員にハンドカフスを取り付けて捕縛するか、試験エリアを脱出するかの二択。

 姿が見えなくなった以上は出入り口に向かったと見るべきだろう。

 重りのせいでトップギアではないがそれでも生徒に劣りはしない。

 今まで以上に速度を出して一気に駆け抜ける。

 授業で観てきた二人の速度を優に超す勢いで迫り、軽く追い付く―――予定であった。

 

(……いない?)

 

 出口が見える程近くに来たというのに二人共姿が見えない。

 脱出したならブザーで知らせが入る筈。

 聞いた覚えもない事から何処にと………その答えは背後より迫って来た。

 響き渡る爆発音と迫る気配。

 

「逃げずに戦う事を選んだのかい爆豪少ねんんん!?」

 

 振り返った先に映るは靴底。

 ワン・フォー・オールを全身に巡らしたフルカウル状態で、緑色に輝く電気のようなものを纏った緑谷 出久の跳び蹴り。

 予想外だった。

 まさか緑谷がこうまで攻撃に転じるとは思いもしなかった。

 だが、まだまだ甘い。

 身体を逸らす事で蹴りを躱し切り、地面にちょっとしたクレーターを作って着地した所へ拳を振るう。

 

 眼があった緑谷少年は震えながらも笑っていた。

 

「痛タタタッ!?」

 

 距離がありながらも爆豪による爆破を用いた遠距離攻撃が背中に着弾する。

 先ほどの弱連打と違って威力は中々。

 

(って言うかこれ、緑谷少年を囮にしていないかい!?) 

 

 その認識は正しかった。

 爆豪が爆破の音を響かせる事で自分だと認識させる一方、緑谷の奇襲で注目を集めさせた矢先に遠距離攻撃を振り注ぐ。

 位置取りでオールマイトが盾に成った感じだが、下手すれば同士討ちもあり得る。

 

「ごめんなさいオールマイト!!」

 

 件の緑谷と言えば左手に取り付けた爆豪のグレネード型の籠手からピンを引き抜いた。

 中に溜まっている爆豪の汗が発火して、出口である一点目掛けて噴射する。

 直線状に居るオールマイトは驚きと共に直撃を許してしまう。

 逆に反動で肩にダメージを負った緑谷はこれを平気な顔をして扱い切っていた爆豪に「凄いや」と感想を抱く。

 

「これでぇえええ!!」

「させると思うかい!」

 

 背後に迫った爆豪がピンを抜こうと右手の籠手へと伸ばそうとした矢先、裏拳で籠手を粉砕して破壊した。

 これで爆豪の最大出力は撃てやしない。

 左の裏拳に続いて右のストレートを振り向きざまに放つ。

 

 ゼロからの緑谷に対して爆豪の成長は高い分遅い。 

 けれど成長していない訳では決してないのだ。

 伸ばされる拳の側面に掌を滑り込ませ、爆破を使って向けられた拳を加速させると同時に僅かながらに逸らした。

 それだけではなく、反動を活かして身体を捻るようにして回り込む。

 

「成長が遅いつったなオールマイト!」

「君という奴は……」

 

 相手の動きを流して攻撃に利用、または作った隙を突く。

 どちらも爆豪が職場体験で向かった“流拳”の十八番(オハコ)

 懐に潜り込めんでがら空きの脇腹に最大火力を叩き込む。

 ダメージが自身にも響くだろうが、そんな事を考えては勝ちは取れねぇ。

 諦めずに勝ちへの執着はオールマイトにクリティカルヒットと相成った。

 偶然にもそこはあるヴィランとの戦闘で言える事のない古傷をあった部位。

 威力以上のダメージがオールマイトを貫く。

 

「グッ……まだ!」

「ガハッ!?」

 

 痛みから顔を歪みそうになるのを堪えて、オールマイトは無理に右腕を振るい。

 直撃を受けた爆豪は吹っ飛んだ。

 

「かっちゃん!」

「人の心配をしている場合かい?」

「――不味ッ」

 

 咄嗟に拳を振るうも呆気なく受け止められ、勝ち上げられてしまう。

 そこへ跳んだオールマイトが振るった拳の風圧を利用して空中移動する“ニューハンプシャースマッシュ”を行って、強烈過ぎるヒップアタックが緑谷の腰へと直撃する。

 あまりの痛みで意識が飛び掛け、地面を何度も転がされた。

 脳裏に浮かぶはやはり勝てないのかという弱音。

 それを爆豪が許す筈がなかった。

 

「行きやがれクソナード!」

「か……ちゃん」

「スッキリしねぇが今の実力差(・・・・・)じゃあその勝ち方しかねぇ!!」 

 

 衝撃で多少ゴール近くに転がっている。

 爆豪は緑谷にゴールへ向かえと言って自ら時間を稼ぐためにもオールマイトに挑む。

 実力差は明らかでどれだけ殴られ、打ちのめされ、殴り合いで勝ち目が無かろうとも諦める事無く勝ちへとしがみ付く。

 今出来る勝ちの為にゴールへ向かって走り出す。

 

 本当にそれで良いのか?

 

 脳裏にそんな言葉が過る。

 ヘドロ事件の際に考え無しに突っ込んだ事を怒られたけど、扇動は最後は“らしく”て良いと褒めてくれた。

 思い出すのはそれだけではない。

 個性がなくともヒーローを目指そうと決めたあの日。

 弱々しくも誓ったんだ。

 

 ―――なんて言ったんだ(誓った)

 

 何処か意地が悪そうに嗤いながら問いかける幼い扇動。

 あの時は勢い任せにもはっきりと答えた。

 オールマイトのように誰かを救えるヒーローに!

 

「退いて下さいオールマイト!!」

「――ッ、緑谷少年…」

 

 ゴールに向かっていた足を急停止させて踏ん張り、地面を蹴ってオールマイトへ弾丸のようにして突っ込む。

 誰かを助けようとする意志の下、振るわれた鋭い拳はオールマイトの頬を打ち抜いた。

 危機的状況にも関わらず心を奮い立たせ、笑みを浮かべている緑谷の顔に魅入ってしまい、タイミング的にも避ける事は難しかったろう。

 無論その動きを見て動けぬように妨害に入った爆豪の活躍もあってだ。

 よろめいたオールマイトに殴った本人は驚きつつも爆豪に目線を向ける。

 

「見下ろしてんじゃあねぇぞクソデク!」

「ちょ、いきなり!?」

 

 気に入らないだろう。

 緑谷が自分を助けようと戻ってきた事が。

 舐め腐る意味合いでは決してないが、物理的に見下ろされた事を。

 自分を曲げて緑谷と協力しなければならない自身の不甲斐なさ

 何より実力差が解っているからこそオールマイトを倒して勝利を掴むという正攻法で勝てない点に。

 

 何発も殴られ弱り切っていた爆豪は最後の力を振り絞って大爆発を起こし、緑谷目掛けてぶつかりに行った。

 ビックリしながら受け止めた緑谷に身体を支えさせ、爆破を使ってゴールへとさらに加速を掛ける。

 

「着地合わせろや!!」

「分かったよかっちゃん!!」

 

 ゴールを抜けた先で再度爆破で減速させて、緑谷が着地を担当したのだけど、タイミングが合わずに二人共地面を転がり合う事に。

 合わせろって言っただろうが!!と怒声を遠巻きに聞きながら、オールマイトは脇腹を左手で抑えながら、殴られた事で唇から垂れる血を拭いながら、見事だと内心褒めながら二人の少年を眺める。

 

 

 

 

 

 

 「あんたは加減ってもんを知らないのかい!!」

 「いえ、その、あの、申し訳ありませんでした…」

 「謝んならそっちの二人にだろう!」

 

 モニタールーム兼救護室に緑谷と爆豪を連れてきたオールマイトは深々と頭を下げていた。

 教育的指導と言えば聞こえは良いのかも知れないが、物事には限度というものがある。

 熱が入った事もあって二人は他に比べて怪我の具合が酷い。

 一番ヤバいのが緑谷の腰で、最悪オールマイトのヒップアタックで背骨が折れる可能性があるほどであった…。

 動けない二人に変わってリカバリーガールによる説教でガタイが大きい筈のオールマイトが縮こまってしまっている。

 そんなやり取りを眺めながら緑谷も爆豪もモニターを眺める。

 順序各試験が執り行われており、相澤と戦った轟は個性を完全に抑えられて不利に陥るも、八百万が策を用いて何とか捕縛する事に成功。

 サポート型の蛙吹とダークシャドウが強かろうと自身が弱点となってしまっている常闇ペアはエクトプラズムの物量に何とか対抗するも巨大な分身に取り込まれた。

 機転を利かせた蛙吹が使えなくされる前に飲み込んだハンドカフスを用いて、動けたダークシャドウが隙を突いて取り付けて勝利。

 試験を終えて治療や観戦する為に徐々に増える中、全員が次の試験に驚きを隠せず見守っていた。

 

「まさかあんなに容易く……」

「負けるんですの……」

 

 轟と八百万の戸惑いの声が漏れるように、同じ思いの者の方が多い。

 心配そうに見守る中、爆豪だけは先の試験以上に苛立っていた。

 

「……ふざけんなよ……!?俺以外の奴に負ける事なんざ許さねぇぞ!!」

 

 睨みつける視線の先―――モニターに映り込むは呆気なく追い詰められ、すでに諦めかけている扇動 無一の姿であった……。



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第64話 合理と無茶

 投稿が遅れて申し訳ありませんでした。
 PCの不調から始まり、動く度に痛んだりヒヤッとする程に腰を痛め、花粉症で目と鼻と喉と思考能力をやられておりました…。


 現在、芦戸 三奈は扇動 無一に押し倒されていた。

 縮こまるように身を寄せ、覆い被さるように四つん這いの扇動と向かい合う距離は非常に近い。

 仮面越しとは言え触れ合いそうな程ともなれば、ドキドキしてもおかしくなかったが、状況が状況なだけに戸惑いはしてもそこまでの余裕はない。

 期末試験の実技試験は教員との模擬戦。

 相手は根津校長。

 鼠であったが個性ハイスペックを発現した事で、人間並かそれ以上の知能を持つ。

 パワー系でも戦闘系でもない個性と言う事と、ペアが他は二人をなところが三人で、しかも扇動がいる事で舐めていたのは否めない。

 だからと言ってこれはないでしょ…。

 

 実技試験が始まって十五分。

 やったことと言えば逃げ惑うことぐらい。

 確かに根津校長は戦闘系の個性ではなかったものの、その知能の高さをもって一方的な攻撃を繰り返してきた。

 会場は工業地帯を模した場所で、それっぽいパイプや施設が入り乱れ、入り組んだ造りが広がっている。

 扇動がサポート科に作って貰ったドローンで、上からの地図情報をリアルタイムで受信していた所を、建物などが波及するように崩れて一直線に向かって来たのだ。

 事故の類ではなく人為的なものは誰の目にも明らかだった。

 なにせ一直線に倒壊してくる流れから逃げたのに、別方向から同様に倒壊が波及して来たのだから理解出来ない訳が無い。

 逃げ惑う中で高い煙突が倒れ込み、ドローンは巻き込まれて破損。

 偶然や確率では決してない。

 空の目を潰す為の倒壊…。

 

 刻々と変わる地形情報を手に居られない上に、崩れて来る瓦礫群を対処する手段もない為に、逃げ場がない状況では体力を無駄に消費するだけと言う事で、扇動の指示で崩れて来る瓦礫の一部に酸を浴びせて薄くし(・・・)、それを被るようにして身を隠した。

 勿論振って来る瓦礫を見極めて避け切って潜るなんて芸当は出来ない。

 コスチュームによる防御力の高い扇動が二人を庇う形で押し倒し、酸で薄くなった瓦礫を背で受けたのだ。

 

 心配するも「柔な作りじゃない(※身体も装備も)」と言うだけで、沈黙して熟考を始めた。

 クラスで成績は下から数えた方が良い私達ではこれだけの事をやってのけた根津校長を出し抜くのは難しい。

 だから頼りになる扇動に任せるのが一番だと思った。

 

「棄権するか」

 

 熟考した挙句に出て来たのはそんな一言。

 一瞬理解出来ずに思考が認識を拒否する程に“ありえない”と脳がバグる。

 自分達が勝てない相手だろうといつも挑むように戦っていたのを見てきた。

 特に芦戸は入試から見てきたのだ。

 

 「えぇ!?どうしたのさ。扇動らしくないよ」

 「俺らしくないか……しかし危険が大き過ぎる。通常訓練や模擬戦というのは実践形式でも大怪我を負わせないようにするもんだ。だがこれはそうじゃない。降り注ぐ瓦礫が頭部にでも直撃してみろ。大怪我どころか死ぬ可能性すらある。ったく、いつから日本は修羅の国(北斗の拳)になったんだか」

 

 この時、芦戸も上鳴も勘違いをしていた。

 今まで扇動は自分のステータスと策の両方から勝てる、もしくはヴィラン連合襲撃時のように状況から最善と至った方法を行って来たに過ぎず、ヒーローみたく諦めない心を持っての行動ではない。

 気持ち的に負けたくないと挑んだのは体育祭での爆豪との試合ぐらいなものだろう。

 

 芦戸も上鳴も扇動の答えを聞いて危険性は理解する。

 理解するが諦めたくないと思考を巡らす。

 

「……だったら逃げるのはどう?」

「ゲートに逃げちまえば良いわけだもんな!」

「俺も考えたが迫って来る瓦礫に対する手段がない上に、地形は根津校長の思うがまま。袋小路に追い込まれるのは目に見えている」

「じゃあ先生を捕まえるのはどうかな?」

「そもそも捕縛が難しすぎる。元が鼠なだけに小さく小回りもあって、移動速度も高い。瓦礫に紛れられたら見つけようがない。見つけたとしてもどうやって捕縛用の手錠を付ける?サイズ的に咄嗟には出来ねぇぞ」

「ならさ、俺の放電の個性で痺れさせれば行けんじゃね?ほら、範囲ごとやればなんとか」

「対人や対物ならまだしも鼠の場合はどれぐらいで感電死するか分かるか?」

「うっ、それは……」

「芦戸の酸は当然として、非殺傷のゴム弾もつかえないからなぁ」

 

 次々に否定される。

 クリアする道を閉ざされるというよりは、扇動に否定される事(・・・・・・・・・)が非常に重く、非常にツラい(・・・)

 

「でも……でも!」

 

 言葉が詰まり、仮面越しではあるが扇動の瞳が透けて薄っすらと見える。

 戸惑い、驚き、感心と言った感情を瞳に浮かべてこちらを見つめていた。

 何故と逆に困惑する芦戸に扇動は逆に問いかけた。

 

「これは訓練だ。しかもハイリスク過ぎる内容のだ。なのにどうしてそこまで拘る?無茶をして大怪我を負ったらヒーローどころか将来にも支障が出るかも知れん。何がそこまで奮起させる?」

「―――だって、悔しいじゃん!!」

 

 諦めるのも負けを認めるのも悔しい。

 そりゃあ林間学校に行けずに学校で居残りで補修に成るのは嫌なのもあるけど、何より全力を出し切らずに逃げるのなんて悔し過ぎる。

 感情がぐちゃぐちゃだったのもあって、駄々を捏ねるように言い放った結果、扇動は思いっきり噴き出した。

 

「―――プッ、アッハッハッハッハッ!!」

「なに……そんなに可笑しい?」

「いや、すまん。そうだよな、ヒーロー(英雄)を目指してんだもんな―――“負けたくないことに理由っている?”だなんて偉そうに言っておいてこの様か俺は」

「扇動?」

 

 笑っていた。

 今までも笑う事自体はあったがそれは微笑みの類が多かった。

 純粋に嬉しそうに笑っている顔と言うのは初めて見た気がする。

 

「そう言う事なら全力で付き合おう」

「付き合おうって言っても勝てないんだろ?」

「一つだけ勝ち筋はあるが絶対なんて保証はないし危険なのは変わらねぇ。それでも伸るか反るか―――どうする?」

 

 先ほどの笑顔は消え去り、試すような顔。

 忠告された危険性が脳裏を過って不安に煽られて今更震える。

 心境を読み取ってかいつも通り微笑みかけて来る。

 

「好きな方を選ぶと良い。諦めたくない道を選ぶのなら、俺は全力で力を貸そう」

「――ッ、私は諦めないよ!」

 

 眼を見て言い放った。

 対して扇動は目を閉じ「そうか」とだけ満足そうに呟く。

 

 覚悟の決まった芦戸と扇動は別として、何をするかも分かっていない上鳴は覚悟する為に納得を求める。

 

「で、俺達三人でどうするんだよ?」

「違うぞ上鳴。俺達は四人(・・)だ」

「へ?四人って……」

「そもそも俺がこれから提示する勝機なんて四人目任せの力技なんだからな」

 

 四人目を口にした扇動はコスチュームに目を向けて二人に説明を行う。

 それは作戦と呼ぶにはあまりにも馬鹿馬鹿しく単純なものに、二人は呆然とした後に笑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 試験で負傷した生徒をすぐに治療・受け入れれるように用意されたモニタールーム。

 周囲に用意されたカメラから送られる映像は公平性から試験を担当している教員とは共有されていない。

 根津校長が担当している試験会場は最初っから倒壊させる予定だっただけに、カメラを設置しても壊れる為に扇動が扱っているのとは別のドローンで高度を上げて状況を収めている。

 

 それも最初っから全てを送信してきている。

 実技試験の会場となるフィールドに入っては警戒と索敵を行いながら進み、入り込んだところで建造物の連鎖倒壊が始まって襲い掛かると同時に退路を断った。

 映像からでも芦戸と上鳴の驚きは相当であったのは見て取れた。

 差はあれど扇動も驚きはしたであろうが、即座に二人を誘導して退避行動に入った。

 なにせ真っ直ぐ向かってくるのだから横にずれれば回避は可能。

 

 だが、その退避位置を読んだかのように第二波、第三波と続けて襲い掛かって来る。

 上から見ていただけに全体の動きが鮮明であり、建物などで先が塞がれた現場の三人は気付かない事まで気付いてしまう。

 圧倒的な不利。

 対抗策の一つも打てる間もなく追い込まれる様は驚愕で、根津校長の圧倒的差を見せ付けられる。

 

 扇動が自ら埋もれたシーンもばっちり収められており、そこから十分ほども動かない事から根津校長の一方的な攻撃をどう対処するのだろうかと期待混じりに眺めていた生徒達は、全くもって動きを見せない様から驚愕をもって見つめていた。

 最初こそ気を狙っているのだろうと考察していたりもしたが、こうも動かずにじっとしているだけ。

 勿論動けないのであれば救助に向かわねばならないけど、リカバリーガール()メールで確認したところではそう言った状況ではないと返答が返って来たことから無事なのは把握できた。

 ならば何故ずっと動かない。

 

 緑谷はその答えに気付いたけれど信じたくないと否定。

 爆豪も緑谷より先に辿り着くも認めないと睨んで怒気を向ける。

 そして前々から見てきた扇動から薄っすらと答えを読んでしまった……。

 

 冷静に戦況分析と個々の能力の把握。

 どちらも扇動より与えられた課題。

 勝機がない事に気付いてしまったのだ。

 轟を含めた誰もが否定しようとするも、緑谷と爆豪の両者共否定する事はしない。

 

 リカバリーガールとてそうだ。

 この中では緑谷よりも昔っから扇動の事を知ってはいた。

 というのもバトルジャンキーだった若かりし頃の無一の祖父である流拳は怪我が耐えず、何かしらあれば治療系の個性を持つリカバリーガールの元に顔を出す事が多かったのが縁の始まりだ。

 掠り怪我程度なら放置するが腕を折ったりなんかしたら「戦えねぇからすぐ治してくれ」とケロっと現れるもんだから嫌でも記憶に残る。

 

 怪我をしなくとも治療師に向かった先で顔を合わす事も多く、他愛ない話もするようになって相談に乗る様な仲になった。

 末の子供との経緯やその子に子供が出来たなど話は聞いており、中学生になったその子を連れて来た時は心の底から驚いたもんだ。

 

 若い癖に賢過ぎる――否、賢しいガキだった。

 頭が良いとか勉強が出来るという意味ではなく、若さからくる無謀さを一切排除して自身のスペックを把握した、諦め混じりの合理的解答。

 正直気持ちが悪かったが、別の意味でイカレではあったけれど、戦闘狂のジジイと比べて随分とまともな子じゃないかという驚きの方が大きかった。

 

 見知った子を雄英の入試で見つけた時は時が経つのは早いと感じると同時に、肉体的成長は見られても精神的成長が見られない事に肩を落とした。

 自分の能力を把握して出来ない事に手を伸ばすより可能な範囲で行うというのは合理的だ。

 寧ろ自身の能力を過信して大怪我を負う者や道を断たれる者も見て来たがゆえに、扇動 無一の考え方が正しいと理解も納得も出来る。

 

 把握して出来る事を出来るだけやる。

 これは凄い事であるも同時に危険を孕んでいる。

 前々から抱いていた懸念はヴィラン連合襲撃時に証明された。

 

 誰かを救う為に後先考えず我が身を犠牲にする奴はいる。

 そこに損得勘定はなく咄嗟に身体が動いた、目の前の誰かを救う為にと言うのが大半だ。

 だけど扇動は敵を分析して自分では役に立たないと判断し、まだ勝機がある轟と緑谷を生かす為に自身を棄てようとした。

 合理的に考えれば決して悪い事ではない。

 

 ――けどヒーローとしては物足りない。

 

 相澤自身合理的でその利点を解っているだけに、自分は良くて人には駄目など口には出来ない。

 流拳は孫に対する負い目と甘さ、好きなようにやれば良いという放任的な考えから注意すらしていない。

 オールマイトは危険性を察していても諭し方を知らない。

 なので個性“ハイスペック”の根津校長が示すしかないのだ。

 

 なにより出来ないと判断をしてしまって、可能性を排除してセーブしている節がある。

 

「さて、賢しいあの子はどうでるか……」

 

 思考の果てに棄権するか。

 それとも―――…。

 

 リカバリーガールは目を細めて見守る。

 前々から見知った子供がどのような答えに見せるのか……と。

 

 

 

 

 

 

 試験を終えたクラスメイトに扇動の本質を見抜いた教師達、試験官で期待しながら様子を伺う根津校長など、多くの視線を集めている扇動達の実技試験も大詰め。

 制限時間は半分を過ぎており、このまま何もしないのであれば時間切れで終わってしまう。

 本当に諦めてしまったのかと誰もが思い始めた矢先、崩れていた瓦礫が煙のように埃を纏いながら舞い上がり、姿を消してからは動きの無かった扇動達の姿が現れた。

 扇動が芦戸と上鳴を左右に背負った状態で…。

 

 不思議な光景であった。

 特に背負っている扇動ではなく、扇動のコスチュームより伸びており配線を加えている上鳴がである。

 

ふいひ、ほへえひいは(無一、これで良いか)!?」

「ああ、それで構わねぇ!良し―――行くか」

「思いっきりやっちゃってよ扇動!!」

「―――“さぁ、振り切るぜ”」

 

 扇動はそう口にするとG3‐Xのリミッターとアシスト機能の一部を解除した。

 

 発目が作った“G3”ユニットはコスチュームというよりはパワードスーツの類。

 組み込んだシステムや機器によるアシストによって、単純に攻撃力を上げるパワーアシストや重量を多少なりともカバーする補助が行われている。

 人が装着するものという足枷(・・)から、高性能や動力である電力の容量を向上させようとしても肥大化や重量過多、上げ過ぎたアシスト機能は負荷により悪影響をなど装備者に多大な負担を負わすなど制限が設けらている。

 

 職場体験で着用した“G3”ユニットは保須市に現れた脳無に対して、扇動の技術込みで一対一で戦えるほどの性能を持たせる事に成功したが、長期戦を行うには電力不足で戦闘出力を維持できるのは短時間。

 改良型である“G3‐X”は稼働時間に及び、性能も向上してはいるがまだまだ長時間に渡っての性能を発揮するには至っていない。

 

 扇動が解除したのはそんなG3‐Xが装備者に悪影響を与えてしまわぬように設けられた出力制限と、パワーアシスト機能を除く補助システムの数々。

 電力に問題があるのなら上鳴に中から引っ張り出した配線を加えるなどして接続して貰い補充すると同時に、必要なパワーアシスト機能以外のシステムを停止させて他に回す電力消費を抑える事にしたのだ。

 

 重量を多少支えていた補助システムも切った(OFF)にした為、装備に加えて二人分の重量が扇動に圧し掛かる。

 G3もだが発揮出来る性能を優先して、プラスになるのなら自身への負担を掛けてくれれば構わないと告げた事から、扇動の身体能力を情報として集めた上で負担を強いている。

 

(やはりキツイな。だが耐えれない程ではない……か)

 

 加重によって気を抜いたら前のめりに倒れ込みそうになるが、今まで鍛え上げてきた肉体を力ませて耐え切る。

 そして一歩踏み出した扇動は前へ前へと跳んだ(・・・)

 

 G3‐Xの機能に速度上昇などという機能は存在しない。

 単純に扇動がパワーアシストを用いて地面を蹴って前に跳んでいるだけという話。

 簡単そうだがタイミングをミスれば減速や転倒に繋がり、角度を間違えれば上へと跳ぶだけで速度を殺しかねない。

 何より一歩蹴り出す度に加重も支えている脚に負担が掛かる。

 それでもこれぐらいしか勝機が無いのでやるしかない。

 分の悪すぎる賭けだと扇動は内心で嗤う。

 

 何より仮面ライダーのコスチュームでありながら、やっている事はほぼデルフィング第三形態(ブレイクブレイド)と同じ移動方法。

 早くバイクの免許とマシンが欲しい、内心ごちる扇動。

 

 個性通常使用時の飯田よりも早く、レシプロバーストよりは遅い速度で移動する扇動は、工場地帯を模しているフィールドゆえに即座に建物に接近した。

 

「芦戸、正面頼んだ!」

「本当に良いの!?」

「危険は覚悟の上だろ?」

「あー、もう!」 

 

 建物にぶつからないように減速すると芦戸が壁に向かって酸を放出する。

 ロボットも溶かす強力な酸だが、今回は完全に溶かすだけの量も時間もかけれないので、ある程度溶かして脆くするだけ。

 

「身を隠せ!それと――」

「とっくに準備できてるよ!!」

 

 正面から見て覗いていた顔や手を出来る限り引っ込めた二人に対し、扇動はまだ殺し切れていない速度に加速を加えて加速して突っ込む。

 速度と重量、G3‐Xの強度に物を言わせた突進が脆くなった壁をぶち破る。

 多少酸が付着するがこの程度ならまだ問題ない。

 それよりは減速から再加速時の足の負担が半端ではない事の方が問題だ。

 壁を抜けた先にはシャッターがあった為に、厚みを薄めるのではなく上部を溶かす事で切断に近い形で崩して通り抜ける。

 

 扇動達の作戦は馬鹿馬鹿しい程に単純なものだった。

 上鳴に電力補充を行って貰いながら、壁など遮るものは芦戸の酸で弱め、後はG3‐Xを用いて最短コースで出口まで向かうというもの。

 電力的な意味でも試験時間の意味でも短時間でクリアするにはこれしか選択肢が無かった。

 

 否、いつもの扇動であるならば選ぶ事のない選択肢だった。 

 二人への危険に不確実性が多過ぎる。

 脱出口までG3‐Xが戦闘出力を発揮できるのか、補助をカットした状態で負荷に耐えれるのか、その時は耐えれても脱出まで持つのか、相手である根津校長に通ずるかなどなど。

 勝機は少なく不安定要素は多く、大怪我を負う可能性が高い。

 

 自分は何事にも天秤にかけてしまう。

 訓練だから試験だからと棄権を提案するも、どうしてもああいう目に弱い。

 そうだ、そうだよな。

 俺のクラスメイトは誰かを救うヒーロー(英雄)を目指してんだ。

 彼ら彼女らを支える―――今回ばかりは違うな。

 

 自らはヒーロー(職業)に成れても、ヒーロー(英雄)には成れないと解っていながら、芦戸の強い瞳に感化されてしまった。

 全くもって自分らしくない。

 身体に掛かる負荷に寄り苦しくなっては来るが、気分は悪くないどころか良いぐらいだ。

 今回ばかりは無茶をしてでも勝たせてもらう。

 例え届かなくとも全力をもって挑んでやる。

 

 ギラリと目を輝かせる扇動だったが、四件目の建物を抜けた先で視界に入ったのは自分達へ迫る倒壊の波であった。

 

 この作戦の回答者がオールマイトであったなら根津校長でも最早打つ手なしだっただろう。

 だが扇動達は彼と違って空中移動は出来ず、押し寄せる倒壊の波を防ぐ手段を持ち合わせていない。

 

 なによりこんな馬鹿みたいな回答を見過ごす程に根津校長も甘くはない。

 真っ直ぐ出口までの最短コースを進んでいると言ってもまだ距離はある。

 移動速度を目測で測りつつ、二度に渡る倒壊の波によってタイミングは掴んだ。

 タイミングが早ければ瓦礫が残るばかりで、遅ければ妨害にすらならない。

 

 四件目の建物を抜けた先で扇動を待ち受けるのは直前に迫っている瓦礫の波。

 解り切っていた。

 それぐらい容易に熟せる頭脳を持った相手だという事に。

 

 浅知恵だとは理解している。

 だからこそ相手を一度だけ惑わせる為と、身体への負荷軽減のために押さえていた余力を出し切った。

 さらに加速した

 

 結構、洒落にならん。

 下手したら罅が入ったんじゃないかと思う程に激痛が響き渡る。

 

(割に合わねぇ……やっぱり“らしく”ない事はするもんじゃあねぇな)

 

 ギリギリ。

 迫る瓦礫の波が触れる直前に範囲外に抜けれたが次々に倒壊の波は迫る。

 下手な鉄砲も数打ちゃ当たるというが、これはそもそもの一発一発精度が良く、随時情報を更新して細かな修正を入れて来やがる。

 しかも高度な頭脳を活かすばかりではなく、誘い惑わせ周りから囲もうと搦手を織り交ぜて来る辺り、良い性格をしていると純粋に尊敬を抱く。

 

「ちょ!?もう次が迫ってるって!!」

「マジでやべぇって!!」

「危険は承知の上だろ?」

「待て待て待てってぇえええええええ!!」

「しっかりしがみ付いて、歯ぁ食いしばれよ!!」

 

 もうゴールは近い。

 地面を力強く蹴って跳ぶと同時にSスラスターを吹かす。

 これもまた発目のおかげだ。

 G3‐Xには飛行能力は存在しないが、スラスターと呼ばれる推進機構が備わっている。

 用途としては補助動作や降下時の減速などを想定されたもので、容量や噴射の威力としては大したものではない。

 

 正直な話をすると着地時の衝撃を抑える為に使いたかったが、形振り構っていられない上に最悪着地は自分を下にして、飛行機が不時着するかのようにすればいいとまで判断し、距離を稼ぐのにスラスターを噴出させたがやはり足りなかった。

 脱出口のゲートを超えるには飛距離が足りず、その手前に降下する形となってしまった。

 

(あ………これは無理だ)

 

 着地地点に広がるはすでに倒壊して出来た瓦礫の海。

 スラスターは使っていなかったというのに、外見の機構から判断したのはまだ理解もしよう。

 しかし測り切れていない推進力による移動地点の割り出しなど出来るものなのか?

 

 瓦礫の海と称した通りに、振動を与えられでもしたらしく瓦礫が揺れている。

 この高さと重量からそのまま落ちれば沼にハマるように完全に身動きが取れなくなるだろう。

 

 ―――詰んだ。

 ギリィと音が漏れる程に食い縛った。

 

「上鳴!」

はんふぁよふぇんほう(なんだよ扇動)!?」

「コートを放せ!耐えろ!そして受け止めろ!!」

「はぁ!?何をおおおおおおぉ!?」

 

 何をするきか聞く前に出入り口へと上鳴は放り投げられた。

 届く程度に威力を抑えて、頭からではなく転がるように向きを調整して投げられた上鳴は痛みはあれど、大怪我もなく出入り口を転がり抜けた。

 掠り傷や打ち身はあれど、軽傷ばかりで無事と言える事に安堵するのも束の間。

 扇動の受け止めろという言葉が引っ掛かる。

 

「おまっ、マジカ!?」

 

 嫌な予感に従って見上げるとこちらに向かって放り投げられた芦戸の姿が…。

 咄嗟に受け止めるも扇動のように衝撃を受け流す事など出来ず、受け止めた衝撃のままに揃って転がる羽目に。

 

「痛たたたた……」

「――重ぇ」

「今重いって言った!」

「違っ、いや、それより扇動は?」

 

 急ぎ起き上がった二人は視線を背後になった試験会場に目を向けると、瓦礫に埋まる仮面や籠手と言ったG3‐Xが見受けられた……。

 あの瓦礫の中に巻き込まれたと、戻って助けようと動こうとした二人の背後でどさりと音がした。

 揃って振り返った先には装備を何一つ身に着けておらずに、倒れ込んでいた扇動がそこに居た。

 

「よう、無事だったか?」

「「オメェ(扇動)の方が無事じゃあねぇだろ(ないでしょ)!?」」

「まぁな……ほんと、“らしく”ない事なんてするもんじゃあねぇな」

 

 最後は賭けだった。

 二人を正直片方を投げた時点で勝利条件は満たしていたが、当てられてしまったがゆえか負けたくねぇと欲を掻いてしまった。

 芦戸も放り投げると発目に対して罪悪感を抱きながらG3‐Xのパージ機能を使用して、身軽になるのと同時に反動を利用して少しでも前へと進む。

 角度調整して一つ一つパージしていくも足りず、最後は発目が改造しまくってアサルトライフルにした銃の反動すら使った。

 おかげでギリギリ届きそうだったが身体の不調を感じて、下部に取り付けてあったチェーンソーを出入り口の看板に引っ掛けて無理に減速。

 終いには手の力が緩んで予想外の転がり方をしてしまったので、受け身は半端となって体中が痛くて仕方ない。

 

 乾いた笑みを浮かべる扇動は一歩も動く事出来ず、上鳴と芦戸に支えられる形でリカバリーガールの下へと運ばれ、ジト目を向けられるリカバリーガールより診察内容を告げられる。

 

「全身のダメージも酷過ぎるけど右足は骨折しているね」

「あー、やっぱり?」

「アンタはもっと自分を大切にしな!」

「ハッハッハッハッ」

「笑って誤魔化すんじゃないよ!クソジジイの真似は止めな」

「え、爺ちゃんに似てた?」

「嬉しそうな顔をするんじゃないよ!褒めちゃあいないってのに……」

 

 説教どころかため息を漏らされる。

 こうしてリカバリーガールが居るモニタールームに三つ目のベットが埋まり、怪我人三名が横たわる事に成ったのである。

 

 横になって落ち着けるところで扇動は少し不思議に思う。

 諦めた要因に自身が負荷に耐えれるのかなどの不覚的要素に、芦戸と上鳴に及ぼす危険性と将来の事を考えたメリットとデメリット、そしてなにより根津校長の個性による思考能力の高さを思い知ったからだ。

 今思ってもなぜ勝てたのかと疑問が残る。

 本気で策を巡らされていたらこんなに簡単に(・・・・・・・)クリアできる筈がないのだ。

 

 眉を潜めて考え込む扇動は「あぁ、そう言う事か」と一つの答えを見つける。

 これは実技試験だ。

 だから本気で試験官は務めるが、絶対に攻略出来ない試験ではなく、生徒のスペックからギリギリ越えれないぐらいの壁を設定し、その難易度という枷の中で本気で挑んでいたのだろう。

 知能に重りではハンデにはならず、そう言う所でハンデを付けたという訳か。

 ただ逃げるのに必死になって考えるのを放棄したら一気にムリゲーになる訳だが…。

 

 そう言う事かよと悔しくもちょっぴりすっきした扇動はクスリと笑うと、被せるように爆豪は鼻で嗤って来た。

 

「随分とボロボロじゃあねぇか?逃げ回るだけでそんなかよ」

「なんだ、心配してくれてんのか?あんがとな」

「してねぇわ!!どんな耳してンだテメェは!!」

 

 爆豪の怒鳴りを耳にしながらも、扇動は内心どうしようかと焦っていた。

 勢いよく落下して瓦礫の海に激突し、呑み込まれ、揉みくちゃにされて全損&紛失してしまったコスチューム“G3‐X”。

 最早別物になってしまったが最後に活躍したチェーンソー付きアサルトライフルは、減速しようと看板に引っ掛けた際にバキリと音を立てて破損したのは確認している。

 

 渡された直後にコスチュームとサポートアイテムの損壊。

 さて、どう謝罪すべきだろうか……。

 目下の悩みはその一つであった。



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第65話 予期せぬ接敵

 ヴィラン連合は世間で大々的に取り上げられている。

 ただそれはヒーロー殺しの協力関係にあったという事でだ。

 前代未聞だった雄英高校襲撃事件は日も経った事もあって薄れ、“ヒーロー殺し”として名の知れていたステインが暴れていた保須市にて、同日同時に脳無を数対放っての襲撃を行って被害を広め、関係性が世間で報じられるもヒーロー殺し逮捕の報と彼が語る理念に注目が集まっている。

 メディアでは保須市の件もあってメディアで取り上げられるが、それはヒーロー殺しがメインであり、ヴィラン連合は関係性があると思われている単なる付属品としてである。

 

 今回の報道のされ方も保須市での件も雄英襲撃時も含めて死柄木 弔は気に入らなかった。

 ヒーロー育成機関の名門中の名門たる雄英高校の名を貶めた事と、公式にはされていないが“平和の象徴”オールマイトを始めプロヒーロー数名の負傷させた事は襲撃は大成功したと言っても過言ではないだろう。

 されど本人はそう捉えてはいない。

 

 勝ったのではなく敗北。

 タダ同然に集めたチンピラヴィランが全滅したのはどうでも良い。

 対オールマイト用に改良が施された特別製の脳無に保須市で複数体の脳無の損失に、雄英高校襲撃事件では主犯である死柄木の負傷。

 加えるなら目的だったオールマイトの殺害どころか生徒の一人も殺せなかった。

 ゲーム(・・・)と言うのは勝つか負けるか。

 勝利条件をクリア出来なければ勝利(WIN)はなく、敗北(LOSE)と表記されるのが決まり。

 逃げ追うせた事でコンティニュー、もとい次の機会は得れたが失敗した事実は消え去らない。

 

 さて、ここでヴィラン連合に必要なモノとはなんだろうか?

 力か?

 それは当然だ。

 相手は個でありながら群でも軍でも相手取れるバケモノ(オールマイト)

 一国の平和を背負う異常者なのだから、それこそ一人で国を崩せるようなチートが欲しいところだ。

 

 ならば戦力や資金か?

 どちらも正解だ。

 特に戦力は欲しいところだが、この前のような数だけで低品質の雑魚ではお話にもならない。

 

 ヴィラン連合を名乗る死柄木 弔と黒霧の二人が拠点としているバー(BAR)に客人が訪れた。

 いいや、この場合でこの表現は適切ではない。

 バー(BAR)を訪れた客人であるが彼は仲介人。

 ヴィラン専門の仲介人で武器やサポートアイテム、人などを扱う裏の商人であり、そう言う意味では客はヴィラン連合の方だ。

 

 裏の大物ブローカーである義爛(ギラン)は煙草を吹かしながら二人の男女を連れて来た。

 一人はやけに燥いでいる女子高生“トガ ヒミコ”。

 明るくニッコニコと笑い、制服を着用している事から普通に学生のように見えるが、その実は連続殺人未遂(・・)事件の犯人だという。

 ただし、18歳未満と言う事でメディアに詳細などはしっかりと守られ、追われているも公にはされていない。

 

 もう一人は白いシャツに黒いズボンに上着とラフな格好をした青年“荼毘(ダビ)”。

 こっちはトガとは違って見た目が異様だった。

 足首や首元、手の甲などなど至る箇所が焼け爛れており、焼け爛れた皮膚と正常な皮膚を縫い合わせている。

 

 使えるかどうか以前に死柄木はこの二人の自己紹介の時点で苛立って仕方が無かった。

 ステインが好きで、ステインに成りたく、ステインを殺したいとか口走るイカレたガキ(トガ)に、本名も名乗らずに一方的にヒーロー殺しの意志を引き継ぐとか言いだす礼儀知らず(荼毘)

 

「どいつもこいつも―――俺は気分が良くないんだ。ダメだなお前らは」

 

 ゾワリと身を震わせる悪意と殺気が解き放たれる。

 危機感を感じ取った二人と別の意味で焦る黒霧の行動は早かった。

 

 五指が触れると崩壊させる死柄木の手。

 青い炎を掌で燻ぶらせた荼毘。

 急所目掛けて抜き出したナイフを振り被るトガ。

 三者の手が相手に伸びる中に展開された黒霧のワープゲートにより、一触即発の状況は最悪の事態だけは回避された。

 

「落ち着いて下さい死柄木 弔!貴方が望むままを叶える為には組織の拡大は必須です」

 

 癇癪にも取れる行動ながら死柄木は一定数冷静ではあった。

 黒霧が口にする意味は理解出来ている。

 ヴィラン連合も知名度は高いが、メディアに取り上げられた事でヒーロー殺しの方が注目度や影響力は大きい。

 保須市での件があってステインとヴィラン連合が繋がっていると思われているのは、奴の名を使っての勢力拡大は容易いという利点と機会。

 死柄木にとっては気に入らないのは変わりないが……。

 

 ワープゲートより手を引くと、死柄木は出入り口へと歩き出す。

 知性と感情は別物だ。

 少し考える時間は必要だと察して黒霧は止めはしなかった。

 

「あ、そうだ弔くん!」 

「……ぁんだよ――ッ…」

 

 そこへ声を掛けたのがトガ ヒミコ。

 呼びかけられ足を止めた死柄木にトガはふらりと歩み寄った。

 気軽で何気ない自然の動作。

 顔には人当たりの良い笑みが浮かべられ、殺気の一つも微塵も見当たらない。

 誰も彼女の行動を不審に捉えれなかった。

 例えポケットから携帯電話を取り出すような感じでナイフを手にしていても、死柄木ですら刃を首筋に充てられるまで気付きもしなかった。

 

「死柄k――!」

 

 黒霧の動きを死柄木は制止し、

 

「雄英を襲撃したんですよね。だったらこの子(・・・)知ってますか?」

 

 もう片手で見せるは死柄木にとって見覚えのある少年。

 顔に手を張り付かせているも、覗いている所から表情が曇った事で察せれる事は大きい。

 トガはまさにそれを察して満面の笑みを浮かべる。

 

「知ってるんですね♪」

「だったらなんだよ…」

「彼は私の獲物(・・)なのです。だから手出し無用でお願いしたいんですよ」

 

 顔は笑っているが瞳は笑っていない。

 気持ちが悪い。

 面倒臭く苛立たしさを込めた重く深いため息を死柄木は漏らす。

 

「勝手にしろ」

「やったー!ありがとう弔くん!!」

 

 誰も確約してねぇってのに目出度い奴だ。口には出さずそう悪態をトガヒミコにつく死柄木

 首元からナイフが離れ、何事も無かったように死柄木は出入り口へと歩み、扉を開けて何処かへと去ってしまった……。

 

 

 

 

 

 どんでん返しと言えば良いのか期末試験で全員合格した筆記と異なり、三名の不合格者が出た実技試験。

 相澤は言った。

 不合格者が林間合宿に連れて行かず、学校での補修地獄が待っていると。

 されど相澤はやる気を出さすための合理的虚偽であったと伝え、補修はあるが林間合宿に連れては行く旨を実技試験翌日に合否と共に発表した。

 仲間外れで追いて行かれると思った不合格者に負い目を感じ始めていた合格者どちらも安堵する事が出来たが、実技試験はある意味で散々な結果と相成ってしまった事は悔やまれる。

 

 21名中不合格者三名というのは合格率から見てかなり高いと言えよう。

 問題とされるのは合否ではなく負傷者・怪我人の数の方だ。

 

 プレゼントマイクのヴォイスによって耳をやられて出血した耳郎に、ペアの口田は虫嫌いであるが勇気を出して虫に命令をして反撃した結果、同じく虫嫌いのプレゼントマイクは足元からムカデにクモにアリなどの昆虫の大群が身体へと這い上がって来たことで泡を吹いて失神。

 麗日と青山ペアは13号のブラックホールに手も足も出ず、吸い込まれないように耐えるのが精いっぱいであったが、デク君ならと考えた麗日の思考を察した青山が「緑谷に好意を持っているのか?」と問い、照れた麗日は危うくブラックホールに飲まれて塵になる所だった。

 結果的には逆に焦った13号が個性を止めた隙に、ガンヘッド直伝の格闘術で組み伏せて勝利する事は出来たが、ある意味で他の生徒以上に命の危険があった瞬間であった。

 緑谷に爆豪、扇動を含めても学校の試験としては怪我人と命の危険がいくら何でも多過ぎる。

 

 翌日の放課後に扇動がさすがにと猛抗議――主にオールマイトと根津校長に――に行ったとか……。

 

 ちなみに不合格者はセメントスと対峙する事になった切島と砂藤と、峰田とペアを組んでいた瀬呂である。

 持久力を上げた切島と砂藤であったが、それでも限度を超えるセメントスの持久戦には敵わず敗退し、ミッドナイトの眠り香に呆気なく瀬呂は眠らされてしまった。

 ここで逆に凄かったのが峰田の活躍である。

 眠り香に対して息を止め、瀬呂を救出するどころかミッドナイトを個性のもぎもぎで拘束し、尚且つ個性を用いて移動力を引き上げて試験エリアより脱出を決めたのだ。

 この間、眠らされ続けた瀬呂は何も出来ていないと不合格を授かる事に。

 逆に脱出は出来なかったがパワーローダーの罠の数々を突破し、尾白の脱出の為に自らを犠牲にした飯田は合格する事が出来た。

 ……クリアする瞬間は地面に首から下が埋まっていて締まらない終わりではあったが…。

 

 

 などと実技試験を乗り越え、結果発表を受けた一年A組のほとんどが林間合宿に向けて買い物をしようと、県内最大店舗数を誇る木椰区ショッピングモールへと出向いていた。

 居ない面子はとっくに準備を終えて買い物に行く事もない爆豪と母親のお見舞いの日にちと被った轟の二名。

 

 一緒に来たのは良いがキャリーバックを靴をと買い物がそれぞれ異なり、結局はほとんどが別行動をとる事に。

 解説とも説明とも取れる木椰区ショッピングモールへの考察をぶつぶつと呟いていた緑谷は完全に出遅れ、様子を眺めて声を掛けた麗日は実技試験での青山の指摘を思い出してしまい、顔を真っ赤にして慌てて何処かに行ってしまう。

 

「お、雄英の人じゃん。スゲェ!」

 

 一人広間に残る緑谷に声を掛けるは一般客。

 雄英体育祭で活躍した事で度々声を掛けてくれる人が少なからずいた為に、警戒よりも知られている嬉しさと気恥ずかしさが混ざった様子で反応してしまった。

 

「──なぁ、サインくれよ」

 

 だからこの時もまた(・・)そうなんだと当たりを付けてしまっていた。

 何度も同じような事があった事で慣れて、無警戒にも勝手に誤解してしまった。

 足元からフードまで黒一色の人物は、馴れ馴れしい様子で肩を組んで来る。

 サインを求められるまでは恥ずかしいながらも嬉しかったが、フードより覗いた顔が覗けたことで抱いていた感情は消え去る。

 

 雄英高校に幾人ものヴィランを引き連れて襲撃してきたヴィラン連合主犯格―――“死柄木 弔”。

 驚愕と共に肩に回してきた手が喉に四指(・・)触れている事で焦りよりも恐怖が襲って来る。

 

「まったり話そうじゃないか?」

 

 ニタリと嗤う死柄木に緑谷は震えを隠せず、ジッと見つめ返してしまう。

 どうするべきかと脳裏に過るが瞬時に両案は浮かばず、寧ろ困惑によって思考能力が妨害されているようだ。

 

 「なら俺も混ぜて貰えっかな?」

 

 冷や汗を流し沈黙した緑谷に有利な状況を得て余裕を得ていた死柄木は、割り込んで来た声の主へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは右足をギプスの用途を兼ね揃えるように改良された“キックホッパー”を装着している扇動 無一だった。

 

 

 

 

 

 

 緑谷 出久は扇動 無一に対して困惑を禁じ得ない。

 突然現れたヴィラン連合のリーダー格と思わしき死柄木 弔の接触もそうだが、割り込んだ扇動 無一の対応がいかんせん納得できなかった。

 二人掛かりなら取り押さえる事も出来る。

 死柄木と解った時点で警察に通報する事も出来た。

 されど扇動は手段を講じるのではなく、話をする為に店に入ろうと誘ったのだ。

 それも人目に付き辛い奥の席な上に、万が一の事態には死柄木が動き易いに席を誘導した。

 何故、どうしてと疑問が過る。

 

「……最近のガキは礼儀ってのを知らねぇな。目上の人間より先に座るか普通?」

「礼儀作法なら知ってんよ。上座を進めたうえで座り易いように椅子を引いてやっても良かったが、俺らに不用意に背中は見せたくはねぇだろ?」

「口も悪ぃガキだ。ヒーローが聞いて呆れる」

「品行方正なヒーローの方が珍しいだろ?寧ろあの手この手を使う犯罪者(・・・)と対峙するんだ。多少捻くれているぐらいが良い事もあるのさ」

「……ハッ、面白い奴だなお前」

 

 こうやって二人クツクツと嗤いながら会話しているのも不思議で仕方がない。

 一人どうしようと悩む緑谷に扇動は気付いて笑いかける。

 

「なにか言いたいようだな?」

「………どうしてむーくんは……」

「取り押さえなかったのか――か?」

 

 言葉を先取りして困ったように笑う。

 ジッと見つめて答えを待つと、後頭部を軽く掻いて答え始めた。

 

「答えは簡単だ。人が多過ぎる。もしも奴が大声で自分はヴィランと正体を明かして見ろ。ショッピングモール内はパニックだ。パニックと言うのは厄介でな、人から人へと伝播し感染して行く。慌て逃げ出した大勢の人をどう止める?その間にも倒れた人や子供などは巻き込まれ―――後は言わずも解んだろ?」

「……だったらヒーローか警察に連絡して……」

「仮にも襲撃事件を行った主犯格だぞ。バレないように一般市民の避難をしながら、包囲網を築けると思うか?それ以外にも情報も足りなければ時間を掛けれるかもわからない。最悪失敗すれば周囲の何人かが確実に殺される。俺やイズクは無事であっても一般人に被害が出る」

「―――ッ!」

「お前はそれを許容するのか?」

「二十人か三十人はいけるだろうな」

 

 それは絶対に許容出来ない。

 あぁ――冷静じゃなかったのはボクの方だったと理解した。

 前提として死柄木は一人なのかと言う疑問もある。

 ヴィラン連合を名乗り、あれだけの事件を起こした主犯格が一人のこのこ出歩くものなのか?

 もしかしたら周囲に警護役のヴィランが紛れているかもしれない。

 

 確かに。

 むーくんは危険を前にして最善に動こうとしているのだ。

 誰かを巻き込まぬように……と。

 

 などと理解したつもりであった緑谷の前に爆弾(・・)が落とされる。

 

「捕縛でなくて殺すなら話は別だがな」

「――え?」

「へぇ……試して見るか?ヒーロー」

「ちょちょちょ、ちょっと!?」

 

 狡猾な笑みを浮かべて周りに悟られないように構える二人に対して本気で焦る緑谷。

 大慌ての緑谷に対して店内の視線が集まり、扇動も死柄木もほぼ同時に構えを解いて笑い合う。

 この二人は本当に初対面なんだろうかと若干疑ってしまう。

 

「可笑しいと思わないか?何でアイツらは笑っていられるんだろうな」

 

 視線の先には外と店内を隔てるガラス。

 否、ガラスの向こうで行き交っている人々に向けられていた。

 友達と、家族で、恋人と、一人で訪れている人々の多くが笑みを浮かべながら、賑やかで騒がしく歩き回っている。

 平和な光景だ。

 自分達が座っている席とは打って変わり。

 

「いつ誰が個性を振りかざすかもわからないっていうのに何故笑って居られる?なぁ、どうしてだろうな?」

「そりゃあ基本善意に依存(・・・・・)してるからだろ」

 

 言葉に詰まる緑谷と違って扇動は呆気からんと返す。

 その返しに死柄木は小さく関心の吐息を漏らした。

 

「道徳の授業でも習うだろ?自分がされて嫌な事は人にしてはいけませんって。法律は違反を起こしたは罰するという懲罰と抑止であるように、人の生活は人々の善意で成り立っている。ゆえに悪意に弱く、簡単に搔き乱される」

「そうだ。誰もがする訳がない。起こる筈も無いと思い込んでいやがる。実際そんな事もないのにな」

「現代の社会システムの限界だな。全てを解決するには多大な資金と技術と時間、それと個人の自由とプライバシーを無視しなければ完成しないから手も出せない」

「だから俺はこうしていられる訳だ」

 

 意気投合しているのか意見が合うだけなのか言葉を交わす二人を眺めながら飲み物を口にする。

 重く苦々しい空気が辛くも甘味が多少なりとも落ち着かせてくれる。

 扇動も死柄木も同じく飲み物に口を付けるが、喉や口内を潤わすのが目的であった。

 ことんとカップを置いた所で死柄木の視線が扇動ではなく緑谷に向く。

 

「なぁ、なんで世間は俺ら(ヴィラン連合)を注目しないんだろうな?」

 雄英襲撃に保須市で脳無を放って襲撃させた。だが、世間が今注目してんのは“ヒーロー殺し”だ。俺らがした事なんて無かったように喰いやがって(・・・・・・)。御大層な能書き足れようがやってることは気に入らないモノを壊しているだけだろう?俺と何が違うと思う?―――緑谷、扇動」

 

 ヒーロー殺しとヴィラン連合との違い。

 納得も共感も出来ないけれどもヒーロー殺しには確かな信念があった。 

 始まりは自分も憧れたオールマイト。

 ゆえに理解は出来たのかも知れない。

 決して正しい方法ではなかったけれども、理想の為に己が信念の為に生きようとしていた。

 好き勝手に壊したくて、遊び半分のように投げ出す事もなく……。

 

 気圧されながら自分の考えを伝えたところ、目を見開いて死柄木は納得を示した。

 

「あー、点と点が繋がったわ。

 なんでヒーロー殺しがムカツクか。なんでお前らが鬱陶しいか―――全部オールマイトだ」

 

 死柄木が笑った。

 いや、扇動との会話で多少笑みを零していたが、心底笑った彼が酷く恐ろしいものに見えた。

 視覚的にと言う意味ではない。

 感覚的に恐怖や危険を含んだ恐ろしさを振り撒くような……。

 ゾワリと身体中が悪寒で震える。

 

 青白くなる緑谷と打って変わり、死柄木がご満悦な様子で続ける。

 

「そうだ。そうだよ。結局全てはそこに辿り着くんだ。こいつら(市民)がヘラヘラ笑っていられるのも救えなかった人間など居なかったようにオールマイトがヘラヘラ笑ってるからだよなぁ」

 

 興奮している事は見て取れる。

 かなり危険な状態であるのも察せられて余計に気が気でいられない。

 今の死柄木は何を仕出かすか全く読めない。

 周囲の客もそんな危なげな雰囲気を微かに感じ取ったのかそわそわとしている者も居る。

 

「何でもいいがコップを灰にすんなよ。悪目立ちする」

 

 感情の昂るままにグッとカップを握り締めている死柄木に扇動が忠告を入れておく。

 それぐらいで収まる様な興奮状態ではないが、ほんの僅かながらでも落ち着きを見せる。

 圧が弱まった事でふぅ……と吐息を漏らして安堵した緑谷は、先程と打って変わって鋭い視線を向け

 

「今口にした“救えなかった人間などいなかったように”というのは救われなかった者の言い分だ。

 誰も助けて貰えずに虐げられて感情を欠如させた少年はある男と出会った。少年はその男に“弱肉強食”の原理と生き方を教わり、考えに反して弱者を救おうとする敵対者に似たような言葉をぶつけた。何故あの時に守ってくれなかったんだ――と」

 

 死柄木の奥底を覗き込むように瞳を見つめ、立ち上がって前のめりに顔を寄せて行く。

 

「誰だ、お前にとっての志々雄 真(・・・・・)は?」

 

 緑谷も死柄木も扇動が口にした人物が誰かなんて解りはしない。

 けれど意図を察して死柄木は忌々しそうに睨み返し、緑谷はハラハラといつでも動けるように心構えだけして見守る。

 瞳を覗き込んでいた扇動は突然ニカリと笑い、席に座り直すと珈琲を口にした。

 

「お前、やっぱり嫌いだな」

「俺は結構気に入ったけどな。楽しいお話の時間はここまでかな?」

「あぁ――そう言う事だ」

 

 何処か名残惜しそうに扇動は立ちあがったまま店を出て行く死柄木を見送っていた。

 少しその横顔にあり得ないと思いながら(・・・・・・・・・・・)不安を覚える。

 相手はヴィランだ。

 だけどむーくんにとってあんまり関係が無い気がする。

 会話している様子を見て先の発言は冗談の類ではなく、本気で気に入っているんだとは思う。

 店を出て行ったのを眺める扇動に対して緑谷は問いを口にしようとする。

 

「………むーくんは……」

「良し、指紋と音声(声紋)ゲット。思考や目的の一端も知れたし収穫としてはまぁまぁか。あー、もしもし塚内(・・)さん?突然すみません。実は―――…」

 

 恐る恐る振り向いた先で扇動はICレコーダーを取り出し、死柄木が触ったカップを回収すると警察へと連絡を行う。

 あまりの手際の良さに呆気に取られている間に、連絡を終えた扇動は緑谷が何か言いかけていた事を気にしたが、懸念はもう晴れているので緑谷は何でもないよと苦笑いを浮かべ、警察の到着まで扇動と一緒に待機する事に。

 

 

 

 

 

 

●おまけ:注文は―――ですか?

 

 死柄木は怪訝そうな視線で扇動を睨んでいた。

 雄英への襲撃時に不意打ちで蹴り落とされた事もあって警戒を強めていた。

 何か動きを見せた場合には即座に行動に出れるように…。

 

 ショッピングモール内の珈琲店に入ると、連れられるように注文口へと向かう。

 喫茶店なら兎も角珈琲専門店など死柄木も緑谷も初入店。

 豊富過ぎる珈琲の種類にトッピング、読み方の分からないサイズなどで脳内で混乱が起きていた。

 多すぎる文字欄に面倒になり、どうでも良いかと投げやりになる。

 そもそも注文しなくても良いかと思った矢先、前に立っていた扇動が振り返る。

 

「えっと、なにを注文する?」

 

 問いかけられた死柄木はキョトンとした後に眉間に皺を寄せた。

 何処か馴れ馴れしく片眉を上げて笑う様がこちらを試しているように伺え、なんで今日会う連中は礼儀がなっちゃいない奴ばっかりなんだと内心悪態を付く。

 苛立ち混じりに小さく息を吐いては睨みつけ、緑谷の首を掴んでいる手を視えるように力を籠める。

 

「妙な真似したら解ってんだろうな?」

「勿論、だけど何も注文しないのって目立つだろ。そこら辺のベンチでもそっちは悪目立ちしそうだし」

 

 それはそうだ。

 パニックになるのは構わないが今がこいつらと話をしたい。

 自分の中にある何かに問いを求める為にも。

 

「奢るからさ」

「……任せる」

「んー、だったら“ホワイトチョコモカフレペチーノのグランデ、キャラメルソース、ヘーゼルナッツシロップ、チョコレートチップエキストラ(エクストラ)ホイップのエスプレッソのショートいっぱいで”一つ」

「「は?」」

 

 人質にしている緑谷と同じく困惑の声を漏らしてしまった。

 一体何を注文したのか全くもって解らない。

 メニュー欄から調べようと思っても何と言ったのかさえ聞き取れていない。

 

「今アイツなんて言った?」

「ボクも良く聞き取れなかったんです……けど……」

 

 暗号かなにかかと疑うも、扇動も承った店員もそんな素振りを一切見せない。

 珈琲屋ではこれが普通の注文何だろうかと眉を潜める。

 

「イズクは?」

「ぼ、ボクもお任せで……」

 

 死柄木に続いて聞かれた緑谷も任せると口にした。

 どうせ同じ注文だろうと決め掛かった死柄木は耳を疑う事になる。

 

「ん、なら“ノンファットミルクピスタチオディープモカディップクリームフラパチーノwithチョコソースのミ―ディアメニーメニーホイップ”を一つ」

「お前のお友達は魔法使いかなんかか?」

 

 先程よりは多少短かったが全くの別物である事だけは理解した。

 ただ注文と言うよりは最早詠唱や呪文の類にしか聞こえない事に、問いかけられた緑谷は否定する事は出来なかった。

 店員も二種類の呪文を口にして確認を行う。

 そして最後に扇動の注文が行われる。

 

「あと、オススメ一つ」

 

 お前の注文は普通なのかよ!と自分達に比べて簡略化された注文に心の中で二人がツッコんだ瞬間であった。



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第66話 夏休み、何処に行く?

 待ちに待った夏休み。

 入学してから慣れない高校生活から覚える事の多いヒーロー学、雄英体育祭にプロヒーローへの職場体験などのイベントが続き、襲撃事件を始めとした予期せぬ事件に見舞われたヒーロー科一年A組。

 騒がしくも忙しない一学期を終えての長期の休み。

 遊びも含めて色々な予定を組んでいたことだろう。

 例に上げるなら八百万は両親と共に海外へ旅行する筈だった。

 しかし夏休み前にショッピングモールで買い物中の緑谷と扇動に、ヴィラン連合の死柄木 弔から不意な接触があり、怪我どころか襲われる事もなく無事に済んだとは言え、生徒の安全面を考慮して雄英は遠出の外出については制限を設けることに。

 これによりヴィラン連合は雄英高校や保須市の襲撃事件以外に、雄英高校の学生達より個人的恨みを向けられるのであった。

 

 

 

 夏の暑い日差しが昼注ぐ日中。

 ばしゃりばしゃりと水飛沫とビーチボールが舞い上がり、同時に楽しげな女子の声が耳に届く。

 

「そぉれっ!」

「ナイス、パス」

 

 楽しそうにプールを満喫しながら遊ぶ女子。

 出来ればカメラと望遠鏡をもってずっと眺めていたいと切実に願う峰田は、プール上で揺れと風圧に必死に耐えながら声を上げる。

 

「どうしてこうなったぁあああああああああああ!?」

 

 雄英高校は安全面を考慮して遠出を制限したのなら、逆に安全を確保できれば遠出でも問題ないと言う事。

 その点で言えば襲撃を受けて警備システムをさらに強化して、夏休みでもプロヒーローが少なくとも在中している雄英高校はまさに安全を確保できる施設。

 言われるがままに家に籠って夏休みを満喫しないなんて選択肢はなく、クラスで女子が遊びに行く算段をしていたのを耳にした峰田は日にちを合わせてプールの使用申請書類を提出したのだ。

 

 本来の目的である“女子の水着鑑賞”とは記載出来ず、担任である相澤先生の許可が居り易いように“体力強化”と使用理由欄に記入した。

 思っていた通りに許可はすんなり下り、意気揚々とプールに訪れた峰田を待っていたのは使用欄に記載した通りの体力強化であった…。

 

 自分一人では絶対に怪しまれる事から使用者を一年A組男子にして、眺める時の隠れ蓑として実際に男子に声を掛けたのだけど、不純な動機とは知らずに素直に申請通りに受け取った飯田は、放課後に訓練を見ている扇動に何か体力強化に良いトレーニングを知らないだろうかと尋ね、聞かれただけに素直にトレーニングメニューを答えたそうだ。

 

 扇動が伝えたトレーニングメニューとは手首足首に重りのバンドを取り付け、手には水搔きグローブを装着して水を掻き分けながら、人を一人背負った状態で水中ダッシュを行うというもの。

 さすがに峰田が人を背負うのは難しいので背負われる側なのだが、背負っているのが飯田 天哉なのだ。

 切島や瀬呂、尾白などやる気満々でメニューを熟す一方、水中であろうが走りで自分が引けを取る訳にはいかないと全速疾走の飯田。

 結果的に競争にまで発展して何度も揺れに耐える事に。

 

「どうしてってお前が体力強化で申請したからだろう」

「だってそうでもしないと許可が下りないと思ったんだよ!」

 

 走っていた訳ではないがしがみ付いて落ちないように必死だった峰田は、走り切った飯田より降ろされるとがっくりと肩を落とす。

 本来の目的を知っていた上鳴からの指摘は痛い程突き刺さる。

 なにせ女子のプールの申請理由は“日光浴”。

 だから遊んでいても文句は言われない。

 

「って言うか扇動はどうしたんだよ!アイツはメニューしないのかよ!!」

「無茶言うなって。扇動は骨折してんだから」

「でもリカバリーガールに治して貰ったって聞いたぞ!」

「それでも無茶は出来ないって」

 

 恨み辛みをメニューを提案した扇動に向けるも、当の本人は雄英高校に訪れているがプールには顔を出しただけで参加はしていない。

 

 確かに扇動は期末の実技試験にて骨折はしたが、リカバリーガールの個性により完治に近い程回復は進んでいる。

 大怪我を負っても一瞬で治す事も可能である治療系個性であるものの、対象者の体力を消費して治癒能力を向上させるという性質上、限界を超えて消費させてしまうと対象者を死なせてしまう。

 ゆえに最初は歩ける程度に回復させたのだが、昔から鍛えていただけに体力は多い扇動は数日後に蓄えた上でもう一度個性を使っての使用を頼み、完治または完治にほど近い状態まで治して貰ったのだ。

 それでも念のために無理はしないようにと注意はされて。

 

 言い返せない峰田はため息を吐き出し、プールへと視線を向ける。

 男子とは反対側のレーンで遊んでいる女子達。

 視線を向けているとそこを爆豪が横切って行く。

 

 来るとは思っていなかったが一応誘ったところ、切島が誘った事もあってあっさりと参加したのだ。

 それも一番熱心にメニューを熟していると言えるほどに。

 

「なんでアイツはやる気満々なんだよ」

「切島、なんか知ってる?」

「いいや。なんか誘った時からあんな感じだったぞ」

「あぁ、あれじゃないか。扇動の家に行くからじゃないか?」

「扇動の家に?」

 

 わざわざ爆豪が扇動の家に遊びに行く様子が想像出来ずに首を傾げてしまう。

 だがこれは轟の言葉足らずで、そこに事情を知っている緑谷が付け足す。

 

「むーくんの家と言うよりはお爺さんの家だよ」

「扇動の爺さん家ってこっから近いの?」

「ううん、ちょっと遠いかな」

「はぁ?遠出は駄目なんじゃねぇの!?」

「馬鹿かテメェは。安全が確保できりゃあ問題ねぇだろうが」

 

 なんで扇動だけ許可が下りるんだよと不満を口にすると、通り過ぎ様に爆豪が答えて行った。

 それでもはっきりと理解出来なかった峰田と上鳴に緑谷は追加として扇動の祖父である流拳がプロヒーローで、流拳の自宅がある敷地内には彼のヒーロー事務所があり、サイドキックも含めてヒーロー資格保有者が多く在中していて安全は確保できるという。

 

「遠出の許可が下りた理由は解かったけど、それでなんで爆豪がやる気満々なんだ?」

「――あれ?なんでだろう?」

 

 そこで緑谷も首を傾げた。

 理由は簡単。

 職場体験でのリベンジマッチ。

 つまり扇動 流拳と戦える一点にある。

 流拳も流拳で爆豪の事を気に入っており、戦いがっている事もあっての事だ。

 

「緑谷も行くんだろ?」

「うん、流拳さんに会ってみたいのもあるし」

「お前もかよ!」

「なんだなんだ?」

「遊びに行く話か?」

 

 扇動の祖父の家に遊びに行くことが広がって、面白そうと反応する面々が増えると当然ながら俺・私も行っても良いかな?と話がさらに膨らんで行く。

 最終的に同居している轟が聞いてみる事で話は落ち着く。

 

「扇動なら問題ないって」

「お前、さっきまで扇動に不満漏らしてなかったか?」

「ソンナ訳ナイジャナイカ」

「ロボットみたいになってんぞ」

 

 はっはっはっと笑いながら俺も行ってみたいと表明した峰田は、先ほどまでの事を無かった事にしてご満悦な様子であった。

 爆豪や緑谷は二泊三日で泊りがけの予定だった事から、皆でお泊り会と葉隠や芦戸辺りが口にしていた事から、泊りならと妄想を一人膨らませているのが原因であった。

 

 当然話を聞いたら真っ先に警備を強化されるとも知らずに…。

 

 

 

 

 扇動はよからぬ気配を感じ取ってブルリと震え、周囲を見渡すが目の前に広がる光景以上に悪い事もないだろうと気のせいで片す。

 隣に居たパワーローダーはその様子に気付いて心配そうに顔を向ける。

 

「夏風邪でも引いたか?」

「体調管理はばっちりと思ったんですが……念のために帰ったら風邪薬飲んどきます」

「そうしておいた方が良い。治すのに体力をガッツリ使って身体が弱ってるかも知れないんだから」

「確かに。なるべく安静にしておきますよ」

 

 言葉を交わした二人だったが、ずっと目の前の現実から目を背ける訳にもいかないのでため息交じりに直視する。

 二人は現在サポートアイテムの動作確認の為に体育館を借り、その様子を眺めていたのだけれど起こったのは暴走事故。

 辺りに散らばるサポートアイテムの残骸に破片。

 ぶつかった衝撃で壊れた壊れたデータ収集用の機材。

 爆発によって焦げた体育館の一部。

 そして「やってしまいました」と振り返る制作者の発目 明を始めとする開発チーム一同。

 

 夏休みでも開発工房で作業していた面々は、扇動が来ると言う事で動作確認に誘ったのだ。

 誕生日を過ぎたのもあって休みを利用してバイクの免許を取得。

 バイクに乗れるという事で早速サポート科が開発したバイクを見せる事に。

 

 形状は扇動のノートにあった仮面ライダー一号・仮面ライダー二号のサイクロン号。

 目の前に再現されたバイクを見て感嘆の声を上げた扇動をさらに驚かせようと一行はとある仕掛けを見せ付ける。

 取り付けられていた六気筒が稼働して下向きとなり、ブースターとしてバイクを宙に浮かせたのだ。

 

 まさかの仕掛けに驚く中で異変が現れ始めた。

 ブースターの出力が思ったより高く、体制が保てずに崩れ始めたのだ。

 最初は緩やかとだったが、体制を立て直そうとするとより激しくなり、最終的にはガメラを連想させるような高速回転を始めて機材やそこらへんにぶつかりまくり、終いには大破炎上に至った。

 せめてもの救いとしては遠隔の動作確認で誰も登場しておらず、念のためにと離れていたのが功を成して怪我人が一人も居なかった事だろうか。

 

「後片付け大変そうですね」

「言うな。すでに俺の胃が痛いんだから」

 

 大きいため息を零すパワーローダーは常備している胃薬の瓶を取り出して、お湯を求めて給水所に向かって歩いて行く。

 多くのサポート科が片づけと反省会を同時並行で行う中、扇動は壁を背もたれにしてぼんやりと眺めつつ、自分の手荷物から一枚のチケットを取り出す。

 

 本日、雄英高校に訪れたのは遠出の申請を通す為である。

 長期の休みである夏休み中に祖父の家に帰省する事はすでに許可を取っていたが、手にしているチケットに関してはまだだったので申請しに訪れたのだ。

 

 ―――“I・エキスポ”への招待ペアチケット。

 

 “I・エキスポ”とは“I・アイランド”で行われる個性技術博覧会だ。

 そもそもI・アイランドというのは世界各国の関連企業が出資し、世界屈指の技術者による個性研究やらサポートアイテムを含む発明が行われている人口島・海上都市で、警備は最高峰のシステムを誇る監獄“タルタロス”に相当するという。

 島での生活が困らないように必要なインフラから娯楽施設までしっかりと充実しており、出来ない事と言えば技術者への保護プログラムにより旅行が出来ないということぐらい。

 

 そのI・エキスポに扇動は招待されたのだが、正直言って悩みの種でしかない。

 行きたくないと言う訳ではなく、世界屈指の技術に触れれる機会なので寧ろ行きたいまであるのだけど、問題となっているのはこれがペアチケットであると言う事。

 しかも二枚。

 

 一枚は雄英体育祭一年の部で優勝者した景品として送られ、もう一枚は祖父が出資企業の一つと言う事で伝手を使って手に入れて「友達と行って来ると良い」とプレゼントされたのだ。

 

 I・エキスポのチケットを二枚持っていてもしょうがないので、一枚はすでに切島に待たしてある。

 正確に言うと爆豪にもこういった機会に触れた方が良いと思い、切島に誰からとかを伏せて誘って貰う事にした。

 ただでさえ自分が誘ったところで怪訝な反応する上に今回は、扇動自身(優勝者)が優勝賞品で爆豪(決勝戦場外敗け)を誘った場合、嫌味・煽りと捉えられて喧嘩になりかねない。

 

 もう一枚は自分ともう一人、イズクを誘おうと思ったのだけど先約が居たようだ。

 ならば誰を誘うか。

 I・エキスポのチケットとなると人気も高く、父親が出資企業という事で三人分のチケットを貰ったお嬢も、クラスの女子を誘おうと声を掛けた際に、体育祭並みに熱意のあるじゃんけんが繰り広げられたのを思い出す。

 もしもクラスの男子に声を掛けたらそれ以上の騒ぎになるのは必須。

 だからと言って誰かを指名するべきか悩む。

 いっそのことペア券だけど一人で良いかと過るも勿体ないような気もする。

 事を大きくしたくないなら同居人である轟を誘えば良いのだけど、エンデヴァーからチケットを貰っているというし、どうしたものかと頭を大いに悩ませる。

 

 プールに全員居るのであれば騒ぎ覚悟で、ペアの相方をレースか何かの景品としてしまえば悩む必要もなくなる。

 あまりに騒ぎ過ぎたら学校に居る相澤先生に睨まれる可能性が非常に高いが……。

 

 チケットをひらひら揺らしながら考え込んでいると、片付け&反省会をしていた発目がこちらを凝視していた。

 かなりの距離が空いていたが個性“ズーム”を使用した発目の前では、文字と認識出来ない程の黒染み羅列を読み取るなど容易である。

 瞬間移動でもしたかと思う様な速度で近づいた発目はがっしりと扇動の肩を掴む。

 

「私、凄く、気になります!!」

「お、おう……」

 

 思わず扇動が後ずさる様な圧。

 何事!?と反省会を開いていた他のメンバーと、胃薬を飲んで戻って来たパワーローダーの視線を集める。

 

 ふむ、と少し考える。

 サポート科の生徒としては気になる所であるだろう。

 発目には色々と作って貰っている恩と、これからも様々な頼みごとをする事になる。

 ここは感謝を表すのも含めて彼女を誘うべきだな。

 

「I・エキスポのペア券なんだけど一緒に行くか?」

「是非!」

 

 強く即答した発目にそうだと扇動はある事に気付く。

 

「パーティとかあるんだけどドレスとか持ってるか?」

「持ってませんね!制服では駄目でしょうか?」

「制服も礼服だから問題ねぇとは思うが、俺のスーツ仕立てに行くついでにドレスも仕立てるか」

「高いのでは?」

誘った手前(・・・・・)、俺が出すよ」

「そうですか!ありがとうございます!代わりに手続きとかしておきますね!!」

「外出の手続きなら―――」

「I・エキスポでは様々なアトラクションもあるそうです。中には戦闘系もあるのでコスチュームとか入用になるかと」

「あー…なら頼めるか」

「勿論です!」

 

 扇動はドレスの事もあってこの後に用事があるかを聞き、店に予約するのもあって時間と集合場所だけ決めて何処かに行ってしまった。

 早速コスチュームを校外に持ち出す書類を求める発目だったが、二枚要求された事にパワーローダーは嫌な予感がしてならない。

 何故二着も必要とするのか。

 本当に発目をI・エキスポに行かして問題とか起こさないか。

 不安が過るも全部扇動に任せる事にして、パワーローダーは何も見なかったことにしたのだった……。



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第67話 I・アイランドへ

 窮鼠猫を噛む―――いいや、火事場の馬鹿力と言う奴か。

 追い詰められたヒーローとは厄介なモノさ。

 己の身命すら捨ててでも文字通り決死の覚悟と言う奴で立ち向かって来る。

 オールマイト、彼が良い例だろう。

 彼一人のおかげで手塩に掛けていた僕の部下も個性もすり減らされ、随分としてやられたものだよ。

 だから僕は―――使える人間と個性を求めていた。

 減ったら補充するのは当然だろ?

 

 オールマイトの事もあって強個性はどうしても欲しかった。

 部下に与えるも自身で使うにしても。

 そんなある時、彼の事を知った。

 個性もヒーローとしての意思も強い彼を知ったのは、彼がオールマイトの協力者として私を追っていたからだ。

 彼自身はオールマイト程ではないが、それでも部下と協力組織をかなり潰してくれたよ。

 ただ彼は強個性を持っている割には使いこなせていなかった。

 怠けていた訳でも個性に頼り切っていた訳でもない。

 使いこなすだけの才能を持ち合わせていなかった………それだけの話。

 ゆえに勿体ないと思った。

 あの個性を手にしたのなら私はオールマイトを返り討ちにするのも容易い。

 

 それに弱点もあった。 

 ヒーロー一族出身であるも一族からは冷遇され、護るべき存在を傍らに置いていた。

 付け入るには充分過ぎる程だった。

 彼を疎む一族の人間に声を掛けて手駒とし、オールマイトが離れている隙を突いて妻子を襲撃。

 誘拐して取引材料にしようと計画したが、ヒーロー登録していないだけで妻の方もかなりの個性を持っていた。

 別に無理に欲しいという程では無かったが……。

 

 おかげで手間取った結果、彼が到着してしまった。

 僕は彼の目の前で瀕死の重傷にした彼の妻を示して提案した。

 彼女を助け助けたくば僕に協力すべきだと。

 素直に言う事を聞くとは思えなかったが、それがいけなかったのだろう。

 

 彼は覚醒した。

 妻子を助ける為に、多くの人を護るために、そして僕を殺す為に。

 驚いたよ。

 その場に用意していた手駒は勿論、部下も文字通り(・・・・)磨り潰され、弾かれ、吹き飛ばされ、破裂させられた。

 ヒーローと呼ぶには血生臭く、ヴィランと称するのは生易しい。

 心躍ったよ。

 こんな人材がいたのかと。

 持ち得る手段を全て無効化され、攻撃の全てを操られ、策も個性も数も何もかもを踏み潰されてしまった。

 

 もしもあの場に彼の妻子がいなければ僕はあの場で死んでいただろう。

 同時にリスクを背負ってでも僕自身が出向くべきと思った直感は正しかった。

 

 瀕死の状態で動けない彼の妻を盾に取った瞬間出来た彼の大きな隙。

 それを見逃さずに急所を突いて死に体にする事が出来た。

 完全に死ななければ後はどうとでも出来る。

 目の前で、この身で味わう事になった個性を手に入れるという高揚感は凄まじかった。

 だからこそ僕は―――…。

 

 

 

 周りに並ぶ電子機器に囲まれた薄暗い一室で目を覚ます。

 懐かしくも忌々しい光景を夢に見た男―――オール・フォー・ワンは小さく息を吐く。

 

 もう少しで手が届いた筈だった。

 死に体の彼が最後の最後に個性を暴走させ、個性因子どころか肉体も残さずに逝った。

 あと少し判断が遅れていれば巻き込まれていた所だったよ。

 だけど戦闘行動に支障が出る程の怪我を負った状態で、事件を聞き及んだオールマイトが向かって来ていると聞けば即座に引くしかない。

 本当に惜しい事をしたものだ……。

 そっと左腕を撫でていると“ドクター”と呼ばれる男がはてと首を傾げる。

 

「何処か痛むのかな?」 

「あぁ、ドクター。懐かしい夢を見ていたよ」

「夢?」

()が疼くようだ」

 

 そっと撫でる部位に視線を向けるも怪我など後も残っていない。

 すでに治療を終えて完治した上に、傷跡も残っていない傷。

 あの出来事は存在しない傷の疼きを感じる程に深く刻み込まれた。

 

「せめてあの子供が個性を受け継いでおればな」

 

 ドクターは心底残念そうに口にした。

 彼の個性も遺体(・・)も手に入らなかったが、希望として子供がいた事に注目した。

 親から子に個性が引き継がれるばかりか、さらに強く濃くなって受け継ぐ場合が多い。

 こっそりと目を付けて表に出ないように調査した結果は、“無個性”という残念極まるものであったのは苦い思い出だ。

 

「最近死柄木がその少年の事を気に掛けていてね。いやはや、因果と言う奴なのかなこれは?」

「繋がりが多過ぎて死柄木だけではないのだろうに」

「ははは、そう言われればそうなんだけどね」

 

 ニタリと笑う。

 あの無個性の少年が雄英に居ると報告を受けた時は耳を疑い、大いに笑ったものだ。

 さらに死柄木のヴィラン連合による襲撃や保須市、雄英体育祭での活躍を聞いて勿体ない事をしてしまったんだと嘆いたものさ。

 彼ならば良い駒になったかも知れないのに……と。

 そうなったらオールマイトがどんな反応を示してくれたのか。

 想像しただけで可笑しくて堪らなかった。

 

「例の件、そのままで良いのか?」

 

 クツクツと嗤っているとドクターの問いかけで意識を戻す。

 ドクターが言っているのはつい最近用意したちょっとしたサプライズ(・・・・・)の事だろうと理解した。

 不出来で計画自体にそれほど関心もなかったが、副産物として面白いと思ったからこそ協力を申し出た訳だが、どう転ぶか楽しみで仕方がない。

 

「本当なら見物だけでもしたかったが仕方ないよ。ふふふ、どんな表情を浮かべてくれるんだろうか―――オールマイト」

 

 静かにオールマイトから憎まれ、オールマイトを恨む巨悪は静かに笑う。

 

 

 

 

 

 

 妙な悪寒を感じてオールマイトはブルリと震えた。

 彼は現在八木 俊典としてではなくオールマイトとしてI・アイランドに訪れていた。

 

 まだオールマイトが“平和の象徴”と呼ばれるよりも以前。

 アメリカに留学していた頃にとある人物と運命的な出会いを果たす。

 学友で親友、様々なアイテムとコスチュームを作ってオールマイトのルーキー時代を支えた相棒であった“デヴィット・シールド”。

 現在、彼は世界屈指の科学者としてI・アイランドにて日夜研究に励んでいる。

 

 そんな彼に御呼ばれしたのかと言えば違う。

 オールマイトを招待したのはデヴィット・シールドの娘、メリッサ・シールド。

 彼女に会うのも久方振りで、親友のデヴィットにもだが彼女に会うのも楽しみでならない。

 

 チケットには同伴者もとあったので後継である緑谷を連れ、待ち合わせの場所に向かおうとするも、I・アイランド空港に降り立ったところで熱烈な歓迎を受け足止め。

 オールマイトもファンサービスにしっかりと答えるので、集まった観衆の相手と求められるサインの対応をにこやかに熟し、巻き込まれる形となった緑谷は揉みくちゃにされてえらい目にあってしまっていたが……。

 

「あそこまで足止めされるとは……約束の時間に遅れてしまう所だった」 

 

 先程の悪寒は何だったのだろうかと首を傾げつつ、至る所に頂いた真っ赤な口紅のキスマークを拭き取って行く。

 正直な話、I・エキスポが開催されるとは言え、一般公開前のプレオープンでこれほどの来場者がいるとは思っていなかった。

 

「約束?」

「古くからの親友と再会したくてね」

「オールマイトの古くからの親友!!」

 

 眼をキラキラさせて誰なんだろうと興奮気味な緑谷に対して、オールマイトはまず一つ説明というか口止めをしておかなければならなかった。

 親友で相棒であるがデビットは個性“ワン・フォー・オール”の事は知らないと言う事。

 誰とは伝えていなくても「親友と称した人物なのに?」―――と疑問符を浮かべていたが、逆に親友だからこそワン・フォー・オールの秘密を教えて巻き込みたくないのだ。

 訳を話したところ理解と決意の色を浮かべ、返事としてはそれで十分。

 

 遠くよりビヨヨ~ンとバネが伸び縮みするような音が耳に届き、周囲を見渡すと坂を上り下りする階段の左右に咲き誇る花々と眺めたり通りがかった人々などがいる中、ホッピングで跳ねながら向かって来る少女が目に付いた。

 

「おじ様~」

「あぁ、メリッサ!」

 

 ホッピングで跳ねた勢いで跳び付いて来た少女――メリッサ・シールドを受け止める。

 年月が経つのは早いものだ。

 前までは小さなお嬢さんだったのが今や立派な女性だ。

 

 相も変わらずデイブ(デヴィット)が研究で忙しい事や、彼女がアカデミーの三年生であるなど話に華を咲かし始めたところで、放置されてどうしようと言わんばかりの表情を浮かべる緑谷少年が目に映り、しまったと苦笑いを一つ零して二人に紹介する。

 

「おっと、紹介しよう。彼女は私の親友の娘の――」

「始めまして、メリッサ・シールドです。緑谷 出久君、だよね?」

「え、僕の事を知っているんですか?」

「雄英体育祭見ましたから」

 

 見られて嬉しかったのか、それとも恥ずかしかったのか。

 頬を軽く染めながら、後頭部を掻く。

 照れ隠しだったのだが宜しくとメリッサから握手を求められていた事に遅れて気付き、オールマイトもだが緑谷もヒーローコスチュームを着用していた為に慌ててグローブを外して答える。

 

「雄英高校ヒーロー科一年A組、緑谷 出久です」

 

 握手を交わす二人。

 それも束の間、メリッサの目が変わったのをオールマイトは気付いた。

 まだ十代の少年の手はごつごつと逞しく、薄っすらだけど怪我が伺える。

 

 さすが将来有望な科学者の卵と言うべきだろう。

 もう研究者としての分析が始まっていた。

 個性に身体が耐えきれていないのを見抜き、補助機能の無いオーソドックスなコスチュームの問題点と改善点を頭の中で洗い出す。

 思考しながら観察するのに集中し過ぎて、メリッサは距離感を物理的な詰め過ぎていた。

 それは緑谷少年には毒であり、顔を真っ赤にするどころか目を回している。

 

「おっほん!メリッサ、その辺で」

「あ!ごめんなさい、つい」

 

 わざとらしく咳払いするとメリッサも気付いて我に返った。

 

「それにしてもメリッサも見ていたんだね。雄英体育祭」

「リアルタイムではなくてハイライトでしたけど。今年は特に有名でしたから」

「有名?」

「一年の部で優勝した子が無個性で」

「扇動少年の事だね」

「こっちでもニュースで取り上げられたり、ネットでも結構色々書かれてて、無個性の希望だとか―――でも…」

 

 明るく言っていたメリッサの表情が曇り、口籠ってしまった……。

 その反応に知らず首を傾げるオールマイトに、反して緑谷は暗い顔を浮かべた。

 良い意味でも悪い意味でもあの体育祭の事は騒がれた。

 無個性だからヒーローには成れないという概念が広まっている中、一種の希望を示した行為として称える者も多くいたが、何も知らず家が裕福でプロヒーローの家系である事を羨み、個性持ちが無個性に負ける筈がないと八百長を疑うネット上の書き込みもあったのも知っていた。

 友人が記事になっているだけに気になって観た緑谷は当時、そんな声もあるんだと怒りと悲しみを同時に感じ取った。

 

 

 もしもむーくんが知ったら何て言うんだろうか……。

 ―――あ?言いたい奴には言いたいように言わしときゃあ良いだろ。そんな気にするような事か?

 なんか大丈夫そうな気がする。

 

 

 感情を表情に出していた為、一人百面相をしていた緑谷にオールマイトもメリッサも苦笑いを浮かべてしまう。

 

「そういえばデイヴは何処に?」

「研究室に。長年研究していた仕事がひと段落したお祝いと、サプライズを兼ねてマイトおじさまを招待したの」

「そう言う事か」

 

 驚く親友の顔を想像しながらオールマイトはニカリと笑い、メリッサは「早くパパを喜ばせよう」とホッピングを手に取ると巻尺のようにコンパクト(・・・・・・・・・・・)に仕舞い、二人を目的地であるデヴィット・シールドの研究室へと案内するのである。

 

 

 

  

 I・エキスポでは様々な催し物が行われていた。

 世界最高峰の科学者が制作した発明品が並ぶサポートアイテムの展示から、個性に反応または対応したアート的なものから遊具的なアトラクション施設まで存在する。

 遊びにしても見物にしても一日では足りないぐらいだ。 

 一般公開前で結構な来客数があるのだから、これが公開された後では比にならない数になるのは想像に容易い。

 プレオープン前のチケットを入手、もしくは招待された客人は見て回るなら今のうちにと会場を周る。

 そんな中、訪れた扇動 無一はどんな催し物も無視して別のモノに興味を向けていた。

 

 今生でも騒がれる存在ではあるが、前世の記憶を持っている扇動にはより鮮烈で、驚愕に値する衝撃であった。

 ショッピングモールで死柄木に出会った時も驚きはしたが、あの時は寧ろ少し会話してみたい欲と緑谷が絡まれていた事でそれ処ではなかった。

 遠巻きながら少しだけ目線を上げ、見上げるように対象をキラキラとした目で見続ける。

  

 ごつごつとした表皮。

 顎辺りまで続く口に鋭い牙が覗く。

 長く太い強靭な尻尾を揺らし、力強い眼光が周囲を見渡す。

 オールマイトとは別の意味で圧倒的な存在感を放つ。

 

「――ゴ●ラだ…」

 

 特撮――それも怪獣映画として名立たる有名なタイトルが一つ。

 身長は四メートルほどにスケールダウンして、羽織やズボンを着用している以外は前世の記憶にある●ジラそのもの。

 感嘆の声を漏らすその後ろで発目 明は首を傾げる。

 

「ゴジ●ではなくゴジロですよ。怪獣ヒーローの」

「ゴジロ……熱線とか吐いたりするのかな?」

「さぁ?」

「もしかして俺が知らないだけで他にも怪獣ヒーローが居たりするのか?ガ●ラとか―――」

「良いから早く行きますよ!」

 

 早く早くと急かすように発目は扇動の手を引いてサポートアイテムが展示されている会場へ向かう。

 まるで子供の手を引く親を連想させる光景に周囲の視線が自然と集まる。

 当の本人達は我関せずと言った風で微塵も気にせず、扇動に至っては片手で携帯電話を使って検索を掛けつつ引かれるままに付いて行く。

 

 I・アイランドに出発前にパワーローダーは危惧しており、何度も何度も発目から目を離すなとフリ(・・)にしか聞こえない程に扇動に注意をしていたが、真逆な光景は予見できなかっただろう。

 

「へぇ、元々日本だったのがアメリカに拠点を移したのか。あっち(前世)もそうだったがこちら(今生)でもそうなんだな」

「そんなにあのヒーロー好きなんですか?」

「好き嫌いというか懐かしさが強いかな」

「知り合いだったんですか?」

「いいや。初見だし初めて知った」

「そうなんですね」

 

 普通なら会話の矛盾に疑問が上がるところだが、気に留めずに発目はすんなりと流す。

 扇動が関心を抱いた事に興味を示すも、今は遠目ながら見え始めた展示感情に意識が向き始めている。

 ――っとそこでグルンと振り返った。

 

「扇動さん、仮面だけでも取りませんか?」

「ホテルでも言ったろ。騒ぎは面倒だって。発目だって嫌だっただろうに」

「それはそうなんですが………目立てると思うんです!」

「出来るだけ希望は叶えてやりたいが回り辛くなるぞ。それでも良いのか?」

「では、諦めます!」

 

 今年の雄英体育祭一年の部は無個性が優勝して話題になったけれど、それほどではないだろうと思い込んでいた本人を他所に、意外に世界でも知っている人は多かったらしい。

 私服姿で降り立った扇動は道中「活躍見たよ!」とか「写真撮っても良い?」みたいな好意的な人に声を掛けられて、予約していたホテルに辿り着くまで想定外に時間が掛かってしまった。

 これからI・エキスポを見て回るにあたって、度々同じ目に会うと回るのもままならないと持って来ていたヒーローコスチューム“ウィザード”で顔も隠して出歩いているのだ。

 一瞬ながら扇動の知名度を使っての宣伝を思いつくも、サポートアイテムを見て回るのに邪魔されるのも嫌だと発目はあっさりと提案を引っ込めた。

 

「それにアレに比べたら俺なんて宣伝効果薄いって」

 

 そう言って示すのはモニター。

 天気やイベント、ニュースなどを流している中に、見知ったオールマイトと緑谷の姿が映し出される。

 どうもテレビ局がI・エキスポの取材に訪れており、偶然ながらI・アイランド空港から出て来たオールマイトと遭遇。

 取材しようと駆け寄るテレビ局に人気からわいわいと集まる周囲の人々。

 アレに比べたら微々たるものだろうと扇動は巻き込まれて揉みくちゃにされる緑谷に苦笑する。

 

(熱烈な歓迎を受けてるな八木さん。まるでシューンコップ(銀河英雄伝説)連隊長みたいだな)

 

 などと流れる映像を眺めながらそんな感想を抱きつつ、視線をモニターから前に向けるとまた遠くに先のゴジロが僅かながら視界に入った。

 Mt.レディに比べたら小さいが、それでも四メートルほどもあればやけに目立つ。

 二度目ゆえに最初程の感情は昂らずとも、ゴジロから思い出されるゴ●ラとアメリカで活動している点から、ふと脳裏をあるモノが過る。

 

「I・アイランドって海に囲まれてるけど魚市場とかあるかな」

「魚が食べたいんですか?」

「ゴジロ……だっけ?色々思い出してたらマグロ食いたくなってきた」

「良いですね!見て回ったら海鮮食べましょう!」

「店探しとくか」

 

 懐かしい前世の記憶から昼食を決めた扇動に乗った発目は、展示会場で心行くまで意見を交えながらサポートアイテムを見て回るのであった。



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第68話 メリッサ・シールド

 I・アイランドで開かれているI・エキスポには数々の個性と技術を活かした作品や施設が多数存在する。

 鑑賞するだけでなく体験出来るものや遊べるものと用途も多岐に渡って楽しめるだろう。

 

 緑谷 出久はオールマイトに連れられI・アイランドへ訪れ、今は様々なサポートアイテムが展示されているパビリオンをメリッサの案内の下で見て回っていた。

 並んでいる全ての品々がヒーローや人々の生活を支えているもので、自分の知らない技術力の世界に圧倒されまくる。

 

「どれも凄い!」

「ほとんどがパパの特許を元にした作品なんだ」

 

 満面の笑みで自分の事のように誇らしげにメリッサは語る。

 

 デヴィット・シールド博士。

 メリッサの父親でアメリカで活躍していた頃のオールマイトの相棒で、コスチューム製作や様々なサポートアイテムを開発しては支え、科学者として活躍する今でも彼の発明の数々は多くの人々とヒーローを救っている。

 科学者であれば知らぬ者もおらず、オールマイトオタクの緑谷 出久が知らぬ筈がない。

 

 オールマイトが親友と呼び、メリッサの父親であるデヴィット・シールドとは先程対面して来たばかりだ。

 本物のデヴィット・シールド博士に会えた興奮から、オールマイトの紹介を遮って知っている知識を総動員し、本人を前に【デヴィット・シールドがどれだけ凄い人なのか】とオタトークをガンガンと語ってしまった。

 結果、勢いと口早に自身が如何に偉大であるかを語られた博士は、照れとも苦笑とも取れる笑みを浮かべ、失礼なことをしたと後悔する事に。

 けれど緑谷自身が語ったことは決して嘘ではない。

 それは嬉々として語り、並ぶアイテムの数々を説明してくれたメリッサも同様の念を抱いている。

 

 ―――父のような科学者に成りたい。

 

 彼女は道中にそうも語ってくれた。

 自分にはオールマイトと血縁関係は無いが、偉大な人に憧れ追うと言う事に共感を抱いてしまう。

 

デク君(・・・)は本当に良い反応をするのね」

「は、はしゃぎすぎでしたか?」

「ううん、案内や説明し甲斐があって楽しいの」

「――そ、そうですか」

 

 クスリと微笑みを向けられ後頭部を掻きながら目を反らしてしまう。

 話題を変えようと何かないかと考え始めたところ、久々の再会から積もる話があると言っていた博士(デヴィット)とオールマイトが脳裏に過り、彼女とオールマイトの話を聞こうとして口を開く。

 ただ話題を変えるよりも先に遮られる事になるが。

 

「楽しそうやねデク君」

 

 背後から呼ばれてビクンと肩が跳ねる。

 メリッサには博士の研究室からパビリオンの道中で、ヒーロー名を教えたので知っているが、他にデク(・・)という呼ぶのは最近では特に限られる。

 振り返った先にはやはり麗日 お茶子がそこに居た。

 そればかりか隣にはイヤホンジャックを弄る耳朗、どこか申し訳なさそうな八百万の姿もある。

 

「麗日さん!?それに耳朗さんに八百万さんまで!」

「楽しそうやね」

「二回も言った!」

「楽しそうですわね」

「緑谷、聞いちゃった」

「恐るべし耳朗さんのイヤホンジャック!」

 

 麗日達クラスメイトとの遭遇には驚いたが、それ以上に何か勘違いされているような方が問題だ。

 同時に突然緑谷の知り合いらしき人達が現れたとしか分からず、話的に置いてけぼりを食らってしまっているメリッサにも説明をしなければならない。

 

「お友達?」

「学校のクラスメイトで何か誤解を…えっと、僕はメリッサさんに案内をして貰っていただけで」

「初めまして、メリッサ・シールドです。デク君とは私のパパとマイトおじ様が……」

「わわわっ!?」

 

 大慌てで言葉を遮る。

 I・アイランドにオールマイトの同伴で訪れている事は秘密にしたい。

 自分が後継である事は秘密であり、そうでないにしてもオールマイトに誘われてとなると一人の生徒を贔屓していると問題になるのでそれも非常に不味い。

 理由全てを語れなくともメリッサは焦りながら言わないでと頼む緑谷に分かったと笑みで答えた。

 

「良かったらカフェでお茶にしません?」

 

 唐突な提案ながら受け入れられ、一行でパビリオン近くのオープンカフェに向かう。

 どう誤解を解こうかと思案していた緑谷だったが、メリッサのおかげであっさりと解かれるばかりか、話題が変わって雄英高校の話で盛り上がっている。

 雄英生からしたら普段の日常だったりする話も、生徒ではないメリッサから未知の話。

 テーブル席について職場体験でヒーローの活動を体験した話なんかは、少し照れ臭いが興味を持って聞いてくれる分、楽しそうに談笑に華を咲かせていた。

 

 これに関してはメリッサが聞き上手というのもあると思われる。

 一つしか変わらないというのに落ち着きがあって、少女らしさを持ち合わせながら別の大人っぽさを持つ。

 私が私がと自身が話す事に夢中になることなく、興味を持って相手の話を聞く側になっている事から話す側としても話し易いだろう。

 

 なんにしてもホッと安堵で胸を撫で下ろした緑谷に、店員が注文したドリンクを運んで来た。

 

「お待たせしました」

「ありがとうござ―――って、上鳴君に峰田君!?」

「よぉ、緑谷!」

 

 まさか麗日さんに続いて上鳴君達に会うとは思わず声を挙げた。

 出会ったこともそうだが二人はカフェの店員用の制服を着ていた事にも驚かされる。

 

「二人共どうしたの?」

「バイトだよバイト」

「エキスポ開催中のバイト募集があってさ。バイト代も入るし休憩時間にはパビリオン見れると思って応募したんだよ」

「それに~」

 

 そういう手段もあるんだと感心していると二人の視線はメリッサさんを捉え、耳元へ口を近づけてひそひそと話しかけて来た。

 

「何処で知り合ったんだ、あんな美女」

「紹介しろよ紹介」

 

 感心が一瞬で消え去り苦笑いを浮かべてしまう。

 

 これに関しては緑谷だけではなく、二人の様子から察した耳郎は呆れ、麗日は緑谷同様に苦笑を浮かべて八百万は「またですか?」と怪訝な顔をする。

 対して視線を向けられたメリッサは少し首を傾げるも微笑を浮かべたままだ。

 

「彼らも雄英生?」

「――そうです」

「ヒーロー志望です」

「表情の切り替え速いなぁ」

 

 パッとメリッサに答える二人の表情はキリっとして、声色もかなり格好良くなっている。

 ここまで来ると呆れよりも感心してしまう。

 なんて思っていると遠くから風切り音を纏った足音が耳を打つ。

 

「君達!なにをバイト中に油を売っているんだ!労働に励みたまえ!」

「飯田君!?」

 

 駆け抜ける勢いで駆けよって来た勢いと圧に峰田と上鳴は短く悲鳴を上げるが、それ以上に他のお客さんに迷惑じゃないかなと声に出さず思ってしまう。

 

「飯田君も来てたんやね?」

「家はヒーロー一家だからね。I・エキスポから招待状を頂いて、だけど兄さんはリハビリに励んでいたりと家族は用事があって来たのは俺一人だが。君達は?」

「私はお父様がI・エキスポのスポンサー企業でして、招待券を頂きましたの」

「それで招待状が二枚余っているから厳正な抽選の結果、うちらが一緒に来たって訳」

「女子の皆も来てるから明日の一般公開で一緒に周るんだ」

「確か男子も全員来ているんだったな。なら皆で回るか―――っと、そう言えば扇動君は知らないな」

「むーくんも来てるよ。お爺さんがスポンサー企業だから招待状貰ったらしいよ」

「へぇ、そうなんやね」

「良かったら私が案内しましょうか?」

「良いんですか?」

「「俺達も!」」

 

 喰い付くように反応した峰田と上鳴であるが、いくらプレオープン前といえバイト中のみ。

 友人が居たからと言って他のお客もいる中で騒いでいて言い訳も無く、カフェのオーナーから険しい視線を受けて焦りつつ仕事に戻る。

 その様にクスリと苦笑いを一つ浮かべたところで、「そうだ!」とメリッサが手を叩く。

 

「今度はアクション系のアトラクション行ってみない?」

「アクション系ですか?」

「うん、ロボットをヴィランに見立ててのタイムアタックなんだけど」

 

 緑谷の脳裏を過ったのは雄英入試試験で行われて実技テスト。

 あの頃より格段と成長した自分を試して見たいのと同時に面白そうとも思ってしまう。

 注文したジュースを飲み干した緑谷にメリッサ、それと飯田と麗日達を合わせた一行は、道中向かっている施設から響く爆発音を耳にしながら向かうのであった。

 

 

 

 

 

 連続して爆発音が響き渡る。

 扇動 無一はI・エキスポのパビリオンを発目と一緒に見て回り、昼食や間食を挟んでやってきたのが“ヴィランアタック”というアトラクション。

 I・アイランドは日本と違って個性の使用が自由な為、個性有りきのアトラクションや施設も存在する。

 まさにこのヴィランアタックが良い例だろう。

 山岳地帯をイメージした外観に観客席が囲む中心には岩山のステージが立ち、所々にヴィラン役のロボットが配置されている。

 参加者たるチャレンジャーは個性や身体能力を発揮して、岩肌を昇りロボットを破壊して時間を競い合うタイムアタック。

 

 いくら使用が自由だとしても好き勝手に使える訳ではない。

 下手に使って物を壊せば器物破損、人を傷つければ傷害罪と当たり前だが法の裁きを受ける。

 だからこそこうやって思いっきり個性を使えるのは面白く、物珍しさもあるだろう。

 

 ―――雄英ヒーロー科の入試を受けた連中には既視感しかないだろうがな…。

 

 あれから半年も経ってないんだよなぁとしみじみ思いながらぼんやりと眺める。

 タイムアタックのスコアボードには次々と記録が刻まれ、上位はほとんど雄英生が叩き出していた。

 扇動に頼まれて爆豪を誘って訪れていた切島も挑戦は33秒で八位を叩き出したら、続いて爆豪が13秒(・・・)で一位の記録を出して、お嬢(八百万)達と共にやって来た緑谷が15秒(・・・)で二位になり、招待されていたエンデヴァーの代理だった焦凍がステージごと凍り付かせるという荒業で14秒で2位の緑谷を追い抜く。

 八位だった切島が数分もしない内に11位にまで下がる事に。

 

 切島達が来るよりも先に挑戦していた扇動は、張り合う事無く飯田や麗日など他の面子が挑戦するのを眺めるばかり。

 ちなみに元々の順位でトップ十位にすら入っていない。

 趣旨タイムアタックであったが複数のカメラで動きを追っているのに注目し、ライダーコスチュームの宣伝しようと思ったのか発目が「無料動画サイトにアップしましょう」と誘ったのが理由なので、どちらかというと時間を気にしつつも見栄え重視で実戦よりはショーに近く、それほど高タイムは出せなかった訳だ。

 当然ながら挑戦する際に許可は取っている。

 

 それにしてもとステージから視線を隣に移す。

 隣の席には発目が座っているのだが、彼女の興味はすでにステージやアクションには存在しない。

 今、興味の対象は緑谷を案内していたというメリッサ・シールドという少女。

 

 このアトラクションに訪れた緑谷から紹介され、シールド姓から有名なデヴィット・シールド博士を連想していると、実際に博士のご息女だったのには驚かされた。

 とは言っても名や経歴の一部を知っている程度で、関わるどころか会った事すらないので知らなかったのだが。

 そのメリッサ・シールドは発目と和気藹々と言った様子ながら、専門的な技術的談義を展開して内容に関しては周囲の誰も寄せ付けない感じ。

 

 本当に出会って短い時間でほとんど喋っても居ないのだけど、扇動はメリッサに対して好印象を抱いている。

 自身のコスチューム(ウィザード)を観ただけで材質や用途をほぼ言い当て、追加で発目の興味をそそるような改造案などを即座に口に出来るほどに専門的な知識、高い技術力に理解力と構想力を持ち合わせている。

 話した感じと雰囲気から大人びた落ち着きと常識的(・・・)なのもまた良い。

 

 開発自体が趣味となってぶっ飛んだ発想と技術を扱う発目はいわば荒々しい原石だ。

 俺は実験台を行う事で問題点を示す役割を担っているに過ぎない。

 開発工房では発目に協力する生徒も増えたがそれらも技術力も経験もまだまだ未熟な原石側。

 原石を磨く研磨役というピースが不足している。

 ついでにパワーローダー先生を支える抑え役というか常識枠も欲しいところだ。

 

 熱が籠った会話を続けながらも私が私がと話すのではなく、聞き手に回って理路整然と発目と上手く話しを進めている【改造案を練っている】。

 

(彼女、欲しいな(・・・・)。なんとかこっちに引き込めないかな?)

 

 勿論だが彼女は彼女でしたい事があるだろうし、相手の意思が伴わない無茶な勧誘なんてする気も無いが、その技術力如何では研磨役、発目を高め合う仲間として欲しい(・・・)と思わずにいられない。

 

 なんて考えたのを感じ取ったのか発目はピクリと身体を震わせ、シュバッと風を切る様な勢いでこちらを向いた。

 

「今、何を考えてましたか?」

「いや、別段口にするようなことは……」

「少し話しただけですけど、彼女は結構な技術を持っています!」

「うん?」

「ですが扇動さん!私も負けておりませんし、先に契約(・・)したのは私ですので!」

「お、おう」

 

 一見いつものように笑顔で詰め寄っている様で目が笑ってねぇし圧が強い。

 圧されながらも返事を返すととりあえず満足したのか会話に戻って行く。

 何だったんだ今のは……と後から疑問を抱くも、発目がI・アイランドに持ち込んだ大量の荷物(・・・・・)同様に深く考え込むのを止めた。

 

 

 

 

 

 “個性”は持っているのが当たり前の時代。

 少数派である個性を持たない無個性は稀有であり、時にはその違いから苛めや周囲と馴染めないという話を耳にする。

 

 私は周囲の人達に恵まれていたと思う。

 パパは無個性と診断されて自分の個性も大したことは無いからと慰めてくれた。

 友人達は気遣ってくれるも決して仲間外れにする事はなかった。

 けれど個性有りきの社会ゆえに疎外感というのはどうしても感じてしまう。

 何より“無個性”と言い渡された自分は―――ヒーローを目指してはいけない――そう、告げられた気がした…。

 

 けれど私には夢が出来た。

 マイトおじさまは災害(トルネード)すら一撃で片付ける凄いヒーローだ。

 そんなマイトおじさまはパパの事をヒーローと呼ぶ。

 パパでしか出来ない事、作れないサポートアイテムが支え、十分の活躍が出来ていると。

 

 ヒーローの形も一つじゃない。

 無個性の私も成るんだと日々研鑽を詰む。

 いつの日かマイトおじさまのようなヒーローを支え、誰かのヒーローになろう。

 

 懐かしく今も色褪せない始まりの記憶(オリジン)

 

 クスリと微笑んでしまう。

 今年に入ってよく意識するようになった。

 

 日本ではビッグイベントとされる雄英体育祭。

 こっちでも中継で放送されたりはしたけれども私は見なかった。

 ついつい研究に没頭しちゃって。

 だから目に付いたのもニュースで騒がれていたからだ。

 

 “無個性”ながら同年代の強個性持ちを破って優勝した少年。

 聞いた最初は疑いの方が大きかった。

 ニュースやネットではハイライトシーンが流れ、思い込みを抜きにして客観的に一人の科学者の卵として観た。

 身体つきや運動量にスタミナからして相当に鍛え上げられているは勿論、一番に注目したのが身体能力や戦闘能力に頼り切る訳ではなく、彼が技術や知恵をも駆使していた点。

 

 無個性でもヒーローを目指せる。

 観た時は凄いなぁって感心しちゃった。

 他にもサポート科の生徒の試合にも魅入ちゃったし、これならハイライトでなくて中継を見ればよかったと後悔したっけ。

 

 そして今日。

 I・エキスポに招待したマイトおじさまが同伴で連れて来たデク君。

 オーソドックスなコスチュームに、ヴィランアタックで見せた高い能力と強い個性。

 彼は目を見張るほど強く映ったのだけど、逆に身体に残る傷や様子から身体の方が個性に耐え兼ねていたのは一目瞭然。

 

 パーティ前にアカデミーの研究室に寄った私は置いていたサポートアイテムを手に取る。

 以前マイトおじさまの全力にも三発は耐えたガントレット。

 通常時は腕輪と変わらないけど起動させたら指先から肘の辺りまでを覆う仕組みとなっている。

 これなら個性に耐え切れてないデク君をサポート出来るだろう。

 

「私も夢に近づけれるかな」

 

 色褪せない気持ちと思い出が溢れる。

 デク君は私が無個性としって暗く、何処か申し訳なさそう(・・・・・・・)な顔をしていたけれど、無個性だと言う事を気にしてないしパパという目標がある事を語ったら笑顔を浮かべた。

 ガントレットを渡すと彼はそんな、と遠慮するも最後は嬉しそうに受け取ってくれた。

 これで私も夢に一歩でも近づけれたら良いな。

 

 なんて思っていると寄り道していた分、合流時間を過ぎてしまっていた。

 デク君には悪いけど一人先に行って貰って、急いでパーティの準備をしなきゃ。



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第69話 悪意はすぐそこまで…

 オールマイトは暗い顔を向ける。

 

 親友デイブことデヴィット・シールドとの出会いはアメリカへ留学した頃に遡る。

 大学内で実験中に事故が発生して数人が取り残されておると聞き、救助しなければと飛び込んで救助したのが最初の出会いだったと記憶している。

 当時の私はコスチュームではなく私服しか持っておらず、頑丈を売り文句にしている物もワン・フォー・オールの力を振るって耐えきれる程ではなく、救助した際に耐え切れなくなった上着が破れ落ちた事で彼が丈夫な素材でコスチュームを作ってくれてから相棒として行動を共にするようになる。

 改良されていくコスチュームに様々なアイテムでサポートしてくれて大いに支えて貰い、事件が発生する度に駆け付ける私に苦笑いを浮かべながらも付き合ってくれる日々。

 結果的にデイブを巻き込んで何度も授業に遅刻させてしまい、単位が危うい状況に追いやってしまうなど申し訳ない事をしてしまったものだ。

 

 その後、私は日本に帰国してヒーロー活動に従事し、デイブはアメリカを拠点に科学者として活躍していった。

 互いに忙しいのもあって学生の頃のように気軽に会う事は少なくなったが、親友としての関係は依然と変わらないと自負している。

 今日、メリッサから仕事をひと段落付けたデイヴへのサプライズを兼ねて、I・エキスポへの招待券を頂いて久しぶりの再会は驚きもありながらも喜んでくれたようで何よりだ。

 私も久々の再会は嬉しい。

 

 だから君にそんな思いつめたような顔をさせてしまい申し訳なく思う。

 

「これはどういう事なんだ?」

 

 メリッサに連れられ緑谷少年と共にデイブの研究室に訪れ、やはりというかデイブの知識も豊富に持っていた緑谷少年には紹介するよりも、興奮気味に説明というか解説を入れてデイブを戸惑わせていたが、その間にも活動限界を迎えそうだった私に気付き、メリッサに緑谷少年をエキスポの案内をしてあげるようにと提案し、助手らしい人物へやんわりながら人払いをしてくれた。

 私を労わりながら前回よりも調子が悪くなっている事を察して、すぐさま検査をしようと研究室奥の検査室へ通され、デイブが動揺しているのはその検査結果。

 

 彼はオール・フォー・ワンとの戦いで負傷している事を伝えており、徐々に衰えているのも検査もして貰っているので当然知っている。

 

「急激に個性数値(・・・・)が落ちている。どうしてだトシ。何故こんなに……一体何があったと言うんだ」

「無茶をしてきたからね。身体にガタが来ているんだよ。それに私も歳だからね」

 

 個性も身体能力の一部である事から歳を重ねれば老いていくこともある。

 嘘――…ではないと誤魔化しつつ。真実も語ってはいない。

 しかし、デイブが観ている検査結果はそんな生易しいものでは決してない。

 

 個性数値とは人体にある“個性因子”と呼ばれる個性を発動させる基盤の量を数値化したもの。

 負傷してから何度も健康面を見る為にもデータを取っており、今まで個性数値をグラフ化すると緩やかに下降して減少はしていたが、本日測定したデータには今年の間に急激すぎる降下が表されている。

 緩やかな斜面から崖底に落ちたようなグラフに戸惑わぬ筈がない。 

 

 原因は明らかに緑谷少年にワン・フォー・オールを譲渡した事だろう。

 だが、これだけは親友でも――…いいや、親友だからこそ話す訳にはいかない。

 話してしまえばデイブやメリッサをオール・フォー・ワンとの戦いに巻き込んでしまうかも知れないのだから。

 

「このままでは“平和の象徴”が失われてしまう……君がアメリカに残ってくれたらと、どれ程思った事か」 

 

 ヒーローとしてだけでなく、親友として想い心配してくれるのが表情や言葉の節々に見られる感情から伝わって来る。

 

「大丈夫さ。優秀なプロヒーローも居るし若手も育ってきている。それに君のようにサポートしてくれる方もいる。私だって一日数時間だけだけどヒーロー活動は出来る」

「しかし――…」

 

 不安に思うのも解る。

 だけど大丈夫さ。

 経験と実戦を詰んだベテランヒーローだけでなく、シンリンカムイのように若手のプロヒーローも実力と経験を得て活躍を増し、教員として接している雄英生達などヒーローの卵も日々成長を見せている。

 それに跡を託せる緑谷少年の存在もある。

 悲観するばかりでは決してない。 

 安堵させるようにニカリと笑いかけるも完全に払拭された様子はない。

 

 検査の後には研究室に戻っては話題を変えて色々語り合い、空は青空からオレンジ色に染まる夕刻に差し掛かる。

 プレオープン前のI・エキスポ招待券には、レセプションパーティへの招待状も兼ねていて、出席するにあたって多少は準備せねばと研究室を後にしようとする。

 

「コホッ、じゃあデイブ―――パーティ会場で会おう!」

 

 八木に戻ってある程度休めたのもあって、意気揚々とオールマイトの姿になって去ろうとする。

 

「トシ!」

「ん――どうした?」

「……いや、何でもないよ。パーティで」 

 

 急に大きな声で呼び止められた事に首を傾げるも、デイブは何でもないと小さく微笑む。

 何だったんだろうと疑問を抱くもあまり気にする事もなく、再び背を向けて歩き出してしまった。

 

 

 オールマイトは気付かない。

 その背に縋るように手を伸ばし、助けを求めるようなデヴィット・シールドの眼差しに……。

 

 

 

 

 

 

 

 セントラルタワーの七番ロビー。

 I・アイランドで行われるI・エキスポ開催を先駆け、一日早く招待した客を歓迎するレセプションパーティが行われる建物のロビーの一つで、せっかくなので皆で行こうと招待チケットを持つ雄英生の集合場所に指定された。

 メリッサが個性が身体に合っていないとサポートアイテムを取りに寄り道した事もあって、集合時間である十八時三十分に遅れてしまった緑谷は細い縦のストライプが入ったスーツ姿で大急ぎで到着するも人数が少ない。

 

 集合場所と時間を決めた飯田を始めに轟に扇動、そして上鳴と峰田の男子。

 上鳴と峰田はバイトで会場内に合法的に入れただけなので、レセプションパーティの招待券は持っていなかったが、メリッサが招待券を余らせていたのとバイトが忙しくなるのを見越して、今日だけは楽しんでねとプレゼントしてくれたのだ。

 そんな二人は大喜びしたが元々参加する予定で無かった為、スーツ姿ではなくベストやシャツなどバイトの制服で使用していた

服装である。

 今自分が到着した事で男子は爆豪と切島を除いて集まった訳だが女性陣の姿は一切ない。

 

「遅刻だぞ緑谷君!」

「ごめん……って、あれ、他の皆は?」

「声は駆けたんだが爆豪君と切島君に繋がらなくてな」

「ごめーん、遅刻してもうた」

 

 疑問に答えている最中、緑谷の後から麗日が到着して振り返る緑谷は目を見開いてしまった。

 肩や鎖骨の辺りが露出した桃色のふんわりとしたドレスに身を包んだ麗日に魅入ってしまったのだ。

 続いて落ち着いた薄い黄緑色の肩や腕に胸元などを露出したドレス姿の八百万に、濃い桃色のバルーンスカートに上に黒半袖を羽織り、ドレス姿が恥ずかしいようで八百万に隠れるようにしている耳郎は現れる。

 

「ウチ、こんな衣装初めてって言うか、恥ずかしいって言うか……」

「馬子にも衣裳って奴だな」

「女の殺し屋みてぇ―――ぎゃあ!?」

「イッテェ!?」

「黙れ」

 

 恥ずかしそうに照れていたのが二人の言葉で消え去り、ツッコミのイヤホンジャックが二人を襲う。

 倒れ込む峰田と違って上鳴は納得いかねぇと立ち上がる。

 

「俺、褒めたじゃんか!」

「褒めてない」

「お前ら……なんでそんな言葉が出て来るんだよ。似合ってるし可愛らしいだろうガッ!?」

「アンタは言わなくて良いの!素で恥ずかしくなるから!」

「どっちみちやられたんだ……」

 

 冗談や慰めではなく抱いた感想をそのまま口にした扇動も、言わせるものかとすでに少々恥ずかしがっている耳郎のイヤホンジャックを受けて、緑谷は困惑混じりにその様子を眺める。

 

「デク君達、まだここに居たの?パーティ始まってるわよ」

「おー!真打登場だぜ!!」

「俺、どうにかなっちゃいそう…」

 

 次に現れたのはメリッサだったが眼鏡はコンタクトに、髪はふわりと自然にさせたのを後ろで束ねて見た目がガラリと変え、大人っぽいドレス姿のお目見えにイヤホンジャックでダメージを負った峰田と上鳴が即座に復活。

 大興奮・大歓喜から滝のような涙を流して喜び、その様にはさすがに引いてしまう…。

 

「ドレスなんて初めてだよ。八百万さんに借りたんやけど」

「に、似合ってるよ。そのぉ、凄く似合ってる」

「デク君ったらぁ~、お世辞なんて良いって」

 

 やけに二人が騒がしいのを気にするより、照れ臭そうに麗日に話しかけるも緑谷もまた素直に返し、それがまた若干頬を赤らめながら言うものだから、褒められたのに加えてさらに照れてしまって照れ隠しにわたわたと腕を振るう

 突然の行動に困惑するのは緑谷と遠巻きに目撃した飯田ぐらいで、他の面々は褒められて満更でもなさそうな麗日の様子に微笑ましさを感じて微笑む。

 

「お待たせしました!」

 

 麗日がわたわたとしている所でようやく発目が姿を現した。

 いつもは作業着や作業に熱中して熱いからか薄着である事が多い彼女も、ドレスコードを済ませて頭に付けているゴーグルも見当たらない。

 元々スタイルも良く、オーダーメイド(・・・・・・・)で仕立てられたドレスはやや強調しつつも、綺麗且つ可愛いデザインで緩やかに抑え、普段とは違ったギャップに目を見張るものがある。

 峰田も上鳴も八百万やメリッサのドレス姿を拝見した時みたく、興奮しながら歓声を上げるもすぐさま鎮火した……。

 これは二人だけではなくその場の全員がそうである。

 

 困惑した視線の先にはドレス姿ではあるが、その背には成人男性一人程入りそうな箱型の背負いカバンに、大きなアタッシュケースを両手に持っているというちぐはぐな様相。

 重たくないのかという疑問には床にまで伸びているローラー付きの支えが解決してくれるも、何故そんな大荷物を持ち込んでいるかの答えには一切辿り着けない。

 なんで?と呆然とする中で、問いを投げかけたのはまさかの発目の方であった。

 

「なんでスーツ姿なんですか扇動さん」

「いや、パーティには正装でと招待券に書いてあっただろ」

「はい。このドレスも仕立てて貰いましたから勿論覚えてます!」

「ならその大荷物はなんなんだよ?」

「正装ですよ、扇動さんの」

「あ?―――ちょっと待て。中身見せてみろ」

 

 まさかと怪訝な顔をした扇動がズカズカと近づいて、発目が持ち込んだ荷物を確認するとあからさまに大きなため息をついた。

 反応から何が入っているんだろうという興味から恐る恐る覗いてみると、中に納まっていたのは様々なパーツが詰められているものの、それがヒーローコスチュームの一種だというのには早々に理解出来た。

 けれど色合いや形状からどう見ても今まで扇動が着用した事のない物。

 

「発目君、これは一体…」

「新作のライダー用のコスチュームです!正装でという事で新作お披露目にはもってこいと思いまして!」

「あの…申し上げにくいのですが、パーティ会場でコスチュームを着て良いのは招かれたプロヒーローだけかと」

「それは知りませんでした!」

「なんか荷物が多いと思ったらそう言う事だったのか」

「その時点で普通気付くだろ?」

 

 どう見ても手荷物というレベルではない。

 空港の荷物検査で引っ掛からなかったのだろうかと不思議に思う程の大荷物。

 寧ろここまでよく運んだなと感心半分呆れ半分で見てしまう。

 

「なに持って来てんだか……今更持ち帰らせる訳にもいかんし」

「どうするの?」

「このホテルの責任者に話を通して部屋を借りて置いとくしかないだろう。さすがに廊下に転がして良いものでもないしな」

 

 パーティ前から疲れたような雰囲気を出す扇動が携帯電話を内ポケットより取り出そうとしていると、背後でけたたましい物音がして緑谷は振り返る。

 外の様子が眺めれたガラスはシャッターが下り、ホテルの出入り口には隔壁が居りて塞がれた。

 一体何が起こったのかと視線を扇動の方へ戻すも、真っ先に視界に映ったのは“圏外”と表示されている扇動の携帯電話の画面であった……。。

 

 

 

 

 

 

 ズカズカと招かれざる客達はホテル内を闊歩する。

 世で言うヴィランにカテゴリーされる彼らの人数は十人強程度。

 決してホテルを制圧し切るだけの人数は有していない。

 出来たとしてもフロア一つがやっとだろう。

 通常の手段を用いるならばだが…。

 

 このI・アイランドの警備機能は多くのヴィランを閉じ込めている監獄“タルタロス”に相当する世界最高レベルを誇る。

 正面切って打ち破るにはオールマイトでも無ければ不可能だ。

 だが、ここは監獄ではなく研究員などを保護する島であると言う点が彼らの味方をする。

 

 監獄であれば外にもだが、それ以上に厄介な者を施設内に収容している為に通常内部に目が向かう。

 それが防衛を主目的にしているとなれば逆に内部より外部を警戒するのは当たり前。

 ゆえに内部からの手引きや工作に対しては隙があるのだ。

 

 地位、もしくは技術のある者が内部より強力してくれているからこそ自分達のような不埒者があっさりと警備の高いI・アイランドに堂々と入り込み、武器である銃器類の類に顔を覆う仮面や装備品はどうやって持ち込め、警備システムの要であるセキュリティルームが存在するホテル内の情報を入手し出来た。

 しかも今まで襲われた事が無かった事から平和ボケも激しく、システムに頼り切っている性質から警備の人間は十にも満たない為体。

 おかげで楽に警備もコントロールルームの制圧も難なく熟せた訳だが。

 

「システムの掌握は?」

『もう少し』

「急げよ。脱出経路の確保は?」

『予定通り。問題なしです』

「計画は順調。後は――…」

 

 進む先はI・エキスポのプレオープン前に招待され、パーティを楽しんでいるであろうI・アイランドの乗客に、招かれて油断しているだろうプロヒーロー共。

 まさか実行当日にオールマイトが来訪するというアクシデントこそあれど、さして問題はないと先頭を行く男は嗤う。

 

『システムの完全掌握完了。これでこの島の警備システムは俺らの思うがままです』

「そうか、そうか。――さて、始めるぞ!」

 

 後ろに続く部下達が勢いよく返事を返し、I・アイランドにて前代未聞のヴィラン事件が発生しようとしていた。



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第70話 占拠されたタワーをヒーローの卵が行く

 レセプションパーティー会場では招待された著名人や出資企業関係者、プロヒーローなど集まり、提供された料理やお酒を口にしながら会話を楽しみ、勿論その中にはオールマイトとデヴィット・シールドの姿もあった。

 

 『ご来場の皆様、I・エキスポのレセプションパーティにようこそおいで下さいました。乾杯の音頭とご挨拶は来賓でお越し頂いたナンバーワンヒーロー、オールマイトさんにお願いしたいと思います。皆さま、盛大なる拍手を』

 

 来賓からの視線と拍手を受けるオールマイトはニッコリ笑っているものの、表情の端々で若干困っているのが伺える。

 壇上の司会者により指名を受けたのだが事前に話は一切なく、普通に来賓として親友との会話を楽しんでいただけに急な不意打ちに面食らったところである。

 それを察したデヴィットはクスリと笑う。

 

「君が来たんならそうなるさ」

「あぁ、行ってくるよ」

 

 アドリブになるがこういう機会が全くなかったという訳ではない。

 仕方ないと壇上に上がって早速挨拶を口にしようとしたオールマイトを遮ったのは、管理システムからの通達と警報であった。

 

「――ッ!?」

「なんだ!?」

 

 騒めきながら耳を傾けるとI・エキスポ内に爆発物を確認した為に厳重警戒態勢に移行した旨と、これから十分後より外出していた者は捕縛・連行するという。

 警報と警告に動揺が広がる中、パーティー会場入口より仮面で顔を隠し、銃器で武装した集団が入って来た。

 先頭を歩くリーダー格の男の不敵な笑みが周囲に向けられる。

 

「という事でこの島の警備システムは俺達の手中にある。抵抗しようとなどと想うなよ?」

 

 会場内のモニターに映し出される街の様子には、市民を監視するように配置された警備ロボット達。

 これではオールマイトと言え手出しが出来ない。

 パーティ会場に入って来た武装したヴィランは十名前後で、それだけを無力化するだけなら何とか出来るが、警備室を押えるまでに人質に被害が出かねない。

 タルタロスにも相当する警備システムが今や彼らの味方であり、I・アイランドに居る全ての人々を人質にしているのだ。

 

「この島の全員が人質だ。勿論、お前らもだ」

 

 セキュリティ捕縛装置が起動し、本来なら捉える筈のヴィランではなくヒーローを次々に捕縛して行く。

 当然オールマイトも捕縛装置によって捕縛されるも、引き千切れない程の強度では決してない。

 力を込めて破ろうとすると一発の銃弾が天井に向けて放たれた。

 

「一歩でも動けば人質が死ぬ事になるが―――良いのかオールマイト?」

 

 もはや動く事さえ出来ない。

 “大の虫を生かして小の虫を殺す”という言葉があるが、オールマイトの信念は例え自分を犠牲にしても全員を助ける。

 従うしかなかった。

 何も出来ない自分とオールマイトで居続ける為のタイムリミットが迫る事に大いに焦る。

 しかし自分が動けば何の罪もない市民が襲われてしまう。

 どうする、どうすれば―――と思考するも有効な手段を浮かばず、時間にすれば数分という時が何十分にも長く感じていると、あろう事にヴィランは親友のデイブと彼の助手であるサミュエル・エイブラハムが連れ去られてしまった。

 

 以前に比べて劣る身体。

 人質に取られた島の人々。

 会場のヴィランに警備システムを元に戻す。

 難し過ぎる内容であったがやらねばならない。

 何故ならば自分は“平和の象徴”なのだからと意を決しようとした時、天井より一筋の光が刺した。

 

 会場の天井はガラス張りとなっており、壁沿いにある足場よりパーティ会場を見下ろせるようになっている。

 視線を向ければその二階よりこちらを見つめる緑谷少年の姿が……。

 

 

 

 

 

 

 状況はオールマイトから耳郎のイヤホンジャックの収音能力によって把握した。

 現在セントラルタワーは隔壁とシャッターにより内外は隔離され、ヴィランにパーティ会場とI・アイランドの警備システムを司るセキュリティルームを占拠された事で、会場に集まっていた来賓やヒーローだけでなく島全体に居る人々全員が人質となってしまっている。

 唯一見つからずにホテル内で動けるのはパーティに遅れてしまったメリッサを含んだ面々のみ。

 しかし、I・アイランドでの個性の使用は自由でも、こちらからのヴィランに攻撃したり誘発させる行為はヒーロー資格も持たぬ学生には許可されていない。

 ゆえに外からの救援を待つという選択肢は正しい。

 これを口にした飯田は職場体験時に受け入れ先などに迷惑を掛けた実体験があるだけにより強い想いを抱いている。

 緑谷もその場にいただけに理解はしているが、だからと言って助けに行かない選択肢は存在しない。

 

「それでもボクは助けに行くよ」

「緑谷、マジでヤバいって」

「考えてるんだ。ヴィランと戦わずに皆を助ける方法を」

「気持ちは分かる。僕だって助けに行きたい。だが―――扇動君もそう思う……だろ?」

 

 飯田も緑谷同様に助けたいと想っている。

 だからと言って勝手な行動をとる訳にはいかないと必死に理性で押さえつけようとしているのだ。

 合理的な意見を出せるだろうと扇動に話を振ったが、ひと目見た瞬間に緑谷側である事を認識して言葉を詰まらせた。

 

 上着を脱いで発目が持ち込んだコスチュームに着替え終えて戦闘態勢ばっちりの扇動がそこに居た。

 ただそれをコスチュームと呼んでいいのか甚だ疑問が残るが…。

 

 ヒーロー基礎学などの授業で着用している“ウィザード”に自身のデータ収集用の“ゼロワン”、職場体験や期末で着用したコスチュームというよりはパワードスーツと呼ぶ方が相応しい“G3”系統。

 現在着用しているのはG3同様のパワードスーツ系で、“仮面ライダーカブト”に登場した“マスクドフォーム”をモデルとしたコスチューム。 

 無個性である扇動は機械的なサポートを組み込んだコスチュームを求めているがエネルギー量の問題が大きく難航している。

 単純にエネルギー容量を増やせば重量が増え、支える為のシステムからの補助が求められ、さらにエネルギーを喰らうシステムが組まれると言う堂々巡り。

 一種の解決法のエネルギータンクを装甲版に仕込んで覆えば良いやという思い付きから出来たのがこの一着。

 稼働時間こそ増えているものの機動力は落ちて、原作よりも足回りまでも装甲が付与されて重厚感を増してしまっている。

 

 状況説明を耳にしながら話し合いに参加せずに、淡々と着替えていた扇動は意見を求められて振り返った。

 

「緑谷一人行かす訳にはいかねぇだろ」

「君まで何を言い出すんだい。ヒーローでもないのにヴィランを倒す事は―――」

「間違ってんぞ飯田。占拠したヴィランを全滅させる事が助ける唯一の手段って訳じゃない」

「そうなんだよ飯田君。向こうは警備システムを利用しているんだ。だから警備システムを元に戻す事が出来れば人質は解放されるし、オールマイトを始めとしたプロヒーロー達も動ける」

「元々警備システムを利用する事を念頭に置いていただけに、セントラルタワーを占拠しても全階層に配置するだけの余力はないと見た」

「最低限ならパーティ会場とセキュリティルーム……かな?」

「あー、もう一か所(・・・)あるが今は気にしなくて良いだろう。それと戦闘は避けるように努めるのは絶対条件としても、戦闘をしてはいけないと言う事はないんだ」

「待ちたまえ!いくら個性の使用が自由なI・アイランドと言えども人に使う事は禁じられている!」

「頭が硬ぇな。こちらから仕掛けたり誘発させる行為は普通にアウトでも正当防衛があんだろ」

 

 言っている事や考えている事は似ている様で意味合いはズレて異なっている。

 しかしこれで助ける為の手段が提示された事で助けに行きたがっている面々の瞳に光が宿る。

 

「デク君、行こう!私達に出来る事があるのにしないなんて嫌だ!そんなのヒーローになるならない以前の問題だと思う」

「うん!困っている人たちを助けよう」

 

 麗日に続くように次々と同意すると共に「これ以上は無理だ」と判断したら引き返すという条件付きで飯田も案に乗る事に。

 皆で助けに行こうと口々にする中でもう一人が声を挙げる。

 

「私も付いて行くわ」

「えっと、メリッサさんはここに―――」

「そもそもこの中に警備システムの変更が出来る人は居るの?」

「それは……」

 

 この救出作戦の要はセキュリティルームを奪還する事ではなく、警備システムを正常な状態に戻すことにある。

 抜け落ちていたピースに気付いて戸惑い、システムを変更できそうな面子に視線を向けるも誰もが首を横に振るう。

 

「ハッキリというぞ。護ってやれる保証はないぞ」

「扇動さん!?」

「最上階までは足手纏いかも知れないけど、私にも皆を護らせて」

「メリッサさんも!」

 

 人の事は言えないがヒーロー科でもない生徒を巻き込む事に戸惑いはあるど、彼女が言っている事は正しい。

 何より一般人のカテゴリに当たる自分達が、ルールのギリギリをせめて助けに行こうとするに、人には駄目という権利など存在しないのだから。

 

「俺達が行動に移ればバレるのは時間の問題だ。その際には他にも居るかもとホテル内を捜索される可能性があり、万が一にも見つかったら関係を疑われて尋問や人質にされる可能性すらあるんだ。連れて行くしかない所を自らの意思で行こうってんだから寧ろ有難いさ。

 なによりこの状況下でヒーローの芽(・・・・・・)を摘むのは無粋ってもんだろ?」

 

 異論はないどころかメリッサは目を見開いて驚く素振りさえ見せた。

 それに気付いていないのか扇動は着込んだコスチュームのチェックをしている発目に視線を向ける。

 

「アシスト機能を切ってくれ」

「結構な重量がありますけど大丈夫ですか?」

「必要な時にエネルギー切れになったら困るだろ」

「その為にエネルギー総量を増やしたんです!」

「補給可能な状態か半永久的に動くんだったら考えてやるよ」

「なら次は容易にエネルギーを補充できるように考えますね」

「頼りにしてるよ」

 

 扇動の言った通りにアシスト機能を切った事で体勢が一瞬崩れかけるも、維持して元の体制に戻ると一通り動かして調子を見ているようだが、普段の動きに比べて悪いのは明らか。

 相当重たいのは容易に想像がつく。

 

「それでセキュリティルームは何回にあるんだ?」

「最上階の二百階よ」

「に、二百階!?」

「エレベーターは使っても?」

「使ったら相手にバレると思うから非常階段……かな」

「マジか…」

 

 階段で二百階まで移動する事に驚き、峰田が絶望したと言わんかぎりの顔色を晒すも、階数を聞いた瞬間から考え込んだ扇動は、八百万に背を向けてしゃがみ込む。

 意図している事は察せれても何故という疑問が浮かぶ。

 

「えっと、扇動さん?それはどういう事でしょう」

「お嬢。夕食に何か食ったか?」

「いえ、パーティに参加する予定でしたので軽く軽食は口にしましたがそれ以外は」

「なら補給は十分でないし、これから補給する当てはない。戦闘はしないにしても様々な状況で使えるんだから、下手にカロリーを消費させる訳にはいかんだろうが」

「―――ッ、そ、それは解りましたが背負われますと…」

「……そう言う事か。すまん、配慮が足りんかった」

 

 言われればその通りであるも背負われて階段を上るとなれば今のドレス姿では非常に不味い。

 特に下となる後ろからの視線とか……。

 これに関して理解が早かった峰田の期待の眼差しに対して、速攻で耳郎が呆れ果てたと言わんばかりの視線を向けながら、先程より音質を上げたイヤホンジャックを叩き込んでダウンさせた。

 悩んだ末に背負う体勢からお姫様抱っこする方向へ変わったのは、それはそれで恥ずかしいと表情に出すも、僅かと言えど無駄にする訳にはいかないとの扇動に根負けしてお姫様抱っこで運ばれる事に。

 

「理由は理解出来たけど扇動がしないといけないの?」

「今の状態では機動力に欠けて戦力にならない。緑谷に飯田、焦凍は何かあった際の即時戦力で抱えさせるわけにはいかないし、峰田は別の意味で預けれないだろ」

「それには同意ね」

「耳郎は索敵で先行して貰う可能性があるし、範囲攻撃メインの上鳴は最悪巻き込んでしまうし、個性もだけど高い近接戦闘能力を有する麗日も無駄に体力は消費させられん。で俺はこの面子の中で体力一番多く、アシスト機能で補助を受けられるからごり押しは出来る訳だ」

 

 半分興味本位の耳郎の問いかけに答えた扇動は、忘れてたと冷やかな表情を浮かべて告げる。

 

「一応忠告しとくが、わざわざ横並びになってお嬢を覗こうとした場合は―――解ってるよな峰田」

「すすす、する訳ないって……」

「そうか。なら過ぎた忠告だった

 

 などと笑顔で返したが、冷や汗ダラダラで否定していた峰田は確実に考えていただろうと誰もが苦笑した。

 コスチュームの改良案をすでに考え始めている発目を除いてだが…。

 

 

 

 緑谷が視線とジェスチャーによって二階より自分達が助けるからとオールマイトに伝えた後、全員はセキュリティルームを目指して最上階に目指す訳だが、さすがに二百階まであるという精神的辛く、二十階を超えれば肉体的にも疲労感が現れ始める。

 大なり小なり個体差はあれど思考能力が低下している中で、隔壁にて非常階段は塞がれていて行く手を阻まれており、先に進めない一向に対して峰田が通常の通路を通れば良いのではと扉を開けてしまい、ヴィランに自分達という相手が把握していない者達がいる事を知らしてしまった。

 知られたからには急ぐしかなく、逆に邪魔をさせたくないヴィランは隔壁を降ろして閉じ込めようする。

 奥から次々と閉鎖されていくのに焦りつつ、少し先に何処かは知らないが部屋に続く扉を発見し、そこまでの道のりを遮ろうと降りかけた隔壁を轟の氷結が止め、駆け抜ける飯田が個性を用いて扉を無理やり破壊した事で通路に閉じ込められるという最悪の事態だけは逃れる事が出来た。

 

 八十階の植物プラントには多くの木々や花が植えられており、中央にはエレベーターが存在した。

 勿論エレベーターを使用する訳にはいかず、自ずと反対側の通路に続く扉か木々が生える事を考慮して高く作られ、天井近くに存在する足場へと視線が向かう。

 

「リラクゼーション施設か何かか?」

「違うわ。個性を受けた植物の研究をしているの」

「さすが研究熱心な島だな」

「待って!エレベーターが上がって来てる!」

「――ッ、ヴィランだよな。仕方ない、隠れるぞ」

 

 植物が多い事から隠れる場所には事欠かず、それぞれが隠れつつエレベーターを注視する。

 息を殺して潜んでいるとエレベーターが止まって二人の男が出て来た。

 服装に装備からパーティ会場を制圧していたヴィランの仲間と緑谷が断定した事で、より緊張感を持って見つからないように祈りつつやり過ごす―――前にある人物が視界に入った事で扇動すら戸惑いの表情を浮かべてしまう。

 

「見つけたぞクソガキ共!」

「――あぁ?今なんつったンだテメェ」

 

 正装姿でこの八十階をうろついていた爆豪と切島に、口に出さずとも心の中で「なんでここに居るの!?」と誰もが突っ込まずにはいられなかった。

 思い返せばパーティ会場に爆豪も切島は居らず、電話に出なくて何処にいるか解らなかったとはいえ、普通はパーティへの参加は強制でもないので自室でゆっくりしているものだろうと思いはしても、まさかパーティに参加せずにこんなところを出歩いているなどと思いはしない。

 

「お前らこんなところで何してる?」

「ンなこと俺が聞きてぇわ!」

「ここは俺に任せろって―――いやぁ、俺達迷子になっちゃいまして。レセプションパーティ会場にはどうやったら―――」

 

 クソガキと言われたり、高圧的な態度で話しかけられた事でイラついている爆豪を制止して、切島が説明しているがそれはないだろうとヴィランでなくとも思うだろう。

 なにせレセプション会場は二階であり、何度も表記するがここは八十階。

 どうやったらここまで上がって来るというのだろうか。

 

 緑谷達にとっては疑問で済む話だが、ヴィランにとっては解り易い嘘と捉えられ、あからさまに苛立っているのが見て取れる。

 

「見え透いた嘘をついてんじゃあねぇよ!!」

 

 距離は開けていたが大きく手を振り被ると空間を何かが走った事から個性を使ったのは明らか。

 相手をヴィランと認識していない切島も爆豪も面食らい即座には動けない。

 唯一動けたのは氷結で壁を形成して防いだ轟ただ一人。

 

「この個性は――」

 

 見覚えのある個性に爆豪と切島が発生源に視線を向けている間にも、ヴィラン達は氷の壁を壊そうと攻撃しているらしく音が響く。

 

「ここは俺()で抑えるから上に行く道を探せ!」

 

 氷結が隠れていた全員の足元へと伸びて、持ち上げるように長く巨大な氷柱が形成されると天井近くの足場まで上げられる。

 驚きながらもそれしかないと足場へと渡って捜索を開始する緑谷達は良いとして、事態が理解出来ない爆豪と切島は轟の方へと駆け寄る。

 

「どういうことだよコレ」

「放送を聞いてないのか。タワーがヴィランに占拠されたんだ」

「なに!?」

「ガキどもが調子に乗ってんじゃあねぇぞ!!」

 

 大雑把な説明を受けている最中に、氷の壁に穴を空けて通過したヴィランが通り抜け、片方のヴィランは肌が身体が紫色に変色しながら一回り程巨大化して跳びかかって来た。

 説明を聞いていた最中だけに切島は即座に避けられなかったが、咄嗟に左腕を硬化させて向かって来る拳を受け止めると同時に力は受け流し、伸びきった相手の肘に硬化した右の拳を叩き込んでしまった。

 ビキリと骨折はしていないだろうが骨が軋む音と、苦悶に歪む相手に切島はしまったと慌てる。

 放課後の訓練では様々な事を教わっており、その一環で習った返し技を思わず使ってしまい申し訳なく思う一方で、不完全な出来に扇動が見てたらなんていうだろうと引き攣ってしまう。

 

「あ、悪ぃ――…って謝ってる場合じゃねぇな」

「な、なんなんだこのガキは!」

 

 すでに戦闘態勢を取っている爆豪と切島。

 反撃を受けるとは思っていなかったヴィラン側には動揺が走る。

 そこにつけ込むように爆豪が飛んで爆発を浴びせ、もう一方に轟の氷結が襲い掛かった。

 巨大化したヴィランはもろに食らってダメージを受けてはいたがダウンする事はなく立って敵意を向けており、もう一人は向かって来た氷結に対して腕を大きく振るうと空間が削り取られるように遮られて止められてしまう。

 

「テメェら何モンだ!?」

「誰が言うかクソヴィランが!」

「名乗るほどの者でもねぇよ」

 

 二対三と数の有利はあれど仲間を心配しつつ、託されたからには無事を信じながら緑谷達は急ぎ上へと続く道がないかと探す。

 

 

 

 決して弱い相手では無かった。

 ヴィランとして修羅場を潜っていただけに戦闘経験も技術も有しており、高い身体能力からもかなり鍛えこまれていた事が伺え、個性とて片や“空間を抉り取る(・・・・・・・)”片や“肉体強化系”と強い部類のもの。

 もしも彼らクラスのヴィランが雄英襲撃時に参加していれば、結果はもっと悲惨なものになっていただろう。

 

「油断するな!こいつらただのガキじゃねぇぞ!」

「んな事、解ってんだよ!!」

 

 肉体強化により肥大化した肉体と力を振るおうと子供二人倒せない事実に大いに苛立つ。

 一人は防御系の個性で硬化により鉄壁の防御力を受けない上に、その硬さを鈍器のように武器にしてくるので攻守ともに優秀。

 付け加えて攻撃を流す技術を使ってくるので攻撃がまともに当たらず、強烈な反撃によって逆にダメージが増えて行く。

 それだけでも厄介だというのにもう一人は個性による爆破によって攻撃力と機動力を活かした高速戦闘を仕掛けて、威力も高い事ながらこちらも攻撃を流しやがる。

 寧ろ前者よりも流す技術は高く、早くてそもそも捉えるのも難しい。

 

「こっちを手伝いやがれ!!」

「無理を言うな。こっちのガキも厄介なんだよ!!」

 

 もう一人のヴィランは空間を抉る攻撃を仕掛けるも、相手は足裏辺りに氷を連続で生み出す事でかなりの速度で移動し、氷結による面攻撃を放って来て反撃の威力も範囲も大きい。

 避けるので精いっぱいな状況で援護など出来る筈もない。

 

「役に立たねぇな!なら先にテメェを片付けてやる!!」

 

 硬化する方は速度はそれほど早くない事に目を付け、距離を離すように動いてもう一人に襲い掛かる。

 二対一から一対一の状況に作り替え、これならと思うヴィランだがそれは悪手でしかなかった。

 

 なにせそちらは二対一の状況ゆえに手加減をしていたのだから。

 そして言い放った一言は彼の怒りにガソリンをぶち込む行為そのもの。

 名立たるヴィランも裸足で逃げ出すような形相を浮かべた少年にヴィランの脚は竦んだ。

 

「俺一人なら片付けられるだぁ――――舐めてんのかテメェ!!」

 

 距離がありつつも伸ばされた掌。

 爆破の攻撃にしても距離があって喰らわないと判断するも、放たされたのは爆発ではなく鋭い閃光【スタングレネード】。

 激しい光に目が眩む。

 

「眼がッ、眼がぁあああ!?」

「ウルセェンだよ、クソヴィランが!」

 

 今度は耳元で爆発によって甲高い音を立てられ、鼓膜がキィイイイインと耳鳴りによって苛まれる。

 眼も耳も上手く機能しないばかりか、耳をやられた事で平衡感覚すら怪しい。

 それよりも何処から来るか解らない相手に苦し紛れに腕を振り回して大暴れするも、相手からすれば大振りで隙だらけの行動。

 

ハウザー(榴弾砲)―――――――インパクト(着弾)!!!」

 

 聞こえ辛い耳が捉えた咆哮と共に身体を襲う大爆発を受けたヴィランは、ダメージから意識が飛んで肉体強化も解けて床に転がった。

 

 「クソッ、よくも―――ッ、煙幕か!?いや、これは……霧?」

 

 仲間がやられた事でもう一人のヴィランは激昂して爆豪に矛先を変更しようとした矢先、ふわりと視界を遮るように急に霧が立ち込める。

 屋外なら兎も角室内でこれはおかしい。

 個性によるものと判断して空間を抉って視界を確保しようとするも、自分の周りに湿気を集めただけで次から次へと流れる霧は晴れる事は無かった。

 濃霧に撒かれたヴィランは次の瞬間には前後左右、さらに頭上から迫る何本もの氷結に息を呑んだ。

 

「これは――ッ、ガキが!」

 

 即座に回避しようとするがすでに濡れた床が凍り付いて靴が張り付いて動けず、空間を抉り取る事で対処しようとするがさすがに全方向からの氷結を防げるほどの力は持ち合わせておらず、必死の抵抗も虚しく迫って来る氷結が触れると身体を覆い始めて首から下は全くもって身動きが取れなくなってしまう。

 せめてと手を動かそうとしてもピクリとも動かせず、無駄と理解したヴィランは悪態を付きながら大人しくなった。

 

 

 

 ふぅ……と轟は一息つきながら、左の指先から噴き出すように灯る青い炎(・・・)を弱め、青から赤へと変色させる(温度を下げる)て火を消すとすぐさま右手の氷結で熱を冷ます。

 霧を発生させる為に周囲に発生させた氷を溶かし蒸発させるのに使用したが、コントロールも不安定で長時間の使用は難しいので実戦での使用はまだまだ先だなと評価を下す。

 何はともあれどちらもヴィランを片付けた事で切島が轟に駆け寄って来る。

 

「スゲェなソレ!霧作ってたろ!」

「ん、あぁ、扇動に霧や雨の中の方が氷結は有利だって言われてたんでな」

「その青の炎って前から使ってたか?それとも扇動に教わったのか?」

「毎日風呂沸かしている(炎のコントロール)成果だ」

 

 最後の一言に切島は首を傾げるも、扇動から轟への専用の特訓だと納得する。

 ヴィランを戦闘不能に追い込んだ事で安堵する二人とは違い、爆豪はどこかつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 

「ハッ、口ほどにも無かったな」

 

 職場体験で何度も手合わせした流拳や期末の実技テストのオールマイトと戦っただけあって、今の爆豪にとって物足りない相手だったのかも知れない。

 ヴィランを単独で撃破した二人に対して、最後は援護も出来なかった切島は自虐的に笑う。

 

「俺の出番無かったな」

 

 それに対して背を向けた爆豪は小さく呟く。

 

「ケッ―――甘ぇが良い反撃してるじゃあねぇか」

「褒めてくれんのか!ありがとな!」

「褒めてねぇわ!まだ甘いって言ってんだろうが!!」

 

 微笑ましくも思える光景に水を差すように遠くより円柱に複数本のローラー付きの脚が生えたロボット―――警備ロボットが押し寄せてくるのが視界に入る。

 ヴィランが出たからという訳ではなく、自分達に敵対して向かって来ているのは明白。

 

「なんかいっぱい出て来たな」

「丁度良い。暴れたりねぇと思ってたところだ」 

「速攻で片付けて追うぞ!」

「俺に命令してんじゃあねぇ!!」

  

 襲い掛かって来る火の粉を払い、早く先行した緑谷達に追い付こうと三人は警備ロボットの群れに突っ込む。

 ロボット相手とは言え無双状態の三人を目撃した凍らされて動けないヴィランは、そんな子供達の相手までする事になった自分達の不運を恨むのであった。



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第71話 甲虫

 投稿が遅くなり申し訳ありませんでした。
 リアルが忙しく、体調不良が続きまして…。
 


 世界屈指の科学者が集まるI・アイランドの警備はほぼ自動化されており、セキュリティルームなど一部を除いてシステムや機械によって守られる事になっていて、特に非常時には避難誘導から警備・捕縛といったものは警備用のロボットが対処する手筈になっている。

 全高一メートルほどの円柱をメインの多脚式のロボット。

 如何にもといったごつくて強そうな感じではなく、寧ろ小さくて丸っこいシンプルなロボットなれど、多脚はローラーとモーターによる機動力を持ち、ボディには様々な耐性が付与されているので、文字通り火の中だろうと水の中だろうと問題なく行動が可能。

 さらに強度の高い捕縛用コードを射出して危険人物を取り押さえるのもお手の物。

 しかしながらI・アイランド全域に配備するとなればコスト面を考慮しなければならず、完全といった防御力と防御態勢は勝ち得なかった為、一定以上の状況下や限度を越した物理攻撃を受けると破損・行動不能に陥る可能性は持ち合わせている。

 

 現在セキュリティルームをヴィランが占拠したがゆえに、本来ならばI・アイランドを守護するのがヴィランの手下となって動いている。

 非常階段は隔壁で塞がれた以上仕方が無かったが、峰田が通路への扉を開いたことでセキュリティルームにドアの開閉を知らせる表示が成され、ヴィラン達が把握していない存在がいる事を示唆し、轟に爆豪と切島の三名がヴィランと交戦状態に入っている事から素性は知られた事だろう。

 なにせヴィランはセキュリティルームを押えたからには、I・アイランドのシステムにアクセスし放題であり、出入りの際には空港で身元を登録しているのだから、カメラからの映像と照合すれば身元は簡単に判明する。

 後は登録されている関係項目を検索すればだいたいの目星はつく。

 例えば“雄英高校生徒”など……。

 

「雄英生か、厄介だな」

 

 セントラルタワーを占拠したヴィランのリーダー“ウォルフラム”は、セキュリティルームに配置した部下より報告を受けて険しい表情を浮かべる。

 言わずも知れた名門中の名門ヒーロー校。

 学生と言えども狭く門を突破しただけに強個性揃いのヒーローの卵。

 

 事実、戦闘能力の高い部下が三対二と数で負けていたとは言え敗北を決し、起動させた80階の警備ロボットの群れ(・・)を相手に圧倒しているとの事だ。

 その三人もだが他にも上へと向かっている連中も気掛かりである。

 向かっている先は当然セキュリティルームであろう事は明白。

 ただカメラにちらっと映っただけで、即座にカメラを破壊されたので人数は不明。

 全ての階層の隔壁を降ろすと言う手段もあるが確実性に欠ける上に、最悪取り逃がした場合は足元をすくわれかねない。

 

「100階から130階までの隔壁を開けろ」

『はっ?しかしそれでは……』

「良いからいう通りにしろ」

 

 ヴィラン集団を纏め上げるには力は不可欠ながら、それだけならばセントラルタワーを制圧する事など叶わなかっただろう。

 先の不安を残すまいと不確実な手立てを弾いて確実性を選ぶばかりか、すでに脳内では最悪の状況まで思案し始めていた。

 セキュリティルームを掌握=I・アイランドを支配したも同然であるが、調子に乗って王様を気取るほどに馬鹿ではない。

 警備ロボットという兵力と一般人を人質にしているとは言え、これが絶対的な身の安全を計れる道理がある筈もなく、アメリカで名を馳せるトップヒーローが解決に出向いた日には呆気なく敗れるのは目に見えている。

 

 指示を出したウォルフラムは椅子代わりにラフに腰を下ろしていた壇上から、身長二メートルほどの巨体を起こして立ち上がると周囲に強い存在感と威圧感を無意識にも振り撒く。

 顔の大半を鉄仮面で覆っているとは言え、覗く瞳と口元が不穏で怪し気な笑みを浮かべた事で、捕縛されて動けぬが警戒だけは怠っていないヒーロー達は一層強め、来賓の方々は強張った顔を浮かべる。

 

「アレさえ手に入れば問題はない」

 

 物事には優先順位が存在する。

 余裕があれば項目が増える事はあれど、余程の事が無ければ入れ替わる事はない。

 そして今回の作戦においては優先順位第一位は変更される事はなく、寧ろソレさえ確保出来れば他がどうなろうが知った事ではない。

 例え自身の部下であろうとも……。 

 

 

 

 

 

 

 セントラルタワーを占拠した人数はそれほど多くないどころか少ない。

 元々セキュリティシステムを利用する手筈で作戦を練っていれば、招かれた来賓とプロヒーローが集まるレセプションパーティ会場とセキュリティルームを押えるだけで頭数は事足りるし、警備システムを手中にすればそれそのものが大きな戦力となる。

 80階で遭遇したヴィランは戦闘慣れしてはいたが、あの時のヴィラン側に求められていたのは索敵及び80階の再制圧。

 一つの階層とは言え広い面積に個性の影響を観ていた植物が多数置かれ、潜むには事欠かないエリアを捜索するには少なく時間が掛かり過ぎて非効率的。

 過小評価していたにしても轟達と交戦状態に入るも増援の気配はなかった。

 決着がつくまで居た訳ではないが、上へと繋がる道を探して進むまでの数十分はその場に居り、エレベーターの数値(階数)が動く事は無かった。

 この事から占拠したヴィラン側に余剰戦力はほとんどなく、万が一の事を考えてプロヒーローがいるパーティ会場から大幅に人員を割く訳にもいかず、陣形確保ややむを得ない場合を除いてこの状況下では戦力の逐次投入は悪手。

 セキュリティルームから無理に人員を割く事は出来るだろうけど、セキュリティルームに向かっている事は上階へ移動しているなどから想定は容易く、下手に捜索に出すよりは待ち構えていた方が効率が良い。

 

 ―――セキュリティルームに近い階層に入るまではヴィランとの遭遇はないだろう。

 

 むーくんはそれらからそう推測して口にしたが、決して“それまでは戦闘が無い”とか“安心して進める”などの気休めや安堵させる為ではなく、寧ろこれから向こうが執るだろう行動を伝える為の前置き。

 

 目的地が解っているならなるべく相手に不利な場所での待ち伏せ。

 戦力は本来ならセントラルタワーを護る筈の警備ロボット。 

 すでにセントラルタワーは隔壁やシャッターで内外を遮っており、そもそもセントラルタワー以外には占拠の件は知られておらず、内部のプロヒーローは動けない事から投入し放題。

 それも200階という膨大な階層と面積を警備・カバーするのもあるだろうが、I・アイランドの警備システムを有するセキュリティルームがある事から相当数が配備されているのは確か。

 

 ―――なによりいくら使い潰したところでヴィランの懐が痛む事は無いからな。

 

 冗談交じりに言っていたが誰一人として笑えなかった。

 都合が良いとは思っていながらも今日だけはその予想は外れて欲しかったと思う緑谷だったが、130階の実験室に辿り着いたことろでやはり予想は正しかった事を目の当たりにしてしまう。

 

 実験室と言っても実験を行う為の広い部屋が広がっている訳ではなく、実験が行われるだろう場所は眼下に広がっていて、扉の先には他の通路を繋いで上から見下ろす為の三つ又の通路が伸び、その先へ進まねば上階に進む事は出来やしない。

 通路の幅は五人から六人は並べるぐらいに広く作られていたが、大半がヴィランの支配下にある警備ロボットがすでに占めていた。

 

「バレずに通るのは無理そうだね」

「突破するしか方法はないが数が多いな」

「しかも通路では行動や移動が制限される恐れも……」

 

 姿をあまり見せないように注意しながらドア上部のガラスより覗き、周囲を警戒する警備ロボットの群れを視認したのと同時に、耳郎のイヤホンジャックによる収音能力で大まかな位置を把握。

 より詳細な個数と位置の情報を手に入れるも戦闘を避けて抜ける道や無し。

 突破する他ない訳だがその方法をどうするかだ。

 

「飯田が俺を放り投げてさ。放電で一気に決着!――とかどうかな?」

「悪くはないんだが耐電性能とかあるか解かるか?」

「解らない。あるかも知れないし、ないかも知れない」

「一体捕獲して解析してみます?」

「時間も無いし下手な危険は冒せない。物は試しと上鳴を囚われの身にする訳にもいかんしな」

「アンタ、また人質になったら扇動に撃たれるんじゃないの」

「俺が捕まる=撃つって構図を定着させんの酷くね?」

「安心しろ。前回と状況が異なって相手がロボットなだけに同じ手は通じないだろう。次の機会があれば驚かせないように合図成りなんなり決めておくとしよう」

「撃つの前提なのかよ扇動!?」

 

 不安定要素から否決されて「良い案だと思ったのに」と軽く不貞腐れるも、雄英襲撃事件での事を思い出した耳郎の一言にツッコみを入れていたらそんな気分も吹き飛んだ。

 それだけではなくクスリとだが笑えるだけ緊張が解れる。

 ガチガチに緊張や不安を感じているばかりでは行動に移ったところで良い結果が出るとは限らず、解れたのは丁度良いと言えば良いのだけれども作戦そのものが決まってはいない。

 

 

「別に制限されているのは俺達だけではない。向こうも一緒さ」

 

 「どういう事?」かと多くが疑問の視線を向ける中、緑谷と八百万だけは再び警備ロボットへと視線を向けた。

 答えを聞くよりはまず考えようと思考を巡らし、観察したところである一点に思い至る。

 

「数が多さを活かせない?」

「ですけど、その分だけ層が厚く(・・・・)なってます」

「包囲殲滅されるよりはマシだろ?なにより一方方向に並んでくれてんだ。イズク、ボーリングした事あんだろ?」

「あるけど……ってそう言う事!?」

「戦いってのは力でねじ伏せるか策を用いるか二択なのさ」

 

 「で、どうする?」とでも聞きた気な扇動の視線を向けられた緑谷はすでにやる気満々といった様子。

 今すぐ跳び出しそうな緑谷を見た面々も即座に容易に入る。

 扉をいつでも開けれるように手を掛ける麗日に、前に出たら邪魔になるので万が一に備えて即座に援護に入れるように構える飯田、八百万などは即座に創造して支援に入れるように扇動に降ろして貰う。

 

「ワン・フォー・オール―――フルカウル!!」

 

 全身にワン・フォー・オールを巡らし、これから振るう右手首に触れる。

 手首にはメリッサから頂いた腕輪が付いており、起動させると薄い板状に伸びて手の甲から肘辺りまでを巻いてガントレットに姿を変えた。

 I・エキスポで解散してからセントラルタワーに入るまでの間に貰った為、メリッサと緑谷を除いて誰一人知らないアイテムに皆が驚く中、突入すべく緑谷は麗日に声を掛けた。

 

「お願い、麗日さん!」

「うん!せーのッ!」

 

 ドアが開いた事で警備ロボットがカメラを向けるも、すでに跳び込んだ緑谷は先頭にまで迫っており、ガントレットの強度を計る為にもワン・フォー・オールを30%の出力を乗せて拳を振るう。

 衝撃と風圧が加わった一撃は直撃した一体どころか周囲の数体を巻き込んで吹っ飛び、扇動が口にしたボーリングのピンをボールが吹っ飛ばす光景に似ていた。

 吹っ飛んだ警備ロボットはダメージから通路上に転がるか、吹っ飛んだまま手摺を超えて下へと落ちて行った。

 一撃で成功した結果もだが耐えて尚余裕のあるガントレットへの関心が高まるも、立ち止まる余裕が無い事を耳郎によって告げられる。

 

「左側から新手が来るよ!」

「良し、右の通路へ向かおう!」

 

 一発で片付けた事で支援の準備から移動に切り替え、耳郎の索敵で警備ロボットの増援が向かっている事から飯田が誘導するように道を示し、急ぎながらも列を組んで走り抜ける。

 先頭には誘導する飯田で最後尾には八百万を運ぶ扇動、中間は発目とメリッサを残りの面子で囲っている。

 どちらかと言えば先頭よりに並んだ緑谷に麗日が驚き交じりに横に並ぶ。

 

「凄かったよデク君!」

「ありがと麗日さん。これもメリッサさんのおかげです」

「付けて来ていたのね!」

「外し方が解らなくて……」

 

 褒められて嬉しかった半面、パーティに参加すべく準備していた際に外し方が一向に解らず、結局装着したままだった事を言う羽目になって少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。

 そんな様子―――ではなくてガントレットを扇動が凝視している事に一人を除いて気付いてはいなかった。

 

 シュバっとメリッサの横を走っていた発目が目にも止まらぬ速度で急接近して、お姫様抱っこされていた事から目撃した八百万がその速度ではなく扇動に向けられる感情の読み取れない笑顔に対してびくりと肩を震わした。

 

「あのガントレットの技術を応用して、(仮面ライダー)のコスチュームに良いなとか思ってませんか?」

「ナチュラルに心を読むな」

「確かに即時着用出来るでしょうし、ある程度(・・・・)強度も問題ないと思いますが、アシスト機能は難しいですから」

「理解はするが即時着用は憧れ―――コホン、実用的だろう」

「えっと、なんの話かしら?」

「イズクのガントレットの話なんだが……アレって全身を覆う事は出来るか?」

「出来るけど、欲しいの?」

「欲しい。イズクの分も合わせて二着。勿論代金は払う」

「と、とりあえずこの件が解決してからの話ね」

「凄い喰い付きだけどよ扇動。オイラと違って(・・・・・・・)まだ良い所無しなんだぜ」

 

 緑谷も含めて興味津々といった扇動に物珍しさを感じていた矢先の、峰田の自慢げで誇らしげな言動に対して息を呑む。

 鼻高々な峰田に対して扇動は否定する事無く「その通りだな」と肯定する。

 

 事件解決を優先して自分は残って味方を先に進ませた轟 焦凍。

 偶然ながら八十階で合流する事になった爆豪と切島も轟と共にヴィランへの迎撃。

 移動中は音を拾って索敵に努める耳郎 響香。

 先程のヴィランに操られし警備ロボットを排除した緑谷 出久。

 ここまで上がるまでに誰が一番の功績を挙げているかと問われれば、扇動は間違いなく真っ先に峰田と答えるだろう。

 

 轟の機転により上へと目指す道を探すも通路は隔壁で塞がれ行き止まり。

 八方塞がりかと思われたところにメンテナンス用の蓋が天井にある事は発見した。

 構造的に梯子を降ろせる筈なのだが問題としては外からではなく内部からしか降ろせないと言う点。

 つまり上の階に向かう為には上の階からメンテナンス用の扉を開けて梯子を降ろさねばならないという矛盾。

 それを解決したのが八百万の案で通風孔からセントラルタワーの外壁に出て、攀じ登って上階に移って梯子を降ろすと言うもの。

 

 この案はとてつもないリスク背負う事になる。

 なにせ80階の外壁を昇ると言う事は、命綱もない状態で手でも滑らせて落ちてしまえば即死。

 上手く上階に移ったところでヴィランか警備ロボットを配置されていたら、単独で何とかしなければならない。

 そして狭い通風孔を通れる小柄で外壁を攀じ登る事が出来る個性持ちとなれば、おのずと吸着力の高い“もぎもぎ”と一番小柄な峰田以外にいない。

 勿論本人は嫌がったが周りからの説得を受けてヤケクソ気味に受諾し、見事その危険極まりない役割を熟したのだ。

 峰田が居なければ80階から進む事は出来なかった。

 その功績から峰田の発言は妥当で、何も活躍を見せていない自分が役立たずであると扇動もだが、この場の全員が同じ認識は抱いている。

 

 だからと言ってここぞとばかりに言い切った峰田にある意味で感心してしまう。

 そんなやり取りをしながらも隔壁による足止めや隔離もされないまま、138階のサーバールームに足を踏み入れたところで、反対側の扉よりぎっしりと警備ロボットが姿を現すばかりか、ルーム内の二階からも多数降って来た。

 パッと見だけでも実験室で遭遇した数を優に超している。

 

「物量で押し潰す気か?正しい戦術だな」

「感心してる場合!?」

「なんとしてもここを突破しないと!」

「待って!サーバーに被害がでたらセキュリティシステムに問題がでるかも」

「そんな……」

 

 壁際に並ぶは人の身長を優に超す装甲の薄いサーバー群。

 搬入なども考慮してある程度の広さがあるが、ワン・フォー・オールの出力を考えると力を振るうのは不味い。

 されどこの数を相手に何もしない選択肢もなく、どうすると悩む緑谷に扇動は上鳴と八百万を降ろしながら前へ出た。

 

「個性を発揮し辛いだろイズク。メリッサさんを連れて別のルートを探せ。警備ロボットの足止めはしておく」

「ここは私達が食い止めますので」

「――ッ、案内をお願いしますメリッサさん」

「分かったわ。お茶子ちゃんも来てくれる?」

「え、でも」

「行ってくれ。ここは僕らで持たせるから」

「天哉、お前もだよ」

「なんだって扇動君!?君達だけで――」

「足止めの戦力は最低限で良いんだ。勝つことが目的ではなく時間稼ぎなんだからな。耳郎も連れてけ。悪いが峰田と上鳴は残って貰うがな。発目は―――好きにしろ」

「そうさせて頂きます!」

 

 離れたところで観察するようにしている発目は眼をカッと見開き、事件解決よりも新コスチュームの実戦データの方が優先すべきだと判断したのだろう。

 残れと言われた上鳴と峰田は「マジか!?」と驚愕しながらもやるしかないかと強がり、後ろ髪惹かれるように足を止めてしまう飯田と耳郎。

 緑谷は一つ頷いて任せたとメリッサや麗日と共に別のルートへと向かう。

 響く戦闘音に背中で受けるも振り向く事無く、仲間を信じて自分がやるべき事の為に先へ向かうのだ。

 

 

 

 

 

 

 緑谷 出久が離れたサーバールームにて交戦状態に入るも、圧倒的なまでの数の差がある割には早々に決着は尽きそうになかった。

 残留した面々が連携して対応しているのもだけど、アシスト機能を起動させた発目制作の新コスチュームは本領発揮した事が大きな要因であった。

 

 振り被った拳の一撃を受けた警備ロボットは鈍い音を響かせながら吹っ飛び、死角を突くように側面に回り込んだモノは振り向きもされずに裏拳で小さな破片を撒き散らしながら転がった。

 動きを封じようと捕縛用のテープが射出するも回避されて中々絡め捕るに至らない。

 ただし、コスチュームが重いのもあって動きが鈍く、咄嗟にガードしようと出した右腕にテープがぐるぐると巻き付き、引き剥がそうとした左腕にも同様に巻き付かれてしまう。

 ほんの僅かだが動きが止まるも完全に抑えるには一体二体程度では不足。

 腕に巻き付いているテープを逆に掴むと圧倒するパワーを用いて、テープによって繋がっている警備ロボットを引っ張るだけでなく、振り回した遠心力を使って他の個体に勢いよくぶつけて纏めて破壊する。

 

 数の差は相手が圧倒的でも性能差は、警備目的で量産コストを考慮しなければならない警備ロボットより発目のコスチューム(パワードスーツ)の方が上。

 さらに正面左右だけでなく後方からも攻めたい向こう側の行動は、峰田の“もぎもぎ”と八百万が創造したトリモチの砲撃(・・)によって阻止されるという支援を受けて数を活かしての包囲戦が行えずにいる。

 

「そろそろ頼めるか上鳴」

「おうよ!任せろ!!」

 

 最前線を一人で保っていた扇動と入れ替わった上鳴は、電圧を上げ過ぎないように注意しつつ放電を行う。

 警備ロボットは脚部や頭部を胴体に仕舞い込む事で耐電防御を可能とするので、放電による範囲攻撃で一気に殲滅すると言う事は叶わないが、防御態勢に入る事で僅かにながら足は止まる。

 そこで扇動は下がった位置より配置を確認して、最も集まっている所へ飛び込んで猛威を振るって纏まった数を減らすを繰り返していた。

 

 数を減らしているが控えているのも含めれば些細な数。

 寧ろ向こうは扇動のコスチュームの高い戦闘能力と連携を警戒して、持久戦に戦術を変えて小出しに攻めており、それこそが決着を遅らせる結果へと繋がっている。

 

 扇動のコスチュームは装甲をエネルギータンクにして増強しているとは言え当然量には限度があり、射出機である大砲と弾であるトリモチを創造し続けている八百万も疲弊し、投げ過ぎた峰田は頭皮から血が流れ始め、すでに放電を何回か行った上鳴もダメージが溜まっていつショートしてもおかしくない状況。

 唯一元気なのは砲手と務めている発目ぐらいだが、戦闘で使える技術も個性も持ち合わせていない。

 向こうの策略に完全に嵌っている実情のままでは勝機は無い。

 

「扇動さん、このままでは限界点に達してしまいます!」

「永久機関でも無ければそうなるだろうな。向こうもそのつもりで消耗を強いる戦術を取っているし―――厳しいな」

「なら何か策を講じなければ!」

「向こうが集団で攻め込んで来るなら一気に片付けられんだが、こうも小出しにされると鬱陶しい!!」

 

 ピンポイントで警備ロボットの頭部を蹴り壊すも、奥で待機している警備ロボットの数を見て絶望感が増す。

 このままではと不味いと八百万は焦るも、すでに彼女自身が限界に達する手前。

 身体も悲鳴を上げて疲労から倒れかけるのを、何とか両手をついて支えるのがやっと。

 今一人でも欠ければ戦線が崩壊しかねないと踏ん張るも、視界の端で峰田が先に倒れ込んだ事で崩壊を悟った。

 

「弾がもう有りません!」

「創造の限界が……」

「お、オイラも無理……」

「ちっくしょう!!ここで終われるかよ!」

「無理はすんな上鳴」

「ここで無理しなきゃ男が廃るってもんよ!!」

 

 ダウンした二人の下に警備ロボットを活かせる訳にはいかないと放電で足止めを行うも、疲弊していたのは上鳴も同じなためにそう長い時間発動も出来ずにショート(思考力大幅低下)して座り込んでしまった。

 放電が止むと防御態勢を解いた警備ロボットが捕縛用のテープを射出して次々と捕縛して行く。

 

 支援がなくなって前後左右より包囲された扇動は孤軍奮闘するも、次第にエネルギーが減少して最後は積み重なるように圧し掛かる警備ロボットに埋もれて行った。

 

「後は緑谷さん達に託しましょう」

 

 テープを巻かれて動けない八百万はそう口にした。

 すでに時間は十分に稼いだことから自分達は役目を果たしている。

 捕縛されてヴィランに敗北を喫してしまった事は心の底から悔しいが、最早何も出来ない為に仲間を信じて待つしかない。

 八百万の言葉に峰田も上鳴も悔しそうながらも頷くしかなかった……。

 

 

 

 

 「―――キャスト、オフ」

 

 諦めたその時に聞こえたのはそんな一言。 

 続いて金属同士がぶつかり合う衝突音と甲高い破砕音、そして鈍く落下音の数々。

 何が起きたのかと視線を向ければ圧し掛かっていた警備ロボットを全て弾き飛ばし、仁王立ちしているカブト虫を連想させる仮面に真紅が目立つスマートなコスチュームを着た人物。

 

「扇動………さん?」

「チェンジ、ビートル―――ってな。出来れば機械音で発声させるところまで欲しかったが…」

 

 先ほどの姿と変わり過ぎていた事に戸惑うが、吹っ飛んだ警備ロボットと共に転がっている白い装甲版を見て、エネルギーを追加しているタンク兼外装を破棄しただけで現在の姿こそ本来のコスチュームであり、動きが止まったのは予備エネルギーが尽きただけで本体は十分なエネルギーを有している事を理解した。

 打って変るように素早い動きで纏まっていた警備ロボットを次々と破壊して回る様は彼の独壇場。

 一気に潰して回るがヴィランも馬鹿ではない。

 再び持久戦に持ち込むつもりか距離を取ろうとする。

 

「扇動さん!ベルトの横のボタンを!!」

「解っている――クロック、アップ(・・・・・・・・)

 

 言われるがままベルトの側面にあるボタンを叩くと、明らかに扇動の動きが加速した。

 コスチューム“カブト”のモデルである“仮面ライダー カブト”は、人間を超越した速度で活動する事が可能な“クロックアップ”というものが可能。

 本来なら世界がスローモーションに感じる中で、拘束での活動が可能であるがそこまでの再現は不可能である。

 なので代わりに仕込まれたのが身体の動きと連動・予想させた行動支援システムで、搭載されたプログラムが当て嵌まる攻撃・行動パターンから推進剤による速度上昇を計るというもの。

 当然自身が予期していない加速がつく為、負荷も相当の物で耐えれる程に肉体を鍛えてなければ使えない品物だ。

 

 早いと言っても機動力特化の飯田と違って、移動では負けるが行動と小回りの速さは凄まじい性能を発揮する。

 眼で追うのがやっとの速度で相手の指示が舞い合わない速度で警備ロボットを狩って行き、包囲して集結していた事から力を余すことなく発揮して周囲を残骸の山に化してしまった。

 形成を逆転した事実に驚嘆しながらも八百万は不可解な点に気付いていた。

 

 動きが扇動らしくなかったのだ。

 勿論推進剤による加速によっていつも以上の行動をしている事もあるだろうが、それでなくて動きが不自然で可笑しかったのだ。

 まるで無理にマリオネットを操っているかのような……。

 その抱いた疑問は正しく、発目の問いによって解消する事になる。

 

「どうですか?使えそうですか?」

「完成したらマシだろうがデータ不足だ。想定と違う動きもするし、反動で手足が千切れそうだ!!」

「改善の余地がありそうですね!」

「エネルギーも装甲タンクで補強するのではなく、もっと簡単に交換できる機構が欲しいところだ」

 

 全員の巻かれた捕縛テープを千切って行く扇動を観察してみると、普段通りに歩いている様で若干片足を庇っているのが解り、誤魔化すように平常を装っているのは体育祭と変わってない。

 呆れ交じりにため息を漏らしながら捕縛用テープから解放された八百万は、問答無用で支えると動きから困惑が感じ取れたが有無を言わす気はさらさらない。

 

「倒したと言っても援軍があるかも知れません。こうするのが効率的だと判断しました」

「あー、敗けたよ。甘えさせて貰おう」

「勝ち負けではありません。先ほどのお返しです」

「お姫様抱っこは勘弁だからな。ともあれなんとかなったな」

「う、うぇ~い……」

「上鳴はこれ以上の戦闘参加は無理そうだな」

「おい扇動!そんなのがあるなら早く使えよ!」

「……ふむ、予備戦力ってのを知ってっか?状況に応じて戦線の維持や補強、時には切り札に成りえる戦力でな。状況判断と投入するタイミングってのがあんだよ」

 

 解かったようで解ってないような反応を示す峰田達であったが、八百万だけは何を言わんとしているのかを理解するも、内心に留めて口にするつもりはなかった。

 

 用は扇動は使用するタイミングを計っていたのだ。

 あれだけの行動をするには相当のエネルギーを消費するのは必定で、明らかに短期決着用のシステムだろう。

 相手が戦力を小出しにして持久戦を徹底していれば意味はなく、望ましいのは警備ロボットが一塊に近い状態に集結している時だ。

 

 つまり扇動は相手が殺害を含んだ排除ではなく捕縛を目的に行動していると判断し、少しでも不安定要素を排除しようとギリギリまで数を減らしながらも、限界に達して捕縛されれば指示を出していたヴィランは油断を晒して、捕縛・連行の為に警備ロボットが集結する事を織り込んで、外装のエネルギーが尽きた先程のタイミングで発動したという事。

 合理的ではあるのかも知れないが友人を、クラスメイトを、仲間を、自分自身すらも囮に織り込んで行った行動に何も想わないなんて事は出来ない。

 

「扇動さん、この件が終わったらお話があります」

「心して伺うよ」

「合理性や選択の有無を問うたりはしないのですね?」

「俺に非が無いなどと口が裂けても言えないし、叱責を受けるだけの選択を選んだからな。それに効率と正論だけで人間関係は成り立たんのはオーベルシュタイン元帥(銀河英雄伝説)で知ってからな」

「オーベル…どなたですか?」

 

 知識を総動員しても思い当たる人物の分からず首を傾げるも、「さぁな」と答えを示さずに笑うばかり。

 この状況下では講義も問うだけ時間の無駄。

 先ほどの想いと共に心中に留めて、警戒しつつゆっくりながら先へと進む。

 階下から徐々に近づいて来る爆音と冷気を感じながら。



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