無職転生 - 異世界如何に生きるべきか - (語部創太)
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第1章 幼女期
第一話「もしかしなくても:異世界」


 アニメ見てたら書きたくなってきちゃった。


 2回目の人生をどう生きるか。

 

 まずはそれを決めなければならない。

 お腹が減ったと空腹を親に訴えるために泣き喚きながら、私は考える。

 

「―――・・・――・・――・・」

 

 大慌てで走ってきた金髪の女性が私を見て笑いながら胸部を曝け出す。

 

 おっほ……♪

 

 いや待て落ち着け()。実の母親のおっぱいを見て性的興奮を覚えてる場合じゃないだろ?

 あのド変態極まりない主人公ルーデウスさんですら肉親には性的興奮を覚えなかったというのに、ここで興奮したら()がルーデウスさん以上の変態って証明になってしまうじゃないか。

 

「――――・・――・・ソフィア?」

 

 おっといけない。考え事をしすぎてお腹が減っていたのを忘れるところだった。

 心配そうな顔で()……じゃなかった。私の頭を撫でてくれる母親の乳房に口を近づける。

 

 無心だ無心。私はただの赤ん坊。まだ生理も来ていないし性的知識なんか1つもない。どこにでもいる普通の女の子ですよー。

 

 ……………………ふう。大変おいしゅうございました。いや、変な意味ではなくね? あくまでご飯的な意味での話よ?

 お腹がいっぱいになったら、今度はものすごい眠気が襲ってきた。

 うつらうつらと舟を漕いでいると、また母親が頭を撫でてくれているのを感じる。

 

「―・―・ソフィア」

 

 『ソフィア』。これが私の名前。

 叡智を意味する名前が呼ばれるのを感じながら、私は夢の世界へと旅立っていった。

 

 

 

---

 

 

 

 自分が死んだ時のことは、正直思い出したくない。

 

 高層ビルのガラス窓を清掃するために屋上からハーネスを着けてぶら下がっていたら、途中で落下してしまったのだ。

 使用していたロープがブチブチと千切れる嫌な音が聞こえたと思った時には、もう遅かった。

 

 すでに半分くらいまで降りてきてはいたのだが、元が地上30階を超える超高層建造物。

 地上50mほどの高さから自由落下した人間がどうなるのか……。想像もしたくない。

 

 ただ1つ言えるのは、痛みを感じる間もなく即死だった。それは不幸中の幸いだった。

 ……………………いや、死んだのに幸いもへったくれもないんだけどさ。

 

 

 

---

 

 

 

 転生したと気付いたのは、目覚めた瞬間から。

 見ず知らずの外国人のお姉さんが自分の顔を覗き込んで笑っているのを見て、なんとなく直感的に思ったのが最初。

 

 確信に変わったのは、まともに声が出せなかったのと、どう見てもそれほど力が強くなさそうなお姉さんに抱きかかえられたから。

 

「――――・・――・・・・――」

 

 あと、母親が何言ってんのか分からないのも理由だ。

 そもそもあんな高い所から落ちて、死んでいない方がおかしいんだ。なんで今も息が出来てお腹が減るのか。それは生まれ変わったからって言われた方が納得がいく。

 

「…………っ!」

 

 何もない状態で空中に放り出された時の恐怖を思い出して、身体が震える。『死』を初めて実感したんだ。このトラウマはそう簡単に消えてくれないに違いない。

 

「ソフィア? ――夢――・・大丈夫・」

 

 母親の言葉も少しずつ理解できるようになってきた。ずっと傍にいて、ちょっとでも泣けばすぐ抱いて頭を撫でてくれる母親の優しさが、胸に巣食う恐怖心を溶かしてくれる。

 

 最近は母親のおっぱいを吸ってても興奮しなくなってきた。母性に性的欲求が溶かされたのか、心が前世の男から女の子に変化してきたのか。

 ……どっちにしろ、母親に欲情するなんてとんでもないからな。病気が治った、とでも思っておこう。

 

 転生してからもうすぐ1ヶ月が経とうとしている今になって、それでも私の生き方は決まっていない。

 

 

 

---

 

 

 

 父親がやってきた。

 

 何やら疲れた顔をしてメガネをかけている人だった。

 子ども1人を生んだとは思えない肌のハリと艶を保っている母親に比べて、それなりに老けて見える人だった。

 

 とはいえ、ブサイクというわけではなく。

 理知的で落ち着きのあるダンディーなイケオジって雰囲気をしている人だった。

 母親が明るい黄金色の髪だとすれば、父親は茶色っぽく見える暗い金髪。太陽の当たる所で見るとキラキラ光ってとても綺麗だ。

 

「……ただいま戻りました、ハニー」

「おかえりなさい、ダーリン!」

 

 ふむ、なるほど。

 どうやら母親の名前はハニー、父親の名前はダーリンと言うらしい。

 

 ……………………とか、そんなわけがない。

 

 どうやら私の両親はバカップルらしい。

 母親の腕に抱えられた私のおでこにキスをして、直後に母親と舌まで絡める濃厚なキスをしている父親を見て「うわぁ~……」ってなる。

 そのまま私をいつもの柵付きベッドに寝かしつけて2階に上がっていく両親。

 

 ギシギシアンアン、パンパングチュグチュ。

 

 昼間からおっ始めやがった両親の、漏れるどころか筒抜けの情事の音を聴きながら。

 私はボンヤリと、天井からぶら下がるドラゴンを模したオモチャを眺めて考える。

 

 『叡智』を望まれた私は、今世でどのように生きていくべきか。

 

 

 

 2度目の生を受けてまもなく半年。

 未だ、その結論は出ていない。

 




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第二話「ひょっとして:知ってる異世界」

 ボーッと雲を眺めてたら風邪ひきました。外、寒い。


 『人生、如何に生きるべきか』

 

 これはいったい誰の言葉だったか。

 前世、就職活動に臨む数か月前に聞いたこの言葉。

 どこで聞いたかも今となっては思い出せない。そんな、どこにでもありそうな1文。

 ただ、そんなありふれた言葉が私の短い一生における金言となり、座右の銘にもなった。

 

 清掃業という3Kと言われる仕事に就いたのは、人の役に立ちたかったから。

 人々が営みを生む場所を綺麗にしていく仕事が、尊敬できるものだと思ったから。

 ()もこんな風に、綺麗な場所を作り出してみたいと思ったから。

 

 後悔してない、といえば噓になる。

 取りたい資格もあった。設備管理の仕事もしてみたかった。もっと色んな小説を読んでみたかった。

 長い人生を謳歌できなかったのはとても残念だ。

 でも。それでも。

 

 自分が選んだ仕事を全うした。未熟で、人災を起こした自分だけど。

 自分が進みたいと思う道を進むことが出来た。

 

 だから、前世に対する未練は一切ない。

 私は、胸を張ってそう言い切ることが出来る。

 

 

 

---

 

 

 

 まずは、知らなければならない。

 

 この世界で生きる目的を探すにしても、私はこの世界について何も知らない。

 それに気付くのに半年と少しもかかってしまったのは情けない限りだ。

 

 まず、ここは現代日本ではない。それは確信できる。

 何故なら、文明レベルがまるで違う。

 電気がない。鏡がない。服が化学繊維じゃない。料理に旨味が足りない。灯りは燭台。家は木造建築。

 

 ……両親がめちゃくちゃ貧乏な可能性もあるのかな?

 父親はどうやら出稼ぎみたいだし。

 でも、それだと母親がゆっくり子育てに専念してるのはちょっと不思議な気もするんだよなぁ。

 それに帰ってきてから2人が働いてる様子もないし。最低限の家事と育児を済ませたら、イチャイチャラブラブしてるし。お金がないならそんな余裕ないよね。

 前世が童貞だった私に見せびらかしたいのかな? ムラムラしても身体にそういう兆候がないから自分で慰めることも出来ない私のことも考えてほしい。まったく娘の情操教育に悪影響だとは考えないのかね。

 呪うぞこの野郎。

 

「宮廷魔術師は忙しいのね」

「ですが、もう半月はこちらでゆっくり過ごせますから」

 

……

…………

………………はい?

 

 いま何て言ったのお母さま?

 

 

 

---

 

 

 

 朗報、と言えばいいのか。悲報と言うべきなのか。

 どうやらこの世界は、剣と魔法のファンタジー世界らしい。

 そして私の父は、とある王国の宮廷魔術師と。

 

 魔法大学を卒業する程の秀才らしい。母との出会いも、その魔法大学なのだとか。

 愛に火が付いた2人はそのまま学生結婚。母はあと5年在学予定だった大学を中退して専業主婦になったのだとか。

 

 超がつくエリートじゃん。

 めっちゃ高給取り。本当なら王都に小さな屋敷を構えられるほどの地位とカネを持っているのだとか。

 すごいやダディ。まさに一家の大黒柱だね。

 王都から2日ほど馬で移動した所に我が家を構えたのは、母が静かな暮らしを望んだかららしい。生まれてくる子どもをノビノビ育ててあげたかったんだとか。マムの海より深い愛に私、感激して泣きそう。

 舌足らずながら両親に質問攻めする。せっかくこの世界のことを知る機会が来たんだ。これを活かさずどうする。

 

「きゅーてーまぅーし?」

「そう、宮廷魔術師よ。お父さまは()()()()()王国の宮廷魔術師ってすごい人なんだからね!」

「……お母さまには遠く及びませんけどね。魔法の才能も地頭も、とても敵いませんよ」

「もう! その話はしないって約束でしょ?」

「……そうでした」

 

 待って。ちょっと待って。イチャイチャし始めないで。なんか今、重要な国名が出てきた気がするんだけど?

 

「しーろーん?」

「そう。シーローン王国よ。発音が上手ね~」

 

 ふにゃ~♪ お母さまから頭撫でられるの好き~♪

 

 ……………………違う違う。誤魔化されるところだった。

 え? シーローンって、あの? 某小説に出てくるあの国名?

 いや待て、落ち着け。偶然。そう、偶然の一致って可能性もある。

 

「ほかのくには?」

「他の? 有名なのだと()()()王国とか、()()()神聖国とか。そうそう、お父さまと私が出会ったのは、()()()王国ってところの魔法大学なのよ」

 

 アッハイ。

 

 これ、完全にアレだ。

 『六面世界の物語』。ルーデウス・グレイラットの子孫が世界を救う物語の世界だ。

 




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第三話「結婚の理由」

 男の中の漢が好き。


 レオナ・サンドモールは、宮廷魔術師ジャスティン・サンドモールの妻だ。

 中央大陸の各地を転々とし、紛争地帯で傭兵として生計を立てていたこともある武闘派冒険者。それがレオナだった。

 

 親の顔は知らない。物心ついた時にはミリス教の教会兼孤児院にいた。そこで神父から魔法の基礎を習い、10歳の誕生日直前で孤児院を飛び出し、冒険者として生きていくこととなる。

 その理由についてレオナは多くを語らなかった。しかし、数年後にレオナがいた教会が孤児の奴隷売買によって多量の金銭を蓄えていたとして摘発されたことを鑑みるに、ある程度の事情を推察することは可能だろう。

 

 ラノア魔法大学からの推薦状が届いたのは14歳の時。若いながらに卓越した火魔術と治癒魔術が評価されてのことだった。

 師もおらず、初級までしか習得していなかったレオナの魔法は大学に入学してからわずか2年で大きく成長することとなる。

 火、治癒の両方で上級魔術を習得。その他の系統もほとんど中級まで習得した。唯一、土系統魔術だけは初級までの習得に留まったが。

 

 この調子でいけば卒業までには火聖級どころか火王級魔術師となれるだろう。周囲の期待に後押しされる形で勉学に励んだ。レオナ自身、こうした勉強が楽しいと感じていた。

 元々、生きるために仕方なく冒険者として戦っていた彼女は、生きてきて初めて感じた平穏に心が癒され満たされていくのを感じていた。再び冒険者に戻るというのはとても考えられなくなっていた。

 大人しく気の良い性格は同級生や教師から親しまれ、彼女の学生生活はまさに順風満帆そのものだった。

 

 そんな時。苦手な土系統魔術を勉強しようと師事を願ったのが、5学年上のジャスティン・サンドモールだった。

 

 

 

---

 

 

 

 代々、王国騎士を輩出する貴族の名家サンドモール。その長い歴史の中で唯一、剣よりも魔法の才能があったのがジャスティンだった。

 3人兄弟の末っ子ということもあり、騎士になるという期待をされずに育ったジャスティンは最初、自分が無能なのだと落ち込んでいた。

 

 ジャスティンにとって不幸だったのは、サンドモール家に魔法を習わせるという習慣がなかったこと。

 兄たちと同様に、剣術と座学に励む日々。魔法が使える教師は誰もいなかった。座学はある程度できたものの、剣術では2人の兄に成す術なく叩きのめされる日々。

 過去、サンドモール家の中でも無能とされる男子・女子はいた。その全ては政略結婚のために他家へ嫁いでいった。きっと自分もそうなるのだ。ジャスティンは自分の才能を呪った。

 

 ジャスティンにとって幸いだったのは、サンドモール家に騎士道精神と家族愛が強く根付いていた事だった。

 弱者を弄ることなかれ。国と家は身命を賭して守らなければならない存在である。

 この2点の教えは両親から3兄弟にも受け継がれた。果ては執事・メイドといった使用人にまでその道徳教育は徹底して行われていた。

 

 ジャスティンを見下し馬鹿にするような者はおらず、むしろジャスティンの才能を見出そうと尽力する心優しい者ばかりであった。劣等感に苛まれることもなく、政略結婚も致し方ない、愛する家族の為ならば喜んで入り婿になろうと決心するくらいには、ジャスティンも家族を愛することができた。

 

 

 

 大きな変化があったのは、ジャスティンが10の誕生日を迎えた時。

 サンドモール家で開かれた誕生日パーティー。末っ子ということもあり盛大なモノではなかったが、それでも貴族の催し物となればそれなりの規模になる。

 

 サンドモール領に訪れていた旅芸人の一団も、自分たちの一芸を披露しに屋敷まで訪れていた。

 その中にいた、裏方で演出を担当している魔術師が、こう言ったのだ。

 

「魔術の才覚に秀でており、将来有望なご子息ですな」

 

 そこから数ヶ月後、ジャスティン・サンドモールはラノア魔法大学への留学を命じられる。

 サンドモール家初の魔術師育成の試みは、こうして始まった。

 

 愛する家族から初めて寄せられた期待。希望。サンドモール家をより一層繫栄させるための礎を作る役割。

 何より、自分にないと思っていた才能が存在したこと。

 ジャスティンは努力した。寝る間も惜しんで努力した。あらゆる系統の魔術を学び、研究し、ただひたすら成功を信じて進み続けた。

 

 

 

 そして、挫折した。

 

 

 

 ロキシー・ミグルディア。水聖級魔術を習得した、選ばれし者。ラノア魔法大学の長い歴史でも上位に食い込む天才。

 自分より数学年上の、圧倒的才能を見た。その見識の深さに震えた。研究量でも敗北した。

 

 敵わない。自分では敵わない。

 ロキシーだけではない。大学には、世界中の天才魔術師が集っていた。

 それこそ幼い頃から魔法に触れてきた、魔術師としてのエリート街道を歩む者たち。

 生きるために。戦うために。魔術の研鑽を続けてきた冒険者たち。

 

 負けていた。魔力量も、知識も、経験も。

 

 ジャスティンが不幸だったのは、10になるまで魔術に一切触れていなかったこと。

 後世、稀代の天才『ルーデウス・グレイラット』が発見した魔力量は幼少期にしか伸ばせないという真実。

 しかしこの時代では、魔力量は生まれ持った才能だという常識がある。

 ジャスティンは、魔力量がそこまで多くなかった。

 自分には、魔術の才能もない。ジャスティンは、絶望に打ちひしがれた。

 

 

 

 ならば、歩みを止めるのか?

 否。

 ジャスティンは、努力を続けた。

 

 三日三晩泣き腫らし、自分の非才を呪い、世界を恨み、それでもなお彼は歩みを止めなかった。

 『正義』を願い名付けられた男は、どこまでも実直な漢だった。

 

 ロキシー・ミグルディアが卒業した。

 新しい天才が入学してきた。

 同学年の誰よりも魔力量が少ない。

 

 それがどうした。

 自分が凡才だなんて、最初から分かり切っていた事じゃないか。

 そんな事実の再確認が、俺が歩みを止めて理由になるものか。

 俺は『サンドモール』だぞ。

 

 家族を誇り、期待に応えようとする男はより一層の努力を積み重ねた。

 満足な休息も取らず、満足な食事も取らず。ただひたすら研究と研鑽の日々。

 

 そして辿り着いた。ようやく至ったその境地。

 唱えるは自身の得意系統の聖級魔術。

 7年の研鑽の末に、ようやく体得したその詠唱を叫ぶ。

 辺り一面なにもない砂漠地帯にて、その魔術は花開く。

 努力の汗は結晶に変わり、滲んだ血は形を変えて顕現する。

 

 

 

土聖級魔術『砂嵐(サンドストーム)

 

 

 

 ジャスティンは、砂がかき消えた青空に向かって吠えた。

 その目には、いつか枕を濡らした時とは違う、温かな涙が流れていた。

 そして、記念すべき歓喜の瞬間に立ち会った1人の少女は、16歳にして初恋を知った。

 

 

 

---

 

 

 

 3年後、レオナ・サンドモールの途中退学を惜しむ者は多かった。

 遠くシーローン王国で専業主婦になると聞き、その才能をもったいないと嘆く者も少なくなかった。

 しかし、そんなレオナに火聖級魔術を教授した1人の教師は、書類に埋もれてペンを走らせながらこう言った。

 

「それが彼女の選んだ道なら、私が出来るのは背中を押してあげることだけです」

 

 数年前、弟子とケンカ別れした時とはまるで別人のような対応に、周囲は大層驚いたそうだ。

 2人の師弟は、師匠がその生涯を終えるその時まで、互いに文通を続けていたという。

 

 

 

---

 

 

 

「ソフィアちゃ~ん。べろべろば~!」

「キャー!!」

 

 義理の父と自分の娘が庭で楽しそうに遊んでいるのを見て、レオナは微笑む。

 横を見れば、自分と同じように柔らかい笑みを浮かべている愛しい人の顔が見える。

 

「どうしました?」

「……幸せだなって」

「……そうですね」

 

 出会った時、目の下に絶えなかった真っ黒な隈は綺麗さっぱりなくなっている。

 年齢の割に老けている顔は、大学10年間で彼が積み重ねてきた努力の成果だ。

 

「おとーさま! おかーさま!」

「あらあら、髪にたくさん葉っぱをつけちゃって」

 

 胸に飛び込んできた愛する娘の頭を撫でながら、夫と目を合わせる。

 自然と溢れ出てくる笑顔と、胸いっぱいに広がる幸福。

 

 半生に渡って求め続けた場所に辿り着いた喜びを、彼女は満面の笑みで表現した。

 




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第四話「決意」

 真面目で堅物な男ほど、好きな人や愛する家族が出来たらデレッデレになると思う。


 転生して半年と少しが経った。

 

 ここが『無職転生 - 異世界行ったら本気出す - 』の世界だということは分かった。

 小説の内容を一言一句すべて覚えてるわけじゃないけど、だいたいの世界観や歴史、設定なんかは覚えてる。

 お父さまとお母さま――ジャスティンとレオナの出会いなどの昔話も聞くことが出来た。感動しすぎてちょっと泣いた。そしたらお腹が減ったと勘違いされてご飯が出てきた。

 

 この世界がどういう世界なのか。そして今ここがどこなのか。それが分かっただけでも大きな進歩と言えるだろう。

 じゃあ次に何をするか。それはズバリ、当初の予定通り『どう生きるか』を考えること――では、ない。

 

 まずは選択肢を増やそう。私はそう考えた。

 この世界を生きる上で必要なこと。それは剣と魔法、そして読み書きや算術といった教養だ。

 とにかく出来ることは全部、好き嫌いなくなんでもやらなくちゃいけない。

 

 得意不得意はあるだろうけど、それを知るためにもとりあえず一通りやってみなくちゃいけない。

 自分の長所を見極めて、それから生きる道を選べば良い。

 最初から焦りすぎたことを反省して、私は勉学に励むことにした。

 

 

 

---

 

 

 

 ということでやってきましたのは書斎。お父さまの自室だ。

 

「ぱーぱー」

「おやソフィア。どうしたんだい?」

 

 ハイハイしながら書斎に入ると、しかめっ面をしながら分厚い書物を読んでいるお父さまがパッと笑顔になった。

 笑顔というか、もうデレデレしてる。どうやら娘が可愛くてしょうがないみたいだ。

 ……フフーン! まあ美人のお母さまの血を受け継ぐ私が可愛いってのは当然ですけどね?

 まだ短いながらも生えている私の髪は、お母さまに似て明るい黄金色らしい。「将来はハニーに似た美人になるね」「やだダーリンそんな美人だなんて……」と話しながら2階に上がってギシギシアンアンやってるバカップルの片割れが、私の目の前にいる。

 

「おはなしー」

「はいはい。今日はなんの本を読もうか?」

 

 可愛らしくおねだりすれば、お父さまが私を膝の上に座らせて本を読んでくれる。チョロいもんだぜ。

 書斎には数十冊の本が置いてあり、子供向けのおとぎ話が書いてある本もあるらしかった。

 まずは読み書きを覚えよう。そう思った私は毎日お父さまにおねだりして、本の読み聞かせをしてもらってるわけだ。

 

 お父さまも文字を覚えさせようとしてくれているのか、ちゃんと読んでいる箇所を指差してくれる。

 おかげでこの半月で、文章を読むのは問題ないレベルまで習得できたと思う。書くのは……ペンがまともに握れないからしょうがないね。もう少し成長したら練習しよう。

 前世では字が汚かったし、今世では綺麗な文字を書けるように努力しよう、うん。

 字が汚い女の子なんて需要ないからね。

 

「じゃあ今日はこれを読もうか」

 

 そう言ってお父さまが本棚から取り出したのは、手帳くらいの厚さの本。

 表紙には『転移の迷宮探索記』。

 

 ……………………ゼニス・グレイラットが捕らえられ、救出に向かったパウロ・グレイラットが死亡する場所だ。

 

 

 

---

 

 

 

「――――ァ? ――フィア。ソフィア?」

「っ!?」

 

 パッと顔を上げると、心配そうな顔をしたお父さまがいた。

 

「どうしたんだい? 気分でも悪いのかい?」

 

 自分で自分の顔を触ってみると、ビッショリと汗をかいていた。身体中の水分が抜け出たみたいで、脱水症状の前触れみたくクラクラする。

 

「のど、かわいた」

「じゃあ、読み聞かせはこのくらいにしてお水を飲みに行こうか」

 

 この本はまだ早かったか。そう呟いて『転移の迷宮探索記』を本棚に戻すお父さま。どこに戻したかを見て確認しておく。

 

「…………ぱぱ?」

「なんだい?」

 

 私を抱きかかえるお父さまに質問をぶつけてみる。

 

「もし、ぱぱの、ぱぱとままがいなくなっちゃったら、かなしい?」

「……………………さっきのお話で、不安になっちゃったのかな?」

 

 驚きに目を見張るお父さま。幼児の突拍子もない質問だったけど、難しい顔で少し唸った後、ちゃんと答えてくれた。

 

「……そうだね。パパの家族がいなくなったら。それがママでも、ソフィアでも。

 おじいさまでも、おばあさまでも。そして兄上たちでも。

 パパはすごく。すっごく悲しくなると思う」

 

 でも。だからこそ。そう言って私の目を見るお父さまの瞳は、決意の炎で燃えていた。

 

「そうならないために、パパは頑張ってるんだよ」

「…………そっか」

「うん」

「ぱぱ、だいすきー!」

「パパも、ソフィアのこと大好きだよー!」

 

 自分の不安を押し隠すように、お父さまとギューッてした。

 

 

 

---

 

 

 

 そうだよね。家族がいなくなったら悲しいよね。それが仲の良い家族だったら、なおさらそうだよ。

 なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう。

 

 過去に未練がない? そんなわけないじゃん。

 ()の就職が決まった時に笑顔で祝ってくれた父さん、母さん。毎日3人で囲んだ食卓。

 学校で嫌なことがあって泣いて帰ってきても笑って慰めてくれた。どう解決したらいいか教えるだけじゃなくて一緒に考えてくれた。

 

 こっちの両親と同じくらい()のことを愛してくれた両親のことを、なんで忘れていたんだろう。

 ()が死んだと聞いて、どう思ったんだろう。どんな表情を浮かべたんだろう。

 親より先に死ぬ。そんな最大の親不孝をどうして見逃していたんだろう。

 

 もし()が、父さんが死んだって聞いたら。母さんが目の前で廃人のようになったら。

 泣き喚くだろう。嘘だって叫ぶ。現実を認めなくて自暴自棄になる。愛する家族を失うってのは、そういうことだ。

 

 ルーデウス・グレイラットは、それを体験することになる。

 自分を庇ったパウロが死に。救ったゼニスは物言わぬ人形に。

 それでも、彼は乗り越える。ロキシー・ミグルディアに慰められて。

 シルフィエット。ノルン。アイシャ。リーリャ。エリス。

 愛する家族、大切な友人たちと共に幸せを掴む。ガムシャラに努力して、自らの手で掴み取る。

 

 すごい、すごいよルーデウス。

 異世界行ったら本気出すとか、前世でニートだとか。そんなの関係ない。

 誰かのために努力して、挫折を経験して、それでも進んで、最後には報われる。

 そんな主人公。だから()はこの物語が好きだったんだ。

 

 …………転移の迷宮。

 それは、ルーデウスの生涯で最大の失敗。パウロは死ぬ。

 ルーデウスが一生背負っていかなくちゃならない罪の意識。

 それでも幸せだったんだろう。最期には満足できたんだろう。

 でも。たった1つ。それさえなければ、ルーデウスはもっと幸せになれたはずなんだ。

 

 サンドモール家。家訓は「家族愛」。

 だったら、私が取るべき道は1つだ。

 

 今世こそ、親不孝をしないこと。

 長生きして、魔術師として大成する。お父さまとお母さまが自慢に思えるような娘になる。

 

 そして、ルーデウスや両親みたいな暖かい家庭を作る!

 ……………………には、男と結婚とかその先の、そういう諸々をしなくちゃいけないんだけど。

 

 イケメンだったらワンチャン……いや、無理だな。男の裸とかそそり立つ肉棒なんて、見ただけでオエッてなる自信がある。

 やっぱり女の子だな。女の子とイチャラブして幸せな家庭を築いていくことにしよう。

 

 跡取りは、いずれ産まれてくる弟か妹に任せる。他力本願だけど仕方ないね。

 

 

 

---

 

 

 

 さて。

 生きる目標が決まったなら、次はそれに向けて努力しなくちゃいけない。

 

「……ねえ、ぱぱ?」

「どうしたんだい、ソフィア」

 

 お水を飲ませてもらいながら、お父さまをジッと見つめる。これぞ必殺、娘の上目づかい! 効果、パパはなんでも言うことを聞く!

 

「まほう、べんきょうしたい!」

 

 おねだりすれば、大抵のことはヨシ! って言ってくれる。お父さまが娘にダダ甘なのはこの半月で確認済みよ!

 

「う~ん…………」

 

 あら、感触悪くない?

 ひょっとして上目づかい失敗した? 邪心が出ちゃったかな。

 

「教えてあげたいのは山々なんだけど、パパはもうすぐお仕事に行かないとだからねぇ」

 

 

 

 そういえば言ってましたね、そんなこと。

 




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第五話「失敗」

 TS要素、少ない。
 もっと増やしたい。
 頑張る。


 お父さまが王都へと発った。

 次の帰宅は半年後になるらしい。

 可愛い娘のおねだり「魔法を教えてほしい」は、その半年後までお預けされることに――

 

「それじゃあママが教えるわ!」

 

 ――ならなかった。

 

 そうだよ。よく考えたらお母さまも火聖級魔術を扱えるくらいすごい人じゃん。

 しかも専業主婦。いつでも私と一緒にいる何よりの教師だ。

 

「まま、だいすきー!」

「あぁ! ソフィア!?」

 

 すまんね、お父さま。子どもってのは現金なものなんだ。

 もちろん、お父さまも大好きだからそんなに落ち込まないでよ?

 

 

 

---

 

 

 

 トボトボと肩を落として王都まで出稼ぎに行くお父さまを見送った翌日から、お母さまを先生とした魔法の勉強は始まった。

 

 最初にお母さまが持ってきたのは『魔術教本』。本編でもルーデウスが魔術を覚えるきっかけになった書籍だ。

 お母さまは魔法大学の恩師から1冊譲り受けたらしい。それまでの冒険者時代は独学で戦っていたとか。すごい(小並感)。

 

 ペラペラと紙を捲りお母さまが開いたページ。そこに書かれていたのは火属性の初級魔術『火球弾(ファイアボール)』。

 その詠唱文を指差してお母さまは読み上げる。

 

「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、

 勇猛なる灯火の熱さを今ここに、ファイアボール」

 

 開け放たれた窓から、真っ赤な火の弾が飛び出していった。

 

「おおっ!」

 

 初めて目にする魔法に、思わず感嘆の声が漏れる。窓に駆け寄って火の弾を探せば、庭の池に当たってジュウッ……と鎮火するところだった。

 すごいすごいと興奮して大はしゃぎする私を見てお母さまは嬉しそうに笑った。

 

「ソフィアもすぐ出来るようになるわよ」

 

 マジで! こんなカッコいい魔術がすぐに出来るようになるんですかやったー!

 やる気に満ち溢れた私は見よう見まねでお母さまと同じように手を構えて詠唱文を読み上げた。

 

「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、

 勇猛なる灯火の熱さを今ここに、ファイアボール!」

 

 

 

 ――プスッ

 

 

 

「……………………」

「……………………」

 

 焦げ臭い煙が出た。

 

「……もう1回、やってみましょうか!」

「う、うん!」

 

 もう一度、詠唱文を口にする。

 また煙が出た。

 

 もう1回、詠唱する。

 またまた煙。

 

 もう1回詠唱。

 やっぱり煙。

 

 詠唱。煙。詠唱、煙。詠唱、煙。詠唱、煙、詠唱……

 

 とうとう、何も出なくなった。

 何も出ない右手を見た瞬間、私は意識を手放した。

 

「そ、ソフィア!?」

 

 ごめんママ。ソフィアは疲れた。

 

 

 

---

 

 

 

 ……………………センス、なくない?

 

 起きて朝日が昇っているのを確認して、私はちょこっと絶望した。

 【悲報】魔術の素質がないかもしれない件について

 スレ立てしちゃうよ。ネットの世界に現実逃避しちゃう。

 

 なんて冗談はさておいて。

 

 なんで魔法が発現しなかったのか。原因を考えよう。

 曲がりなりにも聖級魔術師の2人から産まれた子どもが一切魔術を使えないなんてことはない。と、信じたい……。

 とにかく、素質の問題で片付けるには早すぎる。もっと他の可能性を考えた方が良い。

 絶望するのはそれからだ。

 

 あ、そうそう。倒れた理由については見当が付いてる。

 たぶん単純な魔力切れ。これは悪くない。むしろ成長のためには良い。

 幼少期に魔力を使えば使うほど魔力の総量は増えていく、だったはず。

 だからこれについては特に心配はいらない。

 お母さまには心配かけちゃったけどね。

 

 たしかルーデウスはこう分析していたはずだ。

 魔術を持続させるには集中力が必要だ、と。

 詠唱は魔術を自動化してくれるだけ。無詠唱とは車のマニュアルとオートマ程度の違いだと。

 つまり、私には集中力が足りなかったということになる。

 

 ……詠唱すれば発動するはずの魔術が発動しないほど集中力がない私っていったい。

 いや、たぶん発動はしてるはず。

 ただ維持させようと思ってない。すぐに発射させようとしてるから、炎として完全に形になる前に消えて煙しか出てないように見えるってだけ……のはずだ。

 

 たぶんたぶんで予想の範疇を出ないのが歯がゆい。

 ルーデウスが無詠唱で魔術をバンバン使ってたから、魔術の詠唱の仕組みをよく覚えてないんだよね。

 けど、とりあえず試してみれば分かるか。

 

 よし、集中してみよう。

 私は柵付きベッドで座禅を組んだ。

 正確には、まだ手足も短い赤ん坊なのでそれっぽい座り方をしただけだ。

 

「スゥ…………フゥ…………」

 

 深く深呼吸を繰り返す。

 足の先。心臓。頭。身体のあらゆる箇所から、まっすぐ伸ばした右手に力のような何かを移動させていく。

 ゆっくり。ゆっくり。深呼吸のリズムに合わせて、ゆっくりと移動させる。

 火。火の弾。お母さまが出したみたいなすごいの。熱くて、水を蒸発させるくらい熱い、そんな火の弾。

 右腕から右手のひらに、熱い何かが集まっていく感覚。

手のひらから零れそうなくらい目一杯に溜めて……溜めて……溜めて……ここ!

 

「――フッ!」

 

 息を吐き出すタイミングで右手に集まった力を前方に射出する!

 

 ボウッ!

 

 出た! 火だ! お母さまと同じ、真っ赤な火の弾が出た!

 

 ボワアッ!!

 

「にょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 柵が! ベッドの柵が燃えたぁ!?

 

「いったい何事ぉ!?」

 

 お母さま、助けてぇ!?

 

 

 

---

 

 

 

 家の中で火の魔術なんか使ったら、そりゃ燃えるに決まってるわな。

 

「ごめんねソフィア。教える魔術を間違えちゃったわね」

 

 なぜかお母さまが私に謝ってる。悪いことしたのは私のはずなのに、お母さまが悲しそうな顔してるのはおかしい。

 

「ごめんなさい、まま……」

「ソフィアは何も悪くないのよ」

 

 頭をナデナデしてくれる。最初はお母さまが得意なのと同じ魔法を覚えてほしかったんだって。

 でもそれより先に、火がどれだけ危険か教えておくべきだったって。

 ……………………いや、私の前世ぇ。

 火が危ないなんて常識じゃん。社会人も経験してるくせにそんなことも分からないのか私は。

 

 魔術が使えるからって後先考えず行動した結果だよ。まったく『叡智』の名前を授かっておいてこの体たらく、自分で自分が情けないよ。

 一から十まで全部私が悪かった事故じゃん。お母さまが責任を感じる必要はないよ。

 私の前世がどうとか言っても信じてもらえないしそれを伝える術がないんだけどさ。

 

 とりあえず「ママは悪くないよ」って頭を撫で返しておいた。

 

 

 

 鼻水がデロンデロンになるくらい泣かれた。なんでや。

 あ~ぁ、せっかくの美人がもったいないなぁ。




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第六話「マセガキ」

 ストック切れた(絶望)。


 ジャスティン──お父さまが帰ってくる。

 お母さまが手紙を見て嬉しそうに教えてくれた。

 宮廷魔術師のお父さまが王都に出発してから半年が経った。

 私がお母さまから魔術を教わり始めてから半年が経ったということでもある。

 

 気付けば、この世界に産まれて1年が経っていた。

 

 

 

---

 

 

 

「……ただいま戻りました、ハニー」

「おかえりなさい、ダーリン!」

「パパ、おかえり!」

「ソフィアも、ただいま……」

 

 疲れきった顔をしていたお父さまが、お母さまと私を見てホッと安心したような笑顔を浮かべた。どうやら宮廷魔術師って仕事は、そうとう疲弊するらしい。

 メガネの下に真っ黒な隈を見つけたお母さまが宮廷のお偉いさんたちに怒鳴り込みそうなほど立腹してらっしゃる。愛しのダーリンをコキ使うとは何事か! ってものすごい剣幕だ。フフッ、怖い。

 

 お父さまが必死に宥めて何とか抑えてる。ギューッと抱き締めて耳元で「愛してる」なんて囁いちゃって、まぁプレイボーイなパパだこと。

 今度は違う意味で顔を真っ赤にしてるお母さまをお姫様抱っこしてそのまま2階へ──

 

 あるぇ? パパ、ママ、娘のこと忘れてない?

 いやまあ、ここで水を差すほど無粋ではないつもりだけど? こうも綺麗サッパリ忘れられてると、さすがに私もちょっと不機嫌になったりしちゃったりですね。

 まあいいや。私は1人寂しく魔術の練習でもしてましょうかね。

 

 

 

 ……………………ほほぅ。いつもはキリッとしてカッコイイお母さまが、あんな蕩けた顔で喘ぐなんてねぇ。

 お父さまも、インテリ系な見た目に反して意外と肉食なのね。

 

 えっ嘘、そんなところまで舐めちゃうの?

 うわぁ、いくらなんでもそれは……いや、お母さまめっちゃ気持ち良さそうにしてる。

 アレ本当に気持ちいいの? ひょっとして私の両親の性癖、歪んでない?

 

 …………そろそろ終わり、かな?

 いや~、ええもん見せてもろた。頑張って自力で歩けるようになっといて良かった。

 階段を上がるのは死ぬほど疲れたけど、眼福となる光景が見れて俺は大満足だよ。

 両親がこれだけイチャイチャしてるんだし、もうすぐ弟か妹が産まれてもおかしくないな。

 できれば妹が良いな。むさ苦しい男を見るより可愛い女の子見てた方が目の保養になるし。

 

 というわけで、思う存分ハッスルしてくれたまえよ。我が両親。

 

「――――ァン♪ まだするのぉ?」

「すいません。半年間、ずっと我慢していたもので」

 

 ……………………いや、別に今じゃなくてもいいんだよ?

 ソフィア、そろそろ魔術教えてほしいなー、なんて。

 

 

 

---

 

 

 

 さて。

 火聖級魔術師であるお母さまから半年間に及ぶ教育を受けた私の、輝かしい成果をお見せしよう!

 

 まず火系統の魔術。初級を習得。

 自分のベッド燃やしかけた時から教えてもらえず。

 トラウマになってしまったのか、お母さまから「絶対に火の魔術は使っちゃダメ!」って言いつけられてる。

 小さな子どもが安易に使ったら、うっかり自分の身体を燃やして死んじゃうかもしれないからね。

 仕方ない。これは事故を起こした自分が悪いと思って諦めよう。

 …………せめて、5歳になる前くらいには中級を教わりたいなぁ。

 

 次に水系統の魔術。初級を習得。

 火系統の次に覚えたのが『水弾(ウォーターボール)』だった。

 これでも前世はお掃除屋さんだからね。

 毎日のように水と洗剤を使ってたから頭の中にイメージするのは簡単だった。

 ちょっと油断すると高圧洗浄機みたいに指から勢いよく水が噴射される。『弾』というか『ビーム』みたいになってる。

 最近は暑くなってきたので、冷涼感を取るためと魔術制御の練習を兼ねて、作った『水弾』を凍らせる練習をしてる。

 

 風系統魔術、土系統魔術。どちらも習得できず。

 頭の中でイメージしようとしても、全然形にならないんだよね。

 詠唱すれば発現はするけど、その後に発射するまでの間でかき消えちゃう。

 理由として考えられるのは、ずっと家に引きこもってたから。

 風は窓を開けた時に多少感じる程度だし、土はほとんど触ってない。

 そもそも土って掃除する時は「汚れ」として認識してたから、わざわざその「汚れ」を創り出そうって気にならないんだよね。

 

 風系統の魔術は外で遊ぶお年頃になれば習得できるかもしれないけど、土魔術はひょっとしたら習得そのものが難しいかもしれない。

 まあ、これは性分というか才能だと思って諦めよう。

 ひょっとしたら何かのきっかけで使えるようになるかもしれないしね。

 『()()()()()』だよ、うん。

 

 

 

---

 

 

 

「――イタッ」

 

 書斎で読み書きを練習している最中、目の前に座っているお父さまが声を漏らした。

 ペンを止めて顔を上げると、指から血を流してしかめ面をしている。

 

「けが?」

「紙の端で軽く切っちゃってね」

「だいじょーぶ?」

「うん。すぐ治るよ」

 

 治療魔術でも使うのかね。魔術ってホント便利。

 ……そうだ。試しに私も治癒魔術を使ってみようかな。

 お母さまが使ってるのは何度か見たことあるけど、自分で使ったことはないんだよね。

 あの人、割とおっちょこちょいだから料理中に指を切っちゃうことがあるんだけど、その度にすぐ『ヒーリング』唱えて治しちゃうんだよね。

 最初は心配してたけど、最近はもう「また怪我したのか」としか思わなくなっちゃった。

 

 思い立ったが何とやら。お父さまの指に向かって手を伸ばす。

 えーっと、なんだったかな。詠唱文忘れちゃった。

 まあいいや。なんか適当に唱えてムムムーッて力を籠めればいいでしょ。

 失敗しても子どものおまじないってことにしちゃおう。

 

「いたいのいたいの、とんでけー」

 

 なんか出来た。

 伸ばした手が光ったと思ったら、お父さまの指に薄くついていた切り傷が綺麗に塞がった。

 

「治癒魔術? いや、詠唱が全然違うような……」

 

 やっべ。

 お父さまが難しそうな顔でウンウン唸り始めた。

 なんか適当にやったら出来ちゃいましたー、なんて言えない。

 

「……………………エヘッ!」

 

 とりあえず、笑って誤魔化そう。

 

「ソフィアは優しくていい子だねー!」

 

 誤魔化せちゃったよ。

 

 鼻の下を伸ばして私の頭をよしよし撫でてくるお父さまはその後、娘に嫉妬した奥さんに引きずられて2階にある愛の巣へと消えていった。

 いやホント、元気すぎない私の両親?




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第七話「祖父の襲来」

 明日の投稿は無理そうです。
 会議……やだ……誰か代わって……。


 早いもので、この世界に来てもうすぐ3年になろうとしていた。

 

 とりあえず四系統の初級魔術は習得できた。

 屋内で中級以上の魔術を使うとルーデウスみたいに壁に穴が開く。

 かといって外出しようとするとお母さまが必死の形相で止めてくる。

 なんでや。

 私、別に前世で引きこもりじゃないから外に出ても良いのよ?

 

「ダメよ! 危ない人に攫われたらどうするの!」

 

 アッハイ。

 ということで、今日もおとなしく家で魔術の練習。

 せっかくなので、ただ魔力を使い切るのではなく魔力操作の練習もすることにした。

 

 水弾を、大きくしたり小さくしたり。

 桶を離れたところにおいて的当てしたり。

 矢や剣みたいな形にしてみたり。

 冷やして氷にしてみたり。

 喉が渇いたら手に作った水を魔力操作だけで口に運んだり。

 

「オゴボォ!」

 

 勢いが強すぎて溺れかけた。

 とまあ、何回か失敗したけど。

 数ヶ月練習して、だいぶ慣れてきた。

 

 火は禁止されてるし、土は汚れるのがヤダ。

 風は目に見えなくて操作しにくいので、とりあえず水で魔力操作の練習をする。

 そしたら、それを見ていたお母さまがこう言った。

 

「ソフィアは水系統が得意なのね」

「そーなんだ」

「じゃあ、中級魔術の練習をしましょうか」

 

 家の壁に穴を開けるおつもりですか、お母さま。

 

 

 

---

 

 

 

 お父さまが帰ってくるらしい。

 ニコニコと上機嫌なお母さまと一緒に手紙を読む。

 

 「もしかしたら客人を連れていくかもしれない」?

 誰だろう。宮廷魔術師の同僚さんかな。

 …………ひょっとしてロキシーだったりして!

 原作キャラ――それもメインキャラと対面できたら、嬉しさのあまりダンスしちゃう!

 

 なんてね。ロキシーがシーローン王国の宮廷魔術師になるのはしばらく先のはずだし、今はルーデウスの家庭教師をしてる時期じゃないかな。

 なんで分かるかっていうと甲龍歴に当てはめて推測してるんだけど──っと、玄関から声が聞こえる。

 お父さまが帰ってきたかな?

 

 歴史の勉強を中断して椅子から飛び降りる。

 お出迎えしようと思い玄関にポテポテ走っていくと、お父さまの他に見たことない筋骨隆々の中年男性がいた。

 

「……ただいま戻りまs」

「愛しの孫娘よ! おじいちゃんが来たぞぉ!!」

 

 おもいっきり抱き上げられた。

 え、いや誰? お会いしたことありましたっけ?

 困惑しながらお母さまを見ると、苦笑いを浮かべている。

 

「お義父様、お久しぶりです」

 

 …………これ、私のおじいちゃん?

 ジャスティンと似てなさすぎじゃない?

 

 

 

---

 

 

 

 サンドモール家当主カイロスは、剣神流と北神流の上級を修めたシーローン王国でも名の知られた剣士だ。

 

 その気性は豪胆にして実直。

 戦場では華々しい戦果を上げ、一時期はとある王子の親衛隊の一員として尽力したこともある。

 周囲の期待以上に結果を出し続けたことが評価されて現国王パルテンから勲章を授与される。

 まさに『男の中の男』『騎士とはかくあるべき』と評される人物。

 現在の職は将軍。王都で新兵を指導・教育する任に就いている。以前は国境付近での守護任務に就いており、後にクーデターを起こすジェイド将軍と出会った。両者は時折酒を呑み交わすほど懇意にしている。

 

 というのが、『カイロス・サンドモール』ことおじいさまのことらしい。

 はえ~、すごい人なんですねぇ。

 とても、孫娘にデレデレして頬ずりしてる人と同一人物とは思えない。

 

「ソフィアちゃんは可愛いでちゅねぇ~」

 

 うん。やっぱりお父さまの父親だ。

 鼻の下を伸ばしてる顔がそっくりだもん。

 筋骨隆々の体育会系と、メガネをかけて細身のインテリ系。

 タイプはまったく違うけど、よく見れば柔らかい目元や笑った時にできるえくぼの位置が同じだ。

 

 それにしても、なんと締まりのない顔か。いくら孫だからってそんなニヤけるほど可愛いかね。

 前世の祖父祖母だってそんなにデレデレしてなかったと思うんだけど。

 あとヒゲが痛い。蓄えて整えて立派になるまで育てた自慢のヒゲなんだろうけど、頬ずりされるとモサモサするわチクチクするわで痛いからやだ。

 

「おヒゲ、やー!」

「な…………なん、だと!?」

 

 あんまり頬ずりがしつこいもんだから抵抗したら、この世の終わりみたいな顔をされた。

 

「ワシの、威厳溢れる自慢のヒゲが……」

「まあまあ、子どもの言うことですから」

 

 お父さまが苦笑しながら慰めてる。

 その…………ゴメン。そんな落ち込むとは思ってなかったんだ。

 ただちょっとチクチクして嫌だなーってだけで。

 だから、そんな床に両手を着いて嘆かなくても……。

 

 仕方ない。ここは可愛い孫娘として、おじいさまを癒して差し上げなければなるまい。

 原因はお前だろとか言ってはいけない。

 えー、では。お父さまを骨抜きにしてお母さまを嫉妬させたこともあるこの魅惑のロリボイスで1つ。

 恥ずかしいから、今回は特別だよ? おじいさま。

 

「じいじ、だいしゅきー♪」

「天国はここにあった」

「お義父様!?」

「戻ってきてください! まだ旅立つには早すぎるでしょう!」

 

 ……………………効果抜群すぎた。

 

 

 

---

 

 

 

「ソフィア。お勉強の成果を見せてほしいんだ」

 

 お父さまが、いつになく真剣な顔で私に頼みごとをしてきた。

 勉強の成果? 別に構わないけど。

 というか、いつも帰ってきたら自分から見せに行ってる気がする。褒めて褒めてーって感じで。

 お父さまに頭を撫でられるの、気持ち良くて好きなんだよね。

 

 最近はお母さまと一緒に手紙も書いてるし、何が出来るようになって何が苦手かはお父さまも把握してるはず……。

 いや、そうか。やっぱり娘の成長は自分の目で確かめたいんだ。

 普段なかなか一緒にいられないしね。たまの休みに帰ってきた時くらいはいっぱい褒めてあげたいってところか。

 

 まあ? ソフィアちゃんは天才ですから? お父さまにいーっぱい褒められることもやぶさかではないというか?

 しょうがないなぁ! そこまで言うなら私の成長を見せてしんぜよう!

 

「うん! がんばる!」

「それじゃ、ちょっと外に出ようか」

 

 

 

---

 

 

 

 はぇ~、空気が美味しい。

 なんだかんだ、ずっと家の中にいたから外に出たのはこれが初めてだ。

 うん。雨上がりだということもあってか、土と草の匂いがする。

 ここにカビ臭さがあったら高圧洗浄機振り回して汚れを削り落としに行くんだけど。

 臭いって感じはしなくて、気分がスゥーッと爽やかになるような心地よい匂いだった。

 

 おじいさまと一緒の馬に乗りながら辺りを見回す。

 それこそアニメやマンガであるような、昔の農村って感じの風景がそこにはあった。

 とはいっても、畑に作物が実ってる様子はない。

 たしか今はまだ寒い季節で作物が育ちにくいから、もっと暖かくなってから植えるんだってこの前お母さまから教わった。

 

「へぶちゅっ!」

「おぉ、冷えるのか? ならこれを羽織るといい」

「じいじ、ありがとー」

 

 ふと感じた肌寒さにくしゃみするとおじいさまが羽織っていた外套を私にかけてくれる。頭までスッポリくるまって、てるてる坊主みたいだ。

 

「似あう?」

「おぉ、ソフィアはなんでも似合うとも!」

 

 うーんこの親バカ。いや祖父バカ? そんな風に褒められたら調子に乗っちゃうよ?

 イェーイ、ソフィアちゃんカワイイヤッター!

 

「――ここら辺でいいでしょう」

 

 別の馬に乗っていたお父さまが止まる。

 ちなみにお母さまもお父さまと同じ馬に乗っていた。

 2人で「昔を思い出すね」なんてイチャイチャしてたの知ってるからな? 相変わらずアッツアツなことで。

 

 馬から降ろされたのは、何もない平原。村からちょっとした丘を1つ超えるほど離れた場所だ。

 

「ソフィア。これを使って」

 

 お母さまから渡されたのは、いつも魔術の練習中に使ってる杖。お母さまが冒険者時代に使ってたモノだ。

 …………? なんかお母さま、少し緊張してる?

 変なの。練習の成果を披露するのは私なのに。

 教えてきた先生として、生徒がちゃんと力を発揮できるか心配なのかな?

 大丈夫! ソフィアは強い子ですよ。ちゃんと普段通りの実力をみせつけてやりますとも。

 

「それじゃぁソフィア。準備が出来たら、自分が使うだけの魔術を放つんだ」

「はい!」

 

 おじいさまは腕組みをして。

 お父さまはお母さまの肩を抱きながら。

 お母さまは不安そうに両手を胸の前で組みながら。

 

 私が魔術を使う瞬間を待っている。

 大きく深呼吸をする。前世の祖父祖母が住んでた田舎みたいな、自然の香りをお腹いっぱいに吸い込む。

 緊張は無し。

 やる気は満タン!

 

「――行きます!」

 

 両親に、そして初めて会ったおじいさまにカッコイイところを見せてやる!

 私は思いっきり、空に向かって杖を振り上げた。

 

 

 

---

 

 

 

 その日。村近く、王都までの街道を歩いていた行商人。

 彼は、後日王都で会った友人たちにこう言った。

 

「通り雨が止んだと思い、荷物に被せていた雨避けの布を外した。

 そうしたら、今度は大嵐がやってきたもんだから積み荷がビショビショに濡れてしまった」

「でも、大嵐だったのは数分だけ。

 すぐに雲が晴れて、あの雨はなんだったのかというくらいの快晴。

 まるで何かに化かされたような、不思議な体験だったよ」

 




 感想と評価いっぱいくれてありがとうございます!

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第八話「才能の片鱗」

 あああああああ花粉症ああああああああ!!!!!


---カイロス視点---

 

 

 

 カイロス・サンドモールは不機嫌だった。

 

 息子のジャスティンがラノア魔法大学を卒業してからもうすぐ4年が経とうとしている。

 サンドモール家初の宮廷魔術師として素晴らしい仕事ぶりをしているのは、王宮内の知人から聞き及んでいる。

 

 魔術の才能があると知らなかった幼少期には、2人の兄に木剣で叩きのめされるジャスティンを見て不憫に思ったものだ。

 ならば軍師としての道もある。そう思い勉学に励ませてみたものの、成績は並み程度。

 

 ジャスティンが10歳になるまで。

 どこぞの魔術師に言われるまで。

 その才能に気付かず。

 その苦悩と努力に報いることが出来なかった。

 

 ラノアに行かせた時も、あんな頼りなく細い身体で大丈夫かと心配したものだ。

 たまに届く手紙を読んでは、ラノアまで飛んでいって抱き締めてやりたい衝動に刈られていた。

 

 しかし、10年の時を経て帰ってきた息子は頼りがいのある一人前になっていた。

 妻となる女性も連れてきて、子どもも作った。

 宮廷魔術師として大活躍している。

 

 剣術などなくとも。

 騎士になんぞならなくとも。

 ジャスティンはどこに出しても誇らしい、自慢の息子となっていた。

 

 立派に育った息子を見て、カイロスは後悔した。

 思えば、ジャスティンにはなかなか父親としての愛情を注げてやれなかった。

 

 甘えたい年頃にも関わらず、必死になって剣術の自主鍛練に励み、机にかじりついて勉学に勤しんでいた。

 それもこれも、ジャスティンの才能を見抜けずノビノビ育ててやれなかった父親の責任だ。

 

 そう、だからこそ。

 10歳まで誉めてやれなかったからこそ。

 その後10年も会えていなかったからこそ。

 

 もっと親としての愛情を注いでやればいい。

 酒を呑み交わし、腹を割って話し、息子の悩みには手を貸してやりたい。

 これからは、父親らしくジャスティンの傍にいてやりたい。

 

 もちろんジャスティンだけではない。

 義理の娘にも愛情を注ごう。

 産まれが孤児だなんてことは関係ない。

 もう彼女も我が家族の一員なのだから。

 

 そして産まれてくる孫にも。

 魔術の才能に恵まれているのか。

 それとも剣術か。

 はたまた、もっと違う何かの才能か。

 今度こそは間違えない。

 祖父として、一家の長として、孫が順風満帆な人生を歩めるように手助けしてやろう。

 

 あぁ、楽しみだ。新しい家族たちと暮らすのが楽しみで夜も眠れない。

 そう、期待に胸を膨らませていたというのに。

 

「なぜ会えぬ!? 早く連れてこんか!」

「……まだ長旅に耐えられる年齢ではありませんゆえ」

「ほんの数日だけ馬に揺られることの何が長旅か!?」

 

 孫娘が産まれてもうすぐ3年。

 息子が孫に会わせてくれない。

 カイロスは激怒した。

 

 

 

---

 

 

 

「父上。ソフィアは天才かもしれません」

「……ほう? 今度は何が出来るようになったんだ?」

 

 ジャスティンが、満面の気色悪い笑みを浮かべて話しかけてきた。

 手紙が来る度、嬉しそうに妻と娘のことを話すジャスティン。

 その中でも今回は格別に嬉しそうな様子で報告してきた。

 

「なんと水系統の上級魔術まで習得したそうです!

 家の壁が半分なくなったと書いてあります!」

 

 大丈夫なのかそれは。

 カイロスは我が耳と息子の神経を疑った。

 上級魔術ともなれば、危険度A級の魔物すら一撃で屠ることが可能な攻撃ではないか。

 そんなものを屋内で練習させて、万が一の事故でも起こったらどうするつもりか。

 

 そもそも義娘のレオナは母親として止めなかったのか。

 というか孫娘も家の外に出してやれば良いものを。

 そろそろ遊びたい盛りだろうに。

 

「そんな、外で遊ばせて何かあったら危ないじゃないですか!」

 

 家で上級魔術ぶっ放すのは危なくないのか。

 息子の基準が分からずカイロスは唸った。

 

 唸ったついでに、閃いた。

 

「……そうだな。3歳で上級魔術まで使えるというなら、一度見てその実力のほどを確かめねばなるまい」

「ダメですよ。呼びませんよ」

「たわけ。ワシの方から出向くに決まっておろう」

 

 ジャスティンが、キョトンとした顔を浮かべた。

 簡単な話だったのだ。向こうが来れないならこちらから会いに行く。

 どうしてこんな単純なことが思い付かなかったのか。カイロスはこの3年間の苦悩を悔やんだ。

 

「し、しかし父上。お仕事の方は──」

「あんな雑務、他の奴に任せておけば良い!」

 

 この男、新人騎士の教育を雑務と言い放ちやがった。

 

「そして本当に魔術の才覚があるというなら、王都まで連れてくる!

 教育はより早いうちからより良いものをだ!」

「ちょっと待ってください!?

 ソフィアに長旅は早すぎます!

 それに道中で賊にでも襲われたらどうするんですか!」

「王都周辺で賊など出るものか!

 もし出てもサンドモール家が誇る護衛部隊を付けるから心配はいらん!」

「そもそも教育だって聖級魔術師のレオナが教えてるんだから問題ありません!」

「いや、教師が1人では価値観が凝り固まる。ならば複数の家庭教師を付けて多角的な視野を養った方が良い!」

 

 この息子にしてこの父あり。

 ああ言えばこう言う。

 頑固一徹はサンドモール家の血筋である証拠だ。

 

 かくして、決闘が始まった。

 絶対にソフィアを外に出したくない過保護すぎる息子と、絶対に孫娘と一緒に暮らしたい強欲な父親の大喧嘩である。

 

 これが、後世に伝わらなかった事件『サンドモール家の激闘』だ。

 

 

 

 

 

 

---ジャスティン視点---

 

 

 

 ジャスティンは嘆いた。

 父に勝てない己の無力さを嘆いた。

 妻の願いである「静かな場所で慎ましくも幸せな生活」を叶えられない絶望に泣いた。

 

 ついでに筋肉馬鹿のクソ親父を呪った。

 あんにゃろう、いつかギッタンギッタンのメッタメタに叩きのめしてやるからな。

 クールな風貌とは裏腹に、超が付くほどの負けず嫌い。それがジャスティン・サンドモールという男だった。

 

 負けたジャスティンは、泣く泣く妻と娘に手紙を送った。

 

「ワシが行くってことはソフィアには内緒にしておけよ。

 孫の驚き喜ぶ顔が目に浮かぶわい!」

 

 アンタまだ孫に会ったことないだろ。

 心の中でツッコミを入れつつ、ソフィアが読む用とレオナが読む用の2枚の手紙をしたためた。

 

 そして1週間後。

 ジャスティンは、愛しい妻と娘が待つ我が家へ帰るために王都を出発した。

 …………両手いっぱいの手土産を抱えたカイロスと共に。

 

 

 

 

 

 

---レオナ視点---

 

 

 

 「父がソフィアの魔術習得の成果を見たいと言っています。」

 

 その文章を読んで、レオナの胸に不安が込み上げてきた。

 

 孤児である自分が貴族に嫁入りしたという負い目は、この4年間ずっとレオナの心を蝕んでいた。

 魔法大学で恋に落ち、その相手が貴族だった。

 小説の世界だったらどれだけ素晴らしいことだろうか。

 

 しかしこれは現実。身分違いの恋愛は悲哀に変わるというのをレオナはよく知っている。

 きっとサンドモール家の人たちはこう思っているに違いない。

 

「末息子を誑かした娼婦」

「厚顔無恥で身の程知らず」

 

 それはレオナの思い込みであり、サンドモール家の人々はむしろ義理の娘・妹が出来たと大喜びしているのだが、もちろんレオナはそのことを知らない。

 

 わざわざお義父様が足を運ぶ。

 それはつまり、私がちゃんと母親として娘を育てられているか見定めるだ。

 ソフィアの魔術の習得度を測るのはあくまでもついで。

 何かしら貴族の嫁らしからぬ点を探して厳しく糾弾してくるに違いない。

 

 それだけならいい。

 もし本当にソフィアが魔術の才能に恵まれていると分かれば、きっと王都で育てようと言い出すに違いない。

 不出来な妻と引き離して本家の恵まれた環境で教育していこうと言うに決まっている。

 そうなればきっと自分は用済み。どこへなりと消えてしまえ、と縁を切られてしまうに違いない。

 冒険者になんか戻れない。傭兵なんてもっての外。あんな殺伐とした戦場に戻りたくはない。

  愛する夫と娘と引き離されたら、一度知ってしまった安らぎと幸せを失ったら、自分はもう生きていけない……………………。

 

 レオナは思い込みが激しい性格だった。

 そしてその思い込みが中途半端に当たっているのがまた、質が悪かった。

 

「おかーさま?」

「大丈夫よソフィア! どれだけ離れ離れになっても、ママの心はずっと貴女の傍にいるからね!」

「???」

 

 コテンと首を傾げる愛娘を抱きしめて、レオナは涙を流した。

 

(えっなに!? ママ死ぬの!?)

 

 母の必死の形相を見て、ソフィアは愕然とした。

 

 

 

---

 

 

 

 カイロスが訪ねてきた。

 レオナは心中の不安を隠そうとしたが、夫のジャスティンにはすぐ看破されてしまった。

 

「ハニーの心配した通りにはなりませんよ」

 

 どれだけ慰められても。

 どれだけ甘い言葉を囁かれても。

 あれだけ待ち望んだはずの口づけであっても。

 レオナの胸に立ち込めた暗雲が晴れることはなかった。

 

 そうこうしているうちに、目的地の草原に着いた。着いてしまった。

 道中、ソフィアは初めて会った祖父カイロスと笑いながらおしゃべりしていた。

 自分が最も警戒している相手に懐いてしまった愛娘の姿を見て、レオナはショックを受けた。

 

 一方のジャスティンは、祖父と愛娘が仲良さげなのを見て嫉妬の炎に燃えていた。

 今なら俺も火聖級魔術師になれるぞ、と言わんばかりに憎しみの籠る瞳であった。

 そんないつになく余裕のない夫の様子を見てレオナの不安は加速した。

 

 いよいよ始まる。

 持っていた杖をソフィアに渡しながら思う。

 どうか失敗してくれと。

 

 才能なんかなくたっていい。

 魔術なんか使えなくたっていい。

 ただ穏やかに、幸せに暮らしたいだけなんだ。

 この王都から少し離れた場所で、慎ましく生きていこう。

 

 そういう思いを込めて、ソフィアに杖を渡す。

 失敗を願う自分が母親失格であると分かっていても。

 どうか願わずにはいられなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 1つ。2つ。鼻から吸って、口から吐く。

 大きく深呼吸を繰り返していたわずか3歳の少女は、瞑っていた両目をカッと見開いた。

 

「――行きます!」

 

 祖父は願う。成功を。

 父は願う。安全を。

 母は願う。失敗を。

 

 そんな大人たちの思惑を振り切るように。

 まだ舌足らずで子ども特有の甲高い声で、呪文の詠唱を始める。

 

「……『雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!』」

 

 そんな馬鹿な。

 ジャスティンは驚愕に目を見張った。

 すぐさま横にいる妻を見る。

 しかし、その妻も同じく驚愕の表情を浮かべながら首を横に振るばかりだ。

 

 

「『我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!』」

 

 なおも続く詠唱。

 ざわつく風の音。

 何故? レオナは困惑する。

 何故その呪文を知っているの?

 私もジャスティンも、教えたことは1回もない。

 魔術教本にだって、各系統の上級魔術しか載ってない。

 なのに、何故?

 

 なんで聖級魔術を詠唱できるの!?

 

「『神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!』」

 

 ほぅ。

 カイロスは自慢の顎髭を撫でた。

 風が泣き喚き、迫りくる濁流の気配を感じる。

 なるほど。これは息子が自慢するわけだ。

 ほんの幼子が天変地異を引き起こそうとしている。

 その常識外れた光景に、カイロスはただただ感嘆のため息をついた。

 

「『ああ、雨よ!』」

 

 ソフィアは必死に杖を握る。

 うろ覚えながら必死に手繰り寄せた記憶の糸。

 自分の大好きだった水色の髪の少女が使っていた、あの魔術を。

 制御不能で大暴れしそうになる魔力を、懸命に抑える。

 抑えて、形作って、想像して、創造する。

 

 解き放つ瞬間は、今! この瞬間!

 

「『全てを押しにゃがし――!

 

 ……

 …………

 ………………

 ……………………

 …………………………噛んだ。

 

「――きゅむろにんばすぅ!!」

 

 強引に言った!!

 

 

 

 次の瞬間、大嵐が4人を襲った。

 

「ギョエエエエエエエエエエエエエエ!?

 つ、積み荷がああああああああああ!?」

 

 運悪く通りかかった行商人も襲った。

 

 

 

---

 

 

 

 水聖級魔術『豪雷積層雲』。

 

 ソフィアの唱えたそれは、厳密には失敗した。

 持続時間はわずか数十秒。

 規模も小さく、本来の聖級魔術には到底及ばない。

 

 それは『豪雷積層雲』を実際に目にしたことがあるジャスティンとレオナにもよく分かっていた。

 ジャスティンの先輩ロキシーには遠く及ばず。

 レオナの師である魔法大学の水聖級魔術師とは、比べるのもおこがましい。

 

 だが。それでも。

 「わずか3歳の少女が積乱雲を発現させた」という事実は、魔術師の歴史を紐解いても前例がない。

 ましてや自分たちの娘がその規格外のことをやってのけたのだ。

 親としては誇らしく。

 魔術師としては末恐ろしい。

 自分たちの予想をはるかに上回る才能を目にして、おしどり夫婦は思考停止状態にあった。

 

「……………………ふむ」

 

 カイロスが唸る。

 驚愕を隠そうともしない、いや隠せない2人の聖級魔術師がハッと我に返る。

 

「ジャスティンよ」

「は、はい……」

 

 先ほどまでの暗雲立ち込める空とは一転、雲1つない晴れ渡った青空を見上げ、カイロスは決断した。

 

「この子を王都に連れていく」

 

 魔力を使い果たした幼女は、青空の下で立ったまま白目を剥いて気絶していた。

 




 あまりにも目がかゆいので皮膚科行ってきます。

 あと、今朝見たら日間ランキングに載っててビックリしました。
 評価、感想ありがとうございます。
 引き続き感想、評価、ご指摘などお待ちしております。

- 追記 -

 コレジャナイ感がすごいので、大幅に書き直すかもしれないです。
 ご迷惑お掛けして申し訳ありません。
 文才が欲しい(切実)。


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間話「サンドモール家屋敷のとある朝」

 無職転生のマンガ全巻買っちゃった!!

 紙で4巻までしか買ってなかったので、思い切ってkindle版で買い揃えちゃいました。
 ~ロキシーだって本気です~の方も買ったので、じっくり読み進めていこうと思います。


「やばいやばいやばい!!」

 

 『アメリア』は大いに焦っていた。

 シーローン王国の辺境の男爵の娘である自分が、同じ国の名門貴族サンドモール家に仕える侍女――メイドとして働き始めてもうすぐ1ヶ月が経とうとしている、そんなある日。

 朝起きたらすでに日が昇り始めていたのだ。

 

 メイドの朝は早い。

 太陽が昇る前には目を覚まし、主たちが起床する前に館内の清掃を済ませることが、1日のうちで最初の仕事となる。

 特にサンドモール家は武人の家系ということもあり早起きする人間が多く、当主カイロスなどはまだ薄暗いうちから庭に出て自己鍛錬に励む。

 だからこそ、サンドモール家の執事やメイドといった使用人たちは何が何でもカイロスが起きてくるまでに清掃を済ませようと躍起になっている。

 ……今のところ、それが成功したことは数えるほどしかないが。

 カイロス様、頼むからもっと寝ていてください。

 全使用人の切実な願いは、今日も届かない。

 

 とにもかくにも。

 使用人が寝坊なんて言語道断。

 寝坊には減給や、最悪の場合には解雇といった厳しい処罰が与えられる。

 

 アメリアは寝坊した。

 大慌てで身支度を整え廊下を全力疾走する。

 同室のメイドはなぜか自分を起こさずに出勤していた。

 疑問に思ったが、切羽詰まった事態はその疑問に思考する時間を奪っていく。

 ひたすらに走る。髪を振り乱しながら静まり返った廊下を駆け続ける。

 

「廊下を走るんじゃありません!」

「す、すいません!?」

 

 突然の怒号に慌てて止まる。

 目の前に仁王立ちで立ち塞がっているのは、アメリアが神と魔物の次に恐れるメイド長『グレース』だった。

 

「さて、遅刻した理由を聞きましょうか?」

「寝過ごしました! 申し訳ありません!」

 

 いつもより2オクターブほど低い声と問いかけに、顔を青ざめさせながら頭を下げる。

 眉間に皺を寄せていたグレースは、数秒ほどアメリアを睨みつけた後、呆れたようにため息を漏らした。

 

「…………このことに対するお話は後でにします。

 とにかく今は朝の仕事をこなしてください」

「は、はい!」

 

 終わった。

 アメリアは絶望した。

 「お話」とはつまりそういうことに他ならなかった。

 

 この1ヶ月頑張って働いてきたのに、たった1回の失敗ですべてが水の泡だ。

 父の顔を思い出す。昔良くしてくれたカイロス様の下で働けるように頼みこんでくれた父のことを。

 せっかく行儀見習いとしての仕事を取ってきてくれたのに、たった1ヶ月でクビになってごめんなさい。

 ワタシはなんて親不孝な娘なんだろう。

 

「廊下の窓サッシを全部拭きあげてください。急いで!」

「はいぃ!!」

 

 大慌てでバケツと雑巾を手に取る。

 ひぃぃぃぃんっと情けない声が漏れそうだったが歯を食いしばって耐える。

 

「私もお手伝いしていいですかっ!」

「ええ、そうですね。時間がありませんからお願いします」

「はいっ!」

 

 どうやらメイド仲間も手伝ってくれるらしい。

 どこかフニャフニャした可愛らしい声とグレースが指示を出す厳格な声を聞きながら、アメリアは必死でサッシを拭き続ける。

 

「このぞーきん、借りますね!」

「ひゃい! お願いしましゅ!」

 

 バケツから雑巾を取っていく小さな影を目の端で視認して――――

 

「…………あれ?」

 

 ふと思う。あんな()()()()()の使用人、この屋敷にいただろうかと。

 

「そういえば、貴女は持ち場の作業を終わらせた、ん……です、よね?」

 

 グレースが振り返る。

 アメリアは隣を見る。

 そして2人は驚きに目を見開いた。

 

「えっしょ……えっしょ……」

 

 ほんの小さな幼女が、踏み台に乗って窓サッシを拭いていた。

 

 

 

「何やってるんですか、()()()()様!?」

 

 

 

 グレースの悲鳴が、早朝の廊下に響いた。

 あまりの衝撃に、アメリアは泡を吹いて倒れた。

 

 

 

---

 

 

 

 自室にて、ソフィアは不貞腐れていた。

 早起きして屋敷の掃除を手伝おうとしたら、雑巾を取り上げられて自室に放り込まれたのだ。

 

「あー!! 掃除がしたいぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 元清掃業者の血が騒ぐ。

 落ち着かなかった。

 家ではレオナが全部してしまうので自分では出来なかった。

 

 大きな屋敷ならどれだけでも人手が欲しいはず。

 そう思ってグレースに許可を取ったのに、すぐ手のひら返しで「手伝いはいらない」と拒否されてしまった。

 3K業界を生き抜いてきた――死んだけど――男(幼女)は、自分が必要とされていないことがストレスだった。

 

 …………ダメなものは仕方ない。

 諦めのため息をついて、ソフィアは窓を開けた。

 部屋の換気をしつつ、着替える。

 掃除する気満々で着た汚れてもいい服から、カイロスに買ってもらった貴族らしい服に。

 

 そして姿見の鏡の前に立つ。

 軽くしなをつくりポーズを取る。

 写し出されたのは、太陽の光に反射して煌めく金髪を持つ美少女。

 

「……………………フヘッ」

 

 イヤらしい笑みが漏れた。

 この可愛らしい幼女が自分だと思うと、ドヤ顔で誰彼かまわず自慢してやりたい気持ちが湧きあがってくる。

 前世では醜く恋人の1人も出来なかった男は、美少女に産んでくれた両親に感謝した。

 

 そろそろ朝食が出来る頃だろう。

 さっきまで不貞腐れていたのは何だったのか。

 少女は上機嫌で鼻歌を歌いつつ、軽い足取りで部屋を出ていった。

 

 

 

---

 

 

 

 主たちが食事を摂っている間に、使用人たちは各寝室内を清掃する。

 グレースとアメリアは今日担当だったソフィアの部屋に入り、またしても腰を抜かすことになる。

 

 埃1つない室内。

 綺麗に整頓された私物。

 まだ3歳の子どもなら、部屋を散らかして当たり前。その常識を打ち砕く室内。

 

 屋敷内の誰の私室よりも綺麗なのではないか。

 この屋敷に迎え入れられてまだ数日とはいえ、群を抜いて綺麗な室内にグレースは言いようのない薄気味悪さを感じた。

 

「はぇえ……アイテッ!」

 

 気が抜けた声を出したアメリアの尻を強く叩きながら、グレースはため息をついた。

 2人は部屋のどこにも手を付けず退室。他の部屋を清掃しているメイドの応援に向かった。

 

 

 

 ちなみに。

 着ていた服を自分で洗濯担当のところまで持って行ったソフィアは、食事の席で貴族の立ち居振る舞いについてお小言を頂戴することになった。

 




 ☆10評価!?( ゚Д゚)いいんですか!?

 いただいた高評価に見合う作品になるよう頑張ります。
 感想、評価、ご指摘などお待ちしております。


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第二章 ???
第九話「メイドの弁舌」


 肩凝った。目が疲れた。
 kindle版のマンガ読むためとはいえ、長時間PCの前に座るもんじゃないね。スマホで読もう。

 ……………………寝ながら見てたら、顔面にスマホ落ちてきた。


 城壁をくぐると、そこは大都会であった。

 

 なんて、昔の文豪みたいに言ってみたけど。

 見上げるほどの城壁を通り過ぎれば、雑踏と喧騒が待っていた。

 大荷物を馬車に乗せた商人。

 呼び込みをしている宿屋や食事処の店員。

 中でも多かったのが、武装した人。

 

 冒険者だ。

 そういえば、シーローン王国の周辺には迷宮が多いんだっけ。

 ロキシーも宮廷魔術師になったきっかけは迷宮を踏破したからだったし。

 

 一口に冒険者と言ってもいろんな人がいる。

 武器屋の前で値札と睨めっこしてる人もいれば、昼間からアルコール臭い息でガハハと笑ってる人。

 可愛い宿屋の店員に声をかけられて鼻の下を伸ばしてる若いお兄ちゃんもいる。

 

「…………ソフィア?」

 

 どうしたのお母さま。手が震えてるよ?

 膝の上に乗せた私をギュッと抱きしめるお母さま。

 うーん。私が聖級魔術を失敗した辺りから、ずっとお母さまの顔色が良くないんだよねぇ。

 

 ……………………まさか失望された?

 あれだけ教えたのに聖級魔術を使えないなんてって思われてるんじゃないだろうか。

 

 いやいやいや、まさかそんなわけないよね。

 聖級魔術の習得がどれだけ難しいかって1番分かってるのはお父さまとお母さまだろうし。

 ルーデウスが規格外だっただけで、そもそも3歳で上級魔術が使える時点で私も相当すごいと自負してる。

 そのルーデウスだって聖級魔術を覚えたのは5歳。私にはあと2年残ってるし、それまでには確実に覚えてやりますよ!

 

「……ねえ、ソフィア?」

「なーに? おかーさま」

「『豪雷積層雲』の詠唱文なんて、どこで覚えたの?」

 

 あっ。

 

 

 

---

 

 

 

 あぶねぇぇぇぇぇ!

 危うく()の秘密がバレるところだった!!

 

 冷や汗ダラッダラだよもう。背中がグッチョリ濡れてて気持ち悪い。

 いや違うんですよ。魔術の詠唱ってこう、めちゃくちゃカッコイイじゃないですか。

 練習しちゃうんですよ。お風呂場とか自室とかでこう、シャワーヘッドやシャーペンを杖に見立てて高らかと魔術の詠唱をうわああああああああああ!!!!

 

 高校生で中二病発症してた黒歴史の扉を開くところだった。危ない危ない。

 この記憶は墓場まで持ってこう、うん。永久に思い出しちゃいけない記憶だ。

 

 それでも詠唱文を思い出すのは大変だった。

 あれでもないこれでもないって必死に記憶の引き出しを開け続けて、何とか思い出した。

 ……………………噛んだけどね。

 噛んだけどね!

 チクショウ!

 

「きっと書斎の机上に置いてあった私の手記を見たんでしょう」

 

 お父さまがそう言ってくれたおかげで難を逃れた。

 というかお父さま、水聖級魔術の詠唱文なんてメモしてたのか。

 いずれ使えるようになりたいとかかな。

 ……ひょっとして、意外と野心家だったりする?

 

 というか、そうか。

 魔術の詠唱がメモされている手記か。

 見たいな。是非とも読ませてもらいたい。

 原作で明らかになってない詠唱文とか結構あるんだよね。

 作品の1ファンとしてはそういうの知りたいなーなんて思ったりしちゃったり。

 

「――着いたぞ!

 今日からココがお前たちの我が家だ!」

 

 おじいさまが声を張り上げた。

 お父さまのカバンをこっそり漁れないか狙ってたら、目的地に着いちゃったらしい。

 チッ、手記探しはまた今度にしておくか。

 内心で舌打ちをしながら、新しい家を見ようと馬車から外に顔を出す。

 

「…………おっきい」

 

 えっ、想像してたよりも大豪邸じゃん。

 よく例えで東京ドーム何個分ってあるけど、これは少なくとも1個分以上ありそうな大きさだ。

 ここ王都でしょ。そこにこんな大豪邸構えるってどんな大貴族だよ。

 

 ……もしかして、サンドモール家ってすごいの?

 

 お屋敷の中にドナドナされながら、私は実家のすごさに呆然としていた。

 

 

 

---

 

 

 

 サンドモール家の屋敷で暮らすことになって数日が過ぎた。

 自分の寝室として使うようにあてがわれた部屋は、前の家のリビング以上に広かった。

 ちなみにお父さまとお母さまの寝室は一緒らしい。

 これからは半年に半月どころか毎日一緒にいるんだし、こりゃ弟か妹ができる可能性もますます高くなったな。やったぜ。

 

 この数日、ちょっと忙しなかった。

 貴族の礼節を勉強させられたり。

 服の寸法を測られたり。

 お掃除させてもらえなかったり。

 

 おかげで全然魔術の勉強が出来てない。

 毎日がちっとも楽しくない。

 そもそもなんで王都まで連れてこられたのかもよく分かってない。

 でもそんなのも今日で終わり。

 

  何故なら今日は従兄の10歳の誕生日を祝うパーティだからだ!

 

 サンドモール家が治める領地に住んでいる従兄が、10歳を迎えるのを機に王都の学校に通う。

 それに併せて領地ではなく王都で誕生日パーティを開いて同年代の貴族子息・令嬢と人脈を作ろうってことらしい。

 で、私もそのパーティに出席しなくちゃいけないから急遽、礼儀作法とか諸々やらなくちゃいけなくなったってわけだ。

 

 もうすでにこの屋敷に来てるらしいんだけど、私は未だに会ったことがないんだよね。

  …………会ったことない人の誕生日パーティに出席するって、なんか気まずくない?

 挨拶くらいする機会はあったと思うんだけど、お互いに何かと忙しかったからか顔どころか名前すら知らない。

 

 おじいさまだったら「これから共に暮らす家族なんだから云々」って無理やりにでも時間を作って会わせようとするはずなんだけど……。

 まあおじいさまも忙しかったのかもしれないしね。

 細かいことは気にしない気にしない。

 

 とにかくパーティに出るからには、私も貴族令嬢らしい格好をしないといけない。

 今まで私が着てたのはどちらかといえば庶民的な服装らしくて、

 パーティに出るにはいわゆるドレスを着なくちゃいけないらしい。

 採寸されてたのは大急ぎでドレスを作る為だったとか。

 

 ……………………そう、ドレスだ。

 ドレスということはつまり――

 実物を見た瞬間、俺の顔が引きつるのを感じた。

 

「やだ!」

「そんなこと言わないでくださいよぅ、お嬢様ぁ」

「絶対にやだ!」

 

 冗談じゃない。

 ドレスなんか着てられるか!

 ()はこんなところから逃げるぞ、ジョ〇ョォ!

 やってやる。家出してやる!

 

「きっとお似合いですよ? カイロス様も喜ぶと思います」

「イ・ヤ・ダ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

---

 

 

 

 女の身体に産まれたからには、貴族の仲間入りをしたからには。

 いずれはそういう格好をするってことは分かっていた。

 分かっていたけど、了承したとは言っていない。

 頭では理解していたけど、心では納得できていなかった。

 

 思えば不思議と、3歳になる今までスカートではなくずっとズボンを履いていた。

 お母さまもズボン姿だったから、違和感が全然なかった。

 そもそもこの屋敷に来て最初におじいさまからもらった貴族らしい服もズボンだったし。

 

 今にして思えばアレは男装ってやつなんだろう。

 本当なら貴族のお坊ちゃんが着るような服。

 私がずっとズボンを履いていたからそういう格好が好きだっておじいさまが勘違いしたに違いない。

 正確には、好きというより「スカートを履く」って発想がなかっただけなんだけど。

 

 あとは、私が貴族として暮らしてなかったというのもあるだろう。

 いきなり貴族になれって言われてもそう簡単に変えられるものじゃない。

 徐々に慣らしていけばいい。そう判断されたのかもしれない。

 

 まあ庶民がスカート履いてないってことではないと思うけど。

 原作でも女性キャラは基本的にスカート姿だったし。

 いや、シルフィエットはズボン履いてたっけ*1

 前世でも、昔は馬に乗る男性がスカート履いてたって話も本で読んだことがある。

 性別に関わらず服装の自由があるってのはいいね。

 今の()には自由がないけど。

 

 とにかく。

 屋敷内だけなら寛大な心で許されていた我が儘だったが、

 公の場に出るからには男装で押し通すってのはさすがに無理らしい。

 サンドモール家全体の評価にも関わってくるとかなんとか。

 

「じゃあもうパーティ出ない!」

「ダメですよ! カイロス様とグレースさんに叱られちゃうじゃないですか! 私が!」

 

 自分の保身のためにスカート履けと申すかキサマ!

 私は恨みを込めて目の前のメイド――『アメリア』さんを睨んだ。

 

 掃除を手伝おうとした時に知り合ったアメリアさん。

 ホワホワした雰囲気とどこか抜けている所が、()()()()()()()()()人。

 廊下ですれ違ったりした時に話しかけてたら、いつのまにか私専属のメイドさんになってた。

 

 そのメイドさんがドレスとかいう凶器を手に持ち、私ににじり寄ってくる。

 やめろこっちに来るな離れろ変態、()をどうするつもりだ。

 

「や、雇い主の言うことは聞くもんじゃないの!?」

「私を雇ってくれてるのはお嬢様ではなくカイロス様なのでー」

「ムキー!」

 

 無駄に大きいベッドの周囲をグルグルグルグル。

 アメリアさんと対角線上になるようにポジションを取る。

 この攻防を何回繰り返したんだろう。

 

 やがてアメリアさんが諦めたようにため息を漏らした。

 よし! 私の勝利――

 

「カイロス様も悲しむでしょうねー。

 せっかく孫娘のためを思って用意したドレスを着てくれないんですからー」

「――ウグッ」

 

 そ、それを言われると……。

 ニコニコ笑って色々とお菓子やオモチャをくれたおじいさまの顔を思い出す。

 本当に家族のことが好きなんだろうなって感じるくらい優しいおじいちゃん。

 たまに自慢のムキムキな筋肉を見せびらかしてくるおじいちゃん。

 …………おえっ。

 思い出したらちょっと気持ち悪くなってきた。

 

「ジャスティン様やレオナ様だって、娘の晴れ姿を見るの楽しみにしてるはずなのになー」

「むぐぐっ」

 

 前世の両親を思い出す。

 ランドセルを初めて背負った時。初めて学ランに袖を通した時。就職が決まった時。

 子どもの晴れ姿を拝めて本当に嬉しそうだった両親の笑顔を。

 

「まあでも?

 他でもないソフィアお嬢様が?

 着たくないんでしたら?

 しょうがないですよねー?」

「着るよ! 着ればいいんでしょ!?」

 

 卑怯だぞアメリアー!

 ニヤリと悪い笑顔を浮かべたメイドを見て私は評価を改めた。

 

 コイツはお母さまと全然違う!! 意地悪だ!!

 

 

 

---

 

 

 

「お似合いですよー、お嬢様」

「ありがとうございます……」

 

 服を着るだけで無駄に疲れた。

 姿見を見れば、すっかり貴族の令嬢っぽくなった私がいる。

 緑を基調として私の髪色である金の刺繍が施されたドレス。

 自画自賛するようだけど、よく似合ってると思う。

 

「スースーする……」

 

 ただ、足が寒い。

 ストッキング? を履いてるけどズボンよりも断然寒い。

 あとなんかヒラヒラしてて動きにくい。

 

「あぶちっ!」

「お、お嬢様ぁ!?」

 

 試しに歩こうと足を踏み出したら、

 スカートの裾に躓いてすっころんだ。

 

「やっぱりスカートやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

*1
シルフィがズボン履いてたのは、イジメられたらすぐ逃げられるように父ロールズが縫ってあげたからだそうですね。




 たくさんのご指摘ありがとうございます。
 もっと良い作品にできるように頑張ります。


 感想、評価、ご指摘などお待ちしております。

- 追記 -

 ☆10評価増えてるぅ!?Σ(゚Д゚)
 本当にありがたい限りです。
 高評価にふさわしい作品にできるよう、さらに精進していきます。
 今後ともよろしくお願いします。


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第十話「兄さまは十歳」

 中世の貴族のお屋敷ってどれだけ綺麗だったのか気になる。
 埃とかまったくなかったのかな。
 絨毯とかは汚れたらすぐ新しいの買ってそうなイメージある(偏見)。


 甲龍歴。

 前の世界で言う西暦。

 

 この世界は今、物語でいうとどの時代にあたるのか。

 果たしてルーデウスはいるのか。それとももっと前の時代、後の時代なのか。

 この問いを導き出すのは簡単だった。

 

 といっても、まさかこの世界の歴史を全部覚えてるわけじゃない。

 私が覚えてるのは()()()()()()()()()()()だけだ。

 逆に言えば、それだけあれば充分ということ。

 

 ルーデウスが産まれたのは甲龍歴407年。

 私が3歳になった現在の甲龍歴は412年。

 つまり私が産まれたのは409年。

 

 私はルーデウスの2歳年下として産まれた。

 ということは、ルーデウスは現在5歳。

 ちょうどロキシーの卒業試験に合格する頃合いだ。

 

 

 

---

 

 

 

 パーティも無事に終わり、翌日の朝が来た。

 昨日は結局、壁の近くに立ってご飯をモグモグしてるだけで終わった。

 お父さまとお母さまは、私のドレス姿を見てすごく喜んでくれた。

 

 フフッ、羞恥心を忍んでスカートを履いた甲斐があったぜ。

 ただもう二度と履かないけど。

 動きにくいし邪魔だしトイレしにくいし。

 いいことないね、ドレスって。

 

 そうそう。

 ずっと顔色が悪かったお母さまだけど、昨日はだいぶ良くなってた。

 身体の調子でも悪かったのかな? 元気になったようで何よりだ。

 何かに怯えるように震えるお母さまの姿は見たくないからね。

 

 さて、目が覚めたのはいいけどまだ早朝。

 カーテンを開けてもまだ辺りは薄暗い。

 そろそろ太陽が昇り始めるかな? って時間帯だ。

 

 うん。さすがに早起きしすぎたらしい。

 昨日は疲れて日が沈む頃には寝てたからなぁ。

 

 どうしようか。

 朝のお掃除を手伝うのはグレースさんに禁止されちゃったし。

 あの人、この屋敷のメイド長なんだね。お父さまの乳母として雇われてからドンドン出世したらしい。

 

 お父さま、あんな怖そうなおばさ……お姉さんのオッパイ飲んでたのか。

 正直そんなに羨ましくない。

 なんなら私はアメリアさんのオッパイ飲んでたい。

 可愛いよねアメリアさん。クリッとした目に、腰まで伸ばした緩やかなウェーブ状の髪。

 ドジっ子なところがまたいい。守ってあげたくなっちゃう。

 

 私専属のメイドなんだし、ちょっとくらい手を出しても……。

 いや、やめとこう。聞いた限りだと下級貴族のご令嬢らしいし、なんか面倒くさいイザコザがないとも限らない。

 

 せっかく早起きしたんだし、散歩でもしようかな。

 この屋敷すごく広いから、まだどこになんの部屋があるか把握しきれてないんだよね。

 自分の部屋と食堂、お父さまとお母さまのお部屋くらいしか覚えてない。

 

 ということで、さっそく早朝のお散歩に行くとしよう。

 アメリアさんが来る時間はなんとなく分かってるから、それまでに部屋に戻ればいいでしょ。

 前の家で着ていた服(もちろんズボン)に着替えて、私はウキウキと部屋の外に出た。

 

 

 

---

 

 

 

 …………迷った。

 

 とりあえず食堂と反対方向に歩いてみたけど、どこがなんの部屋か全然分からなかった。

 使用人さんたちが清掃してる部屋を片っ端から覗いてみたけど「お嬢様!? 何故ここに!?」みたいな反応されたから逃げてきちゃった。

 

 見せてよぉ。異世界の清掃技術とか知りたいじゃんか。

 この屋敷、ほぼすべての箇所に清掃が行き届いてるからどうやって掃除してるのか気になるんだよぅ。

 あっ糸くず。拾っとこ。

 いやホント。なんの洗剤使ってるのとか特殊な道具はあるのとか色々質問してみたい。

 掃除に魔術とか使ってるのかな。

 いや、魔術は戦闘用のもののみなんだっけ。

 

 考え事しながら歩いてたら、外に出ちゃいました。

 庭…………なのかな? それにしては観葉植物とか植わってないけど。

 あれ、人の声が聞こえる。この声は……

 

「――踏み込みが浅い! それでは敵に立て直す余裕を与えるぞ!」

「はい!」

 

 おじいさまだ。

 あともう1人、中学生か高校生くらいの男の子もいる。

 昨日のパーティの主役にして私の従兄『マーカス・サンドモール』だ。

 

 2人は向かい合って、汗だくになりながら木剣を構えている。

 どうやら、おじいさまがマーカス兄さまに剣術の指南をしているらしい。

 

「ん? おお、ソフィアちゃん!!」

 

 キリッとしてたおじいさまの顔がデレッとした。

 

「剣のしゅぎょー中ですか?」

「うむ。久しぶりに会ったマーカスを鍛え直しているところだ」

 

 悔しそうなマーカス兄さま。

 たしかずっと領地の方にいたんだよね。

 久しぶりに会ったおじいちゃんにコテンパンにされて悔しいってところかな。

 薄々気付いてるけど、サンドモール家の人たちって負けず嫌いだよね。

 

「見ててもいいですか?」

「もちろん、ぜひ見ていきなさい。剣術も学んでおいた方が良いからな」

「待ってください! ソフィアの見ている前でなど――」

「女に見られて鈍る剣など捨ててしまえ!」

「っ!」

 

 ありゃ、なんかマーカス兄さまは反対っぽい。

 まあ自分がボコボコにされるところを見られるなんて、男として嫌だよね。

 でも諦めてちょうだい。せっかくのチャンスを逃すなんてできない。

 

 近くに落ちてた桶をひっくり返して腰かける。

 剣神流と水神流の上級の腕前を見ることが出来るなんてラッキー。

 

 今は魔術を学んでるけど、完全にそっちの道に進むって決めたわけじゃない。

 もしかしたら剣術の方が才能に恵まれていて、剣士としての道を進む可能性もあるわけだし。

 とにかく将来の選択肢を増やすためにも剣術を学んでおいて損はないだろう。

 

 互いに剣を構える男たち。

 カッコイイなぁ。やっぱり男だったら剣振り回して戦いたいよな。

 誰でも一度は憧れた光景が目の前にある。

 

 あとで、おじいさまに頼んでみよう。

 「剣術を教えて!」ってね。

 たしか女性騎士もいたはずだし、サンドモール家は騎士の家系だ。

 断られることはないだろう。

 

 ピクンッ

 

 中段に構えるおじいさまの剣先がわずかに揺れた。

 

「でぇあー!」

 

 それを受けて、上段に構えたマーカス兄さまが飛び出す。

 …………いや、勢いはいいけど。

 完全に攻撃を誘われたように見えるのは私だけ?

 

 マーカス兄さまの攻撃がもう少しで当たるところで、

 おじいさまの剣がヌルッと動いた。

 剣に剣を当てて滑らせるように受け流す。

 そして返す一閃。

 ガラガラに空いたマーカス兄さまの身体が、後方に吹っ飛んだ。

 

「ぐはっ!」

「簡単に引っかかりおって! もっと相手の身体全体の動きを感じろ!」

 

 おー。

 すごい。あれが水神流ってやつか。

 一連の動作にまったく無駄がない。

 無骨な印象を受けるおじいさまから、あんな繊細な動きが出るなんて思わなかった。

 

 パチパチと拍手すると、おじいさまがこっちを向いてデレッと表情を崩す。

 ルーカス兄さまは、そんなおじいさまの様子を憎々しげに睨んでいる。

 うーん、負けず嫌い。

 

 それからしばらく、おじいさまが孫を叩きのめす光景が続いた。

 ようやく終わった頃には、従兄の顔が疲れ果ててゲッソリしててなんだか不憫に見えてくる。

 座っていた桶に水を汲んで2人に差し出すと、身体が拭けると喜んでくれた。

 布を水に濡らして顔や腕をゴシゴシ。

 気持ちいいよねソレ。()も夏の炎天下で作業してた時、休憩中には濡れタオルで上半身を拭いたもんだよ。

 

「まったく、そんな調子では中級になるのはまだまだ先だな」

「精進します……」

 

 身体を拭いてる途中に、おじいさまがマーカス兄さまにダメ出しをする。

 マーカス兄さまは10歳で初級なのか。

 この世界での剣術の平均習熟度ってどのくらいなんだろう。

 ふと気になったことはさておき。

 

 おじいさまったら、そんな厳しく言わなくたっていいのに。

 すっかり落ち込んじゃってるじゃん。

 仕方ないなぁ。ここは私が一肌脱いであげるとしよう。

 

 布を握って項垂れてる従兄の手にそっと触れる。

 よし、こっち見たな。

 目を合わせてちょっとの間、見つめ合う。

 その後にニコッと笑顔で応援の言葉!

 これで元気にならなかった奴はいない!

 

「がんばってください! マーカス兄さま!」

「貴女が天使か」

 

 ――――あれ?

 なんか急にマーカスが気持ち悪く見えてきたぞ?

 

 ……………………あるぇえ???

 




 感想、評価、ご指摘などお待ちしております。

- 追記 -

 まさか日間ランキングで一桁に載るなんて思いませんでした。
 多くの人に読んでいただけて本当に嬉しい限りです。
 より一層、頑張っていきます。


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第十一話「マーカスの目覚め」

 仕事だと思ってスーツ着てたらテレビから
「今日は天皇誕生日ですね!」

 …………二度寝しました。


---マーカス視点---

 

 

 

 

 

 今日はいよいよ自分の誕生日パーティだ。

 思い出すのは5年前。

 その時は王都ではなくサンドモール領内でのお祝い。

 近隣の中小貴族やサンドモール家と親交のある貴族が招かれる大きなパーティだった。

 

 しかし今回は王都で開かれる、前回よりもさらに大規模なパーティ。

 シーローン王国の王立学校に通うことになる自分の、同年代の貴族令息・令嬢たちも多数招かれる。

 さらに『ダンス』あり。

 

 あのアスラ王国の貴族では10歳からダンスが必修とされているらしい。

 シーローン王国でも、そこそこの家柄で10歳ならダンスくらい踊れて当たり前という暗黙の了解がある。

 サンドモール家は祖父カイロスの功績によって王都に屋敷をもらった家だ。

 その孫がダンスの1つも踊れないなど許されない。

 

 必然として、孫であるマーカスも8歳の頃からダンスの授業を受けていた。

 2年間練習した成果を思う存分に発揮してやる。

 大好きな祖父や父に褒められるくらい見事に踊って見せ、サンドモール家にとって有利となる交友関係を作るのだ。

 そしてあわよくば、見目麗しい令嬢と良い仲になってめくるめく学園ラブロマンスを――

 

 グヘヘ。

 おっと危ない。

 いつのまにか垂らしていたヨダレを拭いつつ、マーカスは意気揚々と屋敷の廊下を歩いていく。

 

 この日のために仕立てた一張羅は、姿見で確認しても自分によく似あっていた。

 何よりもまず、祖父に見せたい。

 マーカスは祖父が待つ部屋へと向かっていた。

 そこの角を曲がればすぐだ。

 足取り軽くコーナーを曲がると小さな人影と自分くらいの大きさの人影が見えた。

 ぶつからないように歩く速度を徐々に落とし――

 

「こんにちはー」

 

 

 

 ――そこには天使がいた。

 

 

 

「あ、あの……?」

 

 ハッとする。

 あまりの衝撃に一瞬、意識が飛んでいたいたらしい。

 

 改めて、正面で首を傾げる少女を見る。

 黄金の財宝を思わせる髪と、光の加減によっては暖かな暖炉を彷彿とされる瞳。

 身に纏っているドレスは新緑の若々しい色を基調としている。

 

 美しい。

 

 その鮮やかで華麗な色に()()され、

 マーカスは思わず息を飲んだ。

 惜しむらくはその年齢か。

 おそらくまだ5歳未満。

 

 幼い。

 あまりにも幼すぎる。

 だがそれが良い。

 

 庇護欲をそそられる小さな体躯。

 丸くプニプニとしていて焼く前のパン生地のように柔らかそうな肌。

 まるで彫刻かのように整って配置された顔の部位。

 

「失礼、可憐なお嬢さん。貴女のお名前を伺ってもよろしいでしょうか」

 

 この日、マーカスは開いてはいけない扉を開いた。

 

 

 

---

 

 

 

「とっとと起きんか!」

 

 翌日。

 まだ日も昇らぬうちから祖父のカイロスに叩き起こされた。

 久しぶりに稽古をつけてもらいたい。そう言ったのは自分だ。

 まさかこんな明け方からすることになるとは思わなかったが。

 

 まだ眠気の残る目を擦る。

 祖父と剣を交えるのは実に3年ぶりとなる。

 祖父がいなくなっても今日まで剣の稽古を怠った日は……なくもない。

 

 王都の学校に通うためには、剣が強いだけでは駄目なのだ。

 最低限の教養、礼儀作法を修める必要がある。

 学校に通うための勉強をする。

 矛盾しているようだが貴族とはそういうものなのだ。

 

 サンドモール家の一員として、たとえ王都の大貴族と言えどもナメられるのは誇りが許さない。

 父『ジャレッド』の望み通り、マーカスは剣の稽古の時間を削ってまで座学に費やすことを余儀なくされた。

 マーカス自身、剣術がそこまで好きというわけではなかったので粛々と従った。

 せいぜい、将来騎士になるために必要な教養の1つという風にしか捉えていなかったのだ。

 

 剣術はそこまで好きじゃなくとも、祖父カイロスは大好きだった。

 尊敬し、敬愛していた。

 だからこそ久しぶりに会って祖父に頭を撫でられたのは嬉しかったし、王都の学校に通うまで成長したことを褒められた時は自分が誇らしかった。

 

 だから。

 祖父ともっと話したい。

 ただそれだけのつもりだったのだ。

 剣を交えつつ、会話も交えたい。

 甘えたいだけだったのだ。

 

 祖父カイロスは甘えを許さなかった。

 家族に対してどこまでも甘い男は、

 剣に対してどこまでも真摯だった。

 

 さらに、3年前から身体的に成長した一方で剣術ではほとんど成長していない孫に怒りも覚えた。

 それがまた、カイロスの熱血指導を加速させた。

 

 何度も。

 何度も。

 東の空が赤く染まり始めた頃になって、ようやく祖父の剣が止まった。

 

 やっと終わりか。

 肩で息をしながら、祖父の向いた方を見る。

 

「おお、ソフィアちゃん!!」

 

 そこには昨日の天使がいた。

 思わず息を飲む。

 昨日の可憐なドレス姿とは打って変わって、庶民の少年のような服を着ている。

 

 男装? いや、とんでもない。

 あの可愛らしい顔が見えないのか。

 幼いながらも男のそれとは違う柔らかさを感じさせる身体つきが分からないのか*1

 

 ズボンを履いてもまだ隠せないその美しさ。

 むしろそのような格好だからこそ、自分を女性として意識しておらず着飾らない純真さこそが。

 いや、むしろ女性のような恰好をしていないという恥じらいからズボンを履いているのか?

 だとすれば、良い。なお良い。

 ソフィアという少女の魅力が最大限に発揮されている。

 

 マーカスは、自分の中で新たな扉が開くのを感じた。

 

 

 

---

 

 

 

 天使に見惚れていたら、いつのまにか祖父との稽古を見学されることになっていた。

 冗談じゃない。天使の前で無様を晒せるか。

 そう思いカイロスに反対するも、

 

「女に見られて鈍る剣など捨ててしまえ!」

「っ!」

 

 グゥの音も出ない。

 結局言い返せないまま、祖父に向けて木剣を構える。

 だったら祖父から1本取ってしまえば良い。

 ここでカッコイイところを見せればソフィアから自分の方に寄ってきてくれるに違いない。

 

 マーカスの心に邪心が産まれた。

 その欲望にまみれた心が、マーカスの構えを弛緩させた。

 それを見切ったカイロスがわずかに眉をひそめたことに、マーカスは気が付かなかった。

 

 それまで常に先手を取っていたカイロス。

 その剣先がわずかに逸れたのをマーカスは見た。

 長い稽古で疲れたのか。それともどこか痛めているのか。

 ほんのわずか。わずかにズレた剣先。

 完璧に見えたカイロスがわざと見せた隙。

 マーカスは好機とばかりに飛びかかり。

 

 そのプライドがボロ雑巾に変わるまで打ち付けられた。

 

 稽古の終了が告げられた。

 カッコイイどころか、情けない姿しか見せられなかった。

 全身が打撲だらけで、痛くてしょうがない。

 ソフィアから向けられる憐憫の視線が、何よりも痛くてたまらなかった。

 

 しかし、こんな情けない自分にも。

 天使は水に濡れた布を差し出してくれた。

 祖父に叱られて項垂れる自分の手を取って励ましてくれた。

 

「がんばってください! マーカス兄さま!」

 

 その眩しい笑顔に、ズタボロになった心が癒されていくのを感じた。

 貴女が天使か。

 マーカスは感激の涙を流した。

 

 気付けばソフィアはカイロスと談笑していた。

 自分が天使と話す時間を奪っていく祖父に、初めて強い憎しみを覚えた。

 やがて祖父が朝食の時間だと言って立ち上がる。

 

「行くぞ、ソフィアちゃん」

「はい! あっちょっと待ってください」

 

 こちらに駆け寄ってきた天使は、その魅惑の声で自分の耳にそっと囁いた。

 

「…………内緒ですよ?」

 

 自分の右腕にそっと触れられたソフィアの左手が淡く光るのを、マーカスは見た。

 たちまち身体中の痛みが消えていく。

 痣となっていた部分も綺麗さっぱりなくなっていた。

 

「それじゃ、学校と剣術がんばってくださいね」

 

 ニコリと笑って走り去っていく天使。

 その神々しい後ろ姿を見た瞬間、マーカスは理解した。

 自分の全ては、あの天使に捧げるためにあったのだと。

 

 疲労感の残る身体に鞭打って立ち上がる。

 突き指の痛みがなくなった右手で、地面に落ちていた木剣を握る。

 

「――フッ!」

 

 使用人が朝食だと呼びに来るまでの間。

 稽古場に、剣を振る音だけが響いていた。

 

 

 

 

 

---ソフィア視点---

 

 

 

 ……いや、気持ち悪いとは思ったけど。

 さすがに怪我してるのを無視はできなかった。

 痛いのはイヤだって私でも分かる。

 おじいさまは「捨ておけ」って言ってたけど、

 さすがにそれはあんまりなんじゃないかなって思った。

 

 だからちょっと戻って回復魔術をかけてあげた。

 体に触るのは嫌だったけどしょうがない。

 

「何を話したんだ?」

「ないしょー」

 

 おじいさまの肩に乗せられて食堂まで向かう。

 ちょうど太陽の光の加減で、おじいさまからは回復魔術の光は分からなかったはず。

 勝手に魔術を使ったとバレたら怒られるかもしれないからね。

 内緒にしておくに越したことはない。

 あぁ、そうだ。おねだりの続きをしないとね。

 

「おじいさま。剣、練習してもいい?」

「もちろんだとも。何事もやってみるのは良い心構えだ」

 

 やったぜ。

 それじゃあ明日からは基礎体力トレーニングを頑張っていこうかね。

 今のひ弱な幼女のままじゃ、木剣すら持ち上げられないしね。

 

*1
幼児は皆プニプニしているので、完全にマーカスの欲目である。幼児の頃から女の身体つきしててたまるか




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第十二話「向き不向き」

 小説とマンガとアニメで細かい所の展開や描写が変わってて3回美味しいです。


「構えてみなさい」

 

 早朝。

 渡された木剣の重さにフラフラしていると、おじいさまから指示が出された。

 構える、ねえ。

 剣の構え方とかよく知らないんだよね。

 マンガとかアニメで見てたようなのかな?

 カッコイイ構えを前世の自室で練習してたこともあるけど。

 

 はいそこ。中二病って言わない。

 特に型を指定されたわけじゃないし、あれこれ考えずとりあえず構えてみよう。

 無難に剣道の構えで良いかな。高校で授業あったし。

 

 剣の根元がおへその辺りになるように構える。たしか握り拳1つ分くらい隙間を作るんだっけ。

 足は右が前、左足はかかとをちょっと浮かせる。

 剣先を相手――おじいさまの喉元に向けて、完成。

 剣道でいう中段の構えだ。

 

「ふむ…………」

 

 私の構えを見て、おじいさまは顎を撫でる。

 ツルンツルンに剃られた顎を、だ。

 豊かに蓄えられた自慢のヒゲは、私が嫌がったから無用の長物になったそうで。

 

 なんか罪悪感がする……。

 でも、ヒゲを剃ったおじいさまは以前より10歳くらい若返って見える。

 うん。そっちの方がカッコイイと孫は思います。

 

「…………ソフィアに向いているのは、水神流かもしれんな」

 

 どうやら私にどの流派が合っているのかを探るための構えだったらしい。

 構え1つでそんなの分かるものなんだ。

 

 水神流っていうと、防御とカウンターを重視した流派だったっけ。

 攻めるというよりは守るための剣術ってやつか。

 

「騎士の中にも、水神流を修めている者は多い。

 気配や魔力を肌で感じ取って動くから、

 魔術を勉強しているソフィアにも合っているはずだ」

 

 はぇ~、しゅごい。

 色々と考えてくれてるらしい。

 ただ可愛がるだけじゃなくて、しっかり剣術を修得させようと考えてくれるのはすごくありがたい。

 じゃあ私は水神流を中心に剣の鍛錬に励めばいいらしい。

 

「では、ワシが振るう剣を避けてみなさい」

「へ?」

 

 あ、あれ? いきなり対人戦?

 基礎とかは? まだ剣の振り方も知らないんですけど?

 というか木剣持ってフラフラしてるんだし、走り込みとか筋トレとかそういう身体を鍛える的なのも必要だと――

 

「それは後で良い」

 

 良くない! 絶対に良くない!

 基礎は大事! 剣道の先生が言ってた!

 もっとこう、素振りとか足運びのやり方から練習した方がいいと思うんだ私は。

 

「では行くぞ」

 

 聞いちゃくれない。

 この人ひょっとしなくてもスパルタだ。

 

「にょえー!?」

 

 慌てて右に跳ぶ。

 さっきまで私が立っていた場所に木剣が振り下ろされるのを見て、冷や汗が出てくる。

 

 ビュオッてした! 風圧で髪がサラッてなった!

 剣を避けた私を見て満足そうに頷くおじいさま。

 

「うむ。では次だ」

「いつまでやるんでしょーか……?」

「ソフィアが避けられなくなるまでだ」

 

 冗談じゃない! マーカスの二の舞はごめんだ!?

 あんなボッコボコになるまで痛めつけられてたまるかこのサディストめ!

 ムリ! 痛いのはムリィ!

 

 アメリアさんが朝食だって呼びに来るまでの時間、

 私は必死になって襲いくる木剣を避け続ける羽目になった。

 

 

 

---

 

 

 

 身体はヘトヘトになったけど、頭と口はまだ動く。

 ということで、朝食を食べたらお母さまと一緒に魔術の勉強だ。

 

 おじいさまは仕事に行った。

 マーカス兄さまはお茶に呼ばれたとかで出かけていった。

 お父さまは調べ物があるとかで部屋に籠っている。

 

 朝の鍛錬でも使った稽古場に立つ。

 中級以上の魔術を練習するには狭すぎる木造の家から、

 広々とした屋外へと練習の場を移した。

 ということで、いよいよ火系統の魔術を練習させてもらえることになった!

 

 

 

 一応、今の段階で私が使える魔術が以下の通り。

 

火系統 初級

水系統 上級

土系統 初級

風系統 初級

治癒  中級

 

 シレッと治癒魔術も中級だったりする。

 攻撃する他の魔術と違って屋内でも安全に練習できる魔術だからね。

 お母さまが上級まで使えるっていうのも僥倖だった。

 

 火系統は仕方ないにしても、土と風の修得が芳しくないんだよね。

 単純に相性の問題なのか、それともまだ忌避感が拭えないのか。

 土遊びでもしてみようかね。

 ドロドロになるまで遊んだらまた何か変わる気もする。

 

 まあ、それを試すのはまた今度。

 今日のメインは火系統の魔術。それも中級の修得が目標だ。

 

「汝の求めるところに大いなる炎の加護あらん!

 暴れ狂う炎よ、巨大な恵みを焼きつくせ! 『大火球』」

 

 火球弾よりもさらに大きい火の玉が飛んでいく。

 大の大人をスッポリ包めそうなくらいの大きさだ。あれが自分の身体に直撃したらと思うとゾッとする。

 大火球はそのまま土が剝き出しの地面に落ちて消えた。

 まだちょっとグツグツしてるけど、すぐに消えるだろう。

 

「ソフィアは初級もすぐ使えるようになってたし、これもすぐ出来るようになると思うわ」

 

 お母さまからも太鼓判を押されたし、さっそく唱える。

 杖を握りしめてムムムッと集中する。

 私はけっこうアレコレ考えすぎて1つのことに集中できてないことが多いから、初めて使う魔術はしっかり集中しないとアッサリ失敗してしまう。

 

 深呼吸を1つ。

 よし、落ち着いてるな。

 では行きます!

 

「汝の求めるところに大いなる炎の加護あらん!」

 

 …………あれ?

 なんだろう。

 上手く言えないけど、このままじゃ失敗する。

 そんな予感がした。

 

「…………」

 

 詠唱をやめる。

 原因の分からない不安を感じて、詠唱を続けることが出来なかった。

 

「あら? 詠唱文を忘れちゃった?」

「……うん」

 

 お母さまの言葉に生返事をしながら考える。

 今までこんな気持ちになることはなかった。

 魔術を使うことへの恐怖? いや、魔術を使うのは別に怖くなかった。

 それより私はもっと別の何かを恐れていたような――

 

「――――レオナさん」

「っ! お義母様…………」

 

 思考の沼に入ろうとしていたら、お母さま以外の声が聞こえた。

 顔を上げると、何やらちょっと険しい顔をした女の人が立っていた。

 

「ちょっとお時間いただいてもよろしいかしら?」

「は、はい…………」

 

 ムッ! お母さまの元気がなくなった!

 さてはこの女性、お母さまに意地悪する気だな?

 ここは私がお母さまの盾となりお父さまの代わりに守り抜いて――

 

「ソフィアちゃんは1人で良い子にできますね?」

「できるー!」

 

 ――ナデナデには勝てなかったよ。

 

「では行きましょうか」

「はい。ソフィア、すぐ戻るからね?」

「いってらっしゃーい」

 

 うーん、ちょっと心配だけど。

 まあ大丈夫でしょ。

 『オリビア』おばあさまとはまだ少ししかお話してないけど、

 厳しい印象とは違ってすごい優しい人だったし。

 すぐ戻ってくるらしいし、そんな大層なお話ではないんだと信じたい。

 

 

 

---

 

 

 

 ということで。

 1人になったし魔術の練習は中断して、土遊びをする。

 作るのは、みんな大好き泥だんご。小さい頃に良く作ったよね。

 足元の土を水魔術で濡らしてひたすらコネコネしていく。

 

 丸い球体を作ったら、今度は乾いた土――ちょうどお母さまが燃やしてたところの土をかけてまた丸めていく。

 そうしたら風魔術で乾燥させる。

 本当は30分くらい日陰で乾燥させるのが良いんだけど、私はせっかちだからチョチョイッと*1

 

 あっという間に泥だんごの完成。

 この後にも砂をまぶして磨いてって作業が残ってるんだけど、別にそこまではしない。

 今回の目的はあくまで土遊びだしね。

 

 せっかく作った泥だんごだけど、わざと壊して水で濡らして泥に戻す。

 そしてまた一から泥だんごの制作。

 それを延々と繰り返す。

 単純な反復作業は得意ですとも。

 

 ひたすら泥だんごを作りながら考える。

 なんで大火球に失敗したんだろう?

 あの時に感じた不安の正体は何だったのか。

 

 思い出す。

 お母さまが大火球を放った時のことを。

 あの時、ずっと待ちわびていた火の中級魔術を見てもそんなに興奮しなかったなぁ。

 もっとこう、最初の時みたいにワクワクするもんだと思ってたんだけど。

 

 思い出す。

 最初にお母さまが火球弾を放った時のことを。

 初めて見る魔術に興奮した。

 特に火っていうのがカッコイイよね。

 主人公ってみんな火を使うじゃん。ルーデウスは水と土が得意だけど。

 だから余計に興奮したのを覚えてる。カッケー! って。

 

 思い出す。

 自分が最初に火魔術を放ったあの時を。

 ベッドの柵に燃え移り、お母さまが来るまで自分を取り囲んでいた火の海。

 

 ゾッとする感覚がした。

 

 ああ、これかぁ。

 私、火が怖いんだ。

 潜在的な恐怖心で、無意識のうちに魔術を使わないようにセーブしてたんだな。

 

 試しに修得したはずの火球弾を放ってみる。

 出ない。

 今度は詠唱ありで。

 プスッと音を立ててすぐ消えた。

 

 うん。

 トラウマになっちゃってるな。

 魔力がつっかえてる感じがする。

 参ったな。すんなり使えると思ってたんだけど。

 

 火を見るのが怖いなんて火を見るより明らかだ、なんてややこしい言い回しを思いつきながら。

 このトラウマをどう克服するべきか。

 私は頭を悩ませた。

 

「『岩砲弾(ストーンキャノン)』!」

 

 一方、土魔術はあっさり中級まで出来るようになった。

 何がキッカケだったのかは分からない。

 まさか本当に泥だんご作りが効果あったわけじゃあるまいし。

 でも「土(汚れ)は排除するべきもの」っていう意識は薄れたのかな。

 とにかく修得できたし、終わり良ければすべて良しってことで。

 

 …………ひょっとして、上級魔術もできるのでは?

 ワクワクしながらお母さまが置いていった魔術教本をペラペラめくる。

 おっと、ちゃんと手は洗いましたよ?

 

 『土砦(アースフォートレス)』。これだな。

 よし、集中集中。

 土のカマクラ、土のカマクラ、カッチカチのカマクラ……

 

 さあ、いざ行かん! 2つ目の上級魔術!

 せーのっ!

 

「お嬢様!? なんで泥だらけなんですか!?」

 

 おぉっと!?

 

「あ、アメリアさん」

「すぐお召し物を脱いでください! ああ早く身体を洗わないと」

「も、もうちょっとだけ練習を」

「ダ・メ・で・す!」

 

 そんなご無体なぁ!

 

 

 

---

 

 

 

 その後。外で遊ぶのを禁止されたので不貞腐れながらお父さまの膝上で本を読んでいたら、

 お母さまがすっかり元気になった様子で戻ってきた。

 

「もう元気? 大丈夫?」

「もう大丈夫よ。心配かけちゃってごめんね」

 

 そっかそっか。おばあさまと何を話したのかは分からないけど。

 元気になったなら何より。

 やっぱり大好きな母親にはニコニコ笑っててほしいからね。

 

「ハニー……」

「ダーリン……」

 

 元気になったのはいいけど、娘の前でイチャつき始めるんじゃないよ。このバカップルめ。

 

*1
急に乾燥させるとヒビ割れるから、良い子のみんなは気を付けてね。




 お気に入りが1,000突破していてビックリしました。
 本当にありがとうございます。
 楽しんでいただけるように頑張ります。

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第十三話「2人きりの女子会」

ボク「なかなか話が進まないよー」
脳内ロキシー「なら1日2話投稿すればいいじゃないですか」
ボク「ロキシーはそんなこと言わない!!」

 ということで、今日は2話投稿です。


 レオナは、オリビアのことが苦手だった。

 初めて会った時から、どことなく心の距離を感じるのは気のせいではないはずだ。

 快活な夫カイロスとは違って物静かで気品に溢れるその様子は、誰もが想像する貴族そのもの。

 その洗練された仕草に、レオナはどこか気後れしてしまった。

 

 つい先日も、気を利かせたカイロスの提案で2人きりのお茶会をしたが会話はあまり弾まなかった。

 孫であるソフィアはどうしているか。教育はどのようなものをしたのか。

 そういった話を簡単にしただけだった。

 

 オリビアはいつも、レオナが去ろうとすると少し迷う素振りをする。

 まるで何かを言いたいような、でも言ってしまっていいのか。そんな逡巡。

 いったい何を言いたいのだろうか。

 例えばそう、出自についてとか?

 

 貴族然としたオリビアにとって、息子の妻が孤児であるというのは不満なのかもしれない。

 礼儀作法もままならず、身分も不確か。外聞も悪いだろう。

 なにせ、今でも言葉遣いや振る舞いを1つ1つ丁寧にダメ出ししてくるくらいだ。

 

 当主である義父カイロスはレオナを受け入れてくれた。

 屋敷に住む許可を出してくれた。

 でもオリビアは?

 夫人である彼女には、屋敷内での裁量にカイロスと同等の裁量権がある。

 

 貴女なんか家族として認めない。

 あの厳しそうな顔でそう言って追い出されたらどうしよう。

 ただ話に誘われただけなのに、レオナの不安は大きく飛躍して増大し続けている。

 

 

 

---

 

 

 

 義母オリビアに連れられてきたのは庭園だった。

 オリビアが好きな場所の1つで、昼下がりにはよくここでお茶を楽しんでいるのだとか。

 

「人払いは済ませておきました」

 

 そう前置きしたオリビアの言葉に不安がよぎる。

 先ほどからレオナに背中を向けたままのオリビアが、何やらゴソゴソと怪しい動きをした。

 

「先ほど拝見させていただきましたが、レオナさん」

「は、はい!」

「貴女の魔術は素晴らしいですね。見事な火の玉でした」

「ありがとうございます!」

 

 緊張で生唾を飲み込む。

 尋常ならざるオリビアの、何か決心をしたような雰囲気に緊張する。

 

「話というのは他でもない――

 コレです!」

 

 振り返ったオリビアは、レオナに向けて杖を向けた。

 先端に埋め込まれた青い魔石を見て、レオナは息を飲んだ。

 

 大きい。

 恐らくはBランクの魔物から出たもの。

 自分が魔法大学卒業の時に師匠からもらったものと同等の逸品。

 

 しまった。自分の手に杖はない。

 ソフィアに渡したままだ。

 

 オリビアが魔術を扱えるなんて聞いたことがない。

 だが、ここまで上等な杖を持っているということは少なくとも上級以上の使い手。

 この至近距離。外す方が難しいだろう。

 

 まさかこんな直接的な手段に出るなんて想像できなかった。レオナは自分の判断ミスを呪った。

 きっと自分はここで葬られてしまうに違いない。

 ああソフィア。すぐ戻るって約束、守れなくてごめんね。

 お母さんがいなくなっても元気で健やかに育つのよ。

 レオナは一瞬のうちに自分の死を受け入れ、そっと目をつぶ――――

 

 

 

「私にも魔術を教えてちょうだいな!」

 

 

 

 ――――はい?

 

 

 

---

 

 

 

 オリビアはサンドモール領内の産まれだ。

 代々サンドモール家に仕える騎士の家系で、昨年死去した自分の父親も先代サンドモール当主の直属部隊に選抜されるなどその腕を存分に振るった。

 オリビアとカイロスの出会いは、カイロスの5歳を祝うパーティの時だった。

 お互いに一目惚れした2人は15歳を迎えると同時に結婚。

 カイロスがどんどん出世していくのを見て、その隣に寄り添っていても恥ずかしくない妻となるべく行儀作法を徹底的に磨き上げたオリビアの華麗な出で立ちは、今や宮廷の女官たちの憧れの的である。

 

「っていう身の上話をしたことはなかったかしら?」

「ぞ、存じ上げませんでした」

 

 どこぞの大貴族の出かと思っていた。

 そう漏らすレオナの言葉を聞いて、嬉しそうに目を細めるオリビア。

 自分の磨き上げた立ち振る舞いを褒められているようで心地良かったのだろう。

 

「そんなお義母様が、どうして魔術を――」

「私、剣術が大の苦手だったの」

 

 いつしか2人は腰を落ち着け、のんびりお茶を飲みながら会話を交わしていた。

 

「女性騎士として夫の隣に立ちたかったけど、それは無理だった。

 だから代わりに鍛えた武器が、行儀作法といったお勉強」

「オリビア様の貴族たるお姿は、私もお手本にさせていただいております」

 

 オリビアは苦手だが、その素晴らしい振る舞い方は見て学ぼうとしていた。

 レオナのその言葉を聞いて、オリビアはさらに嬉しそうに微笑む。

 

「剣がダメだったら他のこと。

 自分はそうしていたのに、息子のジャスティンにはそれを当てはめて考えてあげられなかった」

 

 だから見ず知らずの魔術師に才覚を見出され、遠く離れた土地に旅立った息子を見てやるせない気持ちになったという。

 そしてこうも思った。

 これまで肩身の狭い思いをさせた分、帰ってきたらもっとノビノビ自由にさせてやろうと。

 

「そしたらこんな可愛いお嫁さんを連れてきて、

 孫娘の顔まで見せてくれるなんてねぇ。

 レオナさんには感謝してもしきれないわ」

「いえ、私なんか全然!

 いつもジャスティンさんに甘えっきりで

 家事くらいしか出来ませんし」

「あら。そんなことないわ」

 

 オリビアは下を向くレオナの手を握る。

 

「息子はいつも、楽しそうに貴女たちのことを話すのよ。

 帰ったらこんなことがあった。送られてきた手紙にはこう書いてある。ってね」

 

 本当に幸せそうに笑う息子の姿を見たのはいつぶりだろうか。

 それを引き出せたのが自分でないのは悔しいが、それだけ愛されている家族にはぜひ会ってみたかった。いっぱい話してみたかった。

 

「レオナさんは私のことが苦手だったようだし、

 ずっとお互いに緊張していたから言葉数も減ってしまいましたけれど」

「お義母様も緊張してらっしゃったんですね……」

 

 あれだけしかめっ面をしていたオリビアが、自分と何を話していいか分からず緊張している。

 その様子を想像してみて、レオナは思わず笑ってしまった。

 

「…………うん。やっぱりレオナさんは笑顔が素敵ね」

 

 周りでパッと花が咲き誇るようだわ。オリビアに褒められて耳まで真っ赤に染まる。

 

「私、結婚に反対されているのだと思ってました」

「とんでもない! 家族が増えるだなんて何より喜ばしいことじゃない!」

 

 ああ、だからか。オリビアは気付く。

 レオナがこの屋敷で不安そうにしていたのは、自分のハッキリしない態度が招いた誤解だったのだと。

 

「――レオナさん。いいえ、()()()!」

「は、はい!」

 

 いきなり大声で呼ばれて背筋をピンと張るレオナの身体をギュッと抱きしめる。

 

 

 

「貴女はもう、私の。このサンドモール家の大切な家族よ」

 

 

 

 その言葉を聞いた途端。

 レオナの目から暖かい雫が零れた。

 

 許された。

 受け入れられた。

 私の居場所は、ここにある。

 

 サンドモール家に嫁いで5年。

 レオナは初めて、サンドモールの一員になったと実感できたのだった。

 

 

 

---

 

 

 

「私ね。剣術のことは少し分かるけど、魔術はサッパリなの」

 

 この杖もジャスティンからの借り物だしね、と苦笑するオリビア。

 正確にはジャスティンが収集していたコレクションの一部をコッソリ持ち出したのだが。

 

「だから知りたいの」

 

 息子が何をやっているのか。

 義娘が何を学んできたのか。

 孫がどんな道を歩もうとしているのか。

 

「教えてくれないかしら、()()()。私に魔術を」

「はい! 喜んで!」

 

 手を取り合って笑う2人の間に、もうこれまでの溝はなかった。

 




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間話「レオナの過去」

 なんならソフィアより先にキャラ設定思い付いたのがレオナだったり。


---レオナ視点---

 

 

 

 ──今日も1人、いなくなった。

 もうすぐ成人を迎え、この孤児院から出ていくはずだった男の子だった。

 お腹を空かせている子がいるとこっそりパンを半分くれるような、優しい人柄をしていた。

 ここ最近、毎日のように誰かがいなくなる。

 

 昨日は同室の女の子がいなくなった。

 自分と唯一の同い年。

 なにかに怯えるように回りの大人の顔色を伺ってばかりいる子だった。

 

 一昨日は年下の少年。

 5歳の誕生日を迎えた翌日にいなくなった。

 同年代の子どもたちを率先して遊びに誘うリーダー的存在だった。

 

 次は私だ。

 今朝、神父さまが誰かと話している声が漏れ聞こえた。

 

『儀式』『供物』『素質』『魔術』

 

 嫌な単語ばかりが耳に入ってくる。

 この孤児院で魔術が使えるのは私しかいない。

 

 他に魔術が使える年長者は、1週間前にいなくなった。

 今日いなくなった少年と同い年。

 一緒に冒険者になろうと小指を交えていた少女だった。

 

 どうして。

 1年前までこんなことはなかったのに。

 最近、神父さまが怖い。

 目がギラギラと飢えた獣のように光っている。

 ニコニコ笑って魔術を教えてくれた優しい姿は、大きく様変わりしてしまった。

 

 怖い。

 誰か助けて。

 死にたくない。

 

 頭から毛布を被って目を瞑る。

 気のせいだ。気のせいに違いない。

 あるいは、これは悪い夢なんだ。

 目が覚めれば、きっと皆がニコニコ笑って食卓を囲むにぎやかな朝が戻ってくるはず。

 

 ギシッ……

 

 ベッドが軋む音がする。

 掴んでいた毛布が無理やり剥がされる。

 自分の上に乗る神父さまを見た。

 

「どうせ捧げてしまうなら、味見くらい……」

 

 何を言ってるの。

 何をしようとしてるの。

 興奮した男を見てレオナは恐怖する。

 

 目が血走り、鼻息は荒い。

 押さえ付けられた手首が痛みに悲鳴をあげている。

 神父さまのゴツゴツした手がレオナの太ももを撫で──

 

 

 

 恐怖心からとっさに放った『火球弾』が、神父の顔面を襲った。

 

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛! あづいぃぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 顔を掻き毟り仰け反る神父の腹を蹴り飛ばす。

 机の上に置いてあった魔術の杖を手に取って走り出す。

 

「待て! このクソガキィ!!」

 

 後ろから聞こえる罵声。

 追いかけてくる足音。

 レオナは振り返らない。

 ただ必死で駆ける。

 

 教会を飛び出し、夜の街を抜け、森へ入る。

 襲いかかってくる魔物。産まれて初めて見る異形のモンスターを杖と魔術で必死に打ち払い。

 走る。

 ただ走る。

 魔物よりも恐ろしい者から必死で逃げ続ける。

 

 三日三晩。

 無我夢中で駆け続けたレオナはやがて、見知らぬ街へと辿り着いた。

 後ろから追いかけて来ていた声と足音は、いつのまにか消えていた。

 

 なんとか逃げ切れたという安堵感。

 緊張が解けると、今度は猛烈な空腹感と疲労感が襲ってきた。

 何か食事はないか。ゆっくり休めるところは。

 花の蜜に吸い寄せられる虫のように、良い香りをさせる屋台に近付いていく。

 

「銅貨3枚だよ」

 

 レオナはお金を持っていなかった。

 

 

 

---

 

 

 

 飢えをしのぐために路地裏で残飯を漁る。

 自分と同じようにズタボロの服を着ている連中と何度もすれ違った。

 

 そうした浮浪者の中に時折、ギラギラした目つきの男がいる。

 あの夜、神父の目に宿っていたものとそっくりの輝きに、レオナは激しく怯えた。

 杖を握りしめ、汚れにまみれ人目に付かない場所で眠れない夜を過ごす日々。

 金の稼ぎ方を知らない孤児の少女は、この世界の最底辺にいた。

 

 ある日の夕暮れ時。

 残飯を漁るために街を彷徨う。

 そんな時、灯りのついた一軒の家から楽しそうな笑い声が漏れ聞こえてきた。

 

「――10歳おめでとう!」

 

 窓からこっそり顔を覗かせれば、たくさんの贈り物を両手に抱えて嬉しそうに笑う少女と、その両親と思われる大人の男女がいた。

 幸せそうに笑う3人を見て、レオナは自分の5歳の誕生日を思い出した。

 

 たくさんの仲間に囲まれて、いつもは出てこない肉料理に頬を緩ませた幸せな瞬間を。

 教会は貧しく、その反対に孤児は多い。

 神父さまはいつも難しい顔をして帳簿と睨めっこしていた。

 それでも、子どもたちに囲まれている時は本当に幸せそうに笑っていた。

 

 教会の裏で始めた家庭菜園。

 実った野菜を茹でただけの質素な食事。

 でも、誰も嫌そうな顔はしなかった。

 そうだ。あの時は毎日が楽しかった。

 

 出ていった兄や姉は時折、教会に顔を出しては食事や玩具の差し入れをしてくれた。

 外の世界がどうなっているのか話してくれた。

「大きくなったらオレのところに来い」

 C級冒険者になったという兄は、剣術の稽古をつけてくれた。

 レオナには向いていなかったが。そうしたら剣の避け方を教えてくれた。

 その兄がどこにいるのか。

 ここがどこなのか。

 レオナには皆目、見当もつかない。

 

 少しでも神父さまの助けになりたくて魔術を覚えた。

 いずれは自分も神の洗礼を受けて、神父さまの隣で働いて支えたいと思っていた。

 大切な『家族』と、いつまでも一緒にいられる。

 そう、信じていたのに。

 

 いつからだろう。

 食卓に肉料理が並ぶのが当たり前になったのは。

 食事が豪勢になる度に、家族の誰かがいなくなるようになったのは。

 美味しいご飯を食べているはずなのに、誰も笑わなかった。

 神父さまもご飯を食べているはずなのに、何かに憑りつかれたようにやつれていった。

 

 今となっては、何もかもが懐かしい。

 貧しくても良かった。

 ご飯が不味くたって。肉が食べられなくたって。

 みんなが笑っていてくれれば良かった。

 それだけで幸せだったのに。

 

「っ…………ふっ、うぅ…………」

 

 レオナの頬を涙が伝う。

 窓の向こう、暖かい灯火に包まれた室内にある光景は、孤児の少女が何よりも欲しかった幸せだった。

 

 ああ、神様。

 本当に神様がいるのなら。

 

 どうか、私にも幸せを。

 裕福じゃなくてもいい。

 ただ家族で笑い合って楽しく暮らせる、そんな幸福を。

 

 もう一度、ひとりぼっちの私にも。

 もう二度と、この手からこぼれ落ちていかない愛情を。

 

 そんなありふれた幸せをください。

 

 路地裏でうずくまる少女はただ願う。

 

 

 

 傭兵稼業を生業とする冒険者にレオナが拾われたのは、その翌日のことだ。

 

 

 

 

 

---ジャスティン視点---

 

 

 

 ジャスティンは悩んでいた。

 

「おとーさま?」

「っ、ああゴメンゴメン」

 

 膝の上で本を読んでいた娘が不思議そうに顔を見上げてくる。

 愛娘の頭を優しく撫でながら考える。

 

 最近、レオナが一緒に寝てくれない。

 

 いや、寝てはいる。同じベッドで。手を繋いで。

 しかし違う。ジャスティンが求めているモノとは少し違う。

 

 ジャスティンはまだ25歳になったばかりである。

 まだ若い。男としては1番脂が乗っている時期。

 だからこそ、今の状況は生殺しに近い。

 

 愛する家族と半年という長い間別れなくても良くなったのだ。

 ならばもっとイチャイチャしたい。

 欲望に忠実なジャスティンは、不満のため息を漏らした。

 

「元気ないの?」

「あぁ、うん……」

 

 幼い娘に心配までかけさせる始末だ。

 レオナもこの屋敷に来る前後から妙に元気がないし。

 ソフィアのドレス姿を見てから少し調子を取り戻したと思ったが、また最近、塞ぎこんでいる。

 こんなことでは父として、夫として失格だ。

 

「おかーさまも、最近は元気ない……」

 

 ソフィアの漏らした声にハッとする。

 そうだ。自分のことで頭がいっぱいになっていたが、ソフィアだって母の落ち込んでいる姿は見たくないだろう。

 ソフィアは聡明な子だ。父と母の元気がないのを敏感に感じ取ってしまっている。

 心なしか、ソフィアの元気も最近はない気がしてきた。

 

 これではいけない。

 

 ここは妻のためにも。娘のためにも。

 一家の長である自分が頑張らねば。

 また元気な妻と娘に戻ってもらい、明るく楽しい日常を取り戻すのだ。

 

 そうとなれば、善は急げ。

 ジャスティンは立ち上がり、たしか母『オリビア』と一緒にいるはずのレオナに会いに走り出す――

 

「ソフィア! ダーリン!!」

 

 ドアを開けると、満面の笑みのレオナが抱きついてきた。

 

「おかーさま!!」

「ソフィアー!!」

 

 キャイキャイとはしゃぐ妻と娘。

 ポカンとする自分。

 

 …………あれ? 全然、元気じゃん。

 

「もう、何ボケッとしてるのダーリン!」

「行こう、おとーさま!」

「えっ。はい?」

 

 手を引かれて、状況が整理できぬまま歩き出す。

 いったいどこに向かうのか。

 なぜレオナが急に元気になったのか。

 疑問は山ほどある。

 だが、なんにせよ。

 

 妻に笑顔が戻って良かった。

 

 かつて魔術の研究で荒み切っていた自分に愛を教えてくれた女性の、幸せそうな笑顔を見て。

 ジャスティンはホッと胸を撫で下ろしたのだった。

 




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第十四話「才能」

 左手の親指の爪が剥がれたけどボクは元気です。
 痛いのやだ…………(´・ω・`)。


 今日も今日とて、朝早くから剣術の稽古をする。

 木剣を持った状態で、おじいさまの攻撃を避け続ける訓練だ。

 右に左に、上と見せかけて左から。

 とにかく襲いかかってくる剣から逃げ続ける。

 

 たまに、おじいさまの代わりにマーカス兄さまが相手になることも。

 マーカス兄さまの剣は一直線で、剣速もおじいさまより遅い。

 予備動作さえ見切れば簡単に避けることができるようになった。

 ただ、おじいさま曰く「日に日に剣の重さと速度が増している」そうだから、油断は禁物だ。

 

 一方のおじいさまは剣の速さもさることながら、とにかく攻撃の種類が豊富だ。

 さっきまで2回フェイントしてから攻撃していたのが、いきなり3回目のフェイントを入れてきたり。

 逆に、明らかにフェイントだと思わせる緩慢な動きから急加速、一気に薙ぎ払ってきたり。

 同じ動きでもそのどれが本命の攻撃なのか見極めないといけないから、とにかく見て考えて瞬時に判断する力が必要になる。

 

 それでもこの半年ほど。

 攻撃を喰らうのは2日に1回あるかないか。この少なさは、私の密かな自慢だったりする。

 自慢だったりしたのだが……

 

「わぷっ!?」

 

 バシャンッと。

 顔面に水の塊が当たる。

 思わず怯んで目を瞑ってしまった、次の瞬間。

 

「あいたー!」

 

 スコーンと。

 額に鈍い痛み。

 目を開けば、おじいさまがニヤリと笑って木剣を肩に担いでいた。

 

「視野が狭いのぅ」

 

 今日だけでかれこれ10回は木剣に小突かれてる。

 ドヤ顔する祖父がそれはもう憎たらしい。

 魔術師の力を借りてるくせにドヤ顔してるとか大人げないにも程があrムキー!! 次は絶対に避けてやるからな!

 

「もう1回!」

 

 グッと腰を落としておじいさまの一挙一動を見逃さないようにする。

 

「ソフィア、頑張ってー」

 

 相対する私たちから少し離れた位置にいるお母さまが、杖を構えながら声をかけてくる。

 さっきから私の回避する方向へ的確に水弾を撃ってくる役割をしている。

 

 剣士と魔術師の両方を同時に対処するための訓練。

 今日始めたばかりだけど、これが難しい。

 おじいさまの方に意識を向けると水に濡れるし、お母さまの方を対処しようとすると、一瞬の隙を縫っておじいさまの斬撃が飛んでくる。

 あっち見てもダメ。こっち見てもダメ。

 ちょっと混乱してきた。

 

「考えるだけでなく肌で感じること。

 それも水神流の基本だぞ!」

 

 考えるな、感じろってか。

 たしかに見て考えて動くよりも、反射的に動いた方が考える時間が省けて回避は早くなる気もする。

 それじゃ、試しにおじいさまの剣を直感で避けてみることにしよう。

 

 おじいさまが最初に繰り出してきたのは上段から振り下ろす一撃。

 ()()()()()()()。ので、左にズレて回避する。

 

 でも、これはフェイント。私が避けた方向に曲線を描いて剣が降ってくる。

 ()()()()()()()。ので、身体を回転させながら後方に回避する。

 

 さらに次。振り下ろした剣を今度は斜めに跳ね上げるように斬りかかってくる。

 ()()()()()()()。ので、更なる追撃を避けるように大きく右に跳ぶ──

 

 水が来る。

 

 視界の端に一瞬見えたお母さまが杖を降る姿。

 自分の着地点にお母さまの水弾が来る。

 ()()()()タイミングでの攻撃。

 

 でも、分かったところでもう遅い。

 すでに私の両足は地面を蹴ってしまった。

 身体は空中、もう今は着地と同時に水弾を喰らうのを待つしかない。

 

 本当に?

 

 とっさに両手を下に向ける。

 両手のひらから風を作り出して、空中ジャンプのように自分の身体を浮き上がらせる。

 飛距離を増したことで本来の着地点より遠くまで跳び、水弾を回避することに成功した。

 

 さらに追撃してこようとしたおじいさまも、味方であるお母さまの水弾が邪魔で深追いしてこれない。

 そうしてわずかな余裕が生まれたことで、私は態勢を立て直すことができた。

 

 ……ヤバい。

 うっかり魔術を使っちゃった。

 いや別に禁止されてる訳じゃないんだけど、剣術の稽古中に魔術を使うのは反則じゃん?

 だから使わないようにしてたんだけど、さっきは深く考えず無意識に使っちゃった。

 

 おじいさまは難しい顔をして唸っている。

 それからなにかを確かめるように深く頷いた。

 

「……ソフィア!」

「はい!」

 

 叱られる!?

 

「剣の振り方を教える! 今日から素振りを怠るな!」

 

 マジで! いいの!?

 

「はい! 頑張ります!」

「うむ! 次からは反撃も許す!」

 

 おじいさまの木剣を避け続けて半年。

 ようやく、本格的に剣の稽古が始まることとなった。

 

 

 

 

 

 

---カイロス視点---

 

 

 

 素晴らしい。

 カイロスはソフィアを抱き上げこれでもかと褒めてあげたい衝動に駆られた。

 しかしダメだ。師匠として剣を教える時は厳格にしなければならない。

 これは初めてできた孫娘をついつい甘やかしたくなってしまうカイロスの自制だった。

 

 最初に剣を避け続ける訓練をさせた目的は、基礎体力をつけるため。

 ソフィアの幼く小さすぎる身体は、外でろくに遊ぶ機会もなかったせいか剣を振るうには脆弱すぎた。

 だから最初は剣を振らせず、剣筋を見極める方を優先させた。

 とはいえ。

 いくら最初だからと手を抜いていたとはいえ。

 

 まさかいきなり初日にすべての攻撃を見切り回避するなんて思っていなかった。

 

 ソフィアの観察眼と瞬時の判断能力は桁外れだ。

 一度見た技を決して避け間違わない。

 こちらが()()()()()()()ような錯覚に陥るほど、その両目を見開いてジッと一挙手一投足を観察してくる。

 ソフィアの鍛錬を始めてから。

 いや、おそらくはマーカスとの鍛錬を見学している時から。

 とにかくソフィアは見て学ぶことを徹底していた。

 

 そして、見てしまえば次の失敗はない。

 1つの技を見せてしまえば、そこから派生するフェイントも連撃も意味をなさない。

 逃げ方はフラフラ危ない足取りだったり地面に這いつくばったりと不格好だが、それでもカイロスの攻撃は面白くないほどに当たらなかった。

 直感的に避け方が分かるのだろう。

 右へ左へ踊るように剣を避けるソフィアの動きは日に日に洗練されていく。

 

 

 敵の攻撃を見極めて適切なカウンターを叩きこむ。

 水神流の基本中の基本。

 そのうち「見極める」ことに関して言えば、ソフィアはわずか3歳にして既に達人の域に達していると言えよう。

 

 レオナに頼んで魔術による支援も加えた。

 1対2という人数不利。しかも前衛と後衛が連携を取れている。

 ましてや上級剣士と聖級魔術師を相手にしているのだ。

 

 実戦経験を多く積んだ者でなければ、避けることは難しい。

 しかしソフィアは、たった1日で回避できるまでに成長した。

 自分の予想外のタイミングで放たれた魔術を回避した。

 まさか魔術を回避行動に使うとは。

 そのとっさの判断能力と思い切った行動力にカイロスは感嘆する。

 

 この半年間で身体も成長し、剣の素振りに耐えられるだけの身体になった。

 そろそろ本格的に剣術指南を始めても良いだろう。

 ソフィアに剣の握り方を教えつつ、明日からの鍛錬の内容を練り始めたカイロスだった。

 

 

 

 

 

---ソフィア視点---

 

 

 

 アメリアから泥遊びは禁止されてしまったけど。

 やっぱり何かコツをつかめたのか、土系統の魔術は上級まで修得できた。

 

「よし、次は『砂嵐』ですね。すぐにでも見本を見せてあげなければ──」

「王都を砂漠にするつもりか馬鹿者!」

 

 自分の得意系統を使えるようになったことがよっぽど嬉しかったらしい。

 暴走したお父さまがおじいさまに殴り飛ばされていた。

 すぐ駆け寄って回復魔術をかけてあげると満面の笑みで抱き上げてきた。

 

「ありがとうソフィア! 優しい娘に育ってくれてパパは……

 あれ? なんか重くなったかい?」

 

 おいデリカシー。

 

「女の子に向かって太ったとは何事ですか!」

 

 今度はおばあさまに風魔術で吹き飛ばされた。

 おばあさまもお母さまに魔術を習い初めてもう1年。風の初級魔術を覚えた時はすごく嬉しそうだった。

 私も風系統はまだ初級。もっと頑張らないと。

 

 でもなぁ。土系統はキッカケを掴んだし、火系統は使えない理由もハッキリ分かってるけど。

 風系統はなんで使えないのか分からないんだよね。

 別にトラウマになるようなことはないと思うんだけどなぁ。

 まあ単純に向いてないのかもしれないし、深く考えすぎないようにしよう。

 

 そうそう、回復魔術も上級まで使えるようになった。

 毎日のように怪我してるマーカス兄さまを治癒していた成果が出たらしい。

 ちなみに回復魔術をかけたマーカス兄さまとお父さまは、血縁ということもあってかよく似たデレッとした笑顔を浮かべる。

 

 お父さまはともかくマーカス兄さまの笑顔は絶妙に気持ち悪いから、本音を言えば回復してあげたくなかったりする。

 でも痛いのは嫌だからね。仕方ないね。

 私の成長にも繋がるし、仕方ない。うん、仕方ないんだ。

 …………1回、あの気持ち悪い笑顔をぶん殴ってみようかな。

 

 ともあれ、これで3系統の上級を修得できた。

 あとは火のトラウマを克服することと、聖級魔術の修得だ。

 『豪雷積層雲』は1回失敗したけど感覚は覚えてるから次は成功させられると思う。『砂嵐』はお父さまに教わればいい。

 問題は回復魔術。お母さまも上級までしか知らないし、お父さまは専門外みたい。

 ラノア魔法大学まで行けば学べるのかな? 将来は魔法大学に行かせてもらうことも視野に入れておこう。

 

 

 

---

 

 

 

 修得状況とはちょっと別件で1つ。

 おじいさまとの剣術の稽古で、とっさに風魔術を使って攻撃を避けた時。

 とっさのことだったから無詠唱だったんよね。

 

「ソフィア! あなた無詠唱できるの!?」

 

 それを見たお母さんがものすごい勢いで詰め寄ってきた。

 なんで今まで隠してたのーなんて言われた。

 

 別に隠してた訳じゃなくて、魔術の勉強中はお母さまが詠唱してるからそれに倣ってただけなんだよね。

 でも、お母さまの前で詠唱しないで魔術を使ったことの1回や2回くらい…………

 

 …………なかったかもしれない。

 マーカス兄さまに治癒魔術をかける時や水浴び用の水を汲む時なんかは普通に無詠唱だったんだけどね。

 まあ、タイミングが悪かったということでここは1つ。

 

「すごいわー! うちの娘は天才よー!」

「将来は王級、いや帝級だって夢じゃない!」

 

 お母さまとお父さま大喜び。

 おばあさまはあらあらウフフと微笑んで。

 おじいさまとマーカス兄さまはキョトンとしていた。

 魔術師じゃないと無詠唱のすごさって分からないよね。

 

 かくいう私も、ルーデウスがあれだけ簡単に使ってたからそのすごさをいまいち理解していなかったわけだけど。

 とにかく。

 両親から無詠唱で魔術を使うことを推奨されたので、私はそれに従って粛々と魔術の鍛錬に励むのだった。

 

 ちなみに火はまだ怖い。

 




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第十五話「失踪」

 左手の親指の爪が剥がれましたって話を昨日書いたんですが。
 キーボードのスペースキーを無意識で押すと激痛で「うひょぉあああああああ!!!!!」ってなります。
 痛いのヤダ(´・ω・`)。


 ソフィアお嬢様がスカートを履いてくれない。

 

 そう言ってオリビアに泣きついてきたのは礼儀作法を教える先生とメイド長を兼任するグレースだった。

 元々は長男ジェームズの乳母として雇われたグレースだったが、その生真面目さと礼儀正しさをオリビアが気に入り、ジェームズが乳離れした後も使用人として雇われ続けることになった過去がある。

 

 外から先生を雇うくらいならグレースに任せてはどうか。

 オリビアの提案をカイロスは快く承諾した。

 30年近くサンドモール家に勤め続けたグレースは、それだけの信頼と実績を積み重ねていたのだ。

 

 そんなグレースが弱音を吐く。

 30年で初めての出来事に、オリビアは目を丸くした。

 驚いたが、何はともあれ話を聞いてみる。

 グレースは涙ぐみながらポツリポツリと説明する。

 

 挨拶やお辞儀といった基本的な礼儀の授業は順調に進んでいる。

 食事のマナーも、大口でバクバク音を立てながらよく噛まずに食べるという悪癖があるものの1年間しっかり練習したおかげで最近は淑女らしい食事姿が見られるようになった。

 問題は歩き方やちょっとした仕草。いわゆる作法の部分にある。

 

 女性らしくないのだ。

 大股で早歩き。腕をしっかり振りながら歩くその姿はまるで男性そのもの。

 カイロスの真似をしてしまっているのか。剣術の稽古をしているからゆっくり動くのが苦手なのか。

 

 とにかく。

 ただ女性らしく歩く。

 そんな単純なことがいつまで経っても出来るようにならないソフィアを見て、グレースは考えた。

 

 考えた末に出した結論が「ズボンを履いているから」だった。

 母親のレオナもこの屋敷に来た時はズボン姿で、冒険者だったこともあってか歩き方もどこか貴族の女性とは異なっていた。

 しかし貴族らしくスカートを履くようになってからは淑女らしく小さな歩幅で静かに歩くようになっている。

 きっとソフィアお嬢様もスカートを履けばそうなるだろう。

 そう思ってソフィアにドレスを着るようお願いしてみたところ、

 

 

 

「動きにくくなるからヤダ!」

 

 

 

 身も蓋もないとはまさにこのことである。

 

 しかしグレースも大人しく引き下がるわけにはいかない。

 あの手この手を使ってソフィアにスカートを履かせようと試みた。

 

 まずはソフィア付きになったアメリアに履くよう言ってもらった。

 なんと言ってもアメリアには、マーカス坊ちゃまの誕生日パーティでソフィアお嬢様にドレスを着せた実績がある。

 ソフィアお嬢様もアメリアには懐いているようで楽しくお喋りしているし、きっと言うことを聞いてくれるはず。

 

 そんなグレースの狙いは見事的中。

 ソフィアはその日、渋々といった様子で長いスカート丈のドレスを身に纏い――

 

 盛大にすっ転んだ。

 

 次の日から、ソフィアは絶対にスカートを履かなくなってしまった。

 転ぶのが嫌なら短い丈のスカートなら大丈夫だろう。グレースはアメリアにお下がりを用意させた。

 

 

 

「そんな露出の多い格好はヤダ!」

 

 

 

 言われてみれば、ソフィアが好んで履くのは長ズボン。半ズボンなどを履いている様子はなかった。

 ならば肌が見えないように、とドロワーズを用意させた。

 年頃の少女が気に入るように、カラフルなリボンやレースをあしらった可愛らしい一品を用意した。

 

 

 

 ソフィアは逃亡した。

 

 

 

---

 

 

 

「もう無理です! 私にはお嬢様のことが理解できません!」

 

 泣き崩れながらそう訴えるグレースに困り果ててしまうオリビア。

 とても2人の娘を立派に育て上げた母親とは思えぬその姿に、なんと声をかけてよいか分からなかった。

 周りに控える使用人たちも、初めて見る自分たちの上司が号泣する様子を見て驚いて顔を見合わせる。

 

「どうした! なぜグレースが泣いている?」

 

 そこに騒ぎを聞きつけたのかカイロスがやってきた。

 事情を聞いたカイロスは一計を案じる。

 

「では、ソフィアを外に出してみようではないか」

 

 思えば、王都に来てからソフィアを屋敷の外で遊ばせてあげたことはほとんどなかった。

 ソフィアと同年代の女の子はこの屋敷にいない。

 唯一年の近いマーカスは男だし、そもそも7歳も離れている。

 蝶よ花よと愛でて育てるのも良いが、狭い世界だけで暮らしていてはソフィアの人格形成にも悪影響だろう。

 街に出て、同年代の少女がどんな服装をしているのか。何に興味を持っているのか。そういうのを見て学ばせてみよう。

 

 思い立ったが吉日。

 カイロスはさっそくソフィアを連れ出した。

 ちょうど、馴染みの鍛冶師のところに新しい剣を取りに行く用事もあった。

 

 鍛冶屋に向かう道すがら。あえて馬車ではなく徒歩でノンビリあっちこっちを見て歩く。

 カイロスとしては、グレースのこともあるし同年代の女子に目を向けてほしかった。

 しかしソフィアの興味を惹いたのは、道を歩く冒険者や魔術師の杖を取り扱う店舗。

 

 そして店の前をホウキで掃いている店員だった。

 なぜそんなものを、とカイロスは首を傾げる。そういえば屋敷に来たばかりの頃も、グレースたち使用人の掃除を手伝おうとしていたらしい。

 

 まさか将来の夢は魔術師でも騎士でもなく使用人?

 嫌な予感を振り払うように頭を振る。

 ともかく、可愛い孫娘に掃除なんてさせられるか。

 カイロスはソフィアの手を引いてその場を離れたのだった。

 

 その後もソフィアが淑女らしい服に興味を惹かれることはなかった。

 服飾店に連れて行っても「お母さまに似合いそう!」と言って母親にプレゼントするドレスを選び出す始末。

 すまんグレース。ワシでは力不足だったようだ。

 カイロスはがっくり肩を落とした。

 いくら服装を自由にさせていても、可愛い孫のドレス姿を見たい気持ちは祖父も同じだったのだ。

 

 

 

---

 

 

 

 鍛冶屋に着いて依頼していた剣を受け取る。

 剣神流の中級として認められたマーカスに贈る用の剣だ。

 ソフィアは物珍しそうに店内に飾られた剣を見て回っていた。

 

「お嬢ちゃんが見ても面白く無かろうに」

「そんなことはない。ソフィアはああ見えても剣の稽古をしている」

「あの細腕でねぇ……」

 

 訝しそうにソフィアを見る職人に、後々ソフィアの剣も作ってもらおうと考える。

 一度模擬戦を見せれば、いかに頑固なこやつだろうとソフィアの実力を認めざるを得まい。

 その日が楽しみだ。目の前のしかめ面が驚く顔を思い浮かべてカイロスは高笑いした。

 

「剣はご自分で作ってるんですか?」

「ああ。すぐ裏の工房でな」

「火を使ってるんですか」

「そりゃ、使わなきゃ剣を打てねえだろう」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 ソフィアが何やら妙な質問をしていたが、機嫌の良いカイロスは大して気に留めなかった。

 そして帰る道すがらでも宝石店や幼児向けの服飾店に寄り道する。

 しかしそのいずれにも、ソフィアが興味を惹かれることはなかった。

 

 落胆してしまったカイロスだが、ソフィアの様子を見て思い直す。

 黙り込んで何かを考え、たまにブツブツと呟くソフィア。

 孫は頭の良い子だ。こうして見て回ることで何かを感じ取ったに違いない。

 ひょっとしたら、グレースの苦悩やカイロスの望んでいることまで読み取ってくれたかもしれない。

 

 どちらにせよ、焦る必要はないのだ。

 5歳の誕生日まではあと1年ある。

 礼儀作法はゆっくり勉強していけばいい。

 カイロスは未来を楽観的に考えながら屋敷に帰った。

 

 

 

 その翌日、ソフィアが失踪した。

 




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P.S.

 今日、可能なら2話投稿します。


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第十六話「鍛冶師と幼女」

 見れば分かるってすごい特技ですよね。
 俺にもくれ(切実)。


 ホッタンフィールドの朝は早い。

 まだ辺りが暗いうちから工房の炉に火を入れる。

 金属を熱し、金床で叩く。

 冷めたらまた熱して叩く。

 ただひたすら、無心になって叩く。

 ホッタンフィールドが何よりも生きていると実感するのが、この瞬間だった。

 

 その日の朝も、ホッタンフィールドはいつもと同じく炉に火種を投じた。

 そして朝の空気でも吸って眠気を冷まそうと外に出た。

 それはいつもと同じ朝だった。

 

 ただ1つ違っていたのは、目の前に昨日見た幼女が立っていたことだろうか。

 

 ギョッとするホッタンフィールド。

 なぜこんな朝早くから貴族のご令嬢が外に出ているのだ。

 そもそもなぜ自分の店の前に立っているんだ。

 内心で首をひねる大男に向かって、小さく幼い少女は頭を下げる。

 

「剣を打っているところを見せてもらえませんか」

 

 

 

---

 

 

 

 ダメだ、と拒否することはできた。

 サンドモールの屋敷まで送ってやることもできた。

 余計な邪魔をするなと叱りつけることもできた。

 

 しかし、ホッタンフィールドはそのどれも実行に移さなかった。

 いや、移せなかったのだ。

 吸い込まれるように綺麗な瞳。その奥に宿る、何か熱い焔を見た。

 

 気づいた時には、工房の金床の前に立っていた。

 椅子に座りジッとこちらを見ている少女を見てため息を漏らす。

 子供は苦手だ。ワガママだし、イタズラをするし、好奇心の赴くままに生きている。

 しかし上客の、ましてや友人の孫となれば邪険に扱うわけにもいかない。

 

「邪魔はするなよ」

「はい」

 

 釘を刺してから、目の前の金床と改めて向き合う。

 小槌を持ち、一心不乱に目の前の金属を打ち付けていく。

 そこに邪念はなく、目の前の剣になる金属と対話する至福の一時が──

 

 しかしその日は、どうにも集中することができなかった。

 後ろからの視線が気になってしかたない。

 手を止めて振り返ると、視線の主とバッチリ目が合う。

 

 身を乗り出すように自分の一挙一動を観察している。

 見開かれた瞳は瞬きをしているのかと思うほどだ。

 その目を見返して、おやと気付いた。

 

「お前さん、右と左で少し目の色が違うんだな」

「? そうですか?」

 

 火の揺らめきに反射する色が、わずかだが異なる。

 左目は右目に比べてやや色素が薄く、光の加減によっては髪色と同じ金色に見える。

 

 炉の炎と同調するように色が変わる瞳を()()()ように見ていたホッタンフィールドは、慌てて頭を振った。

 ガキの両目の色なんかどうでもいいじゃないか。

 気を取り直して再び目の前の金属を鍛えることに専念する。

 

 しかし、どうにも後ろが気になる。

 思えば、鍛冶職人としての仕事を誰かに観察された経験などなかった。

 弟子入りを志願する輩もいたが、自分が気に入るような奴はいなかった。

 常連のカイロスだって、工房に足を踏み入れてきたことはない。

 

 だからだろうか。

 自分の作業を身動ぎ1つせず注視してくる年端もいかない少女に興味が湧いてしかたない。

 

 いや、邪念は剣に不純物を混ぜるだけだ。

 集中しろ。いつもやってきたように、目の前の金属を鍛えあげることだけに集中するんだ。

 自己暗示をかけるようにウンウン唸りながら、熱が下がり固くなってきた金属を炉の中に突っ込んだ。

 ジュウゥゥ……と大きな音が工房内に響いた瞬間、

 

「っ!」

 

 背後の少女が小さな悲鳴を漏らしたのを、ホッタンフィールドは聞き逃さなかった。

 なんだ。可愛いところもあるじゃないか。

 ちょっとしたイタズラ心が芽生える。

 

「なんだ。お前さん、火が怖いのか」

「…………怖くない、です」

 

 振り返ると、どこか拗ねたように頬を膨らませながら居心地悪そうにモジモジしている少女がいた。

 その意地っ張りな様子が、ますますホッタンフィールドの嗜虐心をくすぐる。

 

「おいおい、嘘は良くないぜ? 嘘をつくとスペルド族がやってきて、頭からパクリと喰われちまう」

 

 古くからの言い伝えを口にする。恐ろしいスペルド族の昔話を躾のために言い聞かせられるのはどこの家庭でも共通している。

 この少女だってこれを聞けば大人しくなるだろうと。

 だが。スペルド族と聞いたとたん、目の前の少女は元気を取り戻した。

 

「知らないんですか? スペルド族は魔神ラプラスに操られてただけで、ホントは心優しい魔族なんですよ!」

 

 ビキッ! とホッタンフィールドの額に青筋が走った。

 腰に手を当ててフフンと得意気に鼻を鳴らす姿はまさに、ホッタンフィールドが大嫌いな、生意気な子どもそのものだった。

 これはちょっとお灸を据えなければならない。手に持っていた小槌を置いて立ち上がった。

 

「そうかそうか。スペルド族は怖くないか」

「もちろんですとも!」

「それじゃ、お前さんは怖いものなしってわけだ?」

「え? いや、そういうわけじゃないですけど……」

 

 チラリと目線が逸れた先には、ホッタンフィールドが持つ火箸に挟まれた真っ赤に燃える金属。

 

「なんだ。やっぱり怖いんじゃねえか」

「こ、怖くないし!」

 

 強がる少女。

 だが声は震えているし、目には涙が浮かんでいる。

 まったく、素直じゃないな。

 くだらない意地を張る少女にちょっと意地悪してやろうと、ホッタンフィールドは悪い笑みを浮かべた。

 

 そんなに怖いなら、思う存分触らせてやろう。

 生意気を言った罰だ。

 ホッタンフィールドはソフィアを持ち上げると金床の前まで運んでいく。

 

「アッツ! 近い、火と近い!」

「こんぐらい大丈夫だ。燃えやしねえよ」

 

 椅子に座ると膝上にソフィアを乗せる。

 髪越しに香ってきた甘い匂いにクラッとするが、ガキ相手に馬鹿なと気を引き締める。

 

「ほれ、これを持て」

「は、はい」

 

 右手に小槌を握らせ、それを補助するように自分の手で包み込む。

 そして大きく振りかぶった。

 振り下ろすと、包み込んだ柔らかい手を通してジーンと痺れるような振動が伝わってくる。

 

「いったーい!?」

「それが良いんだろうが。まだまだいくぞ!」

「うえぇぇ!?」

 

 ガン、ガン、ガン

 

 繰り返し、繰り返し叩く。

 冷めたら熱して、また叩く。

 1回叩く度にギャーギャー騒いでいた膝上の少女は、いつしか黙って手元を見ていた。

 先ほどまで自分を見つめていた瞳は、赤々と燃える火と金属から目を離さない。

 火に揺らめいてキラキラと色を変える右目は宝石のように綺麗だった。

 

 百近く小槌を振るったあとに、ようやくソフィアを解放する。

 慣れない作業に疲れたのか、膝の上でグッタリ力を抜く少女の頭を撫でる。

 子ども特有の甘い匂いが鼻孔をくすぐった。

 

「んで、どうだった」

「はえ?」

 

 どこか気の抜けた様子の少女を見て笑みが零れる。

 自分も最初はそうだった。叩くだけで疲れ果てて頭がボーッとして。

 でもそれが何とも言えない心地良さを生み出していた。

 だから俺は鍛冶が好きなんだ。

 

「楽しかったか?」

「…………はい」

「まだ火は怖いか?」

 

 キョトンと目を瞬かせた後、しばし考えこんで。

 ソフィアはパッと顔を上げた。

 

「――もう大丈夫です!」

 

 それでいい。

 お仕置きしてやろうという気持ちはどこへ行ったのか。

 ホッタンフィールドは、何とも言えない達成感に酔いしれた。

 

「ホッタンフィールドォォォォ!!」

 

 工房の外から聞き慣れた大声が響いてきた。

 ソフィアと顔を見合わせた後、笑い合う。

 

「はいよ。そんなに叩くとドアが壊れちまうだろうが」

「ソフィアは! ソフィアはいるか!?」

 

 扉を開けた瞬間に押し入ってきたカイロスは、大切な孫娘の無事な姿を見て号泣しながら抱き寄せた。

 だが、それほど大切に思う気持ちもどこか分かる気がする。

 自分に改めて鍛冶の面白さを教えてくれた少女が揉みくちゃにされているのを見ながら、ホッタンフィールドは言いようのない満足感を感じていた。

 

 

 

 ソフィアが火上級魔術を修得したのは、その1週間後のことであった。

 




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第十七話「師匠」

 俺はロリコンじゃない。
 でもロキシーは神。


 ロキシーがやってきた。

 

 それは本当に突然のことだった。

 家族で夕食を囲む団欒の一時。

 マーカス兄さまの学校でのお話とか、おじいさまが最近の騎士は弛んでるって愚痴を漏らすとか、おばあさまが庭園に何の花が咲いたとか。

 

 そんな取るに足らないアレコレを話している最中。

 隣に座るお父さまが、そういえばと切り出したのだ。

 

「今日、魔法大学時代の先輩にお会いしましてね」

 

 王宮ですれ違ったので思わず声をかけたらしい。

 何でもとある王子の家庭教師として雇われたのだとか。

 

 私はグレースさんから習ったテーブルマナーを実践しようと悪戦苦闘しつつ、どこかで聞いたことがある話だなーなんて、他人事のように聞き流していた。

 

「ああ、騎士団の方でも噂になっていたな。たしか単独で迷宮を踏破した、まだ幼い水聖級魔術師だったか」

「いえ、魔族なので若く見えるだけで、たしかもう30は軽く越えていたはずですよ」

 

 ……いや、聞いたことあるというか。

 私はその話を()()()()()

 必死に動かしていたナイフを止めて聞き耳を立てる。

 

「そうか。それなりに場数を踏んできたベテランというわけだ。ぜひ一度会ってみたいな」

「もしロキシー先輩のお時間が合えば、その時は屋敷に連れてきましょう」

 

 ロキシー・ミグルディア。

 原作のメインヒロインの1人が、とうとうシーローン王国にやってきた。

 

「ロキシーって人はそんなにすごいのねぇ?」

 

 聞いていたお母さまが膨れ面になっている。

 それを見ておばあさまがあらあらと笑う。ついでに私もあらあらと真似しておく。

 愛する夫が自分以外の女性のことを嬉しそうに語る。そりゃあ嫉妬するってもんですよ。

 さあお父さま。拗ねてしまったお母さまをどうやって慰めるつもりですか?

 

「そうなんですよ! ロキシー先輩はすごいんです! 大学時代も――」

 

 ダメだコイツ。

 憧れの先輩に会えて嬉しいのは分かるけど、そんなんじゃ愛想尽かされちゃうよ?

 ほら、お母さまとおばあさまの目がドンドン冷たくなってく。

 おじいさまとお兄さまは興味深そうに聞いてるし、私もできることならロキシーの話を聞いていたいけど。

 

「――それで、師匠であるジーナス先生と言い争いする声がアイデッ!」

 

 饒舌に喋り続けるお父さまの脛をおもいっきり蹴りつける。

 何が起こったのかとキョロキョロ見回すお父さまの目が留まった先には、食事の席を立とうとするお母さま。

 

「は、ハニー?」

「なんですか。ジャスティンさん」

 

 お母さま、思ったより怒ってるみたい。こりゃ止めるタイミング遅かったかな。

 自分が何をしたのか察したらしい。ガックリ肩を落とすお父さま。

 すまんなパパ。ルーデウスじゃない私にこれ以上のフォローは無理だ。

 

 お母さまとおばあさまが席を立ち、すっかりお通夜状態になった食卓。

 すっかり冷めてしまったスープを飲みながら、おじいさまがポツリと漏らす。

 

「ロキシーさんを我が家に招くのは、当分やめた方が良いな」

「はい……」

 

 それにしても。

 家族大好きなジャスティンをここまで夢中にするロキシー。

 さすがメインヒロインの1人なだけはある。

 私の中で、まだ会ったことのないロキシーに対する評価が勝手に上がったのだった。

 

 

 

---

 

 

 

 翌日。

 午後の最初は礼儀作法のお勉強。

 とは程遠い、鬼ごっこの時間。

 

 ドレスを持つグレースさんからどうにかして逃げようとフェイントを駆使して立ち回っていると、アメリアさんが慌てた様子で入室してきた。

 何かをグレースさんに耳打ちすると、グレースさんが険しい表情に変わる。

 

「どうかしたんですか?」

「何でもありません。ですが、今日のお勉強はここまでにしましょう」

 

 あれだけ必死になってドレス着せようとしてたのを唐突に中止して、

 何でもないってことはないだろうに。

 

「レオナ様のご様子は?」

「それが、どうしても行きたくないと」

 

 お母さまは今朝から不機嫌だったからなぁ。

 魔術の授業もお休みにして、おばあさまとずっとお話してたみたいだし。

 

「オリビア様はなんと?」

「今日はレオナ様の傍にいたいと仰っています」

 

 グレースさんが眉間の皺をほぐしながらため息をつく。

 何やらお困りの様子だ。

 お母さまとおばあさまにしか対処できない緊急事態が発生したっぽい。

 何があったか聞きたいけど、ただでさえ礼儀作法の勉強で反抗している立場。忙しい時に余計に困らせることはしないでおこう。

 ……決して、なんか面倒事になりそうだから巻き込まれないようにしようとかは思っていない。

 

「あの、ソフィアお嬢様でしたらどうですか?」

 

 おいやめろアメリア。せっかく大人しくしてるんだからこっちに話を振るんじゃない。

 グレースさんも、そんな険しい顔で私を見ないでほしい。

 怖いから。なんかモゴモゴ言ってるのが余計に怖いから。

 

「……お嬢様」

「な、なんでしょーか?」

「ジャスティン様に荷物を届けに、王宮へ行っていただけますか?」

「行きます!」

 

 その瞬間、私の脳裏に浮かんだのは。

 お父さまの顔ではなく、青い髪で小柄な聖級魔術師の姿だった。

 ロキシーに会えるかもしれない!

 薄情かもしれないけど、お父さまの忘れ物のことなんか頭から吹き飛んでいた。

 いややっぱりね、メインキャラに会えるってのは原作の1ファンからすれば夢ともいえる幸せでね、

 

「ただし、()()()()()()()()()()()()

 

 ……………………はい?

 

「さすがに登城するのに男装したままというのは、あまりに失礼ですので」

 

 ということで。

 人生で2回目のドレスを着ることになった。

 ……上手い具合にグレースさんの罠に嵌められた気が、しないでもない。

 

 

 

 

 

---ロキシー視点---

 

 

 

「~~~♪」

 

 おっといけない。

 鼻歌を歌いながら廊下を歩いていると、すれ違った騎士の方に不思議そうな目で見られてしまった。

 ここは王宮なのだ。王子の家庭教師を務めているわたしにも礼節が求められる。

 もう一介の冒険者ではないのだ。周りの目線も気にしなければ。

 

 けれども、機嫌が良くなるのも仕方がない。

 家庭教師になったことで閲覧が許可された王国の書庫にあったのは、水王級の魔術に関する書籍。

 さっそく持ち出しの許可を得て、自室に向かう私の腕には1冊の本が大事に抱えられている。

 これで魔術師として次のレベルに行ける。

 目標である水神級の魔術師まで、確実に1歩前進できる。

 そう考えるだけで胸が高鳴るのを抑えられなかった。

 

 今日はもう王子様は魔力切れを起こしてしまったので授業はない。

 明日はお休みだし、どこか開けた場所まで出かけて王級魔術の試し撃ちをしてみよう。

 そんな風に考えながら廊下の角を曲がったところで、小さな女の子と鉢合わせた。

 

 王宮内にいる年端もいかない女の子。

 ということはつまり、王女様かそれに準ずる王族の関係者に違いない。

 そう判断したわたしは道を開けて頭を下げる。

 下げようとした。

 

 しかし、わたしが帽子を取って頭を下げるよりも先に。

 少女が膝をついたのだ。

 わたしの目の前で。

 わたしに向かって。

 

「ロキシーさん!」

 

 わたしの名前を呼びながら。

 

「私に魔術を教えてくださーい!!」

 

 床に頭を擦りつけた。

 

「ちょっとお嬢様、何やってるんですか!?」

「止めないでアメリアさん! 私はこの胸に迸る熱い情熱(パトス)を止められないの!」

「何言ってるか分からないです! いいから立ってくださいよ!」

 

 付き人だろうか。メイド服に身を包んだ若い女性が少女を立たせようとするけど、まるで地面に縫い付けられたとでも言わんばかりに少女は動かない。

 でも困る。

 やんごとなき身分の人を廊下のド真ん中で這いつくばらせているなんて、あまりにも外聞が悪すぎる。

 

「あ、あの。とりあえず顔をあげてください」

「はい!」

 

 パッと顔をあげた少女。

 別れた時のルディと同じくらいの年齢だろうか。

 目がキラキラと輝いて眩しい。

 この目は見たことがある。

 ルディがわたしを見る目にそっくりなんだ。

 …………もちろん、何か下世話なことを考えている時の目ではない。

 

 だけどわたしはこの少女を知らない。

 知らない誰かからいきなり魔術を教えてくれと言われても、快く承諾できるわけがない。

 第一、今のわたしは王子様の家庭教師。

 水王級魔術の修得もある。

 

 とても誰かに魔術を教えられる余裕はない。

 だから申し訳ないけど、このお願いは断らせてもらおう。

 そう返事しようと口を開こうとした瞬間、

 

「おーい! ロキシー!」

 

 後ろからドタドタと騒々しい足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、わたしが魔術を教えることになった第七王子パックス様がいた。

 わたしに何か用事でもあったのだろうか。

 パックス様はわたしと、わたしの後ろで床に座り込んだままキョトンと目を丸くする少女をしばし見比べた。

 

「…………フッ」

 

 そして、何か悪巧みを思い付いたと言わんばかりの不敵な笑みを浮かべる。

 わたしはこの嫌な予感がどうか外れてくれと心中で願ったが。

 もちろんそれが叶うことはなく。

 

 パックス様と一緒に、少女――ソフィア・サンドモールにも魔術を教えるよう命令が出されたのは、その日の夕方のことだった。

 

 

 

 

 

---ソフィア視点---

 

 

 

 王都ラタキアから馬で移動すること数時間。

 何もない草原に、チラホラと木が生えている、そんな場所まで来た。

 朝早くに出発したというのに、太陽はもう直上に差し掛かっている。

 

「すぅー、はぁー」

 

 目を閉じて深呼吸を繰り返すロキシー。

 どこか緊張しているようで、杖を握る両手が震えている。

 

「では、はじめます」

 

 呟いた。

 カッと目を見開き、その背丈よりも長い杖を地面に突き立てる。

 その口から紡がれる言葉は、()が前世で何度も真似て、私が今世で何よりも使いたい魔術。

 

「雄大なる水の精霊にして、天に上がりし雷帝の王子よ!

 我が願いを叶え、凶暴なる恵みをもたらし、矮小なる存在に力を見せつけよ!

 神なる金槌を金床に打ち付けて畏怖を示し、大地を水で埋め尽くせ!

 ああ、雨よ! 全てを押し流し、あらゆるものを駆逐せよ!」

 

 『豪雷積層雲』。私が失敗した聖級魔術。現在のロキシーが使える中で最大の魔術。

 空に暗雲が立ち込め、台風と見間違うほどの豪雨と暴風。

 乗ってきた馬がずぶ濡れにならないように発動した『土砦』を維持する。

 本来ならば、ここで終わるはずの聖級魔術。

 

 だが、詠唱はそこで終わらない。

 

「雄大なる光の精霊にして、天を支配せし雷帝よ!

 そびえ立つ者が見えるか! 傲慢なりし帝の御敵が!

 我は神なる剣にて、かの者を一撃に打倒せんとする者なり!

 光り輝く力を以って、帝の威を知らしめん!」

 

 さらに紡がれる言の葉。

 ますます練り上げられる魔力。

 空を覆う黒雲が、とある一点に押し込まれていく。

 ある1本の木の上でギュゥッと豆粒くらいにまで収縮し――

 

「『雷光(ライトニング)』!」

 

 稲妻が走った。

 目を覆いたくなるほどに眩い光の柱。

 遅れて聞こえてくる轟音。

 鼓膜どころか全身をビリビリと震わせてくる衝撃。

 土の壁に守られている馬が、恐れ嘶く声が聞こえた。

 

「ふ、ふふ……やりました」

 

 雷光が止み現れた、雲1つない青空の下で。

 ロキシーはガッツポーズを取ろうとして、倒れこんだ。

 

「あぶな――ふみゅっ!?」

 

 慌てて支えようとロキシーの身体の下に潜り込む。

 だけど悲しいかな。5歳弱の幼い身体では支えきることが出来ず、ロキシーの下敷きになってしまった。

 

「大丈夫ですか?」

「そ、ソフィア様こそお怪我はありませんか?」

 

 逆に心配されてしまう始末。

 なんとも情けない。

 

「申し訳ありませんが、魔力切れを起こしてしまったようです」

「大丈夫です。ゆっくり休んでてください」

 

 ロキシーを馬の傍に座らせる。

 用意しておいた雨具を渡して着替えてもらう。

 馬にも布を被せておく。

 さあ、今度は私の番だ。

 

 杖を構える。

 脳裏をよぎるのは、前回魔力切れを起こして失敗した記憶。

 それを、いま目の前で見た王級魔術の情景で塗り替えていく。

 

 …………よし、できる。

 大国の大統領も言ってた。

 Yes, we can.

 自己暗示はばっちりだ。

 

「――行きます!」

 

 今日2度目の台風が吹き荒れた。

 

 たっぷり1時間。

 膨大な魔力が爆発してしまわないように、必死に維持する。

 ルーデウスは風魔術で竜巻を作ったり上昇気流がどうのこうので楽々維持してたけど、

 未だに初級しか使えない私は必死で魔力操作するしかない。

 

 あっちの雲が離れていきそう。

 今度はこっちの雲が千切れそう。

 ギョエー!? すぐ近くで雷が落ちた!

 途中で意識が遠のきそうになりながらもなんとか1時間。

 

 ロキシーから合格をもらって、魔力操作を打ち切る。

 黒雲はあっという間に霧散して青空が帰ってくる。

 これで私も水聖級魔術師になった。

 身体が喜びに震える。

 この衝動に身を委ねてしまおうと、私は青空に向かって大声で叫んだ。

 

「ぃやったぁぁぁぁぁぁ…………はれ?」

 

 急に力が抜けていく不思議な感覚に陥る。

 いや、これってまさか。

 

「どうしました?」

「すいません、私も魔力切れみたいです」

 

 そこからしばらく、2人仲良く地面に倒れこむことになった。

 おいコラ馬、私の髪を草と間違えて食べようとするんじゃない。

 

「……ソフィア様、食べられてますよー」

 

 気だるげに話すロキシー。

 どうでもいいけど、ロキシーから様付けで呼ばれるの、むず痒いな。

 なんかこう違和感があるっていうか。

 きっと愛称で呼ばれてるルーデウスに嫉妬しているのかもしれない。

 私も愛称とは言わないけど、せめて呼び捨てで呼んでほしい。

 

()()()()

「へ?」

()()()()って呼んでください」

 

 力を振り絞って体を起こし、ニヤッと不敵に笑みを浮かべる。

 

「これからよろしくお願いします、ロキシー先生!」

「……ええ、よろしくお願いします。ソフィア」

 

 笑顔に変わったロキシー先生と握手を交わす。

 落雷に燃えた木からは、まだブスブスと煙が上がっていた。




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第十八話「誕生日」

 仕事が忙しくなってきたので、しばらく更新頻度が落ちます。
 その分、より良いものを書けるように頑張ります。


「隙ありぃ!」

「つまりマスタードトゥレントの実がないとインクが作れないんですね」

「ぶひぃっ!?」

 

 背後から抱きついてきたパックス様を投げ飛ばす。

 なんか豚みたいな声が聞こえた気がするけど、気のせいだろう。

 

「そうです。中央大陸の北部固有の魔物ですね」

「となると、ラタキアまで流通しているかどうか分からないですね」

「シーローン王国には迷宮が多いので結局は魔力結晶を使う従来の手法が手っ取り早いと思います」

 

 今は魔法陣についてのお勉強中。

 魔法陣を描くためには専用のインクが必要になる。

 本来は砕いた魔力結晶を使うんだけど、それは高級品で流通量も少ない。

 そのためにラノア魔法大学で開発されたのが、特定の魔物から出る素材を使った簡易インク。

 ただ、簡易インクを作るには大陸北部にしか生息しない魔物の素材も必要となる。

 となると、シーローン王国でインクを作るなら魔力結晶を使った方が良いだろう。

 そういう結論に至った。

 

「ということであらかじめ用意したインクがこちらです!」

「わー! パチパチ!」

 

 まるでどこぞの料理番組のように準備が良いロキシー先生に拍手する。

 鼻高々でドヤ顔しているロキシー先生の可愛さに癒されていると……

 

「貴様ら、余を無視するんじゃない! 不敬だぞ!」

 

 キーキーとやかましい金切り声が耳を刺した。

 うるさいなぁ。

 今ロキシー先生と勉強してる途中でしょうが!

 文句を言いたいけど、王子様だからちゃんと相手してあげないと怒らせたら大変だ。

 

「それは申し訳ありません。勉強に夢中になってしまいまして」

「ええい、余のおかげでロキシーから魔術を学べているということを忘れたか!」

 

 それを言われると弱い。

 あの日、生ロキシーを見れた興奮で土下座、神をドン引きさせてしまった。

 そりゃ、見ず知らずの幼女に無償で魔術を教えようなんて嫌だよねぇ。

 勢いでとんでもないことやってたなって後悔した。

 アメリアさんがグレースさんに告げ口したからたっぷり怒られたし。

 

 ただそこでたまたま通りかかったパックス様が便宜を図ってくれた。

 気付いた時には、なぜか私もパックス様と一緒にロキシー先生と勉強することになっていた。

 

「フン。将来の宮廷魔術師には唾を付けておいた方が良いだろう?」

 

 ということらしい。

 ……単純に性欲に忠実なだけじゃないのぉ?

 私は贔屓目に見てもメチャクチャ可愛いからね。

 セクハラの権化パックス様が手元に置きたくなるのも分かる。

 

 いやパックス様はまだ12歳かそこらだっけ。

 ロキシー先生もどこか微笑ましいものを見るような目をしているし、セクハラ王子様に変貌するのはまだ少し先らしい。

 王宮内の味方も少なかったみたいだし。

 将来有望な人に声をかけて人脈を広げておきたいってのは本音かもしれない。

 

 それにしても。

 私が宮廷魔術師になるって断言してくれるのは、自分の才能を認められてるみたいで少し嬉しい。

 原作では大嫌いなキャラだったけど、実はそこまで悪い人物じゃないのかもね。

 

「何をしているソフィア! 奴隷市場に行くぞ!」

 

 私の腕を掴もうとする手を叩く。

 とはいえ、構ってほしくてイタズラやボディータッチをしてくるのは勘弁してほしい。

 私、中身は男だよ?

 着ているドレスだって本当はビリビリに破り捨ててズボン履きたいし。

 

「申し訳ありません。そういう場所に足を運ばないように言いつけられておりますので」

「余の命令に従えないのか!」

「ご不満があるようでしたら父か祖父に仰ってください」

 

 そう言うと悔しそうな顔を見せた。

 どうやらお父さまもロキシーと同じく他の王子様に魔術を教えているらしく、それはパックス様の兄上らしい。

 そしておじいさまは騎士団でもかなりのお偉いさん。国王陛下からの覚えもめでたいとか。

 細かい権力のアレコレは分からないけど、どうやら親と祖父の威光のおかげでパックス様は私にむりやり言う事を聞かせることは出来ないらしい。

 ロキシー先生に教えてもらう件については、私からお願いしたことだから押し通せたんだとか。

 

 ……軽はずみな行動はやめよう。

 今回はいい方向に転んだけど、次はどうなるか分からないしね。

 ロキシー先生から明日までの宿題をもらって、私は帰宅した。

 

 

 

---

 

 

 

「ただいま戻りましたー」

「……おかえりなさい」

 

 帰宅の挨拶をするや否や、お母さまの膝上に乗せられた。

 机を挟んでお茶を飲んでいたおばあさまがアラアラと笑う。

 

「……お勉強は楽しい?」

「はい、楽しいです」

 

 正直に答えると、お母さまはどこか寂しそうに笑った。

 最近、またお母さまの元気がない。

 私の頭を撫でながらも、どこか上の空で何か考え込むことが増えた。

 

 理由は分かってる。私のせいだ。

 お母さまがずっと教えてくれていた魔術を、いきなり違う人から教えてもらうように頼んだ。

 しかも頼んだ相手とタイミングが最悪だった。

 

 お父さまと夫婦喧嘩するキッカケになったロキシー。

 顔も知らない女性に夫と娘が盗られたと感じたに違いない。

 必死に頭を下げたお父さまと仲直りしてもまだ、お母さまの笑顔は暗いままだ。

 

 そんな風に心配する私とは違って、他の家族はそんなに心配そうじゃないんだよね。

 前回はおじいさまもおばあさまももっと気を遣っていたし、お父さまも休みを増やして出来るだけお母さまの傍にいた。

 でも今回はあまりに皆がいつも通り。普通に仕事へ行くし、普通にお茶を飲んでるし、変わらずお母さまと接している。

 

 まるでお母さまが何に悩んでいるのか知っているみたいだ。

 

 …………あれ? もしかして私だけ知らない?

 ど、どうしよう。皆を怒らせちゃったのかな。

 ドレスを着たくないってわがまま言って礼儀作法の勉強をサボってたし。

 火のトラウマを克服するためとはいえ1回黙って外出して心配かけちゃったし。

 勝手にロキシーに魔術を教えてもらってるし。

 

 お父さまも最近ちょっと不機嫌なんだよね。

 もしかしたら自分の娘が、生徒である王子様とは別の王子様と懇意にしていることで危うい立場にいるのかもしれない。

 いくら何でも自分のことばかり考えて、家族のことを気にかけてなかった。

 

 こんなんじゃ、愛想を尽かされて当然だ。

 

「ねえ、ソフィア」

「っ! なぁに、お母さま」

 

 頭を撫でていた手を止めてお母さまが私の目をジッと覗き込んできた。

 その真剣な表情が怖い。

 何を言われるんだろう。

 ただ叱られるだけならいい。でももし失望されたら?

 

『今世こそ、親不孝をしないこと。

 長生きして、魔術師として大成する。お父さまとお母さまが自慢に思えるような娘になる』

 

 そうなるって決めたのに。

 私は両親の期待を裏切った。

 喉がカラカラに乾く。

 恐怖で目から涙が出てくる。

 そんな私の様子を知ってか知らずか、お母さまは口を開いた。

 

「お母さんね、働こうと思うの」

 

 …………なんの話?

 

 

 

---

 

 

 

 聖級魔術師は希少な存在だ。

 王級以上というのはこの世でも数えるほどしかいない。

 それより1つ格の落ちる聖級でも、中小国なら喉から手が出るほど欲しい人材。

 この国にも、勤めている聖級以上の魔術師はジャスティン・サンドモールとロキシー・ミグルディアの2人しかいない。

 いなかった。

 

 事の発端は、妻から愛想を尽かされたジャスティンが寂しさを紛らわせるために同僚と酒を飲んだことに始まる。

 普段まったく酒を飲まないジャスティンは慣れない深酒に溺れ、妻との出会いや娘が産まれて現在に至るまでの全てを、饒舌に同僚へ語った。

 そこには静かで平穏な生活を望むため専業主婦になったレオナが聖級魔術師であるという内容も含まれていた。

 

 この話を聞いた同僚は上層部へ報告。

 夫のジャスティンや当主カイロスを通じて、レオナに宮廷魔術師として働かないかと打診されることになった。

 

「つまり馬鹿息子のせいなのよ」

「申し開きもありません……」

 

 夕食の席。

 いつもと同じ、いや。

 いつもより口角を釣り上げたおばあさまがシレッとお父さまを罵倒する。

 フフッ、笑ってるはずなのに怖い。

 

「だが、レオナが働くのに前向きだとは思わなんだな」

「ソフィアも私の手を離れてきて、時間も空きましたし」

「…………ごめんなさい」

「? 謝るようなことはないのよ?」

 

 優しく頭を撫でられる。

 

「でも、お母さまじゃなくてロキシー先生と勉強してるし」

「そんなことで怒る訳ないじゃない」

 

 …………え?

 そうなの? 怒ってないの?

 

「ソフィアがそうしたいからお願いしたんでしょう?」

「う、うん」

「だったらそれでいいのよ。

 ソフィアの喜ぶ姿が、ママの幸せなんだから」

「う゛ん゛……!」

 

 優しく頭を撫でてくれるお母さまの愛情が伝わってきて、思わず涙が零れた。

 

「ママもサンドモール家の一員として頑張っちゃうんだからね!」

「じゃあソフィアも頑張る!」

「あら~! なんて良い子なのかしら~!」

 

 揉みくちゃにされる。

 ついでにおばあさまにも揉みくちゃにされた。

 いつもと変わらないように見えて、なんだかんだ心配してくれていたらしい。

 すくって飲んだスープは、どこかしょっぱく感じた。

 

「ほれ、お前もいつまでショボクレとるんじゃ!」

 

 おじいさまがお父さまに渇を入れる。

 背筋を丸くして項垂れているお父さまは、お母さまと目を合わせるとまた頭を下げた。

 

「本当にすいません、ハニー」

「もう気にしてませんから大丈夫ですよ、ダーリン」

「ですが、最近の自分は失態ばかりで情けない……」

 

 慈愛の笑みを浮かべるお母さま。

 許された、とは言っても。

 事態はドンドンいけない方向に進んでいるらしい。

 お父さまの疲れ切った顔が物語っている。

 

「ソフィアが聖級魔術師になったことも上の耳に入ってしまいましたし」

 

 まだ5歳に満たない子どもが聖級魔術師になった。

 しかもその両親も聖級魔術師。

 血筋は由緒正しい騎士の家系。

 噂(というかカイロスの自慢話)では、剣術の才能にも恵まれているらしい。

 そして可愛い。

 パックス王子殿下も虜にする美貌の持ち主。

 

 ぜひ欲しい。

 

 うちの息子にどうか。孫にどうか。

 この数日、山のように送られてくる肖像画に家族みんなが辟易していた。

 

「ソフィアに縁談なんぞ早すぎるわぁ!!」

 

 おじいさまがキレた。

 手に持っていた縁談相手のリストをビリビリに破り捨てて言い放つ。

 

「5歳の誕生日パーティは内々で行う!」

 

 家族みんなが深く頷いた。

 

 

 

---

 

 

 

 ロキシーショックですっかり忘れていたけど。

 王都に来てからもう2年が経っていた。

 この前、身体の採寸をされたのはパーティ用のドレスを作るためだったらしい。

 「1回着てしまえば2回も100回も同じです!」とはグレースさんの言葉。

 どれだけドレスを着せたいのよ。

 

「そそそソフィア! わた、ワタシと一緒に踊りませんか!?」

 

 いやいやドレスを着せられた私を見た瞬間。

 オールバックに髪を決めたマーカス兄さまが挙動不審に誘ってきた。

 

「私、まだダンス習ってませんよ?」

「そそそそうか! ならボク、じゃないワタシが教えましょう!」

 

 カチンコチンとロボットダンスみたいな動きを披露し始めた。

 なぜかアメリアさんの手を引いて。

 

「あわわわわ! 助けてくださいお嬢様ぁ!」

「ドーダイソフィア、ワタシノダンスハジョーズダロー」

「うわーん、坊ちゃまが壊れたぁ!」

 

 すまんアメリア。しばらくそこで私の身代わりになっててくれ。

 

 さて、と会場を見回す。

 いつも家族で食事を摂る食堂を模様替えしただけの部屋だから、けっこう手狭な空間だ。

 パーティとは言っても本当に身内だけ。

 参加者は少ないから、これくらいのサイズがちょうどいいのかもね。

 

「おぉソフィア! 誕生日おめでとう!」

「おめでとう」

「ありがとうございます。おじいさま、おばあさま!」

 

 グレースさんに習った令嬢らしいお辞儀をする。

 ドレスが嫌で逃げてたけど、礼儀作法の勉強だってそこそこマジメに頑張っていたのだ。

 満足そうに頷くおじいさまとおばあさま。

 どうやら合格点はもらえたみたいだ。

 

「これは私からのプレゼントよ」

 

 おばあさまから手渡されたのは、色とりどりの糸が編み込まれた1本の短い紐。

 まるで前世でいうミサンガみたいだ。

 

「サンドモール領に伝わるおまじないでね。

 想い人のことを考えながら手首に巻いておくと願いが叶うって言われてるの」

「ありがとうございます、おばあさま。

 好きな人が出来たら使わせてもらいます」

「ソフィアにはそういうのはまだ早いと思うが……」

「良いじゃありませんか」

 

 恋愛方面に特化したミサンガらしい。

 最近は縁談とかあったし、良縁に恵まれてほしいって思ったのかね。

 なんにせよ、私がこれを結ぶのは当分先になるだろう。

 男に抱かれるなんて想像もしたくない。

 

 …………最近、マーカス兄さまの目が怖いんだよね。

 どこか余裕がないというか、私の前でだけ挙動不審というか。

 剣の稽古で立ち会いしてる時も、妙に剣筋が歪んでるから先が予測しづらいし。

 

「ワシからは剣を贈ろう」

 

 渡されたのは布包み。

 受け取るとズッシリした重さを感じる。

 開けてみれば、そこにはホッタンフィールドさんの工房で見たものとよく似た剣があった。

 でも、店頭に並んでいたものより一回りか二回りほど小さい。

 でも、それに負けず劣らず綺麗だ。

 鞘から少し抜いてみれば、鏡のように磨き上げられた刀身が姿を現した。

 

「うわぁ…………」

 

 思わず目を奪われた。

 

「ありがとうございます!

 大切にします!」

 

 照れくさそうに笑う祖父にお礼を言う。

 初めて手に取った本物の剣を眺めていると頭を撫でられた。

 振り返るとお父さまとお母さまがいる。

 

「パパからは帽子を」

「ママからはローブよ」

 

 魔術師といえば思い付くような帽子と、灰色のローブ。

 帽子には防刃耐性が、ローブには全魔術への耐性が付いているらしい。

 万が一のことがあっても私が安全なように、という両親の愛が伝わってくる。

 

「ありがとうございます!」

 

 こんな小さなパーティになってしまってすまない。

 お父さまは申し訳なさそうにそう言った。

 とんでもない。

 知らない人に囲まれたって変に緊張するだけだ。

 

 それに、家族からこれだけ愛されていてこれ以上なにを望むのか。

 私はいま、世界で1番幸せな子どもだった。

 

「ソフィア! 今度こそ、ボクとダンスを踊ってくれないか?」

 

 改めて、マーカス兄さまが手を差し伸べてくる。

 まだ触れるのは少し嫌だけど。

 もっと気持ち悪いパックス様に慣れたせいだろうか。

 それとも最近、よく剣の稽古で立ち合いをしていたからか。

 

 一緒にダンスを踊るくらいはいいかな、なんて気になった。

 

「それじゃ、しっかりリードしてくださいね?」

「! ああ、任せてくれ!」

 

 なかなか不格好な初ダンスだったけど。

 家族の前で踊るのはとても楽しかった。

 

 あと、マーカス兄さまの鼻息が荒かった。

 もっと落ち着いてほしい。

 




 パックス様が色を覚えたのは何歳くらいなんだろう。
 ちなみに私は13歳の頃でした。

 誤字報告ありがとうございました。
 毎回誤字ってて本当に申し訳ありません。

 感想、なかなか返信出来なくてすいません。
 すべて楽しく読ませてもらっています。
 時間が空いたら返信させていただきます。
 本当にありがとうございました。


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