今日から僕は夜雀(偽物)です (清水岩マミズオ)
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休みに夜雀げに困る

 始発の電車は僕の目覚まし時計。キィーッとけたたましいブレーキ音がこだまし、即座に僕の意識を覚醒させる。お世辞にも心地よい目覚めとは言えない。

 寝ぼけ眼を擦りつつカーテンを開ける。そこには清々しい朝の景色が……映されているわけではなく、日の出後のまだ少し薄暗いどんよりとした空が映っていた。

 遠目に既に出発した電車が見える。

 

 線路も車輪も古くなっているのか、走行音もブレーキ音もなんとも騒がしい。そのためか、線路のフェンス越しに位置しているこの物件の家賃はかなり安い。事故物件も兼ねているのかと心配になるほどで、低収入の僕でも一年分の家賃を前払いできたほどだ。

 不便ではあるが、低血圧の僕でも朝をしっかり迎えることができる優れもの。怪我の功名というべきか適材適所というべきか、僕のライフスタイルにあった目覚まし時計と化している。

 

 朝だというのに、自分が低血圧ということを忘れるほど気分が良い。一頻り外を眺めた後に風呂場に向かう。今日はやけに調子が良いので、朝シャワーを試してみることにした。風呂場への足取りが軽い、柄でもなく鼻歌を詠じたい気持ちだ。

 

 着ていた小豆色のジャンパースカートを脱ぎ、そのまま洗濯かごへと放る。

 その時、背中の妙な引っ掛かりと共に違和感を感じた。

 

「あれ? なんで僕はスカートを履いているの?」

 

 そう疑問を口にだし聞こえた声は、とても自分の、男の声とは思えない軽やかな声だった。

 

「なに……この声」

 

 自分の声が女の子のような、まるで小鳥の囀ずりのような可愛らしいものになっていた。僕の耳か頭がオシャカになってなければの話だが。

 新種の風邪だろうか? とバカっぽい考えが頭に浮かぶ。

 洗濯かごに放り込んだスカートを見る。サーッと顔の血の気が引いていくのを感じる。僕は慌てて自分の全身を探った。

 

 服装をチェックする。すると、覚えのないスカートと同系色のタイツと帽子を身につけ、室内だというのに黒のシューズを履いていた。体をチェックする。そこには、昨日よりも二回り縮んだ身長と、申し訳程度に膨らんだ胸部が……。

 異常だ。鼻歌を詠じたいだの、呑気してたご機嫌な気分も瞬時にぶっ飛ぶこの衝撃。思考がフリーズしていてもしょうがない状況であった。

 

「か、鏡!」

 

 焦燥に駆られて洗面台の鏡を覗く。

 少女がいた。

 小豆色の短髪、鳥の羽のような耳。そして背中からはとても作り物とは思えないような羽が飛び出ていた。意識すればパタパタと羽ばたかせることもできる。

 一風を成した見た目だがたしかに美しい女性の姿がそこにあった。

 そして、その見た目は既視感のあるものでもあった。

 

「ミスティア……?」

 

 ミスティア・ローレライ。鏡に映ったその姿形は、弾幕シューティングゲーム、東方永夜抄に登場した彼女の姿そのものだった。

 妖怪。夜雀。鳥頭。人ならざるものという実感が、背中からの羽音とともに頭を巡り、無理矢理に反芻させられる。

 

「マジで……?」

 

 寝ている間に特殊メイクでも施されたのかと、すっかり変わってしまった自分の顔を撫でる。すべすべしっとりモチモチな頬。いや、頬よりも頬っぺたというべきか。意味としては変わらないが、気持ち的には頬っぺただ。

 続いて耳を触り、感触があることを確認する。引っ張ってみるとちゃんと痛みも感じる。羽のような見た目だがちゃんと耳としても機能しているようだ。

 それらのあまりにも正常に働く感覚に、僕は本物だと認めざるをえない。

 

「うん……そうだよね、体が縮んでるんだもん。メイクはありえないか」

 

 頭痛がする。肉体的にはむしろ人生最高レベルで絶好調と言えるのだが、今までの積み重ねてきた自身の常識と観念が崩されたためか、僕は足元がふらつく感覚をおぼえた。

 

「……とりあえず、シャワーを浴びよう。いろいろ考えるのは後回しだ」

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 シャワータイム約5分。カラスの行水ならぬ、すずめの行水。

 いや、下らない考えは後回し、今は調べものだ。

 パソコンの電源を入れ、立ち上がるのを待つ。

 こんなご時世だというのに、僕はいまだスマートフォンを持ち合わせていない。特に連絡する親族も友人もいないため、困るほどではないが。

 あるのは親が使っていた古いパソコンだけだ。起動するにも時間がかかる。

 そんなことを考えているうちにパソコンが起動する。

 

「ええと、『東方』と……」

 

 いつもお世話になっている先生頼りに情報収集をする。もしかしたらゲームとしての東方が存在しない世界に転生してしまったのではないか。そんな可能性がないかどうか調べるため『東方』を検索する。

 結果として、そんなことはなかった。エンターキーを押す必要もない。サジェスト欄にはしっかりと東方projectの文字が表示されていた。

 いつも通り、平常運転で世界は回っていた。

 

「東方は存在するんだ……」

 

 となるといよいよ面倒になってきた。幻想郷に、もとい賢者(八雲紫)にどうにかして助けを求めることを考えていたのだが、これでは存在が怪しくなってきた。ミスティア()がいるのだから可能性はなくもないだろう。しかし、僕のような形で東方キャラが居たとしても、本人ではないのに能力を宛にできるかどうか……。

 

「この羽、どうしようかな?」

 

 ピコピコと跳ねるように動く羽に目を向ける。

 ミスティアのチャームポイントはかなり目立つ。東方は嗜む程度の僕でも、この姿はミスティアだと分かるほどなのだ。

 もし僕がミスティアだとバレてしまえば、面倒なことになるのは想像に難くない。

 コスプレで通すことも出来なくはないが、いつかボロがでるに決まってる。元々注意深い性格ではなかったし、なにより今の僕は鳥頭だ。ヘタな芝居は危なっかしい。

 

 ミスティアの目立つ身体的特徴として挙げられるのは、髪、爪、耳、羽の四つだろう。

 髪は、まぁ、今日日髪を染めている人は珍しくもないし、いざとなったら黒染めをすればいい。

 爪はデフォルトでは短いようで、意識することで伸ばすことができるようだ。なので気にする必要はない。

 耳は、どこぞのミミズク太子よろしく、ヘッドホンや耳当てなどでカバーすることができるだろう。多少マナーが悪いのは目を瞑ろう。

 そして羽だ。爪と違って引っ込めることは出来ないし、服を被せると二重の意味で違和感がある。

 

「切り落とすのもありだけど……」

 

 ちらっと台所の包丁を見る。羽が無意識に縮こまる。それを感じすぐにその考えを撤回する。怖じ気づいたのもあるのだが、なにより手が届かない。切りようがないのだ。切れないのだからしょうがないじゃないか。

 

「うん、後回しにしよう。まだまだ問題はあるんだ。一旦別の問題でリフレッシュしよう」

 

 この体になってから従来の悲観的な性格に楽観的姿勢が加わったようだ。鳥頭になってしまったと悲観すべきか、切り替えの速さを身につけられたと楽観すべきか。

 

 まぁそんなことは置いておこう。時間は有限。今日は休日だが、明日になれば大学が、さらにはバイトの心配もしなければならない。

 一人暮らしの貧乏学生には無視できない死活問題だ。

 

「……なにがリフレッシュだ。逆に沈む」

 

 羽はさらに縮こまる。僕の頭はげに(本当に)困る。

 ……ダジャレでリフレッシュだ。

 

「だから逆に沈むって……」

 

 くだらない。なんだかそう思えた。ダジャレも僕の身の上も。今まで積み重ねてきた、努力してきたことがこんな三流ネット小説みたいな展開で崩れ去ろうとしているのだから。

 

「……もう、どうでもいい。僕、いや私はミスティア・ローレライ。昨日までの僕は死んだんだ」

 

 僕の心の中で何かがハジけた。これまでの人生にもミスティアとなってしまった展開にも、どうしようもなくくだらないと思えてしまって。諦めに近い感情かもしれない。

 こうなってはどうしようもないのだろう。こうなってもどうにかなるだろう。

 受け入れが早いと自分でも思う。これが元来の自分()の悲観気質からなのか、今の自分()の楽観気質からなのか、それとも両方なのか。自分でもよく分からなくなっている。

 

「……好きなように生きるのも悪くないな」

 

 大学には行っているものの、何かになりたくて行っている訳ではない。ただ就活のために学歴が欲しかっただけ。自分がどんな仕事に就きたいかも分からず、ただ時間を浪費するだけの毎日だった。

 肉親はすでにいない。深くのめりこめるような趣味もなく、バイトから帰れば体力回復のために寝るだけの生活だった。

 丁度よかったんだ。今まで現実に打ちのめされてきてうんざりしていた。三流ネット小説並の展開だっていうのなら全力で乗ってみよう。全力でミスティアを謳歌しよう。

 

 羽はもう大きく広がっている。

 もう隠せない。隠す必要なんてない。

 バレて面倒なことになってもいいじゃないか。私は、ミスティア・ローレライなのだから。

 

 




続きも書いてないのに連載します。

……しかも遅筆がひどい。


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バックれ目指すはおかみすちー

 初めてのバックれ、初めてのズル休み。無遅刻無欠席無欠勤が取り柄の真面目君だった僕……いや、私では考えもしなかったことだ。

 しょうがないことだと、心の中で言い訳しながら、ほんのちょっぴりドキドキワクワクしているワルい私がいた。

 大学は除籍されて、今までのバイトもクビになるだろう。だが、それでいい。(みすちー)になったのだから心機一転の再スタートと行くのだ。

 

「新生活一日目。まずはお金を稼ぐ方法を見つけよう」

 

 私が働いていたアルバイトは土木仕事だ。朝が早く、ケガも多いという土木仕事のなかでも、私が働いていたところは特に身体を酷使する仕事で、所謂ブラックバイトというやつだった。バイトだというのに本職並の仕事を課せられるし、定められている労働時間を軽く越えてくる仕事量だった。

 なので無断で仕事を辞める奴が後を絶たない。つまり私がバックれても違和感はないということだ。そんな環境で長年働いていたせいなのか、何故かバイトである私が仕事の中枢を担っていたのだが、まあ抜けても大丈夫だろう。常に人が入れ替わっていた現場だったのだ、私なんかが居なくてもなんとかなるだろう。気軽に楽観視していこう。

 

「妖怪パワーで新しい土木のバイト……は止めておこう。みすちーだからこそ出来る仕事がいいな」

 

 文字通り人間離れした力を手に入れたわけだが、いくら楽だといえやりたくない仕事はやらない。もう我慢するのは止めて好きな生き方をしていこうと決めたんだ。

 

「屋台、やってみようかな」

 

 八ツ目鰻の屋台。天狗のブン屋も絶品と称したミスティアの得意分野である。八ツ目鰻だけでなく普通の居酒屋にもあるメニューも取り入れて、屋台を引くのも悪くない。私の心がやりたいと、そう感じている。久しぶりの気分だ。小学生以来ではないか? 自分の意思でやりたいなんて思うのは。身体が夜雀になったのだとしても、みすちーの技能まで引き継がれているかは分からない。ただ並程度の男の手料理しか出来ないかもしれない。それでも屋台を経営してみたいと思うのだ。

 

「ふむ、試しに朝ごはんつくってみようかな」

 

 窓から外を見るとすっかり日が昇っている。やっと世間一般でいう朝を迎えたのだ。朝早くから起きる習慣が染み付いている私からすれば明け方が朝なのだった。ちなみに夜は未明である。ブラックバイトから解放されて俯瞰的にみた私の生活は、やはりちょっと生き急いでいたかもしれない。

 

「……朝ごはんを作る時間としては丁度いいな」

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

「そ、想像以上だ」

 

 料理は並程度にしかできない腕だったのだが、これは正しくプロの味! 

 卵、豚肉、少しの野菜。冷蔵庫に入っていたショボい材料とバリエーションの少ない調味料から、ここまでの料理を作れるとは……。

 絶妙な火加減、材料の投入タイミング、適切な調味料の量。所作が身体に染み付いている。これなら屋台を出しても問題ないだろう。

 

「さすが(みすちー)。伊達におかみすちーと呼ばれていない」

 

 羽が嬉しそうにピコピコと跳ねる。

 

 料理の腕は申し分ない。やはりみすちーの技能も持っているようだ。人を鳥目にしたり、歌で狂わせる能力ももっているのだろうか。後で検証が必要だ。

 

 後は屋台が必要だな。パソコンで屋台の値段を調べてみる。出来れば木造で、移動式のが良い。屋台は店の顔。ショボい屋台では客も遠ざかってしまうだろう。屋台は妥協せず、みすちーの感性にあったモノを選びたい。

 そうして屋台を探して一時間程。やっとピンと来る屋台が見つかった。

 

「ゲッ、軽く五十万円! 移動式屋台ってそんなするのか」

 

 不味い。私の貯蓄はそんなにない。貧乏学生にはとてもではないが払える金額ではない。借金をするにもみすちーの身分証なんて持っていない。存在しない筈の妖怪がどうやって金融を利用できるというのか。

 どう切り詰めて捻出しても使えるお金は十五万円程度。それでも当分もやし生活をしなければならない。代用の安い屋台を買うとも考えたが、私の心がこれが良いと言って聞かない。羽も感情に合わせてバタバタと抗議している。

 屋台経営に陰りが見えはじめた。

 

「むむむ、早速頓挫してしまうのか。ま、まあ調理師免許も持っていないし、どっちみち当分無理だったんだ」

 

 ポジティブに考えよう。これは頓挫したのではない、五十万円という明確な目標が出来たんだと。やっと出来たやりたいことなんだ、ここで努力せずにどこでするというのか。屋台をやるためにも別の方法でお金を貯めなければ。

 

「免許についても調べてみるか。そのうち取らないといけないし」

 

 調理師免許について検索してみる。屋台を出すにはどんな免許が必要なのか、どんな許可が必要なのかも。

 楽観的になったとはいえ、無断で店を開く度胸は私にはない。幻想郷とは違って徹底的に法で縛られているのが現代なのだから。

 

「へぇ、営業するのに調理師免許って要らないんだ。勘違いしてたなぁ」

 

 代わりに必要なのが食品衛生管理者の資格なのらしい。この資格は1日で取れるようで、お金も一万円程度と微妙に高いが払えなくはない。月に何回も講習が行われているらしいし、いつでも取れそうだ。

 

「ということは、残る問題は屋台の五十万をどう稼ぐか、だね」

 

 ……ハードル高いなぁ。そんなに稼げるなら屋台じゃなくてそっちを本業にしたほうがいいのでは?

 まぁやりたいことで稼ぎたい。それが第一目標なんだ。無粋なことは考えないでいこう。

 

 にしても、ミスティア・ローレライに出来ることで身分証明が必要なく五十万稼げそうな仕事か。

 土木……上記の理由で嫌だ。

 歌手はどうだろうか。無理かなぁ。歌はともかくとして、現代に通用する作詞作曲能力が私にあるとは思えない。どこかの事務所に所属して作詞作曲を任せる、なんてのも、私の身分を証明できるものがないから出来やしない。無所属で、一人で全てをこなせるほどの才能は流石にないだろう。

 アイドル……。いやいや、同じ理由でどこかに所属なんてできないし、土木仕事しかしてこなかった元男の私に愛想をふれなんて無理な話だ。顔と声は良いとして、世にお見せできるほどの振る舞いなんか出来るわけがない。そもそも、アイドルに生活を委ねて~Idoratrize life なんて不安でしょうがない。

 

「うーん、みすちーが出来ることで稼げるもの……。特技で稼げるもの……。やりたいことで稼ぐ……。趣味でお金を稼ぐ……。ん?」

 

 そういえばそんな謳い文句どこかで聞いたな。なんだっけ? 

 チラリとパソコンに目を向ける。デスクトップには赤地に白い三角形が描かれたアイコンが見えた。

 

「そうだ、配信者になろう!」

 

 世界最大の動画共有サービス。私がいつもお世話になっている先生と同じ会社の同僚だ。そこで配信をして広告や投げ銭などでお金を稼ごうというわけだ。中には億単位で稼いでいる人もいるそうだ。特技を動画にし、趣味で副業ができる。まさに今の私にピッタリのものだ。

 無理に愛想を振り撒かなくてもいいし、拙い作詞作曲でもそんなに気にしなくて良いし、なんなら歌い手として曲をお借りして歌うこともできる。

 なにより身分を明かさなくてもお金が稼げる。

 今までの私だったら、そんな競争率の高い場所で生き残れるわけがないと、配信者になろうという発想が出た瞬間自分の頬っぺたを全力ビンタしていたところだ。しかし、私はミスティア・ローレライ。歌がうまくて顔も良くて料理が上手で妖怪だ。出来ることはたくさんある。十分勝算はある筈だ。

 

「思い立ったが吉日。配信機材揃えなきゃな」

 

 全てはやりたいことをして暮らしていくため。たとえ自分がミスティアだとバレようとも、やりたいことをした結果なら本望だ。ま、バレないのが最善なのだが。

 みすちースペックを存分に生かして、歌配信、いやそれ以外の配信もしていこう。見て楽しい動画ではなく、やってて楽しい動画を目標にしてのんびり気ままにやっていくのだ。

 

 ハイセンスな配信者(ハイシンシャ)を目指そう。

 ……うん、台無しだな。

 

 

 

 

 

 

 




遅筆……! あまりにも遅筆……ッ!


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なるべくしてなるために

 カメラ良し、マイク良し、パソコンも準備OK。

 初回でやるのは歌配信。顔出しはまだしない。まずはミスティア衣装をそのまま身につけ、様子見で首から下だけを映して配信しようと思う。コスプレ系の歌い手としてデビューするのだ。

 

 ライブ配信が始まるまで後一分。ネットで適当に買った安い機材に囲まれながら正座で待つ。

 やはり緊張するものだ。今回は顔出しせずに配信するとはいえ、注目されるのはなれていない。声を張ってきちんと歌えるだろうか。私の歌を聞いてもらえるだろうか。

 不安を抱えながら、初めてのライブ配信が始まる。配信者としての幕が上げられたのだ。

 

 しかし来客者の数値はゼロを示している。

 

「……ま、分かってたよ。初配信だし、誰も来てないよね」

 

 誰か来るまで待つのは暇だし、リハーサルとして一曲歌ってみようかな。肩慣らしをしておいて万全の態勢で挑みたいし。

 マイクに向かってから大きく深呼吸をする。配信で初めて歌うのだから、たとえ見てくれる人が居なくても全力でスタートダッシュを決めるのだ。

 

「~~♪」

 

 歌う曲はみすちーのテーマ曲のvocalアレンジ。私がアレンジしたものだ。まだ音作りが途中のためBGMのないアカペラではあるが、そこはしょうがない。だがアカペラではあるものの、(みすちー)の原点の曲ということもあって、特に力を入れて歌詞を編集した。なかなか上手く出来ていると思う。BGMがなくとも映えることだろう。

 歌を作るのはこれが初めて。東方の原曲をかけながら歌詞を書き始めるも、筆が進まず悩んでいた。なにも思い浮かばなくて書けないというわけではない。次から次へとアイディアが湧いてきて、取捨選択に時間がかかったのだ。それでも丸一日で書き上げることができるみすちーの才能には驚かされた。ただ音作りは慣れてなかったのか、そこは順当に時間がかかっている。

 

「──!♪」

 

 これは自分のためだけの歌じゃない。初めて外に向けて発信する記念すべき歌だ。そう思うとテンションが上がり歌声もボリュームアップする。そろそろ歌も半分の折り返し地点に差し掛かろうとするところから、歌詞にはないアドリブが混じりはじめる。だんだんと激しい曲調にヒートアップしていく。

 折角編集した歌詞もその場のテンションでバラバラになっている。音楽も完成しておらずBGMはない。だがこの曲は今が一番輝いている。そう心から感じる。

 

 嗚呼、楽しい。

 

 目を閉じて、歌うことに集中する。配信も忘れてただ歌うことに夢中になる。もう歌しかきこえない。

 一曲目を歌い終わり、そのまま二曲目へと移行する。もはや全てがアドリブになっていた。その場で新しい歌を、リズムを、メロディを作っていく。頭に思い浮かべた要素をパズルのように組み立て歌詞を繋げていく。頭の中で音楽が勝手に再生される。その音楽の音量に負けないようにと、私の歌はさらに大きく、洗練されていく。

 

 きっと、この瞬間、私の顔を鏡でみたら、今までの人生で一番生き生きとした表情が映っているのだろう。楽しい。ただただ楽しい。

 

 ぴょんぴょんと跳ねる羽も、こころなしかいつもより活力に漲っているように感じる。

 

 楽しい。だが、そう思いつつも心の中に小さな影ができる。はたしてこの感情を受けとる相手は自分でいいのだろうか。ミスティアの歌で、ミスティアのやりたいことで、たまたま(ミスティア)になった僕が楽しさを感じることに罪悪感を感じる。

 たしかに私はミスティアだ。僕は死んだんだ。でもどこか、自分が偽物だと俯瞰して考える私がいる。本物のミスティアは楽しんでいるのだろうか。確かめる術を私は持っていない。だって私がミスティアなのだから。ただ行き場のない罪悪感が私を蝕む。

 

 そんな悲観的な考えをしているのに、一番感情に出やすかった筈の羽が活力を失わずバタバタと小さく羽ばたいている。

 それがまるで、私を激励しているように感じた。自分の身体の一部だっていうのに、不思議な話だ。防衛機構が働いて、自分の都合の良いように受け取ってしまうようになっているのかもしれない。そこまで精神的に追い詰められてるわけではないが、そうに違いない。ね、フロイトさん。

 そんなネガティブな考えにも、やはり羽は反応を示さず、変わらず大きく広がっている。

 そうだね……気軽に楽観視していこう。そう決めたのは私自身だ。

 

 誰かにこの楽しさを共有しよう。私の歌で、私自身も、私以外の誰かにも、なるべく多くの人に楽しいと感じてもらおう。本物も偽物も関係なく、みんなが同じポジティブな気持ちになれるように、配信を通じて、見てくれるみんなを楽しませよう。

 

 ……あぁ、そうだよ今まさに配信しているところじゃないか。

 いつの間にか三曲歌っていたようで、画面を見ると、なんと来客者が十三人になっていた。

 コメ欄には初見。わこつ。などのコメントが並んでいる。私の歌を誉めてくれているコメントもいくつかある。全て無視する形になってしまったのが心苦しい。

 

「あ、ごめんね。歌に夢中になってたよ」

 

『8888888』

『お、反応した』

『あれ、歌だけの配信だと思ってた』

『夢中になっててコメントに気がついてなかったのかwww』

 

「歌だけの配信だよ。リクエスト式で歌っていこうと思ってたけど、リハーサルのつもりが熱唱しちゃった」

 

『草』

『いい歌だったよ』

『聞いたことない歌だけどオリジナル?』

『東方のアレンジだな』

『服装的にもそうだよな』

 

「うん、みすちーのコスプレとテーマ曲アレンジ。自作だよ」

 

 アレンジはまごうことなき自作だ。しかし、みすちーの衣装についても、これは自作なんだと言うしかない。コスプレどころか本物の一張羅だ。売っているわけもないし、そこを言及されたら何も言えないからだ。

 

『え、どっちも?』

『レベルたけー』

『アカペラなのに鳥肌たったわ』

『↑雀だけに?』

『【審議中】 ( ´・ω・)( ´・ω・)(・ω・`)(・ω・` )』

『↑うーん否決w』

『羽とかめっちゃリアルじゃん』

『めっさ動くやん』

『コスプレの範疇越えてない?』

『実際はえてるんじゃねw』

『まじか、天使だったか』

 

 やはり、羽は目立つか。この反応を見るとあまりのリアルさに訝しむ人と、あくまで作り物だと割りきっている人で分かれているようだ。だが、さすがに羽がリアルでも、本物のミスティアだと判る人はいないか。これなら適当に流しても大丈夫そうだ。

 

「まぁ、羽はめっちゃ頑張って作ったってことで、次の曲に行こう。なにかリクエストない?」

 

『レミリアのコスプレ』

『じゃあフランのコスプレで』

『ならば射命丸』

『したらば俺はきめぇ丸』

『↑お前がきめぇ丸だったのか』

『日本語ムズカしいネ』

『顔出しして♥️』

 

 本物だとは思われてないものの、凄腕の羽職人かなんかだと思われているらしい。リクエストされたって私には作れるはずがない。だって嘘なんだから。

 

「曲のリクエストだってば。コスプレはみすちーしかやらないよ」

 

『えー』

『なんでや!』

『コスチュームでプレイしようや』

『↑きめぇ!』

『顔出しして♥️』

 

「お金がないの。配信機材揃えたせいで最近もやししか食べてないし」

 

 そう、配信機材は意外と高かった。安物を買ったといっても、パソコンも買い換えたせいで、十五万円、用意できるギリギリのお金がほとんどぶっ飛んでしまった。

 

『あ……(察し)』

『かなしいなぁ……』

『投げ銭させろ』

『顔出しして♥️』

『↑顔出し提案ニキしつこいと嫌われるぞ』

『↑♥️だけ赤くて鬱陶しいわ!』

 

「そんな要求されなくても、配信に慣れてきたらするつもりだよ、顔出し」

 

『やったぜ』

『マジか』

『見たいような見たくないような』

『夢が壊れる可能性もなきにしもあらず。俺は歌声だけ聞いてるぞ!』

 

「安心して、美少女だよ。こころして待つといい」

 

『ほんとぉ?(懐疑)』

『自分で言うか~?』

『美少女(自称)は当てになんねぇ』

『↑いやここまで自信満々なのは逆に本当の可能性が素レ存』

『↑微粒子じゃなくて素粒子なのかよ……』

 

 こいつら……好き勝手言いやがってからに、顔出しした時覚えてろよ。

 

「外見はどうでもいいんだよ。歌わせろ」

 

『正体表したね』

『イラついてんねぇ!』

『羽、震えてますよw』

『ちゃんとキャラ守ってホラ』

『距離感が男友達みたいだなお前ら』

 

「……リクエストは?」

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 結局この後もリクエストはなく、雑談だけで終わってしまった。さっきまで配信を見てくれるみんなを楽しませたいと思っていたのに、急激に冷めてしまった。いや、いかんいかん。自分をしっかり持て、私。たしかにこのやり取りはイラつきはしたものの、同時に楽しくもあった。視聴者のみんなだって、きっと楽しんでくれたからこそ今の距離感でコメントしていたのだろう。そう思えばむしろ視聴者が可愛らしく見えてくるはずだ。……ごめんやっぱ無理だわ。

 

 最終的に視聴者は三十人まで伸びていた。初回からこの人数ならなかなかのものだ。この調子でコツコツ頑張っていこう。コツコツと同時にガツガツと行かなければ。早めに収益化や投げ銭機能を解禁されないと、もやしすら底をついてしまう。そうなれば土木のバイトで稼ぐしかない。なんとかそれだけは回避せねば。

 取り敢えず食べていける分を稼いで貧乏脱却が小目標だ。中目標が五十万円を稼ぎ屋台を経営することだ。それが大目標じゃないのかって? いや、それは今回の配信で更新された。

 大目標は私が夜雀として、ミスティアとして胸を張って生きていくことだ。あの日、ミスティアになった日に、過去の自分とは決別したつもりだった。しかし私は自分で思っていたよりもネガティブだったようで、ミスティアとして生きていくことに罪悪感を感じている。久しぶりの楽しいという気持ちに臆病になっている。だから大目標にしたんだ。存分に、心の底から、やりたいことを、楽しいことをするために。

 

 なるべく早く私がなるべくして夜雀になったと胸を張って生きられるようにするんだ。

 

 ……ダジャレだけは胸を張れないな。

 

 




行き当たりばったりで展開考えるのツラいなぁ。ストック作っとけば良かった……。


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火遊び気取ってキャトられて

 窓越しから聴こえてくる騒音がやっと鳴り止んだ。終電の時間だ。バイトも大学も辞めた今、この強引な目覚ましはただの厄介者である。ずっと家に籠りっぱなしのため、早朝から深夜までの強制スヌーズ機能が耳に残る。

 せっかくほぼ無職状態のホワイト自営業に転職したというのに、サラリーマンと同じように電車に苦しめられている。今日はぐっすりと寝ようと思ってたが、まさかここまでうるさいとは思わなかった。目が冴えて仕方ない。そりゃ家賃も安いはずだ。

 なので今日は気分をスッキリさせるべく、散歩をしようと思う。ミスティアの服装で、夜の街を出歩くことにする。なぜわざわざその格好で? と疑問に思うかもしれない。別に深い理由はない。ただ一回、夜の街でやってみたかったことがあるので、それを動画のネタにして投稿したい。なのでこの服装なのだ。まぁ、ほかに持っている服がみんなダボダボで歩きづらいというのもあるのだが。

 

「ふふ、初めての夜遊びだ」

 

 ドキドキするなぁ。七時以降に遊び歩くなんて今までなかった。小学生までは門限で、中学生からはバイトで時間なんてなかった。ミスティアになって初めての外出ということもあり、変な緊張感と興奮で心臓が高鳴っている。胸に手を当てて深呼吸をする。落ち着かない気持ちを引き締めて、カメラなどの道具を持ちいざ外出。

 

「これは小さな一歩だが、自分にとっては大きな魅惑だ」

 

 夜の街には危険な魅力がいっぱい。慣れない刺激にハマって火傷してしまわなければいいが。

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 季節は夏、熱が籠った体に冷たい夜風が気持ちいい。満月の光がそそぐ夜道を、私は鼻歌を歌いながら練り歩く。

 通りかかった大通りの真ん中を堂々と歩く。話し声や車のエンジン音など、昼間には生活の音で満たされていた大通りは、すっかり様子が様変わりし、静まりかえった街並みとなっている。

 草木も眠るド深夜に、聞こえる音は鼻歌と足音のみ。人の気配が感じられない、まさに人ならざる者の時間。夜を廻り活動しているのは、この瞬間、街頭に群がる羽虫たちと、妖怪だけだ。

 

 ここが目的地というわけではないが、歩みを止める。ちょっと思い付いたことがあるので、それもついで撮影してみよう。

 ライトが下向きの街頭を見上げる。円錐形に延びる光が私を包む。街頭には蛾などの羽虫たちが群がっており、このままだと撮影に映えないだろう。なので私は羽虫たちにお願いし、彼らのスポットライトを間借りする。

 夜雀の姿は雀であると同時に、蛾の姿であると伝えられている。羽虫たちとの意志疎通もわけないことだ。カメラに背を向けて準備OK。そのまま私は直立しながらゆっくりと宙に浮いた。

 

「UFOに拐われる人~」

 

 ふふふ、満足。空を飛べたらやりたいことナンバーワン、キャトルミューティレーションごっこ。幼稚園児の頃に妄想していたことが現実になったのだ。

 文字通り浮き足だった私は夜の街で妖しく笑う。目的地への足取りは軽いものだ。だって実際に浮いているのだもの。

 

 深夜特有の薄気味悪い雰囲気が、今の私に心地よい。きっとこれは妖怪の本能なのだろう。今宵は満月。それもあって今の気分は爽快だ。散歩で気分をスッキリさせるという目的は達成できたが、まだまだ夜を満喫するのだ。

 

 閑静な住宅街を通る。眠らない街である都会と違い、穏やかな時間が流れ、気ままに眠るのがこの街だ。こういう街の夜が心地よいと感じるのなら、人の気配が絶えない都会は、妖怪たちにとってそれはそれは居心地悪いものなのだろう。夜の神秘性が失われた現代で、妖怪たちが勢力を失ってしまう理由がよく分かる。

 

「ふんふーん♪」

 

 静寂の中に鼻歌がよく響く。ここらで一曲歌いたい衝動に駆られるが、常識人としてのなけなしの理性でなんとか口をつぐむ。

 上機嫌で向かう先は公園だ。最近の世情で遊具がほとんど撤去され、ベンチや水のみ場くらいしかない寂れた公園だ。ちっちゃい頃はよく遊んでいたが、もはやその頃の面影はなくなっている。懐かしさ、郷愁、ノスタルジー。言い様のない感覚に苛まれるが、今抱いているのはこれらの感情なのだろうか。

 この公園で、これから始めるのは火遊びだ。火でこの公園の夜のとばりをズタズタに切り裂いてしまうのだ。火遊びは人を引き寄せる危険な魅力が秘められている。かくいう私も火に入る夏の虫の如く、その魅力に引き寄せられた一人。一度も使ったことのない、新品ながらに古いライターを手にし、不敵に笑う。カメラをセット、持参したバケツに水を入れ、準備完了。

 ライター片手に目標に引火させる。先端の紙製の導火線が火薬に燃え移り、右手に携えた棒が火を吹いた。

 赤い火のシャワーが輝かしい。

 

 やっぱり楽しいな、花火は。

 

 火傷をしないように振り回し、黒のキャンバスに光で絵を描いていく。

 もう一本、手持ち花火を袋から取り出して、吹き出す火花を近づけ燃え移らせる。二刀流だ。

 もやし生活のくせに花火は買うのかと、非難が飛んできそうであるが、動画のネタ探しもあったので、これは必要経費だ。もしやもやしは嘘じゃないかと思うかとしれないが、本当にもやしだけだ。もしや、もやしは。……うん。

 花火は小学生の頃にやって以来だったし、久しぶりにできて嬉しい。まるで童心に還ったようだ。

 

 一本目の発火が終わり、続いて二本目も消えてしまう。バケツに燃えかすを投げ入れる。さらにもう一本とりだし、またライターでつけようとする。おっといけない、花火を使って実践してみたいことがあったのを忘れていた。買ってきた花火セットは小さいもの。この調子で遊んでいたらすぐに無くなってしまう。早めにやっとくことにしよう。

 カメラをベンチに置き、タイマーをセットする。それだけでは不十分、この撮影方法は、一人だとなかなか撮るのが難しい。なのでそこらの羽虫に協力してもらい、手伝って貰うことにする。塊になった虫たちに、ボタンを押してほしいとお願いする。シャッターを開けっ放しにしてもらい、準備が完了する。

 手持ち花火を両手に持ち、点火。横、縦、縦、斜め、縦。出来るだけ一直線に、一筆書きでカメラに向かって振って行く。シャッターが切られた。

 点火した花火で一頻り遊んでから、できた写真を見るためカメラをチェックする。その写真には、光で作られたTNTNの文字が浮き出ていた。成功だ。

 花火文字、一度はやってみたかったんだ。この写真は、動画のサムネイルにでも使おうかな。

 

 これだけでは動画として盛り上がりにかけるし、残った花火を盛大に使って、編集で、完成した私の歌をBGMとしてながしてみよう。

 手持ち花火、吹き出し花火を使い、動画の撮影を開始する。さらに多くの羽虫たちを呼び、カメラマンとしての協力を仰ぐ。噴水のように吹き出す花火をバックに、手持ち花火を片手に、空中浮遊を取り入れ、アクロバティックに動き回る。縦横無尽に飛び回る羽虫カメラマンたちのカメラワークが光る。

 そんなこんなで花火をすぐに使いきってしまう。少々派手に使いすぎてしまったようだ。

 

「あ、そうだ。弾幕使ってみよう」

 

 色とりどりな花火を見て思い付いた。ドカンと一発、空に向かって弾幕花火を打ち上げるのだ。

 腕を空へ掲げ、手のひらから無数の弾幕を打ち出す。赤、紫、青、緑。色鮮やかな光球が、夜空一面を照らし出す。散らばった弾幕が中心に集まり、一点になったとき、弾幕同士がぶつかり合い弾けた。光輝く残滓が花びらの如く散っていく。一尺玉にも劣らない、それは見事な花火が打ちあがった。

 

「やば、やり過ぎたかも」

 

 そんな花火が打ち上がったのだ。激しい閃光はもちろんのこと、爆発音もそれなりに響いている。近隣住民は何事かとびっくりして飛び起きるに違いない。事実、辺りの家の電気が次々と付き始まる。静かな街の眠りを妨げてしまった。何やっているんだ、私は。騒音の気晴らしに騒音問題を起こしてしまうなんて……。

 騒ぎになる前に、私はその場から飛び立った。

 

「最後に線香花火やりたかったのに~」

 

 後悔先に立たず。私は家まで逃げ出した。

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 自分の家のベランダに降り立つ。初めての長距離飛行を終え、ふぅと一息ついた。まったくもう、考えなしにも程がある。近隣にも迷惑をかけてしまった。童心に戻りすぎだ。ため息を付きながら、引戸を開けて部屋に戻る。

 

「……楽しかったことには変わりないけど」

 

 ドキドキする。恐怖とか不安でではない。あんな事態引き起こしておいて、楽しい、だなんてプラスの感情でドキドキしてしまっている。

 

「これじゃ迷惑系じゃないか」

 

 私の動画はあくまで健全に、合法でやるつもりだ。これからはちゃんと考えて行動しなくては。ふと時計を見ると時間は未明。いつも通りの就寝時間だ。この悪しき生活習慣は直さなくてはな。

 もういい時間だ。反省会は次の機会。今回の失敗を次に活かすため、たとえ鳥頭だとしても、この出来事は忘れないようにしなくては。程よく身体も疲れて良い塩梅。今日はもう寝よう。

 

 動画の編集をどうこうするかも明日考えよう。どうこうして投稿(とうこう)しよう。

 ……うん。急に眠気が襲ってきた。最高の睡眠導入剤だな。

 

 

 




季節感あるなぁ


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無免許押し付け暖簾に腕押し

 チューナーが付けられたアナログテレビ、最近ではもはやレトロなアンティーク品として扱われるアナログテレビだが、うちではまだまだ現役だ。使うといっても見るのは気象予報だけなのだが。

 ニュースの気象予報だけは欠かさずチェックする。それ以外のチャンネルはなにも見ない。仕事柄、外での活動が主だったために染み付いてしまった所作だ。

 バイトを辞めてそこまで必要もなくなったというのに、見ないと落ち着かない。職業病……いや、生活習慣病だろうか。どちらも定義から外れた使い方だが、私は医師免許を持ってないのでいくら誤診してもデメリットはない。無免許のいいところだね。

 

 今の時代、いちいち特定の時間にテレビを見なくとも、スマホでいつでもパッと今週の天気が見られる。便利になったものだ。しかし私は持っていない。受動的に情報が受け取れるテレビが気に入っていたからだ。

 たとえ持ったとしても、テレビで気象予報だけしかみなかった私が、なんにも興味を持つことのなかった私が、情報の塊であるスマホを扱いきれるとは考えられなかった。能動的な情報収集は私には向いていない。もて余すだけだと、お金の無駄だと、持つ気にはなれなかった。

 ただ唯一、少し前にスマホを持とうかと検討していたことがあったが、その理由も気象予報のためだった。テレビが映らなくなってしまい、それを期にスマホを買おうかなと思っていたのだ。

 そろそろ時代に逆張りするのは止めて、スマホデビューも良いだろうと考えていた。

 結局、テレビに斜め四十五度から強めにチョップしたら治ったので、そのまま使い続けて現在に至る。

 貧乏性ゆえ、壊れても無いのに買い換えるというのはどうも気が引ける。パソコンは買い換えたが、それは配信するのにスペックが足りなく、必要だったからだ。スマホもなにか必要なことがあったら買っていただろう。

 

 まぁ、ミスティアになった今、契約できなくなってしまったのだけど。

 

 ニュースのアナウンサーは観測史上最大だの、十数年に一度だの、もう聞きあきた文言で猛暑をアピールしている。暑さに限ったことじゃないが、気象のインフレが激しいと感じるのは私だけだろうか。

 エアコンなし、いまだ扇風機だよりの私に今年の夏は乗り越えられるだろうか。

 

「こんちはー。今日は暑いねぇ」

 

 平日の真っ昼間、天気は晴天。予報通りの茹だるような暑さのなか、私は二回目の配信を行う。

 なぜこんな時間に配信をしているかというと、簡単な話、暇だったのだ。いままでの時間に追われる生活から、急に放り出されたため、私のスケジュールはがらんどう。自由気ままに、を履き違えたような行為だが、どうせアーカイブも残るだろうしと、やってもいいかなと思ったのだ。

 見に来ている人は十五人。配信としては不適切なこの時間帯に、よく集まってくれたものだ。

 

『こん!』

『こんにTNTN!』

『張り付いててよかったわ』

『偶然覗いたらライブ中でびっくりした』

『告知して……』

 

「告知? あぁ、ごめん予約配信にしてなかった」

 

 これはうっかりしていた。まだ配信慣れしてないのが伝わってしまうな。にしても、来場者の数は告知なしで十五人だったのか。わりと多いのではないだろうか。

 

『これからつぶやいて告知してくれると助かる』

『わりとつぶやきから飛んでくる奴も多いからな』

『検索しても垢見つからないんだけど、持ってないん?』

 

「つぶやき? あー……あれね、呟けるやつ」

 

『そうそう』

『そうだね、呟けるやつだね』

『ちゃんと分かってる?』

 

「流石に分かるって。鳥のアイコンでしょ? 親近感沸くよね。でも、私、スマホ持ってないんだよねぇ」

 

『は?』

『今時持ってないって……』

『あれ、今って昭和だっけ?』

『そういえばもやし生活してるって……』

『;;』

『これはセミコロンセミコロンだわ』

『パソコンでも出来るぞ』

『パソコンでつぶやいてもろて……』

 

 パソコンか、スマホ以外でもできたんだね、あのアプリ。初めて知った。なにしろ電子機器には疎いもので、分からないことが多い。パソコンを持っているといっても、たまに動画をみたり検索するだけだし、深く関わることがなかったのだ。

 

「あ、そうなの? じゃあ今インストールしてみようかな」

 

『大丈夫? ちゃんと垢作れる?』

『ちゃんとURL張るんだぞ』

『垢はアカウントって意味だぞ』

『URL張れるか?』

『URLってのはネット上のアドレスのことだぞ』

『アドレスってのは住所のことだぞ』

『住所ってのは住む場所のことだぞ』

『ハンカチ持った?』

『ここのリスナー過保護すぎひん?』

『↑現代でスマホに触れてないってのは無菌室で育ったようなもんだぞ。過保護にもなるわ』

 

 なんだかバカにされてる気がする。まぁ、されても仕方ないくらい無知なんだけど。私はコメントを追いながらインストールしたアプリを設定する。視聴者には悟られないように。

 

「私とて現代っ子。ちゃんと分かってるよ。鳥頭とはいえ、バカにしてもらっちゃあ困るな」

 

 嘘だ。全然分かりませんでした。すみません。

 

『流石にできなきゃこの先苦労するからな』

『お前らバカにしすぎだぞ』

『子どもの成長を見守るのも親の役目。そんなとやかく言わない方がいいな』

『↑誰目線なんだお前はwww』

『申し訳ない』

『ゆるしてヒヤシンス』

 

 ぐぬぬ、罪悪感がのしかかる。本当はズルをしていたというのに、こちらが申し訳ない。

 だがここで引くわけにもいかない。嘘は嘘で通す。そうでなければ現代社会で妖怪としてやっていけない。これは予行演習だと思おう。……丁度私の数少ない謎知識力で騙せるタイミングがあるし、ここで嘘をついてみよう。

 

「おぉ、深い。青色のヒヤシンスの花言葉『許してください』とかけたのか。教養あるねぇ」

 

『そんなつもりなかったんだけどなー。教養がにじみでちゃったかー』

『↑じぃっ……(ふしんな目)』

 

「ふはは、バカめ。許してくださいの花言葉は青いヒヤシンスではない! 紫色だ!」

 

『騙したな』

『↑やっと能天気なお前でも飲み込めたようだな』

『草』

『ゆかり色で許してください?』

『↑m(__)m(土下座する紫)』

『↑(゜ロ゜|||)(後ろで戸惑う藍)』

『↑(*´ω`*)(お留守番の橙)』

『↑(^▽^)(凄い紐について熱く語る豊姫)』

『↑潜り込ませたって流行らないし流行らせない』

 

 前降りはここまでにして、そろそろ歌おう。これは雑談配信ではなく歌配信なのだ。一回目の時の失敗はもう繰り返さない。

 と、その前に、さっそく設定し終わったのでつぶやいておくとしよう。『歌います!』こんな感じでいいか。つぶやきって言うくらいなんだから、短めでも良いだろう。文末にこの動画のURLを貼り付け、送信っと。

 

「んじゃ、トークは終わり。つぶやき終わったし、歌を歌いまーす」

 

『待ってました!』

『前回は雑談が盛り上がって三曲だけだったよな』

『しかもアカペラな』

『お前らが悪ノリするから……』

『不満げなリアクションが良くてつい』

『今回もアカペラ? 別にいいけど』

 

 やはり前回の流れはわざとだったのか。ここで絶ち切らないと今後ずっと歌わせないように弄られるぞ。もうコメントのペースには惑わされないようにしよう。

 

「あれはまだ未完成の曲だったからアカペラだっただけ。リハーサルのつもりだったから、そのまま歌ったんだよ。あの曲はそのうち動画で上げる予定だから、楽しみにしててね」

 

 作っている動画は二本。花火動画とおまけのキャトられ動画だ。

 花火の動画には私が一曲目に歌ったアレンジ曲を挿入している。花火で遊んでいるだけの動画にするはずが、挿入歌がメインのミュージックビデオになってしまっている。

 羽虫たちが予想以上に活躍してくれて、ものすごくカッコいいアングルが取れたので、急遽路線変更したのだ。花火文字のTNTNサムネで人目も引きやすいだろう。当初の予定とは違った動画になってしまったが、いい感じになったと思う。現在の進捗は70%といったところだ。

 キャトられ動画はそのまんまだ。キャトルミューティレーションごっこを撮った十秒程の短い動画だ。現在の進捗は100%。手間隙かけずに作った、本当におまけ程度の作品だ。

 

『おお!』

『楽しみだ』

『いい歌詞だったし完成版も期待』

 

「……歌が良かったんなら、なんで前回歌わせなかったの?」

 

 私は訝しげにそう尋ねた。私の歌が微妙だっていうのなら納得できるけど、コメントを見る限り、是を示す感想の方が多い。理解不能だ。

 

『え? 楽しいからだけど』

『気になる娘をいじめたくなるのが男の性よ』

『顔見せが楽しみだ。困り顔が見れるからね』

 

「……あー」

 

 ミスティアって弄られキャラだっけ? そんなイメージは無かったのだが。強いていうなら冥界の食いしん坊に追いかけられるくらいだと思う。

 

「そ、そんなことは置いといて、リクエストある? 音源はたくさん用意してきたからね。ないやつはアカペラで歌うよ」

 

『ちょっと男子~。みすちーちゃん引いちゃってるじゃん』

『茶化すのやめなよー。みすちーちゃんだって生きてるんだからね!』

 

 くっ、リクエストが全く流れてこない。このままでは、一回目の配信の二の舞だ。そんなに私の歌を聴くのが嫌なのだろうか。少し胸が痛くなってしまう。悔しさからか羽が小刻みに震えてしまう。

 

「またこの流れか。ちゃんと歌わせろ」

 

 思わず声を荒らげてしまう。この展開も前回通りだ。なにも変わらない。私に歌配信は向いてないのだろうか? 

 

『ヒェッ』

『妖怪の 正体みたり おこみすちー』

『羽プルプルで草w』

『↑草にw生やすな』

『みすちーのwww真っ赤な顔がww見ってみたい! wそれ顔出しwww顔出しwww顔出しwww』

『なにこのコメ欄怖い』

『↑煽り全一コメ欄やぞ』

 

 以下も同様に煽りや弄りのコメントがずっと流れていく。こいつら恋する小学生男子か。まだ顔も映してもないのにこのイジりようだ。顔出ししてしまえばどうなることやら。

 顔曝すの止めようかな。ネットに顔を出すのはタトゥーと一緒だ。一度彫ってしまえば完全に消すことはできない。ぶっちゃけた話、歌配信をするなら顔出しする必要はない。数字に影響は出るかもしれないが、安全を取るにはその方が良い。

 

『私はみすちーが歌いたい曲が聴きたいわ』

 

 下向きな考えをしていた私の目に留まったのはそんなコメントだった。

 

『なにも気にしないで。貴方が歌に夢中になれば、皆が貴方に夢中になる』

 

 同じ人がさらにコメントをした。目から鱗だった。私が歌いたいから歌配信をしているのに、なんでリクエストに拘っている必要があるのか。気にせず歌えばいいじゃない。幻想郷で、ミスティアは人を狂わすのが迷惑だからと歌うことを止めたか? いや、批判されども暖簾に腕押し、気にせず歌を詠じていた。

 自信をもて、私はミスティアだ。コメントでイジられているのも私ではなく、ウジウジとしている僕に対してなんじゃないのか? 顔を隠して、歌う曲も人任せ。受動的で、中途半端だからこそバカにされるのではないだろうか。

 

「……そうだよ、歌えばいいじゃないか」

 

『?』

『お、どうした?』

 

「リクエストがないっていうなら、()(ミスティア)にリクエストする!」

 

 受動的ではない、能動的に。歌うのに許可も免許も必要ない。無免許でいいのが歌の良いところだ。

 押し付けてやれ。楽しいや悲しいなどの感情も、聴く聴かないの責任も。たとえ聴いた人が、煩さで嫌な感情を抱いても、私の歌のせいじゃない、私の歌を聴いたお前の責任だと、押し付けてやれ。

 

 下向きな考えは反転し、気分は上々。羽も我慢できずにバサバサと羽ばたいている。私の羽にビックリしているコメ欄を無視し、私の気持ちを謳った前口上でスタートだ。

 

「次に出す動画で披露する予定だったけど、今歌おう! 次までに我慢できない。だから私の歌を聴け!」

 

 前はアカペラだった、歌詞もバラバラだったテーマ曲。今度は選び抜いて編集した歌詞で、テンションはそのままに、完全版を来客者に叩きつける。丹精込めて作った音楽を流す。ここからは私の独壇場だ。

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 来客者の数値は百人を突破した。つぶやき効果と、十二時の昼休みと重なったというのもあるだろうが、真っ昼間にこれは想像以上だ。

 コメント欄をスクロールしていき、今回の配信を振り返っていく。あんだけイジっていたコメント欄が、私の歌を境に沈静化していったのが痛快だ。私の熱唱にコメントは熱狂の渦に呑まれ、熱中症が気になる気温の中、私の配信は二つの意味で熱気に包まれていた。最後には私の歌を純粋に誉めてくれている人が多数を占めている。

 

「あれ? さっきのコメントどこにあるんだ」

 

 先ほど私が歌いたい歌が聴きたいと、私の背中を押してくれたコメントが見当たらない。

 削除してしまったのだろうか。

 

「まぁいいや」

 

 発表した曲の反応は全て良いものだった。前に私は歌手はダメだ、作詞作曲までする才能はない。と思っていたのだが、訂正して良いのかもしれない。アレンジの腕が良かったのだから。

 

 たとえ批判があったとしても今の私には暖簾に腕押しだ。だってアレンジ腕良しなのだから。

 

 ……ダジャレに対する批判も暖簾に腕押しだぞ。

 

 

 




くっ、プレッシャーに押し潰される……ッ!


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七割フツフツもーまんたい

 雀が飛べる高度は30メートルが限界らしい。更に云えば、そこまでの高度で飛ぶ必要がないので、その半分、15メートル程度が普段の雀の制空権だ。本気を出す機会がなく、出したところで程度が知れている。まるで以前の私のようだ。

 

 窓枠に留まった雀たちとちょっとした合唱をしながら、そんな事を考える。

 

 キィーッと甲高い、金属が擦れる音が響く。驚いてしまった雀たちが一斉に飛び去ってしまう。私は窓枠に頬杖をつき、ろくに乗客も乗せずに出発する電車を恨めしく見つめる。

 窓から寂れた駅と、どんよりとした空を眺める。今日は曇り。天気予報でいえば晴れらしいのだが、ほとんどの人の感覚からすれば曇りだろう。空が八割の雲で覆われていても晴れ、というあまりにも広い定義に辟易する。せめて七割、体感では残り三割の方が多く感じる不思議な数字である七割にしてくれた方がまだ納得できるものだ。

 空を眺めていると、遠目に電車の騒音から逃げた雀が目に入る。なんともフットワークが軽いものだ。同じ雀の私は逃げられずにいるというのにね。あの雀はきっと地上15メートルの空を体感しているのだろう。私は0メートル。良く言えば、しっかりと地に足がついた堅実な雀だ。悪く言えば、本気を出す以前に行動すらしていない雀だ。"夜"雀というだけあって、私は夜にしか飛べない羽虫だな。

 自由に空を飛んでいる雀を見て、夜にしか飛んだことのない自分を自虐する。悲観するのはもはや日常である。穏やかな午前に、空を眺めながら物思いにふける。これはこれでちょっとした幸せを感じる。

 緩い空気が包む部屋の中、私は頬杖をし続けながらボケーとしている。貧乏暇なしとは言うが、今の私は暇をもて余している。自分で言うのもなんだが、なんともお気楽なものだ。

 

 空を見ていると、私の羽が羽ばたき始めた。

 

 本日は吉日のようだ。飛んでみるとしようか。

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 雀百まで踊り忘れず、と言うが、ミスティアとして生きた記憶が無くても"忘れず"とは不思議なものだ。あの夜もそうだったが、飛ぶことに何の違和感も疑問も感じない。もともと高所恐怖症の気はないが、何の命綱もない状態であれば、常人なら足くらいすくむものだろう。しかしその忌避感がない。それが当然のように受け入れられている。どういう理屈か知らないが有り難いものだ。

 綿菓子のような雲に全身を突っ込んで、湿った空気を肌で感じる。下層雲を突き抜けフライアウェイ。雀は30メートルまで、しかし私は妖怪なので論外の模様。少なくとも雲を突っ切るくらいの高度は飛べるらしい。この高度なら気を付ける程ではないのだけど、バードストライクの可能性も頭に入れておこう。あくまで頭に入れておくだけだ。本当に気を付けるべきものが他にある。人の目だ。

 雲に隠れながら目的地へと向かう。ちょうど良く今日は曇り(当社比)なのだから、これを使わない手はない。雲が無いときは身体の周りに弾幕を展開して目眩ましだ。これでUFOだとは思われども、みすちーだとは感づかれないだろう。

 正体不明の妖怪から御株を奪っているような気もするが、これも私の保身のため。許せぬえちゃん。

 

 向かうのは二つ県を超えた先の商店街。そこに安い八百屋があるという情報が手に入ったので向かっている。へたに近くの商店街にいけば身バレの危険性もあるし、防止のためにも、財布のためにも、遠くの商店街まで向かうのだ。

 ミスティアになってからは、もやしはネットスーパーで買っていた。だが、やはり無駄にお金がかかってしまい、そこで私のもったいない精神が発動してしまった。

 今までならわざわざ向かうのは交通費の無駄だと通うことはなかっただろう。しかし今は飛べるようになったので無問題(もーまんたい)だ。疲れるには疲れるが、そんなのは些細な問題だ。たまにはもやし以外の野菜も食べたいし、そのくらいは頑張らなくては。

 

 人気の無さそうな裏路地に着陸し、マスクを着用し表通りに出ていく。格好はもちろんミスティアスタイル。羽も露になっている。どうせこれからは様々な都道府県を転々と飛んで行くのだ。飛べるなんて誰も予想できないし、どこに行くにも予想されない。追いかけられても撒くことは造作もないことだ。身バレの可能性は無いに等しい……ハズだ。

 

 賑やか、というには少々物寂しい商店街だ。人通りは平日の昼間ということもあるが、疎らに降りたシャッターが"寂れ"を演出させる。今時はどこでもコンビニがある。車を走らせればショッピングモールだってすぐに行ける。わざわざ一つ一つの店を回る必要がなくなっているのだろう。これも時代なのだろか。いつか幻想郷で福引券を集めてガラポンを回す日も近いかもしれない。

 

 すれ違う人の目が私に集まるのが分かる。妖怪になって感覚が鋭くなったからか、何人かがこっそり私をスマホで撮っているのも分かってしまう。それはマナー違反だ。まぁ、コスプレという体で訪れているのだ。予想は出来てたし、いちいち相手をしていたらキリがない。その程度は甘んじて受け入れよう。

 目的の八百屋を見つけたので中に入る。小さなお店なので、羽が少し邪魔になっている。頑固そうな八百屋のおじさんも少し顔をしかめている。迷惑になってはいけないし、少し羽を縮こめて対応する。少しはマシになっただろう。

 

「もやしくださいな」

「悪いがもやしは置いてねぇよ」

 

 おっと、今日買うのはもやしではないが、つい口に出してしまった。買う予定のものは、白菜、ねぎ、春菊、えのきだ。このラインナップから分かる通り、今日の晩ごはんは鍋だ。

 実は前回の配信からチャンネルの登録者が増えはじめて、とうとう千人を突破したのだ。これで投げ銭機能や広告が解禁できるようになったので、やっと生活費の当てにできるようになったのだ。まぁ、皆が投げてくれる保証はないのだけど、お祝いや景気付けとして鍋にするのだ。

 

「これくださーい」

「あいよ」

 

 お金を渡して、野菜を纏めてくれた袋を手に取る。

 

「あれ? おじさん。ほうれん草とトマトは買ってないよ?」

「サービスだ。持ってけ」

「でも……」

「ちゃんと栄養取れよ。苦手でも食え」

 

 まるで私がもやし生活をしていることを見透かしているかのような口振りだ。マスクもしているし、見えているのは目元だけ。顔色の悪さから予測したって訳じゃなさそうだ。もしかして、野菜に携わる者としての勘なのだろうか。 

 

「……うん、ありがとう!」

「おう、今度は顔見せてくれよな」

 

 それは、今度ここに来た時の話だよね? そうなんだよな? もしかしてリスナーだったりしないよね?

 自意識過剰だぞ、私。こんな底辺配信者を知ってるわけ無いだろう。脳裏を過った疑念を振り払い。素直な気持ちでおじさんに感謝することにしよう。

 

 袋を左手に引っ提げて、おじさんに手を振ってその場を後にする。次に行くのは肉屋だ。そう、肉屋だ。今夜は景気付けの鍋。久しぶりに肉を食べられるのだ。

 八百屋から少し歩いたところにあった肉屋で足を止める。美味しそうな匂いについ立ち止まってしまった。このジューシーな匂いは、コロッケだろうか。商店街を一通り見てからどこで買おうか決める予定だったのだが、匂いに抗えない。釣られてフラっと立ち寄ってしまう。

 

「え? あ、あら、いらっしゃい」

「あの、コロッケ一つと豚の細切れ肉ください」

 

 コロッケがおいしい肉屋は良い肉屋だ。勝手な持論で、匂いに釣られた言い訳にしか聞こえないだろうが、わりと的を射ていると私は思う。肉の調理が良い店は肉の扱いも良い。そんな安易なイメージで勝手に言っているだけなのだが。

 

「はいよ、揚げたてだから気を付けてね~」

 

 細切れ肉と一緒にもらい、肉屋のおばさんにお礼を言って立ち去る。最初は困惑していたおばさんだが、すぐに調子を戻したようだ。接客のプロだな。見た目に反して私の中身が庶民的だったのも作用しているのだろうか。まぁなんにせよ、ラッキーなことに受け取ったコロッケは揚げたてだというのでこのまま食べ歩く。

 

「……おいしいなぁ」

 

 久しぶりのたんぱく質が身体に染み渡る。一口一口を味わって食べていく。サクサクの衣は味覚だけでなく聴覚にまでその旨さを訴えかけてくる。荒く挽かれた肉の、庶民的ながらに贅沢な食感と、甘く炒められたタマネギの良い食感が絶妙なハーモニーを生み出す。火傷しそうなくらい熱々な肉汁が溢れだし、口の中が旨味で満たされる。昔ながらのシンプルなコロッケだからこそ味わえる絶品だ。

 

「やっぱり当たりの店だったな」

 

 これは今夜の鍋も期待できそうだ。

 

 買い物はこれで終わり。後は帰るだけなんだけど……。

 

「さっきから等間隔で着いてきてるよなぁ」

 

 どうやら現在進行形でストーカー被害に遭っているようだ。人影が電柱や看板に隠れて私を追ってきている。初めての経験なのでどうすればいいのか分からない。

 とりあえず気づかないフリをして、コロッケを食べながら商店街をぶらついていたのだが、もうコロッケは食べ終わったし、鍋の下ごしらえもあるし帰りたい。

 考えすぎは良くない。考えなさすぎも良くない。()(ミスティア)の性格をちょうど足して二で割れたらいいのに。……そうだ、私以外を参考にしてみよう。頭に浮かんだのは今朝の雀、あの雀たちのフットワークを真似してみたい。

 私は意を決し、勢い良く走り始める。幸いなことに人は疎らで走りやすい。急なダッシュにストーカーは慌てたようで、急いで私の後を追う。もはや自分の姿を隠してもない。スカートを履いている。女の子のようだ。たとえ女の子であっても、ガチ目の尾行をするような不審者とは関わりたくない。このまま逃げ切らせてもらう。

 店と店の隙間に急カーブで入り込み、一気に飛び上がる。そして屋上に着地する。気分はグレートサイヤマン。彼女はビーデルさんといったところか。髪型もちょっとだけ似てるし。

 屋上から見下ろして様子を見てみる。入ってきた彼女は驚いた様子で辺りを見渡している。続く道がないのだ、そりゃあそうもなる。彼女は着けていたメガネをかけ直して、またキョロキョロと見渡している。どうやら完全に撒けたようだ。

 

 ふぅ、ちゃんと逃げることが出来た。私もやればできるじゃないか。普通の雀の15メートル分の頑張りはしただろう。堅実なだけの雀じゃない。フットワークの軽さはそこらの鳥には負けない自信がある。もう夜だけの雀じゃないぞ。

 フットワークの自信が沸々と湧いてきた。

 

 フットワーク、の自信が沸々(フツフツ)()湧く(ワク)。……うん、なにも問題はない。無問題(もーまんたい)でしょ? 

 

 

 

 




すみません。リアルの方が忙しく、全く投稿できませんでした。

19連勤ってなんだよ……ちくしょー。


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決して鍋パでウエハース

すみませんでした。


 軽いくせに重い。私は"挨拶"にそんな心証を抱いている。

 

 小学生でも知ってる社会の常識。するのが普通。出来るのが普通。そして、生活の中に溢れ、誰でも"気軽に"使うものである。ここで注意しなければならないのが、"気軽に"、であり決して"軽視"してはダメ、と言うことだ。……そう決して。

 私の職場でも、よく新人が挨拶が小さいだけでも怒鳴られ、叩かれるところをよく見かけた。可哀想なものだが、挨拶を軽視した結果がこれだ。

 挨拶は、自身の存在を知らせ、他者の存在を知る為のものなのだ。そこから初めてコミュニケーションが始まり、人と人を繋ぐ要となる。だからこそ挨拶は人間にとって"重要"なものなのだ。

 

 何故こんな話をしたか、なのだが……別に難しい話をするつもりではない。ただ私は"ミスティアらしさ"がある挨拶は何かと考えたいのだ。

 

「……うーん、今夜の挨拶どうしようかな」

 

 前の配信では「こんちはー」なんて、雑にも程がある挨拶で済ましてしまった。ミスティア感は無く、配信者としても丁寧でも無ければインパクトがあるわけでも無い。果たしてこれで良いのだろうか? いや、良くない(反語)。

 でも急に挨拶を変えるのも恥ずかしい。あれだ、"僕"から"俺"に変えるのに抵抗がある感じ。分かるかな? ……"私"に変えてるのに今さらなに言ってるんだって話だけどね。

 

 挨拶にも個性がある。ため口、敬語、略語、造語。どのタイミングでおはようからこんにちはへ、こんにちはからこんばんはへ変化するのか。

 私がよりミスティアであるために、それを決めるのは大切な事なのだ。

 

「よし、ちょっと恥ずかしいけど、あれにしよう」

 

 挨拶は一応決めた。自分で考えたというより、視聴者のコメントの丸パクリだけどね。まぁ、これで評判が悪かったら、そのつど考える。これでいいだろう。

 面倒臭いが、そのくらいはしなければならない。挨拶は大切なのだ。特に、配信者としてネットの世界で生きるのならば。

 インターネットの匿名性により、他者を知ることも省略気味になり、挨拶も疎かになることも多くなっただろう。そんな中、配信者やインフルエンサーなどの"知覚"される人々の武器、個性になるのが、挨拶なのである。

 

 ……と、ここまでがSNS初心者の持論でした。

 

 

「『今夜は鍋パ雑談配信!』っとこんなもんでいいか」

 

 私もすっかりSNSに染まったものだ。配信予告もお手のもの。一日一回は必ず呟くようになってしまったし(三日目)、これはもうSNS廃人と言って過言ではないのでは? (過言)

 呟くと忽ちに変なハートマークやら矢印マークの数字が百、二百と増えていく。SNS二日目まではこの数字が二十から三十といった所だったが、昨日上げた二つの動画が影響しているのだろう。正直この数字がどのくらいの関心を集めた指標なのかは分からないが、少なからず私に興味を持ってくれている人がいる事に深い満足感を感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

「こんTNTN! 今夜は鍋を囲って駄弁るぞー」

 

『(うわ』

『やめてね』

『このチャンネルも下品になったものだな』

『そんな下品な子に育てた覚えはありません!』

『幻滅しました。幽谷のファン辞めます』

『ボッチなのに鍋を囲って……? 妙だな……』

 

「夜道に気を付けな。目が見えなくなるぞ」

 

『こんTNTN!』

『こんTNTN!!』

『なーんちゃって(若○voice)』

『……っぱミスティアと言ったらTNTNよ』

『配信者足るもの固有の挨拶は大事だな』

『わー良い挨拶だー』

 

 ……開幕早々キレキレだな。

 

「はいはい、挨拶が好評でなによりだ。……よいしょっと」

 

 一旦席を立ち、あらかじめ用意しておいた鍋をテーブルに置く。カメラと私の間に挟まれた鍋は、白い湯気で視覚に旨さを訴えかける。シンプルな具材にプラスでほうれん草を加えた鍋。そして手作りであるトマトソースのつけだれ。八百屋のおじさんに貰った野菜を組み合わせてアレンジした鍋だ。

 

『おお』

『うまそー』

『見てたら腹へってきた』

『暑い時期の鍋も良さそうだな』

 

「どーよ、自信作」

 

 そう胸を張ってドヤ顔をする。顔はカメラに映ってないけどね。

 

「収益化が出来るようになったから、お祝いで作ったんだ」

 

『めでたい』

『おめでたです』

『↑俺の子だな』

『↑俺響子来たな』

『↑俺響子初めて見た』

『変わり種な鍋だな』

『トマトソースって合うんか?』

『↑割りと旨いぞ』

『ホウレン草が入ってるの珍しいな』

 

「私も初めて作ったから、この組み合わせはちょっと心配だったんだけど……」

 

 具材をオタマで掬い皿へ盛る。箸でホウレン草と肉をとり、トマトソースにくぐらせて口へ運ぶ。火傷しそうな熱さの具材と、冷たいトマトソースが絡み合い、口のなかで適切な温度となる。酸味の効いたトマトとダシが染み込んだ肉と野菜がマッチする。

 

「うん、うまい。思い付きで作った鍋だけどベストマッチしてるよ」

 

 久しぶりだ。肉と栄養ある野菜を満足いくまで食べられるなんて。嗚呼……体に染み渡る~。

 

『うまそう(KONAMI感)』

『それな』

『料理できたんだな』

『料理上手なのは解釈違い』

 

「……? ミスティアなんだから上手いイメージじゃないの?」

 

『ミスティア自体はそうなんだけどなぁ』

『男っぽい料理作ってそう(偏見)』

『もやししか食ってなさそう(事実)』

 

 なるほど、私もミスティアとしてまだまだということだ。だが、今回の事で少しはイメージを変えることができただろう。

 

「ところで先日上げた動画見てくれた?」

 

『キャトられ動画か』

『プチバズってたな』

『浮遊が自然すぎて凄かったわ』

『ワイヤーかCGか両方か。どれにしろ個人レベルであれはスゴいわ』

 

 キャトられ動画……あのキャトル・ミューティレーションごっこの動画の事だ。実はあの動画、呟けるSNSを中心にちょっと話題になったのだ。これ事態は非常に嬉しい出来事だ。これ事態は……。

 

「そっちじゃなくて……PVの方だよ。TNTNサムネの奴」

 

『ああ……キャトられと一緒に投稿されてたね』

『花火がキレイだった(小並感)』

『良かった。ただオマケにしちゃ力入りすぎじゃね?』

『あのオマケ動画、完成度高かったよな』

 

「あれが本編! キャトル・ミューティレーションごっこがオマケだよ!」

 

『ハハ……ご冗談を』

『おや? 視聴回数をご存じない?』

『オマケの方が十倍以上再生されてるんですがそれは……』

 

 そう、PVの再生数は、まあまあだった。少ないわけで無く、多いわけでも無い。本当にまあまあな結果だったのだ。そこに不満は無い。でももう一方が予想以上の成果を挙げてしまった為、少し引っ掛かってしまうのだ。……とても贅沢な悩みなのは分かっているのだけど……。

 

「ちくしょう……オマケの方が人気あるとか、私の動画はウエハースか」

 

『草』

『www』

『(笑)』

『ワロス』

『lol』

 

「古今東西じゃん! 笑いすぎだろ! あれは私の切り札と言えるほどの自信作なんだぞ!」

 

『切り札はいつも悪手』

『オマケは何故か最善手w』

『オマケに負ける歌い手(笑)』

 

「少し五月蝿い!」

 

『五月蝿い五月蝿いもしずかのうちよ~』

 

 オマケも私が作ったものなのに、なんで私がこんな目にあってるのだろう。

 

「オマケは大勝ちなのに私は大負け(オオマケ)じゃん……」

 

『ここ笑い所?』

『シィー! 余計なこと言うな、ここは盛大に笑ってやれ』

『草……』

『www……』

『(笑)……』

『ワロス……』

『lol:(』

 

「三点リーダーを付けるなぁ! 余計惨めだわ!」

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 今回の配信も成功……てことにしておこう。もうこういうキャラ付けとして定着してしまっているし、これで盛り上げることが出来るのなら本望だ。いや、本望は言い過ぎた。

 

「さてと、今日のコメントも見返すか」

 

 雑談中に全てのコメントを見れるわけじゃない。だから私は追い付けず見逃してしまったコメントの一つ一つを後で確認する。私の配信を見てくれた人の感想や意見を出来るだけ多く知っておきたいから。それに、案外こういう作業中に参考になるものが見つかったりするのだ。今日の私の挨拶「こんTNTN」もその一つだ。勿論良いことだけでなく、誹謗中傷などでメンタルにダメージが入ってしまうこともあるけどね。

 

「……え、コレは……」

 

『乙~』

『今度は逃がさない』

『乙』

『必ず正体を暴いてやる』

『楽しかったー』

 

 私が配信を切る最後の最後に書き込まれた二つのコメントは、明らかに周りとは違う異彩を放つものだった。

 どちらも同じアカウントのコメントだ。

 

「"今度は"……か、もしかしてあのストーカーのかな?」

 

 頭に浮かぶのは、鍋の材料を買いに行った商店街で会った女の子だった。

 

 正体を暴いてやる。

 

 その言葉尻からは、私が人間ではないことを確信しているような雰囲気を感じる。

 

 

「……一応、注意しておくか。こういうのは決して(ケッシテ)軽視して(ケイシシテ)はいけないからね」

 

 

 ……決してね。

 




すみません。感想返しは一部のコメントに返すだけにさせてもらいます。
ですが送られた感想はしっかり見させてもらい、今後の励みにします。お待ちしております!


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尾行に対策案を練り

書きダメ? ウチにはそんなの無いよ……


 

 

 ─── side??? ───

 

 

 

 

 私は多分、産まれた時からオカルトが好きだったのだと思う。

 

 幼い頃から非現実的な事柄に心を惹かれ、のめり込んでいた。理屈ではなく本能から追い求めていたのだろう。物心つく頃には、どんな些細な不思議ですら見過ごせない気質を持ち合わせていた。

 

 空に未確認飛行物体がいると情報が入れば、家の門限を破り、どんな時間帯でもすぐさま現地に赴いた。

 海辺に未確認生物らしき死骸が流れ着いたとあれば、学校をサボり、遠方であろうと金に糸目を付けずに出向いた。

 超能力が使えるようになる方法を真剣に研究したし、異世界に行けると噂の眉唾な儀式も大真面目に取り組んできた。

 

 例えすべてが"ハズレ"で終わったとしても、私の気質が変わることはなかった。

 

 ……まぁそれは置いとこう。何が言いたいかというと、つまりそんな私だからこそ、今回も無遠慮に、思慮浅く手を出してしまった……ということなのだ。

 

 

 

 "未確認飛行物体が現れた"

 

 

 

 何てことはない、SNS上で拾った情報だ。私としてもそこまで期待はしていなかったのだが、偶然にも、今私がいる場所の近くで現れたと言うのだ。それだけで私を奮い立たせるのには十分過ぎるモノであった。

 

 SNSに投稿された写真、動画、撮った人の直近の行動などから詳しい場所を割り出す。インターネットを中心にオカルトを追い求めてきた半生だったのだ。これくらい造作もない。私には多分、ストーカーとしての才能があるのだろう。こんなこと認めたくはないけどね……。

 

 そんなこんなで十数分。ここが恐らく最新の目撃場所だ。

 

 いつ潰れてもおかしくない商店街。ノスタルジックな雰囲気を醸すシャッター通り、ここが目的地点だ。

 私は空を注意深く見渡しながら、商店街を散策する。

 

 ……それらしい物体は見られない。一足出遅れたか……そう思っていた時、スマホで何かを撮る人々を見つけた。視線の先は空じゃない、なんの変哲もない八百屋だ。

 

 私は気になってそこを覗いてみた。そこには明かな"異物"がいた。

 

 先ず目につくのは羽。人に存在するはずのないものが背中にあった。とても作り物には見えない、確かな存在感のある羽だ。羽根飾りのような耳も、非人間的な異質さを醸すのに一役買っていた。

 続いて目につくピンク色の髪。染めたような不自然さはない……そんなハズはないのに、まるで産まれた時からその髪色だったのだろうと感じてしまう自然なカラーリング。人間的にあり得ない髪色に説得力を感じてしまう。まるで観念ごと歪められているような不気味さだ。

 そして、それらの要素に負けず劣らずの禍々しい服装。シックな小豆色の帽子と、同系色のジャンパースカートには蛾を連想させる毒々しいリボンが施されている。

 

 一目見て分かる異様な出で立ち。だがしっかりと纏まっているそのデザインには既視感があった。

 

 

 

 

「ミスティア・ローレライ……?」

 

 

 

 

 直感した。彼女は"本物"だ。

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

 気づけば私はスト……尾行していた。

 

 

 ……うん、心のなかで取り繕っても仕方ない。これは立派なストーキングだ。この手の才能があるとは思ってたけど、まさか本当にヤってしまうことになるとはね……。

 

 自虐的な思考をしながら、電柱や看板に隠れ、ミスティアの動向をしっかりと探る。

 

 ──私の第六感(シックスセンス)が告げているのだ。今回の未確認飛行物体の情報とミスティアは無関係ではないと……。いや、ぶっちゃけただの勘なんだけどね。まぁ、余計なことは考えずに尾行に専念しよう。

 

 

 

 ……

 

 …………

 

 ………………。

 

 

 ……寄った店は八百屋と肉屋だけ? 買ってるのも普通の野菜、安い肉に牛肉コロッケだなんて。なんて庶民的……拍子抜けだわ……あんなただならぬ雰囲気を出しといて普通過ぎる! 

 もっとこう、裏路地に入ったら幻想郷に!? ……っていうのを想像してたのに。

 

 刺激の無いただの散歩風景。私は少しのつまらなさを感じながらも、彼女の尾行を続けていた。

 

 ……すると突如として、彼女が勢い良く走り始めたのだ。私はいきなりの出来事に一瞬だけ、呆けて固まってしまった。

 

 ……こんなところで逃がすわけにはいかない! 

 

 私はお気に入りの赤いアンダーリムの眼鏡をかけ直して気合いを入れた。

 私の体力を侮ってもらっちゃ困る。ちっちゃな頃からオカルトを追い求めて東へ西へと奔走してきたのだ。足の速さは数少ない私の取り柄の一つだ。

 

 人混みをかき分けて追いかける。だが全く距離が縮まらない。彼女の身のこなしは想像以上のモノだった。走りも、障害物を回避する能力も。流石は弾幕ゲーム出身と言ったところか……

 

 そんなことを考えていると彼女が路地に入っていった。私が追って入ってみるも、既に彼女の姿はなくなっていた。先に道はない。完全な行き止まりにも関わらずだ。

 

 やっぱり幻想郷に繋がっていた? ……それとも飛んでいっちゃったのかな? 

 

 どちらにせよ、逃がしてしまった。あんなにも怪しいヤツを。逃がした魚は大きいってヤツだわ……悔しい。

 

 今までの人生で初めてなんだ、初めて"本物"を見つけたんだ。……これからの人生を賭けても良い。私の全身全霊を賭けてあいつを追いかけてやる。

 

 私はきらした息を整えながら、そう誓ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

「え……? あいつ配信やってるの?」

 

 帰宅してからSNSであのミスティアの正体についての情報を探していた。するとあっさりと見つけてしまった。彼女のチャンネルを……。あっさり過ぎて逆に腹立たしいわ。

 

「……」

 

 彼女は呑気にも鍋をつついて、楽しそうにしている。顔は出してないが、あの商店街で買っていた具材で作られた鍋が昼間のアイツであると雄弁に語っている。

 

 誓った意味はなんだったのか。彼女の呑気な雑談を聞いていたら、なんだかだんだんと腹が立ってきたわ……。

 

 

『今度は逃がさない』

 

『必ず正体を暴いてやる』

 

 

 私は挑戦状代わりと意気込んで、コメント欄に荒らし紛いの書き込みを送ったのだ。

 

 

 

 

 さて、彼女を捕まえる作戦を考えるとしようか。

 とりあえずあの商店街はマークしておく。SNSでも分単位で監視を続けよう。

 

 

 

 

「……本格的にストーカーね」

 

 

 

 

 ……まぁしょうがないでしょ? あの身のこなしを見るに、それくらいしないと捕まえるのは難しい。ちゃんとした対策法を考え、徹底的に準備をしなくては。飛べることを仮定して、飛び道具で打ち落とすことはできないだろうか? 

 

 

 

 

 

「銃くらいは欲しいわね……3Dプリンターで作れるかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─── sideみすちー ───

 

 

 

 

 

 

 

 なんだか無性にイヤな予感がする。昔からなぜかこういう予感だけはあたるんだよなぁ。

 ストーカーのこともあるし、次の外出からは少し気をつけて動くか。あの商店街も行くの控えようかなぁ、あそこ気に入ってたんだけどなぁ。

 

「備えあれば憂いなし。気にしすぎるくらいがちょうどいいよね」

 

 ……でも私生活についてはそれでいいかも知れないけど、配信はもうちょっと大胆にした方がいいよね。流石に今までのは慎重過ぎたと思う。……いやそうでもなかったか。初配信で歌に夢中になりすぎたり、軽率なことはあったからね。でもむしろそこが受けた部分もあると思う。だからこそ案を練り直すのだ。配信にマンネリは天敵だ。

 

 マンネリ対策で案練り(アンネリ)直し……ってね。

 

 

 ……このダジャレもそろそろマンネリかなぁ。

 

 

 

 

「……次回あたり、顔出し配信でもしようっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ダジャレを言うためだけに出てきたみすちー(偽)


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夢日向で陽が差して

あぁ……誤字脱字が多くて嫌になっちゃう。
誤字報告……感想……お気に入り……評価……全てに感謝を込めて……

ありがとうございます。


 

 

 

 ありし日の記憶。まだ僕がランドセルを背負っていた頃の……春の匂いが残る初夏の記憶。

 頭の奥底に眠っていた思い出を、睡眠中に活性化した脳ミソが掘り起こしていた。

 深い微睡みの中、鮮明に頭を駆け巡る記憶に、私は『ああ、これは夢なんだな』とふと気付いた。

 

 しかし身体は動かない。まるで縛り付けられた状態で映画を見せられているようだ。あの日の思い出がそっくりそのままの形で想起される───

 

 

 

 

 

 

 

『隣に座ってもいいかしら?』

 

 

 日曜日のお昼時、僕はボケー……っと公園のベンチに腰かけていた。青く澄みわたった空を見つめていると、横から声をかけられたのだ。

 目を向けてみると日傘を持った金髪のお姉さんが、微笑みながら立っていた。

 いきなり現れたお姉さんに内心驚きながらも、僕はうなずきながら一言返した。

 

『……いいですよ』

 

 僕が答えるとお姉さんは、日傘を差したまま、僕との間に一人分のスペースを開けて座った。

 

 

 

 …………。

 

 

 

 この公園には他のベンチがもう一つある。なぜそっちに座らなかったのか。募る不信感が汗となり、頬を伝い落ちる。せっかくのリラックスタイムが台無しである。

 彼女のどこか胡散臭い雰囲気も相まって、僕は緊張と警戒心を抱いていた。お互いに目も合わせずに、しばらく沈黙が続いた。僕と彼女の間に漂っていた緊張感がピークを過ぎた頃、彼女は無言に耐えきれなくなったのか口を開いた。

 

『……今日は良い天気ね』

 

 ……彼女はきっとコミュニケーションが得意なタイプではないのだろう。会話の切り札が天気とは……なんだか親近感が湧いてきた。

 

「……そうだね、雲一つ無い快晴だ」

 

『貴方……こんな良い日なのにずっとベンチで座っているわよね。何かあったのかしら?』

 

 彼女は僕の顔を見ずにそんな質問をした。

 ずっと僕のことを見張っていたのか……? そんな考えが頭をよぎり、彼女への不信感が高まる。

 彼女の顔をふしんな目でじぃ……と見ると、彼女はどこか不安そうな顔をしながら、手遊びで日傘をクルクルと回して僕の返答を待っていた。

 僕は彼女のことは何も知らない。しかしある直感があった。……きっと彼女は、この独特な雰囲気で勘違いされやすいタイプなのだろう……という事だ。

 根拠はない。ただそう感じてしまう。

 

 僕は少しだけ警戒心を解いてみる。

 

 

「心地いい風が吹いてる……小鳥たちがさえずっている。こんな良い日には、日向ぼっこするに限るよ」

 

『子どもらしくないわね。最近の子らしくゲームでもしないの?』

 

 "子どもらしくない"……耳にタコが出きるほど聞いた言葉だ。大人しくて、言葉選びが変に小難しくて、なにかと悲観的で……。成熟……いや、老成してるなんて言われることもあった。

 

「……夢中になれないんだ。マンガも、アニメも、

 ゲームも」

 

『あら、飽き性なのね』

 

「うん、だからいろんなことをやってみたよ。絵を描いてみたり、卓上ゲームで遊んでみたり、スポーツに挑戦したりね。裁縫したり、花言葉を覚えてみたり……なんてこともしてたよ」

 

『小学生なのに手が広いのね』

 

「おかげで広く浅く、変な知識ばかり覚えてちゃって」

 

 なにもかも中途半端で穴だらけな、謎知識ばかり増えていく。

 だけど夢中になれるものは見つからない。その度に僕の心は陰り、暗く、湿ってゆく。そんな心を、僕は日向ぼっこで天日干しするのだ。

 

 ……誰かにここまで自分のことを話したのは初めてだ。この強く気持ちのよい日差しで気が緩んでいるのか、なぜか彼女に自分の本心を語ってしまう。まるで僕の心のスキマに入り込んでくるようだ。

 

「なにをしても、最後には日向ぼっこに戻っちゃうんだ。……お姉さんもどう? 気持ちいいよ」

 

『魅力的なお誘いだけど、ごめんなさい。日焼けが気になっちゃうの。フフフ』

 

 

 お姉さんは日傘を回しながら笑って答えた。

 

 

 ……笑顔が、日差しよりも眩しかった。

 

 

 

 

 

『あら、どうしたの? 目瞑っちゃって』

 

「……いや、日差しが眩しいな……って」

 

 

 

 

 それを聞いたお姉さんは、ニヤリといたずらっぽく笑う。

 

 そして僕との距離を縮めて座り直したのだ。

 驚きで距離を取ろうとした僕は、ベンチの手すりへ追い詰められる。

 

 

「な、なにを?」

 

 

 お姉さんの顔が近い。

 

『顔が赤いわよ、日傘に入りなさい。日向ぼっこも良いけれど、熱中症には気を付けなくちゃ』

 

 

「……いや、大丈夫だって、本当に……」

 

 そういってもお姉さんはちっとも動こうとはしない。ただ微笑みながら、曖昧な返事をしてお茶を濁すだけだった。

 

 僕は相合傘をするのは初めてだ。しかし一つだけ分かることがある。相合傘は雨に濡れてしまう、という口実があるから許されているのだと。日傘でする相合傘は、普通の何倍も恥ずかしいものなのだと。

 

 初対面の小学生にこんなことをするなんて、やっぱり不審者だったのか。と冷静に分析をする自分と、どこか彼女を信じたい……このまま甘えたいと感じる小さな自分が混在している。

 

 なんの根拠もないのに、こんなにも怪しい人のはずなのに……

 

 

 

 どうして僕の心は暖かくなっているのだろう。

 

 

 

 

 

『ねえ、君はさ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────キィ───ッッ!!! 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 ────トン──ゴトン──ガタンゴトン───

 

 

 

 

「……んぅ」

 

 

 ……今日も朝がやって来た。いつもの始発の時間、いつもの騒音。いつもと違うのは、寝相と夢を見たことくらいか。

 

 ……腕が痛い。どうやら腕を枕がわりにしたまま寝てしまったらしい。身体を起こした瞬間、血が巡り、痺れが腕全体を駆け巡る。

 翼が生えてからはうつ伏せで寝るようにしている。仰向けでも寝れなくはない……しかし窮屈で仕方ないのだ。まだ"僕"だった頃は仰向けが基本だったので、少し違和感がある。こうやって、腕を枕にしてしまって痛い思いをしてしまうことはあるのだ。

 

 だが、変な寝方のせいか懐かしい夢を見た。

 

 とても懐かしい夢だ。

 

 あれは確か、僕が小学生の高学年だった時だろうか。前に花火をした公園での……まだ遊具が揃っていた頃のあそこでの、キレイなお姉さんとの一夏の思い出。記憶の奥底にしまいこんでしまった、碧い宝石のように……瑠璃色に澄みきった、儚くも輝く大切な思い出だ。

 

 既に忘れてしまっていたこの記憶が見れたのなら、変な寝相も悪くなかったかもしれない。

 

 

「………………くふぁ~……」

 

 大きなアクビを手で隠す。伸びをして、翼を大きく広げる。軽くストレッチをしてからベッドから飛び起きた。

 

「……あの人の笑顔……どんな感じだったっけ」

 

 鮮明に見たはずの夢は、脳の覚醒と共に消え去って行く。既にあの人の顔も、声も、服装も……あの瑠璃色の記憶だけを残して消えてしまった。

 

 

 

 

 

 ……あの後、お姉さんはなんて言ったんだっけ。

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 ベランダのカーテンを開けて、部屋に陽を取り込む。今日は雲一つ無い。キレイな青空にサンサンと輝く太陽(sun)が、強い日差しを部屋へと送り届ける。

 夏の猛暑は続いているが、今日はいつもより涼しい。日向ぼっこには良い日だ。……いや、涼しいと言ってもこの暑さだと日光浴と言った方が正しいかな。

 少しでも暑さを和らげるため、私は吐き出し窓を少し開け、ちょうど良い風量を調節する。

 最後に日向の当たる場所に一人掛けのソファを設置し、心地よい空間の出来上がりだ。

 

「あ~、これだよこれ」

 

 背もたれに体重を預け、リラックスモードへと突入する。懐かしい感覚だ。いつからだろうか、日向ぼっこでのんびりすることを忘れていたのは。

 ……まあ、高校生の時からかな。あの頃は本当に大変だった。

 

 ……おっと、暗い話はまた今度だ。今は日向ぼっこで心を明るく照らす時間だ。影が入り込む余地なんて作らせないわ。

 私は昔から、不安なことや辛いことがあったときには日向ぼっこを良くしていた。まあ、僕だけの精神安定剤ってところだ。

 

 今感じている不安要素は、今晩の配信にある。

 

 今回は顔出し配信をする。それが少し不安なのだ。

 

「とりあえず告知はしとくかぁ」

 

 呟く内容は……

 

『今日の夜は顔出し配信!』

 

 ……これでいいだろう。一言で告知を済ませちゃうのは、リスナーから雑だのなんだの言われるが、これが私のスタイルなのだ。一日一回ちゃんと呟いているのだから文句は言わせない。

 

 ……まあ、とりあえずこれで後には引けなくなった。

 

 私が今出来ることは、少しでもリラックスタイムを享受して、精神を安定させることくらいだ。

 

 夜雀である私が堂々と太陽(たいよう)の光を浴びて精神を安定させるのは、何か妖怪としての摂理を反した、異様(た いよう)な状況のように思えてしまう。

 しかし月光も元は日光なのだ。違いは光の強さだけ。……吸血鬼が聞いたら憤慨しそうな考えだが、彼女らも日傘を差している、という状況であれば、羽が飛び出ていてもノーダメージだなんてフワフワでユルユルな種族なのだ。少しくらいは良いでしょう? 

 気軽な楽観視は精神に良い。肉体よりも精神が大事な要素である妖怪にとっては、この方が都合が良いってもんでしょ? 解釈次第で物事の良いとこ取りが出来ることは、存在が曖昧な者たちの特権だ。

 

 みすちーとしても、妖怪としても、少しくらい羽休めをしないとね。

 

 たまには能動的に日陰から出ることは、"人間"として必要なことなのだ。

 

 あのお姉さんのように、陽が差(ひがさ)した場所で日傘(ひがさ)しているようじゃ、日光(にっこう)には一向(いっこう)に当たれない。私は日光(ニッコウ)にあたってニッコニコになりたいのだ。

 

 

 

 

 ……うん、今日は絶好調だ。"私"としても、"僕"としてもね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ホントは今回で配信まで行きたかったなぁ。


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霊夢紅霧五里ム中

 

 

 

 

 

 太陽が沈み、妖怪の活動時間がやってきた。この時間帯は配信業のゴールデンタイム……書き入れ時である。

 配信開始まで後一分。待機人数は過去最高の数値を記録しており、リスナーたちの期待値が、かなり高まっているのを感じる。

 カメラOK、マイクOK、体調もバッチリOKだ。準備は万端と瞬時に判断。今日も順次に開始する算段。

 時計の長針が真上を指すと同時に、私は配信を開始する。

 

 

「はい皆さんこんTNTN~。早速顔出し配信始めるよ。本日の内容は──」

 

『!?』

『!!!!????』

『こんTN……待て待て待て待て』

『ファッ!? 美少女!?』

『えぇ……かわヨ(困惑)』

『雑ゥ!!!』

 

 思ったよりもコメ欄が騒がしくなってしまった。それを見て私は、喋るのを思わず止めてしまった。

 

「あら、どうしたの?」

 

『なんでもう顔出してるの……?』

『もっとこう……タメとか……』

『唐突すぎてテンションの上げ方がわからん……』

『全てにおいて雑なんじゃ!!!』

 

「えー、顔出し配信するって呟いてたじゃん」

 

『エンタメを分かってない……』

『焦らしが足りない』

『もっと引っ張れ!!』

『古参からしたらビッグイベントやぞ』

『配信の中盤まで引っ張っても良かったやろ……』

 

「まだ数える程しか配信してないんだから、古参もなにもないと思うんだけど……。だから大層に引っ張る価値は無いでしょ」

 

『そりゃそうなんやけど……』

『急速に人増えてるし、初期勢は古参でええやろ』

『ワイは立派な古参やで。初配信から2、3年くらいは経ってるやろ?』

『↑まだ1ヶ月経ってないやろ……』

『↑それは触れたらアカン……』

『その顔面は引っ張る価値があった(確信)』

 

「……んー、まあそう言うなら……ちょっと待ってて……」

 

 良い考えを思い付いた私は、あるものを探しに離席することにした。

 

───ガサゴソ……たしかこの辺にあったよなぁ……

 

『お……?』

『なんやなんや?』

 

 準備が出来たので配信に再び姿を露す。

 

「みんなーこんばんTNTNー! 今日は顔出し配信するよー」

 

 私は頭に視界確保用の穴を開けた紙袋を被り、改めて挨拶をした。ちなみに紙袋には大きく罪と書いてある。

 

『いやいやいやいや』

『無理がある』

『アホかwww』

『草』

『リカバリー出来てねぇwww』

『絶望くんかな?』

『変則罪袋で草生えるわw』

 

 まぁこれから配信を見始める人もいるだろうし、そちらには効果があるだろう。多分。

 

「と い う こ と で ! なんと今回は、東方紅魔郷をやろうと思いまーす。いえーい」

 

『強引で草』

『近年まれに見るパワープレイやで』

『紙袋はつけたままなのか……(困惑)』

『残念美人の極みやで』

『原作プレイか、許諾取れたんか?』

 

「はい、という訳で今回は収益化してません。許諾を取ってないのでプレーンな気持ちでプレイしまーす」

 

『そ、そんな!? 投げ銭が出来ない……だと……?』

『貢がせろー!』

『せっかく収益化したのに、そんなにもやしが好きなのか?』

『今日の為に俺はもやし生活して金を貯めたのに……!』

『↑肩代わりしようとすな。呪符かよ』

『↑呪符ニキはもっと自分を労って……』

『↑呪符ニキは草』

 

「投げ銭は生活に支障がでない程度にしてね」

 

 そう言いながら私はゲームを起動する。

 

『紅魔郷はプレイしたことあるんか?』

 

「うん。永夜抄までの三部作はちゃんとクリアまでやってるよ」

 

『はえーすっごい』

『どうせイージーでしょ』

『↑イージーだとラスボスまで行けないんだよなぁ……』

『じゃあノーマルでしょ』

『↑ノーマルでも結構難しいんやで』

 

「キャラは霊夢でいっか。難易度は……ルナティックで」

 

『ルナティック!?』

『その先は地獄や』

『無理すんな』

 

 私はそんなコメントを尻目に、早速プレイを開始した。

 

「いくぞー」

 

『デッデッデデデデ』

『カーン! が入ってない-8901016点』

『まぁほどほどにがんばれー』

 

 

 紅霧異変……紅い霧が幻想郷中を覆った。楽園の素敵な巫女……博麗霊夢は、異変調査へと乗り出す。ゲームスタートだ。

 やはりルナティックだけあって、序盤から妖精たちの猛攻が降りかかる。私はそれをコメントを読みつつ避ける。

 

「~♪」

 

 ああ、やはり東方の曲は良い。一面道中からすでに神曲だ。私は曲に合わせて、アドリブで歌を歌い始める。

 そして一面ボス……ルーミアまで来た。

 

『うわ上手え……歌も避けるのも……』

『やっぱりミスティアの歌はいいわね』

『まさかのルナシューターとは予想外』

『紙袋で見えづらい中ようやるわ……』

『すみません。投げ銭はどこで投げれるんですか?』

『↑それは分かりませんが……なぜか皆さんあちらの枠に向かわれますよ』

『↑三店方式すな』

 

「ゲーム後の枠を取るつもりはないよ。不誠実なことはしないからね」

 

 ルーミアのスペルカードを避けながら、コメントを返す。

 みすちーになる前の私なら、きっとこんな事は出来なかっただろう。

 昔の私でも、ルナティックをクリアする事は出来た。しかし、何回もチャレンジしてギリギリクリア出来る程度の腕前だったのだ。

 久しぶりに起動する為、この配信の前に動作確認がてら一面だけプレイしてみたのだ。そうすると、明らかに昔よりも上手くなっていたのだ。

 妖怪ボディだからなのか、弾幕シューティング出身キャラだからなのか……まあ、どちらにせよ、みすちーになったことの恩恵はこんなところにもあった……ということだ。

 

『コメント読みながらやってんの!?』

『えぇ……紙袋被りながら歌ってコメ返ししてんの……?』

『バケモノかな?』

 

 コメントが加速する。私はほどほどにコメ返しをしつつステージを進めていった。霧の中を駆け抜けて、紅い屋敷の中へと進む。次々に曲が変わり、私もそれに合わせて歌を変える。

 私は東方の曲が好きだ。どことなく不安感を感じさせる雰囲気の中、特徴的なメロディーが楽曲を際立たせる。聞いていて爽快感を感じる旋律は、私の気持ちを高揚させる。

 最近の東方は追えてなかったのだが、このゲームをしていると再び熱が高まってきた。後から曲だけでも、新しいものを聞いてみよう。

 

 ……なんて事を考えていると、すぐに紅霧異変の首謀者……レミリア・スカーレットとの戦いだ。

 

「~♪ ッ! やっぱりノーボムはキツかったか……」

 

 レミリアのスペルカードで凡ミスをしてしまい、弾幕に当たりそうになってしまった。私はそこで初めてのボムを使用する。

 

 しかしなんとかノーミスで乗りきることが出来た。

 

 スコアボードを見て、一息吐く。最高記録を出せたことに満足しながら画面を隠す。

 

「エンディングは規約があるんでここまでです」

 

『おめでとー!!』

『888888888』

『ナイスぅ!!!』

『いにしえの文化ね』

 

「フー、久しぶりだから、なんとかクリアできて良かったよ」

 

『まさか本当にクリアするとは』

『あまりにも上手すぎる』

『随分と腕を上げたわね』

『上質なコスプレにこのプレイの腕前……主は相当な東方オタクと見た』

 

「私はにわかだよ。東方は嗜む程度しか知らないし」

 

『ルナシューターがなにか言ってらぁ』

『最高難易度ノーミスクリア出切るのは東方ファンでも上澄みやぞ……』

 

「本当の事だよ。私は原作を三作しかやったことがないし、輝針城以降はどんな作品が出てるのかも知らないんだ」

 

 私の東方知識は輝針城までしかない。小学生高学年から高校始め辺りまで、その期間が私が東方を楽しんでいた全盛期だ。それ以降は忙しくなって、東方から疎遠になってしまっていた。精々有名どころの曲を少し聞くくらいで、本当に嗜む程度でしかなかった。

 

『そこらのファンよりファンしてるよ』

『貴方ほど東方に夢中になってる人はなかなかいないわよ』

 

「はは、ありがとね。ま、と言うことで、今回の顔出し配信はどうだった?」

 

『どこが顔出し配信じゃ!』 

『いつまで紙袋被っとんねん』

『顔出してたの最初だけじゃん』

『お前の顔は紙袋か!』

『途中から見てたんだけどなんで紙袋なん?』

『もう一回顔見せろー!』

『これは罪だわ』

『エクストラ行って顔をだせー!』

 

「おー、ちょっと引っ張りすぎたか?」

 

 私は紙袋に手を掛け、一気に破り捨てた。

 

「どーよ。美少女だよー」

 

『わぁ! 美少女だぁ!』

『あらまあ美人さん』

『初見です。チャンネル登録しました』

『うーんこれは無罪』

『は? 可愛すぎるんだが? 反省しろ!』

『そんな事で許せるか! 許す!!』

 

 やっぱり顔が良いってお得だね。

 みんな手のひらグルグルギガドリルブレイク状態だ。

 

「しょうがないからエクストラステージいくぞー」

 

『おおおおお!!』

『待ってましたー!』

『キタ─(゚∀゚)─!!!』

『楽しそうで何よりだわ』

 

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エクストラはルナティックよりもいくらか優しめだ。だが妹様の弾幕はそれでも激しく私を攻め立てた。

 私はノーミスではあったものの、またもやボムを使ってしまった。……本当はノーミスノーボムフルスペカを狙っていたのだが、やはりそう簡単には行かなかったようだ。

 何はともあれ、今回の配信も大成功。顔を露にした効果が着実に出てるようで、登録者数はうなぎ登りだ。改めて、二次元美少女の顔面の破壊力を思い知らされる。

 

 今回、東方原作をプレイするというのは、直前に思い付いたことだ。

 顔出しというネタもあるのだし、普通に歌配信をするだけでもいいと思っていた。……そもそも収益化したのだからそっちの方が正解だったんだけど。

 それでも私は東方をやりたいと思った。なぜかと言うと、今日、私はずっと、東方が頭にちらついていたのだ。何故だか分からないが、モヤモヤしたものが頭に残っていて仕方なかった。ずっと霧の中をさまよっているような焦燥感に駆られていたのだ。……日向ぼっこで紛らわせようとしたが、それが何故か逆効果だった。

 

 

 私が東方を知ったキッカケはなんだったか。

 

 原作をプレイしたキッカケはなんだったか。

 

 まるで頭の中で霧がかかったかのように、思い出そうとしても全くもってダメなのだ。

 これだけプレイしている筈なのに、いつから原作のディスクを持っているのかすら分からない。

 ……私は気持ちを晴らすため、配信で紅魔郷をプレイする事にしたのだ。……お陰で少しは収まったようだ。

 

 今日は体調がいい筈なのに、言い知れない焦燥感に振り回された一日だったな。

 

 ……配信が終わって気が抜けたのか、なんだかとても眠くなってしまった。

 

 

 ──身体の動きが鈍くなる──

 

 

 こんな早い時間帯に眠くなるなんて珍しい。

 

 

 ──瞼が重くなる──

 

 

 ……あ、ダメだ、もうオチる。せめて一日の締めに……ダ……ジャレ……だけで……も───

 

 

 ──意識が暗闇に溶けていった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ねぇ、貴方は東方って知ってるかしら?』

 

 

 そういってお姉さんは、どこからともなくノートパソコンを取り出した。僕は不思議に思いながら、まじまじとそのノートパソコンを見つめていた。

 "東方"という単語が何を指し示しているモノなのか分からない。たしかロボットアニメでそんなフレーズを聞いたことがある気がするが、それ単体を知っているか聞かれるのはオカシイだろう。

 僕が言い淀んでいると、お姉さんはそれを察したのか先に口を開いた。

 

『東方projectっていうゲームに関連する作品群の事よ』

 

「いや、知らない……かな」

 

『フフ……やってみる?』

 

 お姉さんの膝の上でパソコンが開かれる。既にゲームは立ち上がっており、どこか懐かしさを感じる音楽と共に、"東方永夜抄"というタイトルが画面に映し出されていた。

 

 僕はその音楽に少し興味が湧き、首を縦に振った。

 

 キャラ選択は適当に一番最初に出てきたチームに決めた。幻想の結界チーム……博麗霊夢&八雲紫というキャラらしい。

 難易度はとりあえずノーマルだ。

 

『イージーじゃなくていいのかしら?』

 

「まあ、とりあえずね」

 

 さて、ゲームスタートだ。

 

 

 ……

 

 

 

 …………

 

 

 

 ………………。

 

 

「く、全然先に進めない……」

 

 スタートしてから数時間が経った。いまだに僕は二面のボスから先に進めていない。僕は意固地になって、イージーに変えたくなくなっていた。

 ミスティア・ローレライ……彼女のスペルカードが突破できない。なんでこのゲームはこんなに難しいの?

 オープニングからここまでの曲が良いだけあって、次の面も気になる。だけどもう時間がない。

 

 いつの間にか斜陽が差し、空は茜色に染まっていた。

 

 僕はそれに気付いて、諦めてゲームを閉じた。

 

『あら、やめるの?』

 

「……もうすぐ門限なんだ。そろそろやめるよ」

 

 家の門限は厳しいという訳ではないが、僕は約束を破る気概がないもやしっこなので、決まりごとはきっちり守りたいのだ。

 

『あらそう、それなら……これあげるわ』

 

 そう言ってお姉さんは、これまたどこからともなくディスクケースを三つ取り出した。一つは空っぽで、多分永夜抄のディスクケースなのだろう。

 

『この二つは紅魔郷と妖々夢。今やった永夜抄の前作よ』

 

「そんな……悪いよ」

 

『気にしないで。これは布教用だから。……その代わり、全部クリアしてね』

 

「……全部?」

 

『今回はノーマルだったけど、最高難易度……ルナティックで、その三つのゲームをクリアしなさい。約束ね』

 

……約束なんて言われたら、守るしかなくなっちゃうじゃないか。

 

「そ、そんなぁ……ノーマルでもあんなに難しかったのに」

 

『今度会う時までに、ちゃんと腕を磨いておいてね』

 

「でも僕、飽き性だから……」

 

『クリア出来なくて悔しいって思ったでしょ? 飽きた、諦めた……は無しよ。ちゃんと最後までやり通してみなさい。忍耐力がつけば、貴方も物事に夢中になれるようになるかもしれないわね』

 

忍耐力(にんたいりょく)つけるとか堪(にん)……体力(たいりょく)ないんだよ」

 

『……プッ……クフフ』

 

 !!!???!?!!???!!!!?? 

 え、ダジャレ……で? 今僕が言ったのってただのダジャレだよな!? 初めてウケた……(困惑)え……僕が気付かなかっただけで、なにか深い意味も含まれてた? 

 

 

 

『アハハ! ダジャレが出るのはもうおじさんの域よ! フフフ、あーおかしい!』

 

 

 

 ……どうやら内容が受けた訳じゃないようだ。

 

 

 

 

 

 

 ♪♪♪ 

 

 

 

 

 

 

 ……そうだ、東方を知ったキッカケを作ってくれたのは、五里霧中(むちゅう)をさまよう思いで探していた"夢中(むちゅう)"を与えてくれたのは、あのお姉さんだ。

 これが、瑠璃色の記憶の正体だったんだ……。何で忘れてたんだろう。

 

 ……嫌だなぁ。きっと夢が覚めたら、この記憶はまた薄れて、消えて、忘れてしまうのだろう。

 

 嫌な思いをするなら、このままずっと、思い出さない方が……

 

 

 

 

 

『可哀想に……強く生きて……』

 

 

 

 

 え……

 

 

 誰……? 

 

 

 

『おっと……もう私の事認識できるんだね』

 

 

 夢は意味のない色彩へと霧散し、やがて暗闇になっていた。

 その暗闇の向こうから聞こえた声は、憐れみの声色であった。

 その声の主を探すが、ただの暗闇が広がるのみ。……これもただの夢なのだろうか。

 

『……だんだん馴染んできてるみたいだけど、まだここまでみたいね。今日は眠りなさい。また今度会いましょう』

 

 

 

 

 

 ──意識が再び、暗闇へと溶けていった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初コロナ
思考力が
低下する
時間あるのに
書けぬ作品   まみずお


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