ガンダムビルドライザーズ (shisuko)
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ようこそGBNへ
第1話 今日からガンプラ始めます!


 ビルド二次作品読み込んでいる内に、遂に欲に負けて投稿してしまいました。
 現状ストックとか殆ど無い状態だわ、そもそも私が遅筆だわガンプラ作りも並行してるわ体力無いわで次話以降の投稿も盛大に遅れるかと思いますが、どうか生暖かい目でお付き合いの程、宜しくお願い致します。


 ガンプラバトル・ネクサスオンライン――略して“GBN”。

 ガンダムシリーズに登場するMS・MA、及びそれらをモチーフにしたキャラクターのプラモデル“ガンプラ”を読み込み戦わせる“ガンプラバトル”を始めとした、様々なミッションを電脳仮想空間“ディメンジョン”内で楽しむ事が出来るフルダイブ式ネットワークゲーム。

 近年Ver.1.78へのアップデートを終え、プレイ中の感覚のフィードバックを筆頭に様々な要素が加えられ、二千万人以上という膨大なアクセス数を抱える程の人気を博している本ゲームにおいて、昨日今日から始めた新人ダイバーというのは何も珍しいものではない。

 不動のチャンプ“クジョウ・キョウヤ”を始めとした有名ダイバーへの憧れだとか、学校や職場の友人・知人に誘われただとか、かつてGBNの前身として活躍していた“GPD”からの出戻りだとか、あるいは二年程前に勃発した“第二次有志連合戦”と、それに伴って知られる事となった世界初の電子生命体の存在に惹かれてだとか――ともかく個々人がそれぞれの理由を胸に、日々GBNの門戸を叩いている。

 そう。その日、ある思いを胸に広大なディメンジョンへの一歩を踏み出そうとしていたとある少年もまた、その一人であった。

 

 

 

 始まりは日本某所。とある小学校の、5年生の教室内での事だった。

 

「なーなーコテツ! 昨日、俺誕生日だったんだ!」

 

 そう彼――ギンジョウ・イツキが意気揚々と切り出したのは、朝のホームルームが始まる午前8時半の少し前。教室後方の棚に押し込んで来たランドセルから抜き取った教科書や筆箱を抱えながら、自分の席の傍まで足早に駆け込んですぐの事だった。

 水色の半袖シャツと紺色の半ズボンを身に着けた黒髪の彼の、大きく丸い黒い瞳を欄々と輝かせながらのその声に、彼の隣の席で頬杖を突いていた少年――フジカブト・コテツが、あ゛、と首を向けた。

 

「朝っぱらから突然何言ってんだオメー?」

 

 逆立った焦げ茶色の短髪に、オレンジ色の半袖パーカーとモスグリーンのカーゴパンツを身に着けている幼馴染の、些か目付きが悪い双眸が胡乱気に細められるが、それを一切に気にせず、というか気にする余裕も無くイツキは声を張る。

 

「だから、昨日誕生日だったんだよ! 11歳になったんだよ俺!」

 

「だーかーらー、それが何だっつーんだよ?」

 

「やっと出来るようになったんだよ! GBNが!!」

 

 そう告げるや、はぁ、と意味が分からないようにコテツが首を傾げたが、暫くしてイツキの事情を思い出したのか、ああ、と得心したように頭を上下に揺らした。

 

「そーいや、お前ん()ってガンダム禁止だったっけ?」

 

「そーなんだよ! うちの母さんガンダムスッゴイ嫌いでさ~!」

 

 そうなったのは、かれこれ5年くらい前、小学校に上がって最初の年だったか。

 正月の家族団らんの場で、面白い番組が無いかと新聞のテレビ欄を探していたところ、偶然その時間にガンダムシリーズの作品がやっているのを見つけた。それですぐにチャンネルを合わせて見ていたのだが、それが終盤に差し掛かったところで、何故か慌てた様子の母にリモコンを奪われ、別のチャンネルへと変えられたのだ。

 それなりに楽しんで見ていた事もあり、当然ながらこの突然の蛮行に当時のイツキは腹を立てて問い詰めたのだが、母からは、子供があんなもの見ちゃいけません、の一言が返されたのみで、一緒に居合わせた父もそんな母を咎めるような事も無く、どこか居心地が悪そうにしているだけであった。

 何故、母がそんな事をしたのか? 何で父は黙っていたのか? その理由を、未だにイツキは知らないが、ともかく、その時の事を切欠に母はガンダムを嫌うようになり、気づけばギンジョウ家ではガンダムという言葉、及びその関連の話題は禁句になっていた。

 

「ホッント大変だったんだぜ、母さん説得すんの? いっつもおっとりしてんのに、ちょっとでもガンダムの名前出したらスッゲェ怒るし! 父さんも何とかこっち側に引き込んで、やっとの思いで今年の誕生日プレゼントはGBNってところまでどうにか持ってってさ」

 

「相っ変わらずだな、お前んトコのおばさん」

 

「ホントだよ!」

 

 頬杖を突く腕を入れ替えながら呆れ半分に言うコテツに、腕を組み、不満を込めた荒い息を鼻から吐きながら、自分の席から引き出した椅子の上にイツキはやや乱暴に腰を下ろした。

 母のガンダム嫌いは本当に困ったものだ。コテツに語った通り、今年の誕生日プレゼントをGBNデビューにする事を認めさせた時も、大分渋っていた。成績が落ちたら禁止と、それらしい条件をしっかり付けて来るくらいには。

 一体、何が母にそこまでさせるのか? イツキには皆目見当がつかないし、ならばと理由を聞き出そうとすれば途端に怒らせてしまう事になるので、聞くに聞けない。なまじ普段はおっとりしていて滅多な事じゃ怒らない母だから、怒った時は本当に恐ろしいのだ。

 そんな母だけに、本来ならGBNやガンダムの話なんて口が裂けても出さない。イツキだってむやみに怒られたくはないのだから、周りがやってるから俺もやりたい程度の理由であったならば、怒った母の恐ろしさを思い出してあっさりと諦めていた事だろう。

 そう、GBNを、ガンプラを始めたいと心から彼が思うに至った、()()()()と、そして()()()()()()に出会って無かったならば。

 

「ま、母さんの事は置いといて。ともかく、そんなこんなで今日から俺もGBN始められるようになったワケ!」

 

「ふーん、良かったじゃねーか。――で、()使うんだよ?」

 

「へっへーん、だろ――って、え? 使う? 何を?」

 

「ガンプラに決まってんだろ!」

 

 問い掛けの意味が分からず聞き返すや呆れたような声を上げるコテツの言葉に、ああ、と合点がいったイツキは小刻みに頷き返す。

 その様子が気に入らなかったのか、は~、と深い息を吐きながらコテツが言葉を続ける。

 

「お前、GBNが何のゲームか分かってんのかよ? ガンプラバトルするゲームだぞ」

 

「わ、分かってるよそんな事!」

 

「ホントかぁ~? ガンプラ無しで始める気だったんじゃねーのぉ?」

 

「ち、違うし! ガンプラだって、ちゃんと何使うか決めてるし!」

 

 疑いに眉を顰めるコテツに、咄嗟にイツキは反論を返す。

 が、すぐに、あっ、と彼は言葉を詰まらせざるを得なかった。

 何故ならば、彼がGBNを始めるに当たって解決すべき課題がそこにあったからだ。

 

「……あのさぁ、コテツ」

 

「ぁん?」

 

 というか、むしろその課題こそこの場で彼にGBNの話題を振った、その本題であると言っても良い。

 なので、少々ばかり感じる言い難さから両手の人差し指をつんつん、と突き合わせていたイツキは、意を決して本題を切り出す事にした。

 

「その~、ちょっと頼みたい事があるんだけど……」

 

 

 

 時と場所は移り変わり、午後2時半。

 その日の授業を全て済ませて帰宅し終えたイツキは、現在先を歩くコテツに続く形で住宅街の道路を歩いていた。

 

「しっかし、GBNのやり方だけならともかく、ガンプラの作り方も分かんねぇとはなぁ」

 

「仕方ないじゃん。俺、今までずっとガンダム禁止だったんだぞ? ガンプラなんて作れるワケないじゃん」

 

 アスファルトの上に引かれた白線で自動車道と分け隔てられた歩道の上を進む傍ら、組み合わせた両手を後頭部に当てながらしみじみといった感じで言うコテツに、唇を尖らせてイツキは言い返す。

 

「だから教えてくれって言ったんだぞ。GBNのやり方と、あとガンプラの作り方と!」

 

 そう、“ガンプラを作った事が無い”。――それこそが、GBNを始めるに至ってイツキが抱えていた課題であった。

 前述した通り、イツキの家では彼の母親の意向の下、ガンダムに関する事が全て禁止状態にある。ここに誕生日という一年に一回の特別なイベントを利用して、どうにかGBNデビューと――こちらの代金はイツキ自身の小遣いから捻出という事になったが――そのためのガンプラ、及びガンプラ作成のための工具類の購入をどうにか母に認めさせるに至ったのが現状なのだ。

 なので、それ以前まで彼はガンプラはおろか、ガンダムに関するものは一つも手に入れたことは無いし、当然ガンプラの作り方も、必要な工具も分からない。それこそ、パーツをどうやってランナー(外枠)から切り離すか、どころでは無く、ガンプラが箱に入っているのは知っているが、開封前のガンプラはパーツがほぼ全てランナーに繋がった状態で入ってるとか、説明書やシールも一緒に入っているという事すら分からないレベルで。

 だからこそ、ガンプラを作るに当たって、その作り方を知る人間の教えが必要だとイツキは考えた。そして、それが出来る人間が思いの外身近にいる事にすぐに気づいた。

 そう、コテツである。

 幼稚園からの付き合いである彼はイツキと違ってガンダムが禁止されておらず、むしろ小学生に上がった頃にはイツキを始めとした同年代の子供達が及び付かない程にはガンダムに精通していた。

 実際、比較的近くにあるコテツの家に何度か遊びに行った事があるが、いつも彼の部屋に入る度に彼が作った何体ものガンプラやそれ以外のグッズに出迎えられたものだし、もううろ覚えになってしまっているくらい僅かな頻度だったが、彼が所有するガンダム作品のブルーレイなんかも何回か見せてもらった事がある。極め付けに、かれこれ一年くらい前に、遂にGBNを始める、と自慢げに話していた覚えもある。

 これだけのものが揃っていて、尚且つそれなりに長い付き合いのあるコテツならば、頭の一つでも下げて頼み込めば何のかんの言いつつも教えてくれる筈だ。――そういう目論見がイツキにはあり、そして今朝の学校のあの場で実行した。その結果が、こうして二人揃って互いの家から少し離れた住宅街を歩いている現状であった。

 

「ていうか、そろそろドコ行くか教えてくれよ?」

 

 学校終わったら金持って(ウチ)に来い。――それが、丁度担任が教室に現れて周囲のクラスメート達がそれぞれの席に座っていく傍ら、しゃーねーなぁ、とまるで世話の掛かる弟か何かを相手にするような調子ながらも、一応了承の意を示したコテツからの言葉であった。

 その言葉に従って財布を手に彼の家に向かい、既に出入口の前で待っていたコテツと合流するや、付いて来な、と何処へ行くか告げる事も無く先へ行こうとする彼に訳が分からずも付いて行き、そして現在に至っているのだが……いい加減、イツキは痺れを切らしていた。

 てっきり、コテツの家でガンプラの作り方やGBNのやり方を教わるものと思っていたのだ。

 だのに、実際はこうしてどこへ行くかも分からず歩き続けている。歩いた距離こそ大したものでは無いし疲れも左程では無いが、それはそれとして不満を覚えざるを得ないというものだ。

 これで、GBNやガンプラと全く関係ない場所へ向かっていたならば、一体どうしてくれようか?

 とりあえず文句の一つ二つ言う準備をしつつイツキが身構えていると、肩越しに彼の方に目を向けたコテツが、カーゴパンツのポケットから何かを取り出し、顔の横に掲げて見せた。

 

「イツキ、お前コレ持ってるか?」

 

 そう訊いて来たコテツの手にあったのは三角形の板だった。

 一片の長さは大体20cm程。三つの角が一様に落とされたガンメタルの全体の、その真ん中にやはり角の落ちたクリアグリーンの三角形が配されたそれは、よくよく見てみると何かの端末のようにも見える。

 とりあえず見た事の無い代物であったことだけは確かだったので、何ソレ、と素直にイツキは尋ね返した。

 すると、何故かコテツから、は~、という深い溜息が吐き出され、次いで、んなこったろうと思ったぜ、と予想通り半分呆れ半分という感じの言葉が返って来た。

 

「“ダイバーギア”っつぅんだよ。GBNの個人データだとか、手に入ったアイテムだとかをコレに入れとくんだ。コレ無かったらGBN出来ねぇんだぞ」

 

「えっ!? マジ!?」

 

 知らなかったそんなの、と目を見開いてイツキは驚きに顕わにする。彼自身の言葉通り、そんなツールがGBNに必要だとはこれっぽっちも知らなかった。

 そのイツキの反応に再び嘆息しつつも、コテツの言葉が続けられる。

 

「そんくらいまず調べとけ! ……ともかく、オメーがGBNやるにはオメーのダイバーギアが必要なんだよ。だから貰いに行くんだよ、オメーのガンプラも見に行くついでによぉ」

 

「え!? もう俺のガンプラ買っちゃうの!?」

 

「もう、って何だよお前!? もう、って!? いつガンプラ作るつもりだったんだよオメーは!?」

 

「いつって……取り合えずお前に作り方教えてもらってから、どっか、デパートの玩具売り場とかでゆっくり探そうかなって……?」

 

 コテツの家に集合という事になった時点で、イツキの中でのガンプラ作成の順序は既にこういう流れになっていた。

 三度(みたび)、コテツが溜息を吐いた。

 

「……ともかく、今俺らが向かってんのは、お前のダイバーギアとガンプラが手に入るトコだよ。行くって事ももう電話してある」

 

「ふーん、俺の、ダイバーギアっていうのと、ガンプラが手に入るトコねぇ。――あ! ひょっとして、それってガンダムベースってトコじゃ――」

 

「はいハズレー」

 

 疲れたようにやや精彩を欠いたコテツの言葉に頷いていたところにふと閃いた考えをイツキは口にしたが、すかさずそれはコテツに否定される。

 

「ガンダムベースなんざ、ここから一番近いトコでも電車で一時間掛かんだよ。んなトコ今から行くワケねーだろ」

 

「じゃーどこ行くんだよ?」

 

 ガンダムベースでは無いとしたら、一体どこへ行くのだろう? どこかのデパートや家電量販店だろうか?

 しかし、イツキの記憶の中ではそういった類の店は――あまり来た事の無い場所のため、本当に目立つものに限られてしまうが――無かった筈だ。

 一体どこに手に入れに行くのだろう、とイツキが首を傾げていると、へへん、と元気を取り戻したらしいコテツがニヤリ、と笑みを浮かべた顔を向けて答えた。

 

「行き付けの店だ! 俺のな!」

 

「行き付けー?」

 

 声を張るコテツに首を傾げる角度を更に深くしたイツキはどういう事か問い質そうとしたが、そうするよりも前に、着いたぞ、と彼の足が止まる。

 それに倣って足を止めたイツキは、そのまま右の方へと顔を向けるコテツに続くように、同じ方向へ向き直った。

 そうして彼の視界に広がったのは、

 

「ここが俺の行き付けのプラモ屋――“アガタ模型店”だー!」

 

大きなショーウインドゥが前面に張られた白いペンキの建物とその1/2程度の大きさの小屋が並び立つ、一件の模型屋であった。

 

 

 

「こんちはーッス!」

 

「こ、こんにちはー」

 

 コテツの案内の下辿り着いたアガタ模型店。

 周囲の家々の大体2倍強くらいの幅の、曇りや汚れだらけで中が全く覗けない幅広のショーウィンドゥと薄汚れた白いペンキ塗りが特徴の建物と、その隣に立つくすんだ茶色の小屋を合わせた模型店。道路との境の所々に生えた雑草や、部分部分でペンキが剥がれ落ちた、良く言えば年季の入った、悪く言えば寂れた様相の店の、その内の白い方の右側にあったガラス張りの扉の前に立つや、それを押し開けたコテツに一歩遅れて、イツキは恐る恐るその中へと踏み込んだ。

 そして視界に入って来た建物の内装に、ほっ、と胸を撫で下ろしていた。

 

「良かった~、廃墟とかじゃなかったぁ」

 

 割れて光を灯す事の無くなった電灯。そこら中に張られた蜘蛛の巣。辺り一面に転がる瓦礫。

 お世辞にも綺麗とは言えなかった外観から、内部もそんな廃墟染みた光景が待っているのではないかと内心気が気でなかったイツキであったが、実際に内装を目にしてその考えは拭い去られた。

 実際にあったのは、ちゃんと点灯する蛍光灯の列に照らされた、大小様々なプラモデルの箱やオプションパーツ入りの袋、工具の袋が乗せられたり掛けられたりしている棚やショーケースが一定間隔で並んだ、少なくとも“普通”という言葉で済ませられる程度には綺麗な、よくある模型店の内装であった。

 

「どんなの想像してたんだよ?」

 

「だって、見た目スッゲェボロボロだったじゃん! 駐車場だって酷い事になってたし!」

 

 道路を挟んだ店の向かい側にアガタ模型店の駐車場が存在するのだが、これがまた凄まじい事になっていた。

 地面に敷かれたアスファルトの所々が剥がれ、更に雑草が生い茂っていた、などというのは序の口。こちらについては更に車止めのブロックが幾つも砕けていたりそもそも無かったりしたし、周囲を覆っているフェンスも所々穴が空いたり拉げていたりという具合で、店の内装に対する不安を一層膨らませてくれたものだ。

 

「まー、いい加減直すべきだわな」

 

 そう同意の言葉を返した後、んな事よりも、とコテツが唐突に頭を左右に振り出す。

 まるで、何かを探すために視界を周囲へ巡らせるようなその行動を暫く続けていたコテツは、それを止めるや口の傍に右手を近づけて叫んだ。

 

「おーい、兄ちゃん! いねーのかッ! ヒカル兄ちゃーん!!」

 

 店内中に響く、コテツの呼び声。

 しかし、暫く待っても彼に呼び掛けに応える者が現れる様子はどこにも無い。

 その結果に、ったく、と不満げに吐き出すコテツに、イツキは問い掛けた。

 

「誰? ヒカルって?」

 

「この店の店員だよ。大っ体いつも向こうで暇そーにしてんだけどよぉ……」

 

 店の奥のある、レジスターの乗った白い台で区切られたカウンターを指差しながらそう説明するコテツに、ふーん、とイツキは気の無い声を返す。店の扉を開けっぱなしにしたままこの場から居なくなったらしいヒカルなる店員に、不用心だなぁ、と呑気に考えながら。

 そんな感じだったために、

 

「こっちにいねぇんだったら多分外だな。連れて来っからちょっと待ってろ!」

 

「えっ? お、おいコテツっ!?」

 

唐突に踵を返したコテツにイツキは反応することが出来ず、慌てて呼び止めようとした時には既に幼馴染はその場から外へと駆けて行った後であった。

 

「……ええ~……」

 

 何だか訳も分からない内に一人その場に取り残されてしまったイツキは、まだコテツに押し開けられた時の力が残っているのか、キィキィ、と軋む音を鳴らしながら揺れる出入口の扉を眺めながら、肩を下ろして呆然とする他無かった。

 が、そうやっていても所在ないので、仕方なくイツキは一息を吐いて気を取り直す事にした。

 

「にしても……プラモ屋かぁ」

 

 初めて来たなぁ、こういうトコ、と店内を見回したイツキは感慨深さを感じながら呟く。

 先程ざっと見た時もそうだったが、人二人横に並んで通れるかどうか程度の間隔で配された棚の上に並べられたいくつものプラモデルの箱の物量には思わず圧倒される。自分より小さな子供も尋ねるためか、比較的物の数が抑えられているデパートの玩具売り場の棚なんかとは比較にならない密度だ。

 車、飛行機、戦車、フ〇ーム〇ームズ、メガ〇デバイ〇、Z〇IDS、ボ〇ムズ、メ〇ルギア……本当に様々だ。色々な字体を(もち)いられた多種多様な名前がデカデカと書き込まれた大小の箱が、それこそ天井まで届くかという程に並べられている。どれもこれも聞いた事も見た事も無いものだったが、少なくとも、無意識に棚の間を歩き回りながら見て回るだけでも面白いと思えるくらいには、それらはイツキの目を楽しませていた。

 そんな様々なキット群の中で、特にメダ〇ットなるシンプルな絵のロボットのプラモデルがやたら多く置かれている事に不思議さを覚えつつも足を進めていたイツキは、遂に()()へと足を踏み入れた事に気づいて、ぱぁっ、と目を輝かせた。

 

「ガンプラだ……!」

 

 位置にして、店内右奥よりの棚。

 先程コテツが指し示していたカウンターの、通路を挟んだその向かいの場所に、果たしてガンプラのコーナーはあった。

 その規模は、先程最も多く箱があると感じたメダ〇ットと同等、或いはそれ以上。最も一般的で、GBNにおいて使用できるガンプラの基本サイズとして定められている――という事をまだ彼自身は知らないが――1/144サイズのものは勿論の事、それより上のサイズである1/100、果てはそれらよりは更に上の1/60サイズのものまで、様々なガンプラがそこに所狭しと並んでいた。

 そんな、やはり天井まで届くかという程に積み上げられたそれらを、下から上へ、上から下へと視線と首を動かして見渡していたイツキは、無意識に、おお……、と感嘆の声を漏らしていた。

 

「すっげぇ……」

 

 ガンプラは今回のお目当ての一つだ。

 それが、メダ〇ットを除く他のプラモデルとは比にならない規模で、無数とも思える程の数が鎮座している。

 その様に圧巻されると共に、これなら、とイツキの心中で期待が膨らむ。

 これだけのガンプラが並んでいるなら、きっとどこかにある。

 自分に、母の説得という難題の達成を課してまでGBNを始めようと思わせた、()()()()()()が。

 

「……コテツの奴、まだ帰って来ないよな?」

 

 後方の出入り口の方に目を遣り、未だ幼馴染が戻る気配が無い事を確認したイツキは、もう一度棚のガンプラ群の方へと視線を戻して、ゴクリ、と唾を飲んだ。

 待ってろ、と言われた。が、何もせずにいろ、とまでは言われていない。

 どうせガンプラの購入も今日の目的の一つだ。なら、彼が戻って来るまでのその間、一足先に――。

 

「――探しちゃおっかなぁ?」

 

 別に良いよな? 良いよね? ――と、まるでこれから物を盗み出す空き巣か何かのように周囲を見回したイツキは、改めて店内に自分一人だけである事を確認するや、顔の横まで両手を持ち上げ、指をワキワキ、と忙しなく動かし始める。

 そして、目当てのガンプラを探さんがため、いざ、と怪しい動きをさせているその両手を目の前のガンプラの山へと接近させようとした。

 その時であった。

 

「あれ~、お客さんですかぁ?」

 

 声が、掛けられた。

 思わず、ビクッ、と手近な箱にあと10cmというところまで近づけていた両手が止まった。

 

「どうしましょう? 今、ヒカルさんお外でお仕事中ですし」

 

 その――恐らく自分とそう歳の変わらない少女の声が、困りましたぁ、とおっとりした口調で言う。――おかしい事に。

 だってそうだろう?

 さっき確認したばかりなのだ。今、店内にはイツキ以外誰もいないのだ。コテツも、彼が今探している筈のヒカルなる店員も。

 そう。誰もいない。

 この場に――間違いなくイツキ以外の()()は誰もいない。

 

「――あ、そうでしたぁ」

 

 だが、それでも声は聞こえる。

 イツキ以外の、聞き覚えの無い少女の声が、なおも聞こえ続ける。

 

「すいませ~ん。コテツくん知りませんかぁ? さっきコテツくんの声が聞こえた気がしたんですけど」

 

 聞こえる筈の無い声が聞こえる。

 する筈の無い声が、この場に居ない幼馴染の名前を口にする。

 分からない。ワケが分からない。自分を取り巻く今の状況がさっぱり分からない。

 分からない事だらけで、故に段々と重苦しい感情が募っていくイツキは、油の切れた機械のようにぎこちない動きで、声をする方へゆっくりと顔を向けていく。

 

「えっとですねぇ……コテツくんっていうのはわたしのお友達で、私達の“フォース”のリーダーなんです。茶色の頭のぉ、えぇっとぉ……」

 

 せめて、声の主の正体だけでも確かめようと思ったのか? それとも、所謂怖い物見たさだったのか?

 それは、もはやイツキ自身にさえ分からない。

 確かなのは、もう彼の思考は完全に凍り付いてしまっていて、何かを考える事が出来ない状況に陥っていたという事。

 そして、もう一つ。

 首ごと向けた視界の先、カウンターにはやはり()()()誰もいなかった、という事だ。

 では、何がいたのか?

 

「あ! そうです! ちょうどあなたくらいの大きさの男の子なんです!」

 

 声の主は、確かにそこにいた。

 あるいは、そこに()()()、というべきなのかもしれない。

 

「ん~? あれぇ? そういえば、コテツくんがお友達連れて来るってヒカルさんが言ってたようなぁ……? あ、もしかして――」

 

 声の主が、何かを思い出したように口元に手を当て、上半身ごと首を傾げる。

 カウンターを形作る白い台の上で、台の上に鎮座するレジスターの横で、台の上に掛けられた薄汚れた透明ビニールシートの上で。

 フルフル、と震え、自分でもそうと分かる程に急激に顔を蒼褪めさせていくイツキの視線の先で。

 激しく泳いで焦点が定まらない両の目でその姿を見る彼に、過去にコテツの部屋で見た何体もの彼のガンプラを思い出させながら。

 そう。声の主は、果たしてその正体は――。

 

「ギンジョウ・イツキさんってあなたですかー?」

 

 ――少女の姿をした、プラモデルであった。

 

 

 

「“EL(エル)ダイバー”ぁ!?」

 

「く、くく……そ、ELダイバー」

 

 告げられた答えに、まだ震えの止まらない体を両手で抱きながら叫び返したイツキに、笑いを堪えながらコテツが頷き返す。

 

「GBNで生まれた、ぷぷっ、世界初の電子生命体って、ぷふぅ、奴だ。ぷく、く、何だぁ、知らねぇのかぁ?」

 

「知らないよぉ! そんなのいるなんて!」

 

 ていうか、いい加減笑うの止めろよ、と半ば涙声で訴えるようにイツキは叫び返す。

 再三繰り返すが、彼の家ではガンダム関連の話は禁止事項である。知りようが無かったのだ。

 

「ていうか、何で、その、デンシセーメータイ? っていうのが現実(ここ)にいるんだよ!?」

 

 ()()()()()というくらいだ。それこそ、生まれ故郷であるGBNを始めとした電子の世界の住人であろうそのELダイバーとやらが、何故現実に、しかもプラモデルの姿で存在しているのか。

 そこに納得が出来ず、プラモのオバケだと思ったじゃんか、と半泣きで怒鳴るイツキに、クク、となお笑い出しそうになっているコテツが説明を続けようとするが、

 

「それはね、この“モビルドール”がこの娘の現実での体だからだよ」

 

それよりも先に彼の隣に歩み出る者がいた。

 

「体ぁ?」

 

「そう。“ビルドデカール”っていう、うーん、まぁ、シールみたいなものかな? そのシールの中にこの娘のデータが入っていて、そのシールがこのモビルドールっていうガンプラに付いてるから、こうして現実で僕達みたいに自由に動いたり喋ったり出来るんだよ」

 

 そう語るのは、黒髪をボブカットで整えた一人の青年であった。

 歳は20前半くらいだろうか。イツキ達に比べ頭三つ程高い背丈の細い体に赤いTシャツと青いジーパン、そしてその上からオリーブグリーンのエプロンを身に着けている青年に、へー、とイツキは感嘆の声を上げる。

 

「そんな事出来るんだ。スゴいじゃんGBN。――あ、えっと……ヒカル兄ちゃん、で良いんだっけ?」

 

 ついさっき出会ったばかりの青年に、まだ慣れない故の覚束ない言葉で呼び返すイツキに、はは、と青年が穏やかそう顔に笑みを浮かべる。

 

「そういえば、自己紹介まだだったね。僕はサワコシ・ヒカル。もう知っていると思うけど、このアガタ模型店の店員をやっているんだよ。宜しくね、イツキ君」

 

 エプロンの胸元に付けているプラスチック製の名札を左手で指し示しながら名乗った青年――サワコシ・ヒカルが、次いでカウンターの上に顔を向け、で、とその上で足を左右に広げた女の子座りをしている小さな少女の方を右手で指し示す。

 それに合わせて、んしょ、と少女もその場で立ち上がった。

 

「こっちが、僕が後見人やっているELダイバーのトピア」

 

「初めまして。トピアですー」

 

 ヒカルに続き、少し間延びした口調でそう名乗って頭を下げる少女――トピア。

 大体17,8cm程の、1/144サイズのガンプラとそう変わらない小さな体の彼女は、胸元の大きな赤いリボンと、膝下までを覆うスカートから覗く足や露出する二の腕、大きな円筒状のツインテールが左右から下りる金髪の下のおっとりとした面持ちの顔の白み掛かった肌色以外は、ほぼ赤みのあるピンク色に覆われている。

 そんなトピアをヒカルに促されるままに見ながら、ああ、うん、と先程の事もあって覚束ない調子でイツキが頷き返していると、不意に彼女の丸く大きな碧色の瞳が細められる。

 

「それと、さっきはごめんなさい」

 

「え?」

 

「イツキくん、さっきすごく怖がってました。驚かせるつもりじゃなかったんですけど、あんなに大声で叫んで……」

 

 そのトピアの言葉で、彼女が何を言わんとしているのか、イツキはようやく察した。

 先程の、初めてトピアの姿を目にした時の、恐怖のあまり外にいた筈のコテツやヒカルが大慌てで店内に駆け込む程の大音声で上げた絶叫の事を、彼女は言っているのだ。

 確かに、あの時は本当に怖かった。初めて見るELダイバーを化けたプラモデルだと本気で勘違いし、出入口に現れたコテツとヒカルの方へ泣き叫びながら這いずっていく程に。

 おかげで、ぶふぉっ、と一際大きく噴き出してプルプル、と肩を震わせているコテツの姿が不愉快でしょうがない。

 が、それはそれとして、本当に、ごめんなさい、とそう申し訳なそうに告げて頭を下げるトピアの姿には、謝られている側である筈のイツキも逆に申し訳なさを覚えてしまう。

 なのでイツキは、

 

「あ、いいよ。その、俺も、オーバーな反応し過ぎたっていうか……んまぁ、ごめん」

 

頭を掻きながらトピアに謝り返した。

 すると、

 

「どうしてイツキくんも謝るんですかぁ?」

 

「へ?」

 

「悪い事したら謝るんですよね? だからわたし謝りましたけど、イツキくんも何か悪い事したんですかぁ?」

 

「いや、俺は別に……流れ、っていうか……」

 

「じゃあ、何もしてないのに謝ったんですか?」

 

不思議ですー、とトピアが碧色の目を更に丸くして首を大きく傾げる。

 その、本気で不思議がっているらしい反応が予想外で困惑に言葉を詰まらせるイツキであったが、ふと、その肩が叩かれる。

 何事か思って振り返れば、さっきまで向かいで笑いを堪えていた筈のコテツがすぐ隣に立っていた。

 

「トピアな、生まれてまだ2ヵ月くらいしか経ってねぇんだわ」

 

「2ヵ月、って……まだ赤ちゃんじゃん!? 普通に喋ってるけど!?」

 

「そーいうもんなんだよ、ELダイバーっつぅのは。だから、まだ分かってねぇ事とか、俺らからしたらおかしいトコとか色々あんだよ」

 

 細かく考えんな、と最後にそう付け足すコテツの言葉にまだ引っ掛かりを覚えつつも、もう一度イツキはトピアの方へ視線を戻した。

 見れば、彼女は彼女で中腰になって顔を近づけたヒカルから、先程のイツキの謝りの言葉がどういう意味であったかという説明を受けている。

 そんな二人の様子に、そんなもんか、とイツキが思っていると、全員の中央へと移動したコテツが唐突にパンパン、と手を叩き、つーかよ、と皆の注目を集める。

 

「そろそろ本題入ろーぜ? 今日は俺ら、イツキの初GBNのために来てんだからよ?」

 

 そのコテツの言葉を聞いて、そうだった、とイツキはアガタ模型店を訪れたそもそもの理由を思い出す。

 全てはGBNデビューのため。そのために必要となる、ダイバーギアと“あのガンプラ”を手に入れる事こそが今日の最大の目的だ。

 

「用意は出来てんだよな、兄ちゃん?」

 

「もちろん。ほら、イツキ君」

 

 コテツの問い掛けに、ヒカルが頷き返しつつエプロンのポケットから何かを取り出して、イツキへと差し出す。

 果たしてそれは、例の角が落ちた三角形の板状の端末――ダイバーギアであった。

 

「おお! これが、俺の……!」

 

 目的の一つである自分のダイバーギアの目に入れるや、急激に沸き立つ興奮のあまりヒカルの手から半ば奪い取るように受け取ったイツキは、すかさず両手でしっかりと握ったそれを頭上に掲げて見上げた。

 持ち上げた灰色とクリアーグリーンの端末は、薄い板状の見た目に対して以外と重みがある。本来ならば腕の負担にしかならないその感覚が、今は待ちに待ったGBNデビューの時へと着実に一歩進めた事を実感させてくれるようで、とても嬉しい。

 

「必要な設定は大体こっちで済ませておいたよ。残ってるのはダイバーネームとかダイバールックだとかそれくらいだから、後は自分でやってね」

 

「うん! 分かった!」

 

 説明を付け足すヒカルに頷き、ありがとう、と最後に礼を告げるイツキ。

 そんな彼の姿に、どういたしまして、と微笑ましいものを見るような笑みを浮かべて返したヒカルが、続けて、さてと、と問い掛けて来る。

 

「次はガンプラだけど――確か、もう何のガンプラ使うかは決めてあるんだったっけ?」

 

 コテツ君からそう聞いていたんだけど、とイツキと、うんうん、と頷くコテツを交互に見遣りながらのヒカルの問い掛けに、うん、と大きく頷いてイツキは肯定する。

 

「何のガンプラ使うかは、俺もまだ知らねーけどな」

 

「そーなんですかー? じゃあ、イツキくんが使いたいガンプラが分かるのって今からなんですね」

 

「そうみたいだね。――で、イツキ君はどんなガンプラが欲しいのかな?」

 

 いよいよだ。

 GBNを始めるために必要となるもう一つのもの。

 いや、GBNを始めようと思った切欠になったという意味では、むしろそちらの方が本命と言えるかもしれない。

 ――“あの動画”の中でその雄姿を目にして以来、ずっと欲しくて溜まらなかった“あの機体”。

 今までガンダムに触れる事が出来なかった自分の11年の人生で最初に手にする、初めての機体。そうなるのはこれしかないと決めていた、“あのガンプラ”。

 その名前を今、意を決して。

 深呼吸して肺一杯に溜め込んだ空気を吐き出す、その勢いに乗せて。

 イツキは、叫んだ。

 

「“コアガンダム”ッ! くーださーい!!」

 




やっぱりホビー物の主人公は小学生が一番だと思うんですよ(コロコロ・ボンボン読者並み感


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第2話 俺が欲しいあのガンプラは……

またまた欲に負けて第2話投稿です。
あと、今回から章分けも少し弄ってみました。



 始まって早々だが、まずアガタ模型店の内装についてより詳しく紹介しよう。

 まず、2枚の薄汚れた分厚いガラス扉が仕切っている出入口。店内全体でいうところに右下に位置するここから見て正面奥、全体でいうところの右上隅の辺りにあるのが白い木製の台で区切られたカウンター、という感じだ。

 一方、出入口から見て左手の方だが、こちらにはエアブラシ用のハンドピースや各種オプションなど、直接的にプラモデルに関わるものでは無いが高級な品々が収められたガラスケースを挟み、全体でいうところの左下から真ん中まで範囲にショーウィンドゥが存在している。残念ながら汚れや曇りが酷いため外から全く分からないが、このショーウィンドゥ内には組立済の見本品が展示されており、ガンプラと、何故かコ〇ブ〇ヤ製のメダ〇ットが大部分を占める、様々なプラモデルが思い思いのポーズでところ狭しと飾られていた。

 そして最後に紹介するのが、出入口から見た左斜め奥、各種プラモデルやオプションが置かれた幾つもの棚を抜けた先にある製作スペースだ。

 広さは大体7,8㎡ほど。角に沿うように設置された長机が二脚と、そこに収まった計四脚のパイプ椅子が納まったそのスペース内では、購入し立ての物や、あるいは各人が持参したプラモデルの製作を行うことが出来る。些か手狭なのは否めないが、必要になるであろう工具は勿論の事、席の移動こそ必要になるが各種塗料やエアブラシ、塗装・乾燥ブース等も完備されており、製作を行うための十分な設備が揃えられている。

 さて、問題なのはこの製作スペースだ。

 現在、そこにある四脚の椅子の内の一脚が使用されている。

 しかし、同じく使われている長机の上には取り出した工具はおろか、まずあって然るべきプラモデルの箱すら存在していない。

 何故かといえば、答えは単純。そこに現在座っている者が、何かを作るためにそこに座っているワケではないからだ。

 むしろ、ある意味では逆と言っていい。

 今の彼の手元には、作ろうとしていた物それ自体が無いのだから。

 故に、今の彼はそうする他無い。

 

「うっ……うぅうううう~……」

 

 突き付けられたとある残酷な事実に、長机の上に投げ出した腕の中に顔を埋めたイツキは、唯々むせび泣く他無いのであった。

 

 

 

 時は遡る事、大体三十分程。

 アガタ模型店を訪れ、自分専用のダイバーギアを手に入れ、後はGBNで使う、人生初のガンプラを手に入れるのみ――というところまで事が進んで、いざ、とイツキがその名を告げた直後の事だった。

 

「……コア、ガンダム……かい?」

 

「うん! コアガンダム!」

 

 目を丸くして聞き返すヒカルに、握った両の拳を頭のすぐ下まで持ち上げてのガッツポーズを自然と取っている程に興奮しながら、夜空に瞬く星のように明るく目を輝かせたイツキは強く頷いて見せる。

 “コアガンダム”――それこそがイツキにGBNデビューを決意させるに至ったガンプラの名であった。

 

「コアガンダムちゃん、ですかぁ?」

 

「……何じゃそりゃ?」

 

 しかし、どういう事か?

 イツキが告げたコアガンダムの名を、まるで聞いた事が無いとでも言わんばかりにトピアが唇に指を当てて考え込み、コテツが露骨なまでに眉を顰めて胡散臭い物を見るような視線をイツキへと向けて来る。

 

「何だよー、二人共コアガンダム知らないのかよ?」

 

「聞いた事も見た事も無ぇぞ、そんなガンダム。何の作品で出てくんだよ? 宇宙世紀か? アナザーか? それともまさか、SD?」

 

「し、知らないよそんなの!」

 

 ガンプラというのは、そもそもはガンダムシリーズに出て来るMSやMAをプラモデルという体裁で立体化した物である。なので、元はどんな作品に出演した機体だったのかというコテツの質問は至って真っ当なものなのだが、それを問われてもイツキには答えようが無い。

 彼の家のガンダム禁止令も勿論その理由の一つではあるが、そもそもコアガンダムの事を彼が知ったのはガンダム作品のアニメや漫画からでは無い。

 イツキがコアガンダムの存在を知る事となった、その切欠は――。

 

「えーっと……あ、ホラ! コレだよ、コレ!」

 

 どうやらこの場でコアガンダムの事をまともに知っているのは自分だけらしいと悟ったイツキは、周囲にコアガンダムの事を説明するために短パンのポケットからスマホ――小学生向けの安い機種。如何わしいサイトに引っ掛からないためのフィルタリング機能も完備されている――を取り出し、画面を何度かスワイプして目的のものを表示させるや、周りにも見えるように前方へ差し出した。

 果たして、その画面に表示されているのは――。

 

「これ、G-TUBE(ジーチューブ)じゃねーか!」

 

 イツキのスマホの画面を覗き込むや吐き出されたコテツの言葉の通り、そこに表示されているのはGBNの動画配信サービスサイト“G-TUBE”に投稿されている、とある動画であった。

 

「まさか、これ見て見つけたってのか? 良くおばさん許したな?」

 

「許すワケないじゃん! バレないように、ちょっとずつ隠れて見てたに決まってんだろ」

 

 そんな事よりも、とまだ始まっていない動画を再生するために、イツキは左手の人差し指をスマホの画面へと近づける。

 そうして彼の指先がスマホの画面に触れると共に、表示されている動画――“エルドラバトル”の再生が始まる。

 そこにまず最初に現れたのは――。

 

<今日もいくぜェ! この俺、ジャスティス・カザミのぉ~……エルドラッ、バトォールッ!!>

 

「ん? これ、カザミの動画かい?」

 

 開始早々に登場した、マゼンタを基調に中央に大きな星の模様があしらわれた袖の無い衣装を筋骨隆々の肉体の上に纏ったアメコミヒーロー風の男――“カザミ”に反応を示したヒカルに、おっ、とイツキもまた反応する。

 

「知ってんの? ジャスティス・カザミ」

 

「前に彼のフォースのリハーサルミッションに参加した事があってね。そうでなくても、今や売れっ子G-TUBERの一人だからね、彼」

 

 GBNで知らない人の方が少ないんじゃないかな、と答えるヒカルにイツキが、へー、と感嘆する一方、はん、とコテツが面白く無さそうに鼻を鳴らす。

 

「偶々当たったってだけだろ。大した事ねーぜ、そんなピンクヤロー」

 

「何だよ、随分な言い方しちゃって。嫌いなのかよ、カザミ」

 

「むしろ好きになれるかっての。“ビルドダイバーズ”の名前丸パクリして人気者になろうなんて、しょうもねぇ事してる奴なんかよ」

 

 憮然としながら返すコテツ。

 その言葉に含まれていた意外な話に、え、とイツキは驚く。

 

「ビルドダイバーズってカザミのフォースの名前だろ? パクリってどういう事?」

 

「もういんだよ、ビルドダイバーズ。“ビルドダイバーズのリク”がリーダーやってるスゲーフォースが、カザミが名乗り出すずっと前からよ」

 

「ええー、ホントかよ……」

 

 今再生している動画だけでも再生数、投稿コメント数共に途方もない数になっているカザミの事を、良く知らなかったながらもスゴい人だとイツキは思ってはいた。が、まさかそんな彼の実態がそんなせこいマネをする人間だったとは……。

 コテツから齎された思わぬ事実に、スマホに映している動画の主に少なからず幻滅するイツキであった。

 

「あ、その話だけど、彼らがビルドダイバーズ名乗ってるのってちょっとした事故で、本当はその名前にするつもりは無かったらしいよ?」

 

「何だよ、事故って? うさんクセー……」

 

 カザミについてそんな事をヒカルとコテツがまだ話し合っていたが……取り合えず微妙な疑惑の沸いた投稿者の事について、イツキは意識の外へ追いやる事にした。

 本題は、そこじゃないのだ。

 

<ヒロト! そっち行ったぞ!>

 

<分かってる!>

 

 ふと、再生の続く動画からそんな遣り取りが飛び出して来る。

 片方の声はカザミのものだ。そしてもう片方は――。

 すかさずイツキは、これ、と叫びながらスマホをタッチし、動画を一時停止させた上で画面上を指差す。

 そこに映し出されているのは、一機のガンダムタイプ。

 草木の見当たらない地面が広がる切り立った岩場の中、四又の槍の掲げて迫り来る銀色の、四足歩行の一つ目の機体――その場面で流れているコメントを見るに、デスアーミーという機体の改造機らしい――数体に向け、手に持つダークブルーのライフルを構え、ピンク色のビームを放つその姿は、極めて特徴的な点が一つあった。

 

「ちっちゃいガンダムですー!」

 

 そう、小さいのだ。

 胸部にあしらわれたクリアーグリーンの矢じり上のパーツに、黄色い小さなフロントアーマー以外にスカートアーマーが存在しない腰部。ほぼ一体化しているダークブルーの脛と膝など、特徴的な箇所こそ幾つかあるが、そんなものがどうでも良くなってしまう。

 同じ動画内に映るガンダムタイプの機体――動画撮影当時のカザミが愛用していたという“HGCE インフィニットジャスティスガンダム”なるガンプラの改造機“ガンダムジャスティスナイト”の騎士然とした姿と比較して凡そ2/3しかない、極めて小さい体躯。

 それこそがそのガンプラ――コアガンダムを見た時、まず真っ先に目に入る大きな特徴であった。

 

「でしょ! 小さいでしょ! でもそれだけじゃないんだよ。ホラ!」

 

 言いながら、再びイツキはスマホの画面をタッチする。

 一時停止を解かれ、再び再生が始まった動画の中で小さなガンダムが放ったビームの火箭が迫っていたデスアーミーの改造機――“エルドラブルート”の一つ目を貫く。

 それによって赤く融けた風穴を晒した銀の機体が、一拍置いた後に激しい爆炎を上げて四散したが、すかさずその炎の中から更に二機、新たなエルドラブルートが躍り出るや左右から迫り、掲げる四又槍をコアガンダムへと一斉に振り下ろしてくる。

 その小さな体躯を引き裂くには十分な速度と鋭さを持った、挟み込むような二方向からの攻撃。

 それに対してコアガンダムが取った行動は、ほんの少し下がるだけだった。

 本当に、足裏に一機ずつ備えられたバーニアを吹かす事は疎か大きく飛び跳ねる事も無く、ほんの少しだけ、上体を逸らしながら。

 しかし、たったそれだけの動きで十分だった。

 瞬間、地面が弾ける。

 見るからに固そうな岩盤が粉砕され、激しく撒き上がった土埃が吹き上がる。――()()()()()()()

 本来粉砕されているべき獲物は、しかし二振りの槍の穂先が埋まったそこにはもういない。

 獲物は――四又槍の攻撃の一瞬前に飛び上がったコアガンダムは、弾けた地面の勢いにその小さな身を乗せる事で、エルドラブルート達の頭上まで既に移動し切っていた。

 一拍遅れ、エルドラブルート達の丸が幾つも重なったような紫の単眼がコアガンダムの姿を追って上向くが、既に手遅れだ。

 向かって右側、湾曲した角が一本生えた兜のようなエルドラブルートの一機の頭部の上へと着地したコアガンダムが、すかさず右手の小型ライフルをもう一機のエルドラブルートへと向け、引き金を引く。

 過たず迸った閃光が、先程同様に無防備な横っ面に穴を穿つ様を横目に見るような様子も無く、続けて右脇へと回していた左手で背面のバックパックに二本マウントしている白い棒状の物体――ビームサーベルの柄の内の一本を振り抜く。そして、その先端にピンク色のビームの刃を灯すや逆手に持ち直し、足下――残る一機の脳天へと、その刃を振り下ろした。

 深々と、あっという間に根本まで沈み込むビームサーベルの刃。

 それを引き抜き、エルドラブルート達を飛び越えるようにその場から跳躍、地面へと危なげなく着地したコアガンダムが、ブォン、と侍が刀の血払いをするように大きく左へとビームサーベルを振り、発振していたビームの刃を掻き消す。

 それがまるで合図であったかのように――次の瞬間、コアガンダムの背後で機能を停止させた二機のエルドラブルートが爆散。

 その爆炎の激しい光が――トドメを刺されて爆散する怪人を背に、締めのポーズを決めるヒーローという特撮やアニメのワンシーンそのままに――コアガンダムを照らし上げ、輝かせた。

 その瞬間を以て再び動画を一時停止させたイツキは、興奮に頬を膨らませた顔をトビアへと向けた。

 

「ね! カッコイイでしょ!? スッゲェカッコイイでしょ、コアガンダム!?」

 

「かっこいいですー!」

 

「でしょー!!」

 

 キラキラ、と目を輝かせて同意を示すトピア。

 その反応に満足したイツキは、うんうん、と何度も高揚に頷く。

 

「実はコアガンダムしか出来ないスッゴイ機能があってさー、この動画だと出て来んのもうちょっと後なんだけど、それもスッゲーカッコ良くってさぁ!」

 

「そうなんですかー?」

 

「そうなんだよー!」

 

 そう。コアガンダムには、正にこの機体だけ、と言っても過言では無い、とある機能が搭載されている。

 この場ではその機能についての説明は敢えて省くが、それもまたイツキがコアガンダムという機体に惹かれた()()を形作る要因の一つであった事は間違いない。

 そして今、粗方ではあるが、コアガンダムがどういうガンプラであるかをイツキは周囲に知らせる事が出来た。

 であれば、

 

「俺、ずっと前から初めて作るガンプラはコイツだって決めてるんだ! コイツと一緒にGBNをやるんだ、って! ――というワケでヒカル兄ちゃん!」

 

改めてやる事は一つである。

 

「コアガンダム! くーださーい!!」

 

 先程も告げた台詞を、もう一度声を張り上げてイツキは叫んだ。

 もうどんなガンプラか分かったんだから、次は、はいどうぞ、って感じできっと出て来る、と希望に胸を膨らませながら。

 ……しかし、どうした事か?

 

「なぁ、兄ちゃん……このガンプラってよぉ……?」

 

「……うん……そう、だね」

 

 そんなイツキの視線の先で、何故かコテツとヒカルが深刻気に曇らせた顔を向け合っている。

 

「カザミの動画が出て来て、ひょっとして、って気はしたんだよね……」

 

「つー事はー……やっぱ?」

 

「……うん……」

 

 揃ってお通夜にでも出ているような沈鬱とした面持ちの二人に、何で、とイツキは首を捻る。

 コアガンダムの事を、もう二人も知った筈だ。だったら、後はそれを持ってくるだけでいい筈だ。その筈なのに……二人の様子は、まるで……。

 不安が、嫌な予感がイツキの胸中に流れ込む。

 その予感は、当たっていた。

 

「……あのね、イツキ君。その、もの凄く言い難いんだけどね……」

 

 果たして、頬を掻きながら困ったような顔を向けたヒカルが告げた言葉は、

 

「これ、売ってないんだ」

 

容赦なくイツキを絶望へと突き落とすものであった。

 

 

 

 さて、時と場面は戻って再び冒頭。

 あのヒカルの絶望の答えが告げられたその直後、一度は止まり掛けた思考で何とかその言葉が“アガタ模型店(ここ)には置いてない”という意味だと導き出したイツキは、

 

『そっかぁ……。んまぁ、いいや。他の店で探すよ』

 

と無念さを覚えつつもまだチャンスはあると自分に言い聞かせながら返答した。

 これでヒカルとの会話が終わるのであれば、まだ良かった。しかし、そうはいかなかった。

 直後に、更に言い辛そうに表情を曇らせたヒカルが続けたこの言葉が、彼に残っていた最後の希望を粉微塵に粉砕したのだ。

 

『あ、いや、ウチ以外の店でも無いんだよ、コアガンダム。これ、その、“スクラッチ”品だからさ』

 

「何だよスクラッチってぇ~! 応募しなきゃダメなんて、そんなの聞いて無いよおぉ!!」

 

いや、10円玉で削って当てる奴(そっち)じゃねーよ

 

 うわああああん、と作業スペースの机に突っ伏して号泣するイツキに、そのすぐ後ろにいるコテツはツッコミを入れる。

 が、そんな言葉が今のイツキにとって慰めになるかといえばそんな事は全く無く、だったら何だよおおおぉぉ、とぐしゃぐしゃの顔で背後へ振り返った彼の絶叫が店内に木霊する。

 その声に顔を顰めつつも、コテツは説明をする。

 

「……スクラッチっつーのは、プラ板とかパテとか、他のキットのパーツだとか、ともかく色んなモン使って、売ってねー機体だとか、自分だけのガンプラとか作るこった」

 

 実際にはガンプラに限るわけでは無いが、ともかくスクラッチビルドという手法が概ねそういうものである事は間違いないし、既存のガンプラはおろか、数あるガンダム作品のどれにも出演していた記憶が無いあのガンダムがスクラッチされて作り上げられたものである事も、ほぼ疑いようは無い。

 詰まりは――。

 

「つまりぃっ!?」

 

「あのコアガンダムっつーのは、誰かが一から作ったそいつだけの、どこにも売ってねーガンプラって事だよ」

 

「そんなぁー!!」

 

 ばっさり、と突き付けた結論に、首根っこ掴まれた鳥のような声を上げながらイツキが作業スペースの机の上に顔を埋め直し、再びうっうっ、と咽び泣き始める。

 そんな彼から、隣で腕を組んでいるヒカルへとコテツは顔を向け、どーするよこれ、と彼へ訴え掛ける。

 それに対し、ヒカルは浮かべていた困惑の表情を深めつつ、うーん、と唸りながら考え込む様子を見せる。どうやら、ぱっ、と妙案が思い付くような事は無さそうだ。

 と、その時二人の背後、カウンターの方から、何かが弾けるような音ともに、あっ、という声が上がる。

 トピアであった。

 胸の前で両手を打ち合わせた、何か思いついたような様子の彼女が、振り返ったコテツとヒカルにこう言った。

 

「作っちゃいましょう!」

 

「あ?」

 

「コアガンダムちゃんがスクラッチしたガンプラで、どこにも売ってないか困ってるんですよね? だったら、作っちゃえば良いんです!」

 

 スクラッチした機体故に、一般にコアガンダムが売っていない事が現状に至っているそもそもの原因である。なら、思い切ってこっちもスクラッチし(作っ)てしまえばいいというトピアの意見は、成程、至極当然である。

 ――それが可能か否かに目を瞑れば。

 

「いや、誰が作んだよ?」

 

「う~ん……イツキくん?」

 

「無理に決まってんだろ」

 

 近年ではガンダムベースを中心に各地の模型店で設置されるようになった“射出成型機”のお蔭で、かつてに比べ難易度は下がってこそいるが、それでもなおスクラッチビルドというのは敷居の高い行為だ。

 ましてや、今回の対象はガンプラ一体丸々だ。いくら通常の1/144サイズに比べ小さいとはいえ、ちょっとした武器や武装を作り出すのとは比にならない技術と労力、そして資金が必要となるだろう事は考えるまでもない。

 そんな求められるレベルの高い行為を、今日からガンプラ始めます、というイツキにやれというのは酷と言う他無い。

 

「HGどころか、SDすら説明書通りに組めるかも分かんねぇんだぞ、アイツ。そんな奴が、いきなりプラ板だのパテだの切った貼った出来るかよ」

 

「えー、そうなんですかぁ……」

 

 困りましたー、と右手を頬に当てて首を傾げるトピアに落胆の息を吐きつつも、コテツもまた、何か良い案は無いかと腕を組んで思考してみる。

 何だかんだいっても、イツキとは幼稚園の頃からの付き合いだ。それに、自分と同じ趣味を始めようとしている彼に、実のところ嬉しさを感じてもいる。なので、初っ端から躓いてしまっている幼馴染のために、ここは何とかしてやりたいところであった。

 とはいえ、妙案というものは早々思い付くものではない。

 色々と頭の中で捏ね繰り回してはみるが一向にこれ、と言えるような考えは思い浮かばず、それでもなお唸りながら思考し続けていたコテツであったが、ふと、その思考を止める声が上がった。

 

「というかなんだけど」

 

 ヒカルであった。

 あん、と反応したコテツがトピアと共に視線を向ける中で、彼がこう言った。

 

「先にGBNから始めちゃうのは駄目かな?」

 

 

 

「つーワケで! まず初GBN行くぞイツキぃ!」

 

「お、おいっ! ちょっと待てよ!?」

 

 時は少し進み、アガタ模型店、店外。

 コアガンダムが手に入らない事実へのあまりのショックに作業スペースを占領していたのも、つい先程までの事。現在イツキはコテツによって強引に作業スペースから引き摺り出され、そのまま有無も言わさず外へと連れ出されたところだった。

 

「何なんだよ、つーワケで、って!? 何で俺外に引っ張り出されてんだよ!」

 

「だーかーらー、さっき言ったろ! 取り合えずコアガンダムの事ぁ置いといて、まずGBNやろうっつー話になったってよ!」

 

「聞いてないぞ、そんな話!」

 

「オメーが聞いてねーだけだろ!」

 

 何でも、イツキがむせび泣いていた間に残された三人で色々と相談していたらしく、それによって決まった結論が“コアガンダムの事は後にして、まずGBNを始めよう”という事だったらしい。それで、そんな全く自分の預かり知らぬ所――実際は、自らの泣き声で聞こえなかっただけだが――で決まった行動方針の下、コテツに引っ張られるままに何処かへと向かっている、というのがイツキの現状であった。

 

「そもそもガンプラの方は次いでだったんだ。手に入んねぇガンプラの事でウジウジやってる暇あんなら、さっさとGBN始めた方が良いに決まってらぁ!!」

 

「何だよそれ! 勝手に決めんな! ――ていうか、いい加減放せよ!」

 

 いい加減ズルズルと引き摺られるのにも嫌気が差して来た。

 イツキは首や肩に力を込め、後襟を掴むコテツの手を振り払おうとする。

 が、そうしようとした矢先に、着いたぞ、という声と共にコテツの方が足を止め、イツキの後襟から手を離した。

 その結果、勢い余ったイツキは思わずバランスを崩してその場で転倒。尻餅を付いてしまった。

 

「痛ってぇ~……」

 

「何やってんだお前?」

 

 アスファルトに強かに打ち付けた尻を両手で押え、その痛みに呻くイツキを、呆れたようにコテツが見下ろしてくる。

 すかさず、お前のせいだろ、とイツキは涙目で睨み付けたが、それに対しコテツは、へーへー、とどうでも良さそうな声と共にさっさと彼に背を向け、開けた引き戸の向こうへと歩いていく。

 そう、()()()()()()()()、だ。

 その事に気づいたイツキは、次いで先程コテツから目的地に到着した旨を告げられた事を思い出し、まだ痛む尻を撫でながら立ち上がる傍ら、目の前の開かれた引き戸の周辺を見回して――ん、と既視感を覚えた。

 

「あれ? ここって、さっきの」

 

 イツキの目の前に建つそれ――古びて所々で劣化したニスが捲れ上がっている木製の壁に、先程コテツによって開かれたばかりの薄汚れたステンレスの引き戸が中心に備えられたその小屋は、つい数十分前にアガタ模型店に到着した際に見た、店の横に建っているあの小屋であった。

 何でここに連れて来られたのか? 不思議に思いイツキが首を傾げていると、小屋の引き戸の向こうからコテツの呼び声が聞こえて来た。

 

「おい、何してんだ? とっとと入って来いよ!」

 

「お、おう」

 

 呼ばれるがまま、イツキも開け放たれた引き戸の向こうへと慌てて入り込む。

 そしてすぐ、視界に飛び込んで来た小屋の内装に、おおっ、と彼は感激の声を上げる事となった。

 

「こ、これってもしかして……!?」

 

「ここがアガタ模型店(ここ)のGBNのプレイスペース、って奴だ」

 

 イツキの隣に歩み寄りながら、そうコテツが告げる。

 小屋の中にあったのは、彼らが入って来た引き戸のある背後以外の三方全てに敷き詰められた長椅子と、その上、あるいは下に一定間隔を隔てて設置された、五つずつのラックトップパソコンと椅子。そしてキーボードの代わりに各パソコンに繋がれた、二本の操縦桿(レバー)が生えた平たいグレーの機械――GBNの専用筐体。

 果たして彼の言う通り、小屋の中にあったのはGBNをプレイするために必要な各種設備であった。

 

「ま、ぶっちゃけあり合わせのしょべーもんだけど」

 

 厳密にいえば、町内会から貰って来た型落ちのラックトップ五台とあまり座り心地の良く無い折り畳み式パイプ椅子五脚。そして()()()の簡易型筐体が五式、というのが正確な内容であり、そう言葉を続けたコテツのように、ガンダムベースやデパートのゲームセンター等に設置されている法人用の本格的な筐体で遊んだ事がある人間からすれば“しょぼい”の一言に尽きるものではあった。

 しかし、それはあくまで経験者の視点で見た話だ。

 

「ここでGBN出来るんだぁ……すげぇ~!」

 

 今日から始める初心者で、尚且つ家庭用だろうが法人用だろうが初めてGBNの筐体を目にしたイツキにとっては、例えそれが外装同様に剥がれたニスが目立つボロボロの小屋の内装の中に収まっていようが、余所から調達してきた中古品によるあり合せだろうが、目の前にあるその全てが光り輝く宝の山同然の存在だ。自然、見渡すその目は爛々と輝く。

 しかし、すぐに、あっ、と思い出したある事によって、イツキの目に灯っていた光はふっと消え失せた。

 

「でも、GBNってガンプラ無いと出来ないんだっけ……」

 

 GBNはガンプラを使って遊ぶゲーム。となれば、ガンプラが無い今はまだ遊べないのでは? ――そういう懸念が浮かび、俯くイツキ。

 更に悪い事に、

 

「ていうか……コアガンダム~ぅ……ううぅ……」

 

そこから連鎖して、せっかく忘れていたコアガンダムの事まで思い出してしまい、途端に視界が潤み出してしまう。

 放っておけば、再び大声で泣き出してしまう。――そうなる一歩手前の状況だったイツキであったが、そこへすかさず、めんどくせーなぁ、とコテツが嘆息と共に彼を叱咤する。

 

「男が一々泣いてんじゃねーよ! 別にガンプラ無くても出来っぞ、GBN」

 

「ううっ……って、そうなの?」

 

「バトルやミッションやんのに必要になるって話だからな、ログインするだけなら無くてもいける。――ま、ガンプラなら心配すんな。()()()()()()()()()

 

「へ?」

 

 ガンプラが、ある?

 コテツの言葉の意味が分からず、間の抜けた声を漏らしたイツキは、すぐにそれがどういう意味なのか問い質そうとしたが、それよりも一足早く、答えは彼の下に到着した。

 

「お待たせしましたー!」

 

 ふと、そんな声が後ろの入り口の方から聞こえて来た。

 それに反応して振り返って見れば、開かれたままの引き戸の向こうに立つヒカルと、その肩の上に座って両手を振るトピアの姿がイツキの視界に入って来た。

 

「ごめんごめん、持って来る機体選ぶのに思ったより手間取っちゃって」

 

「いーや良いタイミングだぜ。丁度今話してたところだ」

 

「そう? それじゃあ早速選んでもらおうかな、っと」

 

「選ぶ?」

 

 親指を立てた右手を突き出すコテツと、丁度良い、というように頷くヒカルとの会話の中で、ふと気になる言葉が聞こえた。

 見れば、ヒカルの両手には先程は無かったプラスチック製の箱が一つずつぶら下がっている。

 天面に取っ手が付いた紺色の、簡易的な工具入れにでも使われてそうなその箱を、引き戸を潜り小屋の中へ入るやヒカルがイツキの手前の地面に慎重に置き、パチン、とロックを外して開いて見せた。

 果たして、その中に入っていたのは――。

 

「! ガンプラじゃん!」

 

 そう、ガンプラだ。

 1/144の、HGサイズのガンプラが、互いに接触し合って傷が付かないように黒いスポンジの板に仕切られた状態で、箱の中に何体も入っていた。

 

「ウチの店に置いているレンタル用のガンプラの一部だよ」

 

「レンタル? ――もしかして、ガンプラ借りれんの?」

 

 もしや、と思い恐る恐る尋ねるイツキ。

 その問いに、すかさずヒカルが、そうだよ、と頷いてみせた。

 

「マジっ!?」

 

「うん。今のイツキ君みたいに、ガンプラ持ってないけどGBNで動かしてみたい、バトルしてみたいって人は結構いてね。そういう人用にこうやってガンプラの貸し出しもやってるんだよ」

 

「へー、そーなんだ」

 

 まさか、ガンプラを借りる事が出来るとは。

 思ってもいなかったサービスにコクコク、と頭を揺らしてイツキは感心する。

 

「ま、実際のとこ滅多に借りる奴なんていねーけどな。GBNやる奴なんて大体自分(テメー)のガンプラ持ってるもんだし。……そもそも、ここに来る客なんて俺以外殆どいねーしな!」

 

「ちょっ、コテツ君!」

 

 それは言わないお約束だよ、と痛いところを突かれたようにバツの悪そうな顔になるヒカルに、ホントの事だろ、と悪戯気な笑みを浮かべながらコテツが返す。

 その様子を眺めていたイツキは、自身に廃墟染みた不気味さを抱かせたアガタ模型店の外観を思い出し、

 

(やっぱり客いないんだ……)

 

と心中で憐れみを覚えつつ呟いた。

 そんな事をイツキに思われているとは露知らず、コテツに崩された調子を整えるためにヒカルが咳払いをする。

 

「えー、こほん。――ともかくそういうワケで、ここにあるガンプラならどれでも貸し出せるから、一体好きなのを選んでごらん」

 

「好きなの、かぁ……」

 

 広げた両手でヒカルが指し示す二つの箱の中のガンプラ達に視線を下ろし、うーん、とイツキは考え込む。

 正直なところ、困った。

 何せ、イツキはコアガンダム以外のガンプラは殆ど知らない。目の前に並ぶガンプラの一体を選べ、と言われても、どのガンプラがどんな性能や特徴を持っているか、引いてはどのガンプラが良いかなど分かる筈も無いし、当然選べもしない。

 とそこへ、ちなみに、とやにわに伸びたヒカルの手が並ぶガンプラの一体を手に取った。

 

「僕のオススメはこの“HGUC ガンダムTR-1[ヘイズル改]”だね」

 

 そう言って彼が持ち上げて見せたのは、一体のガンダムタイプの機体だ。

 灰色掛かった白色を基調としたその機体は頭部のブレードアンテナ(黄色い角)の上から後頭部に掛けて走る緑色のセンサー、及びブロック状に太く反り上がった膝が特徴的な姿をしており、マニキュアを塗った女性の手の様に五指の先端が赤くなった右手に銃身の短いライフルを握っている。また、左腕に懸架された薄く湾曲したシールドとは別に、背中に細長くソリッドな形状のシールドを背負っていた。

 

「この機体はTR計画の最初期に作られた試験機“RX-121 ガンダムTR-1[ヘイズル]”を改修した機体でね。股間に追加された多目的ラッチなんかを筆頭に、色々な面が強化されているんだ。ガンプラとしてもなかなか優秀な機体で、特に肘が二重関節になっていてかなり稼働範囲が広いし、背中に背負ったシールドブースターはブースターとしてもシールドとして使えるし、内蔵している推進剤も低燃焼性のものだからいざって時の誘爆の心配も殆ど無い。この機体を運用したT3部隊、そしてA.O.Zっていう作品を代表すると言っても良い、とても便利で素晴らしい装備なんだよ!」

 

「へ、へー……」

 

 心なしか、どこか弾んだ声で、やや捲し立てるようにそのヘイズル改というガンプラについて解説するヒカルに異様な迫力を覚え、若干引きながらイツキは相槌を返す。

 正直彼が何を言っているのかはさっぱりだが、まぁ、ともかくそのガンプラがオススメであるという事は分かった。良く分かった。

 なので、じゃあそれにしてみようか、とヒカルの手の中のヘイズルに手を伸ばそうとしたのだが、

 

「あ! でもこれもオススメなんだよ」

 

何故かイツキの手が触れるよりも前にヘイズル改は箱の中へと戻され、それとは別のガンプラが、彼の眼前へと突き出されるように現れた。

 

「こっちのガンプラは“ロゼット”っていってね」

 

 そう言いながらヒカルが新たに持ち出して来たガンプラ――“HGUC ロゼット”は、先程のヘイズル改とは打って変わって、濃紺二色の紺色を基調に、その二色の境界線として黄色いラインが各部に引かれた、ピンク色の一つ目――所謂モノアイが緩く湾曲した兜のような頭部から覗くガンプラであった。

 

「この機体はアナハイム・エレクトロニクスがハイザックの後に開発した機体で、言ってみればその後に出て来るマラサイとの間を繋ぐプロトタイプのような機体なんだよ。だけどこの機体の一番の特徴は、なんといっても“TR-4[ダンディライアン]”のコアモビルスーツって事だね。ダンディライアンはロゼットに大気圏突入装備を搭載した形態そのものの名前でね、Zガンダムの頃は大気圏突入っていったら大体バリュートが一般的だったんだけど、バリュートって展開したらとにかくスキだらけになっちゃうんだよね。そのせいでカクリコンも堕とされちゃったし。だけど、ダンディライアンの場合はまた別! ダンディライアンは冷却ガスで耐熱フィールドを作って、それで大気圏に突入するんだ。これでバリュートよりもずっと自由度の高い大気圏突入が出来るんだけど、この辺りの話は設定だけじゃなくて、GBNでも有効なんだよ。だから、大気圏突入が必要なミッションやる時はぜひダンディライアンを使ってみて欲しいんだ!」

 

「あ、ああ、うん、はい……」

 

 先程のヘイズル改よりも更に密度の高いロゼットの、というよりも途中からこの場には存在しない筈のダンディライアンなる機体のものへと当たり前のように移行したヒカルの解説に、頭に“?”をいくつも浮かべながらも、イツキは朧げな頷きを返す。

 その傍ら、

 

「おい、ヒカル兄ちゃん……」

 

と何か言いたげにコテツが眉を顰めていたが、そんな彼やイツキの様子に気づく素振りもなく、再び、あ、と声を上げたヒカルが、先程と同じようにロゼットを箱の中へと引っ込める。

 そして、再び別の機体を箱の中から取り出すかと思いきや、

 

「そうそう。カクリコンで思い出したんだけど」

 

今度はエプロンのポケットへと手を突っ込み、何かを取り出して見せた。

 若干疲れを覚えつつも()()の方へと視線を向けたイツキは、次いで、ううん、と湧き上がった怪訝さに眉根を深く寄せた。

 何故か?

 その理由は、異様なまでに目を輝かせるヒカルの掌の上に置かれた()()の姿にあった。

 

「それも……オススメ?」

 

 ()()を指差しながら、おずおずとイツキは尋ねた。

 黒と銀を基調としたボディ。何処となく暗い森の中に潜む魔女を髣髴とさせる後ろに長く伸びた頭部と、右手に持つ鋭い大鎌。長い三角形状の四本足。そして何より――素人のイツキから見てもそうと分かる程、明らかにガンプラとは何か雰囲気の違う、それでいて何かごく最近近いもの見たような気がする、シンプルな造形。

 果たして、()()の正体は――。

 

「うん、これもオススメだよ。この―― 一昨日発売したばかりのコ〇ブ〇ヤの1/6スケール“カプリコン”もね!」

 

って、メダ〇ットじゃねぇかあぁぁ!!

 

 爛々と、まるで椎茸の傘に下拵えに切り込む十字線のような光を両目から発しながら意気揚々とヒカルがそう告げるや、すかさず叫んだコテツがそのカクリコン、もといカプリコンなるプラモデルを持つ彼の手目掛け、勢い良く振り抜いた右手の手刀をツッこんだ。

 次の瞬間、その手刀に弾かれたカプリコンが放物線を描きながら小屋の外の方へ飛んで行き、それを、ああっ、と悲痛な声を上げたヒカルが慌てて追い掛ける。

 なお、この際トピアがきゃあ、と驚きつつヒカルの肩から飛び降り、近くの長机の上に着地していた。

 

「な、何するのさコテツ君!? これ昨日作ったばかりなんだよ? 壊れたらどうするのぉ!?」

 

「知るかそんなもん! ガンプラの話してるトコにメダ〇ットなんか出してくんじゃねー! 場面考えろこのメダ〇ットオタク!!」

 

「そこはメダ〇ッターって言ってよぉ!」

 

 どうにかアスファルトの上に打ち付けられる寸前でカプリコンをキャッチしたヒカルからの問い詰めの声にコテツが怒鳴り返し、次いで、つーか、とヒカルが持って来たガンプラの入った箱二つを一瞥する。

 箱に収まっている――“HGUC ガンダムTR-1[ヘイズル・アウスラ]、”“HGUC ジム・クゥエル”、“HGUC ネモ・カノン”、“HGUC ゲルググ[シュトゥッツァー]”、“HGUC ガンダムTR-6[バーザムⅡ]”、他多数を。

 そこに入っているガンプラは先程紹介のあったヘイズル改とロゼット以外はイツキからすればどれもさっぱり分からない物ばかりなので彼は知らなかったが、実はその大半にある()()()があった。

 

「やたらA.O.Zの機体多くて薄々そんな気はしてたけどよー。このガンプラ、全部ヒカル兄ちゃんの趣味じゃねーか!!」

 

 そう、そこに用意されたガンプラの半分以上がA.O.Z――“ADVANCE OF Z”という“機動戦士Zガンダム”の外伝であり、同時にヒカルが最も好む作品群に登場する機体であったのだ。

 

「えっ? これ全部ヒカル兄ちゃんの趣味なの? 初心者()向けの奴じゃなくて?」

 

 思わぬ事実に驚き、箱の中のガンプラを凝視するイツキ。

 すると、横の長机の上にいるトピアから、はい、という肯定の声が返って来る。

 

「ヒカルさん、A.O.Zとメダ〇ットがとっても大好きなんですよー」

 

「ええ……」

 

 にこにこと場の空気に反した微笑みを浮かべながらのヒカルの趣味に関する言及に、幻滅するままにイツキはヒカルの方を見遣った。

 そこへ、いやいやいや、と慌てたヒカルの反論が差し込まれる。

 

「ぜ、全部が全部じゃないよ! ちゃんとA.O.Z以外のガンプラだってあるよ! ほら、コテツ君が好きなXの機体とか!」

 

「俺が好きなの持って来たってしょーがねーだろ! ――しかも、よりにもよってエアマスターかよ」

 

「ん、ダメなの? その、えあますたーっていうの?」

 

 ヒカルに言い返す最中でコテツが箱から取り出した、白地に赤の差し色が入った、背に航空機のような三角形のウィングを一対背負ったガンダム――“HGAW ガンダムエアマスター”を見ながらイツキが問い掛けると、ああ、とコテツが息を吐いた。

 

「良いか悪いか、つったら良い機体だけど、コイツ変形機なんだよ」

 

「ヘンケーキ、って事は……変形出来んのコイツ? スッゲー! カッコイイじゃん!」

 

 変形といえば、ガンダムに限らず、男心をくすぐるロボット物の醍醐味、ロマンの代表格だ。

 たとえガンダムこそまともに見た事が無くとも、それ以外のロボットアニメは幾つか見た事があるイツキもその辺りのロマンは良く分かるため、変形が出来るというエアマスターに向ける彼の視線もまた自然と期待の籠ったものへと変化していた。

 が、そんな彼に反してコテツが、分かってねーなぁ、と肩を竦ませる。

 

「変形出来るっつ事は、一機だけで普通のMSとそれ以外の別モン――コイツの場合はファイターモードっつぅ戦闘機を、好きな時に使えるようなモンって事だ」

 

「そんなの当たり前じゃん。だから変形できるロボットって良いんじゃないか。それの何が――」

 

「つーまーりー、普通のMSとそれ以外の何かの、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()が必要ってこった」

 

「あっ……」

 

 そう言われ、ようやくそのエアマスターという機体の何が問題なのかをイツキは悟った。

 二つの機体を、それぞれ必要な時に必要なだけ使い分けられる操縦テク――そんなものを持っているのは、果たしてどんな人間か?

 少なくとも、今日からガンプラを始めようとしていた自分のような初心者では無い事は確かだ。

 

「そうでなくとも、変形機は大体変形のための仕組み(ギミック)仕込んでいるせいで普通の機体より耐久落ちやすいんだ。間違っても、オメーみてーな素人(トーシロー)が扱えるもんじゃねーよ」

 

「うん、コテツ君の言う通りだね。それに、変形のタイミングは隙になって狙われやすいし、変形出来たら出来たでどっちの形態なのかも自分からは確認し難いから、混乱する原因にもなるしね」

 

 だから、そこのガンプラは殆ど変形機構が無い奴だよ、と再び小屋の中に入ったヒカルがコテツの説明に続いて、そう補足を加えた。

 その二人の言葉から得た思わぬ豆知識に、へー、と感心したイツキは頷いていた。

 なお、本当はヒカルは今にある以外にも“HGAW コルレル”や“HGUC リハイゼ”、他幾つかの初心者向けじゃないガンプラも持って来ようとしていたのだが、箱に入らなかったため止むを得ず持って来なかった、という裏話があった。

 勿論イツキ達の知る由も無い事であり、ここまでの流れを省みるに持って来ていれば更にヒカルへの糾弾が強くなること請け合いだったので、結果的に持って来ない選択が正解であったのは言うまでも無く、その事に内心ヒカルがヒヤリとしていた事も、また彼らの知るところでは無かった。

 無かったので、何事も無くイツキは当初の問題へと立ち返る事となり、あー、と箱の中のガンプラへと視線を下ろした。

 

「結局、どのガンプラ選べば良いんだろ?」

 

 そもそもの問題はそれだった。

 ガンダムに関する知識を殆ど持たないイツキだけでは、箱の中のレンタル用のガンプラから借りるべき一体を選び出す事が出来ない。そこでヒカルがオススメの機体を示す運びとなった筈だったが……まぁ、その辺がどうなったかは今更語るまい。

 ともかく、改めてイツキは今からGBNで使うガンプラをどれにすべきか首を捻って唸りながら考えるのだが、当然前述の知識量から来る問題は解決してないため、やはり選び出す事は出来ない。

 そんな彼を見兼ねてか、ふとヒカルがこう尋ねて来た。

 

「苦戦してる感じかな?」

 

「そりゃあ俺、コテツやヒカル兄ちゃんみたくガンダム詳しくないし、どれが良いのかも結局良く分かんなか――」

 

「えっ、さっきのヘイズル改とロゼットの説明分からなかった? よし、それじゃあもう一回説明するからよく聞いて――」

 

ヒカル兄ちゃん

 

 あわや、再びヒカルによる良く分からないマシンガントーク(解説)が始まるかと思われたその刹那、その横からドスの効いた声と共にコテツの睨み付ける視線が飛んで来る。

 その視線が突き刺さったヒカルが、うっ、と怯み、それから暫く硬直した後、ワザとらしく咳払いをした。

 

「か、解説はまた今度にしようか、うん。――と、そうだね。イツキ君が選べないんなら、ここは逆に()()()()()()()()選んでもらおうか?」

 

「ガンプラから?」

 

 どーいう事、と突然のヒカルの突拍子も無い提案にイツキは目を丸くする。

 当然である。ガンプラは喋ったりなどしないのだ。自分から何かを選ぶような事など、当然出来はしないのだ。流石にそれは、ガンプラ初心者のイツキでも考えるまでも無く分かる事であった。

 だが、物事には往々にして例外というものが存在するものだ。

 例えば、ELダイバーが現実での体としてその魂を宿すモビルドールだとか。

 

「トピア、頼めるかい?」

 

「はーい!」

 

 あるいは、

 

「――あ、この子良いって言ってますー!」

 

ELダイバーという存在、そのものだとか。

 




これで現状のストック無くなっちゃうんで、次話は今しばらくお待ちください。


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第3話 ようこそGBNへ

今回はGBNログイン回。
ダイバーズ二次では毎度お馴染みな感じのあのイベントもあれば、やっぱり毎度お馴染みなあの人も出て来る、そんな回の始まり始まり~。


 さて、まずは家庭用の簡易型GBN筐体の使い方について軽く説明しよう。

 筐体は大きく分けて二つの物――本体と、専用のヘッドセットで構成されている。筐体の本体は幅広の長方形の、厚さ大体3cm程のグレーの板状で、左右からMSの操縦桿を模したレバーが一本ずつ上を向いて伸び、中心には角の落ちた三角形の形に一段窪んだダイバーギアのセットスペースが存在している。ヘッドセットの方はクリアーグリーンの幅広のバイザーが付いており、これが身に着けた際に丁度目元を覆い尽くすようになっているのだ。

 これらをネット環境が整った、一定以上のスペックを持つパソコンに接続。更にヘッドセットを頭に被り、ダイバーギアを本体のセットスペースへと置いて筐体に読み込ませる。

 そして、

 

<Please set your Gunpla>

 

ヘッドセットを通じて筐体から流れるその電子アナウンスに合わせ、セットしたダイバーギアの上に使うガンプラを置き、スキャンさせる。

 以上の工程を以てサーバーへのログイン作業は完了となり――晴れてGBNをプレイする“ダイバー”の一人として、イツキは今、広大なディメンジョンへとその足を踏み入れるのであった。

 

 

 

「……ん、ううん……」

 

 一通りのログイン作業を終え、借りたガンプラを筐体にセットしたダイバーギアに読み込ませたのも束の間。

 不意に襲い掛かって来た沈み込むような感覚と共に遠退いた意識が再びハッキリとして来たイツキは、一体何がどうなったのかと、ゆっくりと目を開いていく。

 そして次の瞬間、

 

「わぁ……」

 

開けた視界に映り込んだ光景に度肝を抜かれ、思わず驚嘆の息を吐いていた。

 

「ここが、GBN……!」

 

 首を左右に忙しなく、喜ぶ犬の尻尾の如く振りながら見回すその目に映る、緑掛かった白色の壁に囲まれた円形の広大な空間。その壁には何かのランキングらしき表や、名の知らないガンプラ達が組み合っている様を流している巨大な液晶が隙間なくみっちりと詰められている。

 その景観だけでも既に圧巻だが、それよりも目に着くのはやはりそこにいる人々の姿だ。

 GBNをプレイするに当たって、ダイバーは自らのGBNの姿である“ダイバールック”を決める必要があるのだが、このダイバールックの自由度が如何ほどのものかは、彼らの姿がそのまま証明になっているといっていい。

 何せ、ガンダムシリーズの作品に出て来るキャラクターを模した衣装や容姿の者達もいれば、まるでファンタジー物のゲームから抜け出して来たような甲冑姿の戦士やフサフサの体毛に全身を覆われた獣人、人間に似ているがどこか違う亜人の姿をした者もおり、果ては良く分からない埴輪だとか、スイカ大の球体に楕円の目が付いたロボット?(ハロ) だとかもいる程なのだ。

 そして、そんな千差万別、奇想天外な人々が互いの姿に気圧されるような様子も無く、思い思いに空間の中を行き交い、何かを語らい合っている。

 GBNに幾つも存在するエリアの内の中央部――“セントラルエリア”のロビーのそんな様相に圧倒されたイツキは、続いて視線を今の自らの姿へと移して、おおっ、と感嘆の声を上げた。

 

「ちゃんと設定した(やった)通りになってる……!」

 

 下は白い足袋(たび)と薄茶色の雪駄(せつた)が覗く紺色の袴、上は白の着物の上から袖口に鋭い山形模様が並んだ水色のダンダラ羽織を羽織り、更に現実と大まかな形は変えていない黒髪は後頭部で白紐で結った一束が跳ね、まるでちょんまげのようになっている。

 腰に刀こそ携えていないが、現実で身に着けていた水色の半袖シャツと紺色の短パンから変わったその恰好は――ログインする直前に設定したイツキのダイバールック(GBNでの姿)は、正しく幕末の京都にて活躍した、かの新選組のそれであった。

 

「すげ~ぇ!」

 

 両手を持ち上げてみたり、片足を上げて見たりしながら、今の自らの姿や身に着けている新選組の衣装の感触や肌に感じる感覚をイツキは確かめてみる。

 果たして現実と殆ど遜色の無い各種感覚に、唯でさえ高揚していた彼の心は更に昂っていく。

 そうして、

 

「遂に、遂に俺もGBNにっ……!」

 

遂に自分もあのGBNを始めたのだという事を本格的に認識し、今にも爆発しそうな感激に胸の前で作った両の握り拳をブルブル、と震わせるのであった。

 ともすれば、そのままその場の勢いに任せてどこかへすっ飛んで行ってもおかしくないような心持ちであったが、しかしその気持ちのままに彼がそうする事は無かった。

 自制心が働いたから、ではなく、

 

「おーい、そこの君! 新選組の君ー!」

 

「ん?」

 

ふとすぐ近くから声を掛けられ、意識がそちらの方へ向いたからであった。

 そのまま声のした方に振り向いたイツキは、自分のすぐ近くに立つ、一人の見知らぬ男の姿を見つけた。

 

「……今、俺の事呼んだ?」

 

 自分の聞き間違いかという疑い半分、見ず知らずの人間に声を掛けられた事から来る警戒半分で少し身を強張らせつつ、恐る恐るイツキは男に尋ねる。

 ただし、恐らく聞き間違いという線は無い。

 何故なら、自分以外に新選組のダイバールック(恰好)をしたダイバーは周囲に見当たらないからだ。

 そして実際に、イツキの問いに男が頷いて肯定して見せた。

 

「おーおー、君を呼んだのはこの俺だよー。新選組のボウヤ」

 

 そう答える男は、一言で言えばかなり胡散臭い風貌の男だ。

 丸まって猫背になっている痩せぎすの長身に纏っているのは、ダークグレーのスラックスと皺だらけのシャツ、それに着崩した同色のジャケットに胸元まで下されて皺の寄った赤いネクタイ。その上の顔は頬がこけ、白目が広い三白眼が飛び出しそうになっている。頭に乗っている紫色の髪は後頭部から緩やかに、まるでスカンクの尻尾のように盛り上がり、反り上がっていた。

 そんな見るからに胡散臭いダイバールック(見た目)の男に隠し切れない戸惑いの乗った視線を向けるイツキに、おっと失敬、と何かを忘れていたとでも言いたげに男が広めの額に右手を当てた。

 

「自己紹介がまだだったねえ。俺は“スカンクセイ”。このGBNで日夜有益な情報を集めては他のダイバーにそれを売っている、所謂“情報屋”って奴でねえ」

 

「はぁ」

 

 右手を胸に当て、左手を大きく振る大仰な動作を交えながらそう自らの事を話す男――自称情報屋のスカンクセイに、そんなのもいるんだ、と思いながらイツキは生返事を返す。

 それに特に反応を示す様子も無く、スカンクセイの言葉が続けられる。

 

「こんな身なりしてるんで皆大体警戒しちまうけど、これでも結構なお人好しなんだ。困っている奴に赤字上等の格安で情報売っちゃう事もあるし、始めたばっかりで右も左も分からない初心者諸兄には初心者向けの超簡単ミッションや、簡単に強くなれちゃうすんばらしい裏技なんかの紹介もしちゃったりしてるんだよねえ。そう、丁度()()()()()

 

 そこで一端言葉を区切ったスカンクセイが、ずずい、とイツキの眼前まで顔を近づけて、こう言った。

 

「君、今日始めたばっかでしょ?」

 

「え、何で分かったの?」

 

 間近に迫ったスカンクセイの顔に少し後退ったのも束の間、今さっき会ったばかりの彼に初心者である事を言い当てられた事にイツキは驚く。

 そのイツキの反応に、――彼に見えないところで不敵に笑ってから――そりゃ分かる

よお、と素早く顔を引っ込めたスカンクセイが背中を向け、両腕を大きく広げる。

 

「遠目からでもハッキリ見えたからねえ。ここに現れてすぐのボウヤが物珍しそうに辺りを見回したり、感激してるのが。そんなのは、ほぼほぼGBN入門し立ての初心者がするもんさ。――で、そんなボウヤを見つけてしまった俺はもう親切心が抑えらない。というワケで――」

 

 再び言葉を区切ったスカンクセイが、伸ばした右手の人差し指で目の前の何もない空間を突く様な動作をして見せる。

 すると、それに合わせてA4サイズ台の、半透明のホログラフィ――メニューウィンドウがスカンクセイの目の前に現れた。

 その現象に、おおっ、と驚くイツキの目の前まで、スカンクセイが呼び出したメニューウィンドウを人差し指で引き寄せる。

 

「早速だけど、この初心者向けの超簡単ミッションを紹介しちゃうよー」

 

 そうスカンクセイが言う通り、彼が呼び出したメニューウィンドウに出ているのはどうやらミッションの受注画面らしく、ミッションタイトルや大まかな内容、行われるエリアはクリアー条件、そして実際に受注するか否かを決定する“OK”と“CANCEL”のスイッチが表示されていた。

 

「やる事は超簡単。指定のエリアでヤナギランっていう花を取ってきて、それを納入するだけ! 強制戦闘とかも無いから、ガンプラ動かす練習しながらでも十分出来るし、そこには出てないけど報酬も結構豪華だよお!」

 

「へー……」

 

 正直、メニューウィンドウに記載されている事項のいくつかは良く分からなかったが、スカンクセイの説明や、彼が言った通りらしいミッション内容を見る限りでは、確かに始めたばかりの自分でも出来そうな簡単そうなミッションだ。おまけに、彼が言うにはガンプラを動かす練習も並行して出来るらしい。

 せっかくGBNに来たのだし、早くミッションの一つでもやってみたい、というのが正直なところだったイツキには正に渡りに船だったため、やってみようかな、という気持ちが彼の中で首を(もた)げる。

 が、すぐにその気持ちを思い止めて、伸ばし掛けていた手をイツキは引っ込めた。

 

「せっかくミッション持って来てくれたおじさんには悪いんだけど、俺、今待ってる奴いるから……」

 

 何か準備が必要らしいトピアと、それに付き合うらしいコテツに先んじてログインしていたイツキは、後からログインするという二人にGBNの案内をしてもらう約束になっている。

 今はまだ二人の姿は見当たらないが、だからといって二人に話も無く勝手にミッションを引き受けるのも(はばか)られる。――その旨を、イツキはスカンクセイに伝えた。

 すると、大丈夫大丈夫、と特に気にした風も無く――むしろ好都合だ、とでも言いたげな含み笑いを一瞬浮かべてから――スカンクセイがからからと笑った。

 

「このミッション参加人数とか特に決まって無いから、後から来た友達も一緒に参加出来るよお」

 

「いやでも――」

 

「それにさあ。ぶっちゃけるとこのミッション、期間限定の奴なんだよね。もう締め切り間近だから、今受注しておかないともう二度と受けられないんだよね」

 

「えっ、そうなの?」

 

「そうだよお。だから内容の割に報酬も良いんだよお。今受けておかなかったら、絶対後悔するよお。――悪い事は言わないから、ここは取り敢えず受注しとこうよ? 今の話すれば、きっと友達も許してくれるって」

 

「う、う~ん……」

 

 イツキは、悩んだ。

 確かにスカンクセイの言う通りならば、ここで受注しなければこのミッションはもう二度と出来ないかもしれない。加えて、詳細こそ分からないが期間限定が故に報酬も豪華らしく、後から来るコテツとトピアも参加可能だそうだ。そこまで好条件が揃っているとあれば、逃すのは非常に惜しい。

 しかし、それはそれとして、やはり二人に無許可でミッションを受けるのは気が引けるし、何故かは分からないが、妙に嫌な予感がする。――このミッションを受けたら心底後悔するハメになりそうな、そんな言い知れない予感が。

 そんな二つの相反する気持ちを天秤に掛け、腕を組んで頭の中でその天秤が揺れ動く様を見守っていたイツキは――天秤が一方に傾き切るのを見届けるや、スカンクセイに返答した。

 

「分かった。ミッション受ける!」

 

 やはりこのミッションを逃すのは惜しい。コテツとトピアからは良い顔されないだろうが、二人も参加できるんだし、そこは何とか謝って許してもらおう。

 そう結論付けたイツキの答えに、ほい来たー、とスカンクセイが――見事に獲物が罠に掛かるのを目の当たりにしたかのような笑みを浮かべて――指を鳴らした。

 

「よーし! それじゃあ善は急げ、だ。このOKってところタッチして、早速ミッションを受注しよー!」

 

 そう嬉しそうに声を張るスカンクセイに促されるまま、頷いたイツキはメニューウィンドウ上のOKのボタン向けて、人差し指を伸ばした右手を近づける。

 そうして、OKのボタンに指の腹が触れ、正式にミッションが受注されるまで後ほんの僅かというところまで人差し指の先を迫らせた――その時。

 

「はいストップー」

 

 突如現れた何者かの手が、イツキの右手首を掴んだ。

 突然腕を止められた事に驚いたイツキは、反射的に手が伸びている方へと振り返って、思わず目を見開いた。

 

「コテツ!?」

 

 果たして、そこに立っていたのはコテツであった。

 衣服こそ現実で着ていた半袖パーカーとカーゴパンツから、袖を(まく)った薄灰色のツナギと襟元から覗くオレンジ色のシャツ、そしてつばが後ろ向きになるように被られたシャツと同色の帽子という――“機動新世紀ガンダムX”に登場する天才メカニック少年“キッド・サルサミル”のそれと同じ――格好へと変わっているが、それらを身に着けている焦げ茶色の髪と生意気そうな顔付きは、見間違えようが無い。

 その彼が、今イツキの手首を、決してそこから先へ動かさせまいとするかの如く、強く握り締めている。

 GBNの感覚フィードバックの範囲の関係で現実では発生しているだろう痛みこそ無いが、それでも困惑せざるを得ないイツキは、おい、と彼に声を掛けるが、それが聞こえないかのようにコテツがイツキとメニューウィンドウの間へと顔を突き出す。

 そして暫くした後、やっぱりな、と舌打ち混じりに呟く声が聞こえたかと思いや、今度はグルリ、と彼の顔がイツキの方へと向かれた。

 

「おいイツキ」

 

「な、なんだよ?」

 

「お前、ハメられてんぞ?」

 

「へっ?」

 

 突然の言葉に、訳が分からず間の抜けた声を漏らすイツキ。

 それがどういう意味なのか問い質す間も無く、彼に背を向けたコテツがふー、と大きく息を吸い込み、次いで、

 

皆さーん! 初心者狩りでーすッ!!

 

ロビー中に響き渡る程の大声で、そう叫んだ。

 その突然の行為に、訳が分からず目を瞬かせるイツキを後目に、更にコテツが叫び続ける。

 

ここにー! 初心者狩りがいまーす! 今日始めたばっかのー! 初心者をー! 引っ掛けよーとしてまーす!!

 

「なっ、な、ななっ……!?」

 

 見れば、スカンクセイもまた叫び散らすコテツに、首を左右に振り回して困惑を顕わにしている。

 ――いや、彼の場合は何か違う。

 単純に状況に追い付けないイツキと違い、スカンクセイは、まるで知られてはならない事が現在進行形でバラされているかのように、引き攣った顔を滝のように流れる冷や汗で濡らしている。

 その様子に一瞬不可思議に思ったイツキは、すぐにその理由に思い当たる。

 ――初心者狩り。

 先程からコテツが叫び回っているその言葉が何を意味するのかは、GBNの事に疎いイツキでも字面から何となく察せられる。

 だとすれば、このスカンクセイという男は――。

 確かめるため、イツキはスカンクセイに声を掛けようとする。が、その一歩前に、逆に彼に声を掛ける者がいた。

 

「イツキくーん、お待たせしましたー」

 

 トピアであった。

 そこにふっ、と姿を現した彼女の姿は現実と殆ど変わらないが、しかしあくまでモビルドールの姿であったためにちらほらと見られたガンプラらしい角ばった部分やメカディテールが無くなり、何よりイツキとそう変わらない大きさとなった事で、より人間染みた見た目になっていた。

 その上で、纏っている衣服と同じ赤みの強いピンク色の、広いつばと半ばで頭頂部が折れ曲がったとんがり帽子を頭に被り、身の丈以上の長さの箒を右手に持った、所謂(いわゆる)魔女っ娘のような格好になっている彼女は、暫くしてその場の異変に気付いたのか、あれー、と大きく首を傾げて見せる。

 

「どうしたんですかぁ? 何だかさわがしいような――」

 

「おっ、トピアじゃねーか!」

 

 と、そこで叫び回っていたコテツがトピアの姿に気づき、彼女に叫び掛ける。

 

「トピア! イツキがそこのうさんクセー初心者狩りヤローにハメられかけてた!」

 

「ええっ、そうなんですかー?」

 

 碧色の目を丸くして驚き心配を顕わにするトピアに、え、えっと、と何か返そうとするも言葉が思い付かなかったイツキは、仕方なくその視線をスカンクセイの方へと向ける。

 その視線に気づいたスカンクセイが、ぐむっ、と呻きつつも、慌てて反論を口にした。

 

「なっ、何を人聞きの悪い事をっ……!? お、俺はただ、そのボウヤに初心者向けのミッションを斡旋しただけで――」

 

「初心者向けだぁ? ジョーダン抜かせよオッサン! そのミッション、開始エリアが()()“ヴァルガ”になってんじゃねーかッ!!

 

 スカンクセイの反論に、特に後半のヴァルガなるエリア名を強調してコテツが怒鳴り返す。

 すると、ぐむっ、と痛いところを突かれたようにスカンクセイが三白眼を細めて押し黙った。

 

「どうせ、右も左分かんねーコイツ囲んでボコろうってつもりだったんだろ? セケーんだよ、やる事が! ――おいトピア! お前も一緒に叫べ! 俺に合わせて、このオッサンがやろうとしてた事思いっきり言いふらしてやれ!!」

 

「う~ん……分かりましたー!」

 

 コテツの呼び掛けに、少しだけ唇に指を当てて考え込むような素振りを見せたトピアが、すぐに元気の良い声でそう返した後にコテツの横に並び、彼に(なら)ってに口の傍に両手を寄せて叫んだ。

 

皆さーん! 初心者狩りでーす!

 

イツキくんがー! ヴァルガにー! 連れてかれそうになってましたー!!

 

ここにいるー! 何かうさんクセー! このオッサンがー! その初心者狩りでーす!!

 

イツキくんはー! 今日が初めてなのにー! ひどいですー!!

 

 二人並んで交互に叫ぶ声が、入れ替わり立ち替わりにセントラルエリアのロビー中に響き渡る。

 その度に、反応した周囲の人々がざわつき、その視線を一様にイツキ達の方へと向けて来る。

 未だに状況がいまいち飲み込めず狼狽えるイツキには哀れみや憐憫の視線を。

 そして、見る見るうちに周囲に増えていく人だかりに三白眼を剥いた顔を蒼褪めさせていくスカンクセイには、糾弾と軽蔑の視線を。

 そして、どんどん増えていくその視線の数に遂に耐え切れなくなったのか、

 

「や、止めろっ! このガキ共!!」

 

叫び続けるコテツとトピアを止めんがためか、スカンクセイが拳を振り上げ、二人へと飛び掛かろうとする。

 その様子を認めたイツキは、急いで二人へと呼び掛けた。

 

「コテツ! トピア!」

 

 が、その声に反応したコテツとトピアが振り返った時には、時既に遅し。

 振り上げられたスカンクセイの拳が二人を容赦なく殴り付ける――などという事は無く、それどころか、新たにその場に現れた何者かによって、彼の腕は掴み止められていた。

 

「全くもぅ。何だか騒がしいと思って来てみれば」

 

 その何者かが嘆息する。

 

「この前も同じような事して運営のお世話になったばかりだっていうのに、ホッントに懲りないんだから」

 

「あ、ああ、あ……」

 

 先程までよりも更に蒼褪めた顔で、恐怖に焦点の定まらない三白眼でその何者かを、スカンクセイが見上げる。

 頬のこけた口元が、カクカク、とぎこちなく何かを言おうと上下している。

 

「まっ、どうやら今回は未遂で終わったみたいだし、運営に突き出すのは勘弁して上・げ・る」

 

「ま、まま、ま、ま……」

 

「ウチのフォースの皆で、た~っぷり()()して上げる代わりに、ね。――スカンクセイ?」

 

「ま、“マギー”……さん」

 

 見上げるスカンクセイの震える視線と、突然の現れた事に対して言葉を失っているイツキ達の視線を一身に受けるその何者か――“マギー”が、パチン、とウィンクして見せた。

 

 

 

「いやー。良いトコで来てくれたぜ、マギーさん。マギーさん来てくれなかったら、俺らぶん殴られてたぜ」

 

「ありがとうございます、マギーさん」

 

 口々にそう礼を言うコテツとトピアに、どういたしまして、とスカンクセイの暴挙を止めたその人物――マギーが返事を返す。

 筋肉が隆起する引き締まった褐色の長身。その上に白とダークグレーのぴっちりした、前面に付いたファスナーを全開にしたツナギを纏い、更に赤いボレロに袖を通したその漢女(おとめ)は、しかしすぐに、でもねぇ、と視線が合うように腰を曲げるや、二人を咎めるようにその目を細めた。

 

「アナタ達、もうちょっとやり方を考えなさい。あんな風に大勢いる中で騒ぎまくったら逆上されるのは当たり前だわ。それに、あれはあれで結構な迷惑行為よ?」

 

「んぐ……すんません」

 

「ごめんなさいですぅ……」

 

「友達が初心者狩りにあって気に入らなかったのは分かるけど、それでもちゃんと加減はしないとダーメ」

 

 次からは気を付けるのよ、と締め括り、二人が、はーい、と返事をする様を見て、よろしい、と満足げに頷くマギー。

 それで話が一段落を付いたと判断し――半ば蚊帳の外気味だったイツキは、ようやく、あの~、とマギーに声を掛けた。

 

「ところで、()()()()誰?」

 

ア゛ア゛ッ!?

 

 瞬間、凄まじい勢いで顔を歪ませてドスの効いた声を上げたマギーの迫力に、ひぃっ、と声の裏返った悲鳴を上げてイツキは飛び退く。

 更にそこへ、

 

「ばっ、バカヤロー!」

 

すかさずイツキとマギーの間にコテツが飛び込み、大慌てでイツキを怒鳴り付けた。

 

「マギーさんに向かって何言ってやがんだ! マギーさんはなぁ、()()()()()なんだよ!」

 

「い、いやだってこの人、どう見たってオカ――」

 

()()()()()だっつってんだろッ!!

 

 再三コテツの慌てたような怒鳴り声が耳朶(じだ)を打つ。

 鼻息を荒くする彼の問答無用な態度には正直納得いかないが、しかし長年の付き合いから、これは追究し続けても無駄だと判断したイツキは、分かったよ、と憮然としながら返す。

 丁度それと同じくして、まぁまぁ、と先程の迫力が嘘のような穏やかな表情でマギーもまたコテツを宥めた。

 

「アタシは大丈夫だから落ち着きなさいな、“アイアンちゃん”。――っと、イツキ君で良かったかしら?」

 

「あ、はい」

 

「初めまして。もう知ってると思うけど、アタシはマギー。アナタみたいに始めたばかりの初心者の子にGBNを楽しんでもらえるようにナビゲートを買って出たり、さっきのスカンクセイみたいな奴が悪さしないように見張ったりしてるお節介さんよ」

 

 そう自らの事を話し、仕上げに、はい、とメニューウィンドウを呼び出し、2,3操作してから表示させた自らのプロフィール画面をイツキの方へスライドさせるマギー。

 そのメニューウィンドウを受け取って目を通したイツキは、そこに記載されている内容に、ええっ、と目を見開いた。

 

「個人ランク23位って……これ、凄いんじゃないの?」

 

 総アクセス数二千万人以上のGBNの中での、23位。

 アクセスしている人間の全てが日夜ガンプラバトルをして個人ランキングを上げる事に躍起になっているという事も無いが、それでもその膨大な分母の中での上から23位という順位は確認するまでも無く飛び抜けたもので、同時にそのランクを可能とするマギーの実力も計り知れないものであると、否応なく思い知らされる。

 

「そーだよ。マギーさんスゲーんだよ。分かったら、オメーもマギーさんに変な事言うんじゃねーぞ?」

 

「よしてよアイアンちゃんったらぁ。大した事無い、とは色んな人達に失礼になっちゃうから言えないけど、そんな(かしこ)まられるもんでもないわぁ」

 

「すんませーん!」

 

 イツキに詰め寄ってそう言い聞かせて来たのも束の間、些か気恥ずかしそうに手を扇ぎながら微笑むマギーに、素早い動作で頭を下げた。

 そんな、昔から明らかな格上相手には弱い幼馴染の平身低頭(へいしんていとう)な姿を、なんだかなぁ、と思いながら見ていたイツキは、すぐに気を取り直してマギーへと問い掛けた。

 

「あの、マギーさん? ちょっと聞きたい事あるんだけど良い?」

 

「あらぁ、何かしら?」

 

「さっきの、あのスカンクセイっておじさんはどうしたの? 何か、マギーさんの知り合いっぽい人連れてっちゃったけど?」

 

 まずは、スカンクセイの事だ。

 先程マギーによって彼の暴挙が止められたワケだが、その後顔を酷く蒼褪めさせたスカンクセイは、突如その背後に現れた筋骨隆々の逞しい体におかっぱ頭の漢女(おとめ)――マギーがピーちゃんと呼んでいた――によって羽交い絞めにされ、まるで死刑執行が目前に迫った死刑囚の如く泣き叫んで藻掻きながら、どこかへと連行されていったのであった。

 その時はあまりに突然の事で呆然とするしかなかったワケだが―― 一体、彼はどうなったのか?

 

「ああ、スカンクセイね。アイツならウチのフォースの子達と()()してる頃だわ」

 

「お、()()?」

 

「そう、()()。もう二度と初心者狩りなんてバカなマネしたくならないようになるっていう……そういう、()()()()()()()

 

 微笑みを崩さずそう語るマギー。

 立てた人差し指でリズムを刻んだその顔が、一瞬怪しい笑みを浮かべたような気がした途端、言い知れようのない寒気が襲い掛かって来てイツキは、ブルリ、と体を震わせる。

 ……何となくだが、彼女? の言う()()というのが字面通りのモノでは無いような気がしたが、それを追求してはいけないような気もした。

 なので、何も見なかった事にして流す事にしたイツキは、もう一個良い、とマギーに追加の質問を投げ掛けた。

 

「さっきからマギーさんが呼んでる“アイアンちゃん”って、誰?」

 

「あら!」

 

 その質問に、意外、とばかりにマギーが口元に手を当てて驚いた素振りを見せる。

 

「もしかして、アナタまだ知らないの?」

 

「え? どーいう事?」

 

「だって、アイアンちゃんは――」

 

 と、そこまで言い掛けたマギーを、ちょっと待った、と掌を突き出して止める者がいた。

 コテツであった。

 

「そっから先は俺が言うぜ、マギーさん」

 

 そうマギーに告げたコテツが、次いでイツキの方へと向き直る。

 と同時に向けられた彼の、何やら重々し気な光が宿った視線が目に入って少し怯んだイツキに、続けてコテツが真剣な声色でこう告げた。

 

「イツキ、オメーに言っておく事がある」

 

「な、何だよ……?」

 

 やはり重苦しく告げられた真剣な声に、それこそ言い知れぬ恐ろしさすら覚えて後退りしそうになるイツキ。

 その彼にコテツが、驚天動地の事実を告げた。

 

「今の俺は――コテツじゃねぇ」

 

「へっ?」

 

「今のっ、GBN(ここ)での俺は~ぁ……数多(あまた)の戦場駆け抜ける黄金の獅子、“アイアンタイガー”!!

 

 クルクル~、シュピンッ、とその場で一回転した後に人差し指を伸ばした右手を勢い良く突き出した、“機動戦士ガンダムSEED ASTRAY R”にて傭兵部隊“サーペント・テール”のリーダー“叢雲(ムラクモ) (ガイ)”が取っていた名乗りシーンを髣髴とさせるポーズと共にコテツが――“アイアンタイガー”がその名をロビー内に轟かせた。

 

「あ、アイアン、タイガー……?」

 

「そうよ! それが、この俺様の“ダイバーネーム”よぉ!」

 

 GBNをプレイするに当たってダイバールックに続き必要となるのが、GBNにおけるもう一つの名前――“ダイバーネーム”だ。

 こちらも、いってしまえば匿名の掲示板や他のゲームでのキャラクター名なので当然と言えば当然だが、ダイバールック以上に好きなように決める事が出来る。それこそ、イツキがそうしているように現実と同じ名前を名乗ることも出来れば、逆にコテツのように大きく離れた名前だって可能なように。

 さて、そういうワケでイツキはアイアンタイガー(コテツのGBNで)の名前を知ったワケだが、その名前に対して一言、感想が今、彼の口から飛び出そうとしていた。

 それは、

 

「……ダサッ

 

であった。

 

「ああ? 今何つった?」

 

「ダサいって言った」

 

 すかさず肩眉を顰めたアイアンタイガーの咎める視線が向けられるが、それを気にする事無く、取り敢えず思った事をイツキは返す。

 

「いやだって、アイアンタイガー(鉄の虎)なのに黄金の獅子とか言っちゃってるし、さっきのクルクルしてたポーズもカッコ付け過ぎで意味分かんないし。お前のそのダイバールック(ツナギ)とも合って無いし」

 

「かーっ! 分かってねーなぁ、お前はよぉ! そーいうのがカッコいいんじゃねーか! そーいうのが!」

 

「えぇ……?」

 

 ダメ出しするも、まるで流行に(おく)れている奴を小馬鹿にするように、掌で覆った顔で天を仰ぎながら呆れるアイアンタイガーに、何だか納得のいかない感じを覚えイツキは目を細める。

 その一方で、

 

「アタシは結構好きよ、アイアンちゃんのダイバーネーム(名前)。フラウロスのレールガンにギャラクシーキャノンとかノリノリで付けちゃうノルバ・シノみたいで」

 

うふふ、と微笑まし気にマギーが笑い、

 

「でも、やっぱりアイアン()()()()()()くんの名前ちょっと呼びにくいですー」

 

アイアン()()()()!!

 

続けてそう言ったトピアが名前を間違えていたため、すかさず飛んで来た、誰がニャンニャンじゃあッ、というアイアンタイガーの訂正の叫びによって怯まされていた。

 そんな三人の様子を眺めながら、

 

「なんだかなぁ……」

 

ポツリ、と肩を落としてイツキは呟くのであった。

 




時として無茶苦茶し出すのが子供の怖いところですよね(コーイチ兄さん初登場回のストーカーりっくん達を見ながら


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第4話 挑戦! チュートリアルミッション!

前話から少し間を置いてしまいましたが、これより第4話始まります。

次回もまた投稿まで掛かりそうですが、どうか気長に宜しくお願いします。


「さーて、アイアンちゃんとトピアちゃんがいるなら、イツキ君のナビゲートは必要無いわね。このまま居座ってもお邪魔だろうし、アタシはそろそろ行くわ」

 

 せっかく出会ったのだから、とフレンド登録を交わした後、初GBN楽しんでってちょうだいね、と最後にウィンクしてその場から去って行ったマギー。

 その背を見送ったイツキ達は、現在、円形のロビーの中央にある“ミッションカウンター”へと向かっているところであった。

 

「ミッション受ける時ゃ、普通はここで手続きすりゃ良い。ただし、“クリエイトミッション”は別だ。アレはここじゃなくて、作った奴から直接受けるんだ」

 

「あのスカンクセイっておじさんがやってみたいに?」

 

「そーいうこった。だから、その辺の事知らねー初心者がさっきのオメーみてーに引っ掛かった挙句、行った先――特に“ヴァルガ”で、寄って(たか)ってサンドバックにされて、最悪の初GBNを味わったりするワケよ」

 

「うへぇ~……」

 

 ノンプレイヤーダイバー(NPD)達がミッションを受けに来たダイバー達の応対をしている円形のカウンターの前で、通常のミッションと、“クリエイトミッション”と呼ばれるダイバー達が独自に作ったオリジナルミッションとの違いの説明をコテツ、もといアイアンタイガーから受けていたイツキは、彼に止められる事無くスカンクセイのミッションを受けていた場合に辿っていたであろう顛末を想像して、思わず舌を出して呻いた。

 

「だから、スゲェ良いパーツが手に入るとか、“ダイバーポイント”や“ビルドコイン”めっちゃ溜まるとか、そーいうウマそうな話出しながらその場でミッション受けさせようとするような奴らの話なんて、絶対ぇ聞くんじゃねーぞ?」

 

 分かったな、と念を押すアイアンタイガーに、おう、とイツキは頷き返す。

 それに彼も満足げに、よし、と頷いた後、

 

「んじゃ、早速ミッション受けるとすっか」

 

一足先にミッションカウンターの方へと足を向けた。

 それにトピア、そして自分の順で続いたイツキは、先にカウンターへと辿り着いていたアイアンタイガーと彼女に招かれるまま、カウンター越しにNPDの女性の前に立った。

 

<ようこそ。ミッションを選んで、決定ボタンを押して下さい>

 

 そう抑揚の無い声でNPDがアナウンスした直後、ふっ、と受注可能なミッションの一覧が記載されたメニューウィンドウがイツキのすぐ手前に展開される。

 そのメニューウィンドウを人差し指でドラッグして、受注可能なミッションのタイトルに一通り目を通したイツキは、へー、と感心する。

 

「結構色々あるんだな、ミッション」

 

「まーな。けど、まずはチュートリアルだ。まともにガンプラ動かせねーうちから他のミッション受けたってロクな事にならねぇ」

 

「チュートリアルミッションの名前は“ガンプラ大地に立つ!”、ですよイツキくん」

 

「分かったよ、っと」

 

 注意するアイアンタイガーと目的のミッション名を告げるトピアに返事をしつつ、その名をメニューウィンドウ内から見つけたイツキは迷わずタッチ。即座にミッション概要に続いて“Do you accept this mission(このミッションを受注しますか)?”の案内と共に表示された“OK”と“CANCEL”のボタンの内、“OK”の方をタッチする。

 それによってミッションが受注された事により、役目を終えたメニューウィンドウがイツキの前から消失した。

 

「よし、受注出来た!」

 

「おーし。そんじゃあ、次は“格納庫”だな」

 

「格納庫?」

 

 パン、と手を打ち合わせたアイアンタイガーの口から出た聞き慣れない場所の名に、このまますぐにミッションの開始エリアまで行くものと思っていたイツキは、どっか行くの、と疑問の声を上げる。

 その疑問に、ニヤリ、と笑みを浮かべたアイアンタイガーが手元にメニューウィンドウを呼び出し、

 

「なーに」

 

ピッ、ピッ、とそのウィンドウ上で何かの操作を行った。

 かと思った次の瞬間、

 

「行ってみりゃあ、分かるってモンよ!」

 

不意に周囲の景観が大きくぶれて――辺りの景色が一変した。

 

「――えっ? えっ!?」

 

 唐突に襲って来た周囲の変化に一拍遅れて気づくや、驚きに目を見開いたイツキは大慌てで辺りを見回す。

 つい先程まで、確かに自分達がいたのはセントラルエリアのロビーだった筈だ。それがほんの一瞬、瞬きする間に、辺りはあの緑掛かった白い壁が円形を形作っていたあの場とは全く異なる、別の空間へと変化していた。

 

「驚いたろ? ここが格納庫だ」

 

「こ、ここが?」

 

 へへっ、としたり顔で笑いながらそう答えたアイアンタイガーに、もう一度イツキは周囲に目を配ってみる。

 淡く、それでいて重みを感じるグレーの、メカメカしいパネルラインが幾重にも走った壁が四方を囲う格納庫の中は、先程のロビーが比較にならない程に広い。

 単純に壁から壁までの距離が圧倒的に長いというのもあるが、壁と同じような色合いの天井までの高さが、ちょっと脚立を持って来て手を伸ばしたくらいじゃ届かないようなくらいに――それこそ、実寸大のMSが手を限界まで伸ばしてようやくじゃないかという程に――高いのも、そう感じる原因だろう。

 その広大な空間内を照らしているのは、壁の至る所に配された緑やオレンジの蛍光灯だ。

 それらの光は暗くは無く、むしろ壁の端から端を見渡せる程度には明るかったが、しかしどこか無機質で温かみは感じられない。そんな光のみが光源である事も、格納庫内のどこか重く気を張らせる空気を助長しているのかもしれない。

 が、そんな事は今のイツキには全く持って大した事ではない。

 

「っ!? なっ、何だ()()!?」

 

 背後に聳え立っていた()()の姿を見つけたイツキにしてみれば、格納庫そのものの内装がどうのなんていうのは些末(さまつ)な事でしかなかった。

 メカメカしいディテールが覗く巨大な仕切りの間で、天井まで届かんほどの巨体を以てイツキ達を見下ろすその()()()()()()()()を目にしては。

 その一方で、そのガンダムに驚く事無く、むしろ驚愕を顕わにするイツキに対してへへん、と得意げな笑みを浮かべながら、アイアンタイガーが一歩前に出る。

 

「教えてやるぜイツキ。こいつは、このアイアンタイガー様のガンプラ――“ガンダムDX(ダブルエックス)フルバスター”よぉ!」

 

「ガンプラって……これが!? しかも()()()の!?」

 

アイアンタイガー!!

 

 両手を腰に当ててそのガンダムの名を誇らしげに叫んだのも束の間、すぐに、現実(そっち)の名前で呼ぶんじゃねー、と怒鳴るアイアンタイガーを後目に、嘘だろ、とイツキは自分の耳を疑い、もう一度その巨体を見上げた。

 中央の胸と腹に当たる部分がクリアーグリーンになっているダークブルーの胴体と分厚い直方体状の両肩。そこから、同色のカバー状のパーツが付いた前腕と脹脛の外側、床と接するスリッパ部を除いた箇所が全て白一色の、長い四肢と頭部が伸びている。

 その頭部は、額に四又に広がった金色のブレードアンテナ()を、頬の部分に同色に輝く三角形の髭のようなパーツを生やし、その間からガンダムタイプ特有のツインアイが、光の灯っていない緑色を覗かせていた。

 更に、機体そのものと格納庫の壁に挟まっているためいまいち分かりづらいが、どうやらその背には翼のような平たいパーツ一対と、その間に挟まれた細長いパーツ二本を背負っているようだ。

 それらの特徴を、およそ17mという全高の中に収めた目の前のガンダム――“機動新世紀ガンダムX”における後期主役機“ガンダムDX”をベースとした、“ガンダムDXフルバスター”がガンプラであると言われても、(にわ)かには信じ難い話だった。

 

「い、いやだって! ガンプラってこのくらいだったじゃん!? これ、無茶苦茶デカいじゃん!」

 

 それ故に困惑しつつ、ついさっき見た1/144サイズのガンプラの大体の大きさを突き出した両の掌で表現するイツキの姿に何かを悟ったのか、おい、とアイアンタイガーが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべた。

 

「まさかお前……GBNじゃガンプラが本物の大きさになるとか、直接乗って動かせるとかって事も知らないって言うんじゃねーだろな?」

 

「ええっ!? ガンプラでっかくなんの!? てか、乗れるの!?」

 

「マジかよ……」

 

 今の今まで全く知らなかったGBNでのガンプラと操縦の仕様を知るや、スゲー、とDXフルバスターを見上げる目を輝かせるイツキ。

 そのすぐ後ろでゲンナリ、とした表情で肩を落とすアイアンタイガーに代わって、背に回した両手で箒を横に持ったトピアがイツキの傍まで歩み出た。

 

「このフルバスターちゃんみたいに、GBNではガンプラがすっごく大きくなるんです。その大きくなったガンプラを格納庫(ここ)で大丈夫かチェックしてから、ミッションに行くんですよー」

 

「へー、なるほど。――って事は、俺やトピアのガンプラも、でっかくなってここにあるって事?」

 

 トピアの説明を聞いて納得したイツキは、その説明から、ひょっとして、と思い至った可能性について彼女に尋ねた。

 その問いに、はい、と頷いたトピアが、こっちですよー、と横を向いて歩き出したので、イツキもまたその背に続いた。

 そのまま20m程歩き、先程のDXフルバスターからガンプラが収まっている仕切られた空間――ハンガーというらしい―― 一機分を通り過ぎたところに、その二機は立っていた。

 

「こっちが、私のモビルドールですー」

 

 そうトピアが手を差し出して示した右手側のハンガー内には、確かに彼女の現実での体たるガンプラ――“モビルドールトピア”が悠然と佇んでいた。

 当然の事ながら、その姿は現実世界でのトピアの姿と殆ど変わらない。

 ただ、GBNにおいては彼女の体では無くあくまでガンプラとして扱われるためか、現実で見た時に比べて角ばった部分や尖った部分、それに細かなメカディテールが増えたように思える。

 また、現実では人間の肌のような肌色だった手足や顔は白色に変わり、特に顔は今のトピアと殆ど変わらなかった現実(あちら)と違って、緑色の大きなツインアイ以外は何もない、文字通り人形(ドール)のような無機質なものへと変化していた。

 更によくよく見てみると、そのモビルドールには現実の彼女には無かった部品が幾つか見受けられた。

 例えば、顔の上から後を覆う黄色のヘルメットの左右に付いた、付け根から離れるに連れて太くなるように傾斜が付いた円筒形で、先端にプロペラが付いたメカメカしいツインテールの根本の辺りには、ボディの色と同じ赤み掛かったピンク色の、長い直方体状のパーツが一対増えている。

 それ以外にも、左腕の前腕、及び長いスカート状のアーマーの左右の付け根にも、台形型のポシェットのようなパーツ、またはツインテールに付いている物より小型の直方体状のパーツが加えられているし、右手には今のトピアが持っているような、長い箒のような武器を握られていた。

 

「何か、色々増えてない?」

 

 それらの部品が何なのか、順に指差しながらイツキが言及すると、

 

「ヒカルさんが作ってくれたパーツですー」

 

そのままではバトルやミッションで使える武器の無い自分のためにヒカルが作った、追加の武装であるとトピアが答えた。

 

「へー、ヒカル兄ちゃんが?」

 

「ヒカルさん、色んな物作れるんですよー。イツキくんのために持って来たあのガンプラちゃん達も皆ヒカルさんに作られた子達ですし。この前も、完全変形出来る“プリムローズⅡ”ちゃんとか、アー〇ビー〇ルダッ〇ュちゃんとか作ってたんですよ」

 

「ええ、そうなの?」

 

 そう語るトピアに、少しばかりだがイツキは驚く。

 全てにじっくり目を通したワケではないのではっきりとは言えなかったが、あのガンプラ達は素人(イツキ)の目から見てもそうと分かる程、丁寧に作られた出来の良いガンプラのように思えた。あのガンプラ達が、いずれもヒカルの手によって作られた物だったとは……。

 

「じゃあ、ひょっとしてコイツも?」

 

 そう問い掛けつつ、イツキは左手側、モビルドールトピアの向かい側のハンガーへと体を向け、そこに立つガンプラを指差した。

 そこに立つ、紺色の胴体に白い頭部と四肢を生やし、額から黄色いブレードアンテナ()を生やした、ガンダムタイプの機体を。

 

「はい、そうです。その“陸戦型ガンダム”ちゃんも、ヒカルさんが作ったガンプラなんですー」

 

 “HGUC 陸戦型ガンダム”――それが、GBNにログインする前にイツキが借りたガンプラだった。

 “機動戦士ガンダム 第08MS小隊”にて登場したこの機体は、世にガンダムという名の代名詞として広く知られるRX-78-2用の部品から、規格に見合わない型落ち品や未使用に終わった不採用部品など流用して作られた、量産型ガンダムだ。例え型落ち品なれどRX-78-2と同じ部品が一部使われていた本機の性能は高かったが、故に生産コストも高く、その生産数はほんの20機程に留まったという。

 そんなガンプラをイツキがレンタルした理由は、たった一つ。

 

「――コイツ、本当に俺に力を貸してくれるって言ってたんだよね?」

 

「はい、そうですー」

 

 そう。イツキ(使う側)が選んだのではなく、陸戦型ガンダム(使われる側)が自ら名乗り出たからだ。

 

「ガンプラの声――か。何か、まだ信じらんないや」

 

 ガンプラの声を聞く。――それが、ELダイバーという種族が持つ能力であり、イツキがトピアを介して陸戦型ガンダムの声を知るに至った理由であった。

 何でも、元々ELダイバーというのはガンプラをスキャンした際に発生する余剰データがGBNに蓄積して生まれる存在らしく、その生命の根幹たる余剰データ――ガンプラに込められた“想い”や“感情”の影響によって、大なり小なりこの能力が備わっているのだそうだ。

 それで、その能力によってあの場にあったレンタル用のガンプラ達の声をトピアが聞いて回った結果、ほぼ唯一協力的だったのがこの陸戦型ガンダムだったらしい。

 何でも、当時のトピア曰く、

 

『この子、すっごくノリノリですー! 今日だけ! 俺は! お前と! 添い遂げる!! ――って言ってますー!」

 

と、まるで08MS小隊劇中にて陸戦型ガンダムに搭乗していた主人公“シロー・アマダ”の有名な台詞を模したような事を言っていたとか何とか。なお、この台詞を言った時のシローが――全く陸戦型ガンダムと縁が無い訳では無いが――別の機体に乗っていた事はご愛敬である。

 ちなみに、直前にヒカルが勧めていたヘイズル改とロゼットだが、

 

――ブチ殺すぞスペースノイド……!――

 

――失せろ。G3ガス撒かれん内にな――

 

などと、A.O.Zにて二機を運用していたT3部隊が直接参加していない筈の、かの“30バンチ事件”を連想させるような散々な事をイツキに対して言っていたとか何とか。

 

「しっかし……やっぱ、すっごいなぁ」

 

 現実では掌の大きさを超えるかどうかというくらい小さくて見下ろしていたガンプラが、このGBNではまるで本物のMSのように巨大化し、今そうしているように見上げ、挙句乗り込む事になるのだ。その事実は、例え目の前に立つのが借り物であったとして、イツキに例え様の無い感動を与えるに至っていた。

 だからこそ、ついイツキは思ってしまう。

 本当なら、こんな風に見上げていたのか、と

 本当なら、借り物のガンプラではなく、ちゃんと自分が選んだ、自分だけのガンプラを見て、こんな風に、あるいはそれ以上の感動に身を震わせていたのか、と。

 本当ならここに立っていたのは――欲して止まなかった、あのコアガンダムだったはずなのに、と

 そんな事を考えている内に、気づけば、

 

「コ゛ア゛ガン゛ダ゛ム゛うう~ぅ……!」

 

耐え切れなくなったイツキの視界は、溢れる涙ですっかりぐちゃぐちゃになっていた。

 

 

 

『だーッ! 何でGBN来てまでぴーぴー泣いてんだテメーは!?』

 

「うぅう……! だってぇ……だってえ~ぇ……!」

 

 下方からの淡い緑色の光が中を照らす陸戦型ガンダムのコックピットの中、その右側の通信ウィンドウに映るアイアンタイガーの呆れたような叱咤に、イツキは嗚咽混じりの言葉にならない声を滲ませる。

 先の格納庫にて、陸戦型ガンダムを見上げている内に再びイツキが泣き出してから早二十分程。暫く泣き止ませようとするも全く涙の止まる気配の無かった彼をアイアンタイガーとトピアが半ば強引に陸戦型ガンダムのコックピットへと乗せ、そのまま出撃させたのだ。

 そうして、現在イツキはチュートリアルミッションの開始エリアへと向かっている最中なのだが……見ての通り、未だに陸戦型ガンダムの中でぐずっていた。

 なお、イツキを送り出した後の二人は、あくまで今回のミッションは彼が主役という事で、ギャラリーモードで出撃後のイツキをナビゲートするために格納庫に残っている。

 

「ホントだったら! あそこにあったの、コアガンダムだったんだ! なのにぃ、コアガンダムぅ゛、スク゛ラ゛ッチってえ゛っ……! うぅうううぅぅ……!」

 

『仕方ねーだろ! 売ってねーモンは売ってねーんだから! 泣こうが喚こうがどうしよーもねーんだから、いい加減泣き止め!』

 

()()()()タイガーくんの言う通りですよぉ、イツキくん? 陸戦型ガンダムちゃんも、泣くなラリー! って言ってます。もう泣くの止めましょう?』

 

だから()()()()タイガーだっつのォ!

 

誰だよラリーってええええぇぇぇ!!

 

 誰が南の島のおサルじゃあッ、と怒鳴り付けるアイアンタイガーと、ごめんなさいですー、と身を縮こまらせて謝るトピアの騒がしい遣り取りを通信ウィンドウ越しに、“機動戦士ガンダム戦記”の主人公“マッド・ヒーリィ”の悪名高い台詞を基にしたような事を言ったらしい陸戦型ガンダムに、涙声の絶叫でイツキはツッこんだ。

 そんな騒がしい遣り取りを通信ウィンドウ越しの二人と共に続けつつも、黄色い光のリングを通して左右の何もない空間から生えている操縦桿を離す事無く、陸戦型ガンダムのツインアイが捉えた映像がそのまま映る正面と左右のモニターを、涙目ながらもイツキはしっかりと見据える。

 その思考(イメージ)のままに陸戦型ガンダムが、下に広がる森林と上に広がる青空の中を、背に背負っている重そうなウェポンコンテナが支障になるようなことも無く、真っ直ぐ飛んで行く。

 その最中で、一旦操縦桿から手を離し、ダンダラ羽織の袖で目元の拭ったイツキは、ふと気になった事を尋ねてみた。

 

「あのさ、()()()

 

()()()()()()()()だっつーの!! ――何だ?』

 

「コアガンダムって、誰かが作った自分だけのガンプラなんだよな?」

 

『あ?』

 

「それってさ、今コアガンダムを使ってる人が、つまりコアガンダムを作った人、って事だよな?」

 

 それは、先程までコアガンダムの事を思い出して泣いている間に、ふと頭に過った()()()の確認であった。

 コアガンダムは一般には売っていないから、購入する事は出来ない。ならば作るかと言っても、ガンプラ初心者のイツキにはそれはおよそ不可能な事。

 そう、イツキ()()、コアガンダムを一から作る事は不可能なのだ。

 ならば――。

 

『……オメー、何考えてやがる?』

 

 そんなイツキの考えを読み取ったのか、通信ウィンドウの向こうでアイアンタイガーが疑わし気に顔を顰める。

 そんな彼の様子を無視し、いいから、と強引に答えを求めたイツキに、少し考えるような素振りを見せてからアイアンタイガーがこう返した。

 

『……絶対ってワケじゃねー。世の中にゃ製作代行っつー、ガンプラっつーかプラモを代わりに作る仕事もあるからな。でもまぁ、そーいうのは基本売ってるキット作るだけだから、あのコアガンダムは多分使ってる奴がそのまんま作ったもんだろーよ』

 

「やっぱそうなんだ! て事は――」

 

『だからって、作ってもらおう、なんて考えんなよ?』

 

 自分の思った通りの回答をするアイアンタイガーに喜んだのも束の間、すぐにそう図星を突き、釘を刺して来る彼に、イツキは思わず、むぐ、と言い淀んだ。

 

「な、何で分かったんだよ?」

 

『何年幼馴染やってると思ってんだ? オメーが考えそうな事くらい、ちょっと頭捻りゃ分かるわ。――もっぺん言っとくぞ? 作ってもらおうなんて、考えんな』

 

 唯でさえ、二千万人以上という膨大なアクセス数を抱えるGBNだ。その中の、たった一人の特定の人物と偶然出会える可能性など高が知れている。よしんば会えたとしても、その人物がイツキのためにコアガンダムを作る義理など、どこにも無いのだ。

 それは、イツキ自身も分かっている。

 だからこそ、口を酸っぱくして言うアイアンタイガーに、分かってるよ、とバツの悪さを覚えて口を尖らせつつも返したのだ。

 ……それでも、一度思い付いた考えは彼の頭からは消えない。

 

(カザミの動画でコアガンダムを使っていた人が、きっとコアガンダムを作った人だ!)

 

 今、コアガンダムを使っている“誰か”。自分のためのオリジナル機体としてコアガンダムを作り上げた、“誰か”。

 その“誰か”と出会う事が出来れば、話す事が出来れば、ひょっとしたら自分もコアガンダムを手に入れられるかもしれない。

 その“誰か”――。

 

(確か……“ヒロト”、って呼ばれてたっけ?)

 

 ――“BUILD DiVERS(ビルドダイバーズ)のヒロト”に会う事が出来れば……!

 自分の中に生まれたその希望に、イツキは無意識に操縦桿を握る力を強めていた。

 不意にコックピット内にアラート音が響いたのは、その時だった。

 

「何だ?」

 

 突然の音に顔を振り上げたイツキは、何事かと正面のモニターを凝視した。

 見れば、正面をやや右に逸れた辺りに、半透明の強大なドームのようなものが映り込んでいる。

 その存在はアイアンタイガーとトピアにも確認できたらしく、思わず目を剥いたイツキが何かを言う前に、通信ウィンドウ越しの二人が口々に告げた。

 

『そろそろミッション開始エリアが近いですー』

 

『二時方向に半透明のドームみてーのが見えんだろ? そいつがミッションの開始エリアと周りを区切る境界だ。入ったらすぐミッションが始まる』

 

「あそこでミッションが……」

 

 いよいよ間近に迫った初ミッションの時だ。

 二人の言葉で画面に映るドームが、今回受注したチュートリアルミッションの開始エリアを示すものであると知ったイツキは、自然と体が強張るのを感じた。

 そんな彼を、なーに緊張してんだよ、とアイアンタイガーが笑い飛ばす。

 

『ミッションつったってチュートリアルなんだ。出て来る奴らのレベル設定だって最低なんだから、オメーがよっぽどへっぽこでもねー限りはそうそう失敗しねーよ。――()()()()考えてなきゃな!』

 

「分かってるって言ったろ!」

 

 先程のコアガンダムに関する遣り取りの事を蒸し返すアイアンタイガーに、通信ウィンドウに振り返る事無くイツキは文句を言う。

 じっと前方のミッション開始エリアのみを見据える今の彼の頭には、ミッション以外の事は何一つ存在していない。

 

『へっ、そうかよ。そんじゃあ―― 一気に突っ込めェーッ!!』

 

「おう!!」

 

 気合の籠った一声を上げるままに、両手の操縦桿をイツキは前方へと強く押し込む。

 その操作のままに、背部のバーニアから噴き出す炎の勢いが増した陸戦型ガンダムが一直線にミッション開始エリアのドームへと飛び込んで行った。

 

 

 

<MISSION START>

 

 ドーム内に侵入するや、ミッション開始を告げる無機質な電子アナウンスがすぐ正面のコンソールから流れ、続けて再び鳴り響くアラートがイツキの耳朶を打った。

 

『敵機来まーす!』

 

 そう通信ウィンドウの向こうのトピアが言ったすぐ後に、正面モニターの下方奥、鬱蒼と生い茂る森の中から飛び出した小さな点のようなその姿を――瞬時にモニター上に自動拡大された事もあって――、またイツキも捉えていた。

 今回のチュートリアルミッションにおける敵キャラ。他のミッションにおいてもダイバーのミッション遂行を阻む存在として広く登場するMS――“リーオーNPD”の姿を。

 

「えっと数は……三体か!」

 

 “新機動戦記ガンダムW”に登場する量産機“リーオー”をベースにした薄紫の四肢に、胴体や肩、頭部等が薄緑色の専用のパーツへと置き換えられたその機体の数を、目を動かしてイツキは数える。

 その間にも、上側に二機、下側に一機と三角形を描く様なポジションで飛行するリーオーNPD達がバックパックから蒼い噴射炎を上げて迫って来るが、攻撃はして来ない。

 あくまでこれはチュートリアルミッション。初心者向けの調整がされたリーオーNPD達は、先に攻撃されるか、あるいは敵機との彼我距離(ひがきょり)が一定以下になるまで攻撃に移る事が無いためだ。

 その事自体はイツキが知る由も無い事だったが、しかしこれ幸いとばかりに、

 

「攻撃ってどうやれば良いんだっけ!?」

 

『右側の操縦桿だ! 人差し指んトコのボタン押しながらターゲットサイト合わせて、ビームライフルぶち込んでやれ!』

 

「右だな!」

 

叫ぶアイアンタイガーの指示のまま、右の操縦桿の人差し指が触れているボタンを押し込み、現れたターゲットサイトを操縦桿で微調整してリーオーNPDの一体へと重ね合わせる。

 そして、

 

「いっけー!」

 

角を落とした三角形状のサイトが黄色から、ロック完了を示す赤色へと変わった瞬間、ボタンから指を離したイツキに合わせ、陸戦型ガンダムが右手に構えていた白いカバーのビームライフルからピンク色のビームを発射。

 (あやま)たず、放たれたビームがイツキから見て一番左側のリーオーNPDの胴へと飛び込み、赤く融けた風穴を穿つやその機体を爆散せしめた。

 

「いよっし!」

 

 オレンジ掛かった爆炎を上げたかと思いや、飛散して森の中へと真っ逆さまに落ちていく途中だった破片ごと細かなテクスチャ片となってその場から消失したリーオーNPDに、イツキは歯を剥いてガッツポーズを取る。

 初撃破の喜びに、ともすればそのまま小躍りし出しそうな程の興奮がイツキの中で滾ったが、そうするのはまだ早い、とでもいうようにけたたましく響いたアラート音が瞬時に彼の意識を引き戻した。

 

「うわっ!?」

 

 刹那、激しく揺れるコックピット。

 思わず怯んだイツキは両手の操縦桿を支えに態勢を立て直すや、急激に、まるで離れているように残る二機のリーオーNPDの姿が小さくなっていく正面モニターの方を、一体何が起こったのかと凝視した。

 見れば、下側を飛行していた一機の、その右肩に担がれていた長砲身の大砲――ドーバーガン――の砲口がこちらへと向けられ、そこから灰色の硝煙が燻っていた。

 それを目にして撃たれた事を悟ったイツキは、このっ、と先程と同じようにビームライフルを見舞おうと右手に意識を向ける。

 が、それに待ったを掛けるように再びアラートが鳴り響き、程無くして――ドーバーガンを撃ったのとは別のリーオーNPDが急接近。瞬く間に正面モニターを上半身によって埋め尽くしたそのリーオーNPDが、更に左肩にマウントしている円形の盾の裏に回していた右腕を素早く振り上げた。

 盾の裏から引き抜かれるや、その先端からピンク色の刀身を形成した、ビームサーベルを。

 それを目にし、やべっ、と危機感から呟いたイツキは、急いで陸戦型ガンダムにビームライフルを構えさせる。

 しかし、その銃口が胴へと向けられると同時にリーオーNPDがビームサーベルを一閃。右上から左へと振られたビーム刃によって銃口から銃身の中程までに切込みを入れられたビームライフルが、先程の様に閃光を放つ間も無く爆散してしまう。

 更に、その爆風と、直後に腹部へ叩き込まれたリーオーNPDの蹴りによって陸戦型ガンダムが大きく後方下へと後退。

 激しく振動するコックピット内に歯を食い縛って耐えたイツキは、何とか左右の操縦桿を前へ突き出す事で、陸戦型ガンダムを地表へと落とす事無く中空に留まらせるが、少なく無い隙がその際に生じてしまう。

 その隙を逃さんとばかりに、再びリーオーNPDがビームサーベルを腰溜めに構えて迫って来る。

 そのリーオーNPDを迎え撃たんがため、イツキは右手の操縦桿に意識を向けて――はっ、と気づいた。

 

「しまった、ライフルが……!」

 

 先の攻撃で、ビームライフルは破壊されてしまっている。唯一陸戦型ガンダムの手にあった武器が失われた現状、向かって来る敵機に対してこちらは丸裸同然だ。

 その事を悟るやイツキは頭を右往左往させて何か無いか探るが、しかし差し迫った危機に真っ白になってしまった彼の頭には、適切な対処法は浮かばない。

 それこそ、唯一陸戦型ガンダムがその手に持っていたビームライフル()()が失われたという事に自力で気づけない程に。

 だから、

 

『イツキくん、シールドですぅ!』

 

不意に飛び込んだトピアの声は正に寝耳に水で、故に、

 

「っ! うおおおぉ――」

 

陸戦型ガンダムの左前腕にマウントされていたそれ――先端が二又に分かれたシールドの存在を思い出すや否や、左手側の操縦桿を無我夢中で前へ突き込んだ事は、正に偶然の産物であった。

 次の瞬間、そのイツキの動きに沿うように陸戦型ガンダムが左腕を突き込み、既に距離を詰め切ったリーオーNPDが降り抜いたビームサーベルの進行方向へとシールドを侵入。その表面でピンク色の刀身を受け止めるや、逆に大きく左側へと振り払う事でその斬撃を防ぎ切った。

 それだけに終わらず、シールドの前腕との接続部が可変し、打突形態へと変形。サーベルを振り払われた事で、まるで迎え入れるように両腕を広げたポーズになったリーオーNPDの、隙だらけになったその胴体部へと、

 

「――りゃああああぁぁっ!!」

 

競り出たその先端部を迷う事無く陸戦型ガンダムは――イツキは突き込んだ。

 刹那、メリメリ、と金属が軋み、拉げる耳障りな音と共にシールドが1/3程までめり込んだリーオーNPDのヘルメットを被ったような頭部から覗く、青い単眼(モノアイ)が消灯。ガクリ、と四肢が垂れ下がったその機体が先程撃墜した機体と同じように細かなテクスチャの破片と化して、その場から消失した。

 

「……こんな事出来るんだ、これ」

 

 正面モニターに映る陸戦型ガンダムのシールドが打突兵器としての特性も併せ持っていた事への驚きを、ぼんやりとイツキは呟く。

 と同時に、目の前から消えた敵機に、一山超えたような気がしてその口から安堵の息が出そうになる。

 が、それはまだ早い。

 

『ボサっとすんな! まだ残ってんぞ!』

 

「そうだった!」

 

 通信ウィンドウから響いたアイアンタイガーの怒鳴り声に、再三のアラートがコックピット内に響き渡る早いか否かというタイミングではっとしたイツキは、反射的に左手の操縦桿を引いた。

 それに合わせて陸戦型ガンダムが半身を引き、間髪入れずにそのすぐ手前を何かが通り過ぎた。

 その“何か”が飛来した方向へと、瞬時にイツキは目を走らせた。

 残った一機、最後のリーオーNPDが灰煙燻るドーバーガンの砲身を跳ね上げている、その方向を。

 

『あと一機ですー!』

 

「あと……一機!」

 

『そーよぉ! そいつを堕としゃあ、ミッションクリアだ!』

 

 口々に告げるトピアとアイアンタイガーの言葉に、いよいよ初ミッションの終わりが間近に迫っている事をひしひしと感じたイツキの口角が、無意識に吊り上がった。

 

『もうビームライフルが無ぇ。近づかねーとロクな攻撃できねーから、まずはあのドーバーガン何とかすんぞ!』

 

「分かったけど……どうするんだよ? こっち、もうシールドしか無いけど?」

 

『まだあんだろーが! 胸んトコのバルカンが!』

 

「バルカン? ――あっ!」

 

 言われ、格納庫で見上げた陸戦型ガンダムの胸部左側に、確かにそれらしい筒状の部分が上下に二ヶ所並んでいたのをイツキは思い出す。

 

『ガンプラそのものに与えられるダメージなんざ高が知れてるが、武器ぶっ壊すだけならそれで十分だ!』

 

『人差し指のボタンを押しながら、操縦桿を下に押し込んでくださーい!』

 

「よーし!」

 

 言われた通り、イツキは左の操縦桿を、人差し指部分のスイッチを押しながら下へと押し込んだ。

 それと共に、操縦桿下の光のリングから装備している武器の名と、大まかな形状のアイコンが描かれた武器スロットが展開。三つある武器スロットの中からバルカンを見つけたイツキは、すぐさま操縦桿を捻ってそれを選択する。

 それと時同じくして、鳴り響くアラート。

 見れば、正面モニターの向こうのリーオーNPDが、再びドーバーガンを構えている。

 発射間近だ。真っ直ぐにこちらに向けられる砲口が、否応無くその事を報せる。

 そして同時にこれは――チャンスだ。

 

「そこだああぁぁっ!!」

 

 リーオーNPDへ、砲口が向くその真正面へと、迷う事無くイツキは陸戦型ガンダムを振り向かせ、左の操縦桿の親指部分のボタンを押し込んだ。

 刹那、瞬く閃光と断続的な発射音を発しながら、陸戦型ガンダムの胸部より無数の弾丸が放たれ、リーオーNPDへと殺到。殆どがトタンの屋根に豪雨が降ったような音を立てて装甲を叩き回る中、何発かがまだ弾頭を放っていないドーバーガンの砲口へと飛び込んだ。

 そして次の瞬間、ドーバーガンが盛大に弾けた。

 内部に残っていた弾頭に引火した故のその爆発に、保持していた右腕が肩口から消失し、同時に大きくバランスを崩すリーオーNPD。

 待ってました、とばかりのその隙に、

 

「これで――」

 

イツキは両の操縦桿を前方へと一気に突き込み、陸戦型ガンダムを全速前進。その加速を乗せ、がら明きとなったリーオーNPDの胸部へと、

 

「――終わりだああぁぁッ!!」

 

シールドを突き込んだ。

 

 

 

<BATTLE ENDED>

 

 仕留められた最後のリーオーNPDが爆散し、程無くしてその電子アナウンスと共に“MISSION COMPLETE”の表示が中空に現れる。

 それを目にして、おっしゃー、とガッツポーズを取って喜ぶイツキを通信ウィンドウ越しに、おめでとうですー、と両手を合わせて祝いの言葉を掛けるトピアを横目に見ていたアイアンタイガーは、ふー、と息を吐いた。

 

『ねーねー! どーだった? 俺の初ミッション、どーだった!?』

 

「まーまー、っつートコじゃねーの?」

 

 目を輝かせて先のミッションの感想を訊いて来るイツキに、そう気の無い声でアイアンタイガーは返答した。

 実際のところ、二、三度ヒヤヒヤさせられそうになった場面はあったし、ビームライフルも失ってしまったが、それ以外に装備の損失や機体の損傷は無い。低難易度のチュートリアルである事や、使ったガンプラが出来の良いレンタル品である事を差し引いても、GBNどころかガンプラもまともに触って来なかった奴の戦果としては中々のものといえるだろう。

 まぁ、素直にそう伝えるのも面白く無かったのでぶっきらぼうな言い方をしたせいもあって、当のイツキからは、まーまー、って何だよ、と不満げな声が返って来たが。

 

『ちぇっ。ねーねー、トピアはどうだった? 俺の活躍ー?』

 

「イツキくん、とっても頑張ってました」

 

『だよね、だよねー! トピアは話分かるよなー、()()()と違って』

 

だからアイアンタイガーだっつの!!

 

「あと、陸戦型ガンダムちゃんも、やるなラリー! 、って言ってますー」

 

『だから誰だよラリーって……』

 

 そんな遣り取りを少しやった後、そろそろ戻って来いよ、とアイアンタイガーはイツキに告げた。

 まだ受注したミッションを達成した事をミッションカウンターで報告し、正式に完了させると共に報酬を受け取る作業が残っている。

 遠足は帰るまで、と続けてアイアンタイガーがその事も伝えようとした、正にその時だった。

 

『うん?』

 

 不意に、アラートが通信ウィンドウ越しに――つまりは、イツキがいる陸戦型ガンダムのコックピット内に鳴り響き、そして間髪置かず――轟音が画面の向こうを激しく揺らした。

 

『うわあああぁぁぁっ!?』

 

「イツキ!」

 

「イツキくん!」

 

 画面の向こうで悲鳴を上げるイツキに、隣のトピアと共に叫び掛けるアイアンタイガー。

 その目が、正面と左右モニターに映る空と雲が激しい勢いで下から上へと流れていっている様を捉え、そして察した。――陸戦型ガンダムが、猛スピードで地表向けて落下している事を。

 そうしてものの十秒と経たず、再び轟音と振動が発生。同時にモニターの向こうで舞い上がった枝葉や土砂が、機体が森の中に墜落した事を報せていた。

 

『ってて……』

 

 手を当てた頭を振りながら、イツキが呻く。

 感覚フィードバック範囲の関係で痛みこそ無い筈だが、それでも直に音や揺れに襲われた彼には、思わずそんなリアクションを取ってしまう程にそれらは激しいものだった。

 そんな彼に、心配げにトピアが呼び掛ける。

 

「イツキくん、大丈夫ですかぁ!?」

 

『あ、ああ、俺は大丈夫だけど……』

 

「機体の方は――良いのもらったみてーだな」

 

 その一方で、ギャラリーモードのメニューから陸戦型ガンダムのステータス画面を呼び出し見ていたアイアンタイガーは、そこに表示されている状況に顔を顰めていた。

 その理由は機体の左肩と右膝の軽微な――しかし、先程までは確かに無かった筈の損傷であった。

 既に、チュートリアルミッションは終わっている。敵であったリーオーNPDは全て撃破済なのだから、これ以上攻撃が加えられる筈は無いのだ。

 にも関わらず、イツキは攻撃を受け、そのせいで森の中へと落ちる事となった。

 だとすれば、その攻撃の主は――!

 

『惜っしい~!』

 

 ふと、アイアンタイガー達とは違う誰かの声が聞こえ、続いて、正面モニターの上方から何かの影が悠然と降下して来た。

 

『初心者のガキ相手なら、ファングの2,3発突っ込ませりゃ楽勝だと思ったんだけどなぁ』

 

『あ! やっぱり()()ぃ独り占めする気だったんだ! ずっる~い!』

 

 現れたのは二機のガンプラ――“機動戦士ガンダム00”にて登場した“アルケーガンダム”と、そのバリエーション機“アルケーガンダムドライ”。

 共に胴の中央で紫色のレンズ状の“GNコンデンサー”を怪しく輝かせ、背や脹脛の辺りから血の様に赤い“GN粒子”を噴き出すその二機は、アルケーの方は同じく00出身の“ガンダムスローネツヴァイ”のような濃いオレンジ色に、アルケードライの方はやはり00出身の“ガンダムスローネドライ”のような赤紫色に塗り分けられている。

 その二機のアルケーからオープン通信で垂れ流される男女の声に、さっぱり状況に追い付けていないイツキが困惑を顕わに言う。

 

『えっ? な、何これ? ミッション、終わったんじゃ――』

 

(ちげ)ぇ」

 

 その疑問にアイアンタイガーが答える。

 心中に湧き出る苦々しさを隠さない声で。

 

「ミッションの敵なんかじゃねぇ。そいつらはただの――」

 

『まぁまぁ、そう言うなって。俺が君を差し置いてそんな事するワケ無いだろ、マイシスター? それに、獲物だってまだ活き活きしてんだ。こっからは――』

 

 オレンジ色のアルケーが、右腕にマウントした“GNバスターソード”を前方にスライドさせ、分離したその柄を右手に握る。

 一度振り上げられたその切っ先が、

 

「――()()()()()だ」

 

『―― 一緒に“ダイバーポイント”ごっそり頂こうぜー!!』

 

まっすぐにイツキへと向けられた。

 




一難去ってまた一難とはこの事かッ(ガトー並感

次回、VS初心者狩りーズ。そして、遂にアイツらが……?


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第5話 凶襲! VS初心者狩り!①

前回の話の後書きで”次の話でアイツら出て来るよ”、と言ったな、アレは嘘だ(コマンドー並感

真面目な話、書いてたら字数がとんでもない事になってたもので……すまぬ……すまぬ……。


 GBNのルールの一つとして、ダイバー同士のフリーバトルは互いの同意の下でのみ認められる、というものがある。

 まずメニューウィンドウからアクセス出来る設定画面にてフリーバトルモードを有効にし、その上で戦う互いが承認する、というプロセスがフリーバトルを行う上で()()()()()必要であり、()()()()()を除いてこのプロセスを無視する事は許されていない。

 ましてや、フリーバトルモードを有効にしていない相手へ、一方的に攻撃を仕掛けてバトルを始めるなどという蛮行は以ての外だ。運営に知られるようなことがあれば悪質ダイバーとして目を付けられる事は避けられないだろうし、最悪アカウントの停止という危険性すらある。

 そんな行為を、高々“ダイバーランク”――F~SSSまで表わされるダイバーの強さ指標――を上げるための“ダイバーポイント”を得るために行うというのは、どう見繕ってもハイリスク・ローリターンでしかない。

 それ故に、通信ウィンドウの向こうで口元をヒクつかせたアイアンタイガーが、困惑混じりにこう吐き捨てたのだ。

 

『おいおい、“ヴァルガ”じゃねーんだぞそこ……? 勝とうが負けようが運営からペナルティ食らうって分からねーのかよ?』

 

「そうなの?」

 

『ハッ! んなモンテメェなんかに言われるまでもねぇんだよクソガキ共!』

 

 直後、正面モニターの隅からアイアンタイガーやトピアが映るものは別の通信ウィンドウが二つ展開する。

 現れたのは、見知らぬ男女一名ずつ。

 男の方は蒼い髪を波打たせ、その下から鋭くもニヤついた視線を覗かせている“ミハエル・トリニティ”似のダイバールックで、女の方は“ネーナ・トリニティ”を真似たらしい左側頭からサイドテールが垂れた赤い髪の隙間から、大きな瞳の吊り上がった目を喜色に歪ませていた。

 通信ウィンドウの下側に映る襟元から肩口までのデザインを見るに、どうやら共にガンダム00のセカンドシーズンから主人公“刹那・F・セイエイ”を始めとした“ソレスタルビーイング”の面々が着用していた制服を纏っているらしいその二人の内、女の方が露骨なまでの溜息を吐いた。

 

『ホンートやんなっちゃう。せーっかくいつもみたく()()()()が引っ掛けたおバカイジめて楽しくダイバーポイント稼ごうと思ってたのに』

 

『急に()()()()に呼び出されたから何があったか訊いて見りゃ、ガキ釣ろうとしたらソイツの連れに盛大にバラされたから今日はもう無理、だってよぉ!』

 

 赤髪の女と、彼女に続いて口を歪めながら青髪の男が吐き捨てたその言葉に、ふとイツキは引っ掛かるものを感じた。

 ごく最近、二人が口にした出来事と似たような場面に遭遇したような……?

 

「まさか、その()()()()とか()()()()って――」

 

『そうよ、そのまさかぁ!』

 

 そう青髪の男が叫んだかと思った次の瞬間、突き付けていたGNバスターソードを振り上げたアルケーが赤いGN粒子を噴き出して急接近して来た。

 いっ、と瞬く間にどアップになったアルケーに驚きつつも、咄嗟に左の操縦桿を上に持ち上げ、陸戦型ガンダムにシールドを構えさせる。

 

『お前らがロビーで騒ぎ立てた、()()()()()()のオッサンよォ!』

 

 その青髪の男の叫びに合わせるように、振り上げる最中に通常形態へと戻ったシールドの表面へと巨大な刀身が振り下ろされ、激しい火花が散った。

 

「うわぁ、わぁっ!?」

 

『イツキっ!?』

 

 大質量の物体が叩き付けられた事による凄まじい振動と轟音に耐え切れず、イツキは激しく前後に体を揺さ振られる。

 それでも何とか操縦桿から手を離さずに済んだ彼は、

 

「やっぱり……さっきのあのオジサン?」

 

調子を整えるため頭を振りながら、先のスカンクセイとの一件を思い返す。

 あのうさん臭かった、自称情報屋のスカンクのような髪型の男を。

 そこに、あー、そーいう事かよ、と何かを悟ったらしいアイアンタイガーの声が耳に入る。

 

「そーいう事?」

 

『あのオッサンのミッションだ。さっきも言ったろ? ありゃ、受けた奴がノコノコやって来たところを、待ち伏せしてる奴らがフルボッコにするっていう、よくある手のヤツだって。つまり――』

 

「あのオジサンだけじゃなくて、他にも俺を待ち伏せてた奴らがいたって事か!」

 

『そーいう事だ! だからそいつらは――』

 

『ピンポーン』

 

 アイアンタイガーが言い掛けた言葉を、そう明るい声で肯定した赤髪の女が代わりに続ける

 

『そうよぉ、オジサンの()()()お話に乗っかったおバカを狩るのがアタシらってワケ。安くないビルドコイン前払いしてあげてね。なのに、キミ達が余計な事してくれちゃったお蔭でもうご破算。“アダムの林檎”のオカマ連中にナニされたか知らないけど、オジサンったら何か悟ったみたいな顔して、暫くこういうの止めるから、ってさっさとログアウトしちゃってさぁ!』

 

『参るんだよなぁ、こういうの! オッサンみてぇに上手く獲物誘い出してくれるヤツ探すの、案外メンドクセーから、さぁッ!!』

 

「うわぁっ!」

 

 ギャリギャリ、と火花を散らして陸戦型ガンダムのシールドにGNバスターソードを押し付けていたアルケーが僅かに浮き上がったと思いや、再び衝撃が走った。

 続けて後方から鳴り響く、バキバキ、という破砕音。

 それが、吹っ飛ばされた陸戦型ガンダムの機体が背後に林立していた木々を圧し折った音だとイツキが気づいたのは、音が止むと共に思わず俯けていた顔を上げた先で、右足の裏を突き出すアルケーの姿を目にしたからだった。

 

『つーワケでツケを払え、クソガキ!』

 

『アタシらが払ったビルドコインの分と、()()()()()()()()()()()()キミのために態々こんなトコ来た労力の分と、あと運営から貰う予定のペナルティ分の、ダイバーポイントをね! そうでもしなきゃ、治まんないの!』

 

『それが、ペナルティ上等で仕掛けてきやがった理由っつーワケか』

 

「……何だよ、それ?」

 

 口々に言う男女と、二人の襲撃の理由を纏めるアイアンタイガーの声が連続してコックピットに響く中、イツキはボソリ、と呟く。

 

『―― 一応言っとくぜ、イツキ。棄権(バトルアウト)しろ』

 

 一拍の後、アイアンタイガーが静かに、感情を排した声で促して来る。

 

『そんな連中、まともに相手してやる必要なんざ無ぇ。とっとバトルから棄権し(おり)て、こっちまで戻って来い』

 

『そうですー! そんな勝手な人達とイツキくんが戦うこと無いです!』

 

 アイアンタイガーに続き、トピアもそう訴え掛けて来る。

 

『イツキくんはもうミッション終わらせてるんです。後はミッションカウンターで報告するだけだから――』

 

「あのさ」

 

 ――しかし。

 

「もしここで棄権したらさ、あの人達が言ってる、えーっと、ダイバーポイント、だっけ? それって、どうなんの?」

 

『え? えっと、それは――』

 

『向こうに払う事になる。――ぶっちゃけ、不戦敗だからな』

 

「そっか。やっぱそうなるんだ。んじゃあ――」

 

 イツキは二人のその進言を、

 

「――俺、そのバトルアウトっていうのしない! ()()()()()()!」

 

迷う事無く切り捨てた。

 当然ながら、ええっ、とトピアから驚きの声が上がるが、それでも彼は意見を変える気など無い。

 

「だって納得いかないもん!」

 

 襲い掛かって来たのは向こうの方だ。それも、初心者狩りなんていう凡そ褒められない行為が思った通りに出来なかった、その腹いせを理由に。

 だのに、こちらは戦いに応じなければダイバーポイントを失う事になるという。

 そのダイバーポイントとやらの価値がどれほどのものか、始めたばかりのイツキにはまだ分からない事だが、それを差し引いても、これはあまりにも理不尽というものだ。

 それに何より――これは、()()()()()()だ。

 例え相手が戦ってやる価値の無い初心者狩りだろうと、例え自分が今さっき初めてGBNでの戦いを経験したばかりの初心者だとしても、それでも売られた喧嘩を買わず、尻尾を巻いて逃げるなどという選択肢は、イツキの中には存在しない。

 一人の男として、この場から背を向けて立ち去るという選択は、何よりも――

 

「アイツら、俺が初心者だからって、大した事ないからってこんな事してるんだ。俺なんか楽勝だって! 玩具呼ばわりして! そんな奴らから逃げるなんて、絶対やだ! そんなの絶対――」

 

――()()()()()()!!

 そう、ハッキリ、とイツキは言い切った。

 それでもなお、でも、と心配げに顔を曇らせたトピアが追い縋ろうとしていたが、

 

『止めとけトピア』

 

()()()()()()()()()()くん?』

 

()()()()()()()()!!

 

それよりも先に、へっ、と鼻を鳴らして笑ったアイアンタイガーが――こんな時までボケてんじゃねぇ、と先に怒鳴りつけてから――彼女を押し止めた。

 

『こうなっちまったら、もうコイツは何も聞かねぇ。言うだけムダだ。――ま、オメーならそー言うだろうって、俺は最初(ハナ)っから分かってたけどな』

 

『けど……』

 

「何言ってんだよ? 最初にバトルアウトしろって言ったの、お前じゃん」

 

()()つったろ? つーか、どうせ――』

 

『何くっちゃべってんだオラァ!!』

 

 そこまでアイアンタイガーが言い掛けるのと同じくして、敵機の接近を告げるアラートと共に再び前方のアルケーが接近して来る。

 それに対し、イツキはすぐさま両の操縦桿を右へ傾けつつ動かし、陸戦型ガンダムを同じ方向へと飛び退かせようとした。

 その操作がどうにか間に合い、地面の上で反転した後に起き上がった陸戦型ガンダムのツインアイの先で、その機体を捉えられなかったGNバスターソードの一撃が圧し折れた木々や土砂を激しく打ち上げていた。

 

『俺ら無視して逃げる相談かぁ!? 言っとくが棄権なんかさせねぇからな!』

 

『キミはアタシらにダイバーポイント払ってくれる玩具でしかないの! 大人しく()()ぃにやられちゃいなよ、ボウヤ!』

 

『――向こうもノコノコ逃がす気なんか無ぇだろうしな』

 

「いーよ、逃がしてくれなくて! だって――」

 

 通信画面の向こうで、まるで弱ったネズミを前にした猫のように嗜虐的な笑みを浮かべる初心者狩りの男女に、辟易(へきえき)とした感情がありありと現れた溜息をアイアンタイガーが吐き出す傍ら、イツキもまた叫び返す。

 そうだ、逃げる気なんて無い。

 されとて、あんな連中の思い通りになんかになってやる気も毛頭無い。

 戦うからには、達するべき結果はたった一つ。

 

「お兄さんやお姉さん達なんかには絶対負けない! 勝つのは――俺だっ!!」

 

 陸戦型ガンダムを立たせたイツキは、通信画面の先の男女へと指を突き付け、威勢良くそう宣言して見せた。

 

 

 

「とりあえずシールドだけじゃ武器が足りねぇ! 足にビームサーベル付いてるから、そいつも使え!」

 

『分かった!』

 

「あと、出してる暇あるか分かんねーけど、ウェポンコンテナの中身もな! ――取り敢えず10分だ! 10分もたせろ!」

 

『えっ? 何で10分――』

 

「良いからやっとけ! あんだけ大見え切ったんだ! 呆気なくやられたりすんじゃねーぞ!」

 

『あ、ちょ……おいっ、()()()――』

 

()()()()()()()()だっつってんだろ!!

 

 そう一通り伝えるべき事をイツキに伝えた後、ギャラリーモードを閉じて彼との通信を終了させたアイアンタイガーが、うし、とすぐさまその場から立ち上がった。

 そして続け様に振り向いて、行くぞ、と声を掛けて来たが、そのアイアンタイガーの言葉に従う事無く、彼の顔を見上げたトピアはこう尋ねた。

 

「どうしてなんでしょうか?」

 

「あん?」

 

「どうして、イツキくんはあの人達と戦う事にしたんでしょうか?」

 

 アイアンタイガーに投げ掛けたその疑問が、今の彼女はどうしても気になっていた。

 

「イツキくんは今日GBNを始めたばかりの初心者です。ガンプラだって、さっきのチュートリアルで初めて動かしたばかりです。どんなにがんばっても、今のイツキくんじゃあの人達にはぜったい勝てないです」

 

 きっと、その事はイツキだって分かっている筈だ。

 だから、どうせ負けるのなら、失うのが変わらないのであればそちらの方が良いとトピアはバトルアウトする事を強く勧めたし、先にそれを進言したアイアンタイガーだって同じ気持ちだと思っていた。

 だが、実際のところイツキは彼女達の訴えを無視するだけでなく勝利を収める事を宣言したし、アイアンタイガーも彼がそうするであろう事を予測していたようだった。

 二人の、無謀ともいえるその行為の理由が、トピアには分からなかったのだ。

 

「どうしてアイアン()()()()――」

 

()()()()()()()()!!

 

「――アイアンタイガーくんは、イツキくんが戦う事に賛成したんですかぁ? あの人たちにイツキくんが傷つけられてもいいんですか?」

 

 少なくとも、トピアにとってイツキが傷つけられるのは許容し難い事だ。

 まだ出会ったばかりだが、それでも仲間(お友達)であるアイアンタイガー(コテツ)の、そのまた幼馴染(お友達)である彼の事も、既に彼女はお友達として認識しているのだ。お友達が傷つけられると分かっていて、何とも思わない程トピアは薄情では無い。

 だからこそ、イツキが戦う事を容認したアイアンタイガーの意思が尚の事分からない。彼らは、自分よりも付き合いのずっと長い幼馴染(お友達)同士の筈だから。

 その胸中の疑問を、途中ダイバーネームの呼び間違えにツッコまれながらも、真っ直ぐにアイアンタイガーの顔を見つめながらトピアは問い掛けた。

 それに対し、あー、と逆向きに被った帽子の上から頭を掻いたアイアンタイガーが、こう返して来た。

 

「そりゃ、アイツが()()だからだ」

 

「――ええ?」

 

 流石に予想外過ぎる返答に、思わず声を漏らすトピア。

 それに構わず、アイアンタイガーが言葉を続ける。

 

「昔っからなんだよ。負けず嫌いっつーか、自分(テメェ)が納得いかねーとか、気に入らねーとか、そーいうモンが前に立ち塞がったら、アイツ絶対に折れねぇ。周りが何言おうが聞かねーし、絶対逃げねー。絶対諦めねーんだよ。バカだから」

 

「それじゃあ、アイアンタイガーくんが賛成したのって――」

 

「さっきも言ったろ? 言うだけムダだ、って」

 

 初心者狩りというフザけた連中に一方的に仕掛けられ、しかもダイバーポイントを寄越すだけの玩具と見下された。

 それだけの条件が揃った時点で、もうイツキに何を言っても無駄だとアイアンタイガーは長年の付き合いから察していた。だから、バトルアウトの勧告も一応程度に、半ば止むを得ず戦闘続行を認める他無かった。――そういう事らしい。

 

「そもそも、あのバカに賛成なんかしてねーっつの。初心者()のアイツじゃ逆立ちしたってあの連中に勝てるワケねーんだから」

 

 オメーだってそんくらい分かってんだろ、とさも当たり前のように言い切るアイアンタイガー。

 その言い分に、トピアは疑問が解消されるどころか、尚の事良く分からなくなってしまう。

 それ故に彼女は更に追究しようとしたが、それよりも前に、

 

「だからホラ、行くぞ! イツキが耐えていられる内によ!」

 

その場で踵を返して駆け出すアイアンタイガーに言われるまま、慌ててトピアも横に置いていた箒を手にその場から走り出した。

 

「……不思議ですー」

 

 そう呟きつつ、佇む自らのモビルドールの方へと向けて。

 

 

 

『オラオラオラッ! どうしたどうしたァッ!?』

 

「ぐぅうううっ……!」

 

 青髪の男の威勢の良い声と共に、アルケーがGNバスターソードを振り下ろす。

 その攻撃を、✕の字に交差させた二振りのビームサーベルの刃で何とか防ぐイツキであったが、そのまま鍔迫(つばぜ)り合う事無く、振り上げてはまた振り下ろされてと連続で襲い来る大剣の勢いに反撃の(いとま)を掴む事が出来ず、彼の陸戦型ガンダムは徐々に後ろへと押し込まれていく。

 

『勝つのは俺だ、とか一丁前にほざいてたのはどこのどいつだぁ!? 守ってるばっかじゃ勝てないでちゅよー? ボクちゃーん!!』

 

「うるっさい、なぁ……!」

 

『それともぉ! さっきのは嘘かァ!?』

 

「ウソじゃ、ないっ! 勝つのは、俺だっ!」

 

『じゃあ俺に攻撃当ててみろよォ!?』

 

 青髪の男がそう罵った直後、不意にアルケーがバスターソードの連撃を止め、それを持つ右腕を右後方へと引っ込めた。

 それによってアルケーの前面がガラ空きになったのを、隙が出来たと咄嗟に判断したイツキは、すぐさまビームサーベルの交差を解き、右腕側を振り被って切り掛かろうとする。

 ――それが、ワザと作られた隙である事に気づく間も無く。

 

『こんな風になぁッ!!』

 

 瞬間、引っ込められていたアルケーの右腕が突き出される。

 右前腕下部にマウントされると共に、刀身が下にスライドしてライフルモードへと移行した、GNバスターソードの先端が。

 

「しまっ――」

 

 しまった、と罠に嵌った事にイツキが気づくのを待たず、大写しになったその銃口が放った真紅の光がモニターを埋め尽くし、構えていた刃を振り下ろす間も無く陸戦型ガンダムを後方へと吹き飛ばした。

 再びコックピット内に走る振動。

 機体の進行方向に林立していたであろう木々が()ぎ倒される音が響き渡り、それが終わると共に、衝撃に歯を食い縛っていたイツキは正面へと視線を向け直す。

 そして、

 

『ちょいさァーッ!!』

 

再び右腕から着脱したGNバスターソードを水平に構えて真っ直ぐ向かって来るアルケーの姿を認めるや、すぐさま左の操縦桿を引き寄せた。

 それによって持ち上げられた陸戦型ガンダムの左腕――シールドが、横薙ぎに振り抜かれたバスターソードの刀身を受け止める。

 しかし、

 

『こいつも耐えやがるか! けどなぁッ!』

 

地面に座り込んでいる今の陸戦型ガンダムではその勢いまでを抑える事は出来ず、力任せにバスターソードが振り抜かれるままに、機体を横に転がされてしまう。

 結果、逆にイツキの方が地面に仰向けの姿勢で投げ出され、隙を晒す事となってしまった。

 

「やばっ……!」

 

 狙って作ったワケでも無いその隙に、ヒヤリ、とした感覚が背に走ったイツキは、何とかしなければ、と大慌てで操縦桿をガチャガチャ、と前後左右に動かしたり引っ張ったりする。

 しかし、半ばパニックに陥りながらのその操縦が功を為す事は無い。

 操縦そのものが無茶苦茶だったものあるが、何よりも、背中のウェポンコンテナがその最たる理由だった。これによって陸戦型ガンダムの本体が地面から浮いた状態になってしまっているせいで、(さなが)ら、自分の甲羅のせいで起き上がれなくなってしまった亀のように、ジタバタ、と動く手足が地に触れる事さえ無い状態に陥ってしまっていたのだ。

 更に間の悪い事に、倒れた際の衝撃で手放してしまったのか、陸戦型ガンダムの両手にあった筈のビームサーベルもいつの間にか無くなってしまっているため、それを振り回して近づけさせないようにする事さえも出来ない。

 そんなあからさまな程の、いっそ無様な程の隙を相手が見逃す筈も無く、

 

『ギャハハハ! 何だその恰好!? 笑わせてんのかよ、オイ!?』

 

『カワイー! 降参した犬みたいー!』

 

「……っ!」

 

初心者狩りの男女の嘲笑する声が響く中、すぐ間近まで悠々と歩いて来たアルケーがGNバスターソードを高々と振り上げる。

 その様を、正面モニターを介して目にしたイツキは顔を引き攣らせ、更に焦燥を募らせながら操縦桿を一層乱雑に動かすが、変わらず陸戦型ガンダムは立ち上がる様子さえ無く、コックピットが忙しなく揺れるのみだった。

 

『しっかし、こんだけやってもシールド一つまともに壊せねぇなんて……。ま、いいや』

 

『倒しちゃダメよー、()()ぃ! アタシの分もちゃんと残しといてねー!』

 

『分かってるとも、マイシスター! ちゃんとトドメは君に譲るって!』

 

『さっすが()()ぃ! 分かってるぅ!』

 

 アルケーの男と、その後方にいるアルケードライの女の、警戒心の欠片も無い遣り取りがオープン通信を通して耳に入って来る。

 紛いなりにも戦闘中。それも隙を晒している真っ只中とはいえ、敵機が眼前に存在しているこの状況下で。女の方に至っては戦闘が始まってからずっと観戦してばかりで、男に加勢するような素振りは今も全く見られない。

 そんな男女の態度が何を意味しているのか、こうしている最中にもイツキに嫌という程に伝わって来る。

 ()()()()()()()のだ。

 だから、襲撃して来た時から何も変わらず、イツキの事を初心者と――敵では無く、ただ自分達が楽しむだけの玩具だと侮っている。

 だから、当然のように笑っていられる。

 だから、2対1の利を活かそうとすることも無く、一機が戦う様をもう一機がショー気分で見ていられる。

 それが納得いかない。

 それが悔しい。

 そんな初心者狩り連中にも、そんな連中にやられてばかりの自分も。

 そうだ。何も変わらない。

 

「動け……!」

 

 あの連中の勝手な物言いも、態度。

 

『さーて、と。』

 

 それに感じた不愉快さも。

 

「動けよ、ガンダム!」

 

『まずは頭、そして手足だ』

 

 その感情をバネに発した勝利宣言も。

 その言葉に込めた、絶対に勝つという意思も。

 

「俺は勝つって言ったんだ! あんな、初心者だからってバカにして、人を玩具呼ばわりするような奴らなんかに負けられないんだ! 男が一度言った事を、破っちゃいけないんだ!」

 

『ウチの姫に変なマネされちゃタマんねぇ』

 

 だからこそ、イツキは操縦桿を動かす手を止めない。

 だからこそ、なおも振動しか返さない陸戦型にも呼び掛ける。

 負けたくないから。

 諦めたくないから。

 初心者だから、弱い者だからと嘲ったあの連中に、目に物を見せてやりたいから。

 何より、

 

『そんな事出来ねぇように――』

 

勝つ、とこの口で言い切ったから!

 だから――。

 

「だから! ガンダム!」

 

『――ぶった切ってやんよオォ!!』

 

「動けえええぇぇぇッ!!」

 

 遂に振り下ろされたGNバスターソードの太く鋭い刀身が迫る中、思いを込めた渾身の叫びをイツキは上げた。

 その叫びが届いたのか。はたまた、叫んだ際に押し込んだ操縦桿が偶然にも武器スロットを開き、無意識に()()を選択した事が功を為したのか。その理由は、事が済んだその時には最早分からなかったが、ともかく確かなのは。

 突如ガチン、という何かが外れるような音が聞こえたかと思った、次の瞬間、

 

「おわっ……!?」

 

まるで滑り落ちるように、陸戦型ガンダムの機体が下方へと下がったという事だ。

 

「な、何だぁ!?」

 

 正面モニターにデカデカと映っていたアルケーが、急に上方へと消え去った事に驚くイツキ。

 しかし、彼に襲い来る驚愕はそれだけでは終わらない。

 続いて響く、重い金属音。

 まるで硬質な金属同士が正面衝突し合ったようなその音に、肩を跳ねさせつつも、反射的にイツキは――問題無く立ち上がっている事に気づく余裕も無く――陸戦型ガンダムを背後へと振り向かせる。

 果たしてそこにあったのは――振り下ろしていた筈のバスターソードを再び高々と、態勢を崩すほどに高く持ち上げていたアルケーと、そのすぐ手前――先程まで陸戦型ガンダムが居た場所――に置かれた、白く巨大な直方体――()()()()()()()()

 表面に先程までは無かったヘコミが入ったそれを目にして、あっ、とイツキは気づく。

 陸戦型ガンダムが今、先程まで背負っていた筈のそれを背負っていない事を。そして、どうやって襲い来る筈だったアルケーの斬撃を掻い潜ったのかを。

 

「そうか、外れたから!」

 

 陸戦型ガンダムのバックパックは上下二本ずつ、計四本の(ラッチ)によって構成されている。この爪によって、ウェポンコンテナやパラシュートパックなどのオプション装備を自在に保持・交換する事が出来るようになっているのだが、先のアルケーの斬撃が迫った瞬間、その爪のロックが外れた。

 結果、イツキの操作のまま藻掻いていた陸戦型ガンダム本体は保持の外れたウェポンコンテナの上を滑り落ち、間一髪で斬撃を避ける事が出来たのだ。

 その一連は、傍から見れば正に偶然の産物だ。

 ――しかし、イツキはそうは思わなかった。

 

「――もしかして、お前が?」

 

 コックピットの上方を――その先にあるだろう頭部を見上げ、イツキは陸戦型ガンダムへと問い掛ける。

 その問いに、答えは返って来ない。

 例え返って来ていたとしても、イツキにそれを聞く術は無い。

 だが、それは()したる問題ではない。

 

「……そうだよな。お前だって、ちゃんと話せるんだよな」

 

 例えそれがELダイバーのみに聞く事が許されたものであろうと、言葉が存在するのであれば、つまりはそういう事だ。

 それはすなわち、何かを話せる()()があるという事に他ならない。

 なら、その陸戦型ガンダムの意思は今、何と言っているのか?

 

「お前も、あんな奴らに負けたくないんだよな?」

 

 初心者(弱い者)だと下に見て、玩具扱いして傷めつけようとするような奴らの思い通りになりたくない。

 例え自分に乗っているのが初めてガンプラを動かした初心者だろうと、諦めたくない。

 負けたくない。

 

「俺と同じなんだよな? ――()()()()んだよな?」

 

 ――そう言っているように、イツキには思えた。

 そう、今の自分と同じ事を思っているからこそ、先程のウェポンコンテナを外しての回避を()()()()()()()()()()()()()、と。

 

「なら――」

 

 だからこそ、

 

『くっそ! 一丁前に手の込んだ避け方しやがって!』

 

攻撃を弾かれた衝撃による硬直が解け切っていないアルケーをじっと見据えたイツキは、

 

「―― 一緒に勝つぞ! ガンダム!!」

 

左の操縦桿を押し込んで武器スロットを展開させ、選択した()()を迷う事無く発射した。

 陸戦型ガンダムの左胸、バルカンの下にあるもう一つの砲口――“マルチランチャー”に装填されていた、ネット弾を。

 白煙の尾を引いて飛び出したその砲弾が、もう一度陸戦型ガンダムに切り掛かろうとバスターソードを振り上げていたアルケーの眼前で炸裂。内蔵されていたネットが獲物を捕らえる寸前の蛸のように広がり、その機体に覆い被さった。

 

『がぁっ! この野郎……!』

 

 すぐさまアルケーが左手でネットを掴んで引き剥がそうとするが、肩部のウィングや背部のコアファイターの機首など、そこかしこに突き出た部分や鋭利な部分が存在している事が災いしてか、簡単に取り払えそうな様子ではない。

 そのまま、狼狽えたように後退していくアルケーをモニター越しに見て、イツキは確信する。――今しかない、と。

 

「いっくぞォッ!!」

 

 雄叫びを上げ、再び左の操縦桿から武器スロットを展開したイツキは、その中からシールドを選択。同時に、陸戦型ガンダムの左前腕に付いたそれが打突形態へと変形する。

 見れば、前へと競り出たプレート部の表面には、断面に焦げ付きや融解跡が残る深い切れ込みが幾つか刻まれていた。

 何度か受け止めたGNバスターソードの斬撃によるものだ。刀身に纏ったGN粒子による高熱と、その質量によって生み出された破壊力に壊されてしまう事こそ何とか防ぎ切れたようだが、この分では盾としても、打突兵装としても限界が近いだろう。

 それでも構わず、藻掻くアルケーへとイツキは陸戦型ガンダムを肉薄させ――特徴的な四ツ目が並ぶその頭部を、思いっきり殴り付けた。

 

『がっ……!?』

 

 青髪の男の呻きが漏れると共に、殴打の衝撃にアルケーの機体がイツキから見て右に大きく傾く。

 先のチュートリアルでのリーオーNPDのように貫く事こそ叶わなかったが、しかしシールドの接触と共に轟音を上げたその横っ面には、決して無視できないヘコミが出来た。

 それに満足する間も無く、続いてイツキは右の操縦桿を引き寄せてから、前へと押し込む。

 それに合わせ、右腕を大きく振り被った陸戦型ガンダムが、続けて紫色のGNコンデンサーが覗く円筒形の胴体へとその拳を叩き込んだ。

 MSのマニュピレータ―()は特にデリケートな部位だ。細かなパーツと、それを繋ぐ幾つもの関節が集中するその部位で敵機を殴りつけるなど、本来ご法度(はっと)も良いところである。

 しかし、殴り付けた陸戦型ガンダムの拳は傷一つ追う事無く、逆にGNドライブ(動力部)やコックピットに近い重要部位であるために他の部位よりも頑強な筈の胴に、小さいながらもその跡をしっかりと押し付けていた。

 その事に疑問を覚える間も無く、

 

「おおおおぉぉっ!!」

 

イツキは左の操縦桿を引き寄せ、再び陸戦型ガンダムにシールドを振り被らせた。

 未だ絡みつくネットの拘束下にあるアルケーは満足に動けない。掲げられてこそいるが、振り下ろされる様子の無いGNバスターソードがその証拠だ。

 このまま、勢いに乗せて、一気に押し込む。

 その思いのまま、三撃目を叩き込もうとしたが、

 

『こ、っのぉ……! ファングゥ!!』

 

不意にアルケーの腰の左右、大きな楕円状のサイドアーマーの、ネットで覆い切れていなかった下側の部分が開く。

 そこから何かが飛び出す様が見えた次の瞬間、何処からともなく赤いビームが飛来。それが陸戦型ガンダムの左肩で弾けたかと思ったその刹那、更に飛び込んで来た幾つかの()()がそこにガスガスッ、と突き刺さった。

 

「んなっ……!」

 

 先端から赤いビーム刃を発振した、白い牙のようなその()()を横目にイツキが認めたその直後、陸戦型ガンダムの左肩が爆発。同時に、その衝撃に揺れたコックピット内が黄色に染まった。

 損傷度(ダメージレベル)――警告域(イエロー)

 最初の不意打ちで、軽微ではあったが左肩には既に右膝と共に損傷を受けていた。それから直接戦闘に入った事で、何とか防ぎつつではあったが攻撃を受け続けた。そしてトドメに、左肩に殺到した()()とそれが原因の爆発――左腕の、肩口から先の消失(ロスト)

 それだけのダメージが蓄積したという証明と、陸戦型ガンダムそのものに残された余裕が左程残されていないという警告の色に歯噛むイツキ。

 その視線の先で、例の()()が赤いGN粒子を煌めかせながら、開かれたままのアルケーのサイドアーマーの中へと()()()()()様が見えた。

 “GNファング”。

 ガンダム00にて、特に敵方のMSに搭載されていたオールレンジ兵器が、その()()の正体だった。

 

『調子こいてんじゃねぇぞガキィ!』

 

 ブチブチ、とネットを力任せに引き千切るアルケーから青髪の男の怒声が響く。

 

『初心者だと思って手加減してりゃあ付け上がりやがって!』

 

「何が手加減だ!? 俺の事ナメてただけじゃんか! 自業自得っていうんだぞ、そーいうの!」

 

『ルッセェ! テメェなんか本当なら楽勝なんだよ! そんな……ムダに出来の良いガンプラ使ってなきゃあなぁ!!』

 

 ブチリ、と一際盛大な音を立ててネットを完全に取り除くと同時に、アルケーがバスターソードを振り下ろす。

 それを、慌てる事無くイツキは陸戦型ガンダムに地面を蹴らせ、飛び退く事で回避。

 と同時に、もう一度マルチランチャーからネット弾を発射し、再びアルケーの機体にネットを絡み付かせる。

 それに青髪の男が舌打ちする声が聞こえたかと思いや、

 

『鬱陶しいんだよォッ! ファングゥ!!』

 

再びアルケーのサイドアーマーから数機のファングが射出。一斉に陸戦型ガンダムの方を向いたそれらが、高速で迫りつつ真っ赤なビームを乱射して来る。

 それらを、背のバーニアも吹かして急速後退する事でイツキは避けようとする。

 しかし、雨の如く降り注ぐ光の矢を、その中に混ざって突撃して来る牙を完全に躱し切る事は出来ず、いくつもの弾痕や傷が陸戦型ガンダムの機体に徐々に刻み込まれていく。

 それでも、ファングによる一撃一撃は大したダメージにはならない。

 一か所に留まって集中砲火を受けるような事態にさえならなければ、まだいける筈だ。

 だからこそ、イツキは探す。

 追い寄せるビームの雨から陸戦型ガンダムを逃げさせる一方で、首を振り回して正面と左右のモニターに視界を行き来させながら、()()を。

 そして――。

 

「――見つけた!」

 

 右のモニターの先、まだ折れていない木々の間に転がっている白い棒――先程紛失してしまったビームサーベルの柄を。

 すぐさま、イツキはそちらの方へと操縦桿を押し込み、陸戦型ガンダムの向きを転換。背のバーニアを全開にして木々の群れの中へと突撃させた。

 メキメキ、と音を立てる木々の抵抗によって、一時的に陸戦型ガンダムの動きが止められてしまう。

 そこへGNファングの攻撃が殺到した事で、更に機体の損傷が増えた事をモニター上にポップアップしたステータス画面が報告して来るが、構わずイツキは陸戦型ガンダムに、正面モニターの先にある柄へと残された右腕を伸ばさせる。

 指の先までピン、と伸ばしたマニュピレーター()が、それを――掴んだ!

 

「いよっし!」

 

 歓喜の声を上げると共に、イツキは操縦桿を一気に引き寄せ、陸戦型ガンダムをその場から急速後退。そのまま、大きく右腕を振り回させながら機体の向きを再び転換させる。

 左側――ネットを取り払おうと藻掻くアルケーの方へ。

 

「いっけええぇぇッ!!」

 

 陸戦型ガンダムの手の中のサーベルが、再び光の刃を灯す。

 同時に全速前進。追って来る粒子ビームの雨を背に、アルケー目掛け一目散にイツキは飛び込む。

 彼我(ひが)距離はおよそ100m弱。地面に横倒しされたままのウェポンコンテナを挟んだその距離はあっという間に縮まり、再び陸戦型ガンダムとアルケーが肉薄する。

 

『バ、バカなっ!? これじゃあ、俺がっ!?』

 

 青髪の男の、動揺したような声が聞こえる。

 あり得る筈の無い敗北が迫った故だろう、信じられない、と言わんばかりの声が。

 その声に、イツキもまた確信する。

 この勝負――。

 

『こ、こんなガキにっ、俺が!?』

 

 ――勝った、と。

 

「貰ったあああぁぁぁっ!!」

 

 イツキの口から叫びが上がる。

 目前に迫った勝利が故の、勝鬨(かちどき)の叫びが。

 その勢いのままに、押し込んだ操縦桿に合わせて陸戦型ガンダムが右腕を振り上げる。

 真横に向けられていたビームサーベルの刃が、ブォン、と音を上げる。

 

『このっ、俺がっ! 負け――』

 

 長く伸びたミノフスキー粒子の刃が、藻掻(もが)くアルケーへと迫る。

 ネットの網目から覗くGNコンデンサーの紫ごと、その胴を、逆袈裟に切り上げて、仕留める。

 それで、少なくとも目の前の敵機は排除出来る筈だ。

 そう――。

 

『――るワケねぇだろ、バーカ』

 

 ――その筈だった。

 




というわけで(VS初心者狩り編は)もうちっとだけ続くんじゃ。

今度こそ、今度こそアイツら出て来る予定なんで! もうちょっと待っててください!


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第6話 凶襲! VS初心者狩り!②

やった! やったぞ! やっとここまで来たぞ!
というワケで第6話、ようこそGBNへ編 最終話となります。
どうぞお目通しを。


 その瞬間、何が起こったのか、イツキにはまるで分からなかった。

 唯一出来たのは、稲妻に打たれたように走った嫌な予感から、反射的に操縦桿を引き寄せる事だけ。

 そのせいで、敵の機体に触れる直前だったビームサーベルの刃を引っ込めてしまう事となったが、結果的にそれで良かった。

 そうしなければ――今の陸戦型ガンダムにほぼ唯一残された攻撃手段である右腕を、失っていただろうから。

 最も、

 

「くそっ! 足が……!」

 

代わりに膝関節の半ばから右足を断ち切られ、その場に尻餅をついて以降立ち上がれなくなってしまった事が見合うだけの犠牲だったか否かは、(はなは)だ怪しかったが。

 

『ったく、てこずらせやがって』

 

 青髪の男が吐き捨てる声に、イツキは前方、斜め上を見上げる。

 そこに浮かぶ、アルケーを。

 

「何で……?」

 

 あの瞬間まで、確かにアルケーは眼前にいた。

 絡まったネットを剥ぎ取ろうと、陸戦型ガンダムのビームサーベルが間近に迫ろうとしていたその時も、必死に藻掻(もが)いていた。

 最早対応できる筈が無かった。王手を掛けていた筈だった。

 なのに、いざビーム刃がその胴に食い込むかと思われた、あの瞬間。

 それまで足掻いていたのが嘘のように、アルケーが自らに纏わり付いていたネットをあっさりと千切り取った。

 そして、束縛が無くなったその勢いのままGNバスターソードを振り下ろし、陸戦型ガンダムの足を切断すると共にその場から上昇したのだ。

 そう。――今まさにそうなっているように、オレンジ色だったその機体が()()()()()()、あの瞬間から。

 

『まさか、“トランザム”まで使うハメになるんてなぁ』

 

「とらん、ざむ?」

 

 聞き慣れない単語に、思わずイツキはオウム返しする。

 そう、それが答え。

 “TRANS-AM(トランザム)”。――それが、()()()()の形勢逆転劇を引き起こしたカラクリの正体だ。

 機体内で高濃度に圧縮されたGN粒子を全面開放する事により、機体出力を一時的に3倍前後に強化する、GNドライブ(太陽炉)搭載機専用の自己強化スキル。

 ガンダム00劇中において、アルケーガンダムはこのシステムを使用した事が無い。搭乗者であった“アリー・アル・サーシェス”の意向のためとも、彼の危険性から敢えて搭載されなかったためとも言われているが、いずれにせよそれは設定レベルでの話。GBNにおいては純正、疑似を問わず、GNドライブ(太陽炉)を搭載していて、尚且つ()()()()()()()をクリア出来ていれば、どのような機体でも発動させる事が出来る。

 この機能を発動させ、3倍近くに引き上げられた膂力(りょりょく)を以て、機体に絡まるネットを強引かつ速やかに排除。間を置かず、同じように強化された反応速度のまま陸戦型ガンダムの足を切りつつその場から離脱した、というのが()()()()に起きた一連の出来事だったのだ。

 最も、そもそもトランザムという機能の存在すら知らないイツキに、その答えに辿り着けというのは無理難題というもの。

 それ故、結局ワケの分からないまま目を(しばた)かせるしかない彼の視界の隅に、うっそー、と意地の悪い笑みを浮かべた赤髪の女の顔が映った通信ウィンドウが現れる。

 

『何ー? もしかしてキミ、トランザムも知らないワケー? ウケルんですけどー!』

 

『言ってやんなって、マイシスター。()()()()()()()()()()()()()()()んだから、知らなくても仕方ないって』

 

「なっ……!?」

 

 続けてモニターに顔を出した青髪の男の小馬鹿にしたような顔に、反射的にイツキは食い入るような眼を向ける。

 男は今、確かにイツキが自分のガンプラを持っていない、と言った。

 何故、その事が分かった?

 その答えは、イツキが疑問を投げ掛ける間も無く、男の方から続けて告げられた。

 

『はっ! 分からないと思ってんのかよ? そんな、無駄に()()()()()()()()()使っといてよォ!』

 

「ガンプラの、出来?」

 

 GBNにおいて――いや、前身である“GPD”の時代から、ガンプラバトルにおいて変わる事の無い絶対の法則が存在する。

 それは、“ガンプラの性能は、その出来栄えによって決定する”、というものだ。

 例えば、キットをそのまま説明書通りに組み上げただけの状態――所謂“素組み”で済ませるよりも、成形や安全の関係から丸まってしまっているパーツの先端や(エッジ)などを鋭角に削り上げた方が装甲や駆動性、攻撃力の強化に繋がる。更に塗装等でより上の出来栄えを目指せば、先のトランザムのような、一部の機体が持つ特殊効果を発動させる事も出来るようにもなるが、逆にパーツ同士がしっかりと組み付けられず隙間が空いてたり、ランナーから切り離した(ゲート)跡が残っていたりすればそこが弱点になる――といった具合にだ。

 ここまでの戦闘で、イツキは何度か陸戦型ガンダムにアルケーの斬撃を受け止めさせていた。

 GN粒子による高熱と大質量、その長大さから得られる遠心力をそのまま破壊力へと転じられるGNバスターソードによる強力無比な斬撃を、盾としてはそう大きく無く、また打突形態への変形機構という耐久面での弱点に繋がりかねないギミックを持つ、陸戦型ガンダムのシールドで。

 その上で、シールドそのものは最後まで壊される事無く、GNファングの突撃によって左腕もろとも吹き飛ばされるその時まで健在であったが、これは全て陸戦型ガンダムのガンプラとしての出来栄えが高かったからこそ成し得た事。

 

『最近多いんだよなぁ! 自分(テメェ)でガンプラ作んのメンドクセーからって、他人に借りたり作ってもらったりして満足してる奴がよぉ!』

 

『そういうのに限って、バトルの腕もガンダムの知識も大した事無いんだよね。楽して強くなった()()()()だけだから』

 

『目障りなんだよなぁ、そういう軟弱者! そういう――テメェみてぇに勘違いした、クソガキはよぉ!!』

 

「……っ!? 違う!」

 

 初心者狩り達のその物言いに、奥歯を噛んだイツキはすぐさま言い返そうとする。

 

「コイツは確かに借りたガンプラだけど、でも、楽したくて借りたんじゃない!」

 

 今こうして陸戦型ガンダムを借りているのは、決して陸戦型ガンダムが出来が良くて強いガンプラだったからでも、それを良い事に横着しようしたからでもない。

 ただ、心から欲しかったガンプラが無くて、止むを得ず借りただけだ。

 本当なら、ちゃんと自分のガンプラを使っていた筈だった。

 

「ホントは、俺だって……コアガンダムを……!」

 

 自分の手で作った、自分だけのコアガンダムで、GBNを始めたかったのに……!

 そう、言葉を連ねる程に目頭が熱くなり、比例して重くなっていく口をなお動かして続けようとしたイツキを、

 

『知らねぇな、そんなモン!』

 

はっ、と青髪の男が一笑に付す。

 

『結局テメェがその実力に見合わねぇガンプラ持ってきて調子こいてる、クソ初心者って事に変わりねぇんだ! そんな奴はな、GBNには要らねぇんだよ!』

 

『そーそー、()()ぃの言う通り。キミみたいな、良いガンプラ使ってるだけのええかっこしいはささっと消えちゃってよ? ダイバーポイントだけアタシらに置いてって、さ』

 

「――まだだぁ!!」

 

 初心者狩り達の嘲笑を、借り物のガンプラを使っている事への口撃にイツキは叫び返し、陸戦型ガンダムに発振したままのビームサーベルを振り払わせる。

 

「まだ終わってない! まだ俺は負けてない!」

 

 そうだ。まだ負けてない。

 トランザムとやらでアルケーの能力は先程までよりも強化されてしまっている。――それがなんだ?

 よしんばアルケーを倒せたとしても、まだアルケードライが控えている。――それがなんだ?

 そもそも、手足を一本ずつ失ってしまった陸戦型ガンダムはもう満足には動けない。――それがなんだ?

 まだ右腕が残っている。左足だって、背中のバーニアだって残っている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()

 

「俺は、勝つんだ!!」

 

 垂直に立てたビームサーベルをアルケーへと構え、変わらない意思をハッキリ、とイツキは突き付けた。

 それに対し、一拍置いて、は~ぁ、と心底呆れたような溜息が初心者狩り達から吐き出された。

 

『おいおい、聞いたかいマイシスター? このガキ、まだ俺らに勝つつもりらしいぜ?』

 

『信じらんないー! まだアタシだっているのに、バカ過ぎじゃない?』

 

『ホント、信じらんねぇバカだぜ。自分が良いガンプラ使ってるからって、俺ら二人だけならやれるって、調子こいてんだぜ、きっと』

 

『何それ? バカの癖にアタシらの事にバカにしてない? ムカつくんですけど?』

 

『だよなだよな。だからさ、()()()()()()()()()()?』

 

『そうね。()()()()()()()()()()()?』

 

「……?」

 

 何やら二人で話し合っていたかと思えば、共に意地の悪い笑みを浮かべて何かを示し合わせる男女。

 その様子を訳が分からないまま通信ウィンドウ越しにイツキが眺めていると、赤髪の女の方が矢庭(やにわ)にこう叫んだ。

 

『カモーン、()()ぃーズ!!』

 

 かと思った、その次の瞬間。

 

『『『イエス! マイシスター!!』』』

 

 何処からともなく、聞き覚えの無い声が幾つも響いた。

 同時に、陸戦型ガンダムのコックピット内にアラートが鳴り響き、空から何かが現れる。

 その姿に、えっ、とイツキは目を見開いた。

 

「が、ガンプラ!?」

 

 そう、ガンプラだ。

 イツキと、初心者狩りの二人しかいなかった筈のその場に、新たなガンプラが降り立ったのだ。

 

「な、何でまたガンプラが?」

 

 現れたのは三機。

 一機は放射状に広がるアンテナを額から生やし、所々が割れたようになっている各部の装甲から内部フレームが露出するガンダムタイプ――“ユニコーンガンダム2号機 バンシィ・ノルン”。

 一機は各部に増加装甲を施し、背にX字状に伸びる四本の砲身を背負ったRX-78-2(初代ガンダム)のバリエーション機――“フォーエバーガンダム”。

 そして最後の一機は、右肩に腕全体を覆うようなL字の盾を、左肩に三方に鋭く伸びるスパイクを三つ備えた一つ目(モノアイ)の機体――“ザクⅡ改”。

 いずれも眼前のアルケーのように濃いオレンジ色に機体を染めたそのガンプラ達が、奥のアルケードライを守るようにその周囲へと着地していく。

 その様を愕然(がくぜん)としながら見ていたイツキに、アッハッハ、とおかしそうな赤髪の女の笑い声が浴びせられる。

 

『そーそー、その顔! そういう顔するよね、やっぱ!』

 

「な、何だよそいつら!? お姉さん達、二人だけじゃ――」

 

『ああん? いつ二人だけなんて言ったよ? ここにいる全員が()()なんだよ、ボケ!』

 

「なっ……!?」

 

 明かされた事実に、イツキは思わず絶句する。

 その様がなお面白いのか、ケラケラ、と笑いながら赤髪の女が言う。

 

『アタシら皆大学のサークル仲間なんだよね。()()ぃズの皆に、紅一点で()()()のアタシって感じで。皆でいっつも楽しく初心者狩ってんのよ。ねー、()()ぃーズ?』

 

『『『『イエス! マイシスター!』』』』

 

 赤髪の女に呼応して、青髪の男も含めた四人分の男の声が、一切ズレの無く合わせたタイミングで一斉に轟く。

 一人の女と、その身を守る騎士の一団とでも言わんばかりのその有様は、(さなが)らオタサーの姫、ならぬ初心者狩りサーの姫、といったところか。

 が、そんな事など今はどうでもいい。

 重要な点は、もっと別のところにある。

 

「な、何だよそれ……? 二人だけじゃ、ないって?」

 

 そう、()だ。

 これまで、イツキは敵が二人だけだと思っていた。アルケーと、アルケードライさえ倒せば、こっちの勝ちだと。

 もちろん、二人だけならば勝てる、とまで思っていたわけでは無い。

 むしろアルケー 一機にここまで追い込まれたのだ。勝てるか否かは、その時点で二の次になっている。

 重要なのは、それが分かっていても、なお無視して“絶対に勝つ”と言い切り、戦いを続行できるかどうかという意思――()()の問題だ。

 何とかしてアルケーを倒し、そしてアルケードライも倒して、勝つ。――達成できるか否かは別として、そういう目標があったからこそ、これまでイツキは戦意を失う事が無かった。

 しかし今、敵の側に増援が現れてしまった。アルケーとアルケードライ以外にも、倒さなければならない相手が増えてしまった。

 戦意を保つための目標が、崩れてしまったのだ。

 

「あ、アリかよ……そんなの?」

 

 そうなってしまった今、先程までの戦意を――絶対に勝つ、という意思を、イツキは保てない。

 紅く輝くアルケーを先頭に、一様にこちらへとカメラアイを向ける初心者狩り達の、計五機へと増えてしまったガンプラを前に、呆然と立ち尽くす他無い。

 そうなって仕方ない。

 そうなってしまう事もまた、向こうの狙いなのだから。

 

『アハハ、(たま)んなーい! やっぱ良いわぁ、この瞬間! 二機だけでもしかしたら勝てるかも、って思ってるところに、ドーン、と勢ぞろいさせちゃうとさ、みーんな今のキミみたいな顔しちゃうんだよね! それがホンット面白くってさぁ!』

 

『分かるよマイシスター!』

 

 手を叩いて笑う赤髪の女に、青髪の男が同意を示す。

 それに続いて、俺も、私も、俺も、と追加の三機に乗っているのだろう男達の声も続き、最後に全員が一斉にゲラゲラ、と盛大かつ下卑た笑い声を上げて大笑いし出す。

 その声にはいずれも(おご)りがあったが、その驕りは決して勝利を確信したからではない。

 そもそも、勝ち負けなど最初から彼らの眼中には無い。

 あるのは、右も左も分からない初心者をどれだけ調子付かせて、どれだけ酷い落差に突き落とした上で甚振(いたぶ)って楽しめるかという、勝負とは全く無縁の嗜虐心(しぎゃくしん)だけだ。

 それが嫌という程分かるから、悔しさにイツキは強く奥歯を噛みこそすれど、もう何かを言い返そうという気にはなれなかった。

 理不尽な増援は勿論(もちろん)の事だが、それも含めて最初から勝負でさえ無かった事実に、完全にでこそ無いが、彼は折れてしまった。

 オープン通信を通して辺りに響く笑い声が剣山のように彼の心に傷を付けるも、それに抗う気力も無く、もう憔悴(しょうすい)のまま俯くしかなかった。

 

『はっはっは! ――さぁてぇとぉ』

 

 青髪の男が他の連中に先んじて笑うのを止めるや、中空に浮くアルケーが再び動きを見せる。

 

『全員揃った事だし、そろそろ続きといくかぁ』

 

 そう言ってニヤリ、と口を釣り上げる青髪の男を、いいぞー、と他の男達が(はや)し立てる。

 彼が言う“続き”が、()()の続きでは無い事は、もはや考えるまでも無い。

 

『残ってる手足と、それから背中のバーニアを、だ。全部ちょん切って、芋虫みてぇに這う事も出来なくしてから、俺ら全員でフルボッコにしてやんよぉ』

 

 ヒューヒュー、と下手な口笛の声援を受けながら、アルケーがGNバスターソードを高く掲げる。

 宣言通り、陸戦型ガンダムに残された手足を断ち切って、抵抗の術を完全に潰すために。

 

()()ぃー! フィニッシュはアタシが決めるんだからね? 分かってるよね?』

 

『分かってるって、マイシスター!』

 

 そうなってしまえば、後はもうやられるのみ。

 ミッションカウンター前でアイアンタイガーに言われたように、(てい)の良いサンドバックにされて、最悪の初GBNを味わいながら倒されるだけだ。

 そんなのは――いやだ。

 

『へへっ。――つーワケで、マイシスターに仕留められるまで』

 

 やっとの思いで始められたGBNなのだ。

 コアガンダムこそ手に入れられなかったが、それでも念願は確かに叶ったのだ。

 それなのに、思い描き続けたGBNデビューをこんな連中に汚されるなんて。

 そんなの、あんまりだ。

 

『身の丈に合わねぇガンプラでGBNに乗り込んで来た事――』

 

 だから、まだだ。

 まだ、終わっていない。

 まだ――。

 

「――負けていない……俺は、俺はっ」

 

『――後悔しながらボコられろやァ! クソガキィ!!』

 

「俺はっ、勝つんだああぁぁっ!!」

 

 心に僅かに残された、なけなしの戦意。

 タンクの隅に僅かに残った蒸発し掛けの燃料のようなそれを、赤い粒子と残像を連れて接近するアルケーへと、涙の滲んだ双眸をかっと見開いてイツキは叩き付けた。

 何かの操作を同時並行して行っているワケでは無い。当然、それそのものは逆転に繋がるものではない。

 しかし、それは間違いなく心からの叫びであった。なけなしの戦意が形となったものであった。

 だからこそ、その叫びは、届いたのだ。

 

『――えっ? 何? ――高熱源反応、接近!?』

 

 突如響くアラートと共に赤髪の女がそう告げた刹那、イツキの視界を覆い尽くした青白い光の奔流と、続け様に発生した大規模の爆風が、その返答だった。

 

『よぉイツキ! 待たせたな!』

 

 そう、威勢の良い声と共にモニターに現れたその顔は、果たして――。

 

「こ……()()()ぅ!?」

 

だから()()()()()()()()!!

 

 先程通信を切られて以来顔を見せなかった幼馴染、アイアンタイガー(フジカブト・コテツ)その人だった。

 すかさず驚き混じりにその名を叫ぶイツキ。

 それに反応して、いい加減覚えろコノヤロー、と即座に怒声が飛ばして来たアイアンタイガーが、すぐに、へっ、と鼻を鳴らして笑い掛けて来た。

 

『まぁたぴーぴー泣いてたのかよオメーは? なっさけねーツラしてんなぁ、おい』

 

「う、うっさい!」

 

 目尻に溜まった涙の事を指摘されるや、文句を返しながら、そそくさとイツキはダンダラ羽織の袖で目元を擦った。

 正直、安堵(あんど)した。

 ここまで、たった一人で、初心者狩り達の心無い暴言を浴びせ掛けられる中で戦っていただけに、暫く顔の見えなかった幼馴染の登場は、それだけで彼の心に大きな安心を(もたら)していた。

 ただ、それを悟られてしまうのは酷く気恥ずかしかった。それ故の、このぶっきらぼうな対応であった。

 

『ま、ちゃんと10分もたせられただけヨシとすっか。どうにかこっちも間に合ったしな』

 

 袖で視界が塞がっている中、そうアイアンタイガーが言うのが聞こえた。

 それで、ふと思った。

 

「お前、どこにいるんだよ?」

 

 目元から袖を離すや、イツキはアイアンタイガーにそう問い掛けつつ、彼の姿が映る通信ウィンドウを見遣った。

 見れば、あん、と返す彼の背に広がっているのは、先程までの薄暗い格納庫の壁面では無くなっていた。

 代わりに広がっているのは、下方から緑色の光がぼんやりと照らし上げている、黒い空間。

 既に損傷度(ダメージレベル)警告域(イエロー)に達してしまったため今は違うが、その空間が先程まで自分が立っていたのと同じ場であったため、イツキはすぐに勘付いた。

 そう。今アイアンタイガーがいるその場が、ガンプラのコックピット内であるという事に。

 ならば、どこかにいる筈だ。

 彼が乗っているであろう、ガンプラが。

 その位置を知ろうという意図をあちらも察したのか、ああ、と得心したように頷いたアイアンタイガーが、こう答えた。

 

『後見ろ、後。オメーの後、五時方向の、上だ』

 

「後?」

 

 親指を立てた右手で後方を指し示すジェスチャーをしながらのアイアンタイガーの言葉に従うまま、イツキは陸戦型ガンダムを後方へと振り向かせ、更に自分自身も顔を後方へと向けつつ、上方を見上げた。

 そして、あっ、と見つけた。

 後方斜め右、地表から約80mの空。そこに浮かぶ、一機のガンプラ。

 格納庫にてアイアンタイガーが己のガンプラだと言っていた、あのガンダムDXフルバスターの姿を。

 同時に、いざ見つけるや拡大したその姿に、ん、とイツキは首を傾げる。

 モニターに映るDXフルバスターの姿が、格納庫で見た時から色々と変化していたためだ。

 具体的には、背中から一対生えていた翼状パーツは左右と、その上下斜めに広がる三対の形に変形していたし、左右前腕と両足脹脛の紺色のカバー部分、肩の外側が開き、中に畳まれていたらしい薄いフィン状のパーツがそれぞれ二枚ずつ放射状に展開している。更に、翼と同じく背中にマウントされていた細長いパーツが左右の()()()()展開し、長大な二門の大砲としてその砲口を前方へと向けていた。

 そして何より目に付く変化として、

 

「何か、スッゲェ光ってない?」

 

その機体が、光り輝いていた。

 背中の三対に増えた翼が、展開した手足や肩のフィン部分が、頭部のブレードアンテナ()や頬部の(ひげ)が。そして、全身に走っている金色のラインが。

 その全てが、(まばゆ)い黄金色の輝きを放っていたのだ。

 その様はイツキからすれば驚くべきものであったが、当のアイアンタイガーからしてみれば別段大したことでは無いのか、

 

『そりゃ光んだろ。ついさっき“マイクロウェーブ”チャージしたばっかなんだから』

 

さも当然とばかりにそう返して来る。

 それで更に訳が分からなくなり、目を白黒させるイツキにようやく何かを悟ったのか、あー、とアイアンタイガーが額に手を当てた。

 

『そっか。オメー、“サテライトシステム”知らねーんだな。いーか、コイツは――』

 

 と、アイアンタイガーが説明しようとした、その時。

 

『オラアアアァァァ!!』

 

 先程の光による爆煙が未だ絶えずモクモク、と立ち込める中から、雄叫びを上げて何かが飛び出した。

 

 

 

()()()!』

 

「だーかーらー!」

 

 もうもうと立ち昇る煙を突き破って何かが出て来るや、それに対してイツキから警告の声が叫ばれるが、その時には既にアイアンタイガーは動いていた。

 左右の操縦桿を押し込み、武器スロットを展開――選択。

 その操作を受け、DXフルバスターが左右の脇下より展開していた二門の砲口――“ツインサテライトキャノンカスタム”の側面に備えられた砲身保持用のグリップを、大きく左右に引き抜いた。

 原形機(ガンダムDX)の腰部左右からそこに移設した、“ハイパービームソード”の持ち手を。

 瞬時に展開される、黄緑色の高出力ビーム刃。

 近接戦の邪魔になるツインサテライトの砲身を背に収納しつつ、

 

()()()()()()()()っだっつってんだろォッ!!」

 

猛然と向かって来る何か目掛けて、アイアンタイガーはその二振りの刃を振り下ろした。

 その刃が、あっという間に肉薄したその何かと接触し――激しく散った火花とスパークの中でアイアンタイガーはその正体を捉えた。

 その何かは、

 

『テメェ! よくもやってくれたなァッ!!』

 

あの青髪の男が駆る、アルケーだった。

 

『さっきの光、そのDXのツインサテライトかッ!?』

 

 二振りのハイパービームソードと、アルケーのGNバスターソードが甲高い音を立てて押し合う中、多分に怒りを滲ませた声で男が吠える。

 その言葉の通りだった。

 イツキとの通信を切ったあの後、急いでDXフルバスターを出撃させて現場へと向かったアイアンタイガーは、いつの間にか五機に増えていた初心者狩り側のガンプラと、左腕と右足が消失した満身創痍(まんしんそうい)の陸戦型ガンダムを見つけるや、すぐにツインサテライトキャノンカスタムを展開。イツキを巻き込まないように出力を調整しつつ、それを撃ち込んだのだ。

 だから、はっ、と小馬鹿にした笑いでアイアンタイガーは肯定しつつも、挑発した。

 

「だったら何だっつーんだよ?」

 

『フザけた事してんじゃねぇぞテメェ!? 月も出てねぇこんな真っ昼間にサテライトキャノンぶっ放すとか、何の()()()だコラァ!!』

 

「は?」

 

 一瞬男が言った事の意味が分からず、呆けた声がアイアンタイガーの口から洩れる。

 が、すぐに、ああ、と得心した彼は、得意げな気分でその間違いを指摘して見せる。

 

「何だよ知らねぇのか? GBNじゃ、いつでも“スーパーマイクロウェーブ”をチャージ出来るんだぜ?」

 

 DXフルバスターの原形機たるガンダムDX、及びその前身たるGX――“ガンダムX”には、“サテライトシステム”と呼ばれる機能が搭載されている。

 これは月面の発電施設にて生産され、“スーパーマイクロウェーブ”へと変換された膨大なエネルギーを受信し、武装及びMS本体のエネルギーとして再変換・供給するシステムの事だ。

 機動新世紀ガンダムX劇中においても、発射に膨大なエネルギーを要するサテライトキャノンの使用のためなどで幾度となく使用されたこのシステムは、その供給方法の関係から特定の時間帯と環境――平たく言えば、月の見える夜間の屋外や宇宙空間でのみ使用する事が可能となっている。その条件を満たしていない現時刻での使用を指して、この男はチートと言ったのだ。

 しかし、アイアンタイガーが言った通り、GBNにおいてそのサテライトシステムの使用条件は存在しない。二千万人以上が日々時と場所を問わずアクセスするGBNにおいて、特定の時間帯や場所でしか使えないシステムなど産廃でしかない。

 そのため、サテライトシステムは――スーパーマイクロウェーブそのものが遮られてしまう悪天候下のステージや屋内、水中等の一部の状況を除く――殆どの場所や時間帯で使える仕様になっているのだ。

 最も、ガンダムX劇中において時間帯や環境の制限が存在するのは、物語開始前にマイクロウェーブ中継用の人工衛星が全て宇宙革命軍に破壊されてしまっているからであり、その人工衛星の設定を反映したと思えば、まだこちらは原作の設定に沿っているだけだと言えなくもないのだが。

 

「そんな事も知らねーでチート呼ばわりかよ。初心者狩りなんてしょーもねー事してる暇あんなら、もちっと勉強した方がいーんじゃねーのか? え゛え゛っ、兄ちゃんよー!?」

 

『――っ!? こ、こんのガキぃ!』

 

 アイアンタイガーがこの場に到着したのは先程だ。それまで通信を切っていたから、それまでの初心者狩り達とイツキの遣り取りを彼は知らない。

 しかしその言葉は、トランザムの事を知らなかったイツキを嘲っていた青髪の男に対して、見事なまでのカウンターとなっていた。

 

「はっ、ムカついたか? けどなー、俺はもっとムカついてんだよォッ!」

 

 半分は戦闘続行を選んだ当人の自業自得とはいえ、幼馴染を良いように(もてあそ)んでくれた初心者狩り達の所業には、アイアンタイガーも激しく立腹していた。

 その怒りを握る操縦桿に乗せ、DXフルバスターにハイパービームソードを押し込ませようとするが――。

 

『調子こくなクソガキッ! こちとらまだトランザム続いてんだ! 力比べなら、まだまだこっちに分があんだよォッ!!』

 

 悔しいが、男の言う通り。

 ツインサテライトの極光に巻き込まれてか、今のボロボロになったアルケーは腰から下と左腕の肘から先が丸々無くなってこそいる。

 が、それでもトランザムによる機体の強化は未だ持続しており、その後押しを受けたバスターソードの刀身は徐々に、本当に徐々にだが、鍔迫(つばぜ)り合っているハイパービームソードを押し返して来ている。

 向こうの限界時間(トランザム終了)まで後どれくらいかにもよるが――この状況が続けば、逆にアイアンタイガーの方が押し切られかねない。

 その事はアイアンタイガー自身も分かっている。

 分かっているからこそ、

 

「誰が力比べするっつったァッ!!」

 

再び彼は武器スロットを展開し、すぐさま選択したそれを発動させたのだ。

 刹那、DXフルバスターの全身に走る金色のラインが一際強く発光し、

 

『うおおぉっ!?』

 

驚く青髪の男の声を尾に引きながら、眼前で鍔迫り合っていたアルケーが突然後方へと弾け飛んだ。

 否、弾き飛ばしたのだ。

 全身の金色のライン――かつてGPDの時代に活躍した“心形流(しんぎょうりゅう)の魔王”が使っていたGXの改造機を参考に組み込んだ、“リフレクトスラスター”。それに貯蓄されたエネルギーを全身から発して作り上げた、防護フィールドによって。

 

「もーいっちょお!!」

 

 間髪入れず、アイアンタイガーはもう一度両の操縦桿から武器スロットを展開し、その中からダメ押しの一手を選び出す。

 と同時に、反応したDXフルバスターの両肩前面と、左右膝のブロック部分がそれぞれ展開。“HGAW ガンダムレオパルド”から流用したそれらに格納されていた“ショルダーミサイル”、及び“ホーネットミサイル”が白煙と噴射炎を上げてアルケーへと殺到。

 

『ふっ、フザけんなっ! 俺が、俺が、こんなガキなんかに、やられるワケ――』

 

 青髪の男の――今度は嘘ではない――負け惜しみの言葉諸共(もろとも)、未だ紅に染まっていれど損傷の(かさ)んだその機体を、盛大な爆炎の連鎖が飲み込んだ。

 粉々の破片と化して四散し、そして程無くしてテクスチャ片と化して爆炎諸共その場から消失するアルケー。

 その様を確認したアイアンタイガーは一息吐こうと――したのも束の間、コックピット内に鳴り響くアラートに、新たな武器を選択。

 DXフルバスターにビーム刃の発振を止めたハイパービームソードの柄をツインサテライトの砲身側面へと戻させてから、腰の後ろから左右へと移動した“ディフェンスバスターライフル”を両手に取らせ、機体を90度反転させて振り返った。

 刹那、

 

『こんのガキいいいぃぃッ!!』

 

猛然と赤紫色の影が飛来し、肉薄するや否や赤いビーム刃を振り下ろして来た。

 その斬撃を、焦る事無くアイアンタイガーはDXフルバスターに左手側のバスターライフルの()()を突き出させ、そこに据え付けたディフェンスプレート()で受け止める。

 更に間髪入れず、右手側のバスターライフルをビーム刃の主に向けさせ、その引き金を引いた。

 瞬時にバスターライフルの銃口から黄緑色の火箭(かせん)が放たれたが、それよりも一瞬早くDXフルバスターから離れたビーム刃の主をそれが射抜く事は叶わず、青空の彼方へと空しく消えていく。

 それに構わず、バスターライフルの照準を向け直しながらアイアンタイガーはビーム刃の主の姿を確認して――ちっ、と舌を打った。

 

「おいおい、何でまだ生き残ってんだよ……?」

 

 思わず、そんな文句が口を突いて出て来る。

 何故ならば、そのビーム刃の主の正体が、

 

『よくもアタシの()()ぃズをやってくれたわね! もう許さないんだから!!』

 

他の機体諸共、ツインサテライトキャノンで消し去ってやった筈の、赤紫色のアルケードライだったからだ。

 

 

 

「あのガンプラ、あの赤い髪のお姉さんの――!」

 

 アイアンタイガーによって、自分では歯が立たなかったアルケーが見事撃破された事に陸戦型ガンダムのコックピット内でガッツポーズを取っていたのも束の間。

 突如現れるやDXフルバスターに背後から切り掛かったアルケードライの姿に、イツキもまた目を見開いていた。

 

『ちっとも当たらなかった、ってワケじゃねーみてーだけど……どうやって俺様のフルバスターのツインサテライト防いだんだ、姉ちゃんよー? 確かに出力は抑えてたが、そう簡単に逃げらんねーくらいのはぶち込んでた筈だぜ?』

 

 そうだ。

 確かにアイアンタイガーが現れる直前に放ったあの青白い光――ツインサテライトだったか――に、仲間のガンプラと一緒にあのアルケードライも飲み込まれた筈だ。あの中に消える、その瞬間だけは確かにイツキも目にした。

 実際、モニター上に拡大した、右腕から赤いビーム刃を伸ばしているアルケードライの機体は所々が黒く焼け焦げたり、溶解して盛り上がったりしており、ツインサテライトの光が放たれるまでの傷一つ無かった姿からは一変している。が、それでもあの凄まじい光を浴びた後にしては、損傷が少なすぎるのも確かだ。

 それ故の二人の共通の疑問に、憎々し気に赤髪の女がこう返した。

 

()()ぃズに助けてもらったのよ。キミのサテライトキャノンが当たる直前に、アタシだけでもって、放り投げてもらってね』

 

『それでもまだ逃げらんねーだろ?』

 

『そうよ? それだけじゃぜんぜーんダメ。だから――()()()()のよ!』

 

 そう赤髪の女の怒声が響いた直後、アルケードライの機体が、先程までのアルケーのように紅に染まる。

 その現象が如何(いか)なるものか、辛酸を舐めさせられたばかりですぐに分かったイツキはアイアンタイガーに呼び掛ける。

 

()()()! トランザムだ!!」

 

だから()()()()()()()()!!

 

 そうアイアンタイガーが怒鳴り返した時には、既にDXフルバスターは両手のディフェンスバスターライフルをアルケードライへと向け、引き金を引いていた。

 (あやま)たず、放たれた四本の光の矢がアルケードライ目掛けて猛全と飛んで行く。

 しかし、あと少しで着弾というところでそれらが一様に弾けて消滅。

 まるで見えない壁にでも阻まれたかのようなその現象に、イツキは何で、と思わず身を乗り出す程に驚き、アイアンタイガーが不愉快気に舌を打った。

 

『“ステルスフィールド”かよっ! メンドくせーモンを……!』

 

 “GNステルスフィールド”。

 アルケードライ、及びネーナ・トリニティがガンダム00劇中にて乗機としていたアルケードライのモチーフ元――“ガンダムスローネドライ”に搭載されている、GN粒子の広域散布機能である。

 元来(がんらい)は散布したGN粒子によってレーダーの阻害等を大範囲に引き起こすジャミングフィールドを形成するための装備だが、アルケードライに搭載されているものは更にビームの拡散効果も備えており、今まさにやって見せたように、自機に飛来したビームを防ぐような使い方も可能になっているのだ。

 

『ピンポーン、大正解ー! そこまで分かってるんなら、もう言わなくても良いよね?』

 

 正体が分かれば隠す必要は無い、とばかりに、アルケードライが――トランザムの発動を隠れ蓑に展開していた――背に一対背負った大型バインダーと腰左右の大型アーマーからGN粒子を大量放出。アルケードライ自身からDXフルバスターの後方数十メートルまでに渡って、空が薄らと赤く染まる。

 更に間髪入れず、アルケードライが右腕――クリアーパープルのブレードが銃口上下に並んだ“GNハンドガン”から発振しているビームサーベルを振り上げるや、赤い残像を引き攣れながらDXフルバスターへと急接近する。

 それに対し、DXフルバスターが両手のディフェンスバスターライフルを垂直に立て、それぞれに据え付けられたディフェンスプレートを正面に向けて防御を固めるが、

 

『もうキミの攻撃は、アタシには効かないってさぁッ!!』

 

『ぐおぉ……っ!』

 

横薙ぎに振るわれたアルケードライのビーム刃の勢いに耐え切れず、アイアンタイガーの呻き声と共にDXフルバスターの機体が後方へと押し込まれる。

 

『コテツ!?』

 

『だからアイアンタイ――おわっ!?』

 

 後退させられるDXフルバスターの姿に、反射的にイツキは叫んだ。

 それにアイアンタイガーが名前の訂正を求めようとしたのも束の間、返す刃で再び切り掛かって来たアルケードライに、DXフルバスターが更に奥へと追いやられる。

 

『ホラホラァ! 余所見してる暇なんか無いんだからァ!』

 

『んにゃろォッ!!』

 

 すぐさま、DXフルバスターが側面を向けていたバスターライフルの一丁の銃口をアルケードライへと向け、発砲。

 しかし、放たれた黄緑色のビームは先程と同じくGNステルスフィールドに阻まれて霧散。その間に大きく横へと回り込んだアルケードライの再三の突撃によって、三度DXフルバスターの機体が大きく吹き飛ばされた。

 

「――っ! くそぉ!」

 

 このままじゃコテツが危ない!

 何とかしなければ、とイツキはDXフルバスターとアルケードライから一旦目を離し、辺りを見回した。

 まず目に付いたのは、陸戦型ガンダムの右手に握られたままの、今はビーム刃の発振が止まっているビームサーベルの柄だったが――ダメだ。近付かなければ当てられない。

 ならば、離れていても当てられる武器は無いかと考えて、その脳裏に胸部のバルカンとマルチランチャーが浮かぶが――これもダメだ。ネット弾ではまだ射程が足りないし、バルカン程度では大したダメージにはならない。

 もっと射程があって、もっと威力がある――()()()()()()()が必要だ。

 そんな武器がどこかに無いかと、イツキは首を振り回し、必死に探し回る。

 そして、右往左往する彼の視界が、ふと()()()()を捉えた。

 陸戦型ガンダムの背から外れるや、そのまま地面に横たわったままになっていた、ウェポンコンテナを。

 

「そうだ。確か――」

 

 格納庫からの通信が切られる直前にアイアンタイガーが言っていた言葉が、イツキの頭の内に蘇る。

 

――あと、出してる暇あるか分かんねーけど、ウェポンコンテナの中身もな!――

 

 そう。シールドだけでは武器が足りないというところで、ビームサーベルの在り処に続いて確かそんな事を言っていた筈だ。

 あの時の流れを省みるに、あのコンテナの中身はもしかしたら……。

 幸いにして、ウェポンコンテナが置いてあるのはすぐ近くだ。手足を一本ずつ失って歩けなくなった現在の陸戦型ガンダムでも這う事くらいは出来るし、辿り着くまでの時間もそうは掛からないだろう。

 中身が分からない不安はあったが、

 

「……よし!」

 

頭を振ってそれを振り払ったイツキは、迷わず操縦桿を傾け、陸戦型ガンダムをウェポンコンテナの方へと向かわせた。

 

 

 

「クソッたれッ! そんならコイツだッ!」

 

 吐き捨てつつも、アイアンタイガーは両の操縦桿から武器スロットを呼び出し、同時にモニター端にウィンドウを開きながら、新たな武器を選び出す。

 呼び出すは、胸部”ブレストランチャー”及び頭部”ヘッドバルカン”。

 共に実体弾を放つこれらの装備ならば、GNステルスフィールドの影響を受けずに攻撃できる。

 すかさず、アイアンタイガーは親指部のボタンを押し込み、連続する発砲音と共にDXフルバスターの頭部左右と胸部インテーク下から無数の弾丸を発射する。

 しかし、

 

『アハハハ、甘い甘ーい!』

 

想定通りGNステルスフィールドの影響を受ける事無く滑空するその群れは、真紅の残像を連れるアルケードライに易々(やすやす)と避けられ、虚空の彼方へと消えて行ってしまう。

 

「ちぃっ!」

 

『アタシ、トランザム中だよ? そんな豆鉄砲、当たるワケ無いじゃん!』

 

 更に回避の勢いのまま、再び距離を詰めて来るアルケードライ。

 残像を引きながら振り被られるその右腕を見るや、すぐさまアイアンタイガーは左手のディフェンスバスターライフルの側面を突き出し、続く振り下ろしを防ごうとする。

 が、

 

『それいけファングー!』

 

赤髪の女のその叫びが聞こえるや否や、アルケードライが左右腰アーマー裏に一機ずつ格納しているGNファングを射出。

 ビーム刃を先端から展開したそれらが、目にも止まらない速度でDXフルバスターの左前腕を下から突き上げた。

 

「んがっ!?」

 

 GNファングの突撃によって半ばに大穴を穿たれたDXフルバスターの左前腕は、脱落しないまでもコントロールが消失。握力の失せたマニュピレーター()からバスターライフル()が零れ落ち、真正面のアルケードライにガラ空きの胴体を晒す事となってしまう。

 敵機は目下トランザム発動中だ。強化されているその動作速度を前に、右手側のバスターライフルをカバーに割り込ませられる猶予など最早無い。

 決定的な、隙だ。

 

『今度こそ終わりね。それじゃあ、バイバーイ』

 

 だから、アルケードライが振り下ろすビーム刃には、余裕があった。

 トランザムによる速度強化状態にあって、なお緩慢(かんまん)さを感じられる程の、余裕が。

 それを目にしても、なお打つ手が無く、髪と帽子に覆われた額にじんわり冷や汗を滲ませるアイアンタイガーは――口端を釣り上げて、笑った。

 

「こっちこそじゃーな、姉ちゃん。――終わんのは、テメーだッ!」

 

 アイアンタイガーがそう返した次の瞬間。

 轟音が響いた。

 まるで、大質量の金属塊を別の金属塊に全力で打ち付けたような、そういう轟音が。

 その轟音と共に、ビームサーベルを振り下ろそうとしていたアルケードライの姿が、アイアンタイガーの視界から消えた。

 その事に彼は驚かない。

 ()()()()()()()に、驚く必要など無い。

 故に今、彼がやるべきは唯一つ。

 

「よっしゃあ! でかしたぜトピア!」

 

 アルケードライに代わり正面に現れた相手――モビルドールトピアに、サムズアップと共に称賛の言葉を送る事であった。

 

 

 

「どういたしましてですー」

 

 通信ウィンドウの向こうで歯を剥いて笑うアイアンタイガーの言葉に、えへへ、と嬉しさから笑い返しつつ礼の言葉を返したトピアは、押し込んでいた操縦桿を初期位置(ニュートラル)まで引き戻した。

 それに合わせ、本物のそれのように後部側が膨らんだ箒状のメイン武器――“GNブルームメイス”を両手で振り下ろした前のめり姿勢のままその場に静止していた彼女のモビルドールが、上半身を立てた直立の姿勢へと態勢を戻す。

 と、そこへ、

 

『な、何なのアンタ!?』

 

何処からか上擦った声が掛けられ、それに反応したトピアは下の方へと目を遣った。

 モビルドールトピアとDXフルバスターが並ぶその斜め下から、四つ目の並ぶ頭部で見上げているアルケードライの方へと。

 見れば、後部――DXフルバスターとアルケードライの戦闘へ介入すると共に打ち下ろしたGNブルームメイスによって、コアファイターを兼ねたバックパックはその機首部分が完全に潰れてしまっている。その左右に並ぶ大型バインダーも同様に上部内側が大きく抉れ、展開したままの粒子噴出孔からは大量のGN粒子ではなく、揺らめく白煙が吐き出されていた。

 腰左右のアーマーも含め、GNステルスフィールド発生用の粒子噴出孔は四ヶ所ある。その内二ヶ所が文字通り潰れた今、ステルスフィールドそのものは維持出来るとしても――ビーム拡散効果も含めた――その機能が大きく落ちる事は避けられない。

 

『増援なの!? 一体、どこから!?』

 

 そのアルケードライから困惑したような赤髪の女の声が放たれたため、特に抵抗も感じる事無くトピアはその問いへの答えを返した。

 

「上ですー!」

 

『はぁ!?』

 

「ずっと上空(うえ)にいましたー!」

 

 そう。上空だ。

 格納庫を出てからアイアンタイガーに加勢するまで、トピアはずっと彼の近く――正確には、DXフルバスターの上空150m程の位置で待機していた。

 出撃と共にそのポジションに着き、現場に到着するやアイアンタイガーがツインサテライトキャノンによる強襲を掛け、敵機の全滅を目指す。それで万が一ツインサテライトから逃れた残党が発生するようであれば、()()()DXフルバスターのみでその掃討に掛かる。

 その上で、もし残った初心者狩りの機体にアイアンタイガーが苦戦するようであれば――そこでトピアの出番。独自判断で上空からの不意打ちを掛けつつ、戦闘に参加。二機で残党を捻り潰す。

 ――そういう作戦だったのだ。

 

『待機させといて正解だったぜ。姉ちゃんも俺の方にしか目がいかねーから、不意打ちもバッチリ決まった』

 

 アルケードライの機体は、今もトランザム中である事を示す紅に染まっている。

 あるいは、強化されたその機動力で強引にGNブルームメイスによる一撃を(かわ)される可能性もあったのだが、実際には見事にそれは決まった。

 それは、体を張ったアイアンタイガーの囮演技が嵌ったのもあるが、何よりも、まともに戦える敵が目の前にいる一機しかいないと思い込んだ赤髪の女の油断が要因として大きかった。

 それ故に、通信ウィンドウの向こうでしたり顔で、へへっ、と鼻を鳴らすアイアンタイガーに、アルケードライからの流れる女の声が更に上擦った。

 

『な、何よソレっ? 後から出て来るなんて……卑怯よ、そんなの!』

 

『あ? こっちが最初(ハナ)っから三人いんのは、イツキにちょっかい掛けて来た時から分かってたこったろ? つーか、そー言うそっちはどーなんだよ? いつの間にか五人くらいに増えてたけどなー?』

 

「そーですぅ! ひきょーなのはそっちですー!」

 

 女の言葉を一笑に付すアイアンタイガーに続いて、トピアもそう指摘する。

 すると、

 

『……っ! うるっ、さい! うるさい! うるさいうるさい、うるさーいッ!!』

 

癇癪(ヒステリー)を起こしたように叫び散らかす女の声と真紅の残像を引き連れて、アルケードライが猛然と迫って来た。

 それを見たトピアは、すぐさま操縦桿を左に倒し、モビルドールを同じ方向へと向かせる。

 同時に、先端部プロペラが高速回転しているツインテールの根本に増設された“GNドライブユニット”後部の白いコーンスラスター、及び腰部左右の“GNスラスターユニット”後部の黄色い円筒部から緑色のGN粒子が噴射。

 その勢いのまま、逆方向へとバーニアを噴かせたDXフルバスターと離れ合うように飛んで、やって来たアルケードライの突撃を回避した。

 

『うるっさいのよガキがァッ! 大人に生意気(ナマ)吹いてんじゃないわよォ!!』

 

『ハッ! ちょっとセーロン言っただけで逆ギレしといて、なーにが大人だ! 笑わせんじゃねーよ!!』

 

 そう言い返す傍ら、アイアンタイガーがDXフルバスターに右手のバスターライフルを構えさせ、即座に二連続発砲。黄緑色に瞬く二筋の閃光が、弱まったステルスフィールドに打ち消される事無く、真っ直ぐアルケードライへと向かっていく。

 それに対し、アルケードライが逆にDXフルバスターへと進行方向を変更。身を捻じって飛来するビームを避けつつ肉薄するや下半身を向け、その機体に蹴りを叩き込んだ。

 

『うおぉっ……!』

 

()()()()()タイガーくん!」

 

 通信ウィンドウを通じて聞こえたアイアンタイガーの呻き声に、反射的に呼び掛けるトピア。

 すぐに、()()()()タイガー!! 、というツッコミが彼から返って来るが、それに気を向けている余裕は彼女には無い。

 蹴り付けたDXフルバスターを踏み台に、今度は彼女の方へとアルケードライが向かって来ていたからだ。

 急ぎ、トピアは操縦桿を引き寄せてモビルドールを後退。

 更に左腕に装備したポシェット状の追加パーツ――“GNポシェットランチャー”のチャック状になっている展開部を開き、その中に仕込まれた二連ランチャーから弾頭を一発ずつ発射する。

 撃ったのはナパーム弾。

 近接信管により直接当たる前に炸裂したそれらから焼夷燃料が広範囲に広がるが、それすらもトランザムで強化された機動性によって、アルケードライは躱し切って見せる。

 

『だからトランザムしてんのよ! アンタらの攻撃なんか当たんないって、二度も三度も言わせんなああぁっ!!』

 

 そのまま、赤髪の女の絶叫染みた怒声を乗せて、右腕のビームサーベルを左越しに構えたアルケードライがすぐ目の前まで辿り着く。

 トランザムの強化が乗った薙ぎ払いが、もう間もなく行われる。

 とある二人の男の手で作られたモビルドールの出来栄え、引いてはその性能は並みのガンプラを凌駕するものでこそあるが、その性能を以てしても、アルケードライの斬撃から逃れる事は最早不可能であった。

 だから――迫るアルケードライの姿を前に、トピアは()()()を叫んだ。

 

「“エルトランザム”ー!!」

 

 その起動コードの発令によりコンソール上に浮かび上がる文字を見る間も無く、トピアは操縦桿を引き上げる。

 それに従い――頭部のGNドライブユニットを皮切りに、全身がアルケードライのように()()()()()()モビルドールトピアが急上昇。瞬く間に、発生した赤い残像以外何も無くなったそこを切り払ったアルケードライの、その頭上の空間を奪い取る。

 そう。トランザムは向こうだけのものではない。

 並のガンプラを歯牙(しが)に掛けない出来栄えを誇るモビルドール。そこに、ヒカル謹製(きんせい)のGNドライブユニットを始めとした、大容量GNコンデンサー内蔵の専用増設パーツ。

 その二つの要素が揃って初めて行う事が出来る、モビルドールトピア専用の“EL(エル) TRAN-SAM(トランザム)”だ。

 

『なっ!? い、いない……?』

 

 向こうがELダイバーの使うモビルドールについてどの程度知っているのかは分からないが、ただ純正太陽炉を後付けしただけ()()()()()()()機体がトランザムまで使えるとは思っていなかったのだろう。

 呆気に取られたような女の声から一拍置いて、アルケードライが頭部を右往左往させ、モビルドールトピアの姿を探そうとする。

 が、もう遅い。

 GNブルームメイスを振り被ったモビルドールトピアは、既にアルケードライ目掛けての急降下を開始していたからだ。

 

「やああああああぁぁぁぁっ!!」

 

 GN粒子の重量軽減効果を解き放った、GNブルームメイスそのものの大質量。

 エルトランザムによる速度と腕力の強化。

 そして、高度差による位置エネルギー。

 その全てを詰め込んだ渾身の振り下ろしを、見上げる間も無いアルケードライへと、裂帛(れっぱく)の叫びを上げてトピアは打ち込んだ。

 

 

 

 轟く金属音。

 まるで間近で落雷が発生したようなその凄まじい音と共に激しく揺れた機体が、操縦に関係なく急降下を始める。

 そして程無くして、モニター全面に広がった森の緑色の中に突入したその刹那、再び発生した轟音と振動、そして激しい土埃と共にアルケードライが動きを止めた。

 

「こ、このっ……」

 

 機体が地表に打ち付けられた際の衝撃で自らも前面のコンソールへと飛び込む事へとなった赤髪の女は、わなわなと体を震わせて上半身を持ち上げる。

 GBNの感覚フィードバック範囲の関係で痛みや傷こそ無かったが、そんな事は今の彼女には気休めにさえならない。

 

「よ、よくもやってくれたわねクソガキどもぉ……!」

 

 前髪に隠れた額に青筋を浮かべ、歯軋りをしながら女は上空を――宙に浮くDXの改造機と、モビルドール(見た事の無い人形染みたガンプラ)を睨み付ける。

 特に、モビルドールの方を。

 

「何なのよそのガンプラぁ……? GNドライブぽん付けしただけの機体でトランザムなんて、フザてんの?」

 

 そうだ、あのガンプラだ。

 あのガンプラが飛び入りしなければ、あんなガキの作ったDXなんか簡単に捻り潰して、残っている陸戦型ガンダムの方も大手を振って甚振(いたぶ)っていたのだ。

 それが、今はどうだ?

 

「――ああ、最っ悪!」

 

 コックピット内が黄色に染まっていたためそんな気はしていたが――コンソールに表示された乗機のステータスに目を通して、赤髪の女は顔を歪ませる。

 アルケードライの現状は、あまりに酷いものだった。

 元よりDXのツインサテライトの余波で受けていた分の損傷に加え、あのモビルドールの不意打ちによって文字通り潰されてしまった背部のコアファイター機首と左右バインダー。

 それに加え、先のトランザム発動後の一撃によって胴体部左上に大きなヘコミが出来、左腕が肩口から脱落。地表に打ち付けられた際の衝撃で、機体全体が少なく無いダメージを受けている。

 更には、胴体部のダメージが動力炉(GNドライブ)にまで響いてしまったのか、まだ限界時間まで余裕があった筈のトランザムが解除され、挙句機体各部への粒子供給量そのものが低下してしまっている。これでは、機体の動作にも悪影響が出てしまうだろう。

 とてもじゃないが、左腕が使えなくなっただけのDXと、無傷の上にトランザム持続中のモビルドールを相手に戦える状態ではない。

 

「何で、こうなんのよ? ――何で、アタシがこんな目に遭ってんのよ!?」

 

 いつものように、右も左も分からないまま誘い込まれた初心者(ザコ)を玩具にして遊ぶだけの筈だったのに。

 絶望してぴーぴー泣き喚く玩具をサークルの取り巻き共(兄ぃ兄ぃズ)と一緒に煽りながら、楽しくダイバーポイント頂く筈だったのに。

 それが、何でこんな事に?

 

「ふっざけんなァッ!! こうなってるのはアンタらなのよ! アタシがッ、アンタらを見下ろしてんのがッ、正しいのよッ!!」

 

 運営からペナルティなんて最初からどうでもいい。

 そもそもが腹いせだ。思惑通りに事が進んでいれば、少なくとも気分的には帳尻が合っていた。

 だが、ペナルティがほぼ確定している上で、実際はこの現状である。

 これでは気分の面でも最悪だ。

 胸糞悪い。

 

「もう絶対許さないッ!」

 

 こうなったら、何が何でも倒してやる。

 上空の二機をあそこから引き摺り下ろして、足蹴にしてやる。

 それぐらいしなければ、気が済まない。

 そういう怒りに、もうどう足掻いても勝てっこない、どうせ負けるなら逃げるが勝ち、という理性の判断を飲み込まれた赤髪の女は、ぐいっと操縦桿を引き寄せる。

 それに従い、(うつぶ)せっていたアルケードライが残った右手を地に着き、軋む機体を震わせながらも片膝立ちの姿勢になる。

 そうして、DXとモビルドールの方へと突撃させるため、女は操縦桿を前へ押し込もうとして――。

 

「今すぐそこから引き摺り落として――きゃあっ!?」

 

 ――突如襲い来た横殴りの衝撃に、それを阻まれた。

 

「今度は何なのよぉっ!?」

 

 今の衝撃によってか、損傷度(ダメージレベル)が危険域に達した事を示す赤色にコックピット内が染まる。

 もう撃墜(ダメージアウト)まで猶予が無くなった事を伝えるその色の中で、赤髪を振り回して女は右へと振り返り――黄色い双眸を驚愕にかっと見開いた。

 

「アンタはっ……!?」

 

 その目に映ったのは、残った右腕に握った大砲を大きく跳ね上げる、()()()()()()()であった。

 

 

 

「うおぉっ……っとととと!?」

 

 何とか構えさせた()()を撃たせるや、即座に襲い掛かって来た反動に右腕ごとその長砲身を大きく跳ね上げた陸戦型ガンダムに驚きつつも、何とかイツキは右の操縦桿を力任せに押し込んで、その反動に耐えさせる。

 ウェポンコンテナの中に四つ分けになって入っていた()()――陸戦型ガンダムという機体の最大火力たる、“180mmキャノン”の反動を。

 

「うえぇ~、何だこの大砲ぉ……?」

 

 下手をすれば地に座らせていた機体そのものが後ろに倒れ込みかねなかった凄まじい反動に、思わずイツキは目を白黒させる。

 本来、180mmキャノンは長距離からの支援砲撃用の装備である。両手での保持に加え、膝部のスパイクによる機体の固定を行ってから放つ事が推奨されるそれを、碌に機体を固定していない状態から片手で撃ったのだから、反動をもろに受けてしまうのは当然の結果といえた。

 しかし反動が強いという事は、威力もまたそれに比例したものであるという事。

 その威力がどれ程のものかは――眼前のアルケードライから、既に拉げていたバックパックと大型バインダーが丸々吹き飛んでしまった事実が証明していた。

 

『おうおう! いつの間にか良いモン持ってんじゃねーか、イツキよぉ?』

 

 もう一度180mmキャノンを構えさせようとしていたイツキの視界の端に、二つ分の通信ウィンドウを伴ってアイアンタイガーとトピアの顔が現れる。

 

『イツキくん、大丈夫ですかー!?』

 

()()()! トピア!」

 

()()()()()()()()!! ――は置いといて。ウェポンコンテナの中身か、そのキャノン?』

 

「おう! お前言ってたろ? コンテナの中の武器も使え、って」

 

『そーいや言ったかもな、そんなの』

 

 そう言葉を交わし、どちらからともなく、へへっ、と笑い合うイツキとアイアンタイガー。

 そこへ、不思議そうな面持ちをしたトピアがこう言う。

 

『どうして笑ってられるんですかぁ?』

 

「え?」

 

『私達が来るまで、イツキくんあの人達にいっぱいいじめられたはずです。陸戦型ガンダムちゃんだって、そんなにボロボロになってるのに、どうして笑ってるんですか?』

 

「いや、どーしてって言われても――」

 

『やっぱり、イツキくんってバカなんですかー?』

 

「ええっ!?」

 

 碧色の目を丸くしながらの突然の罵倒――言った当人にそんなつもりは無い――に、思わずイツキはすっとんきょな声を上げる。

 が、その隣でくっく、と笑いを堪えるアイアンタイガーを目にし、すぐに彼が何がしか吹き込んだのであろう事を察したイツキは、アイアンタイガーを睨み付け、何を言ったのか追究しようとする。

 

「おいコテ――」

 

『こんのガキイイイィィッ!!』

 

 しかし、直後にオープン通信に乗せられてきたその凄まじい怒声によって、うおぉっ、と反射的に肩を跳ねさせた彼の頭からその思考が丸々すっぽ抜ける。

 そのまま、慌てて正面へと向き直った彼の目に映ったのは――ガタガタ、と機体を震わせながら陸戦型ガンダムの方へと向き直る、アルケードライ。

 

『よくもやってくれたわね! ガキの分際で! 自分のガンプラ一つ持ってない初心者の分際でェッ!!』

 

 既にアルケードライの機体は、イツキでさえそうと分かる程に満身創痍だ。

 背部バックパックと左腕が捥げ、円筒形だった胴体も胸部の装甲ごと大きく陥没している。それ以外の部位もサテライトキャノンの余波と墜落の衝撃によって、ところどころ焦げたり溶解したり、潰れたり折れたりしている。

 

『何よ、その大砲! ちょっと黒くてぶっとくてデカくて長いからって、調子乗っちゃって!』

 

 それでもなお、アルケードライが立ち上がる。

 クリアーパープルのブレードの下側が折れたGNハンドガンから、先程よりもずっと短いビームサーベルを発振する。

 

『そんなモンでか弱い女の子相手にイキってる男はサイテーだってェッ! アンタごとちょん切って! 教えてやるうううぅぅ!!』

 

 ナイフのような長さのビーム刃を掲げ、アルケードライが飛び掛かって来る。

 先程までよりも噴出されるGN粒子が薄くなったせいか、迫るその機体の動きは打って変わって鈍い。

 それこそ、

 

「何をォッ!」

 

再び構え直した180mmキャノンの先端を、向こうのビーム刃が振り下ろされるよりも前にその胴体――紫色のレンズに罅が入ったGNコンデンサーに押し付け、つっかえ棒のようにその動きを止められる程に。

 

『こ、このぉ!』

 

「弱い者イジメするお姉さんみたいな大人の方が――」

 

 斜め上に向いた180mmキャノンの砲口のすぐ上で藻掻くアルケードライをしっかりと見据え、迷わずイツキは右の操縦桿のボタンを押し込む。

 それに、速やかに陸戦型ガンダムが反応。

 過たず、その右手が180㎜キャノンの引き金を引き――次の瞬間。

 

「――もっと最低だああぁぁぁっ!!」

 

 ゴウン、という轟音と共に砲口とGNコンデンサーの間から爆炎が吹き上がり、アルケードライが浮き上がる。

 と同時に、再び砲身が跳ね上がり、――度重なる損傷と、片手で180㎜キャノンを撃つ無茶を二連続でやったせいか――陸戦型ガンダムの右肘の関節が砕け、そこから先が180mmキャノンごと後方へと吹っ飛んでいく。

 今度こそまともな攻撃手段はイツキの手から無くなってしまったが――問題無い。

 何故ならば、

 

『ちっ……!』

 

接射状態で放った弾頭は、外れたり無効化されたりする事など勿論無く、確かにアルケードライを射抜いた。

 そう。――触れていたGNコンデンサーのレンズから、GNドライブを挟んでバックパックが失われた背中までを貫通した、巨大な風穴を開けて。

 そのアルケードライが、陸戦型ガンダムのすぐ先の地面に立って揺ら揺らと揺れていたが、暫くして――爆散。

 

『畜生オオオオオォォォォッ!!』

 

 機体から散った赤いGN粒子と、まるで本物のネーナ・トリニティが放ったかのような赤髪の女の迫真の断末魔ともどもアルケードライがテクスチャ片と化し、

 

<BATTLE ENDED>

 

最初からそこに何もいなかったかのように、速やかにその場から消失した。

 

 

 

「これでよし、っと」

 

 時と場所は変わり、セントラルエリア、ロビー。ミッションカウンター前。

 初心者狩りとの思わぬ激戦を終えたイツキは、移動能力を失った陸戦型ガンダムをアイアンタイガーとトピアに運んでもらいながら格納庫へと帰還。そのまま三人揃ってこの場へと戻り、チュートリアルミッションの完了報告ついでに、先の連中の所業に関する運営への報告を行っていた。

 といっても、実際に三人分の戦闘ログを纏めて報告作業を行ったのは彼ではなく、アイアンタイガーであったが。

 何故かといえば、始めたばかりのイツキにはそういう作業はまだ出来ないという(もっと)もらしい理由もある。

 が、一番の理由は、

 

「うううう~……コアガンダムぅ……ゴ ア゛ガ ン゛ ダ ム゛う~ぅ……!」

 

しくしくと泣き喚いている今のイツキがそれどころでは無いという事だった。

 

「……何でまたぶり返してんだよ?」

 

 そう顔を引き攣らせて問うアイアンタイガーに、ぐすぐす、と鼻を鳴らしながらイツキは答える。

 

「だってだってぇ! アイツら、陸戦型ガンダムが借り物だからって! 良いガンプラ使ってるだけのええかっこしいって! 勘違いしてる軟弱者って! 違うのに! コアガンダムが無かったから、仕方なかっただけなのに! ……ううううぅ~ぅ!」

 

「よしよーし、大丈夫ですよー。イツキくんはええかっこしいでも、なんじゃくものでないですよー」

 

 そう、原因は初心者狩りの連中の数々の罵倒だ。

 バトルの最中こそ戦いに、勝つ事にのみ意識が集中していたおかげでまだ耐えられていたが、いざバトルが終わったならば、その集中も当然途切れてしまう。

 結果、例の連中の心無い言葉が頭の内に蘇る事となり――よしよし、と赤子をあやす様に頭を撫でてくれるトピアの胸に顔を埋めて泣き続けるイツキと、

 

「余計な事言ってくれやがって、あの連中……」

 

その後で、はー、と深い溜息を吐くアイアンタイガーという構図が出来上がる事となっていたのだ。

 とはいえ、こうしているのももう暫くの間だろう。

 何せ、今日は色々とあったのだ。

 現実でダイバーギアを手に入れたと思えば肝心のコアガンダムは無く、代わりに陸戦型ガンダムを借りていざログインすれば、今度は胡散臭い初心者狩りに引っ掛かりそうになる。

 偶々通り掛かったマギーの助力もあって、どうにかそれもやり過ごした後でチュートリアルミッションに挑めば、今度は別の初心者狩りに襲われる。それも何とか退けるも、待っていたのはこの現状だ。

 本当に色々あった。お蔭で、すっかり疲れてしまった。アイアンタイガーも、トピアも、何よりイツキ自身も。

 だから、あくまでもう暫くだ。もう暫くすれば、いずれイツキ自身も泣き疲れ、ログアウトしよう(現実に帰ろう)という話になる。

 そう。そうなる筈だ。

 そろそろ泣くのにも疲れを覚えて来たイツキの耳に、

 

「ごめーん、遅れちゃって! 部活がちょっと長引いちゃった」

 

「大丈夫ですよ。僕達も今来たところでしたから」

 

「そーそー! 全然大した事無いって」

 

どこかで聞いた覚えのある声が入り込んで来るような事が無ければ。

 

「っ!」

 

 瞬間、イツキはトピアの胸元からガバリ、と頭を上げ、すぐに周囲を見回した。

 そして――見つけた。

 

「――あの人達だ」

 

「イツキくん?」

 

「トピア」

 

 となれば、善は急げ、だ。

 突然の挙動に、碧の瞳を丸くするトピアに、振り返る事無くイツキは一言だけ告げた。

 

「ちょっと行って来る」

 

「え?」

 

 言うや否や、間の抜けた声を漏らすトピアと、背を向けていてそもそも気づいていないアイアンタイガーを置いて、イツキはその場からダッシュ。

 

「すいません! すいませーん!!」

 

 あっという間に距離が縮まるその一団を呼び止めた彼は、何事かと振り返る彼らのすぐ傍まで辿り着いたところで、両膝に手を置いて立ち止まった。

 

「? どうしたの、君?」

 

「私達に何か用か?」

 

 イツキが呼び止めたのは、五人の男女。

 一人は、イツキと同じか、少し年が上くらいの褐色肌の少年ダイバー。右目が隠れる青緑色の髪の間と、纏っている緑色の民族衣装の裏から、それぞれふさふさとした毛が生えた獣の耳と尻尾を生やしている。

 一人は、イツキより明らかに年上の少女ダイバー。赤と白のゆったりとした袖とロングスカートの巫女風衣装に身を包んでおり、赤い紐飾りを茶髪に乗せた顔の位置を下げて、目線をイツキに合わせようとしている。

 一人は、やはりイツキより年上の女性ダイバー。緑色のラインが所々に走るぴっちりとした黒のアンダースーツに、大きく張り出た胸元の上から両の袖口までを覆う白い上着を纏った彼女は、長い黒髪が垂れ下がる顔に浮かべた仏頂面で、じっとイツキを見て来る。

 だが、こう言っては何だが、この三人にイツキはハッキリ言って用は無い。

 彼の黒目がじっと見つめるのは、それ以外の二人だ。

 

「あの! ジャスティス・カザミさんですよね!?」

 

「お、おう?」

 

 まずはそのうち片方。

 筋骨隆々の体の上から、黄色い星を中心に置いたピンク色のノースリーブと薄い灰色の長ズボンを履いた、()()の中での姿そのままの恰好をした巨漢――カザミ。

 そのカザミは、突然姿を見せたイツキに呆気に取られてか目を白黒させていたが、その横で彼とイツキを交互に見遣っていた獣耳の少年が、あっ、と何かに勘づいたように手を叩いた。

 

「ファンじゃないですか? カザミさんの」

 

「あ! あー、ナルホド!」

 

 少年にそう言われ、納得したように拳と掌を打ち合わせたカザミが、次いで、ゴホンゴホン、と咳払いをする。

 

「如何にも! 俺はジャスティス・カザミ! またの名をジャスティスナイトだ! いきなりでちょっと驚いたが、ファンは誰でも大歓迎だぜ! とりあえず、お近づきの印に握手でも――」

 

 そう立てた親指で自らを指して名乗ったカザミが、そのまま言葉通りに握手するため右手を差し出そうとしたが、

 

「あの! ヒロトって人いませんか!?」

 

その手を無視してイツキは、張り上げた声で目当ての人物の所在を尋ねた。

 それに対し、え、と瞳の小さい目を瞬かせたカザミは、

 

「ヒロト? ヒロトは――」

 

思わぬ名を告げたイツキへの驚きか声を上擦らせつつも、ゆっくりと振り返る。

 彼の隣に立つ、最後の一人。

 

「……俺、だけど?」

 

 覚束ない口調でそう答えながら一歩前に歩み出た、上半身を砂色のポンチョで覆った青年の方へと。

 黒髪を後頭部で結わえたその青年――“ヒロト”の、困惑が見え隠れする顔を目にしたイツキは、

 

「お願いします!!」

 

迷う事無くその場で床に手を着き、額すらも引っ付けた土下座をして、渾身の思いで彼にこう訴えた。

 

「俺に! コアガンダムを! ()()()()()()!!」

 

 ロビー中にその声が響き渡り、そして訪れる、暫しの静寂。

 それが過ぎ去った後、土下座したままのイツキの耳に最初に聞こえたのは、

 

「……え?」

 

なお一層困惑を深めたヒロトの声であった。

 




 そんなワケで、遂に出会ってしまったBUILD DiVERS(ビルドダイバーズ)
 果たして、この出会いが吉と出るか凶と出るか? 果たして、イツキは念願のコアガンダムを手に入れられるのか?
 全ては次回より始まる第二章にて! こうご期待!



 というわけで、今回の敵役だった初心者狩りサーの連中のパーソナルデータついでに置いてきますね。

【Diver Name】:ヒーメ
【Use GUNPLA】:アルケーガンダムドライ(色をスローネドライのような赤紫に。それ以外は特に変更無し)

 イツキ達を襲った初心者狩りサーの姫。小学生に負けた超情けない大学生その1。
 見た目はまんまソレスタルビーイングの制服を着たネーナ。だから断末魔もネーナ。
 なお、他の連中が呼ぶ際に使っていた“マイシスター”は、彼女がそう呼ぶように言い付けていたもの。曰く、アタシって皆の妹だから、との事。

【Diver Name】:ミハ兄ぃ
【Use GUNPLA】:アルケーガンダム(色をスローネツヴァイのような濃いオレンジに。それ以外は特に変更無し)

 イツキ達を襲った初心者狩りサーの兄ぃ兄ぃ(という名の下僕)その1。小学生に負けた超情けない大学生その2。
 まんまソレスタルビーイングの制服着たミハエル。元ネタと違ってMSの中で死ねた(死んでない)。やったねミハ兄ぃ!

【Diver Name】:リディ兄ぃ
【Use GUNPLA】:ユニコーンガンダム2号機 バンシィ・ノルン(色をスローネツヴァイのような濃いオレンジ色に。それ以外は特に変更無し)

 イツキ達を襲った初心者狩りサーの兄ぃ兄ぃ(という名の下僕)その2。小学生に負けた超情けない大学生その3。
 多分リディ・マーセナス似。出て来て早々サテライトキャノンで消し飛んだので影が薄い人その1。

【Diver Name】:シャウ兄ぃ
【Use GUNPLA】:フォーエバーガンダム(増加装甲の色をスローネツヴァイのような濃いオレンジに。それ以外は特に変更無し)

 イツキ達を襲った初心者狩りサーの兄ぃ兄ぃ(という名の下僕)その3。小学生に負けた超情けない大学生その4。
 多分ボリス・シャウアー似。出て来て早々サテライトキャノンで消し飛んだので影が薄い人その2。

【Diver Name】:バー兄ぃ
【Use GUNPLA】:ザクⅡ改(色をスローネツヴァイのような濃いオレンジに。それ以外は特に変更無し)

 イツキ達を襲った初心者狩りサーの兄ぃ兄ぃ(という名の下僕)その4。小学生に負けた超情けない大学生その5。
 多分バーナード・ワイズマン似。出て来て早々サテライトキャノンで消し飛んだので影が薄い人その3。
 何となく仲間外れ感が無いでも無い。


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キャラクター紹介(第3章1話終了時点まで)

 今回は第7話が全然進んでないので前回の投稿から予告しておりましたメインキャラクターの紹介になります。
 割と私の趣味が多分に含まれたキャラ造形になりますので「うわきつっ……」みたいな事になるかもしれませんが、それはともかくどうぞお目通しを。

(2021/8/11追記)第3章1話まで終了時点まででの変更を反映しました。真・主人公機の情報も追加していますので、良かったらどうぞ。

 なお、各キャラクターの紹介項目は以下の通りとなります。

【Diver Name/Real Name】:ダイバーネーム及びリアルネーム
【Gender】:性別
【Age】:年齢
【Status】:社会的立場。学年、或いは勤め先。
【Race】:種族。人間か、それ以外か。
【Real Look】:リアルルック。現実での姿
【Diver Look】:ダイバールック。GBNでの姿
【Diver Lank】:ダイバーランク。F~SSSまで評価されるダイバーとしての強さ指標。
【Use GUNPLA】:使っているガンプラ。
【Base GUNPLA】:元となったガンプラ。
【Equipment List】:ガンプラの装備一覧。
NEW→【GUNPLA Photograph】:ガンプラの写真。実機がある場合に掲載。
【GUNPLA Details】:ガンプラの詳細。

【特に好きなガンダムのタイトルは?】:
【特に好きなガンダムのキャラクターは?】:
【特に好きなMSは?】
(なお、上記三項目はキャラクターへのインタビューという方式で記載)

【Character's Inside】:キャラクターの詳細、裏話等



【Diver Name/Real Name】:イツキ/ギンジョウ・イツキ

【Gender】:男

【Age】:11

【Status】:小学5年生

【Real Look】水色のTシャツに青の短パン。黒髪。

【Diver Look】:

 紺色の袴に白の着物、その上から水色のダンダラ羽織を羽織った新選組風。現実より少し長くした髪を後頭部で丁髷(ちょんまげ)のように結わえている。

 このダイバールックにした理由は本人曰く、「だって新選組カッコイイじゃん!」

NEW→【Diver Lank】:E(ヒロトから言い渡されたチャンスの準備期間であった一週間が終わりに近づいた辺りで、漸く自分がEランクに昇格していた事に気づく。コアガンダムのパーツデータを譲り受けた後は、製作費集めのために様々なミッションを受け続けていたので……?)

NEW→【Use GUNPLA】:コアガンダム

NEW→【Equipment List】:

・コアスプレーガン(主力射撃兵装。一撃の威力よりも、取り回しの良さや連射性に重きを置いた小型ビームライフル。仕様そのものはヒロトのコアガンダムのそれと変わらないが、部分部分の色が白くなっている。また、出来栄えの差から性能はあちらよりも幾らか劣っている)

 

・コアシールド(防御兵装。耐久性や防御範囲よりも取り回しに重きを置いた小型シールド。仕様そのものはヒロトのコアガンダムのそれと変わらないが、一部の色が青に変わっている。また、出来栄えの差から性能はあちらよりも幾らか劣っている)

 

・コアサーベル×2(主力格闘兵装。バックパック左右のサーベルラックにマウントされている専用ビームサーベル。仕様そのものはヒロトのコアガンダムのそれと変わらないが、出来栄えの差から性能はあちらよりも幾らか劣っている)

 

・バルカン(副射撃兵装。左右側頭部に備えられた小口径実体弾で、主に牽制(けんせい)やミサイル等の迎撃を行うための装備。仕様そのものはヒロトのコアガンダムのそれと変わらないが、出来栄えの差から性能はあちらよりも幾らか劣っている)

 

NEW→【GUNPLA Photograph】:

【挿絵表示】

 

NEW→【GUNPLA Details】:

 コアガンダムの最初の製作者であるヒロトとの紆余曲折の末に(おく)られたパーツデータから作り上げた、念願(ねんがん)の初ガンプラ。それまで借り続けていた陸戦型ガンダムへのリスペクトにより、そちらを参考にしたカラーパターンに機体色を変更している。

 作り上げられたばかりで初陣(ういじん)も終えていないその機体が秘める力はまだまだ未知数。コアガンダムという機体が持つ“機能”も含め、このガンプラがどのように進化していくのかは全て今後のイツキの成長と扱い方次第である。

 

 

【特に好きなガンダムのタイトルは?】:

 うーん……俺、ちゃんとガンダム見た事無いしなぁ……。GBNも始めちゃったし、勉強も兼ねてまたコテツに見せてもらわないとなぁ。

 

【特に好きなガンダムのキャラクターは?】:

 うーん……()()()とか()()()とかなら流石に知ってるし、コテツがやたら勧めて来た、えーと……()()()()()()()()、だっけ? それに出て来る、()()()()とか()()()()とかも知ってはいるんだけど、好きかって言われるとなぁ……?

 

【特に好きなMSは?】:

 それなら答えられるよ。コアガンダム!

 ……あっ、でもコアガンダムってアニメに出た機体じゃないんだっけ……?

 

NEW→【Character's Inside】

 本編主人公。某所の小学校に通う、至って平凡な小学5年生。一度()()と決めたら、周りが何と言おうと貫き通そうとするタイプ。それ故か、きっぱり不可能と突き付けられた事柄については極端に涙脆くなる傾向がある。

 家庭の事情でガンダムに関する一切合切が禁止されていたため、ガンプラやGBNは(おろ)か、ガンダムシリーズそのものに関する知識にも(うと)い、完全ズブの素人。ただし、幼馴染であり身近なガンダムマニアでもあるコテツの影響もあって、ガンプラやGBNに関する興味自体は以前からあった模様。

 ガンダム禁止令の発令先である母の怒りを恐れ、GBNやガンプラへの興味を日々隠れ見るG-tubeの動画で慰める日々を送っていたイツキ。そんな彼は、母への直談判を決意させる引き金となったヒーロー同然のガンプラであるコアガンダムを、BUILD DiVERSのヒロトとの紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、遂にその手に掴んだ。

 そして始まるのだ。

 コアガンダムというガンプラを巡るイツキの物語が、本当の意味で。

 

 

 キャラクターモチーフはメダロットシリーズ二代目主人公、天領イッキ。名の由来は彼の下の名前と、彼が通っていたギンジョウ小学校から。

 家庭の方針の都合で、周囲で流行っている物に手を出せなかった点はあちらと同じ。ただし、それでもメダロットに関する知識は人一倍積み重ねて来たあちらと違って、家庭内でガンダムのガの字すら出す事も許されていなかったこちらの場合は知識すら得る機会も限られていたため、その辺もイマイチ。ただし、長くカザミの動画を通して活躍を見続けて来たコアガンダムについては多少話は変わって来るようだ。

 それ故に今のイツキは、遂に入手したコアガンダムも含めて全くの未知数。今後の彼がどのように自らのコアガンダムと向き合い、どのように成長していくかも、また物語の見どころと言える……かもしれない。

 

 

 

 

【Diver Name/Real Name】:アイアンタイガー/フジカブト・コテツ

【Gender】:男

【Age】:10

【Status】:小学5年生

【Real Look】:

 オレンジ色の半袖パーカーにモスグリーンのカーゴパンツ。逆立った焦げ茶色の短髪。

【Diver Look】:

 逆さ被りの帽子にオレンジ色のシャツ、及びその上に纏う薄灰色のツナギ。ぶっちゃけ機動新世紀ガンダムXのキッド・サルサミルほぼまんま。

 なおこのコスチューム、意外とレアらしく、手に入れるのにかなり苦労した模様。

【Diver Lank】:C

【Use GUNPLA】:ガンダムDXフルバスター

【Base GUNPLA】:HGAW ガンダムDX

【Equipment List】:

・ツインサテライトキャノンカスタム(本機最大火力。砲身の展開・固定方式を脇下から、かつ両手でのグリップ保持に変更しており、原形機に比べスーパーマイクロウェーブ受信から発射までのタイムラグを短縮している他、発射後の隙に接近して来た敵機への対応力が向上している。GX魔王要素)

 

・ディフェンスバスターライフル×2(主力射撃兵装。原形機と同型のバスターライフル二丁の側面にディフェンスプレートを一枚ずつ(一枚は原形機と同等。もう一枚はそれを参考にプラ材から作成した自作品)据え付けただけの単純な代物だが、それ故に複雑な変形機構等も無く、射撃と防御をシームレスに入れ替えられるため扱いやすい。非使用時は腰左右にマウント。更に、砲身の邪魔になるツインサテライト発射時は後腰へと仕舞われる。なけなしのエアマスター要素)

 

・ハイパービームソード×2(主力格闘兵装。収納部を腰部左右からツインサテライトの砲身側面へと移設しており、砲身固定用のグリップも兼任する。これにより、発射後の隙を狙った敵機との格闘戦にもスムーズに対応可能になっている)

 

・ブレストランチャー×2(サブ射撃兵装。原形機から特に手は加えられていない)

 

・ヘッドバルカン×2(サブ射撃兵装。原形機から特に手は加えられていない)

 

・ショルダーミサイル×22(サブ射撃兵装。HGAWガンダムレオパルドの右肩2式分をコンバートした両肩にそれぞれ格納。バスターライフル等に比べ弾速は遅いが一発一発がホーミング機能を持ち、計22発を一斉発射した際の火力はツインサテライトに次ぐ破壊力を生み出す。レオパルド要素)

 

・ホーネットミサイル×2(サブ射撃兵装。HGAWガンダムレオパルドより流用した左右膝ブロック内に格納。レオパルドに搭載されている物と完全同等品のため、レーダー攪乱の影響を受けない赤外線センサーによるホーミング機能を備えている。レオパルド要素)

 

・リフレクトスラスター(かつて“心形流の魔王”が使用していたGXの改造機を参考に組み込んだ装備。全身に走る金色のラインそのものがリフレクターとエネルギーコンダクターを合わせたものであり、サテライトシステムにより受信するエネルギー貯蓄量の増量の他、本来チャージ直後の副次効果でしかなかった余剰エネルギーによる防護フィールドを意図的に発生させる事が可能になっている。GX魔王要素)

 

・エネルギーコンダクター(左右肩部。原形機ではマシンキャノンになっている部位を改造した物。リフレクトスラスターにより増量したエネルギー貯蓄量を更に増すための装備であり、丁度リフレクトスラスターのラインが横切る位置に配されている)

 

・エネルギーラジエータープレート×6(スーパーマイクロウェーブ受信時に余剰エネルギーを排出するための放熱板。機能そのものは原形機から変わらないが、本機では左右肩部にもこれが増設されており、若干ながらチャージ時の放熱効率、及び防護フィールドの強化に繋がっている)

 

【GUNPLA Details】:

 HGAW ガンダムDXをベースにコテツが製作したガンプラ。

 かつてのGPDの時代に活躍した“心形流(しんぎょうりゅう)の魔王”のGXの改造機を参考に全身に彫り込まれたリフレクトスラスターや、DXの代名詞ツインサテライトキャノンの展開方式の変更などの改造を施し、更に機動新世紀ガンダムXにおいてフリーデンガンダムチームとしてDXの僚機を務めたガンダムエアマスター及びガンダムレオパルドの要素も加えられている。火力・強襲性特化型。

 

【特に好きなガンダムのタイトルは?】:

 んなモン、ガンダムXに決まりだぜ!

 ――あ? 打ち切り? それ良く言われるんすけどねー、そーいうのはまず見てから言えって話っすよ! 良い作品なんだからよー!

 

【特に好きなガンダムのキャラクターは?】:

 やっぱガロード・ラン――って言いてートコだけど、ここはキッド・サルサミルを推すぜ!

 俺もやっぱビルダーっすから。俺とそんな変わんねー歳で色んな発明出来るキッドにゃ憧れちまうんすよー。

 さもなきゃティファ・アディール。彼女作んならティファみてーな子って決めてるんすよ俺ー、デヘヘヘ。

 

【特に好きなMSは?】:DX一択で決まりだぜ!

 

【おまけ:ダイバーネーム言い間違われ集①アイアンタイガー編】

1. アイアンタイガー(正しいダイバーネーム。誰も彼も滅多に呼んでくれない……)

2. コテツ(リアルネーム。主にイツキから。彼の感性的にアイアンタイガ―がダサいのと、なまじ付き合いが長いために今更別の呼び方が出来ないので、現実、GBN問わずこれで通している模様。なお、匿名の場で本名で呼ぶのは割と重大なマナー違反なので、良い子はマネしないように)

3. アイアイタイガー、アイアンニャンニャン、アイアイタイガー、他多数(トピアから。本人的はがんばってちゃんと呼ぼうとしているのだが、どうしても覚え切れない模様)

4. アイアンちゃん(マギーから。本来のダイバーネームを前提にした渾名なので、特に文句はない模様。なお、タイガーちゃんじゃないのは某虎武龍(とらぶりゅう)の虎狼さんと被るから)

 

【Character's Inside】

 イツキの幼稚園からの幼馴染。某所、小学校に通う小学5年生。やや乱暴で口は悪いが仲間思いで、仲間や友人のためなら(その行動が明らかに問題のあるもので無い限りは)何のかんの言いつつも協力を惜しまない。見た目こそ生意気そうだが、実際は明らかな目上相手には露骨に腰が低くなるタイプ。

 家庭の方針の問題でガンダムが禁止されていたイツキと違い、小学校に上がった頃には既にガンダムについてかなり精通していた。

 GBNについてもかれこれ一年程前から始めており、ガンプラバトルの経験もそれなりにある。トピア曰く、どうやら独自に結成した“フォース”のリーダーも務めているようだが……現在、詳細は不明である。

 

 主人公イツキのモチーフがイッキという事もあり、その幼馴染であるコテツのキャラクターモチーフはイッキの相棒――KBTシリーズの代名詞にして、メダロットシリーズの顔役とも言うべきメダロット、メタビー。名前もメタビー→メタルビートル→鉄 甲虫→テツ カブト→コテツ フジカブトから。

 また、使うガンプラも頭部にミサイル、右腕・左腕にそれぞれライフル・マシンガンを備えたバリバリの射撃機であったあちらに(なぞら)え、ツインサテライトキャノンを筆頭に大火力の射撃兵装に富んだ機体になっている。

 

 

 

【Name】:トピア

【Gender】:女

【Age】:0歳2ヵ月

【Race】:ELダイバー

【Look】:

 赤みがあるピンク色の、膝下までを覆うフリルスカートと胸元にあしらわれた大きなリボンが特徴的な、金髪ツインテールの少女。見た目の年齢はイツキ達とほぼ同等、つまりは小学校高学年程。瞳の色は碧色。

 GBNでの姿もほぼ同等だが、こちらでは更に服と同色のとんがり帽子を被り、背丈以上の長さの箒を手にした魔法使い染みた格好になっている。

【Diver Lank】:D

【Use GUNPLA】:モビルドールトピア

【Equipment List】:

・GNドライブユニット(左右ツインテール根本に取り付ける増設動力ユニット。これ自体に大容量GNコンデンサーが組み込まれており、多量のGN粒子を貯蓄・圧縮しておける他、後述の奥の手“EL TRANS-SAM”を発動する事が可能にしている。また、有効射程は極めて短いが、GNコンデンサー内に貯蔵した粒子を()()()()()事で、敵機に強力なジャミングを行う事も可能)

 

・GNスラスターユニット(腰部左右に取り付ける増設スラスターユニット。前述のGNドライブユニットと併せて、モビルドールトピア単体での機動性を高める役目を担っている)

 

・GNブルームメイス(本機主力兵装。箒のような形をした長柄武器。質量兵器として直接敵機を殴り付けるアタックモードと、内蔵する大容量GNコンデンサーと大型スラスターにより一種のSFS(サブフライトシステム)として機体の機動性を大幅に上昇させるフライトモードの二つの姿を持つ複合兵装。なお、GNコンデンサー及び大型スラスターは狙撃銃で言うところのフロートバレル機構のように本体と独立した構造が取られており、敵機を殴打した際の反動などが悪影響を及ぼさないようになっている)

 

・GNポシェットランチャー(左腕に装着する射撃兵装。ポシェット状のガントレット型装備で、発射時にはチャック状の開口部が開き、そこから砲身が迫り出す仕組みになっている。砲身はマルチパーパス仕様となっており、複数種ある弾頭のどれを撃つかを使用時に選択する形をとっている)

 

【GUNPLA Details】:

 トピアのガンプラ、というか現実における彼女の体そのもの。

 “ELバースセンター”務めのとある二人の青年の手で作られたその機体はガンプラとして極めて高い出来を誇るものの、単体ではこれといった武器を持たない。そのため、装備している武装は全て本機用に(あつら)えられた追加装備。

 この追加装備各種の出来もかなり良く、本体の動きに何ら支障を及ぼす事無く稼働もすれば、元からGNドライブを搭載している機体でも一定以上の出来が無ければ発動出来ない特殊スキル“トランザム”の発動すらも可能になっている。ただし、あくまで後付けの装備によるものであるためか、同等の作り込みが施されたGNドライブ対応機のそれに比べると効果時間等、いくつかの面で劣るようである。奇襲・近接戦特化型。

 

【特に好きなガンダムのタイトルは?】:“ハリー・オードシリーズ”が大好きですー。

 

【特に好きなガンダムのキャラクターは?】:

 ハリー・オードさんですー。ひっさつの魔法で闇の魔法使いたちを倒すところがかっこいいんですー。

 

【特に好きなMSは?】:

 うん? うーん、ハリー・オードシリーズにMSは出て来ないんです。困りましたー。

 

【Character's Inside】

 アガタ模型店にてイツキが出会った、ELダイバーの少女。後見人であるヒカルの保護下で生活しており、彼が独り身な事もあって出勤する際には必ずついて来ている。

 生まれてまだ二ヵ月程しか経っていない。そのためあまりものを知らず、周囲の人々の行動や言動に首を傾げる事もあれば、彼女自身が突飛とも思える行動を起こして周囲を驚かせる事もある。ただし、そういった行動は悪意があって行うわけでは無く、むしろ彼女自身は至ってお友達想いで穏やかな性格である。

 どうやら、コテツと共に独自のフォースを組んでいるようだが……?

 

 モチーフは、外見八割及びガンプラは魔女っ娘型メダロット ファンシーエール。箒でぶん殴る戦闘スタイルもここから。

 残り二割+内面は純米カリンだったり輝夜ヒサキだったり、ともかくそういうお嬢様系キャラを当初はイメージしていたが、気づけばそれらとは剥離した独自のキャラに。

 なお名前の由来は、原作や外伝出身のELダイバー達が一部を除いて楽園や理想郷を指す言葉から名付けられている事から、その法則に従ってユー()()()より。

 

 

 

【Diver Name/Real Name】:不明/サワコシ・ヒカル

【Gender】:男

【Age】:23

【Status】:アガタ模型店 店員

【Real Look】:

 黒髪をボブカットに整えた、微妙にうだつの上がらなそうな風貌の青年。

 普段は赤いTシャツとジーパンの上から緑色の店員用エプロンを身に着けている。

【Diver Look】:不明

【Diver Lank】:不明

【Use GUNPLA】:不明

【Base GUNPLA】:不明

【Equipment List】:不明

【GUNPLA Details】:不明

 

【特に好きなガンダムのタイトルは?】:

 A.O.Zシリーズだね。ティターンズの旗の下にも好きだし、ガンダム・インレ-くろうさぎの見た夢- ももちろん大好きだよ。ついでと言っちゃなんだけど、メダ〇ッターり〇た〇うも漫画版メダ〇ットn〇viも。

 それはそうと、ほ〇ま〇ん先生とかちゅ〇先生とかもガンダム業界に進出しても良い頃だと思うんだけど、どうかなぁ? あれだけ素晴らしいメダ〇ットを生み出して来たんだから、きっとフジオカ先生にも負けないくらいカッコイイMSをいくつも(ry

 

【特に好きなガンダムのキャラクターは?】:むむ、難しい質問だなぁ。ティタ旗ならエリアルドやマーフィー隊長も好きだし、ガンダム・インレの方ならホシマルやマーキュリーも捨てがたいし。他のガンダム作品にも好きなキャラはいっぱいいるしなぁ……うむむ、決められない……!

 

【特に好きなMSは?】:

 色々あるんだけど、やっぱりその中で一番となればガンダムTR-6[ウーンドウォート]だね!

 TRシリーズの集大成、ガンダムTR-6[インレ]のコアMSにして、TR計画の中核。この機体無くしてA.O.Zは語れないよ!

 あ、あとメダ〇ットならやっぱり僕はアー〇ビート〇が(ry

 

【Character's Inside】

 イツキがコテツに連れられて辿り着いた寂れたプラモデル屋、アガタ模型店の店員。A.O.Zシリーズをこよなく愛するガノタであると同時に、メダ〇ットもこよなく愛する重度のメダ〇ッターでもある。

 ELダイバー トピアの後見人でもあり、彼女のモビルドールに施された追加装備は全て彼が製作した物。また、イツキに貸し出した陸戦型ガンダムも彼を襲った初心者狩り達がその出来について言及するなど、ビルダーとして高い実力を持っている様子が伺える。

 また、自身がアガタ模型店の店員である事について、何故か非常に強い(こだわ)りを持っている模様。

 そんな彼もどうやらGBNをやっているようだが……現状、ダイバーとしての姿、及び使用ガンプラについて一切が不明。

 

 モチーフはメダロットシリーズ初代主人公、アガタヒカル。あちらの名前を分割してアガタ模型店が生まれ、更に米の銘柄(めいがら)コシヒカリも組み合わせて、現在の名前となった。

 




とりあえず、現状はここまでです。

今後物語が進む毎にキャラ毎の情報の追加・更新や新しいキャラについて記載する事になる予定ですので、その時はまた活動報告にてご連絡する予定です。

それでは。


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コアガンダムをこの手に
第7話 邂逅(かいこう)! BUILD DiVERS(ビルドダイバーズ)


長らくお待たせ致しました第7話。今回より新章突入です。


 現在のGBNにおいて、ビルドダイバーズの名を持つ“フォース”は二つ存在する。

 一つは、不動のチャンプ“クジョウ・キョウヤ”に最も近いと(うた)われる男――“リク”が率いる“本家”。

 勃発(ぼっぱつ)より二年、いやもうじき三年前になる第一次・第二次“有志連合戦”にて、それぞれでの立場は違えど大きな役割を担い、今日(こんにち)のGBNの発展や、もうじき100人に達するELダイバーという存在への認知に無くてはならなかった数々の偉業を成し遂げた、伝説のフォース――BUILD DI()VERS。

 もう一つは、全くの無名から一躍有名G-TUBERへの仲間入りというスターダムを駆け上がる事となった時の男、カザミ率いる――BUILD Di()VERS。

 今や、どちらのビルドダイバーズもGBNにおいて知らぬ者などいない有名フォースであるが、それぞれに対する周囲の認知にはいくらか差異がある。

 というのも、ネット上に詳細が(つづ)られた個別ページが存在する程にその偉業が周知されている前者と違い、後者は何かと謎や奇妙な点が多いのだ。

 例えば、カザミが有名G-TUBERとなるに至った切欠である“エルドラバトルシリーズ”。

 この動画群は一般的にはVer.1.78へのアップデートに続いてGBNに実装される事となった“ストーリーミッション”の攻略動画として認知されているが、そのストーリーミッション自体が動画撮影当時はまだ実装段階では無かったという話もあれば、そもそもミッションの舞台であった“エルドラ”なるディメンジョンがGBN内には存在しないという噂もある。

 他にも、そのエルドラバトルの総仕上げとでも言うべき数か月前の大規模レイドバトルにおいて、無数とも思える規模の戦艦やガンプラを率いて現れたレイドボスが、実はGBNを介して地球侵略にやって来た異星からの侵略者(インベーター)であったという話もあるし、更にそこから数か月(さかのぼ)って世界規模で起きた電波障害の発生時期が、例のエルドラバトルの動画内で敵側から衛星砲が放たれたのとほぼ同じだったという話もある。

 それ以外にも変わったところでいえば、後者のメンバーの一人が、まだELダイバーの存在が確認されてなかった時期に一部で噂になっていた“ガンプラの声が聞こえる少女”と共にいた少年ダイバーと似ているとか、似ていないとか。

 ともかく、そんな眉唾過ぎる噂がいくつも周囲に漂っていたのだが、当然荒唐無稽(こうとうむけい)が過ぎるそれらの話をまともに信じている者などいる筈も無い。

 故に、殆どの者は知らない。

 BUILD DiVERSに(まつ)わるそれらの噂の、大半が()()()()()()という事を。

 彼らが、地球から30光年離れた惑星エルドラにて、犬の獣人とでも表すべき姿をした“山の民”の人々を、彼らが“ヒトツメ”と呼ぶガンプラの姿を模した敵と、それを従える防衛プログラム“アルス”の脅威から救った、英雄であったという事を。

 地球上でそれを知るのは、当事者たるBUILD DiVERSのメンバー達と、彼らを通じてその事実を知る事となった一部の人々。そして、件のストーリーミッションやエルドラがGBNの仕様外の存在であると知るGBN運営のみだ。

 さて、時として己の命すら危険に晒しかねなかった文字通りの修羅場を潜り抜けて来たBUILD DiVERSだが、そのメンバーの一人であるヒロトは今、迷いを抱えていた。

 彼自身が使うガンプラについての迷いだ。

 

(そろそろ“アーマー”だけじゃ厳しいかもしれないな)

 

 今は詳細を省くが、ヒロトのガンプラの特性を大まかに説明するならば、様々な装備を自在に付け替える事により、状況・戦況を選ばず一定以上の立ち回りが出来る汎用機(オールラウンダー)とでもいうべき機体だ。

 その不得手がほぼ存在しない特性から、時には味方の援護等の裏方に回り、時には自らが前に出て戦況の牽引を行うなど、その都度に応じた役目を柔軟に担う遊撃役を務める事が多いヒロトだが、例のエルドラでの一件や、その後の様々なミッションやバトルの中でその役割を(こな)していく内に、ある問題が彼の中で浮き彫りになって来たのだ。

 その問題というのが――。

 

(これ以上手を加えるとなると……やっぱり、()()か)

 

 そう、彼のガンプラの()()

 その機体特性や戦法上、(コア)となる()()の性能は特別秀でた箇所や劣った箇所の無いバランスの取れたものになるように作られている。それ故、各種装備を纏った際の彼のガンプラの性能は、常に()()の性能を基盤として求められる性能が上乗せされる形になるのだが、逆に言えばそれは、どれ程特定の場面や性能に特化した装備を纏おうと、常に()()の性能を基準に置いた()()()()()()()()()()()()()()という事を意味する。

 つまり、本当の意味で装備が定めた方向性に特化し切れないのだ。

 今はまだ大きなものでこそ無いが、これからもミッションやバトルを挑戦し続けていく中でいずれはこの問題が勝敗を分ける大きな足枷になる。そうなる事を思えば、まだ明るみに出ていない今の内にこの問題に手を着けておくべきだろう。

 幸い、この問題について、既にヒロトの中では解決策が生まれていた。

 単純な話だ。()()の性能が基準(足枷)になるのであれば、その()()の性能そのものを一定方向に特化させれば良い。

 より正確に言うならば、今使っている()()とは別の――例えば、宇宙戦や地上戦に特化した性能を持たせた、()()()()()を作り上げれば良いのだ。

 しかし、

 

(……いや、それは……)

 

その解決策こそが、正にヒロトが抱える悩みの種でもあった。

 何故か?

 その理由は、今彼の手元にある()()にある。

 そのガンプラを作り上げたのは、確かにヒロト自身だ。しかし、ヒロトの独力だけで今の形になったワケでは無い。

 エルドラに住まう人々を救おうとした思いに、BUILD DiVERSの仲間達からの助力。

 そして何より――もう会う事は叶わない、一人の少女との掛替(かけが)えの無い日々が、今の()()を作り上げたのだ。

 ならばこそ、新しい()()を作るという行為は、その少女との大切な思い出が詰まった品の()()()を作る事に他ならない。

 その事が、少女との思い出に自ら泥を塗る行為のように思えてしまい、新しい()()を作るという行為を彼に躊躇させていた。

 しかし、それでもそうするべきであるという必要性も感じていたが故に、新しい()()を作るべきか否かについて彼は迷い悩むに至っていたのだ。

 その悩みについて、揃った他のメンバーがこれから何をするか話しながらロビーを歩いていた只中(ただなか)悶々(もんもん)と彼は考え続けていたのだが、その思考は不意に途切れさせられる事となる。

 

「俺に! コアガンダムを! 作って下さい!!」

 

 唐突に現れるや土下座し、そうヒロトが持つ物と同じガンプラの製作を頼み込んで来た、ダンダラ羽織姿の見知らぬ少年によって。

 

 

 

「コアガンダムを……作れ? 君に?」

 

 鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしつつもそう問い返して来た黒髪にポンチョの青年ダイバー ――ヒロトに、(おもて)を上げるや、はいっ、と威勢良くイツキは返事を返した。

 

「俺、自分でガンプラ作った事まだ無くって、えーと……スクラッチ、ってヤツ? それ、出来ないんです! それでコアガンダムを、その、スクラッチっていうのして作ったの、お兄さんなんでしょ?」

 

「あ、ああ……」

 

 自らが投げ掛けた確認の言葉に戸惑いながらも頷くヒロトを見て、反射的にイツキはよし、と拳を握っていた。

 思った通りだ。

 やはり、目の前のこの青年こそがコアガンダムを作った人間だ。

 であるならば、これは唯一残されたチャンスだ。

 ガンプラをまともに作った事も無ければ、オーブンで温めたら縮むヤツ(プラ板)とか、肉や魚を固めた料理っぽい名前のヤツ(パテ)とかで一から作り上げるなどという行為がまず不可能なイツキにたった一つ残された、コアガンダムを手に入れるための最後のチャンスだ。

 

「だから、お願いします!」

 

 そのチャンスを決して逃すまいと、イツキはヒロトの青色掛かった灰色の瞳を食い入るように見つめてから、

 

「俺に! コアガンダムを! 作って下さい!」

 

もう一度、ゴン、と音が鳴る程勢いで頭を床に打ち付けつつ、腹の底から出した声で訴え掛けた。

 痛覚までは再現されないGBNだからこそ出来た真似だ。そうでなければ、今頃(ひたい)に襲い掛かって来た苦痛に見悶えていた事だろう。そういう痛覚に関する計算はイツキの頭に無かったが。

 むしろ、無かったからこそ、だ。

 そんな小賢しい計算など無く、ただ純粋にコアガンダムが欲しいという思いのみが形となったからこそ、今の彼のその訴えは真摯(しんし)なもので、そこに込められた願いを一切の虚飾(きょしょく)無く伝えるものであった。

 故に、イツキのコアガンダムを欲する想いは一切の劣化無くヒロトへと伝わったのだが、

 

「ちょっと待ってくれ」

 

果たしてそれが聞き入られるかはまた別の話である。

 

「一体、誰なんだ君は? 知らない人間にいきなりそんな事を言われても困る。そもそも、俺はコアガンダムを幾つも作る気は今は――」

 

「お願いしますッ!!」

 

 しかし、だからとイツキも引き下がれはしない。

 掌を向け、やんわりと彼の頼みを断ろうとするヒロトに、すぐさま土下座の姿勢から飛び跳ねるように立ち上がったイツキは距離を詰め――逃がすまいと、彼のポンチョにしがみ付いた。

 

「……っ!?」

 

 その突然の行為に、当然の事ながらヒロトが目を剥く。

 が、その反応を敢えて無視して、固まる彼の顔を見上げながらイツキは懇願を続けた。

 

「どーしてもコアガンダム欲しいんです! コアガンダムが良いんです!」

 

「お、おいおいおい!?」

 

「ちょっと、何やってるの君!?」

 

 流石にその行為は見かねたのか、それまで呆気に取られたまま二人の様子を見ていたカザミと、赤と白の巫女風の恰好(ダイバールック)の少女が左右からイツキの肩と二の腕を掴み、ヒロトから引き剥がしに掛かる。

 どう見ても年上な相手の二人掛かりだ。本来ならば、イツキの手は呆気無く砂色のポンチョから手を離させられていただろう。

 しかし、実際はそうはいかなかった。

 

「んぎぎぎぎぎっ……!」

 

 今のイツキの内で燃え上がる、絶対にコアガンダムを手に入れるという想い。

 その想いが、それを成就させるチャンスを逃すまいという意地が、今の彼に、冷静に自らを省みる余裕があったならば自分でも信じられなかったであろう程の力を発揮させていた。

 ある種の火事場の馬鹿力というべきか。

 ともかく、平時では考えられないような力でポンチョを掴む今のイツキは、左右のカザミと少女がいくら力を掛けて来ようと決して離れはしない。まるで岩に貼り付いた(あわび)のように、歯を剥いて二人が引き剥がそうとするのを必死に耐えながら、顔を引き攣らせて後退しようとするヒロトに密着し続けた。

 何としてもコアガンダムを手に入れる――その一心のために。

 しかし、イツキの必死の抵抗が生んだこの状況も長くは続かなかった。

 

「いい加減に……!」

 

「お願いだからぁっ! 俺にコアガンダムを――」

 

 なおもヒロトにしがみ付き訴え続けていたその最中、

 

「オラァッ!!」

 

「んぎゃっ!?」

 

突如、()()()()()()()()と共に脳天に襲い掛かって来た鋭い衝撃に、思わずイツキがポンチョを掴む手を離してしまったがために。

 次の瞬間、

 

「おわぁっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

イツキの体は、それまで掛けられていたカザミと少女の力に引っ張られるままに驚き体勢を崩す二人の頭上を飛び越え、そのまま半円の軌跡を描くように頭から床へと落下。

 そのまま、その場に背中から倒れ込んだ二人の伸びた腕の先で大の字に投げ出された彼は、無い筈の痛みを錯覚してしまう程の激しい衝撃に、痛ってぇ~、と思わず両手で頭を押さえて呻いた。

 と同時に、横から自身の上に影が差した事に気づき、目尻に涙を滲ませながらもその影の方を睨み付けて怒鳴った。

 

「何すんだよ()()()!」

 

()()()()()()()()!!

 

 それに怒鳴り返した影の主――これ見よがしに右手をピンと伸ばして手刀を作っていたアイアンタイガーが、すかさずイツキのダンダラ羽織の襟元を両手で掴み上げ、乱暴に立たせるや眉尻を吊り上げた顔を間近に近づけて来た。

 

「何すんだ、はこっちの台詞(セリフ)だバカヤロー! ちょっと目ぇ離した隙に居なくなったと思ったら、知らねー人らにちょっかい出して何してんだテメーは!?」

 

 怒りを(あら)わにするアイアンタイガー。

 彼を良く知らない人間が相手ならばその迫力に十中八九がたじろいでいるところだろうが、しかし幼馴染である故に喧嘩に至る事も多かったために、自然と彼が怒る姿に耐性が付いているイツキはそうはならない。

 むしろ、ヒロトへの説得(コアガンダムゲットのチャンス)を邪魔された事や先程の攻撃もあって、即座に返したその言葉にはあからさまな怒気が籠っていた。

 

「何って、頼んでるんだよ! コアガンダム作ってくれって!」

 

「あ゛あ゛!? 意味分かんねー事言ってんじゃねーよ!!」

 

「分かんないなら邪魔すんなよな! 俺、今忙しいんだ!」

 

「んだとォ!?」

 

「何だよォ!?」

 

 そう言い合うや否や、遂には互いに剥いた歯の間から威嚇の唸りを漏らしながらの睨み合いへと移行するイツキとアイアンタイガー。

 目まぐるしく変わったその状況にすっかり置いてきぼりにされたBUILD DiVERSの面々が一様に唖然(あぜん)とした視線を向ける二人の間の空気は、見る見る内に剣呑(けんのん)なものへと変わっていく。

 それこそ、放っておけばそのまま取っ組み合いの殴り合いへと発展しかねない程に。

 そうして、何方(どちら)からともなく額を打ち合わせたイツキとアイアンタイガーが遂に互いに手を出すかと思われた、その刹那。

 不意に誰かに後襟を掴まれる感覚が走り、そのまま強く引っ張り上げられたイツキの足は床から浮き上がっていた。

 

「え? ええっ!?」

 

 突然の事態に、それまでの怒りも忘れて辺りを見回すイツキ。

 見れば、向かいのアイアンタイガーも同じように床から浮き上がり、自らの思い掛けない現状に目を丸くしている。

 そんな二人の間に、ぬっと何かが割り込んで来た。

 

「ちょっとアンタ達~?」

 

 そう言いながらイツキとアイアンタイガーの顔に交互に咎めるような視線を向けて来た何か――見覚えのある横顔に、あっ、とイツキは驚きの声を上げた。

 

「「マギーさん!」」

 

「ダメじゃないの、こんなトコで喧嘩しちゃ! なんかカザミン達まで一緒にいるし、一体全体何があったっていうのよぉ?」

 

 イツキとアイアンタイガーが揃ってその名を呼んだ横顔の主――二人を後襟から()まみ上げているマギーが、二人とBUILD DiVERSの面々、それから彼女? に続いてその場に現れたトピアを順に見やってから、んも~、と嘆息した。

 

 

 

 時と場所は変わり、セントラルエリア――BAR”アダムの林檎”。

 上空には時折ガンプラが優雅に飛ぶ姿が見られる青空が広がり、左右には木々や様々な店が立ち並ぶメインストリートの一角に居を構えるその店の出入り口の扉には、林檎の絵と共に“CLOSED”の文字が記入された掛け看板がドアノブから下されている。

 現時刻はまだ閉店時間ではない。ならば何故その看板がそこにあるのかといえば、その理由は店主が現在店内に招いている特別な客達にあった。

 まずは、入り口から入って前方奥。

 

「へー、それじゃあトピアちゃんもELダイバーなんだね」

 

「はいですー」

 

「とすると――この前ママが言っていた新しい妹というのは、もしやお前の事か?」

 

「いもうと、ですかぁ? もしかしてお姉さんも――?」

 

「ああ、()()だ。――“メイ”という。こっちは――」

 

「“ヒナタ”です。私はメイさんやあなたと違ってELダイバーじゃないけど、でも宜しくね」

 

「メイお姉さん、ヒナタさん、よろしくですー」

 

 そこにあるテーブル席の一つに並んで腰を下ろしている黒い長髪の“メイ”と、巫女服姿の“ヒナタ”が、対面で被っていたとんがり帽子を隣の席に置いて座っている金髪ツインテールの少女――トピアと和気藹々(わきあいあい)と打ち解け合っていた。

 その一方、入り口から見て右側の方のテーブル席では、

 

「もー、スンマセン! ウチのバカがメーワク掛けてホントスンマセン!」

 

「まーまーまー、落ち着けって」

 

「そうそう、落ち着いて。僕達は大丈夫だから。――えっと、アイアンタイガー君?」

 

カザミと、獣耳を頭に生やした“パルヴィーズ”が、対面の席でペコペコと頭を上げ下げしているキッド・サルサミル風のツナギ姿の少年――アイアンタイガーに揃って掌を見せ、宥めようとしていた。

 そんな仲間達と、思わぬ遭遇をする事となった少年少女達の遣り取りを肩越しに見ていたヒロトは、自らに差し出されていたミルク入りのグラスを手に取りながら、その視線を左へと向けた。

 入り口から見て左側、様々な色や形の酒瓶が幾つも収まる棚の設けられた壁を背に、鼻歌混じりにグラスを磨くおかっぱ頭の漢女との間を長大なカウンターテーブルが区切るカウンター席。その一席に座っている彼の隣に、順に並んで腰掛けるダンダラ羽織の少年――イツキと、マギーの方を。

 

「嫌な予感がしたのよねぇ」

 

 マギーが、イツキの方を向きながら唇に人差し指を当て、何かを思い返す様に言う。

 

「あなた達と別れてからお店に戻って、()()が終わって反省したスカンクセイも解放して、これで一件落着ってお酒飲んで(くつろ)いでたんだけど、そうしてたら急に、ね。()()の勘ってニュータイプ並みに良く当たるから、あなた達に何かあったんじゃないかって、慌てて探しに行ったのよ。まさか、アイツと組んでた奴らに襲われてたなんて……油断してたわ」

 

 そこまで口にしたマギーが、はぁ、と遣る瀬無さそうな溜息を吐き、次いで、ごめんなさいね、と目尻の下がった顔を下げてイツキへと頭を下げた。

 完全に自分の落ち度だった、と言わんばかりの彼女? のその様子に、謝られた当のイツキが、何で、と若干困ったような顔で首を左右に振った。

 

「別にマギーさんのせいじゃないじゃん。いいよ、謝んなくったって」

 

「でも、あなたを襲った連中、解放した後のスカンクセイと接触していたんでしょ? アタシがもっと気を付けていれば防げていたかも知れないわ。なのに――」

 

「だから、いいって」

 

 それでもなお自分を責めようとするマギーに、今度は両の掌を見せてイツキが彼女? を宥めようとする。

 二人の、というよりもイツキとアイアンタイガーとトピアの三人と、マギーとの間に何があったのかを、彼女? に半ば強引に招かれるままこの場に辿り着くまでの道中でヒロトは大体聞かされたのだが――確か、今日始めたばかりのイツキが初心者狩りに遭い、それにアイアンタイガーとトピア、更に二人に続いてマギーが介入。カウンターの向こうの漢女に件の初心者狩りを連行させた事でその場を治めるも、後にその仲間がチュートリアルを終えたばかりのイツキを狙って一悶着(ひともんちゃく)あった、というところだったか。

 特に、後半の別の初心者狩りの襲撃がマギーにとって寝耳に水だったようで、その話がイツキ達からされた時の彼女? が驚きを顕わに取り乱した物珍しい様は記憶に新しい。

 

「そりゃ色々あったし、俺一人じゃどうなってたか分かんなかったよ。けど、コテツとトピアが助けてくれたお蔭で、なんとかだけど勝てたし」

 

 ただ、当のヒロトはその辺りの話自体にはあまり強い印象を抱いていない。

 もちろん、初めてのGBNのそんな悪質な連中に絡まれてしまった彼の不幸は――()()()()()()()()()()()()()()()()が脳裏に(よぎ)った事もあって――同情を禁じ得ないところであったが、そんな感情は数舜後には風に吹かれた紙切れのようにどこかへと飛んでいってしまった。

 初心者狩りに遭った彼が、その後どうしてヒロトに接触して来たかという、その理由によって。

 

「ていうか、今俺、スッゲェ燃え上がってるんだよね」

 

「あら、それはどうして?」

 

「アイツらに色々言われたんだ。俺が借り物のガンプラ使ってたから、俺だけのガンプラ持ってないからって」

 

 そうマギーに語るイツキの目は――背を向けているため、横目に見ているヒロトには、チラリ、チラリ、としか伺えないが――キラキラ、と期待と興奮に輝いているように見えた。

 何でも、彼はGBNでだけでなくガンプラも初心者らしく、まだ自分のガンプラも持っていないそうだ。

 そのため、今回は借りたガンプラでログインしているとの事だったのだが――問題は、彼が自分の物にしたがっているガンプラだ。

 何故なら、そのガンプラこそ先程彼が接触して来た理由であり、またヒロトにとっても無関係では無かったからだ。

 

「けど、もう気にする必要なんか無いもんね。だって――」

 

 何せ、そのガンプラは、

 

「コアガンダムを作った人が、ここにいるしね!」

 

他ならぬヒロト自身の愛機――彼が抱える悩みの根本たる()()、コアガンダムなのだから。

 

「というワケでヒロトさん!」

 

 サッ、とイツキが座っている椅子を回転させ、マギーからヒロトの方へと素早く向き直る。

 何でも、カザミの動画を通じてコアガンダムの事を知ったらしい彼は、当初コアガンダムが市販品であると思っていたらしい。それで、GBNを始めるに当たって、初めて手にするガンプラもコアガンダムに決めていたのだそうだ。

 しかし、コアガンダムはヒロトが己の手で作り上げたオリジナルの機体。使うガンプラのレプリカが市販される場合もあるクジョウ・キョウヤ(かつての古巣の隊長)のような有名人ならまだしも、あくまで一介のダイバーでしかない彼のガンプラにそんな機会が回って来るワケも無いため、当然イツキが店頭で購入する事は叶わない。

 されとて、ガンプラ自体一度も作った事が無いという彼に、ヒロトが実際に作った時のようにコアガンダムをスクラッチするなどという芸当が出来る筈も無い。

 もはや手に入れる術など無く、更に間の悪い事に先の初心者狩りの連中から自分のガンプラを持っていない事を散々指摘され(けな)されたイツキは悲嘆の渦中にあっただが、そこに差す一筋の光明があった。

 偶々目に入った、ログインしたばかりのコアガンダムの製作者(ヒロト)という光明が。

 

「お願いします! 俺に、コアガンダムを、作って下さい!!」

 

 それこそが正にイツキがヒロトに接触した理由。

 あの場で土下座をしてまで、コアガンダムを作るよう訴えて来た、その経緯であった。

 そして今、自らの事情と願いを粗方伝え終えた彼は、改めてヒロトへと頭を下げて懇願して見せた。

 その願いが叶うか否か――イツキがコアガンダムを手に入れられるか否かは、続くヒロトからの返答に全てが掛かっていると言っていい。

 そして、既にヒロトの内には返すべき答えは出来ていた。

 故に、口にしていたグラスを机に置き、頭を下げるイツキの方へと顔を向けた彼は、

 

「断る」

 

一片の迷いも躊躇も無く、そう答えた。

 




まぁ、そうなるよね、っていう話ですね。
これで諦めてくれたら何事も無く終わるんですが……そう問屋が卸すかどうかは次回にて!


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第8話 俺は絶対諦めない

閃ハサ公開までもう一ヵ月切りましたね。実に待ち遠しいですね。

あと、前回の話の時に書き忘れてましたが、本作ではヒロトと()()の過去について、若干変更というか、追加要素が加わります。
今回の話ではその追加要素の片鱗っぽいのが出てきますが……まぁ、本格的に触れるのはずっと先の予定なので、今はお楽しみという事で。


「――おっ」

 

 アガタ模型店、店内奥(バックヤード)

 イツキとコテツとトピアがGBNへログインするのを見送った後、店に訪れる客もいないため奥へと引っ込んで中断していたコ〇ブ〇ヤの1/6ビー〇トマ〇ターの製作を再開していたヒカルは、傍らのラックトップパソコンの反応に気づき、ニッパーを取ろうしていたその手を止めた。

 店外の小屋(GBNプレイスペース内)に設置された筐体(きょうたい)付きパソコン全てとリンクが繋がっているそれの画面には、つい先程までログイン中になっていた三台が丁度ログアウトしたというダイアログが表示されている。

 それを確認したヒカルは、左手に持っていたランナーを作業台にしていた机の上に置いて席を立ち、裏口を抜けて足早に小屋へと向かった。

 GBNから戻って来た()()()()()()を出迎えるのは、いつもの彼の習慣だ。しかし、その動きはいつもの彼に比べてやや機敏で、張り切ったものだった。

 何故ならば、今回はイツキ(始めたての初心者)がいるからだ。

 最近はログインする時間に恵まれないとはいえ、彼自身もガンプラとGBNを愛するダイバーの一人。同じ趣味を共有する仲間が増えるのは単純に喜ばしい事で、これからもガンプラやGBNを好きでいてもらえるように、そして数少ないお得意さんの一人になって店の売り上げに貢献してもらえるように、出来るだけ楽しんでもらいたいとも思っている。

 だから、現実に戻って来たイツキが目の一つも輝かせて飛び出し、すっげぇ楽しかった、と感想を口にしている様を想像し、意気揚々と小屋の引き戸を開けたヒカルは、

 

「やあ、皆お帰り! イツキ君、初GBNはどうだった、か……な?」

 

床に手と膝を着いて跪いている彼の思わぬ姿に、つい言葉を失ってしまうのだった。

 

「ど、どうしたの?」

 

 心行くまで楽しんで来た、という雰囲気にはどう見ても見えないイツキの様子に絶句したヒカルは、どうにか声を絞り出してそう問い掛ける。

 その声に、当のイツキは小屋の奥の方に体を向けたまま返答しなかったが、

 

「いや何つーか……ちょっと色々あってよぉ」

 

代わりに、隣まで歩み寄って来たコテツと、彼の肩に腰掛けたトピアからヒカルは何があったかの説明を受ける事となった。

 イツキが二度に渡って初心者狩りに遭った事。

 更にその後、カザミ(ひき)いるBULID DiVERSを見つけ、そのメンバーであると同時に彼が欲していたコアガンダムの製作者であるヒロトと接触した事。

 そして、経験・技術の面から自分では作る事が出来ないコアガンダムの製作を彼に頼み込み、見事玉砕(ぎょくさい)する結果に終わってしまった事を。

 その全てを聞き終えた時、眩暈(めまい)を覚えたヒカルは眉間を(つま)んで天を仰いでいた。

 

「……何ていうか……本当に色々あったみたいだね」

 

 “ブレイクデカール”を使う“マスダイバー”も根絶されて久しい今のGBNで、一日に二度も初心者狩りに狙われた事が既に驚きであったしイツキの様子の原因はそれかとも思ったのだが、それに加えてBUILD DiVERSやヒロトとまで出会うとは。

 総アクセス数二千万人以上のGBNの中でフレンド登録を結んでいるワケでも無い特定の誰かと出会う可能性など、砂漠の中からたった一つの米粒を探し当てられる確率にほぼ等しいものだ。フル稼働したバイオコンピュータの補助を受けた“シーブック・アノー”でもなければ難しいだろうそれがログイン初日で叶ってしまうなど、一体どんな奇跡(ミラクル)なのか。

 

「あ、あと話してみたら意外と良い人そーだったわ、カザミさん。何か他のフォースの名前パクったってのもちげー気してきたし、マジで兄ちゃんが言ったみてーに事故だったのかもな」

 

 今度会ったらピンクヤローって言った事謝っとかねーとな、とついでにコテツが言っていたりもしたが――それはともかく、だ。

 

「それにしても、思い切った事頼んだね。コアガンダムを作ってくれ、なんて」

 

 ヒロトにコアガンダムの製作を頼み込んだというイツキの行為を思い返してしみじみとそう言ったヒカルに、全くだぜ、と呆れたようにコテツが同意する。

 

「テメーが手間暇掛けて作った大切なガンプラを他のヤツにも作ってやるヤツなんていねーから、諦めろっつっといたんだぜ? それであのザマだ、世話ねーよ」

 

「ははは……まぁまぁ」

 

 ったく、と腕を組んで眉間を寄せるコテツを苦笑混じりに(なだ)めるヒカルであったが、意見そのものは彼と大体同意ではあった。

 人に作ってもらおう、という考えそれ自体は敢えて否定しない。

 世の中にはガンプラに限らずプラモデルの製作代行を請け負う人間だっているし、このアガタ模型店も含め、ガンプラの貸し出し(レンタル)サービスを行う店や個人だって幾つも存在している。

 より出来が良くて強力なガンプラを得るためにそういったものを利用する人間もいるにはいるが、そもそもそういったものは自分でガンプラを作った事が無い、あるいは作れない、今のイツキのような()()()()()のためにあるのだ。それを利用したからと外野がどうこう言う筋合いは無い。――少なくとも、ヒカル自身はそう思っている。

 と言っても、今回の件は流石に別。

 会ったばかりの、特に製作代行の類を請け負っている訳でも無いだろうヒロトに、彼が一から作り上げたであろう愛機と同じ物を要求したのだから、そりゃあ彼だって首を縦に振ったりしないだろう、というのがコテツの話を聞いてすぐ浮かんだ彼の率直な感想だ。仮に製作を頼まれたのがヒロトでは無くヒカルで、対象もコアガンダムではなく彼の愛機だったとしても、当時の彼と同じくヒカルもイツキの願いを迷い無く断っている事だろう。

 しかし、その一方で。

 

「でも、ちょっとかわいそうですぅ……」

 

 コテツとは対照的に、奥で(ひざまず)いたままのイツキに目を遣っていたトピアが心配げに言う。

 

「ビルドダイバーズの人たち――ヒロトさんを見つけた時、イツキくん、凄くうれしそうでした。あんなに欲しがってたコアガンダムちゃんが手に入るかもって。でも、けっきょく手に入らないなんて……」

 

「……しゃーねーだろ、手に入んねーモンは入んねーんだからよ」

 

 トピアの言葉に、唇を尖らせてコテツが反論するが、直前の言い淀んだような唸り声やばつの悪そうなその表情は、彼女の言葉を否定し切れない彼の内心をそれとなく表していた。

 そんな二人の遣り取りを見るヒカルもまた、内心に無視し切れない()瀬無(せな)さを覚えていた。

 イツキの側からすれば、ヒロトの存在は彼がコアガンダムを手に入れる最後の手段も同然だった。それが絶たれてしまった今、少なくともまともな製作技術の無い今の彼にとって、コアガンダムはその手中に収める事が出来ない遠い存在と化したに等しい。

 ヒカルもまたイツキとは今日知り合ったばかりだ。彼が知るイツキの姿は、今を除けばアガタ模型店を訪れてからGBNへログインするまでの僅かな間の分しか無いが、その僅かな間で彼がどれだけコアガンダムという存在を欲していたのかはしっかりと伝わって来た。

 それ故に、そのコアガンダムが永遠に手に入らなくなったも同じである今の彼の、絶望する気持ちも嫌でも伝わって来るのだ。

 

「……何とかならないでしょうか?」

 

 イツキの方を向いていたトピアの顔が、次いでヒカルの顔を見上げて来る。

 

「……そうだねぇ……」

 

 訴え掛けて来るような碧色の瞳に、彼もまた腕を組んで、うーん、と唸りながら思考しようとする。

 だが、その直前。

 

「……めない……」

 

 ぼそり、と微かにそんな呟きが耳に入ったような気がするや、小屋の奥で跪いたままだったイツキが不意にその場に立ち上がった。

 俯いたまま、ゆらり、と僅かに体を揺らしながら。

 

「い、イツキ君……?」

 

 時刻は午後六時少し前。

 所謂(いわゆる)逢魔(おうま)が時にはまだ早いが、しかし僅かな夕日がヒカル自身の体越しに差し込むだけの薄暗い小屋内において、今のイツキの姿はまるで幽鬼のように怪しげな雰囲気をかとなく感じさせた。

 その様子に、コテツとトピアと共に息を詰まらせそうになるヒカルであったが、戸惑いながらも何とか呼び掛ける。

 その声に、イツキは振り返る事無く、再びぼそり、と呟く。

 

「……手に入れるんだ……」

 

「え?」

 

 僅かに聞こえた言葉に、思わずヒカルは聞き返す。

 嫌な予感がした。

 

「……手に入れるんだ、コアガンダムを……。俺は……俺は絶対、()()()()……!」

 

 とても、とても嫌な予感が。

 

 

 

 結局、小学生が居座り続けるには大分遅い時間になっていた事もあり、どこか心配そうな様子を伺わせつつも店の外まで見送りに出たヒカルとトピア、そして途中まで帰り道を共にした後、気ぃ落とすなよ、とぶっきらぼうながらも気を遣ってくれたコテツとも別れたイツキは、そのまま帰宅。既に夕飯の支度を終えていた母と、彼に遅れて帰って来た父と共に夕食を摂る事となった。

 夕食の場では、いつも通り他の話題はあっても、ガンダムの話題だけはガの一文字だろうと絶対に出て来なかった。

 イツキとしては色々とあった初GBNについて色々と話したかったし、そういえば、と父からも一度は話題を振ろうとする場面もあったのだが、その途端にワザとらしい母の咳払いによって、気まずい空気と共にその機会は首を(すぼ)める亀の如く引っ込んでしまった。

 そんないつも通りの母に不満を覚えて口を尖らせるも黙ったまま食事を終え、早々に風呂と宿題、それからのG-TUBEの動画を少しだけ見てから床に着くイツキもまたいつも通りだったが、そこから眠りに入るまでに頭の中をぐるぐる駆け巡っていた思考だけはいつもと違っていた。

 

「……絶対に……絶対に……手に入れるぞ……」

 

 消灯して真っ暗になった自室の天井をベッドの上から見上げ、ぶつぶつと呟き続けるイツキが、その頭の内に描く()()を起こすのは翌日。学校を終えるや、コテツが一緒に帰ろうと呼び掛ける間も与えず大急ぎで家へと戻り、ランドセルだけ置いて一目散に向かったアガタ模型店からGBNへとログインした後の事だった。

 まず、イツキは()()を探した。()()を見つけなければ、何も始まらないからだ。

 もちろん、フレンド登録を結んだワケでも無い()()と再びGBNで相見(あいまみ)える事など、総アクセス数二千万人以上という膨大な分母の前にはほぼ不可能と言っていい。それこそ、ニュータイプを始めとしたガンダム作品群に出て来る様々な特殊能力者のような、直観力や探知能力でも持っていない限りは。

 しかし、今のイツキは違った。

 今も彼の内に渦巻く、絶対にコアガンダムを手に入れるという想い。

 昨日の一件を経て更に高まり、燃え上がったその感情に後押しされている今の彼は、こと()()を探し当てるという一点において、恐ろしい事にニュータイプにイノベイター、Xラウンダー、その他多数の特殊能力者を超える程の直観力と探知能力を得るに至っていたのだ。

 もはや、執念の域だ。

 その執念のままに、遺留品に残った臭いを手掛かりに犯人を追う警察犬の如く、ギラギラ、と光る眼で辺りを見回しながらロビーを探し回ったイツキは――遂に()()の姿を捉え、獲物を見つけたネコ科動物のように素早く、音も無く迫った。

 

「うし! んじゃ、今日は久々にエルドラに――」

 

お願いします!

 

「――って、うおわあぁぁぁ!?

 

 最初は、気取られる事無くその背をよじ登ったカザミの肩越しから。

 

「はぁっ、はぁっ……! なっ、何だよ、今の!?」

 

「さっきのって、昨日の子ですよね? 何でまた――」

 

俺に!

 

わああああぁぁぁぁっ!?

 

 続いて、セントラルエリアの公園内。息を切らして他の者達と共に逃げて来たパルヴィーズの、すぐ傍のゴミ箱の中からゴミを押し出しながら。

 

「ぜぇっ、はぁっ……! やっぱり! あの子、昨日の!」

 

「何なんだよアイツ!? 何がしたいんだよ!?」

 

「カザミ君、パル君、落ち着いて! 大丈夫、ここからならエルドラに――」

 

コアガンダムを!

 

きゃああああああぁぁぁぁっ!?

 

 更に続いて、“エスタニアエリア”市街の裏道。泣きそうな顔をしているカザミとパルを宥めていたヒナタの足下、彼女のスカートの下から()い出ながら。

 

作って!

 

「……私に頭を下げられても困るんだが?」

 

 またまた続いて、セントラルエリアのメインストリートの一角。仏頂面を崩さないまでも、本当に困ったように八の字に眉を下げて腕を組むメイに、深々と最敬礼をしながら。

 そして最後に、メインストリートの別の一角。

 

下さい!

 

「……」

 

 酷く憔悴(しょうすい)したカザミとパルヴィーズとヒナタと、三人の様子を横から伺うメイの前に立つヒロトへと、コンクリートの地面に頭を押し付けて土下座して、イツキは頼み込んでいた。

 ……まぁ、結局は頼み倒しである。

 何せ、昨日の今日だ。一度は断られたショックもあって、それ以上の方法は残念ながらイツキの頭に浮かばなかったのだ。

 しかし、だからと(あなど)るなかれ。

 二千万人の分母の中からBUILD DiVERSを見事探し当て、どれだけ彼らが逃げようとその都度イツキは追い付き、懇願を続けて来たのだ。

 それも、全ては彼のコアガンダムに掛ける想い――執念あってこそ為せた事。

 その執念を嫌という程見せた今、一度はコアガンダムの製作を拒否したヒロトもそれを取り下げてくれる――。

 

「いい加減にしてくれ」

 

 ――などという事は無く、深い溜息の後にばっさりとそう告げられた。

 

「一体どういうつもりなんだ、君は? 自分がやっているのが、迷惑行為だって分かっているのか? 昨日言った筈だ、コアガンダムの事は()()って」

 

「そ、それはそーなんだけど……。でも! 俺、諦められないんです!」

 

 ヒロトの咎める視線が、針のように容赦なく突き刺さって来る。

 それに気圧されそうになるイツキであったが、しかし怯むものかと、自分への激励(げきれい)も兼ねて声を張り上げる。

 ここで引いてはいけない。ここで引けば、そのままコアガンダムを諦めなければいけなくなる。

 なけなしの頭をフル回転させ、何とかヒロトを引き留めようとイツキは知恵を振り絞る。

 

「あの! 全部じゃなくて良いんです! せめて、部品だけでも! そしたら、俺だけでも作れると思うから!」

 

 自分のガンプラなのだから、本来は自分で作るべきだ。

 その意識までは捨てて無いからこそ思い付いた言葉をイツキは投げ掛けるが、ヒロトは頷かない。

 

「じゃ、じゃあ金払います! お金払いますから、いくら必要か教えて下さい!」

 

 元々、コアガンダムは店で買って手に入れる予定だったのだ。その日の為に貯金は蓄えて置いてある。よっぽど無茶苦茶な値段を吹っ掛けられない限りは払える筈だ。

 しかし、これにもヒロトは首を縦に振らない。

 変わらず、鋭い視線をイツキに向けるのみだ。

 

「そ、それじゃあ! ……えっと……ええっと……」

 

 何か、何か良い手は無いか? 何とか、ヒロトさんにコアガンダムを作ってもらう良い手は? ――イツキは必死に模索する。

 しかし、もう良策は思い付かず、言い淀んだまま焦燥だけが募っていく彼は徐々に狼狽(ろうばい)(あら)わにしていく。

 このままではいけない。このままでは、コアガンダムが手に入らない。

 されとて、何とかしなければ、と焦る程にイツキの思考は散漫(さんまん)になっていく。

 イツキの頭の中をグルグル、と回る悪循環。それに待ったを掛けたのは、

 

「どうして、そんなにコアガンダムに(こだわ)る?」

 

まさかのヒロトであった。

 

 

 

「どうして、って……カザミさんの動画見て――」

 

「他のガンプラを買えば良いだろ?」

 

 土下座の姿勢から面を上げたイツキが不思議そうにしつつも返答しようとするが、それを無視して、ヒロトは彼の言葉を遮った。

 疑問を投げ掛けたワケでは無いのだ。イツキがコアガンダムを欲しがる理由に、今更興味など無い。

 今、彼に対してヒロトにあるのは、言いたい事だけだ。

 

「ガンプラなんて、売っているだけでも星の数程あるんだ」

 

 “機動戦士ガンダム”の放映から現在に至るまで、数えきれない程のガンプラが世に生み出されて来た。店頭で並んだ事のある物だけでも多種多様(たしゅたよう)を通り越して複雑怪奇(ふくざつかいき)と表する方が相応しいそのレパートリーは、正しくヒロトが言った通り星の数に等しい。

 そんなガンプラの一部。しかも、手に入らないと分かり切っている代物を追い続ける事が、一体どれだけ不毛な事か。

 

「こんなバカな事をしてまでコアガンダムを欲しがる暇があるなら、他のガンプラを買って作った方がよっぽどマシだろ」

 

「そ、そりゃあ……そうかもしれないけど……でも! 俺が欲しいのはコアガンダムなんです! 他のガンプラじゃなくて!」

 

 勿論、あくまでコアガンダムを欲するイツキの気持ちも分からないワケでもない。

 そもそも、ガンプラとはガンダムシリーズに登場する機体を基にした、所謂キャラクターモデルの一種だ。今でこそバトルでの性能や使い勝手を重視して選択する者も増えたが、そういった実利の面よりも、単純に自分が好きなガンプラを使いたいという層はガンプラバトルが夢物語でしかなかった時代から変わらず一定数いるし、ヒロト自身もどちらかといえばそっち側の人間だ。

 故に、

 

「だったら使えば良い」

 

「え?」

 

「コアガンダムを、使えば良い。君が、()()()()()()()()

 

“イツキがコアガンダムを使う事”、それ自体まで否定する気はヒロトには無い。

 

「俺は、俺の知らないところで君が勝手にコアガンダムを作って、勝手に使う分には何も言う気は無い」

 

 今のGBNにおいて、自分以外にもコアガンダムを使う存在を、少なくとも()()ヒロトは知っている。

 あの二人のコアガンダムについて、その存在を知った時に思う事が無かったと言えば嘘になってしまうが、しかし否定する気までは起きなかった。

 あの二人のコアガンダムが、彼や彼女だけのガンプラだったからだ。

 ヒロトが全く知らないところで、その手を一切借りる事無く各人の手で独自に作り上げられ、そして彼や彼女の経験や意思の下、ヒロトの物とは全く違った独自の方向へと進化していったあの二人のコアガンダムは、もはや形こそ同じだけの別物だった。正真正銘、最初の製作者だからとヒロトにも、そして()()にも、その存在に疑問や否定を挟む余地や権利を一切与えない、()()()()()()()()()()()へと昇華していたのだ。

 だから、あの二人のように、イツキが自分の手だけで勝手にコアガンダムを作り上げる分にはヒロトには文句はない。そうして出来上がったコアガンダムは、()()との思い出が詰まったヒロトの物とは全く関係の無い、()()()()()()コアガンダムだからだ。

 しかし――もしヒロトがイツキのためにコアガンダムを作ったならば、そうはいかない。

 

「い、いやだから! 俺にスクラッチとか、そーいうのは出来ないって――」

 

「だからと言って、俺が君の為にコアガンダムを作らなければならない理由も義理も無い」

 

 例えそれが部品だけで、最終的な組み上げがイツキの手によってのみ行われたとしても、ヒロトの手が入った時点でそれはもはや彼のコアガンダムの()()()()()との思い出を汚すと実行に移せないでいる新しいコアガンダムの作成と、同じ事を行うに等しいのだ。

 それだけは、絶対に出来ない。

 故に、ヒロトがイツキにコアガンダムを作ってやる事は、決してあり得ない。

 

「何度頼まれても、俺が君に返す答えは変わらない。――()()

 

「……っ」

 

 それ以外に、ヒロトが返す言葉は無い。

 口を紡いだイツキの表情はまるで納得がいって無さそうだったが、だからとこれ以上この場に居続けるつもりも彼には無い。

 ポンチョを翻し、振り払うようにイツキに背を向けたヒロトは、仲間達へと淡々と告げた。

 

「皆、“ぺリシア”に行こう」

 

 奥の方で縮こまりつつもヒロトとイツキの様子を見守っていたカザミとパルヴィーズとヒナタの内、カザミとパルヴィーズがその言葉に反応するや、我先にとばかりにメニューウィンドウを手近な空間に展開する。

 それに一歩遅れて、なるほど、とヒロトの意図を察したらしいメイと、逆に彼の言葉の意味が分からなかったらしいヒナタが順に、先に行動を始めた二人に続いてメニューウィンドウを開く。

 そうして仲間達がエリア移動するのを見届けてから、ヒロトもまた手元の空間にウィンドウを開き、彼らの後を追おうとする。

 

「ま、待って!」

 

 そこへすかさず、弾かれたように立ち上がったイツキがヒロトへと詰め寄り、行かせまいと彼のポンチョの端を握り締める。

 その行動に特に驚く事も無く、ただ、見上げるイツキに顔を向けたヒロトは、はぁ、と嘆息した。

 

「何度も言わせないでくれ。どうしてもコアガンダムが欲しいなら、自分で作るんだ」

 

「それが出来るんだったら、俺だってそーしたいよ! でも、出来ないからこうして――」

 

「だったら()()()

 

 ポンチョの端を握り締めながらのイツキを訴えるような言葉を、目を細め、語気を強めて告げた一言でヒロトは突き放す。

 それに気圧されてか、んなっ、と目を見開いたイツキにポンチョを握られる力が少し弱まった気がした。

 

「見ず知らずの俺を頼るくらいしか、コアガンダムを手に入れる方法は君には無いんだろ? だったら、悪いが君はコアガンダムに最初から縁が無かったったんだ。大人しく()()()

 

「い、イヤだっ! 俺はっ、絶対に諦めたりなんか――」

 

「それに、だ。俺が言うのも何だけど、コアガンダムは扱いが難しいガンプラだ」

 

 最新のHGサイズのガンプラとほぼ同等の規格と、SDサイズのガンプラに匹敵するほどの小柄さを併せ持つコアガンダムは、単体のガンプラとして見た時に通常の1/144サイズの機体に比べてエネルギー量や各部のトルク、耐久力等に劣るという欠点がある。

 最も、小型かつ軽量故に敵の攻撃に対する的が小さく、機動性に優れるといった良点も存在するし、そもそも独自の換装機構によって前述の欠点もカバー可能なので、そういった良点を活かす運用を行う分には目立たない問題だ。

 ただし、そういう運用が出来るのはヒロトのような、己の機体の特性を正確に把握し、適切な操作を常に行う事が出来る玄人(くろうと)のみだ。ガンプラもGBNも昨日今日始めたばかりのイツキのような初心者に同じ操作を要求するのは、(いささ)かハードルが高過ぎる。

 

「今の君がどれだけ戦えるのかは知らないが、それでも正直なところ、君にコアガンダムが使いこなせるとは俺には思えない」

 

 そういう意味でも、先程もヒロト自身が言ったようにイツキは市販されている、より扱いやすいガンプラを使った方が良いのだ。

 最も、そういう意図までは彼に伝わらなかったようだが。

 

「――もう放してくれないか? 仲間が待っているんだ」

 

 流石に言葉が尽きたのか、そうヒロトが告げる頃にはポンチョを握り締めていた両手の内、左手を力無く下ろして、イツキは項垂れていた。

 残っている右手の方にも力を感じない。今なら、力任せに振り払う事も容易いだろう。

 ――()()()にやったのと、同じように。

 

「……」

 

 敢えて、残ったイツキの右手が自力で離れるのを、ヒロトは待った。

 暫く待って、そしてイツキの右手がポンチョから、

 

「……それでも……」

 

離れる事無く、より一層強く握り締められた。

 

「……それでも、俺はコアガンダムが欲しいんだ!」

 

 再び上向いた黒の双眸が、キッ、とヒロトを真っ直ぐに見返す。

 

「絶対諦めない! 俺にGBNを始めさせてくれた、コアガンダムを! 俺に、()()()()()()コアガンダムを! 何と言われようと、俺はこの手を離さない! 絶対に!!」

 

 そう、イツキが叫ぶ。

 決して逸らす事無く、固い決意を込めた目でヒロトを見返しながら。

 その目が、ヒロトの内に影を呼び起こす。

 ――幾度となく彼に挑んで来た、かつての()の影を。

 その影に、一瞬ヒロトは目を剥き掛けるが、直後、イツキとは別の見覚えのある姿を奥の方に見つけた事で、どうにかそれを耐えた。

 

「――熱くなっているところ悪いけど、後で()()()()()()()()?」

 

「へっ?」

 

 指摘するや、睨み付けるような勢いだったイツキの目がきょとんと丸くなる。

 そしてその直後、

 

「イーツーキーくーん?」

 

その背後から掛けられた、ワザとらしく間延びした呼び掛けに、げっ、と大袈裟なまでに肩を跳ねさせて呻いたイツキが、凄まじい勢いで振り返って叫んだ。

 

「こ、()()()!?」

 

()()()()()()()()!!

 

 そう名前(ダイバーネーム)を叫ぶや、ザンザン、と石畳の地面を踏み鳴らしてイツキのすぐ前へと詰め寄ったアイアンタイガーが、問答無用でダンダラ羽織の襟元を掴んで引き寄せた。

 

「妙に急いで学校出てった時から何かおかしー気はしてたけどよー……テメー、またヒロトさんにちょっかい掛けて何やってんだ、おい?」

 

「ちょ、ちょっと待てって! 今、俺忙し――」

 

「るっせぇーッ!!」

 

 掌を見せてイツキが宥めようとするが、そんなものでは怒りは治まらないとばかりに、アイアンタイガーが更に怒鳴り散らす。

 まるで本物の虎が吠えているかのようなその迫力には、傍からその様子を見せられているだけのヒロトもつい呆気に取られそうになってしまうところであったが、しかしそうはならない。

 アイアンタイガーに捕まったその瞬間から、イツキの右手は既にヒロトのポンチョから離れていた。

 拘束から解かれた今、今度こそこの場に居据わる理由は無い。

 すぐに、ヒロトは宙に浮いたままのメニューウィンドウに指を走らせ、残していた操作を速やかに終わらせた。

 そうして、数舜後にエリア移動を終えた事で周囲の景色は塗り替わったのだが――そうなる直前に聞こえた台詞が、妙にヒロトの耳に残った。

 

「俺は絶対、コアガンダムを諦めないから!」

 

 もはやヒロトに言ったのか、それともアイアンタイガーの方に言ったのかさえ分からない、イツキのそんな台詞が。

 




結局断られるの巻。
ヒロトからの印象もほぼ最悪になったイツキの明日はどっちだ!?


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第9話 ()()と謝罪と思わぬ提案

やーすいません、長らくお待たせいたしました。
ちょっと野暮用があって、暫くSSの方に手が付けられない状況が続きました。
何はともあれ、本編をどうぞ。


「ここがこうなるから――答えは3、っと!」

 

 宿題として出されていた算数のドリルの最後の問題を終えるや、終わった~ぁ、と持っていた鉛筆やら消しゴムやらを勉強机の上に放り捨てて、イツキは背伸びをした。

 パキパキ、と心地良さの伴った音が背中の辺りから鳴るのを暫し堪能(たんのう)した彼は、さーてっと、と椅子から腰を上げる。

 その日の分の宿題を全て終えた今、後は翌日に備えて就寝(しゅうしん)するだけではあるが、その前にイツキにはやる事があった。

 

「母さんは……いない、よな?」

 

 自室の入り口のドアの真ん前に立つや右耳を押し付け、近くに母の声や存在を報せる類の音が無いのを確認したイツキはこれ幸いとばかりにほくそ笑み、後のベッドの方へと振り返る。

 そして、そちらの方へと向かうや布団の上に腰掛け、パジャマのポケットから取り出したスマホの液晶に指を走らせた。

 彼の日課の一つ――G-TUBEでの動画鑑賞のために。

 

「さーて、何見よっかな、っと」

 

 トップページを開くやずらりと並べられる幾つもの動画をイツキは鼻歌混じりに見て回り、その中から目に着いた物を適当にタッチしては再生させていく。

 例えば、緑色のAの文字が胸元に燦然(さんぜん)と輝く“ガンダムAGE-1”なる機体の改造機と、オリーブグリーンの体に赤い円盤状の頭部が付いたずんぐりむっくりの“グリモア”なる機体の改造機が激しく(しま)を削り合う動画だとか。

 あるいは、全身赤色タイツに青いマントを棚引かせたアメコミヒーローのような“キャプテンジオン”なる人物が、モヒカンやらサングラスやら鋭利な棘の付いたパンクファッションやらを身に着けた世紀末感溢れる三人組を一掃(いっそう)する動画だとか。

 敢えてガンプラバトルから離れたところでは、金髪を後頭部で纏めた“アセム・アスノ”と茶髪にピンク色の髪留めを着けた“ロマリー・ストーン”、更に銀髪を肩まで伸ばした“ゼハート・ガレット”と薄い紫色の髪をツインテールにした“フラム・ナラ”の四人組が、揃いのスージー・マスコビー・ハイスクールのダークブルーの制服姿で仲睦(なかむつ)まじくGBNの名所を紹介して回る、オリジナルアニメ動画だとか。

 他にも、それぞれ青と白を基調とした“レギンレイズ”なる機体の改造機を使うカップルを妬んで物理的に爆発させようと挑んだ投稿者が、“ドモン・カッシュ”と“レイン・ミカムラ”もかくやとばかりの二人の熱々ラブラブパワーの前に、逆に爆発させられてしまう動画だとか。

 ともかく、そういった様々な動画を見て回ったイツキは、声を上げて興奮したり、思わぬ展開に思わず吹き出しそうになったりしながら、それらを心行くまま楽しんでいた。

 が、暫くそうしていた彼の口から洩れたのは、憂鬱気な溜息であった。

 

「やっぱり俺もやりたいなぁ、GBN」

 

 一通り動画を見た後にそう呟くのも、また彼の日課の一つだった。

 

「良いよなぁ。コテツの奴なんかずっと前からやってるって言うし、他の奴もやってるらしいし」

 

 その一方で、自分はGBNどころかガンプラ一つまともに触った事も無ければ、ガンダムのアニメだってちゃんと見た事も無い。

 完全に周囲の流行に乗り遅れてしまっている。

 単純な興味や欲求が大部分を占めているのは間違いないが、その事への不満や不安も確かにイツキの中にはあったのだ。

 しかし、

 

「……母さん、絶対良いって言わないしなぁ」

 

単にやりたいからとか、周囲から取り残されてしまうとか、そんな理由でイツキがGBNやガンプラを始める事を母は許さないだろう。

 何せ、ガンダムのガの字が出て来ただけでも、“乱暴で下品なロボット”と呼んで蛇蝎(だかつ)の如く嫌悪を顕わにするのだから。

 何より、普段は温和な姿を見せている母が滅多に見せないその怒髪天に触れる事を、イツキ自身が心底恐れてしまっている。とてもではないが、興味や周りとの話題を理由に許可を求める勇気は今の彼には無い。

 その自覚があるからこそ、もう一度、はぁ、と深い溜息を吐いたイツキは諦観に肩を落とす。

 そうして、羨望(せんぼう)(こも)った目でもう暫く動画を閲覧してから床に着くまでが、彼の一日の終わり間際まで行う日課の全てであった。

 が、その日は少し違った。

 

「――んん?」

 

 また一つ動画を見終え、次で最後にしようかとトップページへと戻って来たところで、反射的にイツキは肩眉を上げた。

 ページが表示し直されると共に目に入った動画の再生数が、何やら凄まじい事になっていたからだ。

 と言っても、単に再生数が多いから反応したワケでは無い。ここまでとなるとそう多くは無いが、同程度以上の再生数を保持している動画が無いワケでは無いし、幾つかはイツキ自身も視聴した事がある。

 問題なのは、その動画のタイトルと投稿者名だ。

 

「エルドラバトル……キャプテン・カザミ……?」

 

 その動画が人気シリーズであるとか、有名G-TUBERが投稿した物であるとかならば、イツキも違和感を覚える事は無かっただろう。

 しかし、読み上げた投稿者の名は全く覚えが無い。

 動画タイトルの方についてはそうでもないが、それはあくまで毎度スマホの画面の外へと早々に追い払う対象としてであり、シリーズの動画を再生した事は一度も無い。表示されていた再生数にしても毎回一桁と信じられないくらいに少なく、とてもじゃないが画面に出ている動画と同じシリーズとは思えない。

 だからこそ、その動画にイツキは酷く訝しさを覚えた。

 だからこそ――興味を惹かれた。

 

「――まっ、ツマンなくってもいっか」

 

 流石にもう寝ないといけない。面白かろうが詰まらなかろうが、これが最後だ。

 その動画に指の腹を這わせた時、イツキの頭にあったのはそんな気楽な考えだった。

 だから、この時の彼は露ほども想像していなかった。

 その判断こそが、後に自らが大きな決意と勇気を抱く事になる、その第一歩になるという事に。

 ――ギンジョウ・イツキ、11歳の誕生日の四ヵ月程前。

 同時に、その日に与えられるプレゼントとして彼がガンプラとGBNを始める事を両親に進言する運命の日より、三ヵ月程前の事であった。

 

 

 

 時は現在に戻り、アガタ模型店、店内。

 出入口から見て左奥の製作スペースでは、計四脚ある椅子の内の三脚が現在使用されていた。

 ただし、今それらが使われているのは本来の設置目的であるプラモデル製作のためではなく、別の理由からであった。

 

「……」

 

 三脚の内の一脚に膝に手を置いて座るイツキは、憮然と口を(つぐ)んでいた。

 何故か?

 現在製作スペースが利用されているその理由が、GBNから半ば強制的に現実へ連れ戻された彼への糾弾であったからだ。

 

「コテツ君から話は聞いたよ。BULID DiVERSの子達追い駆け回したんだって?」

 

 対面に配置した椅子に座るヒカルが、いくらかトーンを下げた声色で告げる。

 腕を組んだ姿勢でイツキへと真っ直ぐに向けられるその視線は心なしか鋭く、これまで彼に対して抱いていた温和な印象とは打って変わったものだった。

 そんなヒカルにより一層居心地の悪さを覚えたイツキは、

 

「どうして、そんな事したのかな?」

 

「……コアガンダムが、欲しかったから」

 

問い掛ける彼から少しでも逃れようと視線を合わせないまま、少しずつ言葉を紡いでいく。

 

「ヒカル兄ちゃんだって分かるでしょ? 俺、ガンプラ作った事無いし、スクラッチなんて出来っこないんだ。だから、俺がコアガンダムを手に入れようと思ったら作った人に――ヒロトさんに作ってもらいでもしなきゃ、ダメだって」

 

「それ無理だって、俺言った筈だけどなー?」

 

 不満の籠った声でそう言ったのは、コテツであった。

 イツキから見て右、彼とヒカルの間からややヒカル寄りの位置で三脚目の椅子に逆向きに座り、その背凭(せもた)れに肘を置いて頬杖を突いている彼に、確かにそう言われたけど、とイツキは反論する。

 

「だって、他に無いだろ? 俺がコアガンダム手に入れる方法は」

 

「だから、現実で会った事も無ぇヒロトさんやBUILD DiVERSの人らに迷惑掛けても良いってか? んなワケねーだろが」

 

「それは……そう、だけど……」

 

 今日の、いや昨日BUILD DiVERSの面々を見つけてからの自分の行動が彼らの迷惑になっている事くらい、イツキとて分からないワケでは無い。分からないワケでは無かったが、だからと行動しない理由にもならなかった。それだけだ。

 とはいえ、迷惑であったという自覚があるからには罪悪感が全く無いワケでも無く、

 

「……それでも、俺は……」

 

「俺はコアガンダムが欲しいんだ――ってか?」

 

それ故言い切る事無く尻すぼみになってしまう返事の先をコテツに引き継がれた後、それに頷いたイツキはそのまま俯き、黙りこくってしまう。

 そんなイツキに、呆れたようにはー、とコテツが深い溜息を吐き、それに入れ替わるようにして二人の遣り取りを静観していたヒカルが再び口を開く。

 

「他のガンプラじゃダメなのか、とかは敢えて訊かないよ。イツキ君がコアガンダムがどうしても欲しいっていうのは、もう僕達も知ってる事だから。――だから、代わりに()()()()()()()()()()()()を訊かせてくれるかな?」

 

「これから? これからって……この後どーするか、って事?」

 

 唐突な質問の意図が掴めず尋ね返したイツキに、ヒカルが頷いて肯定する。

 つまり彼は、この場を終えた後の未来――明日や明後日はどうするつもりなのかを訊いているのだ。

 であれば、イツキが返す解答は一つだけだ。

 

「どーするって……またヒロトさんを探すよ。それで、今度こそコアガンダム作ってもらえるように、頼んでみる」

 

 それしかない。

 あくまで、コアガンダムを手に入れる手段はそれしか思いつかないのだ。

 当然ながら、こう返事をした瞬間にずるりと顎から手を滑らせたコテツが、お前なぁ、と心底呆れたような顔を向けて来たが――例えどんな反応されようが、それしかもう遣り様が無いのだ。

 だから、やる。

 明日も、明後日も、その先も。ヒロトが引き受けてくれるその時まで、イツキは延々と彼を追い続け、コアガンダムの製作を頼み込み続けるつもりで――。

 

「それじゃあ駄目だよ」

 

「え?」

 

「いくらヒロト君に頼んだって駄目だよ。彼は、()()()イツキ君にコアガンダムを作ったりはしない」

 

 目を伏せ、ゆっくりと首を振ってイツキの答えをきっぱりと否定するヒカル。

 そんな彼に、咄嗟にイツキは椅子から腰を上げ、彼に食って掛かる。

 

「な、何でそう言い切れるんだよ!? 分かんないじゃん! 続けていれば、いつかヒロトさんだって――」

 

「いいや、分かるよ。だって今の君は、コアガンダムに込められたヒロト君の()()()()()()()()()

 

「!」

 

 ヒカルから告げられたその言葉は、イツキにとって、強い衝撃を感じずにはいられないものだった。

 それが何故かは今の時点では分からなかったが――ともかく、それ故に硬直してしまう彼に構わず、続けてヒカルが諭すように言う。

 

「ガンプラにはね、作った人の()()(こも)るんだよ」

 

 自らが丹精込めて作り上げた機体への“愛”。

 この機体でバトルに勝ちたい、強くなりたいという“意地”や“意思”。

 誰にも負けない機体を作り上げたという“誇り”や“自負”。

 時には、歯向かう奴らを粉々に粉砕したい、跪かせたいといった、些か同意し難い“嗜虐心”の類まで。

 その貴賤(きせん)や大小は様々なれど、ともかくガンプラには、その製作者の様々な()()が宿るものだ。

 その()()は、あくまでガンプラそのものではなくスキャニングしたデータを扱うGBNにおいては、ステータスに影響を与えない余剰データとして排除されてしまうものでしかないが、だからと決して無下に出来るものでも無い。

 

「ガンプラバトルでもね、上手い人ほど言うんだよ。ガンプラ作りの上手さや操縦の腕も大切だけど、それ以上に大切なのは()()だってね」

 

 どれだけ出来のガンプラを用意し、どれだけ戦闘技術を高めようと、意味の無い余剰データでしかない筈の()()が欠けているダイバーの大半は、いつかどこかで行き詰るものだ。

 何故なら、上へ行けば行く程にそういった()()()()()技術は自然と拮抗(きっこう)していくもので、だからこそ同等以上の実力を持つ相手に勝利するに当たって、勝ちたい、負けたくないという意思――目に見えない()()の力が雌雄(しゆう)を決する最後の要素となり得るのだ。

 

「それに昨日話したよね? ELダイバー ――トピア達が、()から生まれてきたのかも」

 

「……ガンプラに込められた、()()

 

 まっすぐにイツキと合わせていた視線を、すぐ傍の机の上から二人の様子を見守っていたトピアの方へと移してからのヒカルの問いに、少し重くなった唇を動かしてイツキは答える。

 電子生命体ELダイバー。その命を生み出す源こそ、正にそうやってガンプラのスキャン時に削ぎ落されるその()()のデータなのだ。

 そのデータは、容量にすればスキャンし立てのガンプラのデータ総量の百万分の一程度でしかないが、つまりそれは、そんな僅かな量から新たな命を生み出すという神の如き偉業を為し得ているという事でもある。

 それを可能とし、それ故にGBN崩壊の危機の一端を担い、かつての“第二次有志連合戦”が起こる要因の一つともなってしまった()()の力は、その存在は、決して軽んじて良いものでは無いのだ。

 ――では、コアガンダムについてはどうだろうか?

 

「僕はヒロト君じゃないからハッキリとは言えない。けど、ヒロト君がコアガンダムに込めた()()は、絶対に生半可なものじゃないと思う」

 

 コアガンダムというガンプラが、ヒロトが手ずから作り上げたオリジナルの機体であるという事をイツキは既に知っている。一体のガンプラを0からスクラッチするという行為が、今の自分には想像もつかない程に大変な技術と労力を要するものであるという事も。

 それ程の苦労を掛けて作り上げたであろう愛機にヒロトが込めた()()は、確かにヒカルの言う通り、決して生半可なものでは無いだろう。

 それが分かった今だからこそ、先程の彼の言葉がどういう意味だったのかを、薄々ながらイツキは理解して来た。

 

「だから、改めて訊くね、イツキ君。コアガンダムを作ってもらうようにヒロト君に頼んだ時、ヒロト君がコアガンダムに込めた()()の事をイツキ君は()()()()()()()?」

 

「……それ、は……」

 

「考えて無かったよね?」

 

 ヒカルの言う通りだった。

 何としてもコアガンダムを手に入れる。――そればかりに意識が向いていて、一方的に愛機の製作を頼まれたヒロトの気持ちや、彼がコアガンダムに込めた()()の事など、頭の片隅にさえ無かった。配慮など、する余地も無かった。

 だが、こうしてガンプラに込められた()()について諭された今のイツキなら分かる。ヒロトに出会ってから今この時まで、自分がし続けて来た事が一体()()()()()()()を。

 これまでイツキがやって来た事は、

 

「ちょっとキツい言い方になるけど――今のイツキ君は、ヒロト君がコアガンダムに込めた()()()()()()()()()のと同じなんだよ」

 

出来るだけ傷つけないように配慮してか、やや躊躇(ちゅうちょ)気味の声色ではあったが――つまりは、その言葉の通りであった。

 

「……ち、違うよ! 俺、そんなつもりじゃなかった! ただ、ただ俺は――」

 

「コアガンダムが欲しかっただけ、なんだよね?」

 

 かろうじて絞り出した声での訴えに、ヒカルも頷き返してくれる。

 しかしそれでも、事実は何も変わりはしない。

 迷惑を掛けている事こそ分かっていたが、自覚があったのはそこまでだった。ヒロトの()()にまで土足で踏み入っていたなどとは思っていなかったし、そんな事までするつもりも全く無かった。

 あるいは一度でも自分でガンプラを作る機会があれば、()()の存在に気づいてヒロトに迫るような行為は避けていたかもしれないが――そんな仮定には意味は無い。

 あるのは、自分がしていた行為の予想だにしていなかった卑劣さに気づいた結果、急激に重さを増した罪悪感だけだった。

 

「……俺、は……」

 

 まだ反論を続けようとして、しかし息が詰まるような感覚にイツキは口も思考も閉ざされてしまう。

 そうしてそのまま、ただ自分の行為への嫌悪に項垂れるしかなくなってしまうのであった。

 

「――取り敢えず、今日はもう遅いからお帰り」

 

「……」

 

 どうするかはまた明日考えよう、と先程よりも幾分か柔らかくなった口調で告げられたヒカルの提案に、イツキは顔を上げる事無く、ただ力無くぼんやりと頷く事しか出来なかった。

 

 

 

 その後の、アガタ模型店を出てから自室のベッドの中に入り込むまでの間の事を、イツキは殆ど覚えていなかった。

 何となく、落ち込む自分を昨日以上に気に掛けた様子で見送ったヒカルとトピアや、何処となく居心地悪そうな顔をしたコテツ、それに心配げな顔をした両親の顔まで思い出せるのだが、それ以外の事はまるで頭に浮かばなかった。

 だが、暗闇の奥の天井をぼんやりと眺める彼にはどうでも良かった。

 

(……謝るっきゃ、ないよなぁ……)

 

 そんなつもり毛頭無かったとはいえ、ヒロトがコアガンダムに込めた()()を侮辱していたも同然だったのだ。

 加えて、コアガンダムの入手を優先するために、迷惑を掛けている事にも見て見ぬふりをした。

 それらを自覚した上で、なおコアガンダムの製作を要求できる程イツキは厚顔無恥(こうがんむち)では無いし、この期に及んでそうする事は他の面々も許しはしない。

 故に、恐らく明日以降の方針はヒロト達BULID DiVERSを探して謝罪する方向へと舵を切っていく事になる。

 そうする事にイツキとしても当然に思えたので不満は無い。

 無い筈なのだが……。

 

「……はぁ」

 

 明日の事を考えた時、心が酷く重かった。

 その重さが何なのか、何となくイツキは分かっていたが、されとて彼にはどうしようもなかった。

 どうしようもないまま――翌日の学校を終えた彼は、どんよりとした気分のまま重い足取りでアガタ模型店の敷地に入り、そして気の進まぬまま、コテツとトピアと共にGBNへとログインしていた。

 

「うんじゃ、まずマギーさんの店行くぞ」

 

 昨日はイツキが驚異的な感覚を発揮した事で二度目のBUILD DiVERSとの邂逅を果たす事となったが、アレはハッキリ言って奇跡や偶然の類である。総アクセス数二千万人以上のGBNで、フレンド登録もしていない特定の人物を何の宛ても無く探し当てられる可能性など、本来は限り無く低い。

 なので、彼らと個人的に親交もあり、ひょっとしたらフレンド登録も結んでいるかもしれない――現在地や、そもそもログインしているかどうかも判断出来るかもしれない――マギーの下をまず尋ねようというアイアンタイガー(コテツ)の提案は、このGBNで人を探すに当たって正しい判断だった。

 そして同時に、これが正解でもあった。

 というのも、アイアンタイガーとトピアに続くままに再び訪れたアダムの林檎の店内では、既にヒロトを始めとしたBUILD DiVERSの面々が勢ぞろいしていたのだ。

 まぁ、

 

「「「出ぇたああぁぁぁぁぁ!!」」」

 

入店早々、何故か目の下に黒々とした隈を作ったカザミとパルヴィーズとヒナタからの絶叫という歓迎を受ける事になったが。

 

「ハァーイ、イツキ君にアイアンちゃんにトピアちゃん。ウェルカムようこそいらっしゃーい」

 

 悲鳴を上げたかと思いや、ヒナタとパルヴィーズが呆気に取られたような表情を浮かべたヒロトの背に、カザミが仏頂面のままのメイの背に、まるで天敵に遭遇したトカゲの如く素早く逃げ隠れる。

 そして、そんな尋常(じんじょう)で無い様子の彼らを気にした様子も無く、手前の方のカウンター席から立ち上がったマギーがフレンドリーに手を振りながら歩み寄って来た。

 

「今日はどんな用――と言いたいところなんだけど、ひょっとしてヒロト君がお目当てかしら?」

 

 傍まで来るや、腰を曲げて目線を合わせ来たマギーに、う、うん、と言い難さを感じながらイツキは頷き返す。

 すると、やっぱりねぇ、とマギーは困ったように苦笑し、姿勢を戻すや先程まで座っていたカウンター席に再び腰掛けた。

 

「昨日の事は聞いたわ。コアガンダム欲しさに、この子達追い駆け回したんですって?」

 

「うん、まぁ……」

 

「何ていうか、フレンドでも無いのにそんな事出来たって事がもう驚きだわ。よっぽどコアガンダム欲しいのね、アナタ。――でも、だからって人の迷惑になる事しちゃダメよぉ。ヒロト君だって断ってるんだし、何かカザミン達もトラウマ植え付けられちゃってるし、悪いけど今回はアタシもイツキ君の肩は――」

 

 どうやら、マギーからもまたヒロトにコアガンダムを要求しに来たと思われているらしい。

 組んだ足の上に右肘を置き、頬杖を突くや物憂げに溜息を吐いた彼女? からもまたお説教の言葉が投げ掛けられそうになったが、

 

「あのっ、違うんだ!」

 

咄嗟にイツキは一歩踏み出して、声を張り上げて待ったを掛けた。

 

「違う?」

 

 目を丸くするマギーにイツキは頷き返し、――いやに上手く回らない口で――今日訪れた理由を伝える。

 

「その……今日は、違うんだ。コアガンダムの事、頼みに来たんじゃないんだ」

 

「あら、そうなの? それなら、ごめんなさいね。昨日の事聞いたばかりだったから、そっちの件だと思っちゃって」

 

 先程まで説教ムードから一転、違う用件で来たと知るや決め付けた事への謝罪を述べたマギーから、次いで、となると、今日はどんな用事かしら、と小首を傾げながら尋ねられる。

 その問いにイツキは、彼女? だけでなく、その向こうに立つヒロトにも目を向け、一拍置いてから答えた。

 

「――謝りに、来たんだ。昨日と、あと一昨日の事の」

 

「まぁ!」

 

 イツキの答えが意外だったのか、マギーが口元に手を当てて目を丸くし、続けて肩越しにヒロトの方を見遣った。

 そのヒロトも、彼やメイの背で縮こまっているカザミとパルヴィーズとヒナタもまた、驚いたように目を見開いていた。

 そんな彼らに、更にイツキの隣へと歩み出たアイアンタイガーとトピアが補足を加える。

 

「流石に昨日のはやり過ぎだったからよー。先にマギーさんに場所教えてもらってから、ってつもりでこっちに来たんスよ。――コイツ、自分のガンプラまだ持ってねーから、ヒロトさんがコアガンダム作んのにどんだけ苦労したとか、どんだけ根詰めてたとか、そーいうの全然想像出来て無かったんだよ。そのクセ、一回やると決めたらなっかなか諦めねーヤツで」

 

「でも、昨日もヒカルさんに怒られて、イツキくんもすごく反省してるんですー」

 

「まー、そーいう事なんスよ。だから、許す許さねーは置いといて、とりあえず話だけでも聞いてやってくんねーかな?」

 

 その懇願を最後に、アイアンタイガーとトピアが二人揃ってBUILD DiVERSの面々向けて頭を下げた。

 下げる必要の無い頭を下げた二人にこの場で最も驚いたのはイツキだったが、それが二人なりの御膳立(おぜんだ)てであるとすぐに察するや、

 

「ごめんなさい!」

 

彼もまた、ヒロト達の方へと頭を振り下ろした。

 

「俺、どうやったらコアガンダム手に入れられるかって事ばかりで、ヒロトさんがどんな想いを込めてコアガンダムを作ったとか、全然考えて無かった! そー言う事も知らないで、コアガンダム手に入れるためならちょっとくらい迷惑になったってって、自分の事しか考えて無くて!」

 

 キツく食い縛った瞼の中で、これまでの事が淡く浮かび上がる。

 G-TUBEで偶々見つけてから視聴を続けたエルドラバトルでの、コアガンダムの数々の雄姿。

 GBNを始める事に鬼のような形相で反対した母に、負け時と怒鳴り返した時の事。

 コアガンダムが非売品だと知らされて絶望した、初GBNの直前の事。

 ヒロト達を見つけ、一度は失った希望をもう一度見つけたと思った、初ミッションの後の事。

 そして、ヒロトからの拒絶と、ヒカルから諭されたその理由――コアガンダムに込められた()()についての話。

 それらの記憶を噛み締めるように、イツキは懺悔を叫び、最後に一際強い声で締め括った。

 

「本当に、ごめんなさい!!」

 

 その一声を最後に、アダムの林檎の店内がしんと静まり返る。

 立ち込める沈黙。暫し立った後、それを最初に掻き消したのは、

 

「――話は分かった」

 

 ヒロトだった。

 

「ちゃんと反省しているみたいだな」

 

 そう告げる彼の声は、昨日までより幾分か穏やかなものだった。

 その声に、なんとか彼から許しを得られたと思ったイツキは、ゆっくりと顔を上げていく。

 その顔は安堵に緩んでいた――が、次の瞬間、別の感情に強張る事となる。

 

「それで、()()()()()()?」

 

「へ?」

 

「コアガンダムの事だ」

 

 ヒロトから投げ掛けられたその質問の意味が、一瞬イツキは分からなかった。

 そのせいできょとんとする彼に、ヒロトが言葉を続ける。

 

「元々、コアガンダムが欲しくて君は俺に迫っていたんだろ?」

 

「そ、そうだけど……」

 

「その事をこうして謝ったんだ。俺にコアガンダムの製作を頼むつもりは、()()()()って事で良いんだろ?」

 

「っ!?」

 

 その瞬間、イツキは悟った。

 昨日の寝る間際から心に圧し掛かるこの鉛のような重さの発生源が、今正にヒロトが口にした事であるという事に。

 そう。彼やBUILD DiVERSの面々への迷惑を省みずにコアガンダムの製作を頼み続けて来た事を謝罪した今、コアガンダムの製作を彼に依頼するという選択はもはや出来ないのだ。

 となれば、コアガンダムを手に入れるには他の方法が必要となるワケだが……そもそも、他に方法が無いからヒロトを頼ったのだ。もう彼を頼ることが出来ないのなら、コアガンダムを手に入れる手段はイツキには残されていない。

 そうなれば――。

 

「自分では作れない、と昨日言っていたな。ならコアガンダムは――()()()のか?」

 

「っ!」

 

 ――そうするしかなくなってしまう。

 

「だっ、ダメだよ! そんなの、出来ない! 諦めるなんて出来ないよ!」

 

 だが――そうする事をイツキは決して良しと出来ない。

 決めていたのだ。最初のガンプラはコアガンダムだと。()()()()()()あのガンプラ以外にはあり得ない。男が一度決めた事を撤回してはならない、と。

 

「出来ない、けど……」

 

 無論、こんなのは意固地な子供の我儘でしかない。冷静に事態を受け止め、コアガンダムを()()()のがこの場での正しい判断だ。

 しかし、そんな判断が出来るのであれば、こうして謝りに訪れる事も、そもそもヒロト達を追いかけ回すようなマネもしていない。

 少なくとも、そしてどこまで行っても、今のギンジョウ・イツキは、正しい判断よりも自分の意思と意地を最優先する子供でしかないのだ。

 

「……」

 

 だから、ヒロトの問いにイツキは答えられない。

 俯き、ただ沈黙するしかなかった。

 ――だから、

 

「分かった。なら―― 一週間後だ」

 

「え?」

 

「一週間後の今くらいの時間に、俺はまたここに来る。もし、その時になってもまだコアガンダムの事が諦め切れないようなら、君もここに来い。()()()()()()()

 

「ちゃ、チャンス……って、何の?」

 

「そんなの決まっているだろ?」

 

 

一度目を伏せた後に告げられたヒロトのその言葉は、イツキにとって、

 

「――コアガンダムを手に入れるチャンスだ」

 

あまりにも予想外過ぎる提案だった。

 




意外ッ! それは掌返し!(ジョジョ並み感

一体ヒロトに何があったのか? それは次回にて!

あ、後今回余所様のキャラクターをちょっとお借りしてます。次回もちょっとだけですがまた登場してもらう予定なので、どなた様のどの作品のキャラクターなのかの紹介もまた次回に纏めて、という事で。それでは。


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第10話 “決着”

お待たせいたしました、第10話。
今回はイツキから逃れた後のビルドダイバーズの面々について。
ちょっとだけ出て来る新たな原作キャラも交えて、さて、ヒロト達に何があったのか?


 BAR アダムの林檎での、イツキからの謝罪の後にヒロトが告げた思わぬ提案。

 イツキからのコアガンダムの製作依頼はおろか、自らも新しいコアガンダムを作る事を渋っていた筈の彼がしたとは思えない、掌を返したかのようなその提案だが、もちろんヒロトとて何の理由も無い思い付きでそれを口にしたワケでは無い。告げるに至った、相応の過程があったのだ。

 では、どのような過程があったのか?

 それを知るには前日、ヒロト達BUILD DiVERSがイツキの追跡を逃れた後まで遡らなければならないだろう。

 

 

 

「だは~っ! つっかれたぁ~……」

 

 “ぺリシア”エリア、市内。

 ドームやアーチが特徴的な中東風の建物が並ぶ街並み。その一角に建つカフェの店外席の一つである、白いテーブルクロスが掛けられた丸テーブルの上に、盛大に息を吐き出しながらカザミが上半身を投げ出した。

 半目の、酷く疲れた様子の彼に、そうですねぇ、とテーブルを囲むように配置された椅子の一つの上で肩を撫で下ろしていたパルヴィーズが溜息混じりに応答する。

 

「凄いですよね、あの子。どこに逃げても、すぐ追い付いて来るんだから」

 

「まったくだぜ。フレンド登録してるワケでも無ぇってのに、ニュータイプか何かかっての」

 

 二人揃って疲れと安堵が(にじ)む声で、彼らがこのエリアまで逃げる事となった元凶――コアガンダムを欲しがる新選組姿の少年、イツキの事を言い合う。

 それに便乗するように、ねぇ、とヒロトの隣の席で疲れた笑みを浮かべるヒナタも頷く。

 

「よっぽど欲しいんだね、ヒロトの――えっと、コアガンダム?」

 

「それで合ってるよ」

 

 GBNを始めてまだ日が浅く、BUILD DiVERSの一員としても最も新しいメンバーであるヒナタは、まだまだガンダムについて疎く、仲間達の機体についても把握(はあく)し切れていない。

 それ故の朧げな確認をヒロトが肯定すると、良かった、と名前を間違っていなかった事に彼女は安堵し、続けて、そわそわと落ち着かない様子で辺りを見回しながらこう言った。

 

「ねぇ、他の所に行かなくて大丈夫かな?」

 

 その様子を(いぶか)しみ、どうして、とヒロトが尋ねてみれば、

 

「だってほら、ここにいたら、またあの子が変なトコから出て来るかも知れないし……」

 

という解答が、自らの足下を不安げに見下ろしながらの彼女から返って来る。

 それで、また何処からともなくイツキが現れるのを恐れていると察したヒロトは、ああ、と納得し、安心させるためにこう返した。

 

「大丈夫だよ。()()()()()()()()

 

 ぺリシアエリアでは、ダイバーランクの低いダイバーはガンプラの使用に制限が掛かる。

 これに加え、街の周囲は広大な砂漠に覆われていて、一度訪れた事があってエリア間の直接移動が可能になっているとか、あるいはオフロード車のようなアイテムを所持しているとかならばともかく、そういったものを利用しない徒歩での来訪はほぼ不可能だ。

 そういった理由から、イツキのような、昨日今日GBNを始めたばかりの初心者は気安く訪れる事が出来ない“ビルダーの聖地”。――それがこのぺリシアというエリアであり、だからこそ、この場へ逃げるようにヒロトは仲間達に指示したのだ。

 

「流石にあの少年もここには現れないだろう。お前も安心して休めばいい、ヒナタ」

 

「そっかぁ。良かった~」

 

 ヒロトと、途中から説明を引き継いだメイにそう促された事で、ほっと息を吐いてヒナタが脱力する。

 そこに、良くねぇよ、とカザミの文句が飛んで来る。

 

「エルドラ行くつもりだったってのに、もうそれどころじゃねぇよコレ」

 

「ですね。今から行くのは、時間的にちょっと難しいですよ」

 

 並び立つ建物の上に広がる空は、若干ながらオレンジ色に染まり出している。

 基本的にはGBN内での日の出入りは現実と同じため、現実の方も既にそれなりの時間になっていると見て良いだろう。

 

「下手にぺリシア(ここ)出たら、まぁたあのガキと鉢合(はちあ)わせるかもしんねぇしな。あ~……久々に“マイヤ”に手料理食わせてもらおうと思ってたのになぁ」

 

「僕も、“モルジアーナ”に乗せて上げるって“アシャ”と“トワナ”と“フルン”に約束してたのに……」

 

 エルドラに住まう山の民の中でも、各々が特に懇意(こんい)にしている少女や三人組の子供達の名を上げてぼやいた後、一斉に、は~ぁ、と大きな溜息を吐き出すカザミとパルヴィーズに、二人の様子に居た堪れなくなってか、あ、ごめんね、と謝るヒナタ。

 そんな彼らの様子をヒロトが仏頂面のメイと共に見守っていると、ハハ、と苦笑する声が彼らのすぐ近くから上がった。

 

「皆、その子に大分苦労させられたんだね」

 

 そう他人事(ひとごと)のように――実際、彼にしてみれば他人事だが――言う苦笑の主は、寝ぐせが跳ねた白い髪を(うなじ)の左側で纏め、尖った耳に眼鏡の(つる)を掛けた、エルフ風の青年ダイバーだ。

 白くゆったりとした賢者風の衣装を纏うその青年に、

 

「笑い事じゃねぇッスよ“コーイチ”さん!」

 

すかさず机に寝そべっていたカザミが上半身をガバリ、と起こして抗議の叫びを上げた。

 

「どこ逃げても追っ駆けて来るんスよあのガキ!? 何かもう、“バグ”とか“オートマトン”とかみてーに、ホントどこまでも! もう妖怪ッスよアレ! 妖怪コアガンダム下さい!!」

 

「よ、妖怪ってそんな……。子供相手に大袈裟な――」

 

マジで怖かったんスからね、俺ら!!

 

 終いには涙目で、怯えたように裏返った声で訴えるカザミ。

 その尋常で無い姿には流石に気圧されずにはいられなかったのか、ご、ごめん、と迫る彼を宥めるように両の掌を見せながら青年――つい先日ヒロト達BUILD DiVERSと“アライアンス”を結んだばかりの“本家”――BUILD DI()VERSのメンバーの一人、“コーイチ”が謝った。

 

「い、いや、そこまで追い詰められてたなんて思わなかったから、つい……」

 

 BUILD DIVERSのメンバーであると同時に、ELダイバーの保護や管理、モビルドールの製作・提供を行う“ELバースセンター”の職員でもある彼と出会ったのはつい先程、ヒロト達がぺリシアへと移動してすぐの事だった。

 何でも休暇だったそうで、その休みを利用して、世界中のビルダーがこの地に持ち寄った様々な作品を見に来ていたらしい。

 それでその最中に、何やらメンバーの半数が異様に憔悴(しょうすい)した様子で現れたヒロト達BUILD DiVERSを見つけ、何があったか訊くために近場にあったカフェへと向かって――現在に至っているのだ。

 さて、そのコーイチからは今ちょっとした言い訳がされているのだが、その内容には少し気になる話があった。

 

「それに何ていうか……その子の話聞いていると、昔のリク君達思い出すなぁって」

 

「リク達を?」

 

 コーイチの口から出て来た意外な名前を、反射的にヒロトは復唱した。

 彼の口から出て来るリクといえば、たった一人。チャンピオンに最も近いと(うた)われる、“ビルドダイバーズのリク”以外にはいない。

 それに加えて()となると――彼と特に仲が良い、“ユッキー”と“モモ”もか?

 だが、かつてのリハーサルミッションで初めて顔を会わせて以降、何度か彼らと話したりバトルしたりでその人柄を知っているヒロトとしては、イツキの話からリク達を連想したというコーイチの言葉には首を捻らざるを得なかった。彼らが似ているようにも思えなければ、イツキがしたような事をリク達がする姿も想像できないからだ。

 その感想は仲間達もほぼ同じようで、一様にコーイチへと(いぶか)しむような視線を向けている。

 まぁ、その一方で、

 

「リ……リク達も妖怪だったって事ッスか……?」

 

「ええっと……取り敢えず、妖怪からは離れようか?

 

些か青褪(あおざ)めた顔で、震えた声で大真面目にそう問い返したカザミには、逆に彼から生暖かい視線が返されていたが。

 

「今のリク君達しか知らないと、まぁ、信じられないよね? でも昔の、僕の前に現れた時のリク君達も結構無茶苦茶する方でね」

 

 そう告げた後に目を伏せたコーイチが、どこか懐かしむように話し始める。

 BUILD DIVERS結成の前日譚(ぜんじつたん)――かつての自分と、自分の前に現れた当時のリク達について。

 GPDが廃れ、共にガンプラバトルを楽しんでいた仲間が去って行く内に自分も引き籠るようになり、人と関わる事も無く薄暗い部屋の中で、目的も無く惰性(だせい)のままにガンプラを作り続けていた事。

 そんな空しい日々を送り続けていたある日、自分が作ったガンプラを借りた事を切欠にコーイチの事を知ったリク達が家に押し掛けて来た事――。

 

「いや、ちょっと待って」

 

 回想の途中、何やら聞き捨てならない話が出て来た。

 それに、代表してカザミが待ったを掛ける。

 

「え? 押し掛けて来たんスか、リク達? コーイチさんの、現実ん()に?」

 

「そうなんだよ。ガンプラ作り教えて欲しい、フォース作るから僕にも参加して欲しい、って」

 

「……嘘ッスよね?」

 

「至って本当だよ?」

 

 あの時は本当に驚かされたなぁ、と冗談か何かのようにコーイチは笑うが、それを聞かされるヒロト達としてはとても笑う気にはなれない。

 まさか、あのリク達が本当にイツキと似たような事をしていたとは。

 いやむしろ、あくまで仮想の世界でしかないGBNではなく現実に攻め込んでいた分だけ、当時の彼らの方が(たち)が悪いかもしれない。

 

「警察に通報とかしなかったんですか?」

 

「正直、悩んだね。あのままあの子達の押し掛けが続くようだったら、多分してたと思う」

 

 だが、そうはならなかった。

 警察よりも先に、リク達に住所をバラした当事者である彼の妹に通報した事で、一度は収拾がついたというのもある。その後、リク達が謝りに来た事も。

 だが何よりも、その後に起きた数々の出来事が、コーイチ自身の考えを変えた事が大きかった。

 そして、その出来事の中でも最も印象深いのが――。

 

「直してたんだよ、リク君達」

 

「直してた?」

 

「僕が――僕達がGPDで使っていたガンプラを」

 

 かつての仲間達と共に使い、幾つもの戦いの中で勝利の栄冠を掴み取って来た輝かしい思い出。最もビルダーとして技術に優れていたコーイチが、かつてその全ての調整と修理を一手に担い、常に万全の状態を維持し続けて来たガンプラ達。

 そして仲間達が離れていき、一人になってしまった果てに、一体一体手塩に掛けて作り上げた事も忘れて記憶と埃の中に埋もれさせていた、過去の残骸。

 そのガンプラ達を覚束ない手付きで修復しようとするリク達の姿が、妹にガンダムベースまで連行されたコーイチに、彼を変える最後の一手となる衝撃を与えたのだ。

 

「あの時、思い出せたんだ。僕がガンプラを作るのは、ガンプラが好きだから。僕は、ガンプラバトルが好きだったんだ、って」

 

 リク達が、それを思い出させてくれた。

 

「決着をつける事が出来たんだ。――GPDの事が忘れられない癖にガンプラバトルを引退したなんて(うそぶ)いて、挙句自分の()()さえ忘れて(くすぶ)っていた、それまでの煮え切らない僕自身との、()()を」

 

 だからこそ、今自分はここにいる。

 GPDでの思い出に縛られたまま、残骸と化したガンプラと共に部屋の隅で埃を被っていたK-1から、GBNという新たな大地へ踏み出したBUILD DIVERSのコーイチへと生まれ変わって。

 ――そう昔話を締め括った後、だから、とコーイチがレンズ越しの双眸を真っ直ぐにヒロトへと向けた。

 

「そのコアガンダムを欲しがってる子の事なんだけど、決着はつけて置くべきだと僕は思う」

 

「決着を?」

 

 コーイチからの思わぬ進言にヒロトは少しながら驚き、次いで、その首を左右に振った。

 

「俺はもう、彼の頼みを断っています。――あの子との決着は、もうついています」

 

 しかし、その返答をいや、とコーイチは否定する。

 

「ヒロト君からすればそうかもしれないけど、多分、その子はそう思っていないよ」

 

 だから、君達の事を追い駆け回したんだ、と返すコーイチの言葉に、思わずヒロトは唸る。

 言われてみれば、そうかもしれない。

 イツキの頼みに、今日の分も含めて二度は断りを告げたが、どれに対しても彼が納得する様子を見たワケでも無ければ、はい、分かりました、と了承の返事を受け取ったワケでも無い。

 というか、ぺリシアに来る直前に彼はハッキリ言っていた筈だ。コアガンダムは絶対に諦めない、と。

 であれば、イツキはまだ納得していない。

 

「どんな形でも良いんだ。コアガンダムを作って上げるにせよ、作って上げないにせよ、ヒロト君とその子がちゃんと二人揃って受け入れられる()()をつけた方が良いよ」

 

 そうしなければ、これからもイツキはコアガンダムを手に入れるという一心で、今日のようにヒロト達を追い駆け回しては製作を頼み込んで来る。

 それこそ、コーイチの言葉を借りるところの、イツキなりの()()がつくその時まで。

 

(……()()……か)

 

 ――ただ、それはそれとして、

 

「それに、このまま放っておいたら、G()B()N()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し」

 

「どういう事ですか?」

 

「いや、流石にそこまではいかないとは僕も思うんだけどね?」

 

ははは、と苦笑混じりに続けられたコーイチのその発言は、間違いなく致命的な失言であった。

 

「その子、その内()()()()現れるんじゃないかぁ、って。僕の時のリク君達みたいに」

 

「「「え゛っ!?」」」

 

 その瞬間、カザミとパルヴィーズとヒナタの視線が凄まじい勢いを以てコーイチへと殺到し、ひぃっ、と緩んでいた彼の顔を引き攣らせた。

 

「……ど、どういう事ッスか?」

 

「えっ?」

 

「あのガキが現実にも出て来るかもって、どういう事ッスか!?」

 

 そう必死な口調でコーイチの言葉の意味を問い質そうとするカザミの顔は、驚く程に青褪めている。

 いや、彼だけじゃない。

 同じタイミングでコーイチの方を向いたパルヴィーズとヒナタも、カザミと同じか、それ以上に青い顔で目を剥いていた。

 

「ど、どういう事って言われても……さっき言った通りとしか――」

 

「じょ、冗談は止めて下さいよコーイチさん? い、いくら何でも、そんな」

 

「そ、そうです。パル君の言う通りです! ――だ、大体あの子、わ、私やヒロトのマンションの住所だって知らないし」

 

 パルヴィーズとヒナタが、二人揃ってコーイチの言葉を笑い飛ばそうとする。

 しかし、震える笑い声はすぐに二人の口から絶える事となる。

 

「い、いやでもその子、どこに行っても君達に追い付いて来たんでしょ? コアガンダムが欲しいってだけで。だとしたら、現実でも同じ事、出来るんじゃないかぁ……なん、て?」

 

「「「……」」」

 

 流石に自分の失言に気づいたのか、コーイチが返したその台詞は、終わりが近づくに連れ声が小さく、途切れ途切れになっていく。

 だが、もう遅かった。

 揃って絶句し、更に顔の青さが増した三人の内で暴走を始める思考を止める事は、横から、大丈夫か、と心配の声を掛けるヒロトにも、他の二人にも最早不可能であった。

 

 

 

「よっしゃ釣れた!」

 

 手に握る釣竿を力一杯に引き上げ、その先から伸びた糸を介して眼前に広がる海から魚を引き上げた現実のカザミ――“トリマチ・カザミ”は、そのまま魚の口を掴み、慣れた手付きで釣り針を外した。

 漁師の町に生まれた彼にとって、釣りはガンプラと並んで馴れしたんだ趣味だ。

 

「――思ったよりデカく無かったなぁ」

 

 口から掴み上げた魚を太陽の光に(かざ)し、その姿を(あらた)めたカザミは、釣竿越しに感じていた引きの強さに反して大した事無かったその大きさに、眉を(ひそ)めて唸った。

 とはいえ、そういった事は釣りをしていれば良くある事だ。

 ま、いっか、とすぐに気を取り直した彼は釣竿を傍らに置き、魚を仕舞うためにすぐ傍に置いてあるクーラーボックスへ向かって、蓋を開けた。

 中には、既に釣り上げた数匹の魚がいる。それ以外には何も入っていない。

 そう、魚以外には何もいない。

 ……何もいない、筈なのに……。

 アスファルトの地面の上に落とした魚がピチピチ、と跳ねる音が響く中、その顔は、()()()()()()()()()()()()絶句するカザミの顔を見上げていた。

 

俺に!

 

 

 

「……ふぅ」

 

 手元のガンプラ――第三部の公開がいよいよ間近に迫って来た劇場版“機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ”の主役MS“HGUC Ξ(クスィー)ガンダム”の仮組を一通り終えた現実のパルヴィーズ――“パトリック・レオナール・アルジェ”は手から工具を離し、自らが座る車椅子の背凭れに身を投げ出した。

 この後は手を加える箇所の有無を確認し、あればその箇所の改修、無ければ各部のモールドの彫り直し、といったところだが、

 

「ちょっと疲れたなぁ」

 

流石はΞガンダムと言うべきか、普段はSDサイズのガンプラばかり作っている事も一因とはいえ、HGでも際立っているその大きさとパーツ数は仮組だけでも中々の負担を強いられる。

 一休みしよう、とパトリックは事前に執事が沸かしておいてくれたコーヒーをカップに注ぎ、口へ運ぼうとする。

 と、その時、

 

「あっ」

 

曲げた肘が引っ掛かったのか、緑色のカッティングマットに置いていたデザインナイフが転がり落ちてしまった。

 咄嗟(とっさ)にパトリックはカップを机に置き、車椅子を後退させつつ腰を曲げて、床を見回した。

 それでデザインナイフ自体はすぐに見つかったのだが――それを手に取った直後、え、と彼は凍り付いた。

 手が、重なったのだ。

 今、彼以外には誰もいる筈の無い私室の中で、自分以外の、誰かの手が。

 まるで引き寄せられるように、パトリックは視線を上げていく。

 自分の手に重なるその手から、白い三角が並ぶ水色の袖へ。そして、その先にある手の主の顔へ――。

 

コアガンダムを!

 

 

 

「~~♪」

 

 所属している弓道部での練習を終えた現実でのヒナタ――“ムカイ・ヒナタ”は、鼻歌を口ずさみながら更衣室の扉を開けて、あれ、と首を捻った。

 更衣室に誰もいなかったためだ。

 

「珍しいなぁ」

 

 いつもならば、同じように練習を終えては先に着替えている他の部員の姿や声が出迎えてくれるところなのだが、しんと静まり返った今の更衣室内は人の気配一つ感じられない。

 それを不思議に、あるいは不気味に思ったヒナタであったが、

 

「たまにはそんな事もあるのかな?」

 

と自分を納得させ、さっさと更衣室内へと足を踏み入れる。

 そのまま、他に音が無いせいか嫌に響く足音を聞きつつ自分のロッカーへと向かった彼女はその戸を開け、保護袋に収めた愛用の弓をその中に仕舞ってから、身に纏っている物に手を掛けた。

 まず、括っている紐を解いて胸当てを。

 続いて、腰の辺りで固定していた黒色の袴と、その下に巻いていた腰帯を。

 そして最後に、腰帯の押さえが無くなって緩くなった道着を。

 汗を吸って湿った部活用の衣装一式を脱ぎ下ろしたヒナタは、続けてロッカー内に仕舞ってある荷物からバスタオルを取ろうと手を伸ばし掛けて、

 

「――別に良いよね?」

 

この場に自分以外いない事を思い出すやその手を引っ込め、代わりに残った下着へと向かわせる。

 そうしてそれらも体から取り払い、一糸纏わぬ生まれたままの姿となった彼女は脱いだ衣装と下着をロッカーへと仕舞い、改めてバスタオルを取り出してから更衣室奥にあるシャワールームの方へと向かおうとした。

 その時だった。

 

「っ!?」

 

 微かに、音がした。

 シャワールームの方へと向き直ったその直後、背後から布が擦れるような音が。

 警鐘(けいしょう)が、ヒナタの中で鳴り響いた。

 同時に、そんな筈は無い、と金縛りに掛かったように動かない首を彼女は振った。

 確かに、自分以外に人は居なかった。今にしたって、人の気配は一切感じられない。きっと、聞き間違いだ。

 そう自分に言い聞かせ、恐る恐る、ヒナタは振り返る。

 ゆっくり、ゆっくりと油が差されていない機械のようなぎこちなさでその視界を背後へと動かしていき、そして――ほっ、と彼女は(つつ)ましい胸を撫で下ろした。

 

「も~」

 

 後ろには、音がしたと思った辺りには、何も無かった。

 ただ、彼女のものを含むロッカーの列と、その向かいの列の丁度間に設置されているベンチがあるだけだ。

 しいて言えば、ベンチの下には人が身を隠すには丁度良さそうなスペースがあるにはあるが――ともかく、ヒナタの背後には変わらず誰もいなかったのだ。

 だから、それを確認したヒナタは、今度こそシャワールームの方へ行こうと向き直って――脇に抱えていたタオルをばさりと落とした。

 

「え?」

 

 ()()()()()

 いる筈の無い者が。

 風も無いのに揺ら揺らと怪しく揺れる、見覚えのあり過ぎる()()()()()()が!

 

作って下さい!!

 

「「「うわああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」」」

 

 

 

「――という事があって」

 

「いや、どういう事?」

 

 日は変わってセントラルエリア、BARアダムの林檎。

 カウンター席の一つに座っていたヒロトは、彼の左側の少し離れた席に座るマギーに昨日あった事を包み隠さず伝えたのだが、その内容に納得いかないのか、彼女? の眉が疑わし気に(しか)められる。

 

「ぶっちゃけ、昨日の事はもうメイちゃんから聞いてるのよ。今ヒロト君が話してくれたのと、殆どおんなじ内容のを。だけど、アナタ達の話だけじゃどうしても分かんないのよ。一体――」

 

 そこで一旦言葉を区切ったマギーの目が、ヒロトと、彼の隣に座るメイから、二人の後方へと移動する。

 そこに設置されているテーブル席で、一様に目の下に真っ黒な隈を作っている三人の方へと。

 

「……あ、見て見て。大きな星が、点いたり消えたりしてるよ。何だろあの星、彗星(すいせい)かなぁ?」

 

「あはは、違いますよぉヒナタさん。彗星はもっと……ばーぁ、って動くんですよ? あれは……そうだ、アクシズだ。アクシズが、地球に向かって落ちてるんですよ」

 

「あははは、そうなんだぁ。パル君は物知りだね~。……でも何で落ちてるの?」

 

「本当ですねぇ、何ででしょう? カザミさんは分かりませんかぁ?」

 

「ああ~、分かるぜ。俺には分かる。あのアクシズは、唯のアクシズじゃない。アレは……キャプテンジオンが落としたアクシズだ」

 

「あ……本当だ。アクシズより大きいキャプテンが笑ってます。こっちに、手を振ってますよ」

 

「良く分かったねぇ、カザミ君。流石、大ファンだね~」

 

「へへ……あったり前だろ? キャプテンは、俺の、心の師匠なんだぜ? ……へへ、へへへ……」

 

「「あはは……あはははは……」」

 

「「「ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ……」」」

 

「――どうしてあんな不気味な事になってるの、あの子達?」

 

 星など見える筈も無い、真っ昼間のアダムの林檎の天井を見上げたり指差したりしては、譫言(うわごと)のようにおかしな事を呟き合っているカザミとパルヴィーズとヒナタに、彼女? にしては珍しい程の渋面(じゅうめん)がマギーの顔に浮かぶ。

 “機動戦士Zガンダム”最終回の、死に際の“パプテマス・シロッコ”に心を連れて行かれてしまった“カミーユ・ビダン”もかくやとばかりの姿には、確かにマギーならずとも疑問符を浮かべざるを得ないだろう。

 だが、その理由は、さぁ、と彼女? に返答したヒロト自身もさっぱりであった。

 

「コーイチさんの話を聞いてから、三人とも急に取り乱して……」

 

 そうなってしまう直前に彼が口にした、イツキが現実にも現れるかも、という話が原因なのだろう事は何となく分かるのだが、それがどうして、

 

――ひっ、ヒロトぉ! あ、あの子が! あの子が学校に! 更衣室にぃ!!――

 

――に、逃げましょう! ここにもきっと、もうあの子が! 今すぐ逃げましょう! エルドラに!!――

 

――うわああぁぁぁ! もうダメだぁ! GBNから出ても逃げらねぇ! どこにいてもあのガキが! 妖怪が追って来るぅ! マイヤっ! 助けてくれェッ、マイヤーァッ!――

 

三人揃って半狂乱で泣き叫んだ果てに、あんな正気から程遠い姿になってしまっただろうのか?

 

「取り敢えず、ヒナタは昨日眠れなかったらしいです」

 

「カザミとパルも一睡もしていないそうだ」

 

「まぁ、それも原因には違いないんでしょうけどねぇ……」

 

 ヒロトがメイと共に順にそう告げた後、メトロノームの様に体を左右に揺らす三人の方をもう一度見遣ったマギーが、うーん、と口角を引き攣らせて唸り、そして、こう指摘した。

 

「――ていうか、当たり前みたいにログインしてるけど、あの子達帰らせるべきじゃない?」

 

 至ってその通りである。

 GBNは所詮(しょせん)遊び。義務や仕事じゃないのだから、あんな酸素欠乏症を患った“テム・レイ”みたいな有様で居座り続けさせる必要は無い。変わり果てた父や幼馴染の姿に絶句する“アムロ・レイ”や“ファ・ユイリィ”ではないのだから、さっさと現実に帰して寝かせるべきである。

 それはヒロトも分かってるのだが、それは出来ない理由が彼にはあった。

 

「――ヒナタ、今日部活早退してるんです」

 

「そりゃそうでしょうよ。見るからに体調悪そうだもの、部活なんて――」

 

「違うんです」

 

「ん?」

 

「体調のせいじゃなくて、その……()()()()()()()()()()()らしくて」

 

「……はい?」

 

 マギーとしても、ヒロトが告げたその話はあまり予想外だったのだろう。目を点にして固まってしまう。

 しかし、彼女? を襲う衝撃はこれで終わらない。

 

「そういえばカザミとパルも言っていたな。学校中の女子が皆マイヤに見えたとか、ガムシロップと間違えて接着剤を注いだコーヒーを飲んでしまったとか」

 

「二人もか……」

 

 弓道部で起きたという誤射未遂もあって、今のアスラン、もとい錯乱したヒナタを現実に置いたままにしては取返しの付かない事になりそうな予感がしたヒロトは、仮想の世界故に何が起こっても現実程の被害にはならないだろうGBNへと敢えて彼女を連れて来たのが……この分だと、カザミとパルヴィーズもGBNに引き留めて置いた方が良さそうである。

 まぁ、現実程致命的な事態には至らないだろう、というだけで、ログインしてからアダムの林檎に辿り着くまでに何も無かったワケでも無い。(むし)ろ、色々あった。

 例えば、

 

――ねぇフウタ、この人知り合い?――

 

――いや、知らないけど……。あの、ミユが待ってるからもう良い? 僕達、これからジンとマリアさんとダブルデートの予定が……――

 

という感じで、ワンピースを着た猫耳少女ダイバーを連れた、猫耳パイロットスーツ姿の青髪の青年ダイバーをヒロトと間違えたヒナタが迫る場面があったり。

 かと思えば、

 

――あの、どちら様ですか? そのぉ、俺はダイチっていう名前で、ヒロトって人じゃ――

 

――し、ししょー……?――

 

――って、ユナぁ!? いつの間に!? ――

 

――……()()? 誰ですか、その人? ――

 

――だ、誰って……いや、それ、むしろ俺が聞きた――

 

――どういう事ですか? ししょーは……おっぱい大きい子が好きだったんじゃないんですか? ――

 

――ちょっ……!? 待ってユナ! 頼むから、公衆の面前で誤解呼ぶような事言うのは止め――

 

――その女! あのドロボーにゃんこどころかっ、私よりぺったんこじゃないですかッ! カオリお姉ちゃんとどっこいじゃないですかァッ! なのに、何で……そんな、赤白ぺったんこなんかに……うううっ……ししょーのばがあぁぁぁ!! ――

 

――ああ、ユナっ!? 違うんだユナ!? 待ってくれユナ! ユナアァーッ!! ――

 

という感じで、袖無し黒パーカーにジーパン姿の、ヒロトとは似ても似つかない長身筋肉質の青年ダイバーがまたもやおかしな目をしたヒナタに彼と間違われたかと思いや、続けて桜色の髪をポニーテールに結わえた中学生くらいの少女ダイバーがどこからともなく出現。何やら誤解し、果てに泣き喚きながら走り去った彼女を、青年が大慌てで追い駆けていくという場面もあったり。

 

「分かった、分かったわ。もう良いわ。――そうね、カザミン達はあそこでそっとしておきましょう」

 

 色々聞かされて流石に参ったのか、げんなりとした様子のマギーが片手を額に当て、もう片手をヒロトとメイに突き出して口を塞ぐように促しながら、深く嘆息する。

 それで、どうやら彼女? も分かってくれたらしい事を悟ったヒロトは一つ頷いてから、自分の手元に置かれていたミルク入りのグラスに口を付け、一息吐く。

 そこへ、それはそうと、とメイのエメラルド色の双眸が彼の顔へと向けられた。

 

「お前もあまり眠っていないな?」

 

「え?」

 

 唐突な指摘に、思わずヒロトはグラスを離した口から声を漏らす。

 メイの指摘は当たっていた。カザミ達のように一睡も出来なかったという程ではないが、確かに彼も昨日はあまり眠れていなかった。

 

「カザミ達程酷くは無いが、お前も隈が出来ているぞ」

 

「あ、ああ」

 

 続けて彼女が述べた根拠に、そういう事か、とヒロトは下瞼(したまぶた)の辺りを指先で触れる。

 そんな彼を後目に、メイが更に尋ねて来る。

 

「昨日コーイチが言っていた事でも考えていたのか?」

 

「……」

 

 図星だった。

 

「確かにコーイチの言う通りだ。お前が何度拒否しようと、あの少年がお前を追う事を止める可能性は低いだろう。それこそ、彼が納得できる()()がつきでもしない限りは」

 

 流石に、昔のリク達のように現実まで追って来るという事は無いだろうが、という付け足しを加えつつもメイが告げるが――では、イツキが納得出来る()()とは何だろうか?

 考える間でもない。彼が、コアガンダムを手に入れる事だ。

 そのための手段として唯一取れる方法がヒロトへの製作依頼であるから、彼はこの二日間ヒロト達へと迫っては懇願し続けていたのだ。

 逆に言えば、イツキのみの手でコアガンダムを作り出せる手段が提示出来れば、それがそのまま、ヒロトがコアガンダムを作ってやる事無く、彼が受け入れられる()()と成り得るのだ。

 そして、その()()となれるかもしれない手段が一つ、既にヒロトの頭の内に出来上がっていたが――彼は、その事を口に出さなかった。

 完璧では無かったからだ。

 この手段ならば、確かにヒロトを頼る事無く、イツキはコアガンダムを作る事が可能となるが、しかし、だからといってヒロトの手が全く加わらないワケではない。彼の手でコアガンダムを作る事に比べれば格段に少なくなるが、それでも、どうしても彼が手を入れる必要が生じてしまう。

 そうなってしまうからには、ヒロトがイツキの頼みを断り続けて来た理由の一つである、()()との思い出の模造品を作ってしまうという問題点も完全には解消し切れない。

 その事が、その手段を取るためを踏ん切りを付ける事を彼に躊躇させていたのだ。

 

「――まぁ、コアガンダムが事の中心にある以上、お前も簡単に答えは出せないだろう。()()()の事もあるだろうしな」

 

 横目に向けていた視線を正面に戻してそう言ったメイにヒロトは頷いて、それからもう一度グラスの中のミルクを口に含んでから、ふと思った。

 

(今()がいたら、何て言ってたんだろうな……?)

 

 今のヒロトのように、コアガンダムを作れというイツキの頼みに、嫌そうな顔の一つでも浮かべて拒否感を顕わにしていたのだろうか?

 それとも、逆に彼に味方し、手を貸す様にヒロトに(うなが)して来ただろうか?

 あの時、

 

――この子のガンプラも言ってるの。悔しい、コアガンダムみたいに強くなりたい、って。ね、良いでしょヒロト? この子をヒロトの――

 

()の頼みに渋っていたヒロトにそうした様に。

 

(……“イヴ”……)

 

 その答えは、出なかった。

 ()()がそこに居なかったからというのもあるが、何より、

 

「「「出ぇたああぁぁぁぁぁ!!」」」

 

それまで茫洋(ぼうよう)としていたのが一転、本当に妖怪でも目の前に現れたかのようなカザミ達の絶叫と、それに肩を跳ねさせるまま振り向いたアダムの林檎の入り口の向こうに現れたイツキ達の姿に、彼は思考を一時中断せざるを得なかったために。

 

 

 

 そうして、イツキ達との三度の邂逅を果たしたあの日から、早一週間。

 イツキからの謝罪の後に告げた言葉の通り、BUILD DiVERSの仲間達と共にヒロトはアダムの林檎に訪れていた。

 あの日と同じように、メイを隣に、それ以外の、落ち着かない様子でテーブル席に座る三人を背に、カウンター席に腰を着けて待つ彼は、既に必要な準備を全て終えている。

 ()()をつける手段の詳細詰め。必要となる物。そして、彼の中での踏ん切りのつけ方。

 その全てを、自ら提示したこの一週間で。

 後は、時が来るのを待つのみ。

 手元に置かれているグラスを取り、中のミルクを(あお)るヒロト。

 それを飲み干すのと同じくして、

 

「――来たか」

 

きぃ、と軋む音を立てて開かれた入り口のドアが、その時が訪れた事を彼に報せた

 




というわけで、次回、運命の一週間後!
果たして()()をつけるためにヒロトが考え出した手段とは? イツキはコアガンダムを手に入れられるのか? こうご期待です。

というわけで、前回から今回と続いて他の作者様方よりキャラをお借りしましたので、ここからはその紹介とさせて頂きます。もし登場作品を読まれた事が無いのでしたら、どちらも素晴らしい作品ですので是非読んでみて下さい。

【Diver Name/Real Name】:フウタ/カザマ・フウタ
【Gender】:男
【Use GUNPLA】:レギンレイズ・フライヤー
【Character's Inside】:双子烏丸 様作”バディーライズ!――ガンダムビルドダイバーズ外伝”の主人公を務める17歳。前回はG-TUBEでイツキが過去に見ていた動画、今回はヒロトの回想にて登場。寝不足と妖怪コアガンダム下さいへの恐怖でおかしくなってたヒナタにヒロトと間違われた。恋人のミユとはドモンとレイン並みに熱々。

【Diver Name/Real Name】:ミユ/アラン・ミユ
【Gender】:女
【Use GUNPLA】:レギンレイズ・ホワイト
【Character's Inside】:同じく双子烏丸 様作”バディーライズ!――ガンダムビルドダイバーズ外伝”にてヒロインを務めるフウタの恋人。彼女達の知人とのダブルデートに向かう途中、フウタ共々フラフラのヒナタに絡まれる。なお、前回、今回共に二人はバディーライズ終了後の二人の想定しての出演。

【Diver Name/Real Name】:ダイチ/アカギ・ダイチ
【Gender】:男
【Use GUNPLA】:ゼロクアンタライザー
【Character's Inside】:キラメイオレンジ様作”ガンダムビルドダイバーズ REBOOT”の主人公を務める、23歳ロリコング。後にフォース”アマテラス”を結成する運命にあるが、今回の彼は極東オープン向けて弟子のユナと奮闘中の頃の彼を想定。おかしな目をした赤白ぺったんこヒナタにやっぱりヒロトと間違われた。

【Diver Name/Real Name】:ユナ/アサヒ・ユウナ
【Gender】:女
【Use GUNPLA】:ガンダムブレイジングエクシア
【Character's Inside】:同じくキラメイオレンジ様作”ガンダムビルドダイバーズ REBOOT”のヒロインを務める肉食オオカミわんこ系ポニテJC。ししょー大好きっ子。(ヒロトと勘違いした)ヒナタにダイチが迫られている場面に偶然遭遇。これまた勘違いの果てに泣きながらどこかへと去って行った。なお、彼女のは年上のヒナタよりも大きい。仕方ないね。ヒナちゃん慎ましい子だから、色々と。

以上、この場を以て各作者様方に深く感謝申し上げます。
それでは。


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第11話 ヒロトの“チャンス”

すいません、長らくお待たせ致しました。
ここ最近リアルがやたら忙しかったりめんどくさかったりな状況が続きまして……とはいえ、連載はまだまだ続くの今暫くお付き合いを。
それはそうと閃ハサはいつ公開するんだろう?


――チャンスをやる。コアガンダムを手に入れるチャンスだ――

 

 一週間前のあの日、コアガンダムを求めて追い駆け回した事を謝罪した直後にヒロトが告げたその言葉の意味が、イツキは分からなかった。

 あまりに唐突だった。これまで何度イツキがコアガンダムを作るよう懇願しても首を縦に振らなかった男が同じ口で告げたとは、到底思えない程に。

 それ故の困惑に目を(しばた)かせる事しか出来ないまま、仏頂面のメイと、最初に比べてマシになったがまだ落ち着かない様子のカザミとパルヴィーズとヒナタを連れてアダムの林檎を去ったヒロトの背を見送ったイツキは、同じく状況が飲み込めない様子のアイアンタイガーとトピアと共に現実へと帰還。

 そのまま帰宅し、夕食と風呂も済ませて自室へと戻った彼は、気づけばスマホからG-TUBEへとアクセスして、登録していたカザミのチャンネルからエルドラバトルシリーズの動画を再生していた。

 どうしてそうしたのかは、分からなかった。

 ヒロトの最後の言葉の意味を知るヒントがそこにあると思ったのかもしれないし、あるいは、一度はコアガンダムを諦めるに等しい選択をした自分を慰めるためだったのかもしれない。もしくは、どうして自分がコアガンダムに惹かれたのか、その原点を再確認するためだったのかもしれない。

 確かなのは、そうしておくべきだ、という直感が働いたという事だ。

 だから、イツキはしっかりとその目に刻んだ。

 そこに映るコアガンダムの雄姿を。ヒロトの操作を受けて実行されるその動き(マニューバ)の数々を。

 BUILD DiVERSの面々が初めてエルドラの地に降り立ち、その名を名乗るに至った初回から、戦いの場をGBNへと戻し、多くのダイバー達と共にレイドボス(アルス)率いる大艦隊を迎え撃った最終回までを。

 やる事を終えてから就寝するまでの僅かな時間を使ってゆっくりと、しかし一瞬も見逃さぬよう、食い入るように凝視して。

 そうして(またた)く間に時は過ぎ去って行き、遂に訪れた約束の一週間後。

 あの日と同じように、アイアンタイガーとトピアと共にアダムの林檎へと向かったイツキは、その先に何が待っているのか想像も出来ないために固唾(かたず)を呑みながらも、自らの影が伸びる出入口のドアの取っ手を握り、押し開けた。

 刹那、視界一杯に広がるアダムの林檎の店内。

 向かって左手側にあるカウンターの手前側の席では、胸元で足を組んでリラックスした姿勢のマギーが、ハーイ、と微笑みを浮かべた顔で手を振って出迎え、奥側の席ではメイが相変わらずの仏頂面のまま横眼の視線だけを寄越(よこ)して来る。また、メイの後のテーブル席に座るカザミとパルヴィーズとヒナタが一様に緊張、というよりも緊迫した顔をイツキ達へと向けて来た。

 一週間前に来た時と、店内の様子は殆ど変わっていない。

 その中で違うのは、ただ一人。

 

「――来たか」

 

 彼らが現れたのを認めるや、メイの隣の丸椅子から腰を上げてゆっくりと振り返るヒロトであった。

 

「ここに来たって事は――コアガンダムの事は諦められない、って事で良いんだな?」

 

 ゆっくりと、しかし淀みの無い足取りで歩み寄って来るヒロト。

 拒絶の意思しか受け取れなかった一週間前までとは打って変わった対応を見せる彼の確認に、うん、と頷いたイツキは、手前1m弱程度で足を止めたヒロトの顔をじっと見上げる。

 

「チャンス、くれるんだよね? 俺が、コアガンダムを手に入れるチャンスを」

 

 そう確かめの言葉として投げ掛けた内容を、未だにイツキは信じられないでいた。

 致し方ない事であった。

 何度土下座して製作を頼んでも、ヒロトは首を縦に振らなかった。ヒカルからその理由を告げられた時だって、彼の側からすれば当然の理由だとイツキ自身思えた。だから、一週間前に頭を下げたのだ。

 なのに、そのヒロトから、まるで掌を返されたようにチャンスを与えると言われ、それを受け取るために、今再び自分は彼と対峙(たいじ)している。

 どうして疑わずにいられよう? あの時のヒロトの言葉は聞き間違いか、さもなくば嘘だったのでないか、と。

 勿論、期待もある。

 だからこそ、この場にイツキは立っている。その期待と、疑いとの(せめ)ぎ合いをその心中に抱えつつ。

 そして、

 

「ああ」

 

続くヒロトの頷きが、その鬩ぎ合いに終止符を打った。

 

「――っ!」

 

 イツキは、無意識に顔を(ほころ)ばせていた。

 一週間前のあの日、謝罪の後に聞いたヒロトの言葉が嘘でも聞き間違いでも無かったと確認出来た事もそうであったが、もう一つ、彼にそういう表情の変化をさせる重要な事柄がそこに付随していた。

 今、チャンスを与えると確かに言った、とヒロトは認めたのだ。自分ではコアガンダムを作れない、だから作って欲しいと懇願(こんがん)を重ねて来たイツキに、手に入れる機会を与える、と。

 それはつまり――。

 

「あー、ちょっと良いッスか?」

 

 と、そこでイツキの後に控えていたアイアンタイガーが手を挙げ、そうヒロトへと問い掛ける。

 

「そのチャンスっつーヤツだけど、それってつまり、イツキに()()()()()()()()、って事ッスか?」

 

 そう、そういう事だ。

 今のイツキがコアガンダムを自作する事など出来ないとヒロトには散々訴えて来たのだ。

 その上でのチャンスを与えるという発言は、コアガンダムを作ってやっても良い、とそう言っているも同然の事だ。

 そう確信していたからこそ、アイアンタイガーの問いにヒロトが返事を返すのを今か今かとイツキは荒い鼻息を吐いて待ち、そして、

 

「いいや」

 

そうして当然とばかりに彼が小さく首を振って否定するや、ガクリ、とその場で転びそうになった。

 

「――って、何でぇ!?」

 

 すぐに態勢を立て直したイツキは、慌ててヒロトへと先程の返答の事を問い質そうとする。

 その顔を見下ろしながらのヒロトの回答はこうだった。

 

「前にも言った筈だ。欲しければ自分で作れ、と。あの言葉を撤回(てっかい)したつもりは無いぞ?」

 

「そ、そう言ってたけど! でも、俺、スクラッチなんて出来ないって――」

 

 納得できず、詰め寄ろうとするイツキ。

 そこに掌を突き出し、分かっている、と言い掛けていた言葉ごと彼を制したヒロトは、続けて言う。

 

「でも、君はこうも言っていた筈だ。――部品(パーツ)さえあれば、自分でも作れる、と」

 

「あ……あー、うん」

 

 言われ、イツキは記憶を掘り返して見る。

 半ば勢い任せの中での発言だったためはっきりと覚えてはいなかったが、確かにそんな事をヒロトに言ったかもしれない。

 

「俺は君の為にコアガンダムは作らない。たとえ、パーツだけであろうと。――だけど、君がコアガンダムのパーツを手に入れる()()を渡すだけなら、考えても良い」

 

()()?」

 

 ヒロトの言葉の意味が分からず、イツキは首を傾げる。

 コアガンダムはヒロトが一から作り上げたオリジナルのガンプラだ。それを手に入れる方法など、製作者である彼に作ってもらうか、それこそ自分でスクラッチするかくらいしか思いつかない。それ以外の方法があるというのか?

 その疑問に対する答えを待つイツキであったが、その意図に反してヒロトは手近な空間にメニューウィンドウを呼び出し、何やら操作し始め出した。

 その唐突な行為にイツキが困惑していると、一通りの操作を終えたらしいヒロトがウィンドウの角に人差し指を当て、彼らにも見えるようにウィンドウを移動させた。

 その中に表示されていたのは、

 

「? 何これ?」

 

周囲を走る線が囲いを作り、その中に――どこかで見たような気がする――様々な形の何かが散りばめられた、良く分からない()のデータであった。

 少なくとも、イツキにはそうとしか表現出来なかった。市販のガンプラさえ作った事の無い、彼には。

 だから、(やぶ)から棒にそんな物を見せたヒロトをイツキは(いぶか)しむしかなかったのだが、

 

「これ、“パーツデータ”じゃねーか」

 

トピアと共に彼の肩越しに()を覗き込んだアイアンタイガーによって、その()が自分にとって如何(いか)に価値ある代物なのかを、彼は程無く知る事になる。

 

「何、パーツデータって?」

 

「そのまんま、ガンプラのパーツのデータだ。コイツを“射出成型機”に読み込ませりゃ、データに入ってるパーツが丸々()()()手に入んだよ」

 

「現実で……って、ええっ!?」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げつつ尋ねるや返って来た答えに、思わずイツキは驚きの声を上げる。

 特に3Dプリンター関連についての技術の進歩と、公開以来ユーザー登録者数を増やし続けるGBNの発展によって徐々にその設置範囲を広げている“射出成型機”だが、それを利用するに当たって、今正にアイアンタイガーが言ったように対応するパーツの――正確にはパーツが収まったランナーのデータが必要となる。そのデータが、今正に目の前に広げられている“パーツデータ”であった。

 データそのものは特にGBN内のミッションの報酬に設定されている事が多いため、遊び続けていれば少なくとも2,3データくらいは手に入れる機会が巡って来るし、そのデータを読み込ませた射出成型機からパーツを手に入れる体験をする機会も自然と回って来るものである。が、いずれもまだまだ先の話である今のイツキからすれば、GBN内のデータから実物のパーツが手に入るという事実はあまりに予想外のものだった。

 

アガタ模型店(うちのお店)にも射出成型機あるんですー。ちょっと古いし、データだけじゃなくて“ビルドコイン”も必要だけど、ちゃんとパーツ出せますよー?」

 

「ホントかよ、スゲー……」

 

 アイアンタイガーとトピアの説明からまた一つ知ったGBNの仕様について、イツキは驚きつつも感心する。

 さて、そうしてパーツデータと射出成型機の関係について知った今、一つ疑問が浮かび上がって来る。

 

「それはともかくよー、()()()()()()データなんだコレ?」

 

 ――今ヒロトが見せている、パーツデータの正体だ。

 

「うーん……何だか、いっぱいパーツがついてますー」

 

「だな。ヘタすりゃHG一体くらいあんじゃねーのか?」

 

 改めてデータを眺め、その中に描かれているパーツの数にアイアンタイガーとトピアは揃って首を傾げる。

 これもまた今のイツキには知る由も無い事だが、ミッション報酬等で手に入るパーツデータは大抵武器や装備のもののため、入手できるパーツ数そのものはあまり多くないものが大半だ。ここまで内包するパーツ数が多いデータは二人共見た事が無い。そのパーツ一つ一つの形状も。

 だがイツキは違った。

 アイアンタイガーやトピアに比べてGBNやガンプラの知識は浅い彼だが、それでも今回は二人より先に彼が答えに到達する事となった。

 何故なら、ヒロトのパーツデータに表示されているそのパーツ一つ一つについては、彼の方が二人よりも目にする機会に恵まれていたからだ。

 だから、行きついたパーツデータの正体を迷う事無くイツキは口にした。

 

「――コアガンダムだ」

 

「あ?」

 

「コアガンダムだよ! このデータの部品、()()()()()()()()()()()なんだ!」

 

 そうであると、間違いないという自信がイツキにはあった。

 ヒロトのパーツデータに描かれている部品は、どれもG-TUBEでその姿を何度も見続けて来たコアガンダムを構成するパーツと同じ物であると、彼の記憶と直感がはっきりと告げていた。

 そして、それは正解であった。

 

「そうだ」

 

 イツキの答えに揃って驚くアイアンタイガーとトピアの声に続いて、そうヒロトが肯定する。

 

「君の言う通り、このデータにはコアガンダムを作るのに必要なパーツが入っている」

 

「やっぱり! って事は――」

 

「このデータを射出成型機に使えば、コアガンダムのパーツを手に入れる事が出来る。―― 一機作るのに必要なものを、全部」

 

「――!」

 

 ヒロトの言葉にイツキは息を呑み、そして悟った。

 

「それじゃあ、つまりヒロトさんが言ってた、コアガンダムを手に入れる“チャンス”って!?」

 

「ああ」

 

 そう頷き返すヒロトに、イツキは目を輝かせた。

 間違いない。目の前にあるこの――コアガンダムのパーツデータこそが、ヒロトが自分に与えんとしている“チャンス”だ。

 確かに、この方法ならばヒロトの手を借りる必要は無くなる。データさえ渡してしまえば、後はヒロト自身が言った通り彼の知るところではないのだから、大手を振ってイツキは必要なパーツを手に入れ、自らの手でコアガンダムを作り上げる事が出来るだろう。

 そう、コアガンダムが手に入るのだ。最初に作るガンプラにしようと決めていた念願のガンプラが、このパーツデータをヒロトから受け取る事で、ようやく……!

 そう思えば、自然とイツキはその手をパーツデータへと伸ばしていた。後は受け取るだけのそのデータが、待ち切れないとばかりに。

 だが、そうは問屋(とんや)(おろ)さなかった。

 イツキのその認識は間違いでこそ無かったが、まだ足りないものがあったのだ。

 つまりは早合点(はやがてん)であり、その事をイツキは、

 

「このデータを君に渡すか、それとも()()()()()()()()()()()()()()? それを決めるために、()()()()()()()()()()()()()()()()()。――それが、俺が君に与える“チャンス”だ」

 

あと少しで指先が触れるというところで、ふっと消えたパーツデータと入れ替わるようにメニューウィンドウ内に表示された()()()()()によって、知る事となった。

 

 

 

 そうして時が少しだけ流れた現在、乾いた赤土の地面と積み重なった岩塊が広がる荒野の中にイツキは立っていた。

 正確には、ログイン前にヒカルから借りて来ておいた陸戦型ガンダムのコックピットの中に、だが。

 “機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ”における火星の大地などに見られるような、荒涼とした地形。右隣りのDXフルバスター、左隣りのモビルドールトピアと共に並び立つ陸戦型ガンダムのツインアイを通して、時折吹き込む風によって土埃が巻き上がるその土地の様相を正面モニターに映していたイツキは、その先に見える一機のガンプラを緊張の(こも)った眼差しで見ていた。

 白を基調とした胴と四肢と、それらを繋ぐ赤い腹部とダークグレーの関節部。

 額と胸部で鮮やか碧色の光を放つクリアパーツ。

 その特徴全てを、イツキ達のガンプラから見て2/3程度しかない小柄な体躯の中に収め込んだ、そのガンプラを。

 

「……コア、ガンダム」

 

 右手に小振りのライフルを、左手にその小さな機体を易々覆い隠してしまえそうな程に大きな赤いシールドを(たずさ)えた、コアガンダム。――その強化改造機である、“コアガンダムⅡ”。

 その搭乗者が、モニターの隅にポップした通信ウィンドウ越しに現れる。

 イツキ達が各々のガンプラ越しにこの場でコアガンダムⅡと対峙している、その原因たる人物である、ヒロトが。

 

『ミッションについて確認しよう』

 

 コアガンダムⅡのコックピットから顔を見せるやそう告げるヒロトに、イツキは自らの内の緊張がより高まったような気がした。

 その感覚は恐らく間違いではない。

 彼がコアガンダムを手に入れるための“チャンス”――アダムの林檎からこの場へとエリア移動した理由である、コアガンダムのパーツデータを渡す条件としてヒロトから提示されたクリエイトミッション(試練)。それが、いよいよ始まろうとしているのだ。この試練の結果如何でコアガンダムを手に入れられるか、それとも()()()()()()()()()()()が決まるというのに、どうして平然としていられようか。

 だが、同時に自分の中の疑念の存在も確かにイツキは感じ取っていた。

 

『これから君達には俺とバトルしてもらう』

 

 淡々とした口調で、直前にモニター上に現れたミッションの詳細画面について再説明を行うヒロト。

 その内容は、早い話が彼とのガンプラバトルである。

 もちろん、その時点でイツキにとっては十分に驚かざるを得ない内容だ。

 何せ、GBNを始めてようやく一週間を超えたばかりの初心者である彼に、間違いなく比べものにならない実力を備えているヒロトと刃を交えろと言っているのだ。傍から見ても、無理としか言いようが無い。

 だが、本当に彼が驚愕を禁じ得なかったのはここではない。

 問題は、

 

『制限時間はミッション開始から30分。その間に、俺に一撃でも攻撃を当てる事が出来れば、俺は撃墜されてミッションクリア。逆に、一度も俺に攻撃を当てられずに時間が無くなったなら、ミッションは失敗だ』

 

その差を埋めて公平にするために設けられたと思われる、ミッションの達成条件と幾つかの条件(ハンディキャップ)であった。

 その条件の一つ目が、今彼が達成条件として挙げた通り、一撃で倒されてしまう事だ。

 例えそれがバルカンの弾一発だろうと、ビームサーベルのほんの先端が触れるだけであろうと、ともかく機体本体に命中した時点でこの条件は成立。受けた損傷の大小に関係無くコアガンダムⅡは撃墜され、その時点でミッションはクリアとなるのだ。

 そして二つ目は、

 

『それから、俺から君へは攻撃しない』

 

ミッション中のヒロトからイツキへの攻撃の一切が禁止されるという事だ。

 これにより、イツキはヒロトからの反撃による撃墜を恐れる事無く、時間いっぱい彼に攻撃を当てる事のみに集中する事が可能となる。それに留まらず、もしもこの条件を破ってヒロトがイツキへと攻撃を行った場合は彼の反則負けとなり、この場合でもミッションは達成というおまけまでも付いて来る事となった。

 この時点で既にイツキ側は極めて有利なのだが、更にダメ押しとばかりに、アダムの林檎から移動する直前に三つ目の条件が後付けされる事となった。

 それは、

 

『改めて確認するけど、君達もミッションに参加するって事で良いんだな?』

 

『はいですー』

 

『あー、そうッス』

 

イツキ側へのアイアンタイガーとトピアの参戦の許可であった。

 

――このミッション、俺とトピアも参加して良いっスか?――

 

 先の二つの条件を含めたミッションの説明を終え、後は受注するか否かというところでそれを問う画面がイツキの眼前に現れるのと同じくして、一連の様子を背後でトピアと共に静観していたアイアンタイガーがそう進言し、それが受け入れられた事が、急遽この三つ目の条件が決められた経緯であった。

 これにより、イツキとヒロトとの戦力差は3対1。単純に戦力差の上でも有利に立てるのだが、今回のミッションにおいてヒロトは()()()()()()()()()()()。味方が増えれば攻撃の手も比例して増えるため、コアガンダムⅡにその一撃を与えられる――引いては、ミッションを達成できる確率も大きく跳ね上がる事となった。

 無論、ヒロトとて唯でアイアンタイガーとトピアの参加を認めたワケではない。

 

『ただし、君達に対しては俺からも攻撃させてもらう』

 

 それに加え、もしアイアンタイガーやトピアへの攻撃をイツキが庇って損傷、ないし撃墜されたとして、この場合は反則扱いにはならず、ミッションは続行となる事を認めさせている。

 ――しかし、それでもだ。

 

『……あのー』

 

 ヒロトが映るウィンドウの隣に新たな通信ウィンドウが現れ、その中に眉を顰めたアイアンタイガーの胡乱気な顔が映し出される。

 どこか言い難そうなその問い掛けの声に、何だ、とヒロトが問い返す。

 

『あー、いや、入れてくれって頼んだの俺だし、こーいう事訊くのショージキアレだなって思うんスけどね? その……マジで良いの?』

 

『何が?』

 

『ミッションの事なんスけど、スゲーイツキっつーか俺らに有利っつーか……むしろヒロトさんにスゲー不利になってるっつーか……』

 

「そうだよ!」

 

 至極(しごく)言い辛そうに眼を泳がせるアイアンタイガーの言葉に、声を張り上げてイツキは便乗する。

 今回のミッションは、引いてはヒロトの“チャンス”とは、つまりはイツキがコアガンダムのパーツデータを手に入れられるかどうかを賭けた試験なのだ。それが正しい事は、目の前の詳細画面上にパーツデータがクリア報酬として記載されている事実が物語っている。

 だからこそ、ミッションの存在を提示された時、イツキは思わず身構えていた。

 これまでコアガンダムを手に入れようと自分がして来た事。ヒロトのコアガンダムに込めた想いを(ないがし)ろにして来た事。その上で与えられたミッション(試練)と、それに失敗した場合に課せられる()()の存在は、それがきっと厳しいものになるであろうという予感と、必ず自分一人で達成しなければならないという使命感を覚えるには十分であったから。

 だからこそ、イツキは幾度となく己の目や耳を疑った。

 最初にミッションの詳細を伝えられた時の、そのあまりに自分に対して優位な内容に。

 その後、自分達も参加すると声を上げたアイアンタイガー達に。

 そして彼らの一声を、構わない、の一言で顔色一つ変える事無く受け入れたヒロトにも。

 確かに、イツキとヒロトとではあまりにも差があり過ぎる。戦えというのなら、その差を埋めるためのハンデはイツキとしても一つでも多く欲しいのが正直なところだ。だが、この量はあまりにも……。

 それに、問題はそれだけじゃない。

 この場で互いのガンプラで対峙し合ってから、ずっと気がかりな事がイツキにはあった。

 

「ヒロトさんコアガンダムしか出してないけど、“アーマー”はどーしたの!?」

 

『あ゛ん?』

 

『あーまー?』

 

 そう、無いのだ。

 コアガンダムという機体が持つ最大の特徴。それを発揮するために必要となる専用装備を搭載したサポートマシンが、エルドラバトルやそれ以外のカザミの動画内で常に付かず離れずの距離を保ちながらコアガンダムの戦闘補助を行う姿を見せて来たあの戦闘機のようなメカの姿が、何処にも。

 ――まさか、それさえもか。

 それさえも、

 

『必要無い』

 

「え?」

 

『今回のミッションで、“アーマー”は使わない』

 

ハンデだというのか?

 

『――今回のミッションは、あくまで君にコアガンダムのデータを渡すかどうかを決めるためのもの。つまり大切なのは、データを渡して良いと、君が、俺を()()()()()()()()()()()だ。だから、“アーマー”まで持ち出す必要は無い』

 

「けど――」

 

 ヒロトの返答にいまいち納得出来ず、追い縋ろうとするイツキ。

 しかし、

 

『質問はそれだけか?』

 

続けて告げた、有無を言わさぬ重さを伴った確認の言葉によって、彼はその口を思わず(つぐ)んでしまう。

 その様子を見てイツキが納得したと判断したのか、それとも狙った通りに彼が口を閉ざした事を認めてかは分からないが、ともかく一拍置いて、ヒロトが言葉を続けた。

 

『それじゃあ、そろそろ始めよう』

 

 その言葉が何を指し示すのかは、考える間でもない。

 いよいよ始まるのだ。

 イツキがコアガンダムを手に入れられるか否かを賭けたミッション(チャンス)が。

 

『何度も言うけど、一撃だ。一撃でも俺に当てる事が出来れば、その時点で君達の勝ち。ミッションは達成だ。逆に、一撃も当てる事が出来なければ俺の勝ちとなり、ミッションは失敗になる』

 

 そう、一撃だ。

 たった一撃で、全てが決まる。

 ほんの一撃をヒロトに、コアガンダムⅡに当てられるかどうかで、念願のガンプラがイツキの手の内に納まるかどうかの運命が、分かたれる事となる。

 

『一撃当てて、俺を認めさせられるか? それとも、今度こそコアガンダムを諦めるか? どちらに転ぶにせよ、結果は受け入れてもらうぞ?』

 

 いいな、と告げられたそれは、最初にミッションの事を告げられた時に投げ掛けられた問いと同じものだった。

 ミッションを成功させればコアガンダムのパーツデータを手に入れられるが、失敗すればコアガンダムの事は――少なくとも、その事でヒロトを頼る事は――すっぱり諦める。――その条件を受け入れたからこそ、こうしてミッションを今始めようとしている。

 なら、返す答えは何も変わらない。

 

「はいッ!!」

 

 一度深呼吸した後、腹にたっぷり溜め込んだ空気を吐き出す要領でイツキは返事を叫ぶ。

 それに呼応するように、ヒロトもまた告げる。

 

『なら、つけよう。――俺と君との、()()を』

 

 そうして互いの宣誓(せんせい)が終わり、そのタイミングを見計らったかのように、

 

<MISSION START>

 

電子音声がミッションの開始を告げた。

 




次回、VSヒロト!


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第12話 コアガンダムをこの手に! VSヒロト!①

どうもどうも、長らくお待たせ致しました! リアルで精神的に打ちのめされてたり、コアガンダム三兄弟の色塗ってたりしてたらすっかり遅くなっちゃいまして。

今回よりVSヒロト。コアガンダムのデータを賭けた原作主人公との対決は、果たしてどちらに軍配が上がるのか?


『おいお前ら、ちょっと耳貸せ』

 

 通信ウィンドウ越しにアイアンタイガーがそう呼び掛けて来たのは、びゅう、という風の音に混じって無機質な電子音声がミッションの開始を告げるのが聞こえた、その直後の事であった。

 

『どうしましたー?』

 

「何だよ? もうミッション始まってるんだぞ?」

 

 いくら有利な条件が幾つも積み重なっているといえど、今回のバトルはあくまで制限時間付きだ。

 正面モニター左下に表示されているその制限時間もまだ1分弱しか経過していないが、それでもすぐに攻撃を始めねばと意気込んでいたイツキは、何の気無くアイアンタイガーの呼び掛けに応じたトピアとは対照的に、片眉を上げてウィンドウの向こうの彼の顔を睨み返す。

 それを特に気にした様子も無く、良いから聞け、と身を乗り出したアイアンタイガーが歯を剥いて笑い、こう言った。

 

『俺に良い考えがある!』

 

 

 

 所変わってアダムの林檎、店内。

 イツキ達とヒロトがミッションの為にエリア移動した事によって残されたBUILD DiVERSの4人は現在、カザミ達が座っていたテーブル席へと集まっていた。

 彼らが一様に各々の目を向けているのは、一同の中央でカザミが開いているメニューウィンドウ――ギャラリーモードによって中継されているイツキ達とヒロトの状況だ。

 

『それじゃあイツキくん、作戦通りにー!』

 

『うう~ん、コテツの言う通りにするって何か納得いかないけど……分かった!』

 

 ミッションが開始してから一拍置いて、ウィンドウの中からそんなトピアとイツキの会話が聞こえた次の瞬間、先端がローター状になったツインテールが特徴的なモビルドールとベーシックな仕様の陸戦型ガンダムが一斉に右腕を上げ、前腕に装備したポシェット型の手甲から伸びた砲身を、あるいは右手に握った白いカバーのビームライフルを構えた。

 (あやま)たず、それぞれの砲口からGN粒子の尾を引く砲弾とピンクの火箭が撃ち出され、対面のコアガンダムⅡ目掛けて一直線に飛んで行く。

 それに対し、コアガンダムⅡはすぐさま踵裏のバーニアを噴かしてその場から跳躍。二機の攻撃を避けつつ、更に草木一つ生えていない赤土の大地に覆われた戦闘区域(ミッションフィールド)に点在する大小様々な岩塊の、その内の一つの影へと転がり込む。

 これにより、続けて放たれていたビームと砲弾の追撃が岩塊にその進行を阻害。間を置かず炸裂した爆発も、岩塊の表面を削って巻き上げたのみで、その奥のコアガンダムⅡには届かない。

 その事に、くっ、とイツキが歯噛む声がウィンドウから聞こえて来たが、

 

『大丈夫ですー! まだ時間はいっぱいありますー!』

 

『そうだよな、まだ時間はあるんだよな!――よーし、もっとだ! もっと撃つぞトピア!』

 

『はいですー!』

 

それにめげる事無く、むしろ更に勢いの増した陸戦型ガンダムとモビルドールの攻撃が、コアガンダムⅡの隠れる岩塊目掛けて続けられる。

 そうして殺到するビームと砲弾によって少しずつ岩塊が削り取られ、比例して、巻き上げられた破片による砂埃が濃くなっていく。

 その様をウィンドウ越しに見ていたメイは、隣に立つパルヴィーズと視線を向け合いながらイツキとトピアのガンプラについて言葉を交わす。

 

「あの陸戦型ガンダム、かなり作り込まれてますね」

 

「ああ。それにトピアの方も。モビルドール本体はコーイチ達が作っただろうから当然として、各部の追加パーツもかなりの出来だ」

 

「そんな奴らがこれだけ攻撃して岩一つ砕けないってなると――ヒロトの奴、結構()()()()

 

 二人の言葉に頷きながら、カザミが得心したように顎に手をやる。

 メイがパルヴィーズと共に言った通り、陸戦型ガンダムもモビルドールもガンプラとしての出来はかなりのものだ。当然、その攻撃の威力も並のガンプラ以上の物を持っている筈。

 その威力を以てしてもなかなか粉砕されない岩塊の強度はともすれば異様に見えるが、そもそもこのミッションはヒロトが作ったものだ。であれば、その理由はカザミの言った通り、そういう風に彼が設定したと考えるのが妥当なところだろう。

 それが卑怯であると、メイは特に思わない。

 そもそものルールとして、一撃でも当たればヒロトは撃墜なのだ。散らばる岩塊自体、通常のガンプラに比べて小さいコアガンダムがその身を隠し切れるかどうかという大きさなのだし、他にも不利を背負っているのだから、これぐらいの仕掛けは設定者の特権として認められて然るべきだろう。

 それに、頑丈だといっても所詮は岩。その耐久には限界がある。

 そう。

 

『――いよっし! やっと岩が砕けた!』

 

 丁度今、もうもうと立ち込める砂埃の奥に見えていた岩塊の影が、イツキ達の攻撃に耐え切れなくなってその形を崩したように。

 間髪入れず、立ち込めた土煙の中から飛び出してくるコアガンダムⅡ。

 その機体を追って、陸戦型ガンダムとモビルドールの腕が瞬時に動き、再びビームと砲弾が――。

 

「なん~か皆、あんまりヒロト君の事心配して無さそうねぇ?」

 

 近くのカウンター席で足を組んでいたマギーから、ふとそんな疑問が投げ掛けられたのはその時だった。

 

「心配っスか?」

 

 その声に反応し、一様にウィンドウから視線を離してマギーの方に振り返ったBUILD DiVERSの面々を代表して問い返したカザミに、艶のある唇に人差し指を当てながらマギーが言う。

 

「一発当たれば終わり。その上でイツキ君への攻撃はナシで、アイアンちゃんとトピアちゃんも一緒の3対1。おまけに、“アーマー”無しの素のコアガンダム。戦況にしたって岩に隠れて防戦一方って感じだけど、実際のトコ、アナタ達どう思ってるの?」

 

「どう、って……」

 

 片眉を上げ、他の面々の顔を見回したカザミが、特に悩むような様子も無く答えた。

 

「全然心配してないッスよ?」

 

 その答えは、メイを含むこの場に残されたBUILD DiVERSメンバーの意見を代表するものであった。

 

「そりゃあ、色々それっぽいハンデ付けてるけど……」

 

 それでも、戦っているのはヒロトだ。

 BUILD DiVERS結成当初から最も高い実力を持ち、尚且つ、あのエルドラでの文字通り命を賭けた厳しい戦いを共に潜り抜けて来た彼が、いくら不利を背負っているといえど、あんな小学生くらいの子供達に負ける姿など想像出来ない。

 

「エルドラで戦ってた時は今よりずっと難しい状況だって沢山あったし、今更このくらいじゃ、って言いますか……」

 

「それにヒロト、昔()()()()? の()()()()()? だっけ? えっと、とにかくもの凄く大きいガンプラに、えーと、()()()()()()()()? のガンダムで勝った事だってあったし、正直、あの時に比べたら……」

 

 カザミに続き、パルヴィーズとヒナタが順に告げてから、ねぇ、と顔を向け合って頷き合う。

 メイやカザミと同じくエルドラでの戦いを共にしたパルヴィーズは当然ながら、現実で幼馴染故に付き合いそのものは三人より長いとはいえ、その戦いを終えた後に加わったヒナタでさえもほぼ同意見なのだから、ヒロトの敗北を懸念(けねん)する必要があるかなど、考える間でもない。

 

「そもそも、今回の件はあの少年とヒロトとの問題で、このミッションにしたってアイツからの提案だ。ミッションそのもののルールもそうなら、加えたハンデもヒロト自身が了承して決まっているのだから、仮に負ける事になったとしても、その結果を受け入れる事だって織り込み済みだろう」

 

 であれば、今回の件について自分達は外野なのだから、どうこう言ったところで仕方ないというものである。

 ――それはそれとして。

 

「そういうママはどうなんだ? ママもあまり心配しているようには見えないが?」

 

 先程尋ねて来た時から変わらず、不安のふの字も無さそうな微笑みを浮かべたままのマギーに、メイはそう指摘する。

 すると、

 

「あら、バレちゃった?」

 

うふっ、とマギーは悪びれる様子も無く肩を竦めて見せた。

 

「そりゃあ、アタシだってヒロト君の事は心配しちゃいないわよぉ。今しがたメイちゃんも言ったけど、当人が分かっててハンデ背負ってるんだから、外野(アタシ達)がとやかく言う事でも無いし。――むしろ、心配なのはイツキ君達よぉ」

 

「アイツらか」

 

 ヒラヒラ、と右手を扇ぎながら当然とばかりに言うマギーが最後に付け加えた言葉に、ふむ、メイは腕を組み、少しだけ思考してみた。

 

「――実際のところどのくらいなんだ? アイツらの力は?」

 

 あくまで、メイ達が知っているのはヒロトの実力のみだ。イツキ達の力がどれ程かは全く知らない。

 それでも、彼が子供の三人組に負けるようなヘマはすまいという信頼は揺るがないが、それはともかくとして、今の多重にハンデを背負ったヒロト相手にどれだけ戦えるのかは気になるところである。

 というところで、以前から彼らの事を知っているマギーならその実力が如何ほどかも知っているだろうと踏んで尋ねてみたのだが、そうねぇ、と重ね合わせた両手の甲の上に顎を置いて考えるような仕草を取った彼女? は、少しだけ間を置いた後にこう返して来た。

 

(かろ)うじて光明が見えている――ってトコかしら?」

 

「――アイツらがヒロトに勝てる可能性は極めて低い、と?」

 

 半ば予想通りの返答に対する確認に、ええ、とマギーが頷く。

 

「イツキ君についてはアタシもどれくらい戦えるか知らないから、あくまでアイアンちゃんとトピアちゃんの力と比べたら、って話だけどね。ハッキリ言っちゃうけど、あの子達じゃ普通に戦ってたら逆立ちしたってヒロト君には勝てないわ」

 

 むしろ、とっくにバトルが終わっててもおかしく無いわね。――そうマギーが言い切った後、メイは彼女? からカザミの手元へと視線を移動させる。

 そこに展開されているウィンドウからは、未だに爆音と破砕音の連鎖が引っ切り無しに続いていた。ミッションが未だ継続中である証拠だが、マギーの言う通りなら、各種ハンデが無い通常のバトルであったなら今頃この音も止んでいたのだろう。

 

「流石に今回は条件が条件だから、ヒロト君も簡単には動けないでしょうね。そこを上手く突いていけばあの子達でもどうにかなる、かも? ってトコだけど、もし、ハンデがいっぱいだからって調子に乗ったり、焦ったりしちゃったら――」

 

 と、マギーが言い掛けたその時だった。

 

『よーし! チャージ完了! もう良いぜお前ら! こっちまで上がって来い!』

 

 威勢の良い、そして勝利への確信が滲んだアイアンタイガーの叫びがカザミの手元のウィンドウから飛び出して来た。

 それに反応して再びウィンドウの中を覗き込んでみれば、全身に走る金色のラインや展開したラジエータプレート、背のリフレクターから黄金の輝きを放ちながら上空に浮遊するガンダムDXの改造機の姿が――。

 瞬間、額に手を当てたマギーが、あちゃー、と落胆の声を上げた。

 

「言ってる傍からやっちゃってるわぁ」

 

 そんな彼女? の言葉が伝わる事など当然無く、次の瞬間。

 DXの改造機が脇下から展開したツインサテライトの砲門から青白い極光を放ち、ウィンドウに映る全てを瞬く間に飲み込んだ。

 

 

 

 目の前の一切合切が、DXフルバスターの放った光の波濤(はとう)塗潰(ぬりつぶ)される。

 一面に広がっていた赤土の大地も。その中に点在していた岩塊も。

 その裏に身を隠していた、コアガンダムⅡの姿さえも。

 当たらなくても良いから、とにかく撃ちまくれ。マイクロウェーブのチャージが終わるまで、ヒロトを地面に縫い付けろ。――そのアイアンタイガーの指示のまま、とにかく陸戦型ガンダムにビームライフルを乱射させてヒロトを地表に縫い付ける事に従事していたイツキは、いざDXフルバスターのチャージが終わった連絡を受け取るや、トピアに手を引かれて上空へと退避。モビルドールトピアに掴まれた左腕から宙吊り状態になっている陸戦型ガンダムのツインアイを通して見下ろしたその凄まじい光景に、うへ~、と呆気に取られていた。

 

「……こんな風になってたんだアレ」

 

 イツキがツインサテライトキャノンを目にするのは、一週間と少し前の初心者狩りの連中に追い詰められていた時と合せて、二度目となる。

 あの時は唐突に光が降って来たかと思いや、初心者狩り達のガンプラがいた辺りが突然爆発したようにしか見えなかったため何が何だかさっぱりだったが、――DXフルバスターの脇下の砲口から光が放たれている間は勿論の事、それが終わった後に残された地表の、赤土も岩塊も何もかもが溶解して赤く煮え(たぎ)っている様も含めて――こんな凄まじい事が起きていたとは……。

 夢にも思っていなかった事態を前に驚くしかないイツキ。

 そんな彼を後目に、通信ウィンドウの向こうでへへん、とアイアンタイガーが鼻を鳴らして笑っていた。

 

『どーよ! 俺様のフルバスター必殺のツインサテライトは!!』

 

 避けられっこねーだろ、と焼け爛れた地表を見下ろしながら勝ち誇るアイアンタイガーに、やりましたー、とトピアも歓声を上げる。

 眼下の一帯を丸々焼き払ってしまう程の広大な攻撃範囲と威力を発揮して見せた、DXフルバスターのツインサテライト。それに加え、その射程内にヒロトを閉じ込めておくために直前まで行っていた、陸戦型ガンダムとモビルドールトピアによる切れ目の無い弾幕。

 そして何より、盾にしていた岩塊諸共影も形も消え失せたコアガンダムⅡ。

 アイアンタイガーの作戦通り、ツインサテライトの光に飲み込まれて消滅したと、傍から見ればそんな状況だった。だからこそ、二人が勝利を確信して喜ぶ姿は当然の有様だし、自分もそうすべきところだとイツキは思った。

 だが、そうはしなかった。

 

(……何だろ、これ?)

 

 違和感があった。

 こうと言い表せられるほどはっきりしたものではないが、しかしアイアンタイガーやトピアのように手放しで喜ぶのに支障を感じる程度には拭い切れない、違和感が。

 だから、イツキは陸戦型ガンダムに首を巡らせさせ、自らも周囲を見渡して違和感の正体を探ろうとした。

 その行動が正しいと証明されたのは、

 

「……っ! ()()()! 後ろ!」

 

『だから()()()()()()()()!!

 

()()姿()を視界の端に捉えるや発した警告に、名前の訂正を叫んでから、んだよ、と怪訝そうに肩眉上げたアイアンタイガーの操作に随って悠々とDXフルバスターが背後へと振り返った。

 それによって後方へと向けられた胸部――中央上下に配されたクリアーグリーンのマイクロウェーブ受信部の上側に、何処からともなく飛来したビームが突き刺さったのは、その直後であった。

 

『……へ?』

 

 通信ウィンドウに映るアイアンタイガーの顔が、口を半開きにした間の抜けた表情で固まる。

 何が起こったかまるで分からない、と言わんばかりに漏らしたその声に続くように、射抜かれたDXフルバスターのマイクロウェーブ受信部が激しい音を上げて()ぜた。

 

『お、おいおいっ』

 

 あまりに予想外の事態だった。

 襲って来た驚愕に言葉を失うイツキとトピアにも、困惑の滲む表情を通信ウィンドウの向こうに見せながらも、何とかDXフルバスターの両肩の装甲を開き、内部に格納されているショルダーミサイルで迎撃を行おうとするアイアンタイガーにとっても。

 故に、致命的だった。

 DXフルバスターの両肩からその姿を現した計22発のミサイルの群れは、しかし瞬時に二度走ったピンク色の光条に貫かれ、放たれる間も無く誘爆を起こす。それによって連鎖した爆発は逆にDXフルバスターの機体にダメージを与え、その両腕を肩口から粉々に散らしてしまう。

 

『じょっ、冗談じゃねーぞこんなの。何で』

 

 結果、後腰にマウントしたままのディフェンスバスターライフルを手に取っての防御も行えなくなってしまい、無防備を晒す事になったDXフルバスター。

 それを見計らったように、()()()がその懐へと飛び込む。

 背にマウントしたビームサーベルを抜刀し、ピンク色のビーム刃を灯すや、その先端をまだ無事な下側のマイクロウェーブ受信部まで下してから、

 

『まだ、やられてねー ――』

 

コックピットブロックの上面まで、一気に刺し貫いた。

 

「コテツっ!!」

 

()()()()()()()()くん!!』

 

 目を見開いて驚く姿を最後に通信ウィンドウ諸共モニターから消えたアイアンタイガーに、咄嗟にイツキとトピアは叫び掛けるが、時既に遅し。

 全てのガンプラの共通弱点であるコックピットを的確に貫かれたDXフルバスターから返事が返って来ることは無く、()()()がビームサーベルを引き抜きつつその胴を蹴って距離を置いた、その一拍後に爆散。発生した爆炎諸共テクスチャ片と化して、欠片一つ残さず消え失せた。

 そうして、DXフルバスターに代わってその空域に佇む事となったその()()()を、イツキとトピアは驚愕に見開いた目で凝視した。

 ――ビーム刃の発振を止めたビームサーベルの柄を(おもむろ)に背のサーベルラックへと戻す、コアガンダムⅡを。

 

「な、何で……?」

 

 左手に携えていた大型シールドを変形させて後腰へと装着したコアガンダムⅡのボディは、変わらず傷一つ無かった。

 トピアと共にあれだけ弾幕を浴びせ、半ばダメ押しに近い形でアイアンタイガーがツインサテライトを放ったにも関わらず。

 その姿を前に瞠目するイツキの頭には、否応無しに疑問が浮かぶ。―― 一体、どうやってあれだけの攻撃を凌ぎ切ったのか?

 勿論、本命はツインサテライトで、弾幕はそれを当てるための足止めの意味合いが大きかった。それが当たればラッキーくらいのつもりで撃っていたし、そもそも岩塊に遮られていたのだから、弾幕でダメージを負わなかった事はまだ分かる。だが、その後のツインサテライトの、眼下に映る地表一体を焼き払った極光の大範囲攻撃を以てしても傷一つ与えられなかった事については全く別の話だ。

 困惑するイツキとトピア。

 そのせいで彼らのガンプラもまた動きを止めてしまうが――そんな暇は無いとでも告げるように、コアガンダムⅡの右手に握られた小型ライフルの銃口がイツキ達へと向けられる。

 それにイツキがはっとした刹那、不意にコックピットがガクン、と揺れた。

 同時に、モニターに映る周囲の情景が上へと流れていき、浮き上がるような感覚が発生する。

 それが、陸戦型ガンダムが落下を始めたが故であると察したイツキが慌てて操縦桿を引き上げたのは、直前まで陸戦型ガンダムと(マニュピレータ)を繋いでいたモビルドールトピアが、コアガンダムⅡが放ったビームを上昇して躱す姿を視界の上端に捉えたからだ。

 

「トピア!」

 

 背部バーニアの点火によって陸戦型ガンダムの落下が止まった事で再び起きた振動に体を揺らされつつも、すぐさまイツキは頭を振り上げる。

 見上げた上方では、

 

『きゃあっ!』

 

続けて放たれたビームを前に更に上昇するも、躱し切れずスカートアーマーに被弾するモビルドールトピアの姿があった。

 

 

 

「――直撃は避けられたか」

 

 流石にさっきのようにはいかないか、とつい今し方墜としたばかりのDXの改造機と、モニターの向こうで緑色のGN粒子を特徴的なツインテールの付け根に搭載した増設パーツ後部のコーンスラスターから放出しながら滞空するモビルドールを比較して、ヒロトは呟いた。

 恐らく、あの三人の中でGBNに、そしてガンプラバトルに最も慣れているのはアイアンタイガーだ。ここまでの振る舞い方もそうだが、今のバトルでも弾幕張りを僚機二機に任せている間にスーパーマイクロウェーブのチャージを済ませる立ち回りの手慣れ方からも、それが察せられた。

 ただ、あくまで()()()()()()()()経験があるという話だ。

 今回のような攻撃の威力よりも当てる事そのものが重要となるルール下で、サテライトキャノンのような発射までに工程が掛かる装備はどちらかといえば有用ではないし、使うなら使うで、その射程範囲を相手から警戒される事も視野に入れなければいけない。

 チャージ完了までのラグを味方の弾幕で稼ぐ選択それ自体は間違っていなかったが、そもそもサテライトキャノンは使用せずに、自分も弾幕に参加するか、僚機とは別方向から、より隙の少ない別の攻撃を行うのが最善手だった。そうしなかったから、味方を下がらせてからサテライトキャノンを撃ち込むまでの()()を晒し、()()()()()()()()コアガンダムⅡの機能を駆使して回避する余裕をヒロトに与えてしまう事になったのだ。

 さて、そうして一機墜とした今、続いてヒロトが行うべきは残る二機への対処だが――。

 

『ええええぇいっ!!』

 

 両手で箒型の武器の長い柄を握り締めたモビルドールが、それを振り上げながら上昇した後、ヒロト目掛けて斜め下へ降下する軌道で飛び込んで来る。

 それに対する迎撃として、ヒロトはコアガンダムⅡの右手に持たせた“コアスプレーガン”のロックを合わせるや三連射させ、その全てを迫る敵機に命中させる。

 しかし、突き刺さった火箭によって装甲の一部が捲れ上がりこそするも、モビルドールの接近の勢いは一切衰える様子を見せない。

 半ば予想していた結果だった。

 ELダイバーの現実での体も兼ねているモビルドールは、その大半がELバースセンターの職員でもあるコーイチが作った物だ。かつてのGPDの時代には知る者ぞ知る実力派ビルダー“ケイワン”としてその名を馳せた彼の作品ならば、これくらいはやってのけて当然だ。実際、先程スカート部に命中した一発も白煙こそ上がっていれど、大した損害には至っていない。

 そして、その機体が繰り出す攻撃も―― 一撃で撃墜される設定の有無に関係無く――アーマー一つ装着していない素のコアガンダムⅡでまともに受ければ致命傷になり兼ねない。

 勿論、まともに当たれば、の話だ。

 だから、迎撃を止めたヒロトは、もう目前へと迫ったモビルドールの攻撃を回避するために――DXのツインサテライトから逃れた時と同じく――()()()()()を口にした。

 

「“コアチェンジ”。――“コアフライヤー”!」

 

 そう告げた刹那、コードを認識したコアガンダムⅡが腰裏に接続していた大型シールド――“コアディフェンサー”を前面に展開。コアスプレーガンと共にモビルドールとの間に放り込むように手放した傍ら、自らの頭部と腰を180°回転させ、手足を折り畳む。

 その後、コアスプレーガンを先端側に装着したコアディフェンサーが覆い被さるようにその機体へと接続され――小型の戦闘機のような飛行形態――“コアフライヤー”への変形が完了したのを確認する間も無く、ヒロトは両の操縦桿を前方へと一気に押し込んだ。

 瞬間、変形によって顕わになった足首部のバーニアを点火してコアガンダムⅡが急速発進。モビルドールが振り下ろした箒の一撃から逃れつつ、あっという間に彼我距離を大きく開ける。

 無論、向こうとてそれで攻めの手を止める事など無い。

 その意思を示す様に、

 

『エルトランザムー!!』

 

箒を振り切った姿勢のモビルドールがその身を紅に染め上げる。

 

(モビルドールがトランザムを使う、か)

 

 態々GNドライブ付の増設ユニットを装着している時点でその可能性は予想していたが、それでも、基本的にGN粒子に対応していないモビルドールがトランザムを発動する姿は――身内にトピアと同じELダイバーのメイがいるヒロトにしてみれば殊更(ことさら)に――目を見張るものがあった。

 そして、モビルドールの変化はこれだけで終わらない。

 トランザムの発動によって一挙一動に紅の残像が追従するようになったモビルドールは、更に振り下ろしたままの箒の柄の上に飛び乗った。

 すると、箒後部のブラシに当たる膨らみから三角形のウイングが四方へ展開。つい先程まで武器しか無かった筈のそれが、後端から大量のGN粒子を噴射するSFS(サブフライトシステム)と化して、上に乗ったモビルドールと共に猛然と迫って来た。

 明らかにそういうイメージが盛り込まれたモビルドールのデザインもあり、その姿は正しく箒に乗って飛ぶ魔法少女そのもの。

 そして、そのギミックもどうやら見栄えだけのもので無いらしい。

 

(――速いな)

 

 唯でさえ、トランザムの発動によって機体性能そのものが強化されている。その上でSFSと化した箒による補助が加わったモビルドールの追跡速度は、コアフライヤー形態への変形でMS形態時よりも増したコアガンダムⅡの推力を以てしても、振り切れないどころか、むしろ彼我距離差が見る見る内に狭まる程に高まっていた。

 このままでは、そう間を置かずモビルドールはコアガンダムⅡに追い付く。そうなれば、今度こそ一撃貰い兼ねない。

 

(だが――)

 

 ――その一方で、迫るモビルドールの動きを肩越しに見ていたヒロトはこうも思っていた。

 

(――動きが(つたな)い)

 

 紅の残像を引き連れるモビルドールの軌道は、それを操るトピアの操縦は、どうも直線的でぎこちない印象を受ける。

 例えば、ヒロトが緩やかな弧をコアガンダムⅡに描かせれば、それに続いたモビルドールがおよそ円弧とは呼び難いカクついた軌跡を描くと言った具合に。

 恐らくは、トピアが自らの機体を扱い切れていない事がその理由だ。

 ガンプラの性能は出来栄えによって決まる。その点で言えば、コーイチ謹製の本体と、ヒロトの目から見ても一つ一つが本体に匹敵する作り込みが為された増設ユニットで(よろ)われたトピアのモビルドールは、間違い無くガンプラとして高い性能を持っている。

 それでも、そこはモビルドール。ELダイバーにとってのもう一つの体でもあるという配慮はコーイチも、増設ユニットを作った誰かも怠っていないだろうし、普通に動かす分には性能が高過ぎて操縦に支障が出るような事態はまず起きないだろう。

 しかし、トランザムのような瞬発的な性能強化が加わったならば話は別だ。

 問題無く動かせるレベルだった性能は途端に()()()()レベルまで跳ね上がり、その性能に引っ張られて操縦が雑になってしまう。それ故のあの大味な動きなのだろう。

 それでも、完全に振り回されて制御を失ってしまうような事態にまで至っていないのは大したものだったが――どの道、ヒロトがこれからやろうとしている事を凌げるほどでは無い。

 だから、一切迷わずヒロトは操縦桿を前へと押し込む。

 どこまでも広がるかに見える赤土の大地の先に高く聳え立つ崖。

 まるで闘技場の壁のようにミッションエリアを囲んで区切るその険しい岩肌の一画である壁面へと、コアガンダムⅡを衝突させる勢いで。

 無論、本当に衝突させるつもりなど毛頭無い。

 機体が岩肌へと突っ込むかどうか、そのギリギリの瀬戸際を見極めていた彼は操縦桿を持ち上げ、機体を垂直に上向かせる。

 これにより崖に対して機首の向きが平行になったコアガンダムⅡは、その壁面のほんの僅か上を滑るように飛んで上昇。更にヒロトの操作により、再びMS形態へと姿を変えてその場に滞空しつつ、眼下を見下ろした。

 

『きゃあああああっ!!』

 

 ――直前までコアガンダムⅡが飛び込もうとしていた壁面へと、岩肌を砕く轟音と砂埃を伴って突っ込んでしまった、モビルドールの姿を。

 

『トピアっ!? 大丈夫か!?』

 

『うぅっ……動けませーん!』

 

 オープン通信を介して、心配するイツキと困ったようなトピアの応答が聞こえた。

 機体の正面半分が丸々壁面の中に埋まってしまったモビルドールは身動(みじろ)ぎする様子こそ見せるが、そこから脱出出来そうな気配はまるで無い。

 なまじトランザム発動下であった事もそうなった原因だ。推力だけでなく機体出力そのものが強化されていたために、硬い岩肌の中へとより深く埋まり、より強く食い込む事になってしまった。

 そのトランザム自体はまだ持続しているが、その上でこの現状なのだから壁面からの脱出にはまだまだ時間は掛かるし、それを呑気に待ってやる気もヒロトには無い。

 詰まりは、()()だ。

 

『こ、このっ! トピアから離れろ!』

 

 少し離れた空に滞空したままの陸戦型ガンダムが、ビームライフルを連射して来る。

 それによって放たれたビームの本数は数こそ多いが、しかし、狙いが甘い。

 行動不能に陥ったトピアのカバーを優先しているためか、それとも味方の危機にイツキ自身が焦った結果ロックが(おろそ)かになってしまっているのかは分からなかったが――いずれにせよ、飛来するピンクの光に対して、時折かすりそうになる物を僅かな動きで回避する以上の行動をヒロトが起こす必要は無かった。

 そのまま、依然壁面の中のモビルドールへとコアガンダムⅡにコアスプレーガンを構えさせたヒロトは、過たずそれを発射。

 一発、二発と続けて放ったピンク色の火箭は次々にモビルドールの隙だらけの背中へと突き刺さり、見る見る内にその装甲を剥ぎ取っていく。

 そうして最後に、砕けた岩肌の破片を巻き込んで、その機体を膨れ上がる爆炎の中へと消滅せしめるのであった。

 

 

 

「トピアっ!?」

 

 モニターの向こう、高く切り立った崖の壁面の上で爆発し、テクスチャの塵と化して消え去るモビルドールトピア。

 その光景に思わずイツキは手を伸ばしたが、しかし、それが覆る事は無い。

 これで、アイアンタイガーに続いてトピアも撃墜(リタイア)だ。

 

「……嘘だろ……?」

 

 伸ばした手を力無く下したイツキは、呆然と呟く。

 現時点でのミッションの残り時間は25分弱。開始より、まだ制限時間全体の1/6程度しか経過していないというのに、その僅かな時間の間に二人は倒されてしまった。――イツキだけでは終ぞ敵わなかった初心者狩りの連中をほぼ二人だけで倒してしまいそうな勢いだった、あのアイアンタイガーとトピアが。

 勿論、カザミの動画を通してヒロトの活躍ぶりを見て来たイツキは、彼が相当な実力者であると分かっていた。しかし、それでも数の不利など無いかのように、素のコアガンダムⅡのみでこうも容易くアイアンタイガーとトピアを排除してしまう程とまでは思っていなかった。

 その事実が、大きなプレッシャーとなってイツキに圧し掛かる。

 

『これで君の味方は居なくなった』

 

 モニターの奥の中空で背を向けていたコアガンダムⅡが、イツキの方へと向き直る。

 自らが乗る陸戦型ガンダムよりも小さい筈のその機体がいやに大きく感じるが、きっとそれは気のせいではない。

 何故なら、今からは一人きりだ。

 一人きりで、立ち向かわなければいけないのだ。

 例え攻撃される事は無かろうと、例え一発当てれば十分であろうと、今やそんな有利点がどうでも良くなってしまう程の力の差を見せ付けてくれたコアガンダムⅡに。

 ――ヒロトに。

 

『後は――君だけだ』

 

 残り時間――凡そ24分。

 まだたっぷりと時間は残っているが、それに対する余裕などイツキは最早微塵も感じられない。

 通信を介して聞こえたヒロトの宣告にも何も返せず、ただ、無意識に唾を呑むしかなかった。

 




お願い、負けないでイツキ!

あんたが今ここで倒れたら、未だに顔一つ見せてない主人公機はどうなっちゃうの?

時間はまだ残ってる。とにかく撃って撃って撃ちまくれば、ヒロトに勝てるんだから!

次回、イツキ死す! (GP)デュエルスタンバイ!!


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第13話 コアガンダムをこの手に! VSヒロト!②

長らくお待たせ致しました第13話。
今回でヒロト戦も決着! やたら難産となってしまいしましたが、どうか何も言わず読んでやって下さい。
それでは。


 コアガンダムのデータを賭けた運命のミッションが始まって、まだ6分。

 30分という制限時間全体のたった1/6程度しか経過していないというのに、たったそれだけの時間で二人もいた味方が撃墜されてしまった事実を前にして、誰よりも経験も実力も(とぼ)しいイツキが呆然自失(ぼうぜんじしつ)に陥ってしまうのは仕方の無い事だ。

 それこそ、

 

『どうした?』

 

「……え?」

 

障害物一つ無い中空に浮かぶ絶好の標的を前に攻撃一つ行えず、その事を訝しんだヒロトの顔が通信モニターと共に現れても反応出来なかったのもまた仕方の無い事で、彼の問いが何に対してなのか分からなかったイツキは、えっと、や、あっと、と言葉にならない声を漏らしてあたふたするしかない。

 そんなイツキの様子を見兼ねてか、一拍間を置いてヒロトが言葉を告げる。

 それを耳にしたイツキが硬直する一言を。

 

『――()()()()()?』

 

「っ!?」

 

 ……諦、める?

 

『それならそれで俺は構わない。まだ時間はあるけど、それでも無理だと思うのなら別に棄権(リタイア)してくれても良い』

 

 ――もちろん、ミッションは失敗になるが。

 最後にそう付け足されたヒロトの言葉が、それが意味する事がズシリ、とイツキの胸に圧し掛かる。

 ミッション失敗。――そうなれば、コアガンダムのパーツデータはイツキの手に入らない。

 いや、それだけじゃない。

 まだアダムの林檎に居た時、ミッションの概要を聞かされて、いざ受注するか否かを問われた際にイツキはヒロトと()()()()を取り交わしていた。

 今だけでは無く、イツキの今後を定める事になってしまう。それを分かった上で受け入れる事を決めた約束を、だ。

 だからこそ――今回のミッションを失敗で終わらせる事は、絶対に出来ない。

 だからこそ――。

 

「……諦めない!」

 

 諦めるなど、

 

()()()()()()()()! 諦めたりなんて――」

 

絶対あってはならない。

 

「――するもんかァーッ!!」

 

 咆哮。そして陸戦型ガンダムにビームライフルを構えさせ、発砲。

 ロックオンを省いて行ったその攻撃自体はコアガンダムⅡから大きく横に逸れた空間を通過していったが、しかし全く無為な結果に終わったワケでは無い。

 間髪入れず、操縦桿を前へと押し倒すイツキ。

 その心に生まれた戸惑いは、ヒロトとの圧倒的な実力差への怖れは消えてこそいないが、それでも、もう止まりはしない。

 諦めないと言ったのだ。

 ならば――自らの口が放ったその言葉に従うのみ。

 残された時間一杯、

 

『――そう来なくちゃな』

 

通信ウィンドウ諸共モニターから消える直前、(かす)かに笑みを浮かべたような気がしたヒロト向けて、

 

「うおおおおおぉぉッ!!」

 

撃ちまくるのみだ!

 

 

 

 そうして――イツキ達の側からすれば――思わぬ波乱を見せる事となったミッションは再開する事となり、それから少しばかり時が進んだ現在。

 制限時間がもうじき半分を超えようかというミッションの現状を一言で言い表すならば、()()()という言葉が相応しいだろう。

 

『くそっ! 当たらない!』

 

 勿論、イツキの攻撃が一発も当たる事無く、ヒロトが圧倒的に優位に立ち回っている、という意味で。

 今の瞬間にしてもそう。戦いの場を空中から、DXフルバスターのツインサテライトによって黒く焼け(ただ)れた更地と化した地表へと移しての銃撃戦――と言っても、ハンデもあって撃っているのは陸戦型ガンダムのみだが――も、先程までのような身を隠せる岩塊がほぼ全て消失したにも関わらず、コアガンダムⅡには一切の攻撃が当たらない。何度も照準を直しては連発されるビームも、隙間の無い銃声を響かせるバルカンも、合間合間に挟まれるマルチランチャーからのネット弾も、その全てが(かす)るどころか、動きを止める事さえ出来ない。

 その事に悔し気に呻くイツキを、アイアンタイガーは手元のウィンドウを通して、隣のトピアと共に怒鳴り付ける勢いで応援を送っていた。

 

「バカっ、そっちじゃねー! もっとライフル右に寄せて――だーっ! 言わんこっちゃねー!!」

 

「イツキくん、おちついてくださーい! 大丈夫ですー! 焦るなラリー、よく狙え! って陸戦型ガンダムちゃんも言ってますぅ!!」

 

 場所は移り、再びアダムの林檎。

 一足先にヒロトに撃墜されてミッションリタイアとなってしまった二人は再びこの場へと送還され、それ以降、今の様に残されたイツキの様子を観戦していた。

 最も、二人の声は当のイツキには一切伝わっていない。そのため、現在彼がたった一人で、一切の助言や助力も無くヒロトに食らい付こうとしている現状にも変化は無い。

 故に、傍から見ても明らかな隙が陸戦型ガンダムにいくつも現れる。

 いっそ開けっ広げな程のそれを、容赦無くヒロトが突いて来る。

 例えば丁度今、モニターの向こうで再び飛行(コアフライヤー)形態へと変形したコアガンダムⅡが陸戦型ガンダムの攻撃の最中を易々と潜り抜けて急接近し、肉薄するや変形を解いてその左肩に取り付いて見せたように。

 その行動に、ぃいっ、と驚愕の声を上げながらもイツキが陸戦型ガンダムのライフルの銃口をコアガンダムⅡへと向けさせ、引き金を引かせる。

 が、そうする事を見越(みこ)していたように、陸戦型ガンダムの胴と左肩を踏み台にしてコアガンダムⅡがその場から離脱。一瞬遅れて放たれたビームは間近にいた筈の敵機を逃しただけでなく、あろう事かその向こう――陸戦型ガンダムが背部に背負ったウェポンコンテナの、上端の角に命中してしまった。

 

『うわあぁあぁっ!?』

 

 (あやま)たず、着弾部を中心に爆発が発生。

 小規模だったために大きな損壊こそ発生しなかったが、それでも極至近距離から炸裂した爆炎が生み出す衝撃は無視し切れず、大きく機体を揺らした陸戦型ガンダムがガクン、とその場に片膝を着いた。

 それに一拍遅れ、飛び退いたコアガンダムⅡが陸戦型ガンダムから少し離れた正面の地面に着地したが――当然ながら、こちらは全くの無傷である。

 そんな二機の対照的な有様をウィンドウ越しに見ていたアイアンタイガーは、ぐぬぬ、と渋面(じゅうめん)を作って呻く。

 

「どーなってんだよコレ!? ちっとも当たる気がしねーぞ!」

 

 当初はイツキの強引過ぎる行動に明らかに難色を示していたヒロトが、掌を返したように好条件でのコアガンダム入手のチャンスを用意してくれた。――コアガンダムを渡しても良い、と言っているようなもので、実際にアイアンタイガーはそう受け取っていた。

 であれば、もう静止に回る必要は無いと判断し、ついでにちょっとした()()()()が思い浮かんだのもあって、ヒロトからのチャンスをより盤石(ばんじゃく)なものにするためにトピアと共にイツキに協力する事にしたのだ。

 それがどうだ?

 いくつもハンデが積み重ねられて楽勝だと思っていた筈のミッションは、開始数分で呆気無く自分達は墜とされ、たった一人残されたイツキは今もヒロトを追い掛けるので精一杯。攻撃こそされてないが、それでも良い様に弄ばれてしまっている。

 

「残り13分ですぅ……。このままじゃ――」

 

 ―― 一撃与える事無く、ヒロトに逃げ切られる。

 そうなってしまえば、イツキはコアガンダムを諦めなければいけなくなる。

 データが手に入らないから、今だけ――ではなく、()()()()()()()()

 そう提示されたのだ。ミッションの参加条件として、ヒロトから。

 

 ――君が俺を認めさせる事が出来たなら、コアガンダムのパーツデータは君に渡す。だが、それが出来なかったなら、その時は今度こそコアガンダムを諦めてもらう。今だけじゃなく、これからずっと――

 

 これまでのようにヒロトや、他の誰かに製作を依頼する事だけでは無い。自らの手のみで作り上げる事も含めた、イツキがコアガンダムを手に入れる事、関わる事()()()諦める。――それが、今回のミッションを行う上で最後にヒロトが課した条件であり、それをイツキが受け入れたからこそ、こうして今も二人の戦いは続けられているのだ。

 無論、こんなものはただの口約束だ。誓約書の類を交わしたワケでも無いのだから、それを守るイツキ自身のモラル以外には何の強制力も無い。その気になれば、いくらでも反故(ほご)に出来る。

 実際、

 

「あの、さっきの約束なんだけどね? 多分、ヒロトも別に破られても良いと思ってるよ」

 

それくらいの覚悟で掛かって来い、ってくらいのつもりなんじゃないかな、と傍に寄って来たヒナタから伝えられ、彼女の意見に他のBUILD DiVERSのメンバーも頷いて見せるという場面もつい先程あった。

 だが、それはあくまでヒロトの側の意識だ。例え彼が許そうと、当のイツキがそんなマネをする事は絶対に無いだろう。

 彼は、一度交わした約束を、己の口から吐いた言葉を取り下げるようなマネは絶対に出来ない。そういう気質の持ち主である事は、幼稚園から幼馴染であるアイアンタイガーだからこそ熟知するところであった。

 だからこそ、彼も焦っていた。

 純粋にイツキを心配するトピアよりも、いっそ開けっ広げに。

 

『くっ、そぉ……まだだ!』

 

 陸戦型ガンダムが爪状のバックパックを開き、自らのビームによって赤く焼けた上部から白煙を立ち昇らせるウェポンコンテナを背から地面へと下す。

 これによって機体は身軽になり、反応速度の向上も見込める。

 それを証明するように、態勢を立て直すやビームライフルを構え直す陸戦型ガンダムの動きは先程までよりも幾分か速かったのだが……イツキとヒロトとの圧倒的な実力差の前には、そんなものは焼け石に水。放たれた二筋の閃光は今までと何ら変わらずコアガンダムⅡに避けられ、直前まで立っていた地面を空しく抉り飛ばすのみに終わる。

 それでもなお止まらず、胸部のバルカンで追い打ちを掛けるが――それが当たるか否かは、確認するまでも無い。

 

「ぬぐぐぐ……マギーさん!」

 

 溜まらず、ウィンドウから目を離したアイアンタイガーは後のカウンター席で足を組んでいるマギーへと振り返る。

 助けを()うようなその声に、マギーが、えー、と困ったように眉を顰めて見せた。

 

「ここでアタシに助け求められても困っちゃうんだけど?」

 

「んな事言わないでさぁ! 何か無ぇのかよ、イツキが勝つ方法!?」

 

「って言われてもねぇ……」

 

 そもそも、ミッションの設定により外部から参加者への通信は不可能になっている。仮に逆転の一手があったとしても、それをイツキに伝える事は出来ないし、その事はアイアンタイガーももう分かっている。

 故に、マギーから返って来るだろう答えも何となく予想は付いていた。

 

「見守るしか無いわ。イツキ君のコアガンダムへの()()を信じて、ね」

 

「いや、()()っつったってよぉ」

 

 “想い”の強さが最後にガンプラバトルの勝敗を決める、とはヒカルも言っていた事であるが、それは実力が拮抗(きっこう)する者同士での場合だ。実力に圧倒的な開きがあるイツキとヒロトには当て嵌まらない。

 例えイツキの“想い”がどれ程強くても、オールドタイプの新兵が熟練のニュータイプに挑むに等しいこの差を引っ繰り返す事など、早々出来は……。

 とその時、

 

「――ん?」

 

自らの手元に呼び出していたウィンドウに視線を落としていたマギーが、ふと訝し気に眉間に皺を寄せ、続いて何やら意味深な微笑みを顔に浮かべてからこう言った。

 

「……ひょっとしたら、何とかなっちゃうかも知れないわぁ」

 

「えっ!?」

 

 思わぬマギーの発言に、反射的にアイアンタイガーは身を乗り出していた。

 その言葉がどういう意味か即座に確かめようするが、それを待たずマギーがバチン、とウィンクしてもう一度言う。

 

「ひょっとしたら、だけどね」

 

 残り時間――11分。

 

 

 

 今回集まった面々の中で、最も強いダイバーはマギーだ。

 ワールドランキング23位に昇り詰める程の実力者だからこそ、真っ先に彼女? は気づいた。一見してヒロトが圧倒的有利のまま膠着(こうちゃく)しているように見えた彼とイツキとの闘いにおいて現れ始めた、ある()()について。

 では、その()()に二番目に気づく事になったのは誰だったのか?

 それはやはり、今回の面々の中で二番目に強いダイバー ――イツキと戦っている当事者、ヒロトであった。

 

(……これは)

 

 彼が()()に気づいたのは、変わらず陸戦型ガンダムが放つ攻撃を回避していた最中の事で、最初は本当に感じたのか自分でも疑う程の微かな違和感だった。

 だが、その違和感はその後も回避行動を続ける度に走り続け、その度に強まっていく。

 そして残り時間が10分を遂に切った頃、コアガンダムⅡ目掛け飛来して来た二本のビームと、その一発が掠めた事で僅かに岸壁から崩れ落ちて来た瓦礫を纏めて回避したところで、違和感は確信へと変わった。

 

(ついて来ている? ――俺の動きに)

 

 少しずつ、本当に少しずつだったために気づくのに随分と時間を要してしまったが、間違い無い。

 イツキが、まるでコアガンダムⅡの動きが追えず翻弄されるばかりだった彼の動きが、()()していた。――徐々に、徐々にヒロトに迫りつつあったのだ。

 勿論、その変化には理由がある。

 ヒロトは知らぬ事ではあるが、彼がチャンスを提案してから今に至るまでの一週間、イツキはエルドラバトルの動画を一から見直し続けていた。特に、ヒロトが操るコアガンダムの雄姿――その動きを、だ。

 それが予習になった。今日初めてヒロトが伝えたミッション――彼とのバトルの、その予習に。当のイツキ自身が全く知らぬ間に。

 そしてミッションが開始してから遂に20分を超えた今、当初は目で追うのがやっとだったヒロトの動きにイツキは次第に慣れ、それに伴って彼が行っていた予習がいよいよ実を結び始めた。意図したものだったか、それとも必死になるあまりの無意識下だったのかは定かでは無かったが、今のビームと落石による二段構えの攻撃など十分その証明になり得た。

 とはいえ、その変化は二人の間をナチュラルとコーディネイターの確執よりも大きく隔てる実力差を埋め切る程に激しいものでは無い。結果的にヒロトの動きに対する予習が出来ていたとしても、だからと容易く尻尾を掴ませてしまう程彼も甘くは無いのだ。

 ――変化がイツキのみに起こっているのであれば、だが。

 

「……何でだ……?」

 

 ポツリ、と自らの口から漏れ出たその呟きにヒロトは気づかなかった。眉間に険しい皺を寄せている自らの表情にも。

 気づきようが無かった。

 モニターを睨み付けるその視界の裏で見え出していたもののせいで、そんな余裕が無かったために。

 

『おおおぉぉ!!』

 

 撃ち込まれたネット弾を横に跳んで避けるや、その瞬間に割り込むように猛然と飛び込み、両の脹脛(ふくらはぎ)から抜き打ち様にビームサーベルを振り払って来る陸戦型ガンダム。

 それ自体は踵のバーニアを噴かせて何とか後方へ避けるも、次の挙動への移行がし難い回避運動の最中のタイミングを突いて来た攻撃には、先程までは無かった避け辛さをヒロトは感じずにはいられなかった。

 同時に、その感情がある種の刺激となって、より明確なものにする。

 彼の脳裏にちらちらと映っては消える、かつての記憶を。

 その中に映る、とある姿を。

 ビームライフルとバルカンの連射でコアガンダムⅡへと追撃を掛けつつも後退していく陸戦型ガンダムの中のイツキとは似ても似つかない筈だが、しかし彼に対してどこか近い印象を抱いてしまう、()()()を。

 それに知らぬ間に気を取られてしまった事はおよそヒロトらしからぬミスで――だからこそ、決定的だと言えた。

 

「――っ」

 

 両の操縦桿を握る手が緩んでしまっていたのは、ほんの僅かな間だった。モニター越しの状況が視界から消えていた時間に至っては、ほんの一瞬と言っていい。

 しかし、そのほんの一瞬の間に――白煙の尾を棚引かせる一発の砲弾が、コアガンダムⅡのすぐ間近まで飛来していた。

 正面モニターの大範囲を埋め尽くす程に接近していたその砲弾の存在を認めるや、ヒロトは反射的に操縦桿を押し下げ、コアガンダムⅡをその場でしゃがみ込ませる。

 それによって、砲弾が位置の下がったコアガンダムⅡの頭部よりやや上を通り過ぎて行ったため、何とか事無きを得た、とヒロトは安堵の息を吐き掛ける。

 ――自らの背後に聳え立つ岸壁の存在を思い出し、それと共に砲弾が炸裂して砕けた岸壁からコアガンダムⅡへと岩塊の雨が降り注いで来たのは、ほんの数舜後の事だった。

 

(流石にマズいか……!)

 

 一目見て判断出来た。いくら並み以上の出来栄えを誇るコアガンダムⅡでも、岩塊をまともに浴びれば多少の損傷は免れ得ない――墜ち(ダメージアウトし)てしまう、と。

 すぐさまヒロトは操縦桿を前へ押し込んで背部バーニアを点火し、しゃがんだ態勢のままコアガンダムⅡを急速発進させる。

 その甲斐あって、どうにか落石によってコアガンダムⅡがダメージを負う事は避けられた。

 しかし、大範囲に広がった岩塊の全てを避け切る事までは出来ず、

 

「くっ……!」

 

咄嗟の急発進で地面に倒れ込んでいたコアガンダムⅡの右足が積み重なった落石に埋まってしまい、身動きが取れなくなってしまっていた。

 更に間の悪い事に、無理な回避行動のせいでコアスプレーガンが右手から抜け、機体から幾らか離れた場所へと飛んで行ってしまう。

 

(機体に損傷は無い。どの道こっちからの攻撃は許されないから、スプレーガンもこのまま捨ててしまって問題無い。それに、これくらいなら抜け出せないワケじゃないが……)

 

 しかし、多少なりとも時間は要る。

 その時間が問題だった。

 

『今だ!』

 

 すかさず、とばかりに聞こえたイツキの威勢の良い声に続き、モニターの向こうに立つ陸戦型ガンダムが閃光を(またた)かせる。

 胸部バルカン、及びマルチランチャーからのネット弾。

 そして、先程まで手にしていたビームライフルに代わり――恐らく、傍で横倒しになっているウェポンコンテナに入っていたのだろう――両手で構えた、180mmキャノン。

 その時点で陸戦型ガンダムが扱える火器全てによる、一斉掃射だ。

 

『いっけえぇーっ!!』

 

 通信を通して聞こえて来たイツキの裂帛(れっぱく)の叫びには、これで終わりだ、と言わんばかりの気迫が感じられたが、恐らく間違いではない。

 何せ、動きが封じられてしまっているのだ。十全に動ける状態ならば容易く回避できるような攻撃でも、今のコアガンダムⅡではそうしようが無い。

 かといって、コアディフェンサーによる防御も難しい。

 一発一発の威力が小さいバルカンや、そもそも攻撃力の無いネット弾なら問題無く防げるだろうが、180mmキャノンの砲弾はそうはいかない。あの陸戦型ガンダムの――恐らくレンタル品なのだろう。初心者でも扱えるレベルに留まっていはいるが、それでも並み以上の――出来栄えを省みれば、最低でも今の姿勢が整わないコアガンダムⅡの手からコアディフェンサーを弾き飛ばす程度、最悪ならば防いだ際の余波で機体が傷付くかもしれない程の威力はあると見て良い。

 であれば、イツキの視点から見たこの状況は今度こそヒロトを捕まえられる千載一遇のチャンスと言えた。

 ――しかし、それでもまだ足りない。

 

「――舐めるな!」

 

 例えバトルへの集中を欠いてしまう程の何かが起きていたとしても、ヒロトにその手を届かせるには、まだ。

 それを証明するように、すぐさま右の操縦桿を押し込んで武器スロットを引き出したヒロトはコアサーベルを選択。バックパック左右から伸びるサーベルラックの右の方から引き抜くやビーム刃を発振したそれを、猛然と飛んで来る砲弾目掛けて躊躇せずにコアガンダムⅡに投げさせた。

 これにより、投げられたサーベルがフリスビーの様に回転しながら砲弾と接触。コアガンダムⅡと陸戦型ガンダムの間を隔てる空間の、ややコアガンダムⅡ寄りのところで炸裂させる事で、砲弾の進行を阻み切る。

 続けて、ヒロトはコアガンダムⅡにコアディフェンサーを振り下ろす様に構えさせ、コアフライヤー時の姿勢制御翼が伸びるその後端を地面へと突き立てる。

 そうして、目に捉えられない列を作って飛んで来るバルカンの弾の群れが固定したコアディフェンサーの表面を連打している間に、空いた左手で残ったもう一本のコアサーベルを抜かせた彼は、すぐさま右手へと持ち直させたその光刃で右足の上に積もる瓦礫を斬り付け、その半分程を吹き飛ばした。

 これにより総重量の下がった瓦礫の山から右足を引き抜かせたヒロトは、そのまま(うつぶ)せっていたコアガンダムⅡを仰向かせる要領でコアサーベルを空の方向けて一閃し、足を広げた蛸の様に展開して迫っていたネットのど真ん中に大穴を開ける。

 そして最後に、パックリと開かれたその穴を潜り抜けてネットをやり過ごすやコアガンダムⅡを横へと寝転がらせ、180mmキャノンからビームライフルへと持ち替えた陸戦型ガンダムによる追撃のビーム3発も掠らせる事無く回避し切って見せた。

 そのまま、中腰の姿勢でコアガンダムⅡを立ち直らせたヒロトの耳に、くそぉ、とイツキの悔し気な声が伝わって来る。

 

『あと少しだと思ったのにっ……!』

 

「……」

 

 確かにな、と心中で同意しながらヒロトは息を吐いた。

 今のは完全に自分のミスが招いた展開だった。回避し切れたが、余裕を持って出来た事で無かったのは(いささ)か荒くなった息遣いが証明していた。

 いやそもそも、別の事柄に気を取られて目の前のバトルへの集中が乱れてしまった事自体が大きな問題だ。一介のファイターとして、あってはならない失敗だ。

 だからこそ、ヒロトは大きく息を吐き出す。

 

(残り時間は――)

 

 チラリ、とヒロトは正面モニターの左隅を伺う。

 そこに表示されているミッションの残り時間は――7分弱。

 この時間の間に、ヒロトに触れられるだけの変化をイツキが遂げられるか否か、そしてヒロトが今のような隙を見せずにいられるかどうかが勝敗の分かれ目だ。

 だからこそ、ヒロトは気を取り直し、脳裏にチラつく記憶への意識を断とうと努める。

 

『おおおおおぉぉぉっ!』

 

 雄叫びと共に接近、いや突進して来る陸戦型ガンダムへと、睨み付けるように鋭い目を向けて集中を固め直す。

 

 

 

「そこだぁッ!」

 

 叫びながら、イツキはボタンを押し込んだままの右操縦桿を捻り上げる。

 その操作に応じた三角形状のターゲットサイトがモニター上を動き、その向こうに立つコアガンダムⅡをロックオンする。

 とほぼ同時に、その瞬間を知っていたかのように、右のサーベルを失い、取りこぼしたライフルも拾わず捨てたままのコアガンダムⅡが機体を右に揺らし、掛かった筈のロックを解除してしまう。

 既に何度も起きた現象、いや、見せつけられたテクニックだった。

 このせいでロックが外れた事に気づかないまま発砲し、その度にまともな回避運動すらされずにあらぬ方向へと消えていくビームやバルカンを空しい思いで見送るしかなかった数など、もう数える気も起きない。

 だが、それも最早数分前までの話。

 

「おおぉッ!!」

 

 ロックが外れたその瞬間、イツキはボタンから親指を離さないまま操縦桿を僅かに動かし、ターゲットサイトを再びコアガンダムⅡへと重ね合わせ、ロックオンし直した。

 (よど)み無いその操作はイツキ自身が意図した通りのものであったが、しかしターゲットサイトの色がロック未完了を示す黄色に戻るのを目にして行ったわけでは無い。

 ただ、コアガンダムⅡが――ヒロトがそうして来るであろうという()()があった。

 今日に至るまでの一週間、ずっとG-TUBEで見直し続けて来たエルドラバトル。その動画内でのコアガンダムの動きと、目の前のコアガンダムⅡの動きがようやくイツキの中で重なり出して来た。その重なる動きを根拠に立てた()()が。

 その()()が、次にヒロトがどういう行動を取るかを直感的にイツキに伝える。

 ターゲットサイトの色が再びに赤に変わるの確認する間も無く操縦桿のボタンから親指を上げて発射したビームが、ブレる事無く真っ直ぐにコアガンダムⅡ目掛けて突き進んで行く。

 それに対してコアガンダムⅡは、

 

(次は――右だ! 右に動いてビームを避ける!)

 

更に右に動き、飛来した光条を回避する。

 

(体を捻って!)

 

イツキに対して左側面を見せるように機体を捻って向きを変え、

 

(跳んで!)

 

更に踵のバーニアを一瞬だけ噴かし、その場から跳躍して。

 一連の行動全てが、イツキの()()の通りだった。

 だからこそ、

 

「そこぉッ!!」

 

回避行動を終えたコアガンダムⅡが着地すると()()していた位置へ先んじて銃口を向け直しておいたビームライフルを、何ら迷う事無くイツキはもう一度発射した。

 過たず、放たれたビームが向かう。

 今まさに()()の着地位置に辿り着こうとしているコアガンダムⅡへと、一直線に。

 そして、二発目のビームをコアガンダムⅡが被弾――する事は無く、もう一度踵のバーニアを点火して着地する事無く更に右へと飛ぶ事で回避する。

 

「くっそ……!」

 

 ()()に反した結果に、イツキは思わず吐き捨てる。

 しかし、その頭に何故、という疑問は湧かない。

 ()()は所詮予想でしかない。未来を予知しているワケでも無ければ、そもそも根拠にしているのはエルドラバトルの動画内でのヒロトの()()の動きだ。そんなものが当たる確率など、どれだけ高く見積もっても五割を超えはしない。今の様にあと一歩と思える場面もあれば、最初から全くの的外れで終わる事だってあった。

 だから、今更()()が外れたからといってめげはしない。

 ――もうそんな暇なんて無い。

 

「残りは……!」

 

 顔を正面から左上へと急いで振り上げたイツキは、そこに表示されるミッションの残り時間を確認する。

 残り時間は――今、3分を切った。

 ミッション開始より約27分。()()が出来る事に気づいてから約7分が経過した今、イツキに残された猶予はもう無い。

 攻撃を当てなければいけない。()()が出来るようになってもなお触れる事さえ出来ないヒロトに、残された2分と数十秒の内に。

 それが出来なければ……。

 

「当てなきゃ……攻撃をっ!」

 

 そのためには()()だけでは足りない。

 必要なのだ。自らの身を削ってでも攻撃を当てに突っ走る()()が。

 そのために、深呼吸を一つしてイツキは腹を決める。

 すぐにビームライフルの照準を合わせ直し、それと共に操縦桿を前へと押し出して背のバーニアを点火して、陸戦型ガンダムをその場から急発進させる。

 ビームライフルを、バルカンを連射しながら、その先に立つコアガンダムⅡ目掛けて、捨て身の勢いで。

 そうすれば、当然ヒロトは回避行動を取る。

 記憶に残る過去の彼の動きと照らし合わせた()()では、恐らく右に。

 その()()通り、幾重にも重なるビームと実弾の群れを、暴れ牛をあしらう闘牛士(マタドール)のように無駄の無い動きでヒラリ、と右に躱すコアガンダムⅡ。

 その動きに応じ、イツキは陸戦型ガンダムの進行方向を調整する。もう彼我距離(ひがきょり)が殆ど無いコアガンダムⅡのいる方向へと、変わらず真っ直ぐに進むように。――()()()()()()()()()()()()()()

 そう、捨て身の()()では無い。()()()()()捨て身なのだ。

 自らが操る機体その物さえ武器に、否、砲弾に変えてでも攻撃を優先する。

 そのくらいはやらなければならない。そこまでもやっても、ヒロトに攻撃が当たるかは分からない。

 現に、もう間近に迫っていた陸戦型ガンダムのその突進さえも、瞬発的に身を捻ったコアガンダムⅡには引っ掛かりさえしない。

 そして間の悪い事に、コアガンダムⅡを超えたすぐ先にあるのは――立ち塞がる岸壁だ。

 それを前にして、機体をぶつけるつもりで飛び込んでいた陸戦型ガンダムが停止出来る筈も無く、

 

「うわあああぁぁぁぁぁ!」

 

モニターを埋め尽くす瓦礫とコックピットを襲う激しい振動、轟音を立てて、岸壁へと追突してしまう。

 固い岩壁へと見事な捨て身タックルを決めたその機体は、如何に出来が良かろうと無傷では済まない。むしろ、性能の良さが災いして必要以上にダメージを負ってしまうだろう。

 実際、今の追突の衝撃でビームライフルが機体から離れ、コンソールに映るステータス画面にも機体が受けた様々な損傷を報せるポップアップが幾つも表示されていた。

 ――それでも止まらない。

 

「ぁぁぁあああああ!!」

 

 巻き上がる土煙が視界を覆う中、岸壁に埋まった機体を出力に任せて強引に引き剥がしたイツキは向きを反転させ、雄叫びを上げながら傷付いた陸戦型ガンダムを再び急発進させる。

 センサーを頼りにもう一度コアガンダムⅡ目掛けて、打突形態に変形させた左腕のシールドを振り被らせながら。

 そうして、そう間を置かず砂埃の幕を抜けるや再び目の前に現れたコアガンダムⅡに、イツキは左の操縦桿を下へ押し込んでシールドを振り下ろさせた。――機体のバランスが大きく崩れるであろう事を、完全に無視して。

 刹那、その場からコアガンダムⅡが飛び退いて迫るシールドの先端を避け、続けて案の定バランスが崩れた陸戦型ガンダムが転ぶように中空で回転し、横向きになってしまう。

 そのままでは失速した機体が地表に叩き付けられ、更に慣性に引っ張られて転がる事になってしまうが――その前にイツキは右の操縦桿から武器スロットを開き、ビームサーベルを選択。即座に右の脹脛から抜刀されたそれに機体の回転の勢いを乗せて、振り向き様にコアガンダムⅡへと切り掛かった。

 ()()通りに動いた相手へ放った斬撃は、やはりというかもう一歩飛び退いたコアガンダムⅡには当たらない。

 しかし向こうも無茶をしたのか、その回避運動の後コアガンダムⅡは上手く着地出来ず、少しグラついた後に片膝を地面に付けてしまう。

 再び現れた、明確な隙だった。

 すかさず、イツキは陸戦型ガンダムにバルカンを放たせる。

 しかし、中空でバランスを崩している状態での発砲だったため、放たれた弾丸はコアガンダムⅡに一発も当たらず、その傍の地面に砂埃の柱を連鎖発生させるだけに終わってしまう。

 そして間を置かず、機体が大地に落ち、更にゴムボールのように跳ねながら転がっていく振動と轟音の連鎖がコックピットを著しく揺らした。

 

「ぐぅ……まだまだぁ!」

 

 焼け爛れた地面と青い空をモニター上に激しく入れ替わらせて転がり続ける陸戦型ガンダムを止めるため、(さいな)む音と振動に耐えながらイツキは左の操縦桿を外側へと押し出す。

 それに応じた陸戦型ガンダムが左腕で地面を叩き、慣性に引っ張られる自らに制動を掛ける。

 それにより、暫しの間叩き付けた腕の周りから砂埃と砕けた破片を巻き上げて、どうにか機体が静止する。

 それに安堵する間も、また損傷度(ダメージレベル)が警戒域に達した事を報せる黄色にコックピット内が染まった事を気に留める間も無く、イツキは操縦桿を引いて、陸戦型ガンダムを立たせようとする。

 それに応じて、先程までは無かったギシつきを伴いながらもすぐに立ち上がった陸戦型ガンダムが、右手に握ったままビームの発振が止まっているビームサーベルの柄を一振りし、もう一度ビーム刃をその先に灯して見せた。

 そして、もう一度突撃させるためにイツキは操縦桿を押し込もうと――。

 

『無茶をするようになったな』

 

 ――した矢先に通信ウィンドウを伴ってモニターの右端に現れたヒロトの顔に、思わずその手を止めた。

 

『時間が無くなって焦るのは分かるが、だからって自分の身を(かえり)みない攻撃の仕方に変えたところで、俺に当たりなんてしない。そのまま続けるなら、時間切れよりも前に機体の限界が来るぞ?』

 

 ここまでの2回の岸壁や地面との激突だけで、既に陸戦型ガンダムは大きく傷付いている。

 残り時間は――約1分30秒。

 その間に後どれだけ出来るかは分からないが、それでもこの勢いのまま捨て身の突撃を続ければヒロトの言う通り、残されたこの僅かな時間が無くなるまでも無く、陸戦型ガンダムの方が耐え切れなくなるかもしれない。

 しかし、それでもだ。

 

「それでもやるんだ!」

 

『――そうまでして、コアガンダムが欲しいのか?』

 

「あったり前だァッ!!」

 

 イツキは両の操縦桿を押し込み、今度こそ陸戦型ガンダムを飛び出させてコアガンダムⅡとの距離を一気に詰めるや、右にビーム刃を下ろしていたビームサーベルを振り上げて袈裟切りにしようとする。

 しかし、腹部へ迫り掛けていたその刃は、左脇下を経由して左のサーベルラックから右手で引き抜かれたコアサーベルに受け止められてしまう。

 

「コアガンダムは、俺にGBNを始める切欠をくれた! ガンプラを始める勇気を俺にくれたんだ!」

 

 それでも構わず、イツキは操縦桿を内側へと捻り上げようとする。

 ビームサーベルを止められているが故にいつもよりも重い操縦桿を力任せに動かし、逆にコアサーベルを押し切ろうとする。

 

「まだミッションは終わっていない! まだ俺はコアガンダムを手に入れられるんだ! だったら、何だってやってやる! 俺のせいで陸戦型ガンダムが傷付く事になっても、そのせいで時間が無くなる前に終わったとしても、絶対にヒロトさんに攻撃を当ててやる! 俺はっ!」

 

 その甲斐あってか、バチバチ、と接触部からスパークを上げてばかりで微動だにしなかった二振りのサーベルが、徐々にコアガンダムⅡの側へと動き始める。

 小柄故にコアガンダムは通常のガンプラよりも出力が劣る。一度膠着(こうちゃく)が解けてしまえば、もう止めることは出来ない。

 

()()()()()()()()ッ!!」

 

 そういうコアガンダムの弱点を一番理解しているのはヒロトだ。

 だからこそ、鍔迫り合いの風向きがイツキ側に向いたと見るや、彼はコアガンダムⅡをその場で反転させて陸戦型ガンダムのビーム刃を受け流す事にしたのだろう。

 それにより、勢い余った陸戦型ガンダムもイツキの意思に関係無く右手を振り上げた姿で反転する事となってしまい、その隙にコアガンダムⅡの後退を許した事で再び距離を大きく離されてしまう。

 くっ、と歯噛みながらも、もう一度距離を詰め直すためにイツキは陸戦型ガンダムをコアガンダムⅡの方へと向け直させる。

 その時だった。

 

『――絶対諦めない、か。その台詞を聞くのも、もう三度目だな』

 

 ふと、ヒロトがそう言ったのは。

 

『残り時間は――1分を切ったか。良いだろう』

 

「へっ?」

 

 そう何やら意味深げな発言をしたかと思った、次の瞬間であった。

 コアガンダムⅡがその場で跳び上がり、コアディフェンサーを被るようにして飛行(コアフライヤー)形態へと変形したかと思いや、あっという間に遠く離れた上空へと飛んで行ってしまったのは。

 

「しまった!」

 

 ほんの一瞬とはいえ気を取られたせいで、更に距離を大きく広げられてしまった。

 その結果を招いた己の迂闊さに思わず叫んだイツキは、慌ててコアガンダムⅡを追おうと操縦桿を握る手に力を込める。

 しかし、彼はその手を実際に前へ押し出さなかった。

 何故なら、

 

「……あれ?」

 

 目を丸くした彼の視線の先、ある程度離れた上空で、コアガンダムⅡが機首を彼の方へと向けた状態で静止していたからだ。

 てっきりもっと遠くへと飛び去っているか、そうでもなくともこちらへ後部を向けて飛んでいる最中だと思っていた。それ故に、実際にはそうしていなかったコアガンダムⅡにイツキは疑問を覚える。

 その疑問に答えるようにヒロトからの通信が入ったのは、その時だった。

 

『これから、俺はコアガンダムを君の陸戦型ガンダムとすれ違わせる』

 

「ええっ!?」

 

 思わぬ言葉に声を上げるイツキ。

 それに構わず、ヒロトの言葉が続く。

 

『最高速度でギリギリまで接近させて、そのまま君の右隣りを通り抜ける。――多分、その辺りで時間が来るだろうから、俺に攻撃を当てるならそれまでを狙うしかないな』

 

「な、何でそんな事を……何で、俺に教えるの!?」

 

 これからの行動指針を、そこを狙ってくれとばかりに淡々と伝えるヒロトへと問い返す声に、イツキは困惑を滲ませずにはいられない。

 それに対し、変わらず平静とした口調でヒロトがこう返して来る。

 

()()をつけるためだ』

 

「決着?」

 

 オウム返しするイツキに、ヒロトが更に言葉を続ける。

 単に自分の勝利でミッションを終わらせるためならば、このまま制限時間が来るまで上空に適当に居座り続けていればいいだけだ。だが、それではいけない。それでは、今回のミッションを行った意義が、イツキにチャンスを与えた意味が無くなってしまう、と。

 

『君にコアガンダムのデータを渡しても良いと俺が認めるか、それとも君がコアガンダムを諦めるか? その()()をつけるためにこのミッションをやっている』

 

 つまり、敢えて次の行動を教えたのは、これが()()をつけるためにヒロトからイツキに与える最後のチャンスであり、物に出来るかを試す最後の試練という事だ。

 そして、彼からのこの試練を断るという選択肢はイツキには無い。

 残り時間――30秒。

 その僅かな時間でコアガンダムⅡに攻撃を当てる事を考えれば。

 

『話はもう良いな? さぁ――行くぞ!!』

 

 声を張り上げたヒロトのその宣言を合図に、空中で静止していたコアガンダムⅡがバーニア炎を吐き出してその場から飛び出す。

 すぐさま、イツキは左の操縦桿のボタンを押して胸部バルカンを発射。小気味良く連鎖する発砲音を伴って飛び出した銃弾の群れが、高速で迫るコアガンダムⅡへと襲い掛かる。

 それに対し、速度を落とす事無くコアガンダムⅡは機首の向きを僅かに上げ、初弾を飛び越えるように躱す。

 更に、そこから機体を横に回転させる事で渦巻く様なバレルロールの軌道を展開。陸戦型ガンダムが胴を動かす事で鞭のように(しな)るバルカンの列の追撃も、難無く避けて見せる。

 残り時間――25秒。

 

「まだだッ!」

 

 それでも諦めず、イツキは次の瞬間にコアガンダムⅡが来るだろう位置を()()し、その都度操縦桿を動かしては陸戦型ガンダムの胴の向き――バルカンの発射方向を微調整していく。

 その甲斐あってか、時に下方へ落ちるように、時に左右にジグザグに飛んで避けていたコアガンダムⅡの動きにイツキでもそうと分かる程段々と(かげ)りが見え出す。

 そして遂に、数発の弾丸が低空を飛んでいたコアガンダムⅡを捕らえた。

 残り時間――20秒。

 

「やった!」

 

 遂に当てた、と操縦桿のボタンから指を離してバルカンの連射を止めたイツキは思わず身を乗り出し――すぐに違うと察した。

 バルカンの弾が当たったのは、飛行(コアフライヤー)形態時に機体の上部全面を覆うコアディフェンサーだった。

 飛行(コアフライヤー)形態のままであればそこは機体の一部であるため被弾扱いとなるが、MS形態時は手持ちの盾となるためそうはならない。

 よって、被弾直前に変形を解除したコアガンダムⅡは撃墜される事無く、未だ健在であったのだ。

 

『惜しかったな。――今のは少し危なかった』

 

「っ、くっそぉ!!」

 

 吐き捨てながらも、イツキはバルカンの連射を再開する。

 連なる弾丸の列をコアガンダムⅡが構えたコアディフェンサーで防ぎ、同時に背部バーニアを噴かせて再び急接近して来る。

 残り時間――15秒。

 

『またバルカンか……。それじゃあコアガンダムの守りは破れないぞ?』

 

 ヒロトの言う通り、バルカンの弾はコアディフェンサーに当たる度に幾重も火花が弾けさせるが、その表面にまともな傷を付ける様子も無ければ、コアガンダムⅡの手から弾き飛ばすような気配も無い。多少その動きを制限するだけで、本体にダメージを与えるには程遠かった。

 だが、陸戦型ガンダムが今使える武器はバルカンだけではない。

 

「だったらこれだッ!」

 

 バルカンの連射を維持したまま、右の操縦桿から呼び出した武器スロットでマルチランチャーを選択したイツキは、過たずそれを発射。白煙の尾を引く砲弾がコアガンダムⅡへと迫るが、

 

『ネット弾も届かなければ意味が無い!』

 

それを見越していたようにコアディフェンサーの端から頭部を覗かせたコアガンダムⅡが側頭部のバルカンを発射し、飛来中の砲弾を射抜く。

 そのせいでコアガンダムⅡへと到達する事無く砲弾は爆発してしまうが、次の瞬間。

 

『っ――!?』

 

 光が弾けた。

 爆散した砲弾から、飛び散る破片や煙を押し退けるような勢いで、辺り一帯を埋め尽くさんばかりに(まばゆ)い閃光が。

 

『これは……閃光弾か!』

 

 陸戦型ガンダムのマルチランチャーは様々な砲弾が発射出来る。これまで度々使って来たネット弾も、そして今使って見せた閃光弾も、その内の一種でしかない。

 そして今、近距離で炸裂した閃光によってヒロトは視界を塞がれている。

 イツキの側から近づく絶好の機会だった。

 

「うおおおぉぉぉ!!」

 

 閃光の眩しさに自らも目を閉じてしまいそうになるも、何とかそれに耐えながらイツキは陸戦型ガンダムを走らせ、コアガンダムⅡへと肉薄させる。

 そうして、打突形態を取らせた左腕のシールドでコアディフェンサーを殴り付けさせ、コアガンダムⅡの手から弾き飛ばした。

 残り時間――10秒。

 

「ま、だ、だあぁぁ!!」

 

 邪魔な盾が無くなったこの時を逃す手は無い。

 イツキは右の操縦桿を引き上げ、陸戦型ガンダムの右手に握られたビームサーベルによる切り上げを繰り出す。

 その攻撃を、当たる直前に上半身を逸らす事でコアガンダムⅡが回避。

 続けて繰り出した逆袈裟方向への切り払いも、左手で引き抜き様に振り下ろされたコアサーベルで受け止められてしまう。つい先程と同じように。

 ――()()通りに。

 

「ぉおおりゃああぁぁ!!」

 

 その瞬間が正に狙い目だった。

 ビームサーベルに注意が向き、もう一度振り上げた左腕――シールドに対しての意識が途切れる、その瞬間こそが。

 その瞬間を逃さず、イツキの意思のままに陸戦型ガンダムがシールドを振り下ろす。

 残り時間――7秒。

 

「――っ!」

 

 次の瞬間、シールドの先端が砕き割った。

 コアガンダムⅡでは無く、その機体が直前まで立っていた地面を。

 すぐさまイツキは視線を上げる。

 その場で跳び上がる事でシールドの攻撃を擦り抜けたコアガンダムⅡの方を

 残り時間――5秒。

 

「うぉおおおおおぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げながら、イツキはもう一度操縦桿を引き上げる。陸戦型ガンダムに、ビームサーベルを切り上げさせる。

 最早思考も()()も無い、反射神経のみに身を任せたが故の、これまでで最も速く強い斬撃を。

 残り時間――3秒。

 

『おおおおぉぉぉ!!』

 

 ヒロトもまた、叫んでいた。

 叫ぶままに、コアガンダムⅡにコアサーベルを振り下ろさせていた。

 振り下ろされた光刃が、下から襲い来る光刃とぶつかり――弾き上げられる。

 

『な――!』

 

 残り時間――2秒。

 

「おおおおお!!」

 

 陸戦型ガンダムの右腕が、限界まで振り上げられる。

 一瞬とはいえコアサーベルに阻まれた事で切り上げはコアガンダムⅡには届かなかったが、次は違う。

 コアディフェンサーもコアサーベルも失った今のコアガンダムⅡに、攻撃を防ぐ手段は何も無い。

 次で終わる。

 返しの刃――この、振り下ろしで。

 残り時間――1秒。

 

「おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 緩やかに(しな)りながら、ビーム刃が飛び込んで行く。

 見上げるコアガンダムⅡの頭部へ。

 額に飾られたブレードアンテナへと。

 その先端へと、迫る。

 あと少し。

 あとちょっと。

 あと、ほんの僅か。

 そして今、遂にアンテナの輪郭とピンクの光が触れ、そして――。

 

<TIME UP! MISSION――F()A()I()L()E()D()!!>

 

 ――電子ガイダンスの無情な終了宣告が辺りに響き渡った。

 




まさかのミッション失敗……!?

次回で第二章も最終話になります。どうぞご期待の程を。


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第14話 BUILD DiVERS(ビルドダイバーズ)のヒロト

長らくお待たせ致しました。これより第14話、第二章最終回が始まります。

果たしてイツキはコアガンダムを手に入れるのか?

ヒロトは()()に決着をつけられるのか?

全ての答えはこの先に!


「――ここ、は……」

 

 ふと、つい先程まで立っていた筈の陸戦型ガンダムのコックピットとは別の場所にいる事に気づいたイツキは、そこが何処なのかを知るために視線を巡らせた。

 緑色の壁に囲われた空間。その中に配された洒落たデザインのテーブルやイス、カウンター。それに、見知った人々の顔。

 それらを認めて、(ようや)く自分がアダムの林檎へと戻された事を察したイツキは、直後にその頭に蘇る記憶に、あ、と声を漏らした。

 

(そっか……俺……)

 

 先程までやっていた、コアガンダムのパーツデータを賭けたミッション。

 その終盤も終盤、残り十数秒程度の辺りで、敢えて攻められ易くするようなヒロトの行動もあって、イツキは彼に一気に近づくことが出来た。

 コアガンダムⅡから装備の殆どを奪い、後一歩というところまで肉薄出来た。

 後ほんの少し。振り下ろしたビームサーベルがコアガンダムⅡのブレードアンテナに触れるまで、ほんの数mmというところだった。

 そこまで追い詰めて、そこまで辿り着いて……電子ガイダンスが()()告げるのを耳にした次の瞬間、ここに立っていた。

 ……そうだ。

 

(……俺は……俺は、ミッションに……)

 

「イツキくん……」

 

 ふと、自分を呼ぶ声が耳に入る。

 その声のした方に重くなった首を(おもむろ)に向けたイツキの視界に入って来たのは、アイアンタイガーとトピアだった。

 両手で体の前に箒を抱いて、あるいは逆向きに被った帽子の上からバツが悪そうに頭を()いている二人は、細かな差異はあれど、共に顔に(かげ)りのある表情を浮かべていた。

 言い辛い。――そんな気持ちが聞こえて来そうな表情だった。

 が、すぐにアイアンタイガーの方は笑顔を浮かべて一歩進み出て来る。

 ――無理矢理作ったような、ぎこちない笑顔で。

 

「あ゛ー……何つーかよ? まー、うん……ショージキ、驚いたわ! お前、まだGBN始めて一週間ちょっとだし? あそこまでやれるなんて、これっぽっちも思って無かったしよ! な、トピア?」

 

「……え? ――あ、はいですぅ!」

 

 いやに明るい声で同意を求めるアイアンタイガーに、一度は鈍い反応を見せたトピアが、一拍間を置いた後に頭を縦に忙しなく振って賛同する。

 それに、だよなー、と――わざとらしさすら覚える程に――弾んだ声を上げたアイアンタイガーが、続いてイツキの右隣りに移動し、彼の背を叩く。

 GBN内のため痛みは無かったが、そうでなければ悶絶(もんぜつ)していたかもしれない程度には強い――力加減の出来ていない――衝撃がイツキの体を揺らした。

 

「そーいや、この前の初心者狩りん時も結構やれてたよな!? いやー、嬉しい誤算、っつーんだっけこーいうの? ま、ともかく! 一週間ちょっとでこんだけやれるんならバッチリだな!」

 

 矢継ぎ早に――余計な言葉や思考を挟む余地を片端から潰すかのように――(まく)し立てるアイアンタイガー。

 時折声を裏返させてしまう程のそのマシンガントークが無理をして発している事は、傍から見ても明白だった。その行動の裏に隠されている彼の配慮も含めて。

 だから、

 

「これならオメーも俺の“フォース”に――」

 

「あのさ」

 

そんなアイアンタイガーを止める事も含めて、イツキは()()を尋ねる事にした。

 

「ミッションって、どうなったの?」

 

 そう口から出すや、それまで騒がしいくらいに快活な調子で言葉を紡いでいたアイアンタイガーが、うっ、という微かな呻きを最後にピタリ、と喋るのを止める。

 前を向いたままのイツキにアイアンタイガーの表情は見えなかったが、それでも、正面に立つトピアと同じか、あるいはそれ以上に深刻な顔で目を逸らしているだろう事は容易(たやす)く想像出来た。

 ……待っていれば、いずれ二人のどちらかが答えを返してくれるかもしれない。

 だが、イツキはその時を待つつもりは無かった。――別の話題で盛り上げようとしてまで()()から注意を逸らそうとしてくれた二人の口からそれを言わせるのは、酷く不義理(ふぎり)に思えたために。

 だから、彼は自分から言った。

 

「……俺……失敗しちゃったんだよね? ……ミッション」

 

「「……」」

 

 いやに重く感じる口を動かして紡いだその言葉に、アイアンタイガーとトピアからの返答は無かった。ただただ、重苦しい沈黙だけが(ただよ)い来るのみだった。

 しかし、返答そのものはあった。

 

「そうだ」

 

 イツキのすぐ後ろから。

 

「制限時間内に、君達の攻撃は一度もコアガンダムにダメージを与えなかった。よって、ミッションは失敗」

 

 その声に振り返ったイツキが見上げた先で、彼が淡々と()()を告げる。

 

「――君の負けだ」

 

「……ヒロトさん」

 

 見下ろすヒロトから突き付けられたその無情な敗北の宣告が、アダムの林檎の店内に沈黙が呼び寄せる。

 胃の中に鉛を流し込まれたような、ずっしりと重い沈黙を。

 その沈黙に、その場にいる者達の大半が一様に居た(たま)れなくなりながらも見守る視線の先で、そっか、とイツキは顔を下げた。

 

「……やっぱり俺、負けちゃったんだ……」

 

 呟く彼の顔に浮かんでいたのは、無だった。

 ミッションが失敗に終わった事への悲しみや悔恨だとか、その結果を受け入れられないが故の怒りや逃避の感情だとか、そういったものが全く見えない、能面(のうめん)のような無表情だった。

 もちろん、そういった気持ちを全く感じていないワケではない。むしろ、今この時もイツキの心の中で、嵐の時の大海原(おおうなばら)のように目茶苦茶に荒れ狂っている。

 ただ、あまりに荒れ方が激しすぎるために、表情や行動でそれをスムーズに表現できないでいるだけなのだ。

 故に、もう少し時間を置いて気持ちの整理がつけば彼の様子も変わって来る。人目など気にせず悔しさを顕わにし、怒りに当たり散らし、何より――コアガンダムを手に入れる事が永遠に出来なくなってしまった事に落涙するだろう。

 それが分かっていて、そしてそんな姿を人前で晒す事が嫌がったために、

 

「――んじゃ、帰ろうっかな」

 

クルリ、とイツキは出入口の方へと向き直った。

 それはもう、ミッションに挑む直前までの意気込んでいた彼からは想像できない程に、あっさりと。

 すかさず、戸惑い半分心配半分といった感じのアイアンタイガーとトピアの声が掛けられるが、

 

「あ、二人共ありがとな。ミッションは結局駄目だったけど、手伝ってくれて助かったよ」

 

「んな事ぁいーんだよ! お前、マジでこれで終わりで――」

 

「それじゃ、俺、先戻ってるから」

 

そう二言三言だけ振り返らずに返し、直後においっ、と肩を掴んで来たアイアンタイガーの手も振り払って、そそくさと足を進める。

 そうしてドアノブの取っ手に手を掛け、後はそれを(ひね)りつつ押し込めば外へ出られるというところまで来た。

 

「―― 一つ良いか?」

 

 ヒロトから()()()()を投げ掛けられたのは、その時だった。

 

「どうして、そんなにコアガンダムに(こだわ)るんだ?」

 

 

 

 その言葉をイツキに告げるのは、これで二度目になる。

 だが、一度は(こば)んだ筈のコアガンダムの製作を迫る彼への拒否を示す一環で放った一度目とは、そこに込められた意味は大きく違っていた。

 

「……何でそんな事訊くのさ?」

 

「知りたいんだ、君がコアガンダムに惹かれた理由を」

 

 星の数程も存在する市販のガンプラに目もくれず、迷惑行為であると分かってなおヒロト達BUILD DiVERSを追い続けた事。

 しくじれば今後訪れるかもしれない入手の機会すら全て捨てる事を受け入れてまで、なおヒロトが提示したチャンスに食らい付いた事。

 そして、先のミッションの終わり際の、あの急激なまでの変化。

 その全ての原動力がコアガンダムを手に入れるという一念であった事は最早確認するまでも無い事だが、では、それほどまでの()()をイツキがコアガンダムに抱くに至った、その根本は何だったのか?

 それを知りたかった。単純な興味の上でも、本当の意味で()()をつける上でも。

 

「もちろん、ミッションが終わったばかりで君も話し辛いと思う」

 

 ミッションを終えたばかりの今のイツキが傷心の最中にある事は、改めて彼を伺わなくとも察せられる事だ。

 故に、今それを尋ねる事は彼が心に負った傷に塩を塗り込むに等しく、それが分からない程ヒロトもまた鈍感でも残酷でも無い。断られるのであれば、大人しく引き下がるつもりであった。

 その上で、彼は告げる。

 

「それを分かった上で頼む。――君がコアガンダムを欲しがった理由を、俺に教えてくれないか?」

 

「……」

 

 ヒロトの言葉を最後に、再び店内を静寂が包む。

 その静寂の中、ヒロト自身を含むその場にいる者の視線が、一様にその一転へと集中する。

 未だドアの前で背を向けたまま、結わえた後ろ髪を力無く垂らすイツキの背へと。

 そして――。

 

「……良いよ」

 

 ――クルリ、とダンダラ羽織の袖を揺らしてイツキがヒロトの方へと向き直った。

 無表情のまま、黒い瞳でヒロトを見上げた彼が抑揚(よくよう)の無い声で続ける。

 

「話すよ。……そうした方が、俺も諦めがつくと思うし」

 

「――ありがとう」

 

 礼を告げるヒロトに、ん、と小さく、ぼんやりとした様子で頷くイツキ。

 そうして、彼の話は始まる。

 母親がガンダム嫌いのために、今までガンプラやGBNは(おろ)か、ガンダムに関する事ほぼ全てが禁止されていた事。

 自分と違いガンダムが禁止されていないために堂々とガンプラやGBNを楽しむ周りの人間を(うらや)みつつも、母親を怒らせたくないために、隠れてG-TUBEを見る以上の事は出来なかった事。

 そんな日々の中で、当時まだ無名だった筈のカザミの動画が異様なまで再生数を伸ばしているのを見つけ、興味惹かれてその動画を視聴した事。

 そして、それを切欠にコアガンダムの存在を知った事を。

 

「最初は、変わったガンプラだなぁ、って思ったんだ。俺、どんなガンプラがあるのかあんまり知らないんだけど、それでも、今まで見て来た奴らよりずっと小っちゃかったから」

 

 そんな第一印象も、他の動画も見続けている内に気づけば別の感情に変わっていたという。

 親近感、という感情に。

 

()()みたいに見えて来たんだよね。――俺と同じ、子供に」

 

 だが、その印象は大きな間違いを(はら)んでいた。

 動画の中のコアガンダムは、いつも自分よりも大きい他のガンプラに臆する事無く、時にそのままの姿で、時に自らの能力を駆使して、真正面から立ち向かっていた。

 母親という身近な大人一人と相対する事さえ出来ず、ガンプラを始めたい欲求を封じ込めてばかりだったそれまでのイツキとは真逆に。

 そんなコアガンダムにイツキが憧憬(どうけい)を抱くのは必然だった。

 イツキにとって、コアガンダムは正にヒーローだったのだ。

 

「そういえば、コアガンダムが勇気をくれた、と言ってたな。――あれは、そういう意味だったのか」

 

 何度か耳にしたその言葉がどういう意味なのか引っ掛かっていたが、どうやらヒーロー同然の存在だったコアガンダムの活躍に勇気付けられた、という意味だったらしい。――そうヒロトは判断し、その結論自体はまんざら間違ってもいないのだが、それが全てというワケでも無かった。

 それを示す様に、ちょっと違う、とイツキは彼の言葉に訂正を入れる。

 

「確かにコアガンダムは俺に出来ない事が出来てスゲェって思ってたし、いつだってカッコ良かったよ。自分のガンプラにするならコアガンダムが良いなって、ずっと思ってたよ」

 

 だが、そこまでだ。

 いくら動画の中のコアガンダムの活躍に湧こうと、もしも自分がガンプラを手に入れるならと希望を膨らませても、結局イツキが出来るのはそこまでだった。変わらず、母に隠れてG-TUBEを見続けるだけの毎日だった。

 そんな自分と取り巻く環境を変えようと決心するには、もう一つ、決定的な切欠が必要だった。

 二ヵ月程前に観た、エルドラバトル最終回の生中継という切欠が。

 

「スゴかったよ、最終回。特に宇宙に上がって、あの()()()()()()がまた出て来た時とか!」

 

「ああ」

 

 当時を思い出したのか、少しだけ興奮したような様子を見せるイツキに頷き返しつつ、ヒロトもまたあの日の――アルスとの決着の記憶をまた脳裏に呼び起こしていた。

 かつて山の民の前にエルドラに住んでいた“古き民”が、惑星の周りを周回する衛星上に建造した衛星砲。 防衛プログラムであったアルスの制御下にあったあの古代兵器の存在は、ヒロト達にとっても大きな転換点だった。

 当時はまだエルドラをGBN内のディメンジョンの一つだと思い込んでいた彼らが真実を知る切欠になったという意味でも、その発射を許してしまった果てに多くの犠牲が出てしまったという意味でも。

 

「ヤバかったよね、あのエーセーホー! 攻撃全然効かなかったし、“セグリ”も無くなっちゃうし、動画もいきなりパッって消えちゃったし! 俺、ショージキ不安だったよ」

 

 あの衛星砲の存在は、それほどまでに大きかった。

 それまでのゲームに過ぎないという意識を改めなければならなかったヒロト達にとっても、単にゲームプレイ動画として液晶越しに見ていただけのイツキにとっても。

 だからこそ、再びコアガンダムの前に立ち塞がった巨大兵器は彼に相応の絶望を(もたら)した。

 

「スゴかった。ホントにスゴかったよ、“リライジングガンダム”! あんな事出来るなんて思って無かった! あんなおっかないエーセーホーを、真正面から打ち負かしちゃうなんて!!」

 

 だからこそ、その絶望を打ち破った暁に彼は感動以上のものを得ていた。

 

「あの時、初めて思ったんだ。コアガンダムは一回負けたけど、それでも諦めないで、あのエーセーホーとアルスにもう一回立ち向かって、勝ったんだ。あんなスゴい力も手に入れて。――なのに、俺は母さんが怒るのを怖がってばっかりで、ホントは自分でもガンプラ手に入れて、GBNだってやりたいのに、いっつも言えず仕舞いでG-TUBEばっか見て、羨ましがってばっかで。――()()()()って」

 

 だから、とイツキが両手で拳を握る。

 見上げる黒い瞳に力が(こも)る。

 決心を決めた当時の彼を再現するかのような真剣な眼差しに、見下ろすヒロトまでもが身構える。

 続く彼の言葉が、彼がコアガンダムを欲した想いの全てを語るものであるという予感を感じたために。

 その予感は、正しかった。

 正しかったがために。

 

「そうだよ。今の俺は()()()()奴なんだ。この前の誕生日のプレゼントにGBN始めるって母さんに認めさせたのだって、コアガンダムに負けてられないってがんばって、やっと出来た事だった。――そんなんじゃダメなんだ! “ゼルトザーム”やエーセーホーやアルスに比べたら、怒った母さんなんて全然怖くなんて無い筈なんだ! まだまだ、全然情けないままなんだ! だから、俺は――!」

 

――僕は――!

 

「――っ」

 

 叫ぶイツキの姿が、ヒロトの中で重なった。

 

「強くなりたいんだ! 今の、情けないままの俺よりもずっと! コアガンダムみたいに!!」

 

――強くなりたいんです! 今の、弱い僕よりもずっと! あなたみたいに!! ――

 

 イツキとのバトルの最中にも幾度となく現れた、かつての()の姿と。

 

 

 

「……それが、君がコアガンダムを欲しがった理由か」

 

「……うん」

 

 一度目を伏せてからのヒロトの確認の言葉に、イツキは頷き返す。

 自らの思いの丈を、それこそヒートアップするあまり怒鳴る勢いで吐き出し切ったためか、ぐちゃぐちゃだった頭の中は今ではすっかり澄み渡っていた。

 

「小さくても――子供でも、勇気を出して頑張れば戦えるって教えてくれたのは、コアガンダムだったから。だから、俺の最初のガンプラ――俺と一緒にGBNで戦うガンプラも、コイツ以外いないって思ったから」

 

 だが、そのコアガンダムを手に入れる最後のチャンスはふいになってしまった。

 もう手に入らないのだ。

 そんな物を求めた理由なんて、いつまでも抱えていたところで無意味だ。

 だから、さーてと、とイツキは自分でも些かわざとらしさを覚える程の声を上げた。

 

「今度こそ俺行くね? 戻ってガンプラ探さないと」

 

 そうだ。ガンプラを探さないといけない。

 GBNで使うための――つまりは、コアガンダムの代わりとなるガンプラを。

 正直なところ納得は出来ていないし、何ならコアガンダムの代役をさせねばならない別のガンプラへの不誠実さだってあったが、それでもやらないワケにはいかない。

 例えそれが不完全であろうと、手に入らない物への欲求は別の物で埋め合わせでもしなければ、延々と(うず)き続けるのだから。

 だから、自分の中の後ろ髪を引かれる思いを見ないように気を付けながら、今度こそアダムの林檎を後にするためにイツキは踵を変えそうとして、

 

「待て」

 

直後に肩を掴んだヒロトの手にその動きを止められた。

 

「悪いが、まだ話は終わってない」

 

「……俺、もう話す事無いんだけど? 早く現実に戻りたいし」

 

 頭の中の整理がついたせいか、さっきから胸に重く圧し掛かるような息苦しさを感じて仕方ない。目頭だって熱くなっている。――そう遠からず()()()()

 それが分かるからこそ、その醜態を晒したく無いからこそ、イツキは今すぐにでも奥のドアから抜け出したかった。

 そんなイツキの内心を分かってか、分からなくてかは定かでは無いが、戻ればいい、とヒロトが前置きし、その上で告げて来る。

 

「ただ、()()を見てからでも遅くは無いだろう?」

 

()()?」

 

 僅かに顔を上げて問い返すイツキ。

 それに返答せず、ヒロトが眼前にメニューウィンドウを呼び出し、右手の人差し指を走らせて何やら操作を加えていく。

 それが終わるや、彼の指に引っ張られたウィンドウが自らの眼前にやって来たので、反射的にイツキはそれに表示されているものを覗き込む。

 そして、ん、と眉根を寄せた。

 

「何これ? コアガンダムの、写真?」

 

 ウィンドウ内に表示されていたのは、コアガンダムⅡの頭部が大写しになったフォトデータだった。

 斜め上の、特に緑色に光るセンサーが覗くトサカ部分や、V字型のブレードアンテナが良く見えるような角度から頭部全体が範囲内に収まるように撮影されたそのデータは特にブレなど無く、詳細が一通り見て掴める程度には鮮明であったが、何故ヒロトがそれを見せたのかはイツキにはさっぱり分からなかった。

 

「さっきのミッションが終わってから、ここに戻って来る前に撮っておいたんだ。――少し違和感があってな」

 

「違和感?」

 

「ここを見てくれ」

 

 スッ、とヒロトの指がフォトデータ内の一点を指差す。

 それに従って目を遣ってみれば、彼の指が指し示しているのはコアガンダムⅡの額のブレードアンテナの左側の、半ばからやや先端よりの辺り。

 先のミッションの終わり際、陸戦型ガンダムのビームサーベルが後もう少しで触れる筈だった箇所だ。

 

「――ここの辺り、少し黒くなってるだろ?」

 

「えっと……」

 

 ヒロトに言われるがまま、イツキはじっとその一点を見つめて確認してみる。

 言われてみれば、彼が指し示している辺りは、確かに他の部分より僅かに黒ずんでいるように見える。

 まるで、何か高熱の物体にほんの僅かに触れて、ほんの微かに焦げ付いたかのように。

 

「確かに、そうっぽいけど……えっと、それが一体どうし――」

 

「ビームサーベルの跡だ」

 

「……え?」

 

 呆けた声が、無意識に口を突いて出ていた。

 次いで、聞き間違えたと思った。

 だってそうだろう?

 ミッションには失敗したのだ。ヒロトからもハッキリそう告げられたのだ。

 ならば、そんな筈は――。

 

「ほんの微かにだけど、当たっていたんだ。――君が最後に仕掛けた攻撃が、俺に」

 

「……ぇええーっ!?」

 

 反射的に、イツキは飛び出しそうな程に向いた目を顔ごとヒロトへと向け、驚愕の絶叫を上げた。

 いや、その瞬間に驚きの声を上げたのは彼だけではない。

 

「マジかよぉ!?」

 

「ほんとうなんですかー!?」

 

 イツキに続いて声を上げ、そのまま彼の傍のフォトデータを二人して覗き込むアイアンタイガーとトピア。

 そして更に、二人に続く形で顔を見合わせるヒロト以外のBUILD DiVERSの面々に、思わずといった(てい)でカウンター席の椅子から立ち上がるマギー。

 細かな反応こそ各人それぞれといった感じではあったが、いずれもヒロトの言葉に驚愕と疑念を禁じ得ない状態であったのは間違い無かった。

 特に、事の当事者であるイツキは。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? あ、当たってたってどーいう事!?」

 

 先のミッションでのイツキ側の勝利条件は、制限時間内にヒロトに一撃攻撃を当てる、というものだった。それが最後まで叶わなかったから、ミッションは失敗に終わった筈だ。

 なのに、届かなかったと思っていた最後の攻撃が実際には届いていたとは、一体どういう事なのか?

 その疑問に対し、ヒロトから返って来た返答は次の通りだった。

 

「俺も正確には分からないけど――多分、最後の攻撃が()()()()()()()()()()()()()()()からじゃないかと思う」

 

「ダメージと、して?」

 

「ああ」

 

 GBN上で扱われるガンプラは、あくまでダイバーギアや筐体を通して実機をスキャンし取り込んだ再現データだ。

 それ故に、バトルやミッションで攻撃を受けた際、それが損傷(ダメージ)として目に見える形で現れるまでに、受けたガンプラの装甲値、攻撃の威力、当たり方等の各種要素を踏まえたシステム側の計算処理が常に発生する。

 時間にしてほんの一瞬だけのこの処理の結果如何(いかん)で、そのダメージがほんの少し(かす)った程度のものになるか、それとも一撃で撃墜されてしまう程の致命傷になるかが決定するのだ。

 (ひるがえ)って、今回はどうだったか?

 ミッションの終わり際のイツキの最後の攻撃は、確かにコアガンダムⅡのブレードアンテナに当たっていた。それについては、先のフォトデータという証拠もあるので間違いないだろう。

 では、当たっていた筈のその攻撃は、実際にはどの程度の被害をコアガンダムⅡに与えていただろうか?

 それについても、先のフォトデータを見れば一目瞭然。コアガンダムⅡのアンテナには確かに攻撃の跡こそが残っているが、それは半ばからの欠損や、溶解した装甲が盛り上がっているという分かりやすいダメージでは無い。あくまで、()()()()()()()()()()()()()――損傷どころか、傷が付いたとすら呼べない状態として表現されているのだ。

 つまり、“イツキの最後の攻撃は確かに当たったが、当たった際の状況等を顧みた結果、コアガンダムⅡに損傷を発生させられる程の威力は無かった。よってコアガンダムⅡは撃墜されず、制限時間に達したためミッションは失敗。一方で当たった事自体は間違いないため、アンテナの焦げという形で攻撃の跡そのものはコアガンダムⅡに残す”、という判定がシステムから下ったためにこのような状況になった、というのがヒロトの推測であった。

 

「俺もこんな事になるとは思ってもみなかった。普通は掠ったくらいでも少しはダメージが入るから、その程度でも撃墜判定になるようにコアガンダムのステータスも調整していたんだけど……」

 

 そう、あくまで淡々としているのは変わらないまでもどこか信じ難い様子でヒロトが告げるが、その言葉の半分近くは唖然とするイツキの耳から耳を通り過ぎていた。

 混乱の極みだった。

 攻撃が当たらなかったからミッションは失敗に終わった、という認識だったのだ。

 それが、実際には攻撃は当たっていて、その痕跡もちゃんと残っていた。その上で、GBNのシステムからの判定で失敗となった、と一方的に解説されても、イツキからすれば何が何やらといったところだ。さっぱり意味が分からない。

 だが、仮にこの現状をイツキが飲み込めていたとしてもあまり変化は無かっただろう。

 ――程無くして彼に襲い来る、更なる驚愕の事態の前には。

 

「でも、()()()()だ」

 

 ふとヒロトがそう言った刹那、イツキのすぐ傍の空間でフォトデータを表示したままだったメニューウィンドウが、彼の手元まで独りでに転移する。

 その様を目で追ったイツキが見上げる先で、先程と同様にヒロトが右手の人差し指を走らせ、メニューウィンドウに何かを操作を加えていく。

 そして、その操作を終えたらしい彼がメニューウィンドウを閉じた瞬間、

 

「うわっ!?」

 

それと入れ替わるように、イツキの眼前の空間に別のウィンドウが現れた。

 

「な、何だコレ?」

 

 突然出現したウィンドウに腰を引けさせつつも、イツキはそれに表示されている内容に目を走らせる。

 どうやら、ウィンドウは何かのデータが送られて来た事を通知するものらしく、差出人と、送られて来たデータそのものが表示されていた。

 

「なっ……!?」

 

 ――ヒロトの名前(ダイバーネーム)と、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ひ、ヒロトさん!? これって!?」

 

 咄嗟に、イツキはウィンドウ内を見ていた目をヒロトの方へと向け直した。

 大きく見開いた双眸から放たれる驚愕に満ちた視線を受けた彼は、変わらず平然としていた。

 しかし同時に、頷き返したその顔には微かな笑みも浮かんでいた。

 間違いや冗談で送ったワケでは無い――そう語るようなヒロトの対応が、余計にイツキを困惑させた。

 

「い、いや、ちょっと待って!? も、貰えないよコレ!?」

 

「どうしてだ?」

 

「どうして、って……! だ、だって俺、結局ミッションだって……」

 

 確かに最後の攻撃は当たっていたのかもしれないが、それでもミッションは失敗だったのだ。その成功報酬として指定されていたパーツデータを受け取る資格は無いと、少なくともイツキ自身は認識していた。

 だが、実際は違う。その認識は、彼の思い込みが生んだ大きな間違いが含まれている。

 その事を、続くヒロトの言葉が明らかにする。

 

「どうやら勘違いしているみたいだな?」

 

「え?」

 

「“一撃当てて、俺を認めさせられるか? それとも、今度こそコアガンダムを諦めるか?”――俺はそう言ったんだ。()()()()()()()()()()()()とか、()()()()()()なんて事は、一度も言っていないぞ?」

 

「え、あ……えーっと……?」

 

 指摘されるまま、イツキは両手を頭に当て、アダムの林檎に訪れてからの事を回想してみる。

 言われてみれば、確かにミッションの達成そのものがコアガンダムのパーツデータを渡す条件であると、ヒロトは一度も口にしていなかったかもしれない。

 であれば、究極的な話、ミッションの成否そのものはパーツデータの入手には関係無かったという事か?

 

「全く関係無かったってワケじゃない。あのミッションを達成出来たって事は、つまり俺に一撃当てる事が出来たって事だからな。それに、君にパーツデータを渡すかどうかを決める判断材料はどの道必要だった」

 

 そういう意味ではあのミッションを行った事は全く無意味では無いし、だからこそパーツデータも達成報酬として設定していたのだ。

 

「で、でも……」

 

 それでもまだ、イツキは納得出来ずにいた。

 ヒロトの話を聞いても、なお負けてしまった自分がこのままパーツデータを受け取って良いのか、という疑念が拭えないでいた。

 そのせいで視線を下向けて言い淀んでいたところ、突如、バン、と大きな音が立つ程強く背を叩かれた。

 それに、うわっ、と驚き振り返ってみれば、

 

「なーにウダウダ悩んでんだオメーはよー!?」

 

歯を剥いて笑うアイアンタイガーの顔がそこにあった。

 

「こ、()()()?」

 

()()()()()()()()!!――は置いといて。いーじゃねーか! くれるっつってんだから、大人しく貰っとけ!」

 

「そーですー!」

 

 アイアンタイガーに続き、彼の隣のトピアも身を乗り出して来る。

 

()()()()()()()()()くんのいう通りですー! イツキくんがずっと欲しかったコアガンダムちゃんのデータが手にはいるんですよぉ? ことわる理由なんてないですー!」

 

「トピア……」

 

 呟くイツキ。

 その心中は、共に戦ってくれた二人の言葉によって大きく揺れ動いていた。

 そして、

 

「ねぇ、イツキ君?」

 

腕を組んだ姿勢でカウンターに寄り掛かるマギーからも問いが投げ掛けられる。

 

「どうして、アナタの最後の攻撃はヒロト君に当たったのかしら?」

 

「どうして……って、どういう事?」

 

「最後の攻撃はコアガンダムへのダメージとして認められなかった、ってさっきヒロト君が説明したでしょ? コアガンダムに攻撃の跡が残ってたから当たっていたって分かったけど、もしかしたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃない?」

 

「あ――!」

 

 確かに、マギーの言う通りかもしれない。

 最後の攻撃がダメージと認められないと、GBNのシステムは判定した。その上で焦げ跡という痕跡がコアガンダムⅡに残っていたから最後の攻撃は命中していたと判明したワケだが、そもそもこの焦げ跡すら残っていない可能性だってあった筈だ。

 

「これ、アタシなりの考えなんだけどね? 最後に焦げ跡が残ったのって、イツキ君の()()が引き寄せた結果なんじゃないかって思うの」

 

「俺の、()()?」

 

「そう。アナタのコアガンダムへの想い――()がね」

 

 ガンプラへの()()というのが、時として信じ難い程に大きな要素となり得るというのは、既に何度か語られた事柄である。

 確かに、イツキは結局最後までコアガンダムⅡにダメージを与える事が出来ず、ミッションは失敗に終わった。例え彼のコアガンダムへの()()が如何ほどに強かったとしても、それだけでは(くつがえ)し切れない程にヒロトとの実力差はあまりに大きかったために。

 しかし、それでも彼の()()は無駄に終わらなかった。

 渾身の想いで振り下ろした最後の一撃は、ミッションの結果を覆さない範囲で確かにコアガンダムⅡに爪痕(つめあと)を残した。

 ()()()()()()という結果を、確かにGBNのシステムに認めさせたのだ。

 そして何よりも――。

 

「――俺もマギーさんと大体同じ意見だ。君のコアガンダムへの()()は、最後の最後に君の手を俺に届かせた。――それが出来るだけの強い()()があると俺に()()()()()――()()をつけたんだ」

 

()()……」

 

 それは、今日この場に訪れてから度々ヒロトが口にしていた言葉だ。

 それを最後につけたのは自分だと穏やかな面持ちの彼から告げられた時、既に熱くなっていたイツキの目頭は更に熱を帯びる。

 

「……ほ、本当に良いの? そ、そんな風に言われちゃったら、お、俺、本当に、貰っ、ちゃうけど?」

 

 次第に視界が揺らめき出す。

 何故かは分かっていたが、目元を隠したり、ダンダラ羽織の袖で拭い取ったりといった発想は不思議と浮かばなかった。

 

「今更遠慮する必要なんて無い。貰ってくれれば良いんだ。――今の君にはその資格がある」

 

 すっ、とヒロトが腰を(かが)める。

 それによって目線が同じになった彼が潤んで見え(にく)くなったイツキの視界の先で微笑みを浮かべ、そして、告げた。

 

「そのパーツデータは――()()()()()()()()()()()()()。おめでとう――()()()()

 

 その言葉がトドメとなった。

 決壊したダムの如く、支え切れなくなった両の瞼から熱い涙が溢れ出し、絶え間無く下へ下へと流れ落ちていく。

 イツキは、泣いていた。

 泣いて、プルプルと口を震わせて、

 

「――ぃやぁったああああぁぁぁぁッ!!」

 

アダムの林檎内に(とどろ)く歓喜の叫びを上げるのであった。

 

 

 

「やったぁ! やったよぉ! コアガンダム手に入ったよぉ!」

 

「うっしゃー! 良くやったぜイツキー!!」

 

「イツキくんおめでとうですー! でも何でまた泣いてるんですかー?」

 

 感涙しつつ、ダンダラ羽織の袖を忙しなく振って全身で喜びを顕わにするイツキ。

 そんなイツキに、これで俺様の目標にまた一歩近づくぜ、とどこか彼以上に喜んでいる様子のアイアンタイガーと、不思議ですー、と小首を傾げるトピアが駆け寄り、称賛を投げ掛けていく。

 そんな年下の子供達の様子を微笑ましく感じながら眺めていたヒロトは、ふと肩に手を置かれる感覚を覚える。

 それに振り返った彼を迎えたのは、いつもと変わらないメイの仏頂面と、そこから繰り出される問い掛けであった。

 

「最初からこうするつもりだったのか?」

 

「こうするって?」

 

「以前言っていただろう、コアガンダムはGBNを始める時に作ったガンプラだと」

 

 確かにメイの言う通り、コアガンダムはヒロトがGBNを始めるに当たって製作したガンプラであり、その機体はプラ板やパテ、既存のガンプラのパーツや改造用のオプションパーツ()()を駆使して作り上げたフルスクラッチ品であった。

 そう、最初にコアガンダムを作り上げた時点で、ヒロトは射出成型機を一切使用していない。――当時の時点で、コアガンダムのパーツデータなど存在していなかったのだ。

 

「そうなれば、お前がイツキに(おく)ったあのデータは、今回の件のために態々用意してやったという事になる。――武器一つ程度ならともかく、ガンプラ一体分のパーツを出力し切れるデータなど、そう簡単に作れるものじゃない」

 

 パーツ一つ一つを一から作り起こし、尚且つそれを市販のキットのようにランナー上に配置していかなければならないのだ。その工程を今日までの一週間の間に済ませなければならなかったのだから、その労力は並大抵のものでは無い。

 ――という背景があり、更に今回の機会をイツキが逃していたならその苦労が全く無駄になっていただろう事から、最初から彼に渡すためにヒロトがパーツデータを作っていた、というのがメイの考えらしい。

 なので、それを察したヒロトは、

 

「違うよ」

 

小さく首を振って、その考えが誤っている理由を説明した。

 

「あのデータは元々途中でまで作っていたんだ」

 

「元々?」

 

「ああ。それに、今回のために少し手を加えただけなんだ」

 

 故に当初通りだ。今回のチャンスをイツキがものに出来なかった時は、迷わずヒロトはパーツデータを渡していなかった。

 そして同時に、

 

「だとしたら、あのデータは何のために作っていたんだ? コアガンダムは、お前と()()()の――」

 

「だから、迷ってたんだ」

 

彼は自らの内の迷いを断ち切っていた事だろう。

 しかし、実際はそうはならなかった。

 

「今のコアガンダムを作り上げたのは俺だけじゃない。だからずっと迷ってたんだけど――」

 

 そこで一旦言葉を区切ったヒロトは、視線を不可思議そうな様子を伺わせるメイから、再びイツキ達の方へと向ける。

 

「嬉しいのに泣くんですかー? うーん……良く分かんないですー」

 

「そーいう事もあんだよ。分かんねーならそーいうモンだって覚えとけ。――それはそうとトピアよー、オメーさっきから俺の事、バ〇バ〇ダーだのバ〇リバリッ〇ュだの、散々間違えて呼んでやがったなー?」

 

「ええー、そんなこと言ってないですー! 私ちゃんと呼んでますよー、()()()()()()()()くん!」

 

()()()()()()()()!! 言った端から間違えてんじゃねーよ!!」

 

「う゛え゛え゛ぇ゛ぇ゛ん゛! やったよぉ……グズッ、ずびびっ」

 

「ってア゛――ッ!! イツキテメー! 何俺様のキッドコスで鼻かんでんだコノヤロー!!」

 

 高かったんだぞこのコスチューム、と唾を飛ばして怒鳴り散らすアイアンタイガーと、彼のツナギの腰の辺りと自らの鼻の間にヌラヌラと輝く鼻水の橋を架けつつ泣いているイツキに、ごめんなさいですー、と頭を下げるトピア。

 何とも騒がしくも和気藹々(わきあいあい)とした子供三人を、特にイツキを見ながら、ヒロトは言葉を続ける。

 

「――彼にチャンスを与えて正解だった。お蔭で、俺も自分の中の迷いに()()をつける事が出来た」

 

 もうヒロトの中に迷いは無い。

 あるのは、かつて迷いだったものがその形を変えた()()と、すぐにでも行動に移さねばという意欲であった。

 ただ、それらのみというワケでも無い。

 ほんの僅かであるが、今のヒロトには疑問もあった。

 

「――それにしても、何でだろう?」

 

「?」

 

「特別似ているワケでも無いんだけど、どうも彼を見ていると思い出してしまう。――()の事を」

 

 それはほぼ独白だった。

 故に、語るヒロトの意識には、その言葉に疑問を覚えるメイの姿はまるで見えていない。

 見えているのは、その視界の先で変わらず泣いているままのイツキと、再び脳裏に映り込む()の姿のみだ

 

「……本当に、何でだろうな……」

 

 今更()の事など思い出して、一体何になるというのか?

 とっくの昔にGBNを止めていたとして、おかしくないのだ。もう会えないのに。

 ……合わせる顔など、無いというのに。

 目を細めるヒロト。

 同時に、脳裏に映る映像が切り替わろうとする。

 ()との別れの時。――かつて()()との約束を踏み(にじ)ってしまった時に並ぶ、もう一つの彼の()()を。

 それを引き金に、彼の心に悔恨の感情が流れ込もうとして、

 

「まっ! 何はともあれ一件落着だな!」

 

全く意識外から聞こえて来たその声が、ヒロトの意識を引き戻すと共にその感情を引っ込めさせた。

 

「――カザミ」

 

 咄嗟に振り返って見れば、満面の笑みで両腰に手を当てたカザミがそこにいた。

 

「ガキンチョは念願のコアガンダム手に入れて、お前は何か良く分かんねぇけど吹っ切れったぽくって。でもって、俺らはもう追い回される事も無くなって! いやーバンバンザイ! ウィンウィンって奴だな!」

 

「本当にそうですね! ああ……これで寝る時にSP呼んでもらう必要も無くなるんだ……」

 

 カザミに続き、パルヴィーズが心底安堵した様子で肩を撫で下ろしながら、メイの左隣りに歩み出た。

 そして最後に、

 

「あの子がミッション失敗しちゃった時はどうなっちゃうかと思ったけど……本当に良かった、あの子とヒロトが二人とも納得できる結果で終わったみたいで」

 

ヒロトの右隣りから、ひょっこりと顔を出したヒナタが安心したように言いながら、笑顔で彼の顔を見上げる。

 

「ああ。――そうだね」

 

 イツキとの不意の遭遇から始まり、色んな意味で様々な苦難に襲われる事となったこの一週間余りの日々も、終わってみれば三人の言う通り、彼もヒロトも得る物を得て終わらせる事が出来た。

 正しくWin-Win、正しく大円団。文句無しのハッピーエンドだ。

 そう。

 

「――ところでなんだが」

 

 ヒロトも含めた他のメンバーが感慨(かんがい)(ふけ)る中、一人何かに気づいたらしいメイがイツキ達の傍まで歩み寄り、

 

「“ビルドコイン”は足りているのか?」

 

そう疑問を投げ掛ける瞬間までは。

 

 

 

「……え? 今、何て?」

 

 良く聞こえなかった。

 何せ、直前まで喜びの涙を流し続けていたり、何やらアイアンタイガーがギャーギャーと叫び(まく)っていたりで、凄まじく騒々しかったのだから。

 だから、瞼に涙を溜めたまま、鼻の穴から伸びた鼻水の先をアイアンタイガーのツナギにへばり付けたまま、ぽかんとしながらイツキは聞き返した。

 それに対し、感情の読めない仏頂面のままのメイがこう返す。

 

「だから、ビルドコインは足りているのか?」

 

「び、ビルド、コイン……?」

 

 “ビルドコイン”――ミッションの成功報酬などで手に入れることが出来る、GBN専用の仮想通貨だ。

 これを必要量支払う事で各種サービスを受けたり、アイテムやパーツデータなどの購買をしたりする事が出来るのだが、実はそういったGBN内での使用用途とは別にもう一つ、現実における使用用途がこのビルドコインには存在する。

 それが、射出成型機を利用する際の使用料金である。

 

「か、金掛かるの?」

 

 震える口でそう言って、直後にイツキは思い出す。

 そういえば、ヒロトがパーツデータを見せた際に、トピアがチラっとそれらしい事を言っていた……ような気が。

 

「武器や装備程度の出力ならそうは掛からないはずだが――どうだ、ヒロト?」

 

「え?」

 

「お前が彼に渡したコアガンダムのパーツデータ、出力するとしたらどのくらい掛かる?」

 

 振り返ったメイからの質問に、そう、だな、と思考しながらヒロトが答える。

 彼女に続き、呆然としたまま顔ごと目を向けたイツキの視線から、気まずそうに目を()らしながら。

 

「実際に出力した事は無いから、正確な額は俺も分からないけど……多分、4()0()0()0()0()B()C()くらい、かな?」

 

「よっ、40000!?

 

 ヒロトの回答に反射的に絶叫するや、すぐに目元を拭い、鼻を(すす)って鼻水を納めたイツキは大慌てでメニューウィンドウを開き、プロフィール画面を呼び出す。

 その右隅に表示されている現在の所持ビルドコインは――。

 

「せっ……1100……?」

 

 初ログイン時に全てのダイバーの支給される初期金額――1000BC。

 チュートリアルミッションのクリア報酬――100BC。

 以上を合わせ――総額、1100BC。

 パーツデータから実際にコアガンダムのパーツを出力するために必要となる想定金額40000BCからこれを引いた差額は―― 38900BC!!

 

「……あ……あ……」

 

 先程までの、現実でやれば近所迷惑待った無しの嬉し泣きが嘘だったかのように涙が引っ込んだイツキは、まるで足りていない自らの所持金額を前に、顎が外れそうな程にあんぐりと口を開ける。

 やっとの思いで手に入れたパーツデータ。となれば、後は現実に戻ってすぐにパーツを出力し、いよいよ組み立てるのみだとばかり思っていた。

 それなのに、まさかこんな落とし穴があったとは……。

 

「……ひ、ヒロトさ~ん!!」

 

 咄嗟に、イツキはヒロトへと、未来の猫型ロボットに泣きつく眼鏡少年まんまの勢いで助けを求めようとした。

 が、

 

「あの子達もういないわよ?」

 

つい先程まで彼を含めたBULID DiVERSの面々が勢揃(せいぞろ)いしていた筈のそこは、既に(もぬけ)の殻。

 代わりに返って来たのは、近場の席に腰掛けていたマギーの苦笑混じりの返答であった。

 

「妖怪コアガンダム下さいが妖怪ビルドコイン下さいに化ける前に逃げるぞ、とか何とかってカザミンとパル君とヒナタちゃんが死にそうなくらい青い顔して、そのままヒロト君とメイちゃん引っ張ってどっか行っちゃったんだけどぉ……」

 

 そう何が起こったかを言い難そうにマギーが説明するが、その声はもうイツキの耳には届いてなかった。

 

「そ、そそ、そそそ……」

 

「……あっちゃー……」

 

「大丈夫ですー! パーツデータは手に入ったんだから、後はビルドコインを集めるだけですー! がんばりましょー!」

 

 忘れてたわ、と顔に手を当てて天を仰ぐアイアンタイガーと、手に持つ箒を高く掲げながら、えいえいおー、と(いささ)か空気の読めていない応援をするトピアに挟まれる中、ペタリ、と床に膝を着けてしまう程に脱力したイツキは、

 

そんなぁー!!

 

途方に暮れるままに叫ぶのであった。

 




パーツデータは手に入ったけど、コアガンダムそのものを手に入れるのはもうちょっと先になっちゃうイツキ君だったとさ。めでたしめでたし(殴

というわけで、これにて第二章は終了。次回から第三章に突入となります。
いよいよ真・主人公機お披露目も間近。それ以外に見どころ盛沢山になる予定ですので、ぜひとも楽しみにしていて下さい。

取り敢えず第二章の総括も兼ねて、BUILD DiVERSメンバーの簡単なプロフィールを。
(一部付け足しを除いた)設定は全員リライズ本編そのまんま(のつもり)なので、もっと詳しく知りたい人は公式サイトへGO!

【Diver Name/Real Name】:ヒロト/クガ・ヒロト
【Use GUNPLA】:コアガンダムⅡ

 我らがガンダムビルドダイバーズRe:RISEの主人公にして、BUILD DiVERSの参謀役。
 イツキとの遭遇を皮切りに、彼とのコアガンダムを巡る一騒動に巻き込まれる事となったが、そのお蔭で自らの内の迷いに決着をつける事が出来た。
 その最中、幾度かイツキを通して()なる人物の姿を垣間見る機会があったようだが……?

【Diver Name/Real Name】:カザミ/トリマチ・カザミ
【Use GUNPLA】:ガンダムイージスナイト

 我らがBUILD DiVERSのリーダーにして、巷を騒がせる大人気G-TUBER。
 突如現れたイツキのコアガンダムを巡るストーキング行為で酷い目に遭った被害者その1。
 どこまで逃げても現れるイツキに本気で恐怖を感じるあまり、彼を“妖怪コアガンダムください”と呼んで恐れていた。その事が、後にカザミやイツキが全く知らぬところで思わぬ事態を引き起こす事に……?

【Diver Name/Real Name】:パルヴィーズ/パトリック・レオナール・アルジェ
【Use GUNPLA】:エクスヴァルキランダー

 我らがBUILD DiVERSのショタ枠にして、(多分)中東生まれの未来の王様。
 突如現れたイツキのコアガンダムを巡るストーキング行為で酷い目に遭った被害者その2。
 イツキに与えられたトラウマのせいで、ヒロトの提案から彼らの決着がつくまでの一週間の間、常に大勢のSPに囲まれていなければ眠れない日々に苦しむ事になったとかならなかったとか。

【Name】:メイ
【Use GUNPLA】:ウォドムポッド+ /モビルドールメイ

 我らがBUILD DiVERSの(元)紅一点にして、唯一のELダイバー。
 突如現れたイツキのコアガンダムを巡るストーキング行為で特に酷い目に遭わなかった人。
 今回の件が切欠で、妹にあたるトピアとの交流が出来た。

【Diver Name/Real Name】:ヒナタ/ムカイ・ヒナタ
【Use GUNPLA】:不明

 我らがBUILD DiVERSのピカピカ新人メンバーにして、ヒロトの幼馴染のお隣さん。
 突如現れたイツキのコアガンダムを巡るストーキング行為で酷い目に遭った被害者その3。
 (自分の妄想の中で)ヌードを晒してみたり、危うく人殺しになり掛けたり、他の作者様方のキャラと絡んだりと、なんか一番酷い目に遭ってる気がしないでもない不憫な赤白ぺったん。


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もう一体の“コア”
第15話 完成! コアガンダム!


今回より新章突入です。
遂に真・主人公機を迎えた物語は、果たしてどのように進展していくのか?

それでは、本編へどうぞ。


 某日の午後2時、アガタ模型店。

 多くの人間が学校や職場の拘束(こうそく)から逃れて羽を伸ばせる土曜日の、それも大概(たいがい)の者が昼食を終えて街に繰り出しては(にぎ)わう時間帯だが、そんな事は知らんとばかりに、この(さび)れた外観のプラモデル屋を訪れる人影はまるで見られない。

 割といつもの光景であり、そう言ってしまえば、そんな有様で良く店を維持(いじ)できるものだ、と不思議がる者もいるかもしれないが……その辺りの事情は、店そのものやすぐ近くのGBNプレイスペース(ボロ小屋)、そして店の向かいで荒れ放題になっている駐車場を見て大体察して欲しい。

 さて、店の外側はそんな感じで平常運転といった感じのアガタ模型店であったが、その内側――店内の方はいつもと少し違う空気が流れていた。

 具体的には、観音開(かんのんびら)きのガラス扉が嵌め込まれた出入り口から見た左奥――製作スペースの辺りが。

 角に沿わせるように並べられた二脚の長机と四脚のパイプ椅子、それに工具やエアブラシ、塗装ブース等が一通り用意されたそのスペース内には、今、四人の人物の姿があった。

 パイプ椅子の一脚に逆向きに座るコテツに、腰に両手を当てて立っているヒカルと、長机の上で女の子座りしているトピア。

 そして彼らに囲まれるその中心で、

 

「ランナーからパーツを切り取る時は、いきなりパーツと繋がっている細い所(ゲート)を全部切り取らずに少し残す様に切って、それから残ったところをパーツにニッパーを沿わせるようにして切り取るんだよ」

 

「えっと……ちょっと残して、それから――こう?」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

初めて握るニッパーの慣れない扱いに四苦八苦しながらも、長机の上に敷かれた緑色のカッティングマットに置いた数枚のランナーから少しずつパーツを切り出していくイツキの姿があった。

 

紙ヤスリ(ペーパー)掛けんのも忘れんなよ? ちょっとゲート跡残ってるだけでも、一気に装甲脆くなっちまうからな」

 

()()()() ――って、何か色々あるけど、どれ使えば良いんだ?」

 

「まず400番。それが終わったら600番で、最後に800番って感じで、番数の小さい(目の粗い)奴から順に掛けてきゃ良い」

 

「400番は……これ?」

 

「そーそー、そいつだ。後、削る時ゃパーツの角(エッジ)に向かって動かすようにしろよ?」

 

 ヒカルの指示通りの二度切りでパーツを切り出したイツキは、続くコテツの指示に従って、カッティングマットの先に用意されている耐水ペーパーへと右手を伸ばす。

 耐水ペーパーは五種類あり、いずれも背に黒色、赤色、黄色、緑色、青色の細長いアクリル板がそれぞれ当て木として貼り付けられている。その内、400と油性マーカーで書き込まれている黄色の物を手に取ったイツキは、恐る恐るザラつく研磨面(けんまめん)を左手に持つ胴体部のパーツに沿わせ、パーツの角を丸めないよう一方向のみに動かす事を意識しながら、慎重にゲート跡の研磨作業を行っていく。

 そうして、600と書かれた緑色、800と書かれた青色のアクリル板が貼り付けられたペーパーへと順に交換しては磨いてを繰り返していき――全てのパーツに一通りの処理を終えたイツキは、やっと終わったー、と一息吐く。

 その傍らで、うしっ、とコテツが手を打ち合わせた。

 

「パーツの切り出し終わったな。んじゃ、次はいよいよ組み立て――」

 

 そこまで言い掛けたコテツの言葉を、ちょっと待ってくださーい、とトピアが(さえぎ)る。

 

「くみ立てる前にここと、ここと、それからここも塗っておいた方が良いですー」

 

「あー、ツインアイとセンサーか。そんくらいは確かに組む前に塗っといた方が良ーか」

 

「それじゃあ、次は部分塗装だね」

 

 という風に、カッティングマットの上を歩いてイツキが切り出したパーツの幾つかを指差すトピアと、それに頷くコテツと遣り取りを交わしたヒカルが、イツキが使っている長机の隣のもう一つの長机の上の棚から何かを取り出していく。

 そのままイツキのすぐ手前まで運ばれたのは、金属製の塗料皿が三枚に、“M〇.C〇L〇R”という文字が書かれた青いラベルが貼られた、黒と緑の蓋がそれぞれ上部に付いた塗料瓶が一つずつ。それに白く細い毛の束が先端から生える面相筆(めんそうふで)と金属製の撹拌(かくはん)棒が三本ずつに、小瓶と似たラベルが巻かれた薄め液のボトルとスポイトが一本ずつであった。

 それらの内、蓋が黒い――つや消しブラックと塗料名が書かれた塗料瓶と撹拌棒を手に取ったヒカルが、手慣れた手付きで瓶から蓋を取り、開け放たれた口に差し込んだ棒でその中をかき混ぜていく。

 

「最初はツインアイ周りの黒を、それが乾いた後でツインアイその物とセンサーをメタリックグリーンで塗っていこう」

 

「分かったけど……うーん、細かいなぁ。はみ出さずに塗れるかなぁ?」

 

「大丈夫だよ、修正はいくらでも効くから」

 

 そう返す傍ら、塗料皿を一つ取ったヒカルは撹拌棒から(すく)い取った少量の塗料をその中に垂らし、更にボトルからスポイトで吸い取った薄め液を一滴(いってき)垂らして混ぜ合わせる。

 そうして濃度を調整した塗料入りの塗料皿と、その中身をほんの少し毛先に付けた筆をヒカルから受け取ったイツキは目を見開き、ゆっくり、ゆっくりと筆先をパーツへと近づけていく。

 震える手で塗った黒は、案の定塗るべき範囲から少しはみ出た。

 うっ、とそれに顔を引き攣らせつつも、事前のヒカルの指示に従ってイツキは塗料が乾くのを待ってから、先程と同じ要領でヒカルがもう一つの塗料皿内に用意しておいたメタリックグリーンと、それを付けたもう一本の筆を受け取って、先程よりも更に慎重にそれをパーツへと近づけていく。

 その甲斐あってか、今度は目立ったはみ出しは無い。

 その結果に安堵したイツキは、最後に残った塗料皿にスポイト内に残っている薄め液を全て注ぎ込んだヒカルの指示を受け、それを吸い取らせた最後の筆で最初の黒がはみ出た箇所を撫でていく。

 それによってはみ出た塗料を溶かして拭い取った後、もう一度乾燥のための時間を置いて、指示された箇所の塗装を完了させ――残る最後の工程、パーツの組み立てへと着手する。

 

「パーツはちゃんと奥まで、パチン、っていうまで押し込めよ? 動かしてる途中で分解したなんてなったら笑えねーからな」

 

「わ、分かってるよ! ――と……これがここで……こっちが……あれ、(はま)んない?」

 

「それは膝だから――合うのはこっちと、こっちのパーツだね」

 

「どれどれ……あ、ホントだ。ちゃんと嵌った」

 

 時に組み合わせるパーツを間違え――。

 

「えっと、次はこっちに……これを……」

 

「おいちょっと待て! こっちのパーツまだ付けてねーぞ!」

 

「え? ――げっ、ホントだ! ど、どーしよっ!?」

 

 時にパーツを組み込む順序を間違え――。

 

「これにこれ――ってアレ? 隙間が出来る? おっかしいなぁ、今度は間違えてないのに……」

 

「見せてくださーい。――あ、なかのポリキャップがちゃんと入ってないですー」

 

 時にパーツ同士を正確に噛み合わせないまま嵌め込もうとしたり――。

 そんなミスを何度か繰り返しては周りから指摘されたり助力を受けたりしながらも、少しずつイツキは組上げていく。

 そして遂に、

 

「で、出来たぁ……」

 

僅かに息を切らしたイツキの見下ろす先で、バラバラだったパーツは一つの完成形としてカッティングマットの大地の上に立つ。

 G-TUBEでその姿を始めて目にした数か月前から、こうして間近で目にする時をずっと待ち望んで止まなかった、その姿として。

 

「やっと出来た……。やっと手に入った……! 俺の……俺の!」

 

 その姿を前にしたイツキの脳裏で、今この時までにあった様々な出来事が浮かび上がって消えていく。

 思えば、本当に色々あった。何度も苦しい事態に直面したし、何度も諦め掛けた。先程までの組み立ての時だってそうだ。

 そのいくつもの苦難も、全てはこの瞬間のためにあったのだと、込み上げて来る感動や達成感にイツキは悟った。

 悟ったままに張り上げた声で、呼ぶ。

 

「“コアガンダム”!」

 

【挿絵表示】

 

 長く険しい道の果てに、遂にその手に収まった自らのガンプラ。

 かつてヒロトがエルドラバトルの初期から中期の頃に掛けて、コアガンダムⅡへの強化前に使っていたのとほぼ同等の姿の機体。

 これより先、共にGBNの広大なディメンジョンを駆け抜け成長していく事となる、自らの相棒の名を。

 

 

 

「はあぁぁ~~ぁ……」

 

 顎と腕をカッティングマットの上にへばり付けて脱力したイツキは、鼻先10cm程度の位置に立つその姿に、うっとりと目を細めて深い溜息を吐き出していた。

 “コアガンダム”。――遂に完成した念願の、初めての自分のガンプラ。

 コテツ達三人のサポートも受けながら作り上げた機体の率直な出来栄えは、()()()()といったところだろう。

 念願のガンプラを前にして早く組上げたいと(はや)る気持ちを抑え、可能な限り慎重な処理と組立を行うよう努めた甲斐(かい)あって、機体を構成する各パーツにはいずれも処理し忘れて出っ張ったままのゲートや、雑な処理のせいで発生する()()()()は特に見られない。組立順序を誤ったせいで嵌め込んだパーツ同士を()じ開ける事態も何度か発生したが、そのせいで出来た傷も特に無い。そういった意味では、比較的良く使われる賛辞(さんじ)である“丁寧に作られている”という評価を受けるくらいは十分に可能だ。

 その一方で、その機体はヒロトから(ゆず)られたパーツデータから出力したパーツを丁寧に組み上げた()()。その過程でやったのは、あくまで基本的なゲート処理や一部の部分塗装等のガンプラを作る上で極々基本的な作業だけ。ほぼほぼ素組みであり、そういう辺りも省みた結果として、“まぁまぁ”という評価が相応(ふさわ)しいのだ。

 勿論、今回のコアガンダムが初めて作るガンプラである今のイツキにそれ以上を求めるのは高望み以外の何でもないし、所詮(しょせん)その“まぁまぁ”というのも他人が見た時が下すであろう評価でしかなく、作った当人であるイツキにとっては()したる価値のある言葉でも無い。

 では、当のイツキ自身は自らのコアガンダムにどんな評価を下しているのか?

 それについては何度も記載するが、イツキにとってのコアガンダムは念願の初ガンプラであると同時に、自らがGBNとガンプラの世界に本格参戦する切欠である英雄(ヒーロー)同然の存在――ヒロトのコアガンダムと全く同型の機体である。

 しかも、その機体をこうして組み上げるまでには多くの困難や苦労があった。

 手に入れられなかった悲しみを抱えたまま挑んだGBNへの初ログインに、パーツデータを賭けたヒロトとのミッション。

 そして極め付けの、何とか手に入れたデータで実際にパーツを出力するための資金(ビルドコイン)集めだとか。

 特に、最後の資金集めがツラかった、という印象がイツキの中にはある。

 あのアダムの林檎でのミッションを終えてパーツデータを見事手に入れ、遂にコアガンダムを手に入れられる、と意気込んでいたところで不意を突くように突き付けられた40000BCという莫大な想定金額に受けた精神的ダメージも(しか)り。

 そこから何とか立ち直ってミッションカウンターへ向かうも、今の自分達の技量で挑めるミッション一つ一つの報酬金額の少なさに受けた絶望も然り。

 それでもめげず、出来るだけ得られる金額が高いミッションを選んでは片っ端から挑み続けていった苦労も然り。

 無論、続けていればいずれ報われると確定しているので、前者二つと比べた資金集めの苦労は全く大したものでは無い。

 しかし、何分最も近場の出来事で、尚且つ金儲けを第一優先に挑むミッションは前者二つのような良くも悪くも強い刺激が無い唯の作業と化していたため、イツキからすれば特に苦痛に感じられたのだ。

 ともあれ、そんな苦労を必死に重ねた甲斐あって、データ受領より二週間が経過した今日この日、遂にイツキは想定金額40000BCを稼ぎ切ってパーツを出力。

 その果てに(ようや)く自らの手で作り上げる事が出来たその機体は光り輝く黄金同然、いや、それ以上の価値を持つ存在として、今正に彼の目に眩しく映り込んでいた。

 だからこそ、

 

「えへへ~、コアガンダム~ぅ」

 

「……何やってんだオメー……?」

 

手に取ったコアガンダムに頬擦(ほおず)りするイツキは、気色悪ぃなー、とドン引きするコテツなど気に留めず、溶け掛けたアイスの(ごと)く顔を緩ませ、恍惚(こうこつ)としているのだ。

 

「それにしても――ヒロト君()のコアガンダムから結構色変えたんだね?」

 

 ふと、イツキの後ろから彼のコアガンダムを眺めていたヒカルがそう尋ねて来る。

 それに対して、頬擦りを止めたコアガンダムをヒカルの方へ振り返るや突き出したイツキは、へへっ、と笑い返す。

 

「良いでしょこの色? 前からこんな感じにしようって思ってんだ」

 

 今の彼らの遣り取りの通り、イツキのコアガンダムはその姿こそヒロトがかつて使っていた初期のコアガンダムと同じだが、その色合いは幾らか違う。

 具体的には、フロントスカートと胴体部、バックパックとブレードアンテナ。それに右手に握らせたコアスプレーガンと、左手に持たせた小型の盾――“コアシールド”もだ。

 ヒロトの物に比べ、黄色かったフロントスカートは白色に、赤かった腹部はグレーになった。ダークブルー 一色だった胸部とバックパックはそれぞれコックピット部が赤く塗り分けられた青色と白色に変わり、逆に白一色だったブレードアンテナは黄色一色になっている。更に、やはりダークブルー 一色だったコアスプレーガンは部分部分で白とグレーが入り混じるカラーパターンとなり、コアシールドもダークブルーだった箇所が胴体部と同じ青色になっている。

 今回の部品はヒロトから譲り受けた例のパーツデータを基に射出成型機で出力した物だが、その射出成型機には出力するパーツの色を自由に変えられる機能が存在する。この機能を使って出力直前に各パーツの色を調整した事がこの機体色の違いの理由なのだが、その機体色にした理由についてはまた別のものがある。

 その理由を、前から、と片眉上げて尋ねるヒカルに説明するため、頷き返したイツキは一度コアガンダムのカッティングマットの上に戻し、続けて長机の右側へと腕を伸ばして掴んだ()()を隣に並べて見せた。

 こうしてコアガンダムを手に入れるまで、GBNへ向かう度に何度も借り続けて来た()()()()()()()を。

 

「コイツの色を参考にしてみたんだ」

 

 思えば、最初に借りる事となった初ログインの時から、前述した資金繰りのために挑んだ幾多ものミッションまでずっと陸戦型ガンダムを借り続けて来たが、それ以外のレンタルガンプラを借りようという気持ちは一度も思い浮かんだ事が無かった。

 それが何故なのか、ふと気になったイツキはこれまでの事を思い返しつつ自問して、すぐにその答えは明らかになった。

 ――()()()()()()()()からだ。

 

「初GBNの時さ、トピアにガンプラの声聞いてもらったでしょ? あの時、俺に使われてくれるって真っ先に言ってくれたのがコイツだった。――だったよね?」

 

「ハイですー。陸戦型ガンダムちゃん、すっごくノリノリでしたー」

 

 今にして思えば、それが嬉しかった。

 あの時のイツキは、GBNもガンプラも正しくこれから入門というところであった。

 そんな、まともにガンプラを触った事も無い、まともに動かせるかも分からない初心者に付き合うなど、借りられるガンプラの側にしてみれば大抵は御免被(ごめんこうむ)るというもの。現に、直前にヒカルから勧められた別のガンプラ達はイツキに使われる事にかなり難色を示しているようだった。

 だからこそ、悪感情一つ見せずに率先して力を貸してくれた陸戦型ガンダムの好意は、思い返せば相当に有り難かった。

 

「それに、バトルの時なんかも色々俺にアドバイスくれてたみたいだったし、コイツじゃなかったら危なかったところもいっぱいあった」

 

 初ログイン時の、初心者狩りの一団に襲われた時なんか正にそうだった。

 あの連中は非常に質が悪かった。人格や素行の面は勿論の事、チュートリアルミッションを終えたばかりだった当時のイツキとは大きく離れた操縦技術の面でも。

 本来なら負けていた。コテツとトピアが増援に辿り着くのを待たず、体の良いサンドバックにされて、惨めに。

 そうならずに耐え切れたのも、また陸戦型ガンダムのお蔭だった。

 初心者が扱うのに向く基本的(ベーシック)な武装類に加え、ヒカルがその手で作り上げた事によるガンプラとしての並み以上の出来栄えが生み出す性能の高さ。そして、何より協力的な姿勢を持ち合わせていた陸戦型ガンダムだからこそ、一歩間違えば唯の蹂躙劇(じゅうりんげき)に終わっていたかもしれないあの戦いにイツキは勝てたのだ。

 そして、ヒロトのチャンスも、それ以外のミッションも。

 

「ずっとコイツの世話になりっぱなしだった。コアガンダムだって、コイツの力が無かったら手に入らなかったかもしれない」

 

 故に、イツキは陸戦型ガンダムの事を気に入っていた。

 それこそ、コアガンダムを知る事が無かったなら、同型のガンプラを購入して自身の愛機にしていたかもしれないと思える程に。

 何より、感謝していたのだ。

 

「だから、コアガンダムの色もコイツに似せてみたんだ。“お前が助けてくれたから、俺はコイツを手に入れられたんだ”、って伝えたくって」

 

「なるほど、陸戦型ガンダムへのリスペクトでその色にしたって事なんだね」

 

「それそれ、そーいう事! だからそーいうワケで――」

 

 そう結論付けるヒカルに頷いたイツキは、その視線をカッティングマットの上へと戻す。

 そこにコアガンダムと共に並び立つ陸戦型ガンダムに、改めて言葉で感謝を伝えるために。

 

「――あの時お前が俺に借りられてくれたから、力を貸してくれたから、俺、ここまで来れたんだ。こうやって、ちゃんとした俺のガンプラだって手に入ったんだ。だから、もうお前に乗る事も無くなると思うから、最後に言っとくな? ――今までありがとう、陸戦型ガンダム」

 

 微かに微笑みながら、そう感謝の言葉を告げるイツキ。

 それに対し、陸戦型ガンダムが彼を見上げるような事は無く、変わらずカッティングマットの上でビームライフルとシールドを両手に握った姿で佇むまま。

 現実でガンプラが動く事は無いため、当然といえば当然の事である。

 故に、反応が返って来ない事をイツキは特に気にする事は無かったのだが――。

 

「今日までよく頑張ったな!」

 

「ん?」

 

「これからも頑張れよ! 応援しているからな、ラリー!! ――って、イツキくんに言ってますよー? 陸戦型ガンダムちゃん」

 

 ――どうやら、返事はちゃんと返してくれていたらしい。

 

「――だから、誰だよラリーって?」

 

 相変わらず名前を間違っている事にはつい呆れてしまうが、それでも返答してくれた事自体は嬉しかった。

 だから、その事を陸戦型ガンダムにツッコんだイツキは、同時に笑い掛けていた。

 

 

 

「ところでよー?」

 

 ふと、コテツから声が掛けられる。

 それに反応してくるりと彼の方を向いたイツキは、直後に視界に入って来た彼の顔に、思わず片眉を(ひそ)めた。

 

「お前が世話んなったのはその陸戦型ガンダムだけかー? 他にもいるんじゃねーのぉ? 俺とかー、トピアとかー?」

 

 そう身を乗り出して尋ねて来るコテツの顔には、笑みが浮かんでいた。

 ――幼馴染としての経験と勘が告げていた。ニヤニヤ、としたその笑みが、何かを企んでいる表れであると。

 

「わ、分かってるよぉ。――二人も、その、ありがとう」

 

 コテツが言っている事それ自体は間違っていない。

 なので、彼への警戒からぎこちない口調になりつつではあったが、イツキはコテツとトピアにも感謝を述べる。

 それでトピアの方はすんなり納得してくれたようで、

 

「どういたしましてで――」

 

と返事を返してくれ掛けたのだが、

 

「――んむ?」

 

「だーれがんな言葉一つで済ませて良いっつったよぉ?」

 

すかさず彼女の口に人差し指の腹を当てて強引に黙らせたコテツの方は、そういうワケにはいかなかった。

 

「初GBNで初心者狩りの連中に絡まれた時ゃ参ったよなー? ――俺らが助太刀しなかったら、オメーどーなってんたんだろーなぁ?」

 

「うぐっ」

 

「BUILD DiVERSの人らに会ってすぐも大変だったよなー? あん時ゃ俺らもオメーにゃ随分振り回されたなぁ? 一緒に謝ってやったりしてよー?」

 

「うぐぐっ」

 

「後、ヒロトさんのミッションにも一緒に参加してやったよなー? そりゃー、俺もトピアもさっさとやられちまったけどよー、それはそれとして協力してやったことに違いは無ぇよなー?」

 

「うぐぐぐっ」

 

「コアガンダムのパーツ出すのに足んねぇ(ビルドコイン)集める手伝いだってしてやったよなー?」

 

「うぐぐぐぐっ」

 

「あ、つーかそもそも? ガンプラとGBN始めたいっつったオメーのためにアガタ模型店(ここ)紹介してやったり、ヒカル兄ちゃんに連絡してやったりしたのも、俺じゃなかったっけなー?」

 

「うぐぐぐぐぐっ」

 

「いやー、こうやって思い返してみりゃ、オメーがGBN始めてから三週間ちょっとで俺ら随分色々やってきたんだなぁ? こんだけやってきてやった俺らに、ありがとうの言葉一つで済まそうなんてのはちぃーとばっかし虫が良過ぎる気がすんだけどよぉ、そこんトコどう思ってんだ? え? ギンジョウ・イツキ君よー?」

 

「うぐぐぐぐぐ、ぐふぅっ!?

 

 浮かべる笑みのニヤケを強めつつ、これまでにあった出来事を羅列(られつ)しては徐々に詰め寄って来るコテツ。

 彼が挙げてくる過去の全てが事実であるために一つも反論出来ず、呻くしかないままに少しずつ後退っていくイツキ。

 (ついで)に、そんな二人の遣り取りを眺めては、借金をかたに詰め寄っているヤ〇ザみたいだなぁ、とコテツに苦笑しているヒカル。

 そんな追い詰められた状況に加え、紛いなりにも恩があるのは間違いないため、それを踏み倒すマネも出来ないという心理もどうしても働いてしまう。

 そうなってしまえば、後はもう時間の問題だ。今も感じる嫌な予感に口を紡ごうとしても、そう遠からず限界が来る。

 よって、

 

「……わ、分かった! 分かったよ! 分かったから離れろよ! 近いって!」

 

「よーし、良く言った!」

 

遂に耐え切れなくなったイツキが折れてしまっても、それは仕方の無い事だった。

 

「……で、何しろって言うんだよ?」

 

 コテツには、何か企みがある。今回までの恩を利用して、その企みにイツキを巻き込もうとしているのは最早考えるまでも無かった。

 では、彼は一体何を企んでいるのか?

 それを知るため、ジトッ、と目を細めたイツキは渋々ながらそう尋ねる。

 すると、待ってましたとばかりにコテツが立ち上がり、ビシッ、と人差し指をイツキの鼻先に突き付けて来る。

 

()()()に参加してもらおうじゃねーか!」

 

「バトル?」

 

 思わぬ解答に面食らい、何の、と目を瞬かせるイツキ。

 それに対し、へっへー、と歯を剥いた不敵な笑みを浮かべたコテツが返した答えはこうだ。

 

「これから俺とトピアは他の“フォース”と会う約束してんだ。そいつに、オメーも来てもらうぜ」

 

「他のフォース……っておいっ! それって!?」

 

 まさか、とイツキもまた椅子から立ち上がって目を剥く。

 コテツが言わんとしている事について一つ思い付いたが、しかし、あり得ないとも思った。

 今のイツキのダイバーランクはまだE。()()が出来る段階にはまだ至っていない筈だ。

 だが、そーよ、と自らの顔を立てた親指で指差したコテツからの意気揚々とした返答は、正しく有り得ない筈の()()が目的だと告げるものであった。

 

「付き合ってもらうぜ、イツキ! これからやる“フォースバトル”によぉ!!」

 




アイエエエ! フォースバトル!? フォースバトルナンデ!?(NRS並感

というワケで、今回の章で扱うのはちょっと早い挑戦の機会が回って来たフォースバトル! 出来上がったばかりのコアガンダム片手に、果たしてイツキは生き残れるのか? こうご期待!

……あ、あと実際に作ったコアガンダムの写真どうでした? 


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第16話 アイアンタイガー(コテツ)の思惑

長らくお待たせ致しました第16話。
少し時間が掛かった上にぶっちゃけつなぎの回なのでちょっとアレかもしれませんが、どうか読んでやって下さいまし。


 今更ながら“フォース”について解説しよう。

 フォースとは、GBN内におけるチーム制度、およびその制度に(のっと)って結成されたチームの呼称であり、他のゲームで言うところの()()()()()()()のようなものに当たる。

 GBNではこのフォースを対象にした“フォースミッション”や“フォースフェス”などの他、異なるフォース間での集団戦である“フォースバトル”や同盟(アライアンス)締結(ていけつ)制度に“フォースポイント”など、様々な専用要素が設けられている。

 これに加えて所属人数にも制限は無く、数えきれない程の大人数で構成されている大所帯(おおじょたい)もあれば、逆にたった一人しか所属メンバーがいないフォースの存在も認められるなど、制度としての自由度も非常に高い。

 それ故に、このフォース制度をGBNを楽しむ上での醍醐味(だいごみ)として(とら)えるダイバーも少なくないのだが、その恩恵に(あやか)るには一つクリアしなければならない制限がある。

 ダイバーランクがD()()()である事だ。

 入門し立てのF、幾らか経験を積んだがまだまだのE、という流れでランクを上げていったダイバー達が初心者を脱却するか否かの境界線(ボーダーライン)。それがDランクだ。

 このランクに到達しているという事は、最低でも初心者から中級者へと移り変わる一歩手前程度の経験は積んで来たという証明であり、その事実がそのまま既存のフォースへの加入、或いは新規にフォースを立ち上げる権利の解放(アンロック)条件となっている。

 “Dランクへの昇格がGBNの本当の始まりである”と語るダイバーは数多いが、この解放条件が正にその所以(ゆえん)なのだ。

 よって、そこに達していないF、Eランクのダイバーにとって、こういったフォース関連の要素はまだ関わる資格の無い無縁の事象である。――と思われがちだが、実はそうでもない。

 フォースへの加入や設立はどう足掻(あが)いても不可能だが、それ以外の要素――フォースミッションやフォースバトルであれば、Dランクに達していないダイバーでも参加自体は出来る。――それを可能とする()()さえ知っていれば。

 それが――。

 

「“傭兵(ようへい)”?」

 

 相変わらず様々な姿のダイバー達が周囲を行き交う、GBNはセントラルエリアのロビー。そのど真ん中。

 これから行うというフォースバトルについて、相手のフォースと最後の待ち合わせを予定しているという事で、(くだん)のフォースが合流するまでの時間を潰す一環でアイアンタイガーからフォース制度のおさらい説明を受けていたイツキは、その過程で出て来た聞き慣れない言葉に、何それ、と首を傾げる。

 ちなみに、この場にトピアはいない。現実でモビルドール(自身の体)に戦闘用の追加装備を取り付けている最中である。

 

「さっきも言ったが、フォースにゃ人数制限は無ぇ。だから数え切れねーくらい人がいる“第七機甲師団”みてーなフォースもありゃ、“ZA-∀Z(ザッズ)”みてーに一人二人しかメンバーがいねーフォースだってある」

 

 その一方で、攻略するための推奨(すいしょう)人数や最低参加人数を定めているフォース向けのミッションやイベントがGBN上には幾つも存在している。そのため、構成人数の少ないフォースではメンバーの頭数が足りなくて攻略が困難になったり、そもそも参加が出来ないといった問題が常に付いて回るのだ。

 こういった問題を解消するための手段の一つとして設けられたのが、フォース外のダイバーを“傭兵”として一時的にフォースに所属させられる“傭兵制度”だ。

 だが、この制度にはちょっとした()がある。――Dランク以上のダイバーを対象としたフォースの補助制度でありながら、傭兵として招くダイバーのランクには特に制限が設けられていないという()が。

 つまり、本来ならばフォース関連の要素への参加資格を持たないF、Eランクのダイバーでも、傭兵としてどこかのフォースに一時所属する場合に限り、それらを楽しむ事が出来るというワケである。

 

「噂じゃ、“AVALON(アヴァロン)”や第七機甲師団みてーな上位フォースじゃこの()使って、まだDランクになってねー有望(ゆーぼー)な新人候補もバトルやミッションに参加させたりしてるらしーな。――ま、ともかくそーいうワケだから、まだEのオメーでも今日のフォースバトルくらいなら参加できるってワケよ」

 

 そう言い纏め、最後に、分かったか、と確認を取るアイアンタイガー。

 それに対してイツキは、

 

「……あのさ?」

 

「あん?」

 

「何で俺なの?」

 

新たに浮かんだ別の疑問を尋ねた。

 

「話は分かったよ。その傭兵ってヤツやるのも別に良いってゆーか……」

 

 そもそも、これまでの助力の対価としてやれ、という話なので断れないのだが――それはそれとして、どうも解せなかった。

 今回のログインでは、イツキは先程出来上がったばかりのコアガンダムをスキャンして来ている。組み上がったばかりで、まだ一度もGBN上での試運転を行っていない。戦えるかどうか以前に、そもそも支障無く動かせるかどうかすら現状分からないガンプラを、だ。

 それに加えて、先のアイアンタイガーの説明をそのまま鵜呑(うの)みにするならば、本来傭兵システムは足りない頭数を補うための制度なのだから、招き入れるべきは自分達と同等か、それ以上の実力を持つダイバーが推奨される筈だ。にも(かかわ)らず、アイアンタイガーはまだEランクのままのイツキを目前に控えたフォースバトルに参加させようとしている。

 疑問を覚えない理由が無かった。

 

「“アーマー”だってまだだしさー……」

 

 そういうワケで、どうにもアイアンタイガーの意図が分からないイツキは疑念の視線を彼へと向けるのだが――それに対して返って来たのは、

 

「ヒロトさんからパーツデータ貰ってから今日まで、オメー何してたよ?」

 

意味あり気な笑みを浮かべたアイアンタイガーからの問い掛けであった。

 

「? 何だよ急に? 何って――色々ミッション受けて回ってたじゃん?」

 

「そーだ、ミッションだ! 片っ端からミッション受けて回ったんだ。コアガンダムのパーツ出すのに要る(ビルドコイン)稼ぐためにな」

 

 その過程で、少しでも効率を上げるためにアイアンタイガーやトピアに協力を頼んだりもした。今にして思えば、その際のいやに乗り気だった彼の態度も、今回の要求が念頭にあったからなのだろうが……。

 それはそれとして、イツキの頭には一つ抜けている事があった。

 ビルドコインを集める手段としてミッションを受け続けていたために失念していた、もう一つの要素が。

 

「つー事はだ、当然ビルドコイン以外にも溜まってるモンがあるよなぁ?」

 

「溜まってるもの? ――あ! ()()()()()()()()!」

 

「そーよ、それだ!」

 

 これまで受けたミッションは、いずれも得られるビルドコインの金額を優先して選んでいた。そのため、ダイバーポイントの方は殆ど気にしていなかったし、ミッション一つ毎に得られたポイントも恐らく大した量では無かった筈だ。

 だが、塵も積もれば何とやら。一回毎に得られるポイント自体は然程(さほど)ではなくとも、積み重なっていった最終的な量はそれなりのものになって来る。

 となれば――。

 

「今日まで、お前はミッションいくつもクリアしてきた。そんだけダイバーポイントだって溜まってる。だから、俺の見立てじゃ多分あと少しだ。今回のバトルで勝ちゃ、お前のランクは多分D()()()()()

 

 そうなれば、今回のような傭兵システムの穴を利用した裏技など使う必要は無くなる。

 そんなものに頼らずとも、イツキは正式に――。

 

「フォースに入れるようになるっつーワケよ! ()()()()()()()()()()!」

 

「へ?」

 

 妙な言葉が聞こえた気がした。

 思わず、素っ頓狂(すっとんきょ)な声を上げてしまう言葉が。

 だから、流石にそれは無いよな、とイツキはすぐに思い直し、実際には何を言っていたのかをアイアンタイガーに確認しようとする。

 が、そんな必要は無かった。

 

「イツキ、()()()()()()()()()

 

「え? ……ええっ!?」

 

 続けられたアイアンタイガーの台詞によって、先程聞こえた言葉が聞き間違いでは無かったと、尋ねる間も無く知らされたがために。

 

アガタ模型店()ん中じゃバトルの事しか言わなかったが、ありゃ全部じゃねー。ホントにお前にやって貰いてーのは、最初っから()()()なんだわ」

 

 そのためには、まずイツキがDランクへと昇格してフォースへの参加権を得る必要があり、そこで必要となる残り僅かなダイバーポイントを稼ぐための手段として、丁度良く予定があったフォースバトルに傭兵として参加させる事にした。――というのがアイアンタイガーの本当の狙いだったらしい。

 が、その説明をイツキがすんなり受け入れられたのかといえばそんな事は全く無く、すぐさま彼は反発する。

 

「い、いきなりそんな事言われても……。ってか、結局何で俺なのかって答えになってないじゃんかそれ!」

 

 アイアンタイガーのこれまでの言い分の要点を()(つま)めば、最終的に自分のフォースにイツキを入れるため、という事になる。

 だが、当のイツキが訊いているのはそこではない。

 彼が知りたいのはもっと根本――“何故、(ようや)くコアガンダムを手に入れたばかりの自分をそうまでしてフォースに加えてたがっているのか?”――だ。それがはっきりと説明されるまでは納得出来ない。

 と、その時だった。

 

「俺はここまでお前の戦いを見て来た!」

 

 そう強い口調で言うのが早いか否か、素早く伸びたアイアンタイガーの両手がイツキの肩を左右からがっしりと掴んだのは。

 

「ハッキリ言っちまえばお前はまだまだだ! 自分(テメー)のガンプラやっと作り上げたばっかで手の込んだ改造だって出来っこねーし、動かし方だって全然なっちゃいねー! けど、それでもお前はここまでやって来た。初心者狩りの連中だって俺らの手助け込みだけど勝ったし、ヒロトさんのミッションだってクリアこそ出来なかったが、それでもあの人を認めさせた。そいつは全部偶々(たまたま)か? まぐれ当たりの、唯のラッキーか?」

 

 ずいっ、とアイアンタイガーが身を乗り出す。

 反射的に首を後に()らせたイツキのすぐ目の前で、いーや、違うぜ、と大きく首を左右に振って見せる。

 

「全部偶然なんかじゃねー。全部、お前が勝ち取った結果だ。――全部勝ち取れるだけの底力が、お前ん中にあるんだ!」

 

 アイアンタイガーの目が、まっすぐにイツキへと向けられる。

 現実と変わらない黒い瞳が、ブレるの事の無い熱の籠った視線を彼へと注いでくる。

 

「俺にゃ()がある。作ってまだ一ヵ月ちょいで、メンバーも俺とトピアしかいねー全然弱っちい俺のフォースを、いつかAVALONや第七機甲師団、マギーさんとこのアダムの林檎やBUILD DIVERSみてーな――いや、そいつらも超えるトップフォースにするって()()がよ!」

 

 そのためには、もっとメンバーが必要になる。もっと強いダイバーが。

 だから、フォースにイツキを所属させようと決めた。

 決して幼馴染だからでも、またこれまでの恩を返させるのに丁度良いからでも無い。

 これまでの大きな試練を乗り越えて来た彼ならば、いずれその夢を叶えるための大きな力へ成り得ると見込んだから。

 ――真っ直ぐに向かい合ったまま、情熱が込められた真剣な口調でイツキを自らのフォースに加えようとする理由をそう語るアイアンタイガー。

 それが終わった後、

 

「コテツ……」

 

イツキは鼻先十数センチほどにある彼の顔を向き合い、互いの視線を交わし合う。

 まっすぐに向けられたアイアンタイガーの熱意の(こも)った瞳を通し、その奥にあるものを知ろうと、彼もまた真剣な眼差しを向け返す。

 そして暫しの沈黙を経て、

 

「……()()()()?」

 

まっすぐに向けていた眼差しを胡乱気(うろんげ)に歪ませて、イツキは問うた。

 途端、はぁ、とアイアンタイガーが動揺し出す。

 

「な、何言ってんだオメーは? ぜ、全部マジに決まってんじゃねーか、いい、今言った事はよー!」

 

 ホントもへったくれも無ぇし、とすぐさま言い返して来るアイアンタイガーであったが、しかし、先程まで熱意が籠っていたその声はあからさまに上擦り、一直線にイツキへと向けていたその視線はあからさまに彼の追究の視線から逃れようとしている。

 どう見ても図星である。

 

「嘘吐け! お前が俺の事こんなあからさまに褒めるワケ無いだろ!」

 

 伊達にそれなりの期間を幼馴染として付き合っているワケでは無い。

 さっき語られたクサい理由とは別の、面と向かって話せないような理由がある事をとっくに見抜いていたイツキは、それが何であるのか問い詰めようとする。

 

「お待たせしましたー」

 

 準備を終えてログインして来たトピアの声が耳に入って来たのは、その時だった。

 

「あれ? 二人ともどうしたんですかー?」

 

 睨み合っていた二人の様子を訝しんでか、振り返ったイツキとアイアンタイガーのすぐ傍まで手を振りながら歩み寄って来たトピアが首を傾げる。

 直後、よぉ、とぎこちない笑顔を浮かべてアイアンタイガーが――この場を誤魔化すために――トピアに声を掛けようとしたが、そうはさせまいとイツキは二人の間へと踏み込んで、彼を制した。

 そしてそのままの勢いを維持して、トピアへと問い掛ける。

 

「ねートピア! さっきコテツから聞いたんだけど、二人のフォースに俺を入れるつもりってホント?」

 

「あ、もう()()()()してたんですね」

 

 ほんとうですよー、と頭に被ったとんがり帽子の(つば)を揺らして頷くトピア。

 その肯定の様子を見るに、どうやらDランクに昇格した暁にイツキをフォースに入れる話は彼女も知っていたらしい。

 であれば、アイアンタイガーがひた隠しにする本当の理由についても知っているかもしれない。――そう踏んだイツキは重ねて質問しようとしたが、

 

「それにしても、私びっくりしちゃいました。イツキくんって()()()()()()()()()んですね」

 

「――え?」

 

続くトピアの耳を疑う言葉に思わず瞠目(どうもく)してしまい、その機会を逸してしまった。

 

「ご、ごめん、今何て? 何か、良く聞こえなくって」

 

「だから、イツキくんが()()()()()()()()()って教えてもらって、びっくりしちゃったんですぅ」

 

「う、ううん?」

 

 パンダというと、あの白黒の、笹食べてたりペンギンに仕事押し付けてたりする姿を偶にテレビやG-TUBEで見かけたりする、あのパンダだろうか? それに、なれる? 俺が?

 全く意味の分からないトピアの発言に、イツキは目を白黒させるしかない。

 一体何故、彼女はそんな事を思うに至ったのだろうか?

 

「ね、ねぇトピア? 何で、俺がパンダになれるって思ったの? 俺、そんな事出来ないけど?」

 

 ダイバールックを設定し直せばあるいは可能かもしれないが……自分よりプレイ歴が長い彼女が驚いた、と感想を述べている事を省みるに、どうやらGBN上の話では無さそうだ。

 が、そうなると尚の事意味が分からなくなってくる。

 そのせいで困惑を深めるイツキの様子を流石に訝しんだのか、あれー、とトピアが首を傾げる。

 

「でも、()()()()()()()()くんが言ってましたよぉ? コアガンダムちゃんを手に入れたイツキくんは、えーとー……()()()()()()()になれるって。だから、私たちのフォースに入ってもらおう、って――」

 

「ば、バカっ!」

 

「んむっ?」

 

 と、イツキを押し退けて伸ばされたアイアンタイガーの手が彼女の口を塞いだのは、その時であった。

 

「それ言うなっつったろ!?」

 

「え? ……あ! 忘れてたですー!」

 

 慌てた様子で叱責するアイアンタイガーに、一度きょとんとした様子を見せたトピアが何かを思い出したようにはっとし、ごめんなさいですー、と頭を下げた。

 が、もう遅い。

 

「――コテツ?」

 

 トーンを大きく落とした声で、イツキは背を向けるアイアンタイガーに呼び掛けた。

 途端、ギクリ、とアイアンタイガーの肩が露骨なまでに跳ねた。

 

「そーいえばさ、この前国語の授業でやってたよな? 見た目とか話題とかで人を集められるパンダみたいな人や物の事。――あれ、何て言ってたっけ?」

 

「そ、そんな事言ってたけっか? 悪ぃ、覚えてねーわ。お、俺、ベンキョー苦手だからよぉ。あと、アイアンタイ――」

 

「うん、知ってる。そー言うと思ってたから、教えてやるよ。――()()()()()()っていうんだって」

 

 そう言った刹那、イツキはアイアンタイガーの腕を掴み、強引に彼を自分の方へと振り向かせた。

 それによって現れたアイアンタイガーの顔は冷や汗に塗れて引き()っており、マズい事がバレてしまった、とこれ以上無く分かりやすく書かれていた。

 すかさず、イツキは詰め寄る。

 

「どーいう事だよ、俺が客寄せパンダって!?」

 

「きゃ、客寄せなんて一言も言ってねーだろ!? お、俺がトピアに言ったのは、マジで上手いパンダのモノマネが出来る特技をオメーが持ってるってだけで――」

 

「あるワケ無いだろ、そんな特技! あったとして、それがどーして俺をお前らのフォースに入れる理由になるんだよ!?」

 

 叱責しつつ、更にイツキはアイアンタイガーとの距離を縮める。

 それによって、互いの鼻先が触れ合うかどうかというところまで顔が近づいた彼の、逃げようとするように斜め上を向く目を、無言の圧力を込めた視線で(もっ)て睨み付ける。

 それに対し、暫く口をもごもごと動かしては何かを言い(よど)む様子を見せていたアイアンタイガーであったが、暫くしてそうしている事に耐え切れなくなったのか、

 

「……あーッ! 分ぁった! 分ぁったよ! ホントの事言やいーんだろ!」

 

遂に観念し、その本心を白状した。

 

「いーかッ!? オメーのコアガンダムはな、ホントならヒロトさんくらいしか持ってねー超レアガンプラだ!」

 

 本来はヒロトが自分のためだけに作り上げたフルスクラッチ機。リーダーであるカザミのG-TUBERとしての躍進(やくしん)に伴ってBUILD DiVERSが大きく知名度を上げた事により――アイアンタイガー当人は当初知らなかったとはいえ――、他に使う者などいないであろうそのガンプラの名を知る者も今や少なくは無い。

 そんなコアガンダムをヒロト以外に持つ数少ない者達の一人となった今のイツキがフォースに加わったならば、果たしてどうなるか?

 

「俺のフォースの一員としてオメーが活躍すりゃ、ヒロトさん以外にコアガンダム持ってる奴がいるって噂が広まる! そいつを聞きつけた奴らが集まって来て、オメーの噂と一緒に俺のフォースの名前も広がっていく! そーなりゃ、俺のフォースに入りてーってヤツもガンガン増えてく!」

 

 そうして、先程告げた()()――より多く、より強いダイバーを迎え入れ、並居る強豪フォース達をも超えるトップフォースへと自らのフォースを成長させる、その一助とする。

 ――そう自らの真意をヤケクソ気味に一気に語り終えるや、その勢いの反動から肩を激しく上下させていたアイアンタイガーであったが、暫くして息を落ち着けた彼は、クルリ、とイツキに背を向け、逆さ被りの帽子越しの後頭部に両手を当てて、だったのによー、と残念そうな声を上げた。

 

「ホントの事知られちまったからにはなー……」

 

 イツキ個人の実力よりも、コアガンダムを持っているという事実――引いては、コアガンダムそのものが持つ話題性を重視した()()()()()()

 そんな、考えようによってはお前の方はオマケと侮辱(ぶじょく)しているともとれる採用理由を知って、なお、はい分かりました、と二つ返事でフォースに参加してやれる者がいるとすれば、その者は聖人と呼ばれて然るだけの慈悲深さと(ふところ)の広さを備えているといえよう。少なくとも、イツキはそれ程までに出来た人間ではない。

 それを分かっているからこそ、アイアンタイガーも本心を悟らせないための別の理由を最初に伝えた。

 だからこそ、その真意を知ってしまったからには、イツキはアイアンタイガーのフォースへの加入要請を受け入れない。

 

「……別にいいよ、お前のフォースに入っても」

 

 本当のところなら。

 

「あー分かってる分かってる。もう入る気起きねーよなぁ――って、何ぃ!?

 

 溜息交じりに告げたその返事に、最初は背を見せたまま落胆していたアイアンタイガーが、一拍遅れて慌ただしく振り返る。

 瞼から眼球が零れ落ちんほどに見開いた目ですかさず凝視して来るその顔に、もう一度息を吐いてからイツキは言う。

 

「これからやるフォースバトルだって、ここまでお前やトピアが力貸してくれた恩返しに、って話だったろ?」

 

 そう。アイアンタイガーの思惑がどうであれ、GBNを始めてからコアガンダムを手に入れるまで、彼やトピアから幾度も助力を得た事に間違いは無いのだ。

 それに、真意を問い詰める前のアイアンタイガーの口からカバーの理由も語られたが、あれも全くの嘘っぱちというワケでも無い。客寄せパンダに比べれば弱くなってしまうが、あれも確かに彼の本心の一部であった、と幼馴染としての直感からイツキは悟っていた。

 であれば、フォースバトルの件のついで程度には、アイアンタイガーのフォースへの参加も検討しても良いのではないか? ――そういう結論が出来上がっていたのだ。

 

「言っとくけど、考えるだけだからな? まだ俺Eランクだし」

 

 あくまで検討するだけであると、最後に念押しを付け加えるのを忘れないイツキ。

 それでも彼のその返答は、一度は落胆し掛けていたアイアンタイガーを満足させるには十分だったらしく、

 

「良ーく言ったイツキ! それでこそオメーに協力してやった甲斐があるってもんだぜ!持つべきモンはやっぱ頼れるダチだよなー!」

 

なーっはっはっは、と大声で笑いながら隣に並び、その背をバシバシ、と調子良く叩いて来る。

 そんな幼馴染の姿に、現金な奴だなー、と背中の弾けるような衝撃の連続に顔を顰めつつも、イツキもまた笑い返した。

 

「うーん、よく分からないけど……()()()()()()()()くんとイツキくんが楽しそうで良かったですー」

 

 状況をいまいち理解出来ていない様子ながらも、取り敢えず先程までの剣呑な雰囲気が消え去った事に喜ぶトピアの微笑みを受けながら。

 ……続くアイアンタイガーの言葉をその耳に入れるまで。

 

「まー、何はともあれだ! まずぁ今日のフォースバトルに勝たねーとな! そこんとこ頼むぜイツキー? 傭兵だろーが何だろーが、オメーも俺らのフォースの一人として戦うんだからよぉ。俺の――“俺様とゆかいな仲間達”のよぉ!!」

 

「分かって……んん?」

 

 分かってる、と意気込んで見せようとしたのも束の間、直前に聞こえた妙な単語に思わずイツキは口を(つぐ)んで目を瞬かせた。

 

「……何て言った?」

 

「あん?」

 

「今の……ううん、お前らのフォースの、名前? 何て言ったの?」

 

 直前の文脈を思い出すに恐らくそうなのだが……今度こそ聞き間違えたのかと、イツキはつい首を傾げる。

 しかしながら、己が耳で捉えた()()は今度も間違いではない。

 

「何だよ、聞いてなかったのか? しゃーねーな、もっぺん言ってやる。“俺様とゆかいな仲間達”だ! それが、いつかこのGBNの天辺に昇り詰める俺様のフォースの名前――」

 

何だそのダサい名前っ!?

 

 その事を、呆れた様子のアイアンタイガーが続けた言葉で知ったイツキは、反射的にそう叫び返していた。

 途端、あ゛あ゛、とアイアンタイガーの顔が顰められる。

 

「今、オメー何つった!?」

 

「ダサいって言ったんだよ、お前のフォースの名前が! 誰だよ俺様って!?」

 

()()に決まってんだろが!」

 

 自らの顔を立てた親指で指し示すアイアンタイガー。

 その答え自体は予想していたものの、それでも困惑せずにいられず、えぇ、と声を漏らすイツキに、続けて彼がやれやれ、と言わんばかりに頭を振る。

 

「こんなカッコよくてサイッコーな名前だっつーのに、何でダサいなんて感想出て来るかねー?」

 

 ホント分かってねーなオメーはよー、といつだったかダイバーネームを名乗った時のような小馬鹿にした態度で肩を(すく)め、鼻を鳴らすアイアンタイガー。

 そんな、心の底から自分のフォースの名前をイカしていると思っているといわんばかりの彼の態度や、俺様とゆかいな仲間達というフォース名に対してまだまだ色々と言いたい事が浮かんで来るイツキであったが、しかしこの場でそれを口にする事はもう叶わなかった。

 

「いやー、済まない! 待たせてしまったね」

 

 そんな台詞と共に現れた二人組の男の姿が、待ち合わせの時間が来た事を彼らに報せて来たがために。

 




次回、またまた原作キャラ登場予定です。
ちょっと意外な奴らが出てきますので、そこのところはお楽しみという事で。
それでは。


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第17話 もう一体の“コア”

またまた長らくお待たせいたしました第17話。

今回は原作キャラ二名+新キャラ一名の投入回。
原作キャラ二人は特に公式の名前とか無かった筈なので半分以上捏造気味ですが、多分読んで頂ければ誰なのかは大体想像が付くかと。

それでは、本編へどうぞ。


 時と場所は移り変わり、格納庫。

 ガンプラを納める仕切りがずらりと並ぶ広大な空間は、始めて来た時と変わらず点在する緑やオレンジの蛍光灯のぼんやりとした光のみが辺りを照らしていた。

 辺りを漂う重く緊張を(あお)るような空気も変わらずであったが、そんなものは今のイツキにはあって無きものであった。

 

『いーか、座標送っといたスタート地点に全員着いてからバトルは始まっからな? 相手の人ら待たせるワケにいかねーんだから、ちゃんと遅れねーでついて来いよ?』

 

「分かってるよ……」

 

 モニター隅の通信ウィンドウに映るアイアンタイガーの注意の言葉に、億劫(おっくう)に感じながらイツキは返事をする。

 先程も同じ内容を聞かされたからというのもあるが、それ以上に心中でのたうつ不満が彼にそうさせていた。

 

『何だよオメーは。まだ文句あんのか、俺のフォースの名前によー?』

 

「当たり前だろ!」

 

 通信ウィンドウの向こうで嘆息するアイアンタイガーに、すぐさまイツキは叫び返す。

 

「何だよ、俺様とゆかいな仲間達って!? ゆかいな仲間って誰だよ!?」

 

『そりゃートピアとオメーの事に決まってんだろ。オメーは今傭兵だから取り敢えずだけど』

 

「誰が()()()()()()だッ! 誰がッ!!

 

 そう。今のイツキが抱えている不満の発生源は、明らかになったアイアンタイガーとトピアのフォースの名前――“俺様とゆかいな仲間達”にあった。

 まず、ぱっと見がダメだ。具体的には、あまりにも()()()()なその響きが。

 名付けた張本人であろうアイアンタイガーは間違いなく例外だろうが、この名前をフォースの一員として胸を張って名乗れ、と言われてそれが出来る者は殆どいないだろう。イツキ自身にしても、恥ずかしくてとてもじゃないが名乗れない一人である。

 続いて、“俺様”と“ゆかいな仲間達”に分けてしまっているのがダメだ。特に、“ゆかいな仲間達”が。

 この文言があるせいで、フォースに入った者は自動的に“俺様”――つまりはアイアンタイガーの“ゆかいな仲間”認定されるのである。その字面(じづら)が純粋に嫌なのもそうだが、何よりゆかいな仲間という名の()()()として扱われる事がとんだ屈辱であると感じずにはいられない。なまじ幼馴染故に、対等な関係が出来上がっているイツキにとっては、特に。

 そして極め付けにダメなのが、

 

『分っかんねーなぁ? こんなイカした名前の何が気に入らねーってんだ?』

 

こんな問題のある名前にも関わらず、名付け親であるアイアンタイガーが“サイッコーにカッコイイ名前”だと心から信じ切ってしまっている事だ。

 

『名前だけなら今日の相手どころか、“SIMURGH(シームルグ)”や“アイン・ソフ・オウル”にだって勝ててるってのによー?』

 

「……」

 

 心底意味が分からないとでも言いたげに首を傾げながら、今日のバトルの相手フォースと、もしかしなくとも俺様(以下略)なんぞよりも遥かに上位の存在なのであろう、ネーミングセンスの時点で雲泥(うんでい)のような差が読み取れるフォースの名前を口に出すアイアンタイガー。

 そんな、とんでも無く失礼な事を平然と(のたま)う彼の眩暈(めまい)すら覚える姿には、もうイツキはツッコむ気すら起きなかったので、

 

「ねートピアー!」

 

『はい?』

 

隣に並ぶ別の通信ウィンドウに映るトピアに相手を変える事にした。

 

「トピアも何か()()()に言ってやってよ! 俺だけじゃコイツ何も聞かないよ!」

 

『何か、ですかぁ?』

 

「何かあるでしょ? フォースの名前について、色々言いたい事とかさ!」

 

 自分よりも前から俺様(以下略)に入っているトピアならば、絶対このフザけた名前について物申(ものもう)したい事の一つ二つは抱えている筈。

 ――という思考の下、()()()()()()()()!! 、と訂正を叫ぶアイアンタイガーを無視しつつ問い掛けたイツキであったが、それに対してトピアから返って来たのは、

 

『……とくに無いですけどー?』

 

とんがり帽子の先を傾けて不思議そうにする彼女の姿であった。

 その、何でそんな事訊くのか分からない、とでも言いたげな様子には、逆にイツキの方が、へ、と思考を一瞬ストップさせてしまう。

 

「――い、いや、何かあるでしょ絶対!? ()()()()()()だよ? フォースに入っただけでそんなおまけみたいな扱いなんて――」

 

『いやなんですかー?』

 

「え?」

 

『イツキくんはいやなんですかー、()()()()()()()()くんのなかま?』

 

「い、イヤに決まってるじゃん! 何が悲しくて()()()のゆかいな仲間なんかに――」

 

『でも、イツキくんは()()()()()()()()くんとおさななじみなんですよね? お友達なんですよね? なのに、なかまはいやなんですかぁ?』

 

「いやいや、そーいう話じゃなくて――」

 

『不思議ですー』

 

 ここまでの、どこか要領を得ないトピアとの遣り取りを交わす中で、イツキは思い出していた。彼女は生まれてまだ二ヵ月――正確には、もうそろそろ三ヵ月目に入る――しか経っておらず、それ故にまだまだ()()()()()()という事を。

 イツキが俺様(略)をダサい、問題ありと断じられるのは、そう判断出来るだけの知識と経験と感性があるからだ。

 それと同じものを、まだトピアは身に着けていない。よって俺様(略)というフォース名に対して何も疑問を抱く事は無い。

 むしろ、

 

『私はすきですよー、俺様とゆかいな仲間達。いまは私と()()()()()()()()くんしかいないけど、いつかいっぱい色んな人たちとお友達になれそうな名前ですしー』

 

という具合に好感さえ抱いてしまう程だ。

 よって、トピアも事実上アイアンタイガーの味方であると知らされたイツキは、むぐぐ、と口を噤んで呻くしかない。

 そんなイツキの様子を見てか、へっへっへ~、と通信ウィンドウの向こうのアイアンタイガーが勝ち誇るように笑う。

 

『ほれみろ! トピアも俺様とゆかいな仲間達めちゃくちゃイカしてるって言ってんじゃねーか!』

 

「そこまで言って無いだろ!」

 

『どの道文句があんのはオメーだけって事に違ぇ無ぇだろ! それはそれとしてお前ら、()()()()()()()()な!!

 

 ニヤニヤとした鬱陶しい笑顔から一転し、当たり前みてーに間違えてんじゃねーぞ、と怒鳴るアイアンタイガー。

 それに、ごめんなさいですー、とトピアが頭を下げていたが、イツキは逆に、あー、もう、と唇を尖らせつつ漂って来る煙を払う要領で右手を振って、

 

「分かった、分かったよ。お前のフォースの名前がスゴいのは分かったから、早く出ろよな! 後ろ詰まってるぞ!」

 

とっとと先へ進むようアイアンタイガーに(うなが)す事で、その場は流す事にしたのであった。

 

『へーへー、()ぁったよ。そんじゃ――』

 

 へっ、と通信ウィンドウの向こうのアイアンタイガーが鼻を鳴らした次の瞬間、ガコン、という重い駆動音が辺りに響く。

 それを皮切りに、連続するブザー音と振動を格納庫内に響かせながら動く影があった。

 アイアンタイガーのガンプラ、ガンダムDXフルバスターだ。

 ディフェンスバスターライフルのグリップを両手に握った姿で一番奥に並んでいたDXフルバスターが、側面をこちらに向けた直立姿勢のまま、ゆっくりとその足元を固定するラッチベースに運ばれていく。

 上下に開く隔壁(ハッチ)のその向こう――“カタパルト”へと。

 そうして、ガクン、と一際大きく機体を揺らしてDXフルバスターが射出位置に辿り着いたところで、うっし、と通信ウィンドウの向こうで拳と手を打ち合わせたアイアンタイガーが操縦桿を握り直し、叫んだ。

 

『アイアンタイガー! ガンダムDXフルバスター! 出るぜッ!!』

 

 彼のその宣言を合図にモニターの隅からその姿を映していた通信ウィンドウが消え、同時に身構えるような中腰の姿勢になったDXフルバスターの足下で一瞬眩いスパークが走る。

 そして次の瞬間には、僅かな残像と火花を残して、DXフルバスターは射出されていた。

 

『それじゃあ、お先にー』

 

 続けて、アイアンタイガーのものとは別の通信ウィンドウから顔を覗かせていたトピアがとんがり帽子の広い(つば)を下げて断りを入れると共に、すぐ隣に立っていたモビルドールトピアもまた鈍い振動を伴ってカタパルト内へと運ばれていく。

 そのまま射出位置まで運ばれたモビルドールトピアが、先程のDXフルバスターと同じように身構え、

 

『トピア、行ってきまーす!』

 

トピアのその宣言と共に、一瞬の内にイツキの視界外へと弾き出されて行った。

 そして最後は、

 

「やっと俺の番か」

 

ふーっ、と息を吐いて気を取り直したイツキと、彼が乗り込んでいるコアガンダムの番だ。

 

「あー……遂に来たんだなぁ、この瞬間」

 

 ラッチベースの自動移動によって独りでに左から右へと流れていく格納庫の内装をモニター越しに眺めながら、イツキは握り拳を胸の高さの辺りまで掲げる。

 感無量(かんむりょう)であった。プルプル、と震える程に、その手を強く握り締めるくらいに。

 カタパルトからの射出シークエンスそのものは別に初めてではない。三週間近く前の初ログインの時から、もう何度もやっている。()()()()()()()()

 コアガンダムで、漸く手に入った念願の愛機でやるのはこれが初めてで、だからこそ興奮(こうふん)が際限無く込み上げて来る。

 

「後は、バトルだけど……」

 

 これから行うフォースバトルへと、イツキは思いを()せる。

 俺様(略)のせいで一時は穴の開いたボールのように気が抜けてしまっていたが、それでも本来ならばまだ挑む事が出来ない筈の戦いを、それも出来上がったばかりのコアガンダムで挑むのだ。愛機の初陣となるバトルがいよいよ間近に迫って来たと思えば、自然とその胸中は渦巻く緊張と不安で満たされていくものである。

 だが、その一方でイツキはある種の安心感を覚えてもいた。

 

(……大丈夫だよな、悪い人達じゃ無さそうだったし)

 

 格納庫へと移動する直前に顔を合わせた、対戦相手のフォースの面々を思い出す。

 最初に現れた二人と、後から現れたもう一人の事を。

 

 

 

 時は少し巻き戻り、セントラルエリア、ロビー。

 唐突なフォースへの参加要請に、コアガンダムの話題性に目を付けた客寄せパンダというあんまりな採用理由。それを何とか乗り越えた後に判明した、俺様(略)というツッコミ待ちかと疑いたくなる程に残念なフォース名が判明した事により混乱がピークに達していたイツキであったが、しかし彼はその事に対する追究の矛を一旦(いったん)収めねばならなかった。

 現れたからだ。

 

「あー……取り込中だったかな?」

 

 そう困った様子で頬を掻きながら尋ねて来たのは、顔に口周りと顎周りを覆う(ひげ)を、腹にでっぷりとした脂肪を蓄えた、褐色肌の中年ダイバーだ。踵までを覆う黄色のローブ状の衣服(トーブ)に身を包み、頭からは(にび)色の(アガル)で留めた白布(グトゥラ)を垂らした中東風の装いをしている。

 その隣には彼よりやや小柄の別の中年ダイバーも並んでおり、褐色の顔の外周に茂らせた顎鬚と三白眼が特徴的なその男も、やはり鈍色のトーブとグトゥラを合わせた中東風の恰好で、気まずげに苦笑していた。

 急に声を掛けて来たその見知らぬ二人組を、誰、と訝しむイツキを後目に、彼の対面にいたアイアンタイガーがその二人組の方へと進み出て返答する。

 

「やー大丈夫大丈夫! 全っ然大丈夫っス! 俺らの事とか全然気にしなくって良いっスから!」

 

 彼にしては珍しい、妙に(へりくだ)った言葉遣いで。

 明らかな目上相手には腰が引ける性質(タチ)であるため、それ自体は別におかしい事ではない。

 しかしそれは、件の中年男達が、アイアンタイガーがそういう態度を取る程の人物である事を意味してもいるのだ。

 その事実が故に男達の事が一層気になったイツキは、こんにちはですー、と彼らに一礼して挨拶するトピアの肩を軽く叩いた。

 

「ねぇ、あのオジサン達誰? ()()()の奴いやに気使ってるけど、二人の知り合い?」

 

 その問いに、振り返ったトピアが、あ、と何かに気づいたような声を上げる。

 

「そういえば、イツキくんは“デアール”さんと“ノフリ”さんと会うの今日がはじめてなんですねー」

 

「デアールさんに、ノフリさん?」

 

「はいですー。デアールさんとノフリさんは、今日戦うフォースの人たちなんですよぉ」

 

「ええっ!? あのオジサン達が!?」

 

 トピアから返って来た解答に、思わずイツキは声を上げる。

 相手フォースについて何も情報を聞いていない状態だったため、勿論(もちろん)その構成メンバーがどのような者達なのかも知らなかったが、それはそれとして、目と鼻の先にいるこの中年男達がそうだという発想は(つゆ)ほども浮かばなかった。

 と、その声に反応したアイアンタイガーが、そーよ、と二人の方へと振り返った。

 

「この人らは今日俺らとバトルしてくれる“Zi(ズィー)-ソウル”の、デアールさんとノフリさんだ!」

 

 そう声を張り上げ、片手で中年男達の方を指し示すアイアンタイガー。

 それに従って男達――フォース“Zi-ソウル”の、黄色いトーブを着ている方の“デアール”と、鈍色のトーブを着ている方の“ノフリ”が、順に自己紹介をしていく。

 

「ご紹介に預かったデアールだ。今日君達……あー、俺様とゆかいな仲間達、で良かったかな? と戦わせてもらうZi-ソウルのリーダーをさせてもらってるよ」

 

「それで、俺がサブリーダーのノフリです」

 

「この人らはなぁ、募集掛けてもちっとも捕まらなかった俺らの対戦相手を進んで受けてくれた親切な人らなんだよ。分かったら、オッサンなんてシツレーな呼び方、二度とすんじゃねーぞ?」

 

 そうイツキの方へ顔を突き出し釘を刺して来るアイアンタイガーに、まぁまぁ、と両の掌を向けてデアールが(なだ)め掛ける。

 

「対戦相手が見つからなかったのは俺達も同じだったし、今日のバトルを受け入れてくれた事はこっちも感謝しているんだ」

 

「そうそう。そういう事だから、そんな気を遣わなくてもいいから、()()()()()()()()君」

 

 デアールに続いてノフリも気を遣わないように言うが、その直後、

 

()()()()()()()()!!

 

そこに含まれていた名前(ダイバーネーム)の間違いに反応したアイアンタイガーがすかさず、誰がゾ〇ドじゃあ、と噛み付き、うおぉっ、と二人を後退(あとず)らせた。

 

「お前の方が失礼じゃん……」

 

 シツレーな呼び方をするな、と言ったその口が乾かない内からのその反射行動に呆れて呟くイツキ。

 とそこで、ところでそっちの君は、とデアールとノフリの顔が一様にイツキの方へと向けられる。

 

「この前会った時は居なかったから名乗ったけど、もしや、新しいメンバー?」

 

「あ、俺は――」

 

 デアールからの問い掛けにイツキは答えようとするが、それを待たずして、そーなんスよー、とアイアンタイガーが横から三人の間へと滑り込んで来る。

 

「コイツは俺様とゆかいな仲間達に入る予定のイツキっス! まだGBN始めて三週間ちょいしか経ってねード初心者でEランクだけど、今日のバトルから参加してくから、どーぞお手柔らかにお願いしますっス! ――ホレ、ボサッとしてねーで、オメーも二人に名乗りやがれ」

 

「……今名乗ろうとしてたってのっ!」

 

 ニコニコ、と気持ち悪いくらいの笑顔でZi-ソウルの二人にイツキの事を紹介した後、打って変わって唇を尖らせ、しょーがねー奴、とでも言いたげに自己紹介を(うなが)して来るアイアンタイガー。

 そんな彼に文句を返したイツキは、釈然(しゃくぜん)としないものを抱えつつも改めてデアールとノフリに名乗る。

 すると、一度顔を見合わせたデアールとノフリが揃って、へー、と感心気な声を上げた。

 

「成程なぁ。――君、もの凄く強いんだな!」

 

「え? もの凄く強い?」

 

 俺が、二人の思わぬ感想に驚いて自らを指差すイツキ。

 何でそう思ったのか、という疑問を言葉に代わり表すその素振りに対し、何故かデアールとノフリは一斉に噴き出した。

 

「いやいや、謙遜(けんそん)したって駄目だよ」

 

「いや、別に謙遜なんて――」

 

「まだEで、しかもGBN始めて三週間しか経ってないんだろ? それで態々傭兵になってまでフォースバトルに参加するって事は、つまり()()()()()じゃないか」

 

 傭兵とは、本来ミッションやバトル等で必要な人数にメンバー数が満たないフォースが頭数を補うために設けられた制度だ。故に、傭兵として招き入れられるダイバーは自分達と同等か、それ以上の実力を持つ者というのが通常である。

 そのため、ダイバーランクだけで無く実力や経験も劣る者を態々傭兵として、それもフォースバトルを目前に控えたタイミングで迎え入れるなどいうのは普通行われない行為であり、それを考え付けというのはなかなか難しいものがある。

 それはZi-ソウルの二人の同じようで、

 

「こりゃ油断できませんねぇ、アニキ」

 

「だな」

 

顔を向き合わせ、互いに気合を入れ直すように頷き合う彼らには、イツキがまだEランクだとか、経験の浅い初心者だとかという事に対する侮りや嘲りは全く見られず、むしろ彼の事を思わぬ強敵として評価している様子すら見受けられた。

 それ自体はまだ、というか全然良い。いつかの初心者狩り達のような、ただ甚振(いたぶ)るだけの存在としか見られないよりは遥かにマシだ。(むし)ろ、ちゃんと対戦相手として扱ってくれるデアールとノフリへの好感にさえ繋がる。

 だが、それはそれとして、その対応への根拠が自分への誤解であるというのが、どうにもイツキはこそばゆかった。

 なので、何とか二人の誤解を解こうとするのだが、それを待たず、彼だけでなくアイアンタイガーとトピアにも視線を巡らせたデアールとノフリが更に言葉を連ねる。

 

「ま、君達が子供だからって油断も手加減もする気なんて、最初から無いけどな」

 

「そうそう、子供でも強い奴は本当に強いからね。かくいう、ウチのエースも――」

 

 と、ノフリが何かを言い掛けたその時だ。

 

「僕がどうかしましたか?」

 

 ふと、聞き覚えの無い声が聞こえた。

 比較的音程の高い、()()()()が。

 その声が聞こえた辺りへと、小首を傾げつつイツキは視線を移動させる。

 見れば、同じように声に反応して肩越しに背後を見遣っているデアールとノフリの体に隠れて、その奥の空間に何者かが立っていた。

 その何者かに、おお、とデアールとノフリが()き立つ。

 

「“ヒムロ”君! 遅かったじゃないか!」

 

「すいません。最終調整に少し手間取っちゃって」

 

「丁度君の事話そうとしてたトコなんだよ。さ、君もこっちに」

 

 そう二、三、デアールとノフリと言葉を交わした後、一人分入れる程度に広げられた二人の間の空間に招き入れられて、何者かがイツキ達の前にその姿を見せた。

 

「丁度今、俺達のフォースの最後のメンバーが到着したから紹介させてくれ」

 

 そう告げるデアールが右手で指し示した何者かは、イツキ達と同じくらいの年恰好の少年ダイバーであった。

 

「最後のメンバー、っスか?」

 

 上は黒色のシャツと深い青色の長袖ジャケット、下は赤い長ズボンというデアールやノフリとは(おもむき)の違う服装を(まと)い、眉間の少し上の辺りから左右に黒髪を流した姿(ダイバールック)をしたその少年は、どうやらデアールやノフリとは面識のあったアイアンタイガーやトピアも初対面らしく、共に怪訝(けげん)そうな顔をする。

 

「彼はヒムロ君。我がZi-ソウルの三人目のメンバーにして、ウチのエースダイバーだ」

 

 そうデアールから紹介された少年――“ヒムロ”が、続いて自らも一歩前へと出て、一様に彼へと視線を注ぐイツキ達へと軽く頭を下げて一礼する。

 

「ヒムロです。今日は僕達Zi-ソウルとのフォースバトルを受けてくれて、ありがとうございます。それと、この前の打ち合わせの時は顔を出せなくてすいません。えっと……俺様とゆかいな仲間達? の皆さん」

 

 そう一言一言丁寧に告げてから、微笑みを浮かべた顔をゆっくりと左右に動かして、黒髪の奥の青み掛かった瞳をイツキ達三人と順に交わしていくヒムロ。

 左右に(ひか)えるデアールやノフリのような大人相手ならまだしも、殆ど歳も変わらないだろうイツキ達相手にはやり過ぎだと思える程にその所作(しょさ)は堂に入ったもので、嫌味さこそ無かったとはいえ、ど、どーも、と彼らを代表してアイアンタイガーが返した返事も心なしか気圧され気味になってしまっていた。

 

「言っておくがヒムロ君は強いぞぉ? 俺達はもちろん、そこら辺のちょっとランクの高い大人なんかじゃ手も足も出ないくらいだ」

 

「俺やアニキがこうして真っ当にフォースやってられるのも、ぶっちゃけヒムロ君がいてくれるからこそだ。――なっ、ヒムロ君」

 

「二人共、()して下さいよ」

 

 これ見よがしに褒め称えて来るチームメイト達を苦笑混じりに(いさ)めるヒムロであったが、内心満更(まんざら)でもないのか、僅かに赤らんだその頬からはかとなく照れ臭さが(にじ)んでいた。

 それが分かってか、或いは分からずともであったかは不明だったが、いやぁ、スマンスマン、とノフリと共に笑いつつ謝るデアール。

 

「せっかく良いところで君が来てくれたから、つい対抗したくなっちゃってな。イツキ君――そこにいる新選組の恰好の彼も、どうもかなり()()()らしくてね」

 

 そう彼が言うや、つられる様にヒムロがイツキへと顔を向ける。

 それにより、向けられた彼の視線と不意打ち気味に目が合う事となったイツキは、思わずドキリ、と肩を跳ねさせた。

 そんなイツキの反応に気づく素振りも無く、彼がGBNを始めて間もない初心者である事と、その上で傭兵として今回のバトルで戦う事をデアールとノフリが説明する。

 

「へぇ、初めてまだ三週間で、Eランクのまま……」

 

「普通はまだDになっていない奴なんて誘わないだろ? つまりは――って事なんだよ」

 

 最後にそう取り纏めるデアールに、感心気に頷くヒムロ。

 そんな彼らに、だから誤解だよ、とツッコみたかったイツキであったが、しかしそれは出来なかった。

 そうしようとした刹那、不意に向けられたヒムロの双眸と再び目が合ったために、つい吐き出そうとした言葉を飲み込んでしまったからだ。

 そのまま、ほんの数秒だけ僅かに細めた目でヒムロはイツキの事を眺めていたが、それが終わると――何か合点がいったような――微笑をその顔に浮かべ、こう言った。

 

「気負わなくていいよ」

 

「え?」

 

「誰だって最初は初心者なんだ。君が()()()強いとしても、これが初めてのフォースバトルだっていうのなら、緊張したって当然だよ。――僕だってGBNを始めてすぐはそうだったし、(タチ)の悪い人達に何も分からないところをつけ込まれて、酷い目に遭ったりもしてさ」

 

 そう、どこか懐かしむように――あるいは、どこか寂し気に――語るヒムロ。

 今のこの場所、この時とは別の何処かを見ているようなその眼差しがイツキは少し気になったが、それ以上に、

 

(酷い目に遭った……か)

 

初GBNの時に悪質な初心者狩りに絡まれた自分と重なるその言葉に、少しばかりだが共感を覚えていた。

 

「――でも、安心して」

 

 調子を切り替えるように、イツキへと真っ直ぐに視線を戻したヒムロが言葉を連ねる。

 

Zi-ソウル(僕達)はそんな卑劣(ひれつ)な事はしない。やるからには流石に手加減とかは出来ないけど、それでも、僕達の胸を借りるくらいのつもりで、気軽に挑んできて欲しいんだ。そうしてくれれば――」

 

 言葉を続ける傍らで、すっとヒムロが右手を差し出して来る。

 

「――きっと、お互いに良いバトルが出来るから」

 

 

 

「……良いバトル、か」

 

 眼前に掲げた右の掌を眺めながら、イツキは呟く。

 あの後、アイアンタイガーとデアールが代表してバトルのルールや細かな質疑について互いに確認し合い、それが終わってから先にバトルフィールドへ向かう事となっていたZi-ソウルの面々と別れたのだが――差し出されたヒムロの手を握り返した時の感覚がまだ残る手を握り締めたイツキは、改めて確信する。

 そうだ、何も心配する必要なんて無い。

 ヒムロは、Zi-ソウルの面々はいつかの初心者狩りの連中とは違う。交わした言葉こそ(わず)かだが、それでも、これから戦う相手として、彼らが自分達への敬意(けいい)を最大限に払っていてくれた事ははっきりと伝わって来た。

 彼らとなら、きっと良いバトルが出来る。勝とうが負けようが。絶対に悔いや遺恨(いこん)の残らない、やって良かったと思えるような結果で終れる筈だ。

 

「――っと」

 

 ゴウン、という重い機械音が響き、同時にコックピット内が揺れる。

 それに反応して正面モニターを見遣れば、奥まで長く広がるカタパルトレールの内装がそこに映っていた。

 どうやらコアガンダムが射出位置に着いたらしい。

 

「――良し!」

 

 カタパルトレールの先に小さく見える出口を前に、イツキは自らの両頬を叩く。

 現実のような痛みは無いが、それでも顔に広がる衝撃と、パン、という小気味良い音は十分な効果を発揮してくれる。

 緊褌一番(きんこいちばん)。気合を入れ直したイツキは視線を上方へと移動させ、その先にあるだろうコアガンダムの頭部を思い描きながら語り掛ける。

 

「いよいよお前の初バトルだ。俺がお前をちゃんと動かせるかどうかもまだ分かんないし、あの人達だってきっともの凄く強い」

 

 それでも、自分達なりの全力は出していこう。

 初めてのフォースバトルを全力で楽しみ、()()()()()にするために。

 だから、余計な事など考えずに――。

 

()()()()()()()()()()()()()()()――行こう、コアガンダム!」

 

 そう告げるや、イツキは左右の操縦桿をぐっと握り直す。

 それに合わせて――あるいは彼の意気込みに応えるように――コアガンダムが機体を屈めて射出態勢を整えるのと同じくして、カタパルトレール上部から飛び出している六角形のシグナルランプの色が、赤から緑へと変わる。

 出撃が可能となった事を報せるその変化を認めたイツキは、一つ深呼吸をして腹に空気を溜めてから――その全てを吐き出す勢いで、宣言した。

 

『イツキ! コアガンダム! 行っきまーす!!』

 

 

 

『――おっと?』

 

「やっと来たな」

 

 自らが搭乗するガンプラのコックピット内に鳴り響くアラート音と、正面モニター右下隅の通信ウィンドウからのノフリの声を合図に、デアールは上方へと目を向ける。

 それに合わせてモニター上方の一部が自動拡大(オートクローズ)され、極々小さな機影から詳細を見分けられる程に大きくなった三機のガンプラの姿に、おお、と彼は驚きの声を上げた。

 

「こりゃまた、珍しいガンプラだなぁ……」

 

 二機が先頭を行き、残りの一機が少し離れた後方につく逆三角形の配置で三機は飛行しているのだが、その中でデアールが機体ベースを判別する事が出来たのは、先頭を行く二機の内の一機であるガンダムDXの改造機のみ。他の二機――箒らしき武器に(またが)り、頭部左右のツインテール根本のコーンスラスター付ユニットから緑色のGN粒子を放出する人形染みた機体と、遠目から見ても明らかにそうと分かる程に小さな体躯のガンダムタイプの機体については、どちらも初めて目にするガンプラだった。

 ――と思い掛けたところだったが、

 

「何か、見覚えがある気がするぞ……?」

 

ふと、そんな気がした。

 その見覚えが、果たしていつ、どんな状況での事だったかを、額に人差し指の先を当て、う~ん、と唸りながらデアールは記憶を探るが――不意に通信ウィンドウの向こうで掌を打ち鳴らしたノフリの、ひょっとして、という声が、その思考を途切れさせた。

 

『あの人形みたいなガンプラ、モビルドールじゃないっすか?』

 

「モビルドール? W(ウイング)に出て来た?」

 

『じゃなくて! ほら、例の――ELダイバーが現実での体にしてるっていう――』

 

「ああ!」

 

 それか、とデアールは得心する。

 GBNが生み出した噂の電子生命体、ELダイバーが現実で活動するための体としてモビルドールと呼ばれるガンプラを使っている、という噂は彼も耳にしたことがある。流石にそのELダイバーに出会った事は――かつての、知らぬ間の()()()邂逅(かいこう)を除いて―― 一度も無かったのだが……。

 

「となると……あの子達の中にいるって事か! 噂のELダイバーが!」

 

 導き出したその結論に、思わず両手を握ってデアールは歓喜する。

 その存在が確認されてから既に100人近くまで数を増やしているELダイバーであるが、それでも総アクセス数二千万以上という膨大なGBNの総プレイ人口に比した人口密度はまだまだ小さく、相見(あいまみ)える機会は勿論、そうであると気づけるチャンスもまだまだ少ない。

 そんなELダイバーとこれから刃を交えられるとなれば、正にそれは滅多に無い機会という奴だ。

 現にノフリなど、

 

『こりゃ、バトル終わったらサイン貰わないといけないっすね!』

 

と興奮し出す始末である。

 そんな彼に、だな、と頷きつつ、棚から落ちて来た牡丹餅(ぼたもち)のような機会に膨らむ期待に自らも笑みを浮かべたデアールは、続けてノフリが映るウィンドウの隣の通信ウィンドウへと視線を移して言った。

 

「こりゃあ色々と楽しみが増えて来た! 君もそう思うだろ、ヒムロ君!」

 

 そこに映るヒムロからも、ええ、と笑顔の同意が返って来るものと思いながら。

 ――しかし、実際にヒムロから返って来た反応は、そんなデアールの予想とは違っていた。

 

『……』

 

 ヒムロは、かっと目を開いていた。

 まるで、そこにあってはならない、存在している事が到底信じ難い物を目にしたかのような、凄まじい形相で硬直していた。

 明らかに尋常(じんじょう)では無いその様子に、直前までの興奮すら忘れてしまう程にデアールとノフリは動揺してしまう。

 

「……お、おいっ! どうしたんだヒムロ君!? しっかりしろ!」

 

 一体何が起こったというのか?

 訳が分からずノフリ共々困惑せざるを得ないデアールであったが、それでもリーダーとして異様な変化を見せるメンバーを見過ごすワケにはいかないと、慌てて彼はヒムロへと叫び掛ける。

 その呼び掛けが効いたのかは定かでは無かったが、開け放たれたままだったヒムロの口がポツリ、と言った。

 

『……コア……ガンダム……?』

 

「え?」

 

『いや……――の機体じゃ……けど……何で……?』

 

 通信越しでは一部が聞き取れない程に(おぼろ)げな口調でヒムロが告げたその名に、デアールはもう一度拡大された三機のガンプラを――DXとモビルドールの後について飛ぶ、小柄なガンダムタイプを見上げた。

 ()()()()()()――それが、あの小さなガンダムの名前なのだろうか?

 そのコアガンダムとやらが、こうもヒムロが取り乱している理由なのか?

 次々湧いて出て来る疑問に戸惑いを強めるデアールであったが、その一方で気になる事も一つあった。

 その気になる事を、同じように当惑を強めていたノフリが通信越しに代弁する。

 

()()ガンダム……ちょっと待てよ? その名前、まるで――』

 

 そうだ。

 コアガンダム。――その名前は、()()()()

 二人()良く知る――ノフリの言葉に導かれる様に右へと振り向いたデアールの視線の先に立つ、()()()()()()の名前に。

 

『……デアールさん、ノフリさん』

 

 その機体が、自らの存在を指し示すように一歩進み出る。

 

『他の二機――DXとモビルドールの相手は、お二人に任せて良いですか?』

 

 自身とノフリにそう尋ねて来るヒムロに、デアールはすぐに返事を返せなかった。

 横目に見遣った通信ウィンドウに映る彼の顔には、先程までのような異常さは無くなっていたが、代わりに何かを思い詰めたような緊張が見て取れた。

 その表情の変化が、言い知れぬ不安をデアールに感じさせた。

 

『あのコアガンダムは()()が相手をします。僕と――』

 

 狼狽(うろた)えるデアールを後目に、彼の視線の先のガンプラがまた一歩前に出る。

 彼やノフリのガンプラと比べて半分程度しかない小さな体躯から、根本から足首の辺りまでグレーのフレーム部が露出した四本の足を下ろしてぬかるんだ地面の上に立つ、白を基調とした機体。

 細長い頭部を上へと(もた)げたその機体が、両端が左右側頭の中程まで引かれた黒いモノアイレールの中央、正面へとピンク色のモノアイをスライドさせる。

 他の二機と共にコアガンダムが飛び去っていった空へと。

 

『――“コアバクゥ”が』

 

 ウィンドウの奥で鋭く目を細めるヒムロに呼応するように、彼が乗るガンプラ――“コアバクゥ”のモノアイが、一際強い光を放つ。

 獲物を見定めた獣の眼光を連想させるような、鋭い光を。

 




次回、VS Zi-ソウル戦、開幕!

何だか雲行きが怪しくなってきた初フォースバトル、果たしてイツキは生き残れるのか? 次回はちょっと遅くなりそうですが、それでもこうご期待!


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第18話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ①

長らくお待たせ致しまして申し訳ありません。ようやくVSZi-ソウル開幕です。
さぁ、初フォースバトルの栄冠をイツキは勝ち取れるのか? こうご期待。

(2021/12/19)撃墜されてから復帰までに掛かる時間が流石に短過ぎましたので、十分に修正しました。


「今日のバトルのルール、もっぺん確認しとくぞ」

 

 そうアイアンタイガーが切り出したのは、彼がイツキとトピアと共にZi-ソウルとのフォースバトルの開始地点(スタートポイント)に到着すると共に電子ガイダンスによるバトル開始宣言が行われてから、少し時を経ての事だ。

 

『今日のバトルは、えーと……“フラッグ奪取戦”って奴だっけ?』

 

『はい! 今日のバトルはフラッグ奪取戦ですー』

 

 既に仲間達二人はアイアンタイガーの傍を離れ、各々の役割を為すために行動している。

 その内の一人であるイツキが、正面モニター右隅に二つ並ぶ通信ウィンドウの内の一つの向こうから思い出しつつといった様子で告げたその答えに、隣のウィンドウに映るトピアが大きく頷いて肯定を返す。

 二人の遣り取りの通り、今回のフォースバトルは“フラッグ奪取戦”。各フォース共にバトルフィールドの一定範囲を占める自軍エリアと一本のフラッグが与えられ、この自軍エリア内の何処かに隠したフラッグを探し、奪い合う事()()で勝敗を決するルールだ。

 

「フラッグ奪取戦の良いトコは、どっちかのフラッグが取られるまで()()()()()()()()っつー事だ」

 

 敵軍のフラッグを奪うか、それとも自軍のフラッグが奪われるか? ――その瞬間が訪れるまで、撃墜(ダメージアウト)による参加メンバーのリタイアは一切発生しない。バトルが続行する限り、何度倒されようと戦線に復帰出来るのもフラッグ奪取戦の特徴の一つだ。

 ただし、実際に撃墜されてから復帰する場合、どこで撃墜されようとまず自軍エリア内に定められた復帰地点(リスポーンポイント)へと送還され、更に十分間の待機時間(インターバルタイム)を挟んだ上で復帰する工程が常に発生する。このため、敵機の撃墜を重ねれば敵軍エリアへの侵攻と敵軍フラッグの探索に余裕が生まれるが、逆に味方の撃墜が重なれば敵軍に自軍エリア内への侵入と自軍フラッグへの接近を許して追い詰められる事となるので、敵機への攻撃・撃墜そのものが全く無意味というワケでも無い。

 兎にも角にも、最終的には――。

 

『いっぱいやられてもいいから、とにかくZi-ソウルの人たちより先にフラッグをとっちゃえば良いんですー。そしたら、私たちの勝ちですよー』

 

「そーいうこった! どーよ? 今のオメーにゃピッタリのルールだろ?」

 

 逆に言えば、互いにフラッグを取らない、取られない限り、バトルは終わらない。

 故に、他のルールなら開始数分で撃墜されて退場している可能性の高い彼のような初心者でも最後までバトルに参加し続ける事が出来る上に、平行して出来立てのコアガンダムの操縦に慣れる時間も取れる今回のルールは、正しくアイアンタイガーがそう告げた通り、イツキに打って付けであった。

 まぁ、フラッグ奪取戦が今のイツキに対して相性が良かったのは結果的な話で、別に彼の事を考慮してそのルールでバトルを行う事が決まったワケでも無いが。

 

(()()()()でやらなきゃならねーって時のための保険のつもりだったけど、へへ、フラッグ奪取戦にしといて正解だったぜ)

 

 コアガンダムを手にしたイツキを加え、俺様とゆかいな仲間達の名を広める。その一環として、今日のZi-ソウルとのフォースバトルに参加させ、Dランクに昇格するために必要なダイバーポイントを(かせ)がせる。

 そういう計画の下にイツキを傭兵として招いたというのは既にアイアンタイガーの口から語られた事であるが、実は彼は全てを白状し切ったワケでは無い。

 というのも、イツキをフォースに加える事そのものは二週間前のヒロトからのミッション(チャンス)が明かされた時から浮かんでいたアイディアなのだが、バトルに彼を参加させる事を()()()()()のはほんの二日前。Zi-ソウルとのバトルが決まったその時点で、アイアンタイガーの中にそんな発想は無かったのだ。

 そもそもの発端(ほったん)として、今回のバトルルールにフラッグ奪取戦が選ばれたのは当のアイアンタイガーの強い希望があっての事だったが、彼がそうしたのは、所属メンバーが二人しかいない俺様とゆかいな仲間達と三人いるZi-ソウルとの人数差と、そこに根差(ねざ)した戦力差を少しでも緩和(かんわ)する狙いがあったため。彼とトピアのみでバトルに挑まねばならない可能性を考慮しての事だった。

 勿論(もちろん)、それはあくまで最悪の場合だ。そうなってしまわないよう、相手方との人数差を解消する手段そのものはちゃんと考えていた。

 そう、傭兵だ。今回のイツキとは違う、ちゃんとした実力と経験を併せ持った正規の傭兵を彼は雇うつもりでいたのだ。

 だが、いざ調べてみるとそういった、傭兵として雇われる事を生業とするダイバー達への報酬の相場は相当に高く、立ち上げて一ヵ月程度の俺様とゆかいな仲間達にはとてもではないが用意出来るものでは無かった。

 そのため、正規の傭兵を雇う事をアイアンタイガーは早々に諦めざるを得ず、半ばダメ元であった()()()()()()も案の定断られ、トピアと二人だけでZi-ソウルとのフォースバトルに挑まねばならないという最悪の場合がいよいよ現実味を帯びて来た。

 そんな中で見つけた最後のメンバーの補充手段が、正に今回のイツキの編入であったのだが――モニター左上に表示されるバトルフィールドの概略図を見上げたアイアンタイガーは、ニヤリ、とほくそ笑んだ。

 簡略化した今回のフィールド内容と、フォースメンバー二人の位置を示す緑色の三角形のマーカーを表すその図に、彼の笑みの理由があった。

 今回のフィールドは、鬱蒼(うっそう)と生い茂る木々が林立する森林地帯と、荒涼とした大地が広がる荒野地帯に分かれており、この二種類の地形が同じコップに注いだ水と油の様にフィールド全体をきっぱり二分割している。

 その内、概略図上の上半分を覆う森林地帯は通常サイズ(18mクラス)のガンプラより背の高い木々が遮蔽物(しゃへいぶつ)と化すため、敵の索敵から隠れつつ敵軍エリアへ侵攻し易くなっているのだが、一方で当の木々やぬかるんだ地面によって足が取られやすく、視界も良くないため不意の接敵が発生しやすい。

 逆に、概略図上の下半分に広がる荒野エリアは岩壁や崖が多少存在する以外に障害物が無い開け放たれた地形であり、それ故に移動しやすく付近の敵機の動きも察知し易い反面、敵からも発見されやすいために迎撃されやすい。

 このような構成のフィールドに対し、アイアンタイガーは元より高い飛行能力を持ちEL TRANS-AMという奥の手を持つトピアに空からの侵攻と敵軍フラッグの探索を任せ、特別機動性に優れない代わりに多数の火器を搭載し、いざという時にはツインサテライトで射線上の全てを消し去れる自身は自軍フラッグ付近での防衛に当たるという配置で挑む事を決めていた。

 が、そこにイツキが加わった事で彼らの配置は幾分か変わる。より盤石(ばんじゃく)な方に。

 その理由は二つ。

 

『にしても、周り中木ばっかだなぁ。フラッグなんか全然見当たんないや。そっちはどう?』

 

『こっちも見つからないですー』

 

 一つは、当初トピアしかいなかった敵軍フラッグ捜索の手が増える事。

 そしてもう一つは、

 

(中々悪くねーペースで進んでんじゃねーか。思った通り、今日のフィールドとイツキのコアガンダムは相性バッチリみてーだな)

 

 前述の通り、今回のバトルフィールドは森林と荒野に分かれており、その内森林地帯は林立する木々とぬかるんだ地面から移動がし難く、視界の悪さから不意の敵機と接触が起こりやすい。

 しかし、コアガンダムの軽い機体重量は地面のぬかるみに足を取られ難く、小さい機体サイズは入り組んだ木々の間を潜り抜けやすい上に視認性も低くなるため、敵機と遭遇した際の対処がしやすくなる。そのため、森林地帯での問題点の影響を通常のガンプラよりも受け難いのだ。

 

(空からはガンガンかっ飛べるトピアが、森からは小回りの利くイツキがあっちのフラッグを()(さら)う。それまでの間、俺がこっちのフラッグを守り切る!)

 

 一時はどうなるかと思ったが、いざ出来上がったその布陣は存外完璧に思えた。

 その事にアイアンタイガーは満足していたのだが、ただ、それでも勝利を確信するには至らない。

 二つ程、懸念事項(けねんじこう)もあったために。

 

(取り敢えず、イツキがヘマしねー事祈っとかねーとな)

 

 一つは、やはり今回が初操縦となるイツキのコアガンダムだ。

 ルール上慣れる時間が確保しやすいとはいっても、結局まともに動かすのは今回が初めてである事に変わりは無い。あれだけ独特なガンプラであれば、これまで彼が使っていた陸戦型ガンダムのような通常サイズのガンプラとは勝手の違いが大なり小なりあるであろうから、それがどう影響して来るかという不安はどうしても拭い切れない。

 ただ、こちらはまだ何とかなるとアイアンタイガーは思っていた。

 最悪の場合だったとはいえ、元々トピアと二人だけ挑む事も想定していたのだ。いよいよとなればイツキ一人分の働きをカバーするくらいは何とかなる。

 それよりも気に掛かるのは、もう一つの方。

 

(後は、あっちのガンプラなんだが……)

 

 開始地点へ向かう道すがら、僅かにだが森の中に並び立つZi-ソウルの面々のガンプラを捉える事が出来た。

 問題は、そのガンプラ達も今回のフィールドに比較的適した機体であったという事だ。

 特にその内の一体――あの()()()ガンプラは、ヘタすればコアガンダム以上に森林地帯との相性が――。

 と、その時であった。

 

『いたっ! 敵だ!』

 

 通信を介してイツキがそう叫ぶと共に、フィールド概略図上の彼のマーカーのすぐ傍に、敵機を示す赤い三角形のマーカーが現れたのは。

 

 

 

『こっちでも確認したぜ。いんのはどいつだ?』

 

「ええっと、アレは確か……」

 

 通信を通して返って来たアイアンタイガーからの問い掛けに、正面モニターの先に映る敵のガンプラをイツキは凝視(ぎょうし)する。

 件の敵機は、腰の辺りから上を前へと傾けた姿勢で、更に臀部の辺りから太い尻尾が伸びた、まるで恐竜のようなシルエットのガンプラだ。まだまだガンプラに対する知識の浅いイツキでもそうと思える程の独特な姿のその機体は、背から二本の長い砲身を伸ばし、両手首から先はそれぞれ短い四門の砲口が円環状に並んでいる。胴から長く伸びた首の先にある頭部は目元がクリアーオレンジのバイザーに覆われており、そこ以外の部分はほぼ全身が白一色に染まっている。

 開始地点へと向かう道中でも一度目にしたそのガンプラの名を、既にイツキはアイアンタイガーとトピアから教えられている。

 そのガンプラ、

 

「思い出した! “ダナジン”って奴だ!」

 

“機動戦士ガンダムAGE”にて主人公達の敵対組織“ヴェイガン”が運用した量産機の一体である“ダナジン”の改造機が、イツキの方へと振り返るや両手の砲門を向けて来る。

 それを目にしたイツキは、すぐさまコアガンダムに回避行動を取らせようと両の操縦桿を左へ傾けた。

 (あやま)たずコアガンダムが左へ飛び退き、一拍遅れて放たれた大口径のバルカン弾の雨を一発も浴びる事無く回避し切る。

 それ自体は良い。来ると思った敵の攻撃を避け切った事、それ自体は。

 問題は、その回避動作の大きさだ。

 

「うわっ、ととと!」

 

 数発の弾丸が視界の端を通り過ぎて行くのを目にして、よし、と笑みを浮かべ掛けたのも束の間、想定よりもコアガンダムが大きく跳んだ事に気づいたイツキは、しまった、と慌てて操縦桿を右方向へと切り返した。

 それにより、どうにか進行先に(そび)え立っていた大木の直前で、ぬかるんだ地面を押し退けつつもコアガンダムの動きを止め、見るからに固そうな樹皮(じゅひ)に覆われた(みき)へと突っ込む事態を阻止する。

 

「あっぶね~……」

 

 周囲の木々は敵の視界や攻撃から身を隠すための遮蔽物として、ちょっとしたガンプラの攻撃数発くらいは耐えられる程度の耐久性を備えている。誤って衝突しようものなら、それなりのダメージが返って来る事は請け合いだ。

 そんな事態を間一髪避けられた事に、ふー、と額をダンダラ羽織の袖で拭いながらイツキは安堵し、同時に握り直した操縦桿に改めて身構える。――返って来る感覚の、その軽さに。

 

「やっぱコイツ、全然陸戦型ガンダムと違うなぁ」

 

 他に類を見ない小柄で軽量な機体に広い稼働範囲(かどうはんい)が故か、操縦一つ一つに対するコアガンダムの応答(レスポンス)は非常に機敏で繊細だ。ほんの数°程度、陸戦型ガンダムであればほぼ誤差レベルの変化しか起きないような操縦桿の傾け方でも、信じられない程に大きな変化がその挙動に現れて来る。丁度今の様に、予期せぬ衝突事故が起きかねない程に。

 先程出撃して早々予想外の動きを見せたコアガンダムからその事に気づいたイツキは、当然ながら驚き焦らされたが、しかしそこに不平や不満は無かった。

 コアガンダムが扱いの難しいガンプラである事は、既にヒロトから告げられていた事だ。恐らくこの挙動の軽さもその扱いの難しさの一部なのだから、それを分かってなおコアガンダムを欲したからにはそれくらい受け入れて見せるのが道理というものだ。

 そう考えるからこそ、イツキは陸戦型ガンダムに乗っていた時よりもずっと操縦桿を握る手に神経を集中させては、極力コアガンダムにおかしな動きをさせないように努めているのだ。

 さて、気を取り直したイツキは操縦桿を慎重に捻り、ダナジンのいる方へとコアガンダムの(ツインアイ)を向けさせるのだが、

 

「って、逃げてる!?」

 

モニターに映り込んだ当のダナジンは背を向け、尾を揺らしてその場から去ろうとしている真っ最中であった。

 

『逃がすなイツキ! 今の内にそいつをやっちまえ!』

 

「分かった!」

 

 バトルの勝敗を決めるのはあくまでフラッグで、更には撃墜しても一分後には復帰するが、だからとせっかく見つけた敵機を放っておく理由は無い。

 通信を介してコックピット内に響き渡ったアイアンタイガーの指示にすぐ返答したイツキはコアガンダムにコアスプレーガンを構えさせ、逃げる敵機の足を止めようと追い打ちを試みるが、

 

「ううぅ、ロックオン出来ない!」

 

ほんの僅かなズレにさえ反応するコアガンダムの繊細さがここでも(あだ)となり、ターゲットサイトを上手くダナジンに重ねられず、照準を合わせる事が出来ない。

 それでも、正面モニター上を忙しなく右往左往(うおうさおう)させつつも何とかターゲットサイトが敵機の傍まで近づいたタイミングを狙ってトリガーを引くイツキであったが、そうしてコアスプレーガンから放たれた数発のビームはいずれもダナジンを捉えられず、周囲の木々や地面に当たっては閃光や樹皮の破片、泥を散らせるばかりであった。

 そうこうしている内にもどんどん小さくなり、薄暗い木と木の間の空間へ走り去って行こうとするダナジン。

 その姿に、ここで狙いが不安定な射撃を続けていては逃げ切られると判断したイツキは操縦桿を――行き過ぎないように気を付けながら――前へ押し出して、コアスプレーガンを構えさせたままコアガンダムを前進。ダナジンの追跡を開始させた。

 幸い、バトル直前にアイアンタイガーから受けた説明の通り、この森林地帯とコアガンダムは相性が良い。通常サイズのガンプラならばほんの少しのミスで接触、あるいは衝突し兼ねない程度のスペースしか空いていない木々の隙間も、小柄なコアガンダムならば、まだ操縦感覚に慣れていない今のイツキでも悠々(ゆうゆう)と通過していける余裕がある。

 相も変わらず照準を合わせられないビームは先行くダナジンを(かす)めすらしないが、それでも周囲の木々やぬかるんだ地面がために一定以上の速度しか出せないあちらとの彼我距離(ひがきょり)は段々と縮まっていく。

 そうして、正面モニターの1/4程まで尾を揺らすダナジンの後姿が拡大した頃、コアスプレーガンから放たれたビームの一発が遂にその機体を捉えた。

 

「やった!」

 

 背に背負う二門の砲塔の内の一本から起きた小爆発によってバランスを崩し、足を止めたダナジンに歓喜の声を上げたイツキは更に接近。より距離を縮めた事で更に大きく正面モニター上に映り、同時にターゲットサイトを合せやすくなったその機体を落ち着いてロックオンする。

 過たず、コアスプレーガンの銃口がダナジンの胴体中央辺り向けて真っ直ぐに構えられる。

 そうして、そのままビームを撃ち込むため、右操縦桿の上部ボタンに沿えていた親指を押し込もうとした。

 その時だった。

 不意に金属同士が接触するような甲高い音と共にコックピットが大きく揺れ、同時に正面に見据えていた筈のダナジンが急にモニター上方へと消えたのは。

 

「な、何だぁ!?」

 

 突然の事態に困惑の声を上げるイツキ。

 そんな彼を置いてきぼりにするように、正面モニターにはダナジンと入れ替わるように下から這い上がって来た地面が大写しになり、かと思えばその地面に出来ていた窪み等が見る見る内に小さくなっていく。()()()()()ように。

 否、本当に離れていた。

 地面のみならず、周囲の木々や、先程消えた筈のダナジンが再びモニター内に映り込み、そのままどんどん縮小していく様を目にして、まさか、とイツキは後方へと振り返る。

 そして、自分の身に何が起こっているのかを知った。

 

「な、何だアレ……?」

 

 振り返った先にあったのは、一面に広がる空と、その中央を飛行する(やじり)状の()()だった。

 遠目故に朧げなシルエットしか捉えられないその()()から伸びた――時折(きら)めく陽光の反射以外にその存在を表すものが無い程に細い――ワイヤーの先端が繋がった藍色(あいいろ)クロー(ハサミ)が、知らぬ間に()()へと足先を向けていたコアガンダムの右足の半ば程を挟んでいた。

 ――()()から伸びたワイヤークローに捕まり、そのまま空まで持ち上げられて宙吊りにされている。

 そうイツキが悟るや否やの事だった。

 コアガンダムの右足に噛み付いていたワイヤークローが、何の予告も無く開かれたのは。

 

「うわあぁあああぁぁっ!?」

 

 空中での拘束(支え)を失ったコアガンダムが、重力に引かれるまま急速に落下を始める。

 慌ててイツキは操縦桿を引き上げて姿勢制御を試みるが、しかし間に合わず、ほんの数秒の後に襲って来た激しい振動に体を大きく揺さぶられて悶絶してしまう。

 吊り上げられたコアガンダムと地面との距離が、思いの外離れていなかったがために。

 それに加えて地面のぬかるみがクッション代わりになったのか、痛てて、と無い痛みに頭を振ってから見たコアガンダムのステータスにも、これといった損傷や異常は表示されていない。

 その事については一安心であったが、

 

「な、何だったんだよ、今の……?」

 

敵のダナジンに(ようや)くまともな攻撃を与えられる一歩手前で邪魔が入った事への不満や、そのまま連れ去られるかと思いや、ダメージらしいダメージなど負う事の無い低空から落とされた事への怪訝さが勝ったイツキが安堵の息を吐く事は無かった。

 と、その時だ。

 

「ん?」

 

 仰向けになっていたコアガンダムを立ち上がらせようとした最中、左方に佇む()()をイツキが視界の端に認めたのは。

 すぐさまそちらの方へと振り返ったイツキは、視界の中央へと移動したその何かの詳細な姿に眉根を寄せる。

 

「あれって、確か――」

 

 何か――木々の間の薄暗い空間からその姿を覗かせていたのは、一機のガンプラだった。

 白を基本色に、首や肩、太腿が艶の無い黒色のフレーム色を晒し、四肢の先が金色の輝きを放つその機体は、真っ先に目に付く大きな特徴が()()あった。

 まずは、その立ち方。

 ガンプラがガンダムシリーズ作品に出て来たMSやMAを模したものである事は今更説明するまでも無い事だが、特にMSを立体化した物は、その大半が人間を模した二腕二脚の人型だ。これに当て嵌まらない例外というのは極めて少ない。

 件のガンプラは、その数少ない例外――物を持つための腕や手を持たず、代わりに地に立つための足を前後二本ずつの計四本持つ、動物染みた四足歩行の機体であった。

 それだけでも大分際立った特徴を持っていると言えるが、もう一つの特徴も負けず劣らず際立ったものだ。

 その――異様なまでに小さい機体サイズも。

 そう、件のガンプラは小さいのだ。それこそ、イツキのコアガンダムに匹敵(ひってき)する程に。

 いやむしろ、四足歩行故の低姿勢を加味したそのシルエットは、コアガンダムと比較してもなお小さくすら思える。

 そんな、度を越しているとさえ思える程の小柄さもあって、そのガンプラを最初に発見した際はアイアンタイガーもトピアもすぐには正体を特定できず首を傾げていたが、それでも四足歩行のガンプラというのはやはり限られて来る。

 半信半疑ながらも二人が言っていた、そのガンプラの名は――。

 

「――バクゥ?」

 

 呟きつつもコアガンダムを完全に立たせたイツキの視線の先で、その小さなバクゥタイプのガンプラが細長い頭部を持ち上げ、ピンク色の一つ目(モノアイ)をギラリ、と鋭く光らせた。

 

 

 

「ありがとうございました、ノフリさん」

 

 右側モニター上の通信ウィンドウに映るノフリに、ヒムロは礼を告げた。

 すかさず、良いって事よ、と快活な笑みを浮かべたノフリからの返事が返って来る。

 

『他でもないヒムロ君の頼みだ。“指定のポイント(この辺)までコアガンダム(そのガンプラ)を誘導する”くらい、ちょちょいのちょいってモンさ!』

 

 そう、そういう依頼だった。

 “もしコアガンダムと会敵(かいてき)したら、自分が指示するポイントまで誘い込んで欲しい”。――フォースバトル真っ只中での、しかもそちらの勝敗になんら好影響を(もたら)さない頼みだったため、断られたとしても仕方ないという腹積もりだったが、それでもノフリは応えてくれた。それも、自らのダナジンに傷を負わせてまで。

 その上で何の不平不満も見せない彼の様子に、ヒムロは感謝以外の思いが浮かばなかった。

 だからこそ、ノフリが作ってくれたこの機会を無駄にするワケにはいかない。

 

「――ノフリさんは敵フラッグの捜索に戻って下さい。僕も用を終わらせたら、すぐそっちに回ります」

 

『ああ、分かったけど……一人で大丈夫? 俺もそっちに向かった方が――』

 

「大丈夫です」

 

 どこか心配げなノフリからの提案を、(おもむろ)に首を振ってヒムロは断る。

 これは、あくまで個人的な我儘(わがまま)。極々個人的な欲求を満たすためだけに、チームでの戦いの場である事を無視してまで設けてもらった場だ。これ以上ノフリを付き合わせるワケにはいかない。

 それに、だ。

 

()()は負けない」

 

 正面モニター越しに真っ直ぐ見据えた先で、仰向けに倒れていたコアガンダムが漸く立ち上がる。

 あのコアガンダムに乗っているのが誰なのかは、何となくだが検討が付いている。仮にその検討が外れていたとしても、それでも確かな事が一つだけある。

 あれを操縦しているのは、()ではない。

 それさえ分かっていれば十分だ。

 ()()()があのコアガンダムに負けないという、絶対の自信を抱くには。

 その自信が通じたのか、

 

『……分かった。気を付けていけよ、ヒムロ君!』

 

まだ不安を拭い切れない様子を見せながらも、待ってるからな、という言葉を最後にノフリからの通信が切断された。

 それを確認したヒムロは、続けて通信先を変更し、改めて回線を接続する。

 ――前方のコアガンダムとの通信回線を。

 待つ事ほんの十数秒。通信ウィンドウを伴って正面モニターの横側に現れたのは、

 

「――やっぱり君だったんだね、イツキ君」

 

『ええっと……ヒムロ君、だったっけ?』

 

予想していた通りの顔だった。

 

「驚いたよ。君のガンプラが、まさかその機体だったなんて」

 

 相手フォースにコアガンダムがいると分かった時、そのダイバーが誰なのかはちょっとした消去法ですぐに思い至った。

 まず、トピアは除外だ。僚機のモビルドールが彼女に良く似ていたため、それが彼女の機体であるのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だった。

 続けてアイアンタイガーだが、初対面のためあくまで第一印象の話になってしまうが、どちらかといえば彼はコアガンダムのような繊細な機体よりも、隣にいたDXのような火力特化のガンプラを好んでいそうな印象があったため、可能性は低いと見ていた。

 よって、残るイツキが最も可能性が高いと踏んではいたのだが――こうしてその答え合わせが行われてなお、ヒムロの内には信じ難い思いがあった。

 

『もしかして、知ってるの? コアガンダムの事?』

 

「うん。――良く知ってるよ」

 

 そうとも、良く知っている。

 むしろ、知らない理由の方が無い。

 何故なら、あの機体は――。

 

「――だから、連れて来てもらったんだ」

 

『え?』

 

 通信ウィンドウの向こうで虚を突かれたような表情を浮かべるイツキを余所(よそ)に、ヒムロは両手の操縦桿を握り直し、前へと傾ける。

 

「そのコアガンダム。それと、そのコアガンダムに乗っている君の事が――」

 

 その操作を受け、コアバクゥが動き出す。

 

「――少し気になってね!」

 

 獲物向けて襲い掛かる猛獣そのままに、コアガンダム目掛けて飛び掛かる。

 

『うわぁっ!?』

 

 通信を介してイツキの驚く声が聞こえるのが早いか否かというタイミングで、コアガンダムが――(いささ)大仰(おおぎょう)な動きで――身を(ひるがえ)した事で、コアバクゥに振り下ろさせていた前足が(かわ)されてしまう。

 そのまま、進行先に標的がいなくなったコアバクゥの右前足は勢い良く地面を叩き、盛大に泥を跳ね上げるに終わってしまうのだが、

 

『な、何だよいきなり!?』

 

「余裕あるんだね?」

 

『え?』

 

「まだこっちの攻撃は終わってないよ」

 

()()()()()()()()()

 瞬時にヒムロは左の操縦桿を押し込み、まだ着地していない左前足までもを地面へと踏み込ませ、続けて右の操縦桿を前へ、左の操縦桿を後へ、それぞれ半円を描くように捻り動かす。

 その操作にコアバクゥが瞬時応答し、地に着けた両前足の支点に機体を左から右へ大きく振って、

 

『ぐわっ!?』

 

浮き上がったままのところに勢いを付けた両後足の先をコアガンダムへと叩き込んだ。

 

『ぐぅううぅ……!』

 

 イツキの呻きと共に、コアバクゥの二連後回し蹴りを頭部と胸部に見舞われたコアガンダムが(たま)らずといった体で後退する。

 同時に、蹴りの反動を利用してコアバクゥを一歩飛び退かせ、一旦距離を取り直したヒムロは通信を通してこう言った。

 

「話だけしたくて、君をここまで連れて来たワケじゃないんだよ」

 

 さも何か話し合うような雰囲気があったとしても、そこはあくまでガンプラバトルの真っ只中。敵を目の前にしておきながら、その行動に対する警戒を解いてしまうのは悪手と言わざるを得ない。

 そこだけを見れば、イツキはやはり最初に彼を見た時に抱いた第一印象のまま――まだまだ実力と経験の浅い初心者ダイバーだ。少なくとも、ロビーでデアールやノフリが言っていたような、ダイバーランク不相応の力を備えたダークホースという印象は全くと言っていい程感じられない。

 しかし、一度はそう下した自らの判断を、既にヒムロは切り捨てている。

 そんな筈は無い、と。

 例え()には及ばないとしても、あのダンダラ羽織の少年がその程度である筈が無い、と。

 ()()コアガンダムを持つ者が、そんな程度で()()()()()()()()、と。

 だから、

 

「今はバトル中だよ。――話している最中に攻撃するなって言うのなら、それは君の油断だ」

 

普段ならば口にしないような挑発を、敢えて彼は投げ掛ける。

 その言葉に反応し、通信ウィンドウの向こうのイツキの顔がむっとしたものへと変わる。

 

『言ったな!?』

 

 そう彼が言うや否や、態勢を整えたコアガンダムの右腕が跳ね上げられる。その手に持つコアスプレーガンを構えるために。

 だがその動きは、

 

「遅い」

 

 すぐさま、ヒムロは操縦桿を押し込んで武器スロットを展開。数秒と掛からず必要な武器を選び出し、モニター上に現れたターゲットサイトをコアガンダムへと重ね合わせる。

 流れるようなその操作によって、コアバクゥが僅かに身を屈めると共にロックオンが完了した()()を、(よど)み無くヒムロは発射した。

 コアバクゥの背に設けられている二門の小型砲塔――“コアレールガン”を。

 刹那、微かなスパークを(ほとばし)らせて二つ砲口から放たれた弾頭が、遅れて向けられたコアスプレーガンへと飛び込み、銃口の奥から(ほの)かなピンク色の光を灯らせていたそれを爆散せしめた。

 

『ぐわっ!?』

 

 発射寸前だった自らの武器が起こした爆風に耐えられず、たたらを踏んで後退したコアガンダムの方へとコアバクゥをゆっくりと歩ませつつ、ヒムロは告げる。

 

「悪いけど、君にも少し付き合ってもらうよ?」

 

 一度握り直した操縦桿を、態勢を立て直すや緑色のツインアイを向けるコアガンダムと、通信ウィンドウの向こうで歯を食い縛るイツキ向けて押し倒し、

 

「僕達の――僕と、コアバクゥの我儘に!」

 

脱兎(だっと)の勢いでコアバクゥを駆け出させながら。

 




突如始まる相手エースとの一騎打ち。チーム戦なの半ばそっちのけの戦いは、さてさてどうなる事やら。

次回も多分また遅々の投稿になるかと思いますが、どうか気長にお待ち頂けますよう、お願いいたします。


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第19話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ②

長らくお待たせ致しました、第19話!
最近ちょっと文が進められなくて参ってましたが、何とか投稿出来ました。

引き続きVSZi-ソウル戦! ヒムロと半ば一騎打ち状態のイツキはさてどうなる事やら?


 フライトモードのGNブルームメイスに(またが)らせたモビルドールで空を飛んでいたトピアが、正面モニター右上に映していたバトルフィールドの概略図の変化に気づいたのは、フィールドの左側――敵エリアの空を飛びながら敵フラッグを捜索していた、その最中の事だった。

 すぐさま、彼女は報告のためにアイアンタイガーへと通信を繋げる。

 

()()()()()()()くん、イツキくんが敵と交戦中ですー!」

 

()()()()()()()()!!

 

 通信が繋がると共に状況を伝えて早々、(こす)ってもランプの精とか出ねーっつの、と怒声を返して来るアイアンタイガー。

 その迫力に思わず縮こまるトピアを後目に、ったく、と逆さ被りの帽子の上から頭を掻きながら彼が言う。

 

『こっちでも確認してる。やり合ってんのは、あのヒムロって奴だな』

 

「あっちのエースって人ですぅ!」

 

 確か、先のロビーでの待ち合わせの際にデアールとノフリがそう紹介していた。

 あの大人二人にエースとまで呼ばれるからには、あの少年はかなりの実力を持っていると見て良い。そんな相手と、まだまだ実力も経験も(とぼ)しいイツキを一人で戦わせるのは荷が重いのではないか?

 そう不安を感じたからこそ判断を(あお)ごうとしたのだが――腕を組んで考えるような素振りを見せたアイアンタイガーから返って来たのは、(いささ)か無情なものだった。

 

『――助けに行く必要は無ぇ』

 

「ええ? でも、このままじゃイツキくんが――」

 

『今回のバトルは撃墜さ(やら)れても復活出来るし、向こうのエースってのの気がイツキのヤツに向いてんなら、そいつを利用しねー手は無ぇ』

 

「だけど――」

 

『忘れんな。俺らが今やってんのはフォースバトルで、しかもフラッグ奪取戦だ。誰が何べんやられよーが、最後にフラッグ取った方が勝ちだ。イツキの方はアイツに任せて、オメーはともかくあっちのフラッグ見つけて分捕(ぶんど)る事だけ考えろ』

 

「……」

 

 アイアンタイガーの言う事は分かる。

 あくまでこれはフォースバトル。最後にフォースとして勝利出来るか、それとも敗北に終わるかが大事なのであって、その過程でメンバーが何人倒し倒されたかは――特に今回のようなルールでは――あまり重要ではない。

 そういう理屈は分かるのだが――それでも、半ば仲間(お友達)を見捨てるような彼の判断には、トピアはすぐに頷く事が出来なかった。

 が、そんな彼女の煮え切らない心境など、刻一刻と変わる戦況は()み取ってくれなどしない。

 それを示す様に、不意のけたたましいアラートと、それに一瞬遅れてやって来た轟音と振動がモビルドールごとトピアを揺さ振った。

 

『どうした!?』

 

 意図せず漏れ出た、きゃあ、という悲鳴に反応したアイアンタイガーからの声に、大丈夫ですー、と返答しつつトピアはコンソールに目を遣り、状況を確認する。

 どうやら、被弾したらしい。機体ステータスを見るに、左の二の腕とスカートアーマーに大した数値でこそ無いがダメージが入っている。

 となれば、どこかに攻撃をして来た敵機がいる筈。

 その敵機の位置を探るため視界を巡らそうとするトピアであったが、それを待たずに再び鳴り響くアラートが更なる攻撃の接近を報せる。

 十時方向――連なって迫る実体弾の群れの事を。

 すぐさまトピアは左の操縦桿を引き寄せ、モビルドールに上半身を左斜めへ傾けつつ左折させる事で、その攻撃を紙一重で避ける。

 それでも(しな)(むち)のような軌道を描きながら弾丸の群れが追い(すが)って来るため、そのままモビルドールの進行を維持させる事で逃れようとするトピアであったが、その最中で彼女の双眸はようやく()()姿()を発見する。

 

「敵機みつけましたー!」

 

『今度はどいつだ!』

 

「えっと……」

 

 下方の、鬱蒼(うっそう)と生い茂る密林の中から実体弾を連射してくるその敵機の詳細を知るため、トピアは目を細める。

 生い茂る木の葉に紛れているせいで輪郭が朧げだが、それでもその独特の――ボールのように丸く大柄なシルエットは誤魔化し切れない。

 巨大な球体のような胴から太い手足と長い尻尾を生やした、ゴリラを連想させるフォルム。黒を基調に赤の差し色を加え、背に大口径の発射口がぽっかりと開いたビーム砲と、細いバレルが円環状に六本並んだ大口径バルカン砲を背負った、そのガンプラは――。

 

「――“ザムドラーグ”ですー!」

 

 先程イツキが接敵したダナジンと同じく、機動戦士ガンダムAGEにてヴェイガンが運用したMSの一体である“ザムドラーグ”。そのカスタマイズ機に他ならなかった。

 

 

 

 白い影が、迫る。

 あっという間に肉薄し、金色の煌きを鋭く放つ足先を振り被る獣が。

 

「う、おおおおっ!」

 

 すぐさまイツキは右の操縦桿を力任せに押し込み、失ったコアスプレーガンに代わって右手に握らせたコアサーベルをコアガンダムに振らせ、迎え打とうとする。

 しかし、それよりも一瞬早く地に着けたままの三本足をバネのように屈伸した獣がその場から飛び跳ねたために、横薙ぎに振り払ったビーム刃の斬撃はかすり傷一つ付ける事無く、何も無い空間を空しく通過する。

 そして、単純に攻撃が空振ったというだけで事態は終わらない。

 

「あ、やべっ!」

 

 コアサーベルを振り切ったコアガンダムが、それでもなお止まらず、自らの腕に引っ張られる様にその身を左回りに(ひね)り出す。

 咄嗟の操作であった事が災いした、全く意図外の挙動であった。

 その動きに虚を突かれると共に、コアガンダムの高過ぎる応答性(レスポンス)が僅かな操作の誤差を拾わないための注意を一瞬とはいえ緩めてしまったしくじりに歯噛むイツキであったが、しかしそんな暇すら彼には無い。

 ふっと視界に差す影。それに疑問を覚える間も無く、続いて襲い来る重い衝撃。背後からのその衝撃にかはっ、とイツキは空気を吐き出し、正面モニターに映るコアガンダムの両腕が地面へとへばり付く。

 一体何が、とコアガンダムを後方へ振り向かせてみれば、そのツインアイを通して右モニターに真っ先に映り込むものがあった。

 ピンク色の光を放つ獣の一つ目――倒れるコアガンダムのバックパックを右前足で踏み付けながら見下ろす、コアバクゥのモノアイが。

 先程コアサーベルの一閃を外した勢いで態勢を崩した隙を突かれ、上方に回避していたコアバクゥに背中から踏み付けられ、押し倒された。――そう察するや、

 

「こんのっ!」

 

すぐにイツキは操縦桿を引いてコアガンダムに胴を(ひね)らせ、左手に握ったままのコアシールドでコアバクゥを殴り付けようとする。

 再び僅差で飛び退かれたため、残念ながらその反撃は当たるどころか(かす)めすらしなかったが、それでも背に乗っていたコアバクゥを振り払って拘束を解くには至ったため、その流れのままイツキはコアガンダムを仰向けさせ、バルカンを発射させた。

 軽妙な発砲音を連鎖させ、コアガンダムの両側頭部より飛び出す弾丸の群れ。その先頭が突き進む先にいるコアバクゥはまだ四本の足を着けられない中空を慣性のまま浮遊し、尚且つ、その進行方向にはコアバクゥの全長以上の太さを持つ木の幹が(そび)え立っている。

 このままならコアバクゥは幹に衝突、それで損傷を負うことは無くとも動きは確実に止まるから、そのタイミングでバルカン弾が直撃する筈。――やっとこっちの攻撃が当たる!

 そう確信し、良し、とイツキは笑みを浮かべ――かけた刹那、ぎょっと目を見開く。

 幹に衝突する直前、四本足の裏をそちらへ向けるようにコアバクゥが中空で反転。地上に下りたかの様に幹の上に難無く着地するや前方へと跳び出し、背に突き刺さる直前だったバルカン弾の群れを紙一重で(かわ)したがために。

 

「そんなのアリかよ……!」

 

 木の幹を利用した壁蹴りという予想外の回避行動に、思わず毒づくイツキ。

 そんな彼と、幹に次々突き刺さっては樹皮を細かく砕き散らしていくコアガンダムのバルカンを後目に、悠々(ゆうゆう)とコアバクゥが地表へ着地し、モノアイが光る頭部を向けて来る。

 と同時に、

 

『どうしたの?』

 

通信を介して、疑問の(こも)ったヒムロの声が掛けられる。

 

『まだ僕達は一度も君の攻撃を受けてないよ? いやに動きが粗いけど、ひょっとして、手加減でもしているのかな?』

 

「……っ! そんなワケないだろ!」

 

 何処か含むものを感じさせるヒムロの物言いに、むっとなりながらイツキは叫び返す。

 手加減などしていない。慣れないコアガンダムの操作に振り回されそうになりつつではあるが、それでも今出せる全力は出している。

 その上で、攻撃が当たらない。その上で、良いように翻弄(ほんろう)されている。

 ヒムロに。――あのコアバクゥという、機体サイズだけでなく名前さえもコアガンダムとよく似た彼のガンプラに。

 それこそ、手加減してんのはそっちじゃんか、と疑い、言い返してしまいたくなる程に。

 だが、イツキがそれを口にする(いとま)は無かった。

 それを待たず、そう、とヒムロが息を吐くのが聞こえたからだ。

 

『なら君は、ビルダーとしてはそれなりでも、ファイターとしては大した事無い人、って事なのかな?』

 

 コアガンダムを中心に、獲物の様子を伺う獣のように周囲十数m辺りをゆっくりと旋回するコアバクゥから流れて来たその声には、心なしか落胆(らくたん)が滲んでいるように聞こえた。

 その意味の分からない落胆に呼び起こされた焦燥に突き動かされるまま、イツキは叫び返す。

 

「だ、だったら何だよ!?」

 

『もしそうだって言うのなら――』

 

 正面モニターを介したイツキの睨みの先で、コアバクゥが足を止め、再びコアガンダムの方へと向き直る。

 その挙動を目にしたイツキは、反射的に操縦桿を握る手に力を込めた。

 

『――がっかりかな』

 

 刹那、コアバクゥが急接近して来る。これまでと同じように、四本足のバネを十全に活かした、弾かれたような勢いの飛び掛かりで。

 ともすれば、また反応し切れず攻撃を受けてしまいかねない素早さであったが、しかし攻撃間際の予兆を感じ取れた今回はそうはならない。コアバクゥが動き出した瞬間には、既にイツキはコアガンダムに左手のコアシールドを前面へと突き出させ、右手のコアサーベルを右下に刀身を下ろした状態で構えさせている。

 シールドでヒムロの攻撃を受け止め、その瞬間を逃さずにサーベルを切り上げてカウンターを見舞う。――それが、攻撃の予兆を感じ取った瞬間に連鎖して浮かんだイツキの一手だ。

 その目論見(もくろみ)通り、飛び掛かり様に高く掲げられていたコアバクゥの右前足がコアシールドの表面へと吸い込まれるように振り下ろされる。

 そして、衝撃と火花を伴って、叩き付けられたその前足をコアシールドが受け止め切る――事は無かった。

 

「――あれ?」

 

 正面モニターの向こうで起きたその瞬間を目の当たりにして、イツキは思わず呆けた声を漏らした。

 止むを得ない事であった。

 コアバクゥの前足がコアシールドに接触したかと思ったその刹那、突如コアシールドが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、全く予想外の事態が起きたのだから。

 そうして、持ち手の周辺部分を除いてバラバラ、と地面へ落ちていくコアシールドだった板切れを目で追うイツキであったが、すぐに彼ははっと気を取り直し、慌てて右の操縦桿を力任せに押し込んだ。

 その操作に反応し、コアガンダムが(すく)い上げるように右手のコアサーベルを振り上げに掛かる。未だ地面から足を浮かせたまま、肉薄しているコアバクゥを切り付けんがために。

 だが、円弧の軌跡を描いて迫ったビーム刃がその胴体に傷を付けることは無かった。

 受け止められたからだ。

 胸部の表面まであと少しというところで、コアバクゥが頭部左右――頬の辺りに設けられた薄い円筒部分から発振した、ビームの()によって。

 

「なぁっ!?」

 

 自らのサーベルの刀身とぶつかり合い、スパークを散らすコアバクゥの()に、目を剥くイツキ。

 立て続けに起こった予想外の事態に驚愕する彼に、更に追い打ちとばかりに頭部を振り上げてコアサーベルを押し返したコアバクゥがその場で反転。矢庭(やにわ)に背を向けるや、僅かな流線のみを残して地面から離した両の後脚をコアガンダムの腹部へと叩き込んで来た。

 

「うわああぁぁぁ!!」

 

 足のバネを活かしたギャロップキックを耐え切る事など出来ず、問答無用で弾き飛ばされるままにコアガンダムが十数m程後方の地面へと背中から転がされる。

 その際の凄まじい衝撃と振動に揺さ振られてぐわんぐわんとする頭を何とか持ち上げながら、何が起こったのかを把握しようとイツキは正面モニターに映るコアバクゥへと視線を戻した。

 そして、ふと気づく。

 コアバクゥの両前足の先端、金色の矢じり状になっていた部分が三又に開き、三本の鋭い()になっていた事。心なしか開く前よりも赤くなった爪と地面の間から、微かに白煙が立ち昇っている事に。

 それで何となくだが察した。先程コアシールドがバラバラになったのが、その爪によって()()()()()()()ためであると。

 

「くぅ……!」

 

 蹴り飛ばされたせいで、コアガンダムはまだ地面の上に寝そべっている状態だ。その上シールドも失っている今、未だビームの牙と赤熱化した爪を共に展開したままのコアバクゥに対して、あまりにも隙だらけだ。ボサッ、としている場合ではない。

 急いでイツキは――途中途中で操作の行き過ぎから機体をグラつかせつつも――コアガンダムをその場に立たせ、左手にまだ持ったままだったコアシールドの残骸を放り捨てさせると共に、右手のコアサーベルの刀身を斜めに傾けて構えさせる。

 そしてモニターの向こうのコアバクゥをじっと睨み付け、再び襲い掛かって来るその瞬間を逃すまいと神経を集中させた。

 しかし、そうして緊張に強張(こわば)る彼の意思に反し、コアバクゥの口元からビームの牙が掻き消え、前足の爪も閉じられて元の矢じり状へと戻る。――攻め込むつもりが無いとでも言うように。

 そんな敵機の様子に一瞬拍子抜けし掛けるも、すぐに頭を振って緩み掛けた緊張を取り戻そうとするイツキであったが、そこへ更にこんな言葉が投げ掛けられる。

 

『そろそろ、君の()()の一つくらいは見せてもらいたいかな』

 

「え?」

 

 思わず、そんな間の抜けた声が口を突いて出た。

 

「俺の、本気?」

 

 復唱したその言葉がどういう意味なのか、イツキにはさっぱり分からなかった。

 改めて記載するが、本気なら、既に出し続けている。

 唯でさえまだ慣れていないコアガンダムで、初のフォース戦で、尚且つ今相対しているヒムロは攻撃一つまともに当てる事が出来ない格上だ。これだけの条件が揃って、どうして本気を出さないでいられようか? どうして、まだこちらが本気を出していないなどと思えるのか?

 困惑に目を丸くせざるを得ないイツキ。

 そんな彼の状態を余所(よそ)に、通信を介したヒムロの声が更に続ける。

 

『コアガンダムを使っているのなら、それが()()()()ガンプラなのか知っている筈だ。今の姿が、コアガンダムの()()()姿()じゃないって事は』

 

「本当の姿……って、まさか」

 

 その言葉を聞いて、漸くヒムロが何を言わんとしているのかをイツキは悟る。

 コアガンダムの()()()姿()――その言葉から連想される、()()

 それに該当するのは一つだけ。

 

『もう君も分かっているでしょ? 今のコアガンダムのままじゃ、僕とコアバクゥには勝てないって。これ以上出し惜しみする必要なんか無い筈だ。――見せてよ、君の“アーマー”を』

 

 “アーマー”。

 それはいわば、コアガンダムというガンプラに与えられた()()()()を解放するための()だ。その()を使った時、コアガンダムは今の小柄な体躯とは違う、()()の姿へとその機体を変える事になる。

 ヒムロが口にする()()とは、正しくその()()の姿の事なのだ。

 だが、そうであるならばイツキはヒムロの願いに応える事は出来ない。

 まだアーマーは無いからだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ! 俺、アーマーは――」

 

『それとも』

 

 だからイツキは声を張り上げてその事を伝えようとするが、続くヒムロの言葉がそれを(さえぎ)る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

「――まだ無――え?」

 

 意表を突く様な、思わぬ言葉が。

 と、その時だ。

 

『ヒムロ君! 助けてくれ!』

 

 何処からともなく、救援を要請する叫びが響いたのは。

 

『こっちのエリアに侵入して来たモビルドールと戦闘中なんだが、コイツ、とんでもなくすばしっこいんだ! どうにか今は足止め出来てるが、このままじゃ抜けられちまう!』

 

 声の主は、デアールだ。

 どうやら、彼がヒムロへと繋いでいる通信が、ヒムロと繋いでいる回線を介してイツキにも聞こえている状態のようだ。

 更にその言葉を聞くに、どうもデアールは敵エリアに侵攻しているトピアと交戦中らしく、確かに見上げてみたフィールド概略図の上でも、彼女の位置を示す緑色の三角形のマーカーに隣接するように、敵機を示す赤い三角形のマーカーが表示されている。

 再三記載するが、今回のバトルはあくまでフラッグ奪取戦。相手のフラッグを取った方が勝ちであり、トピアは既にバトルフィールドの左側、つまり敵エリアの半ばの辺りまで侵入している。その上で彼女の応戦に当たっているらしいデアールが苦戦している様子を見るに、このままならトピアが彼の妨害を抜け、敵フラッグを発見するのも時間の問題だろう。

 つまり、王手。勝利は目前という事だ。

 その事実に、おおっ、と歓喜の声を上げるイツキ。

 その一方で、自分達の敗北が迫っている事にこれといって焦った様子など無い声色で、ヒムロの声がデアールへと返答する。

 

『分かりました。すぐ戻りますから、もう少しだけ抑えていて下さい』

 

『急いでくれ! もう余裕が……うぉっ!?』

 

 驚いたような声と、鉄塊が叩き付けられたような激しい轟音を最後に、デアールの声がパタリ、と止む。

 それに代わって、呟くようなヒムロの声が微かに聞こえた。

 

『――どうやら、ここまでみたいだね』

 

 その直後だった。

 不意にコアバクゥが猛然と駆け出し、その勢いのままコアガンダムの頭上を跳び越えたのは。

 

「あれ? ――って、しまった!?」

 

 反射的に攻撃が来ると身構えたイツキはヒムロのその行動に一瞬きょとんとしたが、即座にその真意に思い至り、急いでコアガンダムを背後へと振り返らせた。

 果たして、イツキなど最早眼中に無いかのように薄暗い森林の奥へ消え行こうとしているコアバクゥの後姿がそこにあった。

 

「待てーっ!!」

 

 すぐさまイツキは操縦桿を押し込み、背部と踵のバーニアを点火したコアガンダムにその後姿を追わせる。

 先程の通信――トピアと交戦中のデアールからの救援要請に応じようとしているヒムロを、逃がすまいと。

 だが、その目的に目が行き過ぎてしまっているために、今の彼は幾つか見逃している事があった。

 コアバクゥと、それを追う自身のコアガンダムの進行方向が、フィールド概略図上に表示されているトピアと、恐らくはデアールのものであろうマーカーが表示されている方向に対してほぼ垂直の、別方向であるという事。

 如何にコアバクゥが機動性に優れたガンプラであろうと、その四本足の疾走だけではすぐに追いつけない程度には、現在地からトピアとデアールがいる地帯までは距離が離れているという事。

 そして、デアールの救援要請が入る直前にヒムロが告げた、あの妙な発言が()()()()()()()という事。

 それらに気づかぬまま、時折周囲の木々に接触しそうになりながらも何とかコアバクゥの後を全速力で追い続けたイツキは、気づかぬ間に()()へ足を踏み入れていた。

 バトルフィールドのほぼ中央――森林地帯と、そこを抜けた先に広がっている荒野地帯の、境界の辺りへと。

 生い茂る木々とぬかるんだ地面が(もたら)していたジメッ、とした空気から一転、遮る物の無い太陽のギラギラ、とした光の下で熱風が乾いた地面から土埃を巻き上げる。

 そんな荒野地帯に入った後も背を向けて走っていたコアバクゥが、急にその足を止めてイツキの方へと機体を向けて来た。

 それに、うぉっと、と一拍遅れて自らもバーニアを停止させたコアガンダムをその場に制止させたイツキの下へ、再びヒムロからの通信が入って来る。

 

『君も聞いたかもしれないけど、僕はデアールさんを助けに行かないといけないんだ。悪いけど、先へ進ませてもらうよ』

 

「行かせるもんか! このままいけば、トピアがそっちのフラッグを見つけて、俺達の勝ちなんだ! 絶対ここから逃がさないぞ!」

 

 ヒムロからの言葉に、気合を込めた声を張り上げて言い返したイツキは、コアガンダムに右手に握ったコアサーベルを構えさせる。

 自ら宣言した通り、絶対にヒムロを逃がさないという意思を込めた目で、コアバクゥをじっと睨み付けながら。

 それに対してヒムロが、

 

『逃げる、なんて誰も言ってないよ?』

 

フッ、と微かに笑いながらそう返して来た。

 

『先へ進むとは言ったけど、君から逃げて、ってワケじゃないんだ』

 

「じゃ、じゃあ何だよ? どーいう意味だっていうんだ!?」

 

 問い返すイツキであったが、その答えは既に彼の頭の中に浮かんでいた。

 だから、その声は些かながら荒くなっていた。

 ()()()()()がヒムロにとって容易(たやす)い事であるのは、これまでの見せ付けられた彼の戦いぶりを見れば嫌でも想像が付いたからだ。

 そして、実際に返って来た答えは全く想像通りのものだった。

 

()()()()()()()()()――そう言ったんだよ』

 

「――っ」

 

 ただし、そうして息を呑んだイツキの想像通りだったのはそこまでだ。

 ここから先起こるのは、全てが彼の想定の外の事。

 その皮切りとなったのが、

 

「そいつ! さっき俺を連れて行った――!」

 

上空からコアバクゥの隣へゆっくりと降下して来る形で再びイツキの眼前に現れた――先程ワイヤークローを使い、ダナジンを追跡していたコアガンダムをヒムロのところへと強制的に運んだ、あの(やじり)状の()()であった。

 その()()を認めるやすかさずイツキは目を剥いて身を乗り出すのだが――同時に、最初に現れた時と違って比較的落ち着いた状況故に知る事が出来たその詳細に、ふと彼は違和感を覚える。

 正確には、()()()を、だ。

 ()()――背部にその全長より僅かに短い程度の巨大な藍色の直方体を二つ乗せ、それ以外の各部にも同色の装甲を備えた、戦闘機のようなサポートメカは、何処となく見覚えがあった。

 特に、全体のベースとなっている、コアバクゥの関節部等と同じ色合いのグレーのフレーム。その先端の上部に配された、緑色のV字型のセンサー部なんかが。

 そうだ、良く似ている。あのエルドラバトルの動画群で何度も目にした、あの――。

 ――と、イツキが思考に(ふけ)っていたのもそこまでの事。

 

『ここまで来れば、もう邪魔になる物は無い。――今から見せてあげるよ、僕達の()()を』

 

 ヒムロのその台詞に、イツキは意識を現実へと呼び戻される。

 と同時に、コアバクゥが背を向け、今度は隣に浮遊していたサポートメカを後につけながら駆け出すのが目に入ったため、咄嗟に彼は叫んだ。

 

「逃がさないって言ったろ!?」

 

 すぐさまコアガンダムを追わせるため、再びイツキは操縦桿を握る手に力を込める。

 そのまま操縦桿を押し込もうとして――しかし、出来なかった。

 直前に、()()()()が耳に入って来た。

 その言葉によって齎された驚愕が、イツキの手を押し留めたのだ。

 そう、

 

()()()()()()!』

 

「えっ!?」

 

通信を介してコアガンダムのコックピット内にも伝わって来たヒムロの、その驚かざるを得ない宣言によって。

 

 

 

「アーマーコール――“イェーガー”!」

 

 後方に留まるコアガンダムと、その中のイツキの様子など気に留める事も無く、ヒムロはその音声コードを入力し切ると共に両の操縦桿を引き上げ、荒野を疾駆させていたコアバクゥを空中高くへと思い切り跳躍させた。

 それに続き、コアバクゥの後に続かせていたサポートメカ――“コアハンガーB”もまたコアバクゥと同じ高度まで上昇する。

 そして程無くして、その各部に懸架していた藍色のパーツが、一斉にコアハンガーBからパージされた。

 そのまま、一定距離を保ちながらコアハンガーBの周囲に滞空するパーツ群を後目に、先頭を行くコアバクゥにもまた変化が現れる。

 前方へ、或いは後方へピン、と伸ばしていた前足と後脚の先端が折り畳まれ、内部に仕込まれていたジョイントが露出。胴体と各脚の根本が伸長し、更に背中からコアレールガンも外れ、そこに隠されていたジョイントも(あら)わになる。

 そうしてコアバクゥの準備が完了すると共に、後方に控えていたパーツ群が殺到。各脚のジョイントへ、グレーのフレームが剥き出しになっていた肩や太腿へ、胴へ、背中へ――それぞれの対応部位へと、導かれるように接続されていく。

 そして最後に、一度外されたコアレールガンが胴の下部へ、残されたパーツが頭部へと接続され、全ての工程が完了して着地するや、ヒムロは後方へと振り向かせる。

 呆然とした様子で乾いた地面の上に立っているコアガンダム――イツキへと、自分達の()()の一つを示して見せるために。

 

「ゴー! ――“マッハイェーガー”!!」

 

 コアハンガーBに懸架(けんか)していた、藍色の“イェーガーアーマー”。

 その全てを身に(まと)い切った事を報せるために、或いはヒムロの一声に応えるように、新たに一対のスタビライザーウィングが備わった頭部が持ち上げられる。

 まるで百獣の王が遠吠えをするかのように、その姿を変えたコアバクゥ――“バクゥマッハイェーガー”が、一際強い光をモノアイから放った。




コアチェンジ……だと?

先に披露されてしまったアーマー換装。本気を見せたヒムロとコアバクゥを前に、果たしてイツキとコアガンダムは生き残れるのか? 最終的に勝つのはどちらのフォースなのか?

次回もこうご期待です!


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第20話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ③

長らくお待たせ致しました、やっと20話目公開です。

あ、それと今回の話を書くに当たって、第18話を少し訂正してます。大した変更ではないのですが、一応。


 “プラネッツシステム”――そう呼ばれる機能が、コアガンダムには搭載されている。

 コアガンダム本体とは別に用意した専用装備の集合体――“アーマー”を搭載した専用サポートメカ――“コアハンガー”との連携、及びコアハンガーに懸架(けんか)したアーマーをコアガンダムに纏わせ強化を行う合体換装機構であり、纏うアーマーによってコアガンダムはその姿のみならず、得意な地形や戦闘スタイルなどを様々に変化させる事が出来る。満遍(まんべん)なく各能力を上げた万能型から、格闘能力に秀でた近接特化型へ。あるいは、深海等での活動に秀でた潜水型から、宇宙での活動に特化した空間戦闘特化型へ、といった具合に。

 当然ながら、このプラネッツシステムはイツキのコアガンダムにも組み込まれている。

 というか、これこそがその機体サイズと並んでコアガンダムをコアガンダムたらしめている最重要要素。この独自の機構あるからこそ、コアガンダムは唯の小さいガンプラでは終わらない、他のガンプラとは一線を(かく)した機体足りえるのだ。

 そう、()()なのだ。

 本格的にGBNを始め、装備を換装する機構を持ったガンプラ自体はコアガンダム以外にもいる事を知った今でも、プラネッツシステムはコアガンダムだけが唯一持つ、コアガンダムのみの機能であると、そうイツキは認識していた。

 だからこそ、彼は愕然(がくぜん)とした。

 

「こ……“コアチェンジ”だって……?」

 

 ――エルドラバトルの動画内でヒロトが叫ぶのを何度も耳にした、プラネッツシステムの起動音声コード。

 それと全く同じ言葉をヒムロが叫ぶや、空高く跳び上がったコアバクゥが追従していたサポートメカから分離したアーマーを全身に装着し――まるで、ヒロトのコアガンダムのように――姿を変えた、その光景に。

 

「ど、どーいう事だよ? まさか、あのガンプラにも……?」

 

 似ている、とは思っていた。

 名前も、通常のガンプラに比べて明らかに小さい機体サイズも、とてもコアガンダムに似ている、と。

 だが、ここまでとは思わなかった。

 プラネッツシステムまで――コアガンダムのものと酷似(こくじ)した換装機構まで備えているなどとは、(つゆ)程にも思っていなかった。

 あまりにも予想外の事態。それが(もたら)した衝撃に呆然とするしかない今のイツキを知ってかは定かでは無かったが、通信を介したヒムロの声がこう告げた。

 

『“マッハイェーガー”だよ』

 

「マッハ……イェーガー……?」

 

『“イェーガーアーマー”を装備した、コアバクゥの高速機動形態。――これが、僕達の()()の一つだ!』

 

 ヒムロから伝えられたその名をたどたどしく復唱してから、正面モニターの向こうに映るコアバクゥ、改め、“バクゥマッハイェーガー”へとイツキは目を向ける。

 元のコアバクゥよりも一回り、二回り大きくなった機体。その頭部、四肢、肩や太腿などの様々な部分にはヒムロが“イェーガーアーマー”と呼んだ、(エッジ)が殆ど立って無い曲面と、様々な方向へと突き出た小さな制御翼(スタビライザーウィング)の群れで構成された藍色(あいいろ)のアーマーが装着されている。その(なめ)らかなシルエットはイツキに、以前車のCMか何かで耳にしたエアロフォルムという言葉を連想させた。

 だが、そんな空気抵抗というものとは無縁そうな全体像以上に目を引くものが、その機体には備わっている。

 背中だ。

 コアバクゥの時は短い砲身が二本並んだ小型のレールガンがあったそこには、今は機体全長よりやや短い程度の大きさを持つ直方体状の物体が二つ、横に並んで背負われていた。

 正面側からは、水色の枠を挟んで四角形の大きな穴が開いている以上の事は分からない。他の武装に比べて明らかに巨大なその物体が何であるのか掴めぬまま、ただただその異様から目を離せないイツキであったが、程無くしてその正体は明らかになった。

 マッハイェーガーが四肢を左右に広げて身を屈めたその刹那、物体の後端部から激しく噴き出した青白い炎――ブースター炎によって。

 そのブースター炎で、物体の正体が大型のブースターであったという事に(ようや)くイツキが気づいた、その刹那――。

 

『いくよ』

 

 ――マッハイェーガーが、()()()

 前足が動き出す様が一瞬見えたかと思った、その瞬間に視界の中から、忽然(こつぜん)と。

 ブースター炎に巻き上げられた僅かな砂煙のみが残ったそこを思わずイツキは凝視し、次いで、居なくなった敵機の位置を探るために周囲を見回そうとした。あれ、という呟きを口から(こぼ)し掛けながら。

 だが、いずれも彼には出来なかった。

 ほんの一瞬、微かにだが、藍色の何かが左隣りを通り抜けたような気がした――その次の瞬間に発生した、モニター全体を覆い尽くす程の凄まじい砂塵(さじん)

 それと共に激しく揺れ出すコックピットに一瞬閉じてしまった目を開けるや、視界一面に広がる青空と太陽。体を覆う浮遊感。

 その光景に、まさか、とイツキが思う間も無く、マッハイェーガーが再び姿を現す。

 ワケも分からぬ間に()()()()()()()()()()コアガンダムの頭上方向――姿を消す直前までいた方向と()()()()()から、左前足を振り被りながら。

 アーマーの装着によって延長されたその足先から、折り畳まれていた銀色の爪が展開される。収納していた爪を引き出すネコ科の動物(さなが)らに。

 そうして、瞬時に赤熱化した三本の爪を振り下ろしたマッハイェーガーによって、為す術無くイツキはコアガンダム共々地表へと叩き落され、その衝撃に襲われる中で一瞬だけコンソール上に“DAMAGE OUT”の文字が表示されるのが見えた後――イツキは目の前が真っ暗になった。

 

 

 

『ゴメン! 撃墜さ(やら)れた!』

 

 そんな通信がイツキから掛かって来たのは、正面モニター左上のフィールド概略図上で大体中央近くにあった彼のマーカーが一旦消え、右上側――自軍エリア側の森林地帯内の復帰地点(リスポーンポイント)がある辺りに再び出現した、すぐの事だった。

 その撃墜報告に対し、特に声を荒げるような事も無く、おー、と逆さ被りの帽子の上から頭を掻きながらアイアンタイガーは応える。

 

「ま、しゃーねーわな」

 

 片や、GBNどころかガンプラを始めてまだ一ヵ月も経ていない初心者。

 片や、自分達より明らかに年上の大人達から頼られる程の腕前らしい、相手フォースのエース。

 そんな二人がぶつかり合ったのだ。この結果自体は――欲を言えば、もう少し引き留めておいてほしかったところではあるが――当然の帰結であると共に、想定内であった。

 加えて、あくまで今回のバトルで重要なのは互いのフラッグ。それさえ奪われなければ負けではないのだから、その過程で発生した個人の撃墜や敗北について一々怒りや不満を覚える必要も無い。

 そして何より、

 

『――あ! ()()()()()()()()くん!』

 

()()()()()()()()!! ――は置いといて、どした!?」

 

『見つけましたぁ! ()()()()ですー!!』

 

「よっしゃあッ!」

 

そのフラッグの奪い合いについて既に王手を掛けていた俺様とゆかいな仲間達にとって、そんなのは些末(さまつ)な事でしか無かったのだから。

 

「でかしたぜトピアッ! そのまんまザムドラーグは無視して、向こうのフラッグ()(さら)っちまえ!」

 

 トピアからの報告から一拍置いて、フラッグの位置を示す旗のマークがフィールド概略図上の左上――敵軍エリア側の森林地帯の、モビルドールトピアと相手のザムドラーグのマーカーからそう離れていない地点に現れる。

 それを目にするや、アイアンタイガーは歯を剥いて勝ち誇った笑みを浮かべ、間を置かずサムズアップした右手をトピアの映る通信ウィンドウへと突き出しながら、彼女へ称賛と指示を飛ばした。

 すかさず返って来る、はいですー、というトピアからの了解。

 それに満足し、後は彼女が相手フラッグを奪取してバトル終了のアナウンスが鳴り響くのを待つのみ、と高を(くく)るアイアンタイガーであったが、

 

『気を付けてトピア!』

 

そんな彼の心持ちとは対照的な警告がイツキから上がった。

 その不意の声に怪訝(けげん)さを覚えたアイアンタイガーは、ああ、と眉を(しか)めたが、それに構わずイツキが言葉を続ける。

 

『さっきやられる前に、あのデアールってオジサンから助けてくれ、って通信があったんだ! 今、そっちに向かってる筈なんだ! あのコアバクゥってガンプラ――ヒムロ君が!!』

 

「おいおい、何言ってんだよオメーは?」

 

 必死の口調で述べられたイツキの警告を、半ば呆れつつアイアンタイガーは一笑に付した。

 

「そのヒムロってのとオメーが戦ってたのがどの辺か、もう忘れちまったのか? 全然離れてただろーが、トピアんトコからよぉ」

 

 撃墜される直前までイツキがヒムロと戦っていたのは、バトルフィールドのほぼ中央だ。それに対し、現在モビルドールトピアとザムドラーグが交戦しているのは敵軍エリアの中腹辺りであり、フィールド概略図で見る分にはこの二地点間の距離は然程(さほど)離れていないように見えるが、実際には50km程度は離れている。俺様とゆかいな仲間達のガンプラの中で最も優れた機動性と飛行能力を持つモビルドールトピアでも、急いで横断して五分近くは掛かる距離である。

 先程イツキの口から出たコアバクゥという言葉を省みるに、恐らくヒムロのガンプラはあの小さなバクゥタイプだ。見たところ、通常の“モビルバクゥ”や、その発展機である“ラゴゥ”や“ケルベロスバクゥハウンド”に備わっている無限軌道(キャタピラー)も装備していないようだったから、それを使った高速移動は十中八九不可能。となれば、そのまま四足を使っての疾走(しっそう)以外に移動する手段は無くなるのだが、それだけでは時間を掛けずに走り切る事はまず出来ない。――トピアが相手フラッグを奪取する前にヒムロがそこへ辿り着くのは、まず有り得ない事だった。

 その事実は、実際にそのコアバクゥとやらと戦ったイツキの方が実感出来ている筈なのだが……?

 通信ウィンドウの向こうでいやに焦った様子さえ見せるイツキに、次第に不可思議ささえ覚え始めるアイアンタイガーだったが、そこへ放たれた更なる言葉は、より一層彼を困惑(こんわく)へと導く。

 

『コアチェンジしたんだ!』

 

「ああ?」

 

『アーマー付けたんだよ、コアバクゥが! プラネッツシステムみたいなのが使えるんだ! コアガンダムみたく!!』

 

「……ああん?」

 

 ()()()()()()……ってアレか? 機動戦士ガンダム(初代)の、コアファイターと上半身(A)下半身(B)パーツ合体(ドッキング)させて、RX78-2(ガンダム)にする時の。

 何で、んな言葉が出て来る?

 つーか……()()()()()()()()()

 ……何だそりゃ?

 ――という具合で、全く以て意味不明なイツキの発言に呆気に取られるしかないアイアンタイガー。

 そんな、明らかに自分の発言が通じていない彼へとイツキが更に声を上げて叫ぶが、それでも意味が分からないものはなお分からないままであったし、何なら面倒臭くさえ思えた。

 なので、がなり立てるイツキの声に些か辟易(へきえき)しつつ、何気なくフィールド概略図の方へとアイアンタイガーは目を遣ったのだが、

 

「――は?」

 

瞬間、彼は呆けた声を漏らす。

 敵機を示す赤いマーカーが一つ、()()()()()()モビルドールトピアとザムドラーグが交戦している地点へと近づいているのを見つけたがために。

 そして、その直後だった。

 

『きゃああぁっ!?』

 

 爆発音の連鎖と共にトピアの悲鳴がコックピット内に響き渡ったのは。

 

 

 

 その瞬間、自分の身に何が起こったのか、トピアには全く分からなかった。

 下方に広がる森の奥の方――生い茂る緑の僅かな隙間の向こうに相手フラッグを見つけ、それを確保するために、眼下の木々の中からザムドラーグが絶え間なく放って来るバルカンやビームを避けつつ進もうとしただけだった。

 そのために操縦桿を一気に押し込もうとして――突然、金属が(ひしゃ)げるような甲高い音と共にコックピットが激しく揺れた。

 まるで、攻撃を受けたように。――敵機や攻撃の接近を知らせるアラートが()()()()()()()()()()

 その不意を打つような衝撃に、一瞬目を閉じてしまうトピア。

 その僅かな間に、本来ならば何の苦も無く悠々(ゆうゆう)と回避できていた筈のザムドラーグの攻撃が一気に肉薄し、そして――再び開いた視界一杯を埋め尽くす爆炎の連鎖によって、自らのモビルドール共々彼女は吹き飛ばされてしまったのだ。

 そうして現在、爆発の衝撃に流されるように墜落していたモビルドールの態勢を何とか整え、その場に座り込ませる形で軟着陸させる事で事無きを得ていたトピアは、

 

『おいトピアッ! どうした、何かあったのか!?』

 

「……うう~ん……攻撃されたみたい、です~ぅ……」

 

揺さ振られてくらくらする頭に目を瞬かせながら、焦った様子のアイアンタイガーからの通信に応えていた。

 

「えっと……ダメージは、ちょっと大きいですぅ。それに荒野エリアのほうまで来ちゃいましたぁ。――でも、まだいけますー」

 

 まず前方下部のコンソールに、続いてモニターへと目を遣りつつ、順にトピアは現状を報告していく。

 コンソール上に表示されている機体ステータスは、機体のほぼ全体に被弾があった事を報せており、それによるダメージ総量は機体総エネルギーの大体二、三割程度に達するようだ。

 その中でも、特に腰部のスカートアーマーと、そのすぐ傍のGNスラスターユニット、それにGNブルームメイスの後部から内蔵GNコンデンサーの一部に掛けてのダメージが大きく、その影響でモビルドールそのものの飛行速度や機動性にほんの数%だが性能の低下が見られる他、GNブルームメイスのフライトモードが使用不能になってしまっていた。

 加えて、モニターに映る周囲の景観は先程までの森林エリアの上空のそれではなく、どこまでも乾いた土地が広がる荒野エリアのそれへといつの間にか切り替わっている。直前のザムドラーグからの攻撃を回避出来ず直撃してしまった事までは覚えているため、それによってここまで押し出されてしまったのだろう。お蔭で、せっかく発見した――事によってフィールド概略図上にも位置を示すマーカーが新たに加えられた――相手フラッグから幾分か離されてしまった。

 だが、まだ大丈夫だ。

 飛行能力が多少()がれただけで、モビルドールを飛ばす事自体は全く問題無い。離されたとはいえ、相手フラッグとの距離もそう大きいワケでは無い。――今からでも、挽回(ばんかい)は十分に可能だ。

 ――ただ、一つ気がかりな事があった。

 

『何だよ、ビビらせやがって……。まー、良いや。そんなら、今度こそフラッグを――』

 

「でも、分からないんですぅ」

 

『あん?』

 

「攻撃して来たのがだれか、分からないんですー」

 

 モビルドールの目を通して確認してみれば、ブルームメイスやGNスラスターユニットには鋭利な刃で引き裂かれたような裂傷が出来ていた。この傷がモビルドールの飛行性能の低下やフライトモードの使用不可の原因なのは間違い無いのだが、しかしザムドラーグが撃っていたバルカンやビームではこういった傷にはならない。

 つまり、先程のあの瞬間にいたのだ。ザムドラーグとは別の場所からトピアを攻撃した()()()が。

 そうなれば、その何者かの正体が問題となるのだが――その答えを考える時間はトピアには無かった。

 一瞬だけ、視界の右端を藍色の影が横切ったように思えた――その一拍後にけたたましく鳴り響くアラートと共に突如吹き込むや激しくモビルドールを揺らした砂塵が、思わず身を屈めてしまった彼女からその(いとま)を奪い去った。――等間隔の三本の切創(せっそう)を残して消失した、モビルドールの肩の装甲の一部諸共に。

 損傷としては至って軽微だが、しかしほんの一瞬注意を外した、その僅かな間に付けられたその傷は、それが()()()()()()()のかを察するには幾らか時間を要した。

 それ故につい、あれ、と呆け掛けてしまうトピアであったが――(しばた)かせた碧の瞳の片隅に微かに映った()()姿()に、彼女は咄嗟に傷への思考を中断して操縦桿を持ち上げ、モビルドールにGNブルームメイスを持ち上げさせようとした。

 その動作が完了するか否かのタイミングであった。

 モビルドール目掛けて急接近していた()()――先の攻撃を行った()()()であろうガンプラが跳び付くや、眼前に横向きに掲げたブルームメイスの柄にその爪を立てたのは。

 同時に、漸くトピアもその姿をしっかりと目に入れる事が出来たのだが、意図せずしてその口から呟きが漏れた。

 

「おっきくなってる?」

 

 相手の――Zi-ソウルのガンプラにそのタイプの機体がいる事は既に分かっていた事だったし、直前のイツキからの警告もあったので、襲って来たのはその機体であろうという事は何となくだが予想出来ていた。

 ただ、いざ現れたそのガンプラは件の――トピアの記憶の中にある機体とは些か以上に違っていた。

 赤く熱が(こも)った両前足の三本爪をGNブルームメイスの柄に引っ掛けたまま、細長い頭部を振り被ったかと思いや、インテークらしきパーツが付いた側頭部の下側から一対のビームの牙を発振する――白色と藍色の装甲に彩られた、そのバクゥタイプのガンプラは。

 

 

 

 頭部を振り被らせ、その左右に搭載した“ビームファング”から光の牙を灯させるや、それを眼前のモビルドールへと突き立てんがために、ヒムロはマッハイェーガーに頭部を勢い良く振り下ろさせた。

 果たしてその攻撃が読まれていたのか、それとも咄嗟(とっさ)の判断だったのかまでは分からなかったが、ビームファングの先端が微かに胸部のリボン状のパーツに触れた瞬間、モビルドールがその手に持つ箒状の武器を突き飛ばすような勢いで押し出して来た。

 取り付くマッハイェーガーを引き剥がすためのその行動に対し、ヒムロは逆らう事無く、ほんの少しだけ前足を屈伸させて自身の機体を跳び退かせ、更に宙を滑空している間に両前足の三本爪――“フォールディングヒートクロー”の赤熱化を止め、爪先の中へと折り畳んでおく。

 そうして後方の地面に着地するが、そのタイミングを狙ったようにモビルドールが左腕を伸ばし、そこに装備したポシェット型の手甲から二門の砲身を伸ばして来る。

 (あやま)たず、それぞれの砲身からGN粒子の尾を引く砲弾が発射されるが、

 

「遅いよ」

 

それに気を取られる事も無く、ヒムロは冷静にマッハイェーガーを右向かせ、流れるように(よど)み無い手付きで両の操縦桿を前へと押し込んだ。

 刹那、ゴゥ、という爆音が背後から上がる。

 フレキシブルアームを介してマッハイェーガーがその背に背負う一対の大型ブースター――高機動戦闘用に調整したイェーガーアーマーの最大の特徴にしてその根幹(こんかん)たる、“マッハブースター”の点火音が。

 その大出力が発生させた爆炎の如き勢いのブースター炎に押し出されるようにマッハイェーガーが一歩踏み出し、そして――藍色の流線と化す。

 恐らく、そういう風にしか相手には見えていない。あるいは、視界からマッハイェーガーの姿そのものが()()()様にしか。

 そう思わせる程の圧倒的速度と、その速度に一瞬で至る程の爆発的な加速性能。それこそが、先のイツキとの戦闘を終えてからこの場に極短時間で辿り着くに至った理由であり、バクゥマッハイェーガーという形態の最大の持ち味なのだ。

 それを(もっ)て駆け出したマッハイェーガーを、モビルドールから放たれた砲弾が(とら)える事は不可能。つい先程まで立っていた、しかし既に大きく離れたところまで駆け去った地面に着弾するや、GN粒子の混ざった爆発を空しく発生させるに終わる。

 その様子を視界の端に収めつつも、ヒムロが正面モニターから目を離す事は一切無い。

 マッハブースター、及び各部に内蔵したスラスターの後押しを受けて走るマッハイェーガーのモノアイを通して見た周囲の景観は、最早、正面から現れては即座に後方へと流れていく線の集合体にしか見えない。が、実際には進行を阻害する大き目の岩盤や、(はま)れば足を取られかねない(くぼ)み等がちらほらと存在している。相手にまともに視認させない程の速度で動いているために、そういった障害に引っ掛かるのはそのまま致命傷に繋がり兼ねない。確実に避けられるように、常に目を光らせておく必要があるのだ。

 さて、そのマッハイェーガーの弾丸染みた機動を以て易々と攻撃を避けたヒムロは、ほんの数秒と掛からずモビルドールとの距離を大きく開けたところで、前へ押し込んでいた操縦桿の左側を少しずつ引き寄せていく。

 その操縦により、速度を維持したまま大きく弧を描くようにマッハイェーガーを走らせて進路を変更。再び正面――モニターの中央にモビルドールの姿を据えると共に、再度前進させ、素のコアバクゥのままならどれだけ速くても数十秒は掛かっているだろう距離をほんの一瞬で走り切る。

 そうして、目と鼻の先まで接近したマッハイェーガーの存在に気づかないまま背を向けているモビルドールの隙だらけの背中を目前にしたヒムロは――特にその隙を突くような事も無く、その左隣りを通り抜けた。

 ――いや、この表現は正確ではない。()()()()()()()()のだ。

 通り過ぎたマッハイェーガーの、その後ろ姿を狙おうと左腕を持ち上げたモビルドールへと襲い掛かる砂嵐――マッハブースターや各部スラスターの後押しを受けた超高速疾走によって圧縮された気流が後方へ流れ、急速的に膨張する事によって発生する()()をすれ違い様にぶつける事によって。

 極端に機体重量の軽い機体――SDサイズのガンプラや、それこそコアガンダムのような――ならばそれだけで空高く()()()()()事が可能な程の強力な風だ。通常のHGサイズのガンプラ程度には機体重量があるだろうモビルドールを吹き飛ばす事は流石に叶わないが、それでも辺りの砂や砂利を巻き込んで吹き荒ぶそれには、放たれる直前だったモビルドールの攻撃を中断させ、巻き上がる砂が作るカーテンの中に押し込める程度の力はあった。

 そんなモビルドールを後目に、先程と同じように大きく円弧を描くようにしてヒムロはマッハイェーガーの進路を変更。もう一度正面にモビルドールの姿を据えると共にマッハブースター及び各部スラスターを一旦停止させ、その後も掛かっていた慣性に機体が横滑(よこすべ)りするのも構わず武器スロットを展開し、使用武器の選択を行う。

 そして、踏ん張るように四本足を広げてマッハイェーガーが完全に静止するのと同じくして、新たに選択した武器のトリガーを引いた。

 コアチェンジに際して、背部から胸部へと移設されたコアレールガン。及び、側頭部に新たに追加された“ビームバルカン”のトリガーを。

 過たず放たれる、一定間隔置きの砲弾の連射と、隙間無く連なる無数のビーム。

 降り注ぐ雨の様にそれらがモニターの向こうで蹲っているモビルドールの装甲を叩くと共に、周囲を漂っていた砂埃を更に濃密なものにし、その姿を見る見る内に覆い隠していく。

 最も、これだけでは倒せないだろう。

 機動性と最高速度を特化した形態であるマッハイェーガーの武装は取り回しの良さや牽制(けんせい)能力を優先しているため、威力についてはどれも大したものでは無い。

 加えて、向こうのモビルドールは見ただけでそうと分かる程に完成度が高い。相応に耐久力も高いだろうから、その装甲をマッハイェーガーの攻撃のみで削り切って撃墜(ダメージアウト)まで持っていくのは極めて難しいのだ。

 そう、容易く倒し切れる相手では無い。

 先の――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(……いや)

 

 きっと違う、とヒムロは心中で否定する。

 先程のイツキとの戦闘の、その終わり際の流れを思い出すや、何かの間違いだったんだ、と頭を振る。

 そうだ、そんな筈は無い。

 コアガンダムが――()()()のガンプラが、あんな――すれ違い様の暴風に訳も分からず(あお)られて、そのまま何の反撃も無く撃墜されるなんて――呆気無い終わり方をする筈が無い。

 きっと……そうだ、()()だ。

 互いにフラッグが取られるまでは何度でも復帰出来る今回のバトルだからこそ、一度やられて見せて、こっちが油断したところで本気を出す。そういう作戦だったんだ。そうに違い無い。

 そうでも無ければ、アーマーの一つも見せない内からあんな無様を……。

 ――と、思考に(ふけ)っていたヒムロであったが、その視界の端にチラリ、と映ったものにはっと意識を現実へと引き戻した彼は同時に操縦桿を引き、マッハイェーガーをその場から跳び退かせる。

 直前まで立っていた辺りが盛大に爆ぜたのは、その直後の事であった。

 激しく巻き上がる土砂。その一部が着地したマッハイェーガーの足下付近に降り注ぎ、前方の空間に薄らと砂埃の(とばり)を敷く。

 その帳の向こう――コアレールガンとビームバルカンの弾幕から突如飛び出すや、その勢いのまま突進すると共に手に持つ箒型の武器を振り下ろして来たモビルドールの()()()()()()姿をじっと見据えながら、ヒムロは呟く。

 

「トランザム……!」

 

 頭部左右の、金色のツインテールの根本辺りに増設されていた二基のGNドライブを見た時から、その可能性自体は頭に浮かんでいた。

 だがそれでも、元からGNドライブを搭載しているガンプラでも一定以上の完成度が無ければ使えないそれを、後から付け加えたモビルドールが何の問題も無く発動しているその光景には、分かっていても目を見張るものがあった。

 だが、その衝撃にいつまでも(ひた)っている余裕は無い。

 周辺の石や土塊を巻き上げながら、砕けた地面に穂先が根本近くまで埋まっていた箒型の武器をモビルドールが引き抜いた――かと思った次の瞬間には、()()()()()()()()()()それを腰溜めに振り被っていた。

 

「っ! 今度は速いね!」

 

 トランザムの恩恵(おんけい)あってこそとはいえ、ほんの一瞬の内に態勢を整え、肉薄して見せたモビルドールの機動性にヒムロはそう称賛を送り、その傍らで両の操縦桿を思い切り引き寄せた。

 その操作を受け、マッハイェーガーが背のマッハブースターの噴射口を前方へと向け、その爆発的なブースター炎をモビルドールへ吹き付けるように噴射。先程よりも大きく、素早くその場から後退した事で、その直後に紅の残像を伴って振り払われた箒の横薙(よこな)ぎを危なげ無く回避する。

 そうして、後方十数mの辺りに着地すると共に噴射を止めたマッハブースターを元の向きへと戻したヒムロは、その視線を再びモビルドールへと合わせる。

 

「けど――」

 

 箒を振り抜いたモビルドールは、その慣性のままに機体を捻って背を向けていた。今にも、その場からどこかへ飛び去ろうとしているかのように。

 その敵機の様子に対して、ヒムロは特に驚きを感じもしなければ、動じたりもしなかった。

 分かっていたからだ、モビルドールがまだ自分達のフラッグを狙っている事を。マッハイェーガーの弾幕から抜け出してから二回行われた攻撃の、そのどちらも()()()()()()()()という意思が何処となく弱いような気がしたために。

 だから、彼は間髪入れずに武器スロットを呼び出し、新たな武器を選択。すぐさまそれら――両肩に一基ずつ搭載しているワイヤークロー、“パンツァーアイゼン”を、

 

「――僕達から逃げ切れるほどじゃない!」

 

紅に染まる機体をブレさせて飛び立つ間近であったモビルドール向けて撃ち込んだ。

 過たず、放たれた二つのクローがそれぞれモビルドールのツインテールの右側と、箒の柄にそれぞれがっしりと食らい付く。

 こうなれば、こちらが指示を送らない限りクローは――それこそ、トランザムによって全性能が大幅に増加しているガンプラの力であっても――決して外れない。

 そう、決して、だ。

 よって、自らに噛み付いたクローをチラリ、と緑色のカメラアイで見遣ったモビルドールが紅の残像を尾に空高く飛び上がった後も、クローは外れず、そこから伸びるワイヤーも千切れたりはしない。

 よって――パンツァーアイゼンを介して高速で飛行するモビルドールに、マッハイェーガーが引っ張られる。引っ張られるままに、その場から走り始める。――()()()()()

 元より、マッハイェーガーは機体出力には優れない形態だ。トランザム中のモビルドールを力で押し留めようとしたところでまず不可能。無駄だ。

 だからこそ、その力を利用する。

 足が地面から離れてしまわないよう、少しずつパンツァーアイゼンのワイヤーを伸ばしながら、トランザムの後押しのまま強引に飛び続けるモビルドールの力と速度をそのまま牽引力(けんいんりょく)として、加速に活かす事で。

 そうして、ある程度マッハイェーガーを走らせたところでヒムロはマッハブースターを最大出力で点火。十分に初速の乗った機体を一気に加速させつつ、更にワイヤーの伸長(しんちょう)をストップさせる。

 するとどうなるか?

 本来なら長い距離を走らせてやっと得られる程の速度を極短時間で得たマッハイェーガーが、紅蓮を纏いながら先行していたモビルドールの横に並び、そのまま追い越す。それと共に、距離が縮まるに連れて一旦は(たわ)んでいたワイヤーが再びピン、と張り詰める。

 そのままいけば、今度はマッハイェーガーがモビルドールを牽引する形になるだろう。

 しかしそうなる前に、ヒムロは両の操縦桿を持ち上げて疾走中のマッハイェーガーを跳躍。四本足が一度に地面から離れると同時に、パンツァーアイゼンのワイヤーの巻取りを始める。

 これにより、機体に掛かっていた慣性とマッハブースターや各部スラスターからの噴射のみを推進力に、そして張り詰めたままのワイヤーで繋がったモビルドールを支点(中心)に、マッハイェーガーが大きく旋回しつつ急上昇。高空を飛行していたモビルドールと同等の高度へとあっという間に迫りつつ、機体に掛かる遠心力によって速度を一気に高める。

 そうして、螺旋(らせん)の軌道を描きながらモビルドールよりも更に上の高度へと達した時、機体速度が遂に――音速(マッハ)へと到達した。

 同時に()()()()()

 コンソール上にポップアップした、あるコマンド。

 最初にこの場に辿り着いた際、フラッグへと向かっていたモビルドールを止めるために放ったのと同じ――“FINISH MOVE”の表記が冠されたその一撃の、発動条件が。

 それを合図に、ヒムロは武器スロットを引き出し、フォールディングヒートクローを選択。瞬時に両前足の爪先から展開・赤熱化した三本爪を()()()()()()()()()()()()()()()モビルドール向けてマッハイェーガーに振り被らせ、そして、

 

「デアールさん! モビルドールの動きを止めます! 後は――」

 

『おう! 任せてくれぃ!』

 

丁度森林から抜け出るや、既に背のビーム砲とバルカンをザムドラーグに構えさせていたデアールへそう追撃を要請(ようせい)してから、躊躇(ちゅうちょ)する事無くその場で振り下ろさせた。

 

「いけッ! “マッハストライザー”!!」

 

 

 

『ごめんなさーい! やられちゃいましたー!』

 

 フィールド概略図上からマーカーが消えたかと思いや、その数秒後に開いた通信ウィンドウと共に姿を現したトピアが頭を下げて来る。

 その姿に、意図せず、は、という声がアイアンタイガーの口から零れ出た。

 

「お、おいおい、ちょっと待て? やられた? どいつにだよ?」

 

 震える声でそう尋ねるも、直前に状況報告を受けていたアイアンタイガーはトピアが誰に撃墜されたか既に知っていた。

 知ってはいたが、聞かずにはいられなかった。

 そうしてしまうくらいに、彼は動転していた。

 

『えっと、ザムドラーグちゃんなんですけど、でも、ザムドラーグちゃんだけじゃなくて、あの――』

 

「コアバクゥ、って奴か?」

 

『あ! はいですー!』

 

 ああ、知っていたとも。

 ザムドラーグだけならば、トピアは撃墜されていなかった。火力は結構あったようだが、それをモビルドールトピアにぶつけるには動きが遅かった。だから翻弄(ほんろう)され切っていた。今頃、トピアが相手のフラッグを奪い取って、このバトル自体に勝利を収めていた筈だった。

 その土壇場での逆転が起こったのは、間違いなくコアバクゥが介入して来たからだ。

 

『さいしょに見たときよりおっきくなってたんですぅ。それにもの凄くはやくなってて』

 

 ああ、それも聞いた。

 トピアの前に現れたコアバクゥは、バトル前に偶然見た時のような、極端に小さい姿では無かったらしい。更には、目で追い切れない程にその動きも速く、逆に彼女の方が翻弄され掛かっていた。

 そして極め付けに、

 

『それに、さいごの攻撃が見えなくって……』

 

相手は遠距離まで届く、不可視の攻撃を持っている。

 その威力自体は大したものではない――と言っても、トランザムで耐久力も一時的に増してたモビルドールトピアの動きを止められる程度にはある――ようだが、しかしどうやって行われたのか全く正体の掴めない攻撃というのは、それだけで厄介極まりない。

 

『だから言ってるじゃん! あのコアバクゥってガンプラ、コアチェンジしたんだって! イェーガーアーマーってアーマー付けて、マッハイェーガーってのになったって!』

 

 コアバクゥは、ヒムロは強敵である。

 トピアが映るウィンドウの隣の通信ウィンドウからそうがなり立てるイツキの言っている事は相変わらず意味が分からないが、詰まる話、彼が伝えたいのはそういう事であるというのは分かった。

 ああ、強敵だ。間違い無く強敵だ。

 初心者のイツキと出来立てのコアガンダムはともかく、俺様とゆかいな仲間達のガンプラで最も出来が良いモビルドールトピアすら、僚機の協力込みとはいえ、左程時間を掛けずに倒してしまったのだから。

 ああ、強敵だとも。エースと呼ばれていたのも頷ける。厄介極まりない。

 ……だが、今の問題はそこじゃあない。

 

「いや、つーか、ちょっと待て? トピアお前……撃墜さ(やら)れたんだよな?」

 

『はいですー』

 

「復帰まで、あとどんくらいだ?」

 

『えっと――まだ9分と50秒くらいありますぅ』

 

「……イツキ、オメーは?」

 

『ええっと俺は――7分だ、もうちょっとで残り7分になる』

 

 その時間差は大体三分弱であり、それがイツキを撃墜したヒムロとコアバクゥ、もといバクゥマッハイェーガーがトピアの元まで辿り着き、彼女も撃墜するまでに掛けた時間となる。

 それを為すためには、その時点での二人の間の距離約50kmをそれよりも短い時間で走破する必要があり、実際にそれを行うだけの機動性がマッハイェーガーには備わっているという事実を示してもいる。

 となれば――モビルドールトピアを墜としたマッハイェーガーが次に狙うのはこちらのフラッグであり、そのためにこちらのエリアに侵攻してくるまでに、精々五分程度しか時間は掛からないという事だ。

 

「……って事ぁ、何だ? つまり、アレか?」

 

 それに、こちらのフラッグを狙っているのはマッハイェーガーだけじゃない。コアバクゥと接敵する前にイツキが追っていたダナジンだって健在だ。

 流石にザムドラーグまで侵攻してくる事は無いだろうが……少なくとも、二機の敵機がこちらの懐まで差し迫って来ている状態である。

 (ひるがえ)って、こちらは三機中二機が撃墜され、復帰までに早くとも7分程度は掛かる状態だ。マッハイェーガーがこちらのエリアに侵攻して来る大凡(おおよそ)の時間である5分には、間に合わない。

 つまり、

 

「俺一人って事か? オメーら復帰するまでの間、こっち俺一人って事か?」

 

守らなければならないのだ。

 僚機が復帰し切るまでの間フラッグを。

 多少損害が発生しているのみのダナジンと、未だ無傷な上に異常な速さで走り回れるというマッハイェーガーから。

 

俺だけで何とかしろってかぁーっ!?

 

 ――DXフルバスター、一機のみで。

 




次回、コテツ孤軍奮闘!?

また遅くなるかと思いますが、どうかのご期待の程を。
では。


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第21話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ④

どうも、またまた長らくお待たせいたしましてすいません。
これより第21話! どうぞお楽しみください。


『――というワケで、フラッグの方はどうにか僕とデアールさんで守りましたので』

 

 一旦足を止めたダナジンのコックピットの中、モニター右端に表示された通信ウィンドウからのヒムロの報告に、ふー、とノフリは安堵の息を吐く。

 直前まで行われていたデアールのザムドラーグと相手方のモビルドールとの戦闘。その過程でフラッグが発見され、あわや敗北の危機にあった事は彼も気づいていた。自身のダナジンの足では到底間に合わないと分かっていても、その場で踵を返し、急いで戻ろうとせずにはいられなかった。――フィールド概略図上を凄まじい速さで横断するマーカーを目にするまでは。

 

「助かったぜぇヒムロ君。デアールのアニキだけだったら、もう負けてるトコだったよ」

 

 ヒムロがコアバクゥをマッハイェーガーへと換装させ、デアールとモビルドールの下へと急行している。――マーカーの動きからそう悟った時には、ノフリの内で(うず)いていた危機感はすっと消え去っていた。何なら、その時点で安心感さえもあった。

 ヒムロなら何とかしてくれる。自分やデアールではどうしようもない状況でも、彼ならきっと何とでも出来る。――そういう信頼があったがための心境の変化であり、実際に何とかしてくれた。

 

『いえ、そんな事無いです。デアールさんがギリギリまで押さえていてくれたから、どうにか間に合ったんです』

 

 それに、マッハイェーガーだけではモビルドールを相手にするには力が足りなかった。その内ジリ貧になって結局抜けられていただろうから、モビルドールを墜とし切れたのも、火力に優れたデアールのザムドラーグがいてくれればこそだった。

 ――そう小さく首を左右に振りながら謙遜(けんそん)するヒムロを、まぁたまたぁ、とノフリは笑い飛ばそうとして――しかし、そうは出来なかった。

 

『――』

 

 通信ウィンドウの向こうで、思いつめたような表情で微かに口元を動かしているヒムロの姿が、その最中で目に入ったために。

 

「――ヒムロ君?」

 

 何かを呟いているように見えたが、しかし通信越しでは何の言葉も聞こえて来ない。

 そんなヒムロの様子を怪訝(けげん)に思いつつノフリが呼び掛けると、意表を突かれたように慌ただしい様子で振り返り、見開いた双眸を向けたヒムロは、一拍間を置いてからこう言った。

 

『それじゃあ、僕も今から敵軍エリア(そっち)へ行きますね』

 

 何事も無かったかのように微かな微笑みを浮かべた顔で、しかし(いささ)か早口で。

 まるで、都合の悪い事を根掘り葉掘り訊かれる前に話を切り上げようとしているかのように。

 そんなヒムロへ、いや、あの、とノフリは追い(すが)ろうとしたが、

 

『侵入するだけなら五分も掛からないけど、荒野側から回っていくんで、ノフリさんと合流するにはもう少し掛かると思います。相手側に残っているのはDX一機だけですけど、お互い最後まで油断せずにいきましょう。それじゃあ、また』

 

矢継ぎ早にそう言い終えるや一方的に通信を切られてしまったために、それと同時に消えた通信ウィンドウへと伸ばしていた手を彼は止めざるを得なかった。

 そのまま、唖然(あぜん)としながら伸ばした手を浮かせていたノフリであったが、暫くして、ううん、と(うな)りながら彼はその手を下ろした。

 

「……やっぱ、何かおかしいぞぉ?」

 

 眉を(ひそ)めながら口にしたその言葉は、今のヒムロへの率直な印象であった。

 

「一体どうしたってんだよ、ヒムロ君?」

 

 普段の――ノフリやデアールの知るヒムロなら、今のように一方的に(まく)し立てるように話してから通信を切るような事はしていない。こちらに何か伝えたい事や尋ねたい事があれば、自分からそれを察して話すように促している筈だ。

 バトルが始まる前にしてきた唐突(とうとつ)な頼み事や、指定された地点(ポイント)までコアガンダムを誘導(ゆうどう)させた事だってそうだ。どちらかといえば自分よりもノフリやデアールの指示や気持ちを優先して従うスタンスを取っている彼は、あんな風にフォースやバトルに関係の無い言動をした事なんて殆ど無い。

 

「“こっち”はまだ分かるんだけどなぁ……」

 

 チラリ、とノフリは後方に目を遣る。

 自身のダナジンのすぐ背後で鎮座(ちんざ)している“それ”を。

 コアガンダムを誘導した後の別れ際、念の為に、とヒムロから引き連れて行くように頼まれた“それ”についてはまだ分かる。いずれはヒムロも相手フォース側のエリアへと到着するであろうから、その後で“それ”が必要になる事態に直面するかもしれないと踏んでの事だろう。そういう風に予想を立てて行動するための頼み事くらいなら、これまでも無かったワケじゃない。

 だが、それ以外についてはやはり分からない。――()()()()()

 そんな妙な様子をヒムロが見せるようになった切欠として思い当たるものといえば、やはり――。

 

「――あの、コアガンダムってガンプラだよなぁ」

 

 バトルが始まる直前の、三人で俺様とゆかいな仲間達のガンプラを――コアガンダムを見ていたあの時から、ヒムロの様子はおかしくなっていた。

 信じられない物を見たかのように彼を取り乱させていた“何か”が、あの小さく珍しいガンダムタイプにあったというのだろうか?

 その“何か”とは、一体――?

 そんな思考のまま、自然と腕を組み出すノフリ。

 何も起こらなければ、そのままうーん、とでも唸りながら思案に耽り出すところであっただろう。が、そうはならなかった。

 

「――んん?」

 

 現在、ノフリがいるのは敵軍側森林エリア内――その最奥とまではいかないまでも、荒野エリアとの境目(さかいめ)からは幾らか離れた場所だ。足下に広がる湿った土と周囲を覆い尽くす様に並び立つ樹木の群れ以外に見えるものはといえば、後は鬱蒼(うっそう)と生い茂る枝葉の緑色の、更に上に広がっている青い空くらいなものだ。

 その青空に、変化が起きた。

 遥か上空から森林に(へだ)てられた向こう側へと瞬く間に走った、一筋の青白い光という変化が。

 

「アレは、まさか――」

 

 その光を目にした時に、真っ先にその正体について思い当たるものがノフリにはあった。

 だから、彼はすぐさまダナジンを発進させた。

 もし光の正体が想像通りのものであるならば、無視してフラッグの捜索を続行するのは自分のみならず他のメンバーにとっても危険だったからだ。

 そうして、並び立つ木々の隙間を潜り抜けつつダナジンを走らせ続け――視界が開けるような感覚と共に荒野エリアへと抜け出ると共に、彼はその姿を見た。

 開放した背の六枚三対のリフレクターと両肩、両腕、両足のラジエータプレート。そして全身に走るラインから――スーパーマイクロウェーブの受信、及びエネルギーのチャージを完了した事を示す――(まばゆ)いまでの金色の輝きを放つDXの、予想通りの姿を。

 

 

 

「おーし、引っ掛かったなぁ……!」

 

 林立する木々の中から白いダナジンの改造機が抜け出して来る様を目にした時、アイアンタイガーはニヤリ、と口角を持ち上げていた。

 サテライトシステムによってエネルギーを供給する際、必ず月面の発電施設から照射されたスーパーマイクロウェーブを受信する工程が発生する。このスーパーマイクロウェーブを撒き餌として敵機を自分の方へと引き寄せ、フラッグ捜索の手を止めさせるという作戦が()()()()()成功した事を察したがための笑みであった。

 

「んじゃあ、次いっとかねーとなぁ!」

 

 威勢良く声を発しながら、アイアンタイガーは操縦桿を操作。モニター上に現れたロックオンカーソルの位置を合わせると共に、親指で押し込んでいた天面のボタンを解放する。

 それに合わせ、DXフルバスターが腹部ブレストランチャーを発砲。軽妙な音の連鎖(れんさ)(ともな)って撃ち放たれた数発の砲弾は、全て真っ直ぐに正面に立つダナジン――の横を通り過ぎ、その足元のやや後方へと着弾。(あやま)たず発生した爆発によって砕いた地面を巻き上げつつダナジンを前へ一歩を押し出したが、その機体には一切の損傷を負わせる事は無かった。

 ()()()()()()()

 こちらの攻撃による強引なものだろうが何だろうが、向こうは一歩踏み出したのだ。それでまず()()

 そして、これに加えてもう()()だ。

 すかさずアイアンタイガーは足をよろめかせているダナジンへと通信を繋ぎ、程無くして現れた通信ウィンドウ向けて威勢の良い声を放った。

 

「やってくれたじゃねーッスか、イツキだけじゃなくてトピアまで墜としちまうなんてよーぉッ!」

 

『君は――()()()()()()()()()君!』

 

()()()()()()()()!!

 

 通信ウィンドウの中に現れるや否や、開口一番ダイバーネームを間違えて呼ぶダナジンのダイバー ――ノフリに、ゾ〇ドじゃねーか! 、と反射的にツッコむアイアンタイガー。

 その遣り取りのせいで出鼻を(くじ)かれてしまったが、あーっ、もう、と彼はすぐに逆さ被りの帽子の上から頭を掻き、無理矢理調子を整えてから続きを言い放った。

 

「ったく参ったぜ! あとちょいでフラッグ頂いて俺らの勝ちってトコだったのに、気が付きゃ俺一人だけで大ピンチって奴だ! これがホントの大逆転、ってかァ!? まー、だからってこのまま大人しくやられてやる気なんて無ぇッスけどねーッ!」

 

 そこまで捲し立てたところでアイアンタイガーは一旦言葉を区切り、それと同時に両の操縦桿を押し込んで、武器スロットを呼び出す。

 操縦桿の周囲に扇状にアイコン表記で展開する装備の一覧。その中から目的の物を選び出してDXフルバスターに構えさせた直後、通信ウィンドウの中のノフリの顔が、うっ、と()()る。

 それと共に、危機を察知した蛙のようにダナジンが左へ飛び跳ねようとするのを待たず、アイアンタイガーはトリガーを押し――砲身の展開を完了させていたツインサテライトキャノンカスタムを発射した。

 刹那、迸る青白い極光。

 鉄砲水のように砲口から溢れ出ては視界を埋め尽くす光の激流が、目の前に広がる全てを飲み込み、跡形も無く消滅させていく。暫しの間を置いて止んだ後に残る、赤黒く焼け(ただ)れて(えぐ)れた地面以外の、一切合切(いっさいがっさい)を。

 とはいえ、

 

『あ……あっぶねぇ~……』

 

肝心(かんじん)の敵機は先端から半ばまでが消失した尾以外に目立った損傷は無かったが。

 まぁ、()()()()()

 今の一撃で倒してしまえれば儲けものだったのは間違いなかったが、取り敢えず()()()()()()()()

 だから、舌打ちこそすれど、アイアンタイガーが顔に浮かべていた笑みは崩れなかった。

 

「やるじゃねーッスか、俺様のフルバスター必殺のツインサテライトから逃げるなんてよぉ! けどよー……これで終わりじゃねーんだぜ!」

 

 言いつつ、アイアンタイガーは操縦桿を僅かに捻ってDXフルバスターの向きを微調整。発射の反動によってブレたツインサテライトの射線を合わせ直す。――ノフリのいる方向ではなく、フィールド概略図上のある ――ヒムロの位置を示すマーカーがある方向へと。

 

「DXのツインサテライトは、GXのサテライトキャノンとは違ぇ」

 

 DXフルバスターのベースであるガンダムDXと、その前身であるガンダムXを比較した時、何が最も大きく進化したかと問われれば、真っ先に目に付くのはやはり各機の代名詞ともいうべきサテライトキャノンの変化であろう。

 では、サテライトキャノンからツインサテライトキャノンへと変わるに当たって、具体的にはどのような変化があるだろうか? 砲身の数? 威力? 攻撃範囲?

 無論それらも正解だが、これに加えてもう一つ大きな変化がある。

 連射能力だ。

 スーパーマイクロウェーブの受信とそれを介したエネルギーの再変換を担うリフレクターの枚数増加と、四肢のラジエータプレートの増設。それによる排熱の効率化により、ガンダムXでは出来なかったサテライトキャノンの連続発射がDXでは可能となっており、実際に機動新世紀ガンダムX劇中においても一度のチャージで合計三発の連射を行い、内二発を威嚇に用いつつコロニーレーザーを破壊する活躍を見せている。

 ではGBNでは――ガンプラバトルにおいて、その辺りはどうなっているのか?

 結論から言えば、この連射能力は完全再現されている。

 通常の、HGAWのキットそのままのDXでも、一度のチャージで最大三発はツインサテライトを連射する事が出来るのだ。

 ましてや、DXフルバスターはそこから更に全身にリフレクトスラスターを刻み込み、両肩部にラジエータプレート、胴体部等にエネルギーコンダクターを増設している。一度のチャージで供給出来るエネルギーと排熱効率が更に強化されている本機のツインサテライトキャノンカスタムの最大連射数は、理論上六連射まで可能となっている。

 よって――。

 

「当たんなかったっつーんなら、もっぺんぶち込むだけだぜ。――()()()()()よぉッ!!」

 

 そう威勢良く叫ぶアイアンタイガーに呼応するように、ツインサテライトの砲口の奥に青白い光が灯る。

 彼の宣言通り、もう一度撃ち込んで仕留める、と言わんばかりに。

 すると、

 

『撃たせるかよぉ!』

 

 そうはさせないとばかりに、半ばから先が消えた尾を振ってノフリのダナジンが走り出す。

 ものの数秒で距離を詰め、地面を蹴って飛び掛かって来る。

 そうして足の裏を突き出し、勢いの乗った飛び蹴りを繰り出してツインサテライトの二射目を阻止しようとする敵機の姿を前に、アイアンタイガーは――()()()()()()()()()()()を確信し、更に口端を高く吊り上げた。

 

「そー来るよなぁッ!」

 

 たった一機のみで、相手から自軍のフラッグを守りつつ仲間が復帰する時間を稼ぐ。――それが今のアイアンタイガーに課せられたミッションで、それを為すためにはどうすべきか真っ先に彼が考え至ったのは、自身を無視してフラッグを取られてしまわないよう、敵機の意識をそこから()らす事であった。

 そのために打った二手目――ツインサテライトを眼前で撃ち込み、その威力を見せ付けると共に、仲間への狙撃もチラつかせる事で()()()()()()()()()()()()であるとノフリに意識させる作戦は、こうして無事成功した。

 こうなってしまえば、もうノフリの頭には、踵を返し、DXフルバスターから離れつつフラッグ探索を再開する、という選択は存在しない。――アイアンタイガーとの戦闘、排除が最優先事項になる。

 ここまでは予定通り。

 そして――()()()()()()()()()

 

「イツキ! トピア! お前らあとどんだけだ!?」

 

 武器スロットを呼び出して使用武器を選択し直す傍ら、展開済みの通信ウィンドウ二つへとアイアンタイガーは叫び掛ける。

 それに応じて、ウィンドウの中に映るイツキとトピアが順に復帰まで残り時間を申告した。

 

『あと5分とちょっと!』

 

『まだ8分ありますー!』

 

 つまり、最低でもあと5分はアイアンタイガー一人で戦い抜かなければいけないワケだ。

 現状、相手はノフリ一人。1対1で、かつ万全の状況のアイアンタイガーに対して、向こうは手負いだ。ツインサテライトに頼らない真っ向勝負でも、分は彼の方にある。

 だが、絶対に勝てるという保証は無い。もし返り討ちに()おうものなら、次のこそ妨害する手段が無い状態でフラッグ探索の再開を許してしまう事になる。――俺様とゆかいな仲間達の敗北が濃厚になってしまう。

 それに、時間も無い。

 今も向かっている筈だ。ヒムロが――コアバクゥだかマッハイェーガーだかどうも良く分からないが、ともかく強力なガンプラらしい、あの小さなバクゥタイプが。

 合流され、2対1の状況に持ち込まれようものなら――いよいよとなれば、ここぞという時の()()()こそあるとはいえ――ほぼ勝算は無い。

 だからこそ――胸の内に抱えた不安から冷や汗を掻きつつも、アイアンタイガーはへっ、と笑う。

 だからこそ、

 

上等(ジョートー)だぜッ!!」

 

ツインサテライトの砲身から持ち手を引き抜かせたハイパービームソードをDXフルバスターに振り被らせ、躍り掛かるダナジンを()()()()()()()()()()()()つもりで、彼は迎え撃った。

 

 

 

 アイアンタイガーのDXが、左右の脇下から迫り出したツインサテライトの砲身から、握っていた固定用のグリップを引き抜いた。――そういう風にしか、当初ノフリには見えなかった。

 故に、

 

「うぉ……!?」

 

そのグリップから黄緑色のビームが発信される様を目の当たりにし、それがハイパービームソードの持ち手であったと気づいた時には、既に彼のダナジンは突き出した足の裏をDXの胸部へと叩き付ける直前で――同時に、左右から挟み込むように振られた黄緑色の刃が機体に振れる間近でもあった。

 顔を引き攣らせつつ、咄嗟(とっさ)に操縦桿を引き上げるノフリ。

 それに合わせ、ダナジンが伸ばし切っていた足を屈伸(くっしん)させた状態でDXへと足裏を接触。当初よりの蹴りの威力が弱まった事で、特に後方へ倒れ込む事も無く立ったままのその機体を足場に、すぐさま足を勢い良く伸ばしてその場から飛び退く事で、自らを挟み切ろうとするビームから逃れた。

 ただ、完全回避とはならなかったが。

 

「クソッ! 足がやられちまった!」

 

 一拍の間を置いて後方の地面へと着地した瞬間、強い違和感を(もよお)すグラつきが起きた。

 それですぐさまコンソール上の機体ステータスを確認してみれば、右脚部側面――人間でいうところの脹脛(ふくらはぎ)の辺りに、大きくこそ無いがダメージ発生の表記が出ていた。

 恐らく、ハイパービームソードの切っ先が寸前のところで触れてしまったのだろう。

 思わず吐き捨てるノフリであったが、しかし彼に余裕は無い。

 続けて鳴り響くアラート。それに反応するままモニターの方へ持ち上げた視界に入って来たのは――白煙の尾を引いて迫る幾つものミサイル!

 

「うおおおぉぉ!?」

 

 いつの間にか跳ね上がるように展開していたDXの両肩から飛び出していたそれらに、慌ててノフリは右方向へと振り向かせたダナジンを駈け出させる。

 それが間に合い、ミサイルの何発かが直前までダナジンが立っていた地面へと着弾した事で発生した爆発の音が背後から響いて来る。

 しかし、まだ終わりではない。

 それ以外のミサイルは進行方向を変え、今も走り続けているダナジンの背を追尾している。

 

「しつけぇよォッ!」

 

 ある程度走らせたところで、ノフリはダナジンの足を止めさせて方向転換。

 迫り来るミサイルの群れに真正面から向き直ると共に両腕を構えさせ、それぞれの先端に備えた“アームバルカン”を放った。

 各4本ある砲門が回転を始め、即座にばら撒かれる実体弾の雨。その弾幕に打たれた端からミサイルが弾け、激しい爆炎の連鎖が発生した。

 その際の眩しい光から目を腕で(かば)いつつも、よっしゃ、とノフリは内心でガッツポーズをし掛けたが――直後、二本の黄緑色の光条が爆炎の幕を貫いた。

 幸いにして、その光が彼のダナジンまで射抜く事は無かったが、それでも一瞬緩み掛けていた緊張を否応無く引き締め直さざるを得なかったノフリが、焦りの宿った双眸をそれらが飛来した方へと向けるには十分なものだった。

 そして程無くして、濛々(もうもう)と立ち込めていた煙の暗幕を横一文字に引き裂いて、現れる。

 右手に持つハイパービームソードを真横に振り抜いたDXの姿が、すぐ目の前に。

 

『もらったぜェ!』

 

 通信を介してコックピット内にアイアンタイガーの勝ち誇った叫びが響き渡り、同時にDXが右手首を(ひね)って、ビームソードの刀身の向きを180°反転させ、振り被る。

 その動きを見るや否や、ノフリは操縦桿を引いてダナジンを飛び退かせようとする。

 が、間に合わない。――光刃の切っ先が、切り飛ばさんとばかりにダナジンの首へと迫る。

 反射的にノフリは武器スロットを展開。呻き声を上げながら大慌てで選択した武装――頭部先端に備えられた“ビームシューター”からビーム刃を発振し、それをハイパービームソードの刀身と首の間に間一髪で割り込ませて事無きを得た。

 更に、その鍔迫(つばぜ)り合いの状態のままノフリはDXの方へとダナジンの上半身をのめり出させ、背にまだ一本残っている長い砲塔――HG AGE “ドラド”からコンバートした“ビームライフル”の砲門を、DXの胸部に突き付ける。

 

「こっちこそ貰ったァッ!」

 

『まだまだァ!』

 

 叫びつつトリガーを引こうとしたノフリに、通信を介してアイアンタイガーが叫び返し、更にDXの背部リフレクターと全身の金色のラインが一際強く輝いた。

 ――かと思った次の瞬間、

 

「うぉおお!?」

 

見えない何かに押し出されたかのように、ダナジンが突然後方へと弾き飛ばされた。

 

「な、何だ!? 今、何が!?」

 

 全く予期せぬ現象だった。

 それ故、どうにか吹き飛んだダナジンの足を後方の地面へと無事着地させつつも、困惑が拭い切れなかったノフリは、一瞬とはいえ眼前の敵機への注意が薄れてしまう。

 それがこの場において大きなミスだと気づいたのは、その一瞬の間の後、DXが左手に何かを握り、それを自分向けて構えている姿を見つけてはっとした時だった。

 

「まっじぃ――」

 

 そう言い終わるや否やというタイミングで、DXの左手から放たれる黄緑色の発光。

 それに続けて発生した爆音と振動に、すぐさまノフリはコンソールへと目を遣り――やられた、と(こぼ)した。

 ダナジンの背部にダメージ発生。同時に残っていたビームライフル一門も喪失(ロスト)。――そうコンソール上の機体ステータスには表示されていた。

 おまけに、今の一撃で機体の損傷度(ダメージレベル)もいよいよ警戒域(イエロー)に達したらしく、コックピット内を照らしていた青緑色の光も今や黄色に変わってしまった。

 

『スキ有りってなァッ!』

 

 ビームライフルの爆散による衝撃がまだ抜け切らないノフリとダナジンへ、すかさず右手のハイパービームソードを振り被ったDXが背部スラスターを噴かせて襲い掛かって来る。

 くっ、と呻きつつもノフリはもう一度ビームシューターを起動。展開した黄色いビーム刃を下から(すく)い上げるように振り上げ、迫る高出力ビーム刃を迎え打とうする。

 刹那、それぞれの刃が接触し合い、(まぶ)しいスパークがノフリの視界を白く染めた。

 しかし、それも一瞬の事。

 

「ぐぅっ!」

 

 機体の出力差や膂力(りょりょく)差によるものか? それとも、咄嗟の判断だった故の態勢の悪さが祟ってしまったのか?

 理由はともかく、ダナジンとDXとのビーム刃での鍔迫り合いはDXに軍配が上がり、負けてしまったダナジンがそのままハイパービームソードを振り抜かれるままに、頭部を大きく横へ弾かれてしまったという事実に変わりは無い。

 それによって、今のノフリには大きな隙が生じてしまっている事にも。

 

「ぅうおおおお!」

 

 幸いにして、鍔迫り合いに負けたために損傷(ダメージ)は無い。が、だからと何もしないでいれば、程無くして致命的な攻撃を貰ってしまう。

 すぐさま、ノフリは操縦桿を引き、ダナジンをその場から後退。更に両腕――アームバルカンを構えさせ、バルカン弾による牽制(けんせい)を試みようとする。

 しかし、

 

『逃がすかよォーッ!!』

 

そうしてノフリが引き金を引くのを待たず、DXの左腕が持ち上がり、その手に握る何か――側面にディフェンスプレートを()え付けたバスターライフルの銃口を向けて来る。

 その銃口から黄緑色の光が二度瞬いたかと思った瞬間、アームバルカンが左右とも爆散。牽制射が不発に終わる。

 更に間の悪い事に、アームバルカンの爆発による衝撃が滞空中のダナジンを(あお)り、中空でのバランスを崩してしまう。

 一度作ってしまった隙をカバーするための行動が、結果的に新たな隙を作ってしまったのだ。

 その新たな隙を逃さず差し込もうと――揺れるコックピットの中で焦るノフリの双眸の先で、DXが構えたままのバスターライフルの銃口が微かに、正確にダナジンの胴を捉えられる位置へと調整される。

 

「やっべぇ……!」

 

 バランスを失った今のダナジンは、ただ空中を浮遊しているような状態に他ならない。その状態から、更なる回避行動を取るのはほぼ不可能だ。

 つまり、次なる攻撃から逃れる手段は、もうノフリには無い。

 そうして目を見張る彼の視線の先で、再びDXのバスターライフルが銃口の奥に黄緑色の光を灯して、そして――()()()()()()()

 

『――ああ?』

 

 側面の赤と白のディフェンスプレートと、その下の白いカバーに覆われた銃身。

 それぞれが半ばから縦に()()()()()()ように分断され、そして、咄嗟にそれを手放したDXの左手のすぐ傍で爆発した。

 その唐突極まるバスターライフルの喪失過程が全く理解出来なかったのか、間の抜けたアイアンタイガーの驚きの声が聞こえて以降、呆然とした感じで前方に佇むDXがそれ以上の追撃に動く気配は無かった。

 無理も無い、とノフリは思った。その瞬間に驚いてしまったのは、彼も同じだったのだから。

 だが、アイアンタイガーと違って彼はすぐに察する事が出来た。DXのバスターライフルが分断されたその瞬間、何が起こったのかを。

 正確には、()()バスターライフルを()()()()()のかを。

 着地にしくじり、固く乾いた地面を砕きながら転がったダナジンを再び立ち上がらせたその直後、自らとDXの間に激しい砂塵と烈風を伴って滑り込んで来た、その()()()()を目にした瞬間に。

 

『どうにか、間に合ったみたいですね』

 

 藍色の影の主から通信が入る。

 その声を聞いただけで、ノフリの口から自然と安堵の息が噴き出た。

 一安心だ、と思った。

 まだ相手フラッグは見つけていないが、それでも、()がここまで辿り着いたのならば、もう勝ちは貰ったも同然だ、と本気で思った。

 だから、湧き上がる歓喜に自然と出来上がっていた笑みを新たに展開した通信ウィンドウへと向けて、ノフリはその名を呼んだ。

 

「ヒムロ君!」

 

 傷付いたダナジンを庇うようにその前に立ちながらDXと対峙(たいじ)する、バクゥマッハイェーガー。

 そのコックピットに立つエース――ヒムロの名を。

 




辿り着いてしまった敵エース! 果たしてイツキ達はこの状況を切り抜けられるのか? 初フォースバトルを勝ち抜く事が出来るのか?

次回も今しばらくお待ちを。


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第22話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ⑤

長らく失踪してしまって申し訳ありませんでした。漸く新話投稿出来ました。
長い空白を取り戻していきたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします。


「もう来やがったかっ……!」

 

 思わぬ事態に一瞬虚を突かれたのも(つか)の間、頭を振って調子を取り戻したアイアンタイガーは舌を打った。

 引き()るその視線の先に存在するのは一機のガンプラ。

 両腕のバルカンを奪い、その勢いのままあと一歩で撃墜というところだったノフリのダナジンを(かば)うように四本足で立ち(ふさ)がり、彼のDXフルバスター向けてピンク色のモノアイを油断無く向けて来る――バトルが始まる直前に見た、あの白一色機体とは丸っきり違う大きさの――白と藍色のバクゥタイプ。

 

(マジで違うガンプラじゃねーか! 一体どーなってやがる!?)

 

 デアールとノフリのガンプラが、それぞれザムドラークとダナジンである事は既に割れている。となれば、今回のバトルは3VS3なのだから、残るあの小さい――コアバクゥというらしいガンプラこそがヒムロの機体となる筈だ。

 なのに、実際にこうして目の前に現れたのは、同じバクゥタイプという以外は機体サイズも装備もまるで違うガンプラである。

 確かに、事前にイツキやトピアからの話は聞いていたし、異常な速さでフィールドを横断するマーカーという証拠もあったが、それでも、あのコアバクゥは何だったのか、今目の前に立つこのマッハイェーガーという機体はどこから現れたのか、という疑問と困惑がアイアンタイガーの内から沸いて出て来るのは避けられなかった。

 ……ただし、その疑問と困惑の原因はモニターの向こうのガンプラとは別にもう一つあるのだが。

 

『気を付けろ、コテツ! コアバクゥは()()()()()()出来るんだ! もしかしたら、他にもアーマーがあるかも!』

 

 モニター右の通信ウィンドウの向こうから身を乗り出すイツキのその訴えがそれであった。

 

()()()()()()()()!! ――はともかく、オメーはさっきから何ワケ分かんねぇコト言ってんだ!」

 

 消えたコアバクゥと、何処からともなく現れたマッハイェーガー。

 その謎の答えを知っていて、尚且つ今アイアンタイガーにそれを伝えられる可能性があるのは、恐らく最初にヒムロと会敵したイツキだけだ。

 だから、彼もその答えを伝えようとしているのだろうとはアイアンタイガーも察しているところなのだが……肝心(かんじん)のその内容がどうも分からない。

 

「さっきからコアチェンジコアチェンジうるせーんだよ! 何で今RX78-2(初期ガン)の話が出て来んだっつーの!?」

 

 コアチェンジといえば、“機動戦士ガンダム”にてコアファイターと上半身(Aパーツ)下半身(Bパーツ)をRX78-2へとドッキングさせる際の掛け声の筈だ。割とマイナーよりな劇中用語のため、まだまだガンダム初心者のイツキがそれを知っていた事自体がまず驚くべき事ではあった。

 が、それはともかくとして、そのコアチェンジを何故バトル真っ最中のこの状況で彼がしつこく連呼しているのか、その言葉に一体何の意味があるのか? ――その辺りの事がアイアンタイガーにはまるで分からなかった。

 同時に、そんなイツキの言動にいい加減(いら)つきを溜めていた彼はそう怒鳴り返したが、

 

『何言ってんだよ!? コアチェンジって言ったらコアガンダムとアーマーの事に決まってんだろ! 何でそこで普通のガンダム出て来るんだよ!? 意味分かんないのはお前だ!!』

 

すかさず、打てば響くとばかりに怒声が彼から返された。

 

「あ゛あ゛!? んだとテメー!?」

 

『何だよォ!?』

 

 そうして、互いに言い返し合い、それが自然の流れとばかりにウィンドウ越しに睨み合いを始める二人。

 その勢いは凄まじく、ケンカはダメですー、というトピアの困ったような仲裁の言葉もまるで耳に入らなかったが――今は(まが)いなりにも戦闘(バトル)中。

 

『あうぅ~……あ、ダナジンちゃんが!』

 

「何ぃっ!?」

 

 続くトピアの敵機を名指した言葉までは流石に捉え損なうような事は無く、反射的に正面へと振り返るアイアンタイガー。

 その目が、マッハイェーガーの後方で林立する木々の方へ駆け込もうとしているノフリのダナジンの姿を捉えた。

 

「行かせるかっつの!」

 

 ここでノフリを逃がせばフラッグ捜索を再開される。

 そうはさせまいと、すぐさまアイアンタイガーは武器スロットからブレストランチャーを選択し、瞬時に照準を合わせて発射しようとする。

 しかし、

 

『させないよ』

 

「うぉっ……!?」

 

不意の声と共に走った振動と金属音に溜まらず(ひる)んだ事によって、それは叶わなかった。

 何だぁ、とすぐさま顔を振り上げるアイアンタイガーの目が、(あやま)たずその姿を捉えた。

 つい一瞬前まで正面で立っていた――動き出すような素振りなどちらりとも見られなかった――筈のマッハイェーガーが、(すべ)るように低空を後退していく様を。

 

「いつの間に……!」

 

 これについても事前にイツキとトピアから聞かされていたとはいえ、文字通り目にも止まらない動きを見せる敵機の素早さには舌を巻かざるを得ない。

 そうして驚愕に目を歪ませるアイアンタイガーの視線の先、十数m離れた地面の上に舞い落ちる羽のような軽さでマッハイェーガーが着地する。

 と同時に、辺りに声が響く。

 

『ノフリさんが君達のフラッグを見つければ、このバトルは僕達Zi-ソウルの勝ちだ』

 

 ヒムロの声だ。

 オープン通信によってマッハイェーガーから放たれるその声が、淡々と告げる。

 

『邪魔はさせない。暫くの間、僕達に付き合ってもらうよ』

 

「――冗談(ジョーダン)じゃねー!」

 

 言い返すや否や、アイアンタイガーはトリガーを引いてブレストランチャーを発射。

 放たれた砲弾は速やかにマッハイェーガーへと飛んで行き、その白と藍色の機体――ではなく、その数m前方の足下に着弾。砲弾そのものの炸裂による黒煙と巻き上げた土埃(つちぼこり)による、()()()()()を発生させる。

 それを目にする間も無く、すぐさまアイアンタイガーはDXフルバスターを右方向へ反転。正面モニターの先に森林エリアの木々を映すと共にスラスターを点火し、機体を急速前身させつつ叫び返す。

 

「こちとらのんびり付き合ってやる気なんて無ぇんだ! とっとと行かせてもらうぜ!」

 

 既にノフリのダナジンは森林エリアの方へと戻ってしまっている。急いで対処せねば、その内フラッグを見つけられてしまう。そんな状況で、イツキとトピアを数分と掛からず倒せてしまえる――自分自身もヘタすればやられかねない――ヒムロを真正面から相手取っている余裕など無い。目くらましでも何でもして、速やかにこの場から離脱すべきだ。

 それに。

 

(あーゆー動きの速ぇ奴は細かい動きが出来ねぇって相場(そーば)が決まってる! 森ん中に入っちまえばこっちのモンだ!)

 

 確かにマッハイェーガーの加速性能は恐るべきものだが、それが十全に発揮出来るのは障害物らしい障害物が無い荒野エリア内だけの筈。

 そこら中に立ち並ぶ木々がそのまま無数の障害物と化す森林エリアならば、あの加速性能は(むし)足枷(あしかせ)になる。如何にヒムロの操縦技術が秀でていようと、一切木々に接触させる事無く、あの目にも止まらない速度で動き回るなど到底不可能だろうから、追跡を()く事も出来る筈だ。

 ――そういう打算から飛び込もうとしていた木々の合間まで、あとほんの少しというところだった。

 不意の短い金属音と共に、スラスターの勢いのまま赤土の地面の上を進んでいたDXフルバスターの機体が、ガクン、と()れ、その動きを止めたのは。

 何事かと振り返って見れば、背中から垂れ下がっていたツインサテライトの砲身二門の半ばにUの字型のクローが噛み付いており、更にその後端から伸びるワイヤーを目で追った先に、四肢の先から展開した三本爪を地面に突き立てて踏ん張るマッハイェーガーの姿があった。

 

「俺様のフルバスターと綱引きでもしようってか!? 上等だぁ!」

 

 そう叫び返しつつ、アイアンタイガーは両の操縦桿を更に前へ押し込もうとする。

 最初の不意打ちと、逃走するダナジンへの攻撃を妨害された際の二撃目のみが判断材料なので確証は無いが、恐らく敵機は加速性能や速度に反して、火力や出力は然程(さほど)高くは無い。逆にそういった方面の方が優れているDXフルバスターならば、こんなワイヤークローの拘束(こうそく)など簡単に振り解けると、そう踏んでの判断だった。

 だが、彼はその操作を行えなかった。

 

『コアチェンジ! ――()()()()()!』

 

 オープン通信越しにそんな声が聞こえた。

 かと思ったその刹那――マッハイェーガーが()()()()()()()()()()

 比喩(ひゆ)でも何でもない。

 こちらに繋がるワイヤーが伸びたままの肩の部分も含めた、敵機のあらゆる部位が唐突(とうとつ)に、文字通りの意味で四方八方へと、勢い良く飛散したのだ。

 その光景は、傍から見れば異常事態としか言い様が無い。それをモニター越しに展開されたアイアンタイガーが、直前まで頭に描いていた行動も忘れて呆気に取られるしかなかったのも止むを得ないというものだ。

 (むし)ろ、そんな心理状態にありながらも、飛び散る無数の藍色の中から()()()()が飛び出した事に気づき、無意識にそれを目で追う事が出来ただけ上出来というものであった。

 

「がっ!?」

 

 不意に走る衝撃。

 それ自体は大したものでは無かったが、呆けるあまり背部スラスターすら一時的に停止させてしまっていたDXフルバスターが耐え切れず、未だ噛み付いたままのワイヤークローから牽引力もあって、その場で尻餅を突いてしまう。

 その際に発生したズゥン、という重低音と微かな揺れの中、正面モニターの奥へと後退していく()()を目にしたアイアンタイガーは、反射的に身を乗り出していた。

 

「何だとぉ!?」

 

 驚愕の叫びが彼の口を突いて出る。

 それもまた止むを得ない事だった。

 何せ、その原因となった()()は――白い頭部と胴体に、グレーの四肢と金色の(やじり)状の爪を持った、その()()()()()のガンプラは――あの()()()()()()()()()()()()

 当然ながら、アイアンタイガーの脳裏に疑問が噴き出す。――何処からともなく現れたマッハイェーガーと入れ替わるように何処かへと消えてしまった筈のコアバクゥが、何故今になって、何処から現れたのか、という疑問が。

 しかし、その答えを悠長(ゆうちょう)に探る暇は無い。

 直後に小気味良い音を連鎖させ、コアバクゥの後方に広がる木々の隙間から白煙の尾を引いて空へと飛び出した無数のミサイルが、その疑問ごと思案の時間を奪ったがために。

 

「げっ!?」

 

 反射的に上空を見上げるアイアンタイガー。

 それに続くようにして、上昇していたミサイルの群れが一様にヘの字の軌道を描いて、その進行方向を変える。

 斜め下方――DXフルバスターとコアバクゥへ降り注ぐ進路へと。

 それを察知したアイアンタイガーは、すぐにミサイルの着弾範囲から逃れるために、操縦桿を力一杯引き寄せる。

 それによって急速後退を始め――るのとほぼ同じくして、噛み付いていたワイヤークローが外れ――たDXフルバスターとすれ違うように、その右隣りを目にも留まらぬ速さで何かが通り過ぎる。

 その何か――所々に藍色の装甲を纏った、サポートメカらしき鏃型の戦闘機が、すでに左方へと駆け出していたコアバクゥに追従するように、その後方5m程度の位置に着き、そして。

 

『コアチェンジ! アーマーコール――イェーガー!』

 

 高く跳躍(ちょうやく)したコアバクゥと共に飛び上がったその機体が、()()()()()()()()()()。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、今度はこれだけでは終わらない。

 続けて、先頭を滑空するコアバクゥの各部が変形。四散したサポートメカのパーツをビット兵器か何かのように呼び寄せ、部分部分で形状が変わったその機体に(まと)っていく。

 そうして、全てのパーツを装着し終え、再び地面へとその足を下ろしたコアバクゥは――。

 

『ゴー! ――()()()()()()()()!!』

 

 ――つい先程、入れ替わるようにアイアンタイガーの目の前から消えた筈のバクゥマッハイェーガーへと、その姿を変えていた。

 

 

 

『かっ、換装だとぉ! うおっ!?』

 

 地面に降り注ぐミサイルの雨。その炸裂によって連鎖発生する爆炎と、それらが巻き上げた土片に(あお)られつつも、森林エリアから離れる方向へ後退する事で直撃を回避していたDXから聞こえたその驚愕の(こも)った声に、ん、とヒムロは片眉を上げた。

 少し意外な反応だった。

 市販のモビルバクゥからしてバックパック(ウィザード)の換装機構を持つ機体であるとはいえ、あちらとは装備の換装範囲が大きく異なるのだから、コアバクゥの換装機構そのものに驚かれる事自体に別に不思議は無い。割と良くある事だ。

 ただ、今回の相手の場合は僚機(りょうき)にコアガンダムがいる。チームメイトのガンプラがどういう機体かは当然把握(はあく)しているだろうから、コアガンダムと近い要素の多いコアバクゥが似た換装機構を備えている事にも既に行き付いていてもおかしくない。――そういう想定をしていたのだが、実際に返って来た相手からの反応は、今やっと知った、と言わんばかりのものであった。

 無論、思い(すご)していただけ、と言われればそれだけの話でしかないのだが。

 なので、すぐに自らの内に沸き掛けた疑問をヒムロは振り払い、両の手に握る操縦桿を前へ強く押し込んだ。

 それにより、再びの換装(コアチェンジ)によって背に再装着されたマッハブースターが点火。ゴゥ、と音を立てて吐き出されたブースター炎に後押しされるままに、マッハイェーガーが脱兎の如く駆け出す。

 向かう先は当然、変わらず後退を続けて迫るミサイルの群れから逃れているDX!

 

『ちぃっ!』

 

 鋭く響くアイアンタイガーの舌打ち。

 それとほぼ同時に、DXの各部に彫り込まれた金色のラインが一際強く輝き――迫っていた数発のミサイルが独りでに(ひしゃ)げ、爆発した。まるで、見えない壁か何かに阻まれてしまったかのように。

 

「防護フィールドか……!」

 

 スーパーマイクロウェーブの受信時、放熱した余剰エネルギーが結果的に敵機の接近を阻む壁としても機能するガンダムDXの能力。原形機ではあくまで放熱時の副次的機能だった筈だが、どうやらあのDXの改造機はそれを意図的に発生させる事が出来るらしい。

 その事を悟ったヒムロは(わず)かながら驚き、そして笑い掛けた。

 

()()()()()()。もう少し使われるのが早かったら、ミサイルだけじゃなくてマッハイェーガーも止められてたよ」

 

『ぐぉおおぉ!』

 

 後方――既に大きく距離の離れた場所で、防護フィールドの範囲内にマッハイェーガーを巻き込めず、逆にその疾走によって発生した暴風に機体を(かが)めて耐えているDXと、その中で呻き声を上げているアイアンタイガーへと。

 とはいえ、マッハイェーガーが発生させる暴風に通常(18m程度の)サイズのガンプラを巻き上げられる程の力は無い。そこに加えて、明らかに原形機よりも機体重量や出力が上がっている事が見受けられるあのDXが相手では、風による拘束もそう長くは続かないだろう。

 

『……っ! んにゃろぉ、やってくれんじゃねぇか!』

 

 案の定というか、即座に態勢を立て直したDXが疾駆し続けるマッハイェーガーの方へと向き直り、間を置かず展開した両肩と両膝からミサイルを一斉発射して来る。

 

(あれは――レオパルドのショルダーミサイルとホーネットミサイルか?)

 

 両肩から20発以上、両膝から2発飛び出したミサイルは、どちらも想像通りの物なら高い威力と、それを確実に標的にぶつけるための追尾力を備えているだろう。実際、白煙の尾を引きながら正確にマッハイェーガーの後を追い駆けて来る。

 厄介な攻撃になっていた事だろう、()()()()()()()()()()()()()

 悲しいかな、マッハイェーガー相手に使うにはミサイルの群れの飛行速度は余りに遅く、肩越し見えるその機影は見る見る内に小さくなっていく。

 そうして、走り続ける内に遂に追尾範囲を抜けたのか、まっすぐにマッハイェーガーへと先端を向けていたミサイル達の動きがブレ出し、それぞれが地面へ、上空へ、森林エリアへの境界に並ぶ木々へと進行方向を乱れさせて爆散した。

 

「当たらなければどうという事は無い――って、言いたいところだけど」

 

 視界の隅で幾つも花開いた爆炎に油断も安堵もする事無く、ヒムロはゆっくりと操縦桿を右へと傾け、マッハイェーガーを旋回させていく。

 遥か後方――自らが放ったミサイルが敵機を仕留めたかどうかなどまるで気にならないとばかりに、再びバーニアを噴かせて森林エリアの方へと急行するDXの方へと。

 最初から気づいていた。アイアンタイガーの狙いは未だにフラッグ捜索に向かったノフリで、ミサイルは自らもそちらへ向かう時間を稼ぐための囮だ、と。

 

「言った筈だよ? 僕達に付き合ってもらうって」

 

 バクゥ本体の背とフレキシブルアームで繋がったマッハブースターは前後左右自在に動く。その微調整も加える事で、速度を落とす事無くほんの数秒でマッハイェーガーが旋回を終えると共に、ヒムロは一旦操縦桿から離した右手をコンソールへと向かわせ、指を走らせる。そこで必要となる操作を終わらせ、再び操縦桿握り直すや、力一杯前へと押し込んだ。

 刹那、既にマッハブースターから放出されていた莫大なブースター炎の勢いが更に増し、マッハイェーガーを更に加速させる。

 一歩地を踏む毎に周囲の景色が流線と化して流れ、豆粒の様に小さくなっていたDXの像が見る見る内に拡大していく、その最中にも速度が増していく。全力疾走で山を駆け上がっていくかのように。

 そうして、遂に機体速度が音速(マッハ)という頂点へと達した瞬間、ヒムロは両の操縦桿を持ち上げ、上空目掛けてマッハイェーガーを高く跳び上がらせた。

 同時に、マッハイェーガーの両前足の爪先からフォールディングヒートクローを展開。瞬時に赤熱化が完了したそれを中空で振り被らせる一方で、自らはすぅと息を吸い込む。

 物体が音速へ到達する時に発生するとされる衝撃波(ソニックブーム)。それをフォールディングヒートクローに乗せ、振り下ろす事によってクローに(こも)っていた高熱諸共(もろとも)放つ事で遠く離れた敵機を溶かし裂く、()()()()

 マッハイェーガーへと換装(コアチェンジ)している時限定で使う事が出来る、コアバクゥの“必殺技”――その音声コードの入力のために。

 

「いけ! マッハストライザー!!」

 

 その叫びを合図に、マッハイェーガーが振り下ろした前足から不可視の刃が放たれ、一目散に向かっていく。

 森林エリア内へ突入しようとしたその直前、木々を突き破って飛び出して来た二筋の高出力ビームによってその場から上昇と後退を余儀無くされたDXの、ガラ空きになっているその背中へと。

 

 

 

 敵機が換装機構を、それもバックパック(ウィザード)のみを交換する通常のバクゥタイプとは異なり、ほぼ全身に渡って追加装備を加える大規模なものを備えていたという事実には、正直言って面食らった。その後の、何処からともなく現れた無数のミサイルからの回避に追われ、隙だらけになっていたこちらの背後を素通りして、明後日の方へと走り去って行くという、予想外の行動にも。

 だが、奇行としか言い表せないその行動は、一度は阻まれた森林エリア内への突入を再敢行(かんこう)する絶好のチャンスでもあった。――そう見えた。

 だから、見る見る内に距離を離していく敵機の圧倒的な速度には追い付けない事を承知で、すぐにこちらもミサイルを一斉掃射。案の定、ほんの数秒後には追尾が途切れてそこかしこへ散ってしまったそれらから発生した爆発を隠れ蓑に、すぐさま彼は木々の中へと愛機を滑り込ませようとした。

 正にその時だった。木々の隙間の先の薄暗い空間を引き裂いて、赤い光が飛び出して来たのは。

 咄嗟にバックパックのバーニアを噴かせ、愛機を後方の空へと浮き上がらせた彼の視界を横切る、白いプラズマを伴った二筋の高出力ビーム。それらが何処から放たれたかを考える間も無く、続けて襲い来た背後からの衝撃。爆発。

 すぐさま襲って来る浮遊感に、機体をその場に浮遊させていたバーニアがやられたと察したところに、更に続く衝撃と激しい金属音。それによって左の脹脛辺りを損傷させられると共に愛機の姿勢が崩されてしまい、そのまま仰向けの形で地面へと落ちてしまう。

 そうして、背中から落下した故の激しい振動に歯を食い縛りつつも何とか愛機をその場に膝立たせたその先で――アイアンタイガーは見た。

 ビームが通り過ぎ去った後の、黒く焼け焦げた地面の向こう側で彼の方へと向き直るマッハイェーガーを。

 そして――ビームによって幹の中央辺りが半円状に抉り抜かれて脆くなった木々を(なぎ)倒しつつ森林エリアの方から現れた“何か”を。

 キュラキュラ、と下部に備えられた四基の無限軌道(キャタピラ)を鳴らして動くその“何か”は、全体に深緑色の分厚そうな装甲を纏い、その全長と同等の大きさを持つ大型砲塔を二門上部に搭載する“戦車”であった。

 

「ソイツの仕業ってワケか……!」

 

 先程、コアバクゥがマッハイェーガーへと再換装する直前に飛んで来たミサイルの雨。

 そして、今しがた行く手を阻んだ高出力ビーム。

 それらを放ったのがその戦車であると察し、アイアンタイガーは歯噛んだ。

 

『! アレって、まさか……!』

 

 その一方で、通信ウィンドウの中でイツキが何やら驚いた様子を見せていたが――今は、それを気にしている時ではない。

 唯でさえ眼前の先のバクゥは厄介な相手なのだ。それを遣り過ごして森林エリアへ入り込むのは難しいというのに、実際にはもう一機立ちはだかる存在がいたのだ。

 恐らく、あの戦車はサポートメカの類で、それをヒムロがバクゥを操縦する傍らで遠隔操作しているのだろう。であれば、一人で二機分操作するという高難易度行為故のミスを突きたいところだが――ここまでの攻防で既に二度も妨害を成功されている事を省みるに、そういうミスはあまり期待出来そうにない。

 かといって、ここで立ち往生し続けていては相手の思う壺。既に探索を再開しているノフリにこちらのフラッグを奪われてしまう。

 敗北必至だ。何とかしてこの状況を打破しなければならないが……。

 

(つったって、真正面からぶっ倒すのもなぁ……)

 

 マッハイェーガーの機動性はもう嫌という程見せられた。あの速さを相手にしては、単発のバスターライフルは勿論の事、複数の弾をばら撒くブレストランチャーやバルカンでさえ一発(かす)らせる自信も起きない。おまけに今は、見るからに重厚そうなあの戦車もいる。倒してから先へ進むという正攻法は、ほぼほぼ無理だ。

 モニター越しにマッハイェーガーと戦車を睨みつつも途方に暮れるしかなく、くっそ、と毒づくアイアンタイガーだったが――そこへイツキの声が掛けられる。

 

『おい、コテツ! ()()って撃てないのか!?』

 

()()()()()()()()!! ――って、アレ? 何だよ、アレって!」

 

『アレだよアレ! えーっと……()()()()()()()()!』

 

 そう告げるイツキの声は、これしかないと言わんばかりに確信の籠ったものだった。

 

『ほら! アレメチャクチャ攻撃範囲広いじゃん! アレならマッハイェーガーだって避けられないかも!』

 

 確かに彼の言う通り、ツインサテライトキャノンの攻撃範囲は非常に広い。その攻撃範囲内に捉える事さえ出来れば、大概のガンプラは一瞬で蒸発出来るだろう、暴力的な威力もある。更に言えば、発射に必要となるエネルギーも後四、五発程度は撃てる程に残っているので、使用時に最も大きな隙を晒すタイミングであるスーパーマイクロウェーブの受信も不要だ。

 だが、

 

()()()()

 

『え?』

 

「ツインサテライトは、撃てねぇ」

 

イツキのその提案を、アイアンタイガーは却下せざるを得なかった。

 まず、ヒムロがツインサテライトを易々撃たせてくれるか、という問題がある。いくら広大なまでの攻撃範囲を誇るといっても、並外れた機動性を持つマッハイェーガーが本当にそこから逃れられないのか、という問題も。

 だが、それ以上に()()()()があった。

 DXフルバスターが()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、決定的な問題が。

 莫大な威力と範囲を持つサテライトキャノンは、同時にそれを放つ砲身と機体にも相応に負荷が掛かる。現に、DXがツインサテライトを搭載する事となった理由の一つとして、サテライトシステムMk-Ⅱの搭載によって出力等が向上した事により、GXのような一門だけの砲身では耐え切れなくなったから、というのもある。

 無論、それは設定での話。出来栄えや作り込み次第で、ツインサテライト級の威力を一門だけの砲身で連射するGXという、機動新世紀ガンダムXの登場人物が目にすれば噴飯(ふんぱん)必死な代物とて実現可能なのが、ガンプラという物である。

 つまりは、その逆だ。

 

『さっき一回撃っちゃってますぅ。だから、もう――』

 

「ああ、次は耐えらんねぇ。――フルバスターが()()()()()()()

 

 エネルギーの貯蓄量と放熱効率を上げる事を目的とした改造が施されているDXフルバスターは、確かに総エネルギー量の方面()()見れば、一度のマイクロウェーブの受信で六発程の連射は可能だ。

 が、そちらの方へ意識を向け過ぎた事が仇となった。――肝心のツインサテライトの砲身は素組に多少手を加えた程度にしかならず、その耐久性に不安が残るものとなってしまったのだ。

 結果、爆発的なまでに貯蓄量・供給量の上がったエネルギーからの連射はほぼ不可能。二発目はまともに撃てるかさえ半々で、例え撃てたとしても発生する負荷に砲身が、そして機体そのものが耐えられず、自壊は(まぬが)れない有様となってしまったのだ。

 

『で、でもさっき! ノフリのおじさんにもう一発撃てるみたい事言って――』

 

「ありゃハッタリだ」

 

 確かに、さももう一発以上撃てるような事をノフリに言って見せたりもしたが、アレは彼をこの場に引き留めておくために吐いた嘘でしかない。実際はこの通りである。

 そう伝えれば流石に言える事も無くなったらしく、ホントかよぉ、とイツキが項垂(うなだ)れる。

 最後に、こう呟いて。

 

『くっそ~、()()()()()()なのになぁ』

 

「あん? あとちょっと? 何が?」

 

『俺が復帰出来るまでの時間』

 

 (うつむ)いたまましょぼくれた声で返された答えに、ああ、とアイアンタイガーは納得する。

 切羽詰まった状況のせいで、つい忘れ掛けていた。今回のバトルで勝敗を決めるのはあくまでフラッグ。撃墜は勝敗には影響せず、故に何度でも復帰可能である事を。

 故に――()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事も。

 

「――ッ! そーだよ!」

 

 一つ、手が思い付いた。

 それを実行するため、アイアンタイガーは両の操縦桿から武器スロットを呼び出し、()()()()を選択する。

 その武器は――。

 

『っ!?』

 

『おいっ!? それ()()()()()()()()じゃんか!』

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

『何してんだよ!? お前、今撃てないって言ったばっかじゃんか!?』

 

『フルバスターちゃんが壊れちゃうですー!』

 

 当然ながら、通信ウィンドウから様子を見守っていたイツキとトピアから驚愕と静止の声が飛ぶが、アイアンタイガーはそれを無視し、逆に二人に問い掛けた。

 

「オメーら後どんだけだ!?」

 

『えっ!?』

 

「後どんだけで復帰出来るって訊いてんだよ!?」

 

 怒鳴り付けるようなその問い掛けに一瞬気圧された様子も見せる二人であったが、すぐに各々の復帰までの残り時間を申告していく。

 それを耳に入れて、ニヤリ、とアイアンタイガーは笑った。

 

「よーし! 良いかお前ら! 今から俺は“奥の手”をぶっ放す! そいつを使っちまった後はもうオメーら次第だ! 一回しか言わねーから、テメーがやる事しっかり覚えろよぉ!!」

 

 そう、アイアンタイガーは今から“奥の手”を切る。

 ツインサテライトを撃つのと同等以上の負荷を強いるため、DXフルバスターの自壊はどの道免れ得ない。しかし上手くやれば、ただツインサテライトを撃つよりも相手の意表を突き、尚且つより広範囲を一掃出来る可能性のある、今の彼にとっての最強の“切札”を。

 

「――って感じだ! 分かったな!?」

 

『お、おう、分かった!』

 

『はいです! がんばりますー!』

 

「おーし! そんじゃあ――」

 

 ここからは賭けだ。

 DXフルバスターの自壊そのものは避けられない以上、一旦アイアンタイガーも戦場から離脱せざるを得ない。出来るだけ保たせるつもりではあるが、自壊のタイミング次第では仲間達の復帰が間に合わず、誰もいない無防備な状況を晒してしまう事にもなり得し、そうなる事は避けられたとしても、後の事を仲間達に全てを(ゆだ)ねなければならない事にも変わりない。

 ここからは、イツキとトピア次第だ。

 その二人からの返事を確認し、アイアンタイガーは操縦桿を握り直す。

 それを合図とばかりに、DXフルバスターの両脇からツインサテライトの砲身が展開。既に眩い金色の光を放っている背部リフレクターや全身に走るリフレクトスラスター、各部のエネルギーコンダクターやラジエータプレートが、より一層強く輝く。

【挿絵表示】

 

 “切札”を使う準備は全て整った。後は、

 

「――ぶちかますぜェーッ!!」

 

賭けに勝つ事を信じて、発動するのみだ。

 




遂に切られる“奥の手”! 果たして反撃なるか?
長かった初フォースバトルも次回で決着(予定)です。こうご期待!

あ、後DXフルバスターの実機完成したんで載せときますね。
【挿絵表示】


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第23話 初フォースバトル! VS Zi-ソウル!! ⑥

やっと書き終わりました23話! 長かった初フォースバトルも今回で決着となります。
それではどうぞ。


 モニターの向こうでDXが脇下からツインサテライトの砲身を展開する様を目にした瞬間、違和感をヒムロは抱いた。

 

「ツインサテライト? まだ撃てたのか?」

 

 先程までのノフリとの戦闘の際、既に一度ツインサテライトを発射している筈。あのDXの出来具合から見て、その一発でもう打ち止めだと彼は判断していた。

 勿論、それはあくまでヒムロの見立てに過ぎない。実際のところ二発以上の連射が可能だと言われてしまえばそれまでの話に過ぎないし、発射の阻止も今からでも十分可能だから、何も問題は無かった。

 だから、ヒムロは即座に武器スロットを呼び出してビームバルカンを選択。流れるように照準をDXに合わせ、発射しようとする。

 発射しようとして――思わずその手を止めた。

 

「――()()()()()()()()()()?」

 

 気づいたのだ。――DXが構える砲身の発射口が、自身の方を向いていない事に。

 二本ある砲身の内、一本はマッハイェーガーの頭上を通る斜め上へ、もう一本は同程度の角度のまま真横、森林エリアの方へ。いずれにせよ、丸っきり見当(けんとう)違いの方へと向けられている。いくら広い攻撃範囲を持つツインサテライトであろうと、あれではこちらから飛び込みでもしなければ当たらない。そんな事は、DXを操縦しているアイアンタイガーが一番良く分かっている筈だ。

 だが、そんな明後日の方向を向いた砲身が修正される様子など見られないまま――次の瞬間、青白い極光が吐き出された。

 触れたもの全てをたちまち押し流し、消滅せしめる光の濁流(だくりゅう)。しかし当然ながら、それが流れ行くのはマッハイェーガーの頭上、何も存在しない虚空(こくう)彼方(かなた)だ。

 ガンダムシリーズに登場する武装の中でも指折りの威力と攻撃範囲を持つサテライトキャノンは、常にマイクロウェーブのチャージが必要な莫大なエネルギーの消費と、その威力相応の負担が掛かる代物だ。そのエネルギーを垂れ流し、無駄な負担を機体に強いるようなこの奇行(きこう)に、無意識の内にヒムロは呆然としていた。

 それが決定的な隙となった事に彼が気づく切欠となったのは、変わらず空の彼方へと昇っていくツインサテライトの光に覚えた違和感だった。

 

「――何だ?」

 

 ツインサテライトの二筋の光の内、自分の頭上を通っている方だ。

 その幅が、心なしか、つい先程よりも太くなったように感じられた。

 ――否、気のせいではない。

 実際に太くなっている。少しずつだが、先程よりも。確実に今、()()()()()

 それに気づいた時、(ようや)くヒムロは察した。

 アイアンタイガーの意図――徐々に幅を広げていく()()()()()()極光の、その正体を。

 

「違う……()()は――」

 

 そこまで言い掛けて、もう一つヒムロは気づく。

 DXが放つ光の柱――自身に向けられている一筋とは別の、もう一筋が向けられている方向に、果たして何が存在するのかを。

 

「ノフリさん!」

 

 通信を繋ぐのが早いか、それともそう叫び掛ける方が早かったのか。

 いずれにせよ、すぐに開いた通信ウィンドウの中の――青白い光に照らされる顔に困惑の表情を浮かべた――ノフリに、矢継ぎ早にヒムロは警告する。

 

「急いでそこから離れて下さい! これは――この光は()()()()()()()()()()()()()()()()! これは――」

 

『やぁっと気づいたみてーだな!』

 

 そこに割り込む新たな声。

 その勝ち誇ったような声が誰のものかは、確認するまでも無かった。

 

『だがもう遅ぇ! 大人しく食らってもらおーじゃねーか、フルバスターの奥の手ェ!』

 

『おっ、おいヒムロ君!? 何だ? あの光がツインサテライトじゃないって!? じゃあ、何だって言うんだ!? あの光は――おい、ちょっと待て? 光が、上から……』

 

 どうやら、ノフリも気づいたらしい。

 ()()()()に伸びていたもう一筋の極光()、徐々に()()()()()()()()という事に。

 正確には、砲身を支えるDXによって、徐々に彼やヒムロの方へと()()()()()()()()()という事に。

 そう、この極光は()()()()()()()()()()()()()。発射されたサテライトキャノンに対し機体が出来るのは、エネルギーを吐き出す事で発生する断続的な反動を支える事だけだ。ほんの僅かな角度の修正くらいならまだしも、振り下ろすなどという大きな動作はまず出来ない。

 それが出来るという事は、つまり眼前の二筋の極光は既に()()()()()()()()。DXが持つ砲身の先で()()()()()()()という事だ。

 つまり、ツインサテライトだと思っていたこの極光の正体は――。

 

『俺様の()()()ッ! “ツイン魔王剣”をよーーォッ!!』

 

 ――ツインサテライトの攻撃力と攻撃範囲をそのまま転用した、()()()()()()()()()

 巨大な柱の如きその刀身が迫る速度を更に増し、今、モニター一面を青白く染め上げ――。

 

 

 

 DXフルバスターが今、ハイパービームソードの柄を介してその両手に持つツインサテライトの砲身を完全に振り下ろし切った。

 途端、砲身の先端から固定されていた巨大な刀身が地面と、或いは木々と触れ合い、地を震わせるような轟音と共に辺り一面を青白く染め上げる。

 それから一拍の間を置き、波が引くように光が弱まった事で戻ったアイアンタイガーの視界に広がったのは――正面と斜め右の地面が遥か彼方まで(えぐ)り取られ、赤黒く煮え(たぎ)るマグマと化して白煙を噴き出している光景であった。

 

「……ふーっ」

 

 ()()()――“ツイン魔王剣”は普通にツインサテライトを撃つのと同等以上の負荷が掛かる。既に一度ツインサテライトを撃っていたDXフルバスターでは、そもそも発動出来るかどうかの時点で五分五分の賭けだった。変わり果てた周囲の景観と正面モニター左上のフィールド概略図を順に見て、その賭けに勝った事を確認した時、自然とアイアンタイガーは安堵の息を吐いていた。

 と、そこで(せき)を切ったように、スッゲー、という歓声が脱力する彼の耳に入った。

 イツキであった。

 

『おい()()()! 何だよ、今のものスゴくデカいビームサーベルみたいなの!? ツインサテライトじゃないよな!?』

 

()()()()()()()()!! ……あ゛ー……ありゃ、俺の“必殺技”だ」

 

『必殺技っ!? 何だそれ!? GBNって、ガンプラバトルってそんなのもあるのか!?』

 

 一仕事終えた後故の気だるさを隠す事無く返したアイアンタイガーに、興奮していたイツキの目が更に輝き出す。

 唯でさえ存在すら知らなかったド派手な技を見せられたばかりのところに、更にそれが初めて耳にする新たな要素によるものだったと判明すれば、ガンプラ初心者としての興味を刺激された彼が食い付くのは当然の事であった。

 で、そんなイツキに、あのですねー、とトピアが律儀(りちぎ)に答えてやろうとするが、

 

「おいオメーら」

 

即座にアイアンタイガーはそれを(さえぎ)った。

 

「そーゆーのはバトル終わった後だ、後。つーか言ったろが、こっから先は――」

 

 と、そこまで言った時だ。

 爆発音が響き、ガクン、と大きな揺れが走ったのは。

 続けて、コックピット内を照らしていた緑色の光がほんの一瞬だけ黄色になり、そして赤色へと変わる。

 損傷度(ダメージレベル)――危険域(レッド)

 しかし、色の変化を以てそれを報せた光そのものが、更に続く大小入り混じった爆発音と振動の連鎖(れんさ)に伴って明滅(めいめつ)し出し、今にも消えてしまいそうな程に明るさを失っていく。

 その急激な変化に、イツキとトピアが取り乱したり、心配げな表情を浮かべたりしているが、当のアイアンタイガーは至って平静のままだ。

 当然だ、()()()()と分かって行動したのだから。

 DXフルバスターが耐えられるツインサテライトの負荷は一発分。既に一発放っているところに、もう一発撃つのと同等の負荷を強いる“必殺技”を発動したのだから、耐えられる負荷の許容量はとっくに超えてしまっている。そうなれば、その先に待っているのは負荷に耐えられなくなった機体の()()しかない。

 今まさに、DXフルバスターが自壊し始めているのだ。

 完全に自壊し切れば、それは撃墜されたのも同じだ。今回のバトルのルール上、それだけならば後からいくらでも復帰できるが、それでも10分間の待機時間(インターバル)中は手出し出来なくなる。

 

(ま、大分もった方だな)

 

 運が悪ければ、発動しようとした瞬間に大爆発を起こして粉微塵(こなみじん)になる、なんてパターンも有り得たのだ。

 それを思えば、今回のように、最後まで“必殺技”を発動し切り、その後もこうして自壊し切るまでに仲間達と言葉を交わす猶予(ゆうよ)があるというパターンを引けたのは、かなり運が良いと言えた。

 なので、その猶予が残っている内にと、ノイズが走り出した通信ウィンドウの方へアイアンタイガーは向き直る。

 

「いーかオメーら! さっきも言ったが、こっから先はオメーら次第だ! 何やるかもさっき言っといた通りなんだから、絶対ぇ間違えんな!」

 

 ここから先は二人の行動次第だ。

 事前に伝えておいた作戦――と言って良いのか迷ってしまう程、無茶で力任せなものだが――を、イツキとトピアが(まっと)う出来るかどうかに、今回のバトルの勝敗は掛かっている。

 それは何も、アイアンタイガー自身がもう間もなく事実上の退場をしてしまうからだけではない。

 

「もう時間も余裕も無ぇ! 絶対にフラッグ奪い取れ!」

 

 正面モニターへと勢い良く振り返るアイアンタイガー。

 それと時同じくして、壊れ掛けのブラウン管テレビのように砂嵐が飛び交うようになってしまったモニターの向こうで、幾らか薄くなった白煙の幕を破って()()が姿を現す。

 フラッグへと迫っていたノフリのダナジン諸共、ツイン魔王剣によって撃墜しよう(おとそう)としたが寸でのところで(のが)れたらしい、()()()()()()()()()

 背の大型ブースターを丸々失い、纏っている藍色の装甲も黒々と焦げてしまっているボロボロの姿は、相応に損傷(ダメージ)を負っているように見えるが、だからといって油断が許されるような相手では無い事は、もう嫌という程思い知らされている。

 だから、モニターが完全に消えてしまう直前、彼は叫んだ。

 

「アイツよりも、先に!!」

 

 

 

 コンソール上の機体ステータスを一通り確認し終えたヒムロは、次いで正面モニターの方へと顔を上げ、くっ、と歯噛んだ。

 

「やられた……!」

 

 アイアンタイガーの繰り出した“必殺技”――ツイン魔王剣というらしいあの巨大ビームソードの直撃を、咄嗟(とっさ)に全速力でその場から駆け出す事で何とか避けたヒムロであったが、それでもツインサテライトの威力と攻撃範囲をそのまま引き継いだかのような一撃を前に、マッハイェーガーが傷付いてしまう事は避けられなかった。

 その中でも最も目立つ傷は、背部のジョイントから先が消し飛んでしまっているマッハブースターだ。メインブースターであるこれが消失してしまった以上、イェーガーアーマー最大の特色である機動性と速度を十全に発揮するのは最早不可能。そこ以外の他の部位の損傷もかなり酷く、その一部がコアバクゥ本体にまで(およ)んでしまっているしたせいで損傷度(ダメージレベル)警戒域(イエロー)に達してしまった始末だ。

 

「――コアチェンジ、コアバクゥ」

 

 ここまで盛大な被害を被ってしまった以上、イェーガーアーマーはもう使い物にならない。

 止むを得ず放棄(ほうき)する事を決めたヒムロはアーマーを排除(パージ)。辺りに脱ぎ捨て、元の白く小柄な姿へと戻ったコアバクゥをその場に着地させる。

 とはいえ、彼はまだ良い方だ。まだ、戦闘続行自体は可能なのだから。

 

『済まねぇ、てっきり唯のツインサテライトだとばかり……』

 

 面目(めんぼく)ない、と通信ウィンドウの中でノフリが申し訳なさそうに頭を下げる。

 駆け付けたヒムロがアイアンタイガーと足止めの戦闘を始めるのと入れ替わりにフラッグの捜索を再開した彼のダナジンの位置を示すマーカーは、直前まで森林エリア内にあった。

 しかし、二振りあったDXのツイン魔王剣の片方に狙われた彼は、それをもろに受けて撃墜。そのままZi-ソウル側の森林エリア内に設けられている復帰地点(リスポーンポイント)まで強制送還された事により、今の彼のマーカーはヒムロの位置から大きく離れた位置に表示されていた。

 

『DXは確かぁ……()()()()()()()()君、だったか? まさか、“必殺技”が使えたなんてなぁ』

 

『やっぱり子供だからって油断は出来ねぇっすね』

 

『だな。――だが、これで今回のバトルは貰ったな!』

 

 予想外のものを見せられたための神妙な面持ちでノフリと頷き合っていたデアールが、一転して勝利を確信した笑みを見せた。

 その笑みの根拠は、ヒムロのすぐ近くにあった。

 正面モニターの向こう――赤黒く融解した地面と薄くなり出した白煙の向こうで、()()()()()()()()()()()()()D()X()がそれだ。

 例のツイン魔王剣を振り下ろし終えた後、一拍の間を置いてツインサテライトの砲身を中心にDXの機体各部で爆発が発生。その場で膝を着いて沈黙したかと思えば、そのまま機体の端々から細かなテクスチャ片と化していき、つい先程完全に消失したのだ。

 そもそもアイアンタイガーの“必殺技”がそういうものだったのか、はたまた、やはり当初の見立て通り撃てるツインサテライトは一発だけだったのか? ――正確な理由は分からないが、ともかく、無茶をさせたためにDXが限界を迎え、自壊してしまったというのは確かだった。

 

『コアガンダムとモビルドールは撃墜済み。残っていたのはDXだけで、そのDXも今自滅した! もう邪魔する奴はいない!』

 

 そう、最後の一機であったDXが消えた今、向こうは完全に無防備(むぼうび)。妨害される余地が無くなったこの隙にフラッグを探し当ててしまえば、こちらの勝利だ。

 ――そう(いさ)むデアールの気持ちは良く分かるものだったし、こちらの勝利が目前であるというのも同感ではあったのだが、それでも、いや、とヒムロは小さく首を振った。

 “必殺技”を使えば自滅するなんて事は、恐らくアイアンタイガーが一番良く分かっていた筈だ。その上での敢行(かんこう)であれば、つまりあの“必殺技”は()()()()の一撃。自分が倒れれば致命的(ちめいてき)な隙を(さら)す事になるのを承知(しょうち)で行ったという事だ。

 という事は――。

 と、その時だった。

 左斜め方向、森林エリア内を埋め尽くす木々を突き破り、無数の枝葉を巻き込みながら上空向けて何かが飛び出した。

 突然の事態に二人揃って驚愕するデアールとノフリを後目(しりめ)に、それが何であるのかを認めたヒムロは、やっぱり、と呟いた。

 何か――ツインテールの根本に付いたGNドライブから緑色のGN粒子を放出しながら、箒型の武器の柄に(またが)っている人形染みたそのガンプラの正体は、先程こちらのフラッグに迫っていたところを撃墜したモビルドールであった。

 

『あのガンプラ! 確かヒムロ君と俺で撃墜(おと)した筈じゃ――』

 

「復帰したんですよ。――考えてみれば、そろそろ10分経ちます」

 

 今回のバトルは、撃墜されても10分の待機時間(インターバル)が経過すれば復帰できる。――どうやら、アイアンタイガーの最後の一撃はそれを見越してのものだったらしい。

 そして、その目論見(もくろみ)通りに今復帰したモビルドールが続いて取るであろう行動について、二つ、ヒムロには予測出来るものがあった。

 一つは、自分達のフラッグに間近まで迫って来ているヒムロの迎撃。

 もう一つは、

 

『よーし! そのままかっ飛んでいけぇ、トピアッ!!』

 

『はいですー! ――ELトランザムー!!』

 

トランザムによる強化を加えた機動力に物を言わせてフィールドを横断し、こちらのフラッグを奪取する事だ。

 実際に選ばれたのは二つ目。それを証明するように、機体を紅に染めたモビルドールがZi-ソウル側のフラッグがある方へ向きを変え、獲物を補足した猛禽(もうきん)のような勢いで飛び出した。

 

『や、やべぇ!』

 

 デアールが切迫した声を上げる。

 先程交戦した際に良い様に翻弄(ほんろう)されていた彼のザムドラーグだけでは、フラッグのみを目的に一直線に飛び込んで来るモビルドールを止める事はほぼ不可能だろう。されとて、イェーガーアーマーが使い物にならなくなった今のヒムロが先のように駆け付ける事ももはや不可能。絶望的な状況に(おちい)った事を(さと)った彼がそんな風に取り乱したとしても仕方の無い事だ。

 だが、ヒムロは違った。

 

「大丈夫です。――まだ打つ手はある」

 

 言いながら、ヒムロは右手を手元のコンソールへ向かわせて操作する。

 程無くして、大きく抉れた地面の向こうからキュラキュラ、という無限軌道(キャタピラ)の駆動音を上げて“それ”が現れ、コアバクゥのすぐ傍へと付いた。

 念のためと、ヒムロは“それ”に目を遣り、(あらた)める。――頑強(がんきょう)な深緑色の装甲を全体に(まと)い、その全長にも迫る長大な砲塔を二門その上部に備えた戦車型のサポートメカ――イェーガーアーマーとは別に用意しておいた、()()()()()()()()()を装備させたコアハンガーBの損壊状況を。

 幸いにして、ツイン魔王剣の直撃はこちらも避けられたらしい。攻撃の余波によって全体的に黒焦げ、部分部分で溶解したせいで一部も失われている機能もあったが、それでもこれからやる事に必要となる部位は無事だった。換装(コアチェンジ)そのものも問題なさそうだ。

 となれば、やる事は一つだけだ。

 

『……』

 

 すぐさまヒムロは操縦桿を傾け、コアバクゥをモビルドールの方へと向ける。

 既に遠く離れた空域まで飛び去ったモビルドールは豆粒大の大きさしかなく、(かろ)うじて引き連れている紅の残像が視認出来るかというような状態であったが……。

 

(大丈夫だ。今ならまだ、()()()()())

 

 そう確信し頷くや、ヒムロは操縦桿を前へ押し込み、追従するアーマーと共にコアバクゥを駈け出させた。

 

『……ぉ……』

 

「コアチェンジ!」

 

『……ぉぉ……ぉぉぉ……』

 

 そして、コアバクゥにアーマーを纏わせるために音声コードを(つむ)ごうとして、

 

「アーマーコ――っ!?」

 

思わずその口を止めた。

 

『……ぉぉぉぉぉぉ』

 

 ……思えば、先程から妙な音がずっとしていた。

 極々微かな、耳を澄ませば漸く聞き取れるかもしれない小さな音だったし、そんなものよりもモビルドールの侵攻を止めるが最優先事項だったため全く気にしていなかった。

 それがとんでもない見落としであったのだと気づいた時、もはやヒムロは絶句(ぜっく)する他無かった。

 その音の正体が、

 

『ぉぉぉおおおおおっ、おぉりゃああああアアアァッ!!

 

どんどん小さくなっていくモビルドールと入れ替わるように、同じ方向から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()であったと気づいた、その次の瞬間には。

 あっという間にモニター一面を埋め尽くしたコアガンダムとの衝突によって、彼は為す術無くコアバクゥ諸共(もろとも)弾き飛ばされるしかなかった。

 

 

 

 あの時――“必殺技”とやらを使うためにツインサテライトの砲身をDXフルバスターに構えさせる直前、一回しか言わないと前置きしてから指示を下して来たアイアンタイガーと、イツキとトピアとの遣り取りは次の通りだった。

 

『まずイツキ! オメーはもうすぐ復帰出来るな!?』

 

「ああ! 俺はあと5秒も――てか、今復帰出来た! 今からそっちに――」

 

『んじゃオメーはそのまま待機だ!』

 

「――行ける……って、えーっ!?」

 

 漸く正面モニターの左上に表示されていた残り待機時間(インターバル)を示すタイマーが0となり、薄暗かったコックピット内が再びぼんやりとした緑の光に照らし上げられると共に再起動したコアガンダムに一度は意気込むも、即座に返って来た予想外の指示にイツキは落胆(らくたん)の声を上げる。

 それに構わず、更にアイアンタイガーの問い掛けが飛ぶ。

 

『トピア! オメーの方はもうちょい掛かんだったな!?』

 

『はいですぅ。えっと、あと……2分とちょっとだけですー!』

 

『2分ちょいだな!?』

 

 再三のアイアンタイガーからの確認に、通信ウィンドウの中のトピアが頷く。

 すると、

 

『……ギリギリなんとかなるか……?』

 

アイアンタイガーが不敵な笑みを浮かべながら呟き、そしてこう言って来た。

 

『よーし! 良いかお前ら! 今から俺は“奥の手”をぶっ放す! そいつを使っちまった後はもうオメーら次第だ! 一回しか言わねーから、テメーがやる事しっかり覚えろよぉ!!』

 

 そうして、イツキはトピアと共にアイアンタイガーから作戦の説明を受けた。

 まずアイアンタイガー。彼が“必殺技”を使い、ヒムロと、フラッグを捜索中のノフリを一度に襲撃。叶うなら両方を、それが出来なくともせめてどちらかをその一撃で撃墜しつつ、時間を(かせ)ぐ。

 次はトピア。彼女は復帰次第にZi-ソウル側のフラッグへと向かう。アイアンタイガーの攻撃から逃れた敵機、俺様(ry)側のフラッグの事等は全て無視し、辿り着く前に限界時間が来てしまうのも承知でEL TRAN-SAMも発動して、一目散にフラッグを――()()を取りに行く。それ以外は()()考えない。

 勿論、相手も自分達のフラッグへ一直線に迫る彼女を見す見す逃しはすまい。妨害して来るだろう。

 それでもモビルドールトピアの機動力ならば――例え、EL TRAN-SAMの限界時間を迎え、能力が著しく落ちた状態であっても――上手くやれば切り抜けられるかもしれないが、それはあくまで可能性であって、絶対ではない。

 故に、こちらも相手の妨害を抑える役が必要になる。――その役を担うのが、イツキという事になるのだが、それには少々問題があった。

 

『あのー、それってイツキくんとコアガンダムちゃんも一緒に来るってことですかぁ?』

 

『そうだ!』

 

いや無理だよっ!!

 

 トピアの進路を妨げる者への対処に当たるのであれば、それを一早く察知し、すぐに対処に当たれる位置を維持しなければならない。つまり、彼女に随伴(ずいはん)していく必要があるのだ。

 コアガンダムは小柄・軽量で機動性に優れた機体だが、だからといってモビルドールトピアに付いていける程の速さは流石に持っていない。EL TRAN-SAMを発動した文字通りの全速力など、以ての外。思わず声を張り上げたイツキの訴えの通り、無理だ。

 だが、この問題を解決する手がアイアンタイガーにはあった。

 

()()()()()!』

 

「は?」

 

『トピアが動けるようになったら、オメーはコアガンダムをモビルドールの、あー、GNブルームメイス()にしがみ付かせろ! んで! 一緒に飛んでって、コイツはヤベーって感じの奴見つけたらトピアに知らせろ! でもってトピア!』

 

『はいですー!』

 

『イツキから連絡来たら、オメーは一回止まって、()()()()()!』

 

「お、おい! ちょっと待てコテツ! まさかお前――!」

 

『妨害しようとしてる奴目掛けて、思いっきり()()()()()()()()!!』

 

『分かりましたー! ……あれ?』

 

 ……これはこれで問題のある手であったが。

 

 

 

 かくして、予定通りアイアンタイガーがツイン魔王剣を発動し切り、ノフリを撃墜しつつ多くの時間を稼ぎ、その時間内ギリギリのところで何とかトピアが復帰。それに続き、嫌々ながらもコアガンダムをモビルドールトピアのGNブルームメイスの後部側にしがみ付かせたイツキは、彼女と共に離陸。上空へ上がるやEL TRAN-SAMを発動させて全速力で飛び出すトピアに代わって周囲の警戒を始めたところで、早々に()()な動きを見せるコアバクゥを彼は発見し、それを彼女へと伝えた。

 そして、これまた予定通りに、EL TRAN-SAMによる能力強化で膂力(りょりょく)の高まったモビルドールトピアの一振りにより、バットで打ち出されるボールのようにGNブルームメイスから彼のコアガンダムは放り出され――見事、行動を起こす間近だったコアバクゥへと一直線にぶつかり、その勢いのまま弾き飛ばす事で妨害を成し遂げたのだった。

 

うぉわあぁあぁあぁあぁぁ!?

 

 ただし、その際に殺し切れなかった慣性(かんせい)に引っ張られるままにコアガンダムが顔面から地面へとダイブし、更には二度、三度と水面に投げられた小石の如く跳ね飛ぶ羽目になってしまったが。

 そのまま、再び地面に頭部から突っ込み、暫く土の上を滑ったところでどうにかコアガンダムの挙動(きょどう)が落ち着いたので、

 

「し、死ぬかと思った……」

 

それまで四方八方から襲い来る衝撃に身を強張らせて耐えていたイツキは、漸く一息吐く事が出来た。

 

『イツキくん、だいじょうぶですかぁ?』

 

「な、なんとか……」

 

 頭を振りながらトピアからの心配げな声に返答しつつ、まだ衝撃が抜きらない故の緩慢(かんまん)とした動きでイツキはコンソールへと視線を向ける。表示されている機体ステータスを一通り眺め、その内容に思わずはぁ、という嘆息(たんそく)(こぼ)れ出た。

 

(そりゃそうなるよなぁ)

 

 ついさっきコックピット内に灯ったばかりの光がもう緑色から黄色に変わっていた時点でそんな気はしていたが――突撃の衝撃によって(まく)れ上がり、同時に発生した土埃が周囲を埋め尽くす赤土の地面の上で(うつぶ)せていたコアガンダムの状態は、それはもう酷いものだった。

 少しでも機体への反動を抑えられれば、とモビルドールトピアから打ち出される直前にコアシールドごと前面に(かか)げた左腕は、衝突の際にどこかへ飛んでいってしまったのかシールドが無くなっており、手首から先は原形こそ保っているものの反応が途切れてしまっていて動かない。胸部のクリアグリーンのパーツと額のブレードアンテナは共に右側が砕け、あるいは折れて無くなっており、左側のコアサーベルも柄が半ばから折れ曲がってしまって、もう使い物にならない。それ以外にも所々で損傷が発生しており、損傷度(ダメージレベル)はすっかり警告域(イエロー)だ。

 機体そのものを砲弾にするような無茶苦茶なマネをしたのだから、当然といえば当然の結果だ。むしろ、打ち所が悪くてまた撃墜なんて事にならなかっただけ御の字ですらある。

 だが、それはそれとして復帰早々のこの有様には物申したくなるというものだ。

 なので、そもそもこんな無茶を作戦と称してやらせた下手人であるアイアンタイガーに文句の一つでも言ってやろうと、イツキは通信ウィンドウの中の彼をきっと睨み付ける。

 そして、いざ糾弾(きゅうだん)の言葉を吐こうとして、

 

「おいコテ――っ!?」

 

直後にコックピット内に鳴り響いたアラートに、口から出掛かっていた言葉を咄嗟に飲み込んで振り返った。

 同時に影が差す。

 アラートの発生元――コアガンダムの頭上へと向けた彼の視界を覆うように、掲げた右前足を振り下ろさんとしている白い影が。

 それを認め顔を引き()らせるよりも先に、イツキは操縦桿を深く右へ傾け、俯せた状態のコアガンダムを横へ転がさせる。

 一拍遅れて響く破砕音。

 一瞬前まで寝そべっていた地面が砕かれ、破片が巻き上げられる様を――反応が強すぎて倒れ込んでしまいそうになり掛けながらも――転がりの勢いを利用して膝立ちさせたコアガンダムのツインアイを通して見たイツキは、同時にその目に捉える。

 

「ヒムロ君……!」

 

 赤土を叩き砕いた影――コアバクゥを。

 

『やってくれたね』

 

 通信を介してヒムロの声が響く。

 

『まさか、仲間に自分を放り込ませるなんてね。完全に予想外だった』

 

 お(かげ)で、もうコアチェンジ出来ないよ。――そう静かに語るヒムロの言葉通りか否かまでは判断は出来なかったが、確かにコアバクゥも目に見えて酷く損傷していた。

 恐らくアイアンタイガーのツイン魔王剣の余波によるものだろう、黒い焦げ跡が機体の各所に散らばっているし、飛び込んだコアガンダムと直接接触したのだろう頭部右側面は、そこに設置された円筒状の部分――ビームの牙の発振器も巻き込んで大きく凹んでいる。極め付けに、背部に背負っていた筈の二連想の小型砲塔が根こそぎ無くなっており、代わりに出来た痛々しい断面がスパークを(ほとばし)らせていた。

 そんな状態のコアバクゥが、空を見上げるように首を擡げた。

 

『――もうモビルドールは見えないか』

 

 若干ながら諦めが(にじ)んだヒムロの呟きが聞こえる。

 確かに彼の言葉通り、モニターを介して確認できる空域内にはもうモビルドールトピアの姿は無い。

 どうやら、身を挺しての妨害は上手くいったようだ。――そう確信し、よっしゃ、とイツキは拳を握った。

 

「後はトピアがフラッグを取るだけ……俺達の――」

 

『勝ちだ、って言い切るのは早いんじゃないかな?』

 

 そのヒムロの問いと共に、ピンクのモノアイがイツキへと向けられる。

 

『僕達のフラッグまで辿り着く前にトランザムの限界時間が来る筈だし、まだデアールさんだっている。そう簡単にはいかないよ』

 

「それでも、トピアならフラッグを取ってくれる!」

 

 確かな自信を以て言い返すイツキ。

 それに対し、そう、とだけヒムロは返し、続けてこう告げた。

 

『そこまで言うのなら、むしろ()()()()()()()()()が良いかもね』

 

「え?」

 

 そう呆けた声が漏れるのが早いか否かというタイミングだった。

 一瞬だけコアバクゥの後方で(まばゆ)い光が弾けたかと思いや、間髪入れず二筋の赤い奔流が飛来して来たのは。

 

「っ!?」

 

 すぐさまイツキは操縦桿を押し込み、コアガンダムのバックパックと踵のスラスターを全開で噴出させた。

 間一髪でその回避行動は成功し、右方向へ飛び退いたコアガンダムの足先から数十cm程度の空間を白いスパークを伴う高出力ビームが猛スピードで通り過ぎていく。

 だが、まだ手を(ゆる)める事は出来ない。

 緊急で噴かせた各部のスラスターを停止させて着地させようとしたその時には既に、白い機影が目前に回り込んでいた。

 くぅ、と引き攣った声を上げながらも、イツキはコアガンダムの右手に握らせていたコアスプレーガンを放り投げさせる。

 間髪入れず、袈裟懸(けさが)けに振り下ろされたコアバクゥの左前足にスプレーガンが引き裂かれ、爆発。発生した爆風に(あお)られて上手い具合にその場から後退していくコアガンダムにコアサーベルを抜かせたイツキは、更に立ち込めた爆煙目掛けてバルカンを撃ち込ませる。

 軽妙な音を上げて連なる弾丸は狙い通りに爆煙の中へと飛び込んで行くが、しかしそれを待たずに煙の向こうからコアバクゥが高く跳び上がった。

 すぐにバルカン弾の軌道修正のため、コアガンダムの頭部を上方へ傾けさせるイツキ。

 しかしこれも間に合わず、着弾点が上へ上がっていくバルカン弾の列を飛び越えるようにしてコアバクゥが降下。位置エネルギーを乗せて両前足を突き出して来る。

 焦燥(しょうそう)に駆られながらも、横に倒したコアサーベルをコアガンダムの頭上へと掲げさせるイツキ。その視界が、間を置かず自身のビーム刃と赤熱化した金色の爪の接触により発生した激しいスパークによって白く染め上げられた。

 

「ぐううううっ!」

 

『君の仲間より先に、僕が君達のフラッグを奪わせてもらう。ここまで来たら、それ以外に僕達が勝つ方法は無い』

 

 バチバチ、とけたたましく散る火花の音と、操縦桿を通して伝わる鍔迫り合いの押し込みに歯を食い縛って耐えるイツキに、通信を介してヒムロが叫ぶ。

 

『そのためにも、まずは邪魔者にいなくなってもらうよ。――()にね、イツキ君!』

 

「ぐぅうう……! やら、れる、もんかぁ!!」

 

 気合一閃。

 イツキの咆哮に後押しされたように、コアガンダムがコアサーベルを大きく振り抜き、コアバクゥを後方へ追い遣った。

 

『そう言うのなら、いい加減君の()()を見せて欲しいな!』

 

 コアガンダムが振り払った力に身を任せるように後退していくコアバクゥからヒムロがそう言った刹那、その背後から軽妙な発泡音の連鎖と共に無数の白煙の線が上へ飛び上がった。

 ミサイルが放たれたのだ。先程撃ち込まれた二筋の高出力ビームと同じように、コアバクゥの後方で待機していた戦車型のサポートメカ――ゴツゴツ、とした深緑色のアーマーを懸架(けんか)したコアハンガーから。

 すぐさま踵のスラスターを点火したイツキは、更にバルカンを連射。コアガンダムをその場から後退させつつ、弾頭を向けて来るミサイルの群れへの迎撃(げいげき)を試みた。

 幸いにして、大半のミサイルは撃ち落とす事には成功したが、それ以外の数発はバルカン弾の弾幕を(くぐ)り抜けてしまい、そのままコアガンダム目掛けて飛来。距離を離していた事が功を(そう)して更に数発が足下へ()れたが、それでも残り数発はコアガンダムを追尾し切り、着弾。即座に発生した爆発がその機体に損傷(ダメージ)を与えると共に、(いちじる)しく姿勢を崩した。

 

「ぐぅ! マズい!」

 

 既に後退していた事もあり、そのまま背中から地面へと倒れ込んでしまいそうになるコアガンダム。そのバランスを戻そうと、慌ててイツキはバックパックのスラスターも噴かせ、その場で後退を止めさせた。

 そのタイミングを狙っていたかのように、突如視界の左側からコアバクゥが出現。猛然と駆け込む勢いを乗せて右前足を突き出し、鎌で雑草を刈るかのような呆気無さでコアガンダムの右手からコアサーベルの柄を弾き飛ばした。

 コアハンガーに撃たせたミサイルを誘導に、確実に視界から消えるように大きく回り込んでからの不意打ち。それに、あ、とイツキが呆けた声を上げる間も無くコアバクゥが後部を向け、両の後脚による蹴り上げを繰り出す。

 響き渡る金属音。

 敵機の連撃に対応出来ず、為すがままに打ち上げられたコアガンダムはほんの僅かな間宙を浮かび、そして自重に引かれるまま背から地面へと落ちた。

 コックピット内を襲う轟音と振動。それに何とか耐えたイツキは、急いで立ち上がらせねばと操縦桿を引く。

 しかし、すかさず(おお)い被さって来たコアバクゥの左前足に胸部を踏み付けられ、上半身を起こしていたコアガンダムは再び背を地面に着ける事となった。

 

『さぁ、追い詰めたよ』

 

「このっ!」

 

 王手を宣言するヒムロを振り払わんがために、イツキはコアバクゥの横っ面目掛けてコアガンダムに左腕を振り上げさせる。

 手首から先は拳すら握れない状態だが、それでも腕その物をぶつける事は出来る。――そう踏んでの反撃の一手は、しかしそれよりも早く動いたコアバクゥの右前足に肘を踏み付けられて止められてしまう。

 更にダメ押しとばかりに、コアガンダムの胸部を踏み付けていた左前足も右肩へ移動するや、両前足先の爪が三又に展開し、急激に発熱。そのまま装甲ごと左肘と右肩の駆動部が溶かされてしまった事で、両腕の動きが完全に封じられてしまった。

 

『後は君にトドメを刺すだけ。――それが嫌なら見せてみろ! 君の本気(アーマー)を!』

 

「まだだぁ!」

 

 それでも負けじと、イツキはコアガンダムにバルカンを撃たせようとする。すぐ真上に敵機がいる今の状況ならば、威力の低いバルカン弾でもそれなりの損傷(ダメージ)を与えられる筈だ。

 だが、発射直前に動いたコアバクゥの右前足がコアガンダムの顎下を蹴り付けた事で、強引に射線が変更。いざ側頭部から放たれたバルカン弾の群れは敵機の鼻先すら(かす)められず、その奥に広がる大空の彼方へと空しく飛び去ってしまう。

 

「ぐ、ぐぅ……!」

 

『証明して見せろ!』

 

 もう打つ手が無い。

 既に赤く染まったコックピットの中で噛み締めた歯の隙間から呻きを漏らすしかないイツキの前で、ピンク色の一つ目を向けていたコアバクゥが無事な左側頭側の発振器からビームの牙を展開し、頭部ごとそれを振り被る。

 狙いがどこなのかは、考えるまでも無い。

 

『そのガンプラが、()()()()()()()()!!』

 

 そして振り下ろされる牙。

 猛然と迫るその先端が、ブレる事無く一点目掛けて迫る。

 全てのガンプラの弱点――コックピットへと。

 最早誰にも止めようが無い最後の一撃。それが一秒にも満たない極僅かな時間を掛けてコアガンダムの胸部を貫き、息を呑み、目を見張るイツキに引導を渡そうとしたその刹那、

 

<BATTLE ENDED! WINNER――ORESAMA TO YUKAINA NAKAMA TACHI(俺様とゆかいな仲間達)!>

 

不意に告げられたバトル終了のアナウンスが、その一撃を止めた。

 




何だか意味深な事を言われつつ追い詰められたりもしたけど、何とか勝利?
次回にて第3章は終了となります。どうか次回もお楽しみに。


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第24話 ()に落ちない勝利と二つの悩み

漸く今回で終わりとなります第三章。
今回はエピローグ兼、次章への繋ぎ回となりますので大した内容にはなりませんが、どうかお付き合いの程を。


『ちょっと右に寄ってますー』

 

「分かってるよ……っとと」

 

 ギャラリーモードで観戦しているトピアからの指摘に返答しつつ、イツキは傾けていた操縦桿の角度をほんの少しだけ、慎重(しんちょう)に引き戻した。

 それにより、コアガンダムが両腕で左右から持ち上げていたコンテナの位置を僅かに修正。既に4個、微妙に位置がズレてジグザグに積み上がっている同じ大きさのコンテナの塔を崩してしまわない位置になったのを確認してから、持たせている方のコンテナを静かにその上に下ろさせる。

 そうして、ゴト、と5個目のコンテナを積み上げたイツキは、より一層神経を尖らせてコアガンダムの両手をコンテナから離させ――。

 

<MISSION COMPLETED>

 

 ―― 一瞬だけ時間を置いて電子音声が告げたミッション終了のアナウンスを聞いてから、ふ~、と額に(にじ)んだ汗を(そで)(ぬぐ)った。

 

『え~っと、いまのは……8分とちょっと!』

 

 通信ウィンドウの向こうでトピアが何かを確認するような素振りをした後、新記録ですー、と我が身に起きた事の様に嬉し気に声を張り上げる。

 彼女が告げたのは経過時間だ。

 イツキも正面モニター右上に表示されているタイマーを通して確認する事が出来る――今のコンテナ5個を一から積み上げるのに要した時間であり、今彼が受注している初心者向け操作トレーニングミッションの通算24回目の記録である。

 

『そりゃ早くなんだろ』

 

 当然の結果だから一々騒ぐな、とばかりにトピアの隣の通信ウィンドウから顔を覗かせていたアイアンタイガーが鼻を鳴らす。

 

『もう20回越してんだ。こんだけ数(こな)してりゃ、よっぽどのヘタクソでもなけりゃコンテナ積み上げんの()()()は上手くなって当たり前だっつの』

 

 んな事より、と一旦(いったん)言葉を区切ったアイアンタイガーが、ぐっと身を乗り出してイツキへと目を向けて来る。

 

『おいどうだイツキ? ちったぁコアガンダムの(くせ)掴めて来たのかよ?』

 

 そう、それが本題だ。

 工場の敷地をモチーフにした、狭めのミッションフィールド内に散らばるコンテナを積み上げるだけ。――そんな極々簡単な内容のこのトレーニングミッションは、その名の通りGBN入門し立てでガンプラの操作に自信の無い初心者の操作練習を目的としたものだ。本来ならば、既に幾つかのミッションやバトルを経験し、一通りガンプラの操作の仕方を身に着けた今のイツキが態々(わざわざ)やらなければいけないようなミッションでは無い。

 そんなミッションを()えて、しかも24回も連続して挑んでいるのは何故かといえば、それはコアガンダムの操縦に慣れるために他ならない。

 小型軽量のコアガンダムは過敏(かびん)なまでに応答性(レスポンス)の良い機体だ。緊急時等でそれが災いして想定よりも大きく動き過ぎてしまい、結果振り回されてしまっているのが今のイツキの現状なのである。

 それではいけない。ガンプラバトルではそういった咄嗟(とっさ)の操作が求められる場面が存外(ぞんがい)多い事は、これまで行って来たミッションやバトルの経験で嫌でも分かる。それだけコアガンダムの操作を誤ってしまう事態も引き起こしやすいという事なのだから、今後もそんな有様ではまともに戦っていけない。

 そういうワケで、その日GBNにログインしてからずっとこのトレーニングミッションを続けているイツキであったのだが、

 

「――結構慣れてきたと思う。普通に動かすだけなら、もう大丈夫だよ」

 

始めてすぐの段階では下のコンテナの端にコンテナを置いてしまったり、勢いが強くなりすぎて叩き付けてしまったりで20分近く要していたコンテナの積み上げも、数を重ねた今では上記の通り8分まで短縮出来るようになった。(あわ)せて、コアガンダムの癖もある程度は掴めて来ており、平時での操作ならもう大きなしくじりも無く安定して動かせるだろうという手応えを掴めていた。

 とはいえ、

 

「けどなぁ……ホントにただコンテナ積んでただけだから、こう、攻撃避けたりだとか、そーいうイキナリ動かさなきゃいけない時とかはまだちょっと」

 

コンテナをただ積み上げるだけのトレーニングミッションでは咄嗟の機転が求められる事態というのは起こり様が無いため、そういった場面に直面してなお安定した操縦が出来るかについてはまだ自信は無かったのだが。

 

『――まー、その辺はしゃーねーな』

 

 後はもうミッションなりバトルなりで実戦通して(きた)えてくしかねーだろ。

 腕を組んで(うな)ってからそう()(くく)った後、取り敢えず戻って来い、とアイアンタイガーが指示を寄越(よこ)して来る。

 イツキ自身、トレーニングミッションで出来る事は取り敢えず終わった、と感じていたため、その指示に分かった、と返答し、ミッション中断の(むね)を問うウィンドウを正面モニター上に呼び出した。

 ウィンドウ内に表示されているYESのボタンを押せば、速やかにミッション中断の処理が()り行われ、コアガンダムのコックピット内から見ていたフィールド内の景観が視界からふっと消え失せる。

 そして何事も無く、人々が周囲を行き交うセントラルエリアのロビー内へと彼の体と意識は移動する事となったが――そうなる前のほんの一瞬、それにしても、とイツキはふと思い返す。

 

「あれって、結局どーいう意味だったんだろなぁ?」

 

 そう呟く彼の脳裏に浮かんでいたのは、コアガンダムの初陣にして、その操作性の癖を彼が思い知らされる事となった一戦。

 昨日行われたフォースバトルの最中で耳にした、ある言葉であった。

 

 

 

 (さかのぼ)る事一日。

 コアガンダムの完成から間を置かず、アイアンタイガーとトピアの(ハッキリ言って口に出したくない名前の)フォースに傭兵としてイツキも参加する事になった、Zi-ソウルとのフラッグ争奪戦。

 初めて扱う機体に何度か振り回されたイツキを筆頭(ひっとう)に、ほんの僅かな間とはいえ全滅してしまう機会もあった程に苦しい戦況に立たされる事もあったが、最終的にはEL TRAN-SAMも使用して急速侵攻したトピアがZi-ソウル側のフラッグを奪取。あわやイツキが二度目の撃墜を迎えるかと思われたその間際で、何とか勝利を収める事となった。

 そうしてバトルを終えてから十数分後、イツキ達三人はZi-ソウルの面々とフィールド中央に集まって顔を合せていた。

 

「いやー、参った参った! ちっとも攻撃当てられなかったぜ。本当に速いなぁ、トピアちゃんのモビルドール!」

 

「えへへ、ありがとうですー。デアールさんのザムドラーグちゃんもいっぱい攻撃うててスゴかったですー」

 

「良いトコまで行けたんだけどな~ぁ。まさか、あんなタイミングで撃墜(おと)されるなんて思ってもみなかったよ。もう“必殺技”使えるなんてスゴいな、()()()()()()()君!」

 

アイアンタイガー!! ――いやいや、大した事ねーっすよ! 全然ねーっすよ! たまたま使えるってだけっすから! へっへっへっへー!」

 

 各々の健闘を(たた)え合うデアールとトピア、ノフリとアイアンタイガー。

 あの時こうしていれば、という後悔や、アレはやらないでおくべきだった、という反省。(ある)いはアレは予想外だった、という称賛。――バトル中の自分達や相手方の戦法や行動を思い出し合っては盛り上がる彼らの様子は、傍から見ても和気藹々(わきあいあい)としており、そこに勝利した事への喜びはあっても(おご)(たかぶ)りは無く、また敗北した事への悔しさはあっても憎悪も無かった。

 そして、

 

「ヒムロ君!」

 

そんな周囲に(なら)ってイツキもまた、ヒムロへと声を掛けていた。

 

「――ああ」

 

 他の者達から少し離れたところで立っていたヒムロが、一拍遅れて呼び掛けに反応し、振り向く。

 その様子にふと気になるものがあったイツキは、駆け寄りつつ彼にその事を問い掛けた。

 

「どーしたの?」

 

「え?」

 

「さっきから何かムズカシー顔してるけど?」

 

 イツキの声に反応するまで、ヒムロは(うつむ)き加減で眉間に(しわ)を寄せた、(いささ)(けわ)しい表情を浮かべているように見えた。まるで、何か深刻な問題について思案しているかのように。

 それを指摘してみれば、丸っきり自覚が無かったと言わんばかりに、あ、という(ほう)けた声がヒムロの口から(こぼ)れたが、すぐに――取り(つくろ)うように――その顔に微笑みを浮かべた。

 

「――大した事じゃないよ。ちょっと……()を思い出していただけだから」

 

「昔?」

 

 反射的にオウム返ししたその言葉が少しばかりイツキは気になったが、()えてそれについて彼は追究しなかった。

 それ以上に訊きたい事が一つ、彼にはあった。

 

「ねーヒムロ君? ()()ってさ、どーいう事?」

 

「? アレ、って?」

 

「ほら、言ってたじゃん。 あー……()()()()()()()()()()()()とか、何とか?」

 

 バトル終了間際、それも二度目の撃墜直前という逼迫(ひっぱく)した状況だったために正確に聞き取る事は出来なかったが、確かにあの時、ヒムロはそんな感じの事を叫んでいた気がする。

 正しくは何と言っていたのか、どういう意図で出て来たのか? ――バトルが終わって一段落した今、あの時の台詞が妙に気になったのだ。

 ところが、

 

「――そんな事言ってないよ」

 

少しの間を置いてヒムロから返って来たのは、身に覚えが無いとでも言いたげな首を傾げる仕草だった。

 

「え? いや、言ってたよ?」

 

 当然ながら、すぐにイツキはそう反論する。

 確かにあの時、少なくともヒムロは何かを言っていた。その時の声が今も耳に残っているのだ。間違い無い。

 それに今、一瞬だが見えた気がしたのだ。

 否定の言葉を口にする直前、彼の瞳が――逡巡(しゅんじゅん)するように――横へ()らされるのを。

 しかし、

 

「いいや、言ってないよ」

 

それでもなお返されるのは(いな)だけであった。

 

「バトルの真っ最中で色々な音がしていたから、それを聞き間違えたんじゃないかな?」

 

「いや、違うって! そんなんじゃないよっ、俺ホントに――」

 

 続くヒムロの言い分に納得出来ず、半ば意地になりながらイツキは食い下がろうとする。

 だが、もうその時にはヒムロの顔は彼の方を向いていなかった。

 

「デアールさん、ノフリさん。僕、今日はもうログアウトし(上がり)ます」

 

 不意に告げられたその言葉に、イツキは勿論(もちろん)の事、投げ掛けられたデアールとノフリも思わずといった感じで振り返り、目を()く。

 そんな彼らのリアクションに動じる様子一つ無く、淡々とヒムロが手近な空間にメニューウィンドウを呼び出し、手早く操作を進めていく。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!? まだ話は――」

 

 慌ててヒムロを止めようとイツキは手を伸ばす。

 しかし間に合わず、後1,2センチでその指が腕に触れるというところで操作を終えた彼の体は細かなデータ片へと分解され、その場から消え去った。

 

「また会えるかは分からないけど、次こそは見せてもらいたいな。――君の()()を」

 

 最後にそんな言葉を残して。

 

 

 

 結局、バトルの終わり際にヒムロが言っていた言葉の意味は訊けず仕舞(じま)いとなり、残されて困惑するデアールとノフリから一方的に話を打ち切られた事を謝られた後に、一同は解散。

 こうして、当初は負けたとしても“()いや遺恨(いこん)の残らない敗北”に終わると思われていたイツキの初フォースバトルは、“幾つかの引っ掛かりを残した、()に落ちない勝利”で(まく)を閉じる事と相成(あいな)ったのだ。

 そして、時は再びバトルの翌日である現在へと戻る。

 トレーニングミッションを終え、セントラルエリアのロビー内で観戦していたアイアンタイガーとトピアと合流したイツキであったが、いつの間にか時刻は午後4時を過ぎていたために三人揃ってGBNからログアウト。現実へと戻って来たところなのだが――今の彼には二つ、大きな悩みがあった。

 その一つは――。

 

「しっかしよー。昨日のバトルでやたらコアチェンジコアチェンジ(わめ)いてたの、どーいうつもりか気になっちゃいたけどよぉ」

 

 相変わらずガラガラのアガタ模型店の店内。その入り口から見て左奥の製作スペースにて、椅子に座るイツキの正面の机の上に置かれたスマホの画面を彼の左隣りから(のぞ)き込んでいたコテツがぼやく。

 正確にはG-TUBE――ご存じエルドラバトルの、最初に投稿された動画を。

 

『――やはりパワーが足りないか』

 

 朱色のドラゴンのようなガンプラ――当時パルヴィーズが使っていた“ヴァルキランダー”へとビームサーベルを展開し迫っていた“エルドラブルブルート”なる機体の前にコアガンダムが立ちはだかり、コアスプレーガンの四連射で押し返すが、傷付けるには至らない。

 すかさずそこへ両腕のガトリングガンを連射しながら、“エルドラホバーブルート”と呼ばれる別の敵が接近して来る。先のエルドラブルブルートと同等程度の装甲を備えている事は想像に容易(たやす)いこの相手にも、コアガンダムが出せる出力で損傷を与えるのは難しいだろう。

 しかし、直後に二筋のピンク色の火箭(かせん)が飛び、エルドラホバーブルートを直撃。その装甲に傷を付け、黒煙を噴かせて見せた。

 更に続けて走るもう二筋のビーム。それが放たれたるはコアスプレーガンの発射口――ではなく、それを左手に握るコアガンダムの後方。その彼方(かなた)より目にも止まらぬスピードで飛び込み上空へと舞い上がる、一機の戦闘機であった。

 その戦闘機に続き、右手に握っていたコアサーベルの柄をバックパックへと戻したコアガンダムもまた、空高く飛翔していく。

 その最中で、ヒロトが淡々(たんたん)と呟く。

 

『コアチェンジ。――ドッキング、ゴー』

 

 その音声コードに反応し、戦闘機――専用サポートメカである“コアハンガー”が後退しつつ、懸架(けんか)していたスカイブルーの装甲群――“アースアーマー”を排除(パージ)。四方へと散らばったアースアーマーは、続けて先頭へと躍り出たコアガンダムの周囲に寄り集まり、次々にその機体の各部へと装着されていく。

 そうして最後に額中央にV字型の追加アンテナが装着され、緑色のツインアイを鋭く(きら)めかせたその機体の換装が完了する。

 アースアーマーを装着し、通常のガンプラと同等の(18m)サイズとなったコアガンダムの基本強化形態――“アースリィガンダム”への換装(コアチェンジ)が。

 

「合体しちゃったですぅ! 昨日のコアバクゥちゃんみたいですー!」

 

「おー、ホントだー。マジで昨日のコアバクゥって奴みてぇじゃねーよォ!!

 

 すごいですー、と机の上で女の子座りして観賞(かんしょう)していたトピアがはしゃぐのに同調したのも(つか)の間、動画へと向けていた目をイツキへと向け直したコテツが口角泡(こうかくあわ)を飛ばす勢いで吠える。

 耳元で発されたその爆音に、(たま)らずうわっ、とイツキは怯んだ。

 

「ウッサイなぁ! イキナリ傍で大声出すなよ!」

 

「んな事ぁいいんだよ! それよりどーいうこったオイッ!? コアガンダム(こっち)も換装機とか聞いてねーぞ!」

 

 すぐさま睨み付けて文句を言うが、間髪(かんぱつ)入れず投げられたコテツからの叱咤(しった)に、逆にイツキの方がうぐっ、と言い(よど)むハメになる。

 言われてみれば、プラネッツシステムについて彼やトピアに話した覚えが無い。

 

「で、でも! 昨日も、アーマーまだ出来てない、って俺言ったし! G-TUBEでエルドラバトル見ればすぐ分かるし!」

 

「そのアーマーってのが換装に使うパーツだなんて俺が知るかっつの! G-TUBEだって、こちとらオメーみたく頻繁(ひんぱん)に見てねーんだよ!」

 

「う~ん……私もあんまり見ないですー」

 

「うぐぐっ……」

 

 反論してはみるも、悪足掻(わるあが)きにしかならない。

 結局それ以上返す言葉も見つからず、(しばら)く唸った後、ゴメン、と観念(かんねん)したイツキが頭を下げた事でその場は(おさ)まる事となった。

 

「そーいう事はもっと早く言っとけよな。――んで、どーすんだ?」

 

「どーする、って?」

 

「アーマーって奴だよ」

 

 ったく、と手近な椅子に乱暴に腰を下ろすや、頬杖を突いたコテツが間を置かずそう尋ねて来る。

 今のイツキが抱えている二つの悩み、その一つ目について。

 

「そのアーマーっての付けたり外したりして戦うのが、コアガンダムのマジの使い方なんだろ? だったら、いつまでもコアガンダムだけってワケにゃいかねーだろが」

 

 コアガンダムという機体の真価はプラネッツシステム――アーマーと組み合わせて様々な戦況に対応出来る、その万能性、及び()()()()()にある。――少なくとも、イツキ自身はそう考えている。

 だからこそ、その真価を発揮させるためのアーマーを用意する事が至急の課題である事は、コテツに指摘(してき)されるまでも無く彼自身も理解していた事だ。

 だが、そのために一つクリアしなければならない課題がある。

 “アーマーをどうやって手に入れるか”、だ。

 この課題に対し、イツキの中では一つ、(かく)とした考えがあった。

 

「もちろん、()()()()()

 

 ()()である。

 

「イツキくんがコアガンダムちゃんのアーマー作るんですかー? わぁ、スゴいですー! それじゃあ安心――」

 

出来るかァ!!

 

 手を合わせたトピアからの素直な称賛の言葉を(さえぎ)って繰り出されたコテツのツッコミが、店内に響き渡った。

 

「お前っ、分かってんのかよ!? このアーマーっての、どー考えたってスクラッチしてんじゃねーか!」

 

 そもそもコアガンダム本体そのものが、ヒロトが0から生み出したフルスクラッチモデルである。

 であれば、その専用装備であるアーマーもまた同様。かつて自分では作れないからとBUILD DiVERSの面々を追い回し、紆余曲折(うよきょくせつ)の果てにパーツデータを受け取って(ようや)くコアガンダムを手に入れる事が出来たイツキがそれを作るというのがどれ程の難題かは、今更言葉にするまでも無い。

 そんな事も、当のイツキ自身が一番理解している。

 

「そんなの分かってるよ! でも、コアガンダムの時はヒロトさん達に散々迷惑(メーワク)掛けたんだ」

 

 そもそも、そうやってヒロトにコアガンダムを作ってもらおうとした事だって、自分では作れないと思っていたからこその妥協案(だきょうあん)。自分のものなのだから自分で作るべきだ、という考え自体は最初から既にイツキの内にあったものだ。

 それに、当のヒロトがかつて言っていたのだ。――自分の知らないところで勝手に作り、使う分には何も言わない、と。

 ヒロトのコアガンダムには、彼が込めた“想い”が詰まっている。だからこそ、イツキからの製作依頼を(がん)として彼は断り続けた。そんな彼だったからこそ、最終的にパーツデータを(ゆず)ってくれた事にしても妥協に妥協を重ねてくれた末の案だったであろう事を想像に難くない。

 だからこそ、せめてアーマーだけは自分の手で作り上げる。ヒロトの知らないところで、少なくとも彼にだけは絶対に頼らずに。――それが、一人のダイバーとして本来あるべき姿勢であり、彼がしてくれた(ほどこ)しに(むく)いる事に(つな)がるのだから。

 

「それに、どんなアーマーにするかも大体決まってるんだよね」

 

 まだ“何となく”レベルのあやふやなものでこそあるが、最初に作りたいアーマーのイメージは既にイツキの中で固まって来てはいる。

 それを実現するための具体的な方法、およびそれを実行に移せる技術が無い事こそ、正に一つ目の悩みの内容そのものになるのだが――ともかく、そのイメージを形にするという意味でも、アーマーだけは絶対に自分の手で作らなければならないのだ。

 ――というところまで説明して、なおコテツの顔にはもの言いたげな渋面(じゅうめん)が浮かんでいたが、もうイツキはそれに取り合う気は無かった。

 今度は、彼が尋ねる番だ。

 

「ていうか、俺も訊きたい事あるんだけどさ」

 

「あん?」

 

「フォースの名前って変えられないの?」

 

「………………あ゛?

 

 質問の内容をすぐに理解出来なかったのか。数分の硬直を挟んでから、()じ切れんばかりに深くコテツの首が傾げられた。

 

「フォースの、名前だぁ?」

 

「うん」

 

「――何で、んな事訊くんだよ?」

 

「いやだって、いくら何でもダサすぎるだろ今の名前」

 

 唇を尖らせ返答するイツキ。

 そう、これこそが彼が抱えている悩みの二つ目。――コテツのフォース、俺様とゆかいな仲間達の、その名前(フォースネーム)である。

 昨日のZi-ソウルとのフォースバトルとの直前、これまた色々と過程を経てからDランクになった後にコテツのフォースに入る事をイツキは約束したが、その時点で彼はその名前を知らなかった。

 男の言葉に二言は無い。そして、細かい部分はどうあれZi-ソウルとのフォースバトルに勝利したイツキは、それによって得たダイバーポイントでフォース制度の利用権限がアンロックされるDランクへの昇格を果たした。となれば、コテツとの約束通り彼のフォースに加入する事となり、今後はその一員としてフォースの名前も名乗る事になるのだが……。

 

()だよ、あんなバカみたいな名前。何が悲しくてお前のゆかいな仲間なんて一々名乗らなくちゃなんないんだよ」

 

 というか、フォースの名前がこんなフザけたものだと分かっていたなら、絶対にこんな約束していなかった。――そう心の底から思うくらいには、俺様とゆかいな仲間達という名前(フォースネーム)はイツキにとって受け入れ難いものであった。

 だが、もう一度言うが男の言葉に二言は無い。今の名前を名乗る事は心底嫌だが、されとて一度交わした約束を反故(ほご)にするという選択もまた、イツキの内には無い。

 そういうワケで、コテツとの約束通りにフォースに加入しつつ、あのバカみたいな名前を名乗らずに済むにはどうすれば良いか悶々(もんもん)と考え続けた果てに思い付いたのが、フォースの名前そのものを変える事であった。

 そして今、そもそもそれが可能なのか確認すべく口にしたのだが、

 

冗談(ジョーダン)じゃねぇ!!

 

座っていた椅子を吹っ飛ばす勢いで立ち上がったコテツから返って来たのは、激しい否定であった。

 

「俺様とゆかいな仲間達は俺のフォースだ! 名前変えるかどうかも俺様が決める事だ! ちゃんと入ってもいねぇ奴が、横からしゃしゃり出て来んじゃねーよ!」

 

 そう怒鳴り散らされるコテツの言葉は正しい。

 そもそもフォースを立ち上げたのが彼なら、その名前を決める権限があるのだって彼だ。まだ正式な加入手続きさえ済ませていないイツキには、とやかく言う筋合いも権利も無い。それについては彼も重々承知している。

 その上でなお、イツキは名前(フォースネーム)の変更を主張しているのだ。

 だから、でも、と彼は食い下がろうとするのだが、

 

「大っ体、俺様とゆかいな仲間達がダセェだとぉ? はっ! んなモン、()()()()()()()()()だけじゃねーか!」

 

続けて放たれたこの言葉には我慢ならなかった。

 

何だとォ!!

 

 カチン、と来るや否や、イツキもまた座っていた椅子を激しく弾き飛ばしながら立ち上がり、コテツへ詰め寄った。

 

「俺がセンス無いだってぇ!? お前、よく言えるなそんな事!」

 

「ホントの事だろが! 俺様が付けた名前(フォースネーム)にウダウダケチ付けてやがんの、テメーだけじゃねーか!」

 

「だったら俺とトピア以外の人にも聞いてみろよ! 絶対皆言うぞ! “スゲェダサい名前。こんな名前のフォース入りたく無い”、って!」

 

「言いやがったなテメー!?」

 

「あー言ってやったよ! でもお前の事だしちっとも分ってないだろうから、もっかい言ってやる! お前の付けたフォースの名前、スッゲェダサい!!

 

 そうなれば、もう後は()すがまま。

 互いに罵詈雑言(ばりぞうごん)をぶつけ合い、終いには鼻先を突き合わせて熾烈(しれつ)な睨み合いへと移行だ。

 

「ふ、二人ともぉ! ケンカはダメですぅ!」

 

 机の上から15cm超の小さな体を必死に振り回してトピアが仲裁(ちゅうさい)しようとするが、剣呑(けんのん)な空気を立ち込めさせる二人の視界の端にさえ、その姿は映らない。

 そうしてそのまま、イツキとコテツがどちらともなく腕を伸ばして取っ組み合いの喧嘩が始まるかと思われた、その時。

 

「イツキ君まだいるー? ちょっと頼みたい事あるんだけどー!」

 

 店の奥からカウンターへと駆け込んで来たヒカルの慌ただし気な声が、アガタ模型店の店内に強く響き渡った。

 




そんなこんなで第3章は終了。次回より第4章となります。
というワケで、今回バトルしたZi-ソウルの面々の簡単なプロフィールを紹介。各項目については

【Diver Name】:ダイバーネーム。
【Use GUNPLA】:使っているガンプラ。
【Form Variation】:ガンプラの形態バリエーション。換装・変形等による、通常とは異なる形態。

となっております。それでは。

【Diver Name】:ヒムロ
【Use GUNPLA】:コアバクゥ
【Form Variation】:バクゥマッハイェーガー

 イツキの初フォースバトルの相手を(つと)めたフォース、Zi-ソウルのエース。(少なくともダイバールック上は)イツキ達と同年代。
 コアガンダムを使うイツキの事を気に掛け、自らもコアガンダムのプラネッツシステムとよく似た換装機構を搭載したガンプラを使うなど、いやにコアガンダムと繋がる要素が多いような……?

【Diver Name】:デアール
【Use GUNPLA】:ザムドラーグ(黒を基調に、部分部分で赤色に。背に大口径のビームカノンとバルカン砲を背負っている。どこかで見た気がしないでもない?)

 イツキの初フォースバトルの相手を(つと)めたフォース、Zi-ソウルのリーダー。何だかぺリシア辺りにいそうな恰好をしている人その1。

【Diver Name】:ノフリ
【Use GUNPLA】:ダナジン(全体的に白く、頭部のセンサー部をクリアーオレンジのバイザーアイに変更。背にHGAGE ドラドのビームライフルを二門、両手にアームバルカンを追加している。どこかで見た気がしないでもない?)

 イツキの初フォースバトルの相手を(つと)めたフォース、Zi-ソウルのサブリーダー。何だかぺリシア辺りにいそうな恰好をしている人その2。


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