ゴーストスイーパー横島 極楽大作戦R!! ~復刻編~ (水晶◆)
しおりを挟む

リポート0 漢(オトコ)の決意!!

オッサンホイホイ!(挨拶)
これも海○戦記の合間にちょこちょことやっていこうかなと。
過去掲載分に関しては、ほぼ修正なしで行きます。
原作もこれも古いものですので、古典を読むような感じでお願いします。


 命とプライド、どちらを取るか。

 命と金、どちらを取るか。

 

 ためらう事なく即答しよう。

 

 命の方が大事に決まっていると。

 

 しかし、だがしかし!

 

 命と女、ならばどうだ?

 

 ただの女ではない。綺麗なねーちゃんだ。ムチムチプリンの極上なねーちゃんだ。

 しかも! しかも相手は尽くすタイプだと言っている! 出血大サービスだと言っているッ!!

 この世に生まれ落ちて17年。ようやく訪れた我が世の春を前に、この熱く滾る情熱を抑えることなど出来ようか!?

 答えは否。断じて否!!

 

「と、ゆーことで目の前に開かれた青春の門への誘惑に勝てなかったんやーーっ!」

 

「何がとゆーことで、だ! 毎度ながら、いいように操られよってからにコイツは~~。

 しかも、今回は雇い主を生贄にしようなんてね!? いい根性してるじゃないの横島クン?」

 

「かんにんや~~っ! しかたがなかったんや~~っ!! だってだって、あの女の幽霊が美神さんにとり憑いたら二人で幸せになれるってーーっ! なろうってーーっ!!」

 

「ええいッ! 泣きつくな抱きつくな離れんかこのクソガキーー!!」

 

 

 

 私の名前は横島忠夫。

 どこにでもいる平凡で善良な17歳の青少年。前途有望な若者である。

 異国へと旅立った両親の手を離れ一人日本に残った私は、一日も早く自立した人間になれるように、こうして学業の合間をぬってはアルバイトに精を出す日々を送っていた。

 

 美神除霊事務所。それが私の職場である。

 平時には平凡な学生として日々を過ごし、時が来れば人に仇名す悪鬼悪霊を打ち払う正義のゴーストスイーパー。

 それが私のもう一つの顔だ。

 

 折からのバブル景気、それに伴う地価高騰によって地縛霊の除霊は超ボロい仕事となっていた。

 一般人が住む場所にすら不自由し始めたこの国に、もはや幽霊であろうとも住まわせておく余裕はない。

 そして、地縛霊に対する除霊への報酬が跳ね上がった影響か、除霊という行為自体へ求められる報酬の相場も比例するように上昇していた。

 故に、多くの霊能者や、それに関係する者たちが莫大な利潤を生み出す心霊現象へと群がり、除霊は一大ビジネスとなって瞬く間に世間へと広まっていた。

 無論、おいしい話には裏がある。

 富と言うリターンを得るために、悪霊相手に差し出すチップは己の命である。

 これを高いと見るか、安いと見るかは人それぞれであろうが、私に言わせればそんなモノに命をかける彼らの気が知れない。

 

 さて、そんな強欲者たちの中でも一際異彩を放つのが、私の雇い主であり目の前にいる人物である。そう、美神令子嬢だ。

 誰が見ても目を引いてしまう美しい容姿と燃えるような赤い髪、抜群のプロポーションを惜しげもなく衆目に晒すボディコンに身を包んだ彼女は、20歳という若さでありながら今や押しも押されぬ業界トップクラスの人物である。

 

 

 

「ああっ、お姉さまの良い匂い! 美神さんってあったかいなー! やわらかいなーーっ!!」

 

「ぶち殺すぞこのセクハラ小僧が!!」

 

 勢いのままに彼女に抱きついてしまったが、私はこの程度で満足するような軟弱な男ではない。

 いつの日か堂々とこの手で彼女とくんずほぐれ――

 

「アンタねぇ? 本人を前にしてずいぶんと好き勝手言ってくれるわね……」

 

「ああっ!? しまった! 心の声が口に出てたーーっ!?」

 

「それに、どこの誰が正義のゴーストスイーパーか! アンタはただの丁稚でしょーが!!」

 

「ちょ、荷物持ちから丁稚に格下げっスかーーっ!?」

 

「婦女暴行罪でブタ箱に放り込まれんだけでもありがたいと思わんかーー!!」

 

「ブーツが!? いつものハイヒールよりはましだけどブーツのヒールでもぐりぐりはやめて! 愛が、愛が痛いーーっ!」

 

 あ! 美神さんのおみ足が!?

 もーちょっと! もーちょっと上に――って!

 

『えーかげんにせんか貴様等ーーっ!!』

 

 俺が命を掛けて女体の神秘に挑もうとしていたところに、野太いおっさんの怒声が響いた。

 開けてはいけない新しい世界への扉を開きかけていた俺にとっては、ある意味で助けにも似ていたが、美神さんが脚を振り上げる=スカートの中の絶対領域に近付けるという究極の公式が成り立っていただけに、どうしようもなく恨めしさが募る。

 どこのどいつだと声の出所を探れば、俺と一緒に幸せになろうと言っていた出前のねーちゃんの幽霊が居た場所だ。

 そこにあのねーちゃんの姿はなく、むさ苦しいオッサンの幽霊の姿があった。

 いや、よく見れば、あのオッサンの顔、どこかで見覚えがあるような? 

 

「ハッ、やっぱりアンタがそうだったのね。化けの皮を剥がして本性を見せたわね鬼塚畜三郎!」

 

『ドやかましーわ! 黙っておったらイチャイチャしおって!! イヤミか!?

 殺されるまでの32年間、女っ気なんぞ全くなかったワシに対してのあてつけかーーっ!!』

 

「なっ!? 幸薄そうな出前のねーちゃんがおっさんになったーーっ!?」

 

 

 

 鬼塚畜三郎。

 今回美神さんが受けた除霊物件。そこで起きていた霊障の元凶でありこの建物の主であった男の悪霊だ。

 残忍非道で冷酷無比。10代で一大勢力を築き上げた犯罪組織のボス。

 その最期は部下に裏切られて殺された、というものらしいが生前の経歴を見れば同情の余地はない。そんな男だ。

 しかも、死後悪霊になってまで人様に迷惑を掛けているようなしつこい奴だ。

 

 そんな奴が相手なのだから、俺はてっきりいつも通りに問答無用でシバキ倒すのかなと思っていたら、美神さんの考えは違ったらしい。

 曰く、相手が相手だけに噂や報告書なんてあてにならない。本人の言い分も聞いてやりましょう、と。

 美神さんも後ろ暗い事ありますからね~、と言ったらシバかれた。

 

 で、交霊術だか降霊術だか分からんが、とにかくそーゆー術を使って本人を呼び出したわけだ。

 結果は真っ黒。

 報告書や噂に嘘偽りはなし。本物の悪党だった。

 何やら喚き叫びながら突っかかってきた鬼塚の霊を、涼しい顔して平然と踏みつけていた美神さんはスゴイと思う。

 

 もっとも、その場は逃げられてしまったが相手は地縛霊。この建物から外へ出る事はまずありえない。

 長期戦になると見越した美神さんが、相手の出方を見る為にと俺を囮にした時には、正直はらわたが煮えくり返る思いであったが、お願いをされたあの時の、お互いの顔を間近に寄せ合った、あの瞬間のトキメキの前には許してやらん事もなくはない。

 さりげなく胸が当たっていた事も大きい。誘っているのか? 俺を誘っているのか?

 ゴチになります、と抱きしめたら腹に強烈な膝蹴りを食らった。しかし、悔いはない。

 

 そんなこんなで色々あって、冒頭に至るわけだが――改めて思い出したら腹が立ってきた。

 

「俺の純情を弄んだんだなコンチクショーーッ!! ヨコシマパーーンチ!!」

 

 狙いは当然目の前の鬼塚だ。

 美神さんに踏みつけられていた姿を思い出せば、相手は柄が悪いだけで、その実力は大した事はないはずだ。

 俺にだってやれるはずだ。

 

 

 

 そんなはずがあるわけがないのに。

 

 相手は霊だ。人に害をなす悪霊だ。

 生身の人間、それも一介の高校生、荷物持ち程度にどうこう出来るような相手のはずがない。

 美神さんはプロなのだ。彼女はその中でも特別なのだ。自分など彼女の周りにいる有象無象の一人にしか過ぎないのに。

 強いのは美神さん、凄いのは美神さん。目の前の悪霊が恐れたのも美神さんだ。

 

 ――俺じゃない。

 

 目の前の悪霊は、横島忠夫の存在など歯牙にも掛けてはいない。

 俺は一体、何を勘違いしていたのか。

 

「ゴフッ!?」

 

 俺のパンチは、鬼塚の身体をすり抜けて空を切る。それなのに、勢いのままに突き進む俺の身体は“鬼塚の霊体にぶつかって”弾き飛ばされていた。

 冗談じゃない。

 こっちの攻撃はすり抜けるのに、相手の攻撃は当たるってどんな反則だ!?

 

「横島クン!?」

 

 美神さんが俺の名前を叫んでいた。

 ド素人の俺が、臆病な俺が見せたアホな行動は、彼女にとって予想など出来るはずがない。

 申し訳ない気持ちになりながら、怒っているだろうなと美神さんを見た。

 いつも高飛車で妙な自信に満ち溢れて、自分やお金の事意外は屁とも思っていないであろう高慢ちきな女王様が、泣きそうな顔になっていた。それは俺が見た美神さんの初めての表情だ。

 見てはいけなかった、させてはいけなかった表情だ。

 

 美神さんが、その手に持っていた霊体ボーガンを投げ捨てて飛び出した。

 

 鬼塚の悪霊が俺を喰い殺そうと迫ってくる。

 

 美神さんが、スカートの陰に隠していたホルダーから神通棍を取り出して振りかぶる。

 

 鬼塚が大口を開けて俺に覆い被さろうとしている。

 間に合わないな、と冷静に状況を把握している俺がいた。

 死に際の集中力だとか、走馬灯ってものは眉唾物だと思っていたがどうやら本当にあるものらしい。

 

 俺の脳裏にこれまでの17年間がスクリーンに映された映像のように流れていく。

 色鮮やかな場面もあればモノクロの場面もある。ノイズにまみれて何が何やら分からない場面もだ。

 登場人物も多種多様。美神さんや親父やお袋、学校の友人や疎遠になった幼馴染、商店街のおっさんやエロビデオの女優さんもいる。

 けしからんくい込みのレオタード、いやビキニか?

 そんな全くもってけしからん格好をした見知らぬ美女の姿もあれば、清楚な巫女さんやら褐色の肌の美女、十年後ぐらいに出会いたかった少女や十年前に出会いたかった美人さんの姿もあった。

 犬のような尻尾を生やした少女、小生意気そうな少女、角を生やした女性に猿とかマザコンとかロン毛とか……。

 

 ……ちょっと待て。

 

 いやいや、ちょっと待て俺の走馬灯!?

 明らかに“見た事もない、名前すら知らない美女たち”がいるのはどういう事だ? 男もいたような気がするが、そんな事はどうでもいい!

 

 何だこれは?

 俺はこんなにも美女に飢えているとゆーのに!

 彼女ナシ17年の切ない生涯を今この時に終えようとしているのに!!

 俺の走馬灯らしきモノは俺の見知らぬ美女たちに満ちているではないかっ!?

 

 あり得ない!

 

 理不尽だ!!

 

 俺の走馬灯モドキっぽいモノの分際で、俺の知らない美女を侍らすとはいったいどういう了見かっ!!

 

 赦すまじ、俺の走馬灯みたいな何か!!

 

 俺はありったけの怒りと憎しみと嫉妬と煩悩と色々なモノを混めて込めて――

 

「そのねーちゃんたちは全員俺のモンじゃーーーーッ!!」

 

『ギィヤァアアアァーー!』

 

 我が生涯に一片の悔い無し、と。

 大往生を果たした世紀末覇者の如く、俺は拳を天に突き出して立ち上がっていた。

 ワタ飴みたいな何かをぶっ飛ばしたような気がするが、今はそんなことよりも!

 

「何だ、あのけしからん乳尻太ももたちは!! ハッ!? そうか、あれは俺の妄想の中の住人!

 つまり著作権者は俺! ナニをどーしよーが俺の自由!! 俺だけの――」

 

 ――ナニを……

 

「俺だけの桃源郷ーー!?」

 

「トチ狂っとるかキサマはーーっ!!」

 

「うぎゃーーーーっ!?」

 

 修羅の如き美神さんのシバキを受けてぶっ飛ばされる俺。

 あまりの衝撃の為か、その瞬間に俺の脳内の桃源郷の住人たちが霞がかって消えていく。

 

「ア、アカン! そんなんアカン!! まだ何にもしていないとゆーのに!!」

 

 必死だった。

 周りなんか見えちゃいない。

 

「幻でもせめて一掴みーーっ!」

 

 次の給料日まで一週間の時点で、所持金が三桁を切った時よりも必死だった。

 失われていく脳裏に浮かんだ桃源郷のねーちゃんたちを掴み取ろうと必死になって手を伸ばした。

 この一瞬に全てを。

 

 その手が――届いた。

 

 美神さんの――胸に。

 

 

 

 

 

 翌日、俺は白井総合病院のベッドの上にいた。

 その横では、簡素な椅子に腰掛けた美神さんがなにやら書類の修正作業をしている。

 

 あの後、あそこでいったい何が起こったのか。俺には綺麗さっぱり記憶がない。

 再び気がついた時にはベッドの上だった。

 何だか分からんが、重症だったが、不思議と後悔はない。

 あの時、確かに手にした乳の感触。

 それは、今もこの手の中にある。

 この感触を覚えている限り、俺はまだまだ進めるはずだ。

 

 バレたらきっと殺されるので、この事は胸の奥に永久に封印しておこう。

 上書きできないようにツメを折っておかないとな。

 

 そんな事をぼうっと考えていたら、美神さんがここ数週間見たことが無いほどに澄みきった笑顔で、修正の終わった書類を俺に突き出していた。

 

 雇用契約書と書いてある。

 

「横島クン? “昨日から”時給250円ね」

 

「……給料なんてどうでもいいです。一生ついていきますおねーさま」

 

 そうだ、悲しくなんてない。俺は、やり遂げたのだから。

 決して、こめかみに井桁を貼り付けた美神さんの笑顔に、溢れ出る黒いオーラに屈したわけではない。

 

 

 

 

 

 命とプライド、どちらを取るか。

 命と金、どちらを取るか。

 ためらう事なく即答しよう。

 命の方が大事に決まっていると。

 しかし、だがしかし!

 命と女、ならばどうだ?

 ただの女ではない。綺麗なねーちゃんだ。ムチムチプリンの極上なねーちゃんだ。

 そして俺の勘は告げている!

 このねーちゃんについて行けば、俺はきっとあの桃源郷に辿り着く事が出来ると!!

 桃源郷が何なのか、自分自身さっぱり分からない!

 だが、俺のことだから美人でエロくて可愛くて控えめで、それでも時々ふとしたことで――

 

 とにかく!

 俺の勘が告げている。このねーちゃんから、美神さんから離れるなと!

 当たり前だ!!

 この横島忠夫、美人の為なら命など惜しみはせんっ!

 

 

 

 でも、時給はもうちょっと、もうちょっとだけ、なんとかなりません?

 駄目っスか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート1 薄い人

 GS(ゴーストスイーパー)の仕事、特にこの美神除霊事務所で行う仕事の大半は予約制だ。

 依頼を受ける際にはまず相手の事を調べ上げ、次に依頼内容を注意深く確認し不備や偽り、誤情報が無いかを入念にチェックする。

 そうして依頼主の信頼性と依頼内容をクリーンにしてから仕事の準備に取り掛かるのだ。

 

 物件への除霊であれば、その建物の成り立ちからそこに関わったであろう人々の事まで調べ上げ。

 悪霊を掃う依頼であれば、例え気に食わない同業者であろうとも上手く利用して相手の情報を得る。

 情報を得た後には必要となる道具を揃え、自身のコンディションを万全に持って行く。

 美神さんが仕事を行うという事は、つまりは絶対の勝算が有っての事。依頼を完遂できると確信するからこそ動くのだ。

 自分の能力を過信せず、しかし過少せず。

 綿密な計画をうち立てる繊細さと、時にはその計画すら覆して行動する大胆さ。

 そういった様々な要素が若くして超一流と呼ばれる美神令子を形作っているのだ。

 

 下手に失敗でもしてこれまで培ってきた評判や、莫大な違約金を払いたくない、と言うのが9割ぐらいは有るとは思う。特に金。

 そう、美神さんは金に厳しい。厳しいというよりもがめつい。そして微妙にセコい。

 使う時にはパーっと使い、特に仕事がない時でも事務所に入り浸っている俺に昼飯を奢ってくれたり晩飯を奢ってくれたりするのに仕事の報酬となるとホントに厳しくなる。

 実際、これまでも依頼人と諸経費や報酬の件でトラブルになった事は多々あった。

 その全てに美神さんは守銭奴と言う言葉が温く思える様な悪辣な手を用いてでも勝利をもぎ取っていた。

 背中をすすけさせた依頼人や、物凄い勢いで頭髪を失った依頼人の姿を俺は忘れる事はないだろう。多分。

 

 アレか? 提示された報酬の金額が自分自身の価値に繋がっているとでも思っているのか?

 だとすればそれは――悲しい事だ。美神さんの価値はそんなモノでは計れないというのに。

 

 その乳尻フトモモさえあればこの横島忠夫、例え火の中水の中。行けと言われれば宇宙にすら行ってやるとゆーのに!

 そう、美神さんの乳尻フトモモは俺の――

 

「俺のモンじゃーーっ!!」

 

「わたしの乳尻フトモモはわたしのだーーッ!!」

 

「ああっ!? またしても口に出てた!?」

 

 美神さんからの渾身のアックスボンバーを喰らってぶっ飛ばされる俺。

 毎度毎度理不尽な虐待を受けているはずなのに、肌と肌が触れあえた事でどこか満足している自分に気が付き愕然とした。

 

「ち、違う! 嬉しくなんてないっ!! こんな事で満足したりなんてするもんかっ! 俺は、俺は~~っ!?」

 

「アンタはさっきから何をワケの分んないコトを言ってるの?」

 

 ジト目で俺を睨む美神さん。

 あ、なんだかちょっと……

 

 

 

 

 

「ん~、やっぱり今日はこの辺にしておきましょうか」

 

「あ、それじゃあ今日は……もう予約も無いですね。てことは終了(あがり)っスか?」

 

 さて、美神除霊事務所が行う仕事の大半は予約制ではあるが、必ずしもそれが必須であるというわけではない。

 同業者への臨時のヘルプや緊急を要する依頼などが舞い込む事も多い。

 美神さん的にはそういう臨時の仕事の方が色々と美味しくて好きなんだそーだ。

 

“足下見てふっかけられるからね~。そーゆー輩って私の評判を知っていて、それでも来ているのよ? もー鴨がネギ背負って来たって感じ!!”

 

 らしい。

 ひでえ。

 でも、こーゆー時の晩飯は豪華になる事が多いから俺としても歓迎だったりする。

 時給250円。この現実を俺は心のどこかでなめていたかも知れん。今更ながらに。

 

「む~、そうね。私の霊感にもこう、ピピッと来るものがないし」

 

 眉間を押さえながら美神さんが呟く。

 美神さんのこの霊感ってやつは意外と馬鹿に出来ない。

 こと金銭に関する事に対しては。

 

「最近先生にも顔を見せてないし、丁度良いかな」

 

 身体が半分以上埋まりそうな豪華な椅子に座っていた美神さんが立ち上がる。

 ちなみに机はマホガニーとかいう超高級ブランド品らしい。

 机なんてコ○ヨの学習机とか学校の机みたいなもので十分じゃないかとは思うのだが、こーゆー商売をしている以上、ある程度の見得やハッタリは必要なんだと以前美神さんがぼやいていたのを思い出した。

 事務所内には俺には何が高級なんだかさっぱり分らない壺やら絵やらがたくさんあるしな~。

 都内のテナントビルの5階フロアを全て借りきって事務所にしているのもそーゆー事なのだろうか。

 金持ちの考える事はよー分らん。

 

 おやつとして置かれていた袋入りビスケットをいつものようにジージャンのポケットに入れながらそんな事を考えていた。

 そんな時だった。

 

 

 

「横島クン今日この後暇?」

 

 

 

 何だ?

 

 今、何と言った?

 

 この女は今、何と言った?

 

 横島クン――俺の名前だ。君ではなくクンである所がポイントだ。

 今日――トゥゲザーだ。確かそうだったはずだ。トゥモロウだったような気もする。

 暇――暇だ。時計を見ればまだ夕方の4時。確認したのはもちろん事務所の時計でだ。腕時計なんて高級品を俺が持っているはずがない。

 正直、こんな時間からボロアパートに帰ったところで時間を持て余してしまうだけだ。

 唯一の楽しみであるAV観賞をしようにも昨日返却したばかり。新たに借りる金も延滞する金もないのだ。

 18歳未満? ソコはソレだ。

 

 待て、落ち着け横島忠夫。 

 さて、冷静に考えてみよう。

 

 よこしまくんきょうこのあとひま?

 横島クン今日この後暇なら付き合わない?

 横島クン今日この後暇なら私と一緒に夜景の見える洒落たレストランで食事でもしない?

 横島クン私貴方の事が初めて見た時から愛していたの――抱いて!!

 横島クン令子子供は男の子と女の子の二人欲しいな。

 

「つまり今日から令子は横島令子ーーっ!!」

 

「脳ミソ腐ってんのかこのクソガキーーッ!!」

 

 世紀の大怪盗三世を超えたかもしれん俺の全身全霊を込めた愛情表現は美神さんには刺激が強過ぎたらしい。

 横島専用と書かれた神通ハリセンなる凶器の一撃によって俺は意識を失った。

 

 ただし、意識を失う瞬間、美神さんの呟いた言葉はしっかりと心に刻み込んでいた。

 

「なかなかイイ感じねコレ。厄珍もたまには良い仕事するじゃない」

 

 厄珍?

 男か?

 男なのか?

 そーだ、男に決まっている! きっと2.5頭身ぐらいの胡散臭いエセ中国人っぽい奴に違いない!

 厄珍なんて名前の美少女が存在するはずがないのだ。

 いや、男だと? イカン、それはイカン!

 美神さんにどこの馬の骨ともしれん奴が近付くなど許せるはずがない!!

 

 俺があの乳尻フトモモに触れるためにどれだけのモノを掛けて挑んでいると思っているのだ!

 誰にも渡さんぞ!? 美神さんは俺のモンじゃーー!!

 

 

 

 

 

「ハイ到着。ここよ」

 

「ここって……教会じゃないっスか。なんつーか、美神さんとは対極の場所のよーな」

 

 美神さんの運転する車(コブラ)の助手席で目を覚ました俺が連れて来られたのは、御世辞にも立派とは言い辛い、ぶっちゃけボロっちい教会だった。

 建物は大きいし、敷地内には庭もある。

 都内でこれだけの物件なんて結構な金になりそうだが。なりそうなんだろうが。

 素人の俺にも分る。ここに金運はないと。

 幸が薄そうと言うか、なんだか色々と薄くなりそうな。そんな微妙な雰囲気を感じるのだ。

 それに、いつもの俺であれば二人っきりで教会なんてシチュエーションに燃え上がるはずなのだが、どういうわけかこれっぽっちもそんな気にならない。なれない。

 

「アンタ私をどーゆー目で見ているのかしら? まあ、確かに色々と薄くはなっているみたいだけどね」

 

「はぁ。で、ここに何の用があるんです? 道具は持ってきてないみたいですけど除霊っスか? なんか憑いてそうですもんね、ここ」

 

「そんなワケないでしょ。ここの責任者は超の付く一流のGSなのよ? まあ、私も実は貧乏神に憑かれているんじゃないのかって疑った事もあるけど」

 

 そう言って美神さんは敷地内を慣れた様子でずんずん進んで行く。

 俺は置いて行かれまいとその尻を追い掛けた。うむ、今日も実に良い尻だ。

 

 

 

「先生ー? 唐巣先生ー? 生きてますー?」

 

「ドアを開いて開口一番の挨拶がそれっていいんスかね?」

 

「甘いわね。ちょーっと目を離したスキに餓死しちゃうような人よ?」

 

「GSって儲かるんですよね?」

 

「先生は超の付く一流だけど超の付く善人でもあるのよ」

 

 なんのこっちゃ?

 ん? 先生?

 

「先生って、美神さんミッション系の学校に通っていたんですか?」

 

 教会内はボロっちい外観とは裏腹に、想像していたよりも教会だった。

 ベンチみたいな椅子が並んでいてその先には壇があって十字架があってステンドグラスがあって。

 

「違う違う、GSの方よ。資格を取るには研修が必要で、唐巣神父はその時の私の研修先の先生だったの」

 

 ここで研修していたのよ。そう言いながらも家捜しする勢いで先生とやらを探す美神さん。

 いや、美神さん? さすがに椅子の下に人はいないと思うんスけど。

 

 それにしても高校生ぐらいの時の美神さんの先生か。

 高校生の美神さん。

 女子高生の美神さん。

 

「ぐびびっ」

 

 イカン。想像したらよだれが。

 

「アンタねぇ、いつかホントに捕まるわよ?」

 

 

 

 

 

「おや美神君、久しぶりだねえ」

 

「お久しぶりです先生。先生もお変わり……元気そうで安心しました」

 

「美神君、人の頭を見てから言い直すのは止めてくれないかね?」

 

「すいません先生。それじゃあ――また薄くなられましたね……」

 

「言い直すのかね!? そこまでハッキリ言われるとさすがの私も心に来るモノがあるんだよ!?」

 

 勝手知ったる我が家と言うか。

 手慣れた様子で戸棚からカップやらなんやらを取り出すと、勝手にお茶の用意をし始めた美神さんにそれじゃあ俺もと付き合いながら二人でくつろぐこと20分程。

 眼鏡をかけた男性がやって来た。

 人の良さそうな、柔和な雰囲気を全身から醸し出しているいかにも神父、いかにも善人そうな男性だ。

 見たところ40代ぐらいだろうか。

 なるほど、確かに薄い。

 

「まったく、久しぶりに顔を見せたかと思えば。変わらないねえ美神君は」

 

 ずれ落ちた眼鏡を直しながら、やれやれと呟く神父。

 しかし、その表情はなんと言うか我が儘を言う娘を困った感じで見守る父親のようにも見え。

 美人のねーちゃんに、美神さんに近付く男は基本的に全て俺の敵だが、この神父に関しては認めてやってもいいかなと。何となく俺はそう思っていた。

 

「君の活躍は聞こえているよ。相変わらず――お金に執着しているようで。変わらないねえ美神君は」

 

 一転してどんよりとした雰囲気で呟く神父。その姿を見た俺は“ああ、この人も美神さんに苦労させられたんだろうなあ”というのが非常によく理解出来た。

 そうか。俺が神父に対して敵意を抱かなかったのはこのシンパシーのせいか。

 

 

 

 腕を組みながらうんうんと頷いていた俺に気が付いたのだろう。

 

「ああ、見苦しい所を見せてしまったね。私は唐巣。この教会で――破門された身ではあるが神父をやっている者だ。初めまして横島君」

 

「あ、はい。どうも、初めまして横島忠夫です。え~っと神父は俺の事を?」

 

「ああ、美神君から聞いているよ。面白い助手を雇ったとね」

 

「はぁ」

 

 ニコニコと笑っている神父の様子から、悪くは言われていないようだとは思うのだが。

 あ~、なんか気になる。気にし出したらひっじょーに気になる。

 別に男にどう思われようがかまわんが、美神さんが、あの美神さんが俺の事をどう話していたのかが気になって仕方がない!!

 

『先生、実は私バイトの子を雇ったんですよ』

 

『横島忠夫君。彼って年下なんだけどスッゴクカッコ良くて頼りになって』

 

『だからお世話になった先生のところで結婚式を挙げようと思ったんです』

 

「つまりここから始まる俺と令子のバージンロードーーッ!!」

 

「自重と言う言葉を知らんのかキサマ―ーッ!!」

 

 美神さんのハイキックを喰らってぶっ飛ばされる俺。

 

「ハ、ハハハ……。うん、話に聞いていた通りだねえ……」

 

 あの、神父?

 笑ってないで助けてもらえないでしょーか?

 あなたの教え子さんに現在進行形で殺されそうなんですが。

 

 ところで美神さん?

 わざわざ俺なんかを連れて来て、一体ここに何しに来たんでしょーか?

 

 

 

 ああ、今日は“白”なんスね。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート2 きてます。かなりキテます。

 結局、美神さんからのシバきは神父が止めに入ってくれるまで続いた。

 

 白。

 

 感動のあまり口に出してしまったその言葉を美神さんに聞かれてしまったからだ。

 おかげで、俺は今こうして呪縛ロープで全身を雁字搦めに縛られて蓑虫の如く天井から吊るされていたりする。

 当然、頭は下だ。

 

「あの~美神さん? さすがにこの体勢は……頭に血が上ってかなり辛いんスけど」

 

 あ、ヤバい。クラクラしてきた。

 俺の切実な訴えを完全に無視(シカト)して、美神さんは神父と話し込んでいる。

 

 しっかし意外だ。

 

 あの天上天下唯我独尊を地で行く、ドSオーラを振り撒きまくっている女王様な美神さんが。

 神父の前ではえらく丸いとゆーか、刺が少ないと毒が少ないとゆーか。

 ふむ。こーゆー美神さんもありだな。

 

 しかし、ひょっとして美神さんはあーゆーオッサンみたいなのがタイプだったりするのか?

 まさか……年上がタイプなのか?

 女はやっぱり年下よりも年上の方がいいのか?

 

 ……親父のような?

 

 イカン。この思考はイカン!

 何が悲しゅーてあのクソ親父のことなんぞを思い出さなねばならんのだ!?

 大体、奴はもう日本にはいないんだ! あのオカンといる以上、どうやったって俺の邪魔が出来るはずがない!!

 

「そーだ! 奴はもういない! 今度こそ、こ・ん・ど・こ・そ! 俺の時代がやってくるんじゃーーっ!!」

 

「……あの、美神君?」

 

「いつもの病気ですから」

 

 あ、神父と目があった。チャンスだ!

 

 助けて唐巣神父ーーっ!!

 

 神父なら。神父ならきっと俺のアイコンタクトに気が付いてくれるはず!

 

 あ!? 目を逸らした!? ひどっ!!

 神の愛は無限ではないのか? 有限だとでもいうのかコンチクショーーッ!! 神は死んだ!

 

 

 

「それで、今日はどうしたのかね美神君。まさか本当に世間話をしに来ただけではないのだろう?」

 

 確かに神父の言うとおり。一体何しに来んだ美神さんは?

 俺なんて、これじゃあシバかれて蓑虫にされていただけではないか。今は床に転がされた芋虫だがな!

 この代償がパンツ一枚ではやっとられんわ!

 

「――え?」

 

 ……ちょっと美神さん?

 

「ああ、ハイハイ。思い出しました。横島クン、ちょっと来て」

 

「うい~っス」

 

 何の用だか分からんが、呼ばれたのならば行かねばなるまい。

 

「フンッフンッフンッ!!」

 

 これでも昔は“尺取虫のタダちゃん”と呼ばれた男。

 たかが手足を縛られたぐらいで!

 

「……うわっ、気持ち悪っ」

 

「アンタが縛ったからでしょーがっ!!」

 

 こんのクソ女が~~!

 いつかギャフンと言わせちゃるからなっ!!

 

 まあ、それまでこの芋虫視点を堪能させてもらおう。

 すべすべのおみ足からバレないように徐々に視線を――あれ、なんだか目の前が真っ暗に?

 

「ほんっと馬鹿ね~。アンタの考えなんてお見通しよ」

 

 ウス。

 おみそれしましたおねーさま。だから顔面をヒールで踏み抜くのは勘弁してもらえないでしょーか。

 

「……大丈夫かね彼。さすがにやりすぎではないのかね?」

 

「大丈夫ですよ。次のコマ――ゴホン。3分あれば復活しますから」

 

「……本当に人間かね?」

 

 時々我ながらどーなんだろーなと思うことはあります、はい。

 

 

 

 きっかり3分後。

 

 華麗なる復活を遂げた俺を交えて話が始まった。

 先日の鬼塚邸でのことらしい。

 

 はて?

 

 美神さんの乳をこの手で掴んだ以外に何かあったっけ?

 

 あの感触は良かった。何が良かったって、とにかく実に良かった。

 当然の如く、今の俺は二人の会話など右から左。

 そんなふうに脳裏に焼き付けたあの時の感動に思いを馳せていたら――

 

 美神さんにグーで殴られた。

 なぜバレた? 美神さんはエスパーかっ!?

 

「胸の辺がゾワゾワしたわ」

 

「ひどいっ! 俺はただあの時の感触を思い出していただけなのにっ!!」

 

「記ぃ憶を失えーーっ!!」

 

「理不尽な暴力の前に信仰の自由は失われたーーっ!?」

 

 

 

「……話を続けてよいかね?」

 

「ハイ」

 

「……ウス」

 

 口調は穏やかですけど神父、目が笑ってないッス。

 怖えー。

 温厚な人ほど怒らせると、ってのはマジだったのか。今後はなるべく神父は怒らせんようにしよう。

 ん? 美神さんからのアイコンタクトか?

 なになに“アンタのせいよ”と。

 なんとゆー横暴な!

 ならば“美神さんのせいでしょーが”と。

 

 “丁稚のくせに生意気な”

 

 アンタはどこのジ○イアンか!?

 

「……話を続けてよいかね? 次はないよ?」

 

 だから神父怖いですって!

 

 

 

「ふむ、話分かったよ。つまり横島君への霊視を」

 

「はい。先生にも一度お願いしたいと思いまして」

 

「無論構わないよ? しかし、それならば私でなくとも構わないのではないのかね?

 単純な霊視であれば六道君の方が適任だよ?」

 

「え!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」 

 

 何? 俺への霊視!?

 なんだ? なんか悪いモノでも憑いているのか!?

 馬鹿な、恨み辛みを一身に集めてそうな美神さんじゃあるまいし!

 この品行方正な俺にそんなことへの身に覚えなんかないぞ!?

 それとも病気か!? 死ぬのか!? 俺はひょっとして死んでしまうのか!?

 彼女いない歴17年のまま死んでしまうのか!?

 あーんなことやこーんなこと、まだまだヤリたい事はくさるほどあるとゆーのにっ!? 

 チクショウ、チクショウッ!!

 そんなんイヤじゃー!

 そんなんイヤじゃーーっ!!

 

「だったらせめて子作りだけでもーーっ!!」

 

 同じ死ぬなら腹上死ーーっ!!

 

「こんなアホですから冥子に会わせるのはちょっと……」

 

「おブッ!?」

 

 黄金の右!? お約束入りましたーーっ!!

 

「ああ、なるほど。それは……うん。危険だね、周囲が」

 

「それに他の同業者はどうしても“美神”を前提に見てしまいますから。

 下手な先入観を持たずに信頼出来る。そんな相手は先生しか知りませんし」

 

「なら小笠原く――」

 

「イヤです!」

 

「即答かね。やれやれ」

 

 小笠原?

 また知らん名前が出てきたな。

 まあ、あの美神さんのものっすごい嫌そうな表情からすると、この話題には触れない方が賢明かな。

 

 

 

「それじゃあ横島君、こっちに来てくれるかな? ああ、そんなに緊張する必要はないよ」

 

「いや、でも、ナニか悪いモノが憑いてるとか不治の病とか……」

 

 ホントにそんな宣言されたら泣くぞ!?

 

「ははは、安心しな――」

 

「色情霊なら憑いてるわね、もうびっしりと」

 

 え!? マジで!?

 

「冗談よ。そういう悪い話じゃないから安心しなさい」

 

「……美神さんに言われたらシャレにならないんですが」

 

 霊能者が言っていい冗談じゃないっちゅーねん!

 

「ふふふっ」

 

 お、神父が俺を見て笑っている!?

 

「ああ、すまないね。別に横島君の事を笑ったわけではないよ。どちらかと言えば美神君に、だね。

 昔の彼女を知っているだけに感慨深いものがあってねぇ」

 

「先生!? ちょっと止めて下さいよ! む、昔の事なんて今はどーでもいいじゃないですか!!」

 

 おお!?

 あの美神さんが慌てふためいとる!

 

「そんな事よりも横島クンの事ですよ! ほら、さっきから横島クンが待ちくたびれているじゃないですか!」

 

 いや、俺はそんな事よりも昔の美神さんの話の方が気になります。

 

「ね。待ちくたびれているわよねヨコシマクン?」

 

「……イエスマム」

 

 分りました。聞きません。聞きませんから俺の足をぐりぐりと踏みつけるのは勘弁して下さい。

 

 

 

 そんなこんなで只今唐巣神父が俺を霊視中。

 気分は美術の授業でのモデルだ。

 椅子に座ってじーっとしているだけ。

 暇だ。

 最初は目視で、その後に霊視ゴーグルを持ち出して。

 今もこうして熱心に調べてくれている神父には悪いが、暇で暇でしょうがない。

 正直言って男に見つめられても嬉しくもなんともないからなー。

 あんまり暇だから神父に何か話し掛けようと思ったが、美神さんから送られたブロックサインは“大人しくしていろ”だった。

 ちなみに、美神さんとはブロックサインの取り決めなんてした事はない。時々すげーな俺。

 

「……ふうっ」

 

 お、やっと終わったのか? お疲れ様っス神父。

 

「いや、驚いたね。霊力と生命力は必ずしもイコールではないが無関係でもない。

 なるほど、あの異常な回復力にも……納得はしかねるが一応の説明にはなる」

 

 さっぱり分らんのですが。それは褒められているのでしょーか、けなされとるのでしょーか?

 

「臨死体験、それに近いモノを経験した人間がそれまで眠らせていた霊能力を発揮する。

 それ自体はこの業界ではそう珍しい話ではないんだよ」

 

 はぁ、そんなもんなんスか。命賭けてますもんねー。

 でも、俺はそういう話ってあんまり聞いた事はないですけど?

 

「残念な事だけどね。この業界ではそういった状況になる人は多いけれども、そこから生還出来た人自体は極めて少ないんだよ」

 

 あ~、なんか分るような。

 俺もあの時は死ぬかと思ったからな~。

 

 ん?

 

 あの時?

 

「そして横島君。美神君から聞いてはいたが、君はその極めて少ない生還者の一人となった」

 

 そういえば、俺はあの時どうやって助かったんだ?

 鬼塚の悪霊に喰われかけて……アレ?

 なにか魂を揺さぶるような素晴らしい光景を見たような。

 

「やっぱり覚えてなかったか。ま、横島クンだから覚えていたらいたで、今頃調子に乗りまくっていただろうし」

 

「え~っと、鬼塚(アレ)は美神さんがシバき倒したんじゃ?」

 

 え?

 なんスか? なんで俺を指差しているんですか美神さん?

 

「鬼塚(アレ)を倒したのは横島クンよ。素手でぶん殴って消し飛ばしちゃったの。

 あの時は火事場のなんとやらかと思ってたんだけどね」

 

 ……はい?

 

「や、やだなー美神さん。俺を煽てたってなんにも出ませんよ? あはははは」

 

 俺はただの荷物持ちっスよ?

 美神さんにそんな事を言われたら、ほんとに調子に乗りますよ?

 未来のゴーストスイーパー横島忠夫とか名乗っちゃいますよ?

 

「素手で、と言うのは確かに火事場の的なものだろうね。それでも、今の横島君からは平均的な見習いGSレベルの霊力が感じられる。

 何度も確認したからね、その点は間違いない。私が保証しよう。なるほど、これは美神君の言った通りかもしれない。

 少なくとも、つい先日までただの荷物持ちだった。同業者にはそう言っても信じてはもらえないだろうね。

 肉体の成長期と霊力の成長期には通じる部分がある。何もしていない今でこれなのだから、適切な指導の元でしっかりと学ぶのならば――いやはや先が楽しみでもあるね」

 

 神父まで!? なんば言うちょるとですか!?

 

「横島クンには分らないでしょうけどね、この業界では“霊力が高い”ってのはそれだけで一つの才能よ?」

 

 え?

 

 ええっ!?

 

 才能って、いや、だって、俺っスよ?

 去年プールでナンパした時にねーちゃん達から“貧弱な坊や”とか“お呼びじゃない”とか“バ~カ”って蔑まされた俺っスよ!?

 

 そうだ、これはきっと夢に違いない。

 こんな漫画の主人公みたいな都合の良い事が俺に起こるはずがない!

 

 でなければドッキリだ。

 きっと中学の時みたいに“ちょっと良いなと思っていた女友達を家に呼べてヨッシャーと舞い上がっていたらその子は実は親父に会うのが目的でした”みたいな!!

 モテ期が来たと調子に乗って浮かれて舞い上がっていた俺をどん底に叩き落とすために、そのためだけに親父が仕組んだあのドッキリ!

 親父の浮気をお袋にチクってやった事への報復だからって、実の息子にやっていい事じゃねーだろうがっ!! 本気で泣いたぞ俺は!!

 

 ――殺す!

 

 クソ親父の顔を思い出すだけでも腹が立つ!!

 

 あのクソ親父は一度この手で完膚無きまでに叩きのめして地獄に放り込んでやらんと気がすまんっ!! 

 

 

 

「ああ、勘違いしないでね。だからって、私は別に横島クンにGSになれって言っているわけじゃないのよ?

 普通の人よりも霊力があるからと言って、必ずしもこの道に進む必要はないし。その程度の理由でなるモノでもないしね」

 

 ハッ!?

 イカンイカン。また思考がぶっ飛んでしまった。

 落ち着け俺。

 美神さん達がどーゆーつもりかは知らんが、とりあえず今はしっかりと話を聞かんと。

 

「それに横島クンはまだ高校生だし、この先もっと他にやりたい事がたくさん見つかるでしょうしね。

 普通の人よりも選択肢が一つ増えた。そう考えておけばいいと思うわ」

 

「ああ、そうだね。私とした事が少々配慮に欠けていたようだ。勘違いをさせてしまったのならすまないね。美神君の言う通り別に強制をするつもりはないんだよ。

 ただね、未成年に対して大人が、破門の身とは言え聖職者が言うべき事ではないとは思うんだけれどもね。

 霊的な事案が急増している今、才能ある人材は一人でも多く欲しいのが協会側としての私の本音でもあるんだ」

 

 教会?、ああ、GS協会の方ですか。

 

「先生はGS協会のお偉いさんの一人でもあるのよ」

 

「ははは、上の方々に比べれば私なんてまだまだぺーぺーのヒヨッコだよ。

 先程も言ったが横島君、君は肉体的にも霊的にも成長期にあると思われるんだ。

 アルバイトとはいえ、この業界に関わっている以上、君にも多少はこの道へと進もうとする意思があるのではないのかね?」

 

 あ~、スンマセン神父。それは過剰評価っス。

 ぶっちゃけ、美神さんの乳や尻に引き寄せられただけなんです。

 目の前にきれーなねーちゃんがいて、その人がたまたまGSだっただけで。将来の事とかもあんまり。

 美人の嫁さん貰って退廃的な生活をしたいなー、とか。

 

 それにしても神父って意外と熱血とゆーか、こーゆー面もある人か~。

 

 あ、美神さんも目を逸らしてる。

 そりゃあ俺のバイトの動機を知ってるもんなぁ。

 

 

 

 しかし、俺がGSに?

 死にかけて才能に目覚めた?

 それが本当なら、まあ神父と美神さんの様子からして本当みたいだけど。

 俺がこの手で悪霊をぶん殴った?

 どう見てもただの手だぞコレ?

 

 ん~、なんなんだろうなこのモヤッとした感じは。

 素直に喜べないっちゅーか、な~んか腑に落ちないっちゅーか。

 

 俺は別に美神さんみたいに悪霊をシバき倒すのが好きでもないし、そりゃあ金だって欲しいけど命を掛けてまで欲しいかと言われればNOだしなぁ。

 神父みたいな熱意もないし。

 

 うん。

 考えれば考えるほど向いてないわ。

 

 美神さんの傍で馬鹿やって、時々美味しい目にあって。

 それぐらいでいいんだよな~。

 

 ああ、モヤっとした感じはアレか。

 作文コンクールで賞を貰ったのは嬉しかったけど、皆の前で発表する事になるから嫌だった。みたいな。

 

「――ちょっと! 横島クン!?」

 

 あれ?

 なんですか美神さん、そんな驚いたような顔をして。

 

「無意識かね!? 横島君、自分の右手を見たまえ!」

 

 神父も?

 右手?

 

「あ~、なんか光ってますね~」

 

 うむ。手首から先がなんかぼーっと光っておる。

 

 ――えっ!?

 

「な、ななななななっ!? なんスかこれ! なんスかこれ!? 病気? 何かの病気ーーっ!?」

 

 

 

 あ、消えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート3 ピンチ+ヒロイン=ヒーロー?

 慣れ親しんだボロっちい卓袱台がなければ、俺は多分ここが自分の部屋だとは気が付かなかったと思う。

 そう思ってしまうぐらいに俺の部屋がきれいさっぱりと掃除されていたのだ。

 

 万年床と化していた布団はきれいに畳まれ、読みかけの雑誌や漫画は分別されて本棚に。

 最低限の文化的知識は得られるようにと、親父についてナルニアに行ったお袋が卒業までの3年分の契約を済ませていた新聞は、古いモノから順にしっかりと紐で縛られて部屋の隅。

 丸めて一カ所に固めていた洗濯物の山は丁寧に畳まれてタンスの中。

 俺の秘蔵のAVやらなんやらが……見覚えの無いのもあるが、どんと卓袱台の上に置かれていた事を除けば実にパーフェクトな仕事っぷりだ。

 

 ……イカ臭くもないしな。

 

 となると、これはいったい誰の仕業だろうか。俺のはずはない。

 まあ、お袋に決まってるんだけどな~。とはいえ、いつの間にお袋が日本に帰って来たんだ?

 とーとーあのクソ親父に愛想でも尽かしたんだろーか。それはそれで実にめでたいような気もするな。

 裁判になったら当然、俺はお袋側に付く。

 クククッ、息子に裏切られる屈辱を味わうがいい。

 

 卓袱台の上から大事なお宝達をそっと降ろしたら、見覚えのない急須とお茶の入った湯のみがあった。

 俺の部屋にある物だから俺の物に違いないと湯のみをとって茶を飲んだ。

 熱過ぎず、かといって温すぎるわけでもなく。これまた実に俺好み。

 

 どうにも最近ワケの分らん事が続いたせいか、このほっとする感じはスゴク良い。

 

 そのままぼけ~っとしていたら今更ながらに台所に誰かがいる事に気が付いた。

 トントントンと規則正しく振るわれる包丁の音に、ぐつぐつと何かが煮えている音がする。

 時折音を外していたが鼻歌まで聞こえてくる。

 

 ――ちゃんは今日は随分と機嫌がよさそうだ。

 

 え?

 

 誰だ?

 お袋じゃない。美神さんでもない。

 ふすまの影から見える人影はあの二人よりも小柄で、スタイルだってちょっとだけ残念なぐらいで――

 

 いえ、スイマセン。何でもないです!

 

 怖ぇーーっ!?

 今包丁が! 包丁が飛んできた!! 切れてない!? ねえ切れてないっ!?

 

“横島さん! そーゆーのをデリカシーがないってゆーんですよっ!!”

 

 

 

「堪忍やーーっ! ちょっとした出来心やったんやーーーーっ!!」

 

 ハッ!?

 あれ? ここは?

 

「俺の部屋じゃない。あれ?」 

 

「おい横島! 生徒指導で呼ばれておきながら指導室で居眠りかますとはいい度胸だな?」

 

 え、なんで担任が俺の部屋に?

 ここって、生徒――指導室?

 

 ああ、そうか。

 そういえば進路調査の事で呼び出されていたんだっけ。

 クラスの中で俺だけが提出してなかったんだよなー。

 

 まあ、そんな事はどうでもいい。そう、どうでもいいんだ!

 今大事なコトは――

 

「あのたぶんきっと美少女であろう名も知らぬあの子も俺の嫁にするからどぉこぉにぃ隠したぁーーっ!?」

 

「うぉう! 校内暴力か!? 屈さんぞ! 教師として生徒の暴力には屈さんぞーーっ!! 故郷(クニ)の母さんオレ頑張るからなーーっ!」

 

 

 

「で、実際お前は何か考えでもあるのか? ゴーストスイーパーだったか、お前のバイト先。

 ご両親の事情を知っているから、バイトをする事自体にはあまりうるさい事は言いたくはないんだが。

 だからと言ってもな、学業をおろそかにし過ぎているだろうお前。出席日数も考えろよ?」

 

「う~ん。そうなんスよねぇ。美人の嫁さん貰って退廃的な生活を送るか、美人で金持ちなねーちゃんと結婚して左うちわか。

 どっちがいいと思います?」

 

「そりゃあお前、気の強いねーちゃんを屈服させて自分色に――って何を言わせる!!」

 

「そーっスよね~、それもロマンですよね~。でも美神さん相手にはハードルが高過ぎて……」

 

「……男のロマンだよな~。その美神さん、ってのが誰かは知らんが。アレだ、お前、諦めたらそこで全てが終わりだぞ?」

 

 そうだよな。

 諦めたらそこで終わっちゃうもんな!

 

「アリガトウ先生! 俺もっと頑張るっス!! 美神さんを俺色に染め上げてみせるっス!!」

 

「おう! なんか知らんが頑張れ!!」

 

 

 

 

 

「――ってな事があったんで結婚して下さい美神さん」

 

「……真面目な顔して何を言うかと思えば。横島クンってさぁ、毎日が幸せそうでいーわよね~」

 

「本気なんですが?」

 

「知ってるわよ? あ、この仕事いいわねー。ギャラは安いけど……うん、なかなか良いじゃない」

 

 むう、なんというスルー力。これが大人の余裕ってヤツか!

 まあいい。時間はまだまだたっぷりあるのだ。

 こーして小さなことをコツコツと積み上げていけば、やがては美神さんの心の中に俺という人間が確かな存在として刻み込まれるはずなのだ!

 そして、やがては心だけでなく――

 

「その身体にボクという存在を刻み込ませ――ゲフぉぅうっ!?」

 

「だんだん言う事が過激になって来たわねコヤツは」

 

 またかっ!

 またしても神通ハリセンが俺の行く手を阻むのかっ!?

 うぉのれぃ厄珍とやら! 敵だ! お前は間違いなく俺の敵だっ!!

 

 

 

「でも珍しいですね、美神さんがあえてギャラの安い仕事を受けようとするなんて」

 

「ん~? まあ、ホントならこーゆーレベルの仕事は受けないんだけど。これ、この間先生から預かった仕事なのよ」

 

「ああ、そういえば神父って昨日から海外に行ってるんでしたっけ。イタリアか~」

 

 なんでもかなり長期間の拘束が予想される仕事らしくて、その間に受ける予定だった依頼の幾つかを美神さんにお願いしてたんだっけ。

 神父は業界の中でもその腕に反比例するようにギャラが安い事で有名らしく、依頼主の事情によっては報酬をゼロにしてしまう事もあるとか。

 結果として自分の生活費まで犠牲にしているらしく、確かに“目を離したスキに餓死しちゃう人”という説明も納得だ。

 美神さんが言っていた“超の付く善人”の意味がよく分る。

 神父の受ていた仕事を代理する事には、提示されたギャラの安さもあってか~な~り渋っていた美神さんであったが、結局は数件だけと言う条件で折れていた。

 

「先生ぐらいになると海外からの仕事のオファーもそう珍しい事じゃないのよ? 

 まったく、あれでもうちょっと金銭感覚をしっかりしてくれていればね~」

 

「金銭感覚とおっしゃるのなら、そろそろボクの時給をもう少し……」

 

「なら、荷物持ち兼丁稚からGS見習いになる?」

 

 あの日、俺の右手に宿った光こそが霊力の輝きだったらしく。

 視覚化される程に集束をしていた事に美神さんや神父は驚いていたそうだ。

 道具や術を介さずに、という点でもかなり珍しい。というよりも、あの時の事は悪い意味で異常な事だったそうだ。

 本来、霊力とは総量にこそ大小の差はあれど、血液のように全身の隅々に行き渡っているモノらしい。

 それが、あの瞬間の俺は右手以外には殆ど霊力が回っていなかったらしく。

 仮に、悪霊の攻撃を“右手以外で”受けていたとしたらひっじょーに危険な状態になっていたそうだ。

 

 らしいとか、そうだ、とか。どこか他人事のようなのは――あの時以来、この手が光った事がないからだ。

 どうやったのか、どうやればいいのかがさっぱり分らんのだ。

 そもそも意識してやった事じゃないんだからどうしろと?。

 再現出来ん事を考えても仕方がないし、話に聞いているだけでもリスクの方がでか過ぎる。

 実に無駄に珍しく使い道がなさそうな能力だ。

 すごく固い盾と普通に固い鎧なら、鎧の方が安心できるもんな~。

 

 そんなこんなで、神父からは折角の才能がうんぬん言われたが、俺は自分の能力とやらにすっかり興味を失くしていたので指導の件やらなにやらの申し出を丁重にお断りしていたりする。

 

「丁稚でお願いします。でも給料はもうちょっと欲しいです」

 

「ハイ、これ。次はこの依頼を受けるから」

 

 なになに?

 人骨温泉ホテル――ってすごい名前だな。なんだかダシでも取られそうな。

 ふむふむ、またえらい辺ぴなところに。山しかねーじゃねーか!

 あ~、一応スキー場とかもあるのか。登山コースもあるな。山なんだからあるか。

 名所として古くから続く由緒正しい神社が――これはどうでもいいな。

 霊障は……露天風呂に霊が出て客が激減。まあ、そりゃそうだろうな――って!

 

「露天風呂!?」

 

「そう露天風呂。で、横島クン? 給料がどうかした?」

 

「給料がどうかしましたか? 一生ついていきますおねーさま」

 

 

 

 

 

 そんな事を言った過去の俺を殴ってやりたい。

 

「大丈夫ーー!? 横島クーン?」

 

「う、うわはははは! だ、大丈夫っスよーー!!」

 

 イカン!? 大声を出したら酸素が!?

 空気が薄い! 荷物が重い!!

 

「標高が高いからあんまり大声を出すと辛いわよーー?」

 

 そーゆーことはもっと早く言って!

 普段より量が多くなっているとはいえ、この背中の荷物をこれ程までに苦痛に思った事はねーーっ!!

 

「み、美神さん? す、少しでいいので荷物を……!」

 

「私雇い主、横島クンは荷物持ち。若いんだから、がんばって~」

 

 今から荷物持ちを止めてGS見習いを目指してもいいですかっ!?

 

「先に行くわね~。荷物ヨロシクね~~。無くしたら――殺すから」

 

 あんのクソ女~~っ! スキップして行きやがった!?

 俺の命なんてへとも思ってねーぞアレはっ!? 完全に露天風呂目当ての観光モードになってるじゃねーか!!

 

 お、おんのれぇ~~!!

 負けん! 俺は負けんぞ!!

 空気が薄いのがなんだっ! 荷物が重いのがなんだっ!!

 そうだ、これは試練だ! 俺の迸る情熱へ対する挑戦だ!!

 

「く、くくく。ふはははははははっ!! 燃えて来た! 燃えて来たぞーーっ!! まっとれよ美神さ――」

 

 

 

『えいっ!!』

 

 

 

「のわぁあっ!?」

 

 な、なんじゃーー!?

 イノシシか!? ヌシ様の襲撃かっ!?

 た、体勢が!

 転んだせいで荷物が!? 重たすぎて起き上がれねーーっ!!

 助けて美神さぁーーーーん!!

 

『大丈夫ですかっ!? おケガはっ!? 私ったらドジで……』

 

「えい、っちゅーたな!? 今さっき“えいっ”ちゅーたろーーが!! 聞こえ取ったぞコラぁっ!!」

 

 どこのどいつじゃー!?

 今の俺はナイフみたいに尖っとるぞー!!

 触る者みな傷付け――

 

『あ、あの……』

 

 み、み、み、巫女さんじゃーーっ!!

 しかも! しかも! なんかちょー可愛いんですけどーーっ!!

 

「おキヌちゃん大丈夫っ!? ケガはないっ!? 俺ってドジで……!!」

 

 こんな荷物程度がなんぼのもんじゃーーいっ!!

 リュックなんだからベルトを外せばノープロブレム!

 

『うっ、今の衝撃で持病の――って、あれ?』

 

「ああっ!! それは大変だ!? さあ、ここに横になって!! 大丈夫痛くしないから! ちょっとだけ! ちょっとだけだか――あれ?」

 

 あれ?

 なんだかこの娘(コ)、どこかで見た事があるよーな?

 腰の辺りにまで伸ばされた綺麗な髪、ちょっと童顔っぽいけど容姿は文句なしの美少女、そして清楚な巫女さんコス。

 俺よりも年下っぽいけど、だからってこんな可愛い娘だったら俺が忘れる事はありえんと思うのだが。

 美神さんに比べたら、まあ比較対象がアレ過ぎるけど、ちょっとだけ残念なスレンダー系かな?

 

『あ、あの……! どうして私の名前を知っているんですか!? あなたはいったい……!?』

 

 ん?

 残念な? 残念なスレンダー系とゆーことは、つまりはつつましい乳と尻ということだ!

 何だ? 何かが引っ掛かる! こー、喉の奥にまで出かかっているとゆーのにっ!!

 思い出せ! あれはいつだ? 最近だ! つい最近だったはずだ!!

 

『あの――ッ!? え? き、きゃあああっ!?』

 

「ッ!? 何だ!?」

 

 悲鳴!?

 目の前の巫女さんが――怯えている?

 俺に? 違う、俺を見ているんじゃない、俺の――

 

 

 

“ミツ……ケ……タぞ……!”

 

 

 

 後ろ!?

 なんだこの畑の肥料みてーな腐った臭いは!

 

「なんか……ヤバイッ!」

 

『キャアッ!!』

 

 ゾクリとした悪寒に従って俺はその場から飛び出していた!

 思わず抱きしめちゃったけどゴメン巫女さん、警察に通報するのは堪忍してっ!

 

 あ、やわらかいな~。

 

 なんて言ってる余裕はねぇーーっ!! 俺もいっぱいいっぱいだからっ!?

 背後ではなんか爆発でも起こしたような音が鳴ってるーーっ!?

 

「いったいなんやっちゅーーねんっ!! 俺がなにしたっちゅーーねんっ!?」

 

 巫女さんを抱きしめたまま恐る恐る振り返る。

 

 デカイ胸とくびれた腰を曝け出した痴女がいた。それも、ただの痴女ではない!

 

「いくら女とゆーても葉っぱと虫とゾンビを足して2で割ったような化物はムリーーーーッ!!」

 

 こいつが露天風呂に出る幽霊?

 どこが幽霊だ!! かんっぜんに化物じゃねーか! 腐ってるホラー系の!!

 

 そーだ!

 除霊道具だ!

 俺には美神さん愛用の除霊道具達がついているではないかっ!!

 あの化け物は馬鹿みたいにただ暴れてるだけみてーだし、敵は一匹。

 破魔札は値段が高過ぎてアレだけど、霊体ボーガンの矢なら多少は勝手に使っても美神さんはそこまで怒らないハズ。多分。だったらいーなっ!

 そんでアレをけん制しながらホテルまで逃げて美神さんと合流。後はプロにお任せだ!!

 

 巫女さんも怯えてるみたいだしここは急いで――

 

「――って、俺の馬鹿ーっ!! リュックはあそこだーーーーっ!?」

 

 痴女が邪魔して取りに行けねぇーーっ!!

 どけっ! そこをどかんかーーっ!!

 

“アの……ムすめの……ニオいが……”

 

『ひぃっ!?』

 

「こ、コッチを見たーーっ!?」

 

 

 

 助けて美神さぁーーーーんっ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート4 地獄を見れば心が渇く

『キャーキャーキャーーッ!!』

 

「のぅわっ! ちょわっ!! どぉうおわあーーっ!?」

 

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬしんでしまーーうっ!!

 腐った見た目の通り、ヤツの動き自体が遅かったのでこれなら何とかなるかと思ったのに……。

 

 腕が伸びるなんて聞いてねーーっ!!

 みょんみょんみょんみょん飛ばして来やがって~っ。

 

“コ……むスめ……ぇ……!!”

 

 ヤバッ! 攻撃が当たらんからって、ムキになってきやがった。

 

「ねぇちょっとおぜうさん! |化け物(アレ)にどんだけ恨まれるよーなコトしたのっ!? 怒らないからおにーさんに正直に答えてっ!!」

 

 ものごっつ怒り狂っていらっしゃるんですけどーー!?

 美少女を! 巫女さんをお姫様だっこしているとゆーのに!! なんという嬉しくないシチュエーション!

 やーらかい感触に浸っていられる余裕が! 余裕がねえっ!!

 

『ふぇ~~ん! ごめんなさ~~い! ぜんぜんわかりませーーんっ!!』

 

 うおっとおお!?

 今かすった! ジージャンの袖が――って、いっ痛ぅ~~。

 袖が破れて二の腕が擦りむけて――

 

「見るんじゃなかったーーッ! 意識したらメチャクチャいってぇーーッ!?」

 

『やっと替わりに死んでくれそうな人が見つかったと思ったのに~~』

 

 ええぃ、クソッったれっ。

 意外に軽かったから巫女さんの存在は苦にはならんが、酸素が薄いのが地味にキツイ! キツ過ぎるッ!!

 

 このままじゃジリ貧だぞッ。

 

 幸いにもあの化け物の伸びる手の範囲は分ったし、動き自体は遅いんだ。

 今なら、まだなんとか逃げ切れるはず。

 ならば、今こそ燃えろ俺の小宇宙ーーッ!!

 

「戦略的撤退ーーっ!!」

 

『あわわわわっ!?』

 

 走れ走れ走れ走れーーっ! 俺は風だ! 風になるのだ!!

 常日頃から鍛えられ続けた俺の脚力に追い着けるものなら追い付いてみやがれ! 来ないでお願いッ!!

 

「ふははははっ! なんぴとたりとも俺の前は走らせねーーっ!!」

 

 ヨッシャアーーッ! 思った通り。あの化け物は俺の脚に着いて来れていない。

 後ろを見れば影も形もありゃしな――

 

『――ダメ! 止まってーーッ!!』

 

 ――いいっ!?

 

“グ……がぁアアアアッ!!”

 

 前にいるーーっ!!

 地面から出てきただと!?

 

「――ってモグラかよッ!!」

 

 化物が腕を振り上げて――

 

 ヤバイ! 

 止まれねえっ!!

 

「うわあぁああああっ!!」

 

『きゃああーーッ!!』

 

 

 

 痛い痛い痛い痛い痛いッ!!

 腕はあるか!? 足はあるか!? 頭は!? 腹は!?

 

 化物の一撃で吹き飛ばされて倒れ込んでいた俺は、この時とにかく必至になって身体をまさぐっていた。

 

「在る! 俺は生きてるぞコンチクショー―ッ!?」

 

 両手で、だ。

 だからこそ、それにいち早く気付く事が出来たのかもしれない。

 

「――って! あのコはドコだっ!?」

 

 直前まで抱き挙げていたはずの少女の感触が、その姿がない事に。

 

 脳裏に浮かぶ最悪の事態を頭を振って否定する。

 勢いを付けて立ち上がった俺の目にあの娘(こ)の姿が映った。

 

 今この瞬間にも化物に捕らわれようとしている姿を。

 

 その瞬間、俺の中であやふやだった点と点が一本の線で結ばれたような気がした。

 

「俺のおキヌちゃんから離れろこのクソ妖怪がぁーーーーッ!!」

 

 

 

 正直、無我夢中だった。

 自分が何をしたのかなんて全く覚えていない。

 気が付いた時には既に化物を殴り飛ばした後だったらしい。

 

“……グ……ぎァ……オ……ぼ……!!”

 

 どうやら化物の顔面を殴りつけていたのか、そこからボロボロと呻き声を上げながら崩れ始めていた。

 

“……えタ……コ……ゾ……ウぅがぁアアァ……”

 

 俺に向かって足掻くように手を伸ばしていたが、やがては灰の様になって。

 化物は、俺達の前から風に吹かれて。

 

 まるで夢か幻の様に、チリ一つ残さず消え去った。

 

 

 

 

 

「……やった、のか?」

 

 いらんフラグを立てたような気もするが、不安が口をついてしまったのだからしょーがないでしょっ。

 だって何をやったか忠夫覚えてないんだもん!!

 倒したのか? ほん~~っと~~に、俺が倒したのか!?

 ゾンビ映画みたいにまた出てこないよな。

 

 無理ッ!! なんっちゅ~~かもう、ホンマにムリッ!!

 

「怖かった! 美神さんの入浴を覗いたのがバレた時よりもめっちゃ怖かったーーーーッ!?」

 

 恐る恐る右拳を見れば、纏われていた霊力の輝きが今まさに消えようとする瞬間だった。

 

「ほら消えた! 思った通りだよチクショーーッ!! ちょっと待て! 待て待て消えるな俺の能力ーーッ!?」

 

 念じたり、叩いたり、ぶんぶんと振り回してみたりもしたが、予想通りに無反応。

 

「俺の能力の分際で俺の意思に従わんとはどーゆー了見じゃーーっ!!」

 

 走馬灯にも裏切られ、霊能力にも裏切られ?

 こんな自分なんかもう信じられるかドチクショーーッ!!

 

 ……って、あれ?

 気が抜けた途端、力が。あ、膝がカクンと。

 なんだか地面がせり上がって来ているよーな。

 お? おおおお!? か、身体が動かん! じ、地面にぶつかるーーっ!?

 ヤバイヤバイヤバイ!? 退避だ退避! 動け俺の身体ーーっ!!

 

「うぉおおぅ!?」

 

『……俺のおオキちゃん……俺のおキヌちゃん……って、きゃあっ!?』

 

 よしセーフッ! なんかしらんがやーらかいものの上に着地成功。

 あ~~そっか~っ。地面がせり上がって来てたんじゃなくて“俺が”倒れそうになってたんか~。

 

『……』

 

 ……いや~、よかったよかった。

 こんなところに都合よくやーらかいものがあって……。

 

「……」

 

『…………』

 

 うん。やーらかいなー。

 

 ……OK忠夫。そろそろ現実を見ようか。

 俺の下にあるやーらかいものってな~んだ?

 

『…………』

 

 あ~、うん。困ってるねー。

 顔を真っ赤にしてきょとんとしてるよねー、困るよね~。

 

『あ、あわわわわっ!? え? あの、え、え~~っ!?』

 

 いきなり男に覆い被さられればそうなりますよねーーっ!!

 

「答えは巫女さんでしたーーっ!! はい正解! でも横島忠夫の人生アウトぉおおおおおおっ!?

 違うの! これは俺の意思じゃないの!! 動けないの!! お願い信じて!? 国家権力に差し出されるのは堪忍や~~っ!!」

 

『あ、あああ、あの! 落ち着いて下さい! こっかけんりょくが何かは知りませんけど、命の――私死んじゃってますけど――恩人にそんな事はしませんからーーっ!!』

 

 ええ娘(こ)や。

 この娘(こ)ホンマにええ娘(こ)やで!

 これが美神さん相手だったら俺は今頃肉体的にも精神的にも社会的にも抹殺されているに違いないとゆーのに。

 死んじゃってるぐらいがなんだ!

 ポイント高い! ポイント高いぞ!!

 

 ……え?

 今ちょ~っと聞き逃すには問題のある言葉があったような。

 

「……死んじゃって、る?」

 

『あ、はい。私はキヌと言って、多分三百年ほど昔に死んだ娘です。あ、村の皆は私のことをおキヌって呼んでました。

 私って幽霊生活が長かったせいか、物を持てたり普通の人に見えたり話せたりできるんですよ~』

 

 死んでも生きられるってすごいですよね~、と笑う巫女さん。もといおキヌちゃん。

 

「あ、ご丁寧にどうも。俺は横島忠夫です」

 

 え? いや、だってやーらかい……けど、あったかくは……な……い。

 いや、いやいやいや! ちょっと普通より平熱が低いだけかもしれんやないかっ!!

 それに、だいたいこーしてさわれとるやないかっ!?

 

『え~っと、横島さんって退魔師さんなんですよね? だからじゃないんですか?』

 

 そう言うおキヌちゃんの視線を追ってみると、ふよふよと炎のようなナニかが浮かんでいる。

 ソレはおキヌちゃんの意思に応じる様に、俺達の周りを回り出していた。

 あれってアレだよな。

 

 ……人魂?

 

 ……マジで!? ホントに幽霊なのか!?

 だってこんなに可愛いいんだぞ!?

 

『あ、あの~。さすがにじ~っと見つめられると……その、恥ずかしいんですけど……』

 

 もったいね~~。

 なんだかすごくもったいね~~っ!

 

 普通ならぶっ飛ばされてもおかしくない状況だとゆーのにっ!

 信じられんけどあんまりイヤそうでもないとゆーのにッ!!

 気のせいかもしれんけど好感度がちょっと高そうな感じがするのにーーっ!!

 

 せっかくこーして触れ合えているとゆーのに幽霊だなんてそんなの――触れ合えている?

 そーいえば、最初っから俺はおキヌちゃんに触れていたよな。

 さっきもずっとお姫様だっこをしていたし。

 あれ?

 だったらこれって問題……あるのか?

 

 ……。

 

 …………。

 

「ありがとう霊能力! おめでとう俺の才能ーーッ!!」

 

 

 

「へぇ~~? な・に・が、そんなに嬉しいのかしら。詳しく教えてくれると令子嬉しいな」

 

 

 

 ぎゃわーーーーーーんっ!? み、みみみみ美神さんっ!!

 

「な、なななな、なんでここに美神さんがーーッ!?」

 

「なんだか嫌な予感がしたので戻って来てみれば……。なるほど、こーゆー事だったのね。残念だわ横島クン」

 

 笑顔が!? 笑顔がこんなに怖いなんてーーッ!?

 

「馬鹿でアホでスケベでど~~っしようもない変態だとは思っていたけど。

 それでもまさか、か弱い女の子を押し倒して迫るような下種だとは思ってなかったわ……」

 

「ちょ! 待って美神さん!! きっとお互いの現状把握にマリアナ海溝よりも深い溝があると思うんですッ!! そう、これには深いワケがッ! 機会を! せめて状況を説明するだけの機会をーーっ!!」

 

 ほら! おキヌちゃんも何とか言ってぇ~~っ!!

 じ、神通棍!?

 美神さん? それでいったいなにをなされようとしているのでしょうか。

 なんかいつもよりも激しく光り輝いているよーーなっ!?

 

『ハッ!? わ、私って男の人に押し倒されてたんですか? ああっ、ほ、ほんとだーーっ!?

 どどど、どーしよう!? どうしよう横島さん!? 私これからどうしたらいいんですかーーっ!?』

 

 気付いてなかったんかいこの状況にッッ!

 お願いだから落ち着いておキヌちゃん! これ事故だから! これ事故だからーーっ!!

 早く! 一刻も早く美神さんに説明してーーっ!?

 動け! 早く動け俺の身体ーーッ!!

 

 よし! 腕が動いた!!

 

『あン』

 

 うむっ! やーらかい。

 小ぶりだけどこれはこれで――って。

 

「俺のアホーーーーッ!! これじゃあ現行犯じゃねーーかッ!?」

 

「ほ~う? 言い訳ぐらいは聞いてあげようかと思ってたんだけど……。いい度胸じゃない。

 覚悟は良いかしら? こンの女の敵がぁーーーーっ!!」

 

「ですよねーーーーっ!?」

 

 

 

 

 

 三途の川の淵で渡守に払う金がなくて、仕方がないので秘蔵のお宝コレクションで買収できないもんかと考え始めた所で俺は目が覚めた。

 当初の目的地であった人骨温泉ホテルの一室で、だ。

 

 あの後、正気に戻ったおキヌちゃんの説得によって美神さんの誤解が解けたらしく。

 ホテルの従業員にも手伝ってもらって荷物と一緒に俺を運んで来たそうだ。

 

 今回は復活するまでに30分近くかかったらしく、さすがの美神さんもやり過ぎたと焦ったらしい。

 まあ、不可抗力であったとはいえ、おキヌちゃんの胸を“美神さんの目の前で”鷲掴みにしてしまったのは事実なので、罰は甘んじて受けようではないか。

 俺が逆の立場なら、相手の男に同じ事をする自信がある。

 抵抗できないか弱い相手に、ってのは俺の主義に反するからな。美神さん? アレは例外だ。

 あの女はぜんっぜんか弱くなんかないからな。

 弱者が強者に挑むのに小細工を弄して、スキを狙ってなにが悪いっ!

 

 で、だ。

 俺が気を失っている間に、おキヌちゃんが美神さんにある程度の事情やなんかは全て説明してくれていた。

 まあ、あの化物については俺もおキヌちゃんも知ってる事はほとんど一緒のはずだろうしな。なにも知らんという事は。

 

 当然ながら、あの化物は依頼にあった温泉に出る霊とは全くの別物で。

 ならばおキヌちゃんの事かというと、

 

“うちに来るのはムサ苦しい男の幽霊ですわ。そったらめんこい娘さんなら、かえって客寄せになるで”

 

 むしろうちで働いてくれんかと依頼人からスカウトされる始末。

 

 美神さんはというと「お金にならなそーな事はしたくないんだけどねー」と愚痴りながらも、荷物の中から“人型霊体センサー見鬼くん”を持って、あの化物が現れた場所に行っている。

 一人だと危ないですよと俺が言ったら、俺を折檻していた時点で美神さんの霊感にはあの周辺に特に危機的な何かは感じてはいなかったらしく「ま、大丈夫でしょ?」と、肩をすくめてサッサと行ってしまった。

 余計な事はちゃちゃっとすませて早く温泉に入りたいんだろ~な~。

 

 ほんでおキヌちゃん自身の事。

 山の噴火を鎮めるために人柱になったらしい。現代の感覚では信じられん話だが、三百年も昔の話ならそういう事もあったのだろう。

 普通であればそうやって人柱となった者の霊は地方の神様になるんだそうだが、

 

『でも、あたし才能なくて、成仏できないし神様にもなれないしで……』

 

 三百年近くを浮遊霊として過ごしていたんだそうな。

 で、いーかげん我慢の限界になって自分と立場を替わってくれる人を探し始めた、と。

 そこでなんで俺?

 

『あそこまでコキ使われて平気な人なら喜んで替わってくれんるんじゃないかと思って……』

 

 あ~~、やっぱこの娘(こ)も普通じゃないわ~。

 

 

 

「ふぃ~~っ。い~い~湯~だ~なぁ~っとぉ」

 

 ホテル側からのサービスという事で露天風呂の使用許可を貰った俺は、トレードマークのバンダナ代わりに手ぬぐいを頭に装備して至福の時に浸っていた。

 ちなみに美神さんは既に入浴を済ませており、たぶん今頃は一杯ひっかけているのだろう。まだ若いのに美神さんにはところどころおっさんっぽいトコがあるからな~。

 ちなみに、あの場所には化物が暴れた跡こそ残っていたが、その痕跡や正体なんかのヒントになりそうなものは綺麗さっぱりなかったらしい。

 どうやら俺の放った一撃で完全に倒せていたようだ。

 後々問題になりそうな事になったらそれはその時に考えればいいとして、一先ず協会に連絡だけはしておくとの事。

 正直、俺もその方がありがたい。何事も無ければそれでよし。そうでなくとも、できれば俺に関係のないところですっきりハッキリと終わらせて欲しいものだ。

 

「しっかし、今日はまたえらくハードな一日だったよな~」

 

 登山の最中に酸欠で死にかけて。

 おキヌちゃんに事故を装って殺されかけて。

 ワケの分らん化物に殺されかけて。

 美神さんには婦女暴行犯として殺されかけて。

 美神さんの入浴を覗きに行ったらバレて殺されかけて――これはいつものコトか。

 

 戦場じゃあるまいし。この日本で日に五回も死にかけるって、これってかなりスゴイことじゃなかろーか?

 

 まあ、それなりにいい思いもしたから決して悪い一日ではなかったよな~。

 ちょ~っと冷たかったけどやーらかかったオキヌちゃんの感触とか! 一糸纏わぬ美神さんの裸体とか!!

 特に美神さんのハリと艶のあるあの乳尻ふとももは実に良かったッ。

 こーやって目をつむれば今でも鮮明に思い起こせるッ!

 

 惜しかった、実に惜しかった。もーすこし、もーすこし俺の理性が自制できれば……。

 この伸ばした手の先で、美神さんの身体をこーやってしっかりと包み込む事が出来たかもしれんのにっ!!

 そう! こーやってゴツゴツざわざわとした身体をしっかりと! しっかりと抱きしめ――

 

 ……あれ?

 

 …………しっかりと……抱きしめて……いる? ナニを?

 

 なにこの感触。

 

 なんだ? 風呂に入っているはずなのに身体が震える、冷や汗が止まらない。

 駄目だ! 目を開けては駄目だ!! でも目を開けなきゃだめだ!!

 分らんけどワカるッ!

 ロクでもない事だ! これはきっと碌でもない事だッ!!

 

 すっかり忘れてたが思い出せ! 美神さんと俺はここに何をしに来た? 除霊だ。

 何の除霊だ? 露天風呂に出る幽霊の、だ。

 どんな幽霊だ?

 

『じょ、情熱的な方っスね……。でも自分、そーゆーの……嫌いじゃないっス』

 

 止めろ! よせ!! これ以上考えるな俺ーーッ!! 目を開けるな俺ーーーーッ!?

 

『死んでしまった後とは言え、まさかこうして再び同好の士に出会えるなんて! 自分感激っスよーーッ!!』

 

 

 

 俺が、抱き付いていたのは……ムサ苦しい――男の幽霊。

 

『自分は明痔大学ワンダーホーゲル部員であります!! 遺体が寒くて助けて欲しいっスけど――今はこの情熱に全力で応えたいっスーーッ!!』

 

「こんなこったろうと思ったよドチクショーーーーーーッ!!」

 

 殺せ! いっそ一思いに殺せーーーーッ!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート5 職業選択の自由

 今から行う事はただの余興だ、と。そうヤツは言った。

 数百、いや数千、それよりも長く永く。

 ヒトには理解できない時を存在してきた奴にとって、たかだか数年なんて時間は一眠りの間程度にしか過ぎないらしい。

 

“ここまでの君の健闘を賞賛しよう。コレは、私の計画の悉くを邪魔してくれた君へのささやかなプレゼントだ”

 

 そう言ってヤツは背後にある巨大な装置へと向かう。

 無防備な背中をさらけ出して、だ。勝者の余裕だとでも言うつもりなのか。

 

 皆は動けない。

 この場で僅かでも動けるのは、もう俺一人になってしまっている。

 

 ヤツがなにをする気かは分らないが、少なくとも俺にとっては碌な事じゃないのだろう。

 しかし、考えようによってはこれは最後のチャンスだ。

 あの装置を使う瞬間、ヤツはその操作だけに集中しなければならない。

 狙うのは、動くのはその時だ。

 

 俺にはまだ、切り札が二つ残っている。

 

 

 

“君というRebel(反抗者)に対するReturn(回帰)とReborn(新生)、そして世界のRegenerate(再生)。フム、プロジェクトRとでも名付けようかね。

 喜びたまえ、君にこの装置の、世界変革のためのモルモットとなる権利を与えよう。

 現在(いま)に干渉する事は出来た。ならば既に確定されている過去はどうか、とね”

 

 ヤツがなにやらベラベラとしゃべっているが好都合だ。

 その間に、こっちは少しでも力を蓄えさせてもらうぞ。

 知ってるか? 最終決戦でベラベラとしゃべるボスキャラってのはツメが甘いんだよ。

 

“事ここに至って、どうやら抑えていた研究者としての欲が出てしまったのだよ。

 さすがに規模が大き過ぎるので巻き戻せる時は数年程度だろう。だが、テストとしては十分だ。

 それで修正力というモノを計らせてもらおうか。君は無力な君となって同じ時を繰り返すのだ。

 そこに奇跡は無いよ。絶望する君の姿を夢に見ながら、私は今回の溜飲を下げさせてもらう”

 

 ヤツの手が鍵盤へと伸びる。

 まだだ。美神さんも言っていた。あの手のタイプは最後の最後に必ず見得を切る、って。

 これから実行するぞ、と。俺に明確なサインを出すはずだ。

 

 ヤツが俺を見た。

 ――今だ!

 

“これが君への罰――ぐぁアッ!?”

 

 ふはははははは! 痛かろう!

 

“な、なんだこの胸の痛みは!? な、何をしたキサマッ!”

 

 相手を目視で捉えるだけで効果を発揮する、俺の対美形用必殺呪術『五寸釘アタック』じゃーーッ!

 

“わ、藁人形だとっ!? ラスボス戦でそんな物を装備して使う奴がいるかーーッ!”

 

 ここにおるわーーっ!

 

 ヤツが動揺している今しかない。最後の切り札を切る。

 この隙に、あの装置を――

 

“ぐっ、しまった!? おのれぇ、どこまで私をコケにするつもりだ!!”

 

 もう少しだ、もう少しで――

 

“止せ、既に演算は終了しているのだぞ!?”

 

 ――届いた。あとはこれで!

 

“止めろーーッ!! 取り返しの付かん事に――”

 

 

 

 Reset(リセット)――

 

 

 

 

 

「うぉおおおおおおおおおおッ!?」

 

「やかましいッ!!」

 

 あ、あれ? 美神さん?

 ヤツは?

 アイツはどこに――ぶべらッ!?

 

『横島さん、だいじょうぶですかっ?』

 

 は、鼻が、鼻が痛い……。

 あ~、うん。大丈夫。これぐらいいつもの事だから。大丈夫だよおキヌちゃん。

 ちょっと美神さん、なんでそこで舌打ちするんスか。

 

「急に起き上がって叫び出して。まったく、びっくりさせないでよね。あのまま寝ておけばよかったのに」

 

 毎度ながらぞんざいっスね、俺の扱い。

 ん? 寝てた? 気を失ってたのか俺は。

 なんだか変な夢を見ていたよーな気がするが……思い出せん。

 

 ま、思い出せんとゆーことは大したことでもないんだろう。所詮は夢だ。

 そうだ、夢の中でいくら美人のねーちゃんたちに囲まれてウハウハしたところで、現実に戻れば空しいだけではないか。

 そー考えると……。

 

「夢も希望もね~じゃね~か~~っ!! いやじゃ~~っ! 生涯○貞はいやじゃーーっ!!」

 

『大丈夫っス。横島サンがちょっとアレな人でも自分は友達っスから。男同士の熱い友情っスから!』

 

 ……まだいたのかワンダーホーゲル部。

 元をただせばテメーのせいで俺は気を失ったんじゃねーか。

 ちゅーか、いったいいつ俺とお前が友達になったんだ。

 ええいっ、近付くな、頬を染めるな、すり寄って来るんじゃねーーっ!!

 

「横島クン、これからちょっと真面目な事をするから、騒がずに大人しくしていなさいよ?」

 

「あ、ハイ。ってここ露天風呂っスよ? ここでいったい何をするんです?」

 

 それと、できれば着替えたいんスけど。腰にタオル一枚はちょっとつらいっス。

 

 じろじろ見てんじゃねーぞワンダーホーゲル部。

 ちらちら見ないでねおキヌちゃん。

 隠しているつもりかも知れないけど、すっごく分かりやすいから。

 

 せめて浴衣ぐらいは下さい美神さん。

 

「……ハンッ」

 

 ちょっと美神さん!? 人の裸見て鼻で笑うってヒドクないっスか!

 

 

 

「ワンダーホーゲル部を成仏させるには、雪の残った山の中から遺体を捜さなくっちゃいけない。

 おキヌちゃんが成仏するには、誰かに立場を替わってもらって地縛を解くしかない。ここまではいい?」

 

 ウス。

 

「で、ワンダーホーゲル部が成仏を止めても山の神様になりたいって言うから、これからおキヌちゃんと立場を入れ替えるのよ。

 これで温泉に出るムサ苦しい男の幽霊の依頼は完了、おキヌちゃんも地縛を解かれて本人の希望通り成仏できる、ってわけ」

 

 一石二鳥ってこーゆー事ね、と美神さんは上機嫌。

 

 

 

 それじゃあ始めるわよ、と。

 二人を正面に立たせてなにやら呪文を唱え始めた。

 すると、おキヌちゃんの足元から現れた光の帯のようなナニかがワンダーホーゲル部の足元に巻きつき、ヤツの姿を登山者のそれからいかにも山の神(それ)っぽい姿へと変化させる。

 ムサ苦しいヒゲ面は変わることはなかった。

 

『はるか神々の住む巨峰に雪崩の音がこだまするっスよー!!』

 

 そう言ってヤツはどこかの山へと向かって去って行った。

 山の神が雪崩を誘発してどうする、とも思ったが、俺は男のことなんぞどーでもいいので放っておく。

 二度と会うことはないだろうしな。

 

「どう、おキヌちゃん。逝けそう?」

 

『あ、はい。ありがとうございました。これで私も成仏できます』

 

 せっかく知り合えたおキヌちゃんともうサヨナラってのは正直残念だが、本人が納得しているんなら俺から言うことは特にはない。

 これから成仏しようって相手に元気でね、と言うのはさすがにな~。

 

『横島さんも……色々とありがとうございました。あなたの事は忘れません』

 

 うむ。可愛い子に感謝されるとゆーのは素直に嬉しい。

 

『幽霊を押し倒した男として次の人生でも語り継ぎたいと思います。それから――』

 

「語り継ぐなそんなも――んっ!?」

 

 い、今なんだか、やーらかいものが……。

 

 え?

 

『美神さんが横島さんへのお礼はこうした方がいいって。

 昔の事はほとんど覚えていませんけど、多分……はじめて、です』

 

 ……。

 

「おーおー、固まっとる固まっとる。な~に~? 普段は変質者一歩手前な事をしておきながら。

 意外とカワイイトコあるのね~横島クン?」

 

 …………え?

 いまなにをされた?

 

 キス?

 ちゅー、か?

 

『そ、そそそ、それじゃあ、あ、あの。お、お世話になりましたっ!?』

 

「ハイハイ。仕向けといてなんだけど落ち着きなさいってば。ま、私はホントに大した事はしてないんだけどね。

 ほら、今は大丈夫だけど、横島クン(あのバカ)が現実に戻ってきたら絶対に騒ぎ出すから。そーなる前に早く成仏しちゃいなさいな」

 

『……はいっ』

 

 目の前でおキヌちゃんがゆっくりと空へと上って行く。

 

「おキヌ――」

 

 思わず叫びそうになって――堪えた。

 馬鹿か、俺は何を言おうとした。

 彼女はこれで成仏する。

 俺を殺そうとしたのだって、三百年間の呪縛から解放されたかったからだ。

 

『……ありがとう』

 

 おキヌちゃんが笑っていた。

 

 ならば、これでいいのだろう。

 せめて次に生まれ変わった時には幸せな人生を送れるように、山の神以外の神サマにでも祈っておこう。

 

 さようなら、おキヌちゃん。

 

 

 

 

 

『あの、つかぬことをうかがいますが、成仏ってどうやるんですか?』

 

 ……ないわー。

 

 

 

 

 

 気まずい。

 

「……あ、あはははは」

 

『……え、えへへへへ』

 

 ひっじょーーにっ気マズイッ。

 小学四年生の頃に、家に遊びに来た女友達の前でクソ親父が俺がいつまでおねしょをしていたと暴露しやがった、あの後の気まずさに匹敵するぞ。

 間が持たねーーッ!!

 

「ちょっとおキヌちゃん!? あーゆー綺麗な別れ方をしておいて、このオチはないんじゃないのっ!?」

 

 ナイスだ美神さん! でも落ち着いて。

 言いたいことは俺もめちゃくちゃ良く分かりますけど、とりあえず落ち着いて!

 

『ふぇ~~ん、ごめんなさ~~い。だって誰も教えてくれたことないんですよ~~』

 

 あ~はいはい。おキヌちゃんも泣き止もう、な?

 こーやって頭をなでてると、なんつーか泣いてる妹をあやす兄ってこんな気持ちかな~。兄妹いないけど。

 ひょっとしたら今頃出来てるかも知れんけど。既にいるかも知れんけど。あの親父だから油断ならん。

 

 いや、それにしたって。成仏って誰かに教わるようなモンなのか?

 幽霊の先輩とか?

 

「地縛は間違いなく解けているわね。例えば家族の事とか事故や病気、殺されたとか。よっぽど現世に未練が残っていない限り、自然に成仏できるはずなのよ?」

 

 美神さんはこめかみに指を当て、眉間にしわを寄せながらおキヌちゃんをじ~っと凝視している。

 

「美神さんはあー言ってるけど。おキヌちゃん、なんか未練ある?」

 

 未練っていうと、な~んかドロドロした昼ドラ的なイメージしか浮かばんな。

 美神さんならともかく、おキヌちゃんにはあんまりそーゆーのは無さそうなんだが。

 

『えっと……少し……』

 

 ふむ。

 そりゃあ三百年も幽霊やっていたら、思うところもあるのかもしれんなー。

 

「……いいの? こんなヤツよ?」

 

『いえっ、わ、わたしは別に……その……』

 

 なんだ? ガールズトークとゆーやつか?

 

「ま、いいケド。それでおキヌちゃん、あなた長いこと地脈に縛り付けられていたせいで一個の存在として安定しちゃっているわ。

 もう幽霊というよりも半ば精霊とか妖怪とかに近い感じよ。これは誰かに御祓いでもしてもらわないと成仏は無理ねー」

 

「成仏は無理って、それってヤバくないですか? そーゆー幽霊って悪霊になったりするんじゃ?」

 

『え!? わ、私悪霊さんになっちゃうんですかーーっ?』

 

「その辺は大丈夫よ。言ったでしょ、一個の存在として安定してるって。おキヌちゃん自身がそうなろうと思わない限り悪霊にはならないわ。

 おキヌちゃんの性格や性質、周囲の環境もあったんでしょうけど。これって奇跡的な状況よ。ある意味では不老不死の一つの答えじゃないの? 今のおキヌちゃんって。

 それでどうするの? 御祓い、する?」

 

『えっと……』

 

 話を聞いてるだけでも確かにスゴイ状態だよなおキヌちゃんって。

 ん?

 なんか、さっきからおキヌちゃんがちらちらとこっちを見てるけど。俺の後ろになにかあるんだろーか?

 

 ……チ○コ口の置物しかないけどな~。

 露天風呂にあんなモン置くなんて。変なのは名前のセンスだけじゃないんだな、このホテル。

 お客が減ったのってワンダーホーゲル部のせいだけじゃないのかも知れん。後でそれとなく言っておこう。

 

「……ハァ。あ、そうそう、言い忘れていたわ。ちなみに御祓い一回100万円だから」

 

『……え?』

 

「ちょっと美神さーーんっ!?」

 

 あんたいきなりナニ言うとんのや!?

 今の今まで幽霊してたおキヌちゃんがそんな大金持ってるはずがないでしょーがっ!!

 

「うるっさいわねー。私はタダ働きするとお腹が痛くなるのッ! 横島クンが払うんじゃないんだから別にいいでしょーが!」

 

 な、なんで美神さんが切れるの? 俺そんなにおかしなコト言った?

 

「おキヌちゃんお金持ってる? 持ってないわよね。ならこーしましょう。ウチで料金分働きなさい。日給はフンパツして30円よ!」

 

『……あ! は、はい! やりますっ。死んじゃってるけどいっしょーけんめー働きますっ!!』

 

 日給30円って……。いいのかそれで?

 この話を神父が聞いたらぶっ倒れるかもしれん。

 まあ、本人がそれでやりたいと言ってるんだしなー。

 

『よろしくお願いしますね美神さん、横島さん』

 

「おう! よろしくな、おキヌちゃん!!」

 

 正直、俺も嬉しいから反対なんてするわけがないけどなっ!

 幽霊であろうがなんであろうが、可愛い女の子が来るとゆーてるのだ。

 職場の花は多ければ多いほどいいのだっ!

 ふははははっ! なんか知らんが燃えて来た、燃えて来たーーっ!!

 

 

 

「……バカに余計な燃料注いじゃったかしら? 思い直すなら今の内よ?」

 

『あ、あははははっ……』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート6 ボーイ・ミーツ・ガール

 さて。

 美神さんとの間に“日給30円”という破格の雇用契約を行ったおキヌちゃん。

 東京に戻り『早速お仕事開始ですか~』と張り切る彼女であったが、それに美神さんが待ったをかけた。

 

 ゴーストスイーパーという職務に対する知識や、現代知識の不足は当然のことながら、何よりも優先して処理しなければならない重大な問題があったのだ。

 

「一緒にGS協会に直接出向いて申請登録する必要があるのよ。おキヌちゃんは間違いなく美神除霊事務所(ウチ)の所員です、ってね」

 

「あ~、そっか。一応、浮遊霊だったけ、おキヌちゃん」

 

 下手すりゃ、彼女の事を知らない同業者から祓われてしまう可能性もあるか。

 

 幽霊を所員に、というのはさすがに珍しいそうだが、精霊や妖怪といった、いわゆる人外のモノを雇っている同業者はそれなりにはいるそうだ。

 

 これが受理されれば、幽霊であるおキヌちゃんの身元が美神さんによって保証され、GS協会がおキヌちゃんを“人間社会で共に生きる”一員として認めたという事になる。

 今後、おキヌちゃんが何かしらの問題を起こすような事があれば、それはおキヌちゃん自身と美神さんの責任となり、法に基づいて罰せられる。

 おキヌちゃんにしてみれば、生きていた時代との常識のすり合わせで多少は苦労する事になるだろうが、俺としてはそこまで心配はしていない。

 逆に、おキヌちゃんに対して何らかの問題を起こした者もまた、法によって罰せられる事となるのだ。

 この辺りはオカルト法も絡んでくるので、厳密には生きている人間と全く同じ扱いとはいかないらしいが。

 

「霊障などによる被害者や、そういった人達の関係者。専門家であるゴーストスイーパーの中には、怨恨によってこの道に進んだ人もいるわ。

 そうでなくとも、霊や妖怪といった人外のモノへ対して問答無用で排除すべきだ、って過激な思想を持った人もいるしね」

 

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ってことらしい。

 

「ま、そうと知っていて、それでも変なちょっかい掛けて来るような相手には――相応の目にあってもらうけど?」

 

 ウチの若い子に手を出したらどうなるか、キッチリと教え込んであげないとねぇ。

 そう呟いた美神さんは実に頼もしかった。頼もし過ぎるぐらいに。

 

 これが、今から一週間前のことである。

 

 

 

「GS協会もお役所仕事だからネ、時間が掛かって当然よ。それでも申請から許可まで一週間ってのはかなり早いコトよ。

 ナルホドね。それで今日はボウズ一人か。てっきりあの幽霊の子に愛想尽かされて捨てられたかと思ったのに」

 

 にしししし、と。いやらしそうに笑ったオッサンの顔がムカついたので、俺はテレビの電源を落としてやった。

 

「そうだ。センセイはブラウスのボタンに手をかけているのよ! もう少し、もう少しよタカシ――って、ああッ!? な、ナニするかねボウズ! 今物凄くイイトコだったのに!!」

 

 うるさい黙れ。

 美神さんに捨てられるならまだしも、おキヌちゃんに捨てられるって。想像したらそっちの方が物凄くダメージがでかかったじゃねーか。

 

「あーもう。令子ちゃんに頼まれていた荷物を渡すからとっとと帰るよろし!」

 

 客をほっぽり出して昼ドラにかぶり付きだったのはオッサンだろーが。

 

「まったく、これだからボウズはイヤよ。次は令子ちゃんかあの子とく来るね。むしろ令子ちゃんを寄こすね。

 あの乳と尻とふとももは最高ね! 今日どんな服着てるか? 下着エロいかッ!? いい匂いしてるかッ!?」

 

 カウンターを飛び越えてにじり寄って来たちっこいオッサンを片手で押さえつけて、俺は溜息を吐いた。

 

 呪的アイテム専門店厄珍堂。その店主である厄珍というのが、今俺が押さえつけているこのオッサンだ。

 馬鹿でかいサングラスをかけていて、ちょび髭を生やした胡散臭い小さなタ○リ。えせ中国人。そんな俺が抱いていたイメージ通りの人物だった。

 その内面は想像の斜め上を行っていたが。

 

 なんとゆーか。ひっじょーに、他人の気がしないのだ。

 親父方の血縁者だ、と言われても納得してしまえる程に厄珍は――女好きだった。

 

「フッ、美神さんはいつも美人でエロくてやーらかくていい匂いがしておるに決まっっとろーが!

 だがそんなコトは教えてやらんっ。今日の下着は細かなレースの入った美神さんのお気に入りと一つであったコトなど教えてはやらんっ!」

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬっ。そ、そんな事で勝った気になるんじゃないね! ウチのアイテム一つ貸してやるから詳細に教えるねっ!

 下着持って着たら交換ね! 脱ぎたてだったら報酬弾むよ!?」

 

 馬鹿なことを。厄珍、キサマなら分っているはずだ。

 いかに金を積まれようとも、美神さんのぬくもりの残った下着はプライスレスであるとゆーことを!

 

 

 

 厄珍堂を出て一路事務所へと帰還する。

 美神さんから交通費は出ていたので、途中までは電車で帰ることにした。

 事務所まで徒歩で帰れんこともなかったが、何億もする荷物をいつまでも持っているのはさすがに心臓によろしくない。

 とはいえ、駅からはバスを使わずに徒歩で帰ったが。

 浮かせた交通費に関しては、ちょっとした小遣いとして貰えることになっているから問題はない。今月はちょっと厳しいからな。

 そうして、厄珍から受け取った荷物を事務所に届ければ俺の今日の仕事はお仕舞いとなる。

 

「まだ4時を過ぎたぐらいか。う~ん、これからどうすっかな~」

 

 呪的アイテムの倉庫と化している一室に荷物を収めた後、俺はこーしてお茶うけを適当につまみながら、事務所のソファに腰を下ろしてくつろいでいた。

 だが、さすがに一人ぼっちでは何もすることがない。

 時折掛かって来た電話の応対をした程度だ。これにしたって仕事には違いないのだが、荷物を届けた時点であがって良いと言われているので、そこまで拘る必要はない。

 

「美神さん達が戻って来るまで居とくか? でも何時に戻るか分らないしなー」

 

 あても無く待つのは結構な苦痛だ。

 あらためて時計を見たが、まだ15分も経ってはいない。

 

「……よしっ、決めた!」

 

 気合いを入れて立ち上がる。

 ここ数日、現代社会に不慣れなおキヌちゃんへの案内やらなんやらで、俺のライフワークが滞っていた事を思い出したのだ。

 幽霊とはいえ、おキヌちゃんは可愛い子であるので一緒にいるのは大いにウェルカムなのだが、それはそれ、これはこれ。

 男たるもの常に新しい出会いを求めて行かねばならんのだ。

 それに、幾多の死線を潜り抜けて霊能力に目覚め“スーパーヨコシマ”となった俺ならば、そろそろモテ男レベルが限界突破しているに違いない!

 

「ふははははっ! まっとれよーまだ見ぬねーちゃんたちーーっ!!」

 

 いざ鎌倉じゃーー!

 

 

 

 

 

「武家政権は終わりを告げたーーっ!!」

 

 行き交う人の波が大きくなり始めた駅前で、俺は人目もはばからずに泣いた。泣き崩れた。

 おねーちゃん達からの蔑んだ視線や、嘲笑する様な視線、憐れみを込めた視線が次々と俺に突き刺さる。

 

“ママー、あのお兄ちゃんどうして道の真ん中で泣いてるの?”

 

“い~いアヤちゃん? 黙ってそっとしておいてあげるのが良い女というものなのよ”

 

 30分間に30人にものおねーちゃんに声を掛けて、10秒も持った相手がいないってどーゆーことっ!?

 おキヌちゃんや美神さんとは楽しくやっていけているから、今の俺なら大丈夫だと思ったのに……。

 

「モテ期が来たと。モテ期が来たと思ったのに~~っ! やはり顔か! 金か! 貧弱なボーヤなんぞに用はないとゆーのかーーっ!?」

 

 そりゃあ、今までナンパして来て成功した事なんてほとんどない。

 それでも、ひょっとして、もしかしたら、と。僅かながらでも期待があった分ショックもでかい。

 

「……くっそう。あ、あのねーちゃん俺が声を掛けたら無視したくせに!」

 

 チクショーーッ、なんだかとってもドチクショーーッ!

 

「……ハァ、もういいや。大人しく帰るか~」

 

 そうだな。今日はこの悲しさを慰めるために、フンパツして牛丼(並盛り)に卵を付けよう。

 

 

 

 今日のライフワークに見切りをつけて、ポケットにある小銭を確認しながら俺が近くの牛丼屋へと向かおうとした――その時だった。

 

“クスクスクスッ”

 

 どこからか聞こえて来る押し殺したような笑い声が気にかかり、俺は足を止めて周囲を見渡していた。

 笑われるコト自体は珍しくはない。ナンパする度にそうなのだから。

 だからこそ、普段であればそこまで気にしたりはしないのだ。

 

 なのに――

 

「え~っと?」

 

 この時だけは、なぜか俺はその相手の事がどうしても気になって。

 視線の向こうにベンチに座って笑う彼女の姿を見付け――目が合った。

 

 黒いセーターと白いパンツ、グレーのキャスケット帽を目深にかぶった少女だった。

 少女と言っても背丈からは多分俺とそれ程歳は離れてなさそうにも思える。

 

 俺に気付かれるとは思っていなかったのか。目が合った瞬会、彼女は一瞬ひどく驚いた様子を見せたが、

 

「ごめんなさい。でも、あれだけ断られ続けてめげなかったあなたの姿が面白くって」

 

 軽く頭を下げた後、そう言って笑った。

 

「い、いや~、あはははは。きょ、今日はたまたま調子が悪かっただけさ!」

 

 全体的に地味な感じの少女だったが、俺の美少女センサーは彼女を一瞬でAランク認定していた。

 容姿? 美少女だったに決まっておろーが。

 Aランクとは、胸のランクだ。

 

「……美少女と言われて悪い気はしないけど?」

 

 しまったーっ! また口に出てたーーっ!? かんにんやーーっ!

 

「ダ~メ。女の子を傷付けた罪は重いわよ? これはしっかりと責任を取って貰わないとね」

 

 怖いっ、この娘さんの笑顔がめっちゃコワいッ。

 ハッ! まさか、これが美人局とゆーやつなのか!? どこからともなく黒ずくめのオッサン達が現れるのか!?

 やめてーーっ!? ボクお金なんて全然持ってないんですーーっ!

 

 

 

 なんてコトは全くなく。

 

 彼女がお詫びとして俺に要求したのは「待ち人が来るまでの間、暇潰しに付き合って」との事だった。

 

 そうして俺は、この見ず知らずの少女と呑気に駅ビル内でウインドウショッピングをしていたりする。

 

「あっ、あれ可愛いわね。アッチは……ちょ~っとサイズが合わないかな」

 

 ブティック内を興味しんしんといった様子で見回る彼女に腕を引かれる形で、だ。

 

「あれなんていいわね。やっぱりコッチの方がこういった物のセンスが良いわよね! 何してるの? ほら早くっ」

 

「お、おう」

 

 大人しめの娘(コ)かと思ったんだけど、結構活発だったんだな~。

 うん。澄ましてる顔はちょっと冷たい感じがしたけど、笑ってる顔はやっぱり可愛いわ。

 

 ……え?

 え? ナニこの状況。

 うむ。俺の108の野望の一つ、可愛い彼女に腕を引かれてキャッキャウフフ、だ。

 いや、でも、しかし……。

 

 ありえん。ありえんぞこんな状況っ!!

 

 そうだ、これはきっと夢に違いない。

 こんな漫画の主人公みたいな都合の良い事が俺に起こるはずがないっ! ないったらないっ!!

 スーパーヨコシマなんて伝説の存在でしかないんやっ。

 

 でなければ勘違いだ。

 きっと小学校の時みたいに“下駄箱に入っていたラブレターにヨッシャーと浮かれていたら、俺経由で銀ちゃん渡して下さい”みたいな!!

 彼女が出来ると舞い上がっていた俺をどん底に叩き落とした、あの悲劇を思い出せッ。

 

「……そーだ、落ち着け忠夫。焦るな、見極めるのだ、冷静に慎重に見極めるのだ……」

 

「ナニをブツブツ言ってるの? あ、そっか。……楽しく……なかった?」

 

 ぎゃーーっ!?

 ち、ちがう! そーじゃなくて!?

 

「いやっ! 違うから! この状況が信じられんかっただけやから!」

 

 だからそんな泣きそうな表情はヤメテーーッ!

 あ、店員さん!? ナニその目は?

 ああっ!? 周りのお客さん達の視線がっ! 視線が痛いっ!!

 

「し、失礼しましたーーーーっ!」

 

 これ以上この場所に留まっていては俺の精神が持たんッ。

 

「え、あ? ちょ、きゃあああ!?」

 

 人生二度目のお姫様だっこ!

 でもこれまたぜんっぜん嬉しくないシチュエーションなのなッ!!

 

 

 

 どこをどー走ったのかさっぱり分らんが、本能的に人気の少ない所を選んでいたのか。

 気付けば俺は彼女を連れて屋上まで上がっていた。

 このビルの屋上は子供向けのちょっとしたアミューズメントコーナーになっている。

 夕方という事もあって、周りの人影はまばらだ。

 

「ぜぇ~~、ぜぇ~~」

 

 美神さんの除霊道具で鍛えられた俺の体力の前では美少女一人ぐらい羽毛に等しい、と内心高を括っていたわけだが。

 周囲からの尋常ならざる視線やらプレッシャーやらのせいで、腕はパンパン、足はガクガクだ。

 

「……プッ、プププ。アハハハハっ、やだ、あなた凄い顔してるわよ?」

 

 いや~~、喜んで貰えてうれしーなーーッ。

 

「ほら、じっとして」

 

 そう言って、彼女はハンカチを取り出して俺の顔を拭いてくれた。そして、汚れてしまったハンカチを自分のポケットに戻そうとしている。

 

「……ハッ!?」

 

 あまりの事にまた意識を飛ばしかけた俺だったが、さすがにこれには慌てて正気を取り戻す。

 

「いやいやいや。汚いって! 洗うなり弁償なりするから――」

 

 伸ばされた俺の手が彼女の手に触れた。

 その直後、俺の脳裏に見覚えのない光景が広がる。

 しかし、それが何であるのかを理解する間もなく、彼女の声によって俺の意識は引き戻された。

 

「――夕日。ここからじゃ、あまり綺麗には見えないわね」

 

「……え?」

 

 彼女の視線を追えば、建ち並ぶビルの谷間へと沈んで行く夕日が見える。

 

「もっと綺麗に見えたと思ったんだけどね。ねえ、あなったって夕日は好き?」

 

 普段の俺であれば、ここで口説き文句の一つでも入れたのであろうが。

 俺に問いかける目の前の彼女があまりにも儚げに見えて。

 

「いや、綺麗だとは思うけど。ほら、夕日ってなんか一日の終わりって感じがするから。

 どっちかって言えば日の出の方が好きだな。始まり、って感じがしてさ」

 

 だから、自然と真面目に答えてしまっていた。

 

 ……。

 

 …………ぎゃあぁあああああああっ!?

 なんじゃこのこっぱずかしいセリフは!? 俺か、この俺の口がゆーたのか!?

 見ろ、彼女が目を開いて驚いたよーに俺を見ているではないかッ。

 

「な、ななな、な~んちゃって。ですよねー? こんなセリフは美形様にのみ許される言葉ですよねーッ!?」

 

 だからお願いっ、そんな目で俺を見ないでーーっ!!

 

「――始まり、か。いいわねそれって」

 

 え? あれ? 意外とポイント高かったのか? 否定するコトを言っちゃったのに。

 

 

 

「うん、今日は楽しかったわ」

 

 あれからもう少し。

 ベンチに腰掛けて他愛も無い事を話していた俺達だったが、彼女のこの言葉でその時間も終わりを迎えた。

 そうか、そうだったっけな。

 これは彼女の待ち人が来るまでの暇潰しだったんだよな。

 立ち上がって背伸びをする彼女を見ながら、ぼんやりとそう思う。

 

「ああ、俺も……って、ちょっと待ったーーっ!」

 

 何をしんみりしておるか横島忠夫!

 彼女彼女って、一時間以上一緒にいたとゆーのにお互いの名前すら知らんとはどうゆーことだ。

 切欠や理由はどうであれ、女の子の方から誘われたというこの奇跡を、ここでこのまま終わらせるつもりか!?

 

「そう言えばそうよね。すっかり忘れていたわ。私の名前は――」

 

 名前は!?

 

「やっぱり止めた!」

 

「止めたって、そんな勿体ぶらんでも。じゃあ、俺の名――」

 

 俺の名前は横島忠夫。そう続けようとした俺の口に彼女の指が当てられていた。

 

「一度目の出会いは偶然、二度目の出会いは運命って言うらしいじゃない? だったら、お互いの自己紹介は次に出会えた時にしましょう」

 

 その方がロマンチックじゃない?

 そう言うと、彼女は俺の口に当てていた指を離してニコリと笑った。

 

「え、あ――」

 

 彼女のその表情に気を取られた瞬間、俺の眉間に彼女の指が触れ――

 

“また会えたらいいわねヨコシマ”

 

 名乗っていない俺の名前を彼女が呟いた、そう思った瞬間に俺は意識を失っていた。

 

 

 

 その後、目を覚ました俺の前に彼女の姿はなかった。

 

 まさかな、と思って財布を見たが所持金はそのまま。身体にも特に変わった様な事はなく。

 周囲を確かめてみれば、既に営業を終えたのであろう。ビルからは明かりがほとんど消えていた。

 

「……帰るか。ん、アレ?」

 

 狐につままれたような気分のまま、屋上のドアに手を掛けてみれば――施錠済み。

 

「やっぱりこんなオチが付くわけね! そーだよなーーっ!! ぜったいナニかあるとは思っていたよドチクショーーっ!!」

 

 結局、俺は一晩をビルの屋上で過ごした。

 学校?

 当然遅刻だ。クソ担任から居残りを命じられ、当然バイトにも遅刻した。

 

 

 

「許さん、許さんぞ名も知らぬあの女ッ。探しちゃる! 探し出して絶対に説教しちゃるからなーーっ!!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リポート7 過失を引いたら250円

「こんちわー。横島忠夫只今出勤致しました~」

 

『あ、こんにちは横島さん……って、ズブ濡れじゃないですか! え~っと、何か拭く物拭く物――』

 

 おおう、相変わらずええ娘やな~おキヌちゃんは。

 で、何スか美神さん。テーブルの上で手を組んでその上に顎を乗せて、そんな視線だけで人を呪い殺せそーな目で見るの止めてくれません?

 

「……ああ、ゴメンね横島クン。ほんっとに、長い間この姿勢だったから身体の節々がね……」

 

 そう言って腕を伸ばしながら立ち上がった美神さんの身体からボキボキッと景気の良い音が。

 そんなに身体がこっていたのなら、一声かけて下さればこの横島忠夫全身全霊をもってマッサ――いえ、何でもゴザイマセン。だから霊体ボーガンをこっちに向けるのは止めてくれませんか?

 

『初回の更新(2012年5月)から9年近くこの体勢のままでしたからねー。はい横島さん、タオルです』

 

「サンキューおキヌちゃん。いや~、小降りだったから事務所までは行けるかなって思ったんだけど……」

 

 おう、ふわふわとした心地良い感触にえー匂いがする!

 ……ん? 初回? 9年?

 

『え? 私そんな事言いました? 違いますよ。三十分ですよ? 美神さんってばずーっと難しい顔をしながらあーやって書類と睨めっこを。規制で削除とかなんとか。

よく分らないんですけど、ぎんこーこうざとかの事ですか? 横島さんは何の事か分りま――』

 

「――ッ!? ストップだ、おキヌちゃん! いけない! それ以上はいけない!!」

 

『ち、血の涙!?』

 

 世の中には触れてはならないモノが数多くあるのだよおキヌちゃん!!

 

 

 

 

 

 ゴーストスイーパー横島 極楽大作戦R!!

 

 

 

 

 

『――すみません、少々お待ちください。美神さ~ん、またお仕事のお電話ですよ~』

 

「また~? ん~、パス。おキヌちゃん、さっきの時と同じように断っといてくれる?」

 

『は~い。……はい、美神が今日は霊的に良くない日のため予定を変更したいと――』

 

 

 

 日々のライフワーク(ナンパ)の合間に“名も知らぬあの女”を探し続けて一ヶ月。

 人混みでごった返したこの都会で名前も知らない相手を探し出す。それは、俺にとってはまるでヒヨコの雌雄を判断するよりも難しかったわけで。

 結果は――全くの徒労。探偵でもない一介の高校生に出来る事など高が知れていた、と。

 

「分かっちゃいたんだよな~。まあ、実際一週間目からは意地になって続けていただけなんだけどさ~」

 

『ごめんなさい横島さん。ご近所の浮遊霊さんたちにもいろいろと聞いてみたんですけど……』

 

 しまった!? また声に出てたか。

 

「あ~、ごめんおキヌちゃん。そーゆーんじゃなくってさ。飽きっぽい俺にしては、よくもまあ一ヶ月も持ったもんだなって思っただけ! おキヌちゃんには感謝してるって!!」

 

 ふよふよ浮かびながらもずーんと落ち込んでしまったおキヌちゃんに、俺は慌てて謝罪した。

 デスクに肘をつきながら暇そうにしていた美神さんが“アンタなにおキヌちゃんをいじめてるの。死にたいの?”的な視線で俺を睨んでいるが、冤罪だと主張したい。

 

 俺はともかくとして、この一ヶ月、美神さんすら知らぬ間に浮遊霊同士のコミュニティを築いていたおキヌちゃん。

 霊能力に目覚めた事で分ったのだが、意外とこの辺りには年配の浮遊霊の方々が多かった。

 おキヌちゃん自身の性格もあったのだろうが、彼女が“昔の人”であった事も幸いしたのか。彼女は浮遊霊の方々とあっさり打ち解けており、今では孫娘のような扱いを受けて可愛がられているらしい。

 その反面、幽霊歴三百年の経験を活かしてこの辺の霊達の取り纏め役をして欲しいとの要請も受けているとか。

 おキヌちゃんは辞退したがっているが、きっと押し切られるんではなかろーかと俺は思っている。

 

 GSの側にいて怖くないのか、と。

 一度紳士っぽい初老の浮遊霊に聞いた事があるが、下手な所でたむろするよりも“美神除霊事務所”の側の方が安心できるそうな。

 美神さんは金にならん除霊には関わろうともせんし、悪い意味での評判を恐れている同業者はこの近くに寄ろうともしない、と。

 “知ってました?”と美神さんに聞いたら“私にメイワクかけなきゃいーんじゃない?”と実に予想通りのお返事でした。

 

 ちなみに、あの日俺がバイトに遅れた理由を説明するために“名も知らぬあの女”から逆ナンされたと美神さんに話したら“疲れているのね横島クン。今日はもう帰っていいのよ?”と、これまで見た事がないような優しい笑みを浮かべて心配されてしまう始末。

 おキヌちゃんは救急車を呼ぼうとしてなぜか時報に掛けてるし。

 悔しかったので“美神さんへの愛は不変っスー!”と飛び掛かってやった。

 結果? いつも通りだよチクショウ。

 

 

 

「それにしても、雨が降ったから仕事は休み――って」

 

 大名商売やなー。

 社会人としてこれでいいのだろうか。

 

「この寒い雨の中一晩中墓地にいたい? ギャラも安いのに私はやーよ」

 

 デスクを離れた美神さんは、ソファに寝っ転がって字ばっかりの本を読んでいた。

 “なんなら横島クンが行ってくる?”なんて視線で語られても、俺だってこの天気で外はイヤです。それに“色々と見える”様になったせーか、最近は生身のヤンキー(不良)だけじゃなく、ソッチ系の浮遊霊やらなんやらからも絡まれるよーになっちゃいましたので。

 これで一人で墓地なんかに行ったらどーなる事やら。

 

「横島クンってさー、なんかそーゆー連中を惹き付けるフェロモンか何かでも出しているんじゃないの?」

 

『……あー……』

 

 ちょっと!? おキヌちゃん何その反応? 出てるの? ホントに何か出てるの!?

 

 

 

 夕方から降り始めた雨は、今もその勢いを増しながら降り続いている。

 窓から外を眺めても、ガラスに叩きつけられた雨水のせいでろくに見えやしない。

 あ、雷だ。

 

「それに、ここ最近働き過ぎちゃった感じもあるしねー。たまにはのんびりとしたいじゃない?」

 

 まあ、確かに。

 この一ヶ月は妙に忙しかったとゆーか色々あったもんなー。

 

『成功報酬五千万円のビルの除霊に、私ぐらいの女の子が通う学校に現れた変な霊の除霊、銀行の防犯訓練に――』

 

「美神さんに無理やり幽体離脱させられて無理やり宇宙に行かされて、美神さんが子供の頃になくした人形の起こした事件に巻き込まれ。

 美神さんと一緒に行った海では人魚と半魚人の痴話喧嘩に巻き込まれて、美神さんに潜水艦に取り付いた悪霊ごと殺されそうになって、冥子ちゃんの式神に殺されそうになって、エミさんの呪いで殺されそうになって……」

 

 あれ~、俺って荷物持ちだよな?

 なんで本職の美神さんよりも綱渡り人生なんだよ。

 

『あれ? お客さんかな……』

 

「グレムリンと潜水艦の件はともかく、あとは全部横島クンのせいでしょーが。あ、エミの件であの時の事を思い出したら腹が立ってきた」

 

 いや、冥子ちゃんの件は事故で、エミさんの件は和解が成立したはずでは。え、あっちの方?

 あの美神さん? 拳を鳴らしながら近付いて来て頂きましても、当方と致しましては云々――。

 

 

 

 

 

 ゴーストスイーパーは国家資格である。国も認めている立派なお仕事だ。

 とは言え、メディアからは霊感商法だの胡散臭いなどと紹介される程には、マイナスイメージの付き纏うGSという職業である。いや、だからこそか。

 この業界ではほとんどの事業者が世間体を気にする。とても気にする。気にしないのは美神さんぐらいだ。

 そしてGSの多くは民間業者である。国営ではないので当然自力で仕事を探さなければならない。黙っていても仕事は来ないのだから。

 

 美神さんはその数少ない例外である。黙っていても仕事が舞い込んで来るのだ。

 

 それは、ひとえに美神さんの高い能力と依頼に対する達成率の高さ故である。自分で言っていたのだからそうなんだろう。

 そしてもう一つ。美神さんは客を選ぶが、その基準の8割以上は報酬だ。

 つまり、高額な請求にしっかりと応えられる相手であるならば、例え相手が犯罪歴を持っていようが、現在進行系で問題のある人物であろうが、自分と敵対しない相手であるならば美神さんは断らない。

 世間体を気にする同業者が依頼を引き受けない、そんな相手であっても、だ。

 

 その日、美神さんに依頼を持ち込んだ相手はそーゆー人物であった。

 依頼主は地獄組組長。お仕事はヤの付く自由なお仕事らしい。

 先日死んだはずの極悪会の組長が、夜な夜な枕元に現れて騒ぎ立てるので何とかして欲しいと。

 難度としては中の下、その割に誰も受けたがらない仕事という事で報酬は中の上。美神さんにとっては楽勝な、いわゆる美味しい依頼だった。

 

 

 

 

 

「きゃぁーーーーッ! いやぁあああああああっ!?」

 

 薄暗い寝室に衣を裂いた様な悲鳴が響く。

 

「……」

 

『うわはははははははーーッ! 怖かろう! 恐ろしかろう!!』

 

「や、やめてぇええええっ!?」

 

 声の主は血塗れの悪霊に追いたてられ逃げ続けていたが、狭い室内で逃げ切れるはずもなく。

 救いを求めて伸ばされた手が掴み取ったのは子供ぐらいの大きさのぬいぐるみであったが、それで悪霊相手にどうにか出来るわけもない。

 それでも縋り付く何かが欲しかったのだろう。

 部屋の隅でぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめて座り込んだ。

 

 “ええ年をしたオッサン”が。

 

 子供向けのアニメだろうか。可愛らしいキャラクターの刺繍がはいったパジャマを着て、頭にはボンボンのついたナイトキャップ。

 ベッドの周りにはえらいファンシーなぬいぐるみか大量に飾られており、今オッサン――地獄組組長が抱きしめているのはベッドに沿い寝用として置かれていた熊のぬいぐるみだ。

 想像して貰いたい。眉の無い、いかにもな厳ついオッサンが、キャラクターもののパジャマを着てぬいぐるみを抱きしめながら泣き叫ぶ姿を。

 

『……横島さん?』

 

「いや、そこで俺に振られても。ほら、美神さん。依頼主が苦しんでいるんだから早く助けないと……」

 

『積年の恨みじゃーーっ! 貴様が小便漏らすまで脅し続けてやるからなーーッ!! ああっ楽しいっ! 地獄組のこんな情けない有様を見られるなんて……悪霊になって良かったッ!!』

 

「いーーやーーーーーーっ!!」

 

 俺にもおキヌちゃんにもあまり緊張感が無いのは……まあ、悪霊がこんな相手だったから、とゆーのもあったりする。

 それに、部屋を飛び交う小物、なんて状況は誰が見てもポルターガイストなのだが、その小物が可愛らしいぬいぐるみではいくら俺でも怖いと言うよりもメルヘンチックとしか思えない。

 悪霊は極悪会の組長らしいが、確かに外見はそれっぽいのだが……やっている事がまるで小学生レベルとゆーか。血塗れの形相は確かに怖いが、ぬいぐるみと一緒になってオッサンを追いまわす姿はシュール過ぎてもはやギャグだ。

 違う意味で恐ろしくはある。関わり合いにはなりたくないと言う意味で。

 極悪会の組長さん、アンタは地獄組の組長が小便漏らしたら満足するのか?

 

「……ハッ!? そ、そーね。あんまりにも強烈な絵面のせいで、危うく“両方とも”シバいちゃうところだったわ!」

 

「俺としてはそれでも構いませんよ?」

 

『あの~、お二人とも? さすがにそれは……』

 

 おキヌちゃんの言葉に「冗談よ」と答え、美神さんが神通棍を構えた。

 

「両方ともシバいちゃったら報酬が貰えないもん」

 

 もん、ってあーた。可愛らしく言っているつもりでしょーけど目がヤバいですよ。うん、嘘だ。俺には分る。

 美神さんはドサクサに紛れて二人ともシバくつもりだ。それを悪霊のせいにするつもりなんだ。

 

「さて、アンタ達の事情なんて知ったこっちゃないけど、こっちもお仕事なのよ。大人しく成仏するならそれで良し」

 

『なんじゃ小娘ッ! 今いいところなんじゃから邪魔するでないわっ!!』

 

 美神さんの口上でやっと俺達の存在に気が付いたのか。悪霊となった極悪会の組長がその霊体を巨大化させて美神さんへと襲い掛かる。

 

「まだ悪さを続けようって言うのなら、このゴーストスイーパー美神令子が――」

 

 美神さんはそれに対して怯むどころか逆に間合いを詰めて迎え撃つ。

 

「――極楽へ逝かせてあげるわっ!」

 

『ぎぃやぁあああああああっ!!』

 

 神通棍を振りかぶり、渾身の霊力を込めて悪霊を一閃した。

 ぶつかり合った霊波がスパークを起こし、可視光となって室内を照らす。

 

『きゃあっ!? 眩しい!』

 

「お、おお! やったのか!?」

 

 その光量でおキヌちゃんが目を閉じ、地獄組の組長が期待の声を上げた。

 以前の俺ならここで組長と一緒になって終わったと気を抜いていたのだろうが、幸か不幸か今の俺には見えてしまっていた。

 

「美神さんッ!!」

 

「なっ!? 嘘でしょ?」

 

『ぐ、ぐぐぐぐぐッ!? こ、このクソあばずれ女がぁああああああッ!!』

 

 悪霊が美神さんの一撃を耐えきった姿を。

 

『ぐぅおおおおおおおおっ!!』

 

「くっ、しまっ――!?」

 

『きゃあああっ!?』

 

 自らの霊体を爆発させた――俺にはそうとしか見えなかったが、とにかく、その一撃を受けた美神さんが弾かれた様に吹き飛ばされ、余波を受けたおキヌちゃんも悲鳴を上げてよろめく。

 俺は咄嗟に側にいたおキヌちゃんを左手で抱き止めたが、伸ばした右手は美神さんに届かない。その手を掴む事が出来ない。

 美神さんはカウンターを喰らったせいか意識が飛んでいる様で、このままでは受け身も取れずに壁にぶち当たってしまうだろう。当たり所が悪ければ――

 

「さぁせるかぁあああああああああああああああああああああッ!!」

 

 ――伸ばした右手が届かない?

 

 そんな事はあり得ない。

 

 ――掴む事が出来ない?

 

 そんな事はあり得ない。

 

 なぜなら、俺のこの手には――□□□□□□があるのだから。

 

「伸びろーーーーーーーーッ!!」

 

 右手に集束された霊力が俺の意思に従って美神さんへと伸び、吹き飛ばされたその身体を確かに支え、受け止めた。

 そのままこちらへと引き寄せてその身体を抱き止める。

 

「よしッ! 次はテメエだ!!」

 

 美神さんを抱きしめた右手にまだ霊力の輝きが纏われている。人骨温泉の時よりも遥かに強い力だと、俺は直感的に理解出来ていた。

 これならば倒せると。香港の地下で出会った強化された○○○ですら一撃で倒したこの力なら、と。

 

「往生せいやぁああああっ!! このクサレ悪りょ――」

 

 むにょん、と。

 

 俺が悪霊へと向き直ったこの瞬間、身構えようとした右手にやーらかい感触が。

 

 ふにょん、と。

 

 左手には小振りではあったがこちらにもやーらかい感触が。

 

 むにょむにょ、ふにょふにょ。

 ほんのりと温かくて、やーらかいナニかが俺の手の中にあった。そして、ふわりと鼻孔に甘い香りが漂う。

 右手に集まった霊力の輝きが消え去ったがそんな事はどーでも良かった。

 ああ、俺はこの香りを知っている。

 

「……」

 

『……』

 

 むにょむにょ、ふにょふにょ。

 

「どうやら意識が飛んじゃってたみたいね。……油断したわ。ありがとう横島クン」

 

『…………』

 

 多分、俺は今、人生で最大の至福の時の中にいる。

 頬を赤らめて俯いたおキヌちゃんと、満面の笑みを浮かべた美神さんをこの両手に抱き締めているのだからッ!!

 

 むにょんむにょん、ふにょんふにょん。

 

「うん、その事は令子とーっても感謝しているの。本当よ?」

 

『……あ、あの……横島さん……』

 

「ああっ、これが夢の中なら覚めないでッ!? だって夢から覚めたら――」

 

 そして、人生で最大の危機の時の中にいる。

 

「――確実に忠夫殺されちゃうからッ!!」

 

「それがわかっとるんなら私達の乳を揉むこの手を止めんかぁああああああああああああッ!!」

 

 ああっ!? 美神さんの髪が逆立って!! 神通棍がめっちゃ光ってるーーーーっ!!

 

「わかってても止められないのが男の性(サガ)ーーーーっ!! でも後悔はしないって、え、ちょ、やっぱり後悔――うぎゃぁああああああああああああああああああああああッ!!」

 

『み、美神さんっ!? 穏便に! なるべく穏便にっ!!』

 

『ちょっ、ま、待て小僧!! こ、こっちに来るなッ!! こっちに、巻き込まれ――ギャァワアアアアアッ!?』

 

「な、なんでワシまでーーッ!?」

 

 怒髪天を突く、と言う言葉の通り。

 怒れる気神と化した美神さんの手によって極悪組組長の悪霊は見事除霊される事となった。

 

 

 

「ワシもー辞めるッ!! ゴクドーから足を洗うんだいっ!!」

 

 後には精神面に若干の傷を残した地獄組組長と――

 

『触られた……揉まれちゃった……触られた……』

 

 ブツブツと呟きながら、ふよふよゆらゆらと不安定に周囲を浮遊するおキヌちゃん。

 

「助けてくれた事とその後の過失を差し引いて……横島クン、アンタしばらく時給250円ね」

 

「か、寛大な処置を行って頂き……あ、ありがとうゴザイマスオネーサマ……」

 

 そして、再び時給250円を宣告されボロ雑巾と化した俺が残された。

 

 

 

 

 

 そして、これは後にエミさん本人から聞いた事だが、この時の依頼こそ彼女が俺に目を付けた原因となったそうだ。

 何でも地獄組組長に悪霊をけし掛けていたのは警察関係者から依頼を受けていたエミさんであり、悪霊が美神さんの想定以上に強力だったのもエミさんの呪いによる強化があっての事だった、と。

 

「実際、あの時のおたくの霊力は凄かったワケ。結果としてアレがあったから令子が勝てた。それは間違いないもの。逆に言えば、あの時おたくがいなければあたしは令子に勝ってたってワケ。

 まあ、こっちとしては依頼が失敗になったのはシャクだったけど、面白いモノが見れたから満足してるワケよ。赤面した令子なんて中々見れないワケ」

 

「はぁ、まーそー言ってもらえれば何だが自分が凄い事をしたよーな気がせんでもないんですが……」

 

 赤面した美神さん? 何だソレは!?

 

「ハンッ、依頼を失敗しておいて勝ったも何もないでしょーが……。って!? エミッ!! アンタいつの間に!? どうやって!?」

 

 おお!? いつの間にやら回想を口に出していたのか!?

 褐色の肌をしたエキゾチックな雰囲気の美女――美神さんと同期のGSであり世界でも有数の呪いの専門家、小笠原エミさんがいつの間にやらソファに座ってお茶を飲んでいた。

 眼つきが鋭くて美神さんよりもクールな印象だが、そのボンキュッボンなナイスバディは勝るとも劣らない。

 つーか、美神さんじゃないけど、ホントにいつから居たんですかエミさん。

 

「いつからって、令子が横島をシバき始めたぐらいから? どうやってって、ベルを鳴らしたらおキヌちゃんが入れてくれたワケ。あ、このお茶美味しいわね」

 

『そーですか? ちょっとお茶の葉を変えてみたんですよー。私は味見が出来ないのでちょっと不安だったんですけど』

 

「そう、あたしは好みよ? ねえ令子、この際横島とおキヌちゃんウチに頂戴。四千万なら即金で出すわよ?」

 

「冗談でしょ。一億出されたってイヤよ」

 

 おおっ、あの美神さんがこんな事を言うなんて。つまり、俺には一億の価値があると!?

 いや、一億出されても、とゆー事は一億以上とも考えられる!

 金にド汚い美神さんが俺に対してこれ程の額を提示するとゆーことは……!?

 

「氷の如く冷え切ったその心を俺という炎が遂に溶かしたとゆーこ――ぶべらっ!?」

 

『ああっ!? 横島さーーんっ!!』

 

 あ、相変わらず見事な回し蹴りですね美神さん。今日のショーツは薄いブルー。

 

「横島クンのレンタルなら金額次第で考えなくもないけど……。一日一千万円って、違うでしょーがっ!! アンタ本当に何しに来たのよ!!」

 

「ふーん。ま、今はそれでいいわ。言質は取れたし」

 

 そう言うと、エミさんが美神さんに踏まれたままの俺に向かって手を差し出した。

 はて?

 あ、エミさん? もうちょっとしゃがんで頂けるとその短いスカートから――スミマセン、もう言いませんからヒールで後頭部をグリグリは勘弁して下さい。

 

 

 

「OK、一日一千万円ね。それじゃあ借りていくワケ」

 

「え?」

 

『へ?』

 

 え、マジっすか?

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。