龍神の巫女 (都森メメ)
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第1話

 スマートフォンでYourTubeのアプリを開き急上昇ランキングの上位にあがっている動画をタップする。

 タイトルは『はじめまして、蛇谷水琴です』

 投稿されてから半日程度しか経っていないにも関わらず再生回数はすでに100万回を突破していた。

 

 

 動画のサムネイルは和室に正座した高校生くらいの巫女であった。数秒の読み込みの後、動画が再生される。シークバーには5分11秒と表示されており比較的短めの動画である。

 

『初めましての方は初めまして、日本唯一の国家指定退魔師の蛇谷水琴(へびたに みこと)と申します』

 

 正座のままカメラに向かってペコリと頭をさげる少女。

 

『この度ですね、正式にYourTuberを始めることとなりましたので今回の動画では自己紹介をしていきたいと、思います』

 

『あ、退魔省から動画投稿の許可はもらってるのでそこは安心してください』

 

 動画内でカメラに向かって喋りつづけている少女、蛇谷水琴は今もっとも日本で有名な退魔師である。

 

『えーっとYourTuberを始めた理由なんですけれども、最近私のことがよくテレビで取り上げられたりネットで噂されたりしていまして、そういうのを見ているとやっぱり私自身が直接いろんなことを話す方が手っ取り早いな、と思ったのがきっかけです』

 

 

 蛇谷水琴は日本最強の退魔師として名を轟かせており、彼女が凶悪な妖魔を討伐するニュース映像は退魔師特集の番組では必ずといっていいほど取り上げられる。彼女が退魔師として圧倒的な能力を保有していることはもちろんだが、彼女の容姿がとても美しいこともその理由の一つである。

 

 肩の下にかかる程度に伸ばされたストレートの黒髪、頭頂部にはその艶やかさの証明ともいえる天使の輪がみえる。ぱっちりと開いた二重の両目に真っ直ぐな鼻梁、未熟な色気を放出させる唇。

 

 誰もが彼女を美少女だと断言するほどに水琴は見目麗しい少女だった。公式の場や戦闘時に着用している巫女服も彼女の雰囲気に非常に似合っていた。

 

『あらためまして、名前は蛇谷水琴、高校1年生です。退魔師の家系である蛇谷家の現当主になります。ちなみに父と母は第一次鬼神事件で殉職しているので蛇谷家は私ひとりです』

 

 

『使用する術式は3つ。1つ目は『結界』、2つ目は『分断』で3つ目の術式に関しては非公開としています。基本的には結界に妖魔を閉じ込めて、その中身を分断して妖魔を討伐するスタイルです。ニュース映像とかご覧になってる方は見たことがあるかもしれません』

 

 

『退魔師としての基本的なプロフィールはこんなところですかね、じゃあ次は私に関する噂についてお答えしていこうと思います』

 

 蛇谷水琴にはいくつもの噂や謎がある。未公表とされている3つ目の術式にしてもそうだし、その他にもいくつも秘密を彼女は抱えていると言われている。ネットや週刊誌ではそれらの秘密に関するさまざまな説が唱えられていた。

 

『まず一番よく言われている噂、『私がまったく食事をとらない』に関してです。率直にいうとこれは事実です。クラスメイトの友人なら大体知っていることなので、個人的には今更感がありますが』

 

『私は食事や睡眠を取れません、と言うと人間じゃないように聞こえるかもしれませんが、食事や睡眠が取れないのは3つ目の術式の影響なので、私はちゃんと人間です』

 

 

『あともう一つよく言われている噂、『夜は動けなくなる』ですかね、これも事実です。正確には『日没から夜明けまで、蛇谷神社の付近に私が居る必要がある』なので、私は基本太陽が昇っている間しか退魔師として活動できません。これも3つ目の術式の影響、というか副作用みたいなものと考えてください』

 

 その後もいくつか細かい噂話に関する事実を開示していき動画時間はすでに4分を回っていた。

 

『とりあえず今話すことができるのはこのあたりですかね、次回の動画では退魔師系YourTuber恒例の退魔活動の映像を投稿しようと思います』

 

『あ、他にも気になることや知りたいことがあればコメント欄にお願いします。ただ、3つ目の術式みたいに機密事項にあたる部分にはお答えできないので、そこはよろしくお願いします』

 

 

『興味のあるかたはチャンネル登録よろしくお願いします。それじゃあまた次回お会いしましょう、蛇谷水琴でした』

 

 動画の再生が終わり、リプレイのアイコンが画面に表示される。動画ページをスクロールしていくと1000件を超えるコメントすでに書き込まれていた。

 

 

 

 ■コメント欄

 

【日本最強の退魔師がとうとうYourTuberデビューか】

【ご飯食べられないとか夜動けないとかの噂ガチだったのかよ】

【新聞記事とかで顔写真でてたけど動画で見てもやっぱり可愛いですね】

 

 

【日本がまだ滅んでないのはだいたい蛇谷水琴のおかげ】

【マジで現代の英雄】

【第二次の鬼神を討伐できてなかったらたぶん九州滅んでたからな】

【イギリスの惨状見ると日本の現状はほんと奇跡的】

【夜に出てきた妖魔を討伐できないのはそういう理由だったんですね】

 

 

【3つ目の術式めっちゃ気になる、退魔省にも公開してないってことは相当ヤバい術式なんか?】

【↑秘匿しないと効果がでないタイプの術式なんだろ、他にもそんな術式もってる退魔師いたはずだし】

【↑へー、そんな術式あるんか、知らんかった】

 

 

【水琴ちゃん彼氏とかいるんだろうか?】

【↑週刊誌によるとそれっぽい男はいないらしいが】

【↑まあ学校と退魔師活動で忙しそうだし、恋人はいないんじゃない?】

 

 

【海外からの救援要請断ってるのってもしかして夜は神社にいないといけないからなのか?】

【↑外務省と退魔省がその件でバチバチにやりあってるらしいぞ】

【↑俺らからするとずっと日本国内にいてもらわないと困るし、退魔省まじがんばれ】

【というか夜に神社の側から離れると何が起こるんだよ、どうせ機密事項だろうけどさ】

【睡眠が取れないってことは何かしらの儀式でもやってるんだろか】

 

 

【YourTubeの急上昇ランキングトップじゃん、さすが日本最強の退魔師】

【収益化したらすごい額のスパチャ集まりそう】

【蛇谷水琴の普段の退魔活動とかめっちゃ気になる、やっぱ瞬殺なんやろか?】

 

 

【さっそくチャンネル登録しました! 次の動画も楽しみにしてます!】

【100万回再生おめでとうございます!】

 

 

 




本作はカクヨム様にて先行投稿しております。

第2話はこちらからでも読めます
https://kakuyomu.jp/works/16816452219814553126/episodes/16816452219814589490



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第2話

 1991年、日本国内で初めて妖魔による虐殺事件が発生した。事件の発生場所は■■県■■市、山から下りてきた冬眠前の熊が住宅地にて確認される。ただちに熊出没の警報が市街地に鳴り響き住民は皆家や車に閉じこもった。警察、猟友会による熊の射殺が計画され事態はすぐに鎮静化すると思われた。

 

 死者1,207名、行方不明者506人。

 これが、たった1匹の熊型妖魔によって引き起こされた災害の死傷者数である。

 

 

 事件当初、網を持った警察と猟銃を構えた地元の猟師が熊を包囲すると、その熊は距離が離れているにも関わらずまるで獲物を狩るような動作で前脚を振り上げて、下ろした。

 

 5名の警察と1名の猟師の体が三分割されたのはその直後である。ヘリコプターで空から熊退治を見守っていたマスコミは目を疑った。直後、熊がヘリコプターにも腕を振り上げて下ろすとバラバラにされた機体はマスコミの乗組員ごと市街地に墜落した。

 

 その後、熊は住宅街を練り歩きながらすべてを破壊しつづけた。住宅街では一軒家が中の住人ごと切り裂かれ、車で逃げようとした人々の渋滞を車ごと切り裂いた。

 

 夜になっても熊の破壊活動は続き、逃げ遅れて家に閉じこもる人々を殺戮し夜が明ける。最初に出動した自衛隊はすべて殺された。熊には銃弾が効かなかったのだ。

 

 事態が解決したのは退魔師を名乗る男が1人現れてからのことだった。現代科学ではどうあがいても解釈し得ない手段でもって彼は熊型妖魔を討伐した。

 

 討伐後その退魔師は日本中に妖魔の存在を公表、本来は霊力に対する特殊な素養のある人間にしか認識できないはずの妖魔であるが、本件は例外であると彼は会見で語った。

 

 また、その会見において日本各地から世界中に彼と生業を同じくするものがいることが明らかになると、まるで少年漫画に登場する敵キャラのような存在が実在することに日本は沸いた。当初彼の話を疑うものも多くいたがズタズタに切り裂かれた死体が散乱する市街地の惨状や残された映像記録、遺族の証言により妖魔の存在を疑うものは次第にいなくなった。

 

 さて一般人には見えないはずの妖魔、一連の熊型妖魔の事件は例外であるとどの退魔師も思っていた。

 

 2件目の例外はヨーロッパで起きた。

 3件目の例外はアメリカで起きた。

 4件目の例外はまたも日本で起こった。

 

 例外がいつしか当たり前になるころ退魔師は公に姿を表し、2000年代に入ると国家主導での退魔組織づくりが各国で進められた。

 

 日本においてそれは退魔省と呼ばれることになる。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 という少年ジャンプに出てきそうな世界観の日本に転生してしまった。ちなみに前世の死因は病死、家族もいなかったので未練はあまりない。

 

 転生、それも都合よく退魔師の家系だ。

 性別はなぜか男から女になってしまったが私も退魔師の家系にもれず術式を行使することができた。

 初めて術式を使ったときのテンションの上がりようはそれはもうヤバかった。

 そりゃそうだ、男なら誰だって螺旋丸とか領域展開の練習をしたことはあるだろう。中二病の子供が日本に何人いると思っている。

 

 

 私の術式は【結界】と【分断】

 父の家系の術式である。

 名前からしてめちゃくちゃカッコイイし強そうだと思った。

 将来はこの能力で日本中の妖魔を討伐していき、いずれは日本最強の退魔師になってみせる! 

 

 と、小学生のころは息巻いていたのだが実際問題この術式、すごく弱い。

 

 まず術式の行使方法について、これには霊符という道具を使用する。あらかじめせっせと夜なべして作成した霊符で敵の妖魔を【結界】に閉じ込める。閉じ込めたあとその結界内を【分断】して妖魔を真っ二つにするのだ。

 これだけ聞くと強そうに聞こえるかもしれないが問題は二つ。

 

 まず霊符の作成。

 霊符を作成するためには霊力を集めた墨で祈祷済みの札に結界術の文様を記入していく。この作業は術式の転写と呼ばれているのだがこの結界術の文様が難しく、すこしでも雑に書いたりすると結界術式がうまく発動できない。

 また、綺麗に書けた霊符でも小型の妖魔を10分閉じ込めるのが精々といった威力で、中型の妖魔であれば閉じ込めたところで分断するのもギリギリ、大型の妖魔はそもそもサイズ的に結界内に閉じ込めることすら不可能。

 

 えっ……、私の術式、弱すぎ(愕然)

 

 霊符なしで発動することはできないかというと一応は可能だ、ただし寿命を縮めることになる。

 霊力とはすなわち寿命、霊力が切れるということはそのまま死んでしまうことを意味する。

 

 だから霊符を作成するためにはまず神社の本殿でわざわざ儀式を行い、墨汁に土地から吸い上げた霊力を集める必要がある。

 霊符に込められた術式を発動するだけなら、術者の寿命は変化しない。

 

 

 

 まあとにかく私の【結界】と【分断】の術式では例の熊型妖魔すら討伐することができないということだ。

 どれだけ修行したところで自身の肉体に宿る霊力は変わらないし、年を重ねるごとに減少していく。霊符に込められる霊力も墨汁という触媒では限界がある。

 伸びしろがない。

 それが私が中学生のころに下した結論だった。

 

 

 

 

 そして私が中学二年に進級した頃、『鬼神事件』が起こった。

 

 

 ■■■

 

 

「水琴、お父さんとお母さんは鬼神討伐に参加することになった」

 

 中学三年の冬休み、高校受験を控えた私に対して父はそう言った。食卓でとなりに座っている母も父とおなじ表情をしている。

 

「ごめんね水琴、お父さんとお母さん帰ってこれないかもしれないけれど、蛇谷家のことは任せるわ。水琴は賢いからきっと大丈夫だってお母さん信じてる」

 

 一人っ子の私だから目の前の父と母が亡くなってしまうと退魔師の家系である『蛇谷家』の当主は私、蛇谷水琴ということになる。

 

「いや、父さんと母さんが鬼神に挑んでも勝てると思えないんですけど……」

 

 引き留めようとしたものの二人の決意はすでに固かった。

 

「もちろん二人で戦うわけじゃない、退魔省の主導で全国の退魔師と総力戦をするんだ。運が良ければ鬼神を討伐することもできるし、この家に帰ってくることもできるさ」

 

 平常を装ってそんなことを言う父だったが、どう考えても死ぬとしか思えない。

 

『鬼神』

 そう呼ばれる妖魔が現れたのは今から一年半前、私が中学2年生になったばかりのころだ。

 身の丈約3メートル、額から2本のツノを生やした化け物、伝承通りの鬼の姿をした妖魔である。

 

 その妖魔が咆哮するだけで、その市内にいた人間が全員死亡した。

 地元の退魔師が鬼神を討伐しようと挑み、その県所属の退魔師がすべて殉職するのに半年。

 すでに鬼神の縄張りと化した地域周辺、避難指定区域から全住民が疎開するのにそこから半年。

 当時最強と言われた退魔師が敗北したのが3か月前。

 

 

 現時点での累計死者数は100万人超、鬼神討伐は絶望的な状況だった。

 幸い、鬼神は今のところ自分の縄張りから動こうとせず、人工衛星からの監視映像ではずっと眠っていることが確認されてる。

 ただ眠っているだけなのか当時最強と言われた退魔師による術式なのかはわからないが、とにかく鬼神は沈黙を続けている。

 

 

「たとえ負けるとわかっていても退魔師としてやらなければならないことがある」

「いつ鬼神が目覚めてまた人類を襲うかもわからない、総力戦を挑むなら今しかないの」

 

 二人の言葉尻が徐々に弱気なものになっていることには気づいていたが、それを指摘することなんてできなかった。父母の退魔師としての覚悟、それは娘を1人残してしまうことになってでも成さねばならぬことだった。

 

「……勝てなかったとしても、絶対に生きて帰って来てください」

「わかってるよ」

 

 

 そう約束したはずの父と母は帰らぬ人となった。

 鬼神は討伐された。

 私は高校入学と同時に、蛇谷家の当主となった。

 

 

 ■■■

 

 

 

 先月購入したばかりの原付バイクに乗って市の北部にある山麓へ向かった。

 山道を登りながらついでに周囲の霊力を目視で確認していく。昨日と比べて異常がないかを見つつ、公道沿い森を時速30キロでゆっくりと進んでいく。

 

「ん、このあたりかな」

 

 原付をコンクリートで舗装された道から、木の根っこが剥き出しになっている道沿いにとめる。

 巫女服の裾から霊符を一枚取り出し、ヘルメットを脱いだときにズレた眼鏡の位置を調整する。

 森の中に足を踏み入れ、落ち葉に絡まる霊力の痕跡を辿りながら獣道を進んでいく。

 

「いた、今回も蛇型か」

 

 しばらく進んでいると地面を這う蛇型妖魔の姿が見えた。まだこちらには気づいておらず、シュルシュルと音を立てながら獣道を進んでいる。

 

 霊符を構えて、結界を展開する。

 

「『六面結界』、続いて『一面分断』」

 

 蛇型妖魔が金色の半透明の結界に閉じ込められた後、直方体の結界の中に蛇の頭と胴体を分断するように金色の衝立が一枚発生する。

 頭側と尻尾側が分断された結界のなかで暴れまわる。

 しばらくすると動かなくなり、頭側が入っていた結界の中には銀色の結晶だけが残された。

 

「『解除』」

 

 結界を解いて地面に落ちている妖結晶を拾う。

 この様子だとあと何匹か湧いてそうだなと思い、その後しばらく霊力の痕跡を探しつつ山内を探索した。

 

 

「ま、とりあえず今日はこんなもんでしょ」

 

 ポーチ内に妖結晶が10個集まったところで今日の探索を打ち切りにする。時刻はすでに15時、山は日が暮れるのが早いのでもうそろそろ原付を駐めた場所まで戻りたいところだ。

 このあたりの山道は私にとって庭のようなものなので道に迷うことはほとんどないし、念の為いくつかの木には目印をつけている。

 

 特に何事もなく原付の場所まで戻る。

 巫女服の裾がひっかからないように気を付けながら原付のエンジンをかけ、スロットルを回した。

 

 ちなみに巫女服を着ているのはコスプレとかではなく、退魔師としての戦闘服が巫女服だからだ。

 霊力を溶かし込んだ絹糸で編まれたこの服は、小型妖魔の攻撃では傷ひとつつけられることはない。

 一時間ほど走ると私の自宅に到着する、普通の一軒家だ。山の麓ぎりぎりの位置にあるので周りにはあまり家がないが、自宅のすぐ横には70坪程度の小さな神社がある。

 

 蛇谷神社。

 退魔師としての私の本拠地である。

 

 

 

 巫女服のまま神社の本殿に入る。

 手に入れたばかりの妖結晶を処理しなければならない。

 霊力のかたまりである結晶を砕いて墨汁に溶かしていく。より強力な霊符を作成するための墨汁づくりが私の日課である。

 もちろん、先ほどのような蛇型妖魔を間引くのも私の仕事だ。低級の妖魔ではあるがあれでも成長すると簡単に人を殺める妖魔になってしまう。

 

 

 ルーティーンと化した作業をこなしていると時刻はすでに20時を過ぎていた。

 

「もうこんな時間か、お風呂入って寝よう」

 

 作り終わった墨汁を専用の容器に詰めたあと、神社すぐ横の自宅に入り着替えてお風呂に入って食事をする。つい半年前までは家族三人で暮らしていた一軒家だが今は私一人だ。

 

 明日は月曜で学校があるのでスマホの目覚ましをセットして床に入る。

 

「放課後と土日に間引くだけじゃやっぱり不安だな」

 

 両親が亡くなってからの学校と退魔師の両立はやはりハードだった。

 普段の業務を楽にするためにも、夏休みに入ったらもう少し山の深いところまで集中して探索しておこう。山の中の安全エリアをもう少し広げておきたい。

 そんなことを考えながら、その日は眠った。

 

 

 



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第3話

 高校一年の一学期が終わった、明日からは夏休みである。クラスの友達と一緒に下校しながら夏休みの予定を考える。

 

 なんとかこの夏休みで中型の妖魔の妖結晶を複数集めておきたい。以前たまたま中型の妖魔を討伐した際に手に入れることのできた妖結晶は極めて霊力の濃度が高く、それを触媒にして作成した霊符は非常に高い効果を発揮したのだ。

 

 いつ鬼神クラスの妖魔が現れるかわからないのが現代の日本だ。少しでも退魔師として役目を果たせるよう、普段から準備しておくに越したことはない。

 

 

「水琴は今年の夏まつり一緒に行かない?」

 

 一緒に下校していた友達にそう聞かれ、夏まつりの日を思い出す。

 

「ごめん、その日県の退魔師会合があるから……」

 

「あっ、そうなんだ、なんかごめんね……退魔師のお仕事頑張ってね!」

 

 私が退魔師をやっていることはクラスのみんなが知っている。未成年で退魔師をやっているのは比較的珍しいらしく、この県に登録されている退魔師の中では最年少である。他県にも何人か未成年の退魔師はいるらしいけれど、一つの都道府県あたりの平均人数は一人にも満たないはず。

 

 鬼神事件があってから退魔師は常に人手不足だ。

 あの事件で多くの優秀な退魔師がこの世を去っていった。

 新規の退魔師を育成しようにも才能があり術式が使える人間はごく一部しかいないし、その中から退魔師になろうとする人間はもっと少ない。

 

 現在の退魔師業界はあまり良い状況とは言えなかった。

 

 

 ■■■

 

 

 7月31日

 県庁のセミナールームでこの県の退魔師が集まり会議を行う。会議と言っても地元の退魔師の顔合わせがメインで、あとは役所の人間が最近の妖魔情勢を報告するくらいで大した集まりではない。

 

 まあ要するに、役所も妖魔退治に注力していますよという市民向けのアピールだ。実際、県内すべての退魔師がここに集まってしまうと各地の警備が疎かになってしまうので、参加していない同県登録の退魔師も多い。

 

 パイプ椅子に座りながら県庁職員の話を聞く。

 ちなみに今日の私の服装は高校の制服である。周りの退魔師もスーツやオフィスカジュアルな服装ばかりだと聞いていたので、高校生の私はじゃあ制服かなと思って来てみたらめちゃくちゃ目立ってしまった。

 

 そりゃそうだ、今年の春から退魔師として活動しているのでこの手の集会に参加するのはこれが初めてだ。

 この県で未成年の退魔師は私しかいない。

 周りの視線が集まってるのがわかる。

 

「えー、これまで記録から真夏は強力な妖魔が出現しやすい傾向にあることがわかっています。ここにおられる退魔師の皆様に置かれましては、いつも以上の警戒をよろしくお願いいたします」

 

 県庁の職員さんの言うとおり真夏は強い妖魔が出現しやすい。理由は今のところ不明。まあ、退魔師の家系の人間にとっては常識レベルの話だ。

 

 手元の退魔師会合のパンフレットを見つつ一通りの話を聞き終わると、周りの人が退出し始めた。

 

 このあとは近くのホテルで軽い立食パーティーが行われる。

 パーティの開始まで少し時間が空いているのでどうやって過ごそうか考えていると、近くにいた県庁の職員さんに話しかけられた。

 

「あなたが蛇谷さん、よね?」

 

 20代後半くらいのパンツスーツ姿の女性職員だった。

 

「はい、私が蛇谷家の現当主です」

「ほんとに高校生なのね……大丈夫? 辛いこととか悩んでることはない?」

「い、いえ、今のところ特には……」

 

 すごく優しい人なのだろう未成年で退魔師をやっている私を気遣ってくれている。

「もし困ってることがあったらここに電話してね」と名刺を渡された。前世の癖でとっさにこちらも名刺を渡そうと思ったが、そんなもの用意していないので一瞬あたふたしてしまった。

 

 そんな私の様子を緊張していると解釈したのか、彼女は少し笑いながら、「じゃあまたね」といって仕事に戻っていった。

 

 山下瞳、という名前らしい。

 名刺の役職部分には『妖魔対策課』と書かれていた。

 

 

 その後、立食パーティーで地元の退魔師と交流した。

 私が現役の高校生ということもあり色んな人に話しかけられ、少し気疲れしたものの、有意義な情報交換の時間となった。

 

 ちなみに各都道府県に登録している退魔師は国からお給金が貰える。人手不足なこともあってか、そこそこの金額が毎月支給される。そのかわり有事の際には戦う義務が発生するけれど。

 

 

 

 ■■■

 

 

 8月1日

 さっそく以前から計画していた山奥への探索に向かうことにする。純度の高い妖結晶を見つけるためだ。

 果たしてちょうどいい中型の妖魔は見つかるだろうか? 

 夏場の妖魔の活性化から考えて、目的地となる山奥には中型になりかけの小型の妖魔が湧いている可能性が高い。

 間引きという意味でも、妖結晶集めという意味でも山奥への探索は必要なことだった。

 

 

 

 朝5時に起床して身支度を整え、巫女服に着替えて原付バイクに乗る。普段は3つ目の山までしか探索しないが、今日は4つ目の山を集中的に探索しようと思う。

 

 ガソリンが満タンであることを確認しエンジンをかけた。市街地から数えて4つ目の山ともなると、車道は一応通っているものの舗装のコンクリートはかなり劣化している。

 

 3つ目の山と4つ目の山間には川が流れている。

 その川をまたぐ橋を通り過ぎたあたりで原付から降りた。

 

 どうか中型寄りの小型妖魔が現れますように、と祈ってから川辺へ降りる。なお、万が一大型の妖魔を確認した場合、私では絶対に対処できないので、全力で逃げてからベテランの退魔師の応援を呼ぶことになる。

 まあ、このあたりの山では長らく大型妖魔は確認されていないし、たぶん大丈夫だろう。

 

 川辺を上流に向かって歩いていく。この川の上流は4つ目の山からスタートしており、もし道に迷ったとしてもこの川さえ目印にすれば原付の場所まで戻ることがてきる。

 

 しばらく歩いたあと、中型の蛇型妖魔を見つけた。忍び足で近づき、結界と分断で素早く討伐する。サイズ的にも小型に近い中型妖魔であったためそれほど手こずることはなかった。

 

 幸先がいい。

 手に入った純度の高い妖結晶を見ながらそう思った。この調子で妖結晶を集めていけば、強力な霊符のストックがある程度貯まるだろう。皮算用しながら上流まで進んでいく。

 

 

 蛇型の妖魔は水辺、それも川沿いに発生しやすい傾向がある。

 川と蛇のイメージが近いからだろうか。

 ヤマタノオロチは氾濫する川の象徴なんて言われているそうだし、私の仮説もあながち間違いではないのかもしれない。

 

 そんなことを考えながら本日何匹目かの蛇型妖魔を結界で殺し、その妖結晶を拾おうと腰をかがめたその時、前方から声がした。

 

 

「貴様、巫女か?」

 

 こんな山奥に何故民間人がいるのだろうかと思ったが、その声の主を見た瞬間背筋が凍った。

 姿は人間で黒髪で長身の男性だった。服装はなぜか古びた和服、履物は草履だった。

 しかしその圧倒的なまでの霊力、存在感の強さ。

 すぐに目の前の存在が人間でないことには気づいた、しかし、妖魔だとも断定できなかった。

 

 いや、妖魔だと思いたくなかったというべきか。

 

 人語を解する妖魔、つまりそれはあの『鬼神』と同格の妖魔であることを意味しているからだ。

 

「ふむ、なぜ黙っている。俺の質問に答えよ」

 

「っ……!! あなたは人間、ですか?」

 

 

 私がそう問うと目の前の男は気分を害したとばかりにため息をつき、続いてこういった。

 

「俺の質問に答えよ、と言ったはずだ」

 

 目の前の男から一気に指向性のある霊力が放たれた。

 常人ならばそれだけで寿命を削られてしまうほどの霊力の奔流。

 おもわず腰が抜けて川辺の砂利の上に尻餅をついた。おまけに霊圧で窒息しそうになるのを我慢して答える。返答をミスれば死ぬ、そう思った。

 

「っ……は……い、私は……巫女、です」

 

「貴様の根城は、3つ山を越えたところにある神社か?」

 

 男の指さす方向にはたしかに蛇谷神社があるので、そうですと答えた。

 

「なるほどな、目覚めたばかりの俺に会うとは貴様も不運なことよ。どれ顔をよく見せろ」

 

 草履で砂利を踏みしめながら男が私に近づいて来る。

 腰が抜けたままの私は逃げることすらできず、その男に顎を掴まれて顔を見られる。

 

「なんだこの装飾品は?」

 

 そういうと男は私から眼鏡をとりあげ、要らないとばかりにその辺に投げ捨てた。近視と涙で視界がぼやける。

 

「ほう、なかなか良い見目をしている。決めたぞ、今回の最初は貴様にする。貴様の霊力の高さであれば多少は長持ちするだろう」

 

 私の顔を近づけて、酷薄な笑みを浮かべながら男は言った。長持ちするという言葉から嫌な想像しか思い浮かばない。

 

「『転移結界』」

 

 男がそう言った途端、銀色の結界が私と男を包み、気づけば慣れ親しんだ神社の本殿のなかにいた。

 なにをしたのか本当にわからなかった。

 結界術式であることは想像できるがこんな使い方は見たことがない。瞬間移動なんてどうやればできるのか。

 

 

「最期に俺の名前を教えてやろう。俺は『龍神』、今から貴様を凌辱し殺す」

 

「凡庸な女であれば俺の精を浴びるだけで死ぬし、霊力の才のある女でも1日で廃人になり、すぐに死ぬ」

 

「貴様がどれだけ耐えられるか、楽しみだ。まあ精々がんばれ」

 

 何も理解できないまま死ぬ。抜けたままの腰では逃げることも抵抗することもできない。

 結界術の霊符は、先ほどの霊力の波を浴びた際にすべて破壊された。自分の寿命を削ってでも結界術を発動する冷静さもこの時の私にはなかった。

 

「ひっ……ぅあ……」

 

 腕の力だけで後退し、すこしでも龍神から距離を取ろうとする。無意味だとわかっていても、恐怖で震える体は反射的な行動を繰り返すだけだった。

 

 龍神の手が私の肩にかけられ、巫女服が引き裂かれる。

 そして私はこの日から30日間にわたり凌辱されつづけた。

 

 

 



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第4話

 9月1日

 夏休みデビューという言葉がある。

 長期にわたる夏休みの間、しばらく会っていなかった友人やクラスメイトの見た目や雰囲気が大きく変わっていたりすることを指す言葉で中学生や高校生など変化の激しい思春期の時期の子供にはたまに見られるものだ。

 

 蛇谷神社から徒歩で30分ほどの位置にある公立高校、その1年3組でも髪を染めていたり、こっそりピアスを開けていたりする同級生が見られるなか、彼女の夏休みデビューは一際目立っていた。

 

 蛇谷水琴が眼鏡をはずした。

 

 たったそれだけの変化のはずなのに、彼女の印象は1学期のころから180度変わった。

 

 蛇谷水琴はこの高校ではある意味有名人ではあったが、1学期のころはそれほど目立つ存在ではなかった。

 現役高校生の退魔師、30年ほど前から存在が確認されはじめた妖魔を討伐することができる特殊能力者だ。

 

 高校に入学したばかりのころの水琴はよくクラスメイトから妖魔のことや退魔師のことを聞かれており、そのたびに妖魔に関する知識や、自分はそこまで才能のある退魔師ではないことを周囲に教えていた。

 

 同級生の女子の大半は水琴が美人であることに気づいていたが、水琴は野暮ったい眼鏡をかけていたため、男子からはそれほどモテているわけではなかった。

 周りの女子はそれを退魔師の仕事に集中するための男避けなのであろうと噂していた。

 

 その水琴が、眼鏡を外した。

 元々綺麗だった黒髪はどんなトリートメントを使ったのかわからないが以前よりも明らかに艷やかになっており、また体型も制服の上からわかるくらいに女性的なものになっていた。

 

 その変わりようから、廊下ですれ違った同級生男子は水琴が自分の座席に座ってようやく彼女がクラスメイトの蛇谷さんだと気づいたくらいだった。

 

 

「蛇谷さん、眼鏡からコンタクトにかえたの!?」

 

「あ……眼鏡……、うん、コンタクトに……かえた」

 

 水琴がクラスで仲良くしている女子からそう聞かれて、顔に手を近づけて眼鏡をイジるような仕草をしたことをその女子は不思議に思った。

 

 その後に会話を続けていくなかでも、水琴は突然ぼうっとしたり、周りをキョロキョロと見回したりと、やや不審ともとれる行動が目立った。

 

 地に足がついていない、あるいは半分寝ぼけているような状態。割としっかりものの蛇谷水琴のその様子から、親しいクラスの友人は水琴が疲れているのかと思った。

 

 見た目と雰囲気の大きな変化。

 薄幸の美少女っぷりを加速させた蛇谷水琴の様子はすぐに学校中に知れ渡った。水琴のことを知らなかった2年や3年の学生も、1年の女子に退魔師がいることを知るものは多かったため噂の広がるスピードは早かった。

 

 始業式で全学年が講堂に集まったときも、蛇谷水琴は学年問わず周囲の目を惹いた。噂をすでに聞きつけていた耳の早いものは実際に目にした水琴の美しさに驚き、まだ噂を知らなかったものはこんな美人が1年にいたのかと驚いた。

 

 始業式が終わり生徒たちが各クラスに戻るなか、水琴は何度も先輩の男子生徒から声をかけられていた。

 ほとんどの男子生徒は二言三言声をかけるだけだったが、中には水琴の肩に手をかけるものもいた。馴れ馴れしく肩を抱かれた水琴の足や声が震えていることに、気づくものはあまりいなかった。

 

 始業式のあとに身体測定が行われたがそのときも水琴は周囲の女子生徒の目を惹いていた。同性から見ても欲情してしまうのではないかというくらい水琴の服の下の肉体は妖艶なものになっており、女性的な曲線を描く腰つきや肌の艷やかな質感などがあまりにも人間のそれの理想に近いように思われた。

 

 また当の水琴本人もまわりの女子からチラチラと視線を向けられているのにも関わらず、恥ずかしがるような素振りをあまり見せなかった。

 

 肌を見せてもあまり恥ずかしがらない。

 この水琴の素振りから、クラスの女子は蛇谷さんに彼氏ができたのだと噂した。夏休み前よりも明らかに美人になっているのもきっとその恋人の影響なのだろうと、誰もが言外にそう思った。

 

 実際のところ水琴はここ30日ほどずっと裸で過ごしていたようなものであり、服を着ること自体が久しぶりでやや感覚がおかしくなっていたせいもあるのだが……。

 

 

 

 ■■■

 

 

 今年の夏は地獄だった。

 夏休みの間の30日間、ずっと龍神に犯されていたからだ。

 何度も何度も体内に精を注がれ、飲まされたが、私の魂が崩壊することはなかった。つまり私はまだ生きている。

 

 これは龍神も予想外だったらしく、10日目くらいで私が死なないことに気づくと凌辱の方針を変えて色々試し始めた。

 

 中でも辛かったのは龍紋の刻印だ。

 口からお尻までの消化器官、および陰部から子宮内部に龍紋を刻まれた。あれは本当に辛かった。変な蛇を飲まされて霊符で口とお尻に封をされ、体内でその蛇を暴れまわらせる。消化器官の内側に龍紋を刻まれている間は何度も気絶と覚醒を繰り返したと思う。

 

 それ以外にも龍神の血を飲まされたりと、あの龍神は様々な方法で私を弄んだ。

 

 あとから聞いたらただ弄んでいたわけではなく、私の魂を隷属させようとしていたらしい。なおのこと悪質だと思ったが現状私の精神は龍神に隷属していない。ちょっとした男性恐怖症くらいは残ったけどそれ以外は特になんともなかった。

 

 龍神は私の魂がなぜか二重構造になっているせいだとか言っていた気がする。転生者だから龍神に犯されても死なず、隷属もしなかった、これが今のところの仮説である。

 

 

 しかし本当になんともなかったわけではない。

 私の肉体に関しては非常に大きな変化があった。

 

 1つ目、視力が良くなった。

 今世の私は子供のころからスマホを見続けていた影響か、中学の時点で視力が悪くなっていたのだが、今は裸眼でも余裕で両目2.0はあると思う。また同時に霊力の流れも以前よりよく見えるようになっていた。

 

 2つ目、肉体が半霊体化した。

 龍神によるさまざまな施術の結果、私は半分くらい人間ではなくなってしまったらしい。

 体内の霊力も以前とは比べ物にならないくらい増加し、寿命に換算するとざっと300年分くらいはあるようだ。寿命が大幅に伸びた、というといいことのように聞こえるが半霊体化には重大なデメリットがある。

 

 まともなご飯が食べられない、それどころか水すら飲めなくなってしまった。どうもこの世の穢とやらがダメらしく、何を食べても泥や土塊のような味と食感しかしないのだ。ミネラルウォーターですら不味く感じるあたり本当に何も食べられないし飲めない。

 

 そもそも30日に渡って龍神に犯されている間、私は何も口にしていなかったのに餓死しなかった。思い返せば龍神の施術の過程でたしかに途中から飢餓感がなくなっていたような気がする。まあ何も口にしなかったといっても、龍神の体液は色々飲まされていたんですけどね。

 

 今の私の主食は龍神さまの白くべたつく何かです。

 ほんと、笑えない。

 

 

 ■■■

 

 

「ただいま帰りました」

 

 自宅の鍵を開けて中に入る。

 居間につづく襖を開けると、ノートパソコンをいじっている和服の龍神の姿があった。

 

「もう戻ったか、学校とやらは意外と短いのだな」

「今日は始業式と身体測定くらいでしたからね、明日からは夕方まで授業がありますよ」

 

 器用にノートパソコンをタイピングする龍神を見る。

 男にしては少し長めくらいの黒髪、顔立ちは端正、今は和服で胡座をかいているが立ち上がるとかなりの長身だ。パッと見では普通の日本人男性にしか見えないが、霊力がハッキリと見えるようになった今だからこそわかる。

 

 こいつは化け物だ。霊力の量、質、密度、すべてにおいて他の妖魔から一線を画している。

 今の私では逆立ちしてもこの妖魔を討伐することはできない。改めてその事実を認識すると、未だに私が生きていてこうして学校にも行けているのが不思議に思う。

 

 

「何を見ているんですか?」

「動画サイトだ、これはなかなか面白いな」

 

 ノートパソコンの画面を横からみると、YourTubeの画面が開かれていた。再生されているのは最近流行りだした退魔師系YourTuberの動画だった。

 

 30年前に退魔師の存在が公になったことから、最近では退魔師としての業務を動画で配信するものもいる。昔ながらの退魔師の家系はあまりこういうのに良い顔をしていないそうだけれど。

 

 

「これが今の貴様らの生業か」

「まあ動画配信は副業でしょうけれど、稼ぎは多くなりますから」

 

 動画内で退魔師系YourTuberが猪型の妖魔の討伐し終えたところで動画が終了する。

 龍神はマウスカーソルを動かしてブラウザを閉じ、ノートパソコンをシャットダウンした。

 

「なんでノートパソコンの使い方がわかるんですか?」

 

 あまりにも精密機械の取り扱いに手慣れているのを疑問に思いそう聞くと、龍神はこの土地に満ちる霊力から人間の技能を読み取ることが可能らしい。たしかに300年ぶりに目覚めた割には言葉遣いが現代的だし、私の学校のことや一般常識もある程度知っていた。2年前に現れた鬼神が人語を解することができたのも、もしかすると同じ原理だったのかもしれない。

 

 龍神本人は300年ぶりに目覚めたと言っている。

 当時の退魔師に封印されていたわけでもなく、本当にただ寝ていただけ。

 龍神曰く、300年前はこの付近にあった村に毎年娘を献上させたり、気まぐれに強姦しにいっていたらしい。その代わりに天候を操作して雨を降らせたり、逆に台風を打ち消したりと村人の頼み事を聞いたりしていたとか。

 

 話を聞いていくうちに蛇谷神社の祀っている神がこの龍神なのではないかと思った。私が巫女を務めるこの神社のご利益は五穀豊穣。今でこそこの辺りは住宅街になっているが、昔は田んぼが多かったはずだ。

 まあ、小さな神社で保管されている文献も少ないから想像の域をでないけれど。

 

 

「日没までは好きにして良いぞ」

「……ではそうさせてもらいます」

 

 この龍神は私と出会うまでは山を降りたら街の女性を手当たり次第に襲うつもりだったらしい。本人曰く、300年ぶりに目覚めて溜まっていたとのこと。鬼神のように咆哮ひとつで街の住人を皆殺ししたことに比べればまだマシかもしれないが、龍神に犯された女性は必ず死ぬ。体内に注がれる霊力に魂が耐えられないからだ。

 

 本質的にこの龍神は妖魔だ。退魔師としてはなんとしてもこの男を討伐しなければならない。しかし現状それは不可能だ。

 

 

 30日間にわたる監禁凌辱の末、龍神に言われたことを思い出す。龍神からの責苦で息も絶え絶えになって裸で横たわる私に、龍神はこう言ってきた。

 

 

『貴様が巫女として俺に仕えるあいだは他の人間に危害を加えないと約束しよう。日没から夜明けまで、毎夜貴様を抱くこととする』

 

 私が龍神の性奴隷でいる間は、この男は他の人間は襲わない。

 退魔師として妖魔の言いなりになってしまうのはどうかと思うが、現状これ以外に対処する手段がない。

 

 それにいつ龍神の気が変わるかもわからない。

 龍神は自分で決めたルール通りに生活することを好むらしい。『長生きしていれば貴様も俺の気持ちがわかる』と彼は言った。この言葉の信憑性も怪しいが、それでも信じるしかない。人生縛りプレイみたいなものなのだろうか。

 

 龍神のことは県には報告していない。

 本来であれば強力な妖魔の存在は発見した時点で登録する都道府県に報告する義務がある。しかし、今のところ龍神が私以外の人間に危害を加えていないこと(今回目覚めて以降)、半分霊体化した私が退魔師としてどのように扱われるかわからないこと。

 

 それらを理由として、私は龍神という妖魔を秘匿することに決めた。もし龍神が人間に危害を加えた場合、私も共犯になってしまうのだろうか。妖魔の存在を秘匿する時点で退魔師としては重罪だ。

 

 

 龍神から日没までは好きにしていいと言われたので、巫女服に着替えて徒歩で神社の裏山に向かい数匹の蛇型妖魔を討伐して妖結晶を集めてきた。ちなみに蛇型妖魔の討伐に関しては龍神はなにも気にしていないらしい、むしろお仲間扱いすると怒られそうになった。妖魔には仲間意識とかがあまりないみたいだ。

 

 神社に戻って手に入れたばかりの妖結晶を霊符に加工すると夕方になっていた。龍神との約束で日没までには自宅に戻ってあの男に抱かれなければならない。

 作成したばかりの霊符を桐箱にしまい、神社のとなりの自宅に戻る。お風呂に入って身を清め、浴衣に着替えて居間に入る。

 

 私の自室の一人用のべットでは狭いので、我が家で一番広い和室に布団を2枚敷いてつなげておく。和室の端にある姿見で着崩れがないかを確認してから布団の上に正座した。徐々に日が暮れて窓の外が暗くなっていく。

 

 

 しばらく待っていると龍神が部屋に入ってきた。

 布団に三指をつき、恭しく頭を下げて、『よろしくお願いします』と言う。こうやって従順な素振りを見せたほうが龍神は優しくしてくれるからだ。8月に監禁されている間にある程度この龍神の嗜好は把握できている、と思う。

 

 そうして、その日も私は龍神に抱かれた。

 

 



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第5話

 龍神との夜伽は長いしねちっこい、それが感想だった。日没から夜明けまでの10時間超、ずっと布団の上から解放してくれなかった。

 

 何度か逃げ出そうとしたけれどその度に布団の上に引き戻されて行為を続けられた。あげくには布団上に結界を展開される始末。龍神による銀色の結界の中で視覚的な閉塞感に苛まれながら犯され続け、ようやく夜が明けて解放された。

 

 体が半分霊体化して睡眠が必要ないことが幸いしている。そうでなければ早々に過労死していたと思う。こんな夜伽を毎晩とか、龍神の霊力を受け止められる肉体と魂があってもさすがに辛い。

 

 朝の6時、お風呂でシャワーを浴びてから制服に着替える。

 居間で寝転びながらテレビを見ている龍神に挨拶してから学校へ向かった。龍神はどちらかというと引き篭もり気質らしいので隠蔽がしやすくて助かる。たぶんテレビとパソコンがあればあいつは不用意に外出したりしないだろう。万が一ご近所さんにバレたらヒモを飼っていると思われそうで嫌だな……。

 

 

 

 学校につくと同じクラスで仲良くしている友達の早苗に話しかけられた。

 

「水琴、彼氏できたって噂ほんと?」

 

「……どこからそんな噂が出てきたの?」

 

 早苗にしては比較的真面目なトーンで聞いてきたので、冗談をいっているわけではないのだろうけど、本当に心当たりがない。夏休みは龍神のせいで外出なんてほとんどしていないし、彼氏に勘違いされるような男とどこかに出かけた記憶もない。

 

「みんな噂してるよ、蛇谷水琴に彼氏ができたって」

 

「その噂の発信元は?」

 

「うーん、みんながそう思ってる感じだから特定の誰かが発端ってわけじゃないと思うけど……」

 

 

 早苗から詳しく話を聞いていくと、私が眼鏡を外して夏休みデビューをしたと思われていることが原因だと判明した。

 眼鏡を外しただけで夏休みデビュー扱い? 思春期の学生の考えることがイマイチわからない。

 

 まあ30人ちょっとのクラスだし、そう思われてしまうくらい目新しいニュースがないということだろう。そう結論づけて早苗を適当にあしらう。

 訝しげな目を向けてくる早苗だが、何かを思いついたように私の耳元に口を近づけてこう言ってきた。

 

「でも男と寝たのは間違いじゃないでしょ?」

 

 耳元にささやき声で言われたせいもあるのだろうけど、早苗の言葉に驚いてビクリと頭を上げた。早苗を見るとしてやったりといった顔で、「皆には内緒にしておくからさ、まあ気づいてる女子は多いだろうけど」と言ってきた。

 

 言葉の鋭さにびっくりしたものの、そんなに夏休み前と後で私の雰囲気は変わったのだろうかと手鏡を取り出して自分の顔を見る。

 やはり自分ではあまり変化がわからない。龍神から解放された直後は少しやつれていたせいで、今はだいぶ血色が戻ったなとしか思えない。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 3時限目の体育の授業内容は体力測定だった。新学期に入り改めて50m走や走り幅跳びなどの測定を行う。

 

 体操服に着替えてクラス全員が校庭に整列している。やたら男子からの私の胸部への視線を感じるけれど気のせいだろうか、まあいいや。

 

「とりあえず最初は50m走からね、記録係は……えーと、じゃあ蛇谷さんお願いね」

 

 記録係に指名されるとき体育教師と目が合ってしまった。運が悪いなと思いながら女性の体育教師に呼ばれクラス名簿が留められたバインダーを手渡される。

 

「出席番号順に2人ずつ走ってもらうから、私が言う秒数を記録していってちょうだい」

 

 ストップウォッチを2つ持ちした先生とゴール地点でしばらく記録係をつづけた。

 

「山田さん6.81、山本くん7.50秒。ふう、蛇谷さん以外は皆終わったわね。じゃあ蛇谷さん、記録は先生がするから走ってきて」

 

 先生にバインダーを返してスタート地点まで小走りで進む。走り終わった生徒が一箇所に固まって各々友達と会話したり地面に寝転んだりしているのが見えた。

 

 一番最後に一人で走るからだろうか、やっぱりちょっと注目されてしまっている。そういえば一学期のころも50m走でちょっと注目されたりしたな。

 

 あのころは退魔師がみんな超人的な身体能力をもっているとクラスの皆が噂していせいだったか。実際はそんなことなく、自分の肉体を強化するような術式があれば別だが、大抵の退魔師の身体能力は一般人とそこまで変わらない。

 

 別にすごいスピードで走れるわけでもないし、拳で岩を砕いたりもできない。そういう術式があれば可能だが、基本的に術式の行使は退魔活動の際に限定されている。

 

 

 そう、術式はいつでも自由に使って良いわけではないのだ。これは30年前に退魔師の存在が公にされてしまった時から議論され続けた結果、そういう法律ができてしまったことが理由である。

 

 もし退魔活動と無関係の状況で術式を行使すると、国から厳重注意を受ける。悪質だと判断された場合は退魔師資格の剥奪までされてしまう。

 

 古くから続く退魔師の家系はこの法律にすごく反対していたそうだけれど、まあ仕方がない。一般人からすれば術式という兵器を持った人間を何の制約もなく野放しにしておくわけにはいかないのだから。

 

 

 

 一学期のころの私の50m走の記録は7.30秒。早苗にちょっとがっかりした顔をされたのを覚えている。

 私の術式である『結界』と『分断』ではどう応用したとしても肉体を強化することはできない。

 

 50m走のスタート地点についたので先生の笛を合図を待つ。前回よりは早く走りたいなと思っていると、笛が鳴った。

 

 全力で地面を蹴ってスタートダッシュを決めようとした私の視界は、次の瞬間には天地が逆さまになっていた。

 

「えっ?」

 

 地面が上に見え、空が下に見える。

 あまりにも早く目の前の景色が変わったため、私の脳では処理が追いつかず、気づけば私は体育倉庫の壁に背中を打ち付けた状態で地面に倒れていた。一瞬、妖魔に背後から強襲されたかと思ったが、違った。

 

 

 遠くには唖然とした顔でこちらを見る先生とクラスメイトが見える。先程まで私がいたスタート地点は砂埃が舞っている。その周囲に妖魔の存在は見受けられない。

 

 もしかして、自力でここまでジャンプして体育倉庫に突っ込んでしまった? 体を起こしながらその可能性に思いあたった瞬間、背中からブチリと音がして胸が下に引っ張られる感触がした。

 

 ブラのホックが壊れたらしい。

 なんかもう色んなことが起こりすぎて状況が整理できない。混乱する頭のまま、ずれ落ちそうになる下着を腕で押さえつけた。

 

 



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第6話

 妖魔対策法 第五条

 退魔師は、退魔活動と認められる場合にのみ術式を行使することができる。

 

 

 

 体育の授業で私が引き起こした騒動は術式の退魔活動外行使として判断された。学校はすぐに県の妖魔対策課に連絡、私は職員室に呼ばれて応接間に待機させられていた。

 

 私が体育倉庫に突っ込んだ直後、授業は中断されクラスメイトは4時限目まで自習ということになった。早苗に聞いたところ、あのときの私はいきなり斜め上に吹っ飛んでそのまま体育倉庫に墜落したように見えたとのこと。クラスメイトの皆は凄いものを見たと興奮気味であったが、教師たちは皆苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

 

 術式の退魔活動外での無断行使、これは退魔師としては絶対にやってはいけないことの一つだ。今回の件だって、もしも体育倉庫の前に生徒がいたらと考えるとぞっとする。秒速50mで吹っ飛んでくる私とまともにぶつかったらその生徒は間違いなく大怪我を負うだろう。最悪その場で即死してしまうかもしれない。

 

 この件はクラスメイトの友人が思っているよりもかなり重い。PTAは学校側に管理責任を問うだろうし、そうなると私も自宅謹慎程度では済まないかもしれない。

 都道府県の妖魔対策課からも良くて厳重注意、最悪の場合は退魔師資格を数カ月間停止されてしまう可能性もある。

 

「やらかした……」

 

 肉体が半分霊体化していることを軽く考えすぎていた。

 まさか全力を出すとあんなことになるなんて思ってもみなかった。昨日も神社の裏山で妖魔を討伐していたが、そのときも全力で走ったりはしていなかった、せいぜい木の根っこを飛び越えるためにちょっと跳ねたりする程度だった。

 だから今の私の現状に気づくことができなかった。

 

 また他にも体育の授業が中断された後、体操服から制服に着替えるときに自分の胸が以前よりも大きくなっていることに気がついた。霊体化したせいでブラに締め付けられてもあまり痛みを感じていなかっただけなのだ。

 

 壊れたホックはどうしようもなかったので、今は後ろの部分を固結びにして何とか持たせている。帰ったら新しい下着を買いに行かないといけない、そんなことを考えていると応接間に担任の先生と見たことのある女性が入ってきた。

 

「お久しぶり、蛇谷さん」

 

「……お久しぶりです。山下さんですよね、たしか以前に退魔師会合でお会いした」

 

 本県の妖魔対策課の職員が学校まで来ることになっていたが、山下瞳さんが呼ばれたらしい。

 私と担任教師と山下さんの3人で事情聴取が開始された。

 

 

「まず今回の件に関して改めて確認させていただきます。体育の授業の短距離走において蛇谷さんが術式を行使した。結果、約80mの距離を飛び体育倉庫にぶつかったと、ここまでは間違いありませんか?」

 

 山下さんにそう確認され、はいと答える。

 

「先生、学校側で怪我をした生徒や被害にあった人物はいますか?」

 

「特にはいません、蛇谷さんが体育倉庫にぶつかったとき、その付近に生徒はいませんでしたので……」

 

「ありがとうございます、事件の概要はわかりました。次に蛇谷さん、今回の一件は意図的に引き起こしたものですか」

 

「いえ、術式を使うつもりはありませんでした、あの時は霊符も所持していなかったので」

 

 霊符なしでの術式の発動は寿命を縮めることと同義である。

 退魔師の事情に詳しい人間から見ると、あのときの私は寿命を減らして意味もなく吹っ飛んだ馬鹿な女子高校生だ。

 吹っ飛んだあと体育の先生に身体検査をされたので、私が霊符等を所持していなかったのはすでに証明されている。

 

「じゃあここからが本題ね、蛇谷さん、当県のデータベースに登録されているあなたの術式は【結界】と【分断】、この術式で本件のようなことを引き起こせるとは思えません。今回使用した術式は、何ですか?」

 

 今回の件をどう言い繕うかはもう考えてある。霊体化していることや、龍神のことを話すわけにはいかない。

 

 私は今から、嘘をつく。

 

「……今回使用したのは後天修得した術式です。術式の効果に関しては……秘匿させてください」

 

「蛇谷さん、あなたねぇ!」

 

 術式を秘匿すると言った瞬間、担任教師が怒る素振りをしたのを見て、山下さんはそれを止めた。

 

「先生、退魔師には術式を秘匿する権利があります。蛇谷さんが秘匿を希望している以上、当県としてはこれ以上踏み込むことはしません」

 

「でも、もしあのとき怪我人が出ていたら……!」

 

 担任教師の言うことはもっともだ。教師としての管理責任を果たすために、私の術式の概要は把握しておく必要があるのだろう。

 

「蛇谷さん、その術式を修得したのはいつ頃ですか?」

 

「先月の夏休み中です」

 

「術式のコントロールはできますか? 今回のようなことを起こさない程度に、です」

 

「……可能だと思います、日常生活で全力疾走する機会があまりなかったので今回はたまたま術式がでてしまいましたが、普通に生活するぶんにはコントロールできていましたので……」

 

 苦し紛れの言い訳に聞こえるかもしれないが、これが通るかどうかは山下さんの判断次第だ。腕を組んで考え込む山下さんを見つめる。

 

「……わかりました、今回の件に関しては蛇谷さんへの厳重注意に留めます。退魔師として、二度とこのようなことを起こさないよう気をつけてください」

 

「はい、本当にすみませんでした」

 

 頭を下げて謝罪する。

 山下さんが厳重注意と言った瞬間、心底安堵した。想定していた中では一番マシな措置だったからだ。口頭による厳重注意処分なら私の退魔師としての活動には何も制限は加えられない。

 

「先生、本県としての対応は以上になりますが学校側としてはどのような対応を取るお積もりですか?」

 

「……とりあえず蛇谷さんは1週間の自宅謹慎、あとはPTAからの苦情次第かと」

 

「わかりました、PTAへの対応に関しては私も協力致しますので、よろしくお願いします」

 

 PTAへの対応をすると言った山下さんを見ると、担任教師にはバレないようにこっそりとウィンクしてくれた。本当に山下さんは良い人だ、嘘をついてしまった罪悪感が今更襲ってきた。

 

 半霊体化したことは第三の術式として、今後も誤魔化し続けなければいけない。

 

 

 ■■■

 

 

『いやー、びっくりしたよ水琴、自宅謹慎になっちゃうなんて』

 

 事情聴取が終わったあとすぐに帰宅するように言われたので荷物をまとめて今は下校中、帰り道を歩いていると早苗から電話がかかってきた。そういえば今学校のほうは昼休みか。

 

『吹っ飛んだだけで自宅謹慎なんて先生も厳しくない?』

 

「それだけ術式の退魔活動外行使って罪が重いんだよ、ほんとに」

 

『別に怪我人もいなかったじゃん』

 

「そういう問題じゃないの」

 

 今回の件は私が未成年であることも加味してもらえた結果の厳重注意だ。別に退魔師活動にこれといった制限が加わるわけでもないので学校の謹慎以外は普通に過ごしていて問題ない。

 

 自宅謹慎に関してはちょうど良かったと言えばちょうど良かった。龍神に破られたせいで巫女服が一着減ってしまっているのでその巫女服の修繕や、今日気がついたことだが下着も新しく買いに行かないといけない。

 

 夕方に学校が終わってから日没までだとどうしても時間的に厳しいので、日中がフリーになるのは渡りに船だった。

 

 

『来週自宅謹慎あけたら彼氏のこと聞かせてねー』

 

「だから男なんていないって……、そろそろお昼休み終わりでしょ、もう切るよ」

 

『はいはーい、それじゃあまた来週ね!』

 

 早苗との通話を終えて自宅に戻ると龍神はまたノートパソコンで何かを見ていた。今回は映画らしい、こいつ私のamasonプライムを勝手に使いやがって……。

 

「ただいま帰りました」

 

「ん、今日は夕方まであると言っていなかったか?」

 

「……色々あったんですよ、聞かないでください」

 

 誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ、そう心の中で愚痴を零しながら自室に入る。机に学生鞄を置き、制服から部屋着に着替えようとしたところでブラのことを思いだした。

 

 ホックが壊れたので今は無理やり固結びにして維持している状態だった。なんとかその結び目を解こうと両腕を後ろに回したがうまく解くことができない。

 

 しばらく悪戦苦闘して、これは鋏か何かじゃないと無理だと結論づける。何か切るものを探そうと机の上を見たが目的のものはなかった。

 

「そういえばリビングで鋏使ってたっけ、置きっぱなしか……」

 

 リビングには龍神がいる。別に今更すぎるけれど、下着姿であいつの前をうろつきたくない。

 

「……しょうがないか」

 

 ブラの紐の部分に指をかけ、人差し指と中指で挟み込む。

 

「『分断』」

 

 パスっと小気味よい音が鳴ると同時に、ブラ紐が切れた。

 今の術式行使でも寿命、私の魂内部の霊力をほんのわずかに消費しているがあまり気にならなかった。

 

「どうせ寿命300年分の霊力があるし、これくらいならまあいいや」

 

 そう独り言をつぶやいたところで、つい先程学校で術式の退魔活動外行使に関する厳重注意を受けていたことを思い出した。まあ、誰にも見られていないし問題ない。そう思いながら部屋着に着替えた。

 

 



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第7話

 自宅謹慎になってからの一日目、さっそく龍神に破られた巫女服を修繕にだそうと思い自宅の駐車スペースに向かったのだが、そこで重大な忘れ物をしていたことに気がついた。

 

「私の原付、山の中に置きっぱなしだ……」

 

 8月1日に龍神の転移結界で山奥から蛇谷神社まで誘拐されたせいで、今の今まで私の原付は山の中に野晒しで放置されたままであることを失念していた。

 実に一ヶ月近く放置されっぱなしの原付をどうやって回収しにいくか考え込む。徒歩で行くには少し遠すぎるので、タクシーに連れていってもらおうかと思いスマホを取り出した。

 

「いやでも、あんな山奥に一人で向かったら怪しまれるかも、原付だって放置されている理由を聞かれると答えづらいし……」

 

 運転手に退魔師であることを話すとしても、山奥に一人で降りるときにじゃあ帰りはどうするのかと聞かれるとまずい。放置された原付を見られるのもそれはそれでまずい。

 

 確実に機密を守るためにもやはり一人で取りに行くのが最善だ、山の中なら術式を行使しても問題ない。

 半霊体化した自分の身体能力を把握するためにもある程度の慣らしは必要だろうと思っていた。

 

 山の中を全力で走っていくことにする。

 ついでに妖魔がいたら討伐しておこう。そう思いながら家に戻り巫女服に着替えた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 およそ人が歩けるとは思えない急斜面の山中を走る。斜めに生えている木の幹に足をかけ、そこを起点に上に飛び跳ねる。それだけでほとんどの斜面を飛び越えることができた。

 

 全身を霊力で強化する感覚にもだいぶ慣れてきた。

 どれくらい霊力を込めればあの高さに届く程度のジャンプを行えるかといった感覚や、自身のスピードについていくための動体視力の強化方法もある程度掴むことができた。

 

 走っていると視界の端に蛇型妖魔が見えたので、すぐに方向転換してその蛇の近くに着地する。

 

「『六面結界』からの『一面分断』」

 

 慣れ親しんだ術式を霊符無しで発動する。

 狙い通り蛇型妖魔の体はふたつに分かたれ、そのあとには妖結晶だけが残った。走りながらそれを拾い、再度方向転換して目的の場所へと向かう。

 

 そのまま進んでいると高さ10m程度の崖が行く手を阻んだ。両足に霊力をしっかり込めてから、真上に飛び跳ねる。

 

「────っ!!」

 

 少し勢いが良すぎたのか、私の体は木々の葉を飛び越えて完全に宙に浮いてしまった。まだまだ完璧なコントロールには程遠い。

 

 飛び跳ねる高さこそ見誤ったものの、崖の上には無事着地することができたので気にせずそのまま走り出す。

 

 

 

 

 

『貴様の寿命か? すでに300年分の霊力が内在していることは以前伝えた通りだが、俺が一晩抱くたびにも貴様の寿命は伸び続けている』

 

 昨晩、というか今朝の明け方ごろに布団の上で龍神に言われた言葉だ。

 

『確かに貴様の寿命、霊力はその短距離走とやらで減少したのだろう。だがほんの僅か、寿命換算で一日にも満たない程度の霊力だ』

 

『半分霊体化しているせいだろう、貴様の肉体はあまり霊力を消費しない』

 

『仮に、貴様が日中全力で霊力を放出し続けたとしても俺が本気で貴様を抱けばその分は余裕で補填できる』

 

『安心しろ、貴様は俺が可愛がりつづけてやる。寿命での死など、この俺が許さん』

 

 という全く安心できないことをムカつく笑顔で言ってきた龍神を思い出す。あんな妖魔の相手を何百年も続けるなんて御免こうむる。私は80年くらいで普通に死にたい。その理想を叶えることは既に難しくとも、奴と共に過ごす時間を少しでも短くするため私は霊符無しで術式を行使しようと決めた。

 

 山を3つ越えたあたりで見覚えのある川辺に辿り着いた。その川を下っていくと公道の橋が見え、その横には私の原付バイクが放置されていた。

 

 雨に晒されつづけてかなり汚れてしまっているが、鍵を差し込むとエンジンは問題なくかかったのでそのまま原付に乗って自宅へと戻った。戻ったら軽く洗車してあげないとだめだな。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 隣の市にある行きつけの霊具店へ回収したばかりの原付に乗って向かう。私の祖父の代から懇意にしている霊具店で霊符の作成に使用している墨汁や御札もここで購入していた。

 

 霊具店を訪れた一番の理由は巫女服の修繕だが、それよりも重要なことが1つある。

 

 肉体の半分が霊体化してしまった私が、『解析』の術式をもつ店主からどう見えるのか、それを確かめておかなければならない。

 

 退魔師のすべてが戦闘向きの術式を保有しているわけではない。今向かっている霊具店の店主もまさにその一例であり、彼の家系は相伝術式である『解析』を利用して霊具等の作成を生業としている。ちなみに現在の店主で三代目である。

 

 木製の『石原霊具店』と書かれた看板のすぐ下にある古びた戸を開けて中に入る。

 

「いらっしゃい、おお、久しぶりだな」

 

 店の奥のカウンターで眼鏡をかけて新聞を読んでいる初老の男、彼が今代の石原家の当主である石原巌(いしはら いわお)だ。

 

「お久しぶりです、夏休みの間は全く来てませんでしたからね」

 

「そろそろ補充の時期かと思って墨汁と札、用意しておいたぞ」

 

 店主が座っているカウンターの裏側から取り出された墨壺と束ねられた御札が差し出される。別に今の私には必要ないものだけれど安いものなので一応購入しておく。

 

「それで、この巫女服なんですが……」

 

 破られた巫女服をカウンターの上に広げて見せた。ちなみにこの巫女服、私の血と汗と龍神の体液やらでめちゃめちゃ汚れていたので洗濯機で5回ほど洗った。そんな巫女服なら廃棄して新しいのを買えばいいと思われるかもしれないが、そうもいかない事情がある。

 

「蛇谷よ、お前これどうやって破った? いやそもそも、どうやったらこんなに衣がほつれるんだよ?」

 

「夏休みにちょっと修行してまして、後天術式のせいとだけ言っておきます。あ、術式の効果は内緒です」

 

 もちろん嘘だが、ある程度の説得力はあるだろう。

 強力な後天術式を手に入れたという話は過去にも何例かあると聞いたことがある。中には術式をコントロールしきれずにそのまま爆散した退魔師の話なんかもあるくらいだ。

 

「……まあいいか、でもこの服はもう駄目だ。絹糸から霊力が完全に抜けてる。新しい巫女服を注文したほうが早いぞ」

 

 眼鏡ごしに巫女服の生地を見る石原店主、あの眼鏡は『解析』の術式が転写された霊具であり、この通り無機物に込められた霊力を見通すことができる。

 

「そうですか、この巫女服ってたしか……」

 

「これと同じクラスなら500万円だな、一番安いものでも300万はする」

 

 巫女服を気軽に新調できない理由、ただ単に値段が高すぎるのだ。巫女服一着で500万、ちなみに今の私の家にはこれと同じものがあと二着ある。ローテーションのことを考えてもあと一着は保有しておきたいのだが、今のところそんな資金はない。今残っている巫女服も片方は母親のお下がりだし、もう片方は鬼神討伐に向かう直前に父から買ってもらったものだ。一人残していく娘を慮ってのことだったのだろう。

 

「とりあえず今は買えないので、お金が貯まったらまた来ます」

 

 退魔師の世知辛いところだ。霊具にかかる費用くらい国が補填してくれても良いじゃないかという言論家もいるのだが、本当の問題はそこではない。

 

 退魔師業界は常に人手不足であり、霊具職人という括りでもそれは同様である。結果、戦闘着に使われるような織布は常に供給不足となり、それにつられて値段も跳ね上がる。

 

 効果の高い霊具というのは退魔師同士でも取り合いになり、その取り合いに勝つのはお金持ちの退魔師の家なのだ。

 仮に国が零細退魔師を援助するために資金をバラ撒いたとしても、霊具はそれ以上に値上がりしてしまうので意味がない。

 

 由緒正しい退魔師の家系はだいたいお金持ちだ。彼らからすると端金のような値段の霊具でも、蛇谷家のような零細退魔師の家にとってはなかなか手が出ない代物となってしまう。

 

「なんだその、頑張れよ……」

 

 目の前の店主が憐れむような視線を浴びせてくる。

 まあ今の私は食費が一切かからないし、退魔師の俸給をコツコツ貯めていけば1年くらいで安い巫女服なら買えるだろう。大丈夫大丈夫、悲しくなんてない。

 

 

 

 それはともかくとして。

 

「あの、私を見て何か気づくことはありませんか?」

 

 ここまでのやり取りでおそらく大丈夫だろうという確信を持ちながらも、どこか不安な部分は残っていたので、そう聞いた時の私の声はやや震えていた。

 

「……そういや眼鏡外したんだな」

 

「そうじゃなくて、もっとこう……私の体から霊力が漏れ出てるぞ、みたいな……」

 

 そう言った私を店主は笑い飛ばしてこう言った。

 

「なんだ、後天術式のせいでコントロールが不安なのか? 安心しろ、今のお前さんからは一切霊力は漏れてねぇよ」

 

「じゃあ私の中にある霊力の量とかわかりますか?」

 

「人間は妖魔じゃないんだからわかるわけないだろ。『解析』の術式と言ってもそこまで何でも見通せるもんじゃねぇんだ、てかそんなこと知ってるだろ」

 

 術式の転写された眼鏡型霊具を指差しながら、そう言った目の前の男に嘘をついているような様子はなく、素振りも普段と変わらないように見えた。

 

 

 石原家の『解析』の術式を以てしても私の半霊体化は見抜くことができない、また300年を超える霊力量も視認できない。

 人間の魂内部にある霊力というのは、極めて厳重な密封状態に置かれており、基本的にその内部の量を量ったりすることはできないのだ。

 

 よかった、私はまだ人間に見えるらしい。

 心底安堵した。

 

 



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第8話

 水琴がランジェリーショップで店員のお姉さんに「なんでこんなサイズ合わないまま放置してたの!」と軽くお説教されながら採寸されているのと同時刻、水琴の高校の1年3組の生徒たちはお昼休みで各々弁当を広げたり、食堂に向かったりしていた。

 

「そういえば昨日さ、部活の先輩に蛇谷さん紹介してほしいって言われたんだったわ」

 

「自宅謹慎中だもんな、仕方ねぇよ」

 

 窓際の席で活発そうな二人の男子生徒がそんなことを話していた。

 2学期に入ってからこのクラスで蛇谷水琴のことが話題に上がらない日はなかった。夏休みデビューで眼鏡を外したことや、昨日の術式の退魔活動外行使の件など、前者に関しては水琴があまり理由を話さなかったため、後者は担任教師が詳細を生徒たちに明かさなかったせいもあるが、皆それらの理由を知りたがっていた。

 

「だから、既に公表されてる蛇谷さんの術式だと80mもジャンプしたりできないんだって」

 

「あー、たしか『結界』と『切断』だっけ?」

 

「正しくは『結界』と『分断』ね、先生は詳しく話さなかったけど、蛇谷さんには3つ目の術式があるんだよ!」

 

 教室の別の場所では、眼鏡をかけたオタクっぽい容姿の生徒が水琴の術式に関する持論を述べていた。彼は退魔師に関する知識が豊富な生徒で、オタク気質な人間であったがこのクラスでは水琴の次にそういった事情に詳しい人間だった。

 

「3つ目の術式って、じゃあ今まで隠してたってこと?」

 

「いや、昨日退魔省のHPを見たら『非公開』として3つ目の術式が追加記載されてたから、たぶん夏休み中に修得したんだと思う」

 

 夏休み中、という単語を聞いた早苗がその男子生徒に話しかけた。

 

「ねえねえ今の話、水琴が夏休みに新しい術式を修得したって聞こえたんだけど」

 

 女子に慣れていないせいなのか、その男子生徒は吃りながら返答した。

 

「た、たぶんだけどね、あくまで予想でしかないけど……」

 

「そういえば水琴って先月中全くLINEとか連絡取れなかったんだよね、それと関係あるのかも」

 

 早苗が水琴に夏休み中連絡を取れなかった理由を聞いたとき、水琴はその理由を教えなかった。

 

「術式の修得って、そんな簡単にできるものなの?」

 

 早苗がその男子生徒にそう聞くと、彼はこう答えた。「滅多にできることじゃない。それこそ、死ぬ程厳しい修行でもしない限り不可能なんだよ」と。

 

 それを聞いた早苗は、水琴のことを少し心配した。

 夏休み中に連絡が取れなかったときは妖魔にやられてしまったのかと彼女は不安に思っていたが、そんなニュースも無かったのできっと大丈夫だと信じることにしていた。

 実際、夏休み明けに元気な姿を見れたとき早苗はとても安心したが、まさかそんな厳しい修行をしていたとは予想していなかった。

 

「水琴はやっぱ凄いなぁ」

 

 退魔師としての覚悟を決めている同い年の水琴を思いながら、早苗は尊敬の念を自宅謹慎中の友人へ向けた。

 

 

 一方そのころ、水琴はランジェリーショップの店員に勧められるまま大量の下着を購入させられていた。採寸後の試着で店員のお姉さんに着せ替え人形のごとく扱われていたため、その表情は少し疲れ気味であった。

 

 

 ■■■

 

 

『じゃあPTAとの話し合いの結果から伝えるわね』

 

「はい、お願いします」

 

 一通りの買い物を終えてから原付バイクに乗って自宅に戻ったところで、妖魔対策課の県庁職員、山下瞳さんから電話がかかってきた。

 思いのほか早くPTAとの話し合いが終わったのだなと思いながら、その結果を聞く。

 

『とりあえず水琴ちゃんの自宅謹慎は当初の1週間から変更なし、来週からは普通に登校しても構わないわ』

 

「そうですか」

 

 それを聞いてほっとした。自宅謹慎は確かにありがたかったが、しかしあまりにも長すぎると今度は出席日数が足りなくて留年してしまう可能性が出てくる。それを考えると、今回の措置は僥倖と言えた。

 

『ただし水琴ちゃんは今後体育の授業はずっと見学ね、可哀想だけれどこのあたりが親御さんたちの落とし所だから、ごめんね』

 

 ホッとしていた私に告げられたのは体育の授業には今後出られないという内容だった。まあ、極めて妥当な落とし所だと思う。体育の成績に関しては私だけ別途筆記試験を受けることになるらしい。

 

『大丈夫、水琴ちゃん?』

 

「え、はい、すごく妥当な結論だと思います」

 

 私が考え込んでいたのをショックを受けていると思われたのか、心配してきた山下さんにそう返答すると溜息を吐かれた。

 

『水琴ちゃん、ほんとに無理しなくていいのよ』

 

 いや無理なんてしていないんだけど、なんだろう、今日の山下さんはいつにも増して優しい気がする。もしかしてPTAとの話し合いで何かあったのだろうか? 

 

『……まあいいわ、連絡は以上だけど何か質問はある?』

 

「いえ特には」

 

『そう、じゃあまたね水琴ちゃん』

 

「はい、PTAの対応ありがとうございました」

 

 山下さんとの通話が終わった。自宅謹慎が当初の予定通りの期間であることが確定したので頭の中で予定を組み直す。

 

(夏休みに手つかずだった分、この1週間で頑張って裏山の妖魔を間引いていかないといけないな)

 

 今朝、原付の放置場所まで走っただけでもかなりの密度で妖魔が発生していた。無論、私が夏休み中放置せざるを得なかったせいだ。麓の民間人に被害が出てからでは遅いので、なるべく市街地に面している場所から積極的に間引いていかないといけない。

 

「あ、そういえば冷蔵庫の中身片付けないと」

 

 冷蔵庫の中には賞味期限切れの肉や野菜が放置されたままだ。何を食べても土塊の味しかしない私にはもう必要ないものだし、龍神も普通の食事は一切取らないようなので、今の冷蔵庫の中身はすべて捨てなければならない。

 

 

 その後、冷蔵庫の中身をすべてゴミ袋に移すと冷蔵庫の中は本当に空っぽになってしまった。電気代がもったいないと思いコンセントも抜いた結果、そこにはただの箱が残された。

 

 いっそのこと粗大ごみに出してしまおうかとも考えたが、この冷蔵庫を家電量販店で選んだときの両親を思いだして、結局捨てられなかった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 蛇谷水琴との通話を終えた山下瞳は県庁舎7階の妖魔対策課の自分の机の上で溜息をついた。

 

(水琴ちゃん、絶対ショック受けてるよね……)

 

 瞳は先月に現役高校生退魔師である水琴と初めて出会ったときのことを思い出した。

 

 県庁舎のセミナールームで行われた退魔師会合、あのときの水琴は高校の制服を着ているためもあってか、周りからひどく浮いていた。

 

 瞳の記憶に一番残っているのは、会合後の立食パーティーで窓の外を眺める蛇谷水琴の姿だった。何を見ているのか後ろから覗くと、窓の外のやや遠くのほうには夏祭りの花火が上がっていた。それを見てそういえば今日は地元の夏祭りの日だと思い出した。

 

 瞳もこの地元出身の人間なので、その夏祭りには子供のころに何度も参加したことがあるし、高校生の時にできた初めての彼氏と一緒に見た花火は一生忘れない自信がある。社会人の瞳にとっては今更すぎるような夏祭りの風景も、まだ子供の水琴にとってはかけがえのない思い出になる可能性を秘めていたはずだ。

 

 蛇谷水琴はまだ高校生、仲のいい友達や気になっている男の子と一緒に遊びに行きたい気持ちもあるのだろう。その気持ちを抑えて、彼女は退魔師としての使命を果たそうと頑張っている。自分より一回り年下の子供であるにも関わらず、彼女の自己犠牲の精神はあまりにも完成されすぎていた。

 

(第三の術式、いったいどんな厳しい修行をしたんだろ)

 

 後天術式の修得は生半可な覚悟では達成できない。多くの退魔師がそれに挑戦しては失敗し、挫折を経験している。

 蛇谷水琴は夏休みという学生にとって大切な時間をすべてその修行に費やしていたという事を、瞳は今日知った。

 

 PTAの対応を終えたあと学校の廊下で水琴のクラスメイトと思しき女子生徒と話をする機会があったのだ。その早苗という少女によると水琴は八月の間、一切の他者との連絡を断っていたらしい。

 

 それを聞いたときの山下瞳の無力感は酷かった。

 それほどの苦労をしてやっとの思いで修得した術式、それが暴走した果ての自宅謹慎だ。頑張ったことを褒めてくれる両親もおらず、県庁職員の自分からは厳重注意を言い渡される。

 あのときの水琴は何を思っていたのか、間違いなくショックを受けていたはずだと、瞳は考えていた。

 

 

 

 『妖魔対策課』などという部署で行っている仕事は市民向けのアピールが主で、その一環の退魔師会合ですら水琴の負担にしかなっていない。各地の退魔師はそれぞれ独自の方法で自身のエリアの妖魔を間引いていて、県庁職員が口出しできるようなことはほとんどない。

 

「はあ……無力だなぁ……」

 

 山下瞳はもう一度、大きく溜息をついた。

 

 



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第9話

 術式の退魔活動外使用による自宅謹慎が終わり高校に復帰してからも色々あった。やたらクラスの男子生徒に放課後遊ぼうと誘われたり、古めかしいことに下駄箱にラブレターが入っていたりと、はたから見るとモテ期とでも言うべき状態になっていた。

 

 前世が男だったころの意識がまだだいぶ残っているので、恋人を作ろうとは思わない。というか、龍神がなにをしでかすかわかったものじゃないので恋人なんて作れるわけがない。

 

「さすが水琴、モテモテだね」

 

 お昼休み、目の前でお弁当を広げる早苗にそう言われた。

 ちなみに私の前には文庫本が置かれているだけ。私が食事を取れないことはすでにクラスメイトに周知されている。

 最初は結構引かれてしまったけれど、今はみんな慣れてしまったみたいで、こうして早苗がご飯を食べている前で小説を読んでいても何も言われない。

 

「そういえば自宅謹慎中は何してたの?」

 

「特には何も、ああ、妖魔の討伐は毎日してたけどそれくらいかな」

 

「真面目だなぁ」

 

 朝から夕方まで山中の妖魔を討伐して、夜は龍神に抱かれるという生活を自宅謹慎中ずっと繰り返した結果、蛇谷神社の付近の山からは妖魔が一掃された。

 

 しばらくは放置したとしても、民間人に被害が出ることはないだろう。霊体化した肉体のスペックを最大限活用して全力で妖魔を討伐しつづけたのだ。私の担当エリアはほぼすべてが安全圏となっている。

 

 亡き父母ですらここまで大規模な範囲を平定することはできなかったので蛇谷家的には結構な偉業なのだけれど、誰もわかってくれる人がいないので若干寂しい。

 龍神? あいつは私の退魔師として活動には何も口出ししてこない、たぶんほんとに興味がないんだろう。

 

「来月の林間学校楽しみだね、九州だっけ? 水琴は九州行ったことある?」

 

「そういえば行ったことないかも」

 

 前世では何度か九州を訪れたことはあったが、今世ではまだ行ったことが無かった。この世界の日本は妖魔の存在が公にされていること以外は大まかな歴史は同じなので、九州の風景に関してもそこまでの差異はないだろうけれど。

 

「林間学校の班決め揉めるだろうなぁ、水琴と同じ班になろうとする男子めちゃめちゃ多そうだし」

 

「そんなことないでしょ」

 

「いやマジだって、私に頼んでくる男子だっているくらいなんだから」

 

 このクラスで私と一番仲が良いのが早苗だからだろう、そんなことになっているなんて予想外だった。

 まあ、龍神のせいで外泊なんて不可能なので林間学校は仮病で休むつもりだ。

 

「てことで、とりあえず水琴は私と同じ班ね!」

 

「はいはい」

 

 林間学校か、ちょっと行きたかった気持ちもあるけれど仕方がない。そういう青春は前世で十分経験したし、私には退魔師としての仕事がある。仮病で休むことを隠して早苗に適当な返事をした。

 

 

 

 その日の夜、いつもの通り龍神に抱かれる直前、少し試すつもりで聞いてみた。

 

「もし私が一晩自由にしてほしいと言ったら、どうしますか?」

 

「……なんだ、外泊でもしたいのか?」

 

「まあ、そんなところです」

 

 私がそう言うと、龍神は少し考え込んでからこう言ってきた。

 

「貴様を毎夜抱くと決めた以上、俺の方からその決め事を破るつもりはない。もし貴様がどうしてもそれを望むのであれば……そうだな、代わりの女を10人連れてくるならば許してやろう」

 

 私が一晩自由になるかわりに10人の女性を犠牲にしなければいけない。もちろん論外だ。

 

「試しに聞いてみた私が馬鹿でした……」

 

 私の個人的な遊興のために他人を犠牲にするわけにはいかない。やはりこの龍神は妖魔だ、絶対に相容れない存在だと改めて認識してからその夜も私は布団の上で弄ばれた。

 

 

 ■■■

 

 

 10月上旬の林間学校初日の朝、私は学校に電話をかけた。数秒ほどコール音が鳴ったあと、私のクラスの担任の声が聞こえる。

 

「おはようございます、蛇谷です」

 

『おはよう蛇谷さん、どうしたのこんな朝早くに電話なんて?』

 

 林間学校の初日なので、バスの運転手との連絡や他の教師との打ち合わせで忙しいのだろう、まだ七時前であるにも関わらず電話越しの向こう側はやや騒がしかった。

 

「すみません、今朝から体調を崩してしまいまして……今日からの林間学校なんですけど、お休みさせてください」

 

『あら、昨日は元気だったのに……、わかったわ、お大事にね』

 

 体育の授業で術式を使ってしまったときはしばらく担任の先生には警戒されていたが最近はだいぶマシになっている。担任教師は悪い人ではないけれど、林間学校に私が参加できないと聞いて少しホッとしているような雰囲気があった。

 

 まあ、林間学校では九州の山奥に泊まって課外活動で林業体験を行ったりと少しアクティブなイベントが続くので私がいないほうが都合が良いのだろう。さらば林間学校積立金、君のことは忘れない。

 

「はい、それでは失礼します」

 

 自宅の固定電話を切って今度はスマホを取り出し、同じ班の早苗に体調不良で林間学校に行けないことを伝えるLINEを送った。

 

 速攻で既読がついたと思ったら、すぐに電話がかかってきた。

 

「もしもし早苗?」

 

『水琴、体調不良ってマジなの?』

 

「ほんとほんと、熱出しちゃってさ」

 

 思いっきり嘘だけれど適当にそう答える。今の私に体調不良なんて起こるわけがないのだ。

 

『ぜったい嘘じゃん……例の一件のせいで遠慮してるだけでしょ』

 

 早苗のいう例の一件とは体育の授業での術式無断行使のことだろう。林間学校でも同じような問題を起こさないように私が遠慮したと思われているらしい。

 

『少しくらいあたしのことも頼ってよ、サポートくらいするからさ……』

 

 悲しげな声の早苗にそう言われて一気に罪悪感が出てくる。

 私にとっては今更な感じのする林間学校という青春も、早苗にとっては高校生活最初の一大イベントなのだ。本当に早苗のことを考えるのであれば、最初から同じ班になろうと言われたときに断っておくべきだったか、そんなことを考えてしまった。

 

「なんか、ごめん……」

 

『いいよ、帰ったらまたカラオケ行こ、約束だからね!』

 

 電話越しにそう言ってきた早苗は、そろそろ家を出るからと言った。三泊四日分の荷物を抱えての歩きながらの通話はしんどいだろうと思い、そのまま通話を終えた。

 

 LINEのアプリを閉じてホーム画面に戻ると時刻はすでに七時半、今から四日ほど暇になってしまうので何をしようかと考える。

 

(私の担当範囲はほとんど妖魔がいなくなったから、最近はあんまりやることがないんだよね……)

 

 自宅謹慎中に積極的に間引きすぎたせいか、ほんとに妖魔の姿を見なくなった。たまに見かけたと思ったら発生したばかりと思しき小型の妖魔ばかりで、最近は退魔師としての仕事を三日に一度くらいのペースに抑えてある。

 

 何も思いつくことがないまま自室に入り、ベットに腰掛ける。このベットも龍神が来てからはほとんど使っていない。

 何となく横たわって部屋のなかをぼうっと眺める。

 

(ああー、やることがない)

 

 読書でもするかと思い本棚に目を向ける。何を読もうかと背表紙の列に目を通していくと、ふと視界の端に気になるものがあった。気になる、というか以前は頻繁に使っていたのに最近は触れることすらしていなかったので、久々にその存在を思い出したというべきか。

 

 濃紺色のちょっと小綺麗なパッケージに包まれたもの、すなわち紙ナプキンなのだけれど、私はこの存在を1ヶ月近く忘れていた。いや、8月を含めると実に2ヶ月くらい意識したことが無かった。

 

「最後に生理きたの……いつだっけ?」

 

 一気に首から上が冷たくなったような錯覚、頭から血の気がひいた。妖魔と人間の間に子供ができるなんて聞いたことがない。

 

 女性を襲う妖魔というのもいるにはいるのだが、過去に子供ができたという例は聞いたことがない。人間と妖魔では子供を作ることができない、というのが退魔師としての一般常識である。

 

 だが、半霊体化した人間と妖魔ならどうなるのだろうか? 

 無意識に下腹部を抑えていた右手に気づくと、咄嗟に発狂しそうになった。

 

 龍神との子供を身籠るなんて冗談じゃない。ただでさえ、妖魔を秘匿しているという退魔師として致命的な背信行為を行っているのだ。

 

 その上に、龍神の子供まで産んでしまう? 

 あんな化け物の仲間をさらに増やしてしまう可能性に思い当たったとき、真っ先に考えついたのは自殺することだった。いや、でも私がいなくなったらあの龍神は間違いなく市街地の民間人に手を出そうとするだろう。

 だから私は死ぬわけにはいかない。

 

 じゃあどうする、龍神との子供ができてしまったら産むのか? 

 それはありえない。

 

 子供ができる度に毎回堕胎させるか? 

 龍神はそれに対して何と言う? 

 

 なにが最善かわからなくなって、仮定の先で想像される未来はどれも最悪な結末ばかりだった。

 

 そんな風に退魔師としての責任の取り方を考えていると、いつの間にか龍神が背後に立っていた。自室の扉が開けっ放しだったとはいえ、全く気づかなかったのは私が慌てていたからだろう。

 

「貴様、今日は学校には行かんのか?」

 

 龍神が聞いてきたのはそんなことだった。

 

「ええ、今日からは林間学校で同級生はみんな九州に行ってます。外泊できない私は行けませんので……」

 

 そこまで答えたところで、こちらからも質問を投げかけた。つい先程まで悩んでいたことの答えを知らなければ、その答えがどちらにせよ私は決断することができない。

 

「一つ聞いていいですか」

 

「なんだ?」

 

 ゆっくりと息を吸って吐いてから、こう聞いた。

 

「あなたが毎晩私を抱くのは、子供をつくるためですか?」

 

 



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第10話

「あなたが毎晩私を抱くのは、子供をつくるためですか?」

 

 そう聞いた私を見つめながら龍神はやや首を傾げながら、こう言ってきた。

 

「何だ、俺との子が欲しいのか?」

 

 そんなわけあるか。少しとぼけたような真顔でそんなことを言ってきた龍神に怒りを覚えつつ、すぐに彼の言葉を否定した。

 

「どのみち俺と貴様では子は作れん、妖魔とはそうやって増えるものではない」

「……そうですか、安心しました」

 

 それを聞いて心の底から安堵したと同時に、もしこの男の返答が真逆のものだったとしたら私はどうしただろうかと考える。

 

(もし子作りが目的だとわかったら自殺してたかもしれない、龍神が民間人に手を出してしまうことを承知の上で)

 

 こちらの世界での妖魔に対する忌避感は想像を絶する。妖魔のいる世界といない世界の両方を経験した私だからこそわかる。

 

 身近な具体例で言えば、前世でよく見たようなバトル物の少年マンガなんて即発禁になる。実際こちらの世界の創作物に化け物退治を題材とするものはほとんどない。

 90年代を最後に少年マンガという文化はほぼ消え失せた。

 

 毎日かならず世界のどこかで誰かが妖魔に殺されているのだ。前世でいえば、それこそ放射性物質に対する忌避感を遥かに凌ぐほどに妖魔とは忌み嫌われている。

 

 そんな世界で妖魔を産んでしまう、なんてことになったら本当に人類の敵になってしまう。他でもない、私自身が私をそうとしか認識できなくなる。

 

 龍神という妖魔を自宅に秘匿していることだけでも、私の倫理観はすでに限界ギリギリだというのに。

 

 

 ■■■

 

 

 龍神が居間に戻ったあとも、私は特に何もすることなくゴロゴロしていた。時刻はお昼過ぎだけれど食事も取れなければ、昼寝することも出来ないので本当にすることがない。

 

 ベッドの上に寝転がりながらスマホで動画サイトを適当に巡回していると、1階から電話の着信音が聞こえてきた。

 我が家の固定電話が鳴るのを聞くのが久しぶりだったので、誰からの電話だろうと考えながら階段を降りて受話器を取った。

 

「もしもし、蛇谷です」

『すまない蛇谷……助けてくれぇ……』

「──────っ! 妖魔にやられましたか!?」

 

 電話越しに聞こえてきたのは嗄れた老人の、助けを求める声だった。聞き覚えのある声だ。

 間違いない、伊野家の爺さんの声だった。

 

 伊野家は蛇谷家の担当エリアと隣接した地域を保安している退魔師の家系である。家系といっても、今は70歳を過ぎた爺さん一人だけしか残っていない。本当は後継者である息子さんがいたのだが、半年前の鬼神討伐に参加して殉死している。

 

 そんな退魔師の爺さんからの救援要請だ、間違いなく何かあったのだろう。

 

「急いでそちらに向かいます! 待っててください!」

『頼む……』

 

 電話を切ってすぐに自室に戻り巫女服に着替える。

 机の上の原付バイクの鍵が一瞬目に止まったが、山沿いを自分の足で走った方が早い。

 

 家を出てすぐに山の方にジャンプする。

 

「『一面結界』」

 

 木々をすり抜けて走るのではなく、空中に一面だけ結界を展開して、それを足場にしてジャンプする。

 その方がほぼ直線距離で目的地へ向かえるので時間を短縮できる。

 

「伊野の爺さん、大丈夫かな……!」

 

 孤独な老人の退魔師のことを考えながら、山の尾根をいくつか超えていくと、私の担当エリアと伊野家の担当エリアの境界線に差し掛かったあたりであることに気がついた。

 

 妖魔が一匹もいなくなっていた蛇谷家のエリアの方に、伊野家のエリアから妖魔が漏れてきている。越境している猪型の妖魔を何匹か確認したところで、伊野家のエリアに入った。

 

「やっぱり、間引きがあまり出来ていない!」

 

 空から山を俯瞰すると一目瞭然だった。

 まったく妖魔の気配を感じない蛇谷家のエリアに対して、伊野家のエリアからは中型クラスの妖魔が複数確認できる。

 

「もっと早く気づくべきだった……」

 

 

 

 蛇谷神社から伊野家の寺まで、最短距離を全力で駆け抜けたので十分もかからずに目的の場所まで到着した。

 古めかしい木造建築の寺の門を飛び越えて、その中にある社務所に入る。

 

「伊野さん! 大丈夫ですか!?」

 

「……ああ、もう来てくれたのか、救急車よりも早いとは驚いた」

 

 狭い社務所の畳の上に血まみれの僧服を着た老人が横たわっていた。包帯を巻いて応急処置を施した白髪頭からは血が流れていた。怪我をした腕で自分に包帯を巻くのが難しかったのだろう、巻き方が雑でガーゼが傷口をすべて覆えていない。

 

「酷い怪我ですね……、大型妖魔が出ましたか?」

 

「いや、中型だ。いつもの猪の妖魔だったが不覚をとった。わしも年だな」

 

 痛みがひどいであろうにも関わらず、そんなことをいって力なく伊野さんは笑っていた。

 

「急に呼びつけてすまなんだ。蛇谷、お前に頼みたいことが────」

 

「わかってます、妖魔を市街地に出さないよう間引いておきます」

 

「頼む……くれぐれも無理はしないでくれ、小型の妖魔を祓ってくれればよい。複数の中型妖魔に関しては県に要請して、応援を呼んで討伐してくれ」

 

 伊野の爺さんは以前の私の実力しか知らないので、その指示は適切なものだった。実際、龍神に犯されて半霊体化する前の私であれば、中型妖魔の討伐は対象が一匹でギリギリ、複数体の中型妖魔に囲まれたらまず間違いなく死ぬだろう。

 

「大丈夫です伊野さん、全部私に任せてください」

 

 少し遠くのほうから救急車のサイレンの音が聴こえた。

 しばらくして到着した救急隊員に伊野さんを預けて、私は山に向かった。

 

 伊野家の担当範囲が全て見渡せるくらいの高さに結界を展開し、飛び跳ねてその上に着地する。

 ざっと見渡した限りでも妖魔の気配がかなり濃い。

 

「あと数日この状態が続いていたら麓の民間人に被害が出てたかも……」

 

 山の外からは妖魔の痕跡が見られないので、まだ被害は出ていないはずだ。麓に近いところから順に間引いていこう。門限の日没まではかなり時間があるし、今の私の力なら三日とかからずにこの地域を平定することができるだろう。

 

「どのみち、いずれ私が引き継ぐ予定のエリアだしね」

 

 後継者のいない退魔師が引退した場合、その退魔師の担当範囲は近隣の退魔師に引き継がれる。もし伊野の爺さんが退魔師を引退したらこのあたりの猪型妖魔を間引くのは私の仕事になる。

 

 夏休み前の半霊体化する前の私では抱えきれない範囲だったので、もし引き継ぐことになったらどうしようかと偶に悩むこともあった。その悩みが解決したのは龍神のおかげではあるのだが、到底感謝する気持ちにはなれなかった。

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 数時間かけて山の中を駆け巡り猪型の妖魔を討伐した。

 市街地に面しているエリアは中型から小型の妖魔まですべて、山の奥の方は中型を優先的に討伐してその分広範囲にわたって妖魔を間引いた。

 

 伊野の爺さんが搬送された病院に行く前に、一度自宅に戻って着替えた。

 もちろん、自宅に戻る途中で蛇谷家のエリアに漏れ出した猪型の妖魔もしっかり討伐しておいた。これで抜かりはないはず。

 さすがにこれだけ間引いて市街地に妖魔が進出することはないはずだ。しばらく放置したとしても、蛇谷家のエリアも伊野家のエリアも問題はないくらいに妖魔の数は減らしたのだから。

 

 

 私服に着替えたあと原付に乗って、救急隊員に聞いておいた病院へ向かう。

 診察口に伊野さんの名前を告げると、彼が入院している病室を教えてもらった。

 病室前の名札に彼の名前があることを確認して、ノックしてから中に入った。

 

 窓際のベッドに包帯を巻いた老人が寝ていた。私が近づくと伊野さんはすぐに目を覚まして、上半身を起こそうとしたがとても辛そうにしていたので、そのまま安静に寝転んでいてもらうように言った。

 

「うちの寺の裏山はどんな感じだ、県からの応援要員は無事に呼べたか?」

 

 そういえば県に応援要請をするように言われていたのをすっかり忘れていた。

 

「いえ、応援を呼ぶ必要はありませんでした。伊野家の担当エリアに湧いていた妖魔はほとんど私が討伐しましたから」

 

 私がそういうと、伊野さんは驚いたと言わんばかりに細い眼を見開き、そしてすぐにいぶかしむような表情へ変わった。

 

「お前さんが一人でか?」

 

「はい、8月くらいに後天術式の修得に成功したので、それで中型以上でも討伐できるようになりました」

 

 口で言うだけだと証拠に乏しいので、鞄からスマホを取り出してフォルダに保存したばかりの動画を見せた。

 動画の内容は私が中型の猪型妖魔を討伐するところを撮影したものだ。以前の私では絶対に展開することのできない強度の結界で妖魔を閉じ込め、分断するシーンが記録されている。

 

 以前の私の実力をよく知っている伊野さんなら、この動画を見るだけで私の言葉が嘘でないことはわかるはずだ。

 

「中型妖魔をこうも一瞬で討伐できるとは……」

 

「伊野家のエリアのほとんどの妖魔を間引いておいたので、しばらくは放置しても問題ないと思います、もちろん伊野さんの入院中は私も定期的に巡回するつもりなので安心してください」

 

「……これも世代交代ということか、ありがとう蛇谷。息子を半年前に鬼神事件で喪ってから自分の担当範囲をどうするべきかずっと悩んでおったが、これで心配が無くなった」

 

 そう言った伊野さんは安心したかのように目を瞑り、ほっと息を吐きだした。

 ゆったりとした僧服ではわからなかったが、簡素な入院着ごしに推測される彼の肉体はかなりやせ細っていた。無理もない、息子を失ってからほぼ一人であの広大な範囲の妖魔に対処していたのだ。心労も肉体的な疲労も限界に近かったのだろう。

 

 日没が近い。

 

「じゃあ、私はこれで帰りますね」

 

「ああ、妖魔の討伐でしんどかったろうに、見舞いにまで来てくれてありがとう」

 

 病室を出て入院病棟の廊下を歩く。

 今のところ病室には十分に空きがあるように見える。もし今回の伊野家のエリアの対応が数日遅れていたら、多くの怪我人や重傷者がこの入院棟に運び込まれていたかもしれない。

 

 

 実のところ、今回のような退魔師の後継者不足は業界全体の問題になっている。先の『鬼神事件』のせいで多くの退魔師がこの世を去った。伊野さんの息子のように後継者と目されていた人物が亡くなったり、家系そのものが断絶したような事例もある。

 

 後継者不足はずっと前から問題になっていたが、『鬼神事件』のせいでその深刻度は一気に加速した。今後、退魔師が管理しきることのできない地域は間違いなく増える。鬼神のような災害クラスの妖魔が出てこなかったとしても、日常的に湧き続ける妖魔を処理しきれなくなるのだ。被害は全国的で、かつ多発的なものとなるだろう。

 

 退魔師業界では常識レベルの後継者問題であるが、あまり公のメディアではこの事実は語られていない。国民の不安をいたずらに煽ってしまうことになるという理由で、やんわりと隠されている。

 

 

 

 ■■■

 

 

 その日の夜、私が龍神に抱かれる準備をしている最中、居間でなんとなしにつけていたテレビから緊急速報のテロップが流れた。不吉な電子音とともに表示された白文字で、画面上部にはこう書かれていた。

 

『九州の□□県△△市にて鬼神と思わしき妖魔が発生』

 

 その県は今まさに、早苗や私のクラスメイトが林間学校で滞在している場所だった。

 

 



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第11話

『九州の□□県△△市にて鬼神と思わしき妖魔が発生』

 

 そのテロップが出てから数十秒後、放送されていたバラエティ番組が緊急ニュースの画面に切り替わった。

 

『えー速報です。□□県△△市に鬼神と思わしき妖魔の発生が確認されました。近隣の市町村に避難指示が発令されています。読み上げますので、該当の地区にお住まいの方は直ちに避難してください。△△市、〇〇市、✕✕市────』

 

『鬼神と思われる妖魔が市街地を中心に【咆哮】を行ったことが確認されています。現在推測される死傷者数は十万人を超えているとのことです』

 

『□□県の妖魔対策課が同県登録の退魔師を招集し、緊急会合を行っているとの情報が入りました。会合の内容に関しては分かり次第お伝えいたします』

 

『繰り返します、画面上部のテロップに表示されている市町村にお住まいの方は直ちに避難してください。なるべく、鬼神がいる△△市とは反対の方向へ避難してください』

 

『現在観測されている鬼神も前回とおなじく、【咆哮】を行うことが判明しています。範囲内で【咆哮】を受けてしまった場合、命の危険があります。なるべく△△市から離れるように避難をしてください』

 

 

 呆然とした気持ちでニュース映像を見ながらスマホを取り出して早苗に電話をかけたが、混線しているらしくつながることはなかった。

 

 早苗たちが向かった林間学校の宿泊施設は鬼神が現れた県にあるものだ。だいたいの位置しかわからないが、もしニュース映像が示す地図の範囲が【咆哮】の範囲内なら早苗たちは既に────。

 

「おい水琴、さっさと寝所に入れ」

 

 龍神の声が背後から聞こえた。ハッとして外を見るとすでに日が暮れかかっている。

 そうだ、ニュース番組を見る前は夜伽の準備をしていたんだった。

 

 いやでも、こんな状況で床に入って、私はまともな精神でいられる自信がない。

 

 

『はい、情報が入りました。□□県で行われていた緊急会合の結果、数十名の退魔師による討伐隊の結成が決まったとのことです』

 

 ニュースキャスターの男性が、スタッフに差し出された紙を読みながらそう言った。

 

(いや無理だ、たった数十人の退魔師で勝てる相手じゃない)

 

 前回の鬼神討伐の際も、500人以上の退魔師が命懸けで戦ってようやく勝利することができたのだ。

 

 かといって、今回も全国から退魔師を招集することができるかといえば、それも難しいだろう。ただでさえ少ない退魔師の数がさらに減ってしまうのだ。地域によっては、文字通り妖魔の対処が追いつかない空白地帯ができてしまいかねない。

 

 詰んでいる、災害級の妖魔がたった数年で二度も現れるなんて。

 

「貴様、俺の声が聞こえんのか?」

 

 しびれを切らした龍神が私の腕を掴んで無理矢理立たせようとしてきた。彼の膂力には抗えず、そのままフラフラと立ち上がる。

 

 改めて目の前の男を見上げた。

 黒髪で日本人らしい端正な顔立ちの男だ。溢れ出る霊力がなければ人間に見えることだろう。

 

 そうだ、この最悪の現状を唯一解決できる方法がある。

 

「お願いがあります」

 

「……なんだ、言ってみろ」

 

 畳の上に膝をついて、両手も地面につけてそのまま頭を下げる。目の前に見えるのは龍神の素足だけ。

 退魔師として、これが本当に正しいことだとは思わない。それでもこうする以外の方法が思いつかなかった。

 

「お願いします、九州に現れた鬼神を殺してください」

 

 土下座して、私は龍神にそう頼み込んだ。

 おでこを床につけているせいで彼の表情を窺い知ることはできない。

 

 龍神は数秒間黙ったのち、こう答えた。

 

「断る、俺は貴様以外の人間の生死には興味がない」

 

「お願いします、あの地域には私のクラスメイトがいるんです、今ならまだ間に合う可能性も────」

 

 そう言いかけた辺りで、首を掴まれて仰向けに押し倒された。乱暴に押し倒されたせいで、浴衣がはだけて胸が見えかけている。あまりの自分の惨めさに腹が立った。

 

「くどい、俺には関係のないことだ」

 

 その日私はいつもの寝所ではなく居間の畳の上で犯された。意図的かどうかはわからないが、龍神はテレビを消さなかった。

 

 鬼神による被害状況を伝えるニュース番組を一晩中聞かされながら、私は何もできず、ただただ目の前の妖魔に奉仕することしかできなかった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 霞が関、退魔省の会議室では深夜にも関わらず激しい議論が行われていた。

 

「だから、すぐに全国の退魔師を招集して鬼神の討伐隊を編成するべきなんだ! 都道府県単位での討伐隊じゃ頭数が足りなさすぎる!」

 

「全国規模の招集なんて簡単に言うな、前回の鬼神討伐だって各都道府県の意見をまとめるのにどれだけかかったと思っている!」

 

 退魔師という存在は基本的に土着性が高い。ある特定の地域でしか術式を発動できなかったり、その他にも何らかの制約を持った退魔師もいる。だからこそ、退魔師の指揮権は各都道府県による縦割りで厳密に区分されている。

 

 前回の鬼神討伐の際も、それぞれの地域から退魔師を集めるための会議に膨大な時間を要した。当然、どの都道府県も自分のところからはあまり退魔師を派遣したがらなかったからだ。

 

「災害級の妖魔に対する法律をもっと早く成立させておくべきだったな、まさかこんな短期間で鬼神が再度現れるとは」

 

「タラレバの話をしてもしょうがない、今は今後の対応を話し合うべきだ、被害状況はどうなっている?」

 

「鬼神が確認されている△△市は壊滅状態です、死者数はおそらく四十万人を超えているかと思われます」

 

「前回の鬼神よりも【咆哮】の範囲が広いな、もし他の地域に移動でもされたら……」

 

「避難民の疎開プランは?」

 

「国交省、自衛隊共同で対応に当たらせているが如何せん範囲が広すぎる、海岸線沿いの高速道路、国道は大渋滞だ」

 

「山間部やその付近に取り残された国民はどうする、鬼神の【咆哮】の範囲によっては生存者がいるかもしれん」

 

「【咆哮】による周囲の妖魔の活性化、忘れたわけじゃないだろ」

 

「だがあの地域の山間部は妖魔がほとんど発生しないはずだ、自主避難に任せるほかあるまい」

 

「まあ今はとにかく、□□県の討伐隊に期待するか」

 

「無人偵察ドローンによる映像入りました! 今回の鬼神の体長は約5メートル、現在の被害地域の状況は────」

 

 

 ■■■

 

 深夜のテレビから流れる緊急ニュース番組では、鬼神による絶望的な被害状況の報告が更新され続けていた。

 判明する死者数は増え続け、瞬間的な被害の大きさが前回の鬼神を遥かに凌いでいることが繰り返し伝えられた。要するに、今回の鬼神は前回のものよりも格段に強いということだ。

 

(今回の鬼神を倒すのに、何人の退魔師が犠牲になればいいんだろうか)

 

 前回の鬼神よりも強いということは、前回以上の人数の退魔師で挑まなければ勝ち目は薄い。そんな余剰戦力、この国のどこにあるというのか。日本国内の退魔師の数は確か1000人弱しか残っていなかったはずだ。

 龍神に畳の上で乱暴に犯されながら、そんなことばかり考えていた。

 

(もし同級生がみんないなくなったら、あの高校の一年生は私ひとりになるわけか……、退魔師の自分だけが生き残るとかある意味最悪だな)

 

 

 明け方に龍神から開放されたころ、テレビには無人偵察ドローンによって撮影された鬼神の姿が映し出されていた。私の浴衣ははだけて全身が龍神の体液に塗れているが、お風呂に入る気力もなくただただテレビの映像を眺めていた。

 

 筋骨隆々とした肉体、全身を覆う皮膚は赤く、とても分厚く見える。肉体と同じ赤い色の髪の頭頂部には黄土色の角が一本生えていた。

 

 映像から推測される体長は5メートル強と表示されており、それが事実なら前回の鬼神よりも1.5倍ほど巨大だということになる。

 

 その肉体も【咆哮】の範囲も、前回の鬼神を超えている、鬼神討伐は不可能に思えた。

 

 緊急速報を伝えるメロディが流れ、画面上部に白文字で短い文章が表示された。

 

『□□県による討伐隊が全滅、鬼神討伐は失敗』

 

 絶望的な状況がまた更新された。

 

 

 



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第12話

【緊急速報】鬼神再来【死者10万人超】◆13

 

1:名無しの退魔師 2020/10/7 18:11:48 ID:PHAfdQ0Y+

 もう終わりだよこの国

 

3:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:03 ID:LAPbgJwy1

 Jアラートくそビックリしたわ

 心臓に悪い

 

5:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:05 ID:N3BYksZsW

 九州民はどんな感じ? 

 避難とかできてる? 

 

10:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:16 ID:yQWqjceQy

 >>5

 今避難中で車の中だけど渋滞でまったく前に進まん、いつ鬼神の咆哮がまた来るかわからないからほんとに怖い

 

14:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:17 ID:ynbU4kcOf

 本州に住んでて助かった

 

16:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:23 ID:ZhxiN9TVV

 これ討伐の見込みあんの? 

 

18:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:29 ID:Xv9kVnwtC

 >>16

 一応討伐隊がこのあと夜襲かけるらしい

 人数は30人弱

 

23:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:32 ID:7g1p6Kxfg

 そんな人数で討伐できんのかよ

 

26:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:36 ID:b0yY4Jd4B

 前回の鬼神って結局何人がかりで倒したんだっけ? 

 

31:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:40 ID:FXKmMgYo

 >>26

 たしか500人くらいだったはず

 

36:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:44 ID:5xd9U16XC

 え、マジで今回の鬼神討伐するの無理じゃね? 

 

38:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:48 ID:zPdbUg8tk

 退魔省は何してんの? 

 

43:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:53 ID:OTqSWt4c

 退魔省はいつも通り各県の対応を見守ってるだけだよ

 

45:名無しの退魔師 2020/10/7 18:12:57 ID:m8Fgu717

 私の親戚が九州在住なんだけど連絡が付きません

 

47:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:00 ID:0Yea3tWHv

 電話混線しすぎ

 

52:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:05 ID:huBggii7a

 咆哮の被害範囲広すぎるだろ

 前回の比じゃないぞこれ

 

54:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:09 ID:y3uP13gm

 ドローンの映像まだ? 

 

56:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:12 ID:GrKUdljTN

 日本もイギリスみたいに滅ぶのかな? 

 島国にやばい妖魔が現れると逃げ場ない

 

60:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:17 ID:TXllDxs+B

 イギリスは一応まだ残ってるよ

 北アイルランドに暫定政府が

 

62:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:21 ID:4mbqNeP5

 イギリス本土はゾンビに占領されたままだけどな

 実質滅んだようなもんよ

 

63:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:24 ID:pHGEeQfBj

 今回の鬼神はどれくらい移動傾向があるかもまだわからないから

 

68:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:29 ID:hk7iVQIwn

 北海道・東北地方が一番安全? 

 

73:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:32 ID:n7xafiKOp

 九州の地価が暴落しそう

 

78:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:33 ID:w8gfpvb8i

 関門トンネルと関門橋は封鎖したほうがいいんじゃない? 

 

80:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:49 ID:fs1HezpoM

 >>78

 本州以北のことしか考えてねえのかよ

 まだ避難民だっているんだぞ

 

83:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:50 ID:Crg9pQyhx

 こんだけ範囲広かったら避難の受け入れなんて不可能だろ

 

85:名無しの退魔師 2020/10/7 18:13:52 ID:rQYYLYfX/

 避難指定区域広すぎ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【討伐隊壊滅】鬼神再来【死者40万人超】◆178

 

1:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:04 ID:5ECL+Lwpg

【悲報】討伐隊が壊滅

 

6:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:10 ID:MRLqD+B9P

 九州から今すぐ避難しろ

 

8:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:23 ID:11R2OWt/J

 沖縄なら安全? 

 

12:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:31 ID:r/ZDCcet6

 船で本州に避難するためにはどこから行くのがいいですか? 

 

15:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:36 ID:dLPECO2nh

 円安やばすぎ、市場開いたら日経暴落するだろこれ

 

19:名無しの退魔師 2020/10/8 5:31:49 ID:CXP/7xU7k

 >>15

 先物のほうはもう暴落してるよ

 

21:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:03 ID:0d6Kj1LrW

 今回の鬼神が現れた地域って、妖魔がほとんど発生しないことで有名だった地域じゃん、どうなってんの

 

22:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:08 ID:cv3OmJcz/

 やっぱり定期的に妖魔が発生する地域の方が安全って説は正しかったのかもな

 

26:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:15 ID:BZDVROsY6

 うちの高校の一年がちょうどこのあたりで林間学校やってるわ

 大丈夫かな? 

 

30:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:29 ID:5hwk5M7ZA

 >>26

 安全に立ち入りできる山って今の日本だと珍しかったもんな

 だからこの地域で高校の行事やるところも多かったはず

 

34:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:38 ID:Zhg+5ZixR

 ドローンで撮影された鬼神の映像みたけど、前回のより大きくね? 

 

37:名無しの退魔師 2020/10/8 5:32:50 ID:UFGlGMyQf

 >>34

 間違いなくデカい

 

38:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:01 ID:zekXpL/1j

 今起きた、寝る前は死者数10万人とかだったはずなのに、起きたら40万人に増えてたでござる

 

43:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:08 ID:txVzUsAaT

 40万人って数字もたぶん少なく見積もってるだろ

 

45:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:18 ID:UVO4OdcmK

 前回の鬼神って、結構移動しまくって合計150万人の死者だったよな? 

 今回の鬼神が移動し始めたらマジで日本終わるだろ

 

47:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:24 ID:tSwq20ope

 ほんとに九州からはすぐに逃げたほうがいい

 

51:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:32 ID:c6nQQsgZr

 頼むから本州には来ないでほしい

 

52:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:43 ID:d3idBgYcN

 このクラスの妖魔って海外にいたっけ? 

 

56:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:51 ID:b7pUxIIkv

 >>52

 単体で10万人以上殺害してるのは、海外だとリヴァイアサンとか

 今どこの海底にいるのか不明だけど

 

60:名無しの退魔師 2020/10/8 5:33:56 ID:up1Z7srI1

 被害者の人数でいったらイギリスのゾンビが圧倒的だけどな

 

64:名無しの退魔師 2020/10/8 5:34:05 ID:nKXgPYsWB

 ギリシャのミノタウロスとかも100万人以上殺戮して今なお健在だぞ

 

68:名無しの退魔師 2020/10/8 5:34:10 ID:mYb7Nk4/G

 ここ数年で災害級の妖魔が発生しすぎだろ

 何が起こってんだよ

 

70:名無しの退魔師 2020/10/8 5:34:17 ID:qdwyQjZhw

 >>68

 ほんとそれ

 このままだとほんとに人類滅亡するんじゃない? 

 

73:名無しの退魔師 2020/10/8 5:34:23 ID:BSz8vDg46

 終末論者の話がだんだん笑えなくなってきた

 

 

 

 

 



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第13話

 朝のニュースはずっと鬼神のことで持ち切りだった。

 討伐隊の全滅、偵察ドローンによって撮影された鬼神の姿、周辺地域の避難状況など、一通りの情報を得たところで時刻は朝の七時を回っていた。

 

 さすがにずっと龍神に犯された直後の姿のままでいるわけにもいかないので、いい加減にお風呂に入ることにする。

 シャワーを浴びたけれど、時間がたって龍神の体液が乾いていたせいで汚れを落とすのにひどく苦労した。

 

 お風呂からあがってドライヤーも済ませてスマホを開くと、通知欄に早苗のLINEアカウントが表示されていた。

 

 驚いて目を見開きすぐに通話ボタンをタップする。

 数秒のコール音の後、早苗の声が聞こえた。

 

『もしもし水琴? よかった、やっと繋がった!』

 

「早苗、そっちは大丈夫!?」

 

『あたし達の泊まってるホテルはギリギリ咆哮の範囲外だったみたいでさ、一応みんな無事だよ』

 

 その言葉を聞いても安心すると同時に、今度は別の問題があることに気がつく。

 

「たしかそのホテルの周辺の道路って……」

 

『……そう、ここから避難しようと思ったら、どのみち鬼神のいる市街地を一旦経由することになるの、だから今先生達がバスの運転手さん達と会議中』

 

 市街地から山を切り開いたような立地に建築されているホテルだったので、そこから避難するにせよ地元に帰ってくるにせよ鬼神の【咆哮】の範囲内を通らなければ帰ることはできない。

 

 もし市街地を通過中に鬼神が【咆哮】を発動すれば、その時点で私の同級生は全滅してしまう。

 

 市街地に入ってから海岸線沿いの国道を通って範囲外まで逃げるのに、どれくらいの時間がかかるのだろうか。

 かなりの賭けになるがそれ以外に早苗達が助かる方法はない。どのみち鬼神の方が移動してホテルが【咆哮】の圏内に入ってしまったらその段階で詰みなのだ。

 

 頭の中でホテル周辺の地図を思い浮かべながら思案していると、通話先からノイズ音が聞こえてきた。

 

 どうしたんだろう、早苗がスマホを落としてしまったのだろうか? 

 声が聞こえないので音量を上げて耳をぴったりとくっつけると、電話越しに複数の生徒たちの悲鳴が聞こえてきた。

 

「早苗、そっちで何かあった!?」

 

『あっ……あっ……ごめん水琴、お母さんに電話するから、ちょっと切るね』

 

 そう言った早苗の声は涙声で、明らかに震えていた。

 

「わかった、切る前に何があったかだけ教えて!」

 

『……ホテルの外に妖魔が見えた、もう駄目かも』

 

 ブツリと通話が切れて、私のスマホの画面ははホーム画面の表示に切り替わる。

 

「くそっ! あの地域は妖魔が発生しないはずなのに!」

 

 これも鬼神による影響だろうか? 

 前回の鬼神のときも、【咆哮】後の周辺の妖魔が活性化することは確認されていた。今回も同様だとすれば、かなりの広範囲に渡って妖魔が活性化している可能性がある。

 

 現地の退魔師が対応しているはずだが【咆哮】の範囲外ギリギリに位置するホテルにその対応が間に合うとは思えない。

 

 もはやバスによる避難なんて不可能だ。

 きっと先生たちはホテルに立て籠もって現地の退魔師の救援を待つことを選択するだろうが、その救援は果たして間に合うだろうか。

 

 市街地を経由せずにあのホテルにたどり着くためには反対側の県から山をいくつか越えてくる必要がある。

 自衛隊のヘリに乗った退魔師が来てくれればいいが、今回の広大な避難指定区域の対応で人手が足りてるとは思えない。

 

 急いで巫女服に着替えながらスマホで地図アプリを開き、GPSを起動する。スワイプを駆使して、直線距離で蛇谷神社から早苗たちのいるホテルまでのだいたいの距離を測る。

 

(瀬戸内海の上をまっすぐ突っ切ればホテルまではだいたい200キロくらいか……)

 

 結界術で足場を作ることで、私はどこでも移動することができる。そのときの最高速度は測ったことがないので、早苗たちのいるホテルまでどれくらい時間がかかるかはわからない。

 

「悩んでる時間がもったいない、とにかく現地に向かおう」

 

 スマホを閉じて懐にしまい家を出る。

 半霊体化した肉体の膂力でもって空高く飛び跳ねて結界の展開し足場とする。それを思い切り踏み込んで、私は西に向かった。

 

 

 ■■■

 

 

 尾原高校の一年生たちが林間学校で宿泊していたホテルでは生徒たちも教師陣もパニック状態に陥っていた。

 

 昨晩鬼神が現れて辛うじて【咆哮】の範囲外で死者こそ出なかったものの、山間部を切り開いた地形のためホテルから移動することができなくなり、教員とバスの運転手の会議の結果、賭けではあるがバスによる避難が決定された。その決定を生徒たちに知らせるための館内放送が行われようとする直前、ホテル内の各所から悲鳴が上がった。何事かと思ったひとりの教員がふと窓の外を見て同じく悲鳴を上げた。

 

 窓の外に見える山の木々のあいだに、狐の姿をした妖魔が複数見えたのだ。

 ホテルの従業員と教師陣は建物の各入り口を即席のバリケードで封鎖し立て籠もって救助を待つことにした。

 

「そうだ! たしか安田先生のクラスに一人退魔師の女の子がいませんでしたか?」

 

「残念ながら、退魔師の蛇谷さんは体調不良で林間学校に来ていません……」

 

 水琴の担任教師である安田教諭は運の悪さを呪った。

 もしこの場面で蛇谷水琴がいれば、少なくともホテルを取り囲む狐型妖魔の問題はなんとか解決することができたのに、と。

 

「一階入り口と二階のバリケードの設置終わりました!」

 

「自衛隊や退魔師の救援部隊とは連絡がつきましたか?」

 

「……一応連絡はついたのですが、他県の退魔師も含めて今応援に来られる人がいないそうで、とにかく時間を稼いで立て籠もるようにとのことでした」

 

 このとき、他県も含めた大半の退魔師は避難民たちで溢れかえっている国道沿いに妖魔が侵入しないようにするための警備等に当てられており、その警備ですらも手すきの部分が多く、他の地域に回せるような余剰戦力はどこにもなかった。

 

 もちろんそんな状況を知ることのできない尾原高校の関係者たちは、待っていれば救援が来てくれると信じながらホテル内に身を潜めていた。

 

 

 

 立て籠もりから一時間ほどが経過した。生徒たちはホテル最上階の大広間に身を寄せ合って震えている。照明は消され、窓のカーテンは閉め切っているので朝方にも関わらず大広間は薄暗い。

 ホテル内の窓ガラスにはすべて目張りをしたうえでカーテンを閉め、外にいる妖魔に建物の中に人間がいることを気づかれないようにしていたが、それで稼げる時間にも限界があった。

 

「妖魔がバリケードを壊し始めてます……」

 

 ホテルの一階の入り口に偵察にいっていた教師が最上階の大広間に戻ってきて、生徒たちに聞こえないように小声でほかの教師にそう伝えた。このときホテルを取り囲んでいた狐型の妖魔は分類としては小型の妖魔に該当する。

 

 小型の妖魔では鉄筋コンクリート造りの建物を破壊することは難しい。

 一階の窓ガラスを破られたらそれで終わりだが、今のところ狐型の妖魔たちは人間の匂いが漏れ出してくるホテルエントランス部分のバリケードに夢中だった。

 

「救援はまだこないんですか!?」

 

「先ほどから何度も県に連絡しているのですが、もう少し持ちこたえてくれの一点張りで……」

 

 

 その時、階下から大きなものが崩れ去る音がした。

 バリケードが破壊されたとどの教師たちも思ったが、あまりにもその音は大きすぎた。

 

 生徒たちが避難している大広間に一人の若手教師が駆け込んでくる。

 一階の入り口エントランスが遠目に見渡せる位置で監視を担当していた教師で、急いで最上階まで登ってきたせいか息が乱れている。

 

「た、大変です、巨大な妖魔がいきなり現れて、バ、バリケードが壊されました!!」

 

 その直後、二階のバリケードも破壊される音が響き渡り、何か大きな足音がホテルの階段を登って近づいてきた。

 

 その足音が大きくなるにつれて生徒たちの悲鳴も大きくなっていき、パニック状態に陥った集団は大広間の入口反対方向に押し寄せた。

 

 大広間の入口扉が蹴破られ体長2メートルほどの狐型妖魔が姿を表すと、生徒たちの悲鳴は絶叫へと変わった。

 

 

 

 その妖魔は心の中で歓喜していた。

 逃げ場のない広い室内に、100人以上の人間という餌を見つけたのだ。

 

 ヨダレを垂らしながらどの人間から殺して食べようかと周囲を見回す。狐型妖魔は自分が目線を向けた先からより大きな悲鳴が上がるのを聞いて更に気分を良くし、ゆっくりとゆっくりと群衆に近づいた。

 

 もう逃げ場はないのに押し合いになって少しでも部屋の奥へ後退しようとする人間を眺めながら、ようやく一人の人間に狙いを定めて、その人間に飛び掛かった。

 

 

「ガァッ!?」

 

 ところが、あとほんの少しで自分の口の中には人間の頭が入っているはずだったのに、どういうわけかその人間と自分の間に金色の半透明の障壁が現れたのだ。

 

 先程までこんなものはなかったはずなのに────

 

 中型の狐型妖魔の思考はそこで途切れた。

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ、間に合った!」

 

 真っ二つに切り裂かれた妖魔の背後、大広間の入口には巫女服を着た少女が一人立っていた。

 

 

 



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第14話

 瀬戸内海の上空を結界を踏み台にして全力疾走すること一時間弱、九州地方の陸地にたどり着いた。

 そこからはスマホの地図アプリでホテルの位置と自分の位置を見比べながら進む方向が正しいことを定期的に確認しつつ、目的地へ向かう。

 

 私が林間学校に利用されているホテルについたとき、正面エントランスはすでに破壊されており、内部に設置されていたと思わしきバリケードも用を成していなかった。

 

 これは間に合わなかったかと最悪の事態を想定したが、私がエントランスに入ると同時に上の階から同級生たちの絶叫が聞こえてきたので、急いで階段を駆け上がった。

 

 同級生の叫び声が聞こえるおかげでホテル内のどこに向かえばいいのかはすぐにわかった。階段を上がる道中に邪魔をしてきた小型の狐の妖魔を蹴り飛ばして討伐しながら上に向かう。

 大広間と思わしき部屋に入ると、まさに目の前で中型妖魔が生徒たちに飛び掛からんとしている瞬間であり、咄嗟の判断で結界を構築、すぐに内部の妖魔を分断術式で始末した。

 

「……はぁ、はぁ、間に合った!」

 

 蛇谷神社からここまでずっと全力疾走してきたので、半霊体化した肉体でもさすがに息切れを起こしていた。つい先ほどまでパニック状態に陥っていた同級生からの視線がすべて私に集中しているので、不安にさせないためにも膝をつくわけにはいかない。

 

 それにホテル内にもまだ妖魔は残っているので油断はできない。

 上空から軽く見ただけでもこのホテルの周囲には小型から中型の妖魔が多数確認できるほどだった。バスを利用して安全に鬼神の領域を抜けるという避難のプランはあるので、まずは周囲の妖魔を一掃しなければならない。

 

 教師陣にその事を伝えてから大広間全体を覆う結界を構築する。一瞬同級生達がざわついたものの、防御用の結界であることを伝えるとすぐに収まった。結界術式は防御や封印が得意な術式なので本来はこの使い方が正しいのだけれど、先ほどの様に私が使用するときは分断術式と組み合わせているせいか、攻撃用と思われてしまっている節がある気がする。

 

 その後、20分程度でホテル内およびホテル周辺の妖魔を狩り尽くした。かなり広い範囲を一掃したので、生徒たちがバスに乗り込んでも十分安全だと思う。

 

 

 ■■■

 

 

 

「バスが走行する道路の鬼神側に私が結界を張り続けて先導します、もし鬼神が咆哮を行ったとしても結界が壁になるので問題ありません」

 

 同級生がまだ大広間に待機している中、私と教師陣、そしてバスの運転手の少人数でミーティングを行った。プランとしては私が五台のバスを先導しながら車道を走りつつ、鬼神のいる側に一面結界を張り続けて進むというものだ。鬼神の咆哮は霊力で作られた障壁があれば防ぐことは可能なので、このプランでも一応問題はないはずだ。道中に湧いて襲いかかってくる妖魔も私が討伐していけば問題ない。

 

 避難プランを学年主任の先生が生徒たちに周知したところで、バスへの乗り込みが始まった。みんな荷物は最低限のものだけをもってホテル前に止められたバスに順次クラスごとに乗り込んでいく。

 

 特にやることのない私はその間、空中に展開した結界に乗って周囲の警戒を行っていたが、つい先ほど狩りつくしたばかりなので妖魔の気配は全くと言っていいほど無かった。

 

 8割くらいの生徒の乗り込みが完了してきたところで、足場の結界を解除して地面に着地する。

 

 バスの中の同級生たちからすごく視線を感じる。私と同じクラスの生徒は体育の授業で常人離れした身体能力のことを直接見て知っているけれど、他のクラスの生徒は初めて見ることになったから当然か。

 

 先程のミーティング中も先生たちからどうやって九州まで来たのかと聞かれ、海の上を走ってきましたと答えたら皆呆けた顔をしていた。

 

「水琴!」

 

 バスの窓の内の一つが開かれて、中に座っている早苗が呼びかけてきた。あ、そういえば家を出る直前は早苗と電話してたんだったか。

 

「どうしたの早苗?」

 

「本当に……助けにきてくれてありがとう!」

 

 早苗がそう言ったのをきっかけに、近くに座っている生徒も皆思い思いに言葉を投げかけてきた。

 

「蛇谷さんありがとう! ほんとにカッコよかった!」

「マジでもうここで死ぬんだと思ってたよ」

「水琴ちゃんどうやって九州まで来たの?」

 

 最後のは質問だったので正直に答える。

 

「瀬戸内海の上を走ってきた」

 

 つい1時間ほど前まで早苗と通話していたから、今のここに私がいるのが不思議だったのだろう。改めて考えると結界ダッシュの時の私は時速200キロくらいの速度で進んでいたということになる。とんでもない身体能力だ。

 

 早苗の近くに座っているクラスメイトも驚いた顔をしていた。

 

「鬼神の咆哮は私の結界で防げるし、道中の妖魔も私が倒すから安心して」

 

 私がクラスメイトにそう声をかけたのと同時に、学年主任から全生徒のバスへの乗り込みが完了したと伝えられる。

 

 五台並んだバスの先頭に移動してフロントガラス越しに運転手に合図をしたところで、私のスマホの着信音がなった。

 

 なんてタイミングで電話がかかってくるんだと思い無視しようかとも思ったが、画面に表示されている先が『自宅 固定電話』となっているのを見て龍神からの電話だと気づいた。

 

「……もしもし?」

 

『水琴か、俺の許可もなく鬼神とやらに挑みに行くなど、帰ってきたら覚えておけ』

 

 不機嫌そうな声音でそう言われて一瞬たじろいだものの、すぐに言い訳を述べる。そうしないと今晩の夜伽が非常にハードなものになりそうだと思ったからだ。

 

「別に鬼神に挑むわけじゃありません、クラスメイトの避難が完了したらそちらに────」

 

『時間がない、今から俺が言うことをよく覚えておけ』

 

 私の言葉を遮ってそう言ってきた龍神に、時間がないのはこちらのほうだと思いながらも続く言葉に耳を傾ける。バスの運転手を待たせているので早くしてほしかった。

 

『一つ、鬼神との戦闘中に貴様が死ぬと俺が判断したときは転移結界でこちらに強制送還する。二つ、そうなった場合は貴様は50年外出禁止、以上だ』

 

 無茶苦茶なことを当たり前のことのように伝えてきた龍神に怒りを覚えた。みんなを待たせている状態で私自身もかなり焦っていたから自然と語気が荒くなってしまう。

 

「だから! 鬼神には挑まないって言って──―」

 

『向こうはそのつもりらしいぞ、まあ精々頑張れ』

 

 そう言って一方的に通話が切られる。

 苛立ったままの頭でつい今しがた言われた言葉を反芻し、その意味を噛み砕き、最悪の想定に至ったところで私の真後ろに巨大なものが墜落したような音がした。

 

 

 すぐに振りかえり、私とバスの間に立っていたその妖魔を見上げる。

 

 高さは5メートルほど、分厚い筋肉に覆われた肉体は血のように真っ赤で、額からは黄土色の角が真っ直ぐ突き立っている。

 

 見間違えるはずもない、昨晩からずっとテレビ越しに見ていた妖魔、鬼神であった。目の前に降り立った鬼神の足元にはクレーターができている。

 

 鬼神は両腕を組みながら私を見下ろし、口を開いてこう言ってきた。

 

「待ちくたびれたぞ! いつまで経っても来ないからこちらから来てやったわ!」

「さぁ! 一騎打ちをしよう、退魔師!」

 

 大声でそう宣言した鬼神の右足が地面から離れ、私のいる場所から少し遠ざかる。その動作が蹴り上げのそれだと気づいた瞬間、私は結界術式を発動、私から見て鬼神の向こう側にあるバス全てを守る為の結界と、私自身を守る為の結界を構築した。

 

 金色の結界越しに鬼神の巨大な足の甲が迫ってくるのが見えた。次の瞬間には私の周りを囲む結界は破壊され、私は空中へ錐揉み状態になりながら吹き飛ばされた。

 

「ぐっ……!!」

 

 守護結界と私自身の両腕で鬼神の蹴りを防ごうとする試みは文字通り呆気なく砕かれた。両腕の骨は無事であるものの、鬼神の蹴りをまともに喰らったせいでかなり痛む。

 

 天地がどちらかも判別できぬほど目まぐるしく変化する視界の端に、一瞬だけこちらに向かってくる鬼神の姿が見えた。

 

(学校のみんなのバスは————よし無事だ!)

 

 幸いなことに鬼神に蹴り上げられる直前に展開したバスを守る結界はまだ無事だ、つまり鬼神はそちらには興味を示さず、真っ直ぐこちらに向かってきているということになる。

 

(とにかくまずは鬼神をバスから遠ざける!)

 

 鬼神との戦闘はもはや避けられない。

 戦闘中に咆哮を発動されることも考慮すると、戦う場所は先の咆哮の中心地点である市街地が最適だ。

 

 そう判断した私は空中でこちらに殴りかかって来る鬼神を避けるために、今吹き飛ばされている方向に足場となる結界を構築し、進行方向をずらした。

 

 私に当たるはずだった鬼神の拳は空回りし、飛行能力を持たない鬼神はそのまま市街地のほうに落ちていった。空に展開した結界の上に立ち、重力に引っ張られていく鬼神を見下ろす。

 

「はぁ……やるしかないか」

 

 このまま空の上で高みの見物を決め込んだとしても、鬼神に【咆哮】を発動されてしまえばクラスメイトのみんなに危険が及ぶ。

 

 今の私のすべきことは鬼神の注意を引きながら奴に咆哮を発動させず、あわよくばそのまま討伐まで済ませてしまうことだ。

 

 

「……よし」

 

 一通りの思考は整理し終わった。

 覚悟を決めて、私は結界から降りて鬼神のいる場所へ向かった。鬼神はちょうど先の咆哮の中心地点のあたりに降り立っている。

 

 空から見ると市街地はそこを中心に、放射線状に破壊され瓦礫の山が広がっている。ビルや建物は軒並み破壊され、市街地だった場所はほとんど更地になっていた。

 

 まったく身を隠せるものがない場所で、私はこれからあの化け物と戦わなければならない。

 

 

 

 ■■■

 

 

 受話器を置いて水琴との通話を終えた龍神は居間に戻った。襖を開け中に入り、畳の上の座布団に腰を下ろす。

 

 部屋の端にあるテレビでは鬼神に関する速報がニュースキャスターによって伝えられていた。

 

『速報です。昨晩現れた鬼神が移動を開始したとのことで、現在自衛隊の無人偵察ドローンがその行方を追っています』

 

 テレビの画面にはスロー再生で、どこかへ飛び跳ねていく鬼神の姿が繰り返し映し出されていた。

 

『繰り返します、鬼神が移動を開始しました、移動先は現在追跡中とのことで、わかり次第────』

 

 その直後、定点観測に使われていたドローンの映像に鬼神が再度映り込んだ。どこからか飛び跳ねてまた戻ってきたように見える鬼神は、空の上の何かを見つめているようだった。

 

『ご覧いただけますでしょうか、鬼神が元の場所に戻ってきた様子です、えー、何かを見上げているようにも見えますが……あ! 今なにかが空から落ちてきました!』

 

 鬼神の頭の動きから、その落ちてきたのものこそが先程まで見つめていたものなのだろうと、全ての視聴者はそう思った。

 

 瓦礫の上に着地したそれは、紅白に分かたれた衣装を着ている。無人偵察ドローンの映像は、やや遠目ではあるが巫女服姿の少女をはっきりと捉えていた。

 

 映像の先で、一人の巫女と一体の妖魔が向き合っている。

 

『えー現在映像に映っていますのは退魔師、でしょうか? 新たな鬼神の討伐作戦に関しては情報がありませんでしたが、現地で何かあったのかもしれません』

 

 座布団の上で胡座をかきながらテレビを見つめ、頬杖をつく龍神は独り言を言った。

 

 

 

「しかしまあ、この程度の妖魔にすら対処できんとは……今回の人類もあと数年といったところか」

 

 

 そう呟いた龍神の爬虫類のそれを思わせる瞳は、どこか遠くを見つめていた。

 

 



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第15話

 違和感がある。

 初めて鬼神を直接この目で見た時から、あまりにも多くの疑問が浮かんだ。

 

 

 

 瓦礫の山で更地と化したかつての市街地中心部に降り立ち、目の前の鬼神を見る。

 鬼神もこちらを見つめていて、今から私と戦うのが楽しみで仕方がないという表情をしていた。

 

 こちらから戦端を切るべきか、そうであれば先手を取るべきか思考する。相手の出方を見るとしても私では鬼神のスピードに追いつけない。この巨体をして目の前の妖魔は実に機敏に動くのだ。

 

「……ふむ、来ぬのか、ではこちらから──」

 

「あなたは何故、人を殺すんですか?」

 

 様々な思考を巡らせた末、私が選択したのは鬼神との対話であった。龍神と出会う前の私なら、妖魔と言葉を交わすなど思いつきもしなかっただろうが。

 

「何故、人を殺すかか────理由など無い、ただそうしたいからそうしているだけだ」

 

 前屈みになり臨戦態勢の鬼神はつまらないことを聞くなと言わんばかりにそう吐き捨てた。私の疑問はまったく解消しなかった。

 

「昨晩、あなたがここで生まれる前の記憶はありますか?」

 

「無い、あったとしても興味もない」

 

 鬼神の足元が抉れ、こちらに飛びかかってこようとするのがわかった。問答はこのあたりが限界だろうと思い術式を起動する。

 

「【裁断結界】」

 

 私の瞬間最高出力の霊力でもって結界を展開し、その中の鬼神を分断術式で切り刻む。【裁断結界】という技の構想そのものは以前からあったが、霊符という縛りの中では実現できなかった。けれども今は違う。

 

 一瞬で展開された結界、その中で何度も何度も【分断術式】に切り刻まれる鬼神は拳を振りかぶり結界を内側から破壊した。

 

 割れた結界の中から姿を表した鬼神の体表には無数の切傷が刻まれており、夥しい量の血が流れ出ている。

 

 けれども────

 

(だめだ、傷が浅い)

 

 最高出力の裁断結界でも鬼神には致命傷を与えられない。皮膚の表面に切傷をつけるのが精一杯だ。

 

「ハハハハハハ!!!! ワシに傷をつけたのは貴様が初めてだ!」

 

 血塗れの笑顔でそう言った鬼神が私に向かって飛びかかってくる。30メートルは開けていたはずの距離が一瞬で詰められ、鬼神の巨大な拳が視界いっぱいに広がった。

 

「──っ【六重結界】!!」

 

 辛うじて拳の直撃は免れたものの、やはり私の結界では鬼神の物理攻撃を防ぎきることはできない。六重にかさねて展開した防御結界もすぐに叩き割られて、私は殴り飛ばされる。

 

 一瞬で100メートル近く吹き飛ばされたが鬼神はすぐ私に追いついてきて、追撃を加えてこようとする。

 

「【裁断結界】!!」

 

 動いている対象を捉えて結界に閉じ込めるのは意外と難しいのだが、今回はうまくいった。一連の流れで発動した分断術式で再度鬼神の肉体を切り刻む。

 

(少しずつであってもダメージを蓄積していけばそのうち致命傷を与えられるはず────)

 

「こんなもの効かぬわぁ!! フハハハハハハ!!」

 

 またも内側から結界を破った鬼神は、たしかに先程よりも全身の傷は増えているがしかし、全く堪えた様子はなかった。

 

 

 殴りかかってきた鬼神の攻撃を、上に飛び跳ねて回避する。私はそのまま空中に展開した結界の上に着地する。

 

 私が地上に降りてこないとわかるや否や、鬼神は両足に力を溜めてこちらに向かってジャンプしてきた。

 

 直線的な動きでなおかつ空中であれば躱すのは容易い。空中戦ならアドバンテージはこちらにある、と思いながら鬼神の攻撃を躱す。

 

 直後、こちらに顔を向けた鬼神が、その巨大な口を大きく開いて私の方向へ叫び声を発してきた。

 

 

(指向性のある【咆哮】!?)

 

 

 結界で防ぐ暇もなく、範囲を絞って凝縮された鬼神の【咆哮】をまともに喰らってしまった。

 

 一瞬、立ち眩みの様な症状に襲われ視界がホワイトアウトしかけたがなんとか持ち直して鬼神に向き直る。咆哮を私に直撃させた鬼神は長い犬歯を晒しながら猟奇的な笑みを浮かべていた。

 

(今のでだいぶ寿命を持っていかれた……まずいな……)

 

 常人であれば【咆哮】に掠るだけで100年分の寿命を削られて魂を崩壊させられるのだ。半霊体化していて数百年分の寿命があるというアドバンテージをもつ私でも、何度も受け続けて平気という攻撃ではない。

 

 

(私が死亡すると判断されたら、転移結界で強制送還して、その後50年は監禁されるんだっけ……冗談じゃない!)

 

 打開策を見つける必要がある。

 この鬼神を確実にここで仕留める方法を。

 

 

 ■■■

 

 

 この時テレビを見ていた人々はみな自分の目を疑っていた。本来は退魔師数百人で挑みようやく討伐できるはずの妖魔、鬼神に単騎で挑みそして十分に渡り合っている少女が映像に映し出されていたからだ。

 

 鬼神が一時的に移動するという出来事が起こってから、どのテレビ局も自衛隊経由で提供されている無人偵察ドローンの映像を放送していたのだが、その映像の中に一人の巫女が乱入してからすでに2時間ほどが経過した。

 

 通常であれば退魔師による鬼神との戦闘はグロテスクなものになりがちなため放送は中止されるはずだったが、この時どのテレビ局の担当者も巫女と鬼神の戦いに魅入っており、またその報道の重要性の観点から生中継を継続していた。

 

 最初にその正体不明の巫女の少女が現れ、鬼神と軽く言葉を交わすような時間が流れたあと、巫女が放ったと思わしき術式が鬼神に目に見える傷を負わせた時は誰しもが自身の目を疑うと同時に、そこに一片の希望を見出した。

 

 鬼神に挑み討伐しようとする退魔師がいるというその事実に、緊急速報のニュース映像を見ていた全ての人々は希望を感じていた。

 

 

 どういうわけか鬼神の攻撃をまともに受けても死なない巫女の少女は、その後も戦い続けた。

 

 何度も鬼神に殴り飛ばされながらも、そのたびに鬼神を結界に閉じ込め攻撃を行った。

 鬼神との戦いが始まってから2時間ほど、おそらく日本全土の国民が見守る中で蛇谷水琴は戦い続けた。

 

 

「いい加減に気付け、その戦い方では鬼神に勝てないことに……」

 

 そのテレビ映像をつまらなそうに見ていた一体の妖魔は、そう呟いた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 鬼神との戦闘が始まってから、たぶん2時間くらいが経っただろうか。戦局は未だ膠着状態となっている。

 

 

 私が【裁断結界】で鬼神に攻撃をする。

 その結界を割った鬼神が私に殴りかかって来る。

 それを受けてしまうか、あるいは運が良ければ躱して結界での攻撃に繋げる。その繰り返し。

 

 また、発動するための溜めがほとんどない【咆哮】も鬼神が放ったうちの半分くらいは被弾してしまっている。

 

 

 埒が明かない。

 鬼神の体は全身傷だらけであるが、致命傷となるものは一つもない。

 私は鬼神の攻撃を受けつづけて寿命をかなり減らされている。

 

 

 このままいけば負けるのは私の方だ。

 消耗戦は明らかに私にとって不利だった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 鬼神の攻撃を防いだり躱したりする集中力が段々と切れてきた。思考が徐々に短絡的になり、中期的なスパンで戦略を練られなくなってくる。

 

【咆哮】を受けるたびに軽い脳震盪のような症状に襲われることも、このときの私の短慮の要因の一つだった。そう、その行為は間違いなく私の短慮によって引き起こされたものだった。

 

 鬼神の打擲を受けるとき、私は自身の両腕に霊力を込めて強化している。そうしなければ両腕の骨どころか、衝撃を殺しきれずに背骨まで折れてしまうと思っていたからだ。

 

 だが何度も何度も、躱して受けて躱して受けてを繰り返すなかで、埒が明かないことに苛立っていた私は、【分断】の術式を込めた右腕による手刀で鬼神の拳を受けようとしたのだ。攻撃は最大の防御と言えば聞こえはいいが、どう考えても悪手だった。

 

 コンマ0秒台の思考によって下された選択、自分が手刀を放ってしまったと気づいたときには、死を予感した。

 

(ああ、失敗した────)

 

 私の片腕の手刀など、鬼神の拳に押し負けてそのまま吹き飛ばされる。龍神に転移結界で引き戻されて私は50年日の目を浴びることができなくなる、そう思った直後、予想していなかった感触が右腕から伝わってきた。

 

 

 グチュリ、と私の右腕は鬼神の右腕を縦に裂いたかのように、食い込んでいたのだ。

 

「えっ……?」

 

「なっ、馬鹿な……!?」

 

 私だけでなく鬼神も驚いている。

 まさか肉体的な力で私が押し勝つなんて思ってもいなかったのだろう。体格差があるので私の手刀は鬼神の拳の指の付け根あたりから手首までを裂いたところで止まっているが、私は吹き飛ばされていないし、地面についている足には踏ん張りが効いている。

 

 

 思いがけない好機を見て、そのまま【分断】の術式をさらに加えて手刀を押し込むと、鬼神の右の掌の半分を切り飛ばすことに成功した。

 

 



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第16話

 テレビの映像越しにしか見ていなかった鬼神と初めて直接対面したとき、私はきっと取り乱すだろうと思っていた。龍神と出会ったときのトラウマが想起されて正気ではいられなくなるだろうと。

 

 

 けれども鬼神を目の前にした時の私は極めて冷静だった。いや冷静だったどころか、次のようなことまで思ってしまったのだ。

 

(────これが鬼神? この程度の妖魔が?)

 

 初めて鬼神を目の前にして彼の溢れ出る霊力の奔流を目の当たりにしたとき、龍神の足元にも及ばないと直感的に理解した。

 

 夏休みに初めて出会った龍神はこんなものではなかった。霊力の質も量も練度も、目の前の鬼神とは天と地ほども差がある。毎晩寝床で抱かれている私が言うのだから間違いない。もっとも鬼神が敢えて霊力を抑え込んでいる可能性もあるかもしれないと思ったが、しばらく会話して推察される鬼神の性格からその線は消えてしまった。

 

(これが本当に災害級の妖魔?)

 

 どちらかといえば、中型、大型妖魔の延長線上にあると言われたほうがしっくりくる。

 龍神と比較した上でも、半霊体化した自分自身と比較してもこの鬼神は遥かに格下だという確信があった。

 

 

 けれども実際に戦ってみると苦戦した。

 渾身の【裁断結界】は通じず、カウンターで繰り出される鬼神の咆哮は被弾すれば私の寿命を数十年単位で確実に削ってくる。

 あきらかに鬼神は私にとって格下であるという感覚があるにも関わらず、どうしても攻めきれないでいた。

 

 

 鬼神の強さを例えるならば────そう、サバイバルナイフを持った中学生だ。鬼神の【怪力】と【咆哮】という術式は間違いなく兇器だ。なんどもその攻撃を受け続ければ私はいずれ出血死で負けてしまうだろう。

 

 それに対して私も【結界】と【分断】という術式で対応していた。どちらの術式も本来は攻撃用途ではないのだが、むりやり一般の武器に例えるとすれば短めの警棒くらいのものになるだろうか? 

 

 とにかく私は、自分の持っている武器がそれだけだと思いこんでいた。

 

 退魔師が武器とする、霊具や霊符とはそもそも何か。

 紙に墨で術式を転写したものが霊符であるならば、内臓の至るところに龍紋を刻まれた私の肉体そのものもある種の霊符だと言える。

 

 要するに、私は最初から鬼神とステゴロで殴り合うべきだったのだ。今この場にあるなかで最も強い武器は、私の肉体そのものなのだから。鬼神に蹴り飛ばされてもあまりダメージを受けていない時点で気がつくべきだった。

 

 

 右手を半分切り飛ばされた鬼神は私から少し距離をとって困惑していた。欠けた右手を見ながら何やら思案している。

 

 5メートル強ある頑強な肉体の上に据え置かれた般若顔が困惑しているのを見てすこしだけ気分が良くなると同時に、この妖魔はすでに日本人を40万人以上殺害していることを思い出す。また目の前の鬼神とは別の妖魔ではあるが、今世の両親を殺したのも同型の妖魔である。

 

 私と鬼神の立場、そしてきっとお互いの表情も入れ替わっている。

 

「馬鹿な……貴様、今まで手加減を────」

 

「忌々しい」

 

 鬼神の驚いたような言葉を遮って、私は続ける。

 

「お前程度の妖魔が大きな顔をしているのが、私は許せない」

 

 一息で地面を蹴り、鬼神の首元へかなり無茶な体勢で回し蹴りを食らわせた。当然、鬼神の首に触れた私の右足には【分断】の術式が内包されているので、私の膂力と術式効果で鬼神の首は空高く跳ね飛ばされた。

 

 確かな手応えを感じて着地して振り返ると、空から一本角がくるくると回りながら落ちてきた。

 それをキャッチして、先程まで鬼神の首から下が立っていた場所を見るとそこには誰もおらず、代わりに人間の頭部ほどの大きさの妖結晶が落ちていた。

 

 妖結晶と鬼神の角を両手に抱えて、その戦果を噛み締めつつ、そういえば同級生たちの乗ったバスを送り届けるために九州まで来ていたことを思い出した。

 

「やばいやばい、バスの移動時間と私が家まで帰る時間考えたら日没ギリギリかも」

 

 やる事を済ませたら急いで自宅に戻らないとあの龍神が何をしでかすかわかったもんじゃない。

 そう思った私はすぐに林間学校のホテルの方向へ向かった。

 

 

 ■■■

 

 

 重たくて持ち運びがしづらい妖結晶と鬼神の角を抱えながら全力でダッシュしてホテルに戻ると、同級生たちの乗るバスを囲む守護結界は未だ健在で、その周囲にも妖魔らしき存在は確認できなかった。

 

 2時間以上結界の中で待たせてしまっているので酸欠になっていまいかと心配したが、中の様子を見る限りそれも大丈夫そうだった。

 

 結界を解除し、自分のクラスのバスの扉をノックする。

 運転手が自動扉を開けてくれたので中に入り、クラスメイトに向かって声をかけた。

 

「えーと、とりあえず鬼神を討伐できたので、今からバスを先導して安全圏まで向かいます!」

 

 日没まで時間がないので、急いで同じことを全クラスのバスで繰り返してから先頭のバスの運転手に合図を行って、私達はホテルを出発した。

 

 

 連なって進むバスの先頭を時速60キロくらいで走る。

 鬼神はもういなくなってしまったので咆哮を防ぐための結界は必要ないが、通常の妖魔はこの辺り一帯にかなり湧いている。

 

 結界と分断で遠距離から手早くそれらを片付けつつバスの先頭を走っていると、先の鬼神の咆哮の範囲内へ入った。

 そこで一般車道がまともに使えるような状態ではないことを改めて気付かされた。

 

(そりゃ、運転中に咆哮を受けたらこうなるよな……)

 

 目の前の車道には動かなくなった車の列が見え、大半は玉突き事故を起こしたような状態になっている。その車内全てに咆哮の被害を受けた人の遺体がとても綺麗なまま残されていた。

 

(これは……あんまり高校生には見せたくないな……)

 

 眠るように死んだ遺体が積まれた車で埋め尽くされた車道という光景は、数字で表される死者数以上の視覚的なインパクトがあった。

 

 前世を含めれば軽く五十歳を越える私でもかなりショックを受けてしまうような光景だ。

 

 ともあれ、この道を走っていかなければ本州に戻ることはできない。

 

 バスを一時停止させたところで、それぞれのバスに入って運転手に私が展開する結界の上を走ってほしいことを伝えると同時に、同級生たちにはなるべく窓のカーテンを閉めてもらうようにお願いした。

 

 気になってカーテンを覗く好奇心旺盛な高校生もいるだろうが、そこまでは私も責任を持てないので致し方ない。

 

 バスの横幅の倍くらいの結界を車道の上空3メートルくらいのところに広げ、そこから坂道になるように今の先頭のバスの前まで結界でつなげる。

 

 バスが結界の端から落ちないよう注意を払いつつ、私達は壊れた車で埋め尽くされた被災地の上を走り抜けた。

 

 

 ■■■

 

 

「すみません先生、私はこのあたりで戻ります。日没までに蛇谷神社に戻らないといけませんので……」

 

 避難民の渋滞にバスが追いついたところで、私は学年主任の教師にそう伝えた。

 

「ああ、わかった、ありがとう蛇谷さん、本当に何と言ったらいいか……とにかく、ありがとう」

 

 めちゃめちゃゴツイ学年主任の先生にそう男泣きされながらお礼を言われた。その涙に釣られたのか、あるいは安全圏に戻ることができた安堵感からか、同じバスに乗る生徒たちからも涙声が聞こえてきた。

 

 一応他のバスにも同じことを順番に連絡していき、最後に自分のクラスのバスに乗り込もうとしたところで、運転手の横のスペースに置かれている鬼神の角と妖結晶が見えた。バスの先頭を走るのに邪魔だったので、自分のクラスのバスに置かせてもらっていたのだ。

 

(これ抱えた状態で海の上走らないといけないのか……スマホで地図確認するときに落としそうだな……)

 

 とりあえず先に担任教師とクラスメイト達に私が蛇谷神社に戻る旨を伝える。

 

「今回は本当にありがとうね、蛇谷さん、あなたが来てくれなかったと思うと……ほんとに」

 

「私は退魔師ですから、助けに来るのは当然ですよ先生」

 

 そんな会話を担任教師としつつ、そういえば同じクラスなら頼みやすいかと思い、クラスメイトに声をかけた。

 

「すみません、誰か使わないカバンとか余ってませんか? これ抱えながら海の上走るのがちょっと怖くって」

 

 そう言いながら手元の妖結晶と鬼神の角を見せると、男子生徒の鈴木くんが手を上げてくれたので、ありがたくそのリュックを借りることにした。丈夫そうなリュックなので鬼神の角で破れることもなさそうだし、何より両手が空くのが一番助かる。

 

「ありがとう、来週の学校で返すね」

 

「どっ、どういたしまして……」

 

 笑顔でお礼を言うと鈴木くんは顔を赤らめながらそう返答してきた。

 

 

 ■■■

 

 

 バスに乗った同級生たちに別れを告げてから、借り物のリュックサックを背負って走ること5分、九州の海岸線にたどり着いた。

 

「たぶんあれが四国で、あっちに見えるのが本州……で間違いないはず」

 

 スマホを取り出しながら目の前の景色を見る。

 

「まあ地図アプリ見ながら走ったら大丈夫でしょ」

 

 そう独り言をつぶやきながらスマホの電源ボタンを押したものの画面は真っ暗なままだった。

 電源を切った覚えはないし、充電もかなり残っていたはずなのにおかしいなと思って電源ボタンを長押しするが、それでも画面は真っ暗なままだった。

 

「……あれ、ひょっとして鬼神の咆哮で壊れた?」

 

 思い返せば鬼神との戦闘中も、巫女服の懐に入れたままずっと戦っていたので、あれだけ咆哮を食らってしまったのだから精密機器が壊れてしまってもおかしくは無い。

 

「やばいやばいやばい! 日没まであと何時間あるかもわからないし、GPS無しで自宅まで帰るの難しくない!?」

 

 背後を振り返って西を見ると太陽はほとんど地平線に接しており、東の空の端の方は茜色に染まり始めていた。

 

「大丈夫大丈夫、高々度から日本列島を見下ろしながら進めば自宅の位置は特定できるし、時間もたぶんギリギリ大丈夫、よし、帰ろう!」

 

 結果から言うと無事に日没までには自宅に戻ることができた。しかし、本当の受難はそこからだということにこの時の私はまだ気が付かなかった。

 

 

 ■■■

 

 

「さて、申し開きを聞こうか」

 

 今、私は寝所でいつものように浴衣を着て正座している。お風呂に入る時間も十分に確保できたので龍神に抱かれる準備は万全である。時間に遅れたわけでも無いし、今の私には何らの瑕疵もないはずである。

 

 にもかかわらず私はまるで罪人のように龍神に問い詰められていた。

 

「……責められる理由がわかりません、抱きたいならさっさと抱けばいいじゃないですか、はいどーぞ」

 

 鬼神と戦って、同級生のバスを送り届けてと今日はかなり神経を使う場面が多かったので、正直私はかなり疲れている。

 そのせいもあってか、詰問してくる龍神への態度がおざなりになってしまった。

 

「たしかに貴様の退魔師としての活動は制限していないし、先程まで電話での連絡がつかなかった理由もまあ受け入れよう。俺に断りなく鬼神に挑んだものの門限通りに無事に帰って来たことだしな、それらに関しては不問としよう」

 

「当然ですね、ええ」

 

「……ところで、貴様が今日だけで消費した霊力が何年分かわかるか?」

 

 その言葉にどきりとしつつ、なんとなく龍神の怒りの理由がわかった気がする。要は私が龍神様(笑)から有り難く頂いた霊力(笑)を無駄遣いしてしまったことが彼の怒りの原因なのだろう。

 

「……50年分くらいですかね?」

 

「550年分だ。さすがにそれだけの量を今晩俺一人で補充することは不可能だ」

 

 そんなに寿命をすり減らして戦っていたのかと驚くとともに、それでも毎晩龍神に抱かれていれば自然と溜まっていくくらいの寿命だと思ってしまうあたり、私の思考もかなり人間離れしている。

 

「そう、俺一人で補充するのは不可能だ、故に……『捌離分身』」

 

 龍神がそう呟くと、私の背後に何かが現れたような気配がした。

 

 振り向くとそこには、仮面をつけた龍神が7体並んで立っていた。

 

「……へ、へぇーこんな事も出来たんですね────」

「『時差結界』……100倍くらいでいいだろう」

 

 嫌な予感をひしひしと感じていると龍神は続けて結界術式を発動した。普段の銀色の結界とは異なり、かなり黒色に近い半透明な暗い色の結界である。

 

「この結界は内と外で時間の流れを変えることができる。今発動した結界はおよそ100倍程度の時差に設定してある」

 

 つまりこの結界の中で夜明けを待つ場合、夜明けまでを10時間とするとあと1000時間ほど待たなければいけないということか。

 1000時間というと、日にちに直すと大体41日くらいだろうか。

 

 そんな計算をしているうちに、背後にいた分身のうちの一人が私の肩に手をかけて、私の体を布団の上に押し倒してきた。その他の仮面をつけた分身体の龍神もそれぞれ私の体の各所を押さえつけるように動き始める。

 

「ちょ、ちょっと待ってください、こんなの卑怯です、一晩の時間を引き伸ばすなんて────んんっ!?」

 

 私の抗議は封殺され、その後私は約1000時間に渡って8体の龍神たちに輪姦され続けた。

 

 

 

 




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第17話

【謎の巫女】鬼神vs巫女【誰】◆214

 

1:名無しの退魔師 2020/10/8 13:20:58 ID:4E8v0VxQN

 謎の巫女が鬼神と戦闘中

 

2:名無しの退魔師 2020/10/8 13:21:13 ID:Sk4PIRlrF

 もう2時間以上戦ってるぞ

 

9:名無しの退魔師 2020/10/8 13:21:31 ID:AZhzD+b7x

 鬼神の攻撃あんだけ受けてなんでまだ生きてるんだこの子? 

 

15:名無しの退魔師 2020/10/8 13:21:47 ID:VXG6U4YA

 咆哮なんてもう20回くらい被弾してるよな、ありえねぇ

 

20:名無しの退魔師 2020/10/8 13:22:02 ID:yUDzn+AvC

 見た感じ結界術式っぽいけど、結界内の鬼神が血を流してるのはどういう原理? 

 

25:名無しの退魔師 2020/10/8 13:22:19 ID:AyGRB+128

 >>20

 たぶん複合術式、攻撃系の術式を中で起動させてるものと思われ

 

26:名無しの退魔師 2020/10/8 13:22:33 ID:Q5ISf7fXF

 術式2個持ちとは珍しい

 

30:名無しの退魔師 2020/10/8 13:22:52 ID:sUnl4F72Z

 いや鬼神の攻撃喰らって生きてられるのも何かの術式効果なんでね? 

 

34:名無しの退魔師 2020/10/8 13:23:02 ID:2ipzcsMh+

 頼む、鬼神に勝ってくれ

 

37:名無しの退魔師 2020/10/8 13:23:16 ID:an8cKODKt

 さっきから同じパターンの繰り返しで膠着状態だな

 

39:名無しの退魔師 2020/10/8 13:23:31 ID:Gv7t5ZxYN

 ここまで鬼神の攻撃に耐えてるけど、そろそろ限界なんじゃ……? 

 

45:名無しの退魔師 2020/10/8 13:23:47 ID:or1qEaGTw

 単騎で鬼神に挑んでなおかつ鬼神に傷をつけるとかかなり名家の退魔師とみた

 

49:名無しの退魔師 2020/10/8 13:24:00 ID:/J3441hVE

 特定班はよこの子の正体特定しろよ

 

51:名無しの退魔師 2020/10/8 13:24:19 ID:E1QI1M2uT

 >>49

 今九州全県の退魔師一覧見てるけどそれらしい退魔師がいない

 結界術式なら何人かいるんだけど、男しかいない

 

55:名無しの退魔師 2020/10/8 13:24:30 ID:+u+Ib78uA

 ていうか女の退魔師なんてほとんどいないんだからそっちから当たっていったほうが早くない? 

 

57:名無しの退魔師 2020/10/8 13:24:43 ID:d+h0IKcmP

 九州の女性の退魔師で検索してもそれらしい人物はいなかったな

 

59:名無しの退魔師 2020/10/8 13:25:01 ID:/Ge67DJKL

 まじでどこの家系の子なんだよ

 

64:名無しの退魔師 2020/10/8 13:25:15 ID:h5U+naw6s

 鬼神が血塗れじゃん、さすがにそろそろ倒せるのか? 

 

65:名無しの退魔師 2020/10/8 13:25:43 ID:D6Glxv35Y

 >>64

 いや、皮膚を薄く切り裂いてるだけに見えるから無理そう

 

72:名無しの退魔師 2020/10/8 13:25:47 ID:H3j3s5d7s

 は!? 

 

75:名無しの退魔師 2020/10/8 13:26:02 ID:Cxn8j2y4e

 え

 

81:名無しの退魔師 2020/10/8 13:26:15 ID:MyOZ97bt

 ちょ、まじか

 

87:名無しの退魔師 2020/10/8 13:26:31 ID:uiYS8LQI3

 何で鬼神の拳受けて吹き飛ばないの? 

 

90:名無しの退魔師 2020/10/8 13:26:50 ID:Re+YCeaXE

 ていうかよく見たら巫女ちゃんの腕が鬼神に食い込んでね? 

 

93:名無しの退魔師 2020/10/8 13:27:08 ID:W5/ShpcFA

 ホントだ、マジで切り裂いてる

 

100:名無しの退魔師 2020/10/8 13:27:27 ID:0h612ad8

 嘘だろ

 

101:名無しの退魔師 2020/10/8 13:27:39 ID:G2YY4Xyp

 あ、鬼神の右手半分切り飛ばした

 

106:名無しの退魔師 2020/10/8 13:27:52 ID:bIWk14ca

 こんだけ強い退魔師ならさすがに名前売れてるはずだろ

 おまけに女の退魔師だぞ

 

111:名無しの退魔師 2020/10/8 13:28:06 ID:DedEsoke

 みんな言ってるけど女の退魔師ってそんなに珍しいの? 

 

112:名無しの退魔師 2020/10/8 13:28:33 ID:4qBiVeGS

 >>111

 めっちゃ珍しい

 

114:名無しの退魔師 2020/10/8 13:28:39 ID:TyzstfI0l

 女性の退魔師は結婚して名字変わると弱くなるし、子供産むとさらに弱くなるからね

 

119:名無しの退魔師 2020/10/8 13:28:57 ID:PVv7Nvsb

 退魔師の女の子って基本的に生まれてすぐに許嫁決められて、特に術式の修行とかもしないはずなんよ

 

120:名無しの退魔師 2020/10/8 13:29:08 ID:jOksEjZej

 術式持ちの後継者を産むことがなによりも優先される

 

127:名無しの退魔師 2020/10/8 13:29:28 ID:PDB4QTrh

 あ、鬼神が距離とった

 

132:名無しの退魔師 2020/10/8 13:29:43 ID:way5Ep/k

 めちゃめちゃ巫女ちゃんのこと警戒してるな

 

139:名無しの退魔師 2020/10/8 13:29:55 ID:o5KgPUku

 これマジで鬼神討伐できるんじゃね? 

 

141:名無しの退魔師 2020/10/8 13:30:09 ID:u5zRLsJb

 ていうかチャンスなんだから他の退魔師も加勢くらいしろよ

 

145:名無しの退魔師 2020/10/8 13:30:25 ID:vKkku3hn

 お

 

152:名無しの退魔師 2020/10/8 13:30:36 ID:ElWDkntn

 え!? 

 

154:名無しの退魔師 2020/10/8 13:30:55 ID:zP5roZyn

 うわ

 

161:名無しの退魔師 2020/10/8 13:31:14 ID:/Bf9A0V7

 早すぎて映像に映らなかった

 

163:名無しの退魔師 2020/10/8 13:31:27 ID:7FQHRlne

 鬼神の首切り飛ばすとか今までの膠着状態は何だったんだよ

 

164:名無しの退魔師 2020/10/8 13:31:41 ID:bFQ3dSsR

 ていうかこの娘、霊具なしで戦ってね? 

 

166:名無しの退魔師 2020/10/8 13:31:59 ID:lFwavl/tO

 霊具なしはありえんだろ

 

172:名無しの退魔師 2020/10/8 13:32:13 ID:V2Yze1wI

 巫女服そのものが霊具なんじゃない? 

 

173:名無しの退魔師 2020/10/8 13:32:33 ID:aqVWPbb

 結界術式って基本は霊符とか使うはずだけど

 

174:名無しの退魔師 2020/10/8 13:32:47 ID:6geVru27

 霊符も霊具も使ってるようには見えなかったな

 

181:名無しの退魔師 2020/10/8 13:33:00 ID:hsdbd0xk

 というかさっきの手刀なんてどう考えても直接術式発動してるだろ

 

186:名無しの退魔師 2020/10/8 13:33:18 ID:Sd7ZHPtz

 あ、鬼神の妖結晶拾ってどっか行っちゃった

 

190:名無しの退魔師 2020/10/8 13:33:28 ID:3Yqbqpda

 マジで誰か特定してくれよ

 

 

 

 ■■■

 

 

「これって、水琴ちゃん……よね?」

 

 県庁舎の妖魔対策課の勤務スペースに備えられたテレビで、他の職員と同じく鬼神と戦う謎の巫女の中継映像を見ていた山下瞳は周りに聞こえないようにそう呟いた。

 2時間前から鬼神と戦闘を続けている巫女の映像は無人偵察ドローン経由で届けられている映像であるため、そこまで画質が良いわけではないし、鬼神と巫女の闘う範囲が逐一変化するため映像そのものがかなり引きで撮られていることもあってか、その巫女の顔立ちまでは特定できない。

 

 けれども、彼女の使用する術式に山下瞳は心当たりがあった。

 

(【結界】と【分断】、それから超人的な身体能力……妖魔退治に従事する女性の退魔師が数少ないことから推察しても、あの巫女が水琴ちゃんである可能性はかなり高い……でもどうやって九州に?)

 

 そう判断した山下はテレビの前に集まっている他の職員をかき分けて自身のデスクに戻り、妖魔対策課のデータベースにアクセスすると蛇谷水琴の個人情報画面を開いた。

 まず先に彼女の個人携帯の番号に架電してみたものの、電源が入っていないのかつながることはなかった。

 

「自宅の固定電話は……蛇谷さんはご両親もいないし、たぶんこの感じじゃ出ないでしょうね」

 

 そう言いながらダメ元で蛇谷水琴の自宅の固定電話に架電すると、数コールで向こう側の受話器が持ち上げられた音がした。

 

 

「────っ! こちら妖魔対策課の山下です、蛇谷さんのご自宅でお間違いないでしょうか?」

 

「…………」

 

 電話が通じたことに驚きながら山下は電話口上の定型文を述べたものの、向こう側は無言だった。

 念のためコール画面に表示されている電話番号とデータベース登録の番号を見比べてみても、掛けている先は蛇谷水琴の自宅で間違いなかった。

 

「もしもし蛇谷さん、山下ですけど今電話大丈夫?」

 

「…………はぁ」

 

 最期に男のものと思しきため息が聞こえたところで、電話が切られた。

 

「えっ……今の誰、ていうか男性のため息っぽかったけど……」

 

 しばらく茫然とした後、もう一度先ほどと同じ番号に電話を掛けてみたが電話線を抜かれてしまったのか、つながることは無かった。

 

 

 受話器を置いた後、山下瞳はもう一度生中継を続けるテレビの前に戻った。

 中継映像では未だ所属不明の退魔師と思わしき巫女が鬼神との戦闘を続けている。

 

 

 巫女と鬼神の戦いに決着がついたのは、それから10分後のことであった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 蛇谷水琴が去った後、尾原高校の一年生たちを乗せたバスはゆっくりと渋滞の中を進みながら本州へ向かっていた。水琴が自宅に戻ると聞いたときは不安がる生徒たちも一部はいたものの、周りには自分たちと同じように渋滞待ちをする一般車両があることもあってか、時間が経つとともに皆落ち着きを取り戻してきた。

 

 バスを管轄する教師たちも、生徒たちに深刻な精神的ダメージがないか心配しつつ観察していたがそれもあまり問題なさそうであった。

 

 というのも、どのバスでも生徒たちはSNSや動画サイトにアップロードされたばかりの蛇谷水琴と鬼神との戦闘の映像記録を見るのに集中しており、自分たちがつい先ほどまで命の危険にさらされていたことを一時的にはあるが忘れることができていたのだ。

 

 

「うわ見て早苗、水琴マジですごい……」

「うん、ほんと凄いね……私たちがバスの中で待ってる間こんな風に戦ってたなんて」

 

 手元のスマホで通信料を気にせず動画に見入る生徒たちを見つつ、水琴のクラスの担任の安田教諭は徐々に暗くなっていく外を眺めていた。

 

 すると自衛隊のヘリが自分たちのバスのすぐ上に滞空し、そのヘリから数人の隊員たちがロープを利用して降りてきた。あまりにもこのバスを狙いすましたかのように車と車の隙間に降り立つ隊員たちは、そのまま尾原高校の生徒たちの乗った五台のバスにそれぞれ向かってきた。

 

 バスの入り口をノックされ運転手が自動ドアを開けると一人の隊員が敬礼しつつ中に入り、このバスの責任者である担任の安田教諭に話しかけてきた。

 

「失礼します、災害派遣部隊のものです。このバスは先ほどまで退魔師に先導されていたもので間違いありませんでしょうか?」

「ええそうです、その退魔師が蛇谷さんのことであれば間違いありません」

 

 その隊員は安田教諭の返答にほっとするとともにさらに続けてこう聞いてきた。

 

「その退魔師の女性について、何点か話をお聞かせ願えますでしょうか」

 

 

 その後、自衛隊員たちが雲の上に消えてしまった巫女服姿の退魔師の素性調査をしていると聞いて、安田教諭はさらに驚かされた。

 

 

 






【お知らせ】

DLsite様にて『龍神の巫女』のR18版を販売しております。R18書き下ろし(10,000字)がおまけとしてついてます、よかったら買ってください。

作者Twitterに販売ページのリンクを貼っております。

都森メメ
https://twitter.com/miyako_meme










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第18話

「えー、それでは無事に帰還できたことを祝しまして、水琴を崇める会およびカラオケ大会を開催しまーす!!」

 

 尾原高校の最寄り駅前のカラオケボックスにて私は友人たちとともに帰還祝いを行っていた。メンバーは私と早苗、クラスでいつも一緒にいる女友達数人である。高校に入学してから同級生たちと一緒にこうして遊ぶのは久しぶりだったので、何だか新鮮な気がするとともに女子高生だけで占められた狭いカラオケボックスのテンションの高さには精神年齢的についていけそうになかった。

 

「私を崇める会って何だよ……」

「そりゃあもう、あたし達の命の恩人であり日本の救世主である水琴さまに歌を捧げる会ってことよ」

「もう、恥ずかしいからやめてよ……退魔師の仕事しただけだし……」

 

 カラオケでテンションが上がっているのか、巫山戯た方向に饒舌になっている早苗に文句を言う。けれども、鬼神によって夥しい数の人命が損なわれたことを思って暗く過ごすよりかは良いだろうと思う。

 

 喪に服すのは大人の役目で、高校生はこうやって呑気に遊んでいる方が自然だ。

 

 人数が少し多いのでデュエット連発でもしない限りはそんなに自分の曲番は流れてこないため、自然ととなりに座っている早苗と話している時間が長くなる。

 

「いやでもさ、バスに乗ってきた自衛隊の人から水琴が雲の上に消えて行方がわからないって話聞いたときはびっくりしたよ、バスの中みんなザワついてたし」

「急いで自宅戻らなきゃだったから仕方なかったんだって、スマホも壊れてたし……」

 

 ポツポツと、早苗と鬼神戦後のお互いの話を擦り合わせていく。

 

 私は私で自宅に戻ってからも色々あったが、早苗たちの方もバスの中で色々あったらしい。何せ大渋滞を抜けて高校に戻ってくるだけで一晩以上掛かったのだから、それはもう大変だっただろう。

 

「たしかその門限って術式の副作用なんだっけ?」

「だいたいそんな感じ、日没までには絶対に神社に戻らないと駄目なんだよ」

「ご飯食べられなくなったりとか、その術式の副作用って水琴ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫」

 

 毎晩、龍神とかいうヤバい妖魔に強姦されて大変です、なんて言ったら早苗はどんな顔をするだろうか。まあそんなこと言えるわけもないのだけれど。

 

「壊れたスマホはもう買い替えた?」

「うん、一番新しいやつにした」

 

 買ったばかりの最新式のスマホを早苗に渡す。そのスマホのカメラの画質が凄く綺麗な話をしたりして、二人で自撮りをしていると画面が切り替わり電話がかかってきた。

 

 着信画面に『京華』と表示されているのを見て、一瞬電話に出るか迷う。

 

「この京華って誰?」

「私の従姉妹、ちょっと電話してくるね」

 

 常に誰かが曲を歌っている室内ではさすがに電話に出られないので、フロアの奥にある女子トイレに入ってスマホの応答ボタンをタップする。

 

「もしもし」

『あ、やっと繋がりましたわね水琴お姉様』

 

 少し高めの少女の声がスマホ越しに聞こえてくる。

 私もこの子に頼みたいことがあったので、向こうから電話を掛けてくれたことは丁度良いといえば丁度良かった。

 

「久しぶり京華、元気?」

『私はかわらず元気ですわ、そんなことよりお姉様と色々話したいことがありすぎて……今度そちらに行っても宜しくて?』

「いいよ、場所は前と同じ国際ホテル?」

『ええ、そうしましょう』

 

 そんな風に京華と予定を詰めていくと、今週の日曜日に彼女と会うことになった。大まかな予定が決まったところで最後に彼女に2つほど要望を伝えた。

 

「会う時間なんだけど、日没までには私が神社に戻れる様にして欲しい。あとケーキスタンドは一人分にしておいて」

『……ダイエット中ですの?』

「違う違う……まあそれに関しても日曜日に詳しく話すから」

 

 京華との通話を終え、スマホのカレンダーに彼女との予定を追加した。

 

「……久しぶりに原付出さなきゃ、ガソリンまだ残ってたっけ?」

 

 

 ■■■

 

 

 京華と合う予定の日曜日の朝、いつものごとく龍神にボロボロになるまで犯された体を引きずってシャワーを済ませた後、クローゼットを開けて私が持っている中では一番高価な洋服であるワンピースとカーディガンを引っ張りだした。

 

 鏡台の前で軽く化粧をしてから、原付の鍵と小さめの鞄を持って自宅を出る。

 目的地である国際ホテルはこの県の県庁所在地の一等地に建てられており、蛇谷神社からは大体20キロくらいの距離だ。中学生の頃に京華と会うときは両親に車で送迎してもらっていたので、原付で行くのは初めてのことだった。

 

 道中でガソリンスタンドに寄って給油をしてガソリンの値上がりの酷さに驚かされたり、ワンピースで原付に乗ったのでスカートが捲れないように注意しながら走行したりしているうちに目的地に到着した。

 

 地上30階建ての外資系の綺麗なホテルで、たしかこの近くに新幹線の駅が新設されることが決まったと同時に県が誘致したのだったか。うちの県のような田舎には似つかわしくないほど立派なホテルだ。

 

 地下駐車場の隅っこに原付を停めてから、ミラーでヘルメットを脱いだあとの崩れた髪型を整える。

 大理石が几帳面に張り巡らされたエントランスを通り抜けて、エレベーターに乗って27階のラウンジスペースへ向かう。

 

「待ちあわせの蛇谷です」

「蛇谷様ですね、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 季節のフラワーアートを横目にしながらラウンジの受付のスタッフに案内された座席にはすでに京華が座っており、その隣には側仕えである初老の男性がそっと立っていた。その側仕えもいつもの高橋さんなので、今日は気兼ねなく京華と話すことができる。

 

「お待たせ京華、ごめん遅れて」

「時間通りですからお気になさらず、お久しぶりですわお姉様」

 

 そう言って優雅に椅子に腰掛けている鍛冶川京華(かじかわ きょうか)は私の母方の従姉妹であり、同い年の高校一年生なのだが誕生日が私のほうが先であるためか私のことをお姉様と呼んでいる。

 

 すでに亡くなっているが私の母親は鍛冶川家からは勘当されているので、京華と私は従姉妹としての血の繋がりはあっても間接的に絶縁状態であるためお姉様なんて呼ばれるのは本来はまずいのだが、彼女もそのあたりは弁えていて私と二人きりのときくらいしかお姉様呼びはしてこない。

 

 

 ウェルカムドリンクのローズティーが運ばれてきたので給仕係の人からの説明を受ける。今回のアフタヌーンティーは秋薔薇がテーマになっているらしく、たしかにラウンジ受付横のフラワーアートも薔薇がメインだったなと思い出す。目の前の机に置かれた花瓶にも薔薇が一輪生けられており、たぶん同じ品種の薔薇なのだろう。

 

「受付のフラワーアートもたしか同じ薔薇でしたよね」

「左様でございます。あちらの作品は当県ご出身のフラワーアーティストである谷口氏の作品で、秋薔薇を使用したものになっております」

「へぇ、そうなんですね」

 

 給仕係の人に適当に話を振ってみたけれど、こういうところは県の政策で誘致されたホテルらしいなと思う。同じ県出身と言われてもフラワーアーティストの名前なんて知らないが。

 

 なんて思っていると目の前の京華が少し悔しそうな顔をしていた。ローズティー嫌いだったっけ? 

 

 とりあえずウェルカムドリンクで京華と乾杯して私はそのドリンクを飲んだふりをする、と言っても唇にお茶が付いてしまうので、例の泥水のような味が感じられて不快に思うが仕方がない。ハンカチで軽く唇を拭った。

 

 一方の京華は香りを楽しみながらローズティーを美味しそうに飲んでいた。

 

 そこからしばらくはローズティーを飲みながら、といっても飲んでいるのは京華だけなのだが、お互い入学して半年が過ぎた高校のことや昨今の退魔師業界のことなんかを軽く話した。

 

 一通りの世間話が終わったあたりで3段重ねのケーキスタンドが運ばれてきた。京華と二人で大人しく給仕係の説明を聞き始める。

 

「こちらのスコーンはローズと生キャラメルでご用意させて頂いております。また、3段目のこちらの薔薇の形に盛り付けさせていただいているのはサーモンカナッペでございます。セイボリーのパウンドケーキにはこちらのローズヒップティーのジュレをお好みでつけてお召し上がりください」

 

 私達が未成年だからかもしれないが、給仕係の人も至極丁寧に説明してくれている。真面目な京華は最初から最後まで真剣に聞いていたけれど正直私はほとんど聞き流している。どのみち私はもうまともな食事を取れない体になってしまったのだから、料理の内容を聞いても仕方ないという開き直りである。

 

 一人分でお願いしておいたはずのケーキスタンドの量がやや多めなのはホテル側が気を使ってくれたからなのだろうか、こんな体になってしまっても食べ物を粗末にするのは抵抗があるので少し気が引ける。じゃあはじめからアフタヌーンティーなんて断れよと思われるかもしれないが、京華が大のヌン活好きな子なのでそこはご容赦いただきたい。

 

 まあ、だとしてもいずれ話す必要はあるわけで。

 

「ごめん京華、ずっと黙ってたんだけど」

「何ですの?」

 

 京華はケーキスタンドの最下段のサンドイッチをナイフとフォークで器用に自分のお皿に移している。その手を止めさせたところで、私は第3の術式に関して打ち明けた。龍神のことは秘匿したまま、日中しか活動できないことと一切の食事を受け付けなくなってしまっていることを私は京華に話す。第3の術式に関しては以前山下さんに話した時と同じく夏休み中の修行で後天修得したということにしている。

 

「そう……だったんですね」

「うん」

「修行って、具体的にはどんなことを?」

「それは秘密」

 

 実は龍神に強姦されてただけです。あと術式っていうのも嘘で単に体が半霊体化しているだけです。

 

「……その制約は、術式を停止させたりして無くすことは出来ないんですの?」

「できない」

「でも、その術式のおかげで鬼神を倒すことが出来たんですよね」

「そうだね、これが無かったら普通に死んでたと思う」

 

 

 私がそう断言すると、京華は俯いたまま静かに泣き始めた。本物のお嬢様は泣き方までお淑やかなんだな、なんて呑気な事を思うと同時になぜ京華がそんなに悲しむのかがわからなかった。

 

 いやたしかに京華は同年代に比べれば感受性が高いタイプの子供ではあったけれど、クラスメイトとかは私がご飯食べられないこと話しても同情する人はいたがその場で泣き出す人は一人もいなかったぞ。

 

 ぐすぐすと泣き崩れはじめた京華をどうするべきか悩みながら側仕えの高橋さんを見ると何とその高橋さんまでもが目元にハンカチを当てていた。どう考えても反応が過剰なんだけれど、本当に理由がわからない。

 

 私が今まで黙ってたことを悲しんで泣いているのかと思い、とりあえず私は口を開いた。

 

「ほんとごめん京華、せっかくのアフタヌーンティーなのに何も食べられなくて、でも私の生活とかはほとんど変わってないし不便なこともあんまりな────」

 

「御爺様に進言して、鍛冶川家から蛇谷家への絶縁を無条件で解いてもらいます!」

 

「え?」

 

 勢いよく立ち上がった京華はいきなりそう宣言した。

 話の流れがわからない。というか絶縁を解かれて変にうちの神社に干渉される方がまずいわ。龍神のことでボロがでたらその時点でアウトだよ。私一人しかいない蛇谷家だからこそ秘匿しやすい部分もあるのに、親戚からの口出しとかマジで勘弁してほしい。

 

 

「いや待って京華、とりあえず落ち着い────」

 

「だいたい御爺様もおかしいんです! 実花伯母様たちが殉職されて一人残された水琴お姉様を全く支援せず放置して、やれ【花名】を持たない女はどうとかってお姉様を馬鹿にして存在しない者扱いして! そのくせ鬼神を倒したと知るや否や今度は……今度は……!!」

 

「ちょっと待ってちょっと待って京華、周りの人見てるから!」

 

 ヒートアップした京華はその後なかなか収まらなかった。この子に龍神のこと全部正直に話したら、薙刀持って特攻しに行くんじゃないだろうか。

 

 

 



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第19話

 ■■■

 

 2009年

 

「実花もいいかげんお父様に謝ったらいいのに……ちゃんと筋通したらあの人だって許してくれるよ」

「無理して鍛冶川家に戻ろうとも思わないわよ、今更」

「あんたはそうでも水琴ちゃんのこと考えるんだったら戻ってきたほうが良いって絶対、まあ水琴ちゃんに【花名】入れなかったことは文句言われるでしょうけど……」

 

 つい最近新幹線の駅が新設されたのと同時に建てられた高級ホテルのラウンジスペースで、二人の女性とそれぞれの娘と思われる子供が二人座席についていた。

 

「水琴は将来、蛇谷神社継いで戦う退魔師になるんだもんねー」

「うん、戦う方の退魔師になりたい」

「ほらー水琴もこう言ってるし」

「母親が無理に言わせてるだけじゃない……」

「そんなことないわよ、水琴この年でめちゃめちゃ賢いし分別くらいはついてるって」

 

 蛇谷実花(へびたに みか)にそう言われた鍛冶川桃華(かじかわ ももか)はお互いの横に座っているそれぞれの娘を見比べる。

 

 実花の娘である水琴ちゃんは5歳にも関わらず何故かアフタヌーンティーに関するマナーが完璧で、サンドイッチはナイフとフォークで食べるもの、パンとスコーンは手で千切りながら食べるものだということを理解しているようであった。5歳児の手には少し大きすぎるナイフやフォークも実に器用に使いこなしている。

 

 一方の桃華の娘である京華は年相応というか、5歳児らしく両手に食べかけのサンドイッチを掴みながらリスの様に頬を膨らませて、美味しそうにそれらを食べていた。

 これを見せつけられると自分の子育てに自信がなくなると同時に、水琴ちゃんの分別がついているという話もほとんど間違いではないのかもしれないと桃華は思った。

 

 鍛治川家の姉妹である実花と桃華は同じ時期に妊娠出産を経験したこともあってか、絶縁状態ではあるものの本家には内緒でお互いの子供を連れてこうして食事にいくことが最近はよくあった。

 

 実花が鍛冶川家を出奔する前は姉妹であってもそれほど仲が良かったわけではないが、ライフステージが移るだけでこうも人間関係というのは噛み合い方が変化するものなのだと思い、あらためて桃華は自分が年を取ったことを実感する。

 

 

「お母さま……さっきのピンク色のお菓子もう1個食べたい……」

 

 サンドイッチを食べ終えた京華はソースで汚れたままの手で母親である桃華の袖を引き、先程食べてとても美味しかったと記憶している桃色のお菓子を食べたいとグズりだした。

 

 こうして汚される袖口に関してはいつもの事なので桃華ももはや気にすることなく、空になっているケーキスタンドを指差してそのお菓子がもう無いことを京華に伝えた。

 

 当然そんなことで5歳児が納得するわけもなく、グズり方が本泣きに切り替わり始めたところで水琴が自分のお皿を差し出した。

 

「京華ちゃん、ピンク色のやつはないけどこのお菓子あげる」

 

 水琴の手によって小皿に移し替えられたそのお菓子を見るやいなや、京華は目を輝かせて「ありがとうお姉さま!」と言いながらそのお菓子を小さな手で鷲掴みにするとすぐに自分の口に運び込んだ。

 

 再度リスの様に頬を膨らませてご満悦の京華を見ながら、母親の桃華は溜息を吐いた。

 

「ありがとうね、水琴ちゃん」

「いえいえ」

 

 そう言うと水琴はソーサーごとティーカップを持ち上げて静かに紅茶を飲み始めた。

 

 その様子を自慢げに見ていた実花は少し勝ち誇ったような笑みを浮かべており、それを見た桃華はさらに溜息を吐いてこう言った。「あんた見てると育児うつになりそうだわ」と。

 

 

 

 ■■■

 

 

 鍛冶川京華にとっての蛇谷水琴という少女は物心のつく前から見知っている姉のような存在であった。

 まだ幼稚園に通っていた頃は従姉妹と実姉の違いもわかっておらず、また母からよく言われていた『血の繋がりはあるが公の場で従姉妹として扱ってはいけない従姉妹』という複雑な関係についてもあまり理解していなかった。

 

 幼少期の水琴の印象はとにかく優しくしてくれるお姉様という感じで、実際そのころの京華の思い出に残っている水琴はホテルの中で迷子になった自分を助けてくれたり、お菓子を分けてくれたりする凄く優しい女の子であった。

 

 美味しいお菓子が食べられる綺麗な建物に行くときしか会えないお姉様というのも、幼少期の京華にとって水琴の特別感を高める要因のひとつであった。

 

 そんな京華が生まれて初めて強烈な劣等感を感じた瞬間がある。それは京華が小学校に入学したばかりの4月に母親に連れられて例のお菓子が食べられるホテルに行った時であった。

 

 この頃の京華はまだ小学校というシステムをあまり理解しておらず、赤いランドセルを背負って幼稚園の次の段階の学校に6年間通う必要があるということくらいしかわかっていなかった。

 

 また小学校は6学年で分けられており、数字が大きいほど大人に近いということだけは何となく知識として知っていた。

 自分はまだ小学校に入学したばかりの1年生であるということははっきり理解していたので、じゃあ水琴お姉さまは何年生なのだろうと、お菓子を食べながらふと思ったのだ。

 

「水琴お姉様はいま何年生なの?」

「京華と同じ1年生だよ」

 

 京華はこの時まで水琴と自分が同い年であることを知らなかった。正確には一番最初に会ったときに母親の桃華から二人が同い年であることを伝えられていたのだが、その頃の京華はまだぼんやりとした記憶能力しか持っておらず、その後の大人っぽい水琴の立ち居振る舞いから自然とお姉様呼びをしていたためいつのまにか水琴は年上だという認識が京華のなかでは当たり前になっていた。

 

 その認識の誤りを小学校の学年という社会システムで擦り合わせて突然訂正されたのだ。

 

 そしてふと、京華は自分と水琴の手元を見比べた。

 ナイフとフォークで綺麗に切り分けられたサンドイッチを上品に口に運んでいく水琴に対して、自分は手と口を汚しながら何も気にすることなくサンドイッチを頬張っている。

 

 水琴の前にあるお皿は一部の汚れを除けば白く磨かれた陶器の表面が綺麗なまま広く残っており、自分の前にあるお皿はボロボロこぼれたサンドイッチの具材、お菓子のクズやソースを引き延ばした跡で滅茶苦茶になっていた。

 

 同じ小学1年生であるということを踏まえながら自分と水琴の違いをはっきりと理解した瞬間、京華は自分という存在が何か極めて恥ずかしいもののように感じられた。

 

 それが劣等感という言葉で定義されているということも、この頃の京華は当然知らなかった。呆然とし始めた京華に母親たちから、誕生日が水琴のほうが早いからお姉様って呼ぶのは間違いではないこととか、早生まれだから仕方がないよねといったことを聞かされたが、ショックを受けていた京華の耳にはあまり入ってこなかった。

 

 

 この出来事以降、京華は常に心のどこかで水琴のことを意識してしまうようになっていた。テーブルマナーに関してもそうであったし、水琴が学校でとても勉強ができると聞いたら自分も必死に教科書を開いて追いつこうと勉強しはじめたり、水琴の会話内容が大人のそれとほとんど遜色ないものであることに気が付くと自分もそれに合わせようとして上手くいかなかったり、とにかく京華にとって蛇谷水琴という同い年の少女の存在は常に何かの指標であり続けた。

 

 

 京華が小学校高学年になる頃には叔母である蛇谷実花がかつて自分の生家である鍛治川家から勘当されたことや、「水琴」という名前に【言霊呪名(ことだまじゅめい)】の一種である【花名】が含まれていないこと、つまり一般的な退魔師の家系の女とは異なり優秀な術式を持った子供を産む確率が低くなっていることなどを知ると、当時どの分野でも水琴に追いつけず不貞腐れはじめていた京華はその事実を取り上げて子供らしい悪口を直接言ったりするようになった。

 

 子ども特有の残酷さで水琴に対してはかなり酷いことを言ったのだか、水琴本人は少し困ったように眉根を下げるだけで、むしろ京華のそうした言動に一番怒りを露わにしたのは実母の桃華であった。

 

「水琴ちゃんにあんな態度取るんなら二度とアフタヌーンティーには連れて行かない」と帰りの車の中で母親に言われたときには、京華は号泣しながら自分が永遠に大人の女性になることができないのではとすら思った。

 

 およそ鍛治川京華という少女の反抗期は蛇谷水琴に対して消費されているようであった。

 

 京華が中学校に上がる頃にはそうした劣等感も次第に落ち着き始め、水琴との仲もずいぶん良化したのだが、日本国内の妖魔被害が深刻化するにつれて実花と桃華の食事をする回数は徐々に減り始めた。

 

 それに不満を持った京華が母親に文句を伝えると「じゃあ水琴ちゃんと二人で行ってくればいいじゃない」と言われて、それもそうかと思った京華はそれ以降、側仕えの高橋とともに隣県の国際ホテルまで行き水琴とアフタヌーンティーを楽しむようになった。

 

 そして京華と水琴が中学二年生になったころに、第一次の鬼神事件が発生した。

 

 

 ■■■

 

 2019年

 

「……ごめんよく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってもらっていい?」

「旦那と二人で鬼神討伐に参加することにした」

「馬鹿じゃないの!?」

 

 国際ホテル27階の夕焼け空がとても綺麗に見渡せるラウンジスペースにて、二人の女性が話し合っていた。

 椅子に座っている女性、鍛治川桃華はファンデーションでも隠し切れないような隈を目の下に抱えながら向かいのソファに座る蛇谷実花を問い詰める。

 そうした桃華の剣幕にも動じることなく、実花は落ち着いた様子だった。

 

「あんな無茶な討伐作戦に参加するなんてどうかしてるとしか思えない……、おまけに旦那一人ならまだしも、あんたまで参加する必要ないでしょ!!」

 

 霊具製造において日本国内にて三本の指に入るほどの鍛治川家、その内務を取り仕切っている桃華はここ数年忙しすぎてずっとストレスを溜めていた。鬼神があらわれてからというもの日本の退魔業界は恐ろしいほどに追い詰められ、鍛治川のような歴史のある名家、特に霊具製造を生業とするような家系の追い詰められ方は凄まじかった。

 

 鬼神に挑む退魔師に霊具を提供するたびにそれらは全く効果を発揮せず、挑んだ退魔師はみな殉死した。桃華本人が霊具を作成するわけではないが、外部との交渉役や鍛治川家の内政を任されている心労が祟って、ここ数年で一気に老けてしまったように見える。

 

「でももう決めたことだからさ」

「あんた一人増えたところで何も変わらないわよ!!」

「変わるよ、その一人の差で鬼神が討伐できるかもしれない」

 

 そう言った実花の様子は、かつて鍛治川家を出奔すると伝えにきた時と同じように桃華には見えた。あのころは姉妹仲もそれほど良くなかったため実家を出ると聞いた時もそれほど気にせず、馬鹿なことをするもんだと思っただけだが今は違う。

 

 ここ数年の実花と桃華の付き合いはお互いにとって非常に重要なものになっていた。妊娠した時から出産に至るまでの不安を話し合ったことから始め、退魔師の家系特有の子育て事情やプライベートな悩み事まで、一番最初にそういう相談をする相手がだれかと問われれば実花も桃華もお互いを真っ先にあげるだろう。

 

 お互いの娘同士も一時期は京華が水琴を嫌っていたこともあったが、中学生になってからは二人だけで遊びにいくことも増えたと聞いており、なんとなく母娘のこうした関係が今後も続くものだと桃華は思っていた。

 

 鬼神関連の対応で最近は特に忙しくなった桃華に対して、どうしても二人で話したいことがあると言われてわざわざ来てみれば実花から伝えられたのは鬼神討伐に参加するという発言だった。

 

 

『鬼神討伐作戦』

 

 一年半かかってもなお討伐することができない災害級の妖魔である鬼神に対して、とにかく大人数の退魔師の物量でもって挑み討伐しようとする退魔省主導の作戦のことを指す。霊具製造を得意とする鍛治川家のものとしてはその物量頼みの討伐作戦に思うことはあったが、それでも心のどこかでは仕方がないと思うようになっていた。

 

 けれども、それに実花が参加するということについて桃華は個人的な感情からどうしても承諾できなかった。

 

 



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第20話

 桃華はあらゆる言動でもって実花の鬼神討伐への参加を諦めさせようとした。

 

 実花の無謀な考えや思慮の浅さをもって罵り、かと思うと今度は泣き落としで行かないでほしいと頼んだり、そしてまた実花に怒鳴り散らすことを数度繰り返した。どんどん感情的になっていく桃華の発言に対して、実花は極めて冷静にそれらの内容を聞き続けた。

 

 桃華が実花を責めるなかで、話が娘の水琴に関する内容に移った。

 

「水琴ちゃんはどうするの!?  一人で残して行く気、まだ中学生なのよ!?」

「水琴には今晩話すつもり、あの子もたぶん理解してくれるわ」

「あんたのところの妖魔駆除の担当エリア、あんな広大な範囲水琴ちゃん一人で抑えられるわけないでしょ!?」

 

 そう言われた実花は、いつかのような少し自慢げな勝ち誇った表情でこう返した。

 

「水琴なら大丈夫」

「────っ、だから、そういうことを聞いてるんじゃないのよ!!」

 

 感情を爆発させながらテーブルを叩いて叫ぶ桃華にも、実花はまったく動じなかった。

 

 このときラウンジスペースには偶然二人以外の客がまったくおらず、またホテルの給仕係も二人が常連であることと、そして聞こえてくる話の内容が鬼神に関することであったことから桃華のマナー違反について声をかけることをしなかった。

 

 何を言っても動じない実花に、とうとう桃華はこう言ってしまう。

 

「……水琴ちゃんがどれだけ困ってても、あたし助けられないわよ」

「うん」

「……っ! 馬鹿な母親のせいで、水琴ちゃんが山の中で妖魔に絞め殺されるかもしれないのよ!?」

「うん」

 

 桃華は嘲るような口調で会話を続ける。

 

「ははっ、可哀想ね、誰も助けてくれる人がいない状況で中学生の女の子が一人孤独に死ぬのよ、きっと死体も見つからないわ」

「そうかもね」

 

 今の日本の妖魔情勢を考慮した上で、自分の子供が妖魔に殺される想像をしたことのない親などいないだろう。桃華が眠る間を削って鍛冶川家に尽くし働いているのも、根本にあるのは娘の京華が平和に暮らせる未来を作りたいからだ。

 

 先程からの実花の淡白な相槌は、そういった親としての義務感や責任感そのものを馬鹿にしているように感じられた。

 

「あんた自分の娘が可愛くないの!? それでもほんとに母親!?」

 

 己の娘の死に際をむりやり想起させ、母親としての自覚のなさを責める桃華に対しても、やはり実花は同じような態度でゆっくりと紅茶を飲んでからこう返答した。

 

「もう一度言うわね桃華、水琴なら大丈夫」

 

 笑みを浮かべながらそう言う実花に対して、遂に桃華は折れたふりをする。

 

「……もういいわ、気分が悪い。このあと会食にいかないといけないからあたしは帰る」

 

 桃華はいそいそと財布からお札を取り出してテーブルの上に叩きつけ、ハンドバッグとトレンチコートを乱暴に掴んで立ち上がると実花に対して一度背を向けてから振り返り、最後にこう言った。

 

「あんたのそういうところ、昔からほんとに嫌いだった」

 

 実花はそれに対して何か返答しようとする素振りを見せたが、桃華はヒールの音をわざと大きく立てて歩き、実花の言葉が聞こえないようにした。

 

 

 鍛冶川桃華が別れ際に放った酷い言動はともすればヒステリックなものに思われるかもしれないが、実のところ彼女の得意とする交渉術の一環であったことは間違いない。

 つまり、これほど酷い別れ方をしたまま実花が鬼神討伐に臨むことはないだろうという計算の元、この日の桃華はとりあえず呆れて折れたふりをしただけだった。

 

 あの実花のことだからきっとまた二人で改めて食事に誘ってくるはず、そしてそのときに再び鬼神討伐への参加を諦めるように説得するのだと桃華は筋書きを考える。もちろん最善は実花がこのあとすぐに自分に電話をかけてきて、「やっぱり鬼神討伐には参加しない」と言ってくることだったが今日の様子からそれは期待できそうもないというのが桃華の結論だった。

 

(まあでも、さすがにLINEで一言くらいは何か送ってくるでしょ)

 

 そう考えた桃華はホテルの地下駐車場に駐めてあるPEUGEOT508の車内でスマホを開きながらしばらく待ち続けた。地下ではあるものの電波の受信状況にはまったく問題ない。

 

 だが桃華が運転席でスマホを構えたまま10分待ち、30分待ち、1時間が経過しても実花からは何の連絡もなかった。

 

 実花と桃華が言葉を交わしたのはこの日が最後となった。

 

 

 ■■■

 

 

「ただいま京華、これお土産」

「おかえりなさいお母様、……あ、このお菓子っていつものホテルの……もしかして実花伯母様と?」

「さあ、あんな馬鹿な女知らない」

 

 鍛冶川の本家に戻った桃華は娘にアフタヌーンティーのお土産の紙袋を押し付けると、そのまま何も語らずにお風呂に入って寝てしまった。

 

 京華もこのときは中学3年生の冬で、通っている私立の女子中学校から高校への編入試験の勉強で忙しかったこともあり、不機嫌な様子の母親に何があったのかを追求することもなくこの日の出来事は自然と忘れてしまった。

 

 それを思い出すことになるのは鬼神討伐が成功し、その殉職者の中に蛇谷夫妻の名が連ねられていたことが判明してからだった。

 

 蛇谷夫妻の殉死について京華が知ったのは高校に入学した4月のことだった。

 水琴の両親が二人とも鬼神討伐に参加することすら知らなかった京華は、母親の桃華に対して何故教えてくれなかったのだと問い詰めた。けれども桃華もそれに関して何かショックを受けている様子であり、京華はそれ以上踏み込むことができなかった。

 

 さらに京華にとって残酷なことが伝えられる。京華からみて祖父にあたる鍛冶川家の現当主に呼ばれて奥座敷に入った京華はこう言われた、「今後一切、蛇谷水琴との関わりを禁ずる」と。

 

 京華も自分が呼ばれたのはきっと蛇谷家に関することだろうと予想はしていたし、もしかすると自分を経由して裏から蛇谷水琴を援助するように言われるのではとすら期待していた。けれども実際に伝えられた内容はそれとは真逆で、当然京華も祖父に反論した。

 

「桃華と京華があの馬鹿娘とそのまた娘のところに行っていたのは知っている、だが今後は駄目だ」

「──っ! 御爺様、それはどうしてですか?」

「退魔師の家系同士の絶縁ってのはそんなに軽いもんじゃねえ、向こうの当主が蛇谷水琴になっている以上お前を会わせることは許可できない」

 

 鍛冶川家の現当主、鍛冶川鉄斎(かじかわ てっさい)は教育的な人物である。このときの彼の考え方を説明すると即ち以下のようなものになる。

 

 自分の孫の鍛冶川京華は今年で高校生であり来年には結婚もできる年になった。なので一度、鍛冶川家の人間としての意識の持ち方を教えておきたい、つまり個人的感情と家の方針が異なっている場合の折り合いの付け方を実地で学んでおいて欲しかったのだ。

 そういった方面において蛇谷水琴という自分のもう一人の孫娘は良い教材であり、ここで活用しないのは勿体ない。

 

 正直なところ鍛冶川家当主としての目線から言ってしまえば、蛇谷家などという零細退魔師の家系などどうでもよい。最後まで自分に謝罪せず、鬼神に挑み殉死してしまった馬鹿娘に思うところがないことはないが、かといって死人は最早どうすることもできない。

 また蛇谷水琴という退魔師としても、また『花名』がないことから女としても価値のなさそうな孫娘にもさして興味が湧かない。

 

 

 

 育てたい花の周りに生えている雑草を抜くことでよりその花に栄養を行き渡らせ成長を促す。このとき鍛冶川鉄斎の行ったことはその一言で要約される。

 

 けれども、雑草だと思っていたものが実はたいそう価値のあるものだと判明した。それを受けた鍛冶川鉄斎はすぐに孫娘の京華を呼び出し、とある仕事を彼女に与えた。

 

 もう一度言おう、鍛冶川鉄斎は教育的な人物である。

 

 

 ■■■

 

 

「ひっぐ……ぐすっ……!」

「落ち着いた?」

「……はい、すみませんでしたお姉様」

 

 ようやく泣き止み始めた京華と話を再開する。

 彼女がとつぜん蛇谷家と鍛治川家の絶縁を解消するように爺様に進言すると言い出した時は驚いたが詳しく聞いてみると、どうも京華は私が一人になってから何も援助することができなかったことにずっと負い目を感じていたらしい。

 

 私の両親が鬼神討伐で殉職したのが今年の3月、その後すぐに高校に入学したり、蛇谷家の家督を相続したり、両親の通夜と葬式を取り仕切ったりとバタバタしてしまって、おまけに担当エリアの妖魔の間引きも一人で行う都合上かなり忙しく、そんなときに龍神に1か月ずっと監禁凌辱されていたせいもあってここ最近まで京華とはほとんど連絡を取っていなかった。もちろん、私が蛇谷家の当主となってしまったことから、絶縁中の鍛治川家のご令嬢に直接連絡を取る行為が憚られたことも理由の一つではあるのだが。

 

 私が当主になってしまってから鍛治川家との関係をどうするべきかはかなり悩んだ。私の母親の実花と叔母の桃華の非公式の付き合いは、あくまで二人がそれぞれの家に対して何らの実権を握っていないからこそ成り立っていた部分もある。

 

 零細とはいえ蛇谷家の実権がすべて私に集約された状態で、桃華叔母さんと京華とこれまで通りの関係を続けるのはあまりよくないことの様に思えた。そういったこともあり、私はこの二人を両親の通夜と葬式に呼ばなかった。

 

 私が自分の身の回りのことで手一杯になっている間に、京華がここまで私のことを心配してくれていたのには少し驚いたが、とはいえ彼女のこうした感情は私にとって少し都合がよい。

 

「絶縁に関してはとりあえず置いとくとして、実は京華にお願いしたいことがあるんだ」

「何ですか、わたしにできることなら何でもします」

 

 紆余曲折あったが、ようやく私にとっての本題に入ることができた。

 

 

「私が保有している『鬼神の角』を材料にして、鍛治川鉄斎に霊具製造を依頼したい」

 

 




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第21話

 下着姿のままクローゼットの前に立ち、目の前に吊るされている衣服の中からどれを着ていくべきか思案する。

 

 少し高価なワンピースか、学校の制服か、あるいは巫女服か。どの服もこれから向かう場所にはある程度馴染みそうな感じはあるものの、かといって完全な正解でもないような気もする。

 

 しばらくクローゼットの前で悩んでいるとインターホンが鳴った。時計を見ると時刻は朝の9時半、約束の時間まではあと30分だ。

 

 ラインで京華に『もう少しだけ待って』と送ってから、私は手早く着替えた。結局選んだのは巫女服だった。

 

 鬼神の角と妖結晶が入った紙袋を片手に玄関に向かう。

 居間でゴロゴロしている龍神に軽く声をかけてから、私は家を出た。

 

 神社の裏手にある自宅から玄関口の門の前に向かうと、スーツを着た高齢の男性と京華が立っているのが見えた。

 

 そのすぐ後ろにはSクラスのベンツが駐まっている。

 

「おはようございますお姉様、その服は……」

 

「何が正装なのかわからなかったから、取り敢えず巫女服にしといた」

 

 京華と一緒に後部座席に乗り込む。最高級のドイツ車の内装に圧倒されながら、さすが鍛治川家は金持ちだななんて思っていると車が出発した。

 

「あの……お姉様」

 

「何?」

 

 京華は私に対して何かを言いかけようとして一度やめてから、再度口を開いて躊躇いがちにこう言ってきた。

 

「……おそらく、御爺様はかなり嫌なことを言ってくると思います」

 

 京華は私が鍛治川鉄斎に会いにいくことにかなり消極的だ。けれども彼女が鉄斎から私を鍛治川家に連れてくるよう命令されていることは何となく察していた。鬼神の角のこともあったので鍛治川家に行くのは私からの希望でもあったし、多少の嫌味を言われるくらいで霊具を製造してくれるのなら安いものである。

 

 手元の紙袋を掲げながら京華に向かって話しかける。

 

「この国で『鬼神の角』を霊具にできる退魔師なんて、鍛治川鉄斎くらいしか思いつかないからね」

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「やっぱり鍛治川家って本当にお金持ちだね」

「そんなことないですよ、普通です、普通」

 

 とんでもない面積の日本庭園を横目に、本邸へ向かう石畳の道を京華と一緒に進む。車庫に止まっている数十台の車がすべて高級車で揃えられているのにも驚かされたが、見渡す限りのすべてが綺麗に整えられ、ぱっと見ではどこに塀があるのかすら分からない程広いこの庭園を見ていると格の違いを思い知らされる。私の家の庭の何倍の広さなんだよ。

 

 

「ようこそいらっしゃいました、広間で大旦那様たちがお待ちです」

 

 少し歩いてようやくたどり着いた本邸の玄関をくぐると和服を着たお手伝いさんにそう言われて、館内を案内される。言われるがままに進んでいるが、今来た道をそのまま戻れと言われてもほぼ戻れない自信があるほどには館内も広い。

 お手伝いさんと京華は迷いなく進んでいる。

 

「こちらが大広間で御座います」

 

「案内ありがとうございます」

 

 優美な装飾が施された襖の奥に何人かの人の気配を感じる。

 鍛治川鉄斎とは一度だけ話したことがあるが、このような公式の場で会うのは初めてなのでかなり緊張する。

 

 固くなっている私を横目に、「お客様をお連れしました」と京華が襖の向こうに声をかけた。

「入りなさい」と返された声は聞き間違いでなければ京華の母親である桃華さんだろう。私の母が亡くなってからはほとんど連絡を取れていなかったので、少し懐かしく思った。

 

 向こう側から開かれた襖を抜けると、想像していたよりも多くの人間が室内に座っているのが見えた。

 

(あれが鉄斎で、その隣が私の叔父……で従兄弟はあの人かな、それ以外はたぶん分家の人たちか)

 

 ざっと数えた限りで、この広間に20人程度が集まっている。

 鍛治川ほどの家になると分家も含めればこれくらいの人数になって当然かとも思うが、私が鉄斎に会うだけでここまでの人数はいらないんじゃないだろうか。

 

 というか割と周りからの視線が鋭い、ぶっちゃけ睨まれている。私の母親のせいだろうか。あの破天荒な母親は一体何をしでかしたら娘の私までこんな睨まれるようなことになるんだよ。

 

 1つだけ用意された座布団、その隣に京華が正座をしたので私は座布団に腰を下ろす。

 

「蛇谷水琴さまをお連れ致しました」

 

 京華はその一言だけ残して、すぐに脇の方の下座に移動した。横目ではあるが彼女の母親の桃華さんもすぐ隣に見えた。

 

 一人ポツンと鍛治川鉄斎に対面する下座に残された私は、上座に腰を下ろしている老人を見つめる。

 

 頭髪はほとんど白髪になっているものの和服の下から覗く肉体はがっしりとしていて、すでにかなりの高齢の筈であるがそうとはまるで思えないほど精力的な見た目の老人だった。

 

(私が子供の頃に会った時よりは白髪が増えたかな)

 

 しばらくお互いに無言で見つめあう時間が過ぎたあと、あ、これ私の方から声をかけなきゃいけないのかと思い、咄嗟に三つ指をついてこう言った。

 

「お初にお目にかかります、蛇谷家の当主を務めております、蛇谷水琴と申します。本日はお招き頂きありがとうございます」

 

 格式高い家での言葉遣いとか正直わからないので、適当にそれっぽい敬語だけ使って自己紹介したけれど大丈夫だっただろうか、周りの反応が無反応だからよくわからない。

 

「鍛治川家当主、鍛治川鉄斎だ。蛇谷家とは絶縁関係であるものの我が要請に応じ来訪してくれたこと、感謝する」

 

 要請? 

 そんなものあっただろうかと思って京華の方をチラ見すると申し訳無さそうに目を逸らされた。

 

 京華が私を連れてくるように命令されてるのは何となく察していた。けれども何らかの要求をされることまでを知っていたのなら先に聞かせてほしかった、そう思いつつも深く追求しなかった私の落ち度でもある。取り敢えず鍛治川鉄斎の方に向き直って話を続けた。

 

 

「昨今の退魔情勢がこのようなものですから、絶縁中の家同士と言えども互いにお願い事があるのも無理はありません」

 

 退魔情勢が悪いよ退魔情勢が、なんて言いながら取り敢えず私の頼み事から先に伝えることにする。

 

「蛇谷家からの依頼は1つ、当家の保有する『鬼神の角』を用いて霊具を製造していただきたい」

 

 そう言いながら紙袋から鬼神の角と妖結晶を取り出して畳の上に直置きする。

 

 これが災害級の妖魔の素材だぞ、高級外車がなんぼのもんじゃいという感じで見せびらかすと、私に向けられていた棘のある視線が好奇の視線に変わり目の前の角に注がれる。

 

 霊具製造を生業とする鍛治川家とその分家の男たちは、鬼神の角を見ながらヒソヒソと話し始めた。一体目の鬼神の素材は戦闘の余波で粉々になってしまったので、私が倒した鬼神から得られた素材が日本においては初めての災害級妖魔の素材である。彼ら職人たちからすると垂涎ものの妖魔素材に違いないと思っていたが反応を見る限り想像通りだ。

 

 その後しばらく、分家の男たちがあーでもないこーでもないとヒソヒソ話をする時間が続いた。

 

 さて、私から鍛治川鉄斎に伝えたいことは伝えられたので、次はそちらの番だぞと視線で訴えかけながらじっと待ち続ける。

 

 

(鍛治川鉄斎からの要望って何なんだろう、どこかの妖魔を倒して素材を取ってきてほしいとかそんな事だろうか?)

 

(ああでも京華が確か、鉄斎が私に嫌なことを言ってくるととか言ってたっけ? てことは────)

 

 パン、と鉄斎が扇子を叩いた音で思考が途切れた。

 周りでヒソヒソと話していた男たちも顔を引き締めて無言で座り直している。

 

「蛇谷家からの要望については然と聞き届けた。ではこちらからの要望を伝える」

 

 鍛治川鉄斎は目を開いてこう言ってきた。

 

 

「蛇谷水琴、お主には我が孫である鍛治川鉄仁の妾となってもらいたい」

 

 その言葉が大広間全体に響き渡った瞬間、京華は俯き、鉄仁氏と思しき私の従兄弟は申し訳無さそうな表情を浮かべ、その隣に座る彼の妻と思しき女性は私を悲しげな顔で睨んできた。

 

 

 

 



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第22話

「蛇谷水琴、お主には我が孫である鍛治川鉄仁の妾となってもらいたい」

 

 鍛治川鉄斎の発言の内容は、2つの意味で私にとっては予想外であった。

 

 1つ目の意味は私の従兄弟にあたる鍛治川鉄仁にはすでに妻がおり、何なら赤ん坊も1人いるということ。仮に相手を与えるにしても、未婚の分家の男のほうが良いような気もするが、わざわざ子持ちの直系男児の妾にするというのはやや時代に合っていない気がする。

 

 2つ目の意味は私に『花名』がないということ。言霊呪名である『花名』の無い女、つまり名前に花に関する文字が含まれていない女は退魔師としての素養を持った子供を生む確率が低く、それにより彼らのような旧態依然とした家の考え方では私のような女には女としての価値がほぼないというのが当たり前の認識のはずだ。

 

 退魔業界の関係者から女として見られる経験が少なかったせいで、鉄斎からの要望がその手のものだとはあまり想定していなかった。

 

 

「一つお聞きしてよろしいですか?」

 

「構わない」

 

「私を鉄仁さんの妾にする理由を教えて下さい」

 

 私が従兄弟の鉄仁氏に言及した瞬間、彼の妻からの視線が一層険しいものになった気がするが気にせず続ける。

 

「無論、子を成してもらうためだ。お主に『花名』が無いことも承知している。鉄仁を相手とするのも互いの術式の相性が良いからだ」

 

 術式の相性云々に関しては専門外なので、鉄斎がそう言うのだからそうだろうとしか言えない。

 

 しばらく無言のままで鉄斎からの要望の断り方について考える。

 

(別にこれを断ったとしても鬼神の角での霊具製造は断られないだろうけれど、私の要望だけが通ったらそれはそれで鍛治川家のメンツを潰すことになる)

 

(まあそもそも、私は子供を作るどころか結婚することすら不可能な状態だから妾になんてなれないんだけど……、はぁ……なんか馬鹿馬鹿しくなってきたな)

 

 

 鍛治川家の権力や財力に誤魔化されがちだったが冷静に考えると鍛治川鉄斎の言動は、はっきり言ってかなり気持ちが悪い。

 

 自分の孫同士を掛け合わせて子供を生むように命じているのだ。そのうえ片方は既婚者で子持ちと来た。どう考えても家族関係は悪化するだろうし、まともな祖父のやることとは思えない。

 

 一度気持ち悪いと感じてしまえば、やけに格式張ったこの対面の場も、周囲に真面目な顔で正座している分家の男たちもすべてが馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

 そんな風に思っている時にふと京華の方を見ると、彼女は緊張した面持ちで呼吸すら忘れて一心不乱に畳を見つめていた。その様子は可愛らしくもあったが、年相応の馬鹿っぽさがある。

 

「ふふっ」

 

「……何が可笑しい?」

 

 京華のせいで自分でも気が付かないうちにちょっとだけ笑ってしまって、それを鉄斎に咎められる。鍛治川家のメンツを潰さないような言い訳を考えようとしたが面倒くさくなったのでもう正直に答えることにした。

 

 この場で笑ってしまった私を信じられないようなものを見る目で凝視してくる京華を横目に、私は自分の術式に関して打ち明けていく。といっても、術式というのが既に嘘偽りなのだけれど。

 

「私が後天修得した3つ目の術式には代償があります」

 

「……食事や睡眠は取れず日没後は神社に居なければならない、だったか? それは京華から聞いている」

 

「はい、そうです。でもそれだけじゃありません」

 

 男性ばかりがいる場所でこんな事をいうのはどうかと思うが、それは鍛治川鉄斎もお互い様だろう。一呼吸置いて右手をそれらしく下腹部に当てながら、私はこう言った。

 

 

 

「生理が来なくなるんですよ、なので私はもう子供を産めません」

 

 

 ■■■

 

 

 その後の話し合いは想像していたよりも早く終わった。

 周りに座る女性陣は私を可哀想なものを見るような目で、男性陣はやや気不味そうにしているのが半分と、もう半分は私に興味を無くしたような素振りを見せている。

 

 私の不妊発言以降、広間内の空気はどことなく澱んでいるものの、澱みの原因の中心にいると返って何も感じなくなるものなのだということをこの時初めて知った。ちょうど台風の目が凪いでいるような感じだろうか。

 

 

 結果的にこの場での話し合いは私の要求のみが全て通った形となった。どのような霊具を造るかは後ほどヒアリングしてくれるということで鬼神の角と妖結晶を預ける。広間に集まっていた人間たちが順次掃けていくと、私は別の客間に通された。

 

 スマホも触らずにソファに座りぼうっと待っていると、京華と鉄仁、そして彼の妻と思しき女性が入ってきた。

 

 初めて鍛治川鉄斎の直系の孫が3人集ったということになる。

 蛇谷家との絶縁も解いてくれるという発言が鉄斎本人から先程聞けたので、ここにいるのは間違いなくお互いに従兄妹同士であると言える。

 

「初めましてかな、蛇谷水琴さん。僕は鍛治川鉄仁、こっちは妻の春花だ」

 

 先程の広間であわや私を妾にすることになりかけた男が挨拶をしてきた。その隣に座ってたのはやはり彼の妻で間違いなかったらしい。つい先程までは私を涙目で睨んでいたとは思えないほど、春花さんは凛とした素振りを見せる女性だった。二人共年齢は20代後半くらいで、優しそうな雰囲気を漂わせる夫婦である。

 

 私の座るソファに京華が腰を下ろし、向かい側に鉄仁と春花さんの二人が座る。

 お手伝いさんが運んできたお茶を飲みながら、鉄仁は話を続けた。

 

 

「京華とは頻繁に顔をあわせているけれど、こうして従兄妹同士全員があつまるのは初めてだね」 

 

 そうですね、と適当に相槌を打ちつつ話を聞く。

 

「ところで、水琴さんは今日の話に関してはどこまで聞いてたの? 妾になる件とか」

 

「どこまで……と言われると、妾の件とかは全くの初耳でしたよ」

 

 私がそう言うと鉄仁は妻の春花の方を見て、「ほらね」と小声で囁いた。その妻の春花さんは納得したように溜息を吐き、私の隣に座る京華は申し訳無さそうに縮こまっていた。

 

 

 話を詳しく聞いてみると、どうも私は鉄仁の妾になることを既に聞いた上でこの家に訪問しに来ているものだと思われていたらしい。

 

 鉄仁の妻の春花さんに睨まれていた理由がよく分かった。

 広間に入った時点でかなり刺々しい視線を浴びせてきたのも納得できる。自分の旦那の妾になる気満々の女が来るのだからそりゃあ内心落ち着いてはいられないだろう。オマケにその女が女子高生で退魔師で、嫁入りの手土産に『鬼神の角』とかいうヤバい代物まで拵えてきたのだ。鴨がネギ背負って旦那を寝取りに来たような感じか、そりゃ嫌だよね。

 

「先程は睨んだりしてしまって失礼致しました、水琴さん」

 

「いえいえ、というか京華……そんな大事なことは予めちゃんと言っといてよ」

 

「……うぅ……ごめんなさい、お姉様に嫌われたくなかったんです……」

 

 まあ気持ちはわかるけれども。

 仲の良い友達兼親戚に、自分の従兄弟の妾になれとは中々言いにくいだろう。高校生だし仕方がないといえば仕方がない。

 

「あれ? 春花さんに睨まれてた理由は分かったんですけど、他の人達は何であんなに刺々しかったんですか?」

 

「そりゃあそんな巫女服着てたら、霊具製造を生業とする人間は喧嘩を売られたと勘違いしてもおかしくないよ」

 

「え、この巫女服が原因だったんですか?」

 

「だってそれ、完全に霊力が抜けて霊具ですら無くなってるし、その様子だと自覚なかったの?」

 

 よく考えればこの巫女服は私が持っている三着のうち九州で鬼神と戦った時に着ていたものだ。あれだけ鬼神の咆哮を受けていたのだから、絹糸から霊力が抜けきっていてもおかしくはない。保有している三着のうち、一着は龍神にボロボロにされて、この一着は鬼神のせいでもはや霊具では無くなってるし、じゃあ残ってるまともな霊具って残り一着じゃないか。

 

 鍛治川家が第一次の鬼神戦の際に、有効な霊具を開発できず世間から少しバッシングを受けていた経緯を鑑みれば、私の行為は完全に喧嘩を売っているとしか思えないだろう。

 

「というか、やっぱり鍛治川家の人って全員霊力見通す術式持ってるんですね」

 

「全員ではないよ、でも解析術式が付与された眼鏡は皆持っている」

 

 先程の広間での疑問がすべて解けたところで、そこからは従兄妹同士で和気あいあいと話を続けた。鉄仁も春花さんも二人共話しやすい人で、こうしていると鍛治川家のような巨大な家の御曹司とは思えないほどには気安かった。

 

 

 

 

 30分ほどお互いにプライベートなことまで話しきったところで、「まあでも」と一言発した後にお茶を飲みきった鉄仁がこんなことを言ってきた。

 

「水琴さんみたいな可愛い子を妾に出来なかったのは男としては至極残念かな、はははは────ぶべっ!!」

 

 隣に座る春花さんが鉄仁の頭を叩いて、それにより前屈みになったことでこちらに向いた後頭部を向かいに座る京華が扇子で追撃した。

 

 

 

 



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第23話

 鉄仁が妻の春花さんに引き摺られて客間を出ていくと同時にお手伝いさんが入ってきて、別の部屋に移動するように言われた。『鬼神の角』に関する大方の解析が完了したようなので、私がどんな霊具を希望するかのヒアリングをしてくれるらしい。

 

「じゃあ京華、またあとでね」

 

「はい、お姉様」

 

 客間に京華だけを残して、1人お手伝いさんについて歩いていく。おそらく応接用の部屋が纏まっていると思わしき本邸から、作業場らしい雰囲気のある別邸に渡り廊下を通って移動する。

 

「こちらで大旦那様がお待ちです」

 

「どうも」

 

 引き戸を開けてもらって中に入ると、様々な霊具加工のための器具が並んでいる研究室らしい部屋に鉄斎が一人で座って待っていた。

 

 

 

「おう来たか、まあ取り敢えずそこに座れ」

 

 鉄斎に促されて背もたれのない椅子に座った。何となく理科室の椅子っぽい感じがする。

 

「色々と話したいことはあるが、取り敢えず本題から入るぞ、どんな霊具を希望する?」

 

「……どんなに強い妖魔でも一撃で殺せるような霊具が欲しいです」

 

「強い妖魔って……鬼神以上のか?」

 

「はい、今思えばあの鬼神はあまり強い妖魔ではありませんでした。もっと……それこそ容易に人類を滅亡させてしまうような化け物を倒せる霊具が欲しいんです」

 

 具体的には、私の家に住み着いている龍神とかね。

 

「はっ……鬼神を雑魚扱いできる退魔師が現れるなんて、本当に時代が変わったもんだな」

 

 鉄斎は自嘲気味にそう言うと手元にある鬼神の角をじっと見つめている。

 

「形は何でもいいのか?」

 

「私の術式にあった霊具ならどんな形でも構いません」

 

「納期は?」

 

「……1年以内なら」

 

 そんな会話を鍛治川鉄斎と一対一で繰り返していると30分程が過ぎた。祖父と孫という関係にしてはやや歪だが、この男とここまでコミュニケーションが取れたのは人生初の出来事だった。

 

「大体の希望は聞けた、全身全霊を持ってこの『鬼神の角』を霊具に変えてみせよう」

 

「はい、期待せずに待ってますね」

 

「……はぁ、俺にそんな態度取れるやつなんてこの国ではお前くらいのもんだよ」

 

「マスコミ関係者もじゃないですか?」

 

「……やっぱお前、実花の娘だな。そういうところはそっくりだよ」

 

 どうも広間のときと、この研究室にいるときの鉄斎の雰囲気が違うのでもしやとは思っていたが、やっぱり広間のときの尊大な立ち居振る舞いはキャラ作りの結果らしかった。

 

 少し斜に構えたような今の態度がこの男の素の性格なのだろう。

 

 

「……さっきは悪かったな、妾の件、どうせ京華からは何も聞かされてなかっただろう」

 

「ええまぁ……はい」

 

「まだまだあいつは甘い所があるからな、表に出せるのはもう少し先か」

 

 鬼神の角を桐箱に仕舞いながら鉄斎は話を続けた。

 京華のことをまだ表に出せないと言いつつ蛇谷家との交渉には彼女のみを当たらせるあたり、この男のしたたかな部分が垣間見えた気がした。

 

「蛇谷家との絶縁を解消してお前を援助しろと煩かったからな、そういう熱意は嫌いじゃないがアイツは自分の立場がわかってなさすぎる。どっちの味方なのかわかりゃしねぇ」

 

 頬杖を付きながら自分の孫について語る鉄斎は、広間の時とは異なり非常に人間臭かった。

 

 

「……一応確認だが、子供を産めないってのは事実なんだよな?」

 

「はい、証明しろと言われると難しいですが」

 

「自分の孫にそこまでしねぇよ」

 

「あ、孫と認めてくれるんですね」

 

「茶化すな」

 

 鉄斎はそう言うと大きく溜息を吐き、俯いて机の下から何かを取り出した。

 

 

「『世紀末論文』って知ってるか?」

 

「知らない」と正直に答えると、鉄斎はA4サイズの紙を数枚渡してきた。紙面の内容は英語で書かれてあったが、その独特の体裁から学術論文であるとすぐにわかった。

 

「……『妖魔の発生数と州人口の相関関係』、でタイトル合ってます?」

 

「ほう、英語読めるんだなお前。実花の娘だからてっきり馬鹿なもんだと思ってたが」

 

 驚いた素振りを見せる鉄斎を無視して、論文の概要とグラフに書かれた注釈だけをざっと読む。前世で理系だったから英語で書かれた論文にそこまで抵抗はない。専門用語の英単語とかはさすがにわからないが、大方の内容だけならなんとなくは把握できる。

 

 

「『Devil's eye』って妖結晶の事で合ってますかね……、それのサイズとワイオミング州の人口に時間差での相関関係がある。ざっと読んだ感じだとそんな内容に見えますが」

 

「それで合ってるよ、本当に読めるんだな」

 

 論文の公開年月を見ると1999年12月となっていた。だから『世紀末論文』なんて呼ばれているのだろうが、この論文の結論を見るともう一つの意味の『世紀末』でもあるのだということが分かる。

 

「採取した妖結晶のサイズを記録し続けている稀有な退魔師……向こうじゃエクソシストか。そいつらの家系が当時のアメリカで発表した頃はほとんど無視されていたような論文だが、最近になってエクソシスト協会が注目し始めた」

 

「『このまま世界人口が増大し続ければ、世界を終わらせる力を持つ妖魔が現れる』ですか……」

 

「当時はそんな馬鹿なことが起こるわけないと誰もが思ってた。だがここ数年の中型以上の妖魔の発生数は尋常じゃない」

 

 鉄斎は少し考え込むような素振りを見せてから、私にこう言ってきた。

 

「そもそも俺がまだ子供の頃……妖魔が一部の人間にしか見えてなかった時代だ。その頃は今でいう、中型以上の妖魔なんて存在すらしていなかった」

 

「……」

 

 その地域の人口が増えるほど妖魔も強力になっていくという仮説は、龍神が少なくとも300年以上前から存在していたという事実を知る私にとってどのように解釈すべきか判断がつかなかった。

 

 さすがに龍神のことまで洗いざらい全て話すほど、目の前の老人を信用してはいない。

 

 霊具製造の依頼や世紀末論文のことなど、その他にも取り留めのない話を続けているうちに気づくとかなり時間が経っていた。

 

「もうこんな時間か……普通の客なら昼食を振る舞うべきなんだが……」

 

「はい、食事は取れないので大丈夫です。京華に挨拶してから帰ります」

 

「わかった、車を手配させておく」

 

 お互いに椅子から立ち上がり部屋の出口へ向かおうとした時、鉄斎がこうぼやいた。

 

「……お前がいつまで現役を続けるかは知らんが、その頃にお前ほどの力を持った他の退魔師が現れてることを祈るよ」

 

「私に子供を作らせようとした一番の理由はそれですか?」

 

 私がそう聞くと、鉄斎は「そうだ」と答えた。 

 

「妾になればお前の名前は『蛇谷水琴』のまま変化せず言霊呪名の恩恵も引き続き得られる。……次代の人類を支えられる後継の退魔師を育てつつ、お前自身にもできるだけ長く現役でい続けて欲しいと思ってはいたが……」

 

 どこまで私の状況について赤の他人に開示すべきかはいつも悩みのタネになるのだが、老い先の短さにも関わらず後世のことを憂うこの不安症の老人には多少の気休めが必要なように思われた。だから私は自分の寿命に関して鉄斎に打ち明けることにした。

 

 

「それなら心配ありませんよ。だって私、不老ですから」

 

 

 ■■■

 

 

「じゃあ水琴ちゃん、『鬼神の角』の加工が終わったらまた京華から連絡させるわね」

 

「はい、桃華さん」

 

 鍛治川家の玄関前で車を待たせながら、最後に桃華さんと話をした。久々に会った桃華さんは少し老けてはいたが元気そうではあった。

 

「……実花は、鬼神討伐に行く前に何か言ってた?」

 

 第一次の鬼神戦に臨む際に、母と桃華さんの間で何かがあったのは間違いない。あの破天荒な母親のことだ、きっと周りの気持ちも考えずに突っ走って桃華さんを悲しませたのだろう。

 

「『私は生きて帰ってくるから遺書なんか残さないわ!』って言ってました」

 

「あの馬鹿姉貴らしいわね」

 

「税理士や司法書士への連絡とか、相続手続きに関して全て事前に段取りをつけていてくれていた父とは大違いでしたよ」

 

 

 有言実行というか、私の母である蛇谷実花は本当に遺書すら遺さずに父と二人で鬼神討伐に参加しに行ったのだ。

 本気で生きて帰ってこれると思っていたのか、或いはただのゲン担ぎだったのかもわからない。あの時期の母親の言動は精神的にやや不安定と思われるものが多かった。

 

「今度は家に来てください。父と母のお墓もちゃんとありますから」

 

「……そうね、今度行かせてもらうわ」

 

 そう震え声を発した桃華さんはしばらくすると静かに泣き始めた。

 

「はぁ……駄目ね、歳を取るとほんとに涙っぽくなるわ」

 

 腕組みをして毅然とした態度を取り続けようとする彼女だったが、一度泣き始める止まらなくなってしまったのか徐々にその表情を崩していく様子はまるで子供のそれのように見えた。

 

 私を抱きしめたのも、きっと泣き顔を見られたくなかったからなのだろう。私の耳元で桃華さんは泣きながら、「ごめんね」と繰り返し何度も呟いた。

 

 

 ■■■

 

 

 

 さて、鬼神の角の加工は何事もなく依頼をできたのだがその霊具が完成するまでの間、私の立場に幾分かの変化があった。

 立場というのはつまり、職業としての退魔師というものに関してである。

 

「ごめんね水琴ちゃん、国家指定退魔師になったらこれまで以上に忙しくなると思うわ……、今ですら水琴ちゃんの担当エリア外の仕事をお願いしてる私が言うのも烏滸がましいけれど……」

 

「大丈夫です、自分のやるべきことはわかってるつもりですから」

 

 県庁舎の妖魔対策課の端にある応接スペースで、私は県庁職員の山下瞳さんと話していた。

 つい先程まで東京から来た新聞記者からのインタビューに答えたり、県知事と一緒に写真撮影を行ったりと慣れないことを連続で行ったせいでかなり気疲れしている状態だが、山下さんと話しているうちにだいぶ回復してきた。

 

「……まさか臨時国会でここまで早く採決されるとは思ってなかったわ」

 

 鬼神を倒してから3週間後、臨時国会で『特別妖魔対策法』なる法律が新たに制定された。基本的な内容としては、既存の枠組みを超えた災害級の妖魔への対策をまとめたもので、その中の条文で『国家指定退魔師』という区分も新たに取り決められた。

 

「いつまた次の災害級が現れるかわからないですからね」

 

 国家指定退魔師は原則、退魔省の指揮のもと47都道府県すべての妖魔災害に対応しなければならない。

 

「でも退魔省の指揮って言っても、具体的には誰が担当とかもう決まってるんですか?」

 

「ああ、退魔省としての担当も私、山下が兼任するからこれまで通りで大丈夫よ」

 

 ずっと県庁職員だと思っていた山下瞳さんが、地方出向中の退魔省のキャリア官僚だと初めて知ったのはこのときだった。

 

 

 

 



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第24話

【朗報】蛇谷水琴さん、おっぱいがデカすぎる【巫女】

 

1:桶売れば名無し 2020/10/30 17:39:00 ID:a7m2IJ27S

 このおっぱいで巫女は無理でしょ

 https://i.inngur.com/MVfbIBGlo.jpg

 

7:桶売れば名無し 2020/10/30 17:39:36 ID:9oMAjFa2/

 エッッッッッッッッッッ! 

 

13:桶売れば名無し 2020/10/30 17:40:05 ID:z1LuB2F/f

 制服のシャツがパンパンで草

 

15:桶売れば名無し 2020/10/30 17:40:33 ID:gmxLvttk8

 この子あれだよね、こないだ新聞に出てた子

 

22:桶売れば名無し 2020/10/30 17:41:04 ID:PG2bfOXEA

 鬼神倒したJK退魔師

 

26:桶売れば名無し 2020/10/30 17:41:42 ID:ZRmGbZxUq

 >>22

 そうそうその娘

 

29:桶売れば名無し 2020/10/30 17:42:05 ID:RbAbaF3Pl

 巫女服の写真見たときから巨乳だとは思ってけど高校生でこのスタイルは犯罪だろ

 

31:桶売れば名無し 2020/10/30 17:42:44 ID:l5aYKzGD5

 >>29

 なんの罪だw

 

33:桶売れば名無し 2020/10/30 17:43:16 ID:+mzsn41K+

 てかこれって隠し撮り? 

 

40:桶売れば名無し 2020/10/30 17:43:38 ID:S2MhSCPV/

 >>33

 尾原高校ニキやね

 わりと頻繁に隠し撮り上げてくれてる

 

47:桶売れば名無し 2020/10/30 17:44:04 ID:Qkbx+8E8s

 あの新聞記事ってそもそも何の記事だったっけ? 

 

49:桶売れば名無し 2020/10/30 17:44:33 ID:sQUoKjqQ9

 >>47

 国家指定退魔師に就任したって内容だったはず

 

55:桶売れば名無し 2020/10/30 17:45:03 ID:zAtoKr0kS

 国家指定退魔師って普通の退魔師と何が違うの

 

61:桶売れば名無し 2020/10/30 17:45:34 ID:uttlFq7/8

 普通の退魔師=都道府県が管轄・指揮

 国家指定退魔師=退魔省が管轄・指揮

 

62:桶売れば名無し 2020/10/30 17:46:08 ID:3lstlEYgL

 んにゃぴ……(違いが)よくわかんないです

 

64:桶売れば名無し 2020/10/30 17:46:47 ID:4GI4GguuL

 >>62

 普段は自分の県だけで仕事するけど、緊急時は日本中どこでも駆けつける退魔師って覚えとけば大丈夫

 

70:桶売れば名無し 2020/10/30 17:47:24 ID:kM3U5lhm4

 国家指定退魔師そのものが、蛇谷水琴のためだけに作られた区分だからね

 

74:桶売れば名無し 2020/10/30 17:47:52 ID:9z8gDs/FR

 まあ鬼神倒せるレベルの退魔師が一つの県だけに独占されるのもアレだしな

 

76:桶売れば名無し 2020/10/30 17:48:27 ID:VW9NXN3zU

 >>74

 ワイ水琴ちゃんと同県民、憤慨

 

82:桶売れば名無し 2020/10/30 17:48:48 ID:gQ8ZaV2GG

 >>76

 しゃーない、護国のためや

 

84:桶売れば名無し 2020/10/30 17:49:11 ID:EEOtoHm8t

 しかしマジでおっぱいでけぇな

 

86:桶売れば名無し 2020/10/30 17:49:41 ID:NRVFMoBTZ

 神々しさとエロスを兼ね備えた素晴らしい隠し撮り

 尾原高校ニキに感謝

 

89:桶売れば名無し 2020/10/30 17:50:12 ID:ggAc1mIwk

 同じクラスにこんな娘いたら風紀乱れまくりでしょ

 

91:桶売れば名無し 2020/10/30 17:50:46 ID:FgibekF8c

 >>89

 尾原高校ニキによれば水琴ちゃんが廊下を歩くだけで群衆が真っ二つに割れるらしい

 

95:桶売れば名無し 2020/10/30 17:51:19 ID:vhjMIZpHo

 すれ違っただけで射精した男子生徒がいるってマ? 

 

100:桶売れば名無し 2020/10/30 17:51:53 ID:WyMMIcP2t

 >>95

 流石にそれは誇張だろ

 

102:桶売れば名無し 2020/10/30 17:52:16 ID:/1qLtmgZr

 >>100

 いやマジらしい

 すれ違うだけでめっちゃいい匂いするって言ってた

 

108:桶売れば名無し 2020/10/30 17:52:46 ID:Wt+avXh3w

 群衆が2つに割れるとかモーゼかよ

 

115:桶売れば名無し 2020/10/30 17:53:18 ID:N2VRf+tsR

 >>108

 モーゼが割ったのは海だろ

 

118:桶売れば名無し 2020/10/30 17:53:38 ID:Ys5h4UO0k

 国家指定退魔師って年収いくらくらいなのん? 

 

125:桶売れば名無し 2020/10/30 17:53:58 ID:y7genJCmt

 >>118

 退魔省の発表だと1500万くらいらしい

 

127:桶売れば名無し 2020/10/30 17:54:27 ID:jxoMp94ki

 >>125

 ふーん、ワイの10倍ってとこか、中々やるじゃん

 

134:桶売れば名無し 2020/10/30 17:54:55 ID:Nq0fRhN1Y

 >>127

 まあ、なんだその、頑張れよ……

 

139:桶売れば名無し 2020/10/30 17:55:30 ID:6bLDtfb2K

 こんなに可愛くて強くて日本の為に働いてくれてる娘の年収がナルビッシュの100分の1以下とか世の中おかしいだろ

 

145:桶売れば名無し 2020/10/30 17:55:50 ID:1+eHP8zPR

 >>139

 アンチ乙、ナルの年俸の9割は松ヤニ代に消えてるから

 

150:桶売れば名無し 2020/10/30 17:56:17 ID:TpM6WTl0i

 >>145

 草

 

151:桶売れば名無し 2020/10/30 17:56:46 ID:4uMOM2sHt

 >>145

 草

 それでも可処分所得はナルのほうが多いという事実

 

157:桶売れば名無し 2020/10/30 17:57:18 ID:ltPYANc1c

 >>145

 ほんとここってナルビッシュのアンチ多いんだななな

 

160:桶売れば名無し 2020/10/30 17:57:51 ID:in18yVQj7

 >>157

 キーボード松ヤニでベタついてますよ兄貴

 

165:桶売れば名無し 2020/10/30 17:58:12 ID:J9j8JI1iw 

 >>160

 草

 

169:桶売れば名無し 2020/10/30 17:58:45 ID:qIyO9pf7a

 >>160

 草生える

 

170:桶売れば名無し 2020/10/30 17:59:15 ID:2nyvmtGrh

 >>160

 素直に草だw

 

173:桶売れば名無し 2020/10/30 17:59:41 ID:eJsaVnSGG

 ワイ「み、水琴ちゃん! おちんちん激しくしないで!」 

 水琴「うるさいですね……」シコシコシコ

 

178:桶売れば名無し 2020/10/30 18:00:20 ID:lm67IxeyZ

 >>173

 念願叶って蛇谷神社に就職したワイさんはガチで名誉毀損に当たるのでNG

 

183:桶売れば名無し 2020/10/30 18:00:46 ID:mPSJQOm3

 さすがに実在の人物でやるのはどうかと思うわ

 

189:桶売れば名無し 2020/10/30 18:01:25 ID:raXVYJm4c

 なんだこのおっぱいは国会に提出するからな

 

191:桶売れば名無し 2020/10/30 18:01:52 ID:eFMNuJH6z

 >>189

 臨時国会で可決済みなんだよなぁ……

 

195:桶売れば名無し 2020/10/30 18:02:20 ID:KuRTEC6Pq

 噂だと水琴ちゃんって一人暮らしみたいなんだよな

 蛇谷神社に就職してぇ……

 

197:桶売れば名無し 2020/10/30 18:02:53 ID:41esjlP1m

 水琴ちゃんのおっぱいを支える仕事に就きてえけどなぁ、俺もなぁ

 

203:桶売れば名無し 2020/10/30 18:03:20 ID:zVbCvXsBg

 このスレッド、蛇谷水琴さんが見たらどう思うでしょうか? 

 

205:桶売れば名無し 2020/10/30 18:03:41 ID:Rt0Dcd4QM

 >>203

 水琴ちゃんがこんな掃き溜めみたいな掲示板覗くわけないだろ

 

207:桶売れば名無し 2020/10/30 18:04:04 ID:fq062fS/K

 水琴ちゃんの下着の色が気になって夜しか眠れません! 

 

212:桶売れば名無し 2020/10/30 18:04:33 ID:OTdXw3GBd

 >>207

 クラスメートの女子からのリークによればパステルカラーが多めらしい

 

213:桶売れば名無し 2020/10/30 18:04:54 ID:JIY+BjlJF

 >>212

 ふぅ……

 

214:桶売れば名無し 2020/10/30 18:05:24 ID:KYudZlAso

 >>212

 解釈通りって感じやね

 

218:桶売れば名無し 2020/10/30 18:05:52 ID:wFD4nQMQd

 ここのやつらマジで訴えられても知らんからな

 

 

 



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第25話

 季節は秋も終盤の11月下旬に入った。

 日中の平均気温が徐々に低くなってきており、街を歩いていると少しずつマフラーを巻いている人が増えてきているように見えるが、半霊体化したために寒さや暑さというものをほとんど感じなくなってしまった私は一人季節感というものから取り残されていた。

 

 国家指定退魔師に就任してからというもの、私は日本全国に出張することが多くなった。といっても退魔省側も私が高校生であることに気を使ってくれているのか、遠方に行かなければいけない用事は土日にまとめてくれて、おまけに国有のプライベートジェットや自衛隊のヘリコプターまで手配してくれている。

 

 日没までに蛇谷神社に帰らないといけないという事情にもしっかりと気を配ってくれており、担当の山下さんには感謝してもしきれないくらいだ。

 

 学校にも休まず通えているし、日本各地の妖魔情勢も比較的安定している。他県に赴いて私がやらなければいけないことも、強力な妖魔の討伐というよりかは、妖魔の数が増えすぎて手が回ってない地域の支援がおもだっていた。

 

「今日もありがとうね水琴ちゃん、次の土日の予定も確定次第メールで送るわ」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 日曜日である本日もプライベートジェットで東北地方へ向かい、複数の県で現地の退魔師の応援に従事してからまた飛行機で地元まで戻ってきて、山下さんの運転する公用車で蛇谷神社の近くまで送迎してもらった。

 

 大抵の仕事はルーチン化さえしてしまえば割と気が楽になるものだ。平日は学校に行って夕方に自分の担当エリアの妖魔の間引き、土日は各地へ飛んで妖魔の間引き、私一人の為に飛ばしてもらっているプライベートジェットに乗ることにも何とも思わなくなってきた。

 

 唯一、夜の仕事だけは未だに慣れないが、これは最早仕方がない。

 

「ただいま帰りました」

 

 自宅の玄関の鍵を開けて中に入り、靴を脱ぎながら家の中に向かってそう声を発するが返事はない。

 

 電気のついている居間を覗くと、いつも通り龍神がつまらなそうな顔でノートパソコンで何かの動画を見ていた。

 

 龍神は私のほうをチラ見すると、またすぐに目線をノートパソコンの方に戻した。私も半ばニートのような妖魔を無視して自室に戻って服を着替える。

 

 部屋着に着替えて、使われなくなって久しい自分のベッドに腰掛けてスマホを確認すると京華から不在着信があったことに気がついた。

 折り返して電話をかけると彼女は開口一番に、依頼されていた霊具が完成したことを伝えてくる。

 

「もう完成したんだ、予想よりもめちゃめちゃ早かったね」

 

「御爺様が1ヶ月くらい鍛冶場に引きこもってましたから、……どうもほとんど眠らずに作業をしていたみたいで、霊具が完成したらすぐに倒れてしまいました」

 

「えっ、それって大丈夫なの……鉄斎ってもう90歳越えてたよね」

 

「ああ、それなら大丈夫です。倒れた翌日には一度目覚めて、ご飯を食べてお酒をいっぱい飲んだと思ったらまた眠られたので……その時も割と元気そうに騒いでましたよ」

 

「ほんとに大丈夫なの、それ?」

 

「まあ御爺様のことは置いといて、お姉様の予定を教えて下さい、迎えにいきますから」

 

 京華からぞんざいに扱われる御年90の祖父を心配しつつも、とりあえず自分の予定を思い出して霊具の受け取りに行けそうな日を考える。

 

「えっと、最近土日は出張してることが多いから……、あ、明日の月曜日とかいける? 祝日だから学校も休みだし、退魔省からの仕事も今のところは入ってないし」

 

「わかりました、じゃあ明日お迎えにあがりますね」

 

 その後しばらく京華と取り留めのない話をしているといつのまにか日が傾いてきた。冬が近づくに連れて夜が長くなってきており、龍神への夜伽に従事する時間もそれに比例するように長くなる。

 

「じゃあ京華、そろそろ日が暮れるから切るね」

 

「……はいお姉様、じゃあまた明日」

 

「うん、連絡ありがと、おやすみ」

 

 スマホの通話ボタンを押下してから、私は浴衣とバスタオルを引っ張り出して浴室に向かった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 翌日の朝、先日と同じく京華の付き添いで鍛治川家へと送ってもらい巨大な屋敷の中の客間の一室に通されてしばらく待っていると、私の従兄弟の鉄仁氏が桐箱を抱えながら部屋に入ってきた。

 

 

「待たせてごめんね、水琴さん。これが依頼されていた霊具だよ」

 

 以前会ったときよりも幾分か痩せた鉄仁氏から霊具を提示された。

 

 桐箱の中に入っていたそれは、一目見た印象としては羽根つきに使用される羽子板が最も近い、サイズ的にも同じくらいだ。

 

「手に取ってみても?」

 

「もちろん」

 

 羽子板の柄の部分を握り持ち上げると、その板面にあたる部分の両面にそれぞれ異なる、非常に細やかな装飾が施されているのかわかった。

 

 羽子板の片面は縦に4本の線が彫られており、それぞれの縦線の最も深い部分には銀色の糸の様なものが埋め込まれている。遠くからみるとこちらの板面は弦楽器の琴をモチーフとされているだと思われる。

 

 もう片方の板面は蛇、あるいは川の流れとも取れるような曲線が絡み合っているような彫込がされており、その板面の各所には蛇の鱗の模様を形どった宝石が埋め込まれている。

 

 極めて美しく丁寧に装飾された霊具ではあるが、これは果たして武器なのだろうか。どちらかといえば儀礼用の祭具に近い気もする。そんな事を思いながらマジマジと霊具を色んな角度から眺めていると、鉄仁氏が口を開いた。

 

「銘は『琴天都(ことあまつ)の剣』、鬼神の角を丸々削り出してから、『蛇谷水琴』という言霊呪名4文字の効力を全て封じ込めた剣だよ」

 

「剣にしては刃がまったく無いんですね」

 

「あくまで儀礼用の剣と考えて欲しい。水琴さんの『分断』の術式にはそちらの方が合っているからね」

 

 切断術式だったら刃付きの剣にしたんだけど、と呟きながら鉄仁氏は解説を続けた。

 その解説を聞きながら、私も疑問点のうちのいくつかを鉄仁氏にぶつけた。

   

「『琴天都(ことあまつ)』って……そんな名前付けていいんですか? さすがに僭称が過ぎる気がしますが」

 

「あくまで語呂合わせだしね、古事記の『別天津神(ことあまつのかみ)』に直接言及していなければ霊具としては問題ない」

 

「そういうものなんですね」

 

 霊具製造に関しては専門外すぎるので、何がどうなると霊具として効力をあげることが出来るのかとか全くわからないが、それでもこの剣が質の高い霊具だということは直感的にわかる。

 

「使い方はシンプルだよ、水琴さんの無尽蔵の霊力を込めて『分断』の術式をそのまま放てばいい」

 

 儀礼用に近いとはいえ、やはり剣は剣らしい。

 大型妖魔くらいなら余裕で切り裂けるよ、と言葉を続けた鉄仁氏から、その後も細かい解説を聞き続けた。

 

「ありがとうございます、だいたいの使用方法はわかりました」

 

 霊具に関する話が終わったので、会話は世間話に自然と移った。先月に会ったときよりも少し痩せているように見える鉄仁氏に何かあったのか聞くと、どうも『琴天都の剣』の製造で鍛治川鉄斎の助手をしてくれていたらしい。

 

 鉄斎ほどではないが、1週間程ほとんど眠らずに作業を行っていたとのこと。結構気軽に霊具製造を依頼してしまったこちらとしてはやや申し訳なく思ってしまったが、これも彼の仕事のうちの一つなのだ、気を使いすぎても返って失礼だろうと思い、会話はまた別の方向へ進んだ。

 

「あ、『鬼神の角』の鑑定書とかもこの桐箱の中に一緒に入れてるからね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 現物確認を終えた『琴天都の剣』を桐箱に仕舞い、その箱を綺麗な風呂敷で包みながら鉄仁氏がそう言ってきた。

 

 鬼神の妖結晶はこの霊具製造の代金としてそのまま渡しているので、これで私の手元には剣だけが残った形となった。

 

 桐箱が入った紙袋を渡されると、私と鉄仁氏のいる客間に誰かが入ってきた。挨拶もなしにいきなり入室してくる時点で振り向かずとも鉄斎だろうとは思ったが、予想通りそこに立っていたのは鉄斎だった。

 

「……霊具の受渡しは終わったか」

 

 鉄仁氏が「終わりました」と返答する。

 京華から霊具製造が終わったあとに倒れたと聞いていたので少し心配していたが、鉄斎は少し痩せているものの血色は良さそうな様子であった。

 

 鉄斎は目を細めて私の顔を凝視してくる。

 徐々に顔が近づいてきており、一体何故そんなに睨まれなければならないのか疑問に思ったが、その後何かを確信した様子の鉄斎はこう言ってきた。

 

「蛇谷、このあと時間はあるか?」

 

「はい、今日は特に予定もないので」

 

 そう答えると、鉄斎は「ついてこい」と一言発したあと客間を出ていった。

 鉄仁氏に目線を送ると頷かれたので、目礼してから私も客間を出て鉄斎についていった。

 

「どこに向かうんですか?」と聞くと、鉄斎は向かいながら話すと言ってきた。5分ほど、あまりにも広いこの屋敷を歩いた末に辿り着いたのは鍛治川家の車庫だった。

 

 綺麗に洗車された高級車が並ぶ車庫は壮観であった。メルセデス、メルセデス、レクサス、プジョー、偶にアウディ、みたいな感じで高級車の前をずんずん進む鉄斎についていく。

 

 この車庫だけで合計いくらぐらいの価値が内包されているのか計算するのも憚られるくらいだった。

 これだけ大量の高級車を揃えているのだから当主の鉄斎は一体どんな高級車に乗っているのか少し興味が湧いてくる。

 

 今の所スポーツカーの類を全く見ていないので、鉄斎が乗っているのはそういう車なのではないかと予想したが、彼が手元の車のキーのボタンを押すと車庫の最奥、高級車の車列から少し離れた位置にポツンと佇む泥だらけの車のライトが点灯した。

 

 

 意外なことに鉄斎の車は大衆車の一つに数えられる、スズキのジムニーだった。フロントガラスのワイパーが通る場所以外は全身泥だらけで、エクステリアの塗装にも細かいキズが入りまくっており、その風貌は周りの高級車たちから少し煙たがられているようにも感じられた。

 

 

 

 



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第26話

 鉄斎の愛車と思しきジムニーに乗り込む。

 3ドアの車で本来は4人乗りの筈だが、後席は全て倒されて荷室としてしか使用されていない。荷室の端の方には霊具の詰まった木箱がいくつか積載されていた。

 アウトドア向きのプラスチック製の荷室の床面も、目に見える範囲は外装と同じくキズだらけであった。

 

「……不老ってのはやはり本当らしいな。一ヶ月前と肉体が全く一緒だ」

 

「私の顔を目で見ただけでわかるんですか?」

 

「俺は霊具職人だ、目が悪けりゃこんな仕事やってねぇよ」

 

 そう言いながら鉄斎はエンジンのスタートスイッチを押す。エンジンの始動だけでオフロード車特有の柔らかいサスペンションは揺らされ、それに合わせて私の座るシートも震える。

 

「時間はそうかからん、日没までには余裕で蛇谷神社に帰れるようにする」

 

「……お気遣いありがとうございます」

 

 車庫から出発したジムニーは、そのまま鍛治川家の敷地内にある広大な裏山に向かって走り出した。

 

 

 裏山の狭い山道を掻き分けながら私たちの乗る車は進んでいった。当然舗装などされていない山道ではあるが、過去に何度もここを車で通過していたのだろう、一応ジムニーが通れるくらいの道はずっと続いているが、枝葉が車体に擦れる音は常に聞こえている。

 

 それにしても車の揺れが酷い。まあ山道を無理矢理走っているので当然なのだが、こんな悪路を90歳を優に越える老人に運転させても良いものだろうか。

 

 鉄斎本人はこの道の運転に慣れているのだろうが、助手席で体を揺さぶられるこちらとしては少し不安になってくる。先程から見ているとハンドルの切り方がかなり乱暴であるように見えるのもそう思ってしまう理由の一つだ。

 

 突然、下から突上げられるような衝撃で体が少し浮いたあと、窓ガラスに左の頬をぶつけてしまった。

 全然痛みとかはないし、吊り革から手を離して油断していた私にも否はあるが、思わず鉄斎に嫌味っぽくこう言ってしまう。

 

「……念の為確認ですけど、ちゃんと免許の更新には行ってるんですよね」

 

 鉄斎の年齢なら免許の更新には実技試験も加えられるはずなので、そう聞いてみると予想外の答えが返ってくる。

 

「免許ならもう国に返納した」

 

「……は?」

 

「ここは私有地で、この山道は私道だ。免許はいらねぇ」

 

 いやそういう問題ではないだろうと思いつつも、まあ確かに法律は犯していないのかと納得しかけたが、けれどもやはり倫理的にアウトなのではないだろうかとも思う。

 

 激しく揺れる車内でそんなことを考えていると、鉄斎はおもむろに懐からスキットルを取り出して、片手で運転しながらその中身を飲み始めた。隣から漂ってくる独特の香りから、それが蒸留酒の類であることに気がついた。

 

「……それお酒ですよね」

 

「だったら何だ、女の癖に五月蝿いやつだな」

 

 もう何かツッコむのも面倒くさくなってきた。

 ハラスメントとコンプラ違反が服を着て息しているような老人は一旦無視することとする。この車がどれだけ派手に事故ったとしても死ぬのは鉄斎だけだ。

 

 車庫を出発してから20分ほど経過しただろうか、ようやく目的地に辿り着いたらしい。車がとめられた場所のすぐ横には古ぼけた木造の小屋が建っていた。

 

 

「この小屋に何かあるんですか?」

 

 そう質問する私を無視して、鉄斎は小屋の中へ入っていった。私もそれに続き中へ入ると、鉄斎は床面の取手に手をかけて上にひっぱり上げる。その先には地下室への階段が続いていた。

 

 薄暗さを全く気にせずに階段を降りていく鉄斎に私もついていく。

 階段を降りた先にあった長いコンクリート製の廊下を進んでいくうちに、厳重に鍵が掛けられている扉をいくつも越えた。分厚い扉には高度に霊的な仕掛けが施されているように見える。

 

「……この先に何があるかは、鉄仁にしか教えていない」

 

 7つ目の重厚な扉を開いたところで鉄斎はそう呟いた。冷たいコンクリートにその嗄れた低い声はよく響いた。この先に何があるのかまだ知らないが、私の従兄弟の鉄仁はすでに知っているらしい。『琴天都の剣』の受け渡しの際に、鉄斎が鉄仁に少し目配せをしていたのはこういうことも理由だったのかもしれない。

 

「これが最後の扉だ」と鉄斎が告げた扉には電子式のパスワードを入力するパネルが備え付けられていた。鉄斎がパスワードを入力していくと、ピピピッと電子音が鳴り扉が開いた。その扉が開くと同時に、部屋の内部の照明が入り口付近から順番に点灯していく。

 

「この部屋は?」

「ここはただの倉庫だ」

 

 そう言った鉄斎はさらに部屋の奥へ進んでいく。

 私もそのあとを追いつつ、横目にこの部屋に置かれているものを確認していく。

 

(児童向けの絵本、国語辞典、農業や工業の専門書……変わったラインナップの本棚だな)

 

 雑多に見えるラインナップの書物が収容された本棚の隣には、大量の缶詰がダンボール箱に入った状態で置かれている。かなりの量があるので、この食糧で一人の人間なら数十年くらいは生活できるだろうか。先ほどの扉の頑丈さから推察するに、ここは緊急時の避難所あるいはシェルターのような施設なのだと推察される。

 

「ここの電力は地熱発電を利用している。非常用電源も備えてあるから経年劣化したとしても数十年は持つはずだ」

 

「そして、ここがこの施設の心臓部だ」と言いながら鉄斎が示した先には、いくつかのコントロールパネルや用途のわからない霊具が壁面に備え付けられていた。……少しだけ生臭いような匂いも感じられる。その匂いは壁面に並べられた壺型の霊具から発せられているように思う。

 鉄斎が口を開いた。

 

 

「この霊具の名前は『雨之御橋(アメノミハシ)』、月に一人のペースで人間を製造することができる」

 

「……は?」

 

「材料となる精子卵子の入ったカートリッジはそこの冷凍庫に保存されている。蛇谷、お前に頼みたいことは一つだ。もし人類が滅ぶことが確定した場合、滅亡後にこの霊具を使って人類を再興してほしい」

 

 そう言った鉄斎は私に桐箱を渡してくる、中身はここに来る途中にあった扉のスペアキーだった。

 つい今しがた鉄斎に言われた内容を反芻しながら、周りに設置されている霊具一式を眺めていく。つまり、あの無機質な冷凍庫の扉の中には人間の配偶子が冷凍保存されていて、少し生臭いような壺型の霊具はおそらく子宮代わりになるように作られているのだろう。コントロールパネルの横に置かれてる分厚い書物はその取扱い説明書というわけだ。

 

 人間の人工培養なんて倫理的にも人道的にも到底許されることではない。

 そう思いつつも、私の脳の理性的な部分は目の前の老人の技術力の高さに驚かされている。少なくとも、人間の人工培養に成功したのは鍛治川鉄斎が世界で初めてだろう。

 

「きちんと動作すれば正常な人間を製造することができるのは実験で確認済みだ。10回行った実験のうち、7回は成功している」

 

「……その成功した胎児は、どうしたんですか?」

 

「生後二週間までの生存が確認できた時点で、機密保持のために殺して埋めた」

 

 もし私の前世が男ではなく女で、最初から今までずっと純粋な女として生きていたら、この老人の行為に心の底から激怒することができただろうか。

 少なくともこの時の私は鉄斎を怒鳴りつけることすらせずに、極めて冷静なまま、この霊具を作りだした意図を聞き出した。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「『世紀末論文』の結論が正しければ、近いうちに人類を滅ぼす程の力を持った妖魔が現れる可能性は高い」

 

「この地下シェルターは一人の人間の存在を完全に妖魔から隠すことができる。鉄仁の『封印』の術式を反転利用して建造したシェルターだ、その効果は間違いない」

 

「……お前と鉄仁、どちらかでも生き残って無事にこのシェルターに避難することができたのなら、人類滅亡後に地上の妖魔が沈静化するまでの数十年間を待ってから、この霊具を起動させてくれ。上手くいけば人類を再興することができるはずだ」

 

「夜は蛇谷神社にいなければならないという制約に関しては……どうにかしてほしい。御神体を移動させて対応できるならそうしてくれるとありがたい」

 

 もともとこの計画は私の従兄弟である鉄仁氏のみに伝えられていた計画であるらしい。それを今回私にも伝えてきたのはリスクヘッジのためだとか。

 

 正直、穴だらけの計画だと思う。

 私の術式の制約(本当はそんなものないが)に関してはほとんど丸投げだし、人類が滅んでから数十年が経てば妖魔が沈静化するという部分も本当にそうなるかはわからない。あくまで人類の総人口に妖魔の力が相関するということから推論されるだけの理論だ。

 

 それになにより、この老人は本気で人類が滅ぶと思っているのだろうか? 

 いや……龍神という妖魔の存在を秘匿する私が鉄斎を疑うのは筋違いかもしれない。

 

「本気で人類が滅ぶと思っているんですか?」

 

「……あくまで可能性の話だ。そうなった場合、この霊具を起動してほしい。不老のお前なら起動するタイミングに制限はないだろう」

 

「……」

 

 話はこれで以上だと言った鉄斎はそのままこの施設から退出しようとしたので私もそれに続いた。

 この部屋に入る前の最後の扉のパスワード設定だけはしておいてくれと言われたので、私はそれに従って4桁のパスワードを入力した。なんとなく、前世でよく使用していたパスワードを設定した。

 

 



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第27話

「水琴さん、このあと時間あるかな?」

 

 鉄斎の車で『雨之御橋』のある地下室から鍛治川の邸宅へ戻ったあと、部屋で待っていた従兄弟の鉄仁からそう言われた。

 まだ太陽は中天を過ぎたばかりだったので時間にはかなり余裕がある。私と同じくあの霊具に関して知っているものとして話したいことがあるのだろう。「大丈夫ですよ」と鉄仁に言うと、彼は庭園で話をしようと言いながら部屋を出ていく。

 

 私もそれについていくと、しばらく屋敷内を歩いたところで鉄仁の妻の春花さんとばったり廊下で出くわした。彼女は赤ん坊を胸に抱いており、春花さんの隣には京華も連れ添っていた。

 

 春花さんと目が合う。

 私と鉄仁が二人でどこかへ行こうとしているのを察したのだろう、彼女はにっこりと笑みを浮かべて「私もついていきます」と言ってきた。特に何も考えてなさそうな京華もそれに便乗したため、私達は赤ん坊含む5人で鍛治川家邸宅の日本庭園に向かった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 庭園内を通る砂利敷きの小道を4人と赤ん坊で進んでいく。春花さんと京華が付いて来ているせいでなかなか本題を切り出せない鉄仁はもどかしそうにしていた。

 

 4人で世間話をしながら綺麗に整えられた和風庭園を進んでいく。この池に鯉がいるとか、ここには春になると凄く綺麗な花が咲くのだとかを京華に教えてもらう。

 

 拝観料を取れそうな庭園だなと思いながら風景を眺めていると、京華が「この先にお姉様に見せたいものがある」と言い出した。何となく見せたいものに心当たりがあったものの、気づかないふりをしてそのまま歩いていくと、予想通りそこにあったのは水琴窟(すいきんくつ)だった。

 

「うちにある水琴窟のなかではこれが一番音色が綺麗なんです!」と楽しそうに京華は言う。

 

 水琴窟とは日本庭園の装飾の一つで、地中に逆さに埋められた瓶の底に貯まっている水に、天辺から水滴を落とすことで地下で水音が反響するというものである。

 

 しばらく4人とも黙って水琴窟から響く音を聞いていると、急に全員が黙ったのが怖かったのか春花さんの抱いていた赤ん坊が泣き出してしまった。

 軽くあやしても中々泣き止まない我が子を見て春花さんは気を使ったのか、水琴窟のある場所から少し離れた場所に移動してまた子供をあやし始めた。

 

 それを見ていた京華もそちらに付いて行って、春花さんの手提げかばんから取り出したおもちゃで赤ん坊の機嫌を取ろうとしている。

 

 結果的に、水琴窟のすぐそばには私と鉄仁氏の二人だけが取り残される形となった。

 

「……水琴さんも、御爺様にあの霊具は見せてもらったんだよね?」

 

「はい、スペアキーも預かりました」

 

「―───そうか、なら良かった」

 

 一人の人間しか隠れられない『雨之御橋』のスペアキーを私が持っていることを伝えても、彼はほっとした様子で、そこに焦りのようなものは全く感じられなかった。

 

「もし僕があの霊具を起動することになったら、春花も鉄雄も見捨てて行かないといけないからね……、まったく御爺様の乱心には困ったもんだよ」

 

 そう冗談めかして言う鉄仁氏だったが、彼の笑い方は酷く渇いているように感じた。

 

「鉄雄くんって、あの赤ん坊ですよね?」

 

「うん、もう生後半年になるかな」

 

 水琴窟の音が一つ大きく響いた。

 

「……春花も鉄雄も見捨ててあの霊具の中に隠れて、起こるかどうかもわからない妖魔の沈静化を何十年も待って、それで人工的に人間を作るなんてさ……たぶん僕は正気ではいられない」

 

「でも鉄斎はあなたにスペアキーを渡したんですよね」

 

「あの霊具の隔離扉には僕の術式が必要だったからね、『雨之御橋』に関しても僕がしつこく聞かなかったら教えてくれなかっただろうし……、まあ知った以上はってことでスペアキーなんか預けられたけれど、たぶん御爺様も僕があれを起動できるとは思ってないと思うよ」

 

 そう自嘲気味に鉄仁は呟いた。

 

「ねえ水琴さん、最前線で戦う国家指定退魔師である君に聞きたい」

 

「……なんですか?」

 

「御爺様の妄執の根源にある、世界を終わらせる妖魔は本当にいつか現れると思う?」

 

 そう私に質問してきた鉄仁氏の目線の先には、鉄雄くんをあやす春花さんと京華がいた。

 鉄雄くんが泣き止みかけたところで、先程まで京華が振っていたガラガラと音がなるおもちゃを、京華は鉄雄くんの手に握らせた。

 

 鉄雄くんもぶすりとした表情でしばらくそれを鳴らしていたのだが、やはり何かが気に入らなかったのだろう、ガラガラのおもちゃをいきなり遠くに投げ出してしまった。

 

 赤ん坊の膂力にしてはかなり遠くに飛んだため、京華も春花さんも驚いて二人共少し笑いながら、京華は飛んでいったおもちゃを探しに草むらの中に入っていった。鉄雄くんはどうやら疲れて眠り始めたらしい。

 

 また、水琴窟の音が一際大きく響いた。

 

「そこまで強大な妖魔は……現れないと思います」

 

 龍神の顔が私の頭をよぎったが、鉄仁氏には私はそのように答えた。彼は私の返答を聞いても、微笑むだけで何も言わなかった。

 

 

 

 ■■■

 

 

「じゃあ京華、送り迎えありがとうね」

 

「いえいえ、私にはこれ位しか出来ませんから」

 

 蛇谷神社に京華と一緒に車に乗って戻ってきた。やっぱりドイツ車の乗り心地は最高だな、なんて改めて思いつつ、けれども今の私の年収ならしばらく貯金すれば買えるのだ。国家指定退魔師になったおかげでかなり収入が増えた。問題は車の免許を取れる年齢ではないというところくらいか。

 

 蛇谷神社の前で車から降ろしてもらい、鍛治川家に戻る京華を乗せた車を見送ってから、私も自宅に戻った。『琴天都の剣』が入った紙袋を隠しながら自宅に入り、さっさと二階の自室に戻ってクローゼットの奥にその霊具を押し込む。

 

 今日は色々あったなと思いながら一息ついて、部屋着に着替えようとしたところで私のスマホに着信が入った。さっき別れたばかりの京華かと思ってスマホの画面を見ると、そこに表示されていた名前は私の担当税理士の名前だった。

 

「はい、もしもし」

 

『あ、蛇谷さんお久しぶりです、税理士の鈴木です』

 

 鈴木先生は私の父が無くなって相続が発生したときに色々と手伝ってもらった先生だ。それ以前も父の確定申告等も手伝ってもらっていたらしい。

 

 私も今年からは個人事業主として確定申告やら諸々をしなければいけないので、鈴木先生もそのことで電話をくれたのだろうか? 

 特別国家公務員とは言いつつもその実態がただの嘱託の個人事業主なあたり日本の役所のブラックさを思い知らされる。

 

「鈴木先生お久しぶりです、父の相続の際はお世話になりました」

 

「いえいえ、こちらこそお父様にはお世話になっておりましたから―──ええと蛇谷さん、今お電話宜しいですか?」

 

「はい、大丈夫ですよ、来年の確定申告のことですか?」

 

 そう聞くと鈴木先生は「そうです」と言い、話を続けた。

 

「すみません、私も退魔師の業界には疎くてですね……ええと先月現れた鬼神を倒したのは蛇谷さんで間違いないんですよね」

 

「ええ、そうです」

 

「その際に妖結晶と、あと妖魔由来の素材を手に入れられましたよね」

 

 鬼神を倒して得たのは鬼神の妖結晶と鬼神の角の2つだけだったので、「そうです」と鈴木先生に答えた。私が妖結晶と角を手に入れたのが何か問題になるようなことだっただろうか? 

 

(でも妖結晶とか妖魔由来の素材とかって非課税だったはずだけど……)

 

 日々手に入れては霊符に加工していた妖結晶(今はもうしていないが)に一々課税されてしまっては退魔師としてはたまったものではない。

 

「蛇谷さん、落ち着いて聞いてくださいね」

 

「はい」

 

「去年から税制が変わりまして、大型以上の妖魔から得られた妖結晶や素材に関しては税金がかかるようになったんですよ」

 

「……え?」

 

「ですので、今のうちに妖結晶と鬼神の角の鑑定を取っておいて欲しいんです、たぶんかなり高額になると思いますので、納税資金の確保も必要になってくるかと思います」

 

 徐々に自分の現実を理解してくると、スマホを持つ手が震えてきた。鬼神の角はもう霊具に加工済みだし、妖結晶に関しても霊具製造の報酬として鉄斎に受け渡し済みだ。

 

(あ、確か鉄仁が鑑定書は桐箱の中に入ってるって言ってたっけ?)

 

「蛇谷さん、大丈夫ですか?」

 

「え、ええ、大丈夫です。鬼神の角と妖結晶の鑑定ですよねわかりました、どこかに依頼しておきます」

 

「よろしくお願いします」

 

「ちなみに、鑑定金額ってそのまま私の収入として計上される感じですかね」

 

「そうですね、鬼神を倒したのが先月ですので、今年の所得に鑑定額がそのまま乗っかるような感じになります」

 

 その後、軽い社交辞令だけ済まして、後日また連絡するということを伝えてから鈴木先生との通話を切った。

 

「まあ、取り敢えず鑑定書だけ確認するか」

 

 つい先程仕舞ったばかりの紙袋を取り出し、その中に入ってる桐箱を引っ張り出して蓋を開ける。

 鉄仁氏の目の前で検分させてもらった『琴天都の剣』と、その側には封筒が入っていた。

 

 封筒を開き中を見ると小綺麗な和紙が2枚入っており、それぞれ鬼神の妖結晶と角の鑑定額が記載されている、また鍛治川家の署名と印鑑も押されていた。

 

「鬼神の角が1億5千万円で、妖結晶が5千万円……合わせて2億円か……」

 

 累進課税だと、この収入なら半分くらいは税金で持っていかれるはずなので、私は来年の3月までに約1億円を納税しなければいけない。

 

 あと半年もないのに、1億もどうやって確保すればいいんだよ……

 

 

 



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第28話

 あと4ヶ月以内に約1億円の納税資金を確保しなければならないという事実に呆然としつつ、とりあえず部屋着に着替え、一階の居間でテレビを眺めていた。背後では龍神がいつものようにノートパソコンを弄っている。

 

(あ、鬼神の妖結晶の5千万円に関しては霊具製造の依頼で支払ったから経費として落とせるかも……、まあそれでも数千万円の納税資金が必要なのは変わりないか)

 

 体育座りでぼうっとしながらテレビを見るが、内容がほとんど頭に入ってこない。バラエティ番組で騒いでいる芸能人の声が酷く不快に感じられた。

 

(税金滞納は……ほぼ間違いなくマスコミに叩かれる。私が未成年な事、今回の事情を加味したとしてもネットやSNSからの批判は避けられないだろう)

 

(というかそもそも、私の自宅に税務署からの査察が入ったらその時点でアウトだ。龍神を秘匿していることがバレる)

 

 税務署の査察で龍神のことがバレて人類滅亡とかになったら笑えるな、……いや笑えないが。

 今私が保有している財産をすべて勘定にいれながらどうにかできないかをしばらく考えていたが、やはり良い案は浮かばなかった。

 

 時計を見ると時刻はすでに夕方4時を過ぎていた。冬至が近づくに連れて日没が早まっているので、もうそろそろお風呂に入るなりしてあの男に抱かれる準備をしなくてはならない。

 考えれば考えるほどあの妖魔に対する怒りが湧いてくる。……いっその事、『琴天都の剣』を使って龍神に挑んでみようか、布団の下にあの霊具を隠して抱かれる直前に一撃を叩き込めば討伐できるかもしれ―───

 

 

『好きなことで、生きていく!!』

 

 目の前のテレビからいきなり大音量でそう言われた。俯いていた頭をあげると、先程までのバラエティ番組はいつの間にかCMに切り替わっていたようで、今流れているのはYourTubeの公式CMだった。

 

 私でも知っている有名YourTuberが自身の活動内容について語る短いCMだが、それを見ているうちに私の中で一つの案が思い浮かんだ。

 

 広告収入だ。

 今の私は鬼神を倒した退魔師ではあるがメディア露出はほとんどしておらず、仮にYourTubeチャンネルを開設したとすればその注目度はかなり高いはず。

 人気YourTuberの年収は数億円との噂も聞く、もしうまく動画の再生回数が伸びれば納税資金も確保できるかもしれない。

 

 

「そうだ、YourTuberになろう」

 

 そう決断した私の行動は早かった。先程着替えたばかりの部屋着から巫女服に着替え、スマートフォンを手にして床の間に入る。

 

「あ、山下さんに一応許可取っとかないと」

 

 退魔省および当県の妖魔対策課での私の担当の山下さんには電話をする。私が山下さんにYourTuber活動を始めたいというと、彼女は驚いた様子だったが特に制限する理由もなかったようで、あっさりと許可は降りた。「もし今後、国家機密を知ったとしてもそれは動画では話さないこと」と念を押されたが、私がそんな国家機密を知ることなどたぶん無いだろう。

 

 

 山下さんとの通話を終えたところで動画撮影に意識を向ける。

 

「一番カメラ映りが良いのは……やっぱり掛け軸のところかな」

 

 いつも私が龍神に抱かれている床の間には掛け軸と花瓶が飾られており、そこを背景に取れば中々良い映像が撮れそうな気がした。

 

 よくYourTuberが使うスマホの三脚なんて持っていないので、机とティッシュ箱を使って上手く固定して掛け軸が綺麗に映るような構図を作る。

 

「よし、撮影スタート」

 

 スマホの録画開始ボタンを押して、さっと掛け軸の前に置いておいた座布団に正座する、これで画面には和室に居る巫女服姿の私がうまく収められているはずだ。

 

「あっ……話すこと考えてなかった。まあ、あとで編集すればいいか、とりあえず自己紹介からかな」

 

 すでにカメラは回っているが、そう独り言を呟いてからカメラ目線で自己紹介を行う。誰もいない空間でこうやって話し続けるのって意外と恥ずかしいな、なんて思いながらしばらく動画を取り続けた。

 

 

 素材となる動画を20分ほど確保したところで、スマホを回収して居間に戻り龍神に声をかける。

 

「すみません、ノートパソコン貸してください」

 

 貸してくださいも何も本来は私のものなのだが、最近はずっと龍神に占領されてしまっている。龍神は特に何も言わずに、先程まで見ていた動画を閉じると私にパソコンを明け渡してきた。

 

 龍神に見られながらノートパソコンのキーボードを叩いて、無料の動画編集アプリをインストールし、先程録画した映像をアプリ内のストレージに落とし込んで編集を行う。

 

(ほんとはオープニング映像とかもつけたかったけど仕方ない、とりあえずいらない部分をカットして……あ、BGMも何かしら付けなきゃ)

 

 色々と模索しつつ、不慣れな動画編集アプリと格闘すること三十分、とりあえず短めの自己紹介動画が完成した。全体的に変なところがないか通しで確認する。

 

「よし、あとはこれを投稿すれば―──」

 

 そう呟きながらYourTubeのアカウント画面を開いたところで、マウスに触れている右手の手首をいきなり掴まれた。犯人はもちろん先程から横で私の作業を見ていた龍神だった。

 

「……なんですか?」

 

「貴様、本気でこの動画をアップロードする気か?」

 

 相変わらず感情の読めない声音でそう聞いてくる龍神に「はい」と答えると、彼は溜息を吐いて私からノートパソコンを取り上げた。

 

「あ、ちょっと! パソコン返してください!」

 

 私の抗議を無視して、龍神は編集済みの動画を再生する。そして動画を見ながらこう言ってきた。

 

 

「まず、画面の構図が悪い」

 

「は?」

 

「機材のせいもあるが、室内特有のノイズも入っている」

 

「……」

 

「ここの編集、ぶつ切りになっていて見てて不快だ下手くそめ」

 

「……」

 

「あとこのBGMは何だ、センスが無さすぎる」

 

 その後も龍神は私の自己紹介動画をひたすら批判してきた。やれ光の当て方が悪いだの、髪型がちょっと崩れているだの、これを投稿しようと思う貴様のセンスの無さは致命的だの、確かに納得できる指摘ばかりではあるが私だって不慣れな状態で頑張ってやっているのだ。龍神のお説教を聞かされたせいで少しイライラしていた私はこう言ってしまった。

 

「偉そうなこと言ってますけど、あなただって素人じゃないですか」

 

「……ならば来い」

 

「えっ、ちょっと!?」

 

 龍神に煽るように言い返すと、私は首根っこを掴まれて床の間に連れてこられる。そのままいつもの様に犯されるのではと危惧したが、龍神はスマートフォンを何らかの術式で空中に固定した。

 

 その後も彼は私の知らない術式を重ねて発動する。どのような術式かわからないが、室内の光や音の感じ方が普段と変わっていた。

 

 続いて龍神は掛け軸のあたりの花瓶や座布団の位置を調整し、またスマホのカメラを覗き込んでから私に座布団に正座するように指示を出してきた。

 

 逆らうのも面倒だったのでそのまま座布団に正座すると、龍神はどこからか櫛を取り出して私の髪型を整え始める。これに関しては悪い気はしなかったが、度々顔を覗き込まれてじっと見つめられるのは勘弁してほしかった。

 

「今から撮影を開始する、まず今回は自己紹介動画なのだろう、であれば貴様の素性およびネットで噂されている貴様に関することを語るべきだ」

 

「カンペは念話で行う。貴様はカメラに対する目線だけ気をつけろ」

 

 龍神はそう言ってからスマホの録画ボタンを押した。すぐに念話で龍神からの指示が飛んできて、それに従うように私は自己紹介を始めた。

 

 途中、何度か撮り直しを要求される場面もあったが撮影そのものは30分ほどで完了した。

 

「撮影はこれで以上とする。日没も近いからさっさと風呂に入ってこい」

 

「……そうさせてもらいます」

 

 龍神の念話での指示はかなり細かく、正直かなり疲れた。というか、何故龍神が私のYourTube活動に協力しているのだろうか。

 

 強引にここまで指示通りに従ってきたが、改めて考えれば考えるほど龍神の意図がわからない。

 お風呂でシャワーを浴びながら考えていたが結局結論はでなかった。あの龍神の気紛れだと思うことにする。

 

 ドライヤーで髪を乾かし、いつもの浴衣に着替えて床の間に布団を2枚敷く。居間で作業している龍神に声をかけにいくと、ちょうど動画編集が完了したところだったらしい。

 あれだけ偉そうなことを言っていた龍神の編集はどんなものなのだろう、下手くそだったらこちらから扱き下ろしてやろうと思いながら、5分ほどの動画を閲覧する。

 

 シンプルだが綺麗なオープニング映像から始まり、和室にいる巫女の自己紹介が始まる。ところどころ挟まれるテロップやそれに付随する効果音、場面に合わせられたBGM、簡素なエンディング映像とチャンネル登録を促す静止画で短い動画は終了した。

 

 はっきり言って、私が編集した最初の動画とはレベルが違い過ぎた。もちろん低レベルなのは私の方だ。

 

「……」

 

「この動画で投稿するが構わないな」

 

「……はい、お願いします」

 

 龍神に敗北感を植え付けられた私はそう言う他になかった。いつの間にか私のチャンネルのアイコンのロゴマークも作成されている。ちなみにロゴは少しデフォルメ化された蛇だった。

 

「……なんで動画編集とかできるんですか、やったことないですよね?」

 

「前に言っただろう、俺は土地の霊力から人間の技術を読み取ることが可能だと」

 

 たしかに言っていたが、それがこれ程のレベルだとはさすがに想像していなかった。

 

 ノートパソコンは龍神が使っているので、私は自分のスマートフォンからYourTubeのアプリを開き、先程投稿されたばかりの動画を開いた。先程投稿されたばかりなのに再生回数はすでに1万回を突破していた。チャンネル登録者数も画面を更新するたびに増えつづけている。

 

「さて、中々良い暇潰しにはなったが……俺はタダ働きはしないと決めている」

 

「……えっ?」

 

「そうだな、日付が変わるまでに到達したチャンネル登録者数と同じ回数だけ貴様を絶頂させてやろう……いやこれでは貴様への褒美になってしまうか、まあ良いだろう」

 

 手元のスマホを見るとチャンネル登録者数は1万人の大台に乗りかけていた。死ぬ、こんな回数を一晩でなんて死んでしまう。しかも未だにチャンネル登録者数は増え続けているのだ。

 事態の重大さを理解して、私は自然と肩を震わせる。その震える肩に龍神は手を置いてこう言ってきた。

 

「『時差結界』を使用してやるから安心するといい。まあ、結界内部の時間換算で何ヶ月かかるかは貴様次第だがな」

 

 

 

 結論から言うと、私は動画投稿初日で金の盾を貰えるYourTuberになった。時差結界内で過ごした時間がどれほどの長さだったのかに関しては、龍神は教えてくれなかった。

 



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第29話

【速報】蛇谷水琴さん、YourTubeチャンネル開設

 

1:桶売れば名無し 2020/11/23 17:44:22 ID:M6pJakNEX

 蛇谷水琴さん、遂にYourTubeチャンネル開設

 https://m.yourtube.com/channel/Kjg0EMj6td8eDebJ2rNk

 

4:桶売れば名無し 2020/11/23 17:44:34 ID:m7UKu40rB

 うおおおおおおおおおお!!!!! 

 

7:桶売れば名無し 2020/11/23 17:45:40 ID:+E/4eps0k

 声めっちゃ可愛い

 

9:桶売れば名無し 2020/11/23 17:46:44 ID:7d4ZJCXko

 さっそくチャンネル登録しました

 

13:桶売れば名無し 2020/11/23 17:47:44 ID:T+6fWQoKC

 第3の術式とかどうでもいいからスリーサイズ開示しろ

 

14:桶売れば名無し 2020/11/23 17:48:44 ID:WemaQqU45

 肝心のおっぱいが巫女服で隠れてるんですが

 

18:桶売れば名無し 2020/11/23 17:49:46 ID:mKJGvK8xl

 とりあえず脱いでくれねぇかな

 

21:桶売れば名無し 2020/11/23 17:50:38 ID:hbwZwmzMm

 谷間見せなきゃ始まらないよ

 

22:桶売れば名無し 2020/11/23 17:51:33 ID:DelyIYh/Y

 てか動画編集うまくね? 

 何かのコンサルとか入ってんのかな

 

24:桶売れば名無し 2020/11/23 17:52:30 ID:pvicEQZrX

『基本的には結界術式で戦います』

 

26:桶売れば名無し 2020/11/23 17:53:07 ID:5YCP38SuZ

 >>24

 妙だな……この間の東北遠征のニュース映像では妖魔を殴り殺してたはずだが……? 

 

30:桶売れば名無し 2020/11/23 17:54:10 ID:DQp/v3oBN

 >>26

 一応ちゃんと結界も使ってただろ

 ……まあ殴り殺してる映像のほうが注目されてたけど

 

32:桶売れば名無し 2020/11/23 17:55:11 ID:3a91EI8X/

 妖魔に囲まれたときの対処法が裏拳ってなんなんだよ

 

35:桶売れば名無し 2020/11/23 17:56:09 ID:AoaBGkZ7M

 >>32

 結界複数展開して倒すのかな? と思ったら旋回しながら殴り殺しててワロタ

 

38:桶売れば名無し 2020/11/23 17:57:14 ID:ZJN7Djxr7

 この見た目でバリバリの肉体派なのほんと草

 

40:桶売れば名無し 2020/11/23 17:57:47 ID:elEB28Nr0

 鬼神も頭蹴り飛ばして決着だもんな

 

42:桶売れば名無し 2020/11/23 17:58:24 ID:Idw1Jp+li

 でも見た目はマジで清楚系

 

44:桶売れば名無し 2020/11/23 17:59:26 ID:4dBE8SQmn

 巫女服似合いすぎ

 

45:桶売れば名無し 2020/11/23 18:00:29 ID:s2Rk9sb4X

 チャンネル登録者数クッソ増えてる

 

46:桶売れば名無し 2020/11/23 18:01:28 ID:7UFnJG9/n

 勢いすげぇ

 

49:桶売れば名無し 2020/11/23 18:02:23 ID:4/PO4d4Yd

 Twitterとかでかなり拡散されてるな

 

52:桶売れば名無し 2020/11/23 18:03:18 ID:8JhyJRzXx

 下手したら今日中に登録者100万いけんじゃね? 

 

56:桶売れば名無し 2020/11/23 18:04:15 ID:2D6DZ7rev

 しかし、動画編集が素人とは思えんのだが

 

59:桶売れば名無し 2020/11/23 18:04:56 ID:/o/+4u0qa

 >>56

 わかる、これたぶんプロの協力者がいるよな

 

63:桶売れば名無し 2020/11/23 18:05:52 ID:rKpYSt3VY

 俺も水琴ちゃん撮影してみたい

 

65:桶売れば名無し 2020/11/23 18:06:36 ID:fkq0YANpZ

 YourTuberコンサルのワイ、水琴ちゃんはとりあえず脱ぐべきだと結論

 

66:桶売れば名無し 2020/11/23 18:07:17 ID:F7ifPiEWW

 >>65

 無能

 こういう娘は露出度の低い服装の方が似合うんだよ

 これだから侘び寂びの理解できない奴は

 

68:桶売れば名無し 2020/11/23 18:07:57 ID:aZM76WLHi

 >>66

 お前このパツンパツンの乳見ても同じ事言えんの? 

 https://i.inngur.com/MVfbIBGlo.jpg

 

72:桶売れば名無し 2020/11/23 18:08:59 ID:F7ifPiEWW

 >>68

 さっさと脱げ、水琴

 

75:桶売れば名無し 2020/11/23 18:09:50 ID:wZ9Dim+4b

 侘び寂びはどうした

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 動画投稿を行った翌日の学校だが、私はなんとか無事に登校することができた。龍神の時差結界から解放された直後は立ち上がれないほど全身ガクガクの状態だったが、しばらく休むと何とか歩けるくらいにはなった。

 

 かなり長い時間を閉じ込められていたはずだが私個人の記憶や認識もはっきりしている。やはり半霊体化した私の肉体はかなりスペックが高い。

 

 お風呂に入ってシャワーを浴び、制服に着替えて家を出て、何とか教室に辿り着いたところで友達からYourTubeのことで色々と話しかけられた。

 

「おはよう蛇谷さん、昨日の動画見たよー」

「おはよう、ありがとね」

「さっそくチャンネル登録したよ!」

「……ありがとう」

 

 クラスメートとはそんな感じでいつも通り授業を受け、お昼休みに入った。

 お弁当を食べる早苗と話しながら、そういえば少し気になっていた例の大型妖魔の素材への課税の法律に関して調べようと思いスマホを開く。

 契約している新聞のアプリ版で過去のアーカイブまで遡って、この法律が制定された経緯を調べる。

 

 

 

(あー、やっぱり『人道派』が色々やった結果なのか)

 

 現代の日本で『人道派』という言葉は反退魔師思想の人々、あるいは団体を指す。鬼神が現れる前までは割と『人道派』の意見が色々なことに影響を与えていた。たとえば私たち退魔師の素性や術式が退魔省の公式HPで開示されているのもその内の一つだ。

 

 

『人道派』の主張は、「『術式』という兵器を個人で所有する退魔師は国家権力によって厳密に管理されるべき」というものである。厳密な管理といってもその程度は主張する人によって様々で、退魔師の素性をしっかり開示するだけで良いという人もいれば、日本全国の退魔師を1か所の街に集めて幽閉するべきだという過激な意見もある。

 

 

 そんな『人道派』の提起した意見の中で、大型妖魔から得られる素材に関するものがある。知っての通り、強力な妖魔から得られる素材ほど強力な触媒として作用する。

 具体例をあげよう。鍛治川鉄斎は大型妖魔の素材を加工して街一つを吹き飛ばす程の爆発を引き起こす霊具を開発できる。事実、第一次の鬼神討伐の際はこういった霊具も幾度か使用された。……結果は芳しくなかったが。

 

 

 大型妖魔そのものは90年代から存在が確認されており、その素材の強力さ、悪用された場合に引き起こされる事態などを『人道派』の政治家たちはよく主張していた。

 

 ちょうどこちらの世界でのリーマンショックのような出来事が起こったのと同じくらいの時期に、大型妖魔由来の素材に関して規制する特別な法律が必要であると国会で声高に叫ばれ、退魔師業界からの反発もありながらも何年も何年も議論され、具体的な法律の内容が二転三転した結果────なぜか大型妖魔の素材に取得時点で課税するという形に落ち着いた。

 

 

 いや、何でだよ。そもそも現金化すらしてないものに課税するというのもおかしな話なのだ。けれども、電子版の新聞記事のアーカイブを遡る限りではそんな感じの経緯があったらしい。

 

 大型妖魔の素材を国に売却した場合は課税額に対していくらか控除されるという部分から推察するに、要するにこの法律によって大型妖魔の素材はすべて国経由でやり取りするように仕向けたかったのだろう。

 

 課税に関する法律が制定されたのは第一次の鬼神出現の5年前、そして鬼神が大暴れしているうちに税法の最初の適用年度を迎え、いま私が死ぬほど苦労しているというわけだ。

 

 

「はぁ……確かにあの頃の『人道派』って凄い勢いがあったもんな」

 

 ちなみに現在は『人道派』と呼ばれる思想はほとんど消滅していると言っても過言ではない。理由は世界規模で妖魔被害が日に日に深刻になっているからだ、最近の退魔師は比較的尊ばれる傾向にある。まあそもそも『人道派』自体がただのノイジーマイノリティだったという説もあるのだけれど。

 2020年の現在、仮にSNSで反退魔師の『人道派』と思われる呟きをしてしまおうものならリプライでボコボコに叩かれて炎上してしまうだろう。

 

 

「よし、完成!!」

「……さっきから何してるの早苗」

 

 背後で私の髪の毛を弄っている早苗に声をかけると手鏡を渡される。それで今の自分の髪型を見ると後ろ髪を三編みにされていた。

 私の見た目の印象がちょっとお嬢様寄りになった気がする。

 

「次に動画撮るときはこの髪型にしてみてよ、可愛いから!」

「私不器用だから三編みなんてできないよ」

 

 早苗にそう伝えると、彼女は「えぇ、可愛いのに……」と言いながら頬を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 



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第30話

 早苗に弄られた三編みはそのままにして、私は自宅に帰った。帰りの通学路を歩いている最中に思い出したのだが、YourTubeでの収益化には申請が必要なのだ。

 

 スマホの画面では色々と不便そうだったので、帰宅したらまず真っ先に龍神からノートパソコンを取り返さなくてはと思いながら玄関をくぐる。

 

 制服から部屋着に着替えたところで居間に降りると、予想通りというかいつも通りというか龍神はノートパソコンを占領していた。

 

「すみません、またノートパソコン貸してください」

 

 龍神は何も言わずに私にノートパソコンを明け渡してくる。昨日とまったく同じやりとりだな、いや昨日といっても私の感覚では数ヶ月前にあたるのだろうが、なんて考えながらYourTubeのアカウント画面を開く。

 

「あ、そうだ。たぶんあれも必要になるよね」

 

 二階に戻って鞄から財布を取り出して、原付の免許証と銀行のキャッシュカードを抜き取ってまた居間に戻る。2枚のカードをパソコンの側に置きながら収益化申請の画面はどこにあるのだろうと色んな場所をクリックして探していると、龍神が声をかけてきた。

 

「貴様、今度は何をしようとしている?」

「……何って、収益化の申請ですよ」

 

 たしかYourTubeの収益化には、正確な数は憶えていないが、ある程度のチャンネル登録者数と投稿した動画の再生回数や累計での再生時間が必要だったはずだ。

 

 

 まあ、どの条件でも今の私は余裕で満たしているだろう。逆に私のアカウントで収益化出来なかったら誰ができるのか教えてほしいくらいだ。

 

 

「……未成年は収益化出来ないはずだが」

 

 龍神にそう言われた瞬間、マウスを動かす手が固まった。ちょうど収益化のページが見つかったところだったのに、龍神の発言が引っ掛ってそれどころではない。

 

「いやでも、小学生のYourTuberもいますし」

「アカウントを親名義で登録しているだけだ」

 

 収益化申請の案内文を読むと、確かに未成年ではそもそも収益化出来ないと記載されていた。私の両親は第一次の鬼神事件で殉職しているし、それ以外に名義を貸してくれそうな大人もいない。というか、名義貸しなんてしたら収益を私に移す際に贈与税の観点でも引っ掛かるだろう。

 

 

 というかそもそも、なんでこんな事を龍神に教えてもらってるんだよ。私は馬鹿か。

 

「貴様はあれだな、思いつきで突っ走る癖があるな。今回といい鬼神の時といい」

 

 何はともあれ詰んだ。

 私はまた、ふりだしに戻された。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

『続いてのニュースです。昨日、日本最南端の島である沖ノ鳥島南東部の公海にて、中国海軍の演習中の軍艦5隻の行方がわからなくなったとのことです。日本政府はこれに対し、自衛隊と駐留米軍と共同で捜索活動を行うことを決定しました』

 

 収益化申請を諦めた私は、昨日と同じくテレビの前でぼうっとしながら体育座りで黄昏ていた。バラエティ番組は不快だったので今度はニュース番組にしたのだが、こっちはこっちで随分と物騒なニュースをやっていた。

 

『角田さんこの件、どのように思われますか』

『まあ、そうですねぇ、公海はもちろんどの国の船も行き来できる海域ですから、少なくともその観点では中国の行動を非難することは出来ません』

 

 キャスターがゲストとして呼ばれている専門家に話を振っている。角田というのがその専門家らしい。

 

『ただ中国政府からの発表を鵜呑みにするのであれば、5隻の軍艦は何の通信もなく忽然と姿を消したということになりますが……あまり考えられないというか、ちょっと現実的ではないですよね』

『日本政府も米国もこの件に関しては明確に関与を否定する声明を出しているのですが、今日になって中国海軍上層部からこのような声明が────』

 

(第三次世界大戦とか起こったら私の税金とかも有耶無耶にならないかな……、いやいや、そんな事考えちゃ駄目だって、まだそこまで追い詰められる段階じゃないし)

 

 とは思いつつも何か良い案が思い浮かぶということもなく、その日も私はいつも通り龍神に抱かれた。

 

 

 

 

 

 事態が急変したのは翌日のお昼だった。

 学校のお昼休みにスマホを開くと新聞の電子版アプリから速報の通知が流れていた。速報通知そのものはよくある事だが、その記事の内容がとんでもない物だった。

 

『沖ノ鳥島南東の公海にリヴァイアサンを確認』

 

 南米で数十万人を殺戮した災害級の妖魔が突如として日本の近くに現れたのだ。このニュースを見たとき私の脳みそが真っ先に思考し始めたのは、リヴァイアサンの妖結晶や素材は一体いくらで売れるのだろうか、ということだった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

毎朝新聞 電子版 2020/11/25

【沖ノ鳥島南東の公海にリヴァイアサンを確認】

 

本日午前、沖ノ鳥島南東部の公海にて行方不明となっている中国海軍の軍艦5隻の捜索にあたっていた航空自衛隊の捜索部隊が同海域にて妖魔リヴァイアサンの存在を確認した。海面に出た背中の鱗の一部に金属片が引っ掛かっていることも確認されており、関防衛相は中国海軍の軍艦はリヴァイアサンの被害にあった可能性があると会見で発表した。

 

リヴァイアサンは2016年に南米沖にて初めて存在が確認された妖魔。現在確認されている妖魔の中では世界最大の体長で頭から尻尾までの全長は約50キロメートル、上陸した場合は東京都とほぼ同じ面積を下敷きにすることになる。

 

2016年に南米チリの沿岸部都市であるコンセプシオンに上陸し約20万人が被災。その後リヴァイアサンは山間部を移動し再び海に戻ると、次に姿を表したのは2017年、場所はアメリカ西海岸のサンディエゴ、被災者は約140万人。USAエクソシスト協会の撃退作戦の実施後ふたたび海に戻り現在まで行方がわからなくなっていた。

 

リヴァイアサンは鱗の生えたオオサンショウウオのような姿をしている。アメリカに上陸した際は7日間眠り続け、エクソシスト協会からの総攻撃を受けても目を覚ますことはなかった。USAエクソシスト協会は『世界で最も大きく、世界で最も硬い悪魔である』と報告している。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

『こんにちは、11月25日水曜日、情報ライブミヤケ屋です。えぇ衝撃のニュースです。沖ノ鳥島南東の公海でリヴァイアサンが確認されたとのことで、現在は航空自衛隊と海上自衛隊が空から進行方向を追っています。映像が入ってきておりますので、まずはそちらをご覧ください』

 

 テレビではお昼のニュースが始まった。オープニング映像のあと男性キャスターが定型の挨拶を行い、リヴァイアサンに関する情報を語る。キャスターの振りで画面はすぐに海上に浮かび上がる巨大な妖魔の背鱗を映し出した。映像提供は航空自衛隊となっており、その巨体の全貌を映し出すためかなりの高度から撮られている。

 

 ゴツゴツとした黒色の鱗がリヴァイアサンの体のうねりによって海面を上下するため、空から見るとまるで巨大な岩礁が轟いているようにも見える。背鱗を打つ白波の大きさからもその妖魔がかなりの速度で移動しているのだということがわかる。

 

『只今ご覧頂きました映像は本日正午に航空自衛隊によって撮影された映像です、酒井さん解説お願いします』

 

 アシスタントの女性アナウンサーがカメラ映りの良い長テーブルに座っている専門家に話を振った。妖魔に詳しい専門家が解説を始めた。

 

『えー、リヴァイアサンは最初は南米で発見された妖魔です。チリとアメリカに2度上陸していて、上陸後はしばらく眠ったまま動かないという行動を見せまして、その際にチリの呪術師(シャーマン)、アメリカの時も祓魔師(エクソシスト)達が眠ったリヴァイアサンに総攻撃を加えましたが、鱗の一部すらも破壊することが出来ませんでした』

 

『アメリカ軍が背鱗にGPS発信機を取り付けましたが、リヴァイアサンが海に戻ってから10日後に発信機は機能しなくなりました。おそらくリヴァイアサンの術式によって破壊されたのだと推測されています』

 

『今日もアメリカ軍がリヴァイアサンにGPSを取り付けましが、これもいつまで持つか……。そもそも海中深くに潜られると、また行方がわからなくなりますので』

 

 専門家として呼ばれた酒井という学者が一息でそこまで解説したところで、MCの男性キャスターが質問を行う。

 

『いやでもね酒井さん、今回リヴァイアサンが現れたのが沖ノ鳥島のすぐ近くっていうのが本当にどうすればいいのか……というか、リヴァイアサンの能力であの島が破壊されたりしたらとんでも無い事ですよ』

 

『まあ……そうですね、ただ現状リヴァイアサンの術式って不明なんですよ、チリの時もアメリカの時もただ上陸して移動しただけだったので。と言ってもあの巨体ですから、沖ノ鳥島にちょっと触れるだけでも本当に危ないですね、ええ』

 

 専門家にピントを合わせていたカメラが再びMCの男性を映し出す。

 

『気になるのが退魔省の動きなんですが……姫野さん』

『はい、つい1時間前に退魔省が会見を行いましたが、リヴァイアサン対策は目下議論中であるとのことでした』

 

 アシスタントの女性キャスターがそう言うと、再びMCにカメラが視線を向ける。

 

『一番気になるのは、鬼神を討伐した国家指定退魔師の蛇谷水琴さんに関してですよね』

 

『そうですね、ただリヴァイアサン程の大きさの妖魔を鬼神の時のように一人で討伐するのはさすがに難しいと思います。おそらく退魔省も蛇谷さんを中心とした討伐作戦を練っているのだと思いますよ』

 

『はい、酒井さんありがとうございました、続いてのニュースです。東北で────』

 

 

 プツリと、テレビでそのニュースを見ていた龍神はリモコンでテレビの電源を落とした。爬虫類のそれを思わせる瞳は消えたテレビから窓の外に視線を移す。

 

「そうか、あの時の生き残りがまだいたか、面白い。通りでいつもより海の妖魔が少ないと思っていた。数百匹の貴様らが海を我が物としていた頃が懐かしいな……」

 

「今はリヴァイアサンと呼ばれているのか……さて、かつて貴様らが呼ばれた名は何だったか……」

 

 

 

 

 頬杖を付きつつ外を眺める龍神はしばらく思案していたが、結局それを思い出せないようだった。けれども、龍神はそれを思い出せないという事実すらも楽しんでいるように、めずらしく口角を少しだけ上げた。

 

 

 

 

 

 

 



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第31話

 思わずリヴァイアサンから得られる利益ばかりに目を向けていた私だったが、冷静になって考えるとこの妖魔がどれほどの強さを持っているのか全くわからないのが現状だった。

 

 

 第一次の鬼神は約500人の退魔師が総攻撃を仕掛けることで討伐することが出来た。

 

 翻ってリヴァイアサンはというと、アメリカの祓魔師(エクソシスト)達が数百人で7日間に渡る総攻撃を行ってもビクともせず、祓魔師からの攻撃を受けている間、奴はただ眠りこけているだけだった。

 

 その事実だけを考慮するとリヴァイアサンは間違いなく鬼神よりも格上の妖魔だということになる。……龍神に一度リヴァイアサンに関して聞いてみるべきか、いや素直に教えてくれるとも思えないのだけれど。

 

「ねぇねぇ水琴、今スマホのニュースで見たんだけど、このリヴァイアサンって……」

「たぶん、私も討伐に駆り出されることになるかな」

 

 スマホを片手に不安そうに聞いてくる早苗に私はそう返答した。そうだ、どの道わたしは国家指定退魔師なのだから退魔省の要請があれば自らの意志に関わらず戦わなければいけない。

 

 勝てるかどうかじゃない、勝たないといけないんだ。

 

「ごめん早苗、ちょっと電話してくるね」

「うん、退魔師の仕事?」

「そうそう」

 

 早苗以外にもスマホ等でリヴァイアサンのニュースを知った生徒が多かったのだろう。誰か一人が知ればすぐに教室中に周知されてしまうので、結果的に私はクラスメート達からチラチラと視線を向けられることになる。

 

 こんなに見られながら山下さんと電話をするのも憚られる。教室を出て人気の少ない階段の踊り場で山下瞳の携帯番号をタップすると彼女はワンコールで応答してくれた。

 

「もしもし水琴ちゃん、あのニュースは見た?」

「はい、リヴァイアサンのニュースなら見ました。退魔省の方はどんな感じですか?」

「このあと東京で対策会議があるの、私もそれに参加するから今から新幹線に乗るところ……あっ、ちょうど今新幹線が来たわ」

 

 電話口の向こうでは新幹線の駅と思しきアナウンスが聞こえる。山下さんが、リヴァイアサンに関する私の意見が聞きたいと言ってきたので、取り敢えず戦う前には奴を直接目視で確認する機会が欲しいとだけ伝えた。テレビ越しの映像では霊力の密度や量もわからないし、私で討伐できるレベルの妖魔なのかも判断がつかないからだ。

 

「わかったわ水琴ちゃん、会議の結果によっては今週の土日の遠征予定が変わるかもしれないから、また連絡するわね」

「はい、よろしくお願いします」

 

 山下さんとの通話はそれで終わった。国家指定退魔師になってから私も忙しくなったが、担当してくれている山下さんも仕事は滅茶苦茶増えたはずだ、電話の話し方が疲れている人間のそれだった。

 

「山下さん大丈夫かな……無理してないといいけど」

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 新幹線の自由席車両に乗り込んだ山下瞳は、自分の座席を確保すると腰を下ろせることに安堵するかのように目蓋を閉じた。その目蓋の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。

 

 先程から精神的に張り詰めていたため結局眠ることはできず、彼女は今日の会議に関することと、それが終わったあとにやらなければならないことを半ば無意識のうちに頭の中でまとめだす。

 

(対策会議が終わったら今晩はとりあえず東京に泊まって明日の朝イチで県庁に戻って……、今受けてる要請で未処理分ってあとどのくらい残ってたっけ、ヤバい、仕事が溜まりすぎて死にそう)

 

 今月に入ってからの彼女の平均退庁時刻は23時半だった。蛇谷水琴のサポート、他県への遠征に関する打ち合わせや調整、自衛隊との連絡やスケジュール管理、それと通常業務、山下のやらなければならない事はあまりにも多かった。もちろん山下も上司や同僚、後輩を巻き込んで手伝ってもらいながら仕事を進めているが、それでも根本的な忙しさは解決しない。蛇谷水琴を頼りたいのはどの都道府県も同じだった。

 

 半開きの眼で車窓の外を眺める山下だったが、ふと自分が空腹であることを思い出した。ちょうどそのタイミングで車内販売のカートが彼女の真横を通りすぎるところだったので、とにかく何か口に入れようと思い販売員に声をかける。

 

「すみません、サンドイッチ一つください」

「680円になります」

 

 山下は財布から取り出した千円札を渡し、お釣りとサンドイッチを受け取る。三切れほどが詰められたサンドイッチのビニール包装を見ながら彼女はこう思った。

 

(このサンドイッチで680円はさすがに高すぎない? 具材も全然入ってないし、ああでも確か妖魔被害のせいで小麦とか野菜とか値上がりしてたっけ……、そういえばお惣菜とかも最近やけに値段が高い気がする)

 

(昨日の夜って何食べたっけな、思い出せない。ああもう、こんな生活続けてたらホントに結婚が遠のく……いや別に結婚願望とかあんまり無いけど)

 

「……って誰に言い訳してるのよ私は」

 

 山下は小声でそう自問しながらサンドイッチの包装を開け、袋の中から一切れを取り出して必要以上の力でそれを齧り咀嚼して飲み込んだ。

 

「まっず……」

 

 

 

 

 霞ヶ関の退魔省本庁舎にて行われたリヴァイアサン対策会議が終わったのはその日の19時だった。政治家や官僚、地質学の専門家に現役退魔師、自衛隊の幕僚など様々な立場の人間が集まった会議だったが、山下瞳が『船頭多くして船山に登る』という言葉をこの日ほど実感した日は無かった。

 

「どいつもこいつも、水琴ちゃんのことを何だと思ってんのよ!」

 

 ビジネスホテルの一室内でサイドテーブルにビール缶を叩きつけながら山下はそう叫んだ。壁際のテーブルにはすでに350mlの缶が3本ほど開けられており、ベッドの上で4本目を飲む彼女の頬はかなり赤らんでいる。

 

 会議が終わったのは19時なので当然日没後、この時間の蛇谷水琴は電話どころかLINEやメールすら見ることができないので、山下は明日の朝に連絡することを決めて酒を飲んでいた。彼女はアルコールで回らなくなった頭でつい先程まで行われていた会議の内容を思い出す。

 

 

(リヴァイアサンと戦うのが海上である以上、水琴ちゃん以外に参加できそうな退魔師がいないのは理解できる。……でも戦闘時の水琴ちゃんの姿をテレビで生中継するってのは本当に意味がわからない)

 

 第二次の鬼神と蛇谷水琴の戦闘が生中継されたのはある種の不可抗力が働いた結果だっただけで、今回のように作戦を立てて災害級妖魔の討伐に臨む場合にまでそれを行うのはおかしな事だと山下は思う。実際、第一次の鬼神戦や、第二次の鬼神に集団で挑んだ退魔師達の記録映像は関係者以外には一切公開されることはなかったのだ。

 

 蛇谷水琴と鬼神の戦いによって、その常識は崩された。

 

「『日本が災害級の妖魔を抑え込むことができるということを広く国民に知らしめるため』──―ってふざけんな、くたばれあのクソハゲ政治家ぁ!!!」

 

 狭いホテルの部屋なので山下瞳の大声はかなり反響したのだが、酔っ払った彼女はまったく気にする事はなかった。ここまで彼女が荒れる原因はアルコールのせいだけでなく、最近の仕事の忙しさからくるストレスもあったのだろう。

 

 

 少なくとも今日の会議においては、妖魔に関して詳しくない人間ほど水琴の勝利を信じて疑っていないように見えた。だからこそ災害級妖魔と退魔師の戦闘を生中継するなんていうお花畑な発想が出てくるのだろう。土日の度に行われる各地への遠征は中型妖魔の集団と戦うことが多いためマスコミの空撮を半ば黙認していたが、今回のリヴァイアサンは災害級の妖魔で危険度が桁違いだ。

 

 第二次の鬼神のときのように水琴が勝利する瞬間を生で見たいという人間は会議室の中でも過半数を占めているように思われた。

 

(リヴァイアサンは恐らく鬼神よりも強い。水琴ちゃんもそれはわかっているはず、そんな化け物と戦う彼女のストレスになるようなことは極力避けるべきなのに……)

 

 

 あまり考えたくはないことではあったが、万が一水琴がリヴァイアサンに致命的な敗北を喫した場合、彼女の死ぬ瞬間を日本国民全員が見てしまうということになるのだ。

 

 第二次の鬼神戦のときは水琴自身、自分の戦いがテレビで生中継されている事など全く知らなかったと言っていたのを山下は思い出す。「生中継されてると知ってたらもっと緊張したかもしれませんね」と彼女は言っていた。

 

 

 今日の会議に参加していた連中のうち、高校生の女の子を死地に送り出すという自覚をはっきり持っていた人間が、一体何人いたのだろうか。

 

 何より山下を苛立たせたのは、蛇谷水琴のリヴァイアサン討伐作戦にあたり無遠慮に注文をつけてくる政治家連中だった。

 

 彼らは皆口を揃えてこう言った。

『なるべく沖ノ鳥島に影響がないように戦って欲しい』と。

 

 

 

 

 



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第32話

 日の昇る間際、布団の上から離れようとする龍神にリヴァイアサンについて聞いてみた。無視されるか、あるいは何も知らないと言われるかのどちらかだろうと思っていたが予想に反して龍神はこう呟いた。

 

 

「奴は深淵に飲まれた結果、とうの昔に正気を失っている。自分たちの当初の目的も忘れ、今となってはこちらと深淵を無駄に行き来するだけの憐れな存在だ」

「……! 深淵ってなんですか、それってリヴァイアサンの能力と何か関係が──―」

 

 ピシャリと襖が閉められる音だけを残し龍神は床の間から出ていった。初めてあの男が私に有益な情報を提供してくれたと一瞬感じたものの、龍神の言う深淵とやらの意味がわからない。だがあの様子だと、きっとリヴァイアサンに関してはこれ以上何も教えてくれないだろう。

 

 カーテン越しの陽の光で照らされる自分の汚れた肉体を見るのが嫌だったので布団に包まりながら龍神の言葉の意味を考察する。

 

(『深淵』という言葉が具体的に何を指すのかはわからないけど、リヴァイアサンの行方不明になる能力と関連しているのは間違いない)

 

 

 リヴァイアサンの大きさはかなり正確な数字がアメリカのエクソシスト協会から報告されている。全長54Km、全幅24km、そして全高は10kmである。リヴァイアサンが上陸した場合、世界最高峰の山脈であるエヴェレストすら余裕で超えてしまうのだ。

 

 

 この情報だけで地理に詳しい方ならおかしな現象が起きていることに気が付かれるかもしれない。世界一深い海の底である『マリアナ海溝』の最深部でも海面からは10kmしかない。それも大陸プレート間の沈み込む裂け目の本当に奥の奥のような場所で計測しての数字だ。

 

 つまり、リヴァイアサンが全身で潜ることの可能な海域は物理学上存在しないということになる。実際、チリに現れ海に戻った当初はリヴァイアサンの行方など追わずとも人工衛星から確認できた。船で近づけば巨大な島が移動しているようにも肉眼で見えるため、地元の漁師が撮影した記録写真もいくつも残っている。かなり遠方からでも視認できるほどリヴァイアサンの背鱗は海面から大きく飛び出ていたのだ。

 

 数日後、リヴァイアサンがゆっくりと海深くに沈み始めるまでは。

 

 後のアメリカの調査で判明したことだが、リヴァイアサンが通ったあとの海底には移動した痕跡が全く確認されなかった。あれだけの巨体を引きずれば海底など真っ平らにされてしまいそうなものだが、そうはならなかった。

 ちなみにその海底を調査したアメリカの潜水艦は移動するリヴァイアサンの足元に近づいた瞬間、消滅した。

 

 

 リヴァイアサンの術式は現状不明だが、これらのことから空間系の術式であるのだろうと推論されている。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 シャワーを浴びて制服に着替えたところで山下さんから着信があった。リヴァイアサンに関する討伐会議の結果について、電話越しにざっくりとした概要だけ教えてもらう。

 

 討伐作戦の決行は明後日、11月28日の土曜日となった。

 参加する退魔師は私ひとり、冬至が近く日の出から日没までの時間が約10時間しかないため、かなりキツいスケジュールになるが頑張るしかない。

 

 

「改修されたばかりの護衛艦『いずも』に複座式の戦闘機『F-35X』ですか、ある意味神がかったタイミングでしたね」

「……注目する所そこなの、水琴ちゃん?」

 

 当日の朝に私は自衛隊のヘリでまず近くの航空自衛隊の基地に向かう。そこで二人乗りの戦闘機であるF-35Xに乗せてもらい、リヴァイアサンの近くで現在も監視を行っている護衛艦いずもに着艦、そこからは再びヘリに乗り換えてリヴァイアサンの上空まで連れていってもらい戦闘開始という流れだ。

 

(F-35Xって確か垂直離陸できるやつだっけ……それのために護衛艦を改修したみたいな新聞記事を最近読んだ気がする)

 

 中国の海洋進出を牽制するために導入された機体だったはずだが、まさか初の実戦投入が妖魔討伐だとは誰も予想していなかったに違いない。

 

 その他にも会議では色々なことが決まったらしい。

 

「戦闘中の私をテレビで生中継……マジですか山下さん」

「本当にごめんね、水琴ちゃんの精神的な負担にしかならないと思うけど……会議でそう決められちゃって」

 

 国家指定退魔師の担当役といっても、山下さんの年齢じゃ会議で発言する機会なんてほとんど与えられないだろう。それにも関わらず申し訳無さそうにする山下さんはやはり根が優しい。

 

(日本中に生放送されるなかでリヴァイアサンに攻撃して、全くダメージ与えられなかったら滅茶苦茶恥ずかしいことになるな……)

 

 映像の撮影は自衛隊の軍用ドローンで行われる。リヴァイアサンの体の各所と、私を映すために合計で30機が運用される予定らしい。

 

「当日の詳細なタイムスケジュールはあとでメールするわね、暫定的なものだけれど」

「はい、お願いします」

 

 山下さんとの通話を終えると、ちょうど家を出る時間だったので学生カバンを持って玄関を出た。通学路を歩きながらスマホのアプリで新聞記事を読みつつ、リヴァイアサン討伐作戦に関して改めて考えてみる。

 

 昨日の会議は色んな立場の人が参加していたようだ。参加メンバーの肩書を見ると誰も彼もがそれぞれの分野のお偉い方たちで、方向性をまとめるだけでも苦労しそうな地獄のような会議だと思った。

 

 会議を受けた首相の発言がその新聞記事に記載されていて、『日本における妖魔情勢が完全なコントロール下にあるということを、この作戦を通して国際社会に示したい』という内容だった。ひょっとするとテレビの生中継案は官邸の口入れなのかもしれない。陸続きならまだしも、海を越えて複数の国家で暴れまわった妖魔は現状リヴァイアサンくらいしかいない。リヴァイアサン討伐は国際社会からの注目がかなり集まることだろう。

 

 

 

 

 翌日の金曜日、私は蛇谷神社からもっとも近くに位置する航空自衛隊の基地で打ち合わせを行っていた。学校は休むことになってしまったが、山下さんが口利きしてくれたおかげで公休扱いになったのはありがたい。

 

「これがGスーツと言いまして、F35に乗る際はこちらを着用していただきます」

「わかりました、明日は私服で来て護衛艦に着いてから巫女服に着替えることにします」

 

 体内の血流を上半身に上げることで強いGがかかっても意識を失わないようにする特殊なGスーツというのがあるらしい、それの着用や乗りこみ準備にどれくらいの時間がかかるかを検証したりしつつ、明日の具体的なタイムスケジュールに関して話し合う。……ぶっちゃけ私にはGスーツとか必要ない気もするが、万が一ということもありえるのでここは指示に従っておくことにした。

 

 リヴァイアサンの討伐方法に関しては私に一任されているが、結界越しでも無線通信やドローンの操作がきちんと行われるかが気になったのでそちらも確認を行った。予想通り、どちらも結界越しで問題なく使用できた。

 

「護衛艦はリヴァイアサンの北西側約50kmの位置をキープする予定です」

「そこから軍用ヘリでリヴァイアサンの中心部まではどれくらい時間が────」

 

 私の隣では山下さんが詳細なタイムスケジュールをさらに細かく正確なものにするために自衛隊の各担当者に質問を投げかけている。日没までに神社に戻らなければならないという制約を一番気にかけてくれているので本当にありがたい。

 

 

 津波の問題や沖ノ鳥島に悪影響がでないように気を使わなければいけなかったりと、海の妖魔だけあって懸念事項が滅茶苦茶多い。

 

 特に個人的に一番ヤバいのは沖ノ鳥島の問題だと思う。万が一私のせいで沖ノ鳥島が消滅しました、とかなったら蛇谷神社に極右団体から火炎瓶を投げられかねない。

 うちの神社が物理的に炎上する光景など考えるだけでも恐ろしい。──―という内容の発言をジョークっぽく山下さんにだけ伝えたら、彼女はものすごく悲しげな表情を浮かべるだけで何も言ってくれなかった。

 

 

 

 



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第33話

 11月28日明朝、リヴァイアサン討伐作戦の日を迎えた私は、龍神によって普段よりも念入りに犯された身体を引きずりシャワーを浴びて時刻はすでに7時過ぎ。

 

 今日の日没は16時半なので夜伽前の準備のことを考えると、どれだけ遅くとも16時には自宅に戻りたいのが正直なところだ。

 

 手早くドライヤーを終えて昨晩のうちに用意しておいたリュックサックを持って自宅を出発する。

 蛇谷神社の鳥居の目の前の道路に出てから周囲の安全を確認しつつ、両足に力を込めて飛び上がる。

 目標は蛇谷神社から500メートル先の位置を滞空している自衛隊のヘリコプターである。

 

 結界を足場にしながらヘリコプターに近づき、開けてもらったドアを潜って中に入る。

 

「よろしくお願いします」

 

 無骨な金属製の扉を自衛隊員の男性によって閉められると同時に、ヘリコプターは目的の基地へと向かい始めた。

 

 

 一時間もしないうちに昨日打ち合わせを行った航空自衛隊の基地に到着する。基地の建物に入ってすぐにGスーツに着替えて戦闘機の発着場所へ向かう。

 

 基地内を移動する最中、すれ違う自衛隊員から軽い敬礼ポーズを取られたりする。軍人でもない私が同じポーズで返すのもおかしいだろうと思ったので、今のところサラリーマン的な会釈ですべて乗り切っている。

 

「発進準備はすでに完了しております、天候も良好です」

 

 戦闘機の後ろ側の座席に座って酸素マスク付きのヘルメットを被りながらパイロットの男性隊員と会話する。

 

「今日はよろしくお願いします」

「はい、少しでも体調が悪くなったりしたらすぐに言ってください」

 

 昨日の打ち合わせの時に数分間ほどこの戦闘機に乗せてもらったが、その際も特に肉体的な負荷は感じなかったが、万が一ということもあるので素直に頷いておく。

 

「滑走路よし、発進します」

 

 透明なキャノピー越しに見える風景の流れは戦闘機が加速するほど早くなる。

 

「離陸します」

 

 機体が徐々に傾いていき、ゆっくりと地面が離れていくのが見える。加速していく戦闘機は離陸から1分も立たないうちに薄い雲の上を飛んていた。

 

 青空と青い海と所々にかかる白い雲、九州の鬼神討伐に向かう時も同じような景色を見ていたはずだが、今のようにゆっくりと眺める余裕は行きも帰りもなかったので改めて目の前の景色の美しさに見惚れていた。

 

「いま音速超えました。一時間後には護衛艦に到着します」

 

 私が座る後席の前にも色々と計器があるのだが、まったく見方がわからない。音速を超えているとなると時速1,000キロは軽く超えているはずなので、確かにあと一時間ほどで目的の場所には到着できるだろう。

 

「……蛇谷さん、体調に変化はありませんか?」

「はい、今のところ大丈夫です」

 

 Gスーツを着て酸素マスク付きのヘルメットも被っているが、やはりどちらも今の私には必要ない気がするというのが直感的な感想だった。帰りの時間が押していたら巫女服のまま乗るのもアリかもしれない、そのほうが時間短縮になるし。

 

「自分は蛇谷さんを送り届けることしかできませんが、リヴァイアサンの討伐応援してます」

「ありがとうございます」

 

 色々とネックの多い今回の討伐作戦だが一応それぞれの対策は準備してある。どれもかなりの力押しだけれど、やってやれないことは無いはずだ。自然とリュックサックを抱く腕に力が入っていた。

 

 

 戦闘機F-35Xは予定よりも早く護衛艦『いずも』に到着した。この時点で時刻は午前10時過ぎ、16時までには自宅に戻らなければならないことを考えるとあまりゆっくりしている余裕はない。

 

 護衛艦の艦長との挨拶もほどほどにして、艦内の一室を借りて巫女服に着替えていく。髪を纏めて、必要なものが入った巾着袋を小脇に抱えて甲板に上がった。

 

 甲板にはすでに準備を終えたヘリコプターが待機していたのですぐに乗り込んだ。リヴァイアサンの中心地点まではこのヘリに連れて行ってもらう。ここまでは何も問題なく、打ち合わせ通りに進んでいる。

 

「お願いします」

 

 忘れ物がないかだけチェックして、ヘリコプターのパイロットにそう言った。

 

 

 

 ■■■

 

 

「ここがリヴァイアサンの中心地点で間違いありません!」

 

 ガラス窓越しの眼下に広がる黒い岩礁を見つめていると、目的地にたどり着いたらしい。

 

「ありがとうございます、ここで降りますね」

「蛇谷さんを降ろしたあと、我々は限界高度付近で待機しておきます! 蛇谷さんが戦闘中に移動された場合でも上からついていきます!」

「わかりました、帰りもよろしくお願いします」

「ご武運を!」

 

 ヘリから飛び降りて、ある程度の高さのところで結界術式を起動してその上に着地する。

 私と正反対の方向に離れるようにヘリは上昇していき、あとには数機の軍用ドローンだけが残された。ドローンの操縦はヘリの内部から行われているらしい。そのドローンに取り付けられたカメラから私の戦闘中の映像が日本全国に生中継されるわけだから、かなり緊張してしまう。

 

 

 

「さてと……本当に大きいなこの妖魔は」

 

 肉眼で初めてリヴァイアサンを見たが、規格外の大きさというインパクトは数字や言葉で聞くよりも直接目で見たほうが圧倒される。

 

「まずは津波対策だな、……『多面結界』」

 

 大量の霊力でゴリ押ししてリヴァイアサン全体を囲む結界を構築していく。津波対策はこれで問題ないはずだ。

 

(海面からの高さは50メートルくらい、どこかの結界が破られてもすぐに修復できるように300枚くらいに分けて展開する……、よしこんな感じか)

 

 多面結界の構築が終わった。今の状況を空から見下ろすとリヴァイアサンを囲む金色の障壁が楕円形に並べられているのが見えるはずだ。リヴァイアサンの進行方向には少し離れた位置に結界を張るようにしたので、しばらくは発動しっぱなしで問題ない。

 

 自分を囲む結界ができたことに関して、リヴァイアサンはあまり反応していないように見える。まあアメリカに上陸したときだって攻撃されても眠り続けるくらい鈍感な妖魔だから、この程度は気にするまでもないということだろうか。

 

 巾着袋から一振りの霊具を取り出す。

『琴天津の剣』、鬼神の角を材料に鍛冶川鉄斎が作り出した霊具だ。

 

(本当は初見の龍神に使いたかったけど、この際仕方ない)

 

 傍から見ると羽子板のような形をしている霊具の柄を掴み、その内部に私の霊力を流し込んでいく。かなりの量の霊力のはずだが、するすると抵抗なく飲み込まれていくのがやや恐ろしい。龍神によって与えられた莫大な霊力を宿している私ではあるが、ここまで勢いよく寿命を吸い取られる感覚はやはり怖い。

 

(このくらいでいいかな、霊力無駄遣いしすぎるとまた龍神に酷いことされそうだし)

 

 十分な量の霊力を込めたところでリヴァイアサンに向き直る。まずは一撃当ててみて、どのくらい攻撃が通るかを確認するところから始めよう。

 

 足元の結界を解除して飛び降りる。

 落下しながら体勢を整えて、リヴァイアサンに向かって『琴天津の剣』を振り抜いた。

 

「『分断』」

 

 硬い硬いと聞いていたリヴァイアサンの外殻だが思ったよりは柔らかかったらしい。黒い鱗は弾け飛び、その奥に見えた肉の部分にも私の術式が届いた手応えがあった。

 

 そして、リヴァイアサンの背中には巨大な谷間が刻まれた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

『情報ライブ、ミヤケ屋です、時刻は11時を回りました。本日は通常の放送時間を変更して緊急特番としてお送りさせていただきます』

 

 お昼の人気男性キャスターが映し出されているテレビを、県庁舎の退魔対策課のスペースで山下瞳は同僚たちと一緒に眺めていた。

 

 土曜日なので公務員である彼らは本来休暇の予定ではあったが、蛇谷水琴のリヴァイアサン討伐作戦が行われるため休日返上で出勤していた。

 

 対策課の職員全員が見つめるテレビでは戦闘機から降りて護衛艦の艦内へ走る水琴の姿が繰り返し流されており、その映像を背景にコメンテーターたちが各自話を続けている。

 

「護衛艦の甲板にまでマスコミのカメラが入るなんて、ちょっとやりすぎじゃないですかね……」

 

 若手の男性職員がそう呟いたが、山下も同じ感想を抱いていた。

 

『はい、航空自衛隊からの映像提供で現場の様子を今からお伝え致します。これから妖魔との戦闘行為が流れます、ご気分が悪くなった方はすぐにチャンネルを変えていただくようにお願い致します』

 

 じゃあ討伐作戦の映像なんて放送するな、と山下は軽く怒りながらテレビ見つめる。画面が切り替わり、金色の結界を足場にして空に立つ蛇谷水琴の姿が映し出される。

 

『ええ、すでにリヴァイアサンを囲む蛇谷さんの結界術式によって津波対策がなされたとのことです』

 

 テレビ越しに見える蛇谷水琴は結界の上に立ちながら、羽子板の様な形をしたものを掲げてじっとしていた。

 

『先程から蛇谷さんが掲げているものは……あれは霊具でしょうか?』

 

『おそらくそうでしょうね、鬼神討伐の際は蛇谷さんは素手で戦っていたので、ここ最近手に入れた霊具なのではないかと思われます』

 

 コメンテーターがそう解説し終わった瞬間、映像の向こうで蛇谷水琴が足場となっていた結界を解除し自由落下に身を任せた数秒後、リヴァイアサンの背中に巨大なヒビが入った。

 

 

『ちょっ……!? ええ!!??』

『これは……蛇谷さんの分断術式ですかね、いやとんでもない威力ですね』

 

 

 蛇谷水琴の手によって刻まれたリヴァイアサンの背中のヒビはあまりにも大きく、かなり引きで撮影している別のドローンのカメラからでも画面内にすべてを収めることが出来ないほどだった。

 

 やや大袈裟に驚き続ける男性キャスターを置き去りにするかのように、蛇谷水琴は続く二撃目を放った。その威力も一撃目とほとんど遜色ない。

 

 数秒ほど動きを止めたあと、彼女は何らかの当たりをつけたのか特定の方向へ向かうようにリヴァイアサンの背中を掘削しつづけた。

 

 

 

 



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第34話

 リヴァイアサンの背中の切り傷、というかサイズ的にもはや谷と言ったほうが正しいのだが、そこの中に入り込んでこの妖魔の妖結晶がどこにあるかを目視で探る。

 

(たぶん……こっちの方向に妖結晶があるはず)

 

 感覚的な話ではあるが、半霊体化してから霊力の流れがよく見えるようになったおかげでこんな巨大な妖魔でもどのあたりに心臓部があるかなんとなく判別できる。

 

 当たりをつけた方向に二撃目となる分断術式を叩き込み、その切れ目を揺蕩う霊力を見て、私の予想に間違いはないと確信した。

 

 二撃目の慣性を利用しながらリヴァイアサンの背中を切り刻んで進んでいく。思った以上にサクサクと進めたのでその勢いで割と無茶な攻撃を行っているはずなのだが、リヴァイアサンの反応は未だ鈍い。

 

 

(身体が大きいから神経の伝達に時間がかかってる……? 妖魔に神経が通っているとは思えないけれど)

 

 何にせよ好機であることに変わりはない。

 とにかく突き進む、今はそれだけ考えていればいい。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 山下瞳を含む妖魔対策課の職員たちはテレビに映る水琴の戦いぶりを見ながら、誰もが絶句していた。

 

 心配するなんて烏滸がましい、思わずそんな無力感を抱いてしまうほどに山下瞳にとって蛇谷水琴の勇姿は輝かしく映った。

 

(鬼神のときは全力じゃなかった? それともあの羽子板みたいな霊具が水琴ちゃんの力を底上げしてるの?)

 

 九州の鬼神との戦いで苦戦していた姿がかなり印象に残っているが、思い返せばあの時だって最後は一撃で仕留めていたのだ。いま目の前で行われているのが蛇谷水琴の本来の実力だったのかもしれない、山下はそうひとりごちた。

 

「うわ山下先輩、ネットの反応ヤバいっすよ、ほら」

 

 隣に座っていた後輩の男性職員にスマホの画面を向けられた山下はそこに書き込まれている内容を覗き込む。

 

『水琴ちゃんヤバすぎて草』

『アメリカの祓魔師協会が7日間かけて1ミリも削れなかった鱗をあっさり叩き割るの凄すぎない?』

『霊具掲げてる水琴ちゃん神々しすぎ』

『軍用ドローンの追跡が全く追いついてなくてワロタ』

『今一番頑張ってるのは水琴ちゃんのクーパー靭帯』

 

 

 ……。

 

 

「あんた仕事中に何見てんのよ」

「いいじゃないすか、休日出勤ですし」

 

 そう軽く言い返す後輩を睨みつつ山下は溜息を吐いた。それを見た後輩の男は、何かを憂慮するかのような口調でこう呟く。

 

「……でもコメントの中にチラホラ『人道派』っぽい意見が紛れ込んでるんですよね」

 

『人道派』、退魔師という生身で超常的な現象を起こすことが可能な人間を危険分子として排除したがる思想の人々を指す言葉だ。鬼神出現後はその思想は廃れた、というのが現代の共通認識である。

 

「『水琴ちゃんが本気になれば日本中の人間全滅させられるんじゃね?』ですって」

「水琴ちゃんがそんなことするわけ無いでしょ、馬鹿馬鹿しい」

 

 そう言いつつもリヴァイアサンの背中の上で暴れまわる水琴の姿には本能的な恐怖を感じてしまっていることに、山下は今気がついた。

 

 すぐに頭を振ってそんな考えは水琴に対して不誠実だと思いなおる。それでもやはり、画面越しの水琴を見るたびにあの力はただしく畏れ敬うべきものなのではないかと自問する。

 

 あるいは、彼女こそが古い神話に登場する神に類似する存在なのかもしれない。思わずそんな馬鹿げたことを考えてしまうくらい、蛇谷水琴の戦いぶりは凄まじかった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

(いくらなんでもおかしい、リヴァイアサンの反応が無さ過ぎる!)

 

 傍から見れば明らかに私が優位に思われるはずの戦闘だが内心ではかなり焦っていた。

 

 リヴァイアサンの心臓部である妖結晶を目指して一心不乱に背中の鱗を叩き割って肉を裂きここまで来たが、あまりにも無反応過ぎて幻覚でも見せられているのではないかと不安になる。

 

 そうしているうちにリヴァイアサンの妖結晶があると思しき場所の真上に到着した。真上と言っても、体高だけで約10キロある化け物の背中の上だ。ここからリヴァイアサンの体内をより深く掘り進めていく必要がある。

 

 

 背中を切り刻まれてなお沈黙を続けるリヴァイアサンを見下ろしながら思案する。

 

(もう妖結晶の位置はほとんどわかってる、あとはそこに届く一撃を叩き込むだけでいい)

 

 どこから切り込もうか考えているうちに、私は自然と右手に握っている『琴天津の剣』の板面を見つめていた。

 蛇行して流れる川の紋様が美しく彫り込まれている。

 

 

 これを受け渡された時の鍛冶川鉄仁の言葉を思い出した。

 

『水琴さんも知っての通り、分断術式の源流は治水工事だ』

『山から流れる水が川となり大地を二つに分かつ様に、人の手によって水の流れを作り土地を分かつ治水、それこそが分断術式のはじまり』

『蛇谷さんは結界術式と併用しているからどうしても綺麗な断面で妖魔を分断しようとするけれど、本来それは効率が悪い』

『キリトリ線を無視してハサミを入れるようなもの、といえば解りやすいかな』

 

 琴天津の剣には私の術式を最大限サポートして威力を増幅する効果がある。先程まではその増幅された効果だけを頼りにしていた、というのも妖結晶の位置を探るだけならそれで良かったからだ。

 

『直進する川なんて存在しないし、真っ直ぐ進む蛇もいない。それらは自然の流れに沿って自ずから蛇行している』

『だからまあ、何が言いたいかというと……うん、『分けやすいように分けなさい』ってところかな』

 

 

 ものは試しだ、この霊具は一撃一撃の威力が高すぎるので試し打ちがしづらく、先程までの攻撃もほとんどぶっつけ本番のような感じだった。そんな霊具でも、これだけ振り回せば細かい癖もなんとなく理解できる。あとはそれを鉄仁の言うような分断方法に合わせるだけでいい。

 

 

 リヴァイアサンの妖結晶の位置はわかっている、あとはそこまで繋がるような道筋に沿ってこの妖魔の身体を真っ二つにする。

 

 眼下に広がる巨大な谷間、リヴァイアサンの傷口を見つめて、これまでよりもさらに集中して霊力の流れを確認していく。

 

(あそこだ、霊力の流れが一部逆転していて、ほんの少しだけど隙間があるような気がする)

 

 

「一撃で決めたい、やれるかどうか……」

 

 深呼吸を2回して、私は足元のリヴァイアサンに向けて分断術式を放った。

 

「『分断』」

 

 

 その瞬間、甲高い重低音という矛盾した音が海上に響き渡った。それがリヴァイアサンの叫び声だと気づいたのが2秒後、放たれた分断術式によってリヴァイアサンの妖結晶の付近まで亀裂が入ったと直感的に理解できたのが3秒後、そして4秒後、リヴァイアサンが海中に向けて一気に潜行し始めた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 総理官邸の会議室には総理大臣および各省庁の担当大臣が一同に会していた。壁に備え付けられた大型モニターには海上に立つ蛇谷水琴の姿を映し出しているが、その足元にリヴァイアサンの黒鱗は見当たらない。

 

 その部屋に一人の若手官僚が短いノックと共に入室し、こう報告した。

 

「海上自衛隊から通信が入りました、海中のリヴァイアサンに向けたソナー反応が3年前のアメリカの事例と酷似しているとのことです」

「……つまり?」

「リヴァイアサン、撃退成功です」

 

 おお、と室内に座る人間たちの安堵した、それでいて未だ緊張を僅かに含んでいるような声が響いた。

 

「いやぁ、なんとかなりましたな総理」

「おめでとうございます」

「これで次の選挙も何とかなるでしょう」

 

 仕立ての良いスーツを着た大臣たちがそれぞれ思い思いの言葉を総理に投げかける。

 

「しかしリヴァイアサンは未だ健在で、次またどこに現れるかもわからないんだろう?」

 

 そう心配そうに言葉を発する総理に対して、室内にいる大臣たちがそれぞれ返答しはじめる。

 

「まあでも、リヴァイアサンを例の亜空間に追い込んだだけ良しとしましょう、この妖魔の特性からいって海上での討伐は不可能だと思っていましたから」

「今回の作戦で彼女の術式がリヴァイアサンに通用することがわかりましたし、次にどこか……ええ、まあ大陸のあたりに上陸された場合に救援として送り込むのがよいかと思われます」

「国際問題ですよ、大臣」

「こりゃ失敬」

 

 軽いジョークをきっかけにして、緊張感から開放された政治家たちは笑いながら会議室で会話を続けていた。

 

「いやぁ、それにしてもめでたい、今夜は祝杯と行きたいところですな」

「一昨日から緊張しっぱなしでしたし、久しぶりに呑みに行きたいものです」

「ああ、ちょうど赤坂に良いナマズ料理を出す店がありましてね、よろしければそちらの予約をしておきます」

 

 お互いに気心の知れている、同じ派閥の大臣たちはすでに今夜の料亭をどこにするかの話まで進めていた。

 

「ほうナマズですか、何でまた急に?」

「リヴァイアサンを見ていたらナマズを食べたくなりましてな……あれ? リヴァイアサンってオオサンショウウオに似ていたんでしたっけ?」

「ははは! 関大臣の健啖家ぶりには恐れ入る」

 

 

 

 それを見ていた若手官僚の青年は心の中で溜息を吐きつつ、自然と会議室の奥のモニターに視線をうつした。

 

「あれ?」

「ん、どうした?」

「いや、あの……蛇谷さんが何かしているように見えて」

 

 官僚の青年が指差した方向に、室内にいたすべての人間の視線が集まる。モニターに映る蛇谷水琴は、腰に取り付けた巾着袋から何かを取り出したところだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第35話

 リヴァイアサンに逃げられた。

 こんなに一気に潜行できるとは思っていなかったというのもあるし、ここまでずっと無反応だったのだからこんなすぐに私から逃げるとは考えてすらいなかったのだ。

 

 足元には青い海だけが広がっていて、未だリヴァイアサンの霊力の残滓が濃い海水の中を泳いで戦闘するというのも現実的ではない。

 

「ここまでか……」

 

 本音を言えばリヴァイアサンはここで討伐しておきたかった。亜空間に消えたあとのリヴァイアサンは次どこに現れるか全くわからないからだ。もちろん税金の支払いのためにリヴァイアサンの妖結晶を手に入れておきたかったという気持ちもある。

 

 腰に取り付けていた無線機から連絡が入った。

 

『お疲れ様です蛇谷さん、海上自衛隊がリヴァイアサンの亜空間転入を観測したそうです。つまり撃退成功です』

「ありがとうございます、とりあえずほっとしました」

 

 今回はじめて使用したが『琴天津の剣』の性能も大方は把握できた。テレビを見ているであろう龍神にこの霊具の存在がバレてしまったのは少し不満だが、それは最早気にするべきではない。

 

(この霊具じゃ、どのみち龍神は倒せなかっただろうな)

 

 リヴァイアサンもやはり龍神よりも遥かに弱い妖魔だった。その程度の妖魔を一撃で倒すことすら出来ない時点でこの霊具で龍神に有効打を与えることは不可能だろう。

 

 落胆しつつも鬼神の角を材料にしているのだからその程度の威力でも仕方がないと一人納得する。琴天津の剣は期待外れの霊具だったし、リヴァイアサンの妖結晶も手に入らず、得られたものは退魔師としての名誉のみ。

 

 税金問題を解決できるかもしれないという希望が足の先から流れ落ちていくような気がするとともに、つい一昨日まで抱いていた社会的な絶望感が背中から這い寄ってきた。

 

 だがそれでも、ここで満足しておくべきなのだ。無駄なリスクは犯すべきではない。

 

 

 そんなことを考えていると不意に風が吹いて、腰に取り付けていた巾着袋の中でこの場に持ってきたもう一つの霊具が揺れ動いて緋袴越しの太腿を擦った。

 

 

 ……潜行しているリヴァイアサンを倒す方法がないわけではない。本当に雑な案で必ずしも上手くいくとは限らないし、その方法を行使するとすれば恐ろしく大規模な儀式となってしまう。

 

 昨晩から考えていた手段だがあまりにもリスクが大きい。消費する霊力の量が尋常ではないから今夜の夜伽はまた数カ月間に時間を引き延ばされて凌辱されることだろうし、そこまでしてリヴァイアサンを仕留めきれなかったら泣くに泣けない。

 

 冷静に考えればリヴァイアサンは撃退で満足しておくべきなのだ。問題を先送りしているだけではあるが、一応この場での最低限の仕事は果たしたのだから文句は言われまい。……

 

 

『蛇谷さん、帰投しますか?』

 

 上空を滞空するヘリコプターから再び無線が入った。

 戦闘後の私への気遣いが感じられる問いかけ、それに対する私の返答は理性から導き出されたものではなかった。

 

 

「すみません、やっぱりリヴァイアサンはここで仕留めます」

 

 

 巾着袋から念の為持ってきた霊石錐(れいせききり)を取り出した。アイスピックのような見た目のその霊具を逆手に持って、なるべく躊躇わないことを意識しながら、錐の先端を左手に突き刺した。

 

 勢い任せの自傷行為だが半霊体化しているおかげであまり痛みを感じないのが幸いしている。

 突き抜けた錐の先端から滴る鮮血を海に垂らしながら、私は戦闘を続行した。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 鍛冶川家の屋敷の一室、巨大なモニターテレビの備え付けられた和室に大勢の人間が詰めて座っていた。彼らはみな一様にテレビに映る映像に釘付けになりつつ、密かにモニター最前列に座る一人の老人の様子を伺っていた。

 

 その老人、鍛冶川鉄斎が製造した霊具である『琴天津の剣』が堅牢なリヴァイアサンの鱗にヒビを入れたとき、周囲に座る男たちは感嘆の声を上げたが、鉄斎本人はなんの反応も見せずテレビを見つめるままであった。

 

 そしてリヴァイアサンと蛇谷水琴の戦いは一気に終局を迎える。緊急ニュースのテロップでリヴァイアサンが海中の亜空間に潜り込み始めたことが報じられたのだ。

 

 誰もがこの戦いはこれで終わったと思った。

 水中を泳ぎながら戦うなど現実的ではないし、そこまでして追いかけて、せっかく撃退したリヴァイアサンを引き戻すのも勿体ない。

 

 次にどこから現れるかわからないものの、とりあえず目の前の脅威は取り除くことができた。その結論で大半のものが満足していた、……鍛冶川鉄斎と蛇谷水琴を除いて。

 

 

 テレビに流れる蛇谷水琴の自傷行為、および霊的儀式、それを見た鍛冶川家の分家衆の男たちは口々に己の意見を言葉にし始める。

 

 

「流れる血に沿って霊力を放出するなんてありえない、死ぬ気なのか!?」

「正気じゃない、蛮勇を通り越して無謀としか言いようがない!」

 

「……命懸けでリヴァイアサンを討伐する、それが彼女の意志なら尊重すべきでは?」

「リヴァイアサンの撃退はほぼ確定しているんだぞ! トドメを刺すためとはいえ蛇谷水琴氏の命は惜しい、あまりにも……」

 

 あるものは驚愕と共に怒りを、あるものは諦観と共に尊敬の念を表しながら口々に己の思いを語りだす。

 

 

 混沌とし始めた場の中で一人、鍛冶川鉄斎だけが全く別のことを考えていた。その表情は普段の鍛冶川家当主としてのものではなく、一人の技術者としてのものだった。

 

「……そうか、何も子を成すことだけが血を分ける方法でもあるまい」

 

 左手から血を垂らす蛇谷水琴の映像を見つめながら鉄斎はそう呟いた。その後しばらく、鉄斎は綺麗に整えられた顎髭を触りながら何かを思案する。テレビ、畳、障子と視線を移しながら、その流れが自分の左手に行き着いたところで何らかの結論にたどり着いたらしい。鉄斎はそのまま立ち上がり、周囲に座る分家衆の男たちの視線を無視してその部屋を出ていってしまった。

 

 異様な静けさが室内に満ちている中で、鍛冶川京華がこう呟いた。「海が、鏡になってます」と。

 

 それが事実だと気づくや否や、部屋に残された人々は顔を見合わせつつも、とりあえずテレビを視聴し続けることにしたようだった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 左手のど真ん中に突き刺さる霊石錐(れいせききり)、その先端から滴る血を見つめながら私の血が赤いことに少しだけ安堵してしまったのは、まだ自分が人間だという証明のように感じられたからだろうか? 

 

 ……思考が乱れた。

 

 落ち着いて霊力の流れをコントロールすることに集中する。これからやる事それ自体は難しくない。子供の時からなんども修行の一環としてやってきたことなのだから。

 

 修行のときと今の違いは、使用している道具が毛筆と墨か、霊石錐と血液かの違いでしかない。

 

(やり始めたはいいものの、発動するタイミングが難しい)

 

 

 リヴァイアサンは今も亜空間に潜行中で少しずつ遠ざかっている。かといって、それに焦って中途半端な状態で術式を発動してトドメをさせなければ意味がない。

 

 すでにかなりの量の霊力を消費している。今夜の龍神から受けるであろう折檻に思いを馳せると気が遠くなりそうだった。

 

 

 ……だから思考を乱すなって、集中しろ。

 

 すでに私の視認する範囲での海面上からは波が消えている。よくSNSとかに投稿されているウユニ塩湖風の景色のように、海面はそのまま空に浮かぶ雲を写し出していた。

 

 鏡のようになった海面に私の血が垂れるたびに波紋が広がっている。その波紋に合わせて聞き慣れた音が徐々に私の耳に届き始めた。

 

 少し貧しさを感じる音色だが、間違いなく水琴窟が響かせるそれと同じだ。この規模の儀式でも問題なく私の言霊呪名は効力を発揮したらしい。

 

 音の調律を合わせるイメージで波紋と共に響く音色を理想的なものに近づけていく。

 

 

 連なること七度、私の理想とする音域の音色が響き渡ったところで機が熟したことを直感した。躊躇っている時間すら惜しい、リヴァイアサンは今もなお亜空間に沈みつづけているのだ。

 

 左手から霊石錐を引き抜いてすばやく巾着袋にしまい、右手に握っている琴天津の剣に霊力を込めながら足元の結界を解除する。重力に身を任せ、風すら吹かなくなった洋上を落下していく。海面ギリギリのところで分断術式を発動した。

 

 

水鏡割り(みかがみわり)

 

 割れた海の奥底で、今度こそリヴァイアサンの妖結晶まで私の術式が届いた感触があった。

 その手応えに満足しながら、私は海の裂け目に落ち続けた。

 

 

 

 

 



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第36話

【15時から】蛇谷水琴さん完全勝利【記者会見】★251

 

1:桶売れば名無し 2020/11/28 14:56:07 ID:9qUZXTt0R

 もうすぐ記者会見

 

9:桶売れば名無し 2020/11/28 14:56:15 ID:qWtillkcA

 会場のホテルにすごい数の記者集まってるな

 

12:桶売れば名無し 2020/11/28 14:56:37 ID:xpijjkLVp

 戦闘後で疲れてるだろうに記者会見なんて大丈夫なんか? 

 

17:桶売れば名無し 2020/11/28 14:57:02 ID:t8nyFUlpy

 日没まで割と時間無いのによく受けたよなって感じ

 

25:桶売れば名無し 2020/11/28 14:57:33 ID:tfK23vHGA

 >>17

 いちおう会見時間は15分だけって制限するらしいよ

 

29:桶売れば名無し 2020/11/28 14:57:46 ID:FJth7k3zt

 時間が短いぶん質問する記者の責任が重そう

 

31:桶売れば名無し 2020/11/28 14:58:03 ID:0PalCdGFN

 水琴ちゃんの偉業

 ・アメリカが傷一つつけられなかった妖魔の鱗をバキバキに破壊する

 ・逃げたリヴァイアサンを海ごと叩き割って討伐する

 ・クソでかいリヴァイアサンの妖結晶を持ち帰る

 

38:桶売れば名無し 2020/11/28 14:58:25 ID:OsBCQaiQ5

 海ごと叩き割ったのは本当に驚きましたね(呆然)

 

47:桶売れば名無し 2020/11/28 14:58:44 ID:JSXBo8m3C

 あれ見ちゃうと旧約聖書の神話って事実なんじゃないかと思うわ

 

55:桶売れば名無し 2020/11/28 14:59:14 ID:kqmBKGfZS

 海の亀裂に落ちたときは死んじゃったかと思ったけど、そのあと妖結晶抱えて普通に戻ってきてマジで安心した

 

57:桶売れば名無し 2020/11/28 14:59:22 ID:haK1/kmZI

 津波の被害も全く無いの本当にすごい

 

66:桶売れば名無し 2020/11/28 14:59:50 ID:DGT8ofbBI

 リヴァイアサンほどの質量のある妖魔がいきなり消失したら水の流れとかとんでもないことになるはずなのにな

 

76:桶売れば名無し 2020/11/28 15:00:05 ID:higO7A4Ll

 >>66

 リヴァイアサンって海底にも移動した痕跡とか一切残さないらしいからな、そのあたりの空間系術式が関係してるんじゃね? 

 

77:桶売れば名無し 2020/11/28 15:00:30 ID:NJXOg9v2V

 めっちゃデカい妖結晶抱えて護衛艦までピョンピョン飛び跳ねる水琴ちゃんマジ可愛い、天使、最強

 

82:桶売れば名無し 2020/11/28 15:00:35 ID:/rUuiygYE

 リヴァイアサンとの戦闘時間わずか15分! 

 

91:桶売れば名無し 2020/11/28 15:01:00 ID:mColL1x61

 会場に水琴ちゃん到着したらしい

 

93:桶売れば名無し 2020/11/28 15:01:07 ID:TjMW4 wT6g

 お

 

94:桶売れば名無し 2020/11/28 15:01:11 ID:JB7bLjj8B

 あ

 

95:桶売れば名無し 2020/11/28 15:01:35 ID:M+WNRVKHP

 会見はじまった

 

98:桶売れば名無し 2020/11/28 15:01:57 ID:+RLCdsxJo

 巫女服じゃないな、着替えたのか

 

99:桶売れば名無し 2020/11/28 15:02:08 ID:9hfsTcN5b

 おっぱいデケェェェェェェ!!!!!! 

 

106:桶売れば名無し 2020/11/28 15:02:37 ID:5Q6bX6DFd

 ニット越しに揺れる巨乳最高です

 

113:桶売れば名無し 2020/11/28 15:02:53 ID:O8g93YlOj

 すみません、水琴ちゃんの胸しか目に入りません

 

121:桶売れば名無し 2020/11/28 15:03:21 ID:UB+dmK9xV

 なんだこれは、たまげたなぁ

 

122:桶売れば名無し 2020/11/28 15:03:30 ID:Grajs1td4

 この乳のデカさはマジで犯罪だろ

 

131:桶売れば名無し 2020/11/28 15:04:04 ID:Wc9jVEwLK

 おっぱいデカ過ぎて固定資産税かかりそう 

 

135:桶売れば名無し 2020/11/28 15:04:10 ID:rDp1GdAaD

 おっぱいでっか♡腰ほっそ♡ケツえっろ♡顔良♡ 

 

144:桶売れば名無し 2020/11/28 15:04:37 ID:Eg6hoRcUW

 お前らちゃんと会見の内容聞けよ

 

148:桶売れば名無し 2020/11/28 15:04:55 ID:D//tr/6VF

 めっちゃ落ち着いて記者の質問答えてるね、高校生とは思えん

 

153:桶売れば名無し 2020/11/28 15:05:04 ID:lhVzt1YPu

 やっぱ肝の座り方が違うわ

 

156:桶売れば名無し 2020/11/28 15:05:35 ID:vqGLhYoSn

 記者「リヴァイアサン討伐成功を受けて、今のお気持ちを聞かせてください」

 水琴ちゃん「たくさんの方が協力してくださった結果得られた勝利だと思うので、まずは皆さんにお礼が言いたいです」

 

165:桶売れば名無し 2020/11/28 15:05:41 ID:Ezxo8BDFe

 ホント良い子

 

175:桶売れば名無し 2020/11/28 15:06:14 ID:OpqswrbBz

 水琴ちゃんマジ天使

 

176:桶売れば名無し 2020/11/28 15:06:44 ID:Le0CpB/mF

 記者「左手の傷は大丈夫ですか?」

 水琴「はい、もう治りました」

 

177:桶売れば名無し 2020/11/28 15:07:00 ID:jp/CnCER6

 え、あの傷もう完治してんの? 

 

181:桶売れば名無し 2020/11/28 15:07:31 ID:D/BRvJ5NF

 どう考えても左手貫通してたんですがそれは

 

183:桶売れば名無し 2020/11/28 15:07:45 ID:4r6YM7YB+

 これも例の第三の術式のパワーなんかね? 

 

189:桶売れば名無し 2020/11/28 15:07:58 ID:/xF0GCHJF

 記者「リヴァイアサンの妖結晶はどうされるつもりですか?」

 水琴「鑑定額次第ですが、国に買い取ってもらおうと思います」

 

199:桶売れば名無し 2020/11/28 15:08:33 ID:xffRidPwe

 リヴァイアサンの妖結晶てどれだけの金額になるんだろうな? 

 

203:桶売れば名無し 2020/11/28 15:09:06 ID:plXtIh4XO

 大型妖魔の妖結晶で数千万円とかだから、億は下らなさそう

 

210:桶売れば名無し 2020/11/28 15:09:29 ID:yEgSaLlFM

 記者「戦闘時に使用していたあの霊具は何ですか?」

 水琴「鬼神の角から作ってもらった霊具です」

 

213:桶売れば名無し 2020/11/28 15:10:03 ID:odmwSLmLZ

 あの羽子板みたいなやつのことか

 

220:桶売れば名無し 2020/11/28 15:10:33 ID:yvsKMu52Z

 お、水琴ちゃん霊具見せてくれるっぽい

 

225:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:00 ID:aJXdBfmgl

 霊具取るためにリュックサック漁ってるだけのつもりなんだろうけどさぁ……

 

232:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:07 ID:d1qDRnztc

 胸下に抱えたリュックでおっぱいが押し上げられてとんでもないことになってますよ神

 

234:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:22 ID:5AdHlRIct

 ん、なんで今取り出しかけた霊具もどしたの? 

 

240:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:43 ID:k0Z8dRoOD

 なんか一瞬、霊具に黒い何かが巻き付いてるように見えた

 

246:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:52 ID:maZ8wa8oPa

 いやでもさぁ、蛇谷水琴がこの霊具使ったら余裕で日本国民全員虐殺できるんじゃね? 

 

250:桶売れば名無し 2020/11/28 15:11:59 ID:RlylhP4X7

 心なしか水琴ちゃん焦ってない? 

 

255:桶売れば名無し 2020/11/28 15:12:45 ID:kW2cWYQ5s

 何かまずいものでも写っちゃったのかな? 

 術式関係で見られちゃ駄目なものとか

 

256:桶売れば名無し 2020/11/28 15:13:04 ID:SMdLJlt5l

 おそろしく早いブラジャー開示、俺でなきゃ見逃しちゃうね

 https://i.inngur.com/oWuduLb.jpg

 

259:桶売れば名無し 2020/11/28 15:13:16 ID:T8ohe8ni/

 >>256

 え、霊具に巻き付いてるのマジで水琴ちゃんのブラジャー? 

 

261:桶売れば名無し 2020/11/28 15:13:51 ID:92qoaXEtl

 >>256

 水琴ちゃんのブラジャーが黒色……だと……!? 

 

262:桶売れば名無し 2020/11/28 15:14:20 ID:lB/lOqB/j

 >>256

 うおおおおおおお!!!!! 

 水琴ちゃんの下着は黒! 繰り返す水琴ちゃんの下着は黒! 

 

265:桶売れば名無し 2020/11/28 15:14:42 ID:Cipy//yql

 >>256

 おいおいおい、パステルカラーって噂はなんだったんだよ

 

267:桶売れば名無し 2020/11/28 15:15:00 ID:IRS55HniC

 >>256

 ブラジャーのサイズでっか! 

 そりゃそうかって感じだけどさぁ……

 

268:桶売れば名無し 2020/11/28 15:15:19 ID:V4M85Eb66

 てかちょっと待て水琴ちゃん今すごい重要なこと言わなかった? 

 

270:桶売れば名無し 2020/11/28 15:15:38 ID:cue3KDiSt

 え、水琴ちゃんが鍛冶川鉄斎の孫ってマジ? 

 

272:桶売れば名無し 2020/11/28 15:15:58 ID:vGx5vNEJ4

 あー、この霊具も鍛冶川鉄斎に作ってもらってたんか

 

275:桶売れば名無し 2020/11/28 15:16:13 ID:rXZpB3wSx

 鍛冶川鉄斎ってだれだっけ? 

 

277:桶売れば名無し 2020/11/28 15:16:30 ID:WaO7gHzXD

 >>275

 ブチ切れ記者会見の爺さんだよ

 

280:桶売れば名無し 2020/11/28 15:16:50 ID:rXZpB3wSx

 >>277

 思い出したわ、サンクス

 

283:桶売れば名無し 2020/11/28 15:17:08 ID:y6N0HY5o/

 ていうか黒下着とかどう考えても彼氏いますよね、糞が

 

285:桶売れば名無し 2020/11/28 15:17:26 ID:EXU8t9yBV

 水琴ちゃんの黒下着姿を見れる男がこの世に存在するという事実……何か死にたくなってきた

 

288:桶売れば名無し 2020/11/28 15:17:48 ID:IaW126WT/

 いや下着のカラーが黒だからって彼氏がいることにはならんだろ

 

289:桶売れば名無し 2020/11/28 15:18:07 ID:LZzDG3uxJ

 高校の制服だと黒色の下着は透けてしまうのでこれは間違いなく私服用→つまり彼氏に見せる用

 なので水琴ちゃんには彼氏がいます、QED証明終了

 

291:桶売れば名無し 2020/11/28 15:18:24 ID:GlmHR8a4W

 何が清楚系だよド淫乱巫女がよぉ

 

292:桶売れば名無し 2020/11/28 15:18:47 ID:jqxHAvIXb

 あー水琴ちゃんの会見終わっちゃった

 

294:桶売れば名無し 2020/11/28 15:19:11 ID:leaYnvJzJ

 最後の方かなり焦ってたね

 

296:桶売れば名無し 2020/11/28 15:19:30 ID:IPlycLzKX

 そら(全国生放送で黒下着開示したら)そう(焦る)よ

 

298:桶売れば名無し 2020/11/28 15:19:55 ID:57dOxt6OR

 >>256

 いやでもこのブラジャー見せちゃったって気づいたときの水琴ちゃんの表情エロいよね

 

301:桶売れば名無し 2020/11/28 15:20:16 ID:UQEtBbGWB

 水琴ちゃんって何でこんなにエロいんだろ

 

304:桶売れば名無し 2020/11/28 15:20:35 ID:ZiSqPsX+d

 高1とは思えない色気がある

 

306:桶売れば名無し 2020/11/28 15:20:52 ID:mn7x4dtyh

 >>256

 とりあえずこの写真で抜きました

 

309:桶売れば名無し 2020/11/28 15:21:08 ID:Y75+EhK/S

 >>306

 早漏すぎて草

 

311:桶売れば名無し 2020/11/28 15:21:32 ID:Bpb4wyoYb

 水琴ちゃんの下着のメーカー特定できたけど知りたい人いる? 

 

313:桶売れば名無し 2020/11/28 15:21:57 ID:9ZQqNppOW

 >>311

 教えて下さいお願いします、何でもしますから

 

314:桶売れば名無し 2020/11/28 15:22:12 ID:1ENqesv9b

 >>311

 はよ教えろ

 

316:桶売れば名無し 2020/11/28 15:22:30 ID:HEja2uUoL

 >>311

 聞くまでもねえこと聞いてんじゃねえよハゲ(早く教えてください!)

 

319:桶売れば名無し 2020/11/28 15:22:53 ID:Bpb4wyoYb

 https://www.peachjon.co.jp/pjitem/detail/ITM=12894600&outlet=include

 ほいよ、これが水琴ちゃんのブラジャーね

 黒地に金の差し色が入った限定モデル

 蛇谷神社から一番近いショッピングモールにこのブランドの店があることからそこで購入したと思われ

 

321:桶売れば名無し 2020/11/28 15:23:12 ID:nOeFbUUe8

 >>319

 有能

 

324:桶売れば名無し 2020/11/28 15:23:37 ID:AOLUrYwvP

 >>319

 君よく仕事できるって言われない? 

 

325:桶売れば名無し 2020/11/28 15:23:52 ID:w5xoisIBw

 >>319

 サイトのページ落ちてて見れない、どんだけお前ら殺到してんだよ

 

326:桶売れば名無し 2020/11/28 15:24:09 ID:iCiET4mNI

 >>319

 やっとサイト入れたと思ったらDカップ以上が全部売り切れなんだけど……

 

327:桶売れば名無し 2020/11/28 15:24:33 ID:0lHGFfr63

 >>319

 しゃぁっ!! 

 Gカップ購入成功したー!! 

 

329:桶売れば名無し 2020/11/28 15:24:56 ID:7ZsntrFag

 クソ、Dカップしか買えなかった……

 

330:桶売れば名無し 2020/11/28 15:25:18 ID:4IpPnAMwg

 今見たらAカップしか残ってなくてワロタ

 

331:桶売れば名無し 2020/11/28 15:25:41 ID:xJoy82Gga

 もうAカップでもいいか、買っちゃおう

 

333:桶売れば名無し 2020/11/28 15:25:58 ID:fR6T1jRIB

 >>331

 水琴ちゃんのおっぱいがAカップのわけないだろ

 彼女に失礼だ

 

334:桶売れば名無し 2020/11/28 15:26:17 ID:bf+MLwEP8

 >>333

 礼を欠いてんのはどっちだよ

 

 

 

 

 

 



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第37話

 記者会見を終えたあと、私は山下さんの運転する公用車で蛇谷神社へ向かっていた。無言でうなだれる私を横目に気遣ってくれる山下さんも先ほどからずっと口を閉じたままだ。

 やや気まずい沈黙が支配する車内で、とりあえず私は会話を始めることにした。

 

「記者会見なんてするもんじゃないですね、はは……」

「だ、大丈夫よ水琴ちゃん! 下着が写ったのは一瞬のことだし、そこまで噂が広まったりは────」

 

「Twitterのトレンドに『下着の色』って上がってます」

「……」

 

「というかブランドまで特定されちゃってます」

「……」

 

「オンラインショップで一瞬で完売したらしいですよ、私のと同じやつ」

「……」

 

 信号待ちで停車したあと、サイドブレーキを引いた山下さんの左手が私のスマホ画面に覆いかぶさるように差し出された。

 

「水琴ちゃん、それ以上SNSは見ちゃダメ」

「あっ、はい」

 

 言われた通りにスマホの画面をオフにする。

 信号が青になったので再びハンドルを握り始めた山下さんはこう続けてきた。

 

「とにかく、今日は家に帰ってお風呂に入って休み──って夜は夜で退魔師の仕事があるのよね、ええと……とりあえず明日の遠征は無しにするから、ゆっくり休みなさい。もちろんその間もSNSとかネットはあまり見ないようにね!」

 

 

 本来、今日の予定になかった記者会見を提案されたのは私が戦闘機で空自の基地に戻ったタイミングだった。その時の私は今晩の龍神の夜伽がどれほどハードなものになるか予想ができておらず、率直に言えばかなり怯えていた。

 

 記者会見の提案を受けた理由は、ただ単に家に帰りたくなかったからなのだ。時間も短い会見なので当たり障りのないコメントだけ残して今日の仕事を終えるつもりだったのだが、結果的に最悪の記者会見になってしまった。

 

 

 リュックサックを開けて中身を見る。全国生放送で公開された私の黒色の下着が中に入っている。

 

 言い訳をすると、この下着はショップの店員に半ば無理やり購入させられたものだ。その店員に恋人の有無を聞かれ「いません」と答えると、彼女は確信に満ちた表情でこの下着を差し出してきて、『あなたならすぐにこういう下着が必要になるから』と言ってきた。反論するのも面倒くさかった私はそのまま学校用の下着と一緒にこれを購入したのだった。

 

 誰がどう見ても勝負下着だとわかる黒色のものなので当然制服の下に着るわけにもいかず、私服で外出するときの数回しか着用したことがない。

 

 使用頻度の少ないものなので最悪リュックサックごと失くしてしまっても構わない、そういった理由でリヴァイアサン討伐の際の着替えとして持ってきたのだが完全に裏目に出た。せめてもうちょっと大人しいデザインのものだったらダメージも少なかったろうに、と変な後悔の仕方をしてしまったがそもそも霊具に引っ掛かってカメラに映った時点で女としてはアウトである。

 

 下着を衆目に晒してしまった後も失敗した。

 何かインパクトのある情報で誤魔化そうと思って、私と鍛冶川鉄斎が血縁関係にあることを咄嗟に発表してしまった。

 

 鍛冶川鉄斎のマスコミからの印象はかなり悪い。第一次の鬼神討伐の際に行われた記者会見で彼がブチギレたことがその理由だ。まあこれに関しては退魔師業界に身を置く立場の人間からすると記者の質問内容が悪かったようにも思えるのだが、それでも公の場で怒りの感情を爆発させるのは悪手である。

 

 先ほどまで見ていたTwitterで『記者会見でブチギレるのが鍛冶川鉄斎、ブラチラするのが蛇谷水琴』というツイートがバズっていたのを思いだしてやっぱ記者会見なんかしなけりゃよかったという後悔が襲ってきた。

 

 

 

「それじゃあ水琴ちゃん、お疲れ様」

「はい、山下さんも色々とありがとうございました」

 

 蛇谷神社のすぐ横、一見すると玄関とは思えないほど草木に隠蔽された門扉の前で車からおろしてもらい、山下さんと別れの挨拶をした。

 

 休耕地と少しの住宅が広がる近所を去っていく山下さんの公用車を見送ってから、私は自宅の門扉をくぐる。

 境内の塀の外側を沿うように張られた石畳を進み、とうとう私の自宅の玄関までたどり着いてしまった。

 普段通り鍵を開けた後、引き戸の取手に手をかけたところで私の体は硬直してしまう。

 

(……確実に今晩の夜伽は一晩じゃ終わらない)

 

 今日の私が消費した霊力を補うためには、いったいどれほどの期間を時差結界の中で過ごせば赦されるのだろうか? 

 

 取手にかけた右手が震えていることに今さら気がついた。

 震えを止めようとしても止まらず、果ては建付けが悪くなってきている我が家の扉までガタガタと音をたてる始末だ。一度そこから指を離してしまうと、もはや家に入る気力すら無くなってしまった。

 

 空を見上げるとすでに東の空は赤茶けており、日没が近いことは自明だ。けれども往生際の悪い私は玄関の横の庭に入り、観賞用の岩の上に腰掛けた。

 

 このような先延ばしに意味があるとは思えない。

 空を眺めるのに飽きて、左手首に巻き付けていた安い腕時計の秒数が進むのを見つめているとスマホの着信が鳴った。画面には自宅の固定電話と表示されている。

 

「……もしもし」

『赦してやる、さっさと帰ってこい』

 

 その一言を聞いた瞬間、あの色情狂の妖魔にも人の心があったのかと驚くとともに、ひどく安堵してしまった。

 妖魔に屈することなど退魔師としてはあってはならないことだと思いつつも涙声で通話を切り、私は玄関に向かった。

 

 

 玄関扉をくぐったところで、普段ならすぐそこにあるはずの廊下が全く見えず、肉が轟く音のする闇としか言いようの無いものに体が吸い寄せられたところで、私の記憶は途切れている。

 

 

「不特定多数の人間に下着を見せた事、それだけは赦してやろう」

 

 

 最後にそんなことを呟いた龍神の声だけはよく憶えている。

 

 

 ■■■

 

 

 

 東経新聞(電子版) 

 2020年12月7日 夕刊

 

『リヴァイアサンの妖結晶、鑑定額は20億円に』

 

 退魔省は7日、妖魔リヴァイアサンの妖結晶を20億円で蛇谷家から買い取ったと公表した。横須賀基地に保管されていたリヴァイアサンの妖結晶は同日付けで独立行政法人妖魔研究所の施設に移送された。

 

 退魔省の田村大臣は会見で「歴史上もっとも巨大な妖結晶であることは間違いない。官民共同で研究を行い今後の妖魔対策に活かしたい」とコメントしている。

 

 鑑定を行った式紙家の担当者によると「これ程の霊力量と密度を兼ね備えた妖結晶の鑑定は初めてだ。鑑定方法は推定される霊力量を基準に行い20億円という結論に至った」と語っている。

 

 

 

 

 



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第38話

 11月29日の日曜日、記憶の混濁した頭を抱えながら私は神社の境内で掃き掃除をおこなっていた。妖魔退治の忙しさにかまけて放置していたせいで境内にかなり落ち葉が溜まっている。

 

(……昨日、家に帰ってからの記憶がない)

 

 リヴァイアサンを倒して、記者会見でやらかして、家には時間通りに帰宅できて……、そのあとの記憶がない。

 布団の上で龍神にぐちゃぐちゃにされているうちに、ぼんやりと少しずつ意識を取り戻していたような気もするのだが、どの時点から意識がはっきりしていたのかも確信が持てない。

 

 

 気を紛らすために竹箒で落ち葉をどけて参道からきれいにしていく。11月の終わりともなると境内の落ち葉もほとんど乾ききっているので軽くて助かる。

 

 無心になって作業をしているうちにあたりからは落ち葉が一掃されたので、本殿の拭き掃除に移行しようとしたところで賽銭箱に何かが挟まっているのを見つけた。

 

「うわ、万札じゃん」

 

 うちの神社の賽銭箱にお金が入っているという人生初の事態に戸惑ってしまい、思わずそんな独り言を呟いてしまった。風の無い、しんとした秋の終わりの空気にその独り言が思った以上に大きく響いたので、特に悪いことをしているわけでもないが周りに人がいないかキョロキョロと見回してしまった。

 

「そういえば賽銭箱の中身とかほとんど確認したことなかったな」

 

 すぐ横の自宅に戻り、取ってきた賽銭箱の鍵を鍵穴に差し込む。ピッキングされたら簡単に開けられそうなシンプルな鍵だが、果たしてその中身は無事であった。

 

「めちゃめちゃお賽銭集まってる、いつの間にこんなに参拝客が……」

 

 硬貨だけでなく小さく折りたたまれたお札もかなりの数が見受けられる。私がいない間にかなりの人数の参拝客が訪れていたことが一目でわかった。

 

 賽銭箱の抽斗を抜き取って、中身の硬貨や札をザラザラと麻袋に流し込んで家に持ち帰る。家の中で賽銭を検分しているうちに気づいたのだが、中には私宛の手紙のようなものまでが入っていた。賽銭箱に手紙を入れないで欲しいと思いつつも悪い気はしない。

 

 硬貨の種類毎に分ける整理が終わったところで、時計を見ると午後の2時を指している。

 

「って、境内の掃除の途中だった」

 

 拭き掃除のための雑巾とバケツをもって再び境内に戻り、掃除を続行した。

 

 

 ■■■

 

 

「ふぅ……、まあこんなところでしょ」

 

 神社の人目につくところから、社務所の内側まで一通りの掃除を終えた私は一人で悦に浸っていた。

 

 昨晩の記憶は戻らないままだが、年末年始に向けた神社の大掃除という仕事を終えることができた私の心のうちは晴れ晴れとしていた。

 

 秋空はまだ青さを多く残しており、日没までにはかなり時間的な余裕がありそうに見えた。このまましばらく、社務所のなかでぼうっとしているのも良いかもしれない、そんな風に考えていると3人組の参拝客が訪れた。

 

 20代くらいの男女3人組で、木陰にある社務所には気づかずにそのまま本殿に向かってお詣りし始めた。

 鈴の音や硬貨が賽銭箱の内側を跳ねる音を聞きながら彼らの後ろ姿を眺めていると、3人のうちの振り返った1人の女性と目があった。

 

 軽く会釈をするとその1人が他の2人に声をかけたところで残りの2人も私が社務所の中に座っていることに気がついたらしい。小走りで駆け寄ってきた女性に開口一番にこう聞かれた。

 

 

「あの、蛇谷水琴さんですよね!」

「あっはい、そうです」

 

 

 たった一言そう返答しただけだが、3人はお互いの顔を見合わせて、揃ったように弾けた笑顔で会話を続けてくる。

 どうもこの3人は関東のほうの大学の寺社仏閣巡りサークルに所属しているらしく、これまで色んな神社やお寺を巡ってきたのだと御朱印帳を見せながら語ってくれた。

 

 最寄り駅から徒歩30分のど田舎にあるうちの神社に、わざわざ関東から来てくれる人がいるというのに少し驚きつつ、改めて自分が有名人になったのだと実感した。

 

 3人の御朱印帳に蛇谷神社の御朱印を押印して日付を毛筆で記入していく。初穂料は無料なのでそのまま御朱印帳を返却すると、次に神社にいるのはいつになりそうかと聞かれた。

 

「お正月の三が日はずっといるつもりです、妖魔が出ない限りは」

 

 さすがに年末年始まで妖魔の相手をするのはしんどい、災害級の妖魔が出ない限りは今年の正月はゆっくり過ごすつもりだ。

 

 ……今年の初め、まだ両親が生きていた頃、地元の人が数人訪れるからと神社を開けて母と2人で社務所に籠もっていたのがすこし懐かしい。今日確認した賽銭箱の様子や、目の前の3人組を見るに今年はそれなりに参拝客が来てくれるかもしれない。亡き父母が見たら喜んでくれるだろうか。

 

 そんなことをぼんやりと心の裏で考えながら3人と会話をしていると、「友達に自慢したいから一緒に自撮りしてもらってもいいですか」と遠慮がちに尋ねてきた。彼らの喜びように水を差すのも憚られたので、私はその依頼を快諾した。

 

 撮ったばかりの写真データが入ったスマホと、御朱印帳を大事そうに抱えながら3人は歩いて帰っていった。駅からここまで本当に徒歩で来ていたらしい。熱心な参拝客を見送ってから空を見上げると少し赤らんでいる。

 

 

 鳥居の真ん中に駒寄せを置いてから私は自宅に戻り、その日もいつもと同じように龍神に抱かれた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 それから一週間後、私は県庁舎で担当の山下さんとともに東京から来た退魔省の官僚と契約書を取り交わしていた。

 契約書の内容はリヴァイアサンの妖結晶を20億で国に売却するという内容である。

 

 ボールペンで自分の住所と名前を記入し、実印を数か所ポンポンと捺印して無事に契約は完了した。

 これで数日後には私の銀行口座に20億円が振り込まれる。想像した以上に高く売れたことに驚きつつ、初めて手にした大金をどう扱うべきかはここ最近ずっと悩んでいる。

 

 とりあえず巫女服は新調するとしても数着買ったところで消費する金銭はわずか数千万円だ。……数千万円という単語にわずかという副詞をつけて自然と思考している自分に心の何処かで呆れつつ、契約書を検分する官僚と話を続ける。

 

「ありがとうございました蛇谷さん、書類関係はこれで大丈夫です」

「こちらこそありがとうございました、わざわざ東京から来ていただいて」

 

 国に妖結晶を売却したことで所得控除が適用されるため、このお金に掛かる税金はかなり安く済んだ。

 鬼神の分の税金も余裕で支払いできるので今回のリヴァイアサン討伐は大成功だったと言える。……記者会見の下着開示は考えないものとしてだけれど。

 

「リヴァイアサンの妖結晶の使い道はどうなるんですか?」

 

 興味本位で聞いてみたら男性官僚は、「官民共同での妖魔の研究に充てられる方針で進んでます」と答えてくれた。退魔省とつながりの深い家で一番大きいところといえばリヴァイアサンの妖結晶の鑑定をしてくれた式紙家なので、もしかするとそことの共同での研究になるのかもしれないと直感的に思った。

 

 

 霊具製造の御三家である『鍛治川』『式紙』『絹蜜』のうち、とくに式紙家が退魔省と強いパイプを持っていると言われている。関東を拠点にしている家だから地理的にも霞が関と親密になりやすいのだが、やはり当主の方針的なところもあるのだろうと感じる。なんとなく、祖父の鍛治川鉄斎はそういうのを嫌いそうな気がする。

 

 以前まで私が頻繁に購入していた霊符はその『式紙家』の分家のそのまた分家の製造したものであり、巫女服のほうも『絹蜜家』のかなり遠縁の分家が製造したものである。

 

 霊具製造を生業とする退魔師は御三家を頂点とした縦の繋がりでまとまっていて、また各家ごとに得意な霊具製造の分野が異なるので棲み分けもきっちりしている。

 

 

 次に巫女服を調達するんならいっそのこと『絹蜜』本家の製造したものがいいな、とんでもない金額になりそうだけど今の私なら余裕で支払えるだろう。

 

 

 

 

 



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第39話

 銀行のATMで記帳した20億円という数字を見ながら、やっぱり『絹蜜』本家の巫女服が欲しいと改めて思った。

 ということでさっそく懇意にしている石原霊具店に向かい、普段と変わらぬ様子の老店主に絹蜜の霊具を取り扱ってるか聞いてみた。

 

「うちみたいな零細店じゃ絹蜜のは仕入れられねぇよ」

「そうですか……あっ、じゃあ紹介状とか書いてもらったりできませんか?」

 

 私がダメ元でそう言うと石原氏は少し呆れたようにこう返してきた。

 

「まあ分家経由の紹介状なら書けるけどよ……お前さんならもっと良い伝手があるじゃねぇか」

「鍛治川のことですか?」

 

「そうだ」と短く言う石原氏だが、個人的には鍛治川家にはあまり頼らずに退魔師としてやっていきたいのだ。下手に分家扱いされると色々と大変そうだし、『蛇谷家は一人当主の独立した家です、よろしくお願いします』という感じで今後もやっていきたい。

 

 

 そんな私の考えを知る由もない石原家の老店主はこう呟いた。

 

「たしか……8年くらい前だったか、鍛治川に絹蜜の直系の娘が嫁に入っただろ、このまえ鍛治川に行ったんならその時に会ってるんじゃないのか?」

 

 

 まさかと思い名前を聞いてみると鍛治川に嫁に入った女性は『絹蜜春花』、私の従兄弟である鍛治川鉄仁の奥さんだった。私が鉄仁の妾になる気満々で来たと勘違いしてめちゃくちゃ睨んできた女性である。当然、もう誤解はとけているので私と春花さんの間にはわだかまりは無いのだけれど、それでも面と向かって話すとやっぱり気後れしてしまう。たぶん春花さんの方も私に対しては同じような気持ちを抱いているとは思う。

 

 

 しかし春花さんが絹蜜の人間であることを知ってしまった以上、彼女を通さずに絹蜜本家へ依頼を持っていくと、今度こそ彼女のメンツを潰してしまいかねない。絹蜜に巫女服を作ってもらうのであれば、もはや彼女に話を持っていくしかなくなった。

 

 まあでも、ある意味これで良かったのかもしれない。

 鍛治川に『琴天津の剣』を作ってもらって、絹蜜にも新しい巫女服を作ってもらうことで御三家に対する蛇谷家のスタンスを平準化できる……、いやそれなら式紙家にも何か依頼をするべきだろうか? 

 

 ……さすがに変な気を使い過ぎか。

 

 別に鍛治川家と密接な分家関係になろうが、嫌なことは嫌と断ってしまえばよいのだ。もともと絶縁されていたのだから最初に戻っただけと考えれば多少気が楽になる。パワハラ糞ジジイに何を遠慮することがあろうか。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 そんな訳で従姉妹の京華に『絹蜜家』に依頼をしたいので春花さんと話をしたい、と電話するといつもの国際ホテルで会うことになった。その場所ならアフタヌーンティーだろうかと思ったのだが、意外なことに待ち合わせ場所はホテルのスイートルームの一室だった。

 

 

 地下駐車場に原付を置いてからホテルのエントランスに向かうと京華とお付きの高橋さんが立っているのが見えた。声をかけるとそのまま29階のスイートルームまで連れられる。

 

 豪奢な廊下を抜けてスイートルームに入るとまず、酒臭さが私の鼻をついた。

 お付きの高橋さんはそのまま部屋の外で待機するみたいで、一緒に入室したのは京華だけなのだが彼女も酒臭さに少し顔をしかめていた。けれどもそれは彼女にとっては既知の情報らしく、そのままズンズンと豪奢な室内を進みリビングと思しき風光明媚な部屋にたどり着いた。

 

 

 開放感のある大きな窓ガラスの側にあるソファーベッドに2人の女性が腰掛けていた。いや、腰掛けているのは叔母の桃華さんだけで、もう一人はソファーにうつ伏せで倒れている。

 

 長い黒髪と腕がソファーの上から床まで垂れていて、床に触れている左手にはシャンパングラスが握られていた。幸い中身は空のようで高価そうな絨毯に汚れはない。

 

 なんだこの状況はと思って叔母の桃華さんを見ると、彼女もシャンパングラスを握りながら悪戯っぽい笑みでそこに寝ている女を起こすようなジェスチャーをしてきた。

 まさかと思いながらソファーに突っ伏している女の肩に手をかけて揺すると、ダルそうに頭を上げた彼女と目があった。

 

 途端、その女性は瞳を大きく開くと何かとても恐ろしいものを見たと言わんばかりの表情で、喉の奥で声にならない悲鳴を鳴らすと私から遠ざかるようにソファーの上を後退りした。

 

「ななななななななっ……!?」

「……お久しぶりです、えーと、春花さん?」

 

 彼女が私の会いたかった鍛治川春花であることはもう確信しているのだけれど、以前会ったときと雰囲気が違いすぎて語尾が疑問形になってしまう。

 

「ちょっ……えっ! 桃華さんどういうことですか!?」

「ごめんね春花さん、スペシャルゲスト呼んじゃった」

 

 ここに私がいることに驚いて様子の春花さんが桃華さんをそう問い詰めると、桃華さんは先ほどと同じ悪戯が成功した子供みたいな返事をした。

 

 

 一気に酔いがさめた様子の春花さんは一言断ってからお手洗いに向かっていったので、室内には私と京華と桃華さんが残された形となった。「部屋がくさいです」と言って窓を開けて換気をし始めた京華を横目に、桃華さんに何をしていたのか聞くと、どうも最近ストレスを溜めていた春花さんを気遣って無理やり休みを作りこのホテルで飲み会をしていたらしい。

 ちなみに開いたシャンパンは2本目、飲み会をしていたというわりに室内に食べ物の気配が全くないのは私に気を使ってくれてのことだろうか。

 

 予想外の事態にすこし呆れつつ、とりあえず私もソファーに腰掛けて桃華さんと話を続けた。

 

「春花さん、最近また辛そうにしてたから息抜きさせてあげなきゃと思ってね。ごめん水琴ちゃん、驚かせちゃって」

 

 あまり酔ってなさそうな桃華さんはグラスに口をつけながら鍛治川春花という女性について語り始めた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 鍛治川春花、旧姓絹蜜の彼女が鍛治川家に嫁に来たのは今から8年前のこと。霊具製造の御三家のうち、『鍛治川』と『絹蜜』の直系の男女の婚姻ということで周囲からの期待はそれはそれは大きなものだったらしい。

 

 ここでいう周囲からの期待とは即ち、『強い退魔師の子供を成すことができるかどうか』、というものである。

 

 退魔師の家系に生まれた女性にはかならず、退魔師としての高い素養を持った子供を産むための言霊呪名である『花名』がつけられる。この事からもわかる通り、強い退魔師の子供を産むことはこの業界の女にとっての至上命題なのだ。まあ私は母親が母親だったせいで『花名』は無いのだけれど、これは完全なイレギュラーである。

 

 さて、政略結婚で結ばれた2人だが気が合ったのだろう、特に性格上の不一致などもなく良好な夫婦関係を築くことができたため、周囲は2人の間にはすぐに子供が出来るのだろうと期待していた。

 

 

 

 ところが、『今年はきっと子供を授かるだろう』と正月のたびに言われる親戚の予想を外しつづけて気づけば数年が経ち、春花さんは鍛治川家内での立場がどんどん弱くなっていった。鉄仁も春花さんも子供を作る能力に問題があるわけでもないし、それなりに夜は2人で行為をしていたそうなのだが、結婚から5年が経過しても妊娠の兆候は見られなかった。

 

 以前、私が鍛治川家に呼ばれたときは鉄仁の妾になるように言われたが、そもそも鉄仁に妾をつける話は私が最初というわけでは無かったようだ。鉄仁と春花さんに一向に子供ができる気配がないため、周囲がやんわりと圧力をかけて妾を取るように仕向けていたそうだ。候補の女性の内諾も取れており、あとは鉄仁が同意すればすぐに関係を持てる状態だったとか。しかし鉄仁はそれを固辞して春花さん以外の女性と関係を持つ気はないと宣言した。

 

 

 鉄仁も男らしいところがあるじゃないかと思ったが、それはそれでまた春花さんが責め立てられる口実になったらしい。つまり『子供も作れないくせに鍛治川家次期当主の嫡男を独占する石女(うまずめ)』というレッテルが貼られてしまったのだ。

 

 

 桃華さんの語り口に聞き覚えがあったので、おそらくこの話は母と2人で桃華さんと京華とアフタヌーンティーに行っていた時に耳に入っていたのだろう。記憶にはほとんど残っていなかったが。

 それでも改めて詳細を聞くとなんとも地獄みたいな話である。花の20代のうちの数年間を朝から晩まで毎日、針のむしろ状態での生活なんて、私なら気が触れてしまう気がする。

 

 実際、末期の春花さんはほんとうにヤバい状態だったらしい。不妊治療を何年か続けたあと、とうとう産み分け指導まで追加されてしまったあたりが春花さんのストレスのピークだったそうだ。

 

「……産み分け指導ってなんですか?」

「簡単にいえば子供の性別を望む方にするためにする作業のことね。リンカルっていう薬を飲んだり、あとは……まあ色々と準備したりって感じ」

 

 不妊治療に加えて産み分け指導までが追加されてしまったのは、つまり春花さんの年齢を気にしてのことだ。20代前半の嫁だったら周りの親戚も『一人目は女の子で、二人目が男の子のほうがいいわよ』みたいな感じで接してくるそうだが、20代後半に差し掛かった春花さんの場合は『年齢のこともあるし最初から男の子産んでね、頼むから』みたいな風になるらしい。

 

 

 ……この話を聞いて、零細退魔師の家の娘として『花名』も無く生まれてきた自分の幸運に感謝した。前世が男の自分が春花さんみたいな環境におかれたら間違いなく発狂すると思う。

 

 

 

 



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第40話

 不妊治療に産み分け指導、周りの分家連中からの批判的な眼差し、そんな重圧にとうとう参ってしまった春花さんを見るに見かねて助け舟を出したのが桃華さんだった。

 

 彼女は春花さんを無理やり連れ出して、定期的にこのホテルで一泊休ませるようにしたのだ。結婚して以来ほとんど鍛治川本邸から外出していなかった彼女にとってこの外泊はかなり精神的な助けになった、とお手洗いから戻ってきて桃華さんの隣に座った春花さんが呟いた。

 

 シャンパンを好み始めたのもこの頃からだそうだ。「不妊治療中にアルコールなんて……」と最初は飲もうとしなかった春花さんだったが、桃華さんに進められて口にするうちに好きになったのだという。

 

「はじめて春花さんが酔っ払ったときとか凄かったわよね、ザ・泣き上戸って感じで」

「うう……あの時はほんとうに限界だったんですよ……」

 

 

 

 シャンパンを飲んで泣きまくるというストレス発散方法を修得した春花さんに吉報が訪れたのはその数ヶ月後、最初はお酒にハマったせいで生理が遅れているのだと勘違いしていた春花さんだったが、その遅れが3週間に達したところでさすがにおかしいと思って検査をしてみると見事に妊娠していたという。

 

 そこからは一気に人権が回復した。

 春花さんがやっていた雑務などはすべて取り払われて、体調を第一に考えて生活するように言われ、周りの人達が一気に優しくなったのだ。「……あれはあれで人間不信になりそうでしたけど」と春花さんは呟いた。

 

 妊娠から4ヶ月後のエコー検査で赤ちゃんの性別が男の子だと判明すると鍛治川家は大いに沸いたらしい。ちょうどその頃、第一次の鬼神が日本国内で暴れ回っていたため鍛治川家にとっては久方ぶりの良いニュースだったのだ。

 

 滞りなく出産を終え母子ともに健康、産後の肥立ちにも問題なく赤ん坊の鉄雄くんの退魔師としての素養は十分、もはや春花さんの鍛治川家での立場は盤石となった、そのはずだった。……半年後に鍛治川鉄斎の鶴の一声で蛇谷水琴を鉄仁の妾にするように言われるまでは。

 

 話の時系列がようやく私の知る時期に追いついたところで、あのときの私って本当にタイミングが悪かったのだなと思った。

 

 鍛治川家当主の言葉には誰も逆らえない。

 

 もしもあの時、巨乳JK退魔師の蛇谷水琴ちゃんが『妾になりまぁす♡ でも本妻と同じ家に住むのは嫌なのでそっちのオバサンは追い出してくださぁい♡』と無茶を言ったとしてもその望みはたぶん叶えられたらしい。……自分で想像して気持ち悪くなってきた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「お久しぶりです、み……蛇谷さん。先程はお見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」

「いえいえ、春花さんのことを知れて良かったです。あと私のことは水琴でいいですよ」

「では水琴さんと」

 

 先程まで呑んだくれていた女とは思えないほど、背すじを伸ばし凛とした姿勢で話す春花さんに感心しつつ、心の中では彼女に親近感を覚えていた。

 

 きっとそれは春花さんのほうも同じなのだろう、少し彼女の表情が柔らかい。なんとなくだけれど私と春花さんの間にあった薄皮一枚分の他人行儀が無くなっているような気がする。きっと桃華さんの狙いはこれだったのだろう。

 

 たぶん普通の状態の春花さんと会って話をしたとしても、お互いにどこかぎこちなさを抱えたまま終始会話をしてしまったはずだ。そうならないように敢えて春花さんをベロベロに酔った状態で会わせたのだろうけど、未成年のわたし相手にそれはどうなんだと思いつつ、今も堂々とシャンパングラスを傾けている桃華さんを見ると悪い気はしないから不思議だ。

 

 

「それで、水琴さんはどうしてここに?」

「春花さんにお願いがあって来ました」

 

 話が本題に入りそうになったので単刀直入に要件を伝えようとすると、何故かまた春花さんの表情が一気に青ざめた。

 

「ま、まさか、私を追い出してやっぱり鉄仁さんの妾になる気ですか……?」

「いや違いますって」

 

 先程まで自分の昔話をしていたせいだろうか、自己肯定感の低かった頃の春花さんの表情はたぶん今の感じに近いのだろうと感じた。

 

「えっと……『絹蜜』の巫女服を買いたいので、本家の誰かを紹介してください」

「……え、そんなことですか?」

 

 不安そうな表情がすぐに困惑したものに変わり、春花さんは「もちろんご紹介します、というか絹蜜の当主の父からも水琴さんに顔繋ぎしてほしいと言われていたところだったんです」と言った。絹蜜家の当主としてはリヴァイアサン討伐の際に特注の巫女服を提供させてほしい、くらいのスタンスだったらしい。まあリヴァイアサンって現れてから3日で討伐してしまったから、そんな準備をする時間も無かったのだろう。

 

 求めていた霊具がむしろ向こうの方から来てくれている感じに自尊心がくすぐられる。プロのサッカー選手が靴のメーカーに営業をかけられるとこんな心境になるのだろうか。

 

「そうだ、年末に鍛治川家と絹蜜家の派閥で集まる会合があるから、その時に採寸とかしてもらったら良いんじゃないかしら?」

 

 その場で思いついたように言う桃華さんだったが、多分これは彼女の中では既定路線だったんだろう。ただ派閥でも分家でも、蛇谷家の独立性を保持したい私としてはあまり参加するのに気乗りしない。「その派閥に入ると何か特別な義務とか発生したりしませんか?」と一応聞いてみる。自宅に龍神という特大の爆弾を抱えている以上、あまり他家にずかずかと踏み込まれたくはないのが本音だが……。

 

「水琴ちゃんの術式は秘匿性が重要だものね。大丈夫よ、派閥に入ったからって特に何をお願いすることもないし、水琴ちゃんの仕事の邪魔になるようなことはしないわ」

 

 桃華さんは私の短い質問に対して的確な答えを返してくる。鍛治川家の内務を取り仕切っている彼女の言質があるのなら行ってみてもいいかもしれない。二大派閥の会合とやらでどんな催しが行われるのか少しだけ興味がある。

 

「今年の会合は鍛治川本邸でやるから、会合中に疲れたら京華と部屋で遊んでてもいいわよ」

 

 ベッドの上で寝転びながらスマホを弄っていた京華は、桃華さんの台詞を聞くと私に期待を込めた視線を向けてきた。もはや「はい」と答える以外にないくらい周りを固められてしまった。

 

 この部屋に入ってから終始、桃華さんのシナリオ通りに進められているような気がしなくもないが、まあ絹蜜に巫女服を作ってもらうという目的は達成できそうなので良しとしよう。「じゃあ参加します」と桃華さんに言うと、彼女は綺麗な笑顔で頷いた。

 仕事の話が終わったあとも京華も含めた女四人で他愛もない会話を続ける。

 

 

 

 会話の流れでいまの退魔師業界はかなり女余りの状態になってしまっているという話になった。

 

「女余りって……ああ、第一次の鬼神討伐のせいですか」

「そう、あの大規模作戦で約500人の退魔師が亡くなったわ。知っての通り退魔師はほとんどが男だし、若い人もあの作戦にたくさん参加していたからね……」

 

 

 現場で仕事をする戦闘系退魔師の私は妖魔の間引き管理が行き届かない土地が増えることばかり懸念していたが、たしかに、政略結婚が多いこの業界だと結婚相手の男が不足するという問題が発生するのは当たり前のことだ。

 

 あの作戦に参加していたうちの大半は20代が占めている。その退魔師の許嫁だった女性が宙に浮いた状態になっている家が多いらしい。その余波もあってか、妾を取るという選択肢は最近かなり真面目にどこの家でも検討されているそうで、退魔省も裏でそれを支援しようとしている節があるとかないとか。

 

「鉄仁くんなんて超優良物件だしね、うちの娘を妾にしてくださいってお願いしてくるところが結構あるのよ、まあ本人は断りつづけてるけどね」

 

 桃華さんがそう言うと横に座っている春花さんの表情にまた影が差した。鉄仁がその気になれば退魔師の家系の女を何人も妾として囲うことができるという状況を聞くと少し羨ましく感じる。私も前世と同じく男として生まれていれば……と思ったが、その場合は龍神に会った時点ですぐに殺されていたからやっぱり女に生まれて良かったと結論が出る。

 

 

「そういえば、今日は鉄雄くんはどこに置いてるんですか、たしか生後半年ちょっとでしたよね」

 

 以前は春花さんの胸に抱かれていた赤ん坊、鉄雄くんの姿はこの部屋のどこにも居ない。話題を変えようと思って軽く口にしてしまった疑問だがこれもまた春花さんの表情に影を加えてしまった。

 

「うう、今日は絹蜜の実家に預けてます。だめな母親で御免なさい……」

 

 誰も責めていないのにそう呟いた春花さんは、いつの間にか並々と注がれていたシャンパングラスを煽るとまた先程と同じようにふにゃふにゃとソファーに寝転がってしまう。

 

 横になったまま取り出したスマホの画面を見ながら、「ごめんね鉄くん、お母さん明日にはちゃんと迎えにいくからね……」と一人で懺悔を始めてしまった。たぶんスマホの画面には赤ん坊の写真が表示されているのだろう。

 

 やっぱりかなり酔っ払っていたらしい。

 

 

 



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第41話

 二学期の期末試験が終わって冬休みに入った。

 国家指定退魔師として全国への出張妖魔退治をずっと行っているが、冬は妖魔があまり湧かない季節なので学校が休みでも毎日仕事をする必要はないとのこと。「というか最近どこの都道府県も水琴ちゃんに頼りすぎなのよ」とは山下さんの意見だ。

 

 そんなわけでクリスマスから年明けまでの私の予定はかなり空白が多い。まあ、もし万が一災害級の妖魔が突然現れたりするとすぐに出動しなければならないので、予定を開けておくに越したことはないだろうけれど。

 

 

 鍛治川家と絹蜜家の派閥合同での寄り合いはちょうどそんな休みの日の開催だったため心置きなく参加することができる。どの家も日帰りでの参加で昼から夜にかけて色々な類の交流会が催される。昼食会からスタートし、退魔師の男衆は今年製造した霊具の研究発表会、女性陣は茶会や生け花、書道教室に参加し、最後に夕食会を行って解散というのが当日の流れだ。

 

 私は昼食会に参加しても何も食べることはできないので、その時間を利用して絹蜜の職人たちに巫女服の採寸や細かい内容のヒアリングをしてもらう予定である。なので当日はいつも着用している巫女服を着た状態で来てほしいと言われている。いま身に着けている巫女服の霊糸のほつれ具合を見て普段のわたしの身体の動かし方や戦い方の癖を考慮した上で新しい巫女服は作られるらしい。オーダーメイドだとそんなことまでやってくれるのかと少し驚いたが提示された金額はそれなりのものだったので、まあそれくらいしてもらわないと勿体ないよなという庶民根性もあった。

 

 採寸が終わったあとは女性陣の茶会や生け花、書道教室に参加する予定だ。最初はそんなところ参加しても書道は兎も角、茶道や華道なんてやったことないからと断るつもりだったのだが、別に全員がやる必要はなく見ているだけの人も多いらしい。けれども今回の茶会でお茶を点てるのは京華だそうで、「お姉様にも見ててほしい」とお願いされてしまい、渋々参加することになってしまった。一応ネットでお茶のマナーは一通り勉強してきたのでたぶん大丈夫だろう。といってもお茶を飲めないのでほとんど見ておくだけなのだが。

 

 

 朝のシャワーを済ませたあと、最後の一着となってしまった霊具として無事な巫女服を着用して神社の鳥居の前で待っていると、遠くからいつもの黒塗りの高級セダンがやってくるのが見えた。目の前に止まった車のドアが開かれたので乗り込むと私服の京華が後部座席に座っていた。

 

「あれ、今日は和服じゃなかったっけ?」

「お姉様と同じタイミングで着替えます、ちなみに今日の着物はお姉様とお揃いにしてますよ」

 

 茶会に参加できるような着物なんて持っていなかったので京華のものを借りることになっていたのだが、着物の柄に関しては彼女が選んでくれたらしい。お揃いという言葉に特別な意味を持たせがちな10代の女の子らしく、京華は楽しそうに着物を選んだときの話をしてくれた。

 

 

 冬の空気を車窓の向こうに感じながら京華と会話をしているうちに鍛治川本邸に到着した。邸宅内に続く車道を進むと、普段よりも明らかに多い台数の車がとめられていた。車の周りには和服や僧服、斎服といった様々な服装の退魔師の家系の人達がそこら中にいる。

 

 彼らの姿を横目に、私達の乗っている車は客用ではない屋敷奥の駐車場までそのまま進んでいった。

 

 

 他の来場者とはまだ会わないように裏口から邸宅内に通される。広い屋敷内の廊下を進んで目的の部屋にたどり着くと、室内には春花さんと複数名の女性が正座をして待っていた。

 

「お待たせしました春花さん、そちらの方たちは?」

「彼女たちは絹蜜家の人間です。採寸は女衆の仕事なので何人か集まってもらいました」

 

 春花さんがそう言うと女性陣は無言で会釈してくる。近くの畳には白い布が敷かれていて、その上に長さを測る器具やら、用途のよくわからない道具が規則正しく並べられていた。「それじゃあさっそく服の上の採寸からしていきましょう」という春花さんの号令で作業が開始される。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 蛇谷水琴の採寸が始まった当初、12畳ほどの狭い部屋の空気は和やかなものだった。水琴自身も自分の体の各所のサイズを測られることになんらの抵抗感も抱いていない様子であり、今着ている巫女服の上からの採寸はすぐに終わった。

 

「巫女服の上からの採寸は以上です、あとは脱いだ状態での採寸だけですね」と春花が言うと、それに頷いた水琴は躊躇いなく蝶々結びにされている緋袴の紐に手をかけてそれを解いていく。そのあたりから部屋の中の空気感がおかしなものになりはじめた。

 

 水琴の肢体を交差するように締め付ける普段は見えない部分の朱色の結びが露わになり、またそれが解かれると緋袴はそのままストンと床に落ちる。慣れた手付きでそれを畳んでいく水琴は少し屈んでおり、まるでその腰つきが強調されるような体勢は男が見てしまえばもはや目を離せなくなるような類の淫靡さがあった。女衆の中の一人の生唾を飲み込む音が静かな部屋にやけに響いたが、水琴は気にする素振りもなくそのまま脱衣を続けていく。

 

 白衣を留める帯をほどき肩にかかる重ね衿を下ろし、襦袢の上から肉体を締め付ける紐を抜くと、ようやく彼女の本来の体の曲線が露わになった。

 

 襦袢の下に身に着けている下着の色は白色で、10代の女の子らしいシンプルなレース柄がアクセントとして刺繍されている。綺麗なお椀型のブラを押し上げる彼女の肉の起伏のラインはあまりにも豊かで、またそれを支える腰は健康的に細く、同じ柄のレースの入ったショーツを纏う臀部まで綺麗な曲線で流れていた。

 

 血色の良い、けれど白く透き通るような肌が外気に晒されている。12畳の部屋を照らす電球の光に妖艶さを加えてはね返す彼女の瑞々しい肩と太ももは、もはや同性に対しても目に毒であった。見惚れた女衆の一人がほうとため息を吐く。

 

 女衆が無言で見惚れていることに気が付かない水琴は、『あ、まだ足袋が残ってたな』と片足を少しあげて左から順に白い足袋を抜き取った。これで彼女の身に纏うものは市販されている白の下着のみである。

 

 頭のてっぺんから爪先まで、どこにも文句をつけようもないほどに整った蛇谷水琴の肉体を見てその場にいたすべての女が硬直する。もちろん鍛治川春花も例外ではない。理想的な女性の肉体がこの世にあるとすれば間違いなく目の前の彼女がそれに該当すると、その場にいるすべての人間が確信していた。

 

「下着の向こう側を見てみたい」、同性にも関わらず抱いたこの欲求が性的興奮によるものなのか、もしくは理想の女の肉体が下した結論がどのようなものなのか知りたいという知的好奇心なのか、鍛治川春花は自分の抱いた感情の起点がどこにあるのかわからなかった。

 

 

 蛇谷水琴が下着姿になってから凡そ30秒、室内の時がまるで止まっているかのように誰もが見惚れて動けなかった。

 

 ちなみにこのとき水琴は、『なんで誰も動かないんだろう、もしかして下着まで脱がなきゃ駄目なのか?』と見当違いを起こしていたが、さすがに下着まで脱ぐのは躊躇いがあったため無意識に右手を左手首に寄せた。

 

 先程までスッと立っていた水琴の美しさは一枚の写真で収められるような『静的な美』であったのに対し、今この瞬間見せた腕の動き、またそれに連なって少しくねらせた上半身はそれとは対極の『動的な美』である。

 

 自分からみて斜め下に送るような目線にきれいに整った臍を覆う右手首、やや畳から浮いた右足の踵、わずか一秒にも満たない短いその動作は、いまだ男を知らぬ処女の様にも、また幾人もの男を誑かしてきた売春婦の様にも見えた。

 

「あの……もしかして下着も脱がなきゃ駄目ですか?」

 

 無言の空気があまりにも長かったので不安そうに質問してくる水琴に対して、鍛治川春花はあと少し理性が足りなかったら「はいそうです、下着も脱いでください」と言っていただろうと自戒した。素直な水琴ならば多少の疑問を抱きつつもこちらの指示には従ってくれるだろうし、そうすれば女神が作り出した女の肢体の最適解を拝謁することが可能だったのに……という後悔を飲み込んで、鋼の意志で目線を一度水琴から外して採寸の作業に戻った。

 

 鍛治川春花が採寸を再開したことで他の女衆もそれぞれ自分の仕事に戻ったが、最初に比べるとその動きはあまりにもぎこちなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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第42話

 やけにモタモタしている気がしたがとりあえず私の身体のサイズ測定は無事に完了した。春花さんと絹蜜家の女衆が道具を片している間、さすがに下着姿のままでずっといるのは恥ずかしかったので床に置いてある襦袢と白衣だけを持ち上げて羽織ることにした。

 

 素肌を隠し終えたタイミングで部屋の外から「失礼いたします」という声が聞こえ、開いた襖から着物を持った使用人のお婆さんが京華と一緒に入ってきた。

 

「採寸は終わりましたか?」

「うん、ちょうど終わったところ。もしかしてそれが今日の着物?」

 

 平たい木のカゴに畳まれた状態で置かれている着物を見ると確かにお揃いの柄が描かれていた。着物の良し悪しなど全くわからないが、それでも絹の染色の美しさから高価なものだということが素人目でもわかる。

 

「南天柄の着物がちょうどお揃いであったので、それを選びました」

 

 ほんの少しのドヤ顔でそう言う京華が示したのは二着の色違いの着物だった。色違いと言っても白色と桃色なので、パッと見だとすごく似た着物のようにも見える。着付けに関しても絹蜜の女衆が手伝ってくれるとのことだったのでその言葉に甘えて着物を着せてもらった。

 

 重厚な帯を締めてもらってようやく終わったかと一息つこうとしたら、今度は髪型を整えるのだと言われ鏡の前に座らされる。ああでもないこうでもないと周りの女性陣が私の髪を弄くり回すのを耐えて、ようやく私の着物の着付けが完了した。……本当に疲れた、もう帰ってもいいだろうか? 

 

 着付けに慣れている京華は私よりも早く終えていて、また身体の動かし方も着物を着慣れている人間のそれだった。こんな拘束具みたいな服を着させられてよくあんな器用に動けるものだと感心する。

 

 

 大広間で行われている昼食会はもうすでに終わっているようで、次のイベントである茶会に参加するため部屋を移動するように言われた。周りの女性陣に先導してもらいながら襖を抜けて板張りの廊下を小股で歩いていく。

 

 いやそれにしても着物を着た状態で普通に歩くのってめちゃめちゃしんどい。歩幅が制限されるので重心のとり方が難しく、ちょっと足を開きすぎたらすぐに転けてしまいそうだ。けれども前を歩く女性陣を見ると皆わたしと同じく着物を着ているはずなのに各々が自然体の細かい歩幅で前に進んでいる。

 広い屋形の廊下を先導されるままに歩いていると、途中で中庭に面して張り出した廊下を通った。

 

 

 

 

 ちょうどその中庭には男性陣が十人ほど集まって何かを話している様子であった。前を歩く女衆が彼らに会釈して通り過ぎているのを真似しようとして、私も中庭にいる男達に顔を向ける。

 

「げっ」

「……あん? 蛇谷、お前どこにいくつもりだ?」

 

 中庭にいた男達の中、振り返った老人と目があった。

 見間違えようもなく私の祖父の鍛治川鉄斎である。よく見ると鉄斎の横に仕えているのは私の従兄弟で春花さんの旦那である鉄仁だった。

 

 今日一番会いたくなかった男に声をかけられてしまったがさすがに無視するわけにもいかず、歩くのを止めた女性陣を横目に鉄斎に返答する。

 

「採寸が終わったので、これからお茶会に参加する予定です」

「お前茶なんて飲めねえだろ」

「京華が点てるのを横で見せてもらうだけですよ」

 

 私と鉄斎の声だけが中庭に響いている。男衆はそれを興味深そうに聞いているが、京華以外の女性陣はかなり緊張した面持ちで私と鉄斎を交互に見つめてくる。

 

 解せないといった表情の鉄斎がいきなりこちらに近づいてくる。中庭に草履をほっぽりだして縁側に上がってきた鉄斎に着物の襟を掴まれて今来た道を無理やり戻された。

 

「てめぇはこっちだ」

「ちょっ……!? 襟を掴まないでください!」

 

 掴まれたといっても指先に引っ掛けるくらいの力の入り方だったので、すぐに振りほどいて鉄斎に向き直る。いまの動作で転ばなかった自分を褒めてやりたい気分だったが、鉄斎に抗議しようと思い顔を上げた。

 

「これから霊具の研究発表会がある。お前はこっちに参加しろ」

「嫌です、それじゃ」

 

 研究発表会というワードには前世で理系だったせいか少し興味を惹かれてしまうが、先約は京華の茶道の腕前見物のほうだ。短く断ってから鉄斎と反対方向に振り向くと、また着物の襟をつままれる。

 

 先程とは指先の力の入りようが全く違う。絶対に私を向こう側に行かせないという意志表示だろうか。ここで無理やり歩きだすことも可能だったのだろうが、せっかく綺麗に着付けしてもらったのが無駄になってしまいかねないので、その場で足を止めてしまった。

 

「おい、蛇谷はこっちの方に参加させる」

「かしこまりました、では……」

 

 鉄斎の一声で前を進んでいた女性陣に裏切られた。軽くこちらに会釈をしてから、名残惜しそうな顔の京華までもが茶会の会場に向かってしまう。

 

「……日没までには家に帰らないといけないので、研究発表は最後まで見れませんよ」

「途中で帰ってもらって構わねぇよ、見るだけ見ていけ」

 

 鉄斎に聞こえるようにわざとらしく溜息を吐いてから、彼の指し示す方向に足を向けた。いまの時刻は12時過ぎ、15時にはここを発たないと日没までに自宅に戻れないので発表会を見物できるのは3時間弱だ。中庭にいた男衆も鉄斎と私についてくるように縁側に上がり廊下を歩き始めた。

 

 

 女性陣と分かれてから少し歩いてたどり着いた部屋は広めの和室だった。普段は宴会場として使われていそうな感じの畳敷きの部屋だが、上座にはプロジェクターによる映像を投影するためのスクリーンと、それに繋がるパソコンがのせられた机が設置されている。たぶんその机が発表者の座る場所なのだろう。それに向かう下座には平行に3列ずつ机が並べられており、純和風の邸宅内に近代的な雰囲気のプレゼンシステムが導入されているのが少し面白い。

 

 既に座席の大半は埋まっている。下座の一番後ろの座布団がまだ空いていたのでそこに向かおうとするとまた鉄斎に襟を引っ張られて、最前列の鉄斎のために開けられていたとしか思えない座席の横に座らされた。3人掛けのローテーブルの下に並べられた座布団には鉄斎、私、鉄仁が順に座る形となった。

 

 

 

 鉄斎がこの部屋に入ってくる前はわりと和気藹々とした雰囲気の会話が外からも聞こえていたのだが、今はかなり緊張感のある空気になっている。

 

 そんなピリッとした室内で私に話しかけてくる人間がひとり、右手側のテーブルに座っている初老の男性だった。私から見て鉄仁の向こう側にいるので、少し座布団をずらして挨拶をするとその男は絹蜜家の当主だった。

 

「こうしてお会いするのは初めてですね、娘がお世話になっておるようで」

「こちらこそ春花さんにお世話になってばかりで、先程も採寸を手伝っていただいて感謝しております」

 

 間に鉄仁を挟んだ状態で春花さんについて話をしている感じになんとなく絹蜜家当主の牽制が見え隠れする気がするが、私にとっては別にどうでもいい。

 

「蛇谷様の巫女服に関しても当家の持ち得る技術を総動員して織らせていただきますので、どうぞご期待ください」

「ありがとうございます」

 

 かなりの人数が入っているはずなのだが、私と絹蜜家の当主の声だけがやけに響く。……ひょっとして鉄斎のせいで緊張しているのではなく、私のせいだったのかもしれない。

 会話のキャッチボールが円滑に進むにつれて、室内の温度感がもとに戻ってきた気がするのだ。まあ確かに、予告もなしに人間兵器が入室してきたらびっくりするのも仕方がないか。私ならこの場にいる人間全員2秒で片付けられる、と脳内でイキり散らかしているうちに発表会がスタートした。

 

 

 トップバッターの家から順に今年製造した霊具の性能や、どこの戦闘系退魔師に提供してこんな効果を生み出しました、みたいな内容が語られていく。各家の持ち時間は15分、その内の5分は他家からの質問時間という感じで会は進行していった。

 

 プロジェクターで投影されているパワポがまとめて印刷された紙が予め配られているので、それを見つつわからないところを小声で鉄仁に教えてもらいながら聞いていたがこれが結構面白い。

 

 さすがに他家みたいに専門用語で質問することなどは出来ないが、『この素材を使ってこんな霊具を製造しました』というインプットとアウトプットが明確なので素人目でもわかりやすい。

 

 続けて5つの家の発表が終わったところで小休止となった。冊子に記載されているタイムスケジュールだと私が見れるのは全体の半分以下である。龍神さえいなければ最後まで見れたのに、と憎き妖魔に恨みを向けつつ隣の鉄仁に話しかけた。

 

「この冊子って持ち帰っていいんですか?」

「構わないよ」

 

 パワポのスライドがまとめて印刷された冊子を持ち帰っていいのか聞くと良いとのことだった。直接見れない分に関しては家に帰ってから資料だけでも見てみたい。

 

「どう、発表会は面白い?」

「はい、出来るなら最後まで見てみたいくらいです」

 

 本心から私がそう言ったので鉄仁も安堵した様子だった。祖父に無理やり連れてこられた私を気遣ってくれていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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第43話

 その後も鍛治川・絹蜜合同での研究発表会はつつがなく進行していった。どの家も一年間の研究成果をこの場に持ち込んできているようで、かなりの熱量が室内を満たしているのを感じる。

 

 どの分野でも言えることだが、こういった研究発表の場にはトレンドというものが存在する。つまりメインストリームの流行りの研究と、それ以外の横道に逸れたようなマイナーな研究に大別されるのだが今回の発表会におけるトレンドは素人目で見てもはっきりとわかるものだった。

 

『災害級妖魔に有効打を与える霊具、あるいはその攻撃から身を守る霊具の開発』、ほとんどの家にとっての一丁目一番地はそこにあるようだった。

 

 それも当然のことだと思う。

 今年の日本で討伐された災害級の妖魔は3体、第一次と第二次の鬼神にリヴァイアサンだ。後半の2体を討伐しておいてなんだがここまで集中的に災害級妖魔が現れ、かつ討伐に成功したのは世界的にみても日本だけである。

 

 最初に現れた鬼神に関しては討伐するのに一年半以上がかかっており、その間に夥しい数の人命が損なわれている。そういった昨今の妖魔情勢を考慮すると今回発表される霊具が対災害級の妖魔にばかり偏ってしまうのも仕方がないのだろう。

 

 あとはやっぱり鉄斎の製造した『琴天津の剣』に追いつかんとする研究者たちの意志というか憧れもあるのかもしれない。冊子の最後の方のページを見ると発表会の大トリは鍛治川家、内容はもちろん『琴天津の剣』に関してだった。

 

 

 そんな感じで大味な威力の霊具ばかりが発表されていく中、一つだけ全く違うジャンルの研究をしている家があった。わたしは内容を聞く前に資料だけ先に目を通すようにしているのだが、この家に関してはマジで何の研究をしているのか意味不明だったのだ。

 

 

 たぶん基礎研究の一種なのだろうけど、知らない単位のよくわからない数値が羅列されている資料を見てもほとんど内容がわからない。

 

 いざ発表が始まってみて頑張って集中して聞きながら横の鉄仁に助けてもらいつつ、ようやくこの研究の目的が『一般人でも小型妖魔を討伐するための霊具』、それを開発するための、更にその前段階の研究であるということがわかった。研究の骨子は霊力操作の技術に関するものである。

 

 スクリーン横に座って説明をしているのは若い男の退魔師で、鉄仁に聞くところによるとこの家の当主らしい。

 彼がマイクを使って説明を行っていくにつれて、会場の空気が徐々に冷えてくる。もうこの段階でこのあとの質疑応答の時間がやばいことになるという予感があったが、その予想は的中した。

 

 

 質問タイムに入った直後、数秒間の沈黙を経て一人の退魔師がこう質問した。『この研究に意味はあるのか』と。前に座る若い退魔師の男は簡潔に『この研究が実を結べば、例えば一般人でも小型妖魔を討伐することができますので、ですから──』と言葉を続けようとしたところで、先程と同じ男が『だからそれに意味があるのかと聞いている』と重ねて質問した。

 

 一般人が小型妖魔を討伐するための研究に何の意義があるのかという意見はこの会場内の大多数のそれと一致しているようで、前に座る若い退魔師は一気に言葉に窮しはじめた。

 

 いやほんと、見てて居た堪れない。

 基礎研究に対して『何の意味があるの?』という質問は禁止カードである。それに一般人が小型妖魔を討伐できるというのはあくまで一番近い具体的な応用例というだけで、たぶんこの研究はもっと広く活用される見込みなのではないかと素人目線で考察する。

 

 発表者の彼なんてだんだん声が震えてきてるしあまりにも可哀想だ、と思っているうちに私個人の意見が決して彼を否定するものではないということに今更ながら気がついた。

 

 

『一般人でも小型妖魔を討伐できる霊具』

 

 仮にこれが本当に開発できたとしたら私の仕事はかなり楽になる。妖魔の間引き管理が行き届かない土地が徐々に増え続けている現状、この技術にはそれを解決する糸口となるのでは思うのだがそれは私が戦闘系の退魔師だからなのだろう。製造系退魔師と戦闘系退魔師の認識の違いがここにあるような気がする。

 

 一度自分の中で結論が出てしまうと、目の前で顔を真っ白にしている発表者の彼をこのまま見捨てるのが悪い気がした。いや違う、悪いどころかこの研究方針がここで打ち捨てられるのはあまりにも勿体ない。別にすべての家が災害級妖魔を打ち倒すための霊具開発に全力を注ぐ必要などないのだ。

 製造系退魔師の業界にはある程度多様性を維持してもらったほうが、戦闘系退魔師の私達にも利益があるはずだ。

 

 

「……あの、素人質問で申し訳ないのですが本当に一般人が小型妖魔を討伐できるようになるんですか?」

 

 恐る恐る左手を挙げてそう質問すると、発表者の若い退魔師と私の右に座る鉄仁は少し驚いた様子で私を見てきた。続けてそれ以外の後ろにいる退魔師からの視線を感じるが、左手に座る鉄斎に変わった様子はなかった。

 

 私が質問をしたことで少しだけ息ができるようになったのだろう、若い退魔師は予め用意していたと思しき回答をこちらに返してきた。

 

「ええ、はい……まだ出力の弱さに課題がありますが、非術師が霊力を操作するための補助器具の試作にはすでに成功しています」

 

 それって普通にすごい技術なのではと思ったが、やはりまだ小型妖魔を倒すほどの威力を出すためにはいくつかネックとなる部分があるらしい。たぶんそれを解決するためには人手もお金も足りないのだろう。

 

 

 そのタイミングで今まで黙っていた鉄斎が口を開いた。

 

「蛇谷、お前は非術師が小型妖魔を討伐できる霊具があれば助かるのか?」

「……はい、大量生産が前提ですけどあれば助かります。まあそれを使って戦ってくれる一般人がいるかどうかはこちら側の問題になりますけど」

 

 仮にそんな霊具があったとしても一つだけだったら意味がないし、また大量生産が出来たとしてもそれを使う一般人の協力者がいなければ意味がない。そういう観点からもやっぱり実用的な研究じゃないよな、まあ素人の意見だし許してくれるだろう、と思っていると鉄斎は続けてこう言った。

 

 

蔵人(くらんど)家でその霊具を大量生産するためにあとどれくらいの人手と金がいる? 納期は来年の春までだ」

 

 その鉄斎の言葉にはさすがに会場内がどよめいた。

 前に座る蔵人家の当主は目を白黒とさせながらこう答えた。

 

「いえ、まだこの研究はあくまで基礎研究の段階でして……」

 

 春までに完成させてなおかつ大量生産なんて不可能だ、と言外にそう言いたそうな彼だったがそんなことをガン無視するのが鉄斎だ。

 

「俺の言った意味がわからなかったか? 来年の春までに完成させるのに必要な人手と金はいくらかと聞いている。今この場で答えられないのなら後日改めて聞きに行く、俺からは以上だ」

 

 鉄斎はこれ以上話すことはないという感じで目を瞑り腕を組んで黙りこくった。

 蔵人家の当主は震え声で「はい、春までに絶対完成させます……」と言った。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 蔵人家の研究発表が思った以上に長引いたので、私はそろそろ帰宅しなければいけない時間になってしまった。鉄仁に邸宅の外まで案内してもらおうと席を立ったところで、座ったままの鉄斎が前を向いたままこう言ってきた。

 

「蛇谷、蔵人家にはその霊具を必ず作らせる。退魔省の役人どもにはお前から話を通しておけ」 

 

 一般人でも扱える霊具となればその販売先は間違いなく国になる。なので私に退魔省へのパイプ役になれということなのだろう。チラッと蔵人家の当主に目を向けると彼は死にそうな顔で頷いてきた。

 

 いやまあ、こんなことになってしまったのは一部私の責任でもあるので協力するのは吝かではないし、上手く行けば私にとっても利益になる話なのだけれど、本当にこの糞ジジイに周りへの配慮といったものは無いのだろうか、無いんだろうな、無かったし。

 

「まあ、こちらのことは私に任せてください、退魔省でもyourtubeでも利用できるものは何でも利用しますから」

 

 それだけ伝えて鉄仁と一緒に部屋から退出した。

 鉄仁に先導されながら広い邸宅内を歩いていると彼が話しかけてくる。

 

「いやぁ、まさかあんなことになるなんでびっくりしたよ、水琴さんはこうなるって予測して蔵人に質問したの?」

「そんなわけないじゃないですか、どう考えても鉄斎の暴走ですよ」

 

 自分がそれに加担したことは棚に上げて、とりあえず鉄斎のせいにしておく。

 

「でも、もし本当に蔵人家が霊具開発に成功したら私の仕事はかなり楽になると思います」

「……そんなに?」

「実際、妖魔の間引きが不十分な土地は増えてきてますし、戦闘系の退魔師の数もしばらくは減る一方ですから」

 

 妖魔がもっとも活性化する真夏、その時にどこまで被害を食い止められるかが勝負になる。私の来年の夏は休みなんてないと思ったほうがいい。常に日本のどこかで中型以下の妖魔の相手をしつづけなければならないはずだ。

 

 そんな自分の予測を鉄仁に伝えると、退魔師の数が減っているという部分に反応したのだろう。彼はこう質問を返してきた。

 

「僕が妾を取るように言われてる話は聞いてるんだっけ?」

「ええ、まあ大体は」

「それを聞いてどう思った?」

 

 答えづらい質問だと思いつつ、私は自分の意見を述べた。

 

「鉄仁さんに妾を取れとは言えませんよ、私は春花さんの友人ですから」

 

 この間、ホテルの一室で春花さんと話したことで私個人の感情はかなり彼女に寄っている。なので今言ったことは間違いなく私の本心だ。けれども鉄仁はその答えに納得できなかったらしい。

 

「退魔師としての水琴さんの意見を聞きたい」

 

 歩きながら話していた鉄仁が足を止めたので、後ろに続いていた私は前に進めなくなる。きちんと答えるまで案内はしないという鉄仁の言外の意思だろうか。

 

 腕を組みながらどう答えるべきか思案する。

 

「答える前にいくつか質問してもいいですか?」

「いいよ、何でもどうぞ」

「鉄仁さんの妾候補の女性は主に戦闘系の退魔師の家出身ですよね」

「うん、殆どがそうだね」

 

 鬼神討伐で殉職した退魔師の許嫁だった人ならば、ほとんどは戦闘系退魔師の家系出身の女性のはずだ。戦闘系の退魔師は戦闘系の退魔師家系の女性と、製造系の退魔師は製造系退魔師家系の女性とそれぞれ婚姻する傾向にある。そういった観点からも私の父と母の婚姻はかなりイレギュラーなのだが、まあこれは別にどうでも良い。

 

「つまり鍛治川の援助を受けた戦闘系退魔師の子供が何人も期待できるってことですよね」

「その通り」

 

 ここまで提示された条件で、退魔師としての私の結論は一つだ。

 

「20年後のことを考えるのであれば、鉄仁さんにはなるべく多くの妾を取ってもらう方が良い、それが退魔師としての私の意見です」

「……そういうところ、水琴さんは正直だよね」

 

 シニカルな笑みを浮かべる鉄仁の表情を見つめる。

 

 以前から思っていたことだが鉄仁はかなり女にモテるタイプの男だ。見た目も良いし、女性との話し方にも卒がない。家柄も血筋も退魔師としての素養もすべてを兼ね備えている。桃華さんが彼を超優良物件と評したことに間違いはないし、政略結婚とはいえ春花さんがぞっこんになるのも当然だろう。妾なんて取ってしまえばその女性のほうが鉄仁に入れ込みすぎて問題を起こさないか心配なくらいだ。

 

「まあでも、異母兄弟が多すぎるせいで鉄雄くんがグレて不良少年になったら困るので今のままで良いと思いますよ」

 

 これ以上この会話を続けるのも不毛なので、私はそう話にオチをつけた。そもそも鉄仁だって私がなんと言おうと妾を取る気なんて無かったのだろう、一つ頷いてから彼は前を向いて廊下を進み始める。

 

 

 

 私も組んでいた両腕をほどいて前を向き、大きく一歩を踏み出した。

 

 改めて言っておくと、このとき私が着ていたのは京華から借りている着物である。歩幅が著しく制限される服装で大きく一歩踏み出したりなんてすると、当然バランスを崩して倒れてしまう。

 

「あっ!」

 

 気づいたときには私はすでに前のめりに倒れかけていた。

 

 こういうときってやけに周りの景色がスローになる。その間、私は頭の中で京華に借りた着物に傷が入ってしまうことを謝りながら反射的に目を瞑った。

 板張りの廊下に倒れ込む感触を予想していたのだが、むしろ何か柔らかいものに抱き抱えられる感触が倒れた先にあった。

 

 

 目を開けると、私は鉄仁を下敷きにして倒れていた。

 

 鉄仁の両腕は私の腰を抱きかかえるかのように巻かれていて、その表情は私の胸で隠れてしまっているのでわからない。

 

「あっ……すみません鉄仁さん、受け止めてもらって」

「……」

「もう離してもらっても大丈夫ですよ」

「……」

「あれ、鉄仁さん?」

「……」

 

 鉄仁に話しかけても反応がない、もしかして気絶してる? 

 

 倒れたときの感触を思い出すと、確かに私の胸の下で何か硬いものが床にぶつかったような気がする。たぶんあれは鉄仁の頭で、後頭部を床にぶつけて気絶してしまったのだろう。

 

 頭部にそんな衝撃が入ったまま放置するのはまずい、すぐに救急車を呼ばなければと思って自分の身体を起こそうとしたが鉄仁の両腕が想像以上にガッチリと私の腰を捉えていて離してくれない。

 

 足でなんとか起き上がろうとしても着物なので両足の可動域が狭く上手く身動きが取れない。

 

「あれ、これヤバくない?」

 

 本気で振りほどくことは造作もないが、半霊体化している私が力加減をミスると鉄仁に大怪我を負わせてしまいかねない。ただでさえ後頭部をぶつけて気絶しているのに、そんなことになってしまえば本当に命の危機である。

 

 助けを呼びたいのだが、この状況を誰かに見られるのもまずい。どうすべきか頭の中で思考をぐるぐる回転させていると、私の後ろのほうの廊下に面した襖が開いた。

 

「何を、しているんですか、水琴さん?」

 

 その部屋から出てきたのは私が今一番会いたくない人物である春花さんだった。おまけに彼女は私の下敷きになっている人物が鉄仁であることに気づいている様子である。

 

 絶対零度の眼差しで春花さんはこちらを見つめている。

 

 一言目、そう一言目が重要だ。

 この状況があくまでも事故によるものだということを簡潔に彼女に伝えなければならない。そう思って口を開く。

 

「ご、誤解です! 私が着物で転けてしま────ひゃんっ!!」

 

 春花さんに話しかけている途中で、鉄仁の頭が動いて彼の鼻先が私の胸のある部分を強く圧迫した。何重にも重ね着している着物でも一点集中で強く圧迫されると防御力が無くなるらしい。あと、そもそも私の身体が龍神に開発されまくってるからそのせいもあるのだろう。

 

 従兄弟の嫁に喘ぎ声を聞かれるという最悪の事態だ。

 甘い声を吐いたばかりの喉を震わして私は言葉を続けた。

 

「あのっ……春花さん、これは、ぁん……! そういうことじゃなく──っ!! 鉄仁さんの腕、ほどけなく……ひゃい!!」

 

 これもう態とやってるんじゃないかというくらいに鉄仁の頭の位置が絶妙なところにあるせいで全然まともに喋ることができない。

 

 確変に入ったパチンコ台の気分があるとすればこんな感じなのだろうとバカな現実逃避をしながら、私はこの三景をどう考えるべきなのか自問した。

 

 

 

 

 

 

 



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第44話

 年末である。

 

 今年最後の妖魔退治を蛇谷家管轄のエリアで行い、龍神に気を使いながら自宅の大掃除を敢行し、今年中にしなければならない仕事はすべて完了した。

 

 最近あまり休みが無かった気がするので大晦日だけは絶対に家でゴロゴロすると決めていたのだ。

 

 朝のシャワーを終えてから2階に上がり自分の部屋のベッドにダイブし、スマホの電源をつけて動画サイトのアプリを開いてヘッドフォンを装着する。食事や睡眠が不要になったせいで今の私の娯楽は何かを見たり聴いたりすることに偏っているのだ。

 

 

 そんなわけで大晦日である今日、わたしは昼過ぎまで音楽を聴いたり映画を見たりして過ごした。この身体になってから肩こりのような肉体的な疲労はほぼ感じなくなっているのだが、人間だった頃の名残が残っているせいか定期的に筋肉をほぐしたくなる時がある。

 

 ちょうど今見ていた映画がエンドロールに入ったところでヘッドフォンを外して背中の筋肉を伸ばす。ふぅと一息ついたところで自宅の外からガランガランと聞き慣れない音がした。

 いや、聞き慣れないというのは正確ではない。蛇谷神社の本殿に備え付けられた本坪鈴の音なので私は何度も聞いたことがある。けれども、私が自宅にいる状態でこの音を聞くのはかなり久しぶりだった、そのためすぐに答えに結び付かなかっただけなのだ。

 

 大晦日にわざわざ駅から徒歩30分のうちの神社まで来てくれる参拝客がいることに少しだけ嬉しくなる。龍神のいる自宅のすぐそばまで一般人が近づいていることを不安に思わないことも無いが、私の両眼をもってしても外から龍神の気配を察することは不可能なのでまあ大丈夫だろう。

 

 一応念のために龍神の様子を見に行こうとした時、再び鈴の音が鳴らされた。

 ……連続で二人も来るなんて珍しい、いや先程と同じグループの人なのかもしれない、と半ば現実逃避的に思考を飛ばしたところでまた鈴の音がなった。

 

 ……。

 

 いや、もう誤魔化すのはよそう。

 私だって気がついてる。列に並ぶくらい多くの人がうちの神社を訪れているのだということくらい分かる。でもその事実を認めた瞬間私の仕事が増えてしまうのが嫌なのだ。

 

 昨日の12月30日だって参拝客はほとんどいなかった……、いや昨日は裏山の妖魔を討伐してから日没ギリギリに戻ったので神社の境内の様子なんてほとんど見ていなかった気がする。もしかして昨日もそれなりに参拝客はいたのだろうか? 

 

 サンダルを履いて玄関から出る。蛇谷神社の境内と私の一軒家は裏口で繋がっているので、こっそり裏口の戸を開いて様子を確認する。

 

 境内にはかなりの人数の人が詰めかけていた。

 本殿まで向かう行列は鳥居の向こう側の車道まで続いているように見える。……そっと戸を閉じて自宅に戻る。

 

 

「嘘でしょ……何でこんな大人数? 妖魔が湧くエリアの境界ギリギリの神社に?」

 

 もっと市街地の退魔師と関係のない安全な神社だっていくらでもあるのに何で大晦日にわざわざこんなところまで来てるんだよ。そういう神社だときちんと大祓式もやってるだろうに。

 

 数人の参拝客が自己責任で来てくれるぶんにはまったく構わないのだが、こんなに人が集まってしまうと私の責任問題にもなりかねない。

 

 日本人の妖魔への忌避感が昔よりも薄れて来ているのだろうか? 

 

 あるいは蛇谷水琴が守護している地域なら安全だと高を括っているのかもしれない。私がそれだけ信頼されている証と言えなくもないのだが、それはそれで彼らの安全意識の低さに閉口してしまう。『妖魔ハザードマップ』とか見たこと無いんですかと聞いてみたい。

 

 もちろん参拝に来てくれるのは嬉しいのだけれど、ここまで大人数が詰めかけるのは平和ボケが過ぎるのではと少し不安になる。

 

 

 Twitterを開いて『蛇谷神社』とエゴサーチをしてみると、何人かの参拝客と思しきアカウントの投稿が見つかった。

 

『大晦日に蛇谷神社きた!』

『元日も行くつもりだけど、今日は水琴ちゃん居ないみたい』

『今年最後の御朱印欲しかったけど残念、明日またリベンジだ』

『正月三が日は水琴ちゃんが神社にいるらしい、大学の同期に聞いたわ』

『俺も水琴ちゃんと自撮りしてぇ』

『水琴ちゃんいないってことは奥の自宅にもいないのかな、年末まで妖魔退治とか大変そう』

 

 

 どうやら以前うちの神社に来てくれた大学生の三人経由で私が三が日は神社にいるという情報が拡散されてしまっているらしい。さすがに自撮り写真まではアップロードしていないみたいだけれど、ネットでの噂だと正月三が日に蛇谷神社に行けば私に会えるというのが確定情報として扱われていた。

 

 

 ……とりあえず大晦日の今日は大人しくしておこう。

 今から境内に上がったらパニックになりそうだし。

 

 今できることがあるとすれば、明日社務所に置く予定の御守りと御朱印のための朱肉と墨汁の準備だろうか。

 数える程しか人のこない神社で空でも眺めながらぼけっと過ごすつもりだったのだが、今年のお正月はそういうわけにもいかなそうだ。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 日が傾きはじめたところでお風呂に入った。

 湯船に浸かりながら今年一年間を振り返ると、本当に色んなことがあったものだと改めて実感する。

 

 春に両親が殉職し、夏に龍神に陵辱され、秋に九州の鬼神を討伐し、初冬にはリヴァイアサンと戦った。

 

「このままでいいんだろうか」

 

 龍神を討伐するという目標が、私の中で徐々に優先順位を下げつつあるということは自覚している。夏の終わりに抱いていた奴への殺意も今はだいぶ薄れていて、かろうじて退魔師としての職責が『龍神を殺せ』と背中を押してくるのだが、私個人の感情はそれに抗いつつある。

 

 ……右手を湯船から出して自分の後頭部を撫でる。

 

 龍神の夜伽は基本的に容赦がない。

 こちらの体力など全く考慮してくれないし、やめてと言ってもやめてくれない、女としての尊厳を破壊するような発言を強要されることだってある。行為の最中に涙を流した回数などもはや数え切れない。

 

 特にわたしが霊力を過剰に消費したときの罰なんて、語るのもおぞましいような陵辱の刑に処されるのだ。一晩の時間を何倍にも伸ばされて輪姦されるわ、絶頂したままずっと放置されるわ、記憶を無くすほどの何かをされるわ、本当に、あの男だけは絶対に許さない。

 そう思っているはずなのに……。

 

 

 ……もう一度、自分の頭を自分で撫でる。  

 

 

 龍神は行為の中でたまに私の頭を撫でてくる。

 大体は私の奉仕的な行為が上手くいったときに撫でてくるのだが、最初の方はそれをされてもむしろ馬鹿にされていると怒りしか湧かなかったのに、最近は喜びの感情が真っ先に私の脳内を染めてしまう。

 

 

 意識が朦朧としている疲労困憊の状態で頭を撫でられると、何とも言えない達成感というか、幸福感が心の裡から自然と沸き起こってくるのだ。その時の私は腑抜けたような、疲れた笑みを浮かべていることが多い。自分が笑っていることに気づくとすぐに表情を引き締めるようにしているのだが、その後また激しく責め立てられて意識が朦朧とした状態で頭を撫でられると、それでまた私は喜んでしまう。

 最近の夜伽はそれの繰り返しになることが多い。

 

 

 たった半年足らずでこの有様だ。

 

 これを10年、20年と続けられてしまったら、私はもう心の底から奴の性奴隷になってしまっている気がする。『抱かれたかったら、人を殺してこい』、仮にそんな要求をされたとして100年後の私はそれを断れるだろうか。

 

 頭を撫でていた右手を下ろして手のひらを見つめる。

 白く細く柔らかい女の掌だ。

 

 私の頭を撫でる龍神の手を思い起こす。

 節くれ立って、大きく、わたしを乱暴に責め立てるあの掌が黒髪越しの頭部にあたる優しい感触、ほんの少し想像しただけなのに多幸感が湧いてくる。

 

 

 その情動の流れを遮断するために右手を湯船に叩きつけた。

 

 ふざけるな、こんな意味の分からない感情が私の中にあってたまるものか。ストックホルム症候群という心理現象があることは知っているが、そんな簡単な言葉で今の私の心のあり様を表現してほしくは無かった。

 

 

 

 湯船から上がって浴室を出る。

 バスタオルで髪の水分を拭き取ってから、それを身体に巻く。ドライヤーで自分の黒髪を乾かしているといつの間にか以前よりも髪が伸びていることに気がついた。前は肩にかからないくらいだった後ろ髪が、肩甲骨の上あたりまで伸びている。温風をとめて洗面台に向き直る。

 

 鏡の向こう側には完全な女がいた。

 

 あ、なんかここの髪の毛変な跳ね方してるな、直そうと思って鏡に顔を近づけて櫛とドライヤーをあてて整える。

 一通りの準備は終わったと、その満足感を抱えたまま衣服を着ていく。

 

 黒色の下着に、最近買ったばかりの少し可愛らしいデザインの浴衣を羽織って帯を締める。

 帯の蝶々結びが上手く決まったところで改めて鏡に向き直ると、そこに映る私は極めて自然な笑みを浮かべていた。

 ……ああ、自分ってこんな笑い方出来たんだと少し驚いた気持ちになる。

 

 

 9月の頃の私はこんな風じゃなかったはずだ。

 

 汚されるのが嫌だから下着なんて着けていなかったし、浴衣だっていつでも捨てられる着古したものを着用していた。

 お風呂上がりに鏡の前で長時間、自分の顔とにらめっこすることも無かった。

 

 

 ……。

 

 下着をつけるようになったのは龍神にそうしろと言われたから。……いや、あの時はその晩だけで良いといった口振りだったので2回目以降は自分の意思で着用していることになる。

 

 浴衣を新調したのだってリヴァイアサンで儲けたお金の使い道があまりにも無かったから、自分のために何かを買おうと思って購入したに過ぎない。……今思えば、本当に自分のためだけだったと言えるだろうか? 浴衣のデザインを選ぶだけであんなに時間をかける必要がどこにあった? 

 

 鏡の前で身嗜みを整える時間が長くなったのは単に髪が伸びたことが理由だろう。……じゃあ切ればいいじゃないか。あ、いやでも巫女としてはある程度の髪の長さは必要だしなぁ……。

 

 

 洗面台に両手をついて溜息を吐いた。

 というか、先程から私は誰に言い訳をして何のために反駁しているのだろう。考えすぎて少し疲れた、さっさと寝所に向かおう。

 

 夜伽さえ始まってしまえば、何も考えずに済むのだから。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 

『反省文

 

 わたくし、蛇谷水琴は龍神様の巫女という大役を仰せつかっておきながら、他の男性に色目を使い誘惑するという罪を犯しました。またそれだけに飽き足らず、気を遣る寸前のところまで己の欲望を発散させてしまったことを、ここに謝罪致します。まことに申し訳ございませんでした。

 今後、このようなことが無きよう他の男性との接触には細心の注意を払うとともに、引き続き龍神様のご寵愛を賜われるよう誠心誠意つとめを果たしていく所存でございます。

 反省の証として本書を提出致します、ほんとうに申し訳ごさいませんでした。

 

 万和(ばんな)4年12月31日

 蛇谷水琴』

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、これが書道2段の腕前というのなら実に趣深いな、そうは思わんか?」

 

 蚯蚓がのたくったような文字で書かれた反省文をヒラヒラと摘みながら、龍神はそう呟いた。

 龍神が手に持っている半紙には毛筆で反省文がしたためられているのだが、その文字はお世辞にも読みやすいものとは言えなかった。

 

 文字の大きさはバラバラで、文字列の並びはかなり歪んでいる。寵愛の『寵』の文字など、もはや読める人間のほうが少数派だろう。

 書道2段の達筆を誇る水琴にしてはあり得ないことで、彼女なら左手で書いたとしてもここまで酷い出来にはならない。

 

 

 また、その半紙にはかなり汚れが目立った。

 

 墨汁ではない何らかの液体と思しき水滴による染みがところどころに散見されるのだ。……涙というには、すこし粘着質な液体の染みのように見える。

 

 

「……」

 

 龍神にそう問いかけられたものの、一糸まとわぬ姿で土下座する水琴は何も応えない。畳におでこをピッタリとつけた彼女の頬は真っ赤に染まっており、唇の端からは甘い吐息が漏れている。

 

 尋常でない様子の水琴はときおりピクピクと身体を震わせながらも、それでも決して土下座の体勢を崩そうとはしなかった。

 

 白く綺麗な背中をさらけ出して平身低頭する彼女の横には丁寧に畳まれた浴衣と下着、そして先程まで使用していた硯と筆が置かれていた。もちろん、これは明日の御朱印のために用意していたものである。

 

 

 ……彼女のお気に入りの筆は、なぜか掛け紐のあたりの軸の部分がべっとりと濡れていた。

 

 

 時差結界である半透明な闇色の壁の向こう側、寝所の壁掛け時計は23時59分59秒を指したまま秒針が止まっており、結界内部の隅の方には書き損じた反省文の紙が山のように積まれていた。

 

 

「やはり今年の禊は今年のうちに終わらせるのが一番だな……さて、姫始めといこう」

 

 そう言って龍神が時差結界を解除すると、時計が動き出し日付が変わった。

 

 龍神が姫始めと言った瞬間、水琴の背中がピクリと動いたが、そのときの表情は畳の上に伏せられており窺い知ることはできなかった。

 

 

 

 

 



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第45話

 

 

【悲報】蛇谷神社の御守り、転売価格50万円

 

1:桶売れば名無し 2021/1/7 15:18:00 ID:UcQ/LwOSB

 メリカリで50万で転売されてて草

 

7:桶売れば名無し 2021/1/7 15:18:59 ID:hdKXdbAwO

 定価300円の御守りが50万で売られているという事実

 

15:桶売れば名無し 2021/1/7 15:19:43 ID:Gk5qnt1Hu

 何がヤバいって50万円はまだ買い手がついてないけど、30万円で購入した奴が既にいるってのが恐ろしい

 

20:桶売れば名無し 2021/1/7 15:20:17 ID:pZ57lMMhb

 俺の知ってる神社の御守りと違う

 

23:桶売れば名無し 2021/1/7 15:20:52 ID:xfxGkRgOI

 霊具でもないお守りにそんな金額出すやつの気が知れんわ

 

30:桶売れば名無し 2021/1/7 15:21:37 ID:un3abAy4U

 お前ら見ろ

 本当にヤバいのは水琴ちゃん直筆の御朱印だから

 https://i.inngur.com/wZJNmlvo.jpg

 

40:桶売れば名無し 2021/1/7 15:22:36 ID:HW0XSFspN

 >>30

 御朱印100万円で草

 

44:桶売れば名無し 2021/1/7 15:23:28 ID:3adnhRulJ

 >>30

 半紙に書かれてる御朱印のほうが値段高いんだな

 

48:桶売れば名無し 2021/1/7 15:24:02 ID:fES6LlKBn

 >>30

 御朱印帳持ってきてない人用の半紙はすぐに無くなってたから、そのぶん希少価値が高くて値段も跳ね上がってるね

 

52:桶売れば名無し 2021/1/7 15:24:56 ID:m693jIMWE

 >>30

 ただの半紙に判子と毛筆入れただけで100万円

 これもう中央銀行だろ

 

61:桶売れば名無し 2021/1/7 15:25:37 ID:EOblUgpi6

 1月1日に蛇谷神社行ったけどホント戦場だったわ

 

62:桶売れば名無し 2021/1/7 15:26:33 ID:F9PjzUrGZ

 マジで三が日の行列は半端じゃなかったからな

 

66:桶売れば名無し 2021/1/7 15:27:05 ID:WRQNgHZfB

 大晦日にも参拝したワイ、そこまで人が多くなかったので油断して1日の昼に行ったらすでに行列が3kmで無事死亡

 

75:桶売れば名無し 2021/1/7 15:27:54 ID:foY1+LHCG

 普通に警察出動してて笑ったわ

 

82:桶売れば名無し 2021/1/7 15:28:40 ID:aBnDCxKA+

 笑顔を絶やさず必死に行列を捌く水琴ちゃんマジで可愛かった

 

92:桶売れば名無し 2021/1/7 15:29:21 ID:pNqLvvnuy

 リアル水琴ちゃん美人すぎてびっくりした

 

101:桶売れば名無し 2021/1/7 15:29:54 ID:BqRYZ+SSs

 水琴ちゃんマジで雰囲気が神聖すぎて何も言えなくなったわ

 

108:桶売れば名無し 2021/1/7 15:30:52 ID:gIuyNxBNS

 本当の神は社務所の中にいた

 

110:桶売れば名無し 2021/1/7 15:31:40 ID:qsg3cik5X

 日没までに社務所の水琴ちゃんまで列が進むか凄いドキマギしましたね

 

119:桶売れば名無し 2021/1/7 15:32:17 ID:d7GUk+ID+

 ワイ「あっ、あっ、あっ、御朱印お願いしましゅ!」

 水琴ちゃん「ようこそお参りくださいました」

 

 水琴ちゃんの綺麗な生声が未だに耳から離れない

 

121:桶売れば名無し 2021/1/7 15:33:00 ID:Mkf4juqjZ

 ていうか無料の御朱印を転売するやつはマジで罰当たりだろ

 

123:桶売れば名無し 2021/1/7 15:33:54 ID:ogvDXAEyp

 え、水琴ちゃんの御朱印って無料なん? 

 

128:桶売れば名無し 2021/1/7 15:34:33 ID:cZAW9Ubjm

 >>123

 お気持ちですからってお金渡そうとしたけど、『昔からずっと無料なので結構です』って断られた

 そのあと賽銭箱に財布の中身全部ぶちこんだけど

 

137:桶売れば名無し 2021/1/7 15:35:06 ID:b67H+BdI5

 20億円も持ってるしお金はもう必要ないんでしょ

 

147:桶売れば名無し 2021/1/7 15:36:04 ID:yKQDojB8u

 蛇谷神社の初詣、やっぱり九州から来てる人が多い感じだったね

 

150:桶売れば名無し 2021/1/7 15:36:54 ID:RVQCSmklx

 ワイの前のおっさんとか『僕の地元を救ってくれてありがとう』って泣きながら水琴ちゃんに頭下げてたわ

 もらい泣きしてる人もチラホラいた

 

157:桶売れば名無し 2021/1/7 15:37:40 ID:N+vfEdTp0

 1日から3日までの御朱印コンプリートしたセットは500万円で売れたみたい

 https://jp.mericari.com/item/m1764595

 

164:桶売れば名無し 2021/1/7 15:38:22 ID:CqWO/Ws9M

 >>157

 こういうの見ると必死に御朱印書いてた水琴ちゃんが可哀想になる

 

172:桶売れば名無し 2021/1/7 15:39:17 ID:MmZwclxCX

 警察に『もうすぐ日没だから』って言われて解散させられた

 社務所までもうすぐだったのに……

 

174:桶売れば名無し 2021/1/7 15:39:51 ID:naGJdfh6/

 こんなときだけ仕事しやがってポリ公が

 

177:桶売れば名無し 2021/1/7 15:40:44 ID:LNexYXt3G

 しかし蛇谷神社のまわりってマジで田舎だったな

 使われてない田んぼと古民家しか無いじゃん

 

179:桶売れば名無し 2021/1/7 15:41:24 ID:1c6ZrZBm0

 あのあたりって妖魔ハザードマップだと赤色のエリアだから新しく引っ越そうとするやつなんているわけ無い

 

184:桶売れば名無し 2021/1/7 15:42:13 ID:KS6jWZbpW

 御朱印の記入一回に1分弱

 水琴ちゃんが社務所にいたのが約8時間

 多くても1日あたり500枚くらいしか配布されてないな

 

193:桶売れば名無し 2021/1/7 15:42:49 ID:DCPnu/plc

 御朱印書いてる時の机に押しつぶされた水琴ちゃんのおっぱい

 新年最初のオカズにしました

 本当にありがとうございました

 

199:桶売れば名無し 2021/1/7 15:43:40 ID:9lQtPk6xD

 >>193

 奇遇やな、ワイもや

 

207:桶売れば名無し 2021/1/7 15:44:30 ID:EsRfVQ6ZZ

 >>193

 あれ見て抜かないやつとか男じゃねえよ

 

215:桶売れば名無し 2021/1/7 15:45:21 ID:VMmeD98js

 転売されてる御朱印見た感じ、水琴ちゃんってめちゃくちゃ書道うまくない? 

 

217:桶売れば名無し 2021/1/7 15:46:08 ID:lD1+mgq7M

 >> 215

 中学生のときに県の書道コンクールで入賞してたよ

 https://www.chugoku-np.co.jp/articles/2594399672

 

223:桶売れば名無し 2021/1/7 15:46:47 ID:raRHlYyPf

 >>217

 中学生の水琴ちゃん芋娘すぎて草

 

224:桶売れば名無し 2021/1/7 15:47:36 ID:8z6F5Mp9n

 >>217

 眼鏡がダサいだけで、美人の片鱗はこの時から見えてるな

 

226:桶売れば名無し 2021/1/7 15:48:17 ID:1aWY4NwKt

 >>217

 これはこれでアリ

 

231:桶売れば名無し 2021/1/7 15:49:00 ID:EEcZgFX8A

 >>217

 水琴ちゃんの貴重な貧乳時代

 

241:桶売れば名無し 2021/1/7 15:49:57 ID:RjTZusIhr

 字が綺麗な女の子っていいよね

 

249:桶売れば名無し 2021/1/7 15:50:32 ID:UqkIQb3C1

 水琴ちゃんに筆おろしされたいだけの人生だった

 

255:桶売れば名無し 2021/1/7 15:51:18 ID:n0pFsgS8H

 社務所前で立ってるときすごく甘い匂いがしたんだけど、一緒にいた嫁に聞いても全くわからんって言われた

 水琴ちゃんって男にしかわからないフェロモンとか出してんの? 

 

260:桶売れば名無し 2021/1/7 15:52:03 ID:mEGe09FhG

 >>255

 それ俺も感じたわ

 桃と林檎を煮詰めてエロさを足したような匂い

 

268:桶売れば名無し 2021/1/7 15:52:37 ID:+5/iDIxdp

 >>260

 なんか草

 エロさを足すってどういうことだよ

 

274:桶売れば名無し 2021/1/7 15:53:33 ID:/GxMBbJ8I

 >>260

 これマジでわかる

 その匂い嗅いでからしばらく勃起が止まらなかった

 ロングコート着てて助かったわ

 

279:桶売れば名無し 2021/1/7 15:54:10 ID:x02IRB+B/

 >>260

 こんな女の子と同じ教室で授業受けてたら席の近い男子生徒とかホント頭おかしくなるんじゃね、とは思った

 

281:桶売れば名無し 2021/1/7 15:54:48 ID:MTxKmbJHX

 蛇谷水琴を直接この目で見て確信した

 

 彼女は処女だ、間違いない

 

289:桶売れば名無し 2021/1/7 15:55:21 ID:zrF7g/1QN

 >>281

 何を根拠に言ってんだよww

 

295:桶売れば名無し 2021/1/7 15:56:04 ID:Gd7BUGxQk

 >>289

 いやでも水琴ちゃんが処女ってのは何となく察した

 お前も会えば理解るよ

 

296:桶売れば名無し 2021/1/7 15:56:40 ID:XBS8w38k/

 あれは完全に男を知らない感じだったな

 

301:桶売れば名無し 2021/1/7 15:57:14 ID:TpoqJp+Yx

 水琴ちゃんって清楚なんだけど隙が多いというか、全体的に男への警戒心が薄いよね

 おっぱいガン見してるのに何も言われなかったわ

 

304:桶売れば名無し 2021/1/7 15:58:09 ID:g3LF8spRW

 おじさん的には水琴ちゃんみたいな娘がどんな男と結婚するのかすごい気になる

 

308:桶売れば名無し 2021/1/7 15:59:07 ID:n0pFsgS8H

 >>304

 ワイの嫁は『水琴ちゃんは駄目な男に引っ掛かりそうな気がする』って言ってた

 

311:桶売れば名無し 2021/1/7 15:59:54 ID:vUbAxwmNa

 >>308

 しっかりしてそうな女の子だったし、ダメ男なんてすぐに弾くでしょ

 

317:桶売れば名無し 2021/1/7 16:00:30 ID:mwaCq4PL

 クズ男にパチンコ代を要求される水琴ちゃん

 ……それはそれで見てみたいな

 

322:桶売れば名無し 2021/1/7 16:01:21 ID:2JTlkW16x

 ワイ「おい水琴、パチンコ行くから金貸せよ」 

 水琴「わかりました、500万くらいでいいですか?」

 

332:桶売れば名無し 2021/1/7 16:02:14 ID:kwK2JGrYz

 >>322

 負けてて草

 

334:桶売れば名無し 2021/1/7 16:03:03 ID:uiZ8Zfoia

 美人、巨乳、清楚、金持ち、世界最強

 これにどんな属性を足したら水琴ちゃんを普通の女の子にしてあげられますかね? 

 

344:桶売れば名無し 2021/1/7 16:03:38 ID:Dt4HMNXsz

 >>334

 実はめちゃめちゃ淫乱

 

347:桶売れば名無し 2021/1/7 16:04:12 ID:gSlD1Sq/0

 >>334

 ベッドの上だと世界最弱

 

351:桶売れば名無し 2021/1/7 16:05:00 ID:x20iAmDf+

 >>344

 >>347

 むしろメリットだろそれ

 

352:桶売れば名無し 2021/1/7 16:05:56 ID:9qecorYah

 水琴ちゃんが変な男に引っかかってしまうと、それだけで国防の危機という事実

 

361:桶売れば名無し 2021/1/7 16:06:26 ID:GHyHuI+mK

 どんな男がタイプなんだろうね

 

364:桶売れば名無し 2021/1/7 16:07:18 ID:1DxQLFgu8

 黒い下着だけでビッチとか言ってすみませんでした

 水琴ちゃんは処女です、一目見たらすぐにわかりました

 

374:桶売れば名無し 2021/1/7 16:08:09 ID:TwsFmF0kt

 懺悔します

 今年に入ってから水琴ちゃんで10回抜きました

 

380:桶売れば名無し 2021/1/7 16:08:45 ID:n0pFsgS8H

 ワイの嫁の水琴ちゃんに対する印象

 ・めっちゃ性欲が強いタイプの女子

 ・たぶん経験はある

 ・男に依存しそうな性格

 

389:桶売れば名無し 2021/1/7 16:09:44 ID:WTT2qz/IK

 >>380

 はぁ〜〜〜(クソデカため息)

 お前の嫁の目は節穴か? 

 

391:桶売れば名無し 2021/1/7 16:10:28 ID:+5VTeNk3R

 >>380

 水琴ちゃんはね、セックスなんて知らないし、性欲もまったく無くて、清楚で処女な巨乳じゃないといけないの

 お前の嫁は何もわかってねぇよ

 

395:桶売れば名無し 2021/1/7 16:11:07 ID:fOhmx+Hw2

 >>380

 水琴ちゃんがそんな地雷系女子みたいな性格のわけない

 

405:桶売れば名無し 2021/1/7 16:11:51 ID:9Sr1cgLRc

 蛇谷水琴は処女、異論は認めない

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 

 退魔師まとめ速報

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第46話

 今年のお正月はホントにやばかった。

 まさかあそこまで人が集まるとは思っておらず、自分の知名度の高さを改めて自覚させられてしまう年始であった。

 

 朝から日暮れまでずっと社務所に籠もって御朱印を押し続けたのだが、どれだけ捌いても行列が終わることはなく、警察の人が解散を指示してくれなかったら自宅に戻るのがかなり難しかったと思う。目の前まで並んでくれている人に『ここで終わりです』と伝える度胸はあのときの私には無かった。

 

 

 また、蛇谷神社の御朱印がネット上で高額転売されてしまっている状況にあるため、yourtubeのコメント投稿機能を使ってしばらく御朱印の配布はしないことを公表した。

 

 そのおかげで今のところは平日に参拝客が押し寄せる事態を免れている。yourtubeという発信チャネルを確保しておいて本当に良かったと改めて思った。

 

 まだ自己紹介動画の1本しか投稿していないにも関わらずチャンネル登録者数はすでに1000万人を突破している。リヴァイアサンを討伐してからは海外からのコメントも多く見受けられるようになった。

 自己紹介動画の最後で『次は妖魔の討伐動画を投稿します』と言ってしまっているので、そろそろ何か準備をしなければならないところである。

 

 

 

 そんな風に一人で考え込んでいると、奥のパソコンが置かれたデスクから税理士の鈴木先生が声をかけてきた。

 

「蛇谷さん、確定申告に必要な書類はこれで大丈夫です」

 

 

 1月中旬、私は税理士の鈴木先生の事務所に確定申告に必要な書類を届けに来ていた。鬼神の角の鑑定書やリヴァイアサンの妖結晶を国に売却したときの書類など、一通りの書類を鈴木先生に確認してもらうためだ。

 

「納税額が確定したらまたご連絡します」

「ありがとうございます、また来年もよろしくお願いしますね」

 

 短く挨拶してから鈴木先生の事務所を出ると外では風が強く吹いていた。1月の身を切るような冷たい風に道を行く人は皆コートの前をしっかりと閉じている。

 それを真似するように左手に持っていたダウンジャケットを着込んでから、私は原付バイクのエンジンをかけた。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 2月に入った尾原高校のお昼休み、座席でお弁当を食べる早苗が向かいに座って本を読んでいる蛇谷水琴にこう質問した。

 

「そろそろバレンタインだね、水琴は誰かにチョコ渡したり……ってしないか」

「ん? ああ、チョコレートならもう予約してあるよ」

 

 

 蛇谷水琴がそう言った瞬間、教室内が一気に静まり返った。予想外の返答に驚く早苗に対して、水琴は今読んでいる小説の内容に没入しているようだった。

 

 ハードカバーの本の文字列に焦点を合わせている水琴は教室内の全員が二人の会話に聞き耳を立てていることにも気づかず、残りページ数の少ない小説に没頭したまま会話を続ける。

 

「へ、へぇ〜、それって友チョコとか?」

「いや、それだけじゃないけど」

「じゃあ、まさか男の人とか?」

「うん、まあそんな感じ」

 

 彼女のその言葉に今度こそ教室内の生徒全員が絶句した。特に男子生徒などは誰が蛇谷水琴のチョコレートを受け取れるのかお互いに視線で牽制をしはじめるくらいだ。

 

 しかし、今読んでいる小説がクライマックスのシーンであるせいで、その考察に脳の容量の大半を割いている水琴は周囲の異変に気づかない。

 

 今年のバレンタインである2月14日は日曜日、そのため学校は休みだ。つまり蛇谷水琴が学校の誰かにチョコレートを渡すとすれば金曜日の12日か、あるいは休み明けの15日になる。

 

 

 ちょうど小説を読み終わったところらしく、満足そうな水琴はハードカバーの本を閉じて早苗との会話に再び意識を向けた。

 

「ふぅ、なかなか面白い小説だった……えっと何の話だったっけ……あ、バレンタインか。うん、明日の夕方にチョコレート受け取りに行くつもり」

 

 バレンタイン直前の金曜日の夕方にチョコレートを受け取るということは、学校でそれが渡されるのは月曜日の15日である可能性が高い。

 

 その日は絶対に休めない、クラスの男子全員の意識が完璧に合致した。

 

 ちなみに蛇谷水琴は男女問わず誰とでも分け隔てなく仲良く接するタイプの人間である。前世も含めた精神年齢的にやや老いているせいで、彼女からすれば高校生など全員が子供のようなものだった。女子に人気のある男子でも、そうでない男子でも蛇谷水琴は特に態度が変わらない。

 

 蛇谷水琴が気のありそうな男子を上げてみろと言われても誰もが「わからない」かあるいは「いないんじゃない?」としか答えられないだろう。

 

 そんな水琴がまさかのチョコレートを用意しており、そして渡す相手に男が含まれているという情報はその日中に学校内に知れ渡った。

 

 様々な思惑が生徒たちのあいだで交錯する中、渦中の蛇谷水琴が考えていることは、『今読んだ作家の別の小説を図書館で借りてみよう』ということだった。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 金曜日の放課後、私は学校から直接自宅には帰らず駅前のデパートに来ていた。目的地は地下一階の食品売り場の洋菓子コーナーである。

 

「すみません、予約してた蛇谷です」

「あっ、蛇谷様ですね、お待ちしておりました」

 

 茶色の頭巾をかぶった女性店員に声をかけると、彼女はカウンターの裏側から大きな紙袋を3つ取り出してきた。

 

「店頭でのお受取はこちらの3箱でお間違いございませんでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「クール便の方はすでに発送が完了しておりますので、14日には問題なく到着致します」

「ありがとうございます」

 

 ガラスのショーケース越しに紙袋を受け取って会計を済ませる。とりあえず一番高いものを選んでおいたのだが、それでも郵送分合わせて10万円もかからなかった。

 

 郵送分の送り先は税理士の鈴木先生と鍛治川家、私がいま受け取ったのは県庁の妖魔対策課に渡す分である。本当はお正月にお世話になった警察署にも送ろうと思ったのだが、仲良くなった警察官に聞いてみると、『警察は贈り物を受け取ることができない』とのことだった。

 

 同じ公務員でも県庁の妖魔対策課のほうは割と緩いらしく、内々で渡すぶんには受け取ることは可能らしい。なので14日の日曜日の妖魔討伐出張のために山下さんが迎えに来てくれたタイミングでこれを渡す予定である。

 

 

 お会計が終わって財布を学生カバンに仕舞おうとしたところで担当してくれた女性店員が何かを手渡してきた。

 

「こちら新商品のクッキーの試供品になっておりまして、よろしければお受取ください」

 

 片手に収まるサイズの綺麗に包装された小箱を手渡される。たぶん私が業者ばりにチョコレートを大量購入したので、そのお礼として渡されたものなのだろう。

 

 このあと2軒目のチョコレート屋に行かなければならないので少し急いでいたわたしは、手早くそれを受け取って財布と一緒に学生カバンにぶち込んだ。

 

 

 2軒目のチョコレート屋は庶民的なメーカーである。

 ここで買うのはクラスメイトの女の子のうち、私と同じグループに所属している子に渡す分のチョコレートなのだ。女子高生のクラス内政治を穏便に過ごすための賄賂とも言える。

 

 高校生に高級チョコレートを渡すのもどうかと思ったので、5000円くらいの安い詰め合わせを一箱購入しデパ地下を後にする。自宅に戻ってからバラして小さいビニール袋に小分けにして詰めるので一箱で十分足りるのだ。女子高生は安上がりで助かる。

 

 その後、紙袋をいくつも抱えて歩いて帰るのも嫌だったので帰りはタクシーを利用した。

 

 

 ちなみにバレンタインでチョコレートを男にも配ることを龍神に伝えているのだが『別にどうでもいいから好きにしろ』とのありがたいお言葉を頂いている。

 

 肉体的な接触がない限りは別に気にしないらしい。

 ……反省文は二度と御免である。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 鍛治川家にも鈴木先生の事務所にもチョコレートが届いたことはお礼の電話で確認済み、日曜日に山下さんに妖魔対策課宛の3箱は手渡したので、残るはクラスの女子宛の友チョコだけである。

 

 月曜日の朝、チョコの入った紙袋を持ったまま登校する。教室に入った瞬間めちゃくちゃ視線を感じたが、とりあえず自分の席についた。

 

 特に男子生徒からの視線がチラついてしょうがない。

 二学期に入ったばかりの頃のモテ期はだいぶ落ちついたのだが、それでも引き続き男子からの視線はわりと感じるのでたぶん今の私は1年生の女子の中では結構モテる方なのだろう。眼鏡を外しただけなのに随分な変わり様である。それとも胸が大きくなった影響だろうか……男子高校生なんて単純なものだ。

 

 

 まあ男子の分のチョコレートなど無いので、さっさと友チョコを渡し切ってしまおう。そう思ったタイミングで早苗が教室に入ってきた。

 

「おはよ早苗、はいバレンタイン」

「あ、ありがと水琴」

 

 私が早苗に渡した勢いで、同じグループ内の女子全員に一気に友チョコを配布する。早苗たちのほうもお互いに持ってきたチョコレートやらクッキーやらを交換し終えたみたいだ。お菓子を食べられない私はみんなから代わりにハンカチを一枚貰った。友人たちの気遣いが少し嬉しい。

 

 今年も蛇谷水琴をハブらないで下さいよろしくお願いします、といった感じの友チョコ交換会は無事に完了した。

 

 

 空になった紙袋を小さく畳んでいると、不思議そうな顔の早苗が話しかけてきた。

 

「……あれ、チョコレートそれで終わり?」

「うん、もう全部配り終わったよ」

 

 妖魔対策課、鍛治川家、鈴木先生、クラスの女子あてにそれぞれ購入したチョコレートは完璧になくなった。蛇谷神社はフードロス・ゼロを目指しています。

 

「男子に渡す分は?」

「いやそんなの無いけど」

「え、だってこの前、男の人にも渡すって……」

「ああ、親戚と役所と税理士のこと? もう渡したよ」

 

 私がそういうと早苗は一気に脱力したようで、机に突っ伏してしまった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 その日の放課後、私は図書館に来ていた。

 今借りている本を返して、同じ作家のものをまた借りるためである。

 

 その作家の小説が並べられているコーナーに立って、次に読むべき本を吟味する。幸いその作家の書籍はうちの図書館に多く蔵書されているようで、お陰でしばらくは退屈しなさそうだ。

 

 

 5分ほど色々と試し読みしてから選んだ本を貸出カウンターに持っていく。

 

「これの返却と、これの貸出お願いします……あっ」

「どうかしましたか?」

「いえ、何でもないです」

 

 図書委員の生徒に貸出手続きをお願いしたのだが、その時にカバンの底であるものを発見してしまった。

 

 

(試供品のクッキーのこと忘れてた……)

 

 店員から貰ったことも忘れていたし、ハードカバーの本に隠れていたせいで発見するのも遅れてしまった。2月の寒い気温で保管されていたのでたぶん中身は大丈夫なはず、パッと見た感じ包装紙も崩れたりしていないので割れたりもしていないだろう。

 

 別にクッキーの一つくらい捨ててしまっても良いのだが、食べ物を粗末にするのはバチが当たりそうで嫌なのだ。今からでも誰かに渡してしまいたい、いや早苗たちも先に帰っちゃったしなぁ……。

 

「仕方ない……捨てるか」

 

 こんなことなら試供品を受け取るときに断っておけば良かった、そう思いながら図書館の中を歩いていると自習スペースに見知った顔があった。

 

 

 クラスメイトの鈴木君である。

 私が鬼神を討伐したあと、角と妖結晶を運ぶためのリュックサックを貸してくれた男子だ。

 

「鈴木君じゃん、放課後も勉強してるの?」

「え、──へ、蛇谷さん!?」

 

 よほど勉強に集中していたのだろう、声をかけるまで私がいることに気づいていない様子だった。広めの自習スペースには今のところ鈴木君と私の2人しかいない。試験期間でもないのに放課後に図書館で勉強なんて熱心だな、と思って彼が開いている参考書を見ると『日商簿記1級』と書かれていた。

 

「すごっ、簿記の一級の勉強してるんだ」

「え、ああ、うん。高校生のうちに合格したくてさ」

「へぇー偉いね、やっぱりお父さんみたいに税理士目指すの?」

「うん、できれば公認会計士になりたいんだけど、とりあえず今はこれの勉強中」

 

 少し恥ずかしそうに自分の夢を語る鈴木くんであるが、その参考書はかなり使い込まれていて彼の努力の跡が垣間見える。

 

 まだ高校1年生なのに自分の夢に向かって努力できるなんて素晴らしい、こういう子が日本の将来を支えていくんだろうなぁ、と老婆心ながら感心してしまう。……って今は私も同じ高校生なのだけれど。

 

 

 そこで一つ思いついた。

 

「そうだ、じゃあこれあげるよ」

「え!! こ、これもしかして……!?」

「デパ地下でクッキーの試供品貰ってたんだけど私じゃ食べられないからさ、代わりに食べてよ」

 

 カバンから取り出した箱を差し出すと、鈴木くんは酷く狼狽しながらも、しっかりと両手で受け取った。

 

 

 自分で言うのもなんだが今の私は割と男子にモテる方だ。人気度でいえば上位10%くらいには食い込めるんじゃないだろうか。

 

 そんなクラスメイトの女子からチョコを貰ったのなら鈴木くんも悪い気はしないだろう。試供品なのでひと目で義理だとわかるのも都合が良かった。

 

「ほ、本当に貰って良いの?」

「いいよ……ていうか鈴木くんの家には私のチョコレートもうあるでしょ」

 

 

 何を隠そう彼は税理士の鈴木先生の息子なのだ。

 先生の事務所にチョコが届いたのは昨日なので、当然彼は既にそのことを知っているはずだ。この試供品のお菓子を渡したところですでに渡したものに一つ追加されるだけに過ぎない。

 

「それにほら、鬼神のときにリュックサック貸してくれてありがとね、お父さんにもよろしくって伝えておいて」

「あ、うん、もちろん」

「それじゃ、勉強頑張ってね」

 

 短く別れの挨拶をして図書館を後にする。

 食べ物を粗末にせずに済んで良かった。

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 鍛治川家の本邸のとある一室、そこは女衆の炊事場でありながら、他所からの頂きもののお菓子類が集められる部屋であるため、小腹を空かせた退魔師の男衆もしばしば立ち寄ってくる。

 

 その部屋を当主の鉄斎が通りがかったとき、彼の目に机に置かれたチョコレートの詰め合わせが目に止まった。

 抽斗がついているタイプの高級感のある菓子箱、それは蛇谷水琴が鍛治川家に送ったバレンタインのチョコレートであった。

 

「これはどこからだ?」

「蛇谷家からでごさいます」

 

 炊事場にいたお手伝いの老婆にそう質問した鉄斎は、蛇谷家からのチョコだと知ると2粒ほどひょいと摘み上げてまとめて口に入れて頬張った。

 味の感想なども言わず、鉄斎はゴリゴリとそれを咀嚼しながら部屋を通り過ぎていった。

 

「……甘いものが苦手な大旦那様にしてはめずらしい」

 

 お手伝いの老婆はそう小声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 またその数時間後、ヘトヘトの様子の鍛治川鉄仁がその炊事場を通りがかった。

 彼は先日の研究発表会で鉄斎から、蔵人家の研究を手伝うよう命令を受けていた。ひたすら実験と分析を繰り返すタイプの地味な研究を、彼はすでに2日連続徹夜で遂行している。

 

 何か飲み物を、と炊事場の冷蔵庫を漁りに来た彼の目に入ったのは机の上のチョコレートだった。

 

「ああ、もう2月か……ヤバいなぁ……、まあ疲れたときは甘いものって言うし、とりあえず休むか」

 

 炊事場の丸椅子に腰掛けて冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を飲みながらチョコレートをパクパクと口に入れていく。久しぶりに口にした甘味の美味しさに、鉄仁の目尻には涙が浮かび始めていた。

 

 

「チョコ美味いなぁ」

「そんなに美味しいですか────水琴さんのバレンタインチョコレートは」

 

 そう言いながら炊事場に入ってきたのは彼の妻の春花だった。彼女の顔は満面の笑みを浮かべているのだが、鉄仁はその内心がまったく逆のものであると瞬時に察した。

 鉄仁がチョコに伸ばしかけていた右手を引っ込めると、春花は重ねてこう言ってきた。

 

 

「あら、お邪魔してしまったようで申し訳ありません、どうぞ、お食べください」

 

 ニコニコとした顔で言う春花だが、鉄仁には彼女の表情が般若のそれに見えて仕方がなかった。

 ここを何とか乗り切らなければ、と二徹明けの頭をフル回転させて鉄仁はこう答える。

 

 

「……そ、そういえば今日ってバレンタインだったよね、春花のチョコレートが食べたいなぁ」

「まあ、そうだったんですね。ちょうど、ついさっき、今しがた、ガトーショコラが焼き上がったところだったんです」

 

 両手を合わせて嬉しそうに言う春花だが、まだその怒りは収まっていないように見受けられる。

 

 

「徹夜続きの鉄仁さんに甘いものを、と思ってご用意していたのですがどうやら無用な気遣いだったようですね」

「待って、春花、落ち着こう」

「? 私は落ち着いてますよ」

 

 

 落ち着いている、と口ではそう言う春花であったが、重ねた両手は爪が食い込むほどに強く握られている。

 ……鉄仁が春花の機嫌を直すのにどれほどの労力を要したかについては、もはや語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 



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第47話

【告知】

DLsite様にて『龍神の巫女』のR18版の販売が今日から開始しました。R18書き下ろし(10,000字)がおまけとしてついてます、よかったら買ってください。


作者Twitterにリンクを貼っております。

都森メメ
https://twitter.com/miyako_meme








 

 

 絹蜜家に依頼していた巫女服が完成した。

 

 春花さんと京華がこちらまで届けてくれるつもりだったそうなのだが、自宅に龍神がいる以上そこに二人を招き入れるわけにもいかないので鍛治川家に再び場所を貸してもらうことにする。

 

 

 巫女服5点で合計1億円、すでに振込は完了している。

 受け取る前に試着だけして合わない部分がないかを点検してもらったが、それも全く問題がなかった。

 

「今回は『千早』も織らせて頂いております」

 

 千早というのは巫女服の上から着る貫頭衣のことで、ご祈祷などの儀式を行う際に巫女が着用する礼装である。

 

 極めて精緻に織られた絹のやわらかい感触を肌に感じながら、白衣と緋袴を身に着けその上から千早を被る。

 

 鏡を見てみると完璧な巫女装束の私がそこにいた。

 柄付きの小洒落た千早を羽織っているので、何というかすこし出世した巫女さんみたいな気分になる。まあ、一人運営の蛇谷神社の巫女に出世など無いのだけれど。

 

「こちらの千早は巫女服の上に羽織ることで、災害級の妖魔の術式攻撃を減衰させることを目的としております」

 

 千早をかぶった状態なら鬼神の咆哮すらもほぼノーダメージで受けられるらしい。鬼神討伐の際、それのせいで大きく霊力を削られてしまい結果として龍神に輪姦された苦い記憶があるのでこういう霊具は本当にありがたい。

 

 

「ありがとうございます、絹蜜家に依頼して本当に良かったです」

「そういって頂けて安心しました」

 

 

 すこし行儀は悪いのだが、軽く身体を動かすために畳の上をピョンピョンと跳ねてみても巫女服に引っ掛かるところはない。総じて素晴らしい着心地の巫女服であった。

 

(そうだ、yourtubeの次の動画はこれを着て撮影しよう)

 

 自己紹介動画を投稿してからすでに3ヶ月超、コメント欄にも次の動画を求める声が多く寄せられている。

 次の動画ではこの巫女服を着て妖魔退治を行うことにしようと思った。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

『お久しぶりです、蛇谷水琴です』

 

 空を背景にしてカメラに向かってお辞儀をする少女、蛇谷水琴が4ヶ月ぶりに投稿した動画は妖魔討伐の映像である。

 

 自撮り棒を持って撮影しているらしいカメラの画角を調整すると、彼女が空中に展開している結界の上に立っていることがわかった。

 

 

『以前お伝えしていたとおり、今回は妖魔討伐の映像をお届けしようお思います』

 

 

 常人なら身が竦んでしまうような高度で、わすが一平方メートルの結界の上に立って普段と変わらぬ笑顔を見せる彼女には、それだけで浮世離れした雰囲気があった。

 

『といっても私の戦闘映像はテレビカメラでよく撮られていて新鮮味がないので、今回の動画では私じゃないと撮れない映像をお見せしようと思います』

 

『私がいま頭の横につけているウェアラブルカメラで、私視点での妖魔討伐の映像を今から撮影してきます』

 

『画面酔いする人は気をつけてください、じゃあ行きましょう』

 

 

 水琴がそう言った瞬間、自然なカットで自撮り棒からウェアラブルカメラの映像に切り替わった。もうすでに彼女は地面に向かって落下しているらしく、徐々に速度を上げながら地面が近づいてくる。

 

 木々の葉を掻き分けて着地した場所、彼女の足元には既に事切れている猪型の妖魔が横たわっていた。

 

『まず一匹』

 

 さっと妖結晶を拾うと、視点は再び空高く上がって山肌に生える木々を映し出す。水琴があまり頭を動かさないようにしているのか、映像にはブレがない。

 

 また、普通は木々に遮られるせいで背の低い猪型の妖魔を空から発見することは不可能である。

 けれども蛇谷水琴は妖魔のいる位置が完璧にわかるらしく、ピンポイントで着地して妖魔を討伐しては再び飛び上がるという離れ技をやってのけた。

 

 録画開始からわずか3分で、蛇谷水琴は小型妖魔20体と中型5体を討伐した。

 水琴の落ち着いた息づかいだけが聞こえる、極めて静かな戦闘映像だった。

 

 

 

『あのあたり、群れがあるみたいですね』

 

 そういって彼女が指差した先には緑色の木々しか見えないが、実際に木々の葉を抜けると確かに、木陰に猪の妖魔が10数体ほどひしめいていた。

 

『……13体、分断結界』

 

 水琴が群れのど真ん中に飛び込んだ直後、短くそう呟いて術式を発動すると周りにいた妖魔は一瞬で祓われ、あとには妖結晶だけが残った。

 

 妖魔を倒すよりも妖結晶を拾うのにかかる時間のほうが長い、これが彼女のいつも通りの仕事風景だった。

 そして動画の再生時間が10分を経過したところでこのエリアでの彼女の仕事は完了した。

 

『ふぅ、このエリアはこれで大丈夫そうですね』

 

 外の映像はここで終わり、切り替わった画面には寝室で正座する水琴が映っている。

 前回の自己紹介動画と同じ画角であるが、変わっていることが一つだけある。

 

 水琴の巫女装束に『千早』が追加されているのだ。

 

 以前までなら細く絞られた緋袴の上に豊かな膨らみが確認できたはずなのだが、今の彼女は上半身を隠すように千早を羽織っているため、体のラインがわからなくなってしまっている。

 

 

 

『討伐動画だけだと少し地味なので、以前の動画でコメントされていた質問に答えていこうと思います』

 

 右手に質問が印刷された紙を持ちながら、水琴は随時カメラに向かって話しかける。

 

 

『最初の質問ですね。日本全国の出張が多くて大変そうですけど大丈夫なんですか? ──そうですね、大変なのは間違いないんですけど、冬は妖魔が大人しいので今の所はまだ何とかなってる感じです。逆に今年の夏はかなり不安ですね……』

 

『鬼神とリヴァイアサンどっちが強かった? ──多分リヴァイアサンのほうが格上の妖魔だと思います。けど苦戦したのはやっぱり鬼神ですね……まああれは私の戦い方も悪かったんですが』

 

『趣味は何ですか? ──読書と映画鑑賞です』

『御朱印の再開は考えてる? ──今のところは未定です』

『巫女服はどこの退魔師の製造したものですか? ──今着てるのは絹蜜家です、最近作ってもらいました』

『三大欲求全部無くなったってマジ? ──いや全部無くなった訳ではないです』

『リヴァイアサン初めて見た時どう思った? ──すごく大きいなって思いました』

『海外からの救援要請についてはどう思ってますか? ──日帰りでいける地域なら何とかしたいと思ってます』

 

 

 テンポよく紙をめくりながら質問に水琴が答えていると、動画のシークバーは残りわずかとなった。

 

『それでは今回の動画はここまでです。こんな動画が見たいっていうのがあれば是非コメント欄にお願いします』

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 コメント 1.8万

 コミュニティ ガイドラインを遵守し、良識のあるコメントを心がけましょう。

 

【妖魔討伐の速度が早すぎる】

【探索時間がほぼゼロだからめちゃめちゃ効率いいですね】

【一人称視点の迫力ヤバいなぁ】

 

【巫女服が変わってる──!!】

【新しい巫女服も綺麗ですね】

【千早がないバージョンも見てみたいです!!!】

 

【鬼神のほうが強いと思ってたけど、リヴァイアサンのほうが格上なんだ】

【たしかに鬼神も最後は一撃だったもんな】

 

【日本から日帰りで行けるのってどこまで?】

【↑討伐時間にもよるけど東南アジアあたりまでだと思う】

【↑アメリカ大陸は無理だな】

【↑戦闘機ぶっ飛ばしてもインドが限界かな】

 

【水琴ちゃんが不安に思うってことは、今年の夏とか結構ヤバいんじゃね?】

【妖魔って季節で何か変わるんだっけ?】

【↑夏は妖魔が活性化する、逆に冬は大人しい】

 

 

【私の国にも蛇谷水琴さまが必要です(googleによる翻訳)】

【彼女は間違いなく世界最強の退魔師(googleによる翻訳)】

【蛇谷水琴ほど美しく可憐で強い退魔師を私は知らない(googleによる翻訳)】

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

【悲報】蛇谷水琴さん、巨乳がナーフされてしまう

 

 

1:桶売れば名無し 2021/3/7 19:09:00 ID:5e6IwoCJo

 巫女服に変な上着が追加されてしまった模様

 

4:桶売れば名無し 2021/3/7 19:09:47 ID:nZSAAlxMk

 おいおいおい、ふざけるなよ

 

7:桶売れば名無し 2021/3/7 19:10:35 ID:OKO/cb4pr

 水琴ちゃんの膨らみがお隠れになっていらっしゃる

 

10:桶売れば名無し 2021/3/7 19:11:07 ID:v0fUr62Xs

 あの上着なに? 

 

14:桶売れば名無し 2021/3/7 19:12:02 ID:+RfczcQjY

 >>10

『千早』って名前の巫女服の上に羽織るやつ

 

17:桶売れば名無し 2021/3/7 19:12:57 ID:4altYL3tY

 >>14

 くっ……

 

22:桶売れば名無し 2021/3/7 19:13:44 ID:8zCEYqA1u

 >>14

 くっ……

 

26:桶売れば名無し 2021/3/7 19:14:38 ID:GfaXaySg7

 >>14

 おぼろげながら浮かんできたんです

 72という数字が

 

27:桶売れば名無し 2021/3/7 19:15:29 ID:xmchNsiFj

 >>14

 千早は皆勤賞だな! 

 ……じゃねぇよ、余計な仕事しやがって! 

 

31:桶売れば名無し 2021/3/7 19:16:13 ID:i1CxfCBS5

 >>14

 失望しました

 みくにゃんのファン辞めます

 

32:桶売れば名無し 2021/3/7 19:17:00 ID:RpStTsamT

 これはとんでもないことやと思うよ

 

35:桶売れば名無し 2021/3/7 19:17:46 ID:eMp0Dyrgi

 水琴ちゃんのおっぱいナーフの件、息子に伝えました。

 途端に萎える息子。

 すまんな、もう水琴ちゃんの巨乳は見せられない。

 今から息子に水琴ちゃんで抜くことはできなくなることを伝えます。

 水琴ちゃんのおっぱいでしか抜けない人もいるんです。

 俺は絹蜜家を許さない。

 

40:桶売れば名無し 2021/3/7 19:18:43 ID:Ws5WIhHN9

 おお……我が太陽……

 

45:桶売れば名無し 2021/3/7 19:19:39 ID:3Zm4nrvTq

 しかし妖魔の討伐映像はすごかったな

 

50:桶売れば名無し 2021/3/7 19:20:15 ID:A+PADUsJL

 一人称視点の迫力やばいわ

 

52:桶売れば名無し 2021/3/7 19:21:13 ID:NrxdOi/Wk

 VR化してほしいくらい

 

57:桶売れば名無し 2021/3/7 19:21:58 ID:YhdUVO/TP

 >>52

 VR蛇谷水琴? 

 

59:桶売れば名無し 2021/3/7 19:22:46 ID:HdYE7gcdl

 >>57

 水琴ちゃんがVRでAV化するって!? (難読)

 

62:桶売れば名無し 2021/3/7 19:23:21 ID:9DwDJ3MpS

 何故ぬんJ民は水琴ちゃんの話題になると知能が低下してしまうのか

 

66:桶売れば名無し 2021/3/7 19:23:58 ID:WtNWV1ZM/

 >>62

 えっち過ぎる水琴ちゃんにも責任はあるよね

 

68:桶売れば名無し 2021/3/7 19:24:56 ID:fIIDZHbvk

 >>62

 スレが荒れるよりはマシでしょ

 

70:桶売れば名無し 2021/3/7 19:25:49 ID:RiCtQm5BJ

 さらっと言ってたけど夏の妖魔活性期ヤバそうだね

 

74:桶売れば名無し 2021/3/7 19:26:39 ID:qAaWPzFSS

 >>70

 あの水琴ちゃんが不安っていうくらいなんだからかなり厳しそうだよな

 

78:桶売れば名無し 2021/3/7 19:27:12 ID:OTA9Mgjms

 あの速度で妖魔討伐しても追いつかないのか

 

81:桶売れば名無し 2021/3/7 19:27:46 ID:/16YQKfSY

 >>78

 というか日本の妖魔発生エリアが広すぎるんだよ

 

85:桶売れば名無し 2021/3/7 19:28:42 ID:ztBmR+co9

 おまけに退魔師の人数もだいぶ少なくなってるしな

 

89:桶売れば名無し 2021/3/7 19:29:18 ID:z1Fv09pgl

 水琴ちゃん夏休みも働き詰めになりそう

 

93:桶売れば名無し 2021/3/7 19:29:59 ID:DI50O1+cw

 海外コメントがだいぶ増えてた

 

97:桶売れば名無し 2021/3/7 19:30:58 ID:35av08I7Z

 実際のところ海外への救援なんてできんのかね

 

98:桶売れば名無し 2021/3/7 19:32:35 ID:xn+60Hffb

 退魔省的には反対だけど、外務省はかなりやらせたがってるみたい

 

105:桶売れば名無し 2021/3/7 19:33:46 ID:udH3tvgla

 ギリシャのミノタウロスとかも水琴ちゃんなら余裕で倒せそう

 

108:桶売れば名無し 2021/3/7 19:35:33 ID:QTJHBiSD4

 日帰りじゃないと無理ってのが厳しい

 

111:桶売れば名無し 2021/3/7 19:36:30 ID:0f4L0RpIF

 再生回数もう1000万超えてんじゃん

 

115:桶売れば名無し 2021/3/7 19:37:18 ID:bz6Xk3oRy

 名実ともに日本一のyourtuberだな

 

120:桶売れば名無し 2021/3/7 19:38:00 ID:yPLgtUn7A

 御朱印の配布しばらくないのか……

 ほんと転売ヤーとかいうクソ

 

125:桶売れば名無し 2021/3/7 19:38:53 ID:X/9n5nU5w

『三大欲求ぜんぶ無くなったわけではないです』

 

129:桶売れば名無し 2021/3/7 19:39:41 ID:EY1cS0RrP

 >>125

 これ聞いたときびっくりしたけど、つまりそういうことだよな

 

134:桶売れば名無し 2021/3/7 19:40:24 ID:aa6tk8vwJ

 >>125

 ちょっとは眠たくなるし、お腹も空くってことだろ 

 可哀想に

 

139:桶売れば名無し 2021/3/7 19:41:16 ID:ZdHw9Vo5e

 >>134

 水琴ちゃん、地元新聞のインタビューで空腹感とか眠気は全くないって答えてるんだよ

 

144:桶売れば名無し 2021/3/7 19:41:52 ID:oqwRdmtrR

 >>139

 それってつまり、水琴ちゃんには性欲がある……ってコト!? 

 

148:桶売れば名無し 2021/3/7 19:42:38 ID:Kr84ZjBga

 >>139

 蛇谷水琴とかいう隙の多い女日本代表

 

149:桶売れば名無し 2021/3/7 19:43:35 ID:8fav0MnDk

 >>139

 これ何気にすごい失言だったのでは? 

 しかもそれに気づかずに動画編集して投稿までしちゃってるし

 

153:桶売れば名無し 2021/3/7 19:44:30 ID:HaiFq++LW

 >>139

 生放送で水琴ちゃんにインタビューしつづけたら凄いポロポロ失言が溢れてきそう

 

157:桶売れば名無し 2021/3/7 19:45:08 ID:b07QeucYH

 >>153

 失言の多さはお爺ちゃん譲りだな

 

162:桶売れば名無し 2021/3/7 19:45:53 ID:AsJe3PYGw

 夜な夜な一人寂しく自分を慰める水琴ちゃん……ふぅ……

 

165:桶売れば名無し 2021/3/7 19:46:48 ID:Hz4HyP+sn

 どんだけオジサンの股間を苛つかせたら気が済むんですかね

 

169:桶売れば名無し 2021/3/7 19:47:47 ID:HJtIb8mmG

 ていうか女の子で性欲があるって自覚してんなら、かなり性欲強いタイプだよな

 

173:桶売れば名無し 2021/3/7 19:48:29 ID:84UnZPTlx

 外見は清楚、中身は淫乱

 男にとって都合が良すぎんだろ……なんだよそれ

 

177:桶売れば名無し 2021/3/7 19:49:28 ID:HaGdDAXVq

 完璧に清楚な水琴ちゃんもいいけど、脳内ピンクな水琴ちゃんもそれはそれであり

 

182:桶売れば名無し 2021/3/7 19:50:16 ID:i5TJHIhFe

 また懺悔スレッドが加速してしまうのか

 

186:桶売れば名無し 2021/3/7 19:51:03 ID:U+Wz8xAe8

 >>182

 深夜になると必ず立てられるぬんJ告解部とかいうカス共の集会所

 

190:桶売れば名無し 2021/3/7 19:51:46 ID:G0Ysl5qXi

 >>182

 水琴ちゃんまだ未成年だぞ何考えてんだ

 

191:桶売れば名無し 2021/3/7 19:52:22 ID:Isk6wJaWs

 >>190

 みこニー童貞か? 

 力抜けよ

 

193:桶売れば名無し 2021/3/7 19:53:16 ID:yFcEgDkWI

 >>190

 お前も蛇谷水琴で抜け! 

 

194:桶売れば名無し 2021/3/7 19:53:47 ID:FS7c01IFS

 そういえばこんな動画見つけたんだけど

 これってマジ? 

 

『蛇谷水琴の言霊呪名について考察してみた』

 https://yourtube.com/watch=EshuTnoRedirEct

 

199:桶売れば名無し 2021/3/7 19:55:42 ID:1MqaXFfva

 >>194

 これ見たけど結構ヤバイ内容だったわ

 

203:桶売れば名無し 2021/3/7 19:56:15 ID:6BkFIiul+

 >>194

 水琴ちゃんがそんなことしてるとは思えないけど

 

208:桶売れば名無し 2021/3/7 19:56:53 ID:XNqvE087f

 >>194

 これ普通に名誉毀損だろ

 

210:桶売れば名無し 2021/3/7 19:57:28 ID:K0j4NFYRk

 >>194

 この動画の投稿者、退魔師でもなんでもないじゃん

 

214:桶売れば名無し 2021/3/7 19:58:15 ID:fmtdq4000

 >>210

 退魔師の言霊呪名について言及するのってタブーだぞ

 

 

 

 

 



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