吸血鬼の平穏はトガヒミコに壊された (黒雪ゆきは)
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001 トガヒミコ。

 俺、月夜見(ツクヨミ)血影(チカゲ)は個性が発現したその日に日光に焼かれて死にかけた。

 命に関わるほどの全身大火傷。

 にもかかわらず、少し時間が経ったら全快していた。

 しかもとてつもない怪力。

 蝙蝠に変身することもできた。

 ちょっと睨んだら少しだけだが操れてしまう。

 他人から見ればさぞ不気味だったことだろう。

 

 極めつけが───抗いようのない吸血衝動。

 

 尋常ではない飢え。

 それが定期的に俺を襲った。

 

 加えて、個性が発現して以来日中はまともに行動できないときた。

 

 普通に生きられるはずがなかったんだ。

 

 日本有数の権力者であり、誰よりも世間体を気にする人間だった俺の親が俺を捨てるまで時間はかからなかった。

 

 そこから俺は生きる為に何でもした。

 警察やヒーローに見つからないように闇に潜み、吸血衝動に抗えず人を襲い、時には暴力を振るった。

 

 ───人も殺した。

 

 相手が悪人だったとか、殺されそうになったからなんて言い訳をするつもりはない。

 全て俺の選択で、俺の意思でやったことだ。

 

 ───生きる為に。

 

 幸いなことに、俺は強かった。

 だからしぶとく生き延びられたんだ。

 一度、血塗れになりながら吸血する姿をヒーローに見られてからは、『吸血鬼ブラッド』なんて恥ずかしいヴィラン名で呼ばれたりもしたが。

 

 次第に俺は生き方を学んでいった。

 ヒーロー達に見つかることも少なくなっていき、少しだけゆとりが生まれた。

 

 そして、俺が不老であり半不死であると知ってからは暇を潰すために色んなことをした。

 あらゆる学問を学んでみたり、小説や漫画に熱中したり、強さを追求して己を鍛えてみたり、オンラインゲームにどハマりしたり。

 ちなみに、オンラインゲームには今もどハマりしてる。

 

 この時代、ネットさえあればお金を稼げる。

 ぶっちゃけ俺は頭が良かったし、色んなことを学んで得た膨大な知識があったから苦労はしなかった。

 こんな俺でも不自由なく生きていけるんだ。

 

 ただどうしても───吸血衝動だけは抑えられなかった。

 

 密かに慎ましく、引きこもってゲームばかりして生きるようになった俺のたった一つの異常な日常だ。

 一度の吸血でだいたい3ヶ月くらいは何も食べずに生きられる。

 だが逆に言えば、食べ物を食べて飢えを紛らわすことはできても、まったく血を吸わずに生きることはできない。

 しかも、人から直接吸いたいという尋常ではない欲求があるのだからさらに厄介だ。

 

 生きるうえで、この吸血衝動だけはどうしても切り離せない。

 

 そう、この日も俺にとってはただの日常の一幕───のはずだったんだ。

 

 俺にも好みはある。

 やはり若い女の血が美味い。

 処女ならなおさらだ。

 

 適当な女を選び、目を合わせて『魅了』し、人気のない場所へと誘い出す。

 そして牙を突き立て血を啜る。

 それからまた『魅了』し、今起きたことの全てを忘れさせてから俺は立ち去る。

 たまにどういうわけか『魅了』が効かない奴がいるが、大抵は大丈夫。

 これがいつもの流れ。

 

 これでも100年以上生きているのだ。

 なんてことはない。

 あまりにも容易すぎて欠伸が出る。

 

「見ちゃいました。───素敵です」

 

 ……ただ、俺も人間なんだからミスるときもあるわけで。

 

 薄暗い路地裏。

 気づけば、吸血を終えた俺の背後に一人の女が立っていた。

 鋭い八重歯を見せて笑っている。

 俺が言うのもなんだが、この状況で笑っているなんてどう考えても普通じゃない。

 

 ───これが、イカれたサイコ女『渡我被身子』と俺の最悪な出逢いだ。

 

 俺は静かに女を見る。

 制服を着てる。

 中学か高校くらいのガキ。

 平静を装いつつも内心ではかなり驚いていた。

 

 この女の気配にまったく気づけなかったからだ。

 

「もしかして……ブラッド様ですか? そうですよね! そうに違いありません!」

 

 え、今でも俺のこと知ってる奴いたんだ。

 

「やったー! やっぱり不死身の噂は本当だったのです! 私信じてました! ブラッド様は絶対にいるって!」

 

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて無邪気に喜びを露わにする女。

 金色の瞳が夜闇によく映えていた。

 でも気色が悪いったらない。

 

「……誰だお前?」

 

 俺は穏やかに尋ねる。

 

「トガです! トガヒミコ! ブラッド様に一目惚れしました! 愛してます! ブラッド様になりたいです!」

 

 ……なんだコイツ怖っ。

 破綻者ってこういう輩のことを言うんだろう。

 正直これ以上絡みたくない。

 はやく家に帰ってゲームしたい。

 もうお腹いっぱいだしさっさと『魅了』して、ちゃっちゃと記憶消して帰ろう。

 

「そうか。とりあえず───」

 

「───ブラッド様を殺したい!」

 

 俺の言葉に被せるように、トガヒミコと名乗った女はそう言った。

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 あまりにも突拍子がなさすぎて。

 

 ───俺はまだ、トガヒミコがどんだけイカれているのか理解できていなかったんだ。

 

 トガヒミコはあっという間に俺との距離を詰めた。

 どこに隠し持っていたのか、いつの間にかその右手には鋭利なナイフが握られている。

 うわー、何このガキ。

 いきなり何しようとしてんのよ。

 

 そんなことを考えているうちに、そのナイフは俺の心臓へと突き刺さった。

 

 ……え、痛いんですけど。

 

「カッコいい! やっぱり血に塗れたブラッド様素敵です! カッコよすぎです! 私おかしくなっちゃいそうです!」

 

 ……いやアンタもう十分おかしいから。

 

 はぁ、服が汚れたし穴も空いた……今日はツいてない。

 

 さて、このガキどうしようか。

 

 

 ───これは俺が、渡我被身子に壊された平穏を取り戻すまでの物語。

 




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002 吸血鬼は闇夜に。

 ペロペロ、チウチウ。

 

 あろうことかこの女、俺の血に舌を伸ばした……。

 背筋がゾワゾワっとした。

 コイツはマジでヤバい奴だ。

 ヤバすぎる。

 

「舐めるな! 吸うな! 気色悪い!」

 

「えぇー、いいじゃないですか。おいしいです! やっぱり本当に死なないんですねブラッド様! ブラッド様の血……」

 

「だからやめろってお前」

 

 また舌を伸ばそうとする気持ち悪いガキを無理やり引き剥がす。

 本当に鳥肌だわコイツ。

 付き合ってられるか。

 

 ───『魅了』

 

「おい非行女。ここでのことは全て忘れて帰れ」

 

「嫌です!」

 

「え」

 

 ……最悪だぁぁぁ。

 

 マジでどんな確率だよクソが。

 コイツ……稀にいる何故か『魅了』が効かない奴じゃねぇか……。

 誰かに絡まれること自体が超稀なのに、まさかの『魅了』まで効かないってどういうこと!? 

 どんな運の悪さだよふざけんなッ!! 

 

 ……もう嫌だ。

 

「はぁ……お前もう帰ってくれよ頼むか───」

 

 ナイフが飛んできた。

 だからつまんで止める。

 

 あぁもう今度は何……? 

 

 てかこのガキも全然離れんし。

 

 ナイフはさらに奥の路地裏からだ。

 目を向ければ、そこから一人の男が姿を現した。

 同時に、俺の気分はさらに最悪なものとなる。

 

「ステ様!」

 

 ガキが目を輝かせてそう呟いた。

 

「ステ様ですよブラッド様! 私ステ様も好きなんです! あ、ブラッド様程じゃないですよ!」

 

「あっそ、どうでもいいからいい加減離れろ」

 

 今話題沸騰中のヴィラン、ヒーロー殺し『ステイン』のご登場だ。

 ご丁寧に濃厚な殺気を添えて。

 空気を読んだのかさすがに俺に引っ付いていたガキも離れた。

 

 ……今日厄日すぎないか。

 

 なんなのもう嫌……。

 

「……ハァ……お前が『ブラッド』というのは本当か……? ……ハァ……答えろ」

 

「違います」

 

「そうです、ブラッド様です! ほら、心臓刺したのに死なないんです! 本物ですよ!」

 

 俺が即座に否定したのに、このイカれ女ははしゃぎながらそう言い放った。

 ……お前ほんと疫病神ってレベルじゃねぇぞ。

 なんなのマジで。

 さすがにキレるよ? 

 

「……ブラッド!? 本物……なのか!?」

 

 え、なんか奥にもう一人いるじゃん。

 すっごい怪我してるけど……ステインの被害者かなんか? 

 もうマジで最悪。

 なんでこんなのに絡まれるんだよ。

 イカれ女だけでもキツいってのに。

 

「何ゆえお前は───」

 

「───SMASHッ!!!!」

 

 ……はい? 

 

 なんかいきなり現れたモジャモジャ頭がステインを殴り飛ばしたんですけど……。

 

 今度は何? 

 

 ついていけないんですけど。

 

 状況がどんどん変わり過ぎてもう疲れた……。

 

「飯田くんッ!!」

 

「緑谷くん、なぜ……。いや、それより気をつけろッ!! 敵はヒーロー殺しだけじゃない!! そこにいる男はブラッド!! 『吸血鬼ブラッド』だ!!」

 

 モジャモジャ頭が驚いたように俺を見る。

 

「なッ!? ほ、本物なの!?」

 

「違います」

 

「え……!?」

 

「じゃあ俺はこれで」

 

「あ、待───」

 

 ステインが投げたナイフをモジャモジャ頭がギリギリで回避する。

 戦闘が始まったっぽいけど、俺は構わず踵を返した。

 てかマジで俺無関係だもん。

 どっちかというと完全に被害者だし。

 なんで付き合ってやる必要あるんだよ。

 これ以上不幸なことが起きてたまるか。

 

「待って下さいブラッド様!」

 

 ……そういえば街が騒がしいな……なんかすごいみんな走ってる。

 というかなんでこのガキ付いてくんの? 

 怖いんですけど。

 早く家に帰ろう。

 俺はこれ以上目立たないようにフードを被り、この最悪な路地裏を後にした。

 

 

 ++++++++++

 

 

 エンデヴァーは我が目を疑った。 

 前方から歩いてくる存在。

 銀色の髪、赤い瞳。

 フードを被っているために分かりづらいが、資料通りの中性的な顔立ち。

 

『吸血鬼』という個性を発現し、不死の身体を得た男“月夜見血影”。

 

 ヴィラン名『吸血鬼ブラッド』。

 

 世間ではただの都市伝説として根付いているが、死亡が確認されていない以上間違いなく生きている。

 それは必ず捕らえるという固い意思の元、脈々と受け継がれてきた情報の賜物であり一部のトップヒーローだけが確信している事実だ。

 

 当然、野心溢れるエンデヴァーという男がこのことを知らないはずがなかった。

 

「ブラッド!!」

 

 エンデヴァーは思わず叫んでいた。

 勘違いならばそれでいい。

 

 だが───勘違いでないならば。

 

 一度こちらを見て、目を逸らした。

 疑念は確信に変わる。

 ブラッドと思われる男に近づき、肩に手をおいた。

 決して、目を合わせてはならないということを思い出しながら。

 

「貴様……吸血鬼『ブラッド』だな?」

 

「なんじゃとッ!? それは本当か轟ッ!?」

 

 エンデヴァーと共にいたグラントリノも声を上げる。

 

「いや人違いです。避難しないといけないので、訳分からないことを言うのはやめてください」

 

「そうか、なら念の為に確認をとりたい。事務所まで来てくれ。構わんだろ?」

 

「……はぁ。ほんと今日は最高に運が悪い」

 

 その瞬間。

 異常な程の殺気が放たれる。

 周りにいた人間もその尋常ならざる雰囲気に、思わず足を止めてしまう。

 

「───ッ!!」

 

「……貴様ッ!!」

 

 エンデヴァーはすぐさま炎を放つ。

 だが、それは暴風と共に掻き消された。

 間髪を容れずグラントリノが『ジェット』を発動し突っ込んでいく。

 空中でいくつものフェイントをいれ、完全なる死角からの蹴りを撃ち込む───が、それは見えていないはずの血影によって掴まれてしまう。

 

「なにッ!?」

 

 そのままグラントリノは地面に叩きつけられ、意識を失った。

 予想はしていたが並のヴィランとは比べ物にならない程の戦闘能力。

 躊躇してはこちらがやられる。

 即座にそう判断したエンデヴァーは───

 

 

 ───赫灼熱拳『ジェットバーン』ッ!! 

 

 

 炎の噴出により得られた膨大な推進力。

 それにより放たれた渾身の一撃。

 エンデヴァー自身も己の拳に確かな手応えを感じた。

 

 しかし───

 

「あっつ……炎は苦手なんだよ……」

 

「な、なんだと───」

 

 次の瞬間には───オールマイトを幻視してしまうほどの衝撃がエンデヴァーを襲った。

 弾丸のような速度で吹き飛ばされたエンデヴァーは、轟音と共に壁に激突した。

 

「……ひっ」

 

「う、嘘だろ……エンデヴァーが……」

 

「うわぁぁあああ!!」

 

 その惨状を目撃した人々が平静を失うのに時間はかからず、すぐさま阿鼻叫喚となった。

 

(うわぁ、完全に服燃えた……割と気に入ってたのに……)

 

 だが、血影は呑気にそんなことを思っていた。

 

「すごいです! あのエンデヴァーを倒しちゃいましたね、ブラッド様!」

 

「お前まだ居たのか……」

 

 もう嫌だ、と血影は思う。

 これ以上の不幸はたまったもんじゃない。

 何としても家に帰る。

 絶対に帰る。

 その固い意思が、血影にある決断をさせる。

 

 ───『変身』

 

 血影の姿が蝙蝠へと変わり、空へと羽ばたく。

 

「あ、待って下さい! 私も連れてって!」

 

 だが、それを阻むかのように渡我被身子が蝙蝠になった血影を掴んだ。

 

「ふざけんなよお前ッ!! 離せッ!! いい加減ガキは家に帰りやがれッ!!」

 

「嫌です!! 私も連れて行って下さい!!」

 

「離せコラァァァッ!!」

 

 蝙蝠へと姿を変えても、その身に宿す力は変わらない。

 たかが一人の人間がぶら下がったところでなんの問題もなく蝙蝠となった血影は高度を上げていく。

 いくら言っても掴んだ手を離そうとしない渡我被身子に、血影はため息を吐く。

 

(もういいや……どうでも。とりあえず今は早く家に帰りたい……疲れたんだ俺は……)

 

 血影は度重なる不幸に精神が削られ、何より考える事に疲れてしまったのだ。

 

「……ま、待てッ!! ブラッドォォォッ!!」

 

 瓦礫の中から姿を現したエンデヴァーが叫ぶ。

 しかしその叫びは虚しく響き、一匹の蝙蝠と一人の少女は闇夜に消えていった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 この日の出来事はあらゆる人間に大きな影響を及ぼすこととなる。

 ステインの思想がメディアを通して感染していく。

 それに加え、今まで存在自体が噂でしかなかったヴィラン『吸血鬼ブラッド』が現れたという事実。

 しかもエンデヴァーを倒したというのだから、その事実が持つ意味は計り知れない。

 

 そして、それらはある一点で交わる。

 

 死柄木弔の姿が目撃されていたということもあり、全てが『ヴィラン連合』へと集約されたのだ。

 

 ───これにより、全国のヴィランは嘗てないほどに活性化することとなる。

 




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003 ほんの少しだけ。

 お日様が一番高い所に差しかかる頃。

 きっと、外は笑っているような明るさに包まれているのです。

 でもそれとは反対に、この部屋は薄暗くてとても静か。

 一縷の光も差してはいません。

 

 私にとってはどうでもいいことですけど。

 

 座っていたソファから立ち上がり、私は絶対に入ってくるなとブラッド様に言われている扉に向かって歩き出します。

 はぁ、幸せです。

 心がぽかぽかするのです。

 本当にブラッド様に出会えるなんて。

 

 私と同じ───血が好きな人。

 

 あの時の、血を吸っているブラッド様の姿を思い出すだけで下腹部が熱くなります。

 ニヤニヤが止まりません。

 一目惚れでした。

 濃厚な血の匂いがするブラッド様は最高にカッコよかったのです。

 

 扉のノブに手をかけ、音が鳴らないようにゆっくりと開けます。

 誰にも見つからないように、気づかれないように動くのは得意です。

 大丈夫、絶対バレません。

 

 ───いました。

 

 ベッドで寝ているブラッド様。

 とっても素敵です。

 無防備でかわいい。

 

 でも……やっぱりもっと血出てた方がブラッド様はカッコいいのです!

 

 ……あぁダメです。

 我慢できません。

 やっちゃいけないことだと分かっていても……どうしようもないくらい内側から湧き上がるのです。

 

 ───血を吸いたい。

 

 ───ブラッド様の血を。

 

「……あはっ」

 

 気づいたら私は寝ているブラッド様に馬乗りになって、その心臓にナイフ突き刺していました。

 

「あはっ、あははははは」

 

 何度も刺します。

 何度も、何度も、何度も。

 あぁカッコいい!

 ブラッド様とってもカッコいいです!

 素敵! 素敵! 素敵です!

 

「ざっけんなこのイカレ女がァァァッ!!」

 

 目を覚ましちゃったブラッド様が私を投げ飛ばしました。

 残念です。

 血が吸えませんでした。

 

 でもやっぱりブラッド様は優しいです!

 ブラッド様が本気なら私は死んでいます。

 怒りつつも、私に気を使って優しく投げてくれたのです。

 素敵です。

 素敵すぎますブラッド様ぁ。

 

「おはようです、ブラッド様」

 

「おはようじゃないわアホ女。覚えてねぇのか? ここには入ってくんなって言ったよなァ? しかもこんな時間に起こしやがって。……どうしてくれんだよ、シーツが血で汚れちまったろうが……」

 

「そんなことよりブラッド様……少し、私の話を聞いて欲しいのです」

 

「……お前こそ俺の話聞いてる?」

 

 ブラッド様なら私のことをわかってくれるかもしれない。

 そう思わずにはいられないのです。

 

 だってブラッド様は───

 

 

 ++++++++++

 

 

 熟睡してる時に、ナイフで滅多刺しにされて起こされたらどんな気持ちになるか。

 答えは簡単───最悪である。

 やっぱこんな奴入れるんじゃなかった……。

 どう思う?

 善意で一晩泊めてあげたんだよ?

 出会った瞬間に心臓にナイフぶっ刺してきたのに、寛大すぎる俺は一晩泊めてあげたの!

 

 その仕打ちがこれかよクソッタレ。

 まだクソ眠い。

 こんな真っ昼間に起こすバカがいるかよ。

 ふざけんな。

 

「ブラッド様なら……わかってくれるんじゃないかと思って……」

 

「……はぁ」

 

 そしてこっちの話は全く聞かないくせに、寝起きの俺に重い身の上話を無理やり聞かせた……。

 そんなこと聞かせて俺にどうしろってんだ。

 よくある不幸話だ。

 決して特別じゃない。

 コイツの味わった不幸なんてどこにでも転がっている。

 

 度合いに違いはあれど、『個性』に振りまわされる奴は後を絶たない。

 きっとどの時代にでもいる。

 それどころか増えていくだろう。

 

 

 それにコイツは───

 

 

 ───人を殺している。

 

 

 どんな理由があれ、それが世間に許されることは無いんだ。

 個性のせいで、環境のせいで。

 社会はそんなことは関係ないと切り捨てる。

 大多数の幸福の為に。

 当たり前のことだ。

 

 でも、そうだな……ただ、俺と似すぎてるってとこは……あるかもなって思ってしまった。

 

 俺たちは───『血』に振り回された。

 

 『血』に人生を狂わされた。

 

 そりゃまあ。

 

「───生きにくいわな。俺らみたいなもんには」

 

 まあだからどうしたって話だけど。

 俺の本音ではあった。

 確かに、生きにくいわ。

 長く生きてるせいで俺は慣れちまってるだけなんだ。

 

 俺もコイツくらいの時は───世界を呪っていた。

 

 なんで俺がこんな目に遭わなければいけないのか。

 個性は選べない。

 親も選べない。

 俺にはどうすることもできない。

 血が吸いたいのは個性のせいだ。

 陽の光を浴びれないのは個性のせいだ。

 

 なのになんで俺がこんな目に遭っている?

 ゴミを漁り、ドブ水を啜って生きてんのはなんでだ?

 俺のせいじゃない。

 今俺が味わってる不幸は全て誰かに押し付けられたもんだ、てな。

 

 ……あぁ、嫌なこと思い出した。

 

「って、は? ───なんで泣いてんの?」

 

「……ふぇ」

 

 いつの間にかガキが泣いていた。

 今気づいたとばかり涙を拭っている。

 

「そう……なんです……生きにく、い……んでず……」

 

 涙で震える声でそう呟いた。

 心の奥深くに抑え込んでたもんが決壊し、涙となって溢れているようだった。

 

 ……はぁ、こんな奴拾うんじゃなかったよ。

 

 俺までめんどくさい感情が渦巻いちまうだろうが……。

 

「ブラッド様!」

 

 ひとしきり泣いた後ガキが俺を呼ぶ。

 ……てか嫌だなー、このヴィラン名。

 

「私、ブラッド様と生きたい!」

 

「……は?」

 

 目を爛々と輝かせてそんなことを言う。

 

「ふざけんな」

 

 もう懲り懲りなんだよ。

 誰かと生きるのなんて。

 

「お願いします! 私の血、いつでも吸っていいですから!」

 

「…………」

 

 メリットを提示してきた。

 コイツ何気に交渉慣れしてるな。

 

 ……だから嫌だったんだ。

 どのみちコイツは後戻りできないとこまできてる。

 表の世界で真っ当に生きるなんて多分できないだろう。

 

 ……あんな話聞かされたせいで、俺はコイツを見捨てることを後味が悪いと思ってしまっている。

 

 最悪だ……。

 ここ何年もほんと平和だったのに。

 たった一日で俺の平穏は壊された……コイツに。

 ヒーローも殴り飛ばしちまった。

 いずれにせよ、俺は世間に知られることになるだろう。

 これから何年かはまためんどくさい日々になりそうだ。

 なら今更ガキが一人居たとしても苦労は変わらんか?

 

 それにデメリットだけじゃない。

 だってコイツは───

 

「───処女だな」

 

「え、な、なんですか……!?」

 

 俺は個性でわかってしまう。

 コイツ、間違いなく処女だ。

 処女の血をいつでも飲めるのは悪くない。

 

「いやお前処女だろ。匂いで分かるんだよ」

 

「に、匂い!? やめてくださいブラッド様! 刺しますよ!?」

 

 そう言って本当にナイフで何度も突き刺そうとしてくるイカレ女。

 それを躱しながら俺は言葉を続ける。

 

「ふざけんな。ここに居たいなら今後俺を無闇に刺すな。血で汚れるんだよいろんなもんが」

 

「だってブラッド様が───え、それって……」

 

「……はぁ。処女の血がいつでも飲めんのは悪くないからな。でも勘違いすんな、しばらくおいてやるだけだ」

 

「やったぁ!!」

 

 無邪気に喜ぶガキを見ながら思う。

 馬鹿だな俺は、と。

 お人好しにもほどがあるだろ。

 こんなん面倒事の方が多いに決まっている。

 

 でも仕方ない。

 

 ほんの少しだけ───暗闇でもがいていたガキの頃の自分と重ねちまったんだから。

 

 

 ++++++++++

 

 

 こうして、『血』に振り回され引き寄せられた2人の奇妙な同棲生活が始まったのだった。

 




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004 私は私のまま。

「あー、お前の名前なんだっけ?」

 

「トガです! トガヒミコ!」

 

「あっそ、んじゃヒミコ。クソ熟睡してる俺を滅多刺しにして部屋を血で汚したうえに、こんな真っ昼間に起こした罰だ。味見させろ」

 

「え、なにを、あの……心の準備がまだ」

 

「うるさい」

 

「……あっ」

 

 そう言って、血影は無造作にヒミコを手繰り寄せ、手首を押さえてそのまま首筋へと牙を突き立てた。

 

(え、美味っ。めちゃ美味いわコイツの血ヤバっ)

 

 濃厚な血の匂いが鼻腔をくすぐる。

 そして口いっぱいに広がる至福。

 この血を思う存分に味わいたい。

 それは血影にとってあまりにも抗いようのない誘惑だった。

 

 吸血は大抵野外で行うため常に周りを警戒をしなければならない。

 だが、久しぶりにそんなことを気にする必要がないのだ。

 ほんの少し理性が薄れてしまったとしても、仕方がないことだろう。

 

「……はぅ、あ……」

 

 ヒミコは体の芯が震えるような甘美に疼いた。

 溢れる多幸感に満たされる。

 性的快感が全身を駆け巡り、半ば開いた口からは情けない涎がダラりと垂れた。

 

(やっぱり同じです……ブラッド様は私と……)

 

 噛み付かれた首筋が熱い。

 そこから表現し難い官能がさざ波のように広がっていく。

 それがとても心地よくて、麻酔のようにヒミコの意識をぼんやりとさせてしまう。

 

(……雌の匂い……うわぁ最悪だー、やってしまった)

 

 だがここでようやく、人一倍優れた嗅覚が血影を我に返らせた。

 

「……あぅ」

 

 血影が牙を抜くと、ヒミコは名残り惜しそうな声を漏らす。

 だがそれを気にすることなく血影は乱暴にヒミコをどかした。

 すると、ヒミコが元いた場所には───

 

「あっ。───み、見ないでください!」

 

「はぁ……お気に入りのカーペットだったのに……」

 

「ブラッド様のせいなのです!」

 

「そうだな……これは俺のせいだわすまん。だからナイフをおけ。お前ほんと隙あればナイフ持つよな」

 

「刺す。刺します」

 

 カーペットには“シミ”ができていた。

 それをヒミコは片手で隠しながら、もう片方の手に持ったナイフで血影を切り刻もうと何度も振るう。

 彼女なりの照れ隠しなのだろうと理解した血影は、ナイフを躱しながら言葉を続けた。

 

「いや、ぶっちゃけお前の血マジで美味しいわ」

 

「……そう、ですか……そんなこと言っても許してあげませんけど!」

 

『血が好き』という今まで誰にも理解されず、社会から認められるために抑圧してきた嗜好。

 そして初めて出逢えた同じ嗜好を持つ存在。

 やはり自分と同じ。

 そう思える血影の言葉がヒミコにとってどれほど嬉しかったか。

 それを直接伝えることが躊躇われるためか、ナイフをさらに激しく振り回すこととなった。

 

「ナイフを振り回すな。さっき俺と約束したよな? もう忘れたかよ」

 

「……ブラッド様が悪いです。乙女にこの仕打ちはないです」

 

「あっそ。どうでもいいってのんなもん。あ、そういえば───恋人になりたいーとか、結婚してーとか言い出すなよ、ダルいから」

 

「……え?」

 

「単なる事実として俺はモテる。───特に、血吸っちまった女からはな」

 

「…………」

 

 普段の彼女なら軽口を叩き笑っていたかもしれない。

 だがヒミコは、血影の瞳の奥に深い悲しみを見た気がしたのだ。

 だから何も言えなかった。

 言いたいことはあったが、ただ黙って見つめることしか出来なかったのである。

 

「んじゃ、俺が生き方ってのを教えてやる。一人で生きてけるようになったら出てけよ」

 

 しかしその雰囲気は一瞬のうちに霧散する。

 

「生き方……ですか?」

 

「そ、生き方。ガキのお前でもわかるように優しーく教えてやるからよく聞くように」

 

 ヒミコは少しだけよく分からないといった表情を浮かべる。

 だが、血影はそれを無視するように話し始めた。

 

「簡単に言えば、大切なのは人と金だ。これさえあれば、それなりに枷はあるがまあまあな暮らしをして生きていける。まずは偽造身分証を作れる奴を紹介してやる。そうすりゃお前は別人になれて、自由に───」

 

「嫌です」

 

「なに?」

 

 金色のわずかに濁った瞳が、真っ直ぐに血影を捉えて離さない。

 

「私はもう我慢しないって決めたのです、ブラッド様」

 

「…………」

 

「これを見てください」

 

 そう言ってヒミコはスマホを取り出し、とある動画を再生させる。

 血影はそこに映る人物に見覚えがあった。

 

 ───『ステイン』

 

 昨日の夜、ほんの一時だが直接会っている。

 だが既にこんな動画が出来上がってしまっていることは知らなかった。

 そして実際、その動画は血影にとっても少なからず衝撃を与えるものだった。

 それほどの信念、狂気がそこにはあったからだ。

 本当にステインはこの社会を変えようとしていたことが伝わってくる。

 

「これを見て思いました。私は私のまま、普通に生きられる世の中にしたいって。だから、ブラッド様も一緒にやってみませんか?」

 

「……はぁ」

 

 純新無垢な子供のようにきらきらとした目。

 その言葉に一切の偽りがないことを吸血鬼の優れた感覚が感じ取ってしまう。

 ヒミコは本当に社会を変えようと思っている。

 変えられると思っている。

 

 ───“無理だ”なんて血影は言えなかった。

 

 どこまでもヒミコが過去の自分と重なるから。

 ゆえに知っているのだ。

 この目をした人間は、口でいくら言ったとして意味がないということを。

 

(俺がお前みたいに、この世の中を変えようとしたことがないとでも思ってんのか……? お前は何一つ分かっちゃねぇのさ……“人間”って奴が)

 

 世の中は“弱者”で回っている。

 弱者の集まりのことを社会と呼ぶのだ。

 そして、弱者は徹底して『自分と違うこと』を嫌うのである。

 だから異端者は社会から排斥される。

 その根底は決して覆らない。

 

 それが、長い年月を生き導き出した血影の答えだった。

 

(だがまあ、暇潰しにコイツに付き合ってやるのも悪くない……か? どのみち俺もしばらく追われる身だしなぁ……はぁ……)

 

 自身がそうだったように、こればかりは自分で思い知らなければならない。

 世の中を変えるなんてことはできないということを。 

 受け入れ、そのうえで生き方を模索しなければならないということを。

 

(そう、それまでだ……そのあとは俺の知ったこっちゃない……。あれ? つかなんで俺がこのガキにここまでしなきゃいけねぇんだよ……)

 

 なぜヒミコに自分がここまでしてしまうのか。

 多少境遇が似ているとはいえ、所詮は昨日出会ったばかりの他人である。

 血影自身にも自分が理解できなかった。

 

(まあいいか、どうでも……たかが暇潰しだ……)

 

 そう、暇潰しだ。

 不老であり悠久の時を生きる血影にとって全ては暇潰し。

 深く考える必要はない。

 血影は無理やり自分を納得させた。

 

「……どうするつもりなんだ? お前は」

 

「え、一緒に来てくれるんですか! やったぁ! 嬉しいなぁ! 嬉しいなぁ!」

 

「おい、俺はどうするか聞いて───」

 

「行きましょう! 『(ヴィラン)連合』に!」

 

「……は?」

 

 またしてもぴょんぴょんと跳ねるヒミコを見ながら、血影は静かに思った。

 

(ヴィラン)連合って何よ……? 名前ダサッ)

 




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005 正義と悪。

 とある病室。

 そこには緑谷出久、轟焦凍、飯田天哉の3人がいた。

 ステインと交戦しその狂気と信念を目の当たりにし、それは彼らに小さくない影響を与えた。

 

『ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号でなければならない』

 

 そう訴えかけ、世界を正そうとしたステイン。

 ただのヴィランであるとはどうしても言えない存在だったということは、彼らにもよくわかっていた。

 そしてその余波が社会に蔓延する悪意をまとめあげ、ステインが所属したとされる『(ヴィラン)連合』へと導くであろうことも想像に難くない。

 

 個性の相性、ステイン自身のミス、運、それらが合わさりなんとか撃退に成功したが、その功績は面構の提案により明るみに出ないこととなった。

 

 ───だが、その日起きた事件はそれだけではない。

 

 今日の新聞の大見出しは二つ。

 一つはステインが逮捕されたこと。

 そしてもう一つは───その存在自体ただの噂に過ぎなかったヴィラン『ブラッド』により、No.2ヒーローであるエンデヴァーが倒されたということだ。

 

「飯田、緑谷、少しいいか?」

 

 轟は静かに声を掛ける。

 緑谷と飯田は何について聞かれるのか、言われずとも分かった。

 

「ブラッドのことでしょ……轟君」

 

「…………」

 

「……あぁ」

 

 ステインと共に今最も世間から注目を集める凶悪なヴィラン───『ブラッド』。

 今までなら冗談だと笑えていたが、エンデヴァーを撃退するというあまりに派手な登場を果たしてしまえば、もはや誰もその存在を疑えない。

 

「お前ら直接見たんだろ? どんな感じだったか聞かせてくれねぇか?」

 

「うん……でもあれが本当に『ブラッド』だったのかな? 僕は飯田くんにそう言われただけだから、本当かどうかは……」

 

「……ステインがそう言っていたんだ。あと、一緒にいた謎の女子も『ブラッド』だと言っていた。本当かは分からない。だが、俺にはどうも嘘を言っているようには見えなかった」

 

 飯田はあの光景を振り返りながらそう答えた。

 

「そうか」

 

 轟もそれに短く返事をした。

 

「俺は直接見てないからか、あまり実感がわかねぇんだ。クソ親父は実力だけはある。それがこうも呆気なく負けちまう───」

 

「負けとらん」

 

 その時、2人の男が入ってきた。

 渦中の人物である大柄の男、エンデヴァーである。

 

「グラントリノ!」

 

 そしてもう1人の男、グラントリノを見て思わず緑谷が声を上げる。

 2人とも一目で大怪我と分かるほど痛々しく包帯が巻かれている。

 

「奴に一発もらっただけだ。それで逃げていきおったのであって、負けとらん」

 

「…………」

 

 轟焦凍は父親の言葉が子供の言い訳のように聞こえてしまい、なんとも言えない表情となってしまった。

 グラントリノは緑谷に詰め寄る。

 

「小僧ッ! お前にはすごいグチグチ言いたい! ───が、俺たちも負けてしまったからなぁ。あまり強く言えんわい」

 

「だから負けとらんと言っているだろうッ!! 御老人ッ!!」

 

 エンデヴァーはさらに大きな声をあげる。

 それを見て焦凍はさらに微妙な顔となった。

 

「……しかし、雑魚ではなかった。それは認めよう」

 

 ふっと、エンデヴァーの表情が消えた。

 

「存在自体が怪しまれていた奴が確かに存在し、脅威となる力を持っていた。ならばプロとして捕らえなければならん。それだけのことだ」

 

 そこには、威厳と覚悟を持ったプロヒーローとしてのエンデヴァーの姿があった。

 そして密かに、ブラッドの脅威を上位のヒーローには確実に共有しておかなければならないと思ったのであった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ───正義とは何か? 

 

 まだガキだった頃、暗い路地裏で襲ってきた男を返り討ちにして殺し、ソイツのクソまずい血を啜りながら考えた事がある。

 疲れていてぼんやりとした思考だったが、答えはすぐに見つかった。

 

『ヒーロー』だ。

 

 ヒーローは正義なのである。

 正義がなんなのかってのはイマイチよく分からないが、ヒーローってのが正義だというのは分かった。

 この世界にはヒーローがいて、悪い者を倒し困ってる人を救ってくれる───らしい。

 でも、当時の俺はヒーローがなんで正義とされているのかはあまりよく分からなかった。

 だから逆に考えてみたんだ。

 

 自分は『悪』なのか、と。

 

 正義の味方であるはずのヒーローは俺を見かけると襲ってきた。

 

 ということは、俺は『悪』なのか? 

 

 そういうことになってしまう。

 だが、俺には悪いことをしているという自覚が一切なかった。

 全て生きる為にやっているだけ。

 なのになんで自分はヒーローに狙われるのか。

 助けてくれるんじゃないのか。

 

 善悪の価値観を教わる前に親に捨てられちまったから、まあ仕方ないっちゃ仕方ない。

 

 結局、その時は『正義』ってのがなんなのかは疑問のままだった。

 でもどれだけの時が経ってもその疑問は消えなかった。

 頭のどこかで常に考えていたんだ。

 

 ───『正義』とは何か? 

 

 そしてある日、ついにその明確な答えが見つかった。

 長い年月を経て、色んなもんを見て、聞いて、経験して分かったんだ。

 

『正義』とは───『立場』と『都合』によって決まる価値観のことだってな。

 

 例えば人殺し。

 人を殺すってのは、大抵の“立場”の人間にとって“都合”が悪いことなんだ。

 だから人殺しは『悪』。

 

 なるほど、ヒーローはやっぱ『正義』だ。

 だってそうだろう? 

 多くの人間にとって───こんなに都合がいい存在はいないんだから。

 

 わかりやすい。

 めちゃくちゃ分かりやすいじゃねぇか。

 

 

 それなら間違いなく俺は───『悪』だわなぁ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 ───ザシュッ。

 

 胸のあたりに鋭い痛みを感じ、俺は目を覚ます。

 あぁー、嫌な夢を見た。

 最悪の目覚めだ。

 なんか妙に身体も重い……のは別に原因がある事が寝起きのぼんやりとした頭でもすぐに分かった。

 気色悪い恍惚とした女の顔が目に入ったからだ。

 

 俺の上着をめくり、ナイフを突き刺し、ぺったりとくっつくように乗っかりながら傷口へと舌を伸ばしている。

 

 ……またコイツかこのヤロウ。

 

 寝起きにも関わらず俺の頭には血が上った。

 

「……何してんだ?」

 

「ちぅちぅ───血を吸ってます。でもどこにもこぼしてないので、心配しなくても大丈夫です」

 

「ほんとだー、偉いねー」

 

「はい! ……ブラッド様に褒められちゃいました」

 

「───ってちげぇよ」

 

「あぅっ!」

 

 俺はヒミコを持ち上げベッドの上から叩き落とした。

 

 確かにどこにも血が着いていない。

 血が飛び散らないように刺し方も工夫したことが窺える。

 洋服をちゃんとめくってから刺したことも高評価だな。

 

 ……じゃねぇよ。

 

 イカレ女が。

 

「起こすなつってんのが分からねぇのか?」

 

「もう夜です。いい加減起きて下さい。暇なのでかまってください!」

 

「うるせぇッ! 俺は起きたいときに起きるんだよッ!」

 

「でも、義爛さんから連絡きましたよ」

 

「……そうかよ」

 

「私が代わりに電話でときました」

 

「バカタレ」

 

 ヒミコが俺ん家───正確にはとあるマンションの俺が買い取った一室───に居候し始めてから3日が経った。

 俺は気が進まんが、コイツが『(ヴィラン)連合』とかいう組織に行きたいと言って聞かない。

 一人で行ってこいって言っても『ダメです、ブラッド様も行くのです』の一点張り。

 

 それで、鬱陶しすぎて根負けした俺は付き合ってやることにしたんだ。

 

 ……コイツに甘すぎねぇか俺? 

 こんな感情をそもそも抱きたくないんだよ……。

 人との関わりは心の平穏を乱す。

 だから今まで他人との繋がりは最低限のでいたんだ。

 クランメンバーと生きるために必須な人間との繋がり。

 これだけで十分だ。

 

 なのに、この女と出会ったせいで俺の心の平穏は壊された……クソッタレが。

 

 ……まあいい、考えても仕方ない。

 

 少し驚きだったのは、俺と出会う前からヒミコが義爛とのコネクションを持っていたことだ。

 思わずそのことを聞いたら、ある日いきなり電話がかかってきたらしい。

 いやー、相変わらずあのおっさんのそういう嗅覚はさすがだなー。

 どっからかヒミコがヴィラン連合に興味を持ってることを嗅ぎつけたんだろう。

 

「俺のスマホは?」

 

「はいコレです」

 

「……なんで当たり前みたいにお前が持ってんだコラ」

 

 ヒミコが自分のポケットから取り出した俺のスマホを受け取る。

 なんでコイツが持ってんの? 

 ちょっと恐怖を感じたんですけどまあいいや。

 俺は電話をかける。

 

『あぁアンタか。元気してるかぁ? それにしても驚いたぜぇ、アンタが表舞台に出る気になったなんてよぉ』

 

『なわけねぇだろ。……あの日はとんでもなく不幸だったんだよ』

 

『そりゃ災難。でももう後戻り出来そうもねぇぜ? 今じゃ超有名人だ。なんせあのエンデヴァーをぶっ飛ばしちまったんだからな。表も裏も大騒ぎよ。あのブラッドが実在した、ってな。あぁ悲しいねぇ俺は。それなりに長い付き合いで信頼されてると思ってたのによォ、アンタがあのブラッドだなんて知りゃあしなかったんだからよ』

 

『……最悪だわ』

 

『ハハッ。お得意様がいなくなっちゃ俺も困るからな、捕まったりすんなよ。それにしても羨ましいじゃねぇか。女子高生と同居なんてよぉ』

 

『ならお前が引き取ってくれよ』

 

『それは勘弁』

 

『だろうな。それより少し教えろ。───(ヴィラン)連合って何?』

 

『いいとも』

 

 やたら気分が良さそうな義爛の声に、俺は内心ため息をつく。

 これからきっとめんどくさい日々が待ってる。

 俺の目の前にはニコニコと笑うイカレ女。

 つくづく思う。

 俺の平穏はコイツに壊されたんだなって。

 




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006 再会。

「ねぇねぇブラッド様! 私も吸血鬼にしてよ!」

 

「……は?」

 

 俺は言葉を失った。

 その表現以外ありえないほどにそれは突拍子もない出来事だった。

 とりあえず(ヴィラン)連合とやらを見るだけ見ようということになり、義爛との待ち合わせ場所に向かっている時のこと。

 俺の横を歩くヒミコがなんの脈絡もなくそう言い放った。

 

 最初に思ったのは、なんで知っているのか、ということだった。

 なんでコイツが俺の能力を知っている? 

 話した覚えはない。

 話すつもりもなかった。

 

「誰に聞いたんだそのこと?」

 

「……っ」

 

 少しだけ声に感情が入ってしまった。

 ヒミコがビクリと身体を震わせる。

 

「……あの、ごめんなさい。嫌いにならないでください」

 

 躊躇うことなく人にナイフを突き刺す猟奇的な一面を持つとはとても思えない、ただの怯える少女のような今にも消えそうな声でヒミコは言った。

 その目は俺の機嫌を悪くしてしまったのではないかという不安が滲んでいる。

 

「あぁ、すまん。別に怒ってない。どこでそんなことを聞いたのか単純に気になったんだよ」

 

 そう言ってもヒミコの目から不安の色は消えない。

 未だに俺の表情を気にしている。

 そこで気づいた。

 

 ……これは、コイツのクセなんだと。

 

 恐らくヒミコは、こうなっちまう前は“普通”でいようとしていたんだろう。

 周りを観察し、真似て、薄っぺらい表情を浮かべながら自分を隠す。

 そうやって生きてきたんじゃないかと思った。

 

 だからこんな風に───。

 

 はぁ……最悪だ。

 

 こういうことを知りたくないんだよ、俺は。

 

「えっと、このサイトに載ってました」

 

「……サイト?」

 

 そしてヒミコは自分のスマホを俺に見せてきた。

 そこには『伝承に基づく吸血鬼ブラッドの考察』と書かれている。

 

 うわ、なんだこれキモッ。

 

 そこには俺の個性がどんな能力を持っているのかについての考察が記載れていた。

 やたらと作り込まれているあたりになんだか得体の知れない恐怖を感じ、背筋に震えるような悪寒が走る。

 どこの誰とも知らない奴が、こんなにも俺に関心を寄せ、こんなにも俺のことを考えている。

 

 気持ち悪くて鳥肌もんだわ。

 

 そこにはかなりたくさんのことが書かれている。

 怪力、変身能力、そして日光が苦手だろうということなど。

 

 そしてその中の一つ───『眷属化』

 

 俺には他者を自らの眷属である吸血鬼にすることのできる能力があると書かれている。

 

 ───それによって『不老不死』が得られる、なんてことまで書いてあるのだから最悪だ。

 

 スマホをスクロールする。

 ページの最下部にはコメント欄のようなものがあり、そこも妙に盛り上がっている。

 つい5分前に書かれたものもあった。

 やたらと多いコメントの中には、信者のように俺を崇拝する気色の悪いものも目立つ。

 

 なんでこんな悪趣味なサイトをこれだけの人間が見ているのか理解できない。

 

 ……いや、わかるな。

 

 俺の存在が久しぶりに明るみに出たこと、そして『不老不死』なんてものに魅力を感じる馬鹿がこんなにもたくさんいるわけだ。

 救えねぇな。

 しかもこれだけとは限らない。

 もしかしたらこのサイト以外にも、俺についてのサイトは無数に存在する可能性すらあり───。

 

 ゾワゾワとした不快感を味わいながら俺は大きなため息をつき、ヒミコを見る。

 

「───できるぞ、お前を吸血鬼にすることは」

 

 俺は歩きながら素っ気なくそう答えた。

 本当につまらんことだから。

 

「ほんとですか! なりたい! 私吸血鬼になりたいですブラッド様! 吸血鬼にしてよ!」

 

 新しい玩具をもらって喜ぶ子供のように、ヒミコは目を輝かせながら俺に詰め寄ってきた。

 予想通りすぎる返答に俺の気分はさらに暗いものとなるが、そのまま言葉を続ける。

 

「けど、ただの吸血鬼じゃない。俺の眷属だ。当然、俺の命令には絶対逆らえない。それも死ぬまで永遠に。───まさしく奴隷だ」

 

 そこで足を止め、ヒミコの方を振り返り目を合わせ、

 

「それでもなりたいかよ?」

 

 そう聞いたんだ。

 

 すると───

 

「はい! なりたいです!」

 

 即答。

 清々しい程に迷いのないその返答に、俺は面食らってしまった。

 

「……は」

 

 間抜けな声が漏れる。

 

「お前ちゃんと考えた? 本当に理解してる? 吸血鬼になったら永遠に俺の奴隷なの」

 

「でも一緒にいられるならそれでいいです。───本当に私が私のままでいられるのは、ブラッド様のそばだけだってわかったのです」

 

「…………」

 

 疑う事を知らない無垢な子供。

 そんな真に純粋な存在だけがするような真っ直ぐな瞳で見てくるヒミコに俺は言葉が詰まった。

 そして、俺はこの無駄に優れた感覚のせいで嫌でも分かってしまう。

 コイツの言葉に一欠片の嘘もないことを。

 

 ……はぁ。

 

 若気の至り。

 この言葉がこれ程ふさわしい状況ってのも珍しい。

 コイツはまだ自分の小さな世界しか知らない。

 この世の中には無数の選択肢があることに気づきもせず、気づこうともせず、ちょっと辺りを見渡せば他の選択肢がいくらでもあるというのに目の前にあるものにすぐ飛びつく。

 

 コイツの過去なんて知らんし興味もない。

 だけど、どういうわけかコイツには俺が暗闇に差した一筋の光のように見えてるんだろう。

 だからその光がもう二度と消えないように必死なんだ。

 

 光なんて、いくらでもあるってのに。

 

「……考えといてやるよ」

 

 とりあえず今はそう言っておくことにした。

 

「やったー! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねるヒミコを見ながら、俺はフードを深く被りなおした。

 そして少しだけゆっくりと歩く。

 思わず下を向いてしまうのはきっと、つまずいて転ぶのが誰よりも嫌いだからだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 とある薄汚れたビル。

 

「光栄だな。こんなところで生ける伝説に会えるなんて」

 

 そのビルの中へ入り、ゆったりと歩きながら荼毘は血影に向かってそう言った。

 

「そりゃ良かったな」

 

 血影は荼毘を見もせず答えた。

 それに不満などなかったが、荼毘は思わずにはいられなかった。

 

(……ほんとにコイツがブラッドなのか?)

 

 年齢は二十代前半。

 くすんだ銀色の髪。

 その深紅の瞳には気力や活力といったものが微塵もなく、怠惰な色しか宿っていない。

 白蠟じみた白さの肌はどこか病的で、脆くひ弱な印象を受ける。

 目の下にうっすらと広がるクマがさらに弱々しさを引き立てている。

 

()()()をノしたっつうからもっと大男かと思ったが……)

 

 むしろ細身な血影の身体を、荼毘は怪訝な面持ちで静かに眺めていた。

 

「にしても驚いた。あのブラッドが(ヴィラン)連合に興味があったなんてよ」

 

「ハハッ、そりゃ確かに。ちょいとここで待ってな。俺は話を通してくる」

 

 荼毘の言葉に嫌味ったらしく同意したあと、義爛は扉の中へ入っていった。

 

「……興味なんてあるわけねぇだろ」

 

 血影は心底めんどくさいと言わんばかりに言葉を吐き捨てた。

 

「俺もわからんよ。なんでこんなとこに来ちまったんだか……」

 

 疲れたような目をしながら血影は呟いた。

 その視線の先には、「わぁー! ここが敵連合のアジトですか!? ねぇねぇ、はやく行こうよブラッド様!」とはしゃぐ女の子がいた。

 

 その時、扉がギィっと音をたてて開く。

 

「よう、入ってこいよ。挨拶しな」

 

 そこから顔を出した義爛が扉の前で待たされていた者たちを招きいれる。

 入りたくない、帰りたい、と思いつつ血影は重い足取りで中へと入っていった。

 

 そして───

 

(……うわぁ)

 

 中にいた2人の姿を見た途端、帰りたいという思いが何倍にも膨れ上がる。

 身体の至る所に手を纏う男が血影の生理的嫌悪感を煽った。

 

(何あれ……手? 気色悪……)

 

「アンタがそうか。写真で見てたが、生で見ると気色悪いな」

 

 期せずして、血影の内心を荼毘は完璧に口にした。

 その事に対して僅かに、そして密かに血影は親近感を覚えた。

 

「あはっ! 手の人! ステ様の仲間なんだよねぇ! ねぇ! 私も入れてよ! (ヴィラン)連合!」

 

 ヒミコも大はしゃぎだ。

 そんななか血影は手を纏う男───死柄木弔の目の奥を見る。

 本心を探るために。

 だが、そんなことする必要はないとすぐに思い直した。

 

「なぁ」

 

 そう声を上げ、ゆっくりと死柄木へと近づいた。

 血影の突然の行動。

 ただ歩いているだけなのに、死柄木は息苦しいほどの緊張感を味わった。

 

(……なんだ、コイツ)

 

 身体は強ばり、まるで動かない。

 次の瞬間には死んでいるのではないかという、自分でさえ理解できない恐怖。

 

 だが、死柄木はその隔絶された雰囲気を知っていた。

 

(先生と……同じ……)

 

 そう、その得体の知れない恐怖を纏う男をすでに知っていたのだ。

 

「お……あ……」

 

 声が上手く出せない。

 死柄木の心中など知らんとばかりに、血影はそのまま目の前まで歩いた。

 黒霧もまた、恐怖に支配され動けなかった。

 

「お前じゃあ……無理だよなぁ?」

 

 死柄木は言われた意味がまるで分からなかった。

 だが、刹那、尋常ではない程の殺気が放たれる。

 死ぬ。

 死ぬ以外ありえない。

 そう確信してしまうほどの殺気が。

 

 死柄木はもちろん、この場にいる全ての者が硬直し、暑い訳でもないのにドバっと汗が吹き出た。

 血影は目の前で震える子供をみる。

 そして、落胆せざるを得ない。

 

(こんなガキに何が変えられるってんだ……)

 

 帰ろう。

 帰ってゲームしよう。

 そう思い、踵を返したとき───

 

『僕の生徒をあまりイジメないでくれよ、血影』

 

 その底冷えするような声を聞き、血影の足が止まった。

 懐かしい声だ。

 あまりに懐かしい声だった。

 

「おいおい、まだくたばってなかったのかよアンタ。随分と長生きじゃねぇか」

 

『久しぶりだね。君とこんなところで再会できるなんて、思ってもみなかったよ』

 

 ヒミコは恐怖で身体が動かなかったが、確かに見た。

 血影が、まるで別人かのような獰猛な笑みを浮かべている姿を。

 




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007 この社会を。

「最後に会ったのは47年前だよなぁ?」

 

『相変わらず記憶力がいいね』

 

「だが声が変わっている。老化というより傷だな。ハハッ、アンタが声が変わるほどの大怪我か。───どこにいるんだぁ? ぶち殺してやるよ」

 

 音声のみが聞こえるそのモニターに血影は手をかけ、顔を近づける。

 その目は狂気に歪んでいた。

 周りの人間はその尋常ならざる雰囲気に息が詰まり、誰一人として声を発せられる者はいない。

 

『勘弁してくれよぉ、あのときの僕は精神的に子供だったんだ』

 

 とても愉快そうに弾んだ声が響く。

 

「ふざけんなよクソッタレ……『君の個性はデメリットが多すぎていらないけど、目障りだなぁ』なんて意味のわからんことをぬかして、いきなり俺に喧嘩売ってきやがったくせに……今すぐボコボコにしてやりてぇよ」

 

『やっぱり記憶力がいいねぇ』

 

「どうでもいい。このくだらねぇ組織もテメェが絡んでるなら尚更だ、俺は帰る。理由はテメェが気に食わねぇから。それで十分だろ」

 

 これ以上話すことなどないと、血影はやがて踵を返し来た道を戻る。

 遠ざかる靴音とその背中に、けれど楽しげな声は尚もその愉快さを崩さない。

 

『待ってくれよ。これは、君にとっても悪くない話なんだ』

 

「……あぁ?」

 

 血影はその不満や苛立ちを隠そうともしない。

 凍りついたようなその空気のなか、二人の声だけが響く。

 

『いずれ、弔のヴィラン連合は大きくなる。そうすれば社会を変えられるほどの影響力を持つよ。そこに君が加わってくれたら心強いね』

 

「馬鹿も休み休み言えよ」

 

 それは明確な拒絶。

 

『“今”だけを見てはいけない。これは教育。未来を見据えなければね』

 

 その言葉を受け、血影が死柄木を見る。

 

『もちろん必ず成功するなんてことは言えないさ。でも、もしかしたら本当にこの社会を変えてしまうかもしれないよ? それでいいじゃないか。そこがまた面白い。君も一緒だともっと面白くなる。───どうせ、暇なんだろう?』

 

 相変わらず薄気味悪い奴だ、と血影は思う。

 コイツは正真正銘の外道だ。

 気分で人を殺し、操り、悪を振りまく。

 

 なのに───妙なカリスマがある。

 

 だからこそ鬱陶しい。

 気持ち悪い。

 タチが悪い。

 

 血影は眉を顰める。

 

(だからこんなガキが勘違いしちまうんだ……)

 

 そしてそんなことを知りたくなかったと、血影は思わずにはいられなかった。

 なんでこんな、自分とは何も関係ないどうでもいいことなのに、ここまで心がザワつくのか。

 見て見ぬふりをすればいいはずなのに、どうしてもそれができないのだ。

 

 だから───なにも見ないように生きてきたのに。

 

(こんな奴らが生まれちまうこの社会が……俺は心底嫌いだ)

 

 血影の瞳の奥に激情の炎がほんの一瞬だけ燃え上がり、すぐさま消える。

 未だ凍りついたままの空気を欠片ほども気にすることなく、血影は死柄木に目を向け、

 

「なぁ、おい。───お前は何がしたいんだ?」

 

 静かにそう問い掛けた。

 死柄木にはまるで感じ取ることはできなかったが、そこにはやわらかく温かな感情が流れていた。

 そして、大きなため息をつき、疲れたような目で、

 

「その返答次第じゃ、協力してやってもいいぜ?」

 

 なぜかそんなことを言ってしまったのだ。

 

 

 ++++++++++

 

 

「…………」

 

 ガリガリ、ガリガリ。

 彼らが帰ったあとも死柄木は内から苛立ちや不快感、それ以外にも様々な感情が溢れ、無意識に首を掻きむしってしまう。

 それを抑える術など知らなかった。

 

『……まだ、わからない』

 

 自身さえ理解できないが、血影の問いに死柄木はそう答えてしまったのだ。

 だが、本心は違う。

 本当は全て壊したいと言いたかった。

 気に食わないものは全て壊したいと。

 

 ……なのに言えなかった。

 

(なんだ……なんで言えなかった……?)

 

 確かに、尋常ではないほどの力を持っていた。

 それはあの場にいた誰もが肌で感じたことだ。

 それに屈したのか───いや違う。

 あれはそういうものでは無い。

 じゃあなぜ。

 

「あぁ……クソ」

 

 分からない。

 いくら考えても分からず、苛立ちだけが募っていく。

 頭から血影のことが消えない。

 あまりにも強烈だった。

 

 まだ分からないと答えた死柄木に、血影は『……そうか。なら考えろ』と言った。

 とても静かに、それだけを言った。

 血影の言葉通り、考えてしまっていることも死柄木は気に入らなかったが、考えずにはいられなかった。

 

 頭に浮かぶのはこれまでの日々。

 壊れてしまった家族。

 先生に手を差し伸べてもらったこと。

 救えなかった者などいないかのように、ヘラヘラと笑うヒーローのムカつく笑顔。

 

(俺が壊したいのはなんだ……? 何を───)

 

 蘇る記憶の中で、

 

「……そうか」

 

 死柄木は見つける。

 その、確かな答えを。

 

「俺は───この社会(いま)を壊したいんだ。『救われなかった人間などいなかった』とヘラヘラ笑ってる、この社会を。そして、正義がいかに脆弱であるかを証明する」

 

 口が裂けたような笑みを死柄木は浮かべていた。

 

 死柄木はステインが気に食わないと思っていた。

 どいつもこいつもステインステインと、うるさいだけだ。

 だが、皮肉にも今死柄木は理解したのだ。

 なぜステインが人を惹きつけるのか。

 

 信念とは───甘い蜜なのだ。

 

 人を心酔させる。

 そしてそれは自分自身でさえも例外ではない。

 

「楽しくなってきたなぁ」

 

 とても楽しそうに死柄木は笑った。

 だが、ふっとその笑みは消える。

 

「……でも……あぁ、めんどくせぇ」

 

 血影は言わば制御できないジョーカー。

 今後それをどう扱えばいいのか、死柄木はまた頭を抱えることとなった。

 




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008 お出かけ。

 ヴィラン連合と接触してから数日。

 死柄木は俺に『この社会(いま)を壊したい』と言った。

 口だけならなんとでも言える。

 

 ───こんなクソのような社会を壊せるなら、俺がとっくに壊してるよ。

 

 だが……まぁ、悪くない。

 20年そこらしか生きてないガキにしてはな。

 少なくとも、あの目に宿ってるモンは単なる小悪党ではない気がしたんだ。

 そしてそれだけじゃない。

 これ以上ないくらいヤバい個性をもった『トゥワイス』が連合に加わったこと。

 それによって、『この社会を壊す』っつう夢物語が一気に現実味を帯びた。

 

 ほんと……数十年ぶりにちょっとだけやる気でてきたわ。

 

 でも、死ぬほど考えろよ死柄木。

 目の前のもん壊すことに固執しすぎると、ほんの一部しか壊せない。

 何もかも壊すってのは、そう簡単なことじゃねぇのさ。

 常に考え、大局を見て動かなきゃこの社会なんてでっかいもんは絶対壊せない。

 

 頼むぜマジで。

 俺はリーダーなんてダルすぎてまっぴらゴメンだから、お前に頑張ってもらわないとなぁ。

 

 でもまあ、別に失敗したっていい。

 そしたらまたもとの生活に戻るだけだ。

 

 何も見ずに生きるあの平穏に───

 

「血影サマ、何やってるんですか?」

 

 ヒミコが俺を呼ぶ。

 

 ……名前で。

 

 あのクソ野郎が俺の本名を言ったせいだ。

 血影サマって呼んでいいですかー? ってうるさくてしゃーないからもう認めてやった。

 俺はヒミコの声に振り返ることなく、PCをカタカタと操作しながら答えた。

 

「HNを見てんだよ」

 

 そう言うと、鬱陶しいほど近くまでヒミコは寄ってきて俺と同じようにPCの画面を覗き込んだ。

 

「HNってなんですか? うわ、ヒーローのことがいっぱい載ってます」

 

「離れろ」

 

 俺は手でヒミコを押しのける。

 

「プロヒーローだけが使えるネットサービスだよ。ヤバい個性持ってる奴いねぇか確認してんの」

 

「へぇー」

 

 クソ興味無さそうにヒミコはそう呟いた。

 なんだコイツ。

 自分から聞いてきたんだろうが。

 

「でもなんで血影サマ見れてるんですか? ヒーローじゃないのに」

 

「だから言ってんだろ? この社会はクソだって」

 

 俺はとある底辺プロヒーローから1時間だけアカウントを借りるっつう取り引きをした。

 もちろん義爛の紹介。

 けっこう金ぼったくられたけどしゃーない、必要経費だ。

 俺は弱点が多いから、ヴィランとして狙われる以上ヒーロー側の個性はできるだけ頭に入れておきたい。

 

 プロヒーローのなかには、こうやってヴィランと繋がってる奴もいる。

 いつの時代も変わらねぇ、弱ェヒーローはこんなことでしか生き残れねぇってわけだ。

 ヒーローが聞いて呆れる。

 ほんとクソだよなぁ。

 

 ───だから嫌いなんだよ。

 

「速すぎるんですけど、ほんとに見てるんですか?」

 

「あぁ、見てるよ。鬱陶しいから話しかけんな」

 

「ぶー。冷たいです」

 

 次々とページをクリックと共にめくり、ヒーローの個性を頭に入れていく。

 あー、ダルい。

 でも、そうだな……すっごいダルいのに、少しだけ気分がいい。

 

 なんでだろうなぁ。

 

 馬鹿だなやっぱ俺。

 心のどっかで“もしかしたら”って思ってる。

 100年以上生きてもガキみてぇな考えは消えない。

 どれだけ感情が薄れていっても、それだけは消えやしないから困る。

 

「血影サマ! ショッピング行こうよ!」

 

「は?」

 

 突拍子もないとはまさにこのこと。

 ヒミコは相変わらず俺にまとわりつきながら、しまいには頭なおかしなことを言い出した。

 

「いろいろ買いたい物あります。行きましょう、ショッピング」

 

「一人で行け。昼間はダルすぎて外出たくない」

 

「お願いします血影サマ。二人でお出かけしたいんです。たまにはいいじゃないですか」

 

 その金色の瞳で覗き込んでくるヒミコ。

 コイツは……マジで……。

 

 ……はぁ。

 

 ほんと、一人の方が平穏で快適だったよ。

 色んなこと考えずにすむんだから。

 

「ちょっと待ってろ」

 

 俺はPCを操作する。

 あらかたヒーローの情報も頭に入れた。

 それに、そろそろ返却の時間だ。

 もう十分だろう。

 電源を落とし、PCを閉じる。

 

「……何を買いてぇんだ?」

 

「いろいろです! 部屋着とかも買いたい! 血影サマのぶかぶか」

 

 そういや今コイツ俺の服着てたんだっけ。

 てか、外行く時はたいてい制服だし。

 コイツ服もってないのかよ。

 

「はぁ……俺いるか?」

 

「いります。私は二人で行きたいんです」

 

「理由になってねぇよ」

 

「なってます」

 

 ……会話にならねぇ。

 そして、なんでそんな目で俺を見るのか。

 本当に無垢な子供のような。

 ふざけんな。

 お前はイカれた殺人鬼だろうが。

 

 騙されねぇぞ俺は。

 その歳で世間から弾かれて可哀想、なんて思わねぇからな。

 俺だってそうだったんだ。

 てめぇよりもずっとガキだった頃に親に捨てられ、裏側で生きてきた。

 

 別に珍しい話じゃねぇ。

 こんな世界じゃありきたりな話さ。

 

 …………。

 

 ……はぁ。

 

「……行ってやるよ」

 

「え、ほんとですか!? やったー!」

 

 だからなんで俺は……ダルい方の選択をしてしまうのか……。

 無邪気に喜ぶヒミコを見ながら、ため息と共に思わず頭を抱える。

 

 ほんと、ありきたりな話なんだ。

 不幸な奴なんて数え切れないほどいる。

 目の前のコイツだって例外じゃない。

 

 でも……一度見ちまったら無視なんてできねぇよ。

 

 だって───暗闇をさまよってたあの時、誰よりも手を差し伸べて欲しかったのは俺自身なんだから。

 どうしようもなく重なってしまう。

 無理だ、こんなに関わっちまったらもう……無理だ。

 蔑ろになんてできねぇ。

 

 だから何も見ないようにしてたのに。

 

 あぁ、ほんとダルい。

 何も見ずに生きていたあの頃に戻れたらどんなに楽か……でも、もう無理なんだろうなぁ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 その人物を目にした者は思わず二度見してしまう。

 夏場にも関わらず厚手の長袖にフードを被り、手袋もしている。

 それだけではまだ足りないと言わんばかりにマスクとサングラス、そして日傘までさしている。

 

 そこには、これでもかというほどの『日光』への嫌悪が表れていた。

 

 疲労感に満ちた足取りでその人物、血影は歩く。

 なんで自分はこんなところにいるのだと、自問を繰り返しながら。

 

「美味しいですよ血影サマ! ソフトクリーム食べます? 柘榴トッピングしてもらいました!」

 

「……帰りたい」

 

 そこへ、トガヒミコが現れた。

 血影とは裏腹に、本当に楽しそうに笑顔を浮かべている。

 

「買い物は済んだんだろ……もう帰ろう」

 

「えー、やです。せっかくの血影サマとのお出かけです! もっと長く楽しみたいです!」

 

 血影は過去の自分を盛大に殴ってやりたい気分だった。

 情に流され誤った決断をしたと思わざるを得ない。

 

(せめてもう少し陽が落ちてから来るべだった……)

 

 血影の肌は日光に晒された途端に焦げ始め、想像を絶する激痛と共にゆっくりと灰になってしまう。

 陽の当たる世界に自由はないのだ。

『吸血鬼』という特異な個性を授かった血影は、そういう運命にある。

 長い年月を経てある程度の耐性を獲得したとはいえ、真に太陽を克服することは決してない。

 

「……はぁ。寝不足だ。日光がキツい。血も足りない……」

 

「血ですか? どうぞ!」

 

 そういって首元を見せつけるヒミコ。

 それは確かに血影の吸血欲求を刺激した。

 

「私も血影サマの血を啜りたいィ」

 

 そう言って猟奇的な笑みを浮かべるヒミコに、血影は疲れたようにため息をつく。

 

「アホ。んなとこで吸えるか」

 

「隠れてしましょう。隠れるのは得意です」

 

「いや、それより帰ろう。そしたら何も気にすることなく血を啜れる」

 

「それはやです。まだ帰りたくないです」

 

「……お前遠慮なくなってきてるよなぁ」

 

 甘やかしすぎた、と血影は内心で愚痴を吐く。

 そしてこの話は結局のところ平行線なのだ。

 事実として、血影はトガヒミコに甘いところがあるのだから。

 

 もう諦めて付き合ってやるしかない。

 

 そう思ったとき───

 

「待てッ! 死柄木弔ッ!」

 

 悲鳴にも似た声が聞こえた。

 人混みに紛れて正確な位置は分からない。

 だが、血影は面倒事が起きるような予感がしてならなかった。

 

「え、今弔くんの名前呼んでませんでした?」

 

「……呼んでないんじゃないか? それよりこの場から───」

 

「ちょっと行ってみましょう!」

 

「な、おい、マジでやめろって!」

 

 血影の制止を聞かず、好奇心のままにヒミコは走りだす。

 人混みを縫うように抜けていくその独特な技術は、血影にとっても目を見張るものがあった。

 

(……凄っ。何アレ)

 

 驚きつつヒミコの後を追う。

 

「あれ、弔くんいませんね」

 

 ヒミコの声が聞こえた。

 面倒事になる前に帰ろう。

 そう思ったが、

 

「なッ! お前はあの時いたッ!」

 

「デクくん知り合い……?」

 

 次の瞬間には、すでに遅かったことを知る。

 さっきと同じ声だ。

 血影は思わず目を向ける。

 

(コイツは……)

 

 記憶を遡る。

 そしてその答えはすぐに見つかった。

 あの“平穏が壊された日”にいた奴だと。

 

「誰ですか……?」

 

 ヒミコはまるで覚えいなかった。

 それも仕方がない。

 あの時のヒミコにとっての記憶は、ほぼ全て血影一色に塗りつぶされているのだから。

 

「ヒーロー殺しと戦う前、ブラッドと一緒にいた……まさかっ!」

 

 その人物───緑谷出久はそう言って血影を見た。

 しかし、フードにマスク、サングラスまでしているのだから断定することはできない。

 

「……ブラッド……なのか?」

 

「え……」

 

 そばにいた麗日お茶子も思わず目を向ける。

 向けずにはいられない。

 そんななか、ヒミコだけがばつの悪そうな表情をしていた。

 自分のせいで血影に迷惑がかかる。

 それによって嫌われてしまうのではないか? 

 その恐怖が全身を支配し、硬直させた。

 

「違います」

 

 だが、血影はそんなことをまるで気にすることなく、端的にそれだけを呟いた。

 

「帰るぞ」

 

「は、はい……」

 

 血影はヒミコの手を取り歩き出す。

 それでも、今の返答を聞き緑谷出久はむしろ確信する。

 

 ───『違います』

 

 蘇るのはあの日の記憶。

 そして、エンデヴァーとグラントリノの両方を相手にし撃退してしまったという恐るべき事実。

 体が思わず震える。

 しかし、ヒーローとしての意地が緑谷出久を突き動かした。

 

「ブラッド……ヴィラン連合と繋がっているのか……?」

 

 聞かなくてはならなかった。

 これが今、警察やプロヒーロー、ひいては世間がもっとも危惧していることだから。

 

「……さぁな」

 

 それだけを言い残し、血影とヒミコは人混みに消えていった。

 

 その後すぐに麗日お茶子が通報し、ショッピングモールは一時的に閉鎖された。

 区内の警察とヒーローが緊急捜査にあたるも、死柄木弔や血影が見つかることはなかった。

 

 死柄木弔と吸血鬼ブラッドが同日同所で目撃されたという事実は、警察、プロヒーロー、そしてヴィランに大きな影響を及ぼすこととなる。

 




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009 死柄木と血影。

 ヴィラン連合が本拠地としているとあるBAR。

 ここは今、濃厚な死の気配が充満していた。

 次の瞬間には誰かが死んでいたとしても何も不思議ではないほどの張り詰めた空気。

 きっかけはほんの些細な不和。

 だがそれは死柄木にとって、積もり積もった小さな鬱憤の捌け口としてこれ以上のものはなかった。

 

「俺は今回の作戦の指揮を頼みたい……って言ったんだ」

 

 雄英の林間合宿への襲撃、及び爆豪勝己の誘拐。

 世間からの信頼が厚く、現ヒーロー社会においても極めて重要な役割を果たしている雄英高校。

 そこに明確な被害を与えることで雄英の世間からの信頼に亀裂を入れ、ひいてはこの社会を壊す切り口とする。

 

 血影としても、死柄木が考えたにしては悪くないと思っていた。

 

 だが───

 

「だから嫌だっつってんだよ。何度も言わせんな。他の奴に任せろ。それといちいち癇癪を起こすんじゃねぇよ、ガキか」

 

 指揮なんて面倒なこと血影は御免だったのだ。

 血影の根本は依然として怠惰そのものなのである。

 

「……あ゛ぁ?」

 

 血影の言葉に、死柄木は荒々しい怒りが音を立てて湧き上がるのを感じた。

 脳の毛細血管が線香花火のようにぷつぷつと破裂していく。

 

「ハッハ。そう怒るなよ死柄木ィ。ブラッドが嫌って言ってんだ。なら認めるしかねぇだろ? 他に任せろよ」

 

 心底楽しそうに、傍から見ていたマスキュラーは豪快な笑い声を上げる。

 

 これだ。

 これも死柄木を苛立たせる要因なのだ。

 

 ヴィラン連合のメンバーも増えてきた。

 しかし、メンバーの大半がステイン、もしくはブラッドの影響によって集まっていたのだ。

 それ自体にも死柄木は不満だった。

 そんななか現れたのがマスキュラーである。

 

 マスキュラーはヴィラン連合に加わるかわりに、一度ブラッドと戦わせて欲しいと言ったのだ。

 彼はただ単純に、伝説のヴィランとされる血影と血の沸き立つような戦闘がしたかったのである。

 そんなこと血影が心底ダルいという顔をして断ることなど死柄木は分かっていたが、“やりたいことの邪魔をしないのがヴィラン連合”という理屈のもと快諾した。

 

 これはほんの憂さ晴らしのようなもの。

 溜まった鬱憤を少しでも晴らすとともに、未だ不透明な血影の実力を見ておきたかった。

 当然、血影は難色を示したが『筋肉増強』という個性の有用性は図りしれない。

 その事を理解できない血影ではなかった。

 

 利害を考えれば、受けざるを得ない。

 あらゆるものを天秤にかけた結果の苦渋の決断。

 とはいえ、実は血影は数十年ぶりに身体を動かしたかったので損だけというわけでもなかったのだが。

 ゆえに、ため息をつきつつもマスキュラーの申し出を受けたのである。

 

 結果───血影は勝った。

 

 しかもただの勝利ではない。

 単純な殴り合いの末にマスキュラーを屈服させたのである。

 あまりに暴力的なその力を目にした者は、血影が弱いはずがないとある程度予想していたとはいえ舌を巻いた。

 

 そして、マスキュラーは晴れてヴィラン連合に加わったのである。

 だが、それは思わぬ副産物を残した。

 どういうわけかマスキュラーが死柄木よりも血影を慕うようになってしまったのである。

 トガヒミコのこともあり、これではどちらがこの組織のトップなのかわかったものではない。

 

 その事実がどうしようもなく癪に障る。

 死柄木の腹の底に湧いた怒りは止まることなく膨らみ続けた。

 怒りと鬱憤はぐつぐつと煮込まれ、表面化しない不和は広がり続けた。

 結果として、溢れたのである。

 

「誰がヴィラン連合の頭だ? 俺だろうが。黙って言うこと聞けよ」

 

「ダルい。マスキュラーのときは俺が譲歩したんだからいいだろ今回は。荼毘にでもやらせろよ」

 

 荼毘からしたら思わぬ飛び火である。

 だが、そんなことを気にするような男でもなかった。

 

「……俺は別に構わんが」

 

「ほらな、こう言ってる。荼毘に任せよう」

 

 死柄木も実のところ荼毘でもよかった。

 指揮といってもあくまで形式的なもの。

 こんな色物連中が統制のとれた行動をすることなど不可能だ。

 リーダーとは名ばかりの、連絡や軽い指示などの雑務をこなさなければならない役割。

 

 だからこそ血影は嫌なのだ。

 ダルくて仕方ない。

 

 しかし、気に食わない。

 誰でもいいが、死柄木は自分がやれと言っているのに従わない血影がどうしようもなく気に食わない。

 

 ガリガリ。

 ガリガリ。

 

 無意識に首を掻きむしる。

 

「もう、喧嘩はだめよぅ」

 

 マグネがその気質ゆえに仲裁に入る。

 

「仲間同士で争うのは良くないぞ! いいぞもっとやれ!」

 

 トゥワイスが混乱させる。

 

「若いねぇ。おじさん羨ましいよ」

 

 何処吹く風のコンプレス。

 スピナーやマスタードは完全に無関心。

 ムーンフィッシュに至っては明後日の方向を向きながら「肉……」と呟いている。

 

「弔くん、血影サマが嫌って言ってるんです。嫌なことさせるの良くないです」

 

 狂信者のようなトガヒミコの発言が、死柄木の苛立ちをさらに増長させる。

 

「……止めなくていいのですか?」

 

 二人の成り行きを冷や汗とともに見守っていた黒霧が静かに問いかける。

 

『これでいい』

 

 それに応えるよに、モニターからは愉快で仕方ないという声が響いた。

 

「もう一度だけ言ってやる……やれ」

 

「ダルいから嫌」

 

「そうか───死ね」

 

 刹那、濃厚な死の香り。

 次の瞬間にはどちらかが死ぬ、と予感させるほどに強烈なもの。

 その光景をマスキュラーは楽しそうに哄笑しながら見守る。

 

 両の手のひらを向け、血影との距離を急激に詰める死柄木。

 血影の目には、より一層の疲労の色が宿った。

 増強型の個性をもつ者には劣るといえど、死柄木の身体能力は決して低くない。

 だが個性『吸血鬼』の能力により、血影の五感は人間のそれとは一線を画するほどに優れている。

 

 ゆえに、あまりにも遅い。

 

 ため息をついてしまうほどに。

 

 とはいえため息の原因は死柄木だけではない。

 血影は目の端で捉える。

 一切迷うことなく死柄木の首を掻き切ろうとナイフを振っているトガヒミコを。

 

 だから血影は片方の手でトガヒミコを押さえ、もう一方の手を死柄木の右手に優しく重ね、死柄木の左手を首をひねって躱した。

 明確な殺意を持って行われたその攻撃。

 

「なん……で……」

 

 だからこそ死柄木は疑問を零さずにはいられなかった。

 

「なんで、壊れないんだ」

 

 そう、死柄木の五指は確かに血影の手に重ねられていたのだ。

 

 にもかかわらず───『崩壊』しないのはどうしてなのか。

 

「だからテメェ、すぐにナイフ振り回すのやめろって言ってんだろ」

 

「離してください。刺す。刺します」

 

 だが、そんな死柄木の疑問に応えることなく血影はとりあえずトガヒミコを処理しようと行動を始めた。

 心底しんどいと思いながら。

 

「分かった、あとで俺の血やるから」

 

「やったー! わかりましたやめます」

 

 その一言ですぐさまナイフをしまい、まるで借りてきた猫のように大人しくなるトガヒミコ。

 

「それで、死柄木よぉ……あんまり俺をがっかりさせんなよ」

 

 ゾワリ。

 血影の深紅の瞳が向けられた途端、死柄木は背筋に嫌なものが走った。

 

(クソ……)

 

 それは恐怖。

 体中の血液が逆流するほどの恐怖だ。

 そして、全身に汗が流れるような不気味さ。

 それを理解してしまっているからこそ、死柄木は内心で悪態をつく。

 

 血影が手を離せば、反動で死柄木は尻もちをついてしまった。

 

「いつも言ってんだろ、考えろって。大きなもん壊すには、感情だけで動いちゃいけねぇのさ。俺を殺したいなら死ぬほど考えて、虎視眈々と隙を窺えよ。正面から俺に挑んで敵うはずねぇだろうが」

 

『吸血鬼』という個性は月日を経るごとに成長していく。

 そういう個性なのだ。

 そしてそれは今も止まることを知らない。

 つまり、血影の個性は127年という胸がつぶれるほど長い時を成長し続けているのである。

 

 死柄木の個性は人体を完全に塵にかえるまで1分の時を要する。

 常人ならば為す術もなく死に至る凶悪な個性。

 だが、その崩壊する速度は血影の回復と再生の速度を上回らなかったのだ。

 崩壊したそばから回復し、再生する。

 ゆえに崩壊しない。

 するはずがない。

 

「ん、ちょっとヒリヒリしたわ」

 

 それが、死柄木が血影に与えた痛みの全てだった。

 

「いいか、マジで死ぬほど考えろよ死柄木。お前がヴィラン連合のトップなんだ。何もかも壊すってのを簡単に考えんな。この社会を壊すってのはなぁ───俺を殺すより難しいんだぜ?」

 

 その気配、迫力、存在感に死柄木は息を呑んだ。

 そこには確かに、彼が『先生』と呼ぶ存在に勝るとも劣らないほどのカリスマがあった。

 決して、血影への不満が消えたわけではない。

 未だ納得できないことは山ほどある。

 

 だがそれでも、血影のその言葉は少しだけ───死柄木弔の心を揺らしたのだ。

 

 ゆえに、

 

「クソ……分かったよ。今回の指揮は荼毘に任せる」

 

 毒づきながらも死柄木は折れたのである。

 




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010 開闢。

 林間合宿三日目。

 雄英高校ヒーロー科の1年生は午前中の辛く厳しい『個性を伸ばす』訓練を終え、夕食作りに取り掛かっていた。

 疲労により体の至るところが悲鳴をあげているはずなのに、そこには絶えることのない笑顔が浮かべられている。

 

 それも当然だ。

 彼らはヒーロー志望。

 この程度の壁を笑顔で乗り越えずしてどうして人を救う立場になれようか。

 一人一人の意識が違うのである。

 

 とはいえ彼らも学生。

 青春を謳歌することも忘れてはいけない。

 ほんのひとときの安らぎとして『肝試し』なんてことに興じるのも悪くないだろう。

 

 しかしそんな中───“闇”もまた動き出す。

 

「……雄英ね」

 

 合宿の地を一望できる崖の上。

 血影は小さく呟いた。

 己の首元に刺さったナイフを引き抜きながら。

 

「刺すな、汚れるだろうが」

 

「楽しみだねぇ、血影サマ!」

 

 陰鬱とした視線を妙な器具を身につけているヒミコに向けつつも、血影の対応にはどこか“慣れ”があった。

 そのことを自覚してるがゆえに血影はなんとも言えない気分になる。

 

(……慣れてどうする)

 

 やはりどこか血影はヒミコに甘いのである。

 

「どうでもいいから早くやらせろ。ワクワクが止まんねぇよ。なぁ、ブラッド!」

 

 血影の後ろから、獰猛な笑みを浮かべたマスキュラーが現れた。

 

「うるさい。寄るな。暑苦しいんだよお前」

 

「なんだよつれねぇなぁ。俺と殺しまくりに行かねぇか?」

 

「行かねぇよ。お前と違って別に俺は人殺しが好きなわけじゃない」

 

「分からねぇな」

 

「俺もお前が分かんねぇよ」

 

 なぜか不機嫌そうな視線をマスキュラーに向けるヒミコを横目で見ながら、血影は疲れたようにため息をつく。

 マスキュラーはヴィラン連合での集まりがある度に血影に絡んできた。

 だが、血影からすればその理由が全くわからない。

 

(なんなんマジでコイツ……)

 

 別に話が合うわけでもないのになぜこうも絡んでくるのか。

 むしろ一度ボコボコにしているのだから、殺意を向けてくる方が自然では無いのか。

 マスキュラーの行動原理が全くもって血影は理解できなかった。

 

 しかし、思考はすぐに切り替わる。

 

「俺は俺で、やりたいこともあるしなぁ」

 

 血影は暗い瞳で鬱蒼と広がる森を見下ろしながら、薄く笑った。

 

「行くぞ、イカレ野郎共」

 

 行動開始の合図を荼毘が静かに告げた。

 

「あぁ、ちょっと待ってくれ」

 

 そこに血影は待ったをかける。

 動き出そうとした全ての者が血影に目を向けた。

 

「なんだよブラッド! 急げよな! 待っててやるぜ!」

 

 これだけはしておかなければならない。

 なぜなら、トゥワイスだけは奪われる訳には行かないのだから。

 黙ったまま血影は個性を発動させる。

 

 ───『眷属召喚』

 

 血影の足元の影が蠢き、そこから1匹のオオカミが姿を見せた。

 夜の闇を纏ったような漆黒の毛並み。

 血に染ったような真紅の瞳には、確かな叡智が宿っている。

 

「ガゥ」

 

 従順に血影の前で『お座り』をするオオカミ。

 久しぶりだったが、感覚的な細い糸で繋がっているのを感じる。

 成功だ。

 そのあまりに突拍子もない光景に、それを目にした者は息を呑んだ。

 

「カァイイです」

 

「なんか出たぞオイ! 犬かッ!?」

 

「あら可愛い!」

 

「……肉」

 

 マグネがオオカミの頭を撫でる。

 何ら抵抗することなく、オオカミは気持ちよさそうにその手を受け入れていた。

 

「トゥワイスだけは奪われるわけにはいかねぇからな。コイツをつけさせてくれ。そうすりゃ本当にヤバいとき助けにいける。人語を理解するくらいには賢い。邪魔にはならんと思う。戦闘能力自体はただのオオカミと変わらんが」

 

「助けにきてくれんのか!? 良い奴だなブラッド!! クソ野郎だぜ!!」

 

「俺がついてるだけじゃ不服か?」

 

 鋭い目付きで血影を睨みつける荼毘。

 

「念には念をさ。お前ならわかるだろ?」

 

「……そうだな」

 

 コイツは誰も信用していない、と血影は思う。

 暗い路地裏を歩きながら、同じような濁った目をした奴をいくらでも見てきた。

 その目には誰も映っちゃいない。

 だからこそ、同じように誰も信用していないと受け取れる血影の言葉を理解するのだ。

 

 そして、今度こそ本当に皆が散っていった。

 

 ───『開闢行動隊』がヒーローの卵たちに牙を剥く。

 

 

 ++++++++++

 

 

 俺は森の中を歩く。

 やっぱり夜はいい。

 月が綺麗だし。

 ずっと夜ならいいのに。

 

 それにしても雄英か。

 名門中の名門じゃねぇの。

 関わることなんて絶対ないと思っていたのに、ほんと、生きてると何があるかわらんわ。

 心臓は止まってるけど。

 

 さて、

 

 ───『眷属召喚』

 

 再び俺の影からオオカミが姿を現す。

 だが先程と違い、1匹ではなく複数だ。

 呼び出せる眷属はオオカミだけではないが、森での追跡や捜索ではコイツらが最適。

 

 “とある目的”のために呼び出したのだ。

 

 今回の作戦、軽い指示を与えられている者もいるが、ヒミコ、マスキュラー、ムーンフィッシュ、そして俺に関しては完全に自由だ。

 好きに暴れていい、そんな指示。

 なら好きに動かせてもらおう。

 

 雄英ヒーロー科1年の情報には一通り目を通した。

 体育祭の映像も見た。

 確かに『爆豪勝己』は粗暴さが目立つ。

 ヒーロー志望、と言われても疑問を持たざるを得ない。

 

 だが、己の信念だけはガチガチに固まっているようにも見えるのだ。

 一度決めたら何があっても曲げない。

 そんな印象を受ける。

 直接見た訳では無いから、これはこれまでの情報と映像からの推測でしかない。

 

 あくまで俺の直感だ。

 

 ただ、俺の直感はれっきとした感覚。

 

 ようはよく当たるのさ。

 

 だから───

 

「『八百万百』ってガキを探せ。他の奴は無視して戦闘は避けろ。極力見つかるな。行け」

 

 俺の言葉を聞き、十匹のオオカミは一斉に森の中へ駆け込んでいく。

 

 ───八百万百の誘拐。

 

 そう、俺が目をつけたのはこのガキだ。

 大財閥のお嬢様。

 俺も一応、大金持ちの家に生まれた。

 自分がそうだったから分かる。

 こういうガキは大抵が世間知らずで、脆い精神してやがんだ。

 

 そして───他からの影響を極めて受けやすい。

 

 だからこそ、思想、価値観、倫理感を塗り替えられる可能性が高い。

 だが、コイツは俺とは明確に違う。

 捨てられた俺とは違い、たぶん綺麗な世界しか知らない。

 俺も、捨てられて初めて知ったんだからなぁ。

 

 ───世界がこんなにも汚いことを。

 

 俺が教えてやろう。

 お前が見てる世界は、綺麗事に塗れた一面でしかないってことを。

 嘘と事実を交え懐柔しこちら側に引き入れる。

 なんて、期待しすぎるのはよくねぇか。

 持ってるもん捨てるって、そんな簡単なことじゃないし。

 

 てかコイツ個性もめちゃくちゃいいんだよなぁ。

『物を創り出す』個性なんて、ほんと恵まれてるよ。

 あーあ、俺もそんな素晴らしい個性だったら明るい世界を生きられたんかね? 

 まあ今さらどうでもいいけど。

 

 んじゃ、散歩がてら森を歩きながらアイツらからの連絡を待ってようかね。

 

 …………。

 

 …………。

 

 あー、クソ。

 なんでこうも気になっちまうんだよ。

 病気だわほんと。

 ずっと頭の片隅で引っかかって消えやしねぇの。

 

 ───『眷属召喚』

 

 そこまで血を飲んでないのに能力を使いすぎたせいで、現れた一匹のオオカミを見ながら俺は若干の気だるさを感じた。

 

「トガヒミコを見張ってろ。ヤバそうになったら合図を送れ。いいな、行け」

 

「ガゥ!」

 

 元気よく走りさって行くオオカミ。

 その後ろ姿を見ながら、俺はもう何度目か分からないため息をついた。

 なぜこうも気にかけてしまうのか。

 どうでもいいだろあんなガキ。

 

 はぁ……。

 

 やっぱ、誰かと関わって生きるのはろくな事がねぇな。

 そんなこと、ずっと前から分かってたはずなんだが。

 

 嫌な記憶がほんの一瞬蘇り、だが煙のようにすぐに消え、俺はゆっくりと散歩を再開した。

 

 ───眷属から『見つけた』と感覚的に伝わってきたのは、それからしばらくしての事だった。

 




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011 堕ちる。

「ん! んー……浅い少ない!」

 

 月明かりに照らされ、僅かに血の滴るナイフを見ながらヒミコは弾むような声で呟いた。

 その姿は明らかに常軌を逸しており、思わず麗日と蛙水は後退る。

 自身にとっての“普通”からかけ離れ過ぎていたのである。

 

 つまり、ヴィランだ。

 

「お茶子ちゃん、腕大丈夫?」

 

「うん……かすっただけ」

 

 麗日が押さえる左腕のシャツには少しだけ血が滲んでいた。

 目の前の人物に警戒を強める。

 しかし、確かに動揺はしているが二人が僅かに平静を保てていたのは、これが初となるヴィランとの邂逅ではないからだろう。

 

「急に切りかかって来るなんてひどいじゃない。なんなのあなた」

 

 蛙水の言葉に、ヒミコの視線はナイフから目の前の二人へと移る。

 そして、マスクで隠れており見えはしないが満面の笑みで答えた。

 

「トガです! 2人ともカァイイねぇ。麗日さんと蛙水さん」

 

「名前バレとる……」

 

「体育祭かしら……何にせよ情報は割れてるってことね。不利よ」

 

 ヒミコが名前を呼んだことにより2人の警戒心はさらに強まった。

 油断することなく目の前の、自身とあまり年の変わらないだろうヴィランと相対する。

 

「血が少ないとね、ダメです。普段は切り口からチウチウと……その、吸い出しちゃうのですが───あ」

 

 会話の途中で発せられたその間の抜けた声。

 麗日と蛙水は困惑する。

 だが、突如ヒミコはなんの脈絡もなくその刺々しいマスクを外した。

 その行動の意図がまるでわからない。

 ゆえに警戒は緩めず、決して目を離さない。

 

「あぁ……血影サマの血の味、思い出しちゃいました」

 

 ナイフから香る血の匂い。

 それがヒミコに血影を思い起こさせる。

 

 口元まで裂けたような恍惚とした笑み。

 紅色に染った頬に両の手を当て、恥ずかしそうに身を捩るその姿は年相応の乙女のようでもあり、狂気と猟奇が同居しているようにも見えた。

 唾液に濡れ怪しく光るその鋭い八重歯が、麗日と蛙水の不安を一層掻き立てる。

 

「……いけない、ダメです」

 

 ふっと笑みが消え、ヒミコはナイフについた血をペロリと舐めてからマスクを付け直した。

 

「ん、美味しい。でもやっぱり血影サマの血が一番です。早く会いたい。ほんとは少しも離れたくありません。だから───刺すね」

 

 全く意味のわからない言葉。

 しかし状況は待ってくれはしなかった。

 なぜなら、唐突にヒミコが麗日と蛙水に向かって走り出したからだ。

 

「来たぁ!」

 

「お茶子ちゃん」

 

 蛙水の舌が伸び、麗日の胴体に巻き付く。

 そのまま逃がすように放り投げた。

 

「施設へ走って」

 

「梅雨ちゃんも!」

 

「もちろん私も……っ!」

 

 だが、ヒミコのナイフが蛙水の舌を切り裂いた。

 鋭い痛みに一瞬動きが止まる。

 

「梅雨ちゃん、梅雨ちゃん……梅雨ちゃんっ!」

 

「レロ……」

 

「カァイイ呼び方、私もそう呼ぶね」

 

「やめて。そう呼んで欲しいのはお友達になりたい人だけなの」

 

 素早く跳躍する蛙水。

 しかし、ヒミコは反応する。

 投擲された血を吸い上げるための機械。

 それにより蛙水の髪は木に縫い付けられてしまった。

 

「じゃあ私もお友達ね! やったぁ! 血影サマにお友達が出来たって教えてあげなきゃ!」

 

「梅雨ちゃん!」

 

 無邪気にぴょんぴょんと跳ねながら全身で喜びを表現するヒミコ。

 

「血ィ出てるねぇ。お友達の梅雨ちゃん! カァイイねぇ。血って私大好きだよ」

 

 素敵な夢を見ているかのようなうっとりとした瞳で、ヒミコは蛙水の血の滲む舌を見る。

 その光景を麗日が黙って見ているはずがなかった。

 そこに恐怖心がないわけではない。

 だが、迷うことなく蛙水を助けるために麗日は走り出した。

 

「離れて!」

 

 直線的な動き。

 なんてことはない。

 ゆえにヒミコはいつものようにナイフを突き立てる。

 

 だが、

 

(ナイフ相手には!)

 

 麗日はそれをヒラリと身体をズラして躱したのだ。

 そこからの一連の動きは正しく川の水が流れるかの如く滑らかなものだった。

 

(片足軸回転で相手の直線上から消え、手首と首ねっこを掴んでおもっくそ押し! 引く!)

 

 爆豪との戦闘を経て広がった視野。

 職場体験で教わった近接格闘術。

 今までの経験の全てが麗日を動かし、ヒミコを組み伏せることに成功したのだ。

 

「梅雨ちゃん! ベロで手! 拘束できる!? 痛い!?」

 

「すごいわお茶子ちゃん……! ベロは少し待って……」

 

 そのまま馬乗りとなり、油断なく麗日はヒミコを押さえつける。

 

「お茶子ちゃん……あなたも素敵」

 

 だが、ヒミコは優しく語りかけた。

 

「私と同じ匂いがする」

 

 麗日からすればまるで理解できない言葉だった。

 

「好きな人がいますよね」

 

 静かに呟かれたその言葉は、僅かに麗日の心を揺らす。

 

「そしてその人みたくなりたいって思ってますよね。わかるんです。乙女だもん」

 

 麗日はさらに動揺し、ヒミコの表情は歪む。

 

「私もいるんです。好きな人。とってもとっても好きな人。血の香りがして、いくら切り刻んでも死なない───血影サマが私は大好きです」

 

 うきうきと腹の底からせり上がるような、本当に楽しそうにヒミコは言葉を紡いだ。

 

「ねぇ、お茶子ちゃん楽しいねぇ。恋バナ楽しいねぇ!」

 

 その時、

 

「ガゥッ!!」

 

 どこからか現れた一匹のオオカミが、麗日へ飛びかかったのだ。

 

「なっ!」

 

「お茶子ちゃん!」

 

 あまりに予想外の事態。

 麗日が体勢を崩してしまうのも仕方がない。

 その隙をヒミコは見逃さなかった。

 即座に拘束から抜け出し、横目で現れたオオカミを見る。

 野生の獣であればヒミコにとっても危険の可能性があるため警戒したのだ。

 

 しかし、

 

「血影サマ……やっぱり優しいです。あぁ、嬉しいなぁ! 嬉しいなぁ! 大切にしてもらってるって幸せだなぁ! 早く会いたいです!」

 

 それが、崖の上で見た血影の個性によって現れたオオカミと全く同じであることをすぐに悟った。

 血影が自分を心配してくれたのだと理解する。

 そのことがたまらなく嬉しい。

 嬉しくて仕方がない。

 もういっそ全てを放り捨てて血影の元へ走り出したいほど。

 

 だが、それでは怒られてしまうかもしれない。

 血影を失望させてしまうかもしれない。

 それだけは絶対に嫌だ。

 なんとしても避けなくてはならない。

 その思考でなんとか己の愉悦を抑制し、ヒミコは平静を取り戻す。

 

 麗日は未だオオカミが現れたことへの動揺が収まってはいなかった。

 なぜこんなところにオオカミがいるのか。

 この森はプッシーキャッツの所有地ではないのか。

 雲のごとく沸き起こる疑問が頭にまとわりついて離れない。

 

 それが───分かりやすいほどの隙になってしまうとしても。

 

「……っ!!」

 

 今度は逆にヒミコが麗日を押し倒した。

 馬乗りになり、流れるような動きで麗日の左腕を踏みつけ、

 

「あぁぁッ!!!」

 

「お茶子ちゃん!!」

 

 麗日の右手にナイフを突き刺した。

 鋭い激痛にたまらず悲鳴をあげる。

 刺された右の掌を中心として血溜まりができていく。

 

「いい子だねぇ。私を守ってくれたんですね」

 

「ガゥ」

 

 お座りしながら嬉しそうに尻尾を振るオオカミの頭を、ヒミコは優しく撫でた。

 

「お仕事しなきゃ。血影サマ、褒めてくれるかなぁ!」

 

「っ!!!」

 

「チウチウ」

 

 続け様にヒミコは麗日の首筋に、管のついた機械を突き刺した。

 その痛みにまたしても麗日の表情は歪む。

 管に赤いものが通り、吸い上げられていく。

 あまりに凄惨なその光景を眺めていることしか出来ない蛙水は、己の無力さを呪うことしか出来なかった。

 

「麗日!?」

 

 しかし、その地獄は終わりを告げる。

 

「障子ちゃん! 皆……!」

 

 障子を初めとし、数人のクラスメイトが現れたことに蛙水は希望を見出した。

 

 大人数だ。

 勝てない。

 

 そう判断してからのヒミコの行動は早かった。

 

「行こっかクロちゃん。殺されるのは嫌です」

 

「グルゥガ……? ガゥ!」

 

 クロというのは自分のことなのか、と疑問を浮かべながらもオオカミは吠えることで返事をし、ヒミコの後に続いた。

 

「待っ……!」

 

「危ないわ! どんな“個性”をもってるかもわからないわ!」

 

 ヒミコは夜の闇へと消えていく。

 好きな人に早く会いたい。

 そんないたって“普通”な想いを抱きながら。

 

 

 ++++++++++

 

 

「泡瀬さん……“個性”でこれを奴に!」

 

 痛みで歪む思考。

 それでも八百万は考えることをやめなかった。

 最悪を推し量り、そこから導き出した最善。

『発信機』を創り出し泡瀬に渡す。

 

「何これ? ボタン?」

 

「いいから早く! 行ってしまう!」

 

 まるで意味は分からなかったが、それでも泡瀬は恐怖で軋む身体を必死に動かした。

 

(なんかもうわかんねえけど!!)

 

 それでも動かなければならない。

 そんな使命感が泡瀬を突き動かす。

 八百万から渡された『発信機』を去っていく脳無の腰の辺りに“溶接”した。

 木の影に素早く身を隠したが、その際聞こえてきた「ネホニャンッ」という声にビクッと体を震わせてしまう。

 

「よしつけたぞ! いいな!? 怖えダメだもう!」

 

 だが───“最悪”はまだ終わりではなかった。

 

「え、大丈夫?」

 

 聞き慣れないその声。

 思わず目を向け、絶望する。

 血のように赤い瞳、銀色の髪。

 記憶に新しいその容姿。

 

 目の前の人物が『ブラッド』だと理解するまで、瞬きするほどの時間すらかからなかった。

 

(最悪……ですわ)

 

 八百万は絶望する。

 目の前にいるのは、『エンデヴァー』を退けてしまうほどの凶悪ヴィラン。

 

 生きて帰れないかもしれない。

 

 途方もないほどの戦慄が体を突き抜ける。

 

 それは泡瀬も同じだった。

 自分の歯がガクガクと鳴っている音がとてつもなくうるさく感じ、刺すような顫動が背中を駆け巡る。

 

「大怪我してんじゃん。は? おいテメェ」

 

 血影のその言葉がどちらを差しているのか分からない。

 どのみち恐怖で言葉を発することができないのだから、たいした意味はないのかもしれないが。

 

 しかし、その返答は予期せぬところから行われた。

 

「……ガゥ」

 

 草むらから一匹のオオカミが姿を現したのだ。

 

「すぐ俺に知らせろよ」

 

「ガル……ガゥガゥ」

 

「あ? 探せとしか言われてないだァ? ……そのくらい察してくれよぉ……」

 

「……グルル……ガゥ……」

 

「あぁ分かった分かった。もういいって。“影”で休んでな」

 

 オオカミと話しているかのような、その異様な光景を泡瀬と八百万は黙って眺めているしかなかった。

 血影の最後の言葉を聞き、オオカミは走り出す。

 足元まで駆け寄り、耳は垂れ、申し訳なさそうにもう一度「ガゥ」と小さく吠えてから血影の影へと消えていった。

 

「それで」

 

 血影の目が八百万と泡瀬へと向けられる。

 たったそれだけ。

 たったそれだけのはずなのに、死を予感してしまうのはどうしてなのか。

 

 ただのヴィランとは格が違う。

 

 2人は本能でそれを感じ取った。

 

「えー、俺が用があるのは八百万ってガキの方だけなんだけど。───渡してくれる?」

 

 敵意をまるで感じられないその言葉。

 だが、恐怖だけは消えやしない。

 

 それでも、

 

「……は、はあ!? 渡せって言われて、は、はいわかりましたって、わた、渡すわけないだろ!!」

 

 震える声で、泡瀬は声をあげる。

 怖い。

 怖くて仕方ない。

 怖くないはずがない。

 

 しかし───だからといって仲間を見捨てるなんて出来るはずがない。

 

 恐怖に屈し、仲間を見捨てる者がどうしてヒーローになれるというのか。

 なれるはずがない。

 その強い意志が泡瀬を奮い立たせたのだ。

 身の毛もよだつほどの恐怖に打ち勝ったのだ。

 

「待って……下さい」

 

 ところが、八百万はそれを制する。

 泡瀬の声を聴きながらも、『用がある』という血影の言葉を考える。

 

「私が……あなたに着いていけば、泡瀬さんは見逃していただけますの?」

 

「八百万!? 何言ってんだ!!」

 

 泡瀬は声を荒らげる。

 それでも、八百万の意志は変わらない。

 

 なぜなら彼女もまた───ヒーローを志す者なのだから。

 

 八百万の言葉に、血影は薄い笑みを浮かべた。

 

「あぁ、約束するよ。大人しく着いてきてくれるなら、俺はそいつに一切危害を加えない」

 

 目の前にいる存在はヴィラン。

 その言葉が信じられるはずがない。

 なのに、なぜか嘘ではないと思ってしまう。

 いや、確信といってもいい。

 それは八百万だけでなく泡瀬も同じだった。

 

「そうですか……」

 

 八百万は小さく声を漏らす。

 そして、さらに思考を加速させる。

 

(今……私にできることは……)

 

 泡瀬を守る為にも、ここは大人しく血影についていくべきだ。

 

 そして───

 

 ───八百万はバレないように『受信機』を創造する。

 

 それをそっと泡瀬のポケットに忍ばせた。

 これが、八百万が今考えられる“最善”だったのだ。

 

「泡瀬さん、助けてくださりありがとうございました」

 

「……は? 八百万……お前、何言って……」

 

「大丈夫ですわ。ヒーローや警察の方々が、きっと助けてくれますもの」

 

 その、泣きたくなるような笑顔を泡瀬は目に焼き付けた。

 そして自分の無力さを嫌というほど痛感する。

 何も救えない。

 弱くては何も救えないではないか。

 

 しかし、嘆いたところで現実は覆らない。

 

 唐突に顎をクイッと上げられ、泡瀬は無理やり血影と目を合わせられた。

 即座に思い出す。

 目を合わせてはいけないという警告。

 

 ───『魅了』

 

 とはいえ、もう遅い。

 

「八百万は俺が預かる。お前は皆のところに戻って休んでな」

 

「わかった」

 

 血影の言葉にすぐさま頷く泡瀬。

 背負っていた八百万を血影に渡し、歩き出した。

 そのあまりにも不自然な行動を八百万は訝しむ。

 話が違うではないか、と。

 

「何をしたんですの!?」

 

「まあ落ち着けよ。ちょっとした暗示みたいなもんだ。すぐ解ける」

 

 そう言って、血影は八百万を優しく背負い直した。

 その濃厚な血の香りに理性が飛びそうになるのを必死に堪えながら。

 

「あー、急がないと。お前は少し眠っててもいいぞ?」

 

「…………」

 

 血影の言葉に八百万は答えなかった。

 まるで体温を感じないその背中に、安心感のようなものを抱いてしまうのはどうしてなのか。

 聡明な彼女でさえ、その答えはいくら考えても見つからない。

 歩く際の振動が心地よく、温かく柔らかい泥の中へずぶずぶと入っていくような感覚と共に八百万が眠りに落ちるまで、時間はかからなかった。

 




お読みいただきありがとうございました。


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012 暗く重い言葉。

 草むらの中、青山優雅は両手で口元を覆い息を殺す。

 ヴィランとの邂逅は初めてではない。

 だが、だからといって恐怖が克服されるなんてことは、少なくとも青山自身には起こりえなかった。

 

(僕は……僕はどうすれば……)

 

 クラスメイトが今もどこかで必死に戦っているかもしれない。

 自分も何かしなくては。

 みんなのためにできることはないか。

 気持ちだけが焦る。

 それとは裏腹に体は硬直し、小刻みに震える手足はまるで自分のものではないかのようだ。

 

 そんな時間がゆっくりと過ぎていく。

 

 目と鼻の先にヴィランがいる。

 

 怖い、怖い、怖い───。

 

 そして、幸か不幸か変化は訪れた。

 

「お前、腹からビーム出す奴だよな?」

 

「へ?」

 

 青山は、その言葉が自分に投げかけられたものだとすぐに理解出来なかった。

 それも仕方がない。

 擬態する動物のように闇に身を沈めている青山に、話しかける者などいるはずがないのだから。

 

 無意識に身体が振り向くことを拒絶する。

 見つかったという事実を受け入れたくないのだ。

 だが、意を決して青山は見る。

 そして理解する。

 月の光を反射する銀色の髪、血に染ったように赤い瞳を見た瞬間───この場で、最も出会ってはいけない人物であると。

 

(───ッ!!)

 

 青山は目を見開く。

 そして思わず叫びそうになり、だがそれは血影によって防がれる。

 

「おいおいバカかよ。声を出すな、バレるぞ」

 

 血影は荼毘とトゥワイス、それからヒミコがすでに合流していることを目視する。

 青山は死を間近に感じてしまうほどの恐怖に、さらに震えが激しくなる。

 それでも、血影が背負っている傷だらけの八百万から目を背けることはできなかった。

 

「……僕の……僕のクラスメイトをどうするつもり?」

 

 その問いかけに驚いたのは血影の方だった。

 全ての感覚で目の前の子供がただひたすらに怯えていることがわかる。

 にも関わらず、他人の心配をしたのだ。

 

(未来は安泰かもなぁ……なんて。でもごめんよ。俺はもう後戻りできないし、するつもりもねぇんだわ)

 

 生きる世界が違いすぎる。

 生まれた世界が違いすぎる。

 

 もし自分もそちら側だったとしたら、大多数の側だったとしたら───。

 

 そんな無意味なことを、血影は数十年ぶりに考えてしまった。

 

「───攫うんだよ」

 

 とても短く、だが残酷に告げられる非情な現実。

 

「だが妙なことを考えるなよ。お前は救うことはできない。唯一できることがあるとすれば、仲間を呼んでくることぐらいだな」

 

「…………」

 

 青山の葛藤は一瞬。

 今なお戦慄が心に波打つ。

 

 それでも、彼はヒーローの卵なのだ。

 

 仲間を見捨てるなんてことができるはずがない。

 そんなことを一度でもしてしまえば、もう二度と自分は本当のヒーローにはなれない気がする。

 

(やってみないと……わからないッ!!!)

 

 個性を発動させようと意識する。

 

 しかし───血影と青山の隔絶された力の差は、精神論で覆るようなものではない。

 

 青山は恐怖ゆえに頭から抜け落ちていたのだ。

 血影とは決して、目を合わせてはいけないということを。

 

 ───『魅了』

 

 それはあまりにも呆気ない幕切れだった。

 

「何もせずじっとしてろ」

 

「うん、わかった」

 

 血影はその返事を聞くと、荼毘たちの方へ向かって歩き出した。

 

「……本当なら殺すべきなんだろうなぁ」

 

 その声は雫のようだった。

 滴り落ちるようにぽつりと呟かれたその言葉は、静かに夜の森へと消えた。

 

 

 ++++++++++

 

 

 結局、あの後俺は荼毘たちと合流して黒霧のワープゲートで見慣れた辛気臭いBARへと帰った。

 まあガキどもが降ってきたり色々あったけど、俺がちょっと強めに虚空を殴って、風圧で吹き飛ばして終わり。

 最悪なのが、あそこまで苦労してヴィラン連合に引き入れたマスキュラーを失ったこと。

 

 ……見通しが甘かった。

 

 はっきり言ってガキにマスキュラーがやられるとは思えなかった。

 あの場にいたプロも全員把握していたが、マスキュラーに勝てる奴はいないと判断した。

 唯一懸念したのがイレイザーヘッドぐらいだったが、それでも問題ないと油断した結果がこれ。

 

 マスキュラー、マスタード、ムーンフィッシュ。

 

 3人も失った。

 

 最悪だァ……。

 

 ガキが予想よりはるかに強かった……。

 

「あぁ……しんどい」

 

「血影サマ夜なのに元気ないです。私の血、吸います?」

 

「俺の血でもいいぜ!? 誰がやるか!!」

 

「まぁ!! ブラッドお腹空いたの? 私、前から一度吸われてみたいと思っていたのよ♪ どう? 私の血、吸ってみない?」

 

「マグ姉でも刺すよ」

 

「あら嫉妬? 可愛いんだからもう!」

 

「元気だねぇ。ちなみにおじさんは血吸われるなんて勘弁」

 

「…………」

 

「気色悪ィ……」

 

「……お前ら黙れ」

 

 なんで俺の周りはこんなにもうるさくなってしまったのだろう。

 身体というより精神的に疲れを感じ、カウンターにぐったりと突っ伏してしまう。

 

 チラリと、目の前に拘束されている3人を見る。

 

 常闇踏陰、爆豪勝己、そして八百万百。

 

 今回の成果。

 雄英から三名の生徒を誘拐した。

 この事実が社会にもたらす影響は大きい。

 改めて、これだけの力がこのヴィラン連合に集結しているという事実に驚く。

 

 そりゃあちょっとぐらい……期待しちまうわなァ。

 

「早速だが……俺の仲間にならないか?」

 

 死柄木は古くからの友人に語り掛けるように、優しくその言葉を紡いだ。

 

 しかし───

 

「寝言は寝て死ね」

 

「断る」

 

「お断りですわ」

 

 3人からの返答は明確な拒絶だった。

 まあ、そりゃそうだわな。

 死柄木は肩を竦める。

 だがさすがにこれは死柄木も予想していたようで、あまり落胆の色は見えない。

 

 そういえば、俺が八百万を攫ってきたときヒミコが明らかにいつもとは違う感情で刺してきたなぁ。

 しかも八百万を狙ってくるもんだからタチが悪かったわ。

 拗れた性格してるよなー、本当に。

 そんなことをぼんやりと思い出しながら、今も明らかに好意的ではない目で八百万を睨むヒミコを眺める。

 八百万もそれを敏感に感じ取ってか、こちらを警戒している。

 

「おい」

 

 俺はダラけた体勢を変えず、目も向けることなくヒミコへ声を掛ける。

 

「なんですか?」

 

「睨むな」

 

「睨んでません」

 

 この返答だけでこれ以上の言葉は無意味だと分かったし、死柄木が黙れと言わんばかりに睨んできたので俺はため息と共に諦めた。

 すると、死柄木はおもむろにテレビの電源を入れる。

 そこに映し出されるのは雄英の謝罪会見の様子。

 生徒を守れなかったことへの責任を、社会が追求する。

 

「不思議なもんだよなぁ……」

 

 死柄木はさらに新聞を手に取り、爆豪たち3人へと見せつける。

『雄英大失態』という大見出し。

 嫌でも目に入る、守れなかったことへの厳しい言葉の数々。

 

「なぜ奴らが責められている!?」

 

 両手を広げ、死柄木は語りかける。

 

「現代ヒーローってのは堅っ苦しいなァ。そう思わないか!」

 

 まるで舞台役者のように大袈裟なジェスチャーで語る死柄木に、俺は意外と演技派なんじゃねぇのコイツ、とか思ってしまう。

 

「人の命を金や自己顕示に変換する異様。それをルールでギチギチと守る社会。敗北者を励ますどころか責め立てる国民」

 

 このフレーズ、台本とか作って練習したとしたら笑える。

 

「俺たちの戦いは『問い』。ヒーローとは、正義とは何か。この社会が本当に正しいのか一人一人に考えてもらう。───俺たちは勝つつもりだ」

 

 爆豪たち雄英生は静かだった。

 とても静かに死柄木の言葉に耳を傾けていた。

 ただ……その目にはほんの僅かな揺らぎもないことがわかる。

 こいつらの心はまるで動いていない。

 

「荼毘、拘束を外せ」

 

「は?」

 

 なのにこういうことを言い出す。

 

「まぁ待てよ死柄木」

 

 だから、ちょっとは仕事しよう。

 俺は立ち上がり、爆豪たちへと歩み寄る。

 それだけなのに物凄く怯えられているのが伝わってきた。

 爆豪からは闘争心のようなものも感じる。

 無視して俺は爆豪の頭を掴む。

 

「何すんだテメェッ!!」

 

 無視して無理やり目を合わせる。

 

 ───『魅了』

 

「正直に答えろ。考えは変わったか?」

 

「一ミリたりとも変わってねぇ」

 

「拘束を解いたらまずどうする?」

 

「あの気色悪ィ野郎に一発爆破を浴びせる」

 

 八百万と常闇が息を呑む。

 その返答を受け、死柄木の方を振り返ればあからさまに不機嫌になっていた。

 

「少し大人しくしててくれ」

 

「しゃあねェなぁ」

 

『魅了』は一時的な催眠でしかない。

 仲間に引入れるなら、本心を動かす必要がある。

 

 さて……どうしたもんか。

 

「死柄木、俺もちょっと勧誘していいだろ? 八百万を攫ってきたのは俺だからなぁ」

 

「……あぁ」

 

 不機嫌ながらも死柄木は承諾した。

 確認しとかんとさらに機嫌悪くなりそう。

 

「どうも。んじゃ荼毘、外してくれ」

 

「暴れるぞこいつら」

 

「爆豪は暴れそうだわな。だが大丈夫だろ。常闇と八百万は」

 

 そう言って八百万と常闇に目を向ければ、2人とも恐怖しながらも力強い瞳をしていた。

 ほんと、いい目をしてるよ。

 

 綺麗で純粋な、いい目だ。

 

「トゥワイス、外せ」

 

「はァ俺!? 嫌だし!」

 

 そう言いつつも、トゥワイスは拘束具を外し始める。

 なんだかんだ良い奴だよなコイツ。

 

「悪いなトゥワイス」

 

「いいってことよ! ざっけんな!」

 

 カチャカチャと音を立てながら、トゥワイスは拘束具を外していく。

 手当てをしたとはいえ、八百万はそもそも軽くはない怪我をしている。

 暴れはしないだろう。

 

「常闇、だよな」

 

「…………」

 

「どう思った? 素直に答えてくれ」

 

「……正直、わからない」

 

 常闇はそう言って俯いた。

 すでに拘束具は外され、彼らを縛るものは何も無い。

 

「確かに……この社会が完全に正しいとは言えないのかもしれない。考えさせられる。───だが」

 

 覚悟をもった目で常闇は俺を見た。

 

「暴力や犯罪という手段で社会にそれを訴えかけるヴィランは……間違っている……!」

 

 恐怖に決して屈さない強い心を持ってる。

 ほんと凄いよ。

 

「確かになぁ……なんも言い返せんわ」

 

「…………」

 

 本心の言葉だ。

 俺の返答が意外だったのか、常闇は少し困惑したようだった。

 

「それじゃ八百万、お前は?」

 

 八百万へと目を向ける。

 

「……常闇さんと同じですわ。あなた方ヴィランは……間違っています」

 

 そう、その通りだ。

 俺たちヴィランは決して正しくない。

 どれだけ正当な理由があったとしても、社会に害をなした時点で断罪されて然るべきなんだ。

 そこがブレてしまえば社会が成り立たない。

 

 それでも───もう進むしかねぇんだよなぁ。

 

「爆豪は死柄木が目をつけた。常闇はその個性の強さゆえにコンプレスがアドリブで攫った。───んで、八百万。お前を選んだのは俺だ」

 

 ガタッという音とともに誰かが立ち上がる音が聞こえた。

 その足音は真っ直ぐ俺へと近づいてくる。

 誰なのかは見ずとも誰かわかった。

 

「待て」

 

「離して下さい弔くん」

 

「もう少し見よう」

 

 意外にも死柄木がヒミコを止めてくれた。

 ナイスすぎる。

 

「お前が、少しだけ俺と境遇が似ていたからだ。俺の親も金と権力を持っていた」

 

「…………」

 

 八百万は黙って俺の言葉を聞いていた。

 

「俺とお前の違いは、親に愛されたか否か。それだけだ」

 

 人の心を動かすにはどうすりゃいいのか。

 効果的な方法は知識として知っている。

 だが、今回の場合はそんな小手先な技術ではダメだ。

 そんなものでは決して変わらない。

 

「俺の個性は『吸血鬼』。こんな面倒な個性が発現したせいで、俺は陽の光を浴びれない。世間体を人一倍気にする人間だった俺の親にとって、それはどうも不都合だったらしい。俺は捨てられ、最初からいないことにされちまった。───それだけじゃねぇ」

 

 だから俺も、本心で語ろう。

 

「俺の親は俺が捨てられた地域一帯のヒーローと警察に圧力をかけた。『俺を見かけても見殺しにしろ』ってな」

 

「……ま、まさか」

 

「事実さ」

 

 久しぶりに思いだした。

 あのクソの顔。

 色あせないなぁ、憎しみってやつは。

 少しだけ、イラッとしてしまった。

 それが伝わったのか、八百万に常闇だけでなく、連合の奴らまで静まり返ってしまった。

 

「ヒーローといってもたかが公務員。権力には逆らえない。自分で手にかけるのは罪悪感があるもんだから、俺を野垂れ死にでもさせたかったんだろ。死ねばどうとでもできるからな」

 

 八百万の目に同情の色が宿る。

 ……あぁ、ミスった。

 別に同情して欲しいわけじゃねぇ。

 

「これがお前が見たことのない社会の裏側ってやつだ。どうだ? クソだろ? 深く根付いたもんを変えるには、一回全部壊すしかねぇ」

 

 俺は八百万の目を見る。

 

「教えてくれ八百万。お前は人を救いたいのか? ヒーローになりたいのか? これは必ずしも同義じゃねぇぞ?」

 

「……わたし……は……」

 

 揺れている。

 十分に俺の言葉は届いている。

 

「大丈夫、このヒーロー飽和社会だ。ヒーローは足りている。お前一人がヒーローにならなくても問題はないさ。───もし、お前が真に救われない人間を救いたいというのなら」

 

 やはり、八百万の心は染まりやすい。

 俺の見通しは正しかったというわけだ。

 

「俺と、俺たちと来ないか?」

 

「…………」

 

 八百万はしばらく黙っていた。

 その間、誰一人として言葉を発する者はいなかった。

 

 そして───

 

「……すぐに……答えはだせませんわ……」

 

 選んだのは、決断の先延ばしだった。

 俺はその答えに大いに満足した。

 

「いい答えだ」

 

 手駒を増やす手段に『眷属化』ってのもある。

 だが、それには自ら眷属になることを認める必要があり、無理やり行えば俺の命令を聞くだけの人形となる『傀儡化』が起こってしまう。

 今必要なのは、傀儡ではない。

 

 ───コンコン

 

 そんな時だった。

 来るはずのない訪問者が現れたことを告げる、ノック音が響いたのは。

 

「どーもォ、ピザーラ神野店です───」

 

 誰もが耳を疑う。

 

 そして、

 

「SMASH!!!!!」

 

 ヒーロー達が突入してきたのである。

 

 

 ++++++++++

 

 

 眠れる吸血鬼が真に目醒めるまで、あと───。

 




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013 目醒め。

 ───『先制必縛ウルシ鎖牢』ッ!! 

 

 全てが一瞬の出来事。

 決着はあまりに呆気なかった。

 

「木ィ? ンなもん───」

 

 シンリンカムイによって全員が拘束される。

 荼毘はそれを個性により燃やそうとし、俺は単純な力でこの状況を打開しようと動いた。

 

「逸んなよ」

 

 だが、グラントリノの速さはそれを上回った。

『ジェット』により加速されたその蹴りは、たった一撃で荼毘の意識を刈り取る。

 グラントリノの行動はまだ終わらない。

 勢いそのままに空中で方向転換し、加速する。

 

 その先にいるのは、俺だった。

 

 ───カチャリ

 

「あァ?」

 

 グラントリノは何かを俺の首に嵌めた。

 途端に全身を異常な程の悪寒が駆け巡る。

 力が抜けていく感覚。

 抗いようのない倦怠感。

 

 コイツは───“銀”か。

 

 あぁ……気色悪ィ……。

 

「大人しくしている方が身のためだぜ」

 

 俺の首に嵌められたのは銀の首枷だった。

 いい動きだな、ヒーロー。

 拘束を解くことに意識を割いたその一瞬を狙ってきたんだ。

 やられた、さすがだわ。

 なんでこんな凄いヒーローの経歴が、HNには全然載ってなかったんかね。

 

 ……はぁ。

 

 そのあと、エッジショットが黒霧を気絶させた。

 間近で見るオールマイトは、何か他とは一線を画するような凄みのようなものを感じる。

 

 ってか、なんでヒーロー来やがったんだろうなぁ。

 

 ───今は『夜』だってのに。

 

 ヒーロー共の言葉はガヤガヤとただうるさいだけだった。

 だが、その言葉だけははっきりと聞こえた。

 

「ありがとう、八百万少女。君の『発信機』のおかげで、この場所により確証をもてたよ!」

 

「……えぇ……よかったですわ……」

 

 色んな感情でぐちゃぐちゃになったような、形容し難い表情で八百万は小さく返事をした。

 オールマイトは八百万のその様子に、少しだけ困惑しているようだった。

 

 ……発信機。

 完全に失念していた。

 コイツの『創造』って個性の凶悪性を。

 はは、マジかよ。

 

「俺の……せいってか……」

 

 不意に八百万と目が合った。

 ……なんだよその目は。

 お前は何も間違ってない。

 悪党を捕まえるための最善の行動をしただけだ。

 

 なのにどうして、迷った目してんだよ。

 

 ……はぁ。

 

 無様だなぁ、テメェはよぉ……。

 

 俺は少しだけ昔のことを思い出した。

 思い出したというより、目に映る光景が過去の記憶と重なったんだ。

 そこにいるのは何にも知らない愚かなガキの俺。

 そして、救いを求める俺を見殺しにする“お前ら”。

 

 今は理解できるよ。

 お前らの感情が。

 仕方なかったんだよな。

 見殺しにするしかなかったんだよな。

 

 馬鹿なガキを一人見殺しにするだけで、今まで通りの変わらない日常を享受できるんだから。

 

 所詮は単なる職業。

 人間らしく生きるための手段でしかない。

 純粋な正義感だけで、人を救いたいという想いだけでヒーローや警察をやってる人間はいない。

 少なくとも、あの頃の俺の周りにはいなかった。

 誰も助けてくれやしなかった。

 

 だが、責めやしねぇよ。

 もし俺がお前らの立場だったとしても、同じように見殺しにするかもしれねぇ。

 だからわかるよ。

 仕方なかったんだってことは。

 

 俺は陽の光を浴びれない。

 一定の速さを持つ流水に触れれば力が抜ける。

 だから雨の日も外へ出られない。

 極めつけが、普通の人間で言うところの食欲が俺は吸血欲だ。

 こんな“普通”とかけ離れた、社会にとって都合の悪い奴は淘汰されて然るべきだ。

 社会は少なからず何かを排斥して回っている。

 それはあまりにも当たり前で、普通の人間にとっての日常なんだ。

 

 

 でも───俺の目には、お前らがどうしようもなく『悪』に映っちまったよ。

 

 

 これだけはもう変わらねぇ。

 変えられやしねぇ。

 

 あぁ……こんなところで終わらせやしねぇよ。

 悪いなヴィラン連合。

 ぬるま湯に浸かってた時間が長すぎたみてぇだ。

 思い返せば、なぜ最初にヒーローと遭遇したとき息の根を止めなかった? 

 殺せただろう。

 殺せばよかったんだ。

 

 ……いや、分かってるよ。

 俺は無意識に避けてたんだ。

 今の平穏が壊れるのを恐れてたんだよな。

 

 

 ヒミコと出逢ったあの時───とっくに俺の平穏は壊されてたってのによぉ。

 

 

「アッハッハッハッハッ!!!!」

 

 俺は何故か笑ってしまった。

 笑いが止まらなかった───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 突如、血影の笑い声が響いた。

 あまりにも脈絡のない出来事。

 それはヒーローだけでなく、ヴィラン連合の面々にとっても戸惑いを隠せないことだった。

 

 しかし、

 

「悪ィな、死柄木」

 

 裂けたような笑みを浮かべながら、血影は言葉を続ける。

 

「これは俺のせいだ」

 

 血影の言葉を死柄木はすぐに理解できなかった。

 

「だが心配すんな。俺らはこんなところじゃ終わらねぇよ」

 

 この場にいるヒーローと警察は全員、得体の知れない恐怖を肌で感じ取った。

 おぞましい何かを目の当たりにしている気がしてならない。

 言葉にできるような明確な理由はないが、確信を持って言える。

 

 月夜見血影という男は危険だ、と。

 

 狂気に歪んだ笑みを浮かべながら、血影は悪意をそのまま吐き出した。

 

「コイツらは俺が───皆殺しにしてやる」

 

 ゾクッ。

 

 暴風のように吹き荒れる濃厚な殺気。

 その言葉を聞いた者全てが本能で理解する。

 血影の言葉に、ただの一欠片も嘘はないと。

 

「待つんだエッジショット!!!」

 

 オールマイトの制止の声。

 それは反射的なものだった。

 血影の纏うその異様な雰囲気が“ある人物”と重なり、オールマイトの心臓は鼓動を早める。

 全身が警鐘を鳴らす。

 だが、エッジショットは既に音速をも超える速度で変形を始めており、止まれはしなかった。

 

(この男は危険だ……ッ! 気絶させるッ!)

 

 そこで、エッジショットは決してありえない事態に遭遇する。

 

(なん……だと……)

 

 目が合った気がしたのだ。

 一瞬という言葉では表現しきれないほどの刹那。

 音速の世界に足を踏み入れたエッジショットにとってはあまりに信じられないことだが、確かに目が合った気がしたのである。

 

 実際のところ、血影は正確に見えたというわけではなかった。

 ゆえに『魅了』は使えない。

 しかし最初に黒霧を気絶させたときのエッジショットの動き、そして吸血鬼としての恐ろしく研ぎ澄まされた感覚がエッジショットを知覚するに至ったのである。

 

(直線的な動きだよなぁ。まあ、関係ねぇ───使うぞ、“カゲヒト”)

 

「何ッ!?」

 

 エッジショットの驚愕の叫び。

 それも仕方がない。

 銀の首枷を嵌められ、動けないはずの血影が音速の刺突を躱したのだから。

 

(テメェらは勘違いしてるぜ。“銀”ってのは俺を()()()()で、()()()()()()じゃねぇのさ)

 

 そして、ただ躱すだけで終わりはしなかった。

 

 ───『念動力』

 

 不可視の力によってエッジショットの身体がピタリと空中で完全に静止したのだ。

 それはまるで磔にでもされたように。

 

「なんだ、これは……ッ!」

 

 情報にない血影の能力。

 エッジショットの脳にはいろんな疑問が過ぎる。

 まずい。

 大きすぎる死の影に心臓の鼓動が早まり、全ての感覚が逃げろと告げる。

 

「エッジショット!!」

 

 オールマイトが救出に動き出す。

 

 しかし───

 

「もう遅ェよ」

 

 血影はエッジショットの身体に───噛み付いた。

 

「グァアアアアアッ!!!」

 

 今まで経験したことのない、全身がバラバラになるような凄まじい激痛。

 エッジショットの悲痛な叫びが響く。

 それも長くは続かなかった。

 

「あぁ、やっぱ不味ィなぁ」

 

 エッジショットは瞬く間にミイラ化し、絶命してしまったのだから。

 今この瞬間、一人のヒーローの命が失われたのである。

 

「アァアアアアアッ!!!!」

 

 オールマイトの悲しみと怒りを孕んだ、耳の裂けるような大声が爆発する。

 

(力が漲るって、こういうことを言うんだろうな)

 

 血影はギチリという音と共に呆気なく拘束を解き、口元の血を拭った。

 鬱陶しい銀の首枷も引きちぎる。

 

「す、すみませんッ!!!」

 

 シンリンカムイが己の失態を嘆く。

 それでも事態は待ってくれることはない。

 

「血影サマァ……素敵です」

 

 ヒミコは未だ拘束されたまま頬を赤らめ、恍惚とした表情を浮かべる。

 彼女の目には、血に塗れながら笑う血影がとても魅力的に映ったのだ。

 

「さて、覚悟しろよ───ヒーロー共」

 

 オールマイトと血影の視線が激しくぶつかり合う。

 一方は怒りと覚悟に満ち、もう一方はそれを嘲り笑う様な悪意が溢れていた。

 

 

 ───眠れる吸血鬼は真に目醒め、行く手を阻む全てに牙を剥く。

 




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014 弱くする者。

 

 先に動いたのはオールマイトだった。

 何も特別なことは必要ない。

 ただ、血影の顔面へと拳を振るう。

 それだけでいいのだ。

 血影の個性については事前に聞いていた。

 それでも、オールマイトにとっては殴って気絶させればいいだけの話。

 

 先手必勝。

 

 血影が見せた身体能力以外の力。

 どれくらいの規模のものなのかまるで分からない。

 情報が少ないため、早めに決着をつけなければ被害が拡大してしまう可能性がある。

 

(もうこれ以上……誰の命も奪わせはしないッ!!)

 

 オールマイトの脳裏にエッジショットの顔が過ぎる。

 怒りに歯が軋み、拳に自然と力が入った。

 

(デケェ……)

 

 オールマイトの巨大な拳が眼前に迫りながら、血影はそんなことを思う。

 何十年ぶりに人一人分の血を吸い、かつてないほどに強化された力。

 

 今の血影にとってその拳は───あまりにも遅い。

 

(手加減しすぎだ……No.1ヒーロー。俺を舐めてんのか? 俺の命を奪わないことはもちろん、機動隊なんかの周りの人間にも気を遣い、建物の破壊も最小限にしようってのかよォ……ちと欲張りすぎだろボケが)

 

 個性『吸血鬼』は、時を経るごとに力をましていく。

 加えて、血を吸えば吸うほどより強力な力を得るのだ。

 

 ゆえに───足りない。

 

 ヒーローとして、決して命を奪わないという覚悟をもったオールマイトの拳はあまりに足りなかった。

 あの宿敵に振るうような拳を、血影にもぶつけなればならなかったのである。

 

 血影は横目でシンリンカムイを見た。

 

(……次はお前だ)

 

 悪意が溢れ、血影は裂けたような笑みを浮かべる。

 

 

 ───『霧化』

 

 

 自身と、自身が身につけているものを完全に霧状にしてしまうという能力。

 本当に久しぶりに使う力だった。

 極めて体力の消費が大きく、使い勝手の悪い能力であるため血影は好きではないのだ。

 

 こんな能力を使わなくとも、大抵の事はその身体能力だけでなんとかなってしまう。

 それは今回だって例外ではない。

 あのオールマイトの拳とはいえ、手加減しているのであれば今の血影にとって避けることなどそう難しいことではなかった。

 

 ただ、血影は意表をつきたかった。

 

『霧化』を使った意図はたったそれだけだ。

 

 血影の姿が完全に霧散し、それが当たり前かのごとく、オールマイトの拳は空を切った。

 

「んッ!?」

 

「なッ!!」

 

 一部始終を見ていたシンリンカムイ、機動隊、果てにはヴィラン連合の面々までもが思わず声を上げた。

 血影の新たなる能力。

 理解が追いつかないのも仕方がない。

 

 

 だが、状況は待ってくれはしない。

 

 

「───ッ!?!?」

 

 突如現れた血影によって、シンリンカムイは声を出す間もなく顔面を鷲掴みにされた。

 シンリンカムイは右手をぶら下がるために、左手をヴィランの拘束に使っているため血影に対応することができない。

 

 そう、詰みなのである。

 

「シンリンカムイッ!!!」

 

 未知の能力により血影の姿を見失ってしまったがゆえに、オールマイトの反応が僅かに遅れてしまった。

 

 意表を突かれてしまったのである。

 

(オールマイト、お前はあの瞬間俺を殺すという選択をできなかった。しょうがないよな。お前はヒーローなんだから。平和の象徴なんだから。でも……だからまた失うんだぜ?)

 

 無慈悲に、血影はシンリンカムイの顔面を掴んでいる右手に力を込めた。

 

「グァァアアアアッ!!!」

 

 シンリンカムイの絶叫が響き渡る。

 苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、オールマイトも救出するために行動を始めていたが───間に合うはずもなかった。

 

 

 ───グチャリ。

 

 

 弾けるような耳障りな音とともに、辺り一面に様々なものが飛び散った。

 至る所が赤に染まる。

 シンリンカムイだったものが、ゴトリと鈍い音を立てながら地面に落ちた。

 

 一瞬の静寂。

 

 そして、

 

「ぬああああああッ!!!!!」

 

 オールマイトの怒りの咆哮が地を揺らした。

 

「動ける奴は動け」

 

 オールマイトの怒りの眼差しを受けながらも、血影は平然と答える。

 だが、ヴィラン連合の面々はあまりの出来事に未だ放心したままだ。

 

「ブラッド……もう、後戻りできないぞ」

 

 怒りに身を震わせながら、オールマイトが血影に小さくそう口にする。

 

 それに血影は笑みをもって応えた。

 

「戻る気なんてねェよ」

 

 冷たくて、暗くて、もうどうしようもない。

 誰が悪いでもない。

 こうなる他なかったのだ。

 

 ───初めから決まっていた運命。

 

 血影とオールマイトは決して交わることのない、正義と悪なのだから。

 

「動くなッ!!」

 

 意外にも、真っ先に行動をおこしたのはオールマイトでもなく、ヴィラン連合の面々でもなく───機動隊だった。

 

 冷たい銃口を向けた。

 

 オールマイトは目を見開いた。

 聞いていないことだったからだ。

 

「オールマイト、これ以上は看過できない」

 

「───ッ!!」

 

 それがどういう意味なのか、理解できないオールマイトではなかった。

 

「え、撃つの!? 私たち撃たれちゃうの!?」

 

「チッ!! おい起きろ黒霧!!」

 

 自由を取り戻した矢先にこの事態。

 ヴィラン連合の面々が取り乱すのも無理はない。

 

(十中八九……銀の弾丸だろうな)

 

 血影は静かにそんなことを考えた。

 

 できれば生かしたまま捕らえたいはずであり、トップヒーローのオールマイトがいるのにも関わらず銃を向ける。

 

 それが何を意味するのか。

 

(───なるほど)

 

 血影にはすぐに分かった。

 命は等価値ではないことなんて身にしみて理解している。

 

 

 正義は───“立場”と“都合”で決まる。

 

 

 その考えはやはり正しいと血影は思った。

 

 

「最後の警告だヴィラン連合。投降しろ」

 

 向けられた無数の銃口。

 空気が張り詰める。

 こうなってしまっては、オールマイトでさえも止める手段はない。

 

 そんな一触即発の場面で口を開いたのは、やはりと言うべきか、血影であった。

 

「───八百万」

 

「……っ」

 

 日常からあまりにもかけ離れた出来事の連続。

 ヒーローを志しているとはいえ、まだまだ子供である八百万が受け入れるには無理があるというもの。

 ただ恐怖に身を震わせるしかないのも仕方がない。

 

 血影に名前を呼ばれ心臓がドクンと跳ねる。

 

「嫌なもんばっか見せてごめんな。でも───目を背けるなよ」

 

「……え」

 

 だが、血影の言葉は穏やかだった。

 優しささえ感じてしまうほどに。

 それだけを言うと、血影は視線を八百万から機動隊へと移した。

 

「八百万の命は大切だよなァ?」

 

「───ッ!!」

 

 血影の言葉に機動隊は思わず声が出そうになる。

 

「なんでお前らがそんなに焦ってるか当ててやろうか?」

 

 冷たく嘲り笑う。

 その目には一縷の光もない。

 どこまでいっても、深く純粋な闇のみ。

 

「八百万だろ? 大財閥の令嬢の命を万が一にでも失うようなことがあれば、お前ら警察にとって“都合”が悪いもんなァ?」

 

 困惑を隠せない八百万。

 揺れる心。

 それでも血影の言葉は続く。

 

「なァ、オールマイトがいるのにも関わらずヒーロー2人の命が失われた。だから焦ったんだろ? 違うか?」

 

 機動隊の面々は何も答えない。

 ただ静かに、銃口を向ける。

 そのマスクの裏で冷や汗を垂らしながら。

 

「なんでこちらが悪いみたいに言っているんだ」

 

 静寂を破ったのはオールマイトだった。

 

「雄英を襲い、生徒を攫い、そして将来有望な2人のヒーローの命を奪った。───悪いのは君だろブラッド!!!」

 

 隠しきれない怒り。

 オールマイトにもはや笑みはなかった。

 

「お前もだよ、オールマイト」

 

 だが、オールマイトの迫力に血影はまるで怯まない。

 

「お前みたいな奴はどの時代にもいた。実際に力が伴ってる奴を見たのは初めてだけどな」

 

 淡々と、ただ淡々と。

 

「お前みたいに何でもかんでも救おうとする馬鹿がいるから、人は弱くなるんだ。大半の人間はお前に甘えるんだよ。終いには自分で考えることもしなくなる。結果として、俺みたいな奴が生まれちまう。ほとんどの人間はお前みたいにはなれねぇ。できもしねぇのに、全てを救おうとなんてするんじゃねぇよ」

 

 抑揚の無い声。

 だが、その言葉には確かな怒りと憎悪が宿っている。

 血影の脳裏には、自分を見殺しにした全ての人間たちが鮮明に蘇った。

 

 

 その全てが───正義の味方とされる人々だった。

 

 

「はっ、お前らが『夜』に奇襲してきたのがいい証拠じゃねぇか。オールマイトがいるから大丈夫とでも思ったんだろ? それでこのザマさ。───テメェが弱くした結果だよ」

 

「違うッ!! どう理屈をつけようが、命を奪った者が悪いに決まってるだろッ!!」

 

 オールマイトが地を蹴る。

 機動隊の静止の声を聞かず、凄まじい速度で血影へと迫り、拳を振りかぶった。

 

「そりゃテメェはそう言うよなッ!!! オールマイトッ!!!」

 

 血影もそれを拳で迎えうった。

 オールマイトの一発目は空を切った。

 

 

 だがついに───ぶつかった。

 

 

 凄まじいほどの“パワー”が血影を襲う。

 

 

 

 ───デトロイトスマッシュッ!!! 

 

 

 

「ザッけんなよクソがッ!!!」

 

 血影も渾身の力をぶつけた。

 

 何かが爆発したかのような爆音。

 

 凄まじい衝撃と共に、オールマイトと血影は2人とも吹き飛んだ。

 いくつもの建物を突き破り、なお吹き飛び続けた。

 そして、ようやく止まる。

 

「イテェなァ……」

 

 土煙が舞う。

 情報としては知っていたが、オールマイトの力がこれ程だとは思いもしなかった。

 久しぶりに多くの血を吸ったせいで酔っていたかもしれない、と血影は自分自身に呆れた。

 

「相打ち……とは言えねェな」

 

 血影の右腕は───完全に消し飛んでいた。

 大量の血を得たことにより、腕は即座に再生される。

 受けた傷もほとんどが一瞬で癒える。

 そう、夜の吸血鬼はまさしく不死身なのである。

 

「百年以上の時を経て、人一人分の血を吸い、さらには腕を一本犠牲にしてようやく互角。しかもこれで衰えてるだァ? ふざけんなよ……ハァ」

 

 正面からの肉弾戦をするにはさらに血を吸う必要があるな、などと血影が思っていると、

 

「ぼえッ」

 

 ゴポっと、口から黒い液体が溢れた。 

 




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015 次の段階へ。

「ゲホッゲホ……あぁクソ」

 

 吐き気を催すような最悪な気分と共に、次に目を開ければ全く知らない景色が広がっていた。

 どこだここ? 

 それが素直な感想。

 

 だが───その答えはすぐに得ることができた。

 

「やぁ、久しぶりだね」

 

 もはや反射だった。

 その薄気味悪い声を聞いた瞬間、俺は今出せる全ての力をもって地を蹴る。

 

 しかし───

 

 あぁ……癪に障る。

 

 気に食わない。

 

 俺は握った拳をソイツの手前で止めた。

 凄まじい風圧により、後方にあった崩れかけのビルが完全に倒壊した。

 

「なんでよけねぇんだ……? クソ野郎」

 

「君なら分かるだろう?」

 

「……しばらく見ねぇうちに随分イカしたツラになったじゃねぇか」

 

 オールフォーワン、なんて呼ばれているコイツの事が俺は心底嫌いだ。

 マジで殺してやりたいくらいには。

 

 俺が殺すつもりで拳を振るっても、コイツは止めることが分かっていたように避ける素振りさえ見せなかった。

 

 いや、実際にわかっていたんだろう。

 

 そのために……さっさと転移させりゃあいいものをあえて俺をオールマイトと戦わせた。

 奴の脅威を俺に理解させるために。

 ここで俺がコイツと争えば、確実にオールマイトを対処できなくなると理解させるために。

 

 この、全てを支配してると言わんばかりのニヤケ面。

 

 気色悪いったらありゃしねぇ……クタバレ。

 

「オールマイトは強かったかい?」

 

 ほらな。

 得意顔でこんなことを聞いてくる。

 気持ち悪いったらねぇわ。

 

「あぁ……強かったよ。あれで本当に衰えてんのか?」

 

「フフ、衰えているよ。まだここに来ていないのがいい証拠さ」

 

 まだここに来てねぇのがいい証拠だと? 

 10秒も経ってねぇだろ。

 俺は少し辺りを見渡す。

 この場所がだいたいどの辺か分かる。

 バーから数キロは離れている。

 

 いや……あのイカれたパワーがあればいけるんかもな。

 

 驚きはない。

 

「げぇぇ……」

 

 すると、少し遅れて死柄木弔たちが黒い水と共に現れた。

 十中八九このクソ野郎の個性だろう。

 俺の知らない個性だ。

 また増やしたか。

 

「また、失敗したね弔」

 

 突然、コイツは語りかけた。

 親が子にかけるような優しく柔らかい声だ。

 

「でも決してめげてはいけないよ。またやり直せばいい」

 

 ……なるほどなァ。

 いまいち見えなかった死柄木弔とコイツの関係。

 死柄木弔がこのクソ野郎を見る目。

 

 まるで───『ヒーロー』でも見ているようじゃねぇか。

 

 あぁほんと……相変わらずだなクソが。

 胸糞悪ぃ。

 

「いくらでもやり直せる。そのために僕がいるんだよ」

 

 そこで、『オールフォーワン』は俺の方に首を向け、口元だけを歪めて笑った。

 

「それに血影もいる、より安心だ。だから大丈夫だよ、弔。───全ては君の為にある」

 

 目をキラキラと輝かせやがって……。

 勘違いすんな。

 ソイツは絶対にヒーローなんかじゃねぇ。

 って、俺がいくら言ったところでお前は聞きゃしねぇんだろうな。

 

 そうやって、俺が何とも言えない感情を抱いていると───

 

「血影サマァ……!!」

 

 もはや聞き慣れてしまった声と共に、俺の背後から衝撃が加えられた。

 誰かは見なくても分かる。

 トガヒミコだ。

 相変わらず、どういう理屈かコイツの気配は分からない。

 

「離れろ……」

 

 心底鬱陶しいという顔をしながらゆっくりと振り返った。

 だが、ヒミコは離れようとしない。

 それどころか、顔をうずめたままぎゅっと強く抱きしめてくる。

 

「……死んだかと思いました」

 

 吹けば消えそうなほどか細く、震えた声でヒミコは小さく呟いた。

 

「俺は不死身だって言ったろうが」

 

 ずいぶんと懐かれたもんだ、なんて思いながら俺はそう言った。

 今後、コイツをどうするべきか、どうあるべきなのかを考えながら。

 

「許しません……オールマイト。絶対殺します」

 

 はぁ……また物騒なことを言う。

 

 お前はアイツの力を間近で見てなかったのか? 

 

 と、言おうとしたときだった。

 

 空気がひりつく。

 

 全ての感覚が危機を訴える。

 

「やはり……来てるな……」

 

 クソ野郎がそう呟くと同時に俺は空中を見た。

 

 

 ───オールマイトだ。

 

 

 すぐさま俺はヒミコを抱え、地面を蹴る。

 

「全て返してもらうぞ!! オールフォーワン!!」

 

「また僕を殺すか? オールマイト」

 

 オールマイトの拳を、オールフォーワンが受け止める。

 それだけで周りにはとてつもない衝撃が走り、死柄木弔を含めたヴィラン連合の面々が吹き飛ばされた。

 

 俺は離れた場所に着地しヒミコをおろす。

 

「……殺します」

 

 マジで飛び出していきそうなヒミコの首根っこを掴みながら、少しだけ考える。

 

 そう、少しだけだ。

 

 どんなに気に食わなかろうと、どんなに胸糞が悪かろうと、今はあのクソ野郎と協力してオールマイトを殺すべきだと嫌でも分かってしまう。

 

 ……そうだよな、やるべきだよな。

 

 俺はもう、壊すって決めたから。

 

「離してください血影サマっ! これじゃ殺しに行けません……!」

 

 ブンブンとナイフを振り回しながらコイツは何を言っているんだろう。

 

 あの戦いが見えねぇのか? 

 

「これ以上心配かけんな。頼むからじっとしてろ」

 

「……え?」

 

「……は?」

 

 ナイフを振り回す腕が止まった。

 

 まって。

 

 俺……今なんて言った? 

 

「し、心配してくれてるんですかぁ」

 

 溶けるんじゃないかというくらいニヤケきった顔で、ヒミコがキャーキャー言いながら跳びはねる。

 さっきまでの濃厚な殺意はどこへ消えたのやら。

 

 ……心配してるだと……クソったれ。

 

 俺はいつの間にこんなにも情が移ってしまったんだ。

 

「いいからじっとしてろ……」

 

 鉛のようにずっしりとのしかかるこの感情から目を背けるように、俺はオールフォーワンの方を見た。

 まさにその時、オールフォーワンは何らかの個性を使いオールマイトを吹き飛ばした。

 

 凄まじい轟音。

 

 ビルをいくつも貫通し、さらに貫通し、まだ吹き飛ばされていく。

 

「ここは逃げろ弔。その子たちを連れて。───黒霧、皆を逃がすんだ」

 

 オールフォーワンの指先から伸びたそれは、黒霧に突き刺さる。

 すると、どういうわけか『ワープゲート』が発動した。

 

「さあ行け」

 

「先生は……ダメだ!! ダメだダメだ!! 俺、まだ何も……おい、ブラッド!! 先生を助けろ!!」

 

 弔が俺に向かって血を吐くように叫んだ。

 

 

 ───BOOM!! 

 

 

 それをかき消す爆発音。

 

「爆豪さん!!」

 

「わーってるわッ!!」

 

「クッ……これが修羅の道か」

 

 続いて大量の煙幕。

 最悪のタイミングで『魅了』が解けたのだと理解するのに時間はかからなかった。

 辺りを煙が包み、さらに混沌を極めるなか空中へと飛び出す存在がいた。

 

『爆破』の個性を推進力として飛ぶ爆豪。

 いつ創ったのかジェットパックを背負い、同じように飛ぶ八百万。

 そして2人に掴まり、『ダークシャドウ』によって追撃を牽制する常闇である。

 

「全く……すげぇなぁ」

 

 この状況で冷静さを保ち、ここまでのことをわずかな時のなかで計画し実行できる能力。

 しかも考えうる最適解のような気さえする。

 雄英生ってのはどいつもこいつもこんなんなのか? 

 

 その時、希望を打ち砕くようにオールフォーワンの個性が伸びた。

 黒霧に使ったやつだ。

 常闇のダークシャドウが迎撃体制をとる。

 だが、それはオールマイトが殴り飛ばすことで防がれる。

 

 すると、八百万が俺の方を振り返った。

 

 どうすればいいのか自分でも分からないと言いたげな、いろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざったみたいな表情をしていた。

 でもそれは一瞬。

 すぐに前を向いた。

 

「逃がすな!! 遠距離ある奴は!?」

 

「あんたらくっついて!!」

 

「いやそれよかブラッド飛べるんじゃねぇか!? 飛べねぇだろ!!」

 

 マグネたちが慌てている。

 

 でも俺は落ち着いていた。

 それどころか感心してるくらいだ。

 この状況を高校生のガキが抜け出した。

 本当に凄いわ。

 

「追わなくていい」

 

 だから、という訳ではない。

 

「え!? 追わないの!?」

 

「種は植えた。だが、芽吹くのは今じゃねぇってことさ」

 

「か、かっこいいけど意味わからないわ!! もう!! 本当にいいの!? ねぇ、行っちゃうわよ!?」

 

 八百万を迎えるのは今じゃない。

 人の心は急には変わらねぇからな。

 気長に待とう。

 これから少しずつ変えていけばいいさ。

 

 きっと、最後はコチラに来る。

 

「それより今は───」

 

 俺はマグネたちに高速で迫っていたソレに一瞬で距離を詰め、掴み、地面に叩きつけた。

 

「あの時と同じだなジジィ」

 

「グハッ!」

 

 エンデヴァーと出会った時にいたすばしっこいジジィ。

『グラントリノ』とかいう、活動歴がほとんどないヒーローだ。

 だが動きはベテランそのもの。

 

「ヒーローがそろそろくる。お前らは先に行ってろ。心配すんな弔。本当に気に食わんが、俺とソイツでオールマイトは───」

 

「いや、君も行くんだ血影」

 

「……あぁ?」

 

 オールフォーワンが俺の言葉を遮った。

 

「ここは僕一人でいいよ」

 

「何言ってたんだ先生! その身体じゃあんた……」

 

 その瞬間、オールフォーワンがまたしても触手のような個性を使う。

 それは真っ直ぐと伸び、そしてマグネに刺さった。

 

 

 ───『個性強制発動』

 

 

「うっ……ちょ──」

 

 マグネはそのままワープゲートの中に放り投げられた。

 その瞬間、俺の身体が何らかの力で引っ張られるのを感じる。

 マグネの『磁力』だ。

 ただ、ぶっちゃけこの程度は今の俺にとっちゃなんでもない。

 

「え、やーそんな急に来られてもぉ!」

 

 ヴィラン連合の面々がヒミコに向かって引っ張られ、激突、そしてワープゲートの中へと消えた。

 

「ダメだ……ダメだ……先生!!」

 

 死柄木弔は最後まで抵抗していた。

 

 

「弔、君は戦い続けろ」

 

 

 弔が消える瞬間、オールフォーワンはそう言葉をかけた。

 その瞬間、オールマイトが殴りかかってきた。

 だが、オールフォーワンは俺がさっき地面に叩きつけたジジィを盾にすることでなんなく対処してみせた。

 

「さあ、君もいくんだ」

 

「……手を貸してやろうっつってんのに。本当にいらねぇんだな?」

 

「あぁ、これでいい。君は弔のそばにいてあげてくれ。これで安心だ。───安心して、次の段階へ進める」

 

 耳元まで裂けたような気色の悪い笑みを浮かべた。

 ほんと吐き気を催すわ。

 

 コイツの行動には全て意味がある。

 これもまた何かの計画の一部なんだろう。

 あいにく、今の俺にはそれがなんなのか分からない。

 情報が足りなすぎる。

 まあ、興味もねぇけど。

 

 

「あっそ。んじゃまたな。次、俺の前に現れたら───そん時は俺が殺してやるよ」

 

「フフ、次に会うのが楽しみだ」

 

 

 そして俺はワープゲートをくぐった。

 

 

 ++++++++++

 

 

 あぁ、ほんと疲れた……。

 マジで半端なく疲れた……。

 今日だけで50年分くらい働いた気分だわ。

 だからさ、いい加減帰って眠りたいと思ったわけよ。

 

 なのに……なのに…………。

 

「……なんでだクソ野郎」

 

「え、ここお前ん家なの!? スゲェな!! しょぼすぎるぜ!!」

 

 ワープゲートの先が……まさかの俺の部屋だった。

 何でアイツはここ知ってんの……もう最悪……。

 

「おい……! テレビ、テレビつけろ!」

 

「あー、リモコンはどこだブラッド?」

 

 死柄木弔が喚き散らす。

 律儀にリモコンを探すスピナー。

 

「おい、コンプレスこの野郎……テメェ今なにポケットにしまった?」

 

「おっとつい癖で。悪い悪い」

 

 手癖が悪すぎる仮面クソ野郎。

 

「え、ちょっとこの服可愛いじゃない!」

 

「この前、血影サマとショッピング行ったとき買ったのです♪」

 

「キャー、ブラッドとデート!? どうだったのねぇねぇ! 聞かせてちょうだい!」

 

 さっきまで結構やばかったはずなのに、妙に馴染んでるコイツらにため息しかでてこない。

 まあ……もういいや、どうでも。

 今日は疲れすぎた……一旦寝て、それから考えよう。

 

 俺は自室へと向かう。

 

 その時、瞬き一つせずテレビを食い入るように見る弔を横目で見た。

 

 俺はあのクソ野郎の言う『次の段階』ってやつが、少しだけわかったような気がした。

 




お読みいただきありがとうございました。

そして、ありがたいことによもきち様から素敵すぎるファンアートを頂きました。

【挿絵表示】

このクオリティはヤバすぎです。私の作品にはもったいないと感じてしまうほどです。このいろんな闇を見てきた冷たくて血のように赤い目、吸血鬼の象徴と言える牙、病的に白い肌。そしてこのダークな雰囲気。どれをとっても本当に素晴らしいです。宝物です。

【挿絵表示】

また、このゆるくて尊すぎるイラストも頂きました。この尊さはヤバい。破壊力がエグいです。これはショッピングに行く前のシーンですね。トガちゃんが制服以外の服を持っていないので、血影のダボダボな服を借りているのです。尊すぎますよね。キュン死しますよね。そしてこちらのクオリティもほんとにえげつない。改めてよもきち様、素敵すぎるイラストを本当にありがとうございました。これからもいただいたイラストに見合う作品にしていけるよう頑張っていこうと思います。


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