魔法少女まどか☆マギカ~絆の物語~ (tubaki7)
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第一章 始まりの物語
Ep.01 ―出逢い―


気が付くと、そこはどこかの地下道のような場所だった。暗い空間を非常用のライトが淡くともし、物々しい雰囲気を出している。

 

走っていた。どこへと聞かれればわからないが、とりあえずはその空間から出たくて、或いはどこかへ行かなければいけない気がして。

 

これはいったいなんなんだろう。自分の置かれた現状に視野を広げると、手の中にある小さなもう一つの手の感触に気が付く。自分に手を引かれ、息を切らしながら必死に自分についてくる小柄な少女。不安に顔を染め、その不安に押しつぶられそうになる心を自分の手をギュッと握ることで耐えているようだ。少年も、自分の前ではせめてもと思い安心させるように精一杯の笑顔を作る。心なしか、少女の顔に明るさが戻った。気休めにもならないだろうが、今はこうする以外に彼女を安心させる術を知らない。

 

 やがて、一つの扉がみえてきた。階段を登り、重々しい厳重な扉を開ける。金属と金属が擦れあう嫌な音が辺りに響き、その先に見えたのは・・・・一言で言えば、地獄絵図だった。つい数日前まではあそこを人や車が行き交い、青空の下自分たちも学校へと通っていた。その風景が、想い出をも今は見る影もない。

 

暗雲に浮かぶのは、巨大なシルエット。特徴的なのは、巨大な歯車とまるで西洋人形を思わせる容姿。そして、なんといっても上下逆さまというのがさらに不気味だ。

 

そして、そんな存在と相対するのは艶やかな黒髪のロングストレートを風に靡かせ辺りに浮かぶ遮蔽物を足場に戦う少女。自分たちと同い年くらいのその少女の戦うさまは、勇敢と思う反面、あの巨大な存在と比較するととても小さく頼りなく見える。

 

 

「・・・・これ、大丈夫なのか?」

 

「無理だろうね。彼女一人では荷が重すぎる」

 

「じゃぁ、どうしたらいいの?」

 

 

二人は足元にいる白い生き物に問う。どうすればこの惨状を止められるのか。どうやったらこの状況を打破できるのかを。

 

そして、生き物は可能性を提示する。

 

 

「それはキミ達次第だね」

 

「俺たち次第・・・・?」

 

「そうさ。二人にはとても大きな力が宿っている。それを解放すれば、世界をひっくり返せるほどの〝奇跡〟だって起こせる」

 

「奇跡・・・・」

 

 

ドクン、と脈打つ鼓動。いつの間にか手に握れれている白い棒状のものは、今まで自分の傍にあった〝力〟だ。

 

 

「だからまどか。僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 

「ダメだ」と誰かが叫んだ。「やめて」と悲願する声が聞こえた。

 

でも、二人は躊躇いもそれを聞き入れることもなく自らの決断に基づいて行動する。少女は〝希望〟を、少年は〝光〟を手に―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・夢オチかよぉ」

 

 

なんとも情けない声だが、あんな中途半端に現実じみたものを見たらそう言いたくもなる。見ていたものと見えているもののあまりにものギャップに一度目をぱちくりさせてから、少年は今自分がベッドから転げ落ちていることに気が付く。なんとも間抜けな目覚めだと心の中で溜息をついてから起き上がり暗く閉ざされている空間にカーテンを開けることで光を招き入れる。朝日の眩しさに目を細めながらも伸びをして、「シャッ!」と気合を一つ。

 

いつもの朝だ。まずは眠けを吹き飛ばす為に水で顔を洗う。洗顔料は少しキツめの清涼剤入りのものを使い、水で汚れと一緒に洗い流す。

 

 

「ニキビ、なし」

 

 

中学三年ともなると、もうそういう時期は過ぎた頃あいだが時期は時期であり、疎かにしているとできてしまうというのが人間の肌のデリケートな部分である。女子ほど過剰に敏感な反応は示さないが、それでも気を付けることに越したことはない。次に取り掛かるは歯磨き。此方は至ってこだわってすることなどはないが、それでもテレビでやっていた歯を綺麗にする磨き方、などの特集を思い出しながらワシャワシャとブラシを動かす。口の中の歯磨き粉を水でゆすぎ、洗面台に吐き出す。清々しい、すっきりとした気分に頭が今日一日の始まりを理解して動き始める。幸い、頭髪は短めな為そこまで手間をかけることはない。寝癖を先日新調したスプレーで濡らしてから手串でワシャワシャと散らしてからワックスで整える。良い匂いのするこの整髪料は好んで愛用しているものであり、これでないとイマイチ締まらない。

 

手に類ているワックスを洗い流して時計に目をやれば、いい時間帯となっている。特に急ぐ必要もなくマイペースで制服に着替えていると隣の部屋からドタバタと音がしてきて、直後にゴン!という音の後「いったぁい・・・・」と恨めしそうな声が聞こえてきて苦笑いを浮かべる。騒々しいとは思わないが他人といる時とこういう時のギャップがあまりにも激しすぎて少々心配になってしまう。悪く言えば、化けの皮がはがれないかが心配だ。

 

 そろそろ部屋を出るために靴を履く。鞄を肩に担いで扉を開けば、隣の部屋からも同じく出てくる。金髪にロールしたヘアースタイルに、女子中学生とは思えないプロポーションを持ちながらも、その中身は全くのポンコツ。良い意味でのポンコツだ。まぁポンコツに良いも悪いもあるのかは知らないが、そう言っておかなければ彼女が少しかわいそうに見えてしまうのでそうつくろっておくことにし、再び苦笑い。

 

 

「遅刻遅刻!・・・・って、アレ?」

 

「おはようマミ。それから・・・・」

 

 

数回目をぱちくりさせたあと指の先を見る。視線を少年の顔から自分の足元へと移すと、左右でまったく違う履物をしていることに気が付いてから赤面し、「ついでに」と言った彼の言葉に耳を傾ける。

 

 

「今俺と鉢合わせてるってことは、いつも通りの時間。相変わらず、そういうヘンなとこで慌てる癖は治らないな」

 

 

苦笑いから本格的な笑いにシフトしつつある為クスクス程度にそれを抑える。が、それが彼女に更なる羞恥心を与えてしまい、挙句は恥ずかしさのあまり少し涙目になりながら部屋に戻っていった。耳を少し澄ませば、扉の中からすすり泣くような声が聞こえてきた。

 

 

「…コホン、おはよう英雄君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年の名前は神田英雄(じんだひでお)。中学二年生。並んで歩いているのは巴マミ。彼女も同じく中学三年生だ。二人は似た境遇でちょっとした理由から現在同じマンションにて一人暮らしをしている。その為幼馴染という間柄でなくてもこのような関係が成り立っている。友達以上恋人未満という間柄ではあるが、言ってしまうとこの二人、淡い恋心もあったりなかったり。だが互いにそれを認識することなくこのような距離感を保っていた。

 

 

「でな、その時先生がさ――――と、ワリィ、俺ここで」

 

「あ…そうね。それじゃ、ここで」

 

 

二年と三年とでは玄関が違う。そのためここで別れることとなるため、二人がこの見滝原中学校に一緒に登校するのはここまでだ。クルリと振り返って少しスキップ混じり踏み出すマミだが、途中で何か思い出したように此方を振り向いて。

 

 

「今夜は英雄君の好きなハンバーグ作っちゃうから!寄り道しないで帰ってくるように!」

 

「大声で言うな!恥ずかしいだろ…」

 

「今朝のお返し。それじゃねっ」

 

 

してやられた、と内心で舌打ちしてとっとと下駄箱にて土足と上履きを履きかえる。

 

 

「おはようヒデ君!」

 

 

元気そうな声に振り向けばそこにはいつもの仲良し三人組が。左から順に志筑仁美、鹿目まどか、そして美樹さやかだ。さきほどの声はまどかによるものだ。

 

 

「なんかさっき大声で恥ずかしいセリフ聞こえてたけど、もしかして彼女かァ?」

 

 

からかうような、いい獲物をみつけたような感じでさやかがにじり寄ってくる。これはマズい奴に目をつけられたと心底面倒臭そうにする英雄だがその後ろから仁美がさらに追随する。

 

 

「先ほどの方、たしか三年生の方でしたわね。お名前は残念ながら存じ上げませんが、とてもかわいらしい方でしたわ」

 

「ほほぅ?ヒデも隅に置けないねぇ」

 

「おっさんかお前は。ンなことよりお前こそどーなんだよその後」

 

「あ、アタシ?いやぁ…イマイチかね」

 

 

切り替えされてあははと苦笑いしながら頭を掻くさやか。

 

 

「そういえば、今日転校生の方がくるそうですわよ?」

 

「へ~、どんな子かな?女の子かな?」

 

「どっちだろうな。・・・・と、もうこんな時間か。教室行かないと遅刻だ!」

 

 

話題がそれたことにシメシメと思い時計を見て半ば棒読みでそう吐き捨ててからダッシュする。そのことに気が付いたさやかが「コラ待て!」と言いながら追いかけてくる。

 

 

「もう二人ったら・・・・」

 

「ウフフ…さ、私達も参りましょうか?」

 

「そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この見滝原市では近代都市計画というものが進んでいる。所謂、漫画やアニメなのでよく描かれる都市風景、と言えば想像に難しくないだろう。その計画はこの街全体に浸透しており、今でも開発や建物のリフォームなども盛んに行われている。そして、この見滝原中学校もその影響を受け3年前に改装されたばかりである。教室は職員室と保健室、そして更衣室などを除き全面ガラス張り。生徒の机や椅子も木材と鉄パイプを組み合わせたものからボタン一つで床からせりあがって机と椅子を展開するという仕組みになっている。それでも教材は往来と変わらない紙でできた教科書とノート、そしてシャーペンと、その組み合わせだけはいつになっても変わらない。

 

そんな教材達は、今は鞄の中で出番を待っている。授業が始まる前のSHRの時間なのだが、いかんせん自分たちの担任はなんとも言い難く気丈が荒い。

 

事、恋愛が絡んで来ればかなりメンドクサイのだ。今も一番前の列に座っている中沢という名前の男子生徒を捕まえて目玉焼きは醤油派か、ソース派かで問いただしている。挙句中沢の回答などそっちのけで自論をこれでもかとマシンガントークだ。正直、これで教員免許を取れるのだから試験なんて楽勝なのではないかという錯覚さえ感じる。

 

 

「センセ~、そろそろ転校生を紹介してほしいんですけど」

 

 

さやかの一声でようやく事態が進展する。扉の外まで丸見えなつくりだから正直もう見えてはいるのだが、それはホワイトボードの向こう側な為、足元しか見えない。

 

見えていた足が、動き出す。服装からしてすでに女子ということは確定し、あとはどんな子なのかという期待を膨らませて登場を待つ。

 

扉が開く。まず目に留まったのは、美しく靡くロングの黒髪。気品のある、どこかの名家のお嬢様のような風格。綺麗な素肌に少しキツメな目つきはまさに漫画やアニメのキャラクターをそのまま現実に引っ張り出してきたかのようだ。

 

総称して、綺麗でかわいい。この言葉が一番合う。

 

 

「暁美ほむらです。よろしくおねがいします」

 

「暁美さんは心臓の病気で今まで入院していたんです。皆さん、仲良くしてあげてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

転校生の宿命と言えば、質問攻め。これは例外なく行われる伝統行事と言っても差支えないんではなかろうかと思うほどによく見る光景だ。それを今暁美ほむらは受けている。四方八方から一辺にモノを言われるので聞き取るのに苦労するが、彼女にとってそれは心底でどうでもいいものだった。

 

だから、適当にあしらってほむらは席を立つ。向かった先は、まどかの席だ。

 

 

「鹿目さん、保健室に連れて行ってくれるかしら?少し具合が悪くて…」

 

「あ、うん。ヒデ君は・・・・って、あれ?」

 

「なんかさっき呼び出されてたよ?ホラ、今朝の先輩に」

 

「あ~・・・・じゃぁ仕方ないかな。それじゃ暁美さん、案内するね」

 

 

まどかが席を立ち、ほむらを連れて教室を出る。廊下へ出て右にまっすぐ。校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下に差し掛かったところで、ほむらとまどかの位置が入れ替わった。角を曲がる際、内側にいる人間が小回りになりそのせいで先頭になってしまうというのは歩幅を考えたら自然なながれだ。実質、ほむらの方がまどかにくらべて大きい。が、この位置に不思議な感覚を覚えたまどかは首を傾げる。それが何かは、わからないが。

 

ふと、ほむらが立ち止まる。

 

 

「どうしたの?」

 

「・・・・鹿目まどか。あなたは自分の人生が尊いと思う?家族や友達を、大事にしてる?」

 

 

どういう意図で言ったのかはわからない。だが、その言葉の奥に隠されたなにやら暗いものを感じ取ったまどかはそれに反発するかのごとく答える。

 

 

「してるよ!パパもママも、弟のたつやも、さやかちゃんや仁美ちゃん。それに、ヒデ君も。私の大事な人達だよ」

 

「・・・・そう。なら、ヘタに自分を変えたいなんて思わないことね。でないと、一番大事なものを失うことになるから」

 

 

いったいどういうことか。先ほどの質問と同じく意図なんてわからないが、その言葉が持つ重みを感じ取ったまどかはそれ以上なにも言えず、とうとうどうしたらいいかわからずに困り果てる。

 

 と、そこへ。

 

 

「お~いまどか!」

 

「あ、ヒデ君」

 

「・・・・」

 

「さっき先生呼んでたぞ。おまえまたノート提出し忘れたろ?」

 

「あっ、やっちゃったぁ・・・・ヒデ君、ちょっとお願いしてもいいかな?」

 

「おう。行ってこい」

 

「うん、ありがとう。ごめんね、暁美さん」

 

「大丈夫よ。それから、私のことはほむらでいいわ」

 

「うん。じゃぁほむらちゃん、ごめんねっ」

 

 

ほむらに謝罪し、あとを英雄に任せて足早にかけていく。それを見送ったあと、英雄は振り返り。

 

 

「悪いな。選手交代で」

 

「…いいえ、好都合だったわ」

 

 

そう言って、心なしか笑ったように見えた英雄は面食らったように目をぱちくりさせる。それを不思議に思ったほむらが問うと、

 

 

「イヤ、そんな顔もできるんだなとおもってさ。なんかクールビューティってイメージだったから新鮮で」

 

「・・・・そうでもないわ。おもしろかったり楽しかったりすると笑うし、感動したときは涙だって出る。そんな普通の女子中学生よ」

 

「なんか皮肉めいて聞こえるんだけど…もしかして怒った?」

 

「ええ、かなり」

 

 

そう言って、今度ははっきりとわかるぐらいに笑うほむらをみてこちらも笑顔になる。

 

 

「改めて、俺は神田英雄。神なんてだいそれた漢字ついてるけど全然そんなじゃないから。あと、名前負けしまくりのどこにでもいる男子中学生」

 

「暁美ほむらよ。私も名前負けしてるわ。お互い様ね」

 

「そうか?俺にはそうは見えないけどな」

 

 

そんな他愛のない会話をしながらほむらを保健室までおくり届け、なにかあったら呼んでくれと携帯のアドレスを教えてから保健室を出ていこうとする。そんな彼のことを、ほむらは呼び止めた。振り返ると、先ほどの凛々しい表情とはまったく想像つかないようなほど真逆な、どこか悲しげな顔になっていた。自分の目が確かなら、今彼女の瞳はうるんでいる。

 

まさか、この期に及んで一人じゃ寂しいなんて言うんじゃないだろうか。いくらなんでもこの年齢にしてそれはないだろうと思うことでその選択を消去して、でなければなんなのかと考える。

 

 

「えっと、どうかした?」

 

「・・・・英雄。貴方は、大切な人はいる?」

 

「あ~・・・・特定の異性って言われると回答に困るけど、でも友達ならいるよ。でも、なんで?」

 

「いいの。それだけ聞きたかっただけだから。ごめんなさい。ヘンに呼び止めてしまって」

 

「いいって。んじゃ、またな」

 

 

今度こそ出ていこうとする英雄。が、またしてもほむらに止められてしまう。しかも、今度は言葉ではなく、背中から抱き着いてくるというアクションでだ。

 

美少女に、後ろから手を回されている。その出来事に中学二年生の英雄の脳内はパニック状態に。いったいどうなっているんだと思った矢先、僅かにだが、泣くのを堪えるかのような息遣いと声が聞こえてきた。

 

 

「・・・・親離れできない子供じゃあるまいし」

 

「・・・そうね。でも、少しだけ・・・・ほんの少しだけでいいの。そうしたら私、また歩ける気がするから」

 

 

そんなほど心身を病んでいたとでもいうのか。仮にも心臓の病だ。治ったとはいえ入院している間の精神状態は相当なものだったのだろう。英雄はそれ以上なにも言わずに自分の腰に回されているほむらの手に自分の手を重ねた。なんとも繊細で綺麗な手なんだろうか。そんな手が、まるで何かに縋るかのごとく震えていたのを、英雄はただそっと撫でた。



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Ep.02 ―魔法少女―

ワイワイガヤガヤと賑う大型ショッピングモール。フードコートやアミューズメント、雑貨やファッションなどありよあらゆるものが混在し自店の売り上げ向上の為顧客獲得に精をだしている。騒がしいのはそれだけではなく、今日が週末だということもあってか学生や仕事帰りのOLやサラリーマン。そして買い物に来た主婦など、その客層は様々だ。

 

そして学校帰りに立ち寄った買い出しも、このショッピングモール内にあるスーパーである。買い物籠をカートに納め、その中に鞄を入れてカートを押しながら本日の夕食の材料を吟味する。やっていることはさながら主婦のようだが、彼女はれっきとした女子中学生。そういう雰囲気はあっても着用している制服がそれを打ち消している。精々母親の手伝いをする親孝行な娘、といったところだろう。

 

が、そうは見えないのが神田英雄からみた巴マミの印象である。

 

 

中学生どころか大人もびっくりなそのプロポーションもその要因の大きな一つだ。正直言って、いったい何を食べたのならそこまで育つのだろうか。出逢ったばかりはまだそこまで大きくなかったはずだが、これは一体どういうことだろうと不思議に思う。女子でなくとも、これには驚きだ。そういえば、以前またカップ数が大きくなったと嘆いていたのを思い出す。自分は男だからわからないが、女子はそういう部分をかなり気にするらしく、その時言った一言が原因でちょっとした喧嘩にもなったっけと軽く懐かしく思う。

 

 

「どうかしたの?ひとのことジーッと見て」

 

 

視線に気が付いたのか、自分の躰を隠すようにして抱くマミ。別にやましい気持ちなどこれっぽっちもなかったのだが弁解しようにも見ていたことは事実な為、それも無駄だろうと正直に話すことにする。

 

 

「いや、まだ成長してんのかなと」

 

「・・・・エッチ」

 

「どう弁解してもこうなるだろうと思って言い訳しなかっただけいいじゃないか」

 

「それとこれとは話が別。もう、くだらない事やってないでさっさと行くわよ?」

 

 

すっかり機嫌を損ねてしまったようだ。このままだとひょっとしたら今晩の食卓に影響を及ぼすかもしれないと何か打開策を考える。

 

その時、ふと目にとまったものを英雄は掴んだ。

 

 レジにて会計を済ませ、スーパーを出る。帰ってさっそく夕食の準備だと意気込むマミの後ろを歩きながら英雄は内緒で購入した物をポケットのなかに忍ばせる。これで機嫌を直してくれるかどうか微妙なところだが、それでもやらないよりはマシだろう。

 

そう思って声をかけようとした時。突如として頭の中で声が聞こえてきたことに立ち止まる。誰かが自分を呼んでいる。とても弱弱しい声だが、距離はそこまで離れていないということだけはなぜかわかった。どうしたものかとどんどん距離が開いてくマミの背中を見て、決心したように声をかける。

 

 

「マミ、悪い。買い残したものあるからそれ買って帰る!」

 

「夕飯には戻ってきてよ!?」

 

「わかってるよ!」

 

 

手を振って別れ、英雄は声のする方に走る。おおよその方向からして、居場所はたぶんさっき通りがかったCDショップ付近の改装エリア。どしてかはわからないが、直感的にそう確信した英雄は迷いなく足を進める。

 

 

「ヒデ君!」

 

 

聞こえてきた声に足を止めて見回す。いつの間にか、かなり深いところまで来ていたようだ。立ち入り禁止の札をも振り切って来たとなると、それほどまでに集中力と思考を使っていたらしい。

 

 

「まどか、さやか!」

 

 

友人二人の姿を認め、駆け寄る。

 

 

「今こっちの方から声が・・・・って、なんだその生き物?」

 

「わかんない、でも私、この子に呼ばれて。そしたら、ヒデ君も呼んでて・・・・」

 

「とにかく、今ちょっとやばいみたい。早くしないとまたアイツが…!」

 

 

アイツ?そう問いかけようとした口を閉じて、全身の警戒心をマックスにまで跳ね上げる。それまでいた空間が、突如歪みだしたからと〝お守り〟が脈打ったからだ。

 

 改装途中だった空間が一瞬にして違うものへと変わる。景色はまるで花園に来たようだ、といったほうがいいのだろうが、実際見ているものはそこまで綺麗なものではなく、むしろ禍々しいものがびっしり広がっている。そして、物陰からこちらに出てくるコットンに足と髭をはやした謎の生物たち。それらは明らかに、友好的でないとわかるくらいに敵意と殺意を持って現れた。

 

 

「ねぇ、私たち、悪い夢でもみてるんだよね?」

 

 

さやかが取り乱し始めた。こういう時、冷静さを欠いたらいっかんの終わりだとわかっていてもこんな空間内で冷静でいろという方がおかしい。

 

だが、たった一人。英雄はまどかとさやかほどパニックにはなっていいなかった。むしろ落ち着いていると言っていい。

 

 

(知ってる・・・・此奴ら。使い魔・・・・でも、どうして?どうしてそんなこと知ってる)

 

 

どこで仕入れたかわからない知識が記憶の引き出しから出てきたことに驚く。名称も、どんな奴らかもわかる。この空間の事も、何もかも。でもそれがなぜかはわからないでいた。

 

 

「ちょっと、取り囲まれちゃったわよ!?」

 

 

ハッとなって辺りを見回せばもうすでに逃げ場などなかった。いや、この空間そのものにもう逃げ場などなかった。三人が死を覚悟した、その時。突如足元が光輝き、使い魔たちを一掃した。今度はなんだとさらにパニックになるさやかだが、直後響いた声にそれも止まる。落ち着かせるような柔らかな物言いや雰囲気は自分もよく知る人物のものだった。

 

 

「危ないところだったわね。でも、もう大丈夫よ・・・・って、英雄君!?」

 

「マミ!おまえ、たしかさっき帰ったはずじゃ…」

 

「それはこっちのセリフよ!買い忘れがあるって言うからどうしたのかと思えば…まさか魔女の結界に巻き込まれてたなんて…」

 

 

自分たちの知らないところで話が二転三転していくことにどうしていいかわからないでいるまどかとさやか。そうこうしているうちに空間も元にもどり、危ないからとマミに連れられて人気のな場所まででる。

 

 

「えっと…貴女がその子、QBを助けてくれたのね。ありがとう、治療するからそこに置いてもらえないかしら」

 

「は、はい」

 

 

おっかなびっくりに従ってまどかはQBと呼ばれた白い生き物を床に置く。マミが傷ついて息も絶え絶えのQBに向かって手をかざすと、先ほどまで瀕死の状態にまで追い込まれていたQBが一気に回復し、傷もまるで最初からなかったかのように消えた。

 

 

「ありがとうマミ。おかげで助かったよ」

 

「あの、あなたはいったい…?」

 

「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったわね。私は巴マミ。あなた達と同じ見滝原中学校に通う三年生で、QBと契約した、〝魔法少女〟よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界には、希望と絶望という概念が存在する。その二つは相容れぬもので、互いに滅しあうものだという。先ほど三人が巻き込まれた空間は結界といい、魔女が人間を喰らう為に作り出す空間のことだという。襲ってきたのは使い魔達で、そんな使い魔たちから助けてくれたのが魔法少女である巴マミ、ということになる。言葉からはまったく想像もつかない世界に軽くポカンとなりながらもようやく事態が飲み込めたようで納得したように頷いた。

 

 

「それじゃ、本題に入るけど二人とも、僕と契約して魔法少女になってよ!」

 

「契約って、いきなり言われても…」

 

「だよねぇ。なんせ一度っきりだし」

 

 

魔法少女になる条件としてQBが提示したのは二つ、一つは、契約の際に対象者の願いをなんでも一つ叶えるというもの。この〝なんでも〟というのは制限のようなものがあり、契約者本人の才能、この場合、魔法少女としての素質の高さのようなものがイコールとして叶えられる願いの大きさに比例し、その点ではまどかはとんでもない素質を備えているという。この中ではマミの次にさやか、といった感じだ。

 

 

「えっと、俺は?」

 

「英雄の場合は魔法少女ではなくて、元々持っている〝力〟の素質が桁外れに強いんだ。それがなんなのかまではさすがに僕でもわからない。でも、きみはかなりの素質の持ち主だ。まどかと同等かそれ以上だろうね。正直英雄が女の子でないのが非常に惜しいくらいだ」

 

 

そこまで言われて気恥ずかしくなったのか頭を掻く英雄。それを見て微笑むマミ。そんな二人の構図を見てさやかはまどかに耳打ちする。

 

 

「ねぇまどか。この二人ってもしかして…」

 

「うん。私が見てもわかるくらい仲良しの姉弟だよね、私も見習わなきゃ」

 

 

そう言って意気込むまどか。それに「マジか」とか、「此奴、やっぱり天然か」などと心の中で呟く。どうしてこう自分の友人たちは距離が近しい者に限ってこうなのか。中学二年、もう春も終わり夏がやってくる季節になろうという時に恋の一つや二つ浮いた話もないとはなんとも嘆かわしい。

 

 いや、それが普通なのかもしれないが。

 

ともあれ、契約の件は一旦保留とし、今度マミが魔女退治に出かける際に見学し、その後でどうするかを決めればいいということで落ち着いた。二人が帰宅していったあとを見送り、英雄はマミの部屋へと戻る。

 

 

「はぁ・・・・腹減った」

 

「フフフ、色々あったものね。今すぐ準備するから、ちょっと待っててね」

 

 

エプロンをつけてキッチンに立つマミ。英雄はリビングに行き、先ほどまでまどかが座っていた位置に腰掛け、ソファを背もたれにして寄りかかる。ヒョイっと膝の上に乗ってきたQBをいじりながら遊びつつ、英雄は問いかける。

 

 

「そういえば、マミはいつから魔法少女なんてやってたんだ?」

 

「…3年前、からかな。大体そんな時期だった気がするけど、もう結構長いことやってるような気もするわね」

 

「ふ~ん…じゃあさ、マミの願いってなんだったんだ?」

 

 

ふと、それまでリズミカルに聞こえていた包丁の音が止まった。それを不思議に思った英雄はQBをおろし、後ろを振り返る。遠目越しにだが、確かに肩が震えていた。立ち上がってマミの隣まで行き顔を覗いてみると、瞳からは大粒の涙が流れていた。

 

 

「おい、大丈夫か?」

 

「へ、平気よ。ちょっと玉ねぎが目に沁みただけだから・・・・」

 

 

嘘だ。すぐにそう直感した英雄は手でマミの涙をぬぐう。

 

 

「平気なわけねーだろ。そうやってすぐ嘘つくの、よくないぜ」

 

「…ハハ、やっぱりわかっちゃうか」

 

「当たり前だろ?姉弟みたいなもんじゃんか。ねーちゃんの嘘が見抜けない弟なんていねーよ」

 

 

そうやって笑うと、マミもつられて笑顔になる。こんなやり取りが、凄く愛おしく感じた。そして、ゆっくりと語りだす。

 

 

「…私、ね。昔ちょっと危険なめにあったの。結構大きなことで、ニュースにも取り上げられるくらいの出来事よ。それに巻き込まれて、死にそうになってもうダメかもって時にQBと出逢って。もっと生きたい、死にたくないって願ったの。・・・・パパとママのことなんか頭になかったわ。ただ、自分が生きたいってことだけで私は契約したの。私、見殺しにしたのよ。家族を」

 

「・・・・そっか」

 

「どう?幻滅した?」

 

 

マミの言葉に英雄ははっきりと首を振る。そしてまっすぐな目で見据え、マミの肩を掴む。

 

 

「そんなことない。マミの願い、絶対に間違ってなかったって言い切ることはできない。でも、それ以上にマミは魔女から多くの命を救ってきたんだろ?だったらいいじゃんか。きっとおじさんもおばさんも天国でそう思ってる。だからマミは胸を張って生きていけばいいんだよ。もしそれを否定する奴がいるなら、俺がぶん殴る」

 

「・・・・コラ、弟のくせに生意気だぞ?」

 

 

一瞬、ほんの一瞬だけ、胸がときめいた。今の高鳴りを形容しようとしたらそういう感じになるだろうとマミは思ういながら、ドキドキする鼓動を抑えて聞こえてしまわないようにいつものように振る舞う。そう、この子にとって自分は姉、そして自分にとっては弟のようなものなのだから。

 

 

(…この子の心にまで、嘘はつけないものね)

 

 

それは、マミにしかわからない秘密。でも、いつの日にか。魔女のいない、平和な時間がくればいつか打ち明けてみよう。私の本当の気持ち。そう心に願いながら、マミは目の前で笑う少年を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ今日か・・・・なんだか緊張する。ね、さやかちゃんは願いごと決めた?」

 

「それがなんにも。…あたし達ってさ、バカなんだろうね」

 

 

昼休みのひと時。放課後に魔女退治見学に行くことになったさやか、まどか、英雄の3人。緊張するまどかに、さやかが意味深に呟いた。

 

 

「どういうこと?」

 

「平和バカってことだよ。あたし等の知らないところで、あんなことが起きててさ。それを知らないで、普通に過ごしてるあたし達って、ホント平和バカになっちゃってるってこと」

 

「…魔女や結界は普通の人間には見えない。それは仕方のないことだよ」

 

「だとしてもさ、あたし等とそんなに年齢も変わらないマミさんがあんな連中と戦ってるってことでしょ?しかも、たった一人で…それって、あまりにもなんていうか――――」

 

「かわいそう・・・・そう言いたいのかしら?」

 

 

さやかの言葉の続きを、突然現れた黒髪の美少女――――暁美ほむらが続ける。英雄は知らないが、昨日の一件以来彼女達はほむらの事を警戒するようになっている。

 

 

《大丈夫よ。ちゃんと見えてるから》

 

 

そしてそんな二人を安心させるかのようにマミの声が脳内に響く。魔法少女のみが使うことができる、直接言葉を用いらないコミュニケーション方法。念話というものである。この場合、素質があるものであってもそうでなくてもQBを介すことでその会話の内容を聞き取ることができる。英雄には魔法少女としての才はないので、彼のみQB伝いということになる。

 

 

「・・・・忠告はしたはずよ」

 

「忠告?いったいなんだよ、それ」

 

「・・・・これ以上魔法少女と魔女の戦いに首を突っ込まないことね。でないと、いつか大事なものを失うことになるわ…」

 

 

そう意味ありげなセリフをのこして消えていくほむら。彼女の言葉の意味がなんなのかいまだわからないでいるまどか、そしてさっぱりわからないと首を傾げるさやか。英雄はというと、その奥に垣間見えた何かに引っかかりを覚えたようでほむらの去って行ったあとを見続けた。

 

 いつか、大事なものを失うことになる。

 

はたして、この言葉の意味はいったいなんだったのだろうか・・・・?



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Ep.03 -悲しみの巨人‐

「ティロ・フィナーレ!」

 

 

湾曲し、出来上がった悪夢のような空間に輝く大きな光。一際透き通って響く少女の声は勝利の宣言と共にその暗闇を打ち破る。彼女の名は、巴マミ。――――魔法少女である。

 

 

「やった!」

 

「マミさん凄い!」

 

 

跳躍しながら放った自身の必殺技とも言うべきその一撃を放ったあとクルリと一回転して着地する。結界の主である魔女が消滅したことでその空間が維持できなくなり、出来上がった時同様空間が湾曲して元の景色へと戻った。

 

 

「これがグリーフシード。魔女の卵よ」

 

「た、卵!?」

 

「大丈夫。この状態なら安全、それどころか役に立つ貴重なアイテムだよ」

 

 

魔女の卵と聞いてうろたえるさやかにQBが肩に乗って説明する。

 

 

「ほら、私のソウルジェム、この前より少し濁ってるでしょ?これをこうして近づけると・・・・」

 

 

僅かに濁ったソウルジェムにグリーフシードを近づけると、ソウルジェムにたまった濁りが黒い泡のようなものへと変わり、黄色の宝石から吸い出されるようにして出ていきグリーフシードへと入る。この黒い泡のようなものが〝穢れ〟であり、これがたまると魔法少女は戦闘不能になるらしい。そしてそれを〝浄化〟するために必要なものがこのグリーフシードで、魔女を倒すと魔女が落とすものらしい。だがこのグリーフシード、全ての魔女が持っているわけではなく、運がいいと倒した後に残るとのことだ。それを聴いて、英雄は違和感を覚える。

 

 

――――何かが違う気がする。

 

 

ぼんやりとだが、どこか抜けている気がするのだ。しかしながらそれがなんなのかはハッキリしないためこれ以上何か言ってややこしくするのはよろしくないと判断しその違和感を飲み込む。

 

と、マミが物陰に向かってグリーフシードを放った。せっかくゲットしたものをなぜ?と思ったが、それは地面に落下することなく、乾いた音と共にその陰に潜んでいた人物をあぶりだした。

 

 

「ほむら・・・・」

 

「それ、あなたにあげるわ。まだ一回くらいは使えるはずよ」

 

「・・・・遠慮しておくわ。それに、これは貴女の獲物よ」

 

 

受け取った折角のグリーフシードをほむらはマミがしたように放る。突き返されたグリーフシードをキャッチしマミはいかにも不服な顔と態度でほむらを見る。

 

 

「あら、強がり?」

 

「違うわ。今回魔女を倒したのは貴女よ。だからそれは貴女のもの。それに今はストックにも困ってないしね」

 

 

手の甲で黒髪を払うと、ちょうど通り過ぎた風が彼女の髪を攫って宙へと誘う。キラキラと美しい黒髪の一本一本が夕日のオレンジを反射し綺麗に輝いていた。それに思わず見とれる英雄をみてさらに不服そうな顔を向けるマミ。

 

 

「…どういうつもり?」

 

「貴女と事を構える気はないわ。私でも、あなたの強さはよく知ってる。まぁ、邪魔をしなければ、だかれど」

 

 

ほむらと目が合う。それは英雄だけでなくまどかも同じで、さやかはなぜか眼中にないようだった。髪と同じく、綺麗な黒い瞳に二人の姿がくっきりと映し出される。

 

 

「そう…なら、もういいかしら?」

 

 

よほど機嫌を損ねたのか、多少言葉に棘と苛立ちを含んでいる。これは完全にご機嫌ななめのパターンだと英雄はバレないよう苦笑し、ほむらに「ごめん」と、手と表情を作って謝罪する。実際に声にしたわけではないのでこれが見えるのはせいぜいまどかだけで、さやかとマミはほむらを睨んだままだ。ちらりと此方を見て、目を伏せて小さく僅かに息をついてから念話をバレぬよう飛ばしてくる。

 

 

《貴方が言うなら、仕方ないわね》

 

《悪いなほむら。こう見えて此奴意外と子供っぽいから》

 

《知っているわ。・・・・それ以上に、本当は寂しがりやで頑固なことも、ね》

 

 

そう自分だけに言い残し、ほむらは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったくもう、なんなのよ」

 

「そうカッカすんなって。あいつにも悪気はなさそうだしさ」

 

「どうしてそんなことわかるの?」

 

「ん~…アレだ、男の勘って奴」

 

「当ったためしないじゃない」

 

「今夜はカレー!」

 

「ブ~。残念、シチューよ」

 

 

夕暮れの鉄橋を二人して歩く。まどかとさやかは先ほど別れ、今はマミと二人で帰路につきながら彼女のほむらに対する愚痴を聞かされていた。たしかに態度はキツイし目つきもどこか鋭いものがあるが、念話で聞いたほむらの声色はどこか丸み、優しさを帯びていた。どうしてあの声のように現実でも振る舞えないのかと考えてみるも、それは本人が頑なに拒否しているからだろうと結論付ける。

 

この結論も、男の勘という曖昧なものなのだが。

 

ともあれ、今回の夕食メニューはシチューだとテンションを上げる。もっとも好きな献立だけあって歩く足取りも軽やかなもので、ステップ混じりに歩道を歩いていく。すると英雄のポケットから何かが落ちた。だらしがないと苦笑しつつそれを拾ったマミだが、見て目を見開く。

 

 

(これ・・・・もしかして、私に?)

 

 

それは、どこにでも売っているような安い、子供っぽいデザインのストラップだった。銀メッキのかわいらしいイルカが黄色のガラス玉を抱えて跳んでいる様をもよおしたもので、実はこのストラップ、二つで一つのものとなる。イルカが跳んでいることで巻き上がっている水しぶき、これをもう一つと組み合わせるとちょうどハート型になるものですこしながら気になっていたものでもあった。

 

では、なぜそれが自分宛てのものだと思ったのか。それはかのイルカが抱えている宝石の色が自分の好きな黄色だからである。ソウルジェムも、魔法衣も黄色が主体としているだけあってそう考えてもおかしくない。

 

 

(英雄君・・・・)

 

 

突然のことに多少戸惑いながらもマミは前でステップ混じりに歩く英雄を見る。なんだか気恥ずかしくて頬を赤らめるも、その背中から目が離せなかった。気になっている男の子が、自分宛かもしれないプレゼントを拾った。それだけでも恋多き年齢まっただ中のマミにとっては充分刺激の強いものである。

 

 

「お~い、何してんだ置いてくぞ~!」

 

「え、ま、待ってよ!」

 

 

慌てて追いつくマミ。隣に並ぶとさらに気恥ずかしい。いったいどうしたというのか。今の彼女からは普段のお姉さん風は感じられずかなりもじもじしている。まぁ、当然といえば当然だがこんな場面でさえも今の英雄の視界には入ることはない。目指すは自宅、というよりマミの部屋。目的はシチューを食べること。

 

そんな感じがまるわかりな為、ちょっとムッとなって意地悪したくなる。

 

 

「・・・・英雄君は私がいなくなったらご飯どうするつもりなの?」

 

「なんだよ急に」

 

「ホラ、私魔法少女だし。いつ、その…」

 

「・・・・縁起でもないこと言うなよ。冗談にしてもわらえないぞ、ソレ」

 

「たとえの話よ。私だって負けるつもりなんてさらさらないもの。で、どうするつもりでいるの?」

 

「んなもん、想像したくないね。マミのごはん食ったらもうコンビニ弁当生活に戻ることなんて想像できないし」

 

 

うれしいが、少し複雑な気もするのが乙女心というもので。自分の存在価値は食事を作るだけ?なんて言いたくなるも、それは間違いなので脳内からかき消す。不器用で言葉遣いは少し悪いが、それでも彼なりに自分の事を高く評価してくれているということで納得することにする。

 

でも、それが料理の腕前だけというのがやっぱり納得できない。

 

 

「もう・・・・知らない!」

 

 

そう言ってフン、とそっぽを向いて歩くスピードを速め、駆け足になる。いきなりのことに首を傾げつつもマミを追う英雄。

 

 この時、もっと彼女と一緒にいればよかった。

 

もっと、話をすればよかった。

 

もっと――――素直になればよかった。そう、後悔することになるとも知らずに英雄は想い人の背中を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、今日は一緒じゃないんだ」

 

 

時間と日付は変わり、現在は土曜日の正午。ゆとり教育の実施されていた期間などとうに終わりを告げてかつてあった週休も祝日と日曜日のみとなっている。そして場所は学校終わりに立ち寄った見滝原大学病院。まどかとQB、そして英雄の二人+一匹はその受付ロビーの長椅子に腰掛けて雑談を交わす。あれ以来、マミの機嫌は少し斜めになり何を言っても「知らない」の一言と顔をそむけるだけのものとなっている。つまり、喧嘩中。それをまどかに話したところ、苦笑いをされた。

 

 

「マミの奴、今回はいつにもましてねちっこい。いったい俺がなにしたってんだ」

 

 

多分、ヒデ君の一言が原因なんだよと言ってやりたいが、そこは口出しするところではないだろと言葉を飲み込む。恋愛経験などない自分がヘタに口出しして事態を余計こじらせる可能性があるからだ。いい加減自分も恋愛経験の一つや二つしておきたいが、それもためらわれることが目の前の実例として二つある。一つは英雄とマミ。そしてもう一つが――――

 

 

「ハァ…ごめん、待たせて」

 

 

さやかの抱えているものである。

 

 

「ううん。上条君、今日もダメだったの?」

 

「うん。もうなんなのさ!前回は英雄だけ大丈夫でアタシはダメなんて…」

 

「男同士の秘密だ」

 

「もしかして、アンタら二人ってそういう・・・・!?」

 

「そろそろ俺も殴るぞ」

 

 

「お~恐い!」などと言ってふざけるさやか。だが、その瞳には明らかに失意に色が窺える。彼女がこうも落ち込んでいるのは、ひとえにさやかが上条恭介のことを好きだからだ。いわゆる片想いである。幼馴染の恋は叶わないなんて言葉を聞いたことがあるが、この恋はそうなのかもしれないと英雄は内心複雑に思う。

 

だが、そうでなくても恭介は世界的に有名なヴァイオリニスト。今は怪我で療養中だが完治してしまえばまた世界を飛び回ったりと大忙しの毎日が待っていること間違いない。その点、今は皮肉なことにさやかにとっては滅多にないチャンスともいえる。こういう時でもないと、想い人に逢えないというのはなんとも世知辛い話だ。

 

 さやかと英雄の軽い漫才のような流れに笑いながらまどかはふと、病院を出て曲がった角に違和感を感じる。感覚的には、背筋がゾッとするというありきたりなものだが、それも覚えがあった。

 

 

「…ね、二人とも。アレってもしかして・・・・」

 

 

まどかの示す方へ視線を向ける。そこには、黒く光を放ち脈打つ小さな・・・・卵のようなものが壁に突き刺さっている。

 

 

「グリーフシードだ!」

 

「そんな、なんでアレがこんなところに!?」

 

 

駆けよってみると、それはさらに鼓動を速くしている。肩に乗っているQBの説明によると、孵化しかかっているとのこと。それを聞いて、さやかはマミの言っていたことを思い出す。

 

 

――――もし病院で結界でもできたら大変よ。ただでさえ弱っている人達から生気を吸い上げるから、目も当てられないことになるわ。

 

 

もしそれが現実のものとなったら・・・・中にいる人達が、恭介が危ない!

 

 

「英雄、マミさんの携帯わかる!?」

 

「わかるが、今は・・・・」

 

「今はなに!?」

 

「落ち着いてさやかちゃん。今ヒデ君とマミさん喧嘩中なの」

 

「喧嘩ァ!?こんな時になにしてくれてんのよアンタは!?」

 

「ンなこと言われたって仕方ないだろ!?俺にだって原因わかんねーし、そういうお前だって――――」

 

「二人とも喧嘩してる場合じゃないよ!もうすぐ結界が出来上がっちゃう!」

 

 

QBの警告でグヌヌ、となりながらも互いに言葉と感情を抑えて頷きあう。

 

 

「ヒデ、まどかにマミさんの携帯番号教えて」

 

「わかった。まどか、頼む。番号は・・・・」

 

 

まどかに番号を教える。それを受けて電話を鳴らすこと数秒、《もしもし?》という声を聴いてまどかの表情が一瞬明るくなる。

 

 

「マミさんですか!?まどかです。今見滝原大学病院にいるんですけど、そこにグリーフシードがあって、孵化寸前なんです!」

 

《なんですって!?今行くわ!》

 

「おい、お前場所わかんのか!?」

 

 

聞こえてきた英雄の声にマミが一瞬《ッ…》となるのが聞こえた。

 

 

《…わ、わからない》

 

「素直でよろしい。まどか、マミを迎えに行ってくれ。俺とさやかでコイツを見張ってる」

 

《危険よ!そんなことしたら二人が…》

 

「危険でも、コレが孵化したらもっと危険なんだろ?それに、さやかは梃子(てこ)でも動かなさそうだしな」

 

 

ここに恭介が入院している。その事実だけでもさやかがここに残るという理由には充分なものだ。好きな人の安否が気にかかるのは当然のことだろう。

 

 

「結界が展開されたら場所もわからなくなる。僕が一緒にいればマミをテレパシーで誘導できるから、急いで!」

 

 

もうなりふり構ってる暇はない。マミはわかったと了承し、英雄はマミとまどかが合流しやすいように自分の携帯をまどかに渡す。こういう事態だ、一度電話したとはいえ、履歴からまどかだと判断する余裕はおそらくないと判断した英雄はマミに「俺の携帯をまどかに渡す、だから必ず出ろよ!?」と少し乱暴ともいえる口調で言うと、《わかってるわよ!》とこれまた強い口調でマミも返してきた。まったくこの二人はとわずかに残った冷静さでまどかは思う。

 

 

「ヤベ、もう限界っぽいな・・・・まどか、頼んだぞ!」

 

「う、うん!」

 

 

鞄は重荷になるとその場に置き、駆けだす。彼女が病院の敷地から出た直後、結界は展開されさやかと英雄を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展開された結界の中で英雄は深く深呼吸をする。この空間はいつ来ても息苦しい。これが生気を取られるという感覚なんだろうか。隣を見れば、さやかも少し震えている。あれだけ意地を張っても、やはりいざとなると恐くなるのはあたりまえだ、と英雄は安心させるように彼女の頭に手を置く。少しびっくりしたようにビクッと肩を跳ねるも、視界に入った英雄の空元気な笑顔に少し安堵したのか、多少なりとも明るさが戻る。

 

 

「…今すぐグリーフシードが魔女になるわけじゃないから、そうこわばることはないよ。それに、いざとなればさやかを魔法少女にすることもできる」

 

「…結局俺って、守られてばかりだな」

 

 

男ながら情けないと軽く落ち込む。でも・・・・と、英雄はポケットにあるものに軽く触れる。その意を感じ取ってか、彼にしかわからない鼓動がドクン、と脈打つ。

 

 

(いざとなれば、使うしかない・・・・)

 

「…ね、ヒデとマミさんていつから知り合いなの?」

 

「は?なんだよこんな時に」

 

「こんな時だから、だよ。ちょっとは気を紛らわさないとおかしくなる」

 

 

たしかに、と辺りを見回して英雄は頷く。

 

 

「…初めて逢ったのは、俺が小学生の頃だ。親同士が仲良くってさ。俺もマミもそれなりに物心ついた後だったから最初は結構話難くって。でも、なんやかんやで一緒にいる内にだんだんと距離も縮まっていって。・・・・今思えば初恋、だったのかもな」

 

「・・・・へぇ」

 

「・・・・んだよ?」

 

「ヒデでもそんな顔するんだなって思ってさ。なんだか新鮮で」

 

「…俺だって恋くらいするっての」

 

「でもさ、なんでそうならさっさと告白しないの?家も隣同士でいつでも告白するチャンスなんていくらでもあったのに」

 

 

さやかの意見を受けてそれもそうだと思う。どうして想いを告げないのか、それを考えた時、あることが頭に浮かぶ。

 

 

「…なんか忘れてる気がするんだよ。とても大事な・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、なんかいいなぁ」

 

 

 

マミと共に結界内部の中を歩きながらまどかは呟く。QBから「急がなくても大丈夫」とテレパシーを受け、気を紛らわすためにマミはまどかに自分と英雄のいきさつを話していた。

 

 

「そう?でも私魔法少女だから・・・・そういうのも、ね」

 

 

魔法少女だから、マミが英雄に想いを告げられない最大の理由がそこである。いまだに足踏み状態の彼女が関係を進展させるには、この枷をどうにかして軽くしてあげるしかないだろう、とまどかは思った。

 

 ゆえに、自分の中で一つの結論をだす。

 

 

「…マミさん、私、魔法少女になろうとおもうんです」

 

「・・・・ホントに?」

 

「はい。・・・・私、こんなだから。誰かの役にたてたらって思うけど全然ダメダメで。でも、マミさんを見てて思ったんです。私も、こんな風になれるならって」

 

 

まどかの言葉を受けて、今まで繋いでいた手の力が抜ける。少し距離が空いたところで、マミが立ち止まった。

 

 

「…魔法少女なんて、いいものじゃないのよ?私みたいに、恋愛さえ思うようにできない。それに、死ぬかもしれないのよ」

 

「それでも、私にできることがあるなら。というか、魔法少女になれたら、それだけで私の願いは叶っちゃうんです。私も・・・・マミさんのように、誰かを助けたり、役に立ちたい。もしマミさんと一緒に魔法少女ができたら、それはとっても嬉しいなって」

 

「・・・・本当に?本当に私の仲間になってくれるの?」

 

「はい。私なんかに勤まるかどうかわからないですけど・・・・」

 

「鹿目さん・・・・!」

 

想いを打ち明けつつもそれでも控えめなまどか。それでも、そんな彼女の言葉を想いが、今のマミにはとても響いた。

 

 たった一人、誰にも理解されることなく見滝原を、そこに暮らす人達を守ってきた少女。その孤独感と理解される寂しさや誰にも相談できない苦しみはそうとうなものだったろう。それでも彼女が戦い続けられたのは、偏に彼の―――――神田英雄の存在があったから。だが、それでも彼女の心は孤独に震えている。そこへまどかの「魔法少女になる」という言葉。まるで暗闇に差し込んだ一筋の光のように彼女の心に深く、温かく差し込む。

 

手を取り、涙を目に浮かべた少女は一変し笑顔になる。

 

 

「・・・・鹿目さん」

 

 

魔法少女に変身し、先ほどの弱々しいマミとは違う声で後ろにいるまどかに言葉を向ける。

 

 

「私、決めたわ。帰ったら、英雄君に告白する」

 

「おお、ついに!」

 

「ええ。貴女のおかげよ…ありがとう」

 

 

満面の笑みで、そう微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、二人とも!」

 

 

後方から聞こえてきたマミの声に振り返る。どうやら無事に着いたようだ。

 

 

「マミ・・・・あの、さ。俺――――」

 

「英雄君。帰ったら、貴方に伝えたいことがあるの。・・・・私の、心からの気持ち。聞いてくれる?」

 

「…あぁ。もちろんだ」

 

「え、ちょ、何々?この雰囲気!」

 

 

さやかがはやし立てるように言う。それにまどかがこっそりと耳打ちすると「キャーッ」と言って悶え、

 

 

「いいねいいねぇ!青春だねぇ!」

 

 

などとおっさんじみたことを言う。照れくさそうに笑う二人。マミは意を決したように飛び出し、孵化した魔女を迎え撃つ。

 

 

「今日という今日は、一気に決めさせて!」

 

 

降りてきたのは、かわいらしいぬいぐりみのような外見をした魔女。マミは武器でるマスケット銃のグリップ部分で足の長い椅子をへし折り、落ちてきた魔女をさらにそのまま振りぬいた勢いで回転し、殴り飛ばす。壁に叩き付けられた魔女。さらに追い打ちのように数発発砲した後。落ちてきたその頭に銃口を突きつけてゼロ距離で引き金を引いた。

 

頭部を撃ちぬかれた上、リボンで拘束される魔女。地面からつるしあげられるその様をみて多少なりとも罪悪感を感じる英雄だが、その感情も次第に薄れていく。

 

 

そして―――――

 

 

 

「ティロ・フィナーレ!」

 

 

大型の砲門から放たれた攻撃は魔女を貫く。終わったとだらもが思った時、英雄の背筋を冷たいものが伝わった。

 

 

「マミッ!」

 

 

衝動に任せて名前を叫ぶ。それに首を傾げるマミは英雄の顔をみて振り向く。そこには、大きく口を開け、鋭い歯を光らせた魔女の姿があった。何がおこっているのかわからないままマミは立ち尽くす。そこへ横殴りの衝撃が襲い、その場から倒れた。

 

ピシリ、と、なにかの音がする。

 

 

「マミ、大丈夫か!?マミ!」

 

「ひ、英雄…君・・・・?」

 

 

間一髪のところで英雄に助けられた。マミは少しぐらつく視界を整えようとかぶりを振る。が、視界が僅かに安定しない。

 

 

「よかった…」

 

 

心底安心したような顔で自分を見てくる英雄。だが、その顔さえも今はよくわからない。それを悟られまいと見えているフリをして、

 

 

「助けてくれてありがとう」

 

 

そう言った。だが、その後ろに見えたものに目を見開き、マミは英雄を突き飛ばす。尻もちをつく英雄。「何するんだ!」と抗議の声をあげようと顔をあげると――――

 

 

「ごめんね、英雄君・・・・」

 

 

涙を浮かべ、そう呟くマミの、最期の姿がはっきりと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにが起きたのか。

 

 

なにがどうなったのか。

 

 

わからない。わからないでいたいと、これは夢だと自分に言い聞かせる。いつもの夢オチだ。そうだ、これは悪い夢だ。最近魔女だの魔法少女だのと色々あり過ぎたんだ。目が覚めれば、きっといつもの朝が訪れる。そうしたら、隣から愛しい女の子の声が聞こえてくる。いつものように、おはようって言って、朝が始まる。

 

 そう、夢・・・・これは、夢なんだ。

 

 

「・・・・なぁ、そうなんだろ…なんとか言ってくれよ、マミ・・・・なぁ・・・・!」

 

 

地面を濡らす真っ赤な液体。それは、魔女の口からあふれ出てくる、巴マミだったもの。それが自分の頬を、生暖かく濡らす。ペッと魔女が、何かを吐き出した。落ちてきたそれに目を落とすと、それが明日くるはずだったマミの誕生日プレゼントだったことに気付く。

 

 

「あ…ああ・・・・」

 

 

それに触れる。ゆっくりと、カタカタ震える指先で、しっかりと手に取る。それと同時に蘇る、彼女が最期に見せた顔。

 

 

「そ、んな・・・・!」

 

「マミさん…!」

 

「・・・・うぅ・・・・あぁ…アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」

 

 

絶叫が、結界内にこだまする。今まで聞いたことのない叫びにまどかとさやかは腰を抜かし、その場から動けずにこちらに狙いを定めてきた魔女をただただ恐怖のまなざしで見上げるでしかない。QBの契約を促す声も、全身を支配する恐怖の前ではなんの意味も持たなかった。

 

 

 殺される。そう思った二人の目の前に、突如として何かが降って来た。光輝くその球体のようなものは、やがて銀色の巨人へと姿を変える。

 

 

「こ、今度はなに!?」

 

「脅えないでいいわ」

 

 

いきなり聞こえてきた声に振り向く。そこには、黒髪を靡かせる暁美ほむらの姿が。ほむらは地面に広がる赤い液体と散らばる黄色い宝石の破片を見つめ、眉を顰める。

 

 

「・・・・そう。そうなのね・・・・」

 

 

そして一瞬、哀しげな表情を見せ、二人の前に降りてくる。

 

 

「ここから退くわよ。居たら巻き込まれるわ」

 

 

二人の手をとり、跳躍する。少し離れた場所へと着地し、巨人と魔女を見る。なんだなんだと魔女は巨人を見つめ、とうの巨人はその魔女に拳を叩き込んだ。地面に転がる魔女。起き上がろうとした魔女を、さらに巨人は殴りつける。が、魔女は躰を転がすことでそれを躱し立ち上がる。

 

 

『シェアッ!』

 

 

再び殴る。殴って、殴って、殴りまくる。そのあまりにもの壮絶な光景に、ほむらはつぶやく。

 

 

「・・・・そう。許せないのね。自分が、ソイツが・・・・」

 

「…あの巨人、泣いてる・・・・?」

 

 

まどかのつぶやきに、さやかがまどかを見る。

 

 

「なんだか・・・・すっごく悲しそう・・・・」

 

 

そう呟くも、さやかにはただ一方的に殴りつけているようにしか見えない。

 

 

「・・・・見てられないわね」

 

 

そう呟いて、ほむらは自身の魔法である時間停止を使って時を止める。そして殴られている魔女の口元に向かって魔法で強化した腕力をつかい爆弾を放り込む。魔女の体内に爆弾が入ったのを確認すると止めていた時間を再び動かす。すると、放られた爆弾が魔女の体内で爆発し、その躰を内側から破った。巻き込まれたように見える巨人。だが、その躰にはかすり傷ひとつない。魔女がいなくなったことで結界が解除され、それに呼応するように巨人も姿を消し、あたりは通常の空間に戻っていた。

 

ただ一人、そこに巴マミの姿がないことを除いて。

 

 

 事態が終息したことに、涙があふれ出す。それはマミの壮絶な最期を目にしたことによるもので、人目があろとなかろうと二人はむせび泣く。マミのストラップを握りしめ、ただ立ち尽くす英雄。

 

 

「…俺のせいだ・・・・俺がもっと、早く覚悟を決めてれば、こんな・・・・ッ!」

 

「…貴方のせいではないわ。これは、彼女を力づくでも止めておくべきだった私の責任よ」

 

 

そう二人にしか聴こえない会話をしたのち、ほむらは踵を返す。

 

 

「このことをよく覚えておきなさい。魔法少女になるって、そういうことよ」

 

 

平然と、冷酷なまでに言い放つほむらに反感をおぼえるさやか。だが、そのふってわいた感情も英雄の震える背中をみて落ち着く。この場で誰よりも深い悲しみにあるのは英雄だ。

 

 

「マミ・・・・ッ!」

 

 

呟いた名前が、虚しく落ちた。



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Ep.04 -失意-

 

あれから、どれぐらいの時間そうしていたのだろう。もう時間という概念すら忘れそうなほどに心はやつれきっていた。しばらく学校にも行っていない。いや、行く気などなれるはずもない。

 

だって、行ったら思い出してしまうから。

 

ぼんやりと辺りを見渡す。灯りは開け放たれたカーテンがそのままの窓から差し込むオレンジ色の夕日とわずかに輝く星光り、いつもの場所に腰掛けて英雄はただただ、まるで抜け殻のようにそこから見える景色を虚空をみるような瞳で映す。そこに、もはや人間の生気というものは感じられるかどうかが疑問である。

 

 ドアの開く音がした。その音にようやく初めて自分の躰が何かに反応した気がする。

 

 

 

――――ただいま。

 

 

聞こえてきた、愛おしい声。ずっと聞きたいと、その笑顔を見たいと思っていたひとの存在を認知して英雄は弾かれたように飛び出す。

 

 

「マミ!」

 

 

でも、そこにいたのは巴マミではなくて。自分のクラスメートである鹿目まどかだったことに気が付くこと、その間約5秒。人の、しかも友人の存在を認知するにはこの距離では時間が掛かり過ぎである。変わり果てた英雄の様子に、まどかは酷く戸惑い、また脅えもしていた。

 

 

「あ、あの…部屋にいったらいなくて…それで、もしかしたらって・・・・」

 

「・・・・ごめん。心配かけて」

 

 

ようやく絞り出した声でそう労うと、まどかは首を振った。

 

 

「そんなこと、当たり前だよ。だってヒデ君、友達だもん・・・・」

 

「そうか・・・・ありがとう。とりあえず、上がってくれ」

 

 

ここで立ち話もナンだ、とようやくまともに動き始めた思考回路でゆっくりと物事を順に整理していく。電気もつけずにいたため、辺りはすっかり暗い雰囲気で満ちている。その部屋の空気は、すこしだけあの結界の中に似ている、とまどかは思い、それがイヤで部屋の灯りをつけた。

 

 

「ヒデ君、顔…いったいどれだけ食べてないの!?」

 

 

まどかが思わずそう声を大きくしてしまうほどに、英雄の顔はやつれていた。おそらく、あの時からずっとここにいたのかもしれない。それを物語るかのように頬には赤黒い斑点と、手にも同様なものが付いている。まどかの声に振り返った英雄は自分にできる精一杯の空元気で笑顔を作るが、それも正直精神が正常な者が見たらトラウマになりそうなほどに、彼の笑みは歪んでいた。だがまどかはその笑顔を見て脅えることはしない。心から心配そうにして英雄の頬に手をそっと添える。あまりにも痛々しい姿に目じりに涙を浮かべ、まどかは英雄を見上げた。

 

 

「…わからない。ずっと、ここにいたから」

 

「そんな…あれから、学校を休んでた期間の一週間、ずっと!?」

 

 

まどかの言葉を聞き、あぁ、そんなに経ったのか。時が経つのは早いななどと悠長に思う。それさえも、今の英雄にとっては心底どうでもいいことだろうが。

 

英雄が頷く。

 

 

「食欲なくって・・・・」

 

「自分で作って食べる…って、そんなこと、できないよね・・・・」

 

 

英雄の家事、主に炊事方面は壊滅的だったのを思い出して尻すぼみになりながら言う。見てわかる通り、自炊する気力などまったくないことは火を見るより明らかなのはわかる。それで出た言葉で、けっして英雄をバカにするような意味合いは一切ない。でも、そんなことしか言えなかった自分が心底腹立たしいとまどかはあきれ果てる。

 

 ふいに、英雄が口を開いた。

 

 

「…この前、マミに言われたよ。〝私がいなくなったら、ご飯どうするの?〟って。・・・・まさか、こんな風になるなんてな」

 

 

皮肉に呟く。それに俯いていた顔を上げれば、そこには涙を流す英雄の姿が。

 

 

「…今日、俺がアイツに料理倣う約束してたんだ。偶には交代でやってみないかって。俺、手先不器用だろ?だから遠慮したんだけどさ…それをマミってば、無理やりにでもやらせようとすんだぜ。彼奴そういうとこ頑固でな。・・・・今日も、本当は・・・・みんなを、呼んで・・・・晩飯、一緒に・・・・食べようって・・・・!」

 

 

いたたまれなくなったまどかは、考えもなしに英雄を抱きしめる。身長差があったが、それも英雄が膝を着いている体勢のおかげで身長は今はまどかの方が高い。その為、今はまどかでも彼を包むことができた。

 

あんなにも笑顔で、不器用で、時々口の悪かった彼が、今こうしてたった一人の女の子のために涙を流し、心を病んでいる。それがまどかにはとても美しく、そして・・・・残酷に見えた。

 

 

「彼奴、ホントに嬉しそうにしてたんだ。もしかしたら、後輩ができるかもって。でも、こんなのって・・・・こんなことで全部、無くなっちまうなんて・・・・そんなの、あんまりだろ・・・・ッ!?」

 

 

そこからは、まるで言葉にならない。一生懸命紡ごうとしても、嗚咽を堪えるので精一杯でうまくでてこない。やがて我慢の限界がきたのか、英雄はまどかの腕の中で大声をあげて泣きじゃぐる。幼い子供が、出稼ぎにでる母親に行かないでと駄々をこねるがごとく、力いっぱいにまどかの制服を握りしめて。多少の痛みはあるものの、それでもまどかは拒むことはせずただ優しく、哀れな少年の頭をなで続けた。

 

「大丈夫だよ」などと、無責任なことを、言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからどれぐらいたっただろうか。ようやく落ち着きを取り戻した英雄に「場所を変えよう」と提案し、今は人気の少ない公園のベンチにいる。水道水で濡らしたハンカチを手にせめて血だけでもとまどかは英雄の頬に当てる。が、それを英雄は拒み、まったく取り繕うとしてくれない。気持ちはわかるが、そのままだとあらぬ誤解を招くのでその拒絶も振り切ってまどかは頬についた血だけをふき取る。それでも、長時間そのままにされた赤い斑点は取れることはなく服に付く沁みのように英雄の頬に僅かに残った。

 

 

「…ヒデ君。その、クラスのみんなが心配してたよ?さやかちゃんも、仁美ちゃんも、それから中沢君も。みんな、どうしたのかって」

 

「…あぁ。悪い」

 

 

反応を見る限り、もはや何を言っても無駄だろうと諦めかける。が、ここで自分が退いたらそれこそ彼は一生このままになりかねないと自分を叱咤激励して言葉を探す。無力ながらも、たとえ無責任でも、それがあるのとないのとでは心の持ちようも違ってくる。

 

 それが、英雄から学んだまどかなりの落ち込んでいる人の励まし方だった。が、今はそれもなんの役にも立たない。しかしそれでもやるしかないと一生懸命になって言葉を探る。

 

 

「あら、まどかさん。それに、英雄さんも・・・・」

 

 

聞きなれた声に顔をあげれば、そこには志筑仁美の姿が。いいところへ来てくれたと事情を説明すると、仁美は何かを考える仕草をした後、閃いたように手を叩いて自分たちの手を取りおもむろにどこかへと歩き出した。

 

 

「落ち込んでいるときにはいいものがありますの。まどかさんも是非ご一緒してください。〝きっと、天国にも行けちゃいますわ〟」

 

 

そう笑顔を浮かべる仁美。そんな名案があったのかと期待するまどかだが、進んでいくうちに違和感を覚えてくる。進行方向、おそらく目的地を一緒にする人達なのだろうか。さっから行き交う人達の姿を見ていると妙な不安に駆り立てられる。まるで・・・・そう。生気を抜かれたみたいに誰もが無気力なのだ。それを見ていて、ある結論にたどり着く。

 

こんなことを、以前も見たことがある。

 

それは、マミに連れられて魔女退治の体験ツアーに行った時のこと。〝魔女の口付〟という、一種の催眠術に当てられた女性の、あのなにもかもに絶望したような顔が目に浮かび、あの時の雰囲気と今の雰囲気が酷似していることに気が付く。そこでハッとなって仁美に掴んでいる腕を振りほどこうとするも、予想以上の力の強さにビクともしない。

 

いや、むしろこれは人間の、しかも女の子の出せるような腕力ではないとすぐに気づく。やはり仁美は――――いや、ここにいる人たちは全員魔女の口付を受けている!

 

 だがそうわかったところで自分にはどうしようもない。魔法少女になればこんなものどということはないのだろうが、今はQBもいないし、自分に出来ることなど何一つありはしない。またしても無力感に襲われるまどか。と、急に今まで強く握られていた腕が解放された。冷静になっていく思考で辺りの状況に目を向けると、今いる場所はどうやらどこかの工場跡地らしい。近代都市計画の進む見滝原では割とよく目にする建物だ。

 

ざっと見渡しても、年齢も性別もバラバラ。共通しているのは全ての人からまるで生気が感じられないということだけ。

 

 

「・・・・っ、なにこの臭い…?」

 

 

鼻の奥にツンとくるかのような臭いにまどかは顔を顰める。見て見ると、そこにはバケツが一つおいてあり、何かを注いでいっている。目を凝らしてそれをよく見るとそれは――――理科の実験でも使ったことのある、劇薬だ。名前は忘れたが、その使用用量を無視して大量に用いればどうなるか。たしかあの薬が発生させるのは、強烈な悪臭と中毒性の高いガスだったはず、とまどかは思い出し、それに気が付くとすぐさま行動にでた。新たに薬品が注がれる前にバケツを持ち上げる。もうすでに随分と大量に注がれたようでだいぶ重かったが、それでもやるしかないとまどかは自分にだせる精一杯の腕力でそのバケツを放り投げた。

 

火事場の馬鹿力、ということわざがあったはず。そんなことはあまり信じないまどかだが、それもあるんだとまるで他人事のように思いながら窓ガラスを割って投げ捨てられたバケツを見届ける。素早く踵をかえし、こんどは英雄の手をとって駆けだす。まだ魔女の結界がない内に早くここから離れなければと走る。が、それも無駄だといわんばかりに扉がしまる。

 

 

「そんな・・・・!」

 

 

直後、魔女の結界が展開されてしまい、いよいよ脱出不可能に。絶対絶命の中、さらに追い打ちをかけるかのように魔女が現れる。

 

空間がぐにゃりと捻じれ、歪んだと思ったらこんどは引力がなくなり足場がふわりと浮かぶ。もはや上下左右の判断もつかめないまま、まどかは恐怖する。そこへさらにこの魔女の攻撃方法ともいうべき精神攻撃がまどかへと向けられた。

 

脳内から引き出される、マミの最期。そして、それを受けての壊れてしまったような英雄の姿。自分が魔法少女になっていればおそらくこんなことにはならなかっただろう、うじうじとしていつまでも躊躇っていたからこんなことになってしまったと自分を責めてような感情の流れに、まどかは個を保てなくなるまでに追いつめられてしまう。

 

 

「ヒデ君・・・・!」

 

 

名前を呼ぶ少年は、依然失意のどん底にあった。



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Ep.05 -剣士と闘志-

 

そこは、落ちているのか、それとも上昇しているのか。

 

右も左も、そして上下どころか斜めもわからない浮遊感の中流れ込んでくる感情の奔流。どうして、なんで、裏切り、絶望、悲しみ、痛み、苦しみ・・・・。これ以上にないぐらいの負の感情が少年、神田英雄へと流れ込む。常人なら発狂して精神崩壊するであろうその膨大な量の情報も、今の彼からしてみればなんとどうでもいいことだろうか。

 

 愛おしい人、誰よりも近くで、そして誰よりも遠くにいたあの子に、今自分はなんて言えばいいだろう?

 

「ごめん」――――違う。

 

「ありがとう」――――違う。

 

どれをとっても当てはまらない。今更そんなことを考えてもどうにもならないというのに、そんな実現しない〝もしも〟を考えてしまう。それほどまでに、彼の中で巴マミという少女の存在が占める割合は多かった。一種の依存・・・・そう言ってしまっても過言でもないほどに。

 

 

「そうだね。きみはたしかに彼女に対して依存していた」

 

「あぁ…そうだ。俺はマミがいないとダメなんだ。なんにもできないし、なんにも・・・・守れない」

 

「そうやって、いつまでも自分の世界に閉じこもっている気かい?それでは、現実の彼女はどうなるだろうね」

 

 

自分と対峙する青年は、此方の背後を指さす。そこに映っているのは、今にでも引きちぎられそうなまどかの様子だった。しかし、それでも英雄は応じない。

 

 

「どうでもいい…マミのいない世界なんて・・・・」

 

「でもきみは死のうとはしない。自ら命を絶てばそんな苦しみからも解放されて愛しの彼女にまた逢えるはずだ。そうしないのは、なぜかな?」

 

 

口を開きかけて、止まる。言葉が出てこないからだ。そんなこと、と思ってもそこから先へとつながる言葉が見つからず、口どもるしかない。そんな英雄を見かねてか、青年は溜息をついて語りだす。

 

 

「・・・・3年前。今から約3年前のことだ。この街に、二人の少年少女が引っ越してきた。だがその道中、大規模な事故に巻き込まれて少年は死亡。少女は瀕死の重傷を負った。・・・・そしてその事故から翌年。何故か少年は生きていた。少女も重傷を負いながら後遺症もなく無事に生活している。何故だと思う?」

 

「・・・・なにが言いたいんだ?」

 

 

明らかに苛立っているのをあらわにする英雄。全く理解できない相手の思考とこの空間そのものがただでさえ謎でわからずイライラしているのに、この上さらにわけのわからない問答。どうにもこの男のことが理解できない。

 

 

「つまり、きみは彼女の〝願い〟によって生かされているってこと。きみが生きているということは、それだけで彼女の願い――――〝絆〟は繋がっている。そしてその絆は独りの少女によって束ねられているんだ。キミに光が受け継がれたように、ね」

 

「…アンタの要件はなんだよ!?いい加減にしろ!」

 

 

そうしてとうとう、英雄の我慢が限界を振り切った。

 

 

「コレはいったいなんだ!?俺は一体なんなんだ!?」

 

「キミは人であり、光さ。そして、光は絆でもある。それを忘れないでほしい…」

 

 

答えになってない!そう言おうとしたが急に意識が薄れてきて言葉が出ない。それでも必死に声を出そうとするもでてこない。言葉が音にならない。いくら叫ぼうが手を伸ばそうが届かない。やがて英雄の意識は完全に消え、その空間から消滅していった。

 

 

「…きみは光に選ばれた最期の適合者(エンドデュナミスト)だ。ここから先、きみがどんな物語を歩むか・・・・ここで見届けさせてもらうよ。神田英雄君…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が現実に戻る。といっても、現実とはかけ離れたような場所で現実とは言い難いが。落下しているような感覚の中、英雄は完全に覚醒した頭と目で視界に映るまどかを見る。そして、その間に挟まるようにして漂う白い、短剣のようなもの――――〝エボルトラスター〟。

 

 

「戦えっていうのか…俺に」

 

 

英雄のつぶやきに、エボルトラスターが応えるように脈打つ。

 

 

「・・・・こんなことにしておいて・・・・」

 

 

腹が立つ。

 

 

「今更話しかけてきて、わけのわからない説明して・・・・!」

 

 

エボルトラスターを手にとり、それに向かって文句を言う。返ってくる返事は当然ないが、言わずにはいられない。

 

 

「今回だけだからな!?」

 

 

鞘から引き抜くと、そこから光があふれ出して英雄を銀色の巨人に変える。大きさは40mはあろうかという巨体だ。その巨体から繰り出される拳は当然、通常の攻撃とはまったく比にならないほどの衝撃と規模だ。その一撃が、まどかを分解している魔女に向かって叩き込まれる。衝撃で吹っ飛ぶ魔女。まどかを解放した巨人はその手にそっと納め、地面へと降ろす。

 

 

 

「まどかァ!・・・・ってえぇ!?」

 

 

聞きなれた声が聞こえ、上を見る。白いマントに青い衣装。そして剣に魔法衣やヘソに見える宝石と同じ青。魔法少女となった美樹さやかがそこにいた。

 

 

(さやか!?まさか、QBと契約を・・・・!?)

 

 

どういういきさつでこうなったかは知らないが、彼女が自分で選んだことだ。今はそれよりも、ここから無事に脱出することが最優先。

 

 

『シェアッ!』

 

 

右腕を胸の前まで持っていき、パッと展開する。頭上から水の波紋のようなものが広がり、それまで銀色一色だった躰に赤が加わり、さらに胸には青く輝く、魔法少女でいうなればソウルジェムのようなものが現れる。鎧を纏ったかのような感じを連想させる巨人は、使い魔達を手から放たれる光弾で消滅させ、またそれに負けじとさやかも剣を振るう。スピードを生かし、また底なしの展開力を見せ、剣を縦横無尽に操る。巨人とさやか、二人の攻撃でもう疲労困憊の魔女のところに、さやかの急降下の突きと、巨人が腕をL字に組んで発した光線が直撃し跡形もなく消滅した。



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Ep.06 -3人目-

 

眼下に佇む銀色の巨人。今は赤装飾と鎧のようなものが備わっており初見の時と違ってはいるが、それでも間違いなくあの時の巨人である。さやかは巨人を見据え、目線の高さまで降りると、巨人は彼女が立てるよう手で足場を作り、さやかも巨人の掌へと乗る。

 

 

「・・・・ねぇ、アンタさ。あたし等の味方なの?それとも、敵?」

 

 

さやかの問いに巨人は答えない。否、答えられない。もちろんその正体が英雄なのは誰も知らない上、喋ってしまったらばれる可能性がある為言葉も発すことができないからだ。ここで正体がバレたら、そう思うと思うように答えが出てこない。

 

 やがて、魔女の結界が徐々に晴れていく。それに伴って、巨人の姿も光となって消えていく。

 

 

「まぁ、一応まどかを助けてくれたし、この前の御礼も言ってなかったしちょうどいいや。あたし、美樹さやか!えっと・・・・名前、ないのかな?あるのかな?」

 

 

う~んと考えるさやか。巨人の姿をした英雄はそんな彼女を見つめ、答えを待つ。すると何か閃いたようで、ポンと手を叩いて笑顔で見上げてくる。

 

 

「名前、ないならつけていい!?」

 

 

この姿に元から名前などない。断る理由もない上、もう変身することもないことがしと頷いて見せる。すると、さやかは笑顔でビシッという効果音でもつきそうな感じで此方を指さして言った。

 

 

「〝ウルトラマン〟!あたしが小さかった頃見てたヒーローの名前だよ。見かけも似てるし、なんかヒーローっぽいし、どう?」

 

 

ウルトラマン・・・・。英雄は少し考えた後に頷く。それにさやかは気に入ってくれたのかと思い、笑顔になる。それを見た英雄は、胸を締め付けられるような思いになった。

 

 この笑顔も、いつかあの時のマミみたいになってしまうのだろうか・・・・。

 

 

「おっと、そろそろ時間みたいだね。じゃねウルトラマン。二度も助けてくれてありがとう!また逢えたらまどかにも紹介するね!」

 

 

さやかの声に英雄――――ウルトラマンは答えない。静かに、まばゆい光とともにその巨体を粒子の渦となって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんなことがあったんだ…」

 

 

さやかの話を聞いてまどかはつぶやく。昨日の騒動も無事に解決した二人はその日の学校帰りに立ち寄ったいつもの土手でくつろぎながらさやかから自分が気絶していた間の話をまどかはしみじみと聞く。さやかが魔法少女になったことにも充分驚いたが、またあの巨人、ウルトラマンが現れたことにも驚いた。QBも知らないというその謎の巨人は一体どこから来たのか、魔女との関連性はなんなのかなど色々二人して思考してみるも、当然でることはない。

 

考えるのをやめて、別の話題へと変更する。

 

 

「そういえば、上条君腕が治ったんだって聞いたけど・・・・もしかしてさやかちゃん」

 

「・・・・うん。でも、後悔はしてないよ?あたしが一番叶えたい願いごとが叶ったんだもん。たしかにまだマミさんのこと、忘れられないけどさ・・・・でも、だからっていつまでもうじうじしてらんないし。戦えない全ての人の代わりに、あたしが魔女と戦う。この見滝原の平和は、魔法少女さやかちゃんがキッチリ守ってみせますとも!」

 

 

そう言って笑いサムズアップを浮かべて言い切る。その笑顔につられて笑顔になるまどか。

 

と、そこへ。

 

 

「さやか」

 

「ヒデ!あんたまた学校来ないでなにやってたのさ!?」

 

「・・・・少し、な。色々と整理つけたくってさ」

 

 

そう呟いてまどかのとなりに腰掛ける。その横顔は心なしか何かを吹っ切ったような顔で少しはマシになった様子にまどかは少しだけ笑顔になる。

 

 

「・・・・なぁ、さやか」

 

「ん?」

 

「…おまえ、死ぬのが怖くないのか?」

 

 

そう真顔で聞かれたことにさやかも真剣な顔つきになる。死という言葉は、もう以前のように日常の少し外側にある言葉とは言い難く、もはや常に隣り合わせの言葉となってしまった。魔法少女として生きていく以上、いつかは向き合うこととなる言葉ではる。それに対しての恐怖や失望、悲しみを知る英雄は、それに恐れはないのかと問う。

 

 

「・・・・あたし、魔法少女だからさ。そんなことで恐がってられないよ」

 

「・・・・死んじまうとな。好きな人にも逢えなくなっちまうんだよ…俺は、さやかにまでそんな風になてほしくない」

 

 

その言葉は、あまりにも重すぎて。この数週間の英雄の事を少しだけ知っているまどかは心が締め付けられるような思いで英雄の言葉を聞いた。さやかはそれを受けて少し俯く。「でも」と言葉を紡ごうとしたとき、突如ソウルジェムが光を放った。魔女の気配かもしれない。さやかはまどかと顔を見合わせた後立ち上がって走り出そうとする。そこへ、英雄が声をかけた。

 

 

「俺も一緒に行く」

 

「なに言ってんのさ、英雄は――――」

 

「たしかに俺には魔法少女の資格はない。でも・・・・頼む。俺も一緒に連れてってくれ」

 

 

根拠のない言葉にさやかは尚突き放そうと口を開くが、英雄の真剣な目に念をおされ、承諾してしまう。こういう押しに弱いところは少し情けないとおもうさやかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人気のない路地裏。そこに結界は発動している。到着してから間もなくしてその異空間は口を開き、3人を飲み込んだ。

 

 

「これは使い魔のものだね。魔女じゃない」

 

「だったらラッキーだよ。こっちは初心者だし、またウルトラマンが来てくれるとも限らないし・・・・」

 

 

まどかにああは言ったものの、実際のところ恐いものは恐い。いきなりさやかが初戦であそこまで立ち回れたのはウルトラマンがいたからこそのもので、毎回彼が現れてくれるとも限らない。弱い使い魔から徐々に慣れていくしかないとさやかはソウルジェムを掲げて魔法衣へと変わる。剣をその手に携え、使い魔目掛けて接近し振り下ろす。が、それはどこからともなく振ってきた攻撃に遮られ、こちらに気づいた使い魔が驚いて逃げてしまった。そのことに舌打ちするさやか。いったいなんなんだと攻撃がきた方を見上げると、突如赤毛の少女が舞い降りてきた。

 

 

「ちょっとちょっと、あんたなにやってんのさ?あれ使い魔だよ。見てわかんない?」

 

 

やれやれと言った感じで着地する少女。赤毛の魔法衣、胸元に輝く髪や魔法衣と一緒の真紅のソウルジェム。間違いない――――魔法少女だ。

 

 

「もう少し待ちなって。テキトーに2、3人食わせればあとちょっとで魔女になるんだからさ。そうなればちゃんとグリーフシード孕むんだし」

 

 

少女はたい焼きを頬張りながら言う。

 

 

「それって、関係のない人達を襲わせろってこと!?冗談じゃない、そこどいて!」

 

「ああん?なに言ってんだアンタ。勘違いしてんじゃねーよ。あたし等の目的はただ一つ、グリーフシード。それ以外はどうでもいいだろ?・・・・もしかして、正義の味方、なんて言うつもりじゃねーよな?」

 

 

浮かべた笑みに背筋を冷たい汗が伝う。一目見ただけでわかった。この子は・・・・強い!自然と剣を持つ手に力が入る。それを見て、赤毛の魔法少女―――――佐倉杏子は瞬時にさやかの技量を見切る。

 

 

(構え方からして素人、それも最近なったばかりってとこだな・・・・ん?)

 

 

と、その奥にいる存在に目が行く。すると杏子先ほどの歪んだ笑みとは打って変わって明るいものとなる。走ってきた杏子に警戒心を尖らせて構えるさやかだが、そんな彼女をスルーして駆けていく。なんとも拍子抜けしたさやかは頭にハテナを浮かべて振り返ると。

 

 

「英雄!英雄じゃんか!」

 

 

まるで久しぶりに再会する恋人同士のように英雄に抱き着く杏子。英雄は彼女をしっかりと受け止めると、あたふたした様子でくっついてじゃれてくる杏子から離れようともがく。

 

 

「杏子、久しぶりなのはいいけど、おまえ一体なにやって――――」

 

「いいじゃんか。それよか久しぶりじゃねーか!元気してたか?」

 

 

置いてけぼりを喰らうさやかとまどか。ポカーンとなっていること約数秒、さやかは被りをふって詰め寄る。

 

 

「ちょっとちょっと、いきなり現れたとおもったらなんなのさ!?てか、ヒデから離れろ!」

 

「ああん?まだいたのかよ。てか、何?おまえさては英雄の女か何か?」

 

「違う!絶対に違う!」

 

 

何もそこまで力強く否定しなくても、と思う英雄だが、この状況ではその方がありがたい。隙をついてようやく離れる英雄は杏子に問う。

 

 

「それより、なんでおまえが見滝原にいるんだよ?たしか、マミと――――」

 

「あぁ、そうだよ。でも彼奴が死んだって聞いて戻ってきたのさ。今なら英雄をアタシのもんにできるからね・・・・」

 

 

そういう杏子の顔は、先ほどの無邪気はものとは変わり、またあの歪んだ笑みへと変わっている。

 

 

「いや~やっとだよ。今まで彼奴がいて手出しできなかったからさァ。いい加減死んでくれて助かったぜ・・・・」

 

 

そう呟くと、何かを察知したかのように杏子は後方に跳ぶ。

 

 

「・・・・へぇ。スピードだけはいっちょまえってか?」

 

「・・・・今、マミさんのことバカにしたな・・・・!」

 

「だったら、なんだってのさ?」

 

 

挑発するような笑みにさやかは剣を両手に携える。沸々と湧いてくる怒りに身を任せ、真正面から突っ込む。

 

 

「ブッ飛ばす!」

 

「ハッ、上等!」

 

 

魔法少女対魔法少女。今だ想像もしたことのない図式にまどかと英雄は呆然となる。

 

 

「そらそら!ちんたら踊ってんじゃねーよトーシロがァ!」

 

 

杏子の猛攻撃はさやかを徐々に、しかもゆっくりと追い詰めていく。まるで戦いを楽しむかのような彼女の戦いぶりに英雄は唯々唖然とする。初めて逢った時は、まるで借りてきたペットのように人見知りだった彼女。それから色々あって疎遠となっていたが、逢っていない期間に一体何が彼女をそこまで変えたのか。

 

 

「おかしいよ…どうして二人がこんなことしてるの!?同じ魔法少女なのに!」

 

「いや、これは何も珍しい光景じゃないよ」

 

「どういうことだ?」

 

「つい最近まで、ここはマミの狩場だった。でもそのマミが不在になったことで彼女がここを狩場として定めた。でも、そこにはすでに新しい魔法少女としてさやかがいた。こんな風に狩場を求めてほかのエリアに来た魔法少女同士での争いなんて別段珍しいことじゃないんだよ」

 

「みんな、それほどグリーフシードがほしいってのか?」

 

「そうだね。魔法少女にとってはかなり貴重なものだから」

 

 

QBの説明と受け答えを聞いた英雄はその言動に少なからず違和感を覚える。なにかがおかしい。腑に落ちない。一件無難な説明だけど、あまりにも完結すぎる気がしてならなかった。

 

 やがて、杏子とさやかの争いは決着へと向かう。剣を片方弾かれ、一方的に攻められるでしかなかったさやかだが、ようやく慣れてきたようで杏子の攻撃も捌けるようになってきてる。でも、それもごくわずかで今は躱すのがやっとといったところ。杏子もいい加減飽きたといわんばかりに欠伸を一つすると、槍を静かに構える。さやかもそれに倣って剣を構えた。

 

 

「どうしよ、このままじゃさやかちゃんが…」

 

「止めたいのかい?ならまどか、きみが魔法少女になればいい。きみならこの争いを止めるどころかどの魔法少女にも負けることはないよ」

 

 

そこへすかさずQBがまどかに契約を促す。やはりおかしい・・・・。そう思った英雄はポケットの中でさっきから脈打っているエボルトラスターに触れた。

 

このままでは、二人とも危ない。そう思った英雄はエボルトラスターを取り出す。

 

 

「・・・・こうするしか、ないのか・・・・!」

 

 

毒づいて、英雄はエボルトラスターを引き抜く。まばゆい光にが路地裏を満たし、現れたのは昨日さやかとともに戦ったウルトラマン。だが、その躰はあの時みた巨人の姿ではなく、いうなれば人間サイズといった感じに小さい。二人の間に割って入り、得物を両手に握りしめる。

 

 

「なんだ、此奴…!」

 

「ウルトラマン…そこをどいて!此奴はマミさんを――――」

 

『もうやめてくれ!』

 

 

突如返ってきた声にさやかと杏子は驚く。

 

 

『…もう、こんな光景を見るのはたくさんだ・・・・!』

 

「その声・・・・もしかして・・・・」

 

 

ウルトラマンの躰が今一度光に包まれる。次に現れたのは、先ほどまでまどかと一緒にいた自分の友人である神田英雄だった。

 

 

「ヒデ・・・・あんた・・・・」

 

「オイオイ、何がどうなってんのさ?」

 

 

わけがわからないと槍を肩で担ぐ杏子。

 

 

「・・・・杏子。ここは退いてくれないか?」

 

「ハァ?嫌だね、先に喧嘩ふっかけてきたのはソイツだぜ」

 

「・・・・頼む」

 

 

杏子に向き直り、頭を下げる英雄。その光景が心底意外だったのか、さやかは驚いて英雄を見る。少し考える杏子。

 

だが。

 

 

「ヤダね。いくら英雄の頼みでもそれは聞けないよ。あーいうタイプは徹底的に叩き潰したほうがいいのさ。それに、なんだかマミと似ててムカつくし」

 

 

英雄の頼みを無視し、杏子は跳躍して槍を構える。さやかもそれに応戦しようとして剣を構えるが――――

 

 

「そうはさせないわ」

 

 

直後、杏子の視界からさやかが消える。一瞬の出来事に何がおこったのかわからないでいると、後ろに気配を感じて振り返る。そこには、先ほどまで目の前にいたさやかと、もう一人QBから事前に聞かされていた黒髪の魔法少女、暁美ほむらが立っていた。

 

 

「…テメー、そいつの仲間か?」

 

「いいえ。私は冷静な人の味方で、バカなことをする人の敵。佐倉杏子・・・・あなたはどっちかしら?」

 

 

挑発するような口調。だが、それに杏子は乗ることなく相手を分析する。先ほどの出来事、あれは間違いなく魔法によるものだった。一瞬ではあったが、たしかにそれっぽい感覚はあった。ということは、考えられることとしては二つ。一つは、身体強化に特化したもの。もう一つは、かなりヤバい時間操作系。どちらにしても、あまり相手に回してロクなことはない。相手の態度からしてもまったく恐れというものがない為かなりの実力者と見てまず間違いないだろう。

 

 

「・・・・ッチ、わーったよ。今日のところは退いてやる。・・・・英雄、また逢おうぜ」

 

 

そう言い残し、ビルの壁を伝ってどこかへと跳び去って行った。



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Ep.07 -関係-

 

「ちょっとヒデ!これは一体どーいうことなのさ!?」

 

 

杏子との一件が収まった後、さやかは英雄に詰め寄る。聞きたいことが山ほどあるが、今もっとも知りたいのは彼がウルトラマンだったという事実。

 

 

「あんた、今まで黙ってたってこと?」

 

「・・・・ごめん」

 

「ちょっとさやかちゃん」

 

 

まどかがさやかを宥めるように間に割って入る。

 

 

「あたしは別に怒ってるわけじゃないの。ただ、どうして今まで黙ってたのかってことが知りたいのよ。あたし等友達でしょ?」

 

 

さやかが納得いかないのは、友達ならどうして今の今まで黙ってたのかということ。情に熱く、かつ友人は大切にするさやかだ。英雄の、そのすこしよそよそしいまでの態度が気に入らなかったのだろう。

 

でも、いくら友達でも話せないこともあるわけで。それに英雄自身この力のことをよく理解していない為それほど詳しい話もできない。そんな得たいのしれないものを持っている自分のことをもしこの二人に知られてしまったら、そう思うと英雄は恐怖で言うことができないでいた。魔法少女とも、魔女ともいえないこの力。見る人から見れば化け物同然のそれは、今の英雄を苦しめている要因でもある。

 

 黙りこむ英雄。そんな彼の背中に、さやかは溜息を吐く。

 

 

「・・・・わかったよ。言いたくないならそれで。じゃぁ、せめてあの杏子って奴のことは話してくれる?」

 

 

かんねんしたように息をついて語調もやわらかいものになる。それに英雄は内心謝罪と感謝の意を述べてから語りだす。

 

 

「彼奴と初めて逢ったのは一年前。俺とマミ、それから杏子の三人でいつも一緒だった。最初は彼奴とも距離があってさ。でも一緒にいたりする内に仲良くなって・・・・そんな時だ。ある日突然、杏子は俺達の前から姿を消した。マミに何を聞いてもはぐらかすように笑うだけでさ。結局のところ、俺もわかってねーのさ。ただ、一つわかってるのは、彼奴も俺と出逢った頃から多分魔法少女をやってたってことぐらいだ。そうだろ?QB」

 

「英雄の言う通り、杏子は僕と契約した魔法少女さ。といっても、見滝原じゃなくて、隣町の風見野だけどね」

 

 

QBの補足を聞いて納得したようにさやかは頷く。そして次にほむらの方を振り返って。

 

 

「オッケー、杏子って子の事は少しだけわかった。あとは、転校生、助かったよ。正直アンタと英雄がいなかったら危なかった・・・・ありがとう」

 

「…今回のようなことはなるべく避けなさい。でないと、この先もたないわよ」

 

「わーってるって。そんじゃね」

 

 

踵を返し、ほむらはどこかへと立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜。自室に戻った英雄は今回のQBの行動に疑問を抱いていた事を整理する。

 

 まず、あの執拗なまでのまどかに対する執着。これにかんしてはほむらにも同じことが言えるが、彼の場合はそうではない。こう、どこか裏がある気がしてならないのだ。それがなんなのかはよくわからないが、たぶん契約すること自体になにかしらの意味があるのだろう。

 

二つ目として、QB側になにもメリットがないということ。もし契約した魔法少女が戦うことを放棄した場合、QBは願いを叶えたという事実だけが残り、叶えてもらった契約者側は願いを叶えてもらった上に人知を超えた力を得るわけだから、これだとなんの意味もない。これだけのデメリット要素がありながら、どうしてあそこまで契約を迫るのか。

 

 

「・・・・まさか、魔法少女になることそのものに意味があるのか?」

 

 

もし、契約した時点でなんらかの目的が達成されているのだとしたら。そうするだけで、QB側になんらなかのメリットがあるのだとしたら。それは、恐らく魔法少女側にも存在する大きなデメリットがあるに違いない。魔女と戦うという任を放棄されても、舞い込んでくるメリットがQB側にはあり、放棄してもしなくても、魔法少女側に存在するデメリット。・・・・いや、杏子の示した一番重要なものはグリーフシードという内容。このグリーフシードが一体なんなのか。ただ魔女の卵で穢れを浄化するだけののものなら、さして重要でもない。穢れがたまってきたら戦闘を控えればいいだけの話だ。

 

が、それをしない魔法少女達。善意で戦っていたマミとさやか、そして反対にまるで自分の為に戦う杏子。この行動が意味しているものはなんだ?いったいなにがおかしい?

 

構図的には完璧に見えて、そうでない点がいくつもある。ということはつまり――――

 

 

(QBの奴…まさか何かを隠してる?)

 

 

と、その時。来客を知らせるチャイムが鳴った。時計を見てみれば午後6時を指している。こんな時間に誰だと思い玄関を開けると、胸元から下に衝撃が走り、バランスを保てなくなった英雄はそのまま後ろに倒れてしまう。痛みに頭をさすりながら一体なんだと目を開くと、そこには赤毛のポニーテールが。それだけで、この人物が誰かを判断するには充分なものだった。

 

 

「杏子!?」

 

「へへ、来ちまった」

 

 

にこやかに笑む杏子。先ほどまでさやかと命のやり取りをしていたとは思えないような笑顔の少女にギャップを感じつつ、英雄はとりあえず杏子から躰を離す。

 

 

「おまえ、さっき帰ったんじゃ…」

 

「アタシ、色々あって家ないじゃん?だからここに泊めてよ。ビジネスホテルとか、空いてるマンションの部屋勝手に借りるのも飽きたしさ。やっぱここが一番落ち着くんだよ」

 

 

そう言ってズカズカと勝手に入って行く杏子。誰も許可していないという英雄だが、すでに杏子はソファに座ってくつろぎモード全開である。

 

 

「色々マズイだろ!?」

 

「マズいって、何が?」

 

「あのなぁ…わざとやってるなら怒るぞ」

 

 

「お~恐い恐い」といってまったく気にしていない杏子。さすがに年頃の男女が一緒というのはかなりマズい。それに加えてここ最近はまどかがちょくちょくこの部屋に来て料理なんかを作ってくれている。今日はくることはないだろうが、もし万が一この光景を見られたらどうなるかたまったものではない。

 

 それに、あの時みた杏子の顔が、脳裏から離れない。彼女は野性的で喧嘩っ早いところもあるが根は優しくて思いやりのある女の子だ。だが、その杏子があんな笑顔を浮かべたことが今でも驚愕でしかない。一体、何が彼女をそうまで変えてしまったのか。

 

 

「そんなことよりさ、風呂貸してよ。アタシ汗かいちまってさ…あ、一緒に入る?」

 

「入るかッ!…だいち、着替えなんてないぞ」

 

「だいじょーぶだって。別に裸でも」

 

「大丈夫じゃねーだろ!・・・・ハァ」

 

 

もうすっかり杏子のペースだ。これ以上は主導権を握られると完璧にマズいと英雄は奮起してよし、と気合を入れる。

 

 

「あのな杏子。ここに住むのは色々とマズいんだ。だから、百歩譲って俺の隣に住むことは許可してやる。代わりに、マミの部屋を使え。さすがに男女ひとつ屋根の下ってのはだな――――」

 

 

多少年寄りクサい説教をしていると、急に杏子が抱き着いてきた。またしてもあたふたする英雄だが、よく見れば彼女の肩が僅かに震えているのに気が付く。

 

 

「…いいじゃんか、別に。要はそこんとこわきまえてればいいんだろ?アタシだって一応女だぜ。わかってるよ。迷惑はかけねーって約束する。・・・・だからさ、ここにいさせてくれよ・・・・」

 

 

最後の方は、杏子らしからぬ弱々しい声で聴こえた。そうまでされては、男として強く拒否はできないわけで。彼女の〝特殊な事情〟も知っている英雄としては杏子をそれ以上拒むこともできず、

 

 

「・・・・わかった、わかった!いいよ、許可してやる!」

 

「ホントか!?」

 

「ただし!俺意外の人間に見つからないよう行動すること!いいな!?」

 

「わーってるって。サンキュー、英雄」

 

 

一変かわって明るくなる杏子。我ながら甘いなと溜息をつく。でも、先ほどみた彼女の弱々しい部分は確かに本心からくるものだった、と納得することでこのことに決着をつけた英雄だった。



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Ep.08 -秘密-

 

「・・・・なぁ、杏子」

 

「ん~?」

 

「いい加減そこどいてくれないか。テレビが見えない」

 

「や~だ」

 

 

深く溜息をつく。杏子がここに来てから約一週間あまりが過ぎたものの、彼女は依然としてここから立ち去ろうとはしない。英雄が許可したのだからあたりまえだが、そろそろ一般常識というものをわきまえてほしいものだ。風呂から出れば全裸でウロウロし、さも当たり前のように寝る時は此方のベッドに入ろうとしてくる。そして今、彼女は英雄の膝の上で風呂上りのアイスを頬張りながらテレビを見ているという状況である。基本、英雄が学校から帰ってくればいつもこんな感じだ。約束した風呂とトイレ以外は毎回べったり。これでは子供と言われても文句は言えないが、そうも言えない理由が一つ。

 

 

(いい匂い・・・・って、これは俺の使ってるシャンプーの匂いだろ!でも、こう目のやり場だけは・・・・!)

 

 

視線を少し下げれば、肌色の双丘が見える。それを見ながら着痩せするタイプか、なんて考えている自分を全力で殴り飛ばす。なにをやっているんだ何を。

 

 

(落ち着け俺、相手は杏子だぞ!?)

 

 

彼女は友人であって、恋人ではない。そもそも恋愛対象ですらないのだから、こういう煩悩は今すぐに捨て去るべきだ。心の中で念仏を唱える英雄。思いつくかぎりのそれっぽい呪文のようなものを唱えていくが、それも適当すぎてさすがに怪しいと思うが、生憎とそれ以外できることなどないのでこのまま即興の念仏を唱え続ける。

 

 

「なぁ英雄~、さっきっからなにやってんだ?」

 

「おのれの中の煩悩と戦ってんだよ」

 

「ふ~ん・・・・」

 

 

なにやらいい事を閃いたと笑みを浮かべる杏子。絶対にそんなモンじゃないと見たら確信するものだが生憎英雄は今目を閉じている為それも見えない。しめしめと杏子はバレナイよう笑いを堪えながらソウルジェムを指輪から宝石の形へと変える。ソウルジェムが赤い光を放ったかと思うと、急に英雄が悶え始めた。

 

 

「グアアァァァァァァ・・・・き、杏子!おまえ、また魔法をそうやっ、ガアアアアアア!?」

 

「アハハハハハッ!やっぱおんもしれー!」

 

 

英雄の脳内に、色であらわすならピンクな光景が次々に送られてくる。あの手この手で杏子は自分の思い描いた煩悩の数々を強制的に英雄に流し込みおもちゃにした挙句眠くなったからといい立ち上がる。英雄はようやく解放されるもすっかり疲労しきった様子で倒れてしまう。それを見て杏子は満足したように笑った。

 

 これが、主にこの部屋で繰り広げられる日常の一コマである。あれから杏子は英雄から言われたことを遵守してはいる。だが、やはり魔女狩りともなると人が変わったように好戦的になる。

 

 

そして今日も今日とて魔女狩り。今回は運が良かったようでグリーフシードを落としていった。黒い卵を拾いながら満足そうに笑むと、それを今度は真剣なものに変える。急に変わった杏子の様子に首を傾げた英雄はふと、後ろを振り返る。そこには、綺麗な黒髪がチャームポイントの暁美ほむらが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

立ち寄ったのは近所のゲームセンター。ここにはさやかとまどかともよく寄り道していくが今日は休日。人通りも多い為、見つかるなんてことはないだろう。

 

ダンスゲームを余裕で踊りながら、杏子はほむらの話に耳を傾ける。

 

 

「近々、この街に〝ワルプルギスの夜〟が来るわ」

 

「へぇ・・・・なんでそんなことがアンタにわかるのさ」

 

「調べたのよ。ワルプルギスは最悪の魔女、今までの魔女とは格が違う。だから今日は協力を要請しに来たの」

 

「なるほどねぇ・・・・」

 

 

踊りながら少し考える杏子。それほどまでに強力な魔女なら、グリーフシードを落とすのはまず間違いない。そのワルプルギスとやらがどんなものかは知らないが、こうして協力を仰いでくるということはつまりそういうことなんだろう。一人では絶対に倒せない。そう確信があるからこその頼みだということは杏子も理解できた。そして、チラリと英雄を見る。もし、この協同でワルプルギスの夜を倒すことができたら、きっと彼も自分の事を認めてくれる。マミなんかよりも、自分だけを見てくれるかもしれない。そう思った杏子はゲームのフィニッシュを決めると振り返り、ポッキーを差し出しこう言った。

 

 

「喰うかい?」

 

 

それは、彼女なりの承諾の意味であった。こうしてほむらは杏子という協力者を得て来たるワルプルギスの夜へ向けての共同戦線を結ぶ。その理由が英雄に認めてもらいたい、自分だけを見てもらいたいからという理由が大きなところであるにしても、彼女の戦力は大いに役に立つ。まどかの契約阻止とワルプルギスの夜討伐、そして彼女の行動理念であるもう一つの理由。神田英雄を守りきるという目的のためには重要な〝駒〟となってくれるに違いない。杏子自身、英雄には酔心、依存しているとさえ見れる感情がある。彼にいったいなぜそこまで依存するかを〝見てきた〟ほむらには彼女を誘い込む餌として英雄はうってつけだったと言える。

 

 とは言うものの、このことを良く思ていないのもほむらの本心ではあるが、背に腹は代えられないし手段を選んでいる余裕もない。

 

もう誰にも頼らないと決めたからこそ、彼女は1を救う為に10を捨てる方法を選んだのだ。たとえ、それで自らがどんなに傷つくことがあっても。

 

そして、場所は変わり噴水広場。時間はすっかり日も暮れた夜19時。駅も近いこの場所だが、そうに賑うのは休日の昼間くらいでこの時間帯にはほとんど人影はなく、道路を車が通り過ぎていくくらいだ。そんな場所で、ほむらと英雄は並んでベンチに座る。噴水がライトアップされ色とりどりに輝く水がなんとも美しい。

 

 

「・・・・本当に来るのか?その、ワルプルギスの夜って」

 

「ええ、本当よ」

 

「まるで見てきたみたいだな」

 

「・・・・見てきたもの。実際ね」

 

 

英雄のつぶやきにほむらはいつもの無表情で返す。

 

 

「え…?」

 

「・・・・英雄」

 

「お、おう」

 

「・・・・あなたはどうするの?戦うか、逃げるか」

 

 

ほむらの問いにそれがワルプルギスの夜と戦うか否かを訊いていることに気付き、すこし考える。

 

 

「俺は・・・・正直、よくわからない。この力がなんなのか、自分が一体何者なのか・・・・」

 

「そう・・・・」

 

「なぁほむら。俺はどうしたらいい?どうすれば答えがでる?」

 

 

そう訊いたところで、答えなどでるはずもない。それはほむらも英雄もよく分かっている。一番得たいのしれないのはこの英雄が持つ力のことだ。魔法少女でも、ましてや魔女でもないこの力。いったいどこから来て、なぜ存在しているのかすら不明である為、英雄はさらにわからなくなる。

 

 

「光、とか、適合者とか・・・・もうわけわかんねーよ・・・・」

 

「…最初にその力――――たしか、ウルトラマン、だったわね。それを見た時、私は神が現れたのかと思った。でも、それは間違いだった。だって、こんなにも人間臭いんですもの」

 

 

そう言って、からかうかのようにうっすらと笑みを浮かべる。普段絶対に他人の前では見せないような感情ある温かな表情を見せてくれる彼女が、ちょっとだけ愛おしく思えた。でも、気がかりなのはそこも英雄にとっては不思議な点の一つだった。

 

この子は、どうして自分にだけこんな顔をするのだろう?

 

初めて出逢ったはずなのに、どこか懐かしい感じがする。そして夢に出てきた・・・・偶然にしては出来過ぎている。必然なら、根拠が曖昧すぎて説明できない。なら、この不思議な感じはなんなのか。まどかも同じものを感じているという。やはり夢に出てきたことといい、今起きていることといい、やはりなにか関係があるんじゃないかと思う。

 

 

「…なぁほむら。きみはどうしてそんなに俺に優しいんだ?」

 

 

なんて質問が思わず零れ落ちる。それにほむらは一瞬切なそうな顔をしたあと、またいつもの仏頂面に戻ってしまう。応えは・・・・沈黙。答えられないのか、もしくはそうしたくないのか。どちらにしても、彼女にとってはあまり触れたくない話題だったか。

 

だが、ほむらは口を開く。

 

 

「・・・・好き、だからかしら」

 

「え…?」

 

「・・・・佐倉杏子には美樹さやかに手出ししないよう私から念を押しておくわ。貴方は、いつも通りの貴方でいればいい。・・・・それじゃ、私はこれで」

 

 

訊き返したところで答えるはずもなくほむらはベンチから立ち上がり踵を返す。去りゆくその背中を眺めていた・・・・その時。携帯のマナーがポケットの中で震え、ディスプレイを見ると鹿目まどかの文字があり通話ボタンを押して電話を受ける。

 

 

「もしもし」

 

《もしもしヒデ君!?大変だよ!さやかちゃんと杏子ちゃんが・・・・》

 

「――――わかった、すぐ行く」

 

 

通話をきると、ほむらの方を見る。どうやら会話が聞こえていたらしく、先ほどとは打って変わって険しい表情だ。

 

 杏子とさやかが、また戦っている。その一報が入ったのは夜の20時ごろのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見滝原駅から少し離れた鉄橋の上。下は国道が走り、トラックなどの貨物用車が夜間の配送の為せわしく通り過ぎていくのが見える。とはいえ時間も時間なのでさほどここからインターへと入って行く車両は多くなく、人目にも気づかれにくい。そんな場所に、杏子とさやかは立っていた。

 

 

「おまえ・・・・!」

 

「ハン、こないだのヒヨッコじゃん。なんか用?」

 

「別に…」

 

「あっそ。じゃどいてくんない?邪魔なんだけど」

 

 

これで、さやかが大人の対応をして道を開ければよかったんだろう。だがそうはせず道のど真ん中に立ったまま、杏子を睨んだまま動かない。

 

 

「・・・・どきな、アタシの歩く道だよ」

 

「その前に、一つ謝って」

 

「謝るぅ?アタシが、誰にさ」

 

「マミさんにだ!」

 

「・・・・あぁ、アレね。別にいいじゃんか、もういない人間の事なんてどう言おうが勝手だろ?」

 

 

悪びれるようすもない杏子にさやかはさらにイライラを募らせる。それを見た杏子はニヤリと口元を歪ませた。

 

 

「いいねェその目・・・・やる気かい?なら、どっからでもかかってきな!」

 

 

魔法衣を展開する。槍を肩でかつぎ、指をこちらに向けて手前に引くような仕草、いわゆる挑発行為をしてくる。冷静さを欠いたさやかは、まんまとその誘いに乗るようにソウルジェムを指輪から宝石へと変えた。

 

 

「さやかちゃん!?」

 

「どいててまどか。これはアタシとあいつの問題だ…まどかまで巻き込むわけにはいかない!」

 

 

そして、遅れて英雄とほむらも現れる。

 

 

「どういうこと。話が違うわ」

 

「やめろ杏子!おまえ、またこんな・・・・」

 

「下らないって?でもね英雄、今回吹っかけてきたのはアッチなんだけど」

 

「マミさんを侮辱したこと・・・・絶対に許さない!」

 

「ハン、かかってきなド素人。また返り討ちにしてやんよ」

 

 

余裕の表情と態度。さやか自身明らかに実力差の開きがあるのはわかっていたが、それでも引き下がるわけにはいかなかった。マミを侮辱すること、それはすなわち英雄をも侮辱されたということに繋がる。情に人一倍熱いさやかはそのことが心底許せなかった。

 

 

「舐めんじゃないわよ!」

 

 

もはやさやかに冷静さはない。今また二人が激突するようなことがあれば、それこそワルプルギスの夜どころではなくなる。これを危惧していたほむらだったが、やはりこうなるかと苦虫をかみしめたような顔をする。英雄も止めに入ろうとエボルトラスターに手をかけるが、それも躊躇いによって阻まれる。力を使う、ウルトラマンになるということが、英雄に大きな影を落とす。

 

現状、動けるのはまどかのみ。それを知ってか知らずか、まどかは「さやかちゃん、ごめん!」と早口で言いさやかのソウルジェムを放り投げてしまう。落ちていく青い宝石はちょうど下を通りかかった貨物トラックの荷台に乗ってみるみる内に遠くなっていく。

 

 

「ちょっとまどか何すんのさ!?」

 

「こんなのよくないよさやかちゃん、どうして――――、さやかちゃん・・・・?」

 

 

急に、ホントに急にさやかがまるで糸を失った操り人形のようにまどかに倒れた。目は開いたまま、瞳孔も同じ。いきなりのことに動揺が走る中、ほむらがその場から消えた。

 

 

「今のはマズかったよまどか。まさかきみ、親友を放り投げるなんて」

 

「え・・・・?」

 

「おい、どういうことだよ?」

 

「何言ってんだよQB、さやかならそこに・・・・」

 

 

いるじゃないか。そう言おうとして、英雄はあることに気が付いてしまう。

 

まるで抜け殻になったかのような躰。そして、投げ捨てられたソウルジェムと直後のほむらの行動。これじゃ、まるで――――。

 

 

「きみこそなにを言ってるんだい?それはさやかの〝抜け殻〟だよ。〝さやかは今、まどかが投げ捨てたじゃないか〟」

 

 

気づきたくなかった真実、ずっと引っかかっていたことが、ようやく解消された。しかも、最悪の形で。

 

 

「・・・・、どういうことだオイ!?此奴、死んでるじゃねーか…!」

 

 

首の頸動脈に手を当てた杏子が驚愕の表情で言う。

 

 

 

「死んでるって・・・・どういうことだ!?」

 

「そのままの意味さ。魔女と戦ってもらうのに、わざわざ傷つきやすいまま、壊れやすいままの状態で命がけで戦ってもらうほど僕らは非道じゃない。だから戦い安い姿に変えてあげたのさ。魂を肉体から切り離し、ソウルジェムとしてね。肉体はただの器で、戦う為の道具でしかない。ソウルジェムは肉体から100Ⅿ以上離れるとその効力を失ってしまうから、こんな事態にならないよう指輪に変えて常に持ち歩いてもらっているからよほどのことがない限りこんなことは起きないんだけど・・・・」

 

 

と、感情のない声でいうQB。まるで他人事のように説明する白い生き物の頭を鷲掴みにし、杏子は怒鳴る。

 

 

「ふざけんじゃねェ!これじゃアタシら、みんなゾンビにされたようなモンじゃねーか!」

 

「キミ達人間はいつもそうだ。真実を知ると決まってみんな同じ反応をするね。僕らは同意の上で契約を結んだはずだけれど・・・・わけがわからないよ」

 

「・・・・知ってたのか?マミはこのこと、知ってておまえと契約したのか?」

 

 

沸々と湧き上がる感情。それが怒りだと気が付くまで、すこしの間時間が掛かる。英雄はその怒りを抑えようと、息を深く吸って、吐くを繰り返す。が、そのスピードはどんどん加速していく。落ち着けと言い聞かせるほどに、怒りがこみあげてくる。

 

 

「いや、知らないよ。それにあの時はそんな余裕さえなかったからね。なんせあの時は――――」

 

「やめろ・・・・」

 

 

それを言わせてはならない。聞かせてはならない。知らせてはいけない。杏子は叫ぶ。

 

 

「あの時は――――」

 

「やめろ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――あの時は、キミヲイキカエラセルタメニ、カノジョハボクトケイヤクシタンダカラネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え・・・・?」



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Ep.09 -僕の居るべき場所-

何もない部屋に、パチンという音が響く。証明機具に電流を通わせれば暗闇で満たされていた部屋に灯りがともる。時刻はすでに20時。とうに学生が出歩くには少々物騒な時間帯になってきているにもかかわらず、この部屋には主の他に二人の少女がいる。

 

すっかり疲労しきったその躰と精神はとうに限界を超え、常人離れした少女二人の力をもってしてもやはり身長差と体重までをカバーするのはキツイ。その為、ソファにやや乱暴に少年を座らせる形になる。ようやくたどり着いたことに深く息を吐き、改めて彼、神田英雄の表情をうかがう。まるで気絶したようにピクリとも動かず、瞳は虚ろで正面を見ているのかすら危ういようだ。

 

そこで、ややあってからようやく英雄が言葉を発する。

 

 

「・・・・知ってたのか?俺が一度死んでいて、マミが俺の為に魔法少女になったこと」

 

 

英雄の言葉に肯定の意を示すようにほむらと杏子は頷く。

 

 

「どうして、黙ってた」

 

「・・・・マミから言われてたんだ。これを話したら、絶対に自分のせいだって思うからってさ」

 

 

なるほど。全てお見通しというわけか。そう心中で呟いて英雄は乾いた笑みを浮かべる。結局、最初からずっと自分はあの子に守られていたということになる。頼りない、どこか抜けていてほっとけないと、だらしない姉、と思っていた。自分がいないと、どうも危なっかしいくらいの。守ってあげなきゃ・・・・。でも、実際は全くの逆で。守られていたのは自分の方。何も知らず、知らされず、ただ日常を謳歌しているその裏で、彼女は自分の命の為に願ったばかりに辛く過酷な運命を背負わされた。

 

 もしあの時、自分がいなければ。もしあの時、喧嘩でもして頑なに引っ越しを拒んでいたのなら。もしかしたら結果は変わっていたかもしれない。マミが魔法少女になることも、こんな風に死ぬこともなかったかもしれない。

 

もしも・・・・もしも・・・・。

 

どんなに願おうと空想しようと目の前の現実は変わりなどしない。すでに起こってしまった事実や出来事を書き換えるなど、それこそ奇跡でもない限りそれはない。暗いものが、英雄の心を覆っていく。

 

 

「…ホント、情けないな」

 

「英雄・・・・」

 

「・・・・ほむら、杏子の事泊めてやってくれないか?ガサツで節操ないけど、ちゃんと言えば聞いてくれるいい子だからさ」

 

 

英雄の申し出にほむらは了承の意を述べようとするが、杏子は断固としてそれを拒否する。彼女は知っている。真実に気づいて何もかもに打ちのめされた人間が最後に辿る末路を。目の前の少年も同じだ。

 

――――自分の、父親と。

 

 

「ふざけんなッ!アタシは英雄と一緒にいる、梃子でも動かねェ。今の英雄を放っておいたら、絶対にマミの後を追いかける、そうに決まってる!そんなの・・・・そんなの、許さない!」

 

 

目じりに涙を浮かべる杏子。彼女の気持ちもよくわかる。ほむらもこんな状態の英雄を一人にするのは危険だと考えるが、そうやてここに残ったとしてもいい結果にならないとも思うからこそ、ほむらは杏子を連れていくことに承諾した。あまりにも、色々なことが一遍に起こり過ぎている。少し整理する時間が必要だ。

 

 

「行くわよ」

 

「ハァ!?テメーふざけてんのか!?こんな状態でコイツ放っておけばどうなるかくらい想像できんだろ!?」

 

「えぇ。でも、かと言って私たちがいてできることなんて一つもないわ。・・・・たとえ、魔法の力を使ったとしても、ね」

 

 

それは、皮肉だった。どんな奇跡を起こしたところで、結局は英雄の心を捻じ曲げていることにしかならない。現実を忘れさせ辛いことから目を背け続けても、そこに残るのは偽りで固められたただの偽物の安寧でしかない。そんなものになんの価値もない。ほむらは踵を返そうとするが、杏子はまだ動こうとしない。いい加減イライラが募って来たほむらは咎めるよう口を開こうとする。

 

 

「・・・・できることなら、ある」

 

 

何か決心したような顔つきでおもむろにパーカーのファスナーに手をかけ、降ろす。

 

 

「・・・・何をしているの」

 

「見りゃわかんだろ。落ち込んでる男を慰めるのも、女のやることだ。・・・・アタシは英雄に救われた。なんども励まされた。だから、今度は・・・・アタシの番。英雄が望むなら、アタシはなんだってする。たとえそれが、こういうことだったとしても」

 

 

そういって、一糸まとわぬ姿となり髪をまとめていたリボンもほどく。膝立ちになり、ソファに座ってうな垂れている英雄の手を取って、そっと自分の胸に触れさせた。

 

その光景は、とても儚げで。でも、今のほむらには怒りを湧き上がらせるのには充分すぎるものだった。普段の彼女からは全く想像できないほどに眉を顰めて怒りをあらわにして杏子の肩を掴んで力任せにこちらに向き直させる。

 

 

「貴女はどこまで愚かなの!?そうやって躰を差し出したところで、英雄の傷が癒えるとでも!?馬鹿なことをするのもいい加減にしなさい!」

 

「じゃぁどうすりゃいいってんだよ!?自分は死んでて、好きな人も目の前で死んで!その原因を作ったのは自分で!友達はゾンビにされた・・・・そんなモン、こうでもしねーと紛れるわけねぇだろ!」

 

 

目尻に涙を浮かべる杏子。勝気でどんな時でも強気な彼女が見せた普通の女の子の部分にほむらは一瞬目を見開く。直後、乾いた音が部屋に響いた。ほむらの振り上げた手が杏子の頬を叩いたのだ。

 

 

「そうやって、何もかもを忘れられるのならとっくに私がやってるわよ・・・・でも、現実はそんなことで全て有耶無耶にしてくれるほど優しくなんかない。それは貴女が一番よく知っている筈でしょ…?」

 

 

床に脱ぎ捨てられたパーカーを拾い、杏子にかぶせる。ほむらの言葉を聞いた杏子は何も言い返せず、ただ唇を噛み占めた。

 

 

「・・・・騒がせてごめんなさい。彼女は私のところで預かるわ。・・・・英雄、これだけは覚えておいて。貴方の事を、いつも心配している人がいるってこと・・・・それじゃ」

 

 

杏子を連れて、ほむらが出ていく。一人残された英雄は頭を抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日。依然、英雄は学校に顔を出していない。そればかりかさやかまで最近はずっと休んでいる。学校側には病気でということにしてあるが、真実はそうじゃない。

 

 あの出来事があった後、さやかは志筑仁美から上条恭介に想いを寄せていることをカミングアウトされた。そして、彼女は恭介に告白。その事がただでさえ情緒不安定になっているさやかを追い詰めてしまい、今ではもまどかでさえ連絡が付かない始末となっている。杏子も、街で逢ってもどこか上の空でほむらはというと、いつも通り何を聞いても「関わるな」の一言で取り繕ってはくれない。

 

 自分ひとりだけが、何もできず蚊帳の外。それが耐えられなくなったまどかは、放課後にとある場所へと向かう。それは――――英雄の部屋だった。さやかも心配だが、もっとほっとけないのはただでさえ精神の弱ってる英雄だった。きっとまたなにも食べずにあんな風になっているに違いない。なら、せめて気持ちだけでも助けになりたいとお小遣いを前借してスーパーで買い物をしてから英雄の部屋へと向かう。途中母にからかわれたりしたものの、うまくごまかしてから歩を英雄の部屋へと向ける。

 

 

「・・・・あ、雨降ってきちゃった・・・・」

 

 

そういえばここのところ天候が安定してなかったし、今朝の天気予報では午後から雨になると言ってたっけと思い出す。鞄の中にある折り畳み傘を探し当て、それを差して少し足早に向かう。

 

スーパーから英雄の部屋までは時間はそうそうかかるものではない。体力もさほどない自分でも早歩き程度なら、息切れをそこまでせずにたどり着ける。が、いざ玄関の前まで来ると緊張してしまって中々ドアノブに手をかけることができない。手を伸ばしては引っ込めてを数回繰り返す。

 

 そうして、何度目かの時。中から声が聞こえてきた。話し声ではない。でも、どこか切羽詰ったような・・・・そう、どちらかというと運動している時に出す声のような、力む感じに近い。そしてそれが親友のものだと気づいたまどかはハッとなってドアを開けて靴も乱暴に脱ぎ捨てて部屋へと入る。足は自然と寝室へと向いていた。そこで見たのは――――

 

 

「さ、さやかちゃん・・・・!?」

 

「ん…あぁ、なんだまどかか」

 

 

一糸まとわぬ姿の英雄と、またがるさやかの姿だった。手に持っていたビニールが音をたてて床に落ちる。

 

 

「なに、してるの?」

 

「なにって。見ればわかるでしょ?」

 

「そんな・・・・だって、さやかちゃんには上条君がいて、ヒデ君にはマミさんが・・・・」

 

「・・・・もうさ、どーだっていいんだよ。なんつーの?こうしてるとさ、全部忘れられるんだよね…戦ってる時以外にも嫌なことぜェんぶ忘れることができるのよ。それに・・・・アタシら、ゾンビ同士じゃん?ホラ、ぴったしでしょ」

 

 

そう言って此方を見てくる瞳はまるで色をやどしていないようだった。なにもかもを諦めたそんな目はまどかを映しているかどうかも怪しい。

 

 

「まさか、ずっとそうやってたの・・・・?」

 

「アタシが魔女を狩ってる時とか意外はね。・・・・知ってる?ヒデってさ、すっごく優しいんだよ。こんなアタシをウケイレテクレテ・・・・」

 

「そんなの・・・・そんなの、違うよ!」

 

 

まどかは反発する。彼女の言っていることが偽りだと確信できたからだ。その要因として、机の上でかろうじて青く光っているソウルジェムを指さす。

 

 

「こんなのでヒデ君の心を捻じ曲げてまで、さやかちゃんは自分を慰めてほしかったの?違うでしょ!?さやかちゃん言ってたじゃない。この力で、みんなを守るって、正義の味方になるんだって。なのに、こんなのってないよ…これじゃ、二人ともかわいそうだよ!」

 

 

まどかの反論。それにさやかはピクリと肩を震わせ、英雄から離れてベッドから降りる。ゆらゆらと不気味に歩み寄ってくるさやかを見て息をのみ、2、3歩後退った。

 

 

「じゃあアンタがアタシの代わりになにかやってくれんの?何もしないアンタの代わりにアタシがこんなことになってんのよ・・・・自分はのうのうと平気な顔して生きててさ・・・・それなのに何、今度は説教ってワケ?」

 

「さやかちゃん・・・・私、そんなつもりじゃ・・・・」

 

「だったらなんだってのさ!?こんな躰にされて、恭介に好きって言えるわけないでしょ!?抱きしめても、キスしても、手を繋ぐことだって・・・・。その点アタシとヒデはおんなじなんだよ。同じ痛みを抱えた者同士・・・・お似合いでしょ」

 

 

あまりにもの迫力にまどかは何も言えずに口どもってしまう。目すらあわすこともできずにいると、さやかのソウルジェムが何かに反応するかのように光り出した。

 

 

「チッ、こんな時に・・・・まぁいいや。ヒデ、帰ったらまたアタシを抱いてよ…」

 

 

魔法衣に着替えて、さやかは出ていく。扉が閉まった音と同時にようやくまどかは詰まった息を掃き出し、ペタンとその場に座り込む。

 

 みんな、壊れていく。楽しかった日々が、温かかった想い出が、全て闇に沈んでいく。それがイヤで手を伸ばしても、ちっぽけな自分じゃ何一つ救えなくて。変わりたいと願っても、その願いがこうして全てを壊してしまうのが怖くて。どうしていいかわからなくて、まどかは泣きじゃぐる。

 

 

「ま、どか・・・・?」

 

 

その声に気が付いて英雄が起き上がった。顔からして疲労がたまりにたまっているが一目でわかった。まどかは涙を拭いて英雄に寄ると掛布団を英雄にかける。

 

 

「ごめんね、大丈夫・・・・?」

 

「あぁ・・・・これ、やっぱりさやかがやったんだな」

 

「うん。気づいてたの?」

 

「前に、イタズラで杏子に似たような魔法かけられたことがあってさ。それに感覚が似ていたのと…途中で、ホント断片的だったけど、さやかの泣いてる声と顔が浮かんだんだ」

 

「そう・・・・なんだ」

 

 

重い沈黙が、部屋に落ちる。

 

 

「…悪いな。こんなところ見せて」

 

 

気遣うように笑って見せるも、それが持つ説得力など皆無に等しい。まどかはそれが見るのが辛くて、そうじゃないと首を振る。

 

 

「私は大丈夫。みんなの抱えてるものに比べたら、全然へっちゃらだよ」

 

 

いつも通りの笑顔を浮かべ、散らばっていた袋の中身を片付けて以前来ていた時のように何かを作ろうとする。が、それを英雄は拒否し、食い下がるも頑なに拒まれたまどかは、

 

 

「じゃぁ、何か食べたくなったら連絡して。こんなことしかできないけど・・・・私、ヒデ君に元気になってほしいから」

 

 

そう笑顔で言い、部屋を出ていった。

 

 降りしきる雨の音だけが、部屋に響く。誰もいない、灯りもつけない部屋で英雄は天井を見上げてベッドへ横になる。

 

もう、疲れた・・・・こんなことしかない世界なんて・・・・マミのいない世界なんて・・・・。そう思って英雄は目を閉じる。二度と、その瞼が開かぬように願いをかけながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外から光りが差し込む。いつの間にやら夜を明かしてしまっていたらしい。枕元のめざまし時計がけたましくなっている。普段なら、うるさくて止めるところだがそうはしない。する気にすらなれない。このまま、死んでしまおうか・・・・そう思ったとき、不意に音がなりやんだ。

 

 

「もぅ、こんな恰好で寝ちゃって・・・・ほら、早く起きないと遅刻するわよ?」

 

 

聞こえてきた声に英雄は飛び起きる。

 

 少し大人びたような声。特徴的な髪型。見滝原の制服。そして、中学生らしからぬスタイルと、柔らかな物腰。その全ては、つい最近まで傍にあり、そして――――失った愛おしい少女のそれだった。

 

 

「・・・・マミ・・・・ウソだろ?だって、おまえは魔女に食われて・・・・」

 

「魔女?何をわけのわからないこと言ってるの。それに食われてって、人を勝手に殺さないでちょうだい」

 

「いや、だって――――」

 

「いいから、つべこべ言わずにとっとと起きる。おばさまもご飯を用意してまってるわよ?」

 

 

そんな馬鹿な。起き上がった英雄は部屋から出てリビングへ。すると、そこには朝食とおぼしきものと、キッチンには・・・・食器を片付ける母の姿があった。

 

 

「あらマミちゃん、いつも悪いわね。このこ朝は弱いから」

 

「いえいえ。私も父さんと母さんがそろって出勤の時が多いですし、そのたびにご飯もごちそうになってますから、これぐらいは当然ですよ」

 

「フフフ、すっかりお姉ちゃんね?」

 

 

そんな会話をしながら笑う二人を見る。

 

ありえない、と英雄は我が目を疑う。両親は事故で死んだはずだ。それにマミは自分の目の前で魔女に食われて死んでいる。今目の前ひ広がる光景は、もう二度とみることなんてないと思っていたものだ。おかしい。あきらかに何かが狂っている。

 

 

「どうしての英雄?そんなに恐い顔して」

 

「どうやら、今朝怖い夢でも見たらしいんです」

 

 

夢・・・・そうか、これは夢なのか。イヤ、それとも今までの方が夢だったのか・・・・?だんだんと、まるで塗り替えられていくように脳内が変わっていく。辛かったはずの記憶も、楽しかったはずの記憶も・・・・なにもかも。

 

 ふと、なにかの温かさを感じた。懐かしい温度に英雄はハッとなって目を開くと。

 

 

「怖かったのね・・・・よしよし」

 

 

母に頭をなでられていることに気が付いて赤面。慌てて離れる。

 

 

「ちょ、母さん何すんのさいきなり!?」

 

「何って、子供が悩んでいるのに心配しない親はいないでしょ?」

 

「フフフ、英雄君たら、顔真っ赤よ」

 

 

マミに指摘されてう~と唸るも何も言い返せずに朝食が用意されているテーブルの前に腰掛ける。ムスッとした顔と態度をみて苦笑する二人も席につき、手を合わせて「いただきます」の声を合わせて食事に。

 

そこで、ふと思う。

 

 

(こんな風に食事するの久しぶりかも・・・・)

 

 

いままではマミと二人きりだった食事。でも、今は母がいて、隣にはマミがいる。もう叶わないと思っていた光景が目の前にあるのだ。

 

 

「遅れたァ!おばさん、おっはよ~!」

 

「あらあら、杏子ちゃんもいらっしゃい。今ちょうど食べ始めたところよ」

 

 

ドタバダと音が鳴ったかと思ったら入って来たのは見滝原の制服に身を包んだ杏子だった。それに驚愕して目を見開く。

 

 

「杏子!?どうしてお前がここに・・・・」

 

「ハァ?何言ってんのさ。英雄、とうとうマミのボケが移ったか」

 

「ちょ、〝杏子ちゃん〟!?それ聞き捨てならないわね」

 

「だってホントのことだろ?」

 

 

・・・・おかしい。たしかにそう感じた。自分の記憶が正しければ、マミは一度も杏子を下の名前で呼んだことはない。それは親しい人間、同性であっても苗字で呼ぶという癖があるからだ。さらに杏子とは英雄も付き合いは長い。間違える、ということはないはずだが。

 

 

「どうしたんだよ、人の顔じろじろ見て・・・・あ、さてはアタシに惚れたか?そうなんだな?それならそうと早く言ってくっれりゃいいのに・・・・てなわけでマミ、お前はお呼びじゃないから帰っていいぞ」

 

「なんですって!?英雄君は、わ、わわわわ、私が・・・・!」

 

 

マミが赤面してうろたえる。それを見てあらあらうふふと笑顔で見る母。そして、ガハハと笑う杏子。その光景を見て――――

 

 

「・・・・あらあら、どうしたの?」

 

「え?」

 

「何泣いてんだよ…からかって悪かったって」

 

「大丈夫?」

 

 

泣いている。そう指摘されて英雄は自分の頬に触れると湿った感触があるのに気が付く。それを意識した瞬間・・・・なぜだろうか。涙が止まらず溢れだし、嗚咽が漏れる。

 

 

(これだ・・・・俺がずっと欲しかった時間だ・・・・)

 

 

温かな家族。愛おしい人。自分を慕ってくれる友人。きっと学校に行けば、まどかが笑って迎えてくれて、さやかとネタではしゃいで、それを仁美が一歩引いた視線でみて笑っている。そしてそこにほむらがやってきて・・・・。

 

みんなが笑顔でいられる、そんな世界。何でもない普通の日々にどれだけ大切なものが詰まっているのかをようやく思い出せたきがして、英雄は泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴロゴロと音がする。空には暗雲が立ち込め、それまで晴天だった青空を徐々に覆っていき、地面に影を落とす。次第に空気が湿り気を帯びてきて鼻を抜ける匂いが湿った土のものに変わった時、雨が降り出す。それまでの予報は晴れだったにも関わらずこうも急に雨が降るというのは、夏が近いからということなのだろう。

 

とはいえ、天気予報を信じてきて傘も持っていなかったマミと英雄は慌てて公園にある休憩スペースへと駆けこむ。こういう時、こんな場所があるのはラッキーだと濡れた髪の毛を拭きながら思う。

 

 

「もう、天気予報なんて信じない」

 

「まぁそう言うなって。あくまでもアレは予報なんだしさ」

 

「それは、まぁそうだけど・・・・」

 

 

口どもるマミ。こうも愚痴をこぼすとは珍しいこともあるものだと思っていると、なにやら剥れた顔をしてブツブツ言っている。この後予定でもあったのだろうか。

 

 

「なんか予定あったのか?」

 

「え、あ、うん・・・・実は、ね。この後、みんなでお茶会をしようって計画してたの。ホラ、今日誕生日だし」

 

「あ~…って、自分の誕生日にそういうことやるのってなんか違くないか?」

 

「い、いいのよ!それに企画してくれたのは私じゃなくて杏子ちゃんなのよ」

 

「・・・・そっか。珍しいこともあるんだな。杏子がそんなこと言い出すなんて」

 

「大方、自分の手料理を作って英雄君を落とそうとしてるのよ。まったく…油断も隙もあったもんじゃないわ」

 

 

そう言ってふくれっ面になるマミ。こういうところは後輩達には見せられないなと苦笑すると、なんだか愛くるしいものを見てるようで頭に手を乗せて撫でてみる。不意にやられたことに驚きながら赤面するマミ。

 

 

「ど、どうしたの?急に・・・・今日、なんかヘンよ・・・・」

 

「…こうしたかったんだ。嫌なら、やめるけど」

 

「・・・・イジワル」

 

 

少し空いていた距離を埋めるようにマミが腰を浮かせて英雄に寄りそうようにして座る。肩に頭を乗せそっと目を閉じるその横顔はとても幸せそうな表情だ。

 

――――でも。

 

 

「・・・・なぁ、マミ。これってさ、夢・・・・なんだよな」

 

「・・・・どうして?」

 

「まず、マミは一度も杏子のことを下の名前で呼んだことなんてなかった。それに・・・・母さんも、事故で死んでるし」

 

「・・・・ここは、貴方が望んだ世界。美樹さんと〝佐倉さん〟の魔法の影響で生まれた言わば夢の世界。理想と願望が詰まった、そんな場所よ」

 

 

そうか、と呟いて息をつく。

 

 

「ねぇ、英雄君。ずっとここにいましょ?ここでなら、私は貴方の傍にいられる・・・・私だけじゃない、みんなだって・・・・」

 

「・・・・あぁ、そうだな」

 

「じゃぁ――――」

 

「でも、それはマミが一番やっちゃいけないことだってわかってるんじゃないか?」

 

「・・・・」

 

「たしかに辛いし嫌なことばっかりだけどさ。でも、それでも希望を信じて生きてる子を俺は知ってる。その子は、多分俺なんかよりずっと過酷で辛い想いをしてきたんだと思う。なのに、俺だけここに逃げ込んだら、それは卑怯だよ」

 

「でも貴方はそれでいいの?後悔しない?」

 

「そうも言ってられるような状況じゃないしな」

 

 

苦笑いを浮かべる。こうなったのは、現実から逃げ続けてきたしっぺ返しだと英雄は思う。変えようと思えば変えられた。マミの死も、さやかと杏子の衝突だって。考えたみればいくらだもあったはず。なのにこうなったのはそれを躊躇って何もせず、ただ見ていることしかしなかった自分の責任だ。

 

 なら、これをひっくり返すのも自分の役目。今、外で頑張っているであろう少女達の為に自分はまだここにいるべきではない。

 

 

「・・・・そう」

 

 

なにか諦めたような、でも嬉しさを含んだような声でマミが言い、立ち上がる。

 

 

「・・・・やっと決心したのね。遅すぎよ?」

 

「無茶言わないでくれ。得たいのしれない力があるってのは相当恐いもんだぜ?」

 

「でも、もう平気でしょ?」

 

 

そう言ってマミがエボルトラスターを差し出してくる。英雄はそれを受け取ると、まじまじと見つめて立ち上がる。

 

 

「・・・・それじゃ、もう行くよ。ちょっとの間だったけど、ありがとう。あの人にも、御礼言っといてくれ」

 

「・・・・うん」

 

 

どこか浮かない顔のマミ。それでも精一杯の笑顔を作る少女を、英雄はそっと抱きしめた。それと同時に、今まで堪えていたものがあふれ出す。それはマミではなく、英雄のものだった。

 

 

「・・・・もう、こういう時は普通女の子を安心させるものでしょ?」

 

「…だって、ずっと、こうしたかったんだ・・・・たとえ夢だったそしても、俺・・・・嬉しくて・・・・」

 

 

嗚咽を堪えて絞り出す声。もう今にも大声で泣き出しそうなちょっと頼りない少年を、マミはそっと抱き返す。

 

 

「…私もよ。ずっとこうしたかった・・・・でも、いいの。もっと大事なものを貴方から貰ったから」

 

「大事な、もの・・・・?」

 

「・・・・好きって、気持ちよ」

 

 

不意に顔が近くなり、やがて唇に温かく柔らかな感触が重なる。英雄は目を閉じてその感触に心をゆだね、やがて名残惜しそうに離す。

 

 

「不意打ちって、ズルいっての」

 

「フフ、これでもおねーさんですから。これぐらいのことはやれて当然です」

 

「・・・・俺も好きだ」

 

「ありがとう。私も、ずっと好きよ。・・・・だからっ」

 

 

今度は軽く、でも少しだけ強く拳を作って英雄の胸に当てるマミ。その際「えいっ」と力んでやっている為彼女なりの素での全力なんだろう。

 

 

「頑張ってこい、男の子!泣いてる女の子を助けるのはヒーローの役目でしょ」

 

「・・・・あぁ!」

 

 

胸の中にある確かな鼓動をしっかりと感じ取り、英雄は光に包まれて消えていく。

 

 

「ありがとうマミ・・・・行ってくる!」

 

「・・・・行ってらっしゃい」

 

 

その会話を最後に、英雄は還っていった。一人残ったマミはスカートのポケット中に手をいれ、握ったものを大事そうに取り出す。それは以前、英雄から渡されるはずだったストラップだった。それを見つめた後、胸の前で包むようにして握りしめる。

 

 

「…現実でも、こんな風に、いたかったな・・・・」

 

 

静かな涙が、頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開ければ、そこは再び自分の部屋。背後に気配を感じて意識を向ける。

 

 

「・・・・美樹さやかが魔女になったわ」

 

「あぁ・・・・全部教えてもらったよ」

 

 

エボルトラスターが脈打つ。

 

 

「・・・・いいのね?」

 

「あぁ。・・・・もう、逃げない」

 

 

彼女の願いに恥じぬよう。彼女の想いに恥じぬよう。

 

前を見据える。やるべきこと、やりたいこと。全部から目をそらすことなく、しっかりと、真っ直ぐに。

 

 

「さやかを・・・・助ける!」

 

 

それが、英雄(ヒーロー)のなすべきことだと定めて。



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Ep.10 -赤く熱い鼓動-

かなり遅くなりましたが短いです…(´・ω・`)


 

ここに、一人の少女がいる。活発で明るく、誰にでも好かれる元気な女の子だ。

 

家族は父と妹の三人。母は若くして他界し、現在は父の切り盛りする教会で暮らしている。決して裕福とは言い難い家計ではあったが、それでも平和に毎日を過ごしていた。

 

 しかし、父は違った。正義感の強い父は神からの教えを説くことはしても、それが全てではない。そこに自らの意見を強調させ、人々に訴えかけたのだ。だが当然彼の話に耳を傾ける者は誰もおらず行き場のない焦燥感のようなものだけが渦まいていた。

 

それでも、父は娘達の前では笑っていた。少女は父が頭を撫でてくれるのが好きだった。それがたとえ本心を隠した顔であったとしても。

 

――――ある日、白い使いが来てこう言った。

 

 

「きみの願いをなんでも一つ叶えてあげる。ただし、その代わりきみは人であってヒトではなくなることになる」

 

 

少女はその誘いを受けた。

 

祈りをささげ、代わりに背負った使命は異形の者たちとの戦い。だが、不思議と恐怖はなかった。家に帰れば、またあの笑顔に会える。あの大きな手で撫でてくれる。妹と一緒に遊べる。

 

 

 

――――はずだった。

 

 

 

 

目にしたのは狂ってしまった父の姿。あの優しかった父が、人を殺した。それだけでも大きなショックの彼女に父は追い打ちをかけるかのように言う。

 

 

――――この魔女め。

 

 

耳を疑った。嘘だと叫んだ。これは悪い夢だと泣き喚いた。でも現実はどこまでいっても現実でしかなく、少女の前に置かれたのは自分の祈りで希望を見出した父の活気溢れる顔ではなく、返り血を浴び、歪んだ笑みを浮かべている父の姿だった。全てを否定され、揚句命を狙われた少女は部屋の中を逃げ惑う。魔法という絶大な力を持っていても、それをいざというとき使えないのでは意味がない。向ける相手が人殺しをしたとしても自分の父親、できるはずもなくただ目の前の恐怖から逃れようと必死になる。そうしていつのまにか気づけば家から飛び出していた。涙をボロボロと流し、靴を履くことも忘れ、裸足で逃げ出した少女はようやく立ち止まり膝から崩れ落ちる。

 

なんで、どうして。もうそれしかでてこない。ふと、後ろを見た。もくもくと上がる煙。鼻を抜ける焼けた臭いと、赤々と光る炎。それに混じって臭って来る燃焼剤特有のものが彼女に更なる絶望を突き付けてきた。

 

 誰かのために願った祈り。この身をささげてまで叶えた願いは今どうなっている?こんなことが自分の望みか?

 

いいや、違う。こんなことなど望んではいない。誰が望むものか。

 

すぐに助けに行かないと。そう考え立ち上がろうと足に力を込める。だが、その足は動くことを拒絶した。あの狂った人物を、妹を殺したあの人を、自分を否定したのにどう父と考えようか。魔女と罵られ、命の危機さえあったというのに。それでも助けるといえるのか?

 

問いかけて出した答えは――――逃げること。燃え盛る炎は、まるであの父の手のように大きくて・・・・少女を捉えようとするかのごく、燃えていた。

 

 それから彼女は誰かの為、という物をしなくなった。行為のみならず、言葉にすることすら嫌うようになった。否定され、恐れられるだけ。誰も見てくれない、誰も自分と向き合ってくれない。

 

誰も――――。

 

しかし。

 

 

「おい――――」

 

 

この世の中、嫌いなことばかりだと思ってた。でも――――

 

 

「――――大丈夫か?」

 

 

そうでもないと、思えたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さやかちゃん、思い出して!私達の声を聴いて!」

 

 

後ろで声の限り叫ぶ少女。それを見て「あぁ、自分もそうすればよかったのかな」と軽く後悔する。なんでったってアイツの口車なんかに乗せられたんだか。つくづくバカに思えてきて笑いすらでてくる。

 

 

「…前に言ったっけ。あたしとあんたはおんなじだって。誰かの為に願って、結局このザマ。ホント、バカみたいだよな…」

 

 

飛んできた歯車を槍で防ぎながら独り言のようにつぶやく。とうとう頭までおかしくなったかとさらに笑いがこみあげてきて口角をゆがめた。

 

 

「でも、あたしと違ってあんたはスゲーよ。叶わないと知っても、まだ足掻きつづけたんだからさ」

 

 

逃げ出した自分とは違い、彼女は最後まで足掻いた。たとえやったことは褒められることでなくても、それでも根底にあることは変わってはいなかった。

 

誰かの為に戦う。魔法少女としては最低なことでも、ヒトとしては立派なことだった。その結果が魔女化(コレ)だとしても。

 

だからこそ、納得がいかない。認めたくはなかった。汚いことばかりして生き残ってきた自分がこうなるのなら納得がいく。そういう経緯でこの結末を迎えるのだから。

 

でも、コイツは――――さやかは違う。誰かの為に祈って、誰かの為戦い続けてきんだ。その結果がコレなんて・・・・そんなの、受け入れられるわけがない。

 

だから。

 

 

「そんなアンタを、このまま終わらせるなんて・・・・このあたしが許さない」

 

 

向かってきた歯車を今度は左に転んで回避。身を起こすと同時に踏み込んで腕を切り落とす。青い血のような液体がドバドバと溢れた。

 

 

「聴いてんのかさやか!いい加減目ぇ覚ませってんだようすのろがァ!?」

 

 

自分も声の限り叫び続けよう。彼女のように、祈りを捧げよう。言葉使いは悪いけど、でも、それで届くならどんな汚い言葉でも吐いてみせる。

 

自分でも不思議なくらいだ。こんな風に思えるなんて。でも・・・・なんだか、いいな。こういうのって。

 

 脳裏によぎるかつての記憶。マミと些細なことでモメた記憶。英雄のことをからかって遊んだ記憶。そして――――二人と初めて逢った時の記憶。こんな自分にも救いがあったんだ。だから…

 

 

「頼むよ神様・・・・こんな人生だったんだ。せめて一度ぐらい、素敵な夢を見させてよ・・・・!」

 

 

着地し、ダメージにより膝をつく。息も荒い。もう、ダメだ。胸のソウルジェムも黒く濁ってきている。体に力も入らない。

 

 

 

(あぁ、やっぱりダメか・・・・。あたしじゃ、聴いてくんないよな・・・・)

 

 

崩壊する地面。感じる浮遊感。もうどうでもよくなったかのようになにも感じない心。すべてに諦めを決めた時。何かが不意に輝いた。

 

 

――――諦めるなッ!!

 

 

誰かにそう言われた気がしてハッとなる。直後、感じたのは温かな温度。心に染み入ってくるその心地よいぬくもりはゆっくりと、そしてはっきりと形をとっていく。巨大な手、躰。胸に輝く赤い印。銀色の肌。それがなんなのかに気付くまでに少しの時間を有した。

 

 

「…英雄?」

 

 

その呟きに頷く巨人。巨人は着地するとゆっくりとした動作で手を降ろし、彼女の身を共にいたほむらとまどかに預ける。

 

 

『…ゴメン、杏子。遅くなって』

 

「…ったく、かっこつけんなよな。これ以上どう惚れろってのさ」

 

『ハハ・・・・。でも、大丈夫。もう、決めたからさ』

 

 

力強い言葉に杏子は笑う。その笑顔をしっかりと胸に刻み英雄――――ウルトラマンは立ち上がり、振り返る。

 

 

『見せてやるよ。愛と勇気が勝つストーリーがあるってことをさ…!』

 

 

ウルトラマンが構える。それに呼応して魔女となったさやかが咆哮をあげた。ひるむことなく、彼は魔女を見据える。そこに囚われているであろう少女を救うために。

 

 

『シェアッ!』

 

 

 




書いていて気が付いたんですがネクサスってたしか浄化系の技なかたような・・・(; ・`д・´)


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