テンプレバスター!ー異世界転生? 悪役令嬢? 聖女召喚? もう慣れた。クラス転移も俺(私)がどうにかして見せます! (たっさそ)
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第1話 由依ー悪役令嬢? 聖女召喚? もう慣れた。

「ああ、リリアンヌ、目を覚ましたのね!!」

 

 

「うぅん、このパターンは悪役令嬢………!」

 

 

 

頭がガンガンと痛む。

 

私の名前は、名前は………

 

 

佐藤由依だったり小鳥遊ユズハだったりローゼマリー・フォン・ブルームーンだったりします。

 

どうやら今回はリリアンヌらしい。

 

自分の手を見ると、手が小さい、つまりパターンB、幼少期だ。

何かの拍子に頭を打って私の記憶が入り込んでいる。

ちなみにAは赤子

Cは入学式

Dは婚約破棄の瞬間だ。

 

「何を言っているのですか! 先生! リリアンヌ様が目を覚ましました!!」

 

メイドが医者を呼びにいく間に、記憶の整理を行う。

 

 

リリアンヌ。

たしか、赤き瞳のマリアとかいう乙女ゲームの悪役令嬢。

 

ズキズキと痛む頭の中、

 

「ぺ、ペンを………!」

 

別のメイドにペンを準備させる。

パターンBでよかった。一番やりやすい。

 

Aだと言葉を覚えて喋れるようになるまで時間がかかりすぎる。

 

「お嬢様、一体何を!?」

 

紙とペンを持って机に向かうと

 

 

リリアンヌに向けてこれからの指南書を書き殴る

 

 

王太子

天真爛漫な子が好き、淑女教育が完璧にできるようになったら演技でもいい、笑顔の練習をして快活な声で返事をしてあげて

 

 

リリアンヌの義理の弟

そろそろ家に来るかも? 

両親が事故で亡くなっている。リリアンヌの父の不貞の子ではない。安心して。

将来歪んだ心のドSにしたくなければ、いじめずにデロデロに甘やかしてしまえ

 

騎士団長の息子

強い。

猫好き。

猫は学校の講堂裏。

以上

 

 

メガネ図書委員長

こいつに勉強見て貰えばだいたい上位の点数は取れるわ

ゴミみたいなプライドはポイっと捨てなさい

あと文学作品には目を通しておくこと。

 

 

王立学校に庶民が入学してきた時

絶対に庶民に嫌がらせはしないこと。

実は公爵の隠し子。

 

パターンA

リリアンヌが嫌がらせの主犯にされた時

庶民が王太子と恋仲になると、リリアンヌは婚約破棄及び国外追放ののち野盗に殺される

逃げる準備(武芸、資金繰り)をするべし

 

パターンB

王立学校に入学した庶民も異世界の知識を持った転生者の場合(最近のテンプレは主人公に性悪女がよく憑依するから)

大抵元の性格の悪さで自滅する。

 

パターンC

それでも庶民が手強い場合

自棄にならず、誠実でいなさい。

上記の人間は可能な限り全力で味方につけなさい。

証拠集めできる人材を見つけておきなさい

それでも無理なら、いっそ逃げて

 

以上。未来のリリアンヌより。

 

 

「よし、寝る!」

 

 

ゴン!

 

とテーブルに頭を打ちつけて意識を失った

 

さあ、リリアンヌ、あとはあなた次第よ。

 

 

 

 

意識が覚醒していく。

 

手を見ると、どうやら大人程度の大きさ。

どうやらリリアンヌは死を回避できる条件を揃えたみたい。

 

今度の場所は、石畳?

ずいぶんとひんやり。

 

となると、勇者召喚、もしくは

 

 

「おお、ようこそいらっしゃいました! 聖女様!」

 

「ううん、このパターンは、聖女召喚。」

 

ふるふると頭を振りながら起き上がる。

さらりと流れる黒髪は、元の私の髪、佐藤由依だ。

格好は制服。知らないけど、高校の制服?どこのだろう。

目の前の人物は聖女召喚を主導した王子様だな。

 

 

「して、どちらが聖女様かな?」

 

しかも、巻き込まれ系。

ただし、知ってる物語ではなさそう。

くそ、そうなったらどちらが巻き込まれたのかわからない!

パターンでは巻き込まれた方が謎のユニークスキルで草生える奴。

もしくはーーー

 

周りを見れば、ぽっちゃり体型の可愛らしい女の子がいた。

痩せたら美人になるのは間違いない。ということは

 

「美しい貴女が聖女ですね?」

 

王子が手を差し出したのは、私。

 

ぽっちゃりとわたしだと、私が聖女になるやつだ。

聖女ではあるがわたしが当て馬だ。

 

なるほど、つまり今回の主人公は聖女である私じゃなくてこちらの女の子だな。

委細承知

 

つまり今までのテンプレから当て嵌めると、この世界は飯がまずい。

ご飯のまずさに食が細くなって痩せた女の子が自ら腕を振るう奴だ。

 

この女の子は料理が趣味の聖女召喚完全無視の料理系乙女ライトノベルだ。

この子の料理にバフでもついてれば完璧だ。

 

にしても、2回連続で主人公じゃなかったけど、悪役令嬢転生はテンプレだから主人公といってもさしつかえないのかしら?

 

「私は何をしたらいい?」

 

「世界の穢れを払って頂きたいのです。」

 

「対価は?」

 

「聖女は代々、王族との婚姻を結んでおります、それが」

 

「却下で。」

 

王子様がなにか言いかけていたけれど、無視。

 

私は一緒に召喚された女の子に手を差し伸べた。

 

「私は佐藤由依、貴女は?」

「え?え? は、はい。中村カエデです。」

「カエデ、私のカンだけど、料理が得意そうね」

「は、はい。」

「じゃあこの世界にいる間、私の料理は貴女に任せるわ。対価はこの王子との結婚で」

「「えええええ!!!」」

 

王子とカエデが声を揃えて仰天するのを尻目に、私は深く頷いた。

 

 

 

…………

……

 

 

数年後

 

私の聖気とカエデが作ったご飯を食べた騎士たちの手により、世界の穢れは祓われた。

 

カエデは騎士団長と結婚した。

 

 

「あ、意識が」

 

 

結婚式を見届けた私は、意識を失い

 

 

⭐︎

 

 

ぺけぽこぽんぽん♪ ぺけぽこぽんぽん♪

 

ぺけぽこぽんぽん♪ ぺけぽこぽんぽん♪

 

ガシッ!

 

「ここはどこ!?」

 

ガバッと起き上がるとすぐに

周囲を見渡す。

 

ベッドの上だ。

 

スマホは7:00を表示している

 

周りには見覚えのある壁紙や机がある。

 

「私の、部屋? もどって、来れたの?」

 

ほっぺたをつねっても、いつも痛いからもう抓らない。

 

私の名前は、佐藤由依。

 

ごく普通の中学生。

 

ネット小説や乙女ゲーム、BLゲームなんだったら物語全般をこよなく愛する普通の中学生。13才、のはずです。

体感年齢はもう20歳は過ぎてるけど。

 

わたしにはちょっと人と違ったことがあります。

 

それは、夢の世界で物語の中や異世界にトリップしてしまうこと。

 

 

複数の物語を一晩で何年も経験するので、これが本当の自分なのか、自信がありません。

 

 

もしかしたら、まだ夢の中で逆行している可能性だってあるのですから。

 

もはや最後に寝た日がいつだったのか思い出せませんが、私の覚えている限り、今の状態がオリジナルの佐藤由依だと思います。

 

部屋の外からお母さんの「ご飯よー!」との呼び声を受け、私は慌ててベッドから降りることにした。

 

 

 

 

 

制服を着て家を出ると、隣の家から割れた腹を掻き目を擦りながら出てきた制服の男。

 

「今日は?」

 

主語も述語もない。そんな幼馴染の樹(タツル)から放たれたことばに、私は簡潔に答える。

 

「乙女ゲーム赤き瞳のマリアの悪役令嬢。解決30分。あと聖女召喚3年。そっちは?」

 

「は、勇者召喚。巻き込まれた5人目の奴が謎のユニークスキルで好き勝手する奴。最初から最強だとハーレムが増えるだけで中身がなかったのか1年で急に終わった。打ち切りみたいだった。」

「ぶっ!!」

 

さすがに吹き出した。

私たち幼馴染は、夢の中で複数の世界を行き来している。

 

樹は勇者召喚や巻き込まれ系。私は悪役令嬢転生や聖女召喚。

 

もはやテンプレすぎて感慨も湧かない。

 

いくつ世界を救ったのかわからないが、救った世界のことはちゃんと覚えている。

 

なんだったら夢の中で習得した技術や魔法なんかは別の夢の世界で使うこともできる。

 

さすがに現実じゃ魔法は使えないけど、体術なんかは体力と柔軟さえ出来れば現実でも役に立つだろう。

 

 

「タツルの夢ってなろうかよー」

「エタったのかな」

「ふはっ!やめっふふふっ!」

 

そんな私たちの朝は夢の中の冒険話から始まる。

 

 

明日、なろうでおなじみのクラス転移に巻き込まれるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 




次回予告
【「俺、また何かやっちゃいましたドヤ?」を全力で否定する!!!】
お楽しみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は評価をお願いします。


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第2話 樹ー「俺、また何かやっちゃいましたドヤ?」を全力で否定する!!!

「いかがいたしましょう? 魔王様」

 

「ふむ、この感じは、なろう鉄則3………魔王転生か。」

 

俺は自分の身を見下ろしながらつぶやく。

周囲を見渡せば、会議室で、俺の発言を待っている異形の者たち。

間違いない。このタイプはよくある魔王転生だ。

 

「あの、魔王様?」

 

心配そうにこちらを見る真っ赤な髪での角の生えた美しい女性。おそらく魔族。サキュバスか?

そして、こういった魔王転生には、間違いなく、裏切り者がいる。

 

テンプレだ。

考えるまでもない。

なんの会議をしていたかも重要ではない。

 

「魔王軍の師団長の誰かが間違いなく人間族と内通している。四六時中相互に監視しろ」

 

「な!?」

「我々をお疑いですか!?」

 

ざわざわ、こちらを不審な目で見るメデューサやハーピィ、サキュバス、吸血鬼、魔人。

いや、なにを不信がっているは分からんが、こういうのは、鉄則なんだよ。

 

「今日の会議は以上だな。」

 

 

………

……

 

数日後

 

コンコン

 

「入れ」

 

魔王の魔法の練習してたらサキュバスがノックしてきた。

 

「ご報告します。第二師団長ヴァンパイア族のグードルフが人間族の帝国に情報を流していることが判明しました。」

 

 

「ほらな。じゃあ次のテンプレいくわ。」

 

 

 

 

          ☆彡

 

 

 

 

 

俺の名前は………。

名前は………。

鈴木樹(すずきたつる)だったり、紫京院ワタルだったりユージだったり魔王だったりする。

 

 

なろうテンプレ絶対に許さないマンだ。

 

俺と幼馴染の由依は、夢の中でよくなろうテンプレの世界に迷い込む。

 

2人で同じ世界に行ったことはないが、俺は勇者召喚、悪徳貴族デブ転生、由依は聖女召喚や悪役令嬢転生などジャンルは分かれているものの、テンプレを知り尽くした俺らにそんなものを解決するのは容易い。そんな世界に度々夢の中で転生やら召喚やら憑依やらしているわけだ。

 

 

さらにいえば、夢で体験した事象は、別の夢でも再現可能。自分がなろうテンプレになりたくはなかったが、夢の世界での夢幻牢獄を脱出するためには活用させていただいている。

 

「………はっ!?」

 

 

というわけで、『今回のここはどこだ?』はどこなんだろう。

今は夢の中か。

 

いや、夢の中なのはいつものことだけど、どんな物語だ?

 

周囲を確認すると、どうやら体育館。

周囲は生徒で、俺自身、奇抜な制服を着ていることがわかる。

なんだこの服。線が多すぎだろ、装飾も、どうなってんだこれ。

ささくれに引っ掛かったらめっちゃほつれそう。絵師さん大変だな。

 

女子の制服なんて、乳袋がついてやがる。

女子たちはボディライン丸わかりで恥ずかしくないのかな。

パンツが見えてる子がいることから、エロ絵師がついたのだろうということはわかる。

 

 

ひとまずは状況把握だ。

 

なろう鉄則1、『とりあえず赤子転生』ではない。

 

次は………。

なろう鉄則2、『とりあえず異世界転移』かどうかの確認だ。

 

手を見ると、右手につけていた傷跡がないことから、自分の肉体ではないので

 

なろう鉄則3、『とりあえず他人に憑依』である

 

これは先の魔王転生なども鉄則3にあたる。

それがわかれば、次にやるべきこと、誰が主人公かを見定める必要がある。

 

 

俺や由依が夢の中で憑依転生などをする際に、夢幻牢獄脱出に必要な条件や脱出タイプがある。

 

己が主人公である『脱出タイプA』(楽)

 

主人公格をハッピーエンドに導く『脱出タイプB』(数年かかるがまあ楽)

 

モブ憑依による干渉が難しい『脱出タイプC』(数年かかる状況把握に時間が掛かる)

 

本来の物語の破綻による強制終了の『脱出タイプD』(非常に楽)

 

など、いくつかの脱出タイプが存在する。

由依はパターンと言っていたかな。

 

悪役令嬢転生などはタイプAとDの複合のようなもので、条件さえ満たせば一瞬で夢幻牢獄を脱出出来るそうだ。

 

 

「では、入学式を終了するぞい。皆の者、勉学を励むように。」

 

『ぞい。』キャラ付けか。なるほど。

アニメ漫画以外で何度も耳で聞いた。

 

どうやら入学式が終わったらしい。

 

というか、入学式だったのか。

 

よくわからないが、学園長っぽい人は取ってつけたようなロリババアだったので、十中八九ここは魔法学園のある世界で間違いない。

 

 

『新入生のみなさんは魔法の測定を行います。15分後に訓練所までお願いします』

 

との放送。

 

ふむ、入学試験ではなく、入学後に測定を行うあたり、シナリオの破綻を感じる。

 

魔法学園系なろうのシナリオを検証しよう。

 

シナリオA

『主人公は学園の講師。通常の数値はポンコツだが、一点突破の超絶特技、もしくは謎の古代技術を持つ。現在の基準が昔より低いドヤドヤ(ドヤ)ったれ』

 

シナリオB

『主人公は転生者、異常に甘やかされて世間知らずだが、謎の全属性無尽蔵魔力とその昔教えた人間も超絶技術をもっており「俺、なにかやっちゃいましたドヤ?」をやる最上級クラスに所属する(ドヤ)ったれ』

 

シナリオC

『実は凄いけど測定器が測りきれなくてバグって最下級のクラスに所属することになっちゃう(ドヤ)ったれ下剋上ドヤ系』

 

女子の制服がエロ過ぎるので、シナリオAが最有力だろうか

 

入学試験後に測定ということでシナリオCの可能性も出てきた。

 

 

自分の名前もわからないまま、人の流れに沿って移動する。

 

こういう時は胸ポケットに謎のタブレットか生徒手帳が入っているはずだ。

 

ふむふむ。

俺の名前は

【ヴィルフリート・フォン・リヒテンシュタイン】

 

名前が長いことから、俺は登場人物か主要人物っぽいな。

だが、この名前のやっつけ感がすごい。国名だぞ、リヒテンシュタインは。迂闊に苗字にしていいものじゃない。

この物語の作家は特に名前の由来を考えもせずにカッコ良さそうと思ってつけるタイプだ。最悪だ。

 

生徒手帳の顔写真を見る限り、俺の髪の色が赤色であることから、間違いなく俺は火の魔法を得意としていることはわかった。

 

「押さないで! 押さないでください!」

 

 

 

なんて考えながら歩いていたからか

 

「きゃっ!!」

「ぬお!!!」

 

後ろから悪質タックルされた。

 

顔面からズベシャ!と盛大にずっこける。

下手に手をついたら手首が折れる奴だ。

物語の中ならギャグや軽傷で済むかもしれないが、我が身に起きれば溜まったものではない。

 

 

いてえ、が、まあ、体育館の出口は狭いしな。

こういうこともあるのだろう。

 

「す、すみませんすみません!!」

 

タックルの張本人が申し訳なさそうに謝ってくるのを見て毒気を抜かれるも

 

「ああ、いや、問題なーーー」

 

いや待て、発言を早まるな。

 

む、ぶつかってきた少女は………なるほど、ヒロインだな。

 

ぶつかってきた少女は可愛らしかった。

薄水色の髪の毛は間違いなく水の魔法の天才であることが見え隠れしている。

それに、制服が周囲の女子たちとすこし違う。

 

周囲の女子の制服は白を基調とした金の刺繍があるが、彼女の制服はグレーを基調とした、なんというか落ちこぼれかお金がない庶民であることが一瞬でわかるようなデザインだ。

 

つまり、彼女は魔法の才能を見出された庶民で、推薦か何かでこの学校に来たのだと推測できる。

 

学校は平等に学ぶ場所であるという建前だが、学校側が平然と貴族を贔屓している奴だ。何度も見た。

 

(おい、あいつ死んだぞ)

(火の魔法の名門リヒテンシュタインを転ばせたんだからな)

 

との周囲からのヒソヒソ言葉を察するに、俺はどうやらワガママ貴族かそこらなのだろう。

 

俺自身が悪徳貴族転生だったらしい。

俺が主人公である線は消えた。

 

つまりは悪徳貴族ムーブを行わないならばこの夢の牢獄からの脱出が可能だろう。

方針が固まった。

夢幻牢獄脱出ルート、『主人公格をハッピーエンドに導く』脱出タイプBかタイプD………つまり『本来の物語の破綻』を満たすことが出来れば、脱出可能。

最速だと、悪役ムーブを回避すればヴィルフリートの死の運命を覆せる。

 

俺みたいなやつ、つまり序盤の悪役は、テンプレだと主人公にボコボコにされた後、ふてくされて謎の敵対組織の魔道具や薬の実験に協力して理性を失った後に主人公にもう一度倒されて主人公ドヤされる当て馬だ。

 

よくあるやつ………。その、なんだ。

「復讐したいか」「力が欲しいか」なんて甘言にのせられるやつ。それが今回の(ヴィルフリート)のポジションだ。

 

そういう流れだ。誰もが知ってるテンプレだ。見飽きたくらいだ。

ステータスオープンなんて言えば原理なんてどうでもいいがとりあえずステータスが見えるくらい………その流れは、なろうでは当たり前なんだ。

 

ここで彼女を罵倒し罵声を浴びせれば、主人公格が助けてくれるに違いない。

 

この場合、主人公が転生者であるか否かで対応は変わるのだが、主人公を見つけることが出来なかった現在、下手に改変すると余計に厄介になる。

 

だったら、むしろ破綻させて仕舞えばいい。

とはいえ、主人公が誰なのかを一発で判断できるこの状況を利用しない手はない。

 

俺がやるべきは、悪役ムーブ!

 

「なにを考えてこの俺様を押し倒したのだ!! この高貴な制服と顔に土を塗ったことにどう落とし前をつける!! 事と次第によってはただではおかんぞ、このッッ平民がァッッ!!!」

 

 

このムーブにより、教師(主人公)が止めに来たらシナリオA『主人公は学園の講師ドヤ』

 

生徒(主人公格)が止めたらシナリオB『俺、なにかやっちゃいましたドヤ?』

 

誰も止めに来ないのならばシナリオC『下剋上ドヤ』がほぼ確定する。

もちろん、誰も止めに来ない場合、シナリオAもあり得るが、可能性としてはシナリオCの方が高いだろう。

 

 

「うう、ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

 

さあこい、主人公!!

来てくれないとこの後どう収拾をつけるのか、俺もわからない!

魔法学園シナリオCだと基本的に主人公が来なかった場合の描写はない! 底辺の教室で泣いているところから始まるんだ!

 

「まて!!」

 

よし来た!! 制服!

シナリオB!!

 

「なんだ貴様ァ! (チラッと)平民の分際で私にたてつくつもりか!?」

 

主人公はどうやら平民として入学している。

服を見て一瞬で判断を下さないといけない。

 

 

「セロくん!」

 

主人公を涙目で見つめる女の子(チョロイン)。どうやら主人公の名前はセロ。

ヒロインとの邂逅はすでに済んでいるようだ。この当て馬感、さすがすぎる。

 

セロの髪と目を観察する。

 

黒髪黒目。

つまり間違いなく転生者だ。脳死なろう作家が考えそうなことだ。

日本人は特別なんです~^^ とでも言いたげだ。

日本人(オタク)妄想(イメージ)が得意なんですぅ。ってか?

 

だったら炎を絵で描いてみろよ、イメージできてるならアウトプットは余裕だろう。言っておくが俺には無理だった。

だから滅茶苦茶がんばって火の絵と水の絵と土の絵と空と原子の構造模式図と化学式と化学反応を描いて勉強してイメージしまくった。

すいへいりーべ ぼくのふねだ。

おかげで現実でも美術と理科の成績はそれなりにいい方だ。くそったれ。

 

そんでもって主人公の中に入っているのは過労死かトラックか通り魔にやられたおっさんだ。いつものなろうだ。

 

いい歳こいてドヤってんじゃないよと言いたい。

 

セロのセリフの「まて!」も俺の脳内で「まつドヤ!」と語尾が変換されてしまうくらいには慣れてしまっている。

 

「この私の制服を汚したのだ、まさか(文字通り)タダで済まそうと思っているわけではあるまいな!!」

 

マジでいくらするんだろう、この制服。

クリーニングだけで相当お金かかりそうなんだけど、この庶民の女の子にはクリーニング代だけで荷がおっもいはずだ。

 

心優しいお貴族様ならば、いいよいいよでなぁなぁで済ませたかもしれないが、悪役ムーブ中にそれはもうできない。

 

主人公がセロだということも分かった。

 

「セフィーラは、何度もあやまっているじゃないか!」

 

とセロが言う。そうか、彼女の名前はセフィーラというのか。

 

「なるほど、セロとやら。つまり、お前はこう言いたいわけだな。『あやまっているから許してあげろ』と。」

 

普通のなろうなら、ふざけるなとか言って手を出すのが悪役ムーブなのだろう。

だが、俺はいつだってテンプレに物申したいんだ。

 

「そ、そうだ!」

 

「つまり、顔に傷をつけ、服を汚されほつれさせたまま、今日の学校生活を行え、と!!」

 

「な、なにもそこまでは」

 

セロは急に日和りだした。

ふん。中身はサイコパスのおっさんだ。

言葉が通じるかは不明だが、言うべきことは決まっている。

 

「いーや、言っている! そもそも、わたしは謝ったから許すのではなく、落とし前の………誠意の話をしているのだ! 彼女が私の腰に思いきり激突して転げまわった結果、私は泥だらけで私を下敷きにした彼女は無傷。感謝こそさえれど、恨まれた挙句に私の制服のクリーニング代を私が出すのは筋違いというものではないか? 本当に申し訳ないと思っているのなら、謝るだけではなく、クリーニングをして返す、クリーニング代を渡す、着替えを準備するなど複数のやりようがあるのではないか?」

 

「だ、だが」

「いいの、セロくん。私がぶつかっちゃったのが悪いんだから」

「でも………」

 

「ほう、申し訳ないといっているのは、口先だけだったということだな。さすがは平民! 財布も心もすっかすかだなぁ! はっはっは!!」

 

我ながら、よくこんな憎まれ口をたたけるものだ。

 

「く………。口をはさんで、申し訳ありませんでした。」

 

おや、意外にもこの場ではサイコパスではなかったようだ。

女の子を助けるドヤ! と突っ走るのがなろうの日常だというのに。

 

とはいえ、これも「こんなに強い力を持ってるけどボクちゃんと謝ることができますよ、偉いでしょ」という作者の感情が見え隠れしている。

こんなもの、序盤を過ぎたらやはりただのサイコパスだ。

 

「制服のクリーニング代は当然私が負担します。申し訳ありませんでした。」

「ふん、初めからそういえばいいのだ。セフィーラとやら、貴様に請求書を送らせてもらう。」

 

 パンパンと、ある程度の砂を落とす。でも金の刺繍が割とボロボロだ。うひぃ。

 

「はい。庇って下さり、ありがとうございました。」

 

 

深々と頭を下げる美少女を見ると、こちらの罪悪感が爆発しそうになるから心臓に悪い。

本来、体育館の狭い出入り口がわるいのに。

 

 

 

          ☆彡

 

 

 

さて、人のことをサイコパスだなんだと言っておきながらだが、俺は自分のことをサイコパスだと思っている。

 

なぜなら、なろうテンプレを自分で体験していると、『ここぞ』という時にそれをぶち壊したくなってしまうからだ。

 

 

俺だって元々は夢の中で主人公として努力して努力して、手に入れた力がある。

夢の中ならば、それを扱える。

 

この夢の中でなら、俺はなろう転生者同然のチート持ちなのだ。

 

誰が主人公か分かってしまえば、物語をぶち壊して夢幻牢獄から脱出する。

 

 

何が悲しくて何年もそんな世界にとらわれ続けなくちゃいけないんだ。

早く目覚めたいのは当たり前だ。

 

俺は由依に会いたいんだ。

 

幼馴染の、女の子に。

 

だが、由依は物語をこよなく愛している。

俺が物語を破綻させると知ったら、きっとおっさんみたいに笑いながらプリプリと怒るだろう

 

とはいえ、もう見慣れてしまったテンプレを、あくびしながら続ける気持ちにもなってほしい。

 

 

「では、このミスリルゴーレムに向かって得意な魔法を全力(・・)で放って下さい」

 

 

ほーら、でたでた。

耐久性の優れる案山子(サンドバッグ)だ。

5個くらい並んで立っている案山子に、皆初級のファイアーボール、ウォーターボール、サンドボール、色物としては弓矢に風をまとわせて放っている。

 

「どきなさい、あたしの番よ!」

 

ちょっとおませな深紅の髪のツンデレっぽい貴族なんかは間違いなくヒロインその2。

セロのバカみたいな魔術をみてインチキだとか言ったりなんだかんだで「いっしょにパーティ組んであげてもいいわよ」とか言うに違いない。

なろうで見た。ソースは俺。

 

「立ち上る炎の壁、我が怨敵を燃やし尽くせ! ファイアーウォール!」

 

あいたたた、こりゃあ作者の詠唱語彙力が少ない奴だ!

でもこんなものは、なろうじゃ序の口だ。

 

「うお! すげえ! 中級魔法のファイアーウォールだ!まだ新入学生なのに!」

「ふふん♪」

 

あ、今のセリフは俺が手をメガホンにしてガヤの中から飛ばしているよ。

得意げな表情に声優不足のモブムーブも完璧だ。

 

「見ててね、セロくん。………原初の水の本流よ、揺蕩う大河よ!其れを縛り、留め、渦と為せ!! 我の祈りに応えよ! 契約の元、セフィーラが命ずる!!お願い、ウンディーネ………! アクアッットルネード!!」

 

セフィーラがなんだか炎の中級魔法よりしっかりした上級精霊水魔法の詠唱でアクアトルネードを当然のように発動してミスリルゴーレムにヒビを入れる。

 

 

「すげえ! 今年の一年生はやばい奴がいっぱいだ!!」

「どうなってんだ今年の一年は!」

「化け物揃いかよ!」

 

なんてモブムーブを行う。

お、先輩のモブムーブ素敵っすね。

 

「つぎは………、セロ。得意な魔法を全力で放ってください」

 

おおっと、今度はセロの番だ。

キョトンとした顔がわざとらしいな。本当は分かっているはずなんだ。

これまでのみんなの魔法の結果と、皆の反応を見て、中級が打てたら十分優等生だということに。

 

中身がおっさんだとしても、なんだったら引きこもりのニートだとしても。

中身が日本人であるならば、周りに合わせる方法を日本の一般常識で知っているはずだ。

 

だけど、全力で、なんて言ったら自称、世間知らずのセロくんは絶対に――

 

 

 

 

無限獄炎(インフィニティフレア)氷結地獄(・コキュートス)

 

 

 

 

 

――――ッッッドォオオオオオオオオオオオオンン!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

なんか最上級っぽいルビを振って無詠唱でなんかするに決まっている。

 

わかるよ。わかるわかる。

『ぼくがかんがえたさいきょうまほう』でしょ。

 

絶対零度まで凍った空気と、ダイヤモンドダストに一気に獄炎を点火して水蒸気爆発がうんたらかんたらしてるんでしょ。

いいよ、いらんよそんな説明。

 

聞いても意味ないし。

 

 

「まさか、ミスリルゴーレムだけじゃなくて、訓練場ごと爆発するなんて………! しかも、無詠唱………!?」

 

それさっき俺が言った。

そんな先生が驚くのを見るのは何度目だろう。

 

 

ぱらぱらと土煙と爆炎に凍り付く生徒たち。先生たちも口をあんぐりしているよ。

 

 

さあ、言うぞ。

 

今から言うぞ。

 

そんな爆炎を背景にしてお決まりのセリフを言うぞ。

 

 

 

 

 

「………あれ? 俺、またなにかやっちゃいました?」

 

 

 

 

当ったり前じゃボケ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面転換の 『☆彡(これ)』 はもうすこし待て。その伏線も回収しておく。

 

 

 

「『隕石落とし(メテオストライク)』どーん!」 

 

 

俺はさっきの魔王の夢の世界で手に入れていた星の魔法で隕石を呼んで、あの、なんだ。セロくんが使ってた『無限爆殺氷の炎(インフィニティなんだっけ)?』 のクレーターを埋めてやった。

更に大きなクレーターが出来たかも。

 

 

「いいや、お前は特になにもやっちゃっていない。安心しろ。」

 

 

☆彡(ドゴン!)   ☆★彡(ドゴーン!!) と降り注ぐ隕石。

 

それを呆然と眺めるセロくんの肩にポンと手を置いてやった。

 

 

俺の意識は消失した。

 

 

脱出タイプD(シナリオの破綻) コンプリート。

 

 

 

 

 

          ☆彡

 

 

 

 

―――ピピ(ガン!

 

 

 目覚ましが鳴った瞬間に高速チョップ。

 

「ここは、俺の部屋か」

 

 

ここは間違いなく鈴木樹(すずきたつる)の部屋だ。

 

今日の夢は短かったな。

 

時々、誰が主人公なのかよくわからないモブになることがあるんだ。

それが一番恐ろしい。

 

どういうムーブをすればシナリオを破綻できるか、まるで分らないからな。

 

 

 

 

          ☆

 

 

 

「おはよー、タツル」

「おはー」

 

 

俺が家を出る時間と、由依が家を出る時間はだいたい一緒だ。

 

 

「今日は?」

 

 

主語も述語もない。由依のそんな問いかけの意味は

 

 

「は、『魔王転生』7日。『魔法学園の「俺、なにかやっちゃいました?」』対応時間は1時間。」

 

「ふっはー! ちょっふふっ、それっ、どうやって帰還したの?」

 

「なにかやっちゃいました後に、もっとすごいのやっちゃって、なにかやっちゃったのをたいしたことなくした」

 

「ぶっはー! パターンDだ! シナリオ破壊だ! 主人公を幸せにしてやってよー!」

 

「俺は早く目覚めたいんだよ。由依は?」

 

 

「は、『情報なし謎スキル突然異世界転移』5年と、『謎スキルのもう遅いざまぁ』が1年。今回はちょっとかかったなぁ。ざまあはすっきりしたよ。」

 

「主人公格の幸せを見届けようとするから時間が掛かるんだよ。どんなざまあ?」

 

「触った相手の精神が安定するスキルで有用性がわからなかったんだけど、一緒に組んでたパーティを追い出されたら一瞬で夢から醒めたの。もともとパーティメンバー全員チキンだったんだよ。あと、私なんだかんだで家事スキルたかいじゃん? 雑用する人がいなくなったんだよね」

 

「ぶふっ! じゃ、じゃあスキルがなくなったとたんにガクブルか?」

 

「そう。ゴブリン相手に手も足も出ないの。上級の魔法とか剣技とか使えたはずなのに」

 

「あっはっは! なんだそりゃ! 傑作だろ!」

 

「タツルのシナリオ破壊には負けるよ。プロローグは過ぎても第1章で完だよ!」

 

「うっせ。情報なし異世界転移は、困った時のあれか?」

 

「そう、『ステータスオープン』。なんなんだろうね、あれ。ちなみに触った魔道具の能力をスキルにして手に入るやつだった」

 

「うわ、いいなそれ」

 

 

俺たちの日常は、いつもの夢の語らいから始まる。

 

 

そんな、クラス転移に巻き込まれる30分前の、日常の光景。

 

 

 




次回予告
【通学路とキャラ紹介とクラス転移】

お楽しみに。


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は



評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)



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第3話 樹ー通学路とキャラ紹介とクラス転移

 

 

 

朝の通学路。

夢で大冒険をするにしても、俺と由依は中学生。

学生さんなのだ。

 

「でさ、やっぱり憑依が一番楽なわけよ。無茶出来るし。」

「まあ、わからなくもない。最近になると、もう俺は自分自身が主人公だと物語の攻略に本気になれない」

「あ、それわかるかも。私は他人のハッピーエンド見るの好き」

 

一般人には全然わからない話をしながら、2人で登校するのは、毎日の日課だ。

 

「あ、俊平ちゃんだ!」

「ん? 本当だ。後ろからこっそり佐之助が近づいてるが?」

 

そんな通学路で、身の丈に合わない学生服を着て、学生カバンをえっちらおっちらと重そうに両手で抱えて歩いている男の子。

 

彼は同じクラスの緑川俊平。

中学生にもなって、あろうことかクラスメイトの誰よりも身長が小さい学校のマスコット。

 

そして、その後ろから、なにやらイタズラをしようとしている佐之助。佐之助は樹と由依に気づいたようだが、唇に人差し指を立ててジェスチャーする。

いいだろう。俺と由依もこっそりと俊平の背後につく。

 

「俊平!」

 

 ひょいっ

 

「ぴゃ―――!!」

 

 突然、腋から手を突っ込まれて持ち上げられ、俊平は情けない悲鳴を上げる

 

 おそるおそる振り返ると、そこにいたのは

 

「佐之助! 樹くんと由依ちゃんも!」

 

「ようっ」

「おっす」

「おはよー」

 

 まあ当然、俊平の友人。エロガッパの西村佐之助。

 彼は写真部に所属するカメラマン。女子のキワドイ写真を撮るために粉骨砕身している猛者である。

 

 そんな彼は俊平とは小学生時代からの幼馴染であり、親友らしい。

 

「相変わらず軽いな!30kgもないんじゃないか?」

 

 ひょいひょいと俊平の身体を上下に上げ下げしながら佐之助はケラケラと笑う。

 

「あ、あるよ! ………四捨五入したら」

「四捨五入しないといけないのかよ。」

 

 そういって俊平を肩車する佐之助。佐之助の身長は160cmと中肉中背だが、その軽すぎる体重に納得できるほどの低身長である俊平なら全く苦にならずに肩車をする事が可能だったようだ

 

 俊平も複雑そうに佐之助の頭に腕を回して落ちないようにする

 俊平にとっても、この年になって肩車というのは、存外に恥ずかしいものであった

 

 しかし、悲しいことにお子様体型である俊平にはこれ以上ないほど似合っていた

 

「それで? 佐之助はなんで朝っぱらから僕のところに肩車しにきたの? いっしょに登校なんてガラじゃないでしょ? 樹くんと由依ちゃんはおはよう。」

 

 自分がお子様体型なことはもう仕方のないことだも諦め、佐之助がなぜここにきたのかを問う。

 

「おうよ。お宝画像を手に入れたから、ちょっくらお前さんにもお裾分けをと思ってな。ほら、修学旅行が近いだろう? 写真の整理をしていたら出てきたっぜぃ!」

 

 そう言って懐から人差し指と中指で挟んでシュビッ! と3枚の写真を取り出すと、頭の上の俊平に一枚差し出した

 

「これ? ぶーっ!」

 

 そこにあったのは、空手部大将、百地瑠々(ももちるる)のお着替えシーンであった

 俊平はたまらずに写真を見た瞬間に顔を真っ赤にして吹き出してしまった

 

「この変態! いつか捕まってしまえ!」

 

 佐之助の肩の上からポカポカと頭を殴る俊平。しかし悲しいかな、全然威力が無いのである。

 

「わー! 待て待て! これは百地が無防備すぎるせいだ! 決して盗撮じゃない! よく見ろ! 道場の中で着替える奴があるか! 緩んだ胴着で汗を拭いてるだけだっぜぃ!」

 

「でもこっそり撮ったんでしょ?」

 

 この状況をこっそり撮ること自体、盗撮ではなかろうか。

 俊平はジト目で佐之助を見下ろすと

 

「おうともさ! 逃げる、隠れる、騙くらかすにおいて俺っちに勝てるやつはそうそういないっぜぃ!」

 

 なんとも自信満々な答えが返ってきた

 それを盗撮と言わずになんという。

 

「うーわ。キモー。」

「おまわりさんこいつです!」

 

由依と俊平がドン引きするのも当然だろう。

 

「容疑はその辺の下級生に被せてきたよん。だから俺っちってばすでに表面上は無実なんだわ」

 

 なんとも用意周到な返しに俊平も呆れ気味だ。

 

「エロは死んで治したほうがいいかもね」

 

「バカ言え。エロは死んでもエロだっぜぃ!

 んで、もう一枚の写真がコレだ。」

 

 呆れたため息を漏らす俊平。エロは死んでも治らないらしい。

 性懲りもなく、二枚目、三枚目の写真を頭上に掲げ、俊平に手渡した。

 手渡された物はなんとなく掴んで目を通してしまうわけで、興味が全くない、というわけではないことがわかり、佐之助も「やっぱり俊平も男なんだなぁ」と若干ニヤケ顔だ。

 

「うん? 樹くん? 男の子が被写体って珍しいね。こっちは由依ちゃん。」

 

「ん? 由依写真?」

「タツルの写真? 見せて!」

 

俊平に渡したのはどうやら俺と由依の写真らしい。

しかし、肩車中の俊平の手のなかにある写真は見ることができない!

 

なんということだ、気になる!

 

 

「おおっと、しまった。こっちは売るようだった。」

 

ババっと俊平が持つ写真を回収する

 

「売る用ってなによ!?売買してんのかよ!?」

「変な写真撮ってんじゃねーだろーな!」

 

「安心しろ、クラスメイト全員の写真、男女ともに平等に売ってるっぜぃ。」

 

ニヤリと笑う佐之助。

そんなエロガッパの誘惑に、なろうテンプレを消化し続ける無敵の彼らがのせられるわけが

 

「由依の」

「タツルの」

「「写真を売ってください」」

 

「………まいどあり」

 

のせられてしまった。

 

異世界でなろうテンプレを軽々と消化する俺と由依だが、同級生の手のひらの上ではコロコロとよく転がるのだ。

夢とは違い、現実はままならない。

お、この由依あくびしてんじゃん。かわー。

 

「ダメだよ佐之助。盗撮した写真で売買したら。」

 

「いーのいーの。あの2人はこっちが胸焼けするほどラブラブだっぜい。本人は付き合ってないとか言ってるけど。お得意様は大事にするっぜぃ。」

 

「そうなんだぁ。」

 

「俊平はもっとエロに興味を持ったほうがいいっぜぃ! だから毛も生えないし精通もしてないんだよ。ほい、水泳部の巨乳ちゃん、岡野真澄のおっぱいドアップ写真だ。俊平も男だ。こっちのほうが好きだろう?」

 

「いらないよ! それに余計なお世話だよぉ」

 

 ズビシッと佐之助の頭にチョップをかまし、写真を元に戻させる

 小さな声で「毛も生えない………うぅ」と肩を落としていたことは心の(エロ)い佐之助はスルーしてあげることにした。それが親友の優しさである。

 

まったくもう。と佐之助の肩の上で一通りプンスコした俊平は、いらん世話を焼く友人に若干の苛立ちを覚える

 

「で、最後の一枚がアニメ研究部、田中花音のパン―――」

 

「興味深い話をしているな。話しを聞かせては貰えないか。なあ、西村。それに緑川。」

 

 ややハスキーな声がまたも背後から聞こえ、ビクリと肩を揺らす佐之助と俊平。

 

互いの写真を見せ合って「よく撮れているな」「撮影の技術すごいわね」などと言っていた由依と俺もその声に反応してそちらを向く。

 佐之助と俊平は二人そろって恐る恐る振り返ると

 

「げぇ! 百地!!」

「瑠々ちゃん………」

 

 そこに居たのは、先ほど話題に上がった空手部の大将。百地瑠々であった。

 

「それで? その写真には何が映っているんだ? 答えてくれないか、西村。『パン――』の後は何が入るのだ? んん?」

 

 ずいっと整った顔を寄せて責めるような視線を佐之助に突き刺す。

 その視線光線に大量の冷や汗を流す佐之助。

 彼が手元の写真には、百地瑠々のへそチラ画像と岡野真澄のおっぱいドアップ画像と田中花音のパンチラ画像が握られているのだ。

 言い逃れは出来ない。

 

(さらば佐之助、キミのことは忘れないよ。フォーエバー南無。)

 

 と心の中で念仏を唱えるのはもちろん俺。

 

(ただ、俺だけは巻き込まないでくれよ!)

 

由依と一緒に佐之助から距離を取る。

佐之助に肩車されている俊平が不憫でならない。

 

「こ、この写真は、パンダの写真だっぜぃ! いやぁ、この前動物園に行った時に撮ったんだよなぁ。『珍珍(ちんちん)』ってなまえだったっぜぃ! リピートアフタミー、『(ちん)ち―――」

 

 ――― ブゥン!!

 

 瞬間、百地瑠々の身体が一気に間合いを詰めた。

 俊平と佐之助の眼には彼女がブレたようにしか見えなかった。

 ブレたと思ったその時には、すでに彼女の左の上段回し蹴りが佐之助のこめかみまであと1㎝というところで停止していた

 

「ぴゃ―――!!」

「ぎゃ―――!!」

 

 遅れて俊平の太ももと佐之助の髪の毛を風が撫でる。

 一撃で死にかねない威力のその蹴りと技術を見て、何とも言えない恐怖に支配された俊平と佐之助は、情けない悲鳴を上げながらその場を動くこともできずに硬直したままガクガクと震えるという器用なことをしていた。

 

 

「嘘こけボケナス。そんな名前のパンダが居てたまるか。そしてさりげなく言わせようとするな!」

 

 

 そういって佐之助の震える左手から二枚の写真をひったくってしまった瑠々。

 

(佐之助、死んだかな?)

 

 と俺が思った、まさにその時、佐之助は右手でスマホの無音カメラ(犯罪じゃねーか)を起動していたのが夢の中とはいえ勇者の経験がある樹の動体視力に映った。

 

 無音カメラの撮影は終わっていたのか、撮った後の画像が表示されており、そこに映っていたのは―――先ほどの回し蹴りの際に舞った、スカートの中身だった。

 

「………。」

 

 佐之助は、どんな状況でも歪みなかった。

 ちなみに、ピンクの水玉だった。

 なにがとは言わない。

 

「………む、本当にパンダの画像だと!? いつの間にすり替えたのだ………」

 

 

 そしてさらに手に持っていた写真は、本物のパンダの写真にすり替えられており、佐之助を摘発する証拠としては完全に成り立たないものであった

 

 

 ―――逃げる、隠れる、騙くらかすに置いて、俺っちに勝るヤツは居ないっぜぃ!

 

 

 そのスキルをもっと有意義なことに使えれば、なろうテンプレでも有用なスキルなのにな。と、樹は心の中で思った。

 

 

「じ、じゃあ俺っちは社交ダンスのお稽古があるからお先に失礼させてもらうっぜぃ!」

「うひゃっ!? 今から学校だよぉ!?」

「おっと!?」

 

 佐之助は俊平を肩の上からぺいっと瑠々に向かって放り投げ、漫画のような逃走をしてこの場から離脱した

 

「………。」

「………。」

 

 

 取り残された瑠々と、彼女にお姫様抱っこされた俊平は気まずそうに顔を見合わせ、

 

「「………はぁ」」

 

 同時にため息を漏らした。

 

「なんかごめんね、瑠々ちゃん。」

「………犯人はアイツしかいないのだが、こうも巻かれては仕方がない。聞くとは思えんが、緑川からも今後はやめるように言っといてくれ。」

 

 佐之助の行動に呆れて頭を手で押さえながらも、一応その友人である俊平に佐之助の行動を諫めるように提言する。

 

 空手部の大将ということで身長も高く顔も整ってはいるがその凛々しい姿に周りの生徒には近寄りがたいオーラを発している瑠々。それゆえに3歳は………いや、もしかしたらそれ以上に年下に見えるこの小さな少年に名前で呼ばれて『ちゃん』付けまでされてしまうと何とも言えないむずがゆさが背中を走る。

 ただ、本人がそう言う性格だというのは同じクラスになってからのひと月でよく知っているし、不快ではないため、口には出さない。

 

「うん。聞いてくれるとは思えないけど、僕からも言っておくよ。」

「助かる。」

 

 俊平も、エロに生きる彼がその行動を止めるとは思ってはいないが、それで被害を受ける子も現にここにいるわけだし、注意くらいはしておこうと思っていた。

 

「時に緑川」

「なに?」

「最近縁子と仲がいいらしいな」

 

 唐突な話題転換に少し戸惑う俊平だが、いつまでも女の子とエロガッパの話を続けているわけにもいかないと、すぐに話題転換に乗ることにした

 

「ん、んー。そう、なのかな? 自分じゃよくわからないけど、最近はたしかに縁子ちゃんが僕に話しかけてくれるね。」

 

「そうなのか?由依。」

「確かに、俊平ちゃんとユカリコが一緒にいるのよく見るかも。俊平ちゃん、かわいいからユカリコもほっとかないんだよぉ!」

 

縁子、とは、北条縁子。

生徒会副会長を務める女の子だ。

美人で人当たりも良く、学校のマドンナ、天使とも言われている。

 

 そんな彼女がどういう意図で俊平に話しかけているのかはわからないが、それで実害があるわけでもないのでこのままもっとクラスメイト達がもっと仲良くなれたらいいなと俺はは思っている。

 

「ああ。私達にとっても縁子は大事な幼馴染だ。縁子に何かあったら許さんが、縁子のことをよろしく頼んだぞ」

 

 瑠々はどこか危なっかしいほわほわした雰囲気を纏っている縁子のことが心配らしい。

 普段の凛とした表情ではなく、慈愛に満ちたものすごく優しい笑顔でそう言った。

 

「ん? うん。わかったよ。」

 

 なぜこのタイミングで縁子のことを任されるのかわからない俊平だが、俊平にとっても縁子はかなり仲良くなってきた友人であり、大事にしたいと思っているため、瑠々のセリフにしっかりと頷いた。

 

 

「あー! 瑠々! 俊平君!」

 

 と、噂をすればそのタイミングで件の縁子が現れた

 狙っていたとしか思えないようなタイミングでの出現に、俊平と瑠々は顔を見合わせて苦笑するしかない。

 

 

「むー? 私の顔を見て二人して笑うってどういうことー!」

 

「あはは、ごめんね、縁子ちゃん」

 

「もう。俊平君を見かけたから一緒に登校しようと思ったのに。声かけた瞬間に笑うとかないよー」

 

 ひとしきりプリプリした縁子は頬を膨らませながら瑠々と俊平に文句を垂れる。

 

「はは、すまんな、ちょうど縁子の話をしていたのでな」

 

 その姿がかわいらしくてまたしても笑ってしまう瑠々だが、縁子を笑ったのは、まさに噂をすればという状況だったので仕方がないのだ。

 

「私の話? なになに、何の話?」

 

 しかし、もう笑われたことを気にしていないのか、瑠々の話に食いついた。

 自分のことを話されていたのだ。気になって当然はであるのだが………

 

「き、切り替えが早いな。器が広いのか、器に穴が開いているのか………」

「両方じゃない?」

 

 瑠々のつぶやきをバッサリと切り捨てる俊平も、その切り替えの早さには驚いた。

 三歩も歩けば何もかも忘れてそうなレベルだ。

 

「二人ともひっどーい!」

 

 からかわれる縁子の半泣きの声が路地に響いた。

 

 

「タツル?」

「ん?」

 

「私たちは、いったい何を見せられているの?」

「ラブコメか、キャラ紹介じゃね?」

 

 樹と由依にそんなことを言われているとはつゆ知らず、縁子はお返しとばかりに俊平をいじりながら通学路を辿るのであった。

 

 

「ところで、俊平くんはなんで瑠々にお姫様抱っこされているの?」

 

 

カッパに聞いて。

 

 

 

              ☆

 

 

 

HR(ホームルーム)を始めるぞ。席に着けジャリ共」

 

 無精ひげを生やしたやる気なさげな男。

 俺や由依たちのクラスの担任の矢沢聡史(やざわさとし)(25歳)だ。

 

 口も悪いし常に気だるげ。しかしなぜか生徒たちからの人望は高いんだよな、この人。

 

 今もHRを始めると言っているが、教卓に頬杖をついて持参した椅子にだるそうに座っている。

 HRを始める気があるのかと疑いたくなる気分だ。

 

「えー、欠席はなし。連絡事項はとくになし。あとは………今度ある修学旅行でいく自由時間の班分けでもしといてくれ。6人グループを5班な。余った2班は7人。じゃあよろしく」

 

 

 実際に始める気は無かったらしい。

 生徒たちの自主性に任せていると本人は言うが、ただの職務怠慢である。

いい加減にしろ。

 

 

「6人グループかぁ。………誰といっしょかなぁ」

 

 なんて、近くの俊平が言いながら成り行きに任せていた。

 

とりあえず、俺は由依と一緒の班にはなる。その上でどの班に入るかだな。

 

「由依は誰と一緒に行くんだ?」

「シノちゃんかな?」

「人選は任すわ。」

「おっけー!」

 

 なんだかんだで俺はクラスメイトみんなとある程度話すからな。誰とでも組める。

これも、なろうテンプレを行き来してついたコミュ力のおかげか。

 

一方、隣の俊平はっと。友達はいても仲のいい友達はエロガッパの佐之助しかいねーからな。

自然と受身系男子になってしまうのも仕方ないか。

 

 

「よう俊平。俺っちと同じ班になろうっぜぃ!」

 

 するとどうだろう。学校一エロガッパなことで有名な親友(エロガッパ)。もとい西村佐之助(エロガッパ)が俊平を班に誘っていた

 

 の、だが。

 

「おいチビ介ェ! テメェは俺の班だ」

「おいおいマジかよ雄大! あのチビを班に入れても足手まといだろ?」

「ヒャハハ! パシリゲェ――ット!」

 

 学校一有名な不良グループである髪を赤く染めた赤城雄大、青く染めた青葉徹、黄色に染めた黄島蓮のチンピラ信号機共がパシリ欲しさにさらに声を掛けてきた

 が、

 

「フ………フフ………。み、緑川はぼ、ボクの班だ。縁子の近くになんか行かせない。縁子はボクのことがす好きなはずなのに、ククキキ………。しかし、最近縁子と仲がいいみーみ緑川がボクの班に居ればひ、必然縁子もぼボクの班に」

 

 さらに学校一根暗で不気味なことで有名な坂本浩幸(さかもとひろゆき)までもが俊平を自分の班に組み込もうとチンピラ不良(しんごうき)どもをモノともせずに近寄って来たではないか。

 

 

「あの坂本が自ら動いたにゃ! 田中はびっくりにゃ!」

「明日は吹雪かのう」

「いや、こりゃ修学旅行の日に異世界召喚されちまうぜ!」

「珍しいことに坂本が動いたなら、それに協力してやるのがクラスメイトってもんだ!」

「俺は誰だ!?」

 

 普段、人と話すことのない坂本が積極的に俊平を取り込もうとしているのを見て、同じ班になった人たちも連携して俊平を取り込みにかかる

 

 

 

 

 

 

 

 ………ちなみに、坂本は縁子に消しゴムを拾ってもらったことがあるのだ!

 

 

 

 

 

 

「ちょーっと待ったァ―――!!」

 

 そこに待ったを掛けたのが、クラスのムードメーカー兼、学校一有名なおっさん思考の水城(みずき)しのだ。

 

「俊平ちゃんはおじさんの班のマスコットとして必要不可欠なんだよ! 勝手に持って行かれちゃ困りますな、キミタチ。」

 

 特徴的なサイドテールをぴょこぴょこと揺らし、ちっちっち、と指を動かす。

 

「そうだそうだ! ウチの班にはマスコットが居ないんだ。おっさんしかいないんだ!」

「せやから緑川が必要なんや、おっさんはもう必要あらへん!」

「俺は誰だ!?」

「おい、由依までおっさん枠ってどういうことだ!」

「笑い方」

「ふはーっ!」

 

 そしてそれに同調する水城しのと同じ班の面々。

 食道楽で食えるものは何でも食べる。「机と椅子以外の四つ足は全部食う」を豪語する学校一有名な大食漢。飲食店に行けば“団体一名様入りましたー!”と大声で言われたことのある、太田稔(おおたみのる)

 

 関西弁で喋っているのが、なんでも消せる、ただし取り出せない学校一有名な凄腕マジシャン。最近は財布と預金残高をマジックで消してしまい修学旅行の為に実家の飲食店でマジックのバイトをしているらしい加藤消吾(かとうしょうご)

 といった同じ班の仲間からもおっさん扱いされるしのの額に青筋が見えたのは気のせいではないはずだ。

 

 なんで由依は笑ってるんだよ。

 

 

 しかし、さらにそこに加わる人物が居た

 

「俊平くん! 私達の班、一人空いてるから、ここにおいでよー!」

 

 なにを隠そう、学校一有名な美少女、北条縁子である。

 彼女たちの班は言わずもがな、生徒会の超人メンバーで構成されている!!

 

 あれ? 俺のクラスってこんなに個性的だったっけ?

 

 

 

「おいおい、よりにもよってチビの俊平かよ、冗談はよしてくれよ縁子」

「まぁそういうな、瞬。緑川は小さくても努力家なのだ。知ってるだろう?なあ(リキ)

「………。」

「ほれみろ。力も俊平のことを認めている。私からは異存はないぞ、俊平。」

「ああ、瑠々の言うとおりだ。ま、俺はどんな人でも歓迎するがな。瞬の我儘だけですべてが決まるわけじゃない。」

 

 生徒会長の虹色光彦を筆頭に、副会長、北条縁子、会計の百地瑠々、書記の松擦力、庶務の早風瞬の生徒会超人メンバーだ。

 

どういうことだ!?

なろうのような世界は夢で何度も見たが、俺のクラスの人間はこんなにも個性あふれる日常系の人間だっただろうか!?

 

 

 いや、ひとまずはそんな超人の中に、特技といえば多少手先が器用な程度であるチビ介の俊平が入っても、迷惑になるし、そもそも、縁子の発言のおかげで周囲の目がよりいっそう厳しいものになりそうかな?

 

 新たな戦力の参加に俊平はもう涙目だ

 

 その様子を見たクラスメイトたちも、「なんか知らんけど俊平を取り合っているらしいぞ」「まざるか?」「そうだな」「俺は誰だ!?」

 

 と無駄な団結力を発揮し、俊平いじりと同時にすべての班で俊平の取り合いが始まってしまった。

 

「ふぇあ!? 僕は分身できないよ!?」

 

 内心で自分の意外な人気にびっくりしているんじゃないかな。

 

 信号機(ふりょう)のところには好んでそこに行こうとは思わないだろうが、まさか坂本にまで声を掛けられるとは夢にも思わなかったのだろう。

もう俊平は涙目だ。

だが、まあマスコットとしてみれば、俊平は有用な人材と見える。

 

 クラスメイトがわちゃわちゃと騒いでいるこの状況。普段なら止めそうな生徒会長、光彦だが、積極的にからかっている瑠々や縁子を見て、苦笑をもらしながら、今回は目を瞑ることにしたっぽいな。

 

 

「よし、じゃあこうしよう。俊平の手足と頭を切り離して、そしてそれを各班に1パーツずつ配ればそれで文句ねえな。とりあえず、俺っちの班は左足を貰うっぜぃ!」

 

「よくないよ! 僕の左足は取れないよ佐之助ェ!!」

 

「ふむ。では私達の班は右腕を貰うとしよう」

「ならおじさんの班は左腕ね!」

「………そそれじゃ、ぼボクの班はあ、頭を」

「俺は誰だ!?」

 

「だから僕の頭も腕も切り離しできないってばぁ! 瑠々ちゃんも、しのちゃん浩幸くんも悪乗りしないでよぉ!!」

 

 生徒会メンバーでもある空手部の大将。普段から凛とした瑠々からも悪乗りされてしまい、さらに追い打ちを掛けるようにムードメーカーの篠や陰気の浩幸にパーツの予約をされ、俊平は助け舟を求めて担任の矢沢聡史を見る

 

「あ? 俊平をとりあってんのか? じゃあ俺ぁ余った胴体でいいや。」

 

「あんた先生でしょ――――!!!」

 

 頼みの綱であった矢沢先生からもいじられてしまい、本格的に泣き出しそうだ。

 俊平は「ブルータス!!!」と叫びながら頭を抱えてうずくまった。センスあるよ。

 

 やる気なさげでありながら、生徒とのコミュニケーションをしっかりと取っていることから、人望に繋がっているのだと思われる

 

 だからといって、いじられる側の俊平にとってはたまったものではないのだろうが。

 

 だが、そんな俊平いじりも、唐突に終わりを迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

ピリッ

 

「タツルッ!!」

「由依!!」

 

ガタタッと立ち上がる。

異変に最初に反応したのは、夢の中でなろうテンプレを幾度も経験しているこの2人だった。

 

――ガンッ!

ーーガタッガッガッ!

 

突然、互いの名を呼んだかと思えば、全力で窓に体当たりを行った樹。

そしてHR中であるにも関わらず、教室のドアを開けようとする由依。

 

「な!? おい! 何してんだ!!」

 

担任の矢沢も注意する間も無く行われたその行動に、初めて困惑する。

 

周囲の者たちにとって、明らかな奇行。

 

だが、明らかに何かしらの意図を伴って行われた行動。

自傷や大怪我さえ厭わないその行動。

 

窓に弾かれた樹などは、強すぎる己の勢いに耐えきれず、額から血を流すほどだった。

 

しかし、窓にはヒビすらない。

流石に異常すぎる事態に矢沢も立ち上がった。

 

「ドア開けろ!!」

「教室の外に出て!!」

 

樹と由依が叫ぶ。

 

 

「………あん? なんだこれ?」

 

 途中からなぜだか加速していく俊平いじりを、必然的に自分の班には俊平の右足を貰うことになっていた不良(チンピラ)の赤城は面白くなさそうに見つめていたところ、足元の異変に気がついた。

 

 

「どうした雄大………なんだこれ?」

「どうした二人と………なんだこれ? 魔法陣?」

 

 それを怪訝に思った取り巻きの黄島蓮と青葉徹が教室中に張り巡らされた魔法陣に気付く。

 

「にゃ? にゃ? どういうことにゃ!? 何が起こってるにゃ!? 誰か田中に教えてほしいにゃ!」

「知るかよ! なんかの行事か!?」

「俺は誰だ!?」

 

 他の生徒たちも異変に気づきはじめ、突然現れた魔法陣に狼狽する。

 あるものは今起こっている現象が学校行事かなにかかと一縷の希望を求めて矢沢に視線を向ける

 

「んあ? っんだよこれ! おい! 誰でもいいから扉と窓を開けろ!」

 

 矢沢も何が起こっているのかわかっていないらしく、だんだんと光量が増していく魔法陣に

 

 樹が叫んだ際には咄嗟に動けなかった生徒たちに迅速に冷や汗をかきながら同じ指示を出す。

 

 

「ぅおらあ!!」

 

―――ガンッ!!

 

 という轟音が掛け声とともに教室に響く

 

 名簿の関係で最前列の端の席に居てそこから動いていなかった赤城が、自身の隣にある廊下側の擦りガラスに先ほどまで自分が座っていた椅子を叩きつけたのだ。

 だが―――

 

「んなァ!?」

 

 

 割れやすいはずの擦りガラスにすら、傷一つついていなかった。

 

「あれ? んっ―――あれ? 窓も開かないよ! 鍵開いてるのに!」

 

 俊平も、グラウンド側の窓を必死に開けようとするも、まるで溶接されたかのようにピクリとも動かない

 俊平の筋力が無いから………という線もあるが、考えたくはなかった。

 

 

「由依、範囲は?」

「たぶんこの教室全体。学校召喚じゃなさそう」

 

黒板側のドアにビタっと顔を横にして張り付いた由依。

その窓の外から隣の教室を見ようとして、同じような魔法陣の光が漏れていないことを確認する。

 

 

「抜けられそうか?」

「無理。ここは夢じゃないもん」

 

 夢幻牢獄の中では、あらゆるテンプレを網羅して能力を引き継いでも、現実では使えなかった。

 

 それに、夢で転移や転生繰り返しても、彼らは一度もクラス転移は体験したことはなかったのだ。

 

 さらにいえば、夢ではなく、自分の身に起きる現象としても初めてのことだ。

 

 とはいえ、不可思議な出来事であることには変わりない。

 不可思議な出来事へのある程度の慣れはある。

 

 

 故に、

 

「パターン1 神様召喚サバイバル」

 

 と由依は窓から顔を離した後に、ハンカチを額から血の流れる樹の額に押し付けてから、考えうる可能性を一つ挙げた。

 

「パターン2 集団召喚戦争」

 

 と、ハンカチを受け取った樹も続ける。

 

「パターン3 蠱毒」

 

「パターン4ランダム転移異能バトル」

 

「………自分で言っててなんだけど、蠱毒だけは勘弁願いたいわね」

「同感だ。転移の最中に神様みたいなのに会う心構えだけでもしとくか。」

 

 教室から出られないと悟った瞬間には次のプランを練り始める。

 彼らは、彼らだけは次に起きた時、どのような状態であれ、すぐに行動を起こせるようにしておくのだった。

 

「いったい何が起こっているのだ!? とにかく、みんな、動くな!!」

「くぅ………落ち着くんだみんな! あまり暴れ回ると危険だ!」

 

 突然の事態に慌てながらも指示を出す瑠々の声と、皆を落ち着かせようと声を張り上げ、混乱によって生じる二次被害を押さえようとする光彦

 

 

「俊平くん!!」

 

 それを無視して、縁子は一直線に俊平の下に駆け寄る

 

「ッ! 縁子! 動くと危険だと―――」

 

 ただ、俊平と縁子の距離はさほど離れていなかったため、すぐに距離を詰めることは出来た

 

「ゆかり―――」

 

 俊平も反射的に手を伸ばす。

 だが、その縁子が伸ばした手が俊平に届く前に………

 

 

 

 カッ!

 

 

「なにごとじゃ!?」

「うわっ!」

「ぎゃあ!!」

「まぶしッ!」

「俺は―――」

 

 

 魔法陣の輝きが爆発するように教室全体を覆い尽くしたのだ。

 

 

 

 ほんの数十秒の出来事であった。

 

 その光に意識ごと思考を塗りつり潰されて、意識を保っていられた人間は、誰一人として居なかった。

 

 




あとがき

『消しゴムを拾ってもらったことがあるのだ!』
これだけで伝わるのは日本人が空気を読む力が高いからだろう。


次回予告
【どうせステータスはインフレするから見ない。】

お楽しみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価を願いします。(できれば星5はほしいよ)




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第4話 由依ーどうせステータスはインフレするから見ない。

 ヒヤリとする石畳

 私は頭を振って起き上がる。

 流れる黒髪は佐藤由依のもの。つまり転移。

 

 パターンAの転移であることがわかる。

 

 パターンAは現在の年齢

 パターンBは高校生の姿だ。

 

 

 以前の聖女召喚でも、高校生の制服を着ていたからね。

 何度も転移していると、自分の本来の年齢よりも高い年齢で召喚されることがあるんだ。

 

 今回の夢はいつものやつかな………

 

 

「やりました! 成功ですわ!! お父様に報告しなくては!」

 

 との声が聞こえることから、恐らく、召喚者は女性。

 たったったっ、と遠ざかっていく足音。

 まさか説明役がどっかいっちゃうとは。そのパターンは初めてだよ。

 

 ドアも開いたままだ。

 

 巫女か神官か、聖女? 言葉遣いから王族の可能性もある。

 となると、

 

「うぅん、この感じは、勇者召喚?」

 

 勇者召喚の場合は大抵は1〜5人のランダムだ。

 そして、時折り巻き込まれた奴が現れる。

 

 さて、今回は何人が召喚され………

 

「なっ!!?」

 

 周囲に倒れているのは、我が素敵なクラスの素敵なクラスメイト達。

 

 そうだ、思い出した。

 

 これは夢じゃない!!

 

「タツル、タツル!! 起きんぐぁ!!」

 

 バシッ! と口元の音源を高速チョップされた。

 

「ここは、勇者召喚か? なんで由依がって、そうか、確か魔法陣が光って意識を失って」

「まず謝らんかい!」

 

 そういや、タツルって寝起きめちゃくちゃ良いんだった。

 

「ご」

 

 ヒリヒリする口を押さえて涙目で睨みつけると、手のひらを縦にして一文字だけで謝りやがった。

 

「ゆ!」

 

 しょうがないから一文字で許してやるよ。

 

 

「状況は理解した。クラス転移だな?」

「うん。蠱毒じゃなくて良かった」

 

 それについてはほっと息を吐いた。

 

「2.4.6………32。倒れてるクラスメイトの抜けはなし。先生も含めて、全員揃ってる。」

 

 クラス転移は初めてだけど、なろうだとクラス転移で転移漏れのパターンもあった。

 だけど、今回のクラス転移は全員揃っている。

 

「おい、光彦。起きろ。」

「ユカリコ、起きて。」

 

 ひとまず、タツルが倒れている男子のまとめ役、生徒会長の光彦を起こし、私はは女子の代表であるユカリコを起こす。

 

 ユカリコなんかは、俊平ちゃんを庇ったのか、中学生にしては大きな胸で俊平ちゃんを押しつぶしていた。

 窒息してないかー?

 

「ううん、ココは?」

「あれ、どうしたんだっけ?」

「教室で魔法陣が光ったのはおぼえてる?」

「ああ………」

「その後の状態がこれだ。」

 

 

 頭を振って起き上がる。2人にひとまず状況を説明したよ。

 

「とりあえず、みんなを起こしていってくれないか? 俺は由依と状況を整理したい」

 

「ああ、わかった」

「うん。俊平くん、起きて」

 

 すぐに行動に移してくれるあたり、2人とも優秀なんだよね。

 

「由依、今までの夢のスキルや魔法は使えるか?」

 

 それは私たちが一番気になっている奴。

 夢で手に入れた能力を使えるのか否か。

 夢の世界で手に入れた便利な足。瞬間移動の発動とアイテムボックスを念じて見たが、発動しない。

 

 

「だめ、発動しない。夢じゃないからかも」

「そうか。俺もだ。脳死なろう作家がやりそうなイキリ俺TUEEEムーブでさっさと問題解決したかったのに」

「なら………」

 

 脳死だのイキリだの言ってるくせに、そういったなろうをいつもちゃんと読んでるあんたはなんやねんとツッコミを我慢しつつ

 検証を続ける。

 

 夢のスキルを使えないことに嘆いても仕方がない。

 そういった異能を使わなくても夢幻牢獄を脱出したことなどいくらでもあるのだ。

 使えないのならそういうムーブをするだけよ。

 

 それに困った時の『ステータスオープン』がある。

 

「『ステータスオープン』」

 

 ヴン! 

 出た。謎のウインドウ。

 となると、異世界に飛ばされたが、ここもなろうテンプレの世界ってことね。

 

 さてっと、表示されるステータスはっと、

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 個体名:佐藤由依 Lv.1

  種族:異世界人

  能力(アビリティ):【夢幻牢獄(ドリームゲート)

  筋力:100

  敏捷:100

魔力障壁:50

  魔力:50

  通力:100

魔力浸透:100

  器用:100

魔法適性:水・土

 スキル:<  >

  称号:夢幻の勇者

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 あー………………。だめだ、謎のオリジナル数値の項目が邪魔でぜんぜん頭に入ってこない。

 

 いや、数値に関しては正直言ってどうでもいい。

 どうせすぐにインフレする。

 こんな意味のないもん見せんなと言いたい。

 

 そんなもん消して消して。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 個体名:佐藤由依 Lv.1

  種族:異世界人

  能力(アビリティ):【夢幻牢獄(ドリームゲート)

 魔法適性:水・土

 スキル:<  >

  称号:夢幻の勇者

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 ひゅーっ! これで見やすい!

 このくらいシンプルでいいんだよ。

 

「『ステータスオープン』」

 

 私がステータスを見たのを確信し、タツルもステータスを見る。

 どうやらステータス画面は本人にしか見えないようだ。

 

「レベル制か。まあ、こんなものはすぐにインフレするから数字はどうだっていい。無視でいい。」

 

 やはり幼馴染。異世界を何度も経験しているタツルも同じ感想だったようだ。

 

「私の異能は【夢幻牢獄】………元の世界の不思議な夢のことかな?」

「俺のは【夢現回廊《ドリームコリダー》】………まああの夢幻牢獄のことだろうな」

 

 なんかもう、名前だけでタツルも同じ系統の能力だとわかる。

 

「ほいっと」

 

 パシャ、と手から水が落ちる。魔法を使う感覚は夢と同じだ。慣れたものだ。

 

「適性のある魔法は使えるね。適性ないから火は出せない。」

「魔法とかの使い方が分かるのはずいぶんなアドバンテージだが、置いておこう。」

 

 タツルも指先にライター程度の火を灯し、すぐに握り潰した。

 

「なろうのクラス転移でまとめて召喚された場合、いくつかのシナリオがあるな。」

「詳しく、タツル」

 

「クラス転移なろうのテンプレシナリオだ。

 

 シナリオ A

 召喚国のきな臭さに気づいてこっそり抜け出た場合

 ルート1 魔族や獣人(モフモフ)に協力する裏切りハーレム(幼女もつくよ!)

 ルート2 戦争を無くすために裏から奔走

 ルート3逃げた主人公以外は洗脳されて傀儡。

 

 シナリオB

 最弱のやつが嵌められ追放復讐、もしくはハーレム

 ルート1 裏ダンジョンレベル上げRTA(最下層で精霊みたいなヒロインゲットだぜ!)

 ルート2 強運の人脈と謎ユニークスキル無双(ハーレムゲットだぜ!)

 ルート3 国に処分を言い渡され処刑用の兵士を派遣され、ヒロインに助けられる。実は素敵な能力持ちだった件

 

 シナリオC

 再び同じ異世界に飛ばされた2周目異世界強くてニューゲームのイキリマン

 ルート1 俺強くないんですドヤムーブ。シナリオAに続く。

 ルート2 やれやれ、この銅像俺にまったく似ていないじゃないかやれやれ。まったくもうやれやれだなぁ。

 

 ………ってところかな」

 

「よくこの一瞬でスラスラと言えるよなー」

 

「まあ、適当言ってるだけだからな。レベル制だから、どっかのゲームの世界である可能性もあるが、困ったことに俺はなろうは読むがゲームはポケモンとスマブラとイカしかしないんだ。だけど、まぁ今までの経験をもとに推測くらいはできる。」

 

「でも、それに伴って主人公を設定する必要があるね。」

「主人公は地味で陰キャラだとテンプレなんだが」

 

 

 ちらっとユカリコに起こされる坂本浩幸(陰湿根暗)を見ると

 

「ククキキ、ゆ縁子がぼボクをおっ、起こして、くれた。や、や、やっぱりボクにほ惚れているのはまー、ま間違いない」

 

 なんて気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 

「ありゃあ寧ろ敵に回るタイプの陰キャだぞ。」

「そうなんだよねぇ」

「主人公属性持ちの陰キャラが、うちのクラスにはいない。全員個性派だ。」

 

 生徒会長の虹色光彦くん?

 

 あの人は勇者だよ。絶対に主人公じゃない。

 勇者と主人公は別物だ。なろうにおいて、安易に一緒くたに出来るものじゃあない。

 

 かわいそうに、ラブコメなんかじゃ当て馬に、なろうでは勇者に。そうなる運命なのが、私とタツルの中では確定しているのが、あの虹色光彦という男なの。

 

 ほら、なんか名前からして特別じゃん。虹とか光とか。彼には無いけど、聖がついててもそう。

 

 だから初めから主人公格としては除外してるよ。

 

 

「はやいとこ主人公(ウォーリー)を探さないといけないね」

 

 

 

 なんて冗談を言ってると

 

「2人してイチャイチャ、なーんの話をしているのかにゃー? 田中にも教えてほしいにゃん!」

 

 ぬっ!

 と私たちの間に現れたのは、猫耳のカチューシャをつけた不思議な不思議な生き物。

 

「うおっ! 田中!」

「カノンちゃん!」

「にゃはー! 田中は田中にゃー! 花音の名は田中の前には不足にゃん!」

 

 腰に手を当ててふんすと息を吐くのは

 アニメ研究部所属の田中花音(たなかかのん)

 なんのアニメの影響かは知らないが、やけに作り込んだそのキャラクター。

 

 本来ならば浮いているはずのその行動なんだけど、

 この子のすごいところは、陽キャラオタクという、超絶ポジティブで、スポーツ、ジャニーズ、アニメ、ラノベや文学なんでもござれのハイスペックオタクなの。

 あらゆる方面に友人が存在している。それが、この田中花音という生き物。

 

なぜか自分の名前じゃなく苗字で呼ばせたがる、自分の田中という苗字に絶対の自信を持っている。正直言って意味のわからない生き物なのだ!

 

「それでー、2人はこそこそとなんの悪巧みにゃん? ココに来る前にあった不可解な行動の説明もしてくれると田中はすっごく嬉しいにゃん!」

 

 口をω(こんな形)にしているが、目が笑っていない。

 事態に混乱しつつも、状況を理解してそうな人物。

 つまり私とタツルに直接問いただしにきたってことかな?

 

「そうだな。オタクの田中ならあるいは………。田中は、なろうは読むか?」

 

「あ、あー! そういうことかにゃ? もういいにゃ。なんでそんな行動取ったか全部理解したにゃん。むしろ遅れをとったことに田中は悔しさが滲み出すにゃん!」

 

「ふはっ! 状況理解が早い!」

 

 あろうことか、タナカちゃんはタツルが一言質問しただけで完全に全てを理解した。

 

 

「つまり、なろうテンプレのクラス転移ってことにゃん? それ以上の情報は不要にゃん!『ステータスオープン』にゃ」

 

 

 そんで、こちらがなろうを読むかを聞いただけで、タナカちゃんは早速『ステータスオープン』してみせた。

 

「ふむふむにゃ。レベル1。まあ、こんなのはどうでもいいにゃ」

 

 チラッとコチラを見るタナカちゃん。

 

「夢幻牢獄、ドリームゲート」

「夢現回廊、ドリームコリダー」

 

「あ、それ田中におしえていい奴かにゃ? まあいいにゃ。田中は転身願望、メタモルトリップにゃん。」

 

 タナカちゃんも実にあっさり自分の異能らしきものを教えてくれた。

 

「称号の欄に勇者とついているから、みんな何かしらの勇者みたいだ。」

 

 と、タツル。

 私は夢幻の勇者。

 タツルは夢現の勇者

 タナカちゃんは転身の勇者、らしい。

 

「となると、脳死なろう作家が考えそうなことは、ありふれたやつの流行に乗って、称号は無いけど追放後に超絶異能かにゃ? 称号はあるけどクソザコ追放の裏ダンジョンリアルタイムアタックかにゃ?裏切り最下層ダンジョントラップかにゃ?」

 

「ありそう」

 

 と頷くタツル。

 タツルの想定したシナリオにも一致する。

 

「ふっはー! 理解早すぎて草生えるんだけど!」

 

 私も、タナカちゃんの理解の速さに笑うしかない。思考回路が完全に私たちと同じ方向を向いている。

 

 

「ここがテンプレの世界とは限らないけどにゃ。追放には御用心にゃ。ようし、いっちょ田中も主人公探しに協力してやるにゃ!」

 

 改造制服の萌え袖の中で両手をグッと拳を握るタナカちゃん。

 

「あ、もちろん光彦にゃんは除外してるにゃん?」

「なんで分かるのこの人」

「なろうテンプレだと優秀な人は主人公じゃないにゃん。でもご都合主義で優秀に祭り上げられるにゃん」

 

 やるべきことと除外するべき人間まで理解している。

 このハイスペックオタク、心強すぎる。

 

「ひとまずはこの召喚を行った人間が渡してくるものを迂闊に装備したら奴隷になるタイプかもわからないにゃ。行動は慎重ににゃ!」

 

「危ねえ、それもあったな。」

 

 このハイスペックおにゃんこを味方につけてよかった。

 私たちだって、常に正解の道を歩ける訳じゃ無い。

 だからこそ、夢の中で数日から数年過ごすことになるのだ。しかも複数の物語で。

 夢幻牢獄で目覚めて誰が主人公か確定しない状態で速攻無茶魔法をぶっ放して物語を、街を、世界を壊滅させると、どんな物語であれ、自分自身が主人公の魔王ムーブを行わないといけない。

 

 私たちが見る夢は、ちゃんと主人公を設定した上で成り立っているのだ。

 

 間違えることもある。選択肢をミスって死ぬことだってある。

 

 でも、今回は夢じゃなくて本番だ。

 

 選択ミスは許されない。

 

 

 クラスメイトみんなが起きた頃、ドアから先程の女性が姿を現した。

 

 

 




次回予告
【クラス転移において、最も勇者らしいのは主人公ではない。】

お楽しみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第5話 樹ークラス転移において、最も勇者らしいのは主人公ではない。

 

「皆さまお目覚めのようですね、ようこそいらっしゃいました。勇者さま方!」

 

俺らが田中との会議を終えた頃、クラスメイトみんなの目も覚めていた。

 

そこに現れたのは、シンプルな白を基調とした青のラインの入ったドレスを着た、いかにもお姫様な格好をした銀髪の女の子。

 

17〜20歳くらいか?

 

中学生の俺たちよりは年上だ。

 

 

「あー、んー、あんたが、ココの責任者か?」

 

矢沢先生がお姫様(確定)の前に出て対話を試みる。

 

今のところ、先生も主人公候補候補なのだ。

クラス転移において、他の個性が違う者。

生徒ではなく、先生というポジションは、なろうに限らず、物語の主人公として資質の一つなのだ。

 

 

「はい。わたしはミシェル・ルルディア。ルルディア王国の第一王女です。皆様をお招きしたのも、わたくしが行った召喚魔術です。」

「しょうかんまじゅつ」

 

 

ポカーンと口を開ける矢沢先生。

 

「突然勇者様方をお招きしたこと、深くお詫び申し上げます。」

 

 

深々と頭を下げるミシェル。

 

「第一王女が召喚を一人で行ったってことは、まあ、相当な実力者ではあるはずよね?」

「独断か?」

「わからないにゃ。情報が不足しているにゃ。」

 

俺たちがこそこそと悪巧みをしている間に、どうやら王様との謁見を行って欲しいとのお姫様の言葉に従い、クラスメイトたちはお姫様と矢沢先生の後に続いて、召喚の間? らしき場所から出ることになった。

 

 

 

どうやらお城の広間みたいなところで召喚されたんだな。

つまりだ、このお城のこの広間は、召喚をするためだけに設計してある。

 

確信犯だ。

 

………

……

 

 

「田中。クラスメイトの中で、確実に味方に引き入れておきたい人物は誰だ?」

「味方にゃ? それは間違いなく葉隠妙子にゃ」

「タエコちゃんって、あの年寄りみたいな口調のあの女の子?」

 

葉隠妙子は、個性は揃いのうちのクラスでも、何を考えているのかいまいちよくわからない人物。

いや、まあみんなそうなんだけどさ。

 

葉隠は、焦げ茶色の頭の上にクヌギの葉っぱを乗せて、瓢箪をまるでアクセサリーかのように腰に下げている女の子だ。

 

「妙子にゃんは情報屋さんにゃ。いつもどこからか仕入れてきた情報をつかって、お金儲けとかよくしているにゃん。腹黒タヌキにゃん」

「なるほど。情報屋か。」

 

 

移動をしながらポケットからスマホを取り出して、黒い画面に映った葉隠妙子の様子を観察してみる

 

後方で、目をキョロキョロと動かし、窓や曲がり角を見てはメモ帳らしきものに何やら書き込んでいる。

 

 

 

そして、ポケットから人型の紙を取り出すと、すれ違う侍女や俺たちを警護? 警戒? する騎士の目を盗んで装飾品の陰やツボの中にふわりと投げ入れていた。

 

「明らかに陰陽系の異能をもってそうなムーブなんだけど」

「事態には困惑しつつも、私たちと同じようにこの世界の脱出のためにあらゆることを試しているのかもね」

「ならば味方につけるにゃん! 妙子にゃーん!」

 

 

コミュ力おばけの田中は早速、葉隠妙子へのコンタクトを図る。

 

「む、お主ら、珍しい組み合わせじゃな。二人の仲を割くでないぞ、花音。」

「田中は田中にゃ! 田中の前には花音なんて名前は格が足りないにゃ!」

「そ、そうかのう。田中よりはずいぶんハイカラな名前じゃとワシは思うのじゃが………。」

「そんなことはどうでもいいにゃ!」

 

と、話を打ち切る田中。

 

「して、花音よ」

「田中にゃ!」

「かの」

「田中にゃ!」

「………田中よ、樹に由依も。ワシになんの用じゃ?」

 

 

田中の押しに押し負けた葉隠妙子は根負けし、田中に何用かを聞く。

 

「妙子にゃんのしていることに協力させて欲しいにゃ。」

 

 

と、ここでこのコミュ力おばけは自分達に協力してほしいと頼むのではなく、相手に協力させてくれと頼んだ。

 

さすがだ、何度も異世界を経験している俺よりも、人心の掌握の仕方を知っている。

同じ志しだったら、俺ならば協力してくれと頼んでいただろう。

目指す方向性は同じでも、ここで差が出る。

 

「ふむ。ワシがなにをしようとしているのか、わかるのか?」

 

「わかんないにゃ。でも、元の世界に戻るためにと色々試していることは田中にはお見通しにゃ!」

 

「まあ、否定はしないがのう。まあ、良いじゃろう。樹と由依も。情報を提供してくれたら助かるぞい。コチラに移動する前の不可解な行動はコレを予見していたからじゃろう? ああ、ワシらを助けようとしていたことはわかる。疑ってはおらんよ。」

 

と言って、妙子は微笑んだ。

なんでこいつ、いつも頭の上に葉っぱ乗せてんだろう?

いや、まぁ、うん。いいや。

 

「いいぞ。俺と由依は、なろうのテンプレだと思ってすぐに行動を起こせたに過ぎないよ。」

 

「話を聞いて、田中もすぐに動かなかったことを後悔したにゃん。後から考えればたしかに、なろうっぽいってわかったにゃん」

 

「あと、まあ、私も夢の中とかでこう言ったなろうっぽい異世界にはよく来てたからねー。慣れかな?」

 

と言ったところで、葉隠妙子は首を捻る。

 

「ふむ。なろう、とはなんじゃ? テンプレ? 天ぷらのことかのう。」

 

そんなことをのたまった。

いや、まあ、中学生がなろうを読むかと聞いても、まあそうそう多くの人間が読んでいるわけではないだろう。

最近はなろうアニメがかなり多く輩出されているからイキリキッズが増えているのもある。

とはいえだ

 

「おい田中、こいつ情報屋のくせにポンコツだぞ! 本当にこいつでいいのか?」

 

 

俺は妙子を指差して田中に詰め寄る。

情報屋ならなろうの一つくらい知っててほしいものだがね!

田中も予想外だったみたいだが首をブンブン振って言い訳する。

 

 

「待つにゃ待つにゃ! 妙子にゃんはネットを触らないから知らないだけにゃん! 一から説明してあげれば分かってくれるはずにゃん!かくかくしかじかにゃんにゃかにゃん!」

 

………。

 

 

「ふむ。つまりお主らがよむ書物には集団神隠しによる、そういったある程度の定型が存在するということじゃな? 委細把握したぞい。」

 

「まあ、そういうことになる」

 

知らなかったとしても、知ることで武器にするのが情報屋の仕事だ。

 

「すまなんだが、そちらの方面ではワシは力になれそうにない。そういった流行り物には疎くてのう。ただ、情報提供は非常にありがたい。コレからも情報は共有してもらいたい。ワシも手に入れた情報は提供しよう。現状、ワシが仕入れた情報提供じゃと、あの姫さん以外の言語がまるで理解できん。指輪あたりに、なにかカラクリがありそうじゃ。会話の際に、右手の中指に意識が向いていたからのう。」

 

 

なんと、召喚されて15分と経っていないのに………。

この世界で会話したのは先生とお姫さまだけだ。

だというのに、妙子はその耳で騎士や侍女の声にも耳を澄ませて、そこからも情報を得ようとしていたらしい。

妙子はハイカラな事は苦手でも、情報収集能力は目を見張るものがある。

ポンコツなんて言った事は謝らないといけないな。

 

 

「うん。ありがとう、最後に妙子ちゃん。『ステータスオープン』と唱えると自分の能力とかが見えるから、後で確認したほうがいい」

 

「ふむ。試してみよう。そろそろ謁見の間につきそうじゃな。話はまた後でのう。」

 

 

          ☆

 

 

お姫様が俺たちを案内した場所は、謁見室。

 

叙勲式とかもここであげるのか、かなり広い作りになっているのがわかる。

パーティ会場も開けそうだな。

 

 

そんで、謁見の間にいるのは王様。大臣っぽい人や文官や騎士たち。

 

当たり前だな。

 

「よくぞこの世界、『アルカディア』に参られた。異界の戦士たちよ。私は“ガルヒム・ルルディア・アクト14世”である」

 

 発せられたその声は、威厳に満ち満ちていた。これぞ、『まさに王!』

 そう言わんばかりの王振りであった

 しかし、クラスメイトたちはこの王の言葉にざわざわと疑問顔を浮かべながら「王だ」「王じゃな」「王だっぜぃ」「俺は誰だ!?」と隣のクラスメイトと囁き合うばかり。

 

 状況についていけていないし圧倒的に情報が足りないのだ。

 多少騒がしくなるのは当然のことであった

 

そして、王様がなろうで何度も聞いた宣言して国の成り立ちとかなぜ勇者の召喚を行ったのかとか、

そういったことを言ってくれるのだが、その辺はみんなの頭にプレインストールされている情報だろうからダイジェストでお伝えしよう。

 

俺たちは校長先生の長話をあくびを噛み殺し、いかにも真面目に聞いていると言わんばかりの態度で聞き流すことに非常に優れる日本人のジュニアハイスクールスチューデントだ。

 

話にチャチャを入れることもない。

 

重要なところだけ抜き出すと

 

 今、俺たちが居る世界は『アルカディア』という世界らしい。って、なんで世界に名前があるんだろう。

 俺たちがいた世界にだって名前はないぞ。地球とかアースとかはただの星の名前だし。

 

 そんで、その中で、特に魔法についての深い理解がある国こそ、今俺たちがいる“ルルディア王国”だ。

 

 そう言われても、現代日本に生きてきた俺たちには実感はわかず、ざわざわと騒ぐばかりだ。

 多少、魔法と聞いて少しだけ浮き足立った程度であるが。

 

 そして、王家に伝わる秘術で異世界とアルカディアを繋ぐ門を開き、勇者の素質を持つ者を召喚さしたのだという。

 

―――なぜ、そんなことをしたのですか?

 

 手を上げてその質問をしたのは、光彦からだった。

 勇者を呼んだ理由は、まさに世界の危機だったからだ。

 

 魔王が数百年の封印を経て復活したからである。

 

 この世界には、5つの大陸がある。

 

 北東に人間の住まう大陸。  “ジラーダ大陸”

 北西に精霊種の住まう大陸。  “ラグナ大陸”

 南西に魔人の住まう大陸。  “トール大陸”

 南東に獣人種が住まう大陸。 “ヒタフジ大陸”

 神々が住まうとされる大陸。 “マベヒッツ空中大陸”

 

 

 人間が住まう“ジラーダ大陸”と隣接するのはエルフや妖精族、巨人族、小人族などの亜人が居る“ラグナ大陸”と人魚や狐人、犬人、猫人、虎人などの獣人種が住まう“ヒタフジ大陸”の二つであり、魔人が済むトール大陸とは、どちらかの大陸を経由するか海を渡るかしか、行き来する方法は無いとされている。

 

 神々が住まうとされる大陸、“マベヒッツ空中大陸”へは行き方すらわかっていないそうだ

 

なんかこう、うまいこと生活圏の区切られた大陸なんかはいつものことだ。だいたいそういう世界だ。

 

 そんな中、“トール大陸”に住まう魔人が、魔物を率いて侵攻を開始。

 “ラグナ大陸”と“ヒタフジ大陸”のほぼ全域を植民地として支配してしまったそうだ

 

 

 囚われた亜人や獣人種は奴隷のように働かされているとか

 

 このままでは魔人が“ジラーダ大陸”に攻めてくるのも時間の問題だ。

 

 しかし、人間族は獣人よりも身体能力が弱い。

 亜人よりも魔力の量も少ない。

 

 人間族がそういった亜人種より優れた点は高い繁殖力とどんな場所でも生きていける生存力だけだった。

 

 そう聞くと、なんか人間ってゴキブリみたいだね。

 

 このままでは“ジラーダ大陸”も征服されてしまうのは当然だ。

 

 ならば、最終手段に打って出るしかなかった。

 禁忌とされる召喚魔法のその極意。

 

 異世界より勇者の素質を持ったものを召喚するという方法でしか、人間族には魔族に対抗する手段は残されていなかったのだから

 

 数百年前に勇者を召喚し、その力を持って魔王を退けた。

 現代に残るその魔法に頼らざるをえないのだ。

 

 しかし、その魔法には莫大な魔力が必要であり、王族に伝わる秘術で神々の大陸、マベヒッツ空中大陸から魔力を借り、それでもなお召喚できる可能性は低かったらしい。

 

 

 

 ひと月ほど前、神々との親和性の高い王族の娘であるミシェルが憑代となって神から力を借りると、その時、1柱の神から神託が下った。

 “異世界より勇者の素質を持つ者達をそちらの世界に送る”と

 

 

 すべての準備が整ったところで異世界とこの世界を繋ぐ門を作り、勇者の適性を持ったものをこちらに召喚したのだ。

 

 

 

 

                ☆

 

「なるほどのう。それでワシらが召喚された、というワケじゃな。」

 

 

 王が話し終えると、謎が解けたと言わんばかりに妙子は頷いた。

 頭上の葉っぱがぴょこんと揺れる。

 

「お主たちを巻き込んでしまったことを、本当に申し訳なく思っている。」

 

 深々と頭を下げる王。王が軽々しく頭を下げるものではない、ということは、さすがに中学生でも知っている。

 俺もそれには驚いたよ。

 

「そんな、頭を上げてください! この大陸がどれだけ切羽詰まっているかというのはよくわかりましたから!」

 

 それに対し、光彦が慌てたように頭を上げるように催促する

 

「そうか、だが、それでもお主たちの人生を狂わせてしまった事実は変えられん。私からできることは何でもすることを、ここに誓おう。」

 

 なおも頭を下げ続ける王に光彦も眉をしかめる。

 そんな彼に助け舟を出したのは、担任の先生である矢沢先生だ。

 

「ならば、私達の質問に答えていただきたい。先ほど、勇者と言っていましたね。勇者とはいったいどういったモノなのですか?」

 

 先生の質問に対し、ようやく頭を上げた王は、説明の続きをするために体を起こす

 

「勇者とは、魔族を打ち倒すことのできる、光の剣を持った神の使者である。念じれば剣が出ると、先代勇者の残した碑文に記されておったのだが………。そなた等にはそのような能力があるのであろう?」

 

「………お言葉ですが、我々はごく普通に暮らしていた、ただの学生です。争いごとを好みません。故に、剣などと言う人を傷つける道具を持ったこともありません。あとついでに言えば、あなた方の言う“魔法”というモノについても、私達は何一つわからないのです。」

 

「なんと………魔法の無い世界からとは………」

 

 驚愕に眼を見開く王。

 テンプレなんだよなぁ。

 俺と由依はその様子に顔を見合わせて苦笑した。俺たちは魔法のない世界からきたが、使い方は知っているのだから。

 

「それに、私達は合計で33人だ。勇者というのは、33人も居るものなのだろうか。これについてはどう思われるのだ?」

 

「それは………」

 

 王の視線が泳ぐ。

 それに気づいていながら、先生は話しを続ける。

 

「私達は、本当になんの力もない一般人なのです。いきなり魔王と言われても、勇者と言われても現実味に欠けていていきなり信じることはできないのですよ。ましてやそれを他人任せにして私達に倒してくれと。正直言って、なにをいってるのか全然わからないんだ」

 

 一見すると挑発しているようにも聞こえるこのセリフだが、王たちは誠意を見せるつもりでいることを先生は把握していた。

 先生はあえて、自分たちは今のこの現状に不満を持っていますということを前面に押し出し、交渉をしやすい場を作り出したのだ

 

 

「もうしわけない。我々に神託を下さった神、『サニエラ様』からは勇者の素質を持った者たちをこの世界に送ると言われておりましたが、さすがに33人というのは、我等にとっても予想外であったのだ。だが安心してほしい。我が国が誠意をもってそなた等を保護することを誓おう。我々が、全くこの世界に関係のないそなたらの人生を狂わせてしまったのも事実であり、これは決して許されることではないというのは我々も分かっているのだ。その上で、無茶なお願いをしているというのもわかっているが、どうか力を貸しては下されぬか」

 

 再び深々と頭を下げるガルヒム王に対し、まだ情報が足りないとすぐにうなずくようなことはせず、冷静に先生は

 

「もしも、俺の生徒のなかで戦いたくないという者が居た場合、どうするのだ?」

 

 先生は今自分が危ない綱渡りをしているという自覚があるが、それを表には出さず、情報を聞き出しながらできる限り穏便に元の世界に返してもらえるように交渉しようとしているみたいだね。

 今は“勇者かもしれない”という立場のおかげで優位な位置にいるように感じてしまうだけで、本来ならただの学生である俺たちはアウェーなんだよ。

 

「その場合は、こちらで仕事を紹介しよう。そなた等の身分は私が保証する。身勝手ながら、さすがに33人も食費を提供し続けられるわけではないのでな」

 

 先生が一番聞きたかったのはそこだ。

 こちらは33人。さすがに王城とはいえ、自分たちの面倒を見続けることは不可能のはずだ。

 さらに、自分たちはつい数十分前まで学校で修学旅行の話をしていただけに過ぎないただの学生とただの担任。

 戦争とは無縁の存在である自分たちに魔人との戦争をしろと言われても大半のモノは恐れてそんな危ない所に行こうとは思わない。

 たとえ、召喚されたなんらかの影響で特別な力を持っていたとしてもだ。

 

「わかりました。では最後に………元の世界には帰れるのでしょうか?」

 

 それが、クラスの全員が気になっていた事だ。

 こちらには呼び出せる。だが、元いた世界に帰れないではやってられないのだ。

 先生の中ではもはや帰れることが前提として話を進めていた。

 

 だが、そんなことは知らない生徒たちは息をのんで王の言葉を待つ

 

「それについては、すぐにできるというわけにはいかないが、可能である」

 

 その返答に安堵のため息を漏らす俺たち。

 

「具体的には?」

 

 先生はそれでも足りないと、どうすれば元の世界に戻れるのかを問う。

 

「もう一度異世界の門を開く。だが、こちらに呼び寄せるのとこちらからあちらに送るのとでは難易度が段違いなのだ。それに、『サニエラ様』よりお借りした神力をまだ返せておらぬゆえ『サニエラ様』から再び力を借りるわけにもいかぬのである。」

 

「方法がないわけではないのだろう? どうすればその借りた力を返せるのか教えてください」

 

「………そなたらが魔王を倒せば、その魔王の力を『サニエラ様』に譲渡することで借りた時以上の力を返すことができ、その余剰分の力で、お主たちを元の世界に戻すことが可能になるはずである」

 

 頭を右手でガシガシと掻き、先生は嘆息する。

 王が言うことを端的にまとめると、『元の世界に帰りたければ、魔王を倒せ』ということらしい。はいはいテンプレテンプレ。

 揚げて食えるくらいいっぱい見てきた。

 しかもそれで元の世界に戻れる“はず”ときた。

 そのくそったれな状況に、思わず舌打ちをしたくなったが、それを口には出さず

 

「………そうですか。わかりました。こちらからの質問は以上です。すこし、生徒たちにも考えさせる時間をください。」

 

「………わかった。」

 

 

 先生は質問を終えると、クラスメイト達に振り返る。

 何人かの生徒は王の口ぶりに気付いたようだが、大半の生徒は魔王さえ倒せば元の世界に戻れるのだ。

 と希望を見出し、表情が明るくなってきている。

 

「よかったぁ、ちゃんとかえれるんだぁ」

「本当によかったね、俊平くん」

 

 それに水を差すようなことは、気だるげながら生徒のことを第一に考えてきた矢沢先生にはできなかったっぽい。

 

 いつも気だるげな先生がいつになくまじめな表情でいることに生徒たちも黙って先生の言葉を待つ

 

「お前ら、どうしたい?」

「先生………」

 

 先生の出した答えは、『生徒自身に決めさせる』ことであった。

 

「わりぃな。ここは学校じゃねえどころか地球ですらねーから、先生っていう肩書はもう意味をなさねぇ。今の俺ぁせいぜいこの世界でのお前たちの保護者代理でしかねーんだ。てめーらの人生だ、てめーらで決めろ。俺ぁお前らが情けねェ答えを出そうが勇敢な答えを出そうが、それを称えはすれど非難する資格なんざねぇからな」

 

 自分ではどうすることもできないことに、悔しそうに歯噛みする先生。

 

「正直に言うと、俺はお前たちにそんな危ないことをしてほしくねーんだ。俺ぁてめーらを無事に帰らせれば、それでいい。そういうのは、大人である俺に任せておけばいいんだ。お前らみたいな社会を何も知らないガキにさせていいことじゃないからな」

 

 口は悪くても、先生は生徒のことを第一に考えるいい先生であった。

 だからこそ、生徒からの人望は厚いのだから。

 

 

「安心してください。先生は、俺らの先生ですよ。」

 

 一番最初に答えを出したのは、生徒会長の虹色光彦であった。

 そんな場面のテンプレも幾度となくみた。

 こういった、ヒーロームーブができるやつは、天才なのだ。なろうの鉄則だ。

 

「先生ばっかりにかっこいい所を持って行かれるのはズルいですし、俺達も戦います。なにより、俺は困っているこの世界の人々のことを放っておけないんだ。俺達には“勇者の素質”っていうのがあんですよね? それをこの世界の為に使わなくて、いつ使うんだって話ですよ!」

 

「光彦………」

 

「それに、なんだかこの世界に来てからというもの、なぜかすごく力が溢れて今にも飛びだしそうなんだ。今なら俺、何でもやれそうなきがする! これが勇者の素質って奴なんだと思う。先生だって、いま似たような感覚が体の中にあるんじゃないんですか?」

 

 

 そう言われてみれば、みんな胸に手を当てて万能感みないなものに浸る。

 他の生徒たちも同様であった。

 俺と由依も同じようなモブムーブを行う。二人して苦笑した。

 

「俺達は、ここで何かをなすために他の誰でもない俺たちが召喚されたんだと思います。俺達が動かずしてこの魔人に対抗できるわけがない。俺達にしかできないんだったら、俺はやります!」

 

 

 光彦はなんかふわっとした宣言し、右手を頭上に掲げると、そこに光が集まり始めた。

 初めは蛍火のようなかすかな光だった。それが集まり、群れと無し、その光は形を作る。

 

 集まった幽かな光は次第にその姿形をあらわにする。

 

 ひときわ明るく光を放ち、その光量に生徒たちや王も目を細める。

 

 だが、誰一人としてその神々しい光景から目を逸らすことはなかった。

 

 次第にその明るさが落ち着くと、光彦の右手には【光の剣】が握られていた!!

 で、で、でたー!! なにやら伝説の勇者らしきものにしか使えなそうな伝説っぽい雰囲気の伝説の光の剣!!

 

「っ!………っ!………っ!」

「ふっ………はっ………!」

 

 何万回もなろうでみたような光景が目の前に広がり、俺と由依は笑いを堪えるのに必死だった。

 

「にゃふっ………………!」

 

 近くで静かに待機していた田中も、堪えきれなくて顔を押さえて俯いていた!!

 異世界経験は初めてのはずなのに、田中はテンプレ慣れしているおかげか、目の前の光景がギャグにしか見えなくなってしまったようだ。俺たちのせいだ! ごめん!

 ぴくぴくと動く肩は、間違いなく内心で大爆笑をしている。息を全部吐いて、みんなの雰囲気を壊さないように無理やり静かに大爆笑をしているのだ!!!

 耳とかもう真っ赤だよ。気持ちはわかる! 俺も同じだからな!

 

 そして、そんな伝説の剣っぽいのをみた王様たちは光彦をよいしょするに違いない。

 

「あれはまさしくそれは勇者の証! “光の剣”の伝承は本当だったのですね! さすがです! 勇者様!!」

 

 

「ぐっ………………!」

 

ほらきたよいしょ! 見慣れたもんよ!

 

 ガルヒム王の隣にいた女性、ミシェルが興奮したようにうっとりと光彦を見つめていた

 あ、これは惚れたな? ミシェル姫はテンプレ勇者ムーブを行う光彦に心を弾ませているのが伝わってくる。

 

「俺は人間を魔人に支配されたりなんか、絶対にさせない! みんな、オレについてきてくれるか!?」

 

 勇者の証である光の剣を握り締め、生徒たちを鼓舞するように生徒の心を突き動かし、自然と聞き入らせる、圧倒的なカリスマ。

 そうなったら、俺はとうぜんモブとして乗っかるに決まっている!!

 

「「「「 うおおおおおおおおお!!! 」」」」

 

 

 光の剣を出現させた光彦のそのカリスマに、生徒たちも、王のそばに控えていた騎士や魔術師らしき恰好をした人たちまでも拳を天に突き出して叫んでいた

 

「ま、光彦がそういうなら、オレは付いていくぜ! な、リキ!」

「………!」

「瞬もリキも勝手なことをするな! まぁ、私もお前たちが心配だからな。仕方ない」

「わ、私も、この世界の人たちの為に、やれることをやりたい!」

 

 

 生徒の中でまず決意表明をしたのは、テンプレ勇者“虹色光彦”の幼馴染である

 最速の韋駄天“早風瞬”

 無口ながらやさしい筋肉質“松擦力”

 空手部大将“百地瑠々”

 癒し系清純派大和撫子“北条縁子”

 という生徒会超人メンバーであった。

 

 さらには

 

「フヒッ、ここれでぼボクもひ、ヒーローになれるなら、いいかも、ね。クヒヒ」

「なんじゃ、お主笑い方が気持ち悪いのう、浩幸よ。独り言はやめた方がよいぞ。」

「俺っちはいまいち信用はしてねーけど、しばらくはなりゆきに任せるっぜぃ」

「おじさんも光彦くんにどこまでもついていくよー!」

「俺は誰だ!?」

「ワイもいっちょ世界の為に盛大なマジックショーを開いたろうかいね!」

 

 

 根暗の“坂本浩幸”

 謎の情報屋“葉隠妙子”

 エロガッパの“西村佐之助”

 おっさんの“水城しの”

 凄腕マジシャンの“加藤消吾”

 

 といった個性的な面々も光彦の宣言で魔人との戦争を前向きに捉えていた

 

「こ、こわいけど、がんばりますぅ! ね、美香ちゃん!」

「………うん。でもどうせ、濡れるけどね。あと私は死ぬのよ。」

「うまい飯が腹いっぱい食えりゃなんでもいいや」

「にゃふっ、たっ、田中も精一杯がんばるにゃん♪」

「ふむ。運動は苦手だが、バックアップは任せてくれたまえ」

「俺は誰だ!?」

 

 ドジッ子巨乳水泳部の“岡野真澄”

 なぜかピンポイントネガティブ雨女の。“池田美香”

 大食漢の団体一名様“太田稔”

 笑ってんじゃねーよ田中。“田中”

 インテリメガネ委員長の“硝子烏(しょうじからす)”

 

 

「チッ やってられっかよ」

「でもゲームみたいで楽しそうじゃねーか?」

「俺はわくわくするな」

「俺は誰だ!?」

「アタシも、テンアゲなんだケド~。カナは?」

「うへへ、あたしはケモミミ少女が居たら充分かも」

 

 素行不良のチンピラ信号機赤“赤城雄大”

 チンピラ信号機黄“黄島蓮”

 チンピラ信号機青“青葉徹”

 ギャルの“内山ヒロミ”

 ケモナーの“上村加奈”

 

 

「ふぁ~ぁ。ねむ………でも、やってあげるわ」

「拙者の本当の実力を発揮する機会がようやく来たでござる。忍忍。くぁ~ぁ」

「優子のあくびが感染(うつ)ったわ ………ぁふ」

「くぁ………俺は誰だ!?」

「わたしは、本さえ読めればどうでもいいわ………ふぁ………。」

「おなじくっ! 私もね! モノづくりがね! できたらね! それでいいよっ! くぁ」

 

 あらゆるものを感染させてしまう感染系女子“荒川優子”

 輪ゴマー忍者の“服部(はっとり)ゴンゾウ”

 園芸好きの裏番長“花咲(はなさき)萌”

 引きこもりの文学少女“本田美緒”

 モノづくり系女子“安達(あだち)さくら”

 

 

「異世界召喚上等! 私の唄で世界を平和にしちゃうわ!」

「HY YOU! 同じくやってやるYO!」

「俺は誰だYO!?」

「俺も俺も! 俺もやるYO!」

 

 

 ボケっぱなしの声楽部。“白石響子”

 ヒップホッパーの“佐久間太郎”

 便乗系男子“坂之下|鉄太(てつた)”

 

 さらには………

 

「僕にも、できることがあるなら………やってみるよ!」

 

 

 チビでチキンの“緑川俊平”までもである。

 光彦の宣言で、クラスは一つになった!!

 

「お前たち………」

「おお! やってくださるのか!」

 

 その様子に先生は若干呆れながらも生徒たちの意思を尊重しようと思い、皆の意思を統一してしまった光彦にやや恨めし気な視線を送ってから、頷いた。

 王やミシェルはホッとした様子で生徒たちの様子に満足そうに笑みを浮かべる

 

「ぶっふぅーー!!」

「ふっはー!」

 

 

 そんで、テンプレ経験者である俺、“鈴木樹”と“佐藤由依”の笑い声は、みんなの歓声に溶けて消えた。

 

 




次回予告
【主人公の素質】

お楽しみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)


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第6話 由依ー主人公の素質

 

歓声がひとまず落ち着いた頃。

 

「おい、この者達に例のモノを!」

 

 王がそう命じると兵士の一人が何やら板のようなものを複数枚用意してきた。板?

 板ってことは、ステータスを表示するタブレット的なやつと思えばいいかな?

 

「これは………?」

 

 首を傾げるクラスメイトたち。兵士はとりあえず全員の保護者的存在である担任の矢沢聡史に10枚程度の板を手渡した

 

「それは、ステータスプレートである」

 

「ステータスプレート………」

 

 はい正解。『ステータスオープン』は本人にしかみれないからかな。

 それを他人に見えるようにするためのものだろう。

 しかし、レベルや能力まで見られてしまうのは困るな………。

 さらに言えば、国が管理しているだろうものに、そう言った情報を任せたくない。

 とはいえ、免許証のようなものと思えばまぁ納得はできなくもない、かな。

 

「今は手元にそれだけしか無いが、近日中に全員分のステータスプレートをそろえよう。それは我が国が発行している身分証のようなものだ。無くさぬように気をつけてくれ」

 

 先生は、渡された板を一枚だけ自分の分に取ってから、何とはなしに近くにいた凄腕マジシャン、加藤消吾に手渡す。

 突然手渡された大事なモノに対して、「え、ワイに渡されたっちゅうことは消してもええのん!? 戻らんくなってまうで!?」と渡されたプレートを一枚取ってから消吾の隣にいた佐之助(エロガッパ)に手渡す

 

「そんじゃ俺っちも一枚だけ拝借するっぜぃ。ほい、虹色どん。」

「ああ、助かるよ」

 

 佐之助は一枚取ってからこれまた近くにいた光彦に残りの7枚を手渡す。

 光彦はそれを生徒会メンバーである、ルル、瞬、リキ、そしてユカリコに手渡した。

 

「えへへ、はい、俊平君」

「ふえ? あ、ありがと、縁子ちゃん」

 

 

 光彦に最後に手渡されたユカリコが残りの2枚を俊平ちゃんに渡す。

 先生が近くにいた消吾に手渡したことから始まった謎のプレートリレー。

 先生がが初めから自分の独断で選んでも文句などなかっただろうけど、生徒の自主性に任せると言った手前、そう言うことも生徒自身に決めさせた方がいいと思った結果かな。

 

 まさかリレーになるとは思わなかったけど、まぁ、周りもやってたら続けてしまうのが日本人っぽい。

 

 

「えっと、最後の一枚だ。妙子ちゃん。いる?」

「うむ。では儂が貰い受けよう。」

 

 なんとなく手渡されてしまったそれを、一枚だけ自分の分として手元に置き、ラストの1枚を近くに居た妙子ちゃんに手渡した。

 身長の低い俊平からプレートを受け取る際、顔は下を向いているはずなのに、頭の上に乗っている葉っぱはなぜか頭から落ちない。不思議である。

 

 プレートは数が足りないため、クラス全員分は無かったが、後日用意するという話なので、慌てず騒がず生徒たちも待っている。

 というか、私もタツルも、『ステータスオープン』でネタバレしてるから、別に必要としていないんだよね。

 

「それで、このプレートをどうすればいいのですか?」

 

 先生の質問。

 プレートを渡されたはいいが、見る限り、ただの鉄の板である。

 スマホよりも薄く、スマホ程の大きさだ。何かが表示されている様子もない。

 

 振ってみて、指ではじいてみて、曲げてみても特に変化をもたらさないそのプレートに何の意味があるのかが分からず、王に詳細を聞いた。

 

「そのプレートの表面に血を垂らすことにより、その者の情報をその板に刻み付けることができるのだ。個人の登録が完了すると、そのプレートは完全に血を垂らした者の所有物となる。魔力の波長で承認されるから偽造はできんぞ」

 

「なるほど………血を垂らさないといけないのか………」

 

 プレートを持ってきた兵士とは別の男が、小さなナイフを持って来ていた。

 コレで指先を刺せということだろうか

 

「あ、僕は朝ごはんを作ったときに指を切った傷跡があるや―――あっ!」

「コレは俺が貰うわ」

 

 意外にも家庭科の成績は言い方の俊平ちゃんが呟いて

 絆創膏を剥いでその血をプレートになすりつけようとしたその時。

 

 俊平のステータスプレートを横から赤い髪の少年が掻っ攫ったのだ

 ピンとプレートを指で上に弾くと、クルクルと回転してパシッという音と共に赤い髪の少年――チンピラ信号機の赤である赤城雄大の指の隙間に収まる。

 

「ちょっと赤城くん! それは私が俊平君に渡した物よ! 俊平君に返しなさい!」

「あん? 別にいいだろ。そのうち全員に配られるんだ。早いか遅いかってだけだ」

「だからって人から取るのはいけないよ!」

 

 人のものを平然と取る赤城に憤慨するユカリコ。

 しかし、赤城はそんなユカリコの言葉も鼻で笑って俊平を見下ろした

 

「はん、おいチビ介。こいつぁ俺が貰ってもいいだろ?」

「ひぅ! う、うん………僕は後でもいいよ………」

 

 頷くことしかできない小心者の俊平ちゃんは、おとなしく赤木にステータスプレートを差し出すしかないのだ。

 

 彼は俊平ちゃんからステータスプレートを盗った罪悪感は無い。

 その様子を見て、光彦が眉根を寄せる。

 タエコちゃんや佐之助と言った俊平ちゃんと親しき人間も眉間に皺を寄せて赤城を睨んだ。だが、被害者である俊平ちゃんが「後でもいい」と言っている以上、そこを深く掘り下げるわけにもいかないもどかしさ。

 

「へっ、初めから俺に寄越せってんだ」

 

 赤城はそのまま右手の平にプレートを押し付ける

 

 それは、この世界に召喚される前に椅子で教室の窓を割ろうとして割れなかった時にその反動で手のひらの皮がむけてできた傷だ

 

 手を離すと、ステータスカードは淡く光を発する。

 しばらくすると、なにやら文字が浮かび上がるではないか。

 

 その様子を見て、聡史や消吾、といった面々もかさぶたを剥いだり小指の先にナイフの切っ先で突っついたりしてステータスプレートに血を垂らしていった

 

 浮かび上がった文字を見て、一同は眉をしかめる

 

 

―――――

 

 ●▼◆:

  ×Д:○◎▽

 ξΨ:<■□Ω>

   Ψ:ω〟Ш

^Д^m:ωξΨ

  Шχ:ξ〇Ю

  ∽£:£∽£

☆ω〟Ш:ξΨ〇

  ξ★:χ▼н

Ш∽£∽:ξШ☆

  Ш☆:ξ・£・ξ

  ξ★:<〇><★><ξ><ξ£ξ〇>

  нΨ:<×_▼ξ>

 

―――――

 

 

「よ、読めない………」

「………なるほどのぅ」

「ま、当然だっぜぃ」

 

 当然ながら、全く知らない言語ですべてを書かれているため、読むことができなかった

 俊平ちゃんからステータスプレートを奪った赤城ももちろん同様である。

 

 奪った意味など初めからなかったのだ。

 

 周囲の生徒たちからクスリと笑われて顔を赤くした。

 

「そうですか………では、わたしがプレートを預かって読み聞かせますねっ!」

「頼んでもいいか?」

 

 光彦の手を取って頬を染めながらプレートを預かるミシェル。

 

「ひっ!?」

 

 その周囲に居たクラスの女性陣はこぞって殺気を飛ばし、ミシェルがキョロキョロと殺気の正体を探るが、そこにはにこやかにほほ笑む女の子たちしかいなかった。

 私? 私は別に光彦くんのこと好きでもないからどうでもいいよ。

 

「そ、それでは、読み上げますね! そうだ、勇者様のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

 そういえば、自己紹介がまだだったことを思い出し、ミシェルは光彦の手を―――殺気が放たれたため握ることはなかったが、手を降ろして光彦の眼を見つめる

 

「ああ、虹色光彦です。よろしくおねがいします、ミシェル様」

「呼び捨てでも構いませんわ、光彦さま」

 

 

―――――

 

 個体名:

  種族:異世界人

  能力(アビリティ):<聖剣使い(ソードマスター)

  筋力:150

  敏捷:150

魔力障壁:100

  魔力:50

  通力:200

魔力浸透:200

  器用:100

魔法適性:光・火・雷

 スキル:<聖剣召喚><瞬動><破斬><纏魔剣><リミッター解除>

  称号:聖剣の勇者

 

―――――

 

 

 コレが光彦のステータスであった。

 個体名に何も記載されていないのは、まだ名前を登録していないからかな。

 

 ステータスオープンをしたときと大差ない。

 ただ、スキルがすでにあるってのが天才のすごいところだ。

 それに比べたら私の能力はクソザコナメクジね。

 

 予想通りの勇者っぷりに私とタツルもにっこりだ。

 

「一般人のステータスだと、だいたいすべて20から30くらいです。」

 

「なるほど、数値もそんなに高いのか………」

 

 

 ミシェルの説明に光彦はまじまじと読めない文字で書いてあるそのプレートを見つめる。

私はすでにインフレの予感がぷんぷんしてるけどね。

 

「はい! この国の騎士団長のダンと遜色ないレベルかと!」

「ふうん………でも、俺達は戦闘経験の全くない素人だ。現職の騎士団長に勝てるとは思えないな」

「そこは勇者様方の鍛錬次第です! <聖剣使い(ソードマスター)>というアビリティは伝説級のアビリティです! は、初めて見ました………おとぎ話ではなかったのですね!」

 

 キラキラした瞳で光彦に熱くそう語るミシェル。

 光彦のステータスを聞いて、クラスメイトたちも『チート来た!』だの『俺TUEEやりてえ』だの『俺は誰だ!?』だの言いたい放題だ。

 それほど、自分の持つ能力の詳細が気になっているのだ。

 後日同じものを渡されるとはいえ、それは仕方のない事と言えた

 

「なあなあ姫様! 俺のステータスの詳細も教えてくれよ!」

 

 ずいぶんと光彦に執着しているらしいミシェルに痺れを切らし、ミシェルに自分のプレートを見せたのは、100m走ジュニア記録保持者の早風瞬だった

 

 早風瞬。彼は幼少期から陸上選手に成るべくして育て上げられた天才である。

 両親は共にオリンピック陸上競技の出場者。その息子である彼がサラブレッドとして親から受け継いだその足と、さらには整ったその顔で学校内でも光彦に次ぐ人気を誇っている。

 

 彼は自分の思い通りに行かないことは腹を立ててしまう少々ワガママな性格になってしまい、女遊びも激しい。

 そんな瞬は、ミシェルを一目見た瞬間から、彼女に一目ぼれしていたっぽいね。スッと通った鼻筋。蒼い瞳に金糸のような美しい銀髪。ホレるなという方が無理な話であった。

 思い通りに行かない事の方が少ない彼は、彼女もそのうち自分が好きになるに違いないと全く疑っていない。

 

 やや押しが強すぎるせいでミシェルは少し引いていたが、それでもイケメンからの頼みである。彼女は快くそれを引き受けた。

 

―――――

 

  個体名:早風瞬

   種族:異世界人

アビリティ:<韋駄天(ランナー)>

   筋力:100

   敏捷:250

 魔力障壁:100

   魔力:50

   通力:100

 魔力浸透:100

   器用:50

 魔法適性:雷・風

 スキル:<瞬動><縮地><刃蹴><空歩>

  称号:韋駄天の勇者

 

―――――

 

「こ、これは………速さが飛びぬけております! すごい、こんなステータスはみたことがありません! この国では敏捷が200を超えるような方はいらっしゃいませんので、本当にすごいことですよ!」

 

「へっ、当然だぜ。誰も俺に追いつけやしねえんだ!」

 

「しかも、<韋駄天>なんて、新種のアビリティですよ! きっととてもすごいに違いありません!」

 

 どうだすごいだろ、と言わんばかりに胸を張る瞬。

 そらから後も、しばらく「ねえ、好きな食べ物って何?」だの「婚約者っているの?」だの、しつこくミシェルに付きまとっていたのだが、それを押しのけるように巨体がぬっとあらわれた。

 

「うお!?」

「………。」

「てめ、なにすんだよリキィ!」

「………。」

「あ? しつこいだぁ? 姫様は一言もそんなこと言ってねえだろ! 余計なことすんじゃねえよ!」

 

 

 ドスッとその鍛え上げられた足を、その巨体――松擦力(まつするリキ)のふとももに突き刺した。

 だが、その異世界に来たことによる筋力の変化などものともせずに何事もなかったかのようにピンピンしている。

 

「………」

「………ちっ。わぁったよ。姫様。このノッポのステータスも見てやってよ」

 

 無口なリキと、なぜか会話が成立しているのは、彼が幼馴染だからかな。

 まあ、私もタツルが考えていることは無言でもわりと分かる方なのでなんともいえない。

 無言のやり取りの後、なにかしらに決着がついたのか、瞬が折れてミシェルから離れた

 

 

「え、ええ。わかりました」

 

 松擦力は、中学生ながら身長が2mに迫る巨漢だ。

 体重も100kg近くある。しかし、それは無駄な脂肪など全くない、芸術的なまでに磨き上げられた美しい筋肉の塊であった。

 学制服に身を包んではいるが、はちきれんばかりのその筋肉に、今まさに学ランの第1ボタンがはちきれてどっかに飛んでしまっていた!

 

 その圧倒的な迫力に、ミシェルや王も眼を見開くしかない。

 腰を折って、ミシェルに目線を合わせながらステータスプレートをミシェルに手渡す。

 

 リキの掌は小柄なミシェルの頭を簡単に握り締めてしまいそうなほど大きく、スマホ程の大きさがあるステータスプレートも、どこかつまんでいるような印象さえ与えていた。

 

 

 そんな彼はバスケットボールや柔道部、バレー部などからも引っ張りだこ。陸上競技も砲丸投げ、ハンマー投げ、やり投げ重量上げといったパワーを使うものでは学校のエース級の生徒さえもぶち抜く成績を誇っている。

 

 大きなガタイをしている割に、かわいいモノが好きという一面もあり、そのギャップからか、女子からの人気も高い。

 すれ違うたびに俊平ちゃんの頭をポンポンと撫でる姿も確認されているため、もしかしたら“小さいモノ”が好きなのかもしれない

 

 そのたびに俊平ちゃんが「ぴゃー! なでないでー!」と喚いているのはご愛嬌だ。

 文学少女の本田ミオちゃんが「リキ×俊………いいかも」とか言ってるのも、わたしはしたり顔で「わかる」とうなずくしかない。

 

 

―――――

 

  個体名:松擦力

   種族:異世界人

アビリティ:<要塞(フォートレス)>

   筋力:300

   敏捷:30

 魔力障壁:200

   魔力:20

   通力:100

 魔力浸透:30

   器用:10

 魔法適性:重力

 スキル:<不動><威圧><爆拳骨><巨大化>

  称号:要塞の勇者

 

―――――

 

 

「魔力値や敏捷は低いですが、これはいくらなんでも、筋力が異常すぎです………。しかも<要塞(フォートレス)>なんて………これも伝説級………これは夢なんでしょうか………しかも、スキルに<巨大化>だなんて………さらに大きくなっちゃうのですか………?」

 

 どうやら、生徒会メンバーはぶっ壊れた性能を持っていたらしい。

 

「………?」

「ん? ああ。姫様。普通のアビリティってのはどういうのなんだ?」

 

 ミシェルのつぶやきに疑問を思ったらしいリキを瞬が通訳してミシェルに聞くと

 

「え、ええ。アビリティを持つ者は5人に1人程度でよくあることなのですが………そういう人は大抵常人よりもステータスが高い傾向にあります。では普通のアビリティなのですが………<剣士>や<武道家>、<足軽>に<戦士>、<重戦士>などといったものなのですが………なんと説明したらよろしいのでしょう。あなた方のアビリティはそういったアビリティの数段階上をゆく、特別なアビリティなのです」

 

 どうやら、アビリティにも強さのランクがあるらしい。

 下級 中級 上級 超越級 伝説級 といった具合である。

 

 <聖剣使い(ソードマスター)>でいうならば

 

 下級に<剣士>

 中級に<重剣士>や<双剣士>

 上級に<剣闘士>

 超越級に<剣聖>

 最後の伝説級に<聖剣使い(ソードマスター)

 

 といった具合だってさ。

 それ以外にも、“ユニークアビリティ”を持つ者もいるんだとか。

 ユニークアビリティとは他と被らぬ自分のみが持つアビリティ。もしくは希少性の高いアビリティのことを言う。その効果は強力で、ほぼ確実に“上級”“超越級”以上の強力なアビリティとなるらしい。

 新種だった瞬の韋駄天なんかもそうなんだって。へえ。

 

 でも、ステータスに書かれていないから、この世界の人たちが呼称しているだけなんだろうね。

 とはいえ、強力であることは変わりなさそうだね。

 

「………。」

「なるほどね。だいたいわかったぜ。次は縁子あたりが調べてもらえよ」

 

 本当に理解しているのかいないのか、瞬は目を瞑って『理解してるぜ!』と言いたげに頷いた。

 たぶん理解していない。

 

「うん、わかった」

「では、その次は私だな」

 

 だが、そんな難しいことは考えを放棄することで解決する。

 彼は次にユカリコとルルのステータスを見てもらうように促し、ユカリコはミシェルの前に歩み出た。

 

 

 

 なんか長くなりそうだから、あとでタエコちゃんにまとめてもらおっと。

 もちろん、数値なんかは全部無視してもらってね。

 

 

「タツル。誰が主人公だとおもう?」

 

と、私が聞くと

 

「光彦のフワッとした宣誓に同調しなかった奴が、不審がっている主人公の可能性は高い。」

 

 先の宣誓を思い出す。えーっと………。

 

「それって、赤城雄大(チンピラ赤信号)西村佐之助(エロガッパ)じゃん。その二人が主人公ってある?」

 

「………。だよなぁ………。」

 

 

なんて頭を悩ませていたその時だ。

 

 

「樹にゃん、由依にゃん。あれをみるにゃん!」

 

 こそこそと近づいてきたタナカちゃんが、謁見室の角を指差した。

 

「うん? 俊平ちゃん?」

 

 そこにいたのは、ステータスプレートを赤信号(赤城雄大)に取られて手持ち無沙汰になった俊平の姿が。

 

「なんかもじもじしてんな。」

 

「あれは俊平にゃんがおしっこを我慢している顔にゃ。」

 

「俺たちは何を見せられているんだ?」

 

 タナカちゃんに俊平ちゃんのおしっこを我慢している姿を見せられる気持ちにもなってほしい。

 

あれ? 小さな男の子と女の子が俊平ちゃんに話しかけてる。

言葉、わかるのかな?

 

「玉座の近くには、美人のミシェルの他に、10歳程度の男の子と、5歳程度の女の子がずっといたにゃん。おそらく第一王子と第二王女にゃん。」

 

「ほむ。」

 

「あのショタはずっとちびっ子の俊平を気にしていたにゃん!」

 

「ほむ?まあ、俊平ちゃんはクラスで一番背が小さい小学生レベルだからね。見ちゃうのもわかるかも」

 

「で、第二王女らしきロリっ子もおしっこを我慢してたにゃん。」

 

「つまり?」

 

「気遣い上手な王子がロリを連れていっしょにトイレに連れてってあげようとしているにゃん!」

 

「俊平、子供に世話焼かれとる!!」

 

この通常では考えられないようなポンコツムーブは、主人公にも当てはまりそう!

まさか、嘘でしょ。

俊平ちゃんが主人公!?

 

ショタが主人公とかあまり見ないんだけど!?

序盤だけだよ!

 

「まさか、俊平が主人公だとでも?」

「可能性がないわけじゃないにゃ!」

 

いや、たしかに俊平ちゃんは非力ないじられキャラだ。

チンピラ信号機にはよくちょっかいかけられているが、クラスの愛されるべきマスコットだ。

その辺は主人公としての素質はあるのかも?

 

「ちょ、ちょっと俺、確認してくる!」

 

タツルが早歩きで謁見の間から出ようとする俊平ちゃん達を追いかけた。

 

扉の辺りで追いついたタツルが俊平ちゃんの耳元で何かを囁くと、俊平ちゃんは何事かの返事をして、お腹を押さえた。膀胱の決壊が近い。

 

タツルが王子に「俊平をよろしく頼む」と伝えたのが見えて、タツルはコチラに戻ってきた。

 

 

「ど、どうだった?」

 

「………俊平にステータスオープンを唱えてもらった」

 

「にゃにゃ!? 結果はどうにゃ!? 田中にも早く教えるにゃん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

能力(アビリティ)が、自爆(ディシンテグレイト)。自爆の勇者だった」

 

 

 

 

 

 

 

地雷だあああああああああああ!!!!!!!

これもう確定だよぉおおおおお!!

 

 

 

 

「あまりの衝撃に………俊平、ちょっと漏らしてたよ。」

 

 

 

 

そりゃあねえ!!!

 

 

 

 

 

 




あとがき

樹と由依もちゃんと主人公の要素満たしているんだよなぁ。

次回予告
【パニックホラーのお約束】

おたのしみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は
評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)


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第7話 樹ーパニックホラーのお約束。

 

 

おそらく、たぶん、メイビーという形にはなるが

 

俊平が主人公らしいことはわかった。

田中も頭を押さえている。

俊平を主人公とした物語ならば、作者の意図は、おねショタかもしれない。

 

異世界転生ならば序盤のショタ主人公はありえるだろうが

 

ファンタジークラス転移で主人公がショタはあまり見ない。だけれど、自爆というデメリットが高い能力は迫害の対象になりかねない。

 

迫害はつまりなろうにおける追放に繋がる。

夢を見るだけの俺たちよりも、周りを巻き込む可能性が高い分危なっかしいのだ。

 

 

―――――

 

  個体名:北条縁子

   種族:異世界人

アビリティ:<精霊使い(エレメンツ)

 魔法適性:光・闇・火・水・風・土・雷

 スキル:<精霊召喚><精霊の祝福><精霊の聖域><同化>

  称号:精霊の勇者

 

―――――

 

―――――

 

  個体名:百地瑠々

   種族:異世界人

アビリティ:<武神(ファイター)>

 魔法適性:重力

 スキル:<瞬動><纏気><覇動拳><リミッター解除>

  称号:武神の勇者

 

―――――

 

 

「<精霊使い>に<武神>まで………! すごい、すごいです! 伝説級のアビリティがこんなにゴロゴロ転がっているなんて、あなたたちの世界は、どれだけ混沌としていたのでしょうか!?」

 

 

俺と由依と田中が集まって悶々としていると、向こうも進展があったようだ。

 

 縁子と瑠々のステータスを確認したところ、ミシェルは伝説級のアビリティばかりがはびこっている彼らの世界に旋律(戦慄)したみたい。いいよ、そういうテンプレでしょ。

 

 それはそうだろう。この世界では見ることのなかったアビリティの数々が、召喚された少年少女たちに備わっている。それが、33人もとなると、その世界を疑わざるを得ないだろうさ。

 

「い、いやあ、私達の世界にはそもそも<アビリティ>っていうのがなかったからそれほど混沌としていたわけではないよ………?」

「うむ。少なくとも国に住む国民は戦争などとは無縁の存在であったからな」

 

「そうなのですか………?」

「むしろ、戦争中の国の者や特殊な訓練を受けているものではなく、なぜ、普通に暮らしていたはずのわたしたちがこの世界に呼ばれてきたのか、それが理解できないのだ。」

 

 瑠々は、自分たちを召喚した神『サニエラ』というモノに疑念を持っていた。

 当然だ。神を自称するものなど、信用できるはずがない。

 宗教で神を信仰するのは精神の安定にも必要な時もある。

 

 だが、神を自称するものが自分たちを選んでこの世界に送ったと言われても、そこにはちぐはぐさしか見えなかった。

 

 この世界の人間たちを救おうと思うのならば、現代日本の技術の結晶や、特殊な訓練を受けたものを大量に送り込めばいい話。

 それを、なぜ自分たちのような一介の高校生にしたのか。

 戦争の経験もない自分たちよりも、戦闘の訓練を受けたものを召喚した方が、はるかに国にとっての負担も、人間族にとっての負担にもならないはずなのに、だ。

 

 

「まぁ、それは考えても仕方のない事なのだろうな。たまたま私たちが勇者の素質を持っていた、ともとれるわけなのだし」

 

 

 そういう疑念を持っても、すでにこの国に召喚されてしまった事実は変わらない。

 ならば、一刻も早く地球に帰還するために、できることをやらなければならないだろう。

 

そんなこんなで、俺たちとは別行動の腹黒タヌキである妙子が行動を起こした。

 

 

「のう、そろそろ話を先に進めてもよいじゃろうか」

 

 

 まとまらない考えを思案し続けても無駄である。これ以上この場に留まる理由も思いつかなかった妙子は、そろえた情報を頭の中に叩き込みつつ状況を進展させるために口を開く。

 

「まだ、全員分のプレートを確認しておりませんが………」

「どうせあと5人程度じゃ。それに、まだあと20人以上もプレートを貰っておらんものもいる。一気に確認した方が良いじゃろう。儂も本当は自分の持つ能力が気になるところじゃが、何事も順序が必要じゃ。」

「は、はい………」

 

 今はまだ、召喚された勇者たちを置いてけぼりにして、ミシェルや王、騎士たちが舞い上がっているだけなのだ。

 こちらは家に帰れない不安で押しつぶされそうな子も居るというのに。なんとも身勝手な話である。

 

「仕事を斡旋してもらえるのはありがたいが、最低でも衣食住は確保してもらわないとならんのでのう。こちらも無一文で知らぬ世界に放り出されてしまえば、今を生きるにも困ってしまうからの。そこの確認をしたいのじゃ。アビリティの確認なんぞは後回しでもよい」

 

「で、ですが………」

 

 なおもみんなの能力を確認したいと食い下がろうとするミシェルに対し、冷えた目で見下ろす妙子。

 

「なんじゃ、ずいぶんと強欲な『人攫い』じゃのう。」

「なっ!?」

 

突然の暴言にミシェルは目を見開く。

 

 

「其方の都合で勝手に住処を奪われ、親元を離され、そして自分の支配下に閉じ込められ、戦いに投じられる。まるで奴隷じゃな。」

 

鼻で笑う妙子。

 

「おい、それは言い過ぎだぞ葉隠! 彼らは本当に困っているから、俺達を呼んだんじゃないか!」

 

 あまりの物言いに眼を見開いて妙子に近づく光彦。

 しかし、どこか切なさと怒気を含んだ妙子の瞳に押されて怯む

 

 

「誠意を見せると言うのなら、こちらにも譲歩していただかねばならぬものがあると、なぜそれがわからんのじゃ。困っていたらワシらを奴隷のようにこきつかってもよいものなのかのう? なあ? 光彦。どうなんじゃ?」

 

 やれやれと肩をすくめて光彦に一歩だけ近づくと、息を呑む光彦を押しのけて王に目を向ける。

 

「王よ、お主は自分が言語も分からぬ土地に、金も地位も持たずに降り立てばどういう気分じゃろうか」

 

「む、ぅ………」

 

「しかも、こちらは無理やり“世界”から切り離されたのじゃ。元の国どころか、元の世界にも帰れないと来た。儂は正直、ハラワタが煮えくり返っておるのじゃよ」

「おい、それはさっき王様が頭を下げただろう!」

 

 光彦が妙子に詰め寄るが、妙子は光彦に一瞥もくれずに王を見据える。

 

 妙子は確信していた。

 この国は、勇者というモノに対して最大限の敬意を払っていると。

 宗教と同じで、勇者は神の使徒という枠組み。場合によっては“王”よりも上の立場にあるということを。

 

 上の立場にあるということは、情報戦に置いて、これほど優位なことは無い。

 できるだけの情報を引き出した上で、相手にこちらが優位になるような条件を飲んでもらえてこその、情報屋である。

 

 俺は妙子の観察眼と度胸には勝てないな。

 今の何の力もない俺には、そんな強気なムーブは絶対に出来ない。

 

 こちらの立場が上ならば、多少強引に迫っても、相手には拒否権は無いのだ。

 

「頭を下げたなら許されるような問題ではないぞい。儂らは無理やりこの世界に連れてこられたのじゃからな。人攫いとなんらかわらんよ。」

 

 光彦を見ることなく、光彦を諭すように事実を述べる。

 好き好んで戦争に行こうとするものの気がしれないのだ。正義を振りかざして悪人を切れば、そいつはもう日常には戻れないことになぜ気が付かないのだと妙子は光彦の評価を下げた。

 

「そして王よ。お主は儂らにできることは何でもすると言った。ならば早急に手配してもらいたいのじゃが、儂らはこの世界の言語をまったく知らぬ。ここは魔法といった不可思議な現象が支配する世界じゃ。お主の指に嵌っておるそれはおそらく言語を理解させてくれるカラクリ道具といったところじゃろう? ならばすでにこの地の言語を熟知しておるお主よりも、儂ら全員に寄越してもらえると助かるのう。多少時間がかかっても構わんが、できるだけ早急にのう。」

 

 心象を悪くする可能性と天秤にかけて、無理にでも、言語を把握できる指輪の早急な手配を促したのだ。

 まずは言語。それがどうにもならないことには始まらない。

 この国も、勇者たちとの会話がうまくいくとは思っていなかったのか、言語を通訳する指輪を準備していたくらいだ。

 確信犯なのだ。

 

「わ、わかった。」

 

「最低でも5つ。これだけは今日中にそろえていただきたい。此方の世界の言語をわかるものが居た方が何かと便利なものじゃからのう」

 

「善処しよう。おい、今すぐ翻訳の指輪を手配するのだ!」

 

 王に命令され、急いで指輪を手配するために騎士たちは動き出した。

 俺たちクラスメイトは、呆然とそれを見つめる。

 

 

「す、すげぇっぜぃ」

「絶対に妙子にゃんには弱みを握られたくないにゃん」

「俺は誰だ!?」

「拙者のプライベートは誰にもわからないはずでござる。忍忍」

「葉隠に掛かればワイの手品のタネも見破られちまいそうや! 商売あがったりやで!」

 

 

 その情報戦に勝利して、王様から衣食住と指輪を勝ち取った妙子に戦慄するクラスメイト達。

 

「心配せずとも、儂はクラス全員分の弱味などすでに握っておるぞい」

 

「「「ひぃぃ~~~~~!」」」

 

 振り返りながら不敵に微笑む妙子に、一同は全身の震えが止まらなかったとか。

 

 

 

     ☆

 

 

 

 

 さてさて、俊平が主人公だと言うことが判明したが、それは置いておいて、クラスメイトたちはそれぞれ妙子が勝ち取った部屋を割り当てられて、王城で暮らすことになった。

 

 そのへんの長話は割愛して、ひとまず今日のところは王城の案内と施設の案内。

 食事をして、稔が大食漢ぶりを披露しコックを戦慄させ、午後は姫さまに魔法とか見せてもらって、できそうな人は魔法の練習にのめり込んでいた。

 騎士団にも顔を出してみて、剣を振るわせてみたり希望者は一緒に走り込んでみたり。

 非番の侍女の案内で街に出かけたり。

 物づくり系女子の安達さくらが細工職人のショーウィンドウや魔道具屋さんから動かなくなったりしたけど、なんとか連れて帰り、とかいろいろあったけど、割愛!!

 夕食で稔がまたも大暴走してお代わりしすぎたものだから、あいつだけ騎士団の量が多くて安いメニューがアホみたいに出されてた。

 

その時、何故かメイドの姿をした、頭につけるホワイトブリムを猫耳にしたままの田中が給仕に入っており、所作の完璧さにクラスメイト一同気づくのが遅れたりとなんかいろいろあったけど、まあ、異世界1日目が終わるところだ。

 

 

 ひとまず就寝。

 

 今日のところはみんな混乱しているからね。

 世界に慣れるところから始めないと。

 

 訓練とか何をしたいのかとかは明日、確認することになったんだ。

 

 

 ただ、電気が無いので20時には就寝の時間だ。

 電気が無いなら仕方ないね。もうランプがないと真っ暗だもんな。

 

「ランプ消すぞ。」

 

 

「ええで」

「ういー」

「構わないっぜぃ!」

 

  流石に30人以上をそれぞれ別の部屋で用意は出来なかったようで、俺とマジシャンの加藤消吾、大食漢の大田稔。エロガッパの西村佐之助は同室だ。

 真っ暗ですることもないので、早速寝る。

 

「なんかちょっと早めの修学旅行って感じやな」

 

「ちょっとわくわくしねえか?」

 

 

 暗くなった室内で消吾と稔が

 

 

「あれやろ。最近流行りの異世界転生」

 

 転移な。

 

 

「俺TUEEEできたらええな。ワイもちょっと緊張しとる。」

 

「あんま信用しすぎも良くないっぜぃ。何が絡んでいるのかわからないからな」

 

 エロガッパの佐之助はどうやら信用はしていないようだ

 

「その点、樹っちは落ち着いてるな。異世界に転移すること、知ってたのか?」

 

 佐之助もどうやら俺を疑問視しているようだ

 

「まあ、なろう読んでて似たような状況を良く知っていただけだ。あとは夢の中で異世界やら現実世界やらを冒険したりとか?」

 

「ああー、なろうか。俺っちは読まないけど、なろう原作のアニメは見るっぜぃ! そっか。それでか。なんか納得だっぜぃ」

 

 

 納得顔の佐之助。

 

「樹。なろうだと、他にどんなことがある?」

 

 と聞く稔。

 おや、なにやら俺がレクチャーする流れ。いいだろう。別に隠すことでもないし

 

「そうだな。例えば、ステータスオープンだ。リピートアフタミー。ステータスオープン」

 

「「「 ステータスオープン 」」」

 

 3人がステータスオープンを、唱えると、自分のステータスが表示されてる

 

「うお、ステータスプレートに表示されているのと同じことが書いてあるやんけ。こっちは読めるで」

 

 と、すでにステータスプレートを受け取っていた消吾

 

「俺っちはわざわざ血ぃ垂らすのが嫌やったからまだいじってないっぜぃ」

 

 佐之助は慎重派だったようだ。

 このムーブは主人公っぽさもまあまあある。

 盗撮魔だから慎重なのだろうか。

 口調は小物だけど。

 

 

「みんなの能力(アビリティ)と称号は? ああ、数値はどうでもいい。どうせすぐにインフレする。」

 

 と俺が聞くと

 

「ワイは次元収納(アイテムボックス)。収納の勇者」

 

「俺っちは空間探知(サーチ)。探知の勇者。」

 

「俺は暴飲暴食(ハングリー)。暴食の勇者」

 

 

 やべえ能力者の集まりじゃねぇか。

 

 テンプレから当て嵌めれば、一番やばいのが稔の暴飲暴食だろうか。

 

 暴食系の異能はラーニング性能があるブッ壊れの筈だ。

 イキリゴミなろう作家が考えそうな、よくありふれた強奪系の異能と言えよう。

 例えば、食らった魔物の能力を手に入れたり、殺した相手の能力を奪ったり。

 これも何万回となろうで見たな。

 

「ちなみに俺は夢現回廊(ドリームコリダー)。夢現の勇者な」

 

 佐之助は主人公向けの能力では無さそうだが、サポート性能バリバリの支援職。

 俊平の親友なだけある。

 

「このステータスオープンっての知ってるのは何人だ?」

 

 

 と、稔が聞いてくる。

 利権を独占したいのか?暴飲暴食の能力を持つ稔に疑心暗鬼になってしまうぞ。

 

「一応、俺と由依、あと田中と、妙子………。あとは俊平だな。」

 

「みんなの能力はなんや?」

 

 と、今度は消吾が聞いてきた。

 

 

「流石に俺が勝手に教えちゃまずいだろ。後で個人的に聞いてくれ。」

 

「それもそうだな。わかった。」

 

 

 

 と、まあこんな感じで夜を迎え、就寝することになったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ここは俺の夢の中。

 

 

ーーーきゃー!

ーーーおいあぶねぇぞ!

 

ーーーこっち来た!!

 

 

 

「ううん、これはパニックホラー。」

 

 

 

 

 まさか異世界に生身が召喚された状態で、地球のパニックホラーの世界に夢の中でご招待されるとは思っても居なかった。

 

 

「こまったなぁ、俺、パニックホラーは苦手なんだけどなぁ」

 

 なろうでもホラーはマイナーなジャンルだ。

 俺はもっぱらファンタジー専門で、ホラーは読まない。

 

 しかも、バイオなどのゲームもやらないからセオリーがよくわからないんだ。

 さらに言えば、幽霊とかだったら、情けない話、俺はマジで怖い。泣く。

 

「こういう場合は、なろうに限らず、パニックホラーの鉄則に従うべきだ。」

 

 

 ではまず、シナリオの確認だ。

 

 シナリオA シャークパニック

 ご存知サメのパニックホラー。ただし、ここは海の上では無さそうなので除外したいが、水没した都市だったらどうしようもないな。

 

 シナリオB ゾンビパニック

 触れたり噛まれたりしたら感染するタイプのパニックホラー。

 ゾンビの弱点は脳だったり脊椎だったりする。

 

 シナリオC エイリアンパニック

 謎の知的生命体が襲撃してくるやつ。

 人間は餌。謎の超技術により手も足も出ない。

 敵の基地に潜入して大本を叩く必要がある。

 

 

 クローズドシナリオ 心霊ホラーパニック。

 閉じ込められた曰く付きの館で、謎を解き館からの脱出が最終目標。

 

 

 

 そして、パニックホラー映画の鉄則。

 

 鉄則1.セックスしてるリア充は優先的に死ぬ。

 

 鉄則2.お色気シャワーシーンを優先的に映した結果、待っている男は死ぬ。惨たらしく死ぬ。

 

 鉄則3.童貞は生きる。

 

 鉄則4.柄の悪いやつは劇場版ジャイアンみたいになって改心して主人公格を庇って死ぬ。

 

 鉄則5.武器は使い捨て(ハンマーで相手を殺した後に「ここは危険だ」ぽいっ)

 

 鉄則6.一人になると死ぬ。(有名なテンプレ)

 

 

「現状確認。俺は誰だ?」

 

 

 ポケットには割れたスマホ。画面に映っているのは

 

 鼻にピアス。鼻くそほじりにくそう。よく知らんけど。

 そんで金髪刈り上げ。これはまさしく

 

 

「優先的に死ぬ奴だ!」

 

 

 今いる場所は?

 

 

 陳列棚に食料が置いてある。ということは、

 

 

「ショッピングモール立てこもりは定番だな」

 

 

 物資がそれなりに沢山ある。

 ならばショッピングモールに立て篭もるのは当然。

 

 ショッピングモール立て篭もりってことは必然、ゾンビパニックあたりが最有力。

 

 主人公は逃げるのが得意なのか、特殊部隊か、はたまた研究員か。

 

 どちらにせよ、行動を起こさねばなるまい。

 

 よっこらどっこいしょ! と立ち上がり

 

 

「しゅ、しゅーちゃん。どこにいくの?」

 

 と、金髪ギャルが俺の手を掴んだ。

 

 なるほど、この男はカップルで、二人でここに立てこもっているんだな。

 

「武器になるものと食料を調達する。一緒に来てくれるか?」

 

「い、嫌だよ! 動いたらアイツらに見つかっちゃう!」

 

「ずっとここにいてもいつかは食料も無くなる。それに、一人は危険だ。」

 

「だったらしゅーちゃんはここにいてよ! 私を一人にしないで!」

 

 

 ………くっっっっそ面倒くさい女!!!

 

 

 いや、違う。正しい反応だ。パニックホラーの最中ならば当たり前の反応だ。

 

 慣れてる俺の方がおかしいんだ。

 

「ならば、ここでずっとじっとしててくれ。俺はバリケードを作ってくる。安心しろ、俺が守ってやる。」

 

「………ぐすっ、わかった。」

 

 

 うるさいこの女と一緒に行動してたら俺が間違いなく死ぬ。

 

 とはいえ、俺も人の心を持ったなにがしだ。

 容易に囮や道連れにはしないようにしよう。

 

 いざとなったら脱出タイプDのシナリオの破綻でどうにかする。

 

 とはいえ、主人公が見つからないことにはシナリオの破綻すらできないのも現状だ。

 

 

 

 俺が主人公でないのなら、現在の脱出タイプはCのモブ転移。

 まあ、俺が主人公ではない確証もないが。

 

 主人公が見つかったらBのハッピーエンドに移行。

 無理そうならDのシナリオの破綻。

 

 優先順位はこうだな。

 

 

 つまり、生き残るのは最優先。残れそうなら物資の確保。

 それができてから夢幻牢獄の脱出については考えよう。

 

 身を低くしてモールを探索。

 

 落ちてたバッグに食料品を詰め込み、階を上がって、雑貨店に到着。

 

 看板を見た限り、1階は鮮生食品売り場と衣類雑貨。2階は飲食店と雑貨店、3階は映画館とスポーツ用品や小物。アウトドア製品。目標はアウトドア製品だな。サバイバルグッズが手に入るかも。

 地下は土産物売り場だな。日持ちするものが置いてあるかも。

 

 現在、彼女がいた場所は衣類雑貨の場所。服に埋もれる形で隠れているのだ。

 

「ア”ア”………ウウゥウアアア!!」

 

 すれ違った人はゾンビだった。

 おけまる。シナリオBのゾンビパニックで間違いないな。

 

 足を引きずり、バランスが悪く、俺を見つけると、ずりずりとコチラに寄ってきた。

 

 

 接触したくないので、衣類雑貨からかっぱらってきた手袋を二重にして、掴みかかってきたゾンビの左腕を逆に掴んでやり、そのまま引っ張って足を引っ掛けてうつ伏せに転がすと

 

「どっこいしょ!」

 

 ゾンビの首に全体重を乗せて両足スタンプ。

 

 ボキッ!

 

 という音で、ゾンビの無力化を確信した。

 首の皮なんて肉の下で滑るから、しっかりと踏み込まないと転んじゃうから気をつけないといけないけど、よし、やり方は覚えたぞ。

 

 

 2、3秒ほどゾンビの手足が動いているかを確認すると、やはり頚椎は弱点なのか。

 ウイルスだか菌だか寄生虫だかはわからないが、脳から送られる神経伝達系が損傷するとゾンビも動かなくなってしまうらしい。

 

 まあ、それがまかり通ってしまうと、切り離した手足までもがカサカサと動き回る結果になる。

 

 そうならなくてよかった。

 

 

 

 

 ってか、あまりゾンビも強くないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………モールの中、皆殺しにするか。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、いい汗かいた。」

 

 

 

 俺の殺り方は返り血をあまり浴びないため、血液感染のリスクも少ない。

 

 単独で行動するはぐれのゾンビを狙って転がしてスタンプ。

 

 これ最強。

 

 生死の戦いなんて慣れ親しんだものだからね。

 気負いもなく、異能もなく対処はできる。

 

 ついでに雑貨屋でセラミック包丁見つけたから、突っ張り棒3つとガムテープで合成して、簡易槍を作成。

 持ち手もガムテープで少し太めにしてあります。

 

 

 旅行鞄も見つけたから、ペットボトル水を詰めて彼女のところに戻るとしよう。

 

 

 うーん、ゾンビ相手って、槍よりも鈍器の方がいいのかな。

 脳を損傷させるとしたら鈍器の方がいいのかも。

 衣類雑貨の靴下に工具詰めてブラックジャックも作っておいた。

 これならあの女でも遠心力で戦えるだろう。

 

 シャベルがあれば一番良かったんだが、さすがにホームセンターに行かないとないだろうな。

 

 ひとまず、目につくところにいた三十匹のゾンビは追加で行動不能にした。

 ブラックジャックいいな。脳死で振り回すだけでゾンビを退治できる。

 ただ、複数回やると靴下が破れるのが難点か。靴下は二重三重にして強度を高めるかな。

 

 そんでもって、こういう閉鎖空間で一番恐ろしいのは集団感染。クラスターだ。

 モールに閉じこもっていると、その中の誰かが、噛まれたことを黙っていて、それが原因で全滅なんてのはよくあるお話。

 

 あと、映画館には感染者が閉じ込められており、迂闊に開けるとゾンビに飲み込まれるというお決まりパティーンだ。さすがにそんな迂闊な真似は出来ないな。

 

 俺がゾンビバスターしてるときに

 感染していない若い男性とこんにちはしたけど、特に会話もなく、目的は同じモールの資源の略奪であろうことはわかった。

 

 その男はガチャガチャのカプセルの中に小石を入れてマラカスを作って、音でゾンビを誘導してここまで来たっぽい。

 

 頭使ってんなぁ。

 

 そっか、ガチャガチャって空気穴みたいなのが空いてると鈴みたいにいい音が出せるんだ。

 すげえなあいつ。

 

 俺みたいなサーチアンドデストロイの脳死プレイじゃないんだ。

 

 まあ、あっちも俺の戦法を見て感心してたみたいだけど。

 

 さすがの俺も、ゾンビの一匹や二、三匹を一気に相手する程度なら問題ないが、集団で来られたらなすすべもない。

 

 はやいところ自分の城を築かないといけないな。

 ある程度のゾンビを退治したら、

 

 今度はモールの出入り口はひとまずイートインコーナーの椅子や机をポイポイと放り投げて人間はかがんで通れるけどゾンビの知能じゃ通れない程度のバリケードを作った。

 

 物資を補給しに来た普通の人間が通れないのはダメだからな。

 

 

 

 

「ただーい」

「おそーい! 本当に怖かったんだからね!」

 

 すまんって。

 

 

 

 

 と、合流したところで俺の意識が途絶えた。

 

 

 

 よくわからないけど、図らずも脱出タイプDの条件か何かを満たしたっぽい。

 

 

 あれか、あの場でエッチしてれば、俺、死んでたのか?

 まじかぁ

 それとも、あのいい感じのバリケードが将来の主人公の助けになったのだろうか。

 

 もしかして、途中で出会ったあの男が主人公? わからん。

 

 サーチアンドデストロイがよかったのか。

 本来は一人で物資の略奪をしている時に一人で死んでしまう運命だったのかはわからないが、ひとまず。

 

 金髪ピアスの生存確定。脱出タイプA 主人公(おれ)の生存確定?

 もしくは脱出タイプD(シナリオの破綻)?

 

 いや、この程度でシナリオ自体は破綻しないか。

 

 脱出タイプA 自分の生存 コンプリート。

 

 

 

 

 

「もっとモールの元締めと主人公がドンパチやるのかと思ったのにな。」

 

 頭をふりながら起き上がる。

 

『何を言っているのですか、ご主人様』

 

 

 と、無機質な声。

 周囲は岩に閉ざされたクローズドシナリオか。

 

 

「今度はどこよ。」

 

『ここはダンジョンの最下層。貴方はダンジョンマスターに選ばれました。』

 

 

 ほいきたダンジョンマスターなろう。

 今度はホラーの次はダンジョンマスターですよもう。

 

 

 どうせダンジョンポイントとかそんな数値でダンジョンの拡張とか、なんかするんでしょ!!

 

 

『ご主人様にはダンジョンポイントを使ってダンジョンを拡張していただきたいのです』

 

 

 正解!

 今回の肉体は鈴木樹そのもの。

 ってことは、俺が主人公かな。

 

「いいだろう。ダンジョンマスターがダンジョンの外を出歩くのはありか?」

 

『ありです。ただ、遠くに行きすぎると死にますので注意してください。』

 

 あ、勝ったわ。

 

 

『では、ダンジョンコアで、ダンジョンの設定を、行ってください。』

 

 ダンジョンの入り口の幅は60cm四方。匍匐前進で入れる程度。

 ボス部屋はダンジョンの入り口のほぼ真上に、やはり匍匐前進して体を捩じ込まないと通れない通路を作り、石で目隠しした。

 ダンジョンの入り口は石や草で隠して極力見つからないようにしてっと

 

 ダンジョンポイント節約っとね。

 

 見つけられる大きさしか出来ないタイプとかあるしな。

 この世界は運がいい。

 

 2週間くらいかけて、ダンジョンの外で生捕にしたウサギやシカやゴブリンやオークやオーガなんかを、ダンジョンの入り口に頭を突っ込ませては殺害するを繰り返してダンジョンポイントを貯めた。

 

 なんかダンジョンの精霊? みたいな人がぶつくさ言ってるけど、ようはダンジョン内でなんか殺してダンジョンコアに養分あげればいいんだろ。

 

 

 ダンジョンマスターがせかせか働いてやってんだ。文句言うな。

 

 

 いい感じのポイントが貯まった所で入り口を拡張。

 ダンジョンを拡張。

 中ボス部屋を作った。

 中ボスはホブゴブリン君だ。

 

 

 ダンジョンコアの部屋? 入り口の真上にあるよ。

 トリックアートっぽく、入り口側からは見えないけど、内側から見ると天井の岩の一部に横穴があるけど、その横穴もすぐに行き止まりが見えるので、体を捻り込まないとダンジョンコアにたどり着けないようになってるよ。

 

 だれがわざわざそんなとこまで見るかよ。

 

 

 俺の外出が面倒なだけで、見つからないにこしたことはない。

 

 

 で、ダンジョンが相手するのは人間だ。

 俺の敵は人間だ。

 

 

 そこで、ダンジョンポイントを使って出歩ける距離を現在のポイントでできる最大まで強化。

 

 コツコツ貯めたダンジョンポイントは人間との取引に使うんだよ。

 

 ダンジョンで暇を持て余している間は、その辺の薬草から、別の世界の知識で手に入れたポーションを作り。

 

 それらを売り捌いて金を作り、闇の奴隷市で、処分品の奴隷を購入。

 

 口減らしで売られた老人、手足の欠損した男。

 生きてさえいれば、死にかけだろうと二束三文で買って、馬車で連れ帰って、このダンジョンで生き残れたら奴隷から解放してやる、といってホブコブリン君に挑ませる。

 

 鬼畜の所業だ。

 

 

 おかげでダンジョンポイントもサクサクだ。

 

 

 さすがに手足を生やせるほどの薬は作れんからな。

 老い先短かったのを俺の我儘で消費させてしまったのをお悔やみ申し上げる。

 

 そうやってポイントを貯めたところで一ヶ月。

 そろそろ元の世界に帰りたい。

 

 あ、いや元の肉体も異世界転移中だった。

 忘れる所だった。危ない危ない。

 

 同じような作業を繰り返して

 ダンジョンポイントを自力で稼ぐと、冒険者がウチのダンジョンを見つけた。

 

 ふむ。あまりは沢山あるからな。

 

 

 ダンジョンを拡張して、ボス部屋っぽい中ボス部屋にガーゴイルを配置。

 

 ダンジョンとしてようやく始動する。

 

 拡張は続けるよ。

 

 

 

 最奥まで行ったのにダンジョンコアがない。

 なんだか不思議なダンジョンとして、有名になったおかげか、人が増えた。

 予想外だが、まあそういうこともある。

 

 とはいえ、コツコツとダンジョンポイントを貯めたのに、最奥まで行かれちゃ世話ないよ。俺にはダンジョンマスターとしての才能はなかったようだ。

 

 1年も代わり映えのないダンジョン生成をしていたからか、唐突に意識を失った。

 

 おそらく、ダンジョンマスターとして1年耐えることが今回の夢幻牢獄の脱出に必要な条件だったのかもしれない。

 

 ふぅ、ダンジョンコアが入り口の真上だとは思うまい。

 なんだかんだで出入り口付近に人がいるといつもヒヤヒヤしてたからな。

 

 なんとか耐えたぞ。

 

 

脱出タイプA 主人公の生存 コンプリート。

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました。

目を覚ましたが目を開けない。心地の良い微睡の世界だ。

目覚ましがなるまではこの微睡にまかせよう。

 

 

………………

………

 

 

 

「樹っち、起きぐへぇ!!」

 

 

 声をかけられて高速チョップ。

 音源にヒットした。

 

「なんだ、佐之助か」

 

 周りを見渡すと、自分の部屋ではなく、異世界の部屋だと分かる。

 

 スマホのメモ機能を確認して、現在、俺は自分が異世界にいることを思い出す。

 

 寝る前に、直前の行動を書いておかないと忘れっぽくなるからな。

 

 夢は起きるとあやふやになっていき、昨日まで何をしていたのか、ぼんやりと思い出してくる。

 

「いってえな。樹、いつもそうやって起きるのか?」

「わりとこうだぞ。目覚ましがなった瞬間に高速チョップだ。」

「じゃあ声かけた俺っちがわりぃな。とはいえ、痛いっぜぃ」

「すまん」

 

 

 佐之助に起こされて、周りを見渡すと、まだ暗い。

 夜明け前か。

 

「それで、どうしたんだ佐之助。」

探索(トイレ)に行こうっぜぃ」

「おっと、俺には本音が透けて見えるぞ。いいよ、付き合ってやる。」

「さすが、樹っちは話がわかるっぜぃ!」

 

 佐之助に促されて、一緒に探索(トイレ)に行くことにした。

 

 女子部屋にも行ってみたいなぁ。

 

 俺と佐之助はぴょんこぴょんこと音を立てないようにスキップしながら、部屋を出るのだ!!

 修学旅行の醍醐味は女子部屋への潜入と相場が決まっているのだ!

 

 レッツゴー!

 




次回予告
【夢幻牢獄】

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第8話 由依ー夢幻牢獄

 

 

 シノちゃん、タナカちゃん、タエコちゃんと同室の私は、夜中に語り合う。

 

「いやあー、あの謁見の間で宣誓した光彦くん、かっこよかったなぁ〜。おじさん惚れ惚れしちゃうよ」

「なんじゃ。しのはあんなのを慕っておるのか?」

 

思考がおっさんの割に、しのちゃんはミーハーで光彦くんの事を好いている。

まあ、顔はいいしスポーツはできるし、光彦くんは見る分には優良物件なんだろうね。

 

タエコちゃんは王様や王女に対してイエスマンだった光彦のことを一切合切信用していなかったからね。

タエコちゃんにとっては光彦くんの評価は地に落ちているっぽい。

 

「たしかににゃー。田中も光彦にゃんは格好よかったとおもうにゃん。でもあのときはギャグにしか見えなかったにゃ」

「わかる〜。私もなろうで何度もみたような光景がそこにあったら、笑うしかないってね」

「ほう、光彦が演説をしておったあれも、天ぷらというやつかのう」

 

 

むしろ天丼だよ。

 

 

「そうそう。だいたい、物語でもああいうのってリーダーシップのある人が率先してみんなを賛同させちゃうんだよね。」

「しかも日本人は場の空気を読む能力に長けているから、長いものに巻かれて流されちゃうにゃ。集団圧力にゃ」

「まあ、勇者なんて祭り上げられたら悪い気はしないけどね」

 

 

なんてシノが言うけど、テンプレ経験者の私としては………もう慣れたというか、一番大事なことは

 

「祭り上げられるだけの功績を残さないと、ただの金食い虫になるから、それだけは気をつけないといけないぞ」

 

「うえ、まあ、そうだよね………。自分の能力のこと、ちゃんと知っとかないといけないね」

 

 

勇者には責任が伴う。

私も夢の世界で聖女をしていたときに、何度もその責任に押し潰されそうになった。

 

瘴気の発見が遅れて到着まで時間がかかり、救えなかった命も沢山ある。

 

その度に苦しくなって、苦しくなって、やがて何も感じなくなるの。

 

冷たくなる心に火を入れてくれるのは、いつもタツルの役目。

朝の日常で笑い話にしてくれる。

 

世界は残酷だから。

ゲームのようだと、所詮は夢の世界の出来事だと、思えないのだから。

 

ましてや今は現実。私が夢の世界でみんなを救ってきたように、この世界もハッピーエンドを目指してみせる。

 

「妙ちゃん、由依ちゃん、田中ちゃんも、自分の能力はなんだと思う? あ、妙子ちゃんはステータスプレート? っての持ってるんだっけ。」

 

なんてシノちゃんが聞いてくる。

 

「しのにゃん。『ステータスオープン』にゃ。それで自分の能力はわかるにゃん」

 

「うえ!? す、ステータスオープン………あ」

 

 

タナカちゃんに促されて唱えると、シノちゃんは目を丸くした

 

 

「ど、どうしたのこれ、みんな、知ってたの?」

「私は知ってたよ。」

「ワシはこの二人に教えてもらったぞい」

 

「アビリティの名前はなんにゃ? ちなみに田中は転身願望(メタモルトリップ)にゃん。ちょっと試したけど、たぶん最強の能力にゃん」

 

タナカちゃん、そのよくわからない能力をちゃっかり試していたのか。

なろうを知ってるタナカちゃんが最強とか言うのだから、そのよくわからない能力は利便性の高い能力なんだろうね。

ちょっと試しただけで応用の仕方までわかるんだから、このハイスペックオタクの底が知れない。

 

「もしかして、夕食の時にメイドさんの格好をしてたのって能力が関係するの? あまりにも自然だったから、タナカちゃんに気づくのが遅れちゃったから………。」

 

 そう、タナカちゃんは夕食の時にずっとメイドさんの格好をして、ホワイトブリムだけは猫耳カチューシャのまま給仕を行っていた。

 まるで熟練の侍女のように夕食会場のセッティングを行い、給仕を行い、皿洗いや片付けまで行っていた。

 

「そうにゃ。田中の転身願望(メタモルトリップ)は、メイドさんの格好(コスプレ)をしたら、メイドさんの技能をまるまる使える様になるにゃ。本来の田中は部屋のお片付けもできない干物女にゃん! いっつもお母さんに怒られるにゃん!」

 

 むふーっ、と腰に手を当てて胸を張るタナカちゃん。

 胸を張る様なことかよー。

 

「そ、それって凄いのかな?」

 

 

 と、シノちゃんが首を捻る。

 しかしそれが最強だと言い張るタナカちゃん。

 ちょっとその能力についての応用を考えて………確かに、最強だ。

 

 しかも、タナカちゃんはハイスペックオタクなので、自分でコスプレ衣装を作ることもできる。

 

「田中が魔法少女のコスプレしたら、どうなると思うかにゃ?」

 

 魔法少女の能力をまるまる使うことができるってこと?

 まじで最強だ。もはやレベルもステータスも一切関係がない。

 コスプレをしたらそれになれる。やばすぎる。

 

 

 タナカちゃんがそんなやべー能力を持っているとは思わなかった。

 

「にゃははーっ! というわけで、田中は文学少女の美緒にゃんと物づくりが得意のさくらにゃんと共に魔王のコスプレでも作成するにゃん!」

 

 拳を天井に突き出して ><(こんな目)で宣言するタナカちゃん。

 やりたい放題するつもりらしい。なんというか、味方でよかった。心強すぎる。

 さっそく能力の検証を行い、自分のものとして扱うタナカちゃんには脱帽だよ。

 

「が、頑張ってね………………。おじさんのアビリティは、魔道士、ウィッチみたいです。魔道の勇者?スキルはとくに無いかな。魔法の適性はなんかいっぱいあるっぽい」

 

「魔法を使うのに優れたアビリティってことかよー。いいなー。」

 

 と素直にシノちゃんを羨ましがると

 

「由依ちゃんは?」

 

 とシノちゃんからお返しを受けた。

 

「私の能力は夢幻牢獄《ドリームゲート》。たぶん寝てる時じゃないと意味ない能力だから。戦闘能力とかは特にないと思う」

「牢獄ってついているのにかにゃ?」

 

 素直に答えれば、タナカちゃんも私の能力を知りたがっていた。

 クラスメイトとはいえ、うかつに能力を喋るのは現状だとよした方がいいのかもしれない。

 でも、それを知っていて率先して話したタナカちゃんにも報いたい。

 

「うん。牢獄に囚われているのは私の方。私とタツルは、眠ると夢の中で物語の中みたいな世界に飛んでっちゃうことがよくあるの。これはたぶん、そういう能力。」

 

「ふーん。そういえば夢で冒険とか言ってたにゃ。それもあって、転移の瞬間に即座に行動ができたってことにゃん?」

 

 下唇に指を当てて首を捻るタナカちゃん。

 このハイスペックオタクの理解力なんなの。怖い。

 

「そういうことだね。なんか肌をビリビリ刺すような嫌な感じがしたから、教室から逃げようとしたんだ。夢の中とはいえ、そういう不思議なことには慣れてたからね。」

 

「ほへー、だから樹と由依ちゃんは落ち着いていたんだね。妙ちゃんは?」

 

と、聞かれたタエコちゃんは、腰からぶら下げている瓢箪から、何かを一口含む。

米とアルコールの匂い。日本酒?

 

この腹黒タヌキ、中学生のくせに酒飲んでやがる!

 

「ワシは情報を開示するのには賛成しかねるのじゃが………田中と由依には借りがあるからのう。ワシだけ教えないのも義に反する。ワシの異能は解析(アナライズ)。まあ、相手の能力を見たり、品物の詳細を確認できる能力のようじゃ。ワシらしいといえば、ワシらしいとも言えるじゃろう。」

 

「たしかに、情報屋らしい能力にゃん。」

 

 

しかし、式神っぽい紙の人型はどう説明するのか。

あたまの葉っぱはなんだ。

言いたいことはあるが、流石に言いたくないことなんだろう。

まあ、予想はつくが。もう大抵のことでは驚かない自信がある。

 

タナカちゃんも私も、あえて言及はしなかった。

 

「そう言うわけで、ワシにはこのカードは今のところ必要性を感じぬのでな。由依にやろう」

 

そして、タエコちゃんは、使い道のないステータスプレートは私にくれた。

 

「わお、じゃあもらっとこうかな。針とか持ってる人いる?」

「ソーイングセットはオタクの嗜みにゃ! それを進呈しますにゃ。」

「オタクが針を常備してるとか初耳だけどありがと。タエコちゃん、指輪借りるね」

「うむ。」

 

現状だと、指輪がないとこの世界の言語がわからない。

ひとまず優先的に用意してもらった指輪は現在、妙子ちゃんと先生と光彦くんがしているよ。

 

赤子から始まる夢を見たこともあるから、言語の学び方はわかるが、流石に時間がかかるからね。

日常会話を理解するために1週間は時間が欲しい。

まあ、時間はおいおい作るとしよう。

 

タナカちゃんから借りた針でブスッと小指をやる。

 

「いったーい!」

 

 

出てきた血をプレートに付着させるとステータスオープンで出てきたものと同じものが表示された。

 

「………代わり映えないね。スキルがあるわけでもない。」

 

そう思うと、謎のアビリティだけが存在する私は、夢を見るだけの能力?

実質無能力じゃない? 

 

まさか、私も主人公だった!?

 

いや、私とタツルは誰よりも魔法の使い方を熟知しているじゃないか。ないない。

 

 

「これ、身分証って言ってたね、お姫様。」

 

とシノちゃん。

 

「だったら、名前だけ見える様にしとけばいっか。」

 

プレートをいじって名前だけ表示できるようにした。

住所とかは、後で市役所とかで書き込めるのかな?

 

 

「さて、と。ワシは夜風に当たってくる。皆は先に休んでおって構わんぞ」

 

みんなの能力談義も終わったと判断したのか、タエコちゃんはお酒の入った瓢箪を肩にかけて立ち上がる。

 

なんでこの子飲酒してるのよ。ってかそれ、持ち込めたってことは肌身離さず酒持ち歩いてたってこと?

 

中学生のやることかよ!

 

「月見酒?」

「まあ、そんなところじゃ。」

 

もはや否定すらしない。

 

まあ、こういう強キャラは好きに行動させておくのが一番だよね。

自由に動かしてた方が情報も集まるだろうし、ほっとこ。

 

明日から訓練らしいし、寝よ寝よ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺけぽこぽんぽん♪ ぺけぽこぽんぽん♪

 

ガシッ!

 

 

「は?」

 

 

目が覚めた。

 

 

 

目が覚めたら、ベッドの上だった。

ベッドは、見慣れた私の部屋のもの。

 

 

「なんで?」

 

 

なんでが過ぎる。今まで、異世界に居たでしょ、私。

 

 

もしかして、今回の夢は逆行?

 

 

今日の日付は………?

 

「1日、経ってる」

 

 

スマホを確認してみれば、私たちがクラス転移してから、1日が経過していた。

 

 

「ご飯よー」

というお母さんの声を振り切り、私は寝巻きのまま家を飛び出した。

 

何故か、とても嫌な予感がした。

 

「タツル! タツル!!!」

 

 

ドン、ドンッ!と隣の家をノックする。

 

 

「なあに? あら、由依ちゃんじゃない! いらっしゃい」

 

「あ、おばさん。おはようございます。あの、タツルは………?」

 

「タツル? タツルって、なんだったかしら………」

 

ひゅっと息を呑んだ。

 

「失礼します!」

 

靴を脱いで上がり込む。ドカドカと足音を響かせて階段を上がって扉を開けば

 

がちゃ!!

 

「タツルの、部屋だ。」

 

見覚えのあるタツルの部屋。

だが、誰もいない。そのベッドで寝ているはずの、タツルの姿がない。

音がなったら高速チョップするはずの目覚ましが、止まることなくピピッピピッと優しく鳴り響いている。

 

 

「ちょっと、由依ちゃん! お隣さんだからってやっていいことと悪いことが………」

 

「おばさん、この部屋は?」

 

 

私を注意しに来たおばさんに部屋を見せる

 

「この部屋は………なんだったかしら」

 

「タツルの部屋だよ!! おばさんの息子の部屋! 私の、大好きな幼馴染の部屋なんだよ!!」

 

「でも、ウチに子供は………あれ、息子が、うぅ……でも、この部屋は………?」

 

タツルの記憶が抜け落ちている

 

常識が書き変わる。

 

「ミーム汚染だ………」

 

 

あの日、クラスメイトが異世界に転移した時に、私たちの存在自体が無かったことにされている?

 

 

「が、学校は、どうなってるんだろう?」

 

 

 

 

ひとまず、制服に着替えて学校に到着すると、

 

「おはよー由依ちゃん。」

「おは、って、シノちゃん!?」

 

 

先ほどまで能力の話をしていた、シノちゃんがいた。

 

なんで!? タツルは居ないのにシノちゃんがいる?

 

これが夢だから?

 

「シノちゃん、昨日は何があったか覚えてる?」

 

昨日の教室で光った魔法陣。それを覚えているはずだ。

 

「おはよー由依ちゃん」

 

「は?」

 

しかし、帰ってきたのは二度目の挨拶。

 

 

「………正気じゃない!」

 

 

気持ち悪くなって、駆け足で教室まで向かうと

 

 

「おはよー由依にゃん」

 

 

タナカちゃんが由依と同じような挨拶を交わしてきた

 

「おはよう、カノンちゃん」

 

「もうすぐ先生が来るにゃ。はやく席に着くにゃ」

 

 

アイデンティティともいえる田中押しをまったくしない。

おかしい。タナカちゃんはカノンって呼んだら間違いなく田中を押してくるはずなのに。

 

その目には、光が無かった。

 

学校を問題なく動くようにできている、人形のようだった

 

 

「ここが夢なら………! 正気に戻って!」

 

私は聖女召喚された際に手に入れた浄化魔法の力を繰り出そうとしたが、まるで魔力がない。

 

「うそ、じゃあこれ、現実!? 夢じゃないの!?」

 

 

夢と現がごっちゃになる。

現実だと言うのに、タツルが居ない?

みんなは居るのにどこか上の空。

 

私だけ、帰ってこれたってこと!?

 

「どうなってるのよ………」

 

 

クラスメイト達がいつものように登校してくるが、目に生気を感じられない。

 

「なんなんだよ、この世界は………!」

 

何が何だかわからない。目の前に映る光景があまりにも気持ち悪くて、私は倒れるように意識を失った

 

「由依にゃん早く席に着いた方がいいにゃ」

 

薄れる意識の中で、タナカちゃんの無機質な声が私の脳を掻き回して。

 

 

 

 

「ようこそ、いらっしゃいました、聖女様」

 

 

目を覚ますと、今度はよくある聖女召喚。

今回は一人、か。

 

「………穢れっぽいのを祓えばいいのね」

 

 

さっきのは、夢? 現実?

わからない。

 

 

私が主人公ならば、持てる力を全て使って解決してみる。

 

 

 

………

……

 

 

1週間後

 

世界の穢れは祓われた。

 

ラスボスが邪神みたいなのだった。さっさと浄化して可愛らしいショタっぽい精霊みたいなのが変質して邪神になったとか。知らん

もう、どうでもいい。

 

騎士団長とか宮廷魔法職員とか王子とか、興味ないんで。

 

元の世界に帰らせてもらいます。

 

 

 

 

 

「っはぁ!!」

 

目を覚ました。

 

 

「はぁ、はぁ。」

 

全力だった。

 

夢の世界から戻るために、全力を使った。

 

眠っているはずなのに、疲労が一切抜けない。

 

「ここは………」

 

 

スヤスヤと寝息を立てるシノちゃんと、私のベッドに侵入して私を抱き枕にしているタナカちゃん。

あの、気持ちの悪い目をした無機質なシノちゃんじゃない。

機械的に返事をするタナカちゃんじゃない。

 

タエコちゃんの姿は見えない。

 

タナカちゃんをゆっくりと剥がして、用意されたベッドから降りる。

 

 

窓から見える景色は、まだ真っ暗だ。

 

日没で寝たからかな。早く起きたらしい。

 

 

朝方だからか、すこし冷える。

暖かいショールを羽織って外に出る。

 

タツルに、会いたい。

 

 

 

 





次回予告
【とりあえず月を二つ用意しておけば異世界っぽいよね】

おたのしみに。

読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第9話 由依ーとりあえず月を二つ用意しておけば異世界っぽいよね

 

 

速攻で夢を終わらせたからか、起きた時間にしてはまだ暗い。

 

 

「タツル………」

 

あの、気持ちの悪い夢は、ただの夢?

 

クラスメイトが無機質な声で無機質な瞳で見つめてくる。

ホラーだった。

 

今までの夢とは一線を画する。

 

とぼとぼと回廊を歩いていると、パタリ、パタリ、と音が聞こえた

 

 

音源の方に目を向けると、タエコちゃんが窓枠に座り、膝を立ててお月見をしていた。

 

まんまるお月様がふたつ。

どちらも満月だ。

なんでこう、異世界って二つ月があるんだろうね。みっつじゃダメ?

 

 

「タエコちゃん。」

 

「なんじゃ、由依か。良い子は眠る時間じゃぞ。」

 

なんて言いながら優しい目を向ける。

 

「タエコちゃんはいい子じゃないのかよー」

 

なんて、苦笑しながら問うと

 

「ワシはいい子でも、子供でもないからのう」

 

などとしれっと言い放って瓢箪に口をつける。

 

ぱたり、ぱたり、と規則的に窓枠から音が聞こえる。

 

ふと、タエコちゃんの頭に目をやると、いつも頭に乗っけている葉っぱがなかった。

 

そのかわりにそこにあったのは、二つの丸い耳。

ぱたり、ぱたり、と規則的に音を鳴らしているのは、縞模様の尻尾。

 

「耳と尻尾、隠さなくていいの?」

「今更じゃろう?」

 

私の問いに、やはりしれっと返す。

 

「まあ、タエコちゃんみたいな強キャラはそんな秘密があっても驚かないけどね。頭に葉っぱ乗せてる時点で化けてるのは知ってた」

「そうじゃろうな。」

 

 

かかっと笑みを浮かべるタエコちゃん。

どこかその表情は悲しげだった。

 

「のう、由依。ワシは日本に残してきたものがあまりにも多すぎた。元の世界に戻るための情報が欲しい。協力してくれるか?」

「………。もちろん。だから、やけ酒はやめておいた方がいいよ」

 

タエコちゃんは、初めから元の世界に戻るために奔走している。戻れない焦燥感で、どうにかなってしまいそうだった。

 

「………由依も顔色がよろしくない。やけ酒に付き合え。」

 

タエコちゃんは、悪夢を見た私を気遣ってか、お酒の入った瓢箪を私に差し出した。

 

「ふはっ、本当に悪い子だ。普通、顔色よろしくない中学生にお酒勧めるかよー」

 

なんて笑いながら、私は瓢箪を受け取って口をつける。

 

 

「んっ、強いねこれ」

「大吟醸じゃ」

「ふーん、初めて飲む」

 

異世界で何年も過ごしていたら、そりゃあつきあいでお酒くらい飲むよ。

私はこの肉体では呑んだことなかったけど、まあ美味しい。

 

「由依、何があった? 先程の様子から、ただごとではないのはわかる。ワシでよかったら愚痴を聞こう。」

 

私は瓢箪をタエコちゃんに返すと、タエコちゃんは真剣にこちらをみた。

 

「私、夢で異世界を何度も旅したって言ったでしょ?」

「うむ。」

「それで、さっき、また夢を見たんだけど、たぶん………元の世界に戻ったの。1時間程度だけど。」

「なんじゃと?」

 

丸い耳をピクンと動かし、ぱたり、ぱたり、と音を鳴らしていた尻尾の動きも止まる。

 

「召喚されてから、1日経ってた。でも、みんな学校に登校して、普通に学校生活をしてたの! でも、みんなどこか上の空で、人形みたいだった。目に生気がなくって、気持ち悪くて………! どこを探してもタツルがいなくて、タツルのことを誰も覚えてなくて! 私には、あれが単なる夢だとは思えない。今、日本で起きている事実だと思うの! 確証なんてない。所詮は夢だから。でも、何度も夢を見てきた私だからこそ、あれが元の世界で起きている現実だって思えるの!」

 

ポロポロと涙をこぼしながら語る私に、タエコちゃんはそっと背中に手を添えた。

 

「…………つまり、ワシらは肉体をそのままに、精神だけコチラに飛ばされてきた、ということじゃな。」

 

こちらの瞳を覗き込むように私の眼を見るタエコちゃん。

夢で見ただけ、ただそれだけなのに、タエコちゃんは真剣に私の話を聞いてくれた。

 

「な、んで? 疑ったりしないの?」

 

と、コチラが逆に問うと、タエコちゃんは私の頭にポンと手を乗せて

 

「もちろん(うたご)うておる。しかし、情報が増えることは喜ばしいことじゃ。ワシにはそれが事実かの判断はできん。鵜呑みにもできん。じゃがな、判断の材料くらいにはできる。………よく耐えたな、由依。」

 

「うぅ、うぅうううう!!!」

 

タエコちゃんは泣きじゃくる私の頭を抱きかかえ、その胸で心ゆくまで泣かせてくれた。

 

 

タエコちゃんとお話をして、泣き続けていたからか、空が白んできた。

夜明けが近いのかもしれない。

 

 

 

「由依!? それに妙子も!」

 

安心する、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「佐藤が泣いてるっぜぃ。俺っちは何も見てないから、樹っちがどうにかしろい」

「ん? 樹か。ならばワシは邪魔じゃのう。ほれ、由依。樹が来たぞ。」

 

ポンポンと私の背中をさすってくれるタエコちゃん。いつの間にか頭に葉っぱを乗せている。

耳も尻尾もない。

タツル? タツルが居るの?

 

タエコちゃんから離れて振り向けば

 

 

「何泣いてんだよ。怖い夢でも見たのか? ちなみに俺はゾンビパニックだった。俺より怖い夢はそうそうねぇぞ。」

 

おどけてそう言うタツルは、ちゃんといつものタツルだった。

私の知ってる、タツルだった。

 

「ふっ、はは、タツルだ。」

 

思わず笑みが溢れる。

機械的な反応じゃない。

いなくなってもいない。

いつものタツルが、そこにいた。

 

「おう、俺だぞ。どうした?」

 

私はタツルのシャツを掴み、額を彼の胸に押し付ける。

 

「安心した。」

 

泣き顔を見られたくなくて、私は俯いたままそう言った。

 

「おう。よかったな。」

 

タツルも、ただただ優しく、私の頭を撫てくれた。

 

 

双子の月は、優しく、私たちを見守って。

 

 

 

 

さて、時間は飛びまして日も登った頃。

 

私たちは王様から私たち全員の分のステータスプレートと、言語を翻訳する指輪を賜った。

異世界に生きる環境が整ったとも言える。

 

 

私はタツルに昨日見た夢の話をした。

 

「ふぅん。学校に行ったら、クラスメイトみんな人形みたいだった、と。その次は聖女召喚。」

 

「うん、なんで、タツルだけいなかったんだろう」

 

「みんなの精神だけこの世界に来ている。そして俺だけがいない世界。だとしたら答えは出てるじゃんか。」

 

「なに?」

 

「俺は生身の肉体ってことじゃん? 生身で召喚されたのが俺だけで、みんなは精神だけこっちに来ているってこと」

 

「それって、どうなんだろう。」

 

「俺の部屋はそのまま残っているのに、母ちゃんが俺のことを忘れちまっているのなら、俺がいなくなったことの辻褄を合わせようとしているんだろう。他のみんなは精神だけこの世界に来ている。うは、マジか。それって俺が主人公みたいじゃね?」

 

 

 

現在は魔法の訓練中。

 

みんなが魔法を打つために、練習用の杖を持ち、体の中にある魔力を感じようと座禅を組んだり杖から魔法を出そうとして腕を伸ばしていたりする。

 

私とタツルは魔法の使い方についてはみんなよりはネタバレしている感じなので、座禅をしている風を装って、魔力の圧縮をしながら雑談。あ、私とタツルは杖なしでも魔法は使えるよ。余裕余裕。

一応念のため紛れるために杖は装備しているけどね。

 

「でも、昨日は主人公は俊平ちゃんだって………………。というか、誰かが主人公って本当にあるのかー? 主人公の条件なんて、夢を見るだけの私たちだって当てはまるよ?」

 

 

そう、私たちの能力は夢を見るだけの力。

魔法はたしかに使えるけれど、アビリティ自体になにか特殊なことは特に起こっていない。

夢ではないこの世界では夢の力など意味をなしていないのよ。

 

昨日、私たちは光彦くんの宣誓に同調していない。

意味のない異能。

これは主人公としてもありうる資質でもあるの。

 

当事者になりたくないからあまり言葉には出さないでいたけどさ。

 

「だとしても、やることは変わらねえよ。妙子が言っていたのもそうだが、由依の夢ってだけじゃ確証がない。」

 

「それは、そうだけど」

 

「逆に考えよう。俺だけ生身で、他のみんなが精神だけここに来ているとしよう。なんかみんなの能力をうまいことわーってやったら、みんなの精神だけ元の世界に送ることってできたりしないのかな? この際俺は後回しで」

 

「うーん? なにいってるの?」

 

 タツルの言いたいことが全然理解できなくて首を捻る。

 言ってることはわかるんだけど、言いたいことがわからない。

 

 

「なんか適当なこと言ってるんだよ。こういうのは、ちゃんと時が進めばなんとかなるもんだって。」

 

「ふはっ、タツルは楽観視してるんだね」

 

「もちろん。これまでだってなんとかしてきたんだ。どうにかなるだろ」

 

 

タツルは両手を前に突き出して、風を操る。タツルの魔法の適性は火と風だ。

杖は……………ベルトに挟んでやがった。まあ、細かく動かすためにはむしろ杖はじゃまだしね。

 

 

「とはいえ、今回は脱出タイプDのシナリオの破綻が使えない。破綻できるだけの能力がないのもそうだが、自身に起きているシナリオだから、破綻のしようがない。俊平が主人公だと仮定した場合のハッピーエンドを目指しつつ、この世界から元の世界に帰れるように画策しないといけないな」

 

「うん」

 

「そのためにも、能力の検証が必要になる。」

 

「検証っていったって、寝るだけだよ? どうやって検証するの?」

 

 私は圧縮した属性が乗る前の魔力を身体中にめぐらせて、活性化。身体強化だ。

 この辺は別の異世界での知識を元にある程度の応用が効く。

 

「もちろん、寝る。行ったことのある世界に行けるか、とか。狙った世界に行けるか、とか。夢を見ないことはできるのか、とか。いろいろな。俺と由依の能力の名前が違うんだ。夢幻牢獄と夢現回廊。系統は同じでも違う能力なんだろう。」

 

「………それはあるかも。」

 

「それに、妙子が陰陽ムーブをしているのに、アビリティは解析ときた。本当に元の世界の能力なのかもわからんし、ステータスにそれが反映されているのかも不明だ。」

 

「………たしかに」

 

「夢の世界の能力をこっちでも引き継げれば、万々歳なんだけどな。ステータスオープン」

 

 たしかに。夢の世界の私たちは数え切れないほどの能力を持っているはずなんだ。

 星を降らせたり、未来を読んだり、天候を変えたり、腕を生やしたり、穢れを祓ったり。

 その能力を引き継ぐことさえできれば………。

 

「一晩経ってもとくにステータスに影響は………。なんかレベルがあがってんな」

「え!? どういうこと!?」

 

「昨日の夢、ゾンビパニックとダンジョンマスターだったんだが、ゾンビはめっちゃ倒した。魔物や人も殺してダンジョンに吸わせた。そのせいか?」

 

「ステータスオープン」

 

 私もステータスを開いてみる。

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 個体名:佐藤由依 Lv.45

  種族:異世界人

  能力(アビリティ):【夢幻牢獄(ドリームゲート)】【聖女(ホーリーセイント)

 魔法適性:水・土・聖

 スキル:<癒しの光><破邪の矢><極光>

  称号:夢幻の勇者

 

◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

………。本気出して1週間で世界救ったから、めっちゃステータス伸びてた。

 

 

「私もあの後の聖女召喚で、1週間で世界救ったから、その分だけ伸びてるっぽい………? しかもアビリティと魔法適性、スキルも増えてる。【聖女】だって。」

 

「なんだそりゃ。勝ったな。風呂行ってくるわ」

 

 いや、まぁ、気持ちはわかる。

 いっきに力が抜けてしまった。

 つまりは、私の夢幻牢獄は、この世界で夢を見ると、その技能をいただけるみたい。

 タナカちゃんとどっこいくらいぶっ壊れている能力ってことだね

 

「タツルも同じでしょうが。アビリティにダンジョンマスターとかは追加されてないの?」

 

「ないな。その辺が俺と由依の違いなんだろうか。それとも、ステータスに現れてないだけで、ダンジョンをいじれるのか………?ダンジョンコアがないから無理なのか?」

 

「要検証だね」

 

「由依、ステータスプレートは?」

 

「あー、昨日登録してたけど………。おっと、昨日のままだ。聖女のアビリティがない。」

 

 ポッケにないないしている私のステータスカードは、昨日血を垂らしたまま。最新の状態にはなっていない。

 

「ってーことは、ステータスプレートは血をたらすことで、情報を更新する。ステータスプレートなんて国が管理しているんだ。もう、うかつに血をたらすことはできないぞ」

 

「………そうだね。このままじゃ私が主人公になっちゃうし。クラスメイトが死んでも寝覚が悪いからいざとなったら聖女のスキルを使うのも辞さないわ。いや、聖女には慣れているし、私が聖女として世界を救えば………あーでも、相手が穢れとかじゃなくて戦争か。聖女のアビリティも役に立たないな。回復役くらいにはなれるだろうけど。」

 

「そうだな………。あと、レベルアップしたことで夢幻牢獄の能力にも変化があるかもしれない。注意しておいた方がいいかもな」

 

 

 と、締め括ったタツル。

 

 ………………ちょっと気になっていたんだけどさ。

 なんかいま、タツルの周囲の空気がすごく熱いんだけど。

 

「ねえ。ところでタツル。その魔法、何やってるの? 陽炎(カゲロウ)が揺らめいているんだけど?」

 

「理科の実験」

 

魔法の練習中だよ? しかも、魔力を感じるための。

シノちゃんは魔法を使う才能があったみたいだから水の魔法とか火の魔法とかバンバンだしているけどさ。

 

「マジでこの辺、空気がめっちゃ熱いよ? 大丈夫? 火の魔法使ってるの?」

 

「いや、使ってるのは風の魔法だけ」

 

「風の魔法だけで、そんなに熱くなる? 何が起こってるの?」

 

「俺の適性、風の魔法なんて言うからさ、今、めっちゃ窒素(N)だけを集めて圧縮、というか気を抜いたらみんな吹っ飛ぶレベルで凝縮しまくってるんだけど」

「まってそれ、何やってんのほんと」

 

 タツルは頬に汗を垂らしながら、真剣に虚空を見つめていた。

 うわ、こいつ魔法で遊んでる!!

 こっちが真剣に相談しているってのに、なにしてんだよ。

 

「魔法で科学をするって、なんか楽しいんだよな」

 

「魔法で科学ってなにそれ!」

 

「魔法という不可思議な現象に法則を見つけて名前をつける。それが科学。魔法を科学することってできるんだぞ。」

 

「なんか言い始めたんだけど………」

 

「あ、由依、この辺の空気冷やしたいから冷水で空気だけ冷やせるか? 水蒸気が入ると台無しになるんだけど」

「そんな難しそうなこと頼まないで欲しいな………」

 

 

 とりあえず、氷の柱を4本ほど立ててみた。

 今の私のレベルじゃあ余裕だったけど、これ、目立つよね?

 

「わあ! ユイさん、氷の柱が出せるなんてすごいです!!」

 

 授業の教師であるお姫様のミシェルが目をきらめかせてこちらを向いた。

 

 ああ、やっぱり。

 

「さすが勇者様ですね!!」

 

でも、勇者補正のメガネの曇りようで、なんとかなっているみたい?

 

「うにゃー、由依にゃんすごいにゃ。田中も妄想力で負けてらんないにゃ!! お姫さま! 田中に魔道士のローブを貸して欲しいにゃ!」

 

「ふふっ、形から入るのですね、カノンさん」

「田中にゃ!」

「た、タナカさん?」

「そうにゃ。田中は田中であるがゆえに田中なのにゃ」

「ええ〜………?」

 

 ミシェルが戸惑いながらも用意した魔道士のローブを手渡され、タナカちゃんが羽織った瞬間。

 

「来た来た! 魔力の使い方が手に取るようにわかるにゃん! 氷と風の合成魔法! <氷結豪風(ダイヤモンドブリザード)>にゃん!」

 

 魔道士コスのおかげか、転身願望(メタモルトリップ)の効果で魔道士の能力を扱うことができる。

 マジでタナカちゃんの能力は意味不明に強い。

 

 雪符「ダイヤモンドブリザード」かな? なんだか(ばか)そうな名前。 タナカちゃんが魔道士じゃなくて氷の氷精のコスプレしたら本当にできちゃうのか! すごく気になるところだ。

 

 そんで、そのおかげか、私が氷柱を出したのなんかどうでもいいくらいにすごい魔法だった。。

 

「うごご………窒素が飛ばされる………………不純物が………いや、このさい不純物はあとで取り除こう。温度を下げるのが先決か」

 

こっちはこっちで何やってんの。

集めた窒素が飛ばないようにめちゃくちゃ踏ん張っているみたいだけど、空気は目に見えないから滑稽でしかない。

 

「ふにゃあ………疲れたにゃ………」

 

「す、すごいですタナカさん! まさか合成魔法まで会得するなんて!」

 

 

 タナカちゃんは燃料切れでダウンしている。魔法の技術に伴う魔力の容量がまだ追いついていないみたいだね

 ヘトヘトになったタナカちゃんを介抱してあげるお姫様がかわいそうだ。

 

「しかし、おかげで温度は下がった。試してみるか。」

 

「で、結局、タツルは何をやっていたのよ。」

 

 私がタツルにそう切り出すと

 

「うーんと、舌と上顎の間に空気をためて、ぎゅっとすると少しだけ熱くなった気がしないか?」

 

 そんなことを言いやがった。

 

「え? ………うーん。するかも?」

 

「空気を伸ばすと、逆にすこし冷たくなった気がしないか?」

 

「え、どうなんだろう?」

 

「まあ、空気を圧縮すると熱くなって、膨張させると冷えるんだよ。その性質を使って………」

 

 

 タツルはどこからくすねてきたのか、ポーションを入れる瓶を取り出した。

 革手袋をはめ、そして−−−

 

 ぶしゅううううう!!! と、派手な音と白煙が舞う

 

 なんだ、何事だとタツルに注目するクラスメイトたち。

 

 ぽた、ぽたたたっ とポーション瓶の中に液体が入り始めた。

 

「ふはは! 風魔法だけの冷凍サイクルで水を………というか液体窒素を錬成してやったぞこら!!!」

 

 

 

「「「 なにしてんのーーー!!!?? 」」」

 

 

 タツルの常識外れの宣言に、クラスメイトの理系たちが思いっきり吹き出していた。

 

 

 

 

 

 

 





次回予告
【知識チートドヤではお馴染みに出来ないハーバーボッシュ法】

お楽しみに。

二つ名
【テンプレ勇者】   虹色光彦
【テンプレマスター】 佐藤由依
【理系の人】     鈴木樹


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第10話 樹ー知識チートドヤではお馴染みに出来ないハーバーボッシュ法

 

 

「た、タツルぅう!! 魔法の世界でなに化学(ばけがく)やってるんだよ!!」

 

 由依が思わずといった感じで俺に詰め寄る。

 

「おっと、少量とはいえ液体窒素だ。危ないぞ。」

 

 

 俺が風の魔法で作り出した液体窒素を由依の手の触れないところに手を伸ばす。

 

「わかるよ、摂氏−196℃でしょ! わざわざ魔法で作り出しちゃうなんて、どうかしている! あ、土魔法で土台つくったから、置いといて。危ないから」

 

「ありがと。いやー、できそうだと思ったからな。でもほら、風の魔法だけでここまで応用ができるんだ。みんなも、やろうと思えばかなりの無茶ができるはずだぞ」

 

「田中も、あとで科学者用の白衣を用意してもらうにゃん………樹にゃんにはあとで理科の授業をして欲しいにゃん」

 

 魔力切れでへたり込んでいるタナカちゃんも、科学力は力になることを一瞬で把握して、知識だけでも得るために白衣を準備するのだろう。

 

「とはいえ、全力で窒素に圧力かけてたから、めっちゃんこ疲れた………」

 

 どかっと、座り込んでポーション瓶を見つめる。

 あー、もうほとんど気化してる。

 外気とポーション瓶の温度に耐えられなくて沸騰しているんだ。

 

「そういえばね! そういえばね! 液体窒素をね! 真空に放り込んでね! 沸騰させればね! 固体窒素! 固体窒素ができるんだよ!!」

 

 

 理系女子というか、物づくりが大好きな安達さくらがふんすふんすと鼻息を荒くしてこちらに近寄ってきた

 黄色い安全第一と描かれたヘルメットに、ゴーグル。ポケットにはスパナやドライバーを忍ばせている。

 安達さくらという物づくりが生きがいの生き物。

 

 

「それ、僕も聞いたことがありますね。たしか、真空状態にすることで沸点が下がり、沸騰させることによって気化熱でさらに熱が奪われて固体窒素になると。」

 

 

 インテリメガネの硝子烏(しょうじからす)も、メガネをクイクイさせながら寄ってきた。

 

「俺も俺も! 俺も聞いたことある!」

 

 便乗系男子の坂之下鉄太も便乗して名乗り出してきた。お前は本当か?

 

「俺は誰だ!?」

 

 おまえは………お前は誰だ?

 しかし、理系の人間がこんなにも。いち理系男子として、語りあいたいものだ。

 

「まあ、固体にしたって使い道ないけどな。さくら、液体窒素を保存できる魔法瓶ってつくれるか?」

 

「液体窒素はね! 密閉で保存したらね! 爆発するんだよね! 詳しい作り方は知らないから試行錯誤するけど! 任せて欲しいかな!!!」

 

「テンションたっけえなおい」

 

「んふー! ここにきてからというもの、インスピレーションがね! ビンビンなんだよね!!」

 

 下から覗き込むように、さくらは蹲み込んで俺の目を見る。

 俊平ほどじゃないが、小柄な彼女が両手をぐっと握る姿は、なんというか、可愛らしいな。ほっこりだ。

 

「あとは、この冷凍サイクルを機械化、もしくは魔道具化できれば、液体窒素の量産ができる。そうなれば………」

「まあ、保存技術の拡大だな。」

「うむ。扱いには最新の注意が必要ではあるがな。すごいな、樹くん。」

「烏の見識の広さもあっぱれだぞ」

 

 俺は理科しかできないからな。

 

「俺も俺も!」

 

「そうか。ところで鉄太。ハーバーボッシュ法って知ってるか?」

 

「え?」

 

「じゃあいいや。」

 

 テレビかなんかで見たことを自慢したかっただけらしい。鉄太は理系じゃなさそうだ。

 

 ハーバーボッシュ法でぴくりと反応してこちらを向いたのは、園芸好きの裏番長、花咲萌だけだった。

 意外だけど、さすがだな。理系だったのか。

 え? ハーバーボッシュ法を知らない? この世から飢えを根絶させるような技術だぞ。wikiっといて。

 

「あの、みなさん、すごくはしゃいでますが、そのお水? 煙が出てますけれど、そんなにすごいものなんですか?」

 

 お姫様がこちらにやってきて、ポーション瓶を見て首を傾げている。

 

「ああ、これ? 液体窒素っつって、空気中に約70%から80%ほど存在する窒素っていう空気の元を液体にしたやつなんだ。これが液体になると、まあもうべらぼうに冷たい。うかつに触ったら凍って指が持ってかれるから、気をつけてくださいね」

 

地球では窒素の割合は78%だけど、異世界に来て酸素濃度が変わったら呼吸どうなんのとかそういう疑問は無粋だよな。

きっとその辺は割合同じくらいになってるのがお約束だ。

 

「そ、そんなものが………」

 

「すごいでしょ。俺は「なにかやっちゃいました?」とかは言いませんよ。こころゆくまでドヤします」

 

「そういやタツルって、理科の模試だけ県一位とかとってたっけ………。理科一点突破で他の科目が壊滅的みたいだけど。………その得意な分野でイキるのは許してやろう。」

 

なんかしらんが由依に許された。

 

 

「ところで、樹くん。ハーバーボッシュ法と言っていたが………やるのかい?」

 

 烏がメガネをクイっとやりながら聞いてきた。

 メガネずれてないよ。安心しろ。

 ほら動かすな。

 

「いや、さすがの俺も原理や設備や作り方まではわかんない。なんか四酸化三鉄を触媒に使うことで解決したらしいけど、そこまで詳しくはやり方なんて覚えてない。所詮は中学生の知識だ。それに、戦争が長引く原因にもなるからな。下手に技術を広めると破滅するってだれかが言ってた」

 

 

ここがなろうの知識チートドヤの世界なら、確実にハーバーボッシュ法は採用されていただろう。

でもな、俺にはそんな技術は、ない!!

 

「ふむ。たしかに空気からパンを作る方法。空気から火薬を作る方法とまで言われているからね。地球でも飢えを減らすのに大貢献したけど、人を殺す技術としても優れていたから、広めないが吉だろう」

 

 また烏がクイクイとメガネをやる。

 だからずれてないって。

 

「そのメガネ、おしゃれだね」

「ありがとう。」

 

クイクイクイ。と弄りながらどこかに歩き去る烏。

チップを渡さないと部屋から出ない外国のホテルマンかな?

よくわからないけど、メガネを褒めて欲しかったのかもしれない。

 

「タツルさま。タツルさまの魔法の適性は火と風だと伺っております。風魔法のように、火魔法も変わった使い方とかありますか?」

 

 お姫様が俺にそんなことを聞いてきた。

 なんで光彦じゃなくて俺に聞くんですか? さっき面白いことをしてたから? ごもっとも。

 

「あー………お姫様。火って、何色ですか?」

「火ですか? オレンジとか、赤とかですわ。」

 

 おけ、じゃあ炎色反応見せればいいのね。

 

「おーい、誰か銅貨とか持ってるかー?」

 

 

 

………………

………

 

 

 

さて、魔法で遊ぶのもこれくらいにして、と。

 

 

あ、ちなみに銅貨を燃やしても緑色に反応しなかった。なんでだろう。何か足りなかったんだろうか。

あれ、塩化銅じゃないと緑にならないんだっけ?

銅貨を粉状にした方がよかったのかもしれないけど、さすがにお金を粉々にするわけにはいかないしな。

 

ひとまず塩を燃やして黄色にして驚かしといた。

 

「では、魔法はここまでに致しましょう! 次に皆様のアビリティについてですね。皆さま、ステータスプレートの登録はしましたか?」

 

 

「はーい。」

 

 

と、モブムーブの俺。 クラスメイトたちも続いて返事を行う。

 

「アビリティとは、そのアビリティがそのまま効果を表すものもあれば、スキルとしてその効果が現れるものもあります。」

 

ほむ。田中の転身願望(メタモルトリップ)や俺と由依の夢幻牢獄(ドリームゲート)夢現回廊(ドリームコリダー)はまさに前者だな。

多分、マジシャン消吾の次元収納(アイテムボックス)もそう。

 

 

そんで、光彦の聖剣使い(ソードマスター)なんかはスキルとして聖剣を出現させ、スキルとしてなんか斬撃とか使う。みたいな。

 

そのアビリティが無ければ、聖剣を召喚できないし、いろいろあんのね。

 

おっさんの水城しのの魔道士(ウィッチ)なんかはスキルではないが、アビリティ自体が魔法を強化して、魔法の属性をたくさん扱えるようにしてくれているのか。

 

 

「もちろん、訓練次第で覚えられるスキルもあります。頑張って訓練しましょうね」

 

 

と、お姫様がおっしゃった。

 

能力(アビリティ)を意識してしまえば、どのような効果があるのか。どのような使い方なのか。おのずとわかってきます。アビリティは焦らずに育てて下さいね」

 

訓練してたら、アビリティ専用のスキルとかが生えてくるってことかな。

 

俺も夢現回廊に意識を集中してみたが、ひとまずは寝ることしかわからん。

あとは夢を見て、どうにかなるかんじ。

 

詳しくは自分で検証を続けないといけないな。

 

この世界で見た夢の経験、レベルなんかは引き継げることはわかったが、これだけでは田中のアビリティに完全に負けている。下位互換だ。

 

 

というか、コスプレしたらその技能を頂けちゃうってヤバくね?

経験や知識は田中のものになるし、やり方さえ分かれば、田中は自力でその魔法を覚えたりできるだろう。

あいつ、ハイスペックオタクだからな。

 

 

稔の暴飲暴食(ハングリー)も十中八九ラーニング性能持ち。

スキルの数やアビリティを大量に獲得されたら、レベルがいくら上がっても足りない。

 

消吾は指に挟んだトランプをクルクルと消したり表したりしてるけど、どこまでがアビリティでどこまでが手品なのかわからん

 

「あ、ワイの通帳の預金残高がこんなところに!?」

 

マジックで消した預金残高がどうしてアイテムボックスに入っているのだとツッコミを我慢した。

文字なのか? 現金なのか?

 

たしかに、俺のアビリティはパワーレベリングが出来るだろうが、みんなヘンテコな異能を持っているのだ。取り残されたくはないな。

 

 

「ところで、俊平は?」

 

ミシェル姫殿下の授業中だというのに、俊平の姿が見当たらない。

 

どこに行ったんだ? と首を傾げていると

 

 

「俊平なら、中庭の方で王子と第二王女とおままごとしてるっぜい」

 

佐之助が答えてくれた。

探知してくれたのか。

 

「なんでまたそんな。俊平だってアビリティの話は聞きたいはずなのに。」

「王子と第二王女からの頼みなら、お人好しの俊平には断れないっぜぃ」

 

「それもそうなんだけどさあ。もしかして、お姫様たち、俊平の年齢を誤解してない?」

「…………実は俺っちもその懸念はあったっぜぃ」

 

 

やっぱりか。

俊平は俺たちのクラスでは一回り小さい。

 

13歳14歳の俺らの中で、完全に10歳程度の低身長なのだ。

俊平は食は細い方だが、お昼休みにみんなでドッジボールとかよく混ざる。

 

病気とかの話も聞かないし、そういう体質なんだろうが、なんというか、不憫な子だ。

 

「佐之助、後で俊平に魔法のこと、教えてやってくれ」

「言われなくても教えてやるっぜい」

 

とはいえ、アビリティについては俊平も聞いておかないと後から大変だ。

なんせ、俊平のアビリティは自爆。扱いを間違えたらみんなを巻き込んでしまうからな。

 

 

「しゃーねー。呼びに行ってやるか。」

「付き合うっぜぃ」

 

 

お姫様に、ちょっと俊平呼んできますと一言申し入れて、俊平をお迎えに行くのだった。

なんか保護者みたいだな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あとがき


今はハーバーボッシュ法でも追いつかないくらい世界人口が増えているから科学者さんたちが頑張ってくれてるよ。
あと、やっぱりハーバーボッシュ法は用意する設備がめちゃくちゃ複雑だから、安易になろうで知識チート出来ないよ。

アンモニアを作るために水素と窒素の温度の調整をしても、あちらが立てばこちらが立たず。二律背反になっちゃう! ってのをなんか触媒使ったら解決したわwwってのがハーバーボッシュ法だよ。

触媒ってのはそれ自体は化学反応したり変化したりしないんだけど、ほかの化学反応をなんか上手いことわーってやってくれるやつのことだよ。

やってる作品ないかなーって調べてみたらドクターストーンですでにやってたやん。はっず。

次回予告
【主人公の理由】

お楽しみに。

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第11話 樹ー主人公の理由

 

「俊平、アビリティの講習やってるから迎えに来たっぜぃ。」

 

俺と佐之助は中庭で騎士や侍女に囲まれておままごとしている俊平に声をかける。

 

「樹くん、佐之助も! ありがとう、でも、イルシオとネマを置いていくわけには………」

 

くまの人形を手に持つ俊平。

言語を理解させてくれる指輪のおかげで王子と第二王女の言葉がわかるから、おままごとなんてできるんだろうな。

 

王子と第二王女はイルシオとネマ。

俊平は名前を呼び合う程度には仲良くなっているようだ。

身長が同等だったが故にできた人脈チート。

 

俊平らしいな。こうしてみると、やはり主人公の素質がある。

 

 

「じゃあこの際、イルシオ殿下とネマ姫殿下には一緒に授業に参加してもらっちゃいましょう。お二方の集中力が切れたら、俊平も一緒に退場して、後で佐之助からどんなことをしていたのか、教えてもらうってことで。」

 

と、提案してみる。

 

「え!? 俺っちが!? まあいいっぜぃ」

 

佐之助はなんだかんだで俊平に甘いからな。

とはいえ、俊平にも力はつけてもらいたい。

主人公として、自爆に頼らない能力を身につけてもらわないとな。

 

 

「しゅんぺい、いっちゃう、です?」

 

したったらずに俊平の服の袖を摘むネマ姫殿下。

 

「もっとあそぶ、です」

 

と、上目遣いで俊平を見上げる。天使。

 

俊平も、なんというか(^﹏^ )こんな感じで笑ってるのに口元をもごもごさせながら俺と佐之助を見た。

気持ちはわかる。

 

「俊平をここで遊ばせていた方がいい気がしてきた」

「困るよぉ………」

 

 

俊平も困惑している。

俊平だって、本当は魔法の授業を受けたかったはずだ。

なのに、イルシオ殿下とネマ姫殿下に付き合って、おままごとなんてやっている。

あまり流されすぎは感心しないが、あの天使の笑顔を曇らせると思うと、俊平と一緒にしていた方が良さそうな気にもなる

 

「ネマ、しゅんぺいはお仕事にいかないといけないんだ。見送ってあげよう」

 

そこで、その泥をかぶる役目はイルシオ殿下が被ってくれた。

 

この子、もしかしなくても大人の感情を読むのが上手だな?

 

俊平はどうしても俺たちのクラスには必要な人間だし、自分たちだけで独占していいものではないことも分かっていたはずだ。

 

でも、歳の近そうな俊平と友達になれて嬉しくても、俊平は勇者として召喚されている。

 

「しゅんぺい、また来て」

「うん。イルシオとネマも、兄妹仲良くね」

「はいです!」

「うん」

 

結局、俊平とお別れしたイルシオ殿下とネマ姫殿下。

寂しそうに手を振って分かれた。

 

後ろ髪引かれながらも、中庭を後にする。

 

「俊平、王子とよく仲良くなれたな」

「困ってたところで、トイレに連れてってくれたからね」

 

やっぱり、仲良くなったのはあの時か。

 

「同い年くらいだと思ったんだろうっぜぃ」

「だよね………。はぁ、身長が欲しい。」

 

と、ため息をつく俊平を、二人して宥めた。

高校生になったらそれなりに伸びるでしょ。俊平は成長期がおそいんだろうな。

 

「あ、でもね、昨日、トイレに行った時に、イルシオの秘密基地に案内してもらったんだけど」

 

慰めていると、唐突に俊平が切り出してきた

 

「お、なにその面白そうなイベント。」

 

木の上にある子供の秘密基地に案内される俊平を想像してほっこりしちゃうよ、俺は。

 

「気になるでしょ。その秘密基地なんだけど、禁書庫だったんだよね」

 

と、特大の爆弾に火をつけやがった。このおチビちゃん。

 

「ぶーーーっ!!!」

「おまっ、このっ、おいっ!」

 

召喚1日目、それに召喚30分程度で禁書庫にたどり着くってどういうことなの!?

 

衝撃的すぎて日本語忘れちまったじゃねえか!!

 

 

「入れんのか? 禁書庫なんて………」

 

恐る恐る聞いてみた。すると

 

「イルシオも普通に入ったわけじゃないよ。魔法的な施錠がされてるから、扉からじゃ入れないんだけど、開かずの禁書庫の隣に物置があるんだって。そこのタイルを剥がしたら、子供なら通れるくらいの通気口があったんだぁ」

 

ああ、これか、チビの俊平が主人公の理由!!

 

低身長のミニマムサイズで無ければ通れない抜け道。

 

「初めて自分のサイズに感謝したよ。僕がギリギリ通れるくらいの通気口だからね。」

 

それで通気口を通って禁書庫に侵入ってか。

 

子供とは言え、王子が勝手に入っていい場所じゃなさそうだ。

しかも、完全部外者である俊平に見せるなんてもってのほかだ。

 

「なんか収穫とかあったのか? 昨日だったら文字読めないだろ」

 

「まあね。でも、指輪を持ってたのがイルシオだけで、ネマは持ってなかったから、トイレの後に案内された秘密基地の間も、ネマとイルシオ二人と会話するために僕が指輪を預かってたんだよ。まあ、必要なかったけど」

「というと?」

「禁書庫でイルシオが目をつけていた本がね、日本語で書かれていたから。それらを読むために、イルシオは宝物殿に忍び込んで翻訳の指輪を盗ってきていたって。」

 

ほう。

数百年ぶりの召喚と言ってたし、先代の記録かな?

でも、王子の行動力すげえな。悪い子かよ。

 

「古代魔法の実験の記録だった。強くなるために必要なことが書いてあるって。」

 

「ほむ。俊平、要点だけまとめて話すことはできるか?」

 

「ちょっと待って…………。うん。出来そう。」

 

ギュッと目を瞑って眉間に右手の第一関節を当て、しばらく考えた俊平は、パッと手を離してこちらを見上げた。

 

「よし、詳しく。」

 

「ステータスの項目にあった【通力】っていうのは、魔法と違って、スキルを使うための項目みたいでね、魔力がへそ、丹田に集中しているのに対して、通力ってのは血液やリンパに中に流れているものみたい。通力は基本的に自分の意思で動かせないから、魔力を血液の流れに沿うように操作することで、通力と魔力を一体化させて、よりつよい魔法やスキルが放てるようになるって書いてあった。魔力と通力を同時に使うことは【通魔活性】って名付けたみたい。」

 

まじかー………。

マジで要点だけまとめてある。

さっき、お姫様の言っていたスキルの話にも合致するし、かなり有用性の高い情報だろう

 

「俊平、お前凄いな。どうせ本当は分厚い本かなんかに書いてあったんだろう」

 

「うん。初代? 先代の? 勇者の実験記録がついた日記帳みたいだったよ。魔力や通力を感じるために、魔族を生捕りにして拷問して聞き出して、試して、どちらの力も空っぽにして、何処に力の源があるのか手探りで探っていた手記だった。」

 

「よくそれでそこまでまとめたな。けしかけた俺が言うのもなんだが、教師に向いてると思うよ。」

 

「えへへ、そうかな」

 

てれてれとほおを掻く俊平。

照れる姿は完全に小学生の少年だ。

 

「でも、本来は魔力や通力を空っぽにしてからじゃないと感じられなかった古代魔法の片鱗を、手記のおかげでショートカットできるよ」

 

「俊平、俺っちはお前が親友で心からよかったっぜぃ!!」

 

「ぴゃーーー!!」

 

 

佐之助に振り回される俊平も、何処からみても小学生だった。

 

 

 

 

 





次回予告
【おもしろアビリティ祭り】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第12話 由依ーおもしろアビリティ祭り

 

 

タツルと佐之助(エロガッパ)が俊平ちゃんを迎えに行っていた頃。

 

 

「アビリティを実際に使ってみましょう。すでに試している人もいるとは思いますが、人に向けて魔法やアビリティを使ってはいけませんよ」

 

「はーい」

 

私たちはアビリティの講習を行っていた。

モブムーブを行うタツルがいないから、率先して返事を行う。みんなもつられて返事をしてくれた。

 

「タナカ様は転身願望(メタモルトリップ)。初めて聞くアビリティですが、どうやら先ほどの魔法を見る限り、魔法の習得に関するアビリティのようですね」

「にゃふふ、田中の異能は最強にゃ!!」

 

 ばっさぁ! と魔道士のローブを翻すタナカちゃん。魔力、回復したんだ。

 

 転身願望(メタモルトリップ)はコスプレした衣装の能力を発揮するアビリティ。

 たしかに、魔道士コスの今ならば、魔法を使うことはお茶の子さいさいなのだろう。

 

「出でよ聖剣!」

 

 向こうでは光彦くんが聖剣を召喚して巻き藁相手になんかざっしゅざっしゅやってた。

 

「<破斬>!! 」

 

 スキルを使って巻き藁をぶった切っている。ふーん。

 おっさんのシノちゃんやギャルの内山ヒロミ、ケモナーの上村加奈、巨乳水泳部の岡野真澄なんかも光彦君がなんかやるたびにきゃーきゃー言っている。

 ふーん。

 

 そんなありふれた聖剣よりも、おもしろアビリティの方が私にとっては目を楽しませてくれる。

 

 

「うぁ~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 

 たとえば、そう。

 あらゆるものを感染させてしまう感染系女子、荒川優子(ユウコ)ちゃんが両手を広げて、なんかくにゃくにゃしている。

 

「なんや、優子。なにしとるん?」

 

 なんて聞いたマジシャンの消吾

 いや、その気持ちはわかる。ユウコちゃん、何してるんだろう?

 そう思って成り行きを見守っていたら

 

「うぁ~~~………タッチ(ポン)」

 

 突如ユウコちゃんは消吾くんの肩にタッチした。

 

「は? 何をうぁ~~~~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 今度は消吾くんが両手を広げてくにゃくにゃし始めた。

 

「(クイクイ)消吾、いったいなにを(ポン)うぁ~~~~~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 眼鏡をクイクイしながら止めに入ったインテリメガネの硝子(カラス)くんまで!?

 

「お、なんだそれおもしれーのか? カラス、俺も混ぜろ!(ポン)うぁ~~~~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 大食漢の団体一名様、太田(ミノル)までカラスくんから肩に触れられて感染する。

 

「あ、じゃあ私も。ミノルくん、失礼して………(モミ)うぁ~~~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 ついでだから私もミノルくんのお腹を揉みってやると、なぜか両手を広げてくにゃくにゃしちゃう。

 これやばいな。接触感染で広がる意味不明の行動。

 ユウコちゃんはこんなことを感染させてしまう【感染症候群(インフルエンサー)】というアビリティのようだ。

 

 

「俺も俺も! うぁ~~~~~~~(くにゃくにゃくにゃ)」

 

 

「「「「「 なにやってんのお前 」」」」」

 

「ええ~~~~!!?」

 

 

 便乗系男子の坂之下鉄太くんが接触してないのにくにゃくにゃし始めたから、急に素に戻ってツッコミを入れる。ユウコと消吾くん、カラスくんにミノルくんと私。

 いきなりハブられる鉄太には申し訳ないが、感染していない人はお呼びでないの。

 

 

例えば、ボケっぱなしの声楽部。白石響子(キョーコ)なんか

 

「ある~日♪ 森の中♪」

 

 

なんて歌った瞬間に周囲の景色が森に変わる。

 

 

「くまさんに♪ 出会った♪」

 

『がおー!!』

 

クマさんが出現した!!

 

「スタコーラ サッサッサのサ~♪」

 

 花咲く森の道はどこに行ったのやら、いきなりエスケープだ。

 

「え、ちょ!? なんかクマが、急に熊が追いかけてくるっぜぃ!?」

「スタコラ サッサッサのサ~♪」

 

 俊平ちゃんを連れて戻って来た佐之助が巻き込まれて熊に追いかけられていたとか。

 

「ところが♪」

 

しかし、歌詞はまだ続く。

 

「くまさんが♪ 前から♪ 回り込む♪」

 

 シュバッ! と、佐之助を捉えていたクマさんが、突如スピードを上げて佐之助の進路を妨害!!

 

「瞬間移動!? このクマ想像以上にやばいっぜぃ!?」

 

「スタコラ サッサッサのサ~♪」

 

 歌に合わせて景色を変え、クマをも召喚する。マジで意味不明の能力(アビリティ)だ。

 なんかもう、逃げ続ける佐之助がかわいそうだよ。

 

「くまさんの♪ 言うことにゃ」

「にゃ?」

 

 タナカちゃんじゃないよ。

 

「『お嬢さん、お逃げなさい』♪」

 

『お嬢さん、お逃げなさい、私の理性が保つうちに。………さあ早く!』

 

「なんか熊がしゃべりだしたっぜぃ!? なんかダンディーな声で逃亡を促されたんだけど、俺っちはお嬢さんじゃないっぜぃ!?」

 

 おそらく、言霊を操る系統の能力なのだろうと予想は付く。

 アビリティの名前は【歌詞限界(リミテッドライター)

 

「スタコラ サッサッサのサ~♪」

 

『がおー!』

「ぎゃー! また追いかけてきたっぜぃ!!」

 

 こういった理解不能で意味不明の能力は、意味不明の強さを発揮することを私は知っている。

 

「ポッポッポー、ハトポッポ―♪」

 

 急に歌が変わる。情緒不安定かよ?

 森は無くなり、今度は平和的な日本のハトが佐之助の周囲にバサバサと降り立つ

 

「こ、こんどは何事だっぜぃ!?」

 

「まーめが欲しいか………ソラマメバズーカ!!!」

 

 ガチャ! 

 ―――ドゴーン!!!

 

「ぎゃああああああ~~~~~~!!!!」

 

 もはや韻を踏んでなくたってソラマメバズーカを召喚してぶっ放している。

 マジで意味が分からん。

 

 ソラマメバズーカってなに? 

 豆鉄砲ですらないの?

 

「盗撮の恨み、晴らしたり。」

 

 ふっとバズーカの硝煙を吹き消すキョーコちゃん。

 お見事。パチパチと拍手を送ってやることにする。

 

「くそう、ギャグじゃなかったら危なかったっぜぃ」

「さすがに本気でやるわけないじゃない。ほら、盗撮した写真があるならだしちゃいな」

「そもそもこの世界じゃ現像できないっぜぃ!」

「………それもそうね」

 

 

 ………。よかったね!

 

 

  ☆

 

 

「おかえりタツル。俊平ちゃんも」

「ああ、ただいま。」

「うん。ただいまー」

 

 帰って来たタツルを迎える。

 俊平ちゃんもお疲れ様。一人だけ子守とか大変だっただろうに。

 

「なんか面白いことやってんな」

「うん。みんな自分のアビリティを試しているみたいだからね」

「自分のアビリティかぁ………」

 

 しょんぼりと足元を見つめる俊平ちゃん。

 っと、俊平ちゃんのアビリティって、たしか自爆だったよね。

 

「まあ、俊平はアビリティを使わないに越した事は無い。」

「そうだよね。自爆なんて、縁起でもない………」

 

 とはいえ、俊平ちゃんは勇者でありながら、他のステータスもみんなに比べて一回り弱い。

 その体格のせいでもあるのだろう。内包している魔力も少なく、筋力も少なく、敏捷も少ない。

 

 優っているところと言えば、この世界の謎のオリジナル数値である【通力】というのがずば抜けていることくらい。

 

 そんで、お姫様のお話によると、魔法を使うのは【魔力】、スキルを使うのは【通力】の項目に依存するのだとか。

 

 俊平ちゃんのアビリティの<自爆(ディシンテグレイト)>はスキル扱いということでもあり、それを最大でぶっ放したら、俊平ちゃんは間違いなく粉々になるというのは、自分のアビリティに意識を集中したらすぐにわかったそうだ。

 

「安心しろ、俊平。ある程度は俺たちと佐之助がお前を守ってやる。」

「うん、ありがと」

「だからもし裏ダンジョンRTAとかになっても心だけは折るなよ」

「うん………? え、どういうこと?」

「俊平には胸糞悪くなるような最悪が待っているかもしれないってこと。俺もそんなん見たくないから、極力回避するつもりだけどな」

 

そう。クラス転移において、追放及び裏切りなどによる突き放された主人公は、闇落ちする可能性が極めて高い。

 

 現在、私たちとタナカちゃんに主人公認定されている俊平ちゃんこそ、その胸糞悪い展開に巻き込まれる可能性が高いのだ。

 

 世界の攻略の為には必要なことかもしれない。

 それでも、この俊平ちゃんの無邪気な笑顔は守らないといけない。

 それが私とタツルとタナカちゃんの見解だった。

 

 

「あ、タツル様、ユイ様。シュンペイ様も。お三方はもうアビリティの確認を行いましたか?」

 

 

 決意を新たにしていると、お姫様のミシェルが声を掛けてきた。

 

 みんなのアビリティを確認して回っているって、大変だね。

 

「あー………俺たちは………」

「この場で使えるアビリティじゃないっていうか………」

「僕のは危険だから………」

 

 

 寝ることで発動するアビリティ。

 そして、自爆のアビリティ。

 

 そんなもん迂闊に使えるかよ。

 

 

 それにだ。タツルも私も、この国を信用しているわけではない。

 

 タナカちゃんだって、お姫様には自身が魔法系のアビリティだと誤認させている。

 違う世界から攫ってきた張本人に、己の能力の100%を、誰が明かそうか。

 

「なるほど………ステータスプレートを確認してもよろしいですか?」

 

 と、姫様がおっしゃるので、ほいと渡してあげる

 

 更新前なので、【聖女】のアビリティは無いよ。

 

「【夢幻牢獄(ドリームゲート)】………。あら………スキルも無いですね。タツル様もユイ様も魔法は優秀ですので、魔道系のアビリティなのでしょうか?」

 

「いえ、夢を見る能力です。夢の中に何日か、何週間か、何カ月か、何年かはわかりませんが、その夢に囚われる。昨日見た夢は1週間。別の世界を夢の中で旅をしました。」

「不思議なアビリティですね………。タツル様は?」

 

 返してくれたステータスプレートを受け取り、今度はタツルのステータスプレートを受け取るミシェル

 タツルはレベルとステータスの数値は消した状態でさらっと渡す。

 

 このタツルの演技力。私にはマネできない才能かな。

 

「【無現回廊(ドリームコリダー)】………。ユイ様と似ていますね。」

「はい。基本的には同じ能力だと思ってます。私は昨日、夢の中で1年過ごしました。」

 

「一年も!? そ、それは大変でしたね………」

 

「ええ………。なので現状だと、寝ている時にしか能力を発揮しておりませんし、詳しい能力などはまだ不明なのです。」

 

「そうなのですね………。能力の研鑽を期待いたします。シュンペイ様は………」

 

 

 なんだかんだで、お姫様はみんなの名前を呼んでくれるんだよなー。

 なんだか嬉しい気分になる。

 私たちを召喚した引け目もあったのだろう。

 

 この一日でみんなの顔と名前を覚えて、みんなとコミュニケーションを取ろうとしているの。

 

 俊平ちゃんとはあまり話せてなかったみたいだけど

 

「今日はイルシオとネマのわがままに付き合って頂き、ありがとうございました」

 

 と、俊平に微笑んでいた。

 

 そうだよね。ミシェルの弟妹だもん。

 

「い、いえ! 僕もイルシオやネマと一緒にいるのは楽しいですから!」

 

「ふふっ、イルシオも、年が同じくらいの友達ができて、喜んでおりましたよ♪」

 

 にこり、とほほ笑むミシェル。

 多くの男を虜にするような魅惑の笑みだ。

 これにはさすがの俊平ちゃんも………

 

「あの、僕………樹くんや由依ちゃんと、同い年、です」

 

 そっちかー!

 

 

 

 

 

 




後書き

消吾、稔、カラスの実はノリのいいポンコツトリオ好き


白石響子の歌は、なろうでは規約に引っかかるから、熊はマンモスさん 鳩はスズメに変更してヘンテコな歌詞になってます。

次回予告
【名前呼びイベントはいつも尊い】

お楽しみに


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第13話 樹ー名前呼びイベントはいつも尊い

 

「僕、樹くんや由依ちゃんと同い年、です。」

 

「えっ!?」

 

 目をパチパチさせて俊平を見るお姫様。

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 と、由依の方を見たお姫様。

 

「本当ですよ。なんなら6歳くらいから一緒の学校に通ってますから。昔からちっちゃいんです。俊平ちゃん。」

 

「そ、それは、申し訳ございません、てっきり10歳くらいかと………」

「いいんです。僕はもう慣れてるんで………うぅ」

 

 しょんぼりと肩を落とす俊平。

 

「き、気を取り直してアビリティの確認を致しましょうか! ステータスプレートをお預かりします!」

 

 と、気分を変えようとステータスプレートを受け取るお姫様。

 すると、ヒュッと息をのむ。

 

「アビリティが、自爆!?」

 

「はい………。」

 

 なにやら恐ろしい物を見る目で俊平を見るお姫様。

 自爆なんてアビリティを持っていても、俊平は俺たちの大事な仲間(マスコット)だ。

 お姫様にもそんな目で見てほしくはない。

 

「おっと、夢を見るしか能のない私たちの方が俊平よりも使えないアビリティですよ。嫌わないであげて下さい。お姫様」

 

 俺がフォローしてやると

 

「あ、いえ………失礼しました。」

 

 お姫様も謝罪ののち、俊平にステータスプレートを返してくれた。

 

「俊平ちゃんには魔法の使い方、教えてあげないとだなー」

 

「なー。まあ俊平がザコ敵を相手に特攻したいってんなら止めはしないが俺たちやイルシオ殿下、ネマ姫殿下、縁子なんかはめっちゃ泣くだろうな。」

 

「やらないよ! 僕だって生きたいんだから!」

 

 なんていつも通りにふるまっていると、お姫様もクスリと笑ってくれた。

 迫害は回避できそうだな。

 

「イルシオやネマも、シュンペイ様のことを気に入っているのです。そんなことはしませんよ」

 

 ふわりとほほ笑んでくれた。

 

「お姫様、俊平はこの通りチビでちんちくりんでちっちゃくてかわいいヤツなんです。迫害されるようなことがあったら、私たちのクラスは黙っちゃいない。この世界に来る直前だって、クラスのみんなで俊平を取り合って大騒ぎしていたんです。こいつは、うちのクラスに必要な人間だ。見守ってやってください」

「ふふっ、みんなに好かれているのですね、シュンペイ様。イルシオとネマが懐くわけです。確かに承りました。お任せください」

 

 お姫様は胸に手を当てて、俺たちの願いを確かに受け取った。

 俺たちを召喚したお姫様っていうからどんなもんかと思えば、面倒見がよく、俺たちのことを名前で呼んで、話やすそうに気遣ってくれる。

 なんだ、いい子じゃないか。

 

「だってさ。よかったね、俊平ちゃん」

「うん。ありがと、由依ちゃん、樹くん」

 

 自分のアビリティにコンプレックスを抱えていた俊平だが、俺たちとお姫様のお陰で明るく顔を上げてくれた。

 

 そうだよ。お前はその無邪気に子供みたいに笑っているのが一番いい。

 

「そんなわけで、私と由依と俊平はアビリティの試し打ちなんかは出来そうにないです、申し訳ございません、お姫様」

「いえ、事情はわかりました。魔法の研鑽とアビリティの研鑽に励んでください」

 

 と、締めくくるお姫様

 

「それと………」

 

「ん?」

 

 俊平と由依も首を捻る。

 

「シュンペイ様も、タツル様もユイ様も。どうかわたくしのことはミシェルとお呼びください。勇者様の皆さまは名前で呼び合っているのに、私だけ「お姫様」、「お姫様」と。………たしかに皆様を召喚してしまった負い目はあります。ですが、どうかおねがいします。不躾だとは承知の上なのですが、皆さんと、お友達になりたいのです。」

 

 ………。自分より年下の子供に、頭を下げるお姫様。

 王族だぞ。軽々しくできる事じゃない。

 

「わかりました! よろしくね、ミシェルちゃん! 様づけなんてかたっ苦しいし、私もユイでいいよ」

 

 こういうノリの良さ、由依のいいところだと思う。

 

「あ、ありがとうございます! ………ユイ。なんだか変な感じです。敬称をつけないのはイルシオとネマだけでしたので………」

 

 ああ、そうか。社交界でもおそらく○○様、○○令嬢、○○さん、○○伯、○○男爵などを使い分けないといけないのだろう。

 社交界なんてものはドロドロのズブズブだ。腹の中で何を考えているのかわからないのだ。

 信用なんて出来る物じゃない。

 

 あと、ミシェルの喋り方などは染みついた教育のせいだろうから、そこを是正するつもりはない。

 個性だもの。

 

「僕はイルシオたちと一緒にいることが多いと思うけど、よろしくね、ミシェルさん」

「さすがに公的な場では敬称はつけることにするよ、ミシェル。俊平ともども弟が出来たとでも思ってよ。」

 

「は、はい! ありがとうございます!」

 

 と、嬉しそうにほほ笑む

 

「お礼はいらないよ、ミシェルちゃん。」

「え?」

「『ありがとう』の対義語って、なんだと思う?」

「え、えっと………」

 

 と、由依の言葉にに視線をさまよわせるミシェル。

 由依が俺と俊平にウインクして続きを譲った。

 

 臭いセリフだが………。俊平の肩を小突いて続きを促す。

 

「『あたりまえ』………だよ。友達くらい、僕らが、いくらでもなるよ。もちろん、ネマやイルシオも一緒にね。ミシェルさん。」

 

 ガシっとミシェルの手を捕まえた俊平。無邪気ながらも、芯の強さを感じさせる笑みだ。

 よくもまあそんな臭いセリフを吐けるなぁ………。

 ま、俺も人の事言えないムーブをよくやるけどな。

 

「っ~~~~~!!!」

 

 声にならない感激で、ありがとうを言えずに頭を下げた。 

 うんうん。その感激を見れてワイは満足満足ほっこりマンやで。

 

 ………ん?

 

 と思ったとき、由依もあれ? と首をかしげている。

 

 そして思い至った。

 

(( 無意識に主人公ムーブかましてた!! ))

 

 身分の高いお姫様に名前で呼んでもらう、名前を呼ばせる。それは間違いなく主人公の特権

 

 俊平もいることから俊平につられている形にはなるかもしれないが………主にお姫様呼びしていたのは俺だ。

 やべえ、ミシェルには光彦あたりとフラグでもたててもらわないとなーなんて思ってたのに、俊平の主人公補正と由依のイケメンムーブで完全に主人公の一員になっている!

 

 ………いまさらか。

 

 だったら、ガッツリ関わるか? それもありっちゃありだな。

 別に俊平を主人公としながらも、周囲にいる、なんかかっこいいセリフを言う人。それになろう。

 

 この世界で、決まったムーブをしなければならないなんてルールはない。

 能力を十全に使って元の世界に帰るのが最終目標のはずだ。

 主人公にこだわる必要もない。

 

 

「それで、ミシェルはなんで俺たちにそんなことを言ってきたんだ?」

 

 もう一人称を私じゃなく俺にしているよ。友達に対して男の俺が私ってのは壁を感じるだろうからね。

 

「あの、シュンペイは子供っぽくて話しやすそうで………ユイとタツルは、なんというか、いい意味で平凡そうだったので。ちゃんと目を見てくださるから、私も話しかけやすいのです」

 

「平凡? 俺、風魔法で液体窒素とか作ってましたよ?」

 

「いえ、友達を思いやる気持ちとか、そういうのです。みなさん、アビリティを手に入れて少しヤンチャしているところってございませんか? お二人にはそういった感情が見えませんでしたので」

 

「魔法でヤンチャしてたような………」

「私はみんなのアビリティに積極的に巻き込まれに行ってたよ?」

 

「それでもです。他の方に比べて随分と落ち着いていましたから。お二人が勇者さま方の潤滑剤、緩衝材になっていたことは見ていればわかります。」

 

 まあ、光彦でさえあっちの巻き藁で聖剣ドヤをかましている最中だからな

 落ち着き加減で言えば妙子もそうだろうが、妙子は王やミシェルに対してかなり悪態ついてたからな。

 人さらい呼ばわりして、いい感情を持たれていない事はミシェルもわかっているから、必要以上に近づいたりはしていない。

 

 田中は田中だからめっちゃはしゃいでる。

 

「私は友達も大好きだからね。クラスメイトの誰かが不幸になるのは嫌なの。ミシェルちゃんも、クラスメイトのみんなとちゃんと話はできているから、ちゃんと友達になれるはずだよ。うん。私が保証する!」

 

 由依が最後にそう締めくくった。

 

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 その笑顔は、すっきりしたような笑顔だったとか。

 

 

 

 

 




後書き



次回予告
【遠征で『イレギュラー』が起きる確率は100%】

お楽しみに


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第14話 由依ー遠征で『イレギュラー』が起きる確率は100%

 

 

「なんだか嫌な予感がする………」

 

 

 そう漏らしたのはユカリコちゃん。

 

 皆のアビリティの検証が済んで、ミシェルちゃんとお友達になって、早1ヶ月。

 

 あれから、現実の世界に戻る奇妙な夢は一度も見なかった。

 

 あの夢の記憶は今も鮮明に残っている。

 

 今、元の世界は何月何日なのだろうか。

 

 私も、生気の無い返事を繰り返す人形になっているのだろうか。

 

 そんな思いが、不安が、グルグルと私の中をかき乱す。

 

 この1ヶ月で見た夢は、沢山ある。

 

 夢を見なかった日もある。

 

 とはいえ、夢を見た日の方が圧倒的に多い。

 

 剣を携えた聖騎士を目指す夢。武道大会で優勝して目が覚めた。【剣士】のアビリティが生えた。

 

 錬金術で現代日本の便利用品を作る夢。冷蔵庫倉庫を完成させたら目が覚めた。【錬金術師(アルケミスト)】のアビリティが生えた。

 

 回復系聖女の夢を見た。闇市で買った部位欠損の獣人奴隷の結婚を見届けたら目が覚めた。アビリティは生えなかった。

 

 料理系ドヤの夢。肉ジャガで、じゃがいもが国全土で人気になったら目が覚めた。【料理番(コック)】のアビリティが生えた。

 

 どんどんと他のクラスメイトたちと性能がかけ離れていく。

 これは夢幻牢獄の効果なのだろう。

 

 夢で体験した異能をアビリティにして手に入れる。それが私の夢幻牢獄(ドリームゲート)の能力。

 

 みんなとはかかっている年数が違う。

 

 ずるはしていない。牢獄からの脱出ができないと、その能力は手に入らないし、研鑽を積まないと夢のシナリオをクリアできない。

 

軍師転生のシナリオでは、軍隊を操る才能が私にはなかったため、味方に甚大な被害を受けた。バッドエンドだったためか、アビリティは生えなかった。

 

 みんなが一日かけて修練を積んでも、私は夢の中で数日から数年。鍛錬を積める。

 

 隠し通すことはできないだろう。

 

 それはタツルも同じだ。

 

 タツルは私のようにステータスにアビリティが増える事こそなかったが、レベルは確実に上がっている。

 まだタツルの能力には秘密があったが、それはおいおい。といっても、私の能力とそう変わらないけど。

 

 正直、皆のレベルに合わせられる自信がなくなっていた。

 

 私たちと同じように能力がおかしいのはやはり田中ちゃん。

 

 能力の検証のためと王宮が用意できるあらゆる衣装を準備してもらい、怪盗の衣装を気に入り、怪盗衣装を着ているときに限り【大怪盗(ファントムシーフ)】のアビリティを生やした。

 

 大元が【転身願望】とはいえ、私の【夢幻牢獄】と同じく新たなアビリティを生やすことが出来るのだ。

 ミシェルちゃんが言っていた「アビリティを持つものは5人に一人」というのが何だったのかと言わんばかりの意味不明さ。

 まじで意味がわからない。

 

 で、みんなが魔法やアビリティのことを理解できるようになり、剣や槍を使った戦闘訓練、行軍訓練などを行った後に、遠征することになったの。

 

 それが今日。

 

「ついにきたね。」

「ああ。遠征イベントはハプニングが必ず起こるからな。」

 

 そう、なろうのクラス転移において、遠征イベントはほぼ間違いなくハプニングが起き、主人公が取り残される形になる。

 あろうことか、それは追放や裏切りのトリガーになるのだ。

 

 物語における、3つの INGは、くしくも恋のINGと一致する。

 

 フィーリング。事前に嫌な予感を感じること。

 

 タイミング。 奇跡的な巡り合わせで

 

 ハプニング。突発的な出来事が起きる。

 

 起きないわけがないのだ。突発的な、イレギュラーが。

 本来、予想のつかないことが。必ず起こる。

 それが、遠征イベント。

 物語において、イレギュラーはレギュラーなのだ。

 

 

 この一月の訓練で、みんなレベルが上昇している。

モンスターを倒さなくとも経験値自体は経験で稼ぐことができるのだ。

 夢幻牢獄も、そういった経験からレベルをあげているのかな。わかんないけど。

 

 

「みんな朝食は抜いて来たな? ………では、コレより森に入る! くれぐれもはぐれて行動しないしないこと! もし逸れたことに気づいたら動き回らず、その場で待機すること。わかったか!」

 

「「「 はいっ! 」」」

 

ルルディア王国の騎士団長、ダンさん

彼が監督として私たちの行軍を先導、指導してくれる。

 

当然、私とタツルはモブムーブで元気に返事を行う。

 

だが、ここから先は全く油断できない。

 

 

「クラスメイトが主人公と仮定した場合の、正解が分からない」

 

そう。もし、みんなとはぐれるようなことがあれば?

 

捜索するのが最善?

 

放置が最善?

 

阻止が最善?

 

 

物語の二次創作なら、阻止しただろう。

 

主人公が強くなるためのイベントなら放置が安定だ。

 

無難に済まそうとするならば、逸れた後に捜索すればいい。

 

でも、コレはオリジナルだ。

 

何が起こったとしても、誰かが怪我をするのなら………

 

「未然に防いでみせる」

「付き合うよ。」

「田中もいるにゃ!」

 

 

 私の呟きに、タツル、タナカちゃんが追従してくれた。

 

「シナリオを確認するぞ。この遠征、イレギュラーが起こる可能性は100%だ。必ず起こる。それがスタンピードなのか激強魔物かダンジョントラップかはわからん。俊平の警護を優先しつつ、周囲の警戒に当たる」

 

「「 了解|(にゃ) 」」

 

「誰かがはぐれたとおもったら、佐之助の探知の力を借りる。」

 

あのエロガッパに頼るのは癪だけど、能力は間違いなく優秀だ。

頼れる手札、切るカードは選ばないといけない。

生存への選択肢を増やすために。

 

 

「わかってるにゃ。序盤に誰かを殺すことで現実を認識させるなろうはたくさん存在するにゃ。リスクはなるべく早く減らさないとにゃ。」

「ああ。だからこそ、誰も死なない未来を作るんだ」

「うん。テンプレだからこそ、イレギュラーに対応できるようにしないとね!」

 

 

気合を入れ直して、ダン騎士団長に続いて森に足を踏み入れた。

 

 

……………

………

 

 

森の中の、じめっとしたエリア。

 

 

「ここはスライムの温床だ。上からボットリとやられると窒息する恐れがある。頭上と足元に注意するように。」

 

 

ダンさんの助言に、上を見上げるクラスメイトたち。

何人かの生徒はヌメる足元にズルっとなっていた。

 

「ほら、出たぞ。スライムだ。誰が最初にやるか?」

 

ダンの指さした先には、透明なゼリー。中心に核がある典型的な弱点曝け出し型のスライムだった。

人の頭くらいの大きさで、あまり大きくはない。

 

スライムの扱いは作品によってのばらつきがあるものの、核があるタイプは比較的容易に退治できる。

 

核がないタイプはマジでやばい。分裂したり大きくなったりアイテムボックスの代わりにしたりとやりたい放題だ。

かくいう私も、夢のテンプレの世界ではスライムをテイムして世話になったものだ。

 

「じゃあ俺がやってやるぜ!」

 

と、名乗りを上げたのは、生徒会超人メンバーの最速の韋駄天、ドヤマシーン早風瞬。

 

「スライムの弱点は核だ。あの透明なタイプは毒や酸や魔法も持たない。核を潰せばスライムの活動は停止する」

 

ダンさんの助言を受けて二本のナイフを構える

早風瞬の戦闘スタイルは、軽装で速度を生かしたヒットアンドアウェイ。

 

 

「〈俊足〉! 〈縮地〉! 〈十文字斬り〉!」

 

 

明らかにオーバーアクション。

 

スキルを3つも使ってスライムを攻撃し、核を破壊した瞬くんだけど、そんなにスキルは必要ない。

 

ちなみに、〈俊足(バフ)〉〈縮地(アクション)〉〈十文字斬り(こうげき)〉だよ。

 

 

「へっ、余裕だぜ!」

 

そうでしょうよ。感動もないわ。ドヤドヤすんな。

 

 

樹の場合。

 

近くにやってきた、膝くらいまである大きめのスライムだ。

 

タツルはしゃがんで手をこまねいてスライムを呼び寄せている。

俊平ちゃんはタツルの後ろで立ったまま膝に手をついて様子を見守っていた。

 

「るーるるるる、るーるるるる」

「樹くん、なにやってるの?」

「スライムに餌やろうとしてる」

「餌って?」

「ああ!」

 

 

 なんか会話のドッジボールみたいなことを俊平ちゃんとしながらタツルが取り出したのは、両手サイズの袋。

 

「じゃーん。お塩!」

「お塩?」

「スライムって単細胞生物っぽいナメクジだと思えば、塩って効きそうじゃないか? ここに出る魔物調べて、準備しといたんだよね。」

「あー、浸透圧、だっけ。樹くん好きそう」

「あパラパラ〜っとね」

「袋の中全部!? あぁ………スライムがどんどん濁って縮んで………」

「ほい。核だけ抜き出してみた。」

「遊んでるよね」

「なんかぬちゃぬちゃする」

「でしょうね。」

「おーい、稔。これ食ってみろよ。いい塩加減かも知れないぞ」

 

 なんて言いながら団体一名様、ミノルくんに採れたてホヤホヤ(ぬちゃぬちゃ)拳大のスライム核を差し出すと

 

「俺を実験台にするな樹! せめて清水で洗ってニンニクと酒と醤油と香草に漬けて一晩冷蔵庫で冷やした後に焼くか揚げるかしてからにしてくれ!」

 

「「 贅沢に食うんかい! 」」

 

タツルと俊平ちゃんのツッコミが響いた。

 

なんか調理法聞くとスライムの核でも美味しそうに聞こえるから不思議。

同じこと思ってたクラスメイトみんな吹き出してたよ。

 

 

 

 

 




あとがき

タツル、由依、タナカのテンプレバスタートリオ好き。
俊平、佐之助、樹の感情機敏トリオ好き
チンピラ信号機の名前の語感好き


次回予告
【もふもふだぁーーーーー!!!】

お楽しみに


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第15話 樹ーもふもふだぁーーーーー!!!

稔にはスライムを食べてもらいたかったが、まあ仕方ない。

 

消吾にアイテムボックスにしまってもらって、後で厨房の方達に調理を依頼しよう。

 

稔の暴飲暴食は十中八九ラーニング系なので、魔物を食らったり相手を殺したりしたら間違いなく能力を奪うことができるはずだ。

 

スライムの能力はおそらく自己再生か環境適用など、生存能力を会得出来る可能性大。

 

異世界に来てクラスメイトを殺してなんてやるもんですか。

 

とはいえ、だ。

ラーニング能力を持つクラスメイトってのは、裏切り者の可能性が高い。

 

能力にあぐらをかき、高圧的な態度になったりする。

 

わりとボケ気質、というかツッコマセ気質のある稔はぽっちゃり体型でありながら友達は多い。

別に体型をコンプレックスに思っているわけでもない。

なんだったら女の子にもよくお腹を揉まれている。由依とかよく揉む。

 

ストレスフリーなはずだが、何が起こるかはんからんけど、生き残る可能性が高くなるなら、俺はスライムの核を喜んで稔に食べさせるぜ!

 

 

「なんか言ってるけど、ふざけてるだけだろ」

 

「あ、バレた? まあ、本音の部分も確かにあるからさ、暴飲暴食、試してみようぜ。後で。」

 

「………はあ。わかったよ。」

 

 

あとでスライム食わせる約束して、次のエリアに。

 

 

………

……

 

 

 

「このあたりはウルフが多く出現する。奴らは頭がいい。獲物の視線に敏感で、死角から飛び込んでくる」

 

 

 騎士団長、ダンさんの言葉にゴクリと息を飲むクラスメイトたち。

 

「集団で行動するから、はぐれた動物の子供なんかは特に狙われやすい。気をつけてーーー」

「きゃーーーー!! もふもふだーーー!!!」

「チョっ、カナ!?」

 

 ダンさんが注意している最中に、ケモナーの上村加奈がギャルの内山ヒロミの静止を振り切って森の中に一人で爆走突撃した。

 

 

「迷子は俊平じゃないのか!?」

「あんな大暴走、予想できないよ!」

「田中も加奈にゃんのケモナーを甘くみていたにゃん!」

 

 みている場合じゃない!

 

 

「田中は俊平の護衛! 俺と由依はあのケモナーを追う!」

「まかせるにゃ!」

「いくよ、タツル!」

 

 ダッと駆け出す俺と由依

 

「待て! お前たち!!」

 

 と、騎士団長のダンさんが俺たちを止めようとするが、まあ、レベル1の時点で騎士団程度の能力値は持っていたんだ。

 レベルが上がっている俺らにダンさんがついてこられるわけでもない。

 

 そんな俺たちと同時に駆け出したのは

 

「上村!!」

 

 生徒会長。ミスターテンプレ勇者。虹色光彦。

 彼はレベル1の時点で団長と同等のステータスを誇っていた。

 訓練により、レベルやステータスが伸びているため、スピードは瞬につぐ2位だ。

 

「佐藤、鈴木! 君たちまでどうして!?」

「友達心配して悪いか?光彦だって人のこと言えねえじゃねえか」

「ひとりにできないからね!」

「すまん、無粋な質問だった!」

 

 

 そんな俺たちのスピードに、平気で爆走し続けるケモナー。

 あの情熱はどこから来るんだ。

 

 

 俺たちがケモナーに追いつき、そこでみた光景は………………………!

 

「よーしゃよしゃよしゃよしゃ!!!」

「クゥン………! キューン!!」

 

 

 大きな白いウルフを全身でわしゃわしゃやってる

 変態だった。

 

 

「ふへへへへへ、野生だから全身ゴワゴワだけど、もふもふだぁ。夢にまでみたもふもふだぁ! ひゃっほほーい!」

 

 わしゃわしゃわしゃー!

 

「ええい、革鎧邪魔!!」

 

 すぽーん!

 

「ちょ!」

「まじか!」

 

 突然鎧………といっしょに服を脱ぎ始めたケモナー。

 光彦は目をそらし、俺はガン見した。

 

「よーしゃよしゃよしゃ!」

「ちょっと! カナちゃん! 男子! 男子いるから! 服は着て!!」

 

 まあ、キャミとアニマルパンツは履いているからましなんだろう。ガラ? ゴリラだったよ。

 由依がケモナーに急いで駆け寄る。

 

「はぁはぁはぁ………!」

「だめだこりゃ、正気じゃない。目が完全にイっちゃってる。」

「由依、ショック療法(物理)だ。」

「しょうがないなー………。えい」

 

 ポコン! と大きなウルフのお腹に顔を埋めているケモナーの頭をグーで殴る由依。

 

 

「あいたぁ!! 由依!? なにすんの!?」

 

「こっちのセリフだよおバカケモナー! 自分の格好見て! 男の子だっているんだよ?」

「ぎゃ! こっちみるなえっち!」

「あ、ケモナーのまな板には興味ないです。」

「殺せ!!」

「ヴォフ!!」

 

 

 ケモナーのアビリティは【魔獣調教師(ケモナー)】………いや名前どうなってんのそれ。

 

 せめてテイマーかブリーダーにしてよ。性癖晒してるだけじゃん。

 

「ついカッとなってクラスメイト殺さない!」

 

 ゴツン!

 ケモナーの指令により襲いかかってきた巨大白ウルフを、ゲンコツで沈めといた。

 

 ケモナーがケイムした魔獣(ケモノ)なら、勝手に殺しちゃ戦力ダウンだ。

 

 目を離していた光彦は俺のゲンコツは見ていなかったらしい。

 

 女の子が脱いだからって、視線をそらしちゃダメだろ。ウルフと一緒にいるんだぞ。

 もし俺じゃなくて光彦に魔獣が行っていたら、対応できていないぞ。

 

 

「気ィ済んだのなら戻るぞ。ここでお前に何かあったら騎士団長のダンさんの責任になる。お前のせいでダンさんが減給処分や降格、退職なんかになったらいやだろ」

「う………。わかった………。ごめんなさい」

「もう、本当に気をつけてよね………」

 

 俺が殺されかけたこと? ありゃあギャグだ。本気じゃないし怒ってないよ。

 

 由依が白ウルフの頭を撫でて俺の拳骨の腫れを引かせてあげてた。

 こっそり聖女の力使ってるな?

 

 起きた白ウルフに跨ったケモナーと共に、ダンさんのところに戻る。

 

「勝手しちゃってすみませんでした、団長!」

「申し訳ございませんでした。」

 

 頭を下げる俺と由依。

 最敬礼。90度だ。

 

 そんな俺につられて頭を下げる光彦と白ウルフの上から頭を下げるケモナー。降りろ馬鹿。

 

「おまえらよく戻って………リトルフェンリルじゃねえか!!」

 

 

 ああ、はいはい。拾ってきた魔獣は森の主でしたってね。

 

 よくあるよくある。ならそのうちイケメンに人化もあるかもね。

 あれ? そうなったらこのケモナー………逆ケモハーレム系の主人公なのでは!?

 

 

「なあ、このもふもふが擬人化したらどう思う?」

「は? もふもふが減るじゃん。ふざけてんの?」

 

 筋金が入っているようだ。

 

 

 

 




後書き



次回予告
【はじめての殺生イベント】

お楽しみに


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第16話 由依ーはじめての殺生イベント

 

 

 ケモナーのカナちゃんがなんかおっきいウルフを仲間にしたけれど、私は知っている。

 

 大抵の強い生き物は擬人化できるということを。

 

 タツルも同じことを考えていたのか、カナちゃんにウルフが擬人化したらどうするかを聞いていたけれど、カナちゃんはもふもふが減ることに難色を示していた。

 

 だけど、私は知っているのだ。

 カナちゃんが面食いで、光彦君にぞっこんであるということが。

 

 そんななか、自分に絶対服従のイケメン擬人化ケモミミ男子が現れたらどうだろう。

 

 この面食いケモナーは大暴走必至である。先の暴走特急がそれを証明している。

 エロ漫画の世界秒読みだ。

 これ以上主人公が増えることを良しとしない。むしろ許さん。

 中学生だ。みだらな行為も一切許さん!

 

 ………というわけで。

 芽は摘ませてもらいます。

 

 

「………おい、犬。言葉分んだろ、擬人化なんかしやがったら、タツルのゲンコツなんか目じゃないのぶちかますから覚悟しといてね」

 

「キューン………!」

 

 殺気を込めてにらみつければ

 大きな体の大きなしっぽを、股の間に巻き込まれるように入れている。

 

「もふもふを見て大暴走しないように、お前が調整するんだ。そうすれば、カナちゃんはお前が独り占めできる」

 

「わふ!」

 

 よし、調教完了。

 

「っ!? !? ………。」

 

 タツルが殺気に気づいてキョロキョロし、犬っころの丸くなったしっぽをみて何が起こったのかを察してくれた。

 

「くれぐれも! くれぐれも一人での行動は慎むように! それと、はぐれたからと勝手に飛び出すのも控えるように! 引率するこちらの身にもなってほしい」

 

 ごめんなさい。

 

 

………………

………

 

 

 森の主、リトルフェンリルを仲間にしたことで生態系が狂わないか心配だけど、基本放し飼いで、有事には指笛で呼ぶようにカナには言いつけておいた。

 

 

「この辺りはゴブリンの縄張りだ。ゴブリンは知恵を持った生き物だ。他の魔物よりも厄介な時がある。」

 

 

 と、ダン団長が言ったので

 

「例えば、どんな時ですか?」

 

 とすかさずタツルがモブムーブを行う。

 質問役を買って出る。タツルが好むガヤ系のモブムーブだ。

 

 

「人質を取ることがある」

 

 

「んなるほど。」

 

 

 つまり、誰かが人質になるフラグが、今。立った。

 

「それを阻止にゃ」

「うん。」

「………………。」

 

 タナカちゃんと頷きあう。

 タエコちゃんはポケットに手を突っ込んで、視線だけは周囲にむけていた。

 

 人質最有力は、最も力のない俊平ちゃん。

 文学少女 ミオちゃんは魔法が得意だから大丈夫かな?

 ネガティブ雨女の 池田ミカちゃんも候補の一人。おどおどしているので人質になりやすそう。

 陰湿根暗の 坂本浩幸くんは………なんだかんだ強力なアビリティ<影繰り(シャドーダイブ)>だから人質になることは考えにくい。

 

 ぶっとんだパターンとしては、誰かのドジでクラスメイト全員が人質。メインキャラクターの誰かが孤軍奮闘、といったところかな。

 

 こんかいの成長物語としては、いきなり暴走してしてしまったカナの………リトルフェンリルの孤軍奮闘、などもあり得るかもしれない。

 

 現在はちょっと休憩中。

 周囲を警戒しながら、みんなで座り込んでいるところだ。

 

「さくら、作ってもらいたい簡易武器があるんだけど」

 

 タツルが物づくり系女子、サクラに声をかけていた。

 

「いいよ! 図面はあるかな!?」

 

「あー………ごめん、図面はない。構想だけ伝えてもいいか?」

 

「いいよ! ロマン武器で実用性がないやつはね! 実際に使うと脆さが出るからね! シンプルなのがいいかな!」

 

「ああ、大丈夫。シンプルなのは間違いない。卍形の投擲具………まあ手裏剣………というか、もどってこないでぶっささるでかいブーメランかな。形が難しいなら最低限左右対象のH形でも構わない。あとは、木を二つ組み合わせてできたバールやトンカチの釘抜きみたいな形の棒なんだけど………ああ、尖ってたらそれでいいから。」

 

「………………。H形の手裏剣ならすぐに作れるよ! バールとかトンカチみたいな! そんな形の棒はね! 木をくり抜いたり変形させるための熱湯が必要だね! ちょっと時間がたりないかな!」

 

「あー………。全然簡易じゃないな。ごめん」

 

「いいよ! 聞いただけで殴打刺突武器だってことはわかるかな! 相手が武器を持ってても上から叩ける形ってことかな!」

 

「まあ、そうなるな。」

 

「手裏剣も数用意するならH形よりも十字の方がいいかもね!」

 

「あー、ほんとだ。よくよく考えたらH形じゃ美しくねーじゃん。なんでこう、単純な形にできないんだ俺は………。」

 

「ロマン追求理系のサガだね!! 卍形やH形で回転する方向に刺したいって気持ちはわかるかな! 大きさ的にね! 武器の上から叩いたりね! 武器を絡めとったりすることを考えたらね! 確かに理に適ってるかもしれないね! でも投擲具だからね! マキでいくね!」

 

 サクラは雑貨屋で買っていた2本の鉄串の中心にマイナスドライバーで凹みを作り、二つをガッチリと合成。

 そして、木の蔦でぎゅっと固定した。

 蔦の結び目なんかも、空気抵抗を受けにくいようにトンカチで丁寧に潰している。

 

「早いし俺の意図を汲んでもっと簡易に武器を用意するとか、どんだけ………」

 

「脆いけどね! 使い捨てにするには十分かな!!」

 

「十分すぎる」

 

 

 サクラのアビリティは<工作技術職人(クラフトマン)>  工作の勇者。

 物の形を変えたり、中心点や重心がわかったり微調整したりできるアビリティらしいんだけど、アイディア、閃きにも補正がかかっているのかもしれない。

 サクラは魔力も通力も少なめの代わりに器用の数値がずば抜けている。

 俊平ちゃんと似たり寄ったりの一点突破能力値だ。

 

 だから、工夫してあまり能力を使わなくて済むのなら使わないように調整している。

 

 節約上手でもある。

 DIYにめちゃくちゃ便利。

 

「投擲武器でね! 遠距離から切ることに特化させるのがチャクラムでね! 近距離から刺すことに特化させるのが手裏剣だからね! だから手裏剣には毒を塗るといいよ!」

「へえ………。さくらの物づくりに対する知識欲ってすげえな」

「んふー! 私もね! ロマンを追い求める女の子だからね!!」

「ロマンチック乙女(物理)」

 

「「 ぶっ! 」」

 

 

 最後のタツルの呟きに、タナカちゃんと二人で吹き出してしまった。

 サクラのそれは、普通の女の子の求めるロマンじゃなくて武器に求めるロマンだった。

 

 

 

 

 

 

「来たぞ! ゴブリンだ!!」

 

 団長の声に、臨戦態勢に入る私とタツル。

 

 団長の正面に、一匹のゴブリンが。木を乱暴に削った棍棒を持っている。

 

 

「さあ、誰がやる?」

 

 

 との団長の問いかけ。

 

 私もタツルも、一般モブとして行動するなら、一人目の行動は起こせない。

 

 ならば誰がするのか。それはもう当然

 

「………俺がやる!」

 

 テンプレ勇者様なわけでして

 とはいえ、人形の生き物を殺すことに、かなりのストレスを感じているわけでして

 

(カタカタカタカタ!)

 

 と、聖剣を持つ手が震えていることがわかる。

 

 しょうがないよ。動物も殺したことのない中学生だもの。

 

 スライムは生きているって感じのしない訳わからない生き物だけど

 ウルフやゴブリンは違う。明らかに生物といった姿をしているのだ。

 まあ、ウルフはケモナーのおかげで一切それを狩るイベントにはならなかったけれど………。

 

 いまからそれを刈り取ろうという。そういうイベントだ。

 

 ………というところで、ピーン! と閃いた。

 

(ちょんちょん)

 

「………ん?」

 

 私はタツルの肩を叩いた後に、ゴブリンの側面の茂みを指差し、手首で投げるジェスチャーを行う。

 

「………。………!!」

 

 タツルも思い至ったらしく、音を立てないように、サイドステップでさささっと場所を移動し、視界を確保する。

 

 そして、右手には先ほど作ってもらった簡易手裏剣。

 

 しゃがみながらも左手を前に伸ばし、右手に手裏剣を構えて投げる準備を完了させていた。

 

「ぎぎーぃいい!!」

「う、うわあああ!!」

 

 棍棒を振り上げ、光彦くんに襲いかかるゴブリン。

 

 振り下ろした聖剣は、練習のようにはいかず、無意識に生き物を殺すことを躊躇したへっぴり腰。

 日本の平凡な中学生にいきなり殺しを経験させようってのが間違いだ。責められやしない。

 

 空を切った光彦くんの聖剣と、殺す気で振り下ろされた棍棒が交差する。

 当然、聖剣もあたらなければとうということもないわけで。

 

ーーガンッ!

 

 と、振り下ろされた棍棒はちゃんとあたるわけで。

 

 

「ツっ!」

 

 それが光彦の致命傷にはならないけれど、隙を晒してしまうわけで。

 

「ぎぎぃ!」

 

 ゴブリンの腰につけていた獣の牙を首に突きつけられて人質にされてしまうわけで

 

 

 

「そいや!」

「ギィイイイッ!!!」

 

 タツルの投げた簡易手裏剣がゴブリンの肩に深く刺さって人質たりえなくなるわけですよ。

 

 

「殺す覚悟もないくせに前に出るでないわ、この臆病もん。」

 

 光彦くんから離れた瞬間に、妙子ちゃんがゴブリンをうつ伏せに倒して踏みつけ、動きを封じる。

 

「この小鬼は人を攫って孕ませ、食らい、増えてまた人をさらうのじゃろう。光彦、お主が不甲斐ないばかりにのう」

 

 ゴブリンを踏みつけて嘆息するタエコちゃん。

 

「葉隠………、だ、だが………」

「こんな小鬼に情など持つでないわ。責任の取り方も知らん餓鬼が。」

「………。」

「何をしておる。ワシがなんのために小鬼の動きを封じておるのか、わからぬのか?」

 

 

 ゴブリンを踏みつけたまま腕を組んで光彦くんを睨み付けるタエコちゃん。

 光彦くんが聖剣を見つめ、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「く、くそお!」

 

 

 ザンッ! とゴブリンの首が撥ねられた。

 

 15禁すら許されていない中学生のクラスメイトたちには、ゴブリンの首が飛ぶ、その光景だけで、今までのハイキング気分がなくなった。

 

 

 茂みで吐瀉物を撒き散らす子もいる。

 

「………。なんじゃ、やればできるではないか。光彦。」

 

 

 光彦にハンカチを差し出して背中をさするタエコちゃん。

 

 

 私が泣いた時もそうだけど、面倒見がいいんだよなぁ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回予告
【俺に見えているもの】

お楽しみに


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第17話 樹ー俺に見えているもの

 

 ゴブリンの頭が刎ねられ、気分を悪くしたクラスメイト達には申し訳ないが

 

「油断するな、ゴブリンは1匹見たら10匹いると思え!」

 

 世のゴブリンはゴキブリンともいわれるほど繁殖力の高い魔物だ。

 団長の声に、俺は首の刎ねられたゴブリンに突き刺さる簡易手裏剣を抜いて構える。

 

 この簡易手裏剣、簡易という割には性能は十分。

 こんなもの、殺傷能力自体は少な目だが、注意をそらすのには十分な働きをする。

 

 一度投げてみて、結び目の方に若干曲がってしまう癖があるが、使い捨ての武器にそこまでの性能はもともと求めていない。

 

「出たぞ!」

 

 との団長の声に、バシュ! と何かを射出する音。

 

 ドサッ、と何かが倒れる音。

 

「拙者の狙いに狂いはないでござる。忍忍。」

 

 

 輪ゴマー忍者の服部ゴンゾウが石かなにかを射出したらしい。

 

 ゴンゾウのアビリティは<輪ゴム忍者(ワゴムニンジャ)> 輪ゴムの勇者

 いやだから名前。しかもこいつ、忍者の勇者じゃなくて輪ゴムの勇者だし。

 ………語呂が悪かったのかな。

 

 輪ゴムの忍者でもいいかもしれないけど、そしたら勇者じゃなくなるし。

 マジでなんなんだこいつ。

 

 <輪ゴム忍者(ワゴムニンジャ)>の効果は、スキルによる輪ゴムの無限生産。

 そして、忍者っぽいスキルを取得できることらしい。

 

 なんで輪ゴムなの?

 

 

「ゴンゾウ、何をやった?」

 

「人差し指と親指に通るよう輪ゴムを複数作り、石を飛ばしたまでのこと」

 

 パチンコね。石さえあればほぼ無限に攻撃可能ってすげえな。マジでぶっ壊れ能力の一つじゃん。

 レベルが上がってステータスが伸びれば、引けるゴムの数も増えて威力もその分増す。

 

 パチンコって本気出せばマジで人死ぬからな。レベル制でパワーが上がるのなら、銃よりも威力が強くなるかもしれない。

 

 現在のぶっ壊れ能力は

俺の夢現回廊(ドリームコリダー)、由依の夢幻牢獄(ドリームゲート)、田中の転身願望(メタモルトリップ)。稔の暴飲暴食(ハングリー)、消吾の次元収納(アイテムボックス)

 

 この五つの能力はSSランクと言えよう。

 

 ゴンゾウの輪ゴム忍者(ワゴムニンジャ)、白石響子の歌詞限界(リミテッドライター)、荒川優子の感染症候群(インフルエンサー)、赤城雄大の博徒雀士(マージャン)

 

 このあたりはSランクかな。

 

 Aランクに光彦の聖剣使い(ソードマスター)やケモナーの魔獣調教師(ケモナー)、縁子の精霊使い(エレメンツ)などが入るってね。

 

 番外だけど、俊平の自爆(ディシンテグレイト)は攻撃力だけで言えばどのアビリティよりも優れているだろう。確実に死ぬだろうが。

 

 

一二三(イー・リャン・サン)(ピン)!」

 

 チンピラ信号機、赤城雄大(チンピラレッド)は武器は使わず、拳のみ。あとはガントレットと脛当てが武器で、ゴブリン相手にガガガッ! と三連打を食らわせていた。

 

一二三(イー・リャン・サン)(ピン)!」

 

 ガガガッ! と、もう一度同じ攻撃を繰り返しゴブリンの顔がはれてみてらんない。

 

「役がそろったぜ………。【一盃口(イーペーコー)】!!」

 

 バチュッ!! 触れてもいないのに、ゴブリンの頭が弾け飛んだ。

 

 チンピラ赤信号、赤城雄大のアビリティ<博徒雀士(マージャン)>は、特定の条件を満たすことで、相手に追加の大ダメージを与える。

 ピーキーではあるが、ハマればマジで強い。

 

 麻雀牌には、萬子(マンズ)索子(ソーズ)筒子(ピンズ)という数字の書かれた牌の種類がある。

 雄大はそれぞれ萬子(掌底)索子(抜き手)筒子()と使い分けてそれぞれの1~9の型を組み合わせて役を作り、手役が完成すると相手に追加ダメージを与えるらしい。

 

 俺は麻雀は詳しくないんだけど………、本人に聞いたらどういうスキルなのか教えてくれた。

 

 拳で巻き藁相手にスキルぶっ放しているのを見たことあるんだけど、『【大車輪(だいしゃりん)】!!』って叫びながら大型の車輪を二つ召喚して巻き藁をすりつぶして粉にしていたのを見たとき、マジでやべー能力だと思ったね。

 あれが役満ってやつだと思う。

 

「タツル、後ろ」

「おけー。」

 

 俺の背後から現れたゴブリンに向かって簡易手裏剣を投げ、悲鳴を上げたゴブリンは腹に刺さったそれを抜こうとしている。

 

 ほほう、なるほど。簡易手裏剣だと思っていたけれど、これに「返し」を付ければかなり凶悪な武器になるのでは?

 

 肉をえぐりぬくのに苦労する形。

 甲殻持ちの昆虫、うろこ持ち、ゴーレム系、ゴースト系、スケルトン系には効かないだろうが、獣タイプや亜人タイプの魔物にはかなりの嫌がらせになりそう。

 あとでさくらと相談しよう。

 

「ワンツー! そいや!」

「ギィィ! ギュガアア!!!?」

 

 手首のスナップ目つぶしで視界を奪った左手を手刀に変えてゴブリンの右腕を折り、右の回し蹴りでゴブリンの左腕をへし折りながら吹っ飛ばす。

 肋骨もおれただろうな。

 

 ………しかし俺も加減がうまくなったもんだな。

 

 とはいえ、蹴った衝撃で簡易手裏剣も抜け、ツタが破れて壊れてしまった。鉄串だけ回収しとこっと。

 

 木にぶつかり、内臓を損傷したのか、血を吐くゴブリン。

 

「俊平! ………トドメを刺せ。」

 

 そして俺は過保護だけど、俊平にトドメを譲る。

 

「おええ………ゲホッ! ゴホッ!! で、できないよ!」

 

 みんな朝食を食っていない為、出てくるのは胃液のみ。

 とはいえ、気分のいいものではないはずだ。

 

「やれ!」

 

「んぐぅっ………!」

 

 やってくる吐き気の波と闘いながら、こちらに歩み寄る俊平

 

 俺はその間に鉄串を強引にU字に捻じ曲げて、ゴブリンの右足を拘束する様に地面に突き刺し、万が一かみつかれないように、もう一つをゴブリン首を拘束する為に木に打った。

 トンカチねえし、蹴りで固定したよ。

 

「ほら、これでもうこいつは一生逃げられない。放っておいても死ぬだろうがいつかはやらないといけない事だ。殺し童貞を捨てるのに、こんなにお膳立てされる状況はそうそうないぞ。心の準備なんか、有事にできるわけがない。」

 

「でも………っ!」

 

「やるかやらないかでもない。できるできないでもない。やるしかないんだよ。お前がやらないんだったら、俺はお前の手に短剣を握らせて、ナイフごとお前の手を握って、そのままゴブリンを殺す。」

 

「な、なんで樹くんは僕にそこまで………」

 

「俊平には強くなってもらいたいからだよ。これから来るであろう受難に耐えてもらうために、な」

 

 俺は、短剣を俊平に握らせた。

 武器もなく森に来るわけないじゃん。背中に剣くらい背負ってるし、腰には短剣がついているよ。

 

「受難………? 樹くんには何が見えているの………?」

 

 その質問に、俺は俊平の持つ短剣ごと俊平の小さな手を握ると

 

 

「テンプレだよ。」

 

 

 ズッ……… と、ゴブリンの心臓に短剣を突き刺した。

 

 

 







あとがき

精神的成長イベントが完了しました。
殺し童貞を捨て、次のイベントへ向かいます。

赤信号の能力解説

筒子(ピンズ)の場合

一筒(イーピン) 右の直突き(正拳突き)
二筒(リャンピン) 右のフック
三筒(サンピン) 右のアッパー
四筒(スーピン) 右の鉤突き
五筒(ウーピン) 山突き(両手突き)
六筒(ローピン) 左の鉤突き
七筒(チーピン) 左のアッパー
八筒(パーピン) 左フック
九筒(チューピン) 左の直突き


 振り下ろしとかボディブローとかヤクザキックとかも平気で混ぜてくるよ。

次回予告
【夢と幻 夢と現】

お楽しみに


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第18話 樹ー夢と幻 夢と現

 

 

みんなの初殺生イベントが終わると、すぐに起こるよイレギュラー。

 

 

「ギャギャッ! ギャギャッ!」

 

 湿地帯でもないのに、トカゲの魔物だ。

 

 ………。

 

「なんで………、リザードマンがこんなところに!?」

 

 

 

 団長のダンさんが驚愕の声をあげる。

 

 俺たちが遠征しているこの森は、冒険者(やはり当然のようにある)とか魔物の間引きとかのために、騎士団とかが巡回している。

 

 そのため、出現する魔物の種類などは完全に把握しているはずなのだ。

 

 それから察するに、まあ当然ながら、本来ならばありえない生態系の魔物が現れている、ということになる。

 

「ひゃははっ! カンケーねーぜ! 倒しちまえばなにも変わらねーよ!!」

 

 と、チンピラ黄信号の黄島蓮が剣を構えてそのリザードマンの首を刎ねる。

 

 黄島蓮(チンピラ黄信号)のアビリティは<双剣闘士>で、ルビはないが、超越級アビリティらしい。

 完全に光彦の下位互換だが、まああれは光彦の方がおかしい。

 

「………リザードマンがいることもそうだが、魔物の数が多いな………。これは、もしかしたら近くで迷宮が発生したのかもしれん。」

 

「迷宮!」

 

 

 でたよ、ダンジョン。

 どういうシステムのダンジョンかはしらないけれど、魔物の無限発生、およびダンジョン内で死んだ魔物の消失がテンプレだろうか。

 

 ダンジョンから出たら魔物はシステムから切り離されて無限発生の輪から弾かれて外では死体が残る………みたいな?

 

 死体は消えていないリザードマンを見るだけで、それだけの可能性が見えてくる。

 

「じゃあさ! みんなで迷宮ってやつの入り口探そうぜ! このまま放置するわけにはいかねーんだろ、ダンさん!」

 

 と、そう提案したのは、チンピラ青信号、青葉徹。アビリティは<魔闘剣士>で剣に魔法を乗せることが得意な超越級アビリティらしい。

漂う三下臭には突っ込まないぞ。

 

 とはいえ、だ。先ほど、初殺生イベントで多大なストレスを受けているところだ。

 すぐに慣れる物ではない。俺や由依は慣れているから問題ないが、他の連中にはちと厳しいんじゃないかと思う。

 すでに帰りたい、と泣いている女の子たちだっているのだ。

 

 

「………。わかった。私としてもこのまま放置はできん。だが、今日はみんな疲れているだろう。1時間だけ調査をして、それでも異常がなければ今日はもう戻ろう。」

 

 そこで、団長さんが出した答えは、時間付きの探索。現在は午後2時程度の時間だ。

 

 みんな、朝食を抜いていたおかげでお腹はぺこぺこのはずだが、あんなグロい戦いを続けて、食欲はない。

 朝食を食べていたら全部吐いていたはずだからな。

 

  キャンプ地まで戻ろうとしたら、それ以上は時間が足りない。みんなの精神もそろそろ限界だ。

 

 

『そんなことしなくても、<ここから迷宮にご招待してあげるよ!!>』

 

 

 そんな声が聞こえた瞬間、足元の地面が崩れた!

 

「なっ!?」

「きゃあああ!」

「足元が!?」

「なにがっ………!」

「俺は誰だ!?」

 

 

 驚愕と悲鳴を上げながら落ちていくクラスメイトたち。

  

「………………<浮遊(フロート)>!」

 

 その瞬間、俺はクラスメイトみんなに浮遊の魔法をかけた。

 これで怪我をしないように、ゆっくりと落ちることだろう。

 

 俺自身は浮かした瓦礫を蹴って即座にその場を離れる。

 浮遊の魔法はRPG風世界の夢を見た時に手に入れていた。

 

 この一月で、アビリティの検証の結果、俺と由依の能力の違いもわかってきた。

 

 

 由依の能力が、夢の能力をこの世界でのアビリティやスキルとして手に入れるなろう御用達チートに対して、俺の能力は、スキルやアビリティはステータスに反映されない、まったく別の能力だった。

 

 まあ、管理がし辛いだけで、由依の能力とあまり差はない。

 

 由依の見た現実世界の夢の影響か俺自身の能力の影響かはわからん。

 

 由依が夢と幻。俺が夢と現。みんなが精神だけこの世界に漂着しているとしたら、まさしくこれは夢と幻の世界だ。

 

 そこに、夢と現の能力を持つ俺は、異端なのだろう。

 

 夢の世界に、現実の肉体を持つ俺。

 夢の世界と現の肉体をごちゃごちゃにした、わけわかんない状態。

 

 それが、俺なんだと思う。

 妙子に確認したところ、妙子の陰陽術というか、化させる妖術などはステータスに反映されていない技術だという。

 おそらく、それはこの世界の理ではなく、妙子自身が持つ異能だからだろう。という結論に至った。

 

 つまり、この世界特有の能力ではないからステータスに反映されていないだけで、俺の肉体に直接能力の継承自体はされているということだ。

 

 この世界に来た特典かなんかでステータスやレベルやアビリティとして覚醒したようだけど、夢と幻のこの世界で、現の存在である俺はバグみたいなものなのかも知れないな。

 

 ま、由依が初日に見た夢を全て鵜呑みにすればの話だけど。

 

 

『へえ、一人避けられる力を持った子がいるよ』

『珍しいわね、新米勇者なのに』

 

 などと好き勝手言ってる、そこの奴ら。

 

 浮遊の魔法をかけたとは言え、大穴に落ちたクラスメイト達が心配だ。

 

 そちらには由依や田中。妙子がついているから余程のことがない限り大丈夫だとは思うんだが………。

 

「何者だ、なんて言うつもりは無いぞ。どうせ魔族の幹部らしきものの突発的襲撃イベントだって検討はついているからな。四天王だとか七つの大罪とか十二星座とかモチーフにした数字×ほにゃららみたいな名前の敵さんだってことはわかるぞ。今回の遠征のイレギュラーさんのお出ましってわけだ。」

 

『勘がいいね、ボク達は魔王様直属の最高幹部。五戒魔帝。妄語のデリュージョン』

『そして私は邪淫のリビディア。その理解力、マルよ。』

 

 

 そう言って、森から姿を表す二人の男女。

 浅黒い褐色肌で、目が赤いあたり、よくありふれた魔人っぽいな。

 頭にツノを生やしている、ポイントが高い。タツル(ポイント)10Pだ。

 100TP(タツルポイント)たまると1YP《ユイポイント》と交換することができるぞ!

 

 あー? あとなんだっけ? ゴカイ? モーセの十戒と共通する事が多そうだな。

 

 神話とか宗教が絡むような作品はあまりよまないから分からん。

 まあ、推測くらいは出来る

 

 

「こりゃどうも。俺は名乗らん。敵に情報渡すなんてアホのする事だ。予想するに、お前らのお仲間は………残りは殺すのが得意そうなやつと盗むのが得意そうなやつがいそうだな。」

 

「よくわかったね! あとはのんべえがいるよ!」

「こら、ジョン。相手に情報を漏らすのはバツよ」

 

 つまり、五戒っていうのは、『殺戮』と『強盗』と『嘘』と『淫行』と『酒乱』がモチーフってことかな。

 

 

 よくもまあわざわざそんな名前をつけたなぁ

 

「どういう事情であれ、ウチのクラスメイトに手ぇだしたんだ。生きて帰れると思わないように。」

 

 俺は両腕を真横に広げて肘を内側に捻ると、ゴキッ! と音が鳴る。そのまま二人組を睨み付けると、

 

「………ちょっとくらい主人公らしいことしたっていいよな」

 

 俺はフリッカースタイルで拳を構えた。

 

「へえ、勝てる気でいるんだ。ねえディア、こいつはボクの獲物だよ!」

「もう、勝手にしなさい。負けるのはバツよ。」

 

 なんていいながらジャレ合っている。

 

「そーいう作り込んだ喋り方で話す暇あるなら、かかってこいよ」

 

「あっははは! 殺す!」

「私は落ちた勇者たちを見にいくわ」

 

 男の子の魔族デリュージョンが俺に向かって突っ込んでくる。

 女の魔族、リビディアがみんなが落ちていった穴にふわりと降りようとしているのが見えた。

 

「行かせるかよばーか。」

 

 突っ込んでくるデリュージョンを受け流し、圧縮した魔力弾をジャブの形でリビディアに放った。

 属性魔法? そんな時間がかかるものよりもバッと打てる遠距離攻撃のやつの方が優秀だろ。

 

「<魔力を通さない壁があるよ!>」

 

 だけど、デリュージョンの一言で俺の魔力弾がかき消された。

 

「援護はハナマルよ。あとで褒めてあげる」

 

「妄言の………………言霊系か。当然といえば当然だが、やっかいな………。」

 

 歌いながら現象を具現化する白石響子より、単純であるがゆえに発動が早く、簡素な命令ができる能力ってところかな。

 

 規模は響子より小さいかもしれないが発動速度は上回る。上位互換ってところか。

 

 そんでもって、奴は「壁」や「壁を作れ」、などではなく、「壁がある」と言ったことに鍵がある。

 それに奴は妄語のデリュージョン。

 奴の言葉(のうりょく)はほとんど妄言(デタラメ)だ。

 

「言葉の言い回しから察するに、お前の能力は嘘を本当に変える言霊使いって事だな」

 

「凄いね! 二回しか見せてないのに、気付いたの!? そうさ、ボクのアビリティは<嘘から出た実(リアリティ・ライアー)> 嘘を真実に変える言霊使いさ!」

 

 おいおい、異能バトルっぽくなってきたじゃねーの。

 

「能力の解説を自らするのは二流だな。」

 

 その能力の真骨頂は相手に能力を誤認させるのが最も強い能力の使い方だろう。もったいない。

 

「とはいえ、テンプレ異世界を幾度となく救ってきた俺の敵じゃないだろうな。向こうには由依と田中と妙子がいるし、どうにかなんだろ。」

 

「あっははははは! もう怒った! シネシネシネ!!」

 

 

 ブンブンと爪を振るうデリュージョン。

 

 嘘を真実に変える能力。その解決方法はすでにある。

 クソほども怖くない。

 

 なんだったら、足元に落ちてるクソの方がよほど怖い。

 

 さて、どうおちょくったものか。

 

 

 







あとがき

次回予告
【クソ野郎の反対語は素敵乙女】

お楽しみに


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第19話 由依ークソ野郎の反対語は素敵乙女

「うわあああ!」

「お、お、お、おちちちち!!!」

「俺は誰だぁぁぁぁあ!?」

「若干浮いてりゅぅう!!」

 

 

 突然裂けた地面に飲み込まれる私たち。

 

 落ちる寸前に、タツルが私たちに魔法をかけてくれたのがわかった。

 落下の速度を遅くしてくれる魔法。

 

 瓦礫を蹴って亀裂から逃れたタツルを見て、私の役目はクラスメイトたちのお守りだと悟る。

 

「ふむ………………。」

 

ふと周囲を見ると、空中だというのにあぐらをかいて顎に指を当てるタエコちゃん。

 

「タエコちゃんは落ちながらも冷静だね。何考えてるの?」

「なに、ワシにキンタマでもついていれば、このような魔法などなくとも滑空して降りられたのじゃが、と思っておっただけじゃ」

「わりとしょーもなかった」

 

 そういや、狸が化ける時、よく、その………あれを何かに変化させたり伸ばしたりするっぽいよね

 

「妙子にゃん、実際のところ、タヌキのちんちんって大きいのかにゃ?」

 

 涙目の俊平ちゃんの首根っこを掴みながら宙をすいすいと泳いでやってきたタナカちゃんが聞き耳を立てていたらしく、落下中の会話に参戦。

 発言に恥じらいすらないあたり、タナカちゃんは田中なんだなぁとしみじみ思う。

 

「銀杏程度じゃよ」

「にゃははー! ちいさいにゃ!」

 

 

 無駄な知識が一つ追加された。

 

「女子トーク………いつもこんな話してるの………?」

 

 

 タナカちゃんに首根っこ掴まれた俊平ちゃんの声は、クラスメイトたちの絶叫に溶けて消えた。

 

 

 

 

 

          ☆

 

 

 

 

 

地面についた。

 

「さっきの謎の台詞の人の話が本当だとするならば、ここは迷宮の中ってことになるね」

「そうにゃ。多分魔族にゃ。本当に敵か味方かは分からないけど、ここまでされちゃー、流石の田中もぷっつんにゃ。戦闘装備に着替えるにゃ。」

 

近くに男子がいてもしのごのいってられない。

 

タナカちゃんは遠征用に支給された兵隊服(アビリティの効果で兵隊さんが使える技能を使えるよ。剣とかサバイバル術とか)を脱ぎ捨て、決戦衣装、マジカル☆タナカへと変身する。

 

黒くてゴスロリなのに背中がメチャクチャ開いている。とんがり帽を被った女の子。完全にミスマッチだ。

 

ニチアサではなく、ラノベ発の学園魔法少女コスなので、エグい能力を拵えているらしい。

 

キャラクターはマジカル☆アカデミーのラスボスであるマジカル☆エイミー。

魔王と称される彼女は、邪眼を使い、マジカルステッキに跨って空を飛び、記憶を操作して、指先一つで存在を消し去る。

 

まさにチートオブチートのコスプレだ。

 

指パッチンで的の巻藁が消えた時、それを私に打たれたら、私でも間違いなく死ぬ。

 

安心感が半端ねぇ。

 

ちなみに、原作でも倒すには至らず、説得によって眠りにつくことになった。

 

そんな存在だ。

 

タナカちゃんはコスプレ状態だとその能力を発揮することが可能になる。

 

ただし、まだタナカちゃん本人のレベルが低いため強い能力を数は打てない。

 

 

「集合!! 整列!」

 

 

全員が着地をして落ち着いた後

団長のダンさんの宣言に生徒達は決まった並び順で即座に整列。

 

「樹くんが居ません!」

 

と宣言したのは、インテリメガネのカラスくん。

集合整列は叩き込まれた集団行動の基礎。

居なくなった人物がいればすぐに把握できるのだ。

 

「タツルは巻き込まれなかったか、上手く避けたのだろう。アイツは勘と反射能力が高い。もしかしたら、落ちる速度を遅くしたのも、タツルかもしれんな」

 

団長は勘がいいなぁ。

 

「タツルが瓦礫を蹴って亀裂から抜けたのを見ました。多分敵と対峙してます。」

 

と、私が見たことを告げれば

 

「………ならば急いで戻らねばなるまい。」

 

神妙な顔で頷いた。

その瞬間である。

 

『それはバツね。私がさせないもの』

 

 

 突如聞こえた声。

 音源に目を向ければ、瓦礫に腰をかける、歪曲したツノの生えた少女。

 

 赤い瞳に浅黒い肌はYP(ユイポイント)は高得点だ。

3YPね。

 ちなみに、10YP(ユイポイント)集めると、なんと1000TP(タツルポイント)と交換することができるよ。

 

 ふむ、タツルがこの女に気づかないわけがない。

 魔族は二人いたんだ。

 

 

「お前は! 五戒魔帝、邪淫のリビディア!!」

 

 

おっと、敵の幹部だったらしい。

 

 

「あら、私を知っているのね? そこの騎士さまにはハナマルあげちゃう!」

 

 団長さんは相手の名前を知っていたのか、驚愕の表情を浮かべるものの、リビディアは手でハートを作り、団長にウインクで返した。

 

「おい、タツルはどうした?」

 

 だが、そんなことはお構いなしに、団長はタツルの安否の心配をする。

 怒気を孕んだ声でリビディアを威圧する声に、ブルリと肩が震えるタナカちゃん。

 

 

「ああ、この亀裂から抜けられた子? さーね。情報漏らすのはバツだもの。答えてあげないわ。もう死んじゃってたりして」

 

「クソ野郎………!」

 

「バツバツバツ! 野郎じゃないわ。乙女だもの。それに、汚い言葉遣いはバッテンよ。そうね、私のことは素敵乙女、とでも言ってもらおうかしら。」

 

何言ってんだこいつ。

 

 

「それにね………貴方達こそ、無事で帰れると思わないで頂ける?」

 

 

 

ーーーピィイイイーーーーーーー!!!

 

と、指笛を吹くリビディア。

私の目には音に乗せて魔力が散布されるのが見えたので、魔力を全身に纏って相手の魔力を弾く。

 

 

「さて、何時間耐えられるかしら。見ものだわ。」

 

 

 瓦礫に座るリビディアは、愉快そうに嗤う。

 

 次いで聞こえてきたのは、ドドドド、と、地面を伝う振動

 

 

「ジラトールの大迷宮。第一層に住まうはリザードマン。さあ、勇者の力、見せてご覧なさい!」

 

 百を超えるリザードマンの大群が、此方に迫ってきていた。

 

 

 




あとがき

妙子と田中のイメージをぼんやり絵にしたから、誰か清書して!!!!!!

ワイ? ワイにそんな技能あるわけないやろ。
イメージに合うポーズや表情をいろんな絵を参考にしながら模写やで。



【挿絵表示】



【挿絵表示】



自分でも描いてみるけど、ちょっと無理があるよねー。期待せずに待て!!!



次回予告
【ここでまさかのHH】

お楽しみに

読み方? えちえちでいいんじゃないかな。
次回はは絵師さんに無理言ってお願いして書いてもらった絵を乗せます。


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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☆☆☆☆☆ → ★★★★☆(謙虚かよ)をお願いします。(できれば星5ほしいよ)


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第20話☆由依ーここでまさかのHH

 百を超えるリザードマンの来襲に対し

 

「失敗したにゃ!」

 

 そう漏らしたのは、タナカちゃん。

 瓦礫の上に立つリビディアにたどり着くには、リザードマンを越えてゆかねばならない。

 無数に現れるリザードマン。それを相手にするには、今のタナカちゃんの格好は都合が悪かった。

 

「田中は今、一撃必殺は得意でも軍勢相手にはへっぽこにゃんこにゃ!」

 

 そう。タナカちゃんの今の格好は一対一(サシ)に特化した魔王魔法少女コス。

 

 魔法のステッキを構えて俯くタナカちゃん

 

「田中は、無力にゃ………!」

 

 とか言いつつ、魔法のステッキをベルトに刺して、両手剣を構える

 

「かと言って、魔法少女の技能だけを使うわけじゃないにゃ!」

 

 ギラリと輝く瞳。

 このハイスペックオタクの凄いところは、コスプレして体験したその格好の技能を、生身でも再現できてしまう点にある。

 

 コスプレ特有の能力はなくとも、その際に会得した気配の読み方、肉体の動かし方を、コスプレを脱いだ後も反復して己の血肉に変える。

 

「そうさー漲るちっからーぁで〜♪ 敵をぶっ飛ばしーちゃおーうよー♪」

 

 

 声楽部の響子(キョーコ)ちゃんも、全体に聴こえるように歌い始め、クラスメイト全体にバフが掛かる。

 なんだか力が100%湧きそうな曲だ。でも元の歌詞が一ミリもない!

 

「漲ってきたああ!! っしゃおらああああ!!!」

 

 テンション担当、早風俊が短剣を二本構えてリザードマンを屠る。

 違う。優先順位を間違えるな!

 

 屠るべきはあの魔族の女!

 

 やみくもにリザードマンに突っ込んでどうにかなるものじゃない!

 

 

「瞬! 軍勢を相手にお前の脚じゃ不利だ! 戻れ!」

 

 密集地帯ではいくら足が速かろうと、足が止まってしまう。

 活かせるものではない。

 

 早風俊もまた、1対1で能力を発揮するタイプなのだから。

 

「うぉおおおお!!!」

 

 ザン! ザッシュ!! とリザードマンをまとめて斬り倒す団長。

 響子(キョーコ)のバフが効いているのか、複数のリザードマンを同時に相手取っている。

 

 

「個別に対応するな! 魔法で相手を屠れ! リザードマンの弱点は!」

 

「低温!!」

 

 団長の声に、魔法系のアビリティを持つミオちゃん、シノちゃんが氷の魔法の詠唱を始める。

 それに便乗して鉄太も詠唱を開始。

 ユカリコも水の精霊にお願いして氷を生成していた。

 所詮爬虫類。

 変温動物の性。温度の変化には弱い。

 

「この吹雪♪ 足がとられる♪ トカゲーさんー♪ う・ご・か・な・いーでねー♪ 」

 

 そして、呪文の詠唱なんかよりも早く、歌詞限界(リミテッドライター)による言霊でステージを変えることでトカゲの行動を抑制するキョーコ。

 言霊による動くなとの指令も加わり、百を超える数のほとんどが動けなくなってしまった。

 

 やはり歌詞限界の具現化能力はすさまじい。

 

「今だ! 畳みかけろ!」

 

 団長の命令により、剣で、拳で、魔法でリザードマンを屠ってゆく。

 動けないリザードマンなど、ただの的だった。

 先程、先に魔物を殺す予行練習を行っていなければ、こんなにスムーズに敵を屠ることなどできなかっただろう。

 

 

「へえ、あの子も言霊を使うんだ。しかも景色まで変えちゃうなんて。やっぱり一番危ないのはあの言霊使いかしら」

 

 

 と、感心しているところだけど、言霊使いはうちのクラスに一人だけじゃない。

 

 

「俺は蝙蝠(bat)、お前はダメ(bad)、コレは棍棒(バット)、お前死ね(デッド)。YEAR!」

 

 サングラスをかけたオールバックのヒップホッパー、佐久間太郎。

 リザードマンが動きを止めたその瞬間に、ヒップホップ開始。

 リズムに乗って歌いながら蝙蝠に変身し、相手を罵倒したかと思えば、瓦礫の頂上にいたリビディアの上に羽ばたき、人の形に戻ったかと思えば、右手には金属バット。

 最後に死を宣告しながらリビディアの脳天に向かってバットを振り下ろす

 

「キャッ! やるわね! マルよ!」 

 

 棍棒を腕で受けるリビディア。

 

 タロウのアビリティは<有言自(フリースタイル)由変化(ヒップホップ)

 韻を踏んで変化、具現化、デバフなどを行うアビリティ。

 歌いながら考えるキョーコの<歌詞限界(リミテッドライター)>とは違い、タロウのヒップホップは直感で、語感で韻を踏んで繰り広げる即興ヒップホップ。

 語感さえあえば何でもするので、本人にさえ予想がつかないことがある。

 そんな能力の為キョーコの下位互換だと思っていた。

 

 私としても、タロウが敵幹部に一撃を入れた事に驚愕している。

 タロウは私たちと同じ、賑やかし系のモブだとおもっていたからね。

 

 とはいえ今の殺し童貞を捨てたばかりのレベルの低いタロウに、敵幹部を倒せるわけがない。

 そう思っていたんだけど、考えを改めないとだなー。

 

 

 予想外の攻撃に距離を取るため、タロウから目を逸らさず後ろ向きに瓦礫から飛び降りるリビディア。

 しかし、それに追い打ちをかけるように太郎は瓦礫の上で手をチェケラする。

 

「あっと驚くこの空間、俺が逃がさぬこの時間、見れば現実……実感。お前を撃ち抜くこの銃弾ほらっ、飛べば散らばるあの散弾。これが貴様の最期の瞬間、祈れお前の仏壇にぃあ、YEAR!!」

 

 空間指定して落下途中のリビディアの周囲の時が止まる。

 驚愕に目を見張るリビディアに向かって、タロウは具現化した銃を撃つ。

 ドウン! という音と共にタロウは一発だけ打った銃を人差し指で一回転させた後に用無しとばかりに捨てる。

 銃は溶けるように宙に消えた。

 

 弾は散弾となり、リビディアの腹に風穴を開け、そして――

 時が動き出した瞬間。最後に仏壇が彼女の頭上から降ってきてトドメを刺した。

 

「ぐがぁああああ!!!」

 

 絶叫のリビディア。

 わかってはいたけど、言霊系の異能はやはり強い。

 物理や現象を捻じ曲げて現実を創り出す。

 

 反則級だ。

 複数のアビリティを持つ私が言うのもなんだが、私でも対処ができない部分がある。

 時を止められて銃で撃たれたら、私でも死ぬわ。

 

 

「センキュー、リッスントゥマイヒップホップ!」

 

 ………しかし、光彦くんでもタナカちゃんでもなく、

 決めポーズに両手をクロスさせてチェケラするタロウが、あんなにかっこいいとは思わなかったな。

 

 頭上の亀裂から地下の迷宮に差し込む光が、まるでステージライトのようだった。

 

 

 




あとがき

予告したイラスト。


【挿絵表示】


たっさ
「お題、クロスしたチェケラ オールバック グラサン」


「帽子は?」

たっさ
「いいねそれ!」


 絵師さん、女性描くの苦手だから男描かせろボケカスシネっていうから(いってない)、太郎だよ。
 久しぶりに絵を描くからなんか下手になってたって言ってたけど、私には上手い以外の感想がないです。
 ワイが描くより断然いい


次回予告
【自己言及のパラドックス】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)

絵を描いてみたいって人がいたら大歓迎です。
なんだったら前作で書いてもらったファンアートが今の待ち受けです。


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第21話☆樹ー自己言及のパラドックス

 

 

「<ボクの手には炎の魔剣があるよ!>」

 

 

 そのセリフと同時に、デリュージョンの手の中に紅い魔剣が握られた。

 

 妄語のデリュージョン。やつの能力は<嘘から出た実(リアリティ・ライアー)

 嘘を現実に変える能力だ。

 

 お前はもう死んでいる、と嘘をつかないあたり、直接死なせることはできない制限か消費する通力に限りがあるのだろう。

 

 

 迷宮上部に穴開けるのなんて、大分チカラ使いそうじゃないか?

 

 そんな舐めた事しても俺には勝てんぞ。

 

 

「シネェーーー!!!」

 

「死なんって。」

 

 単純思考の癖に、持った能力が勿体無い。

 流石に魔剣相手に素手じゃ分が悪いので、コチラも背負っていた剣を抜いて相手してやる。

 

 大量生産の鋳造(ちゅうぞう)品だ。研いではあるが切るより殴る使い方になる。

 

 魔剣相手にはこれも力不足だから、打ち合ったりは出来ない。

 

「<ボクは剣術の天才なんだよね!>」

 

「つまりお前の剣術はポンコツだってこと? 穴掘り楽しいね。」

 

嘘つくたびにコイツ穴掘ってることに気づけ。

 

 

「っ〜〜〜〜!! 死ね!」

 

褐色の顔を真っ赤にして剣を振るう。

流石天才の剣。太刀筋が見えない。

 

「緑竜剣術・(やなぎ)

 

 コレは孤児転生の世界で拾われた緑竜に叩き込まれた剣術。

 0歳スタートだったからマジ大変だった。

 竜の言語と魔法と武術を教えてもらう、俺、何かやっちゃいました? 系の物語だ。

 

 あの頃の俺は厨二病患者だったから、こんなことでもドヤドヤしない俺カッケーなんて思っていたけど。

 完全にドヤってたわ。今となっては恥ずかしい。

 

 しかも、一般人にも広く門戸を広げている有名道場だから、俺はただのイキリボーイだった、というオチまでつく。

 

 まあ、師範代じゃなく緑竜本人に直接教えてもらったから、あの爺さん以外には負けなしだったけども。

 

 

 柳は受け流しの技術。

 流して、流して、隙をつく。

 

 そんな剣術だ。

 

 歩法で距離をとりつつ、ガムシャラに振られる剣をバックステップで避ける、流す、逆らわず。

 俺は大振りの袈裟斬りに合わせて距離を詰め、やつの剣が空ぶると同時に左の肺に剣を突き刺した。

 

「<傷なんか負ってない!>」

「ほお、強引だなぁ。次は喉を潰せばいいのかな?」

 

 

 傷は一瞬で癒え、剣を振るう。

 こいつも剣術を習っていたのだろう。

 ごめんな、年季が違うんだ。

 

 眼が鍛えられ、反射神経を鍛えられ、魔法を鍛えられ、鍛錬方法まで知っている俺がおかしいんだ。

 

「<ボクは傷つかない!>」

 

「なるほど、嘘で塗り固めたその肉体、どこまで耐えられるのか、見せてもらおうか」

 

 いじめているみたいで嫌になる。

 とはいえ、まだこちらも決定打がないってのもあるけどね。ちゃんと強いよ。この魔族くん。

 

 俺は距離をとって魔力弾を放つが、魔剣に切り裂かれた。

 

「後ろからナイフが飛んでくるよ!」

 

「その能力、そこまでくると、ただの正直者………いやブラフだな。」

 

 後ろなんか見ない。ここで視線を逸らすような指示は俺の思考誘導だろう。

 引っかからんぞ、俺は。

 

 俺が距離をつめると、驚愕に目を見開くデリュージョンの首に突進しながら剣を突き入れた。

 ガギン! と音が鳴る。

 

 なるほど。傷つかないな。

 

 

 しかも、視界の誘導を行うブラフまで混ぜられると、やはり戦いづらい。

 

「<ほら、魔物の大群が押し寄せてくるよ>」

「ほーら、きたきた、そういうの! さすがだよ言霊使い!」

 

 ドドドド! とウルフやゴブリン、オーガ、オークなど多種多様な魔物がこちらにやってくるではないか

 

「上から目線でぶつぶつと、オマエ何様だよぉ!」

「勇者様に決まってんだろたわけが。」

 

 デリュージョンが炎の魔剣を振って大きな炎の刃を飛ばす。

 

 

 俺はそれをサイドステップで躱した。

 後ろの木が縦に裂け、炎上する

 

「おいおい、森林での火災は勘弁してくれよ………。こんな時にミカがいれば………なんていってもしょうがないか。【風喰い(エアブロック)】!!」

 

 ネガティブ雨女。池田美香。彼女のアビリティは<局所的雨女(スコール)

 雨を降らせることができる、天候操作のアビリティ。

 

 ないもんを妬んでも仕方ないが、森が焼ければデリュージョンもただではすまんというのに。

 

 しょうがないので、燃えるものがないように、木の周囲を真空にして鎮火しといた。

 

「うげえ、魔物の大群もうざったいな………………!」

 

 こちらを目掛けて大行進する魔物が到着してしまったので、魔力弾で頭を潰し、剣で首を刎ね飛ばし、死体を蹴り飛ばして、密集してきたのなら

 

「【ウインド・ボム】!!」

 

 敵の中心地で圧縮空気を爆発させる。

 おっと、いいこと思いついた。

 

「よくやるなあ、じゃあこれならどうだい!? <ボクは無色透明だ!>」

 

 感心したように頷きながら魔剣を振るうデリュージョンが、次第に透けて、見えなくなる。

 想定外の方向からやってくる斬撃に、肌を刺す殺気を頼りに、剣に魔力を通して受ける。

 

 さすがになまくら鋳造剣では受けきれないので、簡易強化をさせてもらう。

 

 しかし、剣まで見えなくなるのか。マジ厄介。ウケる。

 

「お、やるやん? 言霊系の能力特有の複数の能力を使うその感じ。逃げるか奇襲するか、魔物に紛れるか。やれるもんならやってみろよ」

 

「笑っていられるのも今のうちだだよ、<お前はボクのことを忘れてしまったんだからな!>」

 

「………。っと、魔物マジじゃまだな。水素と酸素を2:1で混ぜて水素爆鳴気を作り圧縮した【ウィンド・ボム】を………」

 

 ドン! と打ち出し、右手の指先にに火属性の魔力を集めて魔法の設定を行う。

 時限式の魔法、2秒後に灯火(トーチ)の魔法発動で、ウインドボムの場所に射撃。

 

 即座に俺は自分の周囲にドーム状の真空の壁を産み出すと

 

ーーーッドォオオオン!!!

 

 と、爆発したみたいだけど、真空の壁を作っているから振動が地面からしか伝わってこない。

 

 これは水素と酸素の結合による水の発生。

 2:1の割合で混合した水素()酸素()の結合によって生まれるのが、H2O つまり水だ。

 その反応に必要のは熱で、点火すれば爆発を起こす。そりゃあもうめちゃでかい音で。

 この実験を行う時には耳栓が必須だぞ。覚えといて。

 

「炎が燃えるのかと思ったけど、案外湯気っぽいな。反応が一瞬だったからかな」

 

 とはいえ、爆発の衝撃で大半の魔物は処分できた。

 亀裂に落ちた魔物もいたが、地下のみんなでどうにか対処してくれ。

 

「おーい、無色透明だとむしろ目立ってるぞ。デリュージョン」

 

 爆煙が避けている部分。無色透明なだけだから、そこだけくっきりはっきりしている。

 

「なんで!? お前はボクのことを忘れたはずじゃ!?」

「教えねーっつってんだろ。正直者やろう」

 

 言霊系を相手にするのに気をつけないといけないのが、自分にデバフをかけられること。

 

 アビリティってのが大体がスキルを使う【通力】の項目に依存している。

 魔法攻撃を受ける場合、魔力を纏うことによってある程度防御できる。

 普段何気なく纏っている魔力が魔力障壁。

 

 俊平が見つけてくれた【通魔活性】は、まぁ俺からすれば既に他の世界で知ってた強化技術みたいなもんだったんだけど、それのおかげで魔力と通力を同時に体に纏わせ、相手の魔力や通力が俺に通る前に、シャットアウトできる。貫通できるだけの力量があれば、流石にデバフ食らうが、まぁ今回は問題はない。

 

「お前、妄語とかいうくせに、やることなすこと正直すぎんだよ。正直者のデリュージョンに二つ名変えてみろよ」

 

「なんだと!? 嘘つきのボクが正直者!? 馬鹿にするのも大概にしなよ!」

 

「妄語のくせに、能力も嘘を全部本当にするからお前、全然嘘ついてねーじゃん。本当のことになるならそれは嘘じゃねえよ。嘘を本当に変える!? 嘘が本当になってるんだからもうそれ本当じゃねえかよ、嘘言ってんじゃねえぞ!」

 

「嘘じゃない! ボク本当に嘘つきで………え? え? あれれ? 嘘、本当? む、難しいこと言って煙に巻こうとしてもだめだかんな! ボクは本当に嘘つきだ!」

 

 なるほど、妄語のデリュージョンは、確かにその能力は強力だろう。勇者の中でも2人しかいない言霊系を持つ敵幹部だ。

 相当いろんなことをやってきたということもわかる。

 

 いかんせん、使用者の頭がよろしくない。

 

「お前が本当に嘘つきならば、能力を使って宣言してみろ。嘘を本当にするのならできるはずだ。復唱しろ!『ボクは嘘つきだ』」

「ふん!<ボクは嘘つきだ!>」

 

 

 <嘘から出た実(リアリティ・ライアー)>の封印完了。

 

 

「あれ? あれれ!? 姿が………魔剣も………!?」

 

 能力の全てのリソースがその復唱に費やされたのか、魔剣も透明も解除され、魔物は散り散りに去る。

 

 こいつ、基本正直者だから嘘つきが本当になる

 嘘つきになったので、嘘つきと言ったのは嘘で本当になる。

 

 本当になると嘘つきと言ったことも嘘になるわけで………………まさに無限ループ。

 

 自己言及のパラドックスでwikiっといて。 嘘つきの攻略法だ。

 

 

「さーあて。てこずらせてくれたな坊ちゃん。煽って対話させんのマジ苦労したわ。」

「ちょ、ちょっとまって!」

「おしりぺんぺんしたるわボケ!!」

 

 

 

 まあ、とうぜんおしりだけじゃなくて顔面もグーでぺんぺんして妙子にプレゼントしてあげるんだけどね。

 

 

 

 

 

 





あとがき

次回予告
【ふーん、なんだかえっちにゃ】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)


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第22話☆由依ーふーん、なんだかえっちにゃ

 

 瓦礫の上でチェケらするヒップホッパーの佐久間太郎

 

 彼の尽力により、腹に風穴の開いたリビディアだが、このくらいでくたばるならば魔王んとこの幹部になんかなれるわけがない。

 

「やってくれたわね………予想外の強さ。マルよ。勇者たち」

 

 腹に散弾食らったのに生きている。

 そのタフネスが、魔人族たる由縁なのかもしれない。

 

 リザードマンの死体で溢れるこの吹雪の戦場で、地に降りたリビディアは

 

 リビディアは息を吸い、指を咥えた。

 また指笛で魔物を呼ぶつもりか! 私が魔力弾をぶん投げてやろうと左足を上げセットポジションで構えた瞬間

 

「させないにゃ! 田中がやっつけてやるにゃ!!」

 

 魔法少女マジカル☆タナカちゃんが魔法のステッキに跨がり、リビディアに接近。

 指をパチンと鳴らしてリビディアの存在自体を消滅させようとするものの

 

「あら、抵抗くらいするわよ。」

 

 足元のリザードマンの死体をタナカちゃんに投げつける。

 

「にゃ!? 」

 

 タナカちゃんが消滅させたのは、リザードマンの死体。

 パチンと鳴った瞬間には、タナカちゃん視界にはリザードマンしか映らず、マジカル☆タナカの邪眼で消したのはそのリザードマンが対象となってしまった。

 

「もう一度………!」

 

 ピィーーー!!!

 

 

 タナカちゃんがもう一度リビディアの存在を消そうとするも、リビディアの指笛の方が早く響いてしまった。

 

 吹雪で動けなくなっていたリザードマンたちが興奮して動き出す。

 

「もう一度やってもいいけど、この子たちがすぐに盾になってくれるわ」

 

「ぐぬぬにゃ!」

 

 と、タナカちゃんがぐぬぬ顔をしていると、私たちが落ちてきた迷宮の亀裂の方から

 

ーードォオオオオン!!

 

 と爆音が聞こえてきた。

 

「タツル………………!」

 

「向こうもそろそろ終わったかしら。」

 

「あなたの仲間がやられた音かもしれないよ。タツルは強いからね」

 

 爆発の衝撃か何かで降ってきた魔物たち。

 ゴブリン、オーク、オーガやウルフ。タツルもこれだけの相手を一人で対峙していたってこと?

 無茶するよ!

 

 降ってきた魔物たちは、落下の衝撃に耐えきれずに息絶えている者がほとんどだが、オーガの息が残っていた。

 キョーコの歌のバフも消え、吹雪いていた景色も元に戻る。

 言霊系の弱点としては、歌が終わってしまえば、そう長く効果が残る物でもないのだ。

 吹雪もリザードマンに意味をなさなくなった現在、私たちの動きにも支障が出るであろう

 

「勇者数人がかりで私にかかってきているくせに、若い子一人でジョンに勝てるとでも?」

 

「樹にゃんは負けないにゃ。確定事項にゃ。心配はこれっぽっちもしていないにゃ」

 

「その信頼、ハナマルね。それがいつまで持つか! 試してあげるわ! あなたたちの命で!」

 

 リビディアは、腹に空いた風穴から流れる血を掴み、空気中に散布する

 

「私のアビリティは<女王様の興奮作用(リビドー)>………人間も魔物も、私の放つ音、香り、視覚情報から興奮を得る。魔物なんかは、元気に働いてくれるわよ」

 

 血の香り、指笛の音に誘われて興奮した魔物が大行進する。

 理性を失った魔物はそれだけで厄介だ。

 血の香りを浴びたオーガが、ギギギ! と震えながら立ち上がる。

 頭に浮いた血管が、今にもはち切れそうだ。

 

「ふーん、なんだかえっちにゃ」

「ええ。そんなえっちに大興奮した魔物たちに、あなたたちは蹂躙されるの」

 

 グォオオオオオ!!!

 

 興奮したオーガが一匹、雄叫びをあげた。

 

「私を倒さないとこの興奮は消えないわ。そして、私自身に戦闘能力はほとんどない。でもね、私は五戒魔帝、邪淫のリビディア。伊達で幹部になっているわけではないわ!!」

 

 ピィイイイイ!!!

 

 さらなる指笛で軍勢を呼ぶ。

 

「迷宮第二層はジュエルタランチュラ。魔法耐性。物理も当然、ハナマルよ。」

 

 カサカサカサカサ!!!

 それは、直径1ミリから50cmまで様々な大きさの、クモの群れ。

 

「いやあああ!! ムシ! ムシィーーーー!!!」

「ああ、死ぬのよ、死ぬの、私。やってられないわ本当………」

 

 巨乳水泳部の岡野マスミちゃんは大の虫嫌い。

 というか、女の子は大体虫が嫌いだし、男の子だって虫が嫌いな人は嫌いだ。

 雨女の池田ミカちゃんはもう諦念してどんよりと頭上に雲が浮かんでいる。

 

「うぉおおおあああ!!? す、すまん雄大! 俺、足が8本以上ある生き物全部無理なんだ!」

 

 そんで、一番情けない声をあげているのが、チンピラ青信号。青葉徹。

 

「俺はカニもムカデも、ましてやクモなんて、直視さえできないんだよおお!!」

 

 ひぃいいい! と情けない声をあげながら赤信号の背に飛び乗る青信号

 

「邪魔だ! んなもん踏みつぶせばいいだろタコ!」

「タコなんていうなよ! 8本足の代表じゃないか! あんなの踏み潰した感触が残るなんて俺、耐えられねえよ!」

「くっそ面倒臭え!」

 

 情けない。私を含め、女子たちが冷めた目で青信号を見たが、まぁ、確かに好き好んで踏み潰したいとは思わないし、見たいとも思わないから、気持ちはわからんでもない。

 

 

「このジュエルタランチュラは、小さい隙間を通って、一層にも現れちゃうの。どこかにこの子たちにしか知らない隠し通路でもあるのかしら?」

 

「ひぃいいい!!!」

 

 なんか女子よりも怖がってるチンピラがいたけど、リビディアはそれを気にせず、身体中にクモを這わせていた。

 

「うふふ、傷を縫ってくれるの? やさしいわね。ハナマルあげちゃうわ。」

 

 

 それどころか、腹に空いた傷口に進入して、体内に残る散弾の摘出。及び傷口の縫合を行っていた。

 身体中を蹂躙される激痛のはずだが、眉を寄せて、それでも笑顔でクモをねぎらうリビディア。

 

 よくよく考えたらクモの糸って、タンパク性だから体内で分解されるのかな。

 だとしたらよくできたクモだ。ちょっと研究してみたいかも。

 

 

「魔獣の使役っていうのは、こうするのよ。そこの(さんかく)テイマーさん」

 

「なにおう! 私のもふもふ、二郎三郎(ジロウサブロウ)ちゃんだって負けてないんだから!! やっちゃって! 二郎三郎ちゃん!」

 

「ガオォオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 カナのリトルフェンリルが咆哮すると、その正面にいたクモたちがまさにクモの子を散らすように散開する。

 巻き込まれた小型中型のクモはその咆哮に巻き込まれて消め………ちょっとまって、そのリトルフェンリルの名前って二郎三郎なの!?

 

 ネーミングセンスすごいなそれ!!

 

  

 

 

 

 

 

 

 







あとがき


次回予告
【魔物を操る者の末路はだいたい同じ。】

お楽しみに


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第23話☆由依ー魔物を操る者の末路はだいたい同じ。

 リトルフェンリル、二郎三郎の咆哮でクモの子を散らすように散るクモたち。

 

 ………二郎三郎の咆哮で消滅したクモも多い。

 それに、このリトルフェンリルがほぼ一撃で確実にリザードマンたちの息の根を止めてくれるから、戦場に余裕ができる。

 

 勇者である光彦くんは、操者であるリビディアではなく、目覚めたオーガでもなく、リザードマンの対応に追われている。

 それは適材適所でもある。

 

 技、スキルの威力、範囲ともに優秀な光彦くんは、ボスと戦うよりも、大勢を相手取り殲滅していく方が向いている。

 さらには、なんだかんだで優しい彼に、ゴブリンとも違う、人の姿をして、人と言葉を交わせるリビディアを討つことは不可能だろう。

 

「グ、グギ、グギゴォオオオ!!!」

 

 五戒魔帝、邪淫のリビディアの能力(アビリティ)、<女王様の興奮作用(リビドー)

 彼女の血の匂い、音、視覚。味覚、触覚

 彼女の散布する魔力に触れると、魔獣が凶暴化して大興奮する。

 

 

 突如上から降ってきたこのツノの生えた赤い肌の巨大な鬼。オーガも。

 理性をなくし、凶暴化したも物なのだ。

 

「うぉおおお!! 四五六索(シゴロッソー)!!」

 

 そんなオーガに果敢にも挑まんとするのが、チンピラ赤信号。赤城雄大。

 背中に張り付いていた青信号はさっきどっかにぶん投げてたよ。あとはしらない。

 

 そんな彼は抜き手で素早くオーガの左右の脇腹を刺し、身長差のあるため、金的と鳩尾に抜き手をねじ込む。

 

「グギガァアア!!」

 

 振り払われた腕をバックステップでかわす赤信号。

 

四五六萬(シゴローマン)対子(トイツ)!!」

 

 そしてもう一度距離を詰める。今度は一撃一撃がすこし重い、左右掌打レバー打ちと両手突き。赤く光ったその掌打が、敵にクリティカルヒットを与えたのか

 

「ギゴォオオオ!!!」

 

 絶叫をあげながら赤信号に両の拳を振り下ろした!!

 

「がぁあああああ!!!!?」

 

 直撃! 腕をかち上げて潰されるのだけは防いだものの、オーガの膂力で振り下ろされる拳は物量の兵器だ。

 受けた腕はボロボロだし、爆心地の地面は完全に爆ぜている。

 

 ゴン、ゴロゴロ!! と転がる赤信号に私が駆け寄った

 

「平気!?」

「あぁ………邪魔すんな………!」

 

 頭から顔から腕から血を流しながら立ち上がるあんたにそんなこと言われても信じられるわけがないでしょうが

 

 

「【ヒール】。痛みは取れた?」

 

「………。あぁ、だいぶな。………助かる。」

 

 流石に傷つくクラスメイトを見ていられるわけがないので、聖女の回復魔法を唱えることに躊躇はない。

 素直にお礼を言われてことに面食らいつつ、完全に痛みが取れたわけじゃないことに、やはりかなりの重症だったかと息を漏らした。

 

「ちょっと雄大! 無事!?」

 

 私に少し遅れてギャルの内山ヒロミが寄ってきたので、私はリザードマンの殲滅に戻ることにした。

 内山ヒロミ。

 

 彼女のアビリティは<治療法士(セラピスト)

 ギャルでありながら、彼女の将来の夢は看護師さん。

 聖女である私の次に優秀な回復術師だ。まあ、つまり私がいなければ一番の治癒士だ。

 あとは彼女に任せておけば問題ないだろう。

 

 オーガは………。タエコちゃんが背中から手拭いで首を締めながら後ろに思い切り体重をかけている。

 足でオーガの背中を押し、全力で首を締めているのがわかる。

 オーガは苦しそうに手拭いを剥がそうと首に爪を立てているが………

 やることがえぐい。

 タエコちゃんって、本当にすごいな。

 

「【エクストラヒール】! これで大丈夫?」

 

 ヒロミの治療のおかげで完治した赤信号。

 

「おう。………すぐにいく。ありがとな、ヒロミ。」

「いいっていいって。行ってこい! 怪我したらまたアタシが直してやんよ。」

 

 バシッと背中を叩いて送り出す様は、まるで弟を見送る姉のよう。

 

 タエコちゃんとタメをはる面倒見の良さかもしれない。

 

「葉隠っち、この状況だ。セクハラとか言わないで欲しいっぜぃ!」

「言うわけがなかろう。佐之助! 全体重をかけるのじゃ!!」

 

 タエコちゃんがオーガに対して全体重をかけてオーガの体を後ろにそらそうとしていたところ、探知による空間把握で必要なところに現れたエロガッパの佐之助が、タエコちゃんの腰に飛びついて全体重をかける。

 

 

 

「御膳立てありがとよ。うぉおおお!!」

 

 赤信号は上体のそれたオーガの膝を踏み台にして拳を握り締めた

 

 

七筒(チーピン)対子(トイツ)!!」

 

 

 そして、渾身の左アッパーカットが炸裂。

 

 重心が後ろに傾いたオーガは、その勢いに抗いきれず、仰向けに倒れる。

 

 タエコちゃんと佐之助がすかさずその場から離れ、リザードマンの討伐とジュエルタランチュラの討伐に移る。

 

 赤信号はというと………

 

四五筒(スーウーピン)

 

 倒れたオーガの右脇腹と、顎と心臓を拳で撃ち抜く赤信号。

 

「はぁ、はぁ、まだ………こんなんじゃくたばんねえだろ。いーもんくれてやるよ………!」

 

 肩で息をした彼が、オーガから離れると、両の拳をガン! と打ち付け

 

立ーー直(リーーーチ)!!」

 

 

 と宣言すると、青いオーラを全身に纏った。スキだらけのその行動になんの意味があるのかはわからない。

 わからないが、今、あの赤信号に力が満ちているのはわかる。

 

 

「グギ、グギゴゴォオオオ!!」

 

 その隙だらけの行動の間に、オーガは今までの痛みなど、なかったかのように立ち上がる。

 あれだけやっても全然効いていない。

 

 だが、オーガが立ち上がっている間に赤信号も準備を整えていた。

 

 その立ち上る青いオーラに、先ほどまでの戦闘のダメージなどなかったかのように立ち上がったにもかかわらず、オーガが青いオーラに動揺しているのだ

 赤信号に対し、なんとも言えない恐怖を覚えたオーガが、身を翻して逃亡しようとする。

 

 矮小な人間に何故怯えているのかわからないオーガに、赤城が静かに告げる。

 

「ツモ。」

 

 踏み込んだ赤城の左の鉤突きがズドム! と突き刺さる たしか、左の鉤突きは六筒(ローピン)だったっけ。

 

「イッパァアアアアツ!!」

 

 

 その鉤突きを振り抜き、叫んだ。

 

「<立直(メン)断么中(タン)平和(ピン)三色同順(サンショク)ー盃口(イーペーコー)一発(イッパツ)自摸(ツモ)> 赤ドラ一………9飜、倍満(バイマン)だ。喰らっとけ。」

 

 

 バムッ!! ともバチュッ!! ともつかない音を残し、オーガの身体が爆散した。

 

 いや、オーガだけではなく、周囲にいたリザードマンやジュエルタランチュラまでも粉々に粉砕されていくではないか

 

「おー、雄大のそれ、すげーな。ツモったら周囲の敵も爆散かよ」

「ああ………佐藤と葉隠、あとヒロミの助けがなかったら死んでただろうけどな」

 

 チンピラ信号機3人が集まり出した。カラフルで目がチカチカする。

 黄信号、黄島徹の質問に、こちらへの感謝を伝える赤信号。

 

「カウンターでロン。自らぶっ殺しに行きゃツモだっけ、ピーキーすぎんぜ。」

「くそしんどい。ってかてめよくも俺をクモの盾にしやがったな」

「ごめんって。マジで8本足無理なんだから!」

 

 ドゲシと青信号の尻に蹴りを入れる赤信号。怯えてただけだもんな。

 火力のある赤信号を主軸にヒットアンドアウェイできるように信号機共で調整しとけばいいのに。

 

 

「さて、あとはテメーだよ、素敵乙女(くそやろう)。お高く止まってんじゃねーぞ。」

 

 中指立てる赤信号の活躍により、敵が一掃された

 

 

 自分の周囲に侍らせたリザードマンやジュエルタランチュラを除く全ての魔物を一掃したのだ。

 

 

「すごいわねあなた。ほとんど一人で私が興奮させたオーガを倒しちゃうなんて! ハナマルあげるわ」

 

「あー? いらねーよ。自分の心配しやがれ」

 

「ふふっ、自分の心配? たかが新米勇者に遅れなんかとるわけがないじゃない。」

 

 不適に笑うリビディア。

 

「なにいって………っ! なんだ、胸が熱い………!」

 

「ふふっ、最初に言ったでしょ。私の能力は、魔獣や人間を、興奮させるって。心臓が痛いくらいに早く動くでしょう? 目の前が真っ赤になって、暴れ出したくなるでしょう? 女の子に、襲いかかりたくなっちゃうでしょう? いいのよ、素直になっても。人間の本能だもの。私の血の匂い。指笛の音。ずーっと浴び続けていたんだもの。戦闘の興奮とごちゃごちゃになってても、ちゃーんと効いてくるものよ」

 

 

 

 ドッ と膝をつく赤信号。心臓を抑えて苦しそうだ。

 同時に、複数で膝をつく音が聞こえる。

 

 騎士団長のダンさんまでも、胸を抑えて苦しんでいる。

 

 幹部の名に恥じない、その外道の能力。

 魔獣を興奮させ、下僕にして操るだけじゃない。

 敵である人間にもその作用はあり、同士討ちなどを誘う。

 

 本人の戦闘力はいまいちでも、その能力はやはり凄まじい。

 

「ヒロミ! ユカリコ! 浄化と聖域出して!!!」

 

 私は、リビディアが指笛と共に放つ魔力を己が纏う魔力で弾いていたため、その効果は受けていない。

 

「わかったわ! <精霊(エレメント)聖域(サンクチュアリ)>!」

「みんな………【浄化(ピュリフィケーション)】」

 

 

 比較的魔力やスキルに対する防御力の高いヒーラー系のアビリティであるヒロミに一帯を浄化してもらい、ユカリコの精霊の結界で守ってもらえればすぐに前線復帰できるはずだ。

 

 俊平ちゃんは………? よかった。ユカリコのそばにいる。問題なさそうだ

 

「新米じゃなければ、いいんだね。」

 

 私はそう言って、リビディアに距離を詰めた。

 

 もう、キョーコもタロウも燃料切れだ。

 言霊系の異能は力を多く使う。

 

 乱発はできない。100を超える魔物との連続戦闘に、みんなの疲弊も限界を超えている。

 

「なに? あなた。何もしてないくせに粋がるのはバツよ。」

 

「観察していたって言って欲しいかなー。ま、イキってるのは否定しないけどね。理由は説明しないけど。」

 

「………。」

 

「私はね。私じゃなくて、主人公が幸せになる物語を見るが好きなの。」

 

「何言っているの? 理解不能はバツよ。」

 

 近衛として残っていたリザードマンが爪を振り回してくるが、剣を抜いた私はリザードマンの首を刎ねる。

 

 これでも<剣士>のアビリティを持っているからね。リザードマン程度ならサクサクだよ。

 

「理解してもらおうなんて思っていないよ。ただ、みんなの幸せのためにはあなたみたいなのが邪魔なの。【ホーリーチェーンバインド】」

 

 

 リビディアの手を掴み、魔法を発動する。

 彼女の手足に聖なる鎖を絡ませる。

 

「な!? 早っ」

 

 

 レベルのゴリ押しなんて好みじゃないんだけどさ。茶番に付き合うのもうんざりなわけ。

 とはいえ、敵も魔王様直属の幹部。

 夢でレベルのドーピングをしている私と、同程度のステータスは保有しているのだろう。

 

 

「あなた、私の能力が効いてないの!?」

 

「デバフに対する対策はバッチリだよ。指笛と一緒に魔力を飛ばしているから、それを弾けばいいだけ。」

 

「なら直接触れれば問題ないわ。さっき私に触った時に」

 

「【浄化(ピュリフィケーション)】」

 

 私は全身を浄化する。

 

「なぁ!?」

 

 曲がりなりにも聖女だもの。

 夢幻牢獄で手に入れた聖女のアビリティ。

 そして、夢のパワーレベリングの効果もあって、大抵の攻撃は食らわない。

 

 相手がデバフ特化だからこそ、私には相性のいい相手なんだよね。

 

「指笛は吹かせないよ。魔物なんて呼ばれても困るし」

 

「くっ!」

 

 手足を鎖で縛ってあるので、指笛は吹かせられない。

 私は剣を彼女の首に添えて

 

「質問に答えて欲しいのだけど、あなたたち魔人は、どうしてこの地を侵略してくるの?」

 

「あ、あら。土地を奪うのに理由が必要かしら」

「そ。ならもういいよ。」

 

 

 土地を奪うのに理由があるのならそれを知りたいが、理由もなく暴れるのこ戦闘種族にはもはや意味がない。

 

「さよなら」

 

 剣を振りかぶり、リビディアの頸に剣を振り下ろす!

 

 ーーガギン! と、宝石のような体から8本の手足が生えているクモの魔物、ジュエルタランチュラ。

 彼がその宝石のような腹で私の剣を受け止めた。

 

 50cmはある大物のタランチュラだ。

 

 クモの中でも、タランチュラはたしか、糸を張って罠を作るのではなく、待ち伏せを得意とする虫の世界のハンターだ。

 

 その宝石のような見た目から、勘違いをした人間を捕食するための擬態なのだろう。

 

 そして、いわゆるスパイダーとの違いとして、タランチュラ系はお尻からではなく、足の先から糸を出す。

 

 待ちのハンターであることから、糸を伝った振動で獲物を感知して、瞬発力で獲物を捕らえにくる。

 つまり、クモというのは、素早いんだよ。

 

「ふっふふ、私は五戒魔帝。そんな簡単に死んでやるものですか! そんなの美しくない、バッテンよ! ガァアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 やはり魔王直属の幹部というのは伊達ではなく、私でも倒すのに苦労するレベル。

 大量の魔物には足を止められるし、本人の魔物を使役する能力も高い。

 

「自らに興奮作用を!? よくやるなぁ………。そして、まあよくあるなぁ!」

 

 私の聖なる鎖を引きちぎって大絶叫するリビディア

 

 

 その絶叫にも、当然魔物を興奮させる効果もあるわけで………

 

 

「第三階層、クリスタルモンキー。第五階層、リトルドラゴン、第十階層守護者、漆黒竜(ブラック・ドラゴン)

 

ーーードドドドド!!!

 

 と、地響きが続いてくる

 

 

「ねえ、魔族領土出身の私たちが、どうしてこの国にきたと思う? どうして、迷宮に誘ったと思う? どうして、この迷宮の名前がジラトール大迷宮なんだと思う?」

 

 迷宮の名前?

 

 人間の住う、ジラーダ大陸、そして魔人の住うトール大陸。そういうことね。

 

「この迷宮は通り道。あなたたち人間族の住うこの地を魔人の領土に変えるためのね! ここにくる間、ずいぶんと手懐けてきたわ。」

 

 

 つまり、もう魔人の侵攻は始まっているってことね。

 

 

 バゴォオオオオン!!! と、地面が爆ぜる。

 巻き込まれたクラスメイトたちはいないみたいだが、その穴は深く、その穴からジュエルタランチュラやリザードマンが蠢いているのがわかる。

 

 それだけではない。ムカデのような魔物や蜥蜴のような魔物。バッタのような魔物もいる。

 

 バサバサとその穴から翼を広げて現れたのが、漆黒の体を持つ竜。

 それが興奮した紅い瞳でこちらを睨み付けていた。

 

「うふふ、階層をぶち抜くブレス。漆黒竜(ブラックドラゴン)のおでましよ。満身創痍の勇者たちに、相手ができるかしら?」

 

 なんて、余裕ぶっていたリビディアだが

 

 

 漆黒竜(ブラックドラゴン)がリビディアを視認した瞬間、漆黒竜(ブラックドラゴン)がブレスを放った。

 

「っ!? <聖域(サンクチュアリ)>」

「っ!! 魔力障壁!」

 

 突然の攻撃に晒され、私はスキルで自分の身を守る聖域を展開するも、あまりの威力に私の聖域はあっさりと弾け飛び、後方の壁に激突する。

 ガラガラと崩れ落ちる瓦礫に埋もれてしまった

 

「佐藤!!」

「由依にゃん!!」

 

 みんなの叫ぶ声が聞こえる。

 マジかぁ、この竜、今の私より強い………。

 みんな、逃げて………

 

 かすれる意識で瓦礫の隙間から見える景色には

 私のような結界を展開しきれなかったリビディアが、そのブレスに巻き込まれ、焼け焦げながら吹き飛ばされる姿が映る

 

 身の丈に合わない魔物を操ろうとした奴の末路だった。

 

 興奮作用の能力で、漆黒竜(ブラックドラゴン)の怒りを買っていたのだろう。

 魔物全てを操れるわけではないらしい。

 

「ぐ、ぅ………【継続回復(リジェネレーション)】………」

 

 

 せめてもの抵抗で、私は意識を失う寸前に、自分に継続回復魔法をかけたーーー

 

 

 

 

 





あとがき


【挿絵表示】


自分で描いてみた田中。
 学生時代、美術の成績マジで1だったのに、無意味に1日1枚模写続けたら、一月である程度できるようになるもんだな。
 ちなみにワシ、靴の書き方と服の書き方、指と足の描き方全然わからん。

次回予告
【 ◆◆◆ 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)

こんなヘタクソな絵でも田中ちゃんが可愛いと思ってくださった変態は『田中ちゃんかわ〜』とコメントを。

自分の方が上手く描けるわヘタクソ。と思ってくださった方はFAをお願いします。


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第24話 ◆◆◆

 

 

「撤退だ!! みんな、全力で撤退しろ!!! あれはまだお前らが全力で戦っても敵う相手じゃない!!」 

 

 みんなをまとめてきた騎士団長のダンが声を張り上げて全員に伝わるように叫ぶ。

 自分を散々苦しめた魔王の幹部を一瞬で吹き飛ばした『それ』は咆哮をあげて彼らを睨んだ。

 

 

「にゃ! うにゃにゃ!!」

 

 コスプレ衣装の魔法のステッキに跨った田中は、しきりに指を鳴らして魔法少女の能力でその存在を消そうとしていたが、田中に対して、その存在の格が桁違いだったのか、消滅させる能力が発揮していない。

 

「タナカ! できないことを無理にしようとするな!! 飛べるお前は上に行って 上からロープをたらせ!!」

 

「っ〜〜〜〜〜〜!!! わかったにゃ!!! 消吾にゃん!! 田中の後ろに乗るにゃ!!」

「ああ!」

 

「優子はしたから迷宮の外に木を伸ばせ!!」

 

 脱出を最優先とするならば、物資の運搬のために、そしていざという時のためにロープを準備している消吾。

 ステッキの後ろに跨った消吾が田中の腹に腕を回すと、一気に迷宮の亀裂の上まで飛んだ。

 

 園芸好きの裏番長、花咲萌は、地面に手をつき、タネを植えると、その木が急速に成長し始める。

 

「真澄、美香、加奈、ヒロミ、美緒、木につかまって!! 上まで送るわ!!」

 

 成長する木だが、その上へのスピードは田中の上昇スピードに比べれば微々たるもの。

 だが、確実に複数人を上へと逃れることができる。

 

(はやくはやくはやく!!! 由依にゃんも心配にゃ! 樹にゃんにもはやく知らせないとにゃ!)

 

 焦りながらも迅速に、消吾を上まで運ぶ田中。

 

 

「ついたにゃ!! ってなんにゃこれ!?」

「うわ、どうなってんだここ!」

 

 消吾と田中が見た光景は、魔物たちが死屍累々している様。

 

 上から落ちてきた魔物は、ここから落ちてきたのだと田中にはすぐにわかった。

 まだ動いている魔物も居る。

 

 地下の迷宮から抜けたからと言って、地上も安全とは言い難かった。

 

 

「樹にゃん! 樹にゃん! どこにゃ!! 消吾にゃんはロープをありったけ出しておくにゃん! 田中は樹にゃんを探すにゃ!」

 

「おう、まかせろ!! <次元収納(アイテムボックス)>」

 

 消吾は異空間に仕舞っていたロープを出し、厳重に木にくくりつける。

 

 

「樹にゃん!!! どこにゃ!!」

「こっち」

「そこにゃ!!」

 

 

 田中が声の聞こえた方に全力で向かうと

 

「にゃにゃ!!? そいつは誰にゃ!?」

 

「幹部の妄語のデリュージョン。わりとガチ目に強かったけど、どうにかなったぞ。」

 

 バチーン!!

 

 田中が見たものは、尻を剥き出しにされ、真っ赤に腫れ上がった女の子のお尻

 膝の上に女の子のお腹を乗せて、思い切り引っ叩いていた。

 顔面はボコボコに腫れ上がって原型の止めていない泣き腫らした顔。

 

「ごべ、ごべんなざ………」

 

 バチーン!!!

 

「びゃぐぅうう!!!! 」

 

 泣きながらボロボロの顔で謝る褐色の魔人。

 

「生きて帰さんっつったろ。あやまったら許されると思うなよ。俺たちを殺そうとしたんだ。お前らは殺されても文句を言う資格はない。」

 

「<ボクは、………まおうじょう、に、いる>」

 

「もう能力は使えねーよ。ループした指令を自分で出してしまってるんだからな」

 

「ん、なん………ぐぞ、ぐぞぅ!!」

 

 泣きじゃくる魔人と、ゴミでも見るような目でそれを見下ろし、尻を叩く樹に、田中はドン引きだった。

 

「田中、急ぎの用事ならすぐにいくが」

「急ぎにゃ」

「わかった」

 

 樹は、魔人の首に腕を回し、首を絞めた。

 

「ぐぎゅぅうう!!!」

 

 

 と、苦しそうに呻き声をあげると、パタリと動かなくなる。

 

「殺したのかにゃ?」

「いや、気を失わせただけだ。」

 

「女の子にも容赦ないにゃ」

「おう。まさか俺もボクっ娘だとはおもわんかったけど、容赦して死ぬような状況で余裕ぶっこいてらんないからな。顔には出さんけど。」

「ふーん、ボクっ娘のお尻をぺんぺんして興奮したかにゃ?」

 

 

 との田中の質問に対し、樹は目を細めて親指と人差し指の間に少しだけ隙間を開けて見せた

 

「樹にゃんはえっちにゃ! 田中はそんな樹にゃんが嫌いじゃないにゃ!」

 

  両手で樹を指差す田中

 

「えっちだよ。みんなの状況は?」

 

 そんな風に答えながら、樹は田中のステッキに捕まると、田中は森のなかで宙を翔ける。

 一応、デリュージョンの首根っこも掴んで一緒に連れて行ってやる。

 

「最悪にゃ。魔人が呼んだドラゴンにぶっ飛ばされた由依にゃんと、それから逃げるために、空飛べる田中がみんなを引っ張り上げるために先行してロープを準備しているところにゃ」

 

「そりゃあ助かるな。由依は………。うん。多分生きてる。幼なじみの勘だが、死ぬとは考えづらい。」

 

「由依にゃんへの信頼度がすごいにゃ」

 

「まぁ、死ぬほど心配なのは変わりないが、ここで慌てて騒いでも何にもならん。頭使って次を考えるだけだ。」

 

「その考え方、田中は好きにゃん」

 

「最悪ロープ取りに俺だけ一時撤退を覚悟したくらいだぞ。いろいろ想定しないといけないからな」

 

「樹にゃんの覚えている魔法でどうにかならんかにゃ?」

 

「………土魔法使えるやつが壁から土を出しながら歩けば階段みたいにできるかも? 迷宮の壁に使えるかはしらんが、【通魔活性】できない奴が詠唱の破棄もできないだろうし難しいか。一段作るのに20秒もかけてたら日が暮れちまう」

 

と樹が思ったところで

 

 

ーーードゴォオオオオオオオオオオオン!!!!

 

 

と、樹の水素と酸素の結合による爆発の比じゃない爆音が響いた

 

 

「おい、今のまさか!」

 

「俊平にゃんの自爆にゃ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 赤城雄大。チンピラ信号機とも一部で呼ばれる不良のリーダー。

 意外なことに、彼は数学のテストでは学年1位をとっている。

 

 自頭は良い方なのだ。

 

 経験と統計と書物による確率論を自分で調べ、麻雀における次に何を切るを地道に計算した結果である。

 そのおかげか、麻雀の点数計算を、点数早見表を使うことなくすぐに答えることもできる。

 

 ネット麻雀の段位も、中学生にして7段と、まぁそこそこに強い方だった。

 

 リスクをとってリターンを得るならば、彼は期待値を計算の上で、物事を実行する。

 

 100%の確率で現状維持と言う選択肢と

 30%死ぬが、70%で打開できるかもしれないのならば、間違いなく彼は後者を選ぶ。

 

 彼の頭が導き出した答えは、田中が上からロープを垂らし、それをひとりひとり登って脱出するよりも、『それ』に全滅させられる方が確実に早い。

 という計算結果。

 

 先ほど『それ』に吹き飛ばされた佐藤由依が生きているか死んでいるかもわからない現状。

 もはや全員無事で切り抜けることは不可能だと結論づけた。

 

 できるだけ多くのクラスメイトたちの命を助けるためには、誰かの命を犠牲にしなければならない、という鬼畜の選択肢。

 

 自分はこれから、全員の罵倒を一身に受けるだろう。

 勇者として、いや、人としての尊厳などない。

 悪魔の所業を行う。

 

 だが、切れるカードは限られている中、そのジョーカーの切り時を見誤ってはいけない。

 

 彼は、己の心に蓋をして、小動物のように小さく震えるそれを組み伏せた。

 そんな選択肢しか選べなかった自分の弱さを恥じながら。

 

 

 

「いやだ! やだやだやだ!! 死にたくない!! 誰か、誰か助けてよ!!」

 

 幼い少年の声が迷宮の奥から響く。

 少年は後ろ手に腕を組まされ、地面にうつ伏せに倒れながらも必死な抵抗を示していた

 

 

「ッるっせんだよお荷物野郎!! 助かりたいのはみんな同じなんだよ!! テメェだけが特別だなんて思うなよ! 黙ってテメェはテメェの役目を果たせボゲ!! <(トン)対子(トイツ)>!」

 

 

「あぐぅっ!! ゲホッ、ゴボッ」

 

 そして、何かを蹴りつける音と、血の混じった湿った咳と苦痛の声。

 蹴った拍子に内蔵を傷つけたのか、はたまた肋骨が折れたのか

 

 それとも両方なのか。

 

 だが、その苦痛の声も、周囲の恐怖にまみれた絶叫に紛れて誰にも届かない

 

 

「<|南(ナン)・刻子(コーツ)>! ぉらああぃッ!!」

 

 ズドム!

 

「ッがぁああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 さらに蹴りつけられ、絶叫と血をまき散らしながら、幼い少年はボールのように奥に吹き飛んで行った。

 圧倒的なステータスの差であった。

 幼い少年では、どうあがいてもその蹴りを防ぐことはできないのだから。

 

 迷宮の地面を何度もバウンドし、少年は『ナニカ(・・・)』にぶつかって静止する

 

「やめてぇ―――!! 俊平君をいじめないで!!」

 

「もうおっせーんだよ縁子! お前も死にたくなかったらさっさと逃げるか<精霊聖域(エレメントサンクチュアリ)>の発動をしやがれ! チッ! そっちに行くんじゃねェ! 死ぬぞ!!」

 

 縁子と呼ばれた少女が俊平という先ほどの蹴り飛ばされた少年の方に走り出そうとしたのを、とっさに縁子の襟首を掴んで引き留める

 襟首を掴む少年を恨みがましく睨みつける縁子

 

 

「でもっでも! 俊平くんが! 赤城くん、なんであんなことを! あぁ、ぁぁ………いや、いやぁああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 地面に泣き崩れる。

 その視線の先にあるのは、俊平が蹴り飛ばされた拍子にぶつかった『ナニカ(・・・)』―――

 

―――『漆黒竜(ブラックドラゴン)』がその大きな(アギト)でボロボロになった俊平を丸のみしようと口を開けていたからだ

 

 

「うわああああ!! 助けてくれええ―――!!」

「きゃー! どいて! 逃げられないじゃない!!」

 

 しかし、縁子の悲鳴も、周囲でも同じような絶叫を上げている少年少女の喧騒にかき消される

 

 

 大きな咢に咥えられる寸前。

 

「くくく食われて、たたまるか………っ! ぅああああああああああああああ!!!」

 

 俊平は痛む身体にさらに鞭を打ち、血を吐きながら地面を転がってなんとかやり過ごす

 

 しかし、それでも、俊平は己の死期を悟っていた

 

 

(………さっきので肋骨が折れて肺に刺さったかも………内臓も、もうダメだろうなぁ)

 

 自分の命はもう長くない。意識も遠のいてきて、なんだか眠たくなってきている。

 なんでこんなことを、と赤城を睨むが、その瞳が苦痛に満ちていたこと悟り、彼を恨みきれなくなった。

 

 俊平は優しい子だ。

 赤城雄大にパシリにされても、俊平は彼のことを名前で呼んでいた。

 というか、クラスメイトみんなを名前で呼ぶ。(田中は除く)

 それは自分が名前で呼ばれたら嬉しいから。

 

 クラスメイトたちがみんな名前で呼び合うようになったのは、俊平がみんなのことを名前で呼ぶからだ。

 こんな小さな子にできて自分たちにできないわけがない、と。俊平と同じようにほとんどのクラスメイトを名前で呼び合うようになった。

 

 クラスメイトたちの結束を強めてくれるのは、なんだかんだで俊平の心配りなのだから。

 

 俊平は赤城のことを雄大くんと呼ぶ。

 しかし、別に友達というわけではない。パシリにはされても、彼のことが嫌い、というわけではなかった。

 

 そんな彼が俊平を死に導こうとしているのをみても、優しい俊平は瞳の奥のその意図を読み取り、やはり嫌いになりきれない。彼が苦渋の決断をしたことがわかってしまったから。

 

 それに、もしこの怪我で命を落とさなかったとしても、漆黒竜(ブラックドラゴン)から逃げおおせられることなど、最弱の俊平ができるはずがなかった

 

「ゆかり、こ………よく、聞いて」

 

 

 俊平は紙風船から空気が漏れるようなかすれた声で、縁子を呼ぶ

 

「なに、なに!? 俊平くん! 死なないで、いやだよ! 早くこっちにきてよぉ!!」

 

 俊平の声を聞いて顔を上げる縁子。

 求めるように俊平の下に駆け寄ろうとするのを、赤城と呼ばれた少年が羽交い絞めにして止める

 

「僕は、もうダメだ。ここから生きて地上に戻れるとは思えない………」

 

「そんなことないよ! わたしが! わたしが俊平君を治すから! だからっ! 早くこっちに来てよぉ!!」

 

 縁子の持つアビリティは<精霊術師>

 火、水、風、土、雷、氷、光、闇属性の精霊を操り、精霊結界を張ったり、仲間に属性の加護を掛け、ステータス上昇させたり、攻撃、防御、支援のすべてに優れたアビリティだ。

 たしかに、縁子ならば光属性の精霊や水属性の精霊の回復魔法を唱えれば今負っている俊平の怪我も治せるだろう。

 だが―――

 

「団長の、ダンさんには、お世話になったって、伝えておいて………」

 

 ズルズルと身体を引きずって、少しでも漆黒竜(ブラックドラゴン)から距離を取ろうとする俊平だが、どういうわけか、前に進めない。

 それもそのはず、漆黒竜(ブラックドラゴン)が俊平の身体を足で押さえているのだ

 

 つまり、縁子が回復魔法を唱えられる射程に、俊平は居ないのだ。

 

「イルシオと………ネマにも、僕と仲良くしてくれて、ありがとうって、兄妹………ゴホッ……ッ仲良く………するんだよって………」

 

「いやだいやだ! いやぁ! そんな最後の言葉みたいなのなんか聞きたくないよぉ!!」

 

「僕が………最後にみんなを、守る………から。うぐっ ぅあああああああああああ!!」

 

 突如足に走る激痛。

 視線を向ければ、漆黒竜(ブラックドラゴン)は俊平の枝のように細い右足を腕で踏み潰し、勢い余ってその細い足を切断していた

 

「いや、いや! いやぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

 吹き出す鮮血。迷宮内を紅く彩るそれは致死量の出血だと物語っていた

 縁子の悲鳴と周囲の悲鳴が大きくなる

 

『緑川―――!!』

『俊平――! うそだろぉ!!』

 

 地面に押さえつけられていた俊平が漆黒竜につまむように持ち上げられ、その口の中に放り投げられる。

 口の中で弄ばれているのをクラスメイト達も視認しているのだ

 

「いぎぃいいあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 牙が食い込み、足を潰され、肺も機能しない。

 この世の終わりを悟らせる絶叫が漆黒竜(ブラックドラゴン)の口内に囚われた俊平から放たれる。

 

 漆黒竜(ブラックドラゴン)に対して大きな火球や氷弾、はたまた風の弾までもが殺到するも、まるで効果をなした様子を見せない

 

 

「ぐぅ、ぅあぁ………つよく………いきて」

 

 

 ボロボロと涙を零しながら、俊平はそう言い残し、漆黒竜(ブラックドラゴン)はそれをあざ笑うかのように、俊平を丸ごと飲み込んだ。

 

 

「俊平くん!! いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 縁子も、涙と鼻水を飛ばしながらなりふり構わず漆黒竜(ブラックドラゴン)に駆け寄ろうとするが、それを赤城が縁子の首筋に手刀を打ち込み、気絶させることで押しとどめた

 

「チッ! 」

 

 赤城は舌打ちをしながら気絶した縁子を肩にかつぐと、漆黒竜(ブラックドラゴン)に背を向けて走り出す

 

「きゃああああああああああああああああ!!!」

「俊平が食われたぞ!! はやく、早く後退しろ!! あいつが来る!!」

「俊平っ………く、嘆いている暇はないぞい! 結界の魔法が使える奴は魔力を全部使ってでもあヤツを止るのじゃ!!」

「くそぉ!! 俺達もいずれああなるんだ! もう嫌だ! 地球に返してくれ!! もうたくさんだ!!」

 

 

 周囲では、クラスメイトの死というものをありありと見せつけられ、恐慌状態に陥ったことにより、生徒会長らの奮闘もむなしく漆黒竜(ブラックドラゴン)からの避難が完了しそうになかった

 

 

「よくも緑川を! 大事なクラスメイトを! 決して許さんぞ!! <リミッター解除> <縮地> <破斬>!!」

 

 

 <聖剣使い>のアビリティを持つ生徒会長、虹色光彦の渾身の一撃が漆黒竜(ブラックドラゴン)を襲い、漆黒竜(ブラックドラゴン)はその攻撃に怯み、鮮血が舞う。さすがは勇者と言ったところだろう、多少の効果はあったようだ。

 

 だが、それでも時間稼ぎとしては不十分だったようで、生徒たちのほとんどがまだ漆黒竜(ブラックドラゴン)の視界の外に逃げ出すには至らなかった。

 

 充分な成果を得られないことに歯噛みする光彦

 

 

 そんなときである。

 突如、漆黒竜(ブラックドラゴン)の腹が赤く光り出したのだ!

 

「これは………まさか緑川の! 全員、結界を張れ!! 全力でだ!!」

 

 生徒会長の叫びに呼応するように、生徒たちが一斉に結界を張ると、漆黒竜(ブラックドラゴン)は、赤く光る腹から急激に膨れはじめる

 

 

『グルル………GYAOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 

 

 なぜか胸を掻き毟りながらもがき苦しむ漆黒竜(ブラックドラゴン)

 だが、無慈悲にも、その腹の中から大爆発が起きる。

 

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!

 

 という爆音が鼓膜を激しく揺らす

 

 爆心地に居た漆黒竜(ブラックドラゴン)の身体は、当然のごとく爆発四散した

 

 爆発の衝撃は、みんなで張った結界をたやすく打ち破り、その衝撃を受けた者たちは例外なく、抗うこともできずにあっさりと吹き飛ばされた

 

 

「ぐうっ………なんて威力だ………コレが緑川の………」

 

 地面に伏せて爆風と爆炎をやり過ごそうとした光彦は、想像を絶する威力の大爆発に思わず息をのむ。

 迷宮の天井は崩壊し、青空が姿を表す。

 

 爆発の影響で、光彦自身も数十メートルほど後ろに流されていたのだ。

 爆風が吹き荒れる中。びちゃり、と光彦のすぐ近くに小さな何かが落ちた。

 

 

「………? なんだ………うっ!?」

 

 落ちてきたそれは、とある生徒の右腕だった。

 くしくもそれは、この世界に来るつい数分前に、クラスメイトでじゃれあって取り合った生徒の体の一部。

 

 その小さな右腕には、焼けて溶けた、キャラクターの腕時計が張りついており、つい数ヶ月前に、彼が縁子に自慢していた物と同種のものであった。

 

 緑川俊平(みどりかわしゅんぺい)

 すべてのステータスで最弱を誇る彼のアビリティは<自爆(ディシンテグレイト)

 

 自らの身体を犠牲にし、相手を確実に屠る一度限りのアビリティである。

 

 その時計は15時25分を指したまま、もう二度と動くことは無かった

 







あとがき



みんなは、どんな物語を見るのが好きかな?
主人公が俺TUEEEするやつ?
歯を食いしばりながら頑張るやつ?

俺はね、主人公がボロボロのゴミクズになった上で泣きっ面踏んだり蹴ったり蜂だったりして地獄に突き落とされる絶望の物語が大好物なんだ。

みんなも好きでしょ? そういうの。
だからこそ、追放系なんてものが流行るのだから。

頂き物の田中


【挿絵表示】


ワイの絵って完全に下位互換やんけ! 
ハラチラ素敵やしアホ毛キュートやしなんなん! こんなん大好きになってまうやろ!

次回予告
【 ■■■ 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

☆☆☆☆☆ → ★★★★☆(謙虚かよ)をお願いします。(できれば星5ほしいよ)


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第25話 ■■■

 

 

 俊平を飲み込んだ漆黒竜(ブラックドラゴン)だが、飲み込まれた俊平によるアビリティ<自爆(ディシンテグレイト)>により、内部から爆発。

 

 その威力は凄まじく、漆黒竜(ブラックドラゴン)の爆散だけには止まらず、迷宮の壁、地面をも巻き込んで崩壊した。

 

「緑川………」

 

 運良く、光彦の近くに落ちてきたその腕を拾い上げる。

 つい先ほどまで生きていた学友。

 

 腕を拾い上げても、その死に実感が沸かない。

 

「ぅおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 ズズン!! と、両の拳を地面に叩きつけるのは、光彦の幼なじみである、松擦(リキ)

 

 

 無口な彼が、涙を流し、叫びながら地面を叩いている。

 

 彼が地に伏しながら睨み付けるのは

 

「………………………!!!!」

 

 肩に縁子をかついでその場からの離脱を試みていた、赤城雄大。

 

 

「あん? ぐべぇあ!!?」

 

 その巨体で、その膂力で、思い切り殴りつけた。

 

「おい、何やってんだよリキ!!」

 

「………! ………!!」

 

 ふーっ、ふーっ! と荒い息を漏らす力。

 雄大が振り落としてしまった縁子を、早風瞬がスライディングで滑り込み抱きとめる。

 

「あ? こいつが俊平を………? マジかよ、最低だな、雄大。」

「けっ、なんとでも言え。全員無事で切り抜けようなんて、虫のいい話だったんだ。」

「だからって、てめぇ、俊平を!!」

「切れるカードを切れる時に切る。それが今回、チビ介だったってだけだ。」

「………っ!!!!」

 

 ドガン!! と、再び雄大を殴るリキ。

 

「………。ゴホッ! 気ぃ済むまで殴ればいいだろ。抵抗はしねえ。田中の異能も効かず、あのクソ野郎と、佐藤を一撃でぶっ飛ばした相手だぞ。俺が役満ぶち当てても勝てる保証はなかった。」

 

「だからと言って、味方を犠牲にするのか!」

 

 そう叫んだのは、光彦であった。

 

 彼の手の中にある、小さな腕を見つけた雄大は、目を逸らす。

 

「これが、君がやった結果だ。君が望んだことだ。満足かい?」

「………うるせぇ」

 

 

 しゅるる、と、遠くの方で上からロープが落ちてきた。

 複数のロープを本結びで固定した、極長のロープだ。

 

「この大穴だ。あんだけのロープを上からたらすのに、こんだけ時間がかかるんだ。あのドラゴンの攻撃を、ずっと防いで、無傷で帰還できると、本気で思っているのかよ?」

「それは………。」

「あのブレスは防げるのか? 爪は、牙は?」

「………。」

「俺は、それを天秤にかけた。チビ介の能力なら、時間を稼げるかもしれない。そう思ったからな。俺がやったことは、許されるとは思っていない。………。悪者は、俺一人でいい。」

 

「………俺は、赤城、君を許せない。」

「そうかよ。勝手にしろ。」

「おい! 喧嘩なんかしてる暇はないぞ! 登れ!!」

 

 団長の言葉に雄大は肩をすくめ、ロープに捕まり、登っていく。

 

 漆黒竜(ブラックドラゴン)が階層を破壊しながらやってきた大穴。

 そして、俊平が自爆したことにより生じた大穴。

 

 そこかしこから、魔物が押し寄せてくる。

 リビディアの置き土産。興奮した魔物たちが、そこで餌を求めてひしめいていた。

 

 クリスタルモンキー、リトルドラゴン、マジックコックローチ。

 ジュエルタランチュラやリザードマンも、新たにこちらに向かってきている

 

 女子は萌の作り出す木につかまって。男子はロープを伝って迷宮からの脱出をしていた。

 そんな時である。

 

 

 ーーーピィイイイイ!!!!

 

 

 突如、不吉な音が再び響く

 

「嘘だろ、まだあいつ生きてんのか!?」

「しぶとすぎだろ!!」

 

 反響する指笛の音は、どこから聞こえるのか、まるでわからない。

 

 光彦と瞬、リキ。雄大は登るのを取りやめて手を離し、地面に着地すると拳を握りしめて構える。

 

『限界よ、限界。もう無理。無理、バツだけど………』

 

「くそ、どこにいやがる!!」

 

 尋ねても、姿を現さないリビディア。

 

『最後に一人くらい、道連れにしてあげるわ』

 

 

 その声と同時に

 

「ぐぶっ!!!?」

「うわあああ!! 響子! 響子、しっかりしろ!!! くそっ! 貴様、何をする!!」

 

 

 空手部大将、光彦の幼なじみである百地瑠々の叫ぶ声。

 

 

「うふふ、あはははは!! 言霊使いは厄介だもの。せめて地獄には一緒に落ちてあげる!!」

 

 トカゲのような魔物の背に跨がり、全身が焼けただれたリビディア。左腕は炭化し、彼女の足はひしゃげている。

 右の目ははとうに光を失い、左の目には執念のみを灯していた。

 彼女の、その爛れた右腕が突き刺すのは、此度のリザードマンの掃討に多大なる尽力をした、白石響子の背。

 

 彼女の胸の中央を貫通し、完全に息の根を止めていた。

 

 魔人は、勇者と同等のステータスを持っている。

 本人の戦闘力は低くとも、魔人というだけで、新米の勇者など一捻りにできるものなのだ。

 

 勇者を一人を道連れにするなど、勇者たちが迷宮からの脱出に向かい、数が減った今、彼女にとってそれはできて当たり前のことだったのかもしれない。

 

 

「貴様、響子から離れろ!!」

 

 瑠々の回し蹴りを避けることもできず、その回し蹴りを側頭部にくらい、魔物の背から転がり落ちるリビディア。

 多少の怪我ならば、言霊使いの仲間であるデリュ―ジョンに癒してもらえたかもしれない。

 だが、いつまでたっても現れない仲間に、リビディアはもう、己の生存はあきらめた。

 デリュ―ジョンも、唯一迷宮に落ちなかった、あの余裕ぶった男に、苦戦しているのかもしれない。そう思った。

 

「あと一人の言霊使いは、無理そうね………!」

 

 もはやうつ伏せに倒れ込んだリビディアには、己の力で立ち上がる気力は残っていなかった。

 明滅する視界。彼女がその視界に映すものは………

 

「<纏気> <剛気> <剛脚>!! うぉおおおおお!!!」

「魔王様………。」

 

 

 ゴギン!! と、骨の砕ける音が聞こえる。

 瑠々が気を纏い、漲らせ、高火力のかかと落としをその頸椎にお見舞いして、リビディアの灯は消えた。

 

 

 

 





あとがき

次回予告
【 有能な人材は早くどっかいくにゃ 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は

評価をお願いします。(できれば星5はほしいよ)


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第26話 樹ー有能な人材ははやくどっかいくにゃ

 地下迷宮の爆発も気になるところだが、俺がいる場所からは地下の様子はうかがえない。

 ほとんど真っ暗だ。

 

「泣き言は全部後で聞く。今はロープとロープを組み合わせてどれだけ長く作れるかだけ考えよう」

「そ………、そうにゃ。手を動かすことが最善にゃ!」

 

 田中も、泣きそうな顔で強がった。

 田中のマジカルステッキに掴まって移動しながらだと詳しいことは聞けないが、だいたいのことは把握する。

 

 俺だってみんなが心配だ。

 俊平が自爆したのではないか、先の大爆発に由衣が巻き込まれているのではないか。心配でたまらない。

 

「消吾!」

「樹か!お前が無事でよかった! そいつは?」

 

 みんなが落ちた場所と、田中たちが上がってきた場所はだいぶ離れていたようだ。

 俺の無事に安心した消吾が俺が雑に運んでいたデリュ―ジョンを見て首をかしげる

 

「こいつは妄語のデリュ―ジョン。敵の幹部だが、なんかうまいことわーってやって倒した」

「雑だがすごくナイスな事をやったんだと思う。このロープでそいつふん縛っておけ」

「りょ」

 

 投げられたテント用のロープを受け取り、ひとまずデリュ―ジョンを、その、なんだ。

 エロい縛り方をネットで調べたことがあったから、手首と足首をそれぞれ縛った。

 

 別に亀甲縛りとかじゃないぞ。手足の縛り方が書いてあったから参考にしただけだ!

 

 とはいえ、こいつが目が覚めたら、今度こそテレポートか縛られてないとか言って縄抜けしそうなんだよな。

 さすがに気絶までさせりゃ能力も解除させられるだろうし、力が尽きれば能力も使用できない。

 出来る限り目を離さないでおきたい。

 というわけで

 

「木にロープ括り付けるんだろ。こいつに地獄見せたいから、木と一緒にこいつも括り付けとこうぜ。」

「うわ、みんなそれをつかんで登るにゃ。樹にゃんはやっぱり鬼畜にゃ!」

 

 消吾が次元収納(アイテムボックス)から木にふた結びでロープを括り付けようとしていたし、それ使って縛ればロープの節約も出来る。

 一石二鳥だ。

 

 木に括り付けるやり方は、遠征の前に騎士団の講習で教わっていた。

 これが出来るようになるまで、数十回は練習したから、問題ない。

 

 正直、ロープの括り付け方なんて初めて習ったが、バカにならんほど為になる情報だった。

 

 ロープをちゃんと木の根元に括り付けるんだが、そこにデリュ―ジョンを配置。

 上の方に括り付けられたら、てこの原理で木の根元からごっそり抜けちまうからな。

 とはいえ、デリュ―ジョンがつぶれてしまうかもしれないが、もうどうでもいいか

 

「樹はよく死ななかったな」

「死なねえよ、俺は。無敵だからな。消吾、田中。地下までの目算距離は?」

「だいたい300m超えないくらいにゃ!」

「俺もそれくらいだったと思う。」

 

 めっちゃ深いな。落とし穴ってレベルじゃねーぞ

 消吾が次元収納(アイテムボックス)から出したロープを複合し、長いロープを作成する。

 

 クラスメイト全員の、テント作成用と消吾が持っていたロープで、合計2本くらいは地下までおろせるかも知らないが、時間が足りないな。

 俊平が自爆した可能性が高い今、俺だって本当は飛び込みたい気持ちを抑えて、それでもみんなが助かるために、ロープの合成に励んでいるのだから。

 全体を地下から持ち上げるような能力を持っていないことが、こうももどかしいとは。

 

 俊平のおかげでドラゴンを倒したとしても、デリュージョンの仲間の、邪淫の方、名前忘れたが、あいつが呼び寄せた魔物が押し寄せている現在、急いでロープを作らないといけないんだ。

 

 田中は兵士コスの時に結び方を体感して手に入れていたのか、スイスイとロープを組み合わせていく。

 技能をいただくって、本当にすごいよな。ステータスに含まれない項目をバシバシ増やせる田中って、マジやばい能力だと思う。

 

 30mのロープを10個も組み合わせれば、だいたい300mくらいのロープにはなる。

 消吾を荷物置きがわりにしていてよかった。

 そうじゃないと、こんなに物資が揃っているわけがないもんな。

 

 なんとか完成したそのロープを、迷宮に向かって放り投げる。もう一個くらい作れそうだな。

 

 急いで次のロープの端と端を本結びでつないで300mものロングなロープを作成していると、大きな木が迷宮の方から現れた。

 

「おーい、田中ー、消吾ー! あ、樹もいるじゃん おひさー!」

 

 それに乗って現れたのが、

 

「おひさーヒロミ。真澄と美香とケモナーと美緒も一緒か。こりゃあ助かる」

 

 おそらく園芸好きの裏番長。花咲萌の能力で成長させられた木に乗ってここまできたのだと思う。

 花咲萌のアビリティ<緑の支配者(グリーンルーラー)> 緑の勇者。

 それは植物を操り支配する能力。

 スキルと魔力による急速成長で、迷宮から300mも高いこの場所まで木を伸ばしたのだろう。

 飛べる田中よりは脱出速度が落ちるが、複数を運べるとなるとそれはもう一長一短だ。

 

「ロープ作ってるの? 手伝いますぅ! ね、美香ちゃん!」

「………うん、作る。みんなを助けないと」

「二郎三郎、みんなを守って………! あとで迎えにいくからね………! って、樹は私のこと名前で呼ばないよね!」

「気兼ねなく本を読むためにはみんなが助からないといけないもの」

 

 

 どうやらロープ作りを手伝ってもらえそうだ。

 

「樹にゃんはさっさと行くにゃ。人手が足りるなら、ここは田中がまとめるから、有能な人材はさっさと動かすにかぎるにゃ」

「助かる。」

 

 登るのはダルイが降りるのは一瞬だ。田中の計らいにより、俺はこの場からの離脱をして、迷宮に飛び込むことにする。

 

 俺が迷宮にダイブすると、後ろの方で悲鳴が上がったが、そんなことを気にしている余裕が今の俺には全くない。

 

 

 

          ☆

 

 

 俺が地の底で見た光景は、 背中から胸を貫かれる声楽部の白石響子。

 

 

 貫いていたそれをかかと落としで粉砕していた百地瑠々の姿。

 

 

 先の大爆発の影響か、魔物の姿は少ないものの、押し寄せてきていることはわかる。

 

「【浮遊(フロート)】」

 

 落下速度をギリギリで落としてザンッ!! と着地をすると

 

 

「タツル! 無事だったのか!」

 

 団長のダンさんが声を弾ませた。

 だが、それにかまっていられる暇はなさそうだ。

 

 

「佐之助!」

「おう! 佐藤はあっちだっぜぃ!」

 

 俺が佐之助を呼べば、なんか宝石みたいなクモにハンマーを叩きつけてかち割っていた佐之助が、瓦礫を指差していた。

 

 ブレスが壁に当たって崩れたのだろう。

 

「助かる、あと、念のため、探知は切らすな。俊平につけてたマーキングはどうなっている?」

 

 佐之助のアビリティ<探知(サーチ)>は、周囲一帯の地形の把握と、特定の個人のマーキング。

 

 マーキングした相手は、どこにいるのか、わかるようになる。

 

 以前、佐之助が中庭でおままごとをしている俊平を見つけたのも、この能力だったそうだ

 

「………反応は弱いが、俊平はギリギリ生きている。たぶん、俊平が禁書庫で見つけた【通魔活性】のおかげだっぜぃ」

 

 通魔活性は、魔力を血液やリンパの流れに乗せて、通力の流れを自由に操作できるようになる技術。

 

 全身から爆発するところを、おそらく、体の一部に限定して自爆したのかもしれない。

 

「どこにいるか、わかるか?」

「………。壁の中を移動中。周囲にジュエルスパイダーが周囲に大量にいる。食料として連れて行かれているのかもしれない」

 

 それもまた、ちいさな俊平にしか通れないルートなのかもしれないな。

 

 俊平が本当にギリギリで生きていることがわかった。

 しかし、自爆の能力を使ったのだから、それなりの被害を自らに被っているはずだ。

 

 生きてはいるかもしれないが、無事ではない。

 

 そういうことなのだろう。俺は息を深く吐いた。

 

 

「青竜剣術・流星(りゅうせい)

 

 俺は緑竜に叩き込まれた剣術で、ぬるりと相手の急所を撫でるように切る。

 

 斬りながら移動する。軍勢と移動に特化した剣術だ。

 

 

 襲いくるリザードマンを切り殺し、宝石みたいなタランチュラを剣の柄で叩き割り、手が水晶みたいになっている猿の首を刎ねた。

 

「由依!!」

 

 

瓦礫にたどり着くと、敵を切り飛ばしながら【浮遊】の魔法をかけて瓦礫をどかしていく。

 

 

「………手伝うぞい」

「妙子………」

「俺っちも。………」

 

 妙子と佐之助が瓦礫の撤去を手伝ってくれた。

 

 

「何をしている! 魔物が大量に押し寄せてきているのだぞ!みんな撤退しているんだ、お前たちも戻れ! それに、ブレスの直撃を受けたユイはもう………!」

「あんたが由依の最期を決めんな!! 由依は生きてる!!」 

 

 思わず、団長に怒鳴ってしまう。

 

「………タッチ」

「………? どうした、ユウコ」

 

 

 感染系女子である荒川優子が、団長の肩に触れた。

 

「………。由依を助けたい気持ち。伝染(うつ)したわ」

 

 粋なことをしてくれる。

 

 

「………。響子はもう戻らないけど、由依が生きてる可能性もあるんでしょう?」

 

「………、わかった。この場に残る全員に告げる! あの瓦礫の撤去が終わるまで魔物たちを食い止めろ!!」

 

「「「 はい!! 」」」

 

 この場に残る生徒は少ない。

 

 それでも、地下の迷宮に残った男子生徒たちは、魔物を食い止め、瓦礫の撤去を手伝ってくれた。

 

 

 

 そして、しばらく撤去が続くと、細い指が見えた。

 

 指の次は手首。ひじと見えてくる。

 

「大丈夫。脈はあるぞい」

 

 

 

 その手首に指を当てて脈を測った妙子。

 

 

「よかった………」

 

 生きているとわかってほっとし、俺は思わず由依の手を掴んだ。

 

 

 

 その瞬間。俺の意識は途絶えた。

 

 

 

 




次回予告
【 夢幻牢獄2 前編 】

お楽しみに


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第27話 由依ー夢幻牢獄2 前編

 

ぺけぽこぽんぽん♪ ぺけぽこぽんぽん♪

 

 

ガシッ!

 

 

「………また、この夢か。いや、現実?」

 

 

 目が覚めると、早速違和感に気付いた。

 

 私は、先程まで異世界で戦っていた。

 瓦礫に埋まって気絶したと思う。

 

 その状態でここにいる。

 本体だか精神体だかはわからないが、向こうの私はまだがれきに埋まっているのだとしたら、危険な状態だと思う。

 もしくは、死んだ? 私が気絶している間に死んだから戻ってこれた?

 現状は不明だ。

 

 あのドラゴンをどうにかできるのは、現状だと可能性があるのはチンピラ赤信号かなんか素敵な友情の力とかで限界を超える光彦くんか、自滅覚悟の俊平ちゃん。言霊使いのキョーコやタロウ。

 もしくは存在を消滅できるタナカちゃんだろうか。

 

 とはいえ、私を一撃でぶっ飛ばせるレベルともなると、存在の恪が違いすぎる。

 まだ、私自身の能力がけた外れにインフレしているわけではない、というのもあるが、あれをどうにかできる能力を持っていない、というのもある。

 瞬時には発動できないけど強力な結界を張れば大丈夫だったかもしれないなぁ。

 

 異世界転移した初日に見た夢。

 あの日に見た異様な現実の光景。

 

 タツルやタナカちゃん、タエコちゃんと打ち合わせを行い、次にこの世界に来た時にしないといけない事は頭に入れてある。

 

 第一。

 

「今日の日付………転移してから2日目。向こうで過ごした時間は関係なく、この世界にくると1日過ぎるってことかな。むしろこの辺はいつも通りだなー。」

 

 第二。

 

『お掛けになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていない為』

 

 タツルに電話を掛けてみるもつながらず

 

 第三。

 

『もしもしにゃー』

 

「おはようカノンちゃん』

 

『由衣にゃんから田中に電話とは珍しいにゃん♪ 今日は槍がふるにゃん!』

 

 会話終了。

 

 田中押しが弱い。

 

 

 第四。

 

 髪を梳かして制服に着替えると、お母さんから「ごはーん!」との呼び声。

 

「おはよう、お母さん」

「おはよう由衣。」

 

 リビングに入ると、焼き鮭と納豆ご飯と目玉ベーコン焼き。あと味噌汁だ。

 足りないビタミンと食物繊維はサプリで勝手に取ってという、いたって普通のいつも通りの朝ごはん。

 

「お母さん、昨日の私、何してた?」

 

「昨日って、そうねぇ………。なんか朝はすっごく慌ててお隣のかよちゃん(タツルのお母さん)の家に突撃してたけど………ああ、帰ってからはいつもより口数が少なかったかしら? うん。とか、わかった。とか、そう。とかしか言わないの。ちょっと不気味だったわね。どこか上の空ってかんじ?」

 

 やっぱり、私も他の子たちと同じように、学校生活を普段通りに送るだけの人形になっているんだ。

 じゃあ、私の意識がない間に、私の肉体を動かしているのは、誰なんだろう?

 

「なるほど、ありがとう。多分、今日もそんな風になって帰ってくると思う」

 

「なに、いじめられてるの? そうだったら今夜、お母さんが矢沢先生の所に日本酒持って突撃するけど?」

 

「いいよ。そんなことしないでも。モンペじゃん。納得できる状況だけどさ。今、私たちのクラス、不思議な出来事に巻き込まれてるから、皆上の空なんだ」

 

「ああ、いつだったか由衣が見たっていう、冒険の夢とか? みんなも同じの見ちゃってるとか!」

 

「………すごいね、当たってる」

 

「やだうっそ! 本当に? みんなが同じ夢見てるってすごいわね!」

 

 まさかお母さんが適当言ったことがズバリ的中しているとは。

 

「まぁ別に隠してるわけじゃないから言うんだけど、日付的に一昨日の朝? HR中にクラスメイト達皆異世界に召喚されちゃったわけ」

「ほむほむ。 あ、ちょっと待って。ボイレコボイレコ」

 

 スマホの録音機能で録音を開始するお母さん。

 なんだかお母さんは興味津々といった顔で両肘をテーブルについて両手を組み、そこに顎を乗せる。

 私がほむほむ言うのって、お母さんの遺伝なんだろうね。

 

「それで? HRの最中に異世界に召喚されて、どうなったの?」

「召喚された日の夜、異世界で寝たら、昨日の朝ここで目が覚めたの。でも、おそらくみんな登校してて、みんな上の空なの。」

 

「ふーん。その話に矛盾点があるんだけど、クラスメイト全員が異世界に召喚されて、じゃあどうして由衣はこんな話ができるの? どうしてここにいるの? 今の話は妄想?」

 

 お母さんは、俗にいうアニメオタク。

 わたしはお母さんの影響で漫画やアニメやなろうを読むようになったといえる。

 だから、一緒に見たアニメの設定なんかで盛り上がる事が出来る。

 

 だからこそ、今私が言っていることに自分の推測と考察をまぜて、矛盾点などを指摘してくれるの。

 

「召喚されたってのも精神だけで、私が夢の中でで世界を渡る能力だからだと思う。それで、向こうにいる友達と推測したんだけど、昨日の朝、私が一度この世界に戻ってきたときに、皆が上の空だという事を話して、そしたら………みんな、夢を見ている状態なんじゃないかってなったの。」

 

「なるほど。みんな夢を見ている状態だから、上の空で、精神だけ異世界を旅しているのかもしれない、と。」

 

 お母さんはワクワクしながら指を組んでニコニコと私を見つめる。

 

「そう。それで今は私だけが戻ってきてる状態かな? いま、その世界で私、気絶してるか死んでるか分からない状態だから。いつも異世界に行く夢を見るのと、逆の状態で、まさに今、夢を見ている状態なんだと思う」

 

「なるほど。次の矛盾点は、皆が夢を見ている間に、体を動かしているのはだれ?」

 

 ピッと指を立てるお母さん。

 

「それは、わからない」

 

 私がそう答えると、立てた指をシュっと私に向け

 

「はいガバー。設定が緩いんだよ由衣。本当に今はまだ分からないだけかもしれないけれど、その世界の世界観がまだ全然つかめないから何とも言えないね。ただ、その世界に神様らしきものがいるなら、それが操ってあげているのかもしれないわね。そういう作品死ぬほど見たし。」

 

 設定のガバを指摘された。

 そのガバを埋める設定も一緒に言われたけど………。 

 

「………。神様が住まう空中大陸があるらしい。私たちを召還したのも現地人が神様の力を借りて私たちを召還したらしいし」

 

「………それじゃん。召喚された目的はあるだろうけれど、最終目標はその空中大陸だね。ごめん、ガバってなかったわ。………とはいえ娘の身体を弄ばれるのは良い気がしないな」

 

「だから、もしかしたら帰ってくる頃にはまた私が上の空になっているか、今日布団に入ったらまた異世界に行くかも。みんな学校生活を送る最低限度の返事とかしかしないから、そろそろ噂になっててもおかしくないかも。」

 

「なるほどね。ママ友ネットでお母さんも調べてみる事にするわ」

 

「………ありがとう」

 

「あ、帰ってくる頃にはその世界の設定と、魔法と、クラスメイト皆の能力を書き出しといて」

「あ、はい」

 

 能力の考察を行うつもりだな?

 

「他、確かめたい事は?」

 

 確かめたい事、あ、そうだ。

 

「お母さん、タツルって覚えてる? 隣の鈴木さんちの一人息子。」

 

「あら、タツルって………誰だったかしら」

 

 やはりお母さんもタツルの記憶が抜け落ちている。

 子供のころは互いの部屋でよくお泊り会とかしていたというのに。

 

「私の幼馴染のタツルも一緒に異世界に行っている。お母さんもミーム汚染に巻き込まれているよ。昨日朝は、それで慌てて隣の家に行ったんだから」

 

「………由衣の妄想の友達じゃ?」

「………。部屋はそのまま残っているのに、存在とみんなの記憶だけ抜け落ちるのが妄想?」

「………ごめん、今のは忘れて」

 

 

 異世界に皆が行っている中、現実世界にも心強い協力者が………いや、楽しんでるだけかもしれない。

 それでも、相談には乗ってもらおう。

 

 

 




次回予告
【 夢幻牢獄2 後編 】

お楽しみに


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第28話 由依ー夢幻牢獄2 後編

 

教室に到着した。

 

「おはよー由依ちゃん。」

 

 

「おはよー、シノちゃん」

 

 

 予想通り、無機質な挨拶。

 この世界がおかしいのではなく、現実にいるみんながおかしい。

 

「全然話し声が聞こえない………」

 

 自分の教室の人間は本当に最低限度の挨拶をするだけ。

 

「ええっと、タエコちゃんは………………?」

 

 

 またこの世界にきた時にするべきこと。

 

 タエコちゃんの存在の確認。

 

 教室を見渡しても、タツルはいないし、タエコちゃんもいない。

 

 

「タエコちゃんの言った通りだ」

 

 

 タエコちゃんは、精神だけこの世界にきている状態であれば、学校に姿を見せないのではないか? と推測を立てていた。

 

 学校生活を普通に送るようにプログラムされた人形ではなく、

 精神だけ抜き取られたタエコちゃんは、複雑な技術を要する妖術で人に化けることができない。

 

 NPCのような人間を作るプログラムだか操作だかは知らないが、人に化けているタヌキであるタエコちゃんにはそれだけでは足りないのだろう。

 

「おはよー! おはよー! おはよーさーん! みんなどんな夢見た? あたしはみんなとひと月以上異世界に行く夢をみたよー?」

 

 と、そこで現れたのは他のみんなとは違うテンションで現れた白石響子(キョーコ)

 

「おはYO響子」

 

「あれあれ? どうした太郎、なんだかキレが悪いぞ太郎。お前さんはあたしの夢の中でもキレキレのラップを披露してカッコよくチェケラしていたぞ太郎!」

 

「おはYO響子」

 

「どうしたんだよ太郎、貴様壊れたラジオか?」

 

「俺も俺も」

 

「おっと、鉄太! 貴様は今何に便乗しているんだい?」

 

「俺も俺も」

 

「なんか言ってよ………鉄太………」

 

「俺は誰だ?」

 

「いつもと変わらないお前は誰なんだよぉ………………! いつもと変わらない俺は誰だにちょっとホッとした自分がいるよぉ………! 帰ってこれたんじゃないのかよ………………! なんでみんな、そんな変な感じなんだよ………!」

 

 

 クラスメイトに話しかけては絶望する響子

 

「あたしはいったい、どこに迷い込んだんだ………?」

 

 

 

 明らかにおかしい。

 このクラスメイトみんなの自我がないような世界で、キョーコが初めて自我を持っている。

 

 

 私がキョーコに話しかけようとしたところで、私のスマホがテンテケテケテケ♪と音を鳴らした。

 

 

 画面に表示された名前を見て、私は慌てて電話に出る。

 

 

「タツル!!」

『おー、由依。今どの辺?』

「学校! すぐに来て!」

『り。待ってろ。超特急で向かう。』

 

 

 タツルだ、タツルがこの世界にいる!!

 私が目覚めた時にはいなかったけど、おそらく時差がある。

 

 タツルが気絶したのか眠っているのかはわからないけれど、タツルが来てくれた。

 

 この、気持ちの悪い世界に。

 

 

「由依!? 由依はフツーだ。いつもの由依だ! ねえ、ねえ! みんなどうしたの? みんなはなんで上の空なの!? あたしがおかしくなっちゃったの!?」

 

 

 私の電話を聞いた響子が私に話しかけてくる

 

 

「キョーコ。キョーコは昨日何してたかわかる?」

「昨日、昨日は確か、えっと、修学旅行の自由時間の班決めで、たしか俊平ちゃんを取り合って………そしたら」

「よく聞いて、それこの世界だとおとといの話だよ。記憶が混濁するのもわかる。夢から覚めたんだよ。みんなが異世界に召喚されてから2日目。 異世界に召喚されてからしばらくたったけど、時間の進み方がめちゃくちゃで向こうで何日過ごしても、こっちでは数日だけしか動いてない」

 

「由依、なんで、あたしの夢の話がわかるの?」

 

 不安そうに聞く響子。

 

「みんな一緒に異世界に行ったからだよ。」

 

 

 安心させるようにそう答えた。

 その時だ。

 

「待たせた、由依!!」

 

 タツルが廊下から走ってこの教室に飛び込んできた。

 いくらなんでも早すぎる。

 近くにいたのかな?

 

「おはよー樹」

「おはよー」

 

 佐之助が無機質な挨拶を行ってタツルを迎え入れるが

 

「なるほど、たしかにみんな人形みたいだな。挨拶を返すプログラミングされた生き物だ。」

 

「樹!? 樹も普通だ、よかった………みんながおかしくなっていたわけじゃないんだ………!」

 

「響子か。お前があの世界で見た最後の光景ってどんなだ?」

 

「えっと、樹も同じ夢を見たってことだよね………? 迷宮から脱出するために瑠々やさくらと固まってたんだけど、突然背中から胸に激痛が走って、胸から手が生えてた気がする………」

 

「リビディアに殺された時のものだな。となるとやはり、向こうの世界からの脱出に必要なのは、向こうの世界で死ぬこと。」

 

「えええええ!!? キョーコ死んじゃったの!? 私が気絶している間にいったいなにがあったの!?」

 

「ええー! やっぱりあの時、私死んだんだ! 最悪だ、きっと著作権となろう規約に殺されたんだ! 替え歌なんか歌ってるからだ! うぁーーーーーん!!!」

 

 泣くところそこなんだ!

 

「こんなことなら雛祭りの歌とか正月の歌とかでドカンと一発アフロ頭にしたり餅喉に詰まらせてオンボロ救急車でピーポーさせてやったりすればよかった!」

 

 後悔するところもそこなんだ!!

 

「由依、響子。説明してくれ。みんなが亀裂に落ちてから、何があった?」

 

 

 

 

 

          ☆

 

 

「なるほどね、それで由依はドラゴンに吹き飛ばされて気絶を」

 

「うん。だから私が覚えているのはここまで。」

 

「なるほど。安心しろ。由依はまだ生きている。たぶん、由依は夢を見ている状態なんだと思う。みんなで瓦礫から由依を発掘したところだ。」

「発掘て」

 

 タツルらしい表現に、クスリと笑みが漏れる。

 絶望的にならないような配慮だったんだと思う。

 

「響子、続きを」

 

「うん。赤城くんに蹴り飛ばされた俊平ちゃんが漆黒竜に食べられちゃって、そしたら急にあの竜が爆発して………………ねえ、あれって………………?」

「ああ、俊平のアビリティである<自爆(ディシンテグレイト)>だろうな」

「やっぱり………。そのあと、押し寄せてきた魔物から逃げようとしてたら、後ろからこう、ぐっさりと」

 

 胸を抑えるキョーコ。

 

「ぐっさりと言う割には貫通していたけどな」

「痛かったなぁ………。」

 

 ひとまず、タツルがいない間に何があったのかは把握してくれた。

 

 

「樹はなにしてたの? 一人だけ亀裂から避けたみたいだけど」

 

「ああ。お前らが邪淫のリビディアと戦っていたのと同じで、俺は俺で妄語のデリュージョンってのと戦ってた。響子と同じ言霊使いの厄介なやつ。頭が弱かったから倒せたけど、傷つけてもすぐに治されたし、剣でも魔法でも音でも傷がつかんくなるし、アビリティの封印のしかたがわからなかったら詰んでたまである。」

 

「うへぇ、タツルよく倒せたねそれ。やっぱり言霊使いって反則級だわ」

 

「そんで、みんなを逃すために先行した田中と合流して、ロープを垂らした後、人員も揃ってきたところで俺が迷宮に飛び込んで由依を助けに来たってところだ」

 

「うっは、イケメンムーブかよー」

 

 なんてタツルを笑い飛ばしてやるが、顔が熱いぜ………ああ、熱い熱い。

 

「イケメンだろ?」

「自惚れんなし」

 

 ゴスっと肘打ちしてやった。

 

 

「ところで、あたしは死んだからこの世界に戻ってこれたんでしょ?」

「ああ。そうなるな」

「竜の中で自爆した俊平ちゃんは?」

「俊平は………あそこだな」

 

 

「おはよー雄大くん」

「ああ」

「おはよー光彦くん」

「ああ、おはよう緑川」

 

 

 登校してきたクラスメイトたちに挨拶を繰り返すマシーンになっている。

 

「不気味なまんまだね。ってことは、俊平ちゃんはまだ向こうの世界で生きているってこと? あの爆発で!? あたしが死亡者の第一村人ってこと?」

 

「まあ、そういうことになるな。」

 

「まじかー! あれ? だったら、由依と樹はどうしてここにいいるの? 二人とも死んだってわけじゃないんでしょ? 話ぶりから察するにさ」

 

 ショックを受けつつも冷静な思考で私とタツルを見たキョーコ。

 

「キョーコ、私と樹のアビリティって覚えてる?」

 

「ええ? 確か夢を見る能力だって言ってたよね?」 

 

「うん。だから、私は向こうの世界で夢を見ている状態だと思う。そう長くは話せないかも」

 

「そう、なんだ………。あたし一人だけのクラスなんて、ちょっと耐えられないな………。」

 

 

「俺の方は、瓦礫に埋もれた由依の捜索をしていたところで、ゆいに触れた瞬間にこの世界にきていた。なんか俺の夢現回廊と由依の夢幻牢獄との回路がうまいことつながったのかもしれない。同じ系統の能力だし。」

 

「そんなことがあったんだ………。でも二人が戻ってこれたのって、やっぱり夢だからでしょ? 他の子たちはあの世界で死んじゃったりしたら、戻れるってことにならない?」

 

「そうだね。死んじゃったりしたら、たぶん、この世界に戻ってこれると思う。」

 

 と、推測ではあるがそう答えた。

 キョーコが死んで、この世界での意識を取り戻した、ということは、つまりそう言うことだと思う。

 

「だったら、向こうの世界でクラスメイトと先生を皆殺しにすれば!」

 

「こっちで目が覚めた時にめちゃくちゃ険悪になりそうだな………」

 

「うがぁあああああ!!! ごめん、私最低なこと言ってる! 死んでこの世界で目を覚ました私からすれば、みんな早く死んでよと言いたい。でも、ぅううううう!!!!」

 

 あの夢幻牢獄からの脱出条件は、死ぬこと。

 だからといって、それが本当だと今異世界で生きているみんなが信じる訳が無い。

 全力で抵抗されるだろう。

 

 死ねば解放されるというこのクラス転移の条件が加わっても、当事者にとっては状況は最悪であることは変わりない。

 

 私ならば、そんな話は到底受け入れられないし、信じられない。

 説得は不可能だろう。

 

 タエコちゃんも、話せば判断の材料にはするだろうが、信じることは絶対にない。

 それが情報屋だから。

 

 死ねば解放………。それをどうやって信じさせるか………。

 

 

 

 

 





次回予告
【 夢現回廊1 前編 】

お楽しみに


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第29話 樹ー夢現回廊1 前編

 

 数分前。

 異世界で結衣の手を握った瞬間に、俺の意識が途切れた。

 

 

「………は?」

 

 

そして、俺が『出現』したのは、自室だった。

服は兵隊服。向こうの世界に生身で行ったから、向こうの世界の服でこっちに出現したってことか。

 

いつものような寝起きではなく、漫画や筋トレ器具にかこまれた、いつもの自室に立っていた。

俺は、あの世界で由依が埋まっている瓦礫をどかしていて、由依に手を触れたら急に意識が………。

 

「ってことは、ここは由依の夢か。もしかして由依が初日に見たっていう例の夢ってことかな。」

 

 

日付は、俺たちが転移してから2日目。

 

間の1日の記憶がないってのは初めてのパターンだな。

 

由依の話からすれば、その間、俺は存在しなかったことになる。

 

 

「スマホの充電が切れてる………。向こうでずっと使ってたからか………。」

 

 ひとまず、少しだけでも充電してみるか。

 

目覚まし時計をみると、時間帯は、学校には普通に歩いて行ったら遅刻するくらいの時間だな。

 

きっと、由依が気絶したタイミングと時差があるからだろう。

 

ひとまず制服に着替えてリビングに行くことにする。

 

 

「おはよう、母さん」

 

「おはって………あ、あ、樹!! そうだ樹だ!! なんで母さんあんたのことを忘れて………」

 

「昨日の朝、由依が来たんだろう?」

 

「来たよ。あんたの部屋にズカズカと。あの時は非常識なって思ったけど、息子の存在を忘れていた母さんの方がよほど非常識じゃないか! 樹、何があった? 昨日はどうしていた? なんで母さんは樹のことを忘れてしまったんだ?」

 

 

「………話せば長くなるけど、今、俺のクラスで奇妙なことが起きている。みんな異世界に召喚されたんだ。昨日は一時的に由依がこの世界に戻ってきたけど、俺がいなくなっている間、みんなから俺の記憶が無くなってしまうみたいだ。」

 

「なんだって!? じゃあ、赤城さんちの雄大くんとか、青葉さんちの徹くんとか、黄島さんちの蓮くんとかもって、そっちはわすれてないわね………どうなってるの?」

 

なんでチンピラ信号機なんだとツッコミしたいがまあいいや。

 

 

「俺もわかんない。わかんないけど、俺が異世界に行ってる間、みんなの記憶から俺の存在がなくなってしまうみたいなんだ」

「でも、もう帰ってきたから大丈夫ってことでいいんだよね?」

「いや、たぶんまた異世界に行くことになる。俺の意思とは関係なしに」

「マジかー………。そんなのってある? 息子のこと忘れるとか、母親失格だよ………」

 

 ちょいちょいと俺を手招きしたかと思うと、そのまま母さんに抱きしめられた。

 

「ひとまず息子のことは忘れないようにいま魂に刻んでおいたから。」

 

 何言ってんだ。

 

「だったら冷蔵庫にでも俺の子供の頃の写真でも貼っといてくれよ。母さんと一緒に写ってるやつ。息子って付箋でも貼ってさ。忘れないようにさ」

「………。そうするよ。また異世界に行くことになるんでしょ。今日はここで何しにきたの?」

「………由依を助けに来た。」

「よし、男だ。行ってこい! 朝食は作ってないけど、食パンでも咥えていって由依ちゃんとぶつかってこい!」

「いつの時代の少女漫画だよ。ってか俺がパン食べてんのね」

 

 バシッと背中を押されてトーストされていないパンを渡され、そのまま家を出る。

 

 

 

 家を出るとすぐに隣の家に。

時間帯的には由依はいないだろうが、念のため。

 

ーピンポーン

 

「はーい、って樹じゃん! はー、噂をすれば。さっき由依から聞いてたけど、確かに私ミーム汚染に侵されていたわ」

「おばさん、気づいてたんだ。」

 

 どうやら由依も自分の母親に自分たちの現状を知らせていたらしい。

 

「由依に樹のこと忘れられてマジギレされたからね。妄想の幼なじみなんてひどいことを言ったボイレコも残ってる。こりゃあマジだわ。樹と由依はいま異世界でクラスメイトたちとなんかやってるんだろ? 由依はもう学校に向かったよ。行ってきな。あたしもそろそろパートに行かないと遅刻だから。由依を元気付けてやってくれ」

「はい。行ってきます」

 

 おばさんには由依の現状の説明は不要みたいだな。

 

 ならば、あとは由依に追いつくのみ。

 由依の話だと、夢の中とはいえ、この世界では魔法やスキルが使えないって聞いたけど、どうなっているのかな

 

 

「………。は? 火が出るやん」

 

 ボッと指先にライター程度の灯した。

 

 今までは、現実世界でこんなことはなかった。

 

 いや、夢の中だからか? それとも、あの異世界召喚で俺の肉体自体に変化が生じて、夢と現がごっちゃになって、現実世界の方でも魔法とか使えるようになっちゃったってえことか?

 

 あっちの世界………名前、なんだっけ? あ、あ、あら、あり、ある、アルカディアか。聞き流してたから忘れてたわ。でも夢の能力の引継ぎはあったし、引き継がれてもステータスへの引継ぎはレベル以外はいっさいなかった。

 これは………俺の体がバグり始めている、と考えた方がいいか?

 

 試してみたが、異世界転移以前の能力は使えそうにないな。

 

 ひとまずはこっちの世界でもなんかいろいろできそうって程度だと思っておこう。

 

「とりあえず、優先は由依だな。」

 

 俺は由依に電話しながら、中学校までの直線ルートをダッシュで駆け抜けた。

 多分、時間にして30秒から1分くらいだったと思う。

 肉体の強化も入ってるのか。やばたん。

 

 

 

          ☆

 

 

 由依と合流し情報の交換を終えた。

 

 異世界転移して、由依が見た初日の夢から推測し、できうる世界からの脱出で、最も楽観的な脱出タイプだったと思う。

 脱出条件は死ぬこと。

 

 そう難しいことはないが、本人にとっては補償のない自殺などやりたくないのは当然だ。

 

 響子は自殺したわけではないが、敵の幹部に不意打ちで殺されてしまった。

 夢と幻のアルカディアで殺されると、現実の世界に戻ってくる。

 

 

 みんなに俺たちが見た夢を説明しても、信じてもらえるとは到底思えない。

 

 だが、伝えないという選択肢もない。

 希望くらいはあったっていいと思う。

 

 みんなの精神衛生上も、すこしはマシになるかもしれないからな。

 

 

 

「さて、次はどうする? この世界に黒幕がいると思う?」

 

 俺がそう問えば

 

「いや、うちのお母さんとも情報の考察を行ったんだけど、黒幕は向こうの世界の神様だと思う」

 

「だよな。じゃあやっぱり、魔王とやらを倒して、神様にお願いして元の世界に帰してもらうか、向こうの世界で殺されるかの二択。死ねばこの世界に戻れるとしても俺はいやだし、多分俺は(うつつ)の肉体で、生身で向こうの世界にいるから、俺だけはどうしても魔王を倒す必要があると思う。俺が死ぬのはバツだ。」

 

「バツって………なんか女魔人リビディアの喋り方みたい」

「確かに」

 

 ふふっ、と共通の夢の話題で響子と由依も笑い合う。

 

「でも、そう考えると、やっぱりタツルが主人公だよね?」

「夢幻の世界と現実を行き来するのは主人公の特権だ。たぶん、俺も主人公なんだろう。」

「ふーん。じゃあ樹が主人公だとしたら、ヒロインは誰よって話は………。無意味ね」

 

 下唇に手を当てて砂糖でも吐きそうな顔をする響子。

 

「だろうな。由依一択だろ」

「ふはー! 恥ずかしげもなくいいおるわこのタツル!」

 

 ゲシゲシと恥ずかしそうに笑いながら肘鉄食らわせられる。いて、いてて。

 

「………。でも、物語としてみるならば、やはり主人公は俊平だと思う」

 

 俺がそういうと

 

「………ほぇ? 俊平ちゃんが? 光彦くんじゃないの?」

 

 響子はキョトンと首を捻った。

 

「自爆という明らかにヤバイ能力。初日に王子と友達になるコミュ力。」

「禁書庫に忍び込むイベント力。それに、私は見ていないけれど、自爆をしても生きていられるご都合主義的なまでの豪運。どれをとってしても、主人公としての素質があるのは俊平という結果になる」

「次点で俺だな。敵幹部撃破してるし。」

「ほえー、なんか私らが必死こいて異世界で生活してたのに、由依と樹はそんなこと考えて異世界にで過ごしてたんだー。」

 

 白い目で響子に見られたが、こればっかりはな。

 

「俺たちの能力は夢の異世界で冒険したり物語進めたりする能力だって言ったろ。癖になってんだよ。主人公を設定するのが」

 

 

 なんて言ったところで、矢沢先生が教室に入ってきた。

 

「席につけー、ジャリ共。」

 

 気怠げでいつも通りの先生だ。

 いつも通りでありながら、目に光がない。

 

「ホームルームを始めるぞ。連絡事項は特になし。以上。」

 

 出席すら取らない。確認すらない。

 

 

「………。」

「………。」

「………。」

 

 

 無音だった。

 

 不気味なほどに無音だった。

 

 やはり精神が入っていないみんなの肉体は必要以上の行動は起こさないようになっている。

 この状態でヤンキーに絡まれたりおかしなDQNに絡まれでもしてみろ。抵抗すらできねえぞ。

 

 やはり、早いところみんなの意識を戻さないといけないな。

 

 俺は前の席にいるインテリメガネの肩にツンツンと触れてみるも、なんだい?と聞かれるだけで意識が戻るわけじゃない。

 

 この状態じゃ、この学校にいる意味もない。

 

「あいたたた、急にお腹が………先生、トイレに行ってきます!」

「あ、私が付き添います!」「私も!」

 

「ああ。行ってこい」

 

 

 こうして、俺と由依と響子は、学校を抜け出すことに成功する。

 今のクラスメイトで、欠席者が1名。妙子がいなかった。

 

 探しに行かなければならない。

 

 

 

 

 

 








次回予告
【 夢現回廊1 後編 】

お楽しみに


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第30話 樹ー夢現回廊1 後編

 

 

「ね、ねえ? 学校を抜け出したけど、どこに行くの?」

 

 響子が問う。

 学校を抜け出した俺たちが向かう場所は、もし、この世界に来た時に行くべきだと妙子に言われた場所。

 

 

「妙子のアパートだ。」

「妙子の?」

 

 妙子は化け狸だ。

 前々から狸だろうと思っていたが、転移初日に由依がこの世界に来る夢を見たとき、妙子が慰めてくれたと言っていた。

 その時、妙子はしっぽと耳を生やしていたんだと。

 直接は見ていないからしらんが、わざわざ由依が嘘をつく理由もないし、むしろ妙子が狸だってことに納得をしたくらいだ。

 

 そんな妙子だが、当然、住所や戸籍がないと生活ができない。

 

 だからこそ、妙子に与えられたアパートに突撃するのだ。

 妙子にもしこの世界に来るとするならば、様子を見てきてほしいと頼まれているからな。

 

「たしかここを曲がって………あれだ」

 

 そこにあったのは、ボロアパート。

 

「ここが妙子の家?」

「そうみたいだねー。」

「ポストの中にダイヤル式バンカーが入ってる。番号は………」

 

 妙子に教えてもらった4桁の暗証番号をクルクルすると、バンカーが開いて、中からアパートの鍵が出て………こないな。

 

 

「ないぞ。妙子のヤツ嘘ついてんじゃねーだろーな」

「まってタツル! 家の中にタエコちゃんがいるとしたら、鍵は使った後だよ。家の中じゃないかな」

「………たしかに。」

 

 葉隠苑の201号室。ここが妙子の家だ。 

 

 葉隠苑って………ここのアパートタエコの持ち家か? すげーな。

 情報使って金儲けって、不動産もやってるのかよ。

 

 

「妙子、邪魔するぞ」

 

 ノブを捻ってみれば、かぎはかかっておらず、簡単に侵入することが出来た。

 

「うわ、すごいなこの部屋………」

 

 壁には神隠しやら怪死事件やら、不可思議な事件を見出しにした新聞の切り抜きが貼られている。

 これらは、俺らにはわからない妙子の物語だ。深くは掘り下げないほうがいいな。

 

「妙子!」

 

 部屋の隅に丸まっているこげ茶色の毛玉を見つけた。妙子の髪の色にそっくりだ。

 化け狸のことはわからんが、妙子の精神があの異世界に行っている状態では狸である妙子はまともに生活ができないのであろう。

 

 妙子を保護しておかないと、もしみんなが元の世界に戻っても、妙子だけ戻れない可能性がある。

 それはつぶしておかないといけない。

 

「それが、妙子なの?」

「ああ。おそらく間違いないだろう」

「あの世界の夢を見た後だと、妙子ちゃんが狸だと知っても驚きは全くないね」

「あれが特殊なんだろ」

 

 俺が抱き上げたこげ茶色の狸は、浅く呼吸をしている。生きている。

 だが、必要以上に動かない。

 

「たぶん、家に帰ってから外に出られず、何も食べてないよ。」

「狸が食うもんなんて俺知らねえぞ」

「あ、見て見て! 妙子ちゃんの連絡手帳発見! 今時手帳に連絡先って珍しいねー」

 

 若干衰弱しているタエコをどうしたものかと考えていたら、響子が部屋の中を物色して妙子の手帳を発見していた。

 妙子の手帳とか、脅迫手帳とか弱み手帳とかそんなことが書いてありそうでめっちゃ怖いんだけど

 

「とりあえず、一番最初の欄に書いてある分福さんって電話番号に連絡してみる? 市外局番的にも近所みたいだし」

「………かけてみるか。分福って苗字がいかにも狸の親戚っぽいし。」

 

 

 俺はスマホを取り出して、手帳に書いてある番号にかけてスピーカーにしてちゃぶ台に置いた。

 

 

『はい、分福です。』

 

 3コールで電話に出たのは若い女性? だった。

 

「あ、お世話になっております。わたくし、鈴木と申しますが」

 

 

「ぶっ!!」

 

 笑うな由依。

 

『はい、鈴木さん? どういったご用件でしょうか?』

 

「葉隠妙子さんについてお伺いしたいことがございまして」

 

『妙子おばーちゃんのこと、ですか? 』

 

 

 おばあちゃん! やはり化け狸としての年齢は俺たちよりも相当上か。

 

「ええ。単刀直入に聞きますと、分福さんは狸ですよね?」

『ああ、まあそうですけど………』

 

 そこまでわかられていたら否定の仕様がないのか。

 

「葉隠妙子さんが諸事情により人化できない状態でして、意識も混濁しており、まともに行動できる状態ではございません。わたくしはそういった件では少々不慣れでして、妙子さんの手帳に書かれていたお電話番号を頼りにご連絡させて頂きました。」

 

『あー、そういうことですか。でしたらウチで引き取りますよ。今どこですか?』

 

「妙子さんのアパートです。住所は………」

 

『ああ、そこですね。すぐ向かいます。』

 

 そういって電話を切られた。

 

 

「………。妙子のことはなんとかなりそうだな」

「タエコちゃんがその人と絶縁とかしてたらものすごく余計な事しているかもしれないけれど」

「四の五の言っている時間がないもんね。」

 

 家に帰りついたはいいが、そのあとに人化が解けて家の中に閉じ込められてしまったんだろうな。

 妙子が早めに気付いて想定してくれて本当によかった。

 

 しばらくすると、ドルンドルンとスクーターの爆音が近づいて来た。

 スクーターを止めてヘルメットを外すと、妙子とよく似たこげ茶色の髪。妙子と違って腰まで伸びている。

 

 ライダースースを来た女の人だけど、体型は妙子よりもナイスバディ。

 大学生か?

 

「いやー、おまたせしました。これが妙子おばーちゃん? めっちゃ衰弱してんじゃないですか。あなたたちが連絡してくれたのですね?」

 

 そんで、頭の上にはクヌギの葉っぱが乗ってた。

 葉っぱ乗せてないといけないの?

 

「はい。妙子のクラスメイトの鈴木樹と申します。」

「佐藤由依です。」

「白石響子です………。」

 

 と自己紹介。

 

「私は分福ヱリカです。大学2年生。妙子おばーちゃんのクラスメイトってことは中学生ですか? 今授業中ですよね。何があったのですか? 狸であることも知ってるみたいですし。」

 

「会う人会う人に同じ説明するのは面倒ですが、かくかくしかじか………。」

 

 

………

……

 

 

「………なるほど。おとといからそんなことに巻き込まれていたんですね。まさかクラスメイト全員が異世界召喚に巻き込まれるとは………。それなんてラノベですか?」

 

 

 どうやら妙子とは違ってアニメ文化には詳しい狸さんらしい。

 

「ヱリカさんは信じてくれるのですか?」

 

「ええ。妙子おばーちゃんが死ぬところなんて想像できないですし、こんな風になってるのはその異世界召喚のせいってことでしょ。信じますよ。そんな緊急事態だからこそ、おばーちゃんも狸であることや住所を教えてあげたんだと思いますから。」

 

「なるほど………?」

 

「樹さんと由依さんの推察だと、いま、皆が夢を見ている状態なんですよね?」

 

「はい………」

 

「ちょっとおばーちゃんが今、どんな夢を見ているのか、見て見よっか。」

 

 

「「「 ………え? 」」」

 

 

 

 

 

 

 







あとがき


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【 夢映しの鏡 】

お楽しみに



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第31話 由依ー夢映しの鏡

 

 

「妙子の夢を見るって、どういうことですか?」

 

「その通りの意味ですよ。妙子おばーちゃんの夢を覗くことができる、素敵なアイテムの鏡があるんです。ちょっと危ないところに置いてある、家宝なんですが、事情を話したら絶対に貸してくれるはずですから」

 

 家宝って

 

 

「こっちの世界にもそんな不思議アイテムってあるんだね」

 

あちらの世界の経験でで不思議なことにも耐性があるキョーコが感心したように呟く

 

「日本の三種の神器も似たようなもんだろ。」

 

「なんだっけ、草薙の剣と八尺瓊勾玉と浄玻璃の鏡?」

 

私が顎に指を当てて首を捻ると

 

「いやいや、天叢雲剣と勾玉と八咫の鏡だって」

 

キョーコがそんなことを言った。あれ、二つも違う。なんだっけ?

 

「後者だよ。草薙の剣と天叢雲剣は同一で、浄玻璃の鏡は、たしか閻魔様が持ってるやつだったかな? 現世の罪を映すやつ? 忘れた。由依のは鏡違いだな。」

 

そうだった。なんかいろいろ鏡がごっちゃになってたわ。

そう考えると、八咫鏡には特殊な効果が無いにしても、不思議な鏡ってのは日本の伝承にも残っているものなんだなー。

 

「そんな不思議なアイテムで夢を見る鏡があるってことなんですね!」

 

キョーコが拳を握ってフンスと息を吐く

 

「そゆこと。ついてきてください。案内したげます」

 

ヱリカさんがスクーターから降りて歩き出す。

私たちはそれに着いて行く為に歩き出した。

 

 

          ☆

 

 

「ここよ」

 

と、ヱリカさんに案内された場所は、とあるテナント事務所

 

葉隠組と書かれた看板がある

 

「ここって、ヤクザ?」

 

「そですよ。やってる事は金貸しと不動産と探偵ですね。ときどき風俗のボーイとかもやってます。妙子おばーちゃんが築いた金貸し業と不動産業から事業を拡大してます。」

 

「………思ったよりも妙子が大物だったわ」

 

「相手の弱みを完全に握っているので踏み倒される事は自殺でもされない限りそうそうないですね。」

 

やってること完全に闇金のソレじゃん

 

 

「こんちゃー。ヱリカですー」

 

 

ヱリカさんは臆する事なくドアを開けて入る。

 

「おお、ヱリカ嬢、今日はガッコはお休みですかい?」

 

部屋にいたのは丸刈りで目に傷が付いているイケオジ。葉っぱもなければ耳もない。

 ちゃんと人化している狸なんだと思う。

 

「ううん。授業は午後からです。今日は団三郎おじさんにお願いがあってきたんですけど」

 

「あっしに? 誰か東京湾に沈めて欲しいヤツでもいるんですかい?」

 

「いやいや、しないよ。夢映しの鏡を使わせて欲しくってですね」

 

「あれをですかい? そりゃあ構いませんが、なんでそんな………。うしろの子供達が関係してるんですかい?」

 

「そそ。この子達が衰弱した妙子おばーちゃんを保護してくれてんです、どうしても今妙子おばーちゃんが見てる夢を知りたいんですよ」

 

「保護って………。ああ、妙子さん!」

 

 団三郎と呼ばれた狸はタツルが抱っこする狸を見て、狸の姿でも妙子と認識されている。

 私には狸の違いなんぞ全くわからんが狸にはわかるんだろうな

 団三郎なんてのもいかにも狸らしい名前だし、隠上刑部(いぬがみぎょうぶ)とか文福茶釜とか狸の昔話はよく聞くけど団三郎は二ツ岩大明神として信仰される狸でもあるとかなんとか。

 

 移動の最中にさっきwikiった。

 

 団三郎は狸にとっても縁起のいいなまえなんだろうね

 

 

「なんかおばーちゃん、精神だけ異世界にぶっ飛ばされたみたいなんです。彼らはおばーちゃんのクラスメイトで、一緒に異世界に飛ばされちまったんですけど、一時的に戻ってこれた? 的な? そんな感じです」

 

「なるほど。でしたら、ご自由につかってくだせえ。妙子さんはこちらで面倒を見ます。坊ちゃん、嬢ちゃん方、妙子さんを連れてきてくださって、ありがとうごぜいます」

 

 

 太腿に両手を当て、中腰で頭を下げる団三郎さん。

 なんか頭の下げ方がヤクザのそれだ。

 

「いえ。友達のためにできることをするのは当然ですから」

「妙子さんと友達………羨ましいねえ。あっしら、妙子さんの部下みたいなもんでしたから、今でも頭があがりませんよ」

「………それは、なんというか、お疲れ様です。」

 

 

 タエコちゃんにとっては彼らも息子や娘や孫みたいなものなのだろうか。

 ハイカラなことが苦手な妙子の年がわからんが、そうとう長生きしていることはわかる。

 

 ありゃあ妖怪かなんかなんだろうな。

 

 

 浅い呼吸を繰り返す狸姿のタエコちゃんだけど、食事はできるらしく、今は普通の動物みたいな状態だ。

 人間のような複雑な意識のない状態で、みんなと違って人形みたいにならないかわりに、動物としての本能と、ちょっとした人懐っこさしかないっぽい。

 

タエコちゃんが団三郎さんの用意したご飯を食べ、座布団の上丸くなっていたところで、ヱリカさんが事務所の奥から丸い青銅鏡を持ってきた。

 

 ちなみにタエコちゃんの飯は、ごはんと鰹節とささみと人参をめっちゃ細かくしておかゆみたいにしたやつを十分に冷ましてから食べさせた。

 元気に食べてたからお腹空いていたんだと思う。

 

 わたしたちの意識がない間でも、ご飯を食べる、トイレに行くとかはプログラミングされているんだとおもう。いい気はしないけれど。

 

 あと、青銅鏡のほうは磨き上げられてはいるものの、やはり青銅なので映りは悪い。

 いまの技術で作られる鏡ほどの精度はない。

 大昔の不思議道具だからしょうがないか。

 

 

「これ、どうやって夢を見るんだ?」

 

 と、タツルがタエコちゃんの背を撫でながら首を捻る。

 タツルはケモナーのカナほどじゃなくても動物が好きだ。

 いまの状態のタエコちゃんやケモミミ状態のタエコちゃんをカナが見たらどうなってしまうんだろう。

 

「夢を見たい人の前に立てかけとけばいいんですよ。あとはカメラをセットして、ちょっとまえ鏡に写った動画をリアタイで解析して解像度を上げてくれるソフトを作ったんで、そっちでみましょう」

 

「なんかいっきにハイテクになったんだけど」

 

「旧いまんまじゃ使えなくとも、新しい技術と組み合わせて旧い物もよーくつかえるようになるってんですよ」

 

 といいながらカメラをセットし、パソコンと繋ぐヱリカさん。

 

「これでよしっと。あとは鏡に妖力ながしてっと………起動」

 

 

 パソコンの画面に、かなり高解像度の映像が流れ始めた。

 

 

 

 

 







あとがき


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【 茶菓子でも食べながら観賞会 】

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読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第32話 由依ー茶菓子でも食べながら観賞会

 

『これで由依の救出は完了じゃな?』

 

 と、タエコちゃんの視点で語られる。

 音声まで聞こえるってすごいな

 

 

 向こうの世界の時間とこちらの世界の時間って、めちゃくちゃだったと思うけど、どういうわけか普通に見えてる。

 

 いや、たぶん、私がいるから向こうの時間とこちらの時間が一致しているのかもしれない。

 

 以前この世界に戻ってきたとき、1時間程度で意識を失った。

 そのあとはいつもの聖女召喚だったけど、今までのシナリオのクリアを経なくてもあの夢を退場していたことから、私がこの世界にいる間、もしくは私が意識を保っていられる間、向こうの世界も同じくらい時間が流れているのかもしれないな

 

 となると、私が向こうの世界に帰った瞬間に、この夢映しの鏡は超早送りや使えなくなる可能性が高そうだ。

 

 それとも、キョーコが居るからコレからはずっと同じ時間軸になるのかな。これについても要検証。

 

 不思議な鏡の影響でみたい時間軸の夢が見られている? これもわからない。ひとまず保留。

 

 メモメモ。あとで洗濯するお母さんに見つかる様にポケットにでも入れておこう。

 

 全部がランダムで起こっている可能性もある。考察だけは続けよう。

 

「それにしても、現在進行形で自分が救出される姿を見るのってなんだか変な感じ」

 

 

「ふーん、すごいですね。3人が言ったこと合ってましたね」

「疑ってました?」

「少しだけです。本当のこと言ってんだろうなーってことは妙子おばーちゃんを見てわかるってんですよ」

 

 快活に笑うヱリカさん。

 

 パソコンに映る映像には、佐之助の背中に括り付けられる私。

 

「うーん、佐之助(エロガッパ)に括り付けられるのはなんだか変な感じ。」

 

「贅沢言うな。運んでもらえるだけありがたいと思えよ。瓦礫の中の由依の場所をずっと探知し続けてくれたの佐之助だぞ。俊平を探しに行きたいのを堪えてた」

 

「………お礼言っとかないといけないね」

 

「そうしてくれ。団長なんかは由依の生存を諦めてたからな。ブレスの直撃だし。」

 

「ある程度レベル上がってなかったら即死だったかも」

 

 継続回復(リジェネ)かけててよかった。

 

 リビディアが死んだからか、大興奮する魔物はいないが、呼び寄せたおかげでかなり大量の魔物がウヨウヨしている。

 

 そこからは、魔物の駆除をしながら由依が地上に戻るまで30分以上はかかった。

 

「あれ? やっぱり俺が居ないな」

 

 とのタツルの呟きに、パソコンの画面をよく見てみると、たしかにタツルがいない。

 

「パソコンちっちゃいから見切れてるだけとか?」

 

 とキョーコもタツルが見えないと思いつつ、パソコンの前でぎゅうぎゅうに詰まって見るわたしたち。 

 実は狭いんだよね。

 

「うーん、見にくいようだったらテレビの方と繋ぎますよ」

 

 見かねたヱリカさんがHDMIケーブルを取り出してパソコンとテレビを繋ぐ。

 なんか床が配線でごちゃごちゃしてきた。

 

「坊ちゃん方、こちらをどうぞ」

 

 団三郎さんがお茶とお茶請けの茶菓子を用意してくれたので、事務所に置いてある椅子に3人で座ってお菓子食べながらテレビ鑑賞

 

 

「あ、ありがとうございます。」

 

 お茶を飲む。うまー。

 

 タエコちゃんの戦い方はその場にある物を全部を使ってその場で即興でコンボかますから見てて楽しいな。

 なんというか、戦闘IQが高い。

 

『ほれ、ほれ!』

 

 ジュエルタランチュラを鷲掴みにして、別のリザードマンに思い切りぶん投げたかと思いきや、次の瞬間には短剣でクリスタルモンキーの、両手がクリスタルになったモンキーの腕を力任せに切断。

そのクリスタルの腕を鈍器にして複数のクリスタルモンキーを撲殺、死体を蹴っ飛ばして相手の侵攻を防いだところで、

 

『今じゃ! 殺れ!!』

 

詰まった相手に対して味方の魔法が飛んでくる。

 

キョロキョロと首を動かして状況把握を行い、味方のサポートを行なっている。

ピンチの状況をなるべく作らないことに専念しているのだ。

 

 

「そうだ、厚かましいようですが、スマホの充電してもよろしいでしょうか?」

「ええ、かまいませんよ。充電器のタイプは?」

「アイポンです。充電器まで貸していただきありがとうございます」

 

 スマホを充電器に繋いで、タツルがスマホの充電をはじめた。家かよ。ヤクザの事務所やぞ。

 

 

「………なんかあたしらだけ緊張感なくない?」

 

 元の世界に戻ってさえしまえばキョーコにプレッシャーは無い。

 もともと責任もない世界で無理やり勇者をさせられていたのだ。解放された満足感と、死の瞬間の恐怖くらいしかもはや残らないのかも。

 

 もはやポリポリとお菓子食べながら鑑賞会だ。

 

 なんてしていたら、隣のタツルがいいことを思いついた! と言わんばかりの表情でスマホをいじる。

 タツルがは充電を繋ぎながら、カメラを起動すると

 

「樹、何してんの?」

 

 と、キョーコが聞いた。

 私も気になるよ。こういうときって、タツルは突拍子もないことをしでかすからね。

 液体窒素の錬成とかまさにそんなんだったし。

 

「向こうで撮ったスマホの記録ってこっちじゃ残ってないじゃん? 精神体じゃなくてスマホの本体こっちだから」

 

「ほむ。」

 

 そうだね。いくら向こうの世界でスマホをいじっていても、所詮は精神体の夢だから、こっちの世界に戻ってきてもデータは完全に消えている。

 

 

「みんなが精神だけ向こうの世界に行っているのに、俺だけなんか生身じゃん?」

 

「うん。」

 

 タツルの能力は私と似たような物だが、タツルは夢と現の能力。あの夢幻の世界の中で唯一、(うつつ)の肉体を持って向こうの世界に行っている。そのとき着ている物を一緒につれて。

 ってことは、向こうで撮った写真とか、こっちに持ってこれたってことか。それに気づいたってこと?

 

 

「スマホに今の状況録画して残しとこうと思ってさ」

 

「「 ………っ!!!?? 」」

 

 タツルの言っている意味に気付いた私とキョーコが目を見開いた。

 マジか、それって………。もう物語的には反則じゃないか?

 

「タツル、お前天才か?」

 

「いって! 今頃気づいたのか? 俺はテンプレをバスターすることに生きがいを感じる男だぞ」

「テンプレをなぞろうとする私には絶対に考えつかなかったぞそれ!」

「樹やべーなそれ!」

 

 おもわずタツルの背中を叩いたよ!

 なんてことを考えつくんだこの男!

 己が生身だからって、普通そんなこと考えるかよ。スマホいじってたらなんか急に思いついたみたいにさらっととんでもないこと言いやがる!

 

 向こうの世界のデータを、タツルだけが引き継げるのなら、こっちのデータも向こうに引き継げるのではないか?

 そういうことだよなぁあああああ!!!?

 

「ってことは、タツルが向こうの世界に戻った時、この映像を向こうの人たちに見せることが出来るってことだよね?」

「そうそう。響子、お前の無事をこのスマホに残して知らせることできるんじゃね?」

「いいねいいねそれ! やっちゃって!!」

 

 

 響子もノリノリで俺の構えるスマホに映り込む

 

 

「あー、えっと、みんな。先に死んじゃってごめんね! 私、あの世界で死んでから元の世界で目が覚めたんだ! 今は由依と樹と一緒にいるよ。心配しないでね! 今日の日付は私のスマホの画面をみてください!」

 

 と、メッセージをタツルのスマホに残す。

 キョーコは自分のスマホのホーム画面を開いて、日付と時刻を表示させていた。

 これで、この日にキョーコが日本に戻ってきたという証明にもなる。完璧だ。

 

ついでにタツルは次の動画でテレビに映るみんなの頑張りも映しておいた。

 

他のクラスメイトも映るし証拠になんだろうね。

 

そんな私たちがわちゃわちゃやっている間に、クラスメイトたちの避難もほとんど終えたみたい。

 

タエコちゃんは最後あたりまでみんなが迷宮を脱出する為に残っていたが、殿は光彦くんに譲って、迷宮の壁や萌の作り出した巨木を三角跳びでひょいひょいと登って、休憩を挟みつつ脱出を完了させた。

 

「妙子には苦労かけたな。」

「タツル、タエコちゃんにお酒持って行ってあげて」

「………わかった。」

 

 

 私では持っていけないし、私を助けるためにめちゃくちゃ尽力してくれたのはわかるもん。

 俊平ちゃんとキョーコを助けられなかったことがものすごく悔しそうだったけど、私が助かるのは妙子ちゃんのおかげでもあるもの。

 

 

「あ、じゃあこれ妙子おばーちゃんにもってって上げてください。純米大吟醸の九尾です」

 

 ドン、とヱリカさんに一升瓶を渡されたタツルは、とりあえずカバンに仕舞った。

 

「なんで狸のねぐらに狐っぽい酒があるんだろう」

「酒はうまければなんでもいいってんですよ。狐は嫌いですが酒は嫌いじゃないんです」

 

 なるほど?

 

「そういやタエコちゃんの瓢箪の中身はもう空っぽだったな。」

「補充させてあげてください。………なんでおばーちゃんは徳利じゃなくて瓢箪なんですかね?」

「それは妙子に聞いてください。僕らじゃわかるもんでもないですよ」

 

 ヱリカさんもなんだかんだで濃い人だなぁ。

 







あとがき


次回予告
【 目を逸らすな!!! 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第33話 樹ー目を逸らすな!!!!!

 

 さて、続いてますよ観賞会。

 

『集合! 整列!!』

 

 団長の号令により、ざっと集まるクラスメイトたち。

 決まった配置で整列することで、誰がいないかをはっきりさせる。

 

 絶賛気絶中の由依と縁子、死亡の響子。行方不明で爆散した俊平。そして俺が空きだな。

 

『キョウコとユイとシュンペイとユカリコ………カラス、そこは誰だ?」

 

『樹です!』

 

『タツルって………誰だ?』

 

 

「おや?」

「んー?」

「おっと? 団長ってなんだかんだ樹のこと気に入っていたと思うけど? なんというかこう、同期には嫌われるけど先輩や上司には気に入られる感じで」

「え、もしかして俺みんなに嫌われてる?」

「いや、例え話だから」

 

 まさかとは思ったけど、やっぱりこうなっているのか。

 団長のセリフに思わず茶菓子を食べる手も止まる。

 

「どういうことですか? 樹さんってあなたですよね?」

 

 ヱリカさんも思わず俺をみる。

 

「はい。どうやら私が異世界に行っている間、こっちの世界の人からは私に関する記憶が抜け落ちます。私が急に夢の世界に行くためのつじつま合わせなのか、私の能力の影響なのかはわかりませんが、たぶん向こうでも同じことになっているみたいですね」

「はぇ〜 本当に不思議なことに巻き込まれているんですね………忘れないように私も動画に樹さんを納めておきましょうかね」

 

 なんてスマホで撮影されるもんだから由依と一緒に響子とピースしておいた。

 

 

『誰やっけ?』

『そんなやついたか?』

『誰だタツルって?』

『俺は誰だ?』

『はて、誰だったかにゃ?』

 

 消吾も雄大 (赤信号)も、光彦も田中も。全員首を傾げている。

 そんな忘れられる自分の姿をみて俺はショックを受けているのかと思いきや

 

「いや、むしろインテリメガネのカラスが俺の存在を認知していることの方が異常じゃね?」

 

 そんなことないので、気になったことを呟く。

 由依にネタバレ食らってたからな。予想はできてた。

 

「あ、確かに。カラスくんのアビリティって<絶対記憶(メモリー)>だよね、だからじゃない?」

「なーる。」

 

 インテリメガネのカラスの能力<絶対記憶(メモリー)> 記憶の勇者。

 バスケ部所属のインテリカラスの戦闘能力はそこそこ高い。剣も使うし魔法も使う。

 でも、彼の能力の本質はみたものを忘れない、ということ。

 

 そのおかげで俺の存在が消え、俺の記憶がみんなから抜け落ちても、カラスだけは忘れることがなかった、というわけだ。

 

『何を馬鹿なことを、みんなふざけているんですか? 由依さんを助けるために樹が迷宮の上から飛び降りてきたじゃないですか!』

 

『でもみんなタツルなんて名前に聞き覚えもないぞ』

 

『なんだって………!? ならばみんなの記憶の方が欠落している! 僕の能力はみたものを覚えていられる能力だ。自分の記憶を疑っても、僕の記憶だけは疑っちゃいけないはずです! そうじゃないとここに空席はできない!』

 

『………たしかに。何かが起きているんだろう』

 

すごいなカラス。自分の記憶だけは信じろというその胆力。俺にはできないよ

 

『カラス、タツルとやらについて、最後にわかる記憶はなんだ?』

 

『たしか、由依さんを助けるために、佐之助と妙子さんと協力して瓦礫を撤去していました。僕が魔物たちから守っていたらいつの間にかいなくなったので、救出に成功した後は魔物の掃討に移っているものとばかり思っておりました』

 

『なるほど………。』

 

 自分の記憶にないことはなんとも納得のし難い団長だが、カラスの能力のことも知っている。

 無下にはできないようだ。

 

 『とはいえ、樹くんならアレも、彼が仕留めているからそうなっているのでしょうし、心配はいらないでしょうが。多分、俊平くんの肉体の回収でもしているのかもしれませんね』

 

 といってカラスが指差したのは、木にくくりつけられたデリュージョン。

 なんだか下半身が鬱血してかわいそうなことになってる。

 クラスメイトみんなの体重をその身に一身で受けたのならそりゃあそうなっても不思議じゃない。

 

「俺って、なんだかんだみんなからの評価高くね?」

 

 「ふはっ、今更かよー。」と由依が笑う。

 

「一人で魔人と戦っているとき、微塵も敗北を疑ってなかったよ。私もタナカちゃんも。」

「いやあ、由依や田中に言われても………」

 

「何言ってるの? 由依と樹と田中ちゃんはそうとう評価高いよ? ありふれた苗字トリオ。」

「なんだそのふざけたチーム名、初めて聞いたぞ。」

「ふっはー! 全国的に一番多い佐藤と東日本に一番多い鈴木、西日本で一番多い田中。このありふれた名前であの世界でよくつるんでるからってそんな名前がつくなんて!」

「だって異世界で一番落ち着いて楽しんでいるのがこの3人なんだもん。目立つし評価もあがるよ」

 

 そんなものなんだろうか。3人ともテンプレ慣れしているだけなんだけどなー。

 

 

『タツルとやらのことはともかく、キョーコとシュンペイについては、俺がついていながら、申し訳ない。」

 

 

 

と頭を下げる団長のダンさん。

 

 

『シュンペイには無茶をさせてしまったし、油断しなければキョーコだって………』

 

 

「と悔しがる団長だけど、あたしがここにいるから、見ててあたしの胸が痛くなるんだけど」

「わかるマン」

「わかるウーマン」

 

 響子の言葉にうなずくしかない。

 今この場でできることがないのもさることながら、死んだにもかかわらず、響子が今すぐ隣にいるこの状況に申し訳なさしかない。

 

「でも、頭を下げる人を見ると思わず手を差し伸べたくなる性癖のやつがいるんだよなぁ。絶対なんか言うぞあいつ。」

「そんなことないです。とかね」

「え、なんでわかるの二人とも」

 

 静かに。

 

 言うから。

 

今から言うから。

 

 

『団長が謝ることはないですよ!』

 

 

 

「「 ほら!! 」」

 

「本当だ!」

 

 

 ここでこんなアホみたいなセリフを吐けるのは、やはりテンプレ勇者。虹色光彦。

 馬鹿だなぁ、団長は自分の責任だとしているのに、妙子の言った通りだ。

 光彦は『責任の取り方も知らない餓鬼』。まさにその言葉を体現している。

 

 まさにテンプレ勇者。 

 綺麗事だけをほざける人間だ。責任の取り方で一番しっかりとした考え方をしているのは、ヤクザを部下にもつ妙子くらいなもんだろう。

 光彦がゴブリンと対峙した時に自ら一番槍になるといった。

 その際に仕留めきれなかった際に妙子は、妙子がとどめを刺すのではなく、動きを阻害するに留め、光彦にとどめを刺させた。

 それが一番槍の責任だ。

 

「なんでわかったの?」

「そりゃあなぁ………」

「もちろん………」

「「 テンプレ 」」

「わお」

 

 

『団長だけの責任じゃないですよ。あんな化物が出てきたら、対処のしようがない。みんなで協力できればあるいは………。だけど………』

 

ちらっと雄大を見る光彦。

 

『俺っちは知ってるっぜぃ。赤城が俊平をドラゴンの前に蹴り飛ばしていたのを。』

 

 ざわっ、と事情を知らないクラスメイトたちが佐之助の言葉にざわめきたつ。

 

『優しい俊平は、お前に対して恨んじゃいないだろう。』

 

 と、佐之助が雄大に近づきながら言う。

 

『だがな赤城。俊平の代わりに俺っちが怒るし俺っちがお前を恨む!!』

 

 ハギッ!! と佐之助が思い切り雄大を殴った。

 雄大は半歩だけよろめいて下がるが、決して倒れなかった。

 

『今のは俊平の分だ。お前は謝らなくていいし、謝る必要もないっぜぃ。それを俊平は望まないし、俺っちからすれば謝ったら許すほど俺の心は広くない。むしろそれで謝ろうってんだったら虫唾が走るっぜぃ』

 

 『ああ………』

 

『それがお前さんと俊平が考えた落とし所なんだろうさ。いいよ、乗ってやるっぜぃ。ただし、俺っちはお前のことを一生許さないけどな。』

 

 雄大は、光彦とは違い、自分の行動の責任は自分でとっている。

 逃げも隠れもしない。

 

 正義を振りかざす光彦よりも、余程大人に見えた。

 

 

 雄大は俊平をパシリにつかっても、決して好き好んで殺そうとまでは思っていない。

 話を聞く限り、雄大が俊平を蹴り付けてドラゴンの元まで弾き飛ばし、飲み込まれた俊平が体内で自爆している。

 

 俺がいれば話は変わったかもしれないが、由依も結界ごと吹き飛ばされるレベルとなると、あまり期待はできない。

 たらればの話をしてもしょうがないか。

 

 これからの雄大は全員から敵のように見られることだろう。

 いざとなったら味方を切り捨てる人物だと、そう思われる。

 

 大多数を生かすために俊平を切り捨てたのだから、間違いではない。正しくもないが。

 

 光彦にとっての正義がみんなを生かすこと、といった綺麗事なのに対し、雄大の正義はその場での大多数を生かすために切り捨てるべきものを選ぶという対極にあるが合理的なもの。

 

 たしかに、光彦の言うことも正しい。みんなが生きて帰れるならそれに越したことはない。

 だけど、あの由依を一撃で吹き飛ばすレベルのドラゴンを相手に、それができるわけがない。

 褒められたことをしたわけではないが、雄大は確かにみんなを救ったのだ。

 だが、それは俊平の命を使って、という注釈がつき、みんなもそれをよく思っていないのは確かなのだ。

 

『雄大についてはもうよかろう。次はお主についての責任じゃよ、光彦』

 

 雄大の責任追及は佐之助の拳でひとまず決着。

 人の感情に機敏な佐之助だからこそできた終着点かもしれないな。

 

 妙子はそこはもう終わった話として脇に置いて、光彦を睨む。

 

 

『俺の………?』

 

『お主、まさか自分に責任がないとでも言うつもりか?』

 

『な、なにを………?』

 

『お主は先ほど、地下で雄大に俊平の腕を見せて言っておったな。『これが、お主がやった結果だ。お前が望んだことだ。満足か?』とな』

 

『あ、ああ。』

 

『よくもまあ自分のことを棚に上げて言えたものじゃ。この世界に召喚された初日に、お主はなんと言った? ワシは一言一句覚えておるぞ。』

 

『………。』

 

『勇者の力をこの世界のために使わずしてなんとすると言ったお主は、続けてこう言っておったぞ。『俺は人間を魔人に支配されたりなんか、絶対にさせない。みんな、オレについてきてくれるか?』とな』

 

『あ………あ………!』

 

 サァ………と光彦の顔色が青白くなる。

 

『響子の亡骸を見よ。倒れ伏す縁子と由依を見よ。俊平の腕を見よ。そしてワシが問おう。『これが、お主がやりたかったことだ。 お主が望んだことだ。満足したか?』』

 

『あぁあ、ああああああああああああ!!!!!』

 

『お主が先導した結果がこれじゃ! 目を逸らすな! 光彦!!!』

 

『うわああああああああああああああ!!!!』

 

 

 膝から崩れ落ちる光彦

 

 自分の発した言葉の重みに耐えかねて、俊平の腕を抱き、うずくまる。

 

 

「うわぁ〜〜、おばーちゃん、エッグぅ! 正論で責任の刃ぐっさぐっさ指してるよ。そのうち黒髭みたいに急所に刺さって首が飛ぶんじゃないかなぁ」

 

 

 ヱリカさんが口元に手を当ててそんなことを言う

 

 俺たちの方はと言うと

 

 

「「「 キッツぅ……………… 」」」

 

 妙子のあまりの迫力に、俺たちまで怒られていると思うレベルの錯覚に陥ったよ。

 







あとがき


次回予告
【 異世界に戻る 】

お楽しみに


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第34話 樹ー異世界に戻る

 

 

 俺と由依と響子の3人は、妙子の部下の事務所で妙子の夢を媒介に異世界の出来事を茶菓子食いながら観賞していたんだけど、妙子の辛辣な言葉に、光彦が膝をついていた。

 

「ほんっと妙子ちゃんって辛辣だけど筋通す人だよね」

「俺もそう思う。そんでもってなんだかんだで面倒見がいいんだよな。」

「タエコちゃんがみんなのことを心配して言ってくれてるってのはわかるもんね」

 

 

 妙子が光彦に怒鳴ってプライドをズタボロにした。

 

 だけど、辛辣だけど、そこにこそ妙子の優しさがある。

 

  妙子は理想論や楽観的なことは好まない。光彦のフワッとした正義感など糞食らえだと思っている節がある。

 どちらかというと、妙子にとって光彦は嫌いな部類だろう。

 反社会勢力とつるんでいるくらいだしね。

 

 

 でも、絶対に見捨てない。

 

 「そうですよ。だからわたしも、団三郎おじさんも、妙子おばーちゃんのことが大好きなんです」

 

 ヱリカさんが嬉しそうにそう言った。

 確かな人望がある。

 由依なんかは妙子に絶大な信頼を置いているしな。

 弱みをつけ込まれて懐柔させられている気がするが、それでもちゃんと由依の心を救っている。

 

『光彦。これは戦争じゃ。どうあっても人は死ぬ。考えもせずに国を救おうとした結果じゃ』

『うぅう………!!!』

『とはいえ経験をザザ、ったお主なら成ちょザザザ………ることをワシは心から願っておるぞい』

 

 ざ、ざざっ とテレビの画面にノイズが入る

 経験を積んだ? 成長する、かな?

 

「あれ? なんか受信が悪いですね」

 

 ヱリカさんがケーブルをグッと押し込んで調整するものの、どうやら夢映しの鏡の方に問題があるらしく、映像が途切れ途切れになる

 

 

「あれ………私もなんだかすごく眠い………」

 

 

 見れば由依の目がトロンとしてきている

 

「向こうの由依の目覚めが近いのかもしれないな。ちょっと俺は元の兵隊の服に着替えるから、もうしばらく眠気に耐えてくれ。たぶん、由依が目が覚めると俺もこの世界から消える。」

 

 向こうとこっちでは時間の流れがめちゃくちゃだ。

 こっちと向こうの時間がリンクしているのは、やはり由依か俺がこの世界にいるからなのかもしれない。

 そんで、この世界にくる直前の行動を思い返すと、俺はおそらく由依の夢に入り込んでいる状態なのだと思う。

 

「映像は今日はここまでみたいです。またいつでも遊びに来てくださいね。響子と由依と樹は歓迎するってんですよ。」

 

 ノイズしか映さなくなってしまった鏡を回収し、つないでいた線も外すヱリカさん。

 ヱリカさんが嬉しそうに微笑んで歓迎してくれたが、社交辞令かもしれないが、また遊びにこよう。

 またこっちに戻ってくれば、ここを拠点に作戦会議ができるかも?

 また妙子の夢で向こうとこっちで情報共有もできるかもだし、厚かましいが頼りにさせてもらおうと思う。

 

 

「はい。ありがとうございます。しばらく妙子のことよろしくお願いします」

「まかせてください」

 

 どんと胸を叩くヱリカさん

 由依の意識が薄れるにつれて、向こうとこちらの時差が生じる。

 俺は急いで着替え、スマホを胸ポケットにしまい、お土産のお酒が入ったカバンを背負う。

 

 

「響子、由依のこと頼んだぞ」

「わかった。向こうのみんなによろしくね」

「ったりまえだ。」

 

 由依が完全に眠りに落ちると、俺の意識も消失した。

 

 

 

 

          ★

 

 

 

 

「おっと。由依の手を繋いで出現か」

「おはよう、タツル………」

 

 

 俺が現れた場所は、木にもたれかかる由依のすぐ隣。

 手を握って意識を失ったからか、由依の手を握って現れた。

 

 

「樹くん!! どこにいっていたんだ! 心配したんですよ!!」

「由依にゃん! 目が覚めたにゃ! 」

「うん。おかげさまでね。ありがとう、タナカちゃん」

 

 俺の存在にすぐに気づいたのは、俺の記憶を保持していたインテリメガネのカラスだ。

 

 田中も由依が目を覚ましたことにほっと息をつく。

 こいつにも苦労をかけたな。

「わり、俺のアビリティが予想していない時に発動したみたいで、気絶中の由依の夢に迷い込んでた」

 

「そんなことが………」

 

 

 

 俺の存在に気づいた他のクラスメイトたちも

 

「樹だ、なんで忘れていたんだ?」

「おかしなことじゃな、ワシが樹をわすれるとは………」

「田中も、どうして記憶が抜け落ちているにゃん………?」

 

 田中も妙子も自身の記憶に疑問が生じ、驚愕の表情をこちらに向ける。

 

「すまない、心配かけ………てないな。記憶ないもんな。たぶん俺が能力使ってると、みんなから俺の記憶がごっそりぬけるっぽい。」

「そんな能力だったのかい!?」

 

 驚愕のカラス。彼も自分の記憶がおかしいのかと不安になっていたからな。フォローしとかないと。

 

「たぶんそんな感じだ。それとみんな。由依を守ってくれて、助けてくれてありがとう。みんなが由依を引っ張り上げてくれなかったら、もしかしたら由依は魔物に食い散らかされていたかもしれない。心から感謝する」

「みんな、私を助けるためにいろいろ無茶をしてくれたのはわかってる。助けてくれてありがとうございました」

 

 俺と由依は助けてくれたみんなに頭を下げる。

 あの場で放置なんかしていたら、隙間から入ってきそうな蜘蛛の魔物に由依は殺されていたかもしれないからな。

 

「だ、だが………響子と俊平は………」

 

 と、震える声で光彦が呟く。

 

「泣き言は後だ。団長、俺が倒して縛ったデリュージョンを妙子と二人で尋問します。他のみんなを安全なキャンプ地へ運ぶことが先決かと」

 

 もう日没の時間だ。

 本来ならば夕食を済ませておかないといけなかったのに、随分と時間がかかってしまったからな。

 夜の森は危険がいっぱいだし、早めに戻らないといけない。

 

「………。わかった。全員、キャンプ地へと向かう! 他の魔人が現れないとも限らない。気を引き締めて行動を取るように!」

 

 

「「「 はい!! 」」」

 

 団長の宣言に、クラスメイトたちはそろって返事をおこなった。

 

 

 

 

 

 

 







あとがき


次回予告
【 よくある敵の寝返りは信用できない 】

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第35話 樹ーよくある敵の寝返りは信用できない

 

みんながキャンプ地へと向かっている間に、俺は妙子と二人でデリュージョンの前に立った。

 

「俺、尋問苦手だけど、妙子は?」

「得意というわけではないが、ある程度は。最初は爪かのう」

 

 うへえ。やっぱヤクザだわ。

 

 ひとまず木にくくりつけられてクラスメイト達の体重をかけられていたデリュージョンの縄を緩め、ある程度血が通うようにはするが、手足は縛ったままだ。

 

「おい、起きろ」

 

 バシッとデリュージョンの頭を引っ叩く。

 容赦?  するわけねえだろ。こっちを殺そうとしているやつだぞ。

 

「うぅ………」

 

「起きたな、デリュージョン。」

 

「う、お、お前は………」

 

 目を覚ましたデリュージョンは、俺の姿を見て怯えたように後ずさる。

 能力を使おうとしたらぶん殴る準備はできている。

 

「名乗ってないから知らねえだろ。お前は名前も知らないやつにやられたんだ。残念だったな。お前を倒した奴の名前すらわからなくて」

 

「………ぐぅう」

 

「この大陸に来た目的を答えろ」

 

「誰が教えるもんか………!」

 

 強がるデリュージョンの縛られた手を掴んだ俺は、その細い右手の人差し指の第二関節を横に曲げる。

 ポキっと音が鳴る。

 

「ああっ!」

 

 折ってないよ。音の鳴らし方を知ってただけだ。

 ちょっと痛いけどね。

 

 

「もう一度言う。この大陸に来た理由は?」

 

「………だれが」

 

ーーベリィ!!

 

 

 妙子が右手の人差し指の爪を剥いだ。

 

「 あぁああああああああああああああ!!!!!!!!! 」

 

「早く言わないとお前の指が丸坊主になっちまうぞ、次は爪があった場所をつまんでグリグリしてやる」

 

「ぐぅうううううう!!!」

 

 

 睨みつけられてもな。どうせこいつ動けないし、好きにしちゃうよ俺は。

 陵辱系は好まないけれど、クラスメイトに手を出されて黙ってられるほどピュアな心はもってないんだわ。

 

「目的は………勇者の視察………」

 

 よし、口を割った。

 

「誰の指示じゃ?」

 

「魔王様だ」

 

 即答だった。

 爪の効果ってすごいな。

 

「魔王の名前は?」

 

「キュウビさまだ!」

 

「なんだその明らかに狐っぽい魔王は?」

 

「由来なんか知らない! ボクが幹部になった頃にはすでに魔王だったぞ!」

 

 ふーん。

 

「らしいけど、妙子、因縁のある狐に心当たりは?」

 

「………。ないわけではない。確証はないが、あやつならば魔王になってもおかしくはないな」

「勿体ぶらないで教えて欲しい。あやつって? 妙子の部屋にあった新聞の切り抜きと関係ある?」

「なぜそれを!? いや、先ほどの由依の夢か。」

「分福ヱリカさんにも協力してもらって、妙子の本体はヤクザの事務所に置いてある」

「………なるほど、助かったな。礼を言う。由依の夢も信憑性がでてきた。その話はあとじゃな。ワシの心当たりは、古い馴染みのワシのライバルじゃった、咲子(さくこ)じゃな。ワシがヤクザをまとめとった時に自警団を組織しよってからに。いつもワシの邪魔ばかりしておった。昔はよく殺し合ったもんじゃ。」

「おっと、昔を懐かしむおばあちゃんの目だ。のほほんと殺し合ったことを語っているけど、ライバルであっても嫌いではないらしいな」

「まあ、互いに狐と狸の総大将じゃったからな。引くに引けんところまできたんじゃが、数年前に急に咲子が行方不明になってのう。狐狸戦争も冷戦状態が続いておる。あの新聞の切り抜きは咲子の行方を知るためのものじゃ。」

 

 なんかよくわからないけれど、妙子は妙子で背負うもんがあるらしい。

 日本に残してきたもの。妙子は相当あるはずだ。

 

 すぐにでも戻りたいはずだ。

 

「まさかこの夢幻の世界で九尾の名を聞くことになるとはのう………。」

 

 しかし、予想外のところからの手がかりらしきものに妙子も困惑中だ。

 

 テンプレからすると、妙子を主要人物とした場合、ほぼ間違いなく魔王は妙子のライバルの咲子だ。

 俊平が相手するものではないな。

 

 強キャラの因縁は強キャラしかありえない。

 狸のライバルなら間違いなく狐。

 それは古今東西決まっていることなのだ。………いや、言いすぎた。アジア圏だけだわ。

 

「魔王の目的はなんだ?」

 

「ボクが知るわけないだろ! きっと魔人以外を皆殺しにしたいんだよ! この世界全部魔王様のものだからね!」

 

 ほむ。魔王の目的は不明だが、土地が欲しい、魔人以外が嫌い。とかいろいろありそう。

 だがもし、咲子がこの世界に迷い込んでいる化狐だとしたら、九尾の名を轟かせるのは、わかる人間へのSOSなのかもしれないな。

 

「デリュージョン。仲間の能力を言え。五戒魔帝の能力だ。嘘言ったら拳が飛ぶ。ちゃんと答えてくれたら長生きできるぞ」

「ひっ! わ、わかったよ!」

 

 

 そんで、デリュージョンからは無理やり情報を絞り取り、絞り取り、聞くことがなくなるまで絞ったところで、俺はデリュージョンの首を刎ねた。

 

『お前たちは元の世界にいる』って嘘ついてもらおうかとも思ったけど、天秤に掛けたら裏切られる可能性の方が高そうだったからやめた。

 

 言霊使いを生かしておいてもいいことないからな。

 

 ボクっ娘だったら味方に引き入れる?

 なろう主人公ならそうなんだろうさ。

 でも残念ながら俺はテンプレバスターだ。そういうテンプレはブレイクするに限る。

 

 

          ☆

 

 

「………………。なかなか有益な情報だったと思う。」

「………そうじゃな。魔人をまとめあげるカリスマ。九尾という名前。ほぼ間違いないじゃろう。ワシが探しておった人物こそ、魔王かもしれぬ。これではしばらく帰れぬな」

 

 そりゃあ狐の総大将を務めているくらいだったらカリスマくらいないとやってられないよな。

 

「付き合うよ。実はもう俺以外のみんなが元の世界に帰る手段はわかってるんだ。」

「ほう? なのにむざむざ響子と俊平を死なせてしまったと言うのだな? それは怠慢じゃぞ。」

 

 こちらを睨む妙子。

 そんなドスの効いた声でこっちを睨まないで欲しい。

 俺の心臓がキュってなる。

 

「さっき現実世界に戻る由依の夢に入り込んでしまった時にわかったんだ。響子は生きてる。元の世界に帰ったんだ。どうやらこっちの世界で死ぬと元の世界に戻るらしい。証拠も録画してある。」

 

 そういって、妙子に響子が映る動画を見せる。

 

「………ワシの事務所じゃな。………信じよう。はじめにこの情報をワシにくれたこと、感謝するぞい。」

「情報の使い方は妙子の方が上手いからな。どうする? みんなに言う?」

「………共有するのは田中だけにした方がいいじゃろう。他のみんなには、刺激が強すぎる。今の状態じゃと仲間内で殺し合いがおきかねん。それに、ワシの個人的な理由としても、しばらくこの世界に残らねばならなそうなのでな。味方が多い方が良い。」

「………。了解。苦労かけるね、おばあちゃん」

「若いうちの苦労は買ってでもしろというが、ワシのような年寄りも苦労しておるんじゃ。樹にも頑張ってもらわねばなるまい」

 

 からからと笑う妙子は、目標を見つけた、狩人の目をしていた。

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 ??? 】

お楽しみに


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第36話 俊平ー???

 

 ジラトールの大迷宮

 

 俊平が自爆を行った後、飛び散った肉片をジュエルタランチュラが回収していた。

 

 小さな穴の中をカサカサと移動するそのタランチュラは、ゴミくずのように横たわる俊平を背に乗せ、離脱を行っていた。

 

 その俊平であるが、右腕と右足を失い、虫の息ではあるが、彼は生きていた。

 

 

「ひゅっ………ひゅっ………」

 

 

 浅い呼吸を繰り返し、自爆の衝撃で焼けて炭化した腕の傷跡。

 切断された右足の切断面。どちらも傷跡が焼けている為、血が流れず、失血死することが無かった。

 即死できなかったことが、俊平をさらに苦しくしてしまっている。

 

 

 赤城雄大に蹴り飛ばされた際に砕けたあばらが肺に刺さっている。呼吸するたびに激痛が走り、蜘蛛が運ぶ振動で激痛が走りそのまま浅い呼吸を繰り返すしかないのだった。

 

 

 そのまま何時間だろうか、蜘蛛に乗ってこのまま死ぬ運命をじっと待つ俊平がたどり着いた場所は

 

 

(しょく、りょう、こ………?)

 

 

 リザードマンやマムシ、ゴブリンなどが糸でがんじがらめにされ、生きたまま放り込まれていた。

 

 

 俊平はそれを食糧庫だとおもった。

 蜘蛛の非常食がそこに無造作に放り込まれているのだと。

 

「………し、て」

 

 

 だが、そうではないことに気づいた。

 

 俊平も同じように糸にがんじがらめにされ、ジュエルタランチュラが俊平の腹に穴をあけた。

 

 

(ぐぅっううううううう!!!)

 

 

 もはや叫ぶだけの力が残っていない俊平は腹に穴をあけられても、じっと堪えるしかない。

 

開けられた腹の穴に卵を植え付けられる。

 

ここは食料庫じゃなくて

苗床だ。

 

 

「………ろ………て」

 

 痛みのあまり気を失うことすら許されない俊平の耳に、なにかが聞こえた。

 

 

(な………………に………………?)

 

 

 目を凝らせば、苗床の中心には、白い女の子。

 

 手足を絡めとられ、身動きができず、腹から無限に蜘蛛の子供が湧き出してくる

 

「ころ………………て」

 

  ジュエルスパイダーはゴブリンの腕らしきものを細かく砕いたゴミの汁を、白髪の女の子の口元から押し流す。

 

 無理やり食べさせていた。

 

 「ごぼ………じ………………」

 

 

 腹から蜘蛛が湧き出し、肉が内側からめくれ、鮮血がまう。どろりとした血液が流れ落ちる。

 あきらかに致死量の出血。あきらかなる致命傷。

 

 腹を内側から食い破られる感触を味わうあの白髪の女の子は、蜘蛛たちにとっても大事なものなのだと俊平は察した。

 

 なぜなら、食い破られた腹が、ものの数秒で塞がっているのだから。

 

 

 おそらく再生のアビリティを持った女の子。それを苗床にして、無限に食える食糧として、彼女は蜘蛛を生産し続けていたのだ。

 

「ころし………て」

 

 

 そして、彼女は己の死を願っていた。

 いつ頃からここにいるのか。

 僕がくるよりずっと前から、彼女は蜘蛛の苗床としてここにいるのか。

 なんて残酷なんだ。

 

 俊平は涙を流す。

 こんな状況でさえ、自分の心配ではなく、無限に苗床にされる彼女の心配をしているのだ。

 

 自ら命を断つことすら許されず、肉体の内側を蜘蛛に侵され、蹂躙され、激痛に苛まれながらも腹の中で育てた蜘蛛にはらわたを食われて育て、出てきた蜘蛛は腹を食い破って出ていく。

 

 最悪だ。

 彼女が望んでいるのが、安らかな死であることは明白。

 

 ならば自分のできることは………。

 

 

  俊平は己に流れる魔力を血管に這わせ、通力と混ぜ合わせる。

 

(僕はここで死ぬのは間違いない。だったら最後くらい、人助けができたらな………)

 

 

  蜘蛛が俊平を女の子の近くに運ぶ。

 どうやら今日の彼女のご飯が僕であるのか? いや、苗床をまとめているだけなのかも。僕の気が途絶えたら、彼女のご飯にでもされるのだろうか。

 彼女はどれほどの屈辱を受けたのだろう、

 どれだけの苦行を強いられたのだろう

 

 無理やり食わされたものは、人肉もあったかもしれない。虫だって食わされただろう、

 すべて、蜘蛛の苗床として食い破られても食い破られても再生するその母体のために。

 

 

 俊平は、蜘蛛糸に拘束されたまま立ち上がる。

 

「ぼく、が………ころして、あげる」

 

 俊平も、殺したくなんかなかった。

 だが、もはや彼女は死ぬことに救いを求めてしまっていた。

 

 彼女を救うことができるのは、死のみ。

 

 

ならば俊平は彼女を縛る蜘蛛糸ごと、左手で彼女を、もたれかかるように抱きしめた

 

 

「一緒に………死のう………」

 

 俊平の全身が赤く光る。

 

 一人で死ぬのが怖かったのか、死を求める彼女を免罪符にしたかったのか。

 激痛に苛まれる俊平には、もはやわからない。

 ただ、彼女を殺してあげないと、一無限に続く苦痛に、彼女は囚われ続けることになる。

 それだけは避けたかった。

 

 俊平の異能。<自爆(ディシンテグレイト)>自身を媒介に大規模な爆発を起こすアビリティ。

 

 

  くらった相手はひとたまりでもなくなる。

 

 

 俊平は、彼女を胸にだいたまま、もう一度<自爆>を行った。

 

 竜の腹の中で自爆した時よりも、心は晴れていた。

 

 この能力でも、人の心を救うことはできるのだと。

 

「………………あり、がと」

 

 それは、聴き慣れた言葉で。

 

 俊平は右腕がない。

 右腕がないということは、翻訳の指輪がないということ。

 

 俊平は日本語以外はわからない、

 

 彼女は、日本語を喋っていたのだ。

 

 数百年前に召喚されたという勇者のことを、俊平は思い出しながら、俊平は自爆した、

 

 

 

ーーーーードォオオオオオオオオオオオオオオンン!!!!!!!

 

 

 

 と、俊平の全身と、少女の全身が文字通りバラバラに弾け飛んだ。

 

 今度は体の一部に限定して自爆を行ったり、自分の身に防御膜を張ったりはしない。

 

 正真正銘、自分自身と白い女の子の二人を殺すための自爆だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


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【 小暮あおい 】

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第37話 俊平ー小暮あおい

 

 

 俊平が目を覚ますと、そこには崩れた大穴が広がっていた。

 

 俊平の行った自爆の跡だ。

 

俊平は次第に自分が何をしていたのかを思い出してくる。

 

 食糧として連れてこられた俊平を待っていたのは、蜘蛛の苗床にされる女の子

 

彼女を巻き込んでバラバラに自爆したはずだった。

 

 だというのに、生きている。

 不思議な感じだった。

 

 

 俊平は思わず右手で頬をつねる。

 

 竜の中で自爆した際に弾け飛んだはずの右手で。

 

「なんで右手が…………」

 

『よかった………キミが生きてて本当によかった』

 

「こえ!? どこから!?」

 

 どこからともなく聞こえてきた声に、俊平はキョロキョロと周囲を見渡す。

 

 

『安心して、わたしはあなたの中にいる。いや、融合してしまったと言うべきかな?』

 

「………どういうこと?」

 

『その前に、自己紹介をしよう。わたしは小暮あおい。よろしくね』

 

「えと、僕は緑川俊平です。よろしくお願いします。………あの、あおいさんは………なんなんですか?」

 

 死んだと思ったら怪我が直って復活をしていた。

 訳がわからない状況に俊平は首を捻るしかない。

 

『抽象的すぎる質問だけど、君は覚えているかな。最後の大爆発』

 

「は、はい。」

 

『蜘蛛の苗床になって、死にたがっていたわたしを殺そうとしてくれたね。本当にありがとう。わたしは、ずっと前からあそこで蜘蛛に捕らえられて生かされてきた。糸に絡め取られ、逃げることもできず、かといって死ぬこともできず、永遠と回復を続けるこの呪われた肉体を母体に、ずっと蜘蛛の卵を孕まされ続けた。』

 

「………。」

 

『それを壊してくれたのが君だ。ようやく死ねる。そう思った。同時に、君を死なせたくないと思ってしまった。』

 

「………」

 

『だから、わたしのアビリティ<自己再生(シナズ)>が発動して、わたしと俊平の混ざり合ってしまった肉体が再生して、一つになってしまった。』

 

「混ざって………」

 

『だから、その体はわたしでもあって、キミでもあるんだ。大切にしてね』

 

「………わかった、けど………」

 

『わかってる。キミの能力、自爆だろう? 私を殺そうとした時に気づいたよ。安心して。キミがいくら自爆しても、その肉体はいくらでも修繕できる。通力の量には自信があるんだ。再生するスピードよりも、回復するスピードの方が多い程度にはね。』

 

 

 それはつまり、俊平の自爆の能力の最も厄介なデメリットがなくなるということ。

 

 

 いくら俊平が自爆を行っても、回復してしまう。厄介な人間爆弾の誕生だった。

 

「あおいさんは、なんで蜘蛛に囚われていたんですか?」

 

『なんでだったかなぁ………。たしか、わたしが一番弱くて、再生できるから、囮にされちゃったんだよね』

 

「そんな!」

 

『そんなわけで、囚われのお姫様を助けてくれた俊平は、わたしにとってのヒーローなの。死ぬことを望んでいた私に、希望をくれた。生きることさえ許してくれた。』

 

「でも、僕は君を殺そうと………したんだよ?」

 

『本質を見誤っちゃだめだよ。わたしが死にたかった理由は、蜘蛛の糸から抜け出せず、永遠と続く苦痛を受け続けなければならなかったから』

 

 声はあくまで優しく、俊平に語りかける。

 

『蜘蛛の糸から開放されて、生きていけるのなら、こんなに嬉しいことはないよ。』

 

 あおいは死にたがっていた。

 だがそれは、蜘蛛の苗床という地獄から抜け出せず、死すら許してもらえなかったから。

 

 死をもたらそうとした俊平だが、その結果、苗床の倉庫、完全崩壊というありえない結果だった。

 

 

『ひとまず、迷宮から脱出しよう。騒ぎを聞きつけてきた蜘蛛たちが戻ってきたら面倒なことになる』

 

「………うん!」

 

 

          ☆

 

 

俊平が迷宮に落ちてから早半年が過ぎようとしていた。

 

 迷宮で食べるものはゲテモノのような魔物。

 自爆というアビリティのせいか、俊平の魔法の適性は炎のみ。

 

 水分をとるのが非常に困難だった。

 

 たいていは魔物の血。

 

 毒に犯されようと、もがき苦しもうと、抗体ができるまで<自己再生(シナズ)>の能力で生きながらえた。

 

 広い迷宮で3日ほど魔物の姿が見えないこともあった。

 由依とこの迷宮に迷い込む原因となったリビディアとの会話をつなぎ合わせれば、この迷宮は魔人の大陸と人間の大陸がつながっている。

 

 そういうこともあり得る話だった。

 

 

 そんな場合、俊平がとった行動は、自食。カニバリズム。己の血肉を己で食らう外道行為。

 おもえば蜘蛛たちもあおいに無理やりゴブリンの腕を細かくすりつぶした汁を飲ませていた。

 なんなら、腹を食い破った際に、直接胃に流し込むくらいの事はしているのかもしれない。

 

 スキルの回復のためには、食事と休息は必要な行為だったのだ。

 

  

 俊平も死にたくはない。

 吐き気を堪えながら、自らを食し、そして再生する。

 自分はいったい何をしているのかと自問しながら

 

 

  迫りくる魔物には、自ら抱きついて自爆。

 肉片をかき集めてそれを食する。

 

 もちろんまずい。だが、しのごの言っている場合ではないのだ。

 生きるためには、食わねばならないのだから。

 

 もはや魔物の肉にも、自らの血肉にも慣れた頃、俊平は迷宮の最下層にたどり着いていた。

 

 





あとがき


次回予告
【 バイバイ、僕のトラウマ 】

お楽しみに


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第38話 俊平ーばいばい。僕のトラウマ

迷宮の最下層には扉があった。

 

「あおいさん、この場所、わかる?」

 

『さあ。この迷宮、大陸間の移動のために使っていたから、最下層まで降りたことってないよ』

 

「そっかぁ………じゃあしょうがないね。」

 

 

 この半年、あおいとの会話にも慣れてきた俊平。

 

 自爆したり食べたり寝たり、いろいろやっているうちに、俊平は己にできることを増やしていった。

 

 まず、最初にあおいと共に自爆をして弾け飛んだ時、あおいの体内に寄生するジュエルタランチュラも粉々になった上で、あおい、俊平とともにジュエルタランチュラの要素が合成されていた。

 

 そのため、俊平は指の先から糸を出すスキル、<蜘蛛糸>が手に入っていた。

 さらに、スキルで<硬化>という、防御力をあげてくれるスキルもついでに手に入る。

 壁に張り付いて移動できる<壁面走行>というスキルも、ジュエルタランチュラのものだろう。

 

 手に入ったのはジュエルタランチュラのものだけで、食った魔物の能力や苗床の場所にいた他の魔物の能力は一切なかった。

 これは長い間ジュエルスパイダーの苗床にされていたあおいがいつのまにか身に付けていたスキルなのだろうか。

 

 

 俊平にはわからなかったが、便利なので使わせてもらうことにしている。

 

 さらに、俊平は短髪だったが、あおいとの合成再生の結果、白髪の肩までかかるセミロングとなり、もともとの中性的な顔立ちもあいまって、女の子にしかみえない状態になっていた。

 

 かろうじて男の子の象徴はある。

 自爆の影響で毎度毎度服が弾け飛ぶので、女の子と勘違いされることはないだろうが、見る人もいないのでどうでもいいことであった。

 

 基本的には、倒した魔獣の皮を剥いで、魔法で焼いて穴を開け、粘着性の蜘蛛糸で貫頭衣を作成し、糸で縛るくらいしかできない。

 

 同じく荷物入れも魔獣の皮で作っているが、素人の作品なので臭い。

 

 でも、すっぽんぽんの手ぶらよりはマシだった。

 

 パンツくらいは蜘蛛糸で作りたかったが、たった数㎠を作るのに多大な労力を欠けた挙句、火に弱い性質だし、すぐに自爆で消滅するから意味がないと考え直して作らないことにしている。

 

「よし………なにがいるかわからないけど、いこっか!」

 

『うん。気をつけてね』

 

 

 あおいの激励を胸に、俊平は迷宮の扉に手をかけ、ゆっくりと開いていく。

 

 

そこにいたのは………

 

 

漆黒竜(ブラックドラゴン)………」

 

俊平を丸呑みにし、クラスメイトたちを恐怖のどん底に陥れた魔物。ブラックドラゴンだった。

 

 

『怖いかい?』

 

「うん………」

 

『恐ろしいかい?』

 

「うん………」

 

『ふうん………勝てるかい?』

 

「うんっ!」

 

 

 俊平は走った。

 

 この迷宮で暮らし、魔物を自爆と共に倒し続けた俊平だが、負けた事は一度もない。

 

  それを可能にしているのが<自己再生(シナズ)>のアビリティだ。

 大量に魔物を倒した結果か、俊平のレベルもかなり上がっているものの、ステータス的には自爆の能力以外の成長はほとんどない。

 

 とはいえ、その自爆の能力は己の肉体を粉々にする代わりに、確実に相手を葬り去る能力を有しているのだ。

 

 

『GYAOOOOOOOOOOOOOO!!!!!!!』

 

 

 その咆哮に足を竦ませていたのは半年前。

 いまだにあの頃のトラウマは残っている。

 

 

 だが

 

 

 俊平は拳を握り締め、手首をドンッ!! という破裂音と共に爆破させると、その手首は砲弾のように飛び、漆黒竜の頭に激突する。

 

 さらに時間差でその拳が自爆する。

 

 

ーーーッッッドォオオオオオオオオオオン!!!!!

 

 と、ドラゴンの頭部で爆発が起きる。

 俊平自身は、最初に自爆した手首の反作用で後ろにすっ転がっている。

 <自己再生(シナズ)>の能力は凄まじく、転がっている間に、自爆による損傷。手首はすでに戻ってきている。

 

「ぐぅっ! うくぅうううう!!!」

 

 

 とはいえ、手首を失う痛みは変わらない。

 一瞬で再生するとはいえ、ズキズキと痛みを伴うそれに、俊平自身、自爆を行うためには、毎回心の準備が必要だった。

 

 

「ドラゴンは………」

 

『生きてるよ』

 

 手首だけでは弱かったのか、俊平を睨み付ける漆黒竜 (ブラックドラゴン)

 

 

漆黒竜 (ブラックドラゴン)は口を大きく開け、ブレスを放とうと魔力が口に集まっているのが感覚でわかる。

 

 俊平の拳の一撃は、致命傷ではなかったものの、ドクドクと漆黒竜 (ブラックドラゴン)の頭から血が流れ出ている。

 ダメージを与えるには十分だった。

 

「やっぱり手首だけじゃたりないよね………」

『それにしてもすごいね。切り離された手足も、もはや花火じゃないか』

「こんなの、あおいさんの自己再生がなかったらできないよぉ………!」

 

 漆黒竜 (ブラックドラゴン)から放たれるブレスを、壁に射出した糸を手繰り寄せて無理やり自身の肉体を移動する事で避ける。

  しかし、そのブレスに巻き込まれた両足が弾け飛ぶ。

 

 俊平にはスピードがない。パワーもない。なんなら防御力もない。

 

 だが、死なない。傷を負っても回復してしまう。

 

 だからこそ。俊平の取れる策は基本的に一つ。

 

 

 

「うわぁああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 決死の特攻。ただ一つ。

 

 

漆黒竜 (ブラックドラゴン)の爪を、尾を、ブレスを掻い潜って漆黒竜 (ブラックドラゴン)の足元までたどり着くと

 

 

「………ばいばい。僕のトラウマ。」

 

 

 

 三度俊平は自爆を行う。

 

ーーバゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!

 

 

 黒こげになった俊平の全身から、新しい皮膚に瞬時に生まれ変わる。

 

 漆黒竜 (ブラックドラゴン)の姿は、どこにも残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 無現回廊の進化 】

お楽しみに


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第39話 樹ー無現回廊の進化

 

 響子が死んで、俊平がはぐれて、早半年。

 今日は訓練も無ければ出撃もない。緊急招集があれば応じるが、基本的にはオフの日だ。

 

 俺と田中と由依のいつもの3人でお茶でもしばきながら今後の展開についての会議を行っている。

 緊張感? このチート3人衆に緊張感なんてあんまりないよ。

 

「今頃俊平はハーレムくらい築いているだろうか?」

「闇落ちしてたりしてにゃ」

「中二病フル装備とか? 眼帯、包帯、白髪、謎のマジックアイテム!」

「オッドアイ。義手、指ぬきグローブなんかもな」

「仮面とかもあり得るにゃ! 合衆国ニッポンにゃ!」

 

 あそこまで吹っ切れた中二病のアニメは世の中学生の黒歴史を量産するアニメだよ。

 かくいう俺も、子供のころ由依と一緒にDVD見たときに「すずきたつるがめいじる。きさまはしねえ!」などと言って遊んでいた記憶がある。

 そんな10年以上前のアニメを田中も良く知っていたな。

 

 佐之助がマーキングしているおかげか、俊平の生存は確定している。

 俊平は移動をしているらしい。迷宮の深部に向かって、どんどんと。

 

 さすがにそこまでいかれると、探知の地図はまったく役には立たないが、ひとまず相当遠くの向こうの方に俊平が居るって感じは分かるみたい。

 

 それに、俊平にマーキングが消えれば、死んでいることになるからな。

 俊平が死んだとしても、そりゃあ元の世界に戻るだけだ。もはや一切の心配はしていない。

 

 この半年の間に大きく変わったこと。

 クラスメイトの死を受けたクラスメイトの取り乱しようはすごかった。

 

 一度に響子と俊平を失ったのだ。

 俊平は周りの目を見て、皆のフォローに入ることができるクラスの潤滑油。

 響子はクラスメイトのテンションを上げてくれる発火材として。

 

 その役割を果たすものが居なくなったクラスは、ひどく落ち込んだ。

 

 縁子なんかは、滅茶苦茶寝込んだ。

『これは夢だよね………。嘘だよね………! 俊平君が死んだなんて………!』

 

 起きるたびに絶望して、痩せ細って、俊平は生きているって伝えたくなった。

 縁子みたいな大和撫子が苦しんでいるのを放っておくのは難しい。

 とはいえ、「ごっめーん、この世界は夢なんだー! 響子も俊平ちゃんも生きてるんだわー」なんて言えるわけでもなし。

 

 由依や田中、妙子の献身的な介護のお陰で、縁子は快復に向かい、現在は狂ったように迷宮の魔物を倒してレベル上げを行っているよ。

 

 クラスメイトを死地に追いやるような選択をした光彦の方も、変化があった。

 

 彼はテンプレ勇者らしく、今度こそ間違いは犯さない。そう意気込んで修行に励んでいる。

 

 まあ、なんというか、人は誰だって間違うものだ。気負い過ぎてもいけない。

 俺だってよく間違う。みんなを元の世界に戻すのならば、みんなを皆殺しにでもすれば済む話だ。

 

 でも、それは出来ない。元の世界に戻ったら必ず軋轢が生まれるし、なにより、この世界には妙子の仇敵が居る可能性も出てきた。

 

 戦力不足にはならないように気を付けながら、この世界を攻略しなければならない。

 それが正しいのか、間違っているのか。もはやわからないのだから。

 

 

「とはいえ、響子や俊平がリタイアしたのは影響がでかいな」

「たしかににゃー。死んでも向こうの世界で目が覚めるとはいえ、田中だって死にたくはないにゃ」

「他のみんなは向こうで目覚めることを知らない。だからみんなにとって、こちらでの死は死なんだよね。ちょっとみんなをだましているようで私の胃痛が痛くて寿命がストレスでマッハだよ………」

「由依にゃんの日本語が崩壊したにゃ」

「ほっとけ。」

 

 俊平や響子の死によってもたらされるのは、クラスメイト全体の無気力。

 

 ネガティブ雨女の池田美香なんかとくに落ち込んでた。もう戦争になんか行きたくないと。当然だな。

 引きこもり文学少女の本田美緒だって、部屋から出ずに本ばかり読んでいる。

 

 もちろん、仕事を斡旋してもらって、それをこなしてはいるが、必要以上に戦線に加わろうとはしなくなった。

 

 戦争に駆り出されて、響子のように死んでしまったら?

 俊平のように味方に裏切られてしまったら?

 

 そんな考えが脳裏をよぎらないほうがどうかしている。

 

 俺らは中学生だ。仲の良かったクラスメイトが死んだのに平然としている方がおかしい。

 俺だって響子が死んでいるのを見たときはマジで焦ったさ。

 

 でも、結果的に死んだ方が大丈夫だったことを知ってマジほっとしたくらいだ。

 とはいえ、他のみんなにとっては響子も俊平も死んでいる。

 唯一、佐之助だけが俊平の生存を確信しているくらいだ。

 

 俊平の移動速度が急激に上がったと佐之助から連絡を受けたとき、俊平は何らかの手段で己の肉体の再生に成功している。

 

 おそらくはヒロインか、素敵な回復の泉か、魔道具か。

 自爆のデメリットを打ち消す素敵な何かを手に入れているはずだ。

 

 再び相まみえる時、俊平の姿は大きく変わっている事だろう。

 チビの俊平は、のっぽの俊平になるのか?

 それとも、チビのまま、オネショタハーレムを築いているのか?

 まるでわからんが、もはや俊平が勝手に死ぬことは考えられない。

 

 ………いや、俊平が自爆しても死なないんだったら、どうやって元の世界に帰せばいいんだ?

 

 

 ………。

 

 ………。まあいいや。あとで考えよう。

 

 

 そんなこんなその半年の間に見た夢をご紹介しよう。

 

 一度行ったことある世界に2度目の召喚系の強くてニューゲーム。

 同じ世界をもう一度なぞる逆行系の世界を一つ。

 

 そんで、魔王転生を一つ挟んだから、この鈴木樹さん。大幅なインフレが完了致しました。

 

 魔王転生系の能力があるのとないのとでは能力の性能に差が出来てしまうからな。

 魔王転生系の能力。それは………『努力なんかしなくてもとりあえず最強』ってところに焦点が当たる。

 

 その魔王転生の能力の一つに、相手の魂をぶっ壊す<輪廻破壊>。という能力があった。

 天国も地獄も冥界もない。輪廻転生もクソもない冷酷無比なやつ。

 

 

 そんでよ? 俺のステータスは基本的に夢の世界の能力を反映しないじゃんか。

 にもかかわらず、この輪廻破壊はスキル<漏尽通>として俺のステータスに出現した。

 

 おやおや? どういうことかねこれは。 経験がスキルとして生える事があるのは姫様から聞いていたが、俺も由依と同じようにスキルが生えるとは。

 

 漏尽通ってのはたしか、仏教とかで使われる、菩薩とか仙人とかが持つ超能力。

 いわゆる<神通力>という能力に由来している。

 

 神通力ってのは基本的には6個の能力。

 

 神足通|(テレポート)

 天耳通(超地獄耳)

 他心通|(サトリ)

 宿命通(自分の前世がわかる)

 天眼通(他人の前世がわかる)

 漏尽通(輪廻の輪から抜け出したことを知る? なんか一番よくわからん能力)

 

 

なんで知ってるのかって?

厨二病発症してた小学生の頃めっちゃ調べたんだよ。言わせんな恥ずかしい。

 

 

 菩薩と神っていうのは本来は別の物なんだけど、まあここは異世界。深くは掘り下げない。

 俺に<漏尽通>というスキルが生えたのだって、魔王の持つ<輪廻破壊>は神の力にも匹敵するんじゃないか的なふわっとした理由で出現したのかもしれない。

 なにせこの世界はテンプレに満ちたなろう作家が考えそうなよくある世界だ。詳しい現象なんか知らんがふわっと奇跡が起きたりするもんだ。

 

 とはいえだ。ここから本題。

 スキルを扱う項目に<通力>というのがある。

 

 おやおやあららー? なんだか<神通力>と似ていますなぁ。

 

 この世界はどうやら神様の力を借りることに深い意味を見出している。

 俺たちをこの世界に召喚したお姫さま。ミシェルの話によれば「神様から力を借りて樹たちを召喚しています」とのことなので、神様の力=通力ってのはけっこういい線いってるんじゃないでしょうかねえ。

 

 <漏尽通>なんてスキルが手元にあるってことはさ、俺、神様に片足突っ込んだんじゃね?

 

 神様の力。通力。己の体の中に巡る、神の力。輪廻を司る<漏尽通>

 これ、うまいこと使えば、皆殺さずに元の世界に返せるんじゃね?

 

 【通魔活性】のお陰で、通力を自由に動かせるようになってきている。

 前よりも能力が成長しているとしたら………。

 

 俺は魔力と通力を己の身体で練り上げる。

 

 

「タツル、なにしてんの? また突拍子もないこと?」

「いいにゃいいにゃ! もっとやるにゃ!」

「おう。俺の夢の力を、なんかこう、うまいことわーっとやって元の世界に帰れたり………」

 

 

          ☆

 

 

―――ピピ(ガンっ!

 

 目覚ましが鳴った瞬間に高速チョップ。

 

 

「あ、なんか帰れたわ」

 

 なんか帰れた。

 

 現在時刻は異世界に召喚されてから3日目。朝。今日は土曜日。

 

 なるほど………ここから推測できるのは、俺か由依がこの世界に戻れば、時間は動き、最後にこの世界に来た翌日の朝からスタートする。

 夢幻の世界に飛べばこちらの世界の時間は基本的に止まる。多分、6時59分あたりで永遠に止まってる。

 

 そういや、起きてるときに能力が発動するってのは気絶した由依の手をつないだ時以来だったな。

 

 俺の能力は恐らく、夢と現を繋ぐ能力。

 現ってのはもちろん地球、日本のあるあの世界。

 夢ってのは当然、いろいろな異世界のこと。

 

 でも、現の世界にいるみんなは、あろうことか精神が抜けている。

 

 たぶん、俺の<夢現回廊(ドリームコリダー)>を使えば、皆の精神をこの世界に引っ張ってくることは可能だと思う。

 

 だけどさ? どうやってみんなの精神をこっちの肉体に定着させるよ。

 精神ってことは、なんというか、霊体というか幽体というか、そういうのが異世界に行っているんだよな?

 

 そのへんも、なんかうまいことわーってやってみるか。

 

 俺、そのへんうまいことわーってやると大抵何とかなるし。

 

 響子は向こうの世界で死んだらこっちの世界の自我が復活した。

 

 となると、俺がみんなの精神をこっちに持ってくることが出来れば、みんなの自我も戻るんじゃね? 的な希望的観測もできる。

 

 うーん、というか、今回のこれも、俺だけがこっちに帰ってこれたのか?

 

 

 近くにいた由依や田中は? もし一緒に触れていたらこっちに連れて来ることは可能だろうか。

 

 自分の能力に自問するが………。うん、なんかできそうだ。

 成長したな、俺の能力。

 

 あいやー………。こりゃあマジでテンプレブレイクできちゃいそうだわ。

 そりゃあそうだよな。

 

 夢と現を生身で行き来できる能力だもんな。

 

 検証はしたい。今この場ですぐに夢幻の世界に戻って、またすぐにこっちの世界に来たら、時間軸はどうなっているのかとか。

 

 こっちの世界の響子を向こうの世界に送ることは可能なのかとか。

 

 響子の死者蘇生イベント………やっちゃう?

 

 ………。ま、その辺は響子の意思に任せてみるか。

 たぶん、俺の力じゃ精神だけを向こうの世界に送ることはできない。

 

 できても俺と同じ現の肉体としてになると思う。勘だけど、能力を使うときって、この勘ってのが大事だからな。

 

 そうなれば、響子もコンテニューができない。やはり推奨はできないな。

 

 となれば、ひとまずヱリカさんのところにいって、妙子のお酒の補充をするのが先決かな。

 

 そのあとは、せっかくまたこの世界に来れたんだし………。

 ヱリカさんに頼んで、夢映しの鏡で俊平の様子とか覗き見ちゃうか。

 

 せっかくの土曜日だ。学校は無いし、抜け殻状態の俊平を呼び出すくらいは出来るはずだ。

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 ひとりじゃ気づけないスキルコンボ 】

お楽しみに

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第40話 樹ーひとりじゃ気づけないスキルコンボ

 

 

「もしも!」

 

『もしもー! どうした樹。貴様から電話とは珍しいじゃんか!』

 

 

 俺はひとまず白石響子に電話かけた。地球に、日本に、自宅に戻ってきたならば、こちらでの意識が覚醒している響子に連絡をとるのが必然だ。

 

『………ってかどうした樹。まさか貴様死んだのか!? あたしの知っている限り、他の人たちみんな意識戻ってないぞ!』

 

 響子は異世界転移最初の死亡者。

 向こうの世界で死亡すると、こっちの世界で意識が覚醒してしまうが、異世界の方ではそれはまだ伝えていない。

 

 せっかく向こうとこっちを行き来できるようになったのならば、それを共有しておかないといけないし、せっかく響子がみんなに無事を知らせてくれた動画も、妙子の意向でみんなにはまだ伝えていないことも、言っておかないといけないかんな。

 

「今日は由依はまだ向こうにいる状態で、なんか俺だけこっちに来れたから、連絡しとこうと思ってな。」

 

『なるほどね。今日は土曜日だし、あたしはどう行動すればいいのかわからないところだったから、非常に助かるよ』

 

「そか。………前提条件として、前こっちに戻ってきた時よりも、向こうの世界で半年過ぎている。まだ誰もリタイアはしていないけど、俊平が見ている夢を確認できるんじゃないかと思ってな」

 

『ほぉー、昨日は妙子ちゃんの夢を見たけど、今度は行方不明の俊平ちゃんの夢を見るってことだね?』

 

「………そゆことや。俺としても俊平の動向を知るチャンスだったからな。協力してほしい」

 

『了解だよ。まだ誰もこっちの世界に帰ってきていないとなると、本当に寂しいんだから!』

 

「わかってる。とはいえ向こうの世界で仲間を殺したくはないからな。それは最終手段だ。俺が手に入れていた情報も共有するから、何か気づいたら教えて頂戴」

 

『わかった。向こうの様子が知れるのは私としても助かるからね。準備ができたらもっかい連絡して』

 

「り。」

 

 電話を終了。

 精神は入っていないだろうが、由依の抜け殻も連れて行ってやるか。

 

 

 

          ☆

 

 

「お邪魔しまーす」

「お、お邪魔します」

「失礼します」

「よろしくお願いします」

 

 

 俺と響子。そして抜け殻の俊平と由依を連れてヤクザの事務所にやってきたぞ。

 ちなみに俊平は、俊平んちに行って、あーそーぼー! って言ったら一発で出てきてくれたよ。

 抜け殻みたいな返事だったけどね。

 

「まさか昨日の今日でまた連絡がくるとは思わなかったってんですよ。」

 

 ヱリカさんは今日は大学はおやすみみたいで、連絡してみたら詳しく話を聞きたいとのことでまたヤクザの事務所で落ち合うことに。

 

「すみません………。向こうの世界ではもう半年は過ぎちゃってるんで、俺としては時間がめちゃくちゃ経っているのですが心苦しいです。一応、向こうの世界の妙子の様子もお伝えします」

 

「あっしは構いやせんよ。妙子さんの様子がわかるのならば万々歳です。早く元に戻れるといいですね」

 

 団三郎さんも歓迎してくれて、なんだかこのヤクザの事務所が好きになってしまいそうだよ。

 妙子の件がなかったら、一生接点がなかっただろうけど、味方でいてくれるうちは頼りにさせてもらいます。

 

「はい。ありがとうございます」

 

 団三郎さんにお礼を言って、俊平と由依を誘導して座らせる。

 ちゃかちゃかとヱリカさんが夢映しの鏡をセッティングをして

 

 

「妙子は?」

 

「おばーちゃんは向こうでクッションの上で丸くなってますよ」

 

 ヱリカさんが指差した方にはクッションの上に焦げ茶色の毛玉。

 

 元気そうで何よりだ。

 

「それじゃ、誰の夢から見ます?」

 

「じゃあ由依からお願いします。急に俺が消えてビックリしていると思う。」

「わかった。今日は最初からテレビに繋いでますから、大画面で見れますよ」

 

 由依に立てかけた鏡をカメラで撮影しながら、撮影された映像を解析してテレビに映す。

 

 

『うおっ、なんかビビッと来た! 監視されてる??』

 

 映った瞬間に由依がびくっとしてキョロキョロしてた。

 マジかよ。こっちで夢映ししているのに気付きやがった。

 

『まさかいきなりタツルが消えるとは思わんよー………。って、そっか。そういうことか。』

『なにを言っているにゃ?』

 

 田中は俺の存在を忘れてしまったからか、由依の発言の真意を掴めないでいると、由依はそれを完全にスルーして

 

『タツルー、そろそろヱリカさんと一緒に私の夢見てるんじゃないのー? 意識のない私に変なことしないでよねー!』

 

 そんで、こっちに向かっての注意をする。

 

「わお、エスパーかよ!」

「すごいですね、由依さん。しょっぱなから樹さんの行動読んでますよ。」

「さすが由依ね………」

「同じ夢の能力だからか、由依も俺のこと覚えてられるみたいだな。」

 

 由依が初日にこっちに来た時、俺は居なかった。

 しかし、由依は俺の存在を探して、みんなながおかしくなってて、それで気を失ったって聞いた。

 由依は俺のことを忘れることはないのだ。絆の力かな!!

 

 

『由依にゃん、どうしたにゃ?』

 

『タナカちゃん、前に夢の世界で現実に戻った話したでしょ』

 

『されたにゃ。響子にゃんが向こうで生きているにゃ。その動画も………あれ、誰から見せてもらったのかにゃ?』

 

首を捻る田中。どうやら記憶の欠落や違和感に気づいても、俺のことは思い出せないようだ。

俺のことは思い出せなくても、知識だけは残るんだろうな。

少し寂しいが、あまりデメリットにはなり得ない、かな。

 

 

『タツルの記憶が欠落しているからそこだけ抜け落ちているみたいだね。大丈夫。タツルが現実でなんとかしているよ』

 

『記憶の欠落は怖いにゃ………………田中も記憶力には自信があったのににゃー。そういえば、由依にゃんは、現実に夢を映す鏡があるって言っていたにゃ。そこから今見られているってことにゃ?』

 

『相変わらず理解早くて助かるこのタナカちゃん。』

 

『タツルにゃん! 覚えてないけど、たぶんそこに響子にゃんもいるにゃ? 元気しているなら何よりにゃん! そっちの声はこっちには届かないけど、こっちの無事をお知らせするにゃん! そっちにいるついでに俊平にゃんの夢を見て俊平にゃんがいま何しているかの確認をお願いするにゃん!』

 

 と、見当違いの場所に手を振っているが、覚えていないにもかかわらず、こっちでやってほしいことをお願いする厚かましさ。

 ふむ。嫌いじゃない。

 

 

「おお、田中ちゃんすごいね、やるべきことがちゃんとわかってる感じ………」

「なんですか、この猫耳カチューシャの子………。なんでこんな格好してるんですか?」

「あ、なんか当たり前過ぎてそんなツッコミがあるとは思わなかった。多分理由なんてないですよ」

 

 ヱリカさんは田中を見るのは初めてだったのか、そんなことを呟く。

 たしかに、田中の語尾が「にゃ」の理由を知らないし、なんで猫耳カチューシャなんてしてるんだろう。

 

 いや、田中は田中だ。意味不明の生き物なのだ。

 深く考えるとドツボにハマる。

 

 

『そういや、夢で思いついたにゃん!』

 

 くだんの田中はポンと柏手をうって顔の横で猫の右手を作る。

 無駄に可愛い。

 

『ん?』

『まだ試していないことがあるにゃん!』

 

 首を捻る由依に、今度は左手も顔の横に猫の手を。

 にゃんにゃん。

 

『ほむ。』

『田中のアビリティ<転身願望(メタモルトリップ)>は着ているコスプレの能力を得る能力にゃ』

『そうだね。』

『パジャマって、この世界で着たことないにゃ』

『ほむ? まあ、適当に脱いで薄着で寝るだけだもんね』

『パジャマで寝たら、由依にゃんと同じ能力覚醒しないかにゃ?』

 

………は?

 

『は? 天才かよ? 』

『なんなら異世界に行っているタツルにゃんにパジャマ買ってきてもらうにゃん!』

『聞いたなタツル。パジャマ買ってこい!』

 

「そんなん言われたら買ってくるしかねえだろ!」

 

 

 命令する由依に対し、俺はメモ帳のやることリストに『田中のパジャマ購入!!』と速攻で記載する

 ちなみに『妙子の酒!!』とも記載されてるよ。

 

 

「なんというか、由依たち、楽しそうに異世界満喫してますよね」

 

 クスクスと笑いながらヱリカさんが俺の肩にポンと手を乗せた。

 俺はチラリとそちらを向くと

 

「まあ、楽しんでいる節はあります。もはや俺以外の死すら怖くないし。死んでもこの世界に戻ってくるだけですから。」

 

 なんて言っていたら、こっちのやりとりを全く聴こえていない由依がちょっと大きめの声で割り込む。

 

『そうだ、タツル! うちの母さんがみんなの能力を検証してるんだけど、面白そうなスキルコンボとか思いついているかもしれないから、ちょっと確認してもらってもいいかな。こっちに戻ってきたら教えて!』

 

 

 

 なんて由依がいうから、ソッコーで由依の家に電話かけてみる。

 

 

 

『はい、佐藤です』

「あ、おばさん。樹です」

 

 電話に出たのは、由依のお母さん。

 

 

『ああ、樹! さっき抜け殻みたいな由依を連れて行ったばっかりじゃん。どうしたの?』

「ちょっと異世界の方の由依からお願いされまして、クラスメイトたちのおもしろいスキルコンボとか思いついていたりします?」

『ああー、あるよ。便利そうな子が一人いるよね』

「ほう?」

 

 俺や由依はテンプレを網羅しているし、なんなら能力の応用なんかもある程度思いつく。

 だからこそ、俺がこの世界に戻れるようになったわけだし。

 

『坂之下さんちの鉄太くん。あの子、複数人がやっていることと同じことできちゃう能力でしょ?<便乗模倣(ペギーバック)>だっけ?』

「そうです」

 

 

 坂之下鉄太。<便乗模倣(ペギーバック)> 便乗の勇者。

 複数人がやっていることと同じことができる能力。

 珍しいコピー系の異能。

 

 剣握ってる奴が2人以上いたら鉄太も剣を握ってスキルを扱い

 魔法使ってる奴が複数いたら、その属性に合わせて魔法を使う。

 儀式系の魔法の数合わせにもなる。

 

 正直これといってパッとしない異能だった。

 コピー系といってもその場限りだったし、複数人が同じ行動をしていないと便乗できないのだ。

 完全に稔の暴飲暴食の下位互換だったはずだ。

 

 つまり、人数が必要なところの、傘増し要因だった。

 

 そんな彼をどうやって使うというのか。

 

 

 

 

 

『由依と樹が寝てる真ん中に鉄太くん置けば、鉄太くんも夢の世界の冒険とかできちゃうんじゃない?』

 

 

「………天才ですか?」

 

 

 

 つまり、俺と由依が同じ夢の能力を持っていることで、鉄太はそれに便乗できる!?

 

 なんてことを考えるんだ、さすがは由依のお母さん!

 考えることがえげつない!!

 

 俺と由依は男女だ。

 さすがに寝る時は別々だ。

 そんな時にまとめて寝ようなんて考えない!

 

 自分の思考の盲点をついた由依のお母さんの考えは、まさに目から鱗の提案だった………!

 鉄太をそんな風に使うなんて………。

 

『またなんか思いついたら教えてあげる』

「ありがとうございます」

 

 電話終了。頼りになる大人ってかっこいい。なんつーか、………憧れる!!

 まさか、夢の冒険仲間を2人増やせるのか?

 

 由依のお母さんがとんでもないことを考えついていたことなど梅雨知らず、由依はこちらに伝えるべきことがないか、顎に手を当てて「んー………」と考えていたが、それ以上のことは思いつかなかったのか

 

 

『あとは、こっちから伝えることは特にないかな? 俊平ちゃんの様子だけ教えてね』

 

 

 とのことなので、由依の夢を覗き見ることは終了とする。

 

 

 





あとがき


次回予告
【 俊平の本質は変わらず 】

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第41話 樹ー俊平の本質は変わらず

 

 

「さて、今度はこの男の子の夢ですね?」

「はい。よろしくお願いします」

 

ヱリカさんが俊平に鏡をセットしてくれる。

 

「この子、なんなんですか?」

 

「俊平は、みんなを助けるために自爆した、俺たちのクラスで一番優しい子です。でも今は行方不明で、この夢でならどこで何をしているのか分かるんです」

 

「なるほどぉ。とにかくみてみますね」

 

ヱリカさんは鏡を起動する

すると、そこに映ったのは漆黒の竜。

 

 

「うひっ! なにこれ!! あたしらにトラウマ植え付けたドラゴンじゃん!! 昨日見たばっかりだよ私!」

 

「あぁ、そうか。みんなコイツにやられたのか。俺だけ別行動だったから、どんな奴にやられたのか知らんかった。おれにとっちゃ半年前だし」

 

 

 響子にとっては、昨日見た夢の話で、コレに絶望して俊平が中から自爆するところを正面から見た完全にトラウマ生産物。

 

 俊平は今、コレと対峙しているらしい。

 

「この子、初めからクライマックスしてますね。びっくりしました。名前なんでしたっけ?」

「俊平です。」

 

 ヱリカさんも、いきなりの手に汗握る最終回にワクワクして俊平に興味を持った。

 

 

『怖いかい?』

 

「うん………」

 

 

どこからともなく聞こえる声に返事をする俊平。

だけど、声の主人は見当たらない。

 

 

『恐ろしいかい?』

 

「うん………」

 

 

 俊平はその声に返事を繰り返す。

 その声があるのが当たり前かのように。

 

 どうやら、俊平はこのダンジョンで相棒を見つけたらしい。

 

『ふうん………勝てるかい?』

 

「うんっ!」

 

俊平はグッと拳を握った。

 

両手がある。

あの時爆破した身体は無事元に戻ったようだ。

 

 

どういう理屈かは知らないが、俊平の身体は無傷で万全の状態でみんなのトラウマに一人で対峙しているようだ。

 

すごいな。

あんだけ凄惨な状態だったはずなのに、立ち向かえるなんて。

 

あのチビで臆病で心優しい俊平が。

なんだか俊平の成長を感じるよ。

 

 

視界の端で白い糸の束が揺れた。

 

 

「ん? コレって視点ずらせませんかね?」

 

「えー、その人が見てる夢を映す道具なので、視点を移すのができるかどうか………やってみますね」

 

鏡に触れて何やら調整するヱリカさん。

 

 

「あ、なんとかなりそうです」

 

「便利!」

 

 

俊平視点だった映像が、第三者視点へと変わる。

 

しかし、そこにある人は俊平のみ。

他と違うところは………

 

 

「あー、俊平ちゃん、白髪になってる! しかもなんか可愛さ増してない? 髪伸びたから? なんか女の子みたい。」

 

「やっぱり。みんなの憧れ、白髪だ。ところどころ黒のメッシュが入ってんな。こりゃあなんかと融合したか?ヒロインと二人旅かと思ったら、融合して二人で一人になっちゃったか。」

 

「血液型とか脳味噌とかどうなってんですかね」

 

「あの世界の俊平って精神体だから、なんかうまいことわーってなったんじゃないですかね? なんかまとめてぐちゃぐちゃになって、なんかうまいこと再生した的な感じで」

 

あれ、精神をこの世界に持ってきたら、どっちも俊平の中に存在してしまうのかな。

ちょっと怖いな。

分離できるように能力磨いとこ。

 

「俊平ちゃん、ほとんど裸だね」

「まあ、攻撃手段が基本的に自爆のみだからな」

 

 自爆するたびに身に付けていたものが弾け飛ぶのであれば、服なんて無意味だ。

 

「うわ、それって俊平ちゃんは攻撃のたびに自傷しているってことだよね………?」

「やめさせたい………。けど、それが俊平の唯一で最高の武器であるならば、俺には止められないよ」

「しかも、誰かと喋ってるみたいだし………。声もわかるってなんだか不思議」

 

 あ、確かに。謎の声は俺たちにもわかるし、言語も理解できる。

 となると、俊平に語りかけているのは日本人ってことになるな。

 

 画面がさらに進む。

 

 どうやら俊平はこの半年の経験を経て自爆の能力の使い方がかなり上手くなっているようだ。

 

 自爆であることから、自らが傷つく必要はあるものの、腕を自爆させ、拳をロケットパンチで飛ばした上でさらに拳が爆発するなんて誰が思うよ。

 それに、自分の拳を爆発しようなんてよく思えたな。

 

 ただ、切り離した腕の爆発では威力が落ちるのか、ドラゴンに致命傷は与えられなかったみたい。

 

 そこから驚いたことに、自爆して吹き飛んだはずの右の拳はすぐに再生していた。

 俊平と融合している何者かの能力だろう。

 

 そのおかげで、俊平は自爆するたびに自傷する、死んでしまう可能性がある、という最も厄介なデメリットを打ち消すことに成功したわけか。

 ご都合主義なまでの豪運だな。

 

「再生しても苦痛は残るのか………。マジで俊平には酷な話だな、これ。この世界、俊平のこと嫌いすぎじゃね?」

「………見てて切なくなるんだけど。やば、ちょっと涙出てきたし」

 

 俊平の半年の苦痛、苦労、その全てを知ることはできない。

 でも、俊平の戦い方をみる限り、やはり自爆という攻撃が俊平にある唯一の攻撃の手段であることは明らかであった。

 その辛い戦いを俺たちは知らない。だけど、それでも自分を失わずに前を向ける俊平は、本当に強い子だと思った。

 

 姿は少々変わっても、その魂の色は色あせることなく、魂の光も衰えることなく輝き続ける。

 

 

『ばいばい。僕のトラウマ』

 

 その再生能力で、傷ついても構わず突っ込むその特攻に、自分自身の身長やすばしっこさや視力の全てを費やして攻撃をかわして接近する胆力。

 俊平がこのダンジョンの下層で身に付けてきたものをいかん無く発揮して己を屠ったドラゴンと同種のドラゴンを見上げた。

 

 ドラゴンの真下で、全力で自爆を行う俊平。

 

「………。俊平ちゃんって、いつもなよなよしているし、チンピラ信号機たちに逆らえないし、弱い印象しかなかったんだけど」

「ああ」

「………。強いね。なんというか、心が。」

「そうだな」

 

 主人公だもの。強くならなくちゃな。

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 白無垢 】

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第42話 樹ー白無垢

 

 

『強くなれた実感はあるかい?』

 

『うーん。正直、微妙かな。だって、ずっと自爆一辺倒だし、やってること同じだし………』

 

『でも、克服できただろう? トラウマ』

 

『………そうだね。前の僕じゃ、うずくまって助けを求めるだけだった。』

 

『ちゃんと成長しているよ。わたしが保証する。頑張ったね』

 

 

 謎の声との会話を当たり前に行っている俊平。

 俺から見ても、俊平は成長している。

 

 ツッコミ担当で、いじられキャラ。

 チビで弱虫で泣き虫で、それでもクラスメイト達の輪を取り持つ男の子。

 

 それが、ここまで成長するなんて………。

 

「この声の子、あおいさんって呼ばれてたよね?」

「そうだったっけ?」

「ええ。たしかそんな呼ばれてました」

 

 響子の質問に俺が首を捻ると、ヱリカさんが答える。

 

 名前全然気にしてなかった。

 

 いかんな。こっちの世界に帰ってくると気が緩む。

 

「俊平ちゃんが生きてるのって、彼女のお陰なんだね」

「ああ、100%そうだろうな」

 

 もはやそうとしか考えられない。

 いや、俊平自身、一人で半年も迷宮に閉じ込められていたら精神が狂って死んでしまいそうだ。

 

 俊平が出会ったあおいという(おそらく)女の子は、それこそ気が狂うくらいの時間を一人で過ごしていたに違いない。

 それを救ったのも俊平で、俊平を救ったのもまた彼女なのだろうと察しがついた。

 

 いわば、彼ら二人は、二人で一つ。再生の能力だけ持つ、戦闘能力のない女の子と、自爆という最上の攻撃力の代わりに自身を蝕む最低の能力。

 どちらか一つが欠けてもだめだ。

 二人になってもだめだ。 二人で一つじゃないとダメなんだ。

 

 俊平にとって、これ以上ないくらいのパートナーだろう。

 ヒロインなのに実態を持たずに融合するあたり、俊平の受難がありそう。

 

「あ、みて下さい! RPGの定番! ボス倒したら宝箱ですよ!」

 

 ヱリカさんの言にテレビを注視すると、隠し扉の先には宝箱。

 

「樹、あれ中身なんだと思う?」

「服だな。100%服。間違いない。」

 

 俺は断言した。服以外ありえないでしょ。この流れだと。

 

「武器とかじゃないんです? むしろ武器の方が定番だと思いますけど………」

「俊平はおそらくあの世界の主人公だから。絶対に再生可能な服がないと俊平はお外で思う存分に自爆できない。よって、ここから出る宝箱はリサイクルお洋服である。Q.E.D」

 

 証明終了。服が無いと俊平は迷宮の外で生活ができない。

 というか、よく半年もノーパンでぶらぶらさせながら頑張ったと言いたい。

 

「あー………。でもそれってご都合主義すぎません?」

 

 俺の言葉に納得しかけたヱリカさんだけど、当然そんな疑問は残るわけで。

 

「いやー………あの世界はなろうクラス転移のような世界ですよ。ご都合主義じゃなかったら俺がこの世界に戻ってこれませんし、響子が死んだのにもかかわらずこの世界で生きてないですし、なにより自爆が能力の俊平が生き続けられない。今の俊平って生き物は奇跡の連続で生きているんです。だったら服くらい宝箱からドロップしますよ」

「なんかめちゃくちゃ説得力あるけれど、つまり俊平ちゃんの豪運しだいってことだよね?」

「まぁそういうことです。」

 

 テレビの中の俊平も罠が無いか遠くから石を投げたり糸を伸ばしたりして試している。

 ってか糸使いって響きがいいな。迷宮2層のジュエルタランチュラの能力かな?

 俊平にはラーニングは出来ないけれど、自爆でグチャグチャになって再生で融合したの副産物だろうか。

 なんか暗殺者みたい。糸使いにはあこがれるよ。

 

 

『あおいさん、どうしよう、この宝箱』

『どうもこうも、開けてみるしかないんじゃないかい? たとえ罠でも俊平が死ぬことはないんだし』

『痛いのは僕だっていやだよ………』

『じゃあずっとうじうじしているかい?』

『あー、もうっ! 開けるよ!』

 

 どうやら、あおいという女の子は俊平の背中を押すのがとても上手らしい。

 肉体の主導権を握っているのは俊平なのだから、精霊みたいなもんだろうか。

 

 俊平とあおいがどういった関係性なのかはいまいちわからないが、互いに嫌い合ってはいないようだ。

 

 俊平は出来るだけ離れて開けられるように、壁のちょっと高めの位置に糸の両端を貼り付け、その隙間に糸を通すと、宝箱の蓋に貼り付ける。

 頭使ったな、俊平。

 それなら宝箱開けた瞬間に毒とか矢とかが飛んできてもその場にいないから関係ない。

 あとは糸を引っ張るだけだ。

 

 まあ、当たっても俊平は死なないだろうが、俊平だって痛いのは嫌なのだ。慎重になるに越したことはない。

 

『布と、………なにこれ? 布?』

 

 結局、罠の発動は無く、拍子抜けしつつ、中に入っていた布を広げる。

 白い布だな。全部。

 所々赤の線とか入ってるけど、印象としては白でしかない。

 

『白無垢だね。和服だよ。神官とか僧侶とかが着るやつ。そっちの布はたぶん、ふんどし。』

『そうなんだ………。でも僕、着付けとかわからないよ?』

 

 

「樹さん大正解ですよ」

「だから言ったじゃないですか。いやまさか白無垢だとは思わなかったけど。ってか白無垢ってなんだ?」

 

 服ではあったけれど、残念ながら俺には服の知識は無い。

 

「ヱリカさん、白無垢ってどんな衣装なんですか?」

 

 響子も同じだったようで、ヱリカさんに聞いていた。

 

「たしか、日本の花嫁が着る衣装ですよ。神前挙式で今も風習が残ってます。ウエディングドレスと並ぶ女の子の憧れです」

 

 なるほど、そういう衣装か。

 

「あー………。たしかに今の俊平は女の子っぽい。この世界の製作者だか神様だとかは男の娘が大好きで、オネショタが大好きで、しかもロリショタコンなんだろうな。」

 

 なんだかこの世界の神様の性癖が透けて見えるようだぞ! どうなってんだおい!!

 

「たしかに俊平ちゃんを女の子にしたがっているね。「しゅんこちゃん」とか「としこちゃん」って呼んであげた方がいいかな?」

「俊平が泣く。俊平ちゃんのままでいいと思うぞ。」

 

 それにしても、今の俊平の頭髪もほとんど白だから、全身真っ白だな。

 俊平自身、色白な肌だし、白い以外の印象がなくなってしまいそうだ。

 

 

「あ、今ね、白無垢で調べてみたんだけど………その昔、切腹するときに着る衣装も真っ白だったんだって」

「あー………白装束か。そっか、そっちかー! 自爆を行う俊平は毎回自殺しているようなものだ。すごいな、シャレてるな………。なんというか、不謹慎だけどセンスがおしゃれ。」

 

 白装束なら知ってる!

 死人が着てたり貞子が着てたりする奴!

 あとは、独眼竜の伊達政宗が秀吉に謁見する際に死ぬ覚悟でここに来ているとパフォーマンスするために白装束を纏って謁見したのは有名な話だ。

 派手好きの秀吉は政宗が四ヶ月も遅れて参上したのをそれで許しちゃうんだからすごいよな。

 

 おっと、歴史のおもしろ話はどうでもいいんだよ。

 

 そんな白無垢を俊平に送る迷宮のセンスに俺は脱帽だ。

 

「いや、迷宮に自殺服送られる気持ちにもなれってんですよ………」

 

 

 そりゃごもっともで。

 

 

 





あとがき


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【 迷宮脱出 】

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第43話 樹ー迷宮脱出

 

 どうやら悪戦苦闘しながら着付けを行う俊平。

 

「まっ! かわいいですね」

「そうですね〜^^」

「二人ともどこ見てんですか………………」

 

 

 俊平は着替えるためにすっぽんぽんにならなければならないわけで。

 見られているとも知らずに、なんとか褌を巻いた俊平を哀れに思う。

 

 

『ここを………こうして………』

『そうそう………あとこれを………』

 

 あおいの指示の元、俊平はなんとか着付けを行おうと悪戦苦闘している。

 正直、俺も一人で着るならば袴が限界だ。

 袴の着付けしかわからん。

 なんでかって? 実は俺と由依は弓道部なんだわ。初耳だろ?

 だって言ってねーもん。

 

『もう! これ一人で着付けられるようなものじゃないよぉ!』

『文句を言わないでくれ。わたしだって着付けの指示なんて初めてだよ。説明書がほしい』

 

 

 どうやら俊平は上手に着付けができずに業を煮やして、布をポーイ! と放り投げてしまった。

 駄々こねてる子供みたいだぞ、俊平!

 

『小物も多いし、どうやって使えばいいかわからない物も多いし………』

『せめて紋付袴だったら多少は楽だったのに』

 

 どうやらあおいとは気が合いそうだな。

 というか、着物の着付け方が多少わかるだけでもすごいと思う。

 

『ねえ、この衣装、僕用なの?』

『さあ、ダンジョンから出るアイテムはランダムだからね。 その服もないよりはマシでしょう』

『ぐぬぬ!』

 

 

 着付けって大変なんだな。しかも一人で着付けとか大変すぎる。

 俊平は放り投げた衣装を持って、とりあえず簡単に履ける足袋を足に装着している。

 

 

「なんか、俊平のくせにめちゃくちゃかわいいな」

「あー、わかる。今の俊平ちゃんって完全に女の子にしか見えないもんね」

 

 四苦八苦しながらも、1時間以上かけてなんとか衣装を着た俊平。

 チビの俊平に合わせたサイズで、服のサイズは小さいし、走れる程度の足元のゆるさも確保しているようだ。

 

「言っちゃなんだが、めちゃくちゃ似合ってる。」

 

 俊平は男だ。男なのだが………。

 そのセミロングの白髪と真っ白の衣装が実に神々しく

 着崩れたその衣装が官能的なまでのエロさまで兼ね備えている。

 

「本当だね〜、可愛いよりも綺麗………かな?」

「白いってのはそれだけで神聖な色ってんですよ」

 

 たしかに。ぎゅぎゅっ! となんとか衣装を自分に合わせた俊平は、完全に白の申し子。

 その眩しさに思わず目を細めてしまう。

 

「樹、樹、この俊平ちゃんを写真に収めといて!」

「お、了解。」

 

 

 響子の指示に従い、俺は俊平の様子を写真に収める。

 あとで田中と由依と妙子に見せてきゃっきゃしよっと。

 

 ついでに佐之助にも見せてみるか。面白い反応をしそうだ。

 

 

 

『それにしても、迷宮を脱出するために、迷宮に潜り続けていたけれど………僕は潜りたいわけじゃなくて登りたいんだけどなぁ』

『言わんとすることはわかる。でもね、半年かけてようやくたどり着いたここにこそ、その答えがあるのさ』

 

 確かに、気にはなっていた。

 俊平は上へ上へのルートを探しているのとばかり思っていたけれど、漆黒竜はトラブルさえなければずっと下層にいるはずなんだ。

 なのに、それを倒しているということは、俊平は登っているんじゃなくて潜って行っていたということだよな?

 

 だからこそ、半年もかかっている? いや、地図もない地下の迷宮でどっちが北かもわからなければ、うっかり魔人族の大陸に出てしまうこともあるかもしれないのか。

 

『つまり、迷宮から脱出できるなにかってこと?』

 

 やはり俊平は見かけによらず鋭い。

 文脈からあおいの言いたいことを読み取っているようだ。

 

『その通り。ここはボス部屋。いわば中間地点。ボスを倒した者には、ここと外を行き来できる権利が与えられるのさ。』

『つまり、ここに戻ってこれるし、外にも出れるってこと?』

『そう。よくがんばったね、俊平。ようやくこの迷宮での生活もおさらばさ』

『そっか………』

『あとは、あの魔法陣に乗って、外の世界に帰るだけだ』

 

 俊平の視線の先には、地面に描かれた、淡い光を放つ魔法陣。

 

 俺はその魔法陣を写真に収めた。

 解析したら使えるようになるかな

 

 俊平が魔法陣に乗り込むと、視界が白く歪む。

 

 

「どうやら俺らはすごくいいタイミングで俊平のことを覗き見できたらしいな」

「そうみたいですね………。よくわかりませんが、俊平くんが無事で何よりです。」

 

 

 ヱリカさんが、鏡を立てかけられている俊平の頭を撫でる。

 

 向こうの俊平と違い、こちらの俊平は黒髪短髪だ。

 白っぽいカツラを被せたら、たぶん同じようになる。

 

 

『う………ん………ここは………!』

 

 俊平が目を開けると、そこは………

 

 

「よかったね、俊平ちゃん、外に出られて………」

「まったくだ。あんまり心配はしていなかったが、それでもほっとした」

 

 

 そこは外。

 俊平の後ろには洞窟があった。

 

 迷宮の入り口には、謎のモノリス。モノリスにも魔法陣が記されて光っている。

 それも写真に収めておいた。

 

 なんか俊平の記念写真を撮っているみたいだな。

 

「よくわからんが、このモノリスと、さっきの魔法陣がつながっているのかもしれないな。」

「そうかもね。俊平ちゃんがあのモノリスに近づけば、さっきの迷宮の中に入れるんだと思う」

「なんだかとってもRPGな世界ってんですよ」

「いや、ロールプレイしてませんから。俊平の素ですよ。オリジナルプレイです。」

「そいういやそうでした」

 

 団三郎さんが用意してくださった茶菓子を食べる。

 おいしい。

 

『さて、ここから俊平の新しい冒険物語が始まるわけだけど、どうするかい?』

『どうするって?』

『どこに向うかってこと。わたしとしても、数百年ぶりの外の世界だ。今の世界がどうなっているのか、まるでわからないわたしとしては、ひとまず街に向かうのがいいと思う』

『そうだね』

 

 あおいの声に頷く俊平。

 相変わらず姿は見えないけれど声は聞こえる。

 

 これって、実際にはあおいの声は俊平以外には聞こえていないのかな。

 

 ここが俊平の夢の中だから、俊平が体感している夢の声だから、この夢映しの鏡のおかげで聞こえているだけなのかもしれない。

 

『迷宮から抜け出たはいいものの、ここはどの大陸のどこなのか、まるで見当がつかない。迷子の迷子の俊平だ。魔人族の大陸ではないことを祈ろう。俊平も、正規の方法で迷宮に入ったわけじゃないようだしね』

『そうだね。街に行っても、多分言語がわからないよ。翻訳の指輪は持ってないし………』

『翻訳の指輪なんてのがあるのかい? ここが人間の大陸ならば、わたしがある程度翻訳してあげるよ。わたしがいた頃はそんな便利なものはなかったからね。必死で覚えたものさ。」

『おおー、頼りになる! さすがあおいさん!』

『よせよせ、あまり期待はするな。だいぶ昔の話だ………まだ覚えているかな………』

 

 

 そうだよな。言語がわからないんだったらどうしようもない。

 彼女の存在は俊平にとっても道標になるのだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 変則的な武術(自爆) 】

お楽しみに


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第44話 俊平ー変則的な武術(自爆)

 

 

「ひとまず、歩いて道に出るところに行くしかないよね」

 

 

 俊平は白無垢を着た神聖な衣装のまま、歩き始める。

 

 己が日本の女性が着る、婚姻用の衣装を着ているとはつゆほども思わぬまま。

 

『ここがどのあたりかを把握する必要がある。街に着いたら、地図を買おう』

「買おうったって………僕、お金持ってないよ………」

『いざとなったら白無垢を服屋にでも売ればいい話さ。』

「僕の服がなくなっちゃうよ………。あ、そのお金でまず服を買えばいいのか」

『そういうこと。』

「………とはいえ、僕の能力で爆散するような服は嫌だなあ。無限再生する服欲しい」

『そんな服があったら素敵だね。無限再生する肉体持ちの俊平。』

 

 俊平は道無き道を歩き続け、そして街道に出る。

 

「ようやく街道だ。日の光だ! 僕もう日光と結婚する!」

 

 俊平は両手を広げてその陽の光を体いっぱいに浴びる。

 その温かな陽気が身を焦がし、淀んだ迷宮の空気とは違ったお日様の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

『なんてことだ。わたしは日光のせいで振られてしまった。よし、俊平、太陽に向かって猪突猛進。ついでに自爆するんだ。さすればわたしの恋敵はいなくなる。』

 

 そんな俊平の様子に、あおいは面白そうに含み笑いをしながら俊平に死ねと命令を下す。

 あまりにも身勝手な命令だ。

 勝手に太陽に嫉妬して太陽と心中しろなどととち狂った命令を俊平に下すものの

 

「残念。僕は第二宇宙速度で空を飛べません。」

 

 俊平もあっけらかんとそれを拒否。

 

『足の先から順に連鎖自爆と超速再生を繰り返したらできるのでは?』

「………やらないよ?」

 

 長らく共に行動を行ってきた俊平とあおいは、二人しかいない迷宮の中で会話を続けるために、よく馬鹿な掛け合いをするようになっていた。

 それは、互いに精神を病み始めていたから。

 

 俊平はやさしいといっても、やはりただの中学生で、一人だけ取り残される迷宮の生活は苦しいものであった。

 それを解してくれたのが、あおいという、存在。

 

 

 会話というのは、それだけで心を軽くしてくれていた。

 あおい自身も、長らく一人で囚われ続けていたからか、会話というものを楽しんでいる。

 

 どこかお調子者で、しっかりとした口調で、俊平の背中をおしてくれるあおいの存在は、俊平にとっても最高のパートナーであった。

 

『みたまえ俊平、あそこに、魔物に襲われている馬車があるぞ!』

「わあ! 由依ちゃんと樹くん(・・・)が見たらテンプレって言いそう!」

 

 俊平の視界の先には、狼の魔物に襲われている馬車。

 俊平は走り出す。

 白無垢は本来、ゆったりと歩く衣装だが、自身が動きやすいように、足元の布は短めに着付けしてある。

 俊平の基本戦術が近づいての自爆であるために、機動力は残しておかないといけなかったからだ。

 

 

『ほう、未来を見通す力を持つ俊平の友達だったかな』

「うん。この世界にきた時から、ずっとみんなが不安にならないように調整してくれていたすごい人なんだ。僕も樹くんに忠告を受けてなかったら、すでに心が折れていたかもしれないからね。ゴブリンの殺し方、僕に起こるであろう受難。彼の言葉がなかったら、生きることを諦めかけてた。」

 

 長い迷宮生活を支えていたのは、あおいの存在がたしかに一番だった。

 だが、俊平がこうなることを見越していたかのように俊平を導いてくれた友達。

 それが樹だった。

 テンプレを網羅する樹が、俊平には必ず受難が待っていると確信して、魔物の殺し童貞を捨てさせ、決して心を折るなと激励してくれた。

 彼の言葉が、彼の気遣いがなかったら、すでに俊平の心は折れて廃人になっていたなもしれない。

 

 俊平は知らないことだが、現在、外の世界で俊平の様子をライブビューしている樹は恥ずかしさのあまり悶絶している。

 

 本来記憶が抜け落ちるはずの俊平だが、抜け落ちた記憶も〈自己再生〉の効果で再生されているため、俊平の記憶には欠落は無かった。

 

 

『良い友を持ったね、俊平』

「………うん!」

 

 

 あおいは俊平の心を支えてくれるその友に若干の嫉妬をおぼえつつ、その者に尊敬の念を送る。

 現在進行形で悶絶しているとは知らずに。

 

 

 それはさておき、戦闘に思考を切り替えた俊平は走りながら両手の指から糸を射出。

 狼の群れの一体に糸を貼り付けると

 

「えいやあ!!」

 

 思い切り引っ張る。

 

 

 半年にも及ぶ迷宮生活にてレベルの上がった俊平。

 

 スピードもパワーも防御力もペラペラだが、たしかにレベルは上がっている。

 半年にも及ぶ迷宮探索と、2体分の漆黒竜の経験値だ。

 多少の効果が無い方がおかしい。

 

 そのため、糸を貼り付けたウルフを一本釣りすることなど、もはや容易いものだった。

 

 

『さすがだね、俊平』

 

「さすがに一斉に吊り上げることはできないけどね」

 

 

 さらに、地上のウルフなどは、迷宮の魔物よりも脆いし柔らかい。

 迷宮に住んでいたジュエルタランチュラなどは俊平が思い切り殴っても拳を痛めるだけだし、ジュエルタランチュラどうしを激突させてもその宝石のようなお腹には傷一つつかない。

 

 だが、俊平は自爆という爆撃の能力を持っているが故に、たやすくその頑丈を打ち破れた。

 

 

「爆裂パンチ!!」

 

 

 釣り上げられたウルフに対し、ふゅん! と、へなちょこパンチを繰り出す俊平。

 

 そのクソ雑魚パンチを受けたウルフは、バムッ! という破裂音と共に、その首がこの世から焼失した。

 

「あちち………。ウルフくらいだったらちょっとの火傷くらいで倒せるね」

 

『能力の調整も完璧じゃないか』

 

 ひらひらと手首をふれば、火傷の後は残らない。最小限の自傷でかたがつく。

 

『お、すごいぞ俊平! この白無垢、返り血を浴びたのに、血がすぐに流れ落ちて真っ白だ! しかも焼け焦げた裾もすぐに戻っている!』

 

「すごい! 再生する服だ! もう僕全裸じゃなくなるんだ!」

 

『やったな俊平!』

 

「うん! あおいさん!」

 

 

 俊平はあおいとの喜びを分かち合う。

 

 だが、ウルフの群れは俊平を驚異と判断したのか、次々と襲いかかってくるではないか。

 

 

「えと、えと………! 」

『爆風キックとかどうだい?』

「爆風キック!!」

 

 

 先ほどのへなちょこパンチはなんだったのか、そう言いたくなるくらいの鋭い蹴りが、ウルフの顎に爆音と共に突き刺さる。

 

 蹴りと一緒に、かかとを自爆させ、蹴りの速度を加速させる俊平の新手加減技。

 全力で自爆するとあたり一面をクレーターに変えてしまう俊平の、自ら編み出した手加減の技。

 

 基本的には俊平の自爆は、全力で全ての力を消費する自爆のみ。

 

 だが、魔力と通力を練り合わせる【通魔活性】のおかげで、少しだけの自爆や、部分自爆、切り離した体の一部を自爆させる遠隔自爆と、かなりのバリエーションが使えるようになっていた。

 

 そのバリエーションの一つが、爆風を利用して物理の威力をあげる爆風キック。

 

 それは、俊平のへなちょこの運動能力を補ってあまりある、物理エネルギーとなる。

 自壊を厭わないその俊平の攻撃は、俊平を変則的な武術家に仕立て上げていた。

 ついでに足の<硬化>も行っているため、相手へのダメージは大だ。

 

 

「あ………足袋もやっぱり再生してる………。この服すごいね!」

『これはもう売れないな。わたしの能力の影響を受けているのか?』

 

 などと喜ぶ二人を

 

 

「『白の神子……』」

「『白の神子だ』」

 

 などと呼ばれているとは知らず、俊平は己の白無垢の性能をただただ喜んでいた。

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 盛大に勘違いされるやつ 】

お楽しみに
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第45話 俊平ー盛大に勘違いされるやつ

 

 

「『白の神子………』」

「『白の神子だ………!』」

 

 俊平が助太刀に入った馬車の護衛が、なにやら遠巻きにこちらを見つめている。

 

 

『おや、俊平。なにやら愉快なことになっていそうだぞ』

「んー? ぴゃー! 僕、なにかやっちゃった!?」

『俊平がなにかやったというよりは、格好のせいかな。どうあがいても目立つ格好だろう? それ。』

「………たしかに。あの人たち、なんて言っているの………?」

『わたしもわからん。白がどうとかこうとか………。俊平が白いって言ってるんじゃないかい?』

 

 あおいは指輪を持っていないとはいえ、大陸の言語を習っていたのは数百年前だ。

 もはやほとんど忘れてしまっている。

 

 馬車の中から、オレンジいろの髪の女性が出てくる。

 

「『姫様! お戻りください! ここはまだ危険です』」

 

 兜を付けた護衛らしき人物による制止を振り切り、オレンジ色の女性が近づいてくる

 

『ええっと、姫、危険、戻れ………かな』

 

  同時翻訳であおいがなんとか単語を拾ってくれるものの、やはり言語を把握できる指輪が無いことにはなにもわからない。

 

「『助けて下さって、ありがとうございます』」

 

 俊平に対し、お腹に両手を添えて深々と頭を下げるが、どうやら俊平よりは年上らしい。

 見た感じ17~20くらいだろうか。中学生の俊平からすれば、大人の女性だった。

 

『ありがとうって言ってるよ』

 

「ど、どういたしまして………。」

 

「『わたしは、ジャニス・エデン・コーデです。白の神子様、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』」

 

『ジャニスさんだって。たぶん、自己紹介してる。』

 

「僕は………シュンペイ、です」

 

 俊平は、ゆっくりと日本語で自己紹介をするが、ベールの女性も俊平の言っていることが聞き取れず、かろうじて名前を言っている事だけはわかったらしい

 

 

「『シュンペイさまですね! わたしの街までご一緒致します! どうぞ馬車へ!』」

 

 俊平の手を握って、ぐいぐいと引っ張るジャニス

 

「わっわっ!」

 

 有無を言わさずだっこで馬車に乗せられる俊平。

 いつまでたっても子ども扱いに、ため息しか出なかった。

 

 

          ☆

 

 

 

 コーデの街のはずれには、美しい湖があった。名前をエデン湖。

 まるで天国のように美しいとつけられたその湖に、かつて侵略者が現れた。

 

 異界からの侵略者。群青竜(ブルードラゴン)。水中に特化した竜。

 

 かつて神が遣わした純白の乙女。白の神子が竜を海底で眠らせることに成功した。

 コーデの街では、純白の神子としてあがめられるようになった。

 

 しかし、その封印も歳月には叶わない。

 

 数百年がたち、その結界が緩む時期がある。

 10年に一度、群青竜(ブルードラゴン)は目を覚まし、エデン湖で悪さをするようになり、コーデの街の家には白羽の矢が立てられるようになった。

 

 白羽の矢が立てられた家の子供を生贄に捧げよ。さすればまた眠りに付こう

 そう言い残した群青竜は、10年の眠りについた。

 

 10年後、群青竜(ブルードラゴン)は捧げられた子供を食らうと、おとなしく眠りにつくようになった。

 

 おびえて暮らす街の者を安心させるためか、再び天より白の神子が遣わされた。

 

 群青竜(ブルードラゴン)を討伐する為に。

 

 再び現れた白の神子は、様々な異形を操り、あるいは出現させ、群青竜(ブルードラゴン)を赤や橙や青い炎で焼いた。

 

 その際に、エデン湖は広がり、白の神子の御力を授かったエデン湖は澄み渡り、人々を活気づける効果を持つという言い伝えがある。

 

 だが、白の神子が群青竜(ブルードラゴン)を討伐して白の神子が去り数十年。

 

 群青竜(ブルードラゴン)の子供が成竜となったころ、再び街に白羽の矢が立てられることになったのだ。

 

 今年の白羽の矢が立てられたのが、領主の家。つまりコーデ家である。

 

 コーデ家やコーデの街を救うために現れた純白の神子。

 それこそがシュンペイ様なのではなかろうか。

 

 

 

 

 

 とか馬車の中で言われていたが

 言語のわからない俊平とあおいには何言ってるか全然わからなかった。

 

 

          ☆

 

 

「おいしい! おいしいよぉ!!」 

 

『数百年ぶりの食事だ! 本当においしい! 俊平も半年ぶりのちゃんとした食事はどうだい?」

 

「むぐー!」

 

『聞かんでもわかるな。感覚は共有しているんだ。向こうのお肉も食べてくれないかい。気になっているんだ。』

 

「もふー!」

 

 ジャニスに案内された俊平は、盛大な歓待を受けた。

 よくわからないが大きなお屋敷に通されて、ジャニスを救ってくれたお礼といって豪華な食事を食べさせてくれたのだ。

 

 これで腹ペコからおさらばだ。

 カニバリズムをしなくて済む。

 

 自食はもうこりごりだ。

 

 俊平は泣いた。

 泣きながら食べた。

 

 やっと人の文明らしい生活に戻れたのだ。

 

 これを泣かずにはいられなかった。

 

 

「『ふふっ、すごく喜んでおいでですね、シュンペイさま』」

 

 一緒の夕食を囲んでいる間に俊平のお腹も速攻で膨れた。

 

 俊平は小食なのである。

 

「おいしかった………おいしすぎた………いや、今までがまず過ぎたんだ………」

『わたしももうゲテモノを食さなくて済む………。祝杯を上げよう』

「おさけ飲めないって………」

『安心して、わたしもだ』

「じゃあなんで言ったの」

 

「『シュンペイ様はいったい誰と話しているのでしょう………?』」

「『神様じゃないですか?』」

「『しらない言葉ですし』」

 

 

 

 こうして、拠点を手に入れた俊平は、与えられた客室で泥のように三日三晩寝て過ごした。

 

 半年分の疲労を一晩寝ただけで癒せるほど、俊平の肉体も精神も頑丈ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき

タツル
「寝ないで! 寝ないで俊平! もっと面白い情報を!」

響子
「これもう私この続きから見る事出来ないやつじゃん!」


ヱリカ
「ジャニスエデ●コーデ………? プ●パラおじさんの無糖推しが沸きそうな名前だってんですよ」

作者はプリ●ラおじさん。
2021年夏から始まるアイドルランドプリパ●が楽しみでならないよ。

次回予告
【 勘違い系は、はたから見るのが一番楽しい 】

お楽しみに


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第46話 樹ー勘違い系は、はたから見るのが一番楽しい

 

 テレビの画面には、ベッドの上で寝息を立てる俊平が映る。

 

「あぁああ! 俊平寝ちまった! 気になるぅうううう!!!」

 

 頭をかきむしる!!

 俊平がベッドにダイブして3秒で動かなくなってしまった。

 半年分の疲労が溜まっているんだ。もはや1週間くらいベッドから動かなくても俺は文句言わないよ!

 

「ほんとそれ! 気になるよ! 俊平ちゃん、絶対大事なイベントに巻き込まれているって!」

 

 響子も俺の背中をバシバシとたたきながら続きが気になっていたが、俊平の物語はここで一旦

 

 ←To be continued...

 

 次回へ続く、だ。

 しかも、響子とヱリカさんはどうあがいてもこの続きを見る事が出来ない!!!

 次に俺がここに来るのが何か月後かもわからないからだ。

 

「俊平側が言語を理解できていないから、盛大な勘違い物語があっちの世界で行われているんだ。いかにも神聖な服を着た俊平がなんか奇跡的なことやらかしてなんかすげー勘違いされるやつ!」

 

「なんてこってす! わたし、勘違い系のなろう物語大好物だってんですよ!」

 

「わかるマ――――ン!!」

 

 ガシッとヱリカさんと手を組む俺。

 俺自身、チートみたいな性能になってきているせいで、勘違い系とは縁が遠くなってしまったから、勘違い系なろうは俺の大好物の一つなのだ。

 

 悪役令嬢が主人公でも、女の子が主人公でも、おっさんが主人公でも、周りが勝手に勘違いして盛り上がるやつは鈴木樹の大好物の一つなんだよぉ!

 

 俺にはできないそのなろうテンプレを、俊平は天然で叶えることができるのだ!

 

 うらやましい! 本人にはその自覚がないところがとくにグッド!

 

 こういう勘違いのやつは、はたから見るのが一番おいしいんだよ!

 

「エデン胡、コーデの町って言ってたな………」

「あたしは翻訳できないけど」

「わたしもあのオレンジ色のお嬢さんが何を言っていたのか全然わからんってんですよ」

「俺だけか………翻訳の指輪を持ってるの………。ってか、日常会話なら指輪なくても出来る程度にはわかるようにはなったぞ。ゆっくり話してもらう必要はあるが………」

「なんだかんだ樹ってスペック高いな………」

「俺の能力は異世界を渡る能力(チカラ)だぞ。言語の習得に最も時間が掛かるんだよ。ある程度は慣れだ」

 

 

 俺はエデン胡、コーデの町を調べてそこに誰かを向かわせればいいってことだな! そういうことだな!

 

「よーし、俺の行動方針が決まった。適度に俊平をおちょくりつつ、俊平の物語に華を添えてやろう」

「いえーい! やったれやったれ!」

「そうと決まったら、田中のためにパジャマを買いに行って、妙子のお酒を補充して………」

「黒霧島あるってんですよ。もってってください」

「わお、準備が良い!」

「たぶん、樹か由依は明日も来るだろうから、またお酒用意しときますよ」

「ありがとうございます。たぶん、あっちの世界に持ち込めるのは俺だけだと思いますが」

「準備だけです。あ、お金はこっち持ちでいいってんですよ。あとでおばーちゃんに請求するってんです」

 

 

 団三郎さんとヱリカさんの協力を経て、パジャマを購入。及びその他いろいろお菓子とか買ってもらった。わーい。

 用意するものの大半が妙子のお酒なんですがこれ。

 

 おっも………。

 

 でも日本における資金面の心配の一切がなくなってしまった。

 

 うーん………。魔王転生の時に手に入れていた暗黒収納してやるか。

 ごめんな消吾。俺もうアイテムボックス持ってるんだ。

 

「樹さん、これ、いりやすかい?」

 

 団三郎さんがチャカッとチャカを見せてくれる。

 

「いやいや! いらないですよ! 向こうじゃ魔法のほうが主流ですから!」

 

 さすがに俺も銃器所持はしたくないっての!

 いろいろ危なっかしいマジックアイテムを持っててなんだけど、こっちの世界の兵器は持ち込みたくないよ!

 

「そうですかい………では妙子さんに渡してやってくだせえ。弾薬もそろえておきやす」

「あわばばばば」

「妙子さん以外に渡したら………わかってますね?」

「モモモモ、モチツモです。」

「そこはロンしときましょうや。『S&W M&P9 シールド』密輸品の押収品ですわ。こっちも処分に困っとったんで、そっちの世界で使い切って粉々にでもしといてくだせい」

「あ、ゴミの押し付けだったんですね。気楽に行きます。」

「小さい銃なんで、妙子さんにも使いやすいはずでさ」

「絶対に渡します。」

 

 団三郎さんからもお土産をもらったことだし、俊平の動向も掴んだ。

 妙子への酒も準備できたしパジャマも用意完了。

 

「じゃあな響子。由依と俊平の面倒、よろしく」

「はいはい。今日は楽しませてもらったよ。またこっちに来たら向こうの世界で何があったのか、ちゃんと教えてよね」

「わかってるよ。」

 

 響子はどうしても向こうの世界の情報が不足してしまうからな。

 俺があっちでの最新の情報をお届けして差し上げないと、先にリタイアしてしまった響子には不安しか残らないからな。

 

 響子は死者蘇生イベントは望まなかったし、今回の俊平の動向はいち早くゲットしたことを詫びとして持っておいてほしい。

 

 まあ、明日になったらもっとも古い情報になるかもしれないが………。

 

 

「じゃあ樹、また来てください。土産話、待ってるってんですよ」

「はい、行ってきます」

 

 物資を補給したし、荷物を背負って俺は世界を跳躍する!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 おかえりタツル 】

お楽しみに


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第47話 由依ーおかえりタツル

 

「ただまー」

「おかりー」

「おかえりにゃ! 急に現れてびっくりしたけどしっかり樹にゃんのこと忘れていたにゃ!」

 

 

 喫茶店でタナカちゃんと無駄に4時間くらいだべっていたらタツルが帰ってきた。

 

 

「タツル、実験は成功なの?」

 

 タツルがこの世界を去る前になにやら実験して、急に消えちゃったけど、タツルがいつ戻ってきてもいいように、タナカちゃんとめちゃくちゃどうでも良い話をしながら4時間くらいずっと時間潰してた。

 

 どんな話か?

 向こうの世界で最後に見たアニメはなんだったか。

 とか、どんな異世界を冒険したいか? とか。

 

 まあそんなところ。

 

「おう。成功も成功。向こうの世界に行き来できるようになった。俺ができたんだから、由依もたぶん同じことできるぞ」

「そうだろうね…………。あとでやりかたふわっと教えて」

「りょー。」

 

 

 タツルができることは私もできるはずだ。

 違いといえば、樹はこの世界に生身で来ていること。私はおそらく精神がこちらに来ていて、ここでの肉体は仮初である。

 ということ。

 

「田中にもほら、お土産持ってきたぞ。パジャマだ」

「にゃにゃ!? 本当に由依にゃんの視界をジャックして覗き見していたのかにゃ!? すごいにゃ! 田中もいつかできるようになるにゃ!」

「城に着いたら渡してやる。」

「紳士にゃ!」

 

 パチパチと手を叩くタナカちゃん。

 よせやい。モテる男になるために頑張ったんだい。と照れるタツルだけど、モテる必要ないと思う。

 

「どんなパジャマか見せて欲しいにゃ! 樹にゃんのセンスを拝見にゃ!」

「いいだろう。俺のセンスに恐れ慄け!」

 

 タツルは暗黒収納からタナカちゃんのパジャマを取り出す。

 あ、いっしょに私のもおそろいで買ってあるみたい。

 

「本当に俺と由依と同じ能力が覚醒すると思うか?」

「それはやってみないとわからないにゃ。衣装の影響で深く安眠できる能力だとしても、田中に不満はないにゃ!」

「ま、試してみる価値だけはおおいにあるな」

 

 

 タナカちゃんに梱包された包みを手渡すと、小さな猫の顔が全体にプリントされたパジャマだ。

 ナイトキャップとアイマスクもついている! なにこれ! かわいい!

 

「田中といえば猫だと思ってな。コレみたときにビビッときた」

「すばらしいセンスにゃ! 田中は気に入ったにゃ!  恐れ入ったにゃ!」

 

 どうやらタナカちゃんの及第点は得られたようだ。

 猫耳カチューシャつけてるくらいだし、語尾も猫だし、他のパジャマよりは絶対にコレしかない感があったから猫パジャマだなんだね!

 

「コスプレパジャマと迷ったけれど、コスプレパジャマだと、そのコスプレの能力になりそうでスタンダードのパジャマにしたんだよな。」

 

 そっか。

 

「………。それで、タツル。俊平ちゃんの様子はどうだったの?」

 

「俊平は、つい今し方、地下のダンジョンを脱出したところだ。」

「ほほう! 詳しく聞かせて欲しい! 俊平ちゃんは無事なんだね?」

 

 わたしはずずいと詰め寄る。

 タツルってニキビねーなー。

 

「俊平の写真撮ってきた。みる?」

「「 見る(にゃ)!! 」」

 

 俊平ちゃんの様子はすごく気になっていたからね! タナカちゃんと一緒にずずいと顔を寄せれば、

 スマホに保存している俊平ちゃんの写真を見せてくれた。

 俊平ちゃんが迷宮から脱出した後のモノリスから歩き去るシーン。

 

 俊平ちゃんが美味しそうに泣きながら食事をするシーン。なにこれかわいい。

 

 

「よかったぁ………ずっと心残りだったんだよね、俊平ちゃんのこと」

「元気そうでよかったにゃ………。さっき言ってた通り俊平にゃんは白髪だにゃ!」

 

 私とタナカちゃんはほっと胸を撫で下ろす。

 白髪の俊平ちゃんを見ても特に予想したうちの一つだったから驚くこともなかった。

 

「でもなんかすごくかわいい格好しているにゃ!」

「それな」

 

 タツルのスマホをのぞきこむタナカちゃんに私はビシ! と両手で指差す。

 まさにそれなんだよ。俊平ちゃんはちっちゃくて可愛いのに、白髪でセミロングで黒のメッシュ入ってて、しかもなんか可愛い格好をしている。

 そりゃあかわいいよ!

 

「白装束? なにこの白い………和服………?」

「あれ、なんかどっかでみたことあるようにゃ………」

「白無垢って言うらしい。白に赤の刺繍が入っていると、なんかめでたい感じするよな」

「あ、わかる。結婚式とか卒業式とかも紅白幕を立てかけてあるよね」

 

 へえ、これ白無垢っていうんだ。

 そういやそうだな。あんま気にしてなかったけど、めでたいときには紅白はつきものだ。

 

 

「俊平は自分が動きやすいように着付けの道具をつけてなかったり足の裾を短くしたりと調整しているみたいだから、改造白無垢ってところかな。女の子が神前挙式で着る衣装らしい」

「あー、それでみたことあったのかにゃ! 田中のお兄ちゃんのお嫁さんが確かに着ていたにゃ! 」

 

 実は妹属性だったのか、タナカちゃん! 一人っ子だと思ってたぞ。

 

「神前挙式の後にチャペルで結婚式をあげて、披露宴で何度も可愛いウエディングドレスに着替えていたにゃ! とっても綺麗だったにゃ!」

 

 いやんいやんと頬に両手を当てて腰を捻るタナカちゃん。

 意外と乙女チックなところあるんだなー。いや、語尾が変なだけでタナカちゃんはずっと乙女だったわ。

 

 

 タナカちゃんのお兄さんも田中で、そのお嫁さんも田中になるんだな。

 田中だらけだな。その二人の一人称って、なんなんだろう。

 

「で、俊平ちゃんはいったいどこにいるの?」

「翻訳の指輪持ってないから、コーデの町のエデン湖で盛大な勘違い系なろうを展開しようとしている。」

 

 タツルがそういうと、タナカちゃんも私も堪えきれないといった様子で吹き出してしまった。

 

「にゃははっはー! まさかの勘違い!」

「勘違い系ってタツルが一番好きなやつじゃん!」

「なー! それ知ったときおもっくそ笑ったもん!」

 

 

 ケラケラと私とタナカちゃんとタツルの3人で笑う。

 

「………というわけで、行く? エデン湖」

「もちろんにゃ!」

「そんな面白イベント、行かない方がどうかしているわ!」

 

 というわけで、次回、エデン湖へ遠征!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき

佐藤由依はノートに鈴木由依とか書いちゃう程度には乙女チックな子です。

次回予告
【 式神 】

お楽しみに


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第48話 由依ー式神

 

 

 タツルが夢の世界で魔王転生を経たことで大幅なインフレを完了させた頃、私は複数の異能を手に入れていた。

 

 そのうち一つが、神足通。いわゆるテレポート。

タツルの言葉を借りるなら、神通力と呼ばれるぶっ壊れスキルの一つだとか。

 

 

 コレは、一度行ったことがある場所なら一瞬で転移することができる能力だよ。

 

 テレポート系の異能はかなり便利だからね。一度は別の大陸に足を運んでいける場所を増やしておくことも考えておかないといけないね

 あまり遠征していないから、行ける場所も少ないんだけどさ。

 

 光彦君なんかはいろんな場所に冒険に行ってるよ。

 村々を回って魔物を退治して回るし、現れた魔人なんかも倒している。

 現れる魔人なんかはリビディアやタツルが相手したデリュージョンのような能力は持っていなかったのか、それほど強くはなかったみたいだよ。

 

 俊平ちゃんの一件があってから、甘さを捨てて、人型の物も殺せるようになったっぽい。

 性格、歪まないかなぁ。不安だなぁ。

 

 

「タツル、遠征するのはいいけど、メンバーはどうするの?」

「まずはイツメンだな。」

 

イツメンとは、タツルとタエコちゃん、タナカちゃんと私の4人。

なんだこれ、タツルのハーレムか?

許さんぞ私は。

 

「あとは、鉄太と佐之助も呼ぶか。」

「その人選の真意は? 佐之助(エロガッパ)はわかるけど、テツタも?」

「佐之助は俊平の親友だし、鉄太の能力はすばらしいということをさっき由依ママが教えてくれた。」

 

 タツルがそんなことを言うので、私は両手を組んでそのうえに顎を乗せる。

 

「くわしく。」

「り。」

 

 短く返事をしたタツルは、鉄太の能力を説明する。

 複数人がやっていることと同じことが出来る、笠増し要因である、と。

 

「だが、鉄太の能力で、俺と由依が寝ているところに鉄太を配置すれば、おそらく俺と由依と、同じ能力を鉄太は使える」

「にゃにゃ!!? そのぶっ壊れ能力が増えるのかにゃ!?」

「田中も人のこと言えねえだろ。パジャマでお前も使えるようになるかもしれないんだぞ!」

「それもそうだにゃ!」

 

 さすがは私のお母さん。よくそんなことを思いついたな………。

 

 

「ほかの人選は妙子に任せるか。」

「異議なし」

「わかったにゃ!」

 

 

 

          ☆

 

 

 早速私たちはタエコちゃんのいる寄宿舎へと向かった。

 

「妙子ー!」

「おお、樹か。話は伺っておる。エデン湖へ向かう人選じゃろう?」

「なんで知ってんの!?」

「ポケットを見よ。そこに答えがある」

 

 タツルのポッケから、人型の紙が出てきた。

 

「『式神? おう? 声が二重に…』」

 

 タツルが喋るのと同時に、タエコちゃんの持つ人型の紙から声が聞こえる。

 タツルの持つ紙と対になっているのかな。

 

「そうじゃ。儂がよく情報収集に使う式神じゃ。盗み聞きには最適じゃな。」

 

 しれっとそんなことを言うタエコちゃん。

 自分の情報収集の元を教えてくれる当たり、かなり信用してくれているみたいだ。

 まあ、タエコちゃんの情報の元がその紙だけだとは到底思えないけどさ。 

 

「うひい、いつの間にか盗聴されてたぜ………。この俺が気づかないとは………。さすがだな、妙子」

 

 タツルも、いつの間に仕込まれていたのかわからないその紙を破り捨てる。

 さすがに盗聴され続けるのは気持ちが悪いのか、冷や汗をかきながらタエコちゃんを睨んだ。

 

 かなりインフレしているタツルを出し抜くとは、さすが大妖怪。化け狸の総大将といったところだ。

 だまくらかすのは得意なのだろう。

 

 とはいえ、してやられたタツルは、迂闊な自分を恥じ、タエコちゃんを責めるようなことはなかった。

 

 自ら盗聴をバラしてタツルの緊張を促しているのか煽っているのかはわからないが、タエコちゃん自身タツルに怒られるとも思っていないのだろう。

 そもそも、タツルってよほどの事が無い限りキレることまったくないし。

 

 だってほら、タツルってやれやれ系主人公でしょ。

 

 やれやれとは言わないけれど、しょうがないなぁって世話焼く感じがまさにそう。

 してやられたのなら、してやったそれを褒めるくらいの度量はあるのがタツルなのだ。

 

 幼馴染の私はよく知ってる。

 

 私もポケットに手を突っ込んでみると、見事に人型の紙が入っていた。

 やられた………!

 

 私はその紙をグシャ! と握りつぶす。

 そのままゴミ入れに投げた。

 

 私とタナカちゃんとタツルがよく悪だくみをしているから、タエコちゃんも私たちの動向に気を配っているのだろう。

 

 しかし盗聴とはいただけんな。

 

 悪びれる様子もないことから、これからもこういった事は続けるのだろう。

 まあ、タエコちゃんの前で余計な悪さはできないな。

 

 

「妙子。団三郎さんとヱリカさんから、焼酎と日本酒。これ、黒霧島だって。俺は酒はわからんけど、美味いの?」

「うむ。飲んでみるか?」

「田中もご相伴にあずかるにゃ! 焼き鳥が欲しいにゃ!」

 

 むしろ悪いことに引きずりこもうとしているじゃないか

 

「あとこれ。なんか拳銃もらったよ。弾薬含めて妙子に渡してくれってさ」

「ふむ………ステータスがものをいう世界で銃か……どうなんじゃろうな?」

「一定の効果くらいはあるんじゃないか? 俺の手の辺り打ち抜いてみ? 由依、あとで治療ヨロ」

「ほいほい」

 

 

 こういう時、進んで自分を実験台にするあたり、タツルは頼りになる味方に有益な情報を与えてくれる存在なんだなぁとつくづく思う。

 確かに痛いだろう。一歩間違えば俊平ちゃんみたいに腕が弾け飛ぶかもしれない。

 

 でも、あるものは全部使って実験を行う。

 私が聖女のアビリティを持っているから、平気で無茶が出来る。

 

 それでも死なないと信頼できるから、私もタツルに協力しちゃうのだ。

 

 タエコちゃんはテーブルに手をついたタツルの手の甲を打ち抜く。

 

 ドンッ! と周囲に音が響いた。

 

「んぐぅっ! あー………こりゃあ俺の頭にあたったら即死だわ。」

 

 見事に手の甲の途中で静止していた。

 タツルは涙目で私に右手を差し出す

 

 ボトボトと血がしたたり落ちる。

 ハサミとナイフとピンセットでなんとか弾を摘出したあと、治療を開始。

 

「レベルがインフレしてる俺の肉体の中まで侵入できるんだ。やっぱ銃ってズルいな」

「至近距離で貫通しない肉体もどうかとおもうがの。頭を打たれても、うまい事角度をつければ骨を滑って逸れるやもしれんのう」

 

 やせ我慢しているタツルと、知っていながら、あえてタツルを尊重してスルーしてあげるタエコちゃんが考察する。

 というか、そもそもこの世界のステータスの数値って、参考程度にしかならない。

 例えば筋力100の女の子と筋力100の男の子がいたら、腕相撲で勝つのは、男の子だったりする。

 筋力が200になったからと言って、握力が2倍になるわけじゃない。せいぜい5%くらいの成長率だ。

 生身の肉体に若干の補正がついて、レベルが上がるとそれなりの補正が付きまくる。

 

 それで丈夫になるのだ。

 

「ま、至近距離でこれならば、10mほど離れればタツルには効くまい。」

「………んー。確かに、剣さえ持ってれば弾けるかも。あとは、しっかり魔力やら通力やらでバリア張ったら防げるか………」

 

 とはいえ、確かな威力を見せてくれた銃に、タエコちゃんの戦力マシマシだ。

 

 タツルの手の治療が終わる前に、見回りのメイドさんやドジっ子水泳部の岡野真澄ちゃんが銃の音にびっくりしてこちらの様子を見に来たけれど、なんだ鈴木くんか………とつぶやいてすぐにどこかに行ってしまった。

 

 なんか変な事をする=タツルって図式がクラスの中にあるみたい。

 

 液体窒素の例があるし、タツルってなにかしらやらかすもんな。

 

 

「まあ一先ずいろいろおいといて。盗聴してたならわかるだろ。エデン湖に行く人選を妙子に任せたい。俊平も迷宮から出てきたことだしな。綺麗な湖があるところらしいから、息抜きとか異世界観光とか銘打って募ってもいい。俊平がどうしたいかにもよるが、俊平の回収をしてみんなに無事を知らせてあげないといけないしな」

 

「わかった。儂にまかせておけ」

 

 ドンと胸をたたく妙子ちゃんの自信に、私も安心して妙子ちゃんに任せようと思えるよ。

 





あとがき


次回予告
【 エデン湖にしゅっぱーつ 】

お楽しみに


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第49話 由依ーエデン湖にしゅっぱーつ!

 

 さてさて、早い段階で休暇を勝ち取った私たち!

 

 エデン湖に俊平ちゃんを向かえに行く人選が決まりましたよー。

 まずは私、佐藤由依!!

 

「さあしゅっぱーつ!!」

 

そんでマイスイート幼なじみ! 鈴木樹!!

 

「おー!」

 

 よくわからん生命体の田中花音!

 

「田中も準備万端にゃ!」

 

 腹黒タヌキの情報屋、葉隠妙子!!

 

「このメンバーでいいかのう。」

 

 俊平の大親友のエロガッパ 西村佐之助!!

 

「女子比率結構おおいっぜぃ!」

 

 とりあえずみんながやってたら自分も便乗! 坂之下鉄太!

 

「俺も一緒に誘ってくれてありがとう! 便乗してばっかりだから誘われなれてないんだよな!」

 

 俊平ちゃんが大好きな大和撫子、北条縁子

 

「………なんで遠征なんか………。はやく俊平くんを探しに行きたいのに………」

 

 アイテム倉庫の加藤消吾!!

 

「気分転換にはなるはずやろ。気をしっかり持たな」

 

 

 タエコちゃんはユカリコをパーティに入れる選択をしてくれました。

 俊平ちゃんに会いに行く旅だから、一番会いたがっていたユカリコにサプライズプレゼントだぜ

 

 合計8人。それ以上は増えなかった。

 流石にこれ以上人数が増えても馬車で運びきれないし残って待機しないといけない人もいないとだもんね。

 

 あ、ちなみに御者は私とタツルとタナカちゃんが、かわりばんこです。

 

 タナカちゃんは御者なんてやったことないけれど、御者がきている服と全く同じ服を購入してできるようになったそう。

 なんでもありだな。

 

 ケモナーの上村加奈を連れて行ければ、もうちょっと早くいけたかもしれないけれど、なんかもふもふを堪能するから無理ーって断られた。

 ちなみに、この半年の間にカナは狼の魔獣の他、熊の魔獣、シャンタク鳥など、一部ぶっ壊れた魔獣をテイムしていてちゃくちゃくともふもふとチート魔獣を増やしているみたい。

 

「妙子、ここからエデン湖までどのくらいや?」

 

 幌馬車の荷を全部収納して、ついでにコーデの街へのお届け物の依頼を引き受けた消吾がタエコちゃんに所要時間を聞く。

 

「馬車で1週間といったところじゃな」

「うへー、そんなにかかるんやな………。そこまで行ってしたいことってなんなん?」

「ま、9割くらいは観光じゃな。」

「残りの1割は?」

「うーん、人助け? いや、治療かのう」

 

 

 顎に手を当てたタエコちゃんがチラリとユカリコを見た。

 今のユカリコは俊平ちゃんを探すためになりふりかまっていない状態だ。

 

 本当は自爆したところを目撃して、本人でさえ生存は絶望的だと思っていた。

 

 だが、日々気落ちするユカリコに、良心の呵責に耐え兼ねた佐之助(エロガッパ)がな。ポロッと溢してしまったわけだ。

 何を溢したかって?『俺っちの探知には俊平がまだ引っかかっている。まだ迷宮で生きているはずだ。』ってさ。

 馬車に乗るときに佐之助がこっそりと謝りながら教えてくれた。いや、いいよ。言いづらかった私らの代わりに言ってくれたんだもんね。

 

 むしろ、私たちは生存がわかるような能力は持ってないし、流石に日本とこっちを行き来できるなんて言えないから、こればっかりは佐之助しか俊平の生存を把握できないもん。むしろいつも嫌な役をいつも押し付けて申し訳ない。

 だからその隠し撮りの写真は消して。

 

 私らはそれを知らなかったから、ユカリコがそりゃあもう必死で迷宮に潜るわけだわと納得した。

 

 タエコちゃんには俊平ちゃんが生きてること、ユカリコが知っていることに気づいていたかを聞いたら、むしろお前たちはなぜ気づかんのじゃと怒られた。

 情報収集全部タエコちゃんに任せて遊んでました。とってもごめんなさい。

 

 

 でもまだ俊平ちゃんが迷宮にいると思い込んでいるユカリコは、早く迷宮に潜りたい模様。

 佐之助も現在迷宮に俊平がいないことはユカリコには内緒にしているみたい。

 

 その辺はサプライズしてくれるっぽい。なんだかんだ、相手の感情の機微を敏感に察知できる佐之助の気遣いと粋な計らいだ。

 

「ねえ妙子ちゃん、由依ちゃんも。なんで今更こんな旅行なんて私を誘ったの?」

 

 ユカリコが揺れる馬車の車内でおしりをもぞもぞさせながら聞いてきた。

 

「たまには息抜きも必要じゃ。」

「落ち込みすぎるユカリコは、綺麗な湖でも見て元気になってもらわないとね。また魔人がいつ襲撃してくるかもわからないんだし。ガス抜きは必要だよ。」

 

 私とタエコちゃんがそういうと、ユカリコは、はぁっと息を吐いた。

 

「落ち込んでなんかいないよ!」

 

 俊平ちゃんが自爆してからというもの、ユカリコの精神状態はかなり危うい。

 もはやクラスメイトを敵だとすら考えてそう。今のユカリコちゃんのヘイトコントロールが本当に難しい。

 

「そんな無駄なことしている暇があったら、早く迷宮の下層に行って俊平くんを探しに行きたいのに………。」

「気を張りすぎても効率が悪いだけじゃ。そのための休暇じゃ。一度頭を空っぽにするのはいいリフレッシュになるぞい」

「空っぽにって………。そんなのできるわけないよ………。」

 

 

 俊平ちゃんのことが心配で心配でたまらないユカリコを説得して、ぶちぶちと文句垂れながらだけど、馬車は進んでいく。

 気丈に振舞えなくなるのもしょうがない。

 

 だが、それを補ってあまりあるサプライズを用意しているから許して欲しい。

 

 そしたらほら、いつもの大和撫子に戻ってね。

 





あとがき


次回予告
【 白の神子様が愉快なことをしている 】

お楽しみに


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第50話 由依ー白の神子様が愉快なことしてる

 

 ほいほい。馬車の旅で1週間という話でしたが、到着しましたよコーデの街!!

 

 

 さすがに私もタツルも馬車の中じゃ熟睡できないのでこの1週間の間は夢は見なかった。

 

 しょうがないね。

 

 

「どうなってんだこれ?」

 

 コーデの街に到着したはいいんだけど、宿屋に馬車を置いて来ようと思ったんだけどさぁ………

 

――白の神子様ー!

 

――白の神子様かわいー!

 

――白の神子様ばんざーい!

 

 

 

「なんかやべえ宗教でもやってるみてえだっぜぃ!」

 

 

 完全にお祭りムードだった。

 佐之助が困惑するのもわかる。

 

 みんながみんな、白の神子様がどうだと叫んでいるのだ。

 

 白の神子ってのは、タツルによると俊平ちゃんのことだってのは事前に把握している。

 たぶん、盛大な勘違いかなにかで俊平ちゃんがやらかしたんだろう。

 

 今日の御者は私だから、はやく馬車停めたいのに………。

 

 

「すみませーん!」

 

「白の………なんだい嬢ちゃん!」

 

「宿屋ってどの辺ですか? 厩舎の場所も教えてくれると助かります」

 

「ああそれは………。」

 

 

 その辺のおじさんに道聞いて、なんとかチェックインと馬車の駐車と馬を厩舎へと案内して、一息ついた。

 

 

          ☆

 

 

 ひとまず宿屋………というかホテルに荷物をまとめて置いたタツルが、馬車の旅でクタクタになったみんなを見回すと

 

「なんかお祭りやってるみたいだけど、見に行くか?」

 

 タツルはリーダー面してそんなことを聞いた。

 

「私は行くー!」

「田中は由依にゃんと樹にゃんと一緒に行動するにゃ!」

 

 私が即答すると、私と樹はセットだと思っているタナカちゃんがついて来た。

 

「儂は酒に合うつまみでも探してくるかのう」

「俺っちは馬車の旅でクタクタだからすこし休むっぜぃ!」

「ワイは商会に荷物届けたら見て回るわ」

「俺は………俺は………誰に便乗すればいいんだ?」

 

 タエコちゃんは屋台でつまめるものを探しに。

 佐之助は馬車疲れのせいか、ベッドにゴロン。

 ショーゴは商会への荷物の運搬を頼まれているから、それの納品。

 テツタはみんなバラバラだったから誰に便乗すればいいのかわからなくなっていた

 

「鉄太は俺たちと来い」

「わかった!」

 

 指示待ち人間特有のやり取りだが、指示さえあれば鉄太はちゃんと働いてくれる。

 今回は人数が多い私たちと一緒に行動だ。

 

 私とタツルとタナカちゃんとテツタで、やりたいこともあるしね。

 

 

「ユカリコはどうする? 幼馴染がいないと不安?」

「………。私も一緒に外に行くよ」

 

 エロガッパと二人っきりにはできないもんね。

 

 今回の旅行はユカリコを超人幼馴染たちと別離させ、私たちが行動を監視しているの。

 ほっといたら迷宮に突っ込んじゃうんだから。

 

 大陸を横断する迷宮の広さだよ。

 全部把握なんてできないって。

 

 

 というわけで、佐之助がつかれて休んでいるならば俊平ちゃんの位置を特定できないということで、今日の所は出会えないかもしれないが、祭りの様子から、中心に行けば何とかなりそうな気もするな。

 

「じゃあ佐之助は荷物番だね。貴重品は全部ショーゴに持たせておけばいいから…………。あっても着替えだけだね。」

 

 みんなのバッグを預かる佐之助はベッドに伏せたまま親指を立てて

 

「わかった………。お土産よろしく。土産話でも可。」

 

 馬車の揺れでだいぶグロッキーみたいだ。

 ベッドに伏せたまま、身体が左右に揺れている。

 本人も俊平ちゃんに会いたいだろうに、自分の肉体がまだ振動しているような錯覚があるようだ。

 

「了解。そうだ佐之助。どっちの方向に行けば幸せになれそうか?」

 

「ああー………北北東。」

「わかった。ゆっくり休め」

 

 北北東に俊平ちゃんがいるってことか。

 

 ここまで来て、動けないのは本人としてもつらいだろうな。

 佐之助は馬車酔いには勝てなかったのだ。

 

 悔しかろう。先に会いに行って無事を知らせてあげる。

 

 

「タエコちゃん、ここから北北東って何があるの?」

「待て待て………ほう、件のエデン湖じゃな。しかし、これは………」

 

 タエコちゃんは目をつむって眉間に人差し指を当てると、どこから仕入れた情報なのか、そんなことを言った。

 

 たぶん、式神かなんかで上空から偵察とかできるんじゃないかな。

 やっぱり妖怪だわ。

 

 大妖怪が味方にいるってだけで心強い。

 

「まあ、行ってみるがよかろう。悪いようにはなっておらん」

 

 

 なんだかすごく不穏なことをタエコちゃんが言っているんだけど………。

 

「とりま、せっかくの旅行やし。祭りの堪能くらいはしたろうや」

 

 パン! とショーゴが柏手を打って締めくくった。

 

 

          ☆

 

 

外に出ると

 

「白の神子様ー! ありがとー!!」

「白の神子様ばんざーい!!!」

 

 マジですごい人気だな俊平ちゃん。

 

「あの、すごい熱気ですけど、今日お祭りとかあるんですか?」

 

 タツルがその辺のおっさんに声を掛けて情報を収集する。

 

「ああ、めでたい日だからな。なんと白の神子様が降臨為されて、エデン湖に住む群青竜を討伐してくださり、五戒魔帝、飲酒のドリンキーを退治して下さったのだ!」

 

「なるほど………。」

 

 

 ………。やっぱりなんか俊平ちゃんが愉快なことしてるーーー!!!

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 エデン湖の美味しい水 】

お楽しみに


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第51話 俊平ーエデン湖の美味しい水

 

 時は戻って、俊平が迷宮を脱出し館へと通されて眠りについてから3日目のこと。

 

ーーコンコン。

 

「ふぁい………」

 

 ドアのノックに反応した俊平が返事をすると、ガチャリとドアが開いた。

 

「『白の神子様、ご無事でしょうか』」

 

「うに?」

 

 

 寝ぼけ眼の俊平が目をコシコシとしながらそちらを向くと、そこにはオレンジ色の髪の少女。

 

「『ああ、どうやらお目覚めのようですね!』」

 

 

 さすがに三日三晩寝て過ごした俊平を心配して様子を見にきてくれたようだ。

 

 

「『白の神子様がおやすみになられてからもう三日経ってます。朝食の準備もできておりますので、こちらにお越しください』」

 

「んゅー、あおいさん?」

『ああ………。おはよう俊平。どうやらキミは三日間寝ていたらしい。私もぐっすりだったよ………』

「そっか………。どうりで寝心地の良いベッドだと思った………。」

『どうやら朝食へ案内してくれるみたいだ。ついていこう』

「んー………」

 

 

 ふらふらと足をふらつかせながら、3日も寝た寝過ぎ頭痛で頭を動かさないようにゆっくりと起き上がる。

 

「『ふふっ、よくお眠りでしたよ』」

 

 眠そうに起き上がる俊平を、オレンジ色の髪の少女。ジャニスが頭を撫でた。

 ジャニスは今年で17歳。10歳になる妹がいる。そして、その妹と同い年くらいの俊平は、彼女にはとても可愛らしく見えた。

 

「んー………んふふ」

 

 撫でられて目を細める俊平は、もはや天使。

 純白の衣装と白髪に加え、その柔らかな微笑みは天使と形容しても差し支えないものであったのだ。

 

 俊平の手を引いて朝食会場へと案内するジャニス。

 

「いただきます………」

 

 

 出された朝食を、手を合わせてからいただく俊平。3日ぶりの食事はやはりお腹が空いていたのか、ぺろりと食べてしまった。

 とはいえ、言語のわからない俊平には、この後、どのように行動すれば良いのか、まるでわからない。

 

 勝手に出ていっても良いのか。ずっとこの屋敷に世話になるわけにもいかないし、どうしたものやら………。

 

 そう考えながら水を飲む。

 

「ん!」

『むっ!』

 

 そしてはたと気づく。

 

「この水、すごくおいしい!」

『そのようだな。おそらく日本の水とは比べ物にはならないだろうが、この世界でこうも透明度の高い水は初めて見る気がする』

「たぶん、軟水なんじゃないかな。僕の口に合う水って軟水だし、中世ヨーロッパだと硬水があたりまえで、日本人には合わない水のはずだから」

 

 コップを眺めながら興味津々であおいと話す俊平だが、それを自分への質問と勘違いしたジャニスが意気揚々と説明をする。

 

「『エデン湖には特有の水生植物がおりまして、湖の底にスポンジ状の茎や葉を持つエデン草が生えているのです。漂うチリやゴミなどを吸着して分解してくれるとてもすごい草なのですよ。おかげでエデン湖はいつも透明で綺麗なのです! そこから汲んだ水はとてもおいしいと評判なのですよ! もちろん、一度煮沸しておりますので、お腹を壊すことはありません。』」

 

「えと、あおいさん。お願いします」

『ああ………早口だからなんとも言えないけれど、湖、綺麗、煮沸。………。たぶん近くの湖から汲んできた有名な水なんだろう。特産、かな? 自慢の水ってことを言いたいんじゃないかな』

「なるほど………。ジャニスさん、この水、すごく美味しいです! えと、『水』『おいしい』『ありがとう』」

 

 俊平が微笑みながら片言の人間語でそういうと、ジャニスは口をω(こんなかんじ)にして俊平の頭を抱きしめた。

 

 

「んむぅ!?」

 

 豊満なそれにつつまれ、頭を撫でられる俊平。

 俊平だって男の子だ。胸に包まれて恥ずかしくなるのは当然だった。

 

『なんてことだ。私にはもはや肉体がない。私では俊平を抱きしめることができないというのに………!』

 

 なんて言いながら、あおいは楽しそうに俊平をからかった。

 

「『なんてかわいらしいのでしょう! さすがは白の神子様! エデン湖の水を気に入ってくださってありがとうございます!』」

 

 

 ジャニスも俊平がエデン湖の水を気に入ってくれたことを深く感謝し、俊平を抱きしめから開放すると、新たな水を俊平のコップに注いであげた。

 地元の水は世界一。地元大好き人間のジャニスは、俊平が自分の故郷の水を褒めてくれたことが、なによりも嬉しかった。

 

「『あとでエデン湖に連れて行ってあげますね!』」

 

『あとで湖につれていってくれるってさ』

 

「そうなんだ。楽しみだなぁ」

 

俊平は無邪気にも喜んだ。それがあんな結果になるなんて、誰が思うだろうか。

 

 

 

          ☆

 

 

「ここがエデン湖………。」

 

俊平が湖のほとりでしゃがみこんで湖に手をつける。

 

「つめたっ!」

 

「『ふふっ、冬の間は湖が凍ってそれはそれは綺麗なんですよ。日の光に反射した青い光が、それはそれは幻想的な光景を作り出すのです』」

 

『冬はもっと綺麗なんだってさ。なんか湖が凍るとキラキラしているとか』

 

「へえ………。それは見てみたいかも」

 

『そろそろ冬みたいだし、時期的にも近いかもしれないね』

 

 なんて話していたら、俊平は湖のそばの茂みから、矢尻がハートの白羽の矢を構えて空に射ろうとしている天使を見つけた。

 

「うえ!?」

『なんだあれは………』

 

「っ!?」

 

 

 こちらに気づいた天使は、慌てたように弓矢をしまい、ちゃぽん。と湖の中に溶けて消えた。

 

「『どうかしましたか? シュンペイさま』」

 

 どうやらジャニスはあの子供に気づかなかったらしい。

 

「!????!?」

 

 とりあえず、みなかったことにした。

 

 

 





あとがき


次回予告
【 天使がやってきた 】

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第52話 俊平ー天使がやってきた。

 

 

 

「あおいさん、さっきの天使、見た?」

 

『ああ。なんか天使がいたな。』

 

 

 俊平とあおいが見た天使。

 

 それは、クリーム色の、羊のような髪の毛で、背中に羽が生えた生き物。

 天使と形容するにふさわしいものだった。

 

 屋敷へと戻ってきた俊平は、先ほどの天使について考える。

 

「あんな生き物がいるんだ………亜人ってやつかな」

『聞いたことないな。ハーピィにしても下半身がしっかりしていた。』

 

 あの一瞬でどこまで観察しているのだろう。

 

『腕が羽になっているわけではなかったし、背中には羽があったな。矢尻がハート型になっていたのも覚えている。あれでは天使というよりキューピットだ。』

 

 本当にあの一瞬でどこまでみていたのか!

 

「みんな、あれ知ってるのかな。」

『さあ、どうだろうな。』

「子供、だったよね」

『ああ………。』

「天使ってことはさ、僕たちをこの世界に呼ぶために力を借りた、神様ってのと関係あったりするのかな?」

『ふむ。たしかに、そういえば私もそんな感じでこちらの世界に召喚されたのだったな。ありえるかもしれない。』

 

 

 ふむ、と俊平は顎に手を当てて考える

 

 

「あの子、水の中に飛び込んでいたよね」

『しかもすぐに見えなくなった。あの透明度の湖で。もしかしたら水溶性の魔物か幻術の類かもしれんな』

「なにがなんだか………。ああ、言葉がわかればこんなこと悩まずに聞けば済む話なのに!」

『いっそのこと、もういちどエデン湖に行って確かめてみるかい?』

「なんだかすごく気になるし、ずっと屋敷に世話になるのも変な感じだし、行ってこようかな………」

『とはいえ、外に出るなら使用人さんたちにも伝えないといけないんじゃないかい? ………………言語わかんないけど、勝手にいなくなられたらそれこそ迷惑かけちゃうだろうしさ………』

「そうだね………。」

 

 

 なんて部屋でモンモンとしていると、コツン! と窓に何かがぶつかった。

 

 

 

「うん? なんだろう………」

 

 

 俊平が窓の外を覗くと

 

「あ、さっきの天使」

『む。どういうつもりだい』

 

 

 そこにいたのは、クリーム色の頭をした純白の翼を持った6歳くらいの女の子? が、俊平の部屋の窓を叩いていた。

 

 それも至近距離で。

 背中の羽をパタパタとパタつかせながら。

 

「ど、どうしたの?」

 

 俊平が窓を開けてそう聞くと

 

「●△□×ωαγβνμ!!」

 

 謎言語で俊平を指差した彼女? が俊平に抱きついてきた

 

「わっ! わっ! なにほんと!」

『わっはっは! モテモテだな俊平! この小娘どついてくれる!』

「そんなこと言ってないで翻訳してよ!」

『すまない、この大陸の言語ではないようなのでな。わたしもわからん』

「そんなぁ!』

 

 俊平は困った。

 困りに困った。

 それはもうとても困った。

 

 なにせ言語がわからないのだから。

 抱きついてきた理由もわからないのだ。

 

「『びえぇええええええええええ!!!!』」

 

『泣いているぞ』

 

「言われなくてもわかってるよ!!」

 

 

 謎言語で泣き付かれてしがみつかれる気にもなってよ! と俊平が心の中で愚痴をもらすものの

 

「『 なにごとですか! シュンペイ様!』」

 

 泣き声につられてオレンジ色の髪を靡かせたジャニスが慌てて部屋に入り込んできた!

 

「『な、そ、そのお方は………! 天使族! シュンペイ様がずっとおひとりでお話ししていたのは天使様で、シュンペイ様はもしやマベヒッツ空中大陸の神様なのでは!?』」

 

「なになに!? あおいさん!」

『すまん、わたしも早口で聞き取れなかった。適当にうなづいておけ!』

「わっわかった!」

 

「『やはりそうなのですね! こうしてはいられません! 宴を! 宴を開かなくては!』」

 

 

 バビューン! と勢いのついた足で走り去ってしまったジャニス。

 

 

「なにがどうなって………!」

『ひとまずこの天使をどうにかしよう』

 

「………そうだね。おーよしよし。だいじょーーぶ。怖くないよー。」

 

 

 俊平は慣れた手つきで天使のふわふわの頭を撫でる。

 

「&%#$”’’$%………」

 

 すんすんと鼻をすすった天使が俊平を涙目で見上げる

 

「僕がなつかれる理由がしりたい………。」

『あるとするならば、服装だろうか………。今の俊平はどことなく神聖な姿をしているのだ。神様か、親か、仲間かなにかと思っているのではないか? エデン湖で俊平を見かけて、ついてきたのかもしれない。さっきはびっくりして逃げちゃったのだろう』

「まあ、そんな感じで逃げてたけど………」

 

 

 俊平は天使を抱き上げてベッドに座らせると、天使は俊平の白無垢をぎゅっと掴む。

 俊平は天使のクリーム色の髪の毛を優しく撫でる。

 撫でり撫でり。

 

『俊平、キミは子供の扱いにそうとう慣れているようだね』

 

「え、まぁ、そうだね。僕の見た目が子供だからかな。よく子供にはなつかれるんだよね」

『子供も大人の感情の機微には敏感だ。俊平は子供の心をよくわかっているから、子供もなつくのだろうな』

「それって僕が子供っぽいって言ってない?」

『そう聞こえなかったかい?』

「やっぱり言ってたんだ!」

『ほら、そういうところさ。キミは人の感情を読むのが得意だから、子供のことがわかるのさ』

 

 むうと頬を膨らませながら、子供っぽく怒る俊平。

 褒められているのだろうが、子供扱いは嬉しくないお年頃なのだ。

 

 

「僕は、しゅんぺい。キミの、名前は?」

 

 ひとまずいろいろを脇に置いておいて、俊平は天使に向き直る。

 

 単語を区切って自分を指差し自己紹介をするものの、天使は言語がわからない。

 

 首を捻るばかりだった。

 

「僕、しゅんぺい。」

 

「ぼく、しゅんぺー?」

 

 天使が俊平を指差して復唱する。

 

「うん。しゅんぺい。」

 

「しゅんぺー!」

 

 両手を万歳してニコニコの天使。

 かわいい。思わず頭を撫でる俊平。

 

「うん。きみの、名前は?」

 

「きみ、なまえ?」

 

 首を捻る天使。

 やはり言葉の壁は厚い。

 

 俊平は自分を指差すと

 

「しゅんぺい」

 

 とだけ伝え、今度は天使を指差す。

 

「………。」

 

 そして何も言わずに首を捻ると

 

「………!! リリ! &%$#” リリ!!」

 

ようやく自分の名前らしきものを伝えてくれた。

 

 長い名前じゃなくてよかった。リリということを伝えたかったらしい。

 

 

「リリちゃんか。可愛い名前だね」

 

 俊平は天使の頭を撫でる。

 

「んふー!」

 

 撫でられてご満悦のリリであるが、やはり何が目的で俊平の元に飛んできたのか、謎のままであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 なんか自分が生贄にいくらしいけど言葉わかんない。 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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ブクマと
☆☆☆☆☆ → ★★★★☆(謙虚かよ)をお願いします。(できれば星5ほしいよ)



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第53話 俊平ーなんか自分が生贄にいくらしいけど言葉わかんない。

 

なんだか天使が俊平に懐いて館内がバタバタして、そっから盛大な宴が催された。

 

「な、な、なにが、どうなって、こうなったの?」

『すまない……わたしもわからん。俊平こそ、心当たりはないのかい?』

「あるわけないよぉ………!」

 

 俊平は基本、小心者だ。

 表彰されるようなことは苦手だし、目立とうとも思っていない。

 

 これが友達の樹だったら、おもしろそうだからと後押ししたり、どうせなら楽しもうと言ってくるのだろうが、残念ながら俊平は小心者の小市民なのだ。

 目立たず騒がずひっそりと暮らすのが大好きなのだ。

 

 周囲がなぜか放っておかないだけで。

 

「…&%$%$”#??」

「………ごめんね、不安だよね。よくわかんないけど、僕が守ってあげるからね」

「にひー!」

 

 言語はわからなくとも、なぜか俊平の事を信用して笑顔を見せる天使。

 ぎゅっと俊平の手を握って離さない。

 

「………かわいいな」

『ええいはなれんか小娘。わたしの俊平に近づくな』

「あおいさんの声は聞こえてないよ」

『だから困るのだろう! くそう!』

 

 頭の中できゃんきゃんと喚くあおいの脳内音声に集中力が欠けてくる。

 

 

「『 この度、はるか上空にある天空のマベヒッツ空中大陸より、白の神子様………シュンペイ様が降臨なされた。シュンペイ様は成長された群青竜(ブルードラゴン)を滅するために使わされたのだ。その証拠に、傍らには天使を置いている。これはまさしくシュンペイ様が神族である証拠。このコーデの町、エデン胡は神より祝福されし聖なる湖として、今後もより発展していくことだろう。わが娘、ジャニスと末娘カリンをいけにえに差し出すことを憂いて下さったのだ!!』」

 

「『 うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!! 』」

 

「あおいさん助けて!」

『ええと、空中大陸………白い……神様? 青い竜? が……ええと、わからん。生贄? いや襲われ………だめだ、翻訳しきれない。 娘を……ああ、もう。 たぶんウルフから助けてくれたことを誇大表現しているんじゃないかな』

「そ、そうなのかな?」

『わからん。笑顔の仮面は剥がさずに手を振っておけ』

「わ、わかった! 」

 

 とりあえず笑顔を浮かべながら手を振る俊平。

 すべてを肯定するようなその微笑みに、会場のボルテージはスパークでボルケーノ寸前だ。

 

「………悪化してない?(にっこり)」

『わたしは悪くない』

「………成仏ってどうすればいいのかな(にっこり)」

『わたしは死んでいないぞ。』

 

 笑顔で手を振りながら額に青筋を浮かべる俊平。

 

「『 降臨して下さった白の神子様に盛大な拍手を!』」

 

―パチパチパチパチ!!

 

「何の拍手かな?(にっこり)」

『みんな俊平を見ているのは間違いないな』

「ものすごく居心地がわるい(にっこり)」

『なんか腹話術みたいだぞ俊平』

「誰のせいだと………!(にっこり)」

『俊平が大陸の言語を覚えていたらこんなことにはなっていなかったかもしれん』

「ぬぬぬぅ………! 正論!(にっこり)」

 

 

          ☆

 

 なんだかよくわからない宴に参加させられた俊平は、お湯と布で体を拭いた後、ぐったりしながらベッドにダイブする。

 

 今までが魔物と自爆する生活だったからか、言語もわからない土地で生活する事に多大なるストレスを感じている。

 

 いつまでも屋敷に厄介になるわけにもいかないが、まずやらないといけない事は、言語の習得だ。

 挨拶の仕方もわからなければわかるものもわからない。

 

 買い物すらできないだろう。

 それで困るのは俊平自身だ。

 

(言葉を教えて下さいって、どういえばいいのかな………)

 

「にひーっ!」

 

(この子も、どうすればいいのやら………)

 

 謎に歓迎され、謎の天使に懐かれ、迷宮から脱出したとたんにとんでもないことに巻き込まれ、キャパシティを完全に超えた。

 

「寝よ」

 

 寝た。

 

 

 

          ☆

 

 

 翌日、俊平の部屋を訪ねてきたのは、ジャニスと、小さな女の子。名前をカリン。10歳だという。

 なぜわかったか? それは、部屋に入ったと同時に「カリン!」と叫んで両手を広げて「んっ!」と突き出していたから。

 

 ああ、10歳なんだろうな。と俊平は納得した。

 

 この世界の10歳とは、つまり俊平と同い年位にみえる、ということ。

 

 なにやらご挨拶しなさいとかジャニスに言われて、カーテシーで挨拶したカリンを、俊平は笑顔で迎え入れた。

 かわいい子が頑張って練習の成果を見せている姿を見るのは、俊平の心がとてもほっこりするのだ。

 

「遊んでほしいのかな?」

『そうかもね。』

 

「’&%$#”!」

「『 はわわわ! 天使様! ごごごきげんうるわしゅう!』」

 

 天使のリリが謎言語でカリンの手を引っ張り、俊平の元へと連れてくる。

 

「『神子様に置かれましてはたいへんうるわしくごきげんがそのあの、すごい白いです!』」

 

『大混乱していることだけはわかるな。』

 

 そうだね、と俊平は心の中でつぶやいた。

 

 なんだかんだと、俊平の部屋でジャニスとカリンが居座り、天使のリリがカリンの手をつないでにこにこしている。

 緊張するカリンだが、ジャニスは俊平に向き直り、わからない言語でなにやら話し出す

 

 

「『 わたくしたちは、明日、満月の晩に、エデン胡へ生贄として向かいます』」

 

『彼女たちは明日の夜、エデン胡に行くらしい』

 

「『生贄として白羽の矢が立てられたコーデ家の者としての責任を取らねばなりません。わたくし達をウルフから救って頂いた事、誠に感謝いたします。白の神子様に出会えて、ほんとうによかったです』」

 

『なんか家に矢? が飛んできて、責任がある? 助けてくれてありがとう、かな。』

 

 ひとまず、真面目に聞いているふりをしつつ、あおいによる同時通訳を確認する。

 ジャニスが手に持っているのが、白い羽のついた矢。矢じりがハート形になっている、こどものおもちゃみたいなやつ。

 感情を読むのが得意な俊平は、彼女が、何かを怖がっているように見えた。

 

「なにこれ、くれるのかな?」

『わからん。飛んできた矢なんじゃないかい? そういや、この天使が持っていた矢と同じ形だな。あの小娘に渡してあげたらどうだい?』

「そうだね。ジャニスさん、それかして下さい」

 

 と、俊平が矢に手を伸ばすと

 

「『まさか、代わりにシュンペイ様が向かわれるというのですか!?』」

 

 驚愕の目で俊平を見つめる。どこか嬉しそうだ。

 

「なんか驚いた表情しているけれど、大事なものなのかな………」

『だったら申し訳ないことをしたな………ええと、俊平、代わり? 行く?』

「わからないけれど、これはジャニスさんにとって不吉なもので、僕が持っていると嬉しいものなのはわかった」

 

 ジャニスが白羽の矢を俊平に手渡す。

 

 俊平が、ジャニスの身代わりになると、ジャニスは勝手に勘違いしていたが、俊平には言語が分からないので、結局のところどうでもよかった。

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 薩摩隼人とかいて『戦闘民族』と読む。 】

お楽しみに


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第54話 俊平ー薩摩隼人とかいて『戦闘民族』と読む

 

さてさて、翌日の夜。

 

「『せめて、ご一緒致します。』」

 

 などとよくわからない言語で言っていたジャニスが俊平の乗る小舟と共に出発した。

 俊平はそれを夜の満月を映すエデン湖の遊覧だと勝手に思った。

 

 ウルフから助けただけで、ここまでされるようなことかな………………?

 と思いつつも、ここ意外に頼る場所もない。

 

 せっかく良い待遇で自分たちのことを接してくれているのだから、言語を学んでから改めてお世話になったお礼をしようと思った。

 

 この遊覧船が、生贄を運ぶ、死の方舟とは知らずに。

 

 

「しゅんぺー。’&%$##”」

 

「うん、綺麗だよね。」

 

 

 天使のリリも、一緒に同伴している。

 船の上で水面に手を伸ばし、パチャパチャと音を立ててはきゃっきゃと喜ぶ。

 

 水面に映る双子の月を見ては綺麗なものをみた感動から目をキラキラさせていた。

 湖畔に映るその双子の月は、とても幻想的な光景だった。

 

 船に乗る前、ジャニスから預かった例の矢をリリに持たせてみたところ、驚いた様子で受け取った。

 受け取ったリリはしょんぼりして気落ちしていたが、頭を撫でると涙をためて微笑んだ。

 

 無理した笑い方だった。

 

 俊平にはその理由はわからない。

 わからないが、その矢はリリにとっても特別な意味を持つものであるようだ。

 

 

「『 群青竜(ブルードラゴン)さま、白羽の矢の命に従い、贄であるわたくしが参上いたしました。どうぞわたしをお召し上がりください………!』」

 

 湖の主人に向かってそんなことをお願いするジャニスだが、当然言語のわからない俊平やあおい、リリは聞き流している。

 

「この湖の透明度ってすごいよね」

『そうだね。地球でいうところのバイカル湖に似ているかも』

「なにそれ?」

『地球で一番透明度の高い湖さ。湖底には浄化作用のある微生物か水生植物でもいるのかもね』

「ふーん、なんか工業廃水の水質汚染で水俣病になるくらいだけど、水質改善で熊本でも有名な透明度になった水俣湾を急に思い出したよ。」

『ふむ………。たしかそれも浄化作用を持つ細菌だかバクテリアだかが発生したから改善できたのだったかな………。もしかして俊平は社会の科目は得意かな?』

「公民だけ、ちょっとだけね。世界史や日本史はさっぱり。」

『なんだか偏った知識だね』

「理科で県一位の樹くんは理科以外が壊滅的なんていうめちゃくちゃな成績だったりするけど、尖った成績の人もうらやましいなぁ。僕は平凡だから」

『隣の芝はあおいな。………なんの話ししてたっけ?』

「たしか、透明度の話しだったような………」

『急に水俣病の話しになってしまったな。』

 

 

 まったく緊張感なく湖に映る月を眺めていた。

 

 

「あ、れ………?」

 

 そんな時である。つんとする臭気。

 クラリとよろめく。船に座っているのに目が眩んだ。

 

 船酔いとも違う、謎の視界の歪み。

 

「なに、このにおい………お酒………………?」 

 

 俊平は頭を抑える。痛みには慣れていても、俊平は毒などにはめっぽう弱い。

 無理に再生するものの、視界の歪みは抑えられない。気持ち悪い。 

 

 

「ばっはっはっは! こっが世界一綺麗か(いずん)!! こげん綺麗か(みずうん)は初めて見っど! こいがエデン湖じゃっどか! こん湖は俺たち(おいたん)もらっていく(もろてく)ど!」

 

 

 どこからともなく、解読のしにくい方言が聞こえてきた。

 

「なん、だ………。どこから聞こえる………? ずいぶんと方言だけど………………言葉がわかる………?」

 

『たしかに。この独特の表現は………鹿児島弁! 』

 

「いやなんで鹿児島! 九州の話してたから!? 」

 

『ずいぶんとマイルドな鹿児島弁だ………。鹿児島弁は東亜戦争時代には暗号に使われていた歴史があるくらい解読が困難な方言だ。西郷(せご)どんの大河ドラマでは字幕がつかないといけないものだぞ!』

 

「大河ドラマは真田丸しか見てないよぉ!」

 

 俊平のツッコミをよそに、謎の鹿児島弁は続ける。

 

 

「ばーっはっはっは! おいどんは飲酒のドリンキー! 魔王様からは『飲兵衛』そして『薩摩隼人(さつまはやと)』の称号をもろた五戒魔帝じゃっど!」

 

 

 聞こえる音源を辿れば、湖畔には見事なビール腹をした、槍を持った男。

 褐色の肌が赤く染まる程度には酔っているのがわかる。

 そして、その男の右手の中指には、指輪がはまっていた。

 それが翻訳の指輪だと言うことがわかる

 

『なっ!? 薩摩隼人だと!?』

「しっているのかあおいさん!」

『薩摩隼人………。ええと、俊平にわかりやすく言うとだな、七つの竜の玉を集める漫画は知っているな?』

「う、うん!」

『マジで現代でも野菜人と称される、戦闘民族。それが薩摩隼人だ』

「………………………マジ?」

『詳しくは元の世界に帰ってから『島津の退け口』で検索してくれ。関ヶ原の戦いで孤立した島津軍(300人)が敵軍(80,000人)を正面突破で撤退。前代未聞の前進する撤退で敵を蹴散らしながら薩摩に帰る狂人だ。それでいて大将さえ無事なら自分たちの勝利であるという、義。足止めの尻尾切り………俗に言う決死隊に全員が参加表明をするほどの忠誠心。それでいて80人は生還する謎の戦闘力と生命力。日本史でも語られる、意味不明な戦闘集団。それが薩摩隼人だ!!』

 

 それだけ、薩摩隼人は島津が大好きで島津はそれだけ人望があったのだ。とあおいは締め括った。

 

 

「ばははははは!! こん(いずん)は、おいが能力(チカラ)、<酒は飲んでも(おいどんと)飲まれるな(ドリンク)>で全部で酒け()うっど!」

 

 

『しかも、鹿児島は芋焼酎の産地。薩摩の人間は、だいたい酒豪だ!!!』

 

「あばばばばばばばばば!!!!!」

 

 この異世界に都道府県はあんまり関係ないのでは? というツッコミは、アルコールの回り始めた俊平にはもはやできなかった。

 

 

 





あとがき


次回予告
【 翻訳の指輪が翻訳してくれない! 】

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第55話 俊平ー翻訳の指輪が翻訳してくれない!

 

 

すっごく(まっこて)可愛い(めんこい)女の子じゃん(おごじょじゃっど)! こっちきて(こちきて)飲み会(のんかた)しようぜ(せんね)!」

 

「相手の翻訳の指輪が翻訳してくれない!! 全然聞き取れない! 最悪だ!」

 

 満月の湖畔に、酒瓶を右手に槍を左手に持ったその魔人。

 翻訳の指輪をしているものの、翻訳してなお聞き取れないその言語に俊平は頭が割れそうだった。

 

『あの翻訳の指輪が翻訳してくれるのは、どうやら標準語のようだね。魔人語がなまっていたら、なまって翻訳されるのだろうか』

「だからって鹿児島弁って………」

『魔人語を日本語に翻訳するにあたり、彼の言葉は鹿児島弁っぽいってことだろうか。わたしだってわからん、私の時代は翻訳の指輪なんてなかったんだ。聞き取りにくい方言とはいえ、まるでわからないよりはマシじゃないかい?』

「まあ、確かに………。」

 

 ええっと、僕があの男が言った言葉でわかったのは、かろうじて「すっごく可愛い」「こっちきて」だけなんだけど

 チラリと俊平がジャニスの方を向けば、顔面蒼白であの男を見つめていた。

 

 きっと、邪淫のリビディアと同じ五戒魔帝だから、なんだろう。

 ここにいること知っていたのかな。この街の人は魔人と取引があるとか?

 

 うーん。ジャニスさんの顔を見るにそれはなさそうだ。

 

 

 などと俊が観察を続ける

 

『おごじょは女の子、のんかたは飲ん方、つまり飲み会のことだと思う。俊平らのことを指差して女の子と言っていることから、合コンに誘われているのでは?』

「僕男だし子供だし相手おっさんだし………。なんなら6歳くらいの天使もいるんだけど」

『わたしだって鹿児島弁なんかわからないよ。いつもの適当翻訳さ』

 

  なんだかんだ博識なあおいも、鹿児島弁にまでは精通していない。

 多少なりとも翻訳できたことを褒めるべきだろう。

 

なんで(ないごて)なんも言わないの(なんも言うてくれんと)! 船に寄りかかって(船になんかかって)どこいくの(どこはってっと)? なんで無視すんの(なん無視しよっと)! お前ら(はんな)俺が(おいが)かわいそうだと(ぐらしかて)思わないの(思わんと)!? いいかげん(てげてげ)ぶん殴るぞ(うったくっど)!」

 

 ガン! と槍を地面に打ち鳴らしてこちらに怒鳴る飲酒のドリンキー。

 

「ぐおぉ………………情報量………!」

『よくわからないけどキレているね。薩摩隼人は戦闘民族。沸点は…………酒のように低い!』

「うまいこと言ってないであおいさん! ………ジャニスさん! あれ! なんなの!?」

 

 その方言を全く解読できず、状況が理解できない俊平はジャニスに問うものの、ジャニスも俊平の言語が理解できていない。

 

「『 魔人が、なぜこんなところに………!? そういえば群青竜(ブルードラゴン)も一向に出てきません………。なにがどうなって………!』」

 

「だめだ、僕も含めて人の話を聴ける状態じゃない!」

『自覚がある分、君は冷静だよ、俊平』

 

 

 とはいえ、飲酒のドリンキーの能力の影響か、周囲にアルコールの匂いが漂い、俊平自身の正常な判断力も奪われていく。

 酒など、俊平はこの世界にきた当初に妙子から勧められてちょっと飲んだくらいしか味わったことがない。

 いやむしろ妙子がなんで中学生に酒なんか勧めているのだとツッコミたいところだが、俊平はお酒に耐性がない。

 

 彼の鹿児島弁はかなり難解だが、揺れる頭を最大限フル回転させて彼の発言を思い出すと、彼の能力はおそらく、湖を酒に変えることができる能力だ。

 

 このアルコール臭も、周囲の水がアルコールになってしまったから。

 酒の匂いに当てられて、船の揺れだけでなく、やはり頭までボーッとしてくる。

 

 

「魔人の幹部なら、倒したほうがいいよね………! さっさと自爆で………!」

 

『まて俊平! この湖を全部酒に変えられてしまったのなら、自爆はまずいのではないかい? 君の自爆は炎だ。気化したアルコールにでも引火してみろ、大爆発だ!』

「そんな………! 僕もうそうとうクラクラしてるよ!」

 

 頭を押さえながら飲酒のドリンキーを睨む俊平。

 

『とにかく、あいつらの相手をするならば小船に乗っているだけじゃだめだ。接岸して直接仕留めよう』

「わかった!」

 

 クラクラする頭を振りながら、俊平は糸を飛ばし、手繰り寄せることで小舟を近くの足場まで寄せる。

 

 

「よくもおいどんを無視しよったんな。怒ったど」

 

 

 すると、ドリンキーの方から接岸した俊平たちの方に近づいてきたではないか。

 

 

「ごめんなさい、無視したくて無視したんじゃなくて言ってることの理解に時間がかかっただけで」

 

 

「せからしかああああああ!!!」

 

 ぶうん!! と豪快に槍を振るう飲酒のドリンキー。

 

 俊平はその槍が自分ごとジャニスを傷付けようとしていることに気づいて、ジャニスとリリを守るために覆いかぶさった。

 ズン!! と俊平の頸から鮮血が舞う。

 

 

「ごぽぉ! 」

 

 喉から発せられる血から空気が漏れる音。

 

「シュンペイ様!」

「しゅんぺー!」

 

 皮一枚でつながった頸は即座に再生するものの、やはり俊平は痛いのはいやだし、嫌いだし自爆だってしたくない。

 だからといって、助けられる命を無駄にすることはできないのだ。

 

「ゴボッ! ごほっ! げほっ! こんな役回りばっかりだ!!」

 

 喉に詰まった血反吐を吐き出す。

 白無垢の袖で口元の血を拭うと、バサっと左手を横に伸ばして血を払う。

 

「話聞いてくれるとは思ってないけど、ここまで無差別だと、さすがに僕も怒った。僕が退治してあげる!」

 

 俊平は、自分にここまでよくしてくれたジャニスを危険に晒したこの魔人を許さない。

 左手を右肘に、右の拳はドリンキーに向けて伸ばした。

 

『対敵幹部戦だ。引き締めていくよ』

「うん! ………ひっく」

 

 

 酔いが、回り始める。

 

 

 

 

 





あとがき

☆★鹿児島(かごんま)弁講座★☆ じゃっど。


黒板消し→ラーフル(黒板消しの工場があるからだとかなんとか)
ホウキではく→ホウキではわく(九州人は標準語だと思っている)
しまう・片付ける→なおす(九州全般)
○○じゃん→○○せん ○○だせん(これは北薩摩かな)

次回予告
【 泣き上戸 】

お楽しみに


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第56話 俊平ー泣き上戸

 

 

 

『開幕ブッパは基本だ! 派手に決めろ!!』

 

「 ドンッ!! 」

 

 という俊平自身の掛け声と共に、俊平は己の右腕を爆破。

 ドン!! という爆裂音と共に 弾け飛んだ腕と、吹き飛ぶ右拳。

 

「んだ! ひったまげたど、腕が飛んどー!」

 

 ドリンキーは俊平が飛ばしたロケットパンチを槍で弾くも

 

ーーードォオオオオオオン!!!

 

 

 その拳は爆弾なのだ。

 

 拳だけでも漆黒竜に怪我を負わせられる程度には火力があるロケットパンチだ。

 内部から破壊するわけでもなく外部から、しかも切り離された拳では威力に欠けるものの、その爆発は凄まじく、黒煙が舞う。

 

「これでくたばってくれたら僕はとってもうれしいんだけど………」

 

「ちょっしもた! おいどんの槍が壊れ(ガレ)た!」

 

『無傷………。というわけじゃなさそうだけど、さすがは薩摩隼人。とっさに爆風に合わせて飛び退くことでダメージを最小限にしやがった。漆黒竜とは直感力が違うようだな』

 

 

 俊平の拳の爆発によりとっさに危険を感じたドリンキーは爆発を回避。

 槍の破壊と右腕の火傷くらいは負わせたものの、これが動けるデブ。

 

 酔いが回って顔が真っ赤になっているおじさんのくせになんたることだ。

 

 

「ジャニスさんとリリは逃げて!! 」

 

 後ろで呆然としていたジャニスに声を掛ける俊平。

 そのジェスチャーと必死の形相から、言いたいことを汲んだジャニスが、リリを抱き上げて走り出す。

 

 

「おいどんは槍よいもゲンコツの方が得意じゃっど。かわいい(もじょか)顔してるけど(顔ばしとるどん)その頭に(そんびんたに)これをくれてやる(こいばかますでな)

 

 ガランガランと槍を投げ捨てたドリンキーは右拳を握りしめて俊平を睨みつけた。

 

『どうやら相手も拳で闘うみたいだよ』

「接近戦は望むところ!」

 

 俊平も胸の高さで両拳を構えて腰を落とした。

 俊平の腕が再生していることに、一瞬だけ目を見開いたドリンキーだが、にぃっと唇を歪ませ、左手に持つ酒瓶から酒をあおる。

 

 

 そのあまりの隙に俊平はドリンキーに向かって走り出した。

 

「げふっ、慌てんでよかど」

 

 酒瓶を放り捨てると俊平を受け入れる形で拳を引き絞ったドリンキー。

 

『どうやら、水を酒に変えるだけじゃなく、酒飲んだら回復もするみたいだね』

 

 俊平がロケットパンチでつけた火傷は、もはや綺麗さっぱりなくなっている。

 回復する、動ける怪力デブおじさん。

 

 実に厄介だった。

 

 

「やああ!!!」

 

ーーーババムッ!!

 

 俊平が踏み込みの最後に軸足の足首を自爆。

 前傾姿勢の俊平は最後に爆速での加速を行う

 さらに右肘を火傷する程度に爆破することで、俊平は自らの拳を加速。

 速度の緩急さによる異次元のフェイント。俊平の瞬間的に出せる最高速の直突きだった。

 

「ほっ! 早かど!」

 

 その俊平の速度を見切って、その上でドリンキーはその拳が触れるか触れないかのところでスリッピングアウェー。

 首を回すことで簡単に受け流し、そのまま流されるように半回転。隙だらけの俊平の無防備な顎に、左肘のカチ上げが突き刺さる

 

 体の流れる方向さえわかれば、たとえ見なくても腕をあげればそこに顎がある。

 

 

「がぐっ!!!」

 

 そのカチ上げを食らった俊平はのけ反り、視界と思考が歪む。

 

 

 充満する酒の匂いにクラクラするのに加えて、さらに脳を揺らされた俊平は、再生した足首でふらふらと地面を踏み締める。

 

「歯ぁ食いしばりやん!!!」

 

 のけぞった俊平の顔面に、その握り込んだ右拳を、振り下ろすように叩きつけるドリンキー。

 ドグチャ!! と、俊平の顔面が陥没する音と共に、後頭部を地面の硬い岩盤に強打する。

 

 間違いなく致死の一撃だった。

 

 

おつかれさん(おやっとさ)。こいでこん湖ばおいどんが全部酒け()たらキュウビどんもよろこっど」

 

 パンパンと両手の砂を払うドリンキー。

 酔いも冷めないかるい運動くらいにはなった。

 彼は五戒魔帝。魔人の最高幹部の一角。

 いくら多少のレベルがあがった俊平といえど、もともとが運動音痴の俊平がかなう相手ではなかった。

 

『安心して、俊平。君はたとえバラバラになっても死なない。その呪われた肉体は、そういうふうにできているんだ。ほら、ジャニスはもう遠くだ。味方はだれも傷つかない。おもいきり………できるかい?』

 

「う………ん………」

 

 陥没した顔面はすぐに再生する。

 とはいえ、眼球が破裂する痛みは、当然痛いし、鼻が折れて曲がるのも当然痛い。

 朦朧とする意識の中で、俊平は

 

 

「もういやだ………うあ”あ”あ”あ”あ”あ”ん!!」

 

 泣いた。

 

『おい、俊平! とっとと自爆を!』

「もう痛いのいやだよ! 怖いよ! なんで毎回僕がこんな目に合わなくちゃいけないんだよ! もうたくさんだ! はやくおうちに帰りたい!! ………………ひっく!」

 

『まさか、泣き上戸なのかい、君は!』

 

「くらいのいやだ、怖いのいやだ! 痛いのもいやだ! うあああああああああ!!!」

 

 充満するアルコールの濃度に、俊平の頭もアルコールで蕩けていた。

 酔いの回った俊平の思考はもはや定まらず、痛みにのたうち回り、恐怖で泣き出す、ただの子供がいた。

 

『泣いている場合ではないだろう! 敵が! 幹部が! 殺さなくては!』

 

 

「ばあっはっはっは!! よう生きとったな! おいどんのゲンコツば食らってこげんピンピンしとるとは初めっじゃっど!」

 

『周囲を酔わすこともできるのか………なんて厄介なデバフなんだ!』

 

 怪力に運動能力、動体視力。直感力。

 何をとってもかなわないのは、俊平にとっては当たり前。

 さらに酒の影響でデバフ俊平自身の思考力をも奪われると、それは厄介この上ないものだった。

 

 

「おっ死んでくいやん!」

 

 

 ドリンキーが拳を握ってさらなる追撃を行おうとしている。

 

 ドリンキーの部下らしき魔人たちもやれー! 殺せー! と囃し立てている。

 

『こうなったら一か八か………! 俊平、肉体の主導権はわたしがもらうよ!』

 

「くたばりやん!!!」

 

 ガン! ガン! ゴンッ! と何度も何度も俊平の頭に拳を振り下ろすドリンキー。

 

 

「ぉおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 一時的に肉体の主導権を得たあおいが、自爆の能力を全力で発動している。

 赤く光り始めた俊平の全身を見たドリンキーは、息の根を止めるためにさらなる拳を振り下ろす。

 

 しかし、振り下ろされる拳の傷は、わずか数瞬で完治していた。

 

「なんだこれ、制御できな………………!!」

 

 

「こやいかん! みんなで逃げろ(よろっで逃げやん)!」

 

 俊平を殺しきれないと判断したドリンキーは、自分の部下たちに逃げるように叫ぶものの

 

 

 

ーーーッッッドォオオオオオオオオオオオンン!!!

 

 

 という爆音にかき消され、もはや考えることさえできなくなり、あとかたもなくなった。

 

 

 ざばざぶん! と、そのクレーターに、エデン湖の水が侵入する。

 この日、エデン湖の形は大きく歪み、まるで瓢箪のようになったとか。

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


次回予告
【 独白 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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ブクマと
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第57話 あおいー独白

 

 

 わたしの名前は小暮あおい。

 わたしが日本にいたのは、数百年も前の話だ。

 あの頃の私は、読書が好きで、少々歴史が好きで、特に幕末が好きで、いろんな知識を貪るように集めた、ただの小娘。坂本龍馬や西郷どんに興味があったから、なんとなく鹿児島弁のことも勉強してみただけだ。

 

 あれは高校2年生だった。

 

 クラスメイト全員、まとめて召喚されたのだ。

 

 初めは戸惑った。

 

 次にワクワクした。

 

 自分はどんな能力だろうか。

 

 魔法とか使えるだろうか。

 

 だが、現実は無情だった。

 

 言語もわからない場所で、まずは日常会話レベルの大陸の言語の習得から始まった。

 

 なんとかリスニングだけなら少しわかるようになってきた頃

 

 ステータスプレートなるものを渡された。

 

 そこで分かった事実は、わたしは、魔法らしい魔法がほとんど使えない。

 完全にアビリティに依存しているアビリティ特化型だったのだ。

 

 その点、俊平も同じだった。

 

 わたしは、再生の能力を持っていた。

 基本的には自分にしか作用しない。呪われた能力。

 

 この能力は、死なない、という特質を持っていた。

 

 腕を切断されても生えてくる。

 首を切り落とされても、首から体が生える。

 

 ならばと頭を潰されたのならば、頭が生える。

 

 まるでゾンビだ。いや、ゲームならば頭が潰れればゾンビも動かなくなるだろう。

 ゾンビよりも気持ち悪い生き物だったのだ。

 

 

 この世界で生活をしてはたと気づいた。

 

 一緒に転移したみんなの体が、年を取らない、ということに。

 

 理由はわからなかった。

 どうやら、この世界にいる間は不老らしい。

 

 見た目が変わらないだけで老死がありえるのかはわからないが、不老の肉体と<自己再生(シナズ)>のアビリティを持つわたしは、いわゆる『不老不死』………、というやつなのだ。

 

 なんなら、食べずとも生きていられた。

 己の傷が治る速度よりも、通力の回復する速度の方が勝るのだが、飯を食う方が回復の効率はよかった。

 

 いくら傷ついても死なないわたしは、迷宮の探索でこき使われた。

 

 もともとが、文学少女なのだ。身体をいくらか鍛えたところで、わたしは脆弱な肉体しか持っていない。

 

 そんなわたしは、死なないというその特質だけで、斥候役になっていた。

 大陸と大陸を繋ぐ大迷宮。

 

 先頭を歩き進めるわたしは、リザードマンやジュエルタランチュラ、リトルドラゴンやムカデの魔物など、真っ先に攻撃をうける。

 道にトラップがないか、念入りに調べさせられる。

 

 そのトラップで首が刎ねられることもあった。全身を燃やされたこともあった。潰れてミンチになったこともあった。

 でも、わたしは死ななかった。

 

……… 死ねなかった。

 

 死ぬような怪我のたびに、その肉体は無理やり回復した。

 

 いつしか、わたしのココロは壊れていた。

 

 剣を持って剣術を習っても、いくら練習しても、運痴のわたしにはいつまで経っても剣術系のスキルは生えなかった。

 この死なない肉体を持っていても、わたしには、致命的に肉体を動かす才能がなかったのだ。

 

 ミスマッチだ。

 

 ………。わたしとこの能力の相性は最悪だった。

 

 

 この世界に降りて5年は経っただろうか。魔人が大迷宮を通じて人間界に攻めてきた。

 

 理由は知らない。

 わたしたち勇者のリーダーである聖剣使い、雷寺明人(らいじあきと)。彼は魔人の使う魔法やスキルを解析するために、五悪魔帝と呼ばれる魔人の幹部を生け捕りにした。

 

 長きにわたる、人道もクソもない拷問と実験と人体実験の末、明人は魔人と同じ魔法を、スキルを操れるようになっていた。

 

 スキル、というのは、決まった形を決まった型で、決まった結果を出す。

 

 移動系、<縮地>のスキルならば10mの高速移動。

 剣術系、<スラッシュ>のスキルならば横切り。といった具合に。

 

 だが、明人は魔人の技術を盗むことに成功し、<縮地>のスキルで20mのジャンプを可能にし、<スラッシュ>のスキルで連続唐竹割りをも可能とした。

 

 残念ながら、それをするためには魔力が必要で、アビリティ特化のわたしには、絶望的過ぎた。

 

 わたしの魔力は微々たるもので、多少再生のスピードが上がったかな、といった結果だった。

 

 応用で、他人にも再生の効果を与えることができたが、わたし自身の魔力が低過ぎたからか、<聖女>のアビリティを持つ女の子の方が回復役としては優秀だった。

 

 

 わたしは、役立たずだったのだ。

 

 魔人は、迷宮の出口を正確に把握していた。

 各地に現れた魔人を掃討するために出向いたものの、村や街はいつも壊滅的な被害を受けていた。

 

 優秀な戦力は各地に散らし、戦闘に向かないわたしと同じような子たちは、迷宮の探索、地図の作成を行い、魔人の移動ルートの特定を行っていた。

 

 

 そこで、クラスメイトに裏切られたのだ。

 

 

 敵の魔人の幹部、五悪魔帝、殺戮のマリス。彼が現れた。

 

 彼は、私たちのクラスメイトをすでに10人手をかけた、許されざる敵。

 わたしの親友だった子も、彼の手によってすでに殺されていた。

 

 わたし自身も、彼の手によって、何度も殺されていた。

 

 殺されるたびに、わたしは再生していた。

 奴に出会ったら死。わたしはそれを魂に刻み込まれていた。

 

 <自己再生(シナズ)>の能力をもつわたしは、マリスの情報をクラスメイト全員に共有。

 出会ったら全力で逃げろ。そう伝えた。

 

「 わたくしをあなたの仲間にいれてくださらないかしらぁ? 」

 

  だが、彼女、『明柴咲子』が、勇者たちを裏切って、魔人側に付いてしまったのだ。

 

「咲子! キミはいったいなにを!?」

 

「明人には、わたくしは死んだと伝えてもらえるかしらぁ?」

 

「そんなことできるわけないだろう!?」

 

「そぅ………。なら仕方ないわねぇ。そもそもわたくしは人間って好きじゃありませんし………」

 

ーーパンッ! と咲子が柏手を打つと、咲子の肌が褐色に、黄金(こがね)色の髪の毛はそのままに、赤い瞳が妖しく輝く。

 

変化(へんげ)………」

 

「ええ。わたくし、アビリティで変化は得意ですの。なにせ傾国の女狐ですから。」

 

「わかったのである。こちらはお前を受け入れるのである。」

 

 彼の言葉に口元に三日月を浮かべる明柴咲子というその女、私たち人間を裏切り、魔族についた、魔女だ。

 

 彼女を引き留めても無駄だと悟った。

 帰ってみんなに知らせなくては! 

 

 わたしは踵を返して人間族領の迷宮の出口に走った。

 

「どけ小暮!! お前は死なねえだろ! 囮になれ!!」

「そうよ! あなたは私たちが生きて帰れる時間を稼ぐくらいしか能がないんだから! ここに残りなさい!!」

 

 同じように考えていたクラスメイトが、わたしの襟首を掴んで、後ろに引き倒す。

 そう、わたしは、死なない。

 

 死なないからって………。これは、あんまりだ。

 

「がぐっぅう!!」

 

 

 

「我が名は、マーダー・サクリファイス。縮めてマリス。敵は殺すのである。」

 

 そんな声がわたしの耳に届いた瞬間。

 

 スパン!

 わたしの足は切り飛ばされた。

 

 

「あぁああああああ!!!!」

 

 絶叫。いくら再生するといっても、痛いことに変わりはないのだ。

 

 痛いのは、嫌なのだ………。

 ずりずりと、這って逃げようとするも、今度は背中から剣で貫かれた。

 

「ごぶ!! 」

 

 ザシュ!!

 

 と、そのまま縦に切り裂かれ、わたしは脳みそをぶちまけて気を失ったのだと思う。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 再生したわたしが目を覚ますと、そこはすでにジュエルタランチュラの苗床。

 

 わたしの体に、卵を産みつけ、寄生させ、苗床にして、食糧にされた。

 

 

「ああああああがががああぐぅがあがあああああ!!!!」

 

 

 いくら身体を直しても、身体中から蜘蛛が湧き出してきた。

 

 身体中を蜘蛛が這い回る。

 

 

 気持ち悪い。

 

 気持ち悪い、気持ち悪い!

 

 気持ち悪い!!!

 

 

 痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い、痒い!!!

 

 

 四肢を糸で拘束されたわたしは、力一杯腕を引っ張ってもクモの糸を千切ることは敵わず

 再生以外のスキルももたず、たいした魔法も使えないわたしには、抜け出すことはできなかった。

 

 

………………………

………………

………

 

 

 どのくらいの時間が経っただろうか

 

 わたしを囮に使ったクラスメイトを呪った。

 人間を裏切った咲子を呪った。

 

 呪ったところで、何もできない自分を呪った。

 

 いつしか、疲れて、何も考えられなくなった。

 

 そのうち、わたしの髪の毛も白く変わり、日の光に当たらない青白いわたしの肌、窪んだ目、頬、希望も何もなくなった。

 

 

「ころ、して………………」

 

 さらにしばらく経つと、わたしは死を願うようになった。

 楽に、なりたかった。

 

 腹を這い回る痛みにもなれ、もはや激痛こそ常になる。

 何も考えられずとも、やはり、痛かった。

 

 ココロが、悲鳴を上げていた。

 

 絶叫するだけの元気が、もうなかった。

 

………………………

………………

………

 

 

………………………

 

………………

 

 

………………………………………………

 

 

 

 

………………

 

 

………

 

 

 

 自分が起きているのか、寝ているのかもわからない、今がいつで、どうなったのかもわからない。

 最低でも1年は過ぎているだろう。

 

 もしかしたら10年?

 

 日の光もないこの洞窟では、時間の概念がもはやない。

 体感では1000年は苦痛を感じ続けていたと思う。

 

 

 それほどまでに長い時間であった。

 

 そこで、わたしは光にであった。

 

 

 右腕と右足をなくした少年。

 わたしと同じく、苗床としてここに連れてこられた少年。

 

 ジュエルタランチュラは迷宮中にいる。

 苗床も複数あるだろう。

 

 彼がここの苗床に来たのは、奇跡だった。

 

 糸でぐるぐる巻きにしたところで、足から腕まで、一本にしかならない少年は、わたしの死にたいという心の叫びを聞いて、ボロボロの体で立ち上がる。

 

 あまりにも小さい子供。

 小学生くらいだろうか。

 

 懐かしい、日本の顔立ちに、思わずわたしも声を振り絞る。「ころして」と。

 

 

 彼は、わたしにもたれかかると、優しくささやいた。

 

「ぼく、が………ころして、あげる」

 

 

 ああ、ようやく楽になれる。そう思った。

 

 

「一緒に………死のう………」

 

 

 そう言って彼の体が赤く光と同時に、彼を死なせたくない。そう思ってしまった。

 爆発の直前、わたしのなけなしの魔力を身体にめぐらせ、拙いながらも彼の再生を試みた。

 

 わたしと彼は、ぐちゃぐちゃのバラバラに弾け飛んだ。

 

 

 すごい威力だった。周囲一帯に何も残らないレベルだった。

 

 だというのに、わたしは死ななかった。

 

 この呪われた肉体は、彼の全身全霊をもった自爆でも、滅びることはなかったのだ。

 だが、わたしの願いも叶えてくれた。

 

 ぐちゃぐちゃに混ざり合った、わたしと彼の肉体を、ひとまとめにして再生したのだ。

 髪は白く、肌は白く、再生した肉体は小さく、そしてひ弱だった。

 

 肉体の動かし方も忘れてしまったわたしでは、彼の肉体は操縦できない。

 生きることを諦めていたわたしではなく、肉体のベースはあくまで俊平。

 

 やさしいやさしい、俊平は、わたしにいろんな世界をみせてあげると言ってくれた。

 わたしを、ココロを救ってくれただけでなく、希望を、光を見せてくれたのだ。

 

 

 吊り橋効果だと馬鹿にしたければするがいいさ。

 人恋しいわたしは、すぐに俊平のことが好きになった。

 俊平がどれほどわたしの心を救ってくれたのか、誰にもわかるまい。

 

 

 同一化したこの肉体では、俊平を抱きしめることすらできないというのに。

 

 

 ああ、神様は残酷だなぁ。

 

 せっかく蜘蛛の糸から脱出したというのに。自らの意思で肉体を動かすこともできない。

 

 蜘蛛の糸に絡まれている時と何が違う。

 

 は、はは。いや、景色が、ちがう。

 痛くもない。

 

 俊平の優しさに、気遣いに、ココロが満たされる。

 

 だが、やはり抱きしめてあげることも、寄り添うこともできない。

 

 そういえばこの世界には神様がいるんだったな………。機会があれば、ぶん殴ろう。

 

 

 きっと、その時に俊平と見る景色は、なによりも美しい。

 

 

 





あとがき


次回予告
【 目を覆うけど指の隙間から見るやつ 】

お楽しみに


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第58話 俊平ー目を覆うけど指の隙間から見るやつ

 

 

 

 俊平は、エデン湖に浮いていた。

 

 

 ぷかぷかと。

 

 

 自らの自爆により弾けた肉体が再生した場所は、もとのエデン湖より外れた場所にあったが、エデン湖を巻き込んだ自爆のためか、そこにエデン湖の水が流れ込み、俊平は流された。

 

 そして、今は水死体のように、浮いていた。

 

 再生した白無垢が、なんだか少し空気を含んでうまいこと浮いていた。

 

 

「『シュンペイ様!』」

 

「しゅんぺー!」

 

 

 そんな彼を引きあげたのが、ジャニスだった。

 白く薄いドレスを、茶色く濁った泥水のようになったエデン湖から流れた水で汚し、それも厭わず俊平を引き上げるためにエデン湖に………いや、あたらしくできた湖に飛び込んだのだ。

 

 

 彼女は一部始終を見ていた。

 

 自分たちを守るために、五戒魔帝から逃すために、盾となり、そして戦った。

 

 五戒魔帝は、かの勇者をしのぐ強さを持っている。

 最近ルルディア王国に召喚された勇者といえど、五戒魔帝を相手するのは骨だ。

 一人では敵わない。勇者たちで囲んで追い詰めなければならないくらいの化け物。

 

 それが、五戒魔帝という生き物なのだ。

 

 

 それを一人で倒すことなどまず不可能。やろうとする奴は狂人だ。

 

 そもそも、魔人という生き物が平均的な勇者一人に匹敵する成長率。

 その中でも飛び抜けて化け物なのが五戒魔帝。

 

 それを相手取り、仕留め、生還する様をみて、彼女は歓喜に震えた。

 

 自分を助けるためにしてくださったのだ。嬉しくないはずがない。

 

 

 俊平を引き揚げた彼女が、俊平の首を横に向けて寝かせると、俊平はげほごほ! と水を吐きながら咳き込む。

 

 

 「『ありがとうございます、シュンペイ様! あなたはわかっていたのですね………。魔人が攻めてくることを………。』」

 

「………???」

 

 

 俊平には言語がわからない。

 

「『だから、コーデの街に来たのですね………。』」

 

「………。」

 

「『 それもこれも、わたくしのために………。』」

 

「………。」

 

「『シュンペイ様………。ありがとう、ございます………!』」

 

 

 

 

 俊平の両手を握って額に当て、深く感謝の意を表すジャニス。

 

 酒の湖に浸かった俊平は、酔って頭も回らず理解も出来ぬまま、眠りについた。

 

 

 

          ☆

 

 

 引き上げた俊平を膝枕しているジャニスは、ザッと響いた足音に、慌てて振り返る。

 

「お父様………!」

 

「ああ、ここから見えていたよ。あれはまさしく、神の一撃。常人には出す事の出来ない出力での大爆発。白の神子様は我々を守って下さったのだ。」

 

「ええ………。シュンペイ様はわたくしたちを巻き込まないように、本当はすぐにでもあの魔人を倒すことが出来たというのに………わたくしたちを逃がすために、時間を稼いでくださいました。あのまま動けないままでしたら、間違いなく魔人たちと共に消滅していたでしょう。あの爆風の余波ですら、わたくしは吹き飛ばされて気絶してしまったのですから………」

 

「ここから見える我が屋敷の窓ガラスも、木っ端微塵だ。あの神の一撃に巻き込まれればひとたまりもあるまい。」

 

 大爆発の後、失神から回復後もしばらく耳がマヒしていたジャニスだが、この白い少年の小さな体に蓄えられた膨大なエネルギーに唖然し、それを自分の為に使って下さったことに対する感謝。

 力尽きて眠りにつく俊平の頭を、ジャニスは優しくなでた。

 

「お父様、この場合、生贄の儀式はどうなるのでしょう。群青竜(ブルードラゴン)は現れませんし、どうなっているのでしょう………」

 

「そもそも白羽の矢が立つなんて、私だって初めての経験だ。文献も多く残っているわけではない。エデン湖の形も変わってしまったのだ。ひとまず、調査隊を派遣する。今日のところは帰ろう。」

 

「………。はい。」

 

 

 

          ☆

 

 

 

(………軽い)

 

 

 俊平を背負って家路についたジャニス。

 彼女に………いや、俊平についてきた天使のリリも、パタパタと羽を動かしてジャニスに続く。

 

 ジャニスが俊平を背負って思ったことは、軽い、ということ。

 

 水を含んだ衣服は重くなることもさることながら、それを感じさせないほどの軽量感。

 俊平自身の体重も、迷宮での度重なる空腹と栄養バランスの崩壊により、がりがりにこけている。

 

 ジャニスの妹の方がどっしりとした体重を感じさせるだろう。なんなら、いまジャニスが着ている水を擦ったドレスの方が重く感じるほどに。

 

 俊平は、この半年の間、体の成長はない。

 

 精神体だからなのか、融合の影響なのかは不明だが、俊平の体重は四捨五入して30kgとなる程度の体重しかない。

 

 この、吹けば飛ぶような軽さの彼に、すべての重りを押し付けてしまった自分自身に、今更ながら罪の意識を感じるジャニス。

 

 いくら白の神子が神とはいえ、ここまでボロボロになるのだ。

 並大抵の戦闘ではなかったはずだ。

 

 俊平が何を思ってここに来たのかはジャニスにはわからない。

 わからないが、この小さな少女の為に、出来る事をしよう。

 

 ジャニスは、屋敷に到着すると、ガラスの片づけを行っている使用人たちに言づけて、すぐに風呂を沸かしてもらった。

 

 湖に落ちて、服がなぜか濡れていないとはいえ、エデン湖…ひいてはコーデの街を救ってくださった俊平が風邪をひかせてしまっては自分の責任だとして、俊平をお風呂に入れてあげることにしたのだ。

 

 先に脱衣所で服を脱いだジャニス。

 不思議なお召し物である白無垢を、慎重に脱がしたジャニスは、俊平の下着も何とか脱がす。

 

 

 

「きゃああ!!」

 

 

 ジャニスは、顔を真っ赤にして目を見開いた。

 

「おっ! お嬢様! 何事ですか!?」

 

 衝立の向こうで、侍女たちが慌てて入ってこようとする

 

「な、なんでもございません! なんでもございませんわ!」

 

「何かございましたら、すぐに及び下さい」

 

 ジャニスの言葉に、すぐに衝立に控える侍女。

 

 

(シュンペイ様は男性でしたの………? 殿方の裸って初めて見ましたわ………)

 

 ドキドキとしながら俊平の裸体を観察する真っ赤な顔のジャニス。

 俊平の意識がないことをいいことに、触ってみちゃったりしている。

 

(え、これって………)

 

 

「あ、いけません、天使様!」

 

 と、そこに、衝立の奥から侍女の静止の声と共に、クリーム色の髪の毛をした天使が現れた。 

 

「しゅんぺー!」

「きゃ! て、天使様!」

 

 裸の俊平とジャニスを見たリリは、奥にお風呂を確認すると、スポーン! と自らの服を脱ぎ捨てる。

 

「天使様も!?」

 

 ジャニスが言った「も」とは、脱いだことではなく、その股間。

 リリは小さいながらも男の子を主張していたのだ。

 

 思考停止しているジャニスはをよそに、リリは俊平に手を向けると

 

「’&%$$#”、にゃーー!」

 

 ふわり、と俊平の身体が浮く。

 

 ダダダダ! とリリが浴槽に向かって走ると、浮いた俊平も、その後に続くようにふわふわと飛んでいく。

 

 ドッポーン! という音と共に、天使と俊平は、浴槽へと沈んだ。

 

「おっおおおおお、お待ちください! お二人とも! 」

 

 俊平は溺れ、リリは蕩け、ジャニスは混乱した。

 

 

 

 




あとがき

泥酔している人が風呂に入ろうとしていたら絶対に止めるんだよ。死ぬから。

次回予告
【 両性具有 】

お楽しみに


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第59話 俊平ー両性具有

 

 

 天使という生き物について解説をしよう。

 

 天使、というのは、まさしく天の使いである。

 

 天、とは神様のこと。もしくは、この世界でいう空中大陸のこと。

 

 で、天使なんだけど、みなさんは天使と言ったらどのようなものを想像するだろうか。

 

 かわいらしい、頭になんか輪っかがある。ガブリエルとかよくエロ本で凌辱されている。

 

 などなどなんかいろいろとあるだろう。

 

 しかし、特筆すべきはそこではない。

 そこではないのだ。

 

 天使という生き物、それは、両性具有。性別が存在しない、というよりは『どっちもある』ということ。

 

 さらに言えば、日本の最高神たる女神の天照大御神(アマテラス)も両性具有という記述までのこっているとかなんとか。

 

「間違いございません………………こちらの天使と、シュンペイ様は、両性具有………ヒトを超越した存在です………!」

 

 

 俊平とあおいがぐちゃぐちゃにまざりあって再生した結果………………。

 

 俊平は男と女、どちらの性別も当てはまる両性具有 俗にいうふたなりになってしまっていたのだ!!

 

 

 俊平自身、わざわざそんなところを一切の確認もしていないので、俊平もあおいも、この事実を知らない。

 あおいと俊平の視界はリンクしている。

 そんな俊平がわざわざ好き好んで自分の小さいなにを調べたりするだろうか。

 よほどの変態じゃないとしないだろう。

 俊平は精通もまだなお子様なのだ。普通に恥ずかしい。

 

 お風呂から上がったジャニスは、俊平とリリをかかりつけの医者の元へ連れて行った。

 俊平は酔っているのか、疲れているのか、ぐっすりと眠っている。

 

 着ている服は、着せ方のわからない白無垢ではなく、ジャニスの妹、カリンのお下がり。フリフリのナイトドレスであるが。

 

 俊平が意識を失っている間に、俊平の身体、一緒に天使であるリリの身体を調べさせてもらったのだ。

 

 仮にも神様と思っている相手に対してなんとも不敬な行いであるが、探究心もさることながら、自分たちを助けてくれた俊平が、万が一にも体調を崩されないように………! などと建前をしっかりと準備して行っている。

 

 いろいろな偶然と奇跡とミラクルやマジカルでワンダーなあれやこれがなんかいろいろぐちゃぐちゃと混ぜ合わさった結果

 

「やはり、これまでの経緯から間違いないとは思っていましたが………………! やはりシュンペイ様は神様なのですね!!!!」

 

 

 俊平=神 という図式が、樹や由依がいたら大爆笑して起き上がれないレベルのとんでも勘違いが、………もはや撤回など不可能な物的証拠とともに、強固に、それはもう頑固に、擦っても落ちないシミのように。根付いて浸透して、確定してしまったのである。

 

 

 俊平が聞いたら、恥ずかしくて顔から火が出るだろう。寝ている間に裸に剥かれてあれやこれやを確認されてしまっているのだから。

 

 俊平は自分の周囲を取り巻く現状をみて、こう言うだろう。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「どうしてこうなった?」

 

『わたしも気を失っている間に何があったかはわからない。』

 

 

 俊平とあおいは、ベッドで目が覚めた。

 

 目を覚ました俊平は、自分の格好を見て頭を抱えた。

 

「なんで女性もののナイトドレスを着ているのかな」

『………似合っているぞ』

「嬉しくないし………。」

 

 俊平はかわいいと言われ慣れている。

 不本意ながら、俊平は小さい自分がある程度可愛い自覚があった。

 

 だからといって、女装をしたいとも思っていない。

 白無垢を脱がされたのであれば、恥ずかしながら自分の着替えをしてくれた侍女さんあたりは俊平の性別のことを知っているはずである。

 

 だというのに、このふりふりでひらひらの寝巻きはなんだ。

 僕は男の子なのに! 

 

 

 俊平はさめざめと泣いた。

 女装させられるのは、今に始まったことじゃない。切り替えて行こう。

 

 僕は小学生の頃、クラスの出し物の演劇で、村娘Cを演じたことがあるのだ。この程度のことでへこたれない。

 なんだったら樹くんも村娘Bの経験がある。僕は一人じゃない………!

 パン! と頬を叩いてベッドから降りる。

 

「よし、落ち着いた」

『その格好で落ち着けるのはさすがだね』

 

 俊平を女装役に導いたのは樹で、樹は面白そうだったりウケが狙えるならば積極的になんでもやる人なので考えたって仕方がないのだ。

 

「あれ、これって………………。」

 

『む、どうやら翻訳の指輪のようだな』

 

 俊平がベッドから降りると、台の上に、赤い宝石の埋まった指輪が置いてあった。

 

「これ、あの魔人がつけてた奴だよね。」

『あの爆発で無事だったのか………。奇跡だな。わたしは消滅したものだとばかり思っていたよ』

 

 

「あおいさん………。」

 

『なんだい?』

 

「あの時、僕が惨めに泣き喚いていた時、僕の代わりに魔人を倒してくれたよね」

 

『ああ』

 

「ありがとう。」

 

『っふ、いいよ。そのくらい。わたしには朝飯前さ。相棒の危機に立ち上がれないで相棒は名乗れない。』

 

 

 俊平はあおいのことを信頼している。

 あおいがいなければ、俊平は自爆の能力一発で死ぬ。

 

 あおいは再生の能力があったとしても、火力がない。死なないと言っても攻撃力はない。

 無力のあおいは蜘蛛糸から抜け出せないでいた。

 だからこそ、無条件で俊平の味方だった。

 

 あおいと俊平は二人で一つの共依存。

 どちらが欠けてもダメなのである。

 

 

「何度でも言うよ。それでも、ありがとう」

 

『ばっか、気にするなよ』

 

 これはいい雰囲気だ。

 

 




あとがき

次回予告
【 お祭り大好きマンです 】

お楽しみに


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第60話 樹ーお祭り大好きマンです。

 

「よーろよーろれっいっひ~! れっいっひ~とれっいっひ~♪」

 

「よーろよーろれっいっひとよっろっれっいひー♪ って何歌ってんの樹?」

 

「口ぶもごー!」

 

「即座に合わせる由依にゃんはなにもんにゃ? 鉄太にゃんはそれ以上言ったら著作権的にダメだから静かににゃ。」

 

 俺は浮かれていた。どのくらい浮かれていたかというと、教えておじいさーん! と叫びたくなるくらい浮かれていた。

 

 なぜって? 俊平にひっさびさに会えるからだよ。

 ほらほら、俺ってばなんだかんだで俊平の事大好きじゃん?

 

 クラスのマスコットがずっといないのはなんとも言えないさみしさがあるわけよ。

 響子が退場、俊平がはぐれているこの状態で、半年も会えなかった旧友と会える喜び!

 

 俺はテンプレをぶっ壊すの大好きだけど、別にテンプレが嫌いなわけじゃない。

 じゃないとテンプレにあふれるなろうを読み続けていないからな。

 

 俊平は元の世界で会ってはいるものの、抜け殻みたいだし、シュンペイ(ジュンパクの姿)は直接見たわけじゃあない。

 

 俊平の本質は変わってなくても世話になっている「あおい」とやらに挨拶もしたい。

 

 

「ほほう、エデン酒か………これはどのような酒かのう?」

「お、嬢ちゃんいける口かい? これはな、白の神子様がお作りになったお酒の湖から酌んだお酒なんだ。エデン胡の美しい水に神子様がお作りになった酒、それに好みの果汁を絞って飲むのがたまらなくうまい! 試飲してみるかい?」

 

「ふむ………。ぜひ頼む。」

 

 

 なんか俊平がお酒作ったらしい。

 俊平がお酒を造る? 意味が解らん。

 

 俊平はごく普通の中学生。

 お酒の作り方なんて知らないはずだ。

 

 俺? 俺は知ってるよ。ブドウの皮ごと潰して暫く放置したら出来るんでしょ。

 酒蔵で麹菌がどうこうするやつは知らん。

 

 

「むっ! 水にキレがあるのう。酒としてはなんともいえんが、果汁を加えたカクテルとしてはなかなかのものじゃな」

 

「アルコールの濃度や精錬さはまだまだ研究中だからな。これから試行錯誤していくのさ」

「ふむ。精進するんじゃぞ。また飲みにくるぞい。とりあえず原酒をひと樽分いただこう。」

「毎度あり」

 

 妙子はもう飲み歩いてやがる。

 

「消吾、頼んだぞい」

「しゃーねーなー。ほいっとな」

 

 妙子はここで酒の補充を行うつもりだ。

 消吾は商会への納品を終えて俺らと合流して妙子の荷物持ちに成り下がってしまっている。

 

「俺はさ、お祭りって大好きなんだよね。」

「だから浮かれていたのかにゃ」

「そうそう。うまいもん食えるのってそれだけで幸せじゃね?」

 

 屋台ってさ、美味しそうな匂いを撒き散らす兵器なんだよ。

 

「俺もそうだけど、樹は典型的花より団子な男の子だな」

 

 と、鉄太からのツッコミをいただいてしまった。

 

 意外とツッコミ気質なのかもしれない。

 鉄太が一番仲の良い友達は、ヒップホッパー、佐久間太郎。

 

 太郎は邪婬のリビディアに一撃を食らわせた実績から、かなりの実力者であることがわかっている上に、言霊使いというかなり有用な異能を持っている。

 そのため今回は俺たちの旅行にはついてこれずに別の場所で活動を行っている。たぶん、大陸間を繋ぐ大橋付近。

 

 鉄太の異能は複数人が同じ行動や同じような異能を使っていない限り便乗ができない。

 

 太郎と同じ、歌を司る言霊使いの響子がいなくなった今、鉄太の存在意義はほとんどなくなっていた。

 

 だが、鉄太は腐らずに剣の腕をみんなに便乗して習ったり、魔法の腕をみんなに便乗して習ったりしているおかげで、めちゃくちゃ器用貧乏な生き物になっているのだ。

 

 そのへんは田中の下位互換って感じがするな。

 鉄太の能力も、磨けば自分を含めて『複数』とすることで一人相手にも便乗できたり、相手の真似をして相殺したりと、能力の幅が増えそうな予感がする。

 

 そういう不思議な異能の応用の仕方を考えるのってめちゃくちゃ楽しいんだよな。

 

 だって俺はそういう不思議異能をたくさん手に入れて、たくさん応用してきた実績をもつ異世界トラベラーだぞ。

 そう言うの大好きなんだ。

 

 ルンラルンラと歩いていると、俺の鼻を直撃する暴力的な間違いなく美味しい匂い。

 

「おっちゃん。その串焼きはなんの肉?」

「豚だ。豚バラ、串あぶり。」

 

 絶対うまい奴確定!

 

「塩焼き5本!」

「俺も俺も!」

「計10本! 8000ルクだ。」

「ぐあ! お祭り価格だ! 悔しい………! でも払っちゃう!! ビクンビクン!」

「ガハハ! いっぱい食え!」

 

 

 袋に5本入った豚串。これ、竹か。竹は温暖で湿潤な地域で繁殖する植物だ。

 でかい湖があるから、水気が多いから竹がよく育つのか?

 

 不思議だな。

 あ、この豚串うま!

 

「じー………」

 

 おっと、俺の豚串を物欲しそうに見ているお嬢さんがいるぞ

 

「由依、あーん」

「あー………ん。うま!」

 

 なぜ俺が串肉を5本も買ったか? みんなにも食べてもらいたいからさ。

 鉄太は5本も食えるのか?

 なんか絶望的な表情している気がするがそっちは見ないぞ。

 

 パクリと俺の食いかけに食いついた由依は目を輝かせて俺の手の豚串をひったくった。

 うまぁ………! と目を細める由依は可愛い。うん。可愛い。天使。

 

「田中、あーん」

「あー………あふいにゃ!」

 

 田中の口元にも新たな豚串を持っていくと、ぱくりと食いついた。

 串を手渡すと、田中は上品に持ち手をハンカチで持っていた。

 意外といいとこのお嬢さんなのかしら。

 

「消吾、あーん」

「え、ワイも? はぐ………。うっま! なんやこれ! 稔のやつ絶対来た方がよかったやん!」

 

 俺は消吾にもあーんしてやる。

 消吾はマジシャン。消したものを取り出せないマジシャンだ。

 消吾の実家は飲食店を経営している。

 

 そこの常連なのが、大食漢の太田稔。

 『団体一名様入りましたー!』ってのも実は消吾の店の出来事なのだ。

 

 接点が多い消吾と稔は仲良しなのだ。

 

 まあ今回は勇者と一緒に魔人退治に精を出しているよ。

 魔物の肉とか調理して食ってたら、稔のやつ完全に化けたからな。

 

 毒物耐性とか、縮地とか、空中跳躍とか剛力とかなんか魔物からめちゃくちゃスキルをラーニングしている。完全に動けるデブだ。

 通常時は勇者パーティには入らないものの、勇者と同等かそれ以上の力を持っている。

 持っているスキルの数なら、俺や由依よりも断然多い。

 稔も順調にインフレしているのだ。

 

 そもそも俺は剣術系と移動補助のスキルくらいしか自力で生やせてないからな。

 

「妙子も、あーん」

 

「うむ。良い酒のつまみになりそうじゃ」

 

 妙子はあーんとかキャラじゃなさそうなのに、普通にかぶりついた。

 なんなら串は受け取らずに、そのまま持っておれといって瓢箪から「っかーっ!」と酒を飲む有様だ。

 なんてこった。俺、今完全に食事介助要因じゃないか、おばあちゃん!

 

 元気なおばあちゃんには押し付けといた。

 

 

「縁子、あーん」

「は?」

「あーん」

「は?」

「あーん」

「………。」

 

 めっちゃ睨まれたけど、それで俺が引き下がると思うなよ。

 俺が引かないとわかると、縁子はため息をついて手を差し出した。

 

 あーんはできなかったが受け取ってはくれるみたい

 

 

「鈴木くん、気を使わなくていいよ………。」

「うんにゃ、使うね。この旅行は縁子のためでもあるんだから。ほら、リラーックス。これ美味しいから。由依と一緒にこの豚串の美味しさについて語って来なよ。」

「………本当に、あなたはお節介だよね」

「さあ、俺は楽しければそれで良い刹那的な人間だからね。あとのことはしらーんプイ」

 

 ばいばいっと手を振って縁子を由依の方に追いやる。

 クスッと聞こえた笑みに、縁子の肩の力が少し抜けたのを感じた。

 

 

「た、樹………俺も………」

 

「鉄太………何も考えずに5本も買ったらダメだろ。ほら、あーん」

 

「あーん………。」

 

 

 俺は最後の豚串を鉄太の口に突っ込み、鉄太の持つ残り4本の豚串を佐之助の分を2本残してアホの鉄太の後処理で消化するのに務めるのであった。

 

 

 




あとがき


次回予告
【 再会 】

お楽しみに


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第61話 樹ー再会

 

もっちゃもっちゃと買い食いしながらコーデの街のお祭りの中心地へと向かっていく。

 

 

「おっ、ここがエデン湖か。めっちゃ透明度やべーな。バイカル湖みてー」

「ああ、知ってる。世界一透明度が高い湖だっけ? なんかの番組で見たかも。でも大きさが全然ちがくない? 確かに端が見えないくらい広いみたいだけど………。たぶん、こっちの方が小さいよ」

「透明度の話だって。大きさはいいの。」

「そっか。でも本当にきれいだよね………。」

 

 俺と由依はいろんな異世界を旅してきた。

 同じ夢を旅したことはない。

 

 だが、異世界の旅といえば、絶景スポットめぐりは異世界の旅の一つの目標とも言える。

 

 日本の絶景スポット回りなんか一切行かないのに、異世界では思い切り絶景スポットを巡れるのは、一重にその身の軽さと、資金力にある。

 

 もちろん、最初から資金があるわけではないが、俺や由依くらいの実力になれば、あらごとをひょいひょいっとどうにかすれば、お金の方が集まるってもんだ。

 

 しかもだ。どうせ元の世界に帰ることが確定している旅みたいなもんだから、その金は必要経費を残してパーっと使う。

 

 なんなら旅する。

 観光名所を廻り、絶景スポットを廻り、パワースポットを廻り、時にはそのパワースポットで新たな何かをもらったりする。

 

 きれいなものを見ると、素直に関心するんだよ。心躍る。デートみたい。

 付属の人間いっぱいいるけど。

 

 

「向こうの方はちょっと濁っとるやん」

 

 なんて消吾が呟くと、近くにいた俊平信者の方が声をかけてきた

 

「おお、なんでも、白の神子様が神の一撃を放ったから、そこからエデン湖の水が入って行ったかららしい。その神の一撃で、エデン湖の形が変わって、変わった場所こそ白の神子の、エデン酒の泉だ」

 

 ということらしい。

 

「湖なの、泉なの?」

「同じ地下水脈なんだろ。深い意味はなさそうだ。」

「ふむ………。事前の調べだと、湖は一つじゃったな。おそらく、その一撃で上空から見たら瓢箪(これ)のような形になっておる。ここから流れる川は小川じゃが、こちらの新しくできた湖のほうに水が流れ込んできておるおかげで川が干上がっておる。まあ、川の終着にはすぐ近くに海があるらしいので、大した被害ではないじゃろうが。」

 

 頭の中で大陸の地図を巡らせる妙子。

 

「湖の水位がそれなりになるには、一月くらいかかりそうじゃのう。」

 

 

 おそらく、神の一撃と称される白の神子のお話は、俊平が自爆した結果なのだろう。

 ここまで自爆するって、威力半端ねえよ。周囲の木々がなぎ倒されているし。

 

「んで、白の神子様が爆破したらしいのが、向こうだな。バイカル湖みたいな環境じゃないのに、いきなり水をぶち込まれたらそりゃあ泥巻き上げて濁るわ。納得した。そんで、白の神子が作った馬鹿でかいクレーターでなんかのミラクルが起きて、酒が取れるようになったと。意味わかんね。」

 

「にゃははー! 樹にゃんが見た勘違い話から、とんとん拍子におもしろいことになっているにゃ!」

「鈴木くんがみた勘違い? 田中さん、どういうこと?」

 

 俺からすでにネタバレ食らっていた田中がテンション高く笑っていると、縁子が首を捻った。

 

「おおっと、田中、ここで痛恨の失言にゃ。田中はなーんも知らんにゃー。」

 

 おどけた田中が口の前で人差し指を二本たててバッテン。

 俊平に繋がる情報を漏らしてしまうが、点と点がまだ線でつながっていない。

 田中はニヤニヤしながら縁子から距離をとる。趣味わりーぞ。

 

「嘘。みんながなにか隠しているってこと、私知っているんだから。」

 

 ずいっと田中に詰め寄る縁子。

 

「え? なになに?」

「なんや?」

 

 鉄太と消吾が田中と縁子を見て何事かと聞いてくるが、真相を知っているのは俺と由依と田中と妙子。あとは佐之助くらいだ。

 情報は漏らさんぞ。

 

「にゃははー! 隠しても隠し切れないにゃ〜。まあそのうちわかることにゃ。悪い話じゃないにゃ。むしろみんなが喜ぶハピハピな事実に縁子にゃんも鼻血だして狂喜乱舞するはずにゃ。」

 

 

 うーん、そんな縁子は見たくない。

 大和撫子が鼻血出して狂喜乱舞するのは漫画の中だけだ。

 

 由依ならやりかねん。そんな由依も好き。

 

 

「その鍵を握るのが、鈴木くん………?」

「いやん、こっちみんなえっち」

「死ぬ?」

「真顔で言われるのマジ怖い勘弁。ごめんなさい」

 

 

 わかったことが一つある。

 縁子は、執着がすごい。

 

 そんで、俺のことがそんなに好きじゃない。まあ、秘事が多いからね。生徒会副会長としてはあんまり良くは思わないだろう。

 

 いや、まあそれについては別にいいんだ。

 俺のことがそんなに好きじゃなくても会話をしてくれるだけで十分。

 

 好きじゃなくても、ある程度の信頼さえあれば問題ない。

 

「俺はいつだってみんなのことを思って行動しているよ。当然死なせたくないし、みんなには幸せになってもらいたい。この夢幻の世界では、俺にはそれだけの力があると自負している。」

 

 俺はトントンと自分の胸に拳を当てて縁子を見据えた。

 

「………………、いつも余裕を見せているのは知ってる。それを使って積極的に魔人を倒さなかったり、俊平くんを探しに行かなかったり、やっていることが矛盾しているのよ。いつもいつも適当に流して………。そういうところ、すっごく腹立つ。魔人族の幹部を一人で倒したんでしょ。私たちが迷宮に落とされた時。一人の魔人に苦戦している間に。なんでその力をみんなのために使わないの」

 

 

 やっぱり俊平に執着していても、クラスメイトのことはよく見ているのね。

 すごいよ、その責任感。正直、尊敬する。

 俺はそういう責任から逃れ、責任転嫁する方法ばかり考えちゃうからね。

 

「使ってるよ。わかりづらいだけで。今回の旅行もそう。数分後に縁子は必ず、俺にお礼を言う」

「………言わないよ。絶対」

「じゃあ言わなくていいよ。俺が勝手に自己満足するだけだ。」

 

 ま、みんなのために、なんて言っても、結局俺は自分が楽しむためにしか能力使ってないしな。

 

 今すぐにでもこの夢幻牢獄から脱出できるのにしないってのは、確かに俺の怠慢だ。

 縁子の言っていることも、的外れではない。

 

 でも、それじゃあ俊平が救われない。俊平の中にいる「あおい」が救われない。

 それに、妙子の願いも果たせない。

 

 俺の視点では魔王と妙子は点と点が線で結びついている。

 

 それを解消するくらいのお節介は焼くよ。あくまでも、たのしくな。

 

 さて、なんか話しているうちにお祭りの中心地にやってきたぞ

 

 

 見れば、真っ白な白無垢を着た俊平が簡易櫓の上で祭り上げられていた。

 

 俊平を真ん中に据えたその櫓の周りには人だかりができ、どんちゃかどんちゃかと太鼓や笛や弦楽器や吹奏楽器を奏でている。

 笑顔で笑いながら踊っている。

 

「ほら」

 

 双眼鏡を縁子に放り投げ、ちょいちょいと俊平を指差す。

 

 

 双眼鏡で見なくてもわかる。

 なんかいろいろ勘違いがデカくなった結果、めちゃくちゃ崇められている俊平は、絶対に内心で「ぴゃー!」とか叫んでいる困り顔だ。

 

「うそ………………。俊平、くん………?」

 

 髪が白くなっても、格好が変わっても、縁子は俊平を見間違えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第62話 樹ー合流

 

「俊平くん、俊平くんだぁ………!」

 

 

 ポロポロと大粒の涙をこぼす縁子。

 

 この世界にくる前から、俊平のことを気に入っていた縁子が、半年前に俊平が漆黒竜(ブラックドラゴン)に食われるところを直接目撃したらしい。その後、食われた俊平が自爆するところまで目の当たりにしている。

 

 半年だ。

 

 半年間。ずっと俊平のことを想い続けていた。

 俊平を助けるために、地下の迷宮に潜り続けた。

 

 ようやく。

 

 ようやくだ。

 

 ようやく、会えたのだ。

 その溢れる気持ち(ナミダ)を止める術を俺は持っていない。

 

「ぐすっ、うぅ………」

 

 拭っても拭っても溢れる涙は止められない。

 よせよ。そういう涙見ると、悲しくなくとも、嬉しくなくとも俺はつられて涙が出るくらいには感受性豊かなんだぞ。

 

「うそやん、あれ俊平か? えらい白うなっとるやんけ」

「確かに………………樹は知ってたのか?」

 

 50mほど先に見える白いその姿に、縁子の泣きながら呟く声と合わせてあの白い生き物が俊平だと消吾と鉄太もわかったようだ。

 あまりにも思わせぶりな俺達のやりとりに気づいた鉄太が俊平の方を指差しながら俺の方を見る。

 

 口の周り、油だらけだぞ。拭け。

 

「まあな。この旅行を決めたのも、お前達を誘ったあの日に………。俊平が迷宮から脱出できたことがわかったからな。絶対に俊平が面白いことしているって思って、急遽遠征に来たわけだ。」

 

「確かに、ワイらがこの遠征に行くことになったのってかなり急やしな」

 

 

「肩まで白い髪が伸びて、見た感じ完全に女の子にゃ。」

「かわいいよねー」

「うむ。佐之助がおったら確実に写真を撮っておるだろうな。」

「絶対売れるにゃ」

「わたし買うよ。俊平ちゃんの写真集」

 

 

 田中、由依、妙子が俊平の姿を見てニヤニヤとしながら縁子のそばに寄る。

 

「わたしも()うぅ………」

 

 

 泣きながらその写真の購入を確定する縁子。

 案外冷静じゃねえか。

 

「どう? このサプライズ。感謝は? ねえ感謝は?」

 

ーーポス

 

「いて」

 

ーーポスッ

 

「いてて。どういたしまして」

 

 グーで最大限の照れ隠しのありがとうをもらいました。

 あんだけ煽ってムカつく感じされて、素直にありがとうと言えないみたいだけど、最大級の感謝の気持ちが籠もっていた。

 

「そんじゃ、迎えに行くぞ」

 

 と、前しか見ない、気遣い上手の樹さんが縁子に言ってやると、下を向いたままコクリとうなづいた。

 

 

 

 

          ☆

 

 

 

 縁子の背中を由依が撫でて歩かせる。

 

 なんで俺が俊平が迷宮から脱出しているのを知っているのか?

 そんなもん、いい感じの探知ができる西村佐之助(スケープゴート)がいるから言い訳なんてどうにでもできらぁ。

 

 困った顔で櫓の上でぶつぶつと何事かを笑顔で呟く俊平。

 

 おそらく、「あおい」と話しているのだろう。

 

 いくら姿形が変わろうと、いくら崇め奉られていようと。

 

 俊平が俺たちの仲間である事実は消せない。

 

 

「俊平ーーーーーーー!!!!」

 

「おーーい! 俊平ちゃーん!」

 

「こっちむくにゃーーー!!」

 

 

 喧しい一般名字三人衆が俊平に向かっって盛大に自己アピール。

 

「っ!!?!? 樹くん!? みんな!!」

 

 こちらの姿に気づいた俊平が驚いた顔でこちらを見る。

 そりゃあ驚くわな。

 

 自分が崇められている姿なんて、一番見られたくないだろう。

 

 とはいえ、会えた驚きと嬉しさに、俊平は声を弾ませて櫓から飛び降りーー

 

 

「よせ俊平! 格好つけるな! お前はー!」

 

「うわっ!」

 

「お前は実はドジっ子じゃないか!」

 

 

 俊平がそれなりの高さのある櫓から飛び降りようとして、組み立てられた櫓の木の端に白無垢をひっかけてバランスを崩し、真っ逆さまに落ちた。

 

「うわあああ!」

「白の巫女様!」

「シュンペイ様!!」

 

 

 慌てる信者たち。

 

 俺? 俊平、痛いんだろうけど、首折れても再生する能力持ってるんだろ? 慌てちゃいないよ。

 

 

「俊平くん!!」

 

 

 そんな俊平にいち早く反応したのが、我らが大和撫子。北条縁子。

 

 人の隙間を縫うように走り、俊平の落下地点に滑り込むと。

 

「間に合った、今度は、間に合ったよ。ちゃんと助けられた。」

 

「ゆ、縁子、ちゃん?」

 

「俊平くん………………」

 

「………………。うん」

 

「………………おかえり。」

 

「………………。うん。………………ただいま」

 

 

 ぎゅうっと抱きしめる縁子のハグに、俊平もそっと背中に手を回した。

 

 

 

 その後ろで俺と由依と田中は、それをみてハイタッチ。

 便乗して鉄太も来たから一緒にハイタッチ。

 

 妙子も拳を突き出してきたから、上から拳で軽く叩くと、妙子も拳で上から叩き返し、最後に拳と拳を正面から合わせる。

 

 なんだこれ洒落てんな。

 

 

 とまあ、紆余曲折あったけれど、ダンジョン最下層RTAしていた俊平との合流を果たせたわけだ。

 

 

「だいぶたくましくなったじゃあないの、俊平」

「せやね、ずいぶん可愛らしい格好に成長したやんけ」

「俺も俺も! 俺もそう思う!」

 

 俊平と縁子を囲むように俺たちは信者達を押しのけて集まった。

 

 

「よく頑張ったな、俊平。おかえり。」

「うん………。がんばったよ。何度も心が折れそうになった。でも、………。ううん。多くは語る必要ないね。ただいま」

 

 ふにゃっと、崩れた笑顔を向ける俊平。

 そのただいまに、全ての感情が込められているのは、すぐにわかった。

 

 

 



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第63話 由依ー好ち!!

 

 ほいほい、俊平ちゃんと合流して、ヤグラから落ちそうな俊平ちゃんを助けるために走った縁子。

 俊平ちゃんを抱きしめて流す涙はそれはもう美しいものだったよ。

 

 タツルからネタバレ食らってなければ、俊平ちゃんの容姿にもびっくらこいていたと思う。

 

 

 順調に俊平ちゃんが地下でテンプレを消化していて私としてもうれしい限りだ。

 

 こうもぽんぽんとテンプレを消化する俊平ちゃんを見てると、やっぱり主人公なんだなぁとしみじみ思っちゃう。

 

 ユカリコはずっと俊平ちゃんをぎゅっとしていたんだけど

 

 

 

「お前たち、何者だ!」

「神子様に必要以上に近づくな、無礼者!」

 

 そこで黙っちゃいないのが、白の神子信者の街人たち。

 急に現れた部外者が、俊平ちゃんに馴れ馴れしくしていたから、怒って掴みかかってきた。

 さらには殴りかかってくる男性までいる始末。

 

 その気迫に、さらにギュッと抱きしめることになる。

 

「短気は損気。これ長生きの秘訣ね。」

 

 タツルはなんてことないとばかりに飛んでくるその拳を左手で受ける。

 

「あんたらも白の神子様が大好きなら白の神子様の言葉を待て」

 

「このガキ………!」

 

 

 タツルは肩をすくめて手を離すと、男は再び殴りかかってきた。

 

「二度目はないぞ。」

 

 タツルは男の顔面にスナップ効かせた左裏手で男の顔面をこすると、指が目にあたったのか、男はぐあっ! と声を上げて目を押さえる。

 

 タツルの喧嘩術だ。目をつぶすのではなく、一瞬だけ視界を奪う。

 視界を一瞬奪うことが出来れば、あとはやりたい放題だ。

 

 タツルが顔面への虎爪その構えで掌底を繰り出そうとしていると

 

「待って! 樹くん!」

 

「はい、白の神子様。」

 

 虎爪をやめて気をつけ。

 

 タツルのセリフに俊平ちゃんが眉を寄せたんだけど、状況の理解が早い俊平ちゃんはむしろその状況を利用してはあっとため息をつく。

 

「みなさん、この方たちは僕の仲間です。彼らに暴力をふるう事は許しません」

 

 実に凛とした表情でビシッと言うときは言う。

 その作ったようなキャラに少しだけ笑いそうになってしまった。

 

「神子様がそうおっしゃるのでしたら………。」

 

 と、男は納得しかねる様子で拳を収めた。

 

 

「あの、シュンペイ様、この方たちは………?」

「ルルディア王国で召喚された勇者たちです。」

 

 と、勇者であることを紹介してくれた。

 

 お忍びだったんだけどなぁ………。

 まあいっか。

 

 それほど隠す事に意味はないし。

 

「夢現の勇者。タツルです。」

「夢幻の勇者。ユイです。」

「転身の勇者。タナカにゃ。」

 

 タツルは右こぶしを鳩尾あたりに、左拳を背中に回して頭を下げる。

 まあ、ルルディア王国式の丁寧なお辞儀だ。

 私とタナカちゃんはスカートじゃないけど、疑似カーテシーでご挨拶。

 

「まあ、彼らがそうなのですね! 俊平さまが召喚されたのですか?」

「いえ、彼らとは多少なりとも縁がありますので。あとでお屋敷でお話する時間をください。」

「かしこまりました。奉納演舞が最後にございますので、それまではご容赦を………」

「………。はい」

 

 

 なんとういうか、俊平ちゃん、退屈そうだねー

 

「そんじゃ、あとで向こうの屋敷向かいますね。俊平ちゃんには役割があるんですよね。白の神子様………がんばってください」

 

 

 俊平ちゃん本人が祭りを楽しめていないのを察しても、衆目がある限り迂闊なことは出来ない。

 わたしが俊平ちゃんにそういうと、

 

「………うん」

 

 と力なく笑った。

 

「屋台で買えるだけ買っていこうぜ」とタツルが私に耳打ちした。

 うひぃ、ぞくっとする。

 

 だけど、まあいいでしょう。俊平ちゃんにも最低限のお祭りメニュー位は持って行ってしんぜよう。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 さて、今度は佐之助(エロガッパ)を連れて再びエデン湖をぐるっと回る。

 いい加減馬車酔いは回復したらしい。

 とはいえ、すでに夜も更けている。屋台もまだ出ているものの、流石に日がおちれば家に帰る人も多い。

 

 

 俊平ちゃんに会うにも時間が掛かるっぽいから、時間つぶしだ。

 

「西村くん、俊平くんがここにいるって知っていたんでしょ。教えてくれてもよかったのに」

 

「すまないっぜぃ。ただ、俺っちは樹に口止めされてたし、なんなら北条の喜ぶ姿が見たかったからな。いっしょに黙ってることにしたんだっぜぃ!」

「やっぱり発案は鈴木くんか………。悪趣味だよ」

 

 タツルがジロリと睨み付けられる。

 

「そんなに褒められても………」

「褒めてないし。………。でも、ありがとう。この旅行に誘ってくれた意味、わかったよ。」

 

 ふざけて照れたらまた睨まれてたけど、最後にはふっと微笑んでいる。いつもの大和撫子だ。

 ということは、サプライズは大成功だね。今までのトゲトゲした感じがなくなった。

 

 

「俊平くん、ほんとうに可愛くなってて………もうっ! もうっ!!」

 

 その代わり、溢れそうな愛情がえらいことになっている。

 胸をギュッと抑えて何かを堪えるユカリコ

 

「なにあの可愛さ、反則じゃない!?」

 

 顔を上げると、目をキラキラさせて私に詰め寄る、

 

「わかる。」

「わかる。」

「わかるにゃ。」

 

 わたし、タツル、タナカちゃんがうなずく。

 

「神々しいの! もとから可愛かったのに俊平くんが白髪で肩まで伸びた髪を揺らして困ったふうに微笑む姿が特に可愛くて! 小さい手をわたしの背中に回して「ただいま」って言ってくれたときなんかもうわたし興奮して鼻血出ちゃうかと思っちゃった! あの白い衣装を来ているから純粋さと清廉さを兼ね備えたその不可侵とも言える触れてはならないあの感じ。言葉で言い表せないくらいだったよぉ! 姿はかわっても、抱きしめた瞬間にやっぱりわかるの、ああ、俊平くんだって。抱きしめた時に胸にフィットするあの小柄な体。もうもうもう! ほんっとうに可愛いんだから!!」

 

 

「すっげえ早口」

 

 若干引きながらも縁子の愛に相槌を打つタツル。

 

「縁子にゃんは本当に俊平にゃんが大好きなのにゃー」

 

「好ち!!」

 

「ギャルかよー。ユカリコ、そんなキャラだったっけ?」

 

 いや、今までも俊平ちゃんのこと好き好きしてたけど、半年の時間が開いたことで壊れたのかな。

 うわぁ。

 

 

 




あとがき


次回予告
【 ハグハグハグ!!! 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

と思ってくださる方は
ブクマと
☆☆☆☆☆ → ★★★★☆(謙虚かよ)をお願いします。(できれば星5ほしいよ)


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第64話 由依ーハグハグハグ!!

 

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ………」

 

 この街の領主に謁見することになった。

 ここは客室。泊まる部屋というよりはお客さんをお待たせする部屋かな。

 曲がりなりにも私たちは勇者だ。その地域のお偉いさんには勇者としてあいさつをしますとも。

 

 時間帯的にも落ち着いたので、俊平がお世話になっているであろうお屋敷に顔を出して、俊平とお話せねばならない。

 屋敷の窓全体に麻でできたカバーがかけられていたのは意味が分からないけれど、窓ガラスはないのかな。

 

「勇者様方、ようこそ、こんな辺鄙な田舎街へ。何もないところですが、どうぞお寛ぎください。」

「はい。過分なご配慮、誠に有難うございます。」

 

 

 タツルが代表して礼を述べるが、すまんなタツル、「過分」な配慮………それは文書での言い回しであって口頭での言い回しに適さないぞ。

 タツルは理科以外がポンコツだから国語がうんこっこだ。

 

 まあ、異世界ではどうかは分からないけど、領主さまも勇者のご来館に緊張をしている様子。

 

 そうだよね。当然だ。

 お城でも王様が勇者に対してはかなり丁寧に接している。

 領主ともなれば勇者と接する機会は王城よりは機会がない。

 

 急に偉い人が来たらそりゃあ緊張するのも仕方がない。

 ほとんどアポなし訪問だもの。

 

「とはいえ、白の神子さまもお疲れの様子。会合を明日にすることは………」

 

 

 何言ってるのだろう。ここにきて自分の都合を押し付ける領主にちょっとイラっとした。

 俊平ちゃんが望んだ会合を、拒否したい様子。

 

 理由はわかるよ。絡んでいるのは利権だ。

 ここに俊平ちゃんがいることで得をするのだ。

 

 気持ちもわからんでもない。俊平ちゃんを神格化することにより、人が集まり、集客し、外から来るお金で経済が回る。

 そうすることによって、税収が上がりまわりまわって手元に来るお金が増えるのだ。

 俊平ちゃんを長い間手元に置いておきたいはずだ。

 そこに俊平ちゃんの意思はない。ただの客寄せパンダだ。

 

「のう。俊平は見世物ではないぞい。さぞ良い人寄せになったじゃろうな。通行税や商業税で大分儲けたのではないか? これ以上俊平を利用しようなどと言うのであれば、その旨国王に伝えても何も問題あるまい?」

 

 同じ考えに至ったタエコちゃんが、腕を組んで直球で脅す。

 

 

「………。大変失礼いたしました。すぐに場をご用意致します。ご食事の用意などは」

「屋台で食べてきたからいいですにゃ。お気持ちだけ頂きますにゃ」

 

 謝罪ののち、食事のご招待があったものの、タナカちゃんが一蹴。

 タナカちゃんの頭に乗っかる猫耳に眉をしかめたものの、勇者に対して強く言う事はなく

 

「かしこまりました。すぐにお呼びいたします。」

 

 一礼して出ていく領主さま。

 

 差別と言うのはどこにでもある。

 だが、残念ながら、タナカちゃんは人間だ。獣人じゃない。睨むのはお門違いだぞ。

 

 しばらくして、私たちの待つ客室にオレンジ色の髪の女の子に連れられて俊平ちゃんが現れた。

 白い装束はそのままに、笑顔の花を咲かせた俊平ちゃんが現れたのだ。

 ついでにクリーム色の髪の天使を連れて。

 

「みんな!」

「おっす俊平!」

 

 そこでタツルは両手を広げて先頭で待ちわびる。

 

「ふふっ、樹くん、さっきぶり!」

「おう、さっきぶり。」

 

 そこに俊平ちゃんは駆け寄ってタツルを抱きしめた。

 合わせるようにタツルも俊平ちゃんをハグ。

 

 半年ぶりの再会だ。テンションも上がる。タツルはハグした俊平ちゃんの頭をなでる。

 

「あおいさん、俊平がお世話になっております。俊平のこと、これからもよろしくね」

「なっ!? なんで、樹くんがあおいさんのことを!?」

「ククク。秘密。」

 

 驚愕のままタツルは俊平ちゃんから手を離す。 

 しょうがないから、わたしも俊平ちゃんを抱きしめる為に両手を広げてタツルの後ろで待機。

 

 

「おかえり俊平ちゃん」

「うん。ただいま、由依ちゃん。」

 

 苦笑した俊平ちゃんはタツルから開放されたあと、少し恥ずかしそうに私も抱きしめてくれた。

 ああ、かわいいなぁ。

 胸にフィットするこの感じ。おっふぅ……。安心する。私も抱きしめ返してあげるのだ。

 ユカリコが抱きしめたくなるのもわかる。

 

 タツルや俊平ちゃん以外だったら絶対にしないよ。俊平ちゃんだから抱きしめられるのだ。

 なんというか、俊平ちゃんは私の中で女子枠だから。

 男子じゃないんだよ。

 

「俊平にゃん、こっちおいでにゃ!」

「うん、花音ちゃん」

「にゃはは、次カノンって呼んだらぶっ飛ばすにゃ。田中にゃ、た、な、か。」

「くるし……田中ちゃん!」

「わかればいいにゃ。」

 

 タナカちゃんも俊平ちゃんを抱きしめてむぎゅぎゅっと締め付ける。

 俊平ちゃんは、みんなを名前呼びしたい子だからね。

 しばらくしたら、またタナカちゃんをカノン呼びして田中押しされそう。

 

 それを見た佐之助(エロガッパ)も次のハグで待機。

 

「頑張ったな。言いたいこと、いっぱいあるっぜぃ。」

「僕もだよ。心配かけてごめん………」

 

 ポンポンと俊平ちゃんの背中をたたいてあげる佐之助。

 俊平ちゃんはぎゅっと佐之助を抱きしめ返した。

 

 

 俊平ちゃんと佐之助は幼馴染で親友同士。親友というか悪友と言うか。

 佐之助がやらかすことに、良く巻き込まれるのが俊平ちゃんなのだ。

 この半年の空白の時間。

 俊平ちゃんの生存が分かっているからこそ、佐之助はむしろずっと心配していたのだ。

 

 

「次、ワイやな。あとで俊平の冒険を聞かせてな」

「わかった。長編物語だよ。覚悟してね」

 

 俊平ちゃんはマスコットという立場ながら、クラスメイトの和を保つ役割を持つ。

 俊平ちゃんのいないうちのクラスは張りが足りない。キョーコもしかり。

 ショーゴとしても、俊平ちゃんがいなければ盛り上がらないのだ。

 

 いいリアクションをしてくれる俊平ちゃんこそ、いい観客でもあるのだから。

 

 ショーゴともハグを終え

 

「俺も俺も! 俊平、お前本当に抱き心地いいな。」

「抱き心地なんて僕にとってはどうでもいいステータスだよぉ!」

 

 便乗男子、テツタもハグを行う。

 テツタはとりあえず便乗しているだけだ。

 

「では儂も便乗するとしよう。俊平。こっちに」

「うん。」

 

 タエコちゃんもぎゅっと俊平を抱きしめた。

 

「ほう、これは確かに。なかなかの抱き心地。儂専属の抱き枕にならんか?」

「ならないよ!」

「なんじゃつまらん」

 

 俊平のハグをやめ、肩に手を置く。

 

「あのとき、俊平を助けられなくてすまなかったな」

「妙子ちゃんのせいじゃないよ」

「いや、儂が本気を出しておればあの程度………。申し訳ない。儂の怠慢じゃ。」

 

 

 俊平の肩に手を置いたまま、深々と頭を下げる。

 ユラリと頭の上のクヌギの葉っぱが揺れる。落ちない。

 

「本気出せない事情があったんでしょ。耳とかしっぽとか。」

 

 俊平ちゃんもなんだかんだとタエコちゃんと距離が近い生徒だったからか、化け狸であることとか知ってたみたいだね。

 ってか頭の葉っぱある時点で化けてるのはみんな知ってると思う。 

 両肩をポンポンと叩いて俊平ちゃんから離れる。

 

「俊平君………。」

「縁子ちゃん。ただいま」

「おかえり、おかえりぃ~~………!!!」

 

 もっとも待ちわびていたユカリコが、泣きながら 俊平ちゃんを抱きしめた。

 

 むぎゅうっと俊平ちゃんを抱きしめるユカリコ。

 中学生にしてそれなりの大きさのあるその胸で俊平ちゃんを押しつぶす。

 

 わんわんと泣くユカリコの背中を、ポンポンと撫でる俊平ちゃん。

 

 

 もうどっちが子供かわからないな。

 




あとがき


次回予告
【 ………どっちもついてた。 】

お楽しみに


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第65話 由依ー………どっちもついてた。

 

「あの、みなさんは、シュンペイ様とはどのようなご関係ですか?」

 

 

 みんなのハグ合戦が終わり、オレンジ色の髪の女の子が落ち着いた私たちにそんなことを聞いた。

 さて、この人たちがどこまで勘違いをこじらせているのかわからないところだけど、どう答えたものか。

 

「友達だよ。大事な友達。みんな、この人はジャニスさん。僕をこの屋敷に置いてくれる領主の娘さんだよ」

 

 

 俊平ちゃんがユカリコに後ろから首を通して抱きしめられながら紹介してくれた。

 なにそこ、いいな。定位置かしら。

 

「俊平ちゃんがお世話になっております。」

 

 と私は頭をさげると、みんなも合わせて頭を下げた。

 

「私たちにとっても俊平ちゃんは友達です。ジャニスさんにとって俊平ちゃんはどんな人ですか?」

 

 どんな認識かによって態度を変えなければならない。

 

 彼女の答えは。

 

「わたしにとってシュンペイ様は、尊ぶべき存在です。」

「具体的には?」

「神様だと思っております。」

 

 

 と答えた瞬間。

 

「もぶっふ!!!」

「ん”ん”っ!!」

 

 わたしとタツルが我慢できずに吹き出してしまった!!

 ちょっ! マジか! だいぶ予想通りだけど! まさかの俊平ちゃんの神格化に開いた口から変な声出ちゃうよ!

 

「………なにか?」

 

 しらーっとこちらを見下ろすジャニスさん。

 あまりに失礼な私たちの態度に眉を寄せた。ごめんなさい。

 

「いえいえ、続けてください。」

 

 肩を震わせながら手で制し、続きを促す。

 

「人ならざる神聖な御姿もさることながら、魔人を倒したときの神の一撃。連れておられる天使様がそれを証明しております」

 

 私は後ろを確認した。

 

 みんな目を逸らした。

 タエコちゃんも、タナカちゃんも。

 ショーゴも佐之助(エロガッパ)

 テツタもユカリコも。

 

 なんなら俊平ちゃんも。

 

「つまり、やはり俊平は神様だってことですね!!!」

 

 と、やけに大きな声でタツルは肯定した。

 勇者に自分の考えが認められて嬉しそうに口元に笑みを浮かべーー

 

「いやあ! 勇者として俊平と仲良くさせてもらっていましたが!!! やっぱり俊平は神様ですね!!! 確かに! 前々から!!! 彼には!! 格が!! あると!! 思っていましたァ!!! 」

 

「なんですかあなた。馬鹿にしているんですか?」

 

 すぐにタツルが嘲笑していることに気づいて笑みを取り消す。

 タツルは間違いなく馬鹿にしている。むしろ笑っている。これ、完全に人をイラつかせるやつだ。

 

「いやいや、俊平にはプリズムの煌めきがありますよ。彼ならスタァになれます。なんなら4連続ジャンプもフェザーなしでできるでしょう。」

 

「それレインボーライブ。こことは世界線違うよ。プリズムショーはできないからね」 

 

 先日プリティーシリーズ10周年を迎えた女児向けアニメじゃないですか。

 と、わたしがツッコミを入れるものの、タツルは意に介した様子もなく、顔の表情を消した。

 情緒不安定かな?

 

「ジャニスさん。俊平が神々しいのはわかる。俺だってびっくりしてる。でも、それで俊平を利用するな。流石に俺もイライラするしムカつくし………勘違い系は大好きだけど、それで俊平に迷惑かける系は看過できないからね。」

 

「なにを………」

 

「俊平は勇者だよ。俺たちと一緒に召喚された。だから、申し訳ないけど、ここで神様の真似事はもうできないんです。」

「そんな………………でも、確かにシュンペイ様は………白の神子様で………。伝承も………。」

「どんな伝承かは聞かない。俊平が指輪をしているのは、つい最近のことだろう。俊平に聞いたのか? 俊平が神であるかと。思い込みじゃないか?」

 

 

 わたしたちが最後にみた俊平ちゃんは、右腕が弾き飛んでいた。翻訳の指輪はしていないのだ。

 この街についてから指輪を嵌めているのだろう。

 私たちのクラスメイト全員が指輪をしているが、翻訳の指輪っていうのは、かなり高価なものだ。

 外国に行く必要もない人が持っているものではない。

 

 俊平ちゃんがいましている指輪は、いつつけたものかはわからない。

 でも、少なくとも、こんなに騒ぎが大きくなるまでに俊平ちゃんが何も言わないなんてことはありえない。

 

 噂話では、俊平ちゃんは魔人の幹部を倒したとの報告を受けている。

 

 人間の大陸にやってくる魔人の幹部は、間違いなく交渉のためか最低限の会話のために指輪をしている。

 わたしの勘が正しければ、俊平ちゃんが倒した魔人の指輪をしているのだろう。

 

「………っ!!」

 

 

 思うところがあったのか、目を見開き、そしてタツルから目を逸らした。

 

「まあ、俺も厳しく言いたいわけじゃないし、その辺は俊平の意志にまかせるわ。俊平、どーしたい?」

「うーん。ジャニスさんにはお世話になったし、恩返しをしたかったんだけど、たぶんもう受けた分の恩は返せていると思う。せっかく佐之助たちが迎えに来てくれたんだし、僕は帰るよ。」

 

「そ、そんな………。シュンペイ様、ほ、本当に、神様じゃ、ないのですか………?」

「うん。ごめんなさい、僕も全然いいだせなくて………。」

「いえ、全てはわたくしの早とちりが原因ですので………………………。」

 

 消沈しながら、俯いて部屋を出ようとするジャニスさん。

 

「領民になんと説明すれば………」

 

 と頭を抱えるジャニスさん。

 

「うん? 別に領民の勘違いを正す必要はないぞい」

 

 と、そこに待ったをかけたのがタエコちゃん。タエコちゃんは腕を組んでジャニスを引き止める。

 

 

「な、なぜですか?」

 

「宗教というものは力じゃ。求心とはすなわちカリスマ。俊平の力を勝手に勘違いさせるのはワシとしてはかまわんよ。ワシらには責任はないからのう。勝手にやる分にはかまわん。適当に俊平は天に帰ったとでも言い訳すればいいだけじゃ」

「いいの? タエコちゃん。」

「いいもなにも、かってに俊平のことを盛り上げていただけじゃ。樹が言っていることも正しいが、もう終わったことじゃ。後始末は本人達に任せればよい。」

 

 ああ、当事者じゃないから、あとは勝手にやっててねってことね。

 

「あとは………俊平しだいじゃが、俊平が自分の名を使ってもいいというのであれば、時々なら俊平も手を貸すじゃろう?」

 

 

「え? まあ、いいけど。僕としても、この1週間、ジャニスさんにはとても世話になったし。手伝える範囲でなら、神様の真似事しても全然おっけーだよ」

 

「俊平がそういうなら、俺もいうことねーや。俺一人だけ空回りしてるみたいで恥ずかし。ジャニスさん。……さっきは馬鹿にした言い方してごめんなさい。面白おかしくなる分にゃもう何も言いません。」

 

 タツルは私から見ても言い過ぎだった。頭を下げるタツルに、ジャニスは

 

「いえ、わたくし、本当に恥ずかしい早とちりをしていたみたいで………。魔人との戦いの後、気を失っている俊平さまの介抱をしたとき、………………その、男性器も女性器もあったので、わたくし、てっきりシュンペイ様は本当に神様だと………………。勇者様のいた世界では、普通のことだったのですね………………………。こんな勘違いをしてしまって………………………本当に申し訳ございません」

 

 

 爆弾を落とした。

 

「はえ??」

「にゃにゃ??」

 

 ぽかんとタツルとタナカちゃん。

 

 

「え!? ぼ、ぼく!? おんなのこ? おとこのこ!? あれ? あれれ????」

 

 

 俊平ちゃん自身も大混乱していた。

 

「ファーッ!? わたしも予想外だったよ。俊平ちゃん!ちょっと、トイレ行ってきて!」

 

「う、うん!」

 

 

 バタバタとトイレに駆け込んだ俊平ちゃんが、しばらくして、部屋に戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。どっちもあった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流石にジャニス以外の全員が大爆笑したことを、許して欲しい。

 

 



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第66話 樹ー笑って済ませる友情

 

「ぎゃははははは!! しゅんぺっ、おまっ! おまええ!! マジで女の子になっちゃったのかよ! あ、いやふたなりか? ぶっくく、あっははは!!」

「くふっ! ふっははははーあ! ちょっ! 俊平ちゃん設定盛りすぎ! 神様までは容認できたけど、両性具有は予想外なんだけど!!」

 

 俺と由依はテンプレの予想が大きく外れた予想外の俊平の肉体変化に爆笑を堪えきれず、二人して地面を叩いて爆爆爆笑した!

 しょーがねーだろ! まさかそんな展開あるかよ! 少なくとも俺は読んだことねえ!! 知らねえ!!

 だからこそ面白い!!

 

 

「しゅ、俊平………。んふっ、女の子としての相談なら儂が………ぐふっ相談に乗っても良いぞ。人生経験は豊富じゃからな。もし妊娠しても、出産も儂が立ち会っても良いぞ。」

 

 

 口元に手を当てながら横を向いて震える妙子。

 笑ってんじゃん。妙子おばーちゃんなら、子供どころか孫くらい居そうだけど、だからといって、俊平が妙子にそんな相談するかよ。

 ちょっとお下品な妙子おばあちゃんだ。

 

「妊娠って………。さすがに僕は男の人とキスはしないよ!」

 

 

 しまった。俊平は肉体だけでなく性知識もお子様だった!

 恋愛知識がキス止まりだ!

 

「しょーがねーっぜぃ。ここは俺っちが俊平に正しい性知識を植え付け………」

 

 と、ここで変態の異名をもつエロガッパが手をわきわきしながら俊平に近く。

 

 しまった。佐之助は女の子ならなんでもいけるやつだった!

 

 パーツが一部女の子なら佐之助のセンサーに引っかかる!

 最低な親友だ!

 

「佐之助! 今のアンタがそんなこと言うたら犯罪の香りしかせえへん! そのにぎにぎした手をやめれや!」

 

 笑いながらも次元収納していたハリセンを取り出して佐之助の後頭部をスパコーン! と叩く消吾。

 

「ひっひっひっ! っ! っ! はぁーー! 俊平っすごいな! 迷宮から出たらそうなるのか!? だーもう腹痛え!」

 

 鉄太は引き笑いしながら呼吸困難になっていた。

 

「うわ、これが女子から見た佐之助か。たしかに気持ち悪いね」

 

 自分に気持ち悪い笑みで迫ってくる佐之助にドン引きの俊平。

 

「俊平にふられたっぜぃ!」

「あっちいけ佐之助!」

 

 わちゃわちゃとじゃれる佐之助と俊平。

 まあ、なんだかんだで仲良しか。

 

「俊平くんが、おとこのこで、おんなのこ? うふふ、あはは、それって一度に二度お得ってこと?」

 

「縁子にゃんがなんか壊れた笑い方してるにゃ! でも俊平ちゃんのことは受け入れているにゃ!?」

 

 縁子も混乱しながら笑っている。

 俊平の本質が変わらないのなら、男でも女でも大好きなのか。

 

「なんというか、器が広いのか器に穴が開いているのか………。」

「両方じゃない? あれ? なんか召喚前にこんな話したような」

 

 俺と由依のツッコミも誰にも届かない。

 

 この場合はまじで両方か。広い器に穴空いてる。

 んで、たしかに召喚前にそんな会話したわ。そんなところで伏線張ってんじゃねえよ。

 

 みんなで笑い転げてひーこらひーこらしていると

 

「シュンペイ様は、男の子、なのですか?」

 

 俊平の性別に疑問しかないジャニスがそんなことを聞いてきた。

 

「そりゃあ男の子ですよ。ちょっと事情が複雑で、俊平自身が自分が女の子にもなっていたことに気づけなかっただけで」

 

「そ、そんなことがあるのですか………」

 

 

 性別が混ざっても気づかないなんてことあるのだろうか、と疑問に思うジャニスだが自分の理解の及ばないなにかが起こっているのだろうと納得してもらうしかない。

 

「だから、本当に複雑なんですよ。俊平、俺は独自のルートから、お前が再生のアビリティを持つ「あおい」という少女と融合してしまったことを知っている」

 

 おれがそう切り出すと、俊平は佐之助たちとわちゃわちゃしていたのを止め、ゴクリと唾を飲んだ。

 

「樹、それホンマか?」

「ああ。なんなら、由依や田中、妙子も証人だ。」

「女たらしや!」

「あ? 由依以外の女の子にそんなにキョーミないんだが………」

 

 キレそう。俺、そんなに女たらしに見えるか?

 うーん………あ、いつメンが完全に女の子だった。

 

 田中は田中だし、妙子はおばあちゃんだし、全然気にしていなかった。

 

「樹くんは、なんでも知ってるんだね」

 

「おう。俺は無敵だからな。俺のアビリティをうまいことわーってやったら大抵のことはなんとかなる。」

 

「なんというか、反則級の能力なんだね………。」

 

「もっとも、再生できるようになった俊平は攻撃力だけで言えば俺よりも上だぞ。そこは誇っていい。」

「う、うん………。」

 

 俺よりも攻撃力が上といっても、俊平は自爆しないといけないから、素直に喜べない様子。

 

「俊平、その「あおいさん」と人格を代わることってできるか? 無理なら代返でもいいんだけど………」

「どうだろ………一度肉体の主導権を渡したことあったから、できなくはないと思うけど………。あおいさん、代われる? ………。おっけー、じゃあよろしく」

 

 俊平が目を瞑る。

 そして、しばらくして俊平が目を開ける。

 

「やあ、君がタツルくんだね、わたしはあおい。よろしくね。俊平から話は聞いているよ。頼りになるクラスメイトだと。」

 

 俊平は典型的な黒目だったんだけど、どうやら主導権をあおいに譲ったときは目の色がブラウンに変わるようだ。

 見分けづらいが、基本の操縦は俊平なのだろう。

 

「はじめまして。どうやら俊平の肉体の主導権は任意で選べそうだな………」

「わたしの肉体でもあるからね。とはいえ………私自身、体を動かすのは久しぶりだな………。どれ………」

 

 手をぐっぱっと動かす。

 

「なるほど………。うん、やはり基本的には肉体の主導権を握るのは俊平の方が良さそうだ。わたしは<自己再生(シナズ)>のアビリティを持ってはいるが運動音痴でね。普段は俊平のサポートに徹しさせてもらうよ。」

 

 

 急に口調が変わった俊平に、言葉を失う縁子と消吾、佐之助、鉄太。

 

 俊平の無事を知っていても、俊平のなかにもう一つの人格が入り込んでいることはわからなかっただろう。

 

 いや、わかる方が不思議だ。俺が元の世界に帰った上で、夢映しの鏡で俊平のことを盗撮していなかったら、俺だってわからなかった。

 偶然の力がでかい。俺の力じゃあないが、俺はこう言う時にドヤしたい人間なんだ。

 

「わたしは元々女子高生。17歳だった。再生のアビリティを持っていたが、蜘蛛の魔物に捕らえられてしまってね………。数百年は蜘蛛の苗床にされていたよ。」

 

 

 なるほど………。再生のアビリティだから、年も取らなかったのかな。

 それとも、精神体だから年を取らない?

 検証はできないが、数百年の間、ずっと苗床になっていることを思えば、まさに俊平にとってのテンプレヒロイン。

 

 相当地獄を見ていることはわかっている。不謹慎だと言うこともわかっている。

 だけど今回はそういう言い回しをさせてもらう。

 

「わたしをその地獄から救い出してくれたのが、俊平だ。」

 

 あおいさんは胸に左手を当てる。

 生を噛み締めるように。

 

「死にたくても死ねないわたしを、俊平は自分もろとも、ぐちゃぐちゃに自爆した。そして、わたしのアビリティで、一緒になって再生してしまった。これが真相だよ。」

 

 右掌を上にして指先を俺に向けるあおい。

 

 その顔は、苦痛よりも、慈愛に満ちていた。

 

「じゃあ、その時に融合して俊平にゃんの髪が白く、精神は二つに、そして両性具有になったのかにゃ?」

「そうだね。両性具有についてはわたしもさっき初めて知ったけど、そう言うことだと思う。まあ、ベースは俊平だ。俊平には男には気をつけるよう、言っておくよ」

 

 

 理解の早い田中は、すぐに咀嚼して内容をみんなにわかりやすく噛み砕いて、質問口調の解説を行う。

 そんで、あおいさんはそれを肯定した。

 

「あおいさん、あなたの本名を教えてください。」

「む? 小暮あおい。俊平のなかにわたしがいることまで知っていて、本名まではしらないのかい?」

「すみません、俺もそこまではわからなかった。うまくいけば、ええっと………耳貸してください」

 

 俺はあおい、という人がいることまではわかっても、フルネームは知らなかったからな。

 俺が小さく手招きすると、あおいは耳を寄せる。

 

(俺、元の世界に戻れるんで、あおいさんも地球に帰せるかもしれないんです)

 

 一番大事なネタバレを行った。

 

「ほ、本当かい!? 俊平も驚いているが………」

「この事実を知っているのは、あそこの超絶可愛い由依と、猫耳の田中と、タヌキの妙子だけです。どうかご内密に。ただ、融合してしまった二人がどう言う風に戻るのかは見当がつかないですけど。」

 

 俺は茶目っ気たっぷりにウインクと人差し指を口元で立てた。

 

「わ、わかった………………。でも、なんでそれをわたしに伝えたんだい?」

「うん? 数百年も希望がなかったと聞いたら、流石に同情しましてね。ほぼ毎晩、夢幻牢獄に何年も閉じ込められている俺と由依だけは、その数百年の孤独を多少なりともわかるから。サービスです。」

「………。どうやら君のアビリティもわたしと同じ、呪われた力のようだね。」

「その分、強力ですよ?」

「………………違いない。」

 

 

 そういって苦笑したあおいの瞳には、さらなる希望があふれていた。

 

 

 

 




あとがき


次回予告
【 勘違いと答え合わせ 】

お楽しみに


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第67話 樹ー勘違いと答え合わせ

 

 

「ところで気になっているんだけどにゃ」

 

 と、田中が切り出す。

 

「俊平にゃんがなんかうまいこと融合したのはわかったにゃ。それで、ここで何をしていたのか、田中に経緯を教えて欲しいにゃ」

 

 ほむ、田中がズバッ!! と切り込んできた。

 たしかに、どういう経緯で勘違いになったのか、気になるところだ。

 

「それについては、わたくしからお話いたしますね」

 

 俊平が指輪を持っていなかったころを説明できるのは、ここの領主の娘さんであるジャニスだけだ。

 

「まず、前提条件として、この地には、白の神子と呼ばれる伝説が残っています。」

「なんかみんな言ってましたね。白の神子様がうんちゃらかんちゃらと。」

 

 由依がうんうんと腕を組んで相槌をうつ。

 

「この地に白の神子様が現れたのは2度。最初に異界から現れた群青竜(ブルードラゴン)を封印するために現れた白の神子様が、エデン湖の湖底へ群青竜(ブルードラゴン)を封印しました。」

 

「ほむ。」

 

 と由依が頷く。

 俺がほむほむ言うのって、由依から伝染っているからだろうか。

 

 

「封印も完ぺきではなく、群青竜(ブルードラゴン)は10年に一度、復活して、コーデの街に白羽の矢が刺さるようになりました。その家の子供を双子月が満月の晩、生贄として差し出すと、また10年の眠りにつくことになりました」

 

 ふむ。十年に一度復活ね。

 

「結界の設定ガバなんとちゃうか?」

「本当に結界なのかもわからんにゃ!」

「俺も俺も、俺もそう思う!」

 

 消吾と田中と鉄太が考察(ガヤ)を飛ばす。

 

「年月はながれ、再び白の神子様が現れました。白の神子様は様々な色の炎を使い、群青竜(ブルードラゴン)を倒しました」

 

「む? 様々な色の炎、じゃと?」

 

 そこでなぜか妙子が反応した。

 うーん?

 

「二回現れたってことはさ、一回目と二回目の神子は別人なんじゃないの? 倒し方別だし」

 

 と、鉄太が考察。

 便乗するだけかと思ったが、ちゃんと頭使って考えているようだ。

 

「せやな。二回目の神子さんは一人目の尻拭いっちゅうことやな」

 

 消吾もふんふんとうなづく。

 

 

「そんで、3人目が俊平ってわけだっぜぃ。まあ、今の俊平の格好を見たら、まあ、白い神聖な感じってのはまあわかる。そりゃあ勘違いもするっぜぃ。」

 

「ええ………。なので、伝承で現れた白の神子様がシュンペイさまだと、わたしはてっきり………」

 

「そんで、もう群青竜(ブルードラゴン)は退治されてすでにいないのに、何がどうして白の神子様が祭り上げられているの? 群青竜を倒したって噂も聞いたけど………」

 

 由依が首を傾げながらジャニスに問う。

 確かに。群青竜(ブルードラゴン)はもうすでにいない。退治されている。

 なのに、なんでだ??

 

「わたくしの屋敷に、白羽の矢が立ったからです。どこからともなくやってきた白羽の矢。なので、わたくしと妹のカリンが生贄に選ばれました。」

 

「でも、群青竜(ブルードラゴン)はいないのでは………?」

 

 俺が再度突っ込むと

 

「ええ………。ですが、群青竜(ブルードラゴン)の子供が成長するには十分な期間がありました。なにせ、100年以上昔の話なので。」

「あ、子供がいたんだ。」

 

 なら納得だ。

 

「とはいえ、わたくしたちも、その姿は見たことないのですが………」

 

「おいーー!! それまた俊平の時と同じく勘違いの匂いがするぞ!! そもそも、白羽の矢を、群青竜(ブルードラゴン)がどうやって放つってんだよ。何者かが屋敷を狙って正確に誤射したんじゃないの?」

 

 流石に調査しようよ! あの透明度の湖だ。でかい竜がいれば一発でわかるもんだぞ!

 

 

「うむ、あの思い込みの強さじゃ。一族揃って思い込みが強そうじゃのう。俊平のことを盛大に勘違いしたとの同じく。すでにいない群青竜(ブルードラゴン)に、白羽の矢が立ったことで幻の群青竜を生んでしまったのじゃな。」

 

「そ、そうなのですか………!」

 

「なんで俺たちが伝承聞いてるだけで推理できることを本人たちが全然わかってねえんだよ。その件の白羽の矢はどこに?」

 

 

 呆れながら白羽の矢の所在を聞くと

 

 

「あ、それたぶんリリが持ってるよ。」

 

 と、俊平が手を上げた。おや、目が黒に戻った。

 俊平が制御権を戻したみたいだな。

 

「リリ? 誰?」

 

「こっちの天使ちゃん。」

 

 俊平が指差したのは、部屋の隅でカーテンと戯れている無邪気な子供。

 そういや、俊平はなんかクリーム色の髪の羽生えた子供つれてきてたな。

 

 

「何この子。俊平ちゃんが産んだの?」

 

 由依が天使を指差しながらシュンペイを見る

 

「いやいや。ちがうから。この子については僕もよくわからないんだけど、なんか懐かれたから、一緒にいるんだ。」

 

「ぬーん。」

 

「僕もね、この子についてはよくわからないんだけど、僕、お酒の湖で溺れたせいで二日酔いで昨日ベッドから1日動けなかったから、そこで話を聞いてみたんだ。迷子なんだって。僕も昨日初めて指輪を嵌めてリリとお話しできるようになったんだけど、リリはたぶん、空中大陸の出身で、落っこちてきちゃったんだって言ってた」

 

「ふーん………。すごいな、俊平の主人公補整。物語の核心である空中大陸の手がかりの方からやってきたぞ」

「それな。私もそのご都合主義にはドン引きとともに大爆笑」

「たしかににゃ。ここまでくるとヤラセなんじゃないかって疑わしくなるにゃ」

 

「僕としてはたまったものではないよぉ!」

 

 俊平からすれば、トラブルの方が向こうからやってくるんだから、たしかにたまったものではないよな。

 

 

「リリ。リリー。こっちきて」

 

 俊平が天使に向かってちょいちょいと手をこまねきすると

 

「はいなのです!」

 

 元気な返事と共にトテチテとやってきた。

 

「お? なのですロリだ」

「のじゃロリの親戚だね」

「のだロリもいるにゃ」

「なんじゃお主らワシに喧嘩売っておるのか?」

「ひえ、おばあちゃん! なんでもないです!」

 

 

 なのですロリとは、語尾が「なのです」のロリである。

 なろうにおけるなのですロリの特徴としては、背伸びしたいお年頃なのですよ。

 

 ちなみにだが、幼さを強調したいロリのときは「なのロリ」なの

 無邪気さを強調したいときは「のだロリ」なのだ

 大物感をだしたいときは「のじゃロリ」なのじゃ

 ちょっと利発なときは「だよロリ」だよ

 内気で天然の幼さを演じたいなら「だよぉロリ」だよぉ。

 

 ちなみに俊平に当て嵌めるなら「だよぉロリ」だよぉ!

 

「リリ。この前渡した矢、見せてもらえる?」

 

 俊平がそう言うと、天使は服の内側をゴソゴソとまさぐり、スッポンと矢尻がハート型の矢を取り出した。

 

「なんだこれ、先端が空気抵抗めっちゃ受ける形じゃんか。こんなん飛ばしたら絶対曲がるぞ」

「しかも矢羽が2枚。漫画じゃあるまいし、3枚にして欲しいね」

 

「しまった! 弓道警察にゃ! 樹にゃんと由依にゃんは弓道部にゃ! うんちく垂れ流す前に二人を押さえつけるにゃ!」

 

 ガタタッ!! と妙子と田中と消吾と便乗した鉄太に取り押さえられた俺と由依。

 

 何をする! こんな! こんなもので弓矢を語ろうなどと! ぐわー!

 

 

 

 




あとがき


次回予告
【 ごめんなさいには勇気が必要 】

お楽しみに


読んでみて続きが気になる、気にならないけどとりあえず最後まで読める程度には面白かった

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第68話 樹ーごめんなさいには勇気が必要

 

 確保されてしまった弓道警察の俺と由依。

 もうしょうがないので、ドン引きの俊平に視線を送る。

 

「み、みなさん、仲がよろしいのですね」

 

 同じくドン引きのジャニスさん。

 

「誰かの号令で全力でふざけることができる程度には仲がいいクラスだっぜぃ」

 

 そうなんだよ。佐之助のいう通り。

 ある程度、クラスの結束が固いのが、うちのクラスの特徴だ。

 

「そ、そうなのですね………」

 

 仲が悪い奴? そりゃあ当然いるよ。

 ギャルグループである内山ヒロミやケモナー植村加奈と内気グループである水泳部岡野真澄、雨女の池田美香、本田美緒などはいがみ合っているわけではないが互いに避けあっていたりとするが、まとまるときはまとまるのだ。

 

 俺? 俺はあんまり嫌いな奴っていないから、うまいこと皆と付き合っているよ。

 由依もそうだね。俺も由依もどちらかといえば陽キャに分類される類の生き物だし、そういうストレスはなるべくフリーにしている。

 

 おばあちゃんである妙子もなんだかんだでノリだけは若者だ。 

 

「俊平、その矢が結局どうしたんだっけ?」

 

 話を戻す。今は弓矢の話だった気がする。

 

「あ、そうそう。この矢なんだけど、リリがまだまだ持ってるんだよね。」

 

 

「ほう?」

 

「リリ、他の矢も出せる?」

 

「これなのです!」

 

 

 天使のリリが俊平のいうことはしっかり聞くのか、またも服の中をごそごそとあさったら、安っぽい同じような矢が出てきた。

 どこに収納されているんだろう。

 

「弓は?」

 

「あるのです!」

 

 さらに弓まで持っているとなると………。

 

「これ、白羽の矢打ったの、この天使ちゃんじゃね?」

「ふむ。やはりそういう結論に至るのう。」

「俊平、この事実に気づいたのは、いつや?」

 

 そこまで話が見えてて、俊平が気づかないわけがない。

 

 これで気づかないならその目は節穴で頭の中には虫でも湧いている。

 

 

「昨日の夜。指輪してリリと話したのがそのくらいだからね。」

「じゃあいろんなところに情報が行かなくて当然だな。言葉わかんないんだもん。しょうがない」

 

 

 弓道警察の俺と由依は解放され、肩をすくめる。

 

「リリちゃん。このお屋敷に、この矢を飛ばさなかった?」

 

 縁子が天使ちゃんの視線に合わせてしゃがみ、頭をなでながら質問する

 

「と、飛ばしてないのです!」

 

 おっと、怪しい。

 だがうそをついているというよりは、焦っているという感じ。

 縁子がチラリと由依を見た。

 

 由依は右手の親指と人差し指をたてて、クリっと裏返す。

 チェンジ、返す、変える。ふむ。「質問を変えよう」と合図をしたんだ。

 縁子はこくりと頷いた。人の感情に機敏な人間多すぎ。

 

「リリちゃん、この矢を飛ばしたこと、ある?」

 

 矢を飛ばしたことがあるのかと聞いた。

 

「………あるのです。」

 

「どこに飛んで行ったのかはわかる?」

 

「わからないのです」

 

 

 なるほど。狙ったわけじゃないけれど、屋敷に向かって正確に誤射したんだな。

 

「ジャニスさん。言葉わかんないと不便だろうから、私の指輪、ジャニスさんがつけてていいよ。」

 

 

 と、そんなタイミングで由依が気を聞かせて由依は自分の翻訳の指輪をジャニスに貸し出した。

 

「え? あ、はい。ありがとうございます?」

 

 由依は俺の隣に陣取る。通訳は任せたってこと? いいよ。

 

「ね、リリちゃん。この矢が急に飛んできて、人に当たったりしたら、いたいいたーい!ってなっちゃうのは、わかるよね?」

 

「………。はいなのです。」

 

 そんなことはつゆ知らず、縁子は天使に目を合わせている。

 

「こっちのお姉ちゃんがね、急に飛んできた矢でこわーい思いをしちゃったんだって。」

 

「………。」

 

「ごめんなさいしよっか。できる?」

 

「できるのです………」

「ふふっ、いい子ね」

 

 縁子は子供の扱いが上手だな。

 子供が好きなのかもしれないな。

 

「ごめんなさいをするときはね、ここに手を持ってきて、相手の目を見て、次にしないようにどうするのかを相手に伝えてあげるんだよ。そしたら、頭を下げるときは、足も、背中も曲げないで、お膝を見るくらい、しっかり下げるの。」

 

「わかったのです。」

 

 きゅっと胸のあたりで右手を左手で包む天使ちゃん。

 覚悟を決めた顔でジャニスさんに向き直る。

 

 そうだよね。謝るっていうのは勇気がいることだ。

 でも、それはとても大切なことで、だけそそれは当たり前のこと。

 この当たり前ができない人が多いのだ。

 

 俺? 俺は………そうだな…。割と自分は絶対に正しいマンを地で行くから、謝るのは苦手だ。

 由依に肘鉄されて失言に気づいたりとかはよくある話。

 

 でも気づいたらちゃんと頭を下げるよ。

 自分が悪かったらハの字で地面に手ぇついて地面に頭をこすりつけるようウチのママンからゲンコツで厳しくしつけられていたからな。

 

「おねえちゃん、たぶんリリがおねえちゃんのおうちに矢をおとしてしまったのです。ほんとうにごめんなさいなのです。次はちゃんと周りをよく見るのです。」

 

 体の正面でおろした右手を左手で包むようにしていたリリちゃんが、ペコリと頭を下げる。

 教え方、上手だな。

 地面を見るのじゃだめだ。最敬礼(90度)の頭を下げるには膝を見るようにして謝るくらいの気持ちでやらないと下げられない。

  

 謝り方を知った子供はいい子になるよ。絶対。

 

「い、いえ! 天使様がお気になさることでは! こちらこそ勘違い……ヒッ!?」

 

 なんてジャニスが日本人みたいな反応をしているけれど、そうじゃない。

 ここで返す言葉は don't worry 問題ないよ、だ。

 

 般若を被った縁子の視線に悲鳴が漏れそうになるジャニスは、なぜにらまれているのかわからなかったものの

 

「だ、大丈夫です。気を付けてくださいね」

 

 

 と、言い方を変えることでなんとか回避した。

 たぶんだけど、縁子は幼稚園や保育園の先生に向いているんじゃないかな。

 俊平も同じく。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

樹の英語力はゴミ


次回予告
【 敵と一緒に竜も退治したことになってた 】

お楽しみに


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第69話 樹ー敵と一緒に竜も退治したことになってた。

 

「えらいね、ちゃんと謝ることができたね。すごーい!」

「えへへ……なのです」

 

 天使ちゃんは矢をこの屋敷に飛ばしたことを謝ったんだけど、その影響で伝承に乗っていた白羽の矢と勘違いしたコーデの街はてんやわんや。

 謝罪という6歳程度の子供の、勇気あるその行動に、縁子は大げさなほどに褒めてあげる。

 

 謝ることができない大人にしないために。

 ちゃんとあやまれるのはいいことだ。

 

 

「それで、話を戻すようだけど、リリちゃんは、なんで矢を打ったの?」

 

 縁子が諭すように天使のリリに問う。

 

「おうちに、かえりたかったのです。」

 

「おうちに? リリちゃんのおうちはどこにあるのかな?」

 

「お空、なのです」

 

 そういって、天使ちゃんは天井を指さして見上げる。

 つられて見上げるも、夜空ですらないのでよくわからない。

 

「そっかぁ。この矢は、どこに向かって打つつもりだったのかな?」

 

「おうち、なのです。リリに、気づいてほしかったのです」

 

 不安そうに縁子を見上げる天使ちゃん。

 同時に由依に通訳してあげているが、その矢は特別な意味を持っているようだな。

 

 空に向かって打った矢が、風に流されたのか、打つ方向が悪かったのか、このお屋敷にカランコロンしてしまったというわけだ。

 

 こんな小さい子供だというのに、一人で生きていかないといけないなんてやってられないぞ。

 俊平になついたのは、まあ多分俊平が神様っぽく見えたからなのかもしれない。

 

 でも、俊平が保護するまでずっと一人だったかとおもうと、なんだかさみしいな。

 

 あとでお兄ちゃんが遊んであげよう。

 

「妙子、あの弓矢、解析できるか?」

「できておる。」

 

 

 妙子はポッケから葉っぱを取り出すと、ポンと小さな音とともに紙に変わった。

 その紙にはすでに解析結果が記されている。

 

 さすがはタヌキ。化けるのも化けさせるのも慣れているのか。

 妙子のアビリティは<解析(アナライズ)> 解析の勇者。タヌキの勇者じゃないのな。

 

 なになに? <伝達の弓矢>とな。

 一瞬伝説って読みそうになったぜ。伝達ということは、伝えて届けることができる能力の弓矢か

 

 そこに書いてあるのは、通力を消費して、目標に届けることができるが、目標まで通力が足りないと失速、墜落するそうだ。

 

 なるほど。それで失速した矢が領主の館にカランコロンしてしまったのね。

 

 天の使いなのに通力が低めなのかしら、なんて思ったけど、消費する通力の量があほみたいに多いのかも。それに、天使ちゃんだって子供だしね。

 そもそも、この世界がどういう世界観なのかもいまいちつかみ切れていないし、設定がふわふわしている。

 

 たぶん、この矢の本質は手紙だな。おもちゃみたいな殺傷能力のない矢でありながら遠くに飛ばすことができる。

 空中大陸までとなると、その距離は果てしないわけで、天使ちゃんが矢を飛ばしても届かないって感じかな。

 ってか空中大陸ってどこにあるんだろう。

 

 空を見上げても浮島なんてないぞ?

 

「そっかぁ、おうちに帰りたいよね。お姉ちゃんたちが頑張っておうちの帰り方、探してあげるからね」

 

 

 多分、天使ちゃんがパタパタして飛べる高度にはない。届かないのだろう。

 ジワリと目に涙を浮かべた天使ちゃんが、縁子の胸に顔をうずめた。うらやまけしからん。

 

 

「ありがとなのです」

 

 

 迷子イベントは鉄則だな。

 

 迷子イベント。それはロリコンホイホイであり、一種のテコ入れであり、学園漫画における雪山遭難と同じくらいごくごくありふれたテンプレイベントだ。

 学校に通っていたら、雪山で遭難するのなんか当たり前だ。

 

 異世界言ったら幼女を拾うのも当たり前だ。

 あれ? でも天使って両性具有だったような………。まあいっか!!

 

………

……

 

 

 

「そういやシュンぴっぴちゃん。」

「え、それ僕のこと?」

 

 

 由依がなんか変なテンションで俊平を呼んだ。

 

「うん。俊平ちゃんって魔人を倒したんだよね」

「まあ、一応ね。」

 

「どうやって魔人をたおしたの?」

 

 確かに。おそらく自爆したんだろうなってことはわかるんだけど、どうやったのかなってのは確かに気になるところだな

 

 わかるぞ。俺にはわかる。

 

「由依、異能バトルの本質は相手の能力の弱点をつく事にあるんだ。簡単に推測出来る。」

「ほう?」

 

「あれだろ。肩の後ろの二本のツノのまんなかにあるトサカの下のウロコの右でも刺したんだろ?」

 

「なんて? 異能バトル全然関係ないし」

 

 まさか、ちがうのか?

 そんなバカな。序盤のボスの弱点はそこだって決まっているのに!

 俊平は首を捻るばかりだ!

 

「だから、肩のうしろの2本のゴボウのまんなかにあるスネ毛の下のロココ調の右」

 

「変わってない? なんで背中にゴボウとすね毛があるの?」

 

 ば、バカな! 通じないだと!?

 じゃあ俊平はどうやって敵の幹部を倒したというんだ!

 

「樹にゃん、きっと肩車して後ろ向きに乗り、2本のゴボウを持った歌舞伎顔の男が弱点だったのにゃ」

「流石だな、田中。じゃあやっぱり敵の決め台詞は………」

「『このオレ様がお前らのハナミズを飲み尽くしてくれるわ!』にゃ!」

「だよな! ぶふーー!!」

「にゃはははー!!」

 

「由依ちゃん、樹くんと田中ちゃんは何を盛り上がっているの?」

 

「グルグルネタね。」

 

 

 ポンッと太鼓というか(つづみ)の音が聞こえたかと思うと、妙子に田中と俺がまとめてグルグル巻に拘束されてた。

 

「お主らはうるさい。静かにしておれ」

 

 ギュッと縛って倒された俺と田中の上にどっかりと腰を下ろす妙子。

 

 ごめんなさい。

 

 俺がある程度インフレしても、妙子の底が知れない。

 

 

「特別なことは何も。僕が出来るのは自爆だけだからね。ジャニスさんやリリが離れるまで時間稼ぎして、自爆したんだ。相手が水をお酒に変える能力を持っていたから、そのせいで湖の一部がお酒になっちゃったんだよね。」

「ああ、それであんな噂があったんやな。」

 

 俊平にできることは、やはり自爆だけ。

 特別なことはなかった。

 

 とはいえ、相手の能力も強力だな。

 多分、デバフに特化している奴。

 酒の力でパワーを増すだろうし、こっちは酒の力で思考力が曇る。

 いちいちぶつくさ考える俺とは相性悪そうだな。

 

「お父様が派遣した冒険者と調査隊の話では、神の一撃にて群青竜をも仕留めたのでは、との報告でした。シュンペイ様がおつくりになった湖の中心には大きな特殊な効果のある神石があり、水をお酒に変えていたそうです。元のエデン湖へと流れたお酒は、エデン湖の湖底にあるエデン草で浄化と変質して真水にもどる様です。」

 

 俊平の説明に捕捉するようにエデン湖の現状を伝えてくれた。

 ふんふむ。

 

 

「なんともご都合主義にゃ。美味しい水と美味しいお酒をいいとこ取りしたにゃ。さすが俊平にゃんにゃ!」

 

 それ俺も思ったけど今更だから言わなかった。

 

「その神石ってのは、敵のアビリティの源的な何かなのかもな。知らんけど。俺が木っ端微塵に死んだら俺も夢の力を宿した神石になるのかな」

 

 みんなは精神体だから死んでも問題ないけど、俺だけは死なないからなぁ

 身体に魔石とか出来てたらどうしよ。

 

「それはきっと尿路結石じゃな」

「妙子おばあちゃんじゃあるまいし、若者の俺らには尿路結石なんてできないよ」

「ふん!!」

「いでででで!!」

 

 

 神石ね。新たな単語。メモっとこ。

 水を酒に変えるアビリティと、水をお酒に変える神石。

 偶然なわけない。魔神をぶっ殺したら神石手に入ったりするかな。

 

 




あとがき

アラハビカ編が好きな人いっぱいいそう。

次回予告
【 いざ4人で夢の世界へ 】

お楽しみに


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