IS学園潜入任務~壁の裏でリア充観察記録~ (四季の歓喜)
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IS学園の不法滞在者

ザ・転載投稿一号!!

当分は定期的に移転させ続ける日が続きそうです。後、携帯での使用が出来るようになるまでは感想の返信が遅くなると思います…。


 

 

―――IS学園への潜入任務

 

 

 それを最初に言われた時、俺は複雑な気持ちになった。俺は産まれてこの方学校というものに通ったことが無く、それどころかずっと裏社会で生活してきた身だ…。

 そんな俺に世界に名だたる重要施設とはいえ、今更になって普通(?)の女子高ともいえるあの場所へ行けとはどういうことなのだろうか…?

 

 

「……まぁ、いいや。結局は任務。何はともあれ行ってきますかねぇ…」

 

 

 そうとも、所詮は任務だ。俺は上司の命令を聞き、ただそれに従って行動するのみ。例えその内容が『IS学園に潜入して織斑一夏の情報を手に入れてこい』だったとしてもだ…。

 

 

「そんじゃ精々楽しませてもらいましょうか、学生デビューを…!!」

 

 

 だが、この時俺は失念していた。

 

 

―――『織斑一夏』と違ってISを起動できるわけじゃない俺がこの任務を任された理由を…

 

 

―――上司が『IS学園に潜入して~』とは言ったが『学生として』とは言ってなかったことを…

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『あら?機嫌が悪いようね…?』

 

「……当たり前でしょう。ていうか何度も言わせないでくださいよ、姉御…」

 

 

 ISを起動できないくせに『潜入任務=IS学園入学』とか考えていた先日の俺をブン殴ってやりたくなった。今俺が居るのはIS学園の施設内に無理やり作った隠し部屋である。消火栓の奥をくり抜き、大穴を開けて普通の部屋一つ分のスペースを確保した、まさに秘密の部屋と言ったところか…。

 そう、俺はガチの不法侵入と不法滞在による潜入任務を行っている。学生どころか職員としてでも無い、ただの不法侵入者だ。学校の関係者に見つかったら一発でアウトの…。

 

 

「ぶっちゃけデュノア社の男装娘よりハードだと思うんですけど…?」

 

『そう言う割には、任務開始から既に三ヶ月も経ってるわよ?』

 

 

 その言葉の通り、気が付いた頃には世間は夏休みの一歩手前。この三ヶ月間、監視対象である織斑一夏を中心に様々なことが起きた…。

 

 

―――あの朴念仁野郎が篠ノ之束の妹と同室になったり…

 

―――イギリスの代表候補生と決闘して善戦してたり…

 

―――中国の代表候補生と共闘して篠ノ之束が送りつけてきた無人機と戦ってたり…

 

―――デュノア社と黒兎隊から転入生が来たり…

 

―――デュノア社の御曹司はホモかと思ったら女の子だったり…

 

―――黒兎隊のISに搭載されていたVTシステムが暴走したり…

 

 

 

―――そして何より、あの病的鈍感男子に関わった女子全員が奴に惚れとる…

 

 

 

 

「……あの無自覚ハーレム野郎がぁ…」

 

『…大丈夫かしら?』

 

「大丈夫なわけ無いでしょうが!!こちとらコソコソしながらビクビクする毎日を送ってるってのに、何が悲しくてリア充の観察日記みたいな真似しなきゃいけねぇんですか!!」

 

『仕方ないわよ、任務だもの…(笑)』

 

 

 笑ってやがる、むしろ嘲ってやがる!!上司の同僚じゃなければこの女ああぁぁぁ!!……上司の同僚ってことは上司じゃん…。

 

 

『ふぅ…息抜きもここまでにしようかしらね。『(セイス)』、貴方にとって下らない内容かもしれないけど、引き続きこの任務頑張ってちょうだいね?』

 

「…了解。『フォレスト』の旦那によろしく頼みますぜ」

 

 

 極力恨み言的な内容で頼んます。出来ることなら俺の代わりに藁人形でゴッスンしといて…。

 

 

『あ、最後に少しいいかしら…?』

 

「はい…?」

 

『もしかして、“彼女”はそこに居たりする…?』

 

「彼女?……また抜け出したんですか?」

 

『腹が立つことに私でなく、フォレストから外出許可を貰った上でよ…』

 

 

 まぁ、直属の上司であるアンタにお願いしたとこで、許可を寄越すわけ無いのは目に見えてるけどな。そもそも無理に逆らったら冗談抜きで殺されるし…。

 

 

『彼はいったい何を考えてるのかしら…』

 

「さぁ?フォレストの旦那が考えてることはサッパリ…」

 

 

 姉御の部下に外出許可をあげたり、俺にこんな任務を寄越す時点で訳分からん…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あら“オータム”が呼んでるわ……そろそろ時間のようね…。それじゃ、またねセイス。』

 

 

「はい、“スコール”の姉御。では失礼します、通信終わり…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう言って俺は通信機のスイッチを切った。それと同時に後ろを振り向き…。

 

 

「許可を貰って来たんじゃなかったのか…?」

 

「“スコールの許可”とは言ってないだろう?」

 

 

 うちの組織の隠れエースが、俺の仕入れてきたスナック菓子を頬張りながら漫画読んでた…。

 

 

「…お前のコードネームって、実は『マダオ』の略?」

 

「殺されたいのか貴様」

 

「こんな狭い場所でスターブレイカー(IS装備)向けんな…!!」

 

 

 余談だが、こいつが影で姉さんと呼んでいる『織斑千冬』は生活面においてマダオであるということが分かってしまった。織斑千冬の部屋を初めて偵察した時、俺は本気で部屋を間違えたのかと思った。そして同時に、本人に見たことがばれたら間違いなく消される気がした……存在ごと記憶を…。

 命の危機を感じた俺はその場から全力で逃走。その際、癒し系オーラを纏った着ぐるみ少女とエンカウントし、ノリと勢いで和気藹々としたのは良い思い出…。

 その子と別れたすぐ後に更識家の当主と全力で鬼ごっこする羽目になったのはトラウマである…。

 

 

「ていうか、その武装を持っているってことは…」

 

「あぁ、イギリスから帰ってきたばかりだ」

 

 

 成程、任務達成の暁に貰った特別休暇なのね。でも何故に俺の隠れ家に来るのかね…?

 

 

「ここは他の場所より落ち着く。隠れアジトのくせに生活感たっぷりでな…」

 

「生活感たっぷりだと?そんなわけ…」

 

 

 

―――書店並の冊数を誇るマンガとラノベの数々

 

―――最新鋭のゲーム機にパソコン

 

―――膨大な量のお菓子やインスタント食品

 

―――申し訳程度に置いてある仕事道具

 

 

 

「……オカシイな、最初はこんなじゃ無かったのに…」

 

 

 基本的にこの部屋から出れないので、このようなインドアクオリティーな状況になってしまったのだが、自覚してみるととんでもないなコレ。引き篭もりの末路と言っても過言では無い有様である…

 

 

「まぁ、ここに来る理由はそれだけでは無いのだが………む、菓子が無くなった…」

 

 

 何やら呟いていたマドカだったが、菓子袋の中身が空となるや否やそれを放り捨て、近くにあったポテチ(未開封)に手を伸ばした。って、ちょっと待て… 

 

 

「お前さっきからバリボリ食ってるが、それ何袋目だ?」

 

「4つ目」

 

「没収!!」

 

「だが断る!!」

 

 

 全力で飛び掛かる俺、それを避けるアイツ。『亡国機業(ファントムタスク)』のエージェントという無駄にハイスペックな二人による携帯の奪い合い。二人とも随分と派手な動きをしてるのに部屋の備品は何一つ壊れず、飛び散らないのは流石というべきか…。

 

 

「てぇい!!」

 

「ぬあ、貴様!?」

 

「ったく、人の食料をなんだと思ってやがるんだ…」

 

「おのれ……仕方ない、ポテチが無ければこの冷凍ピザを食べれば良いか…」

 

「ふざっけんな!!」

 

 

 

 監視対象である織斑一夏は現在、臨海学校の最中でこの学園におらず、その間は別のエージェントが奴の事を担当している。だから、奴が帰ってくるまで俺は、実質休暇期間中である。

 

 

 けれどぶっちゃけた話、凄く暇だった。

 

 

 休暇つっても、無暗に外に出れないのは変わらない。ハーレムドンカーンの監視以外にやることと言ったら、部屋に置いてある暇つぶし道具とスコールの姉御との通信ぐらいしかない。

だからコイツが来てくれたのは正直に言うと嬉しかった……恥ずかしいから絶対に言わないけど…。

 

 

「返せ、俺の夕飯を返せマドカぁ!!」

 

「ほほう、これはセヴァスの夕飯だったのか。では、一思いに頂くとしよう」

 

 

 

―――『亡国機業』、『フォレスト』チーム所属

 

―――コードネーム『(セイス)

 

―――正式名称『Artificial・Life-No.6』

 

―――ニックネーム『セヴァス』(一人しか呼ばんが…)

 

 

 

「させるか、電子レンジはここだ!!」

 

「む、先を越されたか……ちょっと待てセヴァス、私が悪かった、素直に謝る。だから、頭上に振り上げた、その明らかに重そうな電化製品を降ろし…」

 

「ダーイッ!!」

 

「ぬわああああああああぁぁぁぁ!?」

 

 

―――馬鹿を監視しながら、馬鹿と馬鹿やりながら、それなりに任務と人生を楽しむ馬鹿でございます。

 




さて、頑張りますかぁ!!


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怪異の巣窟 前篇

タイトル変更


 

「あっはははははははははははははははははははは!!」

 

 

「…頭、大丈夫?」

 

 

 薄暗い部屋で大きな笑い声を上げる茶髪でスーツ姿の男性。その男性の様子にドン引きしながらも、同じくスーツを身に纏った金髪の女性…スコールは声を掛ける。

 

 

「あはははははは!!…あぁ、すまない。セイスの報告内容が…笑え…て…ぶふぅ…」

 

 

「……いったい、何だというの?『フォレスト』…」

 

 

 犯罪組織『亡国機業(ファントムタスク)』。その一員であるスコールの目の前で、彼女と同等の立場にある『フォレスト』は、自室の椅子に座ったまま盛大に大笑いしていた。

 元々組織内きっての変わり者として有名な彼だが、それを踏まえてもここまで爆笑している姿は珍しいため、スコールは怪訝な表情を浮かべた。

 

 

「あぁ、ごめんごめん。とは言ってもね、ブリュンヒルデがマダオというだけでも充分に爆笑ものだけど、その時に関する追加資料は何度読んでも本当に笑えるよ?」

 

 

「…?」

 

 

 自分の知らない内容に思わず反応してしまったスコール。それを見たフォレストはニヤリと笑みを浮かべた。

 本来、亡国機業の構成員同士の関係と言うものは、良好なものであるとは決して言えない。しかし、この二人は利害関係を含めた諸事情により、現在は協力関係を結んでいる。その為、今のように互いに情報交換や合同作戦、更には雑談を気軽に交わすような間柄になっていた。

 どうしてこのような関係を築くことになったのかは、それなりに複雑な事情があるのだが、結構長くなるので別の機会に語るとしよう。 

 

 

 

 

「『ブリュンヒルデ』の件はセイスが君に話したかもしれないけど、“その後”に彼が経験した事は流石に知らないだろう…?」

 

 

「……“その後”ですって…?」

 

 

「まぁ、彼にとって黒歴史になるのは確定だね……ほら…」

 

 

「えっと、何々…?」

 

 

 

 『その時の詳細を誤魔化すことなく報告すること』というフォレストの指示に渋々ながらも律儀に従うセイス。そんな彼が送ってきた報告書を見せられたスコールは…

 

 

 

 

「ちょ、冗談でしょう!?」

 

 

 

 

 一週間はそのネタに飽きることなく笑い続けたそうだ…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

―――これはセイスがIS学園に潜入任務を開始したころ……4月の上旬の話である…。

 

 

 

「……盗聴器、感度良好。監視カメラ、異常無しっと…」

 

 

 IS学園校舎内にある消火栓の裏に造った隠し部屋。現在、俺はその内部でパソコンと向き合いながら学園中に仕掛けた仕事道具のチェックをしている。調子は概ね良好、問題は無い。

 

 

「それにしても、世界有数の重要施設の割にはチョロかったな…」

 

 

 うちの組織の技術力が半端ではないからというのもあるが、それを踏まえたとしても随分と甘い警備システムだ。実際、学園内に俺と言う侵入者が居ても気づかず、校舎の中にこんな部屋を造っても発覚する気配が無い…。

 

 

「これなら“ホワイトハウスに半年間”忍び込んだ時の方がキツかったぜ…」

 

 

 ここと比べたら断然に狭いくせして警備の濃さが半端無かったからなぁ……やっぱ本職の奴らと学園の職員じゃ格が違うね…。

 

 まぁ、その本職の方以上に“ヤバい奴”が学園の職員として居るけど…

 

 

「……それにしても、今日の“アレ”は…」

 

 

 そのヤバい奴のこと…世界最強の称号を持つ『織斑千冬』のことを思い出して作業中の手を止める。アレとは、本日行われた織斑千冬と観察対象の『織斑一夏』による短いやり取りのことである。盗撮カメラと盗聴器越しに確認したその光景は少なからず興味を持った…。

 

 

「ぶん殴ってまで会話を止めるとは…余程重要なことなのか…?」

 

 

 その日、織斑一夏はクラスメイトの女子達(女子しか居ねえけど…)に質問攻めにされていた。その最中、一人の女子が『家庭での織斑千冬』について尋ねたのだ。

 それに対し、普通に答えようとした織斑一夏だったが『え?案外だr…』の辺りで本人が登場、出席簿の一撃を持ってして強引に会話を中断させたのである。

 

 

「……これは、何か臭うな…」

 

 

 先程はチョロい警備システムと評したものの、ここに置いてある情報やブツはとんでもなく貴重である。それらを集め続け、組織へと持ち出すのが俺の任務でもある。あくまで任務のメインは織斑一夏に関する情報収集だが、組織にとって有益なことは言われなくてもやるのが当たり前。

 

 

「今日の夜中辺りにでも行ってみるか…」

 

 

 仕事道具で事前に仕入れた情報によれば、今日は職員たち同士の飲み会があるらしい。つまり一番の脅威が外出中という絶好の機会なのだ。

 

 

「…んじゃ、夜に備えて寝るとしますかねぇ」

 

 

 なんせ『篠ノ之束』博士の親友である人物だ。博士に関する情報…下手すれば未登録のISコアがあってもおかしくない…。

 

 夜中の侵入作戦の計画を練りながら、セイスはゆっくりと眠りに入った…。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「……何なんだ…」

 

 

 さて、誰もが寝静まった真夜中のIS学園。意気揚々と目的の部屋へとやってきたは良いが……アレ?オカシイな、部屋を間違えたかな…?

 

 

「…何なんだこれは」

 

 

 念のため部屋の表札を確認するが、場所を間違えた訳では無い。表札に書いてある名前は確かに合っている。だからこそ、俺は驚いた…。

 

 

「何なんだよこれは…!?」

 

 

 

―――辺り一面ゴミの山…

 

 

―――散らばる書類の数々…

 

 

―――脱ぎ捨てられた衣服ども…

 

 

 

 一言で表すのならば、さしずめ『魔境』。殺生な言い方をするならば『ゴミ屋敷』。片づけられない、家事ができない、女としてどうなのよ?の、典型的な例が目の前に広がっていた…

 

 

 

「うわぁ…俺より酷ぇ……」

 

 

 

 俺の部屋は狭いくせに物がギッシリ置いてあるが、きっちり整理整頓がされているので見苦しいものでは無い。敢えて例えるなら『ネットカフェ』だ。パソコンや漫画、更にはゲームもあるし…

 ていうか、あの人ここで寝泊まりしてるのか?事前に仕入れた情報じゃあドイツ軍で教導官をやっていた時期があると聞くが、荒くれの海兵隊の方がよっぽどマシかもしれん。

 

 

 

「……どうしよ、帰ろうかな…」

 

 

 

 世界最強、全国の女子達の憧れ、IS操縦者達の理想像…そんな人間の人物像がものの見事に粉砕されたため、随分と萎えてしまった…。

 けれど、手ぶらで帰るのも癪なので結局は物色してみる。え?やってることが普通に犯罪者だって?馬鹿め、俺は犯罪組織の一員じゃボケェ。

 

 

 

「え~と…中間テストの試作品に予算帳簿、領収書の束、臨海実習計画案……」

 

 

 

 目に入った書類の類は全てどうでも良いものばかりだった。ここの学生にとっては重要な物ばかりかもしれないが、生憎俺が欲しいのはそんなのでは無い…。

 それにしても、漁れば漁る程どれだけ酷いのかよく分かる。しかも時たま捨てられたゴミに混ざって缶ビールがコロコロと出てくるのだが……それでいいのか、教師って…?

 

 

 

「…ん、これは?」

 

 

 

 

 もういい加減帰ろうかなとか考えていたら変な物が目に入った。思わず手に取ってそれを凝視してしまったが、普通にしょうがないことだったと思う。

 黒いオーラが蔓延するこの部屋において、“それ”はある意味異質な雰囲気を放っていた。だって、ゴミだらけの部屋にひとつだけ…。

 

 

 

 

 

―――“ピンクのノート”があったんだもん…。

 

 

 

 

 

 ゴミ部屋の中にそんなもんがある時点で違和感があるが、それ以上に忘れてはいけないのが…ここが『織斑千冬の部屋』であることだ。

 あのブリュンヒルデの部屋がこんな惨状であること自体に驚きだってのに、今度はまさかの桃色ノート。凛々しい白とか黒とかじゃなくて桃色…。

 

 

 

「……て、これ裏向きじゃねえか…」

 

 

 

 変に動揺したせいで逆向きにノートを持っていた。そのことに気付いてノートを表向きに…表紙の方に持ち替えてみる。

 

 

 

 

 

―――そしたら今日一番の衝撃が走った…

 

 

 

 

 

「……………え……?」

 

 

 

 

 この世に生を受けて十五年。俺は、ここまで絶句したことはあるだろうか?ここまで我が目を疑ったことはあるだろうか?思考が瞬時にフリーズし、そのまま1分は立ち尽くしていたと思う…。

 

 だって、ここは世界にその名を轟かす『織斑千冬の部屋』なんだぜ?ブリュンヒルデの称号を持っている『世界最強様の部屋』なんだぜ?

 

 

 

 

 そんな奴の部屋に置いてあったピンク色のノートの表紙に書かれていた文字が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『ちーちゃんの絵日記☆第13号!! by織斑千冬』

 

 

 

 

 

 

 

 

「………。」

 

 

 

 もう何もかもに絶句する中、不意に思い出した昼間の光景。

 織斑千冬が弟の発言を阻止したのは、日ごろのだらしなさを暴露されたくなかったからなのだろう。そしてあんな性格であるものの、彼女は基本的に恥ずかしがり屋さんってことだ…。

 そんな世界最強の、明らかに自室の惨状以上に見られたくなさそうな物が俺の手に握られている。弟が暴露未遂しただけであの仕打ち……もしも俺のような輩がこれの存在を知ったとバレたら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

  ミ タ ナ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 幻聴まで聴こえてしまった俺は日記の…じゃなくてノートの中身を見ることも無くその場から全力で逃げ出した。幸い、部屋を物色する際に動かしたものは必ず元に戻す癖を付けてあるので痕跡は残していない。ノートも最初の状態に戻した。

 

 

(俺は何も見てない!!俺は何も見てないいいいぃいいぃぃぃ!!)

 

 

 ついでに、さっきのは見なかったことにしよう……うん、それが良い…。

 組織から支給されたステルス装置を稼働させ、学園の警備システムを掻い潜りながら俺は全速力で隠れ家へと走り続けた…。

 

 

 

―――しかし、俺は知る由も無かった……この後、二つの出会いが待っているということを…

 



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怪異の巣窟 中編

連続投稿


 

 

 

 

「いかん、俺はあの日記…じゃなくて、ノートに呪われちまったのか?」

 

 

 

 俺は隠し部屋を造る際に、それに通じる隠し通路もいくつか建設した。先述した消火栓扉もだが、校舎の中で近道出来る様に掃除用具入れの裏とか、ダストシュートの中にも作ってある。更には海に囲まれた孤島に校舎が存在するから、海原に直接出れる非常口も造ってある。これ以外にも、状況に応じて増設する予定だ。

 まぁ、とにかくだ。例の日記…もといノートの持ち主である恐怖の大魔王が帰ってくる前に隠し通路の一つがあるトイレ前に来たんだが……

 

 

 

 

 

 

 

「……うみゅう…」

 

 

 

 

―――“クマ”がトイレの前で寝息を立ててるんですが、どういうことでしょうか…?

 

 

 

 いや正確に言うなればクマの着ぐるみを着た誰かのようだ。この俺以外にIS学園に忍び込んだ侵入者が居たとでも言うのだろうか…?それとも、生徒の誰かが真夜中にトイレに起きてそのまま力尽きて眠っちまったのか…?

 

 

 

「色々とツッコミどころ満載だが…取りあえず、そこに居られると邪魔なんだよ…」

 

 

 

 女子トイレの…女子校だから女子トイレしか無えけど、その入り口手前にある鏡の裏にあるんだよ。帰り道の通路が。織斑千冬の部屋から一番近かったのがココなので選んだのに、マジでなんてこったい。

 俺は当分この学園に潜み続けなければならない。故に、俺がここに居るという痕跡は何一つ残してはならない。指紋、髪の毛、記憶、記録…何も残してはならない。

 

 

 

「…仕方ない、他の所に行くか」 

 

 

 

 今は深夜だ。そこに転がっているクマ子を起こさないように鏡の奥にある扉を開くより、人の気配が殆どない校舎を移動して別の通路の所に行く方が楽だろう。

 

 

 

「……あばよ、夜のクマさん…」

 

 

 

 そう一言呟いて、セイスはそこから静かに立ち去って行った…

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと待てや、オイ…」

 

 

 トイレ前の通路は諦め、掃除用具入れにある通路を使う為、1年生の教室へ向かったセイスだったが、彼は再び困惑していた。何故なら…

 

 

 

 

「何でまた居るんだよ…!?」

 

 

 

 

―――さっきのクマさんが、今度は廊下で立ち寝入りかましていたのである…

 

 

 

 廊下の真ん中でユラユラ揺れているが、こっちに来る気配は辛うじて無い。誰かの気配がしたので、廊下の端から窺うようにして覘いてみたらそんな、ホラー風の光景が目に入ってしまった。そして、さっきと違って立ち寝入りしているため、今回は顔を覘くことができた。その顔を見て、彼はクマの正体にようやく気付いた。

 

 

 

「…ありゃあ、『布仏本音』じゃねぇか」

 

 

 

 殆どの女子が織斑一夏を『学園唯一の異性』として扱う中、微妙に違ったベクトルであの野郎に接している変わった奴である。確か、『のほほん』さんとか呼ばれていた筈だ。

 裾の長い制服、着ぐるみのようなパジャマや私服、ほんわかなオーラ。まるで何かのマスコットでも目指しているのか?と思わざるを得ない存在だが、その癒し系な雰囲気とは裏腹に、彼女はとんでもない家柄の人間である。

 

 

 

「……まさか、バレたのか…?」

 

 

 

 布仏はこの国の暗部『更識』に代々仕える裏世界の家系だ。となれば自分の存在に気付き、捕らえるために通路へ先回りしても何ら不思議では無い。

 一応、織斑千冬や更識の人間と同じくらいに警戒していたのだが、まさかこんな早くに発覚するとは夢にも思わず、彼は頭をフル回転させて打開策を模索した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……むにゃ…」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「……お姉ちゃん…も…う……勘弁…してぇ……すぅ…」

 

 

 

「え、何? マジで寝ぼけてココに来たわけ…?」

 

 

 

 だとしたら、本当にどんだけだ…。無意識で俺の造った隠し通路前に来た上に、最短距離で向かった筈の俺より先に居るとか何なんだよ…!?

 

 

 

「……まぁいい、露見してないに過ぎたことは無い。早く帰ろう…」

 

 

 

 流石にそろそろ飲み会に行った職員たちが帰ってくる頃だ、もたもたしてると危険が増える。時間を気にしつつ、そして立ち寝入りを続ける布仏本音を気にしながら、再びセイスは走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

「『二度あることは三度ある』って言葉を、ここまで実感したのは初めてだ…」

 

 

「……スー…スー…スー…」

 

 

 

 寝ころび、立ち寝入りと来て、今度は体育座りですか……じゃ、無ぇよ…!!

 

 

 

「何でだ!?隠し通路に辿り着くだけならまだしも、並の人間じゃ追いつけないようなペースで向かった筈の俺より先に居るのは何でだ!?」

 

 

 

 こっちは窓から飛び降りたり、隠し通路使って何度もショートカットした。しかも、わざわざ校舎から一番離れたアリーナに造った隠し通路にまで足を運んだのだ。にも関わらず先回りされいているって、寝相が悪いとか、寝ボケたとかで済む次元じゃないぞ!?

 ていうか、流石にもう我慢の限界だ。もう時間に余裕は無いし、他の抜け道に向かう気力も無い。指紋が残らないように専用のグローブは着けている、監視カメラに映らぬようステルス装置は起動してある、顔は見られないように覆面とゴーグルは装着済み。

 

 

「よし…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ザ・ミッション!!

 

 

 

―――着ぐるみ少女を起こさないまま、隠し通路をくぐれ!!

 

 

 

―――Mission Start!!

 

 

 

 

 

 

「……むにゃ…誰…?」

 

 

 

 

 

 

―――Mission Fail…

 

 

 

 僅か三秒の出来事である…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 『森のクマさん』ってさ、歌詞の通りにイメージするとぶっちゃけ恐怖でしかないよね。女の子が森で熊さんに遭遇して追いかけられたと思ったら、ハンカチ渡されて一緒に踊るんだぜ?

 

 

 

「ほえぇ…似合ってる、似合ってる~♪」

 

 

(…コイツ、本当に暗部の家系なのか?)

 

 

 

―――俺の場合、場所は『校舎』で渡されたのは『着ぐるみ』だけど…。

 

 

 

 あ、ありのままに起こったことを話すぜ!!こいつ…目覚めた瞬間に初対面の俺に向かって開口一番『お久しぶり~』と来たもんだ。意味が分からず唖然としてたら、どこからかスペアの着ぐるみを取り出して差し出してきた。着ろという意味だったらしく、ノリと勢いに任せて着てみたぜ!!

 言ってる俺自身、何を言ってるのか訳が分からないっていうか何してんだ俺はああああああああああああああああああ!?

 

 

「……ふわぁあぁぁ…じゃ、『明日斗』君…次もまた、夢の中で会おうねぇ~……すぅ…」

 

 

「…ね、眠りなすった……」

 

 

 大きな欠伸一つして、何かを呟きながら彼女は再び眠りについた。静かに、そして穏やかな寝息から察するに、寝たふりをしている訳でも無さそうである。最初から寝ていてくれたら一番嬉しかったのだが…

 ていうか、『明日斗』って誰だよ。そして、目の前で再び夢の中に入ったアンタを俺はどうしろと言うのだろうか。

 

 

 

「こんな場所で、こんな格好させやがって……コスプレしたのなんて、旦那と姉御の悪ふざけ付き合わされた時以来だ…」

 

 

 

 改めて今の俺の恰好って、シュールなことこの上無いな。この子が渡してきた着ぐるみみたいなパジャマ(パーカー?)、頭の部分はフードになってて覆面とゴーグルが丸見えだ…。

 

 

 

「遊園地ならまだしも、こんなとこじゃ変態って言われても否定できねぇ…」

 

 

「そうね、どこからどう見ても不審者にしか見えないわ」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 突如背後から響いた誰かの声。後ろを振り向けば、目の前でコックリコックリしてる寝坊助と違い、明らかにただ者では無い雰囲気を醸し出す水色の髪の少女。

 学園の制服を着用し、手には一つの扇子握が握られている。制服のリボンの色からして察するに2年生だ。だが、それ以上に視線を引き付けるのは、彼女が腕に装着している腕章に書かれた文字。

 

 

 

 

「『IS学園生徒会長』…!?」

 

 

 

 

 最悪だ。この学園の人間の中で、織斑千冬の次に会いたくない人間に出会っちまった…

 

 

 

「御名答♪」

 

 

 

 こっちの気持ちを知ってか知らずか、眼前の少女は笑顔で答え、手に持った扇子を開く。開かれた扇子には『真打☆登場』の文字が書かれていた… 

 

 

 

 

―――IS学園生徒会長

 

 

―――IS操縦者ロシア国家代表…

 

 

―――日本お抱えの暗部一族『更識家』現当主…

 

 

―――彼女の名は…

 

 

 

「『更識楯無』かッ!!」

 

 

「初めまして、そしてこんばんわ熊さん。後ろめたいことが無かったら、ちょっと話を聞かせて貰えるかしら?」

 

 

「……嫌だと言ったら…?」

 

 

「ふふッ♪」

 

 

 

―――世界最強の次に遭遇したくなかった、学園最強。そんな彼女が取り出した扇子に書かれた、『見敵必殺』の文字を目にした彼は…

 

 

 

「戦略的撤退!!」

 

「あ、ちょッ!?」

 

 

 

―――脱兎の如く、逃げ出した……熊のきぐるみ着たままで…

 



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怪異の巣窟 後編

とりあえず一区切り…


―――走る!!

 

 

 

―――とにかく走る!!

 

 

 

―――廊下は走っちゃいけない? 知ったこっちゃない!!

 

 

 

 

「待ちなさい!!」

 

 

(待つわきゃ無えだろ!!)

 

 

 

 恐怖の大王№2に出会ってしまった俺は反射的にその場から逃げだした。更識の目の前で隠し通路に入るなんてことをしたらそれこそアウトだから、とにかくその場を離れる。

 素の殴り合いなら負ける気はしないが、ここはIS学園で、アイツは国家代表の肩書きを持つ猛者。戦いにISを持ち出されたら確実に死ぬ。

 てなわけで無暗にISを展開できないであろう校舎内に逃げ込んだまでは良かったのだが、楯無の身体能力が予想以上に高く、この文字通り命懸けな鬼ごっこを中々終わらすことが出来ないでいた。

 

 

(…とっ!!)

 

「よっとっ!!」

 

 

 セイスが階段を“ジャンプ一回”で登り切れば、楯無はやや遅れながらも、彼に匹敵するスピードで階段を登りきり…

 

 

 

(うらっ!!)

 

「と、危ないなぁ!!」

 

 

 セイスが廊下に設置されていたゴミ箱を掴み、振り向き様に投げつければ、楯無は体を反らしてあっさり避け…

 

 

 

(とう!!)

 

「やるわね!!」

 

 

 

 廊下の窓から宙へと飛び出し、外の配管を伝いながら別フロアへと人間離れした身体能力で移動してみせれば、彼女は行き先を先読みし、階段を使いながら先回りを試みる…

 

 

(せい!!)

 

 

「きゃっ!?」

 

 

 バナナの皮を設置しても、彼女は華麗に飛び越え…ることは出来ず、ギャグ補正の名の元に踏みつけて引っくり返り、その弾みでセイスの視界にピンク色がチラリと……

 

 

 

「…(怒)!!」

 

(ヤベッ!?)

 

 

 

 

 こんな感じに人外染みた体力で妨害しながら走り続けるセイスを、楯無はしっかりと追いかけ続けてくる。その状況に、彼は段々と焦り始めた…

 

 

 

(俺に生身でついて来れるって、どんだけだ…!!)

 

 

 

 まだまだ体力に余裕はあるものの、楯無の方が我慢の限界を先に超えてしまう可能性もある。『埒が開かん!!』と言わんばかりにISを使われたら、一貫の終わりだ。

 

 

 

 

(ならば!!)

 

 

 

 

―――急ブレーキ!!

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 漫画のようにキキィ!!という音を出しながら足を止めた。その突然の行動に楯無も動揺し、思わず足を止めてしまう。しかし、その行動が命取りである!!

 

 

 

「おるあああああああああああぁぁぁぁあぁぁぁぁあぁあ!!」

 

 

「なっ!?」

 

 

 

―――続けざま、セイスは全力で楯無に向かって走り出す…!!

 

 

 

 流石に追いかけていた相手が突っ込んでくるとは思わなかったようだ。途中でセイスの人外染みた体力にはそれなりの警戒をしていたようだが、最初から彼が逃げることを優先してたせいで油断していたのだろう。

 それを機に、セイスは思いっきり拳を振りかぶり、同時に殴りかかる。不意を打たれたせいで回避が間に合わないと判断した楯無は、ガードの体勢に入るが…

 

 

 

 

 

 

 

(計・算・通・り!!)

 

 

 

「え…!?」

 

 

 

 

―――その勢いのまま楯無を素通りした…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

(やられたっ!!)

 

 

 まさか、いきなり殴り掛かって来るとは思わず反応が遅れてしまった。すぐに相手が通り抜けた方へと視線を向けると、とある部屋が目に入った…。

 

 

(食堂!?まさか…!!)

 

 

 ここでようやく相手の目的に察しがついた。ここの食堂はお洒落にも外を見渡せるテラスが野外に設備されている。今は夜なのでサッパリ見えないが、天気の良い日は良く見えるそうだ…。

 

 

 

 

―――学園を取り囲む海原が…

 

 

 

(海に逃げる気!?でも、かなり距離が…)

 

 

 いや、彼なら……先程の鬼ごっこでチラホラと見掛けた彼の身体能力を思い返せば不可能な話では無い…!!

 

 その予想が正しい事を証明するかのように、視界に捉えた逃走者は勢いを殺すことなく一直線に外のテラスへと向かって走りつづけていた。

 

 

「逃がさないわ!!」

 

 

 もう出し惜しみする余裕は無い。自身のIS『ミステリアス・レイディ』を部分展開し、ガトリング内蔵式ランスを呼び出す。相手を殺さない程度に無力化を計り、照準を手足に合わせる。そして、その引き金を…

 

 

 

 

 

 

 

 

―――パパパパパパパパパパパパン!!

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

―――“引く前に”楯無の背後から炸裂音が響いた…

 

 

 一瞬、伏兵か何かに撃たれたのかとさえ思った楯無は反射的に後ろを振り返る。すると、そこには人なんて居らず……くすぶった爆竹が一つ、寂しく転がってるだけだった…。

 

 

―――ダンッ!!(パリン…)

 

 

「しまっ…!?」

 

 

 気付いた時にはもう手遅れ…。力強く地を蹴る音と、ガラスの割れる音がした方へと視線を戻した時には既に、逃走者は宙を飛んでいた………否、手足をジタバタさせながら“跳んでいた”。やがて…。

 

 

 

―――ドッボーーーン!!

 

 

 50メートル以上はあろうかと云う距離を跳びきり、彼は大きな水柱を上げながら海へと飛び込んだ。

 

 慌ててISのセンサーで索敵してみるものの、海中に潜られたせいか全く引っ掛からない。

 

 

「そもそも監視カメラに“映らない”のよね、彼…」

 

 

 だいたい本音の奇行を学園に配備されている監視カメラ越しに見掛け、彼女が“何も居ない筈の空間”に着ぐるみを差し出した時点でようやく存在に気づけたのだ…。

 

 どんな理屈でカメラに映らず、ISのセンサーに引っ掛からないのか自分には分からない。しかし、これだけは言える…。

 

 

「……今日は私の負けね…」

 

 

 人知れず悔しそうに呟いたその言葉は、静かな夜の空へと消えていった…。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「て、ことがあったわけでさぁ…」

 

 

「ほぅ…」

 

 

 時は戻って現在、7月。俺はエムことマドカに当時のことを語っていた。

 ステルス装置と爆竹を使い、どうにか楯無を撒いて海に飛び込んだ俺は脱出用に造った例の海洋直結型非常口を逆走して隠し部屋に帰還。学園の奴らは俺の狙い通り侵入者が外に逃げた、もしくは組織や雇い主の元に帰ったと思い込んでいる。よもや自分達のすぐ傍に居るとは思うまい…。

 

 

「成る程……しかし、なんで部屋にクマの着ぐるみが置いてあるのかは分かったが…」

 

 

「んあ…?」

 

 

「さっきも訊いたが、何故そんなに憂鬱そうなんだ…?」

 

 

 

 あ、そうなんだよ…クマの着ぐるみ返せて無いんだ。本人はスペアクマが無くなって少し不思議そうに(当時の奇行が寝ボケであったと確定)してたが、結局は深く気にして無かった。その後、返す機会も捨てる機会も来ず、とりあえず部屋に置きっ放しにしてるわけなんだが…

 

―――このクマの着ぐるみこそが、俺の憂鬱の元凶に他ならない…

 

 

 

「なぁマドカ…俺ってさ、学園中に仕掛けたカメラと盗聴器で情報集めてんじゃん…?」

 

 

「そうだな。だが、それがどうした…?」

 

 

「……それでさ、フォレストの旦那には報告書と集めた“データ”を“そのまま”送らなきゃならないわけで…」

 

 

「……あ…」

 

 

 そう、“データ”を……“仕掛けたカメラの映像”を送らねばならないのだ…

 

 

 

 

―――クマの着ぐるみで全力疾走するシュールな自分が映ったデータも含めて…

 

 

 

 

「みんな今頃、腹抱えて爆笑してるだろうな。帰ったら何て言われるか楽しみだ、ド畜生…」

 

 

「……とりあえず、元気出せ…」

 

 

 

 

 結局あの映像は亡国機業の全メンバーが拝見したらしく、フォレストとスコールに至っては俺の顔を見る度に笑い出す始末だった……ちくせう…

 

 

 

 

 

 余談だが、最近になって『IS学園七不思議』というものが出来たらしい。その中の一つに『ランニング・ベアの怪』なる物が存在すると判明し、再び亡国機業に爆笑の渦を巻き起こすことになるのだが……それはまた、別のお話…

 ついでに、その七不思議の噂を学園中に広めたのは“癒し系オーラ漂う着ぐるみ少女”だったということをここに追記しておく。



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リア充観察記 前編

遂に帰って来た、我らが阿呆専門(オランジュ)!!


 

 

 

「し…死んじゃう……」

 

 

 

 

―――早速で悪いが、誰か助けてくれ…。

 

 

 七月も残り半分となり、織斑一夏の奴も臨海実習から帰ってきた。それに伴い、IS学園の一年校舎はかつての賑やかさを取り戻しつつある。観察対象であるあんにゃろうがISを第二次移行させて戻ってきたが、どっちみちやることは変わらないので俺も通常の生活に戻る。

 

 

 

―――筈だった…

 

 

 

 

「ち、畜生…こんな、惨めな死に方って……」

 

 

 

 この俺が終わる、のか?…よりによって自分のアジトで、しかもこんな形で……!?

 

 ブリュンヒルデの秘密を手に入れ、IS学園生徒会長との鬼ごっこを制し、篠ノ之束の妹の密かな趣味を知り、イギリス代表候補性の地獄飯の制作現場を激写し、中国代表候補性の涙ぐましい努力を目にして、デュノア社の御曹司が娘であることを誰よりも先に確認し、黒兎隊の隊長…むしろ副隊長は腐女子である事実を手に入れた……あぁ、色々なことがあったなぁ…

 

 

 

「待て待て、いつのまにか走馬灯になってる!!」

 

 

 

 

 いかんいかん気をしっかり保てセイス、“こんな理由”で亡国機業のエージェントが死んじまったら後世まで語り継がれちまうぞ!!うちの組織は無駄に歴史が長いんだから、一度伝説になっちまったら永遠に残っちまう…!!

 

 

 

「……でも、どうしようも無いんだよなぁ…」

 

 

 

 まさか、こんな形で生命の危機に陥るとは考えていなかった。ましてや“味方のせいで”死にかけるなんて誰が予想できようか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…覚えてろよマドカあぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 あのクソアマァ…次会ったらフルボッコにしてやるぅ…!!この前の任務で『サイレント・ゼフィルス』を手に入れたらしいが知ったこっちゃねぇ……ISごと粉砕してくれる…!!

 

 

 

 

 

「つーか普通に有り得ねぇだろ!! 休暇中、俺のアジトに滞在してる間に…」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――食糧の備蓄ゼロにするとかさあぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

「何で帰り際に『スマン…そして、死ぬなよ!!』って、言ったのかと思ったらあの野郎おおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 基本的に部屋に籠りっぱの俺は支給されたり持ち込んだ食糧しか口に出来ない。現地調達は極々偶になら可能かもしれないが、あまり続けると楯無あたりに俺が学園に潜伏していることを勘付かれる危険があるので却下。一度学園の外に抜け出すことも考えたが、離れた時に観察対象の身に何か異変があったらと考えると躊躇ってしまった…。

 

 

 

 

―――そんなわけで、ただいま絶食生活1週間目を経験中である…

 

 

 

 

 

「つーか、マドカの奴……本人どう思ってるか知らんが、織斑千冬と大差無ぇじゃねえか…」

 

 

 

 

 何だかんだ言って休暇中ずっと俺のアジトで過ごしてやがったな。その間、俺が用意した暇つぶしセットを手に取りながら食っちゃ寝ぇ食っちゃ寝ぇの繰り返しだったぞ…。

 

 この前、いつだかの鬼ごっこの記憶を話したのも『暇だな、何か面白い話は無いのか…?』ってそこら辺の駄目オヤジみたいにゴロンと横になりながら言ってきたからなんだぜ…?

 

 

 

 

「…おや、何か見えるぞ?」

 

 

 

 あの馬鹿に対して負の感情を抱き続けていたら、俺の視界に何かが映りこんだ。それは、この閉ざされた部屋には無い筈のもの……癒しと安らぎを感じさせ、思わず手を伸ばしてしまう…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わ~い、綺麗な“お花畑と小川だ”~~」

 

 

「セイイイィィスッ!? まだ逝くんじゃねええぇぇ!!」

 

 

 

 フォレストの旦那からの命令を受け、支給品を手土産に現れた相棒の声を最後に俺の意識はブラックアウトした…。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

「あ~、本気で死ぬかと思った…。んでハンバーガー超うめぇ…♪」

 

 

「本当によく生きてたな…」

 

 

 

 生きている喜びを噛み締めながら、一週間ぶりのメシにガッツく俺を見て引きつった表情を浮かべる救世主、『(オランジュ)』。

 

 

 俺よりちょい年上だが、昔から仕事先でもプライベートでも一緒に馬鹿をやっていたせいで年齢差を気にするような間柄では無い。フランス出身で陽気な性格をしており、人付き合いも良いので好かれやすい。少々女好きなのがタマに傷だと思うが…。

 

 

 

「空腹は最大の調味料なり…とは、この世の真理だな!!さっきの俺ならイギリス代表候補性の手料理も美味しく召し上がる自信があるぜ!!」

 

 

「はいはい…」

 

 

 

 この亡国機業で最も付き合いの長い相棒が気を使って買って来てくれたハンバーガーやポテト等のジャンクフードの山は、冗談抜きで神の味がした…。

 

 ていうか本当に助かったぜ…目の前で引き攣った笑みを浮かべているコイツが来てくれなかったらと思うと地味にゾッとする!!

 

 

 

「それにしても、食糧なくなる前にさっさと連絡入れろよ…」

 

 

「馬鹿野郎、そんなもんエムが帰った時点でフォレストの旦那に入れたっつーの!!」

 

 

 

 そしたら『()()待て、そうすれば増援と一緒に送りつけてやる』って言われけど、最終的に一週間も待たされる羽目になったんだがね…。部下との約束は基本的に守る事で有名な旦那にしては珍しいが、何かあったのか…?

 

 

 

 そして何で俺から目を逸らすんだ、オランジュ…?

 

 

 

 

―――待・て・よ・?

 

 

 

「おい、オランジュ…」

 

 

「な、何だ…?」

 

 

 

 キョドってんなぁ…この野郎……。

 

 

 

「お前、旦那にこの用件いつ頼まれた…?」

 

 

「えっと…一週間前、かな?」

 

 

 

 ほほう、つまり旦那は連絡入れたその日の内に行動してくれたんだな?ということは…

 

 

 

「何で一週間も掛かったんだ…?」

 

 

「いや、色々とトラブルに巻き込まれてな…」

 

 

 

 

 オランジュく~ん?人と話す時は目と目を合わせようね~?

 

 

 

 

 

「正直に話せ、そうすれば…」

 

 

「正直も何も俺は最初っから本当のことしか…」

 

 

「シャルロット・デュノアのブロマイド三枚」

 

 

「ナンパした可愛い子ちゃんとイヤッフーしてたらお前のこと忘れた」

 

 

「…(゜◇゜♯)」

 

 

「……あ、やばっ…」

 

 

 

 流れる気まずい沈黙。とりあえず俺は、近くに置いてあったソレを静かに手に取り…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き~み~の~ひ~と~み~に~断罪のペプ○コーラあぁ!!」

 

 

「ちょ!?目に炭酸とか洒落にならなっ……!!」

 

 

 

 良い子も悪い子も真似しないように♪

 

 

 

「アッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 一瞬でもコイツを救世主と思った俺が馬鹿だった。本当は目の前で目を押さえながら悶えるこの馬鹿にもう二,三発恨みをぶつけてやろうかと思ったが、これから共に潜伏生活を送ることになるし、流石に可哀相なので勘弁してやろう…。

 

 

 

「おぉう…死んだ筈の兄弟たちが見えたぜ…」

 

 

「お前、一人っ子だろ…」

 

 

 

 あ、復活しやがった。何気に生存能力は俺並だよなこいつ。だから旦那は増援として送って来たんだろうな…。

 

 

 

「つーか口軽いな、お前…」

 

 

「馬鹿野郎!! 我らが『シャルロッ党』のシンボル、シャル様のブロマイドだぞ!?そのためなら例え火の中水の中だ!!お前には分かるまい、この俺を通して溢れるt…」

 

 

「代わりに一週間断食する苦痛を分からせてやろうか…?」

 

 

「サーセン…」

 

 

 

 何度も言うが、俺の任務は世界唯一の男性操縦者『織斑一夏』の情報を集めること。しかし日に日にあいつを慕う者が増えていき、その中には国の重要人物が混ざってたりもする。この前の臨海実習の時なんかアメリカのテストパイロットにキスされたらしいし…。

 そんなこともあるので最近は織斑一夏だけではなく、奴に関わる者たちの情報も送るようになった。場所が場所なんで奴の周りには女しか居ないのだが、それがいけなかったのかもしんない…。

 

 

 

「オランジュ、お前まだ続けてたのか……シャルロッ党…」 

 

 

「あたぼうよ。なんせ俺と同じフランス人、彼女の愛機はオレンジ色で俺のコードネームの意味もオレンジ!! そして何よりあの健気で儚い可愛さ!! あれで好きにならないわけが無い!!」

 

 

「あぁ、そう…」

 

 

 

 亡国機業の男性陣に『IS少女・ファンクラブ』なんてもんができてしまったのだ…。現在、亡国機業では毎日のように『俺嫁布教』による派閥争いが繰り広げられているとか。

 そして、オランジュは見ての通りフランス代表候補性『シャルロット・デュノア』のファンである。本人曰く『彼女に『あーん』するかされるまで俺は死なん!!』とのことだ。

 

 

 

「ところで、丁度そのシャルロット・デュノアに動きがあったぞ…?」

 

 

「何だと!?」

 

 

 

 オランジュがシャルロットへの愛を語り始めた辺りからパソコンに向き合っていたのだが、丁度彼女が自室を出てどこかへと出かけるらしい。

 

 

 

「おや、黒兎隊の隊長も一緒か…」

 

 

「何、ラウラ・ボーデヴィッヒだと!?」

 

 

「知ってるのか?」

 

 

「ブラック・ラビッ党」

 

 

「しばらく黙ってろ…」

 

 

 

 VTシステム暴走と男装暴露の一件以来、あの二人は一緒の部屋割になった。そして現在では同じ男を愛す恋敵であり親友のような関係を築いてるらしい……たまに微笑ましい光景を目にすることも…。

 

 

 

「どこに行くんだ…?」

 

 

 

 IS学園に初めてやって来たオランジュに彼女たちの行き先は皆目見当もつかないだろうが、俺には手に取るように分かる。ていうか、毎日見てたら嫌でも分かる…。

 

 

 

「この時間、この方向……間違いなく織斑一夏のとこだな…」

 

 

「何だと!?こんな朝っぱらから!?」

 

 

 

 ぶっちゃけ言うと朝に一年生の代表候補性が食堂以外に行くのは織斑一夏の部屋ぐらいである。四組の『更識簪』だけは一夏に惚れてない+諸事情により例外だが…。

 

 

 

「う~ん…多分、いつものモーニングコールじゃね?」

 

 

「いつもの!?」

 

 

 

 おいおい、これくらいで動揺してどうするんだ。モーニングコールどころかラウラに夜這い紛いのことされてた時もあるんだからな、あのハーレム王…。

 

 

「それ以前に奴は二人の女子と同棲も経験してるし…。」

 

 

「なん…だと…!?」

 

 

「因みにその一人はシャルロット・デュノア…」

 

 

「よし、ちょっとアイツ殺してくる…」

 

 

 

 暴走し始めたオランジュをレバーに一撃与えて沈黙させる。ていうかファンクラブの奴らは何も知らないのか?彼女たちの日頃の生活を…。

 

 

 

 

―――これから目撃するであろう光景に、オランジュが耐えれるのか不安になってきた…

 

 



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リア充観察記 中編

さて、次の次くらいに新しい話を書こうかな…?


 

 

「さぁ、始まりました!! 皆様お待ちかね『男性操縦者監視コーナー』!! イエェアアアアア!!」

 

 

「……うるせぇ…」

 

 

 

 頭のネジが緩むどころか一本残らずブットンだ相棒のテンションにげんなりした俺は悪くない筈だ。けども、パソコンのモニターを前にハイになったこの馬鹿(オランジュ)はお構いなしである。

 

 

 

「司会進行は私、亡国機業シャルロッ党突撃隊長オランジュ!! そして解説役は、我ら『IS少女・ファンクラブ』に潤いと癒しを提供してくれるスーパーエージェント、セイスだぁ!!」

 

 

「いい加減に黙っとけ!!」

 

 

「あべしっ!?」

 

 

 

 彼女らのファンなのはよ~く分かったが、これから目撃するであろう彼女たちの日常はオランジュのような輩にとって辛い事この上ないってのをちゃんと理解してるのか…?

 

 

 

「何だよ、ノリが悪いなセイス…」

 

 

「やかましい。つーか、本当に後悔しても知らねぇぞ…?」

 

 

「ハッ!! 美少女の毎日を覘いてるムッツリスケベは勝ち組ってか、ハイハイ悪うござんした~」

 

 

「久しぶりに組手するか…?」

 

 

「さーせん」

 

 

 

 ムッツリスケベとは心外な。確かに部屋に忍び込んだ時に衣服だの下着だの見る羽目になったことは何度かあったが、それを見て息を荒くしたり興奮したことは無い。犯罪者やっても変態にはならん。

 

 

 

「ついでに言っとくが、女の部屋は基本的に音声オンリーだから」

 

 

「ハァ!?」

 

 

 

 何だよその『有り得ねぇコイツ』みたいな顔は…

 

 

 

「お前は何で昔からそういう妙な所だけ紳士なんだよ!?」

 

 

「知るか、無意識だ。んで事態が進行してんぞ、司会…」

 

 

「ん!? おっと、これは…!!」

 

 

 

 学園の監視モニターに視線を移すと、織斑一夏の部屋の前に二人の少女が立っていた。一人はオランジュがリスペクト中の『シャルロット・デュノア』、もう一人は黒兎隊の『ラウラ・ボーデヴィッヒ』である。ISの操縦技術における現一年生の中でトップ2の成績を誇る二人だ。

 

 

 

「え、なに?…この二人ってマジでモーニングコールしに来たの?」

 

 

「というより、少しでも早く織斑と顔合わせたいんじゃないかと。余談だが、日替わりだ」

 

 

「何が?」

 

 

「起こしにくる面子」

 

 

「…マジで?」

 

 

 

 部屋が一緒なせいでこの二人はセットで行く時が多いが、時たまラウラが単独で先行することもしばしば。後は朝練に付き合うという名目で会いにくる『篠ノ之箒』、若干上から目線な『セシリア・オルコット』と『鳳鈴音』が主な面子だ。

 

 

 

「おんどれぇ…随分と贅沢な身分じゃねえか織斑一夏ぁ…」

 

 

「おいおい、こんなのまだ序の口だぞ…?」

 

 

 

 映像に映っているシャルロットは扉をノックし始めるところだった。そこでモニターの音声スイッチをオンにしてやる。すると、パソコンから彼女たちの声が聴こえてくる…。

 

 

 

 

『一夏、朝だよ~。一緒に朝ご飯行こ?』

 

 

 

 

 たったそれだけの短いセリフで隣の馬鹿(オランジュ)は悶え始めた…

 

 

 

「モニター越しとはいえ、シャルロット様の生ボイス……アザーッス…!!」

 

 

「…そんなに嬉しいのか」

 

 

 

 ファンクラブの奴らが基本的にあやかれるのは画像ぐらいなので音声がレアってのは理解できるが、流石にこの反応は理解できん…。

 

 と、思ってたら今度はラウラの音声が聴こえてきた…。

 

 

 

『ふむ、まだ寝てるみたいだな。』

 

 

『そうだね、どうしようか…?』

 

 

『…だが、これは“アレ”を試すにはいい機会だ!!』

 

 

『え?』

 

 

 この言葉にラウラの目の前に居るシャルロットは当然のこと、オランジュも怪訝な表情を見せる…。俺も正直なところアレが何なのか分からないが、碌でも無い予感が…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『クラリッサも言っていた、こういう時は眠りっ放しの相手にボディプレスを喰らわせ、『お兄ちゃん』と呼べばイチコロだとなッ!!』

 

 

 

 

―――シャルロットと野郎二人は見事にズッコケた…

 

 

 

 

「…お、おぉう? これがシリアス天然娘の威力か…や、やるじゃないか……」

 

 

「いつも真面目な分、ボケた時が半端ないんだよな…本人は真面目に言ってるけど……」

 

 

 

 ていうかこの『クラリッサ』って人物が『黒兎隊(シュヴァルツェア・ハーゼ)』の副隊長と知った時は何の冗談かと思ったよ。ドイツに居る仲間曰く、クラリッサのせいで黒兎隊には微妙にズレた日本文化が変な形で浸透しているとか…

 

 

 

『む、どうしたシャルロット?』

 

 

『ラウラ…それは多分、色々と間違って……間違って…』

 

 

『……シャルロット…?』

 

 

 さっきまでこっちと同じように呆れた表情を浮かべていたシャルロットだったが、突然真剣な表情で何かを考え始めた。しばらく顎に手を当てながら真剣な表情で何かを悩んでいる様子を見せる。そして…

 

 

 

 

―――ガシッ!!

 

 

 

『ラウラ…』

 

 

『な、ななな何だ…!?』 

 

 

 いきなりラウラの肩を掴みながら笑顔で迫るシャルロット。その光景は生粋のシャルロッ党であるオランジュでさえ一瞬引いた。やられてる本人は本当に訳が分からなくて怖いみたいだが、はたして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一回でいいから僕のこと『お姉ちゃん』って呼んでみて!!』

 

 

 

 

―――ええぇ…?

 

 

 

 

『んなっ!? 何故そんなことしなければならないのだ!?』

 

 

『いいじゃん、いいじゃん!! ね、お願いだから一回だけ!!』

 

 

『断るっ!!』

 

 

 

 実は人一倍可愛いものが大好きなシャルロット。普段も、時折同い年とは思えない幼さと可愛さを見せるラウラを半ば妹の様に溺愛する時がある…。

 それを知ってるので俺は『そう来たか…』位にしか感じなかったが、オランジュには衝撃的だったようで若干思考がフリーズして固まっている。本当に組織の奴らは彼女たちの容姿しか知らないのか…?

 

 

 

「お~い、生きてるか~?」

 

 

「ハッ!!シャルロット様が可愛すぎて意識が…!!やっぱリアルタイムの映像は凄ぇ!!」

 

 

「……」 

 

 

 

 

 駄目だコイツ、早く何とかしないと。再び意識をモニターに戻すと、彼女達はさっきの体勢のまま押し問答を続けていた…。

 

 

 

『ラウラ、日本には『可愛いは正義』って言葉があるんだよ?』

 

 

『だからどうした!? 私は嫌だからな!!』

 

 

『そんなこと言わないでよ~、一夏にやる前の練習とでも思ってさ~!!』

 

 

『…む……練習…』

 

 

『そう、練習!!』

 

 

 

 つーか、ラウラよ…お前はそれ以上に恥ずかしい行為を既にやり遂げている自覚はあるか…?

 

 

 

「何だそりゃ?」

 

 

「あん? 主な具体例としては…」

 

 

 

 

―――クラスメイトの面前で一夏にファーストキスを捧げながらファーストキスを奪う

 

 

―――同時に『お前を私の嫁にする』と、ズレたプロポーズ紛いを…

 

 

―――裸で一夏の布団に忍び込む

 

 

 

 

「マ・ジ・で・か・!?」

 

 

「マ・ジ・だ」

 

 

 

 臨海実習でラウラが一夏に水着のお披露目をする時、異常なくらいに恥ずかしがっていたと聴いた時は我が耳を疑った。何故に妙な所でこの子は恥じらいを持つのかね…?

 

 

 

「妙な所で紳士なお前に言われたくないと思う…」

 

 

「そうか?」

 

 

「そしてあの野郎、マジでぶっ殺す…」

 

 

「落ち着けって…」 

 

 

 

 今にも持参した凶器(何故か釘バット)を持って奴の部屋に向かおうとしたオランジュを、彼の首根っこを掴んで無理やり制止させる。しかし、どうしてもオランジュはアイツに一発ブチかまさないと気が済まないらしく、ジタバタと全力で抵抗を続ける…。

 

 

 

「離してくれセイス!! 俺はどうしても一回アイツと肉体言語で話したいんだ!!」

 

 

「行かせるわけねーだろ、馬鹿」

 

 

 

 俺だって何度も思ったさ。何でこんな部屋に閉じ籠りながらキャッキャッウフフと青春を謳歌してる連中を毎日観察しなきゃならねーんだ!!と…

 けど、時間と言うものが何でも解決してくれると改めて感じたね。三ヶ月もこの生活を続けていれば否が応でも慣れた。今となっては完全に他人事感覚で見てられるぜ!!

 

 ……実際、他人事だし…。 

 

 

 

『…むぅ、お…お……おね…………お姉ちゃん…』

 

 

『ッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

 

 

 声にならない歓声が聴こえたと思ってモニターを見たら、遂にラウラがやり遂げたらしい。シャルロットは満面の笑みを浮かべ、心なしか背後にお花畑のオーラが見えた気がした…。

 

 

 

「…やばい、ラウラ、すごく、可愛い」

 

 

「片言になってるぞ…?」

 

 

 

 ファンクラブって掛け持ちありなのか?等とくだらない事を考えていたら事態はさらに進行していた。シャルロットが“おかわり”を要求し始めたのだ…。

 

 

 

『ラウラ、ラウラ!! もう一度だけ言って!!』

 

 

『な!? 一回だけと言ったじゃないか!!』

 

 

『別にいいじゃん減るもんじゃないし~!!』

 

 

『嫌だ!!』

 

 

 

 段々とこの構図がいつものやり取りになってきたな、この二人…。ま、客観的に見てる分には楽しいし微笑ましいから結構彼女達のやり取りは好きなんだよな……“アイツ”が関わらなきゃ…。

 

 

 

 

 

 

―――ガチャ…

 

 

 

 

『……何してるんだ、二人とも…?』

 

 

『ッ!!お、おはよう一夏!!』

 

 

『ととと特に何も無い!!ただ、シャルロットと一緒に朝食に誘いに来ただけだ!!』

 

 

 

 

 

―――出やがったな、独り身の敵ぃ!! 

 

 



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リア充観察記 後編

ぬう…セイスとマドカをベン・トーの店に送りつけたら面白そうな気がしてきたかもしれない。ベン・トーちょっとしか知らないけど…


 

 

「……なぁ、セイス…」

 

 

「どうした?」

 

 

「お前、やっぱスゲェや…」

 

 

「言いたいことは分かるが、キツイなら休んでろよ…」

 

 

 

 さっきまで一緒にモニターで織斑一夏を監視していた相棒は今、床に大の字になって倒れていた。血の気は失せ、口からは霊魂のような物が見えている…

 

 

 

「そうもいかねぇ…!! 俺は、俺はこの苦痛に耐えてでもこの光景を目に焼き付けてみせる!!」

 

 

「あ、シャルロットが一夏に『あーん』してる」

 

 

「リア充なんか滅んでしまえええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

 もう分かってると思うが、オランジュが死に掛けてる理由は、織斑一夏と奴を慕う少女達のやり取りである。ましてやコイツは熱烈なシャルロッ党、本人達がイチャつく姿は苦痛にしかならない。

 織斑一夏のハーレムは見たくない…けれどシャルロットの姿は見ていたい。そんなアホみたいな葛藤と戦いながらこの光景を見続け、今まさに力尽きようとしていた。やっぱり自分が望んだ『あーん』を目の前でアイツがされてるのを見たのがトドメになったようである。

 

 

 

「オランジュ、布団敷くか? それとも棺桶を用意した方がいいか?」

 

 

「ま、まだだ…まだ終わら……!!」

 

 

「おや? またラウラが口移しを試みてる…」

 

 

「うぼああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 あ、死んだ…。余談だが、オランジュは『ブラック・ラビッ党』と掛け持ちすることにしたそうだ。よっぽどさっきの光景が印象的だったらしい。もっとも、この女好きが一人だけに入れ込むのは元々あり得ないと思っていたが。

 さて、物言わぬ屍に話し掛けてもしょうがない。復活するまでは放置しておこう。ところで、画面の向こうに居る3人よ、またいつだかの過ちを繰り返す気か?

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ予鈴が鳴んぞ、3人とも…」

 

 

 

 

 

―――キーンコーンカーンコーン!!

 

 

 

『うわ、ヤベェ!?』

 

 

『もうこんな時間!?』 

 

 

『今日の一限目は……教官の授業ではないか!?』

 

 

 

 慌てふためく一夏とシャルロット、そしてラウラ。だが、もう手遅れだ。どんなに頑張ってもお前らの足じゃあ教室に間に合わねえよ。

 この前みたいにISを展開すりゃ余裕だが、この前厳罰くらったから流石にやらな……シャルロットさんや、その何かの葛藤に苛まれてそうな御顔は何ですか…?

 

 

 

『……』

 

 

『ん? どうしたんだ、シャル…?』

 

 

『先に行ってるぞ二人とも!!』

 

 

 

 ラウラはそう言ってさっさと走って行った。流石は『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』で現役兵士、速い速い。アレならギリギリ間に合うだろうな。

 で、ラウラの姿が見えなくなっても依然として動こうとしないシャルロット。何かブツブツ言ってるんでマイクの集音率を上げてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『…やろうかな?…でも、また織斑先生に見つかったら居残り罰に…ちょっと待って僕、それってむしろチャンスじゃない……?』

 

 

『…シャル?』

 

 

 

 

 シャルロットさん、あんたまさか…

 

 

 

『一夏!!』

 

 

『お、おう!?』

 

 

『掴まって!!』

 

 

『へ!?』

 

 

 

 言うや否や『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』を部分展開したシャルロット。またやる気だこの子、臨海実習直前にやったアレをやる気だこの子!!

 

 

 

『ちょ、待てよ!! また千冬ね…織斑先生に見つかって居残り罰とかあったら……!!』

 

 

『むしろ役得だから問題無いよ!!』

 

 

『何だそりゃ!?』

 

 

『さぁ、行くよ!!』

 

 

『おい、シャル!! どわああああああああああああああああああああ!?』

 

 

 

 前回と同様、ISを展開した一夏を抱えながら凄まじいスピードで廊下を駆け抜けるシャルロット。うむ、相変わらず機体名に恥じぬ疾走感だことで…。

 

 

 

「…あれ、シャルロット様は?」

 

 

「何だ、もう起きたのか…。取り敢えず、お前は自分の荷物の整理でもしてやがれ」

 

 

「……おう…」

 

 

 

 今の光景を見たらオランジュはどうなるんだろうか?まず、良い事にならないのは確実なので黙ってよう…うん、それが良い。そう何度も絶叫されて気絶されても困るし。

 余談だがこの後、幸か不幸か一夏とシャルロットは、千冬と遭遇せず無事に教室に辿り着いた。一夏は普通に喜び、シャルロットはどことなく残念そうにしていたのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――千冬が頭にタンコブ作ってグッタリしたラウラを引き摺って教室に入ってきた光景を見たら、流石に考えを改めたようである…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 気になったのでカメラの映像をチェックしてみたら、教室へと全力疾走してたラウラは廊下の曲がり角で千冬に衝突。身長的に腹部へ強烈な頭突きを喰らう形になった千冬は、そのまま数メートル吹っ飛んだ…凄えな、オイ……

 その後、顔を真っ青にしながら千冬に駆け寄ったラウラは、謝罪する前に恐怖のアイアンクローで捕獲されてしまった。そして、俺以上に人外な世界最強は、笑顔でアノ出席簿を振り上げ…

 

 

 

 

『廊下を走ってはならんと、教えなかったか…?』

 

 

『IS以外のことは特に教わってなッ……』 

 

 

 

―――ズッパアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!

 

 

 

 

 ラウラの頭に振り下ろされたその一撃は、その辺に仕掛けといた音声マイクが全て御釈迦になるほどの余波を持っていたとだけ言っておく。

 よく生きてたなラウラ…と、思うと同時にあのピンクノートの件は墓まで持っていこうと心に固く決めた。あ、でも組織に報告しちゃったな、そういや…

 

 

 

「……早く帰りたい…」

 

 

「それは俺のセリフだ…」

 

 

 

 オランジュ、お前と違って俺は物理的に死ぬ可能性があるんだよ。それに、今は授業中だからそんなに大きな動きは無い筈だ。そして案の定、他の全生徒を含めて皆静かにしてやがる。これなら奴もイチャつくようなことは…

 

 

 

 

『一夏さん、分からないところはありませんか?』

 

 

『いや、今は特に問題無い。サンキューなセシリア』

 

 

『いえいえ』

 

 

 

 セシリア・オルコットおおぉぉ!!今ぐらい自重しやがれええええええ!!

 

 

 

「あれはオルコッ党の…!!」

 

 

「もういいから!!政党とかもういいから!!」

 

 

 

 最近席替えしたんだよね、このクラス。先日、あわよくば一夏の隣に行きたいクラスメイト達が一斉に副担任の山田摩耶に直訴。何とも言えぬ彼女たちの威圧感に圧倒され、山田先生は恐怖に震えながらそれを認めた。あん時の女子はマジで恐ろしかったな。

 で、結局今まで一夏の隣に居た生徒は全員移動する羽目になって血涙を流し、シャルロットとラウラは一夏とやや離れた場所に、箒に至っては前回とまるっきり同じ場所になった。そして、専用機持ちで唯一奴の隣に行ったのがセシリアというわけだ。

 現在、奴の隣を制したセシリアは悔しがるライバルたちを尻目に、授業中にも関わらず積極的に一夏へとアプローチするようになっている。その表情が毎日のように輝いているのは言うまでも無い…。

 

 

『困った時はいつでも言って下さいね? この私、セシリア・オルコットがいつでも手を貸してさしあげますわ…!!』

 

 

『あぁ、いつも悪いな…』

 

 

 

 流石は名門一族の家系、品性奉公成績優秀とはまさに彼女の事である。どうしてこの子の手からあんなビックリ料理が作られるのだろうか…?

 

 

「何だビックリ料理って…?」

 

 

「え、知らねぇの?ならばホレ…」

 

 

―――テケテケン♪ 『あの時のサンドイッチ』~ 

 

 

「…これは?」 

 

 

「オルコット嬢の手料理を再現してみた」

 

 

 どうやって作ったのだろうかと思い、後日監視カメラで作っているところを撮影してみた。そして、『この世には知らない方が良いんだよ』な事は本当にあるんだと、改めて学ぶ羽目になった…

 

 

 

「……おい、見た感じ普通の卵サンドなんだが…やけに甘い匂いがするのは何故だ…?」

 

 

「さぁな。いいから食え、オルコッ党の奴らが喜んで悔いそうな物だろう?」

 

 

「今“悔いそう”と言ったか…?」

 

 

「聞き間違いだから気にすんな」

 

 

「……あむっ…」

 

 

 

 お、いったか……そして…

 

 

 

 

「めじゅらっぺらばっ!?」

 

 

 

 逝ったか…

 

 仕事や任務のせいである程度不味い食い物には慣れていたが、この『オルコット・フード』は流石の俺もキツかった。何でも『本と見た目を同じにすれば』美味しい料理になると思っているらしい。誰か、この箱入り娘に料理を教えてやってくれ…もしくは、その考えを改めさせてやれ…

 

 

『ところで一夏さん、昼休みの予定は空いております?』

 

 

『ん?特に予定は無いが…』

 

 

『よろしければ昼食をご一緒しませんこと?』

 

 

『あぁ、いいぜ』

 

 

『良かったですわ♪ 実は今日わたくし、初めて和食を作ってみましたの…!!』

 

 

『……え…?』

 

 

 

 やっぱ放置でいいや、どうせ被害者はコイツだけだし…。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 場所は移ってISアリーナ。今日の二限は実習のようで、今回も二組と合同でやるようだ。入学してから大分経ったためか、全員入学当初と比べたら随分と上達している。それは非専用機持ちの一般生徒にも言えることだ。

 

 

『おりむ~』

 

 

『のほほんさん?』

 

 

 うぐっ、いつだかの色々なトラウマが一気に甦ってきた…。しかし、本当にクマの着ぐるみはいつ返せばいいのだろうか?いっそ捨てちまおうかな…?

 

 

「あ、この子ってお前に『ランニング・ベアの怪』の伝説を築くきっかけを与えたという例の…」

 

 

「…言うな、もう忘れたいんだ!!」

 

 

 組織に帰ったら何と言われることやら…。コードネームが『熊』とか『ベア』になったりしたらマジで泣いちまうぞ、俺…。

 

 

 

『りんりんが呼んでるよ~』

 

 

『鈴が?分かった、ありがとなのほほんさん』

 

 

 ふむ、今度は『凰鈴音』か。さしずめ、練習相手という名目で一緒に行動したいんだろう…。

 

 

「………。」

 

 

「……オランジュ…?」

 

 

 サンドイッチの後遺症か?今度はセカン党な中国代表候補性が現れるというのに、ほぼ無反応である。ここまで来て急に黙られると逆に怖いん……ちょっと待て、この野郎…

 

 

「お前、もしやISスーツ着た女子をガン見してるだけ…?」

 

 

「………。」

 

 

「お~い…!!」

 

 

「………眼福なり…」

 

 

 

―――ゴッ!!

 

 

 

「悪は滅んだ…」

 

 

 さて視線をモニターに戻すと、案の定あいつは鈴と模擬戦に近い機動演習を行っていた…。臨海実習で発生した事件を経て、奴の白式は二次移行を果たしたそうだ。勿論全体的にパワーアップしたのだが、燃費の悪さもバージョンアップしたらしい。んで結局…

 

 

『そこぉ!!』

 

 

『うぐぉっ!?』

 

 

 自分より操縦技術が上、さらに燃費重視の機体で来られるとあっという間に負けてしまうようだ…。

 

 にしても、鈴って情報通りなら本格的にIS操縦しだしたのって去年とかそこらだっけ?だとしたら、なんだかんだ言ってとんでもない才能の持ち主な気がするのは俺だけか…?

 

 

『だらしないわねぇ…あんたもっと頑張りなさいよ……?』

 

 

『そう言われてもなぁ…』

 

 

『ま、だからこそ教え甲斐があるってもんだけどね~』

 

 

 嬉しそうに言っちゃってまぁ…。一夏ラヴァーズの五人は全員あの手この手で一緒に居る時間を増やそうとしている。このISの練習もそんな中の一つである。

 

 

『本当にいつもありがとうな鈴』

 

 

『ふふん、感謝しなさいよ?』

 

 

 無い胸張って自慢げなポーズを見せる中国代表候補。この前、彼女の部屋に忍び込んだ時に随分と切なくなる物を見つけてしまったのだが、それはまた今度語るとしようか…。

 

 

『そういえば、この後の昼休み暇か?』

 

 

『昼ごはん以外は特に…』

 

 

『(セシリア達と)一緒に昼飯食いに行かないか?』

 

 

『ッ!!行く行く、絶対に行く!!』 

 

 

 

 あぁ…また今日も上げて落とす無自覚プレイの犠牲者が……。

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 さてさて特にあれ以上大きな出来事も無く、二限目は無事に終了して昼休みに突入である。各自スーツから制服へと着替え始める。一夏の奴も白式を収納し、着替えを置いてあるピットへと足を向けていたその時…。

 

 

『一夏ッ!!』

 

 

『お、箒か』

 

 

 ポニーテールを靡かせてやって来たのは篠ノ之箒だった。先日、姉である篠ノ之束から専用機を受領したとのことである。やはり、彼女の身内は今後も見張っといた方が良さそうだ…。

 

 

「来た、ファース党!!ビバ、ファース党!!」

 

 

「また唐突にハイになったな…」

 

 でも、今回ばかりは分かる。オランジュは基本的にエロい性格である。相棒が飢え死にしかけてる時にナンパした女とニャンニャンするような奴である。つまり、コイツの視線が行きつく先はひとつ…。

 

 

 

「凄く、大きいです…」

 

 

「てめぇはマジで黙れ…つーか、シャルロットはどうした?」

 

 

「シャルロット様は可愛いんだ!!箒様はエロいんだ!!」

 

 

「ファース党の方々に死んで詫びろクソ野郎ッ!!」

 

 

 注・今のはオランジュの戯言です。無視して下さい、ファース党の皆様…

 

 

「ったく…仮にも世界唯一の男性操縦者と世界最強ブリュンビルデに並ぶ重要人物なんだからな?」

 

 

「分かってるって…だから、その、消火器を、降ろせ…!!」

 

 

「え、振り下ろせ?」

 

 

「違う!!」

 

 

 フォレストの旦那…この変態を女の園に送り込んだのは、やっぱり間違いだったんじゃねえか……?

 

 

 

『一夏、今度は逃がさんぞ!!』

 

 

『…逃げる?』

 

 

『ッ!!いやいや何でもない、気にするな!!』

 

 

 

 言い忘れてたが、実は朝からず~っとアプローチを試みて失敗してるんだよね、今日の箒は…。

 

 

―――朝、部屋に向かったらシャルロットとラウラの二人が居たので断念

 

 

―――1限目、席が離れているので接触不可能。おまけにセシリアの独壇場

 

 

―――2限目、鈴に先を越された…

 

 

 そんでようやく念願のチャンスが巡って来たのだけど、さてどうなることやら…。

 

 

 

『今日の昼休みは暇か!?』

 

 

『あ、昼はちょっとセシリア達と…』

 

 

『なん…だと…!?』

 

 

 

 みんな考えることは一緒ということだな。ただ、箒さんの表情…絶望感がパネェです……。

 

 

 

『……折角、また弁当を作ったのというのに…』

 

 

『ん、何か言ったか…?』

 

 

『何でも無い!!この軟弱者!!』

 

 

『いきなり何だよ!?』

 

 

『うるさい!!実際、鈴に惨敗してたではないか!!』

 

 

『ウグッ…それを言われると……』

 

 

『ふん!!』

 

 

 

 あ~あ、やっちまったな……一夏では無くて箒が…。そっぽ向いてるが実際は今頃、心の中で『また、やってしまった!?』とか、『私の馬鹿馬鹿!!』とか自己嫌悪の真っ最中だろうに…。

 

 

 

「うへぇ、流石は『サマーキラー』」

 

 

「何だそりゃ…?」

 

 

「いや、だって一夏を死なせ掛けたことが二回あるって聞いたぜ?」

 

 

 

 それは『無人機襲来』と『銀の福音暴走』の時のことを言ってるのか?まぁ、確かにあの時は見てて肝が冷えたな、観察対象が死に掛けて。

 『無人機襲来』の時に至っては碌に謝りもしてなかったな、そういや…。

 

 

 

「でも、まぁ…だからこそ、俺は奴にイライラすることはあっても殺意や敵意は抱けないんだよな…」

 

 

「ん?」

 

 

「何でもない、こっちの話だ…」

 

 

 

 

 

 罵倒されても、拒絶されても、死に掛けても、あの野郎は篠ノ之箒を嫌わない、見捨てない。その理由は『幼馴染だから』という篠ノ之箒本人にとっては複雑なもの。

 ましてや、あの野郎はその幼馴染と同じくらいに他の奴らも大事にする。同じように命を懸けそうな勢いで…

 その義理堅さというべきか、馬鹿さ加減というべきか…とにかくお前のその人間性に関しては世界最強の弟では無く、世界唯一の男性操縦者としてでも無く、一人の男として素直に尊敬するよ『織斑一夏』。

 こんなことを思ってるなんて、恥ずかしすぎて誰にも言えないけどな…。でも、本音だ。でなけりゃ俺は任務ほっぽり出して奴をボコリに行っとる…。まぁ、どっちみち日頃の生活を見ててイライラするのも本当の事だし…

 

 

「セイス…?」

 

 

「気にするなっての。ほら、事態は常に進行してんぞ?」

 

 

「おっ、本当だ」

 

 

 モニターに目を戻すと、相変わらず箒はそっぽを向いたままだが一夏の方は困ったように頬をポリポリと掻きながら口を開いた…。

 

 

『箒も一緒に行くか、昼食…?』

 

 

『…え?』

 

 

『いや、昼休みに昼食をセシリアに誘われてさ。鈴も誘っといたから、箒も一緒に来ないか?』

 

 

『……つまり、セシリア個人との約束というわけでは無いのだな…?』

 

 

『まぁ、一応はな…』

 

 

 鈴の時より一言加えただけであ~ら不思議、たちまち効果と招く結果が早変わり…。箒の顔がパアッ!!と明るくなっていくのが分かる…。

 

 

『で、来るか?』

 

 

『も、勿論行くに決まっている!!』

 

 

『んじゃ、さっさと行こうぜ!!』

 

 

『あ…あぁ、そうだな!!』

 

 

 

 さっきの剣呑な空気は何処へやら。既に二人の間には、和やかな雰囲気があった…。本当、腹立つくらいにうまくやるねぇ、無自覚女たらしめ…。

 

 

 

「……セイス…」

 

 

「今度は何だ…」

 

 

「俺、帰っていい…?」

 

 

 ついに限界が近づいてきたか、オランジュよ…。だが、残念…まだ一日の半分も終わってないんだなこれが。今言ってた昼食なんて、イライチャ度は午前中の比じゃ無いぞ…?

 

 

「もう勘弁してくれええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

「諦めな。ほれ、黒珈琲。まだまだ今日は始まったばかりだぜ?」

 

 

「リア充嫌いいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 

 

 

―――俺の部屋に、嫉妬と憎悪と嫉妬と悲壮が篭められたオランジュの断末魔が響き渡った…。

 

 

 

 

 結局、この日は特に大きな出来事は無かった。いつものように一夏が5人をはべらせ、5人が一夏にアプローチを試みる、この学園では御馴染みの日常。

 

 そんな日常は監視生活初心者であるオランジュを半殺しにするには充分だったようだ…。

 

 この初日からグロッキーになった相棒を加え、俺のリア充観察生活がどのような影響を受けるのかは…神のみぞ知るところである。

 

 

 

「セイス、俺、この任務が終わったら彼女作るんだ…」

 

 

「ベタな死亡フラグをありがとう…」

 

 

 

 ま、いつもより楽しくはなりそうだけどな…

 

 



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胃に優しくないランチタイム 前篇

チョリーッス、毎度お馴染みオランジュで~っす。

 

 

 え、いきなりどうしたって?現実逃避だよ、現実逃避…

 

 

 こっちに来てから一週間経過したが、まだ当分は慣れそうに無えよこの生活。改めてセイスが辿り着いた境地とやらは凄いと思う…。

 

 

 あいつ自身よく言ってたが、本当に何が悲しくてハーレムを築き上げている無自覚リア充の観察をしなければならないんだ。俺は女好きで女癖悪いが、自分が好きになった女には絶対に振られるんだよ、捨てられるんだよ、相手にもされないんだよ。彼女なんて居ないんだよ!!

 

自分で言ってて悲しくなったが、余計な話はここまでにして、そろそろ目の前の現実を受け入れるとしようか。

 

 

俺はセイスに頼まれて、先日の黒兎に衝突されて魔王が放った怒りの鉄槌(出席簿)の余波で壊れたあいつの仕事道具を回収しにいったんだ。あの人外と鬼ごっこで渡り合ったという更識当主、セイスに歩く怪奇現象と言わしめた布仏、そして何より恐怖の大魔王ブリュンビルデにエンカウントしちまったらと考えると恐怖で足が竦みそうになった……てか、完全にガクブル状態だったな…

 

しかし、俺も妙なところで運が良いもんだ。夏休みに突入したからってのもあるが、目標地点には全くもって誰も居なかった。教員すら居ないし。

俺は速やかに使い物にならなくなった仕事道具を回収し、新たに別のカメラと集音マイクを設置した。隠し部屋への帰り道も特に問題は起きず、俺は意気揚々と戻って行った。

 

 

 

 

そして、隠し部屋への入り口である消火栓を潜り抜けた時、受け入れがたい現実はやってきた…

 

 

 

 

 

 

 

 

「だらっしゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 

 

  

 

 

 

 

 

 

 さて読者諸君、現在俺が置かれている状況はこうだ。

 

 

 

おつかい完了

   ↓

ただいま~

   ↓

セイスの雄叫び

   ↓

俺の顔面に迫る人外の足の裏←今ここ

 

 

 

―――ねぇ、俺って今日なんかしたっけ?

 

 

 

 あぁ…壊れた身体能力を持つ相棒の顔面キックが徐々に俺へと迫ってくる。命の危機を察知したのか、アドレナリンを大放出させた今の俺は無駄に長い現実逃避ができちまったが、生憎これを避けれるような体力は無えよ。せめて…せめて何かしらの悪あがきを試みて意識を周囲に張り巡らす。

 

 そして、俺の足元に全ての元凶を見つけた…

 

 

 

 

(……最近こんなのばっか…)

 

 

 

 

―――自分の足元でエムがしゃがんでいるのを確認した瞬間、俺の視界は真っ暗になった…

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「お、おおおまえっ!! いきなり顔面キックって…!!」

 

 

「じゃかましい!! 人様の食糧食うだけ食って帰っといて、どのツラ下げて来やがった!?

 

 

「世界最強のツラ(ドヤァ)」

 

 

「死ねええええええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

 流石にこれだけ時間が経っていれば、ほとぼりも冷めているだろうと考えていた私が甘かった。コイツのアジトに来た瞬間に開口一番で謝罪したのだが、そんなのお構いなしで顔面キックを放ってきたのだ。

 咄嗟にしゃがんで避けたら頭上の方で『メシャアッ!!』という音がしたが、気にする余裕なんて無かった。多分オランジュだと思うが確認する前に、セヴァスが次の一撃をくり出してくる!!

 

 

 

「マアアァアァァドオオオォォォォオォカアアアァァァアァァア!!」

 

 

「お…落ち着けセヴァス!! 私が悪かっとぅおあ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 いかん、マジでいかん。やはりガラにも無く『テヘぺロ♪』で謝ったのがいけなかったか…

 

 

 

 

 

 

 

 

「それを真面目な謝罪と本気で思っているのなら病院行きやがれええええええええええええええ!!」

 

 

 

「ぬおっ!?」

 

 

 

 私が避けたセヴァスの拳は床にヒビを入れた…本人曰く、ここはC4爆弾が爆発しても無傷で済む部屋らしいが、それが本当ならコイツのパンチの威力は改めて洒落にならない…。

 はっきり言ってセヴァスと素手で殴り合ったら勝てる自信は無い。私はそれなりに格闘センスもあるし、ナノマシンを投与しているのでそんじょそこらの輩には負けない。が、セヴァスの場合は話が別である…

 

 

 

「えぇい、いい加減にしろ!!」

 

 

「あ、テメッ!! ISとか卑怯だぞ!?」

 

 

 

 やむを得ず、私は『サイレント・ゼフィルス』部分展開させる。流石にIS専用のレーザーライフルを向けられたら、セヴァスも動きを止めた…

 

 

 

「ふぅはは~!! 跪け、命乞いをしろ!!」

 

 

「ム○カかよ…」

 

 

 

 セヴァスには悪いが、頭を冷やしてくれるまでコレでどうにか耐えさえて貰……ん?何だ、その懐から取り出した変な四脚装置は…?

 

 

 

 

「うちの技術班が試作品を送ってくれたんだ、護身用に…」

 

 

「ほう…」

 

 

「何でも、“相手からISを奪う”装置らしいぞ?」

 

 

「……え…?」

 

 

 

 

 今、ちょっと耳を疑う言葉が聴こえたんだが?と言う暇も無く、セヴァスはその怪しげな装置をゼフィルスの展開部分にくっつけた。そして…。

 

 

 

 

「『バル○』!!…じゃなかった、『剥離剤(リムーバー)』!!」

 

 

「な!?ぬわあああああああああああああああああああ!?」

 

 

 

 突然セヴァスの装置が輝きだしたと思ったら体に電流が走るような感覚に襲われ、サイレント・ゼフィルスが強制解除されてしまった。しかも強制解除され、待機状態になったゼフィルスはいつの間にかセヴァスの手に収まっていた… 

 

 

 

「な、何なんだそれは!?」

 

 

「ほら、お前ら今度の秋頃に織斑一夏と接触するんだろ?その時に使ってほしいんだと」

 

 

 

 便利と言えば便利かもしれないが、そんな物が無くとも自分の実力ならば奴を瞬殺できると断言できる。技術班には悪いが、本音を言えば無駄なものを造ったなと言っ……

 

 

 

「さぁて、十六連コンボの時間でーす」

 

 

 

 

―――目の前で指をベキベキ鳴らしながら言わないでくれ…本当に怖いから……

 

 

 

 

「ちょ、待てセヴァス!! 私が悪かった、だから少し落ちつ…」

 

 

「お祈りは済ませたか? 遺書は書いて来たか? 墓標の手配はしといたか? 葬式は和式でOK?」

 

 

「聞 い て !!」

 

 

 

 待て待て待て待てぇ!! いくら自業自得とはいえセヴァスのパンチだけはああぁぁぁあぁ!!

 

 

 

 

―――ゴソッ…

 

 

 

 

「痛ってえぇ…」 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 突如塞がる視界…どうやら、いつのまにか床で気絶していたオランジュの後ろに逃げていたらしい。そして、タイミングがいいのか悪いのか、奴は迫りくるセヴァスの拳と私の間で立ち上がってしまい…。

 

 

 

「……アーメン…」

 

 

「へ?」

 

 

 

 

 

 セヴァスの拳は吸い込まれるようにオランジュのボディーへと進んでいき…

 

 

 

 

 

―――ズドオォン!!

 

 

 

 

「がぺらてとらッ!?」 

 

 

「「……あ…」」

 

 

 

 

 オランジュ、本日二度目のブラックアウトである…。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「冗談抜きでお腹と背中がくっつきそうになったぜ…」

 

 

「「……すまん…」」

 

 

 

 この短時間で二回も意識を刈り取られる羽目になったオランジュ。数分後、どうにか起き上った彼の顔色は明らかに悪かった…。

 でも、よく考えたら俺が飢え死にしかけた原因の一人だから別にいっか…

 

 

 

「で、お前は何しに来たんだよ…」

 

 

「ん、私か…?」

 

 

 

 そういえばそうだ。今度はいったい何をしにきたんだろうね、こいつは?この前の謝罪…では無いだろうな絶対に……何が『この前はやっちゃった♪テヘッ♪』だ…。

 ま、ちゃっかりその瞬間を部屋のカメラが撮らえているんだが。今度、スコールの姉御に送ってやろうかな…。

 

 

 

「近いうちに『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』のコアを強奪する予定なんだが、しばらく拠点を日本にしていたせいで準備に時間が掛かるそうだ。準備がととのうまでの数日間は自由に過ごしていろとスコールに言われてな…。」  

 

 

「たまにはスコールの姉御たちと過ごせよ、コミュニケーションは大事だぞ?」

 

 

「いや、むしろあの二人にとって私は御邪魔らしい。そして私はノーマルだ…」

 

 

「「……。」」

 

 

 

 何も知らない奴が聞いたら首を傾げるところだが、俺とオランジュはその言葉の意味が分かった…。スコールの姉御と、マドカの同僚であるオータムは百合(レズ)である。この準備期間中の間、二人はずっとお楽しみ中のようだ。

 

 

 

「というわけで、とりあえず出掛けたんだが……他に行くところが思いつかなかった…」

 

 

「……そうか…」

 

 

「むさ苦しい所だが、ゆっくりしていけ…」

 

 

 

 お前もまた俺達とは似て非なる苦しみを味わう者だったんだな…。せめて、この滞在時間中に疲れを癒していけ。

 

 

 

「ところで今は何時だ?」

 

 

「んあ?……えっと、12時半だな…」

 

 

 

 随分と激しい運動をしたせいでもあるだろうが、やけに腹が減って来たと思ったらもうそんな時間だったのか。

 

 

 

「どこかに行かないか?」

 

 

「飯食いに? でも、俺達あいつの監視しないといけないんだけど…」

 

 

 

 夏休みに突入した現在、多くの生徒たちが実家に帰るなり何なりしたが、織斑一夏は依然として学校に残っていた。自宅に帰ったところで誰も居ないし、唯一の肉親も基本的に学園に残っているので当然といえば当然である。

 そんなわけで今も俺達は一夏の監視を続行中である。因みに、今あいつはセシリアを除いた一夏ラヴァーズとランチタイムと洒落込んでいる。セシリアは実家に帰ってやらねばならないことが山積みになっているそうで、やむなく帰国することになったらしい…。

 

 

 

「そんなのオランジュに任せれば良いじゃないか」

 

 

「ついさっきの仕打ちを受けた俺にそれは酷くね!?」

 

 

「おぉ、その手があったか」

 

 

「おいぃ!?」

 

 

 

 オランジュが加わったここ最近は偶に交代しながら外に飯を食いにいったりしている。刑事の張り込みみたいなことをやってると、食事も似たようなもんになる。やっぱりコンビニで買えるような食糧ばっか食ってると飽きるしな…

 

 

 

「じゃあ、どこに行こうか?」

 

 

「ねぇちょっと…!!」

 

 

「割と近くに隠れた名店があるらしいが、行ってみないか?」

 

 

「俺の話を聞い…!!」

 

 

「隠れた名店…中々に魅力的な響きじゃないか。よし、そこに決まり」

 

 

「では、早速…」

 

 

「聞けええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

 

 何度か近場の飲食店は巡ってみたが、隠れた名店と呼べるような場所は無かったな。これはマドカの言う店に期待してみよう…

 

 

 

「てめぇら無視してんじゃねええええええええええええええええええええええええええ!!」

 

 

「うるさいぞ阿呆専門(オランジュ)」

 

 

「どうしたんだ阿呆専門(オランジュ)」

 

 

「阿呆専門って何だあああああああああああああああ!?」

 

 

 

 

 脳内メーカーに自分のコードネーム入れて自身の四字熟語チェックしてみりゃ分かる。それにしても騒がしい野郎だ…別に後で行くか先に行くかの違いだろう…?

 

 

 

 

「いや、何でナチュラルに俺が独りになることが確定してるの!?」

 

 

「私がお前と一緒に行く訳ないだろ」

 

 

「んな殺生なこと言わないでよマドカさん!!」

 

 

「気安くその名前を呼ぶな、気持ち悪い」

 

 

「……セヴァス君、エムさんが冷たいです…」

 

 

「オランジュ、お前にセヴァスって呼ばれた瞬間に鳥肌が…」

 

 

「お前らって実は俺のこと嫌いだろ!?」

 

 

 

 そんなこと無いって。でもこの呼び名ってマドカにしか言われ慣れてないから、他の奴に呼ばれるとちょっとアレなんだよ。

 マドカの場合は…そう呼ばせたい相手と呼ばせたくない相手が居るらしい。マドカの素性を知っているスコールの姉御はあえて『エム』と呼んでいるが、オータムとかはどうなんだろうな?

 

 

 

「いやオランジュの場合、名字で呼ぶならまだしも下の名前で呼ばれるのは嫌…という感覚に近い」

 

 

「納得した」

 

 

「……もういいよ、お前ら。さっさと行ってきやがれ…」

 

 

 

 そう言って影を落としながらパソコンに向き合い始めたオランジュ。ちょっとからかい過ぎたかもしれないが、俺達3人が揃うとこんなやり取りになるのはいつものことだ。

 

 

 

「で、その店の名前って何なんだ?」

 

 

「あぁ…えっと、確か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五反田食堂

 

 

 

 

 何か聴いたことあるような…?

 



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胃に優しくないランチタイム 中編

 

 

「それにしても、かなりの日にちが経過したのに、全く騒ぎにならないな…」

 

 

「ゼフィルス強奪の件か? そりゃあ、フォレストの旦那のサポートがあったんなら、当然のことだろ」

 

 

 

 真夏の街中を二人の若い男女が歩いている。外の暑さは二人に結構な気怠さを感じさせてくるが、少年と少女は互いに雑談をすることで気分を紛らわせていた。会話の内容は、例によってとんでもないが…

 

 

 

「旦那曰く、暗部の人間ほど上官の『声』と『サイン』に弱い奴は居ないんだとよ。『定期連絡無しによる長期試験運用任務』なんてふざげた内容の“極秘任務”も、その2つがあれば何の疑いも持たずに従うんだとさ」

 

 

「……そうか…」

 

 

 

 サイレント・ゼフィルスを強奪したにも関わらず、当の被害者のイギリスは依然として静寂を保ったままだった。セイスの言葉を信じるなら、当事者達はまだゼフィルスが運用試験任務の真っ最中だと思い込んでいるらしい。

 

 

 実際、フォレストのサポートは要領が良すぎて逆に怖かった。

 

 

 指定された場所に来てみれば、居たのは新たな持ち主となる自分を待つように無人状態で展開され佇んでいたゼフィルスと、待ちくたびれたように欠伸をしていたフォレストだった。

 その後、ゼフィルスを装着して指定されたルートを飛んでイギリスからアメリカへと一直線に飛んで帰ったのだが、各国の偵察機どころかレーダーにも引っかからずに帰国出来てしまった。しかも、飛んで辿り着いた海岸には既に迎えのタクシーが来ていたり…

 

 

 

 

~閑話休題~

 

 

 

 

「ところで似合ってるか、これ…?」

 

 

「馬子にも衣装」

 

 

「そうかそうか、そんなにも死にたいのか…」

 

 

「冗談だ。中々新鮮だよ、お前の丸眼鏡着用に茶髪姿…」

 

 

「……最初からそう言えばいいものを…」

 

 

 

 例の『五反田食堂』とやらに行くことにしたものの、『世界最強(ブリュンヒルデ)のツラ』を持つマドカが街中を堂々と歩くと騒ぎになりかねない。なので、ここはベタに変装してもらうことにした。

 あまり使う機会は無いが、例の隠しアジトには盗撮、盗聴用の仕事道具もあれば多少の銃器やスパイグッズも常備してあるし、変装キットだって当然のように置いてある。

 そしてマドカには、の○太君が着けてそうな真ん丸眼鏡を着用させて、黒髪をヘアスプレーで茶色に染めてみた。このぐらい手を加えておけば、街ゆく女の子達も『貴方、ちょっと千冬様に似てるわね』程度の反応で済むはず…

 

 

 

「……う~ん、それにしても…」

 

 

「なんだ?」

 

 

「本当に雰囲気変わったな…」

 

 

 

 無愛想な黒髪少女から理知的な茶髪眼鏡っ子。うん、名称からして別物だな。今のマドカならセシリアのお嬢様口調の方が似合うかもしれない…

 

 

 

「セヴァスさん、良かったらランチを御一緒しませんこと?」

 

 

「……ぷっ…あははははははははははははははははは!! 似合わねえ!!」

 

 

 

 

 前言撤回、真正マダオ娘が御嬢様口調とかやっちゃ駄目だ。言ってみた本人も後悔しているのだろうか、何やら微妙な表情を浮かべている…

 

 

 

「ふぅ…ところで、結構歩いたが店にはまだ着かないのか?」

 

 

「確かこの辺の筈なんだが…」

 

 

 

 IS学園を出てからかなりの距離を歩いたのだが、一向に店に着く気配が無い。こいつはマダオだが、仕事に関しては良い働きをする。そんな彼女が道に迷うなんて馬鹿な真似はしないと思うけど…

 

 

 

「一応、誰かに尋ねてみるか? 地元の人間にとっては御馴染みの店らしいが…」

 

 

「そうだな…それに、いい加減空腹で頭が回らなくなってきた……」 

 

 

「本当に燃費悪いなお前。しかも毎回あれだけ食って太らないとか…ある意味お前も女の敵だな……」

 

 

「褒めるなよ、照れるじゃないか」

 

 

「褒めてねぇよ」

 

 

 

 冗談はさておき、どこかに手頃な通行人Aはいないかな、と…。

 

 

 

「おいセヴァス、あいつはどうだ?」

 

 

「ん、どれどれ?」

 

 

「あれだ、あの珍しい色の髪の女…」

 

 

 

 マドカが指さした方向へと目をやると、一人の若い女…自分達とほぼ同年代の少女が周囲をキョロキョロと見回している所だった。

 一見すると華奢な身体つきにも見えるが、実際は出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでいる誰もが羨みそうなナイスなスタイルを持っていらっしゃった。

 そして何より目立つのは髪の色。染めているのか地毛なのかは分からないが、随分と綺麗な水色の髪だった……て、おい…

 

 

 

 

―――水色の髪…?

 

 

 

 

(嘘だと言ってくれぇ…)

 

 

 

 

―――IS学園に君臨せし魔王二号、更識楯無会長様がそこに居た…

 

 

 

 

(何してんだ…?)

 

 

 

 幸い此方にはまだ気づいておらず、依然として辺りをキョロキョロと見回したり、手に持った地図らしき物へと視線を落としたりを繰り返している…

 

 

 

「…街中で鬼ごっこの第二ラウンドとかはマジで勘弁……」

 

 

 

 あの時は覆面プラス着ぐるみの御陰で顔は割れてはいないが、それだけで安心できるような相手では無い。下手に接触してボロを出した日にゃ即アウトだ。ここは戦略的撤退をするに限る…

 

 

 

「…おいマドカ、取り敢えずこの場を離れ……マドカ…?」

 

 

 

 

 あれ、隣に居たマダオ娘はどこに行った…?

 

 

 

 

 

 

「すいません、そこの人…」

 

 

「ん、私のこと?」

 

 

「はい、少し道をお尋ねしたいんですが…よろしいですか?」

 

 

 

 

―――何してんだあのバカああぁぁ!?

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「注文お願いしま~す」

 

 

「は~い」

 

 

 

 ところ変わってここは『五反田食堂』。夏休みに入ったということもあり、昼時の今は常連客で賑わっていた。五反田食堂のメニューと、看板娘である『五反田蘭』の人気は相変わらずのようである。

 

 

 

「いらっしゃいませ~」

 

 

「いやぁ、助かりました」

 

 

「いいって、いいって。私も丁度同じ場所を探してたところだし♪」

 

 

「…どうしてこうなった」

 

 

 

 そしてまた店に新たな客が入ってきたわけだが、今度の一行は少し異色の組み合わせだった。蘭は思わず3人の新な客達に意識を向ける…

 

 

(……なんか、カラフルな人たちが来た…)

 

 

 

 やって来たのは自分と大して年の差を感じない茶髪と水色の髪の少女二人と、何故か凄く疲れたような表情を浮かべている深緑色の髪の少年であった。服装は今時の若者が着そうなお洒落なものであり、3人とも見事なくらいに着こなしている。なんて思ってたら、茶髪で眼鏡の少女が自分に声を掛けてきた…  

 

 

 

「席、三人分空いてますか?」

 

「おいぃ!?」

 

 

 

 何故か少年の方は動揺していたがそれは置いといて、店内を見回してみる。この時間帯は昼時のピークということもあり、殆ど満席に近い状態だった。しかし、辛うじてカウンター席に一人分とテーブル席に二人分のスペースを見つけることができた。

 

 

 

「…えっと、すいません。一人と二人に分かれて貰わないと……」

 

 

「ふむ、もう少し待つか…?」

 

 

「あら、お姉さんは別に一人でもいいわよ?元々、ここには個人的な理由があって来たわけだし…」

 

 

「それに俺達は時間が限られてる。ここは、この人の御言葉に甘えさせて貰おうぜ?」

 

 

「…分かった。道案内助かった、礼を言う。」

 

 

「いえいえ~。私も道に迷ってたから、お互い様よん♪」

 

 

 どこから取り出したのだろうか、『持ちつ持たれつ』と書かれた扇子を広げる水色の髪の女性。本当に、夏服ゆえに全体的に薄着な服のどこから出したのだろう。

 そんな疑問を抱いているうちに、3人は軽く言葉を交わしてから分かれ、席に着いた……気のせいだろうか?少年が自分のツレである茶髪眼鏡の少女に向かって凄く怖い表情を向けているような…

 

 

 

(なに躊躇せず声かけてるんだよ…!?)

 

 

(知らなかったんだ、許せ)

 

 

(嘘つけ!! 何度か話した上に要注意人物としてデータ送ったろ!!)

 

 

(シラナイナソンナモノ)

 

 

(俺の目ぇ見て言えこのクソアマ)

 

 

(良いじゃないか、その要注意人物と仲良くなれたのだから。それに何より…)

 

 

(あん…?)

 

 

(せいす、おなかがへったんだよ)

 

 

(DA☆MA☆RE!!)

 

 

 

 よくは聴こえないが、何やらボソボソと小声で怒鳴るという荒業を深緑色の髪の少年はやっているようである。それにしても…茶髪眼鏡の少女の顔に少なからず見覚えがあるのだが、何故だろう…?

 

 

 

「御冷とメニューどうぞ。」

 

 

「あ、すいません。…今度からは自重してくれよ?」

 

 

「だが断る」

 

 

「……。」

 

 

 

 相方が引き攣った表情を浮かべているのを尻目に、鼻歌交じりにメニュー表を眺める茶髪の少女。唐突だが、さっきから気になっていることを尋ねてみることにした。

 

 

 

「あの…どこかで会いました……?」

 

 

「ん、私か…?」

 

 

「えぇ、何か初めて会った気がしなくて…」

 

 

「…あぁ、多分この顔のことだな?」

 

 

 

 その言葉と同時に、茶髪の少女は眼鏡を外して自分に顔を向けてきた。そしてその顔を見た途端に胸のモヤモヤが吹き飛んだ…会ったことがあるのでは無く、そっくりだったのだ。

 自分が恋心抱く男の姉、世界最強と名高い『織斑千冬』に…

 

 

 

「…千冬さん?」

 

 

「よく似てると言われる。ま、顔だけだがな…」

 

 

「あと、ダメな部分も…」

 

 

「ふんッ!!」

 

 

 

―――グリッ!!

 

 

 

「おうっ!? 足に鈍い痛みぎゃ!?」

 

 

 

 仲良いな、この二人。それにしても、本当にそっくりである。何度か家族ぐるみの付き合いで会ったことがあるので尚更そのことを意識してしまう。これで黒髪で眼鏡が無かったら本人そのものである。まぁ、世界には自分にソックリな人間が3人は居ると言うし、他人の空似という奴だろう… 

 

 

 

「…と、注文してもいいか?」

 

 

「え…あ、はい!!すいません…!!」

 

 

「この『業火野菜炒め定食』をひとつ頼む。セヴァスは?」

 

 

「俺は『フライ盛り合わせ定食』を…」

 

 

「承知しました。おじいちゃん、野菜炒めとフライ定食一つずつ~!!」

 

 

 

 厨房の方から野太い声で『お~う!!』という声が聴こえたのを確認し、その場を立ち去ろうとする。ところが、それとほぼ同時に深緑色の少年が声を掛けてきた。

 

 

 

「すいません、トイレありますか?」

 

 

「トイレですか?そこの奥の方に…」

 

 

「どうも」

 

 

 

 言うや否や、先程セヴァスと呼ばれた少年は立ち上がって即座にトイレの方へと向かっていった。どうやら、かなり前から耐えていたらしい…。

 

 

 

「ちょっといいか?」

 

 

「へ?」

 

 

 

 すると、今度は茶髪の少女が再び声を掛けてきた……黒い笑みを浮かべて…。

 

 

 

「注文を追加したいんだが…」

 

 

「あ、はい。どうぞ」

 

 

 

 それを聞いた瞬間、黒かった笑みがさらに暗黒色に染る……その笑みは、ドSモード全開の織斑千冬そのものだったと見た者は語った…。

 

 

 



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胃に優しくないランチタイム 後編

 

 

「……本当になんてこった…」

 

 

 俺は五反田食堂のトイレに籠りながら思わず呻いてしまった。あの楯無がここに飯を食いに来ただけとは思えず、常備していた携帯端末でこの店について調べてみたのだが、とんでもないことが判明したのである。

 

 

「何でよりによって織斑一夏の身内の店なんだよ…!?」

 

 

 よもや、ここが一夏の親友である『五反田弾』の家であり、その家族が経営している店とは露程も思っていなかった。奴の学園生活にあまり関わってこない故にすっかりノーマークだったが、今ではそれがすっかり仇になっている。

日本政府お抱えの暗部である更識は、当然のことながら織斑一夏をマークしている。しかし、直接の接触はまだしていない。その時が来る前に外堀を埋める、もしくは使えそうな個人情報でも集めに来たのだろう。

 

 

「クソッ…とりあえず、オランジュにでも連絡入れてみるか……」

 

 

 あの隠し部屋から街の監視カメラをハッキングしたり、学園での状況を伝えて貰うなりして情報支援ぐらいはして貰おう。チャラ男だの阿呆専門だの言われてるアイツだが腐っても亡国機業のエージェント、そのくらいのことなら朝飯前だ。そして数回のコール音を鳴らした後、通信は割とあっさり繋がった。

 

 

「お、出たか。オランジュ、ちょっと頼みがあるんだが…」

 

 

 

『のほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖いのほほん怖い…』

 

 

 

「……。」

 

 

 

『うぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?(ブツッ』

 

 

 

 

「……腹減ったな、そろそろ戻るか…」

 

 

 

 俺の相棒や友達の中にオランジュなんて奴、最初から居なかった。だから俺は学園の隠し部屋に通信なんていれなかったし、端末から『のほほん怖い』なんて単語は……いやいや、俺のログには何もありません、何もありませんよ?大事なことだから二度言ったからな?……だから…

 

 

「呪われるなら、お前一人でな…」

 

 

 安らかに眠れ、オラン…見知らぬ誰かさん……

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「遅かったな。それにどうした、随分とゲッソリして…?」

 

 

「……ちょっと色々なモノが出ちゃったみたいで…」

 

 

「は?」

 

 

 トイレで出すモノ以外に電話と幽霊まで出したみたいです。ていうか、戻ってみたら結構時間掛けちまったようで店の客も大分減っていた。マドカの奴は既に運ばれてきた料理に手を付けている…。

 

 

「それはさておき、この状況は何だ……?」

 

 

「ただの食事風景じゃないか」 

 

 

 えぇ、そうですね。確かに目の前のお前は普通に飯食ってるだけですね。けど、ちょっと待てやコラ。

 

 

「頼んだ覚えの無い料理があるんだが?」

 

 

「何を言っている。確かに注文しただろう?『フライ盛り合わせ定食』を…」

 

 

「いや、頼んだけどさ…」

 

 

 こいつの言うとおり目の前には出来立てアツアツのフライ定食が置かれていた。マドカは店のおススメである野菜炒めを頬張っている。けどな……

 

 

「“五皿”も頼んだ記憶は無えよ…!!」

 

 

 この野郎…人がトイレ行ってる間に追加注文しやがったな?御蔭様でテーブルにはフライの乗った皿ですっかり埋め尽くされている……美味そうだけど、見てるだけで胃がもたれそうだ…

 

 

「ついでに言っておくが、今日の私は財布持ってないぞ」

 

 

「なん…だと…?」

 

 

「お前の所に行こうと決めたと同時に置いてきゲフンゲフン…忘れてきた」

 

 

「ぶっ飛ばすぞこの野郎!!」

 

 

 初めから俺に奢らせる気満々だったな!?しかも出来るだけ問題ごとは起こそうとしない俺の性格上、財布の中身が足りる限りキッチリ払うというこを分かっててやってやがる!!

 楯無もいることだし、流石にマドカも食い逃げしなければいけない程食ったりはしないだろう。俺の財布の中身をギリギリまで減らすだろうが…

 

 

「畜生め、いつか覚えてろよ?」

 

「だが残念、もう忘れた」

 

「……」

 

 

 本当に碌でも無い奴だな。何で俺はこんな奴といつも一緒に居るんだろうな…?

 

 

「まぁ…とにかく、いただきますかね……」

 

「そうしろ。そして、本当に美味いぞここの料理」

 

「マジで?それでは早速…」

 

 

 今なお湯気が出てる揚げたてホヤホヤのエビフライを取り、一口かじってみる。柔らかすぎず、固すぎない丁度いい感じの衣がサクッと軽快な音をたてた。そして…

 

 

「本当に美味い」

 

「だろう?」

 

 

 この味ならば、隠れた名店と呼ばれることに頷けるというもの。手に持った箸のペースが自然と上がっていく。案外五皿くらい軽くいけるかもしれない。でも、どうせなら他のメニューも食いたかったな…

 

 

「こんなことなら他のメニュー注文しとけよ」

 

「う~む、確かに……」

 

 

 いや、美味いよ?でもこうまで美味いと他のメニューがどんな味か気になるじゃん?

 

 

「だったら手伝いましょうか?」

 

「ん?」

 

「げ…」

 

 

 

―――『生姜焼き定食』を持った会長が現れた!!

 

 

 

 何を考えているのか分からない胡散臭い笑みを浮かべながら楯無がこっちに来た。ていうか、まだ居たのかよ。他の客と一緒で、もう帰ったもんだと思ってた…

 

 

「これ分けてあげるから、ちょっとそのフライを分けて欲しいな~って…」

 

「…ふむ、どうする?」

 

「いいんじゃないか?」

 

 

 何を考えてるのか知らないが、この揚げ物マウンテンを減らしてくれるのなら、大歓迎である。ついでにその生姜焼きも結構美味そうだ、今度から外食するときはここにしよう…

 

 

「じゃ、どうぞ」

 

「ふふふ、ありがと♪」

 

 

 またまた扇子を広げる楯無。今度は『交渉成立』の文字が書いてあったが、いったいどんな仕組みになってんだろ?……何気なく同じの欲しくなってきた…

 

 

「ところで二人とも…」

 

「む?」

 

「んあ?」

 

「どこかで会ったかしら?」

 

 

 

―――えぇ、会いましたとも…夜の学校で、ふざけた格好で…… 

 

 

 

「私の場合は、どうせ顔が織斑千冬にそっくりだからだろう…?」

 

「あ、そうか。今やっとスッキリしたわ。ついでに雰囲気もそっくりね…」

 

 

 今更だが、我ながら絶妙なコーディネイトだな。さっきの店員、『五反田蘭』は千冬と顔見知りであるにも関わらず同じ誤魔化し方で納得したし、ほどよく似せて開き直れば大抵の奴は騙せるもんだ。さて問題は俺の方だが、どうしようか…

 

 

「う~ん、君の方は何でだろう…お姉さん、初めて会った気がしないんだけど……?」

 

「さぁ、そう言われましても…」

 

 

 だから嫌だったんだこの女。暗部のエリートなだけあって、普通なら気にしないことも無意識のうちに気にするようになってるんだもの。

 

―――と、そこにマドカが助け舟を出してくれた…

 

 

 

「それはきっとアレだ、コイツの容姿に特徴が無さ過ぎて他の奴と区別がつかないからだ」

 

「なるほど、確かにその通りね」

 

「喧嘩売ってんのかテメェら」

 

 

 フォローは嬉しいが、殴りたくなるからそのドヤ顔をやめやがれ。でも、確かに俺の特徴って髪の色が深緑色ってことぐらいしか無いんだよな…

 

 

「あははは、冗談よ。やっぱり気のせいね、変なこと訊いてゴメンね?」

 

「いえ、いいです…」

 

 

 もう、早くフライ持って席に戻ってくれ。食事中だってのに、さっきから俺の胃が重くなる一方で困ってるんだからさ… 

 

 

「それじゃ、ありがとね~♪」

 

 

 持ってた皿に乗ってた生姜焼きを俺たちの皿に移し、空いたスペースにフライをポポポンと乗せていく楯無。そして、満足するまで自分の皿によそい終えた彼女は踵を返して席に戻って行った。やっと安心して食事の続きができそうだ…

 

 

 

 

-――ヒュオッ、パシッ!!

 

 

「ッ!?」

 

 

 と、思った矢先にこれか。いきなり風を斬る音が聴こえたと思ったら、何かが飛んできたので俺は反射的にそれを受け止めた。空いていた俺の左手には、一本の箸が握られていた。

 

 

「あ、やべ…」

 

 

 素人ならば絶対に受け止めれない、避けれないタイミングとスピードで投げられたそれを俺は受け止めてしまった。アイツの目の前で…

 

 

「あらら、ゴメンね~。お姉さん、手を滑らせちゃった♪」

 

「「……。」」

 

 

 どこの世界に手を滑らせながら人の目玉向けて箸を投げてくる奴が居るんだよ。ていうか、謀ったな?胡散臭いニコニコ笑顔が悪戯が成功した時のニヤニヤに変わってるぞ…

 

 

「それじゃ、今度こそ失礼~♪」

 

 

 そしてニヤニヤした表情のまま楯無は本当に席に戻って行った。俺のストマックが悲鳴を上げているが、敢えてここは平常心だ。最後まで頑張れ、俺…

 

 

 

 

 

「あ、そうそう…次に会う時は絶対に逃がさないわよ?……“熊さん”…」

 

 

 

 

 やっぱり頑張れない気がする…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……食った物の味が思い出せない…」

 

「ドンマイだ…」

 

 

 美味かったことは覚えてるんだけど、細かい味が無限の彼方に行ってしまった。これからの事を考えると、当分はこの憂鬱が続きそうである…

 

 

「ま、まぁポジティブに考えろ。ほら、結局アイツは何もしないで帰ったろ…?」

 

「そうだけどな…」

 

 

 明らかに俺の事に気付いてたっぽいが、楯無は結局あの後は普通に食事を済ませて帰って行った。応援でも呼びにいったのかと思ったが、そうでも無いようだ…

 

 

「半ば確信しているものの、証拠が無いから今日はやめといたってとこか。下手に手をだしたら実は本当に民間人でした、だったら洒落にならないもんな…」

 

 

 現場でものを言うのは勘だが、周囲の人間が関わってくるとそうも言ってられない。裏の人間ほど、そうやってアクティブに動くような真似は控えるもんである。

 

 

「さて、帰りますか…」

 

「そうだな。じゃ、支払は任せた」

 

「いつか金返せよ?」

 

「善処する」

 

 

 本当に返してくれるのか不安である…ていうか、絶対に返してくれないに決まってる……

 

 

「それでも払っちゃう俺は多分お人好しなんだろうな……御会計お願いしま~す!!」

 

「は~い!!」

 

 

 厨房の方からレジへと五反田蘭がやって来た。それを確認した俺は財布を取り出して中身を確認する。確か2万円くらいは入れてた筈……

 

 

(定食が6人前だから…だいたい4千円くらいか……?)

 

 

 

 

 

 

「1万8千560円になります!!」

 

 

 

 

 

―――ホワッツ?

 

 

 

 

「も、もう一度言ってくれないか…?」

 

「1万8千560円になります!!」

 

「オーケー、ちょっと伝票見せてくれ…」

 

 

 地味に有り得ない金額を聞かされた俺は頭が真っ白になりかけたが、震える手で受け取った伝票に書いてある内容はさらに衝撃的であった…

 

 

 

『お会計

 

・業火野菜炒め定食×1

 

・フライ盛り合わせ定食×5

 

 

 

 

 

 

 

 

テイクアウト

 

・天重

・鰻重

・カツ重

・スタミナ丼

・鉄火丼

・中華丼

 それぞれ×2

 

・生姜焼き弁当

・唐揚げ弁当

・ハンバーグ弁当

・エビフライ弁当

・餃子弁当

・春巻き弁当

・海苔弁当

・コロッケ弁当

 それぞれ×1

 

 

・デザート×複数』

 

 

 

 

 

「……。」

 

 

 ゆっくり後ろを振り向くと、馬鹿でかいビニール袋を両手にぶらさげ、ダッシュでその場を逃げるマドカを視界の隅に捉えた…

 

 

 

 

「…AHA♪」

 

 

 

―――アイツ コロス !!

 

 

 

 支払いを済ませたセイスは、激しい食後の運動をするために獣のような雄叫びを上げて外へと勢いよく飛び出した。余談だが、彼のその表情は五反田食堂の看板娘にトラウマを植えつけるほど恐ろしいものだったそうだ。

 因みにこの二人による逃走劇は周囲に被害を出しまくり、お互いの上司にこってり絞られる羽目になったとのことである…

 

 



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超ダークホース 前篇

遂に来ましたぜ、この話が!!


 

 

「ここをこうして…そんでもって、ここを弄れば……」

 

 

 

 セイスとエムに留守番を押し付けられた俺ことオランジュは部屋の二台のパソコンに向き合い、ただひたすらキーボードを叩きながらほくそ笑んでいた。

 片方のパソコンは仕事用の物であり、監視対象である織斑一夏の様子が映し出されている。相変わらず美少女達を周囲にはべらせてることにイラッとくるな……昼食に置いてきぼりくらった今は尚更。で、俺はその映像を片目で眺めながらもう一台のパソコンでとある作業を行っていた。

 エムと出掛ける直前にセイスが『今日の新規データフォルダに入ってる画像、好きに改造していいぞってか魔改造しとけ』と言ってきたので、その言葉に従って早速その画像を開いてみたのだが、思わず吹き出してしまった…。

 

 

 

「後は文字を加えれば……よっしゃ、完成…!!」 

 

 

 

 手を加えなくても充分に凄まじい威力を誇っている画像なんだが、それをさらに進化させろときたもんだ。無論、張り切って引き受けましたとも。なにせ、その画像は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『テヘぺロ♪』やってるエムなんて、ネタ以外の何物でも無えな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、今日エムがここにやって来てセイスにやったという『テヘぺロ♪』での謝罪。その姿をこの部屋に設置しといたカメラがバッチリ捉えていたのだ…。

 毎度会う度に喧嘩染みた…それでいて楽しそうなやり取りをする二人。エムがセイスに仕掛ける日もあれば、セイスがエムに仕掛ける日もある。そして、どうやらセイスはこの画像をエムに対する武器に使うつもりらしい。で、その武器(エムの黒歴史)の強化(むしろ狂化)をセイスは俺に頼んだわけなのだが…

 

 

 

「いや、これは本当に会心の出来だわ…!!」

 

 

 

 パソコンの画像を魔改造するなんてこと、ただの一般人でさえ普通にできる。それを俺みたいな本職が本気でやったらどうなるのか……その答えを目の前の画像は物語っていた…

 

 

 

 

―――テヘぺロ♪状態のエムを全体が収まる程度にアップ

 

 

 

―――背景を桃色臭漂うホンワカな物に改造

 

 

 

―――エムにピンクでフリフリの衣装を合成

 

 

 

―――そして、画像の下の部分には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『 魔法少女 マドカ☆マ○カ!! 』の文字が…

 

 

 

 

 

 

「おっと、肩に白い珍獣を乗せるのを忘れてた…ぶはははは!!」

 

 

 

 相対した魔女を片っ端から返り討ちにしそうだ…。ていうかエムの奴、この画像を亡国機業の仲間たちにばら撒かれたら精神的に死ぬな。もしくは本気で俺とセイスのことをマミりに来るかもしれん。だが、あいつのせいで何度もとばっちり受けてるんだからこれぐらいの仕返しは御愛嬌と言うものだ。

 

 

 

「ははははは!! いやぁ~、良い仕事したなぁ…!!」

 

 

 

 何だかんだ言って、エムの容姿は織斑千冬と同じなのでレベルが高い。故に、亡国機業の野郎達に少なからず人気があったりする。本人は知らないだろうが…。

 ついでに言うと、逆にオフ時のエムの駄目っぷりを知っている者も少ない。どいつもこいつも、エムが完全無欠のクールビューティだと思い込んでいやがる。

 

 

 

「だからこそ、この画像は売れる」

 

 

 

 いや、ぶっちゃけ俺もアイツがこんなポーズとるとは思わなかったけどさ…所謂ギャップって奴が激しすぎて需要あると思うんだよな。セイスとエムには悪いが、これは二人の悪戯兵器ではなく俺の商売道具に使わせて貰おう…

 

 

 

 

 

---ピピピピピピピピ!!

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 捕った狸…もとい、捕らぬ狸の皮算用を始めようとしたその時、時計のアラームが鳴った。どうやら、セイスからのもう一つの頼みごとをする時間が来たようだ。 

 パソコンのモニターから『マドマギ』を消し、学園中に仕掛けた盗聴器とカメラを操作するために先程とは比較にならないスピードでキーボードを叩く。

 

 

 

「さ~て…歩く怪奇現象さんはっと…!!」

 

 

 セイスから頼まれた事、それは『布仏本音』…通称『のほほんさん』の観察である。何だかんだ言ってあの日の移動方法がセイスは気になっていたらしく、その後も何度かのほほんさんの事を定期的に調べているらしい。だが何度調べても納得いくような結果は出てこなかったようだ。流石に誰かと居るときにあのような怪奇現象(瞬間移動?)は発生しないようで、当時のことを確かめることが中々出来ずにいた。そこで、彼女が一人になる時を集中的に狙うことにしたのである。そして今日、のほほんさんが一人になる時間を狙って彼女の部屋に設置しといた盗聴器をリアルタイムでチェックするという暴挙(時間の無駄遣い)にでることにしたというわけだ。

 

 

 

「女部屋にカメラは無いから、音声のみか…本当に妙なこだわりを……」

 

 

 

 しかもこの女部屋の盗聴器ですら、一夏の奴が近くに行かない限りスイッチを切りっ放しときたもんだ。何度かシャルロットとラウラの部屋にカメラを仕掛けようとしたら半殺しにされたし。

 

 

 

「……ちょっと待て…アイツ、一夏の部屋はカメラ付で監視してたんだよな? てことは…」

 

 

 

---帰ってきたらじっくりお話しようじゃないか…主に、一夏が一人部屋になる前の時のことを……

 

 

 少しだけ胸に黒いものを漂わせながら、俺はのほほんさんの部屋の盗聴器のスイッチを入れた。しかし、部屋に一人で居る相手に盗聴器って意味あるのか?……まぁ元々一夏がその部屋に来て、一夏と誰かが会話する時にだけ使うのが前提なのだろうけどよ、こういう時は逆に誰か居ないと何も喋ってくれないんじゃ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それでね、おりむ~ったら、またやっちゃてんだよ~?』

 

 

『うわぁ、それはまた…』

 

 

 

 

 

---い き な り か !!

 

 

 

(なんだよ…誰か居るのかよ……)

 

 

 

 お陰でペラペラ喋ってくれそうだが、お目当てのホラー検証ができないじゃないか。あわよくば、人外のセイスの全力疾走を上回った移動方法の手がかりを知りたかったが、誰かと一緒に居る時点でそれを確認できる可能性は極端に減るだろう…

 

 

 

「しょうがねぇ…今日はやめるか……」

 

 

 

---そう思った時点で盗聴器の電源をさっさと切らなかったことを、俺はこの後死ぬほど後悔することになるとは露ほども思ってなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ところで明日斗君、そろそろ『あすち~』って呼んで良い~?』

 

 

『えぇ~、どうしようかな?』

 

 

 

---のほほんさんが、織斑一夏以外の男子は存在しない筈のこのIS学園で、男の名前を呼んだ…

 

 



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超ダークホース 後編

 

「ど、どういうことだよ!?」

 

 

 ただいま絶賛混乱中である。何せ、居ない筈の存在が居るらしいのだ。今ほどカメラを設置しなかったセイスに苛立ちを覚えた記憶は無い…。

 

 大変もどかしいが相変わらず映像無しなので、音声だけでどうにかするしか…。

 

 

『『あすち~』は、ちょっとなぁ…』

 

『むぅ~嫌なの?じゃあ、『あずあず』は~?』

 

『それは僕の苗字が『東(あずま)』だからかい?』

 

 

 ラッキーなことに、早々にフルネームという名の手掛かりをゲットできた。早速うちの組織とこの学園、さらには政府のデータベースへとアクセスを試みる。 

 何せこのIS学園に居る男なのだ。清掃員や事務員でも無い限り、俺達の同業者…つまり裏社会の人間である可能性が大きい。下手をすれば敵対することにもなる。

 

 

「『東明日斗(あずまあすと)』か…データベース検索開始!!」

 

 

 検索にはしばらく時間が掛かるだろう…それまでは、耳の穴をかっぽじってよく二人の会話を盗み聞くとしようか…

 

 

『やっぱり、今まで通りがいいかな?』

 

『えぇ~…』

 

『そんな上目使いしても…』

 

『むぅ~…』

 

『しても…』

 

『むむむぅ~』

 

『あぁもう、分かったよ。好きに呼んでいいよ…』

 

『やった~!!じゃあ、これからは『あすち~』って呼ぶね~』

 

『はいはい……本当に可愛い子だな、君は…』

 

『えっへへ~♪』

 

 

 おい、誰か苦いもの持ってこい…

 

 

「何なんだよコイツらは!?普通に初々しいカップルじゃねえかよ!!」

 

 

 こ、これは中々進展しない『ハーレムサマー』や、無自覚で夫婦漫才を繰り広げる『M&6』よりタチが悪いんじゃね!?……主に、俺の精神的に…

 

 

「あぁもう…早く検索終了してくれ……」

 

 

 『東明日斗』の情報を検索中のパソコンに目をやると、未だにデータ検索の真っ最中のようである。下手をするとこのままセイス達が帰ってくるまでずっと二人のやり取りに耳を澄ます羽目になりかねない。そんなの御免被る…。

 

 

「…ん?」

 

 

 そんな時、ある事に気付いた。仕事用のパソコンモニターには、常に設置された複数の隠し撮りカメラの映像が映っている。そこの一つに、とある人物が映りこんでいたのだ。

 

 

 

「……『相川清香』か…」

 

 

 

 のほほんさんのクラスメイトであり、友人の『相川清香』が彼女の部屋へと真っ直ぐに向かっていたのである。再度盗聴器に意識を向けてみると、部屋の二人はその事に微塵も気づいていないようだ。

 

 

「これは、ひょっとしてチャンス?」

 

 

 十中八九、相川さんの目的はのほほんさん。となれば、このまま彼女がのほほんさんの部屋の扉を開けるのは必然。つまり謎の男、『東明日斗』と遭遇する可能性が高い。

 

 

「しかも彼女の性格上、友人の部屋をノックする可能性は低い…すなわち、半ば不意打ちで……」

 

 

 これは本当にラッキーだ…早々に幽霊の正体見たり、ってな。ま、できることなら俺たち自身の手で捕まえるなり接触するなりしたかったが、正体不明のままよりマシか…

 

 

「さぁ行け、相川清香!!奴の正体を暴くのだー!!なんてな…」

 

 

 ふざけている間に彼女はどんどんのほほんさんの部屋へと近づいていく。俺は心の中でカウントダウンを開始した。

 

 

『ねぇねぇ、あすち~』

 

『何かな?』

 

 

 

―――残り30m…

 

 

 

『さっきから言おうと思ってたんだけどね~』

 

『何をだい?』

 

 

 

―――残り20m…

 

 

 

『この前からずっとね~』

 

 

『…?』

 

 

 

―――残り10m…

 

 

 

『誰かさんがね~』

 

 

『ふむふむ…』

 

 

 

―――残り0m、ドアノブに手を掛けた…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私たちのお話を盗み聞きしてるみたい~』

 

 

『あ、やっぱり?』

 

 

 

 

 

 

―――え…?

 

 

 

 

 

 

 言葉を失ったと同時に扉が開かれた音が聴こえてきた…予想通り、ノック無しで扉を開いた相川さん。ギリギリまで会話をしていた二人にとって、半ば不意打ちに近い形で入ってきた相川さんを前に、隠れる余裕は無いのだが…

 

 

『本音、お昼食べに行こ…って、何で壁と向き合ってるの?』

 

『ん~さっきまで瞑想してた~~』

 

『は?』

 

 

 

 

 

―――な に が お き て い る ?

 

 

 

 

 

 待て待て!!二人の発言で既に頭が真っ白になりかけたってのに居ないだと!?あんなタイミングでいつ隠れたんだ!?

 

 

「まさか…俺達みたいに隠し通路や部屋を造って……」

 

 

 

 

―――ピピッ!!

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 突如鳴ったアラーム音…目を向ければ、さっきまでデータ検索をしていたパソコンがその作業を終えたようだ。今の状況から半ば現実逃避をするように、俺はパソコンのモニターへと目を向けた…

 

 

 

 

 

 

 

―――『東明日斗』

 

 

―――1月24日生まれ

 

 

―――男性

 

 

―――日本生まれ日本育ち

 

 

―――職業、学生

 

 

―――最終学歴、藍越学園1年生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――“享年”15歳

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え…?」

 

 

 

 享年?……死んでる…?…いや、え?……どういうことだ…?確かに二人の会話は…!!

 

 

「他の…他の『東明日斗』は……!?」

 

 

 やけに冷たい汗を滝のように流しながら、コンピューターが集めたデータを何度も見直す。けれども、何度確かめても出てくるデータはこの『東明日斗』しかなくて…

 

 

「ッ!?」

 

 

 その時、嫌な気配を感じた俺は…やめればいいのに監視カメラの映像が映っているモニターへと視線を向けてしまった。するとそこには、相川さんに誘われて食堂へと向かうのほほんさんが映っていた。二人は隠し撮りカメラの目の前を横切るように歩いていく。先に歩くようにして、相川さんが隠し撮りカメラの前を通り過ぎる。それに続くように、のほほんさんもカメラの前を横切る。

 

 

 

 

 

―――直前に立ち止まってこっちを見た…

 

 

 

 

 

 

「ッーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 楯無でさえ気づいていない隠しカメラの方を、いつも閉じているような細い目を薄っすら開き、妖艶な微笑を浮かべながらこっちを見つめている……映像越しに居る俺に対して、視線を送るように。そして、彼女は右手の人差し指を立てながら、その手を自分の口元に持っていき、口を動かして声を出さずに言葉を紡いだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナ イ ショ ダ ヨ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、まるでタイミングを合わせたかのように全てのモニターが砂嵐になった…。

 

 

「……は…はは……はははは…あはははははははははははははははははははははは!!」

 

 

 

 恐怖とかSAN値とか色々と振り切った俺は自然と壊れたような笑い声を上げるしかなかった。けども、現実は無情である…。

 

 

 

 

―――ゴトッ!!

 

 

 

 

「うひぃ!?」

 

 

 

 本能が告げる…自分以外、誰も居ない筈のこの部屋で出た物音の方へと、視線を…顔を向けてはならないと。だけど、まるで見えない力に引っ張られるようにして、俺はゆっくりと音のした方へと首を廻す……そして…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎいいぃぃいあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 最後に叫んだ後、俺は意識を失った。いや、正確に言うなれば記憶が無い。何でも、セイス達が帰ってきて最初に見たのは虚ろな表情で『のほほん怖い』と『南無阿弥陀仏』を繰り返す俺だったそうだ。

 後、俺が振り返った時に何を見たのかは…俺が仏国人なだけに知らぬが仏って奴だ……ていうか、思い出したくないから訊かないでくれ…

 

 

 




ここハーメルンでは、このホラーコンビの話をもっと書こうかな…?


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中国代表候補性の憂鬱

のほほん日記は保留


 

 

「よう、よく眠れたか…?」

 

 

「……皮肉にしか聞こえねぇよ…」

 

 

 

 先日のカオス三昧の日を経て、マドカが帰った後も依然として世間は夏休み。最近変わった事と言えば、のほほんさんの周辺の仕事道具が全滅したことぐらいだろうか…?

 

 

「あれ、結構高かったんだけどな…」

 

 

「…頼むから、嫌なことを思い出させるな……」

 

 

「……すまん…」

 

 

 悲しいかな…先日の『のほほん怪奇現象』以来、オランジュはしばらく一人で眠れなくなってしまったのだ。いい年して何言ってんだと思うかもしれないが、そうなってしまった本人が一番凹んでいるので放っておいてあげて欲しい…。

 

 ぶっちゃけ、話を聞いた俺自身も少しチビリそうになった。まるでオランジュの話が本当であることを証明するかのように、のほほんさんの部屋の周辺に仕掛けたカメラと盗聴器が粉々になっていたのだから…。

 

 それ以来、俺たちの間では『布仏本音』のことは禁句になっている…。

 

 

 

「まぁ、気晴らしも兼ねて仕事しようぜ…?」

 

 

「…そうだな」

 

 

 

 元々、織斑一夏と奴に近しい人物の監視がメインだ。のほほんさんは奴とクラスメイトであり、そこそこ仲は良いがそれは他のクラスメイトにも言えることだし、そんなに重要な人物でもない。なので、当分は一夏と一夏ラヴァーズの観察を重点的にやっていくことにした。

 

 ……というのは建前で、本当は怖いからのほほんさんと二度と関わりたくないだけだ…。そもそも更識に付き従う存在である時点で関わるなって方が無理な話だ。それでも、せめて当分はこちらから接触するような真似は控えようと思う…。

 

 

 

「で、早速今日は誰を観察すんだ…?」

 

 

「中国代表候補生の『凰鈴音』」

 

 

「おっほ、セカン党…!!」 

 

 

 

 織斑一夏曰くセカンド幼馴染、中国からやって来た『凰鈴音』。彼女もまた一夏に惚れこんでいる女子の一人であり、絵に描いたようなツンデレでもある。しかし、本格的にISに乗り始めてからものの1年ちょっとで代表候補生になったことを考えるに、その才能は折り紙つきであると思われる。

 

 

 

「因みに、何でまた…?」

 

 

「彼女、独り言多いから盗聴器がどんどん声を拾ってくれるんだよ…」

 

 

 

 主に一夏に対する苛立ちばかりだが、廊下でも部屋でもよく喋る。一夏をプールに誘っていた時なんて特に凄かったかもしれない。デートに誘うことに成功したと思った(結果的にぬか喜び…)彼女はトリップ状態に突入し、まさしく頭のネジが何本かブットンだ感じになっていた…。

 

 まぁ結局その日、急遽『白式』のデータ取りなどという予定が入ってしまった一夏は遊びに行けず、代わりにセシリアを向かわせるという暴挙に出たらしいが…。

 

 

 

―――実はそれ、俺のせいなんだよなぁ…。 

 

 

 

「何したんだよ、お前…?」

 

 

「上の連中が白式のデータを手に入れろって言うから、山田教諭の書類の山にパチもんの書類を紛れ込ませてデータ取りをやるように仕組んだ。それが原因で一夏は…」

 

 

「……あらぁ…」

 

 

 

 俺は間接的に『ウォーターワールド』の崩壊に手を貸してしまったようである。でも、一夏に学園の外へ行かれると監視が大変なんだもの……あの時は久々に本気を出してしまった…。

 

 まぁ、これも仕事だ仕事…しっかり組織の連中にはデータ送っといたし、良しとしよう……。 

 

 

 

「とにかく、気を取り直して盗聴器のスイッチ・オン!!」

 

 

「いよ、待ってました!!」

 

 

 そんなわけで、俺は仕事道具のスイッチを入れた。早速、凰鈴音の部屋に設置しておいた盗聴器が室内の音を拾い始めた…。

 

 

 

『……う~ん…』

 

 

 

 最初に聴こえてきたのは、鈴音の何かを悩む様な呻き声だった。何か、ベッドの上であぐらかきながら腕組んでるところを簡単に想像できてしまう…。

 

 

 

『やっぱり、ここは諦めるべきか。それとも努力を続けるべきか…』

 

 

 

 どうやら何かの選択を迫られているようだ。今まで続けてきた努力をやめるべきか、続けるべきなのかを迷っているようだが…。

 

 

 

「この年頃の女の子が迷うモンって何だ…?」

 

 

「貯金か…ダイエットか……それともまさか、一夏のことを…?」

 

 

「いや、それは流石に無いだろ…?」

 

 

 

 普通だったら愛想が尽いてもいい気がするが、彼女ら一夏ラヴァーズに限ってそれは無い…。

 

 

 

『やっぱり、私には過ぎたモノなのかしらねぇ…』

 

 

「まさか、キャラ路線の変更か…!?」 

 

 

「いや、あの性格は造ってるわけじゃないだろう…?」

 

 

 

 でも、皆いい加減に素直になればいいのにとか思ったりもする。あの唐変木が分からないというのならば、いっそ分かるようストーレートに言えば手っ取り早いのにさぁ…。

 

 あ、ラウラという前例があった……駄目だったじゃん…。『嫁にする』って言っちまったから、一夏も微妙な感じになってるんだろうな。『夫にする』って言えば少しはマシになるだろうか?……いや、ならないだろうな…。

 

 

 

『ねぇ、ティナ』

 

 

『…やっと独り言やめたわね?』

 

 

「「居たのかよルームメイト!?」」

 

 

 

 鈴音のルームメイト『ティナ・ハミルトン』の声が聴こえてきた。言葉から察するに、また鈴音は彼女の目の前でずっとブツブツと呟き続けていたようだ…。

 

 普通に考えて、目の前の同居人が要領えない言葉を断片的に呟き続けたら困るよな…オマケに突然脈絡も無く話を振られたら余計に……。

 

 

 

『ティナはどっちが良いと思う?』

 

 

『いや、いきなり言われても分かんないから…』

 

 

『やっぱり持ってないモノを手に入れようとするより、自分が持ってるモノで勝負する方がいい?』

 

 

『ねぇ、聞いてる…?』

 

 

 

 鈴音はいたってシリアスな空気を醸し出しているが、ティナの方は戸惑う…というか、むしろ呆れているようだ。日頃から二人はこんな感じなのだろうか…。

 

 

 

『答えて頂戴、ティナ。私はマジよ…』

 

 

『あんた、これで会話が成立してると思ってるの?…ていうか、随分と重い話みたいだけど本当になんなのよ…?』

 

 

『そんなの、決まってるじゃない……私の…』

 

 

 

 お、どうやら言ってくれるらしいが…本当に何なんだろう?多分、俺ら二人とティナの心は完全にシンクロしているかもしれない…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『胸を大きくするのは諦めて、いっそ他のとこで勝負するかって話よ!!』

 

 

「『知・る・か・!!』」

 

 

 

 完全にティナとハモッてしまった……何でこう、俺が真剣に耳を傾けた相手の会話ってこんなのばっかりなんだよ…!?

 

 

 

『知るかとは何よ、知るかって!?』

 

 

『ま~た、部屋に私が居るのにも関わらず神妙な表情でブツブツ喋ってたと思ったらソレ!?訳わかんない呟き聞かされる上に若干存在を無視されてるみたいで結構精神的にくるからやめてくんない!?』

 

 

『うるさいわね!!こっちは真剣なのよ!?』

 

 

『だから知るかっての!!』

 

 

 

 ティナさんや…俺はアンタと気が合うかもしれん……

 

 

 

「おい、セイス…何でこっちを見る……?」

 

 

「何でもない…」

 

 

 

 俺の隣には…『シャルロット様』とか『ラウラちゃん』とか『のほほん怖い』を連呼して自分の世界に飛んでいく相棒が居ます……。

 

 そんなことを考えてる間にも、彼女らの会話は段々とヒートアップしてきた…。

 

 

 

 

『そもそも何よ!?あんたら欧米人って、どうしてそんなに皆スタイル良いのよ!?』

 

 

『それこそ知らないわよ!!ていうか、それを言ったら篠ノ之さんとかはどうなのよ!?』

 

 

『こっちは毎日牛乳飲んでるのに…!!』

 

 

『牛乳飲んでも胸の大きさは変わらないわよ!?』

 

 

『脂肪のある物もそこそこ食べてるのに…!!』

 

 

『普通はお腹にしか行かないから!!』

 

 

『自分で偶にマッサージしてみてるのに…!!』

 

 

『時々夜中に変な声出すのってそれが原因!?』

 

 

『人に揉まれると大きくなるって言うけど、一夏以外にやって欲しくないし、かといって恥ずかしい上にやってくれるわけないし…!!』

 

 

『それ迷信!!そして、微妙に惚気てんじゃないわよッ!!』

 

 

『ティナの馬鹿あああああああああああぁぁぁぁ!!』

 

 

『何でよ!?』

 

 

 

 

―――これ、なんてカオスだよ…。

 

 

 

 

「……多分、今日はずっとこんな感じが続くんだろうな…」

 

 

 

「…だな」

 

 

 

 一回暴走すると、もう歯止めが利かないのが鈴音という少女らしい…。そんなことを考えながら、盗聴器の電源を切ってしまおうかと悩んでいるうちにバターン!!という音が響いてきた。どうやら、鈴音が扉を思いっきり開け放って廊下へと飛び出たらしい…。

 

 と、その時…今の荒ぶる鈴音に最も遭遇してはならない人物が、そこに居合わせてしまった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、凰さん。ちょうど良かった、少し手伝って欲しいことが…』

 

 

 

 

―――やまだまや先生 が あらわれた !!

 

 

 

 

『うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁん!!巨乳なんて大嫌いよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』

 

 

 

『え、ちょ!?いきなり何ですか!?』

 

 

 

―――りんいん は にげだした !!

 

 

 

 

 

 その後、千冬の出席簿が出動するまで学園中に彼女の叫び声が轟き続けたという。事態が収束した後、何やら『貧乳はステータス!!の会』という裏サイトが誕生したらしいが、真相の程は定かでは無い…。

 

 そのサイトの創始者は“水色の髪をした眼鏡の少女”と噂されているが、サイトの名前と彼女の特徴を聞いた時点で調べる気力は全く湧かなかった…。

 



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オルコット式調理術

 

 

IS学園の寮には生徒共有のキッチンが存在している。大抵の者は食堂や購買で済ませるが、中にはこのキッチンを使用して自炊したり、軽食を作る者も居る。

 

 そして今日もまた一人、このキッチンに数々の料理本を片手に立つ者が居た…。

 

 

 

『さぁ、張り切って参りますわよ!!』

 

 

 

 

―――イギリス代表候補生『セシリア・オルコット』、その人である…。

 

 

 

 

 

「さぁ始まりました!!ワンサマーラヴァーズが一人、オルコッ党のシンボルことセシリア嬢によるクッキングタイムの時間でぇす!!イエアアアアアアアアア!!」

 

 

「……もう、何もツッコまねぇぞ…」

 

 

「司会は私、オランジュ!!解説役は我が相棒、セイすーどり……!?」

 

 

「やらねえからな!?もう仕事に直接関係ないことはやらねぇからな!?」

 

 

「ぐふぅ…つれねーこと言うなよ、どうせ暇だろ?」

 

 

 

 武士娘の修行といい、ペッタンコの愚痴といい、どうでもいい出来事ばかりで段々萎えてきたという時にこのノーテンキが提案してきたのは、『セシリアの調理過程をリアルタイムで見ない?』というものだった…。

 

 まぁ、実際に今の一夏は山田先生の元で補修を受けさせて貰っているので暇と言えば暇である。だが…

 

 

「つーか俺は見たことあるんだよ、セシリアの料理しているところ…お前に食わせたろ、卵サンド……」

 

 

「…あぁ、そう言えば」

 

 

 

 オランジュが一口で逝ってしまったアレは、我ながら最強の再現率を誇っていたと思う。今度マドカに送りつけてやろう…。

 

 

 

「だから見るならお前一人で見てろ。俺は寝る…」

 

 

「しゃーねーな、分かったよ…」

 

 

 

 さて、耳栓でも装着しておこうか。セシリアの調理に対して、オランジュが黙ってられるわけ無いんでな…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

『ふむふむ、まずは野菜とお肉を切りそろえるのですね…?』

 

 

 

 一冊の料理本を読みながらテキパキと手を動かし始めるセシリア。ここしばらくの間に包丁さばきだけはうまくなったようで、次々と材料が適度なサイズで切り分けられていく。

 

 

 

「ふぅん、結構なもんじゃないか…」

 

 

 

 あの卵サンドを作り出したというのだから、どんだけ酷いものかと思ったらそうでもない。ぶっちゃけ拍子抜けである…。

 

 

 

「どうしたもんかねぇ……オルコッ党の奴らに動画を頼まれてるんだけど…」

 

 

 ファンクラブの連中は飢えていた。美少女達に飢えていた。とにかく飢えていた。俺に『何でもいいから映像と写真を送ってくれ!!』と言ってくるぐらいに飢えていた…。

 

 本当に何かしら絵(エサ)になるものを送っとかないと、帰った時に俺の身が持たないかもしれない……主に、理不尽な恨みと妬みによって…。

 

 

 

『ふぅ…それでは、そろそろ本番ですわね……』

 

 

 

 気づいたら既に下ごしらえが終わっており、セシリアはそれらの材料と水の入った鍋に火を点けていた。どうやらスープ系の料理らしいが、はたして…。

 

 

 

『まずは、味噌ですわ』

 

 

 

 そう言って味噌の入れ物からオタマひとすくい分の量を鍋に投入した。中々手慣れた様子である…。

 

 

 

「もしかして、俺の知らないところで料理の腕を上げた…?」

 

 

 

 それはそれで良いかもしれないが、個人的にあれらの手料理がどうやって作られるのか気になっていたので微妙に残念な気分でもある…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『次はチョコレートを…』

 

 

 

「おいぃ!?」

 

 

 

 待て待て待て待て待てチョコレート!?味噌の後にチョコレート!?フランス人の俺でもその組み合わせはオカシイって分かるぞ!?

 

 

 

『さらに、マスタード!!』

 

 

「ゑええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

『イカスミにブルーベリージャム!!』

 

 

「ちょ、待っ…!!」

 

 

『中濃ソーーーーーーーーース!!』

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおお!?」

 

 

『…決まりましたわ!!』

 

 

「何が!?」

 

 

 

 本人は何かをやり遂げた感マックスな表情を浮かべているが、俺としては叫ばずにはいられない…。ていうか全ての食材に謝れてめぇええええええええええええええええ!!

 

 

 

『これでしばらく煮込んだ後に隠し味で仕上げですわね…』

 

 

「あの鍋の中に何入れても隠し味にならねぇよ!!」

 

 

 

 隠れる前に味が全部消滅するわ!!……これの同類を定期的に食わされてると思ったら、初めて一夏に同情という名の感情を抱いてしまったじゃないか…。

 

 

 

 

「…ていうか、スタンバイしてる調味料に碌なもんが無ぇ!?」

 

 

 視線をズラすと、セシリアの横に置かれた調味料はどれもこれも一緒に入れてはならない物ばかりだった。

 

 

 

 

 

 

―――醤油

 

 

―――ウコン

 

 

―――カスタード

 

 

―――粉チーズ

 

 

―――ケチャップ

 

 

―――マヨネーズ

 

 

―――タバスコ

 

 

―――コチュジャン

 

 

―――コーヒー牛乳

 

 

 

 

 

「味覚を殺す気か!?」

 

 

 

 これはヤバい。単体なら普通として見れるが、これら全部を同じ鍋に入れるのは正気の沙汰とは思えない。味を想像するだけで恐ろしい…。

 

 そんな俺の思いとは裏腹にセシリアは宣言通り、数分後に残りの調味料を残さずぶち込んだ。そのまま手に持ったオタマで鍋の中身をかき混ぜ、コトコト煮込んでいく。そして…

 

 

 

 

 

 

『ふふふ、出来ましたわ!!』

 

 

 

 

―――完成しちゃったようで…

 

 

 

 

 鍋からはできたて特有の湯気が立ち上っており、モニターから見た限りでは美味しそうである……本当に、見た目だけは美味しそうな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『カレーの完成ですわ!!』

 

 

 

「いや、有り得ねえからッ!!」

 

 

 

 

―――鍋の中身に入っていたのは、まさしくカレー(ビジュアルオンリー)だった…

 

 

 

 

『流石は私!!カレー粉無しでカレーを作れる方なんて、そうそう居ませんものね!!』

 

 

「確かに居ねぇよ…あんなもん入れて見た目をソレに出来る奴は……」

 

 

 

 どおりで用意した調味料が茶色やら赤やら黄色ばっかなわけだ。本当に彼女は色合いだけを頼りに料理をしてるみたいである…。

 

―――でも、本当に見た目だけは本物のカレーである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、時は金なり。今すぐ一夏さんに御賞味して貰いませんと…!!』

 

 

 

 

 

―――俺はこの時、初めて織斑一夏の為に十字架を切って祈った…

 

 

 

 

 そしてその日、トイレに駆け込んだ後に医務室へ直行した一人の男が居たそうだが……それが誰だったのかは、言わなくても分かるよな…?

 

 

 あぁ、それと…例のカレーは被害者が増える前に残りは俺が回収しといた。んで、せっかくだから全部ファンクラブの連中に送ってやったんだが…。

 

 

 

 

 

「オルコッ党の連中から連絡が一切来なくなったんだけど、どう思う?」

 

 

「……残さずに食ったんだろ…」

 

 

 

とりあえず、今度帰る時に人数分の胃薬を買って行くことに決めた…

 

 



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乙女修行? 前編

 

 

「大変だセイス!!」

 

 

「どした?」

 

 

 

 朝っぱらから何事だろうか?血相抱えたオランジュが俺の両肩掴みながら迫ってきた……正直言って、こいつの顔面どアップなんざ、こんな早い時間から見たくなんて無いんだが…。

 

 

 

「まずはコレを見ろ!!」

 

 

「ん?……テレビ視聴記録…?」

 

 

 

 IS学園の寮にテレビは基本的に無い。が、携帯のテレビ機能を使ったり自分で家から持って来たりする生徒も少なくない。

 

 はっきり言って誰が何の番組を見ようがどうでもいいので気にしてなかったのだが、この阿呆はいつのまにか部屋のコンピューターをイジってそれらを閲覧できるように改造したのだ…。

 

 

 

「で、それがどうした……って、時代劇ばっかだなコレ…」

 

 

 

 そこに記載されていたのは『水○黄門』や『必殺仕○人』、『暴れ○坊将軍』、さらには『鬼○犯科帳』なんてのもあった。ここって、確か女子校の筈だよな…?

 

 

 

「……あ、コレって篠ノ之箒のだな…?」

 

 

「正解」

 

 

 

 成程…あの武士娘なら納得だ。彼女がそれ以外に見そうな番組なんて、逆に思いつかないしな…。

 

 

 

「ところがどっこい、これは先月の記録なんだ。そして、これが今月最初の一週間の記録だ…」

 

 

「それがどうし……ん…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『冬のソ○タ』

 

 

―――『世界○中心で愛を叫ぶ』

 

 

―――『最後から二番○の恋』

 

 

―――『101回目のプロポーズ』

 

 

―――『青○鳥』etc.

 

 

 

 

 

 

「……緊急事態だな…」

 

 

「最初に『大変』って言ったの俺だけど、それ酷くね?」

 

 

 

 いや、あの篠ノ之箒だぞ?男より漢らしい瞬間を垣間見せる彼女が、恋愛ドラマにのめり込むなんてあるのか?オランジュが教育テレビをガン見するようなもんだ…。

 

 

 

「まるで箒が恋愛ごとに興味無い女みたいに言うなよ…彼女、一応恋する乙女だぞ?」

 

 

「それは嫌と言うほど分かってる。けどな、彼女はああいう“普通の愛情表現”は苦手だろ…」

 

 

 

 殆ど嫉妬やヤキモチによる肉体言語しかみたことないぞ、俺は。たま~に弁当や御飯作って一夏に渡してるところは見るが、やっぱりアプローチの仕方が少々物騒なものばかりな気がする…。

 

 しかも、いざベタな恋愛シチュエーションに遭遇したら、嬉しさより羞恥が勝っていつもの天邪鬼精神が二割増しになる始末だ。

 

 

 

「しかしよう…聴いた話によると、臨海実習の時に一夏と何かあったらしいぜ…?」

 

 

「一夏が死に掛けたって奴以外で?」

 

 

「互いにキスしそうになったらしい」

 

 

「マ・ジ・で・か!?」

 

 

「マ・ジ・だ」

 

 

 

 

 あの唐変木がキスされそうになったのでなく、互いにしそうになっただと!?今日はミサイルでも降ってくるんじゃないのか!?

 

 

 

「つまり、最近の彼女は以前より乙女らしさを求めても不思議ではないということだ!!」

 

 

「ナ、ナンダッテー!?」

 

 

「ネタで返事すんな」

 

 

 

 これは予想外だ。一夏と彼女らのやり取りが妬ましいのは確かだが、同時にこいつらの恋の行方が気になっているのも本音だったりする。そんで本人には悪いが、箒は多分幼馴染より先に進展できはしないだろうとか思っていたんだがな…。

 

 …あ、何か悪寒がしてきた……超凶悪な兎に睨まれたような…

 

 

 

「……あれ…?」

 

 

「どうした、セイス?」

 

 

「お前は箒のソレに納得してるみたいだけど、何で『大変』とか言ったんだ…?」

 

 

「あぁ、それはな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――彼女が一夏を自分の部屋に引きずり込んだからだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「くだらねぇもん見せてないで先にそれを言えこの馬鹿!!」

 

 

「ばいあらんッ!?」

 

 

 

 俺はオランジュの脳天に一撃喰らわせ、即座にコンピューターをセッティングし直して箒の部屋の盗聴器を起動させるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『いったい、どうしたんだよ箒。朝から部屋に呼び出して…』

 

 

『う、うむ…少し、頼みごとがあってな……』

 

 

 

 現在、時計は10時を過ぎた頃。大抵の人間が暇になるような時間帯であり、寮内も全体的に静かである。彼女の同居人である鷹月さんは実家に帰っているらしい。

 

 つまり、実質この辺り一帯は一夏と箒の二人きりの空間と言っても差支えがない…。  

 

 

 

「ふぅむ、てっきり襲う気なのかと思ったけど違うのか…」

 

 

「いやいや流石にそれは無いって…!!」

 

 

 

 分からんぞ?一夏の周りに居るのは全員可愛い顔した超肉食系少女ばかりなのだから。一夏の理性よりも、彼女らの我慢が臨界点突破する方が確実に先だとおもうがね…。

 

 

 

「ていうか、何でそんなに真剣なんだよ?実際、二人がヤったところで何か問題でもあるのか?……個人的に一夏を殺したくなる要因が増えるがよ…」

 

 

「いやいやいやいや滅茶苦茶問題あるからな?」

 

 

 

 “世界唯一の存在”というものは、望む望まざるに関係なく世界の中心になる。どんな些細なことでさえ、そんな存在がとった行動は自然と世界を巻き込みかねない規模になるものだ。

 

 現に世界最強という唯一無二の存在の唯一の肉親だからこそ、織斑一夏という人間はうちの組織や諸国の暗部に目を着けられる羽目になったのだから。

 

 

 

「世界最強の弟と天災の妹がくっついたとして、世界中のあらゆる組織がお前みたいに『へぇ、そうなんんだ~』で済ませると思うか?下手をすれば『織斑』と『篠ノ之』、どちらか一方に関わろうとすれば十中八九もう一方と関わらなければならなくなるんだぞ?」

 

 

「…それは、嫌だな」

 

 

 

 『織斑』との繋がりだけを持った者達は『篠ノ之』との繋がりを、『篠ノ之』との繋がりだけを持った者達は『織斑』との繋がりを新たに手に入れる。そうやって関わる人間を増やしながら、世界を巻き込む渦はその規模を大きくしていくのだ。

 

 もっとも、これは篠ノ之に限った話では無いけどな…。

 

 

 

「ま、今の彼女の口調からしてそういうのは無いみたいだから、特に気にするようなことは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一夏、付き合ってくれ!!』

 

 

「「『…はい?』」」

 

 

 

 

 はっはっは…またフラグだったか今のセリフこん畜生おおおぉぉぉ!!もう、呪いレベルだろ俺の死亡フラグ!!いっそ喋るのやめてやろうか!?

 

 

 

 

 

『付き合えって…何処に出掛けるんだ……?』

 

 

 

 

 

 

 この後に及んでそれだけは無いだろう、一夏よ……お前の事を好いている人間が、二人きりの部屋で『付き合え』って言ったらそれの意味することは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いや、私の修行に付き合え!!』

 

 

 

 

 

 

 そうそう、修行に決まって………おい、ちょっと待てや武士娘…

 

 

 

 



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乙女修行? 後編

次、にじファンに投稿してなかった話を書こうかと思ってます。本日の3人みたいなノリでシャルロットとラウラの小話でも…


 

 

 

 

 

 

『ゼェ…ハァ…ゼェ…ハァ…』

 

 

 

『お、おい箒…大丈夫か…?』

 

 

 

『あぁ、大丈夫だ…次いくぞ……』

 

 

 

『本当に平気か?辛いなら止めても…』

 

 

 

『大丈夫だと言っている!!とにかく、いくぞ!!』

 

 

 

 

 同じ部屋で、とある男女が二人きりで向き合っていた。片や息を切らしながら床に両手を付きながらへたり込み、もう片方は相手のその様子に心配そうな表情を浮かべている。言うまでも無く、箒と一夏である…。 

 

 

 

 

「おおおぉぉ…篠ノ之箒、あんたの歩む道はまさに修羅の道ということか……!!」

 

 

 

 

 それを音声のみで間接的に見守る者は思わず感嘆の声を漏らす。何せ、彼女のやっていることは常人からしてみれば苦痛でしか無い筈である。それに敢えて果敢にも挑戦する姿は、凄いの一言に尽きる。

 

 

 

 

『…分かった。箒がやるって言うなら、俺も最後まで付き合うよ』

 

 

 

『一夏……よし、行くぞ!!』

 

 

 

 

 呼吸を整え、意を決したかのような声を出しながらすっくと立ち上がる箒。正面に居る一夏と真っ直ぐ向き合い、次の動きの為に体から余分な力を抜く…。

 

 流れる静寂は一瞬……そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私の名前は篠ノ之箒よ、よろしくね♡』

 

 

 

『……。』

 

 

 

『…グフゥ……まだまだぁ!!』

 

 

 

『……。』

 

 

 

『こんにちは、今日も良い天気ね♪』

 

 

 

『……なぁ、箒…』

 

 

 

『ぬあああああああああああ!!何のこれしきいいいぃぃぃぃ!!』

 

 

 

『…本当に大丈夫か?』

 

 

 

『大丈夫だ!!…いや、大丈夫よ!!……ウグァ…』

 

 

 

 

 

 一応言っておくが、そこに居るのは箒と一夏だけである。箒と一夏だけである。大事なことだから二度言った…。

 

 

 

 

 

「流石は箒さん、俺達に出来ないことを平然とやってのける!!そこに痺れる憧れるぅ!!」

 

 

 

「じゃ、ねぇーだろッ!!」

 

 

 

「あっしまーーー!?」

 

 

 

 

 

 セイスにグーパンでツッコミを入れられたオランジュは部屋の隅まで吹っ飛んでいった。けれど依然としてセイスの額には、青筋がくっきりと浮かび上がっていた…。

 

 

 

 

 

「何なんだよ、これは!?えらい緊張した風に『修行に付き合え!!』って言ったと思ったら、さっきから女口調の後に呻いたり叫んだりする箒の声しか聴こえてこねぇじゃねーか!!」

 

 

 

 

 

 

 そうなのだ…一夏に修行に付き合えと言った箒は特に場所を変えるわけでもなく、その場で何かを始めたのである。何だろうと思い、よく耳を済ませて盗聴器越しに聴こえてきたのは箒の『一夏、ゆっくりしていってね♡』という言葉と、その後に響いた羞恥心による後悔を感じさせた断末魔である…。

 

 

 

 

 

 

「何なんだよ…だと…?……そんなの決まってるじゃないか!!」

 

 

「あ゛?」

 

 

「イメチェン」

 

 

「一生黙ってろ大馬鹿野郎!!」

 

 

「はいざっくかすたむ!?」

 

 

 

 

 

 

 本当にここ最近は碌なことが無ぇ!!偶には役に立つ情報を俺にくれよお前ら!!

 

 

 

 

 

 

「昔は自分たちのISの事とか、学園の設備の事とか結構喋ってくれてたのによぉ…」

 

 

「痛つつ…まぁ、彼女らも何だかんだ言って普通の女の子ってことなんだろ?」

 

 

「そりゃ、な…」

 

 

「それにイメチェンってのは、あながち間違ってないと思うんだけどな?」

 

 

 

 

 そうかもしれないが、だとしたら箒の今のライフはゼロを通り越してマイナスの領域に突入しているのではなかろうか?彼女はこういう口調をするところを見たことがない、ていうか聴いたことが無い。

 

 

 

 

 

『私って可愛いでしょ?……ふおおおおおおお!?』

 

 

『……俺はどうしたらいいんだ…?』

 

 

 

 

 

 笑ってやればいいと思うよ?……あ、駄目だ。怒らせかねない…。

 

 『男女』とか揶揄されて苛められかけた過去を持っていたことを考えるに、多分幼い時から今の口調なのだろう。そういう人間に限って、らしくない口調というのは人一倍恥ずかしく感じるものだ。

 

 ……俺だって今更、自分の事を『僕』とか呼びながら坊ちゃま口調にしろとか言われたら、やれと言った奴をボコボコにするかもしれん…。

 

 

 

 

 

 

―――ゴトゥ…!!

 

 

 

 

 

 何か今、盗聴器の向こうから何かが崩れる音が聴こえてきたぞ…?

 

 

 

 

『ほ、箒いいいいぃぃぃぃぃぃ!?』

 

 

 

『………。(返事が無い、ただの屍のようだ)』

 

 

 

 

 どうやら限界を迎えたようだ…ぐったりした表情のまま一夏に抱えられてる様子が目に浮かぶ……。

 

 

 

 

『おい、しっかりしろ!!目を開けろ!!』

 

 

 

『……う、ううん…』

 

 

 

 

 当たり前のように、命に別状は無いようだ…てか羞恥心の限界を突破して死にましたって、情けなくてもう一度死にたくなるっての。

 

 

 

 

『…ハッ!!私はいったい何を?』

 

 

 

『良かった、平気みたいだな…』 

 

 

 

『ッ!!か、顔が近いぞ一夏!!』

 

 

 

『あ、悪い』

 

 

 

 

 倒れた自分を抱きかかえた一夏に顔を覘きこまれる形になっていたらしく、目を開けた途端に一夏が居たもんだから箒は驚きの声を上げる。ただ最後に、名残惜しそうな声で微妙に『あ…』って聴こえたのは気のせい……では無いな…。

 

 

 

 

『にしても…いったい何がしたかったんだ……?』

 

 

 

『…この前の臨海実習で言ったではないか』

 

 

 

『ん?』

 

 

 

『私の事を異性として認識する時があると…』

 

 

 

『あぁ、言ったけど…それがどうした?』

 

 

 

 

 これか…オランジュが言ってた、臨海実習で箒と一夏の二人の間にあった何かってのは……。

 

 

 

 

『だから、これを機に口調を女らしくしてみようかと思ったのだが…』

 

 

 

『…何であれが口調を変えるキッカケになるんだ?』

 

 

 

『う、うるさい!!とにかくそういう事だ!!』

 

 

 

『……どういうことだよ…』

 

 

 

 

 成程ね、異性として認識する時があると言われて嬉しかった、と…だったら口調も女らしく変えてさらに異性として感じさせようとか考えたわけか……代償は大きかったみたいだが…。

 

 

 

 

『別にいいんじゃないか?いつもの箒の口調でも…』

 

 

 

『ッ!!…やっぱり、私には女らしい口調は似合わないのか……』

 

 

 

『いや、可愛かったけどさ』 

 

 

 

『ッ!!!?』

 

 

 

 

 どうしてそうやってホイホイとそんなこと言えるんだお前はぁ!?……あぁ…モニターなんて無いのに箒の表情が一気に明るいものになっていくのが分かる…。

 

 

 

 

『ただ、叫ぶくらい無茶してるんだろ?そんなに無理して口調を変える位なら、今の自分らしくやってる方が良いと俺は思うぞ?』

 

 

 

『……自分らしく、か…』

 

 

 

『それに、別に女らしい口調なんかに無理やり変えようとしなくても、箒は充分に女らしいと思うんだけどな…』

 

 

 

『ッ!!……そうかそうか、お前がそこまで言うのならそうなんだろうな…!!』

 

 

 

『おう、保証してやる』

 

 

 

 

 さっきまでのグロッキーと暗い雰囲気は何処へやら…。一夏の言葉により、みるみる内に機嫌を良くしていく箒。えぇい!!IS学園の天然女たらしは化け物か!?

 

 

 

 

 

―――そんなこんなで一件落着しそうな雰囲気だったのだが、最後の最後で箒がやりおった…

 

 

 

 

 

『……なぁ、一夏…』

 

 

 

『どうした?』

 

 

 

『最後にもう一回だけ付き合ってくれないか?』

 

 

 

『え、いいけど…』

 

 

 

『それでは行くぞ…』

 

 

 

 

 さっきとは比べ物にならない緊張感を漂わせ、箒は一度沈黙する。だが、それも少しだけの事であり、すぐに彼女は口を開いた。そして、彼女が紡いだ言葉は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――私は貴方のことを、心から愛しています…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「『……。』」」

 

 

『……ど、どうだ!!///』

 

 

 

 修行という名目により、結果はノーカンになるので躊躇うことなく告白の言葉を放った箒…。 

 

 俺らと、その場に居る一夏は思わず硬直してしまった。ついでに俺の全財産を賭けてでも言うが、今の彼女の顔は確実に赤より赤い紅になっていること間違いなしだ…。

 

 そしてしばらくの沈黙の後、一夏が先に口を開いた。

 

 

 

『あ…あぁ、何かこう…色々と凄かった……!!』

 

 

『そ、それは良い意味でか!?』

 

 

『そりゃあ、な…』

 

 

『ふ…ふ、ふふふ…そうかそうか!!』

 

 

『箒、顔が真っ赤だぞ?熱でもあるのか…?』

 

 

『だだだだ大丈夫だ、問題無い!!』

 

 

 

 

 

 その日、箒が最後までずーーーーーーーっと御機嫌だったことと、オランジュが嫉妬に駆られて一夏をブッ殺しにいこうとして俺に半殺しにされたのは、言うまでもないだろう…。

 

 余談だが、今日の箒の発言は全て盗聴器に記録済みである。どうせなので、データ化して組織のファンクラブの連中に送ってみたのだが……色々とヤバい事態になった、とだけ言っておく…。

 

 



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仏の戯れ 前篇

さて、完全新話で御座います。例によって分割で御座います。


 

「うぅ~ん…」

 

 

 悩む…本当に悩む。目の前にポンッと置かれ俺と睨めっこ状態のこの書類…組織から送られてきた報告書の内容は、俺にとある葛藤を引き起こさせるのには充分だった。

 

 

 

「何してるんだ…?」

 

 

「……いや、ちょっとな…」

 

 

 

 こっちを心配してオランジュが声を掛けてくるが、つい言葉を濁す。何故なら俺が悩んでいる理由の半分は、コイツのせいでもあるのだから。正直な話、この報告書をオランジュが見た時にどんな行動をするか分かったもんじゃ無いので不安なのだ…。

 

  

 

「そういう割には30分もず~っとその紙ペラを眺めてるけど……それ、何なんだ…?」

 

 

「えぇと……アレだ、俺とマドカが壊した物の請求書…」

 

 

「あぁ、成程…」

 

 

 

 だから俺は嘘を吐く。やっぱり、この問題は俺一人でどうにかしよう…幸いな事にオランジュは今日、別の仕事の為にこの隠し部屋を離れる。現に今も俺と会話しながら必要な荷物を纏めている最中だ。

 

 

 

「無論マドカが原因ってのもあるが、お前も自重してくれよ?」

 

 

「毎度暴走しかけるお前に言われたくないんだけどな…?」

 

 

「だが残念、お前が止めてくれる御蔭で常に未遂だ!!」

 

 

「何かムカついたから殴らせろ」 

 

 

「うえぇい!?そりゃ勘弁!!じゃ、さっさとお暇させて貰うぜ!!」

 

 

 

 そう言うや否や俺から逃げるようにして隠し部屋からオランジュは去って行った。念の為、本当に去ったのかどうか監視モニターでチェックしてみるが本当に行ったみたいだ…。

 

 

 

「……よし、やるか…」

 

 

 

 邪魔者(暫定)が消えたのを確認した俺は改めて報告書の内容を確認してみる。そこに書いてあった物は、とある通販サイトの会計帳簿のコピーだ。この通販会社はうちの組織、亡国機業が資金集めに利用している会社の一つである。一応の傘下とは云え末端の末端も良いとこで、オマケにこっちはただのスポンサーの真似事をしただけだ。その為ここの経営を直接任されてる者は、自分が亡国機業に加担しているという事実さえ知らない。

 

 ぶっちゃけこの通販サイトが取り扱っている品物は限りなく黒に近いグレーな商品ばかりである。諸事情により販売できなくなったDVDやゲーム、某アジア大国の様に著作権無視のパチモン等…販売するのは勿論の事、場合によっては買った本人も警察の御厄介になりそうな物が混ざっている。無論、普通の商品も扱っているが割合的にやっぱり危ない物の方が多いので、大抵のまともな人間は利用を避けているのが現実である…。

 

 ところが、そのサイトの利用者リストが俺の目の前にあるのだが、その中に意外な人物の名前を発見してしまったのだ…。

 

 

 

 

「何でここにお前の名前があるのかねぇ?……『シャルロット・デュノア』さんよ…?」

 

 

 

 

―――リストの一覧に、フランス代表候補性である彼女の名前がしっかりと記入されていた…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 さて、所変わってここはIS学園の外。現在セイスは学園と街を繋げるモノレールの駅、そこにやって来た目的の人物を追ってそこに居た。その人物は人目と時間を気にしているようで、しきりに周囲と時計を気にしている…。

 

 

 

「……遅いなぁ…」

 

 

(ホントにな…)

 

 

 

 言わずもがなその人物とはシャルロット・デュノアである。報告によれば、今日の今頃にこの場所で例の商品(ブツ)を受け取るそうだ。

 

 

 

(……それにしても、何を購入したんだ…?)

 

 

 

 さっきも言ったが、シャルロットが利用したサイトはあんまり真っ当な場所では無い。そんなサイトを国家代表候補生が利用し、あまつさえ碌でも無い品物を購入したとあってはその国の汚点になる可能性があったりする。

 

 早い話、フランスを強請るネタの入手が今回の目的なのだ。男装させてIS学園に送りつけた件は最悪デュノア社に押し付けてしまえば良いが、流石に今回はそうも言ってられない。これはシャルロット本人の意思であり、フランス代表候補生の意思と言う事になる。つまり、もしもシャルロットが碌でも無いサイトで碌でも無い物を購入してた場合、それは速攻でフランスのイメージダウンに繋がる事になる。

 

 ゴシップ的で下世話なネタだがデュノア社の件も含め、IS関係においてただでさえボロボロのフランスにとってはトドメになりかねない。故に、結構重要な話だったりするのだ。

 

 

 

「……あ、来た…!!」

 

 

(なぬッ!!)

 

 

 

 と、今回の事を整理している内にシャルロットが待っていた人物が来たようである。物陰に隠れながら、声につられてそちらの方へと視線を向けてみると…。

 

 

 

(何だありゃ…?)

 

 

 

 その人物の恰好は明らかに不審人物のソレだった。このクソ暑い中黒いジャケットに黒いスーツ、黒い帽子に黒いサングラス…ご丁寧にマスクまで装着している。ぶっちゃけ、警察官に声を掛けられても不思議じゃない……ていうか通報されない方がおかしい…。

 

 

 

「…合言葉は?」

 

 

「えっと、『合言葉こそ合言葉』」

 

 

「ユーザーIDは?」

 

 

「『そんな物など無い!!』だよね?」

 

 

 

 

 ……彼女に何を言わせちゃてるんだろうか、この不審者は?いや、受取人の確認なんだろうけど…

 

 

 

「はい、確かにシャルロット・デュノア様ご本人でございますね。それでは、こちらが御注文の御品になります。お支払いはカードですか?」

 

 

「いえ、この場で現金一括払いで」

 

 

「恐れ入ります。では、二千六百八十円になります」

 

 

 

 何か値段が地味過ぎねぇ!?確かあのサイトって普通に1万円くらいする品物が殆どだった気がするんだが!?……やばい、何か嫌な予感しかしないぞ…

 

 

 

「あれ、送料は…?」

 

 

「今回はサービスさせて頂きます。今後も御贔屓願いますね?」

 

 

「あ、ありがとう…」

 

 

 

 ん?ちょっと待て、今の声って何か聞き覚えがあるような…

 

 

 

「千、二千…はい、丁度お預かりします。ご利用ありがとうございます」

 

 

「どうも」

 

 

「では、失礼します。」

 

 

 

 そう言って、通販サイトの不審者(従業員)はその場を去って行った。その場に残されたのはそこそこのサイズを持つ小包を抱えたシャルロットだけである。本来なら学園に戻ろうとしている彼女を追いかけるべきなのだが、俺は敢えて不審者の方を追いかけた。

 

 

 

(アイツ…もしかして……)

 

 

 

 どうもソイツの声に聴き覚えがあったのだ。それを確かめるべく、何気なくシャルロットを素通りしながら奴が去って行った方へと歩を進めた…の、だが……

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

 

―――曲がり角に差し掛かった瞬間に拳が飛んできた…

 

 

 

「て、当たるかそんなもん…!!」

 

 

「ッ!?」 

 

 

 

 一瞬だけ怯んだものの、拳自体は俺にとっては大した速度じゃ無かった。少しだけ体をずらし、その拳を避けながら相手の背後に回り込んで腕を掴みあげる。そして、そのまま関節を決めてやった。

 

 

 

「痛たたたたたた!!全く、誰なんですか!?私は別に怪しい者ではありませ…」

 

 

「いや、その恰好はベッタベタな程に不審者だぞ?」

 

 

 

 至近距離でその声を聴いたことにより、俺の疑惑は確信へと変わった。あっさり俺に腕を取られてしまったものの、俺の気配に気付いて不意打ちして来れたのも納得である…。

 

 

 

「て、アレ?……もしかして、セイス君ですか…?」 

 

 

「何してんだよ、『流星(メテオラ)』…」

 

 

 

 

―――亡国機業、フォレストチーム所属のエージェント……目の前に居る不審者は、俺とオランジュの同僚である男……『メテオラ』だった…

 

 

 

 

 

 

「何って、バイトですが…?」

 

 

「……嫌な予感しかしねぇ…」

 

 

 

 もう、シャルロットの調査やめて良いか…?

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「バイトって…お前ら俺が送ったデータはどうした?」

 

 

「いやぁ、諸事情により暫くオークションは禁止になりまして…」

 

 

 

 サングラスとマスクを外し、その辺にあったベンチに座って互いに情報交換する俺とメテオラ。コイツは俺達と同じくフォレストの旦那の部下であり、主に経済面での仕事を任されている。性格は飄々とした感じのちゃっかり者である。オランジュが勝手に送ったIS学園の生徒達の写真やら映像やらを使い、ファンクラブの連中を相手にオークションを開催して小遣い稼ぎをしていたそうだ。

 

 その売り上げの一部は巡り巡って俺の懐にも少しだけ舞いこんで来るので、あまり文句は言わなかったのだが禁止されたとはどういうことだろうか…?

 

 

 

「組織から来ませんでした?例の襲撃者の話…」

 

 

「あ…」

 

 

 

 そういえば、何か前回のオークション会場が襲撃されたとか聴いたな…。その時に犯人の特徴を聴かされ、色々と尋ねられた。実は犯人に凄く心当たりがあったのだが、何か怖くなったので俺もオランジュも知らぬ存ぜぬを貫き通してしまった。だって、死にたくないんだもん…。

 

―――詳しい話はいつかまた、な…?

 

 

 

「金を稼ぐつもりが全壊した会場の弁償で大赤字ですよ。全く…」

 

 

「あぁ…何と言うか、ご愁傷様?……取りあえず、さっきバイトって言ってたけどどう言う意味だ?」

 

 

 

 これ以上この話題を続けると何かと地雷を踏みそうなのでさり気無く話題を変えてみる。ていうか俺にとってはこっちが本題である。

 

 

 

「バイトはバイトですよ。今月ピンチなんでバイト先を捜したら、フォレストさんにココを勧められましてねぇ。何でも、末端とは云え一応は組織の傘下らしいですし…」

 

 

 

 冗談抜きでバイトかよ。仕事に関してメテオラは優秀だが、同時に激しい浪費家である。何に金を使っているのか知らないが、とにかく給料は速攻ですっからかんになるそうだ。そんなわけであの手この手で小金を稼ごうと試みてるそうなのだが…。

 

 

 

「そういう君は何をしてるんですか?…て、愚問でしたね。デュノア嬢ですか……」

 

 

「あぁ、そうだ」

 

 

 

 オランジュと違って察しが良いのは流石と言うべきか。つーか、俺じゃなくてメテオラに依頼した方が早かったんじゃないかこの仕事?

 

 

 

「というわけで、シャルロットは何を購入したか教えてくれないか?」

 

 

「無理です」

 

 

「……もう一度言ってくれ…」

 

 

「無理です」

 

 

「何でだよ!?」

 

 

「お客様のプライバシーを守るのは当然で御座います」

 

 

「優先順位オカシイだろ!?」

 

 

  

―――前言撤回、やっぱり馬鹿だコイツ…。

 

 

 

「……て、いうのは冗談です。君の前に私の所にも来ましたよ、その仕事内容…」

 

 

「え?」

 

 

「無論やりましたよ?……ですがお恥ずかしい事に、失敗しまして…」

 

 

「お前が失敗って、マジ…?」

 

 

 

 メテオラが失敗?コイツが任務をしくじった話なんて殆ど聴いたことが無い。にも拘わらず、そんなメテオラが失敗したっていったい何が… 

 

 

 

「私がデュノア嬢に渡した小包…見た目が地味なくせに開かない、壊れない、破けない、燃えない、溶けないと来た上に何を使っても中を見れないという無駄なハイスペックを誇ってたんです……」

 

 

「……何だその無駄機能は…?」

 

 

 

 あぁ…要するに、あの箱は購入者以外は開封できないようになっているということか。となると、中身を確認するには本人に開けて貰うしか無いということで…。

 

 

 

「都合の悪い事に、このサイトの経営者は一応表の人間です…あまり堂々と出来る様な奴じゃありませんが……。そんな相手に強く営業面に口出しして揉めたりしたら面倒ですし…」

 

 

「コッチのやってることの後ろめたさはアッチの比じゃ無いからな…」

 

 

「というわけで、彼女が小包を開封するであろう学園の自室を見張るのが一番良いのです。つまり、それをやるのに最適な人員は…」

 

 

「IS学園に居座ってる俺って事か…」

 

 

 

 あ~ぁ、やっぱりやんなきゃいけないのか……女子の部屋の覗き見…。そう思いながら、俺は若干重い足取りでIS学園へと戻り始めた…。

 

 

 

 




今日中にもう一話投稿予定


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仏の戯れ 後編

危ねぇ!!時間ギリギリだった!!

すいません、今日はもう感想返せないかもしれないっす…!!


 

 

「さて、戻ったのは良いのだけど…」

 

 

 メテオラと別れ、いつもの隠れ家に戻った俺。好都合な事に未だオランジュは帰って来ておらず、部屋には俺だけしか居ない。邪魔したり騒いだりする奴も居ないので、テキパキとコンピューターを起動させてカメラの画像をチェックしようとしたのだが…。

 

 

 

「あの二人の部屋にカメラ仕掛けて無いんだった…」

 

 

 

 犯罪組織に所属しているとは云え、それはそれこれはこれ。ラッキースケベ以上にタチの悪い真似をするのは気が引ける。何より、本人の了承を得ずに女子の着替えとか入浴中の映像を残すなんて事は、一寸ほど残った良心に何かを訴えかけてきてとてもじゃないが出来ねぇ…。

 

 

 

「これじゃメテオラのこと言えないな。さて、どうしたもんか…」

 

 

 

 一応、盗聴器だけは設置してある。だが今回は小包の中身…視覚的情報が必要なのだ。下手な推測だけではどうしようもない。

 

 

 

「ま、とにかく盗聴器のスイッチON!!」

 

 

 

 キーボードを軽やかに叩いてシャルロットの部屋に仕掛けてある盗聴器のスイッチを入れる。すると、いつもの様にモニターから部屋の主の声が響いてきた…。

 

 

 

 

『ハァ~…やっと手に入った~!!アッハハ~♪』

 

 

 

 部屋には一人だけなのだろうか、やけにテンションの高いシャルロットの声が聴こえてくる。雰囲気から察するに、今はお目当ての品が入った小包に満面の笑みで頬ずりでもしてるんじゃなかろうか?

 

 

 

『さ~てと、早速開封~♪……あれ…?』

 

 

「…ん?」 

 

 

 

 突然シャルロットが何かに困惑したような声を出した。まるで自分にとって完全に予想外な事態に遭遇したかのような…

 

 

 

 

『……小包が…開かない…』

 

 

「おいぃ!?」

 

 

『ふぬッ!!……え、ちょ…何これ本当に固いよ!?』

 

 

 

 どうやらメテオラが言ってたことはマジのようだ。盗聴器越しに彼女が悪戦苦闘する呻き声が聴こえまくってくる…。思いっきり引っ張ったり鋏が折れる音、カッターが跳ね返される音まで響いてくる始末だ……コレって逆に苦情来るんじゃないか?業者さんよ…。

 

 

 

「ていうか、買った本人が開けれないとなると俺はどうしたら良いのさ…」

 

 

 

 購入者しか開封できないからという理由で俺がこれを担当したっていうのに、現実がこれじゃあ手におえないったらありゃしな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォン!!

 

 

 

 

「って、何だ!?」

 

 

 いきなりマイクの集音可能量を上回りかねない轟音が学園中に響いた。一瞬だけ本気で耳の鼓膜がイカレそうになってビビったが、どうにか意識をそっちに向ける…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふぅ、まさか僕の最終兵器を使わないと開かないなんて…』

 

 

「もしや『シールドピアーズ』使ったのか!?」

 

 

『……でも、それでやっと蓋が開くだけってどういう事…?』

 

 

「小包壊れなかっただと!?」

 

  

 第三世代機にさえ大ダメージを与える第二世代機最強の武器のひとつ。それを使われて原型留めたままってどんだけ頑丈なんだよその小包はッ!!……メテオラ、絶対にこの通販サイトの経営者は表の人間なんかじゃ無いと思うぞ…

 

 

 

『おいシャルロット!!今の音は何だ!?』

 

 

『ラ、ラウラ!?』

 

 

『…て、何故に武装だけとは言えISを展開している!?』

 

 

『こ、こここれはその…!!』

 

 

 

 おっと、やっぱり学園中に響いていたか。偶々付近をうろついていた、もしくは部屋に戻る途中だったラウラが部屋に入って来たみたいだ。シャルロットは慌てて自分が出していた物を隠そうとしたのだろうが、間に合わなかったようで…

 

 

 

『も、もうラウラったらどうしたの?僕は何も…』

 

 

『今更後ろに隠そうとしても無駄だ。そもそも隠しきれてないぞ…』

 

 

 

 シールドピアーズを必死に自身の後ろに隠そうとしている彼女を想像してしまった。というか、量子化しろよ…。

 

 

 

『本当にどうした、敵襲でもあったのか…?』

 

 

『……え、えっとね…』

 

 

 

 すんげー目が泳いでいる、もしくは視線を逸らしている姿を想像するのは本当に容易だった。そりゃあ、通販で買った品を開封する為にISの武装を使ったなんて言えないもんなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『コレが中々開封できないから、つい…』

 

 

「言いやがった!?」

 

 

『そうか、それは仕方ないな』

 

 

『しかも納得されただと!?』

 

 

 

 嘘だろ!?いくらラウラが色々と非常識だと言ってもそれで納得していいのか!?

 

 

 

『だから言ったろ?そこの通販サイトの包みは非常識なぐらいに頑丈だ、と…』

 

 

『うん、正直言って半信半疑だったからビックリした…』

 

 

「なん…だと…?」

 

 

 

 え、もしかしてラウラも利用者の一人ってことか?でも、名簿に彼女の名前は確か無かった筈…

 

 

 

『ところで、ラウラは何でこの事知ってたの?』

 

 

『クラリッサ』

 

 

『……何でだろう、その人の名前を聴いただけで納得できちゃったよ…』

 

 

「……俺もだ…」

 

 

 

 怪しげな通販、腐女子な副隊長…うん、何かを察するには充分だ……。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 しばらくして、シールドピアーズによって学園中に響いた轟音を聴きつけた山田先生が来たみたいだったが二人はシラを切り通したらしい。何とか山田先生をやり過ごした後、ラウラはシャルロットに何を買ったのか尋ねたのだが、結局シャルロットは最後まで教えようとしなかった。というわけで…

 

 

 

「結局部屋に忍び込む羽目に~♪……面倒くせぇ…」

 

 

 

 ステルス機能全開、警戒心マックスで魔王の類にビビりながら学園の廊下を突き進む。途中、生徒達と遭遇しそうになった時は隠れたり持参したダンボールでやり過ごしながらシャルロット達の部屋をひたすら目指す。そして、遂にその目的地に辿り着いた…。

 

 

 

「とうちゃ~く」

 

 

 

 さて、取り敢えず扉の鍵穴に仕事道具のひとつをチョチョイのチョイっと弄ると、数秒でカチャリと音をたてながら開錠。やっぱりココのセキュリティーはちょろい。

 

 

 

「さて、例のブツは…」

 

 

 

 流石はあの二人というか、予想通り部屋はしっかり整理整頓されてて綺麗だった。故に、逆にシャルロットがどこに例の品を片付けたのか分からない。とは言っても、こういう作業は手慣れてるつもりなので左程苦労はしなさそうだ。

 

 

 

「大体、誰かに見せたくない教えたくない物を隠す場所ってのは…」

 

 

 

 この部屋に物を隠せる場所なんて限られている。クローゼットはラウラも使うから無し、風呂場は論外、ベランダも同じ、ロッカーの類は無い。となると残すは…

 

 

 

「ベッドの下だ、な……ッて、ええぇ…?」

 

 

 

 あった。やっぱりベッドの下にあったんだが、例のバグ包みでは無く…

 

 

 

「……金庫…?」

 

 

 

 これまた無駄にゴツいダイヤル式の金庫だった。シャルロットのベッドの下であり、その隣に空っぽになった例の包みが転がっていたので多分中にブツが入っているのだろうが…。

 

 

 

「シャルロット、この金庫も買ったのか?これ、性能的にも値段的にもかなり良い奴だぞ…」

 

 

 

 政府高官の書類をパクりに行くと高確率でこの金庫とエンカウントしている気がする。あまりに見慣れてしまったので、ある日調べてみたら地味に高額だった事を知った。流石は将来国を背負う者なだけあってか、俺達とは収入差が段違いだ…。

 

 

 

「ま…見慣れてる分、開けるのも慣れてるんだけどな……」

 

 

 

 ダイヤルを右にカチカチ、左にカチカチ、また右にカチカチ…そんな風に今まで培った経験と感覚任せに俺はダイヤルを回す。そして案の定、すぐに金庫の戸は開いた。高性能とは言え、所詮は市販……チョロイぜ…。

 

 

 

 

「さってと、フランス代表候補性の秘密とごたいめ~ん…」

 

 

 

 

 ぶっちゃけた話、既にこの時点で嫌な予感しかしなかった。今まで何かを期待し、それに裏切られるというのがテンプレになって来ているここ最近。今回もどうせそんなことだろうと思ったよ…あぁ、思ったよ!!フランスを強請るどころか、ゴシップネタになるかどうかも怪しい残念な結果になると思ってたさ!!

 

 

 

「けどな…やっぱりムカツクんだよ!!苦労した結果、見つけたもんがこんなだとさぁッ!!」

 

 

 

 

 開かれた金庫にて俺を待ち構えていたもの…それは40センチ弱の大きさであり、見た目は結構フカフカしていそうだった。そして人の形をしており、白ベースの制服を纏って黒い髪をしている。そいつの目は無駄につぶらな瞳をしており、今はその綺麗な視線に対して無性に腹が立った…。

 

 確かにそれは、諸事情により今の日本…それどころか世界でも探すことが難しいとされている。だが、いくらグレーなサイトを使ったとは言っても、購入したものがこれじゃあなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――国内完全限定生産ぬいぐるみ商品、『いちか君人形』なんざ何のネタにもならねぇ…

 

 

 

 

「あぁもう!!本当に最近こんなのばっかりだ!!」

 

 

 

 いくら何でも、ぬいぐるみを購入しただけで国を強請るネタに何かなるわけない。購入方法はいささか問題があるかもしれないが、そんなに騒ぐようなことでも無い。完全に無駄足だった…。

 

 

 

「ていうか無駄に可愛くデザインされてやがんな、コレ…」

 

 

 

 かと言って全くの創作キャラというわけでもなく、本人をしっかり意識できる程度の面影が残っている。うん、織斑千冬が肖像権の侵害で訴えるまで馬鹿売れしてた理由が良く分かる。ましてや奴に想いを寄せてる奴にとっては尚更…。

 

 

 

「……つーか予想出来たとは言え、何か疲れた…」

 

 

 

 もういいや…とにかく、さっさと帰って組織に連絡しよう。完全な無駄足だったと。そんで今日はもう寝てしまおう。嫌なことがあって疲れたら寝るに限る…。

 

 

 

 

 そう思った時点でさっさと部屋から出れば、“あんなもの”を見つけることは無かったろうに…

 

 

 

 

「……ん?何だコレ…」

 

 

 

 シャルロットのベッドとは反対側…ラウラのベッドの下から何かがはみ出てたのを見つけてしまった…

 

 




次回、『何かに目覚めた黒兎』


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覚醒(?)黒兎

次回は新生のほほんさんを…


 

 

「……何じゃこりゃ…」

 

 

 

 ラウラのベッドの下に置いてあったもの……それはかなり大きなトランクケースだった…。が、そのトランクケースは何やら異様な雰囲気を放っている。

 

 何故なら、やたらデカいそれはどういうわけか、“鎖でグルグル巻きにされ、南京錠で拘束”されていたからだ。しかも何処ぞの神社から貰ってきたのだろうか、怪しげなお札が何枚も貼られている…。

 

 ぶっちゃけ超怖いんだけど…。

 

 

 

「けど、シャルロットの金庫よりは何か入ってそうだな……て、うん…?」

 

 

 

 そこで気付いたのだが、そのトランクから何かはみ出ていた。半ば封印状態に近いソレの隅っこから、黒い布の様な物がチラリと見えるのだ。いよいよ持って怪しくなってきたぞこの中身…

 

 

 

「ほぼ手ぶら状態だからな……手土産に、片鱗の一つでも頂いていく…!!」

 

 

 黒兎部隊長の秘密の片鱗を手に入れるべく俺は仕事道具を取り出し、謎のトランクケースへと襲い掛かる。その異様な雰囲気に改めて気圧されそうになったが怯んだのは一瞬、ピッキング道具を南京錠にねじ込んだ。そして手慣れた手つきでカチカチと弄くって…

 

 

 

―――カチリッ…!!

 

 

 

「おっしゃ、開封!!」

 

 

 

 ゴツイ見た目の割には安物だったな、この南京錠。さ~て、ジャラジャラと鎖を外し、念のため怪しげなお札も全部引っぺがす。そして、遂に…

 

 

 

「開け、ゴマ…!!」

 

 

 

 その怪しげで未知の可能性を秘めたソレの封印を解いた。さて、鬼が出るか蛇が出るか…!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………まさか黒猫さんが出るとは……orz」

 

 

 

―――これ、この前シャルロットと一緒に買ってた猫パジャマじゃん…

 

 

 

「モウヤダコンナオチ…」

 

 

 

 つーか何だってパジャマをこんなモンに入れてんだ?お前、いつも着てるよなコレ…

 

 

 

「……おや、先週の黒兎の着ぐるみ…」

  

 

 

 この前クラリッサに唆される(?)形で着てた黒兎の着ぐるみも入ってた。あの時は爆笑モノだったなぁ…全員が全員、本気で『一夏ケモナー説』を信じるだもの。その時のデータは、さぞかし良い値段をオークションで叩き出すことだろう……あ、暫く中止になったんだった…。

 

 

 

「……結局、またハズレかあああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 この遣る瀬無い気持ちを少しでも発散するべく、手に取ったその二つをトランクケースに叩きこもうとするべく思いっきり振りかぶる……フォレストの旦那、俺もう仕事辞めて良いですか…?

 

 

 

 

―――ヒラリ…

 

 

 

 

「…あ?」

 

 

 

 が、黒兎の方を思いっきり振りかぶったその時…何かが黒兎の着ぐるみから落ちた。どうやら引っ掛かっていた、もしくは知らぬ間に一緒に掴んでいたっぽい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ナース服を…

 

 

 

 

「……。」

 

 

 

 はい、ちょっと待とうか。思考が追いつかないよ、現実を受け止められないよ、己の正気を疑っちゃうよ。夢だよねコレ、幻覚だよねコレ、良く見たら見えちまったこの目の前のトランクケースの中身の数々は何かの冗談だよね?

 

 

 

 

―――女医

 

 

―――スチュワーデス

 

 

―――婦警

 

 

―――メイド服

 

 

―――レースクイーン

 

 

―――チャイナ服

 

 

―――スケバン…

 

 

 

 

「アイツ一体何に目覚めてんの!?」

 

 

 

 うわぁ…重症だろ、コレ。全部が全部そこら辺の店で売ってるような安物では無く、オーダーメイド製のワンオフだよ……。

 

 

 

「……仕込んだのは副隊長あたりか…」

 

 

 

 いつだかの織斑千冬の絵日ッゲフンゲフン…ピンクノートを見つけた時のような気まずさを覚えながら、俺はそ~っと入ってたものを片付ける。きっちりお札を貼り直し、鎖を巻いて南京錠を装着。これで大丈夫だろう…

 

 

 

「さて、帰るか……て、ヤバッ…!?」

 

 

 

 さっさと部屋へ帰ろうとした矢先、此方に近づいてくる気配を感じ取った。この軍人特有の明らかに、訓練された者の一定感覚で刻まれる足音は…

 

 

 

「ラウラか…!!」

 

 

 

 よりによって本人か!!この現場で遭遇したら本気でヤバい!?彼女の事だ、命を懸けて俺を抹殺しに掛かるに違いない…!!

 

 

 

「ステルス起動!!」

 

 

 

 監視カメラに映らない様にスイッチを入れ、取り敢えずシャルロットのベッドの下に潜り込んで息をひそめる。目の前に『いちか人形』入りの金庫が目の前にあってイラッと来たが仕方ない…

 

 と、それとほぼ同時に部屋の扉が開かれた。入って来たのは予想通りラウラであり、腕に何かを抱えていた……って、アレって…。

 

 

 

(さっきのと同じ小包じゃねーかッ!!)

 

 

 

 例の小包を抱えたラウラはさっきのシャルロットと同様に御機嫌で、頬を緩ませながら嬉しそうに小包を見つめていた。そしてシャルロットと違って一瞬だけISを部分展開し、その間にすんなりとプラズマ手刀で小包を開封した……野郎、手慣れてやがる…。

 

 

 

(アイツ、偽名使ったな?もしくは副隊長に買わせたか…)

 

 

 

 まぁ、ぶっちゃけどうでも良いか。とにかくさっさとどっかに行って欲しいんだが…

 

 

 

「フフフ…やっと来たか、今回は随分と時間が掛かったモノだな……」

 

 

 

 クリスマスプレゼントを開ける子供さながらの表情で中身を取り出すラウラ。が、そこから引っ張り出したものは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――某魔法少女に出てくる、番号ズ5番の衣装だった…

 

 

 

 

 

「ナイフはいくらでもあるからな、後はソレに爆薬でも爆弾でも付ければ完璧だ!!は~はっはッ!!」

 

 

(……重症だ、コイツ…)

 

 

 

 幸いその場で着替えるなんて真似はされず、ラウラはとっとと衣装をトランクに仕舞って部屋から去って行った…。その間際、『今度はリイ○フォースにしようか…しかし、ブレ○ブルーのν―13も捨てがたいな…』なんて呟いていたが、本当に黒兎隊は大丈夫なのだろうか…。

 

 とりあえず、今日の収穫は…

 

 

 

 

「ファンクラブの連中の喜びそうなネタしかねぇーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 つい叫んじまって楯無に見つかりそうになったが、仕方のなかったことだと思う…

 

 



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夏祭りの裏舞台 前編

また繋がらなくなる前に、先にこっちを投稿…


 

 

 

『あぁ~あぁ~こちら朱色…六番、対象に異常は無いか?どうぞ』

 

 

 人混みから離れた場所で座りながら休んでいたら、耳に装着したイヤホン型通信機からオランジュの声が聴こえてきた。俺はさっきそこで買って食ってた焼きそばを置き、それにひっそりと返事を返した。

 

 

「こちら六番、異常は無い。引き続き任務を続行する」

 

 

『了解』

 

 

 今の俺が居る場所はIS学園では無く、久々に外に出ての任務である。まぁ結局のところ、織斑一夏の外出先なんだが…。

 

 

「ところで朱色…」 

 

 

『何だ?』

 

 

「お土産はたこ焼きでいいか?」

 

 

『俺、頭足類ダメなんだ…』

 

 

「分かった、3パックぐらい買ってけばいいんだな?」

 

 

『聞けよ』

 

 

 ここは『篠ノ之神社』、篠ノ之束博士と篠ノ之箒の実家みたいな場所である。篠ノ之家の人物達が日本の重要人物保護プログラムに適用された後は、彼女らの叔母夫婦が運営しているそうだ。

 

 そして今日、通例行事で篠ノ之箒による神楽舞なるものがあるらしいのだが、どうやら一夏はそれを見に来たらしい…。

 

 

「冗談はさておき、奴も自分の立場をよく理解して欲しいもんだ…」

 

 

『知ってたら知ってたで何も変わらない気がするがな、“俺らの同業者が集まってる”なんて…』

 

 

 

 夏祭りの真っ最中故に、屋台や見物客で賑わっている篠ノ之神社。ここに、織斑一夏を()()しようとしている俺らの同業者が何人か来ている…。

 

 フォレストの旦那曰く、こちらが計画している時期までは一夏に手は出さない予定なんだそうだ。それまでは、こちらの…要は俺達の目が届く場所に居て貰わないと困るのだ。

 

 

「何にせよ、久々の真面目な仕事だ。日頃の鬱憤を晴らすつもりでやるぞ…」

 

 

『あいよ、サポートは任せな』

 

 

 

 あぁ、本当に久しぶりだこの感覚……最近は部屋に引き籠って覘き紛いしかしてなかったからなぁ…。やっとエージェントらしい仕事ができる…。

 

 もっとも…篠ノ之箒と、いつだかの定食屋の看板娘を両脇にはべらした護衛対象を見てると、一気に萎えてしまうが……。

 

 

 

『ところで、本当に手ぶらで良かったのか?』

 

 

 オランジュが言う通り、俺はIS学園を出る際に一切の武器を置いてきた。拳銃どころかナイフさえ持って来てない。強いて言うのなら、ワザワザ選んできた袖の長い浴衣ぐらいだ。しかし、問題ない…。

 

 

「武器なら、そこら中にある…」

 

 

 現地調達…俺の一番大好きな四文字熟語だ。そう言ったら、通信機越しから溜息が聴こえてきたが、特に気にしない…。

 

 

『…と、そんなこと言ってる間に敵さん動き出したぜ?』

 

 

「数は?」

 

 

『12人。こりゃ来てる組織はひとつじゃないな……ま、どうせお前なら余裕だろ…?』

 

 

「当然」

 

 

 

 言うや否や俺は立ち上がり、歩き出す。向かう方向は、さっきまで一夏と彼女らの3人が遊んでいた射的の屋台だ…。

 

 人混みに紛れ、スタスタと近寄っていく。多種多様ないくつもの屋台を通り過ぎながら、三人の居る方向へどんどん近寄っていく。その途中、ちゃっかり商売道具を拝借するのを忘れない…。

 

 

「…失敬」

 

 

―――射的屋のコルク銃

 

 

「よっと…」

 

 

―――ダーツの矢

 

 

「ちょいと失礼…」

 

 

―――輪投げのリング

 

 

「お、こいつもいいね」

 

 

―――型抜き屋の針

 

 

 

 拝借したものを片っ端から浴衣の袖や懐に忍ばせ、次々と使えそうなものを集めていく。さっき焼きそばを食うのに使った割り箸も追加しておこう…。

 

 玩具と侮るなかれ、何故これらの物に使用法における注意書きがあるのか……その意味を忘れてはいけない…。

 

 

 

『六番、ターゲットが一夏に接近を開始したぞ』

 

 

「De acuerdo (了解)、仕事を始める…」

 

 

 

―――さぁ、始めようか三流ども。一流企業(亡国機業)の格を教えてやる…!!

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

『こちらアルファ1、ターゲットを視認した。これより、接触を開始する…』

 

 

「了解、健闘を祈る」

 

 

 

 見物客に紛れながら、祭りの中では普通耳にしないような硬い口調を響かせ、犯罪組織お抱えの誘拐実行チームの彼らは緊張感を漂わせていた。何せ、今回の依頼である『世界唯一の男性操縦者拉致』が成功した際に支払われる予定の報酬は、自分たちが一生遊んで暮らせれるだけの金額だったのだから…。

 

 

 

「…それにしても、随分と拍子抜けしたもんだ」

 

 

 

 この国の暗部は一部を除いてヘッポコと噂されていたが、案外そうかもしれない。現在進行形で依頼を順調にこなしている自分たちが良い証拠である。

 

 

 

「このまま何もなければいいが…」

 

 

 

 

 

 

 

―――人は言う…『それはフラグだ』と……

 

 

 

 

 

 

 

『ぐあああああっ!?』

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 突如通信機から聴こえてきたのは部下の悲痛な叫び。突然のことに、仲間たちの間に緊張が走る…。

 

 

 

『畜生、目に何かが!!…これは、コルク!?……ッ痛ぇ!!今度は耳がッ!!』

 

 

 

 悲鳴を上げた部下が居るであろう方向に目を向けると、本人は屋台の並びのど真ん中でゴロゴロとのたうち廻っていた。当然ながら周りの客の視線が集まり、誰かを人知れず拉致することなんてできない状況になっていた…。

 

 

 

「クソッ…ベータ3、あいつの代わりに行ってこい」

 

 

『了解』

 

 

 アルファ1が失敗した時の為に控えていた予備の仲間を向かわせる。念の為、自分の視線を彼に向けてみると、ベータ3と呼ばれた自分の部下は人目が付かぬように細心の注意を払いつつ、懐から拳銃を取り出す。装填されているのは麻酔弾……それを命中させて倒れた対象を、介抱するフリをしながら連れてけば依頼は達成したも同じである…。

 

 

 

「…ん?」

 

 

 

―――ところが、その時…自分の視界に不穏な者が映りこんだ……

 

 

 

 視界に映りこんだのは怪しげな人影。その影は見物客達の波を掻き分け、足早に銃を取り出した部下の元へと歩み寄っていく。そして…

 

 

 

「なっ!?」

 

 

 本当に一瞬の出来事だった。影は懐から輪投げのリングを取り出し、それを背後から忍び寄った部下の首に引っ掛けて思いっきり引っ張った。同時に、相手の脹脛を踏みつける。それにより、体勢を崩された部下は片足をつくような形でしゃがみこんでしまった。激痛で叫びたいのだろうが、輪っかで首を絞めつけられているせいか声すら出せてない…。

 

 そして、影は相手の後ろを取った状態のまま腕を振りかぶり…

 

 

 

―――ゴッ!!

 

 

 

 部下の首の付け根辺りに重い一撃を喰らわせ、その意識を刈り取った。その間、僅か三秒足らず。あまりに一瞬の出来事だった為、周囲の見物客はそれに気づいていない…。

 

 その異変に誰かが気付いた頃には、首に輪っかを付けて倒れている変な男が残っているだけだった…。

 

 

「だ、誰なんだアイツは…!?」

 

 

 自分の部下を一瞬で屠った謎の人物にただただ戦慄するしかなかったのだが、次の瞬間それさえする余裕が無くなった…

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

―――どこからともなく、自分に向かってダーツの矢が飛んできた…

 

 

 

 

「クッ!!」

 

 

 

 慌ててそこから飛び退いて避ける。地面を転がるようにその場を離れ、部下に指示を出すべく即座に立ち上がって無線機を取り出そうとした……だが、最初に視界に入って来たのは…。

 

 

 

 

 

 

 

「Buenas noches (おやすみ)」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

―――さっきの影が、自分に向かって拳を放ってくるところだった…

 

 



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夏祭りの舞台裏 中篇

 

 

 

「……さて、次いくか。」

 

 

 

 やや人気のない場所で部下たちに指示を出していたのであろう同業者を拳一発で沈め、そいつを目立たない場所に放り投げて次の獲物を捜す。

 

 

 

「オランジュ…」

 

 

『北東にそれっぽいのが居る。神社の正面入り口の方を向いてる野郎だ』

 

 

「…みっけ」

 

 

 

 オランジュの言った方向を見ると、先程黙らせた奴らと全く同じ雰囲気を出している奴が居た。そいつの視線の先には、織斑一夏とぬいぐるみを持った箒、そして大型テレビを抱えた五反田食堂の看板娘である五反田蘭が居る…。

 

 ていうか、あのテレビは射的の景品なのか?一般人がよく取れたな… 

 

 

 

 

「んじゃ、ちょいとプロの腕前を見せますか」

 

 

 

 

 ターゲットである男は自分の居る場所から結構離れている。走ったら微妙に間に合わない気がするし、唯一の飛び道具であるコルク銃も威力がいまいちになるだろう…。

 

 

 

「そんなわけで少し手を加えます、なんつって…」

 

 

 

 鼻歌混じりで懐から型抜き屋からパクッた針を取り出し、その針をコルク銃の弾にプスリと差し込んでそのまま装填する。これで即席矢弾の完成である…。

 

 

 

「……。」

 

 

 

 息を殺し、遠くで俺に背中を向けている形になってる男のとある部分に狙いを定める。通りを歩く人々に間違っても当たらぬように、タイミングを過度な位に読む……といっても、三秒だけだが…。

 

 

 

「Descarga (発射)」

 

 

 

 狙いを定めた俺は引き金を引いて弾丸を発射した。発射された針付きのコルク弾は人混みの中を真っ直ぐに横切り、そのまま男に向かって突き進む……そして…

 

 

 

 

―――トスッ

 

 

「うぐぉっ!?」

 

 

 

 

 矢弾は男の後ろ首に存在するとあるツボに刺さり、呻き声を上げながら崩れ落ちた。ティーガーの兄貴曰く、そこのツボに針が刺さると抜くまで動けないらしいのだが、本当だったらしい…。

 

 男は倒れたままピクピクと痙攣しているだけで、一向に起き上がる気配が無い……あ、見回りの人に医務室へ連れて行かれた…。

 

 

 

「今ので何人目だ?」

 

 

『さっきので6人目。お前が焼きそば食う前に仕留めた人数と合わせたら丁度10人だ』

 

 

「……半分か…」

 

 

 

 それにしても多すぎる。日本の暗部は何してやがんだ?防諜に疎いのは昔かららしいが、今の御時勢にこのザルッぷりはどうかと思うぞ。最近の裏社会の連中には『更識家に注意すれば日本の闇はカス』なんて言われてるのを日本政府の連中は知ってるのだろうか…?

 

 

 

『…あれ?』

 

 

「どうした?」

 

 

 

 唐突にオランジュが怪訝な表情を浮かべてそうな声を出した。そして、その口からとんでもない言葉が出てきた…。

 

 

 

『……敵が減ってやがる…』

 

 

「何…?」

 

 

 

 こちらを常にサポートできるように、オランジュはさっきからずっと敵の動きを把握し続けていた。にも関わらず、今のちょっとした間に敵が消えていたのである…。

 

 

 

「もしかして引き上げたのか…?」

 

 

『さぁ、どうだろうな?……あ、また減った…』

 

 

 

 まぁ隠密行動や暗躍において、人員がある程度潰されたら中止するのが得策ってもんだ。そんなに不思議な話では無いが…

 

 

 

 

 

 

―――ところが、事態はそんな甘っちょろいもんじゃ無かったようである…

 

 

 

 

 

 

『ん?……うげッ!!セイス、すぐにそこから離れろ…!!』

 

 

「はい?」

 

 

『“彼女”がそっちに向かって…』

 

 

 

 

 

 無線越しに聴こえてきたのは焦燥感に駆られるオランジュの声…『彼女』という言葉に、背筋に嫌な汗が垂れるのを感じる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁい、お久しぶりねクマさん♪」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 背後から聴こえてきたのは随分と聞き覚えのある女の声。一度目はIS学園で、二度目は五反田食堂で聴く羽目になったその声は俺の体に緊張感を走らせるのには充分過ぎた…。

 

 ギギギという音が出そうな位にぎこちなく首を後ろに向けると、『O☆HA☆NA☆SHIしようゼ!!』と書かれた扇子を広げ、こちらニコニコしながら見つめてくる赤い瞳の水色ヘアーが立っていた…。

 

 

 

 

 

 

「さ~て、いつだかの続きをしましょうか…?」

 

 

 

 

 

 

 『更識家に注意すれば日本の闇はカス』…その最も注意しなければいけない『更識家』の当主と3度目の邂逅を果たした俺って、いったい何なのさ!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(いや~、ようやく良い事があったわね…)

 

 

 

 ここしばらく、織斑一夏と接触する前に下調べや外堀を埋めることに集中していた。けれど、いい加減に直接接触しようかと思った矢先に政府からの依頼である。無駄に長ったらしく、遠まわしな言い方をしていたが要約すると…。

 

 

 

 

 

 

―――『男性操縦者狙いの敵さんが大勢入って来ちゃったから、対応よろしく!!(グッ!!』

 

 

 

 

 

 

 よくブチ切れなかったと自分を褒めてやりたかったぐらいである…。というか、本当にそろそろ行動しないと布仏姉妹…特に、虚(うつほ)の方に小言を言われかねない。

 

 しかし、何だかんだいって上からの指示故に無視することも出来ず、現地に到着。八つ当たりを兼ねて標的を次々と沈黙させていたのだが、次に狙いを定めた男が何もしてないのに倒れるという事態が発生。よく見ると、そいつの首には針の付いたコルクが刺さっていた。もしやと思い、とある方向に視線を向けてみれば随分と身に覚えのある気配があったわけで…。

 

 

 

 

 

 

「運命の再会って、良いと思わない?」

 

 

「あんたと運命?ハッ、悪い冗談だ…」

 

 

 

 

 

 

―――初の出会いでは取り逃がし、二度目は見逃してやった彼がそこに居た…

 

 

 

 

 

 

 

「あら、今日は饒舌になってない?」

 

 

「素性バレたく無いから口数減らしただけだ。けど、どうせ俺の素性は調べてあるんだろう…?」

 

 

「まぁね、お察しの通りよ『セイス』君…?」

 

 

 

 

 

 

 

 亡国機業のエージェント、『セイス』…ぶっちゃけると、彼の素性を調べた時は冷や汗が流れた。色々とやってきた経歴は勿論のこと、彼自身の正体を知った時は大変驚いたものである…。

 

 

 

 

「それとも、『AL-№6』と呼んだ方が良いかしら?」

 

 

「はっはっはっは……ブッ殺すぞ…?」

 

 

「きゃあ~お姉さん怖くて震えちゃ~う♪」

 

 

 

 

 調べた時に彼に対してその呼び方は禁句であると聞かされていたのだけど、本当のようね。今、いつも通りにふざけて見せたけど……結構、強烈な殺気をお持ちで…。

 

 

 

 

「冗談はさておき、大人しく捕まって貰えるかしら…?」

 

 

「それこそ悪い冗談だ」

 

 

「あら、そう…」

 

 

 

 

 

 当然と言えば当然ね…ま、だったらやる事は決まってるけど……。 

 

 

 

 

 

「じゃあ、お姉さんと激しく運動して貰おうかな~?」

 

 

「実力行使ってか?上等だよ…」

 

 

 

 

 

 調べた経歴に嘘は無いみたいね…彼の殺気に私が大して動じなかったように、彼もまた私の殺気に正面から向き合っている。それはそれで微妙に傷つくんだけど、今は忘れよう…。

 

 

 

 

「じゃあ、早速始めましょ…」

 

 

「ちょっと待った」

 

 

「…え?」

 

 

 

 

 いきなりこっちを制止するように手を前に出しながら、待てと彼は言い出した。唐突だったため、思わす反射的に動くのをやめてしまう…。

 

 

 

 

「ここはまだ人混みに近い、もう少し離れた場所でやらないか…?」

 

 

「……。」

 

 

 

 

 彼の言う通り、ここはあまり目立たないと言えば目立たない場所なのだけど、祭りで賑わっている通りが割とすぐそこにある。下手をすれば一般人がこっちに来る可能性もある。

 

 

 

 

 

「表の人間は極力巻き込まないのが裏の人間の常識であり、暗黙の了解だろ?てなわけで、もうちょっとだけ“そっち”に行ってやろうぜ?」

 

 

 

 

 

 

 そう言って私の背後を指差す。確かに、その方が互いに良いのかもしれない…。

 

 

 

 

 

 

「…分かったわ、そうしましょ」

 

 

「話が分かるようで助かる。」

 

 

 

 

 

 そして私は踵を返して歩を進め、彼もまた私に追随するように歩き始めた。

 

 

 

 

 

「ところで、あの日は何をしてたの…?」

 

 

「あの日?あぁ、クマの着ぐるみの日か……何って、教えるわけ無いだろ…?」

 

 

 

 

 若干声のトーンを暗くしながら返事をしてくる。怒ってるというより、どことなく落ち込んでテンションが下がっているような…。

 

 

 

 

「因みに、当時の映像は残ったままなんだけど?」

 

 

「…消せよ」

 

 

「嫌よ。クマの姿で全力疾走する君は何度見ても飽きないんだもの」

 

 

「……どいつもこいつもこんなんばっか…!!」

 

 

 

 

 頭を抱えて呻いている気配が後ろからする。というか、絶対にしてる…。自分で言っといて何だけど、可哀相だから話題を変えてあげよう…。

 

 

 

 

「それにしても、本当に凄いわよねぇ…?」

 

 

「……。」

 

 

「夜の鬼ごっこの時もそうだけど、さっきまで犯罪組織の誘拐チームを次々と仕留めてたのも君なんでしょう…?」

 

 

「……。」

 

 

「正直言って、初めて会った時は身体能力が高いだけだと思って舐めてたわ…」

 

 

 

 

 素の身体能力はともかく、技術面ならば負けはしない。そう思っていたのだが、先程見かけたコルク銃による狙撃を考えるにそれは間違いだったと認識を改めた。故に、油断はしない…。

 

 

 

 

「けれど、私だってさらさら負ける気はこれっぽっちも無いんだから。」

 

 

「……。」

 

 

「私は更識楯無…更識家当主であり、IS学園生徒会長……」

 

 

「……。」

 

 

「そして『IS学園生徒会長』の肩書きが持つ意味は二つ……」

 

 

「……。」

 

 

「IS学園生徒達の長である証と…」

 

 

「……。」

 

 

 

 

 『IS学園生徒会長』…その肩書きに恥じない強く、凛々しく、優雅に、堂々とした口調のまま、彼女は背後に居るであろう彼の方を振り向いた……。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「IS学園最強である証なのだ、か…ら……」

 

 

「……。」

 

 

 ところが、彼女の声音は振り返った瞬間、あっという間に尻すぼみとなっていった。何故ならば、自信満々で口上を述べていた彼女が目にしたのは…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――そこにあった木に画びょうで張り付けられた『戦うわけねーだろ、バーカ!!』と書かれたメモ用紙だけだったのだから…。

 

 

 

 

 

 

 

「……ふ…」

 

 

 

 

 

 

 

 つまり自分は、途中から独りで喋ってただけだったと……傍から見れば痛い人をやっていた、と…

 

 

 

 

「ふ、ふふ…ふふふ、あははははははは……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おかーさん、あのひとさっきからひとりでなにやってるの…?」

 

 

「シッ!!見ちゃいけません!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ブチィ!!

 

 

 

 

 

 祭りで賑わう夜の日に、何かがキレる音が響いた…。

 

 



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夏祭りの舞台裏 後編

 

 

 

 

『おいおい、良いのかよ?あんな扱いで…』

 

 

「別に良いだろ。それに同業者は俺と楯無が全滅させたみたいだし、折角だから一夏の護衛もこのまま押し付けちまえば…」

 

 

 

 楯無に捨て台詞ならぬ捨てメモを残してそそくさと逃げ出した俺は、今は祭りを楽しむ人々の波に紛れて歩いていた。今頃、彼女は俺の残したメッセージを読んでいるころだろう…。

 

 

 

「そもそも、IS使われたら俺はどうしようもない。今みたいに人混みに紛れてれば、あっちもそう易々と使って来れないだろう…?」

 

 

『ま、この国の首脳陣は無駄に頭が固いことで有名だしな…』

 

 

 

 必要か不必要か、適切か不適切かに関わらず、公務員が武器を“使ったこと自体”を咎めるような連中である。自衛隊や警察でさえ、銃を使えばヒステリックなくらいにマスコミに騒がれ、責任だのなんだの問われるぐらい面倒な国なのだ。その国の暗部が『国際IS法』を守らないわけが無い…。

 

 とは言っても、彼女の場合は生身でも恐ろしく厄介なのだが…。

 

 

 

 

「何はともあれ、さっさと引き上げるとするか…」

 

 

『お土産は?』

 

 

「無理だ」

 

 

『……ちくせう、俺だけカップ麺かよ…』

 

 

「マジ泣きすんな…」

 

 

 

 どんだけ楽しみにしてたんだ、このお祭り大好き男は…。そんなに行きたかったのなら、俺の代わりに行ってくりゃよかったろうが……。

 

 

 

『俺に『お祭りCQC』で戦い抜く人外染みた実力と度胸は無い』

 

 

「じゃあ、諦めろ」

 

 

『へいへい……ん?…』

 

 

「…どうした?」

 

 

 

 オランジュが怪訝そうな声を出したと同時に、背筋に悪寒が走った。もしかしなくてもコレは…

 

 

 

 

 

『もの凄いスピードで楯無が接近中!!』

 

 

「やっぱりか畜生おおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 

 言うや否や全力で走り出したけどもうおおぉぉぉ!?背後から段々と大きなプレッシャーがああああぁぁぁぁぁ!?やっぱり置手紙は余計だったあああああぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

『何だコリャ!?IS展開してないのに尋常じゃない速さで真っ直ぐ向かってきてやがるぜ!?』

 

 

「距離は!?」

 

 

『後ろ向けば見える!!』

 

 

「何だと……ッ…!!」

 

 

 

 

 

 確かに居た。人混みを掻き分け、真っ直ぐに俺の方へと向かってくるIS学園最強が……ただ…

 

 

 

 

 

「なぁ…オランジュ……」

 

 

『どうした!?』

 

 

「俺、疲れてるのかな……楯無の奴…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――良い笑顔を浮かべてやがる…

 

 

 

 

 

 

 

『絶対に捕まらない方が良いと思うぞ!?』

 

 

「分かってる!!」

 

 

 

 

 とは言ったものの、既に全力で逃げているので他にすることと言ったら…

 

 

 

 

「おっちゃん、3つ貰うぞ!!」

 

 

「ん?あ、まいどあり…」

 

 

 

 走りながら現金を放り投げ、カチワリ(ビニール袋に薄めたシロップと氷入れた飲み物)を3つ購入。買ったそれらを飲もうとはせず、氷を握り潰して水かさを増やす…。

 

 

 

 

「つーか氷多いなコレ!!……いや、今だけはむしろありがたいか…!!」

 

 

 

 

 本来ならばケチ臭いもん売ってるさっきの店に文句の一つや二つ言ってやったが、今だけは感謝する。そして、懐から割り箸を取り出して次の道具を作り始める……と、思ったその時…

 

 

 

 

 

―――ひゅんッ!!

 

 

 

 

 

「うおっ!?」

 

 

 

 

 頭のてっぺんを何かが掠った…。俺の頭上を通り過ぎ、その先にあった屋台の柱には、ダーツの矢が刺さっていた……。

 

 

 

 

「て、あいつ俺のこと殺す気で来てるのか!?」

 

 

 

 

 そう叫んだのとほぼ同時に、さっきと同じような風切り音と共にダーツの矢が次々と飛んでくる。時たまそれに混ざって焼き鳥の串まで飛んできた…。

 

 流石と言うべきか、その全てが恐ろしい精度を持って俺の方へと投げられている。しかも、俺達の間に居る一般人達には掠らないどころか気づかれてすらいない…。

 

 

 

 

「こん畜生…おっさん、これ貰うぞ!!」

 

 

「あいよ、どうぞ」

 

 

 

 

 今度はたこ焼きを一パックお買い上げである。本当はコレについてる輪ゴムだけでいいのだけど、ついでだからオランジュのお土産を兼ねて…。

 

 輪ゴムを取り外し、さっき取り出そうとしてた割り箸の先端にその辺で貰ったポケットティッシュを数枚巻きつけ、輪ゴムで止める。

 

 

 

 

「失礼!!」

 

 

「あ、コラ何しやがる!!」

 

 

 

 

 次に通りがかった屋台、お好み焼き屋の油が引かれた鉄板にそれを滑らす……その時…。

 

 

 

 

「…追いついたわよ!!」

 

 

「んげ!?」

 

 

 

 

 不吉なセリフを耳にし、反射的に振り返るとお祭りでお馴染み水ヨーヨーが飛んできた。思わず手で弾いてしまい、目の前で水をぶちまけながらヨーヨーが破裂して俺の視界を塞ぐ。同時に下の方から気配を感じて身を反らす。すると、さっきまで自分の顎があった場所を楯無の鋭いサマーソルトが通過していった。

 

 

 

 

―――ヒュオッ!!

 

 

 

 

 が、安心したのも束の間…今度は脇腹に向かって回し蹴りが放たれる…。

 

 

 

 

「なろッ…!!」

 

 

 

 

―――ガッ!!

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 並の人間なら吹っ飛びそうな威力を持ったその蹴りを、腕一本でガードする。楯無は自分の蹴りが防がれた事に一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたが大して動きを止めることもなく、いつもの扇子を俺の眼前で開いた。

 

 

 

 

「…て、前見えねぇ!?」

 

 

「今度こそッ…!!」

 

 

 

 

 おっかない気配を感じ、咄嗟に後ろへと後退する。すると、一旦離れることにより戻った視界が捉えたのは、こっちに向かって掌打を放ってくる楯無だった。

 

 

 

 

「危なッ…!!」

 

 

 

 

 強引に身体を動かしながら体勢を整え、何とか彼女が掌打を放ってくる位置に自分の手のひらを持っていく事に成功する。そして…

 

 

 

 

「せい!!」

 

 

 

 

―――スパーン!!

 

 

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 

 寸剄を放って掌打を弾き返した。よく響く炸裂音と共に、俺と楯無は互いに後ろに下がって間合いをとる…。

 

 

 

 

(痛つつ、防御に使った腕がまだ痺れてらぁ…)

 

 

 

 

 流石は脅威レベル暫定3位…本気で対応しても、確実に勝てるかどうか不安になってくる。生身とはいえ、やはり一筋縄ではいかないようだ…。

 

 

 

 

 

「もう一度だけ言うわ…大人しく捕まる気は……?」

 

 

 

 

 

 向こうも似たよう事を思ったのか、若干険しい表情を見せながら二度目の降伏勧告をしてきた。だがしかし、俺の返答は決まってる…。

 

 

 

 

「無いね」

 

 

 

 

 そう言って俺は後ろにあった焼き鳥の屋台から炎を拝借し、さっき作った即席チビ松明に火を灯す。

 

 

 

 

「おい、何だ何だ?」

 

 

「喧嘩か?」

 

 

「誰か警察呼んでこいよ…」

 

 

 

 

 少し派手に動き過ぎたようで、周囲の人間の視線が集まり始めてきた。もしかしたら、この状況を狙って楯無は躊躇なく攻撃してきたのかもしれない。だったら、これ以上悪化する前に仕掛けさせて貰うとしましょうか…?

 

 その時、俺が考えてることを知ってか知らずか楯無は口を開いた…。

 

 

 

 

 

「素直に諦めたら?これだけ多くの人間に囲まれた状態じゃあ、簡単には逃げれないわよ…?」

 

 

「ははっ、確かにな…」

 

 

 

 

 

 まぁ、この状況で人目に付かないように逃げ切るのは無理だ。だが、そんな時は…

 

 

 

 

 

「状況を変えちまえばどうってことは無い!!」

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

 

 俺はそう言ってチビ松明を投げた。松明は弧を描きながら楯無を飛び越えていったが、先程俺から目を離して逃がしそうになった彼女は、今度は視線を俺から少しも離さなかった…。

 

 故に、彼女は気づかなかった……自分の後ろに、“何の屋台”があったのかを…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ボオオォォッ!!

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 突如背後から出現した圧力と熱風により、思わず楯無は自分の背後を振り向いてしまった。すると目に入ってきたのは、巨大な火柱を上げる“からあげの屋台”にある油鍋であった。幸い、店主は休憩中だった為か屋台には誰も居ないみたいだが…。

 

 

 

「隙あり!!」

 

 

「ッ!?しまッ…!!」

 

 

 

 突然の火災により生まれた一瞬の隙を突いてセイスは楯無の横を走り抜け、燃え盛る火柱をサーカスさながらのジャンプで飛び越えた。

 

 そして、炎を挟んで楯無の反対側へと見事に着地する。楯無はセイスのことを追い掛けるべく、即座に動こうとしたのだが…

 

 

 

 

 

「おい、知ってるか楯無…?」

 

 

「…!?」

 

 

 

 

 

 

―――彼は彼女に対し、不敵な笑みを浮かべ…

 

 

 

 

 

 

「火の点いた油に…」

 

 

「…?」

 

 

 

 

 

 

―――懐から、もう水しか入ってないカチワリの袋を取り出して…

 

 

 

 

 

 

「間違っても“水をくべちゃいけない”ってな…!!」

 

 

「ッ!!!?」

 

 

 

 

 

 

―――水袋を盛大に燃え盛る油にぶちまけた……そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ジュバゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「うわああああああああああああ!?」」」」」」」

 

 

「きゃあぁ!?」

 

 

「熱っつーーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

 

 

 

 

 さっきとは比べ物にならない規模の火柱が立ち昇った。周囲はまさに阿鼻叫喚の地獄絵図である…。

 

 

 

 

 

 

「熱つつ、あっつ!?…っと、今の内に失礼するぜぇ!!」

 

 

「くっ、待ちなさッ…!!」

 

 

「何してんだお嬢ちゃん!!危ないぞ!!」

 

 

「え…あ、いやちょっ……!?」

 

 

「ほら離れた離れた!!」

 

 

「ちょっと待ってってばああぁぁぁ…!!」

 

 

 

 

 結局そこら辺の学生と勘違いされた楯無は屋台のおっちゃん達に阻まれ、そのままズルズルと引き摺られるようにしてセイスとは反対の方向へと連れていかれてしまった。彼を逃がさない為に集めた一般人によって止められるとは、何とも皮肉な話である…。

 

 

 

 

 

「あぁもう!!覚えてなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!」

 

 

 

 燃え盛る炎を背景に、彼女の叫びが夜空に木霊した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『幸い火はすぐに消し止められ、怪我人もゼロ。だから、そんなに落ち込むなって…』

 

 

 

「そうは言ってもよう…」

 

 

 

 何とか楯無から逃げ切り、IS学園への帰路についたセイス。しかし、その雰囲気は些か暗い…。

 

 

 

 

『確かに思いっきり堅気の人間を巻き込む様な形になっちまったが、そうでもしないと逃げ切れない相手だったんだ。いつまでも気にすんなよ…?』

 

 

 

「……分かったよ。けど、屋台の持ち主には…」

 

 

 

『もう送っといたよ、賠償金と慰謝料を差出人不明の状態でな。祭りの関係者たちも、ただのボヤ騒ぎで済ませるつもりらしいから安心しろ。』

 

 

 

「…すまん」

 

 

 

『良いってことよ。んじゃ、さっさと帰ってこい』

 

 

 

 

 言うや否やオランジュは通信を切った。しばらく放っておいて欲しいという気持ちを察した、あいつなりの気遣いなのだろう…。

 

 

 

 

 

 

「……にしても、次に会う時が怖いなぁ…」

 

 

 

 

 

 楯無に対し、文字通り火に油を注ぐ結果となった今夜の出来事…。下手をすると、次に会う時は速攻でISを使ってくるかもしれない……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――覚えてなさーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!

 

 

 

 

 

 

「………とにかく帰ろ…」

 

 

 

 

 逃げる間際に耳に届いた彼女の叫び…というか、怒声。それを脳内でフラッシュバックさせたセイスの足取りは、やっぱり最後まで重かった…。

 




さて、次回こそは新生のほほんさんを…


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俺は美乳派です(キリッ

申し訳ない…現在、なろうの方で書いてる一次小説を優先しているため、更新が鈍足になってます……おまけに今回は以前なろうで投稿した奴です。楽しみにして下さってる方々、重ね重ね申し訳ないっす…




 

 

とあるネットの記録より抜粋…

 

 

 

 

 

1.髪飾り会長 

 

 これより『貧乳はステータスの会』定例ミーティングを行う。みんな、合言葉…

 

 

 

 

2.フェニックス副会長

 

 

 巨乳なんて飾りです!!

 

 

 

 

3.黒の書記官

 

 

 偉い人にはそれが分からんのです!!

 

 

 

 

4.髪飾り会長

 

 

 よろしい。じゃあ、今日も語り合おう

 

 

 

 

5.フェニックス副会長

 

 

 ところで会長…

 

 

 

 

6.髪飾り会長

 

 

 何…?

 

 

 

7.フェニックス副会長

 

 

 この会の名前…どうにかなんないの……?

 

 

 

 

8.髪飾り会長

 

 

 

 何か問題あるの…?

 

 

 

 

9.フェニックス副会長

 

 

 何か…負け惜しみみたいで嫌なんだけど……

 

 

 

 

10.黒の書記官

 

 

 ふむ、それは言えてるかもしれん…。そんなわけで会長、この集りの新しい名前を提案します!!

 

 

 

 

11.髪飾り会長

 

 

 発言を許可する。

 

 

 

 

12.フェニックス副会長

 

 

 嫌な予感しかしないんだけど…

 

 

 

 

13.黒の書記官

 

 

 私が考えたこのサイト及び集りの新しい名称は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『絶壁会』です!!

 

 

 

 

14.髪飾り会長

 

 

 却下

 

 

 

15.フェニックス副会長

 

 

 却下…ていうか、あんたは馬鹿かッ!!

 

 

 

 

16.黒の書記官

 

 

 何…だと…!?な、ならば『まな板同盟』は……

 

 

 

 

17.フェニックス副会長

 

 

 会長、私が間違ってたわ…今のままで良い……

 

 

 

 

18.髪飾り会長

 

 

 そもそも、このサイトの副会長をやってる時点で開き直るもクソも無い

 

 

 

 

19.フェニックス副会長

 

 

 うぐッ、ごもっともです……

 

 

 

20.黒の書記官

 

 

 何故だ…何故ダメなんだ…!?

 

 

 

 

21.髪飾り会長

 

 

 自分の無い胸に手を当てて考えなさい

 

 

 

 

22.フェニックス副会長

 

 

 …会長、今日はいつにも増して辛辣じゃない。何か嫌なことでもあった?

 

 

 

 

23.髪飾り会長

 

 

 ……同居人が新しいサイズのブラを購入してた…

 

 

 

 

24.黒の書記官 

 

 

 いますぐにソイツの首を獲りにいきますので場所を教えてください

 

 

 

 

25.フェニックス副会長

 

 

 やめんか馬鹿タレッ!! 

 

 

 

 

26.髪飾り会長

 

 

 許可する。

 

 

 

27.フェニックス副会長

 

 

 ちょっとおおおぉぉ!?

 

 

 

 

28.髪飾り会長

 

 

 冗談

 

 

 

29.フェニックス会長

 

 

 そ、そうよね…

 

 

 

30.髪飾り会長

 

 

 流石に殺すのは不味い。手足の二,三本へし折る程度にしといて

 

 

 

 

31.黒の書記官

 

 

 ja!!(了解!!)

 

 

 

 

32.フェニックス副会長

 

 

 待て待て待て待て待て待て待てええええぇぇぇぇぇ!!!? 

 

 

 

33.黒の書記官

 

 

 何故止めるのだ副会長?

 

 

 

34.フェニックス副会長

 

 

 いや止めるッてーの!!二人とも頭冷やしなさいよ!!

 

 

 

 

35.髪飾り会長

 

 

 落ち着いて副会長、全部冗談。どっかの生徒会長の真似をしてみただけ

 

 

 

36.フェニックス副会長

 

 

 何があってもその生徒会長の居る学校には通いたくないわ…

 

 

 

 

 

 

―――注・手遅れです  

 

 

 

 

 

37.黒の書記官

 

 

 それにしても、どうしてこうも持つ者と持たざる者に分かれるのだろうな…

 

 

 

38.フェニックス副会長

 

 

 やっぱ家系というか、血筋じゃない?……私のお母さん、そんなに大きくなかったし。私の身近に姉妹揃って巨乳な奴が居たし…

 

 

 

 

39.髪飾り会長

 

 

 残念だけど、血筋だの姉妹だのはあんまり関係ないと断言する

 

 

 

40.フェニックス副会長

 

 

 え、何で…?

 

 

 

41.髪飾り会長

 

 

 私の姉さんのカップは、私より最低でも3段階は上です…(泣)

 

 

 

42.フェニックス副会長

 

 

 顔知らない筈なのに会長の今の表情が手に取るように分かるッ!?

 

 

 

44.黒の書記官

 

 

 うぅ…会長、その気持ち凄く分かります!!私の仲間たちも同じ試験管から生まれた筈なのに皆して私よりスタイルが良いのです!!何故こうも神は一部の人間に対して冷たいのでしょうか!?

 

 

 

45.フェニックス副会長

 

 

 ……“試験管から生まれた”…?

 

 

 

46.髪飾り会長

 

 

 厨二設定乙……あ、フェニックスも充分厨二臭い…

 

 

 

47.黒の書記官

 

 

 そもそも、どいつもコイツも何でそこまで巨乳が良いのだ!?嫁の奴もあの牛乳副担任と会う度に視線をそっちにやりおってッ!!

 

 

 

48.フェニックス副会長

 

 

 嫁…?

 

 

 

49.髪飾り副会長

 

 

 書記官って同性愛者?

 

 

 

 

50.黒の書記官

 

 

 いや、私の嫁は普通に男だが?日本では自分の気に入った相手を嫁と呼称するのだろう…?

 

 

 

 

51.髪飾り会長

 

 

 微妙に違う…

 

 

 

 

52.フェニックス副会長

 

 

 会長、悪いけど席を外すわ。それと書記官…しばらくそこから動くな……

 

 

 

【『フェニックス副会長』さんがログアウトしました】

 

 

 

 

53.髪飾り会長

 

 

 どうしたんだろ…?

 

 

 

54.黒の書記官

 

 

 さぁ?…む、誰か来たようだ。時間も丁度良いし、私も失礼する。

 

 

 

 

55.髪飾り会長

 

 

 おk、また今度ね。

 

 

 

 

 

【『黒の書記官』さんがログアウトしました】

 

 

 

【『髪飾り会長』さんがログアウトしました】

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……ふぅ…」

 

 

 

 数少ない同志たちとの交流を終わらせた『更識簪』は、自室で一人溜息をついた。自力でISを完成させるという苦行の息抜きのつもりで始めたこのサイトだが、今では定期的な習慣になっている…。

 

 

 

「今日も楽しかった…」

 

 

 内気な性格と特殊な家系故に中々友達を増やすことが出来ない自分にとって、この二人はかけがえのない存在となっていた。まだチャットでの交流しかしてないので、相手の顔も素性も知らないのだが…。

 

 

 

「……いつか二人と直接会いたいなぁ…」

 

 

 

 簪はそう呟き、まだ顔も知らぬ二人の友人達との邂逅に思いを馳せた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

『やっぱり黒の書記官ってあんただったか、ラウラッ!!』

 

 

 

『ななな何故鈴がその名前を!?』

 

 

 

『私はフェニックス副会長よ!!』

 

 

 

『は!?』

 

 

 

 案外、彼女が望むその時は、すぐに来るかもしれない…。

 

 



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流星の悲劇 前編

イエイ、新作イエイ……メテオラが唯の危ない人になってしまったorz


 

 

 

「馬鹿だろテメェら…」

 

 

「一回生まれ直してみるか?……俺の手で…」

 

 

『そこを何とか!!二人だけが頼りなんですよ!!』

 

 

 

 久々に組織から通信が入ってきたかと思ったら、相手は先日の小包騒動で会ったばかりのメテオラだった。何やら個人的な頼み事があるそうなので内容に耳を傾けてやったのだが、後悔した…。

 

 

 

『だいたい、あなた達にとってはこんなの朝飯前でしょ?御礼はしますから、どうか…』

 

 

「馬鹿野郎!!こんなもんやったら朝飯どころか朝日を見ることも叶わんわ!!」

 

 

「というわけだ、今回ばかりは俺もセイスと同意見だ。やるならテメェらだけでやれ」

 

 

『……仕方ありませんね、奥の手です…』

 

 

 

 通信機越しに何か不穏な呟きが聴こえてきたが、怪訝に思う前に俺とオランジュの背中に戦慄が走った…

 

 

 

『8010、1192、0794、1945…でしたよね、セイスさん?』

 

 

「ッ!?」

 

 

『オランジュさんは5656、2323、8931でしたっけ…?』

 

 

「オマッ、それ…!?」

 

 

 

 奴の口から発せられたのは四桁ずつの数字の羅列…普通の人間ならば一つだけで充分なのだが、俺たちは職業柄いくつかに分けている。そしてそれは本来、本人以外の者が知っていてはおかしい物であり…

 

 

 

『さ~て…貴方達の口座から一円も残らない未来と、我々を手伝って金額を増やす未来……どちらにしますか…?』

 

 

 

 俺達の生命線である…野郎、えげつない真似をしやがる……

 

 

 

「「お前…いつか殺すからな……」」

 

 

 

 今日はオランジュと意見が一致してばかりの一日になりそうだ…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

『どうなっても知らないからな…』

 

 

「いやぁ、感謝しますよ?何せオークションが開けなくなった今、このような手段をとる他に良い方法が思いつかなかったものでして…」

 

 

 

 結局、渋々ながらも人質ならぬ財布の紐質をとられたセイスとオランジュはメテオラに協力する羽目になってしまった。通信機越しに聴こえてくるオランジュの声は本当に面倒臭そうだった…

 

 

「ところでセイスさんは…?」

 

 

『あいつなら所定の位置についてる。そろそろ、動き出す頃かと思うが……あ、動いた…』

 

 

「健闘を及び武運を祈ってます…と、お伝えください」

 

 

『『死ね!!』、だとよ…』

 

 

「おぉ、怖い怖い……彼の分の報酬は、多めに振り込んでおくとしますかね…」

 

 

「お~い、メテオラ。そろそろ来るぞ~」

 

 

「あぁはいはい。ではオランジュさん、サポートよろしくお願いしますよ?」

 

 

 

 そう言ってメテオラは自分を呼んだ仲間達…亡国企業男性メンバー、十人がたむろしてる場所へと足を運んだ。この十人はメテオラにとって、組織の中でもとりわけ深い絆で結ばれた者達である。同志であると言っても過言では無い。

 

 

 

「さて皆さん、遂にこの日を迎える事ができました。まずは。今回の件に対して快く協力する事を引き受けてくれた二人に感謝を…」

 

 

『脅されただけなんだけどな…』

 

 

「そう言うなよ、オランジュ」

 

 

「お前らには感謝してるぜ?礼はしっかりするから楽しみにしとけ…!!」

 

 

『……ボソッ(テメェらが無事で済むんならな…』

 

 

「あん?どうかしたか…?」

 

 

『何でもねぇよ……ま、精々死なないようにな…』

 

 

「ははは、抜かりは無いさ!!その為にセイスも呼んだんだからな!!」

 

 

 

 確かに、普通なら彼らとてこのような暴挙に出るような真似はしなかっただろう。だが、彼らが溜めるに溜め込んだとあるモノに対する情熱は、最早色々と抑えきれないものになっていた。

 

 

 

「これで…これでようやく、俺らの飢えと乾きが癒される……」

 

 

『そこまで深刻か……俺も最近までソッチ側の人間だったが…』

 

 

「そうですとも!!世の中は私達には冷たいのです!!我ら、亡国企業の真の正義…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---『更識簪』のファンクラブ…通称『更識いもう党』には!!

 

 

 

 

 

『何でこうなったんだろうなぁ…』

 

 

「敢えて言うなれば、神のみぞ知るというものです。」

 

 

 

 セイスとオランジュが常に警戒している人物の一人、『更識楯無』。その妹である『更識簪』のファンなのだ、彼らは…

 

 

 

「貴方達が楯無のデータのついでに送ってきた彼女の写真を一目見たときから、私はその圧倒的な華燐さに心奪われた!!」

 

 

『お~い、色々な意味で危ないぞ~?』

 

 

「この気持ち…まさしく愛だ!!」

 

 

『はいアウト!!』

 

 

「だが世の中は非情だ…幸か不幸か彼女は、織斑一夏に惚れていない!!おまけに姉と違って表の人間故に貴方達は彼女のデータをあまり送ってこない!!私達はどうすれば良いのでしょう!?」

 

 

『死んどけ』

 

 

「だから私達は思いついた…データがこないなら取りにいけば良いじゃない、と!!」

 

 

『……だからって、彼女の外出をストーカーするのはどうかと…』

 

 

 

 そうなのだ…今彼らが居るのは、離島のIS学園と本土を結ぶモノレールの駅。そこで彼らは、日用品の調達の為に外出することになった簪をストーキングするべく、裏社会で培った経験と技術を無駄使いしながら張り込みを行っていたのである。

 

 そんなメテオラ達に呆れてる様子を感じ取ったのか、心外そうな口調でメテオラは彼に言い返す。

 

 

 

「何を今更…そもそも、いたいけな少女達の生活を覗き見することが仕事になってる貴方達に、何か言う権利があるとお思いで?」

 

 

『うぐ…諸手を挙げて喜びながらこの任務を引き受けた当時の自分をぶん殴りたい……』

 

 

 

 セイスが至った境地に片足を突っ込み始めてしまい、最近は罪悪感が煩悩を凌駕しているのが現状であって少しも良い思いは出来てない。彼女達が誰にも明かしてない秘密をこっちが知ってしまった時は得した気分になるが…

 

 

 

「さぁ、与太話はここまでです!!オランジュさん、彼女の現在地は!?」

 

 

『……現在、モノレールに乗車中。あと3分で到着するぞ…』

 

 

「おっと、もうそんな距離でしたか。皆さん、フォレストチームの名に恥じぬ結果を残しますよ!!」

 

 

『いや、その行動自体が現在進行形でフォレストチームの名に泥を塗ってるぞ…』

 

 

「「「「「可愛いは正義、内気な眼鏡っ娘はこの世の真実!!」」」」」

 

 

『聞いちゃいねぇ……ていうか、なんつー掛け声だ…』

 

 

 

 オランジュの呟きは誰の耳に入ることも無かった。聴いた者がドン引きしそうな合言葉を発した彼らは即座に己の配置に着き、時を待った…。

 

 

 

「ふふふ…今日という日をどれだけ待ち侘びたことやら。唯一警戒しなければならない更識家当主は、セイスさんが足止めしてくれてますから心配いりませんしね……」

 

 

 

 オランジュには直接的なサポートを、セイスには妹の危機にすっ飛んで来そうな楯無の足止めをお願いしてある。今頃、彼は楯無と全力で街中を鬼ごっこしてる最中だろう。つまり、今日は警戒する相手も邪魔をしてくる相手も居ないということである。

 

 その事実に自然と口角がつり上がっていくメテオラ…その為、彼はオランジュの呟きに気づく事は出来なかった……。

 

 

 

『分かってねぇな、俺とセイスがこの頼み事を断ろうとした本当の理由を……本当に怖いのが誰かってことを…』

 

 

「ん?何か言いまし…」

 

 

「メテオラ、モノレールが来たぞ」

 

 

「ッ!!おぉう、待ってました我らの女神よ…!!」

 

 

 

 言うや否や視線をそちらに移す。すると仲間の言うとおり、学園から来たモノレールが丁度到着したところだった。そして、中から学園の制服では無く普通の私服を身に着けたお目当ての相手が降りてきた。

 

 水色の髪に赤い瞳に眼鏡、そして儚さまで感じさせる大人しそうな雰囲気……間違いない、彼女だ…

 

 

 

「総員、カメラ準備!!」

 

 

「「「「「応ッ!!」」」」」

 

 

 

 メテオラの号令と共に、各自持参した各々のカメラを手に取る。彼らが求めるのは彼女の顔写真、あわよくば笑顔。それさえあれば此の世に未練は無い……そんな危ない領域に彼らは入りかけていた…。

 

 

 

「ふぅ…外に出るの、久しぶり……」

 

 

 そんな物騒な輩に目を付けられてるとは露知らず、モノレールを降りた簪は背後を振り向き、買い物に“同行してきた彼女”に口を開いた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、本当に良かったの…?」

 

 

「いいよ~私も暇だったし~~、それに私は~かんちゃんの従者なので~す」

 

 

 

---この後メテオラ達は、セイス達がこの件を断ろうとした理由を自身の身を持って味わう羽目になるとは、夢にも思わなかっただろう…



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流星の悲劇 後編

お待たせしました!!しかし思いのほか彼女の登場を喜ぶ人、多かったな…


 

 

『今日はどこを回るの~?』

 

 

『レゾナンスで洋服とか…』

 

 

『おぉう、ショッピングモ~ル♪』

 

 

「二人はショッピングモール・レゾナンスに向かう模様。そこで洋服選びをすると思われる…」

 

 

「では『エイプリル』、先回りして二人を待ち構えていてください。カメラで正面から彼女の写真を激写するのです!!」

 

 

「任せろ!!あ、さっきの会話記録は保存した?」

 

 

「無論」

 

 

 その返事を聞くや否や、エイプリルと呼ばれた男は持参したバイクを走らせ、彼女達の目的地であるレゾナンスへと向かっていった。

 

 簪と本音…通称のほほんさんの会話を集音マイクまで持参して聞き耳を立てるメテオラ達。やってる事は完全に無駄にハイスペックなストーカー集団である。通信機越しにとはいえ、それを目の当たりにしたオランジュは自分もコレの同類だと思うと何とも言えない複雑な気分になった…

 

 

---だが、それ以上にこの場から逃げたくてしょうが無かった…

 

 

 

『メテオラ、俺はもう離脱すんぞ…』

 

 

「む、そうは行きません。貴方には最後まで手伝って貰いませんと…」

 

 

『悪い事は言わねぇから、早いとこお前らもこんなこと止めて帰れ。でないと取り返しがつかなッ(ブツッ)…………』

 

 

「…オランジュ?」

 

 

 突如切られた通信…口振りからしてオランジュ自身が切ったわけでは無そうだが、何度通信を試みてもそれっきり繋がらなかった。

 

 

「オランジュ、応答して下さい。オランジュ…?」

 

 

「どうした…?」

 

 

「……通信が切られてしまいました…」

 

 

「あの野郎、今更になって逃げやがったのか…?」

 

 

 

 セイスと同様、元からコレの参加を渋っていたオランジュ。最初は次女とはいえ、あの更識家の人間をストーキング…しかも報告通りなら更識家当主はシスコンなので、下手をすれば命の危機に関わることを恐れたのかと思っていた。しかしセイスに足止めを任せたに今、一体何を恐れているのだろうか?

 

 まぁ、どっちみち今更中断する気は無いのだが…

 

 

 

「ふむ、仕方ありませんね…少々手間が掛かりますが、後は我々だけでやりましょう……では皆さん、気合い注入を兼ねてお一つ…!!」

 

 

「「「「可愛いは正義、内気な眼鏡っ娘はこの世の真実!!」」」」

 

 

 

 

---ドゴーーーーン!!

 

 

 

 彼らが人目も気にせず叫んだその瞬間、その背後で特撮よろしく爆音がなり響いた。恐る恐る振り向いてみると、遥か向こうの方で黒煙がモクモクと立ち上っているところだった…

 

 

 

「おい、何だ今の音は!?」

 

 

「向こうでバイクが事故ったらしいぞ!!」

 

 

「何か、いきなり前輪が外れたせいで大クラッシュしたみたいだったよ…?」

 

 

「「「「「………」」」」」

 

 

 

 彼らが振り向いた方向…つまり事故現場の方向はレゾナンス。そして、今さっきその方向へバイクを走らせた仲間が一人……

 

 

 

「まさか…」

 

 

「……おい、エイプリルと音信不通になったぞ…」

 

 

「……セイスさんに、彼の回収をお願いしときましょう…」

 

 

 

 この時まだ彼らは気付いていなかった……全てにおいて、既に立場は逆転していたことに…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

『こちら『バンビーノ』、ターゲットを発見した。』

 

 

「引き続き追跡して下さい。そのまま機会を窺い、何としても彼女の写真を…!!」

 

 

『了解』

 

 

 

 エイプリルの事をセイスに任せ、『マジで一回死ねお前ら!!…ぬぁ、街中で展開するとか正気かてめぇ!?』という返事を頂いたメテオラ達はレゾナンスに辿りついていた。既に目的である彼女達はショッピングを開始しており、先行させたバンビーノがそれを捕捉したようである。

 

 

 

「広いなぁ、ここ…」

 

 

「セイス達はその気になりゃ、いつでもここに来れるのか。羨ましいな…」

 

 

「今度は普通に来ようぜ」

 

 

「はいそこ、無駄口は慎んで下さい。彼女にバレますよ…?」

 

 

「「「うっす…」」」

 

 

「やれやれ…バンビーノ、状況に変化は…?」

 

 

 

 今回メテオラに同行してきた面子は全員がオランジュ達とほぼ同い年である。故に、フォレストチームの中でも一際問題を発生させる迷惑集団である。もっとも、フォレストチーム自体が亡国機業内で既に浮いた存在なのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『きええええぇええええええええええええええええええええええぇえぇえぇぇ!?』

 

 

「ッ!?」

 

 

『きええぇぇ!?きええぇぇ!?きええぇぇぇ!?きええぇぇきええぇぇきえぇえぇぇ!?……』

 

 

「ちょっ、何が起きてるんですか!?」

 

 

 

 いきなり聞こえてきたのは仲間の一人、バンビーノの奇声。混乱する此方を余所にひとしきり叫びまくった彼はこれまた唐突に沈黙した。そして、通信を繋いだままの無線機からは…

 

 

 

『おい、君!!大丈夫か!?……駄目だ、白目向いてる…』

 

 

『取り敢えず警備室にでも連れていこう』

 

 

『あぁ、そうだな』

 

 

 

 どうやら警備員が駆けつけ、彼を回収…もとい介抱してしまったようだ。彼の身に何が起きたのかは凄く気になるのだが、それよりも……

 

 

 

「……不味い事になりましたね…」

 

 

「どうする…?」

 

 

 

 流石にこれ以上セイスに頼むわけにはいかない。けれど、仮にもエージェントである彼をこのまま放置するわけにもいかない…

 

 

 

「私が彼を引き取ってきます。皆さんはそのまま任務を続行してて下さい」

 

 

「「「了解」」」

 

 

 

 麗しの彼女をこの目で見れないのは残念だが、言いだしっぺである自分がどうにかすべきだろう。撮影は彼らに任せ、全てが終わったらそれを楽しめば良い。

 

 そう思い、メテオラはその場から離れようとしたのだが…

 

 

 

「あぁ君達、ちょっと良いかな…?」

 

 

 

 唐突に目の前に現れたの一人の男性。その男は店員とはまた違った制服を身に着けており、装備品として無線機やら警防やら懐中電灯を身につけていた……早い話、警備員である…

 

 

 

「そんな場所に集まって何をしているんだい…?」

 

 

「え、いや…私達はただの一般客で…」

 

 

「一般客、ねぇ……バードウォッチング、て言われた方がまだ納得出来たんだけどな…?」

 

 

 

 

---良い年した男共が一人残らずカメラを装備…

 

 

---随分と物々しい集音マイクに無線機…

 

 

---そんな奴らがショッピングモールの隅に集まってコソコソと…

 

 

 

 

「「「「……。(・ω・;)」」」」

 

 

「……。(-_-)」

 

 

 

 

---正真正銘、ただの不審者である…

 

 

 

「散開!!」

 

 

「「「「了解!!」」」」

 

 

「あ、待てコラぁ!!(;`皿´)」

 

 

 

 彼らの雄叫びが、耳障りなほどに響いた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 警備員との逃走劇を経て、メテオラはレゾナンスの一角にあるトイレへと逃げ込み、へたり込んでいた。地味に体力があったあの警備員から逃げ切るのは、元々デスクワーク派である身にとって結構辛いものがあった…。

 

 

 

「ふぅ、我ながら軽率でした……いやはや、恋は盲目という奴ですかね…」

 

 

 

---絶対に違う

 

 

 

「しかし!!これしきの事で諦めたら亡国機業の名が廃るというもの!!」

 

 

 

 クワッ!!という効果音が相応しい勢いで立ち上がり、無線機でバラバラに逃げた仲間達にチャンネルを繋ぐ。すぐにでも集まり、行動を再開せねば…

 

 

 

「さぁ皆さん、民間の警備員如きに何時まで手こずってるのです!!さっさと合流して…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ぐおぎゃばはああああはあああああいあああ』

 

 

『うおわあああぁぁぁぁ!?』

 

 

『ヒッ!?何だ!?俺の足を掴んでるのは何なんだ!?』

 

 

『誰だテメェは!?ぬあああああああああああああああああ!?』

 

 

『天井が…天井が落ちてくるああああああ!?』

 

 

『な、何なんだこの縫いぐるみ!?独りでに動いて…!!』

 

 

「……。」

 

 

 

 呆然…それしか無い。繋げた無線から聞こえてきたのは、訳の分からない状況を口走りながら絶叫する仲間達。最早断末魔と言っても過言では無いソレは、メテオラの背筋に冷たい何かを走らせた…。

 

 そんな時だった、横から何かの視線を感じたのは…。よせば良いのに、つい反射的にその方向へ自身の視線を向けた彼は固まった… 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 横にあったのは鏡。そこに映っていたのは自分……そして自分より少し若い、セイスとほぼ同年代の黒髪の少年が“自分の右隣に立って”手を振っている所だった…

 

 慌てて隣を振り向くメテオラ、しかし…

 

 

 

「……なッ…」

 

 

 

 そこには誰も居ない。逃げ込んだトイレには、確かに自分以外の人間は存在していない。それを再度確認したメテオラの視線は、自然と鏡に再び向けられる。

 

 

 

「ッーーー!?」

 

 

 

 彼の心臓は今度こそ止まりかけた。何故なら鏡にはやっぱり自分と謎の少年が映っていて、さらに自身の“左隣”には…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミ ツ ケ タ ♪

 

 

 

 

 

 

 

-―-珍しく開眼してるにも関わらず、全く目が笑ってない『布仏本音』がそこに映っていた…

 

 

 

 

 

 鏡に映るそれを見てしまったメテオラは、錆び付いたブリキ人形の様にぎこちなく横を向いた。すると今度は…

 

 

 

---居た…しかも鏡に映っていた時と同じ表情で、自分の目の前に……

 

 

 

「ぐおッ!?」

 

 

 

 何かを言う暇も無く、メテオラの視界が凄まじい衝撃と共に真っ黒になった。それと同時に顔面がメキメキと音を立てながら段々と締め付けられていく。これはもしかしなくても、アイアンク…

 

 

 

「かんちゃんはね、ただでさえ人と触れ合うのが苦手なんだよね~」

 

 

「うぐはッ!?」

 

 

 

 

---メテオラの体が、浮いた……

 

 

 

 

(こんな華奢な体の何処にこの様な力が…!?)

 

 

「特にね~君たちみたいな人たちは凄く…すっごく苦手なんだよ~?それこそ泣いちゃうくらいに…」

 

 

「ッーーーーー!?」

 

 

 

 手に加えられる力が心なしか強まり、激痛で声にならない悲鳴を上げるしかないメテオラ。そんな彼のことなど知ったことでは無いと言わんばかりに、彼女は言葉を続ける…

 

 

 

「そんな人が『恋は盲目』って…冗談は、ほどほどにしてよね~?……潰すよ…?」

 

 

「え…あがッ……ちょ、待っ…!?」

 

 

「さてさて、私の親友に手を出しかねない御馬鹿さんには、ちょっとキツメの御仕置きタ~イム♪」

 

 

 

 その宣告と同時に一気に握力が強められ、さっきまでの痛みが生ぬるいものに感じるほどの激痛がメテオラの顔面に走る…。

 

 

 

「あががががががががが!?潰れる、顔が潰れる!?怒らせてしまったのなら謝ります!!だからちょっと許しおぎゃぶああああああああああああああああああああああああああああああああああああああsがう;sklljkv;lvs;lfkjldんkんjvkんskldんjkfgkッ!?」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「あ、本音。長かったね…」

 

 

「ごめんごめん、ちょっと激闘を繰り広げる羽目になってね~~」

 

 

「そんなトイレで大袈裟な…」

 

 

「そんなことよりも~早くショッピングの続きを開始するのだ~~!!」

 

 

「あ、ちょっと待って本音!!……もう…」

 

 

 

トイレを理由に待たせときながら、さっさと先に行ってしまった本音を追い掛けるようにして、簪はその場を離れた。半ば本音に振り回され気味だが、何だかんだ言ってその表情は楽しげである。

 

 そして彼女は何の支障も無く、何も知ることも無く、今日という日を心置きなく堪能したのだった…。

 

 

 

 

 

---因みにその日…楯無との鬼ごっこをどうにか生き延びたセイスがIS学園にある隠れ家へと向かってる最中、ふと薄暗い路地裏に視線を向けるとそこには“今日一日分の記憶が消滅した”メテオラ達が捨てられていたそうな……

 

 



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密着亡国機業24時 前編

なろうの時から読んで下さってる皆様、ついにここまで来ました。
次回はやっつけ仕事になってしまったコレの大改訂版。ご期待ください!!


 

 

 

 

 

「んあ゛ぁ~眠ッ…」

 

 

 

 とあるホテルの一室にて、一人の男がゆっくりとベッドから起き上がった。彼の名前は『セイス』、犯罪組織『亡国機業』のエージェントである。

 

 

 

「……やっべ、髭が濃い…」

 

 

 

 今日はこのホテルの一室で幹部達による総会がある。彼は自分の直属の上司である『フォレスト』の側近としてここに来たのである。いつも大して身だしなみに気を使ってる訳でもないが、他の幹部達が勢ぞろいする今日は話が別である…。

 

 

 

「髭剃り髭剃り…」

 

 

 

 若干ボケッとした意識で洗面所に向かい、ここに来る前に買っておいた電動髭剃り機を捜す。

 

 

 

「…お、あったあった……」

 

 

 

 洗面所の鏡前にポツンと置いてあったソレを手に取る。そういえばすぐに見つかるように、目立つ場所に置いてあったんだっけ…。

 

 

 

「んじゃ、スイッチお~ん…」

 

 

 

 依然としてハッキリしない頭のまま、顎に髭剃りを当てながらスイッチを入れた…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――バチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!!

 

 

 

 

 

「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばッ!!!?」

 

 

 

 

 

―――ドサリッ…

 

 

 

 

 

 突如、顎から全身へと走る衝撃…あまりの衝撃と突然のことに、セイスは床に崩れ落ちた。そして、混乱しながらも弱々しく視線を手に取った髭剃りへと向ける…。

 

 

 

 

 

 

「スタンガン…だと…?……がハッ!?」

 

 

 

 

 不本意な二度寝の開始である…。

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

「あの叫び声…ふふふ、掛かったか馬鹿め……!!」

 

 

 

  

 セイスと同じく直属の上司であるスコールに随伴してきたエムこと『マドカ』。彼の隣の部屋に陣取っているマドカは、先程聴こえてきた断末魔に対してほくそ笑んでいた…。

 

 

 

 

「残念だったなセヴァス…お前の髭剃りは昨日の内にスタンガンとすり替えておいたのだ!!ふはははははははバ~カバ~カ!!」

 

 

 

 

 自分しか使わない愛称でセイスのことを呼びながら、彼女のいつもの様子を知ってる者が見たら『誰これ…?』状態のテンションでマドカは高笑いを上げる。今頃セイスは出力マックスのスタンガンのせいでぐっすりと二度寝を始めている頃だろう…。

 

 

 

 

「はははははははは!!……ふぅ、さてと…私も身支度の続きでもするか…」

 

 

 

 

 取りあえず顔は洗ったので次は歯磨きである。さっきまで使っていたタオルを横に置き、歯ブラシとコップ、そして歯磨き粉を取る。

 

 

 

 

「今日は幹部総会…とは言っても、どうせスコールにはオータム、フォレストにはティーガーが付くのだろう……」

 

 

 

 

 どの幹部も2,3人の部下を随伴させているが、今回のメインである総会自体に連れて行ける部下の人数は一人だけである。他はイザと言う時まで待機…という名目の自由時間なのである。

 

 

 

 

「つまり、今日はとことんお前とやり合えるという訳だ…」

 

 

 

 

 ことの発端が何でどっちが先に始めたのかは既に思い出せなくなっていたが、最早互いに恒例であり宿命になりつつあったこの嫌がらせの応酬。最近はどんどん過激になる一方なのだが、二人とも一向にやめる気配が無い…。

 

 

 

 

「今のところ気分的に私が負け越している……だが、今日こそは勝たせて貰うぞセヴァス…!!」

 

 

 

 

 片腕を腰に当てながら歯磨き粉を塗った歯ブラシを天に掲げ、今は眠る(失神中)宿敵に宣戦布告したマドカ。その無駄に熱い気合とボルテージを維持したまま、彼女は歯磨きを開始した…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――グニュッ…

 

 

 

 

 

(……グニュッ…?)

 

 

 

 

 オカシイ…歯磨き中に出る音では無い。ていうか、何かコレ感触が変な上に臭いぞ……?

 

 

 

 

「まさか…」

 

 

 

 

 嫌な予感がしたので、自分が歯ブラシに塗ったモノの正体を確かめてみる。見た目は普通の歯磨き粉のチューブなのだが、少しだけ手に塗って触ったり臭いを嗅いだりして戦慄した…。

 

 自分の推測と記憶が間違ってなければ、このチューブの中身は歯磨き粉などでは無い。どうやら何時の間にか中身をすり替えられてたらしい…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『木工用ボ○ド』に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セヴァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 もう、とっくに戦いは始まっていたようである…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「よう、セイスにエム!!久しぶりじゃな……どうした、二人とも…?」   

 

 

 

「「……。」」

 

 

 

 

 オセアニア支部のエージェント『石(ストーン)』がセイスとマドカに話し掛けようとしたのだが、二人が発する謎のオーラに気圧されて固まってしまった…。

 

 

 

 

「ていうか二人とも…」

 

 

 

「「…あ゛?」」

 

 

 

「何か、臭くない?…焦げ臭いような、接着剤臭いような……」

 

 

 

 

 ホテルの通路で互いにメンチビームを飛ばしていたセイスとマドカだったが、ストーンは二人の顎と口から放たれてる異臭を無視できなかった。だが、一瞬でそれを後悔する…。

 

 

 

 

「黙れ海坊主…」

 

 

 

「永遠におねんねしたいのか?脳天無法地帯野郎が…」

 

 

 

「…orz」

 

 

 

 

―――亡国機業、オセアニア支部エージェント、『ストーン』。

 

 

―――年齢26歳

 

 

―――ヘアースタイル、スキンヘッド

 

 

―――あだ名…『タコ』

 

 

 

 

 

「……もういいや。どうせ、いつものアレなんだろ…?」

 

 

 

 

 亡国機業では半ば名物となりつつある二人の悪戯戦争。酷い時には周囲の人間を大量に巻き込む場合もあるので、今のセイスとエムには関わらないのが一番である。 

 

 

 

 

「そういうことだタコ…」

 

 

 

「頭足類は引っ込んでな…」

 

 

 

「……お前ら絶対にいつか泣かすからな…!!」

 

 

 

 

 とは言ったものの、この二人のタチの悪さは組織内でもトップクラスなのでその日がいつになることやら…。溜息をつきながら、とりあえずストーンはその場を後にするのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

☆つづく



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密着亡国機業24時 中篇

やるぜぇ…超やるぜぇ…


朝一番に発生した騒ぎから一転してココはホテル直営のレストラン。そこでセイスとマドカの二人は、他の組織のメンバーに混じりながら同じテーブルに座って朝食を摂っていた。元々このホテルは亡国機業が経営しており、それを幹部総会の為に組織が貸切にしたので、この建物の中に居る人間は全員組織の人間である。

 

 

 

「……。」

 

 

「どうした、食わないのか…?」

 

 

「いや、ちょっとな…」

 

 

 

 何だかんだ言って結局は一緒に行動するセイスとマドカ。今朝の様なやり取りがあっても、仲が険悪になったことは無いので仲間内からは不思議がられたり微笑ましい光景を見る様な視線を送られたりする。

 

 そんな二人なのだが、どうにもマドカの様子が変である。さっきからチラチラとセイスの方を見やり、何かの様子を伺っているみたいなのだ…

 

 

 

「……おい…」

 

 

「んあ?」

 

 

「…何ともないのか?」

 

 

「何が?」

 

 

「いや、別に…」

 

 

 

「……。」

 

 

 

 セイスの返答に一層挙動不振になっていくマドカ。それを裏付けるかのように、セイスから目を逸らしながらカップに口を付け、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。そんなマドカの様子を見たセイスは何かに感づき、さらに何とも黒い笑みを浮かべていた…

 

 

「そういえばさぁ…」

 

 

「うん…?」

 

 

「諸事情により俺の身体って、お前らよりナノマシンが滅茶苦茶多いじゃん?」

 

 

「……そうだな…」

 

 

 

 この事はセイスの産まれに原因があるのだが、これはまた別の話…

 

 

「それでさ、その多いナノマシンのせいで怪我の治りや病気に対する免疫力もお前らより圧倒的に優れてるわけだよ。」

 

 

「いや、知ってるが…」

 

 

「ところが困った事に、普通の風邪薬や麻酔薬の類にも抵抗力がついちまってな~」

 

 

 その並外れた身体能力故に、セイスには並の医療品が良くも悪くも通用しない。常人ならば即死しかねない毒キノコを食ったところで腹を下すだけで済むのだが、その時に近所で売ってるような胃薬や正○丸を飲んでも全く効果が無いのである。

 

 

「チッ」

 

 

「なに露骨に舌打ちしてんだテメェ……さては俺の朝飯に何か仕込んでたな…?」

 

 

「さぁな~?」

 

 

「ふん。まぁ、とにかく俺の身体にまともな効果を出せるのは技術開発部がそれなりに本気になって作った奴ぐらいだな…」

 

 

 

 技術部の奴らが作った錠剤は本当に良く効く。彼らの学園潜入生活をする前からお世話になっており、その効果は使い方を間違えれば兵器にもなる。何せ睡眠薬を一錠だけ粉々にし、換気扇から敵の居る部屋に流してやったら全員強制的に眠らす事が出来たくらいだ。

 

 

「下剤なんか一回分だけで象を丸一日トイレに籠もらせれたぞ…?」

 

 

「……その下剤も凄いが、それを普通に利用できるお前も大概だ…」

 

 

「ほっとけ、自覚してるから……あ、それと…」

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今お前が飲み干したコーヒーに仕込んどいたのが、まさに下剤(それ)だ」

 

 

 

 

 

―――ぎゅぐるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるッ!!

 

 

 

 

「セヴァス貴様ぬあああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 断末魔に近い怒りの咆哮を上げながら走り去るマドカ。向かう先は当然ながらトイレ。途中、丁度レストランに入ってきたストーンが彼女を避けきれずに跳ね飛ばされ、壁に叩き付けられズルズルと落ちていった…。

 

 

「……念のため量を10分の一にまで減らしといたが、やっぱ凄いな技術部…」

 

 

 暢気に呟きながら、彼は自分のカップに残った紅茶を飲み干した…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「セイス」

 

 

「あ、ティーガーの兄貴」

 

 

 

 マドカから早速一本取り、ご満悦の表情で通路を歩いていたらフォレストの右腕であり、自分やオランジュ達の兄貴分でもある『虎(ティーガー)』に呼び止められた。

 

 この人はフォレストの旦那以上に怒らせると怖い。軍人崩れの超真面目な方であり、自分以上の人外であると俺は思っている。この人なら多分、生身でISと戦えるんじゃなかろうか? 

 

 

 

「幹部総会の時に、少しだけやってもらうことが出来た。今から説明をするからよく聴け」 

 

 

「ういっす」

 

 

 

 断る理由も無いし、断れる理由も無い。俺に素直に聞く以外の選択肢は無い。

 

 

 

「では、まず今日の各人員における配置についてだが…」

 

 

(……ん?)

 

 

 

 ところがその時、自分から向いて前方…ティーガーの後方の大分離れた場所にマドカが立っていた。こっちを向いて手を振ってるけど、何がやりたいんだ…?

 

 

 

「…おい、聴いてるか?」

 

 

「ちゃんと聴いてますよ?俺は部屋の入口を見張ってればいいんですよね?」

 

 

「ん、聴いてるのならいい。あぁ後、その次なんだが…」

 

 

 

 と、その瞬間遠くにいるマドカが俺に背を向けた…かと思ったらすぐに此方を振り返った。だが、そんなアイツの手には何時の間にかフリップボードが握られており、そこには…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『僕の名前はティーガー!!皆、仲良くしてね♪アッヒャハハハハハハハッハーーーーーーーーーーーーそげぶッ!!』

 

 

 

「ぶふぅおッ!?」

 

 

 

 よりによって本人が目の前に居る時に、本人が絶対に言わないようなセリフとか卑怯…。

 

 

 

(言わねぇよ!!この人は自分の事を『自分』か『私』としか言わねぇよ!!おまけに笑ったところに関しては見たことすらねぇよ!!)

 

 

「……セイス…」

 

 

「ッ!?」

 

 

「…何が吹き出す程おもしろかったんだ?」

 

 

「あ、いや…その……くくっ…」

 

 

 

 駄目だ!!ティーガーの兄貴の顔を見る度にさっきの言葉が頭をよぎって笑いが!!……とか思ってたら兄貴は既に拳を振りかぶってぇるるるうううううううう!?

 

 

 

「ふんッ!!」

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああすッ!?」

 

 

 

 

 思いっきり殴り飛ばされ『あ、やっぱりこの人ISと生身で戦えるわ』とか考えながら、ストーンにぶつかるまで50mもの空中遊泳を経験する羽目になった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「いっつぅ…ま~だ頬が腫れてらぁ……」

 

 

「まぁ、可哀相に!!いったい、何方がこのような真似を!!」

 

 

「むしろお前が何方だ…」

 

 

「マドカ様だ」

 

 

「死ね」

 

 

 

 思いっきりドヤ顔をされ、セヴァスの頭にどんどん血が上っていく。朝食では先手を取られたが、そう易々とやられてやるつもりは無い…

 

 

 

「ふはははは!!ねぇ今どんな気持ち?フリップボードごときでティーガーに殴られる羽目になってどんな気持ち?」

 

 

「うっぜえええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 

 

 HAHAHAHA!!限りなく気分が良いぞ!!もっと悔しがるが良い!!何、キャラが崩壊しているだと?そんなの今更だろ?気にするな!!

 

 

 

「調子に乗りやがってこん畜生……仕方ない、出来れば使いたくなかったんだが…」

 

 

「ん?」

 

 

「……まぁ、いい。取りあえず昼飯だ…」

 

 

「お、一緒に行くか?」

 

 

 

 そういえば早くも昼時である。総会はまだ途中だが休憩時間に入り、スコールやフォレスト達も近場の店に足を運んでいるようだ。今回も例によって悪戯戦争以外にやる事が無くて暇だったが、朝に食べた物は全部朝の内に出す羽目になったので腹ペコだ。おのれセヴァス、許すまじ…

 

 

 

「その前にコレ…」

 

 

 

 そう言ってセヴァスは、自分のポケットからピンク色の財布を取り出す。その財布には凄く見覚えがあった…何せ、今ポッケに入ってる筈の私の財布とそっくりで……

 

 

 

「裏側に『おりむら まどか』って書いてあるんだが…?」

 

 

「やっぱり私のかああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 何時の間にパクッた!?ていうか返せ!!その中にはカードも含めて全財産がッ!!

 

 

 

「ダストシュートにポイッ」

 

 

 

「オォーーーーーノォーーーーーーレェーーーーーー!!!?」

 

 

 

 ここはホテルの上層階。通路のダストシュートは、よくありがちな下フロアのゴミ集積場に直結しているタイプである。そんな場所に落とされたら洒落にならん!!財布が次々と捨てられるゴミに埋められてしまうではないか!!

 

 

 

「やらせはせんぞおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 燃え上がれ私のコスモ!!全力全開!!ファイトいっぱーーーーーーつ!!

 

 

 

 

「はああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 気合と勢いに任せ、セヴァスを突き飛ばしながらダストシュートに上半身をねじ込み、奈落の底に落ちていこうとしていた財布に手を伸ばす。そして…

 

 

 

「取ったどおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 ギリギリでそれをキャッチすることに成功する。体の半分をダストシュートに突っ込むという随分と間抜けな恰好だが、財布が無事なことに変わりはない。

 

 

 

「ふぅ…さて、中身は無j……」

 

 

 

 中身を確認しようとして財布を開いた瞬間、思わずピシリと固まってしまった。確かにコレは私の財布だ。私のポケットに何も入ってない事と、私の名前が書かれたこのピンク色がそれを示している。じゃあ何で固まったのかと言うと…

 

 

 

 

―――カードから小銭まで、一切合財無くなって中身がスッカラカンだったからだ…

 

 

 

 

「さぁて、これで寿司でも食いに行くか」

 

 

「謀ったな!?謀ったなセヴァス!?」

 

 

 

---コイツ、私の財布から中身全部抜き取ったな!?

 

 

 

「あ、従業員さん。あっちにお馬鹿な人が挟まって動けなくなってるんで、助けてあげて下さい」

 

 

「誰がお馬鹿な人か!!こんなものすぐに……抜けない…だと…!?」

 

 

 

 結局、複数の従業員とセヴァスの計6人がかりの手を借りてようやく抜けれた……少し、太ったか…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「お前、今度から自重しろよ…?」

 

 

「……どれをだ…?」

 

 

「全部だよ」

 

 

 

 主に食い意地とか傍若無人とか食い意地とか俺からの借金とか食い意地とか悪戯とか…

 

 

 

「あと食い意地とか」

 

 

「……私は食いしん坊キャラじゃ無いぞ…」

 

 

 

 どの口が言いやがる。お前が嫌がらせ込みで俺に作った借金の大半は食い物関係だろうが…

 

 

 

「というわけで前回のテイクアウト代は徴収だ。残りは返してやるから感謝しろ」

 

 

「いや、それ元から私の財布の中身…」

 

 

「あぁ~今まで忘れてやったその他諸々の借金の記憶が鮮明に~~」

 

 

「調子乗ってマジすいませんでした」

 

 

「分かれば良い」

 

 

 

 マドカが俺に作った借金の原因を食い物以外で挙げると私服や日用品の調達、俺の影響で始めたゲーム機や漫画代とかが挙げられる。まぁ…これはこれそれはそれなので、この弱味を盾に悪戯を一方的に受けろだなんて言うつもりはない。マドカもそれを理解しており、良くも悪くも遠慮が無いのが現実である。

 

 

 

「さて、行くか…」

 

 

「うむ」

 

 

 

 とにかく金銭関係の話はこれで終了。俺達は良い店を探すべく、ホテルの外へと出た…

 

 

 

「ッ!!危ないセヴァス!!」

 

 

「へッ!?」

 

 

「とにかく跳べ!!」

 

 

 

 外に出た瞬間、隣のマドカが叫ぶ。わけが分からなかったが、その混乱中に『跳べ』と言われたら勝手が身体に反応するのは当然。つい条件反射でマドカの言葉通りにその場でジャンプしてしまった。

 

 そしてその時、俺の隣に立っていた筈のマドカはその場でしゃがみ込んでおり…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---俺の着地地転にあるマンホールの蓋を外しやがった…

 

 

 

 

「テメェえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」

 

 

「堕ちる所まで堕ちるが良い!!」

 

 

 

 重力の法則に逆らえぬまま、俺は成す術なくマンホール…下水道の暗闇へと落ちていく。落ちていく間、ずっとアイツの高笑いが聞こえていたのが余計に腹立つ……

 

 

 

「後で覚えてろおおおおぉぉぉぉ!?……うぎゃッ!?」

 

 

 

 俺の頬を流れたのは、きっと下水道を流れる汚水だけでは無かった筈……ていうか冷たッ!?

 

 

 

☆つづく☆

 

 




まだ続きます


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密着亡国機業24時 後編

 

「あぁクッソ…マジで覚えてろ……」

 

 

「だが残念、もう忘れた」

 

 

「……こんの野郎…」

 

 

 

 マンホールから這い上がること数分、この辺の近場にある名店とやらを探して彷徨っていた。因みに、下水道に落とされたせいで服は一度取り替える羽目になった…

 

 

 

「ところで俺、臭わない…?」

 

 

「いや、平気だろ」

 

 

「そうか…」

 

 

 

 何かあるといけないから他の幹部を相手にする時に着る正装は別の場所に保管している。おかげで駄目にしないで済んだ。だからといって街中で異臭を放つのは御免だが…

 

 

 

「ん?おい、ここじゃないか…?」

 

 

「おぉ、多分そうだ!!」

 

 

 

 ホテルから暫く歩くこと十数分、目的地に到着した。俺達の目の前には『小森屋』という名前の小さな定食屋が建っており、中から料理の良い香りが漂ってきた。店の雰囲気もあってか、以前マドカと訪れた五反田食堂を思い出させる。

 

 

 

「それにしても、お前って最近こういう店好きだよな…」

 

 

「スコール達と仕事していると、ブルジョアな店ばかりなんでな…」

 

 

「あぁ、そういうことか」

 

 

 

 そういえば基本的にスコールの姉御って、超がつくセレブ御用達のホテルやらレストランにしか行かないんだよな。そもそもフォレストの旦那以外の幹部が、こういう庶民派の店に行ったなんて話は聞いた事が無い。

 

 

 

「ていうか、その言い方からするとお前…」

 

 

「おや、気付いたか……そうとも!!お前みたいなヒラと違って私は高い店に行き慣れてるのだ!!」

 

 

「な、なんだと…!?」

 

 

「だが、別にアイツらと一緒に行ってるわけじゃないぞ?やけに多めの金だけ渡されて『勝手に済ませろ』って感じだ」

 

 

 

 あの二人にとって私は色々な意味で邪魔だからな…と、呟きながらマドカは語る。曰くスコールの姉御が拠点に選ぶ場所は例によって超セレブリティなホテルやら住宅街。曰く近くにある店もそれに比例して超セレブリティ。曰くあまり遠くに行くと呼ばれた時に戻るのが面倒だからその近くにある馬鹿高い店に入るしか無かった、と…

 

 

 

「あぁ…店の雰囲気に呑まれて生まれたての小鹿の様になった日が懐かしい……」

 

 

 

 当時の事を思い出しているのであろう彼女は、やけに遠い目をしていた。だが想像してみると、それはそれでかなり精神的にくるかもしれない…。

 

---持った事すら無い額の食事代を渡され

 

---身分不相応なキラキラ雰囲気の豪華な店

 

---自分にとって限界レベルの服装は店の人間にさえ苦笑され

 

---おまけにそんな場所に単身で向かう

 

 最早罰ゲームだろ、コレ……少なくとも、昼食代が多くても千円超えない俺にはそう感じる…。ていうか、まさかと思うが今のコイツの図太さって、そうやって高い店に通ってる内に周囲の視線やら雰囲気やらに対して免疫が出来たからとか間抜けな理由じゃないよな?

 

 

 

「そこんとこどうよ…?」 

 

 

「喧嘩売ってるのか貴様、そんなわけ……そんなわけ…………そうかもしれん……」

 

 

 

 最後の一言は、本当に蚊が鳴くかのような小さい声だった。聴こえちゃったけど…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「いらっしゃいませ~、何名様ですか~?」

 

 

「二名で」

 

 

「では此方へ~」

 

 

 

 どこの店にも居そうな、随分と普通な見た目の店員に案内されながら二人席に着く。その間、マドカはずっと打ちひしがれていたが…

 

 

 

「……orz」

 

 

「いい加減に元気出せって…」

 

 

 

 席に着いてもそのままの雰囲気である。気持ちは分からなくもないが、そろそろ元に戻って欲しい。そんな目の前でいつまでも無防備を晒していると、思わず…

 

 

 

(仕掛けちまうぞ…?)

 

 

 

 てなわけで俺は、ホテルから来る時に持参した“ある物”をマドカの目の前に置いた。仕込みを終えた俺はこの店のメニューを取り、ざっと見渡して適当に注文する物を選んで即座に店員を呼ぶ。

 

 

 

「は~い、お待たせしました~ご注文をお伺いします~~」

 

 

「この唐揚げ定食を一つ」

 

 

「唐揚げお一つ~、其方のお客様は~?」

 

 

「……orz」

 

 

 

---まだ落ち込んでるよ、コイツ…

 

 

 

「おい、マドカ!!」

 

 

「……ん…?」

 

 

「早く注文しろっての」

 

 

「え…あ、あぁスマン!!」

 

 

 

 そう言って焦りながらも目の前に置かれたメニューを開くマドカ。店員をこれ以上待たせてはならないと思ったのか、良く悩むこともせず俺と同様に適当に選ぶ羽目になった。そして…

 

 

 

「えっと…じゃあ、この麻婆豆腐をライス付きで!!」

 

 

 

 マドカはそのメニューの中から無難なものを選んだつもりだったのだろう。ところが、その注文に対して店員が見せた反応はというと… 

 

 

 

「は…?」

 

 

 

---もの凄く、不思議そうな表情を見せました…

 

 

 

「えっと~お客様?当店で麻婆豆腐は取り扱って無いのですが…」

 

 

「え?……あ、品切れということか…」

 

 

 

 店員の反応に思わず面食らっていたが、すぐに思い直して平静を装う。流石は超セレブ店で身に着けた肝ッ玉、ちょっとやそっとじゃ動じないか……何にせよ、現在進行形で笑いを堪えるのに必死だが…

 

 

 

「じゃ、じゃあ…麻婆豆腐はやめてエビチリで……」

 

 

「……お客さん、ふざけてます…?」

 

 

「な、何故に…!?」

 

 

「あぁ、すいません店員さん。とりあえずコイツには刺身定食を…」

 

 

 

 そろそろ店員さんの目つきがヤバイので助け船を出してやろう。一応の注文を取った店員さんは、ちょっとだけ恐い顔をしながらも店の奥へと戻っていった。その店員の様子にマドカは最後まで混乱していたので、とある真実を教えてやるとしよう…

 

 

 

「マドカ、知ってるか…?」

 

 

「……うん…?」

 

 

「ここって一応、“和食がメイン”なんだぜ…?」

 

 

「え゛…?」

 

 

「そして、お前が手に持ったモノを良く見てみろ…」

 

 

 

 その言葉と同時にマドカはその手に持ったメニューに視線を落とした。見るために慌てて開いたそれを一端閉じ、裏返して表紙に目をやる。そして、そこに書いてあった文字は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---『バー○ヤン』

 

 

 

 

「どっから持ってきたんだ貴様ああぁぁッ!?」

 

 

「あっはははは!!コイツ最後まで気付かないでやんの!!ぶわはははははは!!」

 

 

 

 顔を真っ赤にしながら憤慨する彼女がちょっと可愛く見えたのは、死ぬまで内緒だ…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「う~ん…美味いんだが、五反田食堂の方が良かったかもな……」

 

 

「同感だ。また今度行こうか、お前の奢りで」

 

 

「ざけんな」

 

 

 

 全て完食し、食後のお茶を啜りながら余韻に漬かる俺ら。まだ集合時間まで余裕があるので、もう少しだけ居座るとしよう。なんて思ってた時だった…

 

 

 

「いらっしゃいませ~、何名様ですか…?」

 

 

「4人で」

 

 

「おい、ふざけんな。何でテメェらと一緒の席に座んなきゃいけねぇんだ」

 

 

「黙れクズが。その首捥ぎ取られたいか…?」

 

 

「なんだとドラ猫野郎!?」

 

 

「うるさいぞ、腐れ秋女…」

 

 

「ちょっと、落ち着きなさい二人とも…」

 

 

「「チッ…」」

 

 

 

 店の入り口の方からやけに聞き覚えのある声がしたので、そちらの方に視線を飛ばしてみたら、これまた見覚えのある男女4人組が目に入った。その4人の姿を見て俺は驚愕で目を見開き、マドカは露骨に舌打ちをして嫌そうにした。と、その4人の中で店員に人数を伝えていた中年の男と目が合い、あちらもこっちに気がついた…

 

 

「おや、セイスとマドカじゃないか。君達も来てたのかい…?」

 

 

「だ、旦那に兄貴にスコールの姉御!?それと妖怪百合秋!!」

 

 

「ちょっと待てクソ餓鬼!!今、私のこと何て言った!?」

 

 

 

 本来ならこんな庶民派な店に来ない筈の、亡国機業幹部コンビであるフォレストの旦那とスコールの姉御、そしてその付き添い役であるティーガーの兄貴とオーマケだった。確か、ホテルの近くにある高い店にでも行ったんじゃ…

 

 

「おいコラ、誰がオーマケだ。オータムだ、オータム!!」

 

 

「それにしても旦那方、何だってこんな店に…?」

 

 

「無視すんな!!」

 

 

「いやぁ、行ってみたはいいが満席でね。諦めて他の店を探している内に彼女らと出くわして、そのままここまで来てしまったんだよ。ココを選んだ理由は、単に時間が無かっただけさ」

 

 

「テメェら、いい加減に…!!」

 

 

「オータム、うるさいわよ」

 

 

「……。orz」

 

 

 

 曰くスコールの姉御達も旦那達と同じようなものであり、これ以上他の店を探す暇が無かったからここを選んだそうだ。別に食事を一緒する気は無いようだ……ていうか旦那と姉御はまだしも、ティーガーの兄貴とオータムが席を一緒にしたらこの店、絶対に潰れると思う…

 

 

 

「お客様、申し訳ありませんが現在込み合っておりまして、二人ずつに分かれて頂きませんと…」

 

 

「そうか。じゃ、ティーガーとオータムはカウンター席で」

 

 

「私とフォレストはソコに座りましょうか」

 

 

「「「「え゛?」」」」

 

 

 

 

-―-今、何て言った…?

 

 

 

「だ、だだだだ旦那!?この店を潰す気ですか!?」

 

 

「フォレスト、何のつもりだ…?」

 

 

「スコール!?さっきのそんなに煩かったのか!?だったら謝るから機嫌直してくれ!!」

 

 

「何を考えてるんだお前らは…!?」

 

 

 

 細かい理由は違えど、俺とマドカを含む4人は2人に猛抗議だ。他の3人はどうか知らないが、俺にとって兄貴とオータムは水と油どころか火と油…いや、ナパームとニトロみたいな関係だ。しかも二人は人外とIS保持者だ、喧嘩したら一瞬でココは戦場と化す。それを知らないわけ無いだろこの人は!?

 

 そんな俺らの様子を見て旦那と姉御はやけに黒い笑みを浮かべた。そして、先に口を開いたのは旦那の方だった…

 

 

「何のつもりかだと?何を考えてるだと?……ふふふ、そんなの決まってる…」

 

 

 

 

 

 

 

 

---面白そうだからに決まってる…

 

 

 

 

 遺書を残そうと思って紙を探した俺は間違っているだろうか…? 

 

 

 

 

 




何か微妙に続いてしましましたが、こんな状況にも関わらず次回ほんのちょっぴりシリアス…ていうかセイスの過去を少し…


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森林と通り雨と虎と秋

申し訳ないですが、明日から8日までパソコンが使えません。なので感想返しはいつもより遅くなります。すんません…


 

「うわぁ…あっち、とんでもない雰囲気になってるぞ?」

 

 

「私も大概だが、露骨過ぎだろう…」

 

 

 

 何がとんでもないかと言うと、旦那と姉御の指示で同じ席に座らされたティーガーの兄貴とオータムの雰囲気である。組織内でも二人の犬猿の仲は有名であり、会う度に殺し合いに発展しかねない大喧嘩を引き起こす。『喧嘩する程仲が良い』とう言葉があるが、あの二人は完全に例外だ。

 

 現にティーガーは爪楊枝を隠し持ってオータムの眼球を秘かに狙い、逆にオータムは箸を逆手に持ちながら彼の喉笛を貫かんとばかりに殺気を向けている。あぁ…飯食ってる最中だったら、何も喉が通らなかったろうなこの状況……。

 

 

「にも関わらず、何で二人は平然としてられるんですか…?」

 

 

「成れの果て…もとい、慣れの果てだよ」

 

 

 

 俺達の隣に位置するテーブルに座った二人に訊いてみたら、そう返された。ぶっちゃけ俺も今の任務で女子に対する反応が希薄な事に対してオランジュ達に『お前、枯れてないか?』とか言われるが、慣れとしか言い様が無い。

 

 

 

「ま、だからこそ偶には離れたい時もあるのよね。別にオータムと別れたいわけじゃないけど、ティーガーと関わったオータムはずっとトゲトゲしてるから大変なのよ…」

 

 

 

 まぁ、兄貴も兄貴でオータムと会った日はいつも彼女を連想させるものを反射的に潰してたからな……この前は秋刀魚をズタズタにしてるとこを見たし…

 

 

 

「と、冗談はさておき……本題は今度の作戦についてだ…」

 

 

「おっと、真面目な話でしたか…」

 

 

 

 目が笑ってないからマジなのだろう。でも、だったら尚更あの二人を別の場所にやったのは何故だ…?

 

 

 

「話が進まないからね。主にオータムのせいで…」

 

 

「納得しました」

 

 

「何か、ごめんなさいね?」

 

 

 

 典型的な女尊男卑であるオータムはフォレストの旦那にさえ突っ掛かる。スコールが言ってようやく渋々止めるくらいだ。そして、そんなオータムに兄貴がキレての悪循環、というわけだ…

 

 

 

「俺はてっきり倦怠期にでも入ったのかと…」

 

 

「そんなわけないでしょ。でも、流石に今度の作戦の話ぐらいは少しね…」

 

 

 

 今度の作戦…それは、秋に開催されるIS学園での学園祭に合わせて決行されるアレの事だろう。俺達潜入組みのサポートでオータムが得意の猫被りで一夏に近づき、白式ごと奴を拉致するというものだ。一時的にとはいえ、逃げるならまだしもIS保持者を正面から相手にしなければならないので俺は今回サポート組みである。

 

 

 

「その事なんだけど、どうやら同じ時期にアメリカが動くらしい…」

 

 

「ッ…」

 

 

 

 

---今、何て言った…?

 

 

 

「夏の『福音事件』を切欠にして、彼に本格的に目を付けたようでね。篠ノ之神社の夏祭りで君が撃退したグループも、どうやら奴らが関わっていたみたいだ…」

 

 

「……。」

 

 

 

 あぁ…何とも懐かしい……この胸糞悪い気分は。所属する組織柄、人種差別なんて普通はする気にもなれないが、あの国の連中は基本的に嫌いだ。政府のお偉いさんは方に関わってる連中は特にだ…

 

 

 

「そして、今回も例によって奴らは犯罪者紛いの方法で彼と接触するつもりだ」

 

 

「……それで、俺にどうしろと…?」

 

 

 

 旦那が相手に関わらず不機嫌な口調で答えちまったが、旦那は特に気にしなかったようだ。そして俺の問いかけにはスコールの姉御が答えてくれた。

 

 

 

「もしもアメリカの工作員が現れた場合、貴方はオータムのサポートより其方の撃退を優先していいわ」

 

 

「いいんですか…?」

 

 

 

 確かにオータムの腕は組織内でも上位に分類されるが、無駄にプライド高いから油断して痛い目を見るとかそんなオチが待ってそうで地味に不安なんだけど…

 

 

 

「彼女が失敗した時は、エム…貴方に頼むわ」

 

 

「分かった…」

 

 

「え…」

 

 

「あら…?」 

 

 

 

 スコールの言葉に不機嫌ながらもマドカは即答した。その事にその場に居たマドカ以外の3人は意外そうな表情を見せ、逆にマドカがそれに対して不思議そうな表情を浮かべる…

 

 

 

「……何だ…?」

 

 

「いや、貴方の事だからもう少し渋るかと思ったのだけど……やけに素直じゃない…?」

 

 

「ふん…私の命を握っておいて良く言う……」

 

 

 

 スコールの姉御はマドカが暴走(裏切り)しないよう、彼女に投与されているナノマシンに細工をしてある。文字通りマドカはスコールの姉御に命を握られているのだ。

 

 

---表向きは、だが…

 

 

 さて、そんなマドカだがスコールの姉御に吐き捨てるように答えた後、すぐに席から立ち上がった。

 

 

 

「セヴァス、先に行ってるぞ…?」

 

 

「あ、あぁ。けど、良いのか…?」

 

 

 

 無論、マドカの手を煩わせる事に関してだ…

 

 

 

「構わない…代わりと言っては何だが、私の時に手伝ってくれれば良い……」

 

 

「……そうか…」

 

 

「もしも成功したら、参考までに聞かせてくれ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---復讐を果たした時の達成感とやらを…

 

 

 

 

「……作文用紙3枚に纏めて渡してやるよ…」

 

 

「ふん、期待せずに待ってるからな…?」

 

 

 

 そう言ってマドカはニヤリと笑みを浮かべ、そのまま店から出て行った。その彼女の足取りはどことなく軽やかであった……と、思ったら急に走り出した…

 

 

 

「何だアイツ…?」

 

 

「ところでセイス…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---彼女、自分の代金払ってないよ…?

 

 

 

 

 

 

「あの野郎ッ!!またか!?」

 

 

 

 何か珍しくシリアスな雰囲気出してると思ったら虎視眈々と機会を狙ってただけか!?ていうか足取りが軽かったのは成功したからか!?

 

 

 

「あぁ~クソッ!!」

 

 

「どうどう、落ち着け落ち着け」

 

 

 

 旦那に宥められてようやく落ち着く…いや、無理だ。前回と同じ様な手段で嵌められたのが地味に悔しい!!……だが、ただではやられん…!!

 

 

 

「スコールの姉御、とりあえずコレを渡しておきます!!」

 

 

「え、えぇ…」

 

 

 そう言って携帯で撮ったとある画像を姉御の携帯に送る。後は姉御がコレをばら撒けば仕返し完了だ。だが、これで終わると思うなよ…

 

 

 

「それじゃフォレストの旦那、スコールの姉御、先に失礼します!!」

 

 

「ん、二人とも程ほどにな~」

 

 

 

 言うや否や俺は店に支払いを済ませ、マドカが走り去って行った方向に走り出す。さて、次はどうしてやろうか…!!

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……あの子って本当にエムなの?実は偽者とか言わない…?」

 

 

「何を言ってるんだ君は?」

 

 

 

 マドカとセイスが去った後もフォレスト達は未だに店に残っていた。此方は昼食が済んでなかったので当然といえば当然だが…

 

 

 

「だって私達と居る時はあんなに素直じゃないし、さっきみたいな茶目っ気はゼロよ…?」

 

 

「君とオータム相手にあんな事できるか馬鹿」

 

 

「……。」

 

 

 

 あんな事したら即殺されるのは目に見えている…。

 

 

 

「まぁ、一応あれが彼女の素かもしれないけど、やっぱりセイスの影響が大きいんじゃないかな…?」

 

 

「……そういえば、貴方が彼を拾ってきてから結構な日数が経ったわね…」

 

 

 

 スペインで野垂れ死にそうになっていた彼を見つけ、思わずそのまま組織に連れ帰ってからかなりの時が流れた。最初はその場の勢いと興味本位で彼を拾ったのだが、今や自慢の部下であり大切な身内だ。

 

 

 

「……僕に息子が居たら、丁度あんな感じだったかのかねぇ…?」

 

 

「貴方に子供が居たら世界が終わるわ…」

 

 

「君に言われたくない…」

 

 

 

 しかし、そんな今になって彼の因縁とも言えるかの大国が出てくるとは……これも運命とか言う奴だろうか?直接彼に関わった者は既にこの世に残ってないだろうが、彼の中で燻ぶっている負の感情を呼び覚まし、そしてそれを取り除くには充分な要因だ…。

 

 

 

「どっちにせよ、セイス次第だね。いざと言う時は彼を頼むよ、スコール…?」

 

 

「えぇ、任せなさい。私も彼の事は気に入ってるもの」

 

 

 

 一時セイスがマドカの為に奔走し、あらゆる手段を用いて“とある事”をスコールに頼み込んだ時があった。その内容はセイスもスコールも最後まで教えてくれなかったから知らないが、それ以来スコールはセイスの事を割りと気に掛けている。活動に支障は出てないし、実質フォレスト組とスコール組の仲介役になってくれてるのでむしろ良い事だ。なので結局その事は気にしない事にしているが…

 

 

 

「……ところで、セイスは君に何を渡したんだい…?」

 

 

「あら、そういえば何かしら…」

 

 

 

 丁度思い出したのでスコールは携帯を取り出してセイスが送ってくれたデータを展開し、フォレストはそれを覗き込んだ。すると、そこに映し出されたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---ダストシュートに上半身突っ込んで抜けなくなったマドカだった…

 

 

 

 

 

「……やっぱり、偽者よ…ク、ククッ…!!」

 

 

「何か、うちの部下がゴメン……ふふ…」

 

 

「ククク…あっははははははははははは!!」

 

 

「あはははははははは!!何だこりゃ!?あのエムが…エムがゴミ箱にぃ!!あははははは!!」

 

 

「も、もう何なのよコレ!?あっはははははは!!」

 

 

「ちょ、ちょっとその画像あとで僕にも送って…あははは!!」

 

 

「も、も、勿論よ…ふふ……!!」

 

 

 

 店員に止められるまで暫く、二人の爆笑は続いたそうな。そして暫くこの画像が亡国機業内に流行し、それが原因でセイスとマドカの鬼ごっこが繰り広げられるのだが……それはまた今度で…

 

 



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暗躍学園祭 前篇

前座なので短めです


 

 

 

 

「おぉう、結構一般人向けだなぁ…」

 

 

『そうでもないみたいだぞ…美術部の出し物は爆弾解体ゲームらしいし…』

 

 

「受けて立とう」

 

 

『待てい』

 

 

 

 作戦当日…つまりは学園祭当日。学園の生徒が招いた一般人もおり、今日のIS学園はいつも以上に賑やかだ。世界に名立たる、世界で唯一の学校というだけあってか催し物も本格的なものが多く、そんじょそこらの学園祭や文化祭とは質が違った。ただ、そこに居る生徒達の雰囲気は年相応の賑やかさだった。

 

 本音を言えば普通に参加してみたいが、今は自分に課せられた任務を全うしよう…

 

 

 

「で、マドカと妖怪は…?」

 

 

『妖怪は巻紙なんたらって偽名で一夏と接触、マド…すいませんエム様、だから銃を下ろせ』

 

 

 

 無線機越しから銃を構える音がした。相変わらずオランジュには名前を呼ぶ許可を与えてないらしい…

 

 

 

「で…?」

 

 

『お前のポテチ食いながら、お前のゲームで遊んでる』

 

 

「いっそ豚になってしまえこの駄目人間」

 

 

 

 今回の任務は『白式と織斑一夏の捕獲』である。一夏との接触は基本的に妖怪ことオータムが担当し、非常時のバックアップ役はセカンドマダーオの役目だ。因みに今は俺達の隠し部屋で待機中だ……例によって俺の所有物を消費しながら…

 

 

 

『とにかく一夏は妖怪に任せるとして、お前の方はどうよ?』

 

 

「あぁ、今は料理部…だったか?それが催し物やってる教室に居る」

 

 

 

 改めて潜んだ教室を見回してみるとそこら中に鍋やら皿が並んでおり、その全てに美味しそうな料理が並んでいた……腹減った…

 

 

 

「因みに、さっき一夏とシャルロットが二人で来た」

 

 

『画像は!?』

 

 

「あるわけないだろう」

 

 

 

 流石に結構焦った。まさか武器調達の為に忍び込んだ教室に、ターゲット本人がやって来るとは思わなかったし。二人は肉じゃがに手を付けながら料理部の人と軽く談笑していたが、流石に生身で専用機持ち二人を襲撃することは無理だ。だから、ずっと隠れてたわけなのだが…

 

 

 

『よく見つからなかったな…』

 

 

「段ボールは神様だと思わないか?」

 

 

『……お前まさか、ス○ーク中…?』

 

 

「イェア」

 

 

 

 馬鹿みたいな方法だが、場所が場所だけに俺がすっぽり隠れれるだけのサイズを持つ段ボールが一ヶ所に幾つも転がってた。そこの一つに隠れ、ずーっと段ボールの中で体育座りしてたわけなのだが…

 

 

 

「本当に誰も気付かないでやんの」

 

 

『すげぇな、オイ…』

 

 

「さて、与太話はここまでだ。武器も調達したし、そろそろ行くかね…」

 

 

 

 組織としてのターゲットは白式と一夏であり、最悪それだけ手に入れば問題は無い。しかし、ISを使えない俺やオランジュには別の仕事がある。それも、俺にとってはもの凄く会いたくてしょうがなかった奴らだ…

 

 

 

『おい、セヴァス』

 

 

「ん、マドカか?」

 

 

『……。』

 

 

 

 通信機から唐突にマドカの声が聴こえてきたのだが、いきなり話しかけたは良いが話す内容は考えてなかったようで無言になる。しかし、その沈黙も長くは続かなかった…

 

 

 

『……気を付けろよ…』

 

 

「…おうよ」

 

 

 

 随分と短く、単純な激励。だが、彼女らしいといえば彼女らしい。人知れず苦笑を浮かべながら、俺はその場を後にした…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「ターゲット発見…」

 

 

 

 そいつらは、料理部から去ってからすぐに見つけることが出来た。仮にも女子校であるIS学園には似合わない、ゴツイ男たちが6人。全員が庶民的な私服を身に着けており、人混みに混ざりながら明らかに素人では無い身のこなしでコソコソと動いていた。パッと見ると強面なので生徒達も一瞬だけビックリしているが、今日は学園祭故に外部の知らない人間が何人か来ている。生徒は身内に招待券を渡せるので、彼らもそういうやつの一人なのだろうと勝手に納得し、特に気にすることも無くすれ違っていった。

 

 ぶっちゃけ外部の人間であり、招待券を渡された点も正しい。ただ…

 

 

 

「いくら自分の国の人間だからって、政府の人間に渡すよう強要したりしていいのか…?」

 

 

 

 正面から普通の手続きでIS学園に国の人間を送るのには、相当の手間暇を掛ける羽目になる。それが例えIS学園のある国の同盟国であろうが何だろうが、だ… 

 

 しかし、その国出身の生徒が“偶々その国のエージェントと面識があり”、招待券を“偶々そのエージェントに渡した”のなら話は別だ。いや随分と滅茶苦茶な事を言っていると思うが、あの国の奴らなら普通にやる。屁理屈さえ言えば、後はゴリ押しで通すだろう…

 

 

 

「流石に全生徒に強要はしなかったみたいだが、やっぱり気の毒だよなぁ…」

 

 

 

 幾らなんでも全員にそんな真似をさせたら、日本だけでなく世界が黙ってないので自重したみたいだ。現状だけでも充分にふざけた行動をしているが…

 

 

 

「さ~てと、余計な茶々入れられる前にやりますかね…」

 

 

 

 料理部から拝借したものを詰め込んだリュックに手を突っ込み、中から空になったペットボトルとドライアイスを取り出す。そして、これからやろうとする事を想像すると思わず歪んだ笑みを浮かんできてしまった…。

 

 

 

「……あぁ、この日を迎える時が来るとはな…」

 

 

 

 長かった、本当に長かった。正直言って、俺にはマドカみたいに直接復讐する相手は残っていない。だからと言って、今日この日を迎えるまで味わった苦難を忘れる時は無かった…。

 

 今目の前に居る奴らが、俺に直接関わったわけでは無い。それでも俺は、今この状況に確かな高揚感を覚える。それは刷り込まれた本能か、積み重ねてきた憎悪か…

 

 まぁ、そんなものはどっちでも良い。今はとりあえず…

 

 

 

 

 

 

「復讐なんて大層なもんじゃ無いが、ケジメは付けさせて貰うぞ…」

 

 

 

 

―――アメリカ……我が生まれ故郷よ…

 

 

 



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暗躍学園祭 中編

もう、学園祭編終わったらシリアスなんてやらない…


さて、ここでお知らせです。次回の外伝の方でラジオ番組風の話を書きながらセイスとマドカ達をはっちゃけさせようかと思ってます。

そしてそれを機に、読者の皆様から質問やらコメントを集めて受け付けたいと思ってます。気が向いた方は、扱って欲しい質問やコメを今回の感想に加えて下さい。

 では(>○<)/


 

―――『Artificial・Life-No.6』。

 

 

 

 それが俺の本当の名前だ。産まれた時に貰った物はこの胸糞悪い呼び名と、思い出したくも無い数々の記憶しか残ってない。

 

 

 

―――殴られ、斬られ、刺され、潰され、抉られ、撃たれ、毒され、焼かれ、沈められ、喰われ、蝕まれ、引き裂かれ、押しつぶされ、叩きつけられ、もぎ取られ…

 

 

 

 サンドバッグなんて生易しいものじゃない。痛みと苦しみの日々を送り、毎日生死の境を彷徨った。奴らの都合で人並みの知識と感情を持たされことにより、自身がどれだけ酷い状況なのかも理解してしまった。それがまた拍車を掛けたのは言うまでもない…

 

 終わりが見えず、いつまでも続くこの理不尽な毎日。いっそ死ねたら楽だったろうが、生憎人一倍頑丈な身体がそれを許してくれない。だから俺は全てを諦め、その毎日を受け入れるしかなかった…

 

 

 

―――だがその毎日は、随分とあっさり終わりを告げた…

 

 

 

 ある日突然、俺を産み出し、俺に地獄を味あわせた連中はどういうわけか俺に対する仕打ちを終了させた。そして困惑する俺をコンテナにぶち込み、そのまま何処かへと連れて行った… 

 

 嬲り物にされる日々が終わったことは、素直に喜ぶことが出来た。しかし連れて行かれた場所は、俺にさらなる受難を用意していた…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

(そろそろ、か…?)

 

 

 

 手にはブクブクと泡を立てる謎の液体の入ったペットボトル。視線の先に居るのは作戦の確認でもする気になったのか、人気の無い校舎裏で集まったアメリカの工作員6名。やるなら今が絶好のチャンスだろう……ていうかこれ以上待ってたら、このペットボトル持ってる俺の方が危ない…

 

 

 

「おい、織斑一夏は何処に行ったんだ…?」

 

 

「さっき更識の女が何処かに連れていきやがった。何か、シンデレラがどうのこうのと言ってたが…」

 

 

「クソッ、面倒な…」

 

 

 

 あぁ、そこには激しく同意しよう。楯無が一夏と本格的に接触したことにより、あいつの部屋に仕掛けた仕事道具を一度全て回収する羽目になった。おまけに最近は、付きっ切りでIS訓練のコーチ役なんて買って出たものだから仕事がやりにくいったらありゃしない。まぁそれが楯無の目的なんだろうけど…

 

 そのせいで最近はラヴァーズの情報しか送れず、亡国機業のファンクラブは逆に喜んでやがるのだが… 

 

 

(…て、やべぇ!!)

 

 

 

 考え事している内に手に持っているペットボトルが完全にヤバい状態になっていた。人数も確認したし、もうやるしかない…

 

 

 

「おい、そこのアメリカ野郎共!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

「な…」

 

 

 

 投げかけられた声に反応し、驚きながらも此方を振り向く6人。それと同時におれは両手一杯に持ったペットボトルを十本全部を投げつけてやった。

 

 さっきから中身を激しく泡立てながら膨張しているこのペットボトル。実はドライアイスを入れた後、さらに水を注いである。そうするとドライアイスはとんでもない勢いで泡立ち、ボトルの蓋を閉めても一向に収まらない。密封されたボトルの中で延々と激しく気体を発生させ、ボトルをどんどん膨張させていき…

 

 

 

 

 

―――ドパアアアァァァン!!

 

 

 

 

「うぐぉ!?」

 

 

「ぎゃぁあ!!」

 

 

「な、何なんだ…!?」

 

 

 

 やがて耐久値の限界を迎えたボトルは、凄まじい勢いで破裂する。たかがドライアイスとペットボトルと侮る事なかれ、ドライアイスと水の量…さらには蓋の締め具合によってはマネキン程度の強度なら軽く粉砕できる威力を誇っている。ぶっちゃけ下手な手榴弾より危ない……使う側にとっても…

 

 何にせよ、良い感じに不意打ちを成功させることが出来た。おまけに2人ほど蹲ってるところを見るに、負傷もさせたらしい。それを確認した時には、既に俺は駆け出していた…

 

 

 

「まず一人!!」

 

 

「ぶふぉ!?」

 

 

 

 とりあえず、一番近くに居た奴の顎に一撃加えて黙らす。そして立て続けに隣に立ってた奴のミゾに蹴りを叩き込んで同じように沈黙させた。その辺りで残りの二人が懐に手を突っ込んで何かを取り出そうとし出したが…

 

 

 

「学園に武器の持ち込みは禁止だぜ…?」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 気絶させた二人を拳銃を取り出そうとした二人に投げつける。訓練された大の男を見た目10代そこらの普通の餓鬼が片手で投げつけてきたという光景に、二人は思わず怯んでしまい避けきれずに直撃した。たったそれだけで二人は気を失い、静かになる。後は…

 

 

 

「そい!!」

 

 

「ぐはッ!?」

 

 

 

 序盤のボトル爆弾で怪我した奴の顔面を踏みつけて意識を奪ってやった。これで残るは一名…

 

 

 

「さて、お前で最後だな…」

 

 

「な、何なんだよお前は…!?」

 

 

「……お前らが言うか…」

 

 

 

 とは言っても、俺の事を知ってる奴なんて本当にアメリカ政府上層部の中でも一部だけだしな。知ってたところでやることは変わらない…。

 

 それにしても…マドカはこの事を復讐と呼んだが、随分と実感が湧かないもんだ。まぁ、恨み憎しみ怒りを向ける対象が直接居るあいつと、鬱憤をぶつけたかった奴と同郷なだけの人間しか残ってない俺とじゃ訳が違うか……先日、達成感を感想文に纏めて渡してやるとか言っちまったが、どうしよ…。

 

 

「とにかく、全部が終わるまで寝てろ。じゃあな…」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 そう言って俺はトドメを差すべく拳を握り、それを振り下ろした…

 

 

 

 

 

 

 

―――ドゴオオォッ!!

 

 

 

「うごぉあッ!?」

 

 

 

 周囲に響く、やたら大きくて鈍い音。もしも今日が学園祭ではなく普通の日だったならば、確実に誰かが騒音を聴きつけて駆けつけて来たろう。その騒音の発生源は当然ながら、拳を振り下ろした先の工作員の顔面と…

 

 

 

 

―――何故かセイスの背中からだった…

 

 

 

 骨が軋む音と砕ける音を同時に響かせながら、まるで自動車に跳ねられたかのような勢いで俺は吹き飛んだ。そのまま壁にヒビを造りながら激突し、それでようやく止まることが出来た。

 

 

 

「……痛ッてぇ…」

 

 

 

 こりゃあ、身体中の骨が逝ったかもしれねぇ…。胃からせりあがってくるものに血の味が混ざってるところも踏まえ、内臓もやられたらしい……つうか意識が飛びそう…

 

 

 

 

 

 

「おいおい、どうなってんだよこれは…?」  

 

 

「こっちは学園祭を抜け出してまで呼び出しに応じたんスよ?この聞き分けの悪い先輩を説得しながら…」

 

 

「おい、本国の連中の呼び出しを渋ってたのはテメェだろうが」

 

 

「気のせいッスよ、先輩。」

 

 

 

 意識が朦朧としながらも、しっかりと頭に届いた二人の女の声。痛む全身をむりやり動かしながらそちらを向くと、さっきまで自分が立ってた場所に学園の生徒が二人立っていた……褐色の肌をした3年生はISを部分展開して…

 

 制服のリボンからして3年生と2年生、そして展開されたISは明らかに量産タイプでは無い。ということは、まさか…

 

 

 

(『ダリル・ケイシー』と『フォルテ・サファイア』…アメリカとギリシャ出身の専用機持ちコンビかッ!!)

 

 

 

 IS…それも専用機持ちの二人に補足されるというこの最悪の状況、どう考えても詰んでる。実際、焦燥感に駆られた心臓が激しく鼓動し、呼吸も苦しくなる。いや、全身が砕けそうになったので元からかもしれないが…

 

 だが後で隠しカメラで此方の様子を把握してたオランジュから聴いて知ったのだが、死に掛けな上に追い詰められてる筈の俺は……歪んだ笑みを浮かべていたらしい…

 

 

 

 

―――そして俺は、久しぶりに『Artificial・Life-No.6』としての力を作動させた…

 

 



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暗躍学園祭 後編

めっちゃ長くなったよ今回…


さて宣言通り次回は、外伝でラジオ風に寄せられた質問に答えていきたいと思います。まだ余裕があるので、今回の感想に沿えてもオーケーで御座います。




 

 

(ほんと、何なんだ…?)

 

 

 IS学園現3年生唯一の専用機持ちである『ダリル・ケイシー』は、その光景を見て思わず困惑した。

 

 『本国から人員を送る。合流し、彼らの指示に従え』。故郷であるアメリカからそんなメッセージが届き、渋々ながら同じ指示を受けた後輩とクラスの出し物から抜け出し、教師達の目を掻い潜りながら指定された場所にやって来た。裏で色々やってる自分の故郷からこういう指示を寄越されるのは昔から良くあったのだが、今回は少し状況が違っていた…

 

 その本国から送られてきたという人員達が全員、たった一人のガキに叩きのめされていたのだ。彼らは訓練された本職の人間たちであり、小僧がたった一人でどうこう出来るような連中では無いのにも関わらずだ…。

 

 そういうこともあって、死なない程度にとはいえ思わずISを部分展開して殴り飛ばしてしまった。背後から強烈な不意打ちを喰らったそいつは今、壁にヒビを入れながら激突して沈黙してる。当分は起きることも出来ないだろう…

 

 

 

「まぁいいか…フォルテ、そいつらを起こせ」

 

 

「了解ッス」

 

 

 

 彼が何であれ、自分達はこの二つの意味で汚れまくった大人達の片棒を担がなければならないのだ。嫌な事はさっさと終わらせるに限る…

 

 

 

「ささ、エージェントの皆さん起きるッスよ~。みんなのアイドル、フォルテ・サファイアちゃんのモーニングコールッスよ~」

 

 

「……馬鹿か、お前は…」

 

 

 

 そんな戯言を抜かしながら、倒れている男どもの頬をペチぺチと叩くフォルテ。そんな彼女に対してダリルは冷やかな視線を送ったのだが、逆にフォルテは憤慨した…。

 

 

 

「酷いッスね、これでも結構人気あるん…す……ちょっと、先輩…」

 

 

「何だよ、どうした……おいおい、マジかよ…」

 

 

 

 急に顔を引き攣らせながら言葉を詰まらせるフォルテを怪訝に思い、彼女と同じ方を向くとそこには…

 

 

 

 

―――ISで殴り飛ばされたにも関わらず、さっきの男が己の足で立ち上がっていた…

 

 

 

「テメェ…本当に人間か…?」

 

 

「……。」

 

 

 

 流石にこの光景は笑えない。死なない程度とは言ったが、本当に辛うじて死なないだけで普通は瀕死の重傷になるぐらいの威力はあった筈だ。現に彼がぶっ飛ばされた際に激突した壁に出来た巨大な亀裂が、その威力を物語っている。あれだけの衝撃を受けたのなら、全身の骨が逝ってもおかしくは無い…

 

 だが、ソレを喰らった本人は現に沈黙を保ちながらピンピンしている… 

 

 

 

「おい、何か言ったらどうな…ッ!?」

 

 

「先輩ッ!!」

 

 

 

 突然、ダリルの言葉を遮るようにして男は…セイスは恐ろしい速度を持ってして彼女に突進した。その速度は人外の領域に足を踏み込んでおり、肉眼では反応する事も難しいだろう。

 

 

―――しかし、あくまで“人外”なだけであり“最強兵器”には遠く及ばない。

 

 

 

「舐めんなぁ!!」

 

 

「ぐふぅッ!!」

 

 

 

 専用機持ちの実力は伊達では無く、セイスのスピードに対応して即座に高機動戦用である『ハイパーセンサー』を起動させたダリル。一直線に突っ込んできたセイスに椀部を展開した自身のISの拳をカウンター気味で一撃叩き込む。胴体にそれをモロに喰らった彼は先程とは比べ物にならない速度で吹き飛ばされていき、先程亀裂を入れた壁に再度衝突して今度はヒビを入れるどころか粉砕した。

 

 まるで砲撃音の様な轟音が周囲に響き、砂塵が舞う……そこに立っているのは、今の光景に呆然とするフォルテとISの拳を振りぬいた姿勢で顔を青くするダリルだけだった…。

 

 

 

「……やべぇ、殺っちまったかもしれねぇ…」

 

 

「ちょ、マジッスか…?」

 

 

 

 不意打ちされたとは云え、思わず本気で殴ってしまった。それこそISを殴るつもりの本気の一撃だ。相手が人間だった場合、下手をすれば粉々になる程の威力だ。現に自身のISの拳には、先程殴り飛ばした相手の血が付着している……まさか自分は、本当に人を…?

  

 

 

―――しかし、その心配は必要無かった…

 

 

 

「…ク……」

 

 

「「ッ!!」」

 

 

「……ク、クッ…」

 

 

 

 砂塵立ち込める壁のあった場所から、悪寒が走るような呻き声が聴こえてきた。反射的に身構える二人だったが、やがて呻き声は…

 

 

 

 

 

「クク、クッ……ひゃはははははははははははははぁ!!」

 

 

 

 

―――狂ったような嗤い声に変わった…

 

 

 

 

「ひゃははは!!ははッ、ひゃははははははッ!!そうだよ、これだよぉ!!俺がヤりたかったのは、テメェらみたいな奴らだよぉ!!」

 

 

「何を言って…」

 

 

「い、イカれてるッス…」

 

 

 多少血で汚れているものの自身の足でしっかり立ち、ダリルがISで殴ったという事実をまるで無かったかのように振る舞うセイス。そのセイスの有り得ない様子に彼女たちは本能的に恐怖を感じた…

 

 

「はは、ははは!!ヒィヤッハー!!」

 

 

「クッ!?」

 

 

「げぶぅ!!」

 

 

 

 先程と同じように襲い掛かり、同じように殴り飛ばされるセイス。しかし今度は、殴られた衝撃で血を大量に吐きながらもダリルのISにしがみ付いて吹き飛ばされまいと耐えきった。

 

 

 

「オラァ!!」

 

 

「クッ…!!」

 

 

 

 そして、そのままダリルの顔面に向かって拳を振り下ろした。彼女はもう片方の腕にもISを展開し、辛うじてそれを防いだ。ところが、それをものともせずセイスは何度も何度も己の拳を叩きつける。途中、拳が耐え切れずに砕け、鮮血が宙を舞ったがそれすらも気にせずひたすら殴り続けた。

 

 

 

「クソッ、いい加減に…!!」

 

 

「う、ゴフゥ……は、ははは…」

 

 

 

 未だISの装甲は無傷だが、セイスの雰囲気に呑まれかけたダリルは再度渾身の一撃を繰り出した。しかし、またもや殺人的な直撃を受けたセイスは吐血しながらも拳と狂笑を止めることはなかった。それどころか彼の目は、戦意を失わずギラつきを増していく…

 

 

 

―――まだ、足らねぇぞ…

 

 

 

「ッ!?」

 

 

「ウラァ!!」

 

 

「うあッ!?」

 

 

 

 セイスの覇気に気おされたダリルが動きを止めたその一瞬、ついにISの装甲を掻い潜ったセイスの拳がダリルの顔に迫った。が、苦し紛れにも思えるその一撃は操縦者を守る最強の盾『絶対防御』に阻まれる。その様子にセイスは忌々しそうに舌打ちをしたが、対するダリルは唖然としていた…

 

 

 

「先輩から離れるッス!!」

 

 

「うごッ!?」

 

 

 

 その言葉が聞こえたと思った時には既に、セイスはフォルテのISによって遥か向こうに蹴り飛ばされていた。セイスをダリルから引き離すことに成功したが、彼女達の緊張は終わる気配を見せない…

 

 

 

「大丈夫ッスか!?」

 

 

「あぁ、すまねぇ……それにしても、あの野郎は一体…?」

 

 

「……とりあえず、人間では無いッスよね…」

 

 

 

 ISを使わねば付いていけないスピード、絶対防御すら発動させるパワー…そして何より、ISに何度も殴られようが立ち上がる尋常じゃないタフさ。最早、人の皮を被った化物と言った方がまだ信じられそうだ。 

 

 

 

「あぁ、そうさ…俺は人間じゃ無ぇよ……」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 その化物は、自身の血で真っ赤に染まった服装以外は最初と全く変わらない姿で立っていた…

 

 

 

「クッククク、そうだよ…やっぱり、同じ国出身ってだけじゃあ足らないんだよ……あ、ああははははは!!まだだ、まだ奴らのよりぬるい!!もっとだ…もっとやってみせろよぉ!!もっと俺に奴らの事を思い出させてみせろよぉ!!」

 

 

「この、変態マゾ野郎がッ…!!」

 

 

「本当に何者なんすか、アンタは!?」

 

 

「……何者かだって…?」

 

 

 

 フォルテのその言葉に、セイスは先程と打って変わって静かに反応した。そしてほんの少しだけ沈黙した後、口を開いた…

 

 

 

「『Artificial・Life-No.6』…その名前が、俺が唯一与えられたモノさ……」

 

 

「『人口生命体第6号』?……意味分かんねぇよ…!!」

 

 

「厨ニ設定お断りっす」

 

 

「知らなくて良い、解らなくて良い。それが普通だ……例え、結果的に俺とテメェが“同郷”でもな…」

 

 

 

 だけどよ…と、呟きながら彼は言葉を紡ぎ続ける…

 

 

 

「ただ俺は、この限りない苛立ちと鬱憤をぶつけたいだけなんだよ!!俺をこんな身体で産み出し、何度も何度も半殺しにした挙げ句、外国の辺境地に棄てやがった奴らにな!!」

 

 

 

―――奴らの都合で産み出され、毎日を殺されながら生きてきた…

 

 

 

「でもなぁ、そいつらは全員もう死んじまってんだよ!!」

 

 

 

―――漸く自由と力を手に入れた時には既に、一番殺してやりたかった奴らは国によって消されていた…

 

 

 

「だからさぁ、お前ら少し付き合ってくれよ…俺の十六年分の八つ当たりにさぁ!!……そして…」

 

 

 

―――そう、コレは復讐などでは無く、ただの八つ当たり…

 

 

―――この世に奴らは既に居らず、殺して奴らを悲しませる事が出来る人間も居ない…

 

 

―――ならばせめて、奴らの事を思い出させる人間を…俺に一方的な苦痛を与える人間をッ!!

 

 

 

 

 

「殺してやるよォッ!!」

 

 

 

 言うや否や、セイスは駆け出した。

 

 

 

「ッ!!」

 

 

「ッ!!やれるもんならやってみやがれ!!」

 

 

 

 それに合わせて彼女達も身構える。端から見ればセイスの行動は自殺行為に他ならないが、当事者である三人はそんなこと露ほども思っていなかった…

 

 そこに居るのは鋼を纏う二人の操者と、一匹の狂犬だけ。この逝かれた状況がまだまだ続くのだと、誰もが思った…

 

 その時だった…

 

 

 

「ッ!!……クソが…」

 

 

「え…?」

 

 

「な…」

 

 

 

 何故か突然、セイスが動きを止めたのである。そして彼は、大きな舌打ちを一つして何やらボヤき始めた。

 

 

 

「あの妖怪女、遊び過ぎたな?しくじりやがって……仕方無ぇ…」

 

 

「テメェ、何の話を…」

 

 

「煩ぇ黙れ、事情が変わったんだよ。不本意だが、今日は帰らせて貰う…」

 

 

「何だと…?」

 

 

 

 余りに唐突な発言に面食らってしまったが、どうやら本気のようだ。現にセイスは二人に背を向け、歩き出した…

 

しかし、ここで黙ってムザムザ見逃す訳にはいかない。

 

 

 

「私達が素直に『はいそうですか、サヨウナラ』なんて言うとでも思ってるのか…?」

 

 

「こっちは曲がりなりにも仲間をやられてるんスよ?落とし前はつけて貰うッス…!!」

 

 

「んなこと百も承知だよ……だからさぁ…」

 

 

 

 そう言いながら彼は自身の足元に転がっていた何かに手を伸ばし、両手に一つずつソレを掴みあげた…

 

 

 

―――気絶中の、アメリカ工作員を…

 

 

 

「というわけで…」

 

 

「おま…まさか……」

 

 

「や、やめるッス…!!」

 

 

 

 セイスがやろうとしていることを察し、顔を青ざめさせる二人。そんな二人に対し、セイスは歪んだ笑みを浮かべ…

 

 

 

「そぉら取ってこい!!」

 

 

 

―――工作員二人を、空に向かって思いっきり投げた…

 

 

 

「野郎、ふざけやがって!!」

 

 

「ヤバいッス、あのまま落ちたら…!!」

 

 

 

 これまた人外なセイスの腕力により投げ飛ばされた工作員の二人は、既に四階立ての校舎を遥かに凌ぐ高度にまで飛ばされていた。訓練されている人間と言ったとこで所詮は人間、あの様な場所から地面に叩きつけられたら確実に死ぬ。

 

更に最悪なことにセイスは、二人を全く別々の方向に投げ飛ばしていた。片方を助けていたら、もう片方を拾い損ねる可能性がある。つまり…

 

 

 

「フォルテ!!」

 

 

「はいッス!!」

 

 

 

 ダリルとフォルテは同時に互いのISを完全展開し、投げ飛ばされた二人の工作員の元に飛翔する。流石は上級生というべきか、二人は難なく工作員をキャッチする事に成功した。

 

 しかし人の命が懸かったという事もあり、二人は一瞬セイスから完全に目を離してしまった。

 

 そして彼にとってその一瞬は、充分過ぎるくらいだった…

 

 

 

「……やられた…」

 

 

 

 既にその場にセイスの姿は無く、彼と彼女たちによって創り出された惨状のみが広がっていた…

 

 

 

「……あぁ畜生!!マジで何なんだよ、アイツは…!?」

 

 

 

 さっきと打って変わって静かになった校舎裏に、ダリル・ケイシーの悪態がひたすら響いた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ちょっとハシャギ過ぎたな……ごふッ…」

 

 

『本当だよ馬鹿野郎、いくら何でも無茶しすぎだ。オータムがシクったことを俺が通信で言わなかったら、ずっと続けるつもりだったろ?』

 

 

 

 ステルス機能を起動させ、ひと気の少ない場所を選びながら隠し部屋を目指して歩き続ける。口からは、何度もISのパンチなんて喰らったせいで損傷した内臓の血が溢れてくる……しかし…

 

 

 

「…どうせ、すぐ止まる。“ナノマシン人間”の身体なんてものはな……」

 

 

 

 『Artificial・Life-No.6』…『人工生命体第6号』。その名の通り、俺は人の腹では無く試験管の中から産まれた。ドイツの技術である『ナノマシン』を強化及び発達させることをコンセプトに、米軍への普及を目指してそのプロジェクトは始動した。ところがその計画の最中、ナノマシンを人に用いるのではなく、“人そのものをナノマシンで造ってしまえ”と考えた馬鹿が現れた。

 

 それが俺を造った野郎であり、俺が一番殺してやりたかったクソッたれというわけだ…

 

 その馬鹿の研究が成功したのかどうかは、俺と言う存在がそれを物語っている。人に転用しようものなら間違いなく拒絶反応を起こしかねない比率で体内にナノマシンが存在しようが、もとからそれに適応できるよう造られた俺はこの通りケロッとしている。そして、ナノマシン特有の身体能力と治癒能力は本家であるドイツの『遺伝子強化素体』とは比べ物にならないくらい凄まじいものになっているのだ…。

 

 

 

『そうは言ってもな、見てるこっちは心臓に悪いんだよ。治るとは言っても、痛いものは痛いんだろ?』

 

 

「……まぁな…」

 

 

 

 ダリル・ケイシーのISを殴る度に拳は砕け、その都度に激痛が走った。殴られた時だって何度も意識を持ってかれそうになった。どうやら俺はまだ実用化前の実験段階だったらしく、痛覚も感情も持たされて造られた。そのせいで、ナノマシンの性能チェックという名目で嬲り殺しにされる毎日だった。

 

 そんな毎日も、国の命令でその計画自体を強制的に中断されたことにより終わりを迎える。後で聞いた話によれば、奴らは無許可で俺らという存在を造り出していたのだ。しかも、奴らは他にも色々と違法な研究に手を出しており、今回の事が発覚したら間違いなく死刑台送りにされかねなかったそうだ。

 

 だから焦った奴らは、証拠隠滅の為に俺を国外に廃棄した。俺を殺そうとしなかったのは、俺のしぶとさを身を持って知っていたからだろう。だが結局逮捕され、中途半端に抵抗したせいであっさり死んじまったそうだ。俺がフォレストの旦那に出会って拾われるまで、スペインの僻地で右も左も分からず何年も独りで泣いてた時にだ…

 

 

 

「けど、仕事は全うしたから別にいいだろ…?」

 

 

『馬鹿、エムがピンチのオータムを無視してテメェを助けに行こうとしたの宥めるのにどんだけ苦労したと思ってるんだ?』

 

 

「マジで…?」

 

 

『お前があの二人から逃げたの見てようやくオータムの回収に出向いたんだよ、エムの隣に居るコッチが逆にハラハラしたっつうの…』

 

 

「……スマン…」

 

 

『ついでに彼女から伝言だ……『死んだら殺しに行く』…』

 

 

 

 会ったら全力で謝ろう、手土産も買っていこう。とにかく全身全霊で許しを請おう…

 

 

 

『とにかく、テメェはさっさと帰ってこい。念のため身体チェックしとかないと文字通り壊れるぞ?』

 

 

「忠告ありがとよ。んじゃ、通信終わり」

 

 

『おう』

 

 

 

 言葉と共に通信を切り、そして考える。計画のメインはオータムが失敗したせいで台無しだが、まだ俺らが学園に忍び込んでる時点で機会は幾らでも作れる。だから、長い目で見ればそんなに焦る事は無い。

 

 ぶっちゃけ、それよりも…

 

 

 

 

「……感想文なんて、書けねぇよ…」

 

 

 

 さっきはあんなに高揚感を覚えたというのに、今はすっかり冷めていた。そりゃそうだ、冷静に考えたところであの二人は俺と無関係だ。彼女達を殺したとしても、後になれば必ず虚しさを覚えるだろう。

 

 結局、俺があの二人に見た奴らの影は、幻に過ぎないということだ……それは他の人間でも同じ…

 

 それを理解した途端…いや、最初から頭の何処かで理解していたのかもしれない。そう思った途端、今まで溜め込んだモノに対して少しばかり諦めがついた。

 

 

―――そもそも、かつて俺が欲したものは別にある。復讐なんて、そのついでだ…

 

 

 

 

「やっぱりお前が持ってたモノと、俺が持ってたモノは違うみたいだ……マドカ…」

 

 

 

 

―――もっとも、今はそんなに執着してない。何故なら…

 

 

 

 

「……早くお前も手に入れろよ、欲しかったモノ…」

 

 

 

 

―――俺はもう、持ってるから…

 

 

 

 

 そんな事を考えながら、俺は誰も居ないこの場所を後にした…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

~オマケ~

 

 

 

「何か手ぶらで帰るのも嫌だったから、ホレ」

 

 

「ん?……こ、これは…!!」

 

 

「一年一組専用機持ち5人組のメイド姿+αの画像データ」

 

 

「う、うおおおぉぉぉ!!眩い、眩し過ぎる!!…因みに、+αって?」

 

 

「執事服の織斑一夏」

 

 

「誰得だよ……あ、出来たんだった『ワンサマー・ファンクラブ』…」

 

 

「マジか?男どものサンドバックや壁に張り付ける為にと思ったんだが……あと、楯無のメイド姿も追加しとく…」

 

 

「ふぉは!?……これは…これは良い値が付くぞぉ!!」

 

 

 

 

―――後日、組織内でプレミア級の値段が付けられました……今のところ、祟りは無い…

 

 

 

 



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6とMと金の卵 前篇

暗部の人間が生徒会やってるならアリじゃない?とか思ってやってみました…


 

 

「せっかくだから学園の奴ら全員に悪戯仕掛けようぜ!!」

 

 

「どうしてそうなる!?」

 

 

 

 学園祭襲撃事件があったその日、時刻は夜の11時。大半の生徒が明日も早い朝の為に寝静まってる頃、いつもの隠し部屋でそんな言葉が発せられた。いや…いつもの隠し部屋と言うにしては、少々散らかり過ぎているかもしれない。主に酒瓶だの缶ビールだのウイスキーボトルで…

 

 

 

「何でかって?そんなの決まってる…面白そうだからだ!!それ以外に何が必要だと言うのだ!!」

 

 

「誰かこの酔っ払いを止めてくれぇ!!」

 

 

 

 等と叫んだところで誰かが来てくれるわけも無く、巻き込まれたその人物は完全に悪酔いしたそいつに腕を掴まれてズルズルと引きずられながら道連れを喰らいそうになる…

 

 そもそも、今のこの状況は普段の事を考えると夢なのでは無いかとつい疑ってしまう。何せ、先程から繰り出されるトチ狂った言動の数々の発生源は…

 

 

 

 

「さぁ行くぞマドカ!!敵は2050室にありぃッ!!」

 

 

「頼むから我に返れ!!そして部屋に帰れ!!」

 

 

 

―――他ならぬセヴァスこと、セイスだった…

 

 

 

(ほんと、どうしてこうなった…?)

 

 

 

 しくじったオータムを救出してスコールの元に報告を兼ねて置いてきた後、オランジュから通信を受け取ったのがそもそもの始まりだったかもしれない。

 

 その時の内容は要約すると『3人で飲まね?』というものだった。セヴァス達からの忠告を何一つ聞いてなかったオータムから筋違いも良いとこな文句を言われ、おまけに目の前でスコールと百合全開な雰囲気を醸し出されてうんざりしてたので特に断る理由は無かった。というわけで、酒とツマミを持参していつもの隠し部屋に来たのだが…

 

 

 

「何を言ってるのかんね?僕は至って正気のスケさ!!」

 

 

「たかだか20字前後の言葉にツッコむとこが多すぎるッ!!」

 

 

 

 到着して最初に目に入ったのはあちこちに転がる酒瓶や缶ビールの数々と、やたら目が座っていたセヴァスだった…

 

 いつだか説明したが、彼は特殊な生い立ちと体質故に並大抵の薬品や毒物には強い耐性を持つ。かくいう私もナノマシンを体に投与しているため、セヴァス程では無いがそこそこの耐性を持つ。それを利用してこのように3人で酒を飲んだりすることはよくあるのだ。ところが…

 

 

 私を招いた本人(オランジュ)が居ない…

 

 普段なら気持ち悪くなる量の酒瓶と缶の数々…

 

 いつもとは明らかに違う質を纏った怒気を漂わすセヴァス…

 

 

 まだ一滴も飲んでないにも関わらず、激しい頭痛に襲われた。この状況、もしかしなくてもセヴァスが一人でこの部屋に転がる無数の缶瓶の中身を飲み干したとみて間違いない。常人ならばとっくに致死量を超えてる量だが、こういうものに対しても耐性の強いセヴァスは死にはしない……そう、死にはしない。代わりに酔っぱらうが…しかも“絡み上戸”。

 

 嫌な予感がし、回れ右して一目散に逃げようとしたが既に手遅れ。速攻で捕まって、この飲んだくれに延々と今日の出来事に対する愚痴を聴かされる羽目になった。

 

 

―――曰く、オータムの馬鹿が人の忠告を全部聞き流してた…

 

 

―――曰く、あの馬鹿が失敗したせいで今日の頑張りが全部パーになった… 

 

 

―――曰く、おまけに失敗した理由はオータムが調子に乗って遊んでたら楯無が来てしまったから…

 

 

 他にも色々と愚痴をこぼされたが、大半はオータムがヘマをやらかしたことに対してだった。どうやら私情を挟んでたとは云えISと生身でやり合う羽目になったというのに、肝心の彼女が失敗したので全部無駄になったのだ。しかも、本当にしょうもない理由で…

 

 それを知ったセヴァスは半ばブチギレ、ただの飲み会からヤケ酒にシフトチェンジしたというわけだ。そしてそれに途中まで付き合ってたオランジュは限界を迎え、私に全てを押し付けたというところか……明日、会ったら〆てやる…

 

 

 

「さぁ、うだうだ言ってないで逝くよ!!」

 

 

「今、“逝く”よと言ったか…?」

 

 

 

 などと考えてたら、いきなり出てきたのが冒頭のセリフだ。セヴァスの酒癖の悪さは話には聞いていたが、まともに遭遇したのは今日が初めてだったりする。オランジュどころか、フォレストやスコールでさえもゲンナリさせた事があるという噂を聴いたことがあったが、それを今まさに身を持って味わっている。本当にアルコールというのは、人を変えるものだとつくづく思い知った瞬間だった…

 

 

 

(早くいつものセヴァスが帰ってきますように…!!)

 

 

 

 一人の酔っ払いに引きずられる、一人の少女による願いは…

 

 

 

「ふぅははぁ!!汚物は消毒だぁ!!」

 

 

 

 当分、叶いそうに無い…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『……というわけだが、やってくれるかね…?』

 

 

「勿論です、全力で任に当たらせて貰います」

 

 

『ふむ、良い返事だ。流石は『金の卵(スーパールーキー)』と呼ばれるだけある…』

 

 

「恐縮です」

 

 

 

 ルームメイトが完全に眠りに着き、静寂に包まれた部屋でその少女は小型通信機越しに居る相手に向かって言葉を紡ぐ。その様子と雰囲気は、普段の彼女の様子からはまるで想像できないほど事務的で無機質なものであった。少なからず彼女と生活を共にしてきたルームメイトが見たら、卒倒し兼ねない程の豹変っぷりである。

 

 だが、これこそが本来の彼女であると言っても過言では無い。幼い時からあらゆる技術を叩き込まれ、特殊な環境で育ってきたこの少女にとっては至って普通の事だ…

 

 

 

『それでは、良い報告を期待している。頑張りたまえ』

 

 

「了解」

 

 

 

 それと同時に通信は切られた。部屋に完全な静寂が戻り、先程の少女は通信機を静かに仕舞って目を閉じながら思考する。考えるのは今日の出来事と、これからのこと…

 

 

 

(織斑一夏の身柄拘束の失敗…それを妨害した存在の捕縛の失敗……その両方に関する調査、か…)

 

 

 

 今日、本国の連中はどさくさに紛れて織斑一夏の身柄を拘束しようとした。理由は世界唯一の存在を何としてでも引き込み、ISの登場により落ちつつある世界のリーダーたる威厳を取り戻そうと画策したからである。間違っても口に出しはしないが、下らない事この上無い…

 

 ところが、その思惑はとある存在よって完全に台無しにされた。そいつは実行班であるCIAの工作員6名を殆ど素手で圧倒し、挙句の果てには無理やり協力を要請されて居合わせた専用機持ちコンビであるダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアから逃げ切ったというのだ。

 

 此方が彼女達に協力を要請することは少なくない。そのせいで不本意ながら彼女たちは場慣れしており、そんじょそこらの事に動じたりしない。そんな二人を驚愕させ、見事な手際で此方の計画を滅茶苦茶にした存在。そんな彼が名乗った名前とその事実を知った時、心の底から驚いた…

 

 

 

(『人工生命体6号』…まさか、本物に会えるなんてね……)

 

 

 

 期待の新人と呼ばれる自分はおろか、CIAの上層部でさえ噂でしか聴いたことが無い祖国アメリカの汚点。10年以上前、とあるイカレタ科学者が生み出した全身ナノマシン人間というオカルト世界に片足突っ込んだ出鱈目な存在…

 

 もしも自分がこの様な稀有な存在と関わり、手柄を立てることが出来たらと思うと…

 

 

 

「……楽しみね…」

 

 

 

 薄っすらと笑みを浮かべ、彼女は一切の物音をたてずに部屋を後にした…。

 

 

 

 

 

 

―――部屋に残っていたのは、今日の出来事を夢に見ながらニヤけてる中国代表候補生なルームメイトだけであった…

 




こんな雰囲気出しといてなんですが、次回はギャグ展開になる予定だったり…


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6とMと金の卵 中編

もう誰だコイツ…




 

 

 

 真夜中のIS学園に暗躍する二つの影…片や高笑いを響かせ、片やその相方の様子にゲンナリしているという異色の組み合わせ。まぁ、結局セイスとマドカなのだが…

 

 

「ぬははははぁ!!愉快痛快爽快だぁひゃはははぁ!!」

 

 

「……誰だコイツ…」

 

 

 

 マドカにドン引きされつつも、セイスは次々とんでもない事をやらかしていく。もしも今のセヴァスをいつものセヴァスが見たら、確実に自分自身を問答無用身でぶん殴ってるところだろう…

 

 学園中にトラップを仕掛けまくっているんだから…

 

 

 

「はっははー!!明日が楽しみだ!!」

 

 

「おいおい、思いっきり痕跡とか残るんじゃ…」

 

 

「材料と道具は全部、ラウラの部屋から拝借してきたからモーマンタイ!!」

 

 

「……。」

 

 

 

 廊下、職員室、食堂、更衣室、トイレ、アリーナ…学園内に存在するあらゆる場所に忍び込み、様々な御手製トラップを仕込んだ。九割方ドッキリ系だが、中にはシャレになってないものまである。その彼の暴挙が着々と進められていく現実をマドカは、ただただ見ていることしか出来なかった…

 

 因みに今現在、二人は生徒と職員の共用施設を回り終えたところであり、アリーナ近くにあった自販機前で一息ついていた。セイスの暴走が始まってから結構な時間が経過しているものの、依然として彼の眼は座ったままである。表情こそ楽しそうだが、まだまだ物足りないようだ…

 

 

 

「さぁて、次は寝室だぁ…!!」

 

 

「いや、そろそろいい加減にして欲しいんだが…」

 

 

「いつも楯無の奴には酷い目に遭わされてるからなぁ…今日は逆に一泡吹かせてやるゼェ……!!」

 

 

「だからいい加減に……ッ…!!」

 

 

 途中まで口に出しかけた言葉を、あることを思い出してマドカは飲み込んだ。セヴァスが目を着けた相手、楯無は面倒な相手だ。IS学園最強、更識家当主、ロシア国家代表…所持する数々の肩書きは伊達では無く、その実力は脳筋秋女を軽くあしらったという今日の出来事が物語っている。負けるとは思わないが、色々な面で厄介な存在であるのは間違いない…

 

 だが、マドカが気にしてるのはそんな事では無い。楯無は現在、裏稼業の事情もあって自分の寮室で寝泊まりしてない。セヴァスに教えて貰った話が正しければ、奴が今居る場所は確か…

 

 

 

「どうした、マドカ…?」

 

 

「……いや、何でも無い。さっさと行こう…」

 

 

 

 ゼフィルスと同様に肌身離さず持っている拳銃の感触を確かめながらマドカは、先行くセイスの背中を追いかけた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 一部の人間にしか知られていないが、ティナ・ハミルトンは弱冠十五歳にしてCIAの一局員である。

 

この若さにしてその役職に就いた理由はそれなりに複雑な事情があるのだが、この学園に入学した理由には大して関係ないので割愛する。今後CIAの仕事をする際に役立つということで入学した点を考えれば無関係とも言えないかもしれないが、本当にそれだけなのだ。本来の仕事は、アメリカ国籍の専用機持ちという理由だけで手伝わされてる上級生二人組と同じ程度しかこなしていない。上の連中も、在学中はISの技術を身に着けることに集中して欲しいようだ…。

 

 にも関わらず、その考えを撤回してまで寄越してきたこの任務。日本最強の暗部や、世界最強の女など魑魅魍魎が闊歩するこの魔境でその難易度はとてつもなく高いことになってるが、その分遣り甲斐があるというものだ。

 

 

「でもコレは無いわ…」

 

 

 本国の上司からの指令の元、早速情報と手掛かりになるものを捜すべく深夜の学園を彷徨ことを決意した彼女の意気込み出だしから叩き潰された。

 

 

 

「ていうか、どうなってんのよ!?」  

 

 

 

  自室の部屋を出た瞬間に彼女を襲ったのは、中途半端にぬるくなった上にトロみを帯びた謎の液体であった……いや、ただの片栗粉を混ぜた白湯なのだが…

 

それに本気で驚きながらも、常日頃から身体に叩き込んでおいた訓練の成果故に悲鳴を上げるなんて情けない事はしなかった。そもそも、国の裏を担う者の一人としてそんな醜態を晒す気は無い…

 

 

 

「誰よ…こんなことする奴なんて、生徒会長ぐらいしか記憶に無いけど……」

 

 

 

 上を見上げたらワイヤーで吊るされたタライが天井でユラユラ揺れており、此方を馬鹿にしている様に見えて少しイラッとした。ワイヤーの繋がり方を見る限り、扉を開いた瞬間に落ちる仕掛けになっていたようだ。起きていたにも関わらず全く人の気配を感じなかった故、相当の手練れがやったとしか考えれないのでやっぱり実力的にも同業者の更識楯無ぐらいしか思いつかない… 

 

 

 

「へびゅッ!?」

 

 

 

 なんて考えてたら唐突にタライが顔面に落ちてきた…微妙に真剣に考えてたこともあり、見事に鼻っ面に直撃してしまった。鼻血は出てないが、思わず変な声と小気味の良い音を出しながら蹲ってしまう……

 

 

 

「……覚えときなさいよ、絶対にぶっ飛ばすから…」

 

 

 

 顔も知らぬ犯人に人知れず報復宣言しながら、ティナはゆっくりと立ち上がる。これを仕掛けた馬鹿(多分、楯無)には本気でムカついたが、今は後回しだ。早くしないと例のターゲットに関する痕跡が片付けられてしまう恐れがあるのだ、自分にはそんなに時間を無駄遣い出来る余裕が無い。

 

 てなわけで、彼女は今日の騒動が起きた現場へと足を向けたのだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ひゃーーーはっはっぁ!!

 

 

 

―――待・ち・な・さ・いッ!!

 

 

 

「へ?」

 

 

 

 廊下の向こうから何やら聴こえてきた。何だろうと思って視線を其方に向けると、暗い通路の方から人の気配…どころか人影そのものが二つ、凄い勢いで向かって来るところだった。良く見ると片方は例によって楯無会長だったのだが、何故かいつになく恐ろしい形相をしている……心なしか、今の自分と同様トロミを帯びた液体を被ってる様に見えるのだが…

 

 そしてもう一人の顔も確認できたのだが、その瞬間ティナは一瞬心臓が止まりかけた。

 

 

 

「あああぁぁああぁははははははははははぁ!!遅い、遅いぞバーカ!!ノロマ!!ヘッポコ!!最強の暗部(笑)!!捕まえれるもんなら捕まえてみろぉ!!」

 

 

「本気で怒るわよ!?」

 

 

(え…ちょ、嘘!?)

 

 

 

 半ばキレ気味の楯無に追い掛けられているのはまさに、他でも無い亡国機業のエージェント『セイス』こと『人工生命体6号』本人だった。まさかその日の内に遭遇するとは思わず、少しだけ呆気にとられてしまったがすぐに気を取り直す。そして相手は楯無会長の方を向いてからかいながら走っているため、此方には気付いて無いようだ。

 

 つまり、まさかのチャンス到来である…

 

 

 

(いくら再生能力を持とうが、所詮は人間をベースに造られた存在……急所を狙えば…!!)

 

 

 

 顎に一撃加えて脳を揺らしたり、首をへし折るぐらいすれば一時的に動きを止めることは出来る。送られてきたデータにはそう記述してあったし、自分はそれをやるだけの技術がある。だったら迷う必要も躊躇う理由も無い。

 

 未だに楯無をからかう為に後ろを向きながら走ってるセイスは、此方に気付かず向かって来る。そして彼が自身の射程に入ったその時、ティナは長きに渡る訓練により洗練されたハイキックを放った。風を切るようなヒュンという音を出しながら、彼女のキックはセイスの首に吸い込まれるようにして迫り…

 

 

 

「おっと、前方不注意だったか!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 一瞬の内に避けられてしまった。ティナのキックが当たる直前、セイスはギリギリでありながらも余裕を持ってしゃがみながらそれを回避して見せたのだ。完全な不意打ちと思った一撃を避けられ、ティナは思わず驚いてしまったが、すぐに二撃目を放とうとする。しかし、そうするよりも早くセイスがしゃがんだ体勢のまま足払いをティナに繰り出す。為す術なく転ばされたティナは一瞬宙に浮いたが、床に落ちる前に襟首を掴まれ…

 

 

 

「おぉい楯無ぃ、プレゼントだ…」

 

 

「え…」

 

 

「受・け・取・れぇ!!」

 

 

「えええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 

 

―――彼女を楯無目掛けて思いっきりブン投げた

 

 

 

 

「クーリングオフ制度ッ!!」

 

 

「要らないって言いたいのね!!」

 

 

 

 持ち前の反射神経と身体能力で、飛来してきたティナを楯無はあっさりと避けた。投げられた上に避けられたティナもそのまま床にベシャリと落ちることも無く、受け身を取りながらしっかりと着地する。その彼女の様子を横目にチラリと確認した楯無は少しだけ驚いたようだが、すぐにセイスの方に向き直る。

 

 そして、あろうことかISの武装であるガトリング搭載型ランスを展開した。ロシア国家代表が人外とは言っても生身の人間相手に武装を展開したことには流石に呆気にとられたが、目の前の男は意表を突きながらも専用機持ち二人から逃げ切ったという事実を思い出した。

 

 

 

「おいおい、施設内でISの展開は校則違反じゃ無かったか…!?」

 

 

「そんな校則、一日で変えてやるわよ!!」

 

 

「うわぁお、職権乱用!!よろしい、ならば革命だ!!」

 

 

 

 そう言ってセイスは何故か近くにあった壁を蹴り付けた。その瞬間、どういうわけか自分と楯無の周囲に煙が立ち込め始めた。スモークの類のようだが、いったい何時の間に仕掛けたのだろうか……いや、それよりもコノ煙…

 

 

 

「くっさぁ!?」

 

 

「ちょっと何これ!?ゲホッ!!」

 

 

 

 出てきた煙は吐き気を催す程の強烈な臭いを持っていた。思わず二人して悶えるが、そんな此方の様子を見てセイスはゲラゲラと笑っている。そして…

 

 

 

「あははは、どうよ!!今日の学園祭で出た生ゴミをかき集め、臭い圧縮して作った嫌がらせガスの味の方は!!」

 

 

「セイス君…もう、今日はちょっと手加減しないわよ……?」

 

 

「あっれぇ?既に3回俺を取り逃がした現実への言い訳ですかぁ?IS使っても捕まえれなかった不甲斐無さの言い訳ですかぁ?……更識“伊達”無さぁん…!!」

 

 

「貴方マジで一回死んでみる!?」

 

 

「おっことわりぃ!!」

 

 

 

 いつもの飄々とした態度が面影も残らない程に、思いっきり楯無を馬鹿にしながら再度セイスは壁を蹴り付ける。すると今度は、天井から黒い何かが降って来た。その黒いモノは最初と同じく液体だったが、何だかさっきとは全然質が違う。とろみは無いが違和感はあり、臭いはあるが臭いという訳では無い。

 

 ただ、何故かやたら肌が痒いような…かさつくような……

 

 

 

「あぁ、それ“醤油”だから。」

 

 

「ッ!!」

 

 

「嘘!?…うわ本当だ、しょっぱ!?」

 

 

「シミにならないよう、気を付けな!!なーはっはぁ!!」

 

 

 

 そう言うや否や、彼は廊下に広がる夜闇へと走り去って行った。呆気にとられながらもよく周りを見てみると、天井にも壁にもワイヤーや何かが入ってる袋が所々設置されているのが分かった。どうやら、これらは全部さっき彼が仕掛けたモノらしい…

 

 もしもコレが学園中に仕掛けられているとなると、色々と分が悪いかもしれない。今夜限りとは言え、現状は彼の掌の上で戦うようなものだ。まだ機会はあるだろうし、態々自分にとって不利な状況で戦う意味も無い。今日は大人しく引き上げるとしよう…

 

 

 

―――そう思った時には既に、楯無に胸ぐらを掴み上げられていた…

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと何ですか…!?」

 

 

「……貴方、一年二組のティナ・ハミルトンね…?」

 

 

「は、はい!!」

 

 

 

 顔こそ笑ってるが目が全くもって笑ってない。能面の様な笑みをほぼゼロ距離で見せられながら、有無を言わさぬ口調と雰囲気に呑まれティナは素直に返事をするしか無かった…

 

 

 

「丁度良いわ…彼を捕まえるの手伝って貰えるかしら……?」

 

 

「え…わ、私はただの一般生t……」

 

 

「CIAには結構、貸しがあるのよねぇ…」

 

 

「あ、バレてるの…」

 

 

「会長命令!!更識家の権限!!同業者のよしみの頼み!!日本政府直轄組織からの協力要請!!まだ足りないの!?この際、手柄はあげても良いから四の五の言わずに手伝いなさいッ!!」

 

 

「はいぃ!!」

 

 

 

 待ち望み、早くも直面することになったターゲットとの接触は、随分とおかしな形で始まった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「まさか、こうも早く機会が訪れるとはな…」

 

 

 

 楯無に泡を吹かすとか言ってこの部屋の入口に来た途端、楯無本人が此方の気配を感じて扉を開けてしまったのである。熱湯片栗粉をこれから仕掛けようと思ったセヴァスは、彼を視界に捉えて思わず動きを止めた楯無と同様に一瞬だけ固まり…

 

 手に持ってた熱湯片栗粉を、楯無に向かってダイレクトにボールごと投げつけた…

 

 そこから先はどうなったかは、言わなくてもだいたい想像できるだろう。ブチ切れて冷静さを欠いていた上に、見えにくい所に立ってたせいか楯無は此方に気付かずセヴァスを追ってどこかに行ってしまった。その御蔭で私は誰に邪魔をされることもなく、“コイツ”と二人きりになることが出来た…

 

 

 

「本当は今日の昼にでも会ってみたかったが、この状況の方が色々と都合も良い…」

 

 

 

 あれだけセヴァスと楯無が騒いでも、こんなに私が近くに居ても“コイツ”はスヤスヤと静かな寝息をたてながら眠り続けている。その寝顔は本当に安らかで、優しげで、穏やかで……“殺したくなる”…

 

 

 

 

「……織斑一夏…」

 

 

 

 

 マドカは利き手に持った拳銃を強く握り締めながら、目の前の男の名前を憎々しげに、吐き捨てるように呟いた…。

 




一応宣言しておきますが、原作の流れをブチ壊す展開にはなりませぬ。


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6とMと金の卵 後編(M&6加筆修正)


今回書かないでいつ書くんだ…って、感じの二人のやり取りを書き忘れてましたので書き足し修正しました。

そして暫く感想の返事が遅れるかもしれませんが、それでも書いて頂けたら嬉しいです。お願いしやす…


 

 

「ぬはははは!!そういや、テメェとここで鬼ごっこするのは二度目だったなぁ!!」

 

 

「そうね…て、きゃあ!?」

 

 

「どうした、生卵ごときで…?」

 

 

「こんの…」

 

 

 

 生徒達が起きてしまうのではと思うぐらい大きな高笑いを上げながら逃げるセイスを、先程のトラップの数々で白い制服がグチャグチャになった楯無が追い駆ける。その表情…特に目は、彼女を知る者が見たら卒倒し兼ねないほど恐ろしいモノになっていた…

 

 それでも尚、セイスは楯無を挑発することをやめようとしない…

 

 

 

「あの時は結構焦ったが、今日は大したことねぇな!!年甲斐も無く学園祭でハシャギ過ぎたか!?」

 

 

「年甲斐って…貴方と年は一つしか違わないわよ!!むしろ、昼間のことで疲れてるのはそっちじゃない!?」

 

 

「ハンッ、裏社会歴たかだか数年のペーペーと少し遊んだ程度で疲れるかよッ!!」

 

 

 

 そう言ってセイスはさらに加速し、それを見た楯無は舌打ちした。最早生身でセイスに勝てるとは思ってないが、校内で本格的にISを展開すると後始末が大変である。部分展開で自己防衛ぐらいならどうとにでもなるが、本気で暴れて校舎を半壊でもさせたら側近である虚の負担がとんでもないことになってしまう。今日の昼に撃退したオータム戦の時でさえ後処理に相当な苦労をさせているのだ、同じ日の内にまたやらかすことは出来ない。

 

 セイスに散々してやられ頭に血が昇っても、そのぐらいの事を考える理性はまだ残っていたようだ。もっとも、彼女の存在によって余裕が少し生まれたことが大きく起因しているのだが…

 

 

 

「ハッ!!」

 

 

「うおッ!?」

 

 

 

 廊下の曲がり角を曲がった瞬間、先回りしていたティナが正拳突きを放ってきた。不意を突かれたセイスは少しだけ驚いたものの、腕を交差させてしっかりそれを防ぎきった。その体勢のまま互いに硬直したことにより、セイスはようやくティナの事に気付く…

 

 

 

「お前、凰鈴音のルームメイトのティナ・ハミルトンだな…?」

 

 

「あら、知ってたの?」

 

 

「ついでに『現役CIA局員最年少』の称号を持っていることもな…」

 

 

「……ほんと、うちの情報管理ってどうなってるのよ。こっちの情報、駄々漏れじゃない…」

 

 

「そういうお前だって、どうせ俺の事は知ってるんだろ?……アメリカ野郎…」

 

 

「野郎じゃなくて淑女(レディ)よ、この化物…」

 

 

 

 拳と腕を押し付け合いながら言葉を交わす二人だったが、自身の背後に段々と鬼が迫る気配を感じたセイスはポッケに片方の手を突っ込んで何かを掴んだ。ティナはその様子を怪訝に思ったが、その一瞬の虚を突いてセイスは彼女の手を取り、関節を決めて動きを封じる。あっと言う間にやり込められた事に呆然とするティナを余所に、彼は再び彼女の後ろ襟首をツマミあげた。

 

 

 

「そんじゃその化け物からの選別だ…!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 そして、摘まんだ彼女の襟首から服の中にそのポケットから取り出した何かを放り込んだ。さらにセイスは困惑するティナを無視するように、そのまま全力疾走してきた楯無に向かって彼女を突き飛ばした。

 

 例によって、今度は飛び越えるようにしてティナを避ける楯無。ものともせず激走するが、セイスはとっくにその場から走り去っていた。突き飛ばされたティナもすぐに体勢を立て直し、楯無に続くようにして彼を追い掛けようとした……だがその時、自分の背中から…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カサッ…

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

 

―――カサカサッ

 

 

 

 

「え、えぇ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――カサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサカサッ!!

 

 

 

 

「ええええええええええええええええええええぇぇっぇぇぇぇぇえぇぇッ!?」

 

 

 

 背中に走る悍ましい感覚…生理的に受け付けない、あの独特の雰囲気。職業柄、普通の女子が嫌うような存在にはある程度耐性がついている。しかし、コイツだけはどうしても駄目だ……上司や同僚に何て言われようが“大っ嫌い”だ…

 

 それでもティナは震える手を自身の服の中に突っ込み、自分の背中でこの不快感を発生させている元凶を探る。そして掴んだ…掴んでしまった。よせば良いのに、そのまま掴んだそれを自分の目の前に取り出してしまう……

 

 セイスの手によって仕込まれた、自身がこの世で最も嫌悪する存在……凄まじい速度で足を動かし、テカッたボディを黒光りさせる…

 

 

 

 

 

 

―――ゴキブリを…

 

 

 

 

「gはsどfyfぃhxclざうf;djmvjkさいkりq-------------ッ!!」

 

 

 

 最早地球上の言語になってない悲鳴が、夜の学園に思いっきり響いた…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「ほれほれぇ!!次のトラップ行くぞぉ!!」

 

 

「一体いつ仕掛けたのよ、こんなの!?」

 

 

 

 迫りくるコンニャクを避け、掃除用具入れから飛び出てきたパンチングマシーンをいなし、画鋲ロードを飛び越え、廊下に置いてある消火器の爆発を命懸けでやりすごし、楯無はセイスとの真夜中チェイスを続けていた。未だにセイスは余裕だが、楯無は徐々に彼との距離を詰めていく…

 

 

 

「ていうか段々仕掛けが物騒なものになってない!?」

 

 

「そりゃそうだ、寮の近くに設置したのは一般生徒向けの悪戯用!!ここらに設置したのは、お前に対して用意した実戦用だからな!!」

 

 

「なんですってぇ!?」

 

 

「ほら、無駄口叩いてる余裕は無ぇぞ!!頭上注意だ!!」

 

 

「なッ!?」

 

 

 

 走るのをやめ、慌てて天井を見上げる楯無。襲い来る次のトラップに対し、しっかりと身構える。ところが、待てども待てども何も起こらない……そしたら、遥か向こうから此方を小馬鹿にするような声が…

 

 

 

 

「敵の言うことを真に受ける奴があるか、アホ!!ア~ホ~!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 楯無がありもしないトラップを警戒している内に、苦労して縮めた距離がまた開いてしまった。どうにか突き放された距離を詰めるべく、焦りつつも再度走り出そうとする楯無…

 

 

 

「おぉい、足元に気ぃ付けろよ?」

 

 

「二度も真に受けるわけ無ッ…」

 

 

 

 

―――言った傍から転んだ……バナナの皮で…

 

 

 

 

「うわはははははは!!前回と同じ場所で、同じもので転びやがったぁ!!バッカでぇ~!!だあああぁぁひゃっはははははははははぁ!!」

 

 

「……。」

 

 

「あっははははは、はははっは!!…ははは……は………あのぅ、楯無さん…?」

 

 

「………。」

 

 

「何故に…ミステリアス・レイディを本格展開していらっしゃるのでしょうか……?」

 

 

 

 

 この時既に、出だしから散々コケにされ続けた楯無の堪忍袋の緒は、切れるどころか爆発していた…

 

 

 

 

「シ・ニ・サ・ラ・セええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!」

 

 

「やり過ぎたああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 

 

 校内であるにも関わらず、理性と自重を完全に投げ捨てた楯無がISをガチ展開して迫りくる。いくらセイスが人外の身体能力を持っていたところでISの速度に敵う筈も無く、二人の間にあった距離があっと言う間に縮まっていく。

 

 流石の酒乱馬鹿も、この状況には酔いが醒めそうになった。しかも最悪な事に、楯無の後方からさらなる気配を感じる。しかも、今の鬼神楯無に匹敵する殺気を纏って…

 

 

 

 

「あんたタダじゃ済まさないわよッ!!脳天に風穴空けた後、そのムカつく顔を(自主規制)して(放送禁止)して(ピー音)してやるうううぅぅ!!」

 

 

「ちょ、何でMP5なんて校内に持ち込んで…!!」

 

 

「日本刀やナイフが許されて、銃が許されない道理があるとでも!?」

 

 

 

 両手にサブマシンガンを一丁ずつ持ったティナが、楯無に負けず劣らずの凄まじい怒気を纏いながらこっちに向かって走ってくるのが見えた。持ち方と構え方を見るに、随分と手慣れているようだ。遠目でもそれが分かってしまう自身の観察眼が、この時ばかりは嫌になった…

 

 仕方ないので、予備のゴキブリ共が入った袋を彼女目掛けてブン投げた。口を緩めていたせいかゴキ袋は宙で中身を吐きだし、昆虫業界一の嫌われ者達が大挙してティナに降りかかる…

 

 

 

―――直前に、二丁の銃口から放たれた銃弾によって一匹残らず粉砕された…

 

 

 

「ゴキブリ苦手じゃねぇのかよッ!!」

 

 

「苦手なんじゃなくて、大ッ嫌いなのよ!!」

 

 

 

 セイスはおろか楯無も知らない事だが、ティナはゴキブリが嫌いである。苦手でなく、嫌いである。この世から一匹残らず消し去ってやりたいほど嫌いである。見つけたら、その時に自分が持っている最大の火力を用いて徹底的に駆除するほど嫌いである。容赦しないと決めた時は、相手をゴキブリと思い込んで戦うぐらいに嫌いである。

 

 因みに、さっきセイスに仕込まれたゴキブリは………素手で握りつぶした……

 

 

 

「いくら再生能力が凄いと言っても、銃弾の嵐と…」

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

「こ、この暴走したIS操縦者が相手じゃ無理でしょ…?」

 

 

「……声が引き攣ってるぞ…」

 

 

 

 こんなやり取りをしつつも、3人は走り続けている。とは言っても、ティナはともかくISを展開した楯無が相手では時間の問題である。ましてや自業自得とは言え、このままだと殺される可能性が…

 

 

 

「仕方ない、最終手段!!」

 

 

「ん?」

 

 

 

 途中に仕掛けといた中途半端な罠を無視し、真っ直ぐにソレが仕掛けてあるところに辿り着くセイス。そのまま何やら重そうな、米俵に見えなくもない包みを抱えて彼は自分と楯無達との間に投げた。

 

 その瞬間、投げられた包みから白い煙がもくもくと立ち込め、廊下に充満した。先程の嫌がらせガスのこともあってか、ティナは思わず足を止めてしまった。ところが…

 

 

 

(あれ、何も臭わない…?)

 

 

 

 よく確かめてみると、それは煙と言うより細かい粉のようなものだった。念のため、指に付着したそれをこすったり、舐めてみたりした。すると…

 

 

 

「“小麦粉”?……て、まさか!?」

 

 

 

 嫌な予感がしてセイスが居るであろう方を向くと、舞い上がる小麦粉のせいで薄っすらとしか見えないが何かを取り出す彼の影が確認できた。その瞬間、一気に血の気が引いたティナは愛銃をその場に放り投げ、ここが二階であるにも関わらず窓ガラスを突き破りながら外へと飛び出した。

 

 そんな彼女の行動に気付かず、未だに半狂乱のまま突っ込んでくる楯無に向かってセイスは言葉を投げかける。

 

 

 

「おい、楯無…」

 

 

「…?」

 

 

 

 

―――“粉塵爆発”って、知ってるか…?

 

 

 

 その言葉と同時に、セイスは取り出した何か…昼間に拾ったライターに火を灯した……

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「な、何だ…?」

 

 

 

 あまり離れてないところから凄まじい爆音と、腹に響くような衝撃が届く。このIS学園の寮室は防音機能に優れていると聴いているが、いくら何でもこれでは起きてしまうのでは無かろうか…?

 

 

 

「…zZZ」

 

 

「何で寝ていられるんだ…?」

 

 

 

 ここまで鈍いと、流石にイラッとくる。姉さんの隣に在り続けることになった奴が、どんな者かこの目で確かめたいと常日頃から思っていた。ところが、実際はこんなもんだ。姉さんと同様、一目置くべき男ならば一人の敵として扱ったのだが、これでは期待外れにもほどがある…

 

 

 

「……相手にする価値も無い、無駄な時間を使ったな…」

 

 

 

 そう思い、さっきまで取り出していた拳銃を仕舞って踵を返し、一足先にセヴァスの隠し部屋へと帰ろうとした…

 

 

 

 

 

 

「……千冬姉…」

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 その言葉を耳にした瞬間、先程まで静まっていた憎悪が再び燃え上がる。反射的に背後を振り向くと、相変わらず一夏は眠ったままだ。恐らく今の言葉は寝言か何かだったのだろう…

 

 

 

 それでもマドカは、一夏の眉間に銃口を押し付けることを我慢出来なかった…

 

 

 

「……何故だ…」

 

 

 

―――こんなに近くに居ても、こんなに思いを吐露しても…

 

 

 

「何故お前なんだ…!?」

 

 

 

―――気づいて貰えない、相手にして貰えない…

 

 

 

「何故あの人の隣に私では無く、お前が居るんだ…!?」

 

 

 

―――全ての分かれ道となったあの日、自分と目の前の男に違う点など殆ど無かった。それなのに…

 

 

 

「何で姉さんは私では無く、お前を選んだ…!?」

 

 

 

 最後の言葉は、嗚咽混じりだった。けれども、怒りと悲しみがグチャグチャになって吐かれたその言葉は目の前の男にも、自分が最も感情をぶつけたい相手である姉にも届かない…

 

 そのことを改めて理解したマドカは、全てがどうでも良くなった。スコールの言葉も、命令違反も、それによって殺されようがどうでも良くなった。有らん限りの憎しみを篭め、奴に向けられた銃口の引き金をゆっくりと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おぉい、逃げるぞマドカ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 突然の声に驚き、思わず銃を落としてしまう。しかし落としたそれを即座に拾い、何食わぬ顔で背後を振り向く。するとそこには、微妙に焦げている上にボロボロのセヴァスが扉越しに立っていた。

 

 

 

「何だその恰好は…?」

 

 

「ハシャギ過ぎた…そんな事は良いから、さっさとズラかるぞ!!楯無とか生徒会長とか更識家当主とかロシア国家代表がやって来る!!」

 

 

「……それ全部、同一人物じゃないか…?」

 

 

 

 セヴァスのザマに呆れた途端、さっきまで雰囲気が一気に霧散した。萎えたとも言って良いかもしれない。とにかく、今日はもうそんな気分じゃなくなった…

 

 

 

「まったく…人を付き合わせといて、最後はコレか。酔いは醒めたか……?」

 

 

「……スマン、今度何か奢る…」

 

 

 

 本当に情けなさそうにするセヴァスの姿を見て、思わず苦笑を浮かべてしまう。流石にコイツの目の前で、命令違反をしてまで織斑一夏を殺害する気にはなれない。スコール達はどうでも良いが、セヴァスを困らせるのは少し躊躇ってしまう…

 

そこでふと先日の事を思い出し、セヴァスが酒乱モードに陥った事により聞けなかったことを訊ねてみることにした。

 

 

「……なぁ、セヴァス…」

 

 

「ん?」

 

 

「今日アイツらとやり合って、どうだった…?」

 

 

「どうだって…あぁ、そういうことか……」

 

 

 『アイツら』とは当然、セヴァスと因縁浅からぬアメリカの事である。今日の作戦中、コイツはそいつらと接触し、あろうことか生身でISと戦う等という暴挙に出た。見てるこっちの気持ちも知らないで、今晩のものとはまた違う狂ったような高笑いを上げながら、何度も何度も奴らに突っ込んでいった。その最中、吠えるようにして吐露された心情はまさに復讐者に相応しいものである。

 

 そんなセヴァスの言葉を聞けば、一復讐者として何かと今後の参考になるかもしれない…。そう思い、先日に冗談混じりにあんなことを言ったのだが、はたして…

 

 

「どうも何も、つまんなかった…」

 

 

「は…?」

 

 

 

―――出てきた言葉は、あまりに予想外なものだった…

 

 

 

「お前はアレを復讐と呼んだけど、俺にとっちゃただの八つ当たりだ…」

 

 

 

 微妙にアルコールが抜けきってないのか顔はやや赤いままだが、目は真剣そのもの。だから黙って最後まで言葉に耳を傾ける…

 

 

 

「お前と違って、俺は本当に殺したかった奴がこの世に一人も残ってない。皆、俺が殺す前に死んじまった…」

 

 

 

 セヴァスを生み出し、嬲り者にしてきた違法研究者達。アメリカ人であるそいつらは、皮肉な事に同じアメリカ人の手によって抹殺されてしまった。そのせいでセヴァスは、自分みたいに本当の意味で復讐に生きる道を失ってしまったのである。  

 

 

 

「この世に残った誰を殺そうが、あらゆる物をぶち壊そうがアイツらの命乞いも懺悔も断末魔も聴けねぇんだ。だから俺は、お前みたいに復讐を強く生きる理由に出来ない…って、初めて会った時にそう言ったろう?」

 

 

「……そうだな、そうだったな…」

 

 

 

 私には姉さんが…織斑千冬という復讐対象が居る。姉さんに連なる者、関わる者だって何人も居る。そいつらを誰か一人でも傷付けてしまえば、あの人の心に傷をつけることが出来る。あの凛々しい顔を絶望と悲しみに歪めさせることが出来る。

 

 でも、セヴァスは違う。復讐を成し遂げる為の自由と力を手に入れた時には既に、何もかもが自分の知らないところで終わってしまった。目の前のこいつは私と違い、この留まる事を知らない憎悪をぶつける機会を永遠に失っているのだ。

 

 だからこそセヴァスは『復讐』とは云え“誰かとの繋がり”を持つ私を羨み、逆に私は“真の意味で己を示せる”セヴァスを羨んだ……それが切っ掛けで今みたいな関係になったというのに、どうして忘れていたのだろう…?

 

 

 

「そりゃあ、今でも奴らの事を思い浮かべると胸糞悪い気分にもなるさ。だけど、今日の事で改めて思い知ったよ。俺の場合、奴らに対する復讐は色々と割に合わねぇ。何しても奴らに対する苛立ちと鬱憤は消えないってのに、昼みたいに何度も命削ってたら馬鹿みたいじゃねぇか。そんなんだったら同じ馬鹿でも、お前らと一緒に馬鹿やってる方がよっぽど有意義だ。」

 

 

「それは、素直に喜んでいいのか…?」

 

 

「とにかく、まぁ何だ…俺は多分、もう現状に満足してるんだと思う。中途半端な復讐モドキを続けるよりも、今はただこの日常を楽しむ事の方が俺にとって大切な事になってんだよ……」

 

 

 

 若干照れくさそうにしポリポリと頬を掻きながら、彼はそう断言した。その言葉に迷いと躊躇いは無さそうだった…

 

 

 

「そうか……お前はもう、自分の過去と決別出来たんだな…」

 

 

「かもな…結構苦労したけど、そうみたいだ……逆にお前はどうだ?ついでと言っちゃなんだが、お前はまだ出来てないってんなら手ぇ貸してやるけどよ…」

 

 

 

 『苦労』か…随分と軽く言ったがコイツの言う苦労とは、コイツ自身のも私のも生半可なものでは無い。それを踏まえた上で、コイツはそう言い切った。

 

 

―――そして、私の行いに付き合うとも…

 

 

 ならば、敢えて問おう…

 

 

 

「……その為に私のやりたい事が、お前が馬鹿みたいと称した復讐だとしてもか…?」

 

 

「勿論」

 

 

 

―――即答された…

 

 

 

「今まで散々俺の馬鹿に付き合ってくれたんだ…そのぐらい幾らでも付き合ってやるし、手伝ってやる。だって、それこそが俺の……」

 

 

 

 そこまで言っておきながら、何故かセヴァスは途中で言葉を止めた。そのまま此方から露骨に目を逸らして気まずそうな雰囲気を出す…

 

 

 

「どうした…?」

 

 

「……いや、何でも無い。それより早く戻ろう、いい加減に誰か来るかもしれないし…」

 

 

「何か誤魔化された気分だが、そういう事にしといてやる…」

 

 

 

 その言葉を最後に二人は、一夏の部屋から去って行く。だが先に行くセヴァスを追う様にして部屋を出る直前、マドカは最後にチラリと後ろを見やった。そこには相変わらず寝息を立てながら眠る、一夏の他には何も居ない。

 

 先程抱いた殺意は未だに自分の中でくすぶっているが、今この場で何も感じさせず、何も理解させぬまま死なせるのは何処か面白くない。だから…

 

 

 

「……お前は、ただでは殺さない。私が納得出来る形で、私が満足出来る形で、私という存在を刻み付けてから殺してやる…」

 

 

 

―――私が私である為に…

 

 

 

 セヴァスにも聴こえないぐらいに小さな声で呟かれた言葉は、誰の耳に届くことも無く消えて行った。そして彼女もまた、踵を返してその場を去って行った…

 

 後に残ったのは未だ眠り続ける男性操縦者と、その穏やかな寝息だけである…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

~オマケ~

 

 

 

―――翌朝のこと…

 

 

 

「に、逃げられた…夜通し追い掛けたのに、また逃げられた……」

 

 

「……おい、楯無…」 

 

 

「はい?何ですか織斑先生、そんな……怖い、顔して…」

 

 

「いや、なに…朝起きて扉を開けたら片栗粉入りの熱湯が降って来てな、その後はゴキブリやらゴミやらが入った袋が降って来て最悪だったんだ…」

 

 

「はぁ、それは災難ですね……実は私も…」

 

 

「それでだな、廊下でこんなものを見つけたのだが…」

 

 

「へ?……あ、私の扇子!!」

 

 

「少し気になったんで、お前の部屋…というか、織斑の部屋を探ってみたら面白いものが出たぞ?」

 

 

「え、ちょ…何ですかこのワイヤーだの袋だの小道具たちは……?」

 

 

「ラウラの私物だ……何故か“お前が使ってるベッドから”出てきたんだが、な?」

 

 

「え…」

 

 

「さて、詳しく話を聴かせて貰おうか?……なに心配するな、尋問…いや聴取は私だけではなく、今朝被害に遭った“職員総出”で行う……」

 

 

「ちょ…」

 

 

「さぁ…お前の罪を数えろ、この愉快犯……」

 

 

「待って、待って下さい!!ご、誤解です!!昨日の晩に亡国機業が…」

 

 

「なんだと?……そうか、テロリストのせいならば仕方ない…」

 

 

「はい、ですから私は…」

 

 

「なんて言うと思ったかこの馬鹿がッ!!お前が昨日の夜中に学園を徘徊していたと、一年二組のハミルトンが証言しとったわ!!そもそも、あの組織がこんな子供染みた真似するわけ無いだろうが!!」

 

「あ、あの裏切り者ぉ!!……く、冤罪で死んでたまるもんですか!!こうなったら全力で逃げッ…」

 

 

「させると思うか?」

 

 

「ちょ、ストップ!!織斑先生ストップ!!アイアンクローはやめうきゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

 

 その日、完璧と名高いIS学園の生徒会長は、欠席記録を一つ増やした…

 

 

 

 



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朱色、出る 前篇

実は今回の話、五反田食堂での話より前に考えてました。ただ時系列がアレだったので後回しに……もっとも、考えてたのは今回の前篇の部分だけですが…


 

『こちらオランジュ、準備完了。いつでも行けるぜ!!』

 

 

「……あぁ、そう。精々頑張れよ…」

 

 

『おいおいツレないな、相棒!!しっかりサポートしてくれよ!?』

 

 

「五月蠅ぇよ馬鹿、さっさと死ね」

 

 

 

 本気で苛々する。こいつの馬鹿が始まったのは昨日今日のことでは無いが、今回のことは特に酷い…

 

 

 

『おい山本君、相棒が冷たいんだが…』

 

 

『山本じゃなくて中西です!!そんで大丈夫です師匠!!俺が居ます!!』

 

 

『良く言った、心の友よ!!いや愛弟子よ!!』

 

 

『師匠ぉ!!』

 

 

「……もうヤダこの馬鹿共…」

 

 

 

 秋の中頃故にやや肌寒く感じるものの、透き渡る青空が広がる今日この頃。そんな日に限って…いや、そんな日だからこそ奴は、また自分の立場も考えず外出タイムと洒落込んでいる。奴とは言わずもがな…

 

 

 

「で、ワンサマーはまだか…?」

 

 

『あぁ、まだ見当たらない。もうとっくに学園は出たんだよな…?』

 

 

 

 そう、織斑一夏のことである。例の学園祭襲撃が失敗してからというもの、アイツへの対応はまた暫く俺達による監視と諜報が中心になる事が決まった。要は今まで通りってことだ…

 

 そして今日もまた、いつもの様に一夏に異変が無いか、もしくは他の同業者に横取りされないか見張る為に出っ張ってるわけである。で、今回も大型ショッピングモール『レゾナンス』で買い物すると聴き、先回りして待ち構えているのだが…

 

 

 

「しかし、本当に大丈夫か…?」

 

 

『だ~いじょうぶ、大丈夫。俺だってこのぐらい朝飯前よ…』

 

 

 

 今回は何故か、いつもは学園の隠し部屋に籠って俺のサポート役を担当しているオランジュが現場に来ていた。無論俺も来ているが、オランジュ達とはちょっと離れた所にスタンバイしている。因みに、さっき『山本』だの『愛弟子』だの呼ばれていた男は、オランジュが偶々出会って意気投合した一般人だ。

 

 

 

「俺が心配してるのはテメェの頭だ、ボケ」

 

 

『失敬な!!俺はいつだって真摯な紳士だ!!』

 

 

「やかましい!!あんなに下心丸出しだった癖に良く言うわッ!!」 

 

 

 

 どの口がほざいているのやら……因みに、全ては昨日の出来事が始まりだ…。

 

 学園祭襲撃、新たな黒歴史(仲間内からは『悪酔い狂戦士』の称号を頂いた)を経てからというもの、暫くして楯無によるワンサマ警護は終了した。それにより、再び奴の部屋に監視カメラ及び盗聴器を仕掛けることに成功、以前の様に仕事がやりやすくなった。

 

 ついでに、それからも楯無はちょくちょく一夏の部屋にやって来る。念のため前回より隠匿率を上げて仕事道具を設置したため、彼女が本気で探そうとしない限り仕掛けた仕事道具は見つかりそうに無い。故に彼女のアレな画像やらレアなデータやらが露骨に増え、それらを組織に送ったら再度とんでもない事になったらしいのだが……はたして…

 

 ま、それは置いといて…とにかく、昨日もそんなノリで楯無は一夏の部屋に来た。だが今回の事に直接関わってるのは楯無ではなく、彼女の後にやってきた人物だ。

 

 その人物が入って来た途端、あの馬鹿のテンションは急上昇。彼女が俺でさえ若干引いた恐怖の指切りげんまんで一夏と一緒に出掛けることを約束した事実を確認した途端、オランジュは俺に今日のことを凄まじい勢いで申し出てきたのだ……鼻息が荒くキモかったので、思わず殴ってしまったが…。

 

 

 

『なぁなぁ、一夏も来ない事だし……先に接触して良いか…?』

 

 

「馬鹿がこれ以上馬鹿を言うな」

 

 

『いやだって、またと無いチャンスじゃん!!ていうか、その為だけに今日の事を頼み込んだんだぜ?』

 

 

「ついに誤魔化すことさえ放棄したかこの野郎…」

 

 

『うっせぇ!!シャルロッ党突撃隊長であるこの俺から溢れ出る愛は、何人たりとも止められん!!そう思うだろ、佐々木君!!』

 

 

『お二人の会話は何一つ聴こえないんで良く分かんないっすけど、その通りっす!!そして俺は中西です!!』

 

 

 

 もう分かったと思うが…そう、どっかの物陰に隠れているであろうオランジュの視線の先には目を惹く金髪とアメジストの瞳、そして中性的でありながらも可愛い容姿……今日は私服姿な『シャルロット・デュノア』が居た。因みに本当は『凰鈴音』も来る筈だったのだが、諸事情により来れなくなったようだ…

 

 一夏と約束した時間より相当早く待ち合わせ場所に来た彼女は、取り出した手鏡でしきりに身だしなみを整えている。そして前々からシャルロットの熱烈なファンであるオランジュは、一夏の監視という建前で彼女と直に接触したいらしいのだ…

 

 それを分かっていながら何で任せてしまったのかと言うと、実は障害になるという意味で要注意な人物が一夏とほぼ同時のタイミングで外出したのだ。そいつの目的が一夏だとは限らないが、時期が時期なだけに警戒するに越したことは無い。てなわけで止むを得ず俺はそっちを担当し、一夏の監視はオランジュに任せる羽目になったという訳だ…

 

 

 

『ていうか、もう我慢出来そうに無いから行ってくる!!』

 

 

「はぁ!?」

 

 

 

 今日の出来事を思い返していたら、己の耳とアイツの正気を疑いたくなるような言葉が耳に聞こえてきた…

 

 

 

「な、オイちょっと待て!!幾らなんでもそれは…!!」

 

 

『あ~あ~何も聴こえな~い、音信不通~』

 

 

「テメェッ!?」

 

 

 

 本気か!?こいつ本気か!?ていうか正気か!?マジでやる気かコイツら!?いざとなったらフォロー仕切る自信なんて無いぞ!?

 

 

 

『平気へ~き!!んじゃ、打ち合わせ通り行くぞ木村君!!』

 

 

『了解です、師匠!!例の『朱色のナンパ術』第24条ですね!?あと、俺は中西です!!』

 

 

『さぁ、いざ参らん!!』

 

 

 

 うわ、行きやがった…俺はシャルロットが佇んでいる場所の反対側で、彼女と同様に誰かを待っているかのように振る舞っている。対してオランジュ達は、彼女の居る場所からちょっと離れた曲がり角にスタンバイしていた様で、割とすぐ近くに現れた…

 

 そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇねぇ、カーノジョっ♪』

 

 

『今日ヒマ?今ヒマ?どっか行こうよ~』

 

 

『約束がある?えー?いいじゃん、いいじゃーん、遊びにいこうよ』

 

 

『俺、車向こうに停めてるからさぁ。どっかパーッと遠くに行こうよ!!フランス車のいいところいっぱい教えてあげいででででででっ!?』

 

 

『お、おい!!離しぐぼあ!?』

 

 

 

―――かきょっ!!

 

 

 

『うっぎゃあああああああッ!?』

 

 

 

 

 

 

―――『朱色のナンパ術・第24条』とやらがオランジュと中西君にもたらした結果は、彼女直々の関節技による肩の脱臼と一夏の顔面パンチ……そして、お巡りさんによる連行だった…

 

 

 

 

 

「せ、セイス…」

 

 

「何だ?憧れのシャルロットさんに冷たくあしらわれた上に肩の骨外されたオランジュ君…?」

 

 

「接触(タッチ)は…出来た、ぜ……」

 

 

 

 何とか連行された交番から脱出して合流出来た時の第一声が、そんなだった相棒の顔面を思わず殴った俺は悪くない筈である…

 

 こんな調子でやって行けるか早くも不安になって来たよ、マジで…

 




因みに、師匠は躊躇なく愛弟子を置き去りにしました。



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朱色、出る 後編

時間が無ぇ上に文章が少し消えた!?てなわけでちょっと荒いです、すいません!!


 さて…馬鹿に対する制裁も終えた後、不安が残るもののオランジュに一夏の見張りを任せた俺は本来の仕事に戻った。多くの人でごった返すショッピングモール『レゾナンス』の店内を何気ない足取りで徘徊し、お目当ての人物を捜す。

 

 そして、案外そいつらはすぐに見つかった。一般人に紛れ込んではいるが、先日のアメリカ野郎共みたいに裏社会の臭いを消し切れてない御同類を確認することが出来た。

 

 

 

「中国政府非合法部隊ねぇ…」

 

 

『所謂タカ派の犬だよ。IS情勢で日本に対し完全には優位になれなかった上に、世界唯一の男性操縦者まで日本に現れる始末だ。国の基本方針としては幼馴染の凰鈴音を突破口にして縁だのコネだの作るつもりらしいが、あそこも一枚岩じゃないからな…』

 

 

「またそろそろ国の名前変わるんじゃないか?内乱と改名は、あの国の御家芸みたいなもんだろ…?」

 

 

『おいおい、中国の皆さんに謝れ』

 

 

 

 漸く真面目にし始めたオランジュと通信機越しで軽口をたたき合いながらも、目は奴らから離さない。今の会話の通り、俺が警戒して態々出向いた理由はその中国非合法部隊……確か名前は『影剣』だったか?とにかく、そいつらだ…。

 

 本来なら夏祭りの時みたいに現場には俺一人でも充分だったのだが、こいつらはCIAやそこら辺の犯罪者集団よりタチが悪い。裏の人間が祖国に忠誠を誓うのはどこの国の組織も変わらないが、この『影剣』は度が過ぎてる上に歪みまくっている。

 

 

 

「確か、この前は標的一人の為に地下鉄で脱線事故を起こしやがったんだっけか…?」

 

 

『そんで、その前は外国の研究員だか要人を拉致して外交問題に発展しかけたな。当の中国は最後まで“拉致じゃなくて招待”って言い張ってたけどよ……ま、どっちも影剣の独断って事になってるらしいが…』

 

 

 

 この影剣が他の組織と違うのは、躊躇なく表の人間を巻き込むところだ。国の利益になると思ったならそれを免罪符に迷うことなく行動を起こし、手段を選ばずに目的を達成する。結果的に国を国際的な窮地に追い込むこともあるが、なまじ成果をあげているせいで中国も簡単には奴らを切り捨てる事が出来ないのが現実だ。

 

 そんな輩がこの時期、このタイミング、この場所に来たということは、もう殆ど彼らの目的は確定した様なものだろう。

 

 個人的にボコりたいってのもあるが奴らの場合、下手をすると一夏を拉致するどころか抹殺をやりかねない。最悪の場合、レゾナンスを爆破するなんて暴挙に出る可能性だってある…。

 

 

 

「たまに思うんだけどさ、俺って犯罪者なのに楯無や日本政府より仕事してない…?」

 

 

『あ~それは……気にしたら負けだ…。むッ!?』

 

 

「どうした…?」 

 

 

『シャルロットさんと蘭ちゃんが一夏とアイスを食べさせ合いっこし出した!!オノレワンサ…』

 

 

「通信終了」

 

 

 

 また頭痛くなってきた…そういえば、偶々買い物に来てた五反田蘭と合流したとか言ってたっけ?そんで今は3人でどっかのレストランでランチタイムと洒落込んでるとか…。

 

 ていうか、あの野郎は常に両手に花を持たないと気が済まない性質なのか?もう今更彼女が欲しいとか喚いたり叫んだりしないけどさ、こう露骨にされると未だにイラッと来るんだよ。何か言われなくても分かってることを改めて言われてる様な…

 

【お前に真似出来るかバーカ!!m9(‐◇‐)】って言われてる様な……いや、被害妄想だけどさ…

 

 

 

「……何か、悲しくなってきた…」

 

 

 

 早いとこ終わらせて、さっさと帰ろう。そんで今日はもう寝ちまおう。それが良い…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

(やばいやばいやばいッ!!まさか『影剣』が来るなんて!?)

 

 

 

 レゾナンス店内を必死の形相で走る一人の少女…楯無は焦っていた。いつもの様に適度に生徒会の仕事をサボりながらノンビリやってた今日の昼ごろ、その知らせは突如としてやって来た…

 

 その知らせとは、悪質組織ブラックリストの中でも特に上位に入ってる、中国の『影剣』のメンバーが日本に入国しているというものである。あの組織の最悪さは楯無も良く知っており、最も警戒すべき組織の一つであると認識していた。よりによってその影剣が、このタイミングで現れるという事実が物語っている事はただ一つ…

 

 

 

(確実に一夏君を狙ってる…!!)

 

 

 

 何で本当にいつもいつも日本政府は、間に合うか間に合わないかのギリギリのタイミングで仕事を寄越してくるのだろうか?それも事と次第によっては国の世界に対する立場が関わるような物事を…

 

 何はともあれ、護衛対象である一夏が危険であることに代わりは無い。二つの意味で腹が立ったその報告を受けた楯無は即座に学園を飛び出し、彼の外出先であるここに大急ぎでやって来たという訳だ…

 

 

 

「……と、一人目見つけたぁ…!!」

 

 

「は…?」

 

 

 

 店内を走り回って一夏を捜していたその時、ふいに発見した裏の人間独特の雰囲気を放つ一人の男。顔は間違いなくリストに載っていた写真と一致していたので、楯無はその走った勢いを殺さずに…

 

 

 

「せいやあああぁぁぁ!!」

 

 

「な、何だ貴sぐぼへらッ!?」

 

 

 

 飛び蹴りを放って男が寄りかかってた壁にそのまま叩き付けてやった。男は激痛に少し呻いた後、意識を手放して静かになった。

 

 と、その時…自分の背後から殺気と何か金属特有の『チャキリ』という音を感じた。感覚からして一般人ということは有り得ない。なので、遠慮することなく…

 

 

 

「ほいっと!!」

 

 

「な!?」

 

 

 

 後ろに忍び寄り、拳銃を構えていた影剣の一人。そいつの手から拳銃を弾き飛ばし…

 

 

 

「そんな物騒なモノ…」

 

 

 

―――ドスッ!!

 

 

 

「ぐふっ!?」

 

 

「女の子に向ける…」

 

 

 

―――ガッ!!

 

 

 

「ごあッ!?」

 

 

「酷い人は…」

 

 

 

―――金ッ!!

 

 

 

「ッーーーーーーーーーーーーーーー!?」

 

 

「地面とキスでもしてなさい!!」

 

 

 

―――ゴッ!!

 

 

 

 腹、顎、男の急所、側頭部に連続で強烈な一撃を貰った男は、何とも悲壮感漂う表情を浮かべながら床に崩れ落ちたる。余談だが、三発目辺りで見る者に何とも同情を誘う悲痛な表情になってた…

 

 

 

「さて、次にいきましょうかね……ッ!?」

 

 

 

 そう言葉を発して次の標的を探そうとしたその時、横から何かが凄まじい速度で飛んでくる気配を感じた。慌ててその場にしゃがみ込み、何とかソレをやり過ごす。すると自分の頭上を通り過ぎたそれは、さっき蹴り飛ばした男以上の勢いで壁に叩き付けられて崩れ落ちていた…。

 

 

 

「て、影剣の一人じゃない…!!」

 

 

 

 よく見るとソレは人間であり、リストにあった影剣の一人であった。そいつが飛んできた場所へと視線を移すと、影剣が飛んできたのは従業員室だった。さらに耳を澄ませてみると、さらに何かが聴こえてくる…

 

 

 

『この、テロリスト風情がぁ!!』

 

 

『うっせぇ!!共産主義のくせに格差社会上等の矛盾国家が!!』 

 

 

『き、貴様ぁ!!我らの祖国を侮辱するか!!』

 

 

『はん!!いつも近くの国に喧嘩売ってるテメェらが言うかよ!!』

 

 

『死ねぇ!!』

 

 

『お前がな!!』

 

 

 

 

―――ドガァン!!

 

 

 

 打撃音なのは間違いないのだが、まるで大砲でもぶっ放したかのような轟音が響いた。それとほぼ同時に従業員室の扉を突き破りながらまた一人、先程の男の様に凄まじい勢いでまた影剣のメンバーが吹っ飛んできた。

 

 しかしこの時、今度は軽く避けれたが新たな懸念事項が生まれた。先程聴こえてきた二人の人物による会話…片方は目の前で転がってる男で間違いないのだが、もう一人の声は何処かで聴いたことがある様な気がするのだ……ていうか、絶対にアイツだ…

 

 そう思いながら扉に手をやり、ゆっくりと開けて中に入ってみると……やっぱり居た…

 

 

 

「う~ん、どうすっかな…」

 

 

「……あら奇遇ね、セイス君…」

 

 

「ん?…げぇ、楯無!?」

 

 

 

 先日、自分を散々酷い目に遭わせてくれたセイスが居た。彼は何故か部屋の真ん中であぐらをかきながら何かを悩んでたところのようで、こっちが声を掛けるまで気付かなかったようだ。

 

 

 

「この前はありがとね、ほんと……御蔭様で二度と味わいたくない地獄を経験出来たわ…」

 

 

「あの時は…その、俺もちょっとオカシクなってて……」

 

 

「あ゛?」

 

 

「いや何でも無いですスイマセン」

 

 

 

 この前は真夜中に出会い頭に片栗粉入りにの熱湯を顔面にぶちまけられ、生ゴミの臭いを嗅がされ、醤油を被り、バナナの皮で転ばされ。粉塵爆波で吹き飛ばされ掛けた。おまけに濡れ衣で織斑先生の折檻を受ける羽目になるように工作する徹底ぶりだ。根に持つなという方が無理な話だ…

 

 

 

「まぁ…元々追う追われるの立場だから、何を今更って話よね。とにかく、会ったからには容赦しないわよ……?」

 

 

 

―――『ここで会ったが百年目』

 

 

 

 いつもの扇子にそう文字を浮かばせ、いつもの微笑を浮かべる楯無。それに対してセイスは引き攣った笑みを浮かべるが、途中で何かを思い出したかの様な表情を見せながら口を開いた。

 

 

 

「時に楯無…」

 

 

「ん、何?遺言でも残したいのかしら…?」

 

 

「お前、影剣の奴ら何人倒した?」

 

 

「?……二人よ…」

 

 

 

 影剣と亡国機業に直接的な繋がりは無いし、むしろ敵対している。だから別に言っても構わないだろうと思ってそう答えた瞬間、目の前のセイスは何処か安心したかのような態度を見せ…

 

 

 

「俺が倒した10人と合わせたら丁度全員か。なら、もう良いよな…」

 

 

「あら、他の奴らも倒してくれたの…?」

 

 

「結果的にだけどな…」

 

 

 

 そう言うや否や彼は床からゆっくりと立ち上がり、これまたゆっくりとコッチを振り向く。そこで漸く気付いたのだが、彼は腕に何かを抱えていた。それは30センチ前後の大きさを持っており、パソコンでは無いのだがやたら機械的でボタンやらコードやらが付いていた。しかもタイマーの様なもの設置されており、何かのカウントダウンでもしているのか映されている数字がどんどん小さな値に変わっていった。

 

 

 

―――て、これってどう見ても…

 

 

 

 

「時限爆弾じゃないッ!!」

 

 

「うん、そう。せめてコレくらいはやってくれよ?日本政府直轄、さん!!」

 

 

「んなっ!?」 

 

 

 

 その言葉と同時にセイスは何を思ったのか、楯無に向かってその爆弾を思いっきり投げつけた。突然の彼の奇行に楯無は一瞬だけ反応が遅れたが、何とか避けることが出来た。しかし、彼女の気が休まる事は無い。自分の背後には部屋の扉…一般客で溢れる、店内の大通りのど真ん中に繋がっている。案の定投げられた爆弾は扉をぶち破り、多くの客人が居るその場所へと飛んで行った…

 

 

 

「せ、セイス君!?貴方一体何を……て、もう居ないし!!」

 

 

 

 唖然として扉の方に向けていた視線を、何のつもりか問い詰めるべくセイスの方へと向けると既に彼の姿は無かった。良く周囲を見渡してみると天井の換気口が破壊されており、その下には丁度いい感じの高さの踏み台が置いてあった。もしかしなくても、そこから逃げ出した様だ…

 

 

 

「あぁもう!!本当にいつかぶっ飛ばしてやるんだからッ!!」

 

 

 

 また逃げられたのは腹立だしいが、今はとんでもない場所に投げられた爆弾の方が一刻を争う。すぐに意識を切り替え、従業員室から店内へと飛び出す。すると、やはりあんな勢いで吹っ飛んできたせいで目立ったのか、セイスに投げられた爆弾の着弾点には多くの人だかりが出来ていた。

 

 因みに、投げられた爆弾は壁にめり込んでいた…

 

 

 

「どいてどいて!!危ないから下がって!!」

 

 

 

 状況に焦りながら人だかりを掻き分け、急いで爆弾の元に急ぐ楯無。秒読みされてた数字は良く見てなかったが、あまり長くは無かったのは確かだ。こんな場所で爆発されたらと思うと、より一層危機感と焦燥感に駆られる。それでもどうにか爆弾の元に辿り着き、息を切らしながらソレに目をやる。場合によってはISの展開も想定しなければならないかもしれない…

 

 

 

「……へ…?」

 

 

 

 しかし、そんな彼女の焦り、緊張、不安、覚悟…その他諸々は全て無駄になった。それを見た途端、口からは間抜けた声しか出て来なくなった。何故なら…

 

 

 

 楯無の目の前には、未だにカウントダウンを続ける時限爆弾…

 

 

 しかし、その爆弾には一枚のメモ用紙がくっついていた…

 

 

 その一枚のメモ用紙には、こう書かれていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『処理済み』

 

 

 

 呆気にとられる楯無の目の前で爆弾はカウントをゼロにし、『プスンッ』と彼女の声以上に情けない音を出しながら沈黙した…。

 

 余談だが、またセイスにしてやられた事を悟った楯無は、レゾナンスから帰る際に6の数字がでかでかと書かれたサンドバックを購入したとの事である…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

『どういう事だ貴様、我々と貴様らは不可侵協定を結んでた筈だろう!?』

 

 

「おいおい、何寝ボケたこと言ってんだ。先に協定を破ったのはソッチだろ?織斑一夏はうちの獲物だ、手を出すんじゃねぇよ」

 

 

 

 レゾンナンス内にある店の一つに、その男は居た。そいつは携帯とコーヒーカップ片手に優雅にくつろいでいたが、この電話の相手のせいで口調と表情は苛立ちの色を帯び始めていた…

 

 

 

『……テロリスト風情がッ…!!』

 

 

「口の利き方に気ぃ付けろや、潰すぞ三下。何なら、今からテメェら影剣と戦争始めても良いんだぜ?」

 

 

『クッ…!!』

 

 

「そっち特有の厚顔無恥は今に始まったことじゃねぇし、今はそれなりに利害が一致してるからコッチも大目に見てるんだ……だが、いつまでも分を弁えない様なら、テメェらの大事な国ごと消すぞ…?」

 

 

『ッ!!』

 

 

 

 低く、ドスを効かせて呟いた一言は効果があったようで、電話越しで喚き続けていた相手は突然黙り込んだ。それを確認した男は口元に薄っすらと冷たい笑みを浮かべ、最後の言葉を紡ぐ…

 

 

 

「じゃあな。もう下らない要件で電話してくるんじゃねぇぞ、クズ共」

 

 

『キサッ…!!』

 

 

 

―――ブツッ!!

 

 

 

 一方的なセリフで一方的に通話を終わらせ、彼は即座に上着のポケットから別の通信端末を取り出す。そして、先程のやり取りの舌も乾かぬ内に別の相手に電話を掛ける。すると、ほんの数コールで相手は電話に出た…

 

 

 

『はい、もしもし』

 

 

「やぁ、僕だよ」

 

 

 

 男は先程とは打って変わって、人の良さそうな柔らかい雰囲気を出して相手に応じた。今の彼にさっきのチンピラ染みた乱暴な口調と雰囲気は一切なく、一人目の電話の相手が今の彼を見たら卒倒し兼ねないほどの変わりっぷりである…

 

 

 

『これはこれは、貴方自ら連絡を下さるとは。もしや、既に依頼は完了したので?』

 

 

「勿論。契約通り、影剣の構成員12名…全て仕留めさせて貰った。まだ息のある奴もいるが、一人残らず更識家が連れて行ったよ」

 

 

『相変わらず素晴らしい手際です。では、今回の報酬を振り込ませて頂きます。御確認下さい。』

 

 

 

 言われてまた別の通信端末を取り出す。それを操作し、自分の口座に繋げて中身を確認してみる。すると、確かに決して少なくない金額の報酬が振り込まれていた。しかし…

 

 

 

「……半分ほど足りないんだけど…?」

 

 

『それが、我々のボスが貴方に直接会いたいと仰いまして…報酬の残りも、その時に渡すと……』

 

 

「ふぅん…それはまた、急な話だね。罠でも張り巡らせてるのかい?」

 

 

『ま、まさかそんな恐れ多いことを…』

 

 

「ははは、冗談だよ。折角の御招待だ、喜んでお受けしよう」

 

 

『ありがとう御座います。それでは、会合の場はいつもの場所…我々のアジトでお願いします。お会い出来る日を心待ちにしております』

 

 

「あぁ、楽しみにしててくれ……『龍の意志の下に』…」

 

 

『はい、『龍の意志の下に』…』

 

 

 

 その言葉を最後に、通話は終了した。男は今のやり取りにしばし考え込む様な仕草を見せ、少ししてからまた別の通信端末を取り出し、とある人物に電話をかける。心なしか今度の端末は、先程の3台より値が張りそうな代物だった…

 

 そして、さっきより多めのコール数の後、相手は電話に出た。それに準じて男の口調と雰囲気が再度変わる…

 

 

 

「あぁ、もしもし。わたくしで御座います」

 

 

『……貴方ですか。今忙しいのですが、何の用です…?』

 

 

 

 今度の相手は女性。しかしタイミングが悪かったのか、いささか機嫌が悪そうだ。それでも彼は大してその事を気にせず、話を続けた…

 

 

 

「この前お受けした依頼の完了、さらには『龍の目』に関する情報が手に入ったことの報告です」

 

 

『なッ!?……コホン。ご、御苦労様です…』

 

 

「はい、どうも」

 

 

『しかし影剣に被害を与えることは確かに依頼しましたが、我々でさえ手を焼く大規模マフィアの情報なんて頼んだ記憶は無いのですが…?』

 

 

「あぁ、お気になさらず。ただのサービスで御座いますよ。此方としても、貴方達の様な理性的な方々とは末永くお付き合いしたいものですからねぇ」

 

 

『……そうですか…』

 

 

 

 祖国の穏健派であり保守派であるこの女性は、疑い深い性分なのだろう。これだけ柔らかい態度で接しても、いまいちな反応を見せてくる…。

 

 

 

「……まだ私の事を信用してはくれないみたいですねぇ…?」

 

 

『当然でしょう、『Mr.ファントム』。いくつもの裏組織を崩壊に導いた、悪魔め…』

 

 

「おや、私の事は御存知でしたか。」

 

 

『何を企んでいるかは知りませんが、もしも我々にとって不利益を招くような真似をすれば…』

 

 

「えぇ、肝に銘じておきますよ。ところで…」

 

 

 

 彼が一度も通り名を名乗ったことは無いにも関わらず、その正体を暴いて見せた電話越しの女性。その事により一時的に雰囲気が高揚していたが、それも彼の言葉によってすぐに冷めることになった…

 

 

 

「“貴方程度”が調べれらることを、貴方の上司が知らないとでも思ってます…?」

 

 

『え?』

 

 

「それでも尚、貴方の上司は貴方に『彼(わたくし)の機嫌を損ねるな』と忠告してた筈ですが……もしや、行き届いてませんでしか…?」

 

 

『そ、それは…』

 

 

「これは大変だ…もしかすると、此方でも似たような事が起こるかもしれない。そう、例えば……大事な大事な代表候補生の外出先に、危ない裏組織の人間が待ち構えている…なんて大切な情報を伝え損ねるかもしれませんねぇ?あぁ、高機動パッケージの試運転というもっともらしい理由で、彼女を危険から遠ざけることも出来なくなるかもしれませんね。ははは…」

 

 

『待って下さい!!も、申し訳ありませんでした…今の言葉は取り消しますので、どうか……!!』

 

 

「とまぁ、冗談はココまでにしましょうか…」

 

 

『じょ、冗談…?』

 

 

「えぇ、冗談です」

 

 

 

 通信機越しから深い安堵の溜息が聴こえてきた。まぁ、どこからどこまでが冗談で、どこまでか本気かは言わなくても相手は分かるだろう。そして改めて認識してくれた筈だ……こっちの恐ろしさを…

 

 

 

「何にせよ、此方の要件はそれだけです。依頼達成の証と例のデータは送っておきましたから、報酬の方はよろしくお願いしますよ?」

 

 

『……はい…』

 

 

「では、精々凰嬢によろしくお伝えください……楊麗々候補生管理官…」

 

 

『ッ!?』

 

 

「じゃ、失礼」

 

 

 

 まさか名前を知られてるとは思ってなかったのだろう、通信を切る寸前に息を飲む音が聴こえた気がする。まぁ、今となってはどうでも良いが…

 

 一通り必要な連絡を終わらせた彼は、さっきまでのやり取りで地味に疲れたのか盛大に伸びをしていた。しかし、その表情はどこか満足げである。

 

 

 

「……しっかし、俺が『ファントム』ねぇ…」

 

 

 

 周囲の人間に付けられたその通り名は、皮肉にしか聴こえない。よりによって自分がそう呼ばれるようになるとは、夢にも思っていなかった。だって自分は、本当にそう呼ばれていた男の弟子の弟子だ。実力は足元にも及んでいない。

 

 まぁ、それなりの実力はあると自負してはいるが…

 

 

 

―――ピピピッ!!

 

 

 

「ん…?」

 

 

 

 不意に聴こえてきた着信音。先程使った携帯の内、一番最初に使っていたものが鳴っていた。表示された相手が非通知なところを見るに、散々悪態を吐いてやった影剣かもしれない。なので口調と雰囲気を最初の乱暴なモノに代え、出た。

 

 

 

「んだよ、しつけぇな!!下らない内容で電話すんなつったろうがクソが!!」

 

 

『僕だ』

 

 

「ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!」

 

 

 

―――その師匠本人だった…

 

 

 

『やぁ、Mr.ファントム。随分と偉くなったね』

 

 

「すいません、マジですいません!!謝るから勘弁して下さい!!そしてその通り名はやめて下さい!!恥ずかしくて死ねるッ!!」

 

 

『冗談だよ。で、結果は…?』

 

 

「……全て滞りなく…」

 

 

『よろしい』

 

 

 

 あの通り名は本当に恥ずかしい。本来なら自分達にとって最強と最高を意味するその言葉は、自分如きが名乗って良い代物では無いのだ…

 

 

 

『要件はそれだけだ。これから少し忙しくなるから、先に聞いておこうと思ったのさ…』

 

 

「さいですか…」

 

 

『では、早々で悪いがこれで失礼するよ。』

 

 

「ういっす、お疲れ様です…」

 

 

『……おっと、最後に一つ言い忘れてた…』

 

 

「ん…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――君ならそう遠くない日に、堂々と『亡霊(ファントム)』を名乗れるようになるさ…

 

 

 

 

 

 

『これからも精進したまえよ、次期盟主候補君…?』

 

 

「……ありがとう御座います…」

 

 

 

 そう言うや否や、自分の師匠…フォレストからの電話は切られた。何気なく周囲を見渡してみると、丁度自分の反対側に座っていた彼ら3人が食事を終え、席を立とうとしていた。

 

 

 

「さて、セイスに連絡でも入れるか…」

 

 

 

 まだ彼に自分のこの面を見せたことは無いが、今後も見せる気は無い。それはあの人に渡された課題であり、自らに課した掟なのだから…見せた時にどんな反応されるかビビってるだけかもしれないが…

 

 ま、取り敢えず今は…

 

 

 

「この時間を満喫するとしますかねぇ…」

 

 

 

 次期亡国機業盟主候補、快楽主義者のお調子者…オランジュはそう言って席を立ち、静かにシャルロット……もとい一夏達の後を追跡するのだった…

 

 



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置き土産 前篇

久しぶりの本編です。当分はこっちをメインに更新します……シリアスですが…




 

 あの時代に、あの場所で経験した光景はあまり思い出せない。そりゃあ、徹底的に半殺しにされ続けた場所でのことなんて真剣に覚えようとするわけ無い。精々、自分をあんな目に遭わせたクソ野郎共の顔と呼び名位しか頭に残ってない。

 

 

―――初めて俺の骨をへし折りやがった『ジェームズ』

 

―――俺から引き千切った身体の一部を犬のエサにした『ヘンリー』

 

―――毎日ゴツイ銃器を持って来ては、俺の身体に穴を空けまくった『守衛』

 

―――毒物に対する耐性を確かめるために、あらゆる薬品を俺に投与した『医者』

 

―――いつもコイツらに指示を出していた『チーフ』

 

 

 他にも何人か居たが、俺はその全ての野郎の顔を覚えていた。いつかこの苦痛の日々が終わりを告げた時、一人残らず同じ目に遭わせてやると心に誓っていたからだ。ただ現状に悲しむだけの毎日をやめたその日から、それだけを心の支えにして生きてきた。

 

 

―――なのに、そんな唯一の心の支えを“アイツ”は俺から奪い去りやがった…!!

 

 

 あの瞬間、あの狂った場所で最もマシな奴だと思っていたアイツは、俺にとって最も憎悪すべき奴になっていた。作り物である俺に知性と理性を与えた奴、あの場所で唯一俺が本名で覚えていた相手…

 

 あの忌むべき研究施設で最後に見た光景…違法研究の証拠である俺を消す為に、スペインの辺境地行きのコンテナにブチ込んだアイツ。そのせいで俺は、俺を嬲り者にした奴らを殺すチャンスを奪われた…

 

 アイツにされたからこそ、俺はあの場所から去る直前の光景は決して忘れなかった……そして、アイツの名前も決して忘れやしなかった…

 

 

 そいつの名は…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『どうした、ボーっとして?』

 

 

「……何でもない、状況はどうなってる…?」

 

 

『全て滞りなく順調だ。マドカも姉御も準備万端だし、後は時期を待つだけさ…』

 

 

「そうか…」

 

 

 

 先日の騒動から数日後、IS学園主催の大イベント『キャノンボール・ファスト』の日がやってきた。IS学園のみならず、街全体が盛り上がる大規模なモノである。しかもISがダイレクトに関わる催し故に、ISの権威とも言える学園の関係者はこぞってコレに色々な形で駆り出されるのだ。

 

 つまり、学園で何かやらかすなら、これ以上の好機は無いと言っても過言では無い…

 

 当然ながら、厄介な楯無やのほほんさんもCFの方に行ってるらしい。全ての統率役として織斑千冬は例の学園の地下最深部で指揮を執ってるが、逆に言えばそれさえに気をつければ他は問題ない。

 

 

 

『しかし虎穴に入らなきゃ何とやらだが、流石に無茶じゃね…?』

 

 

「危なくなったら逃げるし、流石にマドカや姉御たちに暴れられたら指揮を放棄することも出来ないだろう?精々、山田とかその辺が来るだろうよ…」

 

 

 

 ステルス機能を作動させ、今俺が向かっているのは通称『レベル4』とか呼ばれてる学園の最深部だ。そこには表沙汰に出来ないような機密がわんさか保管されており、世界中の諜報部がその場所に全力で探りを入れているような場所だ。もっとも、今のところ忍び込めた奴は居ないらしいが…

 

 

「春先に出てきた無人機のデータや残骸も残ってるらしいし、ここのところ収穫が全く無かったから出来るだけ成果は残したいからな…」

 

 

『だからって学園祭の時のような無茶すんなよ?幾ら再生能力が凄いつっても、限界はあるんだからよ』

 

 

「分かってるっ。マドカにも散々文句言われたし、自重するって…」

 

 

 この前は一時のテンションに身を任せたら、随分と身体を傷つけてしまった。ただの人間にしか見えない外見故に、あの米国専用機持ちコンビはISの部分展開のみで俺に対応した。楯無の時もそうだが、相手が全力を出そうとしなかったからこそ、俺はIS相手に逃げ延びることが出来るのだ。『AL-NO.6』としての力もあるが、そんなものISの本気の前には殆ど無意味になる。

 

 その事を悪酔いして学園中に悪戯しまくった翌朝に、マドカに散々諭されたのである。因みにそのマドカだが、今日はいつもの隠し部屋には居ない。陽動の為にキャノンボール・ファストをスコールの姉御と襲撃する手筈になっており、いつでも動けるように街の方で待機しているのだ…。

 

 

「ま、とにかく心配すんな」

 

 

『よく言うぜ、ここんとこ昔の事ばっかり思い出してるくせに…』

 

 

「何の事だ…?」

 

 

『とぼけんじゃねぇよ。この前からずっと辛気臭いツラしやがって、誤魔化せると思ったのか…?』

 

 

「……バレてたか…」

 

 

 

 実は、先週辺りから昔の夢を良く見るようになった。あの日マドカに言ったように、俺は実質不可能になった奴らに対する復讐を半ば諦める形で決着をつけることにした。復讐対象みんな既に死んでるし…

 

 とは言ったものの、あの時の記憶が忌々しいモノであることに変わりない。切っ掛けは明らかに先日の学園祭襲撃の時に遭遇した『ダリル・ケイシー』と『フォルテ・サファイア』だと思うのだが、あれから結構な日数が経っている。何故今頃になってあの時の夢を見るようになるのだろうか…?

 

 

『お前に何かあると、俺がマドカ達に殺されかねないんだ。俺を助けると思って、もうちょい自分を大事にしてくれよ?』

 

 

「分かった、遠慮なく無茶してくる」

 

 

『オイ』

 

 

「ははは、冗談だよ。心配してくれてありがとよ、相棒…」

 

 

『ふん、分かりゃいいさ。そんじゃとっとと仕事始めて、とっとと終わらせようぜ?』

 

 

「おうよ」

 

 

 

 先日のレゾナンスでの事と言い、日頃の行いと言い…いつもアホばっかやってるが、こういう所は本当に頼もしい。そんな風に相棒兼親友のことを評価しながら、俺は目的地へと歩みを進めた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「で、そっちは大丈夫そう…?」

 

 

『今のところは、ですね。俺としては其方の方が心配ですが…』

 

 

 

 多くの観客に紛れ込みながら、キャノンボール・ファスト会場の観客席にて本日の作戦の打ち合わせをするスコール。何食わぬ顔でISの通信機を使いながら共に話し合っているのは、さっきまでセイスと会話していたオランジュだ。

 

 

 

「あら心外ね、私がヘマをするとでも思ってるの…?」

 

 

『無論、姉御がミスするとは思ってませんよ。俺が不安なのはエムの方です…』

 

 

「……あぁ…」

 

 

 

 そう言って視線だけを隣にチラリと向けると、目立たない程度に変装したエムが居た。自分と居る時はセイス達と居る時と違って無表情だが、今日は特に無機質で機械的だ…

 

 エムは織斑千冬を憎んでいる。そんな彼女の目の前に、その弟である織斑一夏を晒すのだ。本人は織斑一夏を眼中にないと公言していたが、先日は眠ってる彼に銃口を突きつけたと聴く。ぶっちゃけ、今回も何を切っ掛けに暴走するか分からないと言っても過言では無い…。

 

 

「まだ彼には利用価値があるから、うっかり激情に任せて殺されると困るのよね。だからと言って、自分に『命を握られてる』と言い聞かせながら私の命令を聞いてるあの子が、無闇にそう何度も馬鹿な真似はしないと思うのだけど…?」

 

 

『どうでしょうかね?この前報告した彼女とアイツの事を考えるに、気は抜かない方が良いかと…』

 

 

「彼(フォレスト)の言う通りになるとでも…?」

 

 

 

 思い出すのは、先日フォレストに告げられた“とある事実”。その事実をスコールは半ば信じられなかったが、彼が一緒に持ってきた証拠が決定打となった。実は今回のキャノンボール・ファスト襲撃による目的は、この事実とやらに対する決着も含まれていたりする。勿論セイスが現在進行形で行ってる学園最深部への潜入も重要だし、スコールにとっては此方がメインだ。しかし、此方のサポートを買って出たフォレスト達にとっては少し違うらしい…

 

 

 

『本音を言えば、俺もにわかには信じられませんよ。ですが今まで旦那が直接口出した物事って予測が外れた試しがありませんし、何より今日はいつにも増してマジでした。だから多分…』

 

 

「……確かに、無視は出来ないわね…」

 

 

 フォレストが裏社会で一目置かれていたのはISが世に出回る前だが、女尊男卑の風潮に染まったそれ以降も彼の権威は下がるどころか上がった。幾らこんな世の中になったとは云え、ISの適正が企業や政府の要職に着く条件になる日はまだまだ来ないだろう。それはこの裏社会においても同じであり、何より組織内において策謀と人脈で彼に勝てる者は居ないに等しい…

 

 

 

『それに姉御、説得力無いかもしれませんが……アイツは俺以上に大馬鹿野郎な時があるんで…』

 

 

「本当に説得力の欠片も無いわね、阿呆専門君…」

 

 

『……姉御にまで言われた…』

 

 

 

 何にせよ、自分はいつも通りにすれば良い。そうすれば勝手に全て終わるし、解決する。それに幾らフォレストの言葉だと言っても、流石にそんなことが起きるとは思えないのだ…

 

 

 

『ん?ちょっと失礼……どうした?………げ、マジかよ……少し待ってろ…』

 

 

 

 と、その時…無線機越しのオランジュが誰かと話し始めた。相手はセイスだと思うが、どうかしたのだろうか?

 

 

 

『あ~姉御、襲撃予定時刻をちょいとばかし遅らせて貰えませんか…?』

 

 

「何かあったの?」

 

 

『少し面倒なのが出たそうで…』

 

 

 

 ため息交じりに発せられたその言葉は、本当に面倒くさそうだった…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

「……楯無の差し金か…」

 

 

 

 最深部の場所も行き方も既に分かっていた。一応関係者専用のエレベータがあるのだが、それを使うなんて馬鹿な真似はしない。幾らISすら騙せるステルス装置を持っていようが、人間の目には普通に映ってしまうのだ。エレベーターの扉が開いた瞬間にバッタリ鉢合わせするなんて状況、考えたくも無い…

 

 てなわけで現在俺は、無数に伸びた通気口(ダクト)の中から目的地に繋がるモノを選び、その中をズリズリと這いながら最深部を目指していた。途中、下へ直角に向いてる部分に差し掛かった時は何度か死に掛けたが…いや、何度か意識が跳んだことを考えるに何度か死んだかもしれない。流石に50Mからの急落下は痛かった…

 

 そんな感じで苦労しながら、漸く関係者専用のエレベーター出口が見える場所…つまり最深部である『レベル4』の入口に辿り着いたのだが……

 

 

 

「やっぱエレベータ使わなくて正解だったな…」

 

 

 

 俺はまだ天井裏から降りておらず、換気口から下を見下ろす様な形で様子を窺っているのだが……嫌なものが視界に映りこんできた…

 

 

 

「ったく…嫌がらせにも程があるぞ、アメリカ野郎……」

 

 

 

―――エレベーター前にバリケードを築き、中々の完全武装で身を包んで待ち構える『ティナ・ハミルトン』が居た…

 

 

 

「M16って……軍用ライフルの持ち込みなんて良く許可したな、IS学園よ…」 

 

 

 

 ちゃんとした所属先も後ろ盾もあるし、不可能で無いと言えば無いが滅茶苦茶だ。学園の制服の上に防弾チョッキを装着してる上に、しっかりヘルメットまで着用してやがる。良く見れば小銃だけじゃなくてハンドグレネードまで所持しているし……何故かISと向かい合った時より危険に感じるから不思議だ…

 

 

 

「…ギリギリ手前なんだよな、ココで降りると……」

 

 

 

 一端オランジュとの通信は切り、気配は完全に消しているので今はまだ気付かれてはいない。真上や背後に降りれれば儲けものだが、生憎と彼女の前方10Mの地点に着地する事になりそうだ。しかも普通の兵士や警備員ならまだしも、相手はCIA期待の超新星。その位の間合いなら、俺に全弾叩き込むなんて余裕だろう…

 

 しかし、何度見ても準備が良すぎる。さしずめキャノンボール・ファストの方に駆り出された楯無辺りが保険の為に彼女を残したのだろう……多分、脅して…

 

 

 

「……仕方ねぇ、覚悟決めるか…」

 

 

 

 さっきオランジュに無茶するなと念を押されたばかりだが、早速やぶらせて貰おう。何より、これ以上うだうだ考えてばかりいたら計画に支障が出るし、マドカやスコールの姉御に迷惑が掛かる…

 

 

 

「そんじゃ…行きます、か!!」

 

 

 

―――ガシャアァンッ!!

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 出来るだけ大きな音を立てながら換気口を蹴破り、天井から飛び降りた。虚を突かれたティナは一瞬だけ驚いた様子を見せたものの、すぐに表情を引き締めて此方にライフルの照準を合わせてくる。

 

 

 

「ところがどっこい!!」

 

 

「クッ…!?」

 

 

 

 着地するや否や蹴破った換気口の蓋を手に取り、思いっきりブン投げてやる。メジャーリーガーの全力投球並の速度で放たれたそれはティナのライフルに直撃し、俺に向けられていた銃口を逸らした…

 

 それでもどうにかティナは必殺の銃弾を放つべく、再度俺に狙いを着ける。それを逸らすことが出来る物はもう落ちて無いが、今の隙にそこそこ間合いは詰めれた。これだけ近けりゃ、俺にとっては充分だ…

 

 

 

―――タタタタタタッ!!

 

 

 

 漸く俺に狙いを絞ったライフルが火を吹いた。放たれた銃弾は俺の左肩に何か所か穴を空けたが、問題は無い。しかし中~遠距離の間合いを得意とするその銃で、しかもこんな至近距離で俺に当てたのは流石というべきか…

 

 

 

「けど、そこまでだ!!」

 

 

「クッ…!?」

 

 

 

 無事だった右腕を使い、少し本気で殴りつける。ティナは咄嗟に小銃を横に構えて何とか防いだが、その威力が想像以上だったようでかなり険しい表情を見せていた。吹っ飛びはしなかったが、ティナが衝撃で動けない内に俺は小銃を彼女の手から引っ手繰るようにして奪った。そしてそのまま彼女の足に銃口を向けて…

 

 

 

「ちょ、いきなり撃つ気!?」

 

 

「無論」

 

 

 

―――タンッ!!

 

 

 

「……ん…?」

 

 

 

 俺が引き金を引いた時には既に、彼女はその場から飛び退いていた。避けられ事に舌打ちをしながらも、すぐに狙いを着け直した時に違和感を覚えた。そして、念のため手に持った小銃にチラリと視線を移すと再び舌打ちをしたくなった…

 

 

 

「……流石だな、おい…」

 

 

「全く信じられないわ…か弱い女の子の足に向かって躊躇なくトリガー引くなんて……」

 

 

「そんな恰好してる上に、あの僅かな瞬間にマガジン引っこ抜く女をか弱いとは呼ばねぇよ…」 

 

 

 

 まだそれなりに弾が入っていた筈のマガジンは、少し離れた所で此方と向かい合ってるティナの手にあった。どうやら、小銃を奪われる寸前に抜き取ってアレ以上撃てないようにしたらしい…

 

 

 

「一応訊くが、ここに居る理由は楯無か…?」

 

 

「政府経由で生徒会長に依頼されたのは確かだけど、それ以前に上の事情よ」

 

 

「あぁ、そう…」

 

 

 

 アメリカは俺の生存を知ってはいたが、行方はさっぱり掴めていなかった。精々、俺が亡国機業に所属している事ぐらいしか分かってなかったのだろう。だが最近は活動拠点を持ったせいか、ある程度は行動範囲を把握出来たのかもしれない。先日の学園祭のこともあるし、それ以前に楯無と何度か接触しているから当然と言えば当然か…

 

 

 

「で、俺を処分でもする気か…?」

 

 

「場合によってはね。けど…ちょっと試すように言われてる事があるから、そっちが先ッ!!」

 

 

 

 そう言った瞬間、ティナは一瞬で拳銃を抜き放って俺に撃って来た。乾いた銃声と共に鉛弾が俺に向かって飛んでくるが、その前にそこから飛び退いて射線から退避する。

 

 

 

「あら、ライフル弾は平気なのに拳銃弾は避けるのね!!」

 

 

「思わせぶりなセリフを吐いといて良く言うな!!」

 

 

 

 彼女の言う通り、さっきライフルで貫かれた肩は体内のナノマシンによって既に塞がれている。今までの経験上、普通の鉛弾で俺は簡単に死ねないと自負している。しかしそれは、あくまで“普通の鉛弾”場合、だ…

 

 ティナは上司から貰ったデータや、今回のことで俺の再生能力の高さはとうに理解出来ている筈である。にも関わらず彼女は、ただの拳銃にしか見えないそれを俺に向かって撃ってくる。ということは、何かしらの対策を練って来ていると思っても良いだろう。そもそも『試すように言われてる事』というのが何なのか凄く不安だ…

 

 

 

「てなわけで、さっさとケリ着けさせて貰うぜ…!!」

 

 

「んな…!?」

 

 

 

 数えて6発目の銃弾を避けたのとほぼ同時に全力で駆け出し、ティナの方へと一気に迫る。さっきまでやや加減しながら動いてた為、俺の予想以上の動きの速さに対応出来ずに明らかな隙が出来た。すかさず弾切れ状態の小銃を横薙ぎに振るい、彼女の右手から拳銃を弾き飛ばす。そして、そのまま更に小銃を振りかぶり…

 

 

 

 

―――タタンッ!!

 

 

 

 

「……へ…?」

 

 

 

 

―――振り下ろす前に、両膝を撃ち抜かれた…

 

 

 

 

「ぬおおおぉぉッ…!?」

 

 

「……ぎ、ギリギリだったわ…」

 

 

 

 膝の皿が割れるどころか木端微塵になった感覚に不意打ちされ、思わず崩れ落ちる。何とか視線を上に向けると、さっきとは逆の方の手に銃を握っているティナが見えた。どうやら予備の拳銃を隠し持っていたようで、それに至近距離で撃たれたらしい…

 

 

 

「勘違いしてるみたいだから言っとくけど、本命は今の方よ…?」

 

 

「…何?」

 

 

「そろそろ気付くんじゃない?何かが変だって…」

 

 

「いったい何を言って……ッ!?……テメェ、まさか…」

 

 

 

 よく見ると、今彼女の手に握られているのは普通の拳銃では無かった。銃口は縦向きに二つあるが、グリップにマガジンを装填する部分が見られず、二発しか装填出来ない代物のようだ。明らかに使い難くそうなソレは、どう見ても普通の銃では無かった。

 

 

 

 

―――そして何よりも、撃たれた両膝が何時まで経っても再生しないのである…

 

 

 

 

「ちょっと失礼」

 

 

 

 

―――タンッ!!

 

 

 

「ぐッ…!?」

 

 

「……成功のようね…」

 

 

 

 何時の間にかさっき弾き飛ばした拳銃を拾い上げてきたティナは、今度はそれで俺の片肘を撃ち抜いた。身体を貫く慣れた感覚の後に、いつもなら速攻でやって来る筈の欠損した部分が治癒していく感覚。

 

 

 

―――そのいつもの感覚が、無い

 

 

 

 

「……技術部の新作か…」

 

 

「そうよ。あんたのナノマシンンの活性を阻害する、人外対策の切り札よ。本当はドイツの『遺伝子強化素体』対策のために開発されてたらしいけど…」

 

 

 

 これは本当に面倒なことになった…この状況、下手をすれば俺は死ねる。何とも情けないことになったもんだ、後でオランジュやマドカ達に何て言われることやら……

 

 

 

「さてと、ちょっとお話しない…?」

 

 

「……何だ?化け物に対して、人間様の有り難い御言葉でも聴かせてくれんのか…?」

 

 

「さぁ?どう思うかはあんたの勝手だけど、一応上司から言う様に指示受けてるのよ」

 

 

「…?」

 

 

 

 そこで言葉を切り、用心の為か拳銃の弾倉を取り換えるティナ。ここ最近IS持ちと雑魚ばっか相手にしてたせいか、自分に対して最初から最後まで手を抜かない実力者を相手にしたのは本当に久し振りだったので油断したのかもしれない。いつも相手の慢心に付け込んでた分、本当に情けない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなた、CIAに入らない…?」

 

 

 

 

―――今、何て言った…?

 

 

 

 

「……おたくの上官は馬鹿か…?」

 

 

「いや正直言って悔しいけど、貴方の実力は確かなものじゃん。事前に見せられたあんたの亡国機業のエージェントとしての実績の数々は、そうそう誰でも真似出来る者では無いもの…」

 

 

「俺はテロリストだぞ…?」

 

 

「元犯罪者な局員なんて、うちには腐る程居るわよ。それに非合法局員枠だってあるし?」

 

 

 

 それほど俺の実力を高く買ってくれているというのは、満更でも無い。だが生憎、俺は今の居場所が好きでしょうがないのだ。それに何より…

 

 

 

「……今更この俺が、テメェらの国に協力すると思うか…?」

 

 

「一応、あんたの国でもあるんじゃないの…?」

 

 

「ぬかせ、ボケ」

 

 

 

 あぁそうだとも、実際アメリカで作られた俺はアメリカ出身ってことになるんだろうよ。作り物である俺に、人権が与えられるかは怪しいが…

 

 だが出身者だからと言って、俺に散々な記憶ばかり植え付けたあの場所に忠誠を誓えとかナンセンスにも程がある。しかも俺がスペインの辺境地に廃棄された後、フォレストの旦那に拾われるまでの間に政府の連中は俺を捜そうともしなかった……当時まだ6歳だった頃の俺が、あの国を独りで彷徨ってた時にだ…

 

 

 

「……仕方ないわ。あんたの御機嫌取りの為の切り札、使うしかなさそうね…」

 

 

「切り札…?」

 

 

「えぇ…あんたの気が一瞬で変わるかもしれない、とっておきのよ…」

 

 

「はッ、お前らが用意できるものなんてたかが知れてる。俺の勧誘は諦めて、とっとと…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――『先生』の居場所を教えてあげる…

 

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 数年ぶりに耳にしたその言葉に、思わず身体が凍りついた様に強張った。『先生』なんて呼ばれる人間は、この世界に星の数ほど存在する。だけど、俺が『先生』と呼んだ人間は今までに一人だけ…

 

 

 

「……本当みたいね、あんたにとって『先生』は大切な人間であるというのは…」

 

 

「ッ……何が大切だ…アイツは俺にとって最も殺したかった人間だ!!俺から奴らをぶち殺す機会を永遠に奪ったクソ野郎だッ!!」

 

 

 

 まるで咆哮のような大声が自然と出てくるが、無理も無い。言葉の通り、アイツは俺にとって最も殺したい奴だったから。だけど…

 

 

 

「だけど、アイツは死んでいる筈だ!!他の奴らと同様に、違法研究が発覚して政府に摘発される際に抵抗して死んで…!!」

 

 

「あんたにとって関係ないかもしれないけど、彼女は少し事情が違ったの。今は政府が管理する病院で寝たきりよ……あんたに人間らしさを教えた、『シェリー・クラーク先生』はね…」

 

 

 

 

 

 『シェリー・クラーク』…研究の一環として人造人間である俺に“人間らしさ”を植え付けるべく、俺の教育役を担当した女……そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――証拠隠滅の為に、俺をスペイン行のコンテナにぶち込んだ張本人だ…

 

 

 




『先生』が直接関わってくるのは、この後の鬼門である『マドカの一夏襲撃』が終わってからになります…


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置き土産 後編

時間ギリギリ…


 

 あの日最初に耳にした音は、自分が収容されている監禁室の扉が乱暴に開かれる音だった。また誰かが自分を嬲りに来たのかと思って視線を向けると、扉越しに立っていたのは自分にとって特に見慣れていた人物の…

 

 

「……先生…?」

 

 

「……。」

 

 

 淡い金髪をロングで伸ばしており、他の奴らと同様に白衣を纏った20代後半の女性…『シェリー・クラーク』である。彼女はこの狂った施設で唯一暴力以外の方法を用いて接触してくる人であり、自分が知る中で最もマシな人間であった。彼女が教育と称して教えてくる物事は多少なり面倒くさいと感じるものも多かったが、楽しかった時もあった…

 

 だがこの人は、自分の部屋に来るなんてことは今まで一度も無かった筈だ。いつもは守衛辺りが殴り起こしに来て、そのまま引き摺られるようにして彼女の部屋に連れて行かれるのが常である。

 

 なのに何で今日は、険しい表情を浮かべながら息を切らして立っているのだろうか…?

 

 

 

「……来なさい…」

 

 

「え…?」

 

 

 

 言うや否や彼女は俺の腕を取り、監獄にありそうな固いベッドで寝ていた俺を強引に引っ張り出した。訳が分からず俺はただ戸惑うしか無かったが、無視するようにして彼女は俺を部屋の外へと連れ出す…。

 

 すると、外に出てみて漸く異変に気付いた。いつもなら不気味な位に静かなこの研究施設が、尋常じゃ無いくらいに喧噪に包まれていたのだ。警報装置は鳴りっ放しな上に、チーフや他の研究員たちの怒号や悲鳴が次々と聴こえてくる…

 

 

 

「……先生、何があったの…?」

 

 

「いいから黙ってついて来なさい」

 

 

 

 俺の疑問にそれだけ答え、彼女はそれっきり何も語らない。言いようの無い不安感に襲われ、思わず逃げようかとも考えたがすぐに諦めた。これまでも何度か脱走を試みたが、一度たりとも成功しなかったからだ。しかも奴らとて馬鹿では無く、データを取る時以外は俺が全力を出せない様ナノマシンに機能制限を掛ける薬品を定期的に投与している。この薬品が一端切れるまで、あと半日は掛かるだろう…

 

 

 

「おい、クラーク!?まだ終わってなかったのか!?」

 

 

「……チーフ…」

 

 

 

 背後から投げかけられた野太い声。振り向けば、俺を苦しめる野郎たちの纏め役が立っていた。よほど慌てていたのか、髪はボサボサで髭は全くもって剃れてない。腕にはやたら文字がびっしり書かれた書類を無数に抱えている…

 

 

 

「早くしろ!!出来るだけ証拠を消さないと、俺達は永遠に豚箱行きだ!!」

 

 

「分かってます…」

 

 

「特に“ソイツ”の存在なんて言語道断だ!!絶対に処分しろよ!?」

 

 

 

 

―――『処分』と…チーフは俺の事を指差しながら、ハッキリとそう言った…

 

 

 

 

「はい、勿論です…」

 

 

「俺とヘンリーで可能な限り時間は稼ぐ!!その間にお前はソイツを確実に処分しとけ、いいな!?」

 

 

 

 それだけ言ってチーフは踵を返し、さっさとその場から立ち去っていった。だが、その時の俺は何も感じることも考えることも出来なかった…

 

 

 

―――処分…?

 

 

―――俺は、処分される…?

 

 

―――まだ、何もアイツらに仕返し出来て無いのに…?

 

 

 

 

「……行くわよ…」

 

 

「い、嫌だ…!!」

 

 

 

 何とか逃げ出そうと抵抗してみるが、ナノマシンの力を抑制されたその時の俺は普通の子供と大差ない力しか持ってない。先生に掴まれた腕を振りほどくことも出来ず、そのまま引っ張られるようにして連れて行かれた…

 

 

―――忘れることが出来ない、あの忌々しい最後の記憶の場所へ…

 

 

 

「……着いたわよ…」

 

 

 連れて来られたのは幾つもの大型コンテナが鎮座する、この研究施設の第三倉庫。第一、第二倉庫の物資が陸路で送られた物を収容する場所であることに対して、この第三倉庫は空輸…つまり輸送機によって運ばれた物資を収容する場所だ。

 

 そして俺の目の前にこれ見よがしに大きなコンテナが一つ、大きな口を開いて佇んでいた…

 

 

 

「さぁ、中に入りなさい…」

 

 

「い、嫌だ…」

 

 

 

 まるで自分を喰らおうとしている様な目の前のコンテナも、いつもとまるで雰囲気が違う先生も、何もかもが怖かった。逃げ出す方法を考えることさえ放棄した俺は、ひたすら嫌だを連呼することしか出来なかった…

 

 

 

「……とっとと入りなさい…!!」

 

 

「嫌だ…!!」

 

 

「ッ…我が儘言ってないで早く!!」

 

 

「嫌だ、まだ処分なんてされたくない…!!」

 

 

「あなたに選択肢なんて無いのよ!!」

 

 

「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……!!」

 

 

「あなたに居られると私が困るのよッ!!」

 

 

「嫌、だッ…!!」

 

 

「いい加減にしなさい!!さっさと…」

 

 

 

 

―――さっさと私達の前から消えなさいッ!!

 

 

 

 

「ッ…!!」

 

 

「ほらモタモタしないで!!」

 

 

「あ…」

 

 

 

 彼女の口から出たその言葉にショックを受けた俺は一瞬だけ抵抗を完全にやめてしまい、その隙に彼女は俺をコンテナの中に放り込んだ。それとほぼ同時にコンテナの口を閉じられ、外からガチャンと鍵を閉める音が響く。コンテナの中に放り投げられた時に頭を打ち、しかも当たり所が悪かったせいか意識はそこで途切れてしまった。

 

 だが意識を手放すギリギリまで、扉が閉められる間際に見たた彼女の顔が、ずっとチラついていた…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「……アイツは一体何処に居る…?」

 

 

「それはあんたの返事次第よ。で、どうなの?うちに来るの?」

 

 

 

 アイツらも随分と御手軽な方法で俺を処分しようとしたもんだ。幾らスペインとは言ってもド田舎の、それも人里から恐ろしく離れた場所にダイレクト投下しやがって……今思えば、あれが初めての外国ということになるのだろうか…?

 

 いや、それは置いといて…取りあえず辛うじて死にはしなかった。投下されるちょっと前に機能制限の薬の効果が切れ、コンテナと一緒にバラバラになったが再生能力の御蔭で一命は取り留めた。だが、それからが大変だった。何せ俺は英語しか教わっていなかったし、身寄りどころか金も持っていない。土地勘だって無いし、自分がスペインに居たという事実が分かったのも放逐されてから数年後の事だ。

 

 

 

「……随分とハードな人生送ってたみたいね…」

 

 

「簡単に言ってくれるな。もっとも、似たような人生を送って来た奴は組織に何人も居たけどよ…」

 

 

 

 何度も飢え死にしかけ、何度も獣に襲われた。運が悪い日には、近くの住民に獣と間違えられて猟銃の的にされた事もあった。食い物を求めて乞食の真似もしたし、そんな俺を狙ってくるチンピラや不良をボコボコにした日もあれば、逆に大人数でフクロ叩きにされたりもした。

 

 

―――だが何よりも、一番辛かったのは…

 

 

 

 

「で、そろそろ返事を聞かせてくれると嬉しいのだけど…?」

 

 

「……感傷に浸るくらいさせろよ…」

 

 

「こっちはキャノンボール・ファストの観戦を諦めてまで仕事してるのよ?文句言わないで」

 

 

「そーですか…」

 

 

 

 せっかちな奴め……だがもう少し、もう少しだけ時間が稼げれば良いのだが…

 

 

 

「何か企んでるみたいだから、次にイエスかノー以外で返事したらもう二、三発撃つわよ…?」

 

 

「……イエス…」

 

 

 

 前言撤回、いい加減にやるとするか…

 

 

 

「返事は『ノー』だ」

 

 

「……理由は…?」 

 

 

「アイツが生きていると分かった今、直々に殺しに行きたいのは山々だが……亡国機業を立ち去ってまでやろうとは思えないんでな…」

 

 

  

 確かに願っても無いチャンスなのは間違いない。最早完全に諦めかけていた復讐を、それも一番憎んでた奴に出来るかもしれないと考えると気持ちが昂る。しかしその為に亡国機業を抜けることを想像してみた瞬間、その高揚感は嘘の様に消えた。これが何を意味しているのかは、言うまでもない…

 

 

 

「確かに嬉しい報せだったよ、御蔭で人生の楽しみが増えた。ただ今の俺の優先順位にとっては、そんなに大事なことじゃ無い……アイツに対する御礼参りは、またの機会にするさ…」

 

 

「……その機会とやらがあると思ってるの…?」

 

 

 

 目の前の拳銃が露骨にカチリと音をたてる。俺がちゃんと状況を理解しているのかどうかを疑うような表情を浮かべ、ティナは半ば呆れたように溜息を吐いてみせた。勿論こんな状態で動けば目の前の銃で確実に撃たれるし、避けられないだろう。それを踏まえて尚、敢えて言わせて貰う…

 

 

 

「あぁ…当然、な!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 辛うじて無事だった左腕で床を殴りつけるようにして勢いを付け、強引に立ち上がる。撃ち抜かれた両膝は依然として塞がっておらず、さらには上手く足に力が入らなくて後ろによろけてしまった。すかさずティナは俺に向かって銃弾を数発放ち、その全てが俺に命中する。銃撃の衝撃で更に後方へと下がり、最終的にエレベーターに背を預け寄りかかる形となった。

 

 

 

「何をする気か知らないけど…!!」

 

 

 

 これ以上悪あがきはさせまいとばかりに、彼女は弾倉に残った分を弾切れになるまで一気に撃ってくる。やはりというか腕は確かな様で、俺の動きを封じるべく手足の関節を集中的に狙ってきた。その全ては一発残らず命中し、並の人間なら泣き喚いて相手に許しを請うレベルの痛みが俺を襲ってくる。しかし…

 

 

 

「…この程度、とうの昔に受け慣れてんだよ……!!」

 

 

 

 歯を食いしばり、激しく痛む両足に鞭打って軽くジャンプした。俺がまだ動けたことに驚愕するティナを余所に、そのまま浮いた両足の裏を背後の壁にピタリとくっつける。そして撃たれた事によって絶賛損傷中の足をパキポキと悲鳴を上げさせな、銃創から血を盛大に流しながら力を込めて…

  

 

 

「ロケット頭突きいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃッ!!」

 

 

「嘘で…ぐはッ!?」

 

 

 

 負傷した足に自分でトドメをさしながら勢いを付けた渾身の突貫攻撃は、俺から20M以上離れた場所に立っていたティナに見事に直撃した。本気でやったその一撃は、防弾チョッキを付けた彼女を凄まじいスピードで反対側の壁に叩き付け、そのままズルズルと床に崩れ落ちさせることに成功する…

 

 うちの無敵超人と名高いティーガーの兄貴を一度だけダウンさせたことがあるそれを受けたティナは、驚愕と唖然が混ざったような表情を浮かべ、突撃した勢いが無くなって床に伏している俺に視線を向けてきた。そして、息も絶え絶えに言葉を紡ぎ始めた… 

 

 

 

「ま…だ、特殊弾の…効果は続い、てる筈じゃ…?」

 

 

「何だ、やっぱり効果時間に限りがあったのか……あぁ安心しろ。絶賛出血中だから、多分まだ効いてるんじゃないか…?」

 

 

 

―――もっとも…その効果とやらも、すぐに終わると思うが……

 

 

 

 日々あらゆる場所から取り入れ、盗み出す事を繰り返した結果、亡国機業の科学力は世界規模で見てもトップクラスのレベルになっている。そんな場所に身を置きながら、その技術の恩恵を受けない理由なんてある筈が無い。当然ながら、ただでさえ凄まじい再生能力を持っていた俺のナノマシンは組織の手によって改造済みである。

 

 基本的な性能の向上は勿論の事、ティアに撃たれた特殊弾に対する対策も既に終わっている。そろそろ体内のナノマシンが、撃ちこまれた異物に対する免疫を造り終える筈だ。後2分もすれば酷使した身体も元に戻る事だろう…

 

 

 

「……じゃあ…何で、動けるの……よ…」 

 

 

「あ?そんなの決まってる…」 

 

 

 

 

―――ただの痩せ我慢だ… 

 

 

 

 

「ほんと…滅茶苦茶、よ…あんたは……」

 

 

「誰だって6年間、毎日身体に鉛弾ぶち込まれたら嫌でも慣れるっての……ま、今度会う時は機関銃(ミニミ)でも持ってくるこったな…」

 

 

「はは…覚えとく、わ……」

 

 

 

 それだけ言ってティナは意識を失い、完全に沈黙した。何も身に着けて無かったら内臓破裂位してたかもしれないが、相手はプロな上に防弾チョッキも装着してたから大丈夫だろう。下手に殺すと彼女の上司や楯無…それどころかIS学園そのものが本腰入れて俺を殺しにくるかもしれないので、出来るだけ殺人沙汰は避けときたいのが本音だ。

 

 

 

「おぉ、痛ぇ…」

 

 

 

 倒れた体勢のまま左腕を乱暴に振ると、鉛色の塊が飛び出てカラカラと音を立てながら床を転がっていった。もしかしなくても、さっきティナに撃ちこまれた弾丸である。異物を取り出した左腕で身体をゆっくりと起こし、残った手足も同じ様にして弾丸を取り出す。胴体に撃ちこまれたものは、後で隠し部屋に戻った時にでも取り出すとしよう…

 

 

 

「しかし、今更になってアイツがなぁ……ククッ…!!」

 

 

 

 これは本当に思いもよらない収穫だ。かつての俺をフォレストの旦那と出会うまで支え、生きる目的となってくれた復讐への執着。だが施設の奴らが一人残らず死んだと聞かされた途端、それは決して叶わぬ…それでいて無意味なモノへと成り下がった……

 

 

―――何もかも全て、アイツのせいだ…

 

 

 そんな気持ちが俺の中を占めたが、アイツも死んでいるという事も同時に聞かされた。それ故に俺は、何を理由に、何を目的に生きればいいのか分からず、まるで抜け殻のように無気力な毎日を送る事になったのだが…

 

 

 

「クククッ……ヒャアアアァァハハハハハハハハハハハハハハハッ!!最高だ…!!」

 

 

 

 感情の高ぶりが抑えられず、誰かが聴きつけてやって来るかもしれないことも忘れて笑い出す。すっかり消えていたと思ったあの時の感情に、再び火が灯ったようだった……しかし、それでも… 

 

 

 

「ハハハハハハハハハハッ!!……あぁでも、暫くは無理だな。一夏の監視って何時までやらなきゃいけないんだ?病院で寝たきりとか言ってたが、この仕事やってる最中に死んだりしないだろうな?……“出来れば”俺の手で葬りたいが…」

 

 

 

 そう、“出来れば”…今の俺にとってはそのレベルだ。二度と叶わないと思ったことが実現出来るかもしれないのだ、嬉しくないと言ったら嘘になる。だが、そこまで執着する気にはなれない。今の俺には生きる理由と目的が、何より欲しかったものが充分過ぎる位にある。それを脅かすことになるのならば、復讐(こんなもの)なんて簡単に諦めるかもしれない。

 

 

―――だって、今の俺が大事にしているモノは…昔から俺が欲したモノは既に…… 

 

 

 

「……まぁ良いさ、取り敢えず帰ったら姉御に訊いてみるか…」

 

 

『何をだ…?』

 

 

 

 そう呟いたのとほぼ同時に、一時的に通信を遮断しておいた無線機から声が響く。相手は当然ながら、オランジュだった… 

 

 

 

「ん、オランジュか。待たせて悪かったな…」

 

 

『その口振りからすると、片付いたみたいだな。姉御たちに襲撃開始して貰って平気か?』

 

 

「あぁ、大丈夫だ。ちょいと複雑な置き土産があったが、既に問題無い」 

 

 

『置き土産?楯無が置いて行ったCIA局員ってか…?』

 

 

 

  気を失ってるティナにチラリと視線を向けてそう返事をすると、オランジュは怪訝そうな口調で訊ね返してきた。それに対して俺は、自然と口角が吊り上るのを感じながら言葉を返す…

 

 

 

「それもあるが、違うな。もっと良いものだ…」

 

 

『良いもの…?』

 

 

「あぁ…」

 

 

 

 

 

―――死神が持っていき損ねた、忌々しい俺の過去だ…

 

 

 

 

『……何があったか知らないが、後で詳しい説明してくれよ…?』

 

 

「勿論だ…嗚呼、本当に気分が良い……」

 

 

 

 とは言ったものの、気分に反して俺の身体は限界のギリギリ一歩手前の様だ。既に再生能力は戻り、傷も治ったが如何せん身体が重い。何かしら摂取するなり休眠を取るなりすれば元通りになるとは思うが、逆に言えば何もしないといい加減に支障が出かねない…

 

 

 

「……これ終わったら飯食ってさっさと寝よう…」

 

 

 

 そうボヤいて俺は、マドカ達がキャノンボール・ファストの襲撃を開始した報告を耳にしながら学園最深部『レベル4』へと足を踏み入れた…。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 結果だけを述べるのであれば、忍び込んだ最深部にはそれ相応に価値のあるモノで溢れていた。春先に現れた無人機のデータ、臨海実習に発生した福音事件の詳細…その他にもこれまでIS学園に関わった、それでいて表沙汰に出来ない情報やデータが満載だった。最も危惧すべき人物は計画通り襲撃された会場への対応で手一杯だったようで、まるでこっちに気付かなかったようだ。

 

 その御蔭もあり、あの場所にあったデータの殆どをコピーという形で持ち出すことも出来た。マドカ達も襲撃現場から離脱出来たようなので、今回の作戦は見事に完遂できたと言って良いだろう。

 

 

 

「いやぁ、ここのところ失敗続きだったからなぁ。良かった良かった…」

 

 

「そういや姉御たち、銀の福音のコアを強奪するのも失敗したんだっけ…?」

 

 

 

 ここのとこ肝心な作戦を立て続けに失敗したせいもあってか、最近のスコール達はフォレスト組のサポートを一層頼るようになった事で旦那に頭が上がらない。学祭襲撃作戦において失敗の原因になった挙句ISを失ったオータムに至っては、新しいISを旦那に手配して貰うまでフォレスト組のパシリと化していると聴いた…

 

 

 

「それにしてもセイス…無茶するなと言った手前、いきなり無茶苦茶な真似しやがって。何で部屋に戻った早々に『俺の腹掻っ捌いて鉛弾取り出せ』なんて物騒なお願いしてくるんだ……」

 

 

「仕方ねぇだろ、相手が悪かったんだ…」

 

 

 

 自分でやっても良かったんだが、ちょっと疲れが溜まり過ぎたせいか手元が狂いっ放しだったのでオランジュに頼むことになった。因みに、再生能力のせいで俺の手術の類は少し面倒な作業になる。

 

 だって切開したそばから塞がるんだもん…

 

 身体から異物を取り出す場合、再生速度を落とせるだけ落としてから取りかかるのだが……大抵はこうなってしまう…

 

 

 

―――お、おい!!まだ何も見つけれてねぇんだけど!?

 

 

―――馬鹿野郎、さっさとやってくれ!!俺、麻酔が殆ど効かないんだから早くしないと…

 

 

―――あぁ駄目だ、塞がっちまった!!……すまん、また開くわ…

 

 

―――またかよ畜生ぉ痛てててててててッ!?

 

 

 

「……これだけはどうにかしたい、切実に…」

 

 

「行き過ぎた再生能力ってのも考え物だな…」

 

 

 

 ある程度のモノなら手術しなくても取り出せるし、他の怪我や病気に至っては心配する必要は無い。それでも時たま胴体の真ん中に入り込み、手術しないと取り出せない異物を身体に入れてしまう時がある。よく不老不死の化け物が出てくる話ってあるが、そいつらはどうなんだろうな…?

 

 

 

~閑話休題~

 

 

 

 

「そういえばさ、珍しくエムの奴がISを損傷させやがったぞ…?」

 

 

「……マジか…?」

 

 

 

 マドカの操縦技術は組織内でも指折りだ。その腕前は国家代表に匹敵しており、キャノンボール・ファストの参加した連中では勝てないだろう。あの場に居た者だと、唯一楯無だけは互角に戦えるかもしれないがスコールの姉御を相手にしていたと聴いたので違うだろう……と、なると…

 

 

 

「ラウラか…もしくはプライドと意地による、根性補正で強くなったセシリアにでもやられたか?」

 

 

「あぁ、半分正解」

 

 

「……半分…?」

 

 

 

 聴いたところによると俺の予想通り、土壇場でセシリアが『偏向射撃(フレキシブル)』を身に着けて一矢報いたそうだ。誇り高い彼女のことだ…自分の国の機体が奪われた上に、テロに利用されている事が許せなかったのだろう。学園祭でゼフィルスを纏ったマドカを目撃して以来、ずっと鍛錬を続けていたのを何度か見かけた…

 

 しかし、それは分かったが……半分正解とはどういう意味だ…?

 

 

 

「実はその後、一夏にライフル(スターブレイカー)を真っ二つにされてな…」

 

 

「……。」

 

 

「ぶっちゃけセシリアにトドメ刺そうとした時に、不意打ちみたいな形でやられちまったらしいけどな。まぁそのまま続けてたら、どうせエムがボコボコに返り討ちにしただろうけど……どうした、そんな神妙なツラして…」

 

 

「……いや、何でもない…」

 

 

 

 オランジュは分かってない…いや、スコールの姉御ですら分かってないかもしれない。マドカにとって、その事がどれだけの意味を持つのかを…

 

 

 

「……オランジュ、一夏達は自宅に居るんだよな…?」

 

 

「ん?あぁ、その筈だが…」

 

 

「ちょっと行ってくる…」

 

 

「あ、おい!?どうしたんだよ…!!」

 

 

 

 オランジュの制止を振り切り、俺は隠し部屋を後にする。時刻は既に夕方の5時…日が沈んできたせいか段々と空が暗くなってきていた。

 

 

 

 

「……こりゃ、死ぬかもな…」

 

 

 

 

 自然と俺の口から呟かれたその言葉は、誰に聞かれることも無く消えていった…




『マドカの一夏襲撃』に続く…


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真の愚か者 前篇(終盤修正)

最後の方をちょっと修正…


「……。」

 

 

 

 自分の携帯を取り出し、登録してある電話帳からとある名前を表示させる。もう一度だけボタンを押せばそいつに電話が発信される直前で指が止まり、思い直しては携帯を閉じてポケットにしまう…

 

 誰も居ない住宅地の通りで、マドカは何度もその動作を繰り返していた…

 

 

 

「セヴァス…」

 

 

 

 もう何回目になるか分からないその行動…自身の携帯のアドレス帳からセヴァスの名前を検索し、ディスプレイに表示させる。そして、何度も彼に電話をしようとしては思い留まる。

 

 

 

「……いや、やはり駄目だ…」

 

 

 

 これから自分がやろうとしていることは明らかな命令違反だ、スコールに命を奪われるのはほぼ確定だろう。それだけに飽き足らず、セヴァスにも迷惑が掛かるかもしれない…

 

 

―――何せ、監視対象である織斑一夏を殺すのだから…

 

 

 

「これ以上は無理だ…」

 

 

 

 完全なる自分の我が儘、完全なる自分の身勝手…それも本命である織斑千冬に対するものですら無く、一時的な感情に身を任せた中途半端なモノ。だけど、自分を抑えることは出来そうにない…

 

 例え確実に死ぬと分かっていても、セヴァスに迷惑が掛かると分かっていても、この衝動を抑えることなど出来やしない…。

 

 それでも、せめて…

 

 

 

「せめて何も知らずにいてくれれば、マシにはなるか…」

 

 

 

 もしもここでセヴァスに通信を繋げてしまえば、何かと悟られてしまう恐れがある。例え邪魔をされようが、彼に自分を阻止出来るとは思えない。だが織斑一夏の身に何かあった場合、その責任は奴を担当しているセヴァスに行くことになる。ましてや自分が奴を殺すのをむざむざ許す結果になってしまったら、彼は更に責められることになってしまうだろう…

 

 

 

「……そもそもセヴァスに言う必要なんて、無いじゃないか。遺言でも残す気じゃあるまいし…」

 

 

 

 そうだ、何を悩む必要があるというのだろう?彼に通信を繋げたからと言って、別に何かが進展する訳でも無い。むしろ悪い事にしかならない…

 

 

 

「……それとも…単純にアイツの声が聴きたかったのか、私は…?」

 

 

 

 セヴァスは自分にとって一番の理解者だ。形は少し違うが、同じ復讐者でもある彼は自分の事をよく分かってくれる。だからこそ誰よりも気を許し、誰よりも信頼していた…

 

 どこまで本気かは知らないが、私の復讐を手伝ってくれるとも言ってくれた。私が欲したモノを手に入れるまで、私の馬鹿に最後まで付き合ってくれると言ってくれた。例え酔いが回ってた故の戯言だったとしても、冗談だったとしても嬉しかった…

 

 だけど仕事に忠実であり、フォレストに恩を感じているセヴァスの事だ…流石に私の行動を見過すことは出来ない筈である。別にそれを咎めるつもりは無いし、そんな資格は私に無い。相手を裏切りをするのは、私の方だから…

 

 

 

「だけど、私は止まれないんだ…全ては、私が私たる為に……だからセヴァス、すまない…」

 

 

 

 まるで自分に言い聞かせるように呟き、彼女は奴が訪れるであろう場所へと歩みを進めた…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ったく…本当に自分の立場を理解してねぇな、あの能天気共は……」

 

 

 

 遊び盛りなのは結構なことだが、襲撃された日ぐらい自重したらどうかと思う。警備がそれなりに厳しいIS学園でならまだしも、自宅で誕生日パーティとか襲ってくれと言ってるようなものじゃないか…

 

 まぁ…IS所持者が一夏本人も含めて7人も居ることを考えれば、過剰戦力と言えなくもないか……

 

 

 

「あ、やべ…ちょっとフラフラしてきた……」

 

 

 

 貧血の様な感覚に襲われ、意識がスゥッと遠のいた。どうにか気合で踏みとどまり、織斑家の目と鼻の先でぶっ倒れるような真似を避けることに成功する。昼間はティナのせいで散々血を流す羽目になったので、当然と言えば当然である。さっきコンビニに立ち寄って軽く飯を食ったが、全然足りない…

 

 因みに今俺が居る場所は、一夏の自宅から民家4件分ぐらいの距離しか離れていない。何度かチョロチョロと奴の自宅前に近づいては戻り、近づいては戻りを繰り返している。一応、この行動には意味があるのだが…

 

 

 

「……つーか、いい加減に気付いてくれないと困るんだけどなぁ…」

 

 

「何が困るのかしら、不審者さん…?」

 

 

 

 

―――後ろを振り向けば、暗部最強(笑)さん 

 

 

 

 

「……何故か一瞬殺意が湧いたんだけど…」

 

 

「気のせいだ。にしても、やっと気付きやがったか…」

 

 

「一往復目で気付いたわよ、ただ抜け出す機会が無かっただけ。それにしても…」

 

 

 

 スッと目を細め、此方を睨みつける楯無。そしていつもの扇子を広げた…

 

 

 

 

―――『疑心暗鬼』

 

 

 

 

「……当然か…」

 

 

「えぇ、そりゃそうよ。何であんな中途半端に自分の存在を私に教えたのか、是非とも教えて貰いたいわ…」

 

 

 

 気配を完全に消すわけでも無く、かと言って殴り込みに行く訳でも無い。それは一般人には決して察知することは出来ず、軍人であるラウラでもギリギリ気付くことは出来ない微妙な加減。あれに気付くことが出来る者が居るとすれば、目の前の楯無くらいだろう……故意にそうしたのだが…

 

 

 

「ところで、織斑一夏は今どうしてる…?」

 

 

「さっき皆の飲み物を買いに行く為に、自分の部屋へ財布取りに行ったわ。早く戻らないと一人で行かれちゃうから、さっさと戻りたいんだけど…?」

 

 

「……そりゃ不味い…」

 

 

 

 思わず声に出してしまった。俺の様子を見た楯無はより一層怪訝な表情を見せ、此方を警戒し出す。正直やってしまった感はあるが、今更止まれない…

 

 

 

「これは…ちょっと余計な真似をしたかもしれないな……」

 

 

「何の話かしら…?」

 

 

「こっちの話…と言いたい所だが、生憎今回はそうも言ってられない……何せ、織斑一夏の生死に関わる事だからな…」

 

 

「ッ!?……どういうこと…?」

 

 

 

 内容が内容なだけに、流石の楯無も動揺を隠しきれなかったようだ。今ので完全に彼女の興味を惹く事に成功したと確信し、すかさず俺は言葉を続ける…

 

 

 

「いやちょっとな、織斑一夏の命を狙ってる奴…それもIS所持者が向かってるらしいんだ。当然、織斑一夏を殺す為に……」

 

 

「なッ…」

 

 

「組織の方針的にも、個人的にも、奴には当分死なれる訳にはいかないんだよ。てなわけで警告ついでに協力でも頼もうかと思ったんだが、余計な真似しちまったようだな…」

 

 

「……その話が本当である証拠は…?」

 

 

「無い」

 

 

 

 あるわけが無い、言える筈も無い。しかし、こうしてる間にも確実にアイツは一夏の元へと向かっているに違いない。故にここで楯無に信用して貰わないと、かなり困ったことになる。だから俺は、用意しといた切り札を早々に使うことにした…

 

 

 

「証拠は無いが……土産なら用意してやる…」

 

 

「……土産…?」

 

 

「あぁ、お前にとっても悪い話じゃないさ……今回の件が終わったら…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今回の件が終わったら、俺の身柄を拘束しろ…

 

 

「ハァ!?」

 

 

 

 おぉおぉ、見事な位に驚いてるな…否、呆れてるだけか。だが、中々に面白い顔になっている……

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 本当に…本当に今日の彼は何を考えているのか分からない。全く予想が出来ない分、不本意ながら見慣れた存在となってしまっていた彼を不気味に感じる…

 

 

 

「セイス君、本当に何を企んでるの…?」

 

 

「別に何も考えてないさ。俺はただ、織斑一夏の襲撃を阻止出来ればそれで良い…」

 

 

 

 それは実際のところ、本当かもしれない。現に今までも、彼は結果的に一夏を護る様な結果を残したり、堅気の人間を極力巻き込まない様に行動している。組織の方針と言う事もあるかもしれないが、そこだけは信用して良いと思う……しかし…

 

 

 

「……幾ら監視対象を守る為とはいえ、捕まって平気なの…?」

 

 

「最後は脱走する気だから構わない」

 

 

 

 

―――堂々と脱獄宣言しやがった、コイツ…

 

 

 

 

「流石の俺も態々捕まって、組織の情報をベラベラ喋るような真似はしないさ。そんなことしたら本末転倒も良い所じゃないか…」

 

 

「私にメリットが無いじゃない…」

 

 

「別にこういう状況じゃ無かったとしても、捕まったら全力で逃げるさ。そもそも、俺は組織の情報をやるは言ってない。それを手に入れる“チャンス”をくれてやると言ってるんだ…」

 

 

「……。」

 

 

 物は言い様とは良く言ったものだ。それっぽい事を言ってはいるが、そんな不確かなモノので普通は動く気にはなれない。しかし、良く考えてみると得をしないのは確かだが、損もしないと思えてきたから不思議である。幾ら脱走することを宣言したところで、一度捕まえさえすれば対策なんて幾らでも講じる事が出来る…

 

 

 

「早くしろよ。俺の予想が正しければ、そろそろ来る頃だ…」

 

 

「……ちょっと考えさて頂戴よ…」

 

 

「おいおい、考えてる暇なんて無いぜ?…そもそも何を悩む必要があるんだ?お前はただ俺の警告を意識しながら、いつものように仕事をすれば良いだけじゃないか……」

 

 

「罠かもしれないじゃない…」

 

 

「罠?罠なんて仕掛ける必要なんて何処にある…?」

 

 

 

 その通りなのだが、何か腑に落ちないのだ。いつもならこの彼の言葉一つ一つに込められた意味を探り、不安要素を確実に潰しておくのだが……如何せん、その時間が無い。こうしている間にも、護衛対象が命の危機にさらされる可能性があるのだから…

 

 

 

「……分かったわ。取りあえずは、あなたの事を信用する…」

 

 

「感謝する。」

 

 

 

 本当に不本意だが、背に腹は代えれない。それに罠だったとしても、敢えて正面から受けて立とうでは無いか。それが学園最強の名を背負うものとしての振る舞いであり、自分の矜持と覚悟である。

 

 

 

「で、何処に行けば良いのかしら…?」

 

 

「多分、奴なら織斑一夏の向かう場所に先回りしている可能性がある。そこに行けば良いだろう…」

 

 

「そう……だったら、急いだ方が良いわね…」

 

 

 

 彼が買い出しに向かった場所は、恐らく自宅から最寄りの自販機。よりによって、今自分体が居る場所とは真逆の方向である。モタモタしていたら間に合わない…

 

 急いで彼の元へと向かうべく、踵を返して動き始める。それに続くようにして、背後に立っていたセイスも自分について来る形で歩き始めた…

 

 

 

「あぁ、ところで楯無…」

 

 

「ん…?」

 

 

「ついでに一つ、頼みたいことがあるんだが…」

 

 

「内容にもよるけど、手短にお願いね。急げって言ったのはセイス君なんだから…」

 

 

「すまねぇな…じゃ、遠慮なく言わせて貰うが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ちょっと死んでくれないか…?

 

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 

 背後からそんな言葉が聴こえてきたと感じた時には既に、視界の上下が反転して夜空を見上げていた。凄まじい勢いをもって地面に叩き付けられたのだと理解した瞬間、遅れてやって来た衝撃と激痛が全身に走る。あまりの事に呼吸もままならず、声も出せなかったが己の本能が命の危機を警告してきた。それに従い何とか横に転がると、さっきまで自分の頭があった場所に何が振り下ろされ、コンクリの地面にヒビを入れていた…

 

 

 

「動くなよ、殺せないじゃないか」

 

 

 

 目の前のその光景に心から驚愕と戦慄を覚えたが、頭上から降って来た声と気配に脳内の警鐘が再度鳴り響く。身体に走る痛みを堪え、何とか身体を起こすと目の前に殺人的な速度で誰かの握り拳が迫っていた。慌ててガードするも、勢いを殺し切れずに数メートル程吹っ飛ばされてしまう…

 

 それでも学園最強の名は伊達では無く、無様に転がることなどせずしっかりと着地してみせた。その頃には痛みもある程度引き、呼吸も整っていた。そして目の前の相手を睨みつけるぐらいの気力も、既に取り戻していた…

 

 

 

「なに、を…?」

 

 

 

「『何を』だって?言わなきゃ分かんないか?」

 

 

 

 

―――目の前に居る、本物の殺意を向けてくるセイスを…

 

 

 

 

「……罠なのは覚悟してたけど、ちょっといきなり過ぎないかしら…?」

 

 

「ククッ…」

 

 

 

 いつもと明らかに違う雰囲気を纏った彼の口から出たのは、自分の言葉に対する返答では無くゾッとするような薄ら笑いだった。自然と身体が強張ったが、目の前の彼はそんことお構いなしだ…

 

 冷静になって考えたら私だけを誘い出す必要も、彼が自身の身柄を差し出す理由も無かった事に気付く。内容が内容なだけに思わず意識を向けてしまったが、まさかそれが狙いだったというのだろうか…?

 

 

 

 

「……笑ってないで何か言ったらどう?特に本当の目的とか…」

 

 

「ククク、ヒャアァハハハハァ!!……あぁすまない、俺って誰よりも大馬鹿野郎だったって事が改めて分かっちまったからな…それが可笑しくて可笑しくて仕方ないんだ。えっと、目的が知りたいって言ったか?目的、ねぇ……強いて言うなら、これが俺の『生きる理由』だからだ…」

 

 

 

 

 

 そう言ってセイスは再び狂ったような笑い声を上げ、その雰囲気を保ったまま言葉を紡ぎ続けた…

 

 

 

 

 

「奴らに対する『復讐』も旦那達への『恩返し』も、俺にとって充分な『生きる理由』に成り得た代物だ!!けど駄目だ、全然駄目だ!!今の俺が手に入れたモノと比べたら、どれもこれも取るに足らない!!……人によっては、狂ってると称されるかもしれないけどな。何せ…」

 

 

 

 

 

―――ただの口約束の為に、仲間も恩人も全て裏切ろうとしてるんだから…

 

 

 

 

 

 

「だけど、アイツに約束したんだ…テメェの馬鹿に最後まで付き合うって。その為に、全ての準備を整えてきた。旦那や姉御、それどころかアイツ自身の知らない所でコッソリな……」

 

 

 

 

 

 

―――自分は大馬鹿野郎で、最低の裏切り者。これを実行してしまえば、そうなることは避けられないだろう。それでも…

 

 

 

 

 

 

「でも今更後悔はしない。だって、それこそが俺の決めた『生きる理由』であり……」

 

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――俺のずっと『欲しかったモノ』、絶対に失いたくない『誰かとの繋がり』だからッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ISを持っているという絶対的な優位点を忘れさせる程の殺気を纏い、セイスは此方に向かって駆け出した。見慣れた存在である筈の目の前の彼は、今までに無い程の狂気と歓喜を瞳に宿らせており、まるで別人のように見えた…

 

 

 

 




無論、セイスの言う『誰かとの繋がり』の中にオランジュやフォレスト達も入ってます。けれど、色々な理由があって優先順位はマドカがブッチ切り。その理由とやらはその内に…

因みに、大馬鹿野郎は無策で来てません。それなりに策は用意してます…



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真の愚か者 後編

激闘決着!!……これ、もうタグに『残酷な描写あり』にしないと無理かも…;


 

 初めてアイツと出会った時、アイツは俺にこう言った…

 

 

 

―――誰の物でもなく、誰を連想させるわけでもない、“自分自身”を持っているお前が羨ましい…

 

 

 

 だけど、俺は逆にアイツの事が羨ましかった。だからこう返した…

 

 

 

―――感情を向けるべき相手を、歪だけどで固い絆を…“生きる理由”を持つお前が羨ましい…

 

 

 

 俺が心から欲した物をアイツは持っていて、アイツが望んだ物を俺が持っていて…その癖して互いにそれを疎ましく思っていて。何だか馬鹿馬鹿しくて、何が可笑しいのか分からないけど、いつの間にか二人で同時に笑っていた…

 

 

 それからだ…アイツと一緒に居るようになったのは……

 

 

 二人で喧嘩して、馬鹿やって、笑って…それに巻き込まれるように、時には巻き込むようにしてどんどん俺の周りに人が集まっていった。どんどん俺の周りが騒がしくなっていった…。

 

 

 何時の間にかその事に愛着を感じ、そして気付いた…

 

 

 

―――何だ…最初から全部、俺は持ってたじゃないか……

 

 

 

 知らぬ間に造られ、知らぬ間に捨てられ、知らぬ間に壊されかけ、そして知らぬ間にソイツらは全員死んでいた。俺に縁ある者達は全員、俺が生きる理由にした復讐を全うする前に消えちまった…。

 

 それを知った時、俺は自分の中から世界が消えてしまったと感じた。自分がやりたいことも、楽しいことも、嬉しいことも、自分を満たしてくれる何もかもが全部消えてしまったと思っていた…。

 

 

 

―――でも、本当は違った……何も俺の前から消えてなんか無かった、ただ見えなくなってただけだ…。

 

 

 俺を拾ってくれたフォレストの旦那達への恩返し、過去を鼻で笑ってやれるくらいに人生を楽しむという目標…『生きる理由』なんて、探せば幾らでも傍にあった。新しく『生きる理由』を見つける度に俺は満たされ、自分の生に喜びを見出すことが出来るようになった…

 

 口には最後まで出さないけど、それに気付けたキッカケをくれたアイツには心から感謝している。そして、誰に言われるわけでも無く俺は勝手に決意した…。

 

 

 

 

―――アイツが望んだ物を手に入れるまで、俺は最後までアイツの馬鹿に付き合おうじゃないか… 

 

 

 

 

 

 そう決めた時…俺は本当に欲しかった物を手に入れることが出来たと、心からそう思えたんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「ハハッ!!流石に二度も喰らってはくれねぇか!!」

 

 

「あまり舐めないで、よ!!」

 

 

 

 先手必勝とばかりに跳び蹴りを放ってきたセイスを、楯無は自身の専用機『ミステリアス・レイディ』を展開して受け止めた。人外が脳のリミッターを外してまで全力で放った本気の蹴りは、流石にISの椀部装甲に罅を入れることは叶わなかったが、それ相応の衝撃を楯無の腕に伝えた。

 

 互いに一瞬だけその姿勢を維持したものの、楯無が腕を振り払うような形でセイスを突き放した。宙を舞った彼は着地するや否や、再度楯無に向かって突撃する。

 

 

 

「つーか、今日は最初から全展開か。生身の相手に容赦ねーなオイ!!」

 

 

「今まで散々出し抜いといて良く言うわね!!」

 

 

 

 一度目は相手の力量を見誤り、二度目は油断して取り逃がした。三度目と四度目に至っては思い出すのも嫌になる。だが、その全ての敗因は先程の彼の言葉…『生身の相手』という点だ。この世界、この時代においてISは最強の兵器だ。それは揺るぎ無い事実であり、どんなモノが相手でも例外は無い。

 

 だからこそ、IS所持者は目の前の彼を相手にする際に思ってしまうのだ…

 

 

 

―――生身の人間相手に、ISの全力を出す必要など…

 

 

 

 実際、どう足掻いたところでセイスはISに勝つことは出来ない。だがそれ故に、大抵の者は彼の実力を見誤ってしまうのだ…

 

 

 

―――人間を物理的に壊すことが出来るパワー

 

 

―――尋常では無い再生能力

 

 

―――そこらのプロとは比べ物にならない程の知識と経験

 

 

―――それを扱いきるだけの技術と知恵

 

 

 

 ISを持っているというアドバンテージが、この事実に向けるべき眼鏡を曇らせてしまう。何度も彼と対峙した楯無も、学園祭の時に遭遇したダリル・ケイシーとフォルテ・サファイアの二人も例に漏れず目を背けてしまったのだ。最初から全力を出せばセイスを取り逃がすことも無かったのに、ISでは無く“ISの装備だけ”で対処しようとしてしまったのだ。その程度なら、彼に充分対応できると思い込んで…

 

 それを理解した今、最早躊躇する理由等は無い…

 

 

 

「今日こそは逃がさない!!決着をつけましょ!!」

 

 

「ハッ、上等!!テメェのツラもこれで見納めだぁ!!」

 

 

 

 言葉と共にセイスは一気に間合いを詰め、再度全力で打撃を放ってくる。対する楯無は装備の中から蛇腹剣の『ラスティ・ネイル』を呼び出した…

 

 

 

「オラァ!!」

 

 

「ハァ!!」

 

 

 

 その瞬間、人外の拳と学園最強の刃による応酬が開始された。セイスは脳のリミッターを外し、ただでさえ馬鹿みたいな身体能力を限界まで上げながら打撃を次々と放っていく。その動きと速度は最早肉眼で捉える事は不可能であり、人間が受けたのであれば間違いなくスプッラターな光景が出来上がるだろう…

 

 対する楯無はISの補助は勿論の事、ハイパーセンサーまで起動してそれを迎え撃つ。比喩でも何でも無く殺人的なスピードで迫りくるセイスの拳…それを全ていなし、防ぎ、時には装甲で受け止めながら対処していく。小回りはセイスの方がきくのでやや防戦よりだが、まだまだ余裕だ…

 

 

 

「学園祭でオータムを白兵戦でボコッたと聴いたが、やっぱり本当みたいだな…!!」

 

 

「彼女、アホだったから助かったわ!!でも、その分、あなたは、彼女より、タチが悪いッ!!」

 

 

 

 最初こそ拮抗していたものの、自身の身体を顧みないセイスの攻撃に楯無はやや気圧され始めてきた。依然として損傷もダメージもゼロであり、それどころか時折カウンター気味で斬撃を叩き込んでやった。しかし、それに対してセイスは一切怯むことなく向かって来る。

 

 リミッターを外したとは言え、それでもISの装甲に損傷を与えるには如何せんパワー不足なのは否めない。むしろ、攻撃する度に彼の拳や足が鮮血を跳び散らしながら砕ける始末だ。にも関わらず、彼は攻撃をやめない。幾ら自分の身体が壊れようが、幾ら斬撃を喰らおうが再生しては彼女に向かって攻撃を繰り返す…

 

 これが普通の人間による、普通の打撃なら楯無も一切動じることは無かった。しかし現実は違う、彼の拳は絶対防御を発動させる…つまり、生身の部分に喰らったらシールドエネルギーが減るのだ。万が一この戦闘でISを解除してしまった場合、彼とは生身で戦う事になる。そんな状況になって、彼に勝てるだなんて妄言を吐く気にはなれない。

 

 

 

「オラオラどうした、考え事かぁ!?よそ見してんじゃねぇよ!!」

 

 

「クッ!!そこぉ!!」

 

 

「ごふッ!?」

 

 

 

 ほんの一瞬の虚を突き、セイスが渾身の一撃を放ってきた。楯無は咄嗟に反応して装甲の腕部で受け止め、すかさず連結状態の蛇腹剣で彼を貫く。胴体を貫かれたセイスは吐血と出血を同時にし、零れた血が蛇腹剣を伝って地面に落ちる…

 

 

 

「う、ごふッ……ククッ…捕まえたぜぇ…」

 

 

「ッ!?」

 

 

「ははは…ヒャアァハハハハハハハハ!!喰らえオラァ!!」

 

 

「うあッ!?」 

 

 

 

 この程度でセイスが死なないのは分かっていたが、流石にそこからの彼の行動は予想外だった。よりによって彼は楯無の持った剣に貫かれた状態のまま、彼女を殴りつけて来たのだ。激しく動いた事により更にドバドバと血が流れたが、セイスはそんなことお構いなしだ。流石の楯無も手が塞がった状態で、しかも超至近距離で放たれた彼の拳を防ぐことは出来なかった。装甲に覆われてない部分を攻撃された為、絶対防御が発動されシールドエネルギーが減少する……しかも驚くべきことに今の一発で、かなりのエネルギー量が削られた事に気付く。ブレード程では無いが、IS専用ナイフの一撃くらいの威力はあった…

 

 こんなものを受け続けていたら、あっと言う間にエネルギーを削り切られる可能性がある…そう思った時には既に、攻撃を続行しようとしていたセイスを、突き刺した状態の蛇腹剣ごとブン投げていた。投げられたセイスはそのままゴロゴロと地面を転がって行ったが即座に起き上がり、自分に突き刺さった状態の蛇腹剣を両手で握り…

 

 

 

「あ…ぐッ……ぐおおおおおおぉぉぉぉッ…!!」

 

 

 

 

―――強引に引き抜いた…

 

 

 

「ごぼ、ごふッ!?……ふぅ、武器もーらい…」 

 

 

「……いかれてるわ…」

 

 

 

 幾ら傷が塞がるとはいえ、痛覚はちゃんとあると聞き及んでいる。それを知ってる分楯無は、目の前のセイスの行動には驚愕を通り越して異常しか感じなかった…

 

 

 

「ケヒヒ…んなもん、とうの昔に自覚してるさ!!さぁ、続きを始めようじゃねぇか!!」

 

 

「……そうね、いい加減に終わらせましょうか…」

 

 

 

 生身で持つには幾分大き過ぎるそれを両腕で抱え、楯無へと向ける。素手よりかは圧倒的に威力の高い攻撃手段を得た彼は口角を吊り上げ、その目に更なる闘志を宿らせて彼女を睨みつけた…

 

 しかし対する楯無もそんな彼に、同じような薄い笑みを浮かべた。そして、言い放った…

 

 

 

「私の勝ちで、あなたの負けでね!!」

 

 

「あ…?」

 

 

 

 その瞬間、セイスの背後で何かが動いた。気配を察知した彼は咄嗟に後ろを振り向くが時既に遅く、背後にあった何かは一気に襲い掛かる。セイスはどうにか抵抗しようと手に持った蛇腹剣を横薙に払うが、その斬撃は虚しく空を切っただけだった。やがて、セイスの倍の体積を持ったそれは一瞬にして彼を包み込み、その動きを封じてしまう…

 

 

 

「ごッ!?」

 

 

「……ふぅ、本当に苦労したわ…」

 

 

 

 セイスを背後から急襲したのは、楯無の専用機『ミステリアス・レイディ』の第三世代兵装だった。搭載されたナノマシンによって操作される水を戦闘の最中にセイスの背後へと忍ばせ、隙を見て彼を捕縛することに成功したのだ。

 

 水の牢獄に囚われたセイスは暫くジタバタともがいていたが、こうなってはどうすることも出来ない。流石の彼も肺に呼吸が届かねば動けなくなるらしく、段々と抵抗が弱まっていった。そして、遂には…

 

 

 

「……ッ…」

 

 

 

 セイスはその動きを止めた。楯無から奪った蛇腹剣を握ったまま弱々しく四肢をダランと伸ばしながらピクリとも動かずに沈黙しており、これ以上はもう戦えないようだ。

 

 

 

「……何があったのかは知らないけど、本当にどうしちゃったのよ…?」

 

 

 

 深い溜め息と共に、楯無は思わず呟いた。形はどうあれ、これだけ何度もやり合っていれば嫌でも相手の性格が分かってくるものだ。故に普段のセイスと比べ、今回の彼の様子が何やら変だという事も何となく分かってしまった。

 

 対策の為にアメリカから取り寄せたセイスの資料には、彼が本気を出す際にテンションが異常に上がると書いてあった。だが、別に猛り狂うから強くなる訳では無いらしい。アレはただ単に、彼なりに自分を鼓舞しているだけに過ぎないのだそうだ。戦闘で再生能力を生かすには、己の被害を一切顧みない事が一番である。逆に少しでも相手の攻撃を恐れたり、ビビったりすれば宝の持ち腐れになる。だから彼は全力を出す際に狂ったように笑い、自分に迫る攻撃の恐怖を誤魔化しながら戦うのだ。

 

 もっとも…無茶をした後には必ず反動が来るらしく、セイスは極力それを避ける傾向があるとも資料には書いてあったのだが……

 

 

 

「ま、詳しい事は後で聞き出せばいっか…」

 

 

 

 そんな無茶をしてまで自分に戦いを挑むだけに飽き足らず、最初の彼の言葉から察するに命令違反までやらかしているようだ。そうまでして自分を殺したかったのか、もしくは別の理由があるのか…

 

 それも含め、全てはセイスの身柄を拘束した後に考えれば良い。そう思い、楯無は彼を封じ込めた水牢へと近づいた……だが… 

 

 

 

「え…」

 

 

 

―――セイスを閉じ込めた水の繭から、蛇腹剣が彼女へと突き出された…

 

 

 

「きゃあッ!?」

 

 

 

 絶対防御が発動したので直接的なダメージは無かったが、やはりシールドエネルギーが削られた。楯無はすぐさま後ろへと下がり、相手から距離を取る。それと同時にセイスを覆っていた水牢が形を崩し、中から彼がせき込みながら出てきた。その手には依然として蛇腹剣が握られており、さっき水牢の中で見せた弱々しい感じは一切感じさせなかった。

 

 

 

「ゴホッ……小賢しい真似しやがって…」

 

 

「……何でピンピンしてるのよ…」

 

 

 

 普通の人間が息を止められる時間はとっくに過ぎていた上に、セイスの場合不意打状態で溺れさせられたのだ。息を肺に貯めておく時間など無かった筈なのだが…

 

 

 

「ハッ…あんなもん、遥か昔にイヤってほど体験済みだ。とっくに慣れちまってんだよ……テメェ、経験したことあるか…?」

 

 

―――水中に30分沈められた事を…

 

―――身体をズタズタに切り刻まれた事を…

 

―――嵐の様な銃撃を受けてミンチになった事を…

 

―――四肢を引きちぎられた事を…

 

―――ハラワタを引きずり出された事を…

 

―――硫酸を飲まされた事を…

 

―――ハンマーで頭を砕かれた事を…

 

 

 

「俺を止めたきゃ、それぐらいしてみろ。でなきゃ本当に死ぬぞ…?」

 

 

「クッ…!!」

 

 

 

 またしても自分は彼を見誤ってしまった…懲りずに彼の限界をまた普通の基準で測ってしまった楯無は呻きながらも再度彼を水牢に閉じ込めるべく、水を操作する為に意識を向ける。しかし、そこで異変に気が付いた… 

 

 

 

「な、何で…!?」

 

 

 

―――さっきまで意のままに操れた水が、一切反応しない…

 

 

 

「あぁ無駄だよ無駄…テメェの水に入ってたナノマシンは、暫くバグって何も出来やしない。」

 

 

「いったい、何を…!?」

 

 

「何てことは無い…さっきテメェの水に包まれた拍子に、ナノマシンたっぷりな俺の血が混ざったんだよ」

 

 

 

 彼女のISは混入させたナノマシンで水を操作することが出来る。つまり、ナノマシンが作動しなかったらあれはただの水であり…

 

 

「俺のナノマシンは、そこらのより質も濃度も遥かに上だ。性質の違う他のナノマシンと混在した場合、十中八九潰し合いを始める…!!」

 

 

 

 搭載したナノマシンがバグを起こした今、彼女のワンオフ・アビリティーはただの水溜りと化した…

 

 

 

「クハハッ!!ありがとう、楯無!!最大の武器を放棄してくれるなんて、最高のハンデをくれて!!アーハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 目を爛々とギラつかせ、今日一番の狂笑を見せるセイス。その姿は、場慣れしている筈の楯無にさえ冷たい何かを感じさせた…

 

 

 

「ハハハ、ハーハハハハハッ!!……ふぅ、お喋りもいい加減に疲れた。改めて、そろそろ決着つけようじゃないか…」

 

 

「ッ…!!」

 

 

「俺の勝ちで、お前の負けでな!!」

 

 

「ッ…危な!?」

 

 

 

 一息で間合いを詰め、自分の武器を振るってくるセイスから再度距離を取る楯無。それと同時に自分のもう一つの武装であるガトリング内蔵式ランス『蒼流旋』を取り出して彼に銃口を向け、引き金に指をやる。しかし彼女は舌打ちすると同時に、そのトリガーを引くことを躊躇った。何故なら…

 

 

 

「ヒャーハッハァ!!どうした、撃たねぇのか?いや撃てねぇのか、撃てねぇんだよなぁ!!こんな住宅地のド真ん中で、そんな物騒なもんぶっ放せるわけ無ぇもんなぁ!!アハハハハッ!!」

 

 

「ッ…。」

 

 

 

 そうなのだ…ここは普通の民家が集まった住宅地。こんな場所でガトリングなんて撃ったら、どこに弾が飛んでいくか分かったものでは無い。ましてや今は夜、殆どの民家に人が居る。たった一発の弾丸でも民家の塀を軽く貫通するというのに、セイスが相手では何発撃つ羽目になることやら… 

 

 

 

「クヒャハハハハッ!!皮肉なもんだよなぁ!?狭っ苦しいアリーナより、外の方が色々と制限されちまうってのは!?えぇ、オイ!!」

 

 

 

 セイスの言う通り、現状は楯無にとって恐ろしく悪い。主力兵装は封じられ、飛び道具も使えない、飛んだりすれば何処に行かれるか分からず、頼りの絶対防御とシールドエネルギーは地味に減らされていく。対するセイスの方は、最初から己の身一つで戦っているので何も失っていない。それどころか楯無の武器を奪っている…

 

 しかも本当かどうか分からないが、一夏に危機が迫っている可能性もあるのだ。ここで何時までも油を売っている訳にもいかない… 

 

 

 

「おっと、逃げようとか考えたりすんなよ?そんな事されたら、腹いせにその辺の民家にお邪魔して2,3人程あの世への片道切符をくれてやるかもしれない…」

 

 

「なッ…!?」

 

 

 

 そんな考えさえ、セイスはさせてくれなかった…

 

 

 

「そんな真似…あなたに出来るわけ……」

 

 

「出来ないって保証がどこにある?やらないって保証がどこにある?自信があるのなら試してみろよ、きっと驚くぜぇ?ケヒヒヒヒ…!!」

 

 

 

 それが虚勢なのかどうかは判断出来ないが、今回の彼の行動と様子からしてハッタリと思い込むのは少々危険過ぎる。それ故、楯無の選択肢から『撤退』の二文字は消えた… 

 

 

 

「あなたは一体どこまで…!!」

 

 

「堕ちるとこまで…とでも言わせて貰おう。さて、時間もそんなに無いことだし、そろそろ終わらせようか…」

 

 

「ッ!!」

 

 

「テメェとの鬼ごっこは、もうウンザリなんでな。二度と仕事出来ない体にしてやるッ!!」

 

 

 

 

 敢えて真正面から突撃してきたセイスを、楯無は反射的にランスで貫いた。当然ながらその程度でセイスが止まるわけも無く、またもや串刺し状態のまま剣を楯無に振り下ろす。一撃、二撃と至近距離から蛇腹剣を生身の部分に叩き付け、瞬時にシールドエネルギーを削って行く。そして、遂に…

 

 

 

 

「……しまッ…!!」

 

 

 

―――楯無のISが…『ミステリアス・レイディ』が解除された……

 

 

 

「貰ったあああああああああぁぁぁ!!」

 

 

「ッ…!?」

 

 

 

 不意に装甲が解除された事により、地面へと転がる楯無。そんな彼女へ、トドメとばかりにセイスは剣を一気に振り下ろした。最早それを防ぐ手段も、邪魔をする者も居なかった。真っ直ぐと振り下ろされた蛇腹剣は持ち主である楯無へと真っ直ぐに落ちて行き、狙い違わず彼女の首へと叩き付けられた…

 

 そして、セイスの尋常では無い腕力で振り下ろされた蛇腹剣は彼女の首にぶつかり… 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――“絶対防御によって”、その動きを止められた…

 

 

 

 

 

「え…?……うごああああぁぁぁ!?」

 

 

 

 目の前で何が起きたのか理解できず、露骨に隙を見せたセイスは次の瞬間には空高く舞い上がっていた。重力に引っ張られ、地面に叩き付けられながら何とか視線を向けると、“自身のISを纏った”楯無がランスと蛇腹剣を両手に急接近してくるところだった。それを見たセイスはどうにか立ち上がって退避しようとしたが、それを楯無が許すわけも無く…

 

 

 

「はああぁッ!!」

 

 

「ぐおおおおおおおぉぉぉぉッ!?」

 

 

 

 セイスは蛇腹剣で切り刻まれた後、ランスで貫かれた。しかも楯無の動きはそれで終わらず、その勢いのままセイスを近くにあった電柱へと物理的に釘付けにした。大きな轟音と共に電柱へと磔状態になった彼は、その衝撃で口から血と愚痴が零れた…

 

 

 

 

「……昆虫標本の真似事をされたのは、久しぶりだ………ごふっ…!!」

 

 

「ハァ…ハァ……」

 

 

「グッ…答える余裕も無いってか……“一瞬だけISを解除する”なんて真似しといて、何とも締まらねぇ、な………ウッ、ゴホッゴホッ…!!」

 

 

「ハァ……本当に、死ぬかと思った…わよ…!!」

 

 

 

 長引けば長引くほど不利になるこの戦い、楯無に残された選択肢は短期決戦しか無かった。しかし、主な武装が殆ど使えなくなった今、それは随分と難しい話である。

 

 そこで彼女は勝負に出た。昼間、ティナ・ハミルトンはセイスに敢えて隙を見せて不意打ちすることに成功した聴いた。それを思い出した楯無はイチかバチかの賭けに出るべく、シールドエネルギーが切れたと見せかけて彼に決定的な隙を作らせたのである。結果は御覧の通り大成功だが、正直言って生きた心地はしなかった。何せ絶対防御どころかハイパーセンサーまで解除したのだ、人外のスピードで迫ってくるセイスを生身で真正面から向かい合った時は本気で死を覚悟したぐらいである…

 

 

「……改めて考えると、私って彼女にとんでもない無茶させたみたいね…」

 

 

「まったくだ……クソ…1日の内に、二度も同じような方法に引っ掛かるなんて……うッ…」

 

 

 

 そんな彼の愚痴と血が吐きだされる音を耳にしながら、一回だけ深く深呼吸した楯無は表情を引き締めて彼に背を向けた。向かう先は当然ながら、織斑一夏の元…

 

 

 

「ゴプッ……行くの、か…?」

 

 

「当然よ」

 

 

 

 とは言ったものの、シールドエネルギーはかなり減少しており、ナノマシンは依然としてバグった状態の上に主兵装であるランスはセイスを拘束するのに使っている。明らかに万全の状態とは程遠い…

 

 

 

「そんな状態で行ったとこで、どうこう出来る相手じゃないぞ…お前だって、そのぐらい分かってるだろ……?」

 

 

「あなたの仲間にも、昼に似たような事を言われたわ…」

 

 

 

 勝負がついた故か、自分をそんな状態にした楯無を気遣うような彼の物言いに彼女は思わず苦笑を浮かべる。そしてその表情のまま振り向いて、言葉を紡ぐ…

 

 

 

「その時にも言ったけど、私はIS学園生徒会長にして学園最強。最後までその様に振る舞うまでよ…」

 

 

「……そうかい、好きにしやがれ……まぁ、もっとも…」

 

 

 

 

 

―――パァン!!

 

 

 

 

 

「…もう間に合わないと思わけどな…」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 突如、住宅地に響いた一発の銃声。それを耳にした楯無は血相を抱えながら踵を返し、脱兎のごとく駆け出して一夏の元へと急いだ。その場に残されたのは、串刺し状態で電柱に括りつけられたセイスのみ…

 

 

 

「……行ったか…」

 

 

 

 楯無の気配が遠のいた事を確認したセイスは自分に突き刺さっているランスを掴み、有らん限りの力を籠めて動かしてみる…

 

 

 

「ふんぬ!!…グブッ……駄目だ、ビクともしねぇ…」

 

 

 

 ところが思いっきり深々と背中越しの電柱へと貫通している上に、自分の体に刺さったままなので出血が止まらず力が思う様に入らない。ランスは抜ける気配を見せず、彼の傷口と口から更に血が流れただけであった…

 

 

 

「あ~ぁ、畜生……痛ぇからやりたく無かったが、仕方ねぇか…」

 

 

 

 ギリッと歯を食いしばり、改めて腕に力を込める。しかし今度はランスを抜くためにでは無く、ランスに抉られて体積が減った身体を横に動かすようにして……そして…

 

 

 

「ぐッ…あ゛ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――ブチブチブチッ!!……ドシャッ…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……もう、どうやって捕まえれば良いって言うのよ…」

 

 

 

 驚愕、呆然、脱力…その全てを篭め、楯無はついつい呻くようにして呟いた。

 

 結果だけ言うと、一夏は無事だった。偶然(ある意味必然)そこに居合わせたラウラが彼を助けたようで、普通にピンピンしていた。それを確認した彼女は先程捕らえた彼の身柄を改めて拘束するべく、即座に戻って来たのだが…

 

 

 

「まさか彼…自分の横っ腹千切ったの…?」

 

 

 

 さっきの場所に残されていたのは電柱に突き刺さったままのランスと、夥しい量の血痕であった。肉片こそ残っていなかったものの、周囲には比喩でも誇張でも無く血の海が出来上がっており、早いとこ処理しなければ色々と面倒な事になりかねない…

 

 そして良く見ると血の海から一筋の川が伸びており、それは段々と量を減らしながら近くのマンホールへと続いていた。どうやら、這いずりながらそこに逃げこんだらしい。まき散らされた血の量の減り具合からして、今頃傷も再生して塞がってしまっているだろう…

 

 

 

「一日の内に同じ様な方法で、ねぇ……毎回同じような展開で逃げられてる私は、それ以下じゃない…」

 

 

 

 スコールを逃がした事も含めると本日二度目になる、本気で悔しそうな彼女の呟きは、これまた誰に聞かれることも無く消えていった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「……本当についてねぇな、おい…」 

 

 

 

 地上で楯無が呻いていた頃、セイスもまた下水道内部で呻いていた。その原因は身体の損傷、ナノマシンの過剰な活性化による反動などではなく、一つの通信内容によるものだった…

 

 

 

「…アイツ、失敗したのか……?」

 

 

 

 辛うじて逃げ延びた自分に突如として通信を繋げてきたのは、案の定マドカの上司であるスコールであった。組織に逆らう形でマドカの命令違反を手伝ったのだ、その内フォレストかスコールのどちらかが自分を問い正しに来るとは思っていたが…

 

 

『エムの命令違反を手伝ったこと、私との約束を破ったこと、彼女の“首輪を勝手に外していた”事…他にも色々と訊きたいことが山ほどあるから私の所に来なさい……あ、そうそう…』

 

 

 

 

―――エムは私のところに居るから…

 

 

 

 

 一夏を殺せたのなら、むざむざスコールの元に行く理由は無い筈である……実質、殺されに行くようなものだ。それなのに何故…?

 

 

 

「……行くしかねぇか…」

 

 

 

 こうなっては全部バレたと思って良いだろう…シラを切るのも無理だし、逃げるという選択肢は無い。スコールには確実に殺されるかもしれないが、仕方がない……それに…

 

 

 

「……『生きる理由』ってのは、裏返せば『死ぬ理由』でもあるからな…」

 

 

 

 

―――その為に死ぬんなら、文句も後悔もねぇよ…

 

 

 

 多少覚束無いがしっかりとした足取りで、彼は真っ直ぐに歩き出した。自身の死に場所になるかもしれない、スコールのアジトの元へと…

 




次回、また彼が死線を彷徨う羽目に…


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生きた理由 前篇

上手く纏めれるか不安になってきた…しかし、取り敢えずは書き切る!!


 亡国機業幹部の一人であるスコール…その彼女が拠点として使っているアジトは、まるで何処かの高級ホテルを思わせる様な雰囲気を放っている。所々に金が掛けられ、医務室にすら本人が『高かった』と称する壁紙を使う位だ。

 

 

 

「ク、ククク…!!」

 

 

 

 そんな場所の一つである医務室のベッドに腰掛けながら、亡国機業のエムことマドカは顔から血を流しながら笑みを浮かべていた。別にその傷は誰かに負わせられたものでは無く、自分で付けたものだ。憎むべき姉にそっくりな自分の顔を傷つけ、それによって悦に浸っていたのだ。

 

 

 

「あぁ…姉さん……いつか…この傷を姉さんにも…」

 

 

 

 今夜は思わぬ邪魔が入り失敗してしまったが、やはり織斑千冬に対する復讐の第一歩というのに変わりは無い。実行している最中は、この上無く気分が良かった。未遂故に自分は辛うじて生かされているのは分かっているが、やはり時が来る前に我慢仕切れないかもしれない。

 

 だが、自分はそれでも構わないとも思う。あの織斑千冬に最大の苦痛を味あわせることさえ出来れば、後の事など知った事では無い。先程スコールには『出来る限り亡国機業のエムでいてちょうだい』とか言われたが、ハッキリ言って願い下げだ。時が来たら、躊躇なく立ち去ってやる。そもそもこんな場所に未練など…

 

 

 

「未練など…未練など、無い……筈だ…」

 

 

 

 口には出してみたものの、その言葉は段々と弱々しくなっていった。確かにスコールもオータムも鬱陶しい事この上無いが、ここで出会った全員がそうという訳では無かった。少なくとも亡国機業に身を置いたからこそ、自分はセヴァスという最大の理解者と出会えたのでは無かろうか…

 

 そして自分は結果的に失敗したは言え、そんな彼に迷惑を掛けようとした…

 

 

 

「そういえば、今頃アイツは何をしてるんだろうか…」

 

 

 

 スコールから聴いた話によれば、昼間にCIAの局員とやり合って負けそうになったらしい。相手は彼の再生機能を阻害する特殊弾を持っていたらしいが、生身の相手にそこまでしてやられるとは情けない。今度会った時は、その事をネタにしてからかってやろう…

 

 

 

「……いや、今度と言わずに今からでも…」

 

 

 

 大量に血を流したとも言っていたか、恐らくいつもより腹を空かせている事だろう。確か、極端に血を流したりスタミナが減ると再生能力が劣化すると教えられた。いつも彼に迷惑を掛けてる事だし、今日位は自分が飯を奢ってやるのも良いかもしれない…

 

 そして、その場で今夜の事を謝ろう……勝手な事をした手前、本気で数発殴られる位の覚悟は居るかもしれないが…

 

 

 

「そうと決まれば早速…」

 

 

 

 

―――ガチャッ…

 

 

 

 

「チィーッス、来ましたよスコールの姉御~~って、エムか…」

 

 

「……何しに来た、阿呆専門…」

 

 

 

 ノックも無しに開かれた医務室の扉、そこに立っていたのはオランジュだった。基本的に彼がスコールの元を訪れる様な理由など、殆ど無い筈だが何故ここに…

 

 

 

「何しに来たって、お前……もしかして、何も聞かされてないのか…?」

 

 

「ふん…生憎、さっきまでスコールと揉めてそれどころじゃ無かったのでな。しかし、どうした?もしやオータムの奴が、スコールからティーガーに乗り換えたとでも言いに来たか…?」

 

 

「……随分と笑えない冗談だ…」

 

 

 

 よく考えてみると、大抵セヴァスと一緒に居るコイツともそれなりに長い付き合いになる。センスがあるか無いかはともかく、自分が冗談を言える相手なんてセヴァスとそれに近しい者だけだ…

 

 因みに、その数少ない冗談を言える相手は…

 

 

 

「ちょっと失礼…」

 

 

「え…?」

 

 

 

―――マドカが腰かけた簡易ベッドを、彼女ごと蹴り倒した…

 

 

 

「な、何をする…!?」

 

 

「うるせぇよこの馬鹿、知らなかったで済むと思うなよ…?」

 

 

 

 あまりに唐突な彼の行動に不意を突かれ、受け身も取れずに地べたへと落ちるマドカ。即座に立ち上がり憤慨するが、オランジュはそれを意にも返さず睨みつけてくる。いつもの間抜けな雰囲気を微塵も感じさせない彼のその様子に、流石のマドカも困惑せざるを得なかった…

 

 

 

「い、一体何だと言うんだ!?お前を怒らせる様な真似なんて…」

 

 

「俺がここに来たのは、スコールの姉御に呼び出されたセイスを引き取りに来たからだ。そしてセイスが呼び出された理由は、お前がさっき言った姉御と揉めた内容なんだよ…」

 

 

「……その事は、すまなかった…」

 

 

 

 やはり、少なからず責任を問われる事になったようだ。あの時はドイツの遺伝子強化素体以外の邪魔は入らなかったし、彼は私の行動を止めようとする事さえで出来なかったのだろう。だが私はISを所持しているし、止めようとした所で無理な話だ。それに彼は組織全体で見ても極めて有能な分類に入っており、それなりに大目に見て貰える筈である……だが、しかし…

 

 

 

「……ちょっと待て…何でセヴァスだけが、それもスコールの元に呼び出された…?」

 

 

 

 普通なら彼の直属の上司であるフォレストの元に行く筈である。確かに日本と米国はスコールの担当区域だが、IS学園に関することは人材を彼女に貸し出しているフォレストにも指揮権があるのだ。しかもセヴァスと共に任務を全う中のオランジュが、後から『セヴァスを引き取るために』呼び出される意味が分からない…

 

  

 

「やっと気付きやがったか…」

 

 

「勿体振らずに早く教えろ!!一体セヴァスに何が……いや、セヴァスは何をしたんだ…!?」

 

 

「変だとは思わなかったのか?お前の一番の障害になりかねない、更識の野郎が来なかった事を…」

 

 

「ッ…!!」

 

 

 

 オランジュの言葉に、マドカは思わず息を呑んだ。この場所、この状況でそれを言う事が何を意味しているのか、否応なく察する事が出来てしまったのである…

 

 

 

「まさか…まさかセヴァスは……!?」

 

 

「あ…そうそう、一つ言い忘れたが……厳密に言うと、俺が引き取る事になりそうなのは…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――セイスの“死体袋”だ…

 

 

 

 

 その瞬間…マドカは自分以外の全ての時間が、止まったかのような感覚に襲われた…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「さて、何か言い訳はある…?」

 

 

「何も無いです」

 

 

 

 スコールの部屋で、セイスは彼女と向き合っていた。いや、向き合っているというには少しだけ語弊があるかもしれない。セイスは確かにスコールの方を向いているのだが、対する彼女は彼に背を向ける様な形で夜景が一望できるバルコニーの方を見ていた。しかし、その背中からはハッキリと冷たい怒気が伝わってくる…

 

 

 

「……まさか、あなたがこんな真似をするなんてね…」

 

 

「……。」

 

 

「一応、信じてたのよ…?」

 

 

「……申し訳ありません。だけど、もう俺は決めてしまったので…」

 

 

 

 依然としてスコールはセイスと目を合わそうとしないが、その声には些かに落胆が秘められていた。それに気付いた彼も少なくない罪悪感を覚えたものの、言った通り既に覚悟を決めているのだ……今更後戻りする事など出来ない…

 

 

 

「だったら尚更、何でここに戻って来たのよ?その為の準備、してたんでしょ…?」

 

 

「エムの命令違反は未遂で終わりました。そうなると、アイツに貴方の説教以外の御咎めは無しの筈です。ましてやアイツは俺と違って、組織内でも貴重なIS操縦者で腕前はトップクラス…上の連中も、そんなに五月蠅くはしない……」

 

 

「……。」

 

 

「だったらアイツは亡国機業から逃げ出して組織を敵に回すより、ここに残ってた方が安全で有益です……味方が俺みたいな馬鹿一人な状況より、亡国機業の力を借りれる方が彼女も助かるでしょうし…」

 

 

「……私が聞きたいのは、そんな言葉じゃ無いのよ…」

 

 

 

 スラスラと出てくるセイスの考えてる事を耳にする度に、スコールから放たれてくる怒気の冷たさがどんどん増していく。堅気の人間がこの場に居たら、間違いなく恐怖に駆られて逃げ出した事だろう。だが生憎、この場所には自称大馬鹿野郎の人外しか居ない…

 

 

 

「ここに戻ればどうなるか、それが分からないあなたでも無いでしょうに…それにも関わらず、どうして私の呼び出しに応じたの?」

 

 

「それこそ、姉御なら分かるでしょう…?」

 

 

「……それもそうね…」

 

 

 

 その言葉と共にスコールは振り返り、セイスの方を向く。彼の眼には、何かを決心した者特有の覚悟が宿っていた。それが分かってしまったスコールは、思わず深い溜め息を吐く。しかしセイスはそれに構わず、言葉を続けた…

 

 

 

「俺はマドカと違って未遂でも何でも無い、完全な命令違反及び反逆行為です。もう言い訳は出来ませんし、する気も無いです。そしてマドカを組織から逃がす理由が無くなった今、俺なりに貴方達に恩を仇で返した事への謝罪と、落とし前を着けさせて貰います……だから、その為に姉御…」

 

 

 

 

 

 

―――俺を、殺してください…

 

 

 

 

 

 

 此方を見つめてくるスコールの目を真っ直ぐに見つめ返しながら、セイスは彼女にそう懇願した…

 

 

 

 




先に言っておきます。『愛の逃避行』はやりません…!!


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生きた理由 中編

案の定長くなって区切る羽目になったよ畜生ッ!!何とか今日中に終わらせてぇ…(泣)

しかし色々と不安なんで、今回は特に感想や指摘よろしくです!!


―――2年前

 

 

 

「フォレスト達との同盟ですって…?」

 

 

「はい。私達と貴方達の人材を互いに共有し、実質一つの派閥に合併しようと…」

 

 

 

 亡国機業の幹部、『スコール』。その美貌もさる事ながら、仕事の手腕と優れたIS操縦者という点から幹部勢の中でも特に一目置かれる人物の一人である。その立場と名声は伊達では無く、彼女が醸し出す雰囲気はただ者では無いと言う事が嫌でも分かる。

 

 そんな大物に、たった一人で向かい合ってる男…否、少年が居た。まだ十代前半である彼は、これでも立派な亡国機業のエージェントの一人である。既に何度か手柄を立て、将来有望の新人と称されている。それでもまだ幹部と一対一で話し合える様な立場には程遠く、この状況は他の者からしたら異様な組み合わせに他ならない。

 

 

 

「確かに悪くない話だわ……彼が関わって無ければ…」

 

 

 

 『亡国機業は幹部会と実行部隊の二つに分かれている』というのが外部の組織からの認識だが、厳密に言うと少し違う。確かにその括りで分けることも出来るが、その前に担当する地方ごとに勢力が区分されている。それぞれの地区を任された幹部達が自分達で部下を集め、自分達が中心となって組織としての活動を行なう。それが最近の亡国機業の方針である。

 

 そしてスコールはアメリカと日本を主な活動拠点としており、フォレストはヨーロッパを主な活動拠点としている。両者共に亡国機業の重鎮と言っても過言では無く、互いの派閥が所持している戦力は強大だ。故に二人の組織内における発言権は拮抗しており、スコールにとってフォレストは目の上のたんこぶに他ならなかった…

 

 

 

「……だけど、ここ最近は人員不足になってるのも事実なのよね…」

 

 

 

 白騎士事件以来、ISはどの業界においても必要不可欠な存在となった。実際スコールの今の地位は、自分も含めIS所持者が自分の派閥に複数居ることが大きい。無論、それだけで幹部になれた訳では無い…しかしISが三機というのは中々に大きな戦力だ。他にも一機や二機ほど所持している派閥もあるが、その点だけは他を圧倒している。

 しかし諜報能力、各自の戦闘技術、人脈の豊富さ…非IS所持者の部下においてもスコールの部下はツブが揃っているが、それに関しては他の派閥にも言えた事だ。むしろ質と量では他の派閥…特にフォレスト達に至っては圧倒的に劣っているのが現状だ。その事もあって、今回持ち掛けられた提案にも一考の価値はあった。

  

 

 

「……分かったわ、その提案を受けましょう…」

 

 

「ありがとう御座います。では早速、フォレストに報告を…」

 

 

「ただし…」

 

 

 

 被せるようにしてセイスの言葉を遮り、スコールは彼に渡された同盟条件のリストを翳した。それにはフォレストが貸し出し可能な人材の名簿と、同盟を組む際の取り決めが書いてあったのだが…

 

 

 

「リストに書いてある面子に不満は無いし、『借りた部下のに対する指揮権』も構わないのだけど…『生殺与奪権の共有』だけは却下よ」

 

 

「何故です…?」

 

 

 

 『生殺与奪権の共有』…つまり部下が何かやらかした場合、片方の一存で罰を与えたり処分できなくなる可能性がある。一応『未遂までなら殺さない』という線引きがされているようだが、スコールとしては勘弁して貰いたいところである…

 

 

 

「私はフォレスト程優しくないし、甘くないの。幾ら未遂とは言え、失態や迷惑…特に裏切り行為を試みた者に容赦する気は無いわ。未来の火種は早々に刈り取る主義なのよ…」

 

 

「……。」

 

 

「ま…それ以外の事に関しては文句無いし、その条件だけを撤回すれば同盟の話は承諾するわ」

 

 

「……分かりました…」

 

 

 

 機械の様な無表情で少々考え込んだ後、セイスはスコールに返事をした。その様子に彼女は満足げな表情を見せる……しかし…

 

 

 

「ちょっと失礼します…」

 

 

「え…?」

 

 

 

 何を思ったのか、セイスは彼女が持っていたリストをスッと取り上げた。そして懐からペンを取り出し、何かをスラスラと書き込み始める。やがてペンを持った手の動きは止まり、セイスはあっさりとスコールにリストを返したのだが…

 

 

 

「これで、よろしいですか…?」

 

 

「……あなた本気…?」

 

 

 

 フォレストが貸し出す事を承認した人材のリスト…そこには数々の腕利き達の名前が連なっていたが、流石に側近であるティーガーや愛弟子のオランジュなど、彼の直属やお気に入り達の名前は入って無かった。別にそれも仕方のない事だと思うし、だからこそ自分も側近であるオータムを貸し出すことを堂々と渋る事が出来るのだ。そう考えていただけに、驚きを隠せなかった…

 

 

 

 

―――目の前のセイスが、リストに自分の名前を書き足した事が…

 

 

 

 

「フォレストはこの事を…?」

 

 

「最優先事項は貴方が断ろうとした条件です、その為にある程度は譲歩して構わないと言われました。」

 

 

「……。」

 

 

 

 これは願っても無いチャンスだが、逆に彼の考えている事が解せない。このセイスという少年は特殊な過去と体質を持っており、才能もある事で組織内でも有名だ。フォレストの派閥内では、ティーガーに次ぐ実力の持ち主であるとさえ言われている。それ故にスコールも常日頃から彼を手に入れたいと思っていたが、そんな人材をフォレストが大事にしないわけが無かった。自分を含めたどの派閥もセイスを引き込もうと躍起になった時期があったが、結局は誰もそれに成功しなかった位だ…

 

 

―――それなのに、何故…?

 

 

 フォレストの派閥にISを扱える人材は存在しておらず、それを手に入れたくて彼がこの同盟を持ち掛けてきたことは間違いない。その為にある程度譲歩する決心をしたという事は、考えられなくもないだろう。しかし、だったら最優先事項が変だ。彼の場合、その程度どうでも良いと考えそうなのだが…

 

 言葉にし難い違和感の正体を探っていたその時、スコールは一つの考えに思い至った…

 

 

 

(……まさか…これはフォレストの意思では無く、彼の独断…?)

 

 

 

 自分が手に入れる事が出来る人材の事ばかり考えていたせいか、自分がフォレストに貸し出す人員の事を忘れていた。何せフォレスト配下の腕利き多数に対し、こちらはIS操縦者一人と居ても居なくても構わない諜報役を数人渡すだけで済んでいる。ましてや貸し出す事になるIS操縦者は、確かな実力を持っているがとんでもない問題児だ。いつどんな形で暴走するか分かったものじゃないし、組織に身を置いた当初は他の部下と揉めて相手を半殺しにした事がある……そういえば…

 

 

 

「そういえば、あの時もあなたは彼女の事を…エムの事を擁護するような真似をしてたわね?」

 

 

「……。」

 

 

「あの時はエムに喧嘩を売った相手が彼女に『織斑千冬』という禁句を使ったという事もあるし、その部下は丁度始末する予定になっていた無能だったから問題は無かったけどね…?」

 

 

 

 詳細はあまり知らないが、あの場に居合わせたセイスはエムの味方をしたと聴いている。出会った当初、二人は険悪だった筈だが今ではそれなりに仲が良いようだ。そうだとしても、彼がここまでする理由は分からないが…

 

 

 

「……まぁ、良いわ。あなたが仮にとは言え、私の部下になるのなら充分に利益がある。同盟はこの条件で構わないわ…」

 

 

「承知しました。」

 

 

「でも、これだけは覚えておきなさい…」

 

 

「…?」

 

 

 

 もうこの際、セイスが何を考えて行動しているのかはどうでも良い。肝心なのは、自分が使う事の出来る全てをどれだけ上手に扱うかだ。それが例え復讐鬼と成り得るIS操縦者であろうが、どこか壊れている人造人間モドキであろうが…仮に目の前の彼が何かを企んでいようが、自分はそれさえ利用してしまえば良いのである。

 

 

 

「私に損をさせる様な真似をした場合、同盟の条件に関係なく殺されると思っておきなさい。せめて、心臓を抉られる位の覚悟はしておく事ね…」

 

 

「……その程度じゃ俺は死ねませんよ。でも、肝に銘じておきます…」

 

 

 

 終始無表情に思えた彼の表情…だけど去り際に見せたそれは、どこか苦笑している様にも見えた……

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「あの時は敢えて訊かなかったけど、何故あなたはそこまでエムに入れ込んでるの…?」

 

 

 

 思い出すのは数年前、本格的にセイスがフォレストとの同盟を持ち掛けて来たあの日。それを境にスコールは、セイスという一人の少年に本当の意味で興味を持った。期待通りの成果を自分達にもたらし、依然として交流が希薄だったフォレスト達との仲介役にもなってくれた。いつしか充分に信頼できる部下の一人にまでなっていた…

 

 故に今のスコールにとって、ただの裏切り者としてあっさり始末する事が出来ない存在になっていた…

 

 

 

「私だけにならまだしも、あなたにとって恩人であるフォレストにまで反旗を翻す真似を…しかも、彼女に仕掛けた抹殺用のナノマシンまで……」

 

 

 

 命令違反を犯したエムを、彼は止めるどころか手伝った。しかも用意周到な事に、組織から逃げる準備までしていたそうだ…

 

 そして、ノコノコと戻って来たエムの身体検査をした時に発覚した驚愕の事実…それは、彼女が命令無視や裏切り行為などの暴挙に出た際に発動するようになっていた、彼女の脳を焼き切る抹殺用のナノマシンが完全に破壊されていた事である。普通、身体に仕込んだそれは取り出すことは出来ても破壊することは難しい。しかもタチが悪い事に、再度彼女に同じ物を仕掛ける事が出来なかった。何度ナノマシンを投入しようとしても、何故か彼女の体内に混ざっていた“誰かのナノマシン”がそれを宿主の異物として排除してくるのだ…

 

―――その“誰かのナノマシン”とは、言わずもがな…

 

 

 

 

「一体いつ仕込んだのよ…?」

 

 

「部屋の食い物に混ぜたら、食い意地張った誰かさんが勝手に取り込みました…まさか、あそこまで簡単に成功するとは俺も思いませんでしたけど……」

 

 

 

 それを聞いて思わずスコールは頭を抑えた。よもや、こんな方法で彼女の首輪を外すとは…

 

 

 

「……それで、質問には答えてくれるのかしら…?」

 

 

「俺がエムに入れ込む理由ですか……どうしても言わなきゃダメですか…?」

 

 

「当たり前じゃない」

 

 

 

 この期に及んで喋る事を渋るセイス。死ぬ間際に言って良い事かどうか悩んでいるらしいが、彼もそれなりにスコール達に対する負い目があった様だ。遂に覚悟を決めたのか、彼は徐々に語り出す…

 

 

 

「俺がフォレストの旦那に拾われるまで、復讐を生きる理由にしていたのは御存知ですよね…?」

 

 

「……えぇ、聴いたわ…」

 

 

 

 彼の生い立ち、過去、経歴…その全てを彼女は知っている。そして…

 

 

 

「そして、それが決して叶わぬ代物になったという事も…」

 

 

「……。」

 

 

「その時、俺は世界が消えたように感じました。生きる為の理由も目的も見つけられず、生きている喜びさえ見出せないくらいに……俺を拾ってくれた恩人達や、気に掛けてくれた仲間達に目を向ける事すら放棄して、独りで勝手に塞ぎ込んで腐ってました…」

 

 

 

 どれだけ嬲り者にされても、どれだけ過酷な環境に放り出されても、どれだけ孤独を感じても心に刻まれた『復讐』の二文字だけが彼を生かした。それが呆気なく消え去った途端、セイスの世界は一度壊れてしまった。何をしても満たされず、何をしても心が空っぽ…そんな状況が暫く続いた。

 

 

 

「そんな時ですよ…こんな俺の状況を羨ましいとか抜かした、アイツに会ったのは……」

 

 

 

 余りに無神経なその言葉に、自分は久しぶりに本気でキレた。半ば本格的な殺し合いになりかけたが、その最中に自分は相手の事情を知った。そして自分はまるで先程の再現をするかのように、彼女に対して相手の現状が羨ましいと言ってしまった。そこから乱闘の第二ラウンドが始まってしまったのだが、最初とは少しだけ感覚が違った…

 

 

 

「俺が欲したモノを持ってる奴は俺を羨み、アイツが望んだモノを持ってる俺はアイツを羨んだ。だけど互いに互いが持ってるモノが嫌で嫌でしょうがない…これが笑わずにいられますか?」

 

 

 

 自嘲気味な笑みを浮かべ、彼は語り続ける。その出会いを切っ掛けに、二人は互いの事に興味を持った。基本的に相手に対して意地を張ったり、いがみ合ったりするのが常であった。しかしそれも長く続けば愛着が自然と湧くようになるもので、いつしか二人とも進んでそれを望むようになっていった…

 

 

―――そして長い時間を共有するにあたり、二人は互いの事を理解した…

 

 

 最初こそ互いに互いの事を毛嫌いしていたが、実際のところ自分達は似た者同士であると感じた。形は違えど互いに復讐者であり、自分が欲したモノと望みを叶えるために生きている。そんな自分と同じ様な境遇を持った者に、二人は初めて出会えたと思えたのだ…

 

 

 

「本当に嬉しかったんです。自分を理解してくれる奴が、気の許せる相手が出来たのは…」

 

 

 

 自分には出来ないと、無意識の内に諦めかけていたそういう存在。復讐が不可能となって完全に無気力になって以来、ここまで喜びを感じたのは初めてだ。否、生まれて初めてだったかもしれない。 

 

 それからというもの、心に幾分の余裕が出来た為か周囲に意識を向けるようにもなった。そして気付くことが出来たのだ…

 

 

―――いったい自分は今まで何をしていたのだろうか?ちょっと目を向ければ、空っぽな自分を満たしてくれるモノは幾らでも在った…

 

 

 

 

「彼女は全ての切っ掛けに過ぎない…だけど、だからこそ俺は彼女に感謝しているんです。こんな俺に生きる理由と、“本当に欲しかったモノ”を与えてくれたから…」

 

 

「……本当に欲しかったモノ…?」

 

 

「えぇ、そうです…」

 

 

 

 復讐が今まで自分を生かしていたのは、確かだろう。ただ最近思う様になったのだ…自分が本当に欲しかったモノは、違うんじゃないだろうか?と……

 

 そして、やはりそれは正しかった。自分が完全に諦めた復讐を達成する機会…それが不可能になると分かっていても、それと今日の行いを天秤に掛けた時、自分は迷う事無く後者を選んだ。

 

 

―――自分が勝手に決意し、当の本人には口約束程度にしか思われてないであろう、あの誓い…

 

 

 

 

 

「俺は復讐自体を望んだ訳じゃ無かった……俺は『復讐』という名の『誰かとの繋がり』に縋っていたんですよ…」

 

 

「ッ…」

 

 

「だから俺はティナ・ハミルトンに復讐を対価にしてCIAに勧誘された時も、あんなにも簡単に断る事が出来た。『復讐』と『現在』を比べたのでは無く、『奴ら』と『貴方達』を比べたから……そして俺は、エムとの…マドカとの『約束』という名の『繋がり』に、生きる喜びを見出す様になっていたようです。」

 

 

 

 自分に生きる喜びを感じる切っ掛けをくれた、一人の少女。いつしか自分は、そんな彼女の望みを叶えてやりたいと思う様になった。そして同時に、その事に対して生き甲斐を感じるようにさえなった…。

 

 自分が『マドカを手伝う』という誓いを守る限り、自分は彼女との繋がりを感じる事が出来る。それはとても心地の良い感覚で、何よりも嬉しくて、何ものにも代えがたい大切なモノへと成っていた…

 

 

 

「……その為になら、死んでも構わないと…?」

 

 

「えぇ、構いません……姉御や旦那達には悪いですけど、それが何よりも大切に感じてしまうんです。彼女との繋がりを思えば、恐怖も躊いも感じない位に…」

 

 

 

 スコールの問いに、彼は一切迷う様子を見せずに答えた。そんな彼の瞳はしっかりと目の前の彼女に真っ直ぐと向けられ、嘘や同情を誘っている様には見えなかった。彼のその態度に一層の呆れを感じ、深々と溜息を吐いた…

 

 

 

「あなたは本物の大馬鹿ね…」

 

 

「我ながら、もっと器用になれたら良かったと思いますよ…」

 

 

 

 向かい合った二人は、互いに苦笑混じりにそう漏らした。聴いた側も、言った側も馬鹿馬鹿しい事この上ないと分かっているのだ。けれども分かっていてもどうしようも無いという事も理解しているのだ……だから、その時は遂にやって来た…

 

 

 

「何か言い残すことはある…?」

 

 

「いや、特に無いです。むしろマドカには何も言わないで下さい、流石に恥ずかしいです。地獄に行ってまで羞恥心で悶えたく無いですから…」

 

 

 

 

―――どうか、俺のことは気にせず生きてくれますように…

 

 

 

 

「分かったわ……本当に不器用ね、あなたは…」

 

 

「自覚してます…」

 

 

 

 

―――どうか、アイツが望んだモノを手に入れられますように…

 

 

 

 

「……それじゃ…」

 

 

「はい」

 

 

 

 

―――どうか、俺の生きた理由に意味があったと言える位に、アイツの生に光が差しますように…

 

 

 

 

 

「……さようなら、マドカ…」

 

 

 

 

 自身のISを部分展開させたスコールの光景を最後に、彼は目を閉じた……そして…

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「間に合え…間に合え…!!」

 

 

 

 スコールの部屋を目指し、マドカは息を切らせながら全力で走っていた。その表情はいつになく必死であり、同時に追い詰められていた…

 

 

 

『あの大馬鹿は、監視対象である織斑一夏を殺そうとするお前を止めるどころか手伝った』

 

 

 

 先程オランジュの口から聴かされた、セイスに関する驚愕の事実。ただの冗談や戯言だと思っていたそれを、セヴァスは本気で実行していたのだ。その事でスコールは彼を呼び出したと言う事は、彼女が彼をどうする気なのか考えるまでも無い…

 

 

 

「何で…何でこんな馬鹿な真似を……!!」

 

 

 

 そんな真似をしてまで…自分から命を捨てる様な真似をしてまで、自分の復讐を手伝って欲しいなんて思っていなかった。ましてや、日ごろ彼が恩を感じていた者達を裏切るなど、彼にとって苦痛以外の何物でも無い筈だ。その証拠に、セヴァスはケジメを着けるべく自らここに戻って来た……

 

 

 

「頼む……間に合ってくれ………!!」

 

 

 

 今更自分が行ってどうこう出来るとは思えないが、それでも行かねばならないと感じた。そう思った時には既にオランジュの静止を振り切り、医務室を飛び出してスコールの部屋へと駆け出していたのだ…

 

 

 

「もう少し、で…!!」

 

 

 

 次の角を右に曲がれば、不本意ながらも行き慣れてしまったスコールの部屋だ。言い様の無い不安感と焦燥感に駆られながらも、目的地に近づいている実感を覚える事が出来た…

 

 やがてその曲がり角を通った所で、遂にスコールの部屋を正面に捉えた。ノックもベルもする気なんて微塵も起きず、辿り着くや否や咄嗟にドアノブを手に取って回す。幸い、鍵は掛かってなかったようですぐに扉は開いた…。

 

 

 

 

「スコールッ!!」

 

 

「あら、エムじゃない。ノックもしないで何の用かしら…?」

 

 

 

 部屋の扉を開いて彼女の視界に入って来たのは、相変わらず成金臭漂う金が掛かってそうなスコールの部屋。その中央に、部屋の主であるスコールは立っていた。何故かISを部分展開しており…

 

 

 

 

「…あ……」

 

 

「どうしたの、何か用があって来たのじゃなくて…?」

 

 

 

―――嘘だ…

 

 

 

 

「…あ…あぁ……ッ!!」

 

 

「おかしな子…何も無いのなら、さっさと帰ってくれる?私、今ちょっと機嫌が悪いのよ…」

 

 

 

 

―――嘘だ、有り得ない… 

 

 

 

 

「……あ、ああぁぁぁ…ッ!!」

 

 

「そうだわ、暇ならコレを片付けてくれるかしら?部屋が汚れるし、何よりも邪魔だから…」

 

 

 

 

 

―――嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない認めたくない嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…!!

 

 

 

 

「適当にそこら辺に捨ててくれれば良いわ。だから、早くしてくれない…?」

 

 

 

 スコールが『邪魔』と称し、部分展開されたISに貫かれ、赤い液体を滴らせながら部屋を汚すソレ…

 

 

 何時もなら、そんな状態になっても軽口を叩いて見せるソレ…

 

 

 立て続けに激しい戦闘を続け、自慢の再生能力が劣化した状態になっているであろうソレ…

 

 

 スコールに貫かれたソレはピクリとも動かず、一切音を発することなく沈黙していた…

 

 

 目の前に居るソレは、今最もマドカが会いたかったモノで、会いたくなかったモノ……

 

 

 

 

 

 

 

―――スコールに心臓を貫かれたセヴァスは、死んでいる様にしか見えなかった…

 

 

 

 

 

 

「キサマああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 不思議な事にこの瞬間、彼女は織斑千冬に向けた時以上の憎悪と怒りを覚えた…

 




早けりゃ今日中、遅くて明日の午前…


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生きた理由 後編

やっと書き終わったああああぁぁぁ!!文字数がラジオを超えたあああぁぁ!?
そしてどんな感想が来るのか不安でしょうがない…orz


あと、急に思い至った思いつきが……詳しくは活動報告にて…!!


「あ゛あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 マドカは獣の様な叫び声を上げながらゼフィルスのビットを全て展開し、碌に狙いも付けないまま一斉射を行う。彼女の咆哮と、ビットから放たれるBT兵器の発射音が周囲に衝撃と共に周囲に響く…

 

 

 

「ちょっとは落ち着きなさい」

 

 

 

 彼女がこれまでに無い程の怒りと憎悪を見せたにも関わらず、その全てを向けられた当の本人は至って冷静だった。ISを本格的に展開し、昼間に楯無の攻撃をあっさり防ぎ切った金の繭の様な防壁でそれを防ぐ…

 

 

 

「さっきの独断行動に加え、私に対する殺意……そろそろ、あなたの暴挙に目を瞑るのは限界だわ…」

 

 

「黙れッ…!!」

 

 

 

 ビットの一斉射はその衝撃だけでスコールの部屋を半壊させたものの、肝心の彼女は無傷。依然として彼女目掛けて撃たれるビットの閃光は、金色の障壁によって防がれ続けていた。マドカはメイン武装である『スターブレイカー』を昼間に損失しており、現状スコールの防御を貫くことは不可能に近い。それを決して短くない期間をスコールの下で過ごしたマドカは、充分過ぎる位に理解しているつもりだ…

 

 

―――ただ、それでも…

 

 

 

 

「もう分かってるでしょう?エム…今のあなたでは、決して私に勝つことは出来ないわ……」

 

 

「黙れ…黙れ黙れ黙れえええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 

 

 

 

―――もう何もかも知った事では無い…

 

 

―――勝てずに殺されようが…

 

 

―――頭に埋め込まれたナノマシンに脳を焼き切られようが…

 

 

―――それが原因で姉さんに復讐を果たせなくなろうが…!!

 

 

―――今はただ、この激情に身を任せる以外は…!!

 

 

 

 

「貴様は…貴様だけは絶対に殺してやるッ!!」

 

 

「……もう何を言っても駄目みたいね…」

 

 

 

 

 障壁のせいで姿も表情も見えないが、声だけはしっかりと聴こえてくる。その口調は憎しみに駆られる此方を逆なでするような、とても気怠そうなモノであった。もしかしたら今頃、自分の頭の中に仕込んだナノマシンを起動させようとしているのかもしれない。だが、それを知った所で止まる気は無い。

 

 思考をフル回転させ、現状を打破する方法を模索する。この際勝てなくてもいい、刺し違えったても構わない、最悪の場合一矢報いるだけでも良い……何か、何か手立ては無いのか…!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、いい加減に起きなさい。彼女、私の言葉じゃ止まってくれないみたいだから…」

 

 

「ウッ……ゴボッ、ゴホッ…!?」

 

 

「……え…」

 

 

 

 金の障壁の向こうから聴こえてきたのは、さっきと同様の気怠そうなスコールの声と、随分と聴き慣れた咳き込みながらの吐血と呻き声。それが耳に届いた瞬間、マドカの動きと思考が完全にストップした…

 

 

 

「ゴホッゴホッ!!……あ、あれ…?」

 

 

「いつまで私の腕に負担を掛ける気?どかないなら、どかすわよ?」

 

 

「え、ちょ…!?」

 

 

 

 何やら場違いも良い所な会話が聴こえてきたと同時に障壁が消え、それに合わせてスコールが何かを床に放り投げた。一縷の希望に縋りながら、マドカは放り投げられたソイツを凝視する……そしてそれが何なのか分かった瞬間、言葉を失いながら力なくへたり込んでしまった…

 

 

 

「ゴフッ…!!姉御、あの程度じゃ俺…死ねないんですけど……」

 

 

「知ってるわよ」

 

 

「セヴァ…ス…?」

 

 

 

 

―――セヴァスが、生きてた…

 

 

 

 

「それに私は言った筈よ?『心臓を抉られる位の覚悟はしておく事ね』って…」

 

 

「いや、確かに言われましたが……まさか、その程度で済むわけ…」

 

 

「黙りなさい、そして彼女の顔を見てみなさいな…」

 

 

「え?……あ…」

 

 

 

 スコールに促されセイスが視線を向けるとそこには、彼が生きていることに安堵して腰が抜けたのか、ペタンと床に座り込んで呆然としているマドカが居た。その表情は色々な感情を振り切ったせいか完全に無表情なのだが、頬を涙が伝っている。そしてその瞳は、セイスの事を真っ直ぐに見つめていた…

 

 そんな彼女の様子に気不味くなって目を逸らし、『あ~』とか『う~』とか呻きながら何か言い訳を考えるセイス。しかし、部屋の惨状に視線がいった途端、色々と悟ったセイスは真っ青になった。マドカが自分のやった事を知ってしまったのは不味い事に変わりないが、気を失ってる間にスコールに牙を向けたのはほぼ確実である。下手をすれば、スコールはマドカを…

 

 

 

「その顔…この期に及んでエムの心配してるの?だとしたら本当に呆れるわ……」

 

 

「姉御…マドカは…」

 

 

「安心なさい。未遂だから、後で愚痴を漏らして終わらすわ。」

 

 

 

 それを聴いた瞬間、セイスは安心したのかホッと胸を撫で下ろした。ところが、それを聞いて漸く我に返ったマドカが立ち上がった…確実にセイスを庇うべく何かする気である。そんな二人の様子に心から呆れつつも、スコールは二人の行動を遮るようにして言葉を続けた。

 

 

 

「あと、セイス…別に貴方を殺す気は無いわ……」

 

 

「は…?」

 

 

「はい、コレ」

 

 

 

 その発言に驚くセイスに構わず、スコールは何処からか取り出した一枚の紙を彼に手渡した。自分の血で真っ赤に染まった手でそれを受け取り、それに書かれた文字を呼んだ瞬間にさっき以上の驚愕を覚えた…

 

 

 

「さ、『更識楯無暗殺指令』…?」

 

 

「そうよ。今日のあなたの行動はその命令に従っただけであって、別に命令違反でも何でも無いのよ」

 

 

 

 この指令が出された時間は、今朝の6時。充分に余裕を持って受理したことになる。つまり動機はどうあれ、自分はただ単に上からの命令を全うした形になる訳なのだが…

 

 

 

 

「……何も聴いて無いんですけど…」

 

 

「オランジュ辺りが伝え忘れたのでなくて?…一応言っておくけど、失敗した責任を取るとか言わないで頂戴ね。そうなると、最近任務を失敗してばかりのオータムやエムまで責任を取らさなきゃいけなくなるから…」

 

 

 

 余りに白々しい物言いにセイスは言葉を失う。幾ら何でも、こんな馬鹿みたいな形で今回の事に決着がついて良いとは思えない……いや、ついてしまっては駄目なのだ。それが恩人たちを裏切った、自分なりのケジメである。そもそも… 

 

 

 

「そもそも…勝手に首輪を外した件は……?」

 

 

 

 これは今回の事に関係なくやった事だ。おまけに彼女が逃亡する際に。手伝う準備までちゃっかりしていたのだ。幾ら何でもこれは流石に…

 

 

 

「下手にその事を教えて、時期を考えずに暴走されると困るからって点もあったのだろうけど……実際に彼女は何も知らなかったのでしょう?そして命を握られていると理解していても尚、今回の件とこの惨状よ?首輪なんて、あっても無くても最初から変わらなかったのよ」

 

 

「いや…そうかもしれませんけど……」

 

 

 

 もしもマドカが自由を手に入れたと自覚した時、彼女が一時のテンションに任せて暴走しない自信が無かった。万が一時期を読まずに組織を敵に回した場合、その追撃は容赦の無いモノとなる筈だ。特に、その辺に関するフォレスト達の恐ろしさは身を持って知っている。彼らは様々な場所からISを奪ってくるが、その最中にあらゆる形でパイロットの命を奪っている。暗殺、自殺の誘発、事故に見せかけた策略…その魔の手がマドカにも及ぶと考えるだけで恐ろしくなり、慎重にならざるを得なかったのだ。

 

 今回のマドカの暴走を手伝った件、彼女のナノマシンを勝手に解除した件…自分が罰を受けるべきその両方の罪が消えていくことに、何故かセイスは言いようの無い憤りを覚えてきた。

 

 

 

「勝手にやった事は流石に無視出来ないけど、その件はさっきの一撃でチャラにしてあげるわ…」

 

 

「……姉御、悪ふざけも大概にして下さい…!!」

 

 

 

 自分がキレるのは筋違いも甚だしい…それは重々承知しているが、どうしても納得できない。どうしてもスコールがふざけている様にしか思えなかった。今回の事を引き起こしといて何だが…いや、引き起こした身だからこそ、事の重さを理解しているつもりだ。故に自分は覚悟を決め、ケジメをつける為にココへ戻って来たというのに……彼女にその覚悟を馬鹿にされている様に感じてしまったのだ…

 

 

 

「俺は組織を裏切ったんですよ!?自分の為に嘘を吐き、貴方達を騙したんだ!!なのに…なのにこんな馬鹿みたいな形で済まそうとするなんて…!!」

 

 

「もう一度言うわ…黙りなさい……」

 

 

「ッ…」

 

 

 

 今までに無い程のすごみを見せたスコールに、セイスは一瞬だけ怯んだ。彼が黙ったことにより、スコールは言葉を続ける…

 

 

 

「今更負い目を感じると言うのなら、黙って私達に従いなさい。そもそも何で私が貴方の望みを叶えなければならないの…?」

 

 

「ですが…!!」

 

 

「それに……何も私達は、情けだけであなたを生かそうとしている訳では無いわ…」

 

 

「え…?」

 

 

「とにかく、あなたが幾ら喚こうがこれで話は終わり。今からこの部屋の片付けをするから、邪魔になる前にさっさと帰りなさい」

 

 

 

 それだけ言ってスコールは二人に背を向け、手でシッシッと払うような仕草を見せた。『土砂降り(スコール)』の異名は伊達では無く、こうなったら何を言っても耳を貸してはくれない。それを嫌と言う程知っているセイスは、とうとう諦めた。それにこれ以上“この部屋を半壊させた彼女”の目の前で死ぬ事を望んだら、どうなるか分かったものじゃない…

 

 貧血気味でふらつく身体で何とか立ち上がり、マドカに横目で視線をチラリと向ける。彼女の表情を見てみると、自分がこれから何をするのか、どうなるのか分からずハラハラとしているのが分かってしまい、思わず苦笑してしまった。それを確認した後、再度スコールと向き合う…

 

 

 

「『情けだけでは無い』……ですか…」

 

 

「……。」

 

 

 

―――それはつまり、意味を裏返せば…

 

 

 

「……姉御、御迷惑お掛けしました。そして、ありがとう御座います…」

 

 

「……。」

 

 

 

 足はフラフラ、頭もクラクラ…だけどその言葉だけはしっかりと伝え、安定しない足取りで彼女に背を向けた。未だにどうすれば良いのか分からず挙動不審になっていたマドカも、彼のその様子を見て慌てて駆け寄って肩を貸す。そして部屋から出るべくドアノブに手を掛けた時、背後からスコールが声を掛けてきた…

 

 

 

「セイス…」

 

 

「はい…?」

 

 

「彼女の為に生きると言うのなら、途中で投げ出さずに最後まで付き合いなさい…」

 

 

「……。」

 

 

 

 相変わらず此方には背を向けたままだが、言葉はしっかりと耳に届いた。そしてその声はさっきまでのスコールとは違い、どこか温かみを感じさせるモノだった。それにセイスは直接的な返事こそしなかったものの、マドカに貸してもらった肩越しに静かに一礼して返した。

 

 それっきり二人は何も喋らず、セイス達が静かに静かに扉を閉める音だけが響いた。去り際、マドカはずっとスコールに何か言いたげな視線を向けていたが……結局、彼女もまた何も言わなかった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……本当に腹が立つわ…」

 

 

 

 部屋の主と残骸、そして沈黙だけが残ったスコールの部屋…そんな場所で、セイス達が去った時の姿勢のまま、彼女は独り忌々しげに呟いた。

 

 

 

『いやぁ、ご苦労様。協力感謝するよ』

 

 

「……。」

 

 

 

 そんな時、何処からともなく聴こえてきた男の声。いずれタイミングを見計らって語りかけてくるであろうと思っていたが、分かっていても苛々する…

 

 スコールが手に持った通信機から聴こえてきたのは、セイスの直属の上司であるフォレストの声だった。しかし彼の様子は、自慢の部下が裏切り行為を働いたにも関わらず、どこか楽しげである…

 

 

『しかし、いったい何に腹を立てているんだい?セイスの行動を予測できなかった事?それとも、エムに部屋を滅茶苦茶にされた事かな?』

 

 

「全て貴方の思惑通りになった事よ……フォレスト…」

 

 

『おやおや、それは心外だ。思惑通りだなんて人聞きの悪い。僕はただ、彼がいつ何処で何をするか予想しただけだよ』

 

 

「……意味一緒じゃない…」

 

 

 

 そうなのだ…今回のエムの暴走、それに伴うセイスの裏切り行為、その両方をフォレストは既に予見していたのである。それも、今回のキャノンボール・ファスト襲撃の計画を練る前からだ。

 

 今回の計画を実行する直前、彼はいきなり二人の暴走を予告してきた。最初こそ馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていられたのだが、セイスが自分の知らない所で色々とやっていた事を聞かされたらそうも言ってられなくなった。それでも半ば信じられず、杞憂に過ぎないと思ってその件はフォレストに任せたのだが…

 

 例によって、二人は行動に出てしまったというわけだ…

 

 

 

「いったい、いつから予想してたの…?」

 

 

『彼が貸し出し人材リストに自分の名前を書いた時、かな?君知らないと思うけど、あれ事後承諾だったんだからね…?』

 

 

 

 あの時から段々とセイスの最優先事項が分かり、その為なら何をするか分からないと言う事も理解出来た。そして、その起爆剤が何であるかも…

 

 

 

『彼はある意味自分の欲求に忠実だ。中途半端な欲望で身を滅ぼす奴は何処にでも居るが、彼はそれを満たす為に敢えて自分を捨てる。改めて考えても、彼は何処か壊れてるね…』

 

 

 

 彼の何がそうさせているのかは推測するしか無いが、とにかくセイスは自分を顧みない。本末転倒であろうが矛盾していようが、そのたった一つの大切なモノの為に全てを捨てる。例えその中に、別の大切なモノが含まれていようとも…

 

 

 

「よくもまぁそんな子を手元に置こうとするわね…優秀なのは認めるけど、流石に不安定だわ……」

 

 

『君が言えた事か?そもそも今のセイスとのやり取り、九割アドリブ…ていうか君の本音だろ?』

 

 

「……。」

 

 

『僕も彼に情が湧いたのは否定しないけど、優秀だからという理由だけで彼を生かしたつもりは無いよ。組織全体で見れば、今の彼の代わりに成り得る人材は居なくも無いからね……最低限の忠誠心と仁義くらいは持ってて欲しいとこかな…』

 

 

「……それを試す為に、今回の事を…?」 

 

 

『そういうこと』

 

 

 

 今回のセイスの罪を帳消しにした『更識楯無暗殺指令』…本人も気付いたみたいだが、アレは今回の彼の裏切り行為を無かった事にする為に用意されたものだ。ただし同時に……

 

 

 

「因みに、彼が戻って来なかった時はどうするつもりだったの…?」

 

 

『破って捨てて、ただの裏切り者として彼を始末したさ。そんな事にはならないと思ってたけどね…』

 

 

 

 もしも自分達を裏切った事に負い目を感じ、戻って来るだけの気概と相応しい態度を見せたのなら最初から許してやるつもりだった。組織に愛着を持っているのであれば、ある程度譲歩してやれば良い。そうすれば、彼が優秀で忠実な部下で在り続ける見込みはある。それに、やはり彼を失うのは少々勿体無い。替えが利くのは、あくまで“今の彼”だ。将来有望な彼は、数年後はティーガーに匹敵する実力者になるかもしれないとフォレスト達は思っているのだ…

 

 取り敢えず、彼を生かす理由はこんなところだ。しかし他の者達に示しを付ける為にも、建前的にこれだけでは些か不足気味だ。数少ないIS操縦者であるエムはともかく、現状替えの効くセイスは微妙だ。ましてや日頃から裏切り行為には厳しくしていた為に、彼を許すにはもう一つくらい理由が欲しい…

 

 

 

『というわけで、彼の存在価値を一つ追加』

 

 

「……その為にエムの暴走まで見逃したの…?」

 

 

『いや悪いね、部屋が酷い事になる原因まで作っちゃって。でもこれで君も分かったろうし、他の幹部達を充分に納得させる事が出来る…』

 

 

 

 今回のマドカの暴走…それもフォレストは予測していたが、敢えて無視した。全てはセイスの暴走を誘発させ、この状況を作り上げるためだ。そして彼の思惑通りあの二人は、自分の命を投げ出す覚悟で行動に移った…

 

 

 

『君に命を握られていると認識したうえで、彼女は今回の件を引き起こした。未遂だからこそ甘く見て貰えるが、いつか取り返しのつかない事態が起きる可能性がある。』

 

 

「……。」

 

 

『さらに彼女はセイスが死んだと思った瞬間、我を忘れて君に襲い掛かった。セイスも同じだ…エムの命を天秤に掛けた彼は、自身の命を簡単に捨てる。そこまで互いに依存し合ってる二人だからこそ、本人達の命を握ったとこで肝心な時に意味を成さない……それは今回の出来事を見れば、誰にでも分かる…』 

 

 

 

 怒り狂った時の彼女の心情は、あの様子から想像するに容易い。元からそうだったとはいえ、首輪の効果が無い場合があるとさっきので完全に証明された。二人は互いの事となると、いとも簡単に狂う。

 

 だが逆に言えば、それさえ利用すればどうにでも出来るのである。現にセイスの死を引き金にスコールへと襲い掛かったエムは、セイスの生存を確認した途端に大人しくなった。セイスもまた同様に、エムの事を考慮した結果、彼女を敢えて組織に留まらせる選択を取った。

 

 

 

『あの二人は充分“互いの枷”に成り得ると、彼女の怒気を受けた君なら思うだろ…?』

 

 

「……そうね…」

 

 

 

 あの二人は自分の命に関して無頓着だ。しかし、互いの命の事となると何処までも必死になる。故にあの二人を殺さずに本当の意味で止める事が出来るのは、あの二人に他ならない。つまりエムがセイスを唯一止めることが出来る存在であるように、セイスは“亡国機業で唯一エムを止めれる存在”という事になるのだ。これは彼にしか無い存在価値であり、敢えて生かす理由に加えるには充分だ。

 

 

 

「ほんと、貴方は回りくどい方法を選ぶわね…」

 

 

『命を握って言う事を聞かせるのは、確かに手っ取り早くて良い。けれど彼らみたいな人間にこれを使うと、この様な形で痛い目を見る時がある。それに僕はね、部下達には自主的に働いて貰いたいのさ…』

 

 

 

 脅したり、強要したりするべき時はある。けれどその積み重ねは相手の恨みを買い、自分に牙を向ける切っ掛けになりかねない。だからフォレストは自分の部下が何を理由に、何を求めているのかを徹底的に把握する。欲しいモノは与え過ぎず、かと言って不満も溜まらせない。充分な成果と対価を持って来ればそれ相応の褒美を渡し、失態を犯した時はそれなりの罰を与える。そして幾ら失敗しようが、挽回のチャンスは必ずくれてやる。そうすれば自ずと部下は、進んで自分の為に働いてくれるようになるものだ。

 

 

 

 

『彼の本当に欲しいモノがそれならば、幾らでも用意してやるさ……期待した働きと、新たに追加された存在価値を全うしてくれるのならね…』

 

 

「……自分がエムの枷になってると自覚した時、彼は命を絶つかもしれないわよ…?」

 

 

『そうならない様、僕達について来る事が一番の近道であると思わせ続けるまでだよ。今日のエムみたいに適度なガス抜きさせながら、さっさと舞台を整えれば問題ない』

 

 

「……。」

 

 

 

 相変わらず手際が良いと言うか、ムカつくと言うか…とにかく食えない男である。今でこそ頼もしい味方であるが、敵に回った時を考えると恐ろしいことこの上ない。あの必死になった二人の立ち回りが、結局は全て彼の掌の上で踊らされていたという事実がそれを証明している……いつか、コイツをぎゃふんと言わせる日が来ると良いが…

 

 

 

『おっと…そろそろ時間だ、僕はこれで失礼する。また今度の幹部総会にでも会おう』

 

 

「……えぇ、また会いましょう…」

 

 

 

 等と考えていた矢先、通信機越しから聴こえてきた彼の言葉。先程思い浮かべたささやかな野望を悟られぬように、スコールは出来るだけ平静を装ってそれに返した……しかし… 

 

 

 

 

『あ、そうだ。後で“彼”に労いの言葉でも送っといてくれ。僕にセイスとエムの対応を頼んできた上に、荒削りだけど今回の大筋を考えたの“彼”だから。』

 

 

「彼?……まさか…」

 

 

『うん、多分君の予想通り。いやぁ改めてうちの派閥は安泰だね、あっはっはっはっ…』

 

 

 

 その『彼』とやらに、スコールは一人だけ心当たりがあった。しかし、もしもそうであるのなら大したものだと関心し、同時に腹芸の巧みさにゲンナリする。今日彼と何度か会話したが、それらしい素振りを一切見せなかったのだ。何が『俺が言っても説得力が無い』だ…

 

 部下の心を独占するような人外、馬鹿のフリした悪魔、変人だらけでありながら有能な部下たち、そしてそんな者達を見事に従え続ける男……何度考えても…

 

 

 

「……本当に滅茶苦茶よ、あなた達は…」 

 

 

『ありがとう、それは僕たちにとって褒め言葉だ』

 

 

 

 

 その言葉を聞いたスコールは、今日一番の溜息を吐いた…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……あぁ…やべ、血が足らね…」

 

 

「……。」

 

 

 

 スコールとフォレストがそんなやり取りをしている頃、マドカとセイスはゆっくりと通路を歩きながら外を目指していた。要件は済んだのでセイスはIS学園の隠し部屋へ帰りたいのだが、それにしては随分と遅いペースになっていた。おまけにさっきから彼に肩を貸し続けているマドカが、完全に黙り込んだままであるのが精神的に辛い…

 

 だが、その沈黙は唐突に終わりを告げた。ダンマリを決め込んでたマドカが遂に口を開いたのだ…

 

 

「……なんで…」

 

 

「ん…?」

 

 

「なんでこんな真似をした!?なんで私なんかの為に死のうとした!?」

 

 

「……。」

 

 

 

 耳元で怒鳴られ、流石にセイスも顔を顰めざるを得なかった。無論、彼女が怒ってる原因は分かってる。そして絶対にこういう事になるだろうから、彼は黙ってスコールに殺されようと思った。けれども、こうなっては仕方ない…

 

 

 

「答えろセヴァス!!私は…私はそうまでしてお前に……!!」

 

 

「それが俺のやりたい事だったからだ。そして、ちょっとハシャギ過ぎて痛い目を見ただけ。お前だって勝手に無茶したんだから、お互い様だ…」

 

 

「ッ…そんな理由で私が納得するとでも本気で思ってるのか!?」

 

 

「納得も何も、嘘は言ってないさ…」 

 

 

 

 嘘は言ってない、細かい部分を省いただけ。後は適当に話を切り上げてしまえば…

 

 

 

「……だったら…」

 

 

「…?」

 

 

「だったらスコールの言っていた、『彼女(わたし)の為に生きる』というのはどういう意味だ…?」

 

 

「……あ…」

 

 

 

 思わず頭を抑えたくなったが、如何せん身体に力が入らない。今日一日だけで二連戦+α、流れた血の量も半端無くて意識が朦朧としてきた。死にはしないだろうが、ナノマシンの働きが衰えてきたせいか傷の治りも遅い。そのせいでスコールに心臓を貫かれた時は、いつもなら平気にも関わらず意識が跳んだ。

 

 いや…今はそれよりも、この状況をどうするべきか。馬鹿正直に言うのは彼女にとってマイナスだになりかねない。かと言って下手な嘘を吐いてもすぐにバレてしまうだろう。どうしたものか…? 

 

 

 

「おい、いつまで黙ってる…!!」

 

 

「……。」

 

 

 

 考えても考えても、それらしい言い訳も誤魔化しも思い浮かばない。考えては消え考えては消え、その全てがボツとなる。挙句の果てには何も考えられなくなり……ていうか、これは… 

 

 

 

「いい加減に…!!」

 

 

「……ごめん、本気で限界…」

 

 

「え……うわッ…」

 

 

 

 そう呟いた瞬間、セイスは糸が切れた操り人形の如く崩れ落ちた。咄嗟の事にマドカは彼を支えきれず、二人して床に倒れてしまった。セイスを心配したマドカは即座に立ち上がり、彼の安否を確認する…

 

 

 

「おい、セヴァス…!!」

 

 

「あぁ…大丈夫じゃないけど、大丈夫……ちょっと、寝る………流石に…怪我……し過ぎた、みたい…」

 

 

 

 マドカの問いに弱々しくもちゃんと答えたことにより、マドカはホッと胸を撫で下ろした。そんな彼女の様子に、ちゃっかりセイスはこれ以上追及されなくなった事を喜んだ。それが表情に出たらしく、彼女と目が合った瞬間に思いっきり睨まれた…

 

 

 

「……いつか、ちゃんと答えて貰うからな…」

 

 

「ははは、期待するなよ……ただ…これだけは、言っと…く……」

 

 

「…?」

 

 

 

 スコールに吐露した内容全部を言う気は無いが、それでもこれだけは伝えとくべきだと感じた。だから消えそうな意識を気合で留まらせ、その言葉を紡ぐ…

 

 

 

「お前が何処で、何をしようが……俺、は……お前の、味方で…在り続け、る………だか、ら…」

 

 

 

 

―――俺の命なんて気にしないで…

 

 

 

 

「お前は…自分の好きなように、生きろ……」

 

 

「……セヴァス…?」

 

 

「あ、もう…無理……おや、すみ………」

 

 

「おい、セヴァス…!?」

 

 

 

 まるで遺言みたいな言い方をするもんだから気が気では無くなりそうだったが、ちゃんと息はあった…というか寝息だった。本当に眠ってしまったようである…

 

 

 

「心臓に悪いぞ、馬鹿…」

 

 

 

 こっちの気も知らないで穏やかな寝息を立て、深い眠りについているセイス。そんな彼を見て、マドカの手は自然と彼の頭へとのび、そして優しく撫で始めた。自称化物の髪の毛は、思いのほかサラサラで触り心地が良かった…

 

 

 

「…結局、答えてはくれないんだろうな……」

 

 

 

 昔から彼は肝心なことは最後まで隠し通そうとする。今回の事も、多分そうなるだろう…

 

 

 

「どうして、お前はそこまで私に…」

 

 

「それがセイスの生きる理由で、本当に欲しかったモノ…だからじゃないか?」

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 突然頭上から降って来た誰かの声。視線をセイスからそっちへと向けたら、頭にタンコブ作って露骨に気怠そうな表情を見せるオランジュが立っていた。その頭のタンコブはマドカがスコールの部屋を目指して走り出す際、目の前の彼を突き飛ばした拍子にやってしまったようだ…

 

 

 

「オランジュ…すまなかった……」

 

 

「謝られる心当たりが多すぎてどれに対してなのか分かんねぇよ…ま、一応全部って事にしといてやる。取りあえずさっきも言ったが、俺はセイスを引き取りに来たんだ。後は任せろ……」

 

 

「すまない…」

 

 

 

 さっき見せた雰囲気は鳴りを潜めており、いつもの彼に戻ったようだ。そんな彼だからこそ、彼女は彼に問いかけた…

 

 

 

「……なぁ、オランジュ…」

 

 

「何だよ…?」

 

 

「さっきの言葉は、どういう意味なんだ…?」

 

 

 

 

 

―――自分の為に命を懸ける事が、セヴァスの欲したモノ…?

 

 

 

 

「どういう意味も何も、この大馬鹿にとってお前は何よりも大切な存在なんだよ。」

 

 

「え…」

 

 

 

 依然として眠り続ける彼を背中に背負い、面倒くさそうに返された答えはマドカを唖然とさせた。そんな彼女の様子を無視しながら、オランジュはセイスが起きてたら全力で止めに掛かりそうな事実を淡々と告げていく…

 

 

 

「今のセイスはな、ほぼ完全にお前に依存しているんだよ。お前の為なら簡単に死ねる位に…」

 

 

「……そんな、わけ…」

 

 

「今日のコイツの行動を思い返しても、まだ否定できるか…?」

 

 

「……。」

 

 

 

 彼の言う通り、彼が自分の為に死のうとしたのは覆し用の無い事実である…

 

 

 

「何時だか酔った勢いでセイスが自分で喋ったんだが…お前はセイスにとっての生きる理由であり、一番大切な『繋がり』なんだとよ……」

 

 

「繋がり…?」

 

 

「そう、お前を手伝うっていう勝手な誓い…この前、口約束に昇格したんだっけか?それを守り続ける事で自分は生きていると強く実感出来て、それが何よりも心地良く感じるんだとよ……」

 

 

「……。」

 

 

 

 オランジュの口から出てくる自分の知らなかったセイスの事に、マドカはただただ言葉を失う他無かった。まさか自分がセイスにとってそこまで大切な存在…ましてや日頃から言っていた『欲しかったモノ』になっていたとは、露程も思っていなかったのだ。故に彼女は、その事実に何も言う事も出来ず呆然とするしか出来なかった… 

 

 

 

「まぁ、無理かもしれないが後の詳しい事は本人に聞いてくれ。俺はコイツを連れて隠し部屋に帰った後一発ぶん殴る予定なんだが、お前も来るか…?」

 

 

「私は…今日は、いい……」

 

 

 

 今日はもう、オランジュの誘いに素直に乗れるような気分では無かった。このまま彼と共にいつもの場所へと赴き、意識を取り戻した彼を問い詰めたいのは山々だが……今の状態で彼と向き合ったら、冷静にいられる気がしなかった…

 

 

 

「そうか。じゃ、俺は帰る…」

 

 

「あぁ、またな…」

 

 

 

 挨拶もそこそこにオランジュはセイスを背負いながら、マドカに背を向けて歩き出した。マドカもまた、彼らに踵を返してその場を離れ始める…

 

 

 

「……だが最後に一つだけ忠告だ…」

 

 

「え…?」

 

 

 

 そんな時、背中越しから聴こえてきたオランジュの声。マドカが咄嗟に振り向くと、彼はこちらに背を向けたまま言葉を紡いだ…

 

 

 

「今のコイツを生かしているのは俺達や姉御じゃ無い……お前なんだよ、マドカ…」

 

 

「ッ……。」

 

 

「お前が何しようが基本的に勝手だが、それだけは忘れるな…」

 

 

 

 それだけ言ってオランジュは再び歩きだし、今度こそ帰路についた。広くて長い通路にただ一人立ち尽くしたマドカはまともに返事をする事も出来ず、彼に背負われたセイスを見つめ続けた…

 

 

 

「……セヴァス…」

 

 

 

 思わず口から零れたのは、自分なんかを生きる理由と『欲しかったモノ』に当てはめた、数少ない自分の理解者で最も信頼出来る少年の名前。そして…

 

 

 

 

―――この大馬鹿にとってお前は何よりも大切な存在なんだよ…

 

 

 

―――完全にお前に依存しているんだよ。お前の為なら簡単に死ねる位に…

 

 

 

―――お前はセイスにとっての生きる理由であり、一番大切な『繋がり』なんだとよ…

 

 

 

―――それを守り続ける事で自分は生きていると強く実感出来て、それが何よりも心地良く感じるんだと…

 

 

 

―――今のコイツを生かしているのは俺達や姉御じゃ無い……お前なんだよ、マドカ…

 

 

 

 

 

 

「セヴァス……私はいったい、どうすれば良い…?」

 

 

 

 

 

 嗚咽混じりで呟かれた彼女の問いに答えてくれる者は、誰も居なかった…

 

 

 




次回、『M&6アメリカ珍道中』


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阿呆、その裏で

ちょっと七巻に突入する前に、彼が裏で何をやっていたのかをチョロッと…

あと、人気投票は今日で閉め切ります。ご協力ありがとう御座いました~


 

 

『成程ね、中々に面白い…』

 

 

 

 受話器越しだというのに、その向こうから聴こえてくる声はとてつもなく恐ろしい。まるで機械のようでありながら、信じられない程の冷たさを纏っていた。いつまで経っても、この状態の師には慣れることが出来なさそうだ…

 

 しかし、いつまでもビビってる訳にはいかない。あの二人の未来は、自分に懸かっているのだから…

 

 

 

『確かに君が用意した『建前』と『プラン』は、急ごしらえ故に少々荒いが及第点はあげれそうだ。』

 

 

「そりゃどうも」

 

 

『しかし、だ…正直言って、二人を切り捨てた方が手っ取り早いとも思えるんだよね?』

 

 

 

 組織の幹部と言う立場だからこそ、そう簡単に全てを決める事は出来ない。ましてや裏切り者に対する処分など、最も慎重に対応しなければならない事だ。下手をすれば他の派閥どころか直轄の部下に不満を与え、挙句の果てに敵に回す恐れがある。だからどんな形であれ罪を犯した者を許すには、示しを付ける為にも多くの者が納得出来る理由が必要だ。

 

 

 

「冗談ですか?それとも、試してるんですか?あの二人の価値はそんなに安いっぽいものでは無い…それは、旦那自身が常日頃から言っていた……」

 

 

『ほう?』

 

 

「しかも、セイスとエムの裏切り行為…その危険性を懸念せずに使う貴方では無い筈だ。二人がいつ爆発するか分からない爆弾だと分かっていても、部下にする価値はあると思ったんでしょ?」

 

 

『ふふん…分かってるじゃないか……』

 

 

 

 一言聞く度に、背筋に悪寒が走る。さぞかし今頃、見たら誰もがチビリそうな凶悪な笑みを浮かべている事だろう。直に相対したら碌に思考することも、喋ることも出来なかったかもしれない。つくづく自分は電話詐欺師の方が似合ってると実感させられる…

 

 

 

『良いだろう、君の提案を許可しよう。』

 

 

「……ありがとう御座います…」

 

 

『しかし珍しいね?君がそこまで真剣になるとは…』

 

 

 

 緊張の糸が切れるのとほぼ同時に、電話の相手であるフォレストに声から冷たさが消えた。どうやら、もう安心して良さそうだ。本気で心臓に悪かった……出来れば、二度とこういう件で電話したくない…

 

 

 

「何を仰いますか、俺はいつだって真剣ですよ?今だっていつも通り…」

 

 

『良く言う、最初から最後まで声が震えてたじゃないか。そんなに怖い思いしてまで僕に電話しといて、無理してないとか言っても説得力無いから』

 

 

「……。」

 

 

『でも、君の気持ちも分からなく無いよ。“失くしたモノ”を連想させる存在は、誰だって必死に護りたくなるものさ…』

 

 

「よして下さいよ旦那、別にそんなんじゃ無いです…」

 

 

 

 口ではそう言うが、些か言葉に力が無い。露骨な動揺を隠すことは出来なかった…

 

 

 

『……ま、そういう事にしといてあげよう。そもそも、君が言わなくても彼らは助けるつもりだったからねぇ…』

 

 

「……マジですか…?」

 

 

『マジだ。形は違えど、君が思っている以上に彼らを気に入ってる奴は多いんだよ。あのスコールでさえ、セイスを殺すか否か問われたら最終的にノーと答えたろうよ…』

 

 

「……。」

 

 

 

―――俺の頑張りっていったい何だったんだろう…?

 

 

 

『ははは、そこまで落ち込む事は無いよ。御蔭で君が何処まで成長出来たのか分かったから、僕としては嬉しいことだ…』

 

 

「そう言われましてもねぇ……いや、もう良いです。とにかく例の件、よろしくお願いします…」

 

 

『あぁ任せたまえ、我が愛弟子よ』

 

 

 

 それだけ言ってフォレストは意気揚々と、自分は疲労感たっぷりのまま通信を終わらせた。ちょっとばかし納得いかないが、充分に望んだ結果になったと言っていいだろう…

 

 

 

「……さぁて、さっさとやる事やっちまうか…」

 

 

 

 もの言わぬ使い捨て通信機をゴミ箱に放り投げ、オランジュは別の通信端末を取り出した…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「まったく、今日までにどれだけ苦労したことやら…」

 

 

 

 フォレストの旦那と共に他の幹部連中や派閥の重鎮たちへの根回し、今日の二人の暴走対策の為にスコール達との打ち合わせ…やる事なんて山程あった。特に、エムを阻止する事なんて骨が折れるどころの話では無い。自分はISも持ってなければ、セイスの様な力があるわけでも無い。唯一優れているのは無駄に悪知恵の働くこの頭。

 

 そしてこの頭が思いついたのは、かつてティーガーにやった悪戯。軍人体質の彼が聴こえるか聴こえないかギリギリの音量でモールス信号を送り、暗示モドキをやってボコボコにされたというあの記憶。

 

 織斑邸の少し離れた場所で、ひたすら石ころ同士をぶつけて『イチカ』、『フタリキリ』という単語を連打し続けた。そしたら案の定、同じく軍人体質の彼女は“まるで自分で思いついたかの様に”一夏の元へと向かってくれた。そんな彼女がエムに殺されそうになった一夏と遭遇してどうなったかは、言うまでもない…

 

 

 

「あの時は本当に苦労したんだぜ?普通に邂逅したら、俺は戦う事も逃げる事も出来ないからよ…」

 

 

 

 今日の出来事を思い出しながら、目の前でスヤスヤと眠るセイスにオランジュはひたすら愚痴をこぼし続けた。現在、彼らが居るのはいつもの隠し部屋。体力的に限界を迎えていたセイスは、酷使した身体とナノマシンを休ませる為に休眠中だ…

 

 

 

「つーか、テメェもエムも少しは自分自身を気遣えっての…」

 

 

 

 二人が簡単に死なない事も知ってるし、自分は二人を簡単に死なせるつもりは無い。二人と違い、自身の命を差し出してまで頑張るつもりは無い…否、そんな無意味な真似はしない。願望や欲望というのは、生きて叶えてこそ意味がある。死んでしまっては、望みが叶ったことを喜ぶことさえ出来ないのだから。

 

 

 

「なぁセイス…お前がエムを大事に思ってるのは分かってるがよ、このままじゃ誰も幸せになれねぇよ。人の願いや望みってのは、この世に生きる誰かを幸せにしてナンボだ。お前が目指している結末は、お前が大切に思ってるエムでさえ笑顔に出来ねぇぞ…?」

 

 

 

 残された者が幾ら叫ぼうが、幾ら泣こうが、逝ってしまった者に思いを伝える事は出来ない。そして、逆もまた同じ。逝ってしまった者は、残された者に自身の真意を伝える事は出来ない。それは“身を持って”経験済みだ。だからこそ自分は、この無茶ばかりする相棒と仲間には笑って人生を謳歌して貰いたいのだ…

 

 

 

「もっとも、言ったとこでお前が考えを改めるとは思わないけどな……ほんと、手の掛かる奴らだ。そんなとこまで似なくても良いのにさ…」

 

 

 

 違うとは言ったが、実際はフォレストの旦那の言う通りだ。自分はセイスとエムに、かつて失ったモノの面影を見ている。この二人と一緒に居ると、どうしても思い出してしまうのだ……“誰かの兄であった頃の自分”を…

 

 

 

 

「ま、そこまで似るんなら俺もそれっぽく振る舞うまでだ……怒った兄ちゃんは、怖いぞ…?」

 

 

 

 

―――オランジュは指をベキベキと鳴らし、目の前で眠る相棒に凶悪な笑みを向ける。けれどその目には、兄が大切な弟に向けるモノの様な温かさが含まれていた…

 

 

 

 

 翌朝、オランジュは宣言通りセイスを殴った。殴られた彼も甘んじてそれを受け、二人の間で先日の騒動はコレで決着がついた。ただ、その日から暫くオランジュの右手は包帯でグルグル巻きになっていた…

 




やっぱり七巻はオランジュを学園に残して、セイスとマドカをアメリカに送る事にします…


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流星の御届け物

七巻に突入!!しかし…


 秋も後半に入り、段々と本格的に冷え込んできた今日この頃。今日も今日とて、鈍感君の監視である。今回は週刊誌の取材を受けるべく、篠ノ之箒と二人で取材の申し込みをしてきた出版社へと足を運んでいた。俺はそんな二人の後ろを、一定の距離を保ちながら尾行していた…

 

 

 

「……ハァ…」

 

 

 

 先日の命令違反から数日が経った…間接的にとは言え、彼を殺しかけたばかりだと言うのに、いつもの仕事にもう戻された。やっといて今更だが、正直複雑な気分だ。姉御にも言ったが、俺の中の優先順位はマドカを手伝う事であり、その為なら全てを捨てたって構わないと本気で思ってる。だけど、それ以外の事に全くもって執着が無い訳じゃない。旦那達を裏切ると決めた時、辛くなかったと言ったら嘘になる…

 

 しかし色々と覚悟を決めて裏切り行為に踏み切ったにも関わらず、姉御も旦那も結果的には許してくれた。オランジュに至っては一発殴るだけで済ませてくれた。罰を与える側が終わりと言ったのだから、罪を犯した俺がそれ以上の罰を求める権利は無い。だが、逆にそれが何よりも辛い…

 

 

 

「ただでさえ迷惑掛けたってのに、更に負担を与えてるみたいじゃねぇか…」

 

 

 

 俺を生かすに辺り、旦那や姉御たちは色々と動き回ったのだろう。こんないつでも替えの効く、ただの馬鹿の為にかなりの労力を使ったのは確実だ。亡国機業…ましてやフォレスト組で裏切り行為をした場合、許して貰うにはそれ相応の理由と存在価値が必須だ。それは、俺が用意できる様な代物では無い筈なのだ…

 

 

『そうでも無いんだけどな…』

 

 

「おっと、オランジュか……どうした…?」

 

 

『どうした?じゃねぇよ、まだこの前のこと気にしてるのか…?』

 

 

「……当然だろ…」

 

 

 

 そう答えた途端、通信機越しにオランジュの深い溜め息が聴こえてきた。そして本当に心から面倒くさそうな口調で、俺に語りかけてきた…

 

 

 

『あのなぁ…お前もエムも、やって後悔するなら最初からやるんじゃねぇよ。そりゃ結局失敗しちまったからって言うのもあるけどな、折角丸く収まった騒動を蒸し返そうとするんじゃねぇ。旦那と姉御たちに負い目を感じてるって言うのなら二人の意思を汲み取って、それに見合う振る舞いを見せた方が幾分立派だっつうの!!』 

 

 

「……。」

 

 

『それによ、どうせなら全員が笑って終われるような結末を目指そうぜ?エムも目的が達成できて、お前も満足出来て、旦那や姉御達に利益をもたらす様な結末をさ…』

 

 

「……欲張り過ぎじゃね…?」

 

 

 

 全員が笑って終われるような結末、か…随分と大きく出たもんだ。自分の欲求に遠慮しないオランジュらしい言葉を聴き、返した言葉とは裏腹に思わず口角が上がる…

 

 

 

『俺達は亡国機業だぜ?欲の無い犯罪者が居てたまるかっての』

 

 

「ははは、違げぇねぇ……そうだよな、それもそうだよな…」

 

 

『だからさ、お前もエムも少しばかり俺達に時間をくれよ。それを現実にする為の舞台を、いつか必ず俺が整えてやるから…』

 

 

「……あぁ、分かったよ。期待して待ってる…」

 

 

『おうよ、任せとけ……問題はエムか…』

 

 

「……。」

 

 

 

 俺と同じく御咎め無しに等しい結末を迎えたマドカだが、当の本人はあれから完全に音信不通なのだ。姉御曰く命令通り大人しく部屋で待機しているそうで、時たま街に出て近場をふらつく日もあるらしいが一夏を殺しにいく気配は無いとのこと。

 

 彼女が大人しくしているというのであれば、俺も行動を起こすつもりは無い。もしもマドカが再び復讐の決意を固めるよりも早く、オランジュが先程言った『舞台』が先に整うのであれば万々歳である。

 

 しかし彼女の事だから、翌日にはすぐに元通りになると思っていたのだが……何があったんだ…?

 

 

 

「……ま、何にせよ暫くは目の前の仕事に集中するとしますか…」

 

 

『おう、そうしてくれ。ついでにあの二人、取材中に写真撮影するらしいからそれも少しパクってきてくれ…』

 

 

「分かった、一夏の写真を一枚残らず持って帰ってやるよ」

 

 

『ふざけんな!!野郎の写真なんかいるか!!』

 

 

「あはははは……なぁ、オランジュ…」

 

 

『あ…?』

 

 

 

―――それにしてもコイツと言い、旦那達と言い、マドカと言い、何でこうも俺の周りには……

 

 

 

「……元気出た、ありがとよ…」

 

 

『気にすんな。これからもヨロシクな、相棒?』

 

 

 

 

―――俺なんかに不釣り合いな、良い奴ばっかりなんだろうなぁ…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「まさか…ここに箒を連れ込むとは……」

 

 

『相変わらず頭オカシイんじゃねぇのアイツ…』

 

 

 

 一夏と箒が『インフィニット・ストライプス』の取材を終わらせ、日も沈みかけた頃…またもやアイツはやらかした。夕飯を外食で済まそうと考えたらしいが距離的にも時間的にも、そんじょそこらの店は遠いし混み合っている。ならばと一夏が箒を連れてきたのは……まさかの『五反田食堂』だった…

 

 俺達と同様に唖然とする箒を余所に、一夏はそのまま箒を連れて中に入っていった。慌てて俺も客として中に入り、テーブルの一つに着いてそのまま監視を続行中である。それにしても…

 

 

 

「自分に惚れてる女を、自分に惚れてる他の女の店に連れてくるとかマジ無いわ……お、今日のカキフライ超美味めぇ…」

 

 

『おい、こっちはカップ麺なんだから飯の話はすんな!!』

 

 

「でも事実だから仕方ない。このカキフライの味も、ワンサマのボケっぷりも…」

 

 

『後者に至っては激しく同意する』

 

 

「だろ?」

 

 

「そうですねぇ、男の風上にも置けない野郎です…」

 

 

 

 無線機越しなのでオランジュは声だけだが、多分俺達と同じ状態だろう。3人で一夏の行いにヤレヤレと首を振る。いつか彼女たちの恋心が報われる日は来るのだろうか……ちょっと待て、“3人”…?

 

 

 

「……おい、なんでお前がここに居るんだメテオラ…?」

 

 

「どうもこんばんは、御二方。レゾナンスでの騒動以来ですねぇ…」

 

 

『うぐ…あの時のトラウマが……!!』

 

 

 

―――フォレスト組の一人、メテオラが何食わぬ顔で目の前に座っていた…

 

 

 

 しかも俺が黙々と夕飯を頬張ってた傍ら、メテオラはメテオラで焼魚定食をついばんでいた。根っからの西洋人のくせに、箸の扱いが俺より上手くてちょっとムカついたのは内緒である…

 

 

『また近くでバイトでもしてんのか?』

 

 

「いえいえ、フォレストの旦那からセイスへの御届け物と言伝を頼まれたんですよ」

 

 

「旦那から…?」

 

 

 

 いったい、何だと言うのだろうか…もしや、先日の件に関することかと不安感に襲われるよりも早く、メテオラがその考えを否定した。

 

 

 

「先に言っときますが、この前の事とは無関係らしいですよ?それと私達はフォレストの旦那が決定した事には何であろうと従いますし、文句は言いません。それが、誰かの裏切りを許す事でも……ねぇ…?」

 

 

「……。」

 

 

 

 その誰かとは、勿論俺の事だろう。本人はそう言ってるが、やっぱり俺の事を許せない仲間達は少なくないのだろう。自業自得なので仕方のないことだが、結構応える…

 

 

 

「……まぁ貴方を生かす事に反対した者は、私も含めて殆ど居なかったんですけどね…」

 

 

「ん…?」

 

 

「おっと、それよりもさっさと渡す物を渡してしまいましょう。えっと、確かココに…」

 

 

「…?」

 

 

 

 思わず俯いて塞ぎ込みそうになったので、彼が呟いた言葉を聴き逃してしまった。もう一度聞き直そうとしたのだが、その前に話題を変えられたので諦めた。そんな俺に、メテオラは自身の上着のポケットから取り出した何かを渡してきた。それを受け取り、よく見てみると…

 

 

 

「……アメリカ行きの航空券…?」

 

 

「えぇ、そうです。貴方には明日から暫く『織斑一夏監視任務』から外れ、アメリカに行って貰います」

 

 

『随分と急な話だな。俺、何も聴いて無いんだけど…?』

 

 

「さぁ?そこは私の預かり知らぬところなので…」

 

 

 

 旦那が何を考えて俺にコレを届けたのかさっぱり分からない。『暫く』と言うからには、左遷やら転属の類でも無さそうだ。昔、一度だけ旦那のオツカイでワインを隣の国にまで買わされに行ったが…

 

 

 

「……もしかして…」

 

 

「いや、買い出しでは無いそうです。」

 

 

「ほ、それは良かっ…」

 

 

「アメリカの知人に、借りたままだったDVDを返してきて欲しいそうです」

 

 

 

 

―――ドガッシャアン!! 

 

 

 

 

「お、お客さん大丈夫ですか!?」

 

 

「大丈夫、デス…」

 

 

 

 思わず脱力した勢いでデコをテーブルに打ち付け、皿を粉砕してしまった。幸い、飯は完食してあったので被害は皿だけだったが…

 

 いや、今はそれよりも…

 

 

 

「別に俺じゃなくて良くね?オランジュでも出来るだろ、それ…」

 

 

「と、言われてますけどオランジュさん?」

 

 

『現在、この電話番号は使われておりません。ぴーっと言う発信音の後に…』

 

 

「……この野郎…」

 

 

「そもそも、旦那は貴方を指名してます。私でもティーガーさんでも無く、貴方を…」

 

 

「解せぬ…」

 

 

 

 郵送で良いじゃん!!堅気の業者でも良いじゃん!!AVだったとしても別に良いじゃん!!しかも隣町ならまだしも、海を越えた大陸って……やっぱり旦那、先日の事まだ怒ってる…?

 

 ゲンナリして、自然と溜息を吐いた。しかし、それに反してメテオラはニヤニヤしていた。そして、その表情のまま口を開いた…

 

 

 

「まぁまぁ、良いじゃないですか。何せそのチケットの行き先は首都ワシントン……“アメリカ政府の御膝元”ですよ…?」

 

 

「…?」

 

 

「軍事関係の施設は郊外に置くものですけど、政治関係の建物はその逆です。例えば、“政府直営の病院”とかね…」

 

 

「ッ!!」

 

 

「あと依頼を達成する為の期限は決まってますが、早めに依頼が完了した場合は残りの期間を好きに過ごして良いそうです。過去の因縁にケリをつけるなり何なりと、ご自由にどうぞ…」 

 

 

 

 己の中で何かが沸々と込み上げてくるのを感じた。その正体は奴に対する怒りと憎しみであり、それを晴らす機会に巡り合えた事に対する歓喜だ……自然と笑いが込み上げてくる…

 

 

 

「……は、ははは…!!」

 

 

 

 

―――アメリカ政府の御膝元?

 

 

―――政府直営の病院?

 

 

―――好きに過ごせ?

 

  

―――そうか、そういう事か…

 

 

 

 

「おやおや、随分と良い笑顔ですねぇ。それで旦那からの依頼、引き受けてくれますか…?」

 

 

「勿論だ…!!」

 

 

 

 断る理由が無い。旦那が用意してくれたその舞台には、アイツが居る。俺がずっと殺したいと思っていた、アイツが居る。そして、アイツの居る場所で好きにしろだって?最高じゃないか!!

 

 

 

「……旦那には借りを作ってばっかだなぁ…」

 

 

「返したいのなら、これからも頑張って働いて下さい。では、私は少しアレに参加してきますかね…」

 

 

「ん…?」

 

 

 

 徐に立ち上がったメテオラの視線の先に目をやると、何故か一夏が店の客に詰め寄られていた。そういえばさっき、泣き叫ぶ看板娘の声を聴いた気がしたが……気のせいでは無かったようだ…

 

 

 

「あれ?でもお前って確か、更識簪のファンじゃ…」

 

 

「……だからこそですよ。この前、織斑一夏は彼女に狙いを定めたでしょ…?」

 

 

「あぁ…」

 

 

 

 諸事情により、最近は一人で色々と行き詰まってる更識簪。姉である楯無はそんな妹の現状を打開するため、一夏に彼女の事をお願いしたのが事の発端である。それ以来、一夏は彼女にアプローチしようとしているのだが…

 

 別に彼女に惚れたわけじゃ無いんだよな。しかも初対面でまたビンタくらってたし…

 

 

「甘いですよセイスさん!!あのセシリア・オルコットしかり、ラウラ・ボーデヴィッヒしかり!!奴と関わった少女たちは、どんなに最悪な出会い方をしても最後には奴に恋心を抱く!!悔しいですが、それに例外は無いのですッ!!」

 

 

「そ、そうか……えっと、つまり…?」

 

 

「別に元から私達のってわけじゃありませんが『更識いもう党』の一員として、何かあの唐辺木野郎に彼女を奪われた気がしてムカつくんですよ!!だから、良い機会なんで皆様に便乗してきます。そして一発あのクソッタレに俺の拳を…!!」

 

 

「おぉい、口調変わってるぞぉ…」

 

 

『良く言ったメテオラ!!俺の分も頼んだぞ!!』

 

 

「任せて下さい!!では、行って参ります!!」

 

 

 

 何時の間にか戻って来たオランジュの言葉に力強く頷き、メテオラは剣呑としたあの一団に混ざりにいった。それを見やってから溜息を一つ吐き、手に持ったチケットに目を落とす。それだけで、自然と笑みが浮かんできた…

 

 

 

「……待ってろよ『先生』、俺が殺しに行ってやるからよぉ…」

 

 

 

―――その時の彼の表情は、まるで翌日の遠足を楽しみにする子供の様な純粋さと、獲物を見つけた獣の様な恐ろしさを兼ね揃えていた…

 

 

 

「村上信三郎、四十二歳、建設業!!」

 

 

「山本十蔵、三十九歳、土木業!!」

 

 

「吉岡修一、四十七歳、運送業!!」

 

 

「寺田克己、三十四歳、サービス業!!」

 

 

「クリス・マッケンシー、二十九歳、自営業!!」

 

 

「メイス・トーラス(仮名)、二十二歳、接客業(仮)!!」

 

 

 

「「「「「我ら蘭ちゃんファンクラブ同盟!!」」」」」

 

 

「と、そのオマケ!!」

 

 

 

「は、はぁ…」

 

 

 

「「「「「というわけで死ねぇ!!」」」」」

 

 

「年貢の納め時じゃこのタラシ野郎おおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 

 

―――ドグワャッシャ!!

 

 

 

 店長である厳さんの剛腕に巻き込まれ、瀕死になったデスクワーク派を運ぶのはちょっと疲れた…




時系列七巻は殆どオリジナルになります。ちょいちょい原作キャラは出しますけど…


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一方通行な…

今回こんなですが、次回はギャグメインで…


 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

(……帰りてぇ…)

 

 

 

 心の中でオータムは思わず毒づいた。秋の学園祭襲撃の際にISを失ってからというもの、新たなISが手に入るまでフォレストの元で雑務を押し付けられる毎日を送っていたのだが、先日フォレストに『ちょっとセイス達に付き添い役として同行してくれない?』と、頼まれてしまったのである。立場的に彼の方が上司なのだが、典型的な女尊男卑のオータムは当然ながら反発した。

 

 

 

『なんで私があのクソ餓鬼共の面倒を見なきゃなんねぇんだよ!!』

 

 

『君ってISが手に入るまで基本的に暇じゃないか。それに君を使う事に関しては、ちゃんとスコールに了承して貰ったよ?』

 

 

『グッ…そ、そもそも新しいISを用意するのにいつまで時間掛けてるんだ!?』

 

 

『仕方ないだろう?何せ国宝級の扱いを受けてる代物を盗むんだ、そんな簡単な話では無いんだよ』

 

 

『知ったこっちゃねぇよ!!いっそセイス達に学園のISを盗ませりゃ良いじゃねぇか!!』

 

 

『ふむ…流石に専用機はともかく、訓練機を強奪するくらいなら……』

 

 

『ハンッ、決まりだな…!!』

 

 

『では、イタリアのテンペスト(第三世代型)強奪の件は白紙に戻そう…』

 

 

『ちょっと待ってくれ、今のナシ』

 

 

 

 こんな感じで言いくるめられ、気付いたら大ッ嫌いなセイス達と一緒に飛行機に乗っており、今は旅客機のシートに身を預けながら夜を迎えていた。結果的にスコールからもお願いされ、更には自身の新たなISの為とあっては流石に割り切った。けれど、やはりこの面子でこの状況は幾ら何でもあんまりだ…

 

 

 

(そもそも、何でコイツまで来てるんだよ…)

 

 

 

 視線をジロリと二つ隣の窓際席へと向けると、いつも以上の無表情で外を眺めてるエムが居た。先日、組織の方針に逆らってまで織斑一夏を殺そうとした挙句、スコールにまで牙を剥いたと聴く。ただでさえ胸糞悪い相手だと言うのに、スコールに刃向かうなど以ての外である。勿論、オータムは即座にエムの事を殺しに行こうとした。結局はスコール含む幹部連中に止められ、それは諦めたのだが…

 

 納得いかないが組織の方針であり、そこにスコールの意思も含まれているのなら無視は出来ない。流石にその位の事は弁えている。だから今度エムが何かやらかしたら、誰かが止める前に殺すつもりだ…

 

 

 

(……まぁ最早コイツはいつもの事だから諦めるとして、問題は…)

 

 

 

 エムの存在が目障りなのはいつもの事であり、現状では手が出せないので諦めよう。しかし、エムと己の間…自分達の仲の悪さを考慮したのか、二人の間に入った今回の元凶が…

 

 

 

―――カタカタカタカタカタ…

 

 

 

「……。」

 

 

 

―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ…

 

 

 

「……おい…」

 

 

 

―――カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ!!

 

 

 

「おいッ!!」

 

 

「ななななな、何だ、よ…?」

 

 

「……てめぇ、マジでどうした…?」

 

 

 

 隣に座ったセイスが、目を充血させながら震えているのだ。さっきも言ったが今は夜であり、他の利用客はとっくに眠りについていた。エムはともかく、セイスは眠れる時に眠る派である。そんな彼が、何故こうも……というか、セイスのコレは明らかに…

 

 

 

「もしかして、飛行機ダメなのか…?」

 

 

「飛行機そのものなら怖くない。ただ、目を瞑れねぇんだ…」

 

 

「なんだそりゃ…」

 

 

 

 飛行機や高い場所が怖い奴なら幾らでも居るが、目を閉じれないとはどういうことだ?その考えが顔に出たのだろうか、セイスは顔をオータムに向けながら答える。余談だが、余りに酷い面構えになってたせいで、オータムは一瞬だけ悲鳴を上げそうになった…

 

 

 

「……目を閉じるとさ、嫌でも思い出すんだよ…」

 

 

「何をだ…?」

 

 

「真っ暗なコンテナにブチ込まれた状態で、高度何万メートルから落とされた瞬間を…」

 

 

「……。」

 

 

 

 ちょっと想像してみた。右も左も分からない視界ゼロの暗闇の中、強い揺れを感じたと思ったら重力が一瞬だけ消え、引力に引っ張られ続ける恐怖を短いようで長い時間味わうという状況を…

 

 確かに、怖い。何が起こっているのか理解するまでも怖いし、理解できたら理解できたで絶望が半端無い。何せコンテナから抜け出す手段を持たない上に、パラシュートなどの脱出手段も無いのだ。落ちていると理解したところで、自分は大地に叩き付けられる運命から逃れられないのである…

 

 そういえば、セイスはそうやってスペインに捨てられたんだっけ…

 

 

 

「……理由は分かったが、どうにかならないのか…?」

 

 

「無理…むしろ、どうにかしてくれ……」

 

 

「私が知るか…」

 

 

 

 そうかとだけ呟き、セイスはそのまま視線を前…何もない目の前の座席後部に向けた。全て諦め、到着するまでずっと起きている事に決めたらしい。眠気を紛らわすつもりなのか、何やらブツブツと呟き始めたのでちょっと怖いが…

 

 

 

(何かもう…どうでも良くなってきた……)

 

 

 

 セイスもまた先日に命令違反を犯した者の一人であり、オータムは今回の道中でその事をに関して責めたり糾弾するつもりだった。しかし、流石にこんな状態じゃ興が削がれるというもの。セイスが安眠を諦めたように、オータムも色々と諦めた。姿勢を横に座る二人から逸らす様な形に変え、隣で眠れなくなったセイスを文字通り尻目に、彼女はゆっくりと眠りに落ちた…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな眠るな起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない怖くない…」

 

 

 クソォ、夜の飛行機だけは本当に駄目だぁ…怖ぇよぉ!!あの時の落下は一生残るトラウマもんだ。何が起きているのか分からない恐怖と、死が順調に迫ってきている事に対する恐怖のダブルパンチは本当に効いた。ましてやあんな高度から放り投げられたのだ、俺じゃ無かったら普通に死んでいたろうに。

 

 ていうか実際、衝撃で身体がバラバラになったし。完全に復活するまで二日掛かったよ…

 

 

「怖くない怖くない怖くない逃げれない逃げれない逃げれない逃げれない逃げれない諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ諦めろ…」

 

 

「……セヴァス…」

 

 

「ん…?」

 

 

 

 自己暗示中、先程まで会話してたオータムとは反対側から声を掛けられた……まぁ、当然マドカなのだが…

 

 いつだか『銀の福音』のコアを狙い、彼女たちはアメリカの基地を襲撃した。そのせいで今の米国は俺達に対する警戒レベルを益々上げている。亡国機業がISを持って行動する事を前提に対策を練っているだろうから、向こうもISを躊躇なく出撃させてくる可能性が大きい。なので、それに対する護衛も兼ねてマドカは俺に同行させれられた訳である。しかし…

 

 

 

「どうした…?」

 

 

「あ、いや…何でも…無い……」

 

 

「…?」

 

 

 

 それだけ言って、マドカはすぐに俺から顔を背けた。何かを訊きたそうな表情をしていたが、よく見えなかったので気のせいかもしれない…

 

 実を言うと、今日は最初からこんな調子だ。あれ以来、碌に会ってなかったので久々の対面だったのだがいつもの調子はどこへやら。悪戯も仕掛けて来ない上に、食欲もそんなに無さ気である。向こうから話し掛けてくることは殆ど無く、話掛けてきてもさっきみたいに途中で中断してしまう。かと言って無視されているわけでも無いので、嫌われたという訳では無いみたいだ。それにしたって、どうしたのだろうか…?

 

 

 

「具合でも悪いのか…?」

 

 

「……今のお前が言うな。私は何でも無い、ただ…」

 

 

「ただ…?」 

 

 

「……やっぱり、何でもない…」

 

 

  

 またである…本当に今日はどうしたのだろう?もしかすると、今回の旅はずっとこんな調子なのだろうか?それだと色々と精神的に参るのだが……待てよ、ひょっとすると…

 

 

 

「もしかして…この前、一夏を殺せなかった事を悔やんでるのか?」

 

 

「…!?」

 

 

 

 その俺の一言を聴いた瞬間、マドカは慌てて此方を振り向いた。彼女の表情には露骨に動揺が浮かんでおり、俺はそれを見て予想が当たったと確信し、同時に納得する。やはり色々と覚悟を決めて踏み切ったにも関わらず、失敗した事は忘れられなかったのだろう…

 

 とは言っても失敗した原因は、俺が楯無しか止められなかったという点もあるのだが…

 

 

 

「違ッ…」

 

 

「前回はあんな結果になっちまったけど、今度は大丈夫だろうよ。オランジュ達が、その内奴らを殺しても良い状況を作り出してくれる筈だ。その時は何も気にせず、全力でやっちまえ……俺も可能な限り、手伝うから…」

 

 

「……セヴァス、私は…」

 

 

「つっても、お前らIS保持者と比べたらゴミみたいな力しか無いけどな……けど、相打ちに持ち込むぐらいは出来る筈だ…」

 

 

「ッ…」

 

 

 前回は無様な結果になっちまったが、今度はそうはいかない。例え倒せなくとも、刺し違えるくらいはしたいところだ。流石に楯無は二度とこっちにとって有利な状況で戦ってはくれないだろうし、次に会う時は間違いなく全力で殺しに掛かるだろう。

 

 だがそれでも良い。例えナノマシンの限界を迎え、本当の意味で死のうが関係ない。俺にとっての勝利とは、マドカが復讐を成し遂げる事である。それさえ達成出来れば、あとはどうでも良いのだ…

 

 

 

「セヴァス、頼むから私の話を…!!」

 

 

「ありゃ…いきなり眠くなってきた……」

 

 

 

 と、そこまで考えた時、さっきまで我慢していた眠気が一気に襲い掛かって来た。どうやら、別の事を考えてたら気が紛れたらしい。マドカは何か言おうとしていたみたいだが、よっぽど限界だったせいか瞼が尋常じゃないくらいに重い…

 

 

 

「……わりぃ…やっと眠れそうだから、眠らせてくれ…」

 

 

「……。」

 

 

「じゃ、おやすみ…」

 

 

 

 抗う事が出来ない眠気に身を任せ、目を閉じて眠りにつく。苦手な夜の飛行機に乗って疲れが溜まったのか、それとも彼女と言葉を交えたからか……とにかく先程までの状況がまるで嘘の様に、あっと言う間に意識を手放す事が出来た…。

 

 よく考えれば、マドカに声を掛けられる前から意識が朦朧としていた気がする。彼女が会話中にどんな表情で、どんな声音で喋っていたのかも良く思い出せない。

 

 

 

 

 

 

 

―――だから、さっきの彼女が今にも泣き出しそうだったなんて、気のせいに決まってる…

 

 

 

 




そのうち、学園に残ったオランジュの奮闘記をやるつもりです…


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前途多難 前篇

新キャラ登場!!また男キャラだけど、次話ではあの二人を出すんでそれで勘弁!!

その前にクリスマス特別編として『真っ赤なお鼻のトナカイさんの着ぐるみは…』をやる予定ですけどね…


『もしかして…この前、一夏を殺せなかった事を悔やんでるのか?』

 

 

 

 バツが悪そうに彼から顔を背け、『そうだ』と一言だけ呟く筈だった…

 

 

 

『前回はあんな結果になっちまったけど、今度は大丈夫だろうよ。オランジュ達が、その内奴らを殺しても良い状況を作り出してくれる筈だ。その時は何も気にせず、全力でやっちまえ……俺も可能な限り、手伝うから…』

 

 

 

 彼なりの励ましを嬉しく思い、少しだけ笑みを浮かべて『気持ちだけは受け取っておく』と、短く返事をしていただろう…

 

 

 

『お前らIS保持者と比べたらゴミみたいな力しか無いけどな……けど、相打ちに持ち込むぐらいは出来る筈だ…』

 

 

 

 その言葉に対して『お前じゃ無理だ』と鼻で笑いながらも、冗談でもそう言ってくれる彼に心の中で感謝したかもしれない…

 

 

 

 あの一件で彼が何をしたのかを知ることも無く、今日と言う日を迎えていたら、私は彼の言葉に対してこのように返していた筈だった… 

 

 

 

―――だけどアレ以来、彼の言動に対してそんな風に思うことは出来なくなった…

 

 

 

 冗談だと思っていたあの言葉の数々が…

 

 

 勢い任せだと思っていたあの行動の数々が…

 

 

 全て本気であり、私の為であったという事実を知ってしまったから…

 

 

 私が無茶をすれば、それに比例して彼は更なる無茶をする。私が死を覚悟すれば、彼はそれを回避する為に自身の命を捨てる。その事実を理解した瞬間、私は怖くなった。いつも私の傍に居てくれる彼が、数少ない気の許せる人物でもある彼が、本当に儚くて脆い存在のように思えてしまったのだ…

 

 

 そして結果的に疑似体験だったとはいえ、実際に彼が死ぬ光景に出くわした私は、胸が張り裂けそうな思いをした。あのような思いは、二度と経験したくない…

 

 

 でも、それでも私は、姉さんに対する復讐を諦める事が出来ない。その行いが、彼に自身の命を捨てさせる切っ掛けを作りかねないと分かっても、私は止まる事が出来ない。

 

 

 彼を失いたくない気持ちは本物。だけど、この身に宿った復讐心が消えないのもまた事実。本来ならば同時に存在できない筈の矛盾したこの二つの感情が、私の全てを躊躇わせ、迷わせ、狂わせようとする…

 

 

 

 

 

―――誰か教えてくれ……私は一体、どうすれば良い…? 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「おぉう…旦那達が好きそうな店だな……」

 

 

「……確かに…」 

 

 

 

 何事も無く飛行機はアメリカに到着し、そのまま俺達三人はバスやタクシーの交通手段を用いながら目的地へと辿り着いた。旦那に頼まれた謎のDVDの届け先は、都心から離れた商店街の路地裏にあった。

 

 郊外とはいえ首都内部の街並みにも関わらず寂びれて薄汚れた感じのするその場所で、明らかに堅気とは思えない男が立っており、そいつの背後に怪しげな扉があったのでもしやと思ったら案の定それだったのである。『うちの旦那から、あんたのボスに届け物』の一言でそいつは道を譲り、俺達を扉の奥へと通した。扉をくぐると外の光景に反し、中は古風でお洒落な雰囲気のバーだった。

 

 

 

「これが例のブツです」

 

 

「うむ、確かに受け取った…」

 

 

 

 そして店に入ってすぐに、一番奥のテーブル席に座ってパイプを燻らせる老人が目に入った。見た目は枯れたサンタクロースの様な髭の爺さんだが、漂わせている雰囲気はフォレストの旦那と同質のものであった……このじーさん、只者では無い…

 

 畏怖の念を抱きつつ、うちの旦那に届け物を頼まれたという旨を伝え、即座に例のモノを渡す。旦那はいったい、この爺さんに何のDVDを借りていたのだろうか…?

 

 

 

「やれやれフォレストの小僧め、これはワシのお気に入りでもあるのに……」

 

 

「……中身はいったい何なんですか…?」

 

 

 

 普通に気になったので思わず訊ねたのだが、目の前のじーさんは疑問を口にした俺に視線を向ける。そして今度は隣に居たマドカにチラリと視線をずらし、何か考え込む様な仕草を見せた。因みに、オータムはこの店に入った瞬間『うわ、埃臭ぇ…!!』と悪態を吐くや否や店の外に出た。セレブ体質のスコールの姉御といつも居るせいか、こういうレトロな店は嫌いのようだ。

 

 そんな事を考えてる間に考え事は終わったようで、無表情を貫いてはいたが困惑してたマドカから俺へと爺さんは視線を戻し、口を開いた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむぅ……小僧は人妻モノを借りていきよったが、お前は幼馴染モノが好きそうじゃのう…」

 

 

「すんません、やっぱ何も言わなくて結構です」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「チッ、やっと出て来たか……って、今度はどうした…?」

 

 

「いや、何でも無い…」

 

 

 

 店から出てきた二人、特にセイスがやつれた表情を見せていた。しかし『念のために丁重に扱いながら運んできたブツがただのAVだった』とは言えず、彼は言葉を濁す。マドカはマドカで何やら凄く微妙な表情をしていたが、雰囲気的に地雷な気がしたのでオータムはその事に触れるのをやめた。

 

 

 

「まぁ、いい。さっきスコールから連絡が来てな、ちょっと野暮用が出来た…」

 

 

「野暮用…?」

 

 

「あぁ、軽く地元の奴らの任務を手伝う羽目になりそうだ…」

 

 

 

 曰く、元々ここらを縄張りにしていた姉御の部下たちが応援を要請してきたとか。一応命令違反者である俺達の御目付け役だったオータムだが、ぶっちゃけただの形式的なものである。旦那達は暫く俺達が同じような暴挙に出ないと思っており、実際に当分はあんな真似をするつもりは無い。マドカはどうか分からないが、ここには織斑千冬も織斑一夏も居ないので大丈夫だろう…

 

 

 

「というわけで、私はこれから別行動だ……ハン、清々するぜ…!!」

 

 

「よっしゃ、秋モンとオサラバ出来る!!あばよ、年増!!」

 

 

「……スコールは私より年上だぞ…?」

 

 

「あばよ、お姉さん!!」

 

 

 

 互いに相手を罵ったが、大して気にしない。どうせすぐに暫く顔を見せなくて済むようになるのだ、そ思えばどうでも良くなったし、むしろ気分が良い。ところが、俺と同じような事を考えたので御機嫌だった筈のオータムの表情が曇った。それを怪訝に思った瞬間、オータムは何やら言い難そうに口を開いた…

 

 

 

「……それでな、念のためにスコールは増援を送ってくれたんだが…」

 

 

「ん?良い事じゃねえか…」

 

 

「……“アイツら”が来るらしいんだ…」

 

 

「“アイツら”って…?」

 

 

「お前、アイツらつったら……あぁそうか、お前はヨーロッパ支部だったな…」

 

 

 

 まるでアメリカ支部なら分かると言う意味にも聴こえるその言葉…それをオータムが言った瞬間、沈黙を貫き続けていたマドカの表情が引き攣った…

 

 

 

「ま、まさか…」

 

 

「……そうだよ、アイツらだよ。癪だが、流石にこの事に関してはテメェと気が合うみたいだな…」

 

 

 

 基本的にマドカの事が大ッ嫌いなオータム。そんな彼女でさえ、マドカと意見を同じにせざるを得なくさせるとは……いったい、どんな奴らなのだろうか…?

 

 

 

「何なんだ?二人にそこまで言わせるような奴らって…?」

 

 

「言葉で語るよりも、見せた方が早い気がする…」

 

 

「しかも、丁度来たみたいだしな…」

 

 

 

 マドカとオータムが俺の背後に視線を向けてそう言ったので、つられて俺も後ろを振り向く。するとそこには、さっきまで誰も居なかった路地裏に二つの人影が佇んでいた。

 

 

 

「……久しぶりだなオータム、そしてエムよ…」

 

 

「……スコールは息災か…?」

 

 

 

 光の加減と距離のせいで見え辛いが、人影から発せられたのは二人とも二十代後半か三十代前半の男の声だった。割とドスが利いており、うちのメンバー程じゃないがそこそこ強そうだ。

 

 

 

「……。」

 

 

「……。」

 

 

「お、おい…返事しなくて良いのか……?」

 

 

 

 そんな二人に声を投げかけられたオータムとマドカだったが、何故か沈黙を保ったまま…というか、殆どシカト状態である。相手は彼女たちの反応を待っているようだったが、依然として返ってこないリアクションに豪を煮やしたのか歩み寄って来た。

 

 

 

「我らを無視するとは良い度胸…」

 

 

「それとも、懐かし過ぎて我らのことを忘れたか…」

 

 

「さすれば、その眠りし記憶を呼び覚まして見せよう…」

 

 

「しかと見るが良い同志たちよ、これが我らだ…」

 

 

 

 そう言って段々と此方へ近づいてきた事により、二人の姿が見えてくる。双子の兄弟なのだろうか、顔がやけにそっくりで長身な黒人の二人だった。互いに同じ様な白いスーツを身に纏い、長い足を優雅に動かしながらゆっくりと歩いている。星型レンズの黒いサングラスと、ニヒルに笑った口元から覗く白い歯を光らせるとこまで一緒であり、髪型が馬鹿でかいアフロとモヒカンな部分だけがこの二人を唯一見分ける事が出来る点なのかもしれない…

 

 

 

 

 

―――チョット マテ ナニカ オカシイゾ ?

 

 

 

 

 

 一瞬混乱した俺に構わず、目の前の二人は『シャキーン!!』という擬音が聴こえてきそうなポーズを決めた。碌な言葉が出ず、思わずマドカ達の方へと視線を向けるが露骨に目を逸らされてしまった。仕方なく再び前を向くと後ろを振り向いている内に近寄ったのか、アフロとモヒカンの二人はさっきのポーズのまま此方の至近距離にまで接近していた。そして…

 

 

 

「アメリカ支部所属、『馬(ホース)』です!!」

 

 

「同じく『鹿(ディアー)』です!!」

 

 

「「二人合わせて『スーパーホース&ディアーブラザーズ』でぇす!!イェア!!」」

 

 

 

 馬鹿でかい声で色々な意味でギリギリな名乗りを上げ、再びポーズを決める二人。何を言えば良いのかさっぱり分からず、取り敢えず再びマドカ達の方へと視線を向ける。今度は目を逸らされず、しかも仲が悪いマドカとオータムが、完全に同じ様な苦い表情を浮かべているという珍しい光景が見れた。

 

 だが取り敢えず、素直な感想を述べるとしよう…

 

 

 

「……この馬鹿そうな二人は、何だ…」

 

 

「馬鹿そうじゃない、馬鹿なんだ……二つの意味でな…」

 

 

「……私にとってはそれだけじゃ済まないのだが…」

 

 

 

 これ以上に無い程苦い表情を浮かべ、吐き捨てるように言ったオータム。そしてマドカは憔悴した様に呟き、何もしてないにも関わらず疲れ切った表情を浮かべた。その二人の反応を見て、何となく思い出した。確かスコールの姉御の部下に体力自慢の馬鹿が二人おり、『ISさえ無ければ俺達が最強!!』とか言い回ってた奴らが居た。もっとも、その二人は調子に乗ってティーガーの兄貴に喧嘩を売った挙句瞬殺されたと聴いていたが…

 

 しかしマドカ…『馬鹿なだけじゃ済まない』とはどういうことかだ……?

 

 

 

 

「イエス!!ウィーアーホース&ディアー!!ところでエムちゃんやい、その薄汚い小僧は誰だ?……まさか!!俺達と言う男がありながら他の男を…!?」

 

 

「エムたんハァハァ…エムたんハァハァ…!!」

 

 

「ちょっとツラ貸せ変態共…」

 

 

 

 

―――数分後…馬と鹿は、虎に半殺しにされた時と丸っきり同じ悲鳴を上げた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…?」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「いや、何か悲鳴みたいのが聴こえてよ…」

 

 

「気のせいでしょ。それより、急がないとバス行っちゃうわよ…?」

 

 

「あ、待てよ!!置いてくなよナタル!!」

 

 




次話でギャグを終わらせ、その次から本格的に先生との決着を付けに行かせます。前回ほどじゃありませんが、またシリアスになるかもなぁ…;


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前途多難 後編

もしかしたら、年内最後の更新になる可能性が…;

しかし、携帯でも投稿出来たら良いのになぁ……感想も、見れても返事が出来ないから辛い…


 

 

 

「さてと…それで、これからどうするんだ?」

 

 

「一応この馬鹿共以外にもう一人だけ仲間が居るんだ。そいつが拠点にしているホテルへ向かう予定なんだが、お前らも連れて行けってスコールが…」

 

 

「……姉御が…?」

 

 

 

 馬鹿の二人を瞬殺し、今後の事をオータムに尋ねてみたらこう返された。ぶっちゃけ別行動の予定だから一緒について行く意味なんて無いんだけど、姉御はいったい何を考えているのだろうか…?

 

 

 

「仕方ない、姉御が言ったのならついて行く…」

 

 

「分かった……けどその前に、アレをどうにかしろ…」

 

 

 

 そう言いながらオータムは、俺が三秒でボコボコにした馬鹿兄弟を指差した。割とガチで暴力の嵐に晒された二人は現在気絶しており、傷だらけのボロ雑巾と化して地べたに突っ伏している。しかも、ホースに至っては動けない事を良い事にマドカに踏みつけられていた…

 

 半殺しにはしたが、その衝撃で気を失っただけなので起こそうと思えばすぐに目を覚ます筈だ。暫く身体のアチコチが痛むと思うが、その辺は知った事では無い。ていうか…

 

 

 

「思いのほか打たれ弱かったな。うちも変態は多いけど、ただのバカは殆ど居ないぞ…」

 

 

「私達だってそうだ……あの二人以外は…」

 

 

「何で姉御の部下やってるの、あの二人…?」

 

 

「確証は無ぇけどよ。この前、スコールがあの二人の事を『弾避け』って呼んでた…」

 

 

「……要は木偶の坊である事に変わりは無いと…」

 

 

 

 姉御がうちの旦那との部下共有化を望んだ理由が、分かった気がする…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「で、いきなりコレか…」

 

 

「……スマン…」

 

 

 

 場所は変わってココは、首都に配備された地下鉄のホーム。交通網のスムーズ化を図り、最近になって増設されたのである。ISによる技術革新の恩恵も受けたのか、乗り心地はIS学園のモノレールに勝るとも劣らない。その為平日休日、昼夜問わず利用者は多いのである。

 

 

―――そんな場所で、只今絶賛迷子中である…

 

 

 

「本当にスマン…」

 

 

「ホットドッグ齧りながら言われてもなぁ…」

 

 

 

 ここに来て食い意地スキルを発動させるとは思わなかった。いざ電車に乗ろうと思った瞬間、隣に居た筈のマドカが消えていたのである。キョロキョロと首を動かして彼女の姿を探していたら、出店で買ったホットドッグ両手にいそいそと戻ってくるのをすぐに見つけた。呆れて思わず溜息を吐き、目の前に視線を戻した時に異変は起きた……ていうか、気付いた…

 

 

―――乗ろうと思った電車とオータム達が消えていたのだ…

 

 

  どうやら一瞬目を逸らしている内にオータムたちは乗車してしまい、俺達は置いてきぼりを喰らったようだ。地下鉄なので暫く携帯の電波は期待できず、今のオータムはISを持ってないので通信も出来ない。この年になって迷子とか、本当に笑えねぇ…

 

 

 

「参ったなぁ…」

 

 

「行き先のホテルの名前は分かってるから大丈夫だろう?確か、『ホテル・グラハムS』だったか…」

 

 

「そりゃそうだが……ていうか勝手に離れるなよ、ガキじゃあるまいし…」

 

 

「もう限界だったんだ、許せ」

 

 

 

 いつどこ行っても、そのセリフを聴かされている気がする。そしてその言葉を聴く度に俺の財布の中身は質量を減らしていき、最後に残るのは領収書と請求書だけ。何とも理不尽なお決まりだ…

 

 

 

「……それに昨日は、お前のせいであまり食事が喉を通らなかったんだ…」

 

 

「え、何だって…?」

 

 

「いや、何でも無い……それより、一つ食べるか…?」

 

 

 

 そう言ってマドカは、俺に手つかずのホットドッグを差し出してくる。特大のパンに挟まれたソーセージにはケチャップとマスタードがたっぷり掛けられており、できたてアツアツなのか湯気がほんのりと昇っていた。確かに、これは思わず買いたくなるかもしれない…

 

 

 

「んじゃ、御言葉に甘えまして…」

 

 

「うむ」

 

 

 

 結局、殆ど躊躇う事無く受け取った。何故かマドカの表情に安堵の色が浮かんだ様に見えたが、多分気のせいだろう。突如湧いてきた食欲に身を任せ、貰ったホットドッグをパクリと一口…

 

 

 

「あぁクソッ!!やっぱ電車間に合わなかったか!!」

 

 

「もう、だから急いでって言ったのに…」

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 

 齧った瞬間、聴こえてきた二つの声。聴き覚えが全くないので知り合いでも何でも無いと思うが、やたら声が出かかったので思わず後ろを振り向いてしまった。視線の先には二十代半ばの女性が二人立っており、片や電車に間に合わず項垂れ、片や時刻表とスケジュール帳を見比べていた。

 

 

 

「……あら、意外とすぐに次のは来るみたいね…」

 

 

「マジ?良かったぁ…」

 

 

 

 何やら約束の時間的なものがあるらしく、それまでに目的地へと向かわなければ行けない様だ。それにしても、このデコボココンビ臭漂う二人……どこかで見た事あるような気がするんだが…

 

 その事を尋ねようと視線をマドカに戻したら、何故か彼女はピシリと固まっていた。意地でも後ろを振り向かないとでも言わんばかりに、身体の向きを正面にしっかり固定していた…

 

 

 

(どした?)

 

 

(……不味い…)

 

 

(いや、美味かったぞ…?)

 

 

(馬鹿、ホットドッグじゃない!!後ろの二人だ!!)

 

 

 

 いったい後ろの二人がどうかしたのだろうか?馬鹿兄弟の時の様な嫌悪感を浮かべている訳じゃ無いものの、ただひたすらに焦っている様に見える。怪訝に思い、改めて後ろの二人に視線を移す。良く見れば身体の姿勢に芯があり、ただの一般人では無さそうだ。しかし、ここはアメリカで首都ワシントン。現役の軍人が仕事や私用でこの辺をうろつくなんて事は日常茶飯事だ。それに日本には、現役の特殊部隊隊長な眼帯高校生が居るじゃないか。国家代表とサシで勝負できるマドカがこんな様子を見せる理由なんて、無い筈なのだが…

 

 

 

「ところでナタル、小銭持ってないか?途中まで走ったから喉が乾いて…」

 

 

「自分で買いなさいよ…」

 

 

「ちょっと今、細かいのが無くて…」

 

 

「しょうがないわねぇ……ほら、手出しなさいイーリ…」

 

 

「サンキュ」

 

 

(『ナタル』?『イーリ』?……おぉう神様よ、そんなに俺が嫌いか…!?)

 

 

 

 二人の会話に出てきたその呼び名を耳にして、漸く思い出した。マドカが焦った理由にも納得したが、それと同時に俺も彼女と同じ様な状態になりそうだ。現に胃がキリキリしてきたぞ…

 

 つーか何でこんな場所で、それも二人仲良く雁首揃えて現れるのかね?学園祭の時もそうだったけど、アメリカはそんなに物量作戦が好きなのか?それとも、俺には不幸を呼び寄せる疫病神でも憑いているのだろうか?

 

 

 

(何にせよ、まさかこんな場所で『ISテストパイロット』と『アメリカ国家代表』と遭遇するなんて…)

 

 

―――アメリカ合衆国所属のISテストパイロット・『ナターシャ・ファイルス』

 

 

―――アメリカ軍中尉兼国家代表選手・『イーリス・コーリング』

 

 

―――この国で、最も出会いたくなかった二人である…

 

 

 

 直接的な面識の無い俺はまだ良いが、マドカはそうも言ってられない。何せつい最近、『シルバリオ・ゴスペル』のコアを強奪するべく軍の基地を襲撃した際に彼女は二人と向かい合ったばかりなのだ。顔をバイザーで隠していたとは言え、首根っこ掴んで持ち上げた相手にバレない自信なんてある筈が無い。

 

 俺は完全に私服姿だが、マドカはいつもの髪染めと伊達眼鏡を着用して変装中である。しかし会った時に顔を隠していた手前、下手に隠そうとすればするほどボロが出る様な気もするが…

 

 

 

『間もなく、次の電車がやって参ります。乗車の方は…』

 

 

「お、来るってよ」

 

 

「今度は忘れ物無いでしょうね?」

 

 

 

 随分と日本的なアナウンスが流れ、それと同時に線路の向こうから列車の警笛が響いて来た。そこでふと思ったのだが、敢えてこの列車を見送ってやり過ごせば良いのでは無かろうか?余計に時間が掛かってオータムを一層イライラさせる可能性が大だが、この二人と同じ車両に乗りたくないし、少しでも離れる事が出来るのなら背に腹は代えられない…

 

 そう決心したのとほぼ同時に電車が颯爽とやって来て、丁度駅に停車して扉を開けた。俺はマドカに『この列車には乗らない』と言うべく、横を振り向いた……しかし…

 

 

 

「……マドカ…?」

 

 

 

―――あいつ、また居なくなりやがった…

 

 

 

「おい、早く乗れよ」

 

 

「あ、すんません。ちょっとツレがどこかに…」

 

 

「ツレって、あれのこと…?」

 

 

 

 イーリスに急かされ、ナターシャに電車の方を指差されるたのでそっちを見ると、マドカがちゃっかり優先席にち座りながらコッチを不思議そうに見つめていた。あの野郎、何でさっさと列車に乗ろうとしないんだろう?って顔しやがって…!!

 

 

 

―――仕方ねぇ…乗り込み次第、別の車両に移動するしかない!!

 

 

 

「すいません、失礼しました…!!」

 

 

 

 言うや否や俺は慌てて乗り込み、速攻でマドカに近寄って襟首を掴んで立たせた。俺に掴まれたマドカは軽く混乱しているが、それに構っている暇は無い。本当は降りたかったのだが、マドカを立たせた時にはすでに扉が閉まってたので諦めるしかなかった。パッと見た感じ、この車両は空いているだろうからナターシャ達はここで席を確保する筈。移動してしまえば居合わせる事は無い…

 

 

 

「お、おいセヴァス?いったい何を…」

 

 

「黙れい、今は静かにしてろ…!!」

 

 

「う、うむ…」

 

 

 

 何やら口答えしようとしたマドカを睨んで黙らせ、俺たちは急ぎ足で乗り込んだ車両から別の車両へと移動する。通路のドアを開けて隣の車両へと移る直前に後ろへ視線を向けると、アメリカ最強のコンビが丁度座る場所を確保しているところだった。その光景を目にして少し安心し、俺はマドカを引き摺るようにしながら移動した…

 

 

 

「ったく…あの二人が乗った電車見送って、次のに乗った方が安心だったのによぉ……」

 

 

「あ…」

 

 

 

 零れた呟きが耳に届いたのか、マドカの口から間の抜けた声が出た。どうやら、本気で何も考えずに乗ったようだ。てっきり、自分の身を顧みない捨て身の嫌がらせだと思ったのだが…

 

 

 

「……すまん…」

 

 

「……。」

 

 

「どうした…?」

 

 

「……お前こそ、どうした?…」

 

 

 

 昨日の歯切れの悪さと言い、悪意の無い迷惑行為(うっかり)と言い…ぶっちゃけ、いつものマドカからはまるで想像出来ない姿である。さっきの馬鹿兄弟のせいで調子狂わされたのだろうか?

 

 

 

「私は…いつも通りだ……」

 

 

「顔色悪いぞ?」

 

 

「大丈夫だ……ちょっと個人的な悩みで、考え事をしていたから…」

 

 

「……そうか、分かったよ…」

 

 

 

 そう言われると、どうしようも無い。マドカがこの『個人的な悩み』と言った物事はほぼ必ず、内容を最後まで教えてくれない。大抵、彼女が自分自身で解決したいと思ってる悩みらしく、ある程度時間が経てば勝手に解決してスッキリした表情を見せてくれる。今回もきっと、そんな感じなのだろう…

 

 

 

「今は無理に訊かない。でも、本当にヤバそうに感じたら…」

 

 

「分かってる…精々、これ以上醜態を晒す前に何とかするさ……」

 

 

 

 そう言ってマドカはいつもの様に、ニヤリと笑いながら軽く返事をしてきた。さらに、そのまま俺から視線をずらして、地下鉄故に真っ暗な外を眺め始める。それに倣う様に、俺もそちらへと身体を向けた。横目でチラリと隣を見ると、マドカは依然として外を眺め続けていた。そんなに面白いとは思えないのだが、本人がガン見するほど夢中なのならそっとしといてやろう…

 

 そう思ってしまったが故に、俺は気付くことが出来なかった。方向こそ一緒だが、マドカの焦点は外では無く、電車の窓ガラスに映っていた自分と俺に向けられていた事に……そして…

 

 

 

―――窓ガラスに映った自分に怒りと憎悪を、俺に悲しみと憂いの視線を向けていた事に、俺は気付く事が出来なかった…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「う~ん…」

 

 

「どうした、ナタル?」

 

 

 

 セイスとマドカが去った後、ナターシャは一人何かを悩むようにしながら首を捻っていた。先程の少年と少女を…特に少女の方を見ていると、何だかモヤモヤした気分になるのだ。自分の友人や知人にあの様な者達は居ないのだが……

 

 

 

「……きっと、気のせいね…」

 

 

「そんな事よりさ、一体どんな場所なんだろうな?やっぱ一流って呼ばれるだけだけあって、凄いとこなのかね…?」

 

 

「言っとくけど私達は遊びに行くんじゃなくて、仕事で行くの。しかも、拠点に使うのは反対側のビジネスホテルよ…?」

 

 

 

 私服姿な上にまさかの交通手段だが、この二人は断じて休暇中という訳では無い。CIAからの情報により、先日の不届き者の仲間がこの付近に潜伏しているという事が分かったのだ。しかも奴らはあろう事か、周辺の地域ではかなり有名になっている一流ホテルを拠点にしている可能性が高いそうなのである。

 

 これまでの報告や先日の経験からも分かる通り、奴らは組織の戦力としてISを保有している。戦闘になった際、一般のCIA局員や軍人では歯が立たない。『アラクネ』を奪われ、『銀の福音』はコアの凍結を余儀なくされ、そのコアを狙って軍事基地を襲撃してきた犯人には逃げられてと、アメリカではここ暫くIS関係で碌なことが起きてない。これら負の連鎖を断ち切るという意味合いも籠め、今度は確実に良い結果を出す為に政府は、この過剰戦力とも言えるアメリカIS界トップ2を動かした。

 

 

 

「んなこと言われなくても分かってるって……ただ、気になるじゃないか。『ホテル・グラハムS』って割と有名な場所なんだぜ…?」

 

 

「それは知ってるけど、情報が正しければあの『亡国機業』の経営下なんでしょ?私としては、あんまり良い印象は無いわね…」

 

 

「あ、そう…」

 

 

 

 自分達が向かうのは、奴ら…亡国機業の拠点の一つと言われる『ホテル・グラハムS』。その向かい側に建っているビジネスホテルへと赴き、待機しているCIA局員達と合流するのだ。まだ『ホテル・グラハムS』の実態を完全には把握してい無いため今日明日という訳では無いが、突入が実行される日はそう遠くないだろう。そうなれば、奴らは全力で抵抗すると思うが、こっちも全力で迎え撃つまでだ…

 

 

 

「もしも前回の手練れが何人も居るようなら、こっちも覚悟決めないといけないかもね…」

 

 

「ナタルの新型と、私の『ファング・クエイク』がありゃ充分さ。何が来ようが負けないよ」

 

 

 

 

 

―――復讐を果たしに来た狂犬

 

 

 

―――迷いを生じさせた、もう一人の復讐者

 

 

 

―――闇に潜む亡霊達

 

 

 

―――大国の威信を担う者達

 

 

 

―――そして…

 

 

 

 

 

「何にせよ、さっさと終わらせてシェリーの見舞いにでも行こうぜ…」

 

 

「あら、そう言えば彼女が入院してるのってホテルの近くだったわね…」

 

 

 

 

 

―――偶然か必然か、全てが交差する瞬間は、すぐ其処に…

 




さて次は本編を進めるべきか、それとも学園編を進めるべきか…


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波乱前夜

今年の更新第一号!!


 

 

「やれやれ、やっと着いたか…」

 

 

「……随分と長く感じたな…」

 

 

 

 地下鉄に乗ること30分、アメリカのISトップガンコンビに怯えながらも、どうにか無事に目的の駅に辿り着くことが出来た。別の車両に移ったことが功を奏したのか、あれからナターシャ・ファイルスとイーリス・コーリングに会うことは無かったのだが、列車から降りる際に二人の姿がチラリと見えた気がする。一応、オータム達に伝えておこうか…

 

 

 

「そういえばセヴァス、そろそろ携帯が通じるんじゃないか…?」

 

 

「ん?あぁ、そういえば…」

 

 

 

 テクテクと歩きながら改札を出るのと同時にマドカに言われ、ポッケに仕舞ってあった携帯を取り出す。それに合わせるかのようにして、何件かの着信が俺の携帯に表示された。その全てが例によってオータムであり、五分間隔で通話を試みた後に諦めたようで、最後にメールで『現地集合だ糞ガキ』とだけ送って終わっていた。どう考えても苛々しているみたいだ…

 

 取りあえずメールで駅に着いたことを伝え、これ以上面倒なことになる前にさっさと合流するべく歩き出した。改札を抜けてすぐの階段を昇り、外へと出る。目的地がホテル街なだけあって、最初に目に入ってきたのは大小様々な無数のホテルだった。今は昼間なので他の町並みと大差無いが、夜になればさぞかし煌びやかなことこの上ないだろう。

 

 

 

「しっかし、『グラハムS』ってどんな場所なんだろうな…」

 

 

「スコールはそこを結構気に入っているらしいぞ?」

 

 

「マジで?あの姉御が気に入るって事は、かなり凄い場所ってことじゃん」

 

 

 

 俺達が目指している場所…その『グラハムS』とかいうホテルはこの街でも有数の一流ホテルらしい。亡国機業が直接管理している訳ではないが、ダミー会社の名前でスポンサーの一角を担っている。その為、姉御を含む幹部の連中は常に特別待遇を受けることが出来る。まぁ、俺達みたいな下っ端は精々一番安い部屋に押し込まれるのが関の山だろうが…

 

 と、その時…俺の携帯が新たなメッセージを受け取ったらしく、着信音を鳴らした。

 

 

 

「おっと、オータムからだ」

 

 

「何かあったのか?」

 

 

「いや、どうせ文句やら苛立ちを込めた罵詈雑言だろうよ…」

 

 

 

 そう言いながら携帯を開き、届いたメールの文面に目を通す。すると、そこにはほんの一言だけ…

 

 

 

 

 

 

 

---『すまん、馬鹿がそっち行った…』

 

 

 

 

 

「……これって…」 

 

 

「みなまで言うな…」

 

 

 

 二人で同時に頭痛を覚え、全く同じタイミングで溜息を吐きながら頭を抑えた。あのオータムが文面に『すまん』という文字を入れてしまうほどに、そしてマドカが心底嫌そうな表情を浮かべているのを察するに、あの馬鹿の上司である姉御の心労は想像を絶しているのかもしれない……今度、マッサージチェアでも送ろうか…

 

 

 

「見つけたぜ小僧ッ!!」

 

 

「エムたんは無事だろうな小僧ッ!!」

 

 

「……もう来やがった…」

 

 

 

 顔を上げれば、名乗ったときと同じポーズで何か言ってるホースとディアーの馬鹿兄弟が居た。人通りの多い街のど真ん中で、平然とデカイ声を出しながら例のポーズを決めてるもんだから周囲の視線の集まり具合が半端無い。出来れば他人のフリをしていたいのだが…

 

 

 

「さぁエムたん、俺達が来たからにはもう安心だ!!」

 

 

「今すぐにそこの暴力男をブチのめし、その魔の手から救ってみせるぜぇ!!」

 

 

 

 この二人、薬でもやっているのだろうか?そうじゃなかったら頭の中に蛆虫が沸いているか、頭の中がお花畑になってるかのどっちかだ。つーか、隣に立ってたマドカが露骨に俺の背後へ隠れ始めた。気持ちは凄く分かるが、俺一人にアレを任せないで欲しい…

 

 そんな風に文句の一つでも言おうとしたのだが、それより先に目の前の馬鹿二人が暴挙に出た。何やらゴソゴソと自分達の服をまさぐってると思ったら、ホースが工事用ハンマーを、ディアーの方はショットガンを取り出しやがったのである。

 

 

 

「て、何してんだお前ら!?」 

 

 

「へいへ~い、言わなければ分からないのかYO?」

 

 

「お前の命日が今日になり、エムたんの平和が守られ~る」

 

 

「「ただそれだけのことだZE!!」」

 

 

 

 いや、何をしようとしているのかは分かっているけれど、こんな人通りの多い場所で白昼堂々と凶器を取り出したりなんかしたら…

 

 

 

「動くな、警察だ!!」

 

 

「そこの二人、今すぐに武器を捨てて両手を後頭部に組め!!そして地面に伏せろ!!」

 

 

「「……ホワッツ…?」」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「で、そのまま警察に引き取られるのも不味いから、ポリ二人を殴って気絶させて逃げてきたと…?」

 

 

「えっと、まぁ……そういうことで…」

 

 

 

 俺達4人は、何とか目的地である『ホテル・グラハムS』に到着することが出来た。姉御が気に入るだけあって、『グラハムS』はこのホテル街の中でも圧倒的な存在感を放っていた。特別にでかいという訳では無いのだが、どうにも特別感…というか存在感が半端無い。外装も別段派手というわけじゃないし、何か特殊なサービスも存在しない。にも関わらず、このホテルはどことなく惹かれる。オータムと合流するべく足を運んだロビーに入っても、それは変わらなかった…

 

 それはさておき、あの後、警察に連行されそうになった馬鹿兄弟。個人的にはそのまま永遠に豚箱に収まっていて欲しかったが、弾除けとはいえ姉御の部下に変わりは無い。不本意ながら折角来てくれた警官を殴り飛ばし、無抵抗の意を示していた馬鹿二人の足を引っつかみ、急いでその場から逃げ出したのである。流石にホテルに直行したら警察にそこを目撃されかねなかったので、ほとぼりが冷めるまで遠回りしたのだが…

 

 

---その結果、駅に到着してから5分の場所に1時間も掛かった…

 

 

 

「チッ……元はといえば、てめぇらがモタモタしなければ済んだってのによ。食い物に釣られて電車乗り損ねるってどこのガキだ…」

 

 

「それ、俺じゃないんだけど…」

 

 

「それにてめぇとエムが逸れた時、あの馬鹿共は煩いったらありゃしねぇ…」

 

 

 

 セイスとエムが逸れた時、馬鹿兄弟はオータムが頭痛を覚えてしまうほどに煩くなった。目を血走らせ、『エムたん』を連呼しながら支離滅裂な言葉の数々を発する二人の姿は変質者以外の何者でもなかった。因みに、その時の3人のやり取りをダイジェストすると、こうなる。

 

 

 

---『へいオータム!!俺達にエムたんの捜索をさせろYO!!』

 

 

---『馬鹿野郎、てめぇら外に出したら確実に面倒なことになるじゃねぇか…』

 

 

---『馬鹿野郎だって?そりゃそうさ、何たって俺達はホース&ディアー!!』

 

 

---『……めんどくせぇ…』

 

 

---『止めるなオータム!!今こうしている間にも、きっとエムたんにさっきの暴力男の魔の手が迫っているかもしれないんだ!!』

 

 

---『早くしないと俺達のエムたんがDVされた後にあんな事やこんな事された挙句に(自主規制)されちまうかもしれないんだ!!そんなこと、俺達だってまだヤッたこと無いのに!!』

 

 

---『いや、セイスに限ってそれは無ぇよ。そしてテメェらにその機会は永遠に来ねぇっての…』

 

 

 そんなやり取りを繰り返すこと10数分、最終的にセイスから届いたメールを機に二人が外へと飛び出し、さっきの面倒が起きたという訳なのだが…

 

 

 

「……あの二人、俺に恨みでもあるわけ…?」

 

 

「知るか、つーか知りたくもねぇ…」

 

 

 

 何故にそこまでマドカにお執着するのやら…本人に訊いても知らないと言うし、俺みたいに彼女の理解者というわけでも無さそうだ。因みに、俺はさっきからずっとオータムの小言を聞かされているのだが、マドカはロビーの隅っこで我関せずを通していやがる。馬鹿兄弟ほどでは無いにしろ、エムのことが嫌いなオータムも自ら彼女に話し掛けようとは思わないようで、結局苛立ちの矛先は全部俺に向けられてしまった。そして、馬鹿兄弟の方はというと…

 

 

 

「死ね死ね死ね死ね死ねぇ!!」

 

 

「ぎゃああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 

「オラオラオラァ!!」

 

 

「NOオオオオオオオオオオオオオオオォォォ!?」

 

 

 

 

---何か、俺よりちょい年上なスーツ姿の女性にめっさシバかれてた…

 

 

 

「……誰だよ、アレ…」

 

 

「あいつか?あいつがさっき言った、もう一人の仲間だよ…」

 

 

 

 大柄な黒人二人を一方的にボコボコにするその女性は馬鹿兄弟と同じく肌が黒く、年齢はオータムより少しだけ下と言ったところか。しかし長い黒髪のポニーテールを靡かせて荒ぶる彼女、相当の手練のようだ。派手な動きの割りに隙が少ない…

 

 そんな折、殴られながらも馬の方が口を開いて喚き出した…

 

 

 

「ストップ!!ストップ・マイ・シスタあああああぁぁ!!」

 

 

「黙れクソ兄貴!!フォレスト氏の部下に喧嘩売った挙句、路上で凶器取り出して警察の世話になりそうになったとか馬鹿以外の何者でも無いでしょうが!!」

 

 

「イエス・ウィーアーホース&ディア…」

 

 

「黙れつってんだろクソボケがあああああぁぁぁ!!」

 

 

「にょおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!?」

 

 

 

 懲りずにアホな事を言おうとした二人の顔面にトドメの一撃を叩き込み、彼女…馬鹿兄弟の妹らしきその人物は額の汗をぬぐって一息吐き、さっきの鬼のような形相を仕舞いこんでニッコリしながらコッチに向かって歩いてきた……流石スコールの姉御の部下、オータム同様に作り笑いが上手くて怖い…

 

 

 

「大変見苦しいモノをお見せして申しわけありませんでした。私、スコール氏の部下をやらせて頂いてる、『影(シャドウ)』と言います。以後、お見知りおきを…」

 

 

「あ、ご丁寧にどうも。俺はフォレストチームのセイスです、よろしくお願いします…」

 

 

「いえいえ、此方こそ。スコール氏から貴方の事はよく聞かされております故、私としてもお会い出来て嬉しいですよ」

 

 

 

 きっちりと挨拶してもらった手前、俺も真面目に返したが…さっきとの豹変っぷりが普通に怖い。営業スマイルと言ってしまえばそれまでだが、俺としてはそんな言葉で収まる代物には到底思えなかった……その証拠に…

 

 

 

「……あのシャドウさん、つかぬ事を訊きますが…」

 

 

「はい、なんなりと」

 

 

「貴女は、あそこで沈黙している二人の家族なんですか…?」

 

 

「あ゛!?」

 

 

 

 

---すんげぇ睨まれた…

 

 

 

 

「……コホン。えぇ恥ずかしながら、そこの生ゴミと私は血の繋がった実の兄弟で御座います…」

 

 

「そ、そうですか…」

 

 

「出来る事なら今すぐに絶縁したい所ですが、そう簡単にいかない物でしてね。」

 

 

 

 そう言うシャドウの眼には何処となく諦めの色が浮かんでおり、何やら哀愁が漂っていた。オータムに使える仲間と評されたり、姉御に留守を任されたりと彼女が優秀である事は間違いないのだろう。それに反して兄達が職場の同僚である上にこんなでは、彼女の苦労は半端では無さそうだ…

 

 しかし今の世の中、五反田兄妹と言い、篠ノ之姉妹と言い、妹の方がしっかりしているのが世の常なのだろうか…?

 

 

 

「……何だ、唐突にこっち見て…?」

 

 

「いや、何でも無い…」

 

 

 

―――前言撤回、ダメな妹さんが身近に居た…

 

 

 

「おい、いい加減に自己紹介は終わったか?そろそろ荷物を…」

 

 

 

 いい加減に待つ事にうんざりし始めたのか、オータムが口を挟んで来る。俺とマドカが逸れ、馬鹿兄弟が暴走し、そして今のやり取りと来たもんだから気の短いオータムでなくても流石に限界だったかもしれない。その事をシャドウも察したようで、すぐさまホテルの従業員に声を掛けて案内を求めた。彼女に呼び止められ、用件を伝えられたホテルマンは『了解した!!旗戦士、出撃する!!』と一言叫んでフロントへと走っていった……旗戦士って何だ…? 

 

 と、何やら一風変わったそのホテルマンの背中を見送ったその時、シャドウが何かを思い出したかのように『あ…』と声を漏らした。その場に居た俺達の視線が声の発生源に集まり、そして彼女は気不味そうに口を開いた。 

 

 

 

「……伝え忘れていた事がありました…」

 

 

「ん?何だよ…」

 

 

「本日、宿泊する部屋ですが……二人部屋を3つしか用意出来ませんでした…」

 

 

「なにぃ!?」

 

 

 

 オータムが思わず叫んだが、俺とマドカも大体同じ様な心境である。その後、オータムに問い詰められたシャドウは事情を説明してくれたのだが…

 

 曰く、行楽日和ゆえ客が多い

 

 曰く、よりによって団体様の御予約が入ってしまった

 

 曰く、スコールならともかく、その部下に過ぎない自分では受けれる待遇に限界がある

 

 曰く、匿名スポンサーなので亡国機業の名前を使って圧力を掛けれない

 

 等々…妙に世知辛い事情があり、結局のところ余分に部屋を借りるなんて真似は出来なかったそうなのだ。二人部屋三つに6人が泊まるのだから人数的にはピッタシなので、一見問題は無さそうなのだが…

 

 

 

「シャドウ…お前、セイスと同じ部屋で大丈夫か?」

 

 

「え、いや…フォレスト氏の部下とは言え、会ったばかりの殿方と同じ部屋はちょっと……」

 

 

 

―――男女の比率に問題があったようだ…

 

 

 

「じゃあ…お前と馬鹿のどっちか、セイスと馬鹿のどっちかで…」

 

 

「あんなゴミ兄のどっちかと同じ部屋になるなら路上で寝た方がマシだっての!!……こほん、いっそオータムがセイスと相部屋になっては如何ですか…?」

 

 

「ざけんな!!何で私が男と相部屋にならなきゃなんねぇんだ!!」

 

 

「じゃあ、うちの兄達と…」

 

 

「あんなのと一緒になるならセイスの方がまだマシだ馬鹿野郎!!」

 

 

「「イエス!!ウィーアー…」」

 

 

「「口開くなバカ兄弟!!」」

 

 

「「……イエス・マム…」」

 

 

 

 復活した馬鹿兄弟も加わった事により、部屋割りの話し合いは一層混沌としてきた。普通ならオータムとマドカ、俺と馬鹿のどっちか、馬鹿のどっちかとその妹で丁度良さそうなのだが、思いのほかシャドウが馬鹿兄弟を拒絶しているので無理そうだ。俺と馬鹿兄弟を一緒にしたら確実に問題が発生するだろうし、マドカだってそれは同じである。しかし二人とも俺(男)と相部屋になるのも嫌なようで、部屋は一向に決まらない…

 

 

 

「なぁ、何なら俺達は別の場所で宿を取るけど…?」

 

 

「いえいえ、そういう訳にはいきません。スコール氏に、貴方を目の届く場所に置いておけと言われておりますので……形式的にだけでも、と…」

 

 

「……あ…」

 

 

 それを言われ、スコールの姉御が何で拠点をオータムと同じ場所にしろと言ったのか漸く理解した。他の幹部達は未だに俺とマドカの裏切り行為を警戒しているのだ。先日暴走したばっかなので当然と言えば当然だが、俺達二人を上の連中は全くもって信用してない。そんな危なっかしい二人をスコールの縄張りの中でとは言え、野放しにする事を幹部達は認可出来ないのだろう。なので姉御は、その幹部連中を納得させて静かにさせる為にも俺達を部下の近くに留まらせる事により、監視付という形を取ろうとしているのである。

 

 

 

「……ご理解頂けたようで…」

 

 

「まぁ、ね…」

 

 

 

 そうなると…活動自体に支障は出ないだろうけど、あんまりフラフラする事も出来ない。なるべくこのホテルで過ごすことになるだろう。俺の用事はそんなに時間が掛からないとは思うので、特に心配する事は無いが……それよりも、まずは部屋割りだ…

  

 あーでもない、こーでもないと、これ以上うだうだ言い合っても埒が明かない。ならばと思い、ふと視線をマドカに向けると同じような事を思ってたのか、丁度視線が合った。レッツ・アイコンタクト。

 

 

 

(プランA?それともプランB?)

 

 

(どっちがどっちだ?)

 

 

(Aはいつもの、Bは俺が野宿)

 

 

(Cプラン、馬鹿を抹殺して空き部屋を増やすで)

 

 

(凄くそうしたいけど、時期が時期だから自重しろ)

 

 

(……Aで構わない…)

 

 

(了解)

 

 

 

 

 この間、僅か3秒…そして未だにギャンギャン騒ぎながら揉めてる4人を尻目に、俺とマドカはロビーから離れてフロントに赴き、部屋の鍵を貰いにいった。先程シャドウに声を掛けられたホテルマンも丁度良いタイミングで戻って来たので自分達の荷物だけ受け取り、さっさとその場を離れようとする…

 

 

 

「……ん?おいセイス、エムを連れてどこに行く気だ…?」

 

 

 

 しかし、あとちょっとのとこでオータムに見つかってしまった。別に隠さなくても良い事なのだが、馬と鹿の兄弟が五月蠅くなる気がするのでこっそり離れたかったのだけど、仕方ない…

 

 

 

「どこって、部屋…」

 

 

「部屋ってお前…その部屋割りを決めてる最中……」

 

 

「いや、俺とエムは同じ部屋で良いから」

 

 

「……なんつった…?」

 

 

「え?俺とエムは同じ部屋…」

 

 

「マテマテマテマテマテ…」

 

 

 

 珍しく狼狽えたオータムに肩を掴まれ、引き留められてしまった。少し離れた場所に立っている馬と鹿は唖然としながら立ち尽くしており、シャドウに至ってはポカンとしている。俺の隣に立っているマドカは逆に皆の反応に対して不思議そうにしていたが、正直言って当然かもしれない…

 

 

 

「おい、私の気のせいか?心なしかテメェら、同部屋になる事に一切の躊躇いも葛藤も無かった気がするんだが…」

 

 

「…?」

 

 

「本気で不思議そうな顔すんなアホエム!!……え、なに?お前、全然平気な訳…?」

 

 

「当たり前だ。何回お前らが百合ってる時にセヴァ…セイスの部屋に寝泊まりしたと思ってる?」

 

 

 

 いつもスコール、オータム、そしてマドカの3人で行動をしている姉御たち。しかし非番となると姉御とオータムはお楽しみタイムへと突入し、マドカは雰囲気的にも物理的にも居場所が無くなってしまうのである。その為、結構な頻度で俺達のとこにやって来ては時間を潰し、そのまま翌朝まで厄介になっていく事なんてザラにあった。まぁ、姉御たちみたいにR18指定な事になったことは無いが…

 

 早い話、俺とマドカにとって同じ部屋で寝泊まりすることは、今更にも程がある事なのだ…

 

 

 

「ノーーーーーーーン!!テメェみたいな男が、エムたんと何度も寝食を共にしていたと言うのか!?」

 

 

「オウ、ジーザス!!ガッデム、シット!!有り得ねええええぇぇ!!」

 

 

「五月蠅いつってんだろ駄目兄貴!!」

 

 

「「アーウチッ!?」」

 

 

 

 案の定、馬と鹿が自身のアフロとモヒカンを抱えて叫びながら悶え始めたが、余りに五月蠅かったのでシャドウが罵声と肉体言語(ボディーブロー)によって鎮圧してくれた…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 結局、部屋割りは俺達の希望通りになった。俺とマドカ、オータムとシャドウ、そして馬鹿兄弟がそれぞれ同じ部屋に寝泊まりする事に決定した。馬と鹿は最後までこの組み合わせに抗議してきた挙句、またもや凶器を取り出して襲い掛かって来たので返り討ちにしてやったが…

 

 

 

「おいセヴァス、何してるんだ…?」

 

 

「ん?あぁ、ちょっと“旅のしおり”に目を通してたとこだ…」

 

 

 

 何はともあれ俺とマドカは今、与えられた部屋で荷物を広げてその整理をしている最中だ。しかし現在俺はその手を休め、とある一枚の書類に目を通していた。

 

 

 

「……そうか。ところで、先にシャワー入って良いか?今日はちょっと、疲れた…」

 

 

「あぁ、良いぞ。ただし裸で出てくるなよ…?」

 

 

「IでSな学園の奴らと一緒にするな」

 

 

 

 そう言うや否や、マドカはさっさと着替えを持ってバスルームの扉へと向かっていった。彼女の後ろ姿を見送り、扉が閉められるのとほぼ同時に視線を手元の“しおり”に戻す。

 

 

 

「……そうか、ここに居るのか…」

 

 

 

 俺が目を通していたのは最近の『先生』に関する情報が印刷された書類の束である。さっきシャドウに手渡されたのだが、どうやらコレを俺に受け取らせるためにも姉御はオータムに同行させた様だ。本当に、旦那と姉御には頭が上がらない…

 

 そしてその資料には『先生』の居る病院の場所だけでは無く入院させられている部屋、病状や健康状態、担当の医師の名前や定期診察の時間帯など色々と役立つ情報が所狭しに書かれていた。本人の経歴や人間関係まで書いてあるぐらいの徹底ぶりである、しかし…

 

 

 

「流石に、あんたの過去は知る気は無いね…」

 

 

 

 どこで生まれ、どんな風に育ち、どうして俺と出会ったなんて事は最早どうでも良い。俺に苦痛を与えた者の一人であり、俺を2年間の孤独に追いやった張本人であり、俺にとって復讐対象唯一の生き残りである……その事実だけ分かっていれば、後は不要だ…

 

 

「嗚呼…楽しみだ……」

 

 

 

―――ずっと奴らの命乞いが見たかった

 

 

―――ずっと奴らの断末魔が聴きたかった

 

 

―――ずっと奴らの悪夢と別れたかった

 

 

 

 今まで叶えたかった事が、ずっと俺を苦しめ続け、同時に支え続けた過去の思い出に決着をつける時が来たのだ。これでやっと、俺は奴らとの繋がりを断ち切る事が出来る……やっと、最後の日に見た…

 

 

 

 

「ククク……クハハハハ…!!……ヒャーーーーハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 

―――最後の日に見た、あの時の先生の顔を、二度と思い出さなくて済みそうだ…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……本当に、嬉しそうに嗤うな…」

 

 

 

 脱衣所で服を抱えながら扉に背を預け、セヴァスの高笑いを耳にしながら床に座り込み、マドカは呟いた。彼女はセヴァスが“旅のしおり”と称した紙の束が何なのか大体分かっていた。それ故に、彼が何故にこうも昂っているのかも理解できていた。

 

 

 

「私は、本当にどうしたら…」

 

 

 

 呟くのと同時に先日の記憶が甦り、胸が締め付けられるような感覚に苛まれた。身体も自然と強張り、いつの間にか腕にも力が入って抱えていた服がクシャクシャになる…

 

 今の彼は、自分と同じく完全な復讐者。互いに理解者であり、同類である彼の楽しみを否定する理由など欠片も存在しない。けれど先日の件を機に、今まで気にしなかった物事を、否が応でも意識せざるを得なくなってしまった。だけど結局のとこ、セヴァスにとっての最善が何なのかさっぱり分からないのだ。もしもオランジュの言う通りであるのなら、自分の選んだ道こそが彼にとっての最優ということになる。けれど、自分が選ぼうとしている道は明らかな茨道であり、その途中で彼を死なせる可能性が大いにある。そしてそれを思うと、姉に対する復讐心に迷いが生じ始めるのだ。

 

 早い話、今の自分には願望が二つあり、その二つを両立させるのはほぼ不可能であると言う事だ…

 

 

 

―――そして先程、新たに一つ、悩みが増えてしまった…

 

  

 

 

「……私が死に掛けた時、お前はどうするんだろうな…」

 

 

 

 彼が命を投げ打ってまで自分を助けようとしたみたいに、自分が彼を命懸けで救おうとした時、一体どんな反応を見せるのだろうか…

 

 

―――喜んでくれるだろうか?

 

 

―――泣いて悲しむだろうか?

 

 

―――苦笑しながらも感謝してくれるだろうか?

 

 

―――怒り狂って引っ叩かれるだろうか?

 

 

 今の自分にはその答えが分からないし、彼にその答えを訊く勇気は無い。彼の口から自分の望んでない答えが返ってくるのではと思うと、どうしても訊く事を躊躇ってしまうのである。図々しくて身勝手極まりない悩みだとは自覚はしているが、やはり無理なのだ…

 

 

 

 

「……だが、いつまでも問題を先送りにする事は出来ない…」

 

 

 

 

―――だから決めた、どんな形であろうと、どんな結果になろうとも…

 

 

 

 

「私はお前の復讐を見届け、必ず答えを出す……それが、私なんかに命を懸けるお前に応える為の、第一歩だ…」

 

 

 

 自分に言い聞かせる様にして呟いた彼女の目に、少しだけ光が戻った…

 

 




次回、波乱の一日が幕開け…

ところで、うちの亡国機業を『緋弾のアリア』に送り込んだらどうなるかな…?


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愚直な弾丸の行く末は… 前編

本当はここまで書くつもりでした。今日は執筆時間取れないと思い、時間が無かったので中途半端になっていましたが…;

早いとこ先生編を終わらせて、いつものコメディ調に戻したい……だからせめて、次回はちょっぴりドタバタさせよっと…




 

 消えろ消えろと、何度願い、何度念じたことか…

 

 

 けれどあの時の夢は、どれだけ時が経とうとも、消えてはくれない…

 

 

 地獄の様なあの場所、あの時の夢は、光を得た今もまだ見続けている…

 

 

 半ば消すことを諦め、一生付き合っていくことさえ覚悟したが、どうやらその必要は無いらしい…

 

 

 己の悪夢を呼び覚ます存在を一つでも消し去れば、あの時の夢も二度と見ないで済む…

 

 

 確証も根拠も無いが、奴らに授けられた人一倍鋭い己の勘が、そう確信している…

 

 

 なればこそ、自分は確実に消し去らなければならない…

 

 

 自分が最も憎しみを抱き、夢の中で最も自分を苛立たせる…

 

 

 

---シェリー・クラークが俺に向けた、最後の表情を…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「あぁクソッ…思ったより高い建物だな、ここ」

 

 

 カツン、カツンと、無機質なリズムを刻みながら、薄暗い廃屋の階段を登っていく。時折窓から差してくる外の光が足元を照らすが、少し進めばすぐに真っ暗に元通り。先程からずっと、この繰り返し…

 

 

「しかし悪いな、付き合ってもらって…」

 

「私が行きたいんだ。お前は私のことを気にせず、さっさと済ませろ」

 

「……分かったよ…」

 

 

 初っ端からドタバタした昨日だが、それとは打って変わってやけに静かな朝を迎えた。オータムとクロウは任された仕事のため早々にホテルから居なくなり、煩い馬鹿兄弟も彼女らに同行したので殆ど顔を合わせることもなかった。しかし、クロウは去り際に良いものを渡してくれた。視線を自分の背負ったモノへと向けると、自然と凶悪な笑みが浮かぶ…

 

 

「……試作型対IS用狙撃銃、か…」

 

 

 シェリー・クラークを殺すための武器をどうするか悩んでいた時、シャドウが渡してきたのがこの背中に担いだバカでかいケースに収まってる巨大ライフルである。技術部の新作であり、その性能のチェックと運用テストを兼ねて貸してくれたようだ。クラークの居る病院は訳ありの人間ばかり送られており、そのせいで警備システムも少々厄介なものが多い。資料の通りならば窓ガラスも全て防弾使用で、並の銃では傷ひとつ付かない代物らしい。

 わざわざ武器を調達するのも面倒だったし、俺は即効で首を縦に振った。そして準備を終え、俺の復讐に付き合うと言ってくれたマドカを引き連れて、狙撃に打って付けな、例の病院の向かい側に佇む廃屋の屋上を目指している真っ最中だ。

 

 

 

「……なぁ…」

 

「ん?」

 

 

 徐に、隣で共に階段を登るマドカが話しかけてくる。昨日や一昨日と比べて大分マシにはなったが、その表情は未だにどこか冴えない。自分で解決したいと言っている手前、無闇に口を出さない方が良いのだが、彼女が織斑千冬以外の事でここまで長く悩むのは珍しい。もしかしたら、案外その織斑関係で悩んでいるのかもしれないが…

 

 

「その先生と言うのは、どんな女なんだ?」

 

「そうだなぁ……取りあえず、姉御に負けず劣らず美人だった…」

 

「……」

 

「何だその目は…?」

 

「……別に…」

 

 

 出会った当初は二十代半ばで若さ真っ盛りな時期だったが、それを差し引いても奴は美人に分類されたと今でも思う。実際これまで会った人物の中で、あの女より美人と素直に言えるのはスコールの姉御ぐらいだろう。因みにマドカは美人じゃなく、可愛いに分類される。

 

 

「俺が居た研究所の奴らは、どいつもこいつもクソッタレな野郎ばかりだった。研究目的がコレだったせいもあって、碌でもない扱いしか受けなかったし…」

 

 

 俺が造られた理由は、ナノマシンによって極限まで強化された『究極生命体の創造』にある。その基本は限界まで強化された治癒能力が主なもので、その性能を確かめる為に何度も傷つけられ、嬲られ、殺された。年単位でそんなことを続けていて、流石に奴らも真面目に実験するのに飽きてきたのか、途中から俺を半殺しにすることを楽しむようになっていったが…

 

 

「そんな中、担当した役目とは言え暴力以外の手段で接してきたのが、そのシェリー・クラークだったのさ…」

 

 

 下衆な嘲りと共に、終わりの無い苦痛を味わう毎日の中、『シェリー・クラーク』は突然俺の元へと現れた。生まれて初めて暴力と嘲笑以外のモノで接してきた彼女に対し、俺が興味を抱くのにはそんな大して時間は掛からなかった。

 後で知った話だが、俺の本名でもある型式番号の『AL-№6』からも分かる通り、俺が生まれる前に兄弟とも呼べる同類が5人ほど居たらしい。そのどれもが人間の形をしていなかったり、知能を持てずに生まれたりと欠陥だらけで、何よりナノマシンの適合率が俺の足元にも及ばず、皆一人残らず死んでしまったそうだ。そんな中、研究者のクソ共の理想とも言える形で生まれた俺は、『ナノマシンの適合』から『人間の知能を備えさせる』という次の実験段階へと移行した。その為の第一歩が俺の教師役として寄越されたシェリー・クラークだったのである。

 

 

「本音を言えば、あの時は楽しかったよ。クラーク以外の奴が寄越してくれたのは、罵り言葉と鉄の塊ばかりだったからな…」

 

 

 少しばかり脳みそも弄られていたらしく、俺は綿が水を吸うかの如く知識を吸収した。その結果、人語すら喋れなかった化け物は、ものの一年ちょっとで小学校高学年並の知能と知識を手に入れることが出来た。研究員の奴らに殺される以外に一日を過ごす術が無かった俺にとって、シェリー・クラークと共に過ごす時間は特別なものだった。そして嫌な奴しか居ないあの研究施設の連中の中で唯一、俺に色々なことを教えてくれた彼女は心を許せる数少ない人物だった。

 

 

 

---そんな彼女の手によって最後は、拒絶され孤独の2年間へと放逐されてしまったのだが…

 

 

 

「所詮、あの女も奴らと一緒だったのさ。あの女のせいで俺はアイツらを殺す機会を永遠に失い、アイツらの事を思い出す度に込み上げてくる苛立ちと長く付き合い続ける羽目になったという訳だ…」

 

「……そう、か…」

 

「っと、言ってる間に到着だ。やれやれ、随分と時間が掛かった…」

 

 

 気が付けば階段は終わり、目の前には屋上への扉が佇んでいた。その扉のドアノブに手をやり、ゆっくりと回して戸を開ける。すると開かれた扉から冷たい風と、薄暗い内部を一気に照らす外の光が入ってきた。それに思わず少しだけ足を止めたが、すぐに外へと歩みだす。やはりというか、この建物はかなりの高さがあったようで、この近辺も軽く一望できた。

 

---シェリー・クラークの居る病院さえも…

 

 

「ここで良いか…」

 

 

 病院から数キロほど離れているが、病院と真正面から向かい合う形になれる場所を見つけたので、そこに移動して荷物を降ろす。そしてそのままケースからライフルを取り出し、組み立てて準備を始める…

 

 

「何か手伝うか?」

 

「いや、大丈夫だ。すぐに終わらせる」

 

「……そうか…」

 

 

 本来、映画のように狙撃銃を現地で組み立てるのは3流のやる事である。しかし生憎、この得物は組み立てを完成させると、ラウラの身長よりデカイ。こんな代物を持って出歩いたら、先日の馬鹿兄弟の様に目立った挙句、おまわりさんとのお話は避けられないだろう…

 それに俺に戦い方を仕込んだのは、あのティーガーの兄貴だ。何せ兄貴は現場で組み立てた拳銃で、1キロ先の一流スナイパーを撃ち殺したという逸話(ていうか、多分実話)を持つ。そんな人に戦い方を教わった俺も、兄貴には及ばないにしろ、それなりの腕はあるつもりだ。流石に拳銃では無理だが、この大型ライフルを使うのなら充分に自信はある。渡された弾丸も一発だけだが、何とかなるだろう…

 

 

「本当に、やるのか…?」

 

「なんだいきなり…?」

 

 

 ライフルも組み立て終わり、スコープを覗こうとした矢先に背後から投げかけられた声。例によってマドカが顔に心配の色を浮かべて、こっちを見ていた。

 

 

「何か妙な胸騒ぎが……いや、やっぱり気にするな。ただの世迷い言だ…」

 

「あ、そう」

 

「……感想文、忘れるなよ…?」

 

「ははっ、そう言えば約束してたな。分かったよ、楽しみにしていろ…」

 

 

 薄っすら笑っているあたり、彼女なりに冗談という名で気遣ってくれたのだろう。お互いに復讐を肯定し、成し遂げようとする者同士であるが故に、通じ合うモノを見出した俺達…ここまで来れたのも、彼女の御蔭であると改めて実感する。それに報いるために俺はこれからも、この命は…

 

 

「ッ!!……来たか…」

 

 

 その時、スコープを通して数キロ先の病室を見ていた俺の目に、二人の人物が映りこんできた。一人は白衣で身を包んだ人物…あの病院の医者か看護師らしき人物だが、ぶっちゃけどうでも良い。肝心の人物であり、本命の人物はもう一人の方だ…

 

 

「……そのツラ拝むのは、いったい何年振りになんだろうな…?」

 

 

 病院の職員に肩を貸して貰いながら、ゆっくりと病室のベッドに身を降ろす金髪の女性。その姿を見ていると、自然と俺の中で何かが沸々と猛ってくるのが分かる。あれから十年近く経ったこともあってか皺と白髪が幾つか増えて老け込んでいたが、まだまだ美しさは損なっていないようだ。あの時に綺麗と思った長い髪も、青い瞳も、殆ど昔のまま……間違いない、彼女は…

 

 

「……なぁ、クラーク先生…」

 

 

 クロウから受け取った資料の通りに、定期検診を終わらせて自分の病室に帰ってきたのだろう。病名も病状もどうでも良いから忘れたが、もうそんなに長くは持たないらしく、今では見てのとおり自力で起き上がるのも難しいそうだ… 

 

 

「これでやっと…悪夢ともサヨナラだ……」

 

 

 放っておいても死ぬが、それでは意味が無いのだ。自分の手で奴を殺して初めて、俺はあの時の過去と本当の意味で決別することができ、悪夢に苛まれる事も無く毎日を過ごすことが出来るのである。

 その為にも、シェリー・クラークは今のうちに消すべきなのだ。死神に先を越され、俺の手が届かなくなってしまう前に。だから俺は、ゆっくりと引き金に掛けた指に力を入れ… 

 

 

「ッ!?」

 

 

---遠く離れたシェリー・クラークと目が合った…

 

 

 ここと彼女を挟んでいる距離はかなりのものであり、こちらに気付くことはまず有り得ない。彼女が視線を向けた先が偶然俺が居る場所と同じだったに決まっていると頭では分かっているが、突然の事に動揺して指から力が抜ける。だが、俺を襲った衝撃はそれだけでは無かった…

 

 

---見て、感じてしまったのだ…

 

 

「……違う…」

 

 

 あの病室に居て、こちらを向いているあの女は間違いなく『シェリー・クラーク』本人だ。それは疑いようの無い事実であり、自分でもそう確信している。だけど、だからこそ感じてしまう…

 

 

「セヴァス…?」

 

「違う…違う違う違うッ!! 俺が見たいのは…俺が消し去りたいのはそのカオじゃねぇッ!!」

 

 

 スコープの向こうに映る彼女の顔は、まるで魂が抜き取られたかのように無表情だ。本当に何も考えておらず、何も感じていないような完全なる『無』。クラークのその表情を見ても、俺は何も感じることが出来ない。世界で最も殺したかった筈の女の顔を見て、怒りも憎しみも、それどころか悲しみも感じることさえ出来ない。

 

 

---俺が最も消し去りたかったあの時の顔が、今のアイツには無かった… 

 

 

 その事がどうしても受け入れられず、これまでとはまた違う苛立ちが段々と込み上げ、マドカが戸惑うのもお構いなしに声を荒げ、喚き、吼え猛る…

 

 

「そうじゃねぇだろ!! 俺から奪い、俺を捨てた時のアンタのツラは!! あの時、アンタが……アンタが俺に見せたツラはッ…!!」

 

 

 今でも夢で見る、あの時の光景…その時に彼女が俺に見せた表情を思い出すたびに、否が応でも苛立ちと怒りを俺は覚え……同時に、胸が締め付けられる程に悲しくなった…

 

---その時のシェリー・クラークの顔を忘れるためだけに、俺はココに来たというのに…!!

 

 ごちゃ混ぜになった感情のせいで、思考も滅茶苦茶になってしまった。怒りなのか悲しみなのか判別できない感情に翻弄された俺の頭は考えることをやめ、全てを本能に投げ渡した。やがて、トリガーに掛けた指に再び力が入り…  

 

 

「セヴァス、上だ!!」

 

「え……ッ…!?」

 

 

 マドカの声によって我に返り、トリガーから瞬時に離れた。その途端に頭上から何かが凄まじい速度で飛来し、爆音と共にさっきまで俺の居た場所が吹き飛んだ。幸いすぐにライフルを抱えて飛びのいたので、俺も銃も無事である。 

 

 

「クソッ、こんな時に…」

 

「な、何だ…?」

 

 

 どうやら砲撃の類を打ち込まれたらしく、さっきの狙撃ポイントが数メートルに渡り抉られていた。そしてマドカは、砲撃が放たれてきたであろう空を忌々しそうに睨みつけていた。それにつられ、俺も視線を空へと向ける…

 

 

「そこの二人、直ちに武装を解いて投降しろ!!大人しくしない場合、容赦しねぇぞ!!」

 

 

 

---アメリカ第三世代機『ファング・クエイク』を身に纏った国家代表選手『イーリス・コーリング』が、俺達を空高くから見下ろしていた…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「イーリス・コーリング……クソッ、昨日のは偶然じゃなかったのか…」

 

 

 自分の迂闊さを呪うかのように、隣で自分と同じように空を睨むセイスが呻いていた。今日ばかりは、自分も彼と同じような気分だ。こんな街のど真ん中で戦闘となれば、厄介な状況は避けられない。前回の戦闘で主兵装を一つ失ったままというのもあり、出来れば今回はなるべく戦闘は控えたい…

 

 

「……セヴァス、私が時間を稼ぐ…」

 

「マドカ…?」

 

 

 しかし生憎、今日は事情が違う。これは彼の念願でもあった復讐であり、同時にそれを成す為の最後のチャンスなのだ。自分に命を掛けてくれる彼の為にも、そんな彼に応えようとする自分の為にも…

 

 

「だから、お前は…」

 

 

---逃げるという選択肢は、有り得ない…

 

 

「お前の復讐を果たせ!!」

 

「あ、オイッ!?」

 

 

 言うや否やマドカはゼフィルスを展開し、バイザーを装着した状態で真っ直ぐにイーリス・コーリングの元へと飛んでいく。その彼女の姿を見た瞬間、イーリスの顔に驚きの色が浮かんだ。

 

 

「サイレント・ゼフィルス!? お前、あの時の奴か!?」

 

「また私の邪魔をするか、ファング・クエイク……いい加減に目障りだ、墜ちろ…!!」

 

「はん、抜かせッ!!」

 

 

 武装の一つであるナイフを呼び出してそれを振りかざすゼフィルスと、彼女を迎え撃つようにして拳を振るうクエイクが交差する。互いに直撃はしなかったが掠ったらしく、ほぼ同じ割合でシールドエネルギーが減少した…

 

 

「チッ、やっぱやるなお前…!!」

 

(やはり、一筋縄ではいかないか…)

 

 

 互いに相手を強敵と認識し、マドカはゼフィルスのビットを、イーリスはクエイクに搭載した複数の銃器を展開した。それに比例して両者の攻防は、一層激しいモノへと変貌する。

 

 

「墜ちろッ!!」

 

「貴様がな!!」

 

 

 時には斬りかかり、殴り、撃ち、貫き、蹴り、防ぎ、避ける…無数の打撃斬撃弾幕が飛び交う世界トップレベルのIS操縦者による戦いは、まるで一種の芸術のような美しさと、大規模な戦場を一箇所に凝縮したかのような恐ろしさを感じさせる。

 二人の戦いの余波により、近辺の建物が尋常ではない被害を被っているが、よく見ると周囲に人の気配が一切なくなっていた。どうやら、いつの間にかこの辺り一帯は既に封鎖されているようだ…

 

 

「そこだあぁッ!!」

 

(掛かった…!!)

 

 

 何度目かの射撃の応酬を行った両者だったが、イーリスはここぞとばかりにマドカへと突進していく。しかし、その動きを見切っていたマドカは紙一重で回避し、すれ違いざまに全てのビットの銃口をイーリスに向けた。

 

 

「しまッ…!?」

 

「終わりだ…」

 

 

 してやられた事に気付いたイーリスだったが、既に手遅れ。今回はそこまで余裕も無い為か余計な挑発も嘲りもせず、マドカは躊躇うことなくビットから無数のレーザーを放つ……しかし…

 

 

「なッ!?」

 

 

―――突如、何処からともなく飛来した光の矢が、ビットの弾幕を全て相殺した…

 

 

 

『イーリ、大丈夫?』

 

「あぁ、助かったぜナタル…」

 

 

 オープンチャンネルを通して聞こえてきたのは、割と記憶に新しい女の声…先日襲撃した基地で遭遇した、『ナターシャ・ファイルス』のものだった。センサーで辺りを見渡すと、肉眼では殆ど分からないような遠距離に『シルバリオ・ゴスペル』に似た形状を持つ新型のISを纏い、これまた見覚えのある弓状の装備を構えた彼女の姿を捉える事が出来た。どうやら、いざという時の為に身を潜めていたようだ…

 

 

『お久しぶりね、亡国機業さん…前回の借り、ここで纏めて返してあげるから、そのつもりでいなさいよ?』

 

「てなわけで、第二ラウンドといこうか!!」

 

「クッ!?」

 

 

 再度突貫してきたイーリスに心の中で盛大な舌打ちをしながらも、マドカは即座に対応する。しかし、いよいよ本格的に不味い事になってきた…

 

 

「この…」

 

『逃がさないわよ!!』

 

「ッ!!」

 

 

 イーリスの攻撃を避け、反撃をしようとすればナターシャが遠距離から光の矢を放ってくる。逆にナターシャの元へと向かおうとすれば、今度はイーリスがそれを見逃さず襲い掛かってくる。その結果、反撃の機会を奪われたマドカは段々と追い込まれていった…

 

 

「おらあああぁぁぁ!!」

 

(このままでは……流石に不味いか…!?)

 

 

 ただでさえ主力武器を一つ失った状態というのもあるが、やはり国家の称号を担う乗り手を二人同時に相手をするのは、複数の代表候補生と同時に戦った時とは比べものにならない程キツい。攻撃も避けきれないものが増え、シールドエネルギーも順調に減らされていく。ビットによる偏向射撃、瞬時加速をフル活用してどうにか対応しているが、このままではジリ貧状態である。

 

---最悪の場合、撤退も視野にいれなければならないが、そうなるとセヴァスが…

 

 

「今度は逃がさねえええぇぇ!!」

 

「しまッ……グッ…!?」

 

「……捉えたぜ、ファントム・タスク…!!」

 

 

 思考を戦闘から割き、一瞬だけセヴァスに意識を向けたのが不味かった。集中力を切らした僅かな隙を突いて一気に間合いを詰めたイーリスは左手でマドカの右腕を、もう片方の手で彼女の首をガッチリと掴まえた。マドカはなんとか拘束から逃れようともがくが、ファング・クエイクのパワーは思ったより強く、ビクともしない。ならばとゼフィルスのビットを全て呼び戻し、自分を掴んで離さないイーリスを包囲するようにして展開する。だが…

 

 

「やれ、ナタル…!!」

 

『任せて!!』

 

「ッ!?」

 

 

 背筋に悪寒が走り、センサーでナターシャの方を見てみると、彼女は今まさに光の矢を放とうとしているところだった。その矢が向けられた先は当然、イーリスに拘束された事によって動けない自分だ…

 先程までの攻防により、シールドエネルギーは既に底を尽きかけている。もしもあれが直撃した場合、実質トドメの一撃となるだろう。慌ててビットにシールドを展開させ、自分を守らせるべく呼び戻そうとする。しかしその行動は、到底間に合いそうにない。

 

 

---そして無常にもナターシャの光の矢は、身動きも防御も出来ないマドカ目掛けて放たれた…

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 マドカがイーリスに突撃し、そのまま開始された両者の激闘。その華やかで凄まじい光景を廃屋の屋上で、空を見上げるようにして眺めながら、セイスは一人呟いた…

 

 

「マドカ…」

 

 

 去り際に彼女は自分に向け、『お前はお前の復讐を果たせ』と言ってくれた。前回、一夏に主兵装であるIS用ライフルを破壊されてしまい、万全ではない状態にも関わらずだ。

 周囲がやけに静かであり、イーリス達が周囲への被害を一切考えず戦闘を行っているところを見るに、この近辺の封鎖は既に完了していると思って良さそうだ。これだけの規模となると、自分達の存在は昨日今日で発覚した訳では無さそうだ。恐らくティナが前回のことを報告し、それを元にこちらの行動を予測して網を張ったのだろう…

 

 

 

「……さてと…」

 

 

 

―――前を向けば、数年振りに姿を見せた、世界で最も殺したかった女が居る…

 

 

―――空を見上げれば、その女を殺したい俺の為、戦いに身を投じた女が居る…

 

 

―――俺の手にあるのは、一丁のライフルと一発の弾丸…

 

 

 この一発だけの弾丸を何に命中させようが外そうが、撃った瞬間に俺もこの戦場に身を投じる結果になるだろう。世界レベルの技量を持つIS乗りが3人も居る…自分のような半端な戦闘能力を持っただけの雑魚が迷い込んだら、あっという間に消し飛んでしまいそうな過酷な戦場に……

 

 

「……迷う理由なんて、無いじゃないか…」

 

 

 手に持ったライフルを改めて確認し、異常が無いかチェックする。幸いしっかりと抱きかかえて飛び退いた為か、クエイクの砲撃に巻き込まれかけたにも関わらず万全の状態のままだった。その事に安堵し、弾が装填されていることを確かめ、安全装置が外れている事も確認した。何の支障も無く撃てると分かり、立ったまま銃口を標的へと向け、スコープを覗く…

 

 

 

 

 

「アンタもそう思うだろ?……先生…」

 

 

 

 

---スコープを通して映るシェリー・クラークに向かって、彼は呟いた…

 

 

 

 

「アンタに拒絶されて、あの薄暗いコンテナにぶち込まれて以来、俺はその時の光景を何度も夢で見た。そのたびに俺は、アンタを殺したくて殺したくて仕方が無かった!! 俺が心を許しかけたアンタにそれをやられたからこそ、殺したくて仕方なかった!!」

 

 

 彼女の手によって処分されたことにより、自分に関わるあらゆる人間からの繋がりを断ち切られ、それまで自分を生かしてきた復讐心を無意味なものへと変えられてしまった。自分を何度も何度も殺して、それを楽しんでいた糞野郎を一人残らず殺し返すつもりだったのに、その機会を永遠に奪われてしまった。御蔭で新たに生きる理由を手に入れた今でも、その時の記憶を完全には忘れることが出来ないでいた…

 

 

 

「けど、それも今日で終わりだ。今後一切、アンタと会う事は無いだろうよ…」

 

 

 

 あの時の記憶は、今の自分にとって必要ないモノだ。どれだけ悪夢という形で自分に『構ってくれ』と訴えかけてこようが、鬱陶しい事この上ない。そしてその事を思い出させる、このシェリー・クラークも自分にとって、目障りな存在である事に変わりない。だから…

 

 

 

「アンタの顔、最後に一目見れて良かったよ……さようなら、先生……」

 

 

 

 遠く離れた病院の一室で、相変わらず無機質な表情を浮かべるクラークに向かって、彼は囁く様に別れの言葉を述べた。風に攫われる様にして、呟かれた言葉が消えたと同時に彼は動いた……そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その残り僅かな余生、精々楽しみやがれぇッ!!」

 

 

 

 

---ライフルを担いだ彼は病院の方へと勢いよく駆け出し、廃屋の屋上から跳び出した…

 

 

 

「とことん付き合ってやるよ。目障りな悪夢にも、鬱陶しい過去にも、“お前”にも……だから…!!」

 

 

 

 並外れた身体能力により、屋上から跳び出した彼は20メートル程の飛距離を稼いでいた。しかし、それもやがて重力に捕まり地面へと引き摺り下ろされてしまうだろう。だからその前に身体を強引に捻り、空を向く。そして廃屋の屋上から跳び出したことによって、自身の目論見通り“彼女達が真上に居たせいで無理だった”射線が、完璧なまでに取れていると分かって笑みを浮かべ、そして同時に自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

 

 

---俺の復讐心なんて、所詮こんなもんだ…

 

 

---自分を生かし続ける為の、自己暗示に過ぎない…

 

 

---実際それに支えられ、今日まで生きてこれた面も強いさ…

 

 

―――だけど、今は違う…

 

 

―――今の俺を支え、生かしているのは…

 

 

 

 

 

「とっととマドカから手ぇ離せクソッタレがああああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 重力に引かれて落下しながら、彼は銃口を空に向けてトリガーを引いた。凄まじい銃声と共に、蒼白い電磁光を纏った弾丸が解き放たれた。弾丸は、まるで彼の意志が籠められたかの如く、愚直なまでに、狙い目掛けて一直線に突き進んでいく。何者にも邪魔されず、ひたすら真っ直ぐに飛んでいく己の弾丸の命中を、彼は確信した。そして…

 

 

 

―――天に向け放たれた弾丸は、マドカを拘束するファング・クエイクのスラスターを見事に粉砕した…

 

 




セイスの優先順位(↓)
マドカ>>(超えられない壁)>フォレスト一派・姉御>>復讐>その他


そもそも復讐を優先するタマなら、ティナの勧誘を断ってないってね…





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愚直な弾丸の行く末は… 後編

すいません、前回のを読み直して色々と納得いかなかったので、マドカの態度を変えたり、最後を付け加えたりして書き直し、後編にしました。

次回はちょっと休憩も兼ねて、『阿呆専門の初めての留守番』をやる予定です。

そしてすいません…前回に感想をくれた方々、書いてたら返事を核時間が無くなってしまいました……もう暫く御待ちください…orz



 

ほんの一瞬の出来事だった。遥か後方から光の矢が放たれ、それが拘束された自分に向かって真っ直ぐに接近するのがセンサー越しに見え、マドカは敗北を覚悟したその時…

 

---ファング・クエイクの背部スラスターが爆発した…

 

 

「うおわッ!?」

 

「ッ!!」

 

 

 爆発の衝撃でイーリスは思わず手を離してしまい、拘束から解放されたマドカは考えるよりも先に動いていた。先ほどまで自分を掴んでいたクエイクの腕を掴み、互いの位置をブン投げるようにして入れ替えた。爆発でバランスを崩し、スラスターが破損したファング・クエイクは碌に抵抗も出来ず、ノコノコと出て行ってしまった…

 

---マドカを射抜かんと迫っていた、光の矢の射線上に…

 

 その事に気付いた瞬間、イーリスは顔を青くしながら口を開いて何か言いかけたが、彼女の言葉がマドカの耳に届くことは無かった。渾身の一撃だったのか、ファング・クエイクに命中した光の矢は今日一番の大爆発を見せ、イーリスを爆炎で彼女の言葉ごと包み込んだ。そしてさっきとは比べ物にならない衝撃により、クエイクが弾丸のような速度で向かい側の建物に墜落していくのが見えた。

 センサーによれば、撃破は出来てないようだが相当のダメージを負った筈だ。まだナターシャ・ファイルズが居るが、ここまではかなりの距離がある。すぐに向かって来られようが逃げ切れるだろうし、一対一ならば相手の射撃を避けるくらい容易いことだ。それよりも…

 

 

「まさか、今のは…」

 

 

 嫌な予感がして、とある場所に視線を向ける。すると案の定、居るべき場所に居るべき人間が居ない。何処に行ったのかと思い探してみたら、今度は驚愕に目を見開く羽目になった。

 それを見た瞬間、自分は全てを悟った。さっき何が起きたのかも、彼が何をしたのかも。けれどそれを知って、今の自分がどんな表情を浮かべているのかまでは分からなかった。謀らずも自分が知りたかった答えの一つに直面したにも関わらず、今の自分の心がグチャグチャなってしまったのだ。何故なら自分は、求め、手に入れた答えを…

 

 

 

 

「バカ……どうしてお前は、そこまで…私なんかの、為に…?」

 

 

 

 

---否定したかった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(さて、どうすっかな…)

 

 

 ちゃんと階数数えてなかったけど、やっぱりこの廃屋の高さはかなりのものだった。弾丸がイーリス・コーリングに命中し、マドカが窮地を脱したのを見届けてもまだこの後のことを考えるだけの落下時間が残っていた。とは言っても、精々数秒程度の猶予しか無いが…

 

 

(これだけの高さだから、一度は意識が堕ちるな…)

 

 

 俺の身体は回復力が凄いのであって、無敵では無い。痛いものは痛いし、ダメージがデカいと回復も遅い。多分このまま地面に叩き付けられると衝撃で意識が吹っ飛び、暫く動けなくなるだろう。最悪の場合、手足の一本か二本くらい飛ぶかもしれない。飛んだ手足はすぐにくっ付ければ治るし、死にはしないがその間にイーリス達の仲間に包囲されると厄介である。 

 

 

(どっちにせよ、受身以外にやれる事は無いけどな…)

 

 

 さて、せめて預かった銃が壊れないようにしっかり抱えて、極力背中から落ちる様にしよう。流石に頭から落ちて脳を損傷したら完治するまで幼児退行化…思い出したくない黒歴史が蘇える…

 なんて半ば投げやりに考えていた矢先、グワッシャ!!という音が聞こえたと思ったら背中に凄まじい衝撃が走った。あまりに唐突だったので、悲鳴も呻き声を上げる暇も無かった。どうやら、予想より早く地面にたどり着いてしまったらしい。だが、こころなしか音が変だった気がする。コンクリやアスファルトの地面に激突した音ではなく、車のボンネットを叩き潰した音のような…

 

 

「ノオオオオオォォォォ!? 俺のベンツがあああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

「見事なまでに屋根がグシャグシャだYO!?」

 

 

 身体を動かすことは出来なかったので、首だけを声のした方へと向ける。するとその先には、今まさに俺達の居た廃屋の入り口に入ろうとしていた馬鹿兄弟が、こっち見ながら唖然としているところだった。そういえば背中の感触も変だったので、そっちにも視線を移す。すると俺は地面ではなく、真っ赤なボディにキラキラなデコレーションを施した趣味の悪い自動車にボンネットの上に居た。二人の言葉から察するに、俺は二人の愛車の上に落ちてその車体を完膚なきまでに破壊した様だ。それはともかく…

 

 

「……ところで、何してんの馬鹿兄弟…?」

 

「「イエス・ウィーアー…」」

 

「いや、余裕無いから説明を早く」

 

「「い、いえす・さー…」」

 

 

 シャドウから預かった巨大ライフル(弾切れ)を向けたら、二人は素直になってくれた。落ちたのがアスファルトでは無く、車のボンネットだったのでダメージも幾分マシになっていた。なのでそのまま身体を起こしたのだが、何故かドン引きされた。俺の頑丈さに驚いたのだろうけど、生憎と時間が無いので説明を促す。

 

 

「愛しのマイシスターからの命令さ!!」

 

「実はCIAの奴らが網を張ってたらしくてな!!」

 

「それを察知したマイシスターがエムたんとお前にそれを伝えろって俺らに言ったのさ!!」

 

「大変だったぜ、ここを探すのは!! 一時間も掛かっちまったぜ!!」

 

 

 でかい声で一々二人交互にと面倒くさい喋り方に苛っとしたが、ちょっと聞き捨てならない言葉があった。まぁ…CIAの奴らが網を張ってたのは半分俺のせいだとして、シャドウが後になって教えてくれたのも別に良い。しかし、だ…

 

 

「なんで一時間も掛かった…?」

 

「なんでって…そりゃ、この狙撃ポイントを知らなかったからに決まってるじゃないか」

 

「連絡を取ろうにも照れ屋なエムたんは俺達の電話を着拒するし、お前なんかには意地でも電話したくねぇに決まってるじゃねぇか」

 

「それにマイシスターに見栄張って『俺達だけで大丈夫』と言った手前、『やっぱ無理でした』じゃカッコ悪いだろう?」

 

「それにホラ!! ちゃんと俺達だけで出来ただろ!!」

 

 

 

 

---拝啓 スコールの姉御、人手不足なの承知で尋ねますが、この二人ブッ殺して良いですか…?

 

 

 

 

「……なんて言ってる場合でも無いか…」

 

「ホワッツ?」

 

「おい馬、これ持て」

 

「ちょ、待て待てってコレくそ重てぇYO!?」

 

 

 巨大ライフルを渡された途端、ホースはよろめきながら叫んだ。俺は普通に空中で抱えながら撃てたが、並みの人間だったら持ち歩くことさえ困難な代物だろう。第三世代機のパーツを破壊出来たことを考えるに威力は申し分無いが、撃った際の衝撃のでかさや取り回しの悪さはもっと改善すべきだろう。

 

 

「そんで鹿、銃を貸せ。この前のショットガンじゃなくて、ただの“チンケな拳銃”」

 

「な、何で俺がユーの頼みを聞かなければならないんだYO!?」

 

 

 俺に向かって憤慨するディアーだったが、すぐに口を閉ざすことになった。何故なら彼が続けて喚こうとした瞬間、ちょっと離れた場所にあった建物が強烈な破砕音と共に崩壊したのである。そして倒壊する建物から舞い上がる砂塵に混ざり、ゆっくりと出てきた影に馬鹿兄弟は血の気を失った。

 無理も無い。俺だって本来ならば相対するどころか、即座に身を隠すか逃げ出すかで相手に姿すら見せない。この世界において最も、理由もなくちょっかいを出してはならない存在だ… 

 

 

―--IS第三世代機に乗った、手負いの国家代表なんて…

 

 

「……さっき私を撃ったのはお前か…?」

 

「NO!!」

 

 

 恐ろしい形相で睨み付けてきたイーリスに対し、銃を持ってたせいで誤解されたホースは必死に首を横に振る。彼女の駆るクエイクはスラスターが粉々になり、先ほど直撃してしまった味方からの攻撃によって全身の装甲がボロボロになっており、満身創痍もいいとこだ。しかし、まだ完全にエネルギーが尽きた訳でも無いようで、機体も乗り手もその闘志が消える気配は無い。

 その時、視線をホースから俺に移したイーリスと目が合った。どうやら彼女は俺のことを覚えていたようで、心底驚いていた…

 

 

「お前…昨日のガキか…?」

 

「………」

 

 

 この後の展開を踏まえ、ちょっと考える。チラリと後ろの馬鹿兄弟に視線を向けると、すっかり血の気を失って放心状態になっていた。使い物にはならないだろう……普通の状態でも使えないだろうが…

 なので相手を刺激しない程度の動きで馬鹿兄弟に近寄り、スーツに隠していた拳銃を無言で掏った。その時点で、ようやく二人は我に返った。正直言って、そのまま死んでくれた方が組織の為にもなりそうだが、仮にも姉御の部下なので勝手に見殺しにするのはやめよう…

 

 

「お、おい小僧…?」

 

「いったい何を…?」

 

「それ持って先に逃げてろ」

 

「「ホワッツ?」」

 

「んじゃ、妹さんにヨロシク」

 

 

 言うや否や、セイスはイーリスに向かって真っ直ぐに駆け出した。巨大ライフルを預けられ、キョトンとするしかない馬鹿兄弟だったが、流石に彼が時間を稼ごうとしてくれるのは理解できたようで、即座に踵を返してこの場を離れていった。

 

 

「行くぞオラ、アメリカ代表おおおぉぉぉぉぉ!!」

 

「ッ…」

 

 

 対してイーリスの方はISに戦いを挑もうとするセイスの暴挙に驚いたが、すぐに気を引き締めて身構えた。国家代表の肩書きは伊達では無いようで、流石に油断も隙も無い……いや、そもそも…

 

 

「おっらぁ!!」

 

「ふん!!」

 

 

 セイスの渾身の一撃は残った装甲で防がれ、逆に殴った拳が粉々に砕けた。しかし、その傷はナノマシンによって瞬時に回復する。そしてセイスは再度、回復したばかりの拳をイーリスの顔面目掛けて振り下ろす。ところが…

 

 

「成る程、これが『ALー№6』の力か。本当にイカレてやがる…」 

 

「……やっぱり…」

 

 

 いつもならこの反則染みた回復能力に驚いて相手は怯み、隙を見せてくれる。しかし、今回はそうもいかなかった。セイスの放った二撃目の拳は、一切油断してなかったクエイクの大きな手にガッチリと掴まれて防がれていた。ゼフィルスを纏ったマドカがもがいてもビクともしなかっただけあり、人外程度のセイスが暴れたところでその拘束は解けそうに無い。おまけにそのまま片腕を掴まれた状態で持ち上げられ、宙吊り状態にされて余計に身動きが出来なくなってしまった。

 今回のシェリー・クラーク殺害を想定して張り込みをしていたというのなら、自分の体質の事も伝わっているというのは、想像するに容易い。故に…

 

 

「さて、大人しく投降する気はあるか? AL-№6…」

 

「あるわけ無ぇだろ。そして、その呼び方やめろ……胸糞悪くなる…!!」

 

 

―――無策で突っ込んだつもりは無い… 

 

 

「死ねや…!!」 

 

「チッ、悪足掻きを…」

 

 

 掴まれた腕を軸にして、セイスは自由な両足を振り上げ、相手の骨を砕くつもりで振り下ろした。熟練者の勘か、反射的にイーリスは空いてた方の腕でそれを防いだ。しかしセイスは、これを防がれることも予測済みであり、既に動いていた。イーリスが彼の行動に気付いたのと同時に、周囲に数発の乾いた発砲音が響く。放たれたのは先ほどセイスがホース達から借りた拳銃であり、自由な方の腕で隠し持っていたそれを取り出し、至近距離で彼女の腹部に連射したのである。

 IS相手に拳銃なんて、猛獣にエアガンを向けるようなものだ。シールドエネルギーの減少量とて、雀の涙程度のものでしか無いだろう。ましてや相手は第三世代機、例えバズーカを持ってきたとしても勝ち目は無いと思ったほうが良い。

 

 

「ぐッ……な、何しやがったテメェ…!?」

 

 

-――ところが、どういう訳か目の前のイーリス・コーリングは、苦悶の表情を浮かべて地に膝を付いていた…

 

 

 シールドエネルギーは一切減っておらず、負傷をした訳でもない。にも関わらずイーリスは脂汗を掻きながら、まるで激痛を堪える様にしてセイスを睨み付ける。だが、彼は答えない…ていうか答えれなかった。撃たれたと同時に拘束が解けたのは良いが、咄嗟の事でイーリスに半ば地面に叩き付けられる様な形での解放になってしまったのである。要するに、全身が痛くて返事をするどころでは無かった。

 イーリスは今回だけで二度もふざけた真似をしてくれたセイスに憎々しげに睨みつけたが、相手の状況に気付いて溜め息を吐いた。事前に貰った情報と知り合いに聞いた話によって、ある程度は彼の情報を知っていたが先程の援護射撃と言い、謎の攻撃手段と言い、本人の出鱈目加減は予想を遥かに超えていた。

 幾ら上層部の命令とは言え、こんな奴を生け捕りにしろなんて“彼女”にお願いされなかったら確実に断っていただろうに…  

 

 

「……くそっ、まあ良い。とりあえず、捕ばッ…」

 

 

 そこから先の言葉を、イーリスは続ける事が出来なかった。横っ腹に何かがブツかったと思ったときには既に自分は反対側の建物へと吹き飛ばされ、そのまま突っ込んだ建物を瓦解させていた。そして『いったい何が…』と呟くことすら許されず、起き上がる前に光の弾幕が彼女の元へと殺到し、瞬時にして僅かに残ったシールドエネルギーが削り尽くされた。あまりに突然すぎる事に、終にファング・クエイクを強制解除されたイーリスは、最後まで自分の身に何が起きたのかを理解出来ぬまま意識を手放して倒れた。

 

 

「それで、何をしたんだ…?」

 

「ISスーツの防弾機能と、絶対防御の発動判定を利用したんだ……あ痛たたた…」 

 

 

 ファング・クエイクを横から蹴り飛ばし、ビットの一斉射でトドメを差した後、隣に降り立ったマドカの問いに、セイスは全身の痛みに顔を引き攣らせつつも、苦笑しながら答えた。

 絶対防御は反則的な性能を持ってるが、設定を弄ってない限り大抵は『IS搭乗者の命の危険』を基準にして発動する。今となっては随分昔の話だが、一夏がセシリアとクラス代表の座を懸けて戦った時もそうだった。装甲が壊れるだけで搭乗者に直接的ダメージが無い場合、絶対防御は発動されずちょっと衝撃が来て痛かったりするだけだ。つまり“痛いだけなら”絶対防御は“発動しない”のである。

 ましてや、セイスが使ったのはただの拳銃。対IS戦を想定していたら少しでもシールドエネルギーの消費を抑えるため、発動設定はIS装備の威力を基準にしている筈だ。防弾チョッキ…並の銃弾程度なら防げてしまうISスーツで充分な攻撃に、いちいち絶対防御を発動させるなんて設定は普通しない。

 

 

「で、確かに防弾チョッキってのは銃弾を防げるが、その衝撃は消しきれないもんだ…」

 

「あぁ…確かに…」

 

 

 防弾チョッキ越しに受ける被弾の衝撃は半端ではなく、金属バットで思いっきり殴られたかのような衝撃に襲われるそうだ。絶対防御に慣れた国家代表だからこそ、余計にその事を理解出来ず、そんなモノを腹部に連発で受けたイーリスは自分を襲った激痛と異常事態に混乱するしかなかった。

 もっとも…この方法、はっきり言って相手の意表を突く以外の利点が無い。ちょっとでもスーツに覆われていない部分に向ければ絶対防御を発動されるし、IS全体と比べたらIS搭乗者がスーツで覆われた部分なんてちょっとしか無い。確実に当てるなら相当近寄らないと無理だろうし、動く弾薬庫とも言えるISにむざむざ近寄って生きてられるなんて化け物は自分やティーガー位だ。それに絶対防御の設定を変えられたらその時点で終わりだし、そもそも飛び道具を持って相手に接近するというのがナンセンスだ。

 

 

「……もう二度とこの方法使わねぇ…」

 

「立てるか?」

 

 

 いつの間にかゼフィルスを解除したマドカが、倒れたままな状態の俺に向かって手を伸ばしていた。まだちょっとナノマシンによる回復が終わってないようで身体に力が入らず、素直に彼女の御言葉に甘える事にした。その手を掴み、身体を起こす…

 

 

「っと、悪いな。手を煩わせ……どうした…?」

 

「え…?」

 

「お前、泣いて…いや、笑ってるのか? とにかく、良く分からない表情になってるぞ?」

 

「あ、いや……これは…」

 

 

 マドカの手を借りて立ち上がり、その拍子に彼女の顔を見たのだが、涙こそ流していないが悲しそうな、それでいて何処か喜んでいるような複雑な表情を浮かべていた。その事を指摘した途端、マドカは慌てて誤魔化す様に取り繕うとする…

 

 

「……もしかして俺がクラークに対する復讐を中断したこと、気にしてる…?」

 

「違ッ…いや、それもそうだが……」

 

 

 どこか歯切れの悪い返事をしているが、やっぱりそうなのだろう。互いに自分の復讐の重みを理解している手前、それを結果的にパァにしたことを気に病んでいるみたいだ。

 

 

「それなら気にしなくて良い。ティナ・ハミルトンと接触した時点で、こうなる事を予測出来なかった俺に非がある…」

 

「……」

 

 

 だが、かつての俺ならともかく、今の俺にとってはそんな大した事ではない。現在の俺にとって大事なのは、目の前の彼女との約束だ。その為になら、こんなモノ簡単に捨てられるし、目覚めの悪い悪夢ぐらい我慢出来る。

 

 

 

「それに、そろそろ逃げないとヤバそうだ…」

 

「ッ…」

 

 

 その言葉にマドカはセンサー起動させ、周囲をサーチして顔を顰めた。恐らく彼女のセンサーには、多数の反応が自分達を囲むようにして表示されている事だろう。相手も国家代表が撃墜されたこともあって慎重になっているようだが、相手が間誤付いてくれてるのも時間の問題だ。出来れば向こうで倒れているファング・クエイクを回収したいが、そんな事をしたら敵側も死に物狂いで追撃してくるだろうし、今日のところは素直に退くのが得策か…

 

 

「飛んだら隠れられないし、そのまま走っても無理だな。下水道でも通るか……よし、行くぞマドカ…」

 

「……」

 

「マドカ…?」

 

「ッ……なんでもない、早く行こう…」

 

「……おう…」

 

 

 その後マンホールをこじ開け、俺達は下水道を経由して逃走を開始した。途中で武装した追撃舞台に出くわしたり、それを途中でかっぱらったAEDで感電させたりと苦労したが。最終的には追っ手の目を掻い潜り、どうにか拠点であるホテルに帰ることが出来た。

 

 

 

 

---しかしその間、マドカは最後まで浮かない表情を浮かべ、彼女から俺に話しかけてくることは無かった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「よぉ、久しぶり…」

 

「……今度は貴方が入院…?」

 

 

 その日の夕方、マドカ達に撃墜されたイーリスは例の病院に居た。幸い目立った外傷も無く、今後の活動に何の支障も無さそうだった。とは言っても彼女は大事な国家代表、万が一ということもあるので検査入院を余儀なくされた。

 正直言って元気そのものだが、病院と政府の人間が口煩いので暫くはこの病室のベッドで大人しくするしかない。しかし彼女の性格上、こんな静かな場所で大人しくしているだけだなんて無理な話だ。

 先日の秘密基地襲撃事件の際に負傷したナターシャがこの病院に入院し、その時に彼女と同室になって知り合った人物が隣に居なければ、今頃とっくに病室を抜け出していただろう…

 

 

「ところで、ナターシャは? 貴方のお見舞いに来ると思ったのだけど?」

 

「あぁ……ナタルなら、自室で自己嫌悪中…」

 

 

 戦闘の最中、相手のせいとは言え自分の攻撃がイーリスに当たってしまったことをナターシャは気に病んでいた。別にイーリスは気にしてないと言ったのだが、当分は落ち込んだままだろう…

 

 

「そう、残念だわ。彼女にも、“彼”のことを聴きたかったのに……」

 

「……」

 

 

 彼女の言葉に、イーリスは複雑な気分になる。何せ自分達は、彼女の言う彼によって苦汁を舐めさせられたのだ。自分達が慢心していたというのもあるが、それを差し引いても彼は驚異的な存在だ。個人的には、あまり関わりたくないとさえ思っている。

 

 

---なのに彼女は、そんな存在を自分の元に生きたまま連れて来いと言うのだ…

 

 

 詳しくは知らないが、彼女はとある事件を境に政府とそれなりの繋がりを持った。この病院に入院してからも何かと政府の要求に応じ、貸しを作っていった。そんな彼女が彼の存在を知った途端、急に今まで作った貸しとコネを全て使い、この要求を政府に突きつけてきたのである。

 国としては、重要なのは亡国機業とそれが保有するISであり、かつての汚点でもある生物兵器はどうでも良いというのが本音だった。イーリスとナターシャも個人的に彼女と面識があったというのもあり、その時は大して気にしなかったのだが…

 

 

「それにしても、やっぱり彼は凄いわね。まさかIS相手に戦いを挑むなんて……ふ、ふふ…ふふふふッ!!」

 

「……シェリー…」

 

 

 

---隣のベッドで虚ろな表情のまま笑う彼女…シェリー・クラークを見ていると、その事を後悔したくなる…

 

 

 

「ふふふ、ふふふふふ…!!……ねぇ、イーリス…」

 

「な、何だよ…?」

 

 

 いきなり笑いが止まったと思ったら、こっちを向いて話しかけてきた。その彼女の瞳には、狂気以外に何も映していなかった…

 

 

「私はね、とある夢を、あの日を境にずっと見続けてるの…」

 

「……」

 

「その夢には必ず彼が出てきてね、あの日以来、私のことをずっと苦しめ続ける……私、もう限界なのよ…」

 

 

 

 あの日の光景が、殆どそのまま出てくる、あの夢。彼女にとって、あれは最早悪夢以外の何物でもない…

 

 

 

「私はもう、この夢を見たくない。この夢を終わらせたい。だからイーリス、早く彼を私の元に連れてきて……そして…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

---殺させてちょうだい…

 

 

 

 

 

 

 

 



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幕間 朱色のG6作戦!! 前編

中々シリアスが終わらないので、今までのアイ潜の空気を取り戻すために奴を投入!!

時系列と舞台は七巻の中盤辺り。簪が一夏を意識し始めた時期であり、そして…


 

「いやぁ誰も居ないと、広々としてて良いな~」

 

「ほんと、快適だ~」

 

 

 セイスがアメリカに行ってからというのもの、IS学園に秘密裏に建設された隠し部屋は、オランジュが増援として派遣される以前より静かになっていた。セイスが単独で任務を行っていた時はマドカが時々訪れたり、スコールやフォレストが通信を入れてきたりとそれなりに賑やかであったが、彼が留守にしている今は全くもって正反対の状況である。

 

 

「セイスが居ない今、何をしようが俺の勝手!!」

 

「お菓子を好きなだけ食おうが…」

 

「あいつのゲームで遊ぼうが…」

 

「持ち込んだエロ本を読もうが…」

 

「限りなくフリーーダーーーム!!」

 

 

 エムが関わらない限り、基本的に堅物の代名詞とも言える我が相棒。そいつがフォレストの旦那の御使い兼私用で不在になっている今、この隠し部屋は己の城と化した。いつもなら文句を言われたり、眉を顰められたり、激しいツッコミを入れられかねないバカをやろうが誰も自分を咎めないし、止められない。

 

 

「そして、こうやって“独り寂しく腹話術で人形と会話してようが”…」

 

「誰もツッコんでくれないし、止めてくれないし、構ってもらえないから超寂しいな畜生おおおおおぉぉぉぉぉ…!!」

 

 

 叫ぶと同時に、オランジュは先程まで自分と悲しくて痛いやり取りをさせていた、手に持っていたガ○プラを壁に向かってブン投げる。最新技術が無駄に投入された『1/100・オーバーフラ○グ』は壁に激突した直後、スペシャル&リバースして(跳ね返って)オランジュの顔面に戻ってきた。反射的に身体を反らして躱そうとしたが、その拍子に後頭部をデスクの角にぶつけてしまい、頭を抑えながら悶える様にして床をゴロゴロと転がる羽目になってしまった。しかし、これだけ阿呆なことをやっても自分にツッコミを入れてくれる相棒も、追い打ちをかけてくる食いしん坊姫も居ないので、虚しい事この上ない…

 

 

「おぉ痛ぇ……ていうかセイスの奴、よく三ヶ月も耐えれたな…」

 

 

 セイスの場合、先程も記述したが来訪者や通信を入れてくれる者が居たというのもあるが、潜入初期の頃は情報収集に使う機材の設置、学園全体の施設や設備の把握、標的の行動パターンの推測、懸案事項の対策など、やるべき事が大量にあったというのも大きい。それに対して現在はというと、カメラや盗聴器は充分に設置してあるし、施設の詳細は何も見ずに地図を作れるほど把握出来ている。あとは一夏の行動を全て予測出来るようになれば完璧だが、基本的に“巻き込まれる側”な彼から目を離すのは未だに危険である。当分はこの監視任務も続行することになるだろう。とは言えセイスもオランジュも、だいたいは一夏の行動を予測できるようにはなっていたりするのだが…

 

 

「……まぁ、いいや。昨日と違って、今日の俺にはコレがあるもんね~♪」

 

 

 寂しさを誤魔化すための独り言をやめれないまま、オランジュは部屋の隅にある収納スペースからあるものを取り出す。銃器やらピッキング道具が収められているそこから取り出されたそれは、手のひらサイズの黒いケースだった。しかし、この黒いケースはただの入れ物に過ぎない。肝心なのはこの中身である。その中身の事に思いを馳せると、オランジュはつい頬が緩も、同時に遠い目をしていまう。

 

 

「ふっふっふッ…技術班に金を貢ぐこと早数週間、幾つもの失敗を繰り返し、やがて完成したコイツを思う存分に使える日がやって来た!!」

 

 

 本当は今年の初めあたりから製作が開始されていたのだが、これを完成させるまでの道のりは予想以上に険しかった。暇を持て余している技術部の連中を焚きつけるのも、開発の為の資金を集めるのも大変に苦労したものである。ティーガーの兄貴にコレの存在を知られた時は己の口車をフル回転させ、どうにか見逃して貰えた記憶もあり、改めて思うと感慨深いものだ。

 初号機は理論上のスペックが引き出せず、二号機は技術版の連中が張り切りすぎてオーバーロードを引き起こした。三号機と四号機はどうにか完成にこぎ付けたが、サイズとデザインに難ありという事でボツに。五号機に至っては試運転中、バンビーノがうっかり踏みつけてしまったせいで破壊されてしまった。だが、ついに…

 

 

「なんの因果かセイスと同じ6番目…だが、だからこそコイツには相応しい数字だ!! まるで、あいつの様に優秀で、不屈の魂を宿していそうじゃないか!!」

 

 

 なんかもうヤケクソ気味な雰囲気が垂れ流し状態だが、オランジュは黒いケースの蓋を開け、それを取り出した。それは彼の手のひらより少し小さく、余裕で収まる程度のサイズだった。色は全体的に茶色ベースのボディを黒光りさせており、テカテカしている。形はやや楕円形であり、六本の足と二本の触覚が目立つ。というより、どこどう見てもコレは、女子が見つけ次第悲鳴を上げるモノの代名詞である…

 

 

---ゴキブリにしか見えなかった…

 

 

 

「特と見よ!! これが数ヶ月に渡り研究され、ついに完成の日を見た『ゴキブリ型偵察ロボット』、通称『助六君』だぁ!!」

 

 

 ゴキブリを手の平に翳し、高々と天井に向かって掲げるオランジュ。傍らから見たら病院に直行させられそうな姿だが、やはり誰も居ないので返ってくる反応は無い。いい加減に心が折れそうだが、気持ちを切り替えることによって上がってきたテンションを維持する。

 

 

「見た目や手触りだけでなく動きまで本物そっくり。その上この小さな体には特殊なカメラが搭載されいて録画は勿論の事、写真撮影だって出来ちゃう優れもの!! 今ならお値段はなんと、俺の月給半年分!!……高く付いたぜ…」

 

 

 本来ならもっと安くて済む筈だったが、壊れたり壊されたりして六機も作る羽目になったのが大きかったかもしれない。しかし、幾ら予算が掛かろうが、彼はこの『助六君』の製作を諦める事が出来なかった。何故なら…

 

 

「ぬっふふ………この助六君さえあれば、もうセイスに頼まなくてもIS少女のデータが取り放題…」

 

 

 オランジュはセイスと比べて身体能力は高くなく、むしろ組織では低い方に分類される。流石に一般人よりかはあるが、下手すると武術経験のある一夏に惨敗する可能性がある。代表候補生なんぞとやり合った日には、身体が残るかさえ怪しいところだ。それを踏まえると、セイスの様に身一つで隠密行動をする勇気なんて微塵も沸かない。夏休み中に壊れた機材を回収に行った事はあるが、あの時だって随分とハラハラしたし、何より今は普通に新学期が始まっている。自分の実力では生徒や職員と鉢合わせしないように隠密行動を取るなんて、無理な話だ。

 

 

「だがコイツは違う!! この助六君は俺たち裏方組よりよっぽど素晴らしい動きを見せるし、何より任務に対して忠実だ!! セイスに頼もうものなら渋々と、もしくは全力で断られる様なエロい…もとい貴重なシーンであろうが、助六君は文句一つ言わずに撮ってきてくれる!! ていうか、助六君って遠隔操作だし!!」

 

 

 煩悩率100%な動機だが、つまりそういう事である。早い話オランジュは、覗き及び盗撮目的でこの助六君を開発したのである。因みにティーガーに助六君の存在を知られた時は『今後の組織のスパイ活動に役立てる為』と即席の建前を用意し、冷や汗を滝のように流しながら全力で誤魔化した。幾ら自腹を切って開発したとはいえ、こんなくだらない理由で作ったとなれば大目玉を喰らうのは確実だ。まぁ実際のところ、開発中にこの助六君の有用性が認められ、本格的に量産が決定されたとか……嘘から出た真とは良く言ったものである…

 

 

「けれど給料半年分は流石に痛かった…ま、その悩みもすぐに解決するけどな!!」

 

 

 貯金も半ば使い果たしてしまい、正直言うと現在の懐事情は厳しい。しかし、それもこの助六君で入手した写真やら画像をファンの連中との取引に用いれば即座に解決だ。そもそも貯金の使い道の大半はファンクラブ主催のオークションであり、欲しいデータは渡す前に自分の元へと直行させれば良いのだ。今まではオランジュにIS少女のデータを独占させないように、メテオラ達がセイスにデータを組織へと直送させていたが、今となってはそれも無意味なものだ…

 

 

 

「さぁ、起きやがれ助六…否、救世主『G6』!! その機能を持って、全ての貴重なシーンを撮り尽くせ!!」 

 

 

 

 そして彼は無駄に悪役っぽい笑みを浮かべながら、助六君を起動させるのであった。けれども彼は調子に乗るあまり、大変な事を失念していた。実はここ最近、織斑一夏の周囲にとある変化が起きた。その変化とは単に彼が楯無に以前からお願いされていた簪の件なのだが、ついこの前に半ば強引な形で専用気保持者によるタッグトーナメントでの、彼女とのペア申請を成功させたのである。

 

 

---その事に対して“彼女たち”が心中穏やかで居られる訳が無かったのだが……

 

 

 

 

「うおっ、マジで本物みたいにキモい動きだ!! これならラウラでさえ分からない筈だ、あっはははははは!!」

 

 

 

 

---彼はその事をすっかり忘れたまま、助六君を死地へ…もとい、静かな怒りを宿した恋する乙女たちの元へと向かわせるのだった……

 




時系列は、セシリアがレクイエムを奏でることを宣言し、鈴が荒ぶり、シャルロットが絶対零度の微笑を浮かべ、ラウラが一夏の写真に穴を空けて衛生兵を呼んだ辺りです…

要は、七巻の中で彼女たちが最も虫の居所が悪かった時期ですwww


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幕間 朱色のG6作戦!! 中編

このG6の話が終わったら、外伝の方で第三回Fラジオをやる予定です。また活動報告の方で質問やら色々と募集しますので、その時はヨロシクデス…


 

 

「えぇと…この次の角を曲がれば……」

 

 ゴキブリ型偵察機…助六のコントロールとリンクさせた隠し部屋のパソコンを操作して、彼は助六越しにIS学園の校内を練り歩いていた。

 以前、オランジュは彼女たちがゴキブリと邂逅した瞬間を見たことがある。鈴は大して動揺していなかったが、その時のセシリアとシャルロット、そしてラウラの反応はかなり新鮮なものであった。何せあの金髪コンビは泣き叫びながら逃げ惑い、ラウラはゴキの動きにビビッて鈴にからかわれるという、いつもの彼女らの姿からは想像もできない光景だったのだ。二人の悲鳴を耳にして山田先生も駆けつけたのだが、原因がゴキブリであると知った途端に目を回して倒れてしまい、全員に『やっぱり頼りにならない…』と呆れられる始末だ……まぁ、逆に山田先生らしいとも言えるが…。

 結局その当時は、真顔で日本刀を使おうとした箒を抑えながら、一夏が丸めた雑誌でゴキブリを瞬殺したことにより事なきを得た。しかし、その時に撮影することが出来た彼女らの姿はファンクラブの連中に莫大な需要を生み、今までの中で三指に入る売り上げ記録を樹立した。

 

 

「出来ることなら限界まで盗撮して、最後にゴキブリの姿を見せて驚かしてみるとすっか…」

 

 

 一応姿を見せないことを前提にしたコンセプトで開発させた事ものなのだが、本末転倒も良いとこだ。しかし彼にとっての優先順位は寂しくなった財布の中身を増やす事であり、その資金源の為にもIS少女のレアシーンは必須である。それにこれは自分の欲望を満たすための行いでもあり、この退屈な時間に光明をさす為の行いなのだ。何かそれっぽい事言ったが、要は迷惑でタチの悪い暇つぶしと金稼ぎである。

 

 

「よし、ここだな…」

 

 

 そんな折、助六に搭載されているカメラから送られてくる現場の映像が、オランジュにとっての一つ目の目的地を映し出す。助六に最初に向かわせたそこは、IS学園本校舎の入り口前だった。彼の予想が正しければ、そろそろその場所に目当ての人物の一人が来る筈なのだ。そして案の定、予想通り…

 

 

「お、来た来た……なんか、いつもより目つき悪いな…」

 

 

---専用機『甲龍』の調整の打ち合わせを終わらせ、小さい身体に不釣合いな怒気を纏った凰鈴音がやって来た…

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「あぁもう…何だって言うのよ……!!」

 

 

 鈴は苛立っていた。この上なく苛立っていた。唯でさえ自分はクラスが違うせいで、他のライバルよりチャンスが圧倒的に少ない。だからせめて、今回のタッグトーナメントだけでもどうにかしようと思い、先手を打つべく誰よりも早くペアの申請を強要…もとい、話を持ち掛けにいった。ところがどうした訳か、一夏は既に組む相手を決めていたのである。これが箒とかセシリアとか、馴染みの連中だったらまだ良かったが……いや良くないが、無理やり納得したかもしれない…

 

 

「なんでよりによって見ず知らずの女なのよ、馬鹿一夏あああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 あろうことか一夏が選んだのは、更識簪という彼とも自分達とも全く面識の無い相手だった。苗字から察するにあの生徒会長の妹なのだろうが、それにしたって納得できない。あの朴念仁が本気で誰かに一目惚れするとかいう展開は有り得ないと思うが、これで落ち着けというのは無理な話だ。

 

 

「どうしてこういつもいつもこんな事になるのよ!! それとも何!? そんなに私の事が嫌いなのかああああぁぁぁぁ!!」

 

 

 どの道、タッグペアトーナメントでのアピールチャンスは全てパァである。ペア申請の話を持ちかけたのがその簪であろうが一夏であろうが、最早この彼に対する苛立ちは収まりそうに無い。頭の中では一夏に対して憤るのは筋違いであるという事は理解しているのだが、心の方が納得してくれないのだ。

 

 

「……はぁ…もうやめた…この鬱憤は、タッグトーナメントまでとっとこ…」

 

 

 いつの間にか周囲からの視線を集めていたことに気付き、彼女は気まずそうにしながらそそくさと校舎の中に入る形でその場を離れた。あれだけ大空に向かって声を荒げれば当然の事だが、それだけイライラが溜まっているのだろう…

 

 

「ん?……て、うわわっ…」

 

 

 唐突に何かの気配を感じ、横を向く。すると自分の目の前で、一匹のゴキブリが壁に張り付いていた。半ば不意打ちするかの如く視界に入ってきたので少し驚いたが、生憎と普通の女子より肝が据わってる…ましてや機嫌の悪い今の鈴にとっては屁でも無い。しかし目の前のゴキブリは、あっちへチョロチョロ、こっちへチョロチョロと鬱陶しいぐらいに動き回り、それでいて鈴の視界に留まり続ける。暫くその動きをジーッと眺めていた鈴だったが、最終的に…

 

 

「鬱陶しいわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

---問答無用で殴りつけた……素手で…

 

 

 

「チッ、逃げられた…」

 

 

 間一髪で鈴の右ストレートを回避したゴキブリは、本能的にヤバいと思ったのか怯える様にして彼女の元から逃げ出した。相当恐怖したのかゴキブリの癖に逃げ去る途中、障害物にガンガン衝突していたが、その姿が妙に人間臭かった気がする。なんて思ったときには既に、そのゴキブリは壁の隙間に入り込んで居なくなってしまった…

 

 

「……帰ろ…」

 

 

 何だか変なものを見てしまって余計に疲れた気がするが、鈴は再び自室へと歩き出す。今の彼女は忙しいのだ……一夏をボコボコにする為の、脳内シミュレーションで…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……こ、殺されるかと思った…!!」

 

 

 隠し部屋で冷や汗を掻きながら、オランジュは一人呟いた。鈴がゴキブリをそんなに怖がらないのは知っていたが、問答無用で…それも素手で殴りかかってくるのは予想外だった。あんなサイズの虫を素手で潰したら間違いなく気持ち悪い思いをするから普通は躊躇うものなので、少し舐めていた。しかもその鈴の様子に焦るあまり、操作をミスって助六を何度か壁や物に衝突させてしまったが、大丈夫だろうか?

 だがあのマジで怖い顔でさえ、ファンクラブの連中にとってはむしろ御褒美なのだ。彼女が泣き叫びながら慌てふためく姿は撮れなかったが、これはこれで良い収穫である。

 

 

「まぁ、最初はこんなもんか……さて、次は…」

 

 

 校内の監視カメラに目をやり、目ぼしい人物の現在地を確認する。そして丁度良い感じに、ターゲット候補の内の一人を見つけることが出来た。先ほどのやけに沸点の低い鈴と違い、こっちの方は幾らか安心して良さそうだ。何せこっちは、彼女がゴキブリが苦手な者の一人だという事を既に知っている。

 

 

「よっしゃ、良いリアクションを期待しますぜ、セシリア嬢…」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「……ハァ…」

 

 

 恐ろしく深い溜め息を吐きながら、セシリアはフォーク片手にケーキを突く。今は昼過ぎとあって食堂は全体的に賑やかな状態なのだが、彼女の座るテーブルだけやたら暗い。暗いだけならまだ良いが彼女の場合、その空気に冷たい怒気を混ぜているので、近づくだけで胃がキリキリしてくる。その原因は大体、先ほどの鈴と一緒だ。ここ最近の専用機持ちの機嫌の悪さを薄々感じている他の生徒達は、彼女らの爆弾のような雰囲気を恐れて敬遠気味になっている。その為、現在セシリアの周りには人っ子一人居なかった。所謂、隔離状態というものである。もっとも…セシリアは勿論のこと、彼女と同じような状態になって同じような扱いを受けている専用機持ちの面々は、その事を全くもって気にしてなかったが……

 

---今の自分達にとって重要なのは、如何にして一夏に、自分を選ばなかった事を後悔させるかなのだ…

 

 

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

「で、出たーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?」

 

「だ、誰かどうにかしてえええええぇぇぇぇ!!」

 

 

 聴いたら周りがドン引きしそうな事をセシリアが考えていたその時、唐突に誰かが叫び、それに合わせるかのようにして食堂に次々と生徒達の悲鳴が上がった。

 

 

「あら、何かしら…?」

 

 

 騒ぎは段々と大きくなり、悲鳴だけではなくドタバタと慌しく走り回る音まで聞こえてくる。超私的な事であるとはいえ、考え事をしていたセシリアにとってこの騒音はあまり気分がいい物では無い。この騒ぎの原因を突き止め、それを作った者に文句の一つでも言ってやろうと席を立った調度その時だった…

 

 

「……は…?」

 

 

 最も騒ぎが大きかった方から何か黒い影が飛んできたと思ったら、それは一直線にセシリアが食べていたケーキに着弾した。良く見ると手のひらサイズなそれは、とても見覚えのある形をしていた。割と最近シャルロット達と一緒に遭遇してしまい、ガラにも無く大騒ぎしてしまったのはまだ記憶に新しい。その時の慌てっぷりは、さっきまで食堂で騒いでいた他の生徒達に負けず劣らずだった思う。

 

 

---この黒光りする、六本の足と二本の触覚を持った昆虫……ゴキブリに出会った時は…

 

 

「ッ……」

 

 

 彼女は震えた。このゴキブリが着地した場所は、自分が食べている最中だったケーキ…それも、普段から間食を控えている自分が、一夏の件で憂鬱になっている気分を少しでも良くしようと思って奮発した、割高で特別なケーキの上。ただでさえ、その事に関して勘違いをし、ぬか喜びをした挙句に騒いだせいで織斑先生に罰則を食らうというトラブルに見舞われたばかりである。おまけに一夏がペアを申請した相手は、全く持って知らない相手ときた。故に、彼女は震えた…

 

 

 

---怒りで…

 

 

 

「…フ、フフ……ウフフフフフフ……」

 

 

 ケーキが台無しになった事を皮切りに、最近の主な出来事が連鎖反応の如く思い出だされていき、セシリアの何かがプッツンと切れた。気が付いた時には、神速に近い動きでケーキの上に乗ったゴキブリを、空になったティーカップを被せて捕獲していた。そして閉じ込められたゴキブリが乗ったケーキの皿を持ちながら、彼女は席を立ちながらテクテクと食堂に備え付けられたバルコニーへと歩いていく。余談だがその最中、彼女はずっと無表情で笑うという無駄に器用で怖い表情を浮かべていたせいで、一部の生徒達のトラウマとして残ってしまった…

 

 

「ウフフフフフ……飛んで火に入る夏の虫という言葉がありますが、あなたが入ったのはそんな生ぬるいものでなくてよ…?」

 

 

 いつの間にかバルコニーの端に辿り着いた彼女は、ゾッとするような冷たい声でそう言った。カップを被せられたゴキブリが身の危険を感じて必死に暴れまわっていたが、虫如きの力では到底脱出は不可能である。そして無情にも、その時はやって来た…

 

 

「虫には少々勿体無い気がしますが、今の私の機嫌は最高潮ですわ(怒りで)。だからせめて鎮魂歌くらいは奏でてあげましょう……私とブルーティアーズで…」

 

 

 その言葉と同時に、彼女はゴキブリを閉じ込めたカップとケーキ皿を空へと放り投げた。それと同時に、自分の周囲にブルーティアーズのビットを全て展開した。やがて…

 

 

「生まれ直して空気ぐらい読めるようになってから出直してきなさいッ!!」

 

 

 

---ビットから放たれた無数の閃光が、カップとケーキ皿を跡形も無く消し去った…

 

 

 

 




先に言っておきますが、助六はまだ健在です……一応は…




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幕間 朱色のG6作戦!! 後編

G6作戦は今回にて無事(?)終了です。皆さん、助六の弔い準備をお願いします…(マテ

それと、今日でFラジオの質問受付は締め切りとさせて頂きます。書き込み及びメッセージを送って下さった皆様方、ありがとう御座いました!!


 

「助六ううううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!?」

 

 

 セシリアの余りに予想外な行動に、思わずオランジュはモニターに向かって叫んだ。彼の予定では、このゴキブリ型偵察機である助六を見たセシリアは前回と同様に、目に涙を浮かべながら叫んで逃げ回る姿を見せてくれる筈であった。ところが実際は涙を流して叫ぶどころか、ほぼ無表情で迅速な対応をされてしまった。さっきの鈴の反応と言い、今日の彼女たちは、いったいどうしてしまったのだろうか…?

 しかし今はそんな事よりも、目の前のモニターに未だ鮮明な“映像を送り続けている”勇者の安全確保が優先である。オランジュは気を取り直し、再びコントローラーを操作し始めた。

 

 

「と、とにかく助六をセシリアから遠ざけよう…」

 

 

 セシリアのビットレーザーの直撃を受けたように見えた助六だったが、ちゃっかり無事であった。爆発の衝撃でかなり遠くに吹き飛ばされたが、運用に一切の支障は無さそうである。今は本物ゴキブリさながらのダッシュにて、女子寮の方へと直進中だ。

 

 

「それにしても、『アーマーパージ』が無かったら即死だったぜ……」

 

 

 カップと皿に閉じ込められ、無慈悲な死刑執行タイムを経験した助六。しかし、助六には奥の手…オランジュの言う『アーマーパージ』というものがあった。実はこの助六、ゴキブリボディの上に特殊合金で加工されたもう一つのゴキブリボディを装着してた。この特殊合金はISの攻撃を一回程度なら防ぎきる耐久度を誇り、そのくせして軽いという利点を持っていた。一回でも攻撃を受ければ使い物にならなくなるので基本的に使い捨ての消耗品だが、その一回を防ぎ切れれば充分に儲け物だ…

 

 

「破損して使用不能になったアーマーは脱皮…じゃなくてパージさせればあ~ら不思議、助六君が無傷な姿で復活というわけだ。流石は給料半年分、中々の性能だぜ…!!」

 

 

 その給料半年分を現在進行形で無駄遣いしているのだが、本人は一向に気にしない。それどころか先程の鈴とセシリアの対応に懲りず、助六を新たな目的地へと向かわせた。一応ドMな方々に需要のありそうな映像や画像は手に入ったが、個人的に欲しいワンシーン…特に彼女たちが大慌てで泣き叫ぶ瞬間が未だに確保できていない。

 

 

「さっきから不本意なシーンばっかだからな……だからせめて…」

 

 

 当初の目的である資金集めのノルマは違う形で達成したが、自分の欲しい分が手に入らずに終わるのも何か癪である。そう思った時には既に、自然と彼女の居る場所へと助六を移動させていた…

 

 

 

「シャルロットさん、よろしくお願いしまーーーーーーーす!!」

 

 

 

---ある意味この選択が、助六の運命の別れ道だったかもしれない…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ここで、こうして、こうするのはどうかな…?」

 

「ふむ、それも良いな…だがそこへ更に、これでこうした方が良いのではないか……?」

 

「う~ん…」

 

 

 ここはシャルロットとラウラの寮室。現在、ルームメイトであり今回のタッグペアとなった二人は所有している資料を床に広げ、何やらブツブツと呟きながら互いに相談していた。傍から見るとファッション雑誌広げた年頃の女の子が二人でキャイキャイやっているように見えなくも無いが、生憎ここはIS学園で二人は代表候補生だ。広げているのはISの資料であり、話し合っている内容は…

 

 

「やはりシャルロットが馬の骨…もとい泥棒猫…もとい更識簪とやらを瞬殺し、それに動揺した一夏を私が完膚なきまでに叩きのめす、という作戦で行こう」

 

「駄目だよラウラ、それじゃあ僕が満足できないよ。せめて一夏をAICで捕まえて、それから二人でやろうよ」

 

 

---至極、物騒な事この上なかった…

 

 

「分かった、大筋はその方針で行こう。では私がAICで一夏を捉えた後はどうする? 互いに最大火力でスカッと一発で決めるか、それとも痛ぶる様にジワジワと攻めるか…」

 

「限界までジワジワ削った後にトドメの一発を叩き込めば一石二鳥じゃない?」

 

「……パーフェクトだ、シャルロット…」

 

 

 着々と進む一夏処刑プラン。話題になってる本人は今頃、不気味で命の危機を感じさせる悪寒を背中に走らせていることだろう。それほどまでに、二人の醸し出す雰囲気は恐ろしいものだった。片やいつもと変わらないニコニコ笑顔(されど、その目は笑っていない…)でエゲツない言葉を紡ぎ、片やその言葉の数々に動じることなく淡々と肯定的な返事を続ける…この状態の二人を見て身の危険を感じない奴はよっぽど肝が据わっているか、ただの馬鹿だけである。

 

 

『……』

 

 

 そして、そんな彼女たちの姿を伺っていた一匹…否、一機のゴキブリは幸い前者だったようだ。流石に二人の雰囲気のヤバさに気づき、奥の手も既に使ってしまった。そんな状況で学年トップ2の二人に同時に狙われるとなるとただでは済まない……オランジュが3秒で前言撤回し、撤退を決めたのはある意味当然の結果である…

 

 

「ん?……ッ…!!」

 

 

 何かの気配を感じ、思わず顔を上げたシャルロット。するとそこには、丁度壁にへばり付きながらこの場を去ろうとしていた助六(ゴキブリ)の姿が。助六の姿を見た彼女は目を驚愕に見開き、やがて口をパクパクさせながら顔を青くさせていく。やがてシャルロットの様子に気づいたラウラも、怪訝な表情を浮かべながら顔を上げた…

 

 

「ど、どうしたシャルロット…?」

 

「あ…あわわ……ご、ごご…ご!!」

 

「ご…?」

 

「ゴキブリーーーーーーーーーーーーーッ!!」 

 

「ちょ、待ッ!? それ私の資料だッ!!」

 

 

 言うや否やシャルロットは床に広げていた資料集の一冊を引っつかみ、助六目掛けてブン投げた。前回のが相当なトラウマになっていたのか、目に涙を浮かべて泣きそうな表情になっていた。ぶっちゃけオランジュが欲しかった表情そのものだったが、それを喜んでいられるような状況では無かった。

 

 

---だってシャルロット……『盾殺し』構えてるんだもん…

 

 

「落ち着けシャルロット!! 虫なんぞにIS装備…それも盾殺しを使うなんオーバーキルも良いとこだぞ!?」

 

「だ、だってぇ…!!」

 

 

 全力で自分を羽交い絞めにするラウラに、涙目で抗議するシャルロット。その隙に助六は、カサカサと全力疾走しながら窓の方へと逃げようとする。しかし秋半ばということもあって、窓は完全に閉じられていて脱出不可能であった。ならばと部屋のドアの隙間を目指すべく、背後を振り向いたのだが…

 

 

「とにかく私に任せろ。こんな虫けら一匹、ナイフ一本で充分だ…」

 

「は、初めてプライベートのラウラが頼もしく見える…!?」

 

「何か言ったか…?」

 

 

 ゴキブリ退治にナイフ投げを試みる、ドイツ特殊部隊隊長さん。助六には喋る口も無ければスピーカーも無いのでツッコミを入れることは叶わず、唯一の常識人だと思っていたシャルロットはゴキブリへの恐怖で頭のネジが揺るんだのか、ラウラを止めるどころか目をキラキラさせながら期待の眼差しを送る始末である。

 今は狙いを付けるべく構えたままだが、当たろうが当たるまいがラウラはその手に持ったナイフを確実に投げるだろう。その事を分かっているので、助六は少しでも命中率を下げようと床や壁を縦横無尽に駆け回る。その助六の姿を、ラウラは鼻で笑った…

 

 

「無駄な足掻きを…誰もこの私からは逃れられん。大人しく、己の運命を受け入れろ…!!」

 

 

 やや中二くさい台詞と共に投げられたナイフは、まっすぐに机の上へと飛んでいった。恐ろしい速度で投げつけられたナイフは、そのままダンッ!!という音を立てながら突き刺さった…

 

 

「……」

 

「……」

 

「……ラウラ…」

 

「……うむ…」

 

「……ナイフ、命中しなかったね…」

 

 

 

---お世辞にも惜しいとは言えない、助六とはもの凄く離れた場所にナイフが突き刺さっていた…

 

 

 

「ち、違うんだ!! 私は奴の動きを先読みしたんだ!! そしたらアイツ、それを更に見切って…」

 

「はいはい、分かってるってば」

 

「分かってない、お前は分かってない!! シャルロットは私が手元を狂わせて見当違いな方向に投げたと思っているだろう!?」

 

「そんなことないって。それにラウラのお蔭でゴキブリも逃げたみたいだし…」 

 

 

 気づいて辺りを見渡せば、先程チョロチョロしていたゴキブリは居なくなっていた。どうやら、ラウラが顔を真っ赤にして騒いでるうちに逃げたらしい…

 

 

「ぐぬぬ…なんか納得いかん……」

 

「あはは、とにかく助かったよ。でも取りあえず、そこのナイフは引き抜いといてね…?」

 

「む、忘れてた…」

 

 

 ゴキブリ騒動も収まり、シャルロットに言われた通り突き刺さったナイフを抜き取ろうと机に近付くラウラ。しかし彼女は机に近寄った途端、急にその足を止めて震えだした。彼女は暫くそのまま無言で震え続けていたが、音を立てながら力強くナイフの柄を握り、思いっきり引き抜いた…

 

 

「あれ、どうしたのラウラ…?」

 

「……」

 

 

 彼女の様子を心配したシャルロットが声を掛けるものの、彼女に反応は無い。だが良く見ると、ラウラの引き抜いたナイフに何かが刺さっていたのが分かった。どうやら投げられたナイフはゴキブリには刺さらなかったが、机の上に置いてあった何かを深々と突き刺していたらしい。その何かは紙…いや、何かの写真のようにも見えるのだが…

 

 

「……シャルロット…」

 

「う、うん…?」

 

「こいつを預かっててくれ…」

 

「え、いや…ちょっと……!?」

 

 

 シャルロットに有無を言わぬまま、ラウラはナイフに刺さっていたそれを慎重に取り外し、そのまま彼女に手渡した。事態に付いていけないシャルロットは手渡されたモノとラウラを交互に見ながら混乱していたが、ラウラが殺気を放ちながら無言で予備のナイフを全部引き抜いたのを見て思わず言葉を詰まらせた…

 

 

「ら、ラウラ…?」

 

「すまないなシャルロット、用事が出来た。タッグトーナメントの打ち合わせは、夜にでもまたやろう…」

 

「え、ちょっと…」

 

「では、行って来る…」

 

 

 オロオロとするシャルロットを余所に、ラウラはナイフ両手に扉を豪快に開け放ちながら廊下へ出て行った。突然のことにただ呆然とするしか無かったシャルロットだったが、やがて自分がラウラに渡されたものを見て全てを理解し、凄く複雑な表情を浮かべた。なにせそれは…

 

 

 

「……とりあえず、分かりやすい場所にテープ出しとこ…」

 

 

 

---デコの辺りをテープで直したばかりにも関わらず、また穴が空いてしまった一夏の写真だった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 

 

 

 

『待てええええええええええええぇぇぇぇぇ!!』

 

「誰が待つかああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 モニター越しから聞こえてくるラウラの雄たけびを耳をしながら、オランジュは全力で助六を操作していた。ラウラが正確無比に投げつけてくるナイフをある時はゴキブリダッシュで、またある時は茶羽を使って飛行しながら回避し続ける。

 

 

「畜生ッ!! 何なんだよ、いったい!?」

 

 

 何とか彼女たちの部屋から廊下へと脱出できて安心したのも束の間、ほんの数分も経たないうちにラウラは殺気を纏いながら全力疾走で助六を追いかけてきた。慌てて逃げ出したのと同時にこの追跡劇は開始され、今に至るというわけなのだが…

 

 

『墜ちろ!!』

 

「こなくそッ!!」

 

『何ぃ!?』

 

 

 一斉に投げつけられたナイフを、宙返りとバレルロールを組み合わせた変態軌道で回避する。その虫とは思えない(実際に機械だが…)動きを目の当たりにし、流石のラウラも驚きの表情を浮かべた。その隙に距離を稼ぐべく、オランジュは助六の動きを更に加速させる。

 

 

『む!! 逃がすか!!』

 

「ぅおっと!!」

 

 

 段々と慣れてきたこともあり、投げられた一本をあっさりと避ける助六。ところがその刹那、ラウラが顔を青くした。何故なら宙を飛ぶ助六目掛けて投げられたナイフは、狙いを外したまま偶然通り掛かった生徒の方へと飛んでいってしまったのだ。ラウラのような軍属や代表候補生であるのなら辛うじて防ぐなり避けるなり出来たろうが、生憎と目の前の生徒はただの一般性で一年生……普通に無理だ…

 ナイフを投げたラウラも、その原因を作ったオランジュも慌てるがもう手遅れ。投げられたナイフは真っ直ぐにその生徒の顔へと飛んでいき…

 

 

『って、危なッ!?』

 

『え…?』

 

「え…?」

 

 

---顔面に突き刺さる直前に、柄の部分をしっかり掴んで受け止めていた…

 

 

『ちょっと誰よ、いきなりこんな事するのは!? 私が何かした!?』

 

『す、すまん…私だ……』

 

 

 特殊部隊仕込の投げナイフを片手で受け止めた事にも驚いたが、明らかに自分に非があるのでラウラは即座に謝った。当然ながら、相手はそんな事で許してはくれない。何せナイフの向かう先が自分ではなかったら、間違いなく大事になっていたのだから…

 

 

『そう、あんた…って、一組のボーデヴィッヒじゃない……』

 

『む? そういうお前は鈴のルームメイトの…』

 

 

 しかしその相手が間接的な知り合いだったことにより、最初の勢いがちょっぴり減った。鈴のルームメイト…ティナ・ハミルトンは、ラウラの顔を見た瞬間に大きな溜め息を吐く。

 

 

『……さては織斑君関連ね。鈴と言い、あなたと言い、いい加減にしてよ…』

 

 

 専用機持ちが織斑一夏を好いているのは周知の事実であり、それを理由に彼女たちが大暴れして周囲に迷惑を掛けるのもいつもの事である。普段は常識というものを守り、まともな性格をしている彼女たちだが、こういうのは本当にどうにかならないうだろうか…?

 

 

『で、今度はどうしたのよ? また彼が鈍感スキルでも発動させたの?』

 

『おい、それでは私が一夏と関わる度に暴れているみたいではないか…』

 

『違うの?』

 

『違ッ……違わない…』

 

 

 ジト目で睨まれた上に、心当たりのあるラウラはあっさりと折れた…

 

 

『ま、どうせ織斑君が余計なことでも言ったんで…』

 

『いや、アレだ…』

 

 

 あれ?と、一言呟きながらラウラの指差したほうへと視線を向けるティナ。その先には、やはりというか全力でその場から逃げ去ろうとカサカサ走り続ける一匹のゴキブリの姿が…

 

 

『……死ね…』

 

 

---彼女が懐から拳銃を取り出して撃つまでの動きに、一切の躊躇いは無かった…

 

 

『待て待て待て待て待て待て待て私が言うのも何だが待てええええええぇぇぇぇ!!』

 

『止めないでボーデヴィッヒさん、あいつ殺せない…』

 

 

 放たれた弾丸を助六は全力で回避した事により、廊下の床に銃痕が出来てしまった。余りに突然で予想外なティナの行動になんで銃を所有している?とか、なんでそんなに手馴れている?といった至極まともな疑問は一瞬で吹き飛んでしまい、ラウラは血相を変えてティナの手から銃を奪おうとする。しかし、ティナは自分の拳銃に伸ばされたラウラの手をあっさりと避わす。その事にラウラは一層驚きつつも今度は本気で手を動かし、ティナの手から拳銃をひったくった。ところがラウラが奪ったそれは、彼女が瞬きした瞬間にティナが再度取り返していた。現役の特殊部隊長とCIAエリート局員が自身の技術をフルに無駄遣いして繰り広げられるこの攻防は助六が逃走の足を止め、ギャラリーが続々と集まってくるほど見応えがあるものだった。 

 

 

『生身で私と張り合えるだと?……貴様、ただの軍人ではないな…!?』

 

『流石は黒兎隊隊長…でも、あまり見縊らないで欲しいわね……!!』

 

 

 なんか助六そっちのけで始まった二人の戦いは、段々と盛り上がりを見せてきた。互いにまだまだ余裕があるようで、もう暫くこの攻防が続くだろうと誰もが思った……その時だった…

 

 

 

---ドゴスッ!!

 

 

『へびゅふっ!?』

 

『なぬ!?』

 

 

 鈍い打撃音を頭から奏でながら、ラウラの前でティナが崩れ落ちたのである。どうやら、ティナの背後に立っていた誰かが不意打ちを喰らわせたようだ。丁度自分の手に彼女の銃が収まっていたので、勝負は自分の勝ちという事になりそうだが、それ所ではない。ラウラは慌てて目を回して倒れたティナに駆け寄り、必死で声を掛けた…

 

 

『おい、大丈夫かハミルトン!?』

 

『ぐふぅ…勝負は私の、負けね……』

 

『馬鹿者が、そんな事はどうでも良い!! 待ってろ、今すぐに医務室へ…』

 

『ねぇ、ボーデヴィッヒさん…』

 

『な、何だ…?』

 

『私たちって…何が原因で勝負してたんだっけ……ガクッ…』

 

『ティナ・ハミルトオオオオオオオォォォン!!』

 

 

 意味深な台詞を呟いて、意識を手放したティナ・ハミルトン。そんな彼女の亡骸(死んでません)を抱き寄せたラウラの中に、メラメラと何かが燃え上がった。新たに出会った好敵手との熱い決闘…それに水を差した愚か者が、自分の目の前に居る。そう思うと、この理不尽な行いをした者に対して抑えられない怒りが湧いてくる。

 

 

(この怒りは、正当な怒りだ。自分にはこの怒りをぶつけ、ティナの仇を討つ権利と義務がある。それにクラリッサも言っていた……『戦士の決闘を汚すのは漢では無い』と…)

 

 

 抱きかかえたティナの亡骸(だから生きてるってば…)をそっと優しく床に降ろし、少しだけ黙祷を捧げる。そしてそれを終わらせたラウラは目をカッ!!と見開き、今なお自分を見下ろす無粋者へと顔を上げて睨みつけ、口を開いた…

 

 

『貴様、そこに直れ!! 貴様のその腐った根性を、黒兎隊隊長たるこのラウラ・ボーデヴィッヒが今すぐに叩き直してやr…』

 

『茶番は終わったか、クソ餓鬼…?』

 

『おはよう御座います教官!!』

 

 

---ラウラの怒りの炎は、自分を見下ろす織斑千冬によって瞬時に鎮火された…

 

 

『ハハハ、今は昼過ぎだぞ? それよりこの騒ぎは何事だ? 答えろ…』

 

『きょ、教官…?』

 

『こ・た・え・ろ…』

 

『ひぃ…!?』

 

 

 先程のラウラの怒りの炎が線香花火だとするならば、今の千冬の状態は噴火直前のな火山そのものである。これまで何度も怒らせ、雷を落とされてきたが今日のはいつも以上に怖い。何が怖いって、明らかに怒っているのに千冬の表情が満面の笑顔だからだ。ただ事ではないと周囲の生徒たちも薄々と感じたのか、さっきまで集まっていたギャラリー達も蜘蛛の子を散らすようにしてそそくさと逃げていった。

 

 そして気づけば廊下には、気絶したティナ、恐怖で震えるラウラ、笑顔で怒る千冬の3人だけしか居なくなっていた。この状況で助けてくれそうな者が誰一人存在しないと悟ったラウラは、正座して目に涙を浮かべながら千冬の問いに答えた…

 

 

『そ、その…へ、へへ部屋にゴキブリが、現れまして……』

 

『それで?』

 

『た…叩き潰そうと思ったのですが、中々仕留める事が出来ず……その途中で、ハミルトンと遭遇したのですが、彼女はゴキブリを見た瞬間に持ってた拳銃を発砲したのです…』

 

『それで?』

 

『あ、あの教官…笑顔が、怖いのですが……』

 

『気にするな。それで?』

 

 

 未だニッコリしたままなのが余計に怖いのだが、下手に言うと余計に怖いことになると思い、ラウラは大人しく言葉を続ける…

 

 

『やむを得ず、私は彼女から拳銃を奪おうとしましたが、彼女も中々の実力者で手間取りまして、気づいたらそこそこの騒ぎに……教官、彼女は何者なんですか?そして何故に銃を所持して…?』

 

『ハミルトンにはちゃんとした後ろ盾と許可とコネがある、気にするな。それで?』

 

『……は…?』

 

『それで?』

 

『え、いや…』

 

『それで?』

 

『あの…以上です……』

 

『……すまん、訊き方が悪かった。それで、“これ”は何だ…?』

 

『え゛?……ッ…!?』

 

 

 いつの間にか俯いていた顔を上げ、千冬の方を見てラウラは絶句した。何せ目の前の千冬は、そろそろ堪忍袋が限界なのか身体をブルブルと震わせ、両手に無数の何かをラウラに見えるように持っていた。

 

 

『さて、もう一度訊くぞボーデヴィッヒ……これは何だ…?』

 

『……わ、私のナイフです…』

 

『廊下の至る所に刺さってたが、全部か…?』

 

『……全部です…』

 

 

 

---千冬が手に持っていたモノ…それは、ラウラがティナに遭遇するまで廊下で投げまくったナイフの数々であった…

 

 

 

『敢えて尋ねるが、まさかゴキブリ相手に投げたとか言わんよな…?』

 

『……ゴキブリ相手に投げました、ってヒィ…!?』

 

 

 

---ラウラが答えた瞬間、千冬の手にあったナイフは一瞬で粉々に握りつぶされた…

 

 

 

『いい加減に自分の立場と世間的な常識を理解しろこの馬鹿共がああああああああああぁぁぁぁ!!』

 

『ひいいいいぃぃぃ!?』

 

『貴様もいつまで気絶したフリをしている!!』

 

『痛ったぁ!?』

 

『い、生きてたのかティナ・ハミル痛ぁ!?』

 

『くだらん寸劇にいつまでも付き合わせるなッ!!』

 

 

 その後、笑顔から一転して般若の如き形相で怒気を二人にぶつける千冬。説教を受けなれているラウラも、似たようなことで上司に怒られ慣れたティナも、この時ばかりは縮みこまって震えるしかなかった。何せ特例で学園に凶器を持ち込むことを許可されている身でありながら、それに真っ向から喧嘩を売るような使い方をしたとあって今回の怒りっぷりは生半可なものでは無い。因みにそんな彼女の怒声は隣の校舎にまで届き、それを耳にした者は一人残らず部屋に引き篭もる事を瞬時に決意させるほどに恐ろしかったそうな…

 

 

『……あの、教官…』

 

『何だボーケヴィッヒ…!!』

 

『……ぼ、ボーケヴィッヒ…』

 

 

 それでもラウラは、訊かずにはいられなかった。いきなり自分の名前を文字られて罵倒されたのには泣きそうになったが、それでも訊かずにはいられなかった… 

 

 

『じゃなくて、その……教官はこっちに来る途中、ゴキブリを見ませんでした…?』

 

『ゴキブリ?……ふん…』

 

 

 

---そのラウラの問いに、千冬は鼻で笑いながら何でも無いかのように答えた…

 

 

 

 

『そんなモノ、さっき壁に張り付いてるところを素手で叩き潰した』

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「イイイイイイイイイイイイヤああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 オランジュは思わず天井に向かって叫び、そのまま床に身を投げ出してゴロゴロと転がりながら荒ぶった。調子に乗って逃亡の手を休め、壁に張り付いてラウラとティナの攻防を録画していたその瞬間、突然モニターの画面が真っ暗になって助六の反応が消滅したのである。何事かと思い学園に設置してあるカメラで様子を伺ってみた結果、そこに映ったのは無残に叩き潰されて床に転がる助六と、近くにあった水道で全力で手を洗う織斑千冬の姿だった。助六が潰される間際、何か『うわああああああ!?』という彼女の声が聞こえたので多分、咄嗟に気づいて思わず叩き潰してしまったのだろう。

 しかし周りはラウラとティナのやり取りに夢中になっていたせいか、誰もその事に気づいていなかったようだ。ついでにその二人は先程、この世の全てに絶望した表情で千冬に職員室へとドナドナされた…

 

 

「それよりも助六がああああああああああああ!! 俺の給料半年分がああああああああああああ!!」

 

 

 撮ったレアシーンはデータ受信と同時に隠し部屋のコンピューターへ保存しているので無事だが、それで割りにあうわけが無い。そもそも助六は使い捨てでは無く、何度も使うことを前提にしているのだ。

 

 

「くそぅ……だが待てよ、グチャグチャにされちまったがよく見りゃアレはまだ修復可能の領域……」

 

 

 モニターに映った助六は無残な姿と成り果ててはいるが、辛うじて中枢だけは無事だった。また少々金を掛けてしまうことになるが、技術部の連中なら修繕出来るレベルの筈である。そのことを改めて理解した途端、オランジュに希望の光が差した…

 

 

「そうとなれば、今すぐにでも助六を救出しに…!!」

 

 

---ぐしゃり…!!

 

 

「……」

 

 

 モニターから聴こえてきた、何かが潰れたような嫌な音。こんな時にさえ無駄に回る頭が既に現実を悟ってしまっているが、どうしても信じたくなかった。今までこの部屋で物音のしたほうを振り向くと、碌でもないことばかり起きている気がする。それでもオランジュは、やっぱり音のした方を振り向かずにはいられなかった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おわ、何だこれ!? 虫の死骸!?』

 

『うわぁ……汚い…』

 

『おりむ~、暫く私たちに近寄らないでね…?』

 

 

 

---監視カメラに映ったのは、一夏、簪、のほほんさん。そして、あの野郎の足の裏に付着してるのは…

 

 

 

「ちっくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

 最後の希望を文字通り踏み潰され、オランジュはガチ泣きした。しかも翌日オランジュは、助六の操作に夢中になっていたせいかデータをコンピュータに保存しておくのを忘れ、助六が完全に無駄死にしたことに気づいて血の涙を流したとのことである…




・ティナとラウラ諸事情により武器の取り上げは免れたものの、反省文500枚が言い渡された
・オランジュが最後の悲鳴を上げた時、のほほんさんはカメラ目線で超ニッコリ
・セイス帰ってきた時のオランジュの第一声、『おかえり、金貸して!!』
・殴られました


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ウォーミングアップ兼ねた番外編


皆様、お久しぶりで御座います。もう一つのサイトでの活動を優先したり、IS原作の再開に伴って展開の練り直しをしたりで一ヶ月近くも放置しておりましたが、そろそろ此方も本格的に再開させたいと思います。

しかし、暫く離れていたせいで、アイ潜の雰囲気を忘れかけるという情けない事態に…;

という訳で申し訳ありませんが、今回は準備運動を兼ねた番外編になります。時系列は七巻の最後辺り、どの本編かIFルートの話になるか未定な単品です。この次に外伝のラジオを終わらせ、本編の再開となる予定です。
 
外伝と本編の続きを待っている皆様、もう少しだけお待ちくださいませ…orz 


 

 

 

(どうして…こんな事、に…?)

 

 タッグトーナメントに合わせて発生した、無人ゴーレム襲撃事件。楯無はその時に負った傷は誰よりも深かった為、今回の負傷者の中で彼女だけが一日入院を余儀なくされた。とは言っても本格的な治療は終わっているので、点滴に繋がれたまま安静にしていれば済む話である。パジャマ姿で医務室のベッドに一人横になりながら、退屈な時間を過ごしていたら、時刻は既に深夜を迎えていた。そして現在、何故か彼女は…

 

 

「クッ……痛ッ…!?」

 

「おいおい、無理に動くと傷に響くぞ?」

 

 

 

―――手錠でベッドに拘束されていた…

 

 

 

「お…願い…もう、やめて……」

 

「ははは、何を言ってやがる。本番は、まだまだこれからだぜ…?」

 

 

 目に涙を浮かべながら懇願する楯無の頬をぺチペチと叩きながら、彼女の両手を手錠でベッドに拘束した張本人は残酷な笑みを浮かべるだけだった。男の表情を見て、楯無は再び絶望する…

 

 

「どうして…こんな、真似を……?」

 

「どうして? どうしてかって? そんな事、言わなければ分からないのか? あ、因みに防音処理は完璧だから、幾ら叫んでも誰も来ないぞ?」

 

 

―――楯無を追い詰めている男…セイスは、ひたすら冷酷な笑みを浮かべる……

 

 

「ククク、中々に良い顔するじゃねぇか……テメェには何度も散々な目に遭わされたんだ、この程度で済むとか思うんじゃねぇぞ?」

 

「い、いや…やめ、て……もう、やめてッ…!!」

 

「ヒャーーーハハハハハァ!! さぁ泣け、喚け、苦しめ楯無!! その無様な姿で、この俺を楽しませてみせろぉ!!」

 

「お願い…お願いだから、やめ……いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

―――彼女の絶望に染まった叫びが、狭い医務室の中に限りなく響いた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

―――遡る事、数十分前…

 

 

「……ん…?」

 

 

 やる事も無く、一眠りしていた楯無は、腕に走る違和感に気付いてを目を覚ました。何故か中途半端な万歳の格好で腕を広げており、手首に固い感触を感じた上に動かせないのである。

 いまどき金縛りなんて流行らないとか考えつつ、微睡んだ意識をハッキリさせた途端、思わず目を見開いてしまった…

 

 

「何、コレ…?」

 

 

 動かせなくなった手の方に視線を向けて彼女の目に入ってきたのは、二つの手錠で別々にベッドに拘束された自分の両手だった。咄嗟に外そうと試みるが、どういう訳か一切外れそうに無い。この分だと関節を外しても無理そうなので、仕方なくISを使う事を即座に決意した。

 しかし、いざ探してみると、すぐ傍に置いてあった筈の『ミステリアス・レイディ』が見当たらない。ある程度近くにあれば、意識するだけで呼び寄せる事が出来るのだが、それが出来る気配もしない…

 

 

「探し物は、コレか…?」

 

「ッ!?」

 

 

 自分以外誰も居ない筈の医務室で、自分以外の…それも、聞き覚えのある声がした事により、彼女は自然と身体を強張らせる。恐る恐る視線を声の方へと向けると、医務室に置いてあった椅子を引っ張り出して、自分と向かい合う様な形で座っている一人の男が目に入る。しかもそいつは腕に包みを抱えながら、彼女が今まさに探していた物…待機状態の『ミステリアス・レイディ』を、空いている方の手でポンポンと投げて弄んでいた。

 

 

「……セイス、君…?」

 

「よぉ、お元気?」

 

 

―――亡国機業に属する彼女の宿敵、セイスが居た…

 

 

「……何をしているのかな…?」

 

「お前から武器を奪いました。因みに、その手錠も俺がやった」

 

「……ふざけてる…?」

 

「俺は至って大真面目さ」

 

 

 今までに無い位に良い笑顔を浮かべ、そんな事を抜かすセイスに、楯無も引き攣った笑みを浮かべるが、内心では最悪な状況に対して焦りを感じた。

 確かにこの男とは知らない仲でも無いが仲間という訳ではなく、むしろその逆である。そもそも、この前なんて殺されかけたばかりなので尚更だ。そんな男を目の前にして、この様な無防備な状態でいることは限りなく危険な状況なのだが…

 

 

「そうだ、お前に見せたい物があるんだけど…」

 

「……何かしら…?」

 

 

 突然再開した会話に少しだけ動揺するも、何とか平静を装いながら対応する楯無。彼女が内心で焦燥感に駆られまくっていることを知ってか知らずか、セイスは抱えていた包みから一枚の紙を取り出し、それを彼女の方に見せた。

 その紙に書いてあった内容を見た瞬間、今度こそ彼女は全身から血の気が引くような感覚に襲われ、動揺を隠すこともせず、反射的に身体を強張らせてしまった…

 

 

「私の…暗殺、指令……?」

 

「というわけで…」

 

「ッ!?」

 

 

 呆然とする楯無を余所に、セイスは凶器でも取り出すつもりなのか、再び包みに手を突っ込んで何かを取り出そうとしていた。彼の行動を目にして我に返り、命の危機を本格的に感じた楯無は全力で抵抗を試みるが、やはり手錠はびくともしない。唯一拘束されていない足はセイスに届かず、それ依然にISと生身で互角にやり合う彼を相手に自分が出来ることなどたかが知れている。

 それでも、彼女は諦めることなど出来なかった。自分にはやるべき事、やりたい事がまだ山ほど残っている。それに何より、やっと最愛の妹と仲直り出来たばかりなのだ…

 

 

「痛ッ…!!」

 

「無駄な抵抗はよせ、傷が開くぞ…?」

 

「黙りなさい…私はまだ、こんなとこで死ぬわけには……!!」

 

 

 しかし生憎と、今の彼女の身体はその精神に付いていけなかったようで、最早殆ど動かせなかった。それでも尚、楯無は最後まで抵抗を諦めなかったが…

 

 

「そうかい……けど悪いが、こっちは時間が限られてるんでな…」

 

「ッ!?」

 

「さっさと終わらせて、帰らせて貰おうか」

 

 

 身動きできない楯無の目の前で、セイスはまだ何かが入っている包みに手を突っ込む。そして、ニヤリと不気味な笑みを浮かべ、中からソレを取り出そうとした。

 中から出てくるのは自分の命を奪う凶器か、はたまた拷問の為の道具か…どちらにせよ、楯無には最悪な結末しか齎さないだろう。しかし更識家当主としてのプライドがそうさせるのか、そうと分かっていても彼女は、決して最後までセイスから目を離そうとしなかった。そして……

 

 

「……」

 

「どうした、楯無?」

 

「……ちょっと…」

 

「ん…?」

 

「……何よ、それ…」

 

「何って、お前…」

 

 

 

---『毛糸玉』と『棒針』ですが、なにか…?

 

 

 

「……それを、どうするの…?」

 

「いや、お前に対する見舞いの品だけど?」

 

「……私、編み物苦手なんだけどな~?」

 

「知ってる、だから持ってきた。ついでにほら、『猿でも分かる編み物入門』も一緒に持ってきた」

 

「……」

 

「そうだ、夜食も持ってきてやったぞ。ほれ、お湯で作れる『即席坦々麺』」

 

「……随分と、負傷者の胃に、悪そうな、チョイス、ねぇ…?」

 

「だろう? そして極め付けはコレだ『百合の花』。因みに枯れかけだから、その内に花が落ちるぜ?」

 

「あなた本当に何しに来たのッ!?」

 

 

 思わず怒鳴り声を上げてしまったが、傷に響いたのか楯無は痛みに呻いてすぐに黙った。そんな楯無の様子を見たセイスはと言うと、彼女のその様子が可笑しかったのか腹を抱えてケラケラと笑っていた…

 

 

「ぬははははは。いや、学園最強(笑)が大怪我したって言うから、これは良い機会だとばかりに日頃の鬱憤を晴らしに…もとい、知らない仲でも無いから見舞い位には顔出してやろうかと……」

 

 

 楯無は知らないだろうが、ここ暫くセイスは諸事情により、IS学園どころか日本にすら居なかった。そして、ついさっき帰ってきたところで、その直後に留守番役だったオランジュに最近の出来事を教えて貰ったばかりなのである。

 無人機が改良された上に量産されて襲撃してきた事にも驚いたが、楯無が深手を負ったという事の方が彼にとっては驚きだった。彼女が負傷すること自体はどうでも良いし、むしろ再起不能になってしまえと思わなくもないが、一応は強敵認定している相手が自分以外の者にやられると言うのは何だか面白くないのだ。どうせやられてくれるなら、自分の手で酷い目に遭わせてやりたいのである。

 

 

「そして気付いたら、お前に対する嫌がらせの品を持って見舞いに足を運んでた」

 

「このヒトデナシッ!!」

 

「俺、元から人間じゃねぇし」

 

「そういう意味じゃないわよ!!……取りあえず、私を殺しにきた訳では無いのね…?」

 

「まぁ、な。前のアレはちょっと事情が違ったし、さっきの指令も遂行期限はとっくに終わってる。現状としては、これまで通り時と場合によって利用したりされたりの関係を続けたいのが本音だ…」

 

「あ、そう…」

 

「……それに、お前をココで殺したら、確実に俺が呪い殺されるし…」

 

「え…?」

 

「いやいや、こっちの話…」

 

 

 セイスのその言葉に、取り敢えず楯無はホッと胸を撫で下ろした。一時はどうなるかと思ったが、彼の言動と雰囲気からして、もう命の心配はせずに済みそうだ。ISを奪われ、ベッドに拘束された時は本当にどうしようかと…

 

 

「……ところで、さっきの嫌がらせの品々はともかく、私の今のこの状況は何…?」

 

「ははは、良くぞ聞いてくれました~」

 

 

 楯無のその疑問に嬉々と返事をし、再びセイスは包みに手を突っ込んだ。それにしてもあの包み、そんんなに大きく見えないのだが、一体どれだけの量の私物が突っ込まれているのだろうか…

 そうこうしている内に、彼は包みの中から一枚のDVDと、小型テレビを取り出した。小型テレビはともかく、楯無はDVDのパッケージに書いてある文字…ていうか、タイトルに目が行った。

 

 

「『エンドレス・ナイトメア』? ホラー映画か何かなの?」

 

「そうだ。ぶっちゃけ言うと、コレが今回のお前に対する嫌がらせの主力」

 

「え? もしかして、この拘束は…私に怖い映画を無理やり見せる為とか、もの凄いおバカな理由!?」

 

「ピンポーン」

 

 

 それを聞いた瞬間、楯無は今日一番の深さを誇る溜め息を吐いた。拘束されてなければ、頭を両腕で抱えながらヘナヘナと床に崩れ落ちていたかもしれない…

 

 

「……こんな、しょうもない事で…」

 

「そのしょうもない理由で拘束された本人が言うなや…」

 

「うるさいわよッ!!……ていうか、私がホラー映画如きで参ると思ってるの…?」

 

「そんなまさか…」

 

 

 楯無もセイスも裏社会の住人である。スプラッターな光景は日常茶飯事なので見慣れてるし、肉体に比例して精神も鍛えられているので、並大抵の事には動揺しない。ゾンビやエイリアンも、セイスからしたら自分の方が出鱈目な存在なので『臭いだけの雑魚』というイメージしか湧かないし、楯無もそんな彼と毎回戦ってるので『恐い』という感情が殆ど湧かないのだ。

 

 

「……それに俺らの場合、本物のホラー現象経験してるし…」

 

「ん? 心霊スポットにでも行ってきたの…?」

 

「いや、もっと恐ろしいとこ……」

 

 

―――流石に、ここ…IS学園に本物の幽霊と、お前の身内にそれに匹敵するとんでも少女が居るとは言えない……

 

 

「取り敢えず、それはこの際置いとくとして…とにかく見てみろ、面白いから。どうせ暇だろ?」

 

「……まぁ、良いわ。あなたのせいで目が醒めちゃったし、何だかんだ言って、そのお土産が一番まともそうだし。そもそも、動けないし…」

 

 

 そう言って楯無は、ガチャガチャと手錠を無意味と分かりながらも鳴らす。やっぱり外れないと分かった彼女は、それを最後にようやく諦めたのか、完全に大人しくなった。

 その様子を確認したセイスは、早速と言わんばかりにテキパキとDVDプレイヤーのセッティングを始める。本音を言えば、楯無が並みのホラー映画にビビるとは微塵も思っていない。へタレで駄目な部分もあるにはあるが、仮にも彼女は同業者の中でもトップクラスの実力者。堅気の人間が作ったフィクションなんぞにビビるようなタマじゃにのは、セイス自身よく分かってるつもりだ。

 

 

「よし、セッティング完了。ほれ、臨場感出す為にヘッドホンを…」

 

「あら、準備が良いわね。ついでに、この手錠も外してくれないかしら…?」

 

「だが断る」

 

「……チッ…」

 

 

 更識楯無という人間が、ホラー映画を恐れるような人間で無いことは百も承知。それでもセイスは、どうしても彼女にこのDVDを見せたかった。実は、このDVD…

 

 

「敵対組織の人間と一緒に映画鑑賞って……私ったら、本当に何やってるんだか…」

 

「なにを今更言ってやがる。お、始まった…」

 

 

 

 

 

 

―――スコールの姉御を、“マジ泣き”させた実績を持ってたりする…

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――そして、冒頭に戻る…

 

 

 

「いやああああああぁぁぁぁぁぁ!? お願い!! お願いだからセイス君、止めて!! そのリモコンの停止ボタンで再生を止めてえええええぇぇぇぇぇ!!」

 

「ふははははは、嫌なこった!! もっと泣け、喚け、叫べぇ!!」

 

「じゃあせめてヘッドホンを外してええええぇぇぇぇぇ!! 怖い!! 本当に怖いわよコレえええぇぇぇぇぇぇぇ!? そして傷に響いて痛いいいいいぃぃぃぃぃぃ!?」

 

 

 正直言って予想通りの反応だったが、予想以上に面白いというのがセイスの素直な感想である。まるで普通の子供のように泣き叫び、手錠をガチャガチャさせながら必死に逃げようとする楯無は、彼女の事をそれなりに知っているセイスにとって新鮮だった。

 話によればこのDVD、アメリカへ行った時に訪れた例のじーさんの所有物の一つらしい。旦那はアレなものを中心に借りていたらしいが、あのじーさんは実際色々なジャンルをコレクションとして所持しているそうだ。その事を聞いた姉御が興味半分でオススメの品を求めたところ、これを渡されたみたいなのだが……

 

―――基本怖いもの無しである姉御が、三日三晩一人で眠れなくなるという事態が発生した…

 

 よりによってオータムが留守の間に見てしまったらしく、その日はマドカの部屋にお邪魔して夜明けを待ったとか…流石のマドカそれには心底驚愕し、割とガチで夢なのではと疑ったとの事である。

 無論、マドカは姉御に理由を尋ね、それを聞いた。最初はこれが現実なのかと余計に疑ったらしいが、頬を抓ったら痛かったのでやっぱり現実であると認識。そうなると、やはりそのDVDの内容が気になるのは当然であり、マドカがそのDVDを手に取るのはある意味必然だった。

 

―――その結果、寝不足エージェントが一名追加される羽目になったが…

 

 その話をマドカから聞いた時、セイスは何をバカなと思ったが、実際に現物を鑑賞してみたら即座に考えを改める事になった。とにかくこの映画を作った奴は、酷くタチの悪い性格をしているとしか考えられないのである…

 

 

「きゃああああああああああああぁあぁあぁぁぁぁぁ!? 何か聴こえてきゃああああああああああああああああ!?」

 

(言えない、まだ始まって4分の一も終わってないなんて言えない……面白くて…)

 

 

 割と穏やかな冒頭のシーンの時から、ギリギリ何を言っているのか分からない位の音量で、ブツブツと誰かが念仏みたいものを呟いているのだ。音量が小さく、見ているシーンとは全く関係なさそうなので、大抵の者が『気のせい』と思って聞き流してしまうのだが、その時既に製作者による罠は始まっている。

 暫くホラー映画とはとても思えない穏やかで平和的なシーンが映され続けるのだが、その間にも謎の呟きは聴こえ続ける。そして最初は無視出来た謎の呟きはその執拗さと、段々と大きくなる音量により、否が応でも気付かされてしまうのだ…

 

―――『殺してやる』と呟き続けている事に…

 

 それに気づいた頃には既に、呟きと呼べるような音量では無くなっており、心なしか憎悪を籠めたかのような暗く荒れ狂った口調に変っていて、本編そのものが穏やかなシーンを映し出しているという矛盾が余計に視聴者へ一層の恐怖を植え付ける。しかしその呟きは、耳が痛くなるほどの音量にまで大きくなった瞬間、唐突にプツリと聞こえなくなるのだ。

 突然の事に一瞬戸惑うものの、恐怖の呟きから解放された事に気付くと安堵し、大抵の者は改めて映像へと集中してしまう。その時に見る者が目にするのは、複数の幼稚園児達が公園で無邪気に遊んでいるというこれまた微笑ましいワンシーンなのだが…

 

 

(ここで確か、狙い澄ましたかのように子供達が一斉に笑顔でコッチ向いて、無邪気な声で…)

 

『『『『『殺してやる』』』』』

 

「いいいいいいいいいいいいいいいいいいやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!?…………きゅう…」

 

「……あ、墜ちた…」

 

 

 盛大な悲鳴を上げた後、ついに限界を迎えたのか、楯無は気絶してしまった。まだ半分もいってないが、この僅かな時間に先ほどの様な心臓に悪いシーンや音がギッシリだった事を考えると、良くもった方だろう。自分だって、日頃のアレで免疫が無かったら彼女らと同じような事になっていたろう。それにこのDVD、最後に近づけば近づくほどホラー要素が強くなっていくので、頑張って最後まで見ると確実に後悔するから、序盤でギブアップして正解だったかもしれない…

 

 

「それにしても、ちょっとやり過ぎたか…?」

 

 

 起こさないように手錠を外し、布団をソッと被せてやりながらポツリと呟く。自分達の立場から考えるに、互いに迷惑を掛けてナンボな関係だが、流石に今回は少しやり過ぎ感は否めない。

 というかノリと勢いに任せ、日頃の恨みを晴らすつもりでやったは良いが、次に彼女と会う事があったら確実にヤバい事になりそうだ。下手をすれば、問答無用で前回の『昆虫標本の刑』を課せられそうな気がする…

 

 

「ま、その時はその時で考えるか…」

 

 

 そう言いながら、テキパキと荷物を片付け始めるセイス。担担麺と百合は学園の職員室にあったものをパクッたので置いていくが、編み物セットとDVDは私物であり、自分の直接的な痕跡になるので持って帰らなければならない。なので持ってきた包みに編み物セットを突っ込み、続いてDVDプレイヤーを入れようと手に持ったのだが…

 

 

「……」

 

 

 思わず動きが止まった。このプレイヤー、楯無が気絶した時点で停止ボタンを押したので、もう既に何も映されていない筈なのだが、生憎とモニターはしっかりと映し出しされていた…

 

 

 

『こ・ん・ば・ん・わ♪』

 

 

 

―――笑顔で手を振る、獣の着ぐるみを纏った本物のホラー少女が…

 

 

 

『怪我人をイジメるのは感心しませ~ん』

 

「……は、はははッ…」

 

『というわけで、あすち~ヨロシク♪』

 

『りょーかーい♪』

 

 

 小さな画面の中に居る彼女がそう言った途端、ポンッと肩に置かれた冷たい手と、超至近距離から聞こえてきた少年の声。色々と悟ってしまったセイスは引き攣った笑みを浮かべ、ゆっくりと後ろを振り向いた……そして…

 

 

「お…お手柔らかにお願いしまッ……」

 

『却下。それじゃ、ちょっと向こうに逝こうか?』

 

「向こうってあの世か!? ちょ、誰か助けぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」 

 

 

 

―――今日の教訓・人を呪わば穴二つ…

 

 

 




・翌朝、気付いたらセイスは、富士の樹海のど真ん中に居た…

・この日を境に暫く、楯無が一夏の部屋に寝泊まりする回数が激増した…


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微睡みの中で心の内を… 前編

先生との決着は保留にしましたが、二人のギクシャクした関係には決着を付ける予定です。
このアメリカ珍道中が終わったら『オランジュの報告書(七巻学園サイド)』をやって、八巻に入ろうかと思ってます。

外伝の方は、もう暫くお待ちください…;


 

「……はぁ…」

 

 

 昼間の逃走劇から何とか無事に生還する事は出来たが、拠点であるホテルに戻ってからもマドカの気分は一向に優れない。帰って早々にセイスを置いてきぼりにして部屋へと戻り、一人でベッドに身を投げて仰向けになってグッタリしながら溜め息を一つ吐いていた。

 

 

「……何でセヴァスは、私なんかの為に…」

 

 

 自分がイーリスとナターシャの二人に追い詰められた際、セイスは自分の復讐を即座に諦め、自分の事を助けてくれた。この前の出来事や、オランジュに言われたことにより、彼が自分の為に無茶をするという事は既に理解していたつもりだったが、やはり心の何処かで有り得ないと思っていたのか、あの光景を前にした時、動揺を隠すことが出来なかった。

 

 

「私には、お前の隣に居る資格なんて、無いのに……」 

 

 

 文字通り身を投げ出し、命懸けともいえる方法で窮地に陥った自分を救ってくれたセイス。彼の復讐を手伝うと言って飛び出したにも関わらず、結果的に自分が彼に復讐を断念させる要因になってしまった。その事実だけでも今の自分の気分を暗くさせるには充分過ぎるのだが、それ以上に自分で自分を許せない事があった…

 

 

「……私は…お前が私の為に命を懸けた事を、悲しく思うよりも先に喜んでしまったんだぞ…」 

 

 

 セイスに生き続けて欲しいのは、間違いなく自分の本心だ。彼は自分の在り方を肯定してくれる唯一の存在であり、今の自分が最も心を許せる人間であると自身を持って言える。それに前回の騒動でセイスが死んだと思った時、自分は胸が張り裂けそうな程の悲しみと、抑えきれない怒りを覚えた。少なくとも、そう言った感情を抱く程には大事な存在だと思っている。ましてや、彼が死んだ原因の一つが自分だった場合、一生立ち直れないかもしれない。

 

 そう思っているにも関わらず、セイスが自からの命を危険に晒しながら、自分を助けてくれた事を素直に喜んでしまった…

 

 自分の為に死んで欲しくないと思っていながら、ビルから飛び降りて落下するセイスを目の当りにした時、悲しむよりも先に嬉しいと感じてしまったのだ。その矛盾した感情に気付いてからというもの、マドカはそんな自分に対する自己嫌悪に苛まれていた。この場に自分がもう一人居たならば、躊躇することなく殴り掛かっていただろう。

 

 

「お前の復讐を満足に手伝う事も出来ず、お前が私の為に命を投げ出すことを喜ぶ……ハハハッ…どうやら、私は自分が思っていた以上にクズのようだ…」  

 

 

 自嘲気味な笑いを漏らしながら、いつの間にか頬に流れていた熱いものを拭う。しかし、手で拭っても拭っても、それは止まることなく溢れ続けた。愚かで滑稽な自分が可笑しくてしょうがない筈なのに、胸を締め付けるような感覚が一向に消えない。最早どっちが本当の自分の気持ちなのか、自分で分からなくなっていった。様々な感情に苛まれ、思考がグチャグチャになったマドカは部屋で独り、ひたすら笑い続け、ひたすら泣き続けた。そして…

 

 

「……やはり私は、セヴァスの隣に居ない方が…」

 

 

―――コンコンッ…

 

 

「……うん…?」

 

 

 出し抜けに、彼女の言葉を遮るようにして部屋の扉がノックされた… 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「言い残すことはあるか、ゴミ兄…」

 

「ま、待てマイ・シスター!!」

 

「俺達は、ちゃんと、仕事を完遂しぐぎゃあああああああああああああああああああ!?」

 

 

 アメリカ政府による奇襲から逃れ、どうにか拠点であるホテルに帰還することが出来た俺とマドカ。

 建物から飛び降り、ISのパワーでコンクリの地面に叩き付けられ、その上で下水道の中を逃げ回ったもんだから流石にヘトヘトだ。状況悪化の原因の一つを作ったバカ兄弟が、昨日の再現の如くロビーの真ん中で自分達の妹にボコボコにされている光景を視界の端に捉えたが、それさえどうでも良いと感じる位だ。ていうか今の俺は、もっと深刻な事態に直面しているので、それどころではない。

 

 

「さっきからマドカが口を利いてくれないんだけど、どうすれば良いと思う?」

 

「エムに関してテメェが分かんない事が私に分かる訳ねぇだろッ!!」

 

 

 あのオータムに思わず尋ねてしまう程に深刻な事態…それは追手を振り切るために下水道へと逃げ込んでからというもの、マドカが俺に対して殆ど口を利いてくれないのだ。このホテルに辿り着いてからも『先に戻ってる』と言って一人だけさっさと部屋に行ってしまった。

 一応最低限の返事はしてくれるのだけど、ここに来るまでに彼女の口から『あぁ…』と『分かった』しか聞いてないの。少し元気が無い程度に感じた先日までの様子と比べると、明らかに悪化しているとしか思えない…

 

 

「やっぱ気にしてるのかね、あの時の事…俺は気にしてないって言ったのに……」

 

「知らねぇって言ってんだろが!! 良いから早く荷物纏めに行って来い、時間がねぇーんだ!!」

 

 

 そう言ってオータムは自分の荷物を纏めつつ、俺に大きな鞄を投げつけてきた。勢いよく投げつけられたそれを俺は片手で難なく受け止め、再びマドカのことを考える。

 しかし実際、彼女の言う通り俺達に時間があまり無いのは本当だ。シャドウ達の情報によると、俺達を襲撃してきたアメリカ政府の一団はこのホテルの向かい側にある建物を拠点にしているらしい。しかも、明らかにここが俺達の拠点であると認識した上で陣取っているとしか思えないそうだ。イーリスという大戦力を撃退されたばかりとあって、向こうも割と慎重になっているだろうが、あまり安心出来ない…

 なので少々予定が早まったが、俺達はこのホテルから立ち去る事になった。大きな荷物はロビーの居るシャドウが整理してくれるらしく、俺とオータムは今から部屋に行って自分の荷物を纏めにいくとこだ。色々と話したいことがあるし、夜逃げの話をする前にマドカは部屋に行っちゃったので、これからの予定を説明をする事も考えるに丁度良いかもしれない。

 

 

「セイスさん、少しよろしいですか?」

 

 

 などと考えながらエレベーターに乗ろうとしたその時、唐突にシャドウが声を掛けてきた。彼女が来た方向に視線を向けると、案の定バカ兄弟は返事が出来ない屍の一歩手前になるまでボコボコにされていた。ザマァみろ…

 

 

「どうかしました?」

 

「あの…これ……」

 

 

 そう言ってシャドウがどこか気まずそうに手渡してきたのは、一枚の紙である。何だろうと思って良く見てみた途端、思わず目を見開いて固まってしまった。

 その紙はルームサービスの請求書だったのだが、書いてある金額が決して安くないのだ。オータム達の倍はしている気がする…

 

 

「この請求書が、なにか…?」

 

「……名義が貴方の名前になっているのですが…」

 

「ふぁ!?」

 

 

 つい変な声を出してしまったが、彼女の言うとおりだった。全く心当たりの無い金額が書かれた請求書には、はっきりと俺の名前が記入されていた。しかし、その字は明らかに俺のものでは無かった。しかも、それは随分と見覚えのある筆跡で…

 

 

「人に心配させるだけさせといてコレかあの女あああああああああぁぁぁ!!」

 

 

 エレベーターを待ちきれなかった俺は、尋常じゃないスピードで階段を駆け上り自分の部屋を目指した…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 セイスが必死で部屋を目指していた頃、当のマドカは目の前の高そうな酒瓶と睨めっこをしていた。

 

 

「どうしたものか、これ…」

 

 

 独り部屋で泣いていた矢先、ノックされたドアを開けると外に居たのはホテルの従業員だった。手には随分と値が張りそうなワインボトルを手に持っていて、彼は困惑するマドカにそれを手渡すと一礼してさっさと立ち去ってしまった。しかし、何なのか分からなくて暫く戸惑ったが、程なくしてコレは自分が注文したものである事を思い出した。

 

 

―――セイスの名義でだが…

 

 

「……絶対に怒るだろうな…」

 

 

 本来の予定なら今日、セイスは念願の復讐を達成出来る筈だった。その祝杯の意味合いも込めて、夜に二人で飲むつもりで今朝の内に注文しといたのだ。彼の名義で注文したのは、いつもの悪戯心である……というか、いつもの自分に戻ろうとする為に、多少なり怒られるのを覚悟で無理やり決行したのだ…。

 ところが結局、昼間の出来事でそれどころでは無くなってしまい、今まで完全に忘れていたのだ。 

 

 

「やっぱり、返してこよう…うむ、それが良い……」

 

 

 あんな出来事があった後では、流石に飲む気分にはなれなかった。確かに注文したワインは、不本意ながら贅沢慣れした自分から見ても良いものだと分かる。見れば見るほど上等な酒だという事が分かり、精神的にも肉体的にも疲れていた事もあって、いつの間にか手にはワイングラスを戸棚から…

 

 

「イヤイヤ、何をしているんだ私は…」

 

 

 寸前のところで我に返り、グラスを戸棚に戻す。流石にこんな時くらい自重出来なければ、自分で自分の人間性を疑うし、日頃セイス達に言われている『食いしん娘』という称号を否定できなくなる。

 そう自分に言い聞かせ、マドカはこの高値のワインを返却すべく部屋のドアを開けて…

 

 

「申し訳ありませんお客様、栓抜きの用意を忘れておりました」

 

「……」

 

「では、失礼致します」

 

 

 扉を開けた瞬間さっきの従業員が自分の前に立っていて、ワイン用の栓抜きを手渡して去っていった。突然の事に思考がフリーズし、従業員に声を掛けることも忘れてその場に突っ立っていたマドカは、彼の背中が見えなくなった同時に自分の手元に目を落とす。

 右手にはワイン、左手には栓抜き。正直言って、空腹な上に喉もカラカラである。疲労と空腹と想定外の事により、殆ど働かない頭で暫し(三秒)悩んだ後、一人納得したよう頷いて彼女は…

 

 

「……少しだけなら、良いよな…」

 

 

 

―――部屋に戻ってグラスの準備を始めるのだった…

 




セイスもマドカも基本的に酔いにくい体質にしてますが、今回の彼女は心身共に疲れてしまっているので……酔わせます…


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微睡みの中で心の内を… 中編

思ったより長くなりそう、このくだり……ていうか、キャラ完全崩壊な上に糖分が…;


 

 

「……遅かったか…」

 

 

 階段を一気に駆け上り、息も絶え絶えに部屋の前へと着いたは良いが、その直後に絶望して床に崩れ落ちた。ちょっと人より優れた俺の鼻が、なんとも香しいアルコール臭を感じたのである。あわよくば未開封の状態でマドカから取り上げ、そのまま返品したかったのだが、最早その希望は叶わないようだ…

 

 

「畜生ッ、開けゴマぁ!!」

 

 

 半ばヤケクソになり、ガバッと起き上がるや否や扉を蹴り開け、廊下に轟音を響かせる。他の部屋の客達には少々迷惑かもしれないが、それに構わず怒声を上げながら部屋へと突入した。だって、請求書に書いてあった金額、五反田食堂で食い逃げされた時より洒落にならないんだもん…

 

 

「オラ、マドカあああぁぁぁ!! この期に及んで何をしてやがッ…」

 

 

 案の定、事の元凶であるマドカは部屋に居た。居たのだが、部屋に入るなり俺の声は段々と尻すぼみになってしまった。何故かというと…

 

 

「むにゃ…」

 

「……コイツはよぉ…」

 

 

 彼女は空っぽになった件のワインボトルを抱き枕にして、涎を垂らしながら穏かな寝息を立てつつ、ベッドの上で寝転がっていた。床に使用した後のグラスが転がっている事から考えるに、飲んでいる内に睡魔に襲われて眠っちまったようだ。

 つーか、マドカが抱えてるボトルのサイズがドンペリ並にデカく見えるのは気のせいだろうか。書かれていた値段に納得してしまう傍ら、一人で飲み切れる量に見えないのだが…

 

 

「取り合えず、強請りのネタとして寝顔を写メでパシャッとな…」

 

「……むぅ~…?」

 

 

 携帯カメラからピロン♪と軽快なシャッター音が流れたのとほぼ同時に、目の前の被写体が呻き声と寝言の中間みたいな声を出した。間抜け面した彼女の寝顔を撮影した携帯を俺は慌てて隠し、それに一瞬遅れる様にしてマドカはむくりと起き上った。

 

 

「ふあぁッ……むにぃ…」

 

 

 彼女は眠そうに眼を擦りながら大きな欠伸を一つし、まだ眠いのかイマイチ開ききってない目で辺りをゆっくりと見回す。その際も抱えたボトルはしっかりと抱きしめ、顔は半分ボケた面構えのままだ。

 そして、そのボケ面は暫く周囲を窺っている内に俺を視界に捉え、その動きを止めた。

 

 

「……あ、セヴァス…」

 

「起きやがったかこの野郎…いつまでも寝ぼけてないで、さっさと……」

 

 

 お前が飲んだソレの代金を寄こせ…そう言おうとしたのだが、その言葉もまた最後まで言えなかった。何せマドカの奴は俺に気付いた途端、眠そうな瞳をクワッと開眼させ、まるで獲物を見つけた獣さながらのニヤッとした笑みを浮かべたのである。

 その豹変っぷりに一瞬だけ怯み…ていうか、普通に身の危険を感じて後ずさったのだが、何かが背中にぶつかって殆ど進めなかった。後ろを見ると、さっき蹴り開けたドアがしっかりと閉じられており、俺の逃げ道を塞いでいた。

 思わず焦る俺だったが、それと同時に前方から凄まじいプレッシャーを感じたので、意識を背後からマドカの居る方へと向けた。すると…

 

 

 

「おかえり~~~~~~~~~ッ!!」

 

「ふもっふ!?」

 

 

 

―――マドカにもの凄い勢いで、飛び掛かる様に抱き着かれた…

 

 

 

「ちょ、おまッ!?急にどうした!?」

 

「んふふふふふ~♪」

 

 

 彼女の突然の奇行に混乱する俺だったが、当の本人はそんな事に構わずギューッと思いっきり抱きしめてくる。バッグは二つあるので両手は塞がっており、なまじ体力があるせいで中々引っぺがす事が出来ず、しかもそれに比例して『有る』か『無い』かで訊かれた確実に『有る』方の彼女のアレが俺の身体に押し付けられてくる。一夏じゃないが、どうすりゃ良いんだこの状況…

 それにしても基本的に恥じらいが皆無に近いマドカだが、ここまで露骨になるような事は滅多に無い。ていうか良く見りゃ彼女の顔は微妙に赤くなっていて、声音も幾分柔らかい上に目もどことなくトロンとしていた。そして今気付いたのだが、さっき感じたアルコール臭は部屋や、マドカが俺に飛び掛かる際に投げ捨てたボトルでは無く、彼女自身から出ているみたいだ。

 

 

「……もしかして、酔ったのか…?」

 

 

 俺やマドカは体質上、常人より遥かにアルコールに対する耐性が強い。俺に至っては、一般人にとって致死量に値する量を飲んで漸く酔っ払うことが出来る位だ。マドカも俺程では無いが、ワインボトル一本程度で酔うような事は殆ど無いに等しい。

 しかし、臭いで何となく感じているのだが、マドカが飲んだであろう酒は良質な上に、アルコール度数が高い物だったようだ。そして傍目から見ても分かる位に蓄積された疲労に、ここ最近の寝不足も重なって身体が弱っていた所に、そんな代物を飲んだもんだから限界を迎えてしまったのだろう…

 

 

「ねぇねぇ、その鞄はなぁに? お土産?」

 

「あ、オイ…!!」

 

 

 等と考えている此方を余所にマドカの奴は唐突に俺から離れ、間髪入れずに俺が荷物を纏める為に持ってきた二つのバッグの内の片方をひったくり、止める暇も無くパカッと開いて中を覗き込んだ。しかし、中身が何も入ってないと分かるや否や、露骨にガッカリ感丸出しの表情を浮かべた。

 

 

「……なぁんだ、空っぽか…」

 

「ちょっと面倒な事になりそうだから、帰国が予定より早まったんだよ…」

 

 

 そういや、いつまでもこんな風に油を売っている暇は無いんだった。オータムが五月蠅くなるのは勿論の事、シャドウに迷惑が掛かる上に、アメリカ政府がいつ踏み込んでくるのか分かったもんじゃ無い。

 

 

「え、セヴァス帰っちゃうの…!?」

 

「……は…?」

 

「ヤダヤダ!! セヴァス帰っちゃヤダぁーッ!! 置いてかないでーー!!」

 

 

 反射的に間抜けな声が出てしまったが、聞き間違えでは無かったようだ。意味の分からないことを言い出したマドカは、それだけに留まらず挙句の果てには子供みたいに泣き出した。もう何が何だか理解が追い付かなくて、コッチが泣きそうだ…

 

 

「ちょ、なんで泣く!? つーか、お前も一緒に帰るに決まってんだろ、なんで俺だけ帰るみたいな言い方してやがんだ!!」 

 

「え、本当…?」

 

 

 そう言った途端、急に泣き止んで大人しくなるマドカ。しかし、微妙に『それ本当?』とでも言いたげな表情をしているので、また泣きだされる前に首を縦に振った。それを見て彼女は安堵の溜め息を吐き、最初に見せた笑顔に戻った。一貫して物調面ないつもの彼女とは対照的に、アルコールが入った彼女は感情が比べ物にならない程に豊かで、コロコロと表情が変わる。

 俺も酒で酔うと暴走して、隠しておきたい物事や心の内を躊躇せずに晒したりするが、もしかするとそれと同じで、今のこの状態こそが彼女の素だったりするのかもしれない。心なしか、年齢相応を通り越して幼児化している気もするが、時たま見せる子供っぽいところを考えると、あまり否定できないのも事実だったりする。

 まぁ、百歩譲ってそうだったとしても、目の前の彼女の様子を見てしまうと本気で心配になるのは変わらないが…

 

 

「一緒…セヴァスと一緒かぁ、良かったぁ……」

 

 

 色々な意味で困ってる俺を無視するようにして、マドカはそう言うや否や、笑顔のままベッドに背中からダイブした。そして、寝転がった体勢のままコッチに手を振り…

 

 

「じゃ、荷造り頑張ってね♪」

 

 

―――マダオ属性は彼女の根本であることを証明した…

 

 

「いやいや、半分はお前の荷物なんだから手伝えよ!!」

 

「えええぇぇ…面倒くさい……」

 

 

 日頃のダメっぷりだけでなく、ガキっぽさまで加わった様だ。ジト目で睨み付けたら、マドカは近くにあった枕を抱きしめながら、ふくれっ面で抗議の視線を送りつけてきた。不覚にもちょっと可愛いく感じてしまったが、ここで目を離したら負けな気がしたので視線は外さない。

 そんな不毛な争いは、何かを思いついたかのような表情を浮かべたマドカが唐突にベッドから起き上がった事により、終わりを告げた。

 

 

「嘘だよ~手伝うよ~~」

 

「……なぬ…?」

 

 

 徐に立ち上がったマドカは、自分の分のバッグを手に取って驚く俺を余所に、ゴソゴソと荷物を纏め始めた。挙句の果てには御機嫌よろしく鼻歌を口ずさみ、俺を更に困惑させた。いったい、何がどうしたというのだろうか…

 

 

「ふんふふん、ふ~ん♪」

 

「……それとも、俺は夢でも見てるのか…?」

 

 

 もしかしたら現実の俺は階段で転び、そのまま頭を打って気絶でもしたのか。そして、この到底現実とは思えない、マドカにとっては黒歴史入り確定な彼女のコレに直面しているのだろうか。いや、階段から転げ落ちた程度で俺は気絶したりはしないので、やはり目の前のコレは現実なんだろう…

 

 

「はい、出来ました~!!」

 

「嘘ぉ!?」

 

 

 片づけを開始して一分も経たない内に、マドカがそんな事を言い出した。当の本人はドヤ顔を浮かべ、俺に自分の荷物を詰め込んだバッグを見せつけている。部屋の片付けも碌に出来ない癖にそんな事を言うもんだから、何だか腹が立つよりも先に驚いてしまった…

 

 

「本当だも~ん。そして残りは全部セヴァスの荷物だから、荷造り頑張ってね?」

 

「チッ、なんだか釈然としなッ……ん…?」

 

 

 何だか納得出来ない俺だったが、時間が無いので仕方なく作業を開始するした…のだが、すぐに手を止める羽目になった。作業を再開した矢先、手を伸ばした先にあった物を見つけた途端、俺はゆっくりと立ち上がり、余裕綽々なマドカをまたもやジト目で睨み……

 

 

「……おいマドカ、ちょっとテメェのバッグ見せてみろ…」

 

「え…」

 

 

 俺の言葉にマドカは反射的にビクリと身体を震わせ、バッグを抱きしめながら、分かりやすい位に俺から目を背けた。その態度でほぼ確信したが、念のために確かめておこう…

 

 

「せ、セヴァスのエッチ…」

 

「俺(残り)の荷物と称した物に、そこに転がってるお前の下着を含めといて何を言ってやがる…」

 

「おぅふ…」

 

「良いから見せてみろや、この酔っ払い…!!」

 

「ちょ!?」

 

 

 顔を青くしたマドカからバッグを強奪し、やけに軽いそれの中身を確認した。すると案の定…

 

 

「やっぱり空っぽじゃねぇかコラああああぁぁぁ!!」

 

「うきゃあぁ!?」

 

 

 思わず脳天にチョップをくらわせ、それを受けた彼女は短い悲鳴を上げて頭を抑えながら、ベッドの上でゴロゴロと転がりながら悶えていた。

 それにしてもこの野郎…面倒くさいからって、荷物纏めたフリして俺に全部やらせる気だったらしい。普通に考えてこれだけの量があれば、俺じゃなくてもすぐに気付けたろうが、どうやら今の彼女はそんな簡単なことにさえ頭が回らないようだ。しかも俺の御仕置チョップを避けようとするどころか、防御すらしなかった辺り、性格だけじゃなくて全部の面で劣化しているっぽい。

 そう思うと何とも言えない気分になり、ついつい溜め息が口から零れてしまう。それに何より、いい加減マジで時間がヤバい…

 

 

「……あぁもう、アホらし。カバン寄越せ、お前の分もやってやるよ…」

 

「え、本当…?」

 

「……おう…」

 

 

 そう言ってやった瞬間、マドカは動きを止めて表情をパァっと明るいものへと変えた。本当にコロコロと表情が変わる…妄想している時のシャルロット以上かもしれない……

 

 

「わ~い、ラッキー♪ それじゃ、よろしく~!!」

 

「……本当にしょうがない奴だな…」

 

 

 そう言ってマドカは再びベッドへと身を預けた。とにかく横になりたいらしい、この酔っ払い…

 ま…この状態はともかく、こういうやり取りは今日に始まった事では無いので、そこまで気にしない。少なくとも、彼女の分の片付けを始めた今の俺の顔に、しかめっ面ではなく、苦笑が自然と浮かんでくる程度には日常的なもんだ。我ながら、本当にマドカには甘いと思う…

 

 

「……ねぇ、セヴァス…」

 

「ん?」

 

 

 取り敢えず手当たり次第にバッグへと荷物をぶち込み始めたその矢先、マドカが俺に声を掛けてきた。ただその声音は、さっきまでの明るいものでは無く、かと言っていつもの冷淡なものでも無かった。チラリと彼女の方を見ると、マドカはベッドで横になったまま天井を見上げていた。その為、どんな表情をしているのかは良く見えなかったが、それに構わず彼女は言葉を続ける。取り敢えず視線を手元に戻して作業を再開しながら、彼女の言葉に耳を貸し続けた。

 

 

「私ね、『自分自身』を手に入れたいの…」

 

「……知ってるよ…」

 

 

 『私が私である為に』…それこそが、マドカの織斑千冬に対する復讐心を一層駆り立てる一番のモノであり、彼女が今を生き続ける為の糧にしているモノである。

 それを手に入れなければ、『織斑マドカ』という一人の人間として生きる事は出来ない…否、『織斑マドカ』としての人生を始める事すら出来ない。自分が『織斑マドカ』に成る為には、どうしても織斑千冬を殺さねばならない……かつて彼女は自分の復讐について、俺にそう語ってくれた。そんな大事な話を俺が忘れる訳ないというのに、いったい今更どうしたと言うのだろうか…

 

 

「だけどね、その後の事は…『織斑マドカ』に成れた後の事は、何も考えてないんだ……」

 

 

 思わず手が止まり、自然と顔がマドカの方へと向けられた。彼女は依然として何も無い天井を見上げたまま、言葉を紡ぎ続けた。

 

 

「私が私に成れた時、何をしたいと思うようになるのか分からない。もしかしたら、死ぬまで何も思い付かないかもしれない…」

 

 

 かつての俺は俺を傷つけ、弄んだアイツらが憎くて憎くて仕方が無く、アイツらを自分の手で殺してやるまでは、この世の全てに対して永遠に満足出来ないだろうと思っていた。マドカもそれは同じで、復讐を終わらせるまでは、心の底から人生を楽しめないと思っている。

 そんなマドカだからこそ、俺は今の彼女の言葉が信じられなかった。俺以上に大きな復讐心と憎悪を抱いている筈の彼女が、同時にその様な迷いを抱いているとは思わなかったのである。

 

 

 

「……でも、そんな私だけど…」

 

 

 

 

―――だが次に出てきた彼女の言葉は…

 

 

 

 

「…セヴァスと一緒に居る時の気持ちは、きっと変わらないと思う……」

 

 

 

 

―――俺を愕然とさせるには、充分過ぎた…

 

 

 

 

「だから、私は…私なんかの為に、セヴァスに死んで欲しくない。私もずっと、セヴァスとの繋がりを失いたくないから……」

 

 




こんな雰囲気出しといてなんですが、まだまだ恋愛関係には発展しません、させません……ちょっぴり進展はしますが…


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微睡みの中で心の内を… 後編

アメリカ編、終わらなかった…orz

今度こそ次回で終わらせて、最後の方にオランジュの日記+αにしよっと…


 

 

「もう、こんな時間か…」

 

 

 荷物を纏めて部屋を出て、いつの間にか時刻は深夜を迎えており、一部の従業員以外の気配が殆ど無くなった廊下を突き進む。両手には中身がギッシリのバッグを一つずつ持っており、そして背中には…

 

 

「ていうか、重てぇ…」

 

「……すぅ…」

 

 

 穏やかな寝息を立て、俺におぶされる形で熟睡中のマドカだ。振り向くと自分の顔とほぼゼロ距離の場所に、まだほんのりと顔が赤く、更に少々残ったアルコール臭を漂わせながら、気持ち良さそうな寝顔を浮かべるマドカが見える。

 あの直後、彼女は酔いと眠気に負けて、深い眠りについてしまったのである。状況とタイミングがあまりにもアレだったので、どうしたのかと思い血相を変えたが、それが分かった時は思いっきり脱力してしまった。そして、結局自分がマドカの分の荷物も本人込みで持たないといけないと悟り、がっくりと肩を落としたりもした…

 

 

「それにしても…」

 

 

―――私なんかの為に、セヴァスに死んで欲しくない。私もずっと、セヴァスとの繋がりを失いたくないから…

 

 

「……本当に、重てぇな…」

 

 

 俺とマドカは、互いが互いの理解者だ。復讐を生きる糧とした者同士だからこそ、互いの想いや感情を誰よりも理解できて、共感する事ができた。決してソレが全てという訳では無いが、少なくとも俺達の関係の始まりはソレだと思っている。そして俺が自分の心を満たす事が出来るモノを見つけた時も、彼女は復讐の炎を絶やすことはしなかった。何故なら彼女は俺と違い、彼女自身が求めたモノを手に入れる為には、復讐を成就させる以外に方法が存在しないからだ…

 だから彼女は最後まで復讐の道を歩み続け、どんな物事よりもその生き方を優先すると思った。例え俺がマドカの復讐の為に命を投げ出そうが、復讐さえ成功すれば彼女はきっと笑ってくれると思っていた。勝手に彼女との繋がりを自身の大切なモノに定め、彼女の味方で在り続けると誓った手前、俺自身それでも全く構わなかった。

 

 

―――なのに彼女は俺と同じように、俺と繋がり続けていたいと言ってくれる… 

 

 

 いや…よくよく思い返せばキャノンボール・ファストの日、スコールの姉御の元へと命を捨てに行った際、マドカの取り乱し具合は生半可なものでは無かった。俺が気を失っている間に、俺が殺されたと思い込んだ彼女は怒り狂って姉御に襲い掛かった上に、俺が生きていると分かった途端に涙を流してくれた。その後も俺が死のうとした事を咎め、今日だって自らイーリス達と戦ってくれた。

 そして先程の言葉を考えるに、自惚れや勘違いでなければ俺という存在は、彼女にとって自身の復讐に匹敵するほどに大切なモノになっていたらしい。

 

 

「……どうしたもんか…」

 

 

 まだ復讐を諦めた訳でも、最優先事項を変えた訳でも無いみたいだが、その達成条件に俺が死なない事が追加されたようだ。こんな作り物で安っぽい獣畜生の命にそこまで執着し、『繋がりを失いたくない』と言ってくれるなんて思いもしなかった。それもよりによって、俺が繋がり続けたいと想い続けた、お前に言われる日が来るとは、何とも迷惑な話だ…

 

 

 

---だって、お前のその言葉を聞いた途端…

 

 

 

「……あ~ぁ、本当に重てぇ…」

 

 

 

---軽く見ていた俺自身の命が、やけに重みを感じさせ始めたのだから…

 

 

 

「……ったく、エレベーターは何処だ…?」

 

 

 行きは慌てて階段を駆け上がって来たので、エレベーターの場所は把握出来ていない。ただ殆ど一本道だったので、無駄に広く長いこの通路を地道に進めば途中で見つけられるだろうが、やはり地味にキツイ。その事を再認識すると同時に、自分の体力減らしに最も貢献している、背負った大荷物に視線を移すと案の定そいつは、依然として熟睡中だった。

 ぶっちゃけ今だけは、そのまま暫く眠っていて欲しい。具体的に言うと、オータムに荷物かマドカのどちらかを押し付け、片手だけでも使えるようになるまで起きないで欲しい。そうしてくれないと、個人的に困る。どうして困るのか自分でも分からないが、とにかく困る。何故なら…

 

 

「あぁ、クソ……嬉し泣きなんて、柄にも無い真似させやがってよぉ…」

 

 

---せめて両手が塞がっているせいで拭えない涙が乾くまで、彼女が目を覚ましませんように…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「ターゲットに動きはあったか?」

 

「いえ、今のところは何も…」

 

 

 ホテル『グラハムS』の反対側に位置する、安っぽいビジネスホテルに彼らは居た。借りた一室にこれでもかと言う位に物々しい機材を持ち込み、少ない窓から『グラハムS』の様子を数人掛かりで監視している。と、窓から外の様子を伺っていた男の一人が、部屋の隅で煙草を咥えながらコンピューターと向かい合い、この集団の中では特に身長が高い男へ唐突に声をかけた。

 

 

「本部への定期連絡は済ませたのか?」

 

「はい、先程『異常なし』と報告しておきました」

 

「……そうか…」

 

 

 当然ながら、彼らは堅気の人間では無い。彼らはアメリカに幾つも存在する機密部隊の一つである、『死神隊(ザ・デス)』のメンバーだ。元々はただの対テロ特殊部隊に過ぎなかったのだが、ここ最近になって祖国に大して決して少なくない被害を与えてくる亡国機業への対応に優先して駆り出され、今では『亡霊狩りの集団』という意味も籠められて、そう呼称されるようになっていた。

 

 

「ただ、その時に上の連中が…」

 

「なんだ…?」

 

「これ以上昼間のような失態が続くようなら、この仕事は我々には荷が重いと判断し、全てを『名無し』に一任すると…」

 

「クソがッ…よりによって、あの売女の部隊にだと……?」

 

 

 しかし正直な話、彼らはそこまで功績を挙げることが出来ないで居た。かつて強奪されたIS…アラクネは取り返す前にIS学園で使い捨てにされ、ゴスペルのコアを保管していた秘密基地を襲撃した犯人の追跡も殆ど出来ず、今日だって残った数少ないコネとパイプを使ってISパイロットを二人も投入したにも関わらず、構成員の一人さえ捕まえる事が出来ないで居た。

 そんな点もあり、上層部の一部は既に彼らに対して『役立たず』の烙印を押しており、今回で何かしらの成果を出さない限り、この部隊を強制解散させられそうなのが現実だ…

 

 

「とにかく目を離すなよ。まだ検査結果は出てないようだが、イーリス・コーリングはともかくナターシャ・ファイルズはまだ戦闘が可能な筈だ。ターゲットに動きがあり次第、直ちに彼女を呼び出せ」

 

「はぁ、了解しました…」

 

「なんだ、その気の抜けた返事は…?」

 

「いえ…だったら何故、まだ本人達が戦えると言ったにも関わらず、『貴女達に何かあった場合、我々が困るのです』とか言って無理やり病院に送りつけたのかな? とか思いまして……」

 

「う、うるさい!! 黙って仕事を続けろ、トール!!」

 

「アイ・サー」

 

 

 痛いところを指摘されたリーダー格の男は声を荒げたが、部下らしき背の高い男はその怒気を軽く受け流し、再度コンピューターへと視線を戻した。その態度にリーダーは一層腹を立たせ、部下に掴みかかろうとしたが、それを遮るようにして部屋の扉がノックされた。部屋に居た彼らは一人残らず動きを止め、反射的にノックされた扉に意識を向ける。

 

 

「誰だ……ッ…!?」

 

「お、おい…!?」

 

 

 扉の最も近くに居た一人が、警戒心を解くことなく近寄り、扉越しにそう言い放った。だが、彼がそう言うや否や、彼らに異変が起き始めた。まず扉の近くに居た男が急に糸の切れた人形のように倒れ、それに続くようにして他の者達も一斉に倒れ始めたのだ。 

 

 

「な、何が起こ、って…!?」

 

「とにか、く…本部に、連ら……」

 

 

 慌てふためく面々だったが、結局誰も本部にこの緊急事態を伝える事は出来なかった。部屋に居た『死神隊』の面々は1人残らず倒れて意識を失っており、部屋には沈黙が降りた。

 

 

(流石はセイス用の睡眠薬、洒落にならねぇ効果だ…)

 

 

 だがその中で、リーダー格の男に『トール』と呼ばれた彼は動じること無く、煙草を燻らせながら淡々とコンピューターを操作し続けていた。

 

 

(さてと…定期連絡はさっき入れたばかりだから、最低でも10分は大丈夫か。想定外の事態な上にセイス達の為とは言え、シャドウの奴も面倒な事を頼む……)

 

 

 そう心の中で愚痴りながら、トール…亡国機業フォレスト一派貸所属、人員貸出組の『のっぽ(トール)』は、睡眠防止剤を含んだ煙草の煙を溜め息と共に吐いた。

 フォレストからスコール一派へと派遣され、スパイとしてアメリカの機密部隊に潜入していた彼だったが、まさか自分の潜入先とセイス達が直接ぶつかるとは思っていなかった。昼間の騒動でも裏でシャドウ達に情報を流したりして手伝ったりしたが、ひと息つく暇もなく今度は此方の包囲網を掻い潜り、セイス達をアメリカから脱出させる為の手引きをして欲しいと頼まれてしまったのだ。

 スパイ役をしている身としては、そう何度も危ない橋を渡りたく無いものの、セイス達の為と言うのなら仕方ない。セイス本人は全くもって自覚してないが、彼を特別に気にかけている奴は結構居るのである。無論、トールもその1人だ。

 

 

(それにしても微量とは言え、こんなん焚いて平気なのかアイツら…?)

 

 

 10分置きの定期連絡を終えたのを機に彼が合図を出し、待機していたシャドウの部下がセイスの睡眠薬を部屋に流し込んで死神隊を行動不能に追いやり、その隙にシャドウが運転する車で堂々と空港へセイス達を送り出す…そういう手筈になっている。

 自分だけ無事だったら怪しまれるので逃亡の支援と根回しが終わり次第、この防止剤煙草は捨てて眠るつもりである。しかし、その煙草を持ってしてもセイス用睡眠薬の効果を完全に防ぐことは出来ないようで、先ほどから微妙に目蓋が重い。そんな代物を彼女の部下は直接取り扱っているようだが、はたして無事に済んでいるのだろうか?

 なんてことを考えて心配になってきた時、トールの耳に誰かの声が聞こえてきた。それはどうやら、扉の外から聞こえてきているようで、咄嗟に彼はそちらの方へと耳を済ませた。すると…

 

 

「ヘイ、ブラザー!! さっきから煙たくて咽せそうだが、何故なんだ!?」

 

「何を言ってるんだブラザー!! 俺達はシスターに言われた通り、このよく分からない粉末を焚いて部屋に流し込んでるんだ、当たり前じゃないか!!」

 

「だったら何でこっちまでモクモクしてるんだYo!?」

 

「気にするな兄弟!! こうすれば、この部屋と言わずフロア全体をガスで満たせるぜ!!そうすれば、シスターだって誉めてくれる筈だ!!」

 

「流石だぜブラザー、天才だ!!」

 

「「HAHAHAHAHAHAHA!!」」

 

 

 扉越しに聞こえてくる馬鹿二人の大声は、明らかに通常の…ガスマスクなどの類いは一切付けてない、普通通りのものである。ついでに言うと、眠気は一切感じさせなかった。

 そう言えばあの二人、薬の類いが一切通用しないとか聞いた事があった気がする…

 

 

(……馬鹿に漬ける薬は無いってか…)

 

 

 明らかに余計な仕事を増やそうとしている馬鹿二人を殴って止め、その後始末を付けるべく、彼は例の煙草をもう一本取り出して火を灯した…

 





・十秒後、馬鹿兄弟に強烈な右ストレートが炸裂

・マドカの前回の言葉は本心

・しかし、彼女には酒を飲んで眠ってから目を覚ますまでの記憶が殆ど残ってません…

・トール(のっぽ)…フォレスト一派所属のイギリス系アメリカ人30歳。スコールが欲しがった人材の一人で、極めて優秀な諜報能力を持つ。次の情報収集先でもある部隊への転属が決まったので、今の上官(仮)には言いたい放題。因みに、シャドウがフォレスト一派を軽く見ないのは、彼のお陰でもある。



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不器用なりに… 前編

申し訳ない…懲りずにまた前後編で分割です……;

ていうか、シリアスになると全然執筆が進まん!!いつになったらセイスを学園に帰らす事が出来るんだ!?(泣)



 

 

「……ん、ここは…?」

 

 

 突如感じた揺れにより、マドカは目を覚ました。未だに意識がハッキリしない頭で周囲を見回してみると、自分の居る場所がホテルの部屋ではなくなっている事に気づいた。腰掛けているのは部屋のベッドから一人用ソファーの様な座席に変わり、窓から覗く景色は混み合った街並みから暗い夜空に浮かぶ雲を見下ろす光景に変わっていた。どうやらここは、飛行機の中のようだ… 

 

 

「おや、起きたか…」

 

「む、セヴァス…」

 

 

 声がした方を向くと、行きと同じようにセイスが隣の席に座り、半ば呆れたような視線をこっちに送っていた。因みにオータムは彼の隣の席に居たが、ぐっすりと眠っているので此方には無反応である。

 

 

「何故、もう帰りの飛行機に乗っているんだ…?」

 

「お前が寝てる間に色々とあったんだよ……それより、ホレ…」

 

「うん…?」

 

 

 セイスはどこからか一枚の紙を取り出し、マドカに手渡してきた。依然として重い寝ぼけ眼を擦りながらそれを受け取り、目を通す。その結果、彼女は一気に目が覚めるほどに目を見開いた…

 

 

「ぶッ…!?」

 

「……後で返せよ…」

 

 

 思わず噴出してしまう程に高い値段が書かれた領収書…やたら見覚えのある金額は、間違いなく自分が頼んだ例のワインの代金だ。その事が分かった途端、結局疲労と空腹に負けてボトルを空け、一人でそれを飲んだという記憶がハッキリしてきた。飲んだ後の事は殆ど何も覚えていないが、微妙に頭がガンガンするので、飲んだ量も確実にグラス一杯どころでは無いだろう。

 昼間の件でセイスに迷惑を掛け、自己嫌悪に苛まれていたにも関わらず、このザマである。我ながら、色々な意味で最低な奴だと思う。どこの世界に、醜態を晒したその日に酔い潰れ、更なる迷惑を掛ける奴が居るのだろうか…?

 

 

「す、すまない…」

 

 

 とにかく、マドカはセイスに頭を下げた。元々あのワインは一緒に飲むつもりだったが、彼への祝いの品として支払いは自分で全額払う予定だった。結局は自分で殆ど飲んでしまったようなので、贈り物もへったくれも無いが…

 そんなマドカをセイスは暫くジッと見つめ、沈黙を続けた。セイスが何も言わないのでマドカは不安になってきたが、彼女が沈黙に耐えられずに何かを言うよりも早く、彼の方が先に口を開いた。

 

 

「なぁマドカ、さっきの部屋でのやり取り、どこまで覚えてる…?」

 

「さっき…?」

 

 

 その言葉に反応してマドカが顔を上げると、セイスの顔が目に入った。気のせいで無ければ、彼の表情はそれほど怒っている様には見えなかった。ただその代わり、どことなく不安の色は浮かんでいるが…

 それはさて置き、マドカはおぼろげな記憶を手繰り寄せてみた。自己嫌悪に苛まれ、自分はセイスの隣に居るべきでは無いと結論付けようとして、そこへホテルマンが例のワインを持ってきて、流石に自重すべきだと思ったにも関わらず飲んでしまい…

 

 

「……スマン、部屋であの酒を飲んでから記憶が…」

 

 

 酒が凄く美味かったのは覚えているが、グラス一杯分を飲んでから、さっき目覚めるまでの間の記憶がスッポリと抜け落ちている。

 いや、何か頭の隅に引っ掛かって残っているような感覚はあるのだが、無理に思い出そうとすると妙に顔が熱くなったり、胸の内が温かくなる様な気分になってくる。まるで、とてつもなく恥ずかしい思いをしたような、嬉しい思いをしたかような状態だ…

 

 

「あ、いや…覚えてないのなら、それはそれで別に構わない……」

 

 

 それだけ言ってセイスはマドカから目を逸らし、『そうか、覚えてねぇのか…』と呟きながら、何やら一人で考え込み始めた。そんな彼の姿を見てマドカは『どうした』と声を掛けようと口を開きかけたが、途中でやめた…

 

 

(今更どうしようと言うんだ…私はもう、セヴァスとは……)

 

 

 ワインの件を思い出すにあたり、先程まで考えていたこと…セイスの為にも、これ以上は彼と共に居るのはやめる決心をした事も思い出したのだ。

 セイスには今まで何度も支えられ、救われてきた。それに比例して、自分も彼の力になりたいと心から思ってきた。だが、現実はどうだ?自分は彼の力になるどころか、彼の死神になろうとしているではないか。彼の文字通り命を掛けた行動と想いに甘え、彼が死ぬ一番の要因になろうとしているではないか…

 

 

(それに…今日の事で、いい加減に愛想を尽かされただろう……)

 

 

 そう思うと、胸にズキリと少しだけ痛みが走った。流石に唯一心から気を許した相手に嫌われるというのは、考えるだけで悲しい気分にさせられる。しかし、幾ら自分との繋がりが大切とは言っても、誰が好き好んで、こんなロクデナシで疫病神のような自分を大切にし続けてくれるというのだ…?

 それに自分の為にも、何よりセイスの為にもそれが一番なのだ。彼が自分を嫌ってくれれば、彼が自分との繋がりに価値を見出さなくなれば、彼が自分の為に命を懸ける必要はなくなるのだから…

 

 

(だからもう私は、セヴァスとは…)

 

 

 これまで自分は、セイスに対して何も報いることが出来なかった。いつだって自分は迷惑を掛け、安らぎを与えて貰う側だった。今日という日を迎えるまで、彼という唯一の存在にどれだけ救われてきたことか… 

 

 

(セヴァスとは、二度と…)

 

 

 だが、それも今日で終わりだ。セイスと絶交してしまえば、彼が自分の為に命を懸ける事はなくなる。そうすれば、彼が簡単に死ぬ事はなくなる。それこそ、自分が望んでいる事そのものではないか…

 

 

---だが…

 

 

(なのに私は、この期に及んで何を今更ッ…!!)

 

 

 セイスとの交友を、繋がりを断つと決心した途端、さっきとは比にならない程の痛みが胸に走る。この締め付けられるような痛みはまるで、彼の元から離れることを悲しく感じているようだ…

 いや、事実悲しいのだろう。普通に考えて、セイスから離れることが悲しくない訳が無い。何しろ自分をここまで理解し、肯定してくれるのは、彼しか居ないのだから…

 

 

(だからと言って…だからと言って、このままで良い訳が無いだろう!! セヴァスが私の為に、死んで良い訳が無いだろうがッ!!)

 

 

 大切な存在だからこそ、自分は彼を失いたくない。彼を死なせないで済むと言うのなら、この程度の悲しみがどうしたと言うのだ。彼に愛想を尽かされようが、交友を断たれようが、生きているのであればそれで充分ではないか…

 

 

(何を躊躇っているんだ私は…)

 

 

---嫌だ…

 

 

(迷う必要なんて無い。それでセヴァスが生き続けることが出来るのなら、それだけで…)

 

 

―――離れたくない…!

 

 

(……それだけで、充分だろう!? なのに、なのにどうしてッ…!?)

 

 

―――繋がり続けていたい…!!

 

 

(どうして、涙が止まらない…!?)

 

 

 いつの間にか、目から涙が少しずつ溢れ出していた。セイスとの繋がりを断つべきであると思っていながら、どうしてもその選択を躊躇い、拒絶する自分がいるようだ。

 だが、いつまでも彼に甘える訳にはいかない。ましてや、場合によっては彼の命に関わることなのだ。これ以上決心が鈍る前に、自分は彼との繋がりを断たねばならない。そう思ったマドカは、頬を伝う熱いソレを腕で拭った…

 

 

「マドカ、ちょっと良いか…?」

 

「ッ!!!?」

 

 

―――ほぼ同時に、セイスが声を掛けてきた…

 

 

「……どうした…?」

 

「い…いや、なんでもない……」

 

「…?」

 

 

 唐突に話し掛けてきたものだから驚き、その余波なのか涙も止まった。どうにか表情を取り繕い、改めて彼の方へと顔を向けると、こっちを見てキョトンとしていた。どうやら、幸い涙を流していたところは見られなかったようだ。そして、マドカの様子にセイスは少しだけ怪訝な表情を見せていたが、すぐに気を取り直して喋り始めた。

 

 

「俺さ、新しくやりたい事が出来たんだ」

 

「え…?」

 

 

 あまりに突然過ぎる話に、当然ながらマドカは戸惑った。しかし、セイスはそんな事など御構い無しとばかりに話を続ける…

 

 

「あんまり詳しい事は言えないんだけど、俺はその為に暫く死ぬ訳にはいかなくなっちまった…」

 

「それは、つまり…」

 

 

―――それはつまり…セイスはもう、私の為に命を懸けないで済む理由が出来たということか…?

 

 

「とは言っても、別にお前を手伝う事をやめる訳じゃないぞ? 俺は最後まで、お前の復讐に付き合い続けるし、お前の味方であり続けるつもりだ…」

 

「ッ!! 待ってくれ、それじゃあ何も…!!」

 

 

 何も変わらない…このままでは、彼が死に急ぐような生き方は何も変わらない。焦燥感に駆られ、彼女は思わず口を挟もうとした……

 

 

「なんだよ…お前を手伝ったら、俺が死んじまうとでも言うのか?」

 

「そうに決まっているだろう!?」

 

 

 実際に彼の無茶を目の前にしたのは今日が初めてだが、キャノンボール・ファストの時を考えれば、彼が今ままで自分の知らないところで死に掛けた事を想像するのは難しくない。

 だから、このまま放っておけば、いつか彼は確実に死んでしまう…

 

 

「俺が死ぬ? んなわけ無いだろ…」

 

「実際この前、自分でスコールに殺されようとしたじゃないか…!!」

 

「グッ…結果的に生きてるからノーカンだ、ノーカン……」

 

「ふざけるなッ!!」

 

 

 自分でもビックリする位に大きな声がでたが、当然ながらセイスの方はもっと驚いていた。突然大声を出したことを皮切りに、二人の間に再び沈黙が舞い降りた。暫く見つめ合う形で五分、十分…もしかしたら一分だけだったかもしれないが、異様に長く感じた沈黙は、セイスが先に破った。

 

 

「……俺は、死なねぇよ…」

 

「だから、それは…!!」

 

 

 再び激昂しかけたマドカだったが、セイスは手を翳す様にしてそれを遮り、言葉を続けた。いつの間にか彼の瞳には、諦めの色が浮かぶと同時に、何かを決心したかの様な光が宿っていた。そして…

 

 

「少なくとも、お前が『自分自身』を手に入れて、本当の意味で『織斑マドカ』に成るまでは、俺は死なないよ……だって、俺のやりたい事っていうのは…」

 

 

 

 

 

―――生きて、お前の隣に在り続けることだから…

 

 

 

 

 




・最初は色々と誤魔化しながら話を進めようとしたセイス

・しかし無理そうなので、一部の本心を吐露することに…

・めっさ修羅場ですが、二人はここが夜中とはいえ、旅客機の中であることを忘れてます…(笑)


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不器用なりに… 後編

やっと…終わった……(泣)
次回からギャグパートが本格的に書けるぞおおおおぉぉぉぉ!!


「俺はさ、お前に救われたんだよ…」

 

 

 本人は自覚してないと思うが、俺にとってはそうだった。彼女と出会うことがなければ、俺は『AL-No.6』として空っぽな人形のままだったろうし、仲間たちに人として接して貰えなかったと思う…

 

 

「生きる為の支えを無くして空っぽになった俺に、お前は全ての切っ掛けをくれた…」

 

 

 亡国機業に身を置いたその日まで、生き続ける為の原動力となった復讐心。その復讐心が無意味なものに成り下がった時、全てがどうでもよくなった俺の心は空っぽになった。自分を拾ってくれた恩人達には目もくれず、ただただ自分の殻に引き篭もっては腐り続けた。

 

―――そんな馬鹿な俺の殻を、無自覚ながらも粉々に粉砕してくれたのがマドカだ…

 

 

「だからこそ俺は、お前と一緒に自分の求めたモノを探すことにした…」

 

 

 生きる続ける理由を求めた俺と、確固たる自分自身を欲したマドカ。互いに探し求めたモノを、互いが既に持っている…そんな奇妙な境遇だからこそ、逆に俺達は互いを理解出来たのかもしれない。少なくとも、自分達が互いに助け合うことを約束するのに、そう時間は掛からなかった…

 

 

「けど、いつの間にか目的と手段が入れ替わっちまったみたいだ…」

 

 

 生きる理由を探し続ける過程で、亡国機業の仲間達に恩返しをするという目的が出来た。散々な目に遭わされた過去を、笑い飛ばせるくらいに人生を楽しむという目標も出来た。あの時と比べたら、俺はとても幸せに満ち溢れた人生を送っていると、自身を持って言える。

 でも…どんなに心が満たされようが、幸福を感じようが、殻が壊れたと同時に出来た、俺の芯とも言うべき部分は、決して変わらなかった。それどころか、それは日に日に輝きを増していき、そして……

 

 

「今の俺は、お前の望みを叶えるのを手伝う事に…お前との繋がりを守り続ける事に、何よりも喜びを感じるようになったんだ……」

 

 

―――いつしかそれは、俺が探し続けたモノであり、俺にとって一番大切なモノになっていた…

 

 

「お前が居たから生きることが出来た、お前が居てくれるから生きていられる。だから俺は、お前に心から感謝しているんだ。そして同時に、お前の為になら死んでも良いと思った…」

 

 

 マドカとの繋がりこそが、長い間自分が求め続けたモノ…その事を自覚した時から俺は、一切の躊躇いを捨てた。元々、運良く生きながらえただけの命であり、欲しかったモノを手に入れた今となっては、自分の命に大した未練は無かった。旦那達に恩を仇で返す様な形になることに関しては、少しだけ心が苦しくなる。だが、それでもこの二つを天秤に掛けた時、俺は迷わずマドカに手を貸し続ける事を選ぶだろう。それこそが今の俺にとって掛け替えのないモノであり、俺の全てなのだから…

 

 

「……」

 

 

 俺の言葉をここまで聴いた彼女は、文字通り硬直していた。視線は定まらず、何かを言いたいのに、何を言えば分からないのか、完全に言葉に詰まっている。

 無理もないか…マドカの本心を知った今なら、彼女のこの反応にも納得出来る。だからこそ……

 

 

「でもな…最近になって、ちょっと欲が出た……」

 

「え…」

 

 

 俺の言葉の意味が分からず、マドカは一瞬呆けた表情を見せた。それに構わず、俺は言葉を続ける。改めて決意した、自分の望みを再認識にする為に…

 

 

「俺は自分自身が死のうが、お前が望みを叶え、笑顔になればそれで良いと思ってた。だけど今は…」

 

 

 マドカとの繋がりを実感さえ出来るのであれば、その最中で命を落とすことになろうが本望だった。彼女が望みを叶え、笑顔になればそれで良いと思った。その為に俺は、今まで迷う事無くその身を投げ出すことが出来た。これからだって生きている限り、それを続けるつもりだった。

 だけど、今は…謀らずしもマドカの心の内を知ってしまった今、心の奥底に封じていた願望を無視することが出来なくなっていた。ずっと繋がり続けていたいと思っていた相手に『私も』と言って貰えた俺は、激しく燃え上がるその願望を口にすることを殆ど躊躇わなかった…

 

 

「今の俺は、お前の…『織斑マドカ』の、本当の笑顔が見てみたい……」

 

「ッ!!」

 

 

 よっぽど驚いたのか、俺の言葉を聞いた途端にマドカは目を見開いて固まった。だが、俺は喋り続けた。今の自分が抱いているこの感情が本物であると、改めて心から実感したいから…

 

 

「お前の望み…自分自身を手に入れて、本当の意味で『織斑マドカ』になれた、お前の最初の笑顔が見てみたい。生きて、その笑顔が見てみたい……」

 

 

―――そうとも…彼女を笑顔にするだけじゃ物足らない、繋がりだけじゃ満足できない。そのせいで、今までと違って簡単に命を投げ出すよう真似を躊躇うかもしれない。けれど、俺はもう……

 

 

「だから俺は、それまで死ぬつもりは無い。お前が『織斑マドカ』になれるその日まで、絶対に死んだりしない。そしてどうか、お前が望みを叶えるその日を迎えるまで、俺を隣に居させてくれ……」

 

 

 

―――お前(マドカ)から離れることは、決して出来そうに無い…

 

 

 

「……私は、お前に助けられてばかりで、いつも迷惑をかけて…」

 

「今更気にするとでも思ってんのか、そんなこと?」

 

「私は、お前が死んでまで私を助けようとしてくれたことを、お前を心配するよりも先に、喜ん、だんだ、ぞ…?」

 

「言ったろ? お前を喜ばすことが、俺の生き甲斐だって……それにさっきも言ったが、今後はそこまで無茶しないさ。お前の笑顔を。自分の目で見たいからな…」

 

「私は、お前が死ぬ一番の原因に、なるかもしれないん、だぞ…?」

 

「死のうとしても死ねなかった俺に、その問いはナンセンスだろ」

 

「私は、私、は………私は、お前に甘え続けても……隣に居続けても良い、のか…?」

 

「当たり前だ。むしろ、俺の方から頼む…」

 

「……お前は…本当に馬鹿な奴、だよ…」

 

 

 

 震えた声で途切れ途切れになった問いの数々に、俺は全て即答した。その結果、マドカはゆっくりと俺からを目を逸らすように俯いて黙り込んだ。俺も言いたい事は全て言い切ったので、必然と二人の間に沈黙が舞い戻ってきた。けれど、この沈黙もまた、長くは続かなかった。暫くして、マドカは顔を俯いていた顔を上げた。彼女の顔には僅かに頬を涙が伝った後があったが、先程のまでのような暗いものではなくなり、まるで憑き物が落ちたかのようにスッキリとしていた。そして…

 

 

「セヴァス…」

 

「ん?」

 

「……ありがとう…」

 

「…おう……」

 

 

 

 

---二人の間に先程までのギクシャクした空気は既に無く、いつも通りの…いや、これまで以上に温かい繋がりが、二人の間に生まれていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、まるで愛の告白みたいだったな。私じゃなかったら勘違いしてるぞ?」

 

「あぁ、確かにそうだな。学園に長く居過ぎたせいで、俺もラブコメ馬鹿に影響されたみたいだ、あははは…」

 

 

---ガタンッ、ゴッ!!

 

 

 鈍い音がしたので隣に視線を向けたら、眠っていた筈のオータムが前のめりにズッコけ、そのまま額を前の座席にぶつけていた…

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

9月○日

 今日も1日が始まった。セイスも居らず、助六も無くなった今の俺は孤立した戦士…まさに、ワンマンアーミーだ。はたしてイジられキャラである俺は、この孤独感に耐えきる事が出来るのだろうか?

 既に報告書が愚痴と独り言による日記のようになっているが、この位は御愛嬌として許して貰いたい。だって暇なんだもん…

 

 

10月×日

 一夏が墜落しかけた簪嬢をキャッチして、ハートを墜としてからと言うもの、色々な方面から黒いオーラが発せられている。

 メテオラを中心とする更識いもう党の連中は勿論のこと、一夏を新参者に奪われたラヴァーズの機嫌は特に酷い。その酷さは、先日犠牲になった助六が身を持って教えてくれた。

 今日も各自訓練及び強化スケジュールと称した、一夏処刑のリハーサルを念入りに繰り返している。

そんな中、あの面子の中で最も沸点が低い筈の箒だけは、意外な事に割と静かだった。 

 トーナメントのペアを組んだ楯無が事情を話したのか、それとも嵐の前の静けさと言う奴か…どちらにせよ、彼女が出会い頭に爆発し、一夏を斬り殺さない事を祈るばかりである。

 

 余談だが先日に自分で一夏の写真に穴を空け、泣き顔になったラウラの画像にプレミア価格が付いた。良い感じに財布も潤ったが、さていったい何に使おうか…

 

 

10月△日

 金の使い道が決まった。技術部の連中が、今は亡き助六の後継機を開発中とのことだ。この投資話に便乗して、その見返りにまた試作品を貰うとしよう………グヘヘ…

 それはさて置き、一夏の方に大した動きは見られない。強いて上げるのならば、簪嬢が奴に対して段々と積極的になってきたこと位だろう。そのせいもあってか、ファンクラブの連中からは彼女の恋路を邪魔しろという要求がひっきりなしに送られてくる。馬に蹴られたくないし、名前を言えぬあの方に呪われたくない。そもそも、ファンの象徴たる彼女本人の望みを妨害してどうすんねん。取り敢えずメテオラには、彼らの手綱を一層しっかりと握っておいて貰おう…

 

 

10月△×日

助六の後継機…『弥七』が完成したらしく、トーナメント当日前には試作品を送ってくれるそうだ。楽しみだが、覗き及び盗撮による小遣い稼ぎはセイスが居ない時にしかやれないので、出来ることならもっと早く届けて欲しい。

 おっと、急に背筋が寒くなったな…冷房は入れてない筈なんだが……

 

 

10月△○日

 予定よりも早く『弥七』が完成したらしく、技術部の連中は早々に俺の元へと届けてくれた。ここ最近の唯一の楽しみだったので、素直に喜ぶべきなのだろう。喜ぶべきなんだろうが…

 

 なんでティーガーの兄貴まで来るんだよ…orz

 

 聞いた話によれば近々旦那達もこの近辺で何かするらしく、その下見ついでにセイスの抜けた穴を埋めるべく増援として来てくれたらしい。フォレスト一派最強の男を送ってくれるなんて大奮発も良い所だが、今の俺にとってはなんとも間の悪い話だ… 

 セイス以上に真面目な兄貴のことだ…弥七を使って覗きをやった日には、俺や製作に関わった技術部の連中は一人残らずドキツイ制裁を喰らわされちまうだろう……当分は我慢だな…

 

 そういや今日、簪嬢が泣いていた。意中の相手が苦手な姉と仲良くやっている姿を見たのがショックだったのか、そのまま自分の部屋へと走り去って行った。いつものラヴァーズの面々だったら、彼女みたいに泣いたりせず、そのまま問答無用で一夏を殴りに行ってたろうなぁ…

 

 

10月☆日(昼)

 さて、トーナメント当日になったが…とんでもなく面倒な事態になった。

 普通にことが進むとは微塵も思っていなかったが、流石に無人ISが襲撃してくるとは想像だにしていなかった。しかも、一度に複数…はっきり言って、状況は最悪だ。そして案の定、その場に居合わせた…というか、無人機の目的が最初から彼女達だったのかもしれないが、アリーナのシールドをぶち抜いてきた無人機と鉢合わせしたトーナメント参加者は驚く時間もそこそこに、敵意剥き出しの無人機達と戦闘を開始する羽目になった。最早、一夏のデータ取りどころでは無い。無人機は春先に出現した個体とは比べ物にならない戦闘能力を保有しており、それぞれ二対一の状況でありながら相対する専用機持ち達を圧倒していた。この無人機を送りつけてきた奴がどこの誰かは大体推測は出来ているが、だからと言って俺がどうにか出来る問題ではない。下手をすれば無人機達の標的の一つに俺達が含められており、その内こちらの居場所を嗅ぎ付けて襲いに来る可能性がある。

 

 という訳で兄貴、さっさとこの場から脱出するので準備を……え、何ですって? 『肩慣らしには調度良い』ってあんた何を言って…あ、ちょっどこ行くんすか!? は!?『アリーナに決まってる』!? 嘘でしょ!?

 

 

10月☆日(夜)

 兄貴には二度と逆らわないと改めて決意した。

 セイスがよく使うステルス装置を使用した兄貴は誰にも気付かれないまま、戦場と化したアリーナへの侵入を果たし、そのまま手当たり次第に無人機を狩り尽くしていった…

 音も無く、ISのセンサーにすら捉えきれない速度で背後から忍び寄り、技術部の試作品なのか、やけに機械的な手甲を使用した徒手空拳で無人機の胴とコアを次々と貫いていくその姿は、まさに獲物を狩る獣そのものだった。しかも恐ろしいことに、専用機持ち達の攻撃のタイミングに寸分の狂い無く同調して動いていた為、誰一人兄貴の行動に気付くことは無かった。

 

 セシリアと鈴が相対した無人機のバリア装置を、兄貴が一瞬で破壊したことを…

 

 シャルロットとラウラがトドメノ一撃を加えるよりも先に、兄貴が無人機のコアを貫いていたことを…

 

 ダリルとフォルテのISを本国送りになるまで破壊したのは、無人機では無く兄貴だったことを…

 

『無人機を撃墜したのは専用機持ち達』と、当事者達は一人残らず思い込んでいた。いくら試作兵器によってIS並の攻撃力を持ったからと言って、簡単に出来るようなことじゃねぇよ……てか、怖ぇよ…

 

 それにしても、簪嬢は大丈夫だろうか? 彼女と一夏、箒、そして楯無の四人だけは本当に自力で無人機を撃破していたのだが、その代償は楯無が深手を負うと言う結果だった。まぁ、その負傷のお陰であの姉妹は改めて和解したみたいだし、そんなに悪いことじゃなかったようだ。簪嬢の表情も幾分明るいので、間違いないだろう。今度、彼女が会員登録しているサイトからのプレゼントと称して、何かグッズを送ってあげよう…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ねぇ、あなた舐めてるでしょ?」

 

「あ、すんません。それ旦那宛の報告書でした」

 

「これ出すの!?」

 

 

 とあるホテル…そこに店を構えるレストランの席の一つに、スコールは居た。彼女の趣味が良く出ている派手なドレスで身を包み、優雅な雰囲気を出して座っている彼女は絵になっていた…のはさっきまでの話で、ウエイターに渡された特殊な書類に目を通した途端に色々と台無しになっていた。

 

 

「ただの日記じゃない!!」

 

「いえいえ、暗号だらけの状態になってるだけですよ。はい、こっちが姉御用の報告書です」

 

 

 そう言うのと同時に、ウエイターの姿をした男…オランジュは懐からもう厚い書類の束を取り出し、スコールに手渡した。スコールが渡された書類に目を通すとそこには、データや報告がビッシリと記された、まさに彼女が欲しかった内容そのものが書き込まれていた。その報告書の文量は、さっきの日記もどきの倍は軽く超えているのでは無かろうか…

 

 

「ていうか、どうしたのその格好…?」

 

「誰のせいだと思ってるんですか?」

 

 

 無人機によるトーナメント襲撃が一応は収拾し、IS学園にティーガーを残したオランジュはこれまでの報告をスコールにするために単身でこの高級レストランへと足を運んだのである。しかし指定されたこの店に辿り着いたオランジュだったが、ここは正装した客以外お断りの店であり、案の定門前払いを受けてしまった。仕方なく裏口から侵入して控え室に忍び込び、ウエイターの制服を拝借してどうにかスコールの元を訪れることに成功したのであった…

 

 

「余談ですが、それに書かれた内容は、姉御の言うただの日記にも全て書き込まれてますよ?」

 

「どこに!?」

 

 

 スコールは段々と頭が痛くなってきたような気がしてきた。よく仲間内に阿呆専門と言われてからかわれているので忘れがちだが、オランジュはフォレストの愛弟子であり、組織の次期盟主候補の一人なのだ。同じ仲間にすら解読不可能な暗号を書くなんてことは、造作もないのだろう。現に今の彼は、組織の幹部である自分を目の前にしているにも関わらず、一切物怖じせずにやり取りを行うどころか、完全に会話のペースを掌握している…

 なんてことを思っていたら、改めて表情を引き締めたオランジュが口を開いた。

 

 

「ところで姉御、増援の件は許可してくれますか?」

 

「あぁ、そのこと…」

 

 

 今日の無人機による襲撃もそうだが、そろそろ他の裏世界の勢力も怪しい動きを見せ始めていた。このままセイスとオランジュの二人だけでは、いつか対応しきれなくなる可能性が大いにあった。とはいえ、このまま織斑一夏から手を引くという選択肢はあり得ないし、今回たまたま居合わせたティーガーには別の仕事があるので長居は出来ない。そうなると、やはり他から増援を呼ぶしかないのである。スコール一派に人的余裕は無いので、またフォレスト一派から人員を借りる羽目になるが、その位は我慢しよう… 

 

 

「仕方ないわね、ただし…」

 

「協定時の契約は厳守、現場での指揮権は姉御のもの、でしょう?」

 

「……分かってるなら良いわ。今後も、任務頑張ってちょうだい…」

 

「かしこまりました」

 

 

 そう言うや否やウエイターの格好をしたオランジュは、本物の店員と比べても見劣りしない綺麗なお辞儀を見せ、『では、失礼します』と一言だけ言ってその場から離れて行った……一本の酒瓶を手に、とある二人の学生が席に着いたテーブルへと…

 

 

「ちょっと待ちなさい、何をする気…?」

 

「いえいえ、姉御があいつにスーツを買ってあげたように、俺もこいつをプレゼントしようかと…」

 

 

 思わず呼び止めたスコールに、シレッと返すオランジュ。彼は店員を装う為に終始微笑を浮かべていたが、目が笑ってなかった事にスコールは漸く気付いた。

 よく考えれば分かることだが、自分宛のものは勿論のこと、フォレスト用の報告書を仕上げるのに彼は多大な労力と時間を消費した筈だ。それに加えて店員のフリをして店へと侵入するなどという無駄な苦労をした挙句、目の前に見知った奴が女連れで美味いもの食ってたのを見たら色々と我慢出来なくなったのだろう。ていうか今日はやけに淡白な反応を示すくせに突っ掛かってくると思ったが、もしかして…

 

 

「では姉御、またその内に」

 

「え、えぇ…」

 

 

 これ以上喋り掛けると薮蛇になる気がしたので、スコールは一夏と箒が居るテーブルへと向かう彼の背中を見送ることにした。思わず大きな溜め息を一つ吐いてしまい、憂鬱になってきた気分を誤魔化すべく、目の前のテーブルに置かれたワイングラスを手に取り、その中身を一気に飲み干した。

 が、グラスに入っていた飲み物はアルコールの味が一切しなかった。というよりも…

 

 

「……私が注文したの持っていったわね…?」

 

 

 自分が飲む筈だった“水のように透明な酒”を、何食わぬ顔で篠ノ之箒のグラスに注ぐオランジュを見て、思わず苦々しく呟くスコール。彼女のその姿はどことなく、仕事に疲れた居酒屋のOLに似ていた…

 因みに数分後、オータムからスコールに『嘘だッ!!アレで違うって嘘だッ!!』という意味不明なメールが来た。

 




・二人の絆は以前より強くなりました

・が、誰が『愛してる』と言った?(黒笑)

・まぁ、無自覚なだけなんですけどね…


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帰ってきた6、やってきた小僧と鉄 前編

今回は助走回みたいなもんです。次回はもう1人の増援である鉄、そして虎とくーちゃんを書く予定です…


 

 

「何故だろう、随分と久しぶりに感じるな…」

 

 

 アダルトビデオを届けさせられたり、馬鹿に絡まれたり、ビルから飛び降りたり、ISにブン投げられたりと波乱万丈だったアメリカ旅行から日本へと戻り、空港でマドカ達と別れた後セイスは、その足をIS学園へと進めていた。日本に着いた時はまだ朝方だったが、電車とバスを乗り継いで漸く見慣れた場所に辿り着いた頃には既に、完全な真昼間になっていた。

 しかし、今回のアメリカ旅行で肝心の復讐は結局成し遂げる事は出来なかったものの、その代わりに得たモノは彼にとっては限りなく大きく、同時に嬉しいことだったようで、彼の足取りは一切の疲れを見せず、同時に軽やかである。

 

 

「ん、あれは…?」

 

 

 そんな時、少し離れたところに居る何かが彼の目に入ってきた。よく見るとそれは、3人の男女が何かを言い争っているところだった。一本道なので迂回も出来ないため、取りあえずセイスは聞き耳を立ててみた。

 

 

「ヘイ可愛い子ちゃ~ん、俺達と一緒にお茶しな~い?」

 

「ちょっと、こっち来ないでよ!!」

 

「そんな連れないとこもキャワユイネェ!!お兄さん、ますます気に入っちゃったよ!!」

 

 

 どうやら、男二人が女子に悪質なナンパを試みているようだ。しかも更に目を凝らしてみると、随分と見覚えのある人物が混ざっていることに気付く。帰国早々に思わぬ場面に出くわし、どうしたものかと悩むセイスだったが、次の瞬間にそれどころでは無くなった。

 

 

「やめて!!それ以上しつこいと、警察呼ぶわよ!?」

 

「おっと、そりゃ流石に不味い。俺達って実は、出来るだけポリスメーンには関わりたくないんだーよ」

 

「だったら、さっさと…」

 

「だーかーらー♪」

 

 

 絡まれていた女子…休校の為、私服姿で外出中の相川清香が半ば脅すように言った言葉を耳にした二人の男の片割れは、怪しげな笑みを浮かべながら片手をズボンの後ポケットに突っ込み、何かを取り出した。それが何なのか分かった途端、セイスは三人の方へと全力で走り出し、そして…

 

 

「少しの間コレで眠りやがッーーーーー」

 

「地域パトロールの者でーーーーーーーーーーーーーーーすッ!!」

 

「れバボフッ!?」

 

 

---スタンガンを取り出そうとした男の側頭部に、ドロップキックをブチかました…

 

 

「…!?」

 

「ちょ、な…!?」

 

 

 セイスの人外キックをお見舞いされた男は勢いよく吹っ飛び、民家の塀に叩き付けられた。そして突然のことに、蹴られて気絶した男は勿論のこと、残ったもう一人と清香は状況についていけずに沈黙していた…

 

 

「怪我はありませんか?」

 

「……あ、いや大丈夫です。ありがとう御座い、ます…?」

 

 

 自分に対してしつこいナンパを繰り返していた男が一瞬で自分の視界から消滅し、気付いたら地面で伸びていたという状況に、清香は目を白黒させながらひたすら混乱していたが、セイスの言葉で我に返り、一応助けてもらったということに気付いたようで、どうにか礼の言葉は出てきた。心なしかその表情は引き攣っていた気がするが…

 

 

「そりゃ良かった」

 

「テメェ、いきなり何しやがぼはぁ!?」

 

「とにかく、今日は早く帰んな。あ、コイツは俺が責任持って警察に引き渡すんで、通報はしなく良いぞ。つー訳で、さいなら!!」

 

「あ、ちょッ…」

 

 

 残っていた男の片割れをワンパンで黙らせて肩に担ぎ、先に蹴り飛ばした男の足を掴む。清香は何やら声を掛けようとしていたみたいだが、セイスは最後まで耳を貸さず足早にその場を去っていった……1人目の男を、勢いよく引きずりながら…

 そして、その場に1人残された清香は暫く呆然としていたが、やがて友達との待ち合わせの時間が迫っていることを思い出し、彼女もまた慌ててその場から離れていった。ただ、その去り際… 

 

 

「……せめて、名前くらい聞きたかったなぁ…」

 

 

 なんてことを呟いていたとか、いないかったとか…

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふぅ、ここまで来れば大丈夫か…」

 

 

 二人のナンパ男を担ぎ&引きずり、取りあえず人目のつかない路地裏に入り込んだセイス。そこで二人を無造作に投げ捨て、彼は一息つきながらそんなことを呟いていた。それに合わせるようにして、蹴られた方の男が呻きながら意識を取り戻し、ムクリと起き上がった。だが、それを見てもセイスは一切動じなかった。おまけに…

 

 

「おぉ痛ぇ…テメェ、本気で蹴りやがったな?」

 

「まだ生きてやがったか…」

 

「待て待て待て待て、これ以上は本当に勘弁してくれ、死んじまう!!」

 

「……冗談だよ…」

 

「笑えねえよ馬鹿野郎…」

 

 

 その言葉を区切りに、暫く流れる沈黙。しかし言葉ではそう言うものの、互いに目はどこか楽しげである。そして暫くの沈黙の後、二人とも同時にニヤリと笑みを浮かべ始めた…

 

 

「まったく、仮にも先輩である俺を何だと思ってやがる…」

 

「ロリコンストーカー」

 

「死ね」

 

「それより、いったい何だってこんな場所で…それも、最悪な方法でナンパなんかしようとしてたんだ、『小僧(バンビーノ)』?」

 

 

 小僧(バンビーノ)…亡国機業の一員であり、セイスと同じくフォレスト一派に所属している男である。フォレスト一派の中ではオランジュ並に陽気な性格をしており、彼自身とも比較的仲が良く、オランジュ経由で交流を持ったセイスとも良好な関係を保っている。

 それ故にセイスは、互いの性格を知っている手前、どうにもバンビーノによる先程の行動が理解できなかった。『小僧』というコードネームに違わぬやんちゃッぷりを見せることもしばしばな彼だが、流石に堅気を無闇に傷つけるような男では無かった筈である。

 

 

「おいおい誤解すんな、俺はガキに怪我をさせるような真似は絶対にしねぇと決めてんだ。その証拠に、ホレ」

 

 

 セイスからの疑いを否定しながら、バンビーノは地べたに座り込んだままポケットからさっきのスタンガンを取り出し、それをセイスに投げ渡した。彼はそれを難なく受け取り、そして気付いた。やけにリアルに作られており、火花と光は出るが、肝心の電流は流れていない……つまり、玩具であるという事に…

 

 

「……じゃあ、さっきのは何なんだ…」

 

「それは、そこで気を失ったフリ続けてるアホに訊け」

 

 

 バンビーノのその言葉を聴いた瞬間、依然気絶していると思われた二人目の男…オランジュがビクリと体を震わせた。冷や汗を浮かべながらも、寝返りを打つようにして此方に背中を向け、再度気絶したフリを続ける相棒の姿を見たセイスは、生暖かい目で…尚且つ慈悲深い視線を向けながら、言ってやった。

 

 

「……遺言は…?」

 

「理由とか訊くのすっ飛ばしていきなりかよ!?」

 

「どうせ、ロクでもない理由なんだろ?」

 

「バッキャロウ、俺達にとっちゃ死活問題なんだ!!」

 

「じゃあ言ってみろ」

 

「ごめんなさい」

 

「言えねぇんかい」

 

 

 一言目で勢い良く起き上がり、二言目で詰めより、三言目で土下座したオランジュ。そんな彼の姿を見たセイスは、最早呆れるしかなかった。このような反応を見せるということは、案の定くだらない理由なんだろうが、果たして今回は何を企んだのだろうか…?

 

 なんて考えていたら、答えは思わぬ場所から出てきた…

 

 

「お前とエムの仲が進展したって話を聴いて、一層彼女が欲しくなったんだと」

 

「バンビーノ!?」

 

「そんで手っ取り早く彼女を手に入れたいが為に、俺を悪役にして劇的な出逢いを演出したかったんだってよ」

 

 

 更に詳しく言うと、玩具で相川清香を脅した悪党A(バンビーノ)を見た悪党Bが改心し、身体を張って彼女を助け、それを切っ掛けに交流を持とうとしたらしい。結局、通りすがりの人外に台無しにされ、文字通り踏んだり蹴ったりな目に遭ってしまったみたいだが…

 

 

「自分のこと棚に上げんな!! お前だってナンパ成功したら次は逆に俺が手伝うって約束した途端、超ノリノリだったじゃねぇか!!」

 

「バッ、余計なことを言うな…!!」

 

 

 そして成功した暁には、バンビーノも同じことをやるつもりだったらしい。それを聞いたセイスは深いため息をひとつ吐き、携帯を取り出して一言…

 

 

「二人とも、兄貴にチクるわ」

 

「「それだけはやめて、やめやがれ、やめて下さい!!」」

 

「残念、もう手遅れだ…」

 

「「ぎゃああああああああぁぁぁッ!?」」

 

 

 後日、二人に死刑勧告にも近い内容のメールが届くが、それはまた別の機会に…

 

 

「……セイス…」

 

「何だ、遺言か?」

 

「弥七に金使ったせいで今月ピンチなんだ、金貸してくれ…」

 

 

---本日、二度目のグーパンが炸裂…

 

 




セ「そういえばさぁ…」

マ「ん?」

セ「新装版6巻でのお前の私服姿って、なんか子供が仕方なく大人の服を着た感がするよな」

マ「え……つまり、あまり似合ってないということか…?」

セ「いや、似合ってるけど」

マ「なら良い」

セ(あの服装がお前の性格そのもの表しているみたいで……とは、流石に言わない方が良いか…)


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帰ってきた6、やって来た小僧と鉄 後編

お待たせしました、そして思ったより長くなった…;


「それで、結局マジでナンパの為に来たのか?」

 

「いやいや、そんな訳ねぇだろ」

 

「んなこと言っても先日、簪嬢ストーキング作戦に無理やり付き合わせたばっかだろが…」

 

 

 先ほどのゴタゴタも取りあえず終わり、俺たち三人は今、IS学園内部に作った隠し通路を歩いていた。そこに辿り着くまでにもステルス装置を使用し、警備システムや職員たちの目を掻い潜りながら進んだのだけど、流石はフォレスト派の現場担当組、バンビーノは余裕でついて来た。オランジュ並に阿呆な時もあるが、やっぱりうちのメンバーに仕事が出来ない奴はいない。

 

 

「さっき軽く説明したけど、この前に複数の無人機が学園を襲撃したじゃん? 学園側は緘口令を敷いたみたいだけど、そんなもん気休め程度だ。裏社会の重鎮達の耳に届くのも、時間の問題だろうよ…」

 

 

 無人機の集団によるIS学園襲撃は、思いのほか世界に波紋を呼ぶことになりそうだ。当然ながら無人ISという未知の技術はどの国も欲しいだろうし、ここ最近IS学園に手を出してはならないという暗黙のルールが何度も破られているのだ。いい加減それに刺激され、紳士ぶってた俺様国家の奴らがこれらの騒動に便乗して強攻策に出るかもしれない。

 

 

「もしもそいつらが一斉に行動を起こしたら、流石にお前らだけじゃ手に余るだろ? という訳で、丁度仕事がひと段落して、手が空いてる俺達が増援として送られたのさ」

 

「そうなのか…」

 

 

 今回はたまたまその場に居らず、俺の代わりにやって来た兄貴のお陰でどうにかなったらしいが、確かにこれからも同じような事が起きるとなると、幾らなんでもオランジュと二人だけじゃキツイ。普通に考えても、この時期の増援は非常にありがたい。しかもその増援がバンビーノ達だと言うのだから、頼もしい事この上ない。流石に俺や兄貴みたいにISと正面からガチファイトは出来ないが、それでも充分過ぎるくらいだ。

 

 

「……ちょっと待て、今"俺達"って言った…?」

 

「あぁ、言った。実は俺と一緒に増援として送られた奴がもう一人な、来てるんだよ…」

 

「因みに一夏の監視はそいつに任せてあるから、俺達は思う存分フリーダムに過ごしてた」

 

 

 オランジュはそう言うや否や、いつの間にか辿り着いていた隠し部屋の扉を開いた。久しぶり足を踏み入れた第二のマイホームとも言うべきその場所に、ヘッドホンを装着した一人の男が鎮座しており、設置されていたモニターと向かい合っていた。年はバンビーノ達と同じ位で、微動だにせずジッと監視用モニターと睨めっこしており、時折遠隔操作でカメラを調整しているのか、定期的にカタカタと片手でキーボードを鳴らしている。そしてもう片方の手でペンを握り、ひたすら記録を取っている。

 隠し部屋に俺達三人が入ってきたことにも気づかず、ひたすら無心でモニターと向き合っているそいつ。はたから見れば、クソ真面目な仕事人間に見えたことだろう。実際、この男も例によって仕事は出来るし、基本的に真面目な男である。真面目な男なのだが…

 

 

(……床に転がっているコレが全てを台無しにしてらっしゃる…) 

 

 

 俺は色々と台無しにするソレを拾い上げ、真面目君(仮初)にゆっくりと近づく。そしてソイツが装着しているヘッドホンのコードをそっと掴み、オーディオから一気に引き抜いた。すると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやああああああぁぁぁ!! そこはらめえええええええぇぇぇぇ!! いっちゃうううぅぅぅぅああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

「ッ!?」

 

 

 監視用モニターには、設置した複数のカメラによる、複数の映像が一つの画面に映っている。で、その複数ある画面の隅っこに、明らかにIS学園内部の映像ではない…というか、どう見ても18禁でアダルティなVTRが流れていた。

 そしてコードを引き抜いたことにより、その映像の音が盛大に漏れ出した訳なのだが、器用にもAV見ながらしっかりと仕事をこなしていたソイツはビクリと身体を震わせ、恐る恐る背後を振り返り、床に落ちていた鑑賞中のDVDのケースを持つ俺と目を合わせ、それから俺の後ろでニヤニヤと笑みを浮かべながらコッチを見つめるオランジュとバンビーノに気付いて、顔を真っ青にさせた。更に…

 

 

「ご、誤解するなよ? 何が起きたのか分からないが、いきなりモニターの一部がジャックされて、何しても消すことが出来なくて、仕方なくそのまま仕事してたんだ!! それは断じて初回盤特典が目当てで購入したした俺の私物などでは無いんだッ!!」

 

「いや『鉄(アイゼン)』、それは色々と無理があるだろう…」

 

「つーか、殆ど自分で自供してね?」

 

「そもそもヘッドホン装着してた時点でアウトじゃん」

 

「おぅふ…」

 

 

---フォレスト一派所属、『鉄(アイゼン)』。真面目で器用貧乏な、ムッツリである…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「違うからな!! 本当に違うからな!!」

 

「はいはい、分かった分かった…」

 

 

 アイゼンの抗議を聞き流し、新たに開けたポテチを口に運ぶ。同じようにオランジュたちも勝手に飲み食いしており、今は野郎4人で監視モニターの一夏を横目にくつろいでいた。今のところ奴にも大した動きも無く、日課のトレーニングを済ませて休憩中のようだ。帰国早々に事件が発生して欲しい訳では無いが増援を二人も送って貰った手前、こうも暇だと逆に拍子抜けだ。

 離反未遂の件があった後に、見知った仲間達と初めて顔を合わせる時は、もっと重い空気になるもんだと思っていた。けれど、さっきのバンビーノ達とのゴタゴタ辺りから、その事をいつまでも気にしている自分がアホに思えてきた。やっぱりこの前オランジュに言われた通り、悪いと思ってるなら、これからの行動で示せってことなんだろうな…

 

 

「ところでセイス…お前、エムに告白したんだって?」

 

「ぶふぉ!?」

 

 

 とか考えてところに、バンビーノの不意打ち発言のせいで、丁度口に含んだジュースを全部吹き出しちまった。暫くむせ込んだが、心当たりの無い俺は即座に異を唱える。

 

 

「いったい何の話だ…!?」

 

「スコールさん経由でオータムから聞いたんだけど、帰りの飛行機でエムに『お前の笑顔が見たい』とか、『生きて隣に居続けたい』とか、『幾らでも甘えて良い』とか言ったんだろ?」

 

「いや、それは…」

 

 

 ていうかオータムの野郎、やっぱり盗み聞きしてたのか。確かに今バンビーノが言ったセリフは、あの時マドカに言った。けれでアレは別にプロポーズとかの類ではなくて、これまで隠していた互いの心の内を曝け出しただけであり、今後も『互いの理解者』という俺とマドカの根本的な関係は大して変化しない。

 まぁアレだけのことがあって、俺もマドカも全く変わらなかったかと言うと、そうでも無い。ていうか今回の騒動で気づいたんだけども、今まで俺とマドカは互いの事を気に掛けているようで、全く気に掛けていなかったんだ。

 

---片や自分が死んでも、相手は悲しまないと思い…

 

---片や自分が居ない方が、相手の為になると思い…

 

---実際はその真逆であるということに気付かず、何度も相手を悲しませた…

 

 自称理解者と自惚れ正しいと思い込み、いつの間にか本人が最も悲しむ結果を招こうとしていた。その事を知ったからこそ、俺は心の内をマドカに全て曝け出した。そして俺はこれからは本当の意味でマドカを支え続けることを誓い、彼女は俺に対して中途半端に遠慮するのをやめることに決めた。

 傍から見れば何も変わってないように見えるだろうが、俺達にとっては…少なくとも、俺にとっては大きな変化だ。

 

 

「それでも、そういう意味で言った訳じゃないし、マドカだってそれは分かってる」

 

「……あ、そう…」

 

 

 セイスの返答にどこか納得のいかない表情を見せたバンビーノは、オランジュとアイゼンを手招きし、三人で彼に聴こえないようにヒソヒソと話合い始めた。

 

 

(その場で『恋人の告白みたいだったね』、『そういやそうだねHAHAHA』な会話をしたとは聞いてたけど、どう思う?)

 

(多分マジだ。姉御曰く、帰ってきたエムの機嫌がすこぶる良いらしいが、その顔は『恋が成就した乙女』というより、『嬉しい事があった子供』に近いとか言ってた…)

 

(じゃあ何か? 無自覚バカップルが本物のバカップルになるのは、まだまだ先ってこと?)

 

(そうだな)

 

(あぁもうジレッてぇな!! 二人共そんじょそこらのカップルより熱々だって自覚無いから、なおタチが悪い!!)

 

「おい、何の話をしてんだ?」

 

「「「こっちの話だ、気にするな」」」

 

 

---結局、バンビーノ達のナンパ未遂と、一夏が何度かラヴァーズに追いかけられた事を除き、最後まで大した出来事は無く、帰国初日のIS学園は裏側も表側も比較的平和だった…

 

 

「しかし暇だな…」

 

「アイゼンの持ってきたエロビデオでも見るか?」

 

「だから俺のじゃ無いって!!」

 

「これ、ケースの裏に油性ペンで『鉄』って書いてあるけど?」

 

「し、知らない…断じて漢字の『鉄』の字が気に入って、思わずお気に入りのDVDに書き込んでしまった訳では無い!!」

 

「お前、絶対に誤魔化す気ねぇだろ?」

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「こ、ここまで来れば…」

 

 

 セイス達がIS学園がくつろいでいる頃、そこから遠く離れた場所に位置する廃屋の中に、その少女は居た。杖のようなものを持ち、長く美しい銀髪を風で揺らしながら、彼女はその場所に息を切らせながら膝から座りこんでいた。その様子はまるで、先程まで恐ろしい何かに追いかけられていたかのようだ…

 

 

「ひとまず、どうにか束様に連絡を…」

 

 

---カツンッ…

 

 

「ッ!!」

 

 

 唐突に聴こえてきた、甲高い靴の音。聴こえてはならない筈のそれを耳にした時、彼女の表情は絶望に染まった。受け入れたくない現実を前にして再び彼女は走り出そうとしたが、残念なことに足の方は既に限界を迎えていたようで立つことすら出来なかった。

 

 

---カツン、カツン、カツン、カツン、カツン…!!

 

 

「そんな、あり得ない…」

 

 

---カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツン、カツンッ!!

 

 

「もう、追い付いたと言うのですか…!?」

 

 

---カツンッ…

 

 

「……え…?」

 

 

 段々と迫りくる靴音に、半ば恐慌状態に陥る銀髪の少女。この恐ろしい音を響かせる者に対し、心からの拒絶を示す彼女の願いが通じたのか、足音は急に聴こえなくなった。若干涙目になっていた少女だったが、そのことに気付くと一瞬だけた。だが周囲に何の気配も感じない事を確認するや否や、これで自分は助かったと思い、安堵のため息を吐いた。故に…

 

 

「クロエ・クロニクルだな?」

 

「ぴぃ!?」

 

 

---自分の真後ろから声を掛けられた彼女は、随分と恥ずかしい悲鳴を出してしまった…

 

 

「ゎワ、ワールドパージ…!!」

 

 

 反射的にその場から飛び退き、自身のISである『黒鍵』を用いながら特殊能力を発動させる少女…クロエ・クロニクル。これを発動された目の前の男の視界は今頃、様々な色でグチャグチャに塗りつぶされた異空間の様な光景が広がっているだろう。相手がそれに惑わされている内に、クロエは幻覚によって棒立ちになった男の横をすり抜け、残った体力を振り絞ってそこから逃げ出した。

 

 

「貴様の瞳は、相手に自分の見せたいモノを見せるのか。だが残念だったな…私の瞳は、私自身に私が見たいモノを見せてくれる。そう、例えば……」

 

 

---だが、男はポツリとそう呟き…

 

 

「目くらましを使い、私に背中を向けて逃げる小娘などをな…」

 

 

---赤から金色に変色した瞳を迷うことなく、彼女が逃げた方へと向けた…

 

 

 

 幸か不幸か、彼のその言葉が耳に届いてしまったクロエは後ろを振り向いた。その結果、今まさに自分の方へと視線を向けた男と目が合ってしまい、本能的な恐怖で身体の動きが止まり、立ち竦んでしまった。そんな彼女へと男は悠々と歩を進め、あっさりと追い付き、その長身で彼女を見下ろした。

 

 

(なんなのですか、この男は…!?)

 

 

 先程、私用で街を出歩いていた際、この男は唐突に現れた。理由は分からないが明らかに自分を狙っており、面倒なことになる前に片付けようと思い、人通りの少ない場所に誘い出したのだが、そこからが悪夢の始まりだった。

 一般人程度なら軽くあしらえる体術も、ナイフによる攻撃も、黒鍵による幻覚も、その全てが目の前の男には通用しなかった。幾ら人通りが少ないとは言っても、流石に黒鍵を本格的に使えば大きな騒ぎになってしまうので全力では使用出来ず、最終的に彼女には逃げるという選択肢しか残っていなかったのだ。

 結局、逃げることは適わなかったが…

 

 

「その顔、まだ私の正体が分からないのか…」

 

「え…」

 

「いや、無理も無いか。私達の処分が決定されたのは貴様が生まれるよりも、かなり前だったからな…」

 

 

 そこで漸くクロエは、男の瞳が自分と同じ色をした特殊な瞳を持っていることを…彼が自分と同じ、『遺伝子強化素体(アドヴァンスド)』であることに気付いた。そして、ISが世界に台頭したこの時代において男のアドヴァンスドなど、クロエの知る限り一人しか居ない。

 

 

「まさか貴方は、『テオドール・グラン』……いや、亡国機業の『ティーガー』…?」

 

「……あぁ、そうだ…」

 

 

 今となっては誰も呼ぶことの無いかつての名前を耳にして、ティーガーは少しだけ遠い目をした。しかし、それも一瞬のことであり、すぐに視線を目の前のクロエに戻した。

 

 

「それはそうと、取り合えず落ち着け。何も私は、貴様を殺しに来た訳ではない…」

 

「え…」

 

「……なんだ、その顔は…?」

 

「いえ、何でもありません…」

 

 

 確かに殺気は出てなかったものの、雰囲気と顔があまりに恐ろしかったので命を狙われていると思ったとは、流石に口に出来なかったクロエだった。そんな彼女に少しだけ眉を顰めたティーガーだったが、それもそこそこに肝心の用事を済ませるべく、とある届け物を取り出して彼女に手渡した。それは、何かが書かれた一枚のチラシだった。

 何かと思い、軽く目を通したクロエだったが、どういう訳か表情が曇る。そして読めば読むほど、彼女の眉間に皺が寄っていく。最終的には顔上げ、ティーガーに『まるで意味が分からない…』と目で訴えてくるほどだった…

 

 

「……これをどうしろと…?」

 

「貴様の主に手渡せ。どういう状況で、誰に渡されたのか、全てを語っても構わん。手渡しさえすれば、後で捨てようが燃やそうが好きにしろ。所詮、ただのチラシだ…」

 

「私には、その頼みを聞く理由が無いのですが…?」

 

「同郷の…いや、"同類"のよしみだ。それに私の上司の予想によれば、何だかんだ言って貴様の主は多分喜ぶと言っていたぞ?」

 

「…。」

 

 

 確かにティーガーの言う通り、自分の主である篠ノ之束は、このチラシを見たら相手の思惑通りに動くだろう。それも、相手が何かしらの罠を張り巡らせていると分かった上でだ。そして彼女は敢えて正面から向かっていき、その悉くを蹴散らすだろう。あの人は、そういう人間だ…

 

 

「分かりました、これは必ず束様にお渡しすると約束しましょう」

 

「感謝する」

 

「いえ、同類のよしみという奴です。ただし…」

 

「責任を持つのは届け物を手渡すところまで、頼みごとを聴くのは今回だけ……どちらだ…?」

 

「両方です」

 

「了解した。では、確かに頼んだぞ…」

 

 

 そう言うや否や、ティーガーは挨拶もそこそこに、とっとと踵を返して歩き去っていった。元々危害を加える気が無かったとは言え、ずっと心臓に悪い思いをしていたクロエは、ここで漸く緊張を解くことが出来た。ところがふとティーガーに視線を向けると、何を思ったのか彼は途中で足を止めていた。そして背を向けたまま、少し離れたところから話しかけてきた… 

 

 

「クロエ・クロニクル…」

 

「はい…?」

 

「今の貴様は、人生を…"人としての生"を送れているか?」

 

 

---戦うために産み出された人形としてではなく、一人の人間として…

 

 

「……えぇ、とても充実しております。素晴らしい方に巡り逢えましたから…」

 

「そうか…やはり、貴様と私は同類のようだな……」

 

 

 背中を向けているので見えなかったが、何故かクロエはティーガーが笑っている気がした。そう思った瞬間、彼はクルリとこちらを振り返り、姿勢を真っ直ぐにして軍隊仕込みの完璧な敬礼を向けてきた。

 

 

「さらばだクロエ・クロニクル、また会おう」

 

 

 それだけ言って彼は再度回れ右をし、今度こそその場から去って行った。ただでさえ人が来ない廃屋の中には、もうクロエしか居なかった。さっきとは打って変わって、完全なる静寂が辺りに広がった。

 

 

「……行ってしまいましたか…」

 

 

 基本的に束とラウラ以外に殆ど関心を持たないクロエだが、取り合えずティーガーの事は覚えておくことにした。本格的に敵に回すと厄介というのもあるが、やはり同じ故郷、同じ境遇の同類というのにはそれなりに興味が沸く。あと、やっぱり怖かったし…

 

 

「それにしても…」

 

 

 そこでそのティーガーに手渡されたそれに再度を目をやり、再び困った表情を浮かべるクロエ。ティーガーの上司ということは、これは間違いなく亡国機業が送ってきたものであり、確実に罠だ。罠だと思うのだが、そこに書いてある内容は…

 

 

---『新装開店!! 洋食レストラン『森の家』!! このチラシを持って御来店したお客様は、一時間食べ放題、飲み放題!!』

 

 

「……やっぱり、そこに捨てていきましょうか…」

 

 

 しかし捨てようとした途端、背筋に冷たい何かを感じたので、結局この胡散臭いチラシを持ち帰り、ちゃんと束博士に手渡したクロエだった…

 




・ティーガーの『越界の瞳』は亡国機業経由で入手され、さらには改造済みです。

・帰ってきたマドカは、スコールがちょっぴり鬱陶しいと感じる位に、終始ご機嫌だった…


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セカンドインパクト!! 前編

久々に本編でアレが登場します。


「一夏の部屋に忍び込みたいだぁ?」

 

「おうよ、是非とも」

 

 

 まだ朝日がちっとも見えないほど早い時間、寝起き早々にそんなことを言い出したバンビーノ。人数が増えたことによって交代するペースも大分緩やかになり、さっきまで寝かせて貰ってたセイスは既に眠気から解放されていたが、この言葉のせいで自分の耳、もしくは目の前のバンビーノの正気を疑わざるを得なかった。

 

 

「なんでまた急に?」

 

 

 旦那や姉御達からそれといった指令は来ておらず、懸念されていた自分達以外の勢力による襲撃の気配も今のところは無い。監視カメラや盗聴器も異常は見られないし、わざわざ危険を冒してまで一夏の部屋に行く理由は無い。 しかし今思うと、俺達ってとんでもない部屋を見張っている気がする。ISを持った代表候補生や、学園最強や、世界最強が定期的に足を運んでくるのだから…

 

 

「強いて言うなら、リハビリか? ここんとこ簡単な仕事ばかりだったからさ、ちょっと身体が鈍ってる気がしてしょうがないんだよ。そんなんで学園の警備システムやら徘徊するIS所持者たちをやり過ごせる自信がちょっとな…」

 

「そうか? 俺の本気のドロップキック受けて平気だったし、全然余裕だと思うが…」

 

「テメェ、やっぱあの時マジで蹴りやがったのか…」

 

 

 とは言うがこのバンビーノ、フォレスト一派の現場組に所属するだけあって相当な実力を持っている。流石に素の身体能力は人間の領域を出ないが、その他の技量センスに関しては超一級品であり、生身での戦闘能力に至ってはマドカと同等である。元々フォレスト一派現場組は業界トップクラスを誇る実力者集団なのだが、彼の実力はその中でも上位に位置していたりするのだ。

 口と態度には意地でも出さないが、優秀な先輩の一人としてそれなりに一目置いている。そういった面もあり、それやった時のリスクを踏まえると、全くもってオススメ出来ないのだが…

 

 

「ほほぉ、面白そうな話をしてるじゃねーの」

 

 

 そこへ、やや遅れて起床してきたオランジュが話に加わってくる。モニター席の方に目をやると、俺に代わって昨夜から一夏を監視していたアイゼンが床でゴソゴソとい寝袋を用意していた。どうやら監視役の順番が回ってきたから、自然と目を覚ましたようだ…

 

 

「しかし甘い、甘いぞバンビーノ!! 俺とセイスはいい加減に慣れてきたが、お前らはこの学園の本当の恐ろしさを理解できてい無ぇ!! 警備システム? IS所持者? バッカ野郎、歯を食いしばれ!!」

 

「危なッ!?」

 

「どわっじ!?」

 

 

 妙なハイテンションで力説を始めた後、終わるや否やバンビーノに殴り掛かるオランジュ。謎の奇行に思わず面食らう俺とバンビーノだったが所詮は裏方組、反射的に繰り出されたバンビーノのカウンターが顔面に直撃し、膝から崩れ落ちて痛そうに蹲った……本当に何がしたいのだろうか、このバカは…

 

 

「おぉ、痛てて…と、とにかくだ、今のお前は色々と舐め切っている!! そんなんじゃ心配で心配で夜も眠れない!!」

 

「俺はお前の鼻の方が心配だ……血、出てるぞ…」

 

 

 景気よく鼻血をダバダバと垂れ流していたので、取り敢えずティッシュ箱を手渡してやった。それを素直に受け取り、鼻に詰めて栓をしながら話を続けるオランジュだったが、幾分テンションは低くなった…

 

 

「……まぁ、アレだ。リハビリ自体は別に構わないんだけどよ、この学園はお前が思っている以上に物騒な場所であることは事実だ。だからせめて御守り代わりに、この餞別を持って行け…!!」

 

 

 そう言ってオランジュは、どこからともなく『あるモノ』を取り出した。その『あるモノ』とは…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「やはり、少し早過ぎただろうか…」

 

 

 とか言いつつも愛用の竹刀と少量の荷物を抱えながら、毎朝の日課である自己鍛錬をするべく、いつもの武道場へと篠ノ之箒は歩を進めていた。まだ日が昇りきってないせいで外は薄暗く、おまけにさっきから誰とも出くわさない。珍しく普段よりも早く目が醒めてしまい、他にやることもないからと道具一式を持って寮室を出たは良いが、道中に学園の生徒たちはおろか、教員すら見かけないとなると、やはり失敗だったかもと思わずにはいられなかった。

 

 

「……うん…?」

 

 

 ふと、箒は自分の視界に何かを捉えた。自分の進行方向30メートル先にあるT字路の突き当たりに、何かが居たのである。薄暗いせいでよくは見えないが、心なしか人影のようにも見える気がした。

 自分のように自主的に早起きして鍛錬する者は決して少なく無いので、そういった輩とたまたま遭遇した可能性もある。だが、この時間帯…それも通路の突き当たりでただ立ち尽くしているだけなんて、怪しいにも程があった。故に自然と箒の手は、竹刀を強く握りしめた。

 

 

(空き巣か? だったら、これで…!!)

 

 

 目の前の人影をいつでも叩きのめせるように、竹刀をしっかり握りしめながら、箒は慎重に歩みを進めた。そして相手を見つけてから3歩進み、人影が何なのか見えてしまったあたりで、彼女の足は再び止まってしまった。というか余程衝撃的だったようで、身体全体が石の様にピシリと固まっていた。

 だが、それも仕方の無い事である。何故なら、警戒心を強めた箒の視線の先には…

 

 

―――スラリと伸びた、自分より高い身長で…

 

 

―――ガッシリとした、立派な体格をもって…

 

 

―――此方をジッと見つめながら…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――腰をクネクネさせて、本格的なカービ○ダンスを踊る″熊の着ぐるみ″が居た…

 

 

 

 

(な、ななな、何なんだコイツは…!?)

 

 

 

 ピクリとも動かない箒だったが、内心では絶賛混乱中である。誰も居ない時間帯、誰も居ない場所で、こんな謎で怪しい行動をしているだけでも充分に怖いが、腹立つ位に上手く踊りつつ、そのつぶらな瞳でずっと此方を見つめ続けてくるのが箒に更なる恐怖を与えていた。色々と不気味過ぎて、まるで金縛りに掛かったかのように目を離すことが出来なかったのである。その結果、目の前の熊が一曲分丸々踊りきるまで彼女は目が離せず、一歩的な睨めっこはそれまでずっと続いた。

 そして踊り終わって満足したのか、熊はムーンウォークで曲がり角に消えていった。その最中もずっと箒を見つめ続けていたが…

 

 

「ほ、本当に今のは何だったんだ…?」

 

 

 熊の姿と気配が完全に消えたことを確認した箒は、緊張の糸が切れるや否やほっと胸を撫で下ろした。そして自分を落ち着かせるように深呼吸を繰り返し、息を整える。武道を嗜むだけあり、みるみる内に生気が戻っていく…

 

 

「……良し…!!」

 

 

 謎の熊と遭遇した時の引き攣った表情から一転、気合の籠った凛々しい顔つきに早変わり。彼女はさっきと違う、鋭くも熱い視線を熊が消えた方向へと向け…

 

 

 

「今日は帰ろうッ!!」

 

 

 

―――回れ右すると同時に全力疾走で部屋に戻った…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「どうよどうよ、超兵器『ランニング・ベア』二号機…通称『ダンシング・ベア』の性能は!!」

 

『いや~、最高だわコレ!! 見た目こんなだけど、身体が超動くのなんの!!』

 

 

 通信機から聴こえてくる、バンビーノの御機嫌な声。モニターに目をやると、人が通らない場所に移動して、光学迷彩を起動させながら派手なブレイクダンスを踊る熊の着ぐるみが目に入った。

 オランジュが取り出し、手渡してきたなんとも懐かしい例の熊の着ぐるみ…の試作量産タイプだった。またもや技術部が張り切ったらしく、あれを着ると俺に匹敵する身体能力が手に入る上に、いつものステルス機能に加え光学迷彩まで使用可能になるとか。おまけに非常識な外見なせいで、相手は此方を疑うよりも先に自分の正気を疑うと言う優れもの。

 人の黒歴史を思い出させる忌々しい見た目と名前だが、性能は間違いなく折り紙つきだろう。デザインがまともになったら、俺も一着欲しいかもしれない。だが、それはともかく…

 

 

「超兵器一号ということにされてるらしいが、元々アレは市販のものだから量産もクソも無いし、着ぐるみ自体に何か機能がついている訳でも無いんだが……呪われてるけど…」

 

「細けえことは気にすんな、元祖ベア」

 

「殴るぞ?」

 

『おい、呪われてるってなんだ? 実はこれって、なんかヤバいもんでも憑いてるのか?』

 

 

 因みに、バンビーノとアイゼンには『のほほん恐怖伝説』の詳細をまだ教えていない。バンビーノは簪ストーキング作戦の時に何か経験したみたいだが、詳しくは覚えていなかったようで、のほほんさんの真の恐ろしさを知らないままでいる。知らぬが仏(知ると布仏)ということもあり、俺とオランジュは敢えて黙っているのだが、それが吉と出るか凶と出るか…

 

 

『お~い、聞いてるのか?』

 

「あぁ、聞いてる聞いてる。それよりもバンビーノ、目的の一夏の部屋まであと少しだぞ。ラヴァーズが来る時間帯になる前に、さっさと行っちまえ」

 

『む、それもそうか…じゃあ、さっさと行ってくる!!』

 

 

 さらりとオランジュに誤魔化され、荒ぶる熊は一夏の元へと向かっていった。その後、意気揚々とホップステップジャンプ&ターンを繰り返しながら進むバンビーノの進路を阻むような者は現れず、そのまま何事も無く目的地にたどり着いた。そして持参したピンセットであっさりとドアのロックを解除したバンビーノは、ドアノブに手を掛け、音も無くゆっくりと開いた…

 

 

―――悪夢への入り口を…

 

 

 

 




・オランジュが謎の力説を始めた際、4人ともモニターから目を離してしまいました…

・この話の時系列は八巻の序盤で、ラウラが猫パジャマで朝這いを試みた時のです

・つまり今の一夏の部屋には、あの人が既に居る…



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セカンドインパクト!! 中編

後編を書いたらちょっと遅めの『亡国機業のハロウィンパーティ編』、それが終わったら『トライアングル編3』を書く予定です。お楽しみに~


 早朝の寮室は、一部の例外を除いて静かなものである。この時間帯に起きている者は大抵、アリーナや各自の修練所など別の場所に移動しているので、騒音とは無縁と言っても過言では無い。

 その一部の例外である織斑一夏の寮室も、今はまだ珍しく静かであり、なんの警戒心も無く眠りこけている部屋の主の控えめな寝息位しか聴こえてこない。

 

 

「呼ばれなくても飛び出てジャジャジャ~ンっと…」

 

 

 その静寂を維持したまま音も無く扉が開かれ、のそりと熊の着ぐるみが入室してきた。入ってきた熊は周囲を軽く見回した後、静かに扉を閉め、忍び足で部屋の主…織斑一夏に近づき、その顔を覗き込んだ。

 スヤスヤと眠る高校男子を暫くジーッと見つめ続けた熊だったが、おもむろに右手を頬に当てた。だがどういう訳かすぐに手を離しまた頬に手を当て、また離し、また着け、暫く何度かそれを繰り返しす熊の着ぐるみ。最終的に軽く手を当てるのはやめ、思いっきり力を籠めてグリグリと押し込み始めた。そして、着ぐるみの頭部の横っ面が派手に凹んだあたりで、何やらボソボソと喋り始めた。

 

 

「……こちらバンビーノ、目的地に到着した。隠し部屋、どうぞ…」

 

『こちら隠し部屋のオランジュ、確認した。速やかに任務を遂行せよ』

 

「了解」

 

 

 熊…バンビーノは耳に装着した通信機に着ぐるみ越しで触れ、その様子をモニターで隠し部屋から見ているオランジュとの交信を始めた。彼自身の耳が丁度熊の頬の部分にあるので、かなり強引に手を当てた結果、熊の頭部はなんとも不気味な形になっているが、当の本人はあまり気にしていないようだ。

 

 

『それと、その新型通信機は触らなくても起動するって、さっきも言ったろうが。折角ISの通信技術を応用して造った奴なんだから、ちゃんと使え』

 

『ビジュアルが結構キモいことになってんぞ…』

 

「おっといけねぇ、いつものインカム型の癖でつい…」

 

『いや、クマの頭を変形させた時点で思い出せよ…』

 

 

 オランジュとセイスに言われ、頬っぺたを抓る様にして形を戻す熊バンビ。無駄に伸縮性の高い強化アーマーは、それだけで元通りになった。

 

 

『とにかく、早く用事済ませて帰ってこい。そろそろ、早朝組の生徒達が起床する』

 

「了解、りょー解。バンビーノ、これより行動を開始しまーす」

 

 

 それを最後に通信は一端切れ、部屋に再度沈黙が訪れる。そしてバンビーノは未だ眠り続ける一夏の方に向き直り、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。しかし着ぐるみのせいで顔は見えず、熊が無表情で一夏を見つめ続けていると言う、ある意味ホラーな光景になっていた…

 

 

「ぐふふ…よもや、無自覚にも美少女達の花園で毎日のようにヒャッフーしてるから妬ましくてしょうがなかった、お前のツラを直に眺める日が来るとは思わなかったぜ……」

 

 

 バンビーノはセイス達の報告と、『IS少女ファンクラブ』の会合でこの男の話を聞く度に、類友達と共に怒りと嫉妬の炎を盛大に燃やしていた。同時に彼らは誓った…もしも自分達の内の誰かがIS学園に赴くようなことになった際、あの無自覚リア充に対して絶対に天誅(八つ当たり)を下してやると。

 そして、同志たちとその決意を固めてから半年…セイス達の支援という大義名分の元に、とうとうその機会がバンビーノの元に訪れたのだ。

 

 

「お前のハーレムライフを羨むこと早半年、この時を待っていた!! 年貢の納め時だ、俺達の思い、遠慮せずに受け取れぇ!!」

 

 

 そう言って彼はどこからともなく、何かを取り出した。そして、それを大袈裟な口調と共に振り上げ、一夏の顔面に向かって勢いよく叩き付ける…ように思われたが、ギリギリで寸止めし、一夏が目覚めないように音も立てず、それを彼の枕元にそっと置いた。

 

 

―――鬼畜及びロリコンを対象とした内容の、超ハードでコアなエロ本を…

 

 

「ふははははは、貴様を起こしに来た篠ノ之氏かデュノア嬢辺りに見られ、殴られた後に軽蔑されてしまうが良いいいいぃぃぃ!!」

 

 

 もしもノーマルな知人に見られ、尚且つその性癖を隠し通したいと思っていた場合、瞬時に自殺を検討し兼ねないレベルの内容である。そんな色々な意味で危ない代物を、さも一夏が寝る直前まで読んでいたかのように置いたバンビーノはその光景を改めて見やり、腕を組みながら満足そうに頷いた。

 

 

「あー、スッキリした!! さて、帰ろ…」

 

 

 着ぐるみの中で満足そうな笑みを浮かべ、バンビーノは踵を返して扉へと向かった。来たとき同様、彼は音を一切立てずにドアノブへと手をやり…

 

 

『緊急事態発生、緊急事態発生!!』

 

『やべぇ!! バンビーノ、すぐに隠れろ!!』

 

「……は…?」

 

 

 いきなり聴こえてきたのは、なにやら切羽詰まった様子のセイスとオランジュの声。突然のことにバンビーノは、ドアノブを掴んだ状態のまま動きを止めてしまった。

 

 

「何だよ、急にどうした?」

 

『『いいから早くしろ、死にたいのか!?』』

 

「わ、分かったよ。何なんだよ、いったい…」

 

 

 二人の通信機越しでも分かる位に切羽詰まった様子に思わず怯み、バンビーノは困惑しながらも即座に一夏のベッドの下へと潜り込んでその身を隠す。そして彼が息を殺すのとほぼ同時に、一夏の部屋の鍵がこじ開けられる音が響く。そして自分の時と同じようにして扉が開かれ、ソイツは音も無くそっと忍び込んできた。

 

 

(げッ、あれは…!?)

 

 

 新たに部屋に忍び込んできた侵入者は、くしくも自分と似たような姿をしていた。ただ現在の彼が着ているガチの着ぐるみと違い、向こうはあくまで着ぐるみをイメージしたパジャマのようだ。黒猫をベースとしたそれを身に纏った銀髪赤目の眼帯少女は、素人には殆ど察知できない程に気配を殺し、一夏の眠るベッドの方へゆっくり近づいて来た。

 結果的に侵入者の姿を正面から捉える事になったバンビーノは、背筋が凍るような思いをした。自分の隠れている方向へと近づいて来てるというのもあるが、それ以上に侵入者の正体の方に問題があった。

 

 

(ラウラ・ボーデヴィッヒ…!!)

 

 

 バンビーノに続いて部屋に忍び込んできたのは、ワンサマラヴァーズの中で最も戦闘能力が高いとされる、現役軍人のラウラであった。どうやらファンクラブの中でも有名になっている、一夏に対する朝這いを敢行しに来たらしい…

 

 

(うわぁ、マジでどうしよう、……って、このまま隠れてやり過ごすしか無ぇか…)

 

 

 相手は本職な上に、IS所持者…生身同士の白兵戦ならともかく、手持ちの武器が熊の着ぐるみしか無いこの状況では、絶対に会いたくなかった相手である。ブラックラビッ党の仲間なら諸手を上げて喜んだかもしれないが、生憎バンビーノはセカン党なので命の危機しか感じない。なので現状、彼はひたすら気配を消すことに専念するしか無かった。

 

 

『まったく、何がリハビリだよ。そんなこったろうとは思ったけどさぁ…』

 

 

 通信機から、こっちに呆れた様子を感じさせるセイスの声が聴こえてくる。それを耳にして、バンビーノは彼が設置した監視カメラの方へと向き直り、キリリとした表情で(熊で見えないが…)口を開いた。

 

 

「そうは言ってもなセイス、男には譲れない時があるんだよ…!!」

 

『オランジュ、熊の皮を被った馬鹿がモニターに映りこんだ挙句、薄っぺらい世迷い事を並べてんぞ』

 

「……最近、俺に対して容赦無さ過ぎじゃね…?」

 

 

---ゴソゴソ…

 

 

「おい、なんか頭上の方からゴソゴソって音がするんだけど…?」

 

『ラウラがベッドインしてる』

 

「あ、そう…」

 

『ん? 思ったより反応が薄いな、別にどうでも良いのか?』

 

「確かにラウラも可愛いが、俺ってセカン党だし。それに幾ら俺でも、この状況じゃ流石に自重するっての……ていうか、逆にオランジュはさっきから静かだな。お前って、シャルロッ党兼ブラックラビッ党じゃなかったか…?」

 

 

 基本的に見境が無いオランジュだが、当初はシャルロットを特に推しまくっていた。しかし、潜入任務を開始してからはラウラも推し始め、今ではすっかり両政党の色に染まり切っている。暗黙の了解で所属の掛け持ちは禁止されているが、この二党だけは互いの党を掛け持ちすることを例外と定めており、彼に裏切り者の称号は付くことはなかった。まぁ、シャルロットとラウラがルームメイトな上に仲が良く、二人が共に行動すると十中八九可愛い光景が見れるので、あの二人をセットで考えてる奴が少なくないと言う面もあるのだろうけど…

 

 

『オランジュなら、さっきからファンクラブ用の商品(えいぞう)を加工中(へんしゅうちゅう)だ。最近金欠らしいから、目を血走らせて尋常じゃない集中力を発揮してるやがる…』

 

「商品って、今も絶賛記録中の俺の状況か!? 人様の窮地を飯のタネにするとは良い度胸だなあの野郎ッ!!」

 

『自業自得な面もあると思うがな……って、なんじゃこりゃ!?』

 

 

 そんな感じで半ばアホなやり取りをしていた二人だったが、唐突にセイスが叫び声を上げたことにより中断する羽目になった。怪訝な表情を浮かべるバンビーノだったが、心なしか頭上の方が五月蠅くなってきたような…

 

 

「セイス、今度はどうした…?」

 

『ふ、布団が尋常じゃない位に膨らんで……って、なんてこった…!?』

 

「どう言うこっちゃ…ん? なんか誰かの笑い声が聴こえるような…」

 

 

---パァン!!

 

 

「うおッ、何だ…!?」

 

『バンビーノ、今から俺もすぐに向かう!! それまで絶対に死ぬんじゃねぇぞ!?』

 

「は? お前、何を言って…」

 

 

 事態についていけず困惑するバンビーノだったが、セイスはそれを最後に通信を切った。

 ラウラでも一夏でも無い笑い声、謎の破裂音、そして異様に焦燥感を感じさせたセイスの言葉。訳の分からないことばかりで混乱しそうになったが、彼は取り敢えず耳を澄ましてみることにした。すると…

 

 

 

 

 

 

 

 

―――あちゃあ、一夏君ったら気絶しちゃってるわ…

 

 

―――他人事のように言うな、貴様のせいだろ!! 

 

 

―――しょうがないわね…ラウラちゃん、念のために一夏君を医務室に連れて行ってちょうだい

 

 

―――なんで私が…

 

 

―――だったら私の代わりに、この部屋の惨状をどうにかしてくれる?

 

 

―――む…

 

 

―――それに、ちょっと御詫びも兼ねてるのよ?

 

 

―――なに…?

 

 

―――今の時間帯なら、誰にも会わないんじゃない?……ラウラちゃんだけで、一夏君を運んでも…

 

 

―――よぉし、私に任せておけ!! 行くぞ一夏!!

 

 

 

 バンビーノが耳にした笑い声と同じ声に半ば言いくるめられるようにして、ラウラは一夏を抱えるようにしながら速やかに部屋を出て行った。後に残ったのは、謎の破裂音…ベッドの仕込まれた悪戯バルーンのせいで散らかった室内と、そのベッドの下に隠れているバンビーノ、そして……

 

 

「さぁて時間も無いし、急いで片付けないとね~♪」

 

 

 その声を聴いて、バンビーノはラウラの時とは比べ物にならない程に戦慄した。背筋はまるで凍ったかのように冷たくなり、冷や汗が滝のように流れて止まらない。今の騒ぎが起きるまで、自分が全く気配を感じる事が出来なかったこともそうだが、その人物が何者なのか気付いてしまったのだ。

 フォレスト一派の中でも指折りの実力を持つセイスが天敵と称し、更にはスコールの腹心であるオータムをIS戦で制した女。この学園で、織斑千冬の次に遭遇してはならない存在……

 

 

 

―――ズガンッ!!

 

 

 

「へ…?」

 

 

 そんな時、急にバンビーノ視界を、白い何かが遮った。それは鋭い円錐状の形をしており、逆さ向きで彼の鼻先数センチに頭上のベッドから生えるようにして現れていた……ていうか、どう見てもコレは…

 

 

―――ISの…ミステリアス・レイディのランスの矛先である……

 

 

「ふ、ふふ…」

 

「ッ!?」

 

「ふふふ……あはははははははははははははははははははは…!!」

 

 

 本格的に命の危機を感じ始めたバンビーノに追い打ちをかけるようにして、頭上から聴こえてきた不気味な笑い声が彼に更なる恐怖を与えた。あまりの事に石の様に固まるしかないバンビーノだったが、現実は無情である。笑い声が途切れると同時に、目の前に突き立てられたランスがズボッと引き抜かれ、塞がれていた視界が開けた。そして、それに合わせるようにしてベッドの上から覗き込むように、水色の髪をした赤目の女の顔が笑顔を浮かべながらヒョッコリと現れる。

 バンビーノの前に現れた彼女は、可愛らしさと美しさを良い感じに両立させた、普通に美人さんと言っても差支えの無い容姿を誇っていた。普段の彼なら間違いなくナンパをしただろうが、生憎と彼は彼女の所属先と実力、更にセイスの体験談を知ってるので絶対にそれはしない。それはさておき、この目の前の彼女の殺気が心なしか初対面とは思えない程に強い気がするのだが、気のせいだろうか…?

 

 

「ふふふふふふ…まさか、こんなに早くまた会えると思わなかったわ……」

 

「え…?」

 

 

 派遣されてから今日まで特に事件は無く、セイス達共々ずっと隠し部屋に籠っていた。それに加え、彼女と実際に会うのはこれが初めて筈である。

 しかし狼狽える彼を余所に、彼女は…更識楯無は体勢をそのままに扇子を取り出して、彼に良く見えるように広げてみせた。いつもはそこに何かしらの四文字熟語が書かれているのだが、今日はただ一言…

 

 

 

 

―――『ブッコロス』

 

 

 

「よくも…よくも先日はあんなものを……」

 

「え…?」

 

「あんなものを見せるから、朝起きたら、布団が……ぐすッ…!!」

 

「えぇ…?」

 

 

 ここで漸くバンビーノは今の自分の姿を思い出し、彼女が何を考えているのかに気付いた……そして、それが正しいことは、彼にとって最悪の形で証明された…

 

 

「17歳の乙女に、あんな恥ずかしい思いさせるなんて、あなた本当に何考えてるのよ!? 今すぐこの場でその腐りきった根性叩き直してあげるから覚悟なさい、″セイス君″!!」

 

「ええええええぇぇぇぇぇ!? ちょ待っ、俺は違ッ…!?」

 

 

 

―――悲鳴を上げるバンビーノに一切耳を貸さず、楯無はランスのニ撃目を躊躇なく放った…

 

 

 




・お察しの通り、楯無は熊姿のバンビーノをセイスと勘違いしてます…
・なので、エンドレスナイトメアの怨みの矛先が全部彼に…
・オランジュ、出撃する間際のセイスに殴られ、漸く作業を中断。仕事開始


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セカンドインパクト!! 後編

すんません、今年はネタ温存の為にハロウィンネタは中止します…orz
楽しみにしてた方、申し訳ないっす……その分というのもなんですが、代わりにクリスマス編は頑張ります…


「危っぶねぇ!?」

 

 

 明らかに殺す気で放たれたそれを、バンビーノは身を捻ることにより辛うじて避ける。彼を貫きそこなった楯無のランスはそのまま一夏のベッドごと床をぶち抜き、部屋に凄まじい轟音と衝撃を生み出した。体勢を立て直し、つい先程まで自分が居た場所の参上を目の当たりにして顔を青くさせるバンビーノだったが、一息つく暇もなく次の攻撃が襲ってくる。

 

 

「ぬおぉ!?」

 

「この、ちょこまか、っとッ!!」

 

 

 頭、心臓、下半身…完全に急所を狙った悪質な猛攻、その全てを彼は避け、いなし、ギリギリで防ぐ。彼自身の実力もあるが、身に纏った熊スーツの性能にも助けられ、今のところ奇跡的にISを相手にしながらも無傷で済んでいた。

 

 

「チッ、やっぱりこの程度じゃ当たらないみたいね…!!」

 

(んなことねーよ!! コレ着てなかったら絶対に死んどるわッ!!)

 

「それに、どうせ殺しても死なないのよね、セイス君って……だったら、もう殺す気で行っても構わないわよね…!!」

 

(いや、一発目から思いっきり殺す気でやってなかったか!?)

 

 

 暫く打ち合った後、一旦距離をとり、舌打ちしながら忌々しげに呟く楯無に対して、彼は思わず冷や汗と一緒に涙まで流しそうになった。

 確かに、このスーツは凄い。まるで嘘のように身体が動くし、セイスと同等の身体能力が手に入ると言うのもあながち嘘ではないようだ。現に部分展開とはいえ、ISを使用する楯無と渡り合えている。

 だが、自分はセイスと違って再生能力が無い。このスーツは防御力もそれなりに優秀みたいだが、流石にISの攻撃は防ぎきれない。あのランスで貫かれたら、自分は確実に死ぬ。攻撃するにしても、本気であの硬そうな装甲や絶対防御を殴ったりした日には、拳が二度と使えなくなりそうだ。だから今は、自分のことを不死身男(セイス)と勘違いして、攻撃に一切の容赦を感じさせない楯無の攻撃を、こうやってしのぎ続けるしか無いのだ。まぁ、早い話…

 

---この現状、ちょっと詰みかけである…

 

 

「……変ね…」

 

「…?」

 

 

 状況に絶望しかけたバンビーノだったが、ふと楯無が動きを止める。そして彼女はランスを取り合えず降ろし、空いた方の手を顎に当て、なにやら考え込み始めた。隙だらけのようで全く隙が窺えず、無闇に襲い掛かることも出来ないが、いつ攻撃が再開されるか分からないのでバンビーノは身構えたまま、警戒を続けた。

 

 

「反撃してこない、特攻もしてこない、過剰な位に防御に必死、おまけに今日は全然喋らないけど、具合でも悪いのかしら?……ていうか…」

 

「ッ……うお!?」

 

 

 その刹那、一瞬の不意をついて楯無のランスがバンビーノを襲う。相手の動きに注意を払っていたお陰でどうにか避けられたのだが…

 

 

「いつもと声が違うのは、中の人が違うからかしら…?」

 

 

 槍を突き出した姿勢のまま、楯無はニヤリと不適な笑みを浮かべてそう言った。さっき思わず出してしまった声により、熊の中身がセイスではない事にいい加減気付いたようである。それを察したバンビーノは、自分の身体から血の気が一気に引いていくように感じた…

 

 

「その反応…やっぱり、セイス君じゃないわね?」 

 

「……御名答。初めまして、更識嬢。俺の名前は『バンビーノ』、いつも後輩が多大なる迷惑を掛けてるようで済まねぇな…」

 

 

 半ば自暴自棄になりながら、虚勢を張りながら目の前の脅威と対峙するバンビーノ。相手があの人外では無いと分かり、警戒を完全に解くとまではいかなかったが、少しだけ気を緩めた楯無は一夏達を相手にする時のような自信満々で、余裕綽々な例の態度で応じる。

 

 

「あら、ご丁寧にありがとう。それで、そのバンビーノさんはそんな格好をしてまで、世界唯一の男性操縦者の部屋になんの用だったのかしら?」

 

 

 一夏に対する悪戯の為に部屋へと忍び込み、バルーンを仕掛けてクローゼットの中で息を潜めること数刻、随分と懐かしい熊が自分と同じように部屋へと侵入してきた時は、思わず盛大に噴出しそうになってしまった。先日の非常に屈辱的なあの出来事もあったので、非常に動揺したがどうにか堪えた。そして熊がエロ本を振り上げ、そっと一夏の枕元に設置したところで半殺し…もとい捕縛しようかと思ったのだ。だが、そこに丁度ラウラが来てしまったので止むを得ず保留。一瞬だけラウラと一夏の三人がかりで襲い掛かってしまおうかとも考えたが、命懸けの戦いに関してはまだまだ素人の域を出ない一夏を巻き込むのを躊躇してしまい結局、適当な理由をつけてラウラに一夏を運ばせ、いつものように自分だけで対応することに決めたのだった。

 しかし改めて思い返してみても、この熊は本当に何を目的にここへ来たのか皆目検討もつかない。自分と同じで、悪戯をする為だけに来た訳じゃあるまいし……実際はそうなのだけども…

 

 

「ていうか、なんで早く人違いしてるって言わなかったの…?」

 

 

 相手があのセイスだと思い込み、割とマジな攻撃を途中で何度も繰り出してしまった。バンビーノが彼のような再生能力を持っているのであれば話は別だが、此方の攻撃を必死に避けていたことを考えるとそれは無さそうだ。つまり、この場でセイスのフリをするということは、戦闘で楯無を本気にさせてしまう以外の効果が無く、ぶっちゃけデメリットしか無い気がするのである…

 

 

「それはですねぇ……『あら人違いでしたわ、ゴメンなさい!!』、『いえいえ、お気になさらず。それにコレも何かの縁、そこでお茶でも如何ですか?』的なシチュエーションを作って、貴方を口説く為…」

 

「亡国機業の男の人って、バカしか居ないの?」

 

「はいはい、すいません嘘です冗談ですジョークです。そもそも、俺ってお前みたいに胸に駄肉付いたのタイプじゃねぇーしってぬぉわ!?」

 

「ごめーん、手が滑っちゃった♪」

 

 

 余計な一言を加えた途端に顔面目掛けてランスが繰り出されたが、辛うじて回避する。不適な笑みから絶対零度の冷笑に変わった楯無に慄きながらも、やれやれと肩を竦めながらバンビーノは口を開いた。

 

 

「……まぁ、アレだ。なんで俺がセイスじゃないフリをしたかって言うと、俺が『小僧(バンビーノ)』だからさ…」

 

「…?」

 

 

 意味の分からない返しに、楯無は怪訝な表情を浮かべるしかなかったが、バンビーノはそれに構わず言葉を続けた。

 

 

「俺は人をおちょくるのが大好きでな、敵味方問わず悪戯を仕掛けるのが趣味なんだ。まぁ、最近は流石に自重してるが…」

 

 

 いい加減に控えめにはなったが、昔はどうしようもない悪戯小僧だったバンビーノ。その悪名は組織内だけに留まらず、裏社会中に轟いていた。ある時は仲間の財布をパクリ、敵の拳銃の銃口に異物をこっそり仕込み暴発させたり、有名企業の重役を騙って借金を作ったりと、随分とタチの悪い真似を日常的に繰り返していた。因みに彼の所業を近くで見て育ったせいか、思いっきり影響を受けてしまった少年と少女が居た事をここに明記しておく…

 

 

「その結果、付けられたのが今のこの『クソ餓鬼(バンビーノ)』ってコードネームな訳だ」

 

「それがセイス君のフリをするのと、何の関係があるのよ…?」

 

 

 話が見えてこないせいか、若干苛立ちも籠められた楯無のその問い。それに対してバンビーノは、熊の着ぐるみの中でニヤリと怪しげな笑みを浮かべていた…

 

 

「更識嬢…お前、俺がセイスじゃないと分かった途端、余裕で勝てるとか思ったろ?」

 

「あら、駄目かしら? それとも本当のあなたの戦闘力は、セイス君と同等だとでも…?」

 

 

 言葉ではそう言うものの、実際のところ楯無はバンビーノに対して一切油断などしていなかった。先程の応酬で彼の実力はある程度把握できたが、今までの経験を省みると気は抜けない。リムーバーのようなものでISを無効化される可能性だってあるし、本当にセイス並の実力を持っている可能性もゼロでは無いのだ。

 

 

「いやいや、俺如きアイツには遠く及ばねーよ。例えアイツと同じ身体だったとしても、あんな死に急いだ戦い方は誰も真似できないって。だから、俺に対するお前の見立ては間違ってない。ただ、それで安心するべきでは無かったのさ…」

 

「……どう言う意味…?」

 

「なに、簡単なことさ。俺が強いセイス君じゃなくて、弱っちいバンビーノだからと言って…」

 

 

 彼はそう言いながら楯無に向け、勿体振った動きでゆっくりと、そしてビシッと指を向けた。そして…

 

 

 

 

 

 

 

---セイスが近くに居ないとは限らねーだろがッ!!

 

 

 

 

 

「ッ!!……ぐふッ…!?」

 

 

 バンビーノの言葉と同時に現れた、凄まじい殺気を纏った気配を新たに感じた楯無は背後を振り返ったが、それと同時に何かが凄い勢いで部屋のドアをぶち抜きながら突っ込んできた。楯無は突然の事に反応し切れず、その何かの突進を諸に受けて盛大に吹き飛び、派手な音と共に部屋の壁へと叩き付けられてしまった。そして楯無が壁からドサリと床にずり落ちると同時に、突然の乱入者もその場で突っ伏した。

 

 

「……ぶ、無事かバンビーノ…?」

 

「おう、お陰で助かった……のは良いんだが、なんでお前まで死に掛けてるんだ…?」

 

 

 新たな侵入者…セイスの弱々しい様子に、思わず表情が引き攣ったバンビーノ。セイスとの通信の後、楯無と戦闘状態に入ってからもオランジュが逐一情報を報告してくれたお陰で、彼が近くまで来ていたことは分かっていた。注意を逸らして奇襲を成功させる為にも、無駄話で時間稼ぎに専念したのだ。

 それで結果は見ての通り大成功だったが、どういう訳か当のセイスがさっきから頭を抑えて呻いているのだ。いったい、どうしたのだろうか…

 

 

「いや…久々に例のロケット頭突きやったんだけど、ドアが思ったより硬かった上に、楯無の奴が吹き飛ぶ直前に……」

 

 

 すると、セイスの言葉を遮るようにしてダンッ!!という鈍い音が響いた。バンビーノが音の方へと目を向けると、ランスを杖代わりにしながら片膝をつき、ISの"装甲をもう一方の足に"だけ展開した楯無が鬼のような形相で睨み付けてきていた。

 どうやら想像以上に頑丈だったドアのせいで勢いが減ってしまい、そのせいで吹き飛ばすと同時にIS装甲キックという手痛い…むしろ頭痛い反撃を受けていたようだ。セイスだからこの程度で済んでいるが、これが常人だったらと思うとゾッとする。普通だったら、間違いなくこの部屋は真っ赤に染まっていたことだろう……

 なんてことを考えていたら、楯無が口を開いた。誰が見ても分かる位に、怒気を放ちながら…

 

 

「ふ、ふふふ…今度こ、そ……本物の、セイス君みたい、ね…!!」

 

「おう、よ…しかし、本当に足癖悪い、女だな、テメェは……!!」

 

「病み上がりなか弱い乙女に向かって、アメフト選手も真っ青なタックルを躊躇無くぶちかます男には、言われたく、ないわよ…!!」

 

「病み上がりでか弱い乙女だぁ? そんなもん、どこにも見えねぇぞ?」

 

 

 足はガクガク、息も絶え絶えだが、互いに罵り合いながら同時に立ち上がる。楯無はランスの切っ先をセイスに向け、セイスはそれに合わせて自身の身体能力を最大限に引き出す。そして、ついに…

 

 

「あ~ら、目が腐ってるんじゃない? 良い眼科を紹介してあげようかしら? それともキチガイセイス君って、実はホモだから女の子に興味ないのかしら~?」

 

「寝言は寝て言え、"ホラー怖くてお漏らし当主"ッ!!」

 

「あ、やっぱ漏らしたんだ更識嬢…」

 

 

 

 

---次の瞬間、一夏の部屋が水蒸気爆発で吹き飛んだ…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「言ったわね…よくも、よくも言ったわねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええぇぇぇぇぇ!?」

 

「こ、怖ぇ!! セイス、お前のせいで怒ってるんだから、どうにかしろ!!」

 

「無理だ!! ていうか元を辿れば、テメェがくだらないことの為に一夏の部屋行ったのが原因だ!!」

 

 

 今の楯無にとって最大の禁句をセイスが放ってしまった為、彼女は怒りと羞恥で顔を真っ赤にしながらミステリアス・レイディを全展開した。彼女の怒りを表現するかのごとく、主兵装であるナノマシン入りの水も凄まじい勢いで荒ぶり、部屋にあった置物を余波だけで吹き飛ばしながら、二人に襲い掛かった。どうにかそれを避けきり、どうにか廊下に脱出することは出来たものの、楯無の追跡が終わることは無かった。彼女は廊下にある障害物の尽くを蹴散らし、セイス達との距離を徐々に縮めていく…

 

 

「おまッ、嫌がらせ兼ねたお見舞いはくだらないことに入らないのか!? つーか良く考えたら例のホラービデオこそ元凶じゃねぇか、やっぱお前が悪い!!」

 

「お見舞いの件は謝る!! が、あのホラービデオを持っていけって渡したのはテメェ自身だろが!!」

 

「どっちみちアナタ達二人が、私にとっての全ての元凶ってことは分かったわ!! 絶対に許さないんだからッ!!」

 

「「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!?」」

 

 

 二人の会話を耳にして余計に怒りを覚えた楯無は、とうとう校内でガトリングをぶっ放した。背後からの銃撃を辛うじて回避するが、このままではいずれジリ貧である。それを抜きにしても、そろそろ学園中の人間が本格的に活動を開始する時間なので、いつまでも油を売っていては誰にも見つからないように隠し部屋へ逃げ込むことが出来なくなる…

 

 

「仕方ねぇ、最終手段だ…先に行け、バンビーノ!!」

 

「お前、何をする気だ!?」

 

「秘密兵器を使う!! 俺に構うな、行け!!」

 

「くっ、スマン…!!」

 

 

 言うや否や、セイスは急ブレーキすると同時に振り返る。それにつられてバンビーノも止まりかけたが、彼の言葉に従いそのまま走り去っていった。そして彼の視線の先には、凄まじいプレッシャーを放ちながら迫りくる水色の修羅が一人…

 

 

「観念した訳じゃないわよね、セイス君…!?」

 

「当たり前だ、お漏らし女子高生なんぞにビビる訳ないだろが!! 掛かって来いやぁ!!」

 

「お漏らしって言うなあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 怒声と共に加速し、一気に距離を詰めて来る楯無。それを迎え撃つべくセイスは、持参してきた"ある物"を取り出した。そして…

 

 

「ハアアァァッ!!」

 

「ウルァッ!!」

 

 

 迫ってきた楯無のランスをセイスは紙一重で避け、同時に彼女の腹部へと蹴りを放つ。しかしそれはアッサリと腕の装甲で防がれ、逆にISの脚部で吹き飛ばされてしまう。普通の人間ならそれだけで終わりだが、生憎と彼は普通ではない。床に叩き付けられ二回程バウンドした後、受身を取ってすぐに体勢を立て直すことに成功する。仲が良いとは御世辞にも言えないが、互いの実力を半ば認め合っている二人は、そのまま暫く睨み合った。

 しかし、この暫く続くと思われた膠着状態は、セイスによって強制的に終わりを告げられる…

 

 

「楯無、この前のDVDって、そんなに怖かったのか…?」

 

「べ、べべ、別に怖くなんか無かったわよ!! 確かにちょっと、少し、僅かながら、刺激が強かったけども…!!」

 

 

 『再生を中止して!!』と連呼しまくった時にセイスが隣に居た事を忘れ、今更強がりを見せる楯無だったが、それを見たセイスはニヤリとほくそ笑むだけだった。何故なら…

 

 

「へぇ? じゃあ、あのホラー映画は全く持って怖くなかった、と…全然へっちゃら、だったと……」

 

「そ、そうよ!! あんなの、なんとも無かったわ!! いっそ『リン○』でも『クロ○リ団地』でも纏めて持ってきなさい、鼻歌口ずさみながら徹夜で鑑賞してやるわよ!!」

 

「そうか……なら、証明して貰おうか…」

 

「え…?」

 

「足元に、ご注目」

 

「足元?……ッ…!!」

 

 

 セイスに言われ視線を落とした先に、随分と見覚えのある四角い物体を捉えた楯無は、言葉を失った。さっきの攻防のドサクサに紛れ、楯無の足元へと放り投げられた四角い物体…セイスの持ってきた"ある物"とは、一枚のDVDケースだった。真っ黒で禍々しい雰囲気を放つパッケージの表面には無駄な装飾はされておらず、白い字で監督の名前と映画のタイトルが書いてあるだけのシンプルなものだった。

 因みに、映画のタイトルはこう記されていた…

 

 

 

---『エンドレス・ナイトメア』と…

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 

---更識楯無、トラウマ再発…

 

 

 

「ふはははははは、案の定なっさけねー奴め!! よっしゃ、パニックに陥ってる今の内に…」

 

 

---セイス、逃亡開始…

 

 

「き、消えよ…」

 

「ん? って、おい待て!! こんな狭い廊下で、それもたかがDVD如きに『ミストルテインの槍』なんてオーバーキル…」

 

「悪夢よッ!!」

 

「バカ、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

 

---本日二度目の大爆発が発生…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

◇亡国機業フォレスト一派・経理部宛て◇

 

 

○被害報告○

 

・試作型強化スーツが軽く損傷

(使用する分には支障が出てないので問題無いと思われる)

・エージェント一名が重傷

(セイスなので、安静にするだけで問題無いと思われる)

・ホラー映画『エンドレス・ナイトメア』のDVDが完全消滅

(元から持ち主が不明な謎DVDなので問題無い、むしろ結果オーライ。浄化成功である)

・錯乱した楯無の最後の一撃により、近辺の監視用カメラと盗聴器が壊滅

(お願いします、経費でどうにか…)

 

 

 

「……何をしているんですか、彼らは…」

 

「それでメテオラさん、一緒に送られてきたオランジュさんの領収書は…」

 

「燃やしといて下さい」

 

「……ですよねぇ…」

 

 

 

 後日セイス達の元に『連帯責任』と書かれたメモが送りられ、4人の給料から新しい機材の代金が差っ引かれていた。それが彼らのテンションを暫く低下させたのは、言うまでも無い……

 

 

 

「なぁ…俺って今回、何もしてないよね? 寝てただけだから関係ないよね?」

 

「「「……。」」」

 

「おい、こっち向けお前ら…」

 

 

 

---強固(りふじん)な友情(みちづれ)、プライスレス…

 




○爆発で楯無と共に気絶したセイスはバンビーノが回収、隠し部屋へ退避

○爆発でセイスと共に気絶した楯無は虚さんが回収、尋問室へ連行

○更識楯無、織斑教諭の手により、再び病室送りに…


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特別番外編 亡霊の宴 前編

お待たせしました、クリスマス特別編です!!
世界観は特に決めてませんが、バンビーノ達の存在を考えると、今回の方が本編世界扱いになりそうです。

因みに、この話は暫くしたら外伝の方に移します。

では、お楽しみ下さい~


 亡国機業フォレスト一派…女尊男卑の風潮にも一切揺るがず、組織内でも絶大な影響力を持つ一代勢力である。他の派閥よりも数倍近い規模の構成員を保有し、その殆どが一流の実力者揃いな上に、結束力も高い。スコールと正式に手を結んだ今となっては、その力は更に増したと言える。まさに今のフォレスト一派は亡国機業内に置いて、最強の集団と言っても過言ではない。

 

 

「おーい、酒が足らねぇぞ。誰か調達してこい」

 

「なら丁度良い、この前に仕事先で上等なワインを仕入れたんだ。今日の為に持ってきたから、飲んじまおう」

 

「マジか、よし開けろ開けろ!!」

 

 

 敵意を向けてくる相手には一切容赦せず、一度仲間と認めた相手は最後まで見捨てない。相応しい働きと成果を見せれば、それに匹敵するだけの見返りが必ず返ってくる。何より、彼らは堅気の人間を無闇に傷つけるような真似は絶対にしない。そんな当たり前のことを続ける姿勢もまた、彼らがフォレストと言う男に忠誠を誓い続けている要因の一つになっているのだろう。

 

 

「美味ぇな…流石は贅沢慣れしたスコールさんを経由して呼んだシェフ、腕は折り紙付きか……」

 

「タッパに詰めて、お持ち帰りしても良いかな?」

 

「いや、良くても恥ずかしいからやめろよ……あ、この海老美味しいや…」

 

 

 だからこそ裏社会の住人達の殆どはフォレスト達と、彼らが所属している亡国機業を恐れている。マフィア、武器商人、麻薬の密売組織、軍隊、機密諜報機関…あらゆる者達が彼らに畏怖と尊敬の念を抱き、一目を置いている。彼らと関わる覚悟が無い者は逃げ去り、自分の力を過信した者は悉く消されていく。並の組織では決して太刀打ちできない、恐るべき集団…それが、彼らに対する裏社会での評価だ。

 

 

「貴様、イカサマしたな!?」

 

「してねーよ!!妙な言いがかりすんな!!」

 

「……お前ら、ババ抜き如きで熱くなり過ぎだ…」

 

 

 同業者に自分達がそんな風に思われているという事実を知ってか知らずか、貸し切ったホテルの宴会場で当の本人達はドンチャン騒ぎを繰り広げていた。本来なら結婚式などに使われる広い宴会場には、大きなテーブルが幾つも配置され、豪華な料理の数々が乗せられている。宴を楽しむ彼らはそれに群がる様にして集まり、盛大に飲み食いしながら賑やかに、そして心から楽しそうに騒ぎ続ける。

 今宵この場所で彼らは、クリスマスパーティを兼ねた忘年会に興じていた。ヨーロッパ地方を拠点にしている組織とは言え真面目で信心深い者は居ない上に、彼らの性格もあってただの宴会と化しているが、それも毎年のことであり、今年も例によって大盛り上がりである。

 

 

「相変わらず賑やかだな。お前ら、いつもこんな感じなのか…?」

 

「まぁな。だけど、今年はまだ静かな方だぞ?」

 

「……嘘だろ…?」

 

「いや、マジで。昔はこんなのとは比べ物にならない程やばかった…」

 

 

 その宴の片隅のテーブルで、普段の服装より少しだけ御洒落に決めてきたセイスとエムの二人は、騒がしい先輩たちから離れ、料理にゆっくりと手を付けていた。他の面々と一緒に騒ぐのも悪く無いが、折角の御馳走なので先に腹を満たすことを優先したのである。日頃食べているものとは比べ物にならない程に豪華な品々を前にして、今日ばかりはセイスもマドカに負けず劣らずのペースで料理を平らげていった。

 

 

「因みに、お前のとこは今までどんなだったんだ?」

 

「スコール達のか?」

 

 

 セイスはシェフの特製ピザを頬張りながら、慣れた手つきでステーキ肉を切り分けるマドカに尋ねた。質問された本人は切り分けた肉を一欠け、口に放り込みながら答える。

 

 

「スコールは表の顔というモノを幾つか持っているからな、それを利用して堅気のパーティに参加している。何度かついて行ったが、気取った金持ちしか居ないから本当に退屈だった…」

 

「へぇ…そりゃ姉御らしいって言えば、姉御らしいな」

 

 

 いつもならその退屈なパーティに同行している筈のマドカだったが、今年は敢えてフォレスト派の忘年会に出向くことにした。スコールの護衛はオータム達で事足りるだろうし、そもそも大して仲が良い訳でも無い彼女らと一緒に過ごしたいとは微塵も思っていなかった。それに実を言うと、フォレスト派の仲間達とはセイスやオランジュを通してそれなりに面識はあるのだが、こういった本格的な集まりには参加したことがなかったので、彼らがこの時期にどういったことをしているのか地味に興味が湧いたのである。なのでセイスからフォレスト派による忘年会に誘われた際、マドカは二つ返事で承諾したのだった。

 

 

「よぉ二人共、楽しんでるか?」

 

 

 と、そこへ、周りの者たちと同様に御機嫌な様子で近づいてきた一人の男。珍しく今日はスーツで決めてきた皆の阿呆専門こと、オランジュである。

 

 

「見ての通り堪能中だ、お前も一緒にどうだ?」

 

「お、そんじゃ御言葉に甘えまして、と…」

 

 

 セイスに促され、オランジュは隣の空いていた席に腰を下ろす。するとセイスはテーブルにあったワインボトルを手に取り、栓を抜いた。ボトルを空けると同時にオランジュへ視線を向ければ、彼は既に此方へ二つのグラスを差し出していた。そしてセイスはそれに何も言わず瓶の中身を注ぎ、ついでとばかりにマドカにボトルを軽く振りながら目配せをする。いつの間にかステーキを完食していたマドカは、新たに手をつけ始めたポテトグラタンを頬張りつつ、まだ中身が入ったワイングラスをセイスに向けながら首を横に振った。それを確認したセイスは瓶を置き、オランジュからグラスを受け取った。

 

 

「取りあえず今年も一年間、お疲れ様」

 

「あいよ、お疲れさん」

 

「ん、お疲れ…」

 

 

 3つのワイングラスが軽く触れ合い、ガラス特有の甲高くも軽快な音が控えめに響く。そのまま3人は一気に中身を煽り、それを飲み干した。ここ最近彼らの中で定着してきた年末の通過儀礼(と言っても、三人で乾杯するだけなのだが…)も済み、再び会話が始まった。

 

 

「それにしても、今年はいつにも増して大変だったな…」

 

「あぁ全くだ。しかも、その殆どが一夏絡みだってんだからやってらんねえ」

 

「一夏本人はどうにでもなるんだけど、その周りに居る奴らが問題なんだよな…」

 

 

 IS学園潜入任務を始めてからかなりの日数が経過しており、気付けばそのまま新しい年を迎えようとしていた。思い返すと、本当に濃い一年だったと我ながら思う。監視対象の一夏は、こっちが予想していた以上に様々な人間を引き寄せる。そのとばっちりを受けた回数は、最早両手では数え切れない。何度か一夏を殺しかけたこともあったが、助けてやった回数の方が圧倒的に多いので、何があっても絶対に謝らない。

 

 

「それに、楯無の奴には特に手を焼かされたからな。あの野郎、来年は絶対にぶっ潰してやる…」

 

「ははッ、早くも来年の抱負が決定か。今後も期待してるぜ、相棒?」

 

 

 先ほど飲み干したグラスに中身を注ぎ足し、再びグラスに口をつける。今更だが、彼らは普通に未成年である。しかしこの宴会場に、それを気にするよう者は一人も居ない。というか、この空間に成人前に酒を飲まなかった奴は一人も居ない。そんな真面目な性格をしているのなら、初めから亡国機業(犯罪組織)なんかに所属してない。

 

 

「で、お前はどうなんだ?」

 

「もが?」

 

「来年の抱負だよ」

 

 

 話を振られた本人は、特大ロブスターに嚙り付いていた。慌てて租借し、グラスに残ってたワインで流し込んだ。そして腕を組みながら考え込み、やや間を置いてから答えた。

 

 

「……取り敢えず、姉さんへの復讐は続ける…」

 

「まぁ、そうなるわな」

 

「そして来年こそは、作った全ての借金を踏み倒して見せる!!」

 

「待てコラ」

 

「ついでに運動不足解消の為、オランジュ一日一殺ッ!!」

 

「ふざけんな!!」

 

 

 真面目な顔してそんなことを抜かしたマドカだが、二人の反応を見た途端にカラカラと笑い出した。どうやら、いつもの悪ふざけのつもりだったらしい…

 

 

「ははは。冗談だから、そんな怖い顔をするな」

 

「冗談に聴こえねぇよ。つーか早く返せ、5万6千800円…」

 

「生々しい金額だな…」

 

「ヒぃハー!! メリークリスマぁス!!」

 

「ぶはッ!?」

 

 

 セイスと共にマドカへとジト目を送っていたオランジュだったが、不意にその後頭部を衝撃が襲い、その弾みで眼前の料理の山へと顔面から突っ込んでしまう。突然のことに驚いたセイスだったが、視線の先にサンタの格好をしたもう一人の金髪…バンビーノが立っていたので、その途端にどうでも良くなった。

 しかし当然ながら、やられた本人はそういう訳にいかず、オランジュがゴゴゴと負のオーラを放ちながらゆっくりと立ち上がった。それを見たバンビーノは流石にやりすぎたと思ったのか、『あちゃあ…』と小さく洩らした。

 

 

「悪りぃわりぃ、大丈夫かオランジュ?」

 

「この野郎…サンタに殺意を覚えたのは、靴下に煮干しをクリスマスプレゼントされて以来だ……」

 

「……ごめん、それやったの俺だわ…」

 

 

 

---第六次朱餓鬼戦争勃発

 

 

 

「昔もこんな感じで大騒ぎになったんだよ。因みに、去年はオランジュがバンビーノの顔面にケーキ投げつけたのが事の発端」

 

「納得した」

 

 

 現場組のバンビーノに、常人に毛が生えた程度の身体能力しか持たないオランジュが殴りかかる様子を尻目に、二人は食事を再開するのだった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、そっちはどうだった?」

 

「どうも何も、お前らと一緒に仕事したせいで疲労感たっぷりだ。過去に戻れたら、IS学園は桃源郷とか思ってた頃の俺を殴りたい…」

 

「そんな煩悩まみれの頭で来るからそうなるんだ。私を見習え、ダメ男ども」

 

「黙れマダオ娘」

 

「まぁ、とにかくお疲れ。ほれほれ、お前も飲め」

 

 

 二人の殴り合いもひと段落し、バンビーノも同じテーブルに着いた。置いてあったグラスにウイスキーが注ぎ込まれ、彼はそれを手にとってゆっくりと飲み出す。

 

 

「うぃ~身体に染みるぜぇ~~」

 

「オッサンかテメェは…」

 

「ところで、さっきからアイゼンの奴を見ないが、どこ行った?」

 

 

 監視任務の増援として送り込まれて以来、バンビーノとアイゼンは以前にも増して行動を共にするようになっていた。別に元から仲は良い方だったが、最近は今の仕事内容の関係もあって大抵は一緒に居る場合が多いのである。にも関わらず、さっきからそのアイゼンが見当たらないのだが…

 

 

「アイゼン? あいつなら、あそこに居るぞ」

 

 

 そう言いながらバンビーノが指差した方向に目をやると、この宴会場の奥側中央にあるステージに、軽快なテンポでピアノの音色を奏でるムッツリスケベの姿が目に入った。どうやら、いつの間にか流れていたこの音楽は、アイゼンの手によるものだったらしい。因みにあのステージでは例年通り、メテオラ主催の『フォレスト派一発芸大会』が開催されており、彼のピアノ演奏もそのひとつのなのだろう。

 因みにこの一発芸大会、この場に居る者はマドカも含めて全員強制参加である。セイスは去年、ストラックアウトのパーフェクト記録達成を披露しており、今年はジャグリングをやるつもりだ。

 

 

「あいつ確か、去年は瓦割りやってなかった…?」

 

「改めて芸達者な奴だな、本当に…」

 

「あぁ、全くだ……まぁ、それはともかくエムよ…」

 

「ん?」

 

「……お前、幾らなんでも今日は食い過ぎじゃねえか…?」

 

 

 気付けば、マドカの目の前には空になった皿が、山のように積み上げられていた。彼女の食いっぷりを知っている面々からしても、その量はいつもとは比較にならない量に感じられ、にも関わらずマドカ本人は先程からペースを一切落とさずに食事を続けている。現にバンビーノに指摘されても、彼女は次に手に取ったローストチキンにがっつき始めた。まるで、まだまだ食べ足りないと言わんばかりに…

 

 

「んぐ、ふぅ……確かに、自分でもそう思うんだが、何故か今日はまだまだ余裕なんだコレが…」

 

「おいおい、本当に大丈夫か? まぁ、逆にお前が飯を一切食わなくなった場合の方が心配になるけど…」

 

 

 本当にそうなった時は、冗談抜きで深刻な事態が発生したことを意味する……フォレスト派の仲間達に、自分がそんな風に認識されていることを、彼女は知らない…

 

 

「自分で言うのもなんだが食べられるのなら、それに越したことは無いし、むしろ私にとっては良いことだ。それに、食べられる時には食べるのが一番……そう思わないか…?」

 

「無駄にキリッとした顔で言うな。 全く…たまにお前って、食うこと意外に何も考えてないんじゃないかと思えてくる時があるよ…」

 

「実際そうよ。なにせ私は、明日の命より今日のパンの方が大事だもの」

 

「「「ん…?」」」

 

「どうした、3人とも? そんな呆けた顔して…」

 

 

 思わず首を捻る野郎3人組。謎の違和感を感じた彼らは、その正体を探るべくマドカを追求しようとしたのだが、そこに新たな乱入者が現れた。先程まで一発芸大会の司会をしていた筈のメテオラが、此方に駆け寄ってきたのである。

 

 

「エムさん、もうすぐ貴方の番ですよ。そろそろ控え室の方に…」

 

「む、もうそんな時間か。じゃあセヴァス、行ってくる」

 

「お、おう…」

 

 

 言うや否やマドカは、どこからともなく袋で包んだ長い棒状の何かを取り出した。自分の身長に匹敵する長さを持ったそれを彼女は軽々と持ち上げ、そのまま控え室の方へと足早に去っていった。セイスたちはその後姿に凄まじく嫌な予感を覚えていたのだが…

 

 

---案の定、その予感は的中してしまった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

『さぁ続きましてエントリーナンバー42番、スコール一派からの特別ゲスト、エムさんです!! 皆さん、盛大に拍手!!』

 

「「「「「おおおおおおぉぉぉぉ!!」」」」」」」

 

「あの無愛想だった小娘が、まさかここまで馴染むとはなぁ」

 

「まぁ彼女もセイスと一緒で、なかなか素直になれないだけで根は良い子だからねぇ…」

 

 メテオラのその言葉に、一発芸大会に積極的に参加及び観戦していた者達は拍手を持って彼女を迎えた。なんだかんだ言って彼らも最近は、セイス達程では無いがマドカとそれなりに交流がある。なので今となっては、この様に殆ど抵抗無く彼女のことを受け入れている。

 そんな彼らの拍手を受けたマドカは、何故か頭を含む全身にローブを身まとってステージ上に現れた。怪訝に思う者も少しは居たが、これも出し物の一環なのだろうと結論付けてすぐに気を取り直した。そしてメテオラもまたハッと我に返り、マイク片手に彼女へと近付いていく。

 

 

『さてさて、エムさんの題目は『コスプレ』となっておりますが、いったい何のコスプレなんですか?』

 

「……」

 

『あ、あれ…?』

 

 

 マイクを向けながらのメテオラの問いに、マドカは無言。しかし言葉の変わりに彼女は、身にまとったローブからステージの端へと伸びる一本の鎖を手繰り寄せることにより返事をする。因みに、ロープの先に括り付けられていたのは…

 

 

---汚い字で『解放軍の狗』と書かれた紙を貼り付けられ、台車に固定された人間サイズの藁人形だった…

 

 

『……あの、なんですかコレ? ていうか、コスプレをやるんですよね…?』

 

「……」

 

 

 この尤も過ぎる疑問は、この場に居る殆どの者達が思ったことだろう。それはさっきまで本人と会話していた、オランジュとバンビーノとて例外では無く、マドカの謎の行動によりハテナマークを頭上に幾つも出現させていた。

 

---しかし、ただ一人セイスだけは、頭を抱えてテーブルに突っ伏していた…

 

 

「おいセイス、まさかエムの奇行に心当たりがあるんじゃ…」

 

「ある、ものすっごーーーーく、ある…」

 

 

 自分の予想が正しければ、ことの発端は先週辺りに買った二冊の本。元はネット小説だったが、書籍化されたので購入し、ついでとばかりにマドカに読ませてみたところ、どうやら気に入ったらしいので貸してやったのだ。そして先日、ついに読み終わったということで本は返して貰ったのだが、その際に表紙に描かれた主人公の絵を指差して一言…

 

 

---お前って、意外とこの格好似合うんじゃね? 

 

 

 セイスは半分冗談で言ったのだが、その言葉を聴いたマドカが暫くジーっと表紙を見つめていたことを思い出すと、尚更笑えなくなってきた。まさか本気にはしないだろうと思ったが、あの長い物体と藁人形を考えると…

 などと思っていたら、何かが頭に振ってくる。驚きながらも即座に引っぺがすと、それはさっきまでマドカが身にまとっていたローブだった。それを認識すると同時にステージから聴こえてくる、仲間たちの歓声。慌てて視線を向けると、そこには…

 

 

---中世ヨーロッパを思わせる騎士甲冑…

 

―――いつもの黒髪は、変装用のスプレーで茶色に染まり…

 

---左手には、黒い布に白いカラスを描いた軍旗…

 

---そして右手には、先程の袋に包まれた長物……巨大な大鎌が携えられていた…

 

―――その姿は、まさにセイスの予想通り、あの小説に出てくる最凶の少女そのもので…

 

 

 

「「「「「「し、死神シ○ラ大佐だああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

『え、死神? シェ○大佐? いったい、なんのキャラクターなんですかコレ…?』

 

 

 知ってる者、知らない者の比率は半々位だったが、やはり分かる奴には分かったらしい。マドカがあのコスプレを選んだ原因に一役買ってしまった身としては、完全にスベらなくて良かったとセイスは胸を撫で下ろした。

 そして流石というべきか、あの死神少女を知らない奴らも次の瞬間には感嘆の声を洩らした。何故なら、マドカが演舞のような動きで鎌を一閃させ、藁人形を一刀の元に両断したのである。綺麗に真っ二つにされた藁人形は衝撃で床に崩れ落ちようとしたが、その前にマドカが鎌を再び振るい、更に鋭い斬撃を叩き込んでいく。そして僅か数秒後、藁人形は一切の原型を留めることなく八つ裂きにされてしまった。

 そのマドカの鮮やかな手際に、ギャラリーは自然と拍手を送っていた。コスプレのクオリティーもさることながら、あの大鎌裁きが純粋に凄いと思ったようである。これがパンピーの集まりだったら普通にドン引きされていただろうが、ここは物騒な仕事もこなす亡国機業の宴の場…普通に好評だった。

 

 

「……あいつなら、いつかマジで死神を食い殺すんじゃないかと思ってさぁ…」

 

「まぁ幾つか共通点もあるから、似てなくも無いが…」

 

「でも、な…」

 

 

―――なんだか、色々と危ない気がする。さっきの様子とか、ネタ的な問題とか…

 

 

『ちょっとエムさん、どうしたんですか!?』

 

「ん? って、おい!?」

 

 

 急にメテオラが慌てふためく声を出したので、意識をそちらに向けた。するとステージには、さっきまで皆から拍手を浴びて得意げに仁王立ちしていた筈のマドカが仰向けになって倒れていた。

 突然の事態に驚き、慌てて集まるギャラリー達を押しのけながらセイスは彼女の元に駆け寄る。そしてどこか焦点の合わないマドカの瞳を見てしまい、本気で心配になって結構必死に呼びかける。

 

 

「おいマドカ、急にどうした!? さっき変なもん食ったのか!?」

 

「……そう」

 

「は!? 何だって!?」

 

 

 

 

 

 

「貴方、とっても美味しそう」

 

 

 

 

 

「へ…?」

 

 

「「「「「「え…?」」」」」」」

 

 

―――その瞬間、勢いよく起き上がったマドカは、セイスの首筋に喰らいついた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「本当に、何も、覚えてないんだな?」

 

「あ、あぁ本当だ。控え室で着替えて、鎌を持った辺りから記憶が無いんだ。それより、さっきから頭が痛いんだが、何か知らないか…?」

 

「黙れボケ」

 

 

 セイスに今年一番の怒りの視線を向けられ、マドカはビクリと身体を震わせて押し黙る。因みにさっきのテーブルに戻ってきた彼女の頭上には、噛み付いた拍子に割とガチで叩きこまれたセイスの拳骨により、特大のタンコブが出来上がっていた。

 

 

「ところで、あの鎌はどこで手に入れてきた?」

 

「ちょっと怪しげな骨董品屋で見つけたから買ってきた。因みに、手にした人間は何かに取り憑かれたかのように性格が豹変するという曰くつきで…」

 

「とっとと捨てて来い!! いや、やっぱ返して来い、呪われそうだし!!」 

 

 

 あの後、倒れたり錯乱したりと非常に慌ただしいことになったが、人外の拳骨を受けたマドカは沈黙。気絶した彼女は暫くすると意識を取り戻し、自力で控え室へと戻っていった。微妙な空気になってしまったが、セイスが噛まれるとこまでが出し物の演出だったということにされ、一発芸大会はそのまま続行された。そして現在、トリであるエイプリルが一輪車で曲芸を披露し終わったので…

 

 

『はーい皆さん、ありがとう御座いました!! えぇー、色々とトラブルが発生しましたが、これで一発芸大会は終了でーす!! お疲れ様でしたー!!』

 

 

 最終的には、ほぼ全員の視線を集めていた一発芸大会が終了した。それは同時に俺にとって、この楽しい宴の時間が終わることを意味する。

 

 

「……さて、一足先に失礼しますかね…」

 

「む、もう行くのか…?」

 

「あぁ、残念ながら時間だ…」

 

 

 実はこの後、俺には仕事の予定が入っている。指定時間は丁度この一発芸大会が終わる頃であり、念の為に時計でも時間を確認すると、やはりドンピシャのタイミングだった。忘年会自体はまだ続くし、それに参加出来ないのは名残惜しいが、旦那が手配してくれたとは言え、今日の為にオセアニア支部のストーンが一夏の監視を代わってくれているので、そこまで贅沢は言ってられない。

 

 

「マドカはどうする?」

 

「お前が帰るなら、私も帰る。ていうか、なんか今更になって満腹感が……むしろ、吐きそうで気持ち悪い…」

 

「いつから…?」

 

「大鎌を手放した辺りから…」

 

「今後一切、絶対にあの鎌には触れるな」

 

 

 そう言いながらセイスは立ち上がり、続けてマドカも席から立った。すると、隣で別の会話をしていた筈のオランジュとバンビーノも立ち上がっていた。そういえばさっき、彼らもこの後に仕事があると言っていたのを思い出した。時間までは聞いてなかったが、どうやら偶然にも同じタイミングだったようだ。しかし…

 

 

「あれ、お前どうしたの?」

 

「いや、この後に仕事が…」

 

「え、君らも?」

 

「もしかして、テメェらもか…」

 

「ちょ、僕だけじゃなかったの…!?」

 

「ていうか、この状況は…」

 

 

-――この場に居た者達が一人残らず全員、同時に立ち上がったというのは、どういうことだろうか…?

 

 

『はいはーい、皆様再びご注目~!!』

 

 

 全員が戸惑う中、メテオラの声が響いた。状況が飲み込めない彼らは、言われるがままにメテオラの方へと視線を向けた。するとステージには、先程と同様にマイクを手に持ったメテオラが立っており、その隣には…

 

 

「だ、旦那…?」

 

「フォレストさんじゃねぇか…」

 

「急にどうしたんだ?」

 

 

 基本的に古参組と静かに酒を飲み交わし、時折一発芸大会を楽しげに眺めていた彼らのリーダー、旦那ことフォレストが立っていた。フォレストが壇上に現れたことにより、彼らは更に戸惑った。何故なら彼らが今まさに向かおうとしていた仕事は、フォレストが直々に指令状を手渡してきたのだから。それとこれが無関係な筈がないと全員が察し、二人の言葉を待った。

 

 

『それではフォレストさん、どうぞ』

 

『うん』

 

 

 そして、メテオラからマイクを受け取ったフォレストは、ゆっくりと口を開いた…

 

 

『こほん。さて、もう皆も気付いていると思うけど、僕はこの場に居る全員…おっと、エムは例外だよ? まぁとにかく、僕は皆に同じ指定時間、同じ内容の仕事を指示した。指令状の入った封筒は、許可するまで空けてはならないとも言ってね…』

 

 

 フォレストのその言葉に、全員が首を縦に振った…

 

 

『その許可なんだけど、早速この場で出そう。皆、封筒を空けてくれ』

 

 

 彼がそう言うや否や、フォレスト派のメンバーは全員同時に封筒を取り出し、手際よく開封する。一人のけ者状態のマドカは、この状況に付いていけずに目を白黒させながら狼狽えていたが、セイス以外誰も気にしない。そのセイスも、封筒から出てきたモノを見て硬直した。何故ならそこには、決して少なくない額の札束が入っていたのだ……具体的に言うと、彼らの平均的な給料4ヵ月分くらい…

 

 

『確認したかな? それではメテオラ君、説明』

 

『はーい、それでは皆様ご清聴!! 実は丁度1年前、我々から多額の借金をした者が居るのです。我々が同業者や訳ありの人間に金を貸すこと自体は、別に珍しいことではありません。しかも我々は、表の相場から見ても決して高くない利子で金を貸しています。ですから基本的に金を借りた方々は自主的に返済をして下さるので、トラブルに発展することは滅多にありません。しかし…』

 

 

 フォレスト派の財布係と呼ばれるメテオラは、途端にブルブルと怒りで身体を震わせ、やけに低い声で続きを語りだした…

 

 

『こともあろうにあの野郎、『小悪党に返す金は無い』とか抜かしやがったんです!!』

 

 

―――その言葉を聴いた途端、宴会場が彼らの濃厚な殺気で埋め尽くされた…

 

 

『借りた金は一銭も返さない、ただの薄汚れた弱小企業の分際で我々を小悪党呼ばわり……皆さん、許せますか…!?』

 

 

「「「「「「「「んなわけねぇーだろがッ!!」」」」」」」」」

 

 

―――響く怒号…

 

 

『よーし、ならば戦争です!! ボッコボコのケチョンケチョンにしてやりましょう!! と、言いたいところなんですが、後から調べた結果、この男は我々の基準でギリギリグレー、つまり堅気の人間であると結論付ける羽目になってしまいました。よって我々の掟により、残念ながらコイツを直接殺したり負傷させたりすることは許可出来ません…』

 

「なんじゃそりゃ…!?」

 

「あぁ、あの男だったのか…」

 

「知ってるのか?」

 

「メテオラに頼まれて調べたんだ。その男、どうやら俺達をただの闇金か何かと思い込んでたらしい…」

 

「うわぁ…」

 

 

 手が出せないと知り不平不満、そして呻き声を洩らす彼らだったが、途中で思った。じゃあ、自分達が寄越された仕事と金は何なのだろう、と……そして…

 

 

『皆さん、話は最後まで聴きましょうね? 実は件のその借金男、最近カジノ経営を始めたらしいのです。しかも借金男の癖に、大量の賄賂を政府に贈り、日本で特別に経営する為の許可を買ってまで。そこで私は思ったのです、奴を直接傷つけず、ギャフンと言わす方法を!!』

 

『その方法とやらを実行するにあたり、面白そうだから僕もちょっと話に乗せてもらったのさ。ちょっと風変わりなクリスマスプレゼントには、丁度良いと思ったしねぇ?』

 

 

 この時点で大半の者は顔を上げ、フォレストの次の言葉を察した。フォレストの直接の部下ではないマドカでさえ、この続きは察することが出来た。そして、彼らの予想は当たった…

 

 

『それでは諸君、今から仕事兼二次会の会場へ出発だ!! その渡した軍資金を元手に今から向かうカジノで、店を潰す気で荒稼ぎしてきてくれ!! あぁそうそう、事前に伝えるノルマ分を稼げたら、残りは全部自分のものにして良いから張り切ってくれたまえ!! 以上!!』

 

 

―――森の亡霊たちの宴は、まだ始まったばかりだった…

 

 

 




○マドカのコスプレは、七沢またり氏の『死神を食べた少女』の『シェラ・ザード』。今更ながらハーメルンでは知ってる人と知らない人、どっちが多いんだろ…;
○因みに最初は、ゼフィルスのバーニアで月光蝶やらそうかと思った
○虎の兄貴はクリスマスケーキ食いながら現地に先行して偵察中

それではちょっと続いてしまいましたが、多分これが今年最後の更新になります。日頃アイ潜シリーズを読んで下さってる皆様方、今年もありがとう御座いました。今後もセイス達と愉快な仲間達を、どうか生暖かい目で見守ってやって下さい~


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特別番外編 亡霊の宴 中編

ちょっと長くなりそうなうえに、もう少し忙しい日が続きそうなので、話を3分割して小出しさせて頂きます。しかし新年一本目の更新が、クリスマスの続きと言うだけでもアレなのに……申し訳ないっす…;

こんな野郎ですが、今年もよろしくお願いします。


 首都圏から然程離れていない場所に、その合法カジノはあった。本場ラスベガスにあるような物と比べたら流石に見劣りするが、これまでカジノ自体が存在しなかった日本からしてみると、やはり充分に巨大な規模と大きさを誇っていた。それでいて外見はそこまで派手な装飾がされておらず、地味な印象を感じてしまうが逆にそれが建物に威圧感を与え、周囲に対してより一層の存在感を示していた。

 そして入り口を通り過ぎ、雰囲気のあるロビーを抜けた奥には更なる別世界が広がっている。派手なライトとネオンに照らされた大広間のような場所にはルーレットやトランプ、スロットなどの定番なコーナーから、ゲームセンターにあるメダルゲームなどを本格的なカジノ用にリメイクして先祖帰りさせたものや、店内で遊んでいる者達の勝敗に賭けをするコーナーなど、一風変わったものまであった。

 これらの設置物に比例して、それらで遊ぶ客達の人数も半端なものでな無く、人ごみに慣れていない者は雰囲気だけで簡単に酔ってしまいそうだ。そんな人達の為に休憩所を兼ねたバーカウンターが設けられいるのだが、今その場所に一般客の姿は見受けられない。何故なら現在、このカジノのオーナーである男が、招待したスポンサー達をバーカウンターを貸し切り状態にしておもてなし中だからだ。

 

 

「これはこれは…お久しぶりです、ミス・ミューゼル。私みたいな小物の誘いを受けてくれたこと、心から感謝致します」

 

「えぇお久しぶりね、絹川さん。此方こそ、ご招待感謝しますわ」

 

 

 ISの登場もあり、再び日本という地が世界的に注目され始めた。それは商業や観光面にも言えたことであり、多くの者達がこの風潮を金儲けのチャンスに変えるべく、日頃からその術を模索し続けていた。

 このカジノの支配人…スコールに絹川と呼ばれた男も、そんな者達の内の一人だった。彼は外国からの観光客や要人、その要人との接待や会談の場所を設けたい人々を中心とした客層を狙い、金にモノを言わせ、原則的に賭博が禁止されているこの日本の地にカジノを建てたのだ。その過程で色々な規制やルールを国から課せられてしまったが、カジノ経営そのものには支障が出ない程度なので問題は無い。

 

 

「それにしても、中々に充実した施設ね。これなら、経営もすぐに軌道に乗ると思うわ」

 

「お褒めに与り光栄です。おっと、時間のようですね…私はこれで一度失礼します」

 

 

 そう言って絹川はスコールに軽く一礼し、すぐにその場から去っていった。そんな彼の背中を見送りながら、また例によって値の張りそうな衣服を身に纏ったスコールは、周りで談笑している他の投資家達に気付かれないように、一人ほくそ笑んだ。

 

 

「さて、ここまでは順調ね…」

 

『どうだスコール、あの豚はカモに成長出来そうか?』

 

「えぇ、期待して良さそうよ。彼は小悪党にも劣る小物だけど、お陰で扱いやすいから、金蔓としては優秀だわ。上手に調教して、私達の新しい財布になって貰いましょ」

 

 

 ISを通して聴こえてきたオータムの言葉に、スコールは静かに答える。彼女らは現在、組織の資金集めも兼ねた、このカジノの乗っ取りを計画していた。周りに居る他の投資家達と同様にスポンサーの一人として接触し、後はいつもの様にスコールが絹川を手籠めにしながら、オータム達が絹川の弱味や秘密を握ってしまえばもうこっちのもの。スコールに騙されて飼い慣らされるならそれで良いし、例え気付いて反抗しようが、手に入れた情報を使って脅せば簡単に黙らすことが出来るだろう。

 つまり絹川はどう転んでも、スコール達の操り人形になる運命からは逃れられない。

 

 

(ここ暫く、フォレスト達に良いとこ取りされてばかりだもの。今回ばかりは意地でも成功させるわ…)

 

 

 あの憎たらしい微笑を浮かべた優男の顔を思い浮かべながら、彼女は心の中で呟いた。

 周りからのスコールに対する評価は常に高く、フォレストと手を組んでからもそれは変わらなかった。しかしながらここ最近、自分が直接の指揮を取った作戦が悉く失敗に終わっている。今はまだ問題無いが、このまま大した成果を残せないと、スコール派のメンツが丸潰れになってしまい、最悪の場合は今の対等な関係が崩れる可能性がある。昔からフォレストをライバル視しているスコールにとって、それだけはなんとしても避けたかった。そしてあわよくば今回の成功を切っ掛けに、一気に巻き返しを謀ってそのままフォレストを今の地位から蹴り落とそうとまで画策していた。

 

 

『ん…?』

 

 

 静かに己の野望に思いを馳せていたその時、通信中のオータムが怪訝な声を発した。彼女は今、一般客に紛れてカジノにおり、得意の猫被りを用いながら従業員や客から様々な情報を集めている筈なのだが、何か問題でも発生したのだろうか?

 

 

「どうしたの、オータム?」

 

『あ、いや。なんか見覚えある奴が居た気がしたんだけど、多分気のせ、いッ…』

 

「オータム…?」

 

『なんでテメェらがここに居るんだ、エム!? それにセイス!?』

 

「え…」

 

 

 この年末行事を『めんどくさい』の一言で片づけ、勝手にすっぽかしてフォレスト達の忘年会に行った筈の部下の名前が聴こえてきたことにより、スコールは一瞬だけ動揺する。詳しく状況をオータムに尋ねようかと思ったが、間の悪い事に絹川が戻ってきた。彼女はすぐさま気を取り直し、顔にはいつもの微笑の仮面を張り付ける。そこには、先程のやり取りの面影は一切残っていなかった。

 

 

「おやミューゼルさん、どうかしましたか?」

 

「いいえ、何でもありませんわ。お気になさらず」

 

 

 絹川の問いに淀みなく答えるスコール。しかし、その内心は穏やかではいられない。エムは腕が立つので護衛としては最適だが、性格がアレなのでこう言った社交の場には適さず、むしろ居ない方が良いかもしれないと思い、最終的にフォレスト達の忘年会に行くことに許可は出した。そのエムが、なんで今頃になってこの場所へとやって来たのか、その理由がスコールには全く分からなかった。

 というか聞き間違いでなければ先程、オータムはエムだけでなくセイスの名前まで呼んでいた気がするのだが、もしや…

 

 

「左様ですか。それはそうとミューゼルさん、貴方に紹介したい方が居るのですが、少しよろしいですか?」

 

「えぇ、構いませんよ」

 

 

 別の事を考えながらも、彼女は目の前の男にしっかりと言葉を返す。どうやら先程絹川が席を外したのは、その自分に紹介したい人物を出迎えに行ったからのようだ。視線を周囲に移してみると、いつの間にか投資家達がバーの方に人だかりを作っていた。同業者として今後の為にも、その人物と挨拶なり名刺交換なりしているのだろう。

 

 

「それは良かった。きっと、ミューゼルさんも彼のことを気に入ると思いましたので、是非とも会って頂きたいと常日頃から考えていたのですよ」

 

「あら、絹川さんにそこまで言わせるなんて、その人は中々に大物なのかしら?」

 

「大物…と呼ぶべきかどうかは分かりませんが、凄い人であることは確かです。私がこのカジノの為に様々な方法で資金稼ぎをしていた頃、ふらりと現れて色々と助言してくれた上に、どこからともなく充分過ぎる数のスポンサーを集めてきてくれたのです」

 

 

 その言葉を聞いて、やはり絹川(コイツ)はただのバカであるとスコールは確信した。闇金からの借金を踏み倒したり、詐欺紛いの方法で資金集めをしていたこの男に、なんの下心も無く近寄ってくる奴なんて居る筈が無い。その人物は自分と同じで、この男を利用する為に近寄ってきたのだろう。

 逆に絹川がそう言った輩を利用するべく、ワザと無能を装っているのなら大したものだが、自分が調べた限りそのような様子は見受けられない。やはり優先して警戒すべきなのは絹川本人よりも、絹川を利用しようと考えている自分の同類たち……そう彼女は結論付けた…

 

 

「まさに彼は、私にとって恩人なのですよ」

 

「それは流石に大袈裟じゃないかな?」

 

「ッ!?」

 

 

 突如割って入ってきた声を聴いて、スコールは頭の中が真っ白になった。反射的に有り得ないと思ったが、それと同時に自身の耳が彼の声が聞き間違いでないことを確信していた。職業柄、記憶力と五感が充分に鋭くなり過ぎてしまい、間違える筈も無い。

 張り付けた微笑が崩れない様に必死で動揺を隠すスコールを余所に、絹川は声のした方を振り向き、いつのまにか此方に近づいて来ていた件の男と目を合わせ、暢気に談笑を始めた。

 

 

「おっと、グランツさん。もしや、少々待たせすぎてしまいましたか?」

 

「いやいや、単に僕が我慢弱いだけさ。だから、気にしなくて良いよ」

 

「恐縮です。あぁ、失礼しましたミューゼルさん。この方が、先ほど言った御仁なのですが…」

 

 

 絹川の言葉に合わせ、上品でシックなスーツを身に纏った彼は、優雅且つゆっくりとした動きで一歩踏み出し、スコールの前で紳士さながらの御辞儀をしてみせた。そして…

 

 

「初めまして、ミス・ミューゼル。僕の名前は『フォレスト・グランツ』、しがない投資家です。以後、お見知り置きを…」

 

 

 スコールが先程思い浮かべた微笑とまるっきり同じ笑みを浮かべ、フォレストは半ば引き攣った表情を見せる彼女に向かってそう言った。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「それじゃあ何かテメェら、私らの獲物を横取りするつもりってことか…!?」 

 

「横取りとか言うんじゃねぇよ。むしろ、あの男に目を付けたのは俺達が先だ」

 

 

 メテオラ達に引き連れられて到着して早々、オータムと遭遇したセイス達。挨拶もそこそこに、それぞれ各自が遊びたい、もしくは得意なコーナーへと足を運び、セイスもう稼げる自信のあるスロットコーナーへと赴いていた。その最中もオータムはしつこくついて来ては説明を求め、スロットで遊び始めても五月蠅かったので軽く事情を説明したのだが、説明したらしたで結局五月蠅かった。

 

 

「まぁ旦那も姉御と同じ場所に行ったみたいだし、その内に二人から指示が来るだろ。その時までは互いに不干渉ということにしとかね?」

 

「……チッ、しかたねぇな…」

 

 

 舌打ちと不満を漏らし、オータムはセイスの隣にあるスロットの席に座り、そのまま遊び始めた。てっきり仕事に戻るものだと思っていたのだで、オータムの行動にセイスは意外そうな顔をする。

 

 

「行かねぇのか?」

 

「もう目ぼしい奴らから情報は集めちまった。聞き込みが終わったら、後はシャドウとトールたちが終わるまで遊びながら待機してろとも言われたしな…」

 

「あ、そう」

 

「ところでエム、さっきからテメェは何をしてやがるんだ…?」

 

「スロットだ」

 

 

 オータムの問いに即答したマドカは、さっきからセイスの隣でスロットと睨めっこを続けていた。

 あの後、帰っても暇な彼女は結局この二次会に参加する事に決めたのだ。とは言えフォレスト派の一員では無いマドカには軍資金が支給されなかったので、やむなくセイスから半分ほど借りることになった。そして現在はというと、セイスの隣に陣取ってメダルの枚数を増やしたり減らしたりと、一進一退の攻防を繰り広げている。

 

 

「いや、そういう意味じゃねぇよ。スコールからの仕事サボって何をしてやがるんだって言ってんだ」

 

「Slot」

 

「無駄に発音上手いな!? て、だから違ぇって!!」

 

「チッ、五月蠅い奴だ。それにしても…この台はダメだな、ちょっと他の場所に行ってみる」

 

「おう、頑張れよ~」

 

 

 荒ぶる秋女を軽く無視して、マドカは残ったメダルを手にさっさとその場を離れていく。いつも適当にオータムの事をあしらうマドカだが、既にオフモードに突入し始めていた今の彼女のスルースキルは磨きがかかっていた。去りゆく彼女の背中に向かってオータムは声を荒げるが、微塵も聞いちゃいなかった。

 

 

「ちょ、待てコラ!! ていうか、お前もお前で、なんでスロットでそこまで稼げるんだ!?」

 

「ん?」

 

 

 オータムの視線の先にあるセイスのメダル入れには、既にメテオラから課せられたノルマを差し引いても充分過ぎる位の量が入れられていた。ぶっちゃけ、これだけの量は7の字を三つ揃えても簡単には貯まらない。しかし先程からセイスは、当たりの絵柄を地味に揃え続けコツコツと、それでいて確実に稼いでいた。おまけに途中から気付いたのだが、さっきから彼は一度もハズレを出していない。これはもうイカサマをしているとしか思えないが、さり気無く予算を削って設置されたスロットマシーンは旧式のものであり、最近では主流となりつつある電子画面式では無いので、どんな機械を使ってもシステムを弄ることは出来ない筈なのだ。

 

 

「俺の反射神経が、スロットの回転スピード如きに遅れを取ると思うか?」

 

「思ったよりアナログなインチキだなオイ!?」

 

 

 その気になればスリー7を連発する事も可能だが、流石にそんなことをすれば真っ先に疑われるので、最後の仕上げ以外は小さく稼ぎ続けるつもりだった。因みに、ティーガーも同じ方法を使う時がある。

 

 

「もうノルマは達成したし、後は自分の分をゆっくり稼ぐだけだ。なんなら、半分くらい分けてやろうか?」

 

「いや、いらねぇよ…」

 

「そうか。じゃあコレは、カモ犬にでもくれてやるか…」

 

「カモ犬?」

 

 

 セイスの言葉に不思議そうな表情を見せるオータムだったが、その疑問の答えはすぐにやってきた。暗い影を落とし、どんよりとした雰囲気を纏ったバンビーノがトボトボと近寄ってきたのである。

 そんなバンビーノの様子に反して、彼のその姿を見たセイスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「よぉ、随分と景気が良さそうじゃん」

 

「うぐッ…」

 

 

 セイスの皮肉に呻き、更に弱々しい態度を見せるバンビーノ。どうやら、ノルマを稼ぐ前にスッカラかんになったらしい。バンビーノ本人は頑なに否定しているが実のところ、彼は遊びに金が懸かると非常に運が悪くなる。日頃から悪運が良い分、金運は全てそっちに持って行かれているようだ。

 

 

「さてさて…開始早々に有り金全部摩った挙句、既に一度俺から金借りて再チャレンジしにいったバンビーノの成果は、果たしてどんなだろうなぁ?」

 

「うぅ…」

 

「どんなだろなぁ~?」

 

「む、無一文…です…」

 

「雑魚犬」

 

「ぐはッ!?」

 

 

 その強烈な一撃により、バンビーノはあっさりと地面に崩れ落ちた。その姿にセイスはやれやれと首を横にふり、何も言わずにそこそこな量のメダルが入った入れ物を彼の隣に置いた。それを確認したバンビーノは置かれたメダル入れを恐る恐る手にとり、確認するようにセイスへと視線を向けた。

 

 

「……良いのか…?」

 

「言っとくが、″貸し″だからな?」

 

「あ、あぁ分かった!! ありがとう、必ず返す!!」

 

 

 言うや否やにこやかな表情を浮かべ、バンビーノは意気揚々とトランプコーナーへと向かっていった。なんでこう、アイツは最もカモられやすい場所を選ぶのだろうか…?

 

 

「おい、良いのか? 絶対にまた失敗するぞ、アイツ…」

 

「だから貸した。確実にまた摩って来ると思うから、その時はまた貸す。そして後日、利子が膨れ上がった頃に纏めて返してもらうのさ」

 

 

―――余談だが最終的にバンビーノの借金は、彼自身の給料半年分にまで増えた…

 

 

「フォレスト一派名物、『流星式ローン』か……てめぇら、本当にタチ悪い性格してんな…」

 

「いやいや、マドカと比べたらずっとマシだろ」

 

 

 半ばドン引きしたオータムの反応を見て、心外とでも言いたげな態度のセイス。そして同時に、彼の口から出てきたマドカの名前を耳にしたオータムは、露骨に苦い表情を見せる。

 

 

「前々から思ってたが最近のアイツ、てめぇらに染まり過ぎだろ。さっきの態度と言い、たまに送信されてくる画像と言い、私らの知ってるあのクソ餓鬼はどこいった? お蔭で私もスコールも、あのバカが嫌いになれなくなっちまったじゃねぇか…」

 

「知るか。それとあの性格は絶対にアイツの素だ、俺達が原因じゃねぇよ、っと…」

 

 

 そう言いながら彼は再度スロットの絵柄を揃え、順調にメダルを増やしていく。しかし、ぶっきらぼうに発せられた言葉の割には、セイスの顔は微妙にニヤついていた。何だかんだ言って、歪ながらもマドカとスコール達の関係が、徐々に改善されつつあることが嬉しいのだろう。セイス達ほどでは無いにしろ、彼女が自分の素の部分を見せ始めたところなんて、特にその証拠と言っても過言では無い。それに比例してフォレスト一派やスコール達、マドカ自身の周囲の者達も彼女に向ける視線を変え始めている。

 どんな形であれ、マドカが皆と完全に打ち解ける日が来るのも、そう遠くない話かもしれない。闇社会での未来の方が明るくなる一方というのは、なんとも皮肉な話である気がしなくもないが…

 

 

「……なんにせよ、来年も良い一年になりそうだ…」

 

 

 ポツリとそう呟いて、彼はまた慣れた手つきでスロットの絵柄を揃えた。その表情は、付き合いが短い者にも分かる位に楽しげだった。

 

 

 




○この時のマドカとオータム達の関係は、喧嘩するほど何とやらのレベルにまで改善された模様
○しかし同時に、スコールはマドカのダメな部分に頭を悩ませる日が増えたとか…
○まぁ結局セイスと同様に、ほっとけないようですが…

森の宴が終わったらトライアングル編の続き、それが終わったら八巻のワールドパージ編にいく予定です。お楽しみに~


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特別番外編 亡霊の宴 後編(旦那のくだり大幅修正)

本当に長くなりましたが、これでクリスマス編は終わりです。ただ長くなり過ぎて、終盤はちょっとグダグダに…;

次回は外伝の方で、トライアングル編の続きを更新します。お楽しみに~


「うぅむ、思ったより広いな…」

 

 

 一方その頃、マドカはスロットコーナーから離れ、カジノ全体を見て回っていた。外見と年齢が良くも悪くも一致しているので、こういった場所には興味があったとしても中々出入りする事が出来ない。こればっかりはスコールに幾ら金を渡されようが、法的な理由で店に入れて貰えないのだ。

 今回はフォレストが色々と根回しをしてくれたので、セイス達のような未成年組も店側には特例として扱われているが、そう何度もこのような機会が訪れる事は無いだろう。なので今晩の彼女は、いつにも増してとことん遊びまくり、堪能する気満々なのだった。

 

 

「とほほ…またすっからかんだぁ……オワタ…」

 

「……なにしてるんだ、バンビーノ…」

 

 

 途中、見知った奴がその場で崩れ落ちているのが見えた。トランプコーナーの片隅で撃沈しているバンビーノの視線は、あまり定まっていなかった。

 

 

「よぉう、エム…ちょっと、また惨敗しちゃってなぁ……」

 

「負け犬以下の雑魚野郎」

 

「ぐぼっふぉあ!?」

 

 

 微妙にデジャブ…否、さっきよりも酷いことを言われたバンビーノは断末魔を上げ、今度こそショックで完全に沈黙した。このままだと邪魔になるので、マドカは彼を後ろから猫のようにつまみ上げ、店の片隅に放り投げた。その後はスタッフ辺りがどうにかしてくれるだろう…

 

 

「これは運が無い、2ペアとは残念!!」

 

「ぐッ…」

 

「またか…」

 

「いい加減に静かにしろ貴様ぁ!!」

 

 

 ふと聴こえてきた喧騒の方に目をやれば、これまた見覚えのある奴…オランジュがポーカーをやっていた。しかし、どういうわけか彼の相手をしている者達は皆、眉間に皺を寄せたり声を荒げたりと、明らかに機嫌が悪そうだ。

 

 

「おっと失礼…私、思ったことを我慢出来ず口にしてしまう癖がありまして……」

 

「よくも抜けぬけと!!」

 

「さっきなんてクズ札と称した癖に、実際はフルハウスだったじゃないか!!」

 

「かと思ったら次は本当に2ペアだったけどな、畜生!!」

 

 

 オランジュが仕事スイッチを入れた時に見せる、あの聞いてるこっちがムズムズする口調…それを耳にしたマドカは、『あいつ、マジだ…』と直感した。

 セイス達を交えながらトランプで遊んだ際も、彼はフォレスト直伝の心理術を如何なく発揮してきた。ポーカーの時なんて、初っ端から自分の手札を大声で明かしたりしてこっちを揺さぶってくるのだ。それ自体は別にどうでも良いのだが、一番怖いのはオランジュがその揺さぶりを誰がいつどのタイミングで信じ、または信じないかを完全に見切ることが出来てしまうということだ。もっとも、そのせいでオランジュは一時期、仲間からハブられ続けてしまったのだが…

 

 

「はいはい分かりました、正直に言いますよ。今の私の手札は、ストレートフラッシュですよー」

 

「なぬ…?」

 

 

 殆ど負けない手札を持っていると宣告され、オランジュの対戦相手達は皆一様にして黙り込んだ。最強手札の代名詞であるロイヤルストレートフラッシュでは無いぶん微妙に信憑性があるのだが、それが本当なのか嘘なのかは彼らには判断できない。既に何度も彼の嘘を本当と思い、本当のことを嘘と思い込まされてしまったのだ、今更自信など微塵も残ってない。

 

 

「おや、いつの間にかこんな時間ですか。大変恐縮ですが、私はこれで最後の勝負とさせて頂きましょうか……あ、掛け金は全額投入で…」

 

「ッ!!」

 

 

 オランジュと相対していたのは、三人。一人は彼の戦績と全額投入という言葉に怖気づき、勝負を降りた。しかし、残った二人は違った。逆に先程までのオランジュの戦績が、この瞬間の為の布石であると感じたのである。従って二人は彼の言葉を嘘と断定し、対抗するように自分達も全額を投じた。

 

 

「わぉ、最後の最後で随分と強気に出ましたねー」

 

「黙れクソ餓鬼、勝ち逃げなどさせてたまるか」

 

「とっとと、その貧弱なストレートフラッシュとやらを見せてみろ。ほら、3カードだ」

 

 

 一人目の男はそう言って自分の手札を見せた。すると彼の言った通り、同じ数字のカードが三枚揃った手札がそこにあった。その様子を見たオランジュは眉間に皺を寄せ、逆に二人目の男はニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

「悪いな、フルハウスだ」

 

「なんだと!?」

 

 

 2種の数字が三枚と二枚の手札が翳され、一人目の男は絶句した。どうやら、オランジュ一人に勝てたところで別の奴に負けたら意味が無いということを失念していたようだ。調子に乗って全額摩った一人目を尻目に、二人目の男はオランジュを嘲笑うように視線を向け、口を開いた。

 

 

「さぁ、次はお前の番だ。と言っても、どうせストレートフラッシュなんて嘘なんだろ?」

 

「……えぇ、お察しの通り嘘です…」

 

 

 やれやれと肩を竦め、彼は手札を投げ出すように見せた。そのまんま投げやりな様子で広げられた彼の手札、それは一種類の数字が4枚揃ったもの…

 

 

「ストレートフラッシュでは無く、4カードです」

 

「ははは、やはりハッタリだったか!! 最後の最後で詰めを見誤った、な……4カードだと…?」

 

 

 ハッタリを見破ったことで得意げになっていちゃ男だったが、現実を受け入れたのか次第に顔が真っ青になっていった。確かに4カードは、ストレートフラッシュより弱い。それは確かだが、少なくとも…

 

 

「悪いなオッサン、どのみち俺の勝ちだ」

 

 

---フルハウスよりは強いのである…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「お、マドカとオランジュじゃん。そっちの調子はどうだ?」

 

「まずまずだ。それにしても、やっぱり二度とオランジュとはカードで勝負したくない」

 

「なんだ、見てたのかさっきの…」

 

 

 負け犬から有り金を巻き上げ、ホクホク顔のオランジュがこっちに来たので、マドカは軽く声を掛けてみる。そこへ粗方稼ぎ終えたセイスも加わり、いつもの三人が揃った。

 

 

「そう言えば、他の奴らはどこに行ったんだ? さっきから見かけないんだが…」

 

 

 バンビーノはさっき居たし、アイゼンは途中でチラリと見かけた。アイゼンはダイスコーナーで買ったり負けたりを繰り返しながらも、地道にコツコツと稼いでいた。メテオラは色々なコーナーを練り歩き、ある程度稼いだら次へ、またある程度稼いだら次のコーナーへと移動し続けているらしい。オランジュ曰く、彼には金運の気配というものが分かるらしく、その直感に従ってカモられる前に稼ぐだけ稼いで立ち去っているのだとか。

 とまぁ、こんな感じでいつもの奴らは何人か見かけたのだが、他の面々が先程から見当たらないのである。あれだけの大人数であるにも関わらず、不思議な位に出くわさない。

 

 

「どこって、あそこに居るじゃん」

 

 

 言われてオランジュが指さした方を見ると、そこにあったのはアームレスリングコーナー。店のスタッフと挑戦者が腕相撲し、その勝敗を賭けるというものだった。何故かそこに、フォレスト一派の殆どが集まっていた。

 

 

「……何をしてるんだ、あれは…」

 

「ノルマ達成出来そうに無い奴らの為の救済措置」

 

「は?」

 

 

 謎の言葉に怪訝な表情を見せるマドカだったが、取りあえず視線を戻してみる。すると丁度その時、腕相撲に挑戦するのであろう男が二人、入場してくるところだった。最初に目に付いたのは、店が用意したスタッフ。格闘技か何かの経験者なのか、ガッシリとした大柄な体格に、決して見せ掛けではない筋肉を纏っていた。それに対して挑戦者の方はというと、一般客からの参加者なのかスーツを着た若い男だった。同じ世代の人達と比べたら長身な方かもしれないが、対戦相手の大男と比べたら熊と柴犬ぐらいの差がありそうだ。やはり、遠目から見ても普通は勝負にならなそうである。

 この組み合わせを見た大半の観客は、やはり大男に掛け金を投じる。しかし、フォレスト一派の面々は違った。あろうことか、この無謀ともいえる対戦マッチを見た彼らは迷うことなく有り金の全てをスーツの男に投じた。それを見た他の客達は彼らの正気を疑うが、本音を言えばマドカも同じ気持ちだった……スーツの男性に全額賭ける、という意味で…

 

 

---何故なら…

 

 

「大丈夫なのか、素人にティーガーの相手をさせて…」

 

「ティーガーの兄貴はプロだ、ちゃんと手加減する……多分…」

 

「……ぶっちゃけ、俺は不安でしょうがない。スタッフの命が…」

 

 

---数分後、勝負の結果は彼らの予想通りとなった…

 

 

 

 

 

 

「はい、ちょっと失礼しますよー」

 

「お、お前は…!?」

 

 

 店の関係者が集まっていたバーカウンターは、なにやら剣呑とした雰囲気が漂い始めていた。その原因は躊躇なく部屋の扉を開け、招かれざる客が現れたことにより、店のオーナーである絹川が声を荒げたからだ。

 

 

「これはこれは、お久しぶりですね絹川さん。その節は大変御世話になりました、改めて御礼を申し上げますよ?」

 

「今更になって何をしにきた、このチンピラがッ!! 幾ら私を脅そうが、貴様らのような輩には鐚一文払わんぞ!!」

 

 

 上等なスーツに黒縁メガネを身に着けた若者。その挙動は一つ一つが丁寧であり、チンピラと称された割には、背筋がピンッとしてしっかりとした印象があった。その場に居合わせた者の大半は、絹川の態度もあってか彼に対して少なからず興味を抱き、気付けば視線を彼らに向けていた。そして注目を集めていることを知ってか知らずか、二人は会話を続ける。

 

 

「御安心下さい、今の貴方に利用価値は欠片も残っておりませんから、別に取って食ったりはしませんよ。私はただ、自分の上司を迎えに来ただけです」

 

「上司? お前はいったい何を言って…」

 

「やぁ、メテオラ。もう用は済んだのかい?」

 

 

 突如割り込んできた声に、思わず絹川は言葉を失った。そんな彼を余所に、声の主はニコニコと笑みを浮かべながら若者…メテオラと口論していた絹川を押しのけるようにして前へと出てきた。それを見て、メテオラもまたニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「えぇ、勿論です。皆様が張り切ってくれたお陰で、利息分も含めてキッチリと回収出来ました。嗚呼でも、バンビーノを筆頭とするいつもの負け組は、残念な結果に終わったようですね。本当に、全くもって不甲斐ない。まぁ、その分は私が多めに稼がせて頂きましたので、問題はありませんが…」

 

「それは素晴らしい。なら、もうこんなシケた店に長居する必要は無いね。僕達は、これでお暇させてもらおう」

 

「はい」

 

 

 終始笑顔で、そしてさり気無く毒を吐く二人。話の全貌がまるで分からないスポンサー達は当然の事、当事者である筈の絹川もまた状況に全くついていけなかった。なにせ自分にとって後ろ暗い部分の象徴の一つである借金を踏み倒した相手と、上客であり最大の協力者である男がにこやかに会話しているのだ。狼狽えるなと言う方が無理な話である。

 

 

「ぐ、グランツ、さん…?」

 

 

 それでもどうにか声を絞り出し、彼は目の前の男に問う。限りなく嫌な予感を感じても、訊かずにはいられなかった。彼のその心境を理解したうえで、フォレストはめんどくさそうに声の方へと振り返る。

 

 

「どうかなさいましたか、絹川さん?」

 

「そ、そいつは…その男はいったい、何者なんですか?」

 

「彼は僕の部下だよ。主な仕事は帳簿係だけど、たまに高利貸しの真似事もさせているんだよね」

 

 

 そこでフォレストは一端言葉を区切り、スッと絹川との距離を詰めた。まるで幽霊のような動きに絹川はギョッとしたが、次の瞬間にそれどころではなくなってしまう。

 

 

「つまり君は、僕から作った借金を踏み倒そうとした訳だ」

 

「ッーーー!?」

 

「ダメだよ絹川君、借りた金はちゃんと返さなきゃ?幾ら君が、僕に助言を求めるどころか経営の全てを丸投げしちゃう位に無能でも、最低限の常識は守ろうよ」

 

 

 ここに来て、ようやく気付いたその事実。自分がやった事と、メテオラに対して吐いた罵詈雑言の数々を思い出し、彼の顔から見る見るうちに血の気が引いていった。しかも、さり気なくスポンサーに聞かれたくない事実を暴露され、早速不穏なヒソヒソ声が聞こえ始める。

 その様子を面白がるように、フォレストは笑みを更に深くしながら言葉を続ける。

 

 

「まぁそう言う訳だから、悪いけど勝手に徴収させて貰ったよ。店のオープン初日から大赤字が決定しちゃったけど、それも身から出た錆ってことで諦めてくれ」

 

「ふ、ふざけるなッ!!」

 

 

 絹川は当時、決して少なく無い額をメテオラから借りていた。しかも借りたのは一年も前なので、利子が加算された現在は洒落にならない金額に膨れ上がっていた。そして、それだけの額をゴッソリ回収されたというのが本当なら、大切なオープン初日から大損害を被った事になり、おまけに今後の経営にも大きな影響を出すことになるだろう。

 そのことを察せられるだけの頭は持っていたようで、絹川の取り乱しようは半端なものでは無かった。ついさっきまで恩人と称したフォレストに向かって、手のひらを返すようにして悪態を吐きはじめた。

 

 

「貴様、ただで済むと思うなよ!? よくも私の店にこんな真似を!! この店は私のものだ、貴様らの好きにはさせん!!」

 

「でも君じゃ無理でしょ、この店を存続させんの」

 

 

 しかし、その絹川の切羽詰まった剣幕も、フォレストの前には意味をなさなかった。変わらずニコニコと笑みを浮かべながら、無情な事実を突きつける。

 実際、絹川は大切な業務の殆どをフォレストに任せていた。今更になってカジノ経営の舵取りをしろと言われても無理だし、そもそも日本唯一の合法カジノという特殊な場所なだけあってか、必要な手続きや作業は山のようにある。そこに今回の取り立てによる大赤字まで追加されるとなると、この店を存続させるのは絹川で無くても不可能に近い。もっとも、フォレストやスコール達のようなやり手が経営に携わると言うのならば、話は別だが…

 

 

「き、貴様から奪われた金を取り戻せば、どうにかなる!! 例え部下が何人居ようが、ここから逃がさなければ…」

 

「どうやって一般客と見分けるつもりだい? しかも君如きの手勢が、僕の部下達に勝てるとでも?」

 

 

 何人か彼の紹介で特別待遇を受けている客も居るが、そもそも今晩の客の大半はフォレストの伝手で招いた者達だ。おまけに彼の部下はギャンブルで遊びながら金を回収したので、普通に遊んでいる一般客の中から探し出すのは殆ど不可能だ。よもや『ギャンブルで勝ってるから』等と言う理由で怪しむ訳にもいかないだろう、誤って一般客を疑った日には完全にこの店の信用は無くなる…

 

 

「わ、私のバックには日本の国会議員が居る!!貴様如き、すぐに…」

 

「その議員、先日に税金の横領が発覚して捕まったよ。下手すると、カジノ経営の特例措置も取り消されちゃうかもね?」

 

「は!?」

 

 

 流石に絶句するしかない絹川。しかし、この期に及んで彼は、まだ理解出来ていなかった。フォレストが紹介した人材…その言葉が意味する、無情な現実を……

 

 

「わ、分かっているのか? 貴様の行為は私だけでなく、この場に居る全員を敵に回すということを…!?」

 

「そういうセリフは、皆の様子を確認してからの方が良いんじゃない?」

 

 

 フォレストの言葉に嫌なモノを感じた絹川は、勢いよく背後を振り返った。すると、さっきまで和やかに談話していた筈のスポンサーの大半が、絹川から気まずそうに視線を逸らした。なかには露骨に口笛を吹いてあからさまに態度を見せる輩まで居り、スコールを含めた残りの何人かは事態について行けず狼狽えるばかりだ。

 

 

「ま、まさか…お前ら全員、グルだったのか……?」

 

「彼らは皆、君の同類でね。今回の茶番に付き合ってくれたら過去の負債は帳消しにするって条件を出したら、快く協力して貰ったよ」

 

 

 良く見ると目を逸らした連中は全員、フォレストが絹川に紹介した人物だった。実のところ、彼らは皆フォレスト達の不興を買うような真似をしてしまった連中であり、今回はその清算の為、関わりたくも無い絹川の店にスポンサーとして引っ張り出され、潰されると分かっている店に投資と言う形で無駄金を使う事を強いられたのである。しかし、もしも断れば、その時は何をされるのか分かったものでは無い。故に自分の命が惜しかった彼らは、フォレストの招集に対して少しも迷わずに従った。

 

 

「さてと、絹川さん…」

 

「ッ!!」

 

 

 もはや絹川に、フォレストをどうこうする手段は無かった。否、彼如きにその様な物は最初から存在しなかったのだ。自分が何に対して喧嘩を売り、そして怒らせたのかを自覚しなかった時点で、この未来は既に確定していたと言える。

 今更になって自分の過ちに気付き、顔を真っ青にさせる絹川。そんな愚か者の末路を見て、フォレストは少しだけバツが悪そうな表情を見せた。その表情のまま、彼はポンっと絹川の肩に優しく手を置いて、口を開いた。

 

 

「なんか君の顔を眺めるのも飽きたし、それ以上言う事が無いなら、僕はこれで失礼させて貰うよ。色々なモノを失う形になって大変だろうけど、まぁ絹川君なら大丈夫。どの道、言い寄って来た美人さんにコロッと騙されて、操り人形になるのがオチだったろうさ」 

 

 

 あまりにあんまりな言葉に、絹川だけでなく、その場にいる全員が固まった。スコールに至っては顔が微妙に引き攣り、『言い寄ってきた美人さん』のくだりで思わず手に持っていたグラスを落としてしまい、沈黙の降りたこの空間にパリンと甲高い音を響かせる。

 それと同時にフォレストは、先程まで浮かべていた憐みの表情を一瞬で引っ込めた。そして、硬直したスコールを横目でチラリと見た後、視線を絹川に戻す。そして、彼の前に親指を立てた拳を良く見えるように、ゆっくりと翳して…

 

 

「それじゃ絹川君、楽しんでくれたまえ……残り僅かな良い年末を…」

 

 

 立てた親指を床へ向けるように拳をひっくり返し、いつものニコニコとした表情でそう告げた… 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「良く考えるとさ、メテオラが客選びを失敗する筈が無いんだよな」

 

「最初から鴨認定されてたって訳か、お気の毒様なこって…」

 

「だけど夢にも思わねぇだろうな、借金作ったその日からメテオラと旦那の掌の上なんざ…」

 

 

 場所は移って、現在は件のカジノ店から離れた一件の居酒屋。一仕事終えたセイス達フォレスト派の面々は一端その場で解散し、それぞれの仲間内で飲み直していた。セイスとオランジュ、そしてマドカ達も例に漏れず、何人かのオマケを伴いながら近場の居酒屋チェーン店に足を運んでいた。

 

 

「フザケンナーコラー、ジャアオレハナンノタメニシャッキンコシラエタンダー」

 

「どうどう、飲み過ぎだ。ていうか借金まみれなら、それ以上金を使うな」

 

「放置しといて問題ないぞ、アイゼン。バンビーノの借金が増える=俺の利益が増えるだから」

 

「前から言おうと思ったけど仲間に流星(メテオラ)式ローンを仕掛けるんじゃない!!」

 

 

 あの時は全員その場のノリで何も疑がわずに参加したが、今思えばアレは九割は旦那の遊び心だったと感じられる。後で事の詳細を知っている奴に聞いてみたところ、今回のコレは絹川だけでなく、その同類も片っ端から嵌めて落とし前を着ける為の作戦だったらしい。ぶっちゃけ、どう考えてもカジノで儲けて大損害出すってのは建前で、普通に楽しんでヒャッハーさせるのが目的だったとしか思えない。

 まぁ何にせよ、楽しいクリスマスプレゼントだったことに変わりない訳で…

 

 

「このどうしようもない集団とフォレストの旦那に乾杯、なんつってな…」

 

「あ、良いなソレ。俺も皆に乾杯」

 

「んじゃ、俺も乾杯」

 

「オレハ完敗デス」

 

 

 もう半ばぶっ壊れたバンビーノを無視するように、三人はグラスの中身を一気に煽る。そして、三人はそこでチラリと隣のテーブルに視線を向ける。するとそこには、妙齢の女性が微笑を浮かべながら数枚の書類を握りしめ、ジッと見つめていた。しかし、良く見ると手はプルプルと震え、浮かべた微笑もどことなく冷たい……ていうか、明らかに怒っている…。

 そんな静かに怒れる女性と相席しているオータムは、宥めようとして必死に声を掛け続けており、隣に座っているシャドウはオロオロと二人を交互に見比べていた。しかし、一番気の毒なのは斜め前に座っているトールだろう。先程から八つ当たりにも近い殺気を彼女に向けられ、滝のように冷や汗をダラダラと流し続けている。

 

 

「……あれ、どういう状況なの…?」

 

「結局、旦那のせいで姉御の計画パァになったじゃん? それに関して思いつく限りの罵詈雑言をぶつけてやろうと旦那を追いかけてきたらしいんだけど、その時にあの書類を渡されたらしい」

 

「あの書類なんなのさ?」

 

「さっきのカジノの権利書と、筆頭株主であることの証明書」

 

「ブッ!?」

 

 

 オランジュの言う通り、あの後すぐにスコールはフォレストを追いかけた。しかし鬼の形相を浮かべるスコールに詰め寄られたフォレストは、笑みを絶やさないまま例の書類を手渡し、呆然とする彼女を余所にそのまま帰っていった。

 実はあの後、絹川は意地もプライドも捨てて土下座しながら許しを請いた。その必死さに心を動かされた(フリをした)フォレストは譲歩として、カジノを自分に売るということで手打ちにした。どの道フォレストが去れば店は潰れるだろうし、提示された金額も絹川にとっては悪くない金額だったので、我に返ったスコールが止める暇も無く、彼はフォレストの用意した契約書にサインを書き込んだ。

 提示された金額が、まともな経営者だったら即行で分かるくらいに格安だったことや、フォレスト以外の相手に売り込めば、もっと高値で買って貰えたであろう事実に最後まで気付かなかったあたり、如何に絹川が無能だったのかを窺い知ることが出来るだろう…

 

 

「今回の件は見せしめの意味合いの方が強いし、うちはそこまで金に困ってないから、ちょうど資金集めしてたスコールの姉御にクリスマスプレゼントと称してアレを渡したらしいんだけど……」

 

「旦那の性格上、姉御のことも初めから織り込み済みだった可能性大、だな…」

 

 

 フォレストを見返すために立てた計画を本人に潰された挙句、横取りをされた獲物を施しを受けるような形で渡され、しかも例によって今回も最初から最後まで彼の掌の上だったことを察したスコールは当然ながら、心中穏やかという訳にはいかなかった。新しいスポンサーや後ろ盾のツテを考えつつ、鋼の理性で利益の塊であるその紙切れを引き裂くなような真似は控えているが、代わりに貸出組のトールを八つ裂きにしそうな位に腸が煮えくり返っているのか、無理矢理抑え込んだ怒気がこっちにまで伝わってくる。当分は彼女の前でフォレストの名前は禁句となるだろう…

 

 

「ところで、さっきから一言も喋ってねぇけど、大丈夫か?」

 

「うっぷす…」

 

 

 ふとセイスが視線を隣に向けると、マドカがテーブルに突っ伏していた。例によってまた懲りずに飲み食いを続けていたのだが、どうやらこの様子だと不味かったらしい。最初の時点で気持ち悪くて吐きそうとか抜かしてた癖に腹ごなしもせず、ここに来ていつものペースで飲食したら当然…

 

 

「……色々なモノがミックスリバース…」

 

「バッカ野郎、早くトイレ行って来い!!」

 

 

 言うや否や立ち上がり、口を両手で押さえる様にしながらダッシュでテーブルから離れるマドカ。店の奥にあるトイレへと一直線に駆け込み、暫しの沈黙が流れる。が、すぐに入って来た時と同じスピード、同じポーズで出てきた。更に青くなった顔色から察するに、先客が居て入れなかったようだ。

 そして結局、彼女は店の外へと飛び出した…

 

 

「……仕方ねぇなもおおぉぉ…」

 

「ご苦労さん」

 

「いってらっしゃい旦那さん、ほれ水」

 

「うっせバーカ」

 

 

 ため息交じりにセイスは立ち上がり、オランジュから受け取った水を片手にマドカの様子を見に店の外へと向かった。入り口に近づくにつれて、色々と食欲が失せそうな音が聴こえてくる。そして下手に刺激しないようにそっと扉を開けると、自分の足元で蹲りながらミックスリバースしてるマドカを見つけた。そのままゆっくりと背中をさすってやり、声を掛ける。

 

 

「大丈夫か?」

 

「あぁ、大丈夫……じゃ、なうっぷ…」

 

 

―――再びミックスリバース…

 

 

(年末にもなって何やってるんだか…)

 

 

 そんなことを思いながら、彼は空を見上げる。今年はホワイトクリスマスとはいかず、雲一つない夜空が広がっていた。しかし雪は振らなかったが、星は良く見えてとても綺麗だった。クリスマスの夜と言えば雪を連想するが、乾燥して澄んだ空気というのは、星を見るにも中々に適した気候のようだ。

 そんな綺麗な星の下で、目の前の奴はゲロッてる訳だが、そう思うと呆れるような笑えるような、妙な気分になってくる。けれど、コレがいつもの事のようにも思えてしまう自分も居るので、慣れとは不思議なものだ。

 

 

「あの、大丈夫ですか…?」

 

「ん?」

 

 

 物思いにふけている間に、気付いたら通行人にまで心配されていたマドカ。吐いた理由が暴飲暴食なので、そこまで心配しなくて良いとセイスは声を掛けようとしたのだが、途中で動きが止まる。そして顔から血の気は失せ、先程スコールの殺気を浴びて縮こまっていたトール並みの冷や汗が流れ始めた。何故ならば…

 

 

「どうかしたのか、一夏」

 

「いや、ちょっと具合が悪そうだったから…」

 

「まぁ、それは大変ですわね。ちょっと、救急車を呼んだ方がよろしいかしら?」

 

「ちょっと待ちなさい、そこの二人ってあんまり私たちと年変わんない気がするんだけど、アルコールの臭いがするのは何で?」

 

「もしかして未成年飲酒?」

 

「む、それなら自業自得だな」

 

「でも、流石に可哀相だよ。看病位は…」

 

 

 面識はないが、その全てが見知った顔。自分はともかく、足元でグロッキー状態のマドカには絶対に会わせてはならない奴らが、雁首揃えて集まっていた。こっちもこっちで忘年会でもやっていたのか、それとも適当にブラブラ歩いていたのか知らないが、今は置いておこう。大事なのはこの集団に、如何にしてマドカの存在を悟られぬようにやり過ごすか…

 

 

「ハーイ一夏君に箒ちゃん、そのゲェゲェ吐いてる子は一端無視して男の子の方を捕まえてちょうだい。セシリアちゃんは救急車よりもパトカー…ううん、いっそ戦車でも呼んでくれたら嬉しいかな♪」

 

 

―――前言撤回、問題は如何にして生き延びるかだ…!!

 

 

「あ、簪ちゃんは危ないから下がっててね。お姉ちゃん、今からちょっとお仕事するから♪」

 

「お、お姉ちゃん?」

 

「楯無さん…なんか、怖いんですが……」

 

 

 その豹変っぷりに周りがドン引きしていることも気にせず、鼻歌交じりにISのランスを展開する水色の修羅。因みに彼女の来年の抱負は、『やられた分は、全てやり返す…千倍返しだ!!』である。積もり積もった怨みの賜物のようで、その怒りは半端ない。

 半ばその現実から逃避するように、セイスは再び空を見上げる。視線の先には、さっきと同じ様に綺麗な満点の星空が広がっていた。それを肴にして、彼は持ってきた水を一気に飲み干した。そして…

 

 

「……俺、生きて帰れたら、もう一度この星空を眺めるんだ…」

 

 

―――来年の死亡フラグ…もとい抱負を決めた彼は、今年に負けず劣らず騒がしい一年を過ごすことを予感し、ただ苦笑いを浮かべるのだった……

 

 

「き、貴様は織斑一夏!!」 

 

「って、そう言うお前は…!?」

 

「ここで会ったからには容赦うぷッ…」

 

 

「リバース終わったんなら黙って大人しくしてろチョップ!!」

 

「きゃふん!?」

 

 

 




○具合悪いマドカを背負い、その場から逃走したセイス
○しかし、その弾みで再びリバース……セイスの後頭部に…
○最終的にセイス達は、飲み直しの為に街中に散らばっていた仲間達と、ストレスMaxな姉御の介入により難を逃れる事に成功
○因みに、セイスの代わりに一夏を監視していた筈のストーンは、憑依魔の餌食になった模様


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誓いの下に 前編

間違って全体の半分だけ投稿してました…;
紛らわしい真似して申し訳ありません( ノ;_ _)ノ


「なんか、不気味なくらいに暇だな…」

 

「不気味って…別に良いじゃんか。俺は当分、楯無とは鬼ごっこやりたくないから」

 

 

 先日の第二ランニングベア事件から暫くして、どうにか調子が戻ってきたセイス達は隠し部屋で溜まりまくった雑務に追われていた。主に恐慌状態に陥った楯無の一撃による余波でお釈迦になった機材の補充及び再設置、加えてそれらに使用した必要経費などだ。

 主要任務である一夏の監視は現在、彼が学園を離れたことにより中断している。どうやら白式の件で倉持技研の関係者に呼ばれたらしく、当分は戻ってこないそうだ。その間は別の任務で来日中のティーガーに一夏の監視を任せ、自分たちは他の仕事を終わらせてしまおうということになっていたのだが…

 

 

「分かってる。そうじゃなくて、周りの奴らがやけに大人しくしてるって話だよ…」

 

 

 そう言ってオランジュは備え付けのモニターを操作し、とある画面を開いてセイスに見せた。一見するとIS学園近辺のマップにも見えるが、ところどころ複数の色で分けられた点が表示されていた。おまけに赤色は赤色同士である程度密集しており、青色は青色同士でと言った感じで他の色もそれぞれの場所に纏まっていて、まるで何かの勢力図のようにも見えた。いや、実際にそうなのだろう…

 

 

「組織からの報告によれば、今この近辺にアメリカの『名無し部隊(アンネイムド)』、中国の『影剣(インジア)』、ヨーロッパ系PMC『オコーネル社』所属の傭兵部隊が潜伏してるらしい。狙いは言わずもがな、先日の無人機の情報を含めた学園の機密データだろう…」 

 

「おいおい、随分と物騒な顔ぶれだな。よく見れば、中東のテロリストや過激派宗教団体まで居るじゃねぇか…」

 

 

 オランジュの口から出てきた名前と、遅れてマップに表示されたリストを見て思わずセイスは苦々しい表情を浮かべた。『名無し』は最近になって米国で幅を利かせてきた、戦力にISを組み込んだ条約違反ものの精鋭部隊である。隊長であるIS乗りは勿論のこと、それを支援する隊員達もツブが揃っているとのことだ。

 もっとも、フォレスト派の現場組には劣るようで、その点で考えるなら『オコーネル社』の傭兵達の方がよっぽど厄介だ。ISの登場により、旧世代にて確固たる地位を保持していた兵器や実力者が悉く淘汰されていったあの時代、EUに生き残っていた旧世代の軍需産業連と、仕事先に困り始めたフランス外人部隊が手を組み誕生したこの民間軍事企業。手を組むまで人員を必要最低限に減らしながら生き残り続けたこともあってか、『オコーネル社』に所属する者達は叩き上げのベテランと、そんな彼らが認めた本物の実力者しかいないのだ。おまけに彼ら自身のプロ意識と誇りも高く、良くも悪くも自分たちの仕事には一切私情を挟もうとしない。そのせいで、何度か目的が被った事により敵同士となった日もあれば、利害が一致して手を組んだこともあり、フォレスト派とは良好にもなれなければ険悪にもなれない中途半端な関係を築き上げていた。出来れば戦いたくないが今回も十中八九、此方の敵に回ることだろう…

 『影剣』に関しては…最早、言うまでもないだろう。オランジュが警告したにも関わらず、前回のことに懲りず再び敵対行動を取ることに決めたようである。セイスを含めたフォレスト派の面々は『影剣』のことが基本的に嫌いなので、日頃から痛い目に遭わせる機会を待ち望んでいたが、その機会とやらもそう遠くなさそうだ…

 

 

 

「けどな、その物騒な奴らのことなんだが、潜伏を開始してから既に一週間は経ってる。にも関わらず、ここ暫くなんの動きも見せないときたもんだ。互いの動きを警戒して半ば冷戦状態に陥ってるのかもしれないが、どっかの勢力が空気読まずに強硬手段に出たら、触発されて一斉に行動を起こしかねない」

 

「……凄く想像したくない…」

 

 

 こう言った状況を想定してバンビーノとアイゼンを増援として送ってもらったが、流石に連邦軍ばりの物量で来られるとキツイものがある。特に『名無し隊』のISと『オコーネル社』の傭兵達は厄介なので、なるべく早い段階で対策を考えておかないと不味い。

 

 

「ま、例の三勢力以外は雑魚だし、当分は膠着状態が続くだろうけど、警戒するに越したことはない。俺も精々、目を離さないようにしておくさ」

 

「そうか、それは安心した。ところで、さっきからバンビーノは何をしてるんだ?」

 

「ふ、良くぞ聞いてくれた…」

 

 

 気休めに過ぎないかもしれないが、オランジュの言葉に一先ず安心するセイス。少しだけ気持ちに余裕が出来たのか、視界の端に自前のパソコンをいじるバンビーノを捉えた。任された仕事は途中で面倒くさくなったのだろうか、半分以上が手付かずで放置されていた。まぁ、終わらなければ彼が虎の兄貴による制裁を受けるだけなので、誰も気にしなかったが…

 

 

「例によって、お前は誰に仕込まれたのか分からないその紳士な精神で、先日の身体測定の日は映像記録を取らないという暴挙に出た」

 

「だって、いらないだろ普通に」

 

 

 組織が必要とするのはデータなので、仮に身体測定の結果を持って来いと言われても、その結果が記入された記録用紙を盗むなりコピーするなりすれば問題ない。だから今回もセイスはいつものように、一夏が参加しても映像記録は撮らなかった。それがバンビーノはお気に召さないようだが…

 

 

「うるせぇ!! そのせいで俺達は夢にまで見た、自主規制無用の桃源郷を拝むことが出来ず、枕を濡らす羽目になったんだ!! その時の俺達の気持ち、お前に理解できるか!?」

 

「無理だ」

 

「ねぇねぇ、さっきから『俺達』って言ってるけど、俺も入ってるの?」

 

「当たり前だろうが、ムッツリアイゼン君」

 

 

 段々とヒートアップしてきたバンビーノの言葉が聞こえてきたのか、アイゼンが会話に混ざってきた。彼はバンビーノと違い、既に自分の分の仕事は終わらせていた。流石は器用貧乏、第二ランニング・ベア事件の時に出た被害の報告書もお手の物…

 

 

「それ、俺は全く関与してなかったのに、なんで書かされたんだろうね。いや、それよりも、俺はバンビーノほど変態じゃ…」

 

「黙れムッツリ」

 

「黙れ鬼畜プレイ」

 

「黙れAVコレクター」

 

「……ぐすん…」

 

 

 3人による主張の全否定を受け、地に崩れ落ちるムッツリ。しかし、すぐにケロリとした表情で起き上がり、何を思ったのかセイスに問いかけた…

 

 

「ていうか、ぶっちゃけた話セイスはどうなのさ?」

 

「は?」

 

「セイスは男として、こういうの興味ないわけ?」

 

 

 そう言ってアイゼンはセイスに向かって、どこから取り出したのか、両手に女の子の写真を扇のように広げて見せてきた。その写真に写った全員がIS学園の生徒であり、その殆どが薄着だったり寝巻きだったりと些か無防備な姿が多かった。やはりコイツ、スケベ……つーか、さり気無く開き直りやがった…

 

 

「そりゃティーガーの兄貴じゃあるまいし、俺だって人並みに性欲はあるよ。実際、オランジュや旦那達からソッチ系のブツを何度か借りてるし…」

 

「ちゃっかりしてんなオイ…」

 

「ただ…」

 

「ただ?」

 

 

 厳密には人間と分類出来ないが、セイスにも人並に性欲はある。技術部の連中曰く、普通の人間に可能なことは全て可能と言われているので、(自主規制)や(放送禁止)なことも出来るらしい。だからオランジュ達ほど飢えてはいないが、女性の色香に全く反応しない訳ではないていうか普通に反応している。

 日頃から行動を共にしているマドカ、たまに仕事の関係で会うスコールやオータム達は例外だが、他の女性にはセイスも少なからずドキドキすることがあるし、日頃の一夏みたいな状況に陥ったら冷静でいられる自信がない。だが、それでも…

 

 

「そういう手段(盗撮)で手に入れたモノは、見ても性欲より罪悪感が勝ってその気になれない」

 

「……。」

 

「……改めて、俺達って穢れてるな…」

 

「言うな、悲しくなる…」

 

 

 後輩の思いのほかピュアな理由に、汚れた先輩達の心に少なからず傷をつけた。しかし、そのまま気分が沈みそうになった3人だったが、バンビーノだけは即座に復活した。 

 

 

「だが俺は惹かぬ媚びぬ顧みぬ!! 楽園を見る為ならば、全てを捧げてみせる!!」

 

「そういや結局、なにする気なんだ?」

 

「ふっふっふっ、IS学園の機密システムに直接侵入して、当時の映像を盗み出してやる!!」

 

 

 どうやら、マイパソで学園のシステムサーバーに直接侵入し、当時の映像記録を盗み出すつもりのようである。コンピューター関係は裏方のオランジュには劣るものの、バンビーノもそれなりの腕を持っている。彼ぐらいの実力があれば、そのようなことも一応は可能だろう。

 

 

「あ、そう。じゃあ頑張れ」

 

「……あれ…?」

 

 

 あまりに素っ気無い反応に、バンビーノはキョトンとする。いつもならここでツッコミやら鉄拳なり飛んでくるところだが、何故か今回はリアクションが低い。戸惑いながら周囲に視線を向けてみると、アイゼンはバンビーノと同じく疑問に思ったようだが、どういう訳かオランジュは彼から視線を逸らした。余計に意味がわからなくなったバンビーノだった…

 

 

「おいおい、なんだその低いリアクションは?」

 

「別に。ただお前の身に何が起きたとしても、俺達は絶対に助けてやらん。例え癒し系怪奇少女に襲われようが、その守護霊に襲われようが、俺もオランジュも一切無関係を貫き通す」

 

「…?」

 

 

 意味不明な言葉に首を傾げるも、そっれきりセイスは何も言ってくれなかった。オランジュなんて露骨に口笛なんて吹くし、何かを知っているのは確実。しかし、二人は何も言ってくれないし、誰も邪魔はしてこない。ならば…

 

 

「まぁ良いや、それじゃあ遠慮なく…」

 

 

 視線をパソコンに戻し、操作を再開するバンビーノ。ところが…

 

 

「ふぁ!?」

 

 

 突然バンビーノが声を上げた。それに反応した3人の視線が彼に集まるが、バンビーノは奇声を上げた状態で固まっている。しかし、どうせうっかり操作をミスったんだろうと思ったオランジュは作業に戻ろうとしたが、モニターに目を移した途端にバンビーノと似たようなことになっていた。ふと監視カメラのモニターに目を移せば、学園の警備システムが起動し、いたる場所で隔壁が降りて通路を封鎖していた。

 

 

「なにが起こった?」

 

「学園の全システムがダウン…いや、ハッキングされた上に乗っ取られた。どうやら、本当に空気読まないバカが現れやがったようだ」

 

 

 それを聞いた瞬間、彼らの間に緊張が走った。先走った奴がどこの誰かは知らないが、今はこの際どうでも良い。自分達の持ち込んだ機材や隠し部屋のコンピューターは独立したシステムを持っているので無事だし、他の勢力はまだこの事実に気付いていない。だが、それも時間の問題であり、他の奴らもその内この事態に気付くだろう。

 現状、最もIS学園の機密と織斑一夏に手が届きやすい場所に居るのは、自分たち亡国機業だ。万が一この騒動の結果によって学園の潜伏を諦める様なことにでもなったら、この優位性が損なわれる可能性がある。それは断固として阻止しなければならないし、何よりIS学園のシステムを乗っ取るなんて大それた真似が出来る奴が現れたとなれば、そいつを放置することは出来ない。

 

 

「くっそマジかよ。じゃあ、さっさと……バンビーノ…?」

 

「どうかしたのか?」

 

 

 慌てて準備を整えようとしたセイス達だったが、ただ一人、バンビーノだけが動かなかった。怪訝に思ったアイゼンが声をかけると、彼はポツリと喋りだした。

 

 

「俺さ、学園のサーバーに自分のパソコンを直接繋げてたんだよね。で、その最中にシステム乗っ取られたみたいでさ、負荷に耐え切れなくて電源が打っ飛んでよ…」

 

 

 彼は学園の記録を盗み出すため、学園のシステムに直接侵入していた。それに合わせるようにして発生した、今回のコレなのだが、どうやらその影響が出てしまったようだ。思わず呆然としていたが、電源が落ちて何が起きたのだろうか…

 

 

「パソコンの中に保存してた画像データ、全部消えた…」

 

 

---消滅したIS少女の写真174枚、プライスレス。開けなくなった仕事の報告書、鉄拳制裁…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

『敵が動いた、『名無し』と『影剣』だ』

 

「他は?」

 

『動いてない。懸念事項の『オコーネル社』は様子見を決め込んでるんだろうが、他の弱小組織は事態の把握そのものが出来てないのかもしれない。これだから3流は…』

 

 

 しょうもない事で打ちひしがれるバンビーノをなんとか復活させ、セイスたち現場組の3人はステルス装置を起動させ、それぞれ別の方向へと散開した。当然ながら、迎え撃つ気満々である…

 

 

『とりあえずアイゼンは俺の指示に従いながら遊撃、バンビーノは楯無を影から援護、セイスは第三アリーナに居る名無しの別働隊を叩け。なるべく学園の戦力を利用しながら戦え、けれどバレるな』

 

「了解」

 

『あいよ』

 

『任せろ』

 

 

 通信機越しに聞こえる仲間達の声を最後に、早々に通信を切る。そして、第三アリーナ内の通路で自分と同じようなステルス装置を使用した人間に狙いを定め、音も無く接近する。向こうは此方に一切気付いていないが、組織から支給された特殊バイザーは、セイスに背中を向け、銃を構えながら通路を歩く『名無し』の隊員を捉えていた。そして…

 

 

「よぉ、クソ野郎」

 

「ッ!?」

 

 

 声に反応して隊員は振り向き、反射的に銃の引き金を引こうとした。しかし消音器がつけられた銃口が狙いをつけるよりも早く、彼の顎にセイスの拳が直撃した。顎の骨が粉砕され、余りの激痛にまともな叫び声も出せないまま床へと倒れるように崩れ落ち、そこへ人外による追撃が彼の四肢を粉砕した。想像を絶する痛みに襲われ、耐え切れなくなった名無しの隊員はついに意識を手放した。

 

 

「おっと」

 

 

 気配を感じ、咄嗟に身を屈めると同時に、さっきまでセイスの頭があった場所を銃弾が通り過ぎ、壁に穴を空けた。続けざまに二発、三発と銃弾がセイスに向かって放たれるが、その全てをセイスは通路をジグザグに走りながら回避していく。そして銃弾の飛んでくる方向を6発目を避けると同時に、まっすぐにそこへと向かっていく。

 急速に接近してくるセイスに焦ったのか、バイザーに映った相手は拳銃を捨て、それよりも一回り大きな物体…サブマシンガンを取り出し、迫りくる敵の頭に向かって狙いをつけて引き金を引いた。

 

 

「甘ぇよ」

 

「なッ!?」

 

 

 急所目掛けて放たれた弾丸は、タイミングを完璧に見切ったセイスが姿勢を低くしたことにより、全て空を切った。地面スレスレまで姿勢を低くして勢いを殺さずに、まるで蛇のように敵へと這いよった彼は手前で前転すると、自分に向かって銃口の狙いを改めて付け直す相手の顔面を、向けられた銃ごと両足で蹴り抜いた。勢いよく伸ばされた両足はサブマシンガンを手から弾き飛ばし、そのまま隊員の顎を打ち、衝撃で天井へと吹き飛ばし叩き付けた。当然ながら、重力に従って床に落ちた頃には既に、隊員の意識はなくなっていた。

 

 

「敵、二名撃破。さて、次は……おっと…!!」

 

 

 一息つく暇も無く飛んでくる無数の弾丸。だが、一度に飛んでくる弾の数と気配から察するに、残っている相手は一人のようだ。先程のように相手の場所を探りあて、弾幕を避けながら向かっていくセイス。

 だが、今度は勝手が違った。さっきの二人の様子を見ていたのか、セイスが向かってくるのを確認するのを見た途端に相手は逃げ出した。

 

 

「ハンッ、逃がすかよ…!!」

 

 

 弾幕で牽制されながらも、セイスは徐々に敵との距離を詰めていった。幾つかの通路を走りぬけ、曲がり角を通り抜けた後、逃げた敵を追うようにしてアリーナの観客席へと飛び出した。急に明るい場所に出たせいで一瞬だけ目がくらんだが、すぐにその場へと伏せる。それと同時に銃弾が彼の頭上を通過した。

 

 

「本当に、つくづくアンタって化け物ね」

 

 

 そして聞こえてきたのは、今回で3度目の相対となるアメリカ少女。銃撃を警戒しながら、ゆっくりと物陰から立ち上がると、こっちを見ながら『ティナ・ハミルトン』が愛銃のマガジンを交換していた。

 手元を一切見ず、それでいて正確且つ速やかに行われる装填を見て、前回のことを自然と思い出したセイスは苦い表情を浮かべた。

 

 

「お褒め頂きありがとう御座います。その化け物を追い詰めたテメェも、充分化け物染みてると思うが」

 

「冗談。私は拳銃一丁で、IS操縦者に膝をつかせたりなんか出来ないわよ」

 

 

 どうやら、先日のアメリカでの出来事は彼女にも伝わっていたようだ。あれだけの騒ぎを起こしといて、向こうが此方を放置する訳無かったが、出来ればもう少し日を置いてからのほうが良かった…

 

 

「まぁ、良いや。取り合えずアレか、お前の目的は『名無し』と同じか?」

 

「それも言われてるけど、どっちかって言うとサブターゲットね。私の本命は、アンタよ」

 

「……へぇ…」

 

 

 『名無し隊』と『CIA』は両方ともアメリカの組織だが、必ずしも協力関係にあるとは言えない。むしろ、互いに互いを毛嫌いしている節がある。だから今回のように違う目的で動くことは、それほど珍しくは無い。だが、IS学園にお眠るお宝の数々と、それを手に入れようとするライバル組織を放置してまで自分が目的だと彼女は…CIAはそう言う。計画ごと破棄された自分と、未知のIS技術を天秤にかけても尚、セイスという存在が欲しいと思うような物好きは、彼の知っている限り一人しか残っていない。

 

 

「また『シェリー・クラーク』の差し金か」

 

「まーね。詳しくは聞かされなかったけど、あの人にはよっぽど借りがあるみたいね、うちの上司は」

 

 

 どうやら、切りたくても中々切れない縁というのは存在するらしい。セイスとしては、もう彼女とは関わりたくなかいのだが、向こうにその気は無いようだ。病魔に蝕まれた彼女はそんなに長く持たないと耳にしていたが、今回のようなことが続くとあれば真剣に考えねばならないだろう… 

 

 

「なんにせよ、面倒な奴だ…」

 

「前回と違って随分と冷たいわね。クラークさん、アンタに凄く会いたそうだったけど?」

 

「知るか、早いとこ余生全うして逝ってしまえ。奴のことなんざ思い出したくも無い…」

 

「あらそう、じゃあ仕方ないわね?」

 

 

 その言葉と同時に、目にも留まらない速さでセイスに銃口を向け、ティナは銃弾を放つ。不意をつかれながらも、セイスは辛うじて避け、ティナを睨み付けた。

 

 

「言うこと聞かなければ力ずくってか?」

 

「アンタ達にとっては、お馴染みの礼儀作法でしょ?」

 

「あぁ、そうだな!!」

 

 

 言うや否やセイスは近くの観客席を蹴って粉砕し、飛び散った破片を掴んでティナに向かって投げつけた。恐ろしいスピードで飛んできたそれをティナは避け、外れた破片が着弾した座席が粉々になる瞬間を横目に、そのまま反撃を試みようとするが、銃を撃つよりも早くに二発目の破片が襲い掛かってきた。身体をひねってギリギリで避けるが、破片は次々と飛んでくる。攻撃方法は非常に原始的だが、セイスの力によって火力に圧倒的な差が生まれていた。

 この状況を不利と結論付けたティナは、即座にセイスに背を向けて駆け出す。セイスの投げつけてくる破片を避けながら、彼女は観客席からアリーナの中央へと飛び降りた。ここからアリーナまではかなりの高さがあるが、ティナなら問題なく着地出来るだろう。それを見たセイスは逃がすまいと後を追いかけ、彼女に続くようにして観客席から飛び降りた…

 

 

 

 

---その瞬間、彼の腹部を強烈な衝撃が襲った…

 

 

 

「ゴ、ハッ…!?」

 

 

 突然のことに呼吸もままならず、遅れてやってきた痛みを感じた時には既に、セイスは宙高く打ち上げられていた。だが、すぐに重力に捕まり、あっという間に地面に叩きつけられ、更なる痛みに襲われる。一度目の衝撃で全身の骨に皹が入り、落下時の衝撃で砕けたようだ。幾ら再生能力に優れるとはいえ、痛いものは痛いし、ましてやこうも心の準備をする前に不意打ちされたとあっては尚更だ。

 

 

「流石に機関銃は準備できなくてね…」

 

 

 アリーナの外延部…ティナが飛び降り、着地したであろう場所から声が聞こえてくる。それに釣られて目を向けてみれば、やはり彼女は居た。此方に背を向け、腕を空に掲げているところを見るに、どうやら自分は飛び降りたと同時に、宙で腹部を殴り飛ばされたらようだ。

 ただ、どうもティナの見た目がおかしい。10代半ばの少女としては平均的な体格をしていた筈の彼女は、本来より一回りも二回りも大きく見える。おまけに身に纏っているのは白いIS学園の制服だけでなく、機械的でゴツゴツした黒色の骨格のような…

 

 

「……おい、マジかよ…」

 

 

 ティナが身に纏ったものが分かり、思わず吐き捨てるように呟いた。確かアレは先日、ISが使用不能になった専用機持ちが授業の一環という名目で、データ取りの為に搭乗させられていた。あくまで借り物であり、それ以降授業で見かけなかったので、てっきり貸し出し元の国連に返却されたとばかり思っていたのだが…

 

 

「外骨格攻性機動装甲、『EOS』!!」

 

 

ISで得た技術のノウハウを出来るだけ利用し、開発された多目的パワードスーツ。その性能はISの足元にも及ばないが、既存のパワードスーツと比べれば充分過ぎる位の性能を持っている。実際ラウラは、これを使用しての演習時に同じ代表候補生達を相手に無双していた。そして、当時のラウラの操縦によって披露された機動力とパワーを顧みるに、生身の人間にとって『EOS』は非常に驚異的な相手だ。

 ましてや搭乗しているのは、あのティナ・ハミルトンだ。さっきの正確無比な打ち上げパンチもそうだが、注視すべきはその過程だ。セイスはティナを追いかけるように飛び降りたが、そのタイムラグは精々5秒ほど。予めアリーナに誘い出す準備をしていたのかもしれないが、それを抜きにしても、その5秒弱の間に『EOS』を起動し、即座に迎撃してみせた。最早、その操縦技術は当時のラウラに匹敵すると思っても良いかもしれない。もっとも…

 

 

「やることは変わらない、か…」

 

 

 

---傷を回復させたセイスはそう呟き、首をコキコキ鳴らしながら立ち上がった…

 

 

 

「あら、やる気? まぁISと真正面から戦うアンタが、『EOS』如きに怯むわけないか…」

 

 

 

---それを見やり、『EOS』を纏ったティナは滑らかな動きで構えを取る…

 

 

 

「おいおい、降伏勧告は無しか?」

 

「したら降伏してくれるの?」

 

 

 

---セイスは目に狂気を宿らせ、凶暴を笑みを浮かべた…

 

 

 

「嫌なこった」

 

「でしょう? まぁ、降伏しても聞かないフリするけど…」

 

 

 

---それにつられるようにして、自然とティナの笑みも深くなる…

 

 

 

「……お前って、意外と血の気多いんだな…」

 

「本来は違うけどね。でもアンタに負けて以来、この日を待ち望んでいたのは確かだわ…」

 

「おぉ怖い怖い、女の復讐心は恐ろしいね本当に。出来れば戦いたくねぇわ」

 

「あ、やっぱり降伏してくれる感じ?」

 

「それは無ぇ」

 

 

 

---表情とは裏腹に、二人は緊張と闘志で激しく高揚していた。まるで、外に飛び出そうとする獣を身体の中に無理やり閉じ込めているような感覚を肌に感じながら、二人はひたすら向かい合っていた。そして…

 

 

 

「だったら、互いに取るべき選択肢はひとつ…」

 

「主張が平行線の相手は、説き伏せることが不可能と感じた場合…」

 

 

 

 

 

 

 

 

---「「泣いて許しを請うまで、徹底的にボコるッ!!」」

 

 

 闘争心を一気にを抑えきれなくなった狂犬と黒鎧が、アリーナに轟音を響かせながら衝突した…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

『これはどういうことか説明してくれるんだろうな、ゴキブリチャイナ』

 

『さて一体なんのことか分からないな、ゴミフレンチ君』

 

 

 セイスとティナが衝突を始めたその頃、学生寮の入り口付近に彼らは居た。『名無し部隊』とは違った装備を身につけた全身黒装束…『影剣』達は、付近の草むらで息を殺し、通信機越しに二人の男の会話に耳を傾けていた。どちらも若そうだが、片方は自分たちの邪魔をしてくる目障りな存在であり、もう片方は自分達をこの場所へと潜入する手引きをしてくれた協力者だ。ただ面白いことに、この二人は"同じ組織に身をおいている"らしい。

 

 

『私達はただ、自主的に君たちの支援をしたいだけだ。別になんの問題も無い筈だが?』

 

『それはスコール氏、もしくはフォレスト氏の要請があった場合に限った話だ。現状、テメェらの助けはいらない』

 

『だが実際、君達フォレスト派とスコール派の面々は苦戦しているようじゃないか。それ以上見栄を張るくらいなら、潔く我々に協力を要請した方が良いのではないか?』

 

『悪いな、言葉が足らなかった。クソみたいな役立たずしか居ない『頭(トウ)派』の助けは、余計な仕事が増えるから要らないって言ったんだ、『尻尾(ウェイ)』…』

 

 

 ウェイと呼ばれた男はその言葉を聴いて舌打ちをし、暫く黙った。先日に作戦を妨害され、プライドを徹底的に踏みにじられた『影剣』だったがある日、このウェイという男が唐突にコンタクトを取ってきたのだ。最初は信用していなかったが、コンタクトを取る度に有益な情報や金銭を手土産にやってきた為、次第に警戒心が薄れていった。彼が亡国機業を名乗った時は驚いたが、その頃には既に彼の正体などどうでも良くなっていた。そもそも中国国内において、亡国機業は大した活動をしていなかった。そのため、政府も他国ほど本腰を入れて亡国機業の対策に乗り出そうとせず、それどころか相手が亡国機業だと知らずに利用し、利用されるケースも少なくない。

 

 

『ましてや、その増援はどこに居るんだ? こっちのモニターには、影剣の奴らしか見えねぇが?』

 

『彼らは影剣なんかじゃない、トウ派の人間だ。くれぐれも敵と間違え、危害を加えたりするなよ? 君だって、そのような手違いで抗争の火種にはなりたくなだろ?』

 

『千歩譲ったとして…その3流集団がトウ派だとして、なんで学生寮に向かった?』

 

 

 現在、この非常事態において一般の生徒達は、それぞれの寮室に避難していた。諸外国が重要視している専用機持ち達は教員に呼び出され、倉持技研に足を運んでいる一夏と侵入者の迎撃に向かった楯無以外は全員、地下に存在する機密区画に居る。つまり、この学生寮に人員を送る意味は皆無である。

 

 

『君達でも気付かなかった見落としがあるかもしれないから、代わりに私達が徹底的に探索してあげようと思ったまでさ。感謝してくれても構わないぞ?』

 

『今は一般生徒で溢れかえっているんだが?』

 

『彼らはプロだ、一般人如きには察知されない。もっとも、彼らも人間だ、万が一ということもあるだろう。無論その時は遺憾だが…大変遺憾だが、口封じするしかないがね?』

 

『テメェ…』

 

『死人が出て、それが尚且つ亡国機業の手によるものと分かれば、世界各国の追跡は激化するだろうな。ましてやスコール氏とフォレストの管轄内で起きたとなれば、組織内からの風当たりも悪くなるだろうが……その時はまぁ、運が悪かったと諦めてくれ…』

 

 

 二人の会話を聞いていた影剣は、このウェイと言う男の目的が段々と分かってきた。どうやら自分達は、これから人で溢れ返った学生寮に侵入させられるらしい。そして、それは生徒を何人か殺すことを前提に行うことになるだろう。

 影剣にとっては、先行した別働隊の陽動という目的があるが、ウェイにとってはそんなの建前に過ぎない。真意は分からないが、ウェイは自分の同僚を陥れたいようだ。会話から察するに亡国機業も一枚岩とはいかないようで、自分達のこの行動で損をする者と得をする者の両方が居るのだろう。少なくとも、ウェイは前者のようだが…

 

 

『そんなに俺達が邪魔か』

 

『あぁ、この手で潰してやりたい位に目障りだ。お前如きが私と同じ盟主候補なのも腹ただしいが、それ以上に貴様らの姿勢に虫唾が走る』

 

 

 憤りを感じさせるオランジュと、それに比例してドスの聞いた声を出すウェイ。声のみしか感じ取れないにも関わらず、影剣の面々は二人の放つ怒気に冷や汗を流し始めた…

 

 

『堅気を殺すな、巻き込むな、無闇に傷つけるな…苛々するんだよ、お前らは。同じ穴の狢の分際で、何を今更ほざく。幾らお綺麗に振舞おうが、どこまで行っても所詮は屑の集まり、行き着く先は私達と同じゴミ溜めだ』

 

 

 ウェイには、彼らフォレスト派が理解できなかった。同じ犯罪者集団でありながら、彼らにはトウ派には無い確かな秩序と清廉さがあった。無法者に変わりないにも関わらず、彼らは常に自分達に厳しく、何よりも表の人間を巻き込まないことを信条としていた。彼らがカモとして狙うのは、いつだって同業者と犯罪者ばかりだ…

 そのことが、ウェイには理解出来ない。それだけの力があれば、なんだって思いのままだ。表の人間など、自分達にとっては家畜みたいなものだし、いちいちそんな存在に気を使う意味が分からない。

 

 

『そもそも何なんだ貴様らは、わざわざ自分達に"法"という枷を…』

 

『"法"じゃ無ぇ、"掟"だクソ虫』

 

 

 ここで初めて、オランジュはウェイの言葉を遮った。その声と言葉に篭められた怒気は今までのものを軽く上回り、ウェイを怯ませ言葉を失わせた…

 

 

『そんなの言われなくても分かってるんだよ、俺達がロクデナシってことぐらい。だがな、それでも俺達は、ヒトデナシの獣畜生にまで落ちぶれたつもりは無ぇし、堕ちるつもりも無ぇ。それが"法"に見捨てられ、"掟"を守り護られる事を選んだ俺らなりのケジメであり、誓いだからだ』

 

 

 先程とうって変わって、オランジュを除く全員の沈黙が続く。誰一人として彼の言葉の真意を理解した訳ではないが、通信機越しに聞こえてくる彼の声に篭められた怒気に気圧され、何も言えなくなったからだ。そして…

 

 

『そんな俺達の生き方を見て、何をどう感じようがテメェらの勝手だが、俺達の目の届く範囲で直接手を出すって言うのなら容赦はしない。生憎とフォレスト派の掟では、『見殺しも殺しのひとつ』ってことになってるからな。だから…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『害獣駆除の時間だ、皆殺せアイゼン』

 

 

 

 

 

 

 

 

 背後で爆発的に膨れ上がった殺気に反応した影剣の一人が、反射的に背後を振り返る。彼が最後に認識したのは、振り向くと同時に銀色に煌めく何かが、自分の額に深々と突き刺さる瞬間だった…




○ティナのEOSは返却前のを無断使用してます
○ウェイの目的はフォレスト派の失脚です
○そんなウェイに対して実力行使に出たオランジュですが、ちゃんと後始末も含めて準備万端です
○しかし最近、原作キャラと殆ど絡んでないなぁ…
○早くレストラン『森の家』書きたい…



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誓いの下に 中編

お待たせしました、スーパームッツリタイムです。
しかし今回、ちょっと張り切り過ぎたかも…;


「ところで『影剣』の奴らは放置して良いのか、CIAさんよ?」

 

「私の任務はアンタの捕獲、『名無し』はIS学園に眠る機密の奪取。今はそれだけよ」

 

「そーです、か!!」

 

 

 二人の闘技場と化した第三アリーナの中央で、殺人パンチの応酬が繰り広げられる。そんな中、セイスが仕掛けた。ティナのEOSによる右ストレートを身体を捻って回避し、勢いをそのままに跳躍して装甲に覆われていない彼女の顔面に向かって回し蹴りを放つ。

 

 

「させないわよ」

 

 

 当たれば死にかねない威力を持って迫るセイスの蹴りを、ティナは焦ることなくEOSの左腕で防ぐ。そして勢いが殺され、一時的に宙で静止したセイスに追撃を仕掛けようとするが、そうするよりも早く彼はもう片方の足でEOSの左腕を蹴りつけ、自ら弾かれる様にして間合いを取った。それでもティナは止まらずにEOSを走らせ、空いた間合いを瞬時に詰めてきた。ていうか…

 

 

「おいおい轢き殺す気か!?」

 

「それも良いかもね!!」

 

 

 間合いを詰めるどころかセイス目掛け、EOSの出せる最高速度で一気に突撃してくるティナ。十トントラック並の圧迫感をもって迫る死の気配に血相を抱えながら、セイスは決死に横へと跳び退いた。しかし完全に回避することは適わず、EOSに片足が掠ってパキリと嫌な音を立てる。目を向ければ左足首が変な方向に曲がっており、遅れて鈍い痛みが襲ってきた。とはいえ、彼にとってはこの程度かすり傷にもならない。数秒後にはナノマシンの効果により、足は元通りになった。

 

 

「やっぱり面倒だな…」

 

 

 完治した足をプラプラさせながら、セイスを中央にして獲物を狙うサメのようにアリーナ内をグルグルと旋回するティナを見て、彼は忌々しげに呟いた。

 確かに性能が全体的に低く、飛べない上に絶対防御も持たないEOSはISと比べて弱い。何度かISと殴り合うことになったセイスからしたら、決して勝てない相手ではないだろう。しかし、それでも厄介なことに変わりはない。そもそも、これまでのIS戦でさえ『飛ばせない』、『全力を出させない』、『勝つことは視野に入れない』など様々な条件が揃ってようやく渡り合えたのだ。つまり正直な話、このEOS戦の過酷さはセイスにとって、いつものIS戦と大差が無かった。

 ティナのEOSに武装が積まれていない事と、EOSには絶対防御が無いのでティナを直接殴れば一発で勝てるというのは救いだが、彼女の高い操縦技術がそれを限りなく無意味なものにしていた。もう何度もセイスはティナの顔面目掛けて攻撃を繰り返していたが、その全てを防がれ、あるいは避けられて逆に反撃を何度か受けていた。

 

 

「いい加減、その綺麗に整った顔をブン殴らせて欲しいもんだな…」

 

「容姿を褒められて喜べなかったのは、今回が初めてよ」

 

「どうせ褒められたのも初めてなんだろ?」

 

「失礼ね」

 

 

 憤慨の言葉と共に迫る、鉄腕のラリアット。セイスはそれを跳んで避けるが、ティナはすれ違いざまに急停止し、EOSを駒のように回転させて裏拳を放った。タイムラグ無し放たれた鉄腕はセイスを捉え、鈍い音と同時に、彼の『グエッ』という呻き声が彼女の耳に届く。しかし、弾き飛ばされた筈の彼が地面に叩き付けられる音だけが聴こえてこない…

 

 

「こんの野郎…」

 

「ッ!!」

 

 

 あらぬところか声が聞こえ、ティナは咄嗟に振り向く。すると目に入ってきたのは、振りぬいた筈のEOSの腕にへばりついたセイスが体勢を整え、彼女に向かって飛び掛かろうとしている光景だった。慌てて彼を振り払おうとするが間に合わず、彼は跳躍しながらティナ目掛けて殴りかかる。

 

 

「この間合いじゃ何しても間に合わねぇだろってぬおおおぉぉぉ!?」

 

 

 しかしセイスの思いとは裏腹に衝撃が走り、突然のことに勢いをなくして地面に落ちた。見れば自身の肩に複数の銃痕が生まれており、ティナの方に目をやれば、EOSを部分脱着して拳銃を構えている姿が見えた。どうやら、あの一瞬でEOSによる防御は不可能と判断し、瞬時に自分の愛銃で迎撃してみせたようだ。その判断力と技術に賞賛と驚異を感じながらも、自身目掛けて振るわれる鉄腕を察知したセイスは即座に跳び退き、再び間合いを取る。EOSを装着し直している為か、今度はティナもすぐには動かなかった。しかし、セイスも迂闊に動けないことが分かっているのか、徐にティナは彼に話しかけてきた。

 

 

「そう言えば、さっき『影剣』を放置するのかって訊いてきたけど、アンタこそどうなの?」

 

「なにが?」

 

「アンタの仲間よ。生徒会長から聞いたのよ、なんか亡国機業の愉快な仲間が一人増えたんでしょう?」

 

 

 愉快な仲間…十中八九、今頃こっそり楯無を援護しているであろう、バンビーノのことだろう。確かに初対面が熊のきぐるみを装着した状態で、挙句の果てには怒り狂う楯無と校内鬼ごっこを繰り広げる羽目になったとあれば、そんな風に評価されても仕方ない。

 

 

「……ソイツと全く同じ経験を先にした俺ってなんだろ…」

 

「なに勝手に落ち込んでるのよ。私が言いたいのは、幾ら影剣がアマチュア集団とは言え、必ず十人以上で行動するアイツらと、アンタのその頭の悪そうな仲間が鉢合わせして大丈夫なのかって話よ」

 

「あぁ、そういうこと…」

 

 

 ティナのことなので此方を心配してくれてる訳ではなく、純粋に気になったから尋ねてきただけだろう。もしくは、あわよくばセイスが会話の流れに乗って、仲間の情報を喋ってくれることを期待したのかもしれない。どちらにせよ、彼の返事は決まっている。

 

 

「心配無用だ。あんな三流如き、俺達の敵じゃねぇよ」

 

 

 オランジュは隠し部屋に篭っているし、万が一の時の為に秘密兵器を準備してある。それに、ティナには愉快な仲間と称されてしまったバンビーノだが、彼とてフォレスト派現場組の一人だ。その実力は生身のマドカに匹敵しており、相手がIS操縦者でも無い限り遅れをとることは無い。その上、彼の近くには楯無が居る。うっかり捕捉されると限りなく危険だが、そうならない限り彼女が勝手に次々と敵を殲滅してくれることだろう。

 

 

(だが、何よりも…)

 

 

 これまで、セイスは幾度と無く死線を潜り抜けてきた。体質と運の悪さが重なり、臨死体験をした回数も一度や二度じゃない。それでも、そうなった回数よりも遥かに多くの敵を打ち払い、勝利してきた。ましてや最初から逃げることを前提で戦うIS戦などを除けば、勝つことが出来なかった相手は片手で数えられる程度しかいない。無論、戦う機会が訪れなかっただけで、実際に戦ったら勝てないであろう相手はごまんと居る。IS操縦者であるマドカやスコール、フォレスト派の先輩達、そして世界最強と名高い織斑千冬などが良い例だ。もっとも、そういった存在が身近に居るが故に、彼は慢心することなく精進し続けることが出来るのだが…

 

 

---そんなセイスにはこれまで、全力で戦っても勝てなかった相手が3人居る…

 

 

---1人は彼の師でもあるティーガー。模擬戦をする度に全力で挑むものの、未だに勝てる気がしない…

 

 

---2人目はIS学園最強こと更識楯無。殺す気で彼女と戦った結果、串刺しにされた挙句電柱に縫い付けられたのは記憶に新しい…

 

 

---そして、最後の一人は…

 

 

 

(正真正銘の人間の癖に、生身で俺と本気の殺し合い出来るアイツが、影剣如きに手間取る訳ねぇだろ…)

 

 

 

 模擬戦だったとはいえ、互いに本気で殺り合った結果、最後までケリが付かず、引き分けに終わったあの男。今頃、影剣のメンバーを次々と血祭りにあげているであろうその姿を、セイスは当時の記憶と共に思い浮かべていた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 IS学園、学生寮前…本来なら争いごとに無縁なこの場所は今、予期せぬ乱入者の手により、文字通り血の惨劇が繰り広げられていた。弾丸が飛び交う中、鮮血が舞い散り、悲鳴と怒号、そして兵達が崩れゆく音が幾つも響く。だが実際の戦況は、あまりに一方的なものだった。当初は12人もの人数が集まっていた影剣の潜入部隊の面々だったが、今はその人数を半分にまで減らし、残りは一人残らず絶命して地面に転がっていた。

 そして今も尚、惨劇は終わる気配を見せない。半ば恐慌状態に陥った影剣達の死角と隙を突き、黒装束の彼らよりも一際暗い色をした何かが集団の中を風のように駆け抜け、一瞬ですれ違って行った。それと同時にまた一人、言葉を発する事も無く、糸が切れた操り人形の如く膝から崩れ落ちる。生き残った仲間達が視線を向ければ彼もまた、先に倒れていった同胞たちと同じ様に首から血を流しながら、既にこと切れていた。

 

 

「畜生、まただ…!!」

 

「野郎、どこにいった!?」

 

「撃て撃て、撃ち殺せ!!」

 

 

 ウェイとオランジュの会話に気を取られてたとはいえ、影剣達は彼の接近を全く察知出来なかったことに動揺した。しかし黒いコートにニット帽を身に着け、白いマフラーをマスクのように顔に巻き付けて顔を隠したその男が、突然に自分達の輪の中に現れただけに飽き足らず、逆手に持ったナイフを仲間の額に突き刺していたことに気付いた時、最早それどころではなくなった。

 当然ながら、近くに居た者達は反射的に武器を取り出し、突然現れた乱入者に反撃を試みた。だが、彼らが刃で切り裂くよりも、鉛弾で撃ち抜くよりも早く、その男は…アイゼンは刺したナイフを左手に持ち替えると同時に引き抜き、その勢いのまま近くに居た一人の喉を切り裂き、更に銃を引き抜こうとしていたもう一人の心臓を取り出した二本目のナイフで貫いていた。

 瞬く間に3人も殺され、影剣達の動揺は戦慄へと変わった。半ば恐怖に駆られるようにして、なんとかアイゼンから距離を取った彼らは一人残らず銃を取り出し、殆ど躊躇することなく引き金をひいた。消音器付きの拳銃とサブマシンガンから放たれた鉛弾の数々は、独特な発砲音と共にアイゼンの元へと殺到した。だが彼は一切狼狽えることなく、心臓を貫かれて絶命した二人目の影剣を盾にして銃弾を防ぎ、その躯から奪ったスタングレネードを宙へと放り投げた。

 

 

「相手は1人だろ!? いつまでこんな…」

 

「がふッ!?」

 

 

 そこから先は、理不尽にして一方的な蹂躙が始まった。閃光によってアイゼンを見失った影剣だったが、自分達の集団の中を何かが風のように通り過ぎて行ったと感じた瞬間、戸惑う暇も無く4人目の犠牲者が出たのだ。即座に周囲を警戒するものの彼の姿を捉える事は出来ず、気配すら察知できない。

 そうやって狼狽えている間にも、何かは…アイゼンは機械のような精密さで影剣達の虚と死角を何度も突き、すれ違いざまに命を奪っていった。最早、影剣達に為す術はなく、この場において彼らは、狼に狙われた羊の群れも同然である。

 

 

「クソッタレ!! 姿を見せろ卑怯も…」

 

「おい、後ろだ!!」

 

 

 目を血走らせ、恐怖を誤魔化すように叫んだ影剣は背後から急所を貫かれてしまい、仲間の警告の意味を理解する前に死んでいた。そして彼が地へと崩れ落ちる前に、アイゼンは残った影剣の集団の元へと駆けだした。

 追い打ちを掛けるような、唐突な攻勢への転換。それに動揺してしまった、最もアイゼンの近くに居た一人が手始めに首筋を切り裂かれた。なんとか我に返り、反撃を試みた二人目は武器を取り出そうとした腕を斬りおとされ、悲鳴を上げる前に側頭部を貫かれて即死した。接近戦では敵わぬと悟った二人の影剣が、アイゼンを左右から挟撃するように銃を向けた。しかし、彼らは銃弾を一発も放つことなく倒れた。そして薄れゆく意識の中、二人は鏡写しの様に、互いの額に投擲されたナイフが刺さっている光景を最後に意識を手放した。

 

 

「この、テロリスト風情がッ…!!」

 

 

 アイゼン目掛け、牽制の投げナイフが投擲される。ナイフを投げた影剣は、同時に銃を向けようとするも、その手は中途半端なタイミングで止まった。認めたくない現実を悟りながらも、彼は段々と込み上げてくる物を堪えながら、力無く震える手を自分の喉へ持っていく。そして、その手が自分の喉に突き刺さった、投げた筈のナイフに触れた瞬間、彼は吐血して倒れた。

 

 

「アイツ、投げつけられたナイフを…」

 

「そのまま投げ返ッ…!!」

 

 

 投げナイフをタイムラグ無しで投げ返すという離れ業を披露しても尚、彼は止まらない。喉にナイフが刺さった影剣が、手から拳銃を離したのだ。その拳銃が地に落ちるよりも早く、アイゼンはスライディングしながら掴み取り、殆ど一瞬で狙いを付け発砲した。放たれた二発の銃弾は正確に影剣達の眉間を撃ちぬき、呆気なくその命を奪って行った。

 

 

「やるな、小僧…」

 

 

 二人の影剣がドサリと音を立てながら倒れるのと、アイゼンが立ち上がると同時に聴こえてきた、野太い男の声。目を向ければ、殺した影剣達と同じ装備を身に着けた黒装束が立っていた。この集団の隊長格か何かなのだろうが、やることは変わらない。アイゼンは迷う事無く、男に向かって発砲した。しかし…

 

 

「効かん!!」

 

 

 脳天目掛けて発射された弾丸を、男は腕を交差させて防いだ。本来なら肉如き簡単に貫通する弾丸は、どういう訳か甲高い音と共に弾かれた。その後もマガジンが空になるまで撃ち続けたが、その全てが弾かれてしまった。アイゼンが弾切れになった拳銃を放り捨てるのと同時に、男はニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「人体改造が貴様らの専売特許だと思うなよ、亡国機業!!」

 

 

 

 気合の籠った雄叫びと共に、男の拳がとんでもないスピードでアイゼンへと迫る。それを彼は紙一重で避けるが、すれ違った剛腕に遅れるようにして吹いた風が、その威力を物語っていた。人体改造がどうとか言っていたが、どうやら男も身体を少しばかり弄ったクチらしい…

 

 

「貴様が部下を殺しまくってくれたお蔭で、既に動きは見切った!!」

 

「……Und spielen, um, wie ein Zahnrad…」

 

 

 さっきとは一転して、影剣の一方的な攻撃が始まった。中国拳法を思わせる拳と蹴りによる連撃が、凄まじい威力とスピードで何度も繰り出される。ときたま狙いの外れた拳が周囲の木や壁に当たり、その悉くに亀裂を入れたり、陥没させたりしていたが、やはり当たれば五体満足でいることは出来無さそうだ。

 しかし、その攻撃は一発たりともアイゼンを捉える事は出来なかった。それどころか、ついにカウンター気味に放たれたアイゼンの蹴りが、男の喉を捉えた。

 

 

「ぐッ!? 生意気な…!!」

 

「Die scharf, wie die Klinge」

 

 

 それが始まりの合図だったかのように、アイゼンの猛攻が始まる。男が拳で殴ろうとすれば、アイゼンの掌底が先に男の顎を捉える。男が蹴りを放とうとすれば、それよりも早くアイゼンの回し蹴りが男の側頭部を捉えていた。その後も男の動きを封じる様に、そして嬲り者にするかのように、アイゼンは激しい一撃を次々と打ち込んでいく。自身を改造し、人間離れした肉体を手に入れたにも関わらず、こうも良いように弄ばれるよう痛めつけられていることが受け入れられず、男は思わず叫んだ。

 

 

「ぐ、ぅおッ!? くそ、無駄だ!! この程度で私は負けん!!」

 

「Das Halten auf Verteidigung, was solche wie Eisen」

 

「幾ら殴られようが、切り裂かれようが、撃たれようが、私は死なん!! この心臓が動き続ける限り、私は…!!」

 

 

 男は人体改造により、普通の人間よりも優れた身体能力と、生命力を持っていた。その力は生まれながらにして人外であるセイスやティーガーには遥かに劣るものの、充分に人間離れした能力と言える。特に、しぶとさに関しては中々のものだ。幾ら全身にダメージを受けようが、心臓さえ無事なら死ぬことはない。おまけに、今の彼は影剣の装備で全身を包み、その下には防弾チョッキを身に着けている。ISや大型火器でも持ってこない限り、見た感じ素手であるアイゼンには、自分の息の根を止めることは不可能だろう。

 

 

「Und eine standhafte Tapferkeit, Absicht, wie Eisen」

 

「え…」

 

 

 それはそうだ、彼はセイスと違って普通の人間だ。傷が瞬時に塞がったり、人間の数倍近いパワーを持っている訳でもない。生い立ちだって、亡国機業に自分を託した張本人でもある、顔も知らない父親が、かつて裏世界で名を馳せた暗殺者だったという事実と、自分がその父親の才能をしっかりと受け継いでいたこと位しか特筆することが無い。なんでも一通りこなせると言うのは確かに便利だが、逆に言えば自信を持って誰にも負けないと断言できるものが無いのもまた事実。我ながら、本当につまらない人間だと思ってしまう。

 あぁでも最近は、幾つか皆に自慢出来るモノが見つかった。一つは、歌のようでもあり呪文のようでもある、この詩だ。まだ物心も付いていない赤ん坊の時に、父親が子守唄の代わりに枕元で唱えていたらしく、いつの間にか覚えていた。効果は絶大で、どんな状況でもコレを唱えると心が落ち着き、凄まじいまでの集中力を手に入れることが出来る。

 そして最後の一つは、父親の才能でもある万能性…所謂『器用貧乏』だ。さっきは、ずば抜けた特技が無いと言ったが、コレそのものを一つの長所と捉えるのならば、自分もそれなりに面白い人間なのかもしれない。射撃、格闘、クラッキング、機動兵器の操縦、音楽に料理、掃除だってお手の物。ぶっちゃけ、技術でどうにかなる物事に関しては出来ないことの方が少ない。

 だから、こんな風に自称不死身の男との間合いを一瞬で詰めて、その心臓の部分にそっと両手を当てながら…

 

 

―――いつだかティーガーに見せて貰った、″内臓破壊″の技を再現するのだって簡単だ…

 

 

「貴様ッ…!?」

 

「Lasst uns tanzen weiter, Halten Sie versuchen Schritten」

 

 

 不穏な気配を察知した影剣の男は、慌ててアイゼンに殴り掛かった。しかし、その選択は明らかに間違いだった。互いに至近距離だったとは言え、既に男に手を当てているアイゼンは本当の意味でゼロ距離に居る。速さで勝負した場合、どう足掻いたって男に勝ち目は無かったのだ。そして…

 

 

 

―――回れ、回れ、歯車のように…

 

 

―――切り裂け、切り裂け、刃のように…

 

 

―――貫き通すは鉄の意志…

 

 

―――不屈にして不動なる鉄の意志…

 

 

―――さぁ、舞い続けよう、刻み続けよう…

 

 

 

「Es wird nicht auf dem Rost zu arbeiten, bis zu diesem Zeitpunkt」

 

 

 

―――錆び付き動けなくなる、その瞬間まで

 

 

 鈍い衝撃音を響かせると同時に、影剣の男は血を吹き出しながら崩れ落ちた。心臓が動き続ける限り、死なないと豪語した男は言葉の通り、心臓の動きに合わせる様にして動かなくなった…

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「おい、何か聴こえなかったか…?」

 

「恐らく他の陣営が同士討ちでも始めたんだろう。良いから、早く負傷者を起こせ」

 

 

 アイゼンが影剣を殲滅した頃、『名無し部隊』の残存部隊は痛む身体に鞭打って再起を謀ろうとしていた。拘束されたフリして背後から銃撃するという特殊部隊らしいセコい真似により、最大の障害でもあった更識楯無をISごと捕縛する事に成功したのは良かったが、今はその全てがパァになっていた。

 突如として、倉持技研に赴いていた筈の織斑一夏が、白式を纏った状態で飛来してきたのである。殆ど隕石と変わらない一夏の突貫と、その衝撃によって隊員達は一人残らず吹き飛ばされてしまい、倒れている間に楯無を奪い返されてしまったのだ。

 

 

「あんのクソ餓鬼、今度は枕に女の下着を仕込んでやる…」

 

「訳分かんないこと言ってないで負傷者に手を貸せ。早く部隊を立て直し、任務を再開するぞ」

 

「げ、まだ続けるのかよ?」

 

「当たり前だ、隊長はまだ戦闘中なんだぞ? 我々だけこのまま帰る訳にもいかないだろう…」

 

 

 そう言いながら、覆面で顔を隠した隊員(全員覆面してるが…)は次々と同僚の意識を蘇生させていく。そんな纏め役の隊員に対し、先程の若い隊員が露骨に面倒くさそうな態度を見せながらも、なにやら話しかけてきた。

 

 

「ところで、改めてこのスーツ凄いな。手加減されていたとは言え、楯無と一夏のIS攻撃に耐えきりやがった…」

 

「確かにステルス機能は全然通用しなかったが、頑丈さだけは中々の代物だな。説明によれば、至近距離で爆弾が爆発しても耐えきれるそうだ……まぁ、衝撃は殺しきれないだろうが…」

 

「へぇ、そりゃ面白いことを聞いた。ところで、一つ良いか?」

 

「ん?」

 

 

 いつの間にか、不真面目そうな隊員は、しゃがみ込んで蘇生作業を行っていた隊員の目の前に立っており、彼のことを見下ろしていた。そして…

 

 

「仲間の声くらい覚えとけ、バーカ」

 

 

―――言うや否や、彼は隊員の顔面を思いっきり蹴りつけた…

 

 

「おい、お前…!?」

 

「なんのつもりだ!?」

 

 

 仲間の凶行に、思わず名無し隊の面々は動揺の声を上げる。そんな隊員達を面倒くさそうに見ながら、彼はボリボリと覆面越しに頭を掻きながら呟いた…

 

 

「楯無の援護してる最中に影剣の別動隊を見つけて、急いで殺しにいって戻りゃあ楯無は倒れてるし、先にボコッた名無し隊の奴から装備を拝借して、こっそり紛れ込んで楯無を助け出そうとしたら、なんだよこの仕打ち。そりゃあ楯無を担いだ時は役得だと思ったけどさ、こちとら今回は真面目に働いてたんだぜ? ちゃんと楯無を助けようとしたんだぜ? その見返りがメテオワンサマーとか…」

 

 

 そこで彼は…バンビーノは空を見上げ、スゥっと深く息を吸い込み……

 

 

「ふ・ざ・け・ん・なッ!!」

 

 

 怒鳴ると同時に駆けだした。名無し隊の面々は即座に反応し、バンビーノを捕らえようとする。しかし、彼は自分を拘束せんと迫りくる隊員達の手足を紙一重で避けきり、名無し隊の集団の中をアメフト選手のように潜り抜けた。

 

 

「止まれ、動くな!!」

 

 

 そのまま走り去ろうとしたバンビーノを、そんな言葉と銃を構える音が引きとめた。背後を振り向けば、何人もの隊員達が自分に向けて銃を向けていた。すぐに撃たないのは、自分が何者なのかを確かめておきたいからだろう。けれでも、彼は慌てない。いつの間にか手に持っていたソレらを、隊員達によく見える様に、ゆっくりと掲げた。

 

 

「コレ、なーんだ♪」

 

 

 覆面で隠れて表情は分からないが、絶対に嫌らしいニヤニヤを浮かべているであろう、そんな声音。その声と同時に掲げられたソレは、小さな銀色に輝く複数のリング達だった。一見するとキーホルダーにも見えなくもないが、それぞれの輪っかには何か紐のようなものが付いていた。

 

 

「このクソ餓鬼ッ、まさか…!?」

 

 

 そこで、やっと彼らは気付いた。顔面を蒼白にして、必死の形相で自分の装備を確認した。しかし確認したらしたで、彼らの表情は絶望に染まった。何故なら、無かったのだ。自分達が持つ装備の中で、最も高い威力を持ったソレの、絶対になくてはならないもの。奴は名無し隊の全員から、さっきのどさくさに紛れ、すれ違いざまにスッたのだ…

 

 

 

―――手榴弾の″安全ピン″を…

 

 

 

「ちょ、ふざけんな…!!」

 

「ヤバい、早く遠くに投げろ!!」

 

「駄目だ、間に合わなッ…」

 

 

 狼狽える隊員達を尻目に、バンビーノはゆっくりとその場を離れた。そして、まるでゴミを捨てるかのように安全ピンを放り投げた直後、数秒の時間差を持って、名無し隊全員の手榴弾が連続で爆発した…

 

 

「普通なら即死だろうが、そのスーツがあれば死にはしないだろ。ま、代わりに全身の骨が逝っちまってると思うが、それ位は我慢しろよ……って、聴こえる訳ねぇか…」

 

 

 返事が来る筈のない言葉に、自分でケラケラと笑いながら去っていく。ステルス装置を起動させて姿を消すその瞬間まで、バンビーノの笑い声が暫く響いた…




○アイゼンの身体能力は、ナノマシンを投与したマドカ達と同レベルです
○けれど彼の場合、技術力がブッチギリなので、セイスと互角の実力を持ってます
○名無し隊は亡国機業の諸事情により、抹殺対象外です

次回、セイスとティナの戦い、そして学園襲撃騒動に決着です。そして、ついに旦那達が動きます……お楽しみに…!!


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誓いの下に 後編

お待たせしました。学園襲撃編、ひとまず終結です。
予定ではもうちょい進めるつもりだったのですが、キリが良いのでここで区切ります。



「あー、やっぱ駄目だな、こりゃあ…」

 

 

 ティナのEOSに殴り飛ばされ、もう何度目になるか分からない地面へのバウンド。普通ならとっくに瀕死の重傷で動けない筈の衝撃を受けながらも、セイスはなんでもないかのように立ち上がり、面倒くさそうに呟いた。そして、そんなセイスと向かい合うティナの方も、事も無げに身体の土埃を払いながらピンピンしている彼の姿を見て半ばうんざりし始めていた。

 

 

「その言葉、そっくりそのまま返すわよ。こっちは殺しても死なないアンタを、生け捕りにしてこいって言われてるんだから…」

 

「そいつはお気の毒様。だが俺もいつまでもテメェに付き合ってられないし、一割の諸事情と九割の私情により安全第一で戦わなきゃなんねぇ」

 

 

 万が一ティナとの戦いに敗れた場合、自分はアメリカに身柄を引き渡され、確実に碌な扱いを受けないだろう。下手をすれば再び研究施設に送りつけられ、ナノマシン人間の実験体として嬲り者にされる日々を送る羽目になる可能性が高い。セイスでなくとも、誰が好き好んでその様な未来を望むだろうか。

 そして何より、マドカと約束したのだ。彼女が目的を果たすその日まで決して死なず、最後まで添い遂げ続けると。彼女が『織斑マドカ』と成るその瞬間に立ち会い、その笑顔を目にするまで、自分は生き続けると約束したのだ。

 

 

「つー訳で、今日からちょっとイメチェンだ。初チャレンジの相手にしちゃあ、ちと難易度が高い気もするが…」

 

 

 土埃を払落し、調子を整える様に身体の節々をパキパキと鳴らした後、正面に立ち塞がるティナを見据える目をスッと細めた。そして…

 

 

「テメェで試させて貰うぜ、ティナ・ハミルトン…」

 

 

 言うや否や視線はそのままに、セイスは脱力したかのように上半身を前のめりにした。その姿はまるで、緩んだ糸で吊り下げられた操り人形のような不気味さと、目の前の獲物を吟味する獣のような獰猛さを同時に感じさせる。視線を正面のティナに固定したままなこと以外に大した動きは無いのだが、それによって生まれた沈黙が異様な空気を作り、彼女は言葉にし難い不安とプレッシャーに襲われた。

 

 

(何かされる前に、一気にケリを付ける…!!)

 

 

 セイスの雰囲気の変わり様を目の当たりにし、ティナは即座に動いた。EOSを一気に加速させ、瞬時に彼との間合いを詰めてその鉄腕を躊躇なく振るった。セイスは反応しきれなかったのか、ティナが動き始めた瞬間も、そしてEOSの腕を振りかぶった瞬間も微動だにしなかった。相手を跳ね飛ばすつもりが如くの勢いで迫り、人間では決して捉え切れない速度と、確実に耐えきれない威力をもって放たれた鋼鉄のラリアットは、轟音と共に再びセイスを宙高く吹き飛ばすかに思われた。

 

 

「な!?」

 

 

 しかし実際にアリーナに響いたのは、鉄腕が空を切る音と、ティナの戸惑う声だけだった。攻撃が外れたことに慌てた彼女は数十メートル程離れたところで急停止し、同時に背後を振り向くようにしてEOSを旋回させた。すると視線の先には、さっきとまるで同じ状態で立っているセイスの姿があった。当然ながら攻撃が当たった様子は一切見受けられず、かすり傷はおろか汚れさえついてなかった。

 

 

(……今のは…?)

 

 

 攻撃を避けられた…それだけならば、別に大して驚くことは無い。実際、何度かEOSの剛腕を直撃させることに成功しているが、逆に避けられた回数はそれを少しばかり上回っている。セイスの異常な身体能力に関しては、初めて邂逅した時こそは度肝を抜かれたが、流石に三度目の相対ともなればいい加減に慣れるというものだ。

 そんなティナだからこそ、今の瞬間には違和感を覚えざるを得なかった。先程の攻撃は、例え直撃しなかったとしても、牽制ぐらいにはなるだろうと思っていた。しかし当の本人は動揺するどころか微動だにせず、まるで何事も無かったかのように佇んでいるだけであった。今更になって手心を加える理由は無いし、EOSの操縦も完全に慣れてきた。つまるところ、ティナ自身には攻撃を外す理由も無ければ要因も無い。となれば、セイスが無事に立っていられた理由は、一つしか考えられない。

 

―――彼はEOSを駆るティナの攻撃を、完全に見切ったということだ…

 

 そう結論付けたティナは戦慄すると同時に、纏わり付く焦燥感を誤魔化すように再度突撃を仕掛けた。その場で出せる最大のスピードでギリギリまで近づき、セイスの動きを予測しての時間差でEOSの拳を振るう。

 

 

「ッ、また…!?」

 

 

 だが、セイス回避能力を証明するかのように、ティナのEOSが彼を捉えることは出来なかった。すれ違いざまに振り向けば先程と同じように、彼は何事も無かったかのように佇んでいるだけだ。

 

 

(なに!? なんなの!?)

 

 

 その後も彼女は幾度も攻撃を仕掛けた。自分の身に着けた操縦技術と経験を総動員してセイスの動きを先読みし、EOSの性能を最大限に引き出しながら、何度もセイスを殴り飛ばそうと試みた。しかし、彼はその悉くを避けきり、不気味なまでに平静を保ち続けていた。セイスのその態度がまた、ティナに物言わぬプレッシャーを与え、段々と彼女を精神的に追い詰めていく。

 

 

「なんで当たらないの!?」

 

 

 戸惑いと恐怖に駆られ、それを振り払うようにセイスへと接近戦を仕掛けるティナ。突撃やラリアットを中心とした一撃離脱戦法では埒が明かないと判断し、至近距離での殴り合いで強引に勝負を決めようと試みたのだ。そして彼女は回り込むように彼の背後へと回り込み、EOSの腕を大きく振りかぶる。

 ティナに背を向ける形になっていたセイスは、アリーナに響くEOSの駆動音に反応したかのように、ゆっくりとした動きで振り向いた。依然として脱力したかの様な奇妙な体勢だったが、顔だけはしっかりと相手の方に向けており、必然と二人の視線は交差する形になった。

 そして、彼の表情を目にしたティナは、背筋が凍りついた。優秀であるが故に、見えてしまったのだ。殺意を持った巨大な鉄の塊が、超高速で迫りつつあるにも関わらず、それと相対する彼が…

 

 

 

―――笑っていたのだ…

 

 

「ッ!?」

 

 

 そこで漸くティナは、自分が選択を誤ったことを悟った。幾ら攻撃が避けられるとは言え、決定打を持たないのは向こうも同じ。むしろ、純粋なパワーやスピードを考慮すると、EOSを操縦するティナの方が断然有利である。にも関わらず彼女は、セイスが唯一EOSに勝る部分…小回りが利くという点をフルに生かせる至近距離、彼の間合いでもあるクロスレンジ戦へと自分から足を踏み入れてしまったのだ。

 しかし今更、間合いを取る事は出来ないし、目の前のセイスが絶好の射程内に居るのもまた事実。焦る自分を叱咤するかのように、ティナはEOSの拳を振り下ろした。罪人を処刑するギロチンを思わせた一撃は、アリーナに盛大な炸裂音を響かせながら、着弾地点に小さなクレーターを作る事に成功する。

 

 

「そんなもんか…?」

 

「このッ!?」 

 

 

 至って冷静な声音は、振り下ろされた拳のすぐ隣から聞こえた。モクモクと立ち上る砂埃が晴れ、視界が開けたその場には、避けたEOSの拳を踏みつけ、凶悪な笑みを浮かべるセイスが居た。

 セイスの身体能力に関しては知っての通りだが、それに比例して彼は反射神経も良い。とは言え、所詮は治癒能力のオマケ。パワーとスピードはEOSにすら劣るし、反射神経もラウラの『越界の瞳』と比べたら紛い物も良いとこである。幾ら人外とは言え、その能力には限界がある。

 

 

「だが、それだけあれば充分だ…」

 

 

 しかし、彼にはそれを補うだけの知能がある、経験がある、才能がある。ティーガーとの特訓と、こなしてきた仕事で得た経験、加えて化物として生まれたが故に手に入れた獣並みの勘が、相手の動きを完全に予測することを可能にする。そこに持ち前の身体能力も加わるとなれば、彼は並の人間では決して追随出来ない領域に居ると言えるだろう。

 そんな彼が身体能力と知能、持てる全てを使い、本気で回避に専念した場合どうなるのか。その結果は、EOS程度が出せる最大スピードでは、絶対に彼を捉える事は出来ないということだ。

 

 

「このッ!?」

 

 

 慌てて反対側の腕でセイスを殴りつけようとするティナだったが、そのニ撃目もあっさりと回避されてしまう。それどころか逆に、セイスは避けると同時に軽く跳躍し、ティナの顔面目掛けて躊躇せず回し蹴りを放ってきた。当たればただでは済まない威力で迫るそれを、EOSを急速に後退させる事で避ける事には成功したが、その行動を予測済みだったセイスは動きを止めることなく、間合いを離されないように後退するティナとの距離を詰めた。それを見た彼女は不意を突くように急停止し、彼を迎撃するべくその場で構えた。しかし、彼女が何かするよりも早く、セイスは隠し持っていたそれを走りながら投げた。

 

 

「痛ッ!?」

 

 

 彼が投げたのは、戦いのどさくさに紛れて拾い集めていたアリーナの砂だった。精密機械のような正確さで投げられたそれは見事にティナの顔面へと直撃し、彼女の視界を一時的に奪う事に成功した。

 塞がれた視界の中、目の痛みに苦しみながらもセイスに接近されることだけは避けるべく、ティナは勘と僅かな気配を頼りにひたすらEOSの腕を振り回し続けた。しかし、半ば闇雲に振るわれる破壊の嵐は空を斬るような鋭い音と爆音を響かせ、アリーナをの地面を幾つか陥没させていったが、セイスを捉える事は出来ないでいた。そして、背後に気配を感じたティナが咄嗟に裏拳を放った瞬間、今日一番の大きな音を立てながらEOSが動かなくなった。

 

 

「嘘でしょ!?」

 

 

 その頃には彼女の視界も戻り始めており、そうでなくとも音とビクともしなくなった操縦桿で今の状況が嫌でも分かってしまった。最後にティナが放ったEOSの裏拳は視界が塞がっている間、知らぬ間に近づき過ぎていた外壁に突き刺さっていたのである。拳は深々とめり込んでしまっており、EOSの出力を最大に引き出しても簡単には抜けそうに無い。

 

 

「くッ!!」

 

 

 唐突に底冷えするような殺気を感じた彼女は、反射的にEOSの搭乗部から飛び退いた。それと同時に、先程まで彼女が居た場所が、派手な音を立てながらセイスに粉砕された。そこで彼女は漸く、自分がセイスにまんまと壁際へと誘導され、挙句の果てにはEOSを行動不能に追い込まれてしまったことを悟った。その事実に驚愕しながらも、なんとか愛銃を取り出してセイスに向けるが、気付いた時には既に彼は間合いをゼロになるまで詰めており、彼女が抵抗するよりも早く銃を持った腕を掴み、そしてもう片方の腕には拳を作って振り上げていた。それを見たティナが忌々しげに、そして吐き捨てる様に呟く。

 

 

「……ほんと、最悪…」

 

 

 自分に振り下ろされる拳を見つめ、3度目の敗北を味わいながら、彼女は意識を失った。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

『……正気か、貴様…?』

 

「落ち着けよウェイ、声が震えてるぜ?」

 

 

 通信機越から隠し部屋に響く二人の会話は、オランジュがアイゼンに影剣の始末を命じた時に空気が変わり、影剣が全滅した時には形勢も変わっていた。予想を超えた彼らの行動にウェイはただただ戦慄するしかなく、逆にオランジュはそんな相手の様子を嘲笑った。

 その態度に神経を逆なでされたのか、残ったプライドで己を奮い立たせ、ウェイは声を荒げる。

 

 

『貴様は自分が何をしたのか、本当に理解しているのか!? 貴様の行いは我々トウ派に対する宣戦布告に等しい行為だぞ!?』

 

「そう言う脅し文句は、相手を選んで使えタコ」

 

 

 しかし彼の決死の咆哮は、返ってきた冷たい返答により一瞬にして勢いを削がれてしまった。

 

 

『なんだと…?』

 

「逆に尋ねるが、テメェらは本気で俺達と事を構えるつもりがあるのか? 先に言っとくが、俺はトウ派と戦争する羽目になっても一向に構わないぜ?」

 

 

 今回の目論見は、送り込んだ影剣達にオランジュが手を出せない事が前提だった。影剣を手引きした事を指摘されようが直接的な証拠は残さず、しらばっくれてしまえばどうにでもなる。学生に死人が出た時は影剣として、妨害された時はトウ派の人間として扱えば、どんな形であれフォレスト派を糾弾する口実を幾らでも作ることが出来る。しかも、トウ派と全面戦争になる可能性を考えれば、オランジュ達もそう手荒な真似は出来ないだろうと、ウェイは踏んでいたのであった。

 しかし実際は、妨害どころか影剣達を皆殺しにされてしまい、計画の全てを台無しにされてしまった。影剣に属する者達の死体という、ある意味完全な証拠を確保されてしまい、トウ派の人員と言う誤魔化しは効かないだろう。それでなくとも、貸した人員をみすみす殺されてしまったとあれば、影剣本来の飼い主でもある中国が黙っている訳がない。

 早い話、今のウェイの状況は八方ふさがりも良いとこだ。その現実を余程受け入れたくないのか、彼は尚もオランジュに食い下がろうとする。

 

 

『世迷い言を。民間人の命の為に…意味の分からん掟如きの為に、貴様らは我々と戦うと言うのか!?』

 

「無論」

 

 

 即座に返ってきた返事を耳にしたウェイは、鈍器で頭を殴られたかのような衝撃に襲われた。聴こえてきたオランジュの声音と、そして僅かな躊躇いも感じさせないこの即答により、嫌でも悟る事が出来てしまったのである。

 

―――奴らは本気だ。この意味の分からない矜持の為に、本気で自分達と戦争をするつもりだ…

 

 それが理解出来た途端、ウェイの呼吸は荒くなり、冷や汗が滝のように流れ始めた。今更になって事の重大さに気づき、同時に様々な感情が湧きあがる。それは恐怖か、驚愕か、焦燥か、あるいはその全てか。本来なら抗争の火種を盾にゆすり、オランジュにこの感情を味わせるつもりだったのに現実はどうだ?こちらが虚勢で脅しを掛けようとした結果、とっくに覚悟も準備も出来ていた相手に呑まれ始めているではないか。

 

 

『どうして、貴様らはそこまで…?』

 

「俺達にとって掟を守り続けるという行為は、旦那と交わした契約の証明に等しい。旦那が俺らを守り、導き続けてくれる限り俺達もまた、旦那の意志とも言うべきこの掟に忠実であり続ける。今回はその過程でトウ派を潰すことになりそうだが、逆に言えばそれだけの話だ」

 

 

 この掟は、彼らの道標でもある。導き手の真意を確認する暇もなく、迅速に決断をしなければいけない時に、彼らが忠誠を誓うフォレストの意思を代弁する唯一の存在だ。だからこそ彼らは迷わない、躊躇わない、戸惑わない。その過程で何を敵に回そうが、誰が傷つこうが、立ち止まることはしない。例え目の前に居なくとも、掟と言う形に姿を変え、フォレストは常に自分達と共にあるのだから。

 

 

『そうだとしても何故だ? 何故そうも自分達を縛る? 所詮は弱肉強食の世の中で、それ程の力を持っているにも関わらず、どうして貴様らは…』

 

 

 正義も悪も無く、力だけがモノを言うこの世界。武力、権力、財力、知力、どの様な形でも構わない。どんな不条理も理不尽も、力さえあればなんでも通すことが出来る。力こそが権利、力こそが特権。その現実を、この世界に身を置いてウェイはすぐに実感した。世界に名立たる亡国機業トウ派に所属してからも、その考えは一層強くなっていった。だからこそ、ウェイはフォレスト派に苛立ちを覚える。誰が見ても恐れるその力を持て余し、無意味な掟に従い続け、ぬるい日常を送るフォレスト派の連中が気にいらなかった。だから自分のボスである『頭(トウ)』にこの命令を言い渡された時、この苛々を晴らす絶好の機会だと考えたのである。実際は彼らの実力があらゆる面で予想を超えており、手も足も出なかったが…

 

 

「法に見捨てられ、人間扱いされなかった俺達の望みは、昔からただ一つ。その為にも俺達は、例え薄汚れたロクデナシになろうとも、ヒトデナシにまで堕ちぶれる訳にはいかねぇんだよ」

 

『な、に…?』

 

「なんにせよ、テメェみたいな温室育ちには一生理解出来ないことだ。まぁ良い、大分脱線したが話を戻すぞ」

 

 

 再び雰囲気が変わり、有無も言わせぬ口調で放たれた言葉に、ウェイは二の句が継げなくなる。緊張に包まれ、いつの間にか反論する気すら湧かなくなっており、ただオランジュの言葉の続きを待つ形になっていた。そして…

 

 

「これを機にテメェらトウ派を潰したいのは山々だが、今はIS学園に関する対応を優先することこそが亡国機業全体の総意だ。だから、チャンスをくれてやる。御望み通りフォレスト派とトウ派で戦争を始めるか、今回のことは互いに無かったことにして、これまでの関係を続けるか…」

 

 

 計画を持ちかけた手前、今回の出来事を無かったことにした場合、中国は確実に黙っていないだろう。しかし、もしもこのまま意地を張り、自分だけの一存で開戦を承諾してしまった場合、ボスは何と言うだろうか?そもそも、心の底では恐れているフォレスト派と、正面から争うようなことになったら…

 

 

「五秒以内に決断しろ、クソ野郎」

 

 

 ウェイに選択肢は、無いも同然だった…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「おい、そこのガキ」

 

 

 主である篠ノ之束の指示に従い、学園襲撃を敢行したクロエ・クロエニクルは織斑千冬と邂逅した後、帰路についていた。そんな彼女に対して投げかけられた、粗雑で乱暴な女性の声。振り返れば、声の持ち主らしい目つきの悪いスーツ姿の女性が立っていた。

 

 

「……なんでしょうか…?」

 

「クロエ・クロエニクルだな? 悪いが、ちょっと来て貰うぜ」

 

 

 その言葉を聴いたクロエは無表情のまま、ゆっくりとした動きで相手と向き合った。餓えた狼のように、目の前の女性は殺気を隠そうともしていないが、その様子に反してクロエは殆ど動じていなかった。

 

 

「申し訳ありませんが、それに応じる事は出来ません」

 

「ハッ、逆らうってか……まぁ良い、だったら力ずくだ!! このオータム様に歯向かったこと、後悔しやがれ糞ガキ…!!」

 

 

 そう言って目の前の女性…亡国機業所属のオータムは、右腕に装着したブレスレッド状の何かを見せびらかすように構えた。それが待機状態のISであると理解したクロエは、咄嗟に自身の瞳の力を開放し、同時にISを呼び出そうとする。

 

 

「って、おいおいテメェ、そりゃ幾らなんでも卑怯だろ!?」

 

「生憎、無抵抗を貫く趣味はありません」

 

「違ぇよ。テメェじゃなくて、後ろの野郎だ…」

 

「は?」

 

 

 その瞬間、クロエの背筋に悪寒が走った。目の前で憤慨するオータムなんか目に入らなくなるくらいに、圧倒的で身に覚えのあるプレッシャー。ちょっぴり涙目になりそうな感覚に襲われながらも、ブリキ人形のようなギコチナイ動きで、彼女はゆっくりと背後を振り返った。

 

 

「先日ぶりだな、クロニクル」

 

 

 背後に狼が居る時は、前に虎が居るものなんですね…と、日本に古くから伝わる諺を思い出しながら、半ば現実逃避を開始するクロエだった。

 




○互いの上司にクロエの捕縛を支持された秋と虎
○実力行使で行こうとした秋さん、それを囮にして接近に成功した虎さん
○次回、尻尾(ウェイ)の意味が判明
○そして、ついに旦那達と天災が…

IS最新巻…場合によっては、相川さんや鷹月さんを筆頭とした、モブキャラ祭りになるかもしれませんね。それはそれで楽しいことになりそうですが……
何はともあれ、次回をお楽しみに~


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森のもてなし 前編

お待たせしました、久々の更新です。
しかし、書きたいとこまで中々進まない…(泣)

それはさておき、唐突ですが第二回人気投票を開催したいと思います。詳しくは活動報告にて…


―――カラカラカラカラカラカラカラカラ、カキンッ…

 

 

 乾いた回転音と、甲高い金属音が鳴り響く。その音は一定のリズムを保ちながら、まるで時計の針の様に何度も何度も鳴り響く。明確な意図もなければ意味も無い筈なのだが、目の前でこの音を聞かされる者としては、たまったものではない。

 

 

「なるほど、良く分かった」

 

「は、はぁ…」

 

 

 大都市の沿岸部に並ぶ、幾つもの高層ビル。その中でも一際高い建物の一室で、ウェイは初老の男性と対峙していた。しかし、肝心の相手は彼に見向きもしない。このビルの上層に位置する、どこかの社長室を思わせる部屋で椅子に背を預け、太平洋を一望できる大窓の方を向きながら、愛銃の六連発リボルバーの弾倉をカラカラと回し、トリガーを引いて止めるという行動を繰り返している。

 しかし、ウェイは男の行動を咎める事はしない。ましてや、出来る筈がない。目の前に居るこの男こそが、亡国機業東アジア支部の重鎮『トウ派』の首領、『頭(トウ)』なのだから。

 

―――カラカラカラカラカラカラ、カキンッ…

 

 

「それで、お前は奴の言葉を鵜呑みにして、なんの成果も残さずに引き下がったと?」

 

「申し訳ありません…」

 

 

 自分の直属の上司の言葉に、ウェイはひたすら頭を下げるしか無かった。台頭してきたフォレスト派の失脚を目論んだ今回の計画を完全にしくじり、手玉に取られてしまったのだから。挙句の果てには、脅すつもりが逆に脅されてしまい、プライドもズタズタにされる始末だ。

 そこでふと、ウェイはトウの言葉に引っ掛かりを覚え、思わず口に出してしまう。

 

 

「鵜呑み?」

 

「IS学園での騒動がひと段落して早々に、奴らは幹部会を通して我々を糾弾してきたぞ。幹部会の総意でもあるIS学園での活動を、敵対組織を手引きしてまで妨害したとな」

 

 

 その言葉を聞いて、ウェイは驚きに目を見開いた。確かにあの時オランジュは、『大人しく引き下がれば、今回の件は無かったことにする』と言ったのである。にも関わらず、こうも早く約束を反故にされてしまい、彼は動揺せざるを得なかった…

 

―――カラカラカラカラカラ、カキンッ…

 

 

「そんな、奴は無かったことにすると言って…!!」

 

「それを守る理由が、アイツにあるのか?」

 

 

 そう言われてしまうと、ぐうの音も出なかった。向こうはトウ派と争う事を躊躇う理由が無いに等しい上に、ことの発端は此方にあるので、抗議声明が正式に幹部会を通れば、他の派閥だけでなく幹部達もフォレスト派に付く可能性が高い。この様にオランジュ達には先手を打ち、トウ派に追い打ちを仕掛けられるメリットはあれど、デメリットは何一つ無いのだ。

 

 

―――カラカラカラカラ、カキンッ…

 

 

「常日頃から言っているだろう、破棄しても問題ない契約、協定、条約を相手に結ばせるなと。よもや、忘れたのか?」

 

「そ、それは…」

 

「それに問題はフォレスト派だけではない、人員を借りた挙句無駄死にさせた影剣もだ。奴らは現在、我々に報復する許可を取りつけようと政府に直談判している。それなりに我々と政府には繋がりがあるから、すぐに動くと言うこともないだろうが、それにも限界がある。何かしら手を打たねば、中国も重い腰を上げ大事になるだろう」

 

 

 現在の中国は国柄のせいもあり、IS業界の中心でもある日本とのパイプは、諸外国に比べ少々劣っている。幸運なことに代表候補性の一人が織斑一夏と幼馴染であり、尚且つ交友関係も良好ということもあって、世界唯一の男性操縦者とのパイプ作りに関しては、それなりに有利な立場にあると言える。

 しかし逆を言えば、それが今の中国の限界でもあった。元々日本との外交関係はお世辞にも良好とは言えず、むしろ警戒されている。その為、名ばかり同盟国のアメリカと違い、裏工作に踏み切るのは容易な話では無く、失敗した際も外交面や世論に対するリスクが大きい。

 だからこそ影剣は祖国のために、行き詰ったこの状況を打開すべく、ウェイの提案に乗ったのだ。『敵は此方に手を出すことが出来ない』と言って誘ったにも関わらず、その結果がこんな散々なものでは、怒り狂うのも当然な話である。

 

 

―――カラカラカラ、カキンッ…

 

 

「何か、解決策は考えてあるか?」

 

「検討中です。しかし、必ず私自身の手で…」

 

 

 正直な話、ウェイは焦っていた。″トウの指示だった″とは言え、影剣を引き込み、現場を指揮していたのは自分である。当然ながら、失敗の責任も自分にある。ここで何かしら挽回しない限り、今まで順調に進んでいた出世街道から足を踏み外し、最悪の場合は次期盟主候補の肩書も剥奪されてしまうだろう。

 とは言っても自分はトウの指示には最低限従ったし、影剣の対処もそんなに難しい話では無い。中国の闇を担う暗躍機関とは言え、亡国機業に比べれば所詮は三流の弱小組織。これまで通り、五月蠅くする奴を皆殺しにしてしまえば、全て解決する。

 

 

――――――カラカラ、カキンッ…

 

 

「ところで、オランジュの奴は何か言っていたか?」

 

「は?」

 

 

 そんなことをウェイが頭の中で考えていた時、唐突にトウが口を開いた。何故ここで、それも彼の口からオランジュの名前が出てきたのか理解できず、思わずウェイは間の抜けた返事をしてしまう。

 

 

「愚痴でも皮肉でも良い、通信の最後に何か言っていなかったか?」

 

 

 トウのその言葉に、ウェイは当時のことを思い出す。そう言えばあの時、完全な敗北感に苛まれ、失意のままに通信を切ろうとした刹那、ふいに彼は思わせぶりな言葉を自分に残した。プライドをへし折られた上に、計画失敗の責任のことで頭が一杯だった為その時はオランジュの言葉の意味を少しも考える事が出来なかったが、今考えると随分思わせぶりな内容であった。

 急に直前までの高圧的な雰囲気を消し、『ところでウェイ、最後に一つ良いか?』と、まるで世間話でもするかのように、幾分穏やかな口調で喋り始めたと思ったら、彼はこう続けた…

 

 

―――俺は今まで、『尻尾(ウェイ)』を名乗る人間に2人会っている。その全員が…

 

 

「『反乱を企てた末に、一人残らず処刑されている』、だろう?」

 

「え、あの……はい…」

 

 

 トウの言う通り、確かにオランジュはそう言った。ウェイ自身も、『尻尾』の名を冠した前任者たちの末路は話に聞いている。二人とも有能だったそうで、自分と同じくトウ直々に次期盟主候補に推薦され、その手腕を如何なく発揮したと言う。しかし、その結果増長してしまい、トウに反旗を翻したのだが志半ばで処断されてしまい、今となっては存在そのものがタブーとなりつつあった。

 そんなトウ派の誰もが知っている事を、何故あのタイミングでオランジュが言ってきたのか、今になって考えてみると可笑しな話だ。

 

 

「ですが、私は前任者達とは違います。私は決してボスを裏切ったりしません。その証拠に、今回の任務だって…」

 

 

 そもそも自分はこれまで、そしてこれからも、トウに対して忠実であり続けるつもりだ。実際、今回の計画の殆どを立案し、実行の指示を出したのはトウである。現場の指揮を任された当初は、正直に言うと無茶であると感じた。しかし他ならぬトウの命令であり、相手が日頃毛嫌いしているフォレスト派とあっては、ウェイとしても断る理由は無かった。その結果、散々な結末を迎えてしまったが…

 とは言え、自分の欲望を満たす為、そして保身の為にも、トウに忠誠を誓い続ける意思は変わらない。故にオランジュの言葉も、愚かな前任者達のことなど、知った事では無い。

 

 

「成程、やはり貴様はバカだ」

 

「え?」

 

 

 ウェイの言葉に、トウはそう返した。予想外過ぎる返事にウェイは面食らうが、その意味を問うよりも先にトウが口を開いた。

 

 

―――カラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラカラ…

 

 

「ウェイ、影剣の対策は、まだ検討中と言ったな?」

 

「は、はい…」

 

 

―――カキンッ!!

 

 

「折角だ、簡単に全てを解決出来る方法を教えてやろう」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

 困惑の表情から一転、ウェイの顔が喜色に染まる。一瞬だけトウから放たれた剣呑な空気に呑まれそうになったが、その言葉だけで彼は全てがどうでも良くなった。いつも以上に腰を低くし、ゴマをする様にしてトウに少しだけ近づき…

 

 

「ありがとう御座います。それで、その方法は…」

 

 

 その直後、部屋に複数の銃声が鳴り響く。それに合わせる様にして、ドサリと音をたてながら、ウェイが勢いよく仰向けに倒れた。自分の身に何が起きたのかを少しも理解する暇もなく、その目に何も映さなくなった彼は、部屋に自身の血で赤い池を作りながら、無言で天井を眺め続けた。

 そんなウェイに一瞥もくれず、トウは自身の拳銃から薬莢を取り出して床に捨てる。そして、六連発銃から取り出された″5発分″の薬莢は甲高い音を響かせた。その音が合図だったかのようにトウの部屋の扉が開かれ、ウェイとは別の男が入ってくる。トウは物言わぬ躯となったウェイから視線を外し、海が一望できる大窓の方へと向き直り、何事も無かったかのように口を開いた。

 

 

「持って行け」

 

「関係者には何と伝えておきますか?」

 

「手柄に目がくらんで暴走し、独断で影剣と手を結んだ挙句、競争相手とは言え同志に手を出そうとした愚か者だ。それを問い質した途端ヤケになり、私に襲い掛かってきたので已む無く殺した。尚、あくまで今回の件はこのバカの独断であり、トウ派の意思では無いことを強調しておけ」

 

「中国政府には御機嫌取りの為に、賠償金も一緒に渡しておきますか?」

 

「不要だ。だが代わりに、政府が追跡している麻薬組織の情報を送ってやれ。そうだな、いい加減に目障りになってきた『龍の目』辺りが良いだろう」

 

 

 トウの口から淡々と告げられる指示を耳にしながら、男は持ってきた死体袋にウェイの躯を黙々と詰め込む。それと同時に、頭の中でその指示に従う為の段取りを頭の中で次々と組み立てていった。

 

 

「それでも調子に乗って喚くようなら、力ずくで黙らせろ。方法は任せる」

 

「御意に」

 

 

 そして、その言葉を最後に男は部屋から去って行った。後に残ったのは再び愛銃の弾倉をカラカラと回し始めたトウだけであり、ウェイのついでに血だまりの始末も男がしていった為、まるで先程の出来事など最初から無かったかのようだ。

 と、その時、トウの部屋に備え付けられていた電話がベルを鳴らした。相手が誰なのか分かっていた彼は躊躇う事無く受話器を取り、挨拶も無しに口を開く。

 

 

「用件は何だ?」

 

『おや、その様子だとウェイ君はもう死んじゃったのかな?』

 

 

 受話器から聞こえてきたのはどこまでも冷淡なトウとは対照的に、一部の人間を非常に苛立たせる程に軽薄な声音。言葉とは裏腹に、どこか楽しげな雰囲気さえ感じさせる、この男。現在、最も口を利きたくなかった相手であり、確実に接触してくるであろうと予想していた相手、亡国機業ヨーロッパ支部実働部隊纏め役、通称『フォレスト一派』の首領、フォレスト本人だ。

 

 

「正当防衛、ならびにトウ派として今回の件に対し、適切な罰を与えたに過ぎん」

 

 

 相変わらず感情の籠もってない冷めた口調で、トウはそう答える。当然ながら、これは建前だ。今回の件を計画したのはトウであり、ウェイは彼の命令に忠実に従っただけに過ぎない。しかし、最初から失敗することが前提だったとはいえ、今回の結果はあまりにお粗末だった。せめてフォレスト一派期待の若手チームを何人か殺せれば儲けものと考えていたが、結果は御覧の通りである。おまけに、幾ら使い捨ての駒を募る為の餌だったとは言え、仮にも次期盟主候補の肩書を持たせていたウェイが予想以上に使い物にならなかたのが痛い。せめて事の後始末くらい出来れば考えたが、そうでないのなら価値は無い。与えたコードネームと同じように、本来の役目を果たしてもらう事にした。

 

 

『あらら残念。賠償金代わりに、彼を貰おうかと思ったんだけどなぁ…』

 

「それは困る。奴は無能だが、無知ではない」

 

 

 しかし何より、これが一番の懸念だった。確かに全ての責任を押し付け、真実を闇に葬る為でもあったが、ウェイを殺した最大の理由は、彼の身柄がフォレスト派に渡る事を防ぐ為だ。仮にとは言え次期盟主候補、手に入れたトウ派の組織情報は、他の派閥からしたら非常に貴重なものである。みすみすそれを渡してしまい、利用されたら堪ったものでは無い。

 

 

『まぁ良いや、今回の件に対する落とし前に関しては、要相談ということにしておこうかな』

 

「そうしてくれると助かる」

 

 

 相手もその意図に気付いているだろうが、深くは追及してこない。本来なら幹部会に提出した抗議文を用いて他の派閥を味方に引き込みながら一気にケリを付けるとこだが、トウが既に無関係を主張し、それを否定する為の証人は既に死んでいる。その結果、互いの主張は平行線を辿り、他の派閥もどちらに着くか決めかねる事になるだろう。ましてや現在、組織全体が興味は他にあり、派閥同士の小競り合いに構う暇はない。最終的に、身内の暴走による被害の責任をトウ派がとる事になるだろうが、逆に言えばそれだけで済む。

 実際のところ、フォレスト派とトウ派が戦争した場合、かなりの確率でフォレスト派に軍配が上がるだろう。しかし、もしフォレスト派がトウ本人による関与の裏付けを取らずに強硬策に出た場合、間違いない他の派閥が動くだろう。今でこそ静観を決め込んでいる者達が殆どだが、急速に勢力を拡大させ始めたフォレスト派を危険視しているには、トウ派だけではないのだ。

 

 

「ところでフォレスト、実は少々悩みがあるんだが、聞いてくれるか?」

 

『聞くだけなら構わないよ』

 

 

 受話器を肩に乗せ、空いた手で一発の銃弾を取り出し、空っぽの弾倉に装填する。そして勢いよく弾倉をカラカラと回し、言葉を続けた…

 

 

「昔から自宅の近くに雑木林があるんだが、先日の大雨以降、異様なまでに増殖されてしまってな…」

 

 

 そう言いながら立ち上がり、彼は改めて大窓から海を眺める。当たり前だが、視線の先には雑木林など無い。眼下に広がるのは、世界の中心となりつつある、遥か極東に浮かぶ島国へと続く大海原。その方角に、トウは瞳に静かな憎悪を浮かべながら、視線を向け続けた。

 

 

「今となっては目に余る規模にまで増えてしまい、ここからの眺めも随分と悪くなってしまった。目障りな事この上ないので、近々一本残らず伐採してやる予定なんだが、どう思う?」

 

『別に良いんじゃない? まぁ、君ってそう言うの下手くそだから、大分苦労すると思うけど。どうせだから、草むしり程度で我慢したら?』

 

 

 傍から見れば、なんてことない普通の世間話。しかし、彼らから発せられる雰囲気は、お世辞にも穏やかとは言い難い。もしもこの場に空気を読める者が居たら、確実に逃げ出していただろう…

 

 

『あぁそう言えば、僕も最近困ったことがあってね…』

 

「ほう?」

 

 

 そんな折、今度は向こうが語り出す。向こうも向こうで依然として軽薄な態度は消えていないが、発せられる言葉に幾分の冷たさが宿っていた…

 

 

『ここ最近になって、僕の庭にトカゲが現れるようになったんだ。大した力も無いのに、目の前をチョロチョロと動き回るモノだから鬱陶しいよ本当に。その癖してこっちが本気になると、いつも尻尾を切って逃げられてしまうんだ。やっぱり、頭を踏み潰さないとダメなのかね…?』

 

「それはそれは、御苦労なことだ。似たような境遇、立場、悩みを持つ者として、微力ながら応援させてもらおう」

 

『それはどうも、君も森林伐採なんてらしくもない真似、精々頑張ってね。それじゃあ、失礼するよ』

 

 

 流れる沈黙。トウの部屋には受話器から流れる通信音と、カラカラと弾倉が回る音だけが響く。だが、やがて彼は受話器を握り潰し、その残骸を床に投げ捨てた。それと同時に銃口を向け、カチリと一度トリガーを引いて弾倉の回転を止める。まるで受話器の先にまだ先程の通話相手が居るとでも言わんばかりに、冷たくも激しい憎悪を籠めた視線をぶつける。そして…

 

 

 

「……言われなくとも、根絶やしにしてやるさ…」

 

 

 

 呟きと共に、もう一度引かれたトリガー。それにより発射された弾丸は、既に粉々になっていた受話器を完全に粉砕した…

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ふん…」

 

「相手はトウか?」

 

 

 先程まで使っていた携帯電話を、通話が終わるや否やゴミ箱に捨てたフォレストを見て、ティーガーはそう言った。問われたフォレストは黙って肩を竦めるだけだったが、ティーガーはそれを肯定と捉えた。

 

 

「しかし、それはさておき御苦労様。オータムはどうしてる?」

 

「良いとこ取りしていった私が気にくわなったのか、この店にクロエ・クロニクルを連れてくるまで延々と文句を言われた。殆ど右から左へ聞き流してやったが…」

 

 

 学園襲撃の実行犯でもあるクロエ・クロニクル。この店へと招待した篠ノ之束との交渉に用いるカードにする為、彼女の身柄をティーガーとオータムの二人掛かりで行ってきたのだ。一人非常に不満を抱いたようだが作戦は見事に成功し、現在篠ノ之博士と交渉中のスコールの元へオータムが連れて行ってることだろう。彼女がクロエ・クロニクルを溺愛していることは確認済みであり、人質としての価値は充分にあることはフォレストも認めている。そして今回のコレの言いだしっぺはスコールであり、博士と直接交渉する役目も本人が希望したので譲った。しかし…

 

 

「甘い、甘過ぎるよスコール、君は天災を舐めている。世界中の奴らにも言えることだが、竜と竜騎士だけで、竜飼いに本気で勝てると思っているのかい?」

 

「……ところでフォレスト、料理出来たんだな…」

 

 

 ティーガーの視線の先に居るフォレストの姿は、彼の事を見慣れた者からしたらハッキリ言って違和感しか感じない。コック帽をかぶり、白い作業服に前掛けを身に着け、食材を刻みながら鍋やフライパンに放り込む彼の姿は、まさにシェフそのものだ。

 まぁ、現在二人が居る場所はレストランの厨房なので服装自体は間違ってないし、そう言ったティーガー自身も今はウェイターの制服を身に着けさせられているのだが…

 

 

「おや、言ってなかった? 僕って結構、料理は出来るんだよ」

 

「初耳だ。掃除や整理整頓が出来るのは知っていたが、貴様の性格上、流石に料理までやるとは思ってなか…」

 

 

―――チーーーン!!

 

 

「……前言撤回だ。良く見れば、殆ど冷凍食品やレトルトではないか…!!」

 

「美味しくないモノを美味しくするのが料理ってもんでしょ。試しにコレ食べてみる? お湯で温めるシチューとカルボナーラソースで作ったグラタン」

 

 

 とは言え、このなんちゃってフルコースを出され、それを食べた天災は普通に『美味しい』を連呼しており、同席していた某セレブな大雨もちょっと口にしていた。味覚音痴の疑惑がある天災はともかく、スコールは一口で即席料理を組み合わせただけだと気付いたのだが、これはこれでアリと心の中で呟いていたとか…

 

 

「しかし、スコールも面倒な事を頼む。クロニクルを拉致しろなど…」

 

「すんなりこなしてきたけどね、君とオータム。ていうかガツガツ食ってるけど、もしかして結構気に入ったのかな、そのグラタン?」

 

「まぁ、普通に美味いな。何故、眠り薬なんぞを混ぜたのかは不問にしてやる位には…」

 

 

 ジト目で睨みながら発せられたティーガーの言葉に、フォレストは思わず苦笑した。彼が混ぜた薬は、普通の人間にとっては死なない程度とは言え、非常に強力な効果を持つ睡眠薬だ。とは言え、魔改造の果てに化物となりつつあるティーガーが相手では、欠伸の一つも起こすことが出来なかったが…

 そんなこと、今更過ぎて確かめるまでもない。にも関わらず、そんなことをした理由が分からず、ティーガーは怪訝な表情を見せた。

 

 

「どうした?」

 

「スコールの指示で、それと同じものを混ぜた料理を篠ノ之博士に出してるんだけど……君と同じ反応を見せてるんだよね…」

 

「……なに…?」

 

「いやぁ、天災様の身体能力については知ってたけど、これは想像以上だ。人質による脅迫は確実に失敗するだろうけど、IS製造の承諾に関してはエムの存在で五分五分、そして僕達の本命2つは…」

 

 

 その時、突然厨房の外から大きな音が聴こえてきた。まるで誰かが殴り飛ばされた音のような、ISを使いながらの乱闘が始まったかのような、とにかく複数の誰かが激しい動きで暴れまわっている。その音を耳にしながら、フォレストは自然と笑みを浮かべた。そして…

 

 

「このメインディッシュ次第だね…」

 

 

 今日の為に用意した、とびきりの一品を台車に乗せながら、彼は動き出した…

 

 




○ウェイの死体を片付けた男の名前は『右腕』
○他にもトウの本物の側近には、『左腕』、『目』、『耳』など、身体の名称が付きます
○出す機会が訪れるかは分かりませんが…
○他の派閥の候補達はオランジュに引けを取らない程に有能です
○10年の付き合いってこともあり、二人きりだと幾分フランクな旦那と兄貴
○旦那の言う本命2つは、次回に判明

次こそはもっと早く書き上げたい…


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森のもてなし 後編

長くなったなぁ…(遠い目

次回は人気投票記念のセイス過去話です。お楽しみに~


 

「ほらほらクーちゃん、これも食べてみて~」

 

「はい、束様」

 

 

 つい先程、死人が出てもおかしくなかった程の戦闘が起きたばかりだというのに、その当事者達の中で最も猛威を振るった篠ノ之束は、そんなの知った事ではないと言わんばかりにマイペースを貫いている。

 オータムを半殺しにしてクロエを救いだし、立て続けにゼフィルスを纏って乱入してきたマドカを瞬時に無力化した彼女はその後、戸惑うスコール達を無視してクロエと共に食事を再開していた。

 

 

「そしてマドッちも、はいあーん♪」

 

「……やめろ…」

 

 

 そして何故か、その席には迷惑そうにしながらも、心の中では戸惑いっぱなしのマドカの姿もあった。サイレント・ゼフィルスを物理的に分解されてしまい、そのままオータムの二の舞になるかと思ったのだが、篠ノ之束はその予想を大きく裏切った。彼女は自分の本当の名前を言い当てた上に、新型専用機の製作をあっさり了承してくれたのだ。しかも他人には一切関心を示さない事で有名な束博士が、自分に対して明らかな好意的な態度を見せてくる。勘違いでなければ、実の妹である篠ノ之箒、ついさっき感情を露わにしてまで助けたクロエ、そしてあの織斑姉弟と同等の接し方をされているのではないだろうか。

 少なくとも束博士は普通の人間に、こんな風に笑顔で肉の塊が刺さったフォークを、相手の口元に差し出したりしない筈だ…

 

 

「もう、ノリが悪いなぁ。せっかく料理も美味しいのに…」

 

 

 そう言って束は諦め、マドカに差し出した肉の欠片を自分の口に放り込んだ。それを横目で見つつも、マドカは思考を張り巡らす。あの篠ノ之博士が専用機の製作を承諾してくれたのは行幸だが、こんなにも態度を変えられると裏があるのではと疑い、むしろ不気味に思える。

 いや、そもそも理由もなく篠ノ之束が他人に好意を向ける筈が無い。確実に裏は…というか思惑や都合はあるだのろう。自分の顔を見て本名を言い当てたとなれば、十中八九その名が意味するモノについても知っている筈だ。それでも尚、彼女は新たな専用機を己に与えてくれると言った。

 

 

(そうだ、向こうの思惑なんて知ったことか。私のやりたい事は、決まっている…)

 

 

 もしかしたら利用されるだけ利用され、最後にはゴミのように捨てられてしまうかもしれない。だが、その過程で目的を果たすことが…織斑千冬を殺すことが出来るのであれば、なんら悔いは無い。その為の力をくれると言うのなら、相手が天災だろうが悪魔だろうが関係ない。こんな死に損ないの命と魂でよければ、幾らでも捧げてやる。

 

 

(……もっとも、最後は全部奪い返すがな…)

 

 

 曲がりなりにも、織斑千冬と篠ノ之束は親友同士。これまでIS学園を襲撃し、幾度も被害を出してきた彼女とはいえ、親友が殺されるところを黙って見ている訳がない。何が目的かは分からないし、彼女の中の優先順位がどうなっているのかは分からないが、今日会ったばかりの自分の意思が織斑千冬や一夏の命より優先されるなんてことは無いだろう。

 それでも、自分は絶対に目的を果たしてみせる。そして天災"如き"に、この命をくれてやるつもりは無い。自分が目指した場所は、織斑千冬を殺したその先にあるのだから…

 

 

「……やってやる…」

 

「ん?」

 

 

 改めて決意を固め、それと同時に自然と口角が吊り上り、歪んだ笑みを浮かべる。マドカの雰囲気が変わったことに束は少しだけ不思議そうにしたが、彼女はそれを無視するように近くにあったフォークを手に取った。そして彼女は束に向き直り、フォークを持った腕を高く振り上げ…

 

 

「ッ、束様!?」

 

 

 束を挟んで反対側に座っていたクロエが叫び、主を守るように身を乗り出そうとするが、マドカの腕は無情にも振り下ろされた。直前まで瀕死のオータムを介抱しながら遠巻きに様子を見ていたスコールも、この時ばかりはマドカの突然の強行に面食らい、制止するのも忘れて唖然としてしまった。

 そして、マドカの振り下ろしたフォークはダンッと大きな音を立てながら、深々と突き刺さった…

 

 

 

---テーブルの皿に鎮座していた、マッシュルームに…

 

 

 

「……え…」

 

「なぁんだ、お肉よりキノコが食べたかったんなら、最初から言ってよマドっち~」

 

「ふん…」

 

 

 呆然とするクロエと、演技とはいえ本気の殺気をぶつけたにも関わらず、ケロッとしている天災を余所にマドカは突き刺したマッシュルームを口に入れた。横目でチラリとスコールの方に視線を向けると、クロエに負けず劣らずのボケ面を晒しており、目が点になった状態で固まっていた。余程ビックリしたのだろう…

 

 

「篠ノ之束…」

 

「ん、なぁに~?」

 

 

 思ったより味付けが上手だった冷凍キノコを軽く租借し、飲み込んだ彼女は口を開く。予想外の展開によって戸惑いと疑問だらけだった先程とは違う、まるで何かを決意したかのような、それでいて野望と企みを少しも隠そうとしない鋭い視線を向けられた束は、その彼女の瞳に自身の親友と同じモノを見た…

 

 

「専用機に関しては、素直に礼を言わせて貰う。だが私は、簡単にはお前の思い通りに動かない…」

 

「ふふふ…その瞳と言動、マドッちは本当に……分かった、覚えておくよ…♪」

 

 

 何かを懐かしむような…まるで昔、同じようなやり取りを何処かでしたことがあるような、そんな表情を見せながら、天才は再び笑みを浮かべる。それに対してマドカは一度だけ鼻を鳴らし、いつもの仏頂面を浮かべながら料理に手を出し始めた。心の整理がついて、尚且つ先程の一口で食欲が戻ったのだろう。もっとも、それも次の瞬間には吹き飛んでしまうのだが…

 

 

「失礼します、今晩のメインディッシュをお持ちしました~」

 

 

 声を聴いて思わず椅子からずり落ち、這い上がって彼の姿を見た瞬間にまたコケた。さっきとは打って変わって再び狼狽えまくるマドカの姿に、流石の束とクロエも目を丸くした。

 しかし、当の本人はそれどころではない。セイス達と交流を重ねる過程で、必然とその男とも顔を合せる機会は増えた。スコールが彼と直接手を結んでからは尚更で、合同任務においては何度もお世話になったし、サイレント・ゼフィルスだってこの男の手を借りたからこそ容易に手に入れることが出来たのだ。休暇の申請だってスコールが許さなくても、彼に出せば九割の確率で許可を貰えたので、セイス達と遊ぶ時は必ず彼の元に赴いていた。

 

 

(……私の上司、誰だっけ…?)

 

 

 スコールが聞いたらマジギレしそうな内容の数々を思い浮かべながらも、已む無く現実逃避を中断する。目の前に居るのは白いコック帽と制服を身につけ、そこそこ大きな蓋が被せられた皿を乗せたワゴンをガラガラと引きながら、ニコニコ笑顔で向かってくる中年のイギリス人。

 セイスから彼がスコールと共に行動しているとは聞いていたが、まさかこんな形で出てくるとは夢にも思わなかった。というか、やたら出てくるインチキ料理を見た時点で気付くべきだったかもしれない…

 

 

(フォレスト…)

 

 

---セイス達の上司であり、彼らが忠誠を誓う唯一の男。亡国機業の重鎮達の一角、フォレストだ…

 

 

「おぉー、なにそれ大きいね!! 束さん、ちょっとワクワクしてきたよ!!」

 

「何せ今宵のお客様は、かの有名な天災『篠ノ之束』様です。並のメニューでは、貴方のド肝を抜く事は不可能と思い、全力で取り組ませて頂きました」

 

 

 レトルトと冷凍食品のフルコースなんて並以下のメニューを出しといて、今更何を言ってやがる…と、心で思っても口には出さない。口に出したら負けな気がするし、向こうで何とも言えない複雑な表情を浮かべてるスコールが我慢しているんだから…

 

 

「へぇ~、それは凄い楽しみ!! ね、くーちゃん!!」

 

「はい」

 

 

 子供のような期待の眼差しをフォレストと、彼が運んできた皿に向ける天災。流石のクロエも、先程のマドカの凶行から立ち直ったようで、いつもの調子でよどみなく答えていた。そして、そんな二人の様子を前にしながらも、フォレストは笑みを浮かくした。そして…

 

 

「それでは御覧下さい、コレが当店の自信作です!!」

 

 

 そう言って彼は、皿に乗せた蓋を取り外した。

 

 

 

---その瞬間、店から音が消えた…

 

 

 

 元から人数が少なかったとは言え、そこには確かに会話と、ものが動く音で溢れていた。しかし、今はどうだ? 誰も彼もが言葉を発することを止め、息をすることすら忘れてしまい、まるで時間が止まってしまったかのように全ての動きを止めた。

 静観していたスコールも、動揺していたマドカも、あの天災さえも、フォレストの言った自信作から目を逸らす事が出来ず、ただただ声も出せずに見つめ続けた。

 

 

---彼女らの視線の先には、銀色があった…

 

---その銀色は、赤い液体を滴らせていた…

 

---その銀色は、二つの金色を持っていた…

 

---その銀色は、この場に居る誰もが知っていた…

 

---その銀色の…フォレストが自信作と称した、皿の上に乗っていたものとは……

 

 

 

 

「……くー、ちゃん…?」

 

 

 

 

---クロエ・クロニクル……真っ赤な血を滴らせた彼女の生首が、生気の無い金の瞳を此方に向けていた…

 

 

 消え入りそうな束の呟きと同時に、彼女の隣からドサリと何かが倒れる音が聴こえてきた。マドカが慌てて視線を向けるとそこには、首から上がなくなった彼女の胴体が床に転がり、赤い池を作って…

 

 

 

---その刹那、轟音と共に目の前のテーブルが衝撃で吹き飛んだ…

 

 

 

 反射的に顔を守るように一瞬だけ腕で庇ったが、すぐにどけて状況を把握する。床に目を向ければ、先程と変わらずクロエの胴体が転がっていた。しかし、隣に座っていた筈の束が居ない。何処に行ったのかと視線を彷徨わそうとした瞬間、自分の正面から濃密な殺気が飛んできた。

 咄嗟に視線を向けるとそこには、感情の抜け落ちた無表情でフォレストに拳を振り抜こうとしている天災と、彼を守るように立ちはだかり、片手で彼女の拳を受け止めるウェイターの制服に身を包んだティーガーの姿があった。

 

 

「どいてよ」

 

「断る」

 

 

 彼女の口から発せられた言葉は、異様な程に冷たかった。溢れ出る殺気は留まる事を知らず、その濃密さはマドカとスコールにさえ無自覚の内に冷や汗を流させた程である。しかし、そんな天災と真正面から相対するティーガーは一切臆することなく、フォレストも依然として笑みを浮かべたままだ。

 

 

「どいて、って…」

 

「む…」

 

「言ってるんだよッ!!」

 

 

 束は拳を引き、勢い良く回し蹴りを放つ。『細胞レベルで天才』と言う自負は伊達ではなく、放たれたそれは余波だけで周りのモノを吹き飛ばした。ティーガーは腕を交差させ、真正面から迎え撃った。

 束の蹴りとティーガーの腕が衝突した瞬間、先程とは比べ物にならない衝撃が周囲を襲う。生身の生物が生み出したとは到底思えない威力同士が、店内に小さな嵐を生み出した程だ。店内の備品が幾つも飛び散り、その幾つかが気絶したままのオータムに直撃して追い討ちをかける…

 

 

「流石と言うべきか…」

 

「……目障りだよ、お前…」

 

 

 そんな嵐の中心で、二人は先程と同じ体勢のまま硬直していた。一見すると力関係が拮抗しているようにも見えるが、良く観察してみるとティーガーの腕から少なくない量の血が流れていた。対して束の方には傷らしい傷は見当たらず、能面のような無表情のまま冷たい殺気を振りまいている。出血はすぐに止まるだろうが、やはり地力は束の方に軍配が上がるようだ。

 本来なら生身とはいえ、織斑千冬以外に自分の本気の一撃に耐えてみせた存在が居たことに少なからず興味を抱いていたかもしれないが、今の篠ノ之束は、そんな事に思考を割く気には欠片もなれなかった。とにかく今は目の前の虫けらを蹴散らし、一刻も早くクロエにあのような真似をした男を…

 

 

「束様ッ!!」

 

 

 殺す為に二度目の蹴りを放とうとしたところで、聞き間違えようの無い大切な少女の叫び声が耳に届いた。束は反射的にそちらへと視線を向け、そこに居たモノを見て固まった。そこに居たのは…

 

 

 

「束様、私は無事です!! ですから落ち着いて下さい!!」

 

 

---五体満足で、無事な姿を披露するクロエ・クロニクルと…

 

 

「いやはや、これは想像以上で御座いますねぇ!! どうやら、ご満足頂けたようで!!」

 

 

 

---いつの間にか彼女の隣へと佇み、『ドッキリ☆大成功!!』の看板を掲げるフォレストの姿があった…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「まったくもう、人が悪いなぁ!! この束さんにドッキリを仕掛けるなんて、この店が始めてだよ~」

 

「それは光栄ですね、当店一番の自慢とさせて頂きましょう!!」

 

 

 さっきとは打って変わって、随分と和やかに会話する束とフォレスト。クロエの無事を確認した束は何とか落ち着き、店に平穏は戻ったものの、その惨状はとても食事を続けられるようなものでは無かった。なので当然ながら、会談という名目の食事会はお開きとなった。

 今フォレストは店の出入り口前で、いつも以上にクロエを大事そうにする束を見送ってる最中である。

 

 

「スコール、さっきは何が起きたんだ…?」

 

「あぁ、貴方達は見えてなかったのね…」

 

 

 離れた場所に居たことで全てが見えていた彼女曰く、タネ自体は大したことは無かった。作り物であるクロエの生首に全員の意識が向くと同時に、いつの間にか束達の背後に回りこんでいたティーガーが怪力と無駄な精密技術でクロエを音も無く気絶させながら引っ張り上げ、入れ替えるように偽物の首なし死体を彼女の席に置いたのである。しかもリアリティを出す為、ご丁寧に時間差で倒れるようにしながら…

 後は天災の猛攻をティーガーが凌いでいる間に、フォレストが店の片隅へと放置されたクロエの元へと向かい、タイミングを見計らって意識を覚醒させたと言う訳だ。

 口では言うのは簡単だが、あの天災相手によくもまぁ成功させたと、心の底から思った…

 

 

「ねぇねぇマドッち~、聴こえてる~?」

 

「ッ!!……なんだ…」

 

 

 ふいに声をかけられ、ハッとして視線を向ければ、フォレストの肩越しに顔を覗かせる天災の姿。仕方なく思考を中断し、彼女の言葉に意識を向ける。

 

 

「今日は取りあえず帰るけど、このままマドッちも一緒に来ちゃう?」

 

「……いや、今日は帰る…」

 

「そう、分かった。じゃあ適当な時期に連絡するから、その時にね~」

 

 

 そう言ってニコニコと笑みを向け、自分に手を振ってくる束。その傍らでクロエも手を振ってくれているが、如何せん無表情な点がシュールに感じる。ティーガーの姿が視界に入った瞬間、びくりと身体を震わせるのでは尚更だ…

 

 

「それじゃ、今日は楽しかったよ!! じゃあね~」

 

 

 言うだけ言って、彼女はクロエを伴って店を出た……が、その直後に何を思ったのか立ち止まり、フォレストに背を向ける形のまま、徐に口を開いた…

 

 

「そうそう言い忘れてたけど、今日のアレは本当にビックリしたよ。それに免じて、温厚で心の広~い束さんは、素直に拍手を送りたいと思います!! パチパチパチ~」

 

 

 そう言って彼女はそのまま、静かに拍手を送る。突然の行動にクロエも戸惑う様子を見せたが、すぐにその表情が固まった。それに合せる様にしてマドカの背筋に冷たいものが走り、スコールも身体を強張らせた。店内に再び剣呑な気配を招きながら、束はゆっくりと振り向いた。そして…

 

 

「でも次に同じことしたら、殺すよ」

 

 

 ティーガーと相対した時と同じような絶対零度の無表情で、彼女はそう言い残して扉を乱暴に閉めた…

 

 

「えぇ、肝に銘じておきます」

 

 

 そんな彼女の殺気を真正面から受けた筈のフォレストは特に気にした様子を見せず、最低限の礼儀と言わんばかりに一度だけ扉に向かって御辞儀した途端、いつものお気楽な態度に戻った。

 

 

「いやはや、やっぱり天災は怖いねぇ!! 死ぬかと思ったよ!!」

 

「良く言うわ…」

 

 

 心なしか、いつもよりテンションが高いように見えなくもないが、あの強烈な殺気を前にしてもフォレストはいつも通りだった。そんな彼の様子を目の当たりにしたスコールは、深いため息をこぼした…

 

 

「改めて尋ねるけど、彼女を直接おちょくる必要はあったの?」

 

「当然。人の本質や根本を理解するには直接顔を合わせて、ある程度やり取りするのが一番だからね~」

 

 

 天災との対面、それが今回のフォレストの目的の一つだった。フォレストは相手の思考を理解し、予測する事に関しては最早、未来予知の領域に居ると言っても過言では無い。しかし本気で相手の事を理解するには、最低限のコミュニケーションは必要不可欠だ。

 相手の人格や思考に関して事前に手に入る情報など、所詮は他人の客観的な意見に過ぎない。人の本質を見極めるには相手と直接顔を合わせ、言葉を交わし、その反応で見せる『感情の高ぶり』、『口調の変化』、『表情の有無』などから全てを読み取り、そうして初めて相手を理解出来るのである。

 

 

「……ある程度、ね…」

 

 

 とは言え常人からしたら、その『ある程度』とは極々僅かなものだ。セイスとエムは、積み重ねてきた交友の中で、お互いの性格と思考を大体は把握出来ている。故に、飽きることなく日常のように嫌がらせの応酬を繰り返し、それでいて互いに相手が本気で怒らないギリギリの境界を分かっている為、二人の仲が本当の意味で険悪になったことは無い。

 それに対してフォレストは、初対面の相手ですらこの結果だ。人伝で聞いた話と事前に手に入れた情報を元に、篠ノ之束という人間がどの様な人格を有し、どのような思想の元に行動するのかを予測した彼は、見事に天災の動揺と激昂を引き出した上で、五体満足のまま生存してみせたのである。

 クロエ・クロニクルの存在が篠ノ之束の感情に大きく関わる事も、仮初とはいえ彼女の死体を見た天災が冷静でいられないことも、彼女が自分(フォレスト)達のことを碌に調べないで来ることも、どの程度までなら簡単に怒りを沈めてくれるのかも、彼には殆ど予想できていたのだ。

 

 

(彼も充分に化け物だわ…)

 

 

 そんな男が、自身が満足出来るだけの交流を…情報の読み取りを終わらせた時、彼は一体どこまで相手の未来を見通せてしまうのだろうか。殆ど面識の無い人間の行動すら予知してしまう彼に、心を直に覗かれてしまった者は、果たして彼の目から逃げ切ることは出来るのだろうか。

 そんなことを想像した瞬間、スコールの背中に悪寒が走った。彼と同盟を組んでから結構な時間が経過したが、自分は亡国機業全体に大きな影響が出るであろう野望を抱き、その計画を秘密裏に進めている。その事を億尾にも出さず、相手も気付く素振りを一切見せないので、碌な警戒もせずに水面下で暗躍を続けてきた。しかし今更ながら、それは大きな間違いだったかもしれない。なにせ相手は人の心を見透かす悪魔、鉄の身体を持っただけの自分とは訳が違う…

 

 

---もしかすると、とっくにフォレストは此方の全てを…

 

 

「ところでティーガー、初めて天災様とやり合った感想は?」

 

「……想像以上だった。だが、永遠に届かないとも思わん。いつか必ず、奴を越えてみせる…」

 

 

 ふと意識を前に向けると、フォレストが店の片づけをしているティーガーに話しかけていた。生身とはいえ、天災の本気の一撃を受けた彼は暫く腕から血を流していたものの、持ち前の治癒力で既に傷口は塞がっていた。

 あの時の惨状を思い出すと、オータムは良く死なずに済んだと改めて思った。もしもティーガーに放たれたアレが彼女に向けられていたらと思うと、ゾッとする…

 

 

「それは上々。じゃあ、そんな君に御褒美です」

 

 

 そう言って彼がティーガーに手渡したのは、一本の銀食器。先ほどの衝撃の余波で、店中に何本も飛び散っていたが、その内の数本を何故かフォレストが持っていた。渡されたとあっては取りあえず受け取るが、当然ながら意味が分からないティーガーは怪訝な表情を浮かべる。

 

 

「なんだ、このスプーンは?」

 

「篠ノ之博士の使用済みスプーン」

 

 

 思わずズッコケるフォレスト派最強の男…

 

 

「アホか貴様。そんなもの、ファンクラブのバカ共にでも渡して……」

 

 

 言うや否や、スプーンをフォレストに投げ返そうとするティーガーだったが、その手が途中で止まる。そして彼の言わんとしていることが分かり、疑問一色だった表情が段々と別の色に染まっていった…

 

 

「嗚呼、そういう事か…」

 

「気に入ってくれたかな、ティーガー?」

 

 

 久しく見せていなかった、どこまでも鋭く、そして凶悪な笑み。その表情を見て、フォレストもまた嬉しそうに笑みを深くしていった。

 何故ならば、これこそが彼の求めた二つ目の本命。敢えて命の危険を冒し、篠ノ之束の怒りを誘うことにより注意を引き付け、誰にも気付かれること無く、あの天災の目を掻い潜って彼はソレを盗んだ。露骨に盗もうものなら黙ってなかったかもしれないが、後で気付いた所で彼女らは特に気にすることは無いだろう。何せ彼女たちは此方のことを完全に舐め切っている、直接干渉しない限りは特に行動しないで放置する筈だ。故に…

 

 

 

「勿論だ。天災のDNA、ありがたく受け取らせて貰おう」

 

 

 

---天災の『情報』と『力』。その欠片二つを、彼らは一夜にして手に入れたのだ…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「と言うことがあった」

 

「天災相手に旦那も兄貴も無茶するなぁ…」

 

「無茶に関して、お前だけには言われたくないと思うぞ?」

 

 

 ところ変わって、ここはIS学園に存在するセイス達の隠し部屋。あの騒乱の後、マドカはそこに足を運んでいた。彼女が隠し部屋に訪れた時、セイス達は大仕事を終えた打ち上げを兼ね、事前に購入していた食材とお手軽キットでミニ鍋パーティを始めようとしていたところだった。色々なことが起こり過ぎて、碌に食事が出来なかったマドカは、そのままソレに参加させて貰う事にしたのである。

 そして今は、自分を含めた5人で鍋の乗ったちゃぶ台を囲み、先ほど自分達が体験したことに関して互いに語り合っていた。

 

 

「それにしても、まさか篠ノ之束博士がエムをねぇ…」

 

 

 バンビーノは呟く様にポツリと溢し、隣に座っていたセイスの皿から肉の塊を奪った。

 

 

「ということは、暫く気軽には会えなくなるってことか?」

 

 

 ふと思い出したかのようにセイスがそう言って、予備動作無しでマドカの皿から肉団子をくすねた…

 

 

「正直言って、そこら辺は良く分からん。連絡くらいは普通に取らせて貰えると思うが…」

 

 

 マドカは何を考えているのかサッパリ分からない天災のことを思い浮かべながら、空になった自分の皿と、具を補充したばかりのオランジュの皿を何食わぬ顔ですり替えた。

 

 

「何にせよ、忙しくなりそうだな。最近、なんだか姉御も様子がおかしいし…」

 

 

 そっとアイゼンの皿に箸を忍ばせるが、皿ごと退避されて呆気なく空振りに終わるオランジュ。舌打ちを溢しながら、彼は渋々と新たに鍋から具を掬った。

 

 

「ところでアイゼン、さっきから一言も喋ってないが、どうした?」

 

 

 心配する素振りを見せる言葉とは裏腹に、容赦なくアイゼンの皿から椎茸を掻っ攫うバンビーノ。

 

 

「う~ん…実は今日さ、影剣と殺り合ってる時に誰かの視線を感じたんだ。明らかに影剣とは違う、けれど一般人でも無い中途半端な感じの……」

 

 

 後で周囲を確認したら誰も居なかったけどね…と付け加えながら、オランジュの皿の中身を箸を一閃して全部持っていった。

 

 

「学園の生徒だったらアイゼンが気付かない訳ないし、今日は影剣と名無し隊しか居なかったから、楯無の索敵用ナノマシンでも感じたんじゃね?……ぶっちゃけ、心当たりはあるが…」

 

 

 隠し部屋に立て掛けられた熊の着ぐるみをチラリと見やりながら、マドカの皿に箸を忍ばせる。だが、彼の箸はマドカの領域に侵入した途端、何をどうされたのか真っ二つに圧し折られてしまった。

 

 

「おいいいいぃぃぃ!! て言うかテメェら、横着しないで自分の取れえええええぇぇぇぇ!!」

 

「あ、遂に言っちゃったよコイツ」

 

「言ったら負けって空気読め、バカ」

 

「阿呆専門、アウトー」

 

「なんだ、ケツバットか? 今は釘バットしか無いんだが…」

 

「やめろクレイジー共ッ!!」

 

 

 若干涙目になりながらも、普通にキレた阿呆専門。そんな彼に容赦なく追い討ちを掛ける4人は、まさに鬼だ。まぁ5人が揃うこと自体は随分と久しぶりだが、この面子にとっては割といつもの光景だったりする…

 

 

「つーか、この大人数のせいで予備の箸も無いってのに、なんてことしやがる…」

 

「そんじゃ、ホレ」

 

「……なんだその菜箸は、それで食えってか…?」

 

「いや、早く次のよそってくれよ」

 

「知るかボケェ!!」

 

 

 そのままオランジュはお玉片手に荒ぶり、バンビーノは逃げ始める。そんな二人の様子をのんびり眺めていたマドカだったが、途中で隣に座っていたセイスが肘で小突いてきた。顔を向けると、彼は少しだけ真面目な表情を浮かべており、目を合わせると同時に口を開く。

 

 

「既に色々な奴に散々言われたかもしれないが、篠ノ之博士には充分に気をつけろ。彼女が何を考えているのかは分からないが、お前を気に入った理由は確実に…」

 

 

 どうやら、自分のことを心配してくれているらしい。今までの出来事を経て、セイスが自分の事を大切に思ってくれているのは自覚したが、やはり改めて面と向かって言われると気恥ずかしい。だが同時に嬉しくもあって、自然と頬が緩む。

 

 

「安心しろ、私は死なない。精々いつもの借金のように、力を借りるだけ借りて踏み倒してやる」

 

「いや、金は返せよ」

 

 

 口ではそう言うが、互いに表情は笑顔だ。しかしマドカは、セイスの笑顔に僅かにだが不安の色を見つけた。だから、彼女は言うことにした…

 

 

「私も、約束する」

 

「え…」

 

「お前が私に約束したように、私もお前に約束する。例えどんなことが起きようと、お前が望んだモノを…『織斑マドカ』の本当の笑顔をセヴァスに見せるまで、私は絶対に死なない、と…」

 

 

 口を挟む余裕を与えず、一気に言いたいことを言い切った。そんなマドカの言葉に予想外だったのか、セイスは暫くキョトンとしていた。その余りに薄い彼の反応により、逆に冷静になったマドカは、半ば勢い任せで口にした先程の言葉が段々と照れくさくなったのか、誤魔化す様にそっぽを向きながら言葉を続けた。

 

 

「だ…だから、お前も約束は最後まで守れ。幾ら今日みたいに戦い方を変えたからと言って、ISを使えないお前の方が私より死にやすいことに変わりは無いんだからな……」

 

「……あぁ、分かってる。ありがとう…」

 

 

 心の中で喜びながらも、なんでお前が礼を口にするんだと言おうと思って顔を向けなおすと、彼は穏かな微笑を浮かべていた。その顔を見たら、これ以上何かを言うのも野暮だと思い、マドカも一度は口を閉じる。そして…

 

 

「守れよ、絶対に」

 

「お前こそ、な」

 

 

 互いに挑発的な笑みを浮かべる二人に、それ以上の言葉は不要だった。彼らの静かな誓いと、オランジュ達の騒ぎ声が響きながらも、波乱だらけの一日は静かに幕を降ろした…

 



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6とM 前編

お待たせしました、人気投票記念のセイス過去話です。

本当は一話で終わらすつもりでしたが、例によってまた長くなりそうなのでキリが良いとこで分割します。しかし、後編は下手すると前編の倍近くになるかもしんないです…;



「あ…」

 

「む…」

 

 

 ここは、亡国機業が所有する施設の一つ。世界中に点在する実行部隊の所属者達がミーティング、または情報交換を行う際に使用している。地味な外装とは打って変わって、中はそれなりに金を掛けたのか、思ったより綺麗で装飾品も多く設置されていた。恐らく、この施設を直接管理しているスコールの趣味が強く出ているのだろう。

 そんな高級ホテルの通路のような場所で、二人の少年と少女が対峙していた。年はまだ互いに10歳にも満たない子供の筈なのだが、目つきと雰囲気はそんじょそこらの大人達よりも冷めきっており、彼らの生い立ちの凄惨さを無言で物語っていた。その年不相応にも程がある視線を、二人は一言も喋らずにぶつけ合っており、その場はまさに一触即発の空気に包まれていた。

 

 

「……」

 

「……ふん…」

 

 

 暫し無言で見つめ合っていた二人だが、やがて少年の方が鼻を鳴らして足を進めた。一応面識はあるものの、それほど仲が良いとは思ってない…むしろ、初対面時の一悶着でせいで険悪とも言える。なので、彼は必要以上に相手をせず、さっさと目の前の少女をすれ違うように通り過ぎようとしたのだが…

 

 

「ペッ」

 

「顔に唾ッ!?」

 

 

―――少女の色々な意味で汚い宣戦布告により、二人の何度目になるか分からない喧嘩が始まった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「で、お前はキレてエムとガチンコファイトを繰り広げた、と…」

 

 

 あれから暫くして、かつて『AL-№6』と呼ばれていた少年…セイスは、別室で彼の御目付け役(仮)でもあるトールの小言を頂戴していた。本来トールは自身のボスであるフォレストの護衛を引き受ける筈だったが、フォレスト本人が護衛自体をティーガーに任せ、手の空いたトールにセイスの面倒を押し付けたのだ。正直なところ、トールはその指示に対して大いに不満を抱いた。ティーガーが自分を差し置いて護衛役を任命されたことは、正直どうでも良い。あの人外が自分達より実力が上のなのは自覚しているし、彼の生真面目な性格もそんなに嫌ってない。問題は目の前で膝を抱える様にして座り込み、顔を俯かせている八歳の小僧だ。

 

 

「頼むから、そう何度も問題ばかり起こさないでくれ。特にスコールのとこに頭下げに行くような事態は勘弁してくれよな、俺あの人のこと苦手なんだよ…」

 

「……」

 

「……それと、いい加減に返事を覚えろ…」

 

 

 去年のクリスマスに、フォレストがスペインの辺境地で拾ってきた子供。自分達の敬愛するボスが変わり者や、訳ありの人間を拾ってくるのはいつものことだし、フォレスト派の構成員の大半はフォレストに拾われて仲間入りした者が殆どなので、今更セイスのような子供が表れても不思議には思わない。

 訳ありで一時的に保護した子供達は大抵、裏仕事とは直接関係の無い荷物持ちや、雑用など小間使いの真似事をさせながら、世間一般の常識を身につけさせるようにしている。これは、その子供達が裏世界に生きる道を選ばない、もしくは向いてないと判断した際、即座に社会へと帰れるようにする為でもある。無論それまでに、亡国機業とフォレスト派がどのような集団であるかは、包み隠さずに教える。そのせいもあってか、フォレストの拾った子供達の大半は、タイミングを見計らって真っ当な孤児院や福祉施設、場合によっては政府の元へと送り出され、保護されている。短いながらも共に過ごした時間の中で身に着けたスキルと知識は少なからず役に立っているようで、今のところフォレストチルドレン卒業者の中に、社会不適合者が出たという話は耳にしない。

 しかし、そんな彼らの中でも、セイスは異質だった。遺伝子強化素体であるティーガーと同じく人外として産み出された彼は、自身を嬲り弄んだ者達への復讐を誓い、迷わずにこの世界に残ることを選んだ。そしてフォレストに拾われてからの三ヶ月間、何かに憑り付かれたかのように力を求め続け、訓練の最中に未熟ながらも才能の片鱗をチラチラと覗かせ始めており、一部の者達はティーガーに続き、彼の将来に末恐ろしいものを感じ取っていたくらいだ。

 これまでの出来事を思い返して、思わずブルーな気分になったトールは愛用の煙草を一本取り出して、目の前に子供(セイス)が居るのも気にせず火を点けた。

 

 

(まぁ、生い立ちには少なからず同情するが…)

 

 

 天井を仰ぐ様に吐き出した煙をボンヤリ眺めながら思い出すのは、未だに無反応を続ける少年の過去。 後になってセイスの生い立ちを調べた結果、彼の正体と碌でも無い6年間が発覚した。化物として生み出され、その体質を利用して実験と称した虐待…否、そんな生易しいモノじゃない、文字通り毎日殺されながら生きてきたのだ。そんな日常を6年も続けた挙句、誰も居ない場所で2年も独りぼっち。これで心が腐らない方がおかしい。フォレストと言う人間の手によって地獄から抜け出せたからこそ、辛うじてこの程度で済んでいるが、下手をすれば彼は人間そのものに対し、無限の憎しみを抱いたかもしれない。

 だが今となっては、その復讐を果たすことは永遠に叶わない。何故なら、セイスが殺したくて仕方なかった人間達は全て、既に政府の手によって一人残らず抹殺されていたのだから。その事実を知ってからというもの、彼は変わってしまった。自分を拾ってくれたフォレストには辛うじて返事をするが、それ以外の者に対してはこの様に徹底的に塞ぎこんでしまい、まともな会話さえ成立しない。それが原因で他の若手メンバーと揉め事に発展したことも一度や二度の話ではなく、後輩の面倒見が良いと評判のトールでさえ手を焼く始末である。

 

 

(とは言え、このままじゃ駄目だろ…)

 

 

 先程も述べたが、拾われた大半の子供達は表社会へ送り返される。愛弟子のオランジュや、帰る場所が無いアイゼンなど一部の例外は確かに存在するが、それは本人達にこの世界で生き続ける意思と、それを可能にするだけの力があるからに他ならない。力に関してセイスは、人工生命体としての高い身体能力と治癒能力を持っている為、鍛え続けさえすれば容易に及第点に届くだろう。問題は、この目に余るレベルの無気力である。このままでは精々ヤクザの鉄砲玉代わりにしかならないだろうし、生憎とフォレスト派はそんな捨て駒みたいな奴を求めていない。

 かと言って、これをどうにかしない限りセイスは亡国機業はおろか、表社会に行っても上手くやっていけないだろう。最悪の場合、路地裏で野たれ死ぬか、再び実験サンプルとして生かされ殺されの生活に戻るのが関の山である。せっかく自由と希望を手に入れた手前、そんな結末は辿って欲しくない。

 

 

(しっかし、その無気力坊やは何故か、スコール派のエムが関わると態度が一変するんだよなぁ…)

 

 

 現在、亡国機業実働部隊の重鎮たちは、幹部会が打ち出した今後の方針に関して話し合っている。会議は長期期間行われる予定で、自分達もスコールが管理するこの施設に一週間前から滞在しているのだが、事件はその初日に起きた。

 奇しくもこの時、同じ年齢、同じ時期に亡国機業に拾われた子供二人が同じ施設に滞在しており、互いの保護者とも言える人間が少し目を離した間に邂逅を果たしてしまったのだ。元々タイミングを見計らって顔合わせ位はさせるつもりだったので、最初は深く考えなかった。しかし数分後、大人達は自分の考えの甘さを嫌と言う程に思い知った。

 

―――顔合わせて1分…それが、セイスとエムによる大乱闘が始まるまでに必要とした時間である……

 

 最早、餓鬼の喧嘩と呼べるような次元では無かった。セイスは自分の身体能力を躊躇せずに振るい、対するエムも自身が持つ戦闘の才能を如何なく発揮し、まるで部屋の中に小さな暴風雨が猛り狂っているかのような光景だったと記憶している。

 居合わせた者達総出でどうにかその場は収める事は出来たが、結局こんな大事になった理由は、二人が口を完全に閉ざして黙秘を続けたことにより、最後まで分からず終いだった。

 そして現在も、当事者二人の仲は最悪だ。通路ですれ違えば喧嘩、食堂で出くわしても喧嘩、会議室の前でも喧嘩…どう見ても、互いに互いを目の敵にしているとしか思えない。なるべくセイスとエムが出くわさないように配慮はしているつもりだが、それにも限界がある。流石にこれ以上問題を起こすと、自分がフォレスト達の小言を聞かされる羽目になるだろう…

 

 

「とにかく、もうすぐ会議も終わるから、それまでは大人しくしてくれよ…」

 

 

 せめてそれだけは避けたいトールは、無駄と分かっていながらもセイスに釘をさすべく、視線を天井から前へと戻した。ところが…

 

 

「……本当に末恐ろしい餓鬼だ…」

 

 

 件の問題児はとっくに、音も無く部屋から姿を消していた…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「……」

 

 

 無言で部屋を出て行った少年は、部屋を出ても無言だった。時折、亡国機業のメンバーとすれ違うこともあったが、彼は反応を示さない。自身の素性は知れ渡っている為か、途中で指を差されたり、『化物』呼ばわりされた気もするが、それでも彼は反応を示さない。

 

 

(俺、どうすれば良いんだろ…)

 

 

 反応を示さないと言うか、目にしたもの耳にしたもの一切合財が、これっぽっち頭に入っていないと言う方が正しいのかもしれない。なにせ先程のトールによる説教の数々でさえ、彼は微塵も聞いていなかったのだから。

 

 

(あいつらは、もう居ない…殺したかった奴は、もう居ない……)

 

 

 自分に地獄の6年間を見せたクズ共を殺す…それだけが、どんな目に遭っても諦めず、生き続けてこれた理由だった。なのにアイツらは、恨み言の一つも聞かずに逝ってしまった。この胸の中に渦巻く、怒りと憎しみだけで出来た、この黒い感情を消し去る唯一の方法を失った今、自分は何を理由に生き続ければ良いと言うのだろうか…

 

 

(なのに、そんな今の俺が羨ましい?)

 

 

 思い出すのは一週間前に出逢った、自分と同年代で黒髪の少女。自分は彼女の事を知らなかったが、向こうは違ったらしく、最初は憐れみと羨望が混ざり合ったような視線を向けてきた。そして、開口一番にこう口にした…

 

 

―――誰のモノでもなく、誰を連想させるわけでもない、自分自身を持っているお前が羨ましい…

 

 

 その言葉を聴いた途端、気付いた時には座っていた椅子を全力で彼女に向かって投げつけており、そのまま殺し合い染みた大喧嘩へと発展してしまったのだ。ティーガーとの稽古に慣れてきたこともあり、正直言って負ける気はしなかったが思ったより相手が手強く、結局その場で決着がつくことは無かった。化物として産み出された自分と互角に喧嘩出来る人間なんて普通は有り得ないのだが、今の彼にはそれさえどうでも良い事だ。他の物事と同様に、喧嘩の事などすぐに頭から忘れ去り、彼女のことも記憶の中から消し去ろうとした。

 ところが、向こうはそう思わなかったらしい。翌日も通路ですれ違う羽目になったのだが、事もあろうに彼女は先日の仕返しとでも言わんばかりに、近くにあった消火器で殴りつけてきた。そして、それからというもの、似たよう出来事が幾度と無く発生してしまい、いつの間にか知りたくも無かった彼女のコードネーム…『エム』という呼び名を、嫌でも記憶する羽目になってしまったのだ。

 

 

(羨ましい? 俺が、羨ましい?)

 

 

 これまでのエムの暴挙を思い返している内に、セイスの胸中はその疑問で段々と埋め尽くされていく。当時は一瞬にして頭に血が登り、何も考えることが出来なかったその言葉。打ちひしがれる自分をあざ笑う為の、度の過ぎた皮肉かと思ったが、もしもあの言葉が彼女の本心からのものだとしたら…

 

 

「……俺には分からない何かを、エムは知っている…?」

 

 

 直接言葉に出してみて、沸いてくる感情を改めて自覚する。エムの言葉に対する純粋な興味か、この虚しさを消す何かがあるかもしれないという希望なのか、その正体は分からない。けれど、考えれば考えるほど、セイスは居てもたってもいられなくなっていた。

 

 

「行こう、エムのところへ…」

 

 

 ここ最近の出来事のせいもあって、セイスはエムのことが嫌いだ。けれど、この疑問に対する好奇心が久々に、彼の心を占めていた虚無感に打ち勝った。自分には分からず、彼女には分かっているかもしれない何かを確かめるべく、ゆっくりと彼はエムを探すために施設を彷徨い始めた。その足取りは非常にゆっくりだが迷いが無く、いつもと違ってしっかりとした足取りを見せていた。

 そして暫く彷徨うこと30分、ついに彼はエムの姿を見つることに成功する。しかし、ここに来て彼はその足を止めてしまった。ぶっちゃけ、今更になって声のかけ方が分からない…という訳では無い。どうせ殴られるか蹴られるか、もしくは撃たれるだろうが、逆に言えばそれだけだ。実験体時代の地獄と比べたら、エムのコミュニケーションなど大したことない。無論ストレスは溜まるし、痛いものは痛いが…

 まぁ何にせよ、例えエムと少なからず会話することになろうとも、好奇心に突き動かされる今のセイスにとって大抵のことは瑣末なことに過ぎないという訳だ。

 

 

「あ、グぅッ…!?」

 

「この、糞餓鬼がッ!! 調子に乗るんじゃ無いわよ!!」

 

 

---でも流石に自分と同い年の少女(エム)が、剣呑な雰囲気漂わす大人の女に頭を踏みつけられ、殺されそうになってるのは予想外だった…

 

 




○マドカ(八歳)vsモブのスコール派(24歳)
○お察しかもしれませんが、この出来事はスコールとセイスのやり取りに出てきたアレです
○最初はマドカがセイスに喧嘩を売るのが常でしたが、途中からセイスの方から始めるパターンが増えていき、最終的にトールのような認識が広がる羽目に…
○訳ありの子供に対する対応に関しては、フォレスト派だけの話。トウ派や中東支部などは洗脳とか脅迫とか普通にやってます。
○表社会に帰された子供たちは、基本的に被害者扱いから始まります。仮とはいえ犯罪組織に身を置いたので、場合によっては面倒な手続きや更正プログラムを受けさせられますが、逆に言えばそれだけで済みます
○直接犯罪そのもに関わらされなかったのもありますが、一番の理由はフォレストが裏で手を回しているからだったり…


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6とM 中編

本当は前後編の予定だったのに、またかよ畜生……本当に申し訳ない…;


 

「あんた、スコールのお気に入りだからって調子に乗り過ぎなのよ。少しは先輩に対する礼儀ってものを覚えなさい」

 

「ぐ、うぅ…」

 

「返事しろっての!!」

 

 

 痛みに呻くエムに対して追い討ちを掛けるように、彼女の頭を踏みつける足に力が込められる。それに呼応するようにして、エムの口から再び声にならない悲鳴が上がった。僅か8歳の少女に対して行うにはあまりに過剰であることは、傍から見ても一目瞭然である。

 

 

「まったく。なんでスコールはコイツと言い、オータムと言い、こんな生意気だけが取り柄みたいな餓鬼ばかり連れてくるのかしら? あんた、何か心当たりある?」

 

「……知る、か…」

 

「あ、そう」

 

 

 言葉と同時に女は…『黄昏(トワイライト)』は、まるで道端の石ころを退けるようにして、エムの頭を蹴り抜いた。緩慢な動作の割には随分と威力のあるそれはエムの意識を奪いかけ、彼女に呻き声を上げさせることすら許さない。

 スコールの手により亡国機業へと身を置いて以来、殆ど言葉を交わしていなかった相手の呼び出しに、なんの疑いもなく応じてノコノコと赴いてしまったことを今更になってエムは後悔したが、何もかもが既に手遅れだった。恐らく誰かが介入しない限り、この暴虐の時間はいつまでも続くことだろう。しかし…

 

 

「おい、誰か止めろよアレ…」

 

「じゃあ、お前が行けよ」

 

「無茶言うな。あの子を嬲ってるの、スコールんとこのトワイライトだ」

 

 

 どっからどう見ても、良い年した大人が児童虐待をしている様にしか見えないこの状況。施設の外延部とは言え通路は通路、先程から何人かの通りすがりがこの現場を目撃していた。本来ならば全力で止めるべき場面だが、この凶行を働いているのは他でもないトワイライト、つまりはスコールの部下だ。しかも会話(超一方的)の内容から察するに、嬲られている少女も一応はスコールの部下で、言うなればコレは身内同士のいざこざなのだ。部外者が下手に口を出し、後々派閥ごと目を付けられてしまった日にはたまった物じゃない。その為、道行く大半の者がこの二人のやり取りに見て見ぬフリを決め込み、誰も止めようとしなかった。

 

 

「そもそも、何なのあんた。いきなり現れた癖に、私を差し置いてスコールにISを回してもらうとか。ただでさえISの支給は私よりオータムが優先されてたってのに、本当に忌々しいったらありゃしないわ…」

 

 

 そう言ってトワイライトは、八つ当たりをするかのように壁を蹴りつける。彼女の苛立ちが込められた改造シューズは、鈍い音を響かせながら壁に大きな亀裂を刻み込んだ。そんな危ない代物で蹴り続けられたエムはというと、当然ながら無事では済まなかった。身体はピクリとも動かず、呼吸もほぼ虫の息で、既に満身創痍なのは火を見るよりも明らかだ。

 

 

「あーあ、本当に嫌になっちゃうわ。ISさえ貰えれば、こんな餓鬼共なんかに遅れを取るなんてことも無いし、ブリュンヒルデだって殺して見せるのに…」

 

「ッ…」

 

 しかしトワイライトの言葉を耳にした瞬間、瀕死と言っても過言ではないエムの身体に力が再び宿る。全身を駆け巡る激痛に歯を食いしばって耐えながら、非常にゆっくりとした動きで、彼女は自力でその場に立ち上がって見せた。その姿を目の当たりをして、忌々しそうに舌を鳴らすトワイライト。そんな彼女を正面に見据えたエムは、年不相応も良いところな挑発的で、禍々しい歪んだ笑みを浮かべた。

 

 

「笑わ、せるな…」

 

「は?」

 

「笑わせるなと、そう言った…!!」

 

 

 ズタボロの身体から発せられたとは思えない、覇気の篭もったエムの声。そんな彼女の様子に、トワイライトの苛立ちは更に増して行く。それに比例してエムに向けていた殺意と憎悪も一層大きなものへと変わっていったが、その全てから目を逸らさずに、彼女は正面から受け止めて見せた。そしてその場の空気の変化を肌で感じ取った野次馬たちは、自然と口を閉じていた…

 

 

「お前なん、かに…お前みたいな三下如きに、織斑千冬を殺せる訳ないだろうがッ!!」

 

「……なんですって…?」

 

「何度でも言ってやる!! お前程度の雑魚、あの人の足元にすら及ばない!!」

 

 

 その姿は、これだけは何が何でも譲れないという強い意志と、自分の全てが懸かっているとでも言わんばかりの必死さが滲み出ていた。あらだけ痛めつけられ、息も絶え絶えで身体も震えているが、心だけは決して折れそうにない。だが…

 

 

「あの人を殺すのは私だ!! その役目はお前にも、オータムにも、スコールにも渡さない!! あの人は、織斑千冬は…姉さんは、私がこの手で……」

 

「いい加減に黙りなさいよ、捨て子の分際で」

 

「ッ!?」

 

 

 たった一言、それだけで不動と思われたエムの心に皹が入り、彼女から言葉を失わせた。顔には明らかな動揺を浮かべ、血の気を失ったかのように青褪めていった。その姿に少しだけ気を良くしたのか、トワイライトはニヤリと笑みを浮かべ、エムに近づいた。そして接近するや否や、躊躇無く彼女の顔面に裏拳を叩き込んで床に殴り倒した。更に悲鳴をあげさせる暇すら与えず、再度エムをの頭を踏みつけながら、彼女の顔を覗き込むようにして見下ろした。

 その小さな身体を再び暴力の嵐に晒す羽目になった彼女は、トワイライトに憤る訳でも無く、痛みに呻くで訳でも無かった。今の彼女はまるで、耐え難いトラウマを思い出させられたかのように、無言でカタカタと身体を震わせ、ただひたすらに絶望していた。

 

 

「あーらゴメンナサイ、傷ついちゃった? でも、事実なのよね。あの時、あの場所で、あんたは一人残され、そのまま置いていかれた…」

 

「やめろ…」

 

「そして、あんたを置いてった織斑千冬は世界的な存在となり、弟と仲良く平和に暮らしている。まるで、あんたなんか最初から居なかったかのように…!!」

 

「やめろ…やめ、て……」

 

 

 エムの変わり様を目にしたトワイライトは、更に笑みを深くする。さっきと打って変わって懇願するかのようなエムの態度に調子を良くして、彼女の心を折るべく、スコールから聞いた話を元に悪意の言葉を吐き続ける。

 

 

「始まりは殆ど一緒だったのに、今は全くもって別物ね。片や世界が認めた英雄の如き世界の頂点、片や犯罪組織に拾われ、ゴミ同然の扱いを受ける小娘。栄光と明るい未来と掴んだ女と、日陰者として生きることを強いられたメス餓鬼。大切な友人と家族に囲まれた人間、味方が誰一人として存在しない野良犬。これじゃあ殺したくなる程に妬み恨むのも、無理も無い話よねぇ? ほんと、心から同情するわー」

 

「お願い…もう、やめて……」

 

「だからこそ言ってやるわ、この出来損ない。あんた如きが足掻いたところで、全て無駄よ」

 

 

 そう言って、エムの顔を再び蹴り付けた。打ち所が悪かったのか、それとも心身共に限界なのか、エムから意識と力が失われかける。しかし、トワイライトはそれさえも許さない。彼女が気絶という手段で逃げるよりも早く、とどめの一撃を放った。

 

 

「黙って聞いてれば分不相応な夢見ちゃって、ほんと見苦しいったらないわ。出来損ないの人形如きが、あんたがどう足掻いた所で何も変わらないし、変えられない。あんたは永遠に、この薄暗い場所で独りのまま…」

 

「ッ!!」

 

 

 何も変わらない…その言葉を聞いて思い浮かべたのは、あの少年の姿。自分が心から望む復讐を、自分よりも先に終わらせたと言う彼。初めて彼の存在を知った時は、ただひたすら会ってみたいという思いに駆られた。自分が求めたモノを手にした彼と会って、とにかく話がしたいと思ったのだ。しかし、現実は悲惨だった。自分と同じ境遇であり、自分の目指す場所に辿り着いた彼は、ただの抜け殻に成り下がっていたのである。その事が、どうしてもエムは…マドカは受け入れることが出来なかった。

 あんなものが、自分の未来の姿だとでも言うのか。彼のあの姿こそが、自分が目指した結末の成れの果てだとでも言うのか。そんなもの断じて認めない、認めてなるものか。自分はアレとは違う、自分は…

 

 

---何も変わらないし、変えられない…

 

 

「……違う、私は…!!」

 

 

---永遠に、この薄暗い場所で独りのまま…  

 

 

「私はッ…!!」

 

「うるさいっての」

 

 

 マドカの頭に置かれたトワイライトの足に力が篭り、それに合わせて言葉が途切れる。尚も抵抗しようともがくマドカだったが、ビクともしなかった。そして…

 

 

「人形は人形らしく独りで、不様に地べたに這い蹲ってなさい。それでもって…」

 

「ッ!?」

 

「アンタなんか、こうやって虫けらみたいに踏み潰されて、惨めに死ぬのがお似合いよ」 

 

 

 さっきまでとは違う、本物の殺意。マドカの頭に置かれたトワイライトの足が、彼女の身体を踏み砕かんとばかりに振り上げられ…

 

 

---何故か横に吹っ飛び、壁に顔面から激突した…

 

 

「え…?」

 

 

 一瞬、何が起きたのか理解できず、マドカは呆然とする。しかし、先程までトワイライトが立っていた場所に、別の人物が立っていることに気付く。そして、それが誰なのかを悟り、再び驚愕する。何故なら…

 

 

「お前も、俺と同じだったんだ…」

 

 

 あの時とは違う、強い意思の篭った瞳を向けてくる、セイスがそこに居た…

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

(そうか、そうだったのか…)

 

 

 当初セイスはその場から背を向け、立ち去ろうとしていた。エムに用があったとはいえ、あのような状況に首を突っ込むのは少しばかり躊躇う物があった。おまけに、自分はここ暫く彼女に目の仇にされ、碌な扱いを受けていなかった。それ故に、むしろもっと酷い目に遭ってしまえば良いとさえ思ってしまったのだ。 

 

---あの人を殺すのは私だ!! その役目はお前にも、オータムにも、スコールにも渡さない!! あの人は、織斑千冬は…姉さんは、私がこの手で……

 

 しかし、エムのその言葉を耳にして、思わず足を止めて振り返ってしまった。そして立て続けに発せられた彼女と、もう一人の女の言葉で全てを悟った。彼女が心に何を抱いているのか、自分に対して何を感じ、何を思ったのかを理解した。そしたらもう身体が勝手に動いており、気付いたら邪魔者を力ずくでどかし、彼女のことをジッと見つめていた。

 

 

「お前も、俺と同じだったんだ…」

 

 

 思わず口をついて出た言葉は耳に届いたのか、目の前の彼女は目を驚きに見開いた。しかし、そこから先は何をすれば良いのか分からず、互いに暫く無言で見詰め合っていたのだが、唐突に身体に衝撃が走り、勢いよく吹っ飛んだ。床に転がりながら目を向けると、先程裾を掴んでブン投げた女が恐ろしい形相でこちらを睨み付けていた。どうやら、自分はコイツに殴り飛ばされたらしい…

 

 

「この餓鬼、いったい何の真似よ!?」

 

 

 嗚呼、本当にうるさい。何故か分からないけど、せっかく良い気分になっているんだ。これまでの疑問が解消出来たからなのか、自分の同類に会えたからなのか、理由はわからないけれど、今は凄く気分が良いんだ。この気持ちが何なのか知る為にも、自分はエムと話をしなければならない。だから、この気分に余計な水差しと、会話の邪魔をするのはやめて欲しい。

 

 

「ちょっと、なんか言ったらどうなの!?」

 

「や、やめろ…そいつには、手を出すな……!!」

 

「黙れメス犬が!!」

 

 

 目の前の女が、エムを殴った。それを見た俺は、反射的に女を殴り飛ばした。見た目からは想像出来ないほどの威力を持ったそれは女の左頬を抉る様に突き刺さり、勢いよく地面にキスをする羽目になった女は驚愕の表情を浮かべた後、遅れてやってきた激痛により悲鳴を上げた。

 

 

「お、お前…」

 

「ん?」

 

「いや、改めて凄いんだな…」

 

 

 ふと視線を感じて振り向くと、エムが呆然とした表情でこちらを見ていた。『AL-NO.6』としての力を目にすると大抵の人間がこんな反応をするので今更だが、その表情に恐怖の色が混ざってないことにセイスは驚いた。フォレスト派の者達は違ったが、他の派閥に所属している者達は少なからず自分を化物として見る。しかし派閥が違うにも関わらず、ましてや一度この力を直接向けられたと言うのに、エムは純粋に彼の力に驚いただけのようだ。その事がセイスにとって意外なことに他ならず、彼は益々彼女に対して興味を持った…

 

 

「この小僧がああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「ッ!?」

 

 

 再び不意を突くように、倒れていた筈のトワイライトがセイスに飛び掛る。突然の奇襲に反応しきれず、セイスは彼女に押し倒されマウントを取られてしまった。そして、女とは言え大の大人であるトワイライトは、その馬乗り状態のままで拳をセイスの顔面に叩き込んだ。

 

 

「うおっ」

 

「この、餓鬼が、糞餓鬼が!! よくも、私の顔を!! 死ね、死ね、死んじまえ!!」

 

 

 口と鼻から血を滴らせ、喚きながら何度もセイスの顔に叩き込まれる拳。手加減のテの字も無い、容赦の無い暴力は際限なく彼を遅い、バキボキと彼の骨が砕ける音を何度も響かせた。最早、今のトワイライトには、他所の派閥の人材を殺そうとしていると言う事実さえ認識できない程に錯乱しており、自分から止まることは絶対に有り得ないだろう。

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 しかし、どういう訳か、急にトワイライトが動きを止めた。しかも怒りに染まりきっていた筈のその顔は、段々と恐怖の色を帯びてきた。視線は変わらずセイスに向けているのだが、完全に怯えている…

 

 

「痛いなぁ…」

 

 

 何故なら、暴虐の限りを尽くしていた彼女の片腕は、セイスの小さな手にしっかりと掴まれていたのだ。しかも、どんなに抵抗しようとも、その見た目からは微塵も想像できない握力が決して彼女の腕を放そうとしなかった。今更になって、トワイライトは目の前のセイスが得体の知れない化物のように感じ、恐怖を感じた。しかし、それは本当に今更過ぎた…

 

 

「でも昔、こうやって…」

 

「ちょ、離し…!!」

 

「腕を潰された時の方が、もっと痛かった」

 

 

 

 

---バキッ、グシャッ…

 

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!? 腕が、私の腕がああああぁぁぁ!?」

 

 

 骨が無残にも潰れる音と、この世のものとは思えないトワイライトの絶叫が周囲に響いた。涙と涎、更には鼻水まで垂らしながら、鮮血を撒き散らして叫び散らし、どうにかセイスから離れようとするが、彼は決して手を離さなかった。それどころか、彼女の腕を引き千切ろうとするべく、更に力を入れ始めた。

 

 

「痛い、痛い、痛いいいぃぃ!! 離せ、離せよおおおぉぉぉ!!」

 

 

 口調は変わり果て、無残に変わり果てるトワイライト。叫びながら暴れ、無事な方の腕でセイスを殴り続けて抵抗を続けるも所詮はトワイライトも人間。化物として産み出され、復讐の為に牙を研ぎ続けたセイスに敵う訳もなく、掴まれた腕はビクともしない。当然ながら、あまりに予想外な状況に周りの野次馬は固まって動けず、誰も助けてくれそうに無い。

 

 

「離せって、言ってるだろうが糞餓鬼いいいいぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

 ついに限界を迎えたのか、とうとう彼女はナイフを取り出した。そして、そのままセイス目掛け、勢い良く振りかぶり…

 

 

---ゴキィ!!

 

 

「あ…」

 

 

 ナイフを振り下ろす前に頭を何かで殴られ、そのまま意識を失って倒れてしまった。予想外のことに少しだけ目をパチクリとするセイスだったが、すぐに視界に消火器を振りぬいた姿勢で佇むエムの姿を捉え、彼女が自分を助けてくれたことを悟った。

 そのまま先程の繰り返しのように、二人は無言で互いに見つめあった。これまた先程と同じで、後先を考えずに身体が勝手に動いてしまい、何を言えば良いのか分からずに居るのかもしれない。少なくとも、セイスはそうだった。だが、取り合えず…

 

 

「ん…」

 

「……どうも…」

 

 

 無言で差し出された彼女の手は、何も考えず素直に取るべきだと、彼はそう思った。




○まだセイスのことは一部の者達にしか知られてません
○マドカも同様
○周りから殺し合いと称された二人の喧嘩は、二人にとっては本当に喧嘩レベルだったと言う…

次回、今度こそ過去編終了です。そして、その次は久々ののほほん回を予定してます。


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6とM 後編

・シリアスな展開
・黒い大人達
・キャラの心理描写

アイ潜における、執筆鈍足化の三大要素なり…


 

「なーにしてんだ馬鹿野郎ーーーーーーーーー!?」

 

 

 なんとも言えない空気が漂い始めたこの場を壊したのは、鬼気迫る表情でセイスの頭にチョップを叩きこんだトールだった。突然のことにセイスは少しだけよろけるが、視界にトールを捉えると興味を失い、視線をエムに向け直した。逆にエムの方はというと、トール自身のことは知らないが、雰囲気でセイスの仲間であることを悟り、目の前のセイスを含めてどうすれば良いのか分からず、オロオロと軽く混乱し始めていた。

 

 

「ちょっと目を離した隙に洒落にならん事態を引き起こしやがって、自重しろって言ったじゃねぇかよおおぉぉぉ!!」

 

 

 トールは行方をくらませたセイスを捜していたのだが、その途中でトワイライトが子供相手に暴れていると小耳に挟み、嫌な予感がして足を運んだら案の定だった。トワイライトが嬲っていた子供こそ違ったが、結局それにセイスは関わった。おまけに割と本気を出したようで、そこで気絶しているトワイライトに目を向ければ、悲惨な状態になった片腕が嫌でも目に付く。自分の部下がここまでやられたとあっては、スコールが黙っている筈が無い…

 

 

(とは言え…)

 

 

 しかし、視線を半殺し状態のトワイライトから、セイスの隣に居るエムへと向ける。何とか自分の足で立ってはいるが、身体中傷だらけの満身創痍で、既に限界間近なのは火を見るよりも明らかだった。相手が小物臭い事に定評のあるトワイライトだったとは言え、その幼く小さな身体で良く耐えられたものだと思わずにはいられなかった。

 

 

「……まぁ、女の為に身体張った点は褒めてやる。さっさとエム連れて、医務室に行って来い…」

 

「え?」

 

 

 そして、どう言う風の吹き回しかは知らないが、仲がお世辞にも良いとは言えない彼女を、セイスは助けた。そこには彼なりに何かの思惑があったのかもしれないし、逆に何も考えていなかったかもしれない(まぁ、今の二人の様子から察するに後者なんだろうが…)。しかし、彼がエムの為に動いたのは事実。セイスのことだから″掟″を意識した訳では無いのだろうが、彼の行動はフォレスト派の一人として実に好ましいと思えた。故に自然と、ちょっとは大目に見てやりたくなるものである。

 そんなトールの胸中を知ってか知らずか、彼の予想外な態度にセイスは思わず目を丸くした。自分でも良く分からない感情に身を任せ、面倒事に自ら首を突っ込み、更に騒ぎを大きくしたのだ。にも関わらずトールは叱りの言葉も程々に、自分のことを褒めてくれた上に気遣ってさえくれた。その事がどうしても信じられず、セイスは逆に狼狽えてしまった。

 

 

「え、でも…」

 

「良いから、行け。心配しなくても、説教は後でたっぷりしてやる」

 

「……はい…」

 

 

 何かいつも以上に落ち着きがなくなったが、トールに促されたセイスはエムと一緒に医務室を目指してその場を離れ始めた。因みにエムは『スコールに無断で行動は出来ない』と言って渋ってたが、トールが後で伝えておくと約束し、強引にセイスに背負わせて事なきを得た。彼女自身、既に体力の底が尽き始めていたのか、あんまり抵抗らしい抵抗も出来ていなかったので、やはり連れて行かせて正解だったかもしれない。

 そんな二人の背中を見送り、トールはもう一度周囲に意識を向ける。騒ぎが収まった為か、野次馬達は粗方居なくなり、トワイライトの方も呻き声が漏れているので、一応は生きているようだ。

 

 

「さてと、それじゃ…」

 

「何がどうなっているのか、説明して貰えるのかしら、トール?」

 

 

 背後から凄まじいプレッシャーをぶつけられ、トールは思わず舌打ちして振り返る。するとそこには、長い金髪を靡かせた美人…実働部隊『モノクローム・アバター』のリーダーことスコールが、ゾッとするような微笑を浮かべ、死に掛けの部下に一瞥もくれずにツカツカと歩み寄ってくるところだった。トールから大体10歩分ほど離れた位置で立ち止まった彼女の表情は笑顔だが、例によって目は全くと言って良い程に笑っていない。何かと手遅れであることを悟ったトールだが無視する訳にもいかず、内心で溜め息を吐きながらも彼女と向き合う。

 

 

「ご機嫌よう、ミス・スコール。しかし生憎と、自分も詳しいことは知らんのですよ」

 

「あら、そうなの? けれど私には、大切な部下を、お宅の坊やが半殺しにしたようにしか思えないのだけど?」

 

 

 その言葉を聞いて、トールは再び舌打ちを漏らす。口ではそう言うが、十中八九スコールはある程度の状況を把握しているようだ。それでも尚、こんな回りくどい言い方をするということは…

 

 

「何度も言いますが、俺は何も知りません。事情が知りたいのなら、その場に居なかった自分よりも、周りのギャラリー達に尋ねた方がよろしいのでは?」

 

「勿論、彼らにも話を聞くつもりよ。けれど、今から目撃者を全員集めるより、フォレスト派である貴方が、″私が予想した通りの事実″を証言してくれた方が、何かと手っ取り早いと思わない?」

 

 

 スコール率いる『モノクローム・アバター』と、彼女と協力関係を結んだ他の実働部隊による共同体…通称『スコール派』。そして次々と多勢力を傘下に収め、未だにその規模を肥大化させ続けるフォレストの実働部隊、『ルナティック・インプレス』…通称『フォレスト派』。この二大勢力は幹部会の者にすら一目置かれ、同時にライバル関係にある。そもそも実働部隊の連中は一部の例外を除いて、互いを競争相手として見る節があり、部隊同士による小競り合いが頻繁に起きている。同じ亡国機業の一員であるが故に、流石に一線を越えるような真似はせず、まれに幹部会の指示で手を組むこともあるのだが、それでも互いのことを意識せざるを得ないのが現状だ。そして件の二大勢力は、それが最も顕著に表れる。

 故に、スコール派とフォレスト派の者の意見が互いに一致した場合、殆どの確率で周りはそれを真実として捉えることだろう。例えそれが強要した、もしくは強要された偽りだったとしても…

 

 

「そいつは無理な相談ですな。証言も何も、俺は何も見てないのですから…」

 

「ふふふ、そうでしょうね。でも…」

 

 

 突如、辛うじて残っていた野次馬達は、背筋を這うような寒気に見舞われた。ただスコールとトールの二人が向き合っているだけだというのに、まるで空気そのものが凍りつくような勢いで、その寒気は次第に大きくなっていった。身の危険を感じて何人かはその場から逃げ出したが、何人かは逃げ遅れ、不幸にもその場で腰を抜かしまう程であり、当事者達はこの場に足を運んだことを心底後悔した。

 やがて寒気は…ぶつかり合う二人の殺気は限界まで膨れ上がり、そして……

 

 

「貴方に選択肢があると思って?」

 

「ほざけ、阿婆擦れが」

 

 

 その瞬間、二人は動いた。トールは目にも留まらぬスピードで折り畳み式ナイフを取り出し、一瞬で刃を展開してスコールの顔面に投げつけた。しかし、それに勝るとも劣らない速度で、スコールは薙ぎ払うようにして自身の腕を横に一閃した。すると投擲されたナイフはどういう訳か、ギィンと甲高い音を立てながら砕け散ってしまった。そのままスコールはトールとの距離を早足で詰めてくるが、それに対して彼は余り狼狽えることなく、迫る敵を迎え撃つべく予備のナイフを取り出した。そして、互いに互いの射程圏に入った、その時…

 

 

「ハーイ、そこまでー」

 

 

 この場にそぐわない、間延びした声が響いた。それに反応したトールとスコールの二人は、互いの攻撃が相手に当たるギリギリで動きを止め、意識をそちらへと向ける。

 二人の視線の先には、紳士を思わせる一人の男が微笑を浮かべていた。彼の姿を目にしたトールは、慌ててナイフを仕舞って姿勢を正し、逆にスコールはこれ以上無いほどに顔を顰めた。そして、嫌悪感を隠そうともせず、忌々しそうにその名を口にする。

 

 

「フォレスト…」

 

 

 彼女が最も毛嫌いしており、同時に警戒している『ルナティック・インプレス』。その現首領であり、象徴でもある男が、いつの間にか現れていた。

 

 

「やぁスコール、たった10分の間に随分と老けたね。それはさて置き、どうしてうちのトールと殺りあってるのかな?」

 

「むしろ私が教えて欲しいくらいだわ。彼ったら、いきなり私に襲い掛かってくるんだもの。てっきり、貴方の指示かと思ったのだけど、違うのかしら?」

 

 

 フォレストの言葉に一瞬だけ青筋を浮かべたが、すぐにそれを引っ込めて放たれたスコールの言葉に、思わずトールは今日一番の舌打ちを漏らした。スコールによる先程の過激な挑発が、この理不尽な言い掛かりをフォレスト派に行う口実を作る為だったと、遅れながら気付いたのである。思わせぶりな台詞と、尋常じゃない殺気をぶつけられ、思わず反射的に身体が動いてしまったとは言え、自分がスコールに刃を向けたのは事実だ。スコールは確実に、この小さなチャンスを最大限の利益に変える算段を立てている筈だろう。

 そして、彼の予想は当たっていた。実際に今のスコールは頭の中で、今回の件を基にして、フォレスト派の力を削る為の計画を次々と練り上げる最中であり、理想の未来を想像した彼女の表情は歪んだ笑みを浮かべていた。

 

 

「うーん、それに関してはイエスでありノーだね」

 

 

 しかし、フォレストのその言葉で、彼女の笑みは一瞬にして消え去った。無論、先程の主張は出鱈目だ。それを否定せず、それでいて肯定もしないんなんて中途半端な返答は全く予想しておらず、スコールは内心で大いに戸惑った。しかし、その動揺をなんとか隠しながら、スコールは問いかける…

 

 

「……どういうこと…?」

 

「いやいや、ちょっとした悪戯心だったんだけどね、とある噂を流したのさ。冷酷で無慈悲な鋼の女ことスコール・ミューゼルは、身体も鋼で出来てるからナイフなんて刺さらない、ってね。ただ困ったことに、それを真に受けてる奴が何人か出ちゃってさ、君にとっては迷惑極まりない話だと思うけど、彼らは常日頃からあの手この手で真相を確かめようとしているんだよ。トールも、そんなお馬鹿達の一人なんだろう?」

 

 

 突拍子も無く、それでいて誰かにとっては冗談では済まない話。あまりにぶっ飛んだ内容と設定に、思わずトールとスコールは目が点になるが、話を振られたこともあって、すぐにフォレストの思惑を察した彼は気持ちを切り替え、即座に話を合わせる。

 

 

「えぇ、そうです。ぶっちゃけ半信半疑だったんですが、つい出来心でやっちまいました、大変申し訳ありません。まぁ、尤も…」

 

 

 チラリと、視線を最初に投げた一本目のナイフに向ける。それが見事に砕け散っている姿を目にした後、無傷で立っているスコールに視線を移し…

 

 

「……噂は本当のようですが…」

 

 

 『ルナティック・インプレス』のメンバーは役職問わずに全員、ナイフと拳銃の使い方はある程度覚えさせられる。その為、フォレスト派にとってナイフと拳銃は必需品みたいなものであり、大抵の者はこの二つの質や性能に対し、相応のこだわりを持つ傾向がある。例に漏れずトールもその一人で、彼のナイフは相当な切れ味を誇っていた。それを、腕を一閃されただけで弾かれるだけに留まらず、真っ二つに砕かれたとあっては、彼女の異常性を疑わずにはいられなかった。

 あまり触れられたくない話題に入りそうなことを察したのか、スコールはわざとらしく咳払いをした後、強引に話題を摩り替えることにした…

 

 

「だとしても、いきなり人の顔に刃物を投げつけといて、謝罪一つで済ませようとするのは虫が良過ぎるのではなくて?」

 

「ふむ、それもそうだ。じゃあうちのセイスが、君のとこのエムを助けたことは、その落とし前としてチャラにしよう」

 

 

 フォレストの発言に、再び硬直するスコール。彼を相手に話を長引かせたら、これ以上不利な空気になることを悟って本題に入ったにも関わらず、出てきたのはこれまた予想外な言葉。既に何度か思考が止まりかけているが、どうにか問いかけの言葉を搾り出すことに成功する。

 

 

「ちょっと、何を言ってるのか分からないのだけど?」

 

「そこに居る彼らに聞いた話なんだけど、さっきセイスとエム、そしてそこで死に掛けてるトワイライトの3人で一悶着あったらしいね。何でも、トワイライトに一方的に痛めつけられるエムを、セイスが身を挺して助け出したそうじゃないか。たかだか8才の子供が、随分と泣かせてくれると思わないかい?」

 

 

 先程のトールの如く、スコールは露骨に舌打ちを漏らす。どうやら既にフォレストは、ここに来るまでにセイス達が何をやっていたのかを把握しており、それを利用して自分が何をしようとしていたのかも全て察していたようだ。それでも尚、途中まで此方の話に付き合っていたのは、彼の性格の悪さ故か…

 そうだ、この男はいつだってそうだ。その胡散臭くて気味の悪い笑みを浮かべながら、こっちが懸命に隠そうとする腹の内を見透かす様に暴いて、全てを知った後に相手を操るかの如く弄ぶ。どんなに足掻いても、どんなに抵抗しても、いつも気付けば奴の手のひらの上で踊らされている。

 その事が、スコールは心の底から気に入らない。こうも自分をコケにしてくれる、目の前の存在が異常な程に気に入らない。故に薄々敗北を悟りながらも、彼女は諦めずに口を開く。

 

 

「だとしても、アレはやり過ぎじゃない?」

 

 

 そう言って彼女は、そこに瀕死の状態で蹲っているトワイライトを指差した。セイスに腕を握りつぶされた彼女は未だに立ち上がることが出来ず、呻き続けていた。実際のところ、トワイライトの相手がセイスでは無くトールだったなら、顎に高速ジャブを叩き込んで終わっていただろう。無論、怪我一つさせずに気絶させた上でだ。尤も、トワイライトがフォレスト派の誰かを傷つけていた場合、話は幾らか変わってくるのだが。

 

 

「おやおや、これはおかしなことを。君は日頃から、トワイライトを『役立たず』だの『穀潰し』だの散々に貶しては、ずっと除隊させるタイミングを窺っていたじゃないか。そんな無能と、わざわざ某施設から攫ってきた上に、組織的に見ても希少なISを優先的に渡すくらい大切で、期待している少女の将来を天秤に掛けたら、むしろあの程度で済んで良かったろ?」

 

 

 そう言われてしまうと、スコールは何も言い返せなかった。フォレスト本人の前で言った事は無かったつもりだが、しっかりと耳にしていたらしい。おまけに、こうも断言されてしまっとなると、相手はそれなりに根拠があると思って良いだろう。それ故に、強く否定することが出来ない。ゴミ女の魔の手から、未来ある若き少女を助けてやったと言う、無茶苦茶とも言い切れない向こうの主張を…

 

 

「とは言え、確かにアレは加減知らずも良いとこだ。御詫びと言ってはなんだけど、『ゴールデン・ドーン』の件で君に作った貸しを、これでチャラにさせて頂こう」

 

 

 だが意外にも、先に折れたのはフォレストの方だった。圧倒的に向こうが有利な空気であったにも関わらず、自らそれを放棄した彼の真意を計りかね、スコールは狼狽すると同時に警戒心を露にする。

 

 

「それはまた大きく出たわね。部下一人の不始末に対して、随分と奮発してくれるじゃない…」

 

「君に作った貸しの中では、コレより小さいのが他に無いからねぇ」

 

 

 薮蛇だったと、彼女は心底後悔した。此方にとって有難い申し出なのは確かだが、フォレストの口振りから察するに、上手くやればもっと大きな代償を受け取ることが出来たかもしれないのだ。なのに無駄に警戒して余計なことを口走り、折角のチャンスを自ら棒に振ってしまったのである。遠まわしに『謝礼としては充分過ぎる』と言ってしまった手前、今更になって不足しているとは口が裂けても言えない。そんなことをすれば、間違いなくスコール派の面子は地に落ちるだろう。しかし、ここで彼の申し出を了承することは、自分にとっては敗北宣言に等しい。何より、目の前のフォレストの顔を見ると、どうしても苛ついて素直に受け入れることが出来なかった。

 そんな感じで、心の中で後悔と葛藤に苛まれること約60秒。無言と無表情で散々悩んだスコールは、遂に折れた…

 

 

「……まぁ良いわ、それで手を打ってあげる。今回の事は、全て水に流すわ…」

 

「それはどうも。僕としても、君とは良い関係を続けたいからね、今後もよろしく頼むよ」

 

「ふん…」

 

 

 それだけ言って、スコールはフォレスト達に背を向けてさっさとその場から立ち去ろうとした。心なしか、その背中は限りない疲労感を漂わせており、トールは心の中で思わず『ご愁傷様』と呟いてしまう程だった…

 

 

「ちょっと御嬢さん、忘れ物ですよ?」

 

 

 スコールがフォレストの言葉に足を止めて足元に目をやれば、涙と鼻水でグチャグチャになった顔で助けを乞うように、辛うじて無事だった腕を伸ばしてくるトワイライトが居た。うめき声こそ無くなったものの、未だに激痛に苛まれているのか、伸ばした腕はプルプルと痙攣しており、発する声も呂律が回ってなくて不安定だった。幾ら自業自得とは言え、ここまでくるといっそ哀れにさえ思えた位だ…

 

 

「す…ズ、ごォーヴ…」

 

 

 そんなトワイライトに対してスコールは、ゾッとする程に冷え切った眼差しと、自身の足を彼女の頭に踏みつけるように乗せることで返事をした。そして彼女に、その行動の意味を問われるよりも早く…

 

---スコールは、トワイライトの頭を踏み砕いた…

 

 普通の人間とは思えない力によって声を上げる暇も無く、グシャリと不快な音を立て、トワイライトは周囲に血と肉片を撒き散らしながら即死した。まだ残っていた野次馬達がその余波を受けてしまい、彼女の肉片の一部を浴びてしまった者は悲鳴を上げ、何人かは情けない声を出しながら這うように逃げ出し、辺りは阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。しかし惨劇を引き起こした張本人は、至近距離でトワイライトの返り血を浴びたにも関わらず、顔色一つ変えず、その場から今度こそ立ち去っていく。その背に先程の疲労感と、それを遥かに凌駕する大きさの苛立ちを漂わせて…

 

 

「おぉ怖ッ、良く生きてたねトール」

 

「ぶっちゃけ、あんなおっかないの相手にして五体満足でいられたことが不思議でしょうがないっす…」

 

 

 そんなスコールの後ろ姿を、冷や汗一つ浮かべずに笑顔で見送るフォレストと、自分が無事でいられたことを心の底から喜ぶトール。ふと周囲に意識を向けてみると、最後のアレが完全なトドメになったようで、しぶとく残っていた野次馬達は完全に居なくなっており、この空間にはトールとフォレストの二人しか残っていなかった。

 

 

「何はともあれ、お手数お掛けしました。申し訳ありません…」

 

「いいよいいよ、この程度。大したことじゃ無いし、むしろ得たモノの方が大きかったかな…」

 

「……セイスのことですか…?」

 

 

 幾ら相手がスコールだったとは言え、まんまと乗せられて相手に此方を責める口実を与えたのは事実。おまけにフォレストが介入しなければ、更に大きなトラブルへと発展していたことは間違いない。そんな危ない橋を渡る羽目になったことを考えても、またその原因を作った事を差し引いても、今回のセイスの行動はフォレストにとって良き収穫となった。

 

 

「彼の無気力さには頭を悩ませたが、その素質には目を張るものがある。もしかすると、彼はティーガーに匹敵するかもしれないね。今回はそれを確信したし、今の彼を突き動かす鍵も分かった…」

 

「スコール派のエムですね?」

 

「あぁ、そうとも。彼と彼女は真逆の存在であり、同時にそっくりでもある。二人を会わせれば、何かしら面白い事が起きるかもしれないとは思っていたけど、これは予想以上だ…」

 

 

 2年前、フォレストがドイツで出逢った、男の『遺伝子強化素体』の生き残り。この近年、『ルナテッィク・インプレス』が急速に力を付ける事が出来たのは、一重に彼のお陰と言っても過言では無い。

 無論、彼以外のメンバーによる貢献も決して小さなものでは無いし、今居る仲間の彼らが一人でも欠けていたら、現在の『ルナテッィク・インプレス』の発展は有り得なかった。それでもフォレストは、更にトールを含めたフォレスト派のメンバーは、彼の…ティーガーという存在と実力を認めている。現に今も彼はフォレストの命令の元に、この施設を嗅ぎ付けた諸外国の諜報部員を仕留めるべく単騎で出撃中だ。そして誰もが、彼が無傷で凱旋することを信じて疑わない。

 もしも彼の様な仲間が、もう一人手に入れることが出来るのなら、あらゆる手段を用いてそいつの忠誠を勝ち取り、見事に従わせてみせよう。そう心に誓ってから僅か数か月、待ち望んだ出逢いは、すぐにやって来た。そして今日、閉ざされた彼の心を開く鍵も見つけ出した…

 

 

「今後、二人の事はどうします?」

 

「君には当分セイスの世話を続けて貰うけど、暫くしたら彼には正式なパートナーを付けようかと思う。なるべく、彼と年齢が近い者が良いな。エムに関しては、可能ならすぐにでもうちに引き入れたいのだけど、流石にスコールが黙っていないだろうから、ゆっくり外堀から埋めていこうかね…」

 

「セイスの相棒ですか。バンビーノやアイゼン、エイプリル辺りが妥当ですかね?」

 

 

 出てきたのは性格に一癖ありながらも、腕は古参に引けを取らない期待の若手メンバー。確かに彼らと組ませれば、それなりに面白い事になるだろう。しかし…

 

 

「……いや、丁度適任が居る。きっと、彼ならセイスとも上手くやれるだろう…」

 

 

 そう言って思い出すのは、ティーガーよりも早くに自分と面識を持つ事になった、かつての恩師の忘れ形見。まだ正式な組織入りこそ果たしていないが、セイスやティーガーとはまた別の才能を持っており、思わず自分が直接世話することに決めた程だ。今では誰に似たのか年に不釣り合いな鋭い洞察力、更には心神掌握術まで手に入れており、すぐにでも主力メンバーとして活躍することも可能だろう。

 何より彼は、随分と愉快な性格をしている。それが周囲の人々にに与える影響は良くも悪くも絶大で、それはきっとセイスとて例外では無い筈だ。きっと彼なら、セイスとも上手くやっていける筈…

 

 

「さぁて、これから忙しくなるぞ。君にもしっかり働いて貰わないとねぇ…」

 

 

 故にフォレストは躊躇することなく、通信端末を取り出して自分の愛弟子に連絡を取り始めた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……」

 

(……どうしよ…)

 

 

 フォレストが色々な事を企んでいた頃、セイスは医務室を目指し、エムを背負いながら無言で歩き続けていた。セイス自身はナノマシンの治癒力のお陰で治療は必要ないのだが、普通の人間と大差の無い身体であり、重傷のエムはそうも言ってられない。その為、見知らぬ組織の同僚達が此方を見て驚こうが、目を丸くして指をさしてこようが、ヒソヒソと何かを呟こうが、彼は全て無視して歩き続けた。

 だが実際のところは、このまたと無いチャンスを活かしてエムに話し掛けたいのだが、何と言って話しかければ良いのか分からずに悩んでおり、それ以外のことを考えられなくて周囲のことに殆ど気付いていないだけだったりする。そんなセイスの心境を知ってか知らずかエムも沈黙を保っており、顔を突き合わせる度に大乱闘を繰り広げていた二人とは思えない、彼らのことを知っている者達からしたら、静か過ぎて逆に不気味な雰囲気を感じさせていた。

 

 

「……どうして、私を助けた…?」

 

 

 そんな空気を先に壊したのは、エムだった。体勢のこともあって、セイスはエムの顔を見る事が出来なかったが、彼女の声音にはいつものような敵意は感じられず、どちらかと言うと純粋な戸惑いの念を感じ取ることが出来た。

 ある意味、彼女の疑問は当然だ。セイスとの仲は良好とは言えないし、むしろ険悪である。しかも最近は自分から喧嘩を売る事が多く、今日だって彼の顔面に唾を吐きかて殴り合ったばかりだ。そんな自分を怪我をしてでも助ける理由が、無言で背負われながら運ばれている間に考えても考えても分からなかった。なので彼女は自分で考える事を諦め、目の前に居る本人に直接聞いてみる事にしたのだった。 

 

 

「話がしたかった」

 

 

 そのエムの疑問に対する返答は、思いのほかシンプルなものだった。この予想外で短すぎる答えだけでは流石に全てを察する事は出来ず、疑問が深まったエムは質問を重ねる。

 

 

「なぜ今更?」

 

「なんで俺のことを羨ましいと思ったのか、その理由が知りたかった」

 

 

 思わず自分を背負うセイスの肩に置いた手に力がこもり、自然と目つきが悪くなるのが実感することが出来た。それに気付いているのかいないのか分からないが、セイスは特に反応を示さない。その事に余計苛々が増したものの、彼女は何とか自分を抑え込み、口を開く。

 

 

「……その疑問に、わざわざ私が答えるとでも…?」

 

「あまり深く考えてなかった。でも、とにかく話がしてみたかった」

 

 

 そう言われると、エムは何とも複雑な気分になった。結局は骨折り損になった挙句、物理的にも骨が折れたあの日、自分も似たような理由でセイスの元を訪れたのだから…

 

 

「そしたら、質問する前に答えが分かった」

 

「ッ!?」

 

「お前も、殺したい奴が居たんだ。俺と同じで、そいつを殺す為だけに生きていたんだ」

 

 

 瞬間、エムの身体が強張る。戯言と断じる暇も無く、至極あっさりと自分の芯とも言うべきモノの正体を言い当てられてしまったのだ。しかも、それをやってのけたのは自分を拾ったスコール達ではなく、よりによってセイスだ。故にその衝撃は想像以上で、彼女の頭の中を真っ白にして、暫し何も考させなくするのは容易な話だった。

 それでも何とか我に返ったエムは少しの沈黙を挟んだ後、その小さな体を僅かに震わせながら、絞り出すように小さな声で呟き始めた。

 

 

「……そうさ。私にも、この手で殺したい人が居る。その人を殺す為だけに、私は生きている…」

 

 

 自然とセイスは足を止め、彼女の言葉を一言も聞き逃さないように、静かに耳を貸す。それに応えるように、エムは言葉を続ける。今まで溜め込んできたモノを、少しずつ吐き出すように…

 

 

「その為だけに、私はこんな場所に居る。蔑まれても、嬲られても、あの人を殺す為だけに私は生き続けている。それだけが私の生きる理由で、私が私であり続ける為に必要なことだったから…」

 

 

 思い出すのは自分という存在が創り上げられた場所と、多くのモノが壊れると同時に、全てが始まったあの瞬間。あの時から自分の未来と可能性の選択肢は決められ、この忌々しい現状を甘受する羽目になっているのだ。その原因を作ったあの人を殺すまで、自分は永遠に暗闇の中に囚われたまま、絶望を抱いて死ぬことになるだろう。

 

 

「なのに、お前は…!!」

 

 

 そんな結末は、断じて受け入れることは出来ない。自分は最後まで足掻いて、我武者羅に生き延びて、全ての元凶を消し去り、失った全てを取り戻す。そして、こんな薄汚れた暗い場所には早々に別れを告げて、光ある場所で笑いながら人生を歩み、笑いながら死んでやる。

 その願いを叶えるには、あの人の死は絶対だ。あの人を殺さない限り、きっと自分は何をしても満たされることは無い。さながらそれは、自分を逃さんとばかりに縛りつく呪いそのもの…

 

 

「お前は、どうしてそんなに虚しそうな顔をしている!? どうしてそんなにも絶望に染まっている!?」

 

 

 そんな呪いを、自分より早くに解いてみせた男の子。きっと彼は、とても幸せそうな顔をしているに違いない。そしてその顔はきっと、全てを終わらせた自分が浮かべるであろうモノと同じ筈。勝手にそう思い込み、未来の自分がどうなっているのか確かめるつもりで、彼女は興味心の赴くままに彼の元へと足を運んだのであった。 

 

 

「殺したくて仕方なかった奴らは死に絶え、自身の存在を縛る者も、否定する者も居なくなった。お前の今は、まさに私が目指している未来そのものなんだ。にも関わらず、お前はどうしてそれを、全て無意味とでも言わんばかりに振る舞う!?」

 

 

 半死半生…それがセイスに対して抱いた、エムの第一印象だった。消えない傷を負った訳でも、不治の病を患った訳でも無い。にも関わらず、あの時のセイスは絶望に…否、完全なる虚無感に苛まれていた。まるでこの世の全てがどうでも良いかのように、その瞳には怖いくらいに何も映らず、ただただ何も無い空間を見つめ続け、壊れたみたいに生気を感じさせないまま存在していた。

 その余りに想像とかけ離れた現実を目の当たりにして、エムは今までに以上の絶望を味わった。セイスの姿こそが復讐者の末路だと言うのなら、自分も同じ結末に行きつくのだろうか。自分も同じように最後は壊れてしまい、静かに狂いながら、ただ存在するだけの半死人になってしまうんじゃないのだろうか。最初こそ自分は違うと否定する事が出来たが、あれから彼の姿を見る度に想像した未来の自分を重ねてしまい、中々その幻想を振り払う事が出来ず、最近は彼を直接叩きのめそうとすることで頭を過ぎる不安と恐怖を誤魔化してきた。しかし、最早それも限界だった。

 

 

「それとも、お前の今の姿が、私が辿ろうとしている未来だとでも言うのか? だとしたら、私は一体、なんの為に……本当に私は、何も変える事が出来ないのか…?」

 

 

 怒りと悲しみをぶちまける様に叫んだ後、打ちひしがれて嗚咽を漏らすように声を絞り出すエムの頬に、いつの間にか熱いものが流れていた。改めて言葉にして、何もかもが嫌になったのだ。

 何より、先程のトワイライトに言われた『何も変えられない』という言葉が、彼女の心に深く突き刺さり、今まで目を背けてきた現実を目の前に突き付けていた。結局自分は、こんな場所に居る時点で、あの人のように…織斑千冬のように光で満ち溢れた世界で生きることも、彼女をを見返すことも出来ないまま、負け犬の如き惨めな一生を送るのだろう。

 

 

「違う」

 

「え…?」

 

 

 そうやって人知れず全てを諦めようとした刹那、沈黙を続けていたセイスが否定の言葉を挟み込んだ。突然の事で再びエムは困惑するが、それに構う事無く、何かに背中を押されるように、絶望に沈んでいくエムに手を伸ばすように、セイスは次々と言葉を続ける。

 

 

「俺とお前は同じだけど、違う。俺も俺を造った奴らと、苦しめた奴らを俺の手で殺したかった。他でもない自分の手で、殺したかった。でも、その前に皆は勝手に死んだ。だから俺はもう、自分でアイツらに仕返しする事が出来ない。そう思うと、これから何をすれば良いのか分からなくて、何もかもがどうでも良くなった…」

 

 

 人間不信と半分コミュ障なせいもあって、不器用で口下手なことが丸分かりの歪な言葉の数々。だけどその内容は、彼が生まれて初めて誰かの為に、心から何かを伝えたいと思って語り出した、偽りの無い自分の本当の気持ち。″先生″にさえしたことのない、自分の心の内の吐露。

 

 

「だから俺は、お前とは違う。全部無くなった俺と、まだ生きる理由と、それを叶えるチャンスが残っているお前は違う…」

 

 

 自分が何故エムに対してこんな事を言うのか、そして何故エムを励ます様な真似をしているのか、それはセイス自身にも分からない。だけど今は、それが一番自分のやりたいことだと感じ、同時にそれが正しいことのように思えた。この感覚は、生きる目的を失って以来、本当に久しぶりに感じた。まるで、奴らに対する復讐を決めたあの時のような…いや、もしかしたら、それよりもずっと……

 

 

「でも、本当に今更だけど、お前の言う通り俺は自由なんだ。もう、好きに生きていけるんだ…」

 

 

 それに何より、先程の彼女の言葉に気付かされた。というか、思い出すことが出来た。何も持っていないと思っていた自分は既に、あの場所では決して手に入れる事が出来なかったであろう『自由』を手に入れたでは無いか。流石に幾らか制限はあるだろうが、当時と比べたら雲泥の差だ。

 こんな当たり前のことに、何で今まで気付けなかったのか不思議でしょうがないが、一度そう思うと、自然と笑みが浮かんできた。

 

 

「……あぁ、そうだよ。本当に羨ましい…」

 

 

 それを何となく察したのか、セイスに背負われたままのエムが呟いた。先程の彼の言葉に少なからず思う事があったのか、心なしかその声音には言葉通りの彼に対する妬みで隠すように、安堵の気配が混ざっており、涙も止まったようだ。

 

 

「だけど俺も、お前が羨ましい…」

 

「は?」

 

 

 だからセイスは、最後まで自分の本音を語る。それが自分の為であり、彼女の為になると思ったから…

 

 

「感情(いかり)をぶつける相手を、歪だけど固い絆を、生きる理由を持つお前が羨ましい。俺にはもう、残っていないから…」

 

 

 自由は手に入れた。力も少しずつ身に着け、いつかは目指した高みへと辿り着くだろう。だけど、それらを求めた一番の理由は、自分よりも早く消えてしまった。元気に存在され続けても胸糞悪いだけだが、やはり自分の人生にとって最大の楽しみだったことが消えてしまったことに変わりは無く、逆に未だそのチャンスを持っているエムの事が、セイスはとても羨ましかった。彼女にとっては非常に不本意かもしれないが、憎悪の原因が未だに健在であり、それを消し去ることを生きる目的にすることは、生きる理由を無くしたセイスにとって、どんなに強く願っても決して出来ないことなのだか…

 

 

「ふんッ!!」

 

「痛てッ!?」

 

 

 因みに、それに対するエムの応えは、何故か頭突きだった…

 

 

「何をする…」

 

「煩い、皮肉にしか聴こえないんだよ!! そもそも、つい最近その感情とやらを思いっきり私にぶつけてきたじゃないか!!」

 

 

 初日の喧嘩は、思ったよりエムに少なからずトラウマを埋め込んでいたらしい。尤も、自分の生き方に対して初めて肯定的な言葉を向けて貰ったことが嬉しく、それを隠すための照れ隠しの面も強かったようなのだが、その事にセイスはおろかエム自身も気付いていない。

 更に石頭のセイスに頭突きしたツケが時間差で来たのか、エムは唐突に片手で額を抑え、呻き声を上げて沈黙してしまった。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

 流石に心配になったセイスだが、本当に小さな声で『一応…』と呟いたので、ホッと胸を撫で下ろした。それから暫くして、唐突にエムは顔を上げて何かを悩んだ後、やや躊躇いがちにセイスに話掛けた。

 

 

「……なぁ…」

 

「ん?」

 

「もっと、お前のことを聞かせてくれないか? ここに来る前のことや、どんな経験をしたのかを…」

 

「良いよ。その代わり、俺にもお前の事を聞かせて…」

 

「あぁ、構わない。早速だが、お前はどうして亡国機業に?」

 

「実は二年前、俺は―――――――」

 

 

 

 この日を境にセイスとエム、二人の関係は大きく変わった。互いの事を語り合い、互いの事を理解した二人は生まれて初めて、本当の意味で仲間意識を共有出来る相手と出逢えたと、心の底から感じることが出来たのだ。そして、一人は生きる理由を探すことを、もう一人は復讐を果たすこと誓い、同時に互いにそれを手伝い、助けることを約束した。その約束は決して誰にも切れない強い絆へと変わり、二人に関わる様々人間を巻き込むほどに、大きなモノへと成長していくのだが…

 

 不器用な二人が、その絆の歪さと、知らぬ間に生まれていた本当の想いを自覚するのは、もう少し未来の話…

 




○『ルナティック(狂人)・インプレス(足跡)』
○強固な一枚岩になってるのがフォレスト派、一応は対等な者同士の集まりがスコール派
○でもモノアバ隊が一番強いので、皆してスコール派と呼称
○数年後は完全に支配下に置いて名実共に姉御の天下
○阿呆専門の裏設定、亡国機業としての経歴は若手組と大差ないけど、旦那との付き合いはティーガーより長い

本当に時間掛かったよ、今回…;
さてさて次回は遂にお待たせしました、皆大好きアイ潜の恐怖の象徴とも言うべき、あの人の登場です。殆どギャグパートなんで、今度はスラスラと書けそう(笑)


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のほほん・ひる 前編

大変お待たせして申し訳ありません。最近時間が取れず、随分と時間が掛かってしまいました…;

何はともあれ久しぶりの『のほほん回』、始動です。ただ今回の話は、IF外伝の方の『のほほん日記』を読んでおいた方が良いかもしれません。


 

 

「ねぇねぇ、あすちー」

 

「どうしたの、本音ちゃん?」

 

 

 そこは、何もかもが真っ白な世界。この無色な世界には天井も無ければ床も無く、ただそこには二人の少年と少女が重力を感じさせないままに、フワフワと宙を漂いながら会話をしているだけという、何とも異質な空間だった。本来ならば二人の手により、この味気ない空間に様々な存在が創造され、それら全てが縦横無尽に駆け巡るなんてことが毎日のように起きていたのだが、最近はそんな日もめっきり減ってしまった。ここ数日は互いに顔を合わせ、翌朝まで談話する日々が続いている。

 

 

「正直な話、最近この空間にも、ちょっと飽きてないー?」

 

「う~ん、ぶっちゃけ少し飽きてきたかな。なんかこう、何をしても新鮮さが無いとういうか…」

 

 

 その理由は実に単純で、簡単に言えば飽きが来たのである。既に日常の如く怪奇現象を引き起こす二人だが、この空間では現実世界に居る時とは比較にならない程にぶっとんだ力を振うことが出来る。だが、実質この空間は二人だけの世界。何をするにしても二人だけしか居らず、力を使う相手も見せる相手も互いに目の前の一人しか居ない。無論、二人でのお喋りも充分に楽しい。だが、それはこの場所…布仏本音の夢の中でなくても出来る。折角この特別な空間に居るのだから、どうせなら現実では出来ないことがやりたい。

 

 

「むふふのふー、そんなあすちーに提案でーす♪」

 

「うん?」

 

「お耳を拝借ー」

 

 

―――そんな日常を打開すべく、彼女が明日斗に耳打ちした計画は…

 

 

「……本音ちゃん、やっぱり君って最高…」

 

 

―――久々に、そして非常に彼をワクワクさせた…

 

 

 

 

 

 

 

―――数日後、IS学園にて…

 

 

「ねぇねぇ、一夏は知ってる? 例の幽霊屋敷の噂…」

 

「え、何だよそれ?」

 

 

 授業がひと段落した昼下がり、シャルロットは一夏の元に来て開口一番にそう言った。興味が無い限り、噂どころか世間的な常識すら身に着けてない時のある一夏が、常にタイムリーな女子達の噂を知っている筈も無く、彼はきょとんとした表情を浮かべる。

 

 

「実はね、さっき相川さん達が話してたんだけど…」

 

 

 シャルロット曰く、この近所には昔から一軒の廃屋が存在しているそうだ。この御時勢、棄てられた建物は土地ごと引き取られるか、逆に土地だけ引き取られてさっさと壊されるかの二択になるが、どういう訳かその建物は未だに引き取り手が見つからず、十年経った今もそのまま残っているのだとか。

 

 

「どうして誰も引き取らなかったんだ?」

 

「なんかね、呪われてるらしいんだって、その場所」

 

 

 元々その建物が建てられた場所は、昔から地元の人達に縁起の悪い土地として忌み嫌われ、避けられていた場所だった。当時の建物と土地の持ち主は、そんな話は子供騙しだと鼻で笑い、人々の心配や不安を余所に堂々と入居したのだが、

 

 彼は三日目で正気を失い、七日目で自分で首を吊った… 

 

 彼の身に何が起きたのか、結局は誰も知ることが出来なかったが、日に日に痩せ細り、正気を失っていく彼の姿を見た限り、まともなことじゃなかったのは確実だろう。その後も何度か別の人間が建物の所有権を受け継いで持ち主となったが、誰一人として長続きしなかった。ある者は入居した初日に崩れてきた天井に押しつぶされ、ある者は誰も居ない筈なのに階段から突き落とされた。外に出ても車に跳ねられ、通り魔にも襲われ、酷い時は強盗に惨殺された者も居た。そんなことが続いた結果、当然ながら誰もその場所に近寄らなくなり、それどころか間接的に関わる事さえ避ける様になった。

 今では住人も所有者も居なくなり、市が一応の管理をしていることになっているが、あくまで名目上の話であって殆ど何もしていない。撤去工事を試みた日、現場で原因不明の事故が多発し、早々に匙を投げたのだ。それ以降、触らぬ神に祟り無しとでも言わんばかりに放置されているのだが、そのこと対して市民は誰一人として文句を言わなかったことを考えるに、その場所が周囲に与えた恐怖の大きさは察するに容易いだろう。 

 

 

「けれど最近になって、その場所でまた怪奇現象が多発するようになったんだってさ」

 

「へぇ、そりゃまた…」

 

「ふん、くだらんな」

 

「えぇ、まったくです。今時、幽霊だのホラーだの、非科学的なものを信じる人の気持ちが理解出来ませんわ…」

 

 

 一夏はともかく、いつの間にか話に混ざっていた箒とセシリアの反応はイマイチのようだ。二人の性格を考えると当然のように思えたのでシャルロットは特に気にした様子を見せず、むしろ好機とでも言わんばかりに再び口を開こうとしたのだが、そうすることは叶わなかった。

 

 

「おい一夏、今日の夜は予定を空けておけ。例によって異論は認めん」

 

 

 シャルロットが何か言うよりも早く、ノシノシと力強い歩みで近寄ってきたラウラは、一夏に向かってそう言い放った。彼女の突拍子の無さは今に始まったことではないが、簡単に慣れることが出来るようなものでもないので、一夏を含めた面々はきょとんとするしかなかった。

 

 

「え? ラウラ、いきなりどうしたんだよ?」

 

「そこで鷹月達が話していたんだが、この近くに幽霊屋敷があるらしい」

 

 

―――ラウラがそう言った途端、顔を引き攣らせた者が一名…

 

 

「なんだ、ラウラも聞いたのか。それなら、さっきシャルロットから聞いたぞ?」

 

「ほぉ、なら話は早い。今晩は幽霊狩りだな」

 

 

―――更に冷や汗が一滴…

 

 

「何故さも当然のように俺も行くことが決定されてんだよ…」

 

「何故って、お前は私の嫁なのだから当然だろう?」

 

 

 微妙に話が噛み合ってない…そんな雰囲気を察したのか、ラウラはとある人物に視線を向ける。相手は必死で動揺を隠そうとしているが、軍人であるラウラの洞察力の前には全て無駄である。そのポーカーフェイスの裏に潜む『それ以上言わないで!!』と言う心の叫びを鼻で笑い、ラウラは躊躇なく話の続きを口にした。

 

 

「シャルロットから聞いたのではないのか? その幽霊屋敷は…」

 

「ラウラ、ちょっと待っ…!!」

 

「最近、巷で流行りのデートスポットでもあるそうなんだが、な…?」

 

 

―――ラウラだけでなく箒とセシリアにまでジト目を送られた約一名は、盛大に引き攣った誤魔化しの笑みを浮かべることしか出来なかった…

 

 

 

 

 

 

 数日後、何だかんだ言って彼女達は例の心霊スポットへ行ってみることに決めた。やはり『巷で流行りのデートスポット』と言う単語が強かったようで、最初は否定的だった箒とセシリアも例によって意見を180度転回してみせた。そして、あの後も自分のクラスメイト達から心霊スポットの噂を仕入れた鈴と簪にも誘われる羽目になった一夏はついに言ってしまった…

 

―――そんなに行きたいなら、折角だし今度の休みに″皆で″行ってみようぜ!!

 

 違うんだよ、そうじゃないんだよッ!!と心の中で叫びながらも、一夏と行けるなら良いかと思って、結局はそれで妥協した6人は、喜び半分悲しさ半分でデートの計画と抜け駆けの作戦をひたすら練り続けたのであった。余談だが鈴と簪も抜け駆けを試みたお蔭で、シャルロット断罪の件は有耶無耶にり、彼女はその事に心から安堵していたことをここに記す。

 

 

「ここか?」

 

「一夏達が入って行ったし、多分…」

 

 

 そして迎えた当日、真夜中に一夏達が意気揚々と入って行った建物の前に、セイス達は居た。いつもの如く一夏達の会話を盗聴していた際に、今回の計画を耳にすることになったのだが、そんな物騒な場所へ行って何かあったら色々と困るので、非常に面倒くさいが動かせるメンバー総出で出張ってきたのだ。

 そのメンバーにはセイスとオランジュ、バンビーノ、アイゼンに加えて偶々遊びに来ていたマドカも含まれており、ある意味総力戦と言える面子だった。少しばかり多過ぎる気がしなくも無いが、つい最近に学園襲撃事件があったばかりなことに加え、まだまだこの近辺には敵対勢力が多数存在しているので、念には念を入れておくに越したことは無い。因みに一夏の居ないIS学園の監視は、別の仕事で近くを訪れていたメテオラに任せてある。

 

 

「……おい、廃屋って言ったよな…?」

 

「言った」

 

 

 そんなセリフを言ったのは誰だったろうか。しかし、言った本人も含めた5人は全員、一夏達が入って行った建物をただ見上げることしか出来なかった。正直言って、ここに来るまでの間は5人とも軽い遠足気分で来ていた。一夏の監視が主な任務である彼らは、一夏が外出しない限り滅多に学園の外に出る事ができない。なので彼が外に出かけた際は、尾行という大義名分の元に堂々と外へ羽を伸ばしに行くことが出来るのだ。しかし裏方が専門のオランジュは基本的に学園に残ることが殆どで、バンビーノとアイゼンが来てからは交替で外に休憩しに行くことも出来たが全員で同時に行くのはほぼ不可能だった。

 故に、これまでに無い人数でゾロゾロと夜の街を練り歩く時間は、まだまだ若い彼らの心に程よいワクワク感を覚えさせた。

 

 

「これ、廃屋って言うより…」

 

 

 だが、その高揚感も現場に着いた途端にいっきに冷めた。トラブルがあったとしても、それは精々この近辺に潜伏している三流テロ組織や、影剣の残党が襲撃してくるぐらいだろうし、この面子ならその程度大した問題にならないと思い、特に気にしていなかった。肝心の心霊スポットだって、どうせただの噂に過ぎず、近所の不良が溜まり場にしているだけに過ぎないと踏んでいたのだが…

 

 

「廃病院じゃねぇか!!」

 

 

―――某ハイランドにあるオバケ屋敷も真っ青な、元病院の成れの果てが目の前に佇んでいた…

 

 

「お、俺に言うなよ。それに廃屋と廃病院なんて、大して違いは…」

 

「色々と段違いだろ、何だよコレ!! 霊感無い俺でもビンビン感じるぞ、入ったら不味いって!!」

 

 

 既に半ば恐慌状態に陥りかけているバンビーノだが、彼が騒ぐのも無理は無い。目の前にある廃病院の不気味さは、正直言って洒落になっていなかった。長年放置されていた為かあらゆる場所あ錆びついており、雑草も至る所に生えている。更に真夜中の暗さによって建物の全貌が把握しきれず、まるで目の前の病院が不気味なオーラを放っているかのような錯覚さえ覚えた。何より近隣の住民が禁忌の場所と定め、誰も近づかないせいか、この一帯がほぼ完全に無音状態であることが一番怖い。

 

 

「どうする、今夜は帰るか?」

 

 

 マドカの問いに、オランジュは小さく呻きながら考え込んだ。セイスと色々あったせいか、最近は彼女も漸く落ち着きを取り戻し、一夏を目の前にしても前回ほど暴走する事はなくなった。だからと言って、一夏に対して何も思うところが無くなった訳では無く、むしろ憎悪と殺意は抱いたままである。にも関わらずセイス達についてきたのは、専用機を受け取る為に篠ノ之束の元へと預けられ、暫くセイス達と気軽に会う事が出来なくなるからだろう。

 ぶっちゃけ、非常に帰りたい。いつもの変装で髪を染め、眼鏡を着用しているとは言え、マドカと一夏がバッタリ出くわしたらどうなるのか分からないので怖いが、それ以上に目の前の廃病院が怖い。さっきから警鐘を鳴らし続けている自分の勘と今までの経験を信じるならば、入ったら最後、絶対にヤバい事態に巻き込まれるのは必須。だが、それでも…

 

 

「いや、行く」

 

「マジかよ。まぁ、もう一夏達が入っちまったし、中で何かあったら色々と不味いからなぁ…」

 

「仕方ねぇ、覚悟決めるか…」

 

 

 嫌々ながらも彼らは腹を括り、ついに病院の敷地へと足を踏み入れた。正門を潜り抜け、雑草だらけの中庭を突き進み、そして正面入り口の扉を開いて中にゾロゾロと入っていく。だが、彼らの足はすぐに止まった。仕事柄夜目に慣れている筈の彼らの視力をもってしても戸惑う、深い闇が目の前に広がっていたのである。

 

 

「思ったより暗いな…」

 

「暗視ゴーグル持ってきてたっけ?」

 

「あるぞ、ホレ」

 

 

 バンビーノが隠し部屋から持参してきた人数分の暗視ゴーグルを取り出し、全員に配る。こう言った小道具を使い慣れているセイス達は淀みなく装着する事が出来たが、この中で唯一の裏方専門であるオランジュは手こずっていた。

 

 

「まだかよ、手伝うか?」

 

「いや、大丈夫」

 

 

 宣言通り皆から少しだけ遅れてオランジュもゴーグルを身に着け、起動させることに成功した。技術部が開発した新型ゴーグルはこの深い暗闇の中であるにも関わらず、オランジュの目に日中と大差ない鮮明な視界を提供してみせた。

 

 

―――カチリ…

 

 

 不意に、入り口の扉からそんな音が鳴り響く。不思議に思い、一番近くに居たオランジュが扉に近づき、取っ手を握って力を入れた途端…

 

 

「……閉まってる…」

 

「おい、こんな場所で冗談はやめてくれ…」

 

 

 オランジュ同様、顔色を悪くしたバンビーノが変わる様に取っ手を掴むが、押しても引いても扉はビクともしなかった。自分達は、確かにその扉から入った。そして、その時は普通に開いたし、そもそも先に訪れた一夏達もそこから入って行った。だと言うのに、あの音が…まるで、鍵が閉まる時の様な金属音が聴こえた途端、目の前の扉は御覧の有様だ。

 

 

(おいおいおい、まるで扉が自分で自分の鍵を閉めたみたいじゃねぇか。マジで呪われてるとか言わないよな、この場所…)

 

 

 さっきも言ったが、バンビーノは自分に霊感があるとは思っていない。しかし、こうも不気味な場所に身を置いて、何も恐怖を感じないという訳でもない。出来る事ならさっさと帰りたいし、ましてや開始早々にこんなトラブルが発生したとあっては尚更だ。

 せめて、その気になったらすぐに帰れる…そんな気休め程度の安心感を得る為にも、暫く彼は開かずの扉と化した目の前のドアと格闘を続けたが、やはりビクともしない。そして軽く息を切らし、肩をガックリと落としながら振り向く。だが…

 

 

「ダメだこりゃ。セイス、ちょっと代わりにやってみ……」

 

 

―――さっきまでそこに居た筈の4人の姿は、バンビーノ1人を残して音も無く消えていた…

 

 




○今話の時系列は八巻と九巻の間くらいです
○今回、色々とおかしい点や矛盾した点がチラホラ出てくるかもしれません
○しかし、解決策は全て準備万端ですので、あまりお気になさらず

なんとかして今年中に『のほほん・ひる』を完結させ、正月には外伝でIF学園編を更新して、なろうでの活動を本格化したいところですが……このペースが続くと色々とヤバい…;


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のほほん・ひる 中編

中編だけでまさかの一万字越え。てかこの話、今年中に終わらせることが出来る自信無くなってきたぞ…;


 

 

「駄目だ、無線が通じない。そっちは?」

 

「……」

 

「マドカ?」

 

「む、スマン。コッチも駄目だ」

 

 

 闇に包まれた病院の何処かで、セイスとマドカの二人は途方に暮れていた。扉が閉ざされ、バンビーノがそれに手を掛け、同時に目を瞬いた瞬間、いつの間にかセイスは別の場所へと移動していた。

 あまりに唐突且つ意味不明な状況に暫し呆然としたセイスだったが、何故か自分と同じ場所へと移動していたマドカを見つけ、少しだけ落ち着きを取り戻すことは出来た。お蔭で、暗視ゴーグルが何も映し出さなくなっていたり、通信機も使えなくなっていたりと、現状を確認する度に嫌なことが分かっだが、不思議と冷静でいられた。やはり仲間が一人でも隣に居るのと居ないのとでは、心に出来る余裕が桁違いのようである。

 そして、ある程度自分が置かれている状況を把握し終えたセイスは、何故かキョロキョロと周囲に視線を彷徨わせているマドカに提案した。

 

 

「仕方ない、とにかく動こう。いつまでもココに居るのも嫌だし…」

 

「だが、何処へ向かうんだ?」

 

「ぶっちゃけ、行き当たりばったりになるな」

 

 

 半ば投げやりにも思えるセイスの言葉に、思わずマドカは顔を顰め、苦言を呈す。

 

 

「流石にココでソレは無謀だろ…」

 

「じゃあお前、どの方向に何があるのか、そして誰が居るのか分かるのか?」

 

「うッ…」

 

 

 とは言え、現状で出来る事は少ない。理想としては、なんとかオランジュ達と連絡を取り合い、出口を確保することだろう。だが出口を探そうにも、その場所が、それどころか自分達が今居る場所さえも分かっていないのだ。はぐれて(?)しまったオランジュ達や、先にこの場所へと足を踏み入れたであろう一夏達にしたってそうだ。それに勝手に鍵が閉められた扉、急に使用不能になった小道具、この意味不明な瞬間移動を考えるに、この場所は明らかにまともではない。

 

 

「どっちにせよ、通信機も当てにならない今、何かしらの手掛かりが見つかるまで適当に徘徊するしかねぇだろ。その途中で最初に見つけたのが出口だろうがオランジュ達だろうが、何をするにしても考えるのはそれからだ」

 

「ぐぬぅ、正直嫌だが、止むを得ないか…」

 

 

 暫し渋面を浮かべ、悩んでいた素振りを見せたマドカだったが、渋々ながらも遂にはセイスに賛同した。しかし…

 

 

「ところで、マドカ」

 

「なんだ?」

 

「さっきからお前、近くね?」

 

「気のせいだ」

 

 

 本人はそう即答するものの、視界が暗闇に慣れてきたことにより、セイスは彼女との距離を正確に把握できていた。実際に二人の距離は5センチも離れておらず、さっきから文字通り目と鼻の先で顔を突き合わせ、傍から見れば互いに見つめ合ってるようにしか見えない形になっていた。日常の様にじゃれ合う程の仲ではあるが、それと比べたってこれは流石に近い。おまけに即答した割には、彼女の視線はどことなく泳いでいる様にも見える。というか、心なしか落ち着きが無いような…

 

 

「どうした、まさか怖いのか?」

 

「そんな訳あるか」

 

 

 これまた即答するマドカだったが、彼女と長い付き合いになるセイスは、彼女の瞳が僅かに揺れたことを見逃さなかった。その証拠に…

 

 

―――パキッ

 

 

「うぉぅ!?」

 

 

 暗闇で視界が利かない故に、足元に落ちていたであろうガラスの破片に気付かなかったマドカ。それを思わず踏みつけ、その拍子に出した音に自分で驚いて短い悲鳴を上げ、素早い身のこなしでセイスの腕に抱き着き、彼を盾にするようにして背後に回り込んだ。

 無駄に洗練された動きだったが故に、実に短い出来事だったが、今のが二人に与えた沈黙は地味に長く感じられた。我に返り、あまりの情けなさと恥ずかしさに顔を赤くし、背後でプルプルと震えながらも、腕はしっかりと掴んだままのマドカに対し、なんとも気不味い雰囲気の中、セイスは何とか口を開いた。

 

 

「お前、ホラー系苦手だったっけ?」

 

「半分お前のせいだ、バカッ!!」

 

 

 良く響く声でそう怒鳴らり散らすマドカだったが、もう今更誤魔化す気は無いようで、憤慨しながらも彼女の目には涙が溜まっていた。ぶっちゃけ、セイスにはマドカの言うことに心当たりが無く、キョトンとした表情を浮かべて首を傾げるばかりだったが、この様子から察するに嘘ではなさそうだ。なので暫く記憶の糸を手繰り寄せ続けてみた結果、ある事を思い出した。

 

 

「あ、ごめん。もしかして『エンドレス・ナイ…」

 

「それ以上言うな!!」

 

 

 スコールを泣かし、楯無の心に深い傷を負わせた呪いの映像ソフトは、どうやら目の前の彼女にも強烈なトラウマを植え付けたようだ。そう言えばアレも確か、終盤は廃病院が舞台だった気がする。こんな所に居たら、あの恐怖シーンの数々を嫌でも思い出してしまうのだろう。

 そう思えば、プライドも何もかも投げ捨てて、自分の腕に抱きつくようにして密着し、恐怖に震えているマドカの様子にも納得である。しかしコヤツ、本気で怖がっているみたいで、他の女子と比べるとやや小さい自分のアレを、無自覚にも抱きついた腕に思いっきり押し付ける体勢になっていた。今更マドカに密着されたところでドキドキもムラムラもしないが、隣に居るのが自分じゃなかったら、オランジュとか他人だったらどうしたんだろうかとか、どうでも良い疑問がセイスの頭を過ぎった…

 

 

「取り敢えず、俺はどうしてやれば良い?」

 

「……暫く、このままで…」

 

「りょーかい」

 

 

 そんなしょうも無い疑問を頭から追い出し、取り敢えず今はマドカに落ち着きを取り戻すため、彼女の要望に専念することに決めたセイスだった…

 

 

 

 

 

 

「どーすっかねー?」

 

 

 ところ変わって院内の別エリア。窓すら無い通路を、アイゼンは一人でゆっくりと歩いていた。此方も持ってきた小道具の殆どが使い物にならず、今は自分の目と勘を頼りに院内を彷徨い続けており、なにも収穫の無いまま相当の時間が経過していたのだが、セイスと同等の実力者故なのか、体力と精神的な余裕はまだまだ有り余っているようだ。現に今も逸れてしまったセイス達や、先にこの病院に足を踏み入れたであろう一夏達、そして出口への手掛かりを捜しながら、鼻歌混じりに鍵の掛かった部屋のドアを手当たり次第に抉じ開けて中を探索していた。そんな彼の様子には、この不気味な建物に対する恐怖心というものは一切感じられなかった。

 

 

「セイスとエム、バンビーノは別に良いとして、オランジュが心配だなぁ…」

 

 

 しかし、何も不安が無い訳でもなかった。多少のトラブルが発生しても、現場組の自分とセイス、エムやバンビーノなら自力で対処することも出来るだろうが、裏方組のオランジュは話が別だ。流石に堅気や素人より戦闘力はあるが、所詮はデスクワーク派の域を出ないレベルで、素手だと生身の代表候補生はおろか、下手すると一夏にも負ける可能性がある。そもそも、一夏達は皆一人残らずISという最強兵器を持っており、間違って遭遇した日には一発でアウトだ。まぁ、それは自分にも言えた事だが…

 

 

「けど逆に言えば、IS持ってるアイツらの傍に居た方が安全な気もするんだよね。うっかり出くわしたら、いっそ一般人のフリして保護して貰おうかな?」

 

 

 現在まともに使えるであろう装備は、愛用ナイフ8本と消音機付きの拳銃が一丁と、それの弾倉が5個だけ。セイスと違って普通(?)の人間である自分では、コレだけでIS相手に戦えというのは無茶にも程がある。故に出来ることなら、彼女たち相手に戦うことになる事態は極力避けたかった。

 

 

「ん?」

 

 

 そんな折、幾つ目になるか分からないドアノブに手を掛けたアイゼンだったが、鍵が掛かってないことに気付き、同時に動きが止まる。彼はここに来るまでに何度も部屋を抉じ開け、中に建物の見取り図や案内板でも残って無いかと思い、虱潰しに探索してきた。そんな中、大抵の部屋には鍵が掛かっていたが、逆に開けっ放しの部屋もあった。だから別に今更、部屋のドアに鍵が掛かっていないところで驚きもしなければ不思議にも思わない。

 

 

---問題なのは、中から何かの気配と物音が感じ取れるということだ…

 

 

(さて、中に居るのはオランジュか、一夏達か、それとも別の誰かなのか…)

 

 

 正体は分からないが、水気のあるピチャピチャという音と、ズリズリと何かを引きずる様な音が出ているのは確かだ。それだけなら特に警戒までしなかったろうが、自分にとっては部屋からダダ漏れも良いとこ状態の、この謎の人一人分の気配が不安感を煽ってくる。

 セイスやバンビーノ、エムだったらこんな迂闊で稚拙な真似はしない筈だ。なので、この3人は候補から除外。一夏や自分達を狙っているであろう同業者達も、同じ理由で除外。何事も無ければ一夏達は一塊になって行動しているだろうが、自分達の現状を考えると、向こうも同じ状況に陥って離れ離れになっている可能性がある。もしそうだとしたら、そう言った緊急事態を想定して訓練を受けている代表候補生たちも、こんな無用心な真似はしない筈。なので彼女たちも除外。

 つまり、この中に自分の知っている誰かが居るとしたら、最も戦闘能力の低いオランジュか、素人同然の一夏か箒だろう。そうでなかったら噂を聞き付け、興味本位でこの場所に足を踏み入れた近所のガキ共やカップル達だ。

 

 

(まぁ良いか。オランジュなら合流、そうじゃなかったら一般人のフリするだけの二択だし…)

 

 

 そう結論付け、万が一の為に武器はいつでも取り出せる状態にして、アイゼンはゆっくりとドアノブを回し、殆ど音を立てずに扉を開けると同時に中へと足を踏み入れた。そのまま流れるような動作で近くの机の物陰に身を隠し、気配を消しながら部屋全体を窺うようにして目を凝らす。そこで漸く気付くことが出来たのだが、この部屋は診察室か何かだったようで、当時使われていたであろう診察器具の入っていた戸棚や簡易ベッドが目に入った。そして、その奥には…

 

 

(……人、いや看護師…?)

 

 

 辺りは非常に暗くて視界が悪く、背中を向けるような形を取っていたが、アイゼンの目はその白い制服に身を包んだ姿を捉えていた。下の部分がスカート状になっているので、女装趣味の変態でない限り女性だろう。そして彼女は何かを探しているのか、奥の戸棚を何やらゴソゴソとあさり続けている。だが、この際それはどうでも良い。自然と高まる緊張の中で、無意識の内にアイゼンは武器に手をやっていた。

 

 

(……アレは、ヤバい…)

 

 

 己の常識と、五感が強く訴えかけてくる。当の昔に打ち捨てられたこの場所で、あのような格好をしている神経が、動く度に見せる発作の如き異常な痙攣が、そして何より微かに″漂ってくる血の匂い″が彼女の異様さを表している。目の前に居るアレは、まともでは無いと本能が告げてくる。

 

 

「ッ!?」

 

 

 殺らなければ、殺られる。そう思い、まさに動こうとしたその時、アイゼンよりも先に向こうが動いた。ずっと続けると思われた、痙攣を含めた全ての動きを停止させ、相手はゆっくりと彼が身を潜めている場所へと顔を向けた。

 その頃には既に、暗闇に慣れてきたアイゼンの目は、己に顔を向けてくる相手の特徴を更に細かく把握出来る様になっていた。意外と小柄な彼女が身に纏うナース服は非常にボロボロで、更に所々血で汚れていた。そして手にはどこかで発見したのであろうメスを持っており、振り向いた拍子に銀髪を靡かせながら、眼帯で隠れていないもう片方の赤い目で強烈な視線をぶつけてきて…

 

 

「誰だ、そこに居るのは」

 

「と、通りすがりの迷子デス…」 

 

 

―――ナース服を纏っていた不審者は、ラウラだった…

 

 

(どおおおぉぉぉうしてそんな格好してるのかなああああぁぁぁぁ…?)

 

 

 思わず素直に身を隠すのをやめてしまったアイゼンだったが、頭の中は絶賛混乱中である。まさか危険を感じ、思わず殺そうとまで思った相手の正体が、ラウラ・ボーデヴィッヒだとは想像だにしてなかった上に、こんなイカレタ場所でキチガイ染みた格好をしている理由にまるで見当がつかない。

 とは言え、上手く言い包めることが出来れば、頼もしい事この上ない。現役の軍人、それも特殊部隊の隊長である彼女は、こう言った状況でも…否、こう言った状況だからこそ素晴らしい戦力となるだろう。この不可思議な現状を打破する為にも、どうにかして行動を共にするよう仕向けなければならない。とにかく、まずは向こうの警戒心をどうにかして、その手に持ったメスを下ろしてもらおう…

 

 

「迷子? お前も、噂を聞きつけてやって来た口か?」

 

「まぁ、そんなとこかな。ツレはいつの間にか居なくなってるし、自分の現在地も分からない。まさに、迷子以外の何者でも無いだろう?」

 

 

 初対面だが、自分は年上。初対面の人間相手に気安過ぎるのも問題だが、無駄に丁寧過ぎるのも不自然だろう。故にゆる過ぎず固過ぎず、適度な口調で会話を…

 

 

「それにしても、まさか遥か昔に廃墟と化した病院で、そんな格好してる人間が居るとは思わなかったから、最初に君を見た時はてっきり幽霊の類かと…」

 

「あぁ、これか。ちょっと着てた服が濡れてしまってな、その代わりに拾った奴を…」

 

「……あ、そう。ところで、君は一人でこの場所に…?」

 

「いや、途中までは友達と一緒だった。そっちと一緒で、いつの間にか逸れてしまって…」

 

 

 そう言ってラウラは力なく俯き、メスを持っていた腕もいつの間にか下ろしていた。それを見たアイゼンは、マフラーの裏にひっそりと笑みを浮かべた。自分のことを一般人と思い込み、ISを持っているが故の慢心もあってか、警戒心は最低限にまで落としたようだ。元々此方に敵意は無く、自分が亡国機業の一員であることさえ隠し通せれば、全て穏便にすませることが出来る筈だ。

 

 

「そうか、お互い難儀なことだね。それじゃあこの際だ、自分達の仲間と合流できるまで暫く一緒に…」

 

 

―――ガチャッ…

 

 

「ここはどうだ?」

 

「ちょ、少しは躊躇しようよ!?」

 

 

 唐突に聴こえてきた、ドアを開く音と二人分の声。聞き慣れた声を耳にして咄嗟にアイゼンが振り向くと、やはりそこには見慣れた二人の少女が居た。片や中性的な顔つきの金髪少女、片や眼帯を身に着けた小柄な銀髪少女。当然ながら、二人とも血に汚れたナース服なんか身に着けておらず、お洒落に決めた私服姿だ。言うまでも無く、金髪の少女は『シャルロット・デュノア』。

 

―――そして、その隣に居る銀髪少女は間違いなく『ラウラ・ボーデヴィッヒ』…

 

 それを認識したアイゼンは、戦慄する。新たに現れた二人が此方を見て、自分たち以外の人間がこの場に足を踏み入れていたことに驚いていることなど、そして同時に警戒心を抱かせてしまったことなんて、どうでも良い。今、考えるべきことは……

 

 

(今、俺が背中を向けてるラウラは誰…?)

 

 

 その瞬間、アイゼンの背中に悪寒が走った。本能的に後ろを振り向くと、ナース服のラウラが無表情でメスを逆手に持ちながら、自分の顔面に向かって振下ろそうとしているところだった。

 背後からシャルロットの短い悲鳴と、彼女の隣に立っているラウラが息を呑む音を耳にしながら、アイゼンは混乱する思考を瞬時に切り替え、同時に振り下ろされた腕を自身の左手で鷲掴んで止めてみせた。

 

 

『ギ、ィ、ガぁあ”ギぃ…!!』

 

 

 それでも、彼女は止まらない。先程とは似ても似つかない不快にも感じる掠れた叫びを上げて、今度は手刀をアイゼンの眼球目掛けて放ってくる。それに対して、アイゼンは空いた方の腕でそれを弾き飛ばし、そのまま袖から隠しナイフを取り出し、一切躊躇することなく相手の側頭部に深く突き立てた。

 

 

『ア゛あああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

 

 禍々しい悲鳴を上げ、苦しみ悶えるラウラ…いや、化物。普通の人間ならば、即死してもおかしくない状況にも関わらず、盛大に叫び続ける奇怪な存在を、アイゼンは渾身の力で蹴り飛ばし、そのまま本物のラウラ達の方へと距離を取った。

 対してナース服の方は勢いよく転がり、そのまま叫び続けた。断末魔を思わせるような金切声だが、それに反して悲鳴そのものは留まるところを知らない。そして遂には、彼女は声だけでなく、その姿さえ変えてしまった。髪は銀から炭のような黒へと代わり、綺麗で艶やかだった肌も、全身が火傷を負ったかのように爛れてた。蹲る床からどこからともかく血だまりの様なモノを溢れさせ、ブチブチと肉が裂けるような音を出しながら鋭い鍵爪の付いた二本の異形の腕を生やし始めた。

 

 

「……とんでもないラウラ違いだな、オイ…」

 

 

 最早、是非も無い。あれだけ明確な殺意を示され、それを返り討ちにするような形で一撃加えてしまったのだ。目の前の化物は、間違いなく怒り狂って自分を襲ってくるだろう。そして…

 

 

「ッ、危ない伏せろ!!」

 

「うわ!?」

 

 

 アイゼンの声によって三人が咄嗟にその場に伏せたのと、化物が不意打ちで放った鍵爪による一閃が空を切ったのはほぼ同時だった。さっきまでアイゼン達の頭があった場所を横切った鍵爪は、そのまま横に通過して進路上にあった戸棚を一瞬で引き裂いた。

 どうやらこの化物、殺意を向ける相手に見境いが無いようだ。不可抗力だと声を大にして主張したいところだが、捉え方によってはアイゼンが彼女らを巻き込んだ形になるのかもしれない。ならば…

 

 

「一応尋ねるが御嬢さん方、荒事には慣れてるかい?」

 

「……むしろ本職だ…」

 

「ラ、ラウラ? それにそこの、えっと……えっと、誰…?」

 

「ただの迷子だ。で、そっちの金髪の嬢ちゃんはどうなの?」

 

「え、僕? い、一応訓練はしてるけど…」

 

 

 やや躊躇いがちに答えるシャルロットだったが、視線をアイゼンから荒ぶる異形の化物へと一端向け、顔から血の気が引いた状態になってから再び視線をアイゼンに戻し、目に涙を溜めて震えながら一言…

 

 

「あんなのと戦う訓練は、したことありません…」

 

「大丈夫だいじょーぶ、ちょっと援護してくれたり、危なくなったら自力で逃げてくれれば充分だからさぁー」

 

 

 そう言って彼は拳銃をシャルロットに、予備のナイフを数本ラウラに投げ渡し、自分は悠々とした足取りで化物の方へと歩みを進めた。それを見てラウラは驚愕に目を見開き、シャルロットは思わず叫んだ。

 

 

「ちょっと、何する気ですか!?」

 

「なに、大したことじゃないよ。目の前のコイツを…」

 

 

 瞬間、その場の空気が変わる。アイゼンの行動に戸惑っていたシャルロットも、雰囲気だけでアイゼンが素人では無い事を察し、警戒を解かなかったラウラでさえ思わず言葉を失った。唯一、化物だけは奇声を上げ続け、威嚇するように鍵爪を振り回していたが、そんなことが些細なことに思えてしまう。それ程に彼が放つ空気は、恐ろしいまでに冷たく、圧倒的だった。そして近付き過ぎたが故に、化物がアイゼンの頭目掛けて必殺の一撃を放った瞬間…

 

 

「死ぬまで、殺すだけだ」

 

 

 首を僅かに傾けるだけでそれを躱し、宣告と共に無表情で二本目の刃を相手の頭に突き立てた…

 

 

 

 

 

 

 

「な、何の音だ?」

 

 

 どこか別の、それも遠くで何かが暴れ回るような音を耳にしながら、バンビーノは薄暗い通路を独りで歩いていた。いつでも武器は取り出せるようにはしているが、殆ど気休めにしかならず、先程から恐怖に駆られビクビクしながら周囲に意識を張り巡らせていた。

 

 

「クッソ、何がどうなっていやがる…」

 

 

 正面玄関の鍵が勝手に閉まり、仲間達は忽然と姿を消し、それでも鍵は開かないので諦め、今は手掛かりを求めて院内を散策してはいるが、これと言って収穫は無い。ホラー系に苦手意識は無かったが、こうも露骨にことが起これば、誰だって嫌になるだろう。少なくとも今後暫くの間、ホラーと病院は自分達の間で禁句となるのは、まず間違いない。

 愚痴るようにそんなことを考えながら、通路の曲がり角を曲がったその時、バンビーノの視界にある物が飛び込んできた。

 

 

「灯り…てか、蛍光灯?」

 

 

―――真っ暗闇の廊下から一転、曲がり角の先に広がる通路は、点灯する全ての蛍光灯によって明るく照らされていた…

 

 

「ちょっと待て、なんで電気が通ってるんだ…?」

 

 

 ここはとうの昔に棄てられ、市からも見放された場所。そんな場所に電気が通ったままでいるなんてこと、普通は有り得ないだろう。祟りや呪いを恐れ、電気の供給さえそのままにしたという可能性も無くも無いだろうが、幾らなんでもそれは無い。

 しかし、今更引き返しても何も無い。あるのは誰も居ないロビーと、開かなくなった扉だけ。どんなに怪しくて不安に駆られようとも、進むしか道は無い。故にバンビーノは覚悟を決め、足を進めたのだが…

 

 

「な、なんだ?」

 

 

 通路の真ん中辺りまで進んだところで、唐突に灯りが消えた。殆ど明るい場所に目が慣れ始めていた事により、バンビーノ視界は完全に暗闇でゼロとなってしまい、彼は思わず足を止めてしまった。

 だが、それもほんの僅かな間だけだった。カチ、カチっと音を立てながら、進行方向にある蛍光灯が一つずつ光を取り戻していった。そのままカチ、カチっと音を立て続けながら、バンビーノに近づくようにして点灯していく蛍光灯は、見えない何かが彼を通過するように、彼の後方に残っていたものも一つずつ光を取り戻していった。

 そして、明かりが戻っていく様を必然と目で追っていた彼は、40m程離れた場所にあった最後の蛍光灯に光が灯る瞬間を目にした。

 

 

―――その下に居る、不気味な何かと一緒に…

 

 

「ッーーーーーーー!?」

 

 

 そいつは、天井に届きそうな巨身を持っていた。そいつは、全身の肌が青かった。そいつは、赤ん坊がそのまま大きくなったかのような体型を持っていた。そして、その不細工で歪んだ顔にある巨大な双眼は、しっかりとバンビーノのことを捉えていた。

 

 

「あ、ぅあ…うおああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 

 本能的に危機を感じたバンビーノは、己が出せる力の全てを用いて、命懸けで走った。少しでも早く走れるように声を張り上げ、後でくるであろう筋肉痛と吐き気のことも忘れ、全力で駆け抜けた。

 しかし、そんなバンビーノの全身全霊を掛けた疾走を嘲笑うかの様に、背後から迫ってくる気配と足音は彼から中々遠ざかる事は無かった。それどころか、心なしか段々と近付いてきているような…

 

 

(今どのぐらい離れてるのか気になるが、振り向いたら多分死ぬ!!)

 

 

 そう自分に言い聞かせ、僅かでもスピードが落ちる可能性を排除し、どこまでも続く廊下を走ることに集中したバンビーノ。だが、そんな彼の強固な意思も、後ろから漂ってきた異臭により呆気なく崩れ去るのだった。極限状態に近かったが故に、逆に大して何も考えずに咄嗟に振り向いてしまったバンビーノの視界に映ったのは…

 

 

(あ、俺オワタ…)

 

 

―――最早、目と鼻の先にまで接近していた、青い化物の大口だった…

 

 

「って、うお!?」

 

 

 彼が全てを諦めかけたその時、突然何かが彼の腕を横から掴んで引っ張っり、そのまま廊下から部屋へと引きづり込んだ。不意打ちと勢いが強かったことにより、バンビーノは激しく床に叩き付けられるような形になってしまったが、直前まで死に掛けていたせいもあって暫く呆然としていた。

 

 

「ちょっとアンタ、大丈夫?」 

 

「呆然としてますわね。もしかして、打ち所が悪かったのでしょうか?」

 

 

 だが、床に転がる自分のことを覗きこむ様にして見つめる、自分を助けたのであろう二人の人物の姿を目にして我に返った。小柄なツインテール娘と、良いとこのお嬢様感丸出しの金髪ロングヘアー。間違いなく『凰鈴音』、そして『セシリア・オルコット』。いつか直に対面する未来を思い描かなかった訳では無いが、まさかこんな場所で、それも命を助けられるような形でその機会が訪れるとは夢にも思わなかった…

 

 

「……あぁ、いや大丈夫だ。お蔭で助かったよ、ありがとう…」

 

「どういたしまして。そのお礼と言っちゃなんだけど、ちょっと色々と手伝ってくんない?」

 

「ちょっと鈴さん、幾らなんでもいきなり過ぎでは…」

 

「別に良いじゃない。こっちは命を助けてやったんだから、その位安いもんでしょ」

 

「せめて自己紹介ぐらい…」

 

「めんどいからパス」

 

 

 うん、まぁそうなるわな…と、心の中で呟くバンビーノ。実際、下手すれば死んでいたのは事実だし、それに報いる為と思えばどうということは無い。そもそも、目の前の彼女が言おうとしている手伝って欲しいことの内容とは恐らく……

 

 

「一応尋ねるが、手伝って欲しいことって何?」

 

「アレ、一緒にどうにかして」

 

 

 そう言って鈴が指をさした方に目を向けると、さっきの青い化物が扉を覗き込むようにしてコッチを見ていた。だが入り口が巨体と比べて小さいせいか中に入る事が出来ず、時折腕を伸ばしてくるものの此方までは届かないようだ。しかし同時にそれは、アレがどこかに行ってくれない限り、此方もここから出れない事を意味していた。

 

 

「時たま諦めた素振りを見せてどっかに行くんだけど、廊下に出た瞬間にすぐ戻ってくるのよ。お蔭で、ずっとここから出られなくて…」

 

「なるほど…」

 

 

 計らずとも冷静になる時間を手に入れ、思考を回転させるバンビーノ。さっきは思わず逃げてしまったが、文字通り向こうの手が届かない今ならば色々なことが出来る。幸いなことに、逃げ込んだこの部屋は薬品の倉庫だったようで、回収されずに放置された薬瓶の数々が至る所に残っている。これだけあれば、自分の持参した小道具と合わせることにより、爆弾の一つや二つ余裕で作れるだろう。期限切れを起こしているものも多々あるだろうが、正しい使い方はしないので大した問題は無い。

 

 

(そうと決まれば早速…)

 

 

 行動に移ろうとしたバンビーノだったが、そこで動きを止めた。幾ら二人が代表候補生とは言え、流石にいきなり『爆弾を作って化物を撃退する』なんてプラン、黙って始めたら驚かせてしまう。そう思い、二人に一応考えを告げようとしたところで、疑問に思ったのだ。

 

 

「アンタら、IS学園の生徒だよな?」

 

「え? まぁ一応、IS学園の生徒だけど?」

 

「なんで分かりましたの?」

 

「雑誌に載ってた。しかもアンタら確か、中国とイギリスの代表候補生だよな?」 

 

 

 あんまりストレートに聞くと不審がられるかもしれないが、嫌な予感がするのでもうこれ以上遠回しな言い方はしない。畳み掛ける様に、バンビーノは本命の質問を二人に投げかけた…

 

 

「なんで、さっきから専用機を…ってかISを使わないんだ?」

 

 

 彼女らが所持するのは人類が誇る最強兵器の一角。それを幾ら化物が相手とは言え、身に纏う事すらしない彼女たち。実は既に化物に対しISによる攻撃を試しており、その結果が今のこの状況だと言う可能性もあるが、もしそうなら最悪だ。目の前のアレがISでも歯が立たなかった存在だとしたら、自分が作ろうとしている爆弾如きではどうにもならない。

 どうかそれだけは違ってくれと、祈る様にして鈴とセシリアの言葉を待つバンビーノ。そんな彼に対して返ってきたのは…

 

 

 

 

「IS? なにそれ?」

 

「は?」

 

「それに代表候補生って、なんですの? そもそも私達、雑誌なんかに載るようなこと、しました?」

 

「はぁ?」

 

 

―――彼の想像の斜め上を行っていた…

 

 

「ちょっと待て。もう一度訊くが、二人はIS学園の生徒なんだよな?」

 

「多分、アンタの言うIS学園とあたしらの学園違う。呼べないことも無いけど、うちの学園をそんな風に略して呼ぶ人って居ないし…」

 

「……すいませんが、お二人の学園の正式名称を教えて下さい…」

 

 

 バンビーノは混乱する頭を強引に落ち着かせ、なんとかその言葉を発することが出来た。その問いに対し、鈴とセシリアは互いに顔を合わせ、一瞬だけ不思議そうな表情を浮かべた後、再び彼の方に向き直って同時に答えた。

 

 

「「県立、石村商業学園よ(ですわ)」」

 

 

―――その言葉を耳にしたバンビーノは、取り敢えず自分の頬を思いっきり抓ってみた。でも、何も起こらなかった…

 

 




○終わらない悪夢によるトラウマは終わらない
○サイレン○ヒルのナース…と思わせてからのラウラ
○しかもボーデヴィッヒじゃないよ、ヴィクトリアーノだよ
○そして、青い鬼さんこちら、小僧達の方へ~♪
○因みに石村は死のスペースから持ってきました…

今のところ、社長プレイに専念しているホラーコンビ。しかし次回、彼女らは動きます、本気で獲りに行きます。だって今回でまだ出れなかった面子に、あの男も居るのだから…(黒)


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のほほん・ひる 後編その1

お久しぶりです皆様、大分遅くなりましたが2015年一発目の投稿です。本当は今回で『のほほん・ひる』は終わらせる予定だったんですが、どうしても今月末までに書き上げられそうに無いので、取り敢えずキリの良いとこまで先に投稿することにしました。

オチの部分は7~8割まで書き終わっているので、2月の序盤には更新出来るかもしれません。毎度のことながら、いつもこんなでスンマセン…orz


「な、なんだってんだ一体…」

 

 

 セイスとエムの二人がイチャついて、アイゼンが化物と死闘を繰り広げ、バンビーノが意味不明な事態に絶賛混乱中な頃、オランジュも例に漏れず今の自分が置かれた状況に戸惑い、同時に恐怖していた。

 現に今も荒れ果てた病室の中で彼は一人、自分以外誰も居ないこの空間をキョロキョロと視線を走らせながら、挙動不審な動きを見せつつ何かに怯えていた。その何かとは…

 

 

―――きゃははッ!!

 

「ッ!?」

 

 

 咄嗟に振り返るも、そこには誰も居ない…

 

 

―――あはッ♪

 

「ひッ!?」

 

 

 どんなに辺りを目を凝らしても、どんなに耳を澄ませても、影も形も捉えることは出来ない。そこには何も居ないと言わんばかりに、視界に映るは朽ち果てた病室のみ。だと言うのに…

 

 

―――クククッ

 

―――いひひひひッ!!

 

―――あはははははは!!

 

―――くひゃ♪

 

―――はッはッはッはッはッはッ!!

 

―――ひゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああははははははははははッ!!

 

 

「畜生、何なんだよ畜生!? その耳障りな笑いを止めやがれッ、でなけりゃせめて、姿ぐらい見せろやクソッタレがッ!!」

 

 

 気が狂いそうな、嘲笑の嵐。知らぬ間にセイス達と離れ離れになってしまい、独りで途方に暮れていた際に入ってしまったこの一室で、オランジュはそれに直面していた。最初こそ恐怖に震え、即座に部屋からの脱出を試みたのだが、先程の正面玄関と同じように入り口の扉が勝手に閉まり、閉じ込められてしまったのだ。そしてそこからずっと彼は、悪意しか感じない嗤い声に晒され続け、いつ襲ってくるか分からない声の主に恐怖し続けていた。裏方専門のオランジュは自分の戦闘能力の低さを自覚しており、その事が余計に恐怖を増加させていたのかもしれない。

 

 

「出てこいクソがッ!! てめぇなんか恐くねぇ、恐くねぇぞオラァ!!」

 

 

 そして遂に、大声で喚き散らしながら暴れ始めた。どうやら精神的に限界まで追い詰められたせいで、彼の頭の中で何かがキレたようだ。近くに落ちていた錆びたパイプ椅子を手に持ち、力の限り振り回し、手当たり次第に殴りつけて壊す。汚れきったガラス窓も、辛うじて原型を残していたベッドも、カビだらけになっていた壁も、視界に映った物は片っ端から叩き壊していく。その最中、次第に彼から普段の面影は消えていった。目は血走り、口から罵詈雑言の嵐と共に泡を吹き始める始末だ。

 

 

「野郎ぉブッ殺してやるううぁぁあああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 

 それでも、彼は止まらない。無理な身体の動かし方をしたせいで、全身に痛みが走っても、壊せそうなものが無くなっても、押しても引いてもビクともしなかった扉が横にスライドして開かれても、そこに二人の少女が立っていて、自分の姿を見て恐怖に慄いていようとも…

 

 

「あ゛あああああああああああああああああああぁぁぁぁ!! あッ、へぶぅ…!?」

 

 

 足を滑らせて転倒し、顔面から床にダイブするまで、彼は止まらなかった…

 

 

「……おい、どうする…?」

 

「一応、手当してあげた方が良いんじゃ…」

 

 

 初対面で、しかもあんな出会い方にも関わらず、あまりに痛そうな転び方をしたお蔭で同情を買えたというのは、皮肉以外の何でもなかったろう…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「本当に恐がらせてスンマセン、どうやって御詫びすれば良いのやら…」

 

「いや、本当に大丈夫だから、気にしなくて良い…です」

 

 

 顔を打った衝撃で我に返ったオランジュは、自分が何をしようとしていたのかを自覚するや否や土下座した。幾ら追い詰められ、正気を失っていたとは言っても、女の子相手にパイプ椅子を振り上げたという事実は決して褒められるようなことではなく、むしろ人間的にもフォレスト一派的にも恥すべき行為である。しかも、よりによってその相手が…

 

 

「いやいや気にするなと言われましても、よりによって更識簪さんを襲うなんて所業、世間どころか仲間達に顔向けできねぇ…」

 

「……なんで私の名前知ってるんですか…?」

 

「いや、日本の代表候補性で雑誌の取材受けたことあるでしょ。しかも、その髪の色を持ってる人って世界的に見ても貴方の家系くらいじゃありませんか」

 

 

 シレッと答えるが、内心では大焦りのオランジュ。その内セイス達、もしくは一夏一行の誰かに出くわすだろうとは思っていたが、よりによって更識簪と篠ノ之箒なのは貧乏クジにも程がある。無論、実力や正確に不満がある訳では無い。むしろ戦闘能力に関しては、ISを抜きにしても彼女達の方が上だし、箒はともかく、簪はあの6人の中で最も穏やかな性格であると言っても過言では無い。

 では、そんな二人の何が不満なのか。一言で片付けるなら早い話、彼女達の身内が超怖いのだ。何せ簪は更識家の人間で、あの楯無の妹だ。セイスには及ばないとは言え、生身でも凄まじい実力を有する彼女が、妹の簪を大切にしていることはオランジュ達にとって周知の事実であり、ましてや冷え込んでいた姉妹仲が改善された今となっては、簪を傷つけた時に買う怒りは半端なものでは無いだろう。それに何より、簪にはあの恐怖の大王が常に付き添っている、下手な真似をしたら確実に地獄を見る…

 そして、篠ノ之箒に至っては言うまでもないだろう。そもそも現在、篠ノ之束とはスコール(実質エム個人)経由で一時的な協力関係を結んでいるので、むしろ命懸けで箒を守らなければならない。もしも箒の身に何か起きた場合、あの天災は機嫌を損ねるどころか怒り狂い、世界最高の頭脳と腕力にモノを言わせ、全力で報復を仕掛けてくる可能性がある。

 

 

(もっぱらオペレーター専門の俺に対して難易度高過ぎだろコレ。荷が重過ぎる上に今にも爆発しそうな爆弾だよ、爆発したらリアルに国が滅びる爆弾だよこの二人。誰か俺を核シェルターに連れて行ってええぇぇ!!)

 

 

 厳密に言うと爆発したら世界が滅ぶのは二人の姉なのだが、今は置いておこう。どのみち、この状況がオランジュにとって全く優しくないことに変わりないのだから。何せ仲間とは連絡が取れず、自身の戦闘能力はパンピーに毛が生えた程度。遭遇した二人の少女は亡国機業を敵と認識しており、自分より強い上に二人の身内は更に恐ろしい存在だ。これらの不安要素にプレッシャーを感じながら、この色々とリスクを抱えた少女二人を身を挺して守らねばならず、おまけに護衛対象の片方は…

 

 

「ところで更識さん…いや、お嬢さん」

 

「はい?」

 

「その隣に居る方は、どちら様で?」

 

 

 オランジュが視線を向けた先、簪の隣にはもう一人の人物が立っている。黒い髪をリボンで纏めたポニーテール、親しい者以外には基本的に刺々しい目付きと仏頂面、そして簪はおろか同年代の女子とは比べるまでも無く大きいアレ。間違いなく、一夏のファースト幼馴染こと篠ノ之箒だ。だが…

 

 

「あ゛ぁん? 簪は知ってんのに、この私を知らないとかどういう了見だゴラァ。テメェ、どこのシマのモンだ?」

 

 

―――何故かヤンキー口調な上に、木刀と特服を身に着けているのは、どういうことなんでしょうか…

 

 

(完全にレディースやんけ。ていうか、口調のせいもあって箒がオータムにしか見えない…)

 

 

 いつもの堅苦しい武士娘の雰囲気は消滅しており、完全にチンピラのそれである。ぶっちゃけ目付きも鋭いと言うか、ギラついてるとか、座っていると表現した方がしっくりきそうだ。手に持った得物も真剣から木刀にランクダウンしている筈なのに、その雰囲気と意味不明な様子にいつも以上の恐怖を感じる。

 思わず助けと説明を求める様に簪へと目を向けたが、顔を背けられてしまった。しかも心なしか、『私に聞かれても知りません、てかこっちが聞きたい』と顔に書いてあったような…

 

 

「おい、聞いてんのか?」

 

「さ、サーセン…」

 

「つーかよぉ、本当にこの辺じゃ見ねぇツラだなぁ。パッと見外人っぽいけどよ、マジでどっから来たんだ?」

 

「えっと実は俺達、今は修学旅行の真っ最中なんだ。宿泊先のホテルは隣町にあるんだけどな…」

 

「おいコラ、簪には敬語で私はタメ口か」

 

「サーセン…」

 

 

 ヤンキーモッピーに戦々恐々としながらも、オランジュはこの場をしのぐ為にデマカセを並べていく。曰く、せっかく日本に来たのに修学旅行の内容がクソつまらない。曰く、暇潰しにネットで色々と調べたらこの廃病院のことを知った。曰く、退屈だったので本物の思い出作りの為に仲間達と一緒にホテルを抜け出してきた…そんな感じの内容をでっち上げ、彼女たちに説明していく。その結果、簪は少しだけ胡散臭そうに見つめてきたが、取り敢えずは信じてくれた。一方、箒はと言うと…

 

 

「そうかそうか、抜け出してきたのか!! いやぁー、やっぱ学校行事って基本的に退屈だもんな、そこから逃げ出すことこそ修学旅行の醍醐味みたいなもんだ。お前、分かってるじゃないか!!」

 

 

―――なんか変なところで気に入られてしまった…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「しっかし鈴が転入して以来…いや、アイツが悪い訳じゃないのは分かってるけどよぉ、最近は本当に碌なことがねぇなー。臨海実習と学園祭も途中で中止になるし、もう誰かが裏で糸引いてるとしか思えねぇよ。簪もそう思わね?」

 

「そ、そうだね…」

 

「ったく、もしも黒幕と鉢合わせするようなことになったらマジでブチのめしてやる…」

 

(亡国機業の一員だってバレたらどうなるんだろう、俺…)

 

 

 なんとか警戒心を解いて貰い、暫く二人と行動を共にすることにしたオランジュ。割と饒舌になった箒が隣で歩きながら色々と喋ってくるのだが、話の内容から考えるにどうも彼女は自分が知ってる箒と同じような部分もあるが、全く別の人物であるようだ。他人の空似なのか、それとも自分が時空を越えてしまったのか。もしも後者なら洒落にならないが、話を聞けば聞くほど現実味を帯びてきて笑えなくなってきた。

 篠ノ之博士を含めた家族構成や一夏達との交流関係、訳ありで家族と離れ離れになっていることや、箒が転校を繰り返している点は一緒なのだが、オランジュの知っている箒とは違い、此方の方はその生活に限界を迎え、ついにグレてしまったようだ。おまけにIS学園ではなく藍越学園に在学しており、放課後は『無双戦線』と名乗る暴走族の特攻隊長の肩書きを背負い、夜の街を騒がせているそうだ。そして…

 

 

「因みに篠ノ之さん…」

 

「あー、もう名前で呼んで良いぞ。あと、口調もタメで良いや」

 

「さいでっか。じゃあ改めて箒さんよ、あんたの姉さんってもしかして篠ノ之束はかっ…」

 

 

---その名前を口にした瞬間、箒がすんげぇ怖い顔になった…

 

 

「……あのバカ姉貴が、なんだって…?」

 

「いえ、なんでも無いデス…」

 

 

 そう言ったら箒はフンッと一度だけ鼻を鳴らし、すぐに顔を背けて歩を進めたが、オランジュの心中は冷や汗ダラダラである。姉妹仲が悪い点も同じなのだが、何か違う。オランジュの知っている箒は、これまでの不自由な生活の原因を作った張本人であることや、専用機である紅椿を作ってくれたことなどの件で、束に対して正と負の両方の感情を抱いており、どちらが本音なのか自分でも分かっていないような状況だ。それに反してこっちは束に対して向けるべき感情を、明らかに決めているかの様子だ。下手すれば、顔を合わせた瞬間に問答無用で跳び蹴りを食らわせそうな勢いである。

 彼女の様子に疑問を感じるオランジュだったが、そんな彼の上着の裾をチョイチョイと誰かが引っ張った。反射的に振り向くと、何故か簪がオランジュの裾を掴んでいた。そして彼が何か言うよりも早く、簪は口を開いた。

 

 

「箒は博士から紅椿を受け取っていない」

 

 

 簪の言葉に、思わずオランジュは目を丸くした。一瞬だけまさかと思ったが、よく考えるとこの箒ならその可能性も無くは無い。それに箒がこうなのだ、束博士の方も何かしら自分の知っている彼女と違う性格をしているのかもしれない。だが、それでも訊かずにはいられなかった…

 

 

「なんで?」

 

「一応、篠ノ之博士は箒に渡そうとしたらしいんだけど、本人がそれを断った。そんなモノをプレゼントしてくれるくらいなら、一度でも良いから自分に会いに来てって…」

 

 

 もっとも、束博士が丹精こめて作った専用機を『そんなモノ』呼ばわりしたことが原因で口論に発展してしまい、姉妹仲は更に悪化したらしい。どうやら、人付き合いの下手さは此方も同じようだ。その点に関しては少しばかり安心できたような、逆に不安要素が減らなかったことにガッカリなような、アニメや小説のように並行世界へと跳ばされた気がしてきたことを思うに多分後者だろうが…

 

 

「ところで、あなたは紅椿が何なのか知ってる?」

 

「まぁ、一応。確か箒さんの専用機だろ?」

 

 

 一番無難な回答を口に出したつもりだったのだが、何故か簪はその赤い瞳でオランジュの顔をジッと見つめ続けた。戸惑うオランジュだったが、彼女は唐突にこう言った。

 

 

「さっきの話、殆ど嘘」

 

「へ?」

 

「あの箒は紅椿を受け取ってない。それどころか、紅椿の名前を出したら真顔で『何それ、美味いの?』って言われた」

 

「なん…」

 

 

 二人の間に舞い降りる沈黙。オランジュは硬直し、簪はそんな彼をジッと見つめ続けた。

 今の簪の発言から察するに、紅椿は箒の手に渡ってないどころか、存在すらしていないらしい。自分を見つめる簪の表情からは嘘の気配を感じられず、どうやら本当のことを言っているようなのだが、そうなると自分はこの世に存在しない筈のモノのことを知っていたことになる。いよいよ自分の居る場所が並行世界の類である可能性が大きくなってきたが、今は忘れよう。

 問題は、こっちには紅椿が存在していないというのなら、どうして目の前の少女はその名前を口にすることが出来たのかということだ。

 

 

「簪嬢、あんたまさか…」

 

「おーい二人とも、こっち見てみろよ!!」

 

 

 簪に何か言おうとしたオランジュだったが、それは先を歩いていた箒によって遮られた。硬直していた二人は声に反応して同時に振り向き、とある部屋を指差す彼女の姿を視界に捉えた。心なしか箒の表情がさっきより上機嫌に見えるが、一体どうしたというのだろうか。

 

 

「何かあったんかい?」

 

「プレート見てみな」

 

「プレート?」

 

 

 そう言われて薄暗い中、目を凝らして天井付近を見てみると、そこには『保安室』の文字が書かれたプレートがあった。その事に気付き、思わずオランジュはヒューっと軽く口笛を吹いて、箒ほどでは無いにしろ、簪共々少しばかり期待に胸を膨らませた。

 現在地すらまともに把握できていない今の自分達にとって、地図などの類は最も必要なものだ。建物の警備員が集まっていたこの場所ならば、幾つか常備していた筈だ。今もまだ残っているか分からないが、他の場所よりかはまだ手に入る可能性はあるだろうし、例え地図が無くても何かしら役に立つ物が残っているかもしれない。

 

 

「こりゃあラッキーだ、早速中に入ろう」

 

「言われなくとも」

 

 

 ドアノブに手をやり、躊躇することなく扉を開いた。中を窺うと相変わらず薄暗かったが、何やら他の部屋より散らかっていることは雰囲気や気配で感じ取ることが出来た。とは言え本当に何となく分かるだけで、具体的にどこに何があるのかはサッパリ分からない。その証拠に、入室して僅か数秒でオランジュが足の脛を何かで強打し、悶絶した。

 

 

「大丈夫」

 

「うおおぉぉ痛ってえええぇぇけど大丈夫。くそ、大体こういう場所は、この辺に……お、あった…」

 

 

 鈍痛に耐えながら暗闇の中、ゴソゴソと周辺を探るオランジュだったが、やがて何かを見つけたようだ。そして彼がそう言うのとほぼ同時に、カチリと何かのスイッチが入るような音が部屋に響く。すると、突如として部屋に僅かながら光が灯った。

 

 

「おぉ、駄目もとでやってみたけど案の定、電源は生きてたか」

 

「でも蛍光灯は…」

 

 

 簪の視線を追って天井を見やると、本来この部屋を光で満たす筈の蛍光灯の電源は無反応だ。ではこの部屋に明かりを灯しているのは何なのかと言うと、壁側に備え付けられた複数の監視用モニターだった。随分と旧式で画像の精度はイマイチで、日頃オランジュが使っているものと比べたら玩具もいい所な代物である。だが、明かりの代わりとして使う分には問題ない。

 

 

「ま、何も無いよりはマシってことで。二人は適当に何か使えそうな物を探してくれ」

 

「あなたは?」

 

「折角だから、これ使って皆を探す」

 

 

 言うや否やオランジュは古びたパイプ椅子を床から起き上がらせ、そのままモニターの前に置いて座り込んだ。そして手馴れた動きでモニターを操作し、次々と画面を切り替えていった。まだ地図が無いのでどの画面がどの場所を映しているのかは分からないが、それでもモニターに表示された映像番号、そしてカメラが映している光景を考慮すれば、ある程度は頭の中に即席の地図を作ることが出来る。ましてや、フォレスト派の裏方組にとって、他の機関や施設の監視カメラを複数ハッキングし、その映像をリアルタイムで盗み見るなんてことは日常茶飯事だ。故にオランジュにとって、一般的な施設が監視カメラを設置しそうな場所くらい既に熟知しており、それを元にしてこの建物の見取り図を思い浮かべるなんてこと、造作も無いことなのだ。

 

 

「どうかしたかい、簪嬢?」

 

「ッ…いや、別に」

 

 

 背中越しに問い掛けられ、ビクリと身体を跳ね上がらせた簪は慌てて視線をオランジュから外し、箒に続くようにして病院の見取り図を探し始めた。

 箒は早々に部屋を漁る事に専念し始めたが、簪はオランジュが何をやっているのかに気付き、その異常性に思わず手を止めて彼の作業をガン見していたのだ。彼女自身もプログラミングに関しては絶対の自信を持っており、もしも『監視カメラを元に地図を作成するプログラムを作れ』と言われたら、出来ないことは無い。だが自分の頭でそれをやれと言われたら話は別だ。少しばかり時間を掛ければ可能かもしれないが、オランジュの様なスピードと正確さでやるのは無理だ。

 

 

「ん?」

 

 

 しかし、彼のその動きは唐突に止まった。まるで、在ってはならない筈の存在を目にしてしまったかのような反応を見せたオランジュは、一度自分の目を擦り、改めてモニターに目をやった。

 

 

「……着ぐるみ…?」

 

 

 モニターの画面に映っていたのは、四体の大きな着ぐるみらしき物体だった。黄色いヒヨコ、橙色の熊、紫のウサギ、そして海賊のような眼帯とフックを付けた狐。この四体が置いてある部屋の壁に花やら青空やらが描かれていることから察するに、ここは小児科の待合室か何かなのかもしれない。それにしては少々デザインが…主に目が逝っちゃっており、非常に不気味で間違ってもこの四体が居る部屋には行きたくない。まぁ、ともかく…

 

 

「焦ったぁ。一瞬だけ、のほほんさんが現れたのかと思った…」

 

 

 なんて安堵の溜め息を吐いた瞬間、ヒヨコの着ぐるみの口がパカッと開いた。そして、そこには…

 

 

 

---カメラをニッコリと見つめる、のほほんさんの顔…

 

 

 

「びゃあああああああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

「うおッ!?」

 

「な、何!?」

 

 

 情けない悲鳴を上げ、オランジュは勢いよく椅子ごと引っ繰り返った。そのせいで作業をしていた箒と簪も彼の突然の叫び声に不意打ちされるような形になり、驚いてその場で飛び上がりそうになった。

 そんな二人のことに構うことなく、オランジュは血相を変えながら即座に立ち上がり、再び画面に食いつくようにして目を向けた。彼の尋常じゃない様子に、箒よりも先に我に返った簪が声を掛ける。

 

 

「ど、どうしたの?」

 

「……居ない…」

 

 

 簪の言葉をモニターを見つめるオランジュはただ一言そう呟き、黙り込んでしまった。疑問に思った簪がそっと画面を覗き込んで見るが、そこに居るのは不気味なヒヨコと熊、そしてウサギの着ぐるみしか映っていなかった。確かに不気味な容姿をしているが、別段悲鳴を上げる程のものよは思えないが…

 

 

「大丈夫?」

 

「あ、あぁ大丈夫。驚かせてすんません、ちょっと居ない筈のモノが居たような気がして……あれ…?」

 

 

 一瞬だけ元に戻ったかのように見えたオランジュだが、途中で何かを思い出したかのように再び血相を変えてモニターに目を向けた。そして『ひとつ、ふたつ、みっつ…』とブツブツと呟き、またもや顔色を悪くしている。簪はオランジュの様子に不安を覚えたが、それでも訊かざるを得なかった。

 

 

「どうしたの?」

 

「……居ない…」

 

「居ない筈のモノなら、居なくて良いんじゃ…」

 

「違う、今度は"居た筈のモノが居ない"んだ…!!」

 

 

 さっきのモニターには、依然として不気味な着ぐるみが映っている。目の逝ってしまった黄色いヒヨコと、橙色の熊と、紫のウサギの合計三体だ。

 

 

―--じゃあ、四体目の狐は何処だ?

 

 

その時、視界の…モニターの隅に一瞬だけ映った黒い影。意識を向けた時には既に消えていたが、オランジュは迷う事無く他のモニターへと切り替えた。すると、切り替えたモニターにも一瞬だけ、何か黒い影が凄まじいスピードで横切る姿が見えた。その後も影の正体を確かめるべく、影の通った後を追うようにして彼は何度も何度もモニターを切り替える。そして、最初から数えて七つ目のモニターに切り替えた時、遂に三人は見てしまった。

 

 

―――狐の着ぐるみが、凄まじいスピードで通路を走り抜ける姿を…

 

 

 二本足でガシャンガシャンと音を出しながら走るその姿は、まさに恐怖以外の何者でも無い。しかも今になって気付いたのだが、あの狐の着ぐるみの胴体には穴が開いており、胴体は空洞になっていることが分かる。そう、空っぽなのだ、何も入っていないのに動いているのだ。そもそも、あのスピードは並の人間が出して良いスピードでは無い。

 

 

「何、アレ…?」

 

「俺が訊きたい。てか、ちょっと待て、今コイツが走ってる場所って…!!」

 

 

 オランジュがそう呟いたのとほぼ同時に、三人の耳にガシャンガシャンという足音の様な騒音が、一定のリズムを刻みながら聴こえてきた。しかも、それはモニターからでは無く部屋の入口から、しかも段々と音が大きくなっている。それはまるで、音の発生源が此方に近付いているようで…

 

 

「閉めろおおおおおぉぉぉ!!」

 

 

 オランジュの言葉に反応した箒が叩き付ける様に扉を閉めるのと、その扉にフック状の鍵爪が突き刺さるのは殆ど同時だった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「オルコット嬢、何か色々と凄まじいことになってるが、無事か?」

 

「えぇ、怪我はありませんわ。気分は最悪ですが…」

 

「うわぁ…セシリア、あんた見た目も酷いことになってるけど、臭いも最悪よ……」

 

 

 バンビーノと鈴が言うように、今のセシリアの姿は散々なものだった。いつもの彼女の様な淑女らしい清潔さは一切消え失せ、全身が赤黒い液体でずぶ濡れ状態で声を聴かければ誰なのか分からないような姿だ。そして何より異常に生臭い。バンビーノと鈴の二人は無意識のうちにセシリアから距離を取ろうとしたぐらいで、それを察した彼女は若干涙目だ。

 因みに、セシリアの異臭の原因を作った張本人はと言うと…

 

 

「まぁ、これで移動出来るから良しとしましょうか」

 

「とは言え、まだ動きそうで怖いな。念のために胴体も吹っ飛ばしとくか?」

 

 

 彼らの視線の先には、上半身を丸ごと失った化物が床に倒れ伏していた。部屋の備品と持ち込んだ小道具で即席の爆弾を作ったバンビーノは、鈴とセシリアに安全な場所へと下がらせ、部屋の入口からデカい頭を覗かせる化物の口の中にそれを放り込んだ。起動してから余裕を持って安全圏に避難出来るよう起爆時間は遅めにしておいたのだが、それがいけなかったのか、それともその事を彼女達に言わなかったのが悪かったのか。バンビーノは物陰に隠れ、爆弾が爆発するのを待った。だが、既に物陰に隠れていた鈴とセシリアは中々爆弾が爆発しないので不発と勘違いし、思わず物陰から身を乗り出してしまったのだ。バンビーノがそれに気付いて声を掛けようとした時には既に手遅れ、爆弾は予定通りに爆発し、化物の身体を派手に吹き飛ばした。その衝撃で化物の体液やら肉片やらも四方八方に飛び散り、物陰から身体を覗かせきってなかった鈴は辛うじて巻き込まれなかったのだが、完全に出てきてしまったセシリアはそのグロい暴風雨をモロに受ける形になってしまった。その結果が今の彼女の姿と臭いな訳だが、改めて気の毒としか言いようが無い。

 

 

「とにかく、もうこんな場所に居座り続ける理由はありませんわ。先を急ぎましょう」

 

「そうね。それに、あの化物が一体だけとは限らないし…」

 

「ちょっと待て二人とも、何か聴こえないか?」

 

「え?」

 

 

 バンビーノにそう言われ、耳を澄ます二人。すると、何処か遠くの方からドッタンバッタンと何かが暴れまわるような音が聴こえてきた。また別の化物が近付いてきているのかと思ってセシリアと鈴は身を固くし、バンビーノは先程作っておいた予備の爆弾を手に取り、化物の亡骸を避けながら慎重に通路の様子を窺った。

 先程は化物に追いかけられたせいで気付かなかったが、現在の自分達が居る部屋はT字路状になっている通路の真ん中だった。周囲にはこの場所以外の部屋がチラホラと存在しており、騒音の発生源はその内の一つのようだ。

 

 

 

『ギャアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!?』

 

 

 

―――よりにっよって音の発生源は、隣の部屋だったが…

 

 

 

 何かの断末魔にも聴こえる悍ましい叫びに驚き、思わず身体を震わせるバンビーノ。自然と爆弾を持つ手に力が込もるが、これでもフォレスト派の現場組の一員、冷静さは決して失わない。再度セシリアと鈴に隠れているように指示を出し、彼はそっと静かに隣の部屋へと近づく。音も無く忍び寄り、ドアに手を伸ばした。

 その瞬間、バンビーノがドアノブを掴むよりも早く、ドアが内側から勢いよく開け放たれた。同時に、部屋の中から彼の顔目掛けて銀色に煌めく刃が飛んできた。咄嗟に首を傾けてそれを躱し、立て続けに飛んできた二本目を空いていた方の手で掴んだ。そして、ナイフを投げてきた張本人を睨み付け、掴んだナイフを投げ返しながら一言。

 

 

「今のオランジュだったら死んでるぞ、アイゼン」

 

「ゴメンよ」

 

 

 投げた時と同等のスピードで投げ返されたそれを難なく掴み取り、バンビーノの呟きに軽くそう返しながら、アイゼンは何事も無かったのように佇んでいた。至って冷静にナイフを仕舞うアイゼンを尻目に、バンビーノは部屋の様子を窺う。すると、部屋の隅で見慣れた金髪と銀髪の少女が二人、物陰から此方の様子を窺っていることに気付いた。彼女たちの視線に戸惑いは感じられるが、敵意は無い事から察するに、こっちも自分達と似たような状況なのかもしれない。

 

 

「ところでバンビーノ、火持ってない?」

 

「火? なんだお前、煙草でも吸うのか?」

 

「違う、アレ」

 

 

 そう言ってアイゼンが指差した方を見ると、バンビーノは言葉を失った。何故ならそこには、長い腕と鍵爪を持った黒い長髪の化物が、異形の四肢を数本のナイフで貫かれ、床に磔にされていたのだから。

 余程アイゼンに痛めつけられたのか、ナイフによる刺し傷や切り傷が身体中に刻み込まれており、よく見れば頭部は執拗に狙われたのか、損傷が激し過ぎて既に原型を留めていなかった。それでも尚、完全には絶命しておらず、耳を澄ますと化物から僅かに呻き声が聴こえる。

 

 

「斬っても刺しても叩いても折っても潰しても中々死なないんだよ、アイツ。取り敢えず身動きとれなくして、その辺に落ちてたアルコールぶっかけたから、今度は燃やしてみようかと思ってね。あ、そう言えばバンビーノ、この前に新しいライター買ったとか言って…」

 

「新品のライターと知ってて貸せと申すか。てか、やっぱり怖ぇよお前…」

 

 

 新品の特注ライターをポケットの奥に仕舞い直し、お手製の爆弾をアイゼンに手渡すバンビーノだった。

 

 

 

 

 




○5夜フレディーズ、動画でしか見たことないけど心臓止まりかけた
○因みに、あの4匹は厳密に言うと着ぐるみではなくてロボットらしい
○当初の予定では『に○んこ大戦争』をネタにする予定だった
○既にお察しかもしれませんが、この簪はオランジュ達が知ってる簪である
○アイゼンは戦闘しながら移動し続けた結果、いつの間にかバンビーノの部屋に隣に…

遅れながら改めまして、今年もよろしくお願いします。


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のほほん・ひる 後編その2

やっと書き終わった…;

因みに次は外伝のIF学園編で書いて、そっから先は暫くなろうの方で新作を書く予定です。


 

 

「さて、これからどうしようか?」

 

「とは言ってもな、最早選択肢が…」

 

 

 割と衝撃的な合流を果たしたバンビーノとアイゼン達。突然の転移、遭遇した複数の化物、未だに合流出来ない仲間達。悩みの種は尽きないが、今の彼らを最も悩ませているのは、他でもない彼女達だった。何とか再会を果たしたセシリア、鈴、シャルロット、ラウラの四人は互いの無事を喜び、その後は雑談を続けていたのだが…

 

 

「あーあ、もうこんな時間…どうしよう、今日の店番すっぽかす羽目になるわ……」

 

「私はとっくに門限が過ぎてますわ。このままでは確実に、お母様だけでは無くお父様にも叱られます…」

 

「むぅ、私は寮生活だから親はともかく、参謀長に懲罰を受けるのは確実…」

 

「ラウラ、こんな時ぐらいミリタリー部の口調やめたら? て言うか、参謀長って教頭先生のこと?」

 

((違和感しか感じねぇ…))

 

 

 もう薄々と感じていたが、ISを知らなかったり、藍越学園在中だったり、全員家族円満だったりと、目の前の4人は自分達が知っている彼女達と瓜二つだが、殆ど別人であった。似ているところや同じところもチラホラと存在しているが、ISのことを微塵も知らない時点で論外だ。

 しかし、だからといって放っておく訳にはいかない。もしも自分達の知っている一夏達と鉢合わせしたらどうなるか不安も感じるが、このまま見捨てて死なれでもしたら目覚めが悪い所の話では無い。

 

 

「まぁ、なるようになるしかないか…」

 

「そうだな。てなわけで、おーい御嬢さん方、そろそろ移ど…」

 

 

 その時、不意にミシリという不吉な音が足元から聞こえてきた。嫌な汗が流れるをの感じながら、そうっと床に目をやると、小さな亀裂が目に入った。その瞬間、小さな亀裂はビキビキと大きな音を立てながら一気に広がり、やがて騒音を撒き散らしながらポッカリと巨大な穴を作り出した。

 突然のことに反応が遅れ、バンビーノ達6人は為す術も無く重力に引っ張られ、穴に吸い込まれるようにして一人残らず落ちて行った。一瞬だけ全員死を連想したが、覚悟をする暇は与えては貰えなかった。

 

 

「痛たぁ!?」

 

「きゃあ!?」

 

「ぐえ!?」

 

 

 途中で誰かが悲鳴を上げたかもしれないが、それが誰なのか確認する暇も無いぐらいに、早々に床に叩き付けられたのである。ギリギリで受け身を取り、ダメージを最小限に抑えたアイゼンが即座に復活し、周囲の様子を窺う。何やら病院とは思えない、随分と広いホールのような場所に落ちたみたいだが、一体ここは何処なのだろうか。そして、そんな場所に落とされた他の面々は無事なのだろうか。

 

 

「大丈夫、皆?」

 

「おおぉぉ痛てて…凄い痛いが、全員生きてる」

 

「もう、踏んだり蹴ったりですわ、今日の私…」

 

 

 背中、もしくは尻から叩き付けられ、変な悲鳴や呻き声を出すくらいに滅茶苦茶痛かったが、落ちてから床に到着するまでの時間と、辛うじて誰も怪我をしてなかったことから考えるに、そんなに高いところから落とされた訳では無さそうだ。

 

 

「それにしても、ここは一体なんだ…?」

 

 

 改めて周囲を見渡すと、本当に何も無い質素な広間だった。しかし目を凝らすと、何やら正面に大きな扉が存在していることに気付いた。今までの病室の扉と違い、無駄に大きく、無駄に装飾され、無駄に威圧感を誇ったその扉は、なんですぐに気付けなかったのか不思議なくらいの存在感を放っていた。

 

 

「なんか、ゲームのボス部屋みたい…」

 

「ちょっと、そんなベタな…」

 

 

―――何て誰かが言ったその時、扉が内側から勢いよく開け放たれた…

 

 

「うおッ!?」

 

「な、何!?」

 

 

 同時に何か黒い影が二つ、中から放り投げられるように飛んできた。影は空中でクルリと回転し、体勢を整えて綺麗に床に着地するや否や、忌々しそうに扉の方を睨み付けた。因みに、扉に思いっきりガンを飛ばしている二つの影…もとい、二人の少年少女は、バンビーノとアイゼンにとって非常に見慣れた二人だった。

 

 

「セイス、それにエム!!」

 

「ん? おう、バンビーノとアイゼンか。二人も無事で良かった」

 

「セヴァス、今は目の前のアイツに集中しろ。でなければ、マジで死ぬ」

 

 

 計らずとも合流出来たことにより、少なからず喜ぶ様子を見せるセイスだったが、それに反してエムの様子には余裕が無かった。良く見ればセイスもエムも少しばかりボロボロになっており、僅かだが疲労の色も見え隠れしている。生身でのエムの実力はバンビーノと同等であり、セイスはそれを軽く上回っている。おまけに二人の信頼関係は組織内でもトップクラスということもあり、二人で連携を取らせた際は凄まじい戦闘能力を発揮する。にも関わらず、今の二人は苦戦しているように見受けられるのだが…

 

 

「……お前ら、何と戦ってるんだ…?」

 

 

 バンビーノの問いに、セイスとエムは一度だけ互いに目を合わせ、扉の方に視線を戻し、指でさしながら一言だけ。

 

 

「「大魔王」」

 

 

 それと同時に、扉の奥から何かが悠々と歩み出てきた。身長と体格は大の大人と殆ど変らないが、そこから放ってくる雰囲気は只者では無かった。更に見た目と言うか、身に纏っているものも普通では無く、ごつくて禍々しい西洋甲冑と漆黒のマント、極め付きに頭上には鬼のような角と言う、中二病感溢れる別の意味で凄まじい格好だった。

 この時点で既に言葉を失ったバンビーノとアイゼンだったが、扉から出てきた人物の顔を見て更に呆然とする羽目になった。何故なら、セイス達の言葉通り、露骨なまでにコッテコテの魔王の格好をした人物の顔が…

 

 

「良く来たな勇者たちよ、我が名は大魔王『サウザント・ウィンター』、この魔王城の主なり」

 

 

―――どっからどう見ても、織斑千冬にしか見えなかった…

 

 

「小賢しい塵芥共、さしずめ我が財宝目当てのこそ泥と言ったところか。ならば是非も無し、我が力の前に平伏し、無限の彼方へと消え去るが良い。この雑種共」

 

「その顔で喋るな、紛い物が!! さっきから別の理由で殺意が留まることを知らないんだよッ!!」

 

「あれは、流石に無い…」

 

「しかも無駄に強いんだよ、あのなんちゃってブリュンヒルデ…」

 

「なんかもう、いっそエムが不憫だ」

 

 

 常日頃から殺したいと思っている人間と同じ顔で、あんな格好しながら世迷い事を吐かれると調子も気も狂うどころの話では無く、今のマドカの心境は最早、言葉では形容できない混沌としたものに化していた。強いて言うなら自分だけでなく、因縁ある相手も同時に、これ以上ない最悪の形で侮辱されたような気分なのかもしれない。

 言葉から察するに、例によって織斑千冬本人とは別人なのだろうが、それだけで済めばどれほど良かったことか。なまじ戦闘力が高く、セイスと二人掛かりでも手こずっており、いい加減に黙らせたくても上手くいかないのが現状だった。

 

 

「そこまでだ、サウザント・ウィンター!!」

 

「これ以上、お前の好きにはさせない!!」

 

 

 そして、そんな状況に追い打ちを掛ける様にして新たな乱入者が二人、バンビーノ達が落ちて来た天井から舞い降りてきた。声からして男と女が一人ずつ、年もセイス達と同じくらいのようだ。しかし、その見た目は千冬魔王と大差が無い程にぶっ飛んでいた。

 男の方は白い鎧で身を包んでおり、首には同じく白いマフラーを身に着けていた。全体的にどことなく某マスクライダーを連想させる格好だが、一切隠していない、うんざりする程に見慣れた黒髪少年の顔が全てを台無しにしていた。別にブサイクでは無いし、むしろイケメンに分類される容姿だが、今のセイス達にとってはもう本当にいい加減にして欲しい展開であることは確かだ。

 

 

「姉さんだけでなく、お前までそんな格好で何をしてるんだ、織斑一夏ッ!!」

 

「俺は織斑一夏などでは無い。愛と正義の守護戦士、『白騎士(ホワイトナイト)・ワンサマー』だ!!」

 

「黙れェ!! どいつもコイツも、私をバカにしているのかああああぁぁぁ!!」

 

 

―――マドカ、怨敵の乱心により、既に涙目である…

 

 

「そして楯無、お前もか…」

 

「わ、私は更識楯無なんて名前のIS学園生徒会長では無いわ。今の私はワンサマーの相棒、『謎の淑女(ミステリアスレディ)・ノットシールド』よ!!」

 

 

 因みに今更だが、もう一人の方は楯無だった。彼女の今の格好はぶっちゃけ、セ○ラーマ○キュリーのコスチュームをそのまま着ているようにしか見えない。しかし、ノリノリの一夏と違い、こっちは微妙に恥ずかしそうにしている。ていうか、ちょっと待て…

 

 

「微妙に恥ずかしがってる上に今の発言、お前まさか俺達の知ってる方の楯無か?」

 

「え、もしかして本物のセイス君?って違う違う、今の私はノットシールド…!!」

 

「いやいや、もう手遅れだから色々と…」

 

「おーいセイスにアイゼン、そしてバンビーノおおおぉぉ!!」

 

 

 今度は何だと思い天井を見上げると、防災用に設置されていたのであろう消火ホースをロープ代わりにして、オランジュがスルスルと降りてくるところだった。そして、彼に続くようにして簪と箒も降りて…否、何故か飛び降りて来る。思わずセイスはギョッとしたが、簪は楯無が、箒は一夏が御姫様だっこで受け止めたので、無用な心配だった。おまけに、一夏に受け止められた箒は超嬉しそうで、楯無に受け止められた簪は微妙な反応をしていたので、狙ってやったようだ。

 こんな時にまでよくやる…なんて心中で呆れつつも取り敢えず今は、合流出来たアイゼンとバンビーノ、そして自分の隣に降り立ったオランジュの無事を素直に喜んでおくことにしよう。

 

 

「よう相棒、良く生きてたな」

 

「ぶっちゃけ死ぬかと思ったが、あの二人に助けて貰った」

 

 

 狐の着ぐるみに襲われたオランジュ達。何とか保安室に立て籠もって凌ごうと試みたが、遂にはドアが破壊され相手の侵入を許してしまい、最早これまでと覚悟を決めたその時、あの二人は現れた。

 通路の反対側から颯爽と駆けつけてきた二人は、荒ぶる狐にダブルライダーキックを華麗に叩き込み、テレビのヒーローさながらに三人を絶体絶命の窮地から救いだした。オランジュとしては色々とツッコミどころ満載な二人の状態に物申したいところだったが、こっちでもワンサマーラブな箒と、同じく一夏が好きでヒーローも好きな簪は目をキラキラさせ、それどころでは無かった。箒だけでなく妹にもあんまり反応されなかった楯無が若干凹んでたが、まぁ置いておくとしよう。

 箒は即座にワンサマーを一夏と断定したが、それを本人に指摘するのは簪によって阻止された。彼女曰く、それこそがお約束だとか。オランジュとしても下手な発言をすれば自分も地雷を踏み抜く可能性があるので、敢えて最低限の自己紹介のみを済ませ、後はひたすら沈黙を貫いた。そして、そのまま成り行きで行動を共にしていたのだが、通路にポッカリと開いた穴を見つけて飛び込み、今に至る。

 

 

「で、あの年甲斐も無くコッテコテの衣装着たブリュンヒルデは何だ?」

 

「知らん、だが…」

 

 

 視線をマドカの方に向けるセイス達…

 

 

「あれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないあれは姉さんじゃないって分かっているのに本気で苛つくっていうか中身が別人だからこそ殺したくて仕方ないいいいぃぃぃぃぃッ!!?」

 

「どうした、そこの少女。悩みがあるなら聞くぞ?」

 

「お前もだ織斑一夏ああああああぁぁぁぁ!!」

 

「……これ以上放置するのは、マドカの精神衛生上、あまりよろしく無い…」

 

「うん、確かに…」

 

 

 いつもの冷静で冷淡なマシンガールの仮面がボロボロに崩れ、殆ど素の状態になっているマドカ。隠し通せていると思っているのは本人だけでセイスやオランジュ達にとっては今更過ぎるが、ここまで取り乱す姿を見ていると流石に可哀相になってきた。

 

 

「まぁ、素手の俺とマドカの二人掛かりで互角だったから、そこにアイゼンとバンビーノ、ついでに楯無が加われば楽勝だろう。さっさと終わらせて、帰るとしようぜ」

 

「そうだな。じゃあ、俺は邪魔にならないように後ろの方…で……」

 

 

 セイス達フォレスト派の現場組に加え、狂った狐をブッ飛ばした一夏改めワンサマーと楯無も参戦するとなれば、裏方組の自分は足手まといにしかならない。そう思い、オランジュは回れ右して壁際に下がろうとしたのだが、その足が止まる。彼の視線の先、マドカ達のやり取りを見守っていたセシリアや簪達の遥か向こう側に、黄色い着ぐるみが、先程の保安室で見かけたヒヨコの着ぐるみが…

 

 

―――ヒヨコの着ぐるみ装着したのほほんさんが、スパナ片手にヒタヒタとこっちに歩み寄ってきていたのだから…

 

 

 突然硬直したオランジュを不思議に思った他の面々が彼の視線を追いかけ、それと同時に全員が彼と同じような反応を見せた。誰も彼もがのほほんさんに混乱と戸惑いの視線を向けたが、彼女はそんなことに一切構う事無く、いつものニコニコ笑顔のまま、歩み続けた。そして凍りつき沈黙した空気の中、大魔王の目の前で立ち止まった彼女は…

 

 

「なんだ小娘、この私に盾突くつもッ…」

 

 

―――スパナを持った右手を大きく横に振りかぶり…

 

 

「がふゃばッ!?」

 

 

―――フルスイングで、ブリュンヒルデの側頭部に勢いよく叩き込んだ…

 

 

「「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?」」

 

 

 振り下ろされたスパナはゴキィ!!っと明らかにヤバい音を響かせ、魔王サウザンドウィンターを壁際にまで吹き飛ばした。彼女の奇行に慣れていた筈のセイスとオランジュは勿論のこと、実質初体験になるアイゼンとバンビーノは唖然としていた。マドカも口をあんぐりと開けて呆然とし、のほほんさんと直接的な関係がある簪と楯無に至っては完全に思考が停止している。他の面々も似たり寄ったりの反応を見せたが、誰もその場で我に返る事は出来なかった。

 何故なら魔王がブッ飛ばされた際に頭をぶつけた壁を発生源にして、一瞬で部屋中に亀裂が走り、そのまま反応する暇も無く、またしても部屋が崩壊した。しかも今度は床だけでなく天井も壁も全て崩れ、何もかもが消えていく。上も向いても、下を向いても、横を向いても何も無い。自分達が居た筈の廃病院を構成していたものが次々と崩れていき、全て消滅していく。やがて最後に残ったのは、どこまでも続く真っ白な空間と…

 

 

「ごめんね、ちょっとやり過ぎちゃった」

 

 

 少し申し訳なさそうにする、のほほんさんのそんな声だった…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ちょっと待てええええええぇぇぇ!!」

 

「ひゃあ!?」

 

 

 ベッドから勢いよく起き上ったマドカが最初に耳にしたのは、自分と同年代の少女が上げた短い悲鳴と、彼女が引っくり返って床に頭をぶつける音だった。マドカは未だに混乱する頭を強引に落ち着かせ、取り敢えず周囲の様子を窺ってみる。部屋は普通に蛍光灯で明るく照らされており、自分が腰を降ろしているベッドの周りには怪しげな機材が所狭しと置かれているが、ここは病院では無いことは確かである。

 

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 

 転んだ拍子にぶつけた頭をさすりながら、自分に話かけてきた少女…クロエ・クロニクルの姿を見て、マドカはやっと全部思い出した。

 まず、自分は既に篠ノ之博士の元に身柄を預けられている。専用機が完成するまでは行動を共にするよう言われているが、それまで思いのほかやることが無く、実に退屈な日々が続いた。そんな彼女の様子を見かねた篠ノ之博士はクロエを巻き込み、とある提案をする。

 

―――くーちゃんの『ワールド・パージ』で、面白い夢を見てみない?

 

 正直言って最初はあまり乗り気では無かったが、他にやることも思いつかず、結局はその提案に乗ったマドカ。何より、『無意識の中に埋もれた願望をベースにする内容』という、自分でも二人の言葉にも惹かれた。自分で気付いていない、ある意味での自分自身の気持ちを再認識してみたいと思った面もあるかもしれない。まぁ尤も、その結果はと言うと…

 

 

「大丈夫のようですね、一応は。しかし焦りました、まさかマドカ様に『ワールド・パージ(娯楽仕様)』を実行中に、それも束様のラボの中で外部から干渉を受けるとは、完全に想定外です。この場所にハッキングをしてくるなんて、相手は一体何者なのでしょうか…」

 

 

 取り敢えず、今の夢の内容はノーカンで良さそうで、それだけ分かれば充分だった。まだクロエが何か言っているが、その言葉を右から左へと全て聞き流し、マドカはヨロヨロと立ち上がる。そして力の無い足取りで、部屋の出口へと真っ直ぐに向かう。独りでブツブツと呟きながら考えを纏めていたクロエは、マドカがドアノブにを伸ばしたところでようやく気付き、声を掛けた。

 

 

「何処に行かれるんですか?」

 

 

 その問いに対し、マドカはクロエの方へと向き直って、非常にくたびれた表情を浮かべながら一言だけ、こう返した。

 

 

「……二度寝してくる…」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「う~ん…一夏、格好良い、よ……」

 

 

 ところ変わって、ここは深夜のIS学園。その寮室の一つである簪と本音の部屋、そしてその部屋の中にあるベッドで幸せそうな寝顔を浮かべる簪。そんな彼女の様子を、反対側のベッドに半透明な黒い髪の少年と腰掛けながら見つめる癒し系少女は、非常に満足げである。

 

 

「よ~し、今度は大丈夫。いやぁ、さっきは本当にどうなるかと思ったよー」

 

「今度は大丈夫?」

 

「うん、ばっちりなのでーす。今度こそかんちゃんは、夢の中でおりむーのヒロインやってるよー」

 

「色々な人の夢を混ぜてみようって言うのは、中々に面白そうで実際に面白かったけど、まさか一人だけ特殊なのが混ざってたのは流石に予想外だったからね…」

 

「なんかこの前の学園襲撃事件の時の人と関係があるみたいだよ? かんちゃんが言うには確か、人の夢とか意識に干渉する技術があるとかなんとか。まぁ、私やあすちー程じゃないみたいだけどねー」

 

「お蔭で皆の夢がその人の意識や力に引っ張られて、変な副作用を起こした結果があの滅茶苦茶な夢か。誰か寝る前にホラー映画でも見たのかな?」

 

「本当は前回の事件の時に一人だけ夢見れなかったかんちゃんに、おりむーとキャッキャウフフな夢を見せるつもりだったんだけど…」

 

 

 そこで言葉を区切り、簪の寝顔に視線を戻す二人。今頃、先程の廃病院での内容を再構成した夢の中で、無意識の内に形成していた理想像を元にして生まれたヒーローワンサマーと共に戯れているであろう簪。御詫びも兼ねて、本当は全く別の内容の夢を見せ直すつもりだったのだが、先程の夢に影響されてしまったのか、彼女自身の意識が先程の『ホワイトナイト・ワンサマー』との再会を心から望んでいた。なので、取り敢えずさっきの廃病院の夢をリメイクして見せているのだが…

 

 

「まぁ本人が喜んでいるなら、それで良いか」

 

「だね♪」

 

 

 その後、霊能少女と幽霊少年によるレイトショーは翌朝まで続いた…

 

 




○今回の話を元も子もない言い方で表現するならば、『盛大な夢オチ』

○夢があんなになった原因達(↓)
ア「最近、サイ○ブレイクにハマってました」
バ「寝る前に青鬼で遊んでました」
オ「動画サイトで五夜フレディーズ見て叫びました」
セ「何があってもマドカの隣に」
マ「セヴァスと一緒に打倒姉さん」
簪「二つの憧れが融合」
楯「一夏君、生徒会だけじゃなくて裏稼業も手伝ってくれないかしら…」

○楯無の衣装は簪の意識に引っ張られたワンサマーの格好に引っ張られた
○暫くセーラー服恐怖症になった
○起床後、セイス達はゲーム機とパソコンを躊躇せずブレイク
○うっかり仕事用の機材もブレイクして財布の中身がワールドパージ


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それぞれの準備期間

大変長らくお待たせしました、一年と一か月ぶりの本編で御座います。
正直言って久しぶり過ぎて絶不調な気がします、変なとこあったら容赦なく指摘お願いします…;


「また暇になったな…」

「そうだな…」

 

 前回の襲撃事件から暫く、IS学園ではこれと言った騒ぎは起きておらず、概ね平和だった。精々、いつもの一夏とラヴァーズによる色ボケ騒動が繰り広げられ、その集団に改めて楯無が加わったぐらいしか特筆することが無く、セイス達が本腰入れて動かざるを得ないような事態が発生する事は無かった。唯一懸念されていた同業者達も、束博士との交渉の為にフォレストが来日した際、彼に随伴してきたティーガーが潜伏先に殴り込みを仕掛け、片手間で壊滅させてきたので当分は心配する必要は無さそうだ。学園の機密回収も前回の事件の際に行ってしまったので、当分は不要の筈である。

 しかし、そうなるとセイス達に残された仕事は一夏の監視だけになる訳だが、既に彼らはこの作業に飽き始めていた。潜入当初は監視に加え隠し部屋の整備、機材の設置、情報収集などやることが山積みだったので退屈なんて言ってる暇は無かったが、殆どの仕事環境が整ってしまい、一夏達の行動パターンを大体予想出来るようになってしまった今は違う。一夏が外出するか、命の危機にでも陥らない限り、モニター越しに彼を見つめる以外にやることが無く、日常に全く新鮮味を感じられないのだ。

 

「平和なのは構わないんだが、こうもやることが無いと、それはそれで退屈極まりねぇよな」

「いっそ、また楯無おちょくりに行くか?」

「昨夜に行ったばかりじゃないか」

 

 前回の襲撃事件の際、一夏に助けられたことが決定打になったようで、ついに楯無も彼にホの字になったことが分かった。当初は水着エプロンやら裸ワイシャツやら痴女と呼ばれても否定できない格好で接していた癖に、今ではちょっと一夏と触れ合うだけで赤面したり、ワンサマ・ラヴァーズ特有の嫉妬攻撃も見られようになったりと、思わず彼女が本物なのか疑ってしまう位の変わりようである。現に今もモニターに映る彼女は、屋上でセシリアと和やかなランチタイムを過ごす一夏を目撃してしまい、何とも悲しげな表情を浮かべてその場から逃げるように去って行った。

 因みに彼女のファンクラブ『シールドノッ党』の古参メンバーが彼女の豹変ぶりを機に脱退したり、逆に新規の党員が一気に増えたりと一時期荒れた。しかもその時、何故かファンクラブの連中からセイスに対し、『どうして彼女を止めなかったんだ!?』と言った感じの割と理不尽な苦情が多数寄せられた。心の底から知らんがなと思ったが少しムカついたので、昨晩に八つ当たりを兼ねて楯無の寝室に忍び込み、涎垂らして『一夏君…』と寝言呟きながら眠る楯無の顔に出来立てホカホカの赤飯をスパーキングしてきた。

 

「じゃあ折角だし、更正…もとい成功したと言うセシリアの手料理を少しちょろまかしに…」

「今お前らが食ってるものは何だ?」

 

 言われて全員が手元に目を向ければ、そこにあるのは亡国機業技術部特製の長期保存専門ランチボックス『シンクウ改ニ』に入れられた、程よい酸味とコクが癖になるトマトスープ。俄かには信じられないがこのトマトスープ、IS学園全生徒公認のメシマズ女王ことセシリアが作ったものなのだ。どうやら彼女の専属メイド、チェルシーがついに彼女に味見を覚えさせたようで、色合い重視やら余計なアレンジやらの今までと違い、キチンとレシピ通りに作られたソレは、これまで彼女が生産してきた生ゴミが嘘の様に普通に美味しかった。

 シャルロットの監視の下、共有キッチンでセシリアがスープを作るところをモニター越しに最初から最後まで見ていたのだが、やはり今までの前科があるので彼女が料理を成功させたことがすぐには信じられず、思わず検証と称して鍋に残っていたものを少しばかり頂戴してきてしまった。そして持ってきてから容器を開封し、香りに異臭が無い事と、モニターに映る一夏がセシリアに渡されたそれを口に入れ、美味しいと言ったのを確認した後、正式に4人の昼食となった。不味かったらファンクラブの連中に押し付ける気満々だったが、その必要は無さそうである。

 

「しかしセシリアが料理を成功させた途端、その事が校内放送にまで流れたのは吹いた」

「まぁ俺たち以上に『接死ぃクッキング』の威力を身をもって知る機会が多かったろうし、その分衝撃的だったんだろう。全盛期のアイツの料理、マドカでさえ本能的に避けてたし」

 

 余談だが、全盛期のセシリアの料理は、一口で代表候補性を授業欠席に追いやる威力を誇る。それを見届けて以来、彼らはセシリアの料理を『接死ぃクッキング』と呼んでいた。込められた意味は、字面で察するべし。

 

「そう言えば、そのエムは?」

「相変わらずだ、今後も当分は来れないってさ」

 

 いつもならこの辺で、もしくは既に傍迷惑なちょっかいをセイスに仕掛けるマドカも、今は新しい愛機を束博士に作って貰う為、彼女のラボに連れてかれたので不在である。メールや電話のやり取りは毎日の様に欠かさず行っているが、やはり遊びに来るのは無理そうだ。

 

「となると、後は例の運動会に対する準備くらいしかやることが無ぇ訳だが…」

 

 学園祭以来になる織斑一夏争奪戦、一学年限定IS学園大運動会。一夏と同棲する権利を賞品とし、発案者である楯無を始めに一部の女子達の私情が多分に含まれた今回のイベントは、例によって開催目的も大会内容も普通では無い。事前に回収したプログラムに目を通すと流石はIS学園、下手をすれば怪我人どころか死人が出かねない程に楽しそう…もとい物騒な中身であり、思わず組織の方にプログラム内容をそっくりそのまま送ってしまった。最近は送ったソレがどこぞの愉快な大人達の目に留まり、真似して似たようなイベントを組織でも開催するのではと期待…じゃなくて不安でしかたない。そして今日もセイスやアイゼン、バンビーノ達現場組はフォレスト一派主催の亡国機業大運動会の実現を夢に見ながら、眠れない夜を過ごすのである。

 それはさて置き、IS学園大運動会である。仮とは言え天災博士を此方の陣営に引き込むことに成功し、付近の同業者は半ば壊滅状態、しかも今回の一夏は裏方だから楯無が隣に付きっきりだろうし、いつもと比べたら不安要素は非常に少ない。ぶっちゃけ、今回は態々イベントに潜り込んだりせず、護衛も警備も全部学園側に任せても問題無いだろう。だが運動会という事は、彼女達は盛大に身体を動かすという事だ。身体を動かすという事は、服装は動きやすいものに変えるという事だ。動きやすい服装という事は、必然と布地は薄くて軽い物に変わると言うことだ。全体的に美形とスタイル抜群な少女が揃う、IS学園生徒達が軽装で、汗を滴らせながら派手に身体を動かす。そこまで理解して、このバカ共と金欠が大人しくする筈が無かった。己の欲望と財布の中身を満たすべく、織斑一夏の監視及び護衛の徹底化という大義名分の元、彼らはこの大運動会に潜入することを即座に決断した。そして大会当日に向け、専用機持ち達に負けず劣らずの気合の入れようを見せた彼らは準備を入念に行っていた。

 

「ステルススーツ」

「オーケー」

「カメラ」

「バッチコイ」

「体力」

「有り余ってるぜー」

「はい完了」

 

 お蔭で、40秒も掛けずに支度が整ってしまった。再びやる事が無くなってしまった4人は、同時に深い溜め息を吐いて、ふて寝するかの如くその場に大の字に倒れた。もういっそ本当に昼寝でもしてしまおうかとオランジュが思った時、自分の肩を誰かがツンツンと突っついてきた。横に顔を向けると、何やら神妙な表情を浮かべるセイスが居た。

 

「なぁ、やっぱり今回の盗撮はやめねぇか?……後が怖い…」

 

 この言葉だけでは、大抵の者なら首をかしげるだけに留まるが、オランジュにはセイスが何を言いたいのか瞬時に理解した。生身でISと戦うようなセイスでさえビビる存在、言わずもがな学園の裏番長こと布仏本音である。未だに例の怪奇能力と東明日斗の存在を楯無はおろか、彼女の姉である布仏虚でさえ知らず、当然ながら学園の生徒達も全く知らない。だが一方のセイス達はと言うと、この半年間で嫌と言う程に被害に遭っていた。彼女達の戯れに巻き込まれたり、おいたが過ぎて怒りを買ったり、簪嬢にちょっかい出そうとしたら物理的に潰されそうになったりと、数え出したらキリがない。因みに現在は、大半は自業自得な面もあるし、能力と明日斗の存在が周囲に広まることを避けたいのか、こちらのことを知っているにも関わらず楯無に報告しないため、現在は下手に刺激して本格的な怒りを買わないように静観を決め込んでいる。

 

「そこはホラ、長年の経験でアウトな写真とセーフな写真を分別して撮れば平気だろ。今までも祟りがあった奴と無い奴あったし…」

「長年ってお前な、俺この生活一年も続けてねぇから…」

 

 とは言え確かにこの長いような短いような期間で、セイスが盗撮した写真の枚数は相当なものなのだが、その中でホラーコンビの鉄槌が下った件はそこまで多くない。逆にオランジュとバンビーノが盗撮すると、何故か八割もの確率で天罰が下っていた。もしかしたら周囲の目があって動くタイミングを逃したとか、そもそもあの摩訶不思議な力は無制限にバンバン使えるようなものでは無いのかもしれないが、この差に二人は納得していないようだ。セイスとしては、あの二人が煩悩丸出しで生徒達の際どい瞬間やらエロい姿ばかり狙っているからじゃないのかと思っていたりする。まぁ尤も、自分達には満たしたい物が色欲か金欲かの違いしか無く、やってることは盗撮に変わりないのだが…

 

「しょうがねぇな、だったら特別にコレ見せてやる」

「あん?」

 

 そう言ってオランジュが取り出したのは、一枚のハガキ。怪訝な表情を浮かべて受け取り、そこに書かれていた文字に目を通した途端、セイスは驚愕と衝撃で固まった。やがて、ぎこちない動きでオランジュに顔を向けて一言だけ問う。

 

「……マジで…?」

「マジで。お供え物のお菓子と一緒に送ったら、返ってきた」

 

 そのハガキに書かれていたのは、二種類の筆跡。一つは当の昔から見慣れた、阿呆の癖に綺麗な字で書かれた長い文章。懇切丁寧な前書きと挨拶から始まったそれは、要約すると『今度の大運動会の光景を写真に収めたいんですけど、ちょっとばかし目を瞑ってもらいませんか』と、元も子もない言い方をするならば『盗撮したいんで見逃して下さい』と言う内容だった。

 誰に送っても通報待ったなしの内容を、この阿呆は一番送ってはならない者に送った訳である。そして、これまた律儀に返事が返ってきたと言う。綺麗で長い長文の書かれたハガキの隅、僅かに空いていた空白に明らかに違う、ほんわかとした筆跡でこう書かれていた。

 

 

 

 

 

『卒業アルバムに載せれる程度なら良いよー』

 

 

 

 

 

 

 

―――イタリア某所

 

 

「ふぅん…まぁ、そっちの言いたいことは分かったヨ」

 

 その一角に佇むカフェテリアに、一際目立つスーツ姿の二人の男女がテーブルで向かい合っていた。一人は、燃えるような紅い髪、絶世の美女と呼んでも過言ではない整った容姿。それだけでも充分に人の目を集めたが、加えて彼女は右目に眼帯を着けており、本来なら右腕が通っていたであろう片袖は空っぽであった。この片目隻腕、喋り方に癖のある紅髪の彼女こそが二代目ブリュンヒルデ、『 アリーシャ・ジョセスターフ』。織斑千冬が現役を退いた今、世界最強の称号は彼女の手にある。

 

「まぁ確かに現状、私の望みが叶う可能性はゼロに等しいヨ。きっと、アンタらの言う通りにするのが一番なんだろうサ。手土産も色々と貰ったし、ぶっちゃけアンタのこと、そこまで嫌いじゃないし。あ、砂糖はそっち」

「それはどうも、二代目ブリュンヒルデにそう言って貰えるとは光栄だ」

「だけど、ちょっと気に食わないことがあるんだよネー」

 

 瞬間、場の空気が変わる。まるで空気が凍りついたかのような錯覚を覚えさせる程に濃密な、冷たい怒気がアリーシャから発せられたのだ。そんな彼女と一対一で向かい合って尚、欠片も緊張した様子を見せない、彼女の目の前に座る初老の男。彼はアリーシャの不満が込められた視線と言葉を、何でもないことのように受け止めながら、自分の珈琲カップに手を伸ばし、砂糖をどばどば入れ始めた。因みに彼はイギリス人だが紅茶よりも珈琲が好きで、砂糖の量はイタリア流がお気に入りだ。

 彼のその様子に溜め息を溢しながらも微笑みと怒気はそのまま、アリーシャも自身のカップに手を伸ばし、口を付けた。お気に入りの店の、お気に入りの珈琲の味は、やはり良いものだった。目の前のこの男、フォレストが居なければ、もっと良かった。けれど話し合いに応じたのも、話し合いの場所にこの店を選んだのも自分だ。そしてカップを戻し、再び口を開く。

 

「さっきこう言ったよネ、『自分に付いてくれば、君の望みは叶う』って」

「言ったよ、そして事実さ」

 

 アリーシャの望み、それは幻と消えた織斑千冬との決着。無粋な横槍により台無しにされ、ブリュンヒルデの引退により、やり直しの機会が永遠に失われた第二回モンドグロッソ決勝戦を、目の前に座るこの男は幾つかの条件を対価に、実現させてみせると豪語したのだ。よりによって、その横槍を入れた本人が、だ。

 

「確かに、私と織斑千冬の戦いを邪魔できた君達なら、その逆をするなんて造作もないことなんだろうネ。だけどサ…」

 

 仮初めとは言え、世界の頂点という立場に居れば、自然と耳に入る物事は増える。第二回モンドグロッソで起きた事件の顛末も元凶も、既にアリーシャは知っていた。それだけでも充分に彼ら亡国機業のことがに気に食わないのだが、彼女の琴線に最も触れたのは先程の、彼のアリーシャに対する誘い方にあった。

 

「『君のISを持参して組織入りしてくれるのなら、望みを叶えてあげよう』ってのは、幾らなんでも私を馬鹿にし過ぎじゃない?」

 

 自分の手に入れた最強の称号を、未だに認めない輩が少ない事を知っているし、アリーシャ自身この金メッキにも等しい肩書に価値を感じていない。だからと言って、己の実力にプライドが無いのかと問われれば決してそんなことは無い。むしろ自分の実力に対して絶対の自信と誇りがあるし、目の前で薄ら笑いを浮かべながら、遠回しに『欲しいのはISであって、お前はオマケ』と言われては、流石に面白くない。

 

「どうして欲しい?」

「態度を改めるか、私と対等に接するに相応しいことを証明して欲しいかナ?」

 

 実のところ、言う程アリーシャは怒っていない。先述の通り、自身の実力と手に入れた世界最強の称号に対して妬み嫉み、誹謗中傷なんて日常茶飯事だ、今更本気にするようなことでもないのである。しかしながら、その原因を作った亡国機業の人間に言われると少々カチンとくるものがある。まぁ自分の望みを叶える為には彼らの協力が必要不可欠だし、フォレストと言う人間個人に対してはあまり悪い印象は無い。だが、こいつがそこら辺の頭空っぽの女尊男卑の連中が男ってだけで相手を見下すように、自分がIS乗りと言うだけで憎しみと妬みに駆られ、自身の実力を全く考慮せずに先程の言葉を吐いたのなら、考えを改めなければならないだろう。少なくとも、女尊男卑団体のように差別と偏見を原動力に活動する組織などに肩入れして、全てにおいて上手くいくとは到底思えない。

 故にこれは、ある意味フォレストを試したもの。彼が自分の要求に対し、どう言った反応を見せるかによって、自分はこの先の道を選ぶ。ふざけるなと激昂するのか、素直に謝罪するのか、それとも自分が納得するだけの実力を示すのか。個人的には期待を込めて、最後の選択肢であって欲しい。

 

「さてさて、誰を差し向けてくるつもりダイ? ドイツ軍の負の遺産である虎(ティーガー)かナ、それともロシア空軍最大の汚点にして伝説の犬鷲(ベールクト)?」

 

 聞いた話によればこのフォレストと言う男、彼自身には大した戦闘能力は無いものの、各国の政府や諜報機関が最大の警戒心を抱くような化物を多く従えているらしい。ドイツ軍が産み出した遺伝子強化素体の、それも男の生き残り。アメリカの研究所から逃げ出した、不死身の生体兵器。結果的に更識楯無に国家代表の椅子を作った、ロシア空軍禁断のエースパイロット…数え上げたらキリがなく、実に興味深い連中だ。それに彼らの実力に触れれば、この男の程度も分かると言うものだろう。尤も、どんな形であれ純粋に戦ってみたい気持ちが強い事も否定できないが……特にロシア国家代表を墜としたと言われる犬鷲の実力は、IS乗りとして確かめずにはいられない…

 そんなアリーシャの気持ちを表情で察したのか、フォレストは少しだけ困ったように苦笑いを浮かべた。そしてカップに残った中身を一気に飲み干し、カチャンと音を立てながらテーブルに戻して、短く一言だけ告げた。

 

 

「君程度に彼らを使う訳ないじゃないか」

 

 

―――直後、アリーシャの身体から力が抜き取られた…

 

 

(あ、レ…?)

 

 なんの前触れも無く襲ってきた倦怠感、いや睡魔にアリーシャは必死に抵抗するも身体は全くいう事を聞かず、彼女はテーブルに突っ伏すように倒れた。この異常事態にアリーシャは薬を盛られたことを悟るが、同時にそれは有り得ないと思う自分が居り、ただひたすら動揺し、声も出せずに混乱する他無かった。

 

「僕と話をすることに決めた君は、会合の場所にこの店を選んだ。しかも下手な小細工をされないように、この店に来てから僕に連絡を入れ、呼び出した」

 

 そんな彼女を尻目に、先程の笑顔を浮かべたまま、フォレストはコートのポケットから財布を取り出しながら、まるで悪戯が成功した子供の様に、楽しげに言葉を紡ぐ。

 

「この店は君が先月に目を付けた、お気に入りにして秘密の場所だ。常連客として店主と顔見知りで、小煩い政府の人間達にも知られてない、君にとっては数少ない憩いの場。こう言った内緒話をするには、うってつけだったろう?」

 

 あまり中身の入っていない財布から、自分とアリーシャ二人分の金額を取り出し、再び財布をポケットにしまう。その間も彼は語り続ける…

 

 

「週三日ペースで通ってる辺り、随分とこの店を気に入ってくれたみたいだね。嬉しいよ、この店を君に用意した甲斐があったというものだ」

 

 

 その言葉を聞いた瞬間、アリーシャは驚愕に目を見開いた。そして同時に思い知る、何も考えずに相手の事を見くびっていたのは自分の方だったということを…

 

「あ、因みに店主は無関係だよ。彼は僕から資金と、店を繁盛させる為のアドバイスを受け取っただけさ。彼もまさか、そのアドバイスに従った結果、二代目ブリュンヒルデを常連客に迎えられるとは思わなかったろうし、昨晩の内に一個だけ紛れ込んだ毒付きカップを見事に引き当て、君に出してしまうとは夢にも思わなかったろうね」

 

 最後に付け加えられた『ついでに毒って言ったけど、それ睡眠薬(セイス用)だから安心してね』という言葉は、もうアリーシャの耳には入っていなかった。身体は動かず、声も出せず、段々と遠のく意識。けれど、もしも身体に自由が戻ったのならば、アリーシャは声を大にして笑い声を上げそうだった。そもそも前提が間違っていた、化物を従える男が普通である訳無かったのだ。今はこの男の実力を見誤ったことを心の中でひたすら後悔しているが、同時に歓喜している。何故なら…

 

「理解できたかい?」

 

 ついに目蓋も上げられなくなって視界も狭まってきたが、アリーシャには相変わらず微笑みを浮かべるフォレストの顔が、鮮明にイメージすることが出来た。

 

「コレがその証だ、アリーシャ・ジョセスターフ。その気になれば、僕達は簡単に君を殺せる」

 

 耳元で囁くように告げられた、彼の言葉。それを聞いたアリーシャは、フォレストの言葉を肯定するかのように笑みを浮かべた。素直に認めよう、負けも負け、完敗である。亡国機業…いやフォレスト達の実力は、口先だけでは無い。彼らは二代目ブリュンヒルデを、害することさえ可能な力を持っている。それだけの力があるのなら、夢にまで見たあの光景を、全ての感情が躍り狂うように昂った、織斑千冬との決戦を再び…

 

「それじゃ連絡先は代金と一緒に置いておくからね、良い返事を期待しているよ」

 

 近い未来に訪れるであろう、念願の光景を夢見ながら、アリーシャの意識は闇に沈んだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、もしもしスコール、今大丈夫? いや、この前オータムの為にテンペスタの新型を持ってくるって話、その目処が立ったから連絡を……言われなくても、遅くなったのは自覚してるよ。だからその御詫びに、ちょっとしたサービスをしといたからそれで帳消しにしといて……そんな警戒しないでよ、君の『聖剣』と比べたらアレだけど、役に立つのは確かだから……どうしたの、急に黙り込んじゃって?……まぁいいや、取り敢えず一つ目の要件はこれで終わり。それで二つ目の要件なんだけど……だからそんなに身構えないでって、別に大した内容じゃないからさ…」

 

 

 

 

 

―――ちょっと暫く失踪するから僕の居ない間、君に貸した皆の面倒をヨロシク、ってだけだよ…

 

 




○外伝で残姉ちゃん書いた時は、原作でも彼女がポンコツ化するとは思ってなかった…
○セシリアがまともな料理作れるようになるのはもっと予想外だった…
○因みにポンコツ化した楯無に対して、セイスは色々と複雑な心境
○入院中に考え付いた新キャラ犬鷲、彼が亡国機業に入る経緯だけで短編が一つ書けそう…
○あの後アリーシャ氏は、夕方まで爆睡
○店主は旦那の『死ぬほど眠いらしいから放っといて』の一言を鵜呑みに…


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大運動会開始

いつぶりだろう、ひと月の間に二回更新出来たの…(泣


 

 

『それでは、これより一年生による代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会を開催します!!』

 

 響く生徒会長の声、応えるように湧き上がる歓声。本日は快晴、まさに運動日和、代表候補性ヴァーサス・マッチ大運動会は、予定通り開催された。

 IS学園が保有するグラウンドは、やはりと言うか他の施設の物より遥かに規模が大きい。体育の授業、自主トレ、学園行事、鬼教師による罰則など様々な用途に使われてきた。そして今日、そのグラウンドには体操着着用の全生徒が学年問わず集結している。一夏と同棲する権利を求め闘志を燃やす一学年代表候補生+α、そんな彼女らの下に集まった一般生徒達、楯無に若干丸め込まれる形で裏方に回った二年生と三年生、半ば諦観気味になっている教師陣から溢れ出る熱気(と負のオーラ)は、この広いグラウンドさえ呑み込みかねない勢いだった。

 

『選手宣誓ッ!!』

 

 そんな中、楯無の無茶振りによって始まる、一夏の選手宣誓。先程までざわついていた学園の生徒達は、僅かの間口を閉じた。しかし…

 

 

『お、俺達はっ―――』

 

「「「俺達は~」」」

 

『正々堂々―――』

 

「時には手段を選ばずッ!!」

 

『力の限り―――』

 

「大人げなくッ!!」

 

『競い合うと―――』

 

「潰し合うとぉ!!」

 

『誓います!!』

 

「「「誓うッ!!」」」

 

 

 ステルス装置を起動させ、人知れずグラウンドの隅っこに陣取る部外者共は宣誓中も遠慮なく大はしゃぎで、直接参加する訳でもないのに、学園の生徒達に負けず劣らずの気合の入りようである。それに飽き足らず、ここぞとばかりにカメラを向け、パパラッチの如くスイッチを連打した。本来なら機密情報等を収める為に技術部が開発した高性能カメラに、グラウンドに広がる大運動会の光景と、それを構成する少女たちの姿が次々と収められていく。

 

「絶景絶景、眼福だぁ。待ちに待った甲斐があるもんだ」

「それにしても流石はIS学園、生徒達の私情9割で始まったイベントだってのに、開催するとなると色々とガチだね。ちょっとガラじゃないの承知で言うけど、俺ワクワクしてるもん」

「まぁうちって忘年会や社員旅行みたいのはあるけど、こういう体育系のイベントは無いからな。俺も精々、昔イギリスでチーズ転がし祭りやったぐらいだ」

「いやバンビーノ、アレってもう開催中止になってたよね?」

「地元の店でチーズ買ってきて、勝手に開催した。因みに参加者は俺を含めて5人」

 

 

―――そして5人中3人が負傷し、近所の住民に通報され、駆けつけた警官に超怒られた…

 

 

「うん、やっぱあの祭りは色々と危ない。中止になるのも仕方ないわ…」

「俺はやってみたい気もするけど…」

「やめとけ、お巡りさん怖いから。それよりも…」

 

 バンビーノはそこで言葉を切り視線を横に向け、アイゼンも彼の目を追う様に横を向く。

 もしも一般人が第三者としてそこに居た場合、彼らの視線を追ったところで、その先に何も見つけることは出来ないだろう(そもそもステルス装置を起動させている二人を見つけること自体が無理)。だが、彼らの視線の先には、居るのである。ステルス装置を無効化する特殊ゴーグルを装着している二人には、しっかりと見えているのである。クソ餓鬼こと遊び人気質のバンビーノでさえ若干引く位に、微妙にニヤけた顔で静かに、それでいてメラメラと闘志を燃やしながら念入りにストレッチを行う、やる気満々な生物兵器の姿が。

 

「何だよ、二人してこっち見て?」

「別に大したことじゃないが…」

「強いて言うなら、セイスにしては珍しく浮かれてるな、と…」

「お前らは俺にどんなイメージを持ってるんだ。兄貴じゃあるまいし、俺だって遊んだり馬鹿やりたい時あるんだ」

「いや、それは俺達も良く分かってるけど…」

 

 最近は色々と御無沙汰なので忘れがちだが、その実セイスも相当のやんちゃ坊主だ。まだまだ遊び盛りのということもあり、こう言った楽しい事には目が無くて、一度タガが外れると手におえない。ティーガーの教育が功を制し、他の若手と比べて時と場合を考えるだけの分別を弁えてはいるのだが、それでもオランジュやバンビーノ達のような悪ガキに囲まれた生活の影響は周りの大人達が嘆くほど、彼の心にしっかりと根付いていた。マドカとの悪戯合戦なんてその最たる例と言えるだろうし、楯無と相対した時も余裕さえあれば悪ふざけをちょいちょい仕込もうとする始末。非番の時の羽目を外し過ぎてティーガーに何度かシバかれたし、酔っ払った時なんて歩く災厄と化す。今更ながらコイツの迷惑度と公私混同具合、オランジュ達と五十歩百歩である。

 そのことは、セイスがそうなった原因を作り、時折その結果を身を持って味わうバンビーノ達も良く分かっている。それを考慮した上で、いつも以上にセイスが浮かれていると二人は感じた訳なのだが、本人にその自覚はあるのだろうか…

 

「そんなに浮かれてるか、俺?」

「見るからに浮かれてるだろ」

「おうオランジュ、収穫はあったか?」

「無論、大漁だぜ」

 

 バンビーノの問いに、カメラ片手に綺麗なサムズアップで答えるオランジュ。この大運動会をモニター越しでは無く自分の目で直接見る為に、そして麗しき美少女達の姿をカメラに収める為に、最低限の必需品とセイス達と同じステルス装置を身に着け、隠し部屋から出てきたのである。彼が部屋から出たのは数か月前にショッピングモール『レゾナンス』で、一夏とシャルロットを尾行した時以来だろうか。それ故に、飯の時以外にオランジュが外に居ると違和感しか湧かない。

 

「て言うかセイス、お前プログラムの最初が何なのか忘れてるだろ?」

「今回の運動会で唯一、俺達も参加できる奴なのにな…」

「……俺達も参加出来るってどういう意味だ? 確か最初の種目は、50メートル走じゃ…」

 

 

『それではIS学園準備体操第一、始めッ!!』

 

 

「え゛…」

「そう言えば、準備体操中の写真はどうする?」

「何か所かにカメラ置いてきた。動くけど、移動はしないから充分だろ」

「そんじゃ俺達も隅っこで参加しますか、準備体操」

 

 

 子気味良いリズムと音楽に合わせて始まるIS学園準備体操、100名を超える参加者が同時に同じ動きをする光景は中々に壮観であった。それに参加したいが為だけに、本格的なストレッチをやった後にもう一度準備体操ストレッチした奴が居ることを、学園の生徒達は最後まで知る事は無かった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 さて、とにかく始まった『代表候補生ヴァーサス・マッチ大運動会』。一学年専用機持ち達がそれぞれ率いる紅組、蒼組、桃組、橙組、黒組、鉄組の合計6チームは既に気合充分で、特に団長達は種目が始まる前から互いに火花を散らしていた。

 そんな中、我らが朴念仁こと一夏は相変わらずだった。実況席に戻る直前に、第一種目の50メートル走に出ようとしていた鈴に捕まり、ストレッチに付き合わされていた。綺麗に引き締まった脚線美に目もくれず、薄い体操着越しに伝わってくる様々な感触に戸惑う事無く、奴は淡々と鈴の背中にを押すようにしながら彼女の柔軟体操を手伝う。

 

「ちょっと一夏、いたっ、痛い痛い痛い!? 何すんのよ、バカッ!!」

「あ、すまん。ちょっと見とれてて…」

「へ…?」

 

 訂正、何やら様子が可笑しい。今の言葉で鈴はポカンとアホ面を浮かべているが、言った本人である一夏までポカンとしている辺り、互いに何を言われたのか、そして何を言ったのか本人達自身が信じられない様で完全にフリーズしている。そうやって暫く二人は呆然としながら見つめ合っていたのだが、やがて気恥ずかしさが許容量を超えたのか、濁しまくった言葉を二,三交わして別れていった。

 先程の言葉のやり取りのみだと、一夏が鈴の背中を押しながら別の何かに気を囚われ、余所見をしてしまったという意味に捉えることも出来るだろう。だが当事者の鈴を含め、遠巻きに二人のやり取りを見ていた者達は、一夏の視線が鈴の背中に集中していたことをしっかりと確認していた。それ故に、箒達の元からは尋常じゃない邪気を発する傍ら、オランジュとバンビーノは深い衝撃を受けていた。

 

「お、おい見た今の…?」

「あぁ、見た」

 

 別に一夏がホモで無いことは分かっている。日頃から学生寮の同級生たちの格好が無防備過ぎて逆に辛いと言っているし、ラウラの夜這いや楯無の痴女アタックに激しく動揺することを考えるに、それは確かだ。しかし元々の性格なのか、このIS学園での生活で感覚が更に麻痺ったのか、やはり女子に対して反応する基準が他の奴らよりも壊れているのも事実。

 そんな中でも、セカンド幼馴染こと鈴に対してはそれが顕著である。口喧嘩の最に『貧乳』呼ばわり、水着姿で抱き付きかれてらの肩車も、いつものことと言わんばかりに低いリアクションと、他の女子に対しては絶対に言わないこと、そして反応を鈴に対しては躊躇なく一夏はやる。小学から中学までと決して短くない期間を共に過ごし、本人の性格もあってか随分と遠慮のないスキンシップを日常的に繰り返していたこともあり、もしかすると一夏は他の女子以上に鈴にことを異性として認識していないのかもしれない。それだけ一夏が気を許していると言う訳なのだろうが、ファースト幼馴染こと箒の時に見せた反応とは随分と差があるのは気のせいだろうか。やはり一夏の反応が低いのは、彼女の慎ましい体型も少なからず関係してるのではなかろうか。

 

「オラアアアァァァァッ!!」

「うわッ、どうしたんだよ鈴!? いきなり何も無い場所に石なんか投げて…」

「いや、何故だか分からないけど、無性に腹が立って…」

 

 鈴が直感で投げた石がオランジュの鼻先を掠ったところで話を戻すが、とにかく一夏である。あの一夏が自分で『(鈴に)見とれた』と言った上に、照れくさそうにしたのである。言ってしまえばそれだけのことなのだが、このような事は今まで監視生活で一度も見たことが無かったので、オランジュ達の受けた衝撃は半端なものでは無かった。もしもこのことを知ったら、ファンクラブのセカン党の連中は勿論のこと、あのセイスだって無反応ではいられない筈…

 

「ってオイ、セイスはどこ行った?」

「そう言えばアイゼンの奴も居ねぇ…」

 

 いつの間にか、隣に居た筈の二人が消えていたことに気付いたオランジュたち。慌てて周囲を見渡してみると、取り敢えずアイゼンは見つかった。ステルス装置で姿が見えないことを良いことに、なんと彼は50メートル走のスタート地点に居た。鈴を含む走者達がクラウチングスタートの体制を取っている横で、カメラを構えつつも、すぐに走り出せる姿勢を取りながら開始を告げるピストルの音を今か今かと待ち侘びているように見える。もしかしなくても、彼女達と並走しながら撮影する気のようだ。

 

「一緒に走る意味あるのか?」

「一枚でも多く撮る為じゃね? 技術部のカメラ持ったアイゼンなら、『手ブレって何それ美味しいの』を素でやるだろうし。それよりもセイスはマジで何処に行った…」

「……あ、居た…」

 

 そう言ってオランジュが指差した場所は、50メートル走スタート地点から更に50メートル後方に離れた場所だった。そこにはアイゼンと同じくステルス装置で姿を消したセイスが無駄にやる気を漲らせ、鈴達のようにクラウチングスタートの姿勢を取っていた。

 

「アイツ、まさかと思うが…」

「50メートル走の傍ら、一人100メートル走!?」

 

 バンビーノが声を上げるのと同時に、鳴り響いたスタートの合図であるピストルの音。彼らが見たのは、一斉に走り出す少女達、気合の咆哮を上げながら競争相手を圧倒する中国代表候補生、彼女らをカメラ撮影しながら並走してみせる透明人間A…

 

 

---そして、そんな彼女ら彼らを余裕で追い抜いてゴールする、文字通り幻の勝者の姿だった…

 




○アイゼン、楽しんでます
○セイス、超楽しんでます
○フォレスト組で体育系のイベントが行われなかった理由は、人数、時間、所属者の年齢比率、現場と裏方の体力差、旦那の体力の無さなどが挙げられる
○しかし、現在は色々と改善されたので今後は開催される可能性有

次回もまだまだ続く大運動会、そして突拍子も無く放り込まれる爆弾。ご期待下さい~


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大運動会堪能

申し訳程度に仕込んでた爆弾、ついに爆破ぁ!!


 

 

―――玉打ち落とし

 

「IS学園伝統の競技ねぇ…」

「伝統って言葉が使えるほど、歴史長く無いだろこの学園」

 

 浮遊機能と粒子化装置まで搭載した、無駄に高性能な発射装置から放たれるボールをISで撃ち落し、ボールの色や大きさに準じて増えるポイントを稼いで競う、IS学園ならではの内容である。

 そして、この競技に参加するのは専用機を持った各チームの団長達(体操着着用IS装備)である。一夏を巡り割と頻繁に競い合う彼女達だが、全員が一斉に専用機を使用して、しかも学園公認で勝負する事は流石にレアケースで、一般生徒で溢れる応援席も一層の盛り上がりを見せていた。

 

『それでは、ISによる玉打ち落とし、スタート!!』

 

 薫子から実況を変わった楯無の声を合図に空中の装置からボールが発射され、専用機持ち達は一斉に動き出す。シャルロットのラファールが二挺のライフルで弾丸の雨を降らせ、箒と紅椿が降ってくるボールを切り裂きながら赤い彗星と化す。セシリアが相変わらずの正確無比な狙撃を披露すれば、鈴が双天牙月と衝撃砲のコンビネーションを繰り出し、それ諸共ラウラのレーゲンが停止結界で降ってくるボールの動きを止め、レールガンで一網打尽にした。それに負けじと、簪が打鉄弐式のマルチロックオンシステムを起動させ、放たれたミサイルの群れが無数のボールを消し去る。それぞれが実力を如何なく発揮し、競技は観客席も含め段々と白熱していった。

 

「さ、流石にコレに忍び込むのは危険か…」

 

 オランジュのこの言葉に、バンビーノだけでなくアイゼンも首を縦に降った。そこらの学校でやってるような玉入れや鈴割に紛れ込む自信はあるが、こんな弾丸と閃光が飛び交う戦場さながらのこの空間に、幾ら現場組のアイゼンとバンビーノと言えど、身を投じて無事でいられる自信は無かった。

 今回は至近距離の写真は諦め、大人しく観客席から安全に撮影するとしよう。

 

「だが俺は行く」

「「「セイスううぅ!?」」」

 

 言うや否やステルス装置を起動させたセイスは、躊躇することなく戦場へと飛び込んだ。

 思わず叫び、顔色を変えたオランジュ達だったが、すぐに別の理由で唖然とすることになった。乱入して早々に飛んできたティアーズのレーザーを、セイスが軽々と回避したのである。その後もミサイルを避け、双月牙を受け流し、突っ込んできたリヴァイブ自体を飛び越えたりと、アイゼンでさえ参加を遠慮した玉打ち落としの会場に人知れず躍り込んだセイスは、受ければ即死のISの流れ弾の数々を余裕で避け、挙句の果てには彼女達が撃ち漏らしたボールまで避けながら、高速で宙を縦横無尽に飛び回る専用機持ち達の雄姿を手に持ったカメラに次々と収めて見せたのだ。

 この光景を前に、セイスのことを良く知っているオランジュ達でさえ驚きを隠せなかった。セイスの身体能力が非常に高い事は周知の事実であり、彼がその力をフル活用すればISの攻撃を避ける事も確かに可能なのだが、それを踏まえても彼の動きは異質だ。そもそもあの一撃必殺の攻撃が飛び交う死の空間に身を投じ、あんな風に微塵も迷わずに動き続けられる筈が無いのである。あのような、まるで日頃から慣れ親しんだ状況だとでも言わんばかりに…

 

「……あぁ分かった、多分慣れちゃったんだ。ISの攻撃に晒されること自体に…」

 

 そう言ってオランジュは、セイスの今までのことを思い出して頭を抱えた。

 これまでセイスはISを纏った楯無と二回、ダリルとフォルテを同時に一回、イーリスと一回、生身で戦っている。その時は不意を打ったり、相手にISの使用に制限を強いたりと有利な状況を作ってはいたが、史上最強の兵器と謳われるISと向かい合ったのは事実。その経験が彼から、ISの兵装に対する恐怖や動揺を克服させてしまったらしい。普通なら向けられるだけで怯み、竦み上がるような巨大な砲口や刃、そこから放たれる砲撃、弾丸、斬撃も、セイスにとっては既に『ちょっとデカいだけの攻撃』に過ぎないようで、今更向けられて怯むような代物では無いのである。ましてや直接狙われている訳でもない現在の状況なら、人外染みた身体能力を持ってすれば、当てる意思が微塵も籠められてない流れ弾程度、避け続けるなどセイスにとっては造作も無いことだった。

 

「……俺、現場組の先輩として頑張って来たけど、もうアイツに喧嘩で勝てる自信無ぇわ…」

「そうか。じゃあ、行ってきます」

「え、ちょ、アイゼええええええええぇぇぇン!?」

 

 セイスの動きを見て何かしらの火が付いたのか、セイスに続いてアイゼンが会場に飛び込んだ。セイスと生身の勝負で引き分けた実績は伊達では無いようで、これまた人間離れした動きで華麗に流れ弾を避けながら写真を撮りまくっている。そのことに気付いたセイスは対抗意識を燃やしたのか更に動きが早くなり、それに合わせてアイゼンの動きも早くなる。いつの間にか玉打ち落しの試合会場で、二人の何かの勝負が本格的に始まっていた。

 

「もう、ついて行けない…」

「この際だ、あの体力バカ二人は放っておこう。俺達はコレで、安全に楽しもうぜ」

 

 そう言ってオランジュは、ポケットから黒光りする手の平サイズの何かを取り出した。それは先日、悲運の死を迎えたゴキブリ型ロボ、『助六』の後継機である『弥七』だった。更に見た目がリアルになり、隣でオランジュが取り出すところを見たバンビーノでさえ、一瞬それが本物のゴキブリと重い、身体をビクリと震わせた程である。

 その弥七を起動させ、オランジュは空へ向け飛翔させた。そして、技術部の科学力を無駄に詰め込まれた弥七は、ゴキブリ型とは思えない高い飛行能力で、あっという間に目的の場所へと辿り着き、ピッタリと張り付いた。その場所とは、玉打ち落しの会場で最も高い位置にある、ボール発射装置である。

 

 

「よっしゃ。後は弥七のカメラを起動して、ラヴァーズの姿をゆっくり…」

 

 

―――二秒後、箒の放った流れ弾で、弥七は発射装置ごと爆散した…

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

―――軍事障害物走

 

 ライフルを組み立てた後にそれを担いで、梯子を上ってポールで降りて、ネットを匍匐前進で潜り抜け、最後に組み立てたライフルで的を撃ち抜くと言うもの。先程の玉打ち落としに続き、そこらの一般的な学校ではまずお目に掛かれない内容である。

 

「お、この競技は面白そうだな」

「兄貴とか普通に気に入りそう」

「いやいや、コレ競技と言うかただの訓練じゃん。兄貴主導でいつも似たようなことやってんじゃん…」

 

 何かしらのタガが外れた体力バカ二人のせいで、すっかりツッコミ役に回ってしまったオランジュの言葉も空しく、競技開始の合図を告げるピストルの音が響いた。

 

「うわっ、のほほんさんライフル組立てんの超早ぇ!?」

「下手するとバンビーノ並だな、『組立の本音』の異名は伊達じゃねぇな…」

「あの子そんな異名持ってたの!?」

 

 因みに、姉の方には『分解の虚』と言う異名が付いてる。無論、妹と同じく工科生としての異名であり、決して物騒な意味合いではない。実家は暗部関係だし、彼女の名前の字が奈落の首領と同じだが、決して裏社会の凄腕としての通り名とかではない。闇に紛れ、人知れず標的を始末し、その屍をバラバラにするような真似は、決してしていない……筈である…

 それはさておき、肝心の軍事障害物競走の方はと言うと、驚異的なスピードでライフルの組み立て済ませたのほほんさんが周りに一気に差をつけ、トップで走っていた。そして走る度に揺れる彼女のとある部分に、実況席の一夏を含めた野郎共の視線が、自然と集まる。

 

「……改めてみると、デカいな…」

「そうだな…」

「よし、取り敢えず一枚撮rゲハぁッ!?」

 

 バンビーノが邪な思いを抱いてカメラを構えた瞬間、彼の身体が強烈なボディブローを受けたかのようにくの字に曲がり、そのまま地面に崩れ落ちる。セイスは一瞬だけ、笑顔を浮かべつつも冷めた目でバンビーノを見下ろす少年の幻影が見えた気がした。

 

「と、ところで、もしもこの競技にお前ら3人が挑戦したら、どう言う結果になる?」

 

 守護霊から話と狙いを逸らすべく、オランジュは現場組の三人にそんなことを尋ねてみた。

 

「ライフルの組み立て速度だけなら、この二人に勝てる自信がある。だけど梯子を上った辺りでアイゼンに、ポール降りた辺りでセイスに追い抜かれると思う」

「そして俺は匍匐前進の編み抜け辺りでアイゼンに追いつけると思う」

「最終的には、俺とセイスの引き分けで終わるかと」

 

 顔色が悪いままだが復活したバンビーノ、それに相槌を打つ様にしながらセイス、アイゼンの順に返ってきた答え。彼らの返事を元に、手先の器用なバンビーノがマッハでライフルを組み立て、随時安定した速度を維持するアイゼンに、驚異的な身体能力で駆け抜けるセイスを想像し、オランジュは一言。

 

「やっぱり、うちの現場組はヤバい…」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

―――騎馬戦

 

 

 先程までのイカレタ競技とは違い、一部おかしな追加ルールはあるものの、基本的なルールは一般的なものと変わらない。三人の騎馬役の上に、鉢巻を巻いた騎手役が一人、そして騎手同士が互いに互いの鉢巻を奪い合うのである。間違っても、バットを構えた騎手同士が、互いに相手を叩き落とそうとするような競技ではない。

 

「アレ、俺の知ってる騎馬戦と違う。金属バットは、安全ヘルメットは?」

「言っとくが、昔やったアレは普通の騎馬戦じゃないからな!?」

「グッ、トラウマが甦る…」

 

 セイスが十歳の頃、現場組が遊び半分でやってみた騎馬戦。騎馬組んでヘルメット被ってバットで殴り合うといった、ルールもかなり適当で、どうしてそうなったのか忘れたがセイスを肩車したティーガーに残りの全員で立ち向かうと言う謎の状況になっていた。

 当初はハンデを抱えたティーガーに、訓練で扱かれる日頃の恨みをぶつけるチャンスと意気込んでいた面々だったが、最初に突撃した一組目の騎手がセイスに一瞬で叩き落され、二組目がティーガーに蹴り崩された瞬間、彼らは自分たちの認識が非常に甘かったことを悟った。そして、そこからはもう一方的な蹂躙にしかならなかった。ハンデになると思ったセイスは逆に立派な戦力と化しており、ちゃんとしたルールを作ってない騎馬戦で、ましてやティーガー相手に四人掛かりの騎馬を作ったところで、動きが鈍くなる分、自分達が不利になるだけだったと気付く頃には、一人残らず地に倒れ付していた。

 

「それはともかく、騎馬戦なら俺でも紛れ込めそうだな。オランジュはどうする?」

「バンビーノは平気でも俺は無理だ、下手すると誰かにぶつかる…」

 

 幾ら姿が見えないとは言え、直接ぶつかれば流石にバレる。しかもこの騎馬戦、6チームが一斉に戦うので参加人数も半端無い上に、楯無の無茶振りで高得点鉢巻を装着した一夏を途中で投入する予定になっているので、間違いなく大混戦になる。裏方組のオランジュには、そんな中を誰にもぶつからずに動き回るなんて真似は不可能だろう。

 

「じゃあ、俺が肩車してやろうか?」

「え、マジで?」

 

 騎馬セイスの乗り心地は、思いのほか快足だったと、乗り物酔いした上に腰を捻って痛めた為に顔を青くしたオランジュは語った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

―――昼休み

 

 運動会もひと段落して、時は昼休み。一度グラウンドを後にしたセイス達は現在、学生寮付近の通りに戻っていた。

 

「昼休憩か…」

「飯どうする?」

「折角だし、このまま俺達も外で食べちまおう」

「けど、飯は隠し部屋の中だぞ?」

 

 突き出される4つの拳。しかし、その内の一つは二本の指がしっかりと立っていた。所謂チョキである。

 

「んじゃ、オランジュよろしくー」

「さっさと戻ってこいよー」

「飲み物忘れんじゃねぇぞー」

「畜生めえええぇぇぇ!!」

 

 ジャンケンに敗北したオランジュは慟哭を上げながら走り出し、隠し部屋へと向かっていった。いつもの事だが、本当に彼はこういう時に限って運が無くなる。

 と、その時、グラウンドの方角から人の気配が近付いてきた。

 

「おっと、誰か来たぞ」

「隠れ…る必要は無いのか、見えないから」

「でも、せめて横にずれようか」

 

 特に慌てた様子も無く、三人は音も無く通路の隅へと移動する。すると、近付いてくる気配に比例して、聞き覚えのある二人分の声が段々と聴こえてきた。セイスにとって、名前がすぐに出てこないが聞き覚えのある声と言うことは、恐らく一夏と同じクラスに居る一組の生徒だろう。少なくとも一夏と接点を持つ生徒が殆ど居ない三組の生徒だったら、まともに印象に残ってないので気付くのがもう少し遅かった筈。

 

「どうしよう…シャルロットの頼みだから引き受けちゃったけど、本当に私なんかで良いのかな……」

「別にそんな気負うような内容でもなくない? ただシャルロットの着替えを手伝うだけじゃん」

 

 そして案の定、近付いて来ていたのは谷本癒子と岸原理子、共に一組の生徒だった。時折クラスメイトにすら『ウザい』と称される岸原は相変わらず元気そうだが、それとは逆に谷本の方はどことなく憂鬱そうな雰囲気を出していた。

 二人の言葉から察するに、この後に予定されている競技で、参加者であるシャルロットの手伝いを谷本が任され、彼女はそれに何かしらの不安を抱いているようだ。しかし次の競技名には確か、『生着替え』とか良く分からない単語が表記されていたような…

 

「なんなら、代わってあげようか?」

「いや、それはそれでダメな気も……ッ…!?」

 

 と、彼女らがセイス達の目の前を素通りしようとした瞬間、谷本が急に足を止めた。そして、とある一点に目をやるや否や息を呑み、そのまま膝から崩れ落ちる様に蹲ってしまった。

 

「ちょっ、どうしたの!?」

 

 岸原が慌てて谷本のことを覗きこむと、彼女は蹲ったまま自分自身を抱きしめる様にして、カタカタと震えていた。身体は小刻みに震え、目の焦点は合っておらず、呼吸も荒くなっており、その様子はまるで、何かに怯えているかのようだった。

 セイス達は一瞬だけ、谷本が自分達のことに気付いたのかと焦ったが、彼女の視線は全く見当違い方向に向いているし、一般人が自分達の気配に気付けるとは思えないので、恐らく違う。

 

「……ゴメン、もう大丈夫。落ち着いたから…」

「いや、全然そうは見えないよ。皆には私が伝えておくから、今から医務室に…」

「ううん、平気。さ、行こ…」

 

 そうこうしている内に谷本は立ち上がり、岸里の心配も余所にその場から歩き出した。明らかに顔色が悪いが、それでも彼女は学生寮の方へと向かって行った。思わず此方も心配になったが、姿を現す訳にもいかず、どうすることも出来ない。そんなセイス達の目の前を、何も知らない彼女は横切り…

 

 

「大丈夫、アレは全部、夢。怖い人達も、あの黒い人も、最初から居ないんだから、大丈夫…」

 

 そんな言葉を、呟いた。近くに居た岸里にすら聴こえない小さな声で、まるで自分に言い聞かせるように呟かれたその言葉。それを耳にした三人は思わず息を呑み、その場で硬直した。特にアイゼンに至っては、一種の焦燥さえ感じていた。頭を過ったとある可能性に心から有り得ないと思うものの、先程の谷本の言葉と、直前まで彼女が視線を向けていた場所…つい先日、自身の手で真っ赤に染め上げたあの場所が、全てを物語っていた。

故に彼は、隠し部屋に辿り着いたであろうオランジュに通信を繋ぐことを、躊躇わなかった。

 

「オランジュ、俺が影剣を始末した時の映像を全部調べろ、今すぐにだ…」




○原作で谷本さんが書置きして逃げた時には、既にこの展開は決めてました
○撮影の許可は出ましたが、度が過ぎると守護霊の天罰が…
○オランジュ肩車したセイスの機動力は、セ○ウェイ並


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大運動会暗躍

お待たせしました、短いですが続きの更新です。


 先日、恐ろしい夢を見た。気分転換も兼ねて学園の敷地を散歩をしていたら、突如緊急事態を告げる警報が鳴り響いたのである。何が起きているのかサッパリ分からなかったが、春頃に経験した学園襲撃を思い出させるような嫌な予感を感じ、ひとまずその場から走り出した。そして校則に従い避難するべく、一番近かった学生寮へと駆け込もうとした矢先、そこには既に大勢の先客の姿があった。明らかに学園の人間とは違う黒装束、全員がその手に武器を持っており、そんな奴らが十人以上もの人数で音も無く、一斉に近くの物陰や植え込みに姿を隠し始めたのである。正体は判らないが、危険な集団であることは瞬時に理解できた自分は、咄嗟に近くにあった植え込みの草むらに身を隠しかなかった。

 そして息を殺し、耳を澄ませながら様子を伺う。すると暫くして、誰かが何かを言い合うような声が僅かに聴こえてきた。距離があるせいで詳しい内容は殆ど分からなかったが、幸か不幸か、何故かこの言葉だけはしっかりと耳に届いてしまった。

 

『……万が一ということもあるだろう。無論その時は遺憾だが…大変遺憾だが、口封じするしかないがね?』

 

 その後も声の主は誰かと口論していたようだが、そこから先は何も頭に入って来なかった。

 自分は特別頭が良い訳でも無ければ、鋭い勘を持っている訳でも無い。あの集団の正体も、目的も何も分からない。けれど、そんな自分でも、この状況で彼らが口封じをしようとする対象が誰なのかは察することが出来てしまった。

 

(見つかったら殺されるッ!!)

 

 悲鳴を漏らしそうになった口を両手で塞ぎ、恐怖で震える身体を抑えつけるのに必死になった。今までで一番強く感じた命の危機に、思わずその場から逃げ出したくなったが、僅かに残った理性が辛うじてそれを止めた。一般生徒に過ぎない自分が全力で走ったところで、武器を持った男達から逃げ切れる訳がない。だから、このまま隠れ続けるしかないのだろう。

 しかし時間が経つにつれ、冷や汗が滝の様に流れ呼吸も荒くなり、心臓の鼓動は激しくなるばかり。段々と大きくなる恐怖により、徐々に正気を失いかけていった。そして遂に限界を迎え、気が狂ったかのような叫びを上げそうになった時だった…

 

 

―――目の前の集団よりも更に黒い影が一つ、音も無く舞い降りた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あ、やっと見つけた…」

 

 昼休憩の時間も残り僅か、谷本癒子は一人で教室に居た。次に予定されている競技の『コスプレ生着替え走』、それに参加予定であるシャルロットの手伝いをすることになっているのだが、教室に予備の水筒を忘れてきたことを思い出し、こうして取りに戻ってきたのである。岸原も似たような用事があったので先程まで一緒だったのだが、思いのほか水筒を探すのに時間が掛かりそうだったので先にグラウンドへ行ってもらったので、今は一人だ。

 

「やっぱ運動会とかって、すぐに飲み物無くなるよね~」

 

 一人呟き、ふと視線を周囲に向ける。自分の他に誰も居ない教室での独り言に返事が返ってくる筈も無く、生徒の殆どが居るグラウンドはここからそれなりに距離があり、窓から入ってくる風の音しか聴こえてこない。騒がしいことが当たり前の場所が、こうも静かであると、何とも言えない不思議な気分になる。

 しかし同時に、いっそ不気味なまでのこの静寂は、あの時の夢を否が応でも思い出させる…

 

「……早く戻ろ…」

 

 あの妙に生々しい夢を見てからと言うもの、静かな場所で一人にいる事が怖くなってしまった。更に夢と同じ場所に足を運んだ時に至っては、恐怖で発作でも起こしたかのような状態になる始末だ。さっきは岸原に心配を掛けないように大丈夫とは言ったが、正直言うと全く大丈夫じゃ無い。

 

「本当に、たかが悪い夢を見たぐらいで、どうしてこんな…」

 

 学園に鳴り響く警報、危険な雰囲気を漂わす武装集団、明確に感じた殺意の言葉、そんな奴らに見つかるかもしれない恐怖と、恐ろしく身近に感じた死の気配…

 

―――そして、それら全てを血の海に沈めた、もう一人の黒装束の男…

 

 銀閃を走らせ、赤い血霧を生み出す黒い疾風は、飛び交う無数の怒号と銃弾をものともせず、男達を次々と血祭りに上げていった。あまりに恐ろしい光景を前に、先程とは比較にならない恐怖に駆られた自分は、これ以上見てられないとばかりに目を固く閉じ、銃声と悲鳴に耐えられず耳を塞いだ。それでも、目の前に広がる真っ赤な景色は消えない、男達の断末魔は無くならない。恐いと思う全てのモノが、脳裏に焼き付いて離れない。それでも、その場から逃げ出すことは出来ない。その場で蹲って、身体を震わせ続けることしか出来ない。そんな状態が続いて暫く、自分の中で何かが切れ、気付いたら意識を失っていた。

 いや、正しくは『目が覚めた』だろう。次に目を開けた時、自分は外ではなくクラスメイトの皆と一緒に避難場所である学生寮の自室に居た。しかも、椅子に座って爆睡していたらしく、口元には涎の跡があった。どうやら警報が鳴った後、避難先に到着した安心感から反動で眠くなったのだろう。そして、そのまま深い眠りにつき、あの夢を見た。

 

「……そう、あれは夢。現実の筈が無い…」

 

 避難警報が終わった後、真っ先にあの場所へと向かった。けれど、そこに黒装束の姿も無ければ、一滴分の血痕も無かった。クラスメイトに尋ねても、そんな奴らを見たと言う人は誰も居なかったし、非常時に駆り出される専用機持ち達に遠回しに聞いてみた結果、全く知らないそぶりを見せた。

 やっぱり、あれは夢なんだ。あんな光景が、平凡な自分の目の前に広がるなんて有り得ない。怖い人達も、黒い人も、血の海も、全て夢。

 

「早く忘れよ…」

 

 

 そう言って谷本が教室の出口を振り返った直後、彼女は金縛りにでもあったかのように、その場で硬直して言葉を失った…

 

 

「うそ、どうし、て…?」

 

 あの夢を思い出した時のような…否、その時以上に心臓が暴れ狂う。どれだけ呼吸しても、酸素が全く足りない。喉がカラカラなのに、汗は止まる気配が無い。そして何より、震えが止まらない。遂には水筒が手から滑り落ち、思わず後ずさった拍子に倒した椅子と机が、ほぼ無人の教室にやけに大きく音を響かせた。

 それでも谷本は、視線を外す事だけは出来なかった。彼女の視線の先には、一人の人物が音も無く立っていた。黒いニット帽に黒いロングコートのような服装、口元を白いマフラーで隠したそいつは間違いない…

 

―――黒装束の集団を一人で皆殺しにした、あの男だった…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「こんなもんか」

「お、結構上手くなったじゃん、代筆」

「……これ、代筆って言って良いのか…?」

 

 昼休憩も残り僅かとなった今、学園の片隅でバンビーノとセイスの二人は、二枚の手紙をせっせと書き上げていた。その内の一枚には『体調が悪くなったから、代わりに競技に出て欲しい』と、もう一枚には『大役過ぎて私には務まりません、ゴメンナサイ』と言った感じの内容が、谷本癒子の名義と筆跡で書かれている。無論、コレを書いたのは谷本自身ではなく、この二人だ。裏工作が日常茶飯事のフォレスト一派、それも現場組に所属する二人にとって、誰かの筆跡を真似て手紙を書くなんてことは朝飯前なのである。

 

「それにしても、面倒なことになったな…」 

 

 結論から言うと、件の時間帯の記録映像に谷本癒子の姿は確認できなかった。付近の物陰や植え込みなど、身を隠せそうな場所は徹底的に調べたが、彼女がそこに居たと言う痕跡は見つからなかった。設置したカメラには僅かに死角が存在するが、だとしても素人の学生如きにやり過ごせるようなレベルでは無い。

 

 だと言うのに、あの時間帯限定で、谷本癒子の姿が学園に設置した全てのカメラのどれにも映っていないというのは、一体どういう事なのだろうか?

 

 結局、全員昼飯を抜いてまで記録映像を片っ端から調べたにも関わらず、谷本の姿をどこにも確認する事が出来なかった。あの時、あの場所に谷本が居なかったという確証が得られず、当時の現場を見た時に見せた反応と、零した呟き。最早、彼女を疑うべき要素しか残っていない。

 故に今、全てをハッキリさせるべく、アイゼンが谷本の元へと向かった。場合によってはそれなりに時間が掛かり、すぐに谷本を解放できない可能性がある為、セイスとバンビーノは偽の谷本の手紙を書き上げ、それを岸原とシャルロットの元に忍ばせて時間稼ぎを試みる。

 

『今、アイゼンから連絡があった。反応から察するに、やっぱり見られた可能性が高いようだ…』

 

 そしてオランジュは、隠し部屋でアイゼン達のサポートを行っている。その彼からの報告に、セイスとバンビーノは頭が痛くなるような思いがした。

 モニター役のオランジュも、その場に居たアイゼンも谷本の存在に気付けなかったというのは、それはそれで異常な出来事だが、この際それはどうでも良い。セイスもバンビーノも、この生活で似たような事態を何度も経験しており、その度に尻拭いを仲間にして貰った。二人が現在、最も懸念していることは、ただ一つ…

 

「やっぱり、今回も…」

「あぁ、多分…」

 

 

―――消すことになるんだろうな…

 

 

 




○谷本さんがカメラに映らなかったのは、幽霊ボーイが関わってます
○そして今更ながら、実はあのホラーコンビの力も完全に万能という訳では無かったり…

今日を逃したら当分書く暇ないし、そこそこキリが良いので更新したものの、アイ潜でこの区切り方は失敗だったかもしれない……だって、誰も谷本さんの心配してない気がするんですもん…(笑


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大運動会終幕

お待たせしました、続きの更新、そして大運動会編ラストです。


 

 悪夢の産物と自身に言い聞かせていた存在が目の前に現れたことにより、谷本は激しく動揺していた。呼吸と動悸が先程とは比べ物にならない程に荒くなり、何一つまともな言葉を発する事も出来ず、無意識の内に後ずさる様に足を動かしていた。一方のアイゼンは何も言わず、静かにジッと谷本のことを見つめているだけであったが、逆にそれが彼が何を考えているのか分からず、更なる不気味さを谷本に感じさせた。

 その最中、徐々に後ろへと下がっていた谷本は椅子にぶつかって倒し、ガタンと大きな音が鳴り響いた。それと同時に、谷本は踵を返して全力で駆け出す。振り向いて走り出した方向は窓側だったが、今やそんな事どうでも良い。今は一刻も早く、窓から飛び降りてでもこの場から、あの男から逃げなければならない。例え、その過程で怪我をしようとも…

 しかし、その谷本の決死の覚悟は、彼女の手が窓に届く前に無駄となった。ふと肩に手が置かれる感触がしたと思ったと同時に、教室がグルリと一回転したのだ。訳が分からない事態に頭が追い付かず、悲鳴もあげられず、気付いたら教室の椅子の一つに座っており、自身の額にあの男の…アイゼンの指先が添えられていた。実際はアイゼンが谷本の足を払い、そのまま勢いを殺さず、床に倒さないように上手く椅子へと降ろしただけなのだが、そんなこと知る由も無い彼女はひたすら混乱していた。

 そんな谷本を終始観察するように見つめていたアイゼンは、やがて閉じっぱなしだった口を開いた。

 

「うん、やっぱり俺の事に見覚えがあるみたいだ…」

 

 瞬間、谷本は目を恐怖と絶望で見開いた。その様子にアイゼンは、彼女が影剣とやり合った自分を目撃したことを確信し、決定的な一言を告げる。

 

 

「仕方ない、予定通り消すことにしよう」

 

 

 あまりの衝撃に、何を言われたのかすぐには理解できず、谷本は頭が真っ白になりそうだった。いっそ目の前の出来事が現実ではなく、未だに自分はあの悪夢の続きを見ているのだと思いたかった。しかし、自分の額に添えられたアイゼンの指の感触が、これが現実であることを嫌なくらいハッキリと告げていた。そして今のアイゼンの言葉も、しっかりと頭に残っていた。

 

(やだ、まだ死にたくない…!!)

 

 本格的に感じた命の危機により、本能が恐怖を一時的に抑え、震えを止めて逃げ出す為に足に力を入れた谷本。しかし、まともに拘束されている訳でも無いのに、何故か立ち上がる事が出来なかった。されている事と言えば、指で額を抑えれていることくらい。ならばとアイゼンの腕を掴んでどかそうとするも、まるで鉄柱の様にビクともしない。足で蹴りつけようともしたが、どこを蹴りつけても彼は顔色一つ変えない。

 

「誰か、助けッ…」

「一応言っておくけど、君に非は一切無かった。悪いのは、あの場所であんなことしてた俺達。君はただ、そこに居合わせてしまっただけ」

 

 一縷の望みを懸けた、助けを求める谷本の叫び。それを遮る様に近づけられた彼の顔と、発せられた言葉に虚を突かれた形になり、谷本は逆に言葉を失った。そしてニット帽とマフラーで素顔は殆ど見えない為、彼女の視線は自然と彼の瞳に向けられる。恐慌状態に陥りかけたばかりだと言うのに、目の前のアイゼンの瞳を見つめ返している内に、谷本は不思議と落ち着きを取り戻していった。それどころか、段々と身も心も不自然な位に軽くなって…

 

「だけど君みたいな普通の子が見てはならないモノ、足を踏み入れてはならない場所があるんだ。一度完全に足を踏み入れてしまえば、二度と引き返せない恐い世界があるんだ。例え不可抗力だったとしても、今の君はその世界に片足を突っ込み掛けている状態になっている」

 

 先程まで恐怖の象徴そのものだった筈の、目の前の男。だけど彼が向けてくる瞳から敵意や悪意を、谷本は感じる事は出来なかった。むしろ、彼の薄く赤色を帯びた瞳からは、安堵感すら感じた程だ。そう思った途端、いつの間にか彼女は抵抗することもやめて、静かに彼の事を見つめ返していた。

 

「だからこれ以上、君が此方側へ来れないように、手を施させてもらう」

 

 そう言ってアイゼンは、ポケットから古びたライターを取り出した。そしてカチッと音を立てながらそれに火を灯し、谷本の目の前にゆっくりと近づける。

 

「さぁ落ち着いて、ゆっくり息をして。この炎だけを、じっと見つめて…」

 

 言われるがままに谷本は、目の前に差し出されたライターをジッと見つめた。今時珍しいジッポライターに灯った小さな炎は、そよ風に吹かれてユラユラと揺れている…

 

「アイン…」

 

 それを見ている内に、段々と瞼が重くなってきた。あの時の殺人鬼が、学園の侵入者が目の前に居るにも関わらず、決して抗えない眠気が谷本を襲い始めていた…

 

「ツヴァイ…」

 

 どうにか目を閉じないように試みるも、その頑張りも長くは続きそうに無い。思考には靄が掛かり、何も考えられなくなってきた。明らかに普通ではない、明らかに異常なこの状況。下手をすれば、二度と目が醒めないのではと思えるぐらいに強烈な睡魔。本来ならば軽くパニックに陥っていたかもしれない。

 しかし不思議と、この睡魔に身をゆだねる事に対して不安は無かった。

 

「ドライ」

 

―――カチッ!!

 

(あッ…)

 

 三つ目のカウントと、閉じられたジッポの蓋の音と同時に、谷本の意識は真っ暗な闇に包まれて、まるで身体がどこかに落ちていくような感覚に見舞われた。だが、もう彼女はこの状況にも、目の前の男にも恐怖は感じていなかった。この男が学園に侵入したことも、学園で人を殺していたのも事実なんだと思う。だけど、それでも、根拠らしい根拠は何も無いけど、この男は根っからの悪人では無いと思う。それに何より、本当に悪い人だったら… 

 

 

「これでもう大丈夫、恐い思いさせてゴメンね…」

 

 

 完全に意識を失う直前、耳元でこんなことを、囁いたりしない筈だもの…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……あれ、私…」

 

 誰も居ない一年一組の教室、そこの自分の座席で谷本は目を覚ました。どうしてこんな所に居るのか一瞬分からなかったが、寝起きでボンヤリした頭をフル回転させて全部思い出した。この後の競技でシャルロットを手伝う予定だったが、予備の水筒を取りに来た途中、急に具合が悪くなってダウンしたのだった。昔から不安やストレスの影響が身体に出やすい体質なので、恐らく今回も自分に不釣り合いな役目に怖気づいていたことが原因だろう。実際、一眠りしたら体調はすっかり回復していた。

 やはり、シャルロットに対する手紙の内容はアレで良かった。具合が悪かったのは本当だが、こんな元気な状態で戻ったら白い目で見られていたのは確実だ。それに、あんな大役が無理だと思っていたのも、そう思っていたことが原因で辞めたことに間違いは無いし…

 

「ってヤバい、もうこんな時間…!!」

 

 教室の時計の針が、間もなく次の競技開始の時刻を示そうとしていたことに気付き、谷本は慌てて教室を飛び出した。生着替え競争は岸里に丸投げしたので大丈夫だと思うが、流石に次の競技まで休む訳にはいかない。それに、やはりシャルロットにはきちんと自分で謝っとくべきだろう…

 

「…?」

 

 水筒片手に階段を駆け下り、廊下を走り抜け、そのまま校舎を飛び出し、グラウンドを目指して全力疾走する彼女の足が、途中でピタリと止まる。ふと何かが気になり、向けた視線の先には学生寮。しかし、それだけ。そこに学生寮以外の何かがある訳でもなく、誰かが居る訳でもない。強いて挙げるなら、先程そこで体調を崩したことぐらいだが…

 

「ま、いっか…」

 

 結局、特に気にするようなことも思いつかず、谷本はすぐにその場から走り出した。その拍子に出たそよ風で、あの日、彼女が身を隠していた植え込みの草が、人知れず静かに揺れていた…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「という訳で今回もバッチリ、嫌な記憶は綺麗さっぱり消させて貰いました、と」

「いや、本当に一時期はどうなるかと思ったぜ…」

 

 あの後、珍しく襲撃が無かった大運動会は無事に終了し、谷本の件を片付けたアイゼン含め、4人は隠し部屋に戻っていた。谷本が例の現場を目撃していたことを知った時は本当に焦っていたが全て片付いた今、彼らは完全にリラックスムードでくつろいでいる。

 

「本当に便利だよなソレ、俺も覚えてみようかな?」

「うーん、でも俺ここまで上達するのに一年掛かったけど…」

「あ、じゃあ無理だ…」

 

 器用貧乏なことに定評のあるアイゼンだが、正直な話そんな表現で彼のことを片付けて良いのか常々疑問に思う事が多々ある。確かに純粋な体力はセイスに劣るし、手先の器用さではバンビーノや技術部の者の方が上だ。他にもフォレスト派にはアイゼンより射撃が上手い者も、純粋な格闘能力が高い者は居る。しかし、それはあくまで彼らが自分達の本領や土俵でアイゼンと競った場合の話。もしも彼らが自身の得意分野以外でアイゼンと競った場合、十中八九アイゼンが勝利するだろう。

 それ程までに、アイゼンはスキル習得能力が高い。射撃や格闘の戦闘分野だけでなく、機械工学や料理、一般的なスポーツから芸術と、あらゆる分野に精通しており、時には古参メンバーが彼に何かを教わりに足を運ぶ時がある程だ。

 そんな彼が、催眠術やマインドコントロールを習得出来ない訳が無かった。動画サイトと独学でアイゼンが身に着けたコレは、一般人に見られてはならないモノを目撃された時や、必要な情報を手軽に吐かせる時には非常に便利で、彼の窮地を幾度となく救ってきた。セイス達も何度かお世話になっており、今回のような出来事に対する最終手段として重宝されていたりする。しかし、たまに通用しない相手が居るので過信は禁物だ。やはり、最初からヘマしないことが大事である。

 

「まぁ何はともあれ、悩みの種が片付いたところで、野郎共お待ちかねの…」

「「「収穫祭だああああぁぁぁぁッ!!」」」

 

 言うや否や、アイゼンの報告が来るまでの緊迫感はどこへやら、一気にお祭りムードでカメラをパソコンに接続し、データのチェックを始める一同。まぁ、今回撮影した写真の質と量を踏まえ、更にファンクラブに送り付けた際の収入を考えると、彼らの浮かれ具合も仕方ないことかもしれない。

 

 

―――故に…

 

 

「……おい…」

「何だ?」

「写真、思ったより少なくね?」

「き、気のせいだろ?」

「なぁ、俺が腰痛めてまで撮ったシャルロットの顔アップが無いんだけど…」

 

 

―――撮影した写真のデータが、実際に撮った枚数の3分の1にまで減っていたことに気付いた時、彼らは絶望した…

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

―――生徒会室にて…

 

「お姉ちゃ~ん、写真持ってきたよ~」

「お疲れ様。どれどれ……あら、上出来ね。これだけあれば、一部を新聞部に分けたとしても、卒業アルバムは充実したものになるわ…」

「えへへ、褒められた~」

「それにしても、意外だったわね。生徒会の一員とは言え、あなたが卒業アルバム用の写真の撮影役を自ら買って出るなんて。お嬢様にお菓子でも貰ったのかしら?」

「ううん、お嬢様には何も貰ってないよ~」

「そう。まぁ良いわ、とにかくありがとう。あなたも疲れたでしょうから、もう今日はゆっくり休みなさい」

「は~い♪」

 

 




○撮ってきたとは言ってない
○他の人からも貰ってないとは言ってない
○因みに谷本さんの件で碌でもない対応してたら、写真は十分の一まで減ってた
○一応谷本さんの件は片付きましたが、まだ裏話が…
○ホラーコンビが関わってますが、詳細はその内

次回は空母殴り込み、そしてアメリカ代表との再戦。お楽しみに~



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動く暗躍者達

今話はどっちかと言うと助走回で、本番は次話になります。
いつもIS戦の話を書く時は頭を悩ませていましたが、訳合って今回は結構さくさく書けそうです。まぁ、そんなこと言って結局いつも更新は遅くなりますが…;


 幾つか予想外な事態に見舞われたものの、今年度のIS学園で半ば恒例となっていたイベント襲撃も起こらず、どうにか無事に終わった運動会から数日、学園の生徒達が日常に戻るように、セイス達も通常の活動を再開していた。彼は今日もカメラ片手に、外出中の一夏を尾行中である。

 因みに、運動会勝者の特権、一夏との同棲権は、様々なハプニングが重なって企画者兼進行役だった筈の楯無に手に渡った。そして彼女は早速その権利を行使して、一夏を街に連れ出してデート(多分一夏はそう思ってない)と洒落込んでいるのだが、ぶっちゃけ邪魔でしょうがない。付近に潜伏していた同業者は既に壊滅しており、この場で一夏が襲われる可能性は極めて低い。故に、楯無が役に立つ、あるいは利用出来るような事態は発生しないと思った方が良いだろう。早い話、邪魔。

 不用意に近付くと勘付かれるので、こうして遠くの物陰から見張るしか無い。今もこうして、あの鈍感と色ボケに向けてカメラのシャッターを切る以外にやることが無い。でも一応、写真はちゃんと撮っておく。

 

「タイトルは『男性操縦者、ロシア代表と逢引?』ってとこだな。コレは、そこそこ売れる」

『一夏が一緒に写ってちゃあ、ファンクラブの連中は高値で買ってくれないぞ?』

「センテン○スプリングは買ってくれる」

 

 正式にラヴァーズ入りしてからというもの、楯無の一夏に対する態度や接し方が露骨になってきたので、向こうが欲しがりそうな瞬間がホイホイ撮れるようになり、一部の週刊誌が高く買ってくれたので最近は懐が温かい。少し具体的に言うと、マドカを食事に何回か誘っても平気なくらいには稼げた。ラヴァーズ達との写真も、同じように高値で引き取ってくれる筈だ。下手なバイトよりも稼げるので、この仕事をしている間はパパラッチを副業にするのも本気で検討すべきかもしれない。あ、でも箒の写真だけはやめておこう、天災に即バレして怒りを買う未来しか見えない。て言うか、良く考えたら織斑の写真って時点で…

 

「……もしかしなくても俺、やっちまったかもしんねぇ…」

『どうした?』

「こっちの話だ。ところで、もう帰って良いか? 一夏には楯無が付いてるし、俺は必要ないだろ」

『それもそうだが、姉御の指示だからな……っと、その姉御から通信だ。ちょっと待て…』

 

 世界最強に命を狙われる可能性を頭の隅に追い払い、愚痴った直後に入ってきた姉御からの連絡により、オランジュとの通信が暫し中断される。が、思ったよりもすぐに戻ってきた。そして、唐突にこんなことを訊ねてきた。

 

『なぁセイス、お前って飛行機ダメだけど、別に乗り物に弱いって訳じゃないよな?』

「なんだ唐突に。まぁ、実際そうなんだがよ…」

 

 セイスが夜の飛行機が苦手な事は、既に周知の事実である。しかし厳密に言うと、セイスは飛行機が苦手と言うより幼少の頃のトラウマ、『真っ暗なコンテナに入れられてポイ』を思い出させる空間が苦手なのである。故に基本的に眠れないどころか目も瞑れないが、機内が明るければ飛行機は一応乗れる。他の乗り物に関しても同じで、むしろ好きな方だ。自動車に列車、船とかだと尚更良い。落ちる、と言う状況に縁遠いから。 

 

『じゃあ問題ないな、今から指示する場所へ向かってくれ』

「何か起きたのか?」

 

 十中八九、姉御の通信が切っ掛けだと思うが、それでも訊いてみた結果、オランジュは何でもないようにこう応えた。

 

『別に大したことないさ。ちょっと海まで行って、でかい船に乗って貰うだけだ』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

「という訳で指示通り、アイゼンとバンビーノに加えセイスも向かわせましたよ、姉御」

『分かったわ。あなたは、そのまま彼らのサポートを続けてちょうだい』

 

 隠し部屋でオランジュが目を向けるパソコンのモニターには、拠点を再びこの付近に移したスコールの姿があった。そして先ほど、彼女はオランジュ達に新たな任務、日本海に接近中の米軍空母の調査を言い渡したところである。この空母の所属部隊も目的も不明だが、此方の得になる行動を取ってくれるとは思えない。かと言って無闇に攻撃して、薮蛇になるのも御免だ。それ故、無視するにしろ、撃退するにしろ、この空母への対応方針は、相手の目的を探ってから決めることになった。今頃、調査に向かったセイスたち現場組の三人は、技術部から送られた最新装備一式で身を固め、海原へと繰り出している頃だろう。

 

「了解です。ところで姉御、二つほど質問が…」

『何かしら?』

「どうしてアメリカは、このタイミングで空母なんざ寄越してきたんですかね?」

 

 アラクネの強奪、機密軍事施設の襲撃、銀の福音の暴走、学園祭裏工作の失敗、本国での亡国機業メンバー捕縛作戦の失敗、名無し部隊によるIS学園襲撃の失敗…今年に起きた出来事だけを考えても、あの国は散々な目に遭ってばかりである。この状況を少しでも好転させるべく、何かしら手を打とうと躍起になるのは分かるが、それを考慮しても今回の空母接近は謎過ぎる。今頃、此方や日本だけでなく、主要国家各国にこの暴挙とも言える動きを確認されていることだろう。彼らは目的を果たした後、国際社会に向けて何と説明するつもりなのだろうか。

 

『それを確かめる為に、あなた達に調査を命令したのだけど?』

「おっと、そうでした。こいつは失礼…」

『それで、もう一つの質問は?』

「あれから、旦那から連絡はありましたか?」

『その質問、そっくりそのまま返すわ』

 

 先日、オータムに新しいISを手配する為にイタリアへ向かったフォレストは、スコールにその目途が立ったことを報告しながら、さらりと暫く行方を晦ますと告げてきた。碌に理由も教えずに、貸した部下の面倒を頼むだけ頼み、あっさりと通信を終わらせた彼は宣言通り、その日の内にティーガーを含めた腹心達ごと音信不通となり、完全に行方不明になってしまった。それ以降、スコールは当然のこと、彼女の一派への貸し出し要員にすら連絡が何も来ず、フォレストの現在の動向は亡国機業の誰にも分かっていなかった。

 

「相変わらず音沙汰が無い、ってことですね…」

『それで質問は全部? だったら、いい加減仕事に戻って頂戴。私も現場に向かうわ』

「え、姉御も行くんですか?」

『何か問題でも?』

「いいえ全く。むしろ頼もしい限りですが、ちょっと過剰戦力にも程がありませんか?」

 

 オランジュの知る限り、ISを纏ったスコールの戦闘能力は組織でもトップクラスだ。彼女さえ居れば、大抵の戦場では勝利を掴む事が出来るだろう。だが相手が空母とは言え、今回の仕事は調査が目的だ。それにあの三人ならば空母如き、例え撃沈しろと言われても平気でこなせると思うのだが…

 すると、オランジュの疑問にスコールは、苦笑を浮かべてあっさりと答えた。

 

『最近オータムとエムに任せてばっかりで、身体が鈍ってしょうがないのよ』

「あぁ、そういうことですか。分かりました、それではセイス共々精一杯サポートさせて頂きます」

『よろしく頼むわよ』

 

 それだけ言って、彼女は通信を切った。隠し部屋に、再び静寂が訪れ、その中でオランジュは一人、何かを思案するように顎に手を当て、短く呟いた…

 

「目的不明の謎の空母、ね…」

 

 地図に存在しない秘密基地を含め、アメリカの全軍事施設の位置を把握しているスコールが、その動向を把握していなかった?

 

「ダウト」

 

 ましてや、相手は空母。隠密性の高い潜水艦でもなく、瞬く間に目的地に到着可能な航空機やISではなく、ばかデカくて目立つ上に速度も音の壁を越えられない空母なのだ。そんな代物の接近に、ギリギリまで気付けなかった? あのスコールが?

 

「ダウト」

 

 身体が鈍ったから現場に向かう? 世界各国の諜報機関のブラックリストに載っているスコールが、日本近海で、ISを持って、ただの気晴らしの為に現場に向かう。そんな軽い気持ちでやるには、不釣り合いなリスクの多さを、彼女自身が把握していない? 

 

「ダウト。姉御、本当はコレが理由でしょう…」

 

 オランジュがパソコンを操作し、モニターに映し出したのは、とある存在の動向。現在地は太平洋上空、高速で進む方角は西、ソレに記された名前は二つ。『イーリス・コーリング』、そして『ファング・クエイク』。彼女とその愛機は今、空母を追うように日本を目指していた。きっと、楯無も一夏も同じように、同じ場所へと向かっていることだろう。これらがスコールの行動に、無関係な訳が無い。

 それらの情報を一通り眺めたオランジュは、やがて瞑想をするように目を瞑る。米国空母の接近、フォレストの失踪、スコールの不審な言動、アメリカ国家代表の動き、様々な事象を頭の中で整理し、それら一つ一つの裏に隠れた有益な情報を見極める。そして…

 

「……嗚呼もう面倒くさい、本当に面倒くさい仕事を寄越してくれましたね旦那ぁ。それとも、これも愛弟子教育の一環とでも言うんですか…?」

 

 呟くと同時に目を見開いたオランジュは立ち上がり、隠し部屋に設置された戸棚に手を伸ばした。その中には、仕事道具から日用品まで色々なものが入れられている。当然ながら、彼の仕事道具もそこにある。

 そこから引っ張り出した自身の仕事道具を手に、オランジュは改めて今後のことを考える。これから自分がやらなければならない全てのことを、頭をフル回転させ段取りを組んでいく。これはもう、セイス達には手伝って貰えない、フォレストが行方を暗ました現在、自分にしか出来ない役目。フォレストの弟子にして、亡国機業次期盟主候補たる自分にしか担えない大事な役目。無論、失敗は出来ない。

 フォレストのことだ、彼が行方を暗ますことを切っ掛けにスコールが行動することも、無言の指示と期待に自分が応えることも、きっと全て想定済みなのだろう。その事に対して、色々と言いたい事はたくさんあるが今は時間が惜しい。セイス達のサポートに加え、やることが山のようにある。その内の一つでも失敗すれば、最悪の場合誰か死ぬことになる。だから今は、取り敢えず…

 

「オランジュ改めファントム、この大仕事、謹んでお受けさせて頂きます」

 




○結局その後もセイスが写真を売り込んだ結果、一夏は週刊誌の記事に『女たらし』、『七股野郎』等と書かれてしまったそうな…
○その記事が出回ったその日の内に、記事を書いた出版社は謎の襲撃を受け、本社が崩壊
○犯人の特徴は黒髪の二十代の女性、凶器はIS専用ブレードだったらしいが、未だ逮捕に至っておらず、操作は難航している
○て言うか警察は逮捕を既に諦めている
○姉御始動、阿呆専門も始動

次回、空母に潜入したセイス達。そこで彼らが目撃したものは…


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踊る暗躍者達

しかし割とサクサクと執筆が進み嬉しい反面、何故かアイ潜を書いてるのに書いてる気がしない。具体的に言うと、何かが足りない気がして胸がモヤモヤ。しかし今、その理由に気付きました。

マドカが登場する話、いつから書いてないんだろう…


 

 陸地から数十キロ離れた海原に、堂々と停泊する一隻の空母。並みの建造物とは比べ物にならない巨体が放つ威圧感は、遠く離れた距離からでも嫌でも感じてしまう。その城の如き巨大船に、日頃使用しているスーツと同等のステルス機能を搭載した小型ボートで近寄り、たった3人で乗り込むと言うのだから、普通に考えたら無謀な行為に他ならない。しかし、直接的な接触が可能になる距離まで残り僅かと言ったところまで近づいても尚、セイス達は落ち着いていた。彼らに言わせれば空母に潜入することなんて、キレたティーガーから逃げ切る事と比べたら楽勝なのである。故に今更、この程度の事で緊張したり、不安を感じる事は無い。とは言え…

 

「なぁ、やっぱ変だよな…」

「何がだ?」

「この仕事と、コレだよ」

 

 そう言ってセイスが差し出したのは、技術部から送られてきた新型アサルトライフルだ。一見すると従来のサブマシンガンと大差ないが、見慣れたサイズの弾倉に対して銃口が少し大きい。実はこの銃、試験的にISの技術を組み込み、疑似的な量子化システムを搭載しているのだ。その主な恩恵は、どうみても拳銃弾サイズしか入らないマガジンにライフル弾を装填する事が出来るようになっており、装填数も本来の二倍近くに増えていることだろう。その為ライフルの火力を保持したまま、ブルバップ以上の取り回しの良さと、装填数を持った、非常に凡庸性の高い銃として仕上がっている。製作に関わった者達に言わせれば中途半端とのことだが、今のところ現場組からは概ね好評であり、近々拳銃の方にも同じような機能を持たせる予定とのことだ。

 この新型小銃の他にも、ランニングベアと同等の性能を持った新型戦闘服、正式採用されたISの技術を転用した新型無線機、射出機能搭載のアンカー付きワイヤーガンなど、まるで今から全ての装備の試験運用でもしてこいと言わんばかりに奮発っぷりである。

 

「幾ら忍び込む場所が米軍空母だからっておかしいだろ、この装備は。俺達は潜入調査しに来たのであって、戦争しに行く訳じゃ無いだろ?」

 

 だからこそ、セイスは疑問に思う。送られてきたこれらの装備は、明らかに度が過ぎている。あの空母で戦闘をする可能性は決してゼロでは無いが、調査を優先するので極力戦闘は避けていくことになるだろうし、そもそも自分達の実力なら例え制圧して来いと言われても、武器は現地調達で充分に賄える。

 だと言うのに、スコールは何故こんなにも豪勢に装備を送ってきた?

 

「まぁ、ぶっちゃけ俺達も変だとは思ってる」

「じゃあ…」

「とは言え、これは全部姉御の指示だ。未だ行方知れずの旦那から連絡が来ない限り、俺達はあの人の言う事を聞き続ける。それが俺達フォレスト一派、その貸出組が通すべき筋ってもんだろ」

 

 フォレストとは未だに連絡がつかず、幹部会の方でも彼の行方を把握できていないと聞く。オランジュでさえ、フォレストがいつ帰って来るのか全く見当がついていないように見えた。しかしフォレスト派の者達は誰一人として、彼が戻って来ることを疑っていない。だから取り敢えず今は、フォレストから最後に受けた指示に従い、貸出組としてスコールの元で働き続ける。それこそがフォレスト派の一人として、そしてフォレスト派の為に今出来る最善の選択だと、少なくともバンビーノは思っている。

 

「それに旦那のことだ、こうなることも何もかも見据えて動いてる筈だろうよ。俺達がフォレスト派の一員として行動している限り、あの人を裏切る行為に繋がることは無ぇさ」

「そうか、そうだな…」

 

 確かに、その通りだろう。どちらかと言えば脳筋な自分達が幾ら頭を捻ったところで、事態は大して変わる事は無い。例え罠が待っていようが、誰かが何か企んでいようが、今の自分が出来ること、やるべきことは自ずと限られてくる。そして、いつだってフォレストは自分にとって最善の指示と、選択肢を用意してくれていた。きっと今のこの状況も、彼が残して行ったそれらに違いない。一度そう思えば、不思議と躊躇いを覚えることは無かった。

 

「おーい二人とも、もう着くぞー」

 

 ボートを操縦するアイゼンの声で視線を向けると、目的地である空母がもう目の前に迫っていた。直前まで疑問と懸念で頭が一杯だったセイスだが、バンビーノの言葉により一応の切り替えは出来たようで、これなら問題無く仕事に集中できることだろう。

 

「んじゃ気を取り直して、仕事始めようぜ」

 

 こう言う所は、先輩として尊敬している。気恥ずかしいので絶対本人には言わないが、それがセイスの嘘偽りの無い本音である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おい、どういう事だコレは…」

 

 ワイヤーを発射して撃ち込んで、それを巻き上げながら船体を登りきった一行は艦内に侵入。乗組員に見つからないようにステルス装置を駆使しながら艦内を歩き回ること十分、三人には心の底から戸惑い、不安を覚えていた。何故なら、今の自分達が居る場所は巨大な艦船の中。それも、乗組員の数が5千人を超える事が当たり前の空母である。そんな場所に居ると言うにも関わらず、どういう訳か…

 

「誰も居ない…」

「B級映画じゃあるまいし、ゾンビとかUMAとか出てきたりしないだろうな…」

 

 空母に潜入してからこの十分、この艦内で乗組員はおろか人っ子一人見かけないのである。それどころか碌に物音もせず、まさにゴーストシップのような状態だ。どう考えても自分達が来る前に、この空母で何かあったのは明らかだろう。

 

「どうやら、俺達以外に先客が来てたらしい」

「いったい誰が、そもそも何が起こったんだ?」

「さぁな、だが取り敢えず調べよう。ブリッジは俺が行くから、セイスとアイゼンは他よろしく」

「はいよ」

「そっちも気をつけろよ」

 

 そう言ってバンビーノはセイス達と別れ、宣言通りブリッジへと向かう。依然としてステルス装置は起動させたまま、油断せずに気配を消しながら慎重に進むが、やはり誰にも遭遇しない。しかも道中、何かしらの手掛かりや形跡も見つけられず、ここで何が起きたのか推測する事さえ出来ない。それがまた、この状況の不気味さを強く感じさせる。ブリッジの入り口に着く頃には、武器を握る手の力が無意識の内に強まっていた。だが扉に手を掛けた直後、バンビーノは動きを止めた。

 扉を開けて中に入った瞬間、確実に碌でも無い未来が待っている。これまで何度も頼ってきた勘が、そう言ってガンガンと警鐘を鳴らしている。けれど、分で行くと言った手前、何より仕事の為に、彼は意を決して扉を開き、武器を構えながら中へ入り込んだ。

 そして同時に、絶句する。

 

「……冗談キツいぜ、クソッタレ…」

 

 目の前に広がるのは赤、赤、紅。壁も赤、床も赤、天井も赤、ブリッジ室にぶちまけられた深紅。鉄の臭いがする、真っ赤な地獄。一歩踏み出せばピチャリ、二歩踏み出せばピチャリ、三歩踏み出せばグチャリ、この部屋を染めたものと、それが入っていた袋の残骸で埋め尽くされた赤い海。

 この空母の乗組員だった者達の成れの果てと、それによって生み出された血の海。それが、バンビーノの前に広がる光景だった。

 

「この手口、どこの奴らだ…?」 

 

 この業界に入ってそこそこ長いが、ここまで酷い物は滅多に見ない。吐き気こそないものの、反吐は出そうだ。少なくともこの空間を、こんなクソみたいなコーディネイトをした本人を今すぐにぶち殺したい。

 しかし曲がりなりにも五千人もの乗組員が乗艦している米軍空母を制圧したのだ、それなりの実力者達であることは間違いない。それにブリッジの遺体を良く観察すれば、その殆どが士官服を身に着けていることが分かる。ここに来るまで他に戦闘の形跡が見られなかったことも考えると、コレをやった奴らは効率良く空母を制圧する為、そして下手に抵抗されない為に、指揮官としての能力を持っている者をここで粗方始末したのだろう。少なくとも、それを考えて実行出来るだけの能力はあるようだ…

 

「おいオランジュ、面倒なことになりそうだぞ」

 

 空母の平均的な乗組員の数を考えると、ここで殺されたのが全員であることは有り得ない。残りは恐らく、どこかに閉じ込められたか、別の場所で殺されたか、はたまた海に放り捨てられたかだろう。だが皆殺しの線だけは、少なくとも今の時点では無い。それをやるのに必要な弾薬の量が洒落にならないだろうし、そんなことする位なら最初から空母自体にミサイルなり魚雷なり撃ち込めば良い。空母を乗っ取ること自体が目的だったとしても、五千人以上もの乗組員を殺害するには非常に時間と手間が掛かる。空母を制圧出来るだけの頭を持った奴が、そんな無駄なことをするとは思えない。

 どちらにせよ、この状況が厄介であることは変わりない。他の手がかりを求め、ブリッジのコンピューターを操作しながら、とにかくオランジュへと通信を繋げるバンビーノ。しかし…

 

「オランジュ?」

 

 通信機から何も返事が無い。何度も呼びかけるが、オランジュは何も言ってこない。聴こえてくるのは、先程使った時は聴こえなかった筈の、砂嵐のようなノイズ。もしやと思い、セイスとアイゼンに通信を繋げようとするも同じように反応が無く、聴こえるのはノイズだけ。

 一度外して良く確かめてみたが、間違ってスイッチを切った訳では無い。自分が装着しているのは、技術部が開発した最新式。あの変人集団に限って、不良品を送って来ることは考えられない。となれば、考えられるのは一つだけ。

 

「まさか、ジャミングされてる?」

 

 それも、ただのジャミングでは無い。世界規模で見てもトップクラスの実力を持つ、亡国機業技術開発部の作った新作を狂わす程のジャミングなのだ。こんなことアメリカは愚か、IS学園にだって出来ない。出来るとすれば、かの天災博士か、自分達と同じ亡国機業に連なる組織にしか…

 と、その時、追い打ちを掛ける様な代物がバンビーノの目の入り込んできた。

 

「……オイオイ、本格的に洒落にならねぇぞコレは…」

 

 モニターに出てきたのは、この空母の最後の通信記録、米国本土へと送られたメッセージだ。ブリッジを襲撃される直前、乗組員の一人が送ったのか、この空母を襲った下手人達が乗組員を装って送ったのかは分からない。だがこの際、誰が送ったのかはどうでも良い。問題は、その内容だ。この空母が本土へと送った一文には短く、簡潔にこう書かれていた。

 

 

 

―――我、襲撃ヲ受ケル。敵ハ、亡国機業 (ファントム・タスク)也

 

 

 

 

 

 

 バンビーノが空母のブリッジで絶句している頃、2隻の漁船が海原を走っていた。しかし、空母へと乗り込んだセイス達と入れ違う様に日本へと向かうこの船は、漁船とは思えない様なとんでもないスピードが出ていた。しかも船内には魚では無く武器と弾薬がギッシリで、乗っているのは漁師では無く暗殺者と傭兵達ばかり。明らかに、まともな集団では無い。

 そのまともじゃない漁船の甲板で、一人の男が誰かと衛星電話で会話していた。

 

「仕事は完了した、これより帰還する」

『ご苦労様です』

 

 甲板の上に立つこの男、名前を『ジェイク・アンダーソン』と言い、この業界では少し名の知れた傭兵である。一度依頼を受ければ何が相手だろうと仕留め、これまで数多くの戦場を転々としながら多大な戦果を残してきたこともあり、世界各国の様々な陣営が彼を取り込もうと今も躍起になっているが、どの国も彼らとコンタクトを取る事さえ碌に出来ていないのが現状だ。故にそんな彼らに依頼を頼むことが出来た、この電話の向こうに居る女の存在を知ったら、関係者たちは軒並み嫉妬で悔しさで発狂するかもしれない。 

 

『それにしても素晴らしい働きでした、まさに期待以上です。この件を切っ掛けに国際社会は重い腰を上げ、亡国機業追撃を本格化することでしょう…』

 

 今回の米軍空母制圧も彼と直属の部下達にとって、亡国機業のフォレスト派やオコーネル社の傭兵達と戦った時と比べたら、割と簡単な部類に入る楽な仕事だった。だが何より一番気に入ったのは、その商売敵である亡国機業に一泡吹かせられる仕事内容だったことだろう。

 理由は知らないが、この女は世界各国が亡国機業対策に本腰を入れる事を望んでいる。しかし奴らは隠密性を重視する傾向にあり、自分達が今まで仕出かしたことを被害者達にすら上手に隠してきた。その為、今まで仕出かしてきた事に比べて、国際社会が亡国機業に対して感じる脅威と危機感は恐ろしく低い。

 だから、目を覚ましてやった。空母を襲い、乗組員と士官を殺し、『亡国機業に襲われた』と言うメッセージを送ってやった。更に自沈システムも作動させてきたので、間もなく米国は貴重な秘匿空母を失う。被害者本人である米国は勿論、米国相手にこれだけのことをやってみせた亡国機業に、諸外国も向ける目を変えざるを得ないだろう。そうなれば幾ら亡国機業と言えど、これまで通りと言う訳にはいくまい。目の上のたんこぶ二つ、その片方の末路を想像するだけで、いますぐ声を出して笑いたくなる。

 

「世辞は不要だ。それよりも、報酬の件だが…」

 

 だが、素直に喜んでばかりもいられない。自分でさえ一目置いている亡国機業を敵に回すような、こんなことを依頼してくる女も充分に危険で不気味だ。事前に約束した報酬の額と言い、前金として送ってきた最新装備の数々…ISの技術を応用した、ライフル弾を撃てる見た目サブマシンガンの小銃や、小型通信機。更には、その通信機さえ使い物にならなくするジャミング装置など。これらのお陰で随分と楽が出来たが、こんな代物を用意できるこの女の正体が全く推測できず、むしろ不気味に感じた。

 こんな相手とは深く関わらず、報酬を受け取ったらさっさと縁を切った方が身の為だろう。最悪の場合、会話の内容によっては報酬も受け取らず、このまま会わずに雲隠れするのもありか。前金として受け取ったこの装備だけでも、充分に価値が… 

 

『えぇ分かっております。貴方達の船代も含めて、ちゃんと用意してありまよ。ホラ、この通り』

 

 直後、ジェイクの目の前に何かが落ちて来た。ゴトンと音を立てて空から降ってきたのは、一個のスーツケース。衝撃で開いたそのトランクからは、ギッシリと詰まった札束が覗いていた。

 状況を飲み込めない彼に追い打ちを掛けるが如く、更に背後で眩い閃光と大きな爆音。咄嗟に振り返ってみれば、自分達の後を追いかけるように走っていた筈の二番船が大破し、激しく燃え上がっていた。そして部下達の安否を心配をする暇も無く、船の周囲が不自然な程に明るく照らされていることに気付く。それは燃え上がる二番船の炎では無く、沈みかけの太陽でも無い。自分達を照らし出す光は、上空で自分達を見下ろす一機の金色のIS、その手に集まる禍々しい破壊の光で…

 

『それだけあれば、川の向こう岸へ送って貰うには充分よね?』

 

 未だに通話の繋がっていた受話器から届いた、そんな言葉。その言葉を最後に、降ってきた光の塊に包まれたジェイクの意識は、乗っていた船ごと跡形も無く、完全にこの世から消滅した。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

「ん?」

 

 殆どの生徒が寮に戻り、人の気配が極端に減ったIS学園の廊下。簪の視線の先に、そいつは居た。

 

「あの…」

「おや、学園の生徒さんですね。これは丁度良いところに…」

 

 ビジネススーツをビシッと着こなした、自分より少しだけ年上に見える欧米系の若者。彼は自身と簪以外誰も居ない廊下のど真ん中で、道に迷ったのかのように右往左往していた。そんな挙動不審な彼に声をかけてみると、随分と物腰の柔らかい反応が返ってきて、逆に拍子抜けしてしまう。

 そして見るからに部外者のようだが、良く見ると、その首には来客証が掛けられていた。この頃流行りの襲撃者や、侵入者の類ではないようだ。そもそも学園に忍び込めるような奴が、こんな廊下のど真ん中で道草食うような真似をする訳が無い。

 

「おっと失礼。私、国際IS委員会所属の『オーランド・レノン』と申します」

 

 そう言って彼、オーランドと名乗った男は簪に一枚の名刺を手渡してきた。それには彼の名乗った名前と顔写真、そして国際IS委員会の文字がしっかりと記されていた。因みに少しだけ年上なのかと思ったら、名刺には二十四歳とあった。随分と若々しいと言うか、童顔というか、とにかく意外なのは確かだ…

 

「実は委員会の使いとして送られて来たのですが、連れの者とはぐれてしまいまして…」

「つまり、迷子?」

「あ、あはは。恥ずかしながら、その通りで…」

 

 簪の容赦ない言葉に、引き攣った苦笑いを浮かべるしかないオーランド。その様子に、何だかもう簪は彼を不審者として見るのをやめた。こんな見るからに気苦労の絶え無さそうな彼を相手に警戒心を抱くのは、するだけ無駄な気しかしない。それに拍車をかけるかの如く、オーランドは愚痴を溢すように自身の現状を語り始める。

 

「しかもあのバカ、携帯の電源を切ってるみたいなんですよね。一応、最初に向かう場所は決めてあるので、そこに行けば合流出来るとは思うんですが、どの道その場所が分からないので、どうしようも無くて。いやぁ、本当に困った……マジでアイツ、合流した時にどうしてくれようか…」

「因みに、その向かう場所って?」

 

 その簪の言葉に、オーランドはニコリと笑みを浮かべた。そして、その一見すると人畜無害、知っている者が見れば、とある男を思い出させる胡散臭い笑みを浮かべながら、金髪の彼はこう言った。

 

「事務室です。先にちょっと、用務員の轡木さんに大切なお話が…」

 

 




○お察しかと思いますが、今回の話で出てきた新キャラはジェイクだけです
○そしてジェイクは多分もう出ない
○亡国機業技術開発部は、特にどっかの派閥に属している訳ではありません。しかし破調が合いやすいのか、多くの所属者がフォレスト派のメンバーと仲が良い
○簪の受け取った名刺には写真以外、何一つとして本当のことは書いてありません

次回、三つ巴開始。空母でクソ餓鬼が悪知恵の冴えを見せ、学園で奴が嗤う。


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嗤う暗躍者達

お待たせしました、続きの更新です。なんか気付いたら、半分以上アイツの話になってしまいました…;

そして諸事情により、二話前のタイトルを『動く~』に変えて、『嗤う~』をこっちにしました。まぁ、大した問題では無いんで気にしなくても平気です…


 

「行っちまったな…」

「どうする、これから?」

 

 ドカン、ドゴンと、爆弾のような衝撃音が途切れることなく艦内に鳴り響く。周囲は抉られ、粉砕されたような破壊の跡でいっぱいだったが、その音源はセイス達の視線の先、中でも一際大きく壁に空けられた穴の先にある。

 艦内を捜索中、空母に乗り込んできた楯無と一夏を発見したセイスは。即座にオランジュに連絡を取ろうと試みたものの何故か通信がジャミングされており、バンビーノ達とも通信を取る事が出来なくなっていたことに気付いた。取り敢えず二人を尾行していたのだが、調理室に辿り着いたところで何故かアメリカ代表のイーリス・コーリングが現れたのである。楯無はイーリスに姿を見られる前にその場から離れたのだが、それが出来なかった一夏は已む無く彼女と戦闘状態に突入。戦闘の余波(主にイーリス)が周囲をぶち壊しながら、ISを纏った二人は今も激しい攻防を繰り広げている。その騒音と衝撃は、アイゼンが艦内の捜索を中断して様子を見に来る程だ。

 

「おい、どう言う状況だコレは?」

「あ、バンビーノ」

 

 そして、同じく騒ぎを聞きつけてやって来た者がもう一人。セイスから状況を聞かされたバンビーノは額に手を当て、思わず項垂れてしまった。

 

「マジかよ、次から次へと面倒事ばかりだな…」

「何かあったのか?」

「詳しい事は後だ。取り敢えず、このまま放置して一夏を攫われるのは避けたいが、相手は国家代表が駆る第三世代か…」

 

 『ナタルが喜ぶ』とか言っていたので、イーリスは一夏を倒した後、彼をアメリカに連れて行こうとしているのは明白。相手が多少なり手心を加えている可能性を踏まえても、日頃の特訓の賜物なのか一夏は国家代表を相手に良く持ち堪えていると言える。しかし見るからに防戦一方だったので、負けるのも時間の問題だろう。楯無はいつ戻って来るか分からないので、あまり当てには出来ない。て言うか、このアメリカ空母に保存されているであろう機密データが目当てだったとしても、護衛対象を国家代表の前に置き去りにするなと言いたい。一夏が窮地に陥った際は自分達が出てくると踏んでいたとしても、ちょっと正座させた後に全力でビンタしたい。無論、ビンタ担当はセイスである。

 冗談はさておき、本当にどうしたものか。幾ら最新式の装備とは言え、第三世代機を相手に戦闘スーツとライフル弾だけでは火力が心許ない。そもそも自分達は亡国機業だ、第二回モンド・グロッソでの誘拐事件に加え、二度に渡る襲撃の件もあって一夏がこちらに抱いている印象は最悪だろう。そして、ここ最近スコール主導でアメリカ相手に色々とやった上に、セイスはイーリス本人と直接戦っている。そんな二人の間にノコノコと出て行ったら最悪の場合、両方ともこっちに狙いを変える可能性が大いにある。そうなったら、自分達はたった三人で、しかも生身で二機の最新型ISを相手する羽目になる訳だが、その様な状況、言うまでも無く確実に死ぬ。

 そう思うと今すぐに帰りたくなるが、これも仕事である、やるしかない。さて、どうしようかとセイス達が頭を悩ませていた、との時だった…

 

 

「あ、面白いこと思いついた」

 

 

―――悪戯小僧 は 何か を 閃いた

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「オラァ、いつまでも逃げてんじゃねぇぞ織斑一夏ぁ!!」

「逃げるなって、そんなこと言われてもッ…!!」

 

 場所は移って空母の格納庫、そこで二機のISが激闘を続けていた。一夏の白式とイーリスのファング・クエイクが激しくぶつかり合う度に、艦内に衝撃が走り、同時に周囲が次々と破壊されていく。自分達が乗っているこの空母がその内沈んでしまうのではと、一夏は内心で冷や冷やとしていたが、逆にイーリスはそんなの知ったことでは無いと言わんばかりに容赦なく追撃してくる。生け捕り目的の為か多少なり手加減されている上に、防御に徹しているので何とか耐え続けていたが、それも国家代表相手では時間の問題だった。クエイクの拳が白式をガードごと吹き飛ばし、すかさず瞬時加速で距離を詰めてくる。

 

「貰ったぁ!!」

(あ、ヤバッ…)

 

 瞬時加速により勢いの付いた鋼鉄の拳が、殺人的な速度と威力を伴って一夏に迫る。衝撃で身体は動かせず、ハイパーセンサーでも認識するのがやっとなソレを、一夏はただジッと見つめることがしか出来ない。そして…

 

―――グレネード弾の直撃が、ファング・クエイクを襲った…

 

「なッ!?」

「え…」

 

 ダメージこそ微々たるものだが、背後からの直撃弾にイーリスは出鼻を挫かれ、思わず攻撃を中断してしまう。そこへ間髪入れず銃声が鳴り響き、同時に銃撃の嵐がファング・クエイクに叩き込まれる。

 

「くたばれ、亡国機業!!」

「仲間の仇だ、この偽物野郎!!」

 

 いつの間にか、二人が暴れていた格納庫の二階部分、その吊り橋状の通路から、全身を物々しい戦闘服で身を包んだ二人の男がイーリスに銃撃を加えていた。男達の顔は暗視ゴーグルのようなものと黒い覆面、そしてヘルメットのせいで良く見えないが、声と体格からして、そこそこ若いように思える。

 

「ちょ、待っ、偽物って何の話、ぃだッ…!?」

 

 加えて、銃の腕前は確かのようだ。クエイクを纏ったイーリスとそれなりの距離があるにも関わらず、二人の放つ弾丸は寸分の狂いなく生身の部分に命中しており、絶対防御を発動させてエネルギーの消費を強要させていた。

 攻撃されているイーリスは勿論、突然のことに一夏も混乱し、その場に固まって棒立ちしていたが、不意に背後から銃声が聴こえ、同時に腕の装甲に甲高い音。

 

「こっちだ」

 

 一夏が咄嗟に振り返ると、格納庫の出口付近であの二人と同じ格好をした男が銃を片手に手招きをしていた。それに応じるかほんの一瞬迷った一夏だったが、意を決してイーリスに背を向け、白式で一夏は出口に向かって飛んでいった。

 

「ッ、逃がさねぇよ…!!」

「そりゃこっちのセリフだ」

 

 イーリスは慌てて追い掛けようとするも、再び飛んできたグレネードにより動きを止められる。驚くことに先程のグレネードは、最初に現れた二人の男の内の片方が直接投げていた。しかし野球選手のピッチングのように投げられたそれは、冗談のような速度で飛んでくる。一発、二発と、銃撃の弾幕と一緒に砲弾の如く飛来してくるそれらを前に、流石のイーリスも一夏を追い掛けるどころでは無くなってしまい、その場に釘付けにされてしまった。しかも、相手が空母の乗組員のようなので、本気で攻撃することを躊躇ってしまい、実質防戦一方だ。

 その隙に一夏と彼を手招きした男は、格納庫から速やかに離れていく。戦闘服の性能なのか、狭い艦内なので多少減速してるとは言え、男は白式を纏った一夏と並走してみせた。その事に驚きながらも、それなりに離れた所にあった船室の前に辿り着き、男に入るように促されたので、一夏は白式を一旦解除して中に入った。武器庫か何かだったのか、銃器が大量に置かれていたが、アメリカ国家代表と向かい合った緊張が今になって解けたのか、その場でへたり込む一夏。しかし、それでも顔を上げ、目の前の男に疑問を投げ掛けることは忘れなかった。

 

「あ、あんた達は、いったい…」

「よぉ、初めましてだな織斑一夏。諸事情により詳しい自己紹介は出来ないが、取り敢えず言わせてくれ。合衆国の為に助けてやるから、助けろ」

 

 覆面で口元は見えないのだが、目の前の男が自嘲気味な苦笑を浮かべていることを、不思議と一夏は感じていた。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「美味しいですね、随分と良いお茶っ葉を使ってらっしゃるようで」

「それ、コンビニで買った奴なんだけどね?」

「え゛っ……あー、こほん、改めて更識さん、ありがとう御座います。お蔭で脱迷子を達成できました、このお礼は後日に…」

「別に良い、です…」

 

 日本海沖の空母で激闘が繰り広げられている頃、IS学園の事務室では反対に、随分と和やかな雰囲気に包まれていた。

 簪の案内で、目的地である事務室に辿り着いたオランド。彼が挨拶に伺った相手であり、この学園の用務員である轡木十蔵は、最初こそオランドの姿を見て少しだけ驚いた様子を見せたが、逆にそれ以上の反応は無く、急な来客であるにも関わらず、一緒に居た簪共々事務室に招き入れた。そして、二、三個程の他愛の無い言葉を二人は交わし、轡木に取り敢えずソファーに座るよう促されたオランドは、それに従って腰を降ろし、出された茶菓子を頂いていた。因みに、この時点で簪は帰ろうとしたのだが、オランドを案内してくれたお礼と称し、轡木が彼女の分の茶菓子も用意してくれたので、少しだけ遠慮しながらも結局は御言葉に甘えた。

 

「おや、私の顔に何か?」

「……いえ。ただ少し、名字で呼ばれるのが…」

 

 口ではそう言うものの、簪はこのオランドと言う男が何者なのか気になっていた。ほんの短いやり取りを見ただけだが、どうにもこの男、轡木氏と顔見知りのようなのだ。先程名乗った時に国際IS委員会の者と言っていたので、その関係でと言ったらそこまでだが、簪にはどうにもそれだけのようには思えなかった。二人に抱いた印象を敢えて例えるならば、古くからの知人同士、いや近所のおじさんと少年だろうか。何故かは分からないが、簪には二人のことがそう見えた。

 

「出会ったばかりの御嬢さんをいきなり名前呼びするのは、ちょっと躊躇うものがあるんですけどね。やはり、あの家に良い印象は無いので?」

「……更識家のこと、知ってるんですか…?」

「えぇ勿論、この界隈では随分と有名ですからね。この学園が日本に作られて以来、日本の防諜機関の筆頭として活躍し続けてらっしゃいますから、国際組織に身を置くものなら無関係でいられません」

 

 元より更識家の歴史は、決して浅いものでは無い。古来より日本を影から守り、支え続けてきた由緒ある一族だ。ISの台頭により、世界各国の諜報機関が日本での活動を活発化させ現在、その尽くと戦い続けてきた更識家は、まさに日本の暗部の代名詞とさえ言っても過言では無い。

 そんな更識家の事が、簪は未だに苦手だった。一夏と新しい友人達の出逢い、そして楯無と和解してからというもの、比較されることに対しては幾らか割り切れるようにはなったが、やはり向けられる視線は意識してしまう。そして更識家に近ければ近い者ほど、向けてくる視線は強い。きっと、この人もそうなのだろう。優秀な姉と、そんな姉に劣る自分を比べて、姉を称賛する言葉の数々を並べ始める。そう思っていたからこそ…

 

 

「しかし、更識楯無ですか。本当に彼女は、随分と不釣り合いな名前を授けられたものです」

 

 

 その言葉を耳にした簪は、思わず目を見開いた…

 

「どういう、こと?」

「どうも何も、そのままの意味ですよ」

 

 オランドの口から出てきた予想外の言葉に動揺する簪だったが、動揺させた本人は暢気にお茶のお代わりを貰っていた。お茶を注ぐ轡木が何か言いたげな表情をしていたが、それをさらりと無視しながら、彼は何でも無いことのように言葉の真意を語りはじめる。

 

「その屈強さ故に例え楯が無くとも、その身を挺して主を守る事が当然、守れて当然。それが出来なければ、その名を呼ばれる資格は無い。それこそが、楯無の名を冠する守護の鎧に込められた、本来の意味」

 

主の為に、国の為に戦うことこそが使命。その為ならば、命さえも躊躇わずに捨てる覚悟。例え、生贄として捧げられようとも、この身は国の為に。我らは人にあらず、我らは主を守る守護鎧、更識楯無也。

 この使命と誇りを胸に更識家の者達は、由来となった鎧と同じように親から子へと、『楯無』の名と共に長い時を経て先祖代々受け継いできた。実際、普段の言動から楯無…刀奈も、自身が受け継いだ楯無の名と役目に誇りを持っているようだ。 

 

「確かに彼女の実力なら、その鎧と同じ名前と役目を背負う資格はあるでしょう。しかし、所詮は彼女も人の子です。好きな相手に拒絶されれば泣いて、斬られれば傷を負い、撃たれれば倒れ、殺されれば死ぬ」

 

 とは言え、世界は広い。彼女よりも多くの経験を積み重ね、実力を持った人間は幾らでも居る。そんな奴らと敵対するようなことになったら、当然ながら死ぬ可能性だって出てくる。しかし自分が戦わなければ、代わりに誰かが、自分にとって大切な人が死ぬかもしれない、故に役目から逃げ出すことは出来ない。

 オランドの言葉に、簪は思い出す。自分を庇って無人機に斬り付けられ、鮮血を撒き散らす姉の姿。学園襲撃がされた日、銃弾に腹を貫かれ、医務室のベッドに横たわる姉の姿。きっと自分が知らなかっただけで、刀奈が楯無になってからずっと、彼女は何度も傷つき、何度も死に掛けたのではないだろうか。

 

「何より彼女は、常に守る側に立ち続けなければならない。その為、自ら周りに助けを求める事さえ出来ない。彼女にとって周りにいる者は全て、守るべき存在なのだから」

 

 楯無の傍には常に従者として、虚が居る。けれど、戦場に赴くのはいつだって楯無一人。学園には優秀な教員たちが、何より世界最強の名を冠する織斑千冬が居る。けれど、守護者として一番最初に戦場へ向かうのも、先頭に立つのも楯無一人だ。だって、それが楯無の役目だから。守るべき者に、自分を守って貰う訳にはいかないから。だから彼女は、一人で戦い続けるしかない。常に余裕を装った笑顔で、溢れ出しそうな弱音に蓋をしながら。

 

「彼女だけでは、楯無としての重荷に耐えきれず、やがて潰れてしまうことでしょう。少なくとも、私には無理です。それでも彼女は、自分の生まれた国を、大事な家族を、そして自分の関わる全ての人を守り続ける為に、命を懸けて戦い続けるのでしょうね」

「どうして、お姉ちゃんは…」

 

 いつの間にか簪は椅子から立ち上がっており、オランドを見下ろすようにして見つめ、しかし随分と弱々しくそう呟いた。オランドを見つめる彼女の目には様々な感情がごちゃ混ぜになっていたが、最も多く占めていたのは『困惑』。

 更識家の次女として、『楯無』の名前が持つ意味は知っているつもりだった。知ってるつもりだっただけで、その実、全く理解していなかった。と言うよりも、無意識のうちに目を逸らし続けていたと言った方が正しいかもしれない。常に余裕そうな表情で何でもこなしてしまう姉なら、例えどんな目に遭おうとも無事に戻ってくる。楯無としての役目も同様で、彼女ならどんな事も片手間で終わらせてしまうのだろう。無人機襲撃の件が起こるまで、簪は半ば本気でそう思っていた。けど実際は、全く違う。完璧超人だと思っていた姉は、自分と同じ普通の女の子だった。目の前のオランドの言う通り感情豊かで、様々なことで傷つき、時には倒れる普通の人間だった。和解したにも関わらず、この期に及んでまだ自分はその事実を受け入れることが出来ていなかった。そう思うと、簪は自分自身に対し強い憤りさえ覚え、何も変わってなかった自分が情けなくなった。

 しかし同時に、だからこそ理解できない。姉は…刀奈はどうして、そこまで楯無として振舞うことが出来るのだろうか。どうして、そうまでして自分達に弱味を見せようとしないのだろうか、と…

 

「世の中の兄や姉って生き物は、常に格好つけようとするものなんです。例えどんなに辛くても、頑張っている姿は中々見せようとしないし、無茶だってする。それが大切な弟や妹の前だったら尚更です、もう意地でも憧れのお兄ちゃんお姉ちゃんでいようとします」

 

 そんな簪の疑問を読み取ったのか、オランドは苦笑を浮かべながらそう答えた。その苦味を帯びた笑みに、簪は刀奈と虚の面影を見た。全く似てない筈なのに不思議と彼の笑みは、二人が自分と本音に向けてくる微笑にそっくりな気がしたのである。

 

「そんな彼女の姿が、どうにも私は他人事のように思えないんですよね。だからつい、こうして余計な世話を焼いてしまう」

 

 そう言って唐突に、オランドはどこから取り出したのか、掌サイズのデータ端末らしき物体を簪に差し出していた。取り敢えず受け取った簪は、これがIS専用強化パッケージのデータ端末であることに気付き、打鉄弐式を部分展開した。そして、その中身を理解した簪は再び驚愕に目を見開いた。

 

「これは…」

「ミステリアス・レイディの専用パッケージ『オートクチュール』、またの名を『麗しきクリースナヤ』。生憎と肝心の届け先が不在なので、貴方に預けます。楯無さんが帰ってくるのを待つなり、届けに行くなりお好きにどうぞ。ところで轡木さん、生徒会長さんは今どちらに?」

「……彼女なら、今は所用で出ているよ…」

「あぁ例によってお仕事中なんですね、御苦労なことです。今頃は空母の上で遊覧中ですかな?」

 

 オランドの言葉を耳にするや否や簪は踵を返し、事務室の扉へと走った。しかし、扉に手を掛けた瞬間、背後から『簪さん』と呼び止める声。振り返ると、顔だけ此方に向けたオランドが微笑を浮かべていた。そして…

 

「今の貴方なら、きっと大丈夫。一歩踏み出す勇気を知った貴方なら、誰かを守る事が出来る筈です」

 

 と、オランドはそれだけ言って視線を正面に座る轡木に戻した。簪は、感謝の意を籠めて彼に一礼した後、踵を返して足早に事務室から去って行った。向かう先は姉の楯無が居るであろう場所、すなわち危険な戦場である。けれど簪に、かつて臆病だった少女の動かす足に、迷いは無かった。

 簪が去り、オランドと轡木が残った事務室に、二人が茶を啜る音だけが響く。暫く互いに何も喋らなかったが、やがて轡木が溜め息と共に口火を切った。

 

「あまり、生徒を焚き付けるような真似はしないで欲しいんだけどね?」

「でも止めませんでしたよね?」

「それに、どうして君が楯無君の専用パッケージを?」

「ロシア政府がミステリアス・レイディーのパーツを送る際、うっかり積み忘れたようなので、気を利かせて代わりに届けて差し上げたのですが、何か?」

 

 因みにロシア政府はオートクチュールを輸送経路とは全く関係ない機密施設に忘れ、更にオートクチュール自体は一週間前に既に完成していたにも関わらず、楯無には一切何も伝えていなかった。向こうが楯無の専用パッケージをどうするつもりだったのかは、最早考えるまでも無いだろう。

 本来なら轡木にとって、これは非常にありがたい話だった。欲を張ったロシアのせいで、此方は笑い事では済まない迷惑を被るところだったのだ。この非常事態の中、楯無の元に彼女の専用パッケージを届けられることは素直に喜ばしいことだ。それに一役買ってくれたのが、目の前の彼でなければ。

 自分と彼の師は、周りに『日本の狸とイギリスの狐』と揶揄されるような関係だ。そのせいもあって、彼自身とも顔見知りである。顔を見せれば茶菓子で歓迎ぐらいはするが、決して油断の出来る相手ではない。目の前の狐の子は、既に自力で上質な獲物を嗅ぎ分ける術と、羆をも仕留める知恵を持っている。

 

「で、今日はどういった用件で来たのかな、ファントム、いやオランジュ君?」

 

---それを証明するかのように、轡木と正面から相対するオランドは…否、亡国機業のオランジュは笑みを深くした…

 

「この物騒な御時勢、いつ、どこで、何が起こるか本当に分かったものじゃありません」

 

 そう言ってオランジュは立ち上がり、芝居掛かった仕草と共に語り始める。いつの間にか、事務室の空気はガラリと変わっていた。一見すると二人の男が笑顔で向かい合っているだけなのだが、二人の浮かべる笑顔は和やかなものには果てしなく程遠い。片や好々爺とした空気は消え失せ、背筋の凍るような冷たい微笑を。片や物腰の低い好青年は居なくなり、代わりに狂気さえ垣間見える悪魔のような歪んだ微笑を浮かべていた。うっかり部屋に入った途端、二人の発する圧力により、深海に叩き込まれて物理的に押し潰される様な感覚に襲われることは必須。一般人なら間違いなく気が狂う、そんな空間をたった二人の人間が、自分達の発する空気だけで作り上げていた。

 

「特に今年は異常ですね。史上初の男性IS適合者、製作不可能と言われていた筈のIS無人機。更に学園の行事でVTシステム搭載機が暴走、僅か1か月後には銀の福音が暴走、その後も亡国機業や無人機、今だって目的不明のアメリカ空母が日本海に現れている。学園が関わった物事だけでも、世界初の出来事が幾つ起きたことやら…」

 

 そんな中、オランジュの口から語られるのは世界レベルの機密事項。本来なら知ることだけでも罪に問われるような、そして関係者達が必死で隠そうとした秘密の数々。彼の言う通り、今年の世界は異常な出来事が多発している。織斑一夏の存在だけでも世界を揺るがしかねないと言うのに、その後も彼の周辺では本来なら有り得ないと言われたことが次々と起きている。さながらそれは、これから起こる大きな災いの前兆のようで、不気味にさえ感じる程だ。

 加えて、亡国機業が動きを活発化させていることも気になる。そもそも亡国機業は隠密行動を第一とし、最近のように白昼堂々と名乗りながら何度も襲撃するような真似はしなかった筈だ。これにはフォレスト派どころか、亡国機業全体の方針にも反する。最近は亡国機業が内分裂を起こしかけている可能性も視野に入れていたが、その推測は正しかったのかもしれない。

 オランジュの言葉を耳にしながらも、そのような事を頭の中で考えている間も轡木の表情は変わらなかった。オランジュは此方の様子を伺うように次々と、此方の機密事項を並べてくるが、轡木の笑みを崩すことは適わなかった。遂にネタ切れになったのか、最後まで表情の変わらない轡木を前にオランジュは黙り込んでしまう。そして参ったと言わんばかりに顔を手で覆い、心底困ったようにポツリと一言呟く。

 

 

「まぁ尤も、篠ノ之博士が亡国機業と手を組むような時代ですからね、何が起きても不思議じゃありませんか…」

 

 

---次の瞬間、轡木の笑みに僅かな亀裂が走り、仮面を外す様に手をどけたオランジュの顔には、悪魔の笑みが再び…

 

 

「しかし、こうも予測不可能な世の中と言うのは、どうにも落ち着きませんね。明日にでも世界を滅ぼしかねない大嵐が来るんじゃないかと思うと、亡霊も安心して眠れやしない…」

「何が望みだい?」

 

 告げられたのは、絶対に有り得ないと思っていた最悪の可能性。これまで全くそうなる要因が思いつかなかった為、殆ど想定していなかった事態に、流石の轡木は心の中で冷や汗を流す。しかし、並大抵の者なら動揺して頭が真っ白になりかねない現実を突きつけられても尚、日本の老獪は止まらない。このオランジュの言葉を一瞬で事実であると判断し、今後の取るべき行動と選択肢を驚異的な速度で構築していく。場合によっては、その選択肢の中にオランジュの用件も加えることになるだろう。故に轡木は、オランジュに話の続きを促す。 

 僅かな動揺から一転、言葉と共に増した轡木の圧力を前にオランジュは、その持ち直しの早さに心の底で舌打ちし、同時に師に向けるものと同じ尊敬の念を抱く。やはり、一筋縄で行くような相手では無い。正直言うと、既に心が挫けそうで、今すぐ隠し部屋に逃げ帰りたい。しかし、ここで退く訳にはいかない。ここで退けば師からの信頼、仲間達の命、己のちっぽけなプライドと矜持、その全てが粉々に砕け散る。

 

「丁度お勧めしたい保険があるんですが、どうです、話だけでも聞いてみませんか?」

 

 だから今日も、彼は嗤う。この仮面 (えがお)で、恐怖を抑え付けながら…




○一夏とイーリスを同時に相手するのは無理だから、単純バカを騙して4対1に持ち込んだセイス達
○新型戦闘スーツでアイゼン達は素の身体能力がセイス並に、そしてセイスは更に…
○今更かもしれませんが、アイ潜本編ではスコールの姉御は組織の意向に反して動いていることを前提で話を進めていくつもりです。
○轡木氏とフォレスト氏は腐れ縁。敵同士になったり、利害の一致で手を組んだりと、割と複雑な関係
○本人達は忘れてますが、実は『笑ってると恐いの忘れられる』と言ったオランジュに影響されて、セイスは戦う時に狂笑するようになったと言う裏設定が…

次回で原作九巻、終了させる予定です。そう言って予定通りに出来たこと無いんですけでね…;
何はともあれ、お楽しみに~


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戦う暗躍者達

お待たせしました、続きです。久々の対IS戦ですが、ちょっとやり過ぎたかもしれません…;


 

 

 こちらをアメリカ兵と思い込み、イーリスを偽者と誤解した一夏を味方につけてからというもの、空母内での戦闘は更に激しさを増した。5人の居る格納庫は完全に戦場と化し、戦いの余波によって周囲には元が何だったのか分からない位に粉砕された残骸が所狭しと並んでいた。本来なら、一機何百億とする戦闘機が所狭しと並んでいた筈なのに、今は無事な機体を探す方が難しい。

 

「やれ、織斑ぁ!!」

「うおおおぉぉぉ!!」

「チぃッ!?」

 

 零落白夜と言う即死技と称しても過言ではない武器を持っているところで肝心の担い手は一夏、国家代表とやり合うには実力も経験も足りない。故に先程まで防戦一方にならざるを得なかったのだが、その足りない部分をセイス達が補い始めたことにより戦況は、すっかり一変した。

 バンビーノの声に応えるように気合の雄叫びを上げ、雪片を構えて突貫してくる一夏の白式をイーリスは軽々と避ける。しかし反撃に移る前に鉛弾の嵐がどこからともなく襲い掛かり、それを妨げる。銃弾は装甲に覆われていない部分へ的確に命中し、絶対防御を発動させることによりファング・クエイクのエネルギー消費を強要させていた。

 

「あぁクソッたれ、鬱陶しい真似しやがってぇ!!」

 

 声を荒げながら銃弾の飛んできた方向へ展開した射撃兵装を撃ち込むも手応えはなく、逆の違う方向からの銃撃で更にエネルギーを減らす。戦いの余波で粉砕された艦載機の残骸を掴んで投げつけても、結果は同じだった。逆に投げ返されるように飛んできた残骸により、射撃兵装を壊される始末である。

 楯無のミステリアス・レイディなら話は別だったが、イーリスのクエイクではステルス装置を起動させたセイス達を補足することは非常に困難で、それに加えて一夏の白式の存在がある。一夏自身はともかく、彼の持つ雪片弐型、それに搭載された零落白夜は危険だ。今はエネルギー温存の為か零落白夜は起動させていないが、万が一にでもあの技が掠りでもしたら、その時点で致命傷になりかねないので警戒を解けず、そのせいでイーリスは先程から狙撃手を探すことが出来ない。一夏に意識を向ければ銃弾、銃弾に意識を向ければ一夏、この繰り返しである。

 

「お前らいい加減にしろ!! 私は偽者なんかじゃ…」

「耳貸すなよ織斑一夏、そのままやっちまえ!!」

「わ、分かった!!」

「聞けってこの野郎!!」

 

 世界最強の兵器と呼ばれたIS、それも国家代表の駆る最新機が、ただのライフル弾によりダメージを受けている。IS関係者が聞いたら絶対に信じないであろうこの状況に陥ること五分、元々気が短いイーリスの苛立ちは既に限界に達していた。

 

(バカは扱いやすくて助かる)

 

 物陰からイーリスを狙い撃ちながら、セイスは胸中でそう呟いた。バンビーノ発案の寸劇で一夏を騙した後、気付いたらこの中で一番IS戦に精通するようになっていたセイスが戦闘の指示を出すことになったのだが、取り敢えず今のところは順調だった。

 イーリスが相手ではどうせ攻撃の当てられない一夏には、敢えて牽制役に回って貰うことにした。とはいえ零落白夜の存在は、持っていると言う事実だけで確かな効果を発揮する。相手が零落白夜の存在を知っているのなら尚良い、どうしても意識せざる得なくなるからだ。ただのライフル弾によるダメージも、それを撃って来る奴らの事も、零落白夜に斬られる事と比べたら些細なことになってしまう。お陰で、攻撃を当てても一夏が一度突撃してしまえば、反撃と対処は必然とそちらが優先される。その僅かな隙さえあれば移動して位置を特定されることを防ぎ、次の攻撃に移るぐらいセイス達にとっては朝飯前だ。しかも一夏に突撃のタイミングを指示しているバンビーノの采配もあって、今のところ此方の被害は軽微であり、実質ワンサイドゲームと化していた。

 

「畜生がああああぁぁぁッ!!」

「うおわ!?」

「ゲッ…」

 

 しかし、やはり国家代表はそんなに甘く無かった。遂にその苛立ちが限界突破したのか、今日一番の咆哮と共に、クエイクの拳を突っ込んできた一夏にカウンター気味に叩き付け、勢いよく吹き飛ばす。そのまま一夏は壁に叩きつけられて崩れ落ちたが、そんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに無視してイーリスは、ライオンを連想させるような怒りの形相を浮かべ、バンビーノをギロリと睨み付けた。

 

「仮にも仲間だから手加減してやれば調子に乗りやがって、このバカ共ッ!! もう知らね、恨むなら勝手に勘違いしたテメェら自身を恨めよ!?」

「ちょ、待ッ!?」

 

 言うや否や、瞬時加速まで使って一気にバンビーノとの距離を詰めるイーリス。バンビーノは覆面の下で必死の形相を浮かべながら戦闘スーツの能力をフル起動させて横に飛び退き、死神の宿った鋼鉄の拳の回避に奇跡的に成功する。しかし、彼の代わりにクエイクの拳を叩きつけられた隔壁は、余りの威力にクエイクの拳よりも遥かに大きな穴を空けられていた。先日、走熊2号で楯無とやり合ったばかりなので、イーリスの駆るクエイクが保持する純粋なパワーが如何に大きいのか良く分かる。もしも生身の身体に命中したら、このスーツの防御力など紙ペラ同然だ、間違いなく死ぬ。

 その物騒な代物を、まだ体勢を整え切れてないバンビーノに対し、イーリスは躊躇無く振り上げた。

 

「先に行くよ、援護よろしく」

「任せろ」

 

 直後、アイゼンから投げ渡された分も合わせ、両手に構えた二丁のマシンガンを背後からイーリスの頭に集中砲火させるセイス。絶対防御によって全て防がれたが命中した衝撃は殺しきれず、彼女は僅かによろけた。その隙にバンビーノはその場所から逃げ出し、彼と入れ替わるように飛んできたアンカー付ワイヤーがクエイクの右腕に喰らい付いた。

 

「あぁ? 何だコレ…」

 

 彼女が呟くと同時に、地を這うように迫る黒い影。この空母に乗り込んだ時と同様に左腕に装着した装置でワイヤーを巻き上げながら、ワイヤーを打ち込んだ場所へ引き寄せられるように、そして飛ぶように猛スピードで迫るアイゼンである。対するイーリスは彼の接近に一瞬だけ驚いたが、すぐに意識を切り替えて迎撃の体勢を取った。そして一夏を仕留めた時と同様に、迫るアイゼンにクエイクの左拳をカウンターの要領で振るう。しかし…

 

「はぁ!?」

 

 ハイパーセンサーにより、イーリスにはハッキリと認識することが出来た。クエイクの拳が当たる直前、その軌道に沿う様にして身体を逸らし、それを回避するアイゼンの姿を。そして彼はそのまま、ワイヤーを打ち込んだクエイクの右腕に"横向き"に着地。直立するクエイクに対して垂直と言う、重力を感じさせない姿勢で左手にワイヤー装置、右手に拳銃を持ったアイゼンは、その銃口を迷わずイーリスの首に向けた。

 

「結構痛いらしいから、気をつけてよ?」

「がグぅッ!?」

 

 技術部の新作は、スマートな外見に反してマグナムの威力を超えていた。絶対防御越しに届いた衝撃に、イーリスは呻き声にも似た悲鳴を漏らす。例によって致命傷こそ負わないものの、喉を直接殴られたかのような感覚に襲われては流石に耐え切れず、激痛に思わず二歩三歩と後ろへとよろけるイーリスだったが、同時に右腕に張り付いたアイゼンごと壁を殴りつけた。勢いよくぶん殴られた壁は凄まじい轟音と共に、一瞬で粉砕された。しかし、そこにアイゼンの姿は既に無い。イーリスが腕を振り上げたと同時にワイヤーの固定を解いて、足場にしていたクエイクの腕を蹴り付けて離脱した彼は再度ワイヤーを発射、今度は彼女の右肩に命中させ、そこに移動していた。

 いつの間にか自身の肩に仁王立ちしていたアイゼンに気付き、イーリスは驚愕に目を見開いた。その隙を逃さず、アイゼンは更に両目、眉間、顎、こめかみ、鎖骨と追い討ちの銃弾を次々と叩き込んでいく。命中する度に彼女の口から苦痛を感じさせる声が漏れ、衝撃と激痛で身体が仰け反る。

 

「っとうに痛てええぇぇなこの野郎おおおおぉぉぉぉ!!」

「うおッ」

 

 弾切れにより一瞬だけ止んだ銃撃の合間を逃さず、イーリスは渾身の力を振り絞って床に拳を両拳を叩きつけた。イーリスの立っている場所を中心に、爆撃されたかのような衝撃が周囲に広がり、その余波で瓦礫が四方八方に飛び散る。流石のアイゼンもこれには堪らず、衝撃と無差別に飛んでくる瓦礫を回避しながらイーリスから離れる。着地と同時にIS用大型ライフルを展開していたイーリスが砲撃してきたが、ワイヤーを駆使して縦横無尽に跳び回って回避、そのまま離脱を試みる。だが、遂に六発目の砲撃がアイゼンの着地地点を粉砕し、足場を崩した彼はその場で転倒してしまう。

 動きを止めたアイゼンに銃口を向けるイーリスの思考は、荒ぶる感情とは逆に冷え切っていた。相手は所詮生身の人間だし、一応は同じアメリカ人、手加減も油断もしていたのは事実。そんな相手に、良いようにやられているこの状況は、前回相手にしたAL-No.6のことを嫌でも思い出させた。故に断言する、目の前に奴らは、白式を纏った織斑一夏よりも遥かにタチが悪い。最早、奴らが本当にアメリカ兵なのか否かなんてどうでも良いくらいだ。

 

(だからこそ、もう容赦はしねぇ。敵を、ISを相手にするつもりで、全力でブッ潰す!!)

 

 アイゼンを確実に葬るべく、イーリスは引き金に掛けた指に力を込めた。だが…

 

「させるかよ」

「うごぁ!?」

 

 それよりも早く、飛んできた巨大コンテナがクエイクに直撃した。ワイヤーを打ち込み、装置と戦闘スーツの機能、そして自身の身体能力の全てを使ったセイスが大型ライフルを構えるクエイク目掛けて全力投球したのである。

 思いっきり、そして強烈な不意打ちをくらったイーリスは一瞬だけ動きを止めて、その隙を突いて一気に距離を詰めるセイス。その速度はアイゼンを軽く凌駕しており、場合によってはISの領域にさえ届きそうな勢いだった。その驚異的なスピードと、人間離れした動きを前に、イーリスは一種の既視感を覚えた。

 

「まさか…」

 

 迎撃の為に振るわれた拳は、あっさりと回避され、お返しとばかりに至近距離からの銃撃。その狙いは、装甲に覆われていないIS用スーツの部位。咄嗟に腕部の装甲で庇い、空いた方の腕で殴りつける。反撃の拳は拳銃を弾き飛ばしたが、セイスは止まらない。逆に自身の拳をイーリスの顔面に叩き込み、エネルギーを消費させた。

 ふざけた身体能力、危険を顧みない攻撃、絶対防御さえ発動させる拳。その全てに合点がいったイーリスは、衝撃で頭が揺られそうになるのを何とか耐えて忌々しそうに、それでいて因縁の相手に会えた喜びを僅かに滲ませながら、吼える。

 

「やっぱりテメェか、AL-No6ッ!!」

「その名を呼ぶなっつたろが、脳筋女」

「うるせぇよ黙れ。前回の借り、全部この場で返してやる!!」

「そいつは無理だな、やれ一夏ぁ!!」

 

 言うや否や、イーリスの前から飛び退くセイス。その途端に背後から迫る気配、センサーを確認すれば、零落白夜を発動させた一夏が瞬時加速で一気に接近してくるところだった。

 

「そこだああああああぁぁぁぁッ!!」

 

―――必殺の意思を籠めて振るわれた横薙ぎの鋭い一閃は、なんの抵抗も無く振り切られた…

 

「甘ぇよ、バカ野郎!!」

「ぐああああああぁぁぁぁ!?」

 

―――空振ったのだから当然である…

 

 零落白夜が当たる直前、イーリスは瞬時加速を使って急上昇し、必殺の一撃を飛び越える様に回避した。その勢いを再び瞬時加速を逆向きに使って相殺し、立て続けに瞬時加速を使って一夏に突撃、そのまま彼を床に叩き潰した。一夏は床にめり込みながら驚愕していたが、個別連続瞬時加速を可能とするイーリスにとって三連瞬時加速など容易いことだった。

 

「梃子摺らせやがって、取り敢えずコレで後3人…」

「悪いが後なんて無ぇよ、コレで終わりだ」

 

 声に反応して顔を上げたイーリスは、同時に言葉を失った。少し離れた場所に一機、激しい戦闘の余波を逃れた戦闘機が、いつの間にか彼女の方を向いていたのである。正確には、戦闘機の正面にイーリスが移動していただけなのだが、そこはどうでも良い。何故ならこの戦闘機、いつでも出撃できるよう武装と燃料は既に搭載された状態だった。ISには全体的に劣るが、最新鋭の装備と性能を保有する強力な機体だ。その戦闘機が、機首をイーリスの方へ向けていた。

 

 

―――コクピットに、バンビーノを乗せた状態で…

 

 

「全弾発射ぁ!!」 

 

 バンビーノは一切躊躇せずトリガーを引き、それと同時に機の大口径バルカン砲、そして複数のミサイルが中途半端に広いようで狭い格納庫の中、一夏を抑えつけるイーリスのファング・クエイク目掛けて飛んでいく。

 

「クソッ、がぁ!?」

 

 迫る破壊の流星群に焦るイーリスは再び瞬時加速で離脱しようと試みるが、それを妨げる様に彼女の背中で爆発が起きた。先程の戦闘の最中、どさくさに紛れてセイスが彼女の背中に最後のグレネードを張り付けており、それをアイゼンが狙撃して爆破させたのだ。その事に最後まで気付けなかったイーリスは見事に出鼻を挫かれて、衝撃でその場にこけるように、一夏に覆いかぶさる様にして床に倒れた。そして…

 

 

―――今日一番の大きさを誇る衝撃と爆音が、巨大な空母を揺らした…

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おーい織斑一夏、生きてるかー?」

「ゲホッ、ゴホッ…」

「あぁ生きてたか、良かった良かった」

 

 セイスに声を掛けられ、白式から黒煙を燻らせながらも一夏は起き上がった。艦載機の集中砲火を受けたイーリスはその場に倒れ伏し、そのままピクリとも動かなくなった。まだファング・クエイクが解除されていないところを見るに死んではおらず、エネルギーも残っているみたいだが、絶対防御超しに伝わる衝撃によるダメージの蓄積により肉体の方が先に限界を迎えたようだ。流石に脳筋…もとい国家代表といえど、暫くは動けないだろう。

 そのイーリスと一緒にミサイルと銃弾の嵐に見舞われた一夏だが、彼も結構ボロボロだった。イーリスが盾になっていたので直撃こそなかったが、余波だけでも相当な威力があったようだ。白式も健在だが、雪片を杖代わりにして、膝を付いて肩で息をしているような状態であり、彼女の惨状と比べたら明らかにマシだが決して万全とは言えないだろう。

 

「まさに好都合、って感じだな」

「好都合、だって…?」

「こっちの話だ、気にすんな。それよりも良い戦いぶりだったぜ、流石は世界唯一の男」

「え、いやぁ、それほどでも…」

 

 不穏な言葉が聞こえた気がしたものの、面と向かって誉められたことにより、すぐに気にすることをやめた一夏。最近IS関連で誰かに誉められるということ自体が滅多に無い為、いつにも増して照れくさい気分になっているのか心底嬉しそうに笑っていた。日頃の彼のことを知っている分、なんだか不憫に思えてきたセイス達だった。

 

「それに、俺よりもアンタ達の方が凄いよ」

「そうか?」

「そりゃそうさ。俺と違ってISを使える訳じゃないのに、あんなに強い奴が操るIS相手と渡り合えるなんて。そもそも、生身でISと戦える人なんて、千冬姉以外に居るなんて思わなかったよ…」

「あのブリュンヒルデと同列に扱って貰えるとは、実に光栄だな」

 

 そう言ってセイスは手を差し出し、一夏は白式を解除してその手を取った。そして、それに引っ張られるように立ち上がろうとして…

 

 

「……亡国、機業…め…」

 

 

---呟かれたイーリスのその言葉が、耳に届いてしまった…

 

 

「どうした、織斑一夏?」

「……なぁ、二つ程質問して良いか…?」

「機密事項に触れなければ」

 

 互いに手を握ったまま、片や冷静に、片や声を硬くして言葉を一つ。

 

「あんた達は、アメリカの軍人なんだよな?」

「あぁ、そうさ。ちょっと訳ありだが…」

「そうか、だったら…」

 

 片や冷静に、片や酷く緊張した面持ちで、二つ目の言葉。

 

「だったら、どうして、あんた等の日本語は三人とも…」

「ん?」

 

 

 

---三人とも、訛り方が違うんだ?

 

 

 

「あぁそうか、そいつは盲点だった…」

「ッ!?」

 

 直後、一夏は白式を展開。しかし何をするよりも早く、セイスの拳が顔面に叩き込まれた。生身なら間違いなく首から上が無くなっていた威力だが、絶対防御により衝撃で後ろに10m後ずさる程度で済んだ。

 

「IS学園には世界中から人が集まってくるからな、そんな場所に半年も居れば聞き分ける位は出来るようになるか。因みに、誰がどの国の訛りで喋ってた?」

「あんたはスペイン、アンタの隣に居る奴はイタリア。後ろで銃を構えているのは、絶対にドイツだ」

「大正解。ったくバカな分、勘は働きやがる…」

(あんまりセイスも人のこと言えない気がするんだけど…)

 

 と、そんなやり取りをしている最中、一夏はハッとしてとある方向に目をやる。無論その先は、仰向けになってぐったりするイーリスで…

 

「じゃあ、もしかして、あの人は…」

「私は、偽者じゃ無いって…最初から…言ってるだろ、がッ…!!」

「す、すいませんでしたぁ!!」

 

 言うや否や直前までイーリスに襲われていたことなんて忘れ、白式を纏ったまま彼女に全力で土下座する一夏。そんな光景を尻目に、セイスはバンビーノに投げ渡されたとある物を、一夏にばれないようにコッソリと構えた…

 

 

-―-直後、空母が爆発と共に揺れた…

 

 

「おい、何だ!?」

「あ、そう言えばこの空母、自沈システム作動させてるんだった。イーリスと一夏のことで伝えるの忘れてた…」

「バッカ野郎!! いや、でも待て。この揺れは、中からじゃなくて、外からの砲撃じゃあ…」

 

 想定外のことに、流石のセイス達も動揺せざるを得なかった。その騒ぎ声に一夏は視線を三人に戻したのだが、セイスを見て思わずギョッとしてしまう。何故なら僅かに目を離した隙に彼は、バンビーノが武器庫から持ってきた、見るからに威力のありそうな大型ロケットランチャーを手に持っていたのである。

 咄嗟に雪片を展開し、身構える。まだ少し息が上がったままだが、それでも戦う意思を見せる一夏にセイスは溜め息を吐いた。

 

「なんだ、やる気か?」

「当たり前だ、黙ってやられるような真似はしない!!」

「そうか、そりゃ困った」

 

 元々セイス達は、一夏がイーリスに攫われる事を危惧してこの戦闘に介入した。そのイーリスはセイス達の手によってエネルギーをギリギリまで減らされており、最寄の在日米軍基地か大使館に辿り着くのが限界だろう。一夏を強引に連れて行こうとして抵抗された場合、それを制圧する為にエネルギーを使ったら帰還する為の余力は間違いなく残らない。しかし、それに反して一夏の白式はまだまだ戦闘をする余力は残っている。

 

「まぁ俺たち亡国機業に言いたいことは山程あるだろうが、生憎とのんびりする余裕は無さそうだ。俺達は帰らせて貰う」

「ふざけんな、待てってうおッ!?」

 

 直後、再び空母が揺れる。やはり外から何かしらの攻撃、或いは流れ弾が直撃しているようだ。揺れの大きさから考えるに、自沈システムよりも先にそれが原因で沈みそうだ。だから…

 

「おい、織斑一夏」

「ッ!!」

「テメェの死因は既に決定されているんだ、こんな所で死んでくれるなよ?」

 

 そう言ってセイスは一切躊躇うことなく、ロケットランチャーの引き金を引いた。しかし、砲口が向けられた先は一夏では無かった。あろうことかセイスは、ランチャーを天井へと向けたのだ。

 

「な!?」

「え…」

 

 上に向けてロケット弾は真っ直ぐに、"イーリスの真上"の天井へと命中、同時に爆裂。崩壊した天井が、瓦礫の雨となって動けないイーリス目掛けて降り注ぐ。

 

「間に合ええええええぇぇぇぇ!!」

 

 セイス達からの追撃がくる可能性すら無視して、一夏は瞬時加速まで使って全力でイーリスの元に飛んでいった。そして辿り着くや否や雪片を一閃して大振りな瓦礫を切り裂き、その勢いのまま左腕に荷流電子砲を展開。それを拡散式で放ち、残りの小振りな瓦礫たちを全て一掃した。

 そんな彼の姿をイーリスは、ポカンとした表情で見つめていた。

 

「お前、どうして…」

「どうしてって、助けるのは当然でしょう?」

「いやお前、アイツら来るまで私に襲われてたろ? 私ら一応、敵同士だったろ?」

「あ、忘れてました…」

「……馬鹿だろ、お前…」

 

 一夏の言動にイーリスは思わず呆れるが、自然と笑みも零れてくる。愚直なまでに馬鹿で無鉄砲なのは否めないが、元々そういう輩は嫌いじゃ無い。ナターシャが彼のことを気に入っている理由が、なんとなく分かった気がする。

 

「って、それよりもアイツらは…!?」

 

 咄嗟にセイス達が居たところに目を向けるが、既に彼らの姿は無かった。因縁浅からぬ亡国機業の手掛かりとも言える彼らを逃してしまい、思わず一夏は拳を床に叩き付けた。

 

「くそッ…」

「落ち着け織斑一夏、今は脱出するのが先決だ。この空母、マジで沈む…」

 

 そう言ってイーリスは、ゆっくりとした動きで立ち上がった。そして彼女の言葉を証明するかのように、空母の揺れが段々と大きくなっていく。

 

「コーリングさん、もう動けるんですか?」

「イーリスで良い。まだ身体中痛ぇけど、ここから脱出する余裕くらいはある。さっき助けてくれた礼だ、出口まで案内してやるからついて来い」

「あ、ありがとう御座います」

「ただし、逸れたら置いてくからな?」

「大丈夫です、怪我人に置いてかれるような鍛え方はされてませんから」

「ハッ、ガキが一丁前に生意気言うじゃねーか。じゃあ、遅れるんじゃねーぞ!!」

「は、はい!!」

 

 

―――二人が脱出してから数分後、アメリカ軍の秘匿艦は海の底へと沈んでいった。事件の当事者達の証言により、この事件の黒幕は亡国機業であると断定。これを機に国際社会は、遂に重い腰を上げることになる…




○戦闘スーツと技術部の新作があって、狭い艦内で戦ったからこそ今回のあの戦績
○外で戦ったらセイス達が死ぬ
○セイス達は来る時に乗ってたボートが無事だったのでそれで帰還
○一応、今のところ姉御はセイス達を殺す気はない
○でも利用はしました

次回、事後処理&久々のM&6にて原作十巻分ラストです。それが終わったら、ぼちぼちなろうでの活動を再開する予定です。


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そして彼らは…

お待たせしました、久々のM&6です。久々過ぎてやりたい放題です…;


 

 

「あぁ疲れた…」

「うへぇ、すっかり磯の香りが染み付いてやがる…」

「よぉセイスにバンビーノ、お帰り」

 

 イーリスと一夏をやり過ごし、沈み行く空母から脱出した俺とバンビーノは、IS学園の隠し部屋に帰還した。アイゼンは念の為、この期に及んで夕食デートに出掛けた一夏と楯無を尾行しに行っている。本当にどうしていつもアイツは、あんな大事があった直後に普通に過ごせるのか不思議でしょうがない。

 因みに、行きに使ったボートで海岸に辿り着く頃には謎のジャミングも消え、音信不通だったオランジュとの連絡も繋がり、どうにか事の顛末を報告することが出来た。その時になって俺達がイーリスとやり合ってる時に外で姉御と更識姉妹が戦っていた事とか、その余波のせいで空母が沈んだ事を知らされたのだが、もう全て後の祭りだ。楯無の専用機がパワーアップした事に関しては、真剣に頭が痛いけどな…

 

「すまねぇな、今回何も役に立たなくて…」

「仕方ないだろ、あんなもん誰も予想できなかったさ」

「それにしても、今後どうなるんだろうな…」

 

 オランジュが集めた情報によると、今回の空母襲撃の件は完全に亡国機業の仕業であると断定されてしまったそうだ。しかも主な被害国であるアメリカが中心になって先導している面もあるが、世界各国もこれを良い機会と捉えたのか、今の国際社会は打倒亡国機業の機運が今までに無い位に高くなっているらしい。 こういった事態を避ける為に亡国機業は隠密行動を徹底したり、国の中枢に切っても切れないパイプを繋いだりと様々な工作を行ってきたのだが、下手をすると今回の件でその全てが水の泡となりかねない。

 

「旦那から連絡は?」

「相変わらずだ」

「そうか…」

 

 こう言った状況に最も強いであろうフォレストの旦那は未だに行方不明、姉御への貸し出しメンバー以外とも全く連絡がつかない。一人残らず無事だとは思うが、今頃いったい何処で何をやっているのだろうか。

 と、その時、携帯に着信が入った。着信画面には『マダオ』の3文字。

 

「もしもし」

『フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ(ブツッ)』

「間違い電話だったか」

 

 しかし、二秒後に再び着信。

 

『おい、何故切った?』

「むしろ何故切られないと思った」

『良いじゃないか、お前と私の仲だろう?』

「お前だからこそ引いたわ。どうした、何か嬉しいことでもあったのか?」

 

 昨日と打って変わって、やけにテンションの高いマドカ。流石に二度目の電話で少し落ち着いていたけども、電話のマイクから聴こえてくる声から喜色が滲み出ている。て言うかコイツ、どこであんな高笑いを上げていたのだろう…

 

『いや、もうすぐ完成するんだよ私の新しいIS。後は微調整だけだから、外出許可が降りた』

「おぉそりゃマジか、おめでとう」

『ふふん、ありがとう』

 

 先日より篠ノ之博士の元で製作中だったマドカの新しいIS、『黒騎士』。そのパイロットとなるマドカのデータが開発に必要な為、博士のラボに送られ、彼女は暫く缶詰状態の日々を送っていた。よっぽど退屈だったのか、毎日のように電話とメールを送りつけては愚痴を溢してきたので、悲願達成に近づく為の新しい力を得られる事と同じ位に、そんな暇な日常から開放されることが嬉しいのだろう。少なくとも、コイツがここまでハイテンション且つ素直な状態になったのは、久しぶりだ。

 

『しかも驚け、さっきスコールに黒騎士の完成を報告した時に聞かされたんだが、次の襲撃計画はIS学園の修学旅行を狙うらしい』

「修学旅行て言うと、京都か?」

『そうだ。いつだかお前、一度は行ってみたいとか言ってたろ?』

 

 この国自体、色々と面白いからな。名所中の名所である京の都には一度で良いから行ってみたいと思っていたし、そんな話をマドカにした記憶が確かにある。けれど、この話をしたのって随分と昔な気がするんだが、よく覚えていたもんだ。

 

『京都は良いところだぞ、色々なものがある』

「例えば?」

『元祖みたらし団子、わらび餅、豆大福、金平糖』

「他には?」

『ニシン蕎麦、八橋、柴漬、一銭洋食、すぐき、湯豆腐、千枚漬、湯葉』

「例によって食い物ばっかだな!! そこは普通、清水寺とか金閣寺とか…」

『何だそれは?』

「コイツ、声音から察するに本気で言ってやがる…!?」

 

 そう言えばマドカに限った話じゃないけど、フォレスト派以外の亡国機業の構成員って基本的に社会系、特に歴史関係の勉強がとことん苦手なんだった。旦那や姉御みたいな重鎮クラス、兄貴みたいな出自が特殊な奴ならともかく、幼い時から組織に身を置いている奴ほど教養関係は最低限の知識しか身に付けず、この業界ではクソの役にも立たない世間的な常識の類は誰も積極的に覚えようとしないからだろう。そんなことする暇があれば、生き残る為の知恵と技術を磨くのが普通だ。俺もフォレスト派の孤児院に預けられなかったら、アメリカ史なんざ欠片も覚える気にならなかったと思う。あの場所は、組織入りを選ばない孤児もいるので、そう言ったことも満遍なく教えてくれた。おかげで今は、大嫌いな生まれ故郷の歴史と常識を人並み程度には身に付けている。

 

『その清水寺と金平寺には欠片も興味ないが、お前が行きたいと言うのなら観光ルートに加えといてやる』

「金閣寺な。そもそも俺たち仕事で行くんだろ、そんな遊ぶ暇なんてあるのか?」

『どうせ初日は作戦準備と称した自由時間だから大丈夫だろう、今までもそうだし』

 

 単にマドカが作戦会議では役に立たないから、特別に自由にさせているだけと聞いてるんだが。姉御が今のマドカの台詞を聞いたら、本気でブチ切れるんじゃないだろうか…

 

「まぁ良いか、じゃあそのつもりでいるよ」

『よぉし、言質は取ったぞ。それじゃ今すぐに学園のモノレール駅に来い』

「……なに…?」

『京都観光ツアーの計画を立てるぞ。ついでにセヴァス、お腹が減った』

「え、ちょっと待て、お前、もうそこに居るの?」

『三十分くらい前から、京都のガイドブックの束を持って本土からIS学園を眺めている。それと、今晩はラーメンが食べたい』

「なんで隠し部屋まで来ないんだよ!?」

『流石の私も雑誌がギッシリのダンボール箱二つを持っての移動は疲れる。あの助手の作る炭料理を連日で食わされた私の身体は、もう限界だ』

「馬鹿だろお前、いや馬鹿だったなお前……ラーメンなら、この前に美味い店見つけたよ…」

 

 それじゃ何か、コイツは篠ノ之博士のラボから帰る途中、どっかで京都の旅行雑誌を大量に購入して、そのままIS学園直通のモノレール駅に来たと。そしてそのまま俺に連絡が繋がるのを待っていた、と…

 

「オランジュ?」

「いやセイスが居ないなら掛け直すの一点張りだし、お前ら連絡繋がらないし…」

『じゃそういう事で、待ってるから40秒で仕度して早く来い。美味いラーメンの店、楽しみだ…』

「あ、オイ待て……あの野郎、言うだけ言って切りやがった…」

 

 こっちだって散々な目に遭ってやっと帰ってきたばかりだって言うのに、そんなの知ったこっちゃ無いと言わんばかりのこの態度。食い意地張ってるところも、傍若無人な我侭っぷりも、相変わらずなことにゲンナリするというか、安心すると言うか。何だか今後の組織の行く末なんて難しいこと、悩むだけバカらしくなってきた。

 

「つう訳で、悪いけど行って来て良い?」

「「むしろ、さっさと行け」」

 

 何故か二人はゲッソリしていたけども、取り合えず許可は得た。姉御への報告書作成とか、装備の点検とかも押し付けるのは少し躊躇うが、素直にお言葉に甘えるとしよう。何だかんだ言って、マドカと飯食うの久しぶりだし…

 

(今日くらい、素直に奢ってやるか)

 

 財布の中身をいつもより多めにして、俺は隠し部屋を後にした。因みに、無意識の内に自分の足取りが軽くなり、鼻歌まで歌っていたことには最後まで気付かなかった…

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

---フォレスト一派極東前線基地IS学園支部(通称隠し部屋)にて

 

「やっと行きやがったか、あの無自覚バカップル」

 

「俺もう腹いっぱいだよ。つうかエムも酷ぇし、本人居ないから代わりにセイスの電話に出たら『お前はお呼びじゃないんだよ阿呆』とか言うし…」

 

「そいつは気の毒に……それで…?」

 

「それでって?」

 

「旦那からの連絡…いや違うな、どちらかと言うと指示か。とにかく、何か来たな?」

 

「うん、まぁ、実を言うと、三日前には来てた」

 

「え、マジで?」

 

「指示って言っても、本来ならロシアにある筈のミステリアス・レイディの専用パッケージが何のメッセージも無しに送りつけられただけなんだけどな…」

 

「……それだけ…?」

 

「それだけ」

 

「……やっぱり、あの人の弟子はお前じゃないと無理だよ。少なくとも、俺にはそれだけで旦那の意図を察するなんて出来ねぇや…」

 

「そいつは、どうも。つう訳で、今後はちょいと忙しくなると思うから、いざとなったらヨロシク」

 

「任せろ。あぁだけど、一つだけ言わせてくれ」

 

「うん?」

 

「セイスが居ない時くらい、格好つけてないで休め」

 

「…はハッ、んじゃ、そうさせて貰う。やっぱ、あの狸爺、超、怖い……ガクッ…」

 

「ったく、お前もセイスのこと言ってらんねぇな。ま、今後も無理しない程度に頑張れよ、お兄ちゃん」

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

---某高級ホテルにて…

 

 

「なぁスコール、どうしてセイス達を生かしたんだ?」

 

「うちが人材不足なのは今も変わらないわ。しかも、これから私達がやることを考えたら尚更よ。私の望みが叶うその日まで、彼らにはこのまま働き続けて貰わないとね」

 

「けどよ、お前のやろうとしてることをアイツらが知ったら…」

 

「まぁ私がやろうとしていることは、彼らにとって許容できることじゃないでしょうね。最悪の場合、嫌なタイミングで反旗を翻すことも有り得るわ。それに、ひょっとするとオランジュやトール辺りは、もう私のやろうとしていることに勘付いているかもしれないわね…」

 

「だったら…」

 

「けど、彼らには何も出来ないわ。あの男に対して愚かなまでに忠実だからこそ、何も出来ない。あの男から新たな指示を受け取らない限り、私に対してどんなに疑念を抱こうとも、今まで通り私達を味方として扱い、私の命令に従い続ける。それが彼らにとって、最後に受け取ったあの男からの指示だから」

 

「スコール…」

 

「くくく…あっははははははは!! 皮肉なものね、フォレスト!! 貴方の最大の強みでもあった部下との絆が、忠誠が、信頼が、全て裏目に出るなんて!! お陰で二度と来ることの無い貴方からの指示を永遠に待つ彼らを、私は意のままに操れる!! 組織の中で最も人間であろうとする貴方の部下達が、貴方が居なくなった途端に私の思いのまま、頭空っぽの人形と化したのよ!! 呆気なさ過ぎて、逆に彼らが哀れだわ!!」

 

「……」

 

「貴方が消え、篠ノ之束を手に入れた今、もう誰にも私を止めることなんて出来ない。それに昔から貴方言ってたわよね、面白い物事には目が無いって。だったら私が見せてあげるわよ、世界を巻き込んだ、刺激的で最高に面白い光景を。だから、そこから世界の行く末を眺めているが良いわ…」

 

 

 

 

 

 

    その薄暗い海の底で、永遠に…

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

---そして…

 

 

「束様、よろしかったのですか?」

 

「なにがー?」

 

「……スコール氏からの御依頼の件です…」

 

「理由は忘れたけど、スーちゃんが指定した飛行機を墜として欲しいって奴? それなら、先週に済ませたでしょ?」

 

「ですが、その…」

 

「スーちゃんは『指定した飛行機を墜落、可能なら撃墜して欲しい』としか言ってないもん。ちーちゃんやその他の有象無象に束さんが関わったことを勘付かれないようにアレコレ頑張りながら、ちゃあんとスーちゃんのリクエストには答えたよ。だから、束さんは何も悪くない」

 

「いや、それはそうですけど、これは流石に…」

 

 

 

「まったく、くーちゃんも心配性だなぁ。フォー君もそう思わない?」

 

「そうだねぇ、僕も博士さんに同意見かな?」

 

 

 

 

「ほら、フォー君もそう言ってるよ?」

 

「ですが束様、スコール氏が飛行機を撃墜して欲しかった理由は明らかに…」

 

「いいのいいの。それに約束したからね、束さんのラボを見つけられたら、話ぐらいは聞いてあげるって。まぁ流石の束さんも、その約束をした二日後に来るとは思わなかったけど…」

 

「かの天災の自宅にお伺いするからにはと、ちょっと御土産と御洒落に気合入れてたら遅くなっちゃった。いやはや、遅れて申し訳ない」

 

「……で、話ってのは何かな…?」

 

「うーん、実を言うと話があるのは博士さんと言うより、クロニクルちゃんかな? 最終的な決定権は博士さんにあると思うけど…」

 

「え、私、ですか…?」

 

「うん、そうだよ。ねぇクロニクルちゃん、君さ…」

 

 

 

---家事から戦闘までこなす、とっても便利な雑用係達が居るんだけど、ちょっと雇ってみない?

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 闇に蠢くは、その胸に野望を抱いた暗躍者達の策謀…

 

 世界すら巻き込んで踊り踊らされ、最後に笑うのは一体誰か…

 

 

 

「大将、油少なめ、麺固め、味普通で!! それとチャーシュー二枚追加、麺は大盛で!!」

 

「俺はチャーシュー麺とライス、麺と油と味の濃さは全部普通で」

 

「やっぱチャーシュー追加は無しにして味玉に変更!!」

 

「あれ、珍しいな?」

 

「チャーシューはお前のから貰えば良いやと思った」

 

「大将、チャーシュー追加しといてッ!!」

 

 

 

 彼らの結末は、神にすら分からず…

 

 




これにて原作九巻分終了です。

そして宣言通り、なろうでの活動を再開したいと思います。宣言してから大分時間が経ってしまい、その間に新しいネタが浮かんできたんで、また懲りずに新作を書いてみるつもりです。とは言え、今のところ尽くエタってますから、例によって今回も早々に挫折してハーメルンに舞い戻ってくるかもしれませんが…(マテ

何はともあれ皆様、暫しの間、失礼致します。



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アイカワラズ~新幹線にて~

恥ずかしながら、戻って参りました…;


「俺、新幹線に乗るの初めてだったわ。ちょっとワクワクしてる…」

「そんなに良いものじゃないぞ。確かに乗り心地に関しては他の高速列車と比べて快適だが、普通の列車よりも速いせいで景色を楽しむ余裕無いし」

「いつも新幹線の十倍は速い代物を乗りこなしてるのに?」

「ハイパーセンサーと五感を総動員しなければならないIS搭乗時と、完全なオフモードな今の私を一緒にするな、今の私じゃあプロ野球選手の投球を見切るのが限界だ。セヴァス並の反射神経でも持ってれば、話は別なんだろうがな…」

「じゃあハイパーセンサー使えば良いじゃん」

「天才かお前」

 

 謎の空母襲来から暫く、学園に専用機持ちだけを集めた特別クラスが増設されたことを除き、殆ど平時と変らない日常が続いていたのだが、ある日を境に事態は急変する。いつものように学園で情報収集していたら、IS学園が亡国機業に対して自ら討って出ようとしていることが明らかになったのだ。その情報を掴んだ俺は即座にオランジュ、そして奴を通して姉御に報告。その結果、以前から計画していたIS学園の修学旅行襲撃作戦を前倒しする形で、逆にIS学園を迎撃する計画に変更する事となった。

 IS学園の戦力だけでも厄介だが、これを機に静観を決め込んでいた他の勢力も動き出す可能性があり、そうなると非常に面倒くさい。姉御は自身が動かせる手駒を殆ど費やすつもりなのか、日本近辺に居るスコール一派を片っ端から招集しているようだが、それでも邪魔者全てを始末するには些か足りないだろう。だから今回も、俺はフォレスト一派の貸出組としてIS学園の奴らよりも一足先に、姉御の日本での活動拠点にしている京都へと向かっている。因みにオランジュとバンビーノ、そしてアイゼンは学園に残り、引き続き学園の監視に当たるので居残りだ。ただし、アイゼンは京都に向かう学園の連中に合わせ、彼ら彼女らを尾行しながら数日後に京都入りする手筈となっているので、暫くしたら合流する予定である。

 

「見える、見えるぞ。私にも景色が見える!! あ、セヴァス、お茶くれ」

「はいよー」

 

 しかし現在、見ての通り俺もマドカも、すっかり旅行気分に浸っていた。だって初めて行くんだもの、何だかんだ言って、マドカと旅行計画立てる時も楽しかったんだもの。そもそも、ただでさえ仕事の都合上、外出自体が稀で散歩すら満足に出来やしないんだ。こういう時ぐらい羽を伸ばしたって、バチは当たらないだろう。尤も、夏祭りとか体育祭の時とか、休憩時間にいつも、テメェ日頃から充分に遊んでるじゃねぇかと言われたら、何も言い返せないんだけどな。まぁ、それはさておき…

 

「向こうに着いたら、どうする?」

「流石に一回くらいはスコールのとこに顔を出しとく。京都旅行は、その後だな」

「京都旅行って単語、間違っても姉御の前で出すなよ? 俺達が行くのはあくまで、計画の下見だからな?」

「言われなくても分かってる、あとサンドイッチ」

「ほれ、ツナサンド」

「うむ」

 

 マドカに対して半ば諦めている節がある上に、俺達が下見を建前に遊ぶ気満々なのは姉御も察しているとは思う。だからと言って、目の前で堂々とサボタージュ宣言しようものなら確実にブチ切れる。そもそも、今回の仕事はそれなりに厄介な点が多いので、最低限の下見は本当にやっておかないと苦戦するのは確実。遊ぶ為にも、計画の為にも、姉御の怒りを買わない為にも、やっぱりやるべき事はやっておかねぇと駄目だろう。

 しかし、この監視任務を命じられてから随分と立つが、支部や臨時の隠れ家に足を運んだことはあれど、スコール一派の本丸に足を運ぶのは何気にこれが初めてになる。マドカ手伝って心臓ぶち抜かれた時や、アメリカ行った時に世話になったホテルも異様なくらいにセレブリティだったが、姉御が日本で活動する際の本拠地と言うだけあって、きっと色々な意味で凄いんだろう。て言うか、こういう時に毎度思うんだけど、姉御って悪の組織よりもホテル女王目指した方が成功出来たんじゃねぇだろうか。

 

「そう言えば姉御のホテルの周辺って、観光出来る場所あるのか?」

「あるにはあるが、スコールみたいな成金向けの施設ばかりで、京都らしさの欠片も無いぞ。個人的には勧められん、て言うか私が嫌だ」

「じゃあ良いや、電車とバス乗りついで最初の予定通りに巡るか。それと、俺にもお茶くれ」

「ん」

 

 窓に顔を向けたまま、短い返事と共に差し出してきた、さっき渡してやったペットボトル茶。渡した瞬間にグビグビと飲んでたが、この短時間で半分に減っていた。

 

「さんきゅ」

 

 まぁ、一口で充分だから別に構わねぇんだけど…

 

「すいませーん、ブラックコーヒーあるだけ下さイッ…」

 

 ふとそんな声が聴こえ、横を見る。車内販売のカートが居なくなると同時に目に入ったのは、通路を挟んで反対側に座る若い女性。目を引く赤い髪に、隻眼と隻腕、いつもなら人を食ったような微笑を常に浮かべているその顔は今、どういう訳かすっかり沈んでいる。まるで、何かに対して心底うんざりしたかのような表情を浮かべ、その人は買い込んだ大量の缶コーヒーを一気飲みしていた。

 

「そんなに飲んだら寝たい時に寝れなくなりませんか、アリーシャ・ジョセスターフ?」

「京都に着くまでこんなもん見せられ続けると思ったら誰だってやってられないってノ…」

 

 ヤケ酒の如く缶コーヒーを煽る彼女こそ、世界にその名を轟かす二代目ブリュンヒルデ、アリーシャ・ジョセスターフその人である。

 

「日本の風景はお気に召しませんでしたか?」

「そうじゃねーヨ」

 

 アラクネを失ったオータムの為、旦那がイタリアのテンペスタを調達してくると言う話は以前からあったが、まさか最新型を、それも最強のパイロット付きで持ってくるとは思わなかった。それは姉御も同じで、旦那にアリーシャにこちらと協力関係を結ばせたと聞かされた時は心底驚いたようで、旦那と電話中に動揺して携帯を落としそうになり、慌てて拾おうとしたらその場ですっ転び、顔面を強打していたとマドカが言っていた。

 で、その二代目ブリュンヒルデなんだが、現在の彼女は表向きIS学園の協力者、つまりはまだ立場上は敵同士という事になっている。京都に向かうのも、亡国機業討伐作戦の先遣隊として、本隊であるIS学園の専用機持ち達より先に現地入りすると言う名目だ。そんなアリーシャと同じ列車に乗ったら、彼女が裏で此方側と繋がっていることを早々に疑われるのでは、と思われるかもしれないが、姉御の指示で敢えてそうしている。姉御曰く、二重スパイをする気が無いという裏付けは取れたらしいので、唯一懸念するべきなのは途中で心変わりされること。それを防ぐ為にも、亡国機業と接触していた形跡を残し、いざと言う時に脅迫材料として使うらしい。要は変なタイミングで手を切られないよう、先に帰る場所を無くしてやろうと言う魂胆だ。まぁ正直な話、当の本人は織斑千冬と戦えさえすれば他はどうでも良い口だから、そう言う心配はいらないんじゃないかと俺は思っているんだけどな。

 

「て言うか何サ、やっぱり君達って恋人同士なのかイ?」

「「いや、別に」」

「……あ、そう…」

 

 ふとそんなことを言われ、俺とマドカが即答すると、何故か更に目が濁ったアリーシャ。なんだか最近、俺とマドカが一緒に居ると、どいつもこいつも同じような反応をしてくる気がする。あのオータムでさえ、アメリカから帰ってきて以来、俺にもマドカにも相変わらず突っ掛かって来るが、俺とマドカが一緒に居る時はダッシュで逃げるようになった。『この鈍ちん共がッ!!』とか、『まだるぉこっしぃんだよぉ!!』とか良く分からないことを言ってたが、いったいどういう意味なんだろうか。

 

「ぐふぅ…」

 

 てなこと考えてたら、今度は隣から変な声が聴こえてきたので振り向くと、マドカが口元を抑えて呻き声を上げていた。

 

「どうした?」

「いや、ハイパーセンサーを使って景色を堪能出来るのは良いんだが、外の光景以外を見ると世界が時を止めたかのような状態になってな……うっぷ…」

 

 高機動戦に用いられるハイパーセンサーは早い話、使用者の反射神経を底上げするような代物。その効果は例えマッハで移動中であろうとも、一瞬で流れる景色をハッキリと認識できるほどだと聞く。だから使ってみればと言った訳だけども…

 

「だから片目だけハイパーセンサー起動、もう片方は停止したら、酔った、気持ち、悪い…」

「バカだろお前」

 

 そんな使い方したら、そうなるに決まってるだろうが。どうしてこう戦闘中はとことん有能なのに、オフモードになるとここまでアホになるんだろうか、コイツ…

 

「すまん、ちょっと寝る」

「はいはい」

 

 そう言うや否や、顔色を悪くしたマドカは座席の手すりをどかし、横になった……俺の膝を枕にして…

 

「付き合ってないとか絶対に嘘だろお前らラぁッ!!」

 

 いや、だから付き合ってないってば…

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

(あぁもうやってられないヨ…)

 

 隣のマドカとセイスを横目に、アリーシャは再び深い溜め息を吐く。

 実はこの二人、合流した時からあんな調子だった。御覧の通り人前でも平気で膝枕するし、飲み物食べ物越しの間接キスなんて微塵も動じないなんてまだ序の口。人混みの多い場所では互いに躊躇なく手を繋ぎ、さっきは一冊の旅行雑誌を二人で身を寄せ合って読んでいた。サンドイッチ手渡す時だってノールックで、どれが食べたいのか何も言わずに察して選んでいた。しかもコイツら、普通なら赤面ものなこれらの行為を、顔色一つ変えずに平然とやってのける。そこに初々しさなど欠片も存在せず、むしろ長年連れ添った熟年夫婦みたいな雰囲気さえ漂っていた気さえした。

 行き遅れカウントダウン…もとい初代ブリュンヒルデの織斑千冬ほどでは無いが、自分にだって危機感はあるにはあるのだ。そんな自分に対し、まるで嫌がらせのように見せつけやがってからに。

 

(こういう時は、ふて寝に限るネ…)

 

 ともかく、今は忘れよう。この精神的な苦痛も、京都に到着さえすれば全て報われる。まだ亡国機業そのものを信用した訳では無いが、フォレストとのやり取りもあって、それなりに期待はしている。互いに利用し、利用される関係だが、それで充分だ。全ては、幻と消えた、織斑千冬との決着の為に。

 

(ふて寝……ふて、寝…)

 

 尤も、流石に京都に着いてすぐにとはいかない。まだ自分は、表向きはIS学園側の協力者だ、抜け出すタイミングやその他諸々の打ち合わせも兼ねて、スコールと対談しなければならない。あの食わせ者と顔を合わせるとなれば、それなりに気を引き締めるべきだろう。それに備える為にも、こんな事で精神と体力を消耗したくは無いのだが…

 

 

(コーヒーがぶ飲みしたせいで眠れないッ!?)

 

 

 結局、京都に到着するまでの間、アリーシャの精神はガリガリと削られ続ける羽目になった…

 

 




という訳で皆様、お久しぶりで御座います。暫く向こうで書いては消して、書いては消してを繰り返している内に、アイ潜のネタが次々と思い浮かんでしまったので、また戻ってきました。

本編の続きとか、アナザートライアングル2とか、アイ潜でゴールデンカムイとか、相変わらず亀更新になるとは思いますが、可能な限り更新していきたいと思います。

年明けからかなり時間が経ってしまいましたが改めまして、これからもよろしくお願いします。


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アイカワラズ~京都珍道中その1~

お待たせしました、二人の京都旅行開始です。


 

「では失礼します」

「えぇ、御苦労さま」

 

 無事に京都、そしてスコール派のアジトであるホテルにまで辿り着き、アリーシャをスコールの元へと送り届けたセイスとマドカ。簡単な報告と挨拶を済ませると、すぐにアリーシャとの話し合いに入る為なのか、スコールは早々に二人を解放した。マドカに『成り金の鉄人クソババァ』とまで言われる、彼女のセレブリティな部屋から出て十秒後、通路をスタスタと歩く二人はと言うと…

 

「良し、自由の身だ!!」

「バカバカ、姉御に聞かれるだろうが!!」

「ハンッ、知ったことか。それに奴も『御苦労様、後は自由にして良いわ。ゆっくり楽しんでらっしゃい、お金の心配は要らないから』と言ってただろ?」

「言ってない言ってない、そこまで言ってないし、絶対にそんなこと思ってない」

 

これ以上にないくらいに浮かれまくっていた。マドカを嗜めるセイスでさえ、顔がニヤついている。

 

「て言うか金の心配は要らないって、俺の財布の中身にも限界があるから、そんなに当てにされても…」

「安心しろ、抜かりは無い」

 

そう言ってマドカはどこからともなく、ワインレッドの長財布を取り出した。見るからに値の張りそうな、それでいて中身がギッシリの財布は、どう見てもマドカのものでは無い。絶対に誰かのをパクって来たのだろうが、こんな財布を持っていた奴の心当たりは、少なくとも自分のセイスの中には無かった。

 

「オータムの?」

「違う」

「オランジュのか?」

「ハズレ」

「……まさか、姉御の…?」

「そんな自殺行為するくらいなら自分の貯金に手を出す」

「日頃から人の金に手ぇ出す前に自分の貯金に手ぇ出してくれない?」

 

取り敢えずマドカが狙いそうな奴の名前を言ってみるも、全てハズレ。その後も何人かの名前を出すも、全て該当せず。程なくして、セイスは両手を上げて降参の意を示した。

 

「駄目だ分からん。誰のなんだ、その財布?」

「アリーシャ・ジョセスターフ」

「バカ野郎ッ!!」

 

 一瞬にして脳天に落とされた雷げんこつ、畳み掛けるように響く怒声。

 

「お前、仮とは言え協力者に何てことをしやがる。こんな下らない事で怒らせて、同盟関係パァにされたらどうする気だ!?」

 

織斑千冬との決闘、そのお膳立ての約束を守る限りアリーシャは此方に協力してくれる。しかし彼女は基本的に気分屋だ、度が過ぎればどうなるか分からない。幾ら裏工作してイタリアに戻れなくしたところで、彼女が首を横に振ったらそれまでだ。そもそも、仮にも客将とも言うべき彼女相手にそんなことしたら、確実にスコールがぶちギレる。それだけは、何がなんでも防がねばならない。

まぁ尤も、既に客将の心に深手を負わせているのだが、その事実に二人が気付くことは無かった。

 

「お、落ち着け、冗談だ、ドッキリだ、御茶目なジョークだ。謝るから、二発目はやめろぉ!!」

「本当だろうな?」

「あぁ勿論だ、見事に度肝を抜いてやろうと思って昨日から企んでたんだ。因みに、コレはオータムの財布。奴がこの趣味の悪い長財布を使ってるところを何度も見ているから、間違いない」

 

 それを聞いて、暫し考え込む様子を見せるセイス。そして、問い掛ける…

 

「現金は?」

「札束がギッシリ」

「カードは?」

「金色と黒いのが何枚も」

「暗証番号は?」

「チョロかった」

「なら良し」

 

 それはもう、力強いサムズアップだった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「アレ?」

「どうかしたのかしら、アリーシャ・ジョセフターク?」

「いや、ちょ、財布が……あれ、どこかで落したのかナ、赤い奴なんだけド…?」

(まさかあの娘、やらかしてないわよね?)

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「さて、どうやって誤魔化そうか…」

「何だって?」

「いや、何でもない」

 

軍資金を手に意気揚々とホテルを出た二人は現在、路線バスに揺られながら、京都の街並の景色を堪能していた。任務内容の都合で外出が滅多に出来ないセイスは、今の状況が余程楽しいのか、上機嫌に鼻歌まで口ずさみ始めた。その様子を眺めている内に、予想以上に怒られたので咄嗟に嘘ついて誤魔化したことを、どうやって誤魔化そうか悩んでいたマドカも、取り敢えず今はその事を忘れることにした。そこ、現実逃避とか言わない。

 因みに現在、マドカは私服であることに加え、いつもの変装…伊達メガネに茶髪染めの状態である。

 

「まずは腹ごしらえからだな」

「まずはって言うがお前のことだ、どうせ最初から最後まで花より団子だろ」

 

今日一日で巡るルートは、この数日に二人で計画して既に決めてある。その時、行きたい場所、やりたいことの希望を互いに出しあった訳だが、例によってマドカの希望は『〇〇店の〇〇が食べたい』といったものばかりだった。

 

「失敬な、私だって京都の名所にちょっとくらいは興味あるぞ」

「じゃあ、アレはなんだ?」

 

 そう言って、セイスはバスの窓の向こうを指差す。彼の指の先には、京都を代表する建物の一つである巨大な塔が建っていた。それを見たマドカは、馬鹿にするなと言わんばかりに鼻で嗤い、ドヤ顔で即答する。

 

「スカ○ツリーだろ?」

「違ぇよ」

 

 こいつの口から京都タワーって名称は出てこないだろうとは思っていたが、更に予想の斜め上をいく解答に思わず溜め息。その時にふと、視界に入ってきた一軒の建物。何の店なのか分からないが、まだ早い時間にも関わらず行列できていた。折角なので、敢えて隣のアホに訊いてみる。

 

「あの店は?」

「団子専門店『うぃにっと』。三年前に出来たばかりの新店だが、店主は数々の老舗和菓子店で長年修業を積んだ職人で、その腕前は数々の名店を唸らせる程だとか。一番人気はミタラシ団子で、グルメ雑誌『月刊あや菓子』でも人気ランキングで堂々の一位」

「さっきと打って変わってこの博識っぷりよ、やっぱり団子じゃねぇか」

「団子だけじゃない、湯葉も好きだ」

「やかましいわ」

 

 さっきよりも深い溜め息をついたところで、セイスが再びマドカに目を向けると、彼女の視線は窓の向こうに固定されていた。うぃにっと団子店とやらを、ジーッと見つめていた。信号待ちで止まってたバスが動き出しても、ずーっと見つめ続けていた。なので、問う。

 

「食べたいの?」

「食べたいの」

「降りるの?」

「降りるの」

「停車ボタン」

「スイッチ、オーン」

 

 ピンボーンと言う小気味良い音を鳴らし、同時に席を立つ二人。丁度バス停の手前だったようで、バスはすぐに止まった。早く団子屋に行きたいのか、足早に降車口に向かうマドカと、それを追いかけるセイス。そんな二人はがバスを降りようとした、まさにその時だった。

 

「皆さん、席に戻って下さい」

 

 降車口から、二十代半ばの男が包丁を手に持って乗ってきた。突然のことに乗員乗客の殆どが事態を飲み込めず、思わずポカンとしてしまい、逆に状況を理解出来てしまったものは驚愕と恐怖で固まってしまった。その様子に気を良くしたのか、男はバスを降りようとした乗客達の列、その先頭に立っていた者に包丁を向けながら、芝居掛かった口調で言葉を続けた。

 

「大人しく言う事を聞いてさえくれれば、危害はけぼふぉっ、げはぁ!?」

 

 が、先頭に立っていた者…マドカとセイスが問答無用でダブルヤクザキックをお見舞いし、蹴られた若者は勢いよく外へとぶっ飛び、その衝撃で手放した包丁はクルクルと宙を舞った後、セイスの手に収まった。

 

「百均のか、質屋に入れたとこで、はした金にもならねぇな。返しとこ」

「セヴァス、早く早く」

「はいはい」

 

 そう言って、セイスとマドカはさっさとバスを降りていった。誰もがポカーンとして言葉を発せない中、乗車代として精算機に放り込まれた二人の小銭の音だけが鳴り響いた。

 

◇◆◇◆◇

 

 

『次のニュースです。本日未明、バスジャックを計画したとして、二十代無職の男性が逮捕されました。男は近くの百均で購入した包丁を凶器にバスへ乗り込み、乗員乗客を人質に取り、バスを乗っ取ろうとした疑いが持たれています。しかし通報を受けた警察が駆け付けたところ、男は既にバスの外で倒れ、気を失っていたとのことです。丁度バスから降りようとした乗客の一人が、男が包丁を取り出すと同時に蹴り飛ばして外に叩き出した、と言った証言が多数寄せられており、警察は現在、事情を聞く為にこの乗客の行方を追っています』

 

「……あの二人じゃないわよね…?」

「どうかしたのかナ?」

「い、いえ、何でもないわ。それよりも、貴方が私達に協力することを、私の部下にもギリギリまで黙っておくことに関してだけど…」

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「うまーーーーい!!」

「そりゃあ良かった」

 

 他人の金にモノを言わせ、店にあった団子を一通り買い漁って御満悦のマドカ。店を出て早速一本パクついていたが、お味の方は御覧の通りだ。そして、その上機嫌な表情のまま包みからもう一本取り出し、無言で差し出してきた。折角なので、俺も一本貰って食べてみる。

 

「あ、凄ぇ美味いわこの団子」

「だろう?」

 

 咄嗟に出たシンプルで、それ以外に表現のしようが無い俺の感想に、マドカはどこか満足げだった。しかし、流石は亡国機業で姉御に次ぐグルメ舌、相変わらずこいつが美味いと言ったものに外れ無し。今後も、新しい料理にチャレンジする時は、さりげなく毒見…もとい、味見させよう。

 

「さて勢いに任せて降りちまったが、どうしようか。次のバスまで時間があるが…」

「金なら有り余ってるし、タクシーでも捕まえれば良いんじゃ?」

「それだと何だかつまらない」

 

 とは言ったものの、じゃあどんなのなら面白いんだと聞かれたら、具体的な案は俺も無い。取り敢えず、何か無いかと周囲を見渡すが、バス停前で目に付くのは道路を走る自動車、バス、タクシーばかり。コレと言って特別な物は見当たらず、やっぱりバスかタクシーにするかと諦めた掛けた、その時だった。

 

「あ、人力車…」

 

 ふと視界に映り込んだ、京都ならではの移動手段、人力車。同じ京都とは言え、この辺の地域では余り居ないと聞いていたが、IS関係によって増えた観光客に対応する為に、色々と変化があったのだろうか。

 それはともかく、一度見てしまうとやはり興味が湧く。自動車とも馬車とも違う、人が引くことが前提の乗り物、その乗り心地がどんなものなのか、やっぱり気になる。なんて思ってたら、唐突にクイクイと裾を引っ張られる感触。振り返れば、隣で団子食ってたマドカが俺の裾を掴んでいた。そして、さっきのバスでのやり取りを、問う側と問われる側を逆にして、いざ再現。

 

「乗りたい?」

「乗りたい」

「乗る?」

「乗る」

「すいませーん、乗客二人でーす!!」

「はーい、只今参りまーす」

 

 マドカの呼び声に気付いた車夫が、人力車を引っ張りながら急ぎ足で駆け寄ってくる。しかし、段々と近付いてくるその人の姿に、凄く見覚えがあった。俺と同じ位の年齢、アリーシャとは違う質の赤い髪、頭に巻いたバンダナ。ルックスに関しては悪くなく、むしろ充分にイケメンを名乗って良いのではなかろうか。そんな、十代半ばの若者。

 

「あれ、もしかして?」

「五反田食堂の?」

「あ、常連さんじゃないですか。どうしたんですか、こんなところで?」

 

 監視任務中に足を運んだ回数は数知れず、何を食べるか迷ったら、取り敢えずその店に行くことを選択。監視任務が終わってからも行こうと思うぐらいに、今ではすっかり常連の一人になってしまった。大衆食堂『五反田食堂』、その店主の孫であり、織斑一夏の親友こと『五反田弾』、その人であった。

 こっちの事情が事情なのでまともに会話をしたことは無いが、常連客として何度も訪れる内に顔を覚えられ、簡単な挨拶くらいは交わすようになっていた。その為か、俺達が相手のことを覚えていたように、向こうも俺達のことを覚えていたようだ。まぁ、マドカと一緒に初来店した時に色々とあったという点もあるだろうが。

 

「あ、もしかしてデートですか?」

「いやぁ、仕事の都合でこっちに来ることになったんですけどね。折角京都に来たんで、自由時間を利用して京都の街を観光しようかと」

 

 嘘は言ってない。

 

「て言うか、そっちこそどうしてこんな場所に? まさか、家出…」

「いやいや違いますよ、ちょっと訳あって金が必要になりましてね、知り合いの伝手でこのバイトを紹介して貰いまして…」

「……ははーん…」

 

 そう言えば、彼は布仏虚とちゃっかり交際していた。しかも未だに進展の無いラヴァーズ(主人含む)を差し置いて、相思相愛の、初々しくも非常にラブラブな関係を築き上げているとか。この前も普通にデートしてたし、それを知ったオランジュが妬ましげな溜め息を零した後、何故か俺を見て更に深い溜め息を吐いていた。今更だが、解せぬ。

 それはさておき、とにかく五反田の目的は、愛しの彼女さんへのプレゼント代を稼ぐ為と見た。マドカも同じ考えに至ったようで、微妙にニヤついている。きっと、俺も同じような顔してるんだろう。気付いたら同時に五反田の肩に、二人して手をポンと置いてるし。

 

「な、何ですか二人して、その意味ありげな笑みは?」

「べっつにー」

「とにかくアレだ、頑張れよ」

 

 友人と言う訳では無いが、全くの赤の他人と言う訳でも無い。むしろ顔馴染みとして、ここは純粋に二人の恋路を応援してやろう。て言うか二人の実家を考えると、物理的にも応援してやんないとダメかもしんない。今度、オランジュあたりに相談してみようかな…

 

「あぁもう調子狂うな、まぁとにかく乗って下さい」

「じゃあ、お言葉に甘えまして」

「失礼しまーす」

 

 俺達が察したことを察したのか誤魔化すように、五反田は人力車に乗る様に促してきた。あまりからかい過ぎるのもアレなので、ここは素直に従っておくとする。因みに、どうやって乗るのか分からなかったので取り敢えず飛び乗ってみたら、ちょっと怒られた。

 

「お、良いね。こういうの初めて乗ったけど、思ったより良いわこれ」

 

 初の人力車の乗り心地は、想像していたよりも悪くない。思ったよりも高い場所に座っており、眺めも良い。マドカが団子買いにバス降りたのは、結果オーライだったかもしれない。そう言おうとして隣に座った本人に顔を向けたら、景色そっちのけで次の団子に夢中だった。多分、今のこいつの頭の中には、目の前の団子と、次に向かう店のことしか無い。

 

「それで常連さん…じゃなかった、お客さん、どこに向かいます?」

「あーマドカ、地図出してくれ」

「もが」

「それと俺にも団子もう一本」

「ん」

 

 気を取り直し、マドカが取り出した地図を元に、団子片手に行き先を指定しようとした、その時だった…

 

「捕まえてえええええぇぇぇぇ引ったくりよおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」

 

 そんな叫びが後ろの方から聴こえ、五反田が人力車の横から背後を窺い、俺とマドカも人力車から身を乗り出した。すると、白マスクにサングラスの男が女性ものの高そうなバッグ片手に、猛スピードで自転車を走らせながらこっちへと向かって来ていた。更に、その男の後方には、先程の叫び声を上げた本人であろう女性が、歩道に倒れながら、無駄と分かっていながらも自転車の男に向かって手を伸ばしていた。

 

「マドカ」

「あむッ」

 

 受け取った団子、うぃにっと団子店の一番人気『ミタラシ団子』を、マドカの目の前に差し出す。マドカはそれを横からパクリと一口で平らげ、俺の手元には何も無い串だげが残る。

 

「あ、そーれ」

 

 それを全力で、男の自転車の前輪に投げつけた。

 

 

―――パァン!! ガッシャン、ゴッ、グシャッ!!

 

 

 俺の投げた団子の串によって前輪がパンクし、バランスを崩して男は転倒。そのまま顔面から道路へと叩き付けられ、うつ伏せに倒れたままピクピクと痙攣していた。そしてトドメを差すように、丁度近くを通り掛かった巡回中の警官が、男の元へと駆け寄って行く…

 

「な、何が起こったんだ?」

 

 引ったくりしか見てなかったせいで、俺達が何をしたのか全く見てなかった五反田が、心底不思議そうにそんなことを呟いた。傍から見れば、引ったくりの自転車がひとりでにパンクしたようにしか見えなかっただろう。

 

「天罰でも下ったんじゃないですか?」

「……。(もぐもぐ)」

 

 何食わぬ顔で、口いっぱいに団子を頬張ってハムスター状態のマドカの隣で、俺はそう言った。




○今回のセイス、いつもより浮かれていますので、酔った時ほどではありませんが、自重しません
○マドカは更に自重しません
○ローランド王国の『ウィニット団子店』、知ってる人、居るかなぁ…
○セイスとマドカの性格って、あのラノベのメイン二人の雰囲気に触発された面もあるんですよね



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アイカワラズ~京都珍道中その2~

お待たせしました、続きです。


「お客さーん、鴨川に着きましたよ」

「おう、ありがとさん」

「鴨川か、確かカップル川とか呼ばれてるんだったか?」

「五反田君、いつか布仏さんと一緒に来れるように頑張れよ」

「ちょ、さっきも訊こうと思ったけど二人とも、何で虚さんとのこと知ってんの!?」

「「機業秘密」」

「クッ、息ピッタリだよこの二人。流石はうちの店の常連随一のバカップル…」

「「え、別に付き合ってないんだけど…」」

「いや、絶対に嘘でしょ!?」

 

 

◇◆◇

 

 

「これが金閣寺か…成程、確かにゴールデンだ」

「そのせいかもしれんが、見てるとスコールの顔が浮かんできて無性に腹が立つ」

「だからってIS装備を向けるんじゃない」

 

 

◇◆◇

 

 

「で、これが銀閣寺か……なんというか、アレだな…」

「金閣寺と比べると、地味だな」

「言わないで、俺も思ったけど言わないで」

「でも、金閣寺より私はこっちの方が好きだ」

「姉御の面影無いから?」

「うん」

 

 

◇◆◇

 

 

「ついに来たぜ、清水寺ぁ!!」

「ほう、良い景色だな。そう言えばセヴァス、前からやたら清水の舞台に行きたいとか言ってたが、なんでだ?」

「そこから飛び降りて生きてたれたら、願い事が叶うって言い伝えがあるんだよ」

「おい、まさかと思うが…」

「大丈夫だ、高度一万メートルから落とされても生きてられたから、俺」

「バカか、私が言うのもアレだがバカかお前!?」

「なーに心配はいらない、良くあるだろ? 自撮に夢中で、バランス崩して高いところから落ちるなんて話は。そんな感じに装えば行ける…」

「な訳無いだろがぁ!!」

 

 

◇◆◇

 

 

「ははは、悪い、からかい過ぎた。冗談だよ、冗談」

「お前が言うと冗談に聴こえないんだよ、まったく…」

 

 マドカにジト目で睨まれながらも、日頃の意趣返しと言わんばかりにケラケラと笑うセイス。人が少なかったら本気で飛び降りてみようとか考えていたのは黙っておいて、取り敢えず普通に清水の舞台の眺めを堪能していた。ついでに持参したカメラで風景を何枚か写真に収め、オランジュ達の土産に加えておく。

 

「それで、次はどこに行く?」

「確か、この近くに行きたかった和菓子屋があった筈」

「着物貸してくれるとか言ってた奴か?」

「そうそう、それ。えーと場所は…」

 

 次の目的地の場所を確かめるべく地図を取り出した、その時だった。二人にとって聞き慣れた、それでいてこのような場所には相応しくないパァンと言う炸裂音が鳴り響く。

 

「オラァ、動くんじゃねぇ!!」

「全員両手を上げて跪きやがれ!!」

「逆らった奴は皆殺しにするぞコラァ!!」

 

 清水の舞台の中央、大勢の観光客に混じっていつの間にか、三人の覆面男が銃を構えて怒鳴り散らしていた。突然の出来事に、清水の舞台は一瞬にして混沌に包まれた。先程の発砲音を耳にして腰を抜かした者、その場から慌てて逃げ出す者、パニックを引き起こしてひたすら叫ぶ者、そう言った一般人達を相手に男達は容赦なく銃口を突きつけ、逃がすまいと床に引き倒す。

 

「へへ、あの化物メイドと執事のせいで豚箱にぶち込まれること数か月、獄中生活は勿論のこと、脱獄してからも長かったぜ…」

「警察の目を掻い潜り、またあの二人と遭遇しない様に遠く離れた地へと足を運び、武器の調達と計画を練る為に時間を掛け、やっと今日を迎えられた」

「本当に長かったすね、兄貴!!」

「だからこそ、もう抜かるんじゃねぇぞ!! 普段より中身多めにしているであろう観光客共の財布を、一個残らず回収しちまえ!!」

「「うっす!!」」

 

 前回の銀行強盗で失敗し、逃げ込んだ先のカフェで丸腰のガキにのされ、刑務所に入れられても、脱獄してからも、三人は全く懲りていなかった。それどころか、次こそは成功させてやると言う意地と、機会に恵まれ次第、あの時の金銀のガキに復讐してやるとさえ誓っていた。しかし、二兎を追う者は一兔も得ずだ。一先ず今回は、今後の為にも軍資金金稼ぎに集中するとしよう。

 リーダー格の男は清水の舞台中央、その手すりに陣取り、カモが変な気を起こさない様に周囲を見張る。その間に子分二人が逃げ遅れて動けなくなった観光客達に拳銃片手に近寄り、金目の物を奪い取る算段だ。

 

「そこのガキ、財布出しな」

「っチ、女連れかよ。羨まし…じゃなくて、生意気な野郎だ」

 

 まずは一人目、いや一組目。逃げ遅れた観光客達が脅されて床に跪く中、現実逃避でもしてるのか清水の舞台の端っこで立ったまま此方に背を向け、二人で身を寄せ合っている。だから真っ先に目についた訳なのだが、銃を向けながら近付いてみると…

 

「あった、ここだ」

「中途半端な距離だな、また人力車でも拾うか」

「そんなタクシー拾うみたいな言い方するな。それに、向かう途中にも幾つか面白そうな場所があるぞ」

「マジか、どれどれ…」

 

 現実から逃避するどころか、現状を認識すらしていなかった…

 

「おい、聞いてるのかテメェ!!」

「こんな状況でデートコースの相談とか舐めてるのかこの野郎!?」

 

 とんでもなく図太い神経しているのか、それとも単に馬鹿なのか。おそらく後者だろうと判断し、苛立ちと、少しばかりの妬ましさを含めてバカップル相手に怒鳴り散らす二人。

 

「おい、面白そうな場所って言うが、近くにあるの和菓子屋ばっかじゃねぇか」

「と、思うだろ? ちょっと小耳に挟んだんだが、着物を貸してくれる和菓子屋の近くに、燕尾服を貸してくれるとこがあるらしいんだ」

「待てコラ、もしかしてお前…」

「復活のセヴァスチャン」

「却下だバカ野郎」

 

 しかし、バカップル二人は…セイスとマドカは強盗二人の怒声にも、向けられる銃口に一瞥もくれることなく、現在進行形で繰り広げられる全てをガン無視してくっちゃべってるだけ。そして、強盗二人の頭の中で、何かがブチッとキレた。

 

「そこのテメェら、いい加減にしないとマジでブッ殺しッ」

 

 

―――ズガンッ!!

 

 

 そんな音と共に男二人は、比喩でも何でもなく宙を舞った。化物染みた腕力を持ってして放たれたダブルアッパーは、まるで物理的に首が飛んだかのような錯覚を与えると共に、一瞬にして二人の意識を刈り取ってみせた。

 

「んな、テメェ!?」

 

 リーダー格の男が、血相を変えながら銃をセイスに向ける。しかし男にとっての死角、セイスの背後から彼自身を踏み台にしてマドカが宙へと跳躍。男は慌てて銃口を彼女へと向け直し、間髪入れずに響く一発の銃声。

 

「ぐあぁ!?」

 

 しかし、弾丸を吐き出した銃は男のものにあらず。殴り倒された拍子に持ち主の手から放れ、宙を舞っていた拳銃を掴み取ったセイスが、男の持っていた銃を撃ち抜いたのだ。銃を弾き飛ばされ、男が呆然としている間に、マドカは宙で身体を丸めながらクルリと一回転。迫る気配に男がハッとして再び上を見上げたのと、前転で勢いのついたマドカの踵落しが男の顔面に叩き込まれたのは、ほぼ同時だった。

 

―――グシャッ

 

 踵落しの反動を利用しながら綺麗に着地したマドカと対照的に、男は嫌な音を出した後、前のめりに崩れ落ちた。意識は辛うじて残っているが、最早まともに動くことは不可能だろう。

 

「糞がっ、どいつもこいつも、どうして邪魔ばっかりしやがるんだ…!!」

 

 セイスとマドカに、夏に自分達の邪魔をした銀髪メイドと金髪執事を幻視して、忌々しそうに、そして吐き捨てるように呻いた男は、震える手で何かの装置を取り出す。それはまるで、爆弾の起爆スイッチのようで…

 

「今度こそ、道連れにぃッ…!!」

 

 如何にもな装置のスイッチを、男は躊躇なく押した。指先からカチリと、小気味良い音が鳴る。男の思わせ振りな言葉に襲われていた観光客達は息を呑み、反射的にその場に伏せた。再び、カチリとスイッチ音。人々はビクリと身体を震わせた。三度、カチリとスイッチ音。アレ?と思い始めた何人かが、伏せていた顔を上げた。カチリ、カチリ、カチカチカチカチカチと、まるで焦る様に連打される、起爆スイッチ。

 

「な、なんで?」

「おいド素人、探し物はコレか?」

 

 頭上から若い女の声が降ってくると同時に、うつ伏せ状態のままだった男の目の前に、何かがドサリと投げ捨てられた。すっかりバラバラに解体されていたが何やら見覚えのあるそれを見た途端、男は顔を青くしながら慌てて自身の身体を探ってみる。そして自身の身体に巻き付けておいた爆弾が無くなっていることに気付き、爆弾の他に誰かの足が二人分、目の前にあることにも気付いたところで、恐る恐る声が降ってきた方へと視線を向けた。

 

「悪りぃな、ウチの連れ少しばかり手癖が悪いんだわ。あぁ、それと…」

 

 男の視線の先には、いつの間にか床に転がる自分の近寄り、冷たい目で見下ろす、自分の弟分達を殴り倒した男と、自分を蹴り潰した女の姿。思わず顔を引き攣らせたのと同時に、二人は互いに左足と右足を振り上げ…

 

「「邪魔だ、消えろ」」

 

 人に蹴られる蹴鞠の気持ちが分かった気がすると、逮捕後に男は語った。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「やれやれ、今日は面倒なことばっかり起きるな」

 

 どっかで見たことのある気がする強盗トリオをぶちのめし、隙を見て現場から逃げ出した俺達は、幾つかの店に寄り道しながら、例の着物を貸してくれると言う和菓子屋に辿り着いた。早速マドカは和服を借りに店内の奥へ。その間、マドカを抱えて清水の舞台飛び降り逃走からの全力疾走は流石の俺も疲れたので、店の外でベンチに座りながら休ませて貰う事にした。

 

 ただし、執事服で。

 

「しかし、またコレを着せられるとは…」

 

 結局さっき言っていた執事服を貸してくれる店に立ち寄り、拝み倒されて渋々ながら着る羽目になった。執事服そのものは別に嫌いでは無いが、姉御の着せ替え人形と化した幼い時の苦い思い出が甦り、そもそもこんな場違いにも程がある場所で身に着けるようなものでは無い。実際、道行く人々の視線が痛い。通り過ぎる間ずっとこっち見てるし、一部の女性に至っては立ち止まってガン見してきたくらいだ。とは言え店内の方が人が密集しており、尚且つ逃げ場が無いので結局ここで座ってる方がマシなんだろう。あー、早く戻って来ないかなマドカの奴…

 

「待たせた」

 

 と思ってたら、丁度戻ってきた。視線を向けると、そこには文字通りの着物美人。深紅の生地に、桜の花びら模した桃色と、木の葉を模した若草色の模様で装飾された、綺麗な着物。折角だからと髪を本来の黒色に戻し、眼鏡も外したみたいだが、それがまた着物との相性を際立たせていた。独特な雰囲気と言うか、一種の色気さえ感じたくらいだ。まぁ何だ、まどろっこしい表現抜きにして一言で表現するならば…

 

「ほはー、やっぱり凄ぇ似合ってんな」

「お、そうか?」

「うん、お世辞抜きで似合ってる。やっぱお前って、一応美人さんなんだな」

「一応ってなんだ、一応って。だがまぁ悪い気はしない、ありがとう」

 

 日頃のアレで色々と残念な印象しか無いが、やっぱりコイツの容姿ってトップクラスなんだろう。本性を知らずに言い寄ってくる奴は後を絶たないし、現に今も足を止めてこっちに視線を向ける輩が男女問わずに倍に増えた。いや、そもそも店の前に執事と着物美人が居たら普通に目立つか…

 

「しかしアレだな、この組み合わせって、なんだか明治頃の貴族…こっちだと華族って言うんだったか、それみたいだな」

「貴族ねぇ……お探しの品は見つかりましたか、お嬢様?」

「えぇ、とても素晴らしかったわ。後で貴方にも分けてあげる、セヴァスちゃん」

「お嬢様、ちょっとニュアンスに違和感があるのですが…」

「気のせいよ、セヴァスちゃん」

「その呼び方やめい」

「じゃあ、セヴァス」

「嗚呼、そうやって今の呼び方が生まれたんだっけか、そう言やぁ…」

「我ながら非常に安直なネーミングだったと思う。しかも、最初は嫌がらせのつもりで呼び続けていたからな。だが、後悔はしていない」

「なんて清々しいまでのドヤ顔」

 

 なんて馬鹿なやり取りをしながら互いに笑いつつ、さて次はどうしようかと時計を見る。そろそろ姉御の居るホテルに戻る時間も考慮しないといけないので、行くとしたら次の場所で最後になるだろう。さて、どうしたもんか…

 

「へーいそこの綺麗な彼女、俺達と遊ばない?」

「そんなダサいコスプレ野郎なんて放っておいてさ、一緒に京都廻りしようよ!!」

「俺達って結構リッチだからさ、お金の心配はいらないからさ、ってぐぉわああぁぁぁぁ!?」

「こ、この女、一切躊躇なく男の象徴を蹴り上げやがった…!!」

「こっちが下手に出てれば調子に乗りやがって、やっちまえ!!」

 

 取り敢えず、目の前のクソ共を血祭りにしてから考えるとしよう…

 




〇強盗犯トリオは、原作4巻でラウラとシャルに撃退された奴らです
〇セヴァスと言う呼び名が生れた経緯は、二人の会話の通り。姉御に色々な衣装を着せられ、執事服を身につけた時にマドカが居合わせてしまい、その事をからかう為にセヴァスチャン→セヴァスちゃん→セヴァスと変化して今に至る。

二人の京都珍道中、あともうちょっとだけ続きます。


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アイカワラズ~京都珍道中その3~

お待たせしました


 

「あー、楽しかった…」

「そうだなぁ…」

 

 日も暮れ始め、京都の街が夕焼けに包まれ始めた頃、セイスとマドカの二人は帰路へとついていた。絡んできたチンピラは全員片付けたは良いが、事件が多発するせいで巡回を強化していた警察がすぐに駆けつけてしまい、慌てて逃げる羽目になった。目立つのでレンタルした執事服と着物はすぐに返却したが、マドカが着物を思いのほか気に入ってしまい、結局別の店でそっくりなデザインの赤い着物を購入し、今は大量に買い込んだ和菓子と一緒に彼女の腕に抱えられている。その表情は先程の一言の通り、とても満足げだ。

 

「また来たいもんだ、今度は仕事抜きで」

「いやセヴァス、完全にオフ状態だったろ」

「バカ言え、ちゃんと最低限の仕事はしといたさ」

「ほほう、だったらその証拠を見せてみろ」

「ほれ」

 

 そう言ってセイスがつき出した携帯端末を覗き込むと、そこにはこの辺り一帯の詳細な地形、同業者達の勢力図などを中心とした詳細なデータが記されていた。どうやら建前としての下見を、セイスは観光を楽しむ傍らしっかりとこなしていたらしい。それを見せられた途端、案の定マドカはぐうの音も出ず…

 

「何か文句でも?」

「ありません、すいません」

「よろしい」

 

 セイスは満足げに頷き、端末を仕舞う。拠点であるスコールのホテルはもう目の前、すれ違う人々も段々と金持ってそうな輩が増えてきた。既に私服に戻ってしまったが、こう言った時に関しては、執事服と着物の方が良かったかもしれない。今の普段着だと、ちょっと浮いてる気がするし。

 ふと、唐突に周囲が暗くなる。先程まで街を照らしていた夕日が、ついに沈んでしまったようだ。今日と言う一日が終わるまで、あと少し。

 

「明日か…」

「あぁ」

 

 明日、奴らはこの街に来る。奴らは奴らなりに、此方との決着を望んでいる。ただ、奴らの望む結末と、此方が望む結末の形は違う。客観的に見れば、向こうは悪の組織を倒しに来る正義の味方御一行様だ。世間様は、奴らの勝利を望むことだろう。だが知った事か、自分達はずっと、この日の為に生きてきたのだから。例え誰が相手だろうと、邪魔する奴は容赦なく叩き潰す。

 

「お前の事だ、明日の事に関する事は何であれ、言うだけ野暮ってもんだろう」

 

 油断するなとか、無茶をするなとか、そんなありきたりな言葉は、二人にとって今更だ。互いが互いに、相手のことを信頼し、同時に心配していることは、口に出さなくても分かっている。あの日アメリカで、互いに本当の望みを吐露してからは、尚更だ。だから、せめて…

 

「ただ、それでも、これだけは言わせてくれ」

 

 

 

―――どんな結果になろうとも、お前の隣が俺の居場所だ。だから、死ぬな

 

 

 

「分かってるさ。ついでに、私も言わせて貰うが…」

 

 

 

―――『織斑マドカ』の隣には、お前が居なければ意味が無い。だから、死ぬな

 

 

「分かってるよ」

「なら良い」

 

 一人は大切な少女が願いを叶えることを、そして、そんな彼女の隣に在り続けることを望んだ。一人は、過去の呪縛から解放され、本当の自分を手に入れることを、そして、自分を支えてくれる少年と共に心の底から笑いながら、改めて人生を謳歌してやると誓った。

 飾り気も何も無い、たったそれだけのやり取り。しかし、今の二人にとっては、それだけで充分だった。

 

「さて、真面目な話はここまでにして、お待ちかねの夕食だー」

「よっしゃー、食うぞー」

 

 夕飯は拠点のホテルで取る事になっている。そしてマドカの経験上、スコールのアジトで出てくる食事は高確率で地域特有の名物が出てくる。という事は、今晩の夕飯はスコールの好みも踏まえた上で考えるに、高級懐石料理が出てくるのは確実。故に二人は今日、観光中は殆ど和菓子しか食べておらず、豪かな夕食を少しでも多く腹に収める為、空きっ腹を維持していたのだった。因みに、マドカは既にとんでもない量の和菓子を腹に収めているのだが、本人曰く『全て別腹に収納した』とのこと。

 

「あ、お二人さん、お帰リー」

 

 と、そんな無駄に気合を入れている時だった。ホテルの目の前まで来たところで、二人はアリーシャと出くわした。初めて会った時と同じく、彼女の性格を表したかのような、まるで人を食ったような笑みを浮かべているのだが、心なしか新幹線降りた時並に影が差している気もする。

 

「これはどうも、アリーシャ・ジョセフターク。貴方も、京都の街を堪能してきたところですか?」

「そうしたかったのは山々なんだけど、生憎と財布を失くしちゃってネ」

 

 その途端、マドカの身体が一瞬ビクリと震えた。彼女の様子を横目でチラリと確認したセイスは、まさかと思いつつも、アリーシャに訊ねてみる。

 

「参考までに、どんな形なのか教えて頂いても?」

「赤い長財布サ」

 

 セイスが再び視線をマドカに向けると、彼女は露骨に目を逸らした。

 

「折角京都に来た訳だから、色々な場所を巡ろうと思って中身ギッシリにしといたのに、全部パァだよマッタク。ギリギリまで探していたんだけど結局見つからなくて、スコールに幾らか工面して貰う事になったんだけど、もう遅いから京都観光は明日になるかナ…」

「それは災難でしたね。あー、代わりと言ってはなんですが、良かったらコレをどうぞ」

「あ、私の買った着物…」

 

 マドカから着物を引っ手繰り、それをアリーシャへと渡すセイス。マドカは何か言いたげにしていたが、セイスの目付きが恐ろしい事になっていたので口を閉じた。

 

「おぉコレは中々、貰って良いのかイ?」

「えぇ貴方は我々にとって持て成すべきゲストです、どうぞ遠慮なく」

「じゃあ、お言葉に甘えて。ありがと、お二人さーん」

 

 マドカが購入した赤い着物を受けとり、幾らか機嫌を良くしたアリーシャは礼を一言述べ、そのまま意気揚々と去って行った。後に残されたのは、米神に青筋を浮かべたセイスと、滝の様に冷や汗が止まらないマドカのみ。そして…

 

「おい財布出せ、そして中身を見せてみろ」

「こ、断る」

 

 ギルティ

 

「テメええええええええぇぇぇぇ何しとんじゃあああああぁぁぁぁ!!」

「だって楽しみだったんだ京都観光おおおぉぉぉぉ!!」

 

 咄嗟に逃げ出すマドカ、それを追いかけるセイス。今度ばかりは洒落にならないと感じたマドカも、これ以上に無いくらい本気で逃げるが、やはりセイスが相手では分が悪く、捕まるのは時間の問題だと思われた。現に二人の距離は、ジワジワと縮まっていく。

 

「て言うかセヴァスだってオータムの財布と認識した上で使いまくったじゃないか、人様の財布でも容赦なく使い潰そうとした時点で同罪だ同罪!!」

「バカ野郎、VIPクラスの協力者と、俺とお前に財布パクられること十六回、その全てに気付かず『あれ、また失くしちまった』で済ます間抜けじゃあ話が違うわ!!」

「いや、違わないわよ」

 

 ゴッ!!と、まるで鈍器で殴られたかのような音共に、セイスの声が聴こえなくなる。マドカは足を止め、ぎこちない動きで後ろを振り返った。するとそこには、文字通り鉄拳制裁を受け、白目を剥いて地面に崩れ落ちたセイスと、金色の修羅…もとい、既にゴールデン・ドーンを展開しているスコールが立っていて…

 

「エム、セイス、ちょっとツラ貸しなさい」

 

 

 その日の夜、懐石料理を堪能するスコールの目の前で、カップ麺を啜る二人の姿があったそうな…

 

 




○セイス、マドカ、罰として夕食のグレードを下げられる
○マドカが購入した着物は、原作でアリーシャが着てたものだったり
○凄ぇこっ恥ずかしい台詞吐いてますが、それでもまだ恋愛感情を自覚していない二人
○”自覚していない”二人、です

さて、本編は一度ここで区切りまして、次は外伝の方でアナザートライアングルの続きを書く予定です。メインは阿呆専門になるとは思いますが、ついでにフォレスト一派で恋話でもさせようかなとか思ってたり…


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ナノマシン 前編

唐突に思いついたので、先にこっちを投稿。ちょっと遊びが過ぎたかもしれませんが、後悔はしていない。


「セイス、ちょっと良いかしら?」

 

 バカやったせいで夕飯が懐石料理からカップ麺にランクダウンした翌朝、与えられた部屋で装備の点検をしている時だった。何やら小さなケースを手にした姉御が部屋に入ってきて、そう声を掛けてきた。

 

「何です?」

「持ち物にコレを加えておきなさい」

 

 差し出してきたのは、その小さなケース。取り敢えず受け取って中身を確認してみると、入っていたのは怪しげな薬品の入った二本の注射器。普通なら、この薬品は何なのかなんて分かる筈が無い。流石の俺も、ただの薬品なら見ただけで正体を判別をするなんて無理だ。けれども、コイツだけは例外だ。器に入っていようが、ケースに入れられていようが、コイツだけは”気配”で分かる。薬品の分際で、俺に同族意識なんて感じさせる代物なんざ、アレしかない。

 

「ナノマシンですか」

「えぇ、技術開発部の新作よ」

 

 俺が亡国機業に身を置いてからと言うもの、組織のナノマシン技術は飛躍的に発展したと聴く。今では、本家のドイツを遥かに凌いでいるとか。しかし性能を追求すればするほど、人体に投与した際に拒絶反応を起こしやすく、最悪の場合は死ぬ。なので、ナノマシンが人の形を取って意識を持ったような存在であるが故に常人よりも、下手するとティーガーの兄貴以上にナノマシンに対する適合力と耐性の強い俺に、試験運用とデータ取りを兼ねて新型ナノマシンが優先して回されてくる。

 

(それにしても、コレは…)

 

 ただ今回手渡された新型は、何やら妙な感じがする。これまで渡されたものを投与した際は、純粋な身体能力や回復能力などが向上し、今のような力を手に入れた。その俺が断言する、このナノマシンは、今までのものとは訳が違う。コレを見てると、どうにも心がざわつくのだ。

 

「マニュアルは?」

「ケースの中にあるわ」

 

 言われて中を覗くと、小さなチップが同封されていた。手に取って自分の通信端末につなぐと、中にデータが送られてくる。それに目を通した結果、俺は目を見開き、口元を引き攣らせる羽目になった。胸中に抱いた感想は、大きく分けて二つ。

 

 マジか

 

 バカか

 

「またとんでも無い物を寄こしてきたもんですね、技術部の連中は…」

「私も詳しくは知らされてないのだけど、そんなになの?」

「これまでの中で最もアイツらの正気を疑いました」

 

 同じくらい凄ぇとも思ったが。まさか、あの時のアレがこんな形になるとは想像だにしてなかった…

 

「取り敢えず、試しに一本やってみたら?」

「そんな栄養ドリンクみたいに言わんで下さいよ。だけど、マニュアルにも書いてありましたし…」

 

 マニュアルによれば、本当は二本で一人分の量らしいが、まだ試験段階の上に制御が難しいので、まずは一本だけ投与して身体を慣らせとのこと。組織一のナノマシン適応力を持つ俺でさえ制御に梃子摺ると想定している辺り、本当にとんでもない奴なんだろうなぁコレ…

 

「まぁ、やってみますか」

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「む、セヴァス」

「よぉマドカ、やっと起きたか」

 

 ホテルの通路で出くわした二人。昨夜は随分と寂しい夕食となり、殆どふて寝に近い状態で眠りについていたマドカだったが、日頃のマダオっぷりがここでも発揮されたのか、今さっき起きたばかりのようだ。目は開き切っておらず髪もボサボサ、寝間着のジャージも皺だらけである。だが、セイスにとって彼女のこの状態は割と見慣れた姿であり、むしろ今回はマシな方。酷い時は完全に寝惚け、タンクトップと下着だけの状態で彷徨っていた時があったぐたらいだ。

 

「今から朝飯か?」

「そうだ、昨日食い損ねた分も食ってくる。お前はもう済ませたのか、まだなら一緒にどうだ?」

「悪いが姉御に仕事を渡されちまった、もう行かなきゃならねぇ」  

 

 何も無かったらこのフロアにあるホテルのレストランで朝食バイキングでもと思っていたが、生憎と彼にその暇は無い。そろそろIS学園一行が京都に着く頃だ、今頃はアリーシャが一夏に接触を、更にオータムが彼の元に向かっていることだろう。しかもスコールが言うには、彼女の子飼いが既に準備を整え誰よりも先に動き始めているとか。その為セイスは、彼女らが余計な邪魔をされないよう、この近辺に潜伏する多勢力の拠点に殴り込みをかける、要は露払いの役目を与えられたのであった。

 

「ところで、姉御の子飼いって誰だ。姉御が言うには一応、俺と面識があるって言ってたんだけど…」

「知らん、アイツの身内なんて欠片も興味無いし」

 

 そして黒騎士を与えられたマドカだが、彼女は作戦の要でもあるので、その時が来るまで待機だ。故に、こんな時間にノロノロと起きてきても許されている訳だが彼女の場合、そこまで考えて起床時間を選んだ訳では無いと思われる。寝る直前まで目覚ましの設定を悩み、最終的にスイッチそのものを切って寝たのがその証拠だろう。

 

「それよりもセヴァス、ちょっとくらいは遅れても大丈夫だよな?」

「ん、まぁ数分程度なら」

「3分待て」

 

 そう言ってマドカはセイスを置いて走り去り、通路の曲がり角に消えていった。何だろうとは思ったが、待てと言われたので、取り敢えず言葉に従って立ち尽くすこと約二分半。

 

「餞別だ、持って行け」

 

 さっきの曲がり角からひょっこり現れたと思ったら、何かをセイスへと放り投げたマドカ。難なく受け取ったそれは、切れ込みを入れたパンに幾つかの肉と野菜、それに卵を挟んだ、即席サンドイッチだった。どうやら、ホテルのレストランまでひとっ走りして、朝食バイキングのメニューで作ってきてくれたらしい。

 

「ありがとよ。そんじゃ、行ってくる」

「ん、行ってこい」

 

 マドカに見送られたセイスの足取りは、本人も気付かない内に、とても軽やかなものに変わっていた。

 

 

◇◆◇

 

 

「うん、風?」

 

 セイスを見送り、改めてレストランに向かおうとしたマドカだったが、途中である異変に気付いた。

 

「しかもこの臭いは、血…?」

 

 今の自分が立っている場所は、ホテルの通路。にも関わらず、施設の換気システムとも、どこかの部屋の窓が開いているのとも明らかに違う強さの風が、この通路を流れている。それこそこの風は、ホテルの壁に穴でも開いてなければ有り得ない量だ。おまけに、僅かだが血の臭いも混ざっている。

 何かあったかと気を引き締め、警戒しながら風の出所を探す。通路を流れる風に逆らいながら、歩くこと数分、マドカはそこに辿り着いた。このホテルに数多く存在する部屋の一つ、その中から割り振られた、セイスの部屋だった。いや、正確に言うならば、”部屋だった場所”だろうか。

 

「なん、だ、コレは…」

 

 まず、ドアが消えていた。その事にギョッとしたのも束の間、ドアが無いせいで次に目に飛び込んできた光景に、再び息を呑む。

 

 部屋の壁が、バルコニーごと消滅していた…

 

 しかも周囲に目を配れば、何かの余波に巻き込まれたのか、部屋の備品の無残な成れの果てが至る場所に散らばっていた。粉々に砕かれたものもあれば、何か鋭利な刃物で切り裂かれたかのようなもの、更に何かに貫かれて綺麗な風穴が空いてるものもあった。大型液晶テレビに至っては、マンガみたいに見事に真っ二つにされている。

 大抵のことでは動じないマドカでさえ、この光景には絶句するしかなかった。

 

「あらエム、やっと起きたの?」

「スコール…」

 

 あまりの事に呆然としていたせいで、マドカは部屋にスコールが立って居たことにやっと気付いた。セイスの部屋がこんな状況であるにも関わらず、自分と違って彼女は不思議なくらいに平然としている。故に、この惨状について何か知っているのではと思ったら、顔に出たのか訊く前に向こうから語り出した。

 

「あぁコレ? 彼よ、セイスがやったの」

「セヴァスが?」

 

 そう言われたものの、マドカはすぐには信じられなかった。確かに、ISとも渡り合える彼の戦闘能力は凄まじいものだ。しかし、それはどちらかと言うと技術とかセンスなどの方面の話であって、彼自身が直接的な打撃力を持っている訳では無い。高い身体能力と生命力を持っていても、こんなIS装備でも持ってなければ生み出せない光景を、彼が生み出せる筈が無いのだ。それに、この部屋に残っている血の臭があの時を…セイスがスコールに殺されに行った時のことを、嫌でも思い出させる。まさか今回もセイスが何か仕出かして、スコールが彼に罰を与えたのではないか。そんな想像をした為か、マドカはスコールに対し、殺意丸出しで剣呑な視線を向けた。そんな相変わらずな彼女の態度に、スコールは呆れたと言わんばかりに深い溜め息を吐いた。

 

「ちょっと勘違いしないでちょうだい、私が手を上げた訳じゃないわ。て言うか、さっき彼とすれ違うなりなんなりしたでしょう?」

 

 言われて思い出すのは、先程のセイスの姿。確かにさっき会った時は、特に変わった様子は見受けられなかった。傷を負った訳でも無さそうだったし、この部屋のように血の臭いがした訳でも無かった。いや、ちょっと待て…

 

「それにしても、フフッ。まさかこれ程とは流石にビックリね、やっぱり彼は今後の為にも…」

 

 スコールが何か言っているが、どうでも良い。それよりも、この部屋に漂う血の臭いは何なんだ。セイスのように高い治癒力を持っていないスコールが明らかに無傷と言うことを考えれば、消去法でセイスのものという事になるが、それだと色々とおかしい。セイス自身に傷と血の臭いがあまりしなかったのは、彼の治癒能力とこの部屋から吹いてくる風のせいという事で納得しよう。だが、この部屋から確かに血の臭いがするのにも関わらず、血痕らしい血痕が全く見当たらないのはどういうことだ。そもそも、どうしてさっきの彼は、こんなことがあった直後にも関わらず…

 

(セヴァス、お前いったい…)

 

 あんなにも、楽しそうに笑っていたのだ…

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「あ、美味いわコレ、流石はマドカ」

 

 具のチョイスは当然のこと、マヨネーズとマスタードの即席ソースも絶品だ。日頃から美味い物を食っていると、やっぱり美味いものの作り方も分かるのかね。少しだけ、財布の中身減らされまくってる甲斐があったかもしれないと、初めて思えた。

 

「止まれ!!」

「それ以上近寄ると撃つ!!」

 

 嗚呼、ホテルを出た早々、五月蠅いのと出くわした。このサンドイッチ貰わなかったら、近くのコンビニで済ませようと思っていたから、もしかしなくても朝食は食い損ねてたな。改めて感謝だ、マドカ。

 流石に俺でも、装甲車二台で乗り付けてきた特殊部隊が相手じゃ時間が掛かる。

 

「警告はしたぞ、全員撃て…!!」

 

 アメリカか、ドイツか、中国か、それともカラシニコフ系の最新型を持ってるから、ロシアかな。まぁ、どうでも良いか。どうせ、これから全部潰しに行くんだ。それに、手に入れた新しい力に慣れる良い機会だ。さっきは加減を失敗して、姉御に頭を下げる羽目になったし…

 

「な、何!?」

「何だ、それは!?」

「腕から赤い水? いや自分の血なのか、それは!?」

 

 今度は、ちゃんと加減をしないと…

 

「バカな、銃弾がッ!?」

「シールドだとでも言うのか!?」

「何だ、何なんだソレは!?」

 

 ちゃんと、加減を…

 

 

「そんな、こんなのまるで…」

 

 

 加減を…

 

 

 

 

 

 

 

「まるで我がロシアの、国家代表の…」

 

 

 

 

 

 

 きひっ

 

 

 

 きひひ、ぃひひひひひひひひ…

 

 

 

 きひゃ、ひゃははっ…!!

 

 

 きひ、きひひ、あひゃはははははははははははははははははッ!! 

 

 

 加減なんて、そんなの、いらないよなあああああぁぁぁぁ!?

 

 

 あっひゃはははははははっ、テメェら全員…!!

 

 

 

「ミストルテインの槍、発動」

 

 

 

 皆殺しだ

 

 




○早い話がレイディの劣化版
○色々と制限とか弱点がいっぱいありますが、詳細は次回
○因みに、直前まで特殊スーツの発展型でセイスを強化する予定だった

○お察しかと思いますが、ちょっと壊されてます


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ナノマシン 中編

長くなったの三分割。しかし今回、IS要素がほぼ皆無…;

・追記・
最後の削除されたマニュアル、内容は変えるつもり無いですけど、取り合えず一度下げました……マジでなんで今回の話に載せちゃったんだろう…;


 改めてミステリアス・レイディのナノマシンって、万能過ぎだろとつくづく思う。ナノマシンを混入させた液体を、まるで生き物の如く自由自在に操り、液体の大きさや形を変えられる上に、色まで変えて本物の人間そっくりな分身さえ作れる。しかも液体の流動を完全に制御することによって、驚異的な攻撃力と防御力さえも生み出すことだって可能だ。我ながら、こんなのと何度も向き合ってよく生きてられるな… 

 

 俺の身体を構成するナノマシンには、擬似的なISの量子化システムが搭載されている。流石に、武器を収納したりISの待機状態みたいに身体を変形させることは出来ないが、食事を摂取したことにより生成された血液やエネルギー、それらを同年代の平均的な体格よりやや大きい程度のこの身体に、その4倍近い量を収納及び貯蔵し、更にはクソ重たい展開時と、片手で玩べる程度に軽い待機状態時で重さが変わるISの如く、自身の体重を人一人分に自動で調整することだって可能だ。

 とは言え、自分の意思で全てを完全に操れる訳では無かった。治癒能力による肉体の再構築、体内に取り込んだ物質の解析と耐性作り、質量保存の法則を無視した体重の調整など、それらは全てナノマシンに元から備わっている機能であり、全てナノマシンが自動で行っているもの。要は俺にとって、人間の心臓が常に動き続けていることや、食べ物を放り込まれた胃袋が胃液を分泌するのと同じようなものなのだ。俺が出来るのは精々、ナノマシンの働きを気休め程度に鈍らせるか、逆に活性化させるか、それぐらいだった。

 

 だがそれらは全て、ミステリアス・レイディのナノマシンを元に作られた新型、それを投与したことによって変わった。俺は今まで以上に体内のナノマシンを、それこそ細胞レベルで自身の意のままに操る事が可能になった。そして全身をナノマシンで構成された俺にとってそれは、骨から血の一滴まで、自身の肉体に備わる全てを制御下に置いた事と同義。これまでに無い位に感覚は研ぎ澄まされ、今まで意識することさえ出来なかったナノマシンの機能を手足の如く制御できる実感に、一種の快感さえ覚えた。

 あの時の戦闘で、水牢に閉じ込められた際に少しナノマシン入りの水を飲み込み、計らずもそれを取り込んでいたことが功を制した訳だが、本当に何がどう転ぶか分からないものだなぁ、世の中って奴は。

 

 今だってホラ、奴の技を模倣した俺の血が、面白い位に目の前の敵を蹴散らしていく。自分が潰される側に回る日が来るなんて夢にも思っていなかった連中が、顔に絶望の色を張り付けて倒れていく。まるで怪物のように暴れ狂う俺の血潮に、俺達を傷つけようとした奴らはゴミみたいに吹き飛ばされ、舞い散る血飛沫が雨のように降り注ぐ。あぁ、嗚呼、愉快だ、爽快だ、痛快だ…

 

 

 本当に、楽しい 

 

 

 きひっ

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「ロシアの『MGB』、中国の『影剣』、イギリスの『MI6』極東派遣チーム、中東の過激派宗教団体『砂の夜明け』、いずれも壊滅した模様です」

「マジかよ、冗談キツイぜ全く…」

 

 街外れにポツンと佇む、京都の街に似つかわしくない古びた一軒の倉庫。外見とは裏腹に、内部は最新の電子機器や特殊装備が集められ、明らかに一般人では無い数人の男達が、今も人知れず京都の街で繰り広げられる世界各国の諜報機関と、亡国機業の激闘をモニター越しに観測していた。

 彼らはドイツ軍特殊部隊『黒兔隊』の支援組織、『黒犬隊』である。本来は黒兔隊が派遣される可能性のある場所、もしくは対立する可能性のある組織の元へと先行して情報収集や武力偵察を行い、そこで黒兔隊の任務に役立ちそうなデータを持ち帰るのが彼らの仕事だ。

 

「確認するが、相手はIS使ってる訳じゃないんだな?」

「はい、コアの反応はありませんでした」

「それはそれで戸惑うんだけどよ…」

 

 京都に亡国機業のエージェント、スコール・ミューゼルのアジトがあると言う情報が出回り、その情報を入手した各国は動かせる戦力を即座に向かわせた。ここ最近、世界中で猛威を振るう亡国機業は、一応は世界各国共通の敵として認識されている。しかし、それはあくまで表向きの話。純粋にテロ組織撲滅に貢献して社会的地位を上げたい国もあれば、かの組織と裏で繋がっている国もあるし、上手く利用して競争相手に大打撃を与えようと画策している国もある。少なくとも、アメリカが亡国機業の被害に遭った時は、本気で同情する国よりも、ほくそ笑んで喜ぶ国の方が多かった。今回も例に漏れず、『国際テロリストの殲滅』なんて尤もらしい建前を掲げながら、殆どの国が全く別の思惑と事情の元に動いていることだろう。その証拠に現在も、共通の敵を相手に連携のれの字もとれて無い上に、そもそも各国のこれらの活動は入国の件も含め、全て日本政府に無断で行われていることだ。最早、条約も法もあって無いようなものと化している。

 

「上のお偉いさん達も、まさかこんな事になるとは思ってなかったろうな…」

 

 しかし、その代償は高くついた。まず最初に、先走ってスコールがアジトにしているホテルに向かったロシアの特殊部隊が、たった一人の男…いや、少年に返り討ちにされてしまった。ホテルの中から出てきたそいつは、自分の血液を自ら大量に垂れ流したかと思うと、それをまるで生物の如く自在に操り、ロシア国家代表の専用機を彷彿とされる暴れっぷりで、ものの数分で生え抜きの精鋭である彼らを撃退してしまった。

 

「まぁ良い、ISが相手じゃなけりゃどうにかなる。あの化物は少し想定外だが、やる事は同じだ。アレを起動させろ」

「了解」

 

 生身で自国の国家代表と戦うようなものだと、ロシアの連中が理解するのが早かった分、撤退を決断するのも早かったと言う面もあるが、それでも亡国機業の一員と思われる少年の戦闘力は驚異的だった。実際その後も、逃げ去るロシア特殊部隊の連中を見送った彼は、餓えた獣が獲物を求めるかの如く、自ら各国特殊部隊の潜伏先へと向かい、次々に襲撃していった。その尽くが壊滅、もしくは撤退へと追いやられ、もうこの近辺に残っている勢力は自分達を含めたとしても、僅かしか残っていないだろう。

 

「で、例の怪物君は?」

「現在、この倉庫を目指して真っ直ぐに向かってきています。動きに迷いが無い辺り、こちらの居場所は把握しているかと」

「推定される到着時間は?」

「5分程です」

「アレの準備は?」

「あと40秒もあれば」

「よろしい」

 

 だが、それがどうした。我々は、我々の役目を全うするだけ。それに今回は本来の任務である、向こうが保有している戦力の調査に加え、軍が開発した新兵器の試験運用も兼ねている。相手はISどころか人間なのかすらも疑わしい存在だが、本番前のリハーサルには丁度良い。それに何より…

 

「では、生意気な亡霊のクソガキを歓迎してやろうじゃないか、俺達の流儀でな」

 

 これ以上テロリスト風情にデカイ面をさせるのは、彼らの矜持が許さなかった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「黒犬ちゃああぁん、あーそびーましょー!!」

 

 姉御に渡されたリストを元に、標的共の潜伏先を訪問すること四件目、自分より大きい倉庫の扉を蹴破って中に入る。話によれば、ここにはドイツの黒犬隊が居るらしい。黒兔隊と違って諜報部よりの組織だが、そこは腐っても軍部直轄、ついさっき潰した中東のアマチュア連中と一緒にしない方が良いだろう。

 そして案の定、広い倉庫の中央に何か居る。全身鋼鉄の鎧で身を固め、背中には銃弾を満載にしたバックパック、右腕に大振りの戦斧、左腕はガトリング砲を融合させたような形で武装した、人型の何かが佇んでこっちを静かに見つめていた。あの銃の大きさと設置部分、そして生気を感じられないことを考えるに、中に人は入ってない。ドイツ軍が開発した、最新式人型ドローンと言ったところか。 

 

『目標を確認、戦闘モードに移行、敵を殲滅します』

 

 そう機械的な音声で呟くと同時に、左腕のガトリング砲を俺に向け、躊躇なく撃ってきた。ISが相手なら火力不足かもしれないが、IS以外が相手なら充分に恐ろしい威力だ。少なくとも、生身の人間ならひとたまりも無いだろう。

 

 

「きひっ」

 

 

―――ナノマシン起動、貯蔵血液全力展開、シールド形成

 

 カスタードクリームみたいにドロドロしたものは、並の防弾チョッキよりも防弾性能が高いと聞く。ならナノマシンで操作して、少しばかり凝固させたものを盾に使えば、ほら、銃弾程度なんとも無い。痛みも、衝撃も、何も感じない。鼻歌を口ずさみながら、無駄と分かってるのかいないのか、虚しいくらいに銃撃を続けるドローンにゆっくりと近付いていく。

 

『敵、銃撃の効果が見られず、近接兵装に切り替え…』 

 

―――障壁解除、一部を右腕に再形成、ブレード展開

 

 互いの距離が2mを切った辺りで血の盾を一度解除。形を崩した血液を右腕に纏わせ、長い手刀を作る。そして手刀の刃にあたる部分をチェーンソーのように高速回転させ、切れ味と殺傷力を上げた状態のそれで、目の前のブリキ人形を切り刻む。

 振り上げた戦斧を切り飛ばされ、ドローンは慌てたようにガトリングを向けようとするが、それも切り飛ばす。そして反動でよろけたところを串刺しにして、破損部分から火花を散らして痙攣するソイツの頭を、左腕に展開した二つ目の手刀で切り飛ばした。それっきり、ドローンは喋らなくなり、二度と動かなくなった。吹っ飛んだパーツが床に落ちて生まれた金属音だけが、倉庫に響く。

 

「まさか、コレで終わりとか言わないよなぁ?」

 

 邪魔になドローンの残骸を投げ捨てると、鉄の塊特有のガシャンと言う音が鳴った。ただ、音の数は一つだけじゃなかった。辺りを見回すと、さっき殺したドローンの同型が複数現れ、俺の事を取り囲んでいた。その数、およそ30体。あの人型サイズが持っちゃいけないバカみたいな火力を持った奴と、それも30体と一斉に戦えとか、普通なら尻尾巻いて逃げるの即決するくらいにヤバい状況だよコレ。けど、きひひっ…

 

「良いねぇ、そうこなくっちゃ面白くない。まだだ、まだ暴れたりないんだ、もっと、もっとだ、もっと寄越せ…」

 

 お前らは生贄だ、一匹残らず俺の糧にしてやる。やっと、やっと手に入れたんだ。これだけの力があれば、もっとアイツを支えることが出来る、ずっとアイツの隣に居ることが出来る。アイツを、俺の居場所を傷つけようとする奴を、この手で皆殺しに出来る。そうすれば、アイツもずっと楽しく笑ってられる。アイツが笑ってられるのなら、俺も楽しく笑ってられる。だから…

 

 

「アイツの邪魔する奴は殺してやる、殺すの邪魔する奴も殺してやる、皆みんな殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねテメェら全員みんな死きひっ、きひひ、きひはは、きひゃ、ひゃはははははははははははははははははははははははははぁ!!」

 

 

 

---獣の宴は、未だ終わらず

 

 

 

 




○黒犬隊のドローン…ISあると倒すの楽勝だけど、IS無いとキツイレベルの性能。姉御が保有するIS以外の戦力を調査する為、噛ませ犬的な目的で配備された。

○特殊戦闘用ナノマシン『ブラッディ・シックス』
・ミステリアス・レイディの能力を再現
・セイスは生命維持に最低でも人間一人分の血液とエネルギーが必要ですが、実は五人分くらいは身体の中に蓄えられます。
・故に、人間標本されて身体を引き千切り、血を大量に流しても生きてられました。
・因みに、普段はナノマシンでISの量子化の真似事して重量を調整してます。
・更に言うと、彼は体内に取り込んだ物質をナノマシンに、ナノマシンから更に別の物質(人体に存在するもの限定)に変換することが可能。
・今回のナノマシン(略してB6)は、そんな彼の体質を利用したセイス専用兵器。
・体内に貯蔵した血液をナノマシンで操作、ミステリアス・レイディのように攻撃に用いることができます。
・しかし、操作出来る血液の量は最大で人間四人分
・しかも身体から出した分、それだけ回復に使える血液とエネルギーも減ってるので、治癒能力も劣化する
・おまけに本家と違って気化するとナノマシンが死んで制御できない
・つまり姉御との相性は最悪
・そして、完全に手を離れて制御出来る距離は半径2メートルまで
・ただし、操作可能範囲内から伸ばし続ける分はその限りでない
・つまり、手に纏った状態なら10メートルくらいは伸ばせる
・絶対防御でも当て続けたら蒸発するが、それを差し引いても純粋な攻撃力が拳の時よりも遥かに上がっているので、セイスは今後IS戦に使う気満々です。
・尚、細胞一個分レベルでのナノマシン操作という非常に精密で複雑な行為は、ただでさえ脳に大きな負担を与えるので、休息無しで多用すると危険
・なのだが、何故か彼の読んだマニュアルには…


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ナノマシン 後編

書いててSUN値がゴリゴリ削れていく…


 

 

 何度も念を押しておきますが、この新型ナノマシン…と言うよりも、これを投与したセイスの取り扱いには、充分に注意して下さいよ。細胞一個分レベルでのナノマシン操作という非常に精密で複雑な行為は、ただでさえ脳に大きな負担を掛けるんです。休息も取らずに使用し続けると最悪の場合、脳が破壊され、精神に異常をきたすかもしれません。フォレスト派で過ごした日々によって大分マシになりましたが、まだ彼の心の底に残っているんですから、本当に気を付けて下さい。

 

 え、何が残ってるかですって?

 

 

 自分を傷つけようとする存在への、狂気的なまでの憎悪と殺意、ですよ。

 

 

 先に言っておきますが、彼は諦めたのであって、許した訳ではないのです。かつて人間によって生み出され、人間によって傷つけられ、人間によって捨てられた彼は、人間と言う存在そのものを心の底から憎んでいました。もしも、フォレストと言う一人の人間に救われなかったら、きっと彼は今もこの世に生きる全ての人間を憎み続け、何の関わりも無い我々ですら人間と言うだけで殺そうとしたかもしれませんね。しかし実際、彼は人間によって救われ、人間によって育てられた。だからこそ彼は人間を憎むことをやめ、更にはフォレスト派での日々を送る内に真っ当な理性と倫理を身に着けたのです。

 

 その結果、憎悪を向ける基準が『人間か否か』から、『敵か味方』に変わりました。

 

 えぇ、最初と比べたら随分と変わったものですよ。ただ私から言わせれば、まだまだ危険です。今も命令には忠実に従っていますし、任務中も例え相手が敵だろうと無闇に殺したりしません。しかし一度でも機会が訪れれば、彼は躊躇せず、そして嬉々として敵を殺そうとします。最早アレは、殺害衝動と称しても過言ではありません。

 

 貴方も心当たりがあるんじゃありませんか、学園祭でダリル・ケイシーと向き合った時、独断で楯無と戦った時、その時に見せた彼らしからぬ姿に。一応は割り切ったとは言え、やはり彼は今も心の底で、かつて自分を傷つけた連中を憎んでいる。そして彼は今も、無意識の内に目の前の敵と、自分を傷つけた連中を重ね、永遠に終わらない復讐を続けているのでしょう。

 

 今は身に着けた理性と倫理が、その殺害衝動を抑え込んでいますが、今回の新型ナノマシンの使い方を誤った場合、彼がどうなってしまうのか、正直我々にも予測できません。確実に言えるのは、彼が理性と倫理を失ってしまったら碌でも無いことになる、ただそれだけです。

 

 それでも使う、彼に使わせると言うのであれば、もう我々は何も言いません。精々、後悔だけはなされぬよう、ご注意下さい…

 

 

 それでは今後も御贔屓に願いますよ、ミス・ミューゼル。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「きひひ、きひゃはははははははははははは!!」

 

 途切れる事の無い弾幕をものともせず、深紅の障壁を展開したまま近くに居たドローンに体当たり。衝撃で怯んだところを、即座に障壁を剣に作り変え四肢を切り飛ばす。達磨状態にされても尚、機能を停止しなかったドローンだが、何かするよりも早く振り下ろされたセイスの足に頭部を踏み砕かれ沈黙。

 戦闘開始から3分、ドローンの数は今ので十を切った。

 

『近接兵装展開』

『近接兵装展開』

『目標を殲滅』

「うるせええええぇぇんだよぶわあああああぁぁぁぁぁか!!」

 

 耳障りな機械音と共に三体、背後から斬りかかってきたが、セイスは狂った嘲笑を上げながら再びナノマシン入りの血液を展開。操作できる限界量を全て用いて、電柱よりも太い巨大な棍棒を形成し、振り向き様にフルスイングした。為す術も無く直撃を受けたドローンは三体とも派手な破砕音を響かせながら、吹き飛ぶと同時にバラバラに壊されてしまった。

 

「ほらほらもっと抵抗してみろよ、役立たずの木偶の坊共、きひゃはははははははは!!」

 

 ついでとばかりに近くに居た二体を叩き潰し、倉庫の二階通路から自分を狙い撃とうとしていた一体目掛けて巨大棍棒を投擲。砲弾のように飛んできた棍棒に、足場ごと粉砕されたドローンの残骸が、まだ生き残っていたドローン達の元へと落ちていく。それとほぼ同時に、ナノマシンの制御範囲から離れ過ぎたことにより、形状維持が解除され液状に戻ったセイスの血液が雨のように降り注いだ。

 

『敵、戦闘力の低下を確認』

『これより殲滅を開始する』

 

 戦闘に使用可能な血液を全て先程の投擲に使ってしまった今のセイス自身に、ドローンの銃撃を防ぐ力は無い。にも関わらず、残った最後の4体全てに銃口を向けられたセイスはしかし、まだ笑っていた。

 

『『『『射撃開始』』』』

 

 宣告と共に吐き出された鉛玉の嵐は、真っ直ぐにセイスの元へと到来。対するセイスも、自ら弾幕に向かって真っ直ぐに駆けだした。先程破壊したドローンの残骸を、盾代わりにしながら。

 

「きひっ」

 

 セイスのナノマシン入りの血液…『B6』には耐えられなかったが、ドローンの装甲はそれなりに耐久性が高いようで、同じドローンのガトリングにも正面から耐えていた。とは言え、流石に全てを防ぎきる事は難しく、激しい銃撃を浴びせてくるドローンに近寄る度、徐々にセイスに被弾と傷の数が増えていく。

 

「きひひっ」

 

 それでも、セイスは止まらない。攻撃手段も治癒力も捨てた状態で、無謀にも思える突撃を止めようとする気配は一切感じられない。そのまま二十メートル、十メートルとあっという間に距離を縮め、そして…

 

「きひひっ、きひゃははははははは死ねよオラァ!!」

 

 正面に立って居た一体を、盾にしていた残骸で思いっきり殴りつけ、勢いよく吹き飛ばした。殴り飛ばされたドローンが壁に叩き付けられると同時に、戦斧を構えた残りのドローンが、セイス目掛けて一斉に斬りかかる。

 

『近接兵装を展開』

『これより殲滅をガiジDぅ…!?』

 

 しかし、刃がセイスの身体に届くことは無かった。セイスとの間合いが二メートルを切った瞬間、ドローン達は一度ビクンと身体を震わせたかと思うと、戦斧を振り上げた体勢のまま動きを止めてしまったのだ。その様子を見やったセイスは嘲笑を浮かべ、手を軽く振るう。すると、突如ドローンが身体をガクガクと激しく震わせ、全身から火花を散らし始めた。その様子はまるで、人が耐えがたい激痛に苦しみもがいている姿のようで、鳴り続けるエラー音は悲鳴のようだった。

 

「終われ」

 

 そして彼のその呟きと共に、ドローンの身体が内側から弾け飛んだ。ドローンが立って居た場所に残っていたのは彼らの残骸と、セイスの血で作られた赤い水溜りだけだった。

 

「ひひっ、人間にやったら、さぞかし面白いことになっていたろうなぁあはははははは…!!」

 

 飛び散ったドローンの残骸を蹴りつけ、高笑いを上げるセイス。その蹴りつけた足が、ピチャンと音を立てながら血溜まりに触れた瞬間、セイスの血はまるで蛇のように彼の足へと絡みつき、そのままスルスルと身体を登っていく。やがてセイスの腕に纏わりつき、腕に小さな切り傷をつけたかと思うと、そこから彼の身体の中へと戻って行った。

 一度セイスから離れ、制御からも離れたB6だが気化しない限り中のナノマシンは死なず、制御可能範囲に近寄れば再び操る事ができる。そして、その血を浴びた状態でセイスに近付いた結果、ドローンは付着した血液に関節や接合部分から内部に侵入され、全身を内側からズタズタにされる結果になってしまったと言う訳だ。クリア・パッションみたいに水蒸気爆発は起こせないが、内部で勢いよく弾けさせればそれなりの威力になる。IS相手だと心許ないが、この程度の相手なら充分だろう。

 

「ははははは、あははははは!!……お前らも、そう思うだろう…?」

 

 ギョロリと彼が目を向けた先には、先程盾にしたドローンで殴り飛ばされたドローン。倉庫の壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちて動かなくなっていたが、メインカメラを搭載している頭部はしっかりとセイスに向けられていた。おそらく、このドローン達を差し向けた奴ら…黒犬隊の連中はこの倉庫から既に離れ、今もどこかでセイスの事をモニター越しに観察し続けているのだろう。

 

「次はお前らで遊んでやるよ、じっくり、ゆっくり、徹底的に、俺が飽きるまで、楽しく…」

 

 一歩、また一歩と足を進め、倒れ伏すドローンの元へ。彼の歩みを阻む者は何も居らず、数秒で傍らへ。そしてドローンの頭部を鷲掴みにして引っ張り上げ、覗き込むように顔へ近づけて…

 

「死ぬまで玩具にしてやるから、俺が行くまで待ってろ」

 

 狂気の笑みを浮かべると同時に、ドローンの頭部を粉々に握り潰した。笑いながら潰したドローンの頭を投げ捨て、宣言通り黒犬隊が居る場所へと向かおうと踵を返したセイス。そんな彼を止めたのは、常備していた通信端末から鳴り響くコール音だった。

 

「どうかしましたか、姉御?」

『予定変更よセイス、一度こっちに戻ってちょうだい』

 

 通信は予想通りスコールからのもの、しかし内容はセイスにとって意外なものだった。

 

「まだ黒犬共と取り込み中な上に、アメリカの奴らが残っているんですが?」

『もう充分よ。この短時間であれだけの数を始末できたこと自体、私としては期待以上の結果だわ。残りはアイゼンにでも任せるから、あなたは一度こっちに戻ってきなさい』

 

 確かに彼女の言う通り、セイスの仕事の速さは尋常では無かった。それこそISでも使わないと実現できない戦果を既に上げており、このまま続ければ日暮れまでに近辺の敵勢力は根絶やしに出来たことだろう。とは言えスコールとしては、今はまだそこまでする必要性を感じておらず、むしろ有事の際に備えてセイスを手元に置いておきたいのが本音だった。しかし…

 

「そんなつまらないこと、言わないで下さいよッ!!」

 

 対する返答は、狂笑混じりの拒否。

 

「どういう訳か腰抜けばかりで、勝てないと悟った途端にどいつもこいつも尻尾巻いて逃げて行きやがる。お蔭で、折角この力を手に入れたっていうのに一人も殺せてないんです、一回も殺せてないんです、一度も殺せてないんです、一本も腕を捥ぎ取ってないんです、一個も目玉をくり抜いてないんです、首を絞めてもないし握り潰してもないし磨り潰しても無いし溺れさせても毒殺もできてない嗚呼でも四肢を斬りおとすくらいはしたかもしれないし骨を幾つか折ったような気はするなでも腹の中に爆弾仕込むのは忘れたおまけに犬の餌にしてやるのも忘れた忘れた忘れたまだだまだ満足できない殺さないともっと殺さないと俺がやられたことは全部全部やり返さないと奴らを同じ目に遭わせないともしかしたら奴らがマドカを傷つけるかもしれない奴らにマドカが同じ目に遭わせられるかもしれないそんなの絶対駄目だ許さない許さないだったら先に思い知らすんだ奴らに地獄の苦しみを教えてやるんだそうすれば誰もマドカを傷つけられない筈だきっとそうだだから殺さないと殺さないと奴らを殺さないと…」

 

 マドカ絡みのことを除けば、常に忠実に指示に従い続けた、今までの従順さからは想像できないセイスの変貌ぶりに、通信機越しからも息を呑む音が聴こえた。だが、その事に気付かず…いや、最早認識することもできないセイスは狂った笑顔のまま、まるで呪詛のように延々と、怨嗟の言葉を吐き出し続ける。

 

「殺さないと殺さないと殺さないと殺さないと皆みんなみんな殺さないとだからまずは手始めにアイツらを殺さないと…」

『セイス』

 

 段々と呼吸は荒くなり、目の焦点も合わなくなってきた。理性の消えかけた薬物患者のようにブツブツと呟くセイスはやがて、無意識の内に再びナノマシンを起動させていた。彼の両腕を自ら突き破り溢れだした大量の血液は、世界を呪わんとする怨念にして、獲物を求め鎌首をもたげる蛇のよう。その赤い大蛇を携え、セイスは逃げた黒犬達を追いかけようと一歩踏み出し…

 

 

『マドカが待ってるわよ』

 

 

 スコールのその一言で、完全に動きを止めた…

 

「マドカが…待って、いる…」

『えぇ、あなたの帰りを今か今かと、首を長くして待っているわ。だから、大人しく戻って来なさい』

 

 マドカが待っている…たったその一言で、スコールの命令に真っ向から逆らおうとしたセイスは、その動きを止めた。起動したナノマシン入りの血液も、セイスのその様子に合わせる様に動きを止めた後、ゆっくりとした動きで彼の身体の中へと戻って行く。やがて全ての血が体内に収納された頃には、彼の狂気は完全に鳴りを潜め、呼吸も安定し、目にも理性の光が宿っていた。まるで先程の様子が嘘だったかのように、すっかりいつも通りの彼に戻っていた。そして…

 

「はい、分かりました。今すぐに戻ります、姉御」

 

 そう返事をするや否や踵を返し、まっすぐにスコールのアジトへと向かって行った。その足取りは、マドカに見送られてアジトを出発した時と同様、とても軽い物だった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

「あの二人は互いが互いの枷になる…確か、貴方の言葉だったわよね?」

 

 セイスが帰路に着いたことをホテルの一室で確認したスコールは、一人ほくそ笑んでいた。しかも、余程機嫌が良いのか、こうしている今もオータムやレインから状況を知らせる報告が届いているにも関わらず、滅多に出さないお気に入りのワインまで空けて一人祝杯ムードに浸っていた。

 

「彼に例の新型を渡さなかったあたり、流石の貴方もこの結果は予想してなかったのでしょう? ねぇ、フォレスト…」

 

 技術部が新たに開発した、セイス専用新型ナノマシン『B6』。自身の息の掛かった研究員から受け取った際、しつこいぐらいに危険性を聞かされたが、確かに彼が危惧するだけのことはあった。実際、セイスのあの豹変っぷりは想像以上で、少しでも気を抜けば間違いなく凄惨な結果を迎える羽目になりそうだ。それが分かっていたからこそ、この新型が開発されてから暫く経っていたにも関わらず、フォレストはセイスに渡そうとしなかったのだろう。

 だが、スコールは確信していた。借り者とはいえ、曲がりなりにも自分の部下として扱ってきたのだ。その間に彼が心に抱えている闇も、抱いている想いも全て理解できたし、何よりあの問題児がセイスにとってどれだけ大きな存在なのか、それを知ることが出来た。故に例え彼が狂気に呑まれ暴走したとしても、彼女の…織斑マドカの存在が、彼の理性を繋ぎとめるとスコールは確信していた。そして今、その考えは間違っていなかったことが証明された。

 

「賭けは私の勝ち。あの子は、ありがたく私が貰ってあげるわ。ついでに、他の子たちも皆…」

 

 マドカが自身の手元に居る限り、セイスはこちらから離れる事ができない。逆にセイスがこちらを離れられない限り、マドカは自分の元で、自分に従い続けるしかない。片や他所から…それもライバル視している人間からの借り物、片やいつまで経っても反抗的な態度が直らない問題児だが、その実力は折り紙つきだ。今後の自分の計画にも、大いに役立ってくれることだろう。それに…

 

「私、愛に狂う子って、結構好きなの」

 

 血の様に赤いワインで満たされたグラス、それを掲げたスコールは、そっと笑みを深くした…

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

「おぉ怖い、さっさとずらかって正解だったぜ…」

 

 一方その頃、セイスから逃れた黒犬隊の面々は、本物の拠点である改造大型トレーラーを走らせ、ダミーの倉庫からどんどん遠ざかる最中だった。

 

「しかし、まさかIS無しで全滅させられるとは。侮っていたつもりは無かったんだが、やっぱ奴らに対する認識を改めざるを得ないか…」

 

 向こうの戦力を調査するつもりで用意したドローンだったが、護衛用の予備を残してあの少年に全て壊されてしまった。ただでさえ敵はISを保有していると言うのに、IS以外にもあんなものは存在するとあっては、こちらとしても頭が痛い。と言うかISも含め、アレは最早テロリストが持って良い戦力の大きさでは無いだろう。

 

「兵器開発部の新作が駄作だっただけでは?」

「じゃあ今すぐ後のそいつとサシで勝負してみろ」

 

 そう言って指を向けた先に居るのは、待機状態で佇むドローン。

 このドローンにしたってあの少年には簡単に破壊されていたが、並の機銃ではビクともしない装甲、大抵のものなら切断できる電熱式戦斧、武装ヘリさえ墜とせるガトリング砲と、生身の人間では到底太刀打ちできない装備で身を固めている。あの少年がおかしいのであって、決してドローンが弱い訳では無いのだ。少なくとも、軽口を叩いた部下が顔色を悪くする程度には。

 

「……無理です…」

「なら口を閉じてろ、さっさと本部にデータ送れバカ」

「了解…ッ!?」

 

 と、その時だった。突如なんの前触れも無く、凄まじい衝撃と共にトレーラーが揺れた。そして間髪入れず鳴り響く、無数の銃声。

 

「敵襲!!」

「応戦しろ、ドローンも全て起動させろ!!」

 

 黒犬隊の長の指示の元、隊員達は武器を手に外へ飛び出し、続くように起動した二体のドローンが出撃していった。しかし、その僅か数秒後に爆発音。慌てて外の様子を窺う隊長の目に飛び込んできたのは、二体のドローンの内の片方、その残骸だった…

 

「嘘だろ!?」

 

 更に周囲に目を向けると、必死に抵抗を試みるも次々と撃たれ、倒れていく部下達。そして、ガトリングを乱射する生き残ったドローンが、”全ての間接を撃ち抜かれ”、機能停止に追いやられる瞬間だった。 

 

(この様子、亡国機業じゃない…まさか!?)

 

 驚愕する間も鉛の嵐は四方八方から降り注ぎ、生き残っていた部下達もどんどん死んでいく。ドイツが誇る黒犬隊の面々が、まるでゴミの様に蹴散らされていく。黒犬の隊長は、この悪夢のような光景を生み出せる集団を二つ知っていた。一つは亡国機業、そしてもう一つは…

 

「クソッたれめ、薄汚い傭兵風情どもか…!!」

「あまり吠えるなよ、駄犬」

 

 声と気配に気づいて振り向くと同時に、至近距離で放たれた銃弾が眉間を撃ち抜く。襲撃者達が身に纏う戦闘服に刻まれた禿鷹のエンブレム、それが黒犬隊の長が最後に目にしたものだった。

 そして、その一発の銃声が戦闘終了の合図となった。黒犬隊とドローンは既に全滅し、立って居るのは禿鷹のエンブレムを掲げる襲撃者達。やがて、いつの間にか持ち主の消えた黒犬隊のトレーラーへと足を踏み入れ、中を物色していた襲撃者の一人が、黒犬隊の隊員が直前まで使っていたノートパソコンを手に持って出てきた。そのまま彼はパソコンを持ったまま、トレーラーから離れた場所で事の成り行きを眺めていた、一人の人物の元へと歩み寄って行った。

 

「欲しかったのは、コレで良いのか?」

「えぇ、そうよ。それにしても流石は『オコーネル社』ね、高い料金を払った甲斐があったわ、うちの国の役立たず共とは大違いよ」

「そいつはどうも」

 

 その人物は、アメリカ人の女だった。年齢は30代から40代、髪の色は金、足腰が弱っているのか杖で身体を支えており、そしてどこかの研究員を思わせる白衣を身に纏っている。

 男が黒犬隊のトレーラーから持ち出してきたパソコン…先程のドローンとセイスの戦闘記録が残されているであろうそれを受け取った彼女は、まるで我が子をあやす様に、そして愛おしそうにそっと抱きしめた。 

「嗚呼、もうすぐよ、もうすぐで会える。ざっと十年振りかしら、あなたと顔を合わせるのは…」

 

 パソコンを子供の様に抱きしめ、優しく撫でながら囁く彼女の瞳から、理性の色は既に失われていた。

 

「あなたは私のこと、まだ覚えてくれているのかしら。私は一度たりとも忘れたことは無いわ、だってあの日から、あなたの事を夢で見なかった日は一度も無かったもの」

 

 ついに一線を越え、様々なものに手を出した。もう、祖国に帰ることは出来ないだろう。

 だが、それがどうした。あの違法研究所の件で政府から様々な貸しを作り、経済的な支援、病魔に侵された自身の治療など様々な面で便宜を図って貰ったが、そんなもの何の意味も無かった。挙句の果てに、自分が最も望んだものを要求した時は、CIAとIS…それも国家代表を動員したにも関わらず失敗する始末。もう故郷には、あの国には何も期待しない。自身が用意できるものを全てを使って、自らの手で望みを叶えてみせよう。

 

「何度も、何度も何度も、あの日の出来事が夢に出てきたわ。そして夢の中であなたは、あの時と全く同じ表情を私に向けながら悲しげに、憎しみを込めて、泣きながら、今にも消え入りそうな声で呟くの、『先生』って。けど、それもあと少しで終わり…」

 

 その為にも、まずは彼の近況を知っておくべきだろう。最後に様子を聞かされた時の彼は、既にISと殴り合えるような存在へと成長していた。きっと、今はもっと凄いことになっていることだろう。幸い、ついさっきまでの彼を記録したデータが手に入った。本人に会う前に、しっかりとチェックしておくとしよう。

 

「私、もう疲れたの、この地で互いの全てに決着をつけましょう」

 

 

 全ては、あの悪夢から解放される為に…

 

 

「ねぇ、アルクス……いえ、AL‐No.6…」

 

 




○抑えつけていた殺害衝動と、マドカに依存している部分がグチャグチャに混ざり合っている状態です
○でもやっぱりマドカ第一主義なんで、彼女の事をチラつかせばアッサリと戻ってこれます……今のところは…
○森の旦那が死んだと思ってる姉御、調子に乗って他のフォレスト一派貸出組を取り込もうと画策中
○黒犬隊全滅、禿鷹…もとい、随分と前に名前だけ出てたオコーネル社参戦
○そして依頼主は、お察しの通りセイスの…
○因みに、AL・SIX→ALSIX→アルシックス→アレックス→アルクス

次回は外伝で弾&虚のデートを書きたいと思います。このまま本編書き続けると、精神的にちょっとキツイから休憩させて…;


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インターバル

自分の中で区切りが悪かったんで、外伝の前にもう一話だけ更新しときます。


 

 

マドカに与えられた、スイートルームの一室。明らかに値の張りそうなもので溢れ返ったその部屋は今、濃い血の臭いで満たされていた。常人ならば、その悍ましさに吐きかねない程の強烈な臭い。しかし、そんな血の臭いに囲まれながらも、部屋の主は眉一つ動かさずに部屋の中央で、この惨状を作り出した張本人と向き合っていた。

 

「ほれ、リスだ」

「おー」

 

 セイスの血で作られた小動物を手に持って、目をキラキラさせながら…

 

「本当に面白い。リムーバーもそうだが、技術部の連中って実は凄いんだな」

「マニュアル読んだ時はバカじゃねぇのと本気で思ったが、今となっちゃ感謝の気持ちでいっぱいだよ。ほれ、次のリクエストは何だ?」

「それじゃあ、コレ」

「お前の愛用ナイフか、余裕だぜ」

 

 セイスガがそう言った途端、マドカの手の上に乗っていたリスが形を崩し、その姿を見る見るうちに変えていく。やがて、真っ赤で生臭くも可愛いリスは、マドカが持つ高性能ナイフ(ただし赤一色)へと変身した。もう何度目か分からない能力の無駄遣いとも言えるセイスの一芸に、マドカは心の中で拍手を送った。

 近辺の敵勢力を粗方壊滅させたセイスは、あの通信の後、大人しくスコールのアジトへと戻った。その頃には頭も冷え、指示に真っ向から逆らおうとしたことを思い出して肝も冷えたが、幸いにも小言を幾つか貰うだけで済んだ。その後は別命があるまで待機しているように言われたのだが、ここで自分の部屋は自分で壊してしまったことを思い出す。その気になれば我慢できないこともないが、ここまで来てあんな吹き抜けで休む気にもなれなかったセイスは結局、マドカの部屋にお邪魔する事に決めたのだった。戻ってから顔を会わせた時は、何故かマドカにやたら身体を心配され不思議に思ったセイスだったが、自室が崩壊していた理由を問われ、その時になってようやく新型ナノマシンと、それによって手に入れた力について説明。折角なので、再び部屋を壊さない程度にB6のお披露目をすることに決め、今に至る。彼女の反応を見る限り、新型に対する印象は至って好評のようだ。

 

「何してんだ、お前ら…」

 

 と、その時、部屋の扉から誰かの声。二人が顔を向けると、いつの間にか二人の人物が立って居た。一人は金髪の、どことなくスコールに似た雰囲気を持つ少女。その一人の後ろに隠れるようにしながら、セイス達の様子を窺うようにしている黒髪の小柄な少女。その二人の顔を見た途端、セイスは好戦的な笑みを浮かべ、ゆっくりとした動作で立ち上がり、改めて彼女達と向き合った。

 

「これはこれは、何やら見覚えのある顔が二つ、雁首揃えていらっしゃる…」

「なんだ、オレとフォルテのこと覚えてたのか」

「仮にもお前ら専用機持ちの代表候補性だったろ、そりゃ顔ぐらい覚えとくさ。それ抜きにしたって、あの時は中々に痛い思いしたからな。あれ以来、テメェらのことボコボコにする段取りを考えなかった日は無かったよ…」

 

 思い出すのはIS学園の学園祭、その時に果たした邂逅と遭遇戦。片やISまで使って殴り飛ばされ、片やISを纏っているにも関わらず、殴られた上に逃げられた。あの出来事は互いにとって、忘れがたい記憶となって頭に残っていた。機会さえあれば、今度こそぶちのめしてやろうとさえ思っていた。今日、この日までは…

 

「スコールおばさんから話は聞いてるか?」

「一応な。ま、これまでのことはお互い水に流して精々仲良くしようや、ダリル・ケイシー……いや、レイン・ミューゼル…」

 

 レイン・ミューゼル…それが、ミューゼル一族の一員にして、スコールの懐刀である彼女の本当の名前。IS学園にスパイとして潜入すること約二年半、役目を充分に果たしたと判断された彼女は、多くの手土産と共に再びスコールの元へと戻ってきた。

 

「ところで、お前の本名は何ミューゼルなんだ、フォルテ・サファイア?」

「いや、私はそういうのじゃ無いッス」

 

 その手土産の一つが、レインの背後から身を乗り出してまでセイスに異を唱える彼女、ギリシャ代表候補性フォルテ・サファイア、そして彼女の専用機コールド・ブラッドだ。

 

「今日からコイツも亡国機業の一員だ、スコールおばさんにも話は通してある」

「そう言う訳なんで、先輩共々よろしくっス」

「へぇ、お前がねぇ…」

 

 こちらも学園祭の時、セイスがやり合う羽目になった内の一人だ。普通の人間なら立ち上がれなくなるような痛い一撃を思い出して、彼は二人に攻撃を受けた部分が疼いた気がした。

 事前にスコールから話を聞かされていたからこの程度のリアクションで済んでいるが、もしもそうでなかったら、気配を感じた時点で殺しに掛かっていたかもしれない。

 

「おい、フォルテはオレの女だからな、手ぇ出すなよ」

「お前もソッチかよ、流石は姉御の親族。それと安心しろ、俺も敵と味方の分別くらいつけれる」

「そうか、なら良い」

 

 僅かに滲み出た殺気を感じ取ったレインにくぎを刺され、セイスは肩を竦めて答える。そんな彼を一瞥した後、レインはマドカに目を向けた。

 

「お前もよろしくな、エム」

「ふん」

 

 素っ気ないマドカの態度に、流石のレインも苦笑いを浮かべた。スコールからどんな奴なのかセイスの事と一緒に聞かされてはいたのだが、ここまで露骨だともう笑うしかない。

 マドカとしても、ただでさえセイスを傷つけたことがあるレイン達に良い印象を抱ける訳も無く、加えて親族なだけあってレインの顔立ちと雰囲気がスコールとそっくりなところが余計に気に入らず、二人と仲良くしようとする気は欠片も無いうようだ。

 

「ハッ、聞いてた通り可愛げの無い奴だな。まぁそのぐらいお固い方が、身も心も溶かし甲斐が……冗談だよ、冗談。だから全員落ち着け…」

 

 ナイフの風切り音と血の臭い、そして隣から漂ってくる冷気に、レインは命の危機を感じた…

 

「まったく冗談が通じないな、どいつもこいつも」

「生憎とボケ担当は、うちの阿呆専門で間に合ってるんだよ」

 

 

◇◆◇

 

 

「ぶえっくし!!」

「うわ汚ねっ、風でも拗らせたか?」

「んー、そんな気はしないんだけどな……誰か俺の噂でもしたか…?」

「どんだけ暇なんだよそいつ、オランジュのこと話題に出すとか」

「どういう意味だそりゃオイ?」

 

 

◇◆◇

 

 

「んじゃ、挨拶も済んだ事だし、そろそろオレ達も行くわ」

「それじゃお二人とも、失礼するっス……先輩は後でオハナシっス…」

「え゛…」

 

 結局、フォルテに引き摺られるようにしてレインは帰って行った。どうやら、本当に挨拶の為だけに顔を出したようだ。姉御辺りに、一度は顔を出しとけとでも言われたのかな…

 

「お前にしては随分とあっさりだったな」

「昨日までならともかく、流石に姉御の部下と知った上で手を出すのは不味いだろ」

 

 何も知らされていなかった当時ならまだしも、もう姉御直々にレインのことを説明された今、手を出したら完全な味方殺しになる。そんなことしたら、どうなるかなんて言うまでも無い。

 まぁ、あの時は色々あったが、さっきも言った通り水に流して、これからは仲間としてやっていこう。オータムみたいな性格だったらちょっと話は違ってきたかもしれないが、幸いレインもフォルテもそこまで嫌な奴じゃあ無さそうだし。

 

「嗚呼でも、本音を言えば少し残念だ」

 

 あの時は碌に武器も持たずに生身だったから良いように殴られたが、今の俺にはB6がある。炎と冷気が相手じゃ相性的に不利なのは否めないが、やりようは幾らでもある。エネルギーを削り切って、ISを解除させたら、そこからはずっと俺の番だ。殴って、潰して、切り刻んで、串刺しにして、泣き叫んで許しを請われたところをまた殴って、磨り潰して、それから…

 

 きひっ

 

「セヴァス」

「っと、どうした?」

 

 いけない、いけない、なんかいつの間にかボーっとしてた。マドカに声掛けられなかったら、そのまま寝てたかもしれない。やっぱり、疲れてるのかな俺。それを分かっていたから、姉御も戻れって言ってくれたのかな。そう言えば俺、どうしてあの時、姉御に逆らおうとしたんだろ。今思うと、不思議でしょうがない。今まで、マドカのこと以外で姉御に逆らおうなんて、思ったことさえ無かったのに…

 

「お前こそ、どうした…」

「何が?」

 

 どうしたと言われても、単にこれからレイン達とは仲間としてやっていくんだなって、改めて思っただけなんだけど……あれ、その筈だよな…?

 そして、どうしてマドカはそんなに心配そうに俺の事を見つめてくるんだろうか。帰ってきた時も、こんな顔してやたら俺の身体を気遣ってくれたんだけど、もしかして今朝のサンドイッチに悪戯で何か変なものでも仕込んでいたのか。だとしたら、さっきの『サンドイッチありがとう』の言葉を返せと言いたい。

 

「……いや、多分気のせいだ、忘れてくれ…」

「気のせい?」

「きっと、お前も私も疲れてるのさ。それよりも、もっと見せてくれ、宴会芸」

「宴会芸言うな」 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「スコール・ミューゼルにとってレイン・ミューゼルは隠し玉。隠し玉ってのは、存在を隠してこその隠し玉。俺達フォレスト派に存在を隠してたってことはつまり、そう言う事なんだろうな」

 

 以前から不穏な動きを見せていたが、このタイミング…存在隠すべき相手が消えたと判断し、レイン・ミューゼルを手元に戻したという事は、スコールがついに本腰入れて動き出すという事だろう。

 

 尤も、隠し玉の存在は自分も、あの人もとっくに把握していたが…

 

「どうにかして、セイス辺りがうっかり殺しちゃう展開にでもなってくれりゃあ儲けもんだったが、流石にそこまで甘くはなかったか…」

 

 あの学園祭以来、同士討ちを警戒したのか、セイスやアイゼンがレインと遭遇しかねない、もしくは敵対する可能性が高い指示をスコールは絶対に出さなくなった。レインのことを伝えられる前と後では、殺してしまった時の面倒が段違いなので、この展開は非常に残念だ。態々自分とあの人以外には、フォレスト派のメンバーにさえレインのことを把握させなかったと言うのに、これでは『知りませんでした』で済ませることが出来ないじゃねーか。あーあ、折角レインの件はあの人に任されていたってのに…

 

「ま、今となっては過ぎたことか…」

 

 別に絶対に殺す必要は無いし、むしろ殺す羽目にならなくて良かった気もするけどな。あの人も、『対処を任せる』としか言って無かったしな。それよりも、今はこっちだ。さっきの電話でオコーネル社傘下の子会社は一通り制覇したから、次は欧州諸国の非合法組織…は、バンビーノに任せれば良いとして、問題は各国の諜報部の連中と話付けなければいけないことか。正直、そろそろ電話の受話器を持つ腕が痛くなってきたな。でも、これやらないと後が大変だから…

 

「さて、もうひと頑張りするかね……もしもし、私、ファントムと申しますが…」

 

 これ終わったらボーナス弾んで下さいよ、旦那…






次回こそ外伝で弾と虚さんのデート回。因みに、舞台をプールと遊園地、どっちにするか絶賛お悩み中…;


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アイカワラズ~京都決戦 その1~

ボチボチ再開しようかと思います


 

 

 

「始まったか」

 

 歴史ある京都の街、その空を複数のISが互いを墜とさんと駆け巡る。一足先にアジトへと襲撃してきたアリーシャと、それを迎え撃つレインとフォルテ、そして時間差で合流してきた学園の専用機持ち達。IS同士による戦闘は映像資料も含め何度も何度も見たが、一度にこれだけの数が集まって行われるのは滅多に無い。

 

「やぁ、セイス」

「アイゼンか」

 

 遠く離れた建物の屋上でその戦闘を眺めていたら、いつの間にか隣に現れていたアイゼン。こちら側の援軍として既に京都入りして活動していたが、京都に来て顔を合せるのは今日が初。そして、こいつがEOSなんかに乗っているところを見るのも初だ。IS学園で専用機持ちやティナが使っていた奴よりもごつくてデカく、何より全身兵器だらけ。明らかに軍事仕様を超える改造っぷり、技術部の気合の入れっぷりが良く分かる。現に改めて支給された新型強化スーツと、多機能搭載型フルフェイスメットも、マニュアルの通りなら中々の性能を持っている。

 

「操縦できるのか?」

「三分で慣れた」

「ははっ、流石」

 

 戦況は、あまりよろしく無い。こちらの最大戦力である姉御はオーバカ…もといオータムの救出に向かいたいだろうし、マドカは織斑一夏を殺しに行った。一応アリーシャはこちら側についたが、彼女にはまだ向こう側であるフリを続けて貰う手筈。だから実質、レインとフォルテの二人で学園側の戦力を食い止めなければならない。IS学園のイージスコンビの異名は伊達では無いのか、あの数を相手に善戦しているものの、そう長くは持たないだろう。そうなると、非常に困る。

 

(……マドカ…)

 

 天災お手製の最強の機体を手に入れ、一対一で殺り合う舞台も整った。こんな機会、そう何度も廻ってくるもんじゃない。アイツの復讐を、アイツの宿願を、アイツの未来を叶える為にも、邪魔する奴は…

 

「そんじゃ…」

「行きますか」

 

 

 

 全 い ん 殺 し テ や ル

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「あぁもう、鬱陶しいわね!!」

「それはこっちのセリフっス!!」

 

 甲龍の衝撃砲が放たれ、コールド・ブラッドの氷壁が防ぐ。

 

「ハハッ、思ったよりやるじゃねーか後輩共。なら、これはどうだ!?」

「舐めるな!!」

「そこぉ!!」

 

 ヘル・ハウンドの業火がシュヴァルツェア・レーゲンへと踊り掛かり、同時にラファール・リヴァイ・カスタムの銃口が火を噴く。

 幾度も交わし躱される、必殺の一撃。もう何度目になるか分からない応酬を繰り広げる彼女達の均衡は、辛うじて保たれていた。とは言え、やはり数の差はどうしようもなく、一度間合いを取って息を整えようとするレインとフォルテの表情は苦い。と、そんな時だった。

 

「チッ、中々に面倒だな。って、ん?」

「この通信は…」

 

 そんな二人の元に届いた通信の内容に、彼女達は別の理由で顔色を悪くする。

 

「正気の沙汰とは思えないんスけど…」

「けどアイツならやりかねないな。言うこと聞いてやれ、フォルテ」

「了解っス!!」

 

 言うや否や、コールド・ブラッドの力をフルパワーで起動させ、無数の氷の塊を出現させたフォルテ。全方向360度、かなりの広範囲に現れた氷の塊はこの戦闘区域一帯にまで届いていそうだった。それこそ、彼女達の跳ぶ空から地上まで全ての範囲に…

 

「何をするつもりだ?」

「ラウラ、来るよ!!」

 

 突然のフォルテの行動に警戒するラウラだったが、虚を突くように接近してきたヘル・ハウンドに思考を中断し、即座に迎え撃つ。炎を纏った拳と、プラズマ手刀が激しくぶつかり合う。

 

「オラァ!!」

「ハアァ!!」

 

 

 タンッ 

 

 

「貰ったッス!!」

「させないよ!!」

 

 

 タンッ タンッ

 

 

「まったく、本当に厄介な奴等っスね」

「オレ達のコンビを相手にここまでやれるとは、正直予想外だ」

「これだけの戦力差を相手に耐えておきながら良く言いますわ…!!」

「ダリル先輩、フォルテ先輩、今からでも遅くはありません、戻ってきて下さい」

 

 

 タンッ タンッ タンッ

 

 

「生憎とそれは無理だ」

「私も、もう決めたことっスから……って、あ…」

 

 

 タンッ タンッ タンッ タンッ

 

 

「……うわ、マジでやりやがったっス…」

「やっぱりアイツは人間じゃねぇ、化物だ…」

 

 専用機持ち達とぶつかり合い、再びの仕切り直し。その場に居る誰もがそう思った時だった、レインとフォルテの二人が表情を引き攣らせたのは。そして、言葉の通り化物を見るような目をする二人の視線の先に居たのは、ラウラだった。

 

「化物か……確かに私は、鉄の子宮から生まれた存在だ。だが、それでも……」

「ラウラを…僕達の友達を、そんな風に呼ばないで!!」

 

 

 タンッ タンッ タンッ タンッ タンッ 

 

 

 親友を侮辱された故か、激昂するシャルロット。他の専用機持ち達も思うことは一緒なのか、彼女のように言葉にこそしなかったが、その目には明らかに怒りの炎が灯っていた。その事に少し、ラウラの目頭に熱い物が込み上げてきた。

 

 

 タンッ タンッ タンッ タンッ タンッ タンッ タンッ!!

 

 

 故に彼女達は致命的なまでに、気付くのが遅れてしまった。コールドブラッドの作り出した氷塊を足場に、自分達の元へと駆け上ってくる一匹の狂犬の存在に。

 

 

「あースマン、ボーデヴィッヒ、お前のことを言った訳じゃないんだ」

「えぇ、化物なんてとんでもない、遺伝子強化素体なんて可愛いもんスよ……”その人”と比べたら…」

 

 

 

 

 

 

 きひっ

 

 

 

 

 

 

「ッ、シャルロット、右だぁ!!」

「え…」

 

 ラウラの叫びと、突如感じた殺気に反応し、振り向いたシャルロットは、その姿を見た。見たからこそ、その動きを止めてしまった。

 

 

『一度で良いから、真似して言ってみたかったんだよなぁ』

 

 

 ここは空、それこそISでも無ければ辿り着けない領域。そこに、何故…

 

 

『ごきげんよう(こんにちは)、そして…』

 

 

 黒い強化スーツを纏っただけの生身の人間が、ISを纏う自分目掛けて飛び掛かってくる!? 

 

 

『ごきげんよう(さようなら)!!』

 

 

 混乱するシャルロットの思考ごとぶった切るように、深紅の刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「うぅ…」

 

 気を失っていたのは一瞬、だがその一瞬の内にシャルロットは空から引きずり落とされ、地上の街にISごと叩き落とされていた。その過程で建物を一軒潰すように巻き込んでしまったが、幸い無人だったのか巻き込まれた民間人は居なかった。

 

「今のは、いったい…」

『シャルロット、無事!?』

 

 謎の襲撃者に戦慄するが、鈴からの通信に我に返り、空を見上げると自分抜きで戦闘が再開されていた。そうだ、まだ戦闘は終わっていない。

 

「大丈夫、まだ戦える!!」

『分かったわ。でも、あまり無茶はしないでッ…』

『鈴さん!!』

 

 突如割りこんできたセシリアの叫び、それとほぼ同時にシャルロットの視線の先に居たブルー・ティアーズが甲龍を突き飛ばし、ほんの一瞬の間を置いて爆炎に包まれた。

 

『セシリア!?』

『平気です、掠り傷ですらありませんわ!!』

 

 濛々と立ち込める噴煙を突っ切ってその身が健在であることを示したが、セシリアの言うほど軽いダメージにも見えない。明らかに、先程よりも動きが鈍くなっている。

  ほんの一瞬だが、離れた場所で見上げていたシャルロットには見えていた。地上から甲龍目掛け放たれた一発のミサイルが、そのミサイルから鈴を守ったセシリアの姿が。

 

「鈴、セシリア、気を付けて!! 敵は先輩達だけじゃない、IS以外にも何か別のッ…」

 

 その直後、彼女の背後から膨れ上がる気配。それは先程の黒い襲撃者と似ていて、それよりも大きい。やがて気配は、重い衝撃として彼女の背中を襲った。

 

「うわあああああああああぁっぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 まるで戦車にでも体当たりされたかのような衝撃がラファールを襲い、彼女にぶつかった何かはそのままラファールを盾のように拘束し、付近の民家へと突っ込む。正面から民家に激突したラファールはシールドエネルギーを減少させたが勢いは止まらず、そのまま隣のもう一軒まで突き抜けた。しかし、それでも止まらない。

 

「このおおおぉぉぉぉ!!」

 

 二軒目を貫通したあたりでどうにか拘束を振りほどき、何とか体勢を整えるシャルロット。背後を振り返り、新たに現れた襲撃者を視界に収め、再び驚愕する。

 

「EOS、なんでそんなものが!?」

 

 そんなものがこんな場所に居ることには当然驚いたが、その見た目にも驚いた。通常仕様のEOSとは比べ物にならない程の装甲の厚さと量、過剰にも思える程に搭載された重火器の数々、鈴を狙いセシリアにダメージを負わせたであろうミサイルも見えた。そしてこのEOS、ISのセンサーに反応していない。そのことが、何よりも驚いた。

 

「クッ…!!」

 

 放っておくには、余りにも危険。とは言え、幾ら改造したところで所詮はEOS。ISの攻撃が当たれば一溜りも無く、純粋なパワーでもISには敵わない。下手に攻撃を直撃させてしまえば、搭乗者の命を奪いかねない。そう考えたシャルロットが取った行動は、マシンガンを呼び出し、今ので自分を仕留めきれなかったEOSに対して降伏を促すことだった。

 その選択を、彼女は一瞬で後悔した。銃口を向けられる直前、相手のEOSが尋常じゃない機動力でこっちに向かってきた。咄嗟に引き金を引くも、放たれた銃弾は空を切る。

 

(なんて動きをするんだ、でも…!!)

 

 その巨体からは想像もできない軽快な動きでジグザグに、時には高く跳躍しながら、ラファールから放たれる銃弾を尽く避けながら一気に距離を詰めてくるEOS。相手のその性能と技量に感嘆すらしかけたシャルロットだったが、それでも彼女は最後まで冷静だった。

 

「貰った!!」

 

 間合いを詰められた瞬間、ラピッド・スイッチでマシンガンからショットガンに持ち替え、相手を射程に捉える。向こうも攻撃態勢に入っているが、僅かにこちらの方が早い。シャルロットは勝利を確信し、ショットガンの引き金を引く指に力を込めた。しかし…

 

 

 

 きひひッ

 

 

 

「ッ!?」

 

 ゾッとするような気配を感じ、赤い閃光が見えたと思った時には既に、その手に握っていた筈のショットガンは銃身から先を切り飛ばされ、使用不能にされていた。

 

(これは、さっきの!!)

 

 動揺するシャルロット、そして腹部に走る衝撃。気付いた時には既に、一瞬だけ意識の外に追いやっている内に距離を詰め切ったEOSの拳が、シャルロットに突き刺ささるように叩き込まれていた。

 

「ごうッ!?」

 

 絶対防御で相殺しきれなかった衝撃が全身を駆け巡り、殺し切れなかった勢いによって吹き飛ばされたシャルロットは再びラファールごと民家に叩き付けられた。すぐに立ち上がろうとするが上手く身体に力が入らず、なんとか顔を上げた時には、大型ガトリング砲を取り出して此方に向けるEOSの姿が目の前に…

 

(あ、まずッ…)

 

 思わず諦めかけたその時、耳に届いたガトリングの銃声目の前では無く、横から聴こえてきた。そして、銃声と同じく横から飛んできた弾幕はEOSを襲い、その場から大きく後退させた。突然のことに呆けるシャルロットと、怯んだEOSの間に、ブルー・ティアーズとは違う青が割り込むようにして現れた。

 

「シャルロットちゃん、無事!?」

「楯無、さん…」

 

 駆け付けたのはIS学園生徒会長、ミステリアス・レイディを纏った更識楯無。落されたシャルロットの救援、そしてセシリアにミサイルを当てた新手を始末するべく、上を後輩たちに任せて単身降りてきたのである。

 

「ここは私が引き受けるから、一度下がって体勢を立て直してから皆と合流しなさい」

「待って…下さい、楯無さん……敵は…」

「大丈夫、おねーさんに任せなさい」

 

 ランスをEOSに向け、不敵に笑う楯無。その姿を前にして、逆にシャルロットは焦った。

 

「違うんです、楯無さん。敵は、敵は…!!」

 

 そんなシャルロットの言葉を遮るぎるようにして、EOSはガトリング砲を楯無目掛けて放つ。最新式の対空砲にも匹敵する弾幕の密度に思わず眉を顰める楯無だったが、即座にアクア・ナノマシンで水の障壁を生みだし、その全てを防いでみせる。

 

「EOSとは思えない性能ね、流石は亡国機業ってとこかしら。でも残念、このミステリアス・レイディを相手にするには、些か力不足のようね?」

『それはどうかな?』

 

 

 直後、鉛弾に紛れて飛んできた深紅の一滴。その一滴が、水の障壁に触れた。

 

 

「な…!?」

 

 その瞬間、レイディのナノマシンが操作不能となった。障壁はただの液体へと成り下がり、その場で形を崩し、バシャッと音を立てながら水溜りへと変貌した。

 水の障壁が消え、鉛の嵐を止める物は無くなった。しかし依然として、EOSはガトリングのトリガーを引いたまま。となると、当然…

 

「ぐうううぅぅぅぅ!?」

「楯無さん!!」

 

 放たれ続ける無数の弾丸が、一発残らず楯無に命中した。絶対防御によって致命傷こそ負わないが、消し切れなかった衝撃が楯無を襲い、まるで全身をたこ殴りにされているような痛みに悶絶しながら、弾幕の勢いに押されるようにして一歩、また一歩と後ろへと無理矢理後退させられていく。

 やがて、弾切れを起こしたのかEOSがガトリングを止めた。それと同時に、シャルロットの隣まで後退させられた楯無は、力尽きるようにして仰向けに倒れた。未だレイディが解除されていないところを見るにシールドエネルギーはまだ残っているようだが、全身を滅多打ちにされたせいかぐったりしている。見た目の派手さの割に威力は低いのかもしれないが、むしろISの搭乗者へのダメージの方が深刻そうだ。

 

「楯無さん、大丈夫ですか!?」

「げほっ、シャ、シャルロットちゃん、さっきは何て言おうとしてたの…?」

「敵は、EOSだけじゃないって…」

「……あ、そう…」

 

 『スター○ラチナにオラオラされた気分よ…』と呟きながら、どうにか立ち上がる楯無。その視線の先には、ガトリング砲を収納して新たな武器を取り出すEOS。

 

 

 そして、いつの間にかEOSの肩の上に現れた、黒い人影…

 

 

「久し振りにしては随分なご挨拶じゃない、セイス君」

『俺達の関係上、こんなもんで充分だろ?』

 

 フルフェイスのメットのせいで顔は見えないが、確実に嗤っているのは分かった。

 

 

 




○マドカと一夏がサシで殺り合ってる最中
○ごきげん幼女戦記
○EOSは姉御が技術部に依頼して取り寄せた。今回の戦果によっては、IS支援兵器として量産する予定


なにげに今回で百話目、折角なので何か記念話でもやろうかと思います……て言うのは建前で、外伝ばっかやってたせいで本編の空気忘れかけてる上に、当分戦闘シーン続きになるからリハビリしときたいってのが本音です…;


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アイカワラズ~京都決戦 その2~

今回、割と好き勝手やってしまいました…


 

 

「どうする?」

「次の角を左」

「了解」

 

 街中を激走するEOSと、その肩にワイヤーで身体を固定したセイス。彼が指示を出せば、アイゼンの駆るEOSは機体の幅ギリギリの道すら難なく走り抜ける。EOSが急カーブする度に強烈なGがセイスを襲うが、それは持ち前の身体能力で耐え続けた。そうでもしなければ、すぐ後ろを低空飛行で追い掛けてくる青い機体に追いつかれるからだ。

 

「待ちなさい!!」

 

 無論、楯無のミステリアス・レイディである。セイスの姿を確認した楯無は、シャルロットを即決で後方に下げ、単独でセイスとアイゼンを追撃していた。

 

(皆に彼らの相手は荷が重すぎる…!!)

 

 異常な身体能力と、謎の攻撃手段を手に入れたとは言え、所詮は生身、そしてISの劣化版とも言えるEOSが相手。普通に考えれば、ISの敵に成り得ないと思うだろう。そう思った時点でもう駄目なのだ、彼等を相手にする場合は。これまで、そうやって油断した結果、幾度も煮え湯を飲まされてきた。何度も油断しないと決めても、どうしても心のどこかで相手を侮り、最後の最後で取り逃がす。何度も戦っている自分でさえこうなのだ、彼等の厄介さを知らない彼女達では尚更だろう。

 そもそも彼ら…特にセイスの方は比喩でも何でもなく、殺しても止まらない。軍人であるラウラはともかく、ただの代表候補生である彼女達が、見た目ただの人間なセイスに攻撃を躊躇う可能性は大いにある。彼なら、その躊躇を隙として容赦なく突いてくる筈だ。

 

「ッ!!」

 

 なんて思った傍からセイス達の姿が消え、同時に鳴り響く警告音。告げられた内容は、ミサイルアラート。そして遠方からもの凄いスピードで迫る鉄の塊。

 

「おっと!?」

 

 急上昇して躱し、上空からミサイルが飛んできた方向に目を向ける。しかし、京都の街並みが広がるだけで何も居ない。いや、居るのだろうが姿が見えない。

 

(いつものことだけど本当に厄介ね、あのステルス装置!!)

 

 とは言え、対策手段ならある。幾ら姿が見えなかろうが、存在すること自体を誤魔化すことはできない。レイディの操る水を周囲に散布すれば、実体を持つものなら必ず関知できる。そして、その精度は学園襲撃事件の際、名無し部隊を相手に実証済みだ。

 だからホラ、こうやってレイディの操る霧を散布した瞬間、自分を取り囲むように浮遊する無数の氷塊が手に取るように認識できて…

 

「って、しまった…!!」

 

 いつの間にかフォルテのコールド・ブラッドが出した氷に囲まれており、しかもそれらを足場にして跳び昇ってくる人影に気付くも、既にソイツは腕から赤い刃を伸ばし、自分目掛けて飛び掛かって来ていた。

 

「ッ!!」

 

 振り下ろされる刃をランスで受け止め、そのまま弾き飛ばす。全身黒色のヘルメットとスーツで身を固め、腕から奇妙なものを生やすソイツは力に逆らわず、そのままフワリとした動きで無数に浮かぶ氷塊の内の一つに着地する。そして顔の見えないヘルメットの下で、セイスはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「いよぉ楯無、遺書は用意しといたか?」

「お生憎様、あと百年は不要よ」

 

 直後、再び宙に浮く楯無に飛び掛かるセイス。楯無は空いた方の腕に蛇腹剣を呼び出し、武器を両手に彼を迎え撃つ。

 

「そらぁ!!」

「ちぃ!!」

 

 二人が交差した瞬間、楯無の予想を超えたセイスが先手を取った。B6を投与したことにより、更に強化された身体能力がこれまで以上のスピードを与え、そして強化金属すら切り裂く血の刃がIS以上の手数を持って振るわれ、ミステリアス・レイディのシールドエネルギーを大きく削り取った。

 これにはセイスと相対し続けた楯無でさえ驚愕に目を見開き、同時に戦慄する。セイスの身体能力は確かに驚異的だったが、それでもISを撃墜するには圧倒的に火力不足だった。武器を持てば話は少し変わるが、それでも所詮は人間が持ち運び、使用できるサイズのものに限られる。故に彼単独で、それも小細工なしでISを戦闘不能に追い込むことは、実質不可能と考えられていた。

 しかし、先程の攻防により、削られたシールドエネルギーの数値を確認した楯無は思い知る。今の彼は、最早その考えすら許されなくなったと。

 

「また厄介なモノ仕込んできたわね。あなた、会う度に人間から離れていってない!?」

「生憎だが、こちとら元々人間じゃ無いんだよ!!」

 

 すれ違い様に斬りつけた後、反対側に浮いていた氷に着地すると同時に再び跳躍して楯無に迫るセイス。楯無はランスと蛇腹剣で防ごうとするも、元々手数と小回りに関してはB6を投与する前からセイスの方が勝っていた。セイスが氷塊を蹴る度、レイディのシールドエネルギーは着実に削られて行った。 

 

「このまま切り刻んでやるよ、きひひッ!!」

 

 獣染みた動きで飛び掛かり、ランスと蛇腹剣を腕に展開した刃、もしくは脚で弾き飛ばし、確実に生身の部分へと一撃を叩き込んでいく。楯無も反撃を試みるが、その度に躱されてしまい、逆にカウンター気味に一撃を追加されてしまう始末。まさにジリ貧状態、このまま続ければ撃墜は免れないだろう。とは言え、ここで目を離せば再び妨害行為に専念されてしまい、仲間達に被害が出る。

 

「あ、そうだ」

 

 何を思ったのか、楯無はセイスを敢えて無視し、彼とは真逆の位置に浮かぶ氷塊に向かって蛇腹剣を伸ばし、そのまま叩き壊した。その彼女の行動に、セイスの動きが止まる。彼のその反応を見た楯無は、確認にも兼ねてもう一つ氷塊を破壊した。

 

「おい、ふざけんなバカ、やめろテメェ!!」

 

分かりやすい位に狼狽えるセイスを前に、楯無は先程の彼に負けず劣らずの悪どい笑みを浮かべながら次々に氷解を破壊していく。慌ててセイスも斬りかかるが、多少のダメージにも構わず楯無は更に氷解を破壊し続ける。そして気付いた時には、残った氷解はセイスが足場にしている一個のみとなり…

 

「ばいばーい♪」

「ちっくしょおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

最後の足場を壊され、怒りの咆哮と共に落ちるセイス。重力に従い、地面へと真っ逆さまに急降下していった。

 

「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!……なーんてな…!!」

「え…」

 

 と、思ったのも束の間。セイスのスーツ、その両腕と両脚に膜のような布地が展開される。そして力強く四肢を伸ばすと彼の身体は空気を捉え、重力の手から逃れた。グライダースーツを意のままに操り、セイスはそのままレイン達と専用機持ち達が戦闘を繰り広げる方向へと滑空して行き…

 

「逃がさない!!」

 

 飛んでるとは言え所詮はグライダー程度の速度、ISと比べたら勝負にすらならない。我に返った楯無が即座にセイスを追い掛ければ、その距離は一瞬で詰められる。だが、空を飛ぶセイス目掛けてランスを振りかぶった瞬間、真下から彼女目掛け何かが飛んできた。

 

「きゃあッ!?」

 

 アイゼンがロックオン機能無し、完全マニュアル操作で放った特殊砲弾。センサーがギリギリまで反応しなかったことに加え目の前のセイスに気を取られていたこともあり、楯無は避ける事ができず、EOSから放たれた砲弾は直撃した。絶対防御により見た目ほどのダメージは無かったが、それでも爆発と衝撃で思わず一瞬目を閉じてしまった楯無。しかし目を開けた瞬間、更なる衝撃が彼女を襲う。

 

「ちょッ、何よコレ!?」

 

 目を開けた彼女の視界に映ったのは、搭乗者である自分ごと、無数の白いスライム上の物体に全身を万遍なく覆い尽くされたミステリアス・レイディの姿だった。

 慌てて振り払おうとするも、スライム状の物体…特殊弾からぶちまけられた無数のトリモチは異常な粘着力を見せ、しかも機体の関節部分やブースターにも入り込んだようで全身が上手く動かせない。しかもこのトリモチ自体も特殊なようで、こうなった途端レイディのシールドエネルギーがみるみる内に減っていった。どうやらこのトリモチ、どういう仕組みなのか分からないが付着した相手のエネルギーが吸収する機能を持つらしい。

 

「サンキュー、アイゼン」

『どういたしまして。で、どこまで行かれますか、お客さん?』

「ここから東に向かって1Km先へ」

『オッケー』

 

 全身に纏わり付くトリモチに楯無が四苦八苦している姿を尻目に、ステルス装置を起動させたセイスとアイゼンは再びその姿を消した。

 

 

◇◆◇

 

 

「……アイツら本当に人間っスか…?」

「セイスはともかく、アイゼンの方は正真正銘人間らしいが、アレ見たら信じられなくなってきたな。流石はフォレスト一派、長年スコールおばさんをイラつかせ続けてきただけはある…」

 

 ISのセンサー越しでセイス達の攻防を目にしたフォルテは顔を引き攣らせ、レインはしみじみとそう呟いた。スコールに散々彼らを見くびるなと釘を刺されていたのだが、あの光景を見てその言葉を本当の意味で理解したといったところだろう。

 

「お、お姉ちゃん!!」

「そんな、あの楯無さんが…」

 

 そして、それはIS学園の専用機持ち達も同じ。ましてやIS以外の存在が、彼女達の中で一番の実力者である楯無をああも簡単に手玉に取ったのだ。彼女達の間に広がる動揺が、大きくならない訳がなかった。

 

「おっと、いつまでも余所見は禁物っスよ!!!」

「くそッ」

 

 それでも続行される戦闘。一時的にとは言え楯無が動けなくなった今、レインとフォルテはここぞとばかりに攻勢に出る。対する専用機持ち達も即座に意識を切り替え、それを迎え撃つ。

 

「それでも、まだ6対2。此方の方が有利ですわ!!」

「いいや違うね」

 

 迫るブルー・ティアーズのレーザーを避け、防いだレインがニヤリとほくそ笑んだ。そして同時に、何を思ったのか後方に大きく下がった。少し離れた場所で戦っていたフォルテも同じように自身の背後に向かって下がり、専用機持ち達を中心にレインとフォルテの二人が挟むような位置を取った。

 

「認めてやるよフォレスト一派、6対4だ!!」

「ッ、全員回避しろぉ!!」

 

 何かを感じ取ったラウラが叫んだ直後、専用機持ち達目掛けて無数のロケット弾が飛来してきた。その数は優に百発を超え、彼女達を包囲するように四方八方から迫ってくる。

 

「いやぁー、流石にしんどかったよ。セイスが敵対組織壊滅ツアーやってる間に、俺ずーっとコレの設置やってからさぁ」

 

 京都の街中にこっそりと仕掛けられた、亡国機業製の小型自動砲台。アイゼンが丸一日掛け、京都の街を巡りながら仕込んだその数、156発。装填装置は無いので遠隔操作では殆ど使い捨てに等しく、大きさの割には威力は高めだが、所詮は人が持ち運べるサイズの通常兵器。6機のISを本気で墜とすには、これでも数が足りない。現に遠く離れた場所から様子を窺うアイゼンの視界には殆どの弾を迎撃、または回避する専用機持ち達の姿が。致命傷どころかまともなダメージすら入っておらず、目くらまし程度の効果が精々と言ったところだろう。

 

「その目くらましがあれば充分なんスけどね!!」

「きゃあ!?」

「鈴ッ!!」

 

 しかし、不意を突かれた専用機持ち達に生まれた隙は、二人にとっては大きなもの。ロケット弾の対処に追われる鈴が真っ先に狙われ、フォルテの砲撃が直撃する。そして立て続けに、それに動揺して更に大きな隙を晒した簪にレインが迫り、そのまま彼女を機体ごと殴り飛ばした。

 

「クソッ、これ以上好き勝手に…!!」

 

 次々と仲間達がいいようにやられていく光景を前に、自身に迫りくるロケット弾を一通り斬り捨て、一足早く体勢を立て直した箒。今しがた簪を殴り飛ばし、今度はフォルテと共にラウラに襲い掛かるレインに睨むような目つきで狙いを定め、エネルギー波で牽制をしようと刀を振り上げた。

 

 トンッ

 

 その時だった、やけに近い場所から、そんな音が耳に届いたのは。ふと音が聴こえてきた肩越しに視線を向けるが、紅椿のセンサー越しの彼女の目には何も映らない。何も映っていない筈なのに、何故か箒には今の音が、誰かが紅椿の…自分の肩に誰かが足を乗せた、そんな音だったように感じた。

 そして彼女のその感覚は、間違っていなかった。突如何の前触れも無く顔面に強い衝撃が走り、その場で大きくのけ反る様に体勢を崩す箒と紅椿

 

「ぐぅああぁぁ!?」

「箒さん!?」

 

 その後も、何度も何度も箒の全身を襲う謎の衝撃。まるでIS専用ブレードに斬りつけられたかのような感覚に全身を、特に装甲に覆われていない部分を執拗なくらいに蹂躙されていく。実質エネルギーが無限と言える紅椿のエネルギーがみるみる内に減らされていき、訳の分からない状況で嬲り者にされる箒の精神も一気に追い詰められていく。

 

(やれる)

 

 ステルス装置を起動させたまま、再び氷の足場で宙に上がり、紅椿に取り付いたセイスは、淡々と刃を振るう。

 

(やれる、俺でも、やれる)

 

 ワイヤーを紅椿に絡ませ、自身の肉体を駆使して、必死に見えない何かを振りほどこうとする箒を嘲笑う様に、彼女の機体よりも赤い紅い血の刃を振り下ろす。

 

(俺でも、ISを殺れる)

 

 シールドエネルギーを効率よく削るべく、絶対防御を確実に発動させるよう生身の部分を的確に、容赦なく斬りつける。 

 

(これならマドカと一緒に、こいつらと戦える!!)

 

 箒の浮かべた表情が驚愕から混乱に変わり、混乱から苦悶に変わり、苦悶から恐怖に変わっても、セイスは止まらない。

 

「きひ、きひひっ!!」

 

 絶対防御がある限り、相手が死ぬことは無い。そんな建前すら、今の彼の頭の中から抜け落ちていた。既に彼は本能に身を任せ、本気で目の前の彼女を殺そうとしていた。マドカの障害になりうる有象無象を、自分の大切なものを傷つけようとする害虫達を、どれだけ惨たらしく殺してやろうか。もう、それしか考えられずにいた。

 

「きひひひ、きひゃ、殺っ、きひゃは殺す、殺す、殺し、殺してや、ひひッ、ひゃははははははははははははははははぁッ!!」

「こ、のぉ…!!」

 

 気分の高揚を抑えきれず、狂ったような笑い声を上げる。そのせいで箒に自分の位置がバレ、ISのフルパワーで掴まれると同時に引きはがされ、そして全力でぶん投げられた。

 幸い、咄嗟に投げたせいで狙いをつけられなかったのか、セイスが吹き飛んだ先には氷の足場。それに難なく着地を決めたセイスはステルス装置を解除して刃を構え、箒に向ける。対する箒は既に肩で息をしている状態で、刃を向けられた瞬間ビクリと身体を震わせた。

 今ので大分削られたが、まだシールドエネルギーには余裕がある上、いざと言う時は絢爛舞踏を使えばどうとにでもなる。だが、それでも、箒は震えていた。

 

(なんだ…この…感覚、は……!?)

 

 ゴーレムや銀の福音、命の懸かった戦いというものは既に何度か経験した。けれども、今まで経験したどの修羅場の中でも、こんな心を直接抉るような生々しい殺意をぶつけてくるような奴は居なかった。生身で単身、本気でISを纏った自分を殺しに掛かって来る奴なんて居なかった。こんなに人を殺すことを躊躇しない奴なんて、今まで居なかった。自分はあれだけ良いように嬲られたにも関わらず、反撃のチャンスを手にした瞬間、咄嗟に取った行動は相手を紅椿の刀で斬りつけることではなく、一刻も自分から引き離すことだったのは、人を死なせてしまうかもしれない恐怖が頭をよぎったからだ。

 だというのに目の前の敵は、そんなこと知った事かと言わんばかりに、自分のことを殺そうとしてくる。同じ人間とは思えないその姿勢が、絶対防御に守られていることを忘れてしまう程に、恐いと感じた。

 

「アイツの邪魔する奴は、俺が、殺しッ――――――」

 

 全身に力を籠め、精神的に追い込まれ始めていた箒に再び飛び掛かろうとした刹那、セイスの動きが止まる。まるで凍りついたかのように固まり、腕からは力が抜け、力なくぶら下げられたその先端から伸ばしていた血の刃が力なく崩れ落ちる。

 

 

「マド…カ…?」

 

 

 セイスの視線は、様子が豹変した彼に戸惑う箒、その後ろに向けられていた。

 

 

「あ、あああぁぁ嘘だ、嘘だろ、嘘だろぉ…!?」

 

 

 乱戦の中、誰もが気を回す余裕が無く、この場に居る全員が今になってやっと気付くことができた。織斑一夏と織斑マドカ、その二人の決闘が、どのような結果になったのかを。そして彼もまた、気付くと同時に目にしたのだった。

 

 

「マドカああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 

 白騎士に敗北し、墜ちていく黒騎士…マドカの姿を……

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 今日と言う日を、今日の戦いを、どれだけ待ち望んだことか。自分が自分である為に、多くの物を捧げ、生きてきたと言うのに。

 

 

―――貴方に、力の資格は、ない

 

 

 勝てなかった、完膚なきまでの敗北。天災の作った最強の機体を用いて、勝負に水を差すような邪魔者が現れることも無かった、なのに負けた。まるで羽虫を追い払う様にあしらわれ、まるで自分がこれまで積み上げてきた全てを否定するかのように、奴は自分のことを見下ろしてきた。

 

 

―――きっと、愛されていないのよ

 

 

 ふと甦る、かつての言葉

 

 

―――世界に愛されていないのよ

 

 

 その言葉は、誰かに投げかけられたものだったか、自分で自分に向けたものだったか、今はもう思い出せない

 

 

―――誰にも愛されていないのよ

 

 

 確かなのは、その言葉こそが自分にとって、全ての始まりだった

 

 

―――終わりのない憎しみしかないのよ

 

 

 姉を憎み、人々を憎み、世界を憎んだ

 

 

―――約束された未来などないのよ

 

 

 その憎しみを糧に、我武者羅に力を求め、あの紛い物を殺し、姉に復讐する日を夢見た

 

 

―――希望などないのよ

 

 

 そうすれば自分は正真正銘、本物の『織斑マドカ』になれると思っていた。本物の『織斑マドカ』にさえなることができれば、全てが報われると信じていた。かつて諦めかけた全てを、この手に掴むことができると信じていた。

 

 

―――絶望しかないのよ

 

 

 絶望なんて捻じ伏せて、希望も、未来も、自由も、何もかも手に入れて、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かに、愛されたかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。」

 

 スコールに引っ張られ、先程の戦場がどんどん遠のいていく。織斑一夏が…いや、白騎士と自分が戦った空域は、もう既に遥か彼方だ。あれが白式の暴走による現象だったとするならば、きっと今も向こうで激戦が繰り広げられていることだろう。すぐにでもそこに混ざり、奴をこの手で叩き落としてやりたいところだが黒騎士は破壊されてしまい、スコールもそれを許してはくれないだろう。

 それに強がってはみせたが、もう既に心が折れ掛けていることは、自身でも良く分かっていた。時間が経てば経つほど、憎悪と殺意で抑えつけていた忌まわしい記憶が甦り、自分を押し潰そうとしてくる。あの時の絶望が心を凍てつかせ、自分を内側から殺そうとする。

 

「姉さん…」

 

 まるで凍死寸前の如く震える手で、あの戦闘の最中でも死守したペンダントを取り出した。

 このペンダントには、たった一枚しか持っていない織斑千冬の写真が入っている。手元に残っているもので唯一、たったひとつの繋がりを証明する掛け替えの無いものだ。これを見れば、どれだけ心が凍てつこうとも、再び心に火が灯る。再燃した復讐の炎が、絶望を焼き尽くす。今まで挫けそうになる度、何度もそうやって立ち上がってきた。それを知っているからこそ、アイツだって、このペンダントを贈ってくれて…

 

「あ、」

 

 

 そうだ、そうだった。もう、ひとつだけじゃない。今の私には繋がりが、大切なアイツとの繋がりが…

 

 

「あ、あぁ…」

 

 

―――今まで散々俺の馬鹿に付き合ってくれたんだ、そのぐらい幾らでも付き合ってやるし、手伝ってやる。だって、それこそが俺の…

 

 

―――お前が何処で何をしようが、俺はお前の味方で在り続ける。だから、お前は自分の好きなように生きろ

 

 

―――お前が『織斑マドカ』になれるその日まで、絶対に死んだりしない。そしてどうか、お前が望みを叶えるその日を迎えるまで、俺を隣に居させてくれ

 

 

 そっと、ペンダントを握る手が、強くなる。アイツの顔が、向けてくれた言葉の数々が甦る。心が凍てついてしまいそうになる暗い記憶が、アイツとの温かい思い出に塗り潰され、優しく融かされていく。どんなに力をつけても、強くなっても、降り切れなかった絶望が消えていく。こんな感覚は、初めてだった。

 いつの間にか頬を、熱い何かが伝い、流れた。まだ全てを諦めた訳じゃ無い、この敗北を素直に受け入れる気も無い。だけど、今はただ…

 

「……セヴァス…」

 

 今はただ帰ろう、アイツの隣に。

 

 

 




○もうこの辺から独自解釈遠慮なく突っ込んでいく所存
○生身の一夏を躊躇なくISで攻撃する箒達が、生身の敵を死なせることを本当に躊躇するのか書いてる途中で少し不安になったのはここだけの話
○アイカワラズ=相変わらず=愛、変わらず

次くらいで京都編終わらせたいところ。
そして本編百話突破記念、京都編零れ話『鉄人BBA対大食い娘~逆襲のマドカ~』を書いて、クリマス特別編『戦力過多な森一派のクアドラプルデート編』の準備を…


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アイカワラズ~京都決戦 その3~

京都編、終わりませんでした…orz


 

 

 

「マドカああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 夜の京都に響き渡る、悲痛な叫び。

 

「殺してやる…殺してやるぞ織斑一夏あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 獣のような咆哮を上げながら、その豹変っぷりに戸惑うIS学園専用機持ち達に構わず、セイスは氷の足場から飛び降り、地上に転がり落ちる様にして着地するや否や、マドカを墜とした一夏…白騎士に向かって駆け出した。その目は完全に血走っており、手から伸ばした紅の刃はこれまでに無い程大きくなった。その姿は、まさに殺意の塊そのもの。

 

「ごめんよ、セイス」

 

 だが、そんな彼の歩みはものの数秒で止まった。背後から首に強烈な衝撃を感じた瞬間、意識が遠のき、たて続けに胸部に重い何かがぶつかったと思ったら目の前が真っ暗になったのである。

 

「姉御、指示を」

『エムもオータムも回収したわ、このまま撤退よ。事前に伝えておいた合流地点に向かいなさい』

「了解」

 

 EOSによる全力当身と心臓破壊のコンボにより、セイスの意識を奪ったアイゼンは、そのまま彼をEOSで抱え上げ、ステルス装置を起動させると同時に全力でその場を離脱した。 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

―――そして、数分後―――

 

 

「うッ、ごふ…」

「あ、気が付いた?」

 

 目を覚ますと、戦場となっていた街からは既に遠く離れ、そこは夜も更け人も車も少なくなった山沿いの道路だった。その道を俺は、ステルス状態でアイゼンが操縦するEOSに抱えられながら移動していた。

 その頃には傷も癒え、意識もはっきりしてくる。そして激情に駆られ暴走しかけたことも、自分が何を見てあんなに取り乱したのかもしっかり思い出した。

 

「マドカは…!?」

 

 血相を変えた俺の様子に、アイゼンは自身の耳を指差して答える。その仕草にハッとして、すぐさま通信機のスイッチを入れた。

 

『……セヴァス…』

「マドカ、無事か!?」

『そんなデカい声を出すな、頭と身体に響く』

「あ、わりぃ…」

 

 マドカの声が聴こえた途端、ホッと胸を撫で下ろす。アイツが織斑一夏に墜とされた姿を見た時は生きた心地がしなくて、一瞬で頭がどうにかなりそうだった。もしもアイゼンが気絶させてくれなかったら、あのまま俺は何をしでかしたか分かったもんじゃない。あの時はもう、織斑一夏を殺す事以外何も考えられなくて、他の事は任務の内容も含め、全て頭から抜け落ちていた。正直言うと、アイゼンに気絶させられる直前の記憶も曖昧で、もしかすると我を失うと同時に意識も既に手放していたのかもしれない。

 ともあれ、こうして彼女の無事を知れた今、自分を呑み込もうとしていた黒い感情は綺麗さっぱり消滅していた。今はとにかく、一刻も早くマドカに会って、この目で改めて無事を確認したい。

 

『すまん、負けた』

「あぁ、でも生きてる」

『これ以上ないくらいに万全を期して、完膚無きまでに叩きのめされた』

「じゃあ今度は俺も連れて行け、次は一緒に戦おう」

『アイツが言うには、私には力を持つ資格が無いらしい』

「そんな寝言ほざいたアイツって誰だ。今どこに居るか教えろ、ちょっとソイツぶっ殺してくる」

『やめろバカ』

 

 やはりと言うか、先程の敗北は彼女の心に少なからず傷を与えたみたいだ。けれど、いつかのような自暴自棄にはなっていないようで、その事に少し安堵する。この様子なら、また一人で無茶をするということもないだろう。

 

『やっぱり、私は間違ってるのかな…』

 

 そんなことを考えていたら、ふとそんなことを言い出した。先程の戦闘で、何か思うことがあったのか、ここに来て自分の在り方に迷いが生じたらしい。けれど…

 

「さぁな」

『なんだ、急に素っ気ないな』

「でも、まだ諦めるつもりは無いんだろ?」

『……あぁ…』

「まだ続けたいと思ってるんだろ、他でも無い、お前自身の意思で」

『そうだ』

「だったら、それで良いじゃないか」

 

 俺の在り方は変わらない、変えるつもりも無い。どんな内容であろうが、マドカの望みが俺の望み。彼女が本当の笑顔を手に入れる瞬間を目にするまで、俺は隣で彼女を支え続ける。だからこそ…

 

『その選択が間違っていたとしてもか? 世界中の人間が声を揃えて間違っていると言わざるを得ないほど、それが愚かな選択だったとしてもか?』

「間違っていたかどうかを最後に決めるのは、結局はお前自身だろ。お前がやりたいと思うことを、そう思っていられる限り続ければ良い。ただ、その代わり…」

 

 俺が望むのは、ただ一つ。これからもお前が、常に自分の心に正直であること。お前が復讐をやめたいと本気で思ったら、やめれば良い。織斑千冬を殺しても気が済まず、世界すらも滅ぼしたいと言うのなら、俺も一緒に地獄の底まで付き合ってやる。だからお前は、自分の好きなように生きてくれれば良い。

 けれど、もしもお前が自分を見失って、自分の本音すら自覚できなくなったら、その時は…

 

「お前自身が途中で間違ってると気付いて、尚且つそれでも止まれないようなら、その時は俺がぶん殴ってでも止めてやる」

 

 だから心配するな、そう言ったら何故かマドカは黙り込んだ。あれ、俺なんか変なこと言ったかなと思って不安になったが、しばしの沈黙の後、通信機の向こうからクツクツとマドカの笑い声が聴こえてきた。隣のアイゼンの顔を見やると、俺と同じフルフェイスメットのせいで顔は見えないものの、どことなく苦笑いを浮かべている気配がした。やっぱり俺、変なこと言ったらしい。

 

『分かった、覚えておこう。そんなことは早々無いと思うが、万が一の時は遠慮なく頼む』

「おう、手加減無しのグーで行くからな。それが嫌なら、いつものお前らしく自分に正直でいるこった」

 

 何だか急に恥ずかしくなってきて、照れ隠しも兼ねて取り敢えずそう返してみるも、向こうは相変わらず静かに笑っている。もう一度アイゼンの方を見やると、何故か目を逸らされた。解せぬ。

 

『……なぁセヴァス、お前は、お前は私のことを…』

 

 ひとしきり笑い終えて、ふとマドカが呟いた。何を言うのかと思って耳を澄ませるが、何故か彼女はそこで言葉を止めてしまい、肝心な部分を言おうとしない。どうした、と問いかけても、あーだのうーだの言葉にならない変な声しか返って来ない。で、結局…

 

『いや、なんでも無い』

「なんだよ」

『気にするな。それよりも早く来い、待ってるぞ』

 

 そう言うなり、マドカは一方的に通信を切った。最後の最後でよく分かんない様子だったが、まぁとにかく…

 

「無事で、良かった…」

 

 本当に、これに尽きる。

 

「早く帰って慰めてあげなきゃね?」

「あぁ、そうだな」

「彼氏は辛いね?」

「あぁ、そ…いや俺、アイツの彼氏じゃねーし!!」

 

 アイゼンのからかいに、思わずムキになって反論するが、当の本人はどこ吹く風。いや、マドカが大切な存在であることは否定しないんだけどさ、それは別に男女の関係とかって訳じゃ無くて、そもそもアイツだって俺のことを恋愛対象として見た事なんてない…筈だよな、多分。

 

「あーもう、良いから余所見しないでさっさと合流地点迎えよ色物タクシー」

「承知しました、お客様」

 

 不貞腐れ、半ばヤケクソ気味放たれた俺の発言に、アイゼンは笑いながらEOSを加速させた。そして…

 

 

 

 

―――EOSの関節が部分が、ひとつ残らず撃ち抜かれた―――

 

 

 

 

「「え…」」

 

 俺もアイゼンも一瞬何が起きたのか分からず、間の抜けた声を出すしかなかった。しかし動かなくなった頭の代わりに身体が勝手に動き、行動不能になったEOSから飛び降りると、俺達と入れ替わるようにEOSのコクピットと肩の部分に銃弾が飛んできた。間違いない、敵襲だ。

 

「ステルス装置が、見破られた!?」

「セイス!!」

 

 慌てて道路から飛び出て山の中、多くの木々が生い茂る森に逃げ込んだ。その間も、背後から銃弾の嵐が俺達を執拗に迫り、その内の数発が身体を掠めた。ステルス装置を起動させ、本気で逃げる俺とアイゼン…フォレスト一派現場組の中でも、上から数えた方が早い身体能力を持つ俺達にだ。その事実だけでも、この状況が相当よろしくないと言うのが嫌でも分かる。

 

「セイス、この近辺に残ってる勢力の中に心当たりは?」

「目ぼしいのは全部潰しといたから、まともな勢力なんざもう残ってない筈だ。て言うか、姉御の寄越したリストの中にはこんなこと出切るようなのは居なかった」

 

 こうやって走りながら話している最中にも、恐ろしい精度を保ったまま、銃弾は休まず俺達に向かって飛んでくる。そもそもISのセンサーすら欺くステルス装置を破ったこともそうだが、あんな形でEOSを瞬殺するなんて真似、並の連中には不可能だ。

 

「けど、この半端ない腕と圧力は…」

「十中八九、アイツらだね」

 

 だけど、一つだけ、こんな芸当を可能にする集団を俺達は知っていた。この業界で唯一、IS無しでフォレスト派と渡り合い、今も欧州の覇権を巡って争い続ける、世界最強の傭兵集団。ハゲタカの紋章を掲げ、金と戦場の為に生きる亡者達。その名は…

 

 

「よりによって、オコーネル社かよッ…!!」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

『命中を確認』

「そのまま目を離すな。個々の実力は向こうが上だ、各個撃破を狙われたら勝ち目が無い」

 

 上空に散開させた数機のドローンから送られてくる情報、そこにセイス達の姿は影も形も無い。しかし、彼らには分かる。ドローンが送ってくる森の中に流れる風、響く音、漂う熱、それらに紛れ込み、僅かに数値を歪ませる姿なき獲物の居場所が。

 

『各員、装填完了』

「撃て」

 

 長年培われてきた経験と勘により放たれた無数のグレネード弾が、まるで誘導弾のごとく、全て同じ場所にピンポイントで殺到する。大きな爆発音と共に、日が沈み暗くなった空が一瞬だけ照らされると、ドローンから送られてくるデータに新たな歪みが生まれる。

 

『二手に別れました』

 

 二匹の獲物の内、片方は逃げ、もう片方は残った。どうやら、単独で敵を食い止め、もう一人を逃がすつもりらしい。捨て駒覚悟の殿か、それとも逃げた奴が救援を呼ぶことに一縷の望みを託したか。

 

「三班、逃げた奴を追撃しろ。無理に仕留めなくていい、こちらに戻れない程度に追い立てろ」

『了解』

 

 どちらにせよ、ジャミング装置を起動させている今、通信機の類は特殊な加工を施した自分達のものしか使えない。その足で走り続け、自分達に背後から撃たれ続けなければならない地獄を、果たしてどこまで続けられるか見ものだ。それに、こちらの本命…依頼主の御望みは、人間では無い。自分の生命力を過信し、敢えて殿を進み出たバカの方である。

 一傭兵時代から使い続けている愛銃の安全装置を解除し、随伴する部下に目配せする。それだけで、優秀な彼らはこちらの言いたい事を全て理解し、何も言わなくても自分の思う通りに動いてくれる。準備は、整った。

 

 

「さて、ここからが本番だ。相手は不死身の獣 (けだもの)、こちらの常識は一切通じないと思え。では、状況開始」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

「クソッ、本格的にヤバいッ!!」

 

 しぶとい自分が残り、向かって来るオコーネル社の傭兵達を迎え撃つセイスだったが、彼は早速後悔していた。案の定、ステルス装置は見破られているようで、さっきから銃弾の嵐が面白いくらい飛んでくる。

 おまけに、ジャミング装置でもあるのか通信機の類も封じられてしまった。そのせいでアイゼンが走ることになった訳だが、おかげでそのアイゼンの様子を知る事もできない。

 

(しかもステルス装置が無効化されたってことは、物陰に隠れたところで…)

 

 咄嗟に飛び退くと、さっきまで隠れていた木が一瞬で蜂の巣にされてしまった。さっきから延々とこの繰り返しで、このままではどう考えてもジリ貧だ。しかも、段々と銃弾が四方八方から飛んでくるようになってきており、もしかしなくても自分は包囲され始めている。

 

(こうなりゃ仕方ない…)

 

 完全に包囲される前に、どうにかするべく、セイスは耳を澄ます。そして、自分目掛けて引き金を引く奴らよりも遠く…アイゼンを追撃している奴らのものであろう銃声、その方角を把握する。そして、足に力を籠め…

 

「強・行・突・破ぁ!!」

 

 自身の身体能力をフルに使い、一気に駆け出した。ISの瞬時加速に迫るその勢いに、傭兵達の照準が一瞬だけ狂い、更なる隙を生む。飛んできた銃弾と風を置き去りにする勢いで、セイスは森の中を疾走する。

 そんな彼の進路に、自分達とは少し違う特殊スーツ、そして暗視ゴーグルを身に着け、小銃を構えた傭兵が一人立ち塞がった。相手は即座にセイスに銃口を向け、引き金を引く。

 

「きひひっ、死ねオラァ!!」

 

 その銃弾を僅かに身体を捻るだけで躱し、スピードを落とすこと相手との距離を詰める。そして血の刃を腕に展開し、そのまま相手を斬りつけた。だが相手もさるもので、咄嗟に小銃をセイスの顔面目掛けて投げつけると、拳銃を抜いて連射しながら横に飛び退いた。セイスは投げつけられた小銃を真っ二つに斬り捨て、更に飛んできた拳銃弾を一発残らず斬り落とす。

 

「やっぱ一筋縄じゃいかないな、テメェらは…!!」

 

 傭兵は地面を転がるようにして受け身を取り、立ち上がると更に銃弾を放ってくる。対するセイスは銃弾ごと斬り捨てる気で、大振りの横薙ぎを放つ。銃弾と周りの木々を斬り飛ばしながら、自身の首目掛けて迫る赤いギロチンに、傭兵は慌てて地面に背中から倒れ込むようにして避ける。先端が掠り、暗視ゴーグルが弾き飛ばされ、倒れた際に背中を強打したのか傭兵の口から呻き声が漏れる。

 悶えて動けない傭兵に、トドメを刺そうとセイスは腕を振り上げ…

 

「チィッ!!」

 

 そして別方向から飛んできた銃弾を弾き飛ばし、そのまま踵を返して再び走り出す。無駄にしぶといコイツらに時間を掛けてる暇があったら、さっさとアイゼンを追撃している、この追撃部隊より少数で潰しやすい別動隊を殲滅してアイゼンと合流した方が得策。と言うか、そうでもしないと勝てない。

 だからこそ、セイスは走った。迫る銃弾を弾き飛ばし、森の木々を掻け分け、そして森を抜け、大きく開けた見通しの良い場所へと飛び出た。出てしまった…

 

「ッ!?」

 

 隠れる場所も何も無い場所に自分が立って居ること、そこへ自分が誘導されていたと理解した時には、既に手遅れだった。前方から自分目掛け、さっきまでとは比べ物にならない密度で銃弾の嵐が飛んできた。

 咄嗟にB6を障壁状に展開し、盾とするセイス。しかし、銃弾を受け止めた直後、身体がガクンと重くなり、全身から力が抜け始めた。

 

(まさか…この弾、は!?)

 

 驚愕に目を見開くも、この感覚に似たものを覚えていた。それはあの日、ティナ・ハミルトンと二度目の邂逅を果たし、戦闘の中、彼女に一矢報いられる羽目になった一番の要因。一発撃ち込まれただけで身体のナノマシンに影響を与え、その機能に障害を齎す、セイスにとって被く少ない弱点とも言って良い代物。

 

(ナノマシン、機能阻害弾……いや、これは最早、ナノマシンそのものを抑制していやがる!?)

 

 セイスのナノマシンは、常に改良され続けている。今ならあの時にティナが使った阻害弾を撃ち込まれても、既に耐性を身に着けており、効果は殆ど無いだろう。しかし、それに加え今はB6を投与したにも関わらず、オコーネル社の傭兵達が撃ち込んできた阻害弾…改め抑制弾は、セイスのナノマシンの性能を遥かに上回っていた。そんな代物を作るなんて、亡国機業技術班のように定期的にセイスのデータを取っていない限り、あるいは過去のセイスの研究記録でも持っていない限り不可能な筈。それがどうして…

 

「って、やばッ!!」

 

 そんな風に混乱していたせいか、銃弾に混じって飛んできたグレネードに反応が遅れてしまい、弱体化した血の盾と身体でそれを受けてしまったセイス。爆発と同時に吹き飛ばされ、背後の木々を何本かへし折り、地面を何度か転がってようやく止まることができた。

 

「ぐ…畜生ッ……」

 

 全身が強く痛み、抑制弾のせいで力が入らず、呻き声を上げるので精一杯。倒れる自分の元に傭兵隊が歩み寄ってくる気配を感じても、何もできない。

 

「まさか、本当にまだ生きているとは…」

「生きてて良いんだよ、生け捕りが目的なんだから。しかし、非常識な獣野郎だってのは本当らしいな、念のため四肢を切り落としておこうか」

 

 朦朧とする意識と、霞む視界の中、傭兵の一人がナイフを抜く気配がした。嗚呼、達磨状態にされるのも久し振りだなぁなんて、どこかズレたことを考えながら、限界を迎えたセイスは目を閉じ、意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それには及ばないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 たったその一言で…否、その声で彼の意識は一瞬で覚醒した。

 

 

「どうせ、彼はここで全て終わらせるの。今更手足の二本や三本、あっても無くても変わらないわ」

 

 

 その声を聴いただけで、彼の身体は限界を超えた。閉じられた目を再び開き、まさかと思いながら、相変わらず動かない身体で目だけを動かし、声の主を探す。そして、遂にその姿を視界に捉えた。

 オコーネル社の傭兵達に守られながら、ゆっくりと自分に歩み寄ってくる白衣の女性。かつての記憶よりも白髪の増えたブロンドヘアー、やつれた頬、化粧で隠し切れてない目元の隈。この前見た時よりも随分と変わり果てていたが、それでも… 

 

 

「久し振りね、会いたかったわよ、アルクス」

 

 

 彼女の事を先生と呼び、慕っていた頃に何度も聞いた、あの優しげな声音だけは、昔のままだった…

 




次回こそ京都編終わらせたいところですが、なんか更にもう一話必要な気がしてきました…;


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アイカワラズ~愛、変わらず~

大変お待たせしました、続きの更新です……また終わりませんでした…;


 

 

 

 

―――初めまして、私はシェリー・クラーク、今日からあなたの先生よ。よろしくね、NO.6―――

 

 

 不死身の化物に人間の知性を与える。次の段階に進む為の新たな課題として、日頃の耐久試験と並行しながら開始された勉強会。初めて出逢った彼女は、親しげな文面の割には随分と棒読みで無表情だったのを覚えている。

 

 

―――ちょっと、あなた本当に産まれてから3年しか経ってないの? それで、この物覚えの良さって…―――

 

 

 自分の年を初めて知ったのは、この時だった。

 

 

―――凄いわ、あなたは良い子ね、NO.6―――

 

 

 そして誰かに褒められたのと、彼女が笑うとこを見たのも、この時が初めてだった。

 

 

―――あなたと出会ってから、そこそこ時間が経ったけど、いい加減に番号で呼ぶのも飽きてきたわね―――

 

 

 Artificial・Life・NO.6。一応、それが自分に与えられた名前。けれど、その簡単な名前さえ、この施設の人間はまともに呼んでくれない。大体が侮蔑と嘲りと共に化物だの、ゴミ屑だの、サンドバッグだの、一番マシな『NO.6』でさえ、彼女以外の人間は悪感情を籠めて自分を呼ぶ。

 

 

―――Artificial・Life・NO.6…A・L・six……『アルクス』なんてどうかしら?…―――

 

 

 そんな自分に、まともな呼び名を初めてくれたのも、彼女だった。

 

 

―――あら、気に入ってくれたみたいね。じゃあ、これからもよろしくね、アルクス―――

 

 

 楽しかった。

 

 嬉しかった。

 

 苦痛しかないこの世界で、彼女だけが様々なものを自分に与えてくれた。

 

 彼女との触れ合いだけが、心の支えだった。

 

 だからこそ、だからこそ俺は…

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「少し、二人だけにしてちょうだい」

 

 そう言ってオコーネル社の傭兵達を下がらせ、シェリー・クラークは3メートルと離れていない距離から、仰向けに倒れて動けないセイスと目を合わせた。実に十年振りとなる対面に何を思っているのか、能面のような無表情で彼女はセイスのことを静かにジッと見つめていた。対してセイスもまた、どうにか首と目を動かして彼女の姿を視界に収め、自身に向けられる彼女の瞳を黙って見つめ返していた。

 言いたい事は山程あった、今度会ったら確実に殺すと決めていた。だが、まさか今日、このような場所で出会うことになるなんて想像だにしていなかった。突然の再会に感情の処理が追い付かず、傷つき血を流したせいで頭が回らないことも加わり、彼もまた、様々な感情が籠められた視線を彼女に向ける事しかできなかった。

 そして、硝煙と血の臭いに包まれた沈黙の中、先に口を開いたのはシェリーの方だった。

 

「あの日以来、あなたを忘れたことは一度たりとも無かったわ。だって、あの日からずっと、あなたの夢を毎晩のように見ていたんだもの」

 

 無そのものだった彼女の表情に、一つの感情が浮かんだ。セイスに向けて嘲るような笑みを浮かべているが、そこに籠められていたのは、決して短くない年月を経て蓄積されていった激情だった。

 

「私の手でコンテナに放り込まれたあなたは、泣きそうな顔をして、震えた声で『先生』って呼んで来るの。毎日毎日、まるで怨嗟のように、ずっと、何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も先生先生先生先生先生先生ってしつこいくらいにねッ!!」

 

 静かだった筈の声音を段々と大きく、荒々しいものへと変貌させ、笑って、哂って、嗤って、目の前で倒れ伏す少年目掛け、あらゆる感情を込めた言葉を、まるで呪詛のように投げつける。

 

「もう、うんざりなのよ!! 見た目だけは人間そっくりの薄気味悪い化け物が、仕事で少し優しく接しただけで簡単に懐いてきて!! どうして、あの時に死んでくれなかったの!? あなたが死んだ、その報せさえ届けば、あんな下らない夢に魘される事も無かったのに!!」

 

 それらの言葉を、セイスはただただ黙って聞いていた。身じろぎすらせず、一切口を開かず、静かに彼女の言葉を受け止めていた。けれど彼の瞳に段々と、シェリーのように感情の色が宿り始めていた。しかし、すっかり日も沈んで暗いせいもあり、彼女はそのことに気付かず、言葉を続ける。

 

「しかもあなた、私が悪夢に魘されている間に、ちゃっかり自分は新しい居場所を見つけて、幸せそうにしているだなんて冗談じゃないわ!! どうして私だけがこんな目に遭わなければいけないの、どうしてあなただけが幸せそうにしているの、ねぇ、どうして!?」

 

 まるで慟哭の様に声を荒げ、遂にはゼェゼェと息を切らしながら言葉を途切れさすシェリー。一方のセイスはと言うと、ここまで言われても尚、ただ静かにシェリーの事を見つめ続けるだけで、実質の無反応だった。その様子にシェリーは激しい苛立ちを覚え、忌々しそうにギリギリと歯を鳴らす。そして…

 

「何か言いなさいよ、アルクス!!」

「……うるせぇ…」

 

 ただ一言、心底鬱陶しそうに、そして同時に鼻で嗤いながら、彼女の言葉を一蹴したセイス。彼のその反応に面食らい、今度はシェリーが黙る番になった。

 

「俺は、テメェらに復讐する、その一心で生き延びてきた。なのにテメェらと来たら、俺が会いに行く前に勝手におっ死にやがって、不完全燃焼も良いとこだ。そして唯一生き残ってたテメェは、そのザマかよ…」

 

 そこまで言って彼はクツクツと、やがて大きく口を開け、空にまで届きそうな位に大きな声で、耳にした者の心を抉るような狂笑を上げた。その歪な笑い声にシェリーは一瞬怯むも、その笑いが何に向けられたものなのか分かった途端、顔を憤怒の赤に染め声を荒げた。

 

「何が可笑しいの!?」

「こ、これが笑わずにいられるかよ、ひひひっ。一番苦しめてやりたかった奴が、お、俺が復讐を誓うよりもずっと前から、俺自身が勝手に復讐を実行していたなんて、それも、そんなバカみたいな形で。こんなもん、笑う以外どうしろってんだよぉははははははッ!!」

 

 彼は笑う、先程のシェリーのように、あらん限りの感情を籠めて笑う。ずっと復讐したいと思っていた女が、自分の夢を見て苦しんでいた。自分が力を手に入れるずっと前から、自分の幻影で苦しんでいた。あんな思いしてまで自らが手を下さなくても、この女は勝手に苦しんで、終いに果てていた筈だった。その事を、今の今まで知らなかった。そんな現実が、たまらなく可笑しかった、涙が出る程に笑った。だが、何よりも…

 

「ちょっとでも期待していた、自分自身のバカさ加減が一番笑える!!」

 

 フォレスト一派で様々な人間と出会い、複雑怪奇な人間模様を数多く目の当たりにしてきた。人と人との間には、当人達には思いもよらない裏がある、そんな光景を幾つも見てきた。故に、これまで何度も淡い夢を見た。

 あの忌々しい施設時代の中、僅かに存在した優しい思い出。そこで見た彼女の優しい姿が本物であったと、本当は心のどこかで期待していたのだ。自身をコンテナにぶち込み、明確な拒絶を見せた彼女だったが、実は彼女なりに何か理由があったのではないか、当時の自分では気付けない何かがあったのではないかと。そう思ったことが、これまで何度かあった。

 

―――だって、あの時、自分が見た彼女は初めて…―――

 

 しかし、その度にそんな訳は無いと、彼女こそが最も憎むべき人間であると、自身に言い聞かせてきた。そうでなければ、これまで自分が心に抱き続けたこの感情が、積み重ねてきた憎悪が無意味なものになる。だが何よりも、見当違いな相手を憎み続け、死を願い続けて生きてきたと言う事実、それを突きつけられるのが恐かった。

 尤も、その心配は杞憂に終わった。だって今、彼女は言ったじゃないか、自分のことを『化物』と、仕事の為に優しくしていただけだと。何より、彼女は自分の死を願っている。やっぱり、あの時の行動こそが、彼女の本心なんだ。自分は、間違っていなかった。安心して、彼女の事を殺すことができる。

 

 

 だからこれは、安堵の涙だ。決して、悲しくて泣いている訳じゃないんだ。悲しい訳、無いじゃないか。だから、早く止まってくれよ…

 

 

「ハハッ、アハハハハハハッ!! アッハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 手で涙を拭いたくても相変わらず身体は動かず、セイスはただ笑い続けた。そうするしか、涙を誤魔化す方法が思いつかなかった。そんな彼を前にして一層の苛立ちを覚えたのか、シェリーの握った拳に血が滲みそうになるまでの力が込められる。だが、やがて、ふと何かを思い出したのか、拳から力が抜かれると同時に、彼女の顔に再び笑みが浮かんだ。そして…

 

「確か、マドカと言ったかしら?」

 

 その一言は、セイスを一瞬で凍りつかせた。彼のその反応を前にして、逆にシェリーの顔には歪んだ笑みが浮かぶ。

 

「あんなに大きな声で名前を叫ぶぐらいだもの、さぞかし大切な娘なのでしょうね」

 

 シェリーとオコーネル社の傭兵達は、スコール率いるモノクローム・アバターとIS学園の専用機持ち達による戦いを遠くからずっと見ていた。そして、マドカが白騎士に墜とされ、それを見たセイスが慟哭の様な叫びを上げた姿も。故にシェリーは気付く、白騎士に敗れ、あらん限りの声でセイスが名を呼んだその少女こそが、今の彼の心の拠り所。彼にとって、とても大切な存在であると。だからこそ、彼女は宣言する。

 

「一人だけじゃ寂しいでしょう、後で彼女も一緒に送ってあげるわ」

「テメえええええええええええぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 本来なら鼻で嗤ったところだが、今は事情が違い過ぎる。今のシェリーはオコーネル社と契約を結んでおり、そしてオコーネル社の実力はフォレスト一派と渡り合える程のもの。こと人殺しに関して、彼らはISよりも遥かに恐ろしい存在だ。そんな輩に命を本気で狙われたとすれば、マドカといえど…

 

「ぅあああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!!」

 

 火事場の馬鹿力とでも言うべきか、既に動けない筈のセイスの身体が跳ね起きた。瀕死の身とは思えない力強さと勢いで、咆哮を上げながら四肢を使わずに身体を起こしたセイスはシェリーに飛び掛かる。狙うは彼女の喉笛、そこに喰らいつき、これ以上ふざけたこと抜かす前に食い千切ろうと、大口を開けて彼女に迫る。

 

(え…)

 

 その刹那、シェリーと目が合った。持ち前の動体視力に加え、怒りと興奮でアドレナリンが大放出されたせいもあって、その一瞬がやけに長く感じた。おかげで、その時に浮かべていた彼女の表情も良く見えた。彼女の顔からは、先程までの歪んだ笑みは消えており、代わりに穏やかで、それでいて泣きそうな儚い微笑を浮かべていた。セイスは、泣くのを無理やり堪えているような、彼女のその表情をどこかで見たような気がした。それはずっと昔、亡国機業の一員になるよりも、フォレストに出逢うよりも、もっと前だ。そう、あれは確か…

 

(俺を拒絶して、コンテナに押し込んだ時の…)

 

 思い出した瞬間、シェリーの喉に喰らいつこうとしたセイスは、逆に喉に風穴を空けられ、衝撃でもんどりうつようにして吹き飛んだ。突然のことに驚いたシェリーが振り返ると、下がらせた筈のオコーネル社の傭兵達が銃口をセイスに向けながら、背後にぞろりと整列していた。どうやら、彼女に飛び掛かろうとしたセイスを彼らが撃ち落としたらしい。

 

「何をするの、余計なことをしないで!!」

「余計な事とは随分な言い草ですな、ミス・クラーク。これでも、貴女を守ったつもりなんですがね」

 

 我に返ったシェリーはセイスを撃ったオコーネル社の傭兵、その隊長に食って掛かるが、当の本人は彼女の剣幕などどこ吹く風と言わんばかりに淡々と答える。その彼の態度に、シェリーの苛立ちは更に増す。

 

「それが余計な事だと言っているの、彼は私の手で殺さないと意味が無いのよ!! 要求された報酬はちゃんと用意したし前金も払ったのだから、最後まで言う通りにしてちょうだい!!」

「生憎ですが、依頼内容はこの狂犬を貴女の前に生きたまま連れてくること。言ってしまえば、貴女の前にコレを連れてきた時点で我々の仕事は完了したことになります。だから報酬を渡される前に、貴女に死なれると困るんですよ」

 

 そして、そう言って肩を竦める隊長はセイスにチラリと視線を向けると、そのまま言葉を続けた。

 

「しかし事情が変わった、故に我々も相応の対応をとらせて頂く」

「どういう意味?」

 

 怪訝な表情を浮かべるシェリーに対し、隊長格の男は鼻を鳴らしてこう言い放った。

 

「お前の茶番にはもう付き合いきれない、そう言ったんだ」

 

 

 

 同時に鳴り響く二発の銃声。放たれた二つの弾丸は、シェリーの両足を撃ち抜いた。

 

 

 

「あぁッ!!」

 

 突然のことに反応が遅れてたシェリーは、自分が撃たれたことに気付くと、時間差で襲って来た痛みに耐えきれず、その場に崩れ落ちた。

 

「シェリー・クラーク、こっちで調べさせて貰ったが、お前、前金を払った時点で銀行の口座から財布の中まですっからかんじゃないか」

 

 痛みに蹲る彼女の姿を殆ど表情を変えず、どこか冷めた目で見下ろしながら、隊長の男はそう言った。

 事実、彼女は自身に残ったコネとパイプをフル動員して、オコーネル社とコンタクトを取る事に成功し、前金を払って彼らにセイスの捕獲を依頼した。だが、幾ら政府絡みの訳ありの身とは言え、所詮は最近まで殆ど寝たきりだった病人。そんな女が、実力相応に値の張るオコーネル社に、まともに報酬を用意できるとは思えなかったのである。そして調査の結果、案の定、その時点で彼女の財産は殆ど尽きていたことが分かった。依頼内容に亡国機業、それもあのフォレスト一派のナノマシン人間が絡んで無かったら、とっくに殺していたところだ。

 

「まぁ、この化け物を使えば一攫千金も夢じゃないだろう。何せコイツは、かの米国の闇が作り出したナノマシン人間、例え死体になってもあらゆる面で使い道がある。それを当てにするつもりだったのなら、利息分さえ追加すりゃあ少しは支払いを待っても良かった」

 

 どんな形であれ、利益になるのであれば話は別。それこそが、オコーネル社の信条。後払いになろうが、提示した、あるいはそれ以上の額を用意できるなら、多少のことには目を瞑ってやる。これまで散々仲間を屠ってきた化物が相手でも、研究材料もしくは取引材料としての価値が奴にあるのなら、私怨は一切水に流してやる。

 今回も、そのつもりでシェリー・クラークの茶番に付き合ってやった。途中で逃げ出すようなら半殺しにしてでも捕らえ、未払い分を無理やりにでも払わせるつもりだった。だからこそ逃げる可能性が一番高い今…彼女の目的が達成されたこの瞬間、ずっと目を光らせ続けていたのだがシェリー・クラークの様子を見るに、どうやら彼女の思惑は彼らの予想の斜め上を行っていたようだ。

 

「さっきので確信した、シェリー・クラーク、お前は端から金を払う気が無い。それどころか、ここで死ぬつもりだったな?」

 

 その言葉が投げかけられた瞬間、足元から息を呑む音が聴こえた。

 

「ただコイツを自分の手で殺したいってだけなら別に問題無かったが、自らコイツに殺されるのが目的で、その後の事は知ったこっちゃ無いって言うのなら話は別だ。お前が何を思ってこんなことしてんのか知らないし、興味も無い。だが、これ以上お前の意味の分からん自殺願望に付き合う気も、見す見す報酬を未払いで済ませてやるつもりも無い」

 

 隊長の男が片手を上げると、傍に控えていた二人の部下が蹲っていたシェリーに近付き、両腕を一本ずつ抱える様にして無理矢理立たせた。撃たれた足と、掴まれた腕が痛むのか、彼女は呻くように声を漏らす。

 

「何を…するつもり…?」

「お前の身柄と、そこで死に損なってる金の卵を連れて行く。そして、死ぬまで我が社に貢献して貰うとしよう」

 

 その言葉と同時に、反対側で倒れるセイス達に、更に数名の傭兵達が群がるように近付いて行く。喉を撃たれ倒れたセイスは、まだ動かない。 

 

「私が…あなた達の言いなりに、なるとでも?」

「幸いなことに我が社には、無理矢理にでもYESと言わせるのが得意な奴がゴロゴロ居るんだ。あぁ、それと自決の阻止が得意な奴も居るから妙な気は起こすなよ」

 

 連れて行け…そう最後に付け加えられた一言に従い、シェリーの腕を掴んだ傭兵二人は彼女を引っ張ろうとした。しかし、二人に腕を引っ張られた直後、それを拒むようにシェリーは暴れ出した。元入院患者とは思えない力で一人を突き飛ばし、残ったもう一人に掴みかかる。

 

「おい、抵抗するな」

 

 抵抗されるとは思っていたが、予想よりも力が強い。とは言え所詮は素人の女、そんな奴に簡単に転がされているんじゃねーよと思いながら、掴みかかってくるシェリーを適当に抑えつけ、不甲斐ない同僚に目を向ける。シェリーに突き飛ばされた同僚は既に起き上っており、少し苛立った様子を見せながらこっちに近寄ってきた。

 しかし同僚の足は、何故か途中でピタリと止まる。それどころか、大きく目を見開き、唖然としていた。なんでそんな表情を見せるのか分からないまま、彼は同僚の間抜け面を見下ろす。

 

 

 

 

 見下ろす?

 

 

 

 既に立ち上がり、自分と身長が殆ど変わらない筈の同僚を?

 

 

 

 どうやって? 

 

 

 

「は…?」

 

 

―――自分がシェリー・クラークに胸倉を掴まれて吊し上げられている、その事実をやっと認識した頃には、既に彼の身体は宙を舞っていた―――

 

 

「この女…!!」

「撃て、だが殺すな」

 

 咄嗟に銃を構える傭兵達だったが、直後に投げ飛ばされた仲間がその集団に直撃する。それでも流石と言うべきか、何人かは的確な射撃で数発の弾丸をシェリーに命中させた。その衝撃に数歩後退する彼女に、更なる追撃を与えるべく、最初に彼女に突き飛ばされた傭兵が迫る。急所を避けたとは言え、銃で撃たれた身であるなら取り押さえる事は可能と踏んだのだろう。

 

「あああああああああぁぁぁぁ!!」

「ッ!?」

 

 しかし予想はあっさりと裏切られ、彼女の細い腕が彼に襲い掛かる。素人丸出しの、何の捻りも無いテレフォンパンチ。むしろ、ただ腕を突き出しただけとも形容できた。だがそれは、あの病的な細腕からは欠片も想像できないスピードとパワーを有していた。避けること叶わず、不幸にも真正面から直撃してしまった憐れな男は、先程投げ飛ばされた同僚と同じく、砲弾のような速度で仲間達の元へ吹き飛んだ。

 

「ちッ…随分と見覚えのある光景だな、えぇ化物?」

 

 隊長の男は既に前言を撤回し、部下達にシェリーを殺す許可を与え、彼自身も彼女の眉間に銃の照準を合わせていた。しかし、ふと足元に嫌な気配。視線を向けると、ピンを抜かれた手榴弾が転がっていた。反射的に蹴り飛ばし、更に距離を稼ごうと反対側に飛び退いた刹那、拘束に向かった筈が、一人残らず倒れ伏していた部下に囲まれる形で、奪った銃と手榴弾を抱えながら中指を立てて向けてくるセイスの姿が見えた。

 それとほぼ同時に手榴弾が爆発し、視界が一瞬塞がる。すぐに起き上り周囲を見渡すが、残っているのは爆発の余波と暴れた女と化物によって負傷した部下達のみ。

 

「最近までベッドで寝たきりだった女が、どうして普通に動けるようになったのか疑問だったが、そういうことか。やはり化物の研究に関るような奴は、それ相応に狂ってるようだ…」

 

 その現状に再び舌打ちを漏らすも、隊長の男はすぐさま動ける者達を集めた。向けた視線の先は、茂みへ点々と続く赤い道標。狩りの時間は、まだ終わっていなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

「ふふっ、生まれて初めて銃に撃たれたけど、やっぱり痛いわ…」

「おい…」

 

 茂みを抜け、更に木々が生い茂る森の中へと駆け込み、そのまま走り続けた。

 

「アルクス、あなたは、こんなに痛い思いを…いえ、こんなのとは比べ物にならない苦痛を、毎日のように味わっていたのね…」

「おい…!!」

 

 あの一瞬の隙を突いて腕を掴み、走って、走って、走り続け、そのまま引っ張るようにして連れてきたシェリー・クラーク。その彼女の身体は今、座り込むように一際大きな木に寄り掛かっていた。その顔色は、既に青を通り過ぎて真っ白だ。

 

「あんたは、いったい何を考えてるんだ!?」

 

 そんな彼女の胸倉を掴み、セイスはまだ追跡の手が迫っているにも関わらず、自分でも驚く位の大きな声で彼女を怒鳴りつけた。

 先程オコーネル社の傭兵相手に見せた怪力、銃で撃たれたにも関わらず、この短時間で傷が塞がってしまう程の治癒力。そのどれもが、余りにも見覚えがあった。

 

「それは、俺のナノマシンだろ!! あんた、それを自分に!?」

「あなたのじゃなくて、私達の研究成果よ。それに、ちゃんと改良はしたわ」

 

 何でも無い事のようにそう返してきたシェリーだったが、咳き込むと同時に口から決して少なく無い量の血が零れた。傷が塞がり、あの場から逃げる際も、ずっとこの調子だ。

 

「とは言え、寝たきりで一年後に死ぬのが、元気過ぎる身体で一か月後に死ぬ、に変わっただけなのだけど…」

「ふざけるなッ!!」

 

 セイスの身体を構成するナノマシンはその性能と引き換えに、人体への影響も凄まじい。彼の血を常人に直接注ごうものなら拒絶反応で簡単に死ぬし、事前に他のナノマシンなどで身体を強化していても、大量に摂取すれば人体に大きな負担が掛かる。あのティーガーでさえ、何の調整も改良もされていないセイスのナノマシンを直接注入することだけは避けるのだ。それをただの一般人に過ぎない彼女が、幾ら改良を施したとは言え化物染みた力を得る程の量を身体に注いだら、こうなるのは目に見えた筈だ。

 

「どうして怒ってるの、私を殺したかったのでしょう?」

「それは俺のセリフだ!! 俺に殺されるつもりだったってのは、どういうことだ!?」

 

 オコーネル社の傭兵が言い当てた、彼女の本音。倒れながらも、二人のやり取りをしっかりと聞いていたセイスは最初、比喩でも何でもなく一瞬心臓が止まった。そして彼女の反応を見て、それが本当のことだと悟り、頭が真っ白になった。シェリーが傭兵達相手に抵抗した時点でようやく我に返り、暴れる彼女に気を取られた近くの傭兵を無力化し、奪った装備を用いてどうにか逃げる事に成功した訳だが、走り続けている最中も、ずっと先程のことが頭から離れなかった。

 どうして彼女は、自ら死期を早めるような真似をしてまで、それも自分に殺される為に会いに来たのだろう。どうして、そんな馬鹿な真似を実行したのだろう。どうしてあの時、俺を捨てたのだろう。どうしてあの時、泣きそうな顔をしていたのだろう。ねぇ、どうして?

 そんな疑問の数々が、頭に浮かんでは消えて行った。

 

「あなたにあげられるものが、もうそれくらいしか思いつかなかったの」

 

 シェリーが自嘲気味な笑みを浮かべながら放ったその言葉に、セイスは言葉を失った。煩いくらいに自身の心臓が暴れ、自然と呼吸が荒くなる。この言葉の続きを、自分は決して聞くべきでは無い。もし聞いてしまったら、取り返しのつかない事になる。そんな予感がした。けれど彼は口を開くことも、手を動かすことも出来なかった。彼女の言葉を遮るものは、何も無かった。

 

「彼等の言う通り、あなたの存在価値は計り知れないものよ。あの時、そのまま政府に保護させたところで、いつそれが形骸化して元の実験材料に戻されるか分からなかった。だから…」

 

 

 

―――だから一研究員でしかなかった自分の持てる全てを使い、貴方を逃がそうとした―――

 

 

 

「いつか、必ず私の手で迎えに行くつもりだった。だけど私の身体は、もう既に…」

 

 彼に苦痛しか与えない悪魔の研究を止めるべく、政府や捜査機関に全てを密告した。協力者として、今後の事は確約して貰えたが、セイスの身の安全は最後まで保障されなかった。だからひとまず彼を遠くへと逃がし、全てが終わったら迎えに行くと決めた。しかし事が終わった時には既に、病魔に蝕まれていた身体は彼女の意思に反して言うことを聞いてくれず、遂には動けなくなってしまった。

 

「あなたの夢を見続けたのは本当よ。何せあんな形で別れた挙句、ずっと独りぼっちにさせたのだから絶対に恨まれてると思ったわ。案の定、久し振りに見つかったあなたは、私を誰よりも憎んでいた。そして何より、新しい居場所と、大切な人を見つけたあなたに、もう私なんか必要ないって、思い知ったわ…」

 

 ただの研究員だった自分には、何も無かった。自分が唯一頼った政府は、彼を救うどころか、あの悪魔達と同じようなことをする可能性もあった。だから死に掛けの身体で、死にもの狂いで力を付けた。司法取引で手に入れた政府との繋がりを手始めに、自分の頭に残った研究データを元手にして様々な事に協力し、貸しを作り、伝手とパイプを増やしていった。

 その果てにようやく彼の手がかりを見つけたのだが、その頃にはもう彼は新しい居場所を見つけていた。予想通り、自分の事を憎んでいた。もう、自分が迎えに行く必要は、無かった。

 

「……どうし、て、言って、くれなかった…?」

「全部知った時に、あなたがそんな顔をすると思ったからよ」

 

 そんな顔とはどんな顔なのか、今の自分がどんな表情を浮かべているのか、セイス自身にも分からない。彼女の気持ちを知った今、自分の胸中を埋め尽くそうとしている感情が何なのか、自分でも分からない。

 感情の処理が追い付かず、声を震わせ呆然とするセイスの頬に、彼女の手がそっと添えられる。血を流し過ぎたせいか、彼女の手はすっかり冷たくなっていた。

 

「だからもう、いっそのこと最後まで、あなたにとって復讐すべき最低な女として、あなたに殺されて、ちょっとでもあなたの気晴らしに貢献できたらって、思ったんだけど、やっぱり駄目、ね……私の方が、耐えられなかった…!!」

 

 もう片方の腕がセイスに伸び、そして両腕で彼を抱きしめる様に引き寄せた。姿勢が崩れ、彼女の顔が見えない。けれど震える彼女の身体と声音が、彼女が泣いていることを告げていた。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい、アルクスッ…!!」

 

 嗚咽混じりに紡がれる謝罪の言葉と、かつての呼び名。懐かしい響きを耳にする度に、セイスの胸に熱い何かが込み上げてきた。

 

「私って、研究以外なにもできないバカだから、あの時も、あんな杜撰な方法でしかあなたを逃がせなくて何もできなかった!! あんなに小さかったあなたを、ずっと独りぼっちにして、結局迎えに行くことさえ出来なかった…!!」

 

 嗚呼、最悪だ、本当に最悪だ。この真実だけは、絶対に知りたくなかった。この人は出逢った時から何一つとして変わっていない、自分にとって大切な恩人で、優しい先生のままだった。そんな人を自分はずっと憎み続け、挙句の果てに殺そうとしていたのか。こんな滑稽なことが、あるものなのか。

 十年分の愚行のツケなのか、胸が張り裂けそうな程の後悔と悲しみの念が、全身を蝕んだ。

 

「さっきはあんなに酷い事を言ってごめんなさい、全部嘘よ。あなたを化け物と思ったことなんて、一度も無いわ。あなたは優しくて強い、私の自慢の生徒で、大切な息子。あなたの幸せが、私の幸せよ。本当に、本当に生きててくれて、良かった…!!」

 

 だけど同時に、実に矛盾したことだけど、悲しいと同時に、嬉しいと言う感情も込み上げてきた。自分は、この人に大切に思われていた。その事実が、ただただ嬉しかった。

 もう自分が、悲しくて泣いているのか、嬉しくて泣いているのか、全然分からなかった。

 

 

「あなたに出逢えて、本当に良かった。愛してるわ、アルクス」

 

 

 

 だから、まずは謝ろう。許して貰えるとか、貰えないとか抜きにして、まずは謝ろう。

 

 

 そして、ありがとうって言おう。

 

 

 出逢ってくれて、ありがとうって。

 

 

 先生になってくれて、ありがとうって。

 

 

 あの地獄から助けてくれて、ありがとうって。

 

 

 喉が枯れるまで、先生がうんざりするまで、ありがとうって、言おう。

 

 

 

 

 そう思ったのに…

 

 

 

「……先生…?」

 

 

 

 ふと、彼女の震えが止まった。

 

 

 僅かに残っていた温もりが、急速に失われていく。

 

 

 

「先生…?」

 

 

 

 返事はもう、返ってこなかった。

 

 

 




○何もかも捨て、ナノマシンを使って寿命を縮めてまでセイスに会いに来た先生
○そんな彼女の願いは贖罪と、彼の明るい未来
○彼の進む道に自分の存在は邪魔にしかならないと思い、同時に自分が彼を救おうとしていたことは知らせない方が良いと感じてしまう
○それでもせめて死ぬ前に彼に何かしてあげたいという彼女自身の願望が…
○その結果が、「彼を連れてきて、そして、(彼に私を)殺させてちょうだい」


○セイスの不器用な面は、先生譲りだったのかもしれない


さて、次回こそ京都編完結です。時間的に厳しいので、次終わったら百話記念零れ話の予定でしたが、保留してクリスマス編に取り掛かるかもしれません…;


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アイカワラズ~さようなら、お久しぶりです~

これにて京都編完結です。


 

 

 

「ようやく追いついたぞ」

 

 オコーネル社の傭兵達、その隊長が最初に目にしたのは、目を閉じて地面に横たわるシェリー・クラーク。そして彼らに背を向けるようにして、膝で座り込みながら彼女のことを見下ろすセイスの姿だった。

 

「シェリー・クラークの方は死んだのか。人の身であの身体能力を手に入れられるのは魅力的だが、やはり肉体そのものへの負担は大きいようだな」

 

 職業柄、遠目で見ても彼女が死んでいる事は分かった。散々迷惑を掛けられた挙句、勝手に死んだことに思う所はあるが、これ以上邪魔が入らないのは良い事だ。彼が空いた方の手を上げると、それに合わせて部下達が銃を構える。

 

「ま、その問題もお前を連れ帰って研究すれば解決するだろうが、な」

 

 手を降ろすと同時に、部下達の銃が一斉に火を噴いた。しかし、それでもセイスは無防備な背中を彼らに向けたまま、ただ静かにシェリーのことを見つめていた。

 弾丸の嵐が殺到し、対象を蜂の巣にせんとセイスに迫る。だが当たる直前、そんな彼を守るようにB6による血の障壁が展開され、その全てを食い止めた。

 

「やはり自分が殺された後は、コイツを逃がすつもりだったようだ。抑制弾に細工でも仕込んだか、あるいは、奴が耐性を身に着けるまで三日の猶予があるというのが嘘だったか。どちらにせよ、つくづく狂人の考える事は理解できないな!!」

 

 舌打ちを一つ漏らすと、隊長の男は手榴弾を取り出し、深紅の障壁目掛けて投げつけた。オコーネル社製の手榴弾は障壁に当たると盛大に爆発し、セイスの障壁を弾き飛ばした。

 

「奴が消耗していることに違いはない、撃ち続けろ!! 動かなくなるまで殺し続けろ!!」

 

 その言葉に合わせ、再び始まる弾幕の嵐。再度B6の障壁が展開され、セイスの身を鉛弾の嵐から守ろうとするが、この状況が続けば長くはもたないだろう。実際、障壁のキレが段々と悪くなってきており、数発の弾丸が障壁をすり抜け、セイスの身体を貫いた。

 

「先生…」

 

 それでも彼はシェリーから視線を離さなかった、いや、離せなかった。静かに、そして穏やかに目を閉じて沈黙する彼女は、まるで眠っているかのようで、このまま待っていれば、いつか自分から目を開いて起き上ってくるんじゃないか。そう思えてしまう程に、彼女の死に顔は安らかだった。

 

「先生…」

 

 そう、死んでいる。彼女は、間違いなく死んでいる。亡国機業で培った知識と経験が、彼女の死を否が応でも理解させる。どれだけ否定しようとも、どれだけ彼女のことを呼ぼうとも、彼女が目を開ける事は二度と無い。

 

「…せいだ……れの、せいだ…」

 

 耳障りな発砲音、鼓膜の破れそうな爆発音。ポタリ、ポタリと熱い何かが頬を伝い、彼女の顔に落ちる。震える声でセイスが呟く。それでも、彼女が彼の呼びかけに応えることは、無い。

 

 

「おれの、せいだ…おれが……」

 

 

 もう二度と、自分の気持ちを彼女に伝える事は、できない。

 

 

 そうなったのは、何故?

 

 

 彼女に、こんな決断をさせたのは、何だ?

 

 

 自分のことを愛してくれた人を、無意味な憎しみでここまで追い込んだのは、誰だ?

 

 

 俺だ

 

 

 何もかも、全部、俺のせいだ

 

 

 先生を憎み続け、苦しめ続け、死を願い続けた

 

 

 俺が憎んでいると知ったからこそ、彼女はこんな選択をしたんだ

 

 

 彼女が死んだ原因は、ナノマシンでも、病魔でも、オコーネル社の傭兵でもない

 

 

 

「おれが、せんせいを、ころしたんだ」

 

 

 

 そう呟いた直後、背後が障壁越しにも分かる位に眩しい光に包まれ、同時に大きな爆発が巻き起こり、周囲を根こそぎ焼き飛ばしていた。 

 

「掴まりなさい」

 

 何が起きたのか理解するよりも早く、その身は浮遊感に包まれ、一気に地上から空へと昇って行く。咄嗟に手を伸ばすが、横たわるシェリーの亡骸は、あっという間に手の届かない所へと離れてしまった。

 

「良く生きてたわ、間に合って本当に良かった」

「姉御…」

 

 ゴールデン・ドーンを纏ったスコールに抱えられ、どんどん地上から遠ざかって行くセイス。吹き飛ばされた傭兵達、燃え上がる木々、その中で横たわるシェリーの姿。その全てが、段々と見えなくなる。

 

「お礼はアイゼンに言いなさい。彼が私達の元に辿り着けたからこそ、あなたを助けに来れたのよ」

「……はい…」

 

 それでも、無意味と分かっていても伸ばされた彼の腕は、暫く虚空を彷徨い続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「全くもって散々だ、クソッタレが…」

 

 いきなり飛来してきたと思ったら周辺を吹き飛ばし、セイスを抱えると即座に空の彼方へ飛び去っていったゴールデン・ドーンを見やりながら、隊長の男は吐き捨てるようにそう呟いた。

 今の爆撃により、残り火のせいもあって、辺り一帯は地獄絵図と化していた。今ので多くの部下が光に焼かれ消滅し、生き残った者も少なからず深手を負っている。満足に動けるのは隊長の彼を含め、10名も居ないだろう。

 

「まぁ良い、せめてシェリー・クラークの死体だけでも持ち帰ればギリギリ黒字だ」

 

 報酬は踏み倒され、物的及び人的被害は甚大。しかし、その要因となったシェリーの存在が、せめてもの救いになる。死んだとは言え、彼女の身体にはセイスのものと同じナノマシンが含まれており、その性能は彼女自身が立証済みだ。少なくとも、セイスに匹敵する怪力と治癒力は確実に得る事ができる。

 無論、目の前の彼女が死んでいることを考えるに、それなりの副作用や身体への反動はあるのだろうが、そんなもの時間を掛けて研究と改良を続ければどうとにでもなる。

 

「おい、撤収するぞ」

 

 もう見えなくなったゴールデン・ドーンが飛んで行った方角を憎々しげに睨み付けながらも、生き残った部下達にそう指示を出し、彼もまたその場から去る為に動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは良い拾い物をした。まさか、ここに来て彼の心を大きく揺り動かす存在に出逢えるなんて、思いもしなかったよ」

 

 

 

 

 

 

 

 自分のものでも、部下のものでもない、聞き覚えの無い声。

 

 

「どの口が言う。彼女がセイスにとってどんな人間なのか、お前が分からない訳が無いだろう」

「いやいや、本当に彼女の人となりを把握したのは最近だよ。流石の僕も直に接触できない相手、ましてやスコールの縄張りに居る人間を調べるのは骨が折れる」

 

 

 弾かれたように銃を構え、振り向くと同時に視界に入って来たのは、死んだシェリー・クラーク、彼女の傍らでその姿を見下ろす二人の男。

 

 

「だが、セイスの話を聞いてある程度は推測できていたのだろう?」

「まーねー」

 

 

 そして、一人残らず首を跳ね飛ばされた、自分の部下達。

 

 

「お前は全てを知った上であの時、セイスをアメリカに…奴の恩人を殺させに向かわせたのか」

「だけど彼は殺さなかった、いや殺せなかっただろう?」

 

 咄嗟に照準を二人に合わせ、引き金を引く…それよりも早く、そして弾丸よりも速く投げられたナイフが、彼の利き腕ごと小銃を粉砕する。

 

「僕達は悪党だ、欲しいと思った物は全て手に入れるべきだよ。その為なら、躊躇せず遠回りして茨の道を進むぐらいの覚悟は必要さ。そろそろ彼にも、その事を本格的に覚えて貰おうかと思うんだよね」

 

 片腕を失いながらも、残った方の腕で拳銃を取り出し一矢報いようと構えるが、その一瞬の間にナイフを投げた男…ティーガーが既に目の前に立っていた。

 

「この…化物、どもが……」

 

 その言葉を最後に、傭兵達を率いていた男の首は胴と別れて宙を舞い、やがてドサリと音を立てながら地に落ちた。やがて頭と力を失った彼の身体も、糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちる。

 ”手刀で”傭兵達を斬首刑に処したティーガーは取るに足らない敵に…あるいはどこまでも性格の悪い上司にして相棒の男の態度に対し、つまらなそうに鼻を鳴らすと、先程傭兵達を仕留めた時と同様、まるで瞬間移動のような目にも留まらない動きで、フォレストの隣に戻った。

 

「分かった。これまで通り、お前を信じよう」

「感謝するよ相棒、今後もよろしく」

 

 色々と気にくわない部分はあるが、結局最後は全て丸く収め、何もかも手に入れるのが、この男である。逆らって得したことも無ければ、従って損したことも無い。ならば、きっと今回もそうなのだろう。

 半ば諦めに近いものも含まれていたが、深い溜め息と共にティーガーがそう言うと、フォレストはいつもの笑みを浮かべながら上機嫌にそう答えた。

 

「それで、本当にシェリー・クラークだけでセイスの気を惹けるのか?」

「無理だろうね。彼女とエムの隣なら、彼はきっと後者を選ぶ。でもねティーガー、そもそも彼女を使って直接釣り上げるのは、セイスの方じゃないよ」

 

 フォレストはそう言うと、穏やかな表情を浮かべるシェリー・クラークの頬にそっと手を当てた。物言わぬ彼女の体温は、完全にぬくもりを失っており、ひどく冷たい。

 

 

「さてさて、まずは整理しようか。今、僕達の持っている手札は?」

 

 

 

―――シェリー・クラーク―――

 

 

―――彼女の身体に注ぎ込まれたナノマシン―――

 

 

―――亡国機業を遥かに超える頭脳と技術力を持った天災―――

 

 

―――その天災に多少の頼み事を聞いて貰えるだけの協力関係―――

 

 

 

「ねぇティーガー、実質セイスって不死身だけど、何度も死んだことあるんだよね?」

「……まさか、可能なのか…?」

 

 静かに発せられたその疑問に、フォレストはただ『このままじゃ無理だけどねー』と一言だけ返し、そしていつものように微笑むだけだった。

 

「献身的な彼を、命より大事に思ってる彼女のことだ。そんな彼の恩人を救い、彼に再会させてあげられる可能性があると知ったら、彼女はどう思うだろうね?」

 

 しかし、ゴールデン・ドーンによる炎と、傭兵達の死体による血の海に囲まれた今の彼の姿は、地獄に住まう悪魔そのものにしか見えなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「セヴァスッ!!」

 

 スコールに抱えられたセイスが合流地点に到着するや否や、マドカは誰よりも早くセイスの元へと駆け寄った。当然ながら、スコールのことは眼中に無い。

 かつて無い程に傷だらけになったアイゼンが襲撃されたこと、セイスが殿として一人で敵を食い止めていると聞いた時は生きた心地がしなかった。なにせ、あのアイゼンをここまで追い詰めるような奴らが相手なのだ、セイスの身が危険なのは明らかだった。あのまま止められなかったら(と言うかアイゼンが気絶させなかったら)、目の前に居たフォルテを殴り飛ばして専用機を強引に借り、助けに行ったことだろう。

 まぁ結局、気絶している間にスコールが彼を救出し、こうして連れ帰ってきてくれた訳だが。とにかく彼が無事で良かった、今はそれに尽きる。本当はこの後、かなり小っ恥ずかしいことをセイスに訊こうと思ったが、それはまた別の機会にしよう。こんな時に『私のこと、愛し…じゃなくて、どう思ってる?』とは、流石に言えない。

 

「全く、随分と情けないこと、に…ッ!?」

 

 だから、その代わりと言っては何だが、いつもより余計にからかい、いじくり回してやろうと、そう思っていた。そう思って彼の顔を覗き込んだ瞬間、マドカは息を呑んだ。

 

「セヴァ、ス…お前……」 

「……あぁ悪い、心配かけた…」

 

 硬直するマドカに対し、セイスはぎこちない苦笑を浮かべ、そう言った。そして…

 

「悪いが、今日は疲れた。お前も疲れてるだろうから、とにかく今日はもう休んで、話は明日にしよう」

 

 言うや否や、セイスはマドカの横を通り過ぎ、そのまま行ってしまった。いつもと比べて、随分と淡泊なセイスの態度にスコールは違和感を覚えたが、先の戦闘でそれ程までに消耗していたのだろうと言うことで納得し、特に深刻に考えなかった。

 だが、その時の彼の顔を見てしまったマドカは違った。かつて自分は、彼が今のアレと同じ表情を浮かべていたのを見たことがある。もう二度と見る事は無いと、彼があんな表情を浮かべることは無いと、そう思っていたのに。でも間違いない、自分に見られていると分かった途端、すぐに苦笑で隠そうとしたが、さっき彼が浮かべていたあの表情は…

 

(あの時と…私と初めて会った時と、同じだった……)

 

 絶望に苛まれ、抜け殻のようになった、人の形をした何かの成れの果て。今のセイスは、まさにそれだった。

 

 

 




○後悔と罪悪感と悲しみで死にそうになってますが、マドカの存在が最後の支えになって踏み止まっている感じです
○アイゼンはどうにか追手を振り切り、スコールに救援を乞う事に成功
○お気に入りの危機に姉御、スクランブル発進
○天災に同行していた旦那と兄貴、良い拾い物をする
○因みに、大事な弟分二人を傷つけられたせいか、いつもより容赦無い虎兄貴
○あと、森のレストランで入手したアレで、さり気無く身体能力が強化されつつあります


さて、ようやく終わりました京都編。本編はここで一区切りしまして、少し早いですが外伝のクリスマス編の準備を始めようかと思います。これまでシリアス続きだった反動もありまして、詰め込むだけ詰め込んだカオスな仕上がりになりそうです(笑


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