どこまでも真っ直ぐでお人好しな酒場の白兎 (花見崎)
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とある酒場主人の独り言

「『豊穣の女主人?』止めとけ、止めとけ、あんな酒場に行くのは。」

 

 

 

 

「確かに酒も料理も美味え、店員も別嬪揃いで文句のつけようがねぇ。

だが、値段は高ぇし・・・・悪酔いして、いちゃもんなんてつけてみろ。

たちまち店の外に殴り飛ばされて、治療院の世話になるだろうぜ。」

 

 

 

 

「・・・・・ん?誰に殴り飛ばされるか、って?決まってんだろ・・・」

 

 

 

 

 

「店で働いてる女どもさ!」

 

 

 

 

「だが、まぁ・・・もしお前さんが頼る当てもなく、困り果てた時、エールを煽って泣き喚くのもいいかもしれねぇ。」

 

 

 

 

「あそこにはいるんだよ。困って助けを求める奴はほっとけねぇお人好しなヒューマンがな・・・・」

 

 

 

 

「『正義の眷属』でもねぇ。どこの眷属()なのかも分からねぇ。分かってるのは種族(ヒューマン)ってことだけ。ギルドさえその概要どころか存在自体認知してねぇんだ。噂好きの神々ですら詳細は知らねぇ。」

 

 

 

 

「何か厄介事があるなら、行ってみな。助けてくれるかもしれないぜ?」

 

 

 

「まぁ何だ、しがねえ店主の独り言だ、忘れちまってくれ。」

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

酒場で制服を着た1匹の猫人(キャットピープル)が両手に数枚の重ねられた皿を手に流し台の方へと歩いてくる

 

 

 

「ちょっとアーニャさん!そんなにお皿重ねたら危ないですってば!」

 

 

 

 

「ふっふっふ、白髪頭はにゃーのバランス感覚を知らないから焦ってるんだにゃ!にゃーにかかればこれくらい・・・ニャァァァァ!!!??」

 

 

 

 

余裕綽々なアーニャと呼ばれた店員は何かにつまづき、前のめりに倒れそうになるも、何とか踏みとどまり事なきを得た

 

 

 

 

「あ、危なかったのにゃ。」

 

 

 

 

「だから言ったじゃないですか。今度からはきちんと無理なく持ってきてくださいよ!あ、ルノアさん!こちらは終わったのでミアお母さんの所へお願いします!」

 

 

 

 

「はいよー。」

 

 

 

 

「クロエさん!それはまだ持ってかないで!」

 

 

 

 

「ほらあんた達!もうすぐ時間だから急ぎな!」

 

 

 

 

「「はーーい。」」

 

 

 

 

ここは『豊穣の女主人』。オラリオでも有数である酒場の名店

 

 

 

冒険者の集うこの(オラリオ)で、今日も『豊穣の女主人』の扉は開かれる

 

 

 

 

「すみません、クラネルさん。」

 

 

 

 

その扉が1人のエルフによって開かれる

 

 

 

 

「すみませんリューさん。来て下さるのは嬉しいのですが、まだ開店前なのでもう少し待っていただけると・・・」

 

 

 

 

「いえ、今日は客としてでは無くクラネルさんに頼みたいことがありまして・・・」

 

 

 

 

「なんかリューさん達僕のこと便利屋か何かと勘違いしてません?」

 

 

 

 

「そ、そんなことはない…はずです。」

 

 

 

明らさまに目線を合わそうとしない

 

 

 

「それリューさん達が1番言っちゃいけませんよね!?」

 

 

 

「喋ってる暇があったらこっちを手伝いな!」

 

 

 

ミアの怒号により、2人は肩をすくめる

 

 

 

「・・・仕方ありません。今日はお昼のうちに終われるので

()()()()()()()()()()()お越しください。」

 

 

 

 

 

それだけ伝えると、彼は再び皿洗いを続行する

 

 

 

 

「やはり貴方は____」

 

 

 

 

これは正義でもなんでもない

 

 

 

 

単なるどこまでも真っ直ぐなお人好しの酒場の店員(ヒューマン)が紡ぐ物語



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ファミリアクロニクルepisodeリュー
EP1 エルフからの依頼


最大賭博場(グラン・カジノ)・・・ですか。」

 

 

 

 

あの後、昼休憩に入る際にミアお母さんに一言ことわってリューさんを2階に招き入れ、備え付けのテーブルに座って貰って朝の要件を聞くことにしたんだけど

 

 

 

 

「はい。昨日私達の(ホーム)にヒューイ夫妻が相談しに来ました。

何でも酒場での夜遊びに負けた結果娘を取られてしまったそうで。」

 

 

 

 

「なるほど。それで【アストレア・ファミリア】に・・・」

 

 

 

 

あの【正義の眷属】が動き出すくらいだからほぼ間違いなく裏があるんだろうなぁ。。

 

 

 

 

「それで?その娘さんの居場所が最大賭博場(グラン・カジノ)と。」

 

 

 

「はい。別件で私達は既に最大賭博場(グラン・カジノ)への潜入自体は問題無いのですが・・・」

 

 

 

ここでリューさんは言葉を濁す

 

 

 

 

ここまでで大まかな流れは理解出来た。ただ、腑に落ちない点も幾つかある

 

 

 

何より1番の疑問は()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ただ彼女を奪還するだけなら【アストレア・ファミリア】だけでも問題は無いはず

 

 

 

「リューさん、一つだけ質問いいですか?」

 

 

 

「何でしょう?」

 

 

 

 

「事情は分かりました。僕からもできる限りの手も尽くします。ただ、僕である必要が分からなくて。具体的に何をすればいいんでしょうか?」

 

 

 

 

「今、私達に1番必要なのは【絶対的切り札】(ジョーカー)です。そのためにクラネルさん、貴方の手をお借りしたいのです。」

 

 

 

 

「ええええ!!??いやいやいやそんな僕ギャンブルなんてした事ありませんし!!!無理ですってば!」

 

 

 

「シルから聞きました。クラネルさんの運は神がかってると。その運をお借りしたいのです。何より・・・・」

 

 

 

リューさんが1呼吸おいて目を伏せる

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()。 」

 

 

 

 

「・・・分かりました。僕としても彼らを見過ごす訳にもいきません。僕なんかがどこまで力になれるかは分かりませんが、尽力させていただきます。」

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

途端、リューさんの顔が笑顔になる

 

 

 

 

あぁ、僕は誰かの笑顔の為だけに動けるんだなって

 

 

 

 

「それと最後に一つだけ…」

 

 

 

 

「何ですか?」

 

 

 

 

「出来ればで良いのですが、もう1人だけ見繕っていただきたいのです。」

 

 

 

 

「それなら大丈夫です。僕としても強力パートナーとして頼もうとしていた方がいるんで。後それと少しだけ・・」

 

 

 

 

リューさんにここで待ってもらい、自分に割り振られた部屋に入って麻袋を掴んで戻ってくる

 

 

 

 

「これを。足しにしかならないと思いますが軍資金として。」

 

 

 

 

リューさんの前に置くと受けれないとばかりに首を振り

 

 

 

「い、いえ!さすがに受け取れません!依頼したのも私からですし。」

 

 

 

 

「何度も言ってますが、報酬は全てが終わってからで構いませんし。何より、1番は他言無用さえ守ってくれれば多くは望みません。それに軍資金は多くて困ることなんてありません。」

 

 

 

 

「分かりました。貴方の頑固さは知ってますし、有難く貰っておきます。それでは3日後、最終確認に尋ねさせていただきます。」

 

 

 

 

そう言って、階段を駆け下りていった

 

 

 

 

「さて、僕の方も準備しないとな。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ニャー?少年カジノに行くのかニャ?」

 

 

 

 

「は、はい。頼まれてしまって・・・」

 

 

 

 

リューさんに帰ってもらった後、ミアお母さんの賄いを食べてる間のシルさん達に尋ねられることとなった

 

 

 

 

 

「全く・・ベルったらとんだお人好しっていうか・・・」

 

 

 

 

「私はベルさんのそういう所、好きですよ?」

 

 

 

 

「ははは…面目ありません。」

 

 

 

 

「ったく、受けてしまったもんは仕方ないね。やるんだったらきちんと最後までやってくるんだよ!そしてしっかり稼いできな!」

 

 

 

 

ミアお母さんからの許可も降りた。後はシルさんに頼めるかなんだけど・・

 

 

 

 

「そのついでで頼みたいんですが。シルさんも連れて行って良いですか?リューさんから2人欲しいと頼まれてまして、僕としてもシルさんの力をお借りしたくて。」

 

 

 

 

「受けちまったもんは仕方ないからね。シルが良いって言うんなら許可するよ。」

 

 

 

 

 

「ぜひ行かせてください!リュー達にはいつもお世話になってますし。私、大賭博場(カジノ)に一度行ってみたかったんだぁ。」

 

 

 

 

「もちろんその分きちんと働いてもらうからね!」

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

「ほらほら、話は着いたんだ。さっさと準備するんだよ!お客と時間は待ってはくれないよ!」



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EP2 正義の眷属(アストレア・ファミリア)

「おはようございますシルさん。」

 

 

 

 

最大賭博場(グラン・カジノ)に潜入する当日の朝、僕はシルさんに連れられて正装に着替えるため行きつけの店だと言っていた呉服屋を訪れている

 

 

 

 

「いよいよ今日ですね。頑張りましょ♪」

 

 

 

 

「それにしてもよく招聘状なんて用意出来ましたね。」

 

 

 

 

「無理かなって思ってたけど知り合いの人に頼んで譲ってもらったんです。」

 

 

 

 

「酒場の表には出ないんで分からないんですがシルさんって人脈広いですね。」

 

 

 

 

今までも彼女が知己を頼ってる事はあったけど、直接あったことはなかった

 

 

 

 

「はい。皆さん優しい方達でよくお世話になってるんです。」

 

 

 

 

「いずれにしても、感謝しなくちゃいけませんね。」

 

 

 

 

「はい。ここまで着飾る機会も貰えましたし。」

 

 

 

 

僕達は賭博場(カジノ)に招聘状を戴いたマクシミリアン夫妻として訪れる算段だと伝えられた

 

 

 

 

賭博場(カジノ)には冒険者や高貴な人達が集まってるから正装に身を包む必要がある

 

 

 

 

「ふふっ、ベルさんとてもお似合いですよ。本物の紳士みたいで。」

 

 

 

 

「シルさんこそ凄く似合ってます!」

 

 

 

 

「ふふふ、こうして見ると本当の夫婦みたいですね。」

 

 

 

 

「な、なな何言ってるんですかシルさん!?」

 

 

 

 

「ふふっ、これから私達は夫婦として潜入するんですからこれくらいに慣れないとダメですよー?」

 

 

 

 

「は、はい。と、とにかく!リューさん達が待ってますので行きましょう!」

 

 

 

僕達は【アストレア・ファミリア】が本拠(ホーム)。『星屑の庭』へと足を運んでいく

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

【アストレア・ファミリア】

 

 

 

 

正義と秩序を司る女神アストレアを主神とし、15名の第一、第二級冒険者が構成員であり、全員が女性のファミリアである

 

 

 

 

探索系ファミリアではあるものの、憲兵的な役割も担っている

 

 

 

 

 

活動範囲はオラリオ内外に問わず、彼女達を慕う者も多く。2大派閥に次いで名は広く通っている

 

 

 

 

 

5年前、闇派閥(イヴィルス)を壊滅させたとしてその名を一躍轟かせたものの、本人達は余り良い顔をして話そうとはしない

 

 

 

 

オラリオ史上最悪の7日間とまで()()()()()『大抗争』から2年

 

 

 

 

『空白の2年』からの突然の幕切れ

 

 

 

 

神々の間でも様々な噂が流れてはいたものの、今ではそれもなくなっている

 

 

 

 

そんな彼女達の本拠(ホーム)である『星屑の庭』はオラリオの一角に位置している

 

 

 

 

 

「リオンが男を連れてきてるわ!これは事件よ大事件!」

 

 

 

 

「アリーゼ落ち着いてください。先日説明したはずです。今回協力して下さるマクシミリアン夫妻です。」

 

 

 

 

「【アストレア・ファミリア】のお噂はよく耳にしております。私はアリュード・マクリミアと申します。こちらは妻で。」

 

 

 

 

「シレーネです。」

 

 

 

 

「いえ、こちらこそわざわざご協力いただき感謝します。改めて名乗らせていただきます。【アストレア・ファミリア】リュー・リオンと申します。そして彼女が…」

 

 

 

 

 

「【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェルです。今回は私とリューの2人で護衛させていただきます。」

 

 

 

 

「今回の作戦は聞いております。それでは参りましょう戦場(グラン・カジノ)へ。」



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EP.3 作戦実行

今から僕たちが向かう先は、『エルドラド・リゾート』

 

 

 

 

オラリオ南部、繁華街にある大賭博場(カジノ)の中でも娯楽都市(サントリオ・ベガ)最大賭博場(グラン・カジノ)である『エルドラド・リゾート』

 

 

 

 

そこに向かうため、僕たち4人は馬車に乗っている

 

 

 

 

「とりあえず今のうちに今回の作戦について確認しておきます。今回、潜入するのはオラリオに幾つかある中でも最大賭博場(グラン・カジノ)に当たる『エルドラド・リゾート』です。そこに買われたそうです。」

 

 

 

 

「手口から考えても経営者(オーナー)のテリー・セルバンティスが糸を引いてることは間違いないでしょうね。まったくあのドワーフも懲りないものねー。」

 

 

 

 

リューさんの言葉にアリーゼさんが続き、うんざりした顔で告げられる

 

 

 

 

 

「お2人ってそのテリーさんとお知り合いなんですか?」

 

 

 

 

「知り合いも何も【アストレア・ファミリア(私達)】は彼を1度捕まえてるのよ。ただ、その時は彼の嘆願に免じて許しちゃったのよねぇ。」

 

 

 

 

「なので今回は【アストレア・ファミリア(私達)】とは別の協力者が欲しかったのです。ご協力感謝します。」

 

 

 

 

リューさんが座りながらも感謝を述べてくる

 

 

 

 

毎度の事ながら律儀な人だと思う

 

 

 

 

「いえいえっ、確かにシルさんから頼まれた時は驚きましたけど。僕もあの両親や娘さんも助けたいと思いましたから!」

 

 

 

 

「コホン。とりあえず話を戻しますが、アンナさんを取り戻すには経営者(オーナー)がいる貴賓室(VIPルーム)に招かれる必要があります。そのためにも目立つ必要があります。羽振りがいい所を見せつけ、上客になると分かれば、いずれあちらから接触をしてくるでしょう。」

 

 

 

 

「そのためにも多く勝って元金を増やす必要があるわ。」

 

 

 

 

「テリーに顔が割れてしまっている私達では警戒されてしまう恐れがある。そこで貴女方の手を借りたいのです。」

 

 

 

 

「大丈夫ですよ。ベルさんの運は酒場でも評判ですもん。ね?」

 

 

 

 

し、シルさん!??そんなプレッシャーいきなり!?

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

最終確認を終え、怪しまれない程度に話し始めた頃、馬車が動きを止める

 

 

 

 

「いよいよ着いたようですね。」

 

 

 

 

「それではまず私から降りますので次にクラネルさんから降りてください。」

 

 

 

 

今回リューさん達は僕達のボディーガード役になってる

 

 

 

 

扉に1番近いリューさんがまず降りて続く形で僕が降りてシルさんを降ろして最後にアリーゼさんとなってる

 

 

 

 

「あ、シルさん。足下気をつけて。」

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

この先、僕達はマクシミリアン夫妻としてなりきらなきゃいけない

 

 

 

いつ誰が見てるか分からない上に本物のマクシミリアン夫妻は初めて呼ばれたらしくて、嫌でも視線をあつめちゃう

 

 

 

 

下手な真似だけは避ける必要があるんだ

 

 

 

 

「それでは向かいましょう。」

 

 

 

 

シルさんの手を取り『エルドラド・リゾート』の入口までエスコートする

 

 

 

 

「書状をお見せ頂けますか?」

 

 

 

 

「はい、こちらで大丈夫ですか?」

 

 

 

 

中へ入ると給仕と思われる人から書状の確認を求められたので招聘状を取り出して渡す

 

 

 

 

 

「ようこそおいでくださいました、マクシミリアン様。素敵な夜をお過ごしください。」

 

 

 

 

 

表面上で繕っていても、彼の疑いの目は拭えていなかった

 

 

 

 

 

後々詮索されると動きにくいんだけどね

 

 

 

 

「彼女達に何かご不満な点でもございますか?」

 

 

 

 

「い、いえ、少々知己に似ておられたもので。失礼しました。改めて素敵な夜をお過ごしください。」

 

 

 

 

「とりあえず最初の関門は突破したかな?」

 

 

 

 

「はい。ですが、一番の問題はここからです。」

 

 

 

 

「そうね、まずは元手を増やす必要があるわ。招かれる為にも賭札(チップ)は多いに越したことはないわ。」

 

 

 

 

「ルーレットなんていかがですか?賭札(チップ)をテーブルに置くだけなので簡単ですよ?」

 

 

 

 

「そうですね。ルーレットなら問題は無いでしょう。」

 

 

 

ルーレットの台にはルーレットの他に赤と黒の数字が記されてる

 

 

 

 

シルさんの説明通りならこの色や数字で賭けるのかな?

 

 

 

 

「このシートにお金を置けばいいんですか?」

 

 

 

 

「賭ける方法によって配当は異なります。赤か黒か、色に賭けたなら2倍、数字単体なら最大36倍です。」

 

 

 

「さ、36倍・・・!じゃ、じゃあ、これで・・・・」

 

 

 

 

流石に最初から飛ばすのは不味いし・・・・

 

 

 

 

地道でもいいのでまずは元金を増やしていこう

 

 

 

 

アーニャ達とはトランプ位しかやったことないからルーレットには自信は余りないし・・・

 

 

 

 

トランプでもアーニャ達からは「ゲームにならないニャ!」と言われて最近相手してくれないけど・・

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ウソッ・・・・高額賭札(チップ)300枚、一点(ストレート)、数字一つ賭け・・・配当36倍・・・です・・・・」

 

 

 

 

結果から言うと僕の不安は杞憂で終わった

 

 

 

 

色賭けから少しずつ上げていったらまぐれにも当てまくってしまい遂にはここまで勝ち上がってしまった・・・

 

 

 

 

「きゃあ!すごい、貴方!」

 

 

 

 

リューさん達は護衛を装いながらも気づかれない範疇で周囲を見渡してるみたいだ

 

 

 

「貴方、私ポーカーをやってみたいです。」

 

 

 

 

「ポ、ポーカーでしたらあちらのテーブルにどうぞ。」

 

 

 

 

「(賭博場(カジノ)に有利な進行役(ディーラー)との勝負では無いので問題は無いでしょう。ですが、シルがギャンブルですか・・)」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「やったぁ!また私の勝ちですね!」

 

 

 

 

多分神様を抜いて彼女と心理戦で勝てる人は居ないんじゃ無いかって思う

 

 

 

 

こちらの心の奥底を見透かされているかのような・・・

 

 

 

 

それこそ嘘を見抜く神と対峙しているかのようなそんな感じで・・

 

 

 

 

「なんです!なんですかな!?」

 

 

 

 

「なんという賭札(チップ)の山!見たところ一見さんのようですがなんという幸運!」

 

 

 

 

「何でも白聖石(セイロス)の山をたまたま掘り当て、そのため領地が潤っててこの大賭博場(カジノ)で遊んでるらしいですぞ。」

 

 

 

 

「いやはやなんと凄まじい豪運。是非とも分けて欲しいものですなぁ。」

 

 

 

 

「なんでもアリュード伯爵はルーレットで大当たりしたとか。」

 

 

 

 

「夫妻で豪運持ちとは、実に羨ましい。」

 

 

 

 

な、なんか大分噂が飛躍しちゃってるような・・・

 

 

 

 

「・・・お客様。経営者のセルバンティスが、是非お会いしたいと。」

 

 

 

 

オーナーからの誘いってことは、間違いなく貴賓室(VIPルーム)への招待

 

 

 

 

落ち着こう、ここで取り乱したらバレちゃうかもしれない

 

 

 

 

「私のような若輩者に、経営者(オーナー)自らそう言って頂けるとは光栄です。」

 

 

 

 

 

「どうぞ、こちらへ。セルバンティスがお待ちしています。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「おお、貴方がマクシミリアン殿ですか?」

 

 

 

 

 

茶色の髪に髭を随分と生やし、スーツを着込んだ1人のドワーフに話しかけられる

 

 

 

 

流れからして彼がテリーさんなんだと思う

 

 

 

 

「私はテリー・セルバンティス、この大賭博場(カジノ)経営者(オーナー)を務めておる者です。今夜は遠路はるばるお越しくださって誠にありがとうございます。」

 

 

 

 

「こちらこそ、招待して頂いて感謝しています。私はアリュード・マクシミリアン。こちらは妻のシレーネです。」

 

 

 

 

「夫ともども楽しませてもらっています、経営者(オーナー)。」

 

 

 

 

「おお、マクシミリアン殿はとてもお美しい奥様をお連れになられているようだ・・・ふふ、羨ましい限りです。それに傍付きの方々も実にお美しい。」

 

 

 

 

「えぇ。私にとって勿体ないほどでございます。」

 

 

 

 

「お聞きしたところ、本日は相当ツいているご様子・・・そこでご提案なのですが、あちらの貴賓室(VIPルーム)に来られませんか?」

 

 

 

 

貴賓室(VIPルーム)、ですか・・・・・」

 

 

 

 

「要は、より高額の賭博(ゲーム)を楽しもうというわけです。最高級の奉仕(サービス)や、あの部屋でしかできない賭博(ゲーム)は勿論のこと・・金満家の方々も揃われています。同じ境遇の者にしかわからない話もあることでしょう。お気に召してもらえるかと。是非傍付きの方々もご一緒にいかがですかな?」

 

 

 

 

 

「貴方、私もぜひ行ってみたいです。」

 

 

 

 

「妻もこう言っているので、よろしければ。」

 

 

 

 

 

「がははははっ、決まりですな!それでは参りましょう。」

 

 

 

 

貴賓室(VIPルーム)への扉が開かれる

 

 

 

 

 

ここからが本当の決戦、気を引き締めないと

 

 

 

 

「こちらが我が大賭博場(カジノ)貴賓室(VIPルーム)でございます。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

見るからに豪勢な装飾、中央に余計なものは配置しておらず、形からもその気品さが伝わってくる

 

 

 

 

言うなればまるで社交室(サロン)のようだ

 

 

 

 

招待客(ゲスト)の仕草1つとっても別格の富者ということが見て取れる

 

 

 

 

間違いなく抱えている用心棒も強いはず

 

 

 

 

「では、こちらのテーブルへどうぞ。」

 

 

 

 

招かれたテーブルには既にテリー以外にも2人の招待客(ゲスト)が座っている

 

 

 

 

「ささ、マクシミリアン殿、おかけください。他の招待客をご紹介します。」

 

 

 

「今夜も楽しませてもらっていますぞ、経営者(オーナー)。」

 

 

 

 

「ところで、そちらの方は?」

 

 

 

 

老齢の狼人(ウェアウルフ)にドワーフ・・・いや、人族(ヒューマン)かな?

 

 

 

 

「こちらはアリュード・マクシミリアン殿です。お隣におられるのは、そのご夫人のシレーネ殿。今宵初めて来られたのですが・・・・随分と羽振りがいいので招待させていただきました。」

 

 

 

 

「お初にお目にかかります皆さん。」

 

 

 

 

経営者(オーナー)のご厚意でこちらへ来させて頂きました。宜しくお願い致します。」

 

 

 

 

「お飲み物をどうぞ。」

 

 

 

 

「ありがとう。」

 

 

 

 

エルフの女性からは一切の感情が感じられなかった

 

 

 

 

彼女らもまた、アンナさんと同様に被害者なのだろうか

 

 

 

 

経営者(オーナー)、先程から見かけるこの麗しい方々は・・・」

 

 

 

 

「彼女達は、まぁ聞こえが悪いかもしれませんが・・・私の愛人です。

自分で言うのもなんですが・・・多情な私めの求愛に真摯に答えてくれました。」

 

 

 

 

 

「この貴賓室(VIPルーム)にいる女性たち全てが・・ですか?かなりの女性がいらっしゃるように思えますが・・・」

 

 

 

 

「えぇ。私の愛に答えてくれた美姫達ですが、独り占めしようものなら美の女神から小言が飛んでくることでしょう。そこで僭越ながら皆様の目を潤す一役になって頂ければと、こうして酌に協力して頂いているというわけです。」

 

 

 

 

怒りで我を忘れそうになりながらも何とか押さえ込みながら接する

 

 

 

 

後ろで控えるリューさん達からも僅かながら殺気が感じられる。恐らく彼女達も同じ感情なんだ

 

 

 

 

「そういえば・・・・ここに来る途中、経営者(オーナー)は傾国の美女を手に入れたと耳にしました。」

 

 

 

 

「おおっ、私も聞きしましたぞ!何でも遠い異邦の国から娶ったのだとか。」

 

 

 

 

 

「がはははは!皆さんは耳が早い!ええ。おっしゃる通り、新しい愛人として迎えたのです。せっかくですので紹介しましょう!おい!」

 

 

 

 

「初め、まして・・・・アンナと申します。」

 

 

 

 

伝え聞いた通りの容貌、彼女で間違いはず

 

 

 

 

それにしても・・・

 

 

 

 

綺麗だなぁ・・・・

 

 

 

 

って、ダメダメ!今は集中集中!

 

 

 

 

ようやく出逢えたんだ、何がなんでも救出するんだ

 

 

 

 

 

「実は異国の地で巡り会いましてな。この愛らしさと美しさに私めもすぐに虜になってしまったのです。・・・・ん?マクシミリアン殿、彼女の顔になにか付いていますかな?」

 

 

 

 

「いえ・・・・ただ、彼女と似ている娘を知っていまして。とある知人の話なのですが、彼は悪漢達の誘いに乗って賭博に手を染めてしまい・・・多くの財産を奪われてしまた挙句、自慢の一人娘も攫われてしまったのです。」

 

 

 

 

「・・・・!?」

 

 

 

 

大きく崩れてはないけど、経営者(オーナー)の顔が曇り始めている

 

 

 

 

 

「知人が愚かだったのは間違いありません。しかし調べてみると、その件は誰かの差し金だったらしく・・・」

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

「娘を手に入れるために、ならず者達をけしかけ、全てが終わった後は悠々と彼女を懐に囲っているそうです。心を痛めるばかりです・・・・私は、今でも彼女の身を案じ、その行方を追いかけています。」

 

 

 

 

「・・・興味深い話ですなぁ、マクシミリアン殿?ところで、貴殿は彼のフェルナスの伯爵と聞いておりますが・・・」

 

 

 

 

「ええ、ただの田舎貴族です。愚かな友人さえ見捨てることの出来ないどうしようもない正義気取りのヒューマンです。」

 

 

 

 

「何を勘違いされてるかは存じませんが・・・・どうやら、マクシミリアン殿は奥様を差し置いて、このアンナにご執心の様子だ。ならば、賭博(ゲーム)をしませんか?」

 

 

 

 

 

ここまでは打ち合わせ通り、遠回しにほのめかすことでテリーの逃げ筋を潰していく。

 

 

 

 

ここまでが第1段階だった

 

 

 

 

賭博(ゲーム)・・・?」

 

 

 

 

 

「そうです。賭博(ゲーム)に勝った者は敗者に願いを聞き入れてもらう。勝者は求めるものを手に入れることが出来るのです。あと、最高額の賭札(チップ)もお貸ししましょう。こうでなければ我々の求める賭博(ゲーム)は成り立たない。」

 

 

 

 

 

用心棒の立ち位置も変わっているし、逃がすつもりは毛頭無さそうだ

 

 

 

 

最初からその選択肢はないですけど・・・

 

 

 

 

「富や地位、名声も勝ち得た私達が欲するもの・・・それは命懸けの緊張感。違いますかな?」

 

 

 

 

 

「・・・いいでしょう。その賭博(ゲーム)、受けます。」

 

 

 

 

「貴方・・・・」

 

 

 

 

「大丈夫です、シレーネ。私は負けない。」

 

 

 

 

不安そうに僕の手を握るシルさんをなだめ、改めて彼らと向かい合わせる

 

 

 

 

「皆様もどうですかな!ここは最大賭博場(グラン・カジノ)!私とマクシミリアン殿との一騎打ちでは実に味気ない!条件はみな一緒です、勝者の願いは私が叶えましょう!流石にお前の命が欲しいなどと物騒な望みは御免被りますがな!」

 

 

 

 

「せっかくの機会(チャンス)だ、私も宜しいかな?」

 

 

 

 

「では、私も。」

 

 

 

 

「どうぞどうぞ、参加者は拒みませんぞ。」

 

 

 

 

賭博(ゲーム)に何かご希望はありますかな?無ければポーカーを行おうと思いますが。」

 

 

 

 

 

「構いません。」

 

 

 

 

「では、賭札(チップ)の有無。元手の賭札(チップ)が無くなった時点で、その者は敗者です。」

 

 

 

 

一見すると1vs1vs1のロワイヤル制。ただ、ここは敵地。間違いなく2人はあちら側、かといってポーカー以外の選択肢も取れない

 

 

 

 

「私は・・・手始めに賭札(チップ)二十枚から賭けるとしましょうかな。」

 

 

 

 

「私はその倍を!」

 

 

 

 

長い長い夜になりそうです

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「フルハウス。今回は私の勝ちのようですね。」

 

 

 

 

まさかこんな所でクロエ直伝の駆け引きが役立つとは・・

 

 

 

 

とはいえ、3vs1の不利な状況。なんとか勝ち越してはいられるけどギリギリな状況に変わりなかった

 

 

 

 

賭札(チップ)が随分と減ってしまったようですが、大丈夫ですかな?マクシミリアン殿?」

 

 

 

 

手札の役は悪くない。それでも最初から勝負を仕掛けてこない彼らには部が悪すぎる

 

 

 

 

「そういえば・・・まだ私が勝った時の願いを言っていませんでしたな。」

 

 

 

 

「私が勝った暁には、貴方の伴侶・・・隣にいる奥様をしばらく貸して頂きましょうか。お若い奥様をもらわれて羨ましい限り。私もぜひ、そのおこぼれに預かりたいと思いましてなぁ。なに、私が暇な時に晩酌に付き合ってもらうだけです。・・・・・2人きりのね。」

 

 

 

 

気持ち悪い目付きだ、オラリオのとある男神(太陽神)を彷彿とさせる

 

 

 

 

「ふふ・・・生意気な者や欲に目が眩んだ者、あとは貴方のような正義感に突き動かされる者・・・・私は全て、食い物にしてやりましたよ。さあ、どうしますかな?賭博(ゲーム)を続けますか?それとも・・・」

 

 

 

 

 

この依頼をリューさんから持ちかけられてから1度たりとも投げ出そうなんて考えたことなんてなかったし、つもりなんてなかった

 

 

 

 

なにより女性を食い物にしているこの男が許せなかった

 

 

 

 

昔、僕の生き方を導いてくれたお爺ちゃんが教えてくれたんだ

 

 

 

 

『女の子は大切にするもの』だと

 

 

 

それをバカにしたような目の前の男がなにより嫌いだった

 

 

 

 

「少し、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

ふと、シルさんが声を上げた

 

 

 

 

「いかがされましたかな?奥様?」

 

 

 

 

 

「皆さん、夫は少々疲れているようです。ですので、ここからは私も賭博(ゲーム)をせていただけませんか?経営者(オーナー)、負けた際は私は望む通りにいたします。だから、夫には何もしないで。」

 

 

 

 

「ふふふっ、ははははは・・・・真に美しいものですなぁ、夫婦愛というものは。ええ、約束しましょう、奥様。」

 

 

 

 

 

シルさんに限って心配は要らないはずだけど・・・最後の最後に頼っちゃうのは男して不甲斐ないというか・・・

 

 

 

 

それでも今は、シルさんに賭けるしかなかった

 

 

 

 

「早速再開といたしましょう。奥様はポーカーがお得意とお聞きしました。一応なにかご要望はありますかな?」

 

 

 

 

「お恥ずかしいですが、ドローポーカーでもよろしいでしょうか?それと、勝負を下りる際には、参加料(アンディ)の2倍の額を支払うというのはどうでしょうか?」

 

 

 

 

 

「2倍の参加料(アンディ)?・・・・まぁ、いいでしょう。では、そのルールで。」

 

 

 

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ああ!また私の勝ちですね!」

 

 

 

 

 

「馬鹿なっ!?」

 

 

 

 

シルさんと交代してからは負けることはなかった

 

 

 

 

最初は手札を明かし始めてびっくりしたけど、彼らは見事に術中にハマったかのように焦り始めていた

 

 

 

 

「ふふ・・ストレート。」

 

 

 

 

「スリーカード。」

 

 

 

 

「フルハウス。」

 

 

 

 

シルさんの予告手札(ハンド)に見事に掻き回されたみたいで、彼らの賭札(チップ)はどんどん減っていく

 

 

 

 

「皆さん、ご存知ですか?神様の中には『魂』の色を見抜いてしまう女神がいるそうですよ?何でも彼女の瞳は『魂』の色の揺らぎを見て、子供たちの心まで暴いてしまうのだとか。」

 

 

 

 

 

アーニャさん達がシルさんを『魔女』と揶揄する理由が分かった気がする・・

 

 

 

 

 

「さぁ、再開しましょうか?」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

降りる(フォールド)・・・」

 

 

 

 

「忘れずに参加料(アンディ)の二倍を払ってくださいね?」

 

 

 

 

「(賭札(チップ)から見ても・・・ここは賭けたい・・・俺の手札(ハンド)は・・・・これは!?)」

 

 

 

 

 

「(フォーカード!これならば・・・これならば見透かされていても関係ない!最後に勝利の女神が微笑んだのはこの俺!ここで・・こいつらは終わりだ!)」

 

 

 

 

 

全賭札投入(オールイン)だ!」

 

 

 

 

「ちょっとだけ、あやかれたら・・・なんて思ってただけなのに。」

 

 

 

 

シルさんからは今まで以上の笑みをこぼしている

 

 

 

 

「私も全賭札投入(オールイン)で。」

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

テリーの顔から驚愕が隠せないでいる

 

 

 

 

「そ、それでは・・・・手札開示(ショーダウン)!」

 

 

 

 

「今日の私は、どうやら『幸運の兎』さんに祝福されているみたいです。」

 

 

 

 

2人の手札を開示する

 

 

 

 

テリーはフォーカード、対してシルさんは

 

 

 

 

「ロイヤルストレートフラッシュ!」

 

 

 

 

「ファ、ファウスト!」

 

 

 

 

「・・・・不正は、ありません。」

 

 

 

 

「では、約束通り・・・主人の願いを聞いて頂けますか?」

 

 

 

 

「・・・よろしい、彼女にはしばらく暇を出すことにしましょう。思えば異国から来たばかりで疲れてるでしょうからなぁ・・・・」

 

 

 

 

よし、あとはここから畳み掛けるだけ!

 

 

 

 

「これで・・・よろしいでしょうかな?マクシミリアン殿。」

 

 

 

 

「いや、まだだ。」

 

 

 

 

「・・・なんですかな。このアンナだけでは、ご満足して頂けないと?マクシミリアン殿は実に強欲でいらっしゃる。私はどれほど愛する者を手放せばいいのでしょう?」

 

 

 

 

 

許せない、ここまで女性(女の子)をバカにするような()()()だけは!

 

 

 

 

「全員だ。」

 

 

 

 

だから、ここにいる全員助け出す。それこそ僕の目指した()()()だから!

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

「貴方が金にものを言わせ奪い取った全ての女性を解放してもらいます。」

 

 

 

 

「ふっふふっ、・・・・・うふふふっ。主人はとても欲張りなんです。ふふっ」

 

 

 

 

 

「こ、このっ、調子に乗るなよ、若造・・・何を勘違いしている?何様のつもりだ?たかが賭博(ゲーム)に一度勝ったくらいで!ギルドが守ってくれるなんて考えているのなら間違いだ!!娯楽都市(サントリオ・ベガ)から出向している俺はっ」

 

 

 

 

「違います。貴方は娯楽都市(サントリオ・ベガ)の人間ではない。」

 

 

 

 

今まで口を開かなかったリューさんがその口を開いて語り始める

 

 

 

 

「そもそも、テリー・セルバンティスなどという名前ですらない。・・・貴方の名前は・・・テッド。」

 

 

 

 

「オラリオで違法賭博を繰り返していた店の胴元。都市から追放された主神が天界に送還されていたとしても・・・その背には封印された【ステイタス】が残っています。この開錠薬(ステイタスシーフ)がそれを教えてくれるはずです。」

 

 

 

 

「・・・ふ、ふふ。これは、飛んだ言いがかりを付けられたものだ。くだらない出まかせに耳を貸すつもりなど毛頭ないが・・・この俺、ひいては店の沽券に関わる戯言を吹聴して回る輩を、生きて帰す訳にはいかん!おい!お前達!」

 

 

 

 

「ひっ!」

 

 

 

 

周りにいた2人の用心棒がテリーを護る形で構え始める

 

 

 

 

「一応・・・・そう一応、殺す前に聞いておいてやろう。貴様、何者だ?」

 

 

 

 

「名乗る程じゃないけど教えておいてあげるわ!」

 

 

 

 

今まで喋らせて貰えなかった反動からか、ここぞとばかりに声を上げるアリーゼさん

 

 

 

 

それとそのポーズは必要ないと思うんですが・・・・

 

 

 

 

「アリーゼ・ローヴェルよ!忘れたとは言わせないわよ!」

 

 

 

 

「・・・・っ!?ま、まさかっ貴様はリオンか!?」

 

 

 

 

「1度は主神であるアストレア様がお許しになる機会を与えたお前が、あの方の厚情を無無碍にし、私欲を貪り続けたお前にもう免罪の余地はない!」

 

 

 

 

 

「や、やれぇ、お前等ぁ!」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ぐぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

「あの方に代わって、私達がお前を裁く!」

 

 

 

 

「ファ、ファウスト!?ロロ!?やれぇ!奴を殺せぇぇぇぇ!!」

 

 

 

 

2人に命じた後、テリーはアンナを連れて逃げようとしていた

 

 

 

 

不味い!とにかく追いかけないと!

 

 

 

 

「こいつらは『黒猫』と『黒拳』だ!名を聞いた事くらいは有るだろう?」

 

 

 

 

「2対2、どうしますか・・・」

 

 

 

 

「リューさん達はテリーを追ってください!ここで奴を逃がしたら追えなくなっちゃいます!その上これ以上護衛が増えてしまえば手に負えなくなっちゃいます!だから急いで!」

 

 

 

 

 

 

「恩にきりますクラネルさん!ご武運を!行きましょう、アリーゼ。」

 

 

 

 

「わ、わかったわ!」

 

 

 

 

「追わせるわけないっぐふっ!??」

 

 

 

 

リューさん達の後を追おうとした1人に体当たりでぶつかる

 

 

 

 

「いいから急いで!」

 

 

 

 

「どうやら死にたいようだなぁ?」

 

 

 

 

「これでも冒険者なんで、いつでも死ぬ覚悟は出来てますから。」

 

 

 

 

 

大丈夫、彼らは本物の『黒猫』と『黒拳』じゃない

 

 

 

 

 

騙ることしか出来ない彼らに負けるほど、よわくない!

 

 

 

 

「もう・・・・もうこんなところに居たくない!」

 

 

 

 

「ウチに帰すニャー!」

 

 

 

 

 

どうやらテリーに買われた子達も動いてくれた

 

 

 

 

さてと、ここから急がないと

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ちょっと!リオン!あのまま残しっちゃっていいの!?」

 

 

 

 

「問題ありません。それより今はテッドを捕まえる方が優先です。」

 

 

 

 

「まぁ、それなら問題ないでしょ。ほら、リオンさっさとやっちゃって!」

 

 

 

 

「全く・・・【今は遠き森の空。無窮の夜天に散りば無限の星々-】」

 

 

 

 

超硬金属(アダマンタイト)で固められた金庫に向け、リューは詠唱していく

 

 

 

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人、空を渡り荒野を駆け、何物より疾く走れ-】【星屑の光を宿し敵を討て】!【ルミノス・ウィンド】!」

 

 

 

 

 

魔力の衝突により、金庫はこじ開けられ、中の様子が顕になる

 

 

 

 

「なっ、ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

 

 

 

超硬金属(アダマンタイト)には、硬度に直結する純度が存在する。確かに「深層」で取れる最高純度の破壊は困難を極めますが・・・この金庫の素材は、上層や中層で採掘されたもの。強度を落としたものであれば、私の魔法でも貫ける。粗悪品を掴まされたようですね?金にものを言わせていたツケ・・というものでしょうか。」

 

 

 

 

 

「まさか、商人どもも、俺を騙してやがったのか・・・?ちくしょう!どいつもこいつも、全員ブチ殺してやる!」

 

 

 

 

「いい加減にしなさい!」

 

 

 

 

 

アリーゼがいい加減聞き飽きたのかテッドを気絶させる

 

 

 

 

 

「アリーゼ・・・貴方って人は。」

 

 

 

 

「いいのよリオン!終わりよければすべてよしってね!さ、こいつを【ガネーシャ・ファミリア】に突き出しましょ!」

 

 

 

 

「えぇ。クラネルさん達も気になります。早く戻りましょう。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「見つからなかったわねー。あの二人。」

 

 

 

 

「はい。貴賓室(VIPルーム)にも何処にもいませんでしたし。」

 

 

 

 

事情を話していた【ガネーシャ・ファミリア】の団員にテッドを引き渡して戻ってきた

 

 

 

 

その道中置いてきたクラネルさんとシルを探していたのですが見つかりませんでした

 

 

 

 

 

彼なら大丈夫だとは思いますが・・・・

 

 

 

 

 

「あ、いたいた。リューさーん。」

 

 

 

 

 

「無事でしたかクラネルさん。シルも無事で何よりです。」

 

 

 

 

 

「外にいたのね、てっきり【ガネーシャ・ファミリア】と一緒だと思ってたわ。」

 

 

 

 

 

「ははは、事情はどうあれ、暴れちゃったのは確かですからね。逃げちゃいました。」

 

 

 

 

 

「本当にみんな今日はお疲れ様!シルちゃんとえーっとそういえば名前を聞いてなかったわね。」

 

 

 

 

 

「ベル・クラネルです。こちらこそお役に立てて何よりです。」

 

 

 

 

 

「それで、報酬の件なのですが。今回賭博(ゲーム)で得たチップ分30億ヴァリスから【ガネーシャ・ファミリア】への謝礼や買われていた彼女達分を減らして15億ヴァリスでいかがでしょう。」

 

 

 

 

 

「そ、そんなに稼いでたんですか!?」

 

 

 

 

「はい。本来ならお2人に分割して渡すのが1番なのですが・・・」

 

 

 

 

 

「い、いいですよ!流石にそんな大金貰っても!」

 

 

 

 

 

「ですが・・・」

 

 

 

 

 

「流石に報酬なしってのはミアお母さんに怒られちゃいます。ですので5億ヴァリスで手を打ちませんか?気持ちは嬉しいですけど【アストレア・ファミリア】に渡した方がより良く活用してくれそうですし。」

 

 

 

 

 

「僕もシルさんに雇われた身ですし、シルさんがこう言っている以上はこれ以上望む訳にもいきません。」

 

 

 

 

「本当によろしいですか?」

 

 

 

 

 

「それじゃあこうしましょう。次に『豊穣の女主人』に来てくださった時に奮発していただければミアお母さんも喜んでくれますし!」

 

 

 

 

 

「分かりました。5億ヴァリスで手を打ちましょう。良いですね、アリーゼ。」

 

 

 

 

 

「えぇ、そういうことなら仕方ないわ。これ以上言っても埒が明かないしね。とにかく追手が来る前に戻るわよ!」

 

 

 

 

 

「はい!」

 

 

 

 

こうして4人は闇の中に消えていった




次回後日談書いてこの章はおわりかな

ベル君が実質カジノでやると大体いくらくらいなんだろ

ファミリアクロニクルは詳しい稼ぎは書いてないしそもそも直後の騒動のせいで換金云々でもないだろうし・・・


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EP4 後日談

「失礼します。」

 

 

 

 

「いらっしゃいませー。・・・ってリューさん、お願いですから裏口から入るのはやめてください・・・」

 

 

 

 

「いえ、客ではない私が表から入るのは迷惑をかけてしまうと思って。」

 

 

 

 

 

あの日以来、相談や依頼事以外にもたまにリューさんが訪れるようになった

 

 

 

 

 

基本裏方しかしない僕にとって話し相手が出来るのは嬉しいんだけど・・

 

 

 

 

「それで、今日はどんな話を持ってきてくれたんですか?」

 

 

 

 

ひとまず彼女を簡易的に設置されたテーブルに案内してハーブティーを出す

 

 

 

 

「半分私室と化してませんか?」

 

 

 

 

周囲を見渡したながらリューさんから質問される

 

 

 

 

「リューさん以外にもここに来られる人は少なくてもいるんで、ミアお母さんから許可を得て置かせてもらったんです。勿論自腹ですが・・・」

 

 

 

 

「何か申し訳ありません・・」

 

 

 

 

「いやいやいや!リューさんが謝ることなんて無いですよ!断りきれない僕にも責任はありますし。」

 

 

 

 

「そこは自覚があったんですね・・」

 

 

 

 

あれ?僕呆れられてる?

 

 

 

 

「そのハーブティー、最近練習し始めたんですけど…もしかして苦手でしたか?」

 

 

 

 

ハーブのいい香りを醸し出し、湯気がいい感じのコントラストを生んでいる

 

 

 

 

せっかく来てくださったのに何ももてなさずに終わるのは酒場の店員としてどうかと思って練習し始めたのだ

 

 

 

 

勿論ミアお母さんのお墨付きが貰えるまで出さない約束でだけと・・

 

 

 

 

 

「いえ、おしかけてる立場上、もてなされるのは気が引けると言いますか。」

 

 

 

 

「ここは酒場です。どんな客でも食べさせてやるのがミアお母さんのモットーです。ここでもてなさないと逆に僕が怒られてしまいます。あ!味ならちゃんとミアお母さんからお墨付き貰ってるので問題ないですよ!」

 

 

 

 

「分かりました。ここはお言葉に甘えさせてもらいます。」

 

 

 

 

そう言って一口、味わうようにして飲んでいく

 

 

 

 

「どうですか?お口に合えばいいんですけど・・・」

 

 

 

 

「余り紅茶というのは嗜む訳ではありませんが、美味しいことは分かります。」

 

 

 

 

 

「良かった〜。人によって好みは分かれると聞いたので、その言葉を聞くまで不安だったんです。」

 

 

 

 

 

「酒場なので出す機会は無いと思われますが、これなら万人受けするのではないでしょうか。」

 

 

 

 

「それで…今日はどんな話を持ってきてくれたんですか?」

 

 

 

 

片や酒場の店員、片や都市(オラリオ)内外問わず活動する冒険者

 

 

 

 

多くの冒険者の集う酒場だからこそ好奇心は駆られてしまうのだ

 

 

 

 

「いえ、今日は先日のお礼をと思いまして。」

 

 

 

 

「いえ、あれは半分僕の我儘みたいなものですし・・・」

 

 

 

 

「そういう訳にもいきません。私から持ちかけた以上、何も返さないのは流石に・・・」

 

 

 

 

「分かりました。ありがたく貰っておきます。」

 

 

 

 

女性にここまで言わせて断るのは失礼というもの

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

「そろそろ時間ですので失礼します。」

 

 

 

 

「はい、こちらこそ色んなお話が聞けて楽しかったです!」

 

 

 

 

 

あれから皿洗いを続けながら他愛もない世間話を続けてた

 

 

 

 

「それではまたのお越しをお待ちしております。」

 

 

 

 

リューさんが帰宅すると言うので裏口から送ることにした

 

 

 

「あぁ、最後に1つよろしいでしょうか。」

 

 

 

 

彼女の背中を見送って、また作業に戻ろうかとドアに手をかけた時、ふと思い出したかのように

 

 

 

 

「なんですか?」

 

 

 

 

()()()()()()()()()という女性をご存知でしょうか?」

 

 

 

 

その一瞬だけ、酒場の喧騒が嘘のような静けさを感じていた



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怪物祭(モンスターフィリア)
EP5 脈動


「アーディさんですか?」

 

 

 

 

「ええ。別に深い意味はございません。あるかないかだけ答えていただければ。」

 

 

 

 

 

「はい。名前くらいは・・・」

 

 

 

 

 

「そうですか・・・つかぬ事をお聞きしましたね。では失礼します。」

 

 

 

 

 

立ち去る彼女の後ろ姿はどこか儚げだった

 

 

 

 

 

「いつまでそこにいるんだい!早く戻りな!」

 

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)ですか?」

 

 

 

 

 

「はい。明日開催されるんです。」

 

 

 

 

 

「そうか、もうこんな年ですか・・・」

 

 

 

 

 

「ベルさん、一緒に回りませんか?」

 

 

 

 

「えっ…それは別に構いませんけど良いんですか?仕事とか。」

 

 

 

 

「ミアお母さんから許可は貰ったので大丈夫です。ベルさんは元々お休みでしたよね?」

 

 

 

 

「そうですね。怪物祭(モンスターフィリア)は1度も行けませんでしたから行ってみるのもありかもしれませんね。」

 

 

 

 

「やった!約束ですからね。」

 

 

 

 

ルンルンと厨房に戻っていくシルさんを見送って、再び作業に没頭する

 

 

 

 

 

その日は久しぶりにダンジョン潜りたかったけど…たまにはいっか

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「ベル君!この通りだ!頼む!」

 

 

 

 

お昼前の客足もまばらでアーニャさん達も各々休憩を挟んできた頃、ヘルメス様がやってきた

 

 

 

 

「事情は分かりましたがなぜ僕なんですか?ヘルメス様の所の団員でも十分では?」

 

 

 

 

「勿論俺のとこからも出すつもりだけど、君には別行動で調査をお願いしたいんだ。ミアさんに俺から頼んどくからさ!」

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

 

 

 

 

ヘルメス様には色々とお世話になったりしたりしてはいるものの、このような曖昧すぎる依頼は初めてだなぁ

 

 

 

 

 

元々何を考えているか掴めそうで掴めない雲のような胡散臭い神とはいえ、意味もないことで彼は動かない

 

 

 

 

 

そんな神なのだヘルメス様は

 

 

 

 

 

「アスフィ達にも僕から伝えておく。情報交換は積極的にして欲しい。」

 

 

 

 

ミアお母さんの方を振り向けばやれやれと言った顔でこちらを見てる

 

 

 

 

 

「分かりました、引き受けましょう。でも具体的に何をすれば良いんですか?18階層以降の調査と言っても宛もなく探す訳にもいかないし・・・」

 

 

 

 

 

「具体的に調べて欲しいのは27階層なんだ。最近不穏な動きが目立ってきてるらしくてね。ギルドの方でも大きな動きは無くても目を向けてるらしいんだ。」

 

 

 

 

 

27階層と言ったら港街(メレン)に繋がってる場所だったっけ

 

 

 

 

 

「流石に【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】に頼めないんだ!頼めるかい?」

 

 

 

 

 

「一応ミアお母さんには話しますけどちゃんとヘルメス様からもお願いしますね?」

 

 

 

 

 

「さすが持つべきものは親友だ!」

 

 

 

 

やっぱりこの男神苦手です・・・

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

普段ベルがダンジョンに潜る時に限らず、外出する際は基本ナイフを装備してる

 

 

 

 

 

昔所属していたファミリアにいた時、打ってもらった不壊属性(デュランダル)の1品

 

 

 

 

当時からのベルの得物の一つ

 

 

 

 

「べるさん、ミアお母さんから呼ばれてますよ。」

 

 

 

 

「あ、ごめんなさい。今行きます!」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

オラリオ全体を眺めることが出来るバベルの頂上にその女神は見下ろしていた

 

 

 

 

 

「ふふっ、面白いことになりそうね。ねぇオッタル?」



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EP6 【ロキ・ファミリア】

酒場とは一種の情報源だ

 

 

 

 

元から冒険者とは噂がやたら好きであり、酒が回ることも相まってその喧騒は次第に大きくなっていく

 

 

 

 

 

獣人には遥か劣るものの、酒場の冒険者たちの内容くらいは聞こえてくる

 

 

 

 

酒場で働いている以上は仕方ない

 

 

 

 

変に意識すると手が厳かになっちゃうから黙々とこなすだけ

 

 

 

 

そんなことを考えていると一際喧騒が騒がしくなる

 

 

 

 

「そういえば今日は予約された団体が来られるんだっけ。」

 

 

 

 

「これからもっと増えるからねー、貯まらないように頑張りなよー。」

 

 

 

 

去り際にルノアさんが注意してくれる

 

 

 

 

今日は確か【ロキ・ファミリア】が遠征帰りに宴会をやるんだっけ

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】はオラリオに数あるファミリアの中でも1、2を争うほどの巨大派閥

 

 

 

 

 

それもほぼファミリア全員で宴会。喧騒はさらに増していく

 

 

 

 

「よっし!皆、迷宮ダンジョン遠征ご苦労さん!!今日は宴やから、無礼講や!!」

 

 

 

 

 

エセ関西弁が特徴の【ロキ・ファミリア】主神のロキが乾杯の音頭を取る

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】の宴会は彼女の音頭から始まる

 

 

 

 

「よっしゃあ!アイズ!そろそろ例のあの話、皆に披露してやろうぜ!」

 

 

 

 

 

この声はヴェートさんだっけ、顔までは一致してないけど常連でもある【ロキ・ファミリア】の1部は声と名前くらいは一致してる

 

 

 

 

 

特にベートさんは中でもよく声の通る方だからこそよく覚えている

 

 

 

 

 

「あれだって!帰る途中で何匹か逃したミノタウロス。最後の1匹お前が5階層で始末したろ?」

 

 

 

 

 

ミノタウロスが5階層まで逃げたのか・・レベル2相当だから【ロキ・ファミリア】の団員たちなら問題なく倒せるけど5階層はまだ序盤だからレベル1や2の冒険者と当たった日には目も当てられないな・・

 

 

 

 

 

とはいえ、【ロキ・ファミリア】の人達の手から逃げられるミノタウロスの方が凄くない?

 

 

 

 

 

「そんでその時居たトマト野郎!いかにも駆け出しのヒョロくせえガキが逃げたミノタウロスに追い詰められてよう!そいつ、アイズが細切れにしたくっせえ牛の血を浴びて真っ赤なトマトみてえになっちまったんだよ。」

 

 

 

 

 

あまり気のいい話じゃなかった

 

 

 

 

駆け出しのレベル一がミノタウロスから助けられた。まとめればそれだけの話だけど、どうも気分が悪い

 

 

 

 

 

自分達のミスで冒険者が1人死んでしまった

 

 

 

 

それを回避出来たのだ酒場の笑い種になるくらいならまだいいのかもしれない

 

 

 

 

それでもこの喧騒だけはどこか好けなかった

 

 

 

 

「それでよ、そのトマト野郎叫びながらどっかにいっちまってぇ。うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんの。ハッハッハ、情けねぇったらありゃしねぇぜ。」

 

 

 

 

酒が回ればベートさんが1人喋り始める

 

 

 

 

「ゴミをゴミと言って何が悪い。アイズ、お前はどう思う。例えばだ俺とあのトマト野郎ならどっちを選ぶってんだ?おい!」

 

 

 

 

胸の中のモヤがどんどん覆いかぶさってくる

 

 

 

 

 

いけないいけない、抑えないと抑えないと・・・

 

 

 

 

 

「自分より弱くて軟弱な雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありゃしねぇ。他ならないお前自身がそれを認めねぇ!雑魚じゃ釣り合わねぇんだ。アイズ・ヴァレンシュタインにはな!」

 

 

 

 

ガタンッ

 

 

 

 

勢いよく椅子が引かれる音がし、誰かがかけていく音がする

 

 

 

 

その時、何かが吹っ切れた音がした

 

 

 

 

やっぱりこの喧騒だけは好きになれない

 

 

 

先までの酒場の喧騒が嘘のように鎮まっていく

 

 

 

 

「ちょ、ベル!抑えて抑えて!」

 

 

 

 

ルノアさんに言われてハッと我に返る

 

 

 

 

それでも一度鎮火された喧騒に再び火が点ることは無い

 

 

 

 

「はぁ…しょうがない子だね。ベル、あんた様子を見てきな金は明日までに返せって事もね。ほら、さっさとしないとみうしなっちまうよ。」

 

 

 

 

遠回しに頭を1回冷やしてこいと言われてる

 

 

 

 

 

無理もない、火種はあちらにしろ酒場を白けさせたんだ。怒りはしないにしろこのま待って訳にも行かないだろう

 

 

 

 

「分かりました。失礼します。」

 

 

 

 

2階に掛けておいたフードを身にまとい裏口から出て追いかけていく

 

 

 

 

ここで、自分が当の本人に心当たりがないことを思い出す

 

 

 

 

「とは言ってもこのまま帰る訳にも・・・・」

 

 

 

 

それでもただ1つ確信に近い心当たりがあった

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

ダンジョン6階層、そこでとある冒険者を見つけた

 

 

 

 

そこで彼は単身、ナイフを片手にウォーシャドーと戦っていた

 

 

 

 

そこに怒りはなく、ただ悔しさに駆られるままに自分を突き動かしていた

 

 

 

 

ダンジョンで獲物の横取りは御法度

 

 

 

 

という訳では無いけど何故か手助けをする気にはなれなかった

 

 

 

 

詳しくは分からない

 

 

 

 

ただ、彼と出会うのは()()()()()()()()()だと直感で感じたから

 

 

 

 

大丈夫、彼はまだ死ぬことは無い

 

 

 

 

またいつか、会えるその日まで

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「すみません、ただいま戻りました!」

 

 

 

 

「やっと戻ってきたニャ!流石に早くもどらニャいとてんてこ舞いニャ!」

 

 

 

 

「は、はい!」

 

 

 

 

フードを元の場所にかけ、手洗いを済ませてからまた裏方の作業をこなしていく

 

 

 

 

「ベルさん、彼の状況はどうでしたか?」

 

 

 

 

シルさんがこちらを覗きながら質問してくる

 

 

 

 

 

「彼って白髪で赤い目の?」

 

 

 

 

 

「はい。さっきベルさんが追いかけていったあの子です。」

 

 

 

 

 

「あの子ならまだまだ伸びそうですよ。」

 

 

 

 

 

「ベルさんがそう言うなら確かですね。安心しました。」

 

 

 

 

 

「そんなことよりシルさん、そろそろ戻らないとミアお母さんに怒られちゃいますよ?」

 

 

 

 

 

「あ、いけない。それじゃベルさん。またお話聞かせてくださいね。」

 

 

 

 

少し、今後の楽しみが増えた気がする



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EP7 怪物祭(モンスターフィリア)

「すみませんでした!」

 

 

 

 

まだ店の開いていない時間、昨日の彼が勘定を返しに|『豊穣の女主人』にやって来てくれた

 

 

 

 

「あの子がシルが言ってた冒険者かにゃ?」

 

 

 

 

「ですね、あの様子だと。」

 

 

 

 

「もう少しで私達が乗り込むところだったもんねぇ。」

 

 

 

 

「いやもう昨日の時点で押し掛ける寸前でしたよ!?」

 

 

 

 

「それがここのやり方ってものにゃ。おミャーもいい加減慣れるのにゃ。」

 

 

 

 

 

「ベルって私達より先に働いてるのになれない感じよね。」

 

 

 

 

 

「白髪頭はウブだから仕方が無いのにゃ。ただ、怒らせた時はミア母ちゃんとは違った恐ろしさにゃ。」

 

 

 

 

 

「ウブってなんですか!?ウブって!それに僕そんなに怖かったですか!?」

 

 

 

 

 

「そうにゃ。あれはもう鬼神が宿ってたにゃ。」

 

 

 

 

 

「まぁ、僕は基本裏方ですし・・何より。」

 

 

 

 

 

「行ってきます!」

 

 

 

 

裏口から勢いよく彼が出ていくのを見送る

 

 

 

 

「見守ってる方が好きだから。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

「ベルさん!次はこれ食べましょう!」

 

 

 

 

 

「待ってくださいよシルさん!この人だかりじゃはぐれちゃいすよ!」

 

 

 

 

 

今日のシルさんはいつもより活発な気がする

 

 

 

 

そのくらい楽しみだったって事なのかな?

 

 

 

 

「ほらほら、ベルさん早くー。」

 

 

 

 

「お願いですから先行しないでください。」

 

 

 

 

 

「あ、ごめんなさい!」

 

 

 

 

さすがに年に一度のお祭りとだけあって人だかりもいつも以上だ

 

 

 

 

「すみませーん、クレープ2つ下さい。」

 

 

 

 

「あいよ!」

 

 

 

 

屋台のおじさんがクレープを作ってる間に財布を取り出していると

 

 

 

 

シルさんがポッケを探りながら困り顔をしていた

 

 

 

 

「ごめんなさいベルさん!財布忘れてきてしまって…」

 

 

 

 

「大丈夫です。僕も余分に持ってきましたし。今日は僕の奢りということで。」

 

 

 

 

「でもそれじゃベルさんが。」

 

 

 

 

「気にしないでください。この前の賭博場(カジノ)のお礼もまだでしたし、何よりいつもお世話になってますし。」

 

 

 

 

「そうですか?じゃあお言葉に甘えさせていただきますね。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「あれ?シルさん?」

 

 

 

 

クレープを食べ終わって、他の屋台を見回っているといつの間にかシルさんとはぐれてしまった

 

 

 

 

 

「この人混みの中で探すのは骨が折れそうだなぁ・・・」

 

 

 

 

かれこれ五分くらい探してるけど一向に見つからない

 

 

 

 

かと言ってもこのまま一人で行動するのもなぁ

 

 

 

 

「きゃぁぁぁぁぁ!!モンスターだぁぁぁ!!!」

 

 

 

悲鳴の方向を向けば、闘技場の方からシルバーバックが逃げ出していた

出てきたところから考えても怪物祭に使う予定のモンスター!?

でも【ガネーシャ・ファミリア】がそんなポカをやらかすと思えない

 

 

 

 

「それより今はアイツをどうにかしないと!」

 

 

 

 

巡回の手伝いに入ってるらしい【アストレア・ファミリア】に任せれば確実なんだろうけど、やっぱり放っておけない

 

 

 

「念の為ナイフを用意しておいて良かった。」

 

 

 

 

とにかく皆の目線がちらばってる今のうちに・・

 

 

 

 

「あぁ!エイナの弟くんじゃん!」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

出鼻をくじかれ、声をした方に振り向くもそこには見覚えのない女性

制服から見てもギルドの職員なのは分かるけど見覚えがない

 

 

 

 

 

「今突然モンスターが暴れだして大変なの!【ロキ・ファミリア】の人達に頼んだから弟くんもすぐ逃げて!」

 

 

 

 

「えっちょっと待ってくださぁぁぁぁぁ!!」



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EP8 食人花

「ふん…まさか貴様がまだ生きていたとはな。、」

 

 

 

 

「この騒ぎ、やっぱり闇派閥(あんた達)()()()()()だったとはね。」

 

 

 

 

「ふんっ、()()()()()()()が。今更このオラリオになんの用だ?」

 

 

 

 

 

街中で突如暴れだしたモンスター群の中、二人の男が対立する

 

 

 

 

「いいのか、こんなところにいて?」

 

 

 

 

「問題ないさ。彼女達ならやってのける。俺はあんたを捕まえる。まぁ、まともな情報なんて」

 

 

 

 

食人花を操っていた男の背後に回り込み、男を後ろ手で縛り上げる

 

 

 

 

「一応だが聞いておく。闇派閥(イヴィルス)に関する情報を吐くつもりはないんだな?」

 

 

 

 

「誰がそんなことを喋るかよ!」

 

 

 

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ。繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

 

 

 

 

レフィーヤのみに許された千変万化のレアマジック

 

 

 

 

あらゆるエルフの魔法を発動できる召喚魔法(サモン・バースト)

 

 

 

 

「あっちはもう心配ないな・・・」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「【至れ、妖精の輪ーどうか、力を貸し与えてほしい】【エルフ・リング】!」

 

 

 

 

レフィーヤを中心として魔法陣が出現する

 

 

 

 

「【ー終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】【閉ざされる光】!【凍てつく大地】!」

 

 

 

 

対象は三体の食人花

 

 

 

 

1度は打ちのめされ、挫けそうになるももう一度立ち上がり

 

 

 

 

仲間を守るため、まだ届かない憧れに少しでも手を伸ばすため

 

 

 

 

「【吹雪け、三度の厳冬。-我が名はアールヴ】!【ウィン・フィンヴェトル】!」

 

 

 

 

彼女の師であるリヴェリアが使用する第1階位攻撃魔法

 

 

 

 

レフィーヤから放たれた極寒の冷気により食人花は一瞬にして氷漬けにされ、砕け散る

 

 

 

 

 

「ありがとレフィーヤ、助かったぁ!」

 

 

 

 

 

「ティ、ティオナさん!?」

 

 

 

 

レフィーヤにティオナが抱きつき、続いてティオネとアイズが集まってくる

 

 

 

 

 

「みんなご苦労さーん。」

 

 

 

 

ロキがアイズにレイピアを投げ渡し、一人の少女を連れてやってくる

 

 

 

 

 

少女は騒動の中で、母親とはぐれてしまい探して欲しいと頼まれていたのだ

 

 

 

 

「まだ仕事が残っとるでー。アイズは、逃げた残りのモンスターを片づけてや。ティオネとティオナは、悪いけど地下水路を調べてきてな。他にも居ると厄介や。」

 

 

 

 

 

それぞれがロキの指示に沿って行動を移そうとしたその時だった

 

 

 

 

 

「また地震!?」

 

 

 

 

 

「ちょっとちょっと!?まさかまた来るなんて言わないでしょうね!?」

 

 

 

 

 

2度目の地震

 

 

 

 

ティオネの嫌な予感は的中し、先程の食人花が今度は5体出現する

 

 

 

 

「また増えてるんですけど!?」

 

 

 

 

「ロキ!その娘達を連れて早く避難しなさい!残った私達で片付けるわよ!」

 

 

 

 

突然の2度目の襲来に驚きつつも、それぞれが迎撃体制を整える

 

 

 

 

「【父神(ちち)よ、許せ、神々の晩餐をも平らげることを。貪れ、獄炎の舌】【喰らえ、灼熱の牙】!【レーア・アムブロシア】!」

 

 

 

 

 

「うっそぉ・・・・」

 

 

 

 

「あれを、一撃・・・」

 

 

 

 

詠唱と共に描かれた一閃の後に全ての食人花が灰と化し消滅する

 

 

 

 

「なんだったのかしら?」

 

 

 

 

「さぁ?」

 

 

 

 

技を放った本人は見つからず、困惑している姉妹と打って変わってあまり浮かない表情をするロキ

 

 

 

 

「なぁ、アイズたん達にもうひとつ頼み事があるんやけどな。」

 

 

 

 

「何よ?」

 

 

 

 

「さっき見た事、しばらく内緒にしてくれへんか?」

 

 

 

 

「それは別に構わないけどどうしたのよそんな険しい顔して。」

 

 

 

 

「ちょいと気になることが出来てな・・」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「シルさーん、シルさーん?」

 

 

 

 

突然モンスター達が暴れだしてしまい、できる範囲でモンスターを倒しながらもベルはシルを探していた

 

 

 

 

 

「『豊穣の女主人』に戻ってたら良いんだけど・・・」

 

 

 

 

人混みをかき分けながら歩いているとダイダロス通り付近までやってくる

 

 

 

 

「あ、ベルさん!」

 

 

 

 

自分を呼ぶ声が聞こえ、振り向けばダイダロス通りからシルが現れる

 

 

 

 

「シルさんいた!探したんですよ、一体どこに居たんですか!」

 

 

 

 

「ごめんなさい。それよりあちらで女神様が倒れてしまって。運ぶの手伝って貰えませんか?」

 

 

 

 

「わ、分かりました。案内してください!」

 

 

 

 

二人、ダイダロス通りへと足を踏み入れていく

 

 

 

そんなふたりを1人の神が見下ろしていたとも知らず



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EP9 女神アストレア

「シルさん、ヘスティア様の様態は・・・」

 

 

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)後半は騒動の終息に追われ、祭りどころの騒ぎではなくなってしまった

 

 

 

 

 

あの後シルさんと合流できたものの、気を失ったヘスティア様を休ませるために『豊穣の女主人』の自分の部屋を貸して休んでもらうことにした

 

 

 

 

 

「疲労で眠ってしまったみたいです。それよりよろしいのですか?ベルさんも明日からヘルメス様の頼みでダンジョンに潜りっきりになるのに・・・」

 

 

 

 

 

「流石に女性に押し付ける訳にも行けませんから。」

 

 

 

 

 

「ヘルメス様がおっしゃるには下層に潜られるんですよね。」

 

 

 

 

 

「下層といってもまだ上の方。それに、()()()()()()()()()も居ますから。」

 

 

 

 

 

昔色々あって、下層でお世話になったファミリアが居る

 

 

 

 

 

風の噂で、最近色々と動いていると聞いた

 

 

 

 

言ってしまうと手を組むのは賭けみたいなものだけど0より1

 

 

 

 

「アスフィさん達も並行で調査してるそうですし。それでも、下層にはいい思い出なんて有りませんけど・・・」

 

 

 

 

あそこは本当に色々ありすぎた

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

「ははは、お主から手前を尋ねてくるとは珍しい。」

 

 

 

 

 

「いつもは椿さんが押しかけてきますもんね・・・」

 

 

 

 

椿・コルブランドさん

 

 

 

 

【へファイトス・ファミリア】団長というだけあって、鍛治師としての腕は一流であり、冒険者の腕も試し斬りでレベル5まで到達したとか色々とぶっ飛んでいる人だ

 

 

 

 

「どうしたどうした、試し斬りならしばし待ってくれ。今色々と混みあってて手前も忙しいのだ。」

 

 

 

 

「違いますよ!?てか、また試し斬り行くんですか!?」

 

 

 

 

椿さんとはオラリオ中でも関係は長い方で、ひょんなことから休日に椿さんの試し斬りに付き合わされる事がしばしば

 

 

 

 

そのお代としてナイフの整備を頼む

 

 

 

 

なんだかんだ互いにウィンウィンな関係でやって来てはいる

 

 

 

 

「それに…忙しそうなので戻ってきてからで大丈夫です。時間取らせてしまいごめんなさい。」

 

 

 

 

明日から下層で活動するからと、寄ってみたけどさすがに他の冒険者を押しのけて頼みたくはない

 

 

 

 

いきなり押しかけた謝礼を述べようと口を開く

 

 

 

 

「まぁ待て、せっかく来たのだ手前の話し相手にでもなってくれぬか。一緒にお主のナイフも整備してやろう。」

 

 

 

 

「でも、他の冒険者の依頼が・・」

 

 

 

 

「ついぞ主神様から暇を出されてしまってな。かと言って他の団員の邪魔などできんからちと1人で暇しとっところにお主が来たのだ。ちと付き合え。どうせ休みなのだろう?」

 

 

 

 

「そうですね。それじゃあお言葉に甘えて。」

 

 

 

 

促されるままに椅子に腰かける

 

 

 

 

「ところでお主、何かいいことでもあったか?」

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

「昔からお主はどこか影を含んでおった。だが今はどこか明るくなったように感じる。」

 

 

 

 

 

そんなもんなのかな、僕自身じゃ何も感じなかった

 

 

 

 

「椿さんやミアお母さん達のおかげかも知れません。」

 

 

 

もう、独りは嫌だから

 

 

 

 

全てを1度手放したあの日から、僕の中にどこか大きな穴が空いた感覚が続いた

 

 

 

 

 

多くの出会いと多くの別れを経て、得たものも失くしたものも

 

 

 

 

椿さんと出会い、馬車馬の如く試し斬りに付き合わされたおかげで余計な考えも飛んでしまった

 

 

 

 

 

ミアお母さん達が今の居場所をくれたからこそ、ダンジョンで墓標を探す日々も消えた

 

 

 

 

 

「お主と出会った時、【剣姫】がまだ【人形姫】だった時以上の()()を感じてしまったのだ。」

 

 

 

 

 

「僕そんなに酷かったですか?」

 

 

 

 

「うむ。手前とて鍛冶師として数多くの冒険者を見てきたがあそこまでのは見たことがなかった!だが同時に興味が湧いてな。生存確認がてら誘ってるって訳よ!」

 

 

 

 

 

生存確認で死ぬ思いしたくないんですけど・・・

 

 

 

 

「ところでお主はどこまで潜るつもりだ?」

 

 

 

 

「下層、27階層がメインですが恐らく場合によってはそれより潜ることもあるかと。」

 

 

 

 

 

27階層という言葉にいい顔はしない

 

 

 

 

「まあなんだ、あまり深く捉えない方がいいぞ。」

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

空はすっかり黒に染ってるもののオラリオの明かりは消えない

 

 

 

 

「こんばんは、クラネルさん。」

 

 

 

 

椿さんとの話が長引いてしまい、帰るのが遅くなってしまった

 

 

 

明かりに照らされた夜道を歩いていると、後ろから声をかけられる

 

 

 

 

振り返るとリューさんとアストレア様が買い物袋を持って立っていた

 

 

 

 

「こんばんはリューさんとアストレア様。買い物の帰りですか?」

 

 

 

 

「そうなの。本当はみんな疲れてるから私ひとりで大丈夫って言ったんだけどね。子供達がどうしてもって言うから・・」

 

 

 

 

 

「ア、アストレア様1人にさせる訳にはいけません!今回の件では裏で闇派閥(イヴィルス)が関わっていたと耳にしましたし。」

 

 

 

 

【アストレア・ファミリア】は探索系ファミリアでありながら【ガネーシャ・ファミリア】と連携して治安維持も兼ねてる

 

 

 

 

今回の騒ぎも彼女達は鎮静に動いてたのだからいたわりたい気持ちも分かる

 

 

 

 

でもやっぱり神様ひとり出歩かせるのも不安

 

 

 

 

()と子の想いとは相容れないものだとは誰かの言葉だった気がする

 

 

 

 

「えっと…こうやって直接話すのは初めましてですね。ベル・クラネルです。」

 

 

 

 

「カジノの件、ありがとう。リューのお願いを聞いてくれて。」

 

 

 

 

「いやいやそんな!頭を下げられるようなことなんて何も!ほとんどシルさんのおかげですし。最後もリューさん達に任せっぱなしでしたから。。」

 

 

 

 

 

「クラネルさん、貴方の謙遜は控えた方がいい。過度な謙遜は相手を傷つけることもある。」

 

 

 

 

「心に留めておきます。」

 

 

 

 

「ところで・・・」

 

 

 

 

アストレア様が僕たちを少し口元に笑みを浮かべながら見てくる

 

 

 

 

怖い怖い怖いって!シルさんから学んだんだ、物静かげな女性がこのような笑い方する時は大体よからぬ事を考えてる時だって!

 

 

 

 

こ、ここは逃げるが何とかだ!敏瞬にものをいわせてここを去らないと・・・

 

 

 

 

「クラネルさん、諦めてください。」

 

 

 

 

ちょっ!リューさんもそんな目で見ないでぇ!?

 

 

 

 

「うんうん。同じ団員内でも距離が縮まりにくいあのリューがまさかいつの間にね・・・」

 

 

 

 

 

この後、アストレア様から質問責めを喰らうこととなった

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「今度、改めて時間貰えないかしら。」

 

 

 

 

 

あれから『星屑の庭』に着くまで散々いじられ続け、いざ別れる時にアストレア様からお誘いを受けた

 

 

 

 

 

「この子の()としての心配ももちろんだけど、何故かしら…貴方とはいずれ()()()()()()になってしまう。そんな気がするの。改めて紹介させて貰えないかしら。」

 

 

 

 

 

「・・・少し考えさせてください。」

 

 

 

 

ここオラリオで僕の存在を知る人は少ない

 

 

 

 

ましてや、過去を知る人はそれこそほんのひと握り

 

 

 

 

今までも、そしてこれからも

 

 

 

 

「そうね。突然言われても困るわよね。それと、リューのことよろしく頼むわね。この子、こう見えて寂しやがり屋だから。」

 

 

 

 

「はい。よく存じていますから。」



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剣姫神聖譚(ソード・オラトリア)
EP10 白巫女(マイナデス)


少し、昔の話をしよう

 

 

 

 

15年前、オラリオにとって闇派閥(イヴィルス)の抑止力であった【ゼウス・ヘラファミリア】が『隻眼の竜』の討伐失敗により壊滅

 

 

 

 

 

次第に闇派閥(イヴィルス)が台頭し始め、オラリオは暗黒期に突入していった

 

 

 

 

 

7年前、『大抗争』によって善と悪は完全に決した

 

 

 

 

2年後、【アストレア・ファミリア】によって壊滅にまで追い込まれる2年間

 

 

 

 

後に『空白の2年』と揶揄されるほどあまりにも()()()()()2年

 

 

 

 

ただし、それは表向きの誤った認識

 

 

 

 

6年前、27階層にて闇派閥(イヴィルス)が冒険者に怪物進呈(パス・パレード)する事によりすべては始まった

 

 

 

 

元より闇派閥(イヴィルス)の不穏な動きを調査に入った冒険者

 

 

 

 

それが全て嘘の情報であると気づくも時すでに遅し

 

 

 

 

()()1()()()()()まで巻き込んだ三つ巴の惨憺たる結果となった

 

 

 

 

そして、ギルドはこの事件を()()()()()()

 

 

 

 

その真意は誰も知らず、そして誰も語らず、闇の中に葬り去られてしまった

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

ヘル・ハウンドがその身体を霧散させ、灰と化す

 

 

 

 

その間にベル・クラネルは見向きもせずただ走り抜ける

 

 

 

 

魔石は落とさず、破壊される

 

 

 

 

「(目的は下層での調査・・・出来るだけ身軽にするためにも魔石は持っていけない。リヴィラに滞在できる分はある。)」

 

 

 

 

兎は止まらない

 

 

 

 

薄暗いダンジョンの中を脱兎のごとく駆け抜けていく

 

 

 

 

愚かにも立ち塞がった敵は殲滅され、霧散していく

 

 

 

 

倒す敵は最低限、とにかく早さだけを重視してひたすらに潜っていく

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

18階層

 

 

 

 

モンスターが跋扈するダンジョンの中にもモンスターの存在しない領域(エリア)は存在する

 

 

 

 

その1つがここ

 

 

 

 

天井はクリスタルで覆われ、森林と湿地で彩られた階層

 

 

 

 

冒険者が集い、街を創った

 

 

 

 

街が出来れば人は増え、栄えていく

 

 

 

 

そして、現在リヴィラとして成り立っている

 

 

 

 

「よう、ベル・クラネル。」

 

 

 

 

「お久しぶりです、ボールスさん。」

 

 

 

 

僕がリヴィラに着くとまずはボールスさんの所を訪れる

 

 

 

 

 

「お前が来る時は決まっていいことは起きねぇんだ。今回はどんな要件だ。」

 

 

 

 

 

「下層の調査です。ここには1泊だけする予定なのであまり長居もしないかと。」

 

 

 

 

 

 

「お前も色々大変だな。あんなこともあったってのに。」

 

 

 

 

 

「せめてもの罪滅ぼし・・・ですかね。僕自身のでもあり僕以外も含めて。」

 

 

 

 

 

「・・・やり過ぎるなよ。」

 

 

 

 

 

「もちろんです。」

 

 

 

 

 

踵を返して振り返ることなくその場を立ち去ることにした

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

「あれ?ハシャーナさん?」

 

 

 

 

見知った顔を見かけ、声をかけようとするもその口は閉ざされる

 

 

 

 

 

「赤い髪にロープ?」

 

 

 

 

冒険者の街の酒場であるため、情報を求める冒険者も多い。身バレを避けるための格好をする者も少なくはないはずなんだけど・・・

 

 

 

 

「そんな破廉恥な目で何を見ているのだお前は。」

 

 

 

 

「フィ、フィルヴィスさん!」

 

 

 

 

どこか遠目からハシャーナさん達を目で追いかけているとグラスで小突かれる

 

 

 

 

 

「久しいな。最近はめっきりダンジョンでも見かけなかったからてっきりオラリオを出たとばかり思っていた。」

 

 

 

 

 

「・・・冒険者業は辞めました。今はある目的があってオラリオに留まってるんです。」

 

 

 

 

 

「そうか。なに、深い意味はない。私としても礼を返さないままなのは嫌なのでな。」

 

 

 

 

「冒険者なんだから困った時は助け合って当然です!」

 

 

 

 

「でもお前は冒険者では無いのだろう。」

 

 

 

 

「あっ。あぅぅ。」

 

 

 

 

こ、これは恥ずかしいなぁ・・・

 

 

 

 

「そ、そういえばディオニソス様はご一緒じゃないんですか?」

 

 

 

 

 

「なんだ、それでは私が常に一緒に居るみたいじゃないか。」

 

 

 

 

 

「えっ、無自覚だったんですか!?」

 

 

 

 

 

「ふっ、冗談だ。今は少し訳あって別行動している。お前の方はどうなんだ?わざわざここまでやっできているのだ。何も無いわけじゃないのだろう?」

 

 

 

 

 

ここでようやく本来の目的を思い出す

 

 

 

 

 

「そ、そうなんです。色々あって下層の調査を依頼されて・・・」

 

 

 

 

「なるほどな。丁度いい、その調査同行しても構わないか?私も下層に用がある。何、邪魔はしない。」

 

 

 

 

 

「いえ、同行して頂けるのは僕としても願ったり叶ったりです。調査と言っても手がかりが少なすぎて。そんな時、フィルヴィスさん達が下層で動いてると聞いて、何か情報でも得られたらなと思って・・・27階層」

 

 

 

 

「すまない、力になれそうにない。ただ、同行させて貰うのは可能だろうか?私達も下層に用がある。」

 

 

 

 

 

「確かに着いてきてくださるのは嬉しいですけど。良いんですか?」

 

 

 

 

「ディオニソス様からできる限り協力しろと仰せられてる。私はそれに従うまで。」

 

 

 

 

「今日はもう時間なので明日また集まりませんか。」

 

 

 

 

「そうだな。改めて言っておくが、馴れ合うつもりはないからな!」

 

 

 

 

「分かってますよ。」



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EP11 英雄の形

『英雄』とは一体なんだろうか

 

 

 

 

万物を救う1か、誰かのために立ち上がれる100か

 

 

 

 

誰かが誰かを『英雄』であると言えば彼は誰かにとっての『悪』である

 

 

 

 

(ベル・クラネル)もまた、英雄足りうる存在だった

 

 

 

 

誰かのために立ち上がり、100を救った『英雄』

 

 

 

 

ただ、彼が英雄と呼ばれることは無い

 

 

 

 

()()()()()ではあっても、万人のための『英雄』にはなれない

 

 

 

 

そう、()()()()になることは決して

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「へぇ、ザルドの技を誰かが、ね。」

 

 

 

 

 

「そうや。あの技はあの(大抗争)を知っとる子らでも知る人は少ないねん。それを使えるとなると最悪の場合・・・」

 

 

 

 

「・・・それ以上は辞めておこうロキ。()()()()()()()僕ら(人 生きとし生きるもの)にとっての悲願でもあるが、名の通りあってはならないものだ。例え、全員がそれを望んだとしてもね。」

 

 

 

 

【暴食】(ザルド)【静寂】(アルフィア)は死んだ

 

 

 

 

7年前、【暴食】と【静寂】達によって引き起こされた『大抗争』

 

 

 

 

 

当時を知るもの、知らないもの。全ての認識はここに収まる

 

 

 

 

魔法とは唯一無二の武器であり、レフィーヤ(例外)はあれど、言ってしまえば1種の存在証明と言っても過言ではない

 

 

 

 

それも、1度死んだはずの【暴食】の魔法を誰かが使ったのだ、衝撃は計り知れない

 

 

 

 

常識なんてものは存在しえない迷宮(ダンジョン)ですらまず理解は追いつかない

 

 

 

 

『輪廻転生』はあれど、死者が蘇るなど、あってはならない

 

 

 

 

「せやけどなぁ、あの時の事もある。このまま見過ごすっちゅうんか?」

 

 

 

 

「リヴェリア達には伝えるつもりさ。ただし、あまり広げすぎると混乱を招く恐れもある。ロキもその辺りは頼むよ。」

 

 

 

 

「結果ウチらの恩人に変わりないしなぁ。」

 

 

 

 

「一応ギルドには僕から上手く伝えておくよ。彼が敵か味方かを判断するには早いが、彼が魔法を使ったことは事実だしね。」

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

「いらっしゃいませ!あ、リュー!久しぶり!」

 

 

 

 

「えぇ、久しぶりですシル。」

 

 

 

 

『豊穣の女主人』裏口、通りに面しているとはいえ表口が広い通りに面してることもあり、普段から人通りは少ない

 

 

 

 

シルの日課になりつつあるお弁当を済ませ、店に戻ろうとしたシルは後ろからリューに呼び止められる

 

 

 

 

「ふふ、来てくれるのは嬉しいけどベルさんなら居ないよ?」

 

 

 

 

「ど、どうしてそこでクラネルさんが出てくるのですか!」

 

 

 

 

「だって、リューってば最近ベルさんと楽しそうによく話してるじゃない。」

 

 

 

 

「あ、あれはいわゆる世間話というものであって別段深い意味はありません!」

 

 

 

 

「ふふっ、そういう事にしとくね。それで、今日はどうしたんです?」

 

 

 

 

「いえ、クラネルさんが出る前に少しお話をと思ったのですが遅かったですね。」

 

 

 

 

「ベルさん、いつも早いから・・・朝くらいゆっくりしていけば良いのに。」

 

 

 

 

少しふくれっ面でバベルを見上げるシル

 

 

 

 

「いえ、今回の訪問は突然でしたので致し方ありません。言伝と言っても、大したことではありませんので。仕事の邪魔をする訳にもいきませんのでここで。」

 

 

 

 

「良いの?ベルさんへの伝言なら帰ってきた時に伝えておくよ?」

 

 

 

 

「いえ、もう言伝は必要が無くなってしまったので。そうですね…では一言だけ。無茶しないようにとだけ伝えてください。」

 

 

 

 

シルに1つお辞儀をしてその場を立ち去ろうとする

 

 

 

 

「本当に()()だけでいいの?」

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

シルの言葉に立ち止まり、少し思念したあと

 

 

 

 

「大事なことは直接伝えることにしました。」

 

 

 

 

それ以上、言葉は紡がれなかった

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

 

灰を被ったような濁った空から降る雨が地面にシミを作り水溜まりを作っていく

 

 

 

 

 

昼間の喧騒は薄れ、雨粒の水たまりを打つ音だけが周りに響いていく

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫ですか…?」

 

 

 

 

地面にはおびただしいほど流れ出た血が水溜まりと混ざり、止まることを知らない

 

 

 

 

「すみません…お見苦しいところを見せてしまい。しばらくしたらここから立ち去るんで…」

 

 

 

 

「でも大怪我してますよね!?とにかく私の職場まで案内するので行きませんか?」

 

 

 

 

ウェイトレスの格好に身を包んだ女性に肩を持たれながら、白髪の男性は路地の奥へと消えていった



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EP12 壊れだした歯車

「・・・フィルヴィスさん?」

 

 

「どうした?・・・ってとぼけても無駄だな。」

 

 

たまたま出逢えたフィルヴィスさんと一時的なコンビを組む事になり、時間を考えると明日から動くのが妥当と考えて僕達は共に夕食を摂ることになった

 

 

まではいいんだけど、どうもフィルヴィスさんの視線が気になって仕方がない

初対面の時に向けられた敵意とは違う

好奇心から来るのかそれとも不安を孕んでいるのか、余りにも無視しづらい目線を送ってくる

 

 

「初めて対峙した時から疑問だったのだ。何故お前が()()()()()場所にいたのか。」

 

 

「・・・・」

 

 

僕と彼女の出会いはダンジョンだった

ダンジョン内で闇派閥(イヴィルス)を追ってた僕達と彼女を含んだ討伐隊が

かち合ってしまった

怪物進呈(パスパレード)によって死に物狂いで戦っていた冒険者達によって全員が巻き込まれ、四つ巴の凄惨たる光景になった

 

 

つまりフィルヴィスさんは僕が何故ダンジョンの奥から出てきたのか。ということだろう

 

 

「・・・そうだね、これからコンビを組もうとしてる人との間の亀裂は崩壊に繋がってくるもんね。せっかくの機会だし、話すよ。」

 

 

「頼む。」

 

 

・・・・

 

 

何時からだっただろうか

順調に回り始めていた筈の歯車に石が投げ込まれたのは

小さな亀裂から大きな崩落へと続くように、投げ込まれた石は歯車自体を崩落させていく

最初に投げ込まれた石は【ヘラ・ゼウスファミリア】の壊滅

三大クエストの1つである『黒龍討伐』の失敗から彼の人生は崩落の一途へと足を運ぶこととなる

 

 

「未来の礎となる為、悪に身を落とさないか?」

 

 

オラリオから追放された後、ゼウスとたった1人の()と共に遠く離れた僻地で暮らし始めて数年、とある1人の神がやってきた

 

 

「ごめんなさい。」

 

 

その言葉に僕は頷けなかった

エレボス様の言ってる事は理解出来る

それでも、僕は神の言う所の『絶対悪』に身を賭すことは出来なかった

 

 

「いや、いいさ。あの子たちから君の事は聞いていた。ダメで元々って奴さ。じゃあ、俺は帰る。またなゼウス。」

 

 

これで、良かったのかもしれない

オラリオに火の海が広がる事は目に見えていたが、自分の無力さを考えれば手を下すのもそれを防ぐことも出来なかった

何より僕には()()()()()が居る

 

 

・・・・

 

 

「ベル。お前には言わなきゃいかん事がひとつある。」

 

 

エレボス様がこの場を立ち去ってから数ヶ月がたった頃、ゼウス様から話を切り出された

 

 

「あ前の母親の姉のアルフィアがザルドと共にエレボスの策に乗ったそうじゃ。」

 

 

「!」

 

 

お義母さんとザルドさんが?どうして?

あの時エレボス様は『ダメで元々』と言っていた。つまりあの時には既に2人に声をかける算段だったはず

あの時、僕が案に乗っていればお義母さんを止めれたのかな

なんて、たらればが通じる訳もなく

 

 

「ベルよ、お前はどうしたい。」

 

 

「僕は・・・」

 

 

「お前がやりたいように動け。これはお前だけの物語だ。」

 

 

「ゼウス様、最後の更新お願いします。」

 

 

「本当にいいのだな?」

 

 

「はい。」

 

 

もう、迷うことは無い

お義母さん達の真意を知るため

僕はもう一度オラリオに戻る

 

 

「新スキル、発動しとるな。」

 

 

「・・ありがとうございました。」

 

 

深く礼をして後にする

 

 

さぁ、紡いでいこう僕だけの英雄譚を

 

 

・・・・

 

 

これは誰からも語り継がれない英雄譚

 

 

『英雄』として語られることの無い

 

 

ただ1人、裏で動いた『英雄』に憧れることの出来なかった1人の男の物語

 

 

そんな彼のスキルは【殺人兎(シリアルキラー)

 

 

 



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EP13 迷宮の楽園(アンダーリゾート)

数年ぶりのオラリオは酷く荒れていた

 

 

建ち並ぶ家々は半壊し、酷いところでは黒い煙が上がっている箇所もある

怪我人を診ている所を見るとつい最近地上(ここ)で襲撃が起こったということだろうか

 

 

「(念の為フードを被ってきたけど、これ多分逆効果だよね・・・)」

 

 

敵対するつもりは無いけど過去が過去のため、知ってる人と鉢合わせて余計な混乱を巻き起こすのは避けたい

そう思って身を隠してきたけど・・

逆効果なようで、悪い意味で目立っちゃってる

 

 

「立ち止まりなさい。」

 

 

ヒタリと首筋に静かな殺意が向けられる

 

 

「最近、ここ近辺で貴方のようなフードに身を包んだ輩が出没し夜な夜なよからぬ事を企んでいると聞く。あらぬ疑いを持たれたくなければ控えた方が良い。特に私はいつもやりすぎてしまう。」

 

 

「・・・忠告感謝します。」

 

 

タイル敷の舗装された道を背を向けながらお互いに立ち去っていく

 

 

「(長い付き合いになっちゃいそうだなぁ・・・)」

 

 

そんなことをふと思いながら、(ベル・クラネル)は1人歩き始めていた

 

 

・・・・

 

 

ベル・クラネルはいつも渦中の人物(トラブルメーカー)だった

 

 

冒険者として過ごしてきた時期に遭遇した異常事態(イレギュラー)は数知れず

とはいえ、彼はオラリオ最大派閥。多少の異常事態(イレギュラー)は今晩の酒の肴として笑い話でおしまいだった

 

 

アルフィアはそんな彼らを呆れ顔で見ながらもベルに一言二言小言を漏らしつつも無事に生還した彼を母であるメーテリアと共に労う

ゼウスはそんなベルをいつも笑って彼の冒険譚を聞いていた

 

 

もはや彼のトラブルの遭遇(エンカウント)率は異常の一言であり

その才は静かに動きたかった彼の行動を阻んでいくこととなった

 

 

拠点にしていた廃教会は憲兵に見つかり

 

 

闇派閥(イヴィルス)との抗争に常に巻き込まれる形で目的の人物も見つかることも無く無下に時間だけが過ぎていく

 

 

「さて、久しぶりだね。君とこうして話すのは。」

 

 

それが元で、1人の悪友(とも)であり、戦友(とも)とも呼べる出会いを果たしたのはまた別の話である

 

 

・・・・

 

 

黒龍討伐失敗を機に、ヘラ・ゼウスファミリアへの風当たりは悪くなっていき、特に【フレイヤ・ファミリア】との関係は悪化していき、最終的に追放という形で終わりを遂げた

 

 

余計な衝突は避けたかったベルは、できる範囲の接触を避けながらも水面下で密かに行動をしていた

 

 

それでも、彼特有の巻き込まれ気質(トラブルメイカー)と、どうしようも無いほどのお人好しが何も起こさない訳もなく

段々と巻き込み巻き込まれながら『大抗争』へと足を踏み入れていく

 

 

「貴方は、私達の味方なのですか?敵なのですか?」

 

 

「目の前に手を差し伸べるのを待つ人の手を僕は取ってあげたい。ただ、それだけです。」

 

 

想いは継がれていく

 

 

『最後の英雄』を求め、神時代の崩壊を目論んだ彼らとはまた別の形でベル・クラネルは迷宮都市(オラリオ)の行末を、『英雄』の誕生を彼は見届けるため、彼は留まった

 

 

それが歯車に投じられた最後の投石だとは知らず

 

 

・・・・

 

 

ベル・クラネルは()冒険者である

 

 

『大抗争』以降、冒険者資格を剥奪された彼がその後も迷宮(ダンジョン)で活動を続けられたのはとある二神と他ならぬ彼自身の行動故のこと

 

 

闇派閥(イヴィルス)壊滅の目的のために彼は水面下で動いていた

それは枷とでも呼ぶべきか、闇派閥(イヴィルス)に対抗できる1つの手段として、彼は動いていくことになる

 

 

結果、表と裏で動いていた冒険者達が1年後、闇派閥(イヴィルス)に巻き込まれる大事件に繋がってしまう

 

 

結果として、ベル・クラネルは『英雄』にはならなかった

 

 

誰かが彼を『英雄』と呼ぶことはあれど、彼を『英雄』とする事は無い

 

 

彼はその後の迷宮都市(オラリオ)を【ベル・クラネル】として見守っていくのだろう

 

 

そう、これは英雄を目指す少年の物語ではない

 

 

『英雄』をめざした少年の、『英雄』のための神聖譚

 

 

・・・・

 

 

「お前も色々苦労してきたんだな。」

 

 

「ははは、失望しました?」

 

 

結局、僕はフィルヴィスさんに掻い摘みながら話すことになった

 

 

「話を切り出したのは私だ。振っておいて勝手に失望するほどエルフとして堕ちたつもりも無い。」

 

 

「そうですね、僕としてもフィルヴィスさんに聞いていただいたら気持ちが軽くなったような気がします。」

 

 

「そうだな。私の目にもお前の顔がどこか柔らかくなったように見える。」

 

 

「昨日も同じこと言われました。」

 

 

「お前を見ていると昔の私を見ているようでちょっとな。」

 

 

「あの後も色々ありましたので・・嬉しいことも悲しいことも。」

 

 

「・・・そうだな。」

 

 

冷めた飲み物を無理やり喉に通し、1つ息を吐く

 

 

思い返せば、ここに来てからというものの、ちゃんとした休みが取れてない

今度の休みは少し街歩きに費やそうかな

 

 

・・・・

 

 

「すごく騒がしいですね。」

 

 

「あぁ。何かあったのか?」

 

 

迷宮(ダンジョン)の中とはいえ、冒険者たちの街、 喧騒が絶えないのはいつも通りなのだが、今回だけは様相が変わっていた

いつものような活気と怒号の飛び交うリヴィラでは無い

どこかどんよりしたものを感じられる重い空気

 

 

「何かあったんですか?」

 

 

「殺しだよ殺し!誰かがヴィリーの宿でやりやがったんだ!」

 

 

「えぇ!?そ、それで犯人とかの目星とかって・・・」

 

 

「殺されたやつが(ツレ)と一緒に入ってったのを見たらしい。そいつがクロで間違いねぇんだが。フードで誰も顔が分からないらしい。お前さんがいるならまず心配いらねえが、何があるか分からねえからな。」

 

 

いくら無法地帯とも言えるリヴィラでも、殺人は許されぬ禁忌

冒険者が殺された真実は瞬く間に広がっていくはずだ

そして躍起になって犯人探しに駆り出すはず

 

 

「心に留めておきます。」

 

 

「じゃあな。」

 

 

「はい、また。」

 

 

僕たちの本来の目的は27階層の調査

本当なら、この場を立ち去って降りていく必要が有るんだけど・・・

 

 

「・・・この事件にも首を突っ込むつもりか?」

 

 

「犯人探しは彼らに任せるべきでしょう。ただ今回の事件、僕が追っている27階層の件と無関係とは思えなくて・・・」

 

 

「乗りかかった船という訳ではないが、私も最後まで付き合おう。ただな…」

 

 

フィルヴィスさんはここまで溜めて、少し遠くの空を見つめる

 

 

「今回の件は大分長丁場になりそうな気がする。」

 

 

「えぇ、僕も同意見です。」

 

 

天井を覆うクリスタルの光が一際妖しく輝いたような気がした

 

 



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幕間 小さな英雄

【ダイダロス通り】

 

 

迷宮都市(オラリオ)には文字通り|迷宮が存在する

1番の目玉とも呼ぶべき摩天楼施設(バベル)の地下に存在する迷宮(ダンジョン)のほかにあと1つ

円形に形成されたオラリオの南南東第3区画に位置し、度重なる区画整理によって狂った広域住宅地

迷宮街の異名を持つほど複雑に入り組んだこの道は案内印はあれど、無視してしまうと冒険者でも迷うほどの複雑怪奇

 

 

主に貧民層の人達が住んでいる

 

 

そのほとんどが冒険者に含まれない人達である

 

 

数日前、ここは戦場と化していた

何者かによって地上で暴れたシルバーバックが暴れだし、この通りに迷い込む形で意図せずともここで1vs1の戦闘が起こってしまった

 

 

シルバーバックの出没階層は11階層から

 

 

レベル1でも到達できる階層域とはいえ、片や恩恵(ファルナ)を受けてから半月の駆け出し冒険者

野に放たれた怪物(モンスター)に理性など存在しない

 

 

ただ、本能に従うままに猛進して行き、取り憑かれたように少年たちを追いかけていく

 

 

彼らはダイダロス通りの行き止まりまで追い込まれる

 

 

目の前に立ちはだかるは圧倒的格上のモンスター

 

 

退路は絶たれた

 

 

無謀にも立ち上がるか(ビーフ)orひれ伏し立ちすくむか(チキン)

 

 

そして、彼は1人ナイフを獲物に立ち上がる

自分の背格好の3倍はあろう体格差と圧倒的な実力差

圧倒的強者に立ち向かう彼を誰かはきっと嘲るだろう

無謀だと鼻で笑い、見下すだろう

 

 

それでも、勝利の女神とは時に残酷で、時に気まぐれだ

 

 

番狂わせ(ジャイアントキリング)など、いくらでも起こりうる

 

 

誰かがこう言った『人は守るものがあるから強く立ち向かっていく

はたまた誰かはこうも言った『人は守るものがあるからこそ弱くなる』のだと

 

 

小さな女神のために彼は1人立ち向かっていく

 

 

さぁ、ちっぽけな英雄(▪️▪️▪️▪️▪️▪️)

 

 

武器を取れ、その()に闘志を宿せ

 

 

舞台(戦場)は整った

 

 

さぁ、刮目しろ

これは偉大なる英雄譚の1部に過ぎない

 

 

それでも、これは後にも語り継がれる1頁なのだ

 

 

さぁさお立ち会い、彼の勇姿を目に焼き付けろ

 

 

・・・・

 

 

シルバーバックは白い大猿の怪物(モンスター)である

攻撃時はその巨躯をいかんなく発揮してくる

 

 

その巨躯故に小回りは効かない

 

 

狭きダイダロス通りと言えど、レベル1の彼が躱す余裕派ある

 

 

標的目掛けて飛んでくる腕を足で躱しながら反撃の好機(チャンス)を狙う

 

 

二三度躱し、シルバーバックと正面に回って相対する

 

 

大振りに振りかぶったシルバーバックに狙いを定め、ナイフを構え大猿の懐に飛び込む

狙うは奴の急所

ダンジョン産のモンスターには共通して心臓部に核が存在する

その魔石を破壊すればどんなモンスターであろうと理論上では倒すことが出来る

 

 

そして、彼の刺したナイフは見事シルバーバックの胸へと突き刺さり

シルバーバックは霧散する

 

 

そう、彼は無事番狂わせ(ジャイアントキリング)を成し遂げたのだ

 

 

その後、ダイダロス通りで一部始終を見ていた人達の中で時の人となっていた

 

 

・・・・

 

 

「ごめんね、リュー。お買い物に付き合わせちゃって。」

 

 

「いえ、今日は非番でしたので。それと怪物祭(モンスターフィリア)の時のお礼もまだでしたので。」

 

 

「あ、あれは冒険者さんが頑張ってくれたので・・」

 

 

「そうですね、後々彼らにも改めて謝礼をしなければなりませんね。」

 

 

建ち並ぶ住宅の影で朝でもほの暗い雰囲気の路地裏を買い物袋を持った2人の女性が歩いていた

 

 

「アリーゼ達も捜していますが、白い髪の男性だけでは取っ掛りも掴めないそうで・・・せめて所属ファミリアが分かれば良いのですが。」

 

 

「ごめんね、私も聞いてないの。特徴は、そうね・・・ベルさんにそっくりだったかな。」

 

 

「クラネルさんに。ですか?」

 

 

「白い髪で兎のような見た目。赤い瞳。ベルさんをそのままちぢめた感じで・・・」

 

 

「その方なら、昨夜見かけたかもしれません。」

 

 

「ホントに?」

 

 

「えぇ。昨夜同胞に襲われていたところを助けたのですが、その方かもしれません。」

 

 

そんな2人の合間を縫って1人のフードを被った小人族(パルゥム)が通っていく

 

 

「待ちなさい。そこのパルゥム。」

 

 

すれ違いざま、リューが小人族(パルゥム)を呼び止める

 

 

「袖にしまったナイフ。それを見せて欲しい。」

 

 

「リュー?」

 

 

「知人の持ち物に似ていたので確認したい。」

 

 

歩みは止めるものの、互いに振り返ることは無い

 

 

「生憎ですが、これは私のものです。あなたの…勘違い、でしょう。」

 

 

「抜かしなさい、神聖文字(ヒエログリフ)の刻まれた武器の持ち主など、私は1人しか知らない!」

 

 

リューによって放たれたコインは細路地を抜けようとした小人族(パルゥム)に直撃し、崩れ落ちる

それでも歩みをとめない彼女はナイフを落とすも拾う暇もなく開けた道へと逃げるように駆けていく

 

 

「リリ!?」

 

 

路地から出たところで左手から出てきた1人のヒューマンとぶつかって倒れ込んでしまう

 

 

「シルさん!それにあなたは確か昨日の・・・」

 

 

そこに遅れて2人が駆け寄る

 

 

「あ、そうだ!2人とも、上から下まで真っ黒なナイフを見かけませんでしたか!?」

 

 

慌てて立ち上がり、あたふたした声で探していたナイフの特徴を読み上げる

 

 

「これの事ですか?」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

リューが出したナイフを受け取って感謝を告げる

 

 

「拾っていただきありがとうございます。これ、どこで拾いましたか?」

 

 

「拾った、というより1人の小人族(パルゥム)が所持していました。」

 

 

小人族(パルゥム)?」

 

 

「・・・いえ。多分私の見間違いでしょう。」

 

 

「?」

 

 

「ところでなのですが、貴方の名前と所属ファミリアを伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 

「い、いえそれは構わないですが。どうしてですか?」

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)の時に逃げ出したシルバーバックに襲われたと聞きました。その事件についての謝罪をと思いまして。」

 

 

「いえいえ!とんでもないです謝罪だなんてそんな!あの事件は貴方のせいじゃないですし!」

 

 

「分かりました。」

 

 

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。」

 

 

少し興奮気味で折れていた背筋を伸ばし

 

 

「【ヘスティア・ファミリア】所属、アル・クラネルです!」

 

 

・・・・

 

 

「良かったのリュー?あのままで。」

 

 

結局、小人族(パルゥム)は立ち去っており、お互いに2、3言話したあと、解散という形となった

 

 

「神の言葉に『疑わしきは罰せず』という言葉があります。例え限りなくグレーでも、グレーのうちは手を出してはならないと。そうでなくても私はいつもやりすぎてしまう。」

 

 

「ふふっ。」

 

 

「な、なんですかシル。突然笑って。」

 

 

「リューも結構変わったなぁって。」

 

 

「確かに自分でもそう感じることがあります。特に7年前の巨悪との日々に比べると色々考えさせられる場面は多かったからでしょうか。それより先程のアル・クラネルという少年。」

 

 

「クラネルって事はベルさんの弟さんかな?」

 

 

「そういったことは聞いた事は無いのですか?」

 

 

「確かにベルさんから家族について聞いたことないかも。」

 

 

「そうですか・・・」



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EP14 襲撃

「っつー訳で・・・・女は全員身体検査だッ!脱げェーーッ!」

 

 

「奴らは一体何をしているのだ・・・」

 

 

「ははは、多分犯人探し・・・だと思う。」

 

 

改めて下に潜るためにリヴィラを離れようとした所、入れ替わる形で【ロキ・ファミリア】が入ってきた

 

 

何より驚いたのはその錚々たるメンツで、このまま階層主でも倒しに行くのかと思うほどのパーティだった

【ロキ・ファミリア】の幹部がほとんどであり、その中には団長であるフィンさんまでいる始末

ここに至るまで蹂躙されてきたであろうモンスターに同情まで抱くかもしれない・・

 

 

事件のあった宿屋から出てきた一行はます、リヴィラに滞在していた冒険者を集め身体検査を呼びかけている状態で

 

 

ボールスさんの声に男性冒険者が歓喜し、女性冒険者達が怒りの声を挙げている

冒険者達が集ったが故に出来た混沌たる惨状(カオス)な現状に僕達は遠巻きで見ることしか出来ない

 

 

何より、彼女にそういった話はNGだということも知ってる

 

 

「あれも犯人探しか?」

 

 

「ソ、ソウナンジャナイカナ。」

 

 

なんか向こうで女性冒険者に吹き飛ばされてるけど僕は知らない

 

 

・・・・

 

 

「あれ?」

 

 

ステージの弾き飛ばされている冒険者たちの横に立っていた金髪のヒューマンの女性がステージから離れ、駆け出していた

そしてその後を追うようにエルフの女の子もステージを離れていく

 

 

「何かあったか?」

 

 

「わかんない。ここからじゃ丁度影になってて・・」

 

 

「追いかけるか?」

 

 

「【ロキ・ファミリア】だから大丈夫・・・だと思う。闇派閥(イヴィルス)の人じゃないはずだし。何より突然話しかけられて逆に勘違いされる方が大変だから。」

 

 

彼女たちが見つけたモノが何かはわかんないし、今回の件と無関係とは思えない

けど、今出ていくのは違う。そんな気がする

 

 

「あの人・・・」

 

 

人混みから外れた街の一角に捉えた人が少し気になっていた

 

 

・・・・

 

 

「なるほど、そういう事情があったんですね・・・・」

 

 

朝があるならば必ず日は暮れ、夜は訪れる

 

 

クリスタルに覆われた18階層にも夜は訪れる

 

 

クリスタルから届けられていた光も消え去り、闇に包まれる

犯人探しの最中に人だかりから抜け出した冒険者を追って飛び出したアイズとそれを追いかけるレフィーヤに事情を説明している犬人(シアンスロープ)だった

 

 

「安心してください!私が責任をもって預かります!」

 

 

ルルネ・ルーイと名乗った少女が本来渡す予定だったモノ

 

 

球体で、中には胎児のようなモンスターと液体が入っている

言うなれば、それは母胎だった

 

 

「ところでレフィーヤ達に聞きたいんだけどさ。ベル・クラネルって冒険者知らないか?」

 

 

「ベル・クラネルさん?きいたことありませんね・・アイズさんは何か知ってますか?」

 

 

「どこかで聞いた・・・かも。」

 

 

「この依頼を受けた時にヘルメス様から名前と特徴は聞いたんだ。困った時は頼るといいって。」

 

 

「ヘルメス様がそこまで仰られるならきっと 凄い方なんでしょうけど・・・

団長なら何か知ってますかね?」

 

 

「白い髪にうさぎのような見た目で目は赤いんだってさ。」

 

 

「(アイズさんが知っている人物でしょうか・・・?でもでも、そのような噂は聞いたことないし・・・それに名前を聞いた時も)」

 

 

アイズは1人の知己を思い浮かべていた

奇しくも合致した見た目をしている1人のヒューマンを

 

 

「アスフィに聞いてもあまりいい顔はしなくてさー。ただ一言『悪い人ではありません。必ず力になってくれるはずです。』の一点張り。ヘルメス様も詳しくは教えてくれないし。」

 

 

「確かにそれだと不安ですね・・・せめてどこのファミリアかさえ分かれば少しは安心なのですけど。」

 

 

「どこ所属かも教えてくれなくてさー。というより避けてる?みたいな。」

 

 

「それだけ聞くと怪しいこと極まりないですね・・ヘルメス様が大丈夫だとおっしゃるとはいえどうも臭いです!事件の香りがプンプンします!」

 

 

「そ、そうかな?」

 

 

「そうです!きっとそうに違いありません!」

 

 

「うわぁああああああ」

 

 

「今の悲鳴は・・・・!?」

 

 

「街の方からです!」

 

 

夜の帳とともにもたらされた静寂を破って轟いた悲鳴によりリヴィラに再び喧騒が舞い戻る

 

 

「グォァオァアアアアア!」

 

 

共に余計な怪物(モンスター)を引連れて

 

 

・・・・

 

 

「クラネル!今の咆哮は!?」

 

 

「うん。確実に怪物祭(モンスターフィリア)の時に襲撃してきたモンスターで間違いない。」

 

 

恐らくは闇派閥(イヴィルス)が放った食人花(ヴィオラス)によって蹂躙されてる

リヴィラは伊達にダンジョン内に造られていない

 

 

伊達に同業者の街(リヴィラ)と銘打っている訳じゃない

彼らとて立派な冒険者

モンスターの襲撃に怯むような人達は居ないはず

 

 

だからって、この惨状を見逃す訳にもいかない

 

 

あの女性のことは気になるけど・・・

今はこっちが優先だよね

 

 

「フィルヴィスさん!手伝って貰えませんか!」

 

 

・・・・

 

 

「これで一段落って所か。」

 

 

「はい。恐らくですが目に付いた食人花(ヴィオラス)は倒したはずです。」

 

 

「それなら後向かうべきはあそこか。」

 

 

「はい。ですが、もうここから降りてしまった可能性が高いでしょうが・・」

 

 

最後に見かけてから数時間は経過してる

 

 

彼女の目的は分からないけど、もしこの襲撃が彼女が引き起こしたのなら長居することは避けるはず

とはいえ、彼女が完全に消えるまでは第2波が来る可能性も考えられる

 

 

なるべく犠牲者を出さないように動かなきゃダメだ

 

 

「こちらも片付いているようだね。」

 

 

「フィ、フィンさん!」

 

 

「君とこんな形で再会出来るとはね。」

 

 

「僕としては余り会いたくなかったかなぁ・・って。」

 

 

「それは手厳しいね。」

 

 

互いに乾いた笑いが零れていく

 

 

別にフィンさんが嫌いというわけじゃない

フィンさんのことは心から尊敬してる

彼がいてくれたから、僕もここにいられる

 

 

あの時、彼との間に一つだけ大きな契りを交わしてる

 

 

正直に言うとフィンさんがこれをどう思っているかは分からない

 

 

今でこそ【ベル・クラネル】という冒険者自体知ってる人の方が少ないくらいだけど

当時、あの暗黒期の中で彼はどう感じていたのだろうか

 

 

「色々と裏で活躍しているそうじゃないか。実際に見たわけじゃないけど僕の団員も何人かお世話になったそうだね。改めて僕からも礼を言わせてくれ。」

 

 

「い、いえ!そんな僕なんて何も。」

 

 

お礼を言われるのはまだ小っ恥ずかしいところがある

 

 

それに、どれだけの人を救っても取りこぼしてきた命は帰ってこない

 

 

「君はあの日から変わってなさそうで安心したよ。」

 

 

「僕も、どこかフィンさんと話せた事で少し吹っ切れた。そんな気がします。」

 

 

・・・・

 

 

闇派閥(イヴィルス)との抗争を想定する中で、いくつか最悪の盤面を想定していたけど。君の介入は想定してきた中で1番外れていて欲しかった。』

 

 

7年前、『大抗争』の最中流れがオラリオ側に傾いた事件が起きた

 

 

闇派閥(イヴィルス)の戦力は半分位上が削がれ、途絶えることのなかった血で血を洗うような衝突のなかった事件

 

 

全ては名も知らぬ1人の何者かによって引き起こされる

 

 

『どうか、これから先起こる全ての出来事を黙って見守り続けてくれませんか』

 

 

小さくも大きく動かされた彼らの会話を知るものは誰もいない

 

 

・・・・

 

 

・スキル

殺人兎(シリアルキラー)

 

・対峙する敵が人型の場合能力上昇

・対峙する敵の想いの丈により上昇値大幅増減

 

 



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EP15 英雄が為に鐘は鳴る

「オオオオオッ!」

 

 

モンスターの咆哮が天を衝き、僕たちのいる場所より後方で女体型のモンスターが産声を挙げる

距離のせいで詳しい容貌は掴めないけど、あれが異質であることは容易に想像が着いた

 

 

「なにあれ!?」

 

 

「ったく、ようやくあらかた片付けたってのに・・・!」

 

 

「どこから現れた…と言いたい所だが、始末する方が先決だな。」

 

 

「あぁ、そうだね。」

 

 

こんな異常事態(イレギュラー)の渦中でも冷静さを保てていられるのはやはり最大派閥であり上級冒険者であるがゆえの特権ってものだろうか

 

 

かくいう僕もどこかで好奇心が抑えられないのは元冒険者が故ということなのかな?

 

 

「君は後悔してないかい?」

 

 

「してないと言えば嘘になるかもしれません。あの日、僕が起こした行動が正しかったとも間違っていたかなんて考えたことはありませんし、教えて欲しいとも思いません。それでも、僕はこの選択(ものがたり)に迷いはありません。」

 

 

「君からその応えが聞けて安心したよ。愚問だと笑われるかも知れないけど一緒に戦ってくれるかい?」

 

 

()()()とはまったく逆の問いかけ

 

 

あの時とは環境も、世界も、多くが変化している

 

 

それでも、誰かに頼られるというのはここまでむず痒いものなんだろうか

 

 

されど、共に戦おうではないか

 

 

『英雄』達が産まれるこの場所(オラリオ)に大鐘楼は鳴らされる

 

 

持たざる者から、持つべき英雄(もの)達へ全ての祝福を

 

 

「グォァオァアアアアア」

 

 

僕たちのいるわずか後方、最初に襲撃してきた食人花の咆哮が木霊する

闇派閥の差し金か、新たに増援として投入されたんだと思う

 

 

ただ、僕のやるべきことは変わらない

 

「数分でいい!リヴェリアさん達が攻撃する時間さえ稼げれば!」

 

 

「【我は汝を救おう】【生誕を祝え、祝福されし我が宝よ】

原罪(つみ)を赦せ、万物に浄化の輝きを】【鳴らせ、鐘の音を】

【愛を持たぬ悲しき者に愛情の慈悲を】【さぁ、心を持て。矢を捨てよ】

【汝の誓いを今果たさん】【ゾオアス・アンジェラス】!」

 

 

18階層全域に大鐘楼の音が響き渡る

 

 

暗闇から刹那、フィールドは光に包まれる

 

 

大鐘楼がもたらすは勇気

 

 

光が奪うは闘志

 

 

怪物は地に伏し、先まで感じていた緊張感すらをも失っている

 

 

打って変わり、冒険者たちは武器を取り、より闘志を燃やし力の湧き上がりを感じる

 

 

鐘はなる、数多の英雄たちの欠片のためにその音を響かせる

 

 

・・・

 

 

「こ、これは一体何が起きてるんですか!」

 

 

刹那のことでした

 

 

ハシャーナさんを殺した殺人鬼とアイズさんに助太刀も出来ず、ただひたすら新種のモンスターから逃げることしか出来ないでいると、突然鐘の音が響いてきて

直後に光に包まれたと思ってたらいつの間にか殺人鬼の人が倒れてて・・・

 

 

「ア、アイズさん!やりましたね!」

 

 

「・・・私じゃない。」

 

 

モンスターから逃げることに必死だった私とルルネさんはもちろん不可能ですし、誰か他の人が乱入してきた様子もありません

考えられるとしたらアイズさんが倒した以外考えられません!

 

 

でも、その肝心のアイズさんも驚いて何が起こっているのかも分からない様子ですし・・・

 

 

もしアイズさんじゃないとしたら考えられるのは先程の鐘の音と光・・・

誰かの魔法でしょうか?いえでもそんな魔法は聞いたことがありませんし

リヴェリア様なら何かご存知なのでしょうか・・・

 

 

「チッ・・・アイツの介入は想定外だ。惜しいが、お前とはいずれ()()()が来るだろう。」

 

 

そう言い残すと、彼女はおぼつかない足取りのまま崖へと身を投じてしまいました

 

 

「追わないと!」

 

 

「待って!追いかけちゃダメ。」

 

 

アイズさんの声で何とか踏みとどまることが出来ました

 

 

「そっ、そうですよね!深追いは危険ですよね・・・すみません。」

 

 

「それより今はあのモンスターが先。」

 

 

先程から暴れていたはずのモンスターの音が聞こえなくなってる

 

 

「やれやれ、派手にやってくれたじゃないか。」

 

 

団長とリヴェリア様が来られた

 

 

「とりあえず状況を説明してくれるかい?」

 

 

「先程までハシャーナさんを殺した殺人鬼と思われる女性がいて戦っていたんです。と言っても、私じゃまるで歯がたちませんでした。アイズさんと同等かそれ以上の実力を持ってると思います。」

 

 

「そうか。それで今そいつはどこに。」

 

 

「あの光が消えた直後、まるで人が変わったように逃げていきました。詳しい行先は分かりませんが、そこの崖を飛び降りていきました。」

 

 

「そうか…よく頑張ったな。」

 

 

「い、いえ!私なんてほとんど傍観しか出来ませんでしたので・・・」

 

 

一呼吸置いて、リヴェリア様にあの魔法について聞いてみることにしましょう

 

 

「それでリヴェリア様、質問があるのですが。」

 

 

「大体の予想はついている。大方あの魔法についてなのだろう?」

 

 

「は、はい。今まであのような魔法は見たことありませんし、何よりあの光から色々と変化が多すぎます!」

 

 

殺人鬼が去ったのも、モンスター達が急に大人しくなったのも、あの不思議な光が出現したあとの事だった

私でもアイズさんでもないなら1番の要因として考えられるのはあの光

 

 

リヴェリア様には遠く及びませんが、魔法の知識はある方だと思ってますが、あのような魔法は見たことがありません

 

 

「・・・そうだな、お前たちは知らないんだったな。」

 

 

「そうだね、なんて説明したらいいかな。」

 

 

団長もリヴェリア様もあまり浮かない表情をしてる

 

 

もしかしたら私聞いちゃいけないこと聞いちゃった!?

 

 

「す、すみません!野暮な事聞いちゃって!」

 

 

「いや、いいんだ。いずれは団員達に伝える必要があるって考えてたからね。」

 

 

「あの魔法は昔、とある最大ファミリアの1つの眷属が使用していた魔法だったんだ。と言っても、彼女は末端。実力は低かった。それでも、彼女は誰からも愛されていた。まぁ、もう死んでしまっているがな。」

 

 

「え?じゃ、じゃああの魔法は一体誰が・・・」

 

 

「おっと、敵は悠長には待ってくれないみたいだ。」

 

 

団長の言葉の通り、先程まで戦意喪失していたモンスターはまだ状況が掴めていないのか狼狽えながらも臨戦態勢に入っている

 

 

「レフィーヤ。以前行った連携を覚えているよな?あれをやるぞ!」

 

 

「わ、わかりました!」

 

 

今はこの現状を打破するのが先決、詳しいことはホームに戻ってから考えることにしましょう

 

 

気を取り直し杖を持ち、詠唱を始める

 

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け】」

 

 

魔力に反応したモンスターがリヴェリア様へと向かっていく

 

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け、三度の・・・】」

 

 

ここでリヴェリア様が詠唱を止めることでモンスターに隙が生まれ

 

 

「レフィーヤ!今だ!」

 

 

「【雨の如く降り注ぎ、蛮族どもを焼き払え】【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

 

その隙に私の魔法をぶつける

結果、上手く決まってモンスターに命中

さすがに新種とはいえ倒せるはずです!

 

 

「アァァアアアアア・・・・」

 

 

モンスターは無事焼かれ、魔石となって塵と化していきました

 

 

・・・・

 

 

「ははは…相変わらずのバカ魔力で・・・」

 

 

後は【ロキ・ファミリア】に託したのは僕だけど、やっぱりレフィーヤさん達の魔法を見ているとどこかしら悲しく感じてきちゃう

 

 

「我々からしたらお前も大概だと思うぞベル・クラネル。」

 

 

「そ、そんな事ないですよ!お義母さんに比べたら全然ですし・・・」

 

 

「いやそれは【静寂】が規格外なだけだ。まともに比べるだけ虚しくなるだけだ。」

 

 

「ソ、ソウデスネ。」

 

 

後から出てきた食人花もティオナさん達によって片付けられ

18階層にようやく平穏が訪れた

 

 

「さてと、だいぶ遅れちゃったけど本来の目的を達成しないと。」

 

 

僕の本来の目的は27階層

色々あって足止めをくらってしまったけど僕は進まなきゃいけない

 

 

「すまないが、主神から呼ばれてしまってな。私は1度地上に戻ることになった。」

 

 

「い、いえ!そもそも引き止めたのは僕ですし。ディオニュソス様のご伝達であれば引き止める訳にも行きません。こちらこそありがとうございました。」

 

 

と言い残して僕は、19階層へ続く道へと進んで行った



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幕間 ギルド職員の憂鬱

「アル君が18階層に!?」

 

 

「そうなの!18階層で殺人事件が起こった時にたまたま居合わせた冒険者が居て!その子が可愛い子を見たってはしゃいでて、どんな子なのか気になって聞いたらさ!雪のような白髪の兎みたいな子だって!弟くんそっくりじゃん!」

 

 

「いやいやいや!流石にあの子でも18階層なんて流石に信じられないかなぁ。」

 

 

「でもさでもさ、うさぎみたいな見た目の冒険者って・・・」

 

 

白い髪をした兎のような冒険者は少なくとも私は1人しか知らない

それでもオラリオという長い括りで見れば合致する冒険者はいると思う

それでも、今現状冒険者登録されてる方達の中で知ってる中では1人だけ

 

 

「アル君・・・だよね。」

 

 

「確かに弟くん好奇心旺盛というか、危なっかしい所はあるけどエイナの言うことはちゃんと守ってるもんね。そもそもレベル1だと18階層どころか10階層に辿り着けるだけでも凄いもん!」

 

 

「そうだね・・・そうだと信じたい。冒険者たちを信じることもギルドの仕事だもんね。」

 

 

ギルドは冒険者たちに生き残るための知識は与えられても、行動をギチギチに縛ることはできない

死んじゃう時は第1級冒険者でも駆け出しの見習い冒険者でも一瞬だから

 

 

『冒険者は冒険しちゃダメ』

 

 

これがエイナの信念だった

どんなにスパルタだと言われても、自分のやり方を変えるつもりは無かった

 

 

『冒険者には情を移さない方がいい』

 

 

昔、上司から伝えられた言葉だった

冒険者というのは常に死と隣り合わせ

昨日まで馬鹿騒ぎして酒を酌み交わした仲の友でさえ、明日には居ないことなんてよく聞く話だった

 

 

「それにさ、弟くんにはサポーターも付いたんだからさ!」

 

 

「うん、そうだね。」

 

 

そのサポーターの子が悩みの種の1つだということは秘密にしよう

【ソーマ・ファミリア】とは常に喧騒が絶えなかった

 

 

我の強い人が多い冒険者とギルド間での対立は日常茶飯事

 

 

中でもほとんどを占めるのが【ソーマ・ファミリア】の眷属だった

 

 

「そこまで気になるんだったら弟くんに直接聞けばいいじゃん!今日も出かけたんだよね?ダンジョン。」

 

 

「でもなー・・・間違ってたら失礼というか・・・」

 

 

「そう?あの子そういうこと気にしなさそうじゃない?」

 

 

「うーん・・・分かった、それとなく聞いてみることにする。」

 

 

「そうそう!冒険者との隠し事は作らないのが1番だって!」

 

 

「ミィシャはオープンすぎだと思うけどね・・・」

 

 

同僚であり学区時代からの友人に少しだけ感謝を告げてまた、各々の仕事へと戻って行った

 

 

・・・・

 

 

「えっと・・・クラネル氏ですか?」

 

 

私は今、何故かヴァレンシュタイン氏の相談を受けている

 

 

聞けばアル君に用があるそうで、それなのにせっかく会えても数秒後には逃げられてしまい、まともに話も出来ないのだとか

 

 

「(多分()()()()()のせいなんだけど、流石に他派閥のヴァレンシュタイン氏に教える訳にもいかないし・・・)」

 

 

「逃げられないためには・・・どうしたら。」

 

 

す、すごい落ち込んでる・・・

お、教えてあげたい。アル君が逃げているわけじゃないと教えてあげたい!

 

 

「理由は了解しました。ですが、クラネル氏が来られた際にこちらから頼んでみます。」

 

 

「ありがとう・・・ございます?」

 

 

パァァァと効果音でもつきそうなほど雰囲気が明るくなった気がする

 

 

「アル君?」

 

 

ふと、ギルドの受付の方に目を向けるとそこには先まで話題に挙がっていた彼だった

 

 

こちらを見留めるが早いか、そそくさと出ていこうとする彼

そして流石第1級冒険者と言うべきか、彼を足止めするヴァレンシュタイン氏

 

 

兎にも角にも、これでヴァレンシュタイン氏の相談も解決し、一件落着となったわけだけど・・・

 

 

「一体なんの用で来たんだろ?」

 

 

自らの目的も忘れ、アルの目的も分からぬまま、戻っていくエイナであった



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EP16 豊饒の女主人

お義母さん達は、今の僕を見てどう思うだろうか、

 

 

酷く落胆し、嘲笑(わら)ってくれるかな

それとも、笑って見守ってくれるのかな

 

 

誰よりも讃えられるべき英雄たちは『悪』に身を染めた

 

 

数多の希望のために礎を築くための礎となり、『踏み台』にもなった2人を僕はいつまでも心想い続けると思う

あの日、僕がお義母さん達と最後に言葉を交わしたあの日彼女たちは僕に『最後の英雄』になることを望んでくれた

 

 

今思えば、あの抗争に僕を巻き込まない為の配慮だったのかもしれない

それでも、僕は裏切ってしまった

彼らを止めるためでもなく、この抗争を止めるためでもなく、エレボス様の思惑にノることにした

 

 

あの日、僕のファミリアが解散したあの日、お義母さん達が何を感じ、どう考えたのかはわかんない

どうしてお義母さん達が『英雄』にこだわるのかも、理解出来ないと思う

 

 

それでも、お義母さん達が望んだのなら僕はその思いを引き継ごう

 

 

将来、誰かの笑顔を守れるなら道化にだってなって見せよう

 

 

かつての『英雄』が、1人のヒロイン。否、多くの笑顔のために道化として振舞ったように

僕は、みんなの笑顔のために彼らの前に立ちはだかろう

 

 

彼らが待ち望んだ『最後の英雄』の誕生を見届け、この身を礎とするために僕は、『絶対悪』にも身を落とすだろう

 

 

これは、僕だけの物語だ

 

 

あの日、あの時、僕は本来の目的を忘れ

長く、果てしない茨の道を進むことにしたんだ

 

 

「いつか、数多の英雄の前に立ちはだからん事を。」

 

 

背中に刻まれたゼウスの血が深く、淡く光った

 

 

そんな気がした

 

 

・・・・

 

 

「さぁ!ネタは上がってるニャ!いい加減吐くのニャ!」

 

 

「だからなんの事ですか!?」

 

 

ダンジョンから戻ってきた僕を迎えたのはアーニャさんによる質問(尋問)だった

てかっ!なんでアーニャさんはそんな憲兵のような真似事してるんですか!

いや!本当にしてるかは分かりませんけど!

 

 

「あ、あのー?」

 

 

「ふっふっふ、まぁそう焦るな少年よ。まぁこれでも食べて落ち着くニャ。」

 

 

なんでクロエさんまでノリノリなんですか!?それとそのじゃが丸くんどこから取り出したんです!?

いや、でも2人はたまに『名探偵』とかにハマってるって聞いたような・・・

 

 

「さぁ!さっさと吐いて楽になるのニャ!」

 

 

「とまぁ、アホ猫2人は置いといて。ベルって弟君本当に居ないの?」

 

 

「だから何度も言ってるじゃないですか!僕は一人っ子ですって!」

 

 

「うーん、こういう時にシルが居たら1発なんだけどねぇ・・・」

 

 

「そうニャ、こういう時の少年の口は超硬金属(アダマンタイト)並に堅いのニャ。」

 

 

「いやそれはちょっと使い方違うけどね。」

 

 

「あ、あのー?僕もう戻っても・・・」

 

 

「ダメにゃ!吐くもん吐くまで許さないニャ!」

 

 

「えー・・・そもそもその僕に弟がいるかもって誰に聞いたんですか。」

 

 

「シルからニャ!」

 

 

いやそんな堂々と言われても・・・

 

 

「まぁ、小動物(ベル)をいたぶる趣味はないし私は辞退するよ。後はご自由に〜。」

 

 

ちょ、今聞き捨てならない言葉が聞こえたんですが!?

 

 

「そうニャ〜、明日寝坊すると怖いしアホは放っておいて寝るとするかにゃ。」

 

 

いやいや、クロエさんもさっきまでノリノリでしたよね!?

 

 

そうして、この部屋に僕だけ残して他のみんなは立ち去って行った

 

 

「見間違いじゃなかったんだ・・・」

 

 

1人、取り残された部屋でパタンと机に突っ伏した

頭の上で照らす魔石灯が揺れている

 

 

「やっぱり、こうなる運命だったんだ。」

 

 

動き始めた歯車は止まらない

例えどんなに壊れかけの歯車だって、1度回り始めればその回転は止まれない

 

 

彼の『英雄』への道はもう決まってる

 

 

そのために僕はこの茨の道を進むことを決めたから

 

 

「神々よご笑覧あれ!これが【アル・クラネル】の進む物語だ!」

 

 

ここから先は僕が綴る冒険譚じゃない

 

 

たった1人の、『英雄の欠片』がつむぎ出す

 

 

英雄譚だ

 

 

・・・

 

 

「そういえばさ、ずっと気になってたんだけど。」

 

 

各々の寝室に戻る際、ルノアが立ち止まってこう呟いた

 

 

「最初はアーニャとミア母さんとシルの3人でやってたわけでしょ?」

 

 

「そうニャ。まーシルはあの時にいつの間にか入ってたから感覚はにゃいけどニャ。」

 

 

「アホーニャのことだから忘れてるだけでしょ。」

 

 

「ニャ!?ミャーはアホーニャじゃないにゃ!」

 

 

「はいはい、話が進まないから。んで、その後にベル達が入って私たちが最後って感じで入ってきたわけじゃん?の割には部屋数的に余裕があるなーって。」

 

 

「言われてみればそうニャ。不本意とはいえミア母ちゃんに無理やり入れられた流れ的にはやけに高待遇だとは思ってたニャ。」

 

 

『豊饒の女主人』の従業員は8人、店内自体が結構大きいとはいえ従業員たちの生活場所も兼ねているためそのスペースは結構カツカツなのだ

暗黒期から続いてきた『豊饒の女主人』のスタートは2人

 

 

当時の大きさがどれ位だったかはさておいても、8人分の寝床確保は難しいのでは無いかと彼女たちは括っていた

それにも関わず、部屋一つ一つのスペースは狭いものの、一人一人のスペースは確保されていた

 

 

「ふっふっふ、おミャーらは知らないのも仕方ないにゃ。それにはダンジョンよりも深ーい深ーい訳があってにゃ?」

 

 

「コラあんた達!何時まで起きてんだい!明日も早いんだよ!さっさと寝な!」

 

 

「「は、はい!」」



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EP.17 パーティ

「フェルズさん?」

 

 

【豊穣の女主人】に僕の寝室として宛てがわれた一室。ベッドと寝間着や私服、仕事服を仕舞っているクローゼット。必要最低限の家具のみを揃えた殺風景な室内。

 

 

いつこの場に帰ることが出来なくなるか分からない以上は部屋はできるだけ片付いている方が何かと便利だった。

 

 

「やはり君にはバレてしまうか。」

 

 

灯りの着いていない月の光のみが差し込む片隅。そこから感じる何者かの気配から()()()()の名前を呼べば、そこから黒衣の人物が現れる。

 

 

「何か用ですか?依頼(クエスト)は確か明日からですよね?」

 

 

目の前の人物は()()()()()からの依頼を受けるための伝達役を担っている。真っ黒なローブに両手には複雑な紋様の手袋(グローブ)。色々と気になる点は尽きないものの、深く踏み込む気は殊更ない。

 

 

「その前にまず感謝と謝罪をさせて欲しい。18階層の件、こちらとしても想定外の事件とはいえ、早急な対応と尽力感謝する。それで、本題なのだが・・・その依頼(クエスト)について頼みがある。」

 

 

「・・・?」

 

 

フェルズさんは表情どころか顔を確認することさえ出来ない。いや、骨なのだから見えたところで伺う顔さえないのですけど。

 

 

「本来であれば、【ヘルメス・ファミリア】との合流を考えていたのだが、予定が狂った。君には予定より早く調査に出て欲しい。」

 

 

「具体的には。」

 

 

予定の急遽変更は依頼(クエスト)自体に大きく関わる可能性がある。何によって狂わされて、何が問題なのか。確認の有無は後々響いてくるのだ。

 

 

「想定以上に敵側の動きが激しいのが1つ。」

 

 

「・・・あと1つは?」

 

 

「どうも嫌な予感がする。君の実力を疑っている訳では無いが、できるだけ先手を撃っておきたい。君も知ってると思うが、『リヴィラの街』を襲撃した人物の可能性が高い。」

 

 

「・・・僕、その人物に会ってないんですけど。」

 

 

確かに僕のスキルの関係で闇派閥(イヴィルス)に強く出れるのも確か。元とはいえ、【ゼウス・ファミリア】の一員だった僕はオラリオにとっても彼らに対する対抗策としても置いておきたいんだと思う。でも、このスキルには大きな欠点がある。

 

 

「それに、【ヘルメス・ファミリア】の方はどうするんですか?あちらには誰か入るんですか?」

 

 

「その点は大丈夫だ。ある程度目星は着いている。【ヘルメス・ファミリア】にも私から君には負担をかけることになるだろう。」

 

 

「元より闇派閥との対戦を申したのは僕です。」

 

 

「武運を祈る。」

 

 

・・・

 

 

18階層に作られたリヴィラの街の北部、長大な水晶の谷間が形成された

郡晶街路(クラスターストリート)付近の裏道。ゴツゴツとした岩壁に口を開けた洞窟に『黄金の穴蔵亭』という酒場はある。

 

 

「あの・・・これかはのこと、なんですけど。」

 

 

酒場で黒衣の人物が指す協力者と邂逅を果たしたアイズ。無事合流できた直後始まった内輪もめを鎮めるために声を発する。

 

 

「・・・すいまけん、見苦しいところをお見せしました。依頼内容の確認をしますが、目的地は24階層の食料庫(パントリー)。モンスター大量発生の原因を探り、それを排除する。間違いありませんか?」

 

 

「はい。」

 

 

「では、次にこちらの戦力を伝えておきます。私を合わせ総勢15名、全て【ヘルメス・ファミリア】の人間です。能力は大半がLv.3。」

 

 

依頼内容の照らし合わせと戦力の確認を進めていく。合同でダンジョンへと潜っていく以上、お互いに背を合わせて戦っていくことになる。

 

 

「それでは行きましょうか。短いパーティになると思いますが、どうかよろしく。」

 

 

「ちょっと待ってよアスフィ!援軍ってもう1人来るんじゃなかったか?」

 

 

「あぁ・・・我々に依頼をしてきたあのローブの人物から彼は先に立ったそうです。それで代わりに【剣姫】を遣わしたそうです。」

 

 

「私の他にも頼まれたの?」

 

 

「【剣姫】にも話しただろ?【ベル・クラネル】って奴さ。」

 

 

「ルルネ、貴方はまた勝手にペラペラと・・・」

 

 

「ご、ごめんてアスフィ!」

 

 

「そういうことです。なのでわれわれも出発しましょう。」

 

 

・・・・

 

 

「お前等、『白巫女(マイナデス)』とパーティと組んでいるのか?」

 

 

アイズ達を追って18階層まで降りてきた即席パーティは情報を得るためにボールスの元を訪れた。ベートによる脅s・・・ではなく質問によって聞き出された情報からアイズは24階層の食料庫に向かったとの推測をした彼らがボールスの元を離れようとした時、ボールスはレフィーヤに声をかけた。

 

 

「その2つ名って確かフィルヴィスさんの事ですよね?何か問題があるのですか?」

 

 

「あぁ・・・いや、そこまで大きな問題じゃねぇんだが・・・」

 

 

ボールスから声をかけたものの、間が悪そうな顔をする。

 

 

「いや、『白巫女(マイナデス)』が()()()以外とパーティを組むなんて珍しいと思ってな。」

 

 

「ど、どういうことですか?」

 

 

「今でこそあの名前で呼ぶやつは少なくなったが、一時期じゃぁ『白巫女』は『死妖精(パンシー)』なんて呼ばれてた。」

 

 

オラリオの外の国の伝説のひとつに、死を告げる妖精としてパンシーが語り継がれる。

伝説ではパンシーは死ぬ人のために涙を流すともされている。だが、死ぬ人の元に死を予告する事の印象が大きいため前述だけが独り歩きしている結果、あまり良くない印象だけが伝わっている。

 

 

「い、一体何が・・・」

 

 

「あのエルフとパーティを組んだ連中が1人残らず死んでしまった時期があったんだ。」

 

 

「・・・っ!?」

 

 

「あいつだけを残して、な。自派閥だろうが他派閥の者だろうが関係ねぇ。」

 

 

ただ静かに淡々と語り出すボールスにレフィーヤは言葉を失う。

 

 

「六年前に起きた、『27階層の悪夢』は知ってるか?」

 

 

「は、話くらいなら・・・大勢の冒険者が、亡くなったって。」

 

 

「おお、そうだ。あん時はまだ闇派閥の連中が、有力派閥のパーティを27階層でまとめて嵌め殺した。」

 

 

曰く、秩序を嫌う者達。

曰く、混沌を望む邪神達に率いられた過激派集団。

 

 

ギルドが絶対の根絶を掲げ、多くの【ファミリア】とともに打ち倒した『悪』の使徒。

そんな闇派閥が繰り返してきた数々の悪行の中でも、『27階層の悪夢』は一際凄惨だったと言われている。

 

 

階層中のモンスター、果ては階層主を巻き込んだ敵味方入り乱れての混戦は地獄絵図と化した。ギルド派閥の有力派閥等と闇派閥、双方に多くの犠牲者を出した事件。それが表面上の偽情報(フェイク)だった。

 

 

「フィルヴィス・シャリアはあの事件の数少ない生き残りだ。色んな冒険者がいたが、あんな酷え顔をしたやつは初めて見た。」

 

 

「・・・」

 

 

「でな、その日からまるで呪われたかのように、あいつが関わったパーティは遅かれ早かれ、くたばっちまうようになったんだ。()()1()()を除いてな。」

 

 

「・・・っ!」

 

 

「訳あってそいつの名前は出せねぇが、1度パーティ全員が無事生還したことが大きく響いたんだろう。『死妖精』の噂も引いたって訳だ。」

 

 

「そ、そうなんですね。」

 

 

「とはいえ1度広まった噂ってのは中々消えるもんじゃねぇ。エルフの性質?ってのもあるんだろうが、そいつ以外とパーティを組むことは少なかった。」

 

 

「でっ、でも!フィルヴィスさんは悪くないですよね!」

 

 

「冒険者っつーのはいつ死んだっておかしくねぇ。昨日まで盃を交わしていた連れが今日のうちに死んじまうなんてことは日常茶飯事だ。何より()()()の強さもまた異常ってこともある。【凶狼(ヴァナルガンド)】がいるならポックリ逝くことはねぇと思うが、せいぜい気をつけるんだな。」

 

 

・・・・

 

 

「全員、止まってください。」

 

 

前方の通路にひそむ気配に、アイズを始めとした冒険者達は反応した。ただちにアスフィがパーティの進行をとどめる。

彼女らが注視する先には広い通路内を蠢くモンスターの大群だった。

 

 

「うげぇ・・・」

 

 

アイズの隣でルルネが呻いた。ありえないほどの数のモンスターの群れに、他の団員達も顔をひきつらせる。

 

 

「・・・少し妙ですね。」

 

 

「ん?そりゃモンスターの大行進なんて、珍しいことだけどさ。」

 

 

「それもそうなんですが・・・やけに前情報と違いませんか?」

 

 

「確かに・・・情報だと通路を埋め尽くすほどの大群だって聞いていたし。」

 

 

「考えられる情報としては・・・」

 

 

「あ、あれは【万能者(ペルセウス)】!?」

 

 

「ということは【ヘルメス・ファミリア】が来たんだ!良かった!」

 

 

アスフィ達の元に、怪我人を数人含めたパーティか駆けつけてくる。

 

 

「何があったんです?」

 

 

「き、急にモンスターの大群に襲われて!そうしたら白髪の青年が助けてくれてそのままモンスター共をなぎ払いながら奥に行っちまったんだ!加勢してぇが俺たちはこのザマだ。頼む!あいつを助けてやってくれ!」

 

 

リーダーらしき猫人から事の顛末を聞けば、彼らを助けた冒険者はその先の食料庫へと続く道に進んだという。

 

 

「ネリー、彼らの治療をお願いします。とはいえ、この後のことを考えると多く消費することは出来ません。ですから18階層まで戻れる程度の回復になりますが、構いませんね?」

 

 

「あ、あぁ。こちらとしては願ってもねえ事だ。恩に着る!」

 

 

「・・・ひとまず、あのモンスターを処理しましょうか。」

 

 

 



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EP18 ベル・クラネル

「レヴィス、侵入者だ。」

 

 

赤光に照らされる不気味な大空洞、男の警告がもたらされる。

 

 

「モンスターか?」

 

 

「いや、冒険者だ。それもたった1人。」

 

 

レヴィスの問いに、警告をもたらした男は「やはり来た」と憎々しげに答える。二人の周囲では、ローブに身を包んだ者達がそれぞれ嘲る声を立てている。最初こそ侵入者の存在を危ぶんでいたものの、1人でのこのこ現れた冒険者の愚かさを哀れんでいるのだろう。

 

 

「1人だからと高を括るなよ。奴の能力はかの【猛者】にも匹敵する。」

 

 

男の言葉にローブの連中は慌ただしく駆けずり回る。

 

 

肉壁の1部、月の表面を思わせる蒼白い水膜には、食人花をなぎ払いながら突き進む1人の冒険者が映し出されていた。

 

 

「敵は1人だ。お前達だけで何とかしろ。私は興味無い。」

 

 

「ぐっ!レヴィス、お前にも説明したはずだぞ!あいつ1人がどれだけ規格外か!奴とまともにやれる()()()も姿を見せない!」

 

 

「それがどうした。まさかお前の言う『彼女』から貰った体でも勝てぬとは言うまいな?」

 

 

「ちぃっ!行くぞお前ら!ありったけの食人花(ヴィオラス)で押しつぶす!」

 

 

男は白いローブに身を包んだ者達を引連れてレヴィスを残してこの大空洞から動き出した。

 

 

・・・・

 

 

「私なんかよりずっと美しくて、優しい人です!」

 

 

レフィーヤはフィルヴィスにこう言い募った。

フィルヴィスの過去を聞き、彼女自身の思いを聞いた上でのレフィーヤの本心からの言葉だった。

レフィーヤのエルフとしての誇りと、フィルヴィスへの友愛が、理屈では説明できない感情を激発させた。

 

 

「なぜそんなことが分かるっ、いい加減なことを言うなっ。私とお前はまだ会って間も無いはずだ。」

 

 

怒気を滲ませた声をレフィーヤの鼻っ面に叩きつけるフィルヴィス。

正論という名の反論にレフィーヤはことはを詰まらせるも、勢いのまま、反射的に言い返した。

 

 

「こっ、これから一杯見つけていきます!!貴方のいいところをっ!」

 

 

「・・・」

 

 

フィルヴィスはその言葉にしばらくキョトンとするが、直ぐに「くっ」と噴き出した。

 

 

「いや、すまない。()()()と似たような事を恥ずかしげもなく口にする奴が他にもいるとは思わなくてな。」

 

 

一度、崩れてしまった硬い表情は戻ることも無く、小鳥が囀るような細い笑い声を零しながら、どこか懐かしそうに昔を思い出していた。

 

 

「えっ!?えぇぇぇっ!?」

 

 

「その男と初めてパーティを組んだのは今回みたいな『即席コンビ』だった。お前も聞いたと思うが、パーティが私を残して全滅しかしていなかった。最初こそ断ったのだが、なし崩し的に組むことになったんだ。」

 

 

「凄く良い人なんですね、その人。」

 

 

「良い奴には変わりないんだが・・・一度懐に入り込むと気が済むまでグイグイと来るやつでな。私が何度『あまり関わるな』と忠告しても『僕なら大丈夫です!』やら『フィルヴィスさんが噂通りの人とは思えません!』などと言い出す始末。あの男は底無しのお人好しなんだ。」

 

 

「な、なんか、凄い人なんですね。でも!フィルヴィスさんがその人の事を大切に思っていることは凄く感じられました!私も負けていられません!」

 

 

「お、おい!私は何もそこまで言っていない!あとお前まで目指そうとするな!辞めろ!」

 

 

「ーおい、馬鹿エルフどもっ、さっさと来い!」

 

 

ベートの怒声によって、二人の会話は終止符が打たれ。リヴィラを後にしていった。

 

 

・・・・

 

 

食料庫(パントリー)ってこんな場所だったっけ・・・?」

 

 

塞がれた通路のせいで大量発生したモンスター達をなぎ払いながら奥へ奥へと進んでいき、目的の食料庫までやってきた。・・・のはいいんだけど

記憶に残ってる食料庫の景色と比べてあまりにも異様だった。

 

 

広場中央にある大主柱にはやけに見覚えのあるモンスターが絡みついており、天井からは食人花が常に生まれ続けていた。

 

 

「まさに巣穴と言うわけか・・・」

 

 

ふと食人花が産まれ落ちる壁に目を向ければそこには謎の玉が埋まっている。中は謎の胎児が入っており、これは卵なのだろうかと予測はしてみる。

 

 

「やはり食人花(ヴィオラス)だけでは不足なようだな・・・」

 

 

「・・・チッ」

 

 

「仕事をしろ闇派閥の残党ども。『彼女』を守る礎となれ。」

 

 

「言われなくとも。」

 

 

食料庫の僕がいる場所から対面に位置している場所に白いローブに身を包んだ集団がこちらに向かってきている。

 

 

「大体の予想は着いていたけど、やっぱり黒幕は闇派閥かぁ。」

 

 

今向かってきている白いローブの人達はほぼ特攻隊と言っていい。タダでは死のうとせず、悪あがきに自爆を仕掛けてくる。言ってしまえば感情の持たない生きる爆弾のようなもの。

 

 

だからこそ、僕も()()になれる。

相手を知った上で突っ込んでくると言うなら彼らに僕の魔法は知られていない。なればここからは一方的な殺戮(ショー)

 

 

「【我は汝を救おう】【生誕を祝え、祝福されし我が宝よ】ー」

 

 

僕は詠唱(うた)を紡ぎながら、彼らの元にぶつかって行く。【平行詠唱】。この魔法は敵に一切のダメージも与えられない魔法だけど、敵が何人いても効力は一切変わらない。範囲内にいる敵ならば何百人だろうと問答無用で適用される。その代わりマインド消費は激しくなっちゃうけど

 

 

「【ゾオアス・アンジュラス】!」

 

 

詠唱の完了と共に、食料庫全体に大鐘楼の音が響き渡る。

 

 

「な、なんだっ!?今のは!?」

 

 

「ち、力が!?力が入らない!」

 

 

「く、来るなぁァぁぁ!!??」

 

 

魔法でまともに回避行動を取れない残党を片っ端からはねていく。

 

 

「壊れた連中め、神に縛られる愚者ども・・・まともに刃を向けることも出来ないとは・・・食人花。」

 

 

奥の方に見た男が食人花の名を呼ぶ。すると、後方から大量の食人花が姿を表す。残党さえ巻き込んで、一気に叩こうとしたのでしょうけど、それは愚策ですよ。

 

 

「魔法の残り香に引き寄せられた食人花にとって、戦意喪失した死兵(糸の切れたマリオネット)はただの餌です。すみませんが、最大活用させてもらいますよ!」

 

 

食人花に食い散らかされる残党を尻目に、僕は男の方に向かった。

 

 

・・・

 

 

「また分かれ道か・・・アスフィ今度はどっちに?」

 

 

「いえ・・・います。」

 

 

何度目か分からない分かれ道。ルルネがアスフィに行き先を確認しようとしたとき、その先のふたつの穴から大量の食人花が出てくる。

 

 

「【剣姫】片方お任せしても?」

 

 

「わかりました。」

 

 

アスフィがアイズに指示し、もう一方の穴から出てきた食人花を託す。彼女のレベルを考慮した上で最善策だとアスフィが判断したためである。

 

 

「ではっ!」

 

 

片方をアイズが、もう片方を【ヘルメス・ファミリア】が相手をする形となった。

二手にわかれ、アイズが食人花と対峙しようとした

 

 

その時だった。

 

 

「そちらから出向いてくれるとはな。」

 

 

分かれ道の穴の奥から、赤髪の女がこちらに歩いてくる。彼女こそ、18階層でリヴィラを襲った張本人、レヴィスだった。

 

 

「本来ならば、分断したかったところだが・・・まぁいい。お前に会いたがっている奴がいる。来てもらうぞ『アリア』。」

 

 

「私は『アリア』じゃない。『アリア』は私のお母さん。」

 

 

「世迷い言を抜かすな。『アリア』に子がいる筈がない。」

 

 

アイズはすぐさま臨戦態勢になる。あの時とはレベルがひとつ上がった赤髪の女との戦闘。気など一切抜けるわけもない。

 

 

「行くぞ。」

 

 

・・・・

 

 

アスフィ達は目下の状況に戦慄を覚えていた。

 

 

白髪の青年と見られる冒険者が白いフードを被った闇派閥の残党と思しき連中を片っ端から殺していく凄惨な光景を。更にはそこに大量の食人花が次々に残党を食い散らかしていく地獄絵図が目下に完成していたのだ。

 

 

「彼は本当に・・・私たちと同じく冒険者なのですか?」

 

 

アスフィ達にも、闇派閥と戦う上で最悪の状態に陥った場合の覚悟はしているつもりだが、あそこまで無情に殺戮できることは出来ない。

人が人を嬲る目下の光景に彼女達は微動だに出来ずにいたのだった。

 

 

 

 



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EP19. 仮面の男

ヒロイン考えてねぇや・・・


「いったい、なんなのですかあれは・・・」

 

 

アイズとは分断され、アイズだけ残したまま【ヘルメス・ファミリア】は食料庫に辿り着いたが、既に行われていた抗争という名の一方的な殺戮に足を止めていた。

まず彼女達の視界と意識を奪ったのは、食料庫の大主柱に寄生する()()()()()()()()

更に、大空洞内に存在した謎の集団。上半身を隠す大型のローブに、口もとまで覆う頭巾、額当て。集団の一人一人が()()()()()()()()()()慌てるように逃げ惑っている。侵入者のアスフィ達に気づくどころか気にする暇さえない状態だった。

その上、彼らに襲いかかる大量の食人花。モンスターの咆哮と、ローブの集団から発せられる悲鳴によって奏でられる阿鼻叫喚が響き渡る。

 

 

「食人花は奴らが調教しているんじゃないのか?どうして奴らは襲われている?」

 

 

「私が来た時には既にあの状態でした。()()は恐らく謎の魔法を撃った何者かでしょう。」

 

 

「さっきの魔法なんだけどさ、アスフィ。私、18階層で見覚えがあるんだよ。」

 

 

「ルルネ、詳細を。」

 

 

彼女達が食料庫に突入する前、彼女達は鐘の音を聞いた。無論、ダンジョン内に鐘が鳴るはずは無い。間違いなく人為的なものは明確だった。

 

 

「18階層で起きた食人花と謎の赤髪の女の襲撃を話しただろ?本当はその時、赤髪の女に襲われたんだけど、その時もあの鐘の音が聞こえたんだ。【九魔姫(ナイン・ヘル)】が言うには、あれは魔法らしいんだ。」

 

 

「魔法ですか・・・」

 

 

「詳細については分かんなかったんだけど、恐らく【能力(ステイタス)上昇】だと思うんだ。それも、広範囲に及ぶようなどでかいヤツ。」

 

 

「広範囲の能力上昇(バフ)効果なんて聞いたことありませんね・・・あの鐘の音以来やけに動きにズレがあると感じていたのはそのためですか。ですが、それだけでは彼らの状態を説明するには物足りませんね。ルルネ、他に気づいたことはありませんか?」

 

 

「そういえば、赤髪の女の動きが変だったんだ。魔法が撃たれる前までアイズとドンパチやってたのに直後逃亡したんだよ!」

 

 

「うーん・・・たしかに変だが、魔法のせいだと言い切るには少し足りないなぁ。」

 

 

「そうですね。何にせよ、今の手持ちでは決めきるには至りません。今見極めるべきは目下で闇派閥と戦っている青年が我々に味方してくれるかどうかです。実力は恐らく我々より上。あまり考えたくはありませんが、【剣姫】以上と見れるでしょう。」

 

 

遠くで闇派閥の残党を片っ端から倒し続ける青年を見て、【ヘルメス・ファミリア】は血の気が引いていく。

 

 

「瞳の色までは確認できないが、白髪の青年ヘルメス様がおっしゃってた【ベル・クラネル】なる青年ではないだろうか?」

 

 

「確かに風貌は一致しています。ヘルメス様の言う通りであれば、我々に力添えしてくれるでしょう。ですが、我々の中で彼を知るものが居ないのも事実。」

 

 

「私はアイツに賭けてみてもいいと思う。」

 

 

「・・・行きましょう。彼が我々の味方であろうと、敵であろうと、このまま進まなければ我々の目的は果たされません。」

 

 

「あぁ、そうだな。このまま後退しても無駄足なんだ。だったら正面突破あるのみだ。」

 

 

「あの【剣姫】だって頑張ってるのよ!私達がここで逃げたら彼女に笑われちゃうわね。」

 

 

アスフィの決断に【ヘルメス・ファミリア】全員が腹を括る。

 

 

「残党は彼に任せましょう。まず私たちは食人花を警戒しながら距離を詰めます。この役は前衛に任せます。距離を詰めたあとは彼らの動きを伺いながら中衛の後に下がりなさい。中衛は接敵後前に出て交戦。最悪の場合死体で構いません。可能であれば敵一人を捕縛しなさい。後衛は合図するまで魔法・魔剣は禁止、回復薬の準備を。」

 

 

アスフィは改めて陣営の指揮を伝えていく。最後にセインの提案でアスフィは後方で全体を見据える形に置く。

 

 

「かかりなさい!」

 

アスフィの号令とともに前衛を先頭として、集団にぶつかりに行く。残党の方は彼女たちに気づいていないのか、はたまた対応する余裕もないのか、何かに怯え、逃げ惑い、斬られ、食い散らかされるだけだった。

 

 

「アイツら、おれたちにみむきもしねぇな。」

 

 

「むしろ好都合じゃない。食人花だけでも面倒なのに、残党まで相手するなんてごめんよ。」

 

 

「そういえばさ、みんなって【ベル・クラネル】についてどこまで知ってるんだ?」

 

 

「・・・あぁ、ルルネはあの抗争の時は外にいたから知らないんだったな。」

 

 

静かに距離を詰めながら【ヘルメス・ファミリア】のパーティは食人花を狩っていく。とはいえ、食人花は彼らに見向きもせずに残党集団に襲いかかっていく。

 

 

「俺も詳しくは知らないんだが、どうもベル・クラネルに関する良い噂は聞けなかった。」

 

 

「へぇー。」

 

 

「さて、もうすぐそこだ。引き締めろよ。」

 

 

大した障害もなく、パーティ全員が集団と合流する。

 

 

「・・・」

 

 

ベル・クラネルは【ヘルメス・ファミリア】の方を一瞥だけすると、声もかけず一人白いローブの集団を追い抜き、その向こうにいる男にひたすら向かっていく。

そんな彼を追い抜くように、飛翔するアスフィに気づくことも無く。

 

 

・・・・

 

 

後方から【ヘルメス・ファミリア】の人達が入ってきたのは気づいていた。それでも僕がやることは変わらない。敵意を無くし、恐怖と逃亡しか頭にない奴らを全員倒すのみ。

とうの昔に置いてきた()に対する慈悲は置いてきた。

餌に釣られた食人花に食い散らかされるか、首を飛ばされるか。彼らの未来はこの2つしかないのだ。

 

 

「キリがないっ!」

 

 

何人斬ったところで、湯水のように湧き出てくる残党は増え続ける一方。やはり頭をうたなければ問題解決にはならない。ならば、ここは彼らに託そう。ここまで問題なくやってこれたんだ。それならこの場を凌ぐことも大丈夫なはず。

 

 

「愚かなるこの身にしゅくぐわぁぁぁ!!!!」

 

 

僕の魔法では自爆までは防げない。ならどうするか、自爆するより前に奴らの息の根を止める。何より確実で効率が良い。

視界の隅に捉えた【ヘルメス・ファミリア】の人達はもうすぐこにらと合流できる。後は、一言だけ断りを入れておこう。舞台は整えたものの、押し付けるのは失礼だ。

 

 

「すまないが、君はベル・クラネルで合ってるか?」

 

 

「は、はい!ヘルメス様から話は聞いています。【ヘルメス・ファミリア】ですよね?」

 

 

「あぁ。主神様から是非とも頼ってやってくれと言われてる。今日あったばかりで信頼してくれなんて言わないが、力を貸してくれ!」

 

 

パーティの前衛にいた獣人から共闘を持ちかけられる。こちらとしても、変に敵を増やすのは本意ではないのでこれを蹴る必要性はない。

 

 

「白いオーブの人達は任せてください!なので、ここは任せて良いですか!」

 

 

「あ、あぁ。それは構わないが、何をするつもりだ?」

 

 

「頭を叩くんですよ。奴を潰せば面倒な食人花は統率の取れないデカブツと化します。そうなれば後は戦意喪失した白いローブの集団とモンスターのみです。」

 

 

「あ、あぁ。頼む。」

 

 

彼らが頷いたのを確認して、僕はローブの集団の脇を過ぎていく。即席パーティを組むよりは分担した方が効率がいい。何より、動きやすい。

後ろを彼らに託して僕は1人、集団を避けて仮面の男に近づいていく。

 

 

・・・

 

 

「貴様は何度私たちの邪魔をすれば気が済むのだ!」

 

 

「掃除ってのは綺麗サッパリ片付かない限り終わらない。違うか?」

 

 

アスフィさんから流れ出る血の滴が地面に血溜まりを作っていく。早めに手を打たねば間違いなく死ぬ。

 

 

「お前、知っているぞ。6年前、"27階層の悪夢(あの計画)"の生き残りだろう?そして、私たちの同類(仲間)でもある。」

 

 

「仲間?お前たちみたいな非道と一緒にされたくはないな。」

 

 

「同じであろう?貴様は今まで何人の残党共を葬ってきた?」

 

 

「何度も言わすな。殺戮ではない、あれはただの掃除に過ぎない。」

 

 

「何も変わらないではないか。いや、これ以上言い合っていても何も進まない。いずれにせよ貴様らを葬ることは変わらない。」

 

 

 

 

 

ドゴォッ

 

 

 

 

僕達が立つはるか後方。食料庫の入口から破砕音と共に1人の獣人が姿を現す。

 

 

「なんだと!!?」

 

 

「もういいだろう・・・【暴発(スフォゴ)】。」

 

 

ここから大詰めと行こうじゃないか。

 

 

・・・

 

 

いつも、都合の悪い真実は大きな力によって書き変わるものだ。

【27階層の悪夢】は事実とは全く異なる虚偽が広まっている。

共通認識である【27階層の悪夢】を惨劇と言うならば、真の【27階層の悪夢】は言うなれば『誕生の奇跡』。

産み出されてはならない怪物が世に放たれるきっかけを作った悪夢と呼ぶべき最悪の奇跡に他ならない。

 

 

『私ノ願イヲ叶エテ。』

 

 

『犠牲なくして英雄はなれない・・・か。なってやろうじゃないか!英雄の(生贄)に!』

 

 

誰も知らない。誰にも語られない。たった1人命を賭した男の物語。

 

 

 

 

 



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EP.20 魔法

活動報告の方もよろしゅう


一度発せられた音源は一定期間その空間に残り続ける。ベルの音の魔法もまた同じ特性を持っていた。

彼の魔法は範囲内にいる味方の能力を最大限まで引き出せる。

 

 

()()()()()()()

 

 

スキルによる能力(ステイタス)補正とは全く違う。()()()()()()()()()し、()()()()()()()()()()()()()()

範囲魔法といえば聞こえはいいものの、補正スキルを持つ冒険者にはほぼ無意味であり、勝てない相手に勝てるようになる訳では無い。

 

 

ならば、この魔法の強みとはなんなのだと問われれば、それこそ()()()()()()()()()()()()点である。力・耐久・器用・敏捷・体力・自己治癒力全て全力であまねく行使される。

かすり傷から骨折まで、時間をかければ治すことが出来る傷ならば、ものの数分で完治してしまう。

 

 

更にこの魔法は敵にも効果が付与される。

内容は敵の戦意剥奪。ステイタス上の変化はゼロ。だが、"味方"に対する戦意を抱いた瞬間、それは全て消滅しその場にへたりこんでしまうのだ。

音による魔法のため、防御魔法は意味をなさない。響き続ける音と光は全身に染み渡る。

 

 

その上、スペルキーを発動すればもう一度効果を発動可能。一度魔法を付与した敵味方全員を対象にもう一度発動できる。

全体治癒×バッドステータス付与。一度でもこの魔法を撃たせてしまえば、たちまち一方的な殺戮が始まる。

 

 

「アスフィ達の怪我が癒えていく・・・」

 

 

「アスフィ達だけじゃないわ。ここにいる全員の怪我が治っていく・・・」

 

 

「闇派閥の奴らが逃げ腰なのは気になるが、後回しだ。それより、めんどくせぇ奴らがいやがる。おい、時間は稼いでやる。食人花(アレ)を全部吹っ飛ばせ。」

 

 

後ろにいたレフィーヤか詠唱を始める。魔力に反応した食人花が一斉に襲いかかるも、全てベートによって蹴散らされる。

 

 

「【雨の如く降りそそぎ蛮族どもを焼き払え】!【ヒュゼレイド・ファラリーカ】!!」

 

 

広範囲にわたる炎属性の攻撃魔法。数百数千にもわたる炎の矢が食料庫に蔓延る食人花を一掃する。

 

 

「お前・・・確かレフィーヤだろ!?」

 

 

「ルルネさん!?」

 

 

「おいっアイズはいねぇのか!?答えろ!」

 

 

「け・・・【剣姫】はさっきまぇ私達と一緒にいたんだけど・・・」

 

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】ですか。あなた達がどうしてここに?」

 

 

「アスフィ!?無事なの!?」

 

 

「え、えぇ。私にも良くはわかりませんが。傷は完全に塞がっています。」

 

 

「俺らはアイズを連れ戻しに来ただけだ。てめえらの用事なんざ知らねえが、アイズはどこにいる!答えやがれ!」

 

 

「生憎と我々は【剣姫】と分断させられた結果ここにいます。ですが、恐らくはあの謎の男が関係しているのは間違いないでしょう。こんな形ではありますが、力を貸してくれませんか【凶狼】。」

 

 

「ちっ・・・面倒くせぇがやってやる。アイズのこともあるが・・・あの野郎の眼も気に食わねぇ。」

 

 

「それにしても、この惨状はどういうことでしょう?どうして闇派閥の方々はあんなに逃げ回っているのでしょうか?聞いた話では彼らが操っているのですよね?」

 

 

「・・・うん。その通りなんだけど、私達が突入した時には既にあの状態だったんだ。私達も全く分からないんだよ!」

 

 

「・・・やはり来ていたか。」

 

 

「え?」

 

 

「行くぞウィリディス!我々で援護する!」

 

 

「は、はい!!」

 

 

・・・

 

 

「オリヴァス・アクト・・・!?」

 

 

何故だ・・・なぜお前がここにいる!?

 

 

「お前は確かにあの時()()()はずだ!なぜ死人がここにいる!」

 

 

「生きていたのですか・・・」

 

 

「いや、死んだ。紛れもなく、貴様の手によって私は死に追いやられたのだ。・・・だが死の淵から私は蘇った。」

 

 

破れた服から見えるやつの下半身はとても人間のそれとは異物。そこから導かれる答えは一つ。

 

 

「私は二つ目の命を授かったのだ!他ならない『彼女』に!!」

 

 

やつの胸に埋め込まれているのは極彩式の魔石。本来モンスターにのみ存在するそれはやつが人外であることの何よりの証。

 

 

「人とモンスター。二つの力を兼ね備えた至上の存在だ。」

 

 

「・・・ざけんな!ふざけんなよっ!!闇派閥の残党が今度は半分モンスターになって調教師のマネごとか!?」

 

 

「私をあの様な残りカス・・・神に踊らされる人形と一緒にされるとは心外だな。ましてや調教などという児戯と同列に見られるとは・・・食人花も私も全て『彼女』という起源を同じくする同胞!『彼女』の代行者として私の意思にモンスターどもは従う!!」

 

 

「・・・何故です。なんでそんな事を!?」

 

 

「迷宮都市を滅ぼす。」

 

 

迷宮都市とはいわば大きな『蓋』だ。モンスターが跋扈するダンジョンからモンスターが出てくるのを食い止めるための唯一の砦。それが失われてしまえば地上はモンスターで溢れかえってしまう。

 

 

「私は理解した上、自らの意思でこの都市を滅ぼす!!全ては『彼女』の願いを叶えるために!」

 

 

「とにかくてめぇは大人しくくたばれ。回復の時間かせぎにベラベラしゃべりがって。 どうせもう碌に動けやしねぇんだろ。」

 

 

「見抜いていたとは恐れ入る・・・私を生かそうとして下さる『彼女』の加護は未だこの身には過ぎた代物・・・貴様の言う通り今の私は碌に動けん。」

 

 

 

 

「ー()()()。」

 

 

 

 

「やれ。巨大花(ヴィスクム)。」

 

 

 

 

食料庫中央の主柱に巻きついていた一体の触手型モンスターが倒れ込んでくる。推定さえできない巨躯による押し潰し。巻き込まれれば間違いなく死ぬ。

 

 

「散れぇ!!」

 

 

いち早く反応したベートが叫ぶ。その甲斐あってか、なんとか全員が巻き込まれることなく済んだが、あくまで倒れ込んだだけ。巨大な怪物はちり紙程度の冒険者を蹴散らすために暴れ始める。

 

 

「ふはははははっ!!行け巨大花!この神聖な空間に足を踏み入れた冒険者どもを根絶やしにしろ!!」

 

 

「オリヴァス・アクト!!」

 

 

ベートは巨大花の対応に周り、オリヴァスと対峙する冒険者はフィルヴィスに交代する。

 

 

「あれだけの惨劇を引き起こしていながら今日までのうのうと生きていたのか貴様は!?お前のせいで仲間はっ・・・()()()は!!」

 

 

「・・・ああお前か。思い出したぞ、折角助けに来てくれたお仲間をむごむごと窮地においやるような臆病者め。そんなだからお前は『彼女』に選ばれなかったのだ!お前には最初から()()などなかった!」

 

 

「ふざ・・・っけるな!!お前だけは・・・私が倒さねばならない!」

 

 

「相手をしてやってもいいが、同胞を放っておいていいのか?エルフの娘よ。」

 

 

・・・

 

 

死妖精(パンシー)

 

 

一時期、冒険者達から私はそう呼ばれていた。

 

 

『恥さらし』

 

 

同胞からは公然とそう罵られた。

 

 

心が痛むことは無かった。

 

 

それは事実だから。

 

 

私は”汚い”のだから。

 

 

そんな私を最初に救ってくれたのは『ベル・クラネル』だった。アイツは本当に不思議な男だった。

 

 

いくら私から拒絶しようと、奴は一切折れようとしなかった。『フィルヴィスさんは凄くいい人ですから。』などと恥ずかしげもなくあそこまで言い切れる奴はデュオニュソス様だけだと思っていた。

 

 

『大丈夫です!僕強いんで死にません!』

 

 

一切裏がなく、本心から放たれる彼の言葉は、汚れていた当時の私の心を少しずつ溶かしてくれたのだ。

もし、彼のの出会いが27階層の悪夢(あんなこと)でなければ、もしかしたらデュオニュソス様以上の思いを抱いていたのだろうか。

 

 

そして、もう1人私のことを綺麗だと言ってくれたウィリディス。

 

 

『貴方は汚れてなんかいない!私なんかよりずっと美しくて優しい人です!!』

 

 

その言葉に

 

 

アイツと同じ言葉に私は2度も救われた。

 

 

何の因縁もない。初対面のお前の言葉だからこそより救われたんだ。

 

 

だから

 

 

お前だけは絶対に!私が死なせはしない!!

 

 

「ウィリディス武器を!」

 

 

「は・・・はい!」

 

 

・・・

 

 

あの日の更新を最後に、僕のステイタスが変わることは無かった。

 

 

もう二度と、ステイタス更新はしないだろうと決めたのだからいずれにしろ・・か。

 

 

魔法に自信がないわけじゃないけど、どうも先にあんなどデカい一発見せられちゃったら自信なくしちゃうよ・・・

 

 

長文詠唱は余裕ないから簡単に済ませよう。

 

 

「【福音(ゴスペル)】!」

 

 

借りるよ、お義母さん!

 

 

 



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EP.21 酒場の白兎

ベル・クラネル()】と聞いて、1体何人の方が彼のことを認知するだろうか。『大抗争(あの時)』を知る者も、水面下で動き続けていた彼を知るものは数しれない。

その上、冒険者時代の彼を語れる者は両の指で数える程度だろう。

 

 

彼と何かしらの形で知り合った人からは【酒場の白兎(パテカトル)】と呼ばれ始めている。その人のほとんどが私か他の人経由で関わるのがほとんどです。

 

 

彼と私が初めて邂逅を果たしたのは七年前。闇派閥との対戦の中で、どれほど彼に助けられたことか。

更にはその2年後、私達のファミリアを助けて貰うまで。2年間どこで何をしていたのか、

 

 

「無理にとは言わないわ。彼について少しでも教えて欲しいの。」

 

 

「・・・」

 

 

以前、アストレア様から、このようなことを質問をされたことがある。

 

 

「・・・少し、考えさせてください。」

 

 

なぜ、私はこの時躊躇したのだろうか。元より彼の情報は公言しないこと。他言無用で頼まれた。この約束を私自身破るつもりもなかった。それなのに躊躇してしまったのは私自身の未熟さゆえだろうか。

 

 

「私にさ貴方の交友関係についてとやかく言える立場じゃないわ。そりゃあ、恋人や悪い人に騙されるような事になってくると、ちょっと話は変わっちゃうけど。それでも、私はリューを信じる。」

 

 

「それでは何故、ベル・クラネルについて?」

 

 

「んー・・・そうねぇ。女神故の好奇心かしら?家族(ファミリア)内でも気難しいリューがあんなに破顔しながら話す男子についてね。」

 

 

「わ、私そこまで酷い顔してません!?」

 

 

「ふふっ、1度でもいいからアリーゼ達に見せてあげたいくらいだわ。」

 

 

「そ、それだけは辞めてください!」

 

 

「冗談よ、冗談。それで?話してくれるかしら?」

 

 

「・・・すみません。私の独断で彼の情報を話す訳にはいけません。」

 

 

神に子供の嘘は通じない。ならばわざわざ隠す必要もない。さっきまで躊躇してしまったのは・・・おそらく気の所為です。

 

 

「・・・ですが、一つだけ。」

 

 

これだけは言っても差し支えないでしょう。

 

 

「我々の大恩人です。」

 

 

「そう。なら、今度お礼に行かないとね。」

 

 

「・・・え?」

 

 

・・・

 

 

「シル、少しよろしいでしょうか。」

 

 

「リュー?ベルさんならまだ帰ってきてないよ?」

 

 

「ですから何故そこでクラネルさんの話になるのですか。」

 

 

「え?だってリューったらここに一人で来る時はいっつもベルさんの事じゃない。」

 

 

「えっ、いえっ、そ、そんなことはない・・・かと。」

 

 

「ふふっ、それで?今日はどうしたの?」

 

 

「正直、今更な所ではありますが彼に何か今までの分も含めてお礼をしたいのです。」

 

 

無論今までの報酬分は全て彼に渡してきた。彼の性格上、お店の売上に貢献するという形で流れてしまった分もありますが、報酬とは払ってきたものの、お礼として返したことはありません。

ですから、アストレア様と共にお礼をする際に一緒に渡すことに決めたのです。

 

 

「いざプレゼントをしようにも、彼の趣向が分からず・・・」

 

 

「それで私に相談してきたの?」

 

 

「えぇ。クラネルさんと親しく、相談できるのはシルだけですから。」

 

 

「うーん・・・ベルさんって余りお洒落とかショッピングってあまりしないから。そういえば、甘いものが苦手だった気がする。」

 

 

「ありがとうございます。食べ物を贈るかはまだ未定ですが頭に入れておきます。」

 

 

クラネルさんとの付き合いは長いものの、私はクラネルさんについてほとんど知らない。二年間、何をしていたか。冒険者の時代の話も。

 

 

「ごめんね?力になれなくて。」

 

 

「いいえ、苦手な物が聞けただけ良い収穫です。ですが、私が選んだプレゼントで喜んで貰えるでしょうか・・・」

 

 

「大丈夫!リューが気持ちを込めて選んだ物なら絶対喜んでくれるよ!」

 

 

「・・・そうでしょうか。」

 

 

「そうです!」

 

 

「感謝しますシル。」

 

 

やはり彼女に聞くのが1番ですね。

 

 

「リーオーンー!何してるのー?」

 

 

「えっ、ちょっと待ってください!だからその抱きこうとするのを止めて下さいアーディ!」

 

 

・・・

 

 

「・・・じーっ」

 

 

「え、えーっと・・・何でしょうか?」

 

 

食料庫での一件が終わり、レヴィスの手によって主柱が破壊され、食料庫の天井が崩落したことで全員追い出される形でこの一件は幕を閉じた。

 

 

「・・・どうして?」

 

 

「へ?」

 

 

み、脈略が無さすぎて会話が成り立たない。雰囲気的には怒っているような困惑しているような・・・

 

 

「君は・・・レベル1・・・だよね?」

 

 

「えーっと・・・」

 

 

分かった、この人僕を誰かと勘違いしているんだ。・・・でも、誰と勘違いしているんだ?

 

 

「君はどうしてここまで強くなれるの?」

 

 

「あ、あのー。どなたかと勘違いされてませんか?」

 

 

「・・・はっ!ごめん。なさい?」

 

 

「なんで疑問形!?ま、まぁ勘違いは誰にでもありますし・・・」

 

 

「そろそろ出発しますよ。闇派閥達が食料庫を壊した以上、ここに長居しても無駄でしょう。このまま地上に戻って報告します。」

 

 

「何をやっているのだクラネル。」

 

 

彼女を前衛に敷いて地上に出ようとするかのじょたちに続こうとすると、後ろから声をかけられる。

 

 

「フィルヴィスさん。ありがとうございました。」

 

 

「なぜお前が礼を言う?我々は【剣姫】を探しにここまで降りてきたまでだ。」

 

 

「いえ、フィルヴィスさん達が来なかったら間違いなく被害は広がっていました。他の御二方も含めてありがとうございます。」

 

 

「う、噂通りの人ですね・・・」

 

 

「やはり変わらんな、クラネル。」

 

 

「フィルヴィスさんの方は・・・大分柔らかくなりましたね。」

 

 

「そうなのか?」

 

 

「んーなんというか…少しだけ綺麗になったというか・・・やはり隣の彼女の影響でしょうか?」

 

 

「そうだな、紹介しておこう。彼女はレフィーヤ・ウィリディスだ。」

 

 

「えーっとベル・クラネルさんですよね?お話はフィルヴィスさんから聞いています!」

 

 

「フィ、フィルヴィスさん!?」

 

 

「だ、大丈夫だ。そこまて詳しい情報は出てないはずだ!」

 

 

「・・・.はぁ。」

 

 

 



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EP.22 シル・フローヴァ

「てめぇ、どこのファミリアだ?」

 

 

24階層の事件は解決した。事件の発端だった闇派閥の残党は全滅。オリヴァスはレヴィスに喰われ、消滅。魔石により強化された彼女は歯止めが効かず、ベートさん達上級冒険者に任せっきりになってしまった。

結果として、レヴィスは取り逃してしまったものの、犠牲無くして幕を降ろす結果となった。

 

 

「・・・」

 

 

「答えられねぇのか?」

 

 

「ちょっと!ベートさん!私たちに手を貸して貰ったのですからそういうことを聞くのは野暮じゃあ・・・」

 

 

「だってそうじゃねえか。あの仮面野郎とまともにやり合えるのに名前も聞いたことがねぇ。不自然じゃねえか。」

 

 

「おい狼人(ウェアウルフ)、いい加減にしろ。全てが終わったあとでまた火種を撒くな。」

 

 

「・・・チィッ。」

 

 

この場はフィルヴィスさんのおかげで収められたけど、今思えば派手に動きすぎたのかも・・・

 

 

「色々と聞き出したいことはありますが、ヘルメス様から言及はしないようにとの言伝ですので私からは何も。ですが、力添え感謝します。」

 

 

「いえ、こちらこそです。貴方達が来てくれなければ苦戦を強いられていたでしょうし。」

 

 

「ヘルメス様に振り回される同士、また手を合わせることになるでしょう。」

 

 

「・・・あまり呼び出されるような事件が起きないで欲しいですけど。」

 

 

「えぇ。ですが、何ひとつとして元凶は倒せていない。」

 

 

「にしてもさー、誰だったんだろうなあの仮面の奴。」

 

 

崩落する寸前、突如姿を現した黒いローブを被った仮面をつけた誰かが埋もれていた()()を奪い去っていった。

 

 

「ヤツがエニュオと読んでいたところからも我々の敵と見て間違いないでしょう。加えて報告しておきます。」

 

 

僕達は神妙な面持ちで食料庫を後にした。

 

 

・・・

 

 

「シルさん?」

 

 

「あちゃー、バレちゃいましたか。」

 

 

24階層の事件は死傷者も出ずに戻ってくることが出来た。ただ、やけに派手に動きすぎたのかもしれない。

 

 

1人になりたい時、僕はここを訪れる。街全体を見下ろし、夜風に当たりながら何も考えずにただ時を過ごしていられるから。

 

 

「バレちゃいましたかって・・・どうして着けてきたんですか?明日もお店の仕事とかあるでしょうに。」

 

 

「大丈夫です。それに、ベルさんを放っておけませんから。」

 

 

いつものような笑顔のまま告げるシルさん。5年前、僕を助けてくれたあの日から、何かと僕と絡むことが多くなっていた。

 

 

「シルさんって、僕に構うの好きですよね。」

 

 

「そんな事ないですよ?ベルさんはもちろん、アーニャ達や酒場に来て下さる皆さんと話すこと自体、私が大好きなことです。」

 

 

シルさんは酒場に来てくれた冒険者やオラリオに住んでいる一般の人達。強いては神様達まで、実に沢山の人達に顔が利いている。

 

 

「でも、ベルさんが()()ってことは本当ですよ?」

 

 

「・・・え?」

 

 

シルさんが突然発した言葉に僕は声が出せないでいる。今この子なんて言った?

 

 

「私にとってベルさんは特別な存在なんです。そう、誰よりも。」

 

 

「えっ、でもシルさんにはアルが・・・」

 

 

「確かにアルさんにもすごく興味はあります。そう、例えるとしたら初めて親から真っ白な自分だけのキャンバスを貰った子供を見つめる親になったような気持ち。まだ何色にも染められてないキャンバスがどう染められていくのか。言ってしまえば興味が湧いえしまったんです。」

 

 

「そ、そうなんですね。」

 

 

「それに、最初はベルさんから構ってくれたじゃないですか。忘れちゃったんですか?」

 

 

「そ、そうでしたっけ?」

 

 

「忘れちゃうなんてひどーい。私すごく嬉しかったんですからね!」

 

 

本当に、彼女はどこまで僕のことを見透かしているのだろうか。

 

 

「ベルさん。」

 

 

いつもの笑顔から一転、真剣な顔付きでこちらを見つめてくる。こういう時のシルさんはすごく確信を着いてくるから緊張してしまう。

 

 

「はっ、はい!」

 

 

「疲れてませんか?」

 

 

「えっ、えーっと・・・それは、まぁダンジョンから帰ってきたばかりですし。多少は・・・」

 

 

「いえ、体力的のお話ではありません。精神的に疲れていませんか?」

 

 

そう言われて、改めて自分の体を顧みる。7年前、お義母さん達を追ってオラリオに戻ってきたあの日から、闇派閥の殲滅に明け暮れる日々。壊滅させた後でも、この戦いから開放されることは無い。

ウラノス様の命で奴らの残党が関わると見られる事件に駆り出される日々。

椿さんの付き添いや、リューさんとの手合わせやシルさんに振りわされる方が幾分か救いだったほど。

 

 

「ベルさんは、全てが終わったあとはどうなされるおつもりですか?」

 

 

全てが終わったあと。つまりは闇派閥との因果をたった後。ここにいる意味がなくなったその時。僕はどう動くだろう。

 

 

「実の所僕にも分かりません。オラリオの追放か、はたまた用済みと切り捨てられるか。何にせよ、僕はオラリオに居られないでしょうね。」

 

 

本来ならばオラリオにいることさえ許されていないのだ。ここに滞在することを許可する代わりとして出された条件が達成された以上、僕がオラリオに長居する道理はない。

 

 

「酷い!手伝うだけ手伝わせたのに全てが終わったら捨てるだなんて!」

 

 

「元々僕はギルドにとって危険人物だった。そこを無理を聞いてもらってまでたされた条件が、神ウラヌスの手伝いです。それが果たされたならば、ギルドにとって僕は邪魔者になるだろう。」

 

 

本当なら7年前にとうに落としていた命。オラリオを守るために果てるのならば本望だ。

 

 

「もし、もしでしたらでいいんですけど。もしベルさんが開放された時、少しの間でいいので私に付き合って貰えませんか?」

 

 

「え?今じゃなくてですか?」

 

 

「はい。今のままでは何かと動きにくいでしょう?何より、今から悲しい結末を想像するくらいでしたらその先に楽しい未来を考えた方がいいと思いまして。」

 

 

「いや・・・いえ、そうですね。もし、その時になったらどんなことにでも付き合いますよ。最強の騎士様に殺される前にね。」

 

 

「ふふっ、楽しみにしてます。」

 

 

いつになるか、そもそも守れるかどうかも分からない約束だ。それでも、これか先のイバラの道のような未来に、一輪のきれいな花を咲かせようとしたってバチは当たらない・・・かな?

 

 

「ありがとうございました。色々と吹っ切れた気がします。」

 

 

「ベルさんのお役に立てたのなら私も嬉しいです!」

 

 

「それじゃあ帰りましょうか。そろそろ帰らないとミアお母さんに怒られちゃいます。」

 

 

「そうですね。」

 

 

どこからか突き刺さる殺意の視線に目を背けながら、僕達は帰路に着いた。

 

 

 



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EPISODE 豊穣の女主人
抜けるような蒼穹の下で


本当はソードオラトリア編が完全に終わってから書こうか思ってたとこ


まぁ、案自体はこの小説でグランカジノを潰した後に書いても良かったんだけど・・・
訳あってかけなくなっちゃった産物


ファミリアクロニクルepisodeリューの後半部


わりと過去に遡るけど・・・


では、ごゆるりとお楽しみくださいまし


「おじさん!これとこれ1つずつください!」

 

 

「はいよ!それとこれオマケね!今度もシルちゃんによろしく言っといてくれよ!」

 

 

「はい!」

 

 

迷宮都市オラリオにも露店は存在する

いつも具材調達先としてお世話になっているお店

 

 

いつもはシルさんが買ってきてくれるんだけど、今回は僕が担当に選ばれた

シルさんが言うには

 

 

『食材を買い物する時は可愛く笑って、ねだるといいよ』

 

 

『あ、あのシルさん。僕男ですけど・・・』

 

 

 

『大丈夫大丈夫!ベルさんすごく可愛いから!それにお店のおじさん達も優しいし!』

 

 

『しれっと酷いこと言ってません!?てかそれ理由になってるんですか!?』

 

 

と、口喧嘩していた頃が懐かしく感じてくる

一抹の不安を抱えながらいざお店を尋ねてみれば、シルさんの言っていた店主さんたちの優しさがすごく伝わってくる

 

 

「よぉボウズ!今日は何を買いに来たんだい?」

 

 

「どうしたどうした今日はいつものべっぴんさんは一緒じゃないんかい?」

 

 

こんな風にいつも声をかけてくれる

それと同時に、シルさんの人柄の良さも分かってきた

人も神も種族分け隔てなく真摯に接し、神すらも魅了するほどの美貌と優しさ

店主たちの言い分も理解出来る気がする

 

 

「ただいま戻りました。」

 

 

「白髪頭早く戻るニャ!今日はシルが居ないから仕事が溜まって忙しいニャ!」

 

 

買い物袋を両手に僕が【豊饒の女主人】に戻ってくるとアーニャさんが大量の食器を前に悪戦苦闘していた

 

 

「とりあえず食材置いてきますので待っててください。」

 

 

シルさんに拾われ、住む場所もなかった僕をミアお母さん達は大分強引なやり方だったけどここ【豊饒の女主人】で雇ってくれた

担当は買い出しと皿洗い

さすがに、僕をお客の前に出す訳にもいかず、なるべく目立たないお皿洗いに指名されることとなった

 

 

帰ろうと思えば帰れる場所はあった

それでも、そうしなかった...否、出来なかったのは雨の中行き倒れていた僕を助けてくれた彼女たちへのせめてもの恩返しだった

 

 

・・・

 

 

「ベルさんもこの仕事に慣れてきましたね。」

 

 

「はい、これもシルさん達のおかげです。本当にありがとうございました。」

 

 

「まっ、ミャーから言わせたらまだまだニャ。」

 

 

「こらっ、アーニャ!」

 

 

「はははは・・・」

 

 

お店が少し空いた時、僕はシルさんに連れ出された

何故か一緒にアーニャさんもついて来ちゃったけど・・・

 

 

「ここね、私のお気に入りの場所なの。」

 

 

シルさんに連れてこられた場所は路地裏を抜けた先にあった大聖堂の屋上

抜けるような蒼穹を望めるこの場所は周囲の建物より高く、静穏な街の景色が広がっていた

 

 

「ここにいるとよくわかるの。今、街がどんなことを思っているのか。」

 

 

シルさんが言ってることはよく分かる

僕がオラリオに帰ってきた時、よく城壁の上で街を見下ろしていたから

シルさんには及ばずとも、オラリオの表情はよく見えていた

 

 

「何年も前から、オラリオはずっと悲しんだり、怖がったりしてた・・・」

 

 

無理もない、つい三年前まではオラリオは『暗黒期』に突入していた

抵抗できる冒険者(人達)ですら恐怖は計り知れなかったんだ、街の住人達の恐怖と絶望は計り知れないものだったはずだ

 

 

「それは、仕方ないという言葉で切ってしまう訳にはいきませんけど、そういう時代でしたので・・・」

 

 

「でもね、最近は違うんだよ。街が少しずつ、笑うようになった。喜んだり、嬉しがるようになったの。」

 

 

「そうですね、【ガネーシャ・ファミリア】に、【ロキ・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】や【アストレア・ファミリア】。他にも多くの冒険者達が戦って、傷付いて、多くの犠牲を払いながらも街を守ったんだ。」

 

 

鳴り止まぬ人々の悲鳴

立ち上る黒い煙、消えることの無い戦火

乱立する無情な多くの光の柱

 

 

『悪』に屈すまいと立ち上がり、邪神の使徒たちと戦い、闇を追い払おうとした

そして、【アストレア・ファミリア】の手によって『悪』は今、確かに滅びようとしてる

 

 

「ベルさんも、がんばってくれてたんですよね?」

 

 

「えっ?」

 

 

シルさんから思いがけない言葉が飛び出してきた

 

 

「ベルさんがどのような方で、どんな風に生きてこられたかは私は存じあげません。ただ、冒険者様達の言葉を聞いていると悪い噂が多かったです。」

 

 

「それは・・・」

 

 

「ですが、一部の方からは、感謝の声も聞こえてきました。白髪の人に助けていただいた話も聞いていました。」

 

 

シルさんはこちらを振り返って笑顔を浮かべた

 

 

「当時私は、ベルさんという方にお会いしたことはございませんでした。とはいえ、会ったことのない人を噂だけで決めつけたくなかった。だから()てみることにしたんです。」

 

 

「み、視る・・・ですか?」

 

 

「はい。どんなに表面上取り繕っていても、瞳は全てを嘘偽りなく教えてくださいます。神様のようにはっきりと分かるわけじゃありません。ですが、鵜呑みにするくらいならと、そう考えていました。そしたら、貴方は凄く綺麗な瞳をしてたんです。」

 

 

「それで僕を受け入れてくださったんですね。」

 

 

「はい!まぁ、実は他にも理由はあるんですけどね。」

 

 

「深堀はしません。どんな形であっても、シルさん達が命の恩人ということには変わりありませんから。」

 

 

「ふふっ、ありがとうございます。」

 

 

「こらぁー!もうすぐ店が開くニャ!おミャーら早く戻るニャ!」

 

 

しんみりした空気を壊すように、扉が開かれアーニャさんが飛び出してくる

 

 

「あらら、もう時間切れみたいですね。早く戻らないとミアお母さんに怒られてしまいますね。」

 

 

「シルさん、最後に一つだけいいですか?」

 

 

「なんでしょう?」

 

 

「僕がもし、あの場所に帰らないような。そんな時が来た場合は。その時は--」

 

 

その先の言葉が紡がれることは無かった

シルさんの人差し指によってその先の言葉は紡がれなかった

 

 

「ベルさんが帰ってこなかったら、私寝込んじゃいますよ?」

 

少しだけ、シルさんの笑顔が消えた

 

 

そんな気がした



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咎人

「依頼?また?」

 

 

ルノア・ファウストは『賞金稼ぎ』である

派閥を転々としながら旅を続ける毎日を送り、路銀稼ぎの一貫として賞金首狩り(バウンティハンター)として活動している

その強さから、『黒拳』の渾名まで付けられるほど

 

 

「【アストレア・ファミリア】によって、闇派閥(イヴィルス)の残り滓も壊滅したんでしょう?勢力争いなんて終わったんじゃないの?」

 

 

「あくまでそれは表向き似流された嘘情報(デマ)だ。ギルドの上層部によって書き換えられた偽りの事実にすぎない。」

 

 

「はぁ?あんた何言って。」

 

 

闇派閥(イヴィルス)の壊滅に関係しているのはたった1人。【アストレア・ファミリア】はあくまででっち上げられた『英雄』に過ぎない。」

 

 

「なぜそんなことを。」

 

 

「そっちの方がギルド(あいつら)にとって都合がいいのさ。【堕ちた英雄】を上げるくらいなら人望もある【アストレア・ファミリア】を担ぎあげた方が好都合だとな。」

 

 

「ふーん、まぁどっちでもいいや。それで、今回の標的(ターゲット)は?」

 

 

「その壊滅させた本人が今回の標的だ。」

 

 

ルノアに依頼をもちかけた(ヒューマン)は深くため息をつく

 

 

「名前は『ベル・クラネル』。現在【豊穣の女主人】を隠れ蓑に行動していることまでは調べが付いている。」

 

 

ルノア自身も、賞金稼ぎとして名前くらいは聞いたことがあった

 

 

やれ『大抗争』の首謀者だの

やれ闇派閥(イヴィルス)の黒幕だの

やれ人の心を持たぬ非常な化け物だの

 

 

まともな噂は全く飛んでこない

 

 

一時期彼は死んだという噂すら流れたほどだ

 

 

「聞けば、今でも残党狩りを続けているらしい。我々の息がかかった配下にも被害が及んでいる。ひいては、我らブルーノ商会が闇派閥(イヴィルス)と繋がっていたこともやつにバレたかも知れん。明るみになる前に、必ず消せ。」

 

 

と告げると男は返事も待たず、椅子から立ち上がり、酒場から飛び出していく

 

 

「なぁーんかパッとしないなぁ・・・」

 

 

ルノアが今まで相手したきた賞金首はそれこそ札付きの悪がほとんど

どこの国でも札付きの悪なんてものは一つや二つ大悪を犯してる

 

 

それがどうだ、今回の依頼は

確かに『大抗争』以来、主に闇派閥に関して大暴れしているようだが、全くといっていいほど雲が掴めないのだ

それこそ本当に首に額がかかっているのかどうかも怪しい人物

 

 

なによりルノアにとって1番の不安要素はオラリオの冒険者であるという点

裏切りが常の裏世界といえど、信用もまた大事な要素

腕っぷしの強さにものを言わせ、達成率はほぼ10割の彼女とて、第2級以上の冒険者には苦戦は必至

 

 

その上、『大抗争』で悪名を挙げた大悪党なんて、考えるだけでも気が滅入る相手に変わりなかった

 

 

酒場の蜂蜜酒をカラカラと手の中で転がしていく

 

 

「あ〜。もう何か疲れたし、どっかに身を落ち着けたいなぁ。カッコ良くなくていいから、気をつかってくれる亭主とか見つけて、狭い家でゴロゴロして・・・」

 

 

風に揺られ、机から落ちていく似顔絵を気にもとめず、蜂蜜酒をひと口あおる

 

 

「賞金稼ぎ、もう止めようかなぁ。」

 

 

・・・

 

 

「また依頼?今月で何人目?」

 

 

クロエ・ロロは『暗殺者』である

とある犯罪組織(ファミリア)から脱退して以降、路銀稼ぎとして暗殺業を兼ねながら旅を続けていた

 

 

「まぁ、見合った報酬さえ用意してくれれば、仕事はこなすけど。」

 

 

「あぁ、勿論だ。今回暗殺を頼みたいのは、【ベル・クラネル】という男だ。」

 

 

「【ベル・クラネル】?聞いたことない名前。それも冒険者なのに2つ名も無し。ハズレの匂いがするわ。」

 

 

「まぁ、そう疑うのも仕方ない。表舞台にさえ名前を知るやつは少ねぇ。知ってるやつですら死亡したと思ってる奴がほとんどなレベルだ。」

 

 

「ふぅん・・・」

 

 

クロエの顔がどんどん険しいものに変わっていく

 

 

「本当にそいつの首にかかってるわけ?」

 

 

「あぁ。それも7000万ヴァリスだ。それも()()()()()直々に裏のルートに出された賞金だ。まず間違いねぇ。」

 

 

クロエに渡された手配書にはフードを外した白髪の男

両目は真紅に染まり、その顔はお尋ね者とは思えないほどあどけなさの残る顔が写っている

肖像の上に記された額は7000万ヴァリスと嘘ではないらしい

 

 

「この額の賞金首なんてそうはいねぇ。なにより、今回は存在自体あやふやな標的だ。出来次第では超える事も考えられる。他のやつに出し抜かれる前に俺達が頂くんだ。賞金は山分けってことで-」

 

 

「前金で3500万。懸賞金の取り分は、こっちが七割。」

 

 

「ま、待てっ。いくらなんでもそれは・・・せめて六・四で・・・」

 

 

「嫌。ただでさえ不確定すぎる標的なのに、そのうえ()()()()直々の暗殺指令。そんなのを仕留めるのなら、それくらい貰わないと割に合わない。」

 

 

クロエの目もとを隠すフード-猫耳によって二つの山が出来ている『黒猫』の表象-が夜気になびく中、その小振りな唇が薄ら寒い三日月を描く

 

 

「なんなら私1人でやってもいいんだけど?今ここで、貴方から情報を引きずり出して」

 

 

「わ、わかった・・・その条件でいい。」

 

 

拷問も十八番である暗殺者を前に、息を呑むドワーフはこくこくと頷く

標的の情報が載っている羊皮紙を置いていき、逃げるように立ち去っていった

 

 

「・・・ちょろいもんニャ〜。」

 

 

1人、口調を元に戻したクロエは盛大に嘆息した

 

 

「歯ごたえがなさ過ぎて興ざめニャア・・・いっそ依頼を持ち帰ってくれた方がよかったのに、ニャ。」

 

 

暗殺者である彼女は生業の関係上舐められることは仕事に直結する

舐められぬよう営業用の仮面まで被って、闇の仕事に身を投じてきた

だが、彼女はいよいよ疲れていた

 

 

「あ〜。もう美少年を侍らせた優雅な生活を送りたいニャ〜。おへそやお尻を撫で回して、胸をキュンキュンさせながらこの世の極楽を満喫したいニャ〜」

 

 

色々な意味で、今回の依頼に乗り気でなかったクロエにも、一つだけお気に召した部分があるようで

 

 

「それにしても・・・」

 

 

手配書を月にかざし、その頬を崩し

 

 

「なかなかいい美少年(ショタ)だニャ、殺す前に堪能するのも悪くないニャ〜。」

 

 

クロエの暗殺には規則(ルール)があった

 

 

まず、子供は殺さない。特に男児は世界の宝だ。宝を奪うなどもっての外である

そして殺すのは人としての屑、あるいは殺される覚悟のある者だけ。この条件に見合わない者は、頂戴した金ごと依頼人に投げ返して依頼を放棄している

 

 

それがよりにもよって最後だと決めた案件に回ってきてしまったのだ

 

 

「暗殺業、止めようかニャ〜。」



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「いやー!なんとか腰を落ち着ける場所を見つけたようだねベル君!」

 

そんなこんなで『豊穣の女主人』で働くこととなり、どこから聞きつけてきたのかヘルメス様が1人で尋ねてきた

いつものお供(アスフィさん)を連れていないヘルメス様を見るのはいつぶりかな

時代が時代なら、眷属達から止められるほど危険行為だった神様の1人歩き

これもまた時代の変化として受け止めるべきなんだと心の中で受け止める

 

 

「わざわざミアお母さんに頼み込んでまで休暇にしてもらわなくても・・・」

 

 

ヘルメス様は何を思ったのか、ミアお母さんに僕に今日を休暇にして貰えるようにしたのだのだとか

ミアお母さんは渋々と言った感じで了承してくれた

 

 

僕としてもヘルメス様に対するお礼もまだだったこともあって僕からも頼むことにした

 

 

まぁ、ミアお母さんの『後でいつもより働いてもらうからね!』にはミアお母さんらしいと笑ってしまったけど

 

 

「それにしてもベル君、よく留まることを選んでくれたね。立ち去るという択も取れたはずだろう?いくら君が()()()()()になってるとは言っても、君をよく思わない人達は多い。」

 

 

「ははは、オラリオが気に入ったと言いますか・・・」

 

 

「兎にも角にも、闇派閥(イヴィルス)の残党狩りの件実に見事だった!」

 

 

「僕としても事情がありましたし…何より、『英雄』を欲しがっていると持ちかけたのはヘルメス様からですよね?」

 

 

全てが終わり、宛をなくし途方に暮れていた僕をヘルメス様は闇派閥(イヴィルス)に対する対抗策として僕をとどまらせてくれたのが最初だった

交換条件として闇派閥の殲滅の手伝いを出されたけど・・・

 

 

「いやー!ベル君のおかげで無事解決!無事オラリオに平穏が訪れたって訳だ!」

 

 

「あまり大きな声で言わないでください。体としては僕がやった事にはなって無いんですから。」

 

 

『大抗争』で、闇派閥と手を組んだお義母さん達が所属していたのは【ゼウス・ヘラファミリア】

末端の方とはいえ、【ゼウス・ファミリア】の僕を立てるのはギルドにとって不都合があるらしく、留まることを条件に協力を仰いできた

闇派閥の牽制となり、僕としても断る理由もなく了承する形になった

 

 

「ベルさん!ベルさんに用事がある方がいらっしゃってますよ?」

 

 

「えっ・・・」

 

 

ウェイトレスとして働いているわけじゃない僕は、お客から指名されるわけも無いし、そもそもここで働いてることを知っている人だって限られてるし・・

 

 

「それじゃ、俺はここで。それじゃ、ベル君またよろしく頼むよ!」

 

 

「・・・」

 

 

飄々と立ち去っていく男神を見送る

ヘルメス様とは随分と長い付き合い-と言っても一方的なもの-で、ことある事に押しかけてきた

その度にお義母さんに飛ばされるまでがオチになってたけど

 

 

ヘルメス様には、どうも同じような匂いがする

 

 

兎にも角にも今は、シルさんの所へ向かわなくいと

 

 

・・・

 

 

「すみませんお待たせしました-ってリューさん!?」

 

 

シルさんに手招きされた場所に進んでいけば、そこにはリューさんが立っていた

 

 

「すみません、突然押しかけてしまい。」

 

 

「いえいえ、今日はちょうどお休みを貰ってましたから。それよりよくここにいると分かりましたね?一部の人しか知らないと思ってたんですけど・・・」

 

 

「と、とある男神から・・・」

 

 

リューさんにとっては精一杯隠しているつもりなんでしょうけど、それだとほぼ言ってるようなものですよ・・・

 

 

「せっかく来てくれたんです。座ってご一緒にお話されたらどうでしょう?」

 

 

「押しかけてきて何も買わないというのも不躾です。まだ時間もありますのでここはお言葉に甘えさせていただきます。」

 

 

・・・

 

 

「改めて私から代表して感謝を伝えます。ありがとうございました。」

 

 

先までヘルメス様と対談していた席とは違う席に案内し、シルさんに注文を受けてもらって、一息つくとリューさんの方から切り出してきた

 

 

「ヘルメス様からお聞きしました。闇派閥(イヴィルス)壊滅の立役者だと。」

 

 

ヘルメス様結局喋っちゃったんですか!?

 

 

「ご、ごめんなさい!勝手に名前をお借りしてしまって!」

 

 

「いえ、本来謝るべきは私たちです。クラネルさんのためとはお聞きしていますが、『事実隠蔽』に手をつけたのは事実ですから。アリーゼ達もどこか納得いかない顔は消えません。」

 

 

「・・・別に断って頂いて構いません。ここに残りたいというのも完全にエゴですし。何より、これはただの押しつけにすぎません。」

 

 

目を閉じ、大きく深呼吸をしてからもう一度彼女を見つめる

 

 

「僕は、ただの弱虫です。『大抗争』のことは事前から知っていました。知っていて、その上で僕は最初オラリオに向かうつもりはありませんでした。僕は、1度オラリオを見捨てたんです。」

 

 

エレボス様から全てを聞き、その上で僕は加担することも、オラリオに戻ることも選ばなかった

 

 

「僕には、助けられたかもしれない人達全員に贖罪できるほど、僕は強くない。だから、これは僕からの精一杯の罪滅ぼしなんです。」

 

 

「そんなことありません。クラネルさんが居なければ助けられなかった命も多いです。貴方を知らない人も『英雄』と仰ぐ者たちも居ます。」

 

 

「・・・僕は『英雄』にはなれません。」

 

 

そうだ、誰かのためになんてものは綺麗事で、ようは手柄をやるから黙ってろって言いたいだけ

【アストレア・ファミリア】を隠れみのに混乱を防ぐ

結局は僕の活躍は()()()()ってことだ

 

 

「もし、この話を無かったことにした場合。クラネルさんはどうされるんですか?」

 

 

「どうなるでしょうかね。ギルドがどの様な形で報告するかは分かりませんが、遅かれ早かれ闇派閥の壊滅は何かしらの形で伝わっていくでしょう。ともすれば、人々はその立役者を探したがります。」

 

 

人とは常に『安心』を求め生きている

『安心』とは柱だ、それも大黒柱のようなでっかい柱

 

 

闇派閥の壊滅は『安心』には繋がらない

 

 

怯える『恐怖』は消えても、頼るべき『安心』がなければ、人から『不安』は決して消えない

もし、新しい『悪』が台頭してきたらどうしよう

 

 

その一抹の不安ですら人は大仰に縮こまってしまう

 

 

だからこそ、人は求めるんだ

 

 

自分達が頼るべき存在を

 

 

「この隠蔽に後ろめたい意味はありません。言うなればこれは都市の混乱防止と、1人を守るため。アリーゼ達もそれを理解した上で見極めようとしています。クラネルさん、貴方は一体何者なんですか?」

 

 

「僕は、しがない"元"冒険者です。それ以上でもそれ以下でもありません。」

 

 

「・・・分かりました。」

 

 

「僕から一つ質問なのですが。リューさんは、どちらを選びたいですか?」

 

 

「私ですか?」

 

 

「はい。貴方の『正義』としてでも、【アストレア・ファミリア】の一員としてでもなく、【リュー・リオン】。あなた一人としての応えが聞きたいです。」

 

 

変なプレッシャーを与えないように柔らかい笑顔で、それでも真剣に目を向ければ相手もきちんと返してくれる

大切なのは答えじゃない。相手に伝える意思があるのか、そしてちゃんと伝えられるか。そこからだから

 

 

「私は、クラネルさんにはずっと一緒にいて欲しい…です。」

 

 

「・・・え?」

 

 

「はっ!い、今私はなんと!?すみませんクラネルさん。用事を思い出しました。料金はここに置いておくので。それでは!」

 

 

脱兎のごとく椅子から立ち上がって店から出ていくリューさんを僕は1人ただ見ているしか出来なかった

 

 

「ニャ?白髪頭あのエルフに逃げられたのかニャ?」

 

 

「さ、さぁ・・・」

 

 

一緒にってことはオラリオに居てもいいってことだよね?何かダメな事だったのかな?

 

 

とはいえ、今はもうひとつ厄介事に巻き込まれちゃいそうだ

 

 

ふと、店外の人だかりの中を歩いていく1人の女性から目を逸らして片付けに入る

 

 

「とりあえずアーニャさん。ご勘定です。」

 

 

懐から2人分の料理の料金をアーニャさんに渡し、空になった食器とリューさんが置いていった麻袋を拾い上げ、いつもの『仕事場』に持っていく

 

 

「手伝うよアーニャ。用事は増えちゃったけど、今は無理だからね。」

 

 

「やったニャ!これでミャーの仕事が減るニャ!」

 

 

「ははは、アーニャさん。もう少し声を落とした方が・・・」

 

 

今は、この生活を満喫してもバチは当たらない・・.・はず



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ニョルズ様

ロリ女神はちらほらいるけどショタの男神っているんかな?


「おじさん!野菜買いに来たよ!」

 

 

「よぉ坊主、【豊穣の女主人】の服も様になってきたじゃねぇの。」

 

 

「はい、おかげさまで。」

 

 

ある程度仕事になれてくると、シルさんのお供なしでも任されるようになった

たくさんの仕事量を5人で分担してこなしていく必要がある

 

「ところでいつもの嬢ちゃんは居ないのかい?」

 

 

「ははは、ふられちゃいました。」

 

 

シルさん曰く、良い関係を築くには会話が大切なのだと

 

 

「おっしゃ!おじさんからサービスだ!シルちゃんにもよろしく伝えてくれな!」

 

 

「おじさんこそいつもありがとうございます!」

 

 

頼まれた野菜を袋詰めしてもらって、店主と軽い挨拶を交わして店を後にしていく

 

 

「それにしても・・・」

 

 

さっきから誰かに見られてる気がする

数は2つ、それも極限にまで気配を殺した暗殺者の眼

 

 

「心当たりは・・・闇派閥(イヴィルス)だよね。どう考えても。」

 

 

今までも何度か、夜襲に遭ったことはある

問題なく返り討ちにしできたけど、今回は明らかに違うものだった

 

 

彼らが易易出向くとは思えないから今まで通り雇われ者なのは確か

それでも、今回の()()とは違っている

 

 

「今回はやりにくそうだ・・・」

 

 

今日も蒼き穹はどこまでも澄み渡っていた

 

 

・・・

 

 

「ただいま戻りました!」

 

 

その後も大きなことも起きず、【豊穣の女主人】へと戻ってきた

 

 

「おかえりなさいベルさん。お客さんが来てますよ?」

 

 

シルさんの目線の先、窓際に設けられていた席の1つ

そこに1人のヒューマンが座っている

 

 

「ミアお母さんには私から伝えておくので待たせないように言ってきてください。」

 

 

買い物袋をシルさんに渡してシルさんに呼ばれた場所へと向かっていく

 

 

「すみません、お待たせしました。」

 

 

「いえ、大丈夫です。ここの料理美味しいですし!」

 

 

「・・・とりあえず本題に入りましょう。まどろっこしいのは無しです。要件を教えてください。」

 

 

オラリオ広しといえど、僕の名を知るものは限られている

ましてや、ここで働いていることを知ってるひとはそれこそ指でこと足りるほど

人手不足で臨時のウェイターとして駆り出される事はあるけど、それは()()()()()()ベル・クラネルの呼び出し

【ベル・クラネル】として呼び出された場合はほとんどがヘルメス様からの無茶振りがほとんどだった

なので今回もその類のはず

 

 

「ブルーノ商会を探って欲しいと。」

 

 

「探って欲しい?捕縛とかではなく捜査?」

 

 

「はっ!はい!へ、ヘルメス様が『【豊穣の女主人】で働いているベル・クラネルに伝えといて☆』とおっしゃって・・・」

 

 

「・・・」

 

 

やっぱりあの神様1回殴ってみようかな

アスフィさん達の恨みもついでに込めて・・・

 

 

「団長に頼んだら死んだ魚の様な目で睨まれたらしくて・・・」

 

 

「暗黒期が終わってもあそこは忙しそうだね。」

 

 

「ヘルメス様にいいように使われてるだけな気がするけど・・・」

 

 

労基(ギルド)にでも駆け込んでみたら?」

 

 

「あの人達がまともに受けてくれるとも思わないけど?」

 

 

「デスヨネー。」

 

 

蜂起運動(ストライキ)の方が案外効果的なのでは?

 

 

「ところでところでベルさんや。」

 

 

「どうしたんじゃ婆さんや。」

 

 

「とある女神様から聞いた話なんだけどさ。ベルってあのフレイヤ様を()()()()()()()()ってほんと?」

 

 

「ぶっ!」

 

 

危ない危ない、突然過ぎて口の中のものをぶちまける所だった

そんなことになったら色々とマズイ!

 

 

って、そんなことよりな誰ですかそんな噂流したの!

この子純粋なんだから信じちゃうじゃん!

 

 

「ベルってすんごーく奥手そうに見えてもやっぱり狼だったんだね。それも相手があのフレイヤ様だなんて。」

 

 

「ち、違うからね!?マリー!?僕そこまでやり手じゃないからね!?」

 

 

「大丈夫!ベルがどんな人でも私は君の味方だから!」

 

 

あぁ…ダメだ、やっぱりこの子人の話を聞いてくれない!

いや、まぁ・・・啼かしたというか、思い当たる節は無くはないんだけど

泣かした、というか泣かれたというかなんというか・・・

 

 

「まっ!ベルいじりはこれくらいにして。用事も済んだし私はこれでおいとまさせてもらうよ。」

 

 

「うん、ありがとう。」

 

 

【豊穣の女主人】を後にする彼女を僕は手を振りながら見送った

 

 

「なんだい、もう終わったのかい?ならさっさと戻りな!」

 

 

「は、はい!」

 

 

・・・・

 

 

「あれがベル・クラネル・・・」

 

 

依頼者からの情報を頼りに【豊穣の女主人】を訪れた

ギルドからも彼に関するまともな情報はなかった

 

 

レベルは5、それも10年以上も前のものなので低く見積っても現在レベル6

所属ファミリアは【ゼウス・ファミリア】

 

 

分かっているだけでも彼の強さを証明するには十分すぎた

 

 

「どうしてオラリオの冒険者って強い人ばっかなのよ・・・」

 

 

オラリオの冒険者と戦ったことは何度かあるけど、そのほとんどが苦戦か失敗に終わっていた

その中でも彼は別格なのは明白だった

 

 

「やっぱり断ろっかなぁ。でも、最後って決めたもんなぁ・・・」

 

 

最初は路銀稼ぎで始めた賞金稼ぎも今じゃ苦行に変わっていた

強い標的を倒せば、噂は広まりまた新しい依頼が迷い込む

終わりのない悪循環だけが巡っていた

 

 

「最後に、ぶつかって散るってのも悪くないのかも。どうして酒場でこき使われているのかは謎だけど・・・」

 

 

それでも、ちゃんとした居場所を見つけられた彼を羨んでるのかも

 

 

・・・・

 

 

「ベル・クラネル?」

 

 

「そうニャ、そいつがミャーの最後のターゲットニャ。」

 

 

何故かオラリオを訪れていたニョルズ様にお願い()して更新を頼んだのニャ

 

 

「俺はお前の暗殺術含めて腕は認めている。だがな、()()()だけは辞めておけ。」

 

 

「あ、珍しくニョルズ様が真剣な顔してるニャ。明日はきっとビヒーモスでも復活するニャ。」

 

 

「縁起でもないこと言うんじゃない!・・・なんにしろ、お前は今回の件から降りろ。」

 

 

「残念だけどそれは出来ないニャ。今回はミャーが最後だと決めた以上はやりきるつもりニャ。」

 

 

「お前がそこまで言うのなら止めはしねぇよ。でもな、アイツだけは関わらない方がいい。いい噂は聞かないぞ?」

 

 

「それはニョルズ様が闇派閥(そっち)寄りの神様だからニャ。」

 

 

「うぐっ、それを言われると辛い・・・」

 

 

ニョルズ様は港町(メレン)の方で闇派閥(イヴィルス)と交流があるニャ

 

 

「武器は短剣だったり大剣だったり、魔法だったりで決まってないらしい。それもとんでもない強い使い手らしい。それこそ、【猛者(おうじゃ)】に負けないくらいにな。」

 

 

「辞めるニャ、暗殺する前から気が滅入るのニャ。」

 

 

標的が規格外なのは最初から承知の上、肝心なのはいかに対峙せずして確実に仕留められるか

その点だけに関しては暗殺者とさては利があった

 

 

「なあ?お前、疲れてるだろ?」

 

 

「こんなご時世だから、仕方ないのニャ。」

 

 

「お前さえよければ、俺の【ファミリア】に来るか?それこそ、今回の仕事が終わって、真っ白になった時にでも。」

 

 

「何ニャ?美しいミャーの虜になって、ミャーが欲しくなってしまったのかニャ?」

 

 

「ああ、そうだな。そういうことでいい。お前のような可愛い女手が入れば漁師達も喜ぶだろう。何より、俺達も色々と危ないことやってるんだ。用心棒くらい欲しくなっちまうのさ。」

 

 

「・・・ニョルズ様はいい神ニャ。イケメンだし、身長高いし、子供思い。美少年の神様じゃないけど、きっといい【ファミリア】ニャ。」

 

 

「・・・」

 

 

「けど・・・」

 

 

ここで一言断る。それだけで済むはずだった

人殺しをやめた猫が魚に夢中になって改心なんて、滑稽だニャ

 

 

それだけ伝えれば、神のいいニョルズ様は身を引くはずだニャ

それにゃのに、いざ口に出そうとした時、【豊穣の女主人】での光景が蘇った

 

 

「そうだニャ、考えておいてやるニャ。」

 

 

「・・・そうか。」

 

 

ニョルズ様は最初豆鉄砲食ったような顔をしてたものの、直ぐにいつものイケメン顔に戻って、一言だけ呟いていたニャ

 

 

「クロエ、最後に一つだけ聞いてくれるか?」

 

 

「なんニャ?」

 

 

「死んでも死ぬなよ?」

 

 

「誰に言ってるニャ。」




ベルきゅんの名誉のために補足しておきますが、決してベルきゅんとフレイヤ様との間に変な関係はありません。


えぇ、決してありません。あってはなりません。どこかの女神が般若の顔で襲いかかってきます死んでしまいます

ちなみにマリーにこの情報を吹き込んだのはヘルメス様の入れ知恵です

罪な男よ


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ここは豊穣の酒場

「すみませんミアお母さん。少しお話があります。」

 

 

「どうしたんだい?改まって。まさか辞めさせてくれ。なんて言うんじゃないだろうね?」

 

 

「ち、違います!今夜、営業時間外ではあるんですが、空けさせていただきます。」

 

 

そう告げると、ミアお母さんは渋い顔をしながら

 

 

「まぁた、あの男神(ヘルメス)の差し金かい?」

 

 

「はい。」

 

 

「アンタも断ればいいものを。それでこの前なんて血だらけで帰ってきたじゃないか。アンタももうれっきとしたうちの店員なんだ、迷惑かけることは許さないよ!さっさと済ませて明日の仕込みには間に合わせな!」

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

「ニャ!?白髪頭サボりニャ!?ズルいにゃ!白髪頭ばかりズルいのにゃ!」

 

 

「まったく・・・今日の夜、アタシとシルに用事が出来たから夜の方は閉めてアンタに見張りを頼もうとしてたんだけどねぇ。」

 

 

「面目ない・・・」

 

 

「ただし!ちゃんと()()()付けてきな。アンタを色々と嗅ぎ回っている連中も含めて落とし前付けてきなよ!」

 

 

「ベルさん、もしもの時は頼っていただいても構わないんですよ?お母さんもそうだけど、アーニャ達はとっても強いから。ちゃんと頼めば力になってくるれるよきっと。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

「さぁ!こんな不景気な話はお終いだよ!夜の分までみっちり働いてもらうからね!」

 

 

ミアお母さんの号令でそれぞれが持ち場へと戻って行った。

 

 

・・・

 

 

夜。シルとミアお母さんが酒場から出かけた後、臨時休店に歓喜したアーニャ達が小パーティを開こうとした所を開こうとしていた為に少し手荒にねむってもらった。

結構手荒だったが、ミアお母さんに怒られるよりかは多分マシだろう。

 

 

「行ってきます。」

 

 

後片付けと明日の準備を済ませた上で僕は『豊穣の女主人』を出た。

一応事情は話してるとはいえ、念の為書置きだけ残してきた。

 

 

酒場の裏口を開くと暗闇に包まれた店内に蒼い月明かりが少し漏れるて店内に差し込まれる。

まだ月が出てから幾許も経っていないこともあってかまだ家屋からも明かりが漏れている

 

 

「急ごう。」

 

 

モタモタしてしまえば任務が困難になってくる。何より、先客がそれを許してはくれまい。

そんなことをどこかへと追いやりながら歩き出そうとしたその時、視界の隅で影が動いた。

 

 

「ちょっと失礼!」

 

 

影は飛び上がり、自らの拳を掲げてこちらへと迫ってくる。

受け止めること自体は容易いものの、初見の技など喰らう余裕などありはしない。

影との距離が1Mを切ったその刹那、その拳を前に少年の体が()()()

 

 

ドゴォォォッ!

 

 

直後、破砕音が響く。

 

 

「こっわぁ・・・」

 

 

拳を振り下ろした地面が少しだけ抉れている。詠唱()は聞こえなかった。つまりは単純な筋力のみでここまでの破壊力を生み出しているのだ。

 

 

 

「本当ならもうちょっと待ちたかったんだけどね。」

 

 

立ち込める煙が晴れて引き起こした張本人の姿が顕になっていく。首に巻かれた防寒着(マフラー)、肩や胸を守る軽装、そして拳に装着された革の指抜き手袋(グローブ)。栗色の髪をなびかせている。

 

 

「不意打ちは性にあわないし、かかってきなよ。」

 

 

相手は間違いなく拳が主力武器(メインウェポン)。こちらは短剣に加えて魔法で迎撃はできる。ただ、今じゃない。

 

 

「構えなよ。私は本気だよ。」

 

 

「君は確か・・・『黒拳』。だったかな?」

 

 

これでも裏に通じてる身、少しは名の知れたそっち側の人間くらいは知っている。

 

 

「へぇ、ちゃんと知ってんじゃん。」

 

 

「『蛇の道は蛇』。多くのことに身を落としてきた。」

 

 

「お、思ってた以上にアンタも大変そうね・・・」

 

 

「あの日から僕は茨の道を突き進むことだけを選んだ。そのためならなんだってやってやるさ。」

 

 

「ま、あたしには関係無いことだけど。」

 

 

ダンッとお互いが同時に蹴ることで、2人の距離を一気にゼロへと縮める。お互いが右腕で貯めを作り、距離一Mを切った地点で解放する。

お互いが全く同じ動作を起こせばその先に待つのは単純な力比べだ。

拳どうしをかち合わせて、その後は力で吹き飛ばす。見た目以上の力で押し返されるもそのまま勢いに任せて振り切った。

 

 

ドゴォォォォォン!!

 

 

大きな衝突音と共に吹き飛ばされたルノアが離の壁に激突した。壁自体は大きく損傷していないものの、ミアお母さんに怒られるのは目に見えている。

 

 

「あちゃー・・・」

 

 

「っつぅ・・・完全に油断してたよ。敵はLv6以上の冒険者じゃん。」

 

 

立ち込める残骸と砂埃をはらいながら彼女は再び立ち上がる。先程まで以上の殺気と集中力をもって構える。

 

 

「(彼女は間違いなく僕を殺すために雇われた『賞金稼ぎ』だ。目の前にいる彼女が『黒拳』であることはまず間違いない。ただそう考えると、一つだけ違和感を感じる部分がある。)」

 

 

まるでこちらに向けられる殺意が弱いのだ。

人の恨みを買うような生き方をしていく上でそういった人達に狙われることは多かった。その誰よりも彼女の殺意は低かった。

低いと言うよりはどこか悲壮感のような、悲しみの感情の方が多かった。、

 

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

 

声とともに彼女が右腕を振りかぶりながら向かってくる。最初こそ拳で相殺こそしたが、今回は受けに徹していく。

使う力は最低限。相手の拳をいなしていくだけ。まともな打ち合いは避けるよう心がける。

 

 

「守ってるだけじゃ勝てないよっ!」

 

 

左から飛んできたストレートを右手で弾き、もう一方の腕を左腕で止めた上で右腕に勢いを乗せてぶん殴るも、既のところで躱され、もう一度お互いに距離を取る。

 

 

拳を交わして、また距離を置く。お互いに決めきれないまま時間だけがすぎていく。そんな中、微かな【詠唱(うた)】が鼓膜を震わす。

 

 

「【戯れよ】」

 

 

『黒拳』から目を離さないまま、視線だけで声の主を探っていく。

そして、ルノアがもう一度、地面を蹴った時、視界の隅に捉えた影は動き出し、何かが風を斬る音は同時だった。

 

 

ルノアと少し遅れた形で地面を蹴り、ルノアの拳を弾き返し、こめかみに突き刺さる目前まで来ていた短剣を仰け反らせることで回避する。

 

 

これで全部かわせた。-と勘違いしたのが甘かった。

 

 

「・・・っ!」

 

 

影を捉えた逆の方向に同じ影が見えた。影が握るのは先まで投擲されていたはずの短剣。それを今振り下ろそうとしている。

 

 

「(足音がしなかった。それも速いっ!?)」

 

 

恐らくは投擲の後すぐ、足音も立てず、こちらに、回ったのか。間違いなく敵は【暗殺者(アサシン)】。単独(ソロ)だと言う『黒拳』とは別に雇われた口だろう。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

避けれる体勢ではない。そのため、腰に仕込んでいたナイフを掴んだまま体を捻って遠心力のまま短剣にぶつけた。

 

 

キィンと、確かな金属音と共に微かな痛みを感じながらそのままの勢いで転がっていく。

 

 

「さすがオラリオ、どいつもこいつも化け物だわ。」

 

 

月の光に照らされ、影だったシルエットが顕になっていく。編上げのブーツに、身軽さを重視した戦闘衣(バトル・クロス)、目深に被られた黒のフードに、細い尻尾をくねらせ、フードに二つの山を作る猫人(キャットピープル)の暗殺者。

 

 

「『黒猫』までお出ましとは大分豪華なことで。」

 

 

「ひっそり暗殺したかったんだけど、色々重なったせいで全てパー、ね。全く、今日はつくづく運がないわ。」

 

 

「あんたは『黒猫』?じゃあ、標的重複(ダブル・バウンティ)だ。」

 

 

吹き飛ばされていたルノアがよろよろと立ち上がり、横から割って入ってきたクロエを睨む

 

 

「まさかとは思ってたけど本当に『黒拳』とはね。」

 

 

「獲物が被った場合は早いもん勝ち・・・それがうちらの掟。どっちが仕留めても恨みっこなしね。」

 

 

「ええいっ、噂に違わぬ筋肉脳め・・・でも。」

 

 

忌々しそうに吐き捨てるクロエはすぐに小振りな唇を笑みの形に変える。

 

 

()()()()。」

 

 

クロエが持つナイフに付着した血の跡を晒す。

 

 

「『毒』、それも『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』か。」

 

 

「あら、さすが元上級冒険者。知ってたのね?」

 

 

「伊達に何度も死にかけちゃいないさ。」

 

 

「でも、流石の貴方でも特効薬なんて持ってないでしょう?」

 

 

「なに、()()()()()()

 

 

特効薬はないが、最悪の場合は()()を使えばどうにでもなるが、付随効果が今使う訳にはいかない。いくら耐異常(アビリティ)を貫通するほどの『劇毒』でも、即死でないのならいくらでもやりようはある。

 

 

「僕を殺せと雇われたな?敵はさしずめ、ブルーノ商会って所でしょうか。」

 

 

「さぁ?言うとでも思ってる?」

 

 

彼女が正直に言うとは思っていなかったものの、ベルには確信に近い何かを持っていた。

ヘルメス様にブルーノ商会の調査を依頼されたその日の夕方から彼女達の尾行は付けられていた。どうもタイミングとしても彼らが最もグレーだろう。

それでも確信には至れない。だからこそ、罠を貼ることにした。

 

 

殺し合いを餌にして食いついてきた()()を炙り出すために

 

 

「さて、邪魔が入っちゃったけど続けよっか。」

 

 

仕切り直しと言わんばかりに、拳と掌をぶつけ合うルノア。

『黒猫』の乱入はある程度想定していた。むしろ、邪魔をされなければ2対1で格上でも有利が取れる。そう考えていた。

 

 

されど、現実とは上手くは回らないものだ。『劇毒』を喰らってもなお、全く衰えないほどに彼は規格外だった。

 

 

「(このまま敵の消耗を待っている余裕はない。やはり最初から全力で叩く!)」

 

 

『黒猫』の襲撃後より様子見に徹していたルノアが動き出す。

 

 

「はあああああああ!」

 

 

中断されていた肉弾戦(タイマン)が再開される。ナイフという選択肢がある分も含めて若干ベルが有利という所だろうか。

 

 

「おーおー、脳筋どもは単純で良いニャ。二人ともミャーが横槍するのは予測してるだろうけど、無駄ニャ。ネチネチ外から攻撃して、美味しいとこをかっさらうニャ!」

 

 

そんな2人の攻防をクロエは1人、傍観している。大きく動きはしない。削り自体はルノアに任せることで、自分は最後の一撃(ラストボーナス)を狙うだけ。ベルがクロエに手を出せる状況でもなく、ほかの店員も既に眠らせている。住民達は避難を優先している。つまり、この状況下で彼女の邪魔ができる者はいない。

 

 

 

 

 

ドゴォォォォンッ!

 

 

 

 

 

バカ大きい破砕音と共に、ルノアの体が吹っ飛ばされる。

 

 

ベルが肩で息をするように切れる息を整えている。片やルノアはその場から動きそうにない。間違いなく彼の勝利であろう。

 

 

「・・・」

 

 

直後、彼は声も発さずに地面に突っ伏した。呼吸音もだいぶ小さい。酷く汗をかきすぎている。

 

 

「毒がようやく効いたようね。ほんっと、化け物しか居ないのね。オラリオって。でも、もうこれで終わり。」

 

 

指先さえピクリと動かない彼を置いて、クロエはこの場から去ろうとする。

 

 

「本当なら自分の目で確かめるのが1番なんだけど・・・『君子危うきに近寄らず』。憲兵がやってくる前に逃げるわ。」

 

 

最後まで彼から目をそらさなかったクロエでさえ気づけなかった。彼の口の動きを。

 

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

見えない音の衝撃がクロエを襲う。ほぼ無傷だったクロエでさえ上から叩き潰される音の暴力で戦闘不能(ノックダウン)

 

 

「はぁっ・・・はぁっ・・・賭けだったけど何とかなったっ!」

 

 

覚束無い足取りでよろよろと立ち上がるのはベルのみ。後は【ガネーシャ・ファミリア】のホーム前にでも投げとけば、朝には2人仲良くお縄だろう。

彼にそんな力が残っていればの話だが・・・

 

 

「【我は汝を救おう】-」

 

 

残された力を振り絞りながら、ベルは1人【詠唱(うた)】を紡いでいく。

 

 

「はっはは!いい塩梅に潰しあってくれたじゃないか!」

 

 

星夜の歌声に水を差す男が数名。ゾロゾロと影から出てくる。

 

 

「へっへっへ・・・」

 

 

「逃がさねぇぜ。」

 

 

2人にベルの抹殺を命じたブルーノ商会が、3人全員を抹殺するためここまで傍観を決め込んでいたのだ。

 

 

「【鳴らせ、鐘の音を】。」

 

 

そんな彼らを気にもとめず、彼の【独唱(ソロ)】は止まらない。

 

 

「奴と戦わせることで、弱ったところを討ち取る算段だったんだが、その手間も省けた!感謝するぜ!お前を始末したあとで二人とも同じく送ってやるよ!」

 

 

『黒拳』と『黒猫』に依頼をしたのも全て3人で潰し合いを狙ったため。最初からブルーノ商会の狙いは3人だけだったのだ。

ルノアとクロエは戦闘不能。一番厄介なのはベルも毒に犯され虫の息。それいけと全員が襲いかかろうとしたその時だった

 

 

「【汝の誓いを今果たさん】【ゾオアス・アンジェラス】!」

 

 

彼の【独唱(ソロ)】が終わった。直後、大鐘楼が浮かび上がり

 

 

 

 

ゴォォォン

 

 

 

 

 

星夜のオラリオに鐘の音が響き渡る

 

 

光の粒子に一帯が包み込まれ、ベルやルノア、クロエの傷が癒えていく

 

 

「な、何だこの光は!」

 

 

「ち、力が入らねぇっ!」

 

 

これが彼の魔法の効力。味方に力を与え、敵から力を奪う鐘の音。あらゆる者の傷は癒えていき、あらゆるものは傷つける力を失っていく。

 

 

「ちょーっとおじさん達僕とお話しようか?」

 

 

「お、お助けえぇぇ!!!」

 

 

その後10分間、ブルーノ商会の悲鳴が響き渡り、直後静寂が訪れていた。

 

 

・・・

 

 

「さてと、ミアお母さんが帰ってくる前に出ないと・・・」

 

 

だいぶ疲弊してしまったが、まだ本来の目的は達成していない。最小限の被害に抑えていたつもりだったが、店にも少し被害が出てしまった。ミアお母さんの怒りは確定。その場しのぎと、ケジメとしてブルーノ商会の連中に『私がやりました』とリヴェリアさん直伝『お仕置き』として罪を被ってもらおう。

 

 

「待ちなよ。」

 

 

案内役として商会の男一人を担ぎ、その場から立ち去ろうとするベルをルノアが止めた。

 

 

「どうしてウチらを助けた?」

 

 

そんな問い掛けにベルはキョトンとした顔をして

 

 

「死にそうだったから。それだけです。」

 

 

そのまま踵を返して、立ち去る彼の背中をルノアはただ眺めているだけだった

 

 

「あぁ、それと。」

 

 

ピタリと足を止めて、彼は最後に

 

 

「あなた達がすごく悲しそうに思えた。それだけです。」

 

 

・・・

 

 

後日、1人の手によってブルーノ商会が捕まった情報がオラリオ全土に知れ渡った。

目撃者もおらず、会員は皆口を揃えて『いつの間にか捕まっていた』と言うばかり。結局、話としては【アストレア・ファミリア】か【ガネーシャ・ファミリア】が動いたんだろう。という形で幕を閉じた。

 

 

「やったニャー!人が増えたおかげで少し楽になるのニャ!」

 

 

あの後、【豊穣の女主人】に戻ってきたベルを出迎えたのはクロエとルノアだった。ミアお母さんに捕まり、流れで店員になったのだとか。

 

 

「さあ、客が来たよ!お前達、声を出しな!どんなにクソッタレな時代だろうと、ここは笑って飯を食べてもらう場所さ!」

 

 

「「「いらっしゃいませ!豊穣の女主人へようこそ!」」」

 

 

fin.



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日常編
幕間 阻害要素


「(君は確かに駆け出し冒険者とは思えないほどに強い・・・でも、何故だろう。その力を阻害している()()がその飛び出そうとする力を押し潰しちゃってる・・・)」

 

 

オラリオを囲む城壁の上、人や神がオラリオ内や壁外の様子を見れるような通路として整備されているその場所で、2人の冒険者が剣を交えていた。

訓練とは名ばかりの、明らかな一方的ないじめとも思える決闘は、まだ日が登り始めた早朝から始まっていた。

 

 

「どうしましたか?アイズさん。」

 

 

「ちょっと1回休憩しよっか。」

 

 

「え?でもさっき始めたばっか・・・」

 

 

「休憩、しよ?」

 

 

「・・・はい。」

 

 

上級冒険者の圧に押され、渋々とその場に正座する白髪のヒューマン。レベル1の彼ではどう転んでも戦闘で敵うはずは無い。それでも、アルは彼女との戦闘で少しづつでも確かに力をつけてきていた。

 

 

「君は強いよ。余り誰かに教えたことは無いから上手くは言えないけど・・・同じレベルの子と比べても上の方に入ると思う。」

 

 

アルが冒険者になってから約1ヶ月。彼の成長速度は著しいものだった。他派閥のアイズの目からもその異様さは明らかだった。

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 

「・・・でも。」

 

 

アイズの微笑みから一転、少し険しい顔をしだす。

 

 

「君はどこか何かを無意識に恐れてる。成長するのが怖いとか、モンスターと対峙するのが怖いとかとは別の・・・神様の言う劣等感(コンプレックス)?という感じの・・・」

 

 

人が生きるために恐怖感は大切である。人が恐怖を忘れる時は無謀に走る時だけだ。恐怖を完全に消し去ることは勇敢に立ち向かうことではない。

恐怖があるからこそ、人はモンスターと戦い続けられるのだ。

 

 

「この前私は君に臆病者だって言ったよね?」

 

 

「はい。僕が何かに怯えているとも教えていただきました。」

 

 

「私も詳しくは分かんないんだけど、多分その怯えている()()と、さっき私が感じた()()()は別だと思う。」

 

 

アイズの目に少年は2つの姿が見えていた。何かを目指そうと努力をし続ける彼と、何かに怯えて成長を恐てしまっている彼。

 

 

どちらも同じアル・クラネルであり、だからこそお互いに阻害しあい彼自身に悪影響を与えてしまう。そうアイズは捉えていた。

 

 

「今の君の成長速度は確かに早い。けど、どこか伸び悩んでるように見えるの。もしかしたらだけど、その何かが阻害してるんだと思う。」

 

 

「えっ、えーっと・・・つまり?」

 

 

「君がもっと強くなりたいならその劣等感を捨てること。今すぐにとは言わない。けど、今のままだと必ず転んじゃう。」

 

 

「1体どうすれば・・・」

 

 

「私は君じゃないから何が起こったのかは分からない。でも、因果というのはそんなに直ぐにどうこうなるものでは無いよ。その時は必ず来る。」

 

 

「それなら、それまでに強くなる必要があるってことですね?」

 

 

「うん。それじゃ、続き。しよっか。」

 

 

「お願いします!」

 

 

・・・

 

 

「ところでアルはさ。」

 

 

「何でしょうか?」

 

 

「確かオラリオに来る前に誰かから師事を受けてたって言ってたけどどんな人だったの?」

 

 

「どんな人かって言われると困りますね・・・結構昔のことで記憶も曖昧で。」

 

 

「そっか。」

 

 

「顔とかは思い出せませんが、凄く怖い人だったことだけは覚えてます。」

 

 

「・・・」

 

 

その瞬間、アイズの頭に光るものがあった。

 

 

「ア、アイズさん?」

 

 

「もしかしたら、アルが恐れているのはその人だと思う。」

 

 

「え?いやいやでも顔もまともに覚えてないんですよ!?」

 

 

「ううん、ダメ。1度恐怖を感じたらそれは体にずっと残るから。」

 

 

あからさまに顔が青ざめていくアイズにアルはただただタジタジになるだけだった。

 

 

「(これって実体験だよね・・・絶対。)」

 

 

・・・

 

 

「うニャー・・・・」

 

 

「サボってないで働けアホ猫!またミアお母さんにドヤされるよ!」

 

 

「ルノアは何も感じなかったのかニャ?」

 

 

「またそんなデタラメ言って!ほらさっさと仕事に戻った戻った!」

 

 

「いいから待つのにゃ!さっきから誰かに見られてる気がするのニャ!」

 

 

「一体誰がアーニャなんか見るのよ・・・」

 

 

「ふっ、オラリオがついにミャーの美しさに気がついたのにゃ。美しいって罪だニャー。」

 

 

「いや、それだけは無い。で?その視線の主とやらは見つかった?」

 

 

「それがミャーが外に出た瞬間消えちゃったニャ。きっと『きゅーきょく』の恥ずかしがり屋ニャ!」

 

 

「全く。ほら!さっさと仕事戻った戻った!」

 

 

「ニャァー・・・」

 

 

 



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EP.23 ドッペルゲンガー

リューさんの小説を書きたいけどてんで思い浮かばない今日この頃いかがお過ごしでしょうか


ほんまお久しぶりです


もう1作はエンディングは思い浮かんでるのに全く筆が進まない不思議ぃ



いつもは単行本片手にやってるのですが今回はそれは無い!なので色々ツッコミどころあると思いますが優しく指摘してやってくださると嬉しいです



最初に言っておこう、俺は恋愛系を書くのは苦手だ


 改めて確認しておこう。

 アル・クラネル。所属は【ヘスティア・ファミリア】であり、レベルは1。到達階層はルーキーにしては早い7階層である。

零細ファミリア出身のソロプレイヤー。それが担当であるエイナ含めたギルド受付員全員の印象のはずだった。

 

 

 

その印象が徐々に崩れてきたのはいつ頃だったであろうか。

 

 

 

『白髪の男性冒険者に24階層で助けられた』

 

 

 

この一言から生じた亀裂は少しずつ、されどそれは確実に広がっていく

 

 

 

事の発端はエイナの同僚であるミィシャがエイナにアルに似た特徴の冒険者にダンジョンで助けられたとの情報を伝えたことからだった

最初こそ間違いだ。他人の空似などと、気にしない様子ではあったが、アドバイザーであるエイナ含めたギルド職員みな合致する冒険者を知らないのである。

 

 

アル自身は否定しているし、嘘をつけるようなタイプである事はエイナ自身よく知っている。だからこそこの真偽に終止符が打たれることはなく、弾けず薄れないまま噂だけが存在しているのだ。

 

 

 

「不思議だよねぇ。私達だけじゃなくて先輩たちでさえ知らないなんて。」

 

 

 

「そうだね。今回の件についてはギルド長からは『他言無用だ!余計な混乱を冒険者達に招くなよ!分かったな!』の一点張りだし・・・」

 

 

 

「弟くんと見間違えたってことは無いんでしょー?」

 

 

 

「うん。24階層なんて今のアル君だと上級冒険者に連れてこられなきゃさすがに行けないし・・・」

 

 

 

「だよねぇ、相当運でも良くなきゃ難しいよねぇ。」

 

 

 

「レベル1で18階層まで落ちるのは運が悪いと思うんだけど・・・」

 

 

 

「もしかしたらあれじゃない?あれ!」

 

 

 

「どうしたのミイシャ、急に大声なんか出したりして。」

 

 

 

「ほらあれだよ!一時期冒険者達の中で噂になってた『どっぺるげんがー』?ってやつ!」

 

 

 

「あー、あの姿形が全く一緒の人が3人はいるってあの噂?たしかに話は似てるけど結局あれデマだったじゃん。」

 

 

 

一時期、ある男神の悪知恵によって全く一緒の冒険者が別々の場所で目撃されたことからひょんな騒動は始まった。

 

 

 

最初は幻想でも見たのだとか、他人の空似だと誰も本気にもせず75日立たずと流れていくはずの噂だったが、とある神が発した一言でこの噂は勢いが増す羽目になってしまったのだ

 

 

 

「そいつは『ドッペルゲンガー』だ!気をつけろ!自分と瓜二つの奴と出会った奴は殺されちまうんだってよ!」

 

 

 

元よりバカ騒ぎが好きな神だったこともあってか、当初は相手にすらされることもなかったが、とある事件を皮切りに事態は思わぬ方向へと進んでしまう

 

 

 

「お、おい聞いたか!ハシャーナが不審死だってよ!」

 

 

 

「おいおいまじかよ。ハシャーナつったらガネーシャん所のレベル4だろ!?誰がやれんだよ!?」

 

 

 

「お、おい待てよ。確かハシャーナって言ったら確か『ドッペルゲンガー』の・・・」

 

 

「お、おいあれは神が流したデマだろ!?」

 

 

「でもよぉ!そうでもなきゃ説明つかねえって!」

 

 

 

訳あってハシャーナの死を不審死と公表していたせいで謎が謎を呼ぶ形で『ドッペルゲンガー』の噂は大きくなりすぎてしまった。

 

 

 

事態の拡大を忌避した【ガネーシャ・ファミリア】はハシャーナの死因を公表することで事なきを得た上で、全ての元凶である男神を吊るしあげることによって事態は終息の一途を辿って行った。

 

 

 

「コラ!その話は厳禁だって言ってるでしょ!」

 

 

 

「はーい。」

 

 

 

ギルドの先輩に小突かれ、彼女らの談合は終わりを告げる

箝口令が敷かれている以上、ギルドの誰も口に出すことはなくとも、不安と疑問が永遠と渦巻いては溢れていくのだった。

 

 

 

・・・・

 

 

 

「あっ・・・」

 

 

 

「地上で会うのはお久しぶりですねフィルヴィスさん。」

 

 

「あ、あぁ。クラネルはどこかに出かけていたのか?」

 

 

 

「これですか?」

 

 

 

フィルヴィスに指摘され、両手に提げた袋を両手で持ち上げる

 

 

 

「ミアお母さんから買い出しを頼まれたんですよ。表に出れない分、雑用は基本僕の仕事ですから。」

 

 

 

「そうか、お前も大変そうだな。」

 

 

 

「フィルヴィスさんこそ、その果実酒、ディオニュソス様用ですよね?」

 

 

 

「あぁ。いつもの発作だ。先程までオラリオ内を探し回ってようやく見つけられたのだ。」

 

 

 

フィルヴィスが提げている袋からは果実酒の入った瓶の先端が目に入ってくる

 

 

 

「ところでクラネル。このあと少しだけ時間をくれないか?」

 

 

 

「え、えぇ。あまり長くは取れないですけど僕でよければ。」

 

 

 

「ならば早速女主人に向かうとしよう。」

 

 

「えっ!悪いですよフィルヴィスさん!僕がファミリアのホームまで送りますから!」

 

 

 

「なに、私から頼んだせめてものお礼だ。これくらいはさせてくれ。」

 

 

 

「なにかお礼なんてされるようなことしたかな・・・」

 

 

 

ベルside

 

 

 

オラリオの空に星空が見え始めた夕暮れ時の頃、買い出しから戻ろうとした道中でフィルヴィスさんとばったり出会った

 

 

 

「なに、ちょっとお前に聞いてみたいことがあるんだ。少しだけ付き合ってくれないか。」

 

 

 

断る理由もなかった。フィルヴィスさんには食料庫で巻き込むことになってしまった事のお礼もまだ出来ていなかったから。たいした手土産もないけど

せめてお礼だけでも伝えようときめた

 

 

 

「まずは先日の食料庫での1件。改めて感謝を伝えたい。」

 

 

 

「・・・ほぇ?」

 

 

あまりにも素っ頓狂な声が自分の声から出てきてしまう。まさか自分が謝罪しようとしていた事で感謝されるとはまさか思っていなかった

 

 

 

「何を気の抜けた返事をしている。エルフでも感謝のひとつやふたつ言える。」

 

 

 

「あいや、そうじゃなくて。あの件、フィルヴィスさん達は僕たちに巻き込まれる形で参戦させてしまったので小言の一つや二つ覚悟はしていましたが感謝されるとは思ってもいませんでしたから。」

 

 

 

レフィーヤさんの魔法で一掃していなければ確実に悲惨な結果に終わっていたことは間違いない

 

 

 

「それに、レフィーヤとも出会えることが出来た。」

 

 

 

「レフィーヤさんってあの時一緒にいたエルフの?」

 

 

 

「あぁ、私にはもったいないくらいの素晴らしい同胞だよ。それに。」

 

 

 

「それに?」

 

 

 

「あの日、お前に言われた言葉をもう一度言われるとは思わなかったよ。まさかあのような恥ずかしい台詞を惜しげも無く口にする奴がいるとは思いもしなかった。」

 

 

 

「アハハハ・・・」

 

 

 

あれってそんなに恥ずかしい言葉だったかな・・・

 

 

 

「そう気負うことは無い。私としてはその言葉に2度救われている。」

 

 

 

「はい・・・」

 

 

 

「それで、お前に聞きたいことなのだが。」

 

 

 

さっきまでとは一風変わって、神妙な顔つきになるフィルヴィスさん。どんな質問が来るのかと身構えてしまう

 

 

 

「もし、もしもの話だ。闇派閥(イヴィルス)が壊滅した後、お前はどうするつもりだ?」

 

 

 

「・・・僕の役目はあくまで闇派閥を壊滅し、オラリオの平和を約束するまでという約束。本来なら目的が果たされた以上、僕がここにいられる理由なんてありません。」

 

 

 

「そうか…そうだよな。いやすまない、変なことを聞いてしまった。」

 

 

 

「ですが、もし許されるのであれば僕はその先を見てみたい。オラリオに集った冒険者たちがどんな冒険譚を紡いでいくのか。どんな結末を描いてくれるのか。」

 

 

 

「そうか・・・そうだな。」

 

 

 

「フィルヴィスさんも勿論その1人ですからね!」

 

 

 

「い、いや私は。そんな大したことは・・・」

 

 

 

「別に普通でいいんです。闇派閥の居なくなった世界を、一日を感じながら過ごしてくれれば。僕はそれを見れるだけで満足なんです。」

 

 

 

「ふっ、お前らしいな。ならそうだな、もし許されるのならば、しばらく私に付き合って貰うかな。」

 

 

 

「えぇ!?」

 

 

 

「なに、そう身構えるな。ダンジョンに潜るわけじゃない。少しお前とゆっくり過ごしてみたいと思ってるだけだ。」

 

 

 

「えっ、あっいや。フィルヴィスさんからそう言われると思ってなくて・・・僕なんかで良ければいくらでもお供させていただきますよ。」

 

 

 

「クラネルだからこそ私は誘ってるんだ。約束したからな?死ぬなよ。」

 

 

 

「フィルヴィスさんこそ。約束のキャンセルは締め切りましたからね?」

 

 

 

「あぁ、もちろんだ。」

 

 

 

気がつけば、空はすっかり星空に覆われていた

いつ死ぬかも分からないようなこの場所で、訪れるかどうかも分からない約束を交わしてみる

 

 

 

シルさんかとの約束もあるんだ、せめて壊滅までは見届けよう。それからのことは流れに任せるだけさ

 

 

 



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EP.24 騒動

ベル呼びのリューももちろん可愛くて好きなんだけど初期のクラネルさん呼びがすごく好きなんだ



シルさんとリューさんが好きであの二人はずっと見てられるよね



とりあえずエピソードリュー2楽しみです


「ベルさんベルさん!この服なんていかがでしょう!」

 

 

 

オラリオに建てられたとある呉服店

 

 

 

ドッペルゲンガー騒動を機に、神々の言うところの『いめちぇん』とやらをしようと考え、グランカジノ潜入の時にもお世話になった呉服店にシルさんと着たのは良いんだけど・・・”

 

 

 

 

「あっ、こっちの服も良さそう!」

 

 

 

来店してからかれこれ1時間程

お店の中の洋服を片っ端から見て手に取っては戻したりを繰り返し、気になった服が僕の腕の上に積み上げられていく

 

 

 

「あっ、ベルさんも気に入った服があれば取って良いですからね!」

 

 

 

「(手に取る余裕無いとは言えない・・・)アリガトウゴザイマス。」

 

 

 

ここに来る前に髪を染め、髪も少し切って髪型まで整え、後は新しい服を1着買って帰路につか予定だったのが約一時間前

 

 

 

今ではもう着せ替え人形所ではなくさながらラックと化している

 

 

 

「あ、あのーシルさん?さすがにこれ以上は・・・」

 

 

 

さすがにこれ以上は収集がつかないと判断し、シルさんを呼び止める

 

 

 

「せっかく呉服店に来たんですから思いっきりオシャレしないと勿体ないですよ?ベルさんてば基本同じような服ばっかりだと流石にバレちゃいますよ?」

 

 

 

「うっ・・・!」

 

 

 

シルさんに痛いところをつかれてしまう

僕の普段着は酒場で着用している服からエプロンを抜き取った簡単なもの

当然洗濯は欠かしたことは無いものの、迷宮に潜る時以外はこの格好でいることが多かった

 

 

 

「ベルさんはもっとこう…なんて言うんでしょうか。もっとお洒落に着飾って良いと思うんです!」

 

 

 

「ソウナンデスネー。」

 

 

 

  目を輝かせながら両腕をグッと構えるシルさんに僕は笑って返すしかなかった

 

 

 

「あーっ、その声は信じてませんね!私に任せてください!絶対にかっこいいと言われるようなコーディネートにして見せるんで!」

 

 

 

  決してシルさんを疑ってるわけじゃないんです

  確かにシルさんの料理のセンスについては壊滅的ですが、服のセンスに関してはまともだと思う・・・多分

 

 

 

「それにですね、ミアお母さんが言うにはベルさんもお店の接客の方に回ってもらうかもしれないとなそうなので、普段からの身だしなみは大切にしないとですよ?」

 

 

 

「それはまぁ、そうですが・・・」

 

 

 

  お店の表に立つと言うことは、お店の一員として今まで以上に認識されるということ、外での印象等はより直接的に響いてきてしまう

  何より驚いたのは女性ウェイトレスが売りでもあったお店に男性の僕が入って良いのかという不安が残ってる

  とある女神からの要望で数週間程だとは聞いてるけど・・・

 

 

 

「ベルさんならきっとすぐに冒険者さん達から人気になれますよ。私が保証します!それに知ってました?隠し事は隠し通そうと蓋をするよりも何も隠してませんとおおっぴらにした方がバレないものなんですよ?」

 

 

 

  なぜだろう、シルさんが自身ありげに話すとこっちまでそうなりそうな気がしてくるのは

 

 

 

「そろそろ夕方になっちゃいそうですのでこの服の中から選んじゃいましょう。」

 

 

 

  そう言いながらシルさんはお店の中に設けられた試着室へと向かう

 

 

 

「そうだっ!せっかくだしリューにも見てもらおうよ!ベルさんの自信にも繋がるはず!」

 

 

 

「えっ、ええええええええ!!!???」

 

 

 

   拝啓お義母さん、僕の受難はまだまだ続きそうです

 

 

 

・・・

 

 

 

「どうしたんだいヘファイトス、そんな不景気そうな顔しちゃってさ!そんなんじゃ売れる物も売れないぜ!」

 

 

 

  バベルにはいくつかの商業施設が店を構えており、そのうちの四階から八階を【ヘファイトス・ファミリア】がテナントとしている

  その武器屋でバイトをしているヘスティアが出勤すると、店内がいつもよりざわついており、とある一室の前で神友のヘファイトスが気難しい顔で悩んでいる様子だった

 

 

 

「おはよう、ヘスティア。どうもこうも泥棒に入られたのよ。」

 

 

 

「ヘファイトスのところに泥棒だってぇ!?大丈夫なのかい?子供達に怪我は?」

 

 

 

「幸か不幸か、被害に遭ったのはこの倉庫に置かれていた剣だけよ。とはいえここに置かれてるのは店頭に並べられないものや一時的な保管場所として使ってたもの。悪いように使われてなきゃ良いけど。」

 

 

 

「犯人の目星とかはついてるのかい?」

 

 

 

「後でガネーシャの所に調査を頼むつもり。分かったらアンタもさっさと持ち場に着きなさい。」

 

 

 

「分かった分かった、ちゃんと向かうよ。

 

 

 

「(流石にこの倉庫に魔剣は混ざってないはず。なのになんなの、この胸騒ぎは・・・)とりあえず、ガネーシャの所に行った後に改めて整理しましょう。」

 

 

 

・・・・

 

 

 

「すみませんクラネルさん、シルに誘われてお邪m・・・失礼させていただきます。」

 

 

 

 シルに連れられたリューさんは店内に入った刹那、踵を返すようにそそくさと店を出て行こうとする

 

 

 

「待ってリュー!せめて批評だけでも聞かせて!お願い?」

 

 

 

 シルさんがリューさんの行く道を阻む

 リューさんがほんの少し力を込めれば退かせてしまえるような柔い壁でもそれをしないのはリューさんなりのシルへの優しさだと思う

 

 

 

「い、いえですがシル、私には荷が重いと言いますかそういうことには疎くですね。私以外に適任がいるかと!」

 

 

 

「えー、私はリューに見てもらいたいなぁって思ったのにぃ。」

 

 

 

「み、見てもらうのはクラネルさんだ。彼が良いと言わなければ」

 

 

 

「僕もリューさんに見てもらいたいです!」

 

 

 これは確かな本心からの言葉だった、なんだかんだ長い付き合いであるリューさんからの言葉なら不安も拭えると考えた上での発言だった

 

 

 

「ク、クラネルさん!?」

 

 

 

「ということだからお願い!」

 

 

 

「と、とりあえず心の準備だけさせてください!」

 

 

 

背後から見た僕でも分かるほどに紅く染めたリューさんが深呼吸をひとつ

 

 

 

「そ、それでは行かせていただきます。」

 

 

 

くるりとこちらを向いたリューさんはこちらを向いた形でまた静止してしまった

 

 

 

「おーい、リューさん?リューさーん。」

 

 

 

  目の前でブンブン振っても反応が返ってこない

 

 

 

「はっ、すみませんクラネルさん・・・それで批評でしたよね。凄く似合っておられるので良いと思います。」

 

 

 

「ですって!良かったですねベルさん!」

 

 

 

「はい!これでしっかり自信持って出来そうです!」

 

 

 

「しばらくその格好なんですか?」

 

 

 

「はい。最近少し目立ち過ぎてしまったようで、なればということで神様達のいうイメチェンというのをやってみるのもありかなと。」

 

 

 

「それは殊勝な心がけですクラネルさん。ギルドの方で箝口令が敷かれているようですが、下手に波風を立てるのは得策ではない。」

 

 

 

「すみません、色々とお騒がせしてしまって。」

 

 

 

「いえ、今のところはなんとかギルド内だけで収まっています。クラネルさんを知る者が限られていることが幸いしたのでしょう。」

 

 

 

「それで、この後はリューさん時間ありますか?」

 

 

 

「いえ、今日は非番ですので特に用事は。」

 

 

「でしたら、少しお茶でもしませんか?最近はきちんと落ち着いて話せる機会が無かったので久しぶりにリューさんのお話、聞きたくなってしまって。」

 

 

 

「私の話でよろしいのですか?」

 

 

 

「リューさん達だから良いんです。凄く面白いですし!」

 

 

 

「クラネルさんがそこまでおっしゃるのなら・・・」

 

 

 

「決まりですね!シルさんもどうですか?」

 

 

 

「そうですね、でしたら私もお言葉に甘えちゃおっ。」

 

 

 僕は2人を引き連れて、いつもの部屋へと入って行った

 

 

 




ダンメモのホワイトデーベルくんをイメージしていただけると良いです


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