どちゃクソラッキースケベなハーレム生活を望んだ結果、最終的に幼馴染を好きになった転生者の話 (送検)
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1章
プロローグ 「何言ってんすか」


マジで何言ってんすか。


 

 

 

 

「それで、確かに色々言ってくる奴だけど、その分自分のことには一途で真面目で可愛くて‥‥‥そんな奴が親友でいることに対して、俺は優越感に浸ったわけだ。『どや!俺の親友カッコイイだろ!!』ってな具合にな」

「‥‥‥はあ」

 

凡そ普通とは形容できない爆撃音が鳴り響き、爆風が吹き荒れる城下町。

以前はこのような状況ではなく、つい1時間前程は豪勢なパレードが開催されていた筈なのですが現状は悲惨も悲惨。建物は壊れ、観衆は逃げ惑い、この街は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれています。

せっかくの気分が台無しになりました。罰金を支払って欲しいくらいです。

 

しかし、2()()の会話は続きます。兼ねてから感じていたツッコミどころ満載のこの状況に一石を投じるために、灰色の髪の彼女は山吹色の髪の男を睨みました。

彼女の睨みは彼にとっては所詮可愛いもの位としか認識されておらず、この状況を打破する起爆剤にはならないということは自明の理と言えるでしょう。ですが、彼女にとってはその一睨みはこれから紡ぐ言葉の正当性を証明するには必要な行為。他人がどう思うか関係なしに、彼女にとっては大切なものなのでした。

 

「あの」

「なんだい、親友」

「いい加減離してくれませんか?」

 

得意げな笑みを見せた山吹色の髪の男を睨み、このおかしな状況に関してツッコミを入れた灰色の髪の彼女は痺れを切らして、手足をバタバタと動かします。

しかしその動きはとある体勢で抱きかかえられているためか尽く空を切り、最終的にはバランスを崩して落ちそうになってしまう始末。追い討ちのようにかけられた「ドジだなー」という声により、怒りは最高潮に達しました。

 

ともあれ。

不意に起こった爆風により弾き飛ばされた身体を抱きかかえられ、あまつさえ娯楽小説で度々拝見する『お姫様抱っこ』なる屈辱的な構図を取らされている魔女は、一体誰か。

そう、私です。

悲しいことに、私です。

 

「この好機にそんな馬鹿な真似は出来ないな。つーかここ足場悪いし、ここは大人しく俺に抱かれてろよ」

 

私の身体を抱き上げた張本人は、バランスを崩しそうになった私をドジだと笑った後にそう言うと、優しく微笑みかけます。

その笑み自体には爽やかで暖かな印象を得ますが、言っていることは不純極まりない為、どうにも胡散臭い笑みに見えてしまいます。

良くも悪くも、彼は変わらない。それはこの笑みが紛れもない証左となることでしょう。

 

「如何わしい言い方止めてくれます?」

「抱っこしてんじゃん。娯楽小説のように、結婚式のように!」

「今すぐ下ろしてください本当に何考えてるんですか怒りますよ私」

 

この体勢のまま彼と話すのは恥辱そのものでしたので、何とか彼の両腕から解放できないかと模索してみますが、先程のようにじたばたしたところで彼に笑われるだけでしょうし、諸々の理由から魔法を行使する気にもなれません。

つまり、この状況を打破するには山吹色の髪の男の良心こそが鍵だったのですが、この胡散臭い笑顔を見る限りそれも無理だと悟りました。

というか、赤子のように私の身体をゆらゆら揺らすのやめてくれませんか?

 

「にしても、しばらく見ないうちに変わったなお前」

 

それから爆風が止んだのちに山吹色の髪の男は、私の顔を見つめると感嘆の声をあげました。その声色はかつて私が故郷で耳を腐らせる程聴いた声であり、その声を聴くのと同時に故郷での暖かな記憶を呼び起こします。

その年月は4年。いつか会って話を──とか言っておきながら仕事の忙しさを口実にして私との会話を手紙のみに留めていたクソ野郎は、いつの間にか外見を大人びたそれに変え、山吹色の髪を靡かせて颯爽と私の前に現れたのです。

 

「‥‥‥具体的にどのような所が変化したのでしょうか」

「可愛いの押し売りが可愛いのバーゲンセールになった所かな」

「なるほど、全く分かりませんね」

「イレイナは何時でも可愛いってことだ」

「結局変わってないじゃないですかそれ」

「イレイナサンアイシテルー」

「こっち見てそのセリフ吐かないでください」

 

まあ、この腐りきった態度はまるで変わってないんですけど。

褒められると直ぐに調子に乗ると専ら噂の私ではありますが、誰彼構わず褒められて嬉しがる程賞賛を乞食しているわけでもありません。褒められて嬉しいと思える人くらい選びますし、第一言われ慣れた言葉を今更になって言われても困ります。

特に『この男』には、今更外見なんて褒められたとしても嬉しさなど微塵も感じません。

貴方の立場を考えれば、私を喜ばせたいのならせめてもう少しボキャブラリーに富んでいて、かつ内面に踏み込んだ賞賛をして欲しい所です。

 

「さて、与太話はこれくらいにしておいて」

「まさかこの一連の流れが与太話とか言いませんよね。私をお姫様抱っこしているこの現状も与太話だとか言いませんよね?」

「‥‥‥さて、俺は俺で依頼内容を片付けなきゃなー」

 

何誤魔化してんすか。

 

「それよりもこの状況を最優先すべきでは?」

「問題ない。俺はイレイナを抱っこできて幸せだ」

 

マジで何言ってんすか。

 

「私は不幸そのものなんですが」

「俺が幸せにしてみせるから心配ないな!」

「何か戯言が聴こえた気がしたんですが、取り敢えずぶん殴っても良いですか?」

「お前にぶん殴られるなら、それも吝かではないな。いいぞ、殴れ」

「‥‥‥‥‥‥」

「おやおやどうしたんだいイレイナさん。まるでゴミを見るような目付きだよ」

 

ここまで彼の会話を聴いて、私は改めてこの山吹色の髪の青年が人類史に名を残すレベルの馬鹿野郎だということを思い出しました。

出会った時から、何処か大人びた雰囲気を持ってこそいるものの大人と呼ぶにはやや寸足らず。あまつさえ馬鹿げた発言を繰り返すその様から呼ばれたあだ名は『変態さん』。

そのあだ名の通り、今日も今日とて変態さんは私に対して恥辱の限りを尽くします。本当に勘弁して欲しいのですが、それが彼らしさでもあるのが憎たらしい所です。

 

そのようなことを考えていると、倒壊した瓦礫の山が大破し、その中から大柄の男が飛び出てきます。

表情は、仮面によって隠されているので分かりませんが肩が激しく上下していることから、怒気に身を任せているということが容易に察せられました。

 

「貴様が‥‥‥貴様が俺の野望をォ!!」

「‥‥‥野望も何も、お前さんがやっていることは犯罪なんすよ。そして、俺は魔法のお巡りさん‥‥‥魔法を使って犯罪している仮面ダンサーを捕まえに来たんすよ」

「何だと‥‥‥!?」

「悪いヤツは捕まる。それは世界の常識っすよね」

 

そして、山吹色の髪の男は私を抱えたまま杖を構えます。そしてその杖を横に振るうと、大気が切り裂かれ大柄の男の隣にあった瓦礫を真二つに切り裂きました。それを喰らってしまえば恐らく生命の灯火は一瞬で消えてしまうであろう一撃。大柄の男は唖然と口を開き、その一撃を放った山吹色の髪の男はニヒルな笑みで返します。

 

「お前が仮面ダンサーだな。依頼が来てる。観念しろ」

「クソッ!いつもとは違うペアがいたから怪しいとは思ってたが、まさか筋金入りの魔法使いが2人もいたなんてッ‥‥‥!!」

「あ、俺達ラブラブです。ふひひ」

「違います、人違いです」

「聴いてねえよッ!!テメェら一体なんなんだよ!!」

 

更に火に油を注いでどーすんですか。

そんな不安は的中し、大柄の男は杖を取り出すと山吹色の髪の男に杖を突き出します。

獰猛な瞳は、魔法を使って何人もの人々を屠ってきた様を連想させるような瞳であり、そのような瞳に気を取られていると「良い子は見ちゃいけませんよー。よしよし」と子どもをあやす様な声色で窘められました。

彼は長く続いた勤務生活で気でも狂ったんでしょうか。当然、彼の妄言は無視です。その方が精神衛生上幾らか健全ですし。

 

「覚悟しろッ!幾ら魔法使いがいようが俺は強い!!何せ俺は魔道士の中でも魔女級の力を持つとさえ言われているんだからな‥‥‥少なくともテメェみたいな軟弱そうな魔道士に敵う相手じゃねえ!!」

 

随分な自信がお有りなのか、大柄のクソ野郎は笑みを零して叫びます。

確かに覚悟はしなければならないでしょう。魔法の才能の殆どが遺伝である以上、大柄のクソ野郎が魔法を使えないという道理はなく、更に言うのなら逮捕の依頼が来るようなお尋ね者。この場の惨状を見ても分かるように、苦戦を強いられるのは確かですし。

ですが、それとは別に私の友人──というより幼馴染が軽んじられている現状はなかなかに腹が立ちます。業腹です。

少なくとも私の幼馴染は、魔法を外道の道に使うようなクソ野郎に負ける程意思も実力も薄弱ではありません。大柄のクソ野郎が私の幼馴染を馬鹿にするなど100年早いものであり、それこそ彼を馬鹿にして良いのは魔法の道を極めた関係の深い人物──つまり、私です。私の他には許されません。

故に私は杖を構え、臨戦態勢に相応しい真顔で敵を睨む親友の名前を呼びます。

 

「オリバー」

「?」

「気が変わりましたので私を運びながら戦ってください。けど、落としたりしたら後で酷いですからね」

 

目の前の親友に対して小生意気にも指示を出す私はまるで暴君そのもの。それでも、彼はそんな私の言葉に真顔を解くと優しく微笑みます。

私の親友は、昔からこんな感じです。大人びているようで大人びてなくて、馬鹿げた発言をしたかと思えば核心を突く言葉も発する。そして何より、魔法が好きで、見てきた中で誰よりも素敵な笑い方をする──そんな人。

胡散臭い笑みも多い中で稀に見せるその優しい笑みこそ、私が彼を信頼している1番の理由なのだということは最早言うまでもありません。

まあ、それでも彼は馬鹿野郎で変態さんなんですけど。

 

「‥‥‥じゃ、落とさなかったらご褒美頂戴」

「それで私にどんなメリットがあるんですか?」

「やる気が上がる」

「本当にオリバーって卑怯で単純な生き物ですよね」

 

そんなアイデンティティを持った山吹色の髪の男の名前は、オリバー。

黒を基調としたローブに、上から臙脂色のセーターと濃紺のネクタイ、白のワイシャツを着込んだ青年であり、ローブの右肩付近には彼の身分を明確にすることができる見慣れたバッチが1つ付けられています。

そして、誠に不本意ではありますが彼は私の幼馴染であり、悪友であり、親友です。

 

「まあ、私をこうして運んでいる以上怪我だけはさせないでください。1度でも危ないと判断したら箒を使いますので」

「俺がイレイナを怪我させる‥‥‥?ふっ、万が一にも有り得ないね」

「その万が一が昔にあったから言っているんですけどね」

「ふっ‥‥‥いや、マジでそれはすいません」

 

と、私の言葉にテンションをガタ落ちさせ、膝を突きそうな勢いで膝を落とすオリバー。そんな彼の豹変ぶりにため息をひとつ交えた後に、私は目の前の、たった1人の親友にハッキリと告げます。

 

「そんなことよりもご褒美、考えておいてください」

「‥‥‥膝枕、余はうつ伏せを所望する」

「最低ですね1度死んでください」

 

口を突いて出た罵倒に「誰が死ぬか」と彼は挑発的な笑みを見せ、「お前嘘ついたらひでーからな」と反抗的な言葉を吐いてため息をひとつ。

 

「当たり前です。誰にでもご褒美を与える程、私もお人好しじゃないんですから」

 

私は最後にそう締め括ると、抵抗することも馬鹿らしくなりオリバーに身体を預けます。結果はモチベーションが上がった彼が無理やりにでも運命を勝利に導くでしょう。そんな期待と、何一つ揺らぐことのないオリバーという存在の安心感が、この危機的状況にも関わらず私の心を安堵の色に染めたのです。

信頼しているから、信用しているから、付き合いが長いから。

それだけではない、この安心感の証左である『何か』に気付かないように、私はオリバーにこの身の無事を委ねました。

 

結果は──言うまでもないでしょうとも。

 

 




イレイナしか勝たん。
というわけでぼちぼち投稿させていただきますねー


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1話 「オリキャラに転生してどうすんねん!」

欲望の権化。


トラックに撥ねられた時、1番最初に考えたことは『転生したらアムネシアだった件』を完結にまで導くことの出来なかったことによる後悔であった。

本来ならば『スマホ見ながら歩いてごめんなさい』とか『母さん父さんごめんなさい』等の自身の行動に対する謝罪が頭に思い浮かぶ訳なのだが、不思議なことにあの時の俺は違った。

端的に換言すると頭が狂っていたのだ。創作脳に駆られ、浮かんだアイデアをスマホのメモ帳にまとめていたことも災いしたのか、あの時の俺は二次創作のことばかりを考えてしまっていたのだ。

 

そして、そんな馬鹿げた思考はトラックにぶつかっても変わらず。

撥ねられ、空中に浮かぶこと数秒で考えたのは『アムネシアさんの可愛さの無限大の可能性』について。

地面に着陸し、一回転した時に考えたのは『イレイナさんとアムネシアさんがくっつく可能性』について。

漸く身体が弾み終わり、血まみれで倒れている時に走馬灯代わりで思い浮かんだのは『イレイナさんのハーレムエンド二次創作が投稿される可能性』について。

 

兎にも角にも、ここ1年でハマってしまった小説『魔女の旅々』のことばかりを考えてしまっていたオタクの俺は、走馬灯すらも『魔女の旅々』に毒されてしまっていたのだった。

 

「‥‥‥あーあ」

 

どうせなら『転生したらアムネシアだった件』の素晴らしさを少しでもこの世に広めたかった。

その二次創作のストーリー展開が頭の中だけでしか展開されなかったことを心残りとして、俺は出血多量により生命を引き取った──

 

 

 

 

 

「‥‥‥ばぶ」

 

んで、気が付いたら意識を取り戻しており、あれよこれよという間に母さん的な人にオムツを取り替えられていた『見た目は子ども、頭脳は大人』な赤ちゃんは誰だろうか。

そう、俺である。

幸か不幸か、俺なのである。

 

凡そ日常生活で使ったら痛いヤツ認定されてしまいそうな人気作品の名台詞を頭の中で展開するに留め、俺は改めて現状を確認する。

木造建築で建てられたその家は、モデルハウス等の類で見た事があるのだが俺の住んでいた場所は都内であり、近くに木造建築の病院や家は少ない。

薬品の匂いなどもしないことから、この場所が『俺の知らない場所』であるということが分かる。

 

そして、何よりも注目しなければならないのは目の前で笑顔を見せる2人の女性だ。

1人は知らん。多分、髪色や諸々の行動を含めると母さんだということが分かる。何より、生後数ヶ月の間に俺のオムツを交換してくれていたのはこの人だ。この身体の──つまり、俺の母さんはこの人で間違いないだろう。

 

そして、もう1人の女性は俺も()()()()()()()綺麗な顔。そして、灰色の髪。本で度々描かれたその狡猾さとお金に対する貪欲さは、彼女の美しさを引き立てるスパイスとなる、そんな人。

 

「あらあら、泣きそうね‥‥‥よしよーし。怖くないわよー‥‥‥」

 

ヴィクトリカさん。

そう、イレイナママと呼ばれていた彼女がこんなところにいるということ。そして、何故か母さんと一緒になって俺をあやしているということこそ、注目しなければならないことなのだ!

 

「ばぶ!ばぶ!ばぶ!」

「よしよーし‥‥‥あれ、もしかして興奮してる?」

「あうあうあー!!」

 

ああ、言っておくが俺のこれは決して『赤ちゃんプレイ』を要求している訳ではない。

かつてヴィクトリカさんにバブみを感じたのは確かではあるのだが、常識的に考えて意図的に『赤ちゃんプレイ』を行うのは不味い。俺のこれは『何でヴィクトリカさんがこんなところにいるの!?』と驚いてしまっているだけだ。

合法だ。決して意図的にやっている訳では無いんだ。

 

それでも、赤子が興奮していることに対して思うところはあるのか、もしくは娘の世話をしていた経験からか、ヴィクトリカさんはぎゃんぎゃん騒ぐ俺を落ち着かせようと赤子の俺の身体を縦抱きにして、背中を軽く『とんとん』と叩く。

すると、俺の腹から何かがせり上がってくる感覚に襲われた──

 

「げっぷ」

「あらやっぱり。いっぱいミルク飲んでたものねー」

 

あ、俺ちょっと前にミルク沢山飲んでたものね。

それでヴィクトリカさんが気にしてくれて、背中をぽんぽん叩いてくれたって訳なのね。

‥‥‥うん、下衆な考えしてごめんなさい。こんな赤子でごめんなさい。生きててごめんなさい。

 

「あら、やっぱり緊張してるのかしら。やっぱりママにぎゅーってしてもらう方が良かった?」

「あう」

 

ヴィクトリカさんの方が良いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、この世界が『ヴィクトリカさんのいる世界』だということで何となく全貌が見えてきた。

あれだ、この世界は『魔女の旅々』の世界だ。

付け足すのなら、これから魔女を志すであろうイレイナさんが旅を始め、日記を書き始める前日譚のようなもの。これからニケの冒険譚に触れるであろう子どもイレイナさんはその物語に書かれている世界中の美しい景色に惹かれ、ニケさんのように世界中を旅したいと思い、魔女になるための努力をすることとなる──そんなお話だ。

そして、そんなお話に迷い込んだのがイレイナさんの家の近所の家に出来た子ども。つまり俺って訳だ。名前は魔女の旅々では聞いたことの無い名前、そして男。詰まるところ、俺はオリキャラとかいう存在として『魔女の旅々』の世界に生まれてしまったのだ。

 

なるほどね、うん。

 

 

 

 

 

うん‥‥‥

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──オリキャラに転生してどうすんねん!!

 

ここはせめて誰かに憑依転生するってのがお約束みたいなもんでしょうが!!

オリキャラってあれだろ!?巷で噂の俺TUEEEEって奴だろ!?過去に暗い何かを持っていたりとか、冷たくてクールなキャラだったりとか、そういう系のだろ!?

 

別にオリキャラ自体は否定しないさ!けどね、俺が二次創作好きだった理由分かる!?『主要キャラと主要キャラのイチャイチャ』が見たかったからやってたの!決してオリ主君と主要キャラのイチャイチャが見たかったから二次創作やってたわけじゃないんだよ!!それにも関わらず俺の立場がオリキャラってどういうことっすか!新手の虐めですか!?

仮に転生さすなら100歩譲って先ずは俺の意思と何になりたいかを聴いてくれよ!何俺の意思も聞かないで勝手に異世界転生させとんねん!こんなことなら天国か地獄で寝てた方がマシだわ!!

 

それに、あの魔女の旅々だぞ!?恋愛描写といえばシスコンに、女の子同士の純愛模様!可愛い娘は皆百合っ子!薔薇は咲かないくせに百合だけは盛大に咲き誇る!!

 

ないよ、主要キャラとのイチャイチャの可能性ないよォ!!

だってこの世界の主要キャラほぼ百合だよ!?現地妻量産機のイレイナ先生を取り巻く百合ラブストーリーだよ!?サヤさんも、アムネシアさんも、ミナさんも、アヴィリアさんも好きなの女の人、もしくはシスコンだよっ!

だから、せめて誰かに憑依転生して百合の一欠片でも楽しめたらって思っていたのに‥‥‥

なんだい神様、俺は一般人になってエミルくんよりもつまらない生活しろってか?それともこれから産まれてくるかも分からない妹の為に筋肉鍛えろってか?それとも巻き込まれてジャバリエに殺されろってか!?

 

ざっけんな馬鹿!こんな世界こっちから願い下げだ!何で俺をオリキャラとして『The Journey of Elaina 』に巻き込んだ!どうせなら俺をアムネシアに転生させてくれれば良かった!!

記憶喪失の対策法はこの頭ん中に入ってんだ!

4巻原作とオリジナルの作戦であのイモータル気取りのクソババアを牢獄にぶち込む算段がついてたんだ!

 

‥‥‥頼むから『転生したらアムネシアだった件』やらせてくれよぉ、と嘆いた所で現状は変わらない。俺の目の前に映るのは母さんと父さん。たまにヴィクトリカさんが顔を覗かせ、溜まったものを解放してくれる(ゲップ)のみ。願いを込めて睡眠を取っても、髪は白くなっていない。両親の血を色濃く引き継いだ山吹色の髪が、生え揃ってくるのみだ。

そう、どれだけの時間が経っても現状は変わらない。

そして、俺には与えられた世界がある。何の因果か、生まれ変わったら赤子になっていた、そしてヴィクトリカさんがたまに世話をしてくれるという現状が存在している。

 

ああ、そうかよ。ならもうヤケだ──と心に決めて、俺は生え揃ってくる髪と同時に決意を徐々に胸に秘めていく。幾ら(こいねが)ったところでアムネシアにはなれない。これは2次元に恋することと同じで、幾ら叶わないものを望んだ所で、それは現実と二次の垣根を超えるきっかけにはならないのだ。

ならばせめて現状を生き抜いてやると決意した。

元々は不用意な余所見で死んだ生命だ。何の因果でこの世界に転生したかは知らんが、やるならやるで与えられたこの世界と立場を存分に楽しみたい。あわよくば百合を愛でつつ、優しくてカッコイイコミュ力バッチリな男になって、どちゃクソラッキースケベなハーレム生活を築いてやるさ!!

 

「あうあうあーッ!!」

「あ、もうオリバーったらー。またお漏らししてるわよ。ママがオムツ替えてあげるからねー」

 

さあ、湿気た面した俺とは濡れたオムツと共にサヨナラだ。

今日、この瞬間からは割り切ってこの世界を目いっぱい楽しんでやるぜ!

 

「全く、オリバーは元気だねー」

「あう」

 

あ、話は変わりますがオムツ替えてくれて本当にありがとうございました。

そしてこれから世話になります、新たなお母さん。

 




イレイナのどちゃクソハーレム2次誰か書いて♡


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2話 「え、やだ‥‥‥ヴィクトリカさんカッコイイ‥‥‥惚れる‥‥‥」

オイラ、イレイナパパとヴィクトリカさんが結婚した理由に関しては当初下手だったヴィクトリカさんの料理を『美味い!』って言ってくれたイレイナパパにヴィクトリカさんが惚れたって説を提唱したいでやんす。



 

 

変なテンションになって『どちゃクソラッキースケベなハーレム生活』だなんて戯言を抜かしてから5年経った。

産まれてからの3年間は取り立てて何かあったという訳でもなくて、肝心の俺も一先ずは人並みに成長し、この新しい世界を知り、満喫しようという考えから、特に何か行動したという訳ではなかった。

この姿が仮に、女の子なのだとしたら魔女になるために努力をする未来もあったのかもしれないが、生憎俺は男だ。

魔法が使えるかは分からないが、このまま魔法使いになったとしても魔道士止まりになってしまう現状を知っている為、俺に魔法を生業にするという意欲は現状それほど無く。

たまにお隣さんであるところのヴィクトリカさんとお話したりといった行為を行っては、暇を潰していた。

しかし、肝心のイレイナさんとは話すどころか会ってすらいない。

 

その理由というのは1つ。

 

「会ってみる?」

「‥‥‥結構です」

「あら、そう」

 

単純に会うのが怖いって、それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えずは足腰しっかりしてきたので、試すだけ試してみようと思い立った魔法の試し打ちは予想外な結果を巻き起こした。

 

「ふぉぉぉぉぉ!?!?」

 

何故置いてあるのかは分からなかったが、家に置いてあった杖っぽい何かを拝借し、外へとこっそり出る。ドアを開けると広がる平原。これぞ中世の世界!と内心心を弾ませながら魔力の塊をイメージしたら、あらぬ方向に小さな衝撃波が発生。

母さんが外に干してた洗濯物を盛大に破壊してしまったのだ。

 

「‥‥‥ふぇ」

 

その衝撃波の威力。そして、俺がえげつない魔法を放ってしまったという事実。その2つの結果が俺を襲った時、俺──『オリバー』は賢者タイムへと移行する。

 

虚無感とでも言えば良いのか。とにかく遊び半分で起こした魔法のえげつなさに驚き、破壊した洗濯物の一点のみを見つめていると、不意に足音が聴こえる。

母さんが来たのかと思ったが、それすらもどうでもいいと思ってしまう位に、俺は思考を停止してしまっていたのだった。

 

「‥‥‥あらあら、どうしたのかしら?」

「‥‥‥杖」

「ええ、あなたの持っているそれは杖ね」

「振ったら、あれ、壊れた」

「あらまぁ、狙ったの?」

「誰が自分の家の洗濯物を狙うか!」

 

反射的にそこまで答えたところで、俺は漸く今まで誰と話していたのかということに気が付く。

落ち着き払った声に、風によって靡く本で灰色の髪。結んだ髪を右肩付近に下ろしている女の人は、何の因果か、この世界で初めて出会った『俺が知っている』人。

 

「‥‥‥ヴィクトリカさん」

「おはようオリバー君。リア──こほん。お母さんはいる?」

 

イレイナママ。

そう、赤子の時にこの世界を認識する『きっかけ』となった人が、俺の後ろでほんわかとした笑顔を向けていた。

どうやら俺の新しい母さんとヴィクトリカさんはそこそこ仲がよろしいらしく、偶にヴィクトリカさんがこっちの家を尋ねてきたのかと思えば、料理のお裾分けをくれたり、はたまた母さんが料理のお裾分けを作ったりと、それなりのご近所付き合いをしているらしい。

俺の家の母さんとそこそこ仲が良いのは一体何が原因なのかね?

まあ、ご近所付き合いに関しては確かそんなに詳しく書かれてなかった筈だし、そこら辺は曖昧なのかなーなんてことを考えつつ、俺は先程の質問に答える。

 

「います」

「そう」

「今日はどうかしたんですか?」

「おすそ分けを持ってきたの。イレイナと一緒に作ったクッキーよ」

「ほぇー、すごいっすねー」

「会ってみる?」

「あ、結構です」

 

そして、今日も俺はヴィクトリカさんにとある提案を持ちかけられる。

曰く、自分とお話できるのだからイレイナさんともお話出来るかも。同年代だし、お話してみたら?と灰髪の女性は語っており、そんな思考から織り成す打診を、俺は子供らしくやんわりと拒否している。

 

正直、子ども時代のイレイナさんに会ってみたい気持ちはあるにはあるのだが、欲望のままにエンカウントしたら名前すら覚えて貰えない嫌われルートに片足突っ込みそうな気がする。

ここは己の未来のため、やんわり拒否して煩悩を退散するのが1番なのだろう。

 

「もし会ったらちゃんとあいさつしますから。だからごめんなさい」

「むぅ‥‥‥」

 

けど、そうやって拒否する度にヴィクトリカさんが頬を膨らませるもんなんで、俺の良心は既にズタボロだ。

『行っても良いだろォ!?こんなかぁいい人にあんな顔させ続けるつもりかァ!?』‥‥‥なんて心の中の悪魔が叫ぶ位に、俺の心が揺らいでしまっているのは一重にヴィクトリカさんの拗ねた表情が可愛くて仕方ないから、というのはあながち間違ってはいないのかもしれない。

 

「あ、そうそうオリバー君」

 

拗ねた表情を解いたヴィクトリカさん。「こほん」と1度咳払いをすると、俺が手に持っていた杖を見た後にしゃがみこみ、目線を合わせる。

そうして右手を俺の頭に乗せると、優しく髪を撫でた後に語りかける。

 

「それ、リア──あなたのお母さんの杖でしょう」

「うげ、バレてやがったんですか」

「私とあなたのお母さんは友達だから。普通に分かっちゃうのよ」

「‥‥‥友達なんですか」

「マブダチね」

「え゛」

 

そんな仲だったんですか。

いよいよ原作が頼りにならない位の魔境に俺は足を踏み入れちまいやがったんですか。

そんな俺の思考を悟ったのかどうかは分からないが、ヴィクトリカさんは話を本筋に戻すために緩んでいた顔を今一度締め直し、続ける。

 

「その杖はあなたのお母さんが使い古したもの。だから杖もあなたのお母さんにぴったりのものになっているの」

「そうなんですか」

「そう。だから、杖は自分に合ったものを使わなきゃダメよ?」

 

そう言うと彼女は俺の頭を2度『ポンポン』と叩き、「お姉さんとの約束よ」という言葉を最後に立ち上がって笑みを見せた。

 

‥‥‥ふむ。

まあ、『綺麗だけどお姉さんという年齢ではないでしょ?』とか『何処で母さんとマブダチになったんですか?』とか『やっぱり笑顔がナンバーワン!』とか色々言いたいことはあるけど。

やはり俺にとってのヴィクトリカさんはミステリアスでカッコイイ──そんな存在であり、そんな人に言うべきことが存在するのだとしたら。

 

それはきっとありがと──

 

「え、やだ‥‥‥ヴィクトリカさんカッコイイ‥‥‥惚れる‥‥‥」

「その言葉何処で覚えたの?」

「お‥‥‥ぉ、母さんです」

「ちょっとお母さん呼んできて貰える?」

 

やっちまったー。

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えず洗濯物をぶち壊してしまったことは謝らなければならないため、ヴィクトリカさんと一緒に母さんに謝りにいくことになった。

先手を打ち、好印象を持ってもらうという作戦の元、俺とヴィクトリカさんは家のドアを開ける。

すると目の前には──どす黒い笑みで俺を見遣る母さんがいらっしゃった。

 

「おかえりオリバー。随分とまあ派手にやってくれたみたいだね」

「洗濯物を壊したんだ」

「知ってるよ。私の杖も使ってくれたみたいだね」

「あんなところに置いてたら触るしかないよね、はい」

「おいこらー、開き直るなー」

 

そして、既に洗濯物を壊したこともバレてしまった為、先手もクソもないということを知る。

こうなったら、もうどうにでもなれの精神である。正直に、洗いざらい起こったことを話そうと思い立った俺が母さんに杖の話をし終えると、後ろにいたヴィクトリカさんが俺の母さんに話しかけた。

 

「そんなことより、あなたまたオリバー君に変な言葉教えたの?」

「え、私そんなこと教えてない」

「嘘おっしゃい」

「そもそも嘘つく要素ないんだけど?」

 

ため息混じりにそう言うヴィクトリカさんに、俺の母──セシリアは「どうしてヴィッキーは何でもかんでも私を疑うかな‥‥‥」と呆れ混じりの一言で応戦する。しかし、ヴィクトリカさんがまるで動じないことから何かを察した母さんは、俺を見て尋ねる。

そう、初めて見た時から感じていたことなのだが俺の新しい母さんは何処か抜けている節があるのだ。杖を置きっぱなしにしていたのもそう、今のこの瞬間もそう。

とにかく母さんは頭のネジが緩んでいるってくらい、おっちょこちょいなのである。

 

「ねえ、オリバー。あそこの若奥様になんて言ったの」

「ヴィクトリカさんカッコイイ、惚れる」

「ああ、褒められた時の煽て返しのことか」

「うん」

 

故に、俺にそんな言葉を教えていたということも俺に言われるまで気が付かない。俺の先程の失言は母さんの言いつけを忠実に守ってしまったことに対する事故と言えるものだったのにも関わらず、肝心の本人はそれを自覚していないのだ。

「うんうん」と縦に頷いた母さんは、改めて視線を俺からヴィクトリカさんへと移す。そして、かつての『灰の魔女』の威圧的な笑みにも臆することなくサムズアップを敢行し一言。

 

「合法だね」

「何処がよ」

「むしろこの歳で煽てることを心得ている息子を褒めてしかるべきだね。俗に言う、褒めて伸ばーす」

「それは絶対違うと思う」

 

軽快なトークである。さして怒りに身を任せているわけでもなく、かといって双方うやうやしくしているわけでも、腫れ物に触るように接している訳でもない。

まるで10年来の親友のような、そんな2人の会話をぼーっと眺めていると、膝をついて俺と同じ目線になったヴィクトリカさんが俺の耳に囁くように語りかける。

 

「‥‥‥オリバー君、あなたは将来褒めて伸ばすやり方を間違えたらいけないわよ」

「あっはい。それは何となく分かります」

「よしよし、オリバー君はやっぱり賢いわねー」

「ひゃい」

 

耳がこしょばいから耳に吐息をかけるのヤメテ。

ASMRに目覚めちゃう。

 

 

 

 

 

 




2/16 誤字修正。


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3話 「ぼっちさん」上

メインヒロイン登場回!


 

 

あれから何があったのかということを端的に要約すると、罰としてお尻を叩かれたというのが最適解だと言えるだろう。

ほら、よくあるお仕置きだ。何処ぞのトムさんもママンやセンセによくやられてた奴。後、画像サイトとか漁ってるとよく出てくる奴。あれを俺もやられたって訳だ。

 

オリキャラがスパンキングされるってどんな地獄絵図やねん。

 

「あははー、洗濯物を大破させた悪い子には尻たたきだー」

「いぎっ!?」

 

うむ。

取り敢えずスパンキングに関しては、一言。笑顔の母さんの尻たたきは恐怖そのものだったと伝えておこう。いやほんと、いつの時代も母の尻たたきって半端ないんやなぁって。だって後ろから俺のケツめっちゃ高速でスパンキングするんだもん。あんなん出来ひんやん普通。しかも痛いか痛くないかの絶妙な力加減で叩くもんだから、たまにお尻がムズムズするんだよ。

いっそ一思いに殺ってくれって思ってしまうのは、この感覚を味わった者にしか分からない真理だろう。

 

しかし、結果的に良いこともあった。何と俺に魔法の才能があるということを知った母さんが後日に6歳の誕生日プレゼントとして専用の杖をくれたのだ。母さん曰く『今後魔道士になるにしてもならないにしても魔法に触れることで分かることもある』らしい。

まあ、大方多様性や自主性の類の話だろう。ここは厚意に甘えて、ありがたく杖を頂いた。

 

因みに肝心の魔法に関しては母さん曰く『イメージと思い切り』らしい。なんだそりゃって言いたくなったが、魔法の何もかもを母さんに任せてたらつまらないのは明白だ。

取り敢えずは自分で頑張ってみることとし、その日から俺は誰もいない野原で1人、杖を振ることに夢中になったのだった。

 

「あはは!あははー!でっけー衝撃波!!」

 

ぼっちが確定した瞬間である。

いや、何となく分かっていたけどな。だって俺、この世界に転生してから野原と家の出入りしかしてないし。それでいて魔法に夢中になったらぼっちになるに決まってるやん。そうでなくとも前世オタクの俺が同世代と仲良くできるイメージが出来ん。

 

いやしかし、悲しくはない。

いいか、俺はこれからどちゃクソラッキースケベなハーレム生活の土台作りをしなければいけないんだ。目標は主要キャラと仲良くなること。特に、出来ればアムネシアさんやイレイナさんと仲良くなりたい。あわよくば近くで百合を見たい!叶うなら主要キャラとイチャイチャしたいッ!!

その為には、イレイナさんやサヤさんとかの近くに居ても違和感のない位の魔法の力を身につけなければならない。本気で魔法──とはいかずとも、将来的なことを考えたらほうきに乗ることと、魔力の塊を放つこと位は出来るようにしておきたいのだ。

それにも関わらずどこの馬の骨とも分からない奴らに構って時間を無駄にするなんてことはできない。友達と遊ぶのなら魔法の練習して『でっけー衝撃波』撃ってた方がマシだ。

 

「‥‥‥そう!だから俺は敢えて孤高の道を──」

「あら、オリバー君」

「おぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

1人だと思っていた平原に、俺とは違う女の人の声が響き渡る。その声は、ヴィクトリカさんの声であり予想だにしない彼女の一声に、俺の心臓が跳ね上がる。ついでに声も跳ね上がった為、ヴィクトリカさんは心配そうに顔を顰め、俺を見つめてくる。

端的に言って泣きたい。

 

「あら、驚かせちゃった?ごめんね、オリバー君」

「‥‥‥ま、また会いましたね。どうしたんすか、こんなとこで」

「買い物の帰りよ。イレイナと一緒に料理する予定なの」

「あ、結構です」

「オリバー君、結構賢いって言われない?」

「ぼっちなんで分からないっす」

 

ホントホント、何言ってるのか分かんない。

俺ってば将来的にイレイナさんとかアムネシアさんとかとイチャイチャしたり、彼女達の百合を眺めていたいって願望位しか取り柄のないオリキャラだし。

あー、早くどちゃクソラッキーすけべぇなハーレム生活送りてぇなぁ‥‥‥なんて妄想を頭の中で繰り広げていると、ヴィクトリカさんの視線が俺の片手で握られている杖に目が行き、「あら」と声を挙げた彼女の両手が口元で合わせられる。

その様はまさに驚き──と言った様子だった。

 

「オリバー君、お母さんに杖を買って貰ったのね。もしかして1人で魔法の練習を?」

「はい。ここなら安全で、1人で集中できるんで」

「そう」

「撃ちまくりですね」

「魔力切れには気をつけてね。うっかり代償として何かを犠牲にしないように」

 

ははっ、そんなヘマしねえ。仮に俺が魔力と引き換えに何かを失う時が来たのなら、それはかつて俺が本で見たエステルさんのように必ずそれを成し遂げるという覚悟をした時だ。自分を守るため、人を殺すため、過去との精算‥‥‥とにかくなんでもいい。そういったものを叶えるといった確固たる決意を抱いた時、俺は何かを代償にしようと、そう考えている。

エステルさんの生き様が全て正しいって訳じゃあないが、俺もその時が来たのならそれくらいの『覚悟』を持って何かを代償にしてやるさ。

 

「‥‥‥それじゃあ、魔力切れに気をつけるために少し休みましょうかね」

「あら。もしかして私が来なかったらずっと魔法を撃ち続けてた?」

「ないですね。ペース配分はちゃんと考えます」

 

芝生の上に座り、一息つくと辺り一面に広がる美味しい空気が俺の肺を行き来する。

平和国ロベッタは、本の中の世界だけではまるで想像もつかないほどに穏やかだ。

暖かな街並み。その場所に存在する魔女。大きな争いごともないその場所では、小鳥の囀りと箒が空を切る音がBGMとして聴こえてくる──そんな国である。

見渡せば白い雲に青い空、そして目の前には美人で見目麗しいヴィクトリカさん!平和とはこういうことを言うんだろうなーとか思いながら吸う空気の味は、普段のそれとはまた違う『旨み』があるように思えた。

 

「オリバー君」

「はい」

 

ふと、ヴィクトリカさんが俺の名前を呼ぶ。いつの間にか彼女も芝生の上に腰を下ろしており、その様に俺はかつて見た光景を思い出す。

そういや、師匠やってた時炎魔法と氷魔法の間を取ってお休みとかやってたよなぁ‥‥‥なんて過去回想的な何かをしつつ、隣に腰掛けた彼女の声に耳を傾けると、凡そ予想外であった言葉が俺の耳に響く。

 

「魔法、楽しい?」

「え」

 

楽しい、というとあれか。『実は強制でした!テヘペロ!!』とか、『逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ』とかいう感じの使命感に苛まされてないかとか、そんな感じっすかね?

いや、どんな感じだよ。おふざけかよ。ヴィクトリカさんの言っていることはそういうことじゃねえだろ。

 

「難しく考えなくて良いのよ。率直に、今の君の感想を聴きたいの。純粋に、今。この瞬間は楽しい?」

「‥‥‥む」

 

成程、ならば嘘は良くないな。

というか、言ったところでどうせ見抜かれる。

だから正直に言おう。それで嫌われてしまったのなら、そこまでの話だ。

彼女の質問に怖がって本当の気持ちを言えない方が、絶対に後悔する。嘘や不誠実はいつかバレるし、長続きしないということは俺にだってちゃんと分かっているのだから。

 

──故に。

 

「‥‥‥わからないです」

「そうなの?」

「楽しいとかはちょっと分かんないです。けど、魔法とか使えたらカッコよさそうだしモテそうだし、もし使えたら将来お金稼ぐのに役立ちそうだし‥‥‥できるならやっておこうかなって、そんな浅はかな考えです」

 

そんな一言をはっきりと述べ、俺はヴィクトリカさんの表情を見る。

「そっか」と一言呟いたヴィクトリカさんはそれ以外何も言わずに俺の隣で空を眺める。その様はまるで何も気にしていないような素振りで、実際そうだったのかもしれない。

けど、その言葉に何となく罪悪感を感じた俺は自分でも反射的な程のスピードで、頭を下げたんだ。

 

「ごめんなさい」

「あら、どうして?」

「いや、がっかりしたんじゃないかなって」

 

如何にも子供らしい、そんな謝罪だったのかもしれない。人の心を慮り、謝罪する。何ともまあ子供らしい臆病で矮小な気持ちなのだろう。前世の俺なら大爆笑間違いなしだ。

けど、ヴィクトリカさんは笑わなかった。

というか、人差し指を口角に添えて何かを考えるような素振りをしていた。

そして、そんなヴィクトリカさんは笑顔で──

 

「まあ、魔法が使えてもカッコよくはならないわね」

 

俺の幻想をぶち壊しやがった!!

 

「そ、そうなんですか!?」

「因みにオリバー君は魔女にはなれないから女性よりもお金を稼ぐ仕事の幅がかなり狭くなるかも」

「根本からぶち壊された!!」

 

いや、まあ薄々勘づいてましたけど!

それでもやっぱり根本から否定されると傷つきますよね!!しかもこの人一般的な主婦さんに見せかけたすっげー魔女さん!そんな人に魔法の現実言われたら嫌でも傷ついちゃいますからね!!

はい、俺の心情吐露終わり!今一度現実に戻りましょう!!

 

「あ、あはは‥‥‥やっぱりそうですよね。わかってはいましたけど。ええ、分かっていましたわよ」

「語尾がおかしくなってるわよ」

「偶に本性出るんです」

「あなたはれっきとした男の子じゃない」

 

そう言うと、ヴィクトリカさんは視線を空から俺へと変える。表情は、笑み。いつものようなほんわかとした笑みではないものの、間違いなくその笑みは穏やかなそれであり、そんな彼女の笑みに安堵しているとヴィクトリカさんが言葉を続ける。

 

「けど、夢の動機が綺麗じゃなきゃいけないルールはこの世界にはありません」

「え」

「例えば私がお母さんをしている理由は普通の暮らしがしたかったから。カッコいい動機なんかじゃないし、自分でも普通だなーって思う」

 

「オリバー君もそう思わない?」という言葉に、俺は首肯する。それがごくごくありふれた普通の幸せのひとつであるということを知っていたからである。

そして、その普通こそが彼女にとっての夢であったということを、確かに()()()()()から。

 

──だから、彼女の言いたいことも理解できた。

 

「けど、そうしたかったから。だから私は今のこの世界を生きてる。そのおかげで、今の自分の生き方を後悔することなく過ごせている。楽しく生きることが出来ているわ」

「‥‥‥ヴィクトリカさん」

「だから、私はオリバー君が後悔しなければかっこ悪いと思わないし、ガッカリもしない。私がそうだったんだもの、ガッカリなんてしないし、むしろ羨ましいなって思うわ」

 

「けど」と1度間を取ったヴィクトリカさん。すると先程までの晴れやかな笑顔は何処へやら、引き攣った笑みが俺の瞳に映る。

はて、途中まで惚れ惚れするくらいの良い話をしてくれていたのに、何が起こったのか──と考えていると視線を俺から再び空へと移したヴィクトリカさんが、空に語りかけるような優しい声色で言葉を紡いだ。

 

「黒い何かが出てきた時は流石に主婦やってる事後悔したわね‥‥‥」

「‥‥‥や、それは誰だって後悔すると思います」

「台所の掃除は常にしているわ」

「聞いてないっすよ!」

「魔法で退治するのもおぞましいのよ、あれ」

「だから聞いてないっすから!!」

 

けど、意外だった。

やっぱり魔女でも黒いの怖いんすね。

そこは驚きですわ。もしかしたらそういうのも事故に遭わなかったら続刊で読めてたのかも知れないんすかね。益々続きが気になるな‥‥‥未来のイレイナさんに大金積んで読ませてもらうか。こんな些細な場面まで書いてるのかは知らんけど。

 

けど、この人の生き方というか、考え方はやっぱり1人の人間として尊敬する。それは、幾ら黒い何かや幽霊が出て怯えたりしたとしても変わらない不変の事実。きっと、未来のイレイナさんもこの人のようなカッコよく、かつ金に貪欲な人になるんだろうな──なんてことを考えながら、俺は目の前の主婦を見つめて、ハッキリとした声で告げた。

 

「‥‥‥カッコイイですね」

 

そう言うと、彼女は「まぁ」とわざとらしく口に手を当てて目を見開く。なんともまあ美しく洗練された表情なのだろうか。きっとガチモンの6歳ならその様に幼いハートをガッチリキャッチされていたのだろうが生憎俺は世の中の非情さを知っている。

 

常識的に考えて人妻を好きになるのはNGだ。

叶わぬ恋に身を委ねてはいけません。

 

「それって黒い何かの下り?」

「違いますよ。ヴィクトリカさんみたいになりたいってことです」

「なら、当時の私の社交性を見習ってイレイナとも──」

「本人の了承を得れないと思うし、そもそも許可してないです」

「オリバー君、やっぱり賢いって言われない?」

 

まさか。

生まれてこの方オタクとしか言われてないですよ。

 

 

 

 

 

 

ヴィクトリカさんとはかなり長い時間話していた。

曰く、イレイナはあなたの同い年である。そんなイレイナはいつか魔女になって世界を旅するという夢を持っているということ。その子が天使なのかって位可愛いということ。

そして、本当に夢の動機は自由で、その動機に貴賎はないということを、ヴィクトリカさんは赤裸々に語ってくれた。

まあ、イレイナさんが可愛いこと位知ってるけどね!しかし、驚いたのは彼女と俺が同年代だったということだ。

いやはや、これも何かの思し召しか‥‥‥うわキモっ。んなわけねーだろ、偶然に決まってんだろ。夢見てんじゃねえよ俺。

 

ともあれ、そんな話を長い時間してくれたヴィクトリカさんに感謝の念を送りつつ、俺はそれぞれの家の途中までの道中を、ヴィクトリカさんと一緒に歩いていた。時刻は、お昼を少し過ぎたところ。魔力を使ったこともあってか、俺のお腹はペコペコだ。

 

「魔法の練習も良いけど、あまり遅くならないようにね」

「はい」

「早く帰らないと空からやってくるワースタムさんに襲われるわよ?」

「ふっ、俺がそんな子供だましに騙されるとでも?」

「ふふっ、本音は?」

「まじ怖いんでやめてくださいよ」

「なら早く帰りなさいな」

 

まあそうなりますよね。ワースタムさんが襲いにくるうんたらかんたらを度外視したとしても、子どもが早く家に帰るに越したことはないだろう。

母さんに心配をかける訳にもいかないし、それくらいは守ってみせるさ。

 

──と、ここで先程まで頭の中で考えていた一言を述べることをすっかり忘れてしまっていた俺。立ち止まり、「ヴィクトリカさん」と彼女の名前を呼ぶ。

すると、ヴィクトリカさんはまたしても笑顔で俺を振り返る。

そして、そんな人に向かって俺は高らかに宣言する。

断固たる決意の、意思表明とも言えるものだ。

 

「俺、まだ将来も何も決めてないですけど、将来何かやりたいことができたら、どんな動機でも胸を張れるように頑張ってみます」

 

その一言に、「まぁ」と驚きの声を上げたヴィクトリカさん。いや、何処に驚く要素あったんすか!

というか近くに寄って頭撫でるのやめてくれませんか!?やめ‥‥‥やめろォ!!

 

「また大人になったわね、オリバー君」

「あの、ならそろそろ俺の頭をなでなでするのはちょっと‥‥‥」

「ご褒美よ、嫌だった?」

「あ、いえ」

 

むしろ役得っすね。こういうの合法バブみって言うんだろうな‥‥‥って、そうじゃなくて!と内心で自問自答していると、クスクスと笑みを零したヴィクトリカさんが悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 

──もう一生この人には敵わないのでは、と思った。

 

「じゃあ、私はそんなキミの成長を心待ちにしているわね」

「ははっ、期待していてください」

「ふふっ‥‥‥あ、イレイナとは──」

「結構です」

「むぅ‥‥‥」

 

そんな会話を挟み、やがて自分の家に辿り着いた俺はドアを開けた。

開いたドアの先には、()()()()()()()()()()()ような──そんな気がした。

 

 

 

 

そして後日、またしても俺は平原へと向かう。

恥ずかしい決意だろうがなんだろうが、目指すものに貪欲になる。そんな強い意志を持って俺は平原で魔法を放っていたのだ。

 

「‥‥‥ふむ、取り敢えず魔力の塊はOKだな」

 

魔力の塊ばっか撃ってたら、なんか精度も威力も上がった。これは一重に俺の努力と、健康に産んでくれた両親のお陰だろう。

後は箒で自由に空を飛ぶことが課題である。生憎、箒に関しては入手ルートがロクに分からないのでこれまた母さんに相談だな‥‥‥なんてたわいもないことを考え、未来で待ってるどちゃクソラッキースケベなハーレム生活に想いを馳せる。

 

‥‥‥最初はオリキャラに抵抗があったけど、こうしてよくよく考えてみると『ワンチャン』はあるわけであって。

勿論この世界が百合でできていることは承知だが、何もみんながみんな男の子に興味がないわけではない、つまり俺も出会いとファーストコンタクトを大切にすれば望みであるハーレム生活を送れるのでは!?あわよくばラッキーすけべぇできるのでは!?と考えた訳だ。

 

今はまだガバガバ理論にも程があるそれであるが、魔法を使うことを可能とし、更にはそれなりの金があれば後はどうにでもなるだろう。顔だって‥‥‥まあ、客観的に見ればフツメンだと思う。つまり俺はやればできる子なんだ。努力すれば、勝利の道を切り拓くことだって可能なんだ。

 

「‥‥‥よし、俺だって幸せになってやる。百合を愛でつつそこそこの幸せを掴んで至上の人生を──」

「──あ」

 

そんな具合に改めてどちゃクソラッキースケベなハーレム生活決意をした瞬間、ふと俺の声や魔法とは違う『聞き慣れた人の声』が聞こえて来た。

幼いが、可愛らしい声だ。その声はいつの日か、どこかで聴いた声であり、且つこの世界に生まれてからは1()()()()()()()()()()()()だ。

 

「ん?」

 

そして、どちらかと言えば素っ頓狂とも言える声。

そんな聞き慣れた声に反応してしまった俺は思わず後ろを振り向き──その行動に後悔する。

その理由は、目の前に俺の姿に指を指した1人の少女が俺の知っている女の子だったから。いつか出会いたいと思っていた女の子と、こんな形で出会ってしまったから。

 

「私と同い歳の人で杖を持って遊んでいる、ぼっちさん」

 

その少女は灰髪だった。昨日隣にいたヴィクトリカさんにそっくりの顔に、少し短い髪。三つ編みではないが、ゴムの髪留めにその存在を主張するかのようなアホ毛。

俺はその存在を知っている。そして、出来るならもう少し順序ってものを考えて出会いたかったと思える最強最かわっ☆な女の子。

 

「あなたがオリバーさん、ですか?」

 

──こんな新しい自分、お待ちでないと心底思った。

 




ワースタムはこの世界に登場する生き物です。
とある国では『腐れ豚野郎』とまで言われている生き物。
足が八本あり、猪の顔をしています。

※感想、評価、誤字報告ありがとうございます。
拙さの残る作品でありますが、今後ともよろしくです。


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4話 「ぼっちさん」下

 

 

 

 

言葉が出てこない。

そんな感覚に陥ることは滅多に無かったのだが、今回ばかりはその感覚というものがハッキリと理解できた。

好きな女の子を目の前にして吃るような感じだ。伝えたい言葉はいくつもある筈なのに、その点を線で繋げることができずに上手く話せない。

詰まるところ、俺はイレイナさんを目の前にして固まってしまっていたのだ。

 

「あの」

「──へあっ!?」

「あなたがオリバーさんですよね」

 

故に、彼女の何気ない一言にも驚き変な声を挙げてしまう。

 

ジト目にも近いその瞳の色は瑠璃色。そして、将来美人間違いなしのその顔から織り成す表情は若干不満げであり、それがまた彼女の色を引き立たせる。そんな姿に、俺の心拍数は異様なスピードで上昇していく。

 

うわー!イレイナさんめちゃくちゃ可愛いやん!

けど、どうしてこんな場面で出会ってしまったの?

というか、何故俺がここにいることを知っているの?

そんな考えが頭の中を行き来し、通り過ぎる度に電流が走るような感覚に陥り、まともに言葉が出てこない。

会いたかった相手に予期せずして会えたということ。それでも、今のこの瞬間に会ってしまって大丈夫なのかな──なんて不安が入り交じり、頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったのだ。

そのため、何とかかんとか返答しようと思い、紡がれた言葉は本当に在り来りな言葉で。

 

「えと、うん。そう‥‥‥だけど」

 

上手く喋ることが出来ず、曖昧な言葉となってしまう。

それでも彼女にとっては気になることではなかったのだろう。ほっと一息ついたイレイナさんは、先程までの表情を解いて笑顔を見せる。

うわっ、笑顔が眩しい。

 

「そうですか。なら良かったです」

「良かったって、何が」

「あなたと話して欲しいとお母さんに言われたので」

「俺と話して欲しいって、どういうこと」

「言葉の通りです」

「えぇ‥‥‥」

 

イレイナさんという人物は、魔法という事柄に関しては非常に勤勉な子だということを俺は知っている。そんな女の子が道楽で魔法を撃ってる馬鹿野郎になんの用なんだ?お母さんに言われたとしても、こんな奴に話しかけようとは思わないだろう──というのが俺の意見である。

しかし、イレイナさんにとってはそんなもの微塵も気にしている様子はなく言葉を続ける。その視線は、物怖じすることなく俺の『目』を捉えていた。

その姿、ヴィクトリカさんそっくりである。

 

「寂しい人ですね」

「どうして?」

「こうして朝から晩まで原っぱで魔力の塊を撃つだけ。その繰り返しですよね?退屈にならないんですか、ぼっちさん」

 

‥‥‥。

いや、まあそりゃあ悲しいけど。

 

「キミに会えたしプラマイゼロだな」

「は?私を頭数に入れるのやめてくれます?」

「ひどい」

「ひどいのはそっちですよ、ぼっちさん。ほんとうにばかやろうですね」

「ダメ押しで畳み掛けるのほんとむごい」

 

けど、何故か怒りは感じない。むしろ高揚感すら感じてしまうのは、この不可思議な状況と子どもイレイナさんの可愛さが大きく影響しているのだろう。

つまり何が言いたいのかっていうと『いつだってイレイナさんは可愛い』って話だ。この世界で暴言が双方のストレスを解消するきっかけとなる数少ない女の子であると、俺は思っている。

 

イレイナさんの視線が、俺の目から手に持っていた杖へと移る。どうやら子どもイレイナさんは同い歳の少年が杖を持っていることに興味深々らしい。なんだぁ、俺の交友関係なんて目くそ鼻くそってわけかぁ?

ちくせう、悲しいぜ。

 

「魔法、使えるんですか?」

「うん、そうね。魔法ばかりやってたからね」

「では、将来的には魔法を使って何かをする予定なんですか?」

「まだ決めてないです」

「‥‥‥つまり遊びってことですね。がっかりです、遊び人さん」

「どこでそんな言葉を覚えたのさ」

 

解釈違いされそうだからやめて。

俺はちゃんと夢があるし、社会的にもまだ生きてたい。

 

「‥‥‥信じて貰えないかもしれないけど、俺には目標があるんだよ。その目標の為に魔法を覚えてるんだ。決して遊び人なんかじゃない」

「そうなんですか」

「‥‥‥夢の中身、気にならない?」

「はい、全く」

 

イレイナさんはそう言うと、全く興味もなさげにニコリと笑った。

まあ、そうだよな。そこに興味示したら『あなた誰ですか?』ってなっちゃうもんな。それに中身を言っても『どちゃクソじゃねーですよ何言ってんですか』とか言われて蔑まれる未来しか浮かばねえし。

 

とはいえ、悪いことばかりではない。

イレイナさんがイレイナさんたる所以である他人の事情にあまり介入しないという『旅人』らしい一面を見た俺は、ここで自分から話題を振ってみようと思える位には心を落ち着かせることができるようになった。

先程までとは違い心にゆとりがあるのが、その証拠だ。今の俺なら多少はマシな会話ができるのではないかと、そう思えたのだ。

 

「なあ」と声をかけると、不思議そうにこちらを見るイレイナさん。俺はファーストコンタクトで嫌な人だと思われないように、慎重に言葉を選んだ上で無難な言葉を声に出した。

 

「キミは魔法使えるのか?」

「使えます」

「マジかよ‥‥‥やべえ。この歳で魔法使いとかレベルが違う‥‥‥」

「あなたもですよね、それ。わざとですか?」

「狙ってみた」

「くそやろうですね」

 

おっと、その罵倒は俺にとってのご褒美です。

へへっ、俺がくそやろうだって位分かってますよ。じゃなきゃ魔法を扱う動機が『どちゃクソラッキースケベなハーレム生活』なんてものにゃなりませんって。

けど、どんな動機でも夢は夢だ。

俺はいくらクソ野郎と言われようがその目標を貫き通す。いつか幸せな暮らしを送れる、その日までな!

だからイレイナさんにくそやろうなんて言われても悲しくないんだからね。悔しくもないんだからね。

 

「‥‥‥ニケの冒険譚の影響、だろ?」

 

まあ、何はともあれ。

子どもイレイナさん数々の罵倒に心を撃ち抜かれ、時に可愛さで悶えさせられたりしながらも、会話を続けるために言葉を続ける健気な俺。いや、自分で自分のこと健気って言うとか、あれかよ乙女かよ──なんて考えているとイレイナさんが目を見開き驚きの声を上げる。

 

「知ってるんですか?」

「お前の母さんから聞いたよ。いつか魔女になって世界中を旅するんだろ?」

 

曰く、イレイナさんは昔から本が好きで。特にニケの冒険譚に関しては保存用・布教用・観賞用と3つ持っているとされている程のニケジャンキーだ。

そんなイレイナさんはいつか魔女になり、ほうきで空を飛ぶことで様々な出会いと別れを繰り返していく──ということは、俺の前世の記憶として残っている。

因みにダークエルフさんのイベントは既に終わってしまったらしい。

できることなら子どもイレイナさんとデートしたかった、無念なり。

 

ともかく、そんなイレイナさんの夢は俺というイレギュラーがいても変わることはなく。俺の問いかけに強く首肯した少女は誰よりも可愛くて、綺麗で、逞しい、自信に溢れた顔をしていた。

ううむ、どんな表情でも絵になるのは狡いぞ。

 

「多分大変だろうけど、努力すればきっとなれるさ。めげんなよ」

「めげません。私は魔女になってニケのように旅をするんですから」

「そっか。なら、頑張れよ」

 

当たり障りの無い言葉で応援の言葉を口にする。本来なら、もう少し踏み込んでも良いのかもしれないが、初めて出会った上に俺は魔法のガチ勢では無い。偉そうに講釈たれても『あ、そうですね』の一言で会話が終わってしまうのは目に見えていた。

長い構文よりも、ストレートに応援を。

そんな気持ちから発せられた一言は、俺でも『もう少し捻れよ愚図』と暴言を吐いてしまいそうな言葉だった。

それでも、イレイナさんはそんな俺の一言に対し少しだけはにかむ。幼少期故に見慣れたロングヘアーでは無かったのだが、それでも彼女は十二分に可愛い。というか見慣れてない分ギャップに萌える。

 

「ありがとうございます」

 

そして、その後に告げられた言葉は恐らく俺が現状1番聞きたかった一言。

その一言だけで、ファーストコンタクトは大成功だって有頂天になれる魔法の言葉。

不思議とこれからも仲良くすることができるって、そう思えた。

 

「それはそうと」

 

不意にイレイナさんから発せられた一言に、俺は「ん?」という一言で返す。するとイレイナさんは俺から距離を1歩分近付ける。

んんん!距離が近い!良い香りする!!目が輝いてるぅ!!

つまり可愛いッ!!──なんて、内心で理性と欲望のデスマッチを繰り広げていると、瑠璃色の目を輝かせたイレイナさんが言葉を続ける。

 

「オリバーさんはニケの冒険譚を読んだことあるんですか?」

「‥‥‥そういえば、ないな」

 

あれだけ有名と言われた著書なのに、何故か読んだことがないのはどうしてだろうか。そもそも本に触れる機会がなかったからなのか、もしくは無意識に本というものを遠ざけていたのか。

ともかく、そんな俺の言葉に目を見開いたイレイナさんは「そうですか、なら‥‥‥」と、呟き自分の手提げバッグから1冊の本を取り出すと、俺にその本を突き出す。

そして、恐らくイレイナさん史上最大級のドヤ顔で一言。

 

「布教用です」

「ドヤ顔で言ってるとこ悪いんだけどさ、それいつも持ち歩いてんの?」

「はい」

「なんで?」

「広めるための布教用ですから」

「あ、はい。さいですか‥‥‥」

 

どうやら、子どもイレイナさんは大がつく程のニケジャンキーらしい。いやまあ、ニケの冒険譚が好きだってのは知ってたけど、ここまで来たら最早オタクじゃないっすか。やはり人は誰しもオタクになる要素があるんだなぁ‥‥‥まあ、元はと言えば俺も『魔女の旅々』にハマったオタクだし、多少はね?

 

かといって本を貸してくれたこと自体が嬉しくないわけがない。何せイレイナさんが貸してくれたニケの冒険譚だ。そこら辺の本屋で買ったニケの冒険譚とは価値が違う。

その価値の高さは金貨何枚分出しても及ばない位のそれ。勿論拒否するはずもなく、俺はその本を受け取った。

 

「ぜひ、読んでみてください。これでオリバーさんもニケの冒険譚の虜です」

「‥‥‥おう。ありがとな」

 

相も変わらず目を輝かせたイレイナさんに言いたいことは色々あったが、先ずは『これだろう』と思った俺はイレイナさんの前に右手を突き出す。

きょとんとした様子でその手を見つめるイレイナさんに、若干気恥ずかしい感覚を得つつも、俺はハッキリとイレイナさんに言葉を告げた。

 

「‥‥‥改めて、俺の名前はオリバー。これからよろしくな、イレイナさん」

 

そうして、自己紹介をした俺をイレイナさんは笑わなかった。その代わりに空を切っていた右手に華奢で柔らかい手が触れ、握られる。

意図が伝わったようで一安心──するのも束の間、イレイナさんはため息をついて俺をジト目で見遣る。

あ、アレー。俺また何かやっちまいましたですか?

 

「イレイナで良いですよ、よそよそしいですし、さん付けはやめてください」

「マジか、馴れ馴れしくね?」

「元よりあなたはなれなれしいですけどね。今更ってやつです」

「今更!?」

 

うへー薮蛇!

俺、イレイナさんにそう思われていたのか。会話の選択には慎重になっていただけに少しショックである。

とはいえ、さん付けが好きという訳でもなく呼び捨てが嫌いでもない俺。イレイナさん‥‥‥げふん、()()()()の言葉に首を縦に振ると、今度はもう一度、ハッキリと。

 

「よろしく、イレイナ」

「はい」

 

どちらかと言えば優しい力で握られた友好の証と共に、俺はイレイナの名前を呼び、その言葉に彼女は柔らかく微笑んで見せた。

 

あ、やば。尊死──

 

‥‥‥んんっ。落ち着け、心頭滅却だ。ここで変なことを言っちまったらそれこそ今までの努力が無駄になってしまう。家に帰るまでが遠足ならぬコミュニケーションなんだからな。ここは最後まで気を引き締めてイレイナの友好度を──!!

 

『良いかな、オリバー。友達になりたい、大切だって思った子にはちゃんと言いたいことを言ってあげることが大切なんだよ。つまり、可愛いと思ったら可愛いってしっかり口に出してあげることが肝要なのさ』

『お、おお‥‥‥成程』

『つまり私には?ねぇねぇ、私にはなんて言うべきなのかな──』

 

あれ?今、俺何を想像して‥‥‥

 

「同い歳の魔法使いがいて、将来こそはっきりしてないですけど魔法を頑張っている人がいるってお母さんから聞いて、とても嬉しかったです」

「俺もお前に会えて嬉しかった。イレイナ可愛い、あいらぶゆー」

「今後ともよろしくお願いしま‥‥‥あの、()()()()。今、あなた何て言いましたか?」

「妄言だ、忘れてくれ」

 

先程までの友好的な視線が一変、『何言ってんだこいつ』みたいな渋い表情で顔を引き攣らせるイレイナ。イレイナさんはどんな顔をしても可愛いけど、何もそんな顔をして欲しいとは言っていない。

ほんと、妄想が口から飛び出るの何とかしてくれないかな──と思った、俺であった。

 

 



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5話 「魔法のセンセ」

ふみふみって単語なんかエロ(ry


 

ファーストコンタクトは、それなりの成功を遂げることができたと感じている。

どうやら俺はイレイナさんで言うところの『直ぐに存在を忘れたい位に嫌な者』のリストには入ってなかったらしく、イレイナさんは俺の名前をちゃんと覚えてくれていた。よって、その後も円滑なコミュニケーションを取ることが出来るようになった。

やったぜ。

 

そして、嬉しい悲鳴はそれだけでなく。

普段は1人で魔法の本を読んでいたり魔法の練習をしているイレイナさんはどういう訳か、たまに平原まで来て俺に対して話しかけてくれたり、逆に俺の話を聴いてくれたりする。

その関係は、まさに友達と言えるものであった。

俺はイレイナさんと友達になることができたのだ。

まあ、なんだか第三者に仕組まれた感も否めないのだが、どちらにせよイレイナさんと友達になれたことには感謝しなければならない。

これも勇気を出したのかは知らんが歩み寄ってくれたイレイナさんのおかげである。神様仏様イレイナ様──なんて馬鹿げたことを考えていた俺は、ぶっちゃけ浮かれていた。

 

「他にやることないんですか」

「え、酷い」

 

故に俺は、イレイナさんと出会った際に必ず罵倒される。因みに今回は、イレイナが本を無言で読んでいたことに痺れを切らした俺が氷魔法で作ったでっかい氷をガスバーナーくらいの威力の炎魔法で溶かしていた所をイレイナに咎められたのが原因だ。

「馬鹿ですね」と言って嘲笑ったイレイナさんの表情を俺は一生忘れないだろう。あの冷ややかな目は後世に語り継いで良いレベルの怖さだと思う。

 

「俺は本も何もない。やってることって言ったら魔法をぶっ放す位だし」

「薬草作りとか、地理の勉強とか、色々やることがあると思うんですけど」

「俺は魔女になれないし。そもそも魔法使いになるのかも分からないし」

「浅はかですよね、オリバーって」

 

ただし。

いい加減その声色で罵倒したところで可愛いしか取り柄のないことをイレイナは知るべきだと思う。その目と罵倒のギャップがえげつないからあなたは現地妻を大量生産しているんですよ──と声を大にして言いたかったのだが、流石にそんなネタバレじみたことを言える筈もなく、俺は乾いた笑いを浮かべるのみに留まる。

すると、こちらに小さくため息を吐き、右手の人差し指を上に向け──俗に言う説教ポーズを取ったイレイナ。

‥‥‥ほんと、俺を尊死させるのやめてもらっていいですか?

 

「良いですか、いくら魔女になれずとも一般常識位は学んで然るべきです。読み終わった本を貸しますので、しっかり勉強してください」

「い、イレイナ‥‥‥ちょっと抱き締めて良いか?」

「頭ぶっ飛ばされたいんですか?」

 

ないない。

俺まだ生きてたい。

 

「けど、無償とはいかないだろ」

「無償じゃない‥‥‥ということは何かくれるんですか?」

「え、そういうの前提じゃなかったの?」

「あなたが言うまでは別に考えていませんでしたが、気が変わりました。で、何をくれるんですか?」

 

と、ここで若干期待に顔を染めたイレイナ。

しかし、俺には返せるものが何も無い。あると言えば命くらいだが、そんなものを渡してもイレイナに蔑まれるどころか1発魔力の塊を撃ち込まれるのは明白。つまり返せるものは俺にはない。

お手上げだ。

俺は両手を上げて、降参の意を示す。

 

「出世払いでお願い致します」

 

途端、『がっかりですね』とでも言いたげな表情でため息を吐くイレイナ。

ううむ、己の経済力の無さが恨まれる。

 

「軽いですね」

「まあそう言うな。誓約書もきっちり書くから」

「え、重い」

 

途端に俺から距離を1人分空けるために、横に動くイレイナ。とはいえ、俺のその言葉にガン無視という選択肢はなかったらしく、イレイナは俺を見ると呆れたような笑みを見せた。

 

「はぁ。まあ‥‥‥それじゃあ、期待せずに待ってますね」

「おう、ありがとなイレイナ」

「構いませんよ」

 

そして、またしても穏やかな雰囲気が構築されて今度は2人で本を読む。

俺とイレイナのお喋りタイムは、平時は穏やかな時が流れ、たまに刺激的な出来事が起こる──そんな楽しい日々であると言える。

 

「それにしても、お前は他にやることないの?」

「魔法の勉強ですかね」

「なんだ、俺と同じぼっちか‥‥‥仕方ない。ここは俺も気合い入れて魔法の勉強を──」

「あ、すいません。足が勝手に」

「いったぁぁぁぁぁ!!!!」

 

ははっ!例えばこんなふうにね!!

イレイナさんのふみふみ足に来ますね!!

そりゃぶどうも悲鳴上げるわァ゛ァ゛ァ゛!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

取り敢えず我がベストフレンド(その人しか友達がいないから)であるところのイレイナとは妄言を控えるという約束だけして、いくつかの本を借りた俺。

奇天烈な転生をしてしまった俺ではあるのだが幸運にも小さい頃から母さんと一緒にこの世界の文字を一応勉強してきたので読めるには読める。

日本語が通用しない、よって文字も最初から学ばなければならないというツラゲに嵌ったことが昨日のことのようだ。

ふははっ、ざまーみろでござる。

 

「あ、オリバーおかえり──どしたの、その分厚い本達」

「ふっ‥‥‥母さん。俺、本を貸してくれる友達ができたよ」

「今までそんな友達いなかったからね。良かったね」

「‥‥‥」

 

めちゃくちゃ痛いところを突かれたのでスルー。

そして、母さんが外に出る準備をしていることを悟った俺は話題転換の為に母さんに尋ねる。

 

「で、母さんはどっか行くの?」

「ああ、うん。それでオリバーに頼み事があるんだよ」

 

聞こうじゃないか。

 

「今日ね、私の友達‥‥‥というか、後輩っつーか‥‥‥まあ、そこら辺の人が来るんだけどお茶菓子買ってくるの忘れちゃって」

「ふむふむ」

「これからお茶菓子を街で買ってくるんだ」

 

抜けてるね、アンタ。お茶菓子くらい前日に用意しておきなさいな。

まあ、大体言いたいことは分かった。

 

「つまり留守番してれば良いわけね?」

「うん。それから、間に合わない可能性もあるから『金髪ロング』のおねーさんが来たら先に家に上げておいて欲しいんだ」

「うん、まぁそれくらいなら」

「ありがとー、オリバーは賢い可愛い良い子だねー」

 

母さんはそう言うと、俺の頭を撫でて「怖い人には魔力の塊を撃ち込んどくんだよー」という一言と共に、家を出ていった。

 

「‥‥‥さて」

 

その金髪ロングのお友達とやらが来るまでは時間がある。そして、俺の手元には友達から借りた大切な本と、布教用ということで貸してもらったニケの冒険譚。俺は、そのふたつの状況から読書という最適解を見つけると椅子に座り、読書を始める。

と、勿論読書の片手間に安息の時を挟むのも忘れない。優秀な魔法使いは休み時間の質にも気を配るのだよ──と半ば得意気に机に置いてあったコーヒーポットの中身をコップに注いでいる転生者は誰だろうか。

そう、俺だ。

そして、名言を妄想で汚しているということに後から気がついたのも俺だ。

死にたい。

 

そんな戯言を内心で吐きながら、コーヒーと共に読書に興じて、ひたすら時間を潰していると『トントントン』と規則正しいドアを叩く音が聞こえる。

ふむ、思ったよりずっと早く来たな。

まあ、時間的にもお昼過ぎだしタイミングが良いのでそんなに不審感は感じない。大して警戒もせずに、家のドアを開けると──

 

「‥‥‥ん?」

 

あ、アレー‥‥‥と内心で呟き、その人の姿を下から順に眺めていく。

グリーンのジーンズ。

ブラウンのシャツ。

そして、その上に羽織った表が白で、裏地が青の薄いコート‥‥‥同じ色の魔女帽。

 

「お、写真で見た時より随分デカくなったな」

「お、おお‥‥‥」

 

そして、その聞き覚えのある声。

金髪をポニテにして、鋭い目という特徴から織り成すその姿に、俺は確信した。

 

「ここ、センセの家で間違いないよな」

 

シーラさんやんけ!!

 

え、なに!?母さんの言ってた金髪の人ってこの人の事なの!?だとしたら本当に母さんって何者!?ヴィクトリカさんとも友好な関係築いてるし、あの人ただのおっちょこちょいじゃないの!?

‥‥‥と、内心で馬鹿なことを考えるのは控えるってイレイナと約束したじゃないか。気持ちを落ち着かせろ、心頭滅却だ。

 

1度深呼吸して心を落ち着かせた俺は、一応間違いがないように、目の前の金髪をポニテにした女性に尋ねる。

 

()()()って、もしかして母さんのことですか?」

「おう、そうだ。色々あって最近来れなかったんだけど顔を見せに来た‥‥‥お前の母さん、セシリアさんだよな?」

「はい」

 

俺がそう言うと「なら良かったよ」とカッコよく笑うシーラさん。と、同時に表情を渋いそれに変えたのは、俺が呼び出しに応じたことで母さんが外に出ているということを察したからなのだろう。

しかし、心配は要らない。俺は母さんにこの人──金髪の女の人を家に上げろという指令を受けているのだから。

半開きにしていたドアをしっかり開くと、シーラさんを見上げる。

そして俺は兼ねてから考えていた言葉をハッキリと口にした。

 

「母さんは今買い物に行ってますが、どうぞ入ってください。歓迎します」

「──うっ」

「え?」

 

途端、片手で両目を隠して顔を逸らすシーラさん。

何か不味いことでも口走ったか。っべー、っべー‥‥‥と考えていると、目を伏せていたシーラさんが今一度俺を見据える。

その瞳は、いくらか細められており、表情も幾分柔らかなそれになっていた。

 

え、何で?

 

「‥‥‥お前本当にセンセの息子か?」

「まあ、戸籍上は」

「だよな。目元とか髪とかそっくりだし‥‥‥けど、まさかあんな破天荒な人からこんな良い子が生まれるなんてなぁ‥‥‥」

 

あの、感慨に耽っているところ悪いですけどすいません。俺は転生者です。

取り敢えずの一般常識を弁えてるのでこの対応が出来てるだけです。騙してごめんなさい、記憶が転生特典でごめんなさい。後、生きててごめんなさい。

 

「と、とにかく入ってください!入ってくれないと俺が母さんに怒られるんで」

「や、別に怒られはしないだろ‥‥‥ま、邪魔するぜ」

 

あまりに予想外の展開。そして雰囲気に、話題を変えた方が良いと思った俺は様々な不確定要素を切り捨てつつ、シーラさんを家に上げる。

靴を脱いでリビングに向かって歩き出すと、後ろから「おー、お前もう足腰しっかりしてんのか」とか言われた。ついでに「リビングまで運んでやろうか」とか言い出しやがった。

 

あの、俺6歳なんですけど。

シーラさんは6歳児と俺をなんだと思っているんですか。

 

そんな反抗の言葉が頭の中に浮かんだが、失礼はしたくない為適当な言葉ではぐらかし、俺は近くのお茶っ葉と、コーヒーポットを取り出してシーラさんに尋ねた。

 

「お茶ですか?それとも、コーヒーですか?」

「淹れられるのか?」

「まあ、用意してくれているので」

 

「つーか、コーヒー飲んでんのかよ」という一言には乾いた笑い声で応え、母さんが予め用意していたコーヒーをカップに注ぐ。コーヒーの良い香りがリビングに広がり、それと同時に適量を注ぎ終えるとカップをシーラさんに手渡す。

あ、手がつやつや。ずっと触れても飽きなさそう。

 

「サンキュ」

「はい」

「これ、センセのだろ?使って大丈夫なのか?」

「お茶菓子を忘れた母さんが悪いので大丈夫です」

「遅刻の原因それかよ」

「おっちょこちょいなかーさんですね」

「息子に言われてどうすんだよ、センセ‥‥‥」

 

と、ここまで会話したところで思ったんだけど俺ってシーラさんのことどうやって呼んだら良いのかな?そもそも母さんとシーラさんの関係性がどのようなものなのか曖昧だし、下手に名前を呼んだら失礼に値するかもしれない。

シーラ先生?シーラさん?ワンチャン呼び捨てでもOK?

そんな疑問符を脳内でふわふわ浮かせていると、俺がシーラさんに対して何て名前を呼べば良いのか分からなくなっていることを悟ったのか、苦笑したシーラさんが言葉を続ける。

 

「なんて呼んでも怒らねえから安心しろ。お前の名前は‥‥‥オリバーで良いんだよな?」

「あ、はい。オリバーで大丈夫です」

「そっか。じゃ、あたしはこれからオリバーって呼ぶ。だからお前も気軽に何でも呼んでくれ。ねーさんでも、おねーさまでも何でもいいぞ」

「‥‥‥それじゃあ、呼び捨ては俺の心が痛むので。これからよろしくです、シーラさん」

「おう」

 

元々()()として快活な気質だったということは知っていたが、改めて話してみてもその印象が変わることは無い。あれだ、歳の近いおねーさんみたいな感じだ。マジで話しやすいよ、この人。

 

「そういえばシーラさん、俺の名前知ってたんですね」

「まあな。色々忙しくて様子を見に行けなかったんだが、最近やっと自由な休みが取れてな。んで、センセと、そのセンセが可愛がってる男の子を見に来たわけだ」

「へぇ‥‥‥」

 

そこからコーヒーを啜ったシーラさんは、更に言葉を続ける。

 

「魔法で遊んでいるんだって?」

「はい」

「なら将来的には魔法で生きていくのか?」

 

そう言うと、シーラさんはニヤリと笑みを見せて俺を見据える。

この世界に生まれてきて間もない頃は魔法を生業とする意欲はなかった。それには色々理由があるが、やはり1番はヴィクトリカさんの言っていた職種がかなり限られてしまうかもという話だ。

 

「‥‥‥まあ、色々。手広く」

「誤魔化したな」

「秘密が多いってことで、ここはひとつ」

「はっ‥‥‥何処でそんな言葉覚えたんだよ」

 

故に、俺は質問をはぐらかす。

正直言って迷っているのだ。仮に俺という存在が魔法に携わるとして、何を生業とするのか。

イレイナ同様箒で空を駆け回り、魔道士として旅々するか。もしくは勉強頑張って魔法統括協会に入るか。まあ、魔法統括協会の仕事募集が女性のみってんなら諦める他ないのだが。可能性としては有り得るよな‥‥‥シーラさん、エージェントで言えばサヤさんに、ミナさん。その他にもモニカさんというのも居た筈だ。代表的な人達がその人達だって言うのならば言い訳が利くが、それ即ち『出てくる人間はそういう人間だ』ということ。

 

そう考えると『魔女の旅々』の魔法の世界って男の子にキツいっすよね‥‥‥やっぱり魔法は止めて行商人とかの道を往こうかな──と内心涙目になっていると、シーラさんが煙草を吸おうとして、それをやめた。

もしかして遠慮してくれてるのかな?シーラさんと煙草は恋仲みたいなもんだから遠慮しなくても良いのに。

 

「良いですよ、吸っても」

「‥‥‥いやいや、それはダメだろ」

「気にしないです」

「あたしが気にすんだよ。それに、息子に何吸わせてんだってセンセに怒られる」

 

オー!シーラサン、イズ、ゴッド!!

否、女神か。ガキに優しいシーラさんマジ尊死。

これで料理も美味いってヴィクトリカさんに言われているのに、どうしてシーラさんは結婚しないのか。

引く手数多だろ、こんなカッコイイ人。

 

「‥‥‥シーラさん」

「ん?」

「俺みたいなガキに優しくするその様、カッコイイです。まじ尊敬します」

 

妄言を吐くな──とはイレイナとの約束だが、何も普通の妄言を吐くなという約束はしていない。変でないか、ちゃんと伝わるかという脳内審査を行い、それらを通過した言葉をハッキリと伝える。

すると、今度は上を向いて目を片手で覆うシーラさん。

しまった、怒らせたか。ガバガバ脳内審査、がっとぅーへう。

 

「あの、なんかすいません」

「‥‥‥いや、謝ることはない。ちょっと眩しくてな」

「あれ、おかしいですね。グリーンカーテン徹底できてなかったかな‥‥‥」

「や、そうじゃなくて」

 

そうじゃないんですかい。

なら、なんなんだ──とツッコミを入れようとすると、「そういえば」と話題を切り替えたシーラさんが、笑みを見せる。

 

「オリバーはどれくらい魔法を使えるんだ?」

「あいや、魔法ですか‥‥‥」

 

魔法に関しては遊びで魔力の塊を撃ち込んだり、それ以外にも手広くやっているため、経験はそれなりにある。

それでも真面目に魔法の勉強をしているイレイナには知識的に及ばない上に、魔女程の力がある俺TUEEEEなチートくんでもない。

まあ並程度かな。それくらいなら盛ってはいないよな。

 

「まあ、ぼちぼちですね」

「ぼちぼちね‥‥‥じゃあ、箒で空を飛ぶことはできるか?」

「あ、それ試してみたんですけど上手くいかないんですよね‥‥‥」

 

6歳の誕生日に杖を買ってもらったことは記憶に新しいのだが、実はその同じ日に箒も購入したこともあって、地道に空を飛ぶ練習をしていた。

時には見様見真似で。時には色んな方法を取って。

それでも俺は空を飛ぶことは出来なかった。

最早箒を飛ばす以前の問題だ。

飛べないのだ、俺は。

 

「‥‥‥へえ」

 

ともかく、そんな話を聞いたシーラさんは興味深げに俺を見る。その目は、最早吟味にも近いそれであり、ぶっちゃけシーラさんの美貌を見れる分役得ではあったのだが、それも何秒と続くと少しだけ緊張する。

 

「んー‥‥‥」

「あ、あの。なんすか急に」

 

吟味が続き、俺の心臓がバクつく。10秒が1分にも感じられそうになったその瞬間、「よし」と立ち上がったシーラさんは笑顔で俺を見下ろすと先程までとは打って変わった悪い笑みを見せて、俺に一言。

 

「オリバー」

「はい?」

「箒の乗り方、教えてやるよ」

 

まるでこれから『コンビニにでも行こうぜ』的なノリで、そう言ってのけたのだった。

 

 

 




シーラのおねーさん。

2021/02/18 会話文修正


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6話 「なんか違うと思う」

やればできる子


 

 

 

 

 

 

「オリバーが心配です」

 

平和国ロベッタのとある家族の団欒から、そんな少女の声が響き渡った。

この言葉に大好物であるケーキを今まさに食さんとしていた男は持っていたフォークから一欠片のケーキを落とし、その男の妻は「あらまぁ」と笑い、その様に灰髪の少女は、目を見開きその男を見遣った。

男は一欠片のケーキを落としたことにも気付かず、イレイナをただただ驚愕の目付きで見ていたことに、他ならぬ少女が気がついたからである。

 

「あの、お父さん。ケーキ──」

「イレイナが人の心配を‥‥‥しかもオリバー君とやらの心配をしたぁ!!」

 

男が驚いた原因は、愛娘の一言が原因であった。普段から目に入れても痛くないほどに溺愛しており、子離れができていない男であるが、その分娘の良い所も悪い所もしっかりと気付いている。

特に最近は、少女が夢を追い続けることで同年代の友達と呼べる存在が居ないことに対して勤勉さを認めつつも、内心で胸を痛めていたのだ。そんな状況下の中で娘が他人を心配する素振りを見せれば、それに感動しないわけがない。

男は涙を流しながら、隣に座る妻に縋ろうと両手を広げ──華麗に躱された。

 

「で、何が心配なのかしら?」と男の妻が少女に尋ねると、口に含んだケーキを咀嚼して飲み込んだ彼女が嘆息を漏らす。

 

「今日、幾つかの本をオリバーに貸したんですけど」

「ええ」

「その肝心のオリバーに読書するという気概がまったく見られないんです」

 

そもそも言わなければ読書するつもりもなかったんですよ、と娘は語り、男の妻は「うんうん」と頷き、ニコリと微笑んだ。

 

「それで、イレイナはオリバー君に本を読んで欲しいの?」

「それは、はい」

「ならあなたがしっかりと言ってあげて、分からないところがあったら教えてあげないとね。それが薦めた人のやるべき事じゃないかしら」

 

彼女はそう言うと、ケーキを口に含んで「あら、美味しい」と己の作ったケーキの味に賞賛の意を示した。鍛錬に鍛錬を積み重ねたことで構築されていた夫を骨抜きにするスイーツのレシピは、その夫の妻にしか知り得ない1代秘伝のレシピ。そのレシピに骨抜きにされた男は、今日も今日とて妻のスイーツを無我夢中で食すのであった。

そんな穏やかな雰囲気の中で発せられた一言は娘にとっては当たり前の事実だったのであろう。母の言葉に首を縦に振った少女は、その勢いのままに一言。

 

「勿論、そのつもりです」

「あら」

「分からないところがあるのならちゃんと教えますし、嫌だと言っても教えます。首に縄つけてでも、ちゃんと責任を持ちます」

「あらあら!」

 

その言葉に、今度は己の娘に賞賛の意を示した妻。その前に首に縄つけてとかどこで覚えたんだい‥‥‥?という男の声は無視され、妻──ヴィクトリカは少しだけ悪戯心を交えて、言葉を発する。

 

「イレイナったら、オリバー君のことが心配でたまらないのね」

 

そして、その言葉に少女──イレイナは彼女と似た、柔らかな笑みで返す。

そして、強く、きっぱりと、誤魔化したとは嘘でも言えない位の声で一言。

 

「友達ですから」

 

その言葉に若干過保護な男は「おおおおお」と涙を流し。

誰よりも娘を愛している彼女は、クスリと微笑んでみせた。

 

 

 

 

 

 

「そういや」

「?」

「あたしは名乗ってないのに、なんでシーラだって分かったんだ?」

「‥‥‥ああ、それはあれです。母さんが前から言ってたんすよ、シーラさんは何時でもハードボイルドだって。そこからです」

「マジか、照れるな」

 

場所が変わり、家を出てすぐの庭で2人の魔法使いが向かい合って話をしていた。

1人は、山吹色の髪をした遊びで魔法を撃っていた子ども。魔力の塊を空に穿つことと、作った氷をガスバーナー並の威力の炎魔法で溶かすことを快楽としている魔法使い。

もう1人は、山吹色の髪をした男の子からしたら()()()()()という印象を受ける子どもを慮った禁煙を敢行し、その少年を見据える金髪の女性。

一見、向かい合った2人は談笑をしているように見えるだろう。しかし、片方の子どもは内心で冷や汗をダラッダラ流しながら仮初の笑みを見せているのだ。

 

少年は転生者であり、向かい合ったその人を()()()()()()知っている。そんな事情を知っているであろう奴らが見れば失笑もののやらかしを()()()()()()()()()()クズボーイは誰だろうか。

そう、俺だ。

クズオタクであるところの、俺だ。

 

「それじゃ、ぼちぼち初めっか」

「はい」

 

箒の乗り方を教えてくれるという言葉に乗せられ、外に出た俺は箒を手元に召喚し、その箒を掴む。オーソドックスで何の変哲もない箒を見たシーラさんは何処か物足りなさそうに渋い顔をするものの、直ぐに気を取り直して、俺を見据える。

 

「練習はしてたんだろ?」

「まあ」

「なら、先ずお前なりのやり方で飛んでみてくれ」

 

腕を組んだシーラさんの注文に応え、先ずは自分がやっていた箒の乗り方の練習を試してみる。

かつて、母さんは魔法に関してのコツを『イメージと思い切り』だと宣った。当初の俺はそんな母さんの言葉を話半分に聴いていたのだが箒の乗り方に行き詰まった時、半ば衝動的にその言葉を思い出し、物は試しと『コツ』とやらを意識してみることとしたのだ。

まあ、結果上手くいってないのでお察しという奴なのだが。

 

「飛びたい!空を駆け回りたい!あの世まで行ってみたい!!」

「なんで詠唱してんの?」

「行っけぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「なんか違うと思う」

 

現にシーラさんすっげぇ変な奴見るような顔してるし。やっぱり飛ばし方間違えてるんすかね‥‥‥ってな具合に愕然としていると、「ダメだな、こりゃ」と続けたシーラさんが左手でフィンガースナップを行う。

 

「──うわ」

 

そして、出てきたのは幾つか改造された箒である。翼をモチーフにした背もたれや、エンジンの音が鳴るそれは箒というよりかはバイク。いやしかし、ダサいとは思わない、むしろイケてると思う。

 

「カッコイイっすね、そういうの」

「お、やっぱ男の子だな。こういう系のには憧れるか?」

「はい」

「なら、先ずはちゃんと箒を扱えるようにならねえとな」

 

シーラさんは、片手を箒の持ち手に添えると「こほん」と咳払いをして、会話の空気を改めた上で、続ける。

 

「いいか、オリバー。どんな魔法使いでも最初のうちって空を飛ぶ感覚が備わってないから闇雲に飛ぼうとしたところで上手くいくわけがねえんだよ」

「と、言いますと?」

「最初のうちは手順通りやれってことだ。箒を浮かせて、その後にその箒に座り込む。んで、姿勢が安定したら深呼吸して地を蹴り上げる──最初はこんなもんだよ、箒の乗り方なんてさ」

「お、おぅ‥‥‥本格的なんすね」

 

つーか、普通に考えて言霊如きでどうにかなる問題でもなかったよな。俺って本当に考えが甘いわ。

 

「お前な、魔法をなんだと思ってんだよ」

「母さんがイメージって言ってたんで丸っきり信じてました。ダメっすね、俺」

「言ってることは一理あるけど初心者に教えることじゃねえだろセンセ‥‥‥」

 

「とりあえず、やってみ」とシーラさんが最後に言ったので、1度深呼吸して心を落ち着かせた上で、言われたことを反芻させる。

 

先ずは箒を手に取り、浮かせる。この基礎自体は今まで箒を呼び寄せたりする過程で何度もやってきたので、簡単。

問題はその後だ。

 

「‥‥‥この浮いた箒に、座るのか」

 

浮いた箒に乗ることが純粋に怖い。

このまま乗って、腰を強打しないか。はたまた、乗った瞬間に暴れ回り、制御が利かずに振り落とされないか。そのようなシチュエーションを考えた時、俺の心は恐怖でいっぱいになってしまったのだ。

雑念が入れば、魔力の精度は鈍る。その証拠に先程までしっかりと浮いていた箒が震えてしまっている。

そんな、今にも落ちそうな箒を見たシーラさんは俺の考えを見透かすかのように忠告する。

 

「怖がんな。ビクビクしてると制御できなくて余計な怪我するぞ」

「‥‥‥はい」

「大丈夫、お前ならできる‥‥‥知らねえけど」

「ちょ、それ今1番言っちゃ行けない奴!!」

 

さっきまで良いこと言ってくれてたのに!

そんな思いからか、自然とシーラさんを睨みつけるような形になってしまった俺ではあったのだが、ここで今までの怖さというか、硬さが緩和したような気がした。

震えていた箒は、ふわりと浮くのみに留まり安定感が見受けられる。それこそ、座っても落ちたりしないとでも言いたげな安定感がその箒にはあるように思えた。

故に、俺はその安心感を求めるように自然と箒の持ち手に座る。

結果は、無傷。

俺は浮いた箒に座ることに成功したのだ。

 

「‥‥‥あ」

 

その後はもう、流れだった。

俺自身の行きたい所へ、箒が意思でも持ったかのように進んでいく。右へ、左へ、上へ、下へ。

とにかく自由自在に、箒は俺の思うがままに動いてくれた。

 

あ、やばい。

なんかちょっと感動してきた。

世界がクリアに見える。見たことの無い景色が、俺の視界いっぱいに広がっている。その光景に、俺は思わず見とれてしまう。見たことの無い情景や、そこに広がる自然に心を奪われてしまったのだ。

 

「──ほら、やっぱ出来んじゃん」

 

下の方から声が聞こえると、見上げた状態のシーラさんが『当然』とでも言いたげなドヤ顔で笑っており、その表情に、俺もドヤ顔で返して言葉を返す。

 

「自分でもビックリなんですけど、出来ました」

「魔法の素養ってのはほとんど遺伝によって決まる。つまり、ぼちぼち魔法を使える位の才能があるお前が箒に乗れない道理はねえってことだ」

 

「つまり」と、ここで言葉を切ったシーラさんは懐かしい何かを思い出すかのように、目を細めて俺に尋ねる。

 

「どういうことか分かるか?」

「‥‥‥ええ、あれっすよね」

 

シーラさんの言いたいことは痛いほど分かる。

つまり、箒を使えるくらいの力があり。それらは殆ど遺伝。つまり、これは俺が元から持っていた力。そして、それらを開花させたのは‥‥‥

 

「俺の努力と生まれ持つセンス!」

「うん、そう。そりゃそうなんだけどあたしが言いたいのは──」

「ひょおおおおお!!!!」

「話聞けよ」

 

どうやら神様は俺を完全には見捨てていなかったらしい。一時はどうなることかと思っていたが、このまま行けば旅をしながら可愛い女の子達と出会うことも可能になるだろう。

例えば、寝たら何もかもを忘れちゃう女の子と1日限りのアバンチュールを仕掛けてみたり。

ある時は、イレイナサンスキーな黒髪ボーイッシュな女の子と仲良くなる傍らでイレイナの可愛さについて語り合ったり。

後は‥‥‥シスコンの妹2人に姉に手を出したクソ野郎として蹴られたり、踏まれたり、とにかく色々できる!!

 

「ひょおおおおお!!!!」

「おい、降りてこーい。つか、現実に戻ってこい。箒から叩き落とすぞ」

「すいません」

 

思わず興奮してしまった。

今は魔法を使っているんだから集中しなきゃな。魔法だって一歩間違えたら事故を起こしかねない危険なものなのだから、遊びと言っても使う時くらいは真面目に使わなきゃならん。

心頭滅却を意識し、宙に浮いた状態から地に足をつけた状態へと戻すと顎に手を添えたシーラさんが何やら、また俺をまじまじと見つめる。

 

「‥‥‥お前、やっぱり」

「ど、どうしました?」

「‥‥‥いや、なんでもない。才能あるなって、そんだけだ」

 

さいですか。

いやしかし、シーラさんって本当に綺麗だなぁ。

もういっそのこと一生見つめてくれないか──んんんんん!ダメだ、1度心を落ち着かせたのにまた興奮しようとするなリトル俺!!

大体お前はいつもそうだ。妄言吐けばどうにでもなると安易な考えを持って、その言葉で他人がどう思うかなんてお構い無し!

衝動的に言葉を発する悪癖を少しは反省し──

 

「綺麗ですね!」

「あ?」

「カッコイイですね!!」

「お前何言って‥‥‥おい、その羨望の眼差しやめろ。お前1回落ち着け、な?」

 

と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛! 

 

 

 

 

 

 

あの後、母さんが帰ってきたので家に戻った俺とシーラさんだったが、何やら世間話程度に留まっていたので、一言断りを入れて再度魔法の練習をすることになった。というか母さんシーラさんとも面識あるとかどんな人間なんすかとか色々思いながら、俺はひたすらほうきで空を飛び続けた。

 

「ふわぁぁぁ!!流石私の息子なのですー!!空を飛べるなんて天才なのですー!!」

「歳考えろよ」

「あ゛?」

 

なんか箒で空を飛んでた時、戯言が聴こえた気がしたのだが、取り敢えずそれは置いておく。

長くほうきを飛ばしている内に時刻はあっという間に過ぎ去り、話を終わらせたのかシーラさんが家から出てきたのだ。恐らく帰るのだろうと思った俺は、箒の乗り方を教えてもらった礼を言うために急いでシーラさんの元へと箒で向かう。

 

「シーラさーん!」

「オリバー‥‥‥って、お前もうそこまで箒ぶっ飛ばせるようになったのかよ」

「慣れました」

「普通怖くてそこまで飛ばせない筈なんだけどな」

 

ははっ、そりゃまあ最初は怖かったけど慣れちまえばこっちのもん。事故で死線見てるからスピード出すのはそんなに怖くないし。

──と、それよりもだ。

 

「シーラさん」

「ん?」

「今日はありがとうございました。お陰様で箒で空を飛べましたから」

「できるようになったのはお前だろ。礼なんて要らねえよ」

「けど、シーラさんが教えてくれなかったらもっと時間がかかってましたから」

 

そう言うと、目を見開き「あー」と間延びした声を上げたシーラさん。見開かれた目が元通りになった頃には表情が渋くなっており、恐らくシーラさんの中で想定外の出来事が起こったのだろうということが容易に想像できた。

 

「お前、独学で魔法勉強してんの?」

 

間を置かれて、尋ねられた一言に「です」と返して続ける。

 

「勿論、杖とか箒は母さんが買ってくれたんですけど、ちゃんとした指導は受けてないです」

「‥‥‥マジかよ。てっきりセンセか師匠に教えて貰ってんのかと思ったんだけどな」

「いやいや‥‥‥感覚派の母さんですよ?」

「あのな、お前の母さんは‥‥‥あー、いや。なんでもない。そうだな、あたしも苦労したよ」

 

途端、しゃがみこんで目線を俺に合わせたシーラさんは「お前も苦労してんなー」と言いながら俺の肩をポンポンと優しく叩いてきた。

くっ‥‥‥!優しさが目と鼻と五臓六腑に沁みるっ‥‥‥!!

 

「‥‥‥もし魔法で躓いたりしたら手紙でもなんでも送ってくれよ。忙しいし、面倒だが話くらいなら聞いてやるからさ」

「良いんですか?」

「良くなきゃこんなこと言わねえよ」

「‥‥‥じゃあ、それとなく送ってみます」

「おう」

「‥‥‥賄賂は、饅頭で良いですかね?」

「誰が賄賂送れって言ったよ。シバくぞ」

 

厳しい言葉とは真逆の優しい語調で一言、シーラさんはそう言うと俺の頭を支えにして立ち上がり、再びフィンガースナップ。エンジンの音が鳴り響く箒が登場すると、シーラさんはその箒にどかりと座り込む。

何から何までカッコイイ人だ。世のハードボイルド希望者はこの人を目標にすべきなのではないか──なんて思っていると、箒に座ったシーラさんがニヤリと笑みを見せて、俺を見遣る。

 

「また来る、じゃあなオリバー」

「その時は、もっと魔法上達してますね」

「言ってろ」

 

そして、その一言を残してシーラさんは空を飛んでロベッタの空を飛んでいく。それと同時に、エンジンの音が鳴り響き、あっという間に姿は消えていった。

そして、そんな姿を見た俺は、いつかあの人や未来のイレイナのように自由に空を飛び、目標を叶えられたら──なんてことを考えながら、自分の家のドアを開けるのであった。

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥そういや、ハードボイルド繋がりでユーリィちゃんとか居たなぁ」

 

今頃アジトでゲロでも吐いてんのかな。

 

 



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7話 「怒った彼女もまた」

子どもイレイナさんの大人っぽい話し方や罵倒に関しては読者様によって様々な意見があると思いますが、執筆する際に感じた『これじゃない』という感覚と、原作で記述のあった5歳になったばかりの頃にニケの冒険譚以外の本を沢山買っていたという情報から、色んな本の知識を沢山取り込んだ子どもイレイナさんが1年後に丁寧語に目覚めるというのはあるかなということから、このような喋り方に統一させて頂きました。
因みに前者が99%です。俺じゃタメ口イレイナさんを可愛く書けなかったので、誰かタメ口が可愛いイレイナを書いて......書いて......




 

 

 

 

それからイレイナやヴィクトリカさんとの関係を中心に、1年に1回あるかないかの確率でシーラさんと会話したりを繰り返していると、あっという間に年月が過ぎて9歳になった。その頃にはイレイナの少したどたどしかった敬語が完全に慣れ親しんだそれになり、それと同時にイレイナ自身の言葉も鋭くなった。

しかし、たどたどしさよりも『そういうの』を求めていた俺にとっては哀しみよりも嬉しさが勝り、結果として俺の妄言もより多くなったのは言うまでもないことだろう。

ああ、後学校に通うようになった。そして、当然のように制服を着たイレイナさんを見ることになって──うん、制服イレイナさんはめちゃくちゃ可愛かった!まあ、それを言ったら公衆の面前で魔力の塊撃ち込まれたんだけど。ほんと、むごい。

 

いやしかし、妄言などを吐いてしまうのは何も俺だけが悪いことではないと思うんだ。俺だってただの有象無象に罵倒されて嬉しがるほどドMじゃない。

イレイナさんの鋭い言葉だからこそ興奮するのだ。彼女の言い分が的を射たものであるから納得するのだ。

そして何よりイレイナさんが可愛いのが悪いのだ。

 

天才的な可愛さは人を熱くさせる。

故に俺はその熱情の侭に妄言を口走ってしまうのだ。

 

「敬語イレイナ可愛い」

「妄言も程々にしてください」

 

キミの可愛さいとおかし。

 

 

 

 

 

 

「はい、どうぞオリバーくん」

「ありがとうございますっ!」

「このアップルパイ、イレイナと一緒に作ったのよ。美味しい?」

「ははっ、美味いです!」

「あらあら、お上手ね。まだ一口も食べてないじゃない」

 

時は学校がお休みであるが故に1日暇を持て余す今日の午後。

世間の子どもはおやつタイムに興じているであろう今日この頃、俺は近所のヴィクトリカさん&イレイナさんが調理したスイーツを頂こうとしていた。

見るからに甘くて美味しそうな造形美をしているアップルパイは食べるには惜しく、とはいえ食べてしまいたいという欲求が理性とせめぎ合い、現在進行形で心が悲鳴をあげている。

 

「ふわぁー!俺、ヴィクトリカさんの親切で心がいっぱいなのですー!けど、イレイナさんの人を殺しそうな目のせいで心が壊れそうなのですー!」

「‥‥‥」

「視線が痛いのですー!」

「‥‥‥」

 

ついでに、イレイナさんの視線のせいで心が悲鳴を上げている。『何こんなところで油売ってんすか』的な冷たい視線が俺を殺しに来てるのだ。

とはいえ、俺にもここに来た理由がある。理由もなしに女の子の家でくつろいでたまるかってんだ。

 

「まあまあ落ち着きたまえよイレイナ。これにはれっきとした理由があるんだ‥‥‥あー、なのです」

「その敬語擬き気持ち悪いのでやめてください」

 

酷いのです(アヴィリア擬き)。

 

「‥‥‥ヴィクトリカさんに誘われたんだ」

「お母さんが、ですか?」

「常日頃から誘われてたもんで、遂に俺が折れた‥‥‥というか、言葉遊びに殺られたんだ」

「どういう意味ですか」

 

イレイナが間髪入れずに俺の言葉に反応する。すると、鼻歌を歌いながら皿洗いをしていたヴィクトリカさんがタオルで濡れた手を拭きながら、こちらへ笑顔を見せた。

 

「オリバー君がやっと私のお誘いを受けてくれたのよ。今まで即答で断られていたのに今日は即断即決」

「昨日と今日で何が変わったのかは知りませんが、取り敢えずオリバーが欲望に忠実な馬鹿野郎だということは分かりました」

「違うよ!」

 

本当に言葉に弄ばれたんだって。いつものように原っぱで魔力の塊ぶち込んでたらヴィクトリカさんと鉢合わせて、いつものように会話したら言葉遊びされたんだって。

 

『今日も来れないわよね?』

『いいえ』

『‥‥‥あら?あらあらあら?』

『え』

 

具体的に言うとこんな感じに。

つまり俺はヴィクトリカさんにまんまとしてやられたという訳だ。

いやね、そりゃあ俺だって精神年齢大人ですよ?けど俺はその中でも特筆すべき点のない一般的な大人。加齢と共に当たり前のように成長する心しか持ってない奴がヴィクトリカさんのようなつよつよ魔法使いに勝てるわけないだろいい加減にしろ!!

 

「‥‥‥騙されたんだよ。普段は来れるか否かを聴いてくんのに、今日は『来れないよね?』って聴いてこられた。策士だよあの人、怖いよあなたのお母さん」

「‥‥‥それは、はい。まあ‥‥‥ご愁傷さまです」

 

イレイナの目が、何かを哀れむような目に変貌し俺を捉える。その瞳は正味興奮するのだが長時間その視線で眺められても困るので、勘弁して欲しい。

「それはそうと」と話題を変えて視線を本へと移すイレイナ。

いやはや、話題を変えてくれて感謝感激だ。

 

「読書と勉強は進んでますか?」

「ページの進行度合いと勉学に関する意欲は比例しないことが分かったよ」

「あ、全然進んでないんですね」

「仕方ないじゃん!調合関連は嫌なの!!市販品とか買えば良い話じゃん!」

「調合できるものなら作って金銭を浮かせた方が建設的ですよね。なんですかあなた、もしかして無駄遣いさんだったんですか。将来的にお金に泣きますよ」

 

またしても哀れみの視線で見つめられる俺。しかし今回のイレイナはそれだけではなく、ため息を吐くと席を立ち上がり本棚へと向かう。数秒後に調合に関しての本を取り出すと、4人席のテーブルの向かいから俺の隣の席へと位置を移す。

え、なんですか。横からぶん殴る寸法っすか──と疑心暗鬼と隣のイレイナの良い香りに内心クラクラしていると、イレイナが調合関連の本を俺に押し付ける。

そして、視線を俺とは合わせずにそっぽを向いた状態で一言。

 

「調合関連の何処が分からないんですか?」

「‥‥‥鎮痛剤の作り方」

「仕方ないですね、1から教えます」

 

その言葉をきっかけに、イレイナの集中力が一気に増幅し、辺りは一気に勉強ムードへと切り替わった。隣合って、イレイナ先生の指示を受けながら召喚したペンと羊皮紙と本で勉強する様は、今までお目にかかることのなかった友達との勉強会のようで──胸が高鳴った。

 

魔法に触れ、ファーストコンタクトに失敗しないように気張ったことでイレイナさんとお友達になることができて、あまつさえイレイナさんとこうして勉強するまでに至ったのだ。

これぞ魔法に触れた特権なのかもなぁ。

それはそうと、イレイナさんの横顔可愛いなぁ。

 

「で、あるからして‥‥‥あの、聞いているんですか?」

「あ、ごめん。今日のイレイナの無限大の可愛さについて考えてた」

「馬鹿が一向に治りませんね。困った友人です」

「‥‥‥おやおやイレイナさん、これは謀反かな?」

「1人の生きとし生けるものとしてそろそろ己の成長速度に謀反を起こした方が良いのでは?」

「遠回しに俺をディスるのやめてよね」

「蔑むことと事実を述べることは違うと思うのですが」

「ほんとむごいからやめて」

 

でも、こういう罵倒の鋭さは歳を追うごとに鋭くなっているんだよね。

デレは金では買えないとはどこぞの誰かが言っていたような気もするのだが、俺と話す時のイレイナはそもそもデレの概念がないように見受けられる。

いつかイレイナさんはデレを見せてくれるのだろうか。

希望的観測だが、いつか見てみたい。

 

 

 

 

 

 

イレイナ先生との個別授業は、白熱の様相を呈していた。

 

「では、これから問題用紙を提示するのでそれを解いてください。ひとつでも間違えたらやり直しですので」

「しゃっ、任せとけ!えーと、1問目は‥‥‥あ!これイレイナ先生のスパルタレッスンで叩き込まれたやつだ!」

「あの、最初の問題から間違えてるんですけど。小テスト舐めてるんですか?」

「あ、アレー‥‥‥」

 

問題を1問でも間違えたら小テストのやり直しという地獄のイレイナ先生のスパルタレッスンは、図らずも俺の頭を集中力の塊とし、疲弊させた。

甘いものには疲労回復効果があるというのは前世で得た知識なのだが、これならもっと早く来て勉強してからイレイナとのスイーツタイムを楽しむべきだと心底思った。

それくらい、イレイナの勉強指導は厳しいものであり。それと同時にイレイナがどれだけの時間を魔法や勉学に使い、努力しているのかということを知るだけでなく()()することができた俺であった。

 

「‥‥‥勉強ってさ、やる方も大変だけど教えるのも大変なんだよな」

 

何気なくそう言うと、紅茶を飲んでいたイレイナがそれを飲み込みこちらに視線を向ける。

 

「急にどうかしましたか?」

「いや、前から思ってたんだよ。学ぶ側は分からないことを学ぶのが仕事なんだけど、教える側って生徒が分からなくなるであろう事を知識として修めてなきゃ教えることができないから、生徒よりも大変なんじゃないかって」

 

俺も魔法や勉学を多少齧っちゃいるが、理論的なものを熟知しているわけではないために技や知識を教えるとなると、何から説明すれば良いのか分からなくなる。

けど、イレイナはどれも勤勉に理解しようと務めているからこういった『教える』という行為ができる。

そこに厳しさの是非なんて関係ない。

たくさんの知識を知識として教えてくれることに、俺は1人の友人として感謝しなければならないのだ。

 

「教えてくれてありがとう、イレイナはちゃんと努力してんだな」

「‥‥‥それは、当たり前の一般常識です。そんなことを言ってる暇があるのなら少しでも知識を知識として修めてください」

「あ、照れた?ねえねえ、今どんな気持ち?くそやろうに褒められて、今どんな気持ち?」

「あなたの頭を粉砕したい気分です」

「やめて」

 

折角褒めたんだからもっと笑って。

激おこのイレイナもクールなイレイナも俺にとってはご褒美に違いないが、やっぱり可愛い女の子には何時でも笑顔が似合う。

だから俺は、イレイナにどんな表情でもいいから笑って欲しいのだ──

 

「全く、馬鹿な人ですね」

「ははっ」

 

そう、そんな感じにな。

ちょっと遠慮がちに笑う様も、なかなか至高じゃないか。

 

と、そんな感じに俺とイレイナが休憩時間中に談笑的な何かをしていると、不意に後ろから足音が近付いてくる。

どうやらヴィクトリカさんが台所の仕事を終えたらしい。その一方で、何処か申し訳なさそうに苦笑している様を見て、何があったのだろうかと考えているとヴィクトリカさんがイレイナを見て一言。

 

「イレイナ、勉強している所悪いのだけどお使いに行ってもらっても良い?」

「何か足りないんですか?」

「胡椒を切らしちゃったの。行ってもらっても良いかしら」

 

胡椒、となるとロベッタの街にまで繰り出す必要がある。いつもヴィクトリカさんがどのルートや、物を使って移動しているのかは分からないがそれによっては少し時間のかかるお使いになるだろう。

ふむ、勉強はここで終わりかもな。

 

「少し遠いですね‥‥‥」

 

そして、前者はイレイナも感じていたことなのだろう。行くことは確定として、その距離の遠さに難色を示した彼女は顎に手を当てると「どうしましょう」と唸った。

ほう、だったら──

 

「俺も行くよ」

「結構です」

「何でさ」

「見るからに面倒な予感がするからです」

 

そりゃまた失礼な。

いやしかし、先程まで馬鹿丸出しだった俺が急にそんなこと言ったら確かに疑われるのも無理はない。

ここはイレイナの意図を汲んで、理由と条件をしっかり話そう。

何事も話し合いの精神が大切なのだから。

 

「‥‥‥まあまあ、聞いてくだせぇイレイナセンセ」

「は?」

「俺はな、この時間のお礼にセンセの足になってやるって言ってんですよ」

「さっきから何を言っているんですか?」

 

怪訝そうな表情を崩さないイレイナ。依然として俺を疑ってかかるその姿勢に負けることなく、俺は一言。恐らく誰が見てもドヤ顔と言うであろう表情で言葉を発した。

 

「俺が箒でお前を店まで連れていこう。イレイナは胡椒のことだけ考えてりゃいい」

「2人乗りとか何考えてんですか」

「はぁ?乗り物は2人乗りが鉄板だろ?」

「そんな思考している人に命を預けたくないです」

 

イレイナはそう言うと、「こっち見ないでください」と言う言葉を最後に外に出る支度を始める。薄手のカーディガンを羽織った少女は、最近になって俺の見覚えのある小生意気で可愛いイレイナさんの面影に適合し始めている。

最近になって髪を伸ばし始めたのはその最たる例だ。

長く伸びた艶のある灰髪は、ヴィクトリカさんに似たのか。もしくは、髪は女の命故か。

俺には分からない。

 

「貴重な時間だぞ」

「1人で物事を考えるのも有益な時間の使い方ですね」

「俺に勉強教えてくれるんじゃなかったのか」

「終わりです。私の用事を優先させてください」

「俺との関係は遊びだったのかよ!」

「さっきからなんなんですかあなた本気で怒りますよ」

 

と、まあ。

何を言ってもイレイナは俺の話をロクに聞いてくれやしない。俺の言葉に本気度が伝わらない故か、彼女は尽く俺の提案を突っぱねる。ならば、本気を魅せるしかないと思い立った俺。ドアを開けようとするイレイナの前に立つと、大きな声で一言。

 

「イレイナが心配なんだよ!」

「私はあなたの頭の方が心配ですね」

え、それご褒美?

「そういうとこだってんですよ。良いから退いてください」

 

結果、本気を見せても失敗した俺。渋々引き下がり、横にズレると満足したようなドヤ顔でイレイナはドアに手をかけた。

意固地なイレイナである──そう思い、仕方ないとため息を吐いた瞬間。

 

「あら、イレイナはオリバー君の首に縄つけてでも読書と勉学の習慣を付けさせるって言ってなかったかしら」

 

ヴィクトリカさんが頬に片手を添えながらそう言い。

イレイナの動きはピタリと止まり、それと同時に壊れたブリキのように首を動かして後ろを振り向いた。

 

「‥‥‥それとこれとは、話が違いますよね?」

「そうかしら?オリバー君を読書漬けにしたいのなら、隙間時間こそ活用すべきだと思ったのだけど‥‥‥」

 

‥‥‥ん?

読書漬け?

隙間時間?

あなた達何言ってんすか。あれっすか、俺をクスリ漬けにでもしようってノリで勉強させようとしてんすか?

 

「‥‥‥あの、話が読めないんですけど」

 

あまりに唐突に発せられた一言と、その内容に困惑して思わず後ろにいたヴィクトリカさんに尋ねる。その一言に「気になる?」と返したヴィクトリカさんは目を瞑り、過去に耽るように言葉を続けた。

 

「あれは3年前のことよ──」

「‥‥‥やめてください」

「本嫌いのオリバー君のことを心配したイレイナが‥‥‥」

「やめてください!」

 

途端、普段のイレイナからは想像だにできない大声が響き渡る。その声は下手したら外に漏れてもおかしくない位の声であり、その声に驚いていると不意にイレイナの右手が俺の右手首を掴み、引っ張られる。

視線を強制的にイレイナ側に向けられると、そこには視界いっぱいにイレイナの姿が映った。

え、表情?まあ、あれだな。頬を紅潮させたイレイナはどちゃクソ可愛いな。

 

「オリバー、箒で私をお店にまで連れて行ってください」

「え、良いのか?」

「あなたをお母さんと一緒にすると、良くないことを吹聴されそうですので。それから、気も変わりました。先程の小テストの続きをしましょう」

「それならお前も箒を使えば良いだろ、もしかして使えないの?」

「自由自在とはいきませんけど移動くらいなら出来ます。馬鹿にしないでくれませんか?」

 

別にバカにはしてねえんだけどなぁ。

まあ、それでイレイナが納得してくれるのならそれで良い。何かしてあげたいと思えたのは確かなんだ。何を言われても、結果的にイレイナに何かをしてあげられるのなら別に良いや。

 

「問題に齧り付きながら箒の操縦なんてしたらぶつかってぺしゃんこです。オリバーが箒の操縦をできるのなら、その方が効率的で安全ですから」

「‥‥‥分かった。んじゃ、行くか」

「はい」

 

了承の言葉とは裏腹に、不当とでも言いたげに不機嫌な様子を見せたイレイナ。そんな様に、『怒ったイレイナ可愛い‥‥‥』なんて妄言を吐きそうになった俺は、ひたすらその言葉と買い物&勉強デートにも近い何かにより浮ついた気持ちを誤魔化すために咳払いして、空を見上げた。

 

今日の平和国ロベッタは、馬鹿みたいな快晴だ。

 




幼少編残り3話の予定です。
閑話はやるかも。


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8話 「俺が彼女に恩返しする前の話」

これはイレイナが9歳になって間もない頃、彼女とだだっ広い野原で読書をしていた時の話である。

本を借りるだけ借り、借りだけを作りまくっていた俺は少しでも何かを返そうと、彼女に提案した。

すると、その言葉を彼女は一刀両断するように一言。ハッキリとした語調で言ってのけた。

 

「自分の言ったことをもう忘れたんですか?」

 

その言葉に俺は首を横に振った。そして、それと同時に俺は「衝動的なものだったんだ」と言い訳じみた言葉を使う。

しかし、そんな言葉も彼女には通用しない。この若さでイレイナは賢く、可愛く、ちゃんと約束を覚えてくれている──優しい女の子としての片鱗を見せていたのだ。

 

「出世払い、でしたよね?」

「え」

「忘れたとは言わせませんよ。あなたは私に本を借りた際に無償とはいかないと宣い、出世払いという方策を取りました。ご丁寧に誓約書まで書いて」

「‥‥‥ちなみに、今いくらくらいの借金をしてるんですかね」

「金貨5枚ですかね」

「レンタル高額ゥ──!?」

 

予想の斜め上の金額に思わず大声を上げてしまう。金貨5枚分なんて到底支払えるようなものでは無い。俺の経済力はほぼ0みたいなもんで、貯金をしたとしても金貨5枚分なんて集めるには相当の時間がかかってしまうことだろう。

何より、彼女は数年したらアテのない旅に出る。行き先が分かっていたとしても簡単に会えるものでは無いということは、俺とて理解していた。

そんな俺の考えを見透かしたのか、イレイナが笑うことも何もせず、ただ本を直視したまま続ける。

 

「焦って何かを返そうとして()()()()()なるのが1番迷惑です。その貸しは、あなたが心身共に充実したタイミングで、全てを犠牲にするつもりで返しに来てください」

「全てを犠牲に‥‥‥ね」

「あ、私との友情も犠牲にしてくれて良いですよ」

「犠牲にするもの間違えてないか!?」

 

それは本末転倒じゃあないのか──なんて思いつつ、改めて俺はこの女の子の優しさに目を見開く。

一見してみると冷たくて、クールで、滅多に人に手を貸さないというイメージがあるけど、深く関われば関わる程イレイナという人間の温かさや人情味に溢れた姿に魅せられていく。

俺の場合は、それを()っていることもあって、尚更であった。いちいち見せる彼女の動作や感情、全てが可愛くて妄言を吐き、罵倒される。

それは今も昔も変わらない出来事であった。

 

「約束しましたからね。そして、あなたは私に山程貸しがあるということも忘れないでください。仮に破るようなことがあったその時は‥‥‥」

「その時は?」

「後で酷いです」

「イレイナかぁいい。お姫様抱っこしていいか?」

「指詰めですね」

「洒落にならないからヤメテ!!」

 

いやしかし。

いくらなんでもここまでの時間があるのに何一つ返せないで終わるってのもそれはそれで後味が悪い。家を建てようと考えた時も頭金とローンが必要だった。恩を全て返す為の頭金とローン的な何かくらい彼女が魔女として旅々する前にできないのかと考えた俺は、半ば衝動的に胸を張った。

 

「けど、有耶無耶にならない内に一欠片でも返しておきたいな‥‥‥まあ見てろ。その内お前がビックリする位の恩返ししてやるから」

「あ、はい。期待しないで待ってますね」

 

途端、イレイナの現実を理解したような棒読みの言葉が俺の心を抉る。

しかし、不思議と辛さはない。そして落胆感もまるでない。むしろ、イレイナをめちゃくちゃ驚かしたろう的な気合いに燃え滾った俺は、イレイナを睨み、自分でも分かるくらいのニコリと笑みを見せて──

 

「馬鹿め、俺はそう言われたら無性に燃えてくる性格なんだよ」

 

そう言って、高らかに近いうちの恩返しを宣言した後に俺は決意した。

必ず近いうちに1度、彼女が喜ぶような恩返しをド派手にぶちかましてやろうと。

そして、その気持ちは──あれから数ヶ月が経ちそうになっている今も変わりはない。

確固たる意志を持ち、俺は着々と準備を進めていた。

 

 

 

 

 

 

少し箒と、投石魔法について行き詰まったことがあり、その旨を母さんの了承を得た上でシーラさんに手紙でそれとなく伝えてみた。

すると、2週間後の明朝に手紙が届き──それと同時に大きな包みが飛び出した。

 

「‥‥‥包み?」

 

いやいやシーラさん。俺は分からないとこを聞こうとしたんすよ、決して今年の誕生日プレゼントの乞食をしたわけじゃないですよ──と思いつつも、やはり欲には負けて包みを開けると、そこから1つの手紙がふわりと飛び出て、俺の目の前へと浮く。

その手紙を掴み、封を開けると少し乱雑な文字で、ぶっきらぼうな内容の手紙が送られてきた。

 

やる。

取り敢えず包み開けて、その本読んどけ。

 

「‥‥‥ふむ」

 

その手紙に指示されるがまま包みを開けてみると、中には本が2冊入っておりその本の何れにもメモ書きが貼り付けてある。

魔法の本は『魔法の勉強用』と書いてあるメモ書きが同封されており、箒についての本は『箒の勉強用』と書かれており、その細やかな気遣いは大雑把なシーラさんとは思えない気の配りようであった。

 

「‥‥‥気遣ってくれたのかな。それに、本まで貸してくれるなんて」

 

予想外の出来事である。

話くらいは聞くという言葉から想像していたのは手紙で送られるちょっとしたアドバイスや励まし程度のそれだと思っていたのだが、実際は手厚いが過ぎる位のサービス。

ここまでされたのならば、せめて疑問点だけは解決しなければならない。

不明点に光明を見出した俺は、早速己の疑問点を解決する為に読書を──

 

「‥‥‥ほほう、贈り物か」

「そうなんだよ、シーラさんって大雑把に見えて凄い細やかで‥‥‥って」

 

思考の途中に聞こえてきた言葉に思わず反応しながら、振り向く。するとそこには母さんでもなく、ヴィクトリカさんでもなく、()()()()()()()()()()()()()()()でもなく、1人の男がそこに立っていた。

俺はその人を知っている──と言っても、これまた原作では見ることのなかった人ではあるのだが、この身体に流れている血と確かな繋がりがある人。

そう‥‥‥

 

「今日は早くないの?」

 

父さん。

俺が最後にそう言うと、父さんはニヤリと不敵な笑みを浮かべて顔を新聞で隠した。

いや、何しとんねん。

 

「何してんの」

「いやな、最近のお前を見ていると本当に奔放なところが母さんに似ているなと思って」

「そんなに奔放だったの?」

「じゃじゃ馬だ。それはそれはやべーやつだったよ」

 

父さんはそう言うと、新聞を折り畳んで煙草を吸おうとする──瞬間、持っていた煙草がふわりと浮き、ぐしゃりと潰れてしまった。

何をしているのか分からなかったが、その光景に愕然とした父さんは煙草を吸うのを止めたので良しとする。さーて、誰がやったんだろうねー。

 

あ、俺じゃないよ?

これからイレイナと一緒にお勉強しに学校に行くから彼女の嫌いな煙草の匂いをつけたくないって理由で父さんの煙草潰すわけないじゃないですか。

HAHAHA!

 

「‥‥‥だからお前も、将来女の子を嫁に選ぶ時が来たのなら。その時はじゃじゃ馬じゃなくて品行方正でお金の管理が上手な子を選ぶんだぞ」

「でも、父さんは好きだからその人と結婚したんだよね?」

「それは、まあ」

「ごめん、俺父さんの血筋だから無理」

「おいこら、サイレント反抗期やめないか。やるならもっと盛大に反抗期してくれ」

 

盛大な反抗期とは何ぞ?

こちとら精神年齢的に反抗期なんかおちおちしてられないんだ。

何なら俺を育ててくれたこの家にお金を入れたり、自分のお金で何かを買いたい年頃なのだから、反抗期もクソもないだろう。

 

ジト目でこちらを見遣り、「あの頃は可愛かったなぁ」と盛大なため息を吐いた父さんを見つめていると、台所での仕事を終えた母さんがこちらへ向かって歩いてくる。

父さん用のコーヒーを持ってきた母さんは、俺を見るとほんわかと笑ってみせる。

 

「おや、どうしたんだいオリバー。そこに立ってないでこっちにおいで」

「あいや、そろそろイレイナが来るから良いよ」

「そっか、学校だもんねー」

 

母さんはそう言うと、コーヒーを啜り真上を見る。その表情からは果たして母さんが何を思っているのかは分からないのだが、まあ悪いことでは無いのだろうと思う。俺は学校に行くための準備を済ませ、シーラさんから貰った本をバッグに詰め込むと、兼ねてから考えていた1つの作戦を言おうとして。

 

「なあ、父さんに母さ──」

 

その瞬間にドアをノックする音が響き渡った。

 

「‥‥‥う」

「あっはっは、オリバーったら間が悪い男なんだから」

「今の俺の責任なの!?」

「そりゃそうでしょう。こんな朝から大事なことを話そうとしていたオリバー君」

 

笑いながらド正論をぶつける母さんに、俺は「そりゃそうだけど」とため息を吐く。「そうだそうだ」と便乗する父さんは知らん。あんたはさっさと仕事へ行ってこい。俺もあんたも主戦場は外なんだからな。

 

さて、長話も程々に玄関のドアを開くとそこには少し待たせてしまった故かジト目のイレイナが制服姿で箒に乗っていた。

制服と私服とでは印象が変わるというが、今のイレイナはまさにそれ。これにかつて原作で見た『知的な私』さんのつけてたメガネを付けたら鬼に金棒ではないか──と内心で悶えていると「なに笑ってんですか」という一言と共に、イレイナが箒から飛び降りる。

顔がにやけていたらしい、死にたい。

 

「出るの遅くてごめんな。家族と話してて」

「そうですね。ですが両親との会話なので別に気にしてませんよ」

「‥‥‥そう言って、実は誰よりも優先して欲しかったんじゃないの?」

「まさか。何を根拠に」

「‥‥‥気付いてないのか」

「?」

 

目が語ってんだよ、目が。『あなたは待ち人を外でずっと待たせるような馬鹿野郎なんですね』って内心で言われているような感覚に陥るんだよ、そのジト目は。

とはいえ、気にしてないのであればそれで良い。これ以上掘り下げる必要もないと思った俺はフィンガースナップで箒を召喚すると、どかりと箒に座り込む。

 

「とにかく、学校にも行こう。これ以上ここにいたら遅刻しちまう」

「そうですね‥‥‥オリバー」

「?」

「お弁当ちゃんと持ってきましたか?」

「お前は俺の母親なのか?」

 

イレイナママもそれはそれで一興だが、そんな歳でもなかろうて。

そんな俺の一言に、イレイナはクスリと笑みを零すと改めて箒に乗り、その笑顔のまま一言。

 

「行きましょう、オリバー」

「おう」

 

その言葉を出発の合図とし、俺達は箒を平和国ロベッタに設立された学校へと向かうのであった。

 

 

 

 

「お、母さんや。イレイナちゃんとオリバーが隣り合って箒で空を飛んでいるぞ」

「あ、ほんとうだ‥‥‥ヒューヒュー!!イレイナちゃんとオリバーヒューヒュー!!」

「こら、母さんやめないか──ヒューヒュー!!青空を背景に青春だなんて萌えるねーっ!!」

 

なんか戯言が聞こえた気がするんすけど、ほっときましょうねー。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は過ぎて、学校。

あれから時間割通りの授業を行い、知識を養い頭を疲弊させた俺は、とある先生に呼び出しを食らっていた。

曰く、至急来て欲しいとのことであるのだが俺には一切何をしたのかが分からない。『どうせオリバーのことですから何かしたんでしょう』と、呆れた様子でそう言うイレイナに『少し待っててくれ』と言葉を残し、俺は指定された部屋へと入っていき──

 

「‥‥‥あの、もう1回言ってくれる?」

「モテたいです!!」

「大声で言わなくてよろしい!」

 

先生と今後の進路について話し合っていた。

いや、ほら。将来の夢って色々あるじゃない。例えばイケメンになって沢山の女の子とアバンチュールしたいとか、イレイナのようにニケの冒険譚に憧れて旅をするとか、普通の生活がしたいだとか。

俺にとってのそういうのが『どちゃクソラッキースケベなハーレム生活』なんだから、嘘をついたらいけないよね──と思ったので正直に言ったらお姉さん先生に怒られた。いやはや、生徒思いの先生だぁ。

 

「いい、オリバー君。キミは成績も良くて魔法っていう特別な才能もあるからなまじ選択肢が多いの。その選択肢に迷い続けていたらオリバー君、本当の器用貧乏になっちゃうのよ?」

「センセ、俺が魔法使えんの知ってるんですか」

「いつも箒で登校してるんでしょ!?イレイナさんと一緒に!集団登校!!」

 

せや。

 

「とにかく、魔法を使う道に入るのか、普通に仕事をして暮らすのか。もしくはその他か。それだけでもやらなきゃいけないこと変わってくるんだからしっかり決めておきなさい!」

「どちゃクソハーレムエンドがいいっす!」

「そんなものは娯楽小説の中でだけ!そろそろ妄想を夢と勘違いするのやめなさい!」

 

せやせや。

と、頷きながらお姉さん先生の言葉を待っていると「話は終わりです!頑張ってください!!」と半ば追い出されるような形で教室を出ていく。

声は大きいが、最後に激励を付け足す辺りお姉さん先生は生徒思いのかっこいい人だと思うぜ‥‥‥なんて妄想を頭の中で考え、さて本格的に進路をどうするかと考えていると、目の前にはイレイナが。

どうやら律儀に俺との約束を守ってくれたらしい。

感動ものだ、抱き締めても良いだろうか。

 

「こってり絞られてましたね」

「ああ‥‥‥聴こえてたのか」

「モテたいんでしたっけ。随分と短絡的で抽象的な目標ですね」

「目標は目標だろ」

「具体性の話をしているんですよ」

 

校舎を出るために廊下を歩き出すとイレイナが隣を歩き、更に続ける。

 

「まだ魔法を遊びと割り切っているんですか?」

「魔法をやって生計を立てるのかもしくは副産物としてやっていくのかがまだ決まってないんだよ」

「副産物として、ですか?」

「あくまで私生活の延長でってことだ」

 

メインの仕事を日雇いの仕事や行商の仕事とした際、利便性のみのために箒や時間逆転の魔法を使うということである。仕事や攻撃などには魔法を使うことを行わない──つまり、魔法を使った仕事はしないということになる。

 

「その場合は魔法を真面目にやる必要はない。魔法に関してはずっとこのままでいい」

「まあ、はい。そうなりますね」

 

故に考える俺なりの処世術をイレイナに言うと、さも興味なさげな嘆息と共にイレイナが一言。

 

「ですが、勿体ないですね」

「ん?」

「オリバー、魔法の才能があるように見受けられましたから。特に箒の乗りこなしや、威力の調整等の魔法の制御の観点は秀逸ですし」

 

なんと。

まさかのイレイナからの高評価に俺の心音は思わず跳ね上がる。思わずニヤけそうな口を抑え、そっぽを向いてひたすらに顔を見られないように務める。

まさかあのイレイナが褒めてくれるなんて、明日は雨でも降るのだろうか。

 

「‥‥‥ま、決めた訳じゃないし。もしかしたら俺の心を激しく揺さぶるような何かが魔法を生業とした仕事の道に向かわせるかもしれないしなー」

「そんなきっかけが容易に見つかると思っているんですか?」

「人生なんて何が起こるか分からんだろ」

 

特に俺とか。

余所見してたら異世界だしな。

 

「だから俺はきっかけを探しながら、時に待って暮らしていくよ。見つからなかったら──うん、まあその時はその時、なんとかなるだろ」

 

ここで、俺達は門を出て箒を召喚する。そして、いつものように浮かした箒に座り込むと、ゆっくりとしたスピードで互いの家へと向かって進んでいく。

それまでは、こうして箒に乗りながら話したりすることは多く、それがまた当たり前の日常と化していた。

 

「そういえば、お前そろそろ誕生日だよな?」

 

空を箒で飛びながらそう尋ねると、前を見ていたイレイナはこちらを向き、「はい」と頷く。とはいえ高揚した感じはせず、至って冷静にイレイナは質問に応えた。ふむ‥‥‥嬉しくないのか?

 

「じゃあ暫くはお前が年上か。なんか俺泣きそう」

「そうですね。オリバーが誕生日を迎えるまでは」

「うへへ、年上かぁ!」

「あ、オリバー。あそこのパン買ってきてください」

「なんで?」

「パシリです」

「だからなんで!?」

 

パシリ、ダメ、絶対!

そのような断固たる決意を胸に、イレイナの要求を却下する。そもそも俺、最近になってお小遣いを貰えるようにはなったがそこまで無駄遣いするお金ないし。それに今月は使()()()()がある。ここでパンなんて買ったら俺の予定壊れちゃう。

 

「‥‥‥ま、目出度い日だが浮かれずに前日位は空けといてくれよ。勉強に付き合って欲しいからさ」

「仕方ありませんね。まあ、阿呆のオリバーですし何となく予感はしていましたけど」

「あの、これでも一応頭良くなってきたんですからね?あなたのおかげで好成績維持できているんですからね?」

 

と、冗談と会話のオンパレードを繰り広げている内にイレイナが住んでいる民家へと辿り着く。俺の家はその少し先にあるので、必然的にここでお別れということになり──イレイナが箒の高度を下げて、箒から飛び降りると箒に乗った俺を見上げて一言。

 

「では、また明日」

 

そう言って、俺に微笑みかけたイレイナはとても綺麗で、可愛かった。言葉をかけるのも忘れてしまうくらいに見とれてしまい、その姿を思わず写真で納めたくなってしまう衝動に襲われる。

ああ‥‥‥やっぱもう少しお金かけてカメラにお金使お──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

無駄遣い、ダメ、絶対っ!俺には今月絶対にやらなきゃいけないことがあるんだ!!目先の欲にかまけてカメラなんて買おうとしてんじゃねえよ!!

 

「‥‥‥お、おう。またなイレイナ」

「‥‥‥あの、今本当にどうしようもないこと考えませんでした?」

「カンガエテナイヨ」

「今すぐ降りて話を聞かせてください」

「嫌だっ!!」

 

降りて白状したらとんでもない威力の魔法でボコされるのが目に見えている。

それを悟った俺は、イレイナの命令を無視して箒を猛スピードでぶっ飛ばし家へと帰っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

常日頃から感じていた感謝の気持ちがある。

ぼっちで魔法を撃ち込んでいた俺に話しかけてくれたこと。本を貸してくれたこと。分からないことがあった時は厳しくもちゃんと教えてくれること。

そして何より、友達になってくれたこと。

それは、心優しい彼の少女だからこそ感じた感謝の気持ち。

 

その感謝を出世払いで返すなどと言った過去を、彼女は頑なに信じてくれている。約束という形で、心身共に充実したタイミングで良いと言ってくれているのだ。

しかし、それでは俺の気が済まない。出世払いなんかで済むほど俺の彼女に対する恩義は比にならないし、そもそも大人になればいつ会えるのかも分からない。

だから俺は計画し、決意した。

彼女をあっと驚かせるような恩返しを。

そして、その恩返しをするために俺は家のドアを開いて、母さんに告げたのだ。

 

「母さん」

「ん?」

「協力して欲しいことがあるんだ」

 

さあ、練りに練った今月の作戦を解放する時が来た。

一丁気張っていこうかね!

 

 

 

 



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9話 「私が彼に騙された日の話」

......俺、残りの話書き終わったら最近活発になった魔女旅の二次創作読み漁るんだ。
あと、皆さんの書いてくれた誤字脱字指摘も直すんだ......特に言葉間違いが悲惨すぎるので......いやほんと、他の方の作品見習わなきゃ......


 

 

 

 

 

オリバーという人間を紹介するにあたって、1番分かりやすく説明できるのなら、それは『馬鹿野郎』という言葉が最適解だと言えるでしょう。

母に「魔法を学んでいる同い年の子がいる」という情報を頼りに話しかけたその時から彼はそうでした。頭で考えていることを止めることなく妄言とし、様々な人を困惑させ、特に私に関しては所構わず妄言を正論よりも多く口走ります。

また、魔女になるという目標といつかニケのように世界中を旅をするという夢から魔法を真剣に勉強する私と違い、彼は魔法を遊びと割り切り、探究心においてやや欠けている場面も見られました。この前「時間逆転の魔法を使えばお肌つやつやだよね!それはそうとイレイナの足綺麗ですね!」なんて言ってやがってた時は思わずぶっ飛ばしてやろうかと考えてしまいました。

 

けど、それでも私は彼を嫌いになることはできませんでした。その大半の理由は彼のコミュニケーション能力が良い意味でも悪い意味でも旺盛であり、話をしていて飽きなかったということもあるでしょうが、何よりもオリバーという人物は積極性と真摯な気持ちに応えようとする気概があったのです。

魔法に興味を示せばその魔法を懸命に学び、私が教えるという誠意を見せればその誠意に報いようと必死に学び、そのいずれも何日か経てば完全にマスターしてしまいます。

 

そんな彼の積極性や真摯さに私が心のどこかで感じていた嫌悪感はいとも容易く壊されました。気がつけば、私はオリバーという人間に確かな友情を覚え、行動を共にすることが多くなったのです。

そして、それは私の誕生日前日にも変わることはなく──今日も私達はお互いが出会った平原で魔法や勉学を学び、高め合います。

 

「なあ、見てくれよイレイナ!俺、過重力の魔法を自分にかけることで負荷をかけえ゛え゛え゛!」

「あ、すいません。過重力の魔法が勝手に」

 

馬鹿をしながら、この時を過ごしていました。

 

 

 

 

 

 

頬を撫でる風が、髪をも揺らす勢いで吹きつけて心地良さを与えます。風というものは強すぎると厄介なものとなるのですが、適度にさえ吹けば人の心を癒す清涼剤にもなり得ます。

『程々』という言葉はこういった天候の為にあるのでしょう。バランスの良さこそが至高だとは全く思いませんが、せめてこういった気候位は程々に入れ替わり、人々の生活を豊かにする一因となって欲しいものです。

 

さて、それはそうとして。

溢れ出る知性と才能に、思わず太陽すらもため息を吐き、風を吹かせる一因となってしまう天才少女とは、果たして誰か。

そう、私です。

 

「こうして横になると、風が気持ちいいですね」

 

平原に横になって休憩しようという話になったのは、オリバーの一言がきっかけでした。隣で私を見つめながら「あーいいですよ!横顔いいですよ!」とか抜かしやがっていた山吹色の髪の少年が、魔法の勉強と練習に疲労した心身を休めるためにと取った方策に私も半ば無理矢理付き合わされたのです。

いやしかし、こうして寝てみると、平原での休息もなかなか気持ちが良いものでした。

もしかしたら私は遺伝子レベルで平原でのお休みが好きなのかもしれません──なんて考えていると、オリバーが視線を私から空へと向けます。

 

「平原での休息が気持ち良いって知ったのはヴィクトリカさんがきっかけなんだよ」

「お母さんがですか?」

「ああ、たまにヴィクトリカさんがここに来てお話してくれたりしてさ。今はイレイナと話す時間が増えたからあまり無くなったけど」

 

「つーか、ぼっちだったから気を遣ってくれたのかもな」とオリバーは言い、乾いた笑い声を上げます。

 

「その時に感じた空の青さが、今でも心に残ってる。だから俺はここで休むのが好きなんだろうな」

「オリバーの過去は置いといて、空の青さが素敵なのは同意です」

「そこは興味を持ちなさいな、イレイナさんや」

 

いえ、別にあなたの過去なんてどうでも良いですので。

それよりも今が大切だと感じていますし、その意識でいた方がいくらか建設的でしょう。少なくとも私達はお互い現在を生きているのですから。

私は嘆息を漏らし、オリバーに語ります。

 

「私は別にあなたの過去は気になりませんし、そんな余地もありません」

「ひどい」

「何より、私達は今のこの空を見ているんです。その青さを語るのに、過去は必要ですか?」

 

昨日には昨日の空があり、明日には明日の空があります。私達が見ているのは今日の空であり、それはオリバーが過去に見た空とは幾分か違う要素が顕在しているのです。

例えば、雲の有無や増減、形状の変化でしたり、天候によっても微々たる違いがあります。その点を鑑みればオリバーが見た過去の空と今見ているこの空にも違いがあってもおかしくはないでしょう。

つまり、私はオリバーと『今のこの空の』青さを語りたかったのです。過去でもなく、お母さんと見た空でもなく、()()()()()()()()()()この空を。

 

「‥‥‥なるほど、ね」

 

そんな意思から発せられた私の言葉の意図をオリバーは汲んだのか、感嘆の声を上げます。オリバーにしては珍しく物わかりの良い態度を見せたことに不覚にも驚き、思わず視線を空から横にいるオリバーに向けます。

ニヤニヤ笑ってるオリバーがいました。

いや、なに見てんすか。

 

「つまり、昨日のイレイナの可愛さよりも今日のイレイナの可愛さを語れ。日々新たチャレンジ!ってことだよな」

 

そしてちっとも分かってねーじゃねーですか。

なんですかあなた、馬鹿が1周回って天才的な馬鹿になったんですか。とんだくそやろうですね少しは反省してください。

 

「話聞いてました?」

「イレイナは何時でも可愛いって話だろ」

「なるほど、ちっとも話聞いてませんね」

「イレイナは毎日可愛いぜ」

「こっち見ないでください」

 

見事なくらい薄っぺらいドヤ顔で私を見るオリバーを無視して、再び空を見上げます。

空から一羽の鳥が羽を広げ、遥か彼方へと飛翔していきます。その様は自由の象徴のようであり、図らずも私はその姿に憧れを見出します。

 

──今すぐにでも旅立てるのなら行けるのなら、行きたいという気持ちがあります。

 

ニケの冒険譚の主人公であるニケのように、物語の主人公のように様々な街を旅してみたい。

その願望を捨てたことは今も昔もありません。そして、その夢を叶えるための約束である魔女になるということを目指し、私はひたすらに努力を積み重ねてきました。この調子ならいずれは魔女として旅をすることも可能でしょう。

 

けれど、仮に私が旅を始めたのならば、オリバーとは別の道を歩むことになります。

そして、オリバー自身が魔法に触れる仕事に就くことがなければ決定的な繋がりのない私達は疎遠となり、話すことも少なくなります。そうした時、私とオリバーはこの関係を維持することが難しくなり、結果的に旅をすることで慣れ親しんだ彼との関係が破綻してしまうことになるのです。

 

そんなことを考えてしまう私は未来に対し勇敢であり、臆病でもありました。

いつか来てしまうであろう離別の苦しみが、無性に怖かったのです。

 

「‥‥‥さて」

 

そろそろ良い時間ですので箒に乗って家へと帰ろう──といったところで「待った」と言って起き上がったのはオリバーでした。自身についた草を手で払い、半身を起こした私を見下ろします。

 

「1つ、賭けをしないか?」

 

そして、不敵な笑みを見せてそう言ったオリバーは、なんともまあ薄っぺらい笑みをしておいででしたが、そんな笑みは最早慣れっこですので、私はその笑みを軽く受け流した後に立ち上がり、箒を召喚して飛び乗りました。

 

「あ、結構です」

「話くらい聞いてよ!え、ウソ、マジで!?話も聴いてくれないの──待って箒でゴーホームしようとしないで!

 

箒で帰ろうとした私に縋り付き駄々を捏ねるオリバーは非常に滑稽だったのですが、流石の私もそこまで泣きつかれれば良心が疼いてしまいます。

ええい鬱陶しいですね。話くらい聞いてあげますから足を触るのやめてください。

 

「で、賭けとは?」

「小テストだ。1問1答形式で10題。俺が全問正解したらイレイナにはひとつ、俺の言うことを聞いてもらう」

「なるほど、そして全問正解するまで私を帰すことはないと」

「うん!」

「うんじゃねーですよなんの罰ゲームですか」

 

私に何の利もないじゃないですか。まさに百害あって一利なし。正解するまで帰れませんとか有り得ないこと抜かしやがってる暇があるのなら多少は現実的な意見を提示していただきたいものですが。

しかし、ここで暫く小テスト形式の問題を提示していなかったことも相まって、私はオリバーに小テストを提示しても良いのでは?むしろ鼻っ柱ごと折ってまた明日から勉学に向き合う精神を築き上げてしまえば良いのでは?などという悪魔的な思考に至ります。

オリバーはすぐに調子に乗りますからね。

ここで一発その伸びに伸びきった鼻を折ってしまうのは悪い考えではないでしょうと私は考えたのでした。

 

「1度きりなら受けて立ちましょう。それでダメなら大人しく諦めてください」

「‥‥‥ちぇっ、イレイナってケチだな」

「おや、そんなことを言うのなら金輪際小テストなんてしませんが」

「へ、へへっ!イレイナは可愛いなぁ!!あいや、そういうところ!そういう厳しさマシマシなところ本当に愛してるぜ!!」

 

なんという変わり身の速さ。そのプライドもへったくれもない態度は私も見習いたいくらいです。まあ、実際に行おうとは思えませんが。

「大体明日もあるのですから良いじゃないですか」と言えば「今日じゃなきゃダメなんだよ!」とか言い返してきやがりますし、本当になんなんですかこの野郎。喧嘩売ってんですか?

ともあれ、とっとと問題を提示してサクッと終わらせてしまいましょう。どうせ間違えた問題を学習せずに何度も間違える牛歩なオリバーです。今までの経験から少し薬草学等の問題を提示してしまえばすぐに間違えるでしょうし、何より今の今まで全問正解したことすらないオリバーが今日、すぐに高得点など叩き出せる訳が無いのです。

 

「では、第1問。鎮痛剤の作り方を説明してください」

 

と、そんな考えで。

今まで間違えた問題を提示し、悪戯心を内心で芽生えさせていた私は、後々その選択を心底後悔します。いえ、敢えて言うのだとすればこの頃から既に私はオリバーという人間に騙されていたのでしょう。事細かに言うのなら、もっと前──彼が私と今日のことを約束したその日から。

 

「薬草を鍋に入れることから始めるんだよな」

 

私は、見事なくらい騙されてしまっていたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

「して、ニケは壁の向こう側の住人に言ったのさ‥‥‥『壁の向こう側には既に多くの人が訪れた跡があった』ってな‥‥‥」

 

オリバーの声が、呆気に取られていた私の耳に解答を突きつけます。

今の解答は、問題の10題目。まさかここまで問題を当ててくると思わなかった私は、最後の最後でやけくそになってニケの冒険譚から問題を提示するという初歩的が過ぎるケアレスミスをしました。

何が間違いかというと、『ニケの冒険譚』は私がオリバーに布教用として貸した初めての本。そして、彼はその本を勉強の合間に読んでいたということ。

よりにもよって、1番に慣れ親しんでいた本の内容を提示してしまったことが私の敗因でした。

 

「‥‥‥正解、です」

 

そして、半ば諦めの面持ちで私がそう言うとオリバーは「いよっしゃあああ!!」という声とともに、右の拳を天高く突き上げます。その様は見るも腹立たしい光景でしたが、オリバーが全問正解したのは確かであり、その答えの中に難題があったのは事実。

素直に勉強に務めたオリバーを褒め、オリバーとの約束を守るのが筋を通すことに──

 

「ふはは!見たかぁ!!最後の最後でサービス問題提示しやがって!!どーせお前『10問目までは答えられませんよね、オリバー馬鹿ですし』とか思ってたんだろぉ!!プークスクス!節穴でちゅねぇ!!!」

 

成程、喧嘩売ってんですね。

この場合魔力の塊を撃ち込むか、過重力で潰すのが定番の流れなんですけど気が変わりました。ご褒美にどっちも撃ち込んでやりましょう。

目の前で絶賛鼻高のオリバーに杖を突きつけると、彼は「ぴっ!?」という言葉と共に小躍りを停止します。

 

「ちょ、まっ‥‥‥暴力はダメだろ!」

「ならその暴言にも近いそれをやめてくれませんか?」

「わ、分かった!悪かったから!ちゃんと謝るよ、ごめん!!」

 

両手を上げて降伏の意思を示したオリバー。ですが怒りは収まらなかったので魔力の塊をオリバーに当たるか当たらないかの場所に放ちました。

空気が揺れ、髪の毛を揺らす魔力の塊を肌で感じるオリバー。すると、冷や汗を垂らした彼が、少しだけ頬を赤らめて一言。

 

「‥‥‥なんか興奮しますよね」

 

戯言が聴こえたので過重力の魔法を放ちます。「ぐえええええ!?」とカエルのような鳴き声が聴こえたところで過重力を解除し、彼に問います。

 

「‥‥‥で、私に何を要求する気なんですか?」

 

よくよく考えてみると、私は彼の言うことを素直に聞いたことがありませんでした。変態的な発言をする『変態さん』であるところのオリバーですが、私に何かを命令したり、それらを強制させるなどといったことはまるでなかったように思います。胡椒の件もお母さんに言われて渋々頷きましたが、元はと言えば断るつもりでしたし。

そう、私はオリバーの言うことを聞いたことがありません。

故に、私にとって()()()()()()()というこの状況は生まれて初めての出来事であり、どこか身が震えるような感覚に至ったのです。

 

故に発した一言に、潰れていたオリバーは立ち上がり笑みで返します。ああ、相も変わらず軽薄な笑みです。これで如何わしい要求などされた日にはどうしてやろうか等と考えていると、彼は一言。

 

「付いてきて欲しいところがあるんだ」

 

はっきりとした語調で、私にそう言いました。

 

「付いてきて欲しいところ、ですか」

「ああ。けど、俺はその場所の行き先を知られたくない。だからその上でお前に目隠しを要求したいんだ」

「目隠し?」

「ああ」

 

すると、オリバーは杖を振るうことで黒の布を召喚し、それを私に手渡します。やたら質感の良い黒の布は、急拵えで用意できるほどの安価なものではなく、この布が彼の計画の周到さを示していました。

 

「目隠しが出来たら、箒で俺が目的地にまで連れていく。俺の要求はこれだ‥‥‥できるか?」

「待ってください」

「どうした、怖いか?」

「いえ、そうではなく」

 

問いたいことがいくつかあるんです。

先ず問いたいのは、その目的地に行くのにどれ程の時間がかかるのかということ。もし遅くなるようなことがあれば家族が心配しますし、そもそも今は夕方。今その目的地に行くというにはかなり無理のある予定なのではないでしょうか。

そして、何より私が問いたいのは何故目隠しなんてしなければならないのか。それだけ行き先を知られたくない場所に連れていく理由は何故なのでしょうか。

そのふたつの疑問が私の頭に浮かんだその時、オリバーは笑うことを止めます。その代わりに見せたのは、彼が今まで1度も私に見せたことがないような真顔。いつもヘラヘラして私を外見諸々を褒めていたオリバーとは思えない程に引き締まった表情。

 

──真摯な彼の表情が、鮮明に映りました。

 

「心配しなくても、お前に悪いことが起こる場所じゃないよ。念入りに準備もしたし、イレイナの家族にも了承を取った」

「了承って、何故」

「必要だったから」

 

どうやら、私の知らないところで複数の何かが着々と進められていたようです。あまつさえ私の両親にさえ了解を取るなどというオリバーらしからぬ用意周到なその行動に開いた口を閉じることができずにいると、そんな私を笑うように真剣な表情をしていたオリバーが笑みを見せました。

 

「俺を燃えさせた報いはしっかり受けてもらうぜ、イレイナさんよ」

 

そして、その笑みは今まで彼が見せたことの無いくらいの()()()()()だったのです。

 

 

 

 

 

 



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10話 「私が彼と確約した日」

少し長いけど見てやって。


 

 

 

 

 

 

 

瑠璃色の瞳が、黒の布によって覆われると頼りになるのは視覚を除いた四感覚と、オリバーのみでした。私が布で目を隠すと、オリバーは私の手を引いた後に召喚した箒に私を乗せます。

すると、ふわりと物体が浮く感触に襲われ箒が目的地へと進んでいきます。風を切る感覚が心地よく、どちらかと言えば低速度で箒を飛ばしているということを理解し、安堵したところで改めて私は彼に尋ねました。

 

「私のこと、信用できませんか?」

 

発した言葉に「ん」と返したオリバー。目隠し故にどんな表情をしているのかは分かりませんが、声だけはしっかりと聴こえてきます。

 

「どうしてそう思った?」

「その道を見せたくないと考えているということは、私があなたの連れていこうとしている場所を他人に吹聴すると考えているということだと思ったからです」

 

予め言っておきますが、そんなことはしません。私にだって他人の秘密を守るくらいの常識は持っています。そして、それが己の友人とも言える存在なのだとしたら尚更しっかり守ってみせます。

 

「あなたの今までの発言を他人に吹聴しなかった私を信頼してくれていないのは心外ですね」

「違う。そもそも俺、イレイナを秘密の場所に連れていこうだなんて微塵も思ってないし」

 

しかし、そんな私の言葉はオリバーの声によって否定されます。何が目的なのかくらい説明してくれても良いとは思うのですが、目隠しをさせるくらいなのですから相当後ろめたいことでも隠しているのでしょう。果たしてオリバーが何を隠しているのやら、私には到底理解にも及びませんね。

 

やがて、箒の高度が低くなってくる感覚に陥ると「それに」と発したオリバーが先程の会話を続けます。

 

「俺はイレイナのこと信頼してるよ」

「信頼ですか」

「ああ。友人だとも思ってるし、ここだけの話どちゃクソ可愛いとまで思ってるし‥‥‥」

「それはいつも言ってるじゃないですか、変態さん」

「おい、今良いこと言おうとしたんだから静かにしろよ」

 

それを言ってしまったらどんな名言も名言じゃなくなるのですが、それは──と、考えている間にも箒は止まり、私はオリバーに手を引かれるがままに歩いていきます。

やがてオリバーは立ち止まると私の手を離しました。その後の足音から、何となくではありますが後ろにいることを悟りましたが、こうも無言が続くとやや不安になります。オリバーの性格上、まさか私をそのまま放置するなんてことはないのでしょうが、一応確認の為に言葉を放ちます。

 

「何か言ったらどうですか。いいこと、言おうとしたんですよね?」

 

その言葉に「おう」と言ったオリバー。やはり後ろにいましたか。耳から聴こえた声が後ろから聞こえてきたので、私は後ろにオリバーがいることを確信します。

いやしかし、わざわざ私の後ろに立って何をするつもりなのかと身構えていると、「進んでー」と不意に背中を押されました。

 

「だからこそ、ここに連れてきたんだよ。イレイナのことを友達だと思ってて、感謝もしてて、何時でも笑っていて欲しいと思えるから」

「え」

「前に言ったこと、覚えてるよな?近いうちにビックリするようなことしてやるって」

「‥‥‥あ」

 

そう言えば言ってましたね。「そう言われたら無性に燃えてくる性格なんだよ」とかなんとか。あの時は精々燃えすぎて空回りしないようにと内心で思っていたのですが、まさかあの時の話の続きが現在に至るとは思っていませんでした。

ということは、あれですか。

 

「‥‥‥なるほど、つまりあなたは私を驚かせようとしているんですね」

「さあ、それはどうかな」

「思い出したんですよ。あなたとの会話を」

 

今更シラを切ろうとしたところで無駄です。オリバーにしては努力したということは認めますが、驚くかどうかは私が決めることです。

備えあれば憂いなし、用心すれば滅多なことで驚くということはないのです。

 

「目隠しして、言葉をはぐらかして、随分と小汚い戦法を取るんですね。言っておきますけど私はオリバーの策略になんて騙され──」

「はいはい。取り敢えず目隠し解くぞー」

「え、ちょっ‥‥‥」

 

しかし、オリバーの行動は止まることを知りません。私の話なんて何も聞いてないという風体でさらっと私の言葉を受け流したオリバーに目隠しを解かれると、彼は薄ぼやけた視界に困惑している私の背中を再度押します。

いや、何するんですか。もう一度押す必要あったんですか。

そのようなことを内心で思いつつ、私はつんのめってしまった体勢を立て直し、オリバーに文句を言おうと口を開きます。

 

「何を──」

 

そして、そう言いかけた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

「うぇーい!誕生日おめでとーッ!!」

「うぇいうぇーい!!」

 

スパーン、と。

視界が明瞭になったことで存在していることに気がついた2人の大人が、私に向けて盛大にクラッカーを放ったのです。

私はその光景に暫し唖然とした後に、目隠しを解いたであろうオリバーに今度こそ文句を言おうと後ろを振り向いて──

 

「お誕生日おめでとうウェーイ!!」

 

さらにスパーン、と。

そのような軽快な音が鳴り響き、私の顔に紙吹雪が飛び散りました。

結果として私の周りには紙吹雪や紙テープなどが撒き散らされ、更に3人が周りを囲むように立っています。

 

えーと、これは新手のリンチなのでしょうか。

耳がすげー痛いですし、紙テープが顔に引っ付いているんですけど。

 

「オリバー」

「うぇい!」

「いや、ウェイじゃなくて。なんですかこれ」

 

そもそもの話、私にとっての今日は記念日でもなんでもありません。誕生日は明日ですし、偉大な出来事を起こしたわけでもありません。見たところ私の何かを祝っているみたいですが、身に覚えがないのです。

それにも関わらず、オリバーはさっきから飄々とした表情を崩さずに同じ言葉を繰り返しています。

 

「イレイナ、お誕生日おめでとうウェイ」

 

そう、今のように。

何がお誕生日おめでとうウェイですか。私の誕生日舐めてんすかそうですか。私の誕生日は10月17日。つまり、明日です。それにも関わらず誕生日を祝うとか最早正気を疑うのですが。

 

「‥‥‥私の誕生日は明日ですよ。何気安く誕生日間違えてるんですか」

「え、さっきからイレイナは可愛い顔を顰めて何言ってるんだウェイ」

「それはこっちの台詞です」

「ウェイ!?」

 

喧しいです。

後、語尾にウェイ付けるのやめてもらっていいですか。というより、どうしてこの家の人達はみんなウェイウェイ言ってるんですか。ウェイウェイ言ってればお祝いが成立すると思ってんすか。

 

「仮にこの催しが誕生日パーティでないのなら、一体これはなんなんですか」

 

私がオリバーにそう尋ねると、漸く腹立たしい程の飄々とした表情を崩したオリバーが頭をかきながら私に事の詳細を説明します。

 

「前夜祭だ」

「前夜祭?」

「そう、俺と父さんと母さんで企画した。だからヴィクトリカさん達の許可も必要だったんだよ」

 

そしてオリバーの説明によると、どうやらこの催しは私の誕生日の前夜祭ということで。両親の許可も取っており、かつオリバーの御両親にも許可を取って前々から準備していたらしいのです。

ふむ、つまり私だけが蚊帳の外でそのようなことを企画されていたわけですね。随分とまあ用意周到なことじゃないですか。

 

「‥‥‥前夜祭なんてした事ありませんでしたけど」

「いやあ、驚かせたいからやらせてって言ったらヴィクトリカさんめちゃくちゃ嬉しそうにしてたぞ。というか、前夜祭なんて言葉何処で知ったんだって言われたわ」

「そりゃそうでしょう」

 

オリバーは馬鹿ということで有名ですし。

私も驚きました。

 

「けど、やりたかったから仕方ないよな。驚いた表情も見れたし、俺は一石二鳥だったな‥‥‥いや、三鳥だわ。イレイナマジ尊いし」

 

そう言って、悶え始めたオリバーは一先ず置いておいて。

なるほど、そういう理由があったのなら道中私の視界を遮ったのにも合点が行きます。確かにオリバーの自宅に連れ込まれることが分かっていたのならこのような事態も想定できたのやもしれませんし、そもそも要求を呑んだことか。

前夜祭なんて言葉を何処で知ったのかは依然として気になるところではあるのですが、そこに合点がいったのでとりあえず納得です。

つまり、私はオリバーの挑戦を受けた時点で──否、9歳の頃に恩返しの約束をした頃から私はオリバーの掌で踊らされていたわけですね。

なんでしょう、まあ‥‥‥あれです。

 

「サプライズ、ということですか」

「せやせや」

「ちょっと紛らわしいですね」

「うっ‥‥‥それは、すいません」

 

どちらかと言えばサプライズは苦手ですし。

それにしてもまあ、よくもこんな催しを開いてくれたものです。辺り一面に広がる装飾に、クラッカーの残骸。それらが構築するのは私という存在を祝う為に作られた特別な時間です。

そして、それらを作った人達にとって、私は他人であるのにも関わらず彼は恩返しを計画してくれたのです。

そのような恩返しによる一時は私にとっては初めての体験であり、それらが思わず泣きそうになるくらい嬉しかったのでしょう。先程から頬が緩む感覚を抑えきれず、胸から何かがせり上がってくるような感覚に至ります。

それこそ初めて魔法を使えた時のように、私の心は踊ってしまっていたのです。

 

「‥‥‥ですが、ありがとうございます。オリバー」

 

ですので。

感情のままに、私は感謝の気持ちをオリバーに告げました。

恐らく彼に対してこのような言葉を投げかけることは滅多にないでしょう。平時ならこのようなことは絶対に言いませんし、言えません。

さて、私がそんな感謝を告げると何故か膝を突いて悶えるオリバー。

なるほど、かなり気持ち悪いですね。あなたは何をしてやがるんですか。

 

「うぅ‥‥‥イレイナが世界一可愛い」

 

彼は悶えることがステータスと勘違いしているのではないのでしょうか。

近頃頭のネジが緩み始めたのかは知りませんが、妄言や身悶えが多くなっている節があります。

相も変わらずの変態的言動に頭を痛めていると、後ろにいたオリバーのお母さん──セシリアさんと言いましたか──が、ニコリとした笑みを浮かべて私に言います。

 

「さあさあ、イレイナちゃん。今日はキミの大好きなパンを沢山作ったんだ。是非、気の済むまで食べていってよ」

「あ、はい。その、ありがとうございます」

「いいんだよー。私も可愛い女の子は大好きだからー」

「‥‥‥オリバーに似ていらっしゃるんですね」

「ぎゅーってしていい?」

 

髪色から話を聞いてくれないところまで尽くオリバー似なんですね。

申し訳ないですが抱きつくのは無理です。本当です、だから何考えてんですかやめてください。抱き締めないでください。

 

「‥‥‥イレイナちゃん、お誕生日おめでとう」

 

そう、内心で拒否したのですが。

1度抱き締められてしまえば子どもの私が抵抗することは叶わず、それでいて優しい語調でそのようなことを言われてしまうと突き放すに突き放せません。

恩義は受け取るのが礼儀ですし、私はその抱擁に応えて彼女に礼を述べました。

 

「はい。ありがとうございます」

「うぇい」

「だからその語尾ほんとなんなんですか」

 

オリバーの家の伝統的なやつなんですかそれ。だとしたらかなりおかしな伝統ですよ。お母さん達はこのウェイ系家族と仲良くできてたんですか。ある意味すげーと思うんですが、それは。

と、ここで後ろからオリバーが私に対して話しかけます。その様は依然として悶えているようで──いや、いつまでそこで悶えてるんですか。

 

「取り敢えず楽しんでくれればそれで良いから。うぅ、イレイナ‥‥‥」

「あの、こっち見ないでくれませんか」

「イレイナさん可愛いよイレイナさん」

「馬鹿ですね」

 

というか、知ってます。

 

まあ、そんな茶番もそこそこに。

私はオリバーと、そのご家族の厚意に甘え心ゆくまで前夜祭を楽しみました。前夜祭というものにあまり見識のなかった私ではあるのですが、セシリアさんのパンを中心とした料理は全てが私の好物で並べられており、恐らく相当の時間と手間をかけたのだろうということが分かります。ご飯はありがたく、皆と一緒に食べました。

 

また、オリバーとも様々な話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎていきます。夢の話、本の話、その他諸々の世間話まで、その内容は濃密で気が付けば時刻は夜遅く──会はお開きとなり、私は家へと帰る時間となってしまったのです。

 

筆舌に尽くし難い程の濃密な時間を過ごすことが出来ました。きっと、今日の出来事を忘れることは非常に難儀なこととなるでしょう。現に、私は先程までのサプライズからお開きまでの流れを確りと覚えており、なんなら皆の一挙一動を日記に記せる程に脳内に刻み込まれています。

それ程この前夜祭という一日を楽しく過ごせたということです。

 

そして、そのような時間を提供してくれたオリバーは私にとっての大切な親友であり、その存在との繋がりを断ちたくないということを私は改めて思ったわけです。

 

 

 

 

 

 

前夜祭が終わり、帰路に就く私達の辺りには暗闇が広がっています。

しかし、魔法を心得ている私は箒に明かりを灯すことが可能であり、特にこれといった不都合もなく帰路に着くことができたのですが。

 

「なんで付いてきてるんですか」

「ばっかお前、家に帰るまでが前夜祭だろ」

「それ、あなたが私の隣で箒を走らせてるのと関係あります?」

 

何故かオリバーまで付いてきて箒に明かりを灯しながら私の目的地に向かっているのです。果たして彼は空気というものを読んだことがあるのでしょうか──と思考を巡らせていると、申し訳なさそうにこちらを見たオリバーが私の顔色を伺いました。

 

「‥‥‥今日は、すいませんでした」

 

その一言に、私はオリバーの方を向かずに答えます。

 

「何がですか」

「いや、色々連れ回したから。明日誕生日だし疲れさせてすまんなって」

「なら最初から前夜祭なんて考えつかないでください。私の家の祝い事は当日のみの予定です。驚きましたし、疲れました」

「うぐ‥‥‥確かに無作法だったな」

 

まあ、感謝はしていますけど。

なんなら因果応報として仕返しを幾つか用意させて頂くくらいのことは考えていますが、それも時期とタイミングがあるので今すぐとはいきません。

やるのなら盛大に。今日の私以上に驚くサプライズを提示したいところです。

 

と、考えながら箒を走らせていると「イレイナ」という声が聴こえたのでオリバーの方を向きます。すると、彼は片手に持っていた包みを半ば無理矢理押し付け、続けます。

 

「本当はこれ明日にでも手渡そうと思ったんだけど‥‥‥いいや、今日渡しとく」

「‥‥‥中身はなんですか?」

「さあて、それは開けてからのお楽しみ──」

「なるほど、なら開けてみましょう」

「その発想に至るの、ほんとイレイナって感じだよな」

 

さあ、なんのことでしょう。

彼の妄言は放っておいて、気になる包みを丁寧に取り、その中に入ってある箱を開けると、そこには黄色のリボンタイが。

ふむ、しっかりプレゼントがプレゼントになってます。

誰の差し金でしょうかね。

 

「リボンタイ、ですか」

「ああ、まあ俺の資金内で購入できるのはこれが限界だったよ‥‥‥はは、社会って本当に厳しいですよね」

 

そんなシビアな話をしないでください。

折角の嬉しい気持ちがぶっ壊れます。

 

「十分嬉しいですよ。ありがとうございます」

「そっか。なら良かったよ」

 

まあ、差し金だろうともシビアな話をしようとも貰ったものには感謝をしなければなりません。プレゼントというものはお金だけではなく、気持ちが必要だということも心得ています。

私はオリバーから貰った、この黄色のリボンタイをどう扱おうか考えながら、箒を飛ばすのでした。

 

月明かりと箒の灯りだけが頼りの状況で、箒を蛇行しながら飛ばし続けます。

まるで世界が動きを停止し、私とオリバーの身の回りだけが動いている──そんな感覚が襲うと、先程の会話の続きをしたつもりなのか、オリバーが前だけを見据えてからからと笑います。

 

「ビックリさせるって約束だったし。貸しもあるし、そこはちゃんとしなきゃな。終わりよければすべてよしじゃない。首尾一貫、全てにおいて良くなきゃならんと思ったわけだ」

 

と、オリバーはそう言い終えると空を見ながら「これから返済に向けて一直線だぜー」と物思いに耽ります。その様はいつもの彼らしい態度であり、それこそが最大の原因だったのでしょう。

それは、自分でも気が付かない内に。

反射的と言っても良いくらいに。

私は、自らの頭の中で考えていた一言を不用意にもオリバーに聞こえるように、発してしまったのです。

 

「私との約束なんて別に守らなくてもいいんですよ」

 

そして、失言に気が付いた時には時すでに遅く。思わず箒の動きを止めた私に気が付き、箒を止めた後にこちらを振り向きました。

 

「え」

 

そして、オリバーから素っ頓狂な声が聞こえてきましたが仕方ないでしょう。

何せ、私の今の発言は約束を守ろうとしてくれている人間に言うにはあまりにも適さない一言でしたから。自分でもその一言には驚いていますし、頭の中で密かに考えていたこととはいえ、何故言葉として出てきてしまったのか説明がつきません。

それでも、その言葉にオリバーが反応してしまった以上言葉は撤回できません。私の口は嘘か誠かを考える暇もなく動き出したのです。

 

「仮にどれだけの歳月が過ぎようとも指だって詰めませんし、酷くもしません。私がそんなことする人間に見えましたか」

「‥‥‥ひどくはやってたじゃん」

「それはあなたが変態さんだからです」

「むごい」

 

本心でもあり、嘘でもある言葉でした。

内心で守って欲しいという願いを持ちつつも、心のどこかでは一生返せなくても構わないという矛盾を抱え、オリバーという人間に接していたことを他ならぬ私が自覚しています。

何かを返そうとするオリバーに対して拒否の姿勢を取り、言葉巧みに返済の先延ばしを要求し、いつかという言葉に甘えてこの時間を過ごす。

そんな約束が、私と彼の貸し借りの繋がりだったのです。

 

「私が貸し借りに興味を持ったのは理由があるんですよ」

「理由?」

「繋がりが欲しかったんです。将来も何もかもが不安定なオリバーに魔法だけじゃなくて、貸し借りの繋がりが欲しいと本能的に思っただけです」

 

勿論、彼には彼の道があり、私には私の道があります。それは前にも思ったことであり、いずれはそうなるであろうということが私にも分かります。そして私達は疎遠となり、会う機会も滅多になくなり、今は当たり前に行えている日常が眩しくて懐かしい何かとなってしまうのです。

それでも、何かしらの繋がりがあれば。何かの約束さえあれば、それを返しにひょっこり私の目の前に現れてきてくれるのかもしれない。

そんな淡い期待から、私はオリバーと約束をしたのです。

 

「私、弱い人間ですから。きっと、慕ってくれる人のことを好きになってしまうんです。そして、また会いたいと思ってしまいます」

「‥‥‥イレイナ」

「だから、オリバーは貸し借りの質なんて考えなくて良かったんですよ。そもそも必ずしも恩義に報いなければならないという法律なんてありませんし、なんなら返してくださらなくても結構でした」

「心身共に充実させてから全てを賭けろって言ってたじゃん」

「それ重くないですか?」

「イレイナが言ったんだけどな!?」

 

それは、あれですよ。

まさか本気になるとか思わなかったんです。相手はあのアホのオリバーですし。調子良く返事をしては返済に何年もかかるものだと思っていたんです。

いえ、だからなのでしょうね。返済が長引けばそれだけ繋がりを保つことが出来るから。故に、私はオリバーに返済を求めて早期返済を催促する傍らで()()()()()()を願っていたのでしょう。

長引けば長引くほど、彼との繋がりも長くなる。私はオリバーの性格につけ込み、その後の繋がりを強制しようとしたのです。

 

「なので、返済なんていつでも良いですよ。なんなら死ぬまで返さなくても結構です」

「‥‥‥お前、それマジで言ってんのか?」

「ええ、マジです。元々善意でやっていたものですし」

 

「どうでも良いですよ、返済の期限なんて」と最後に言って。私はオリバーから目を逸らしました。

しかし、そんな私の無視が長く続くことはなく、私はオリバーがその後に起こした行動に度肝を抜かれることになります。

 

「‥‥‥仮に」

 

オリバーが盛大なため息を吐いた後に、そう言ったのです。

しかも、今まで私に対して大きなため息など吐いたこともなかったオリバーがです。驚天動地、それこそ重大な何かに裏切られた位の衝撃がずしりと私の心に襲い掛かります。

それでも、オリバーは容赦しません。

私の心に更に追い打ちをかけるかの如く勢いで、言葉をひとつひとつ紡いでいきます。

 

「仮にそいつが他人なら、約束なんてしてないし貸しだって作らない。俺だって全ての人間に優しくしようだなんて思わないし、そもそもそういう人間とは約束だってしないから」

 

「俺はそんなにできた人間じゃないからな」と、軽く嘲るように笑ったオリバーに、私は首を横に振りました。少なくともオリバーは私との約束を守ろうと今日みたいな催しを開いてくれましたし、そもそもオリバーの場合友人の母数が少ないので私には到底理解しえないそれなのです。

それでも、オリバーは「けど」という言葉と共に続けます。

 

「イレイナには出会った初めから恩を作りっぱなしだ。ぼっちの俺に話しかけてくれたことも、本を貸してくれたのも、勉強を教えてくれたのも。日常全部、イレイナのおかげで彩った」

「‥‥‥私のおかげ、ですか」

「おうとも、全くもって予想外だったけどな。まさか友達になってくれるなんて思わなかったんだから」

 

「だから」と最後に大きく息を吸ったオリバーは笑みを浮かべてみせます。どちらかと言えば得意げな笑み。自信に満ち溢れたような笑顔は『これから言う言葉に間違いはない』とでも言いたげな表情でした。

そんな表情をした彼は。

 

「イレイナは友達だ。俺にとっての親友でもあるし、恩だってある。だからこそ、イレイナとの約束は()()()()()()()()

 

そう言って、私の目をじっと見据えたのでした。

時が止まるような感覚と、吸い込まれるようなオリバーの碧眼に思わず呼吸を止め、目を見開きます。

まるで体験したことの無いような感覚に襲われたのは、彼が今まで見せたことのない程の真摯さで私の目を見据えた故なのでしょう。

魔法と勉強の時くらいにしか見せなかった真摯な瞳をこのタイミングで見せ、私にそれを向けたのです。

 

「出会えた縁くらい大切にさせてくれ。イレイナとの約束をしっかり、早いうちに守ることだって、今の俺の立派なやりたいことなんだよ」

 

その言葉を最後に、いつも通りの軽薄な表情がお似合いの馬鹿野郎モードのオリバーに戻りました。そして、それと同時に行ったのは私の持っていた箱を指差し、軽くドヤ顔をしてみせるという暴挙。

しかし、それは意味のある行動であり──その動きにより反射的に貰ったリボンタイを見た私は、その意図に気付くことになります。

 

「‥‥‥あ」

 

──ああ、道理で。

そう思い、私はプレゼントされた上質なリボンタイを眺めてそんなことを心配していた自分自身を大馬鹿者と嘲りました。

彼自身が約束を守ろうとし、あまつさえその象徴となるものをプレゼントしてくれているのにも関わらず、それを破って良いだなんてどの口が言うのか。

繋がりはいくらでも作れる。けど、友情は一言言葉を間違えてしまえば一瞬でその関係を壊してしまう要因となり得てしまうのです。少なくとも、その言葉だけは絶対に言ってはならない一言でした。

 

そして、それと同時に私は大切なことに気が付きます。

私がオリバーとの繋がりを保つためにしなければならないこと。それは貸し借りの約束に逃げることではなく、その約束すらも乗り越えて前に進むことだったのです。

約束を果たしにオリバーが来たのなら、また新しい約束を作れば良い。約束を積み重ねて、誰に劣ることの無い友情を作れば良いのです。

「また会いましょう」と言えば、きっとオリバーは逢いに来てくれます。

オリバーには、その積み重ねができる特別な存在なのです。

 

「‥‥‥なんですか、それ」

 

そんなことを考えてしまったからか。

思わず口を突いて出てしまった一言は自分自身の戒めにも似た言葉でした。

そして、そんな私の一言に調子に乗ったのか「そういうことなのですよ」とニヤリと笑って見せたオリバー。

駆逐してやりたい気分ですね。

 

ともかく。

それでも、いつかは別れの時がやってきます。私には旅人としての夢があり、オリバーにはオリバーのこれから掴むべき夢があります。それがどのようなものであっても、私が旅人として存在する限りオリバーと未来永劫一緒にいるということは有り得ない話なのです。

 

それでも、オリバーは紛れもない私の友人です。そして何より、私がこの関係性を断ちたくないと思っています。

仮初でも良い、ずっと一緒じゃなくても良い。それでも、貸し借りという約束だけでは無い、もっと強固な繋がりを携えて、私が旅に出た後も関係を持っていたいと他でもない私が願って止まないのです。

だから。

 

「‥‥‥貸し借りをチャラにする方法、ありますよ」

「なぬ?」

 

私が発したその言葉に、オリバーが訝しげな視線を向けます。「まさか闇金‥‥‥」とか言うオリバーに「そんなわけないでしょう」と返し、続けます。

 

「私との約束は、どうでも良くないんですよね?」

 

念押しした一言に「うん」と述べたオリバー。

その言葉に押されるかのように、私はオリバーの目をしっかりと見据えて一言。

 

「なら──」

 

そして、その言葉を言うのと同時に自分の言葉にひどく怯えることとなります。その言葉が、拒絶されてもおかしくない一言だということを知っているが故の恐怖でした。

その証拠に、今の私の声は過去に例を見ないほどに震えています。きっと、自分の言葉が如何にオリバーという人間の未来を縛ることになるのかということを知っていたからです。

それでも、オリバーはそんな私の言葉に一瞬だけ目を見開くと、その数秒後には笑顔を見せました。

 

「いいよ」

 

そして、一言。

恐らく今の私が1番聞きたかったであろう言葉を、オリバーは言ってくれたのです──が。

 

「あの」

「なに」

「良いんですか?今の私の要求、かなり我儘なものだったと思うんですけど」

 

自分でもかなり無茶を言っているということを自覚している故か、少し引き気味に、遠慮がちに答えます。すると、何故かガッカリしたようにため息を吐き、ジト目でこちらを見遣るオリバー。

いや、なんですかその目。

 

「‥‥‥えー、なんかそれはイレイナっぽくない」

「え」

「イレイナはいつも自信に満ち溢れてるから可愛いのに」

「あの、さっきから何を言ってるんですか」

「もっと調子に乗ってくれないかな」

「喧嘩売ってんですか」

 

売り言葉に買い言葉とはまさにこのことを言うのでしょう。オリバーの暴言にも近い何かを同じく暴言で返すと、それに対して「はっ」と笑って見せたオリバーが言葉を続けました。

 

「我儘も何も、お前がそうしたいから言ったんだろ?」

「それは、はい」

「俺もイレイナと同じだよ。そうしたいと思えたから『いいよ』って言ってんだ。せっかく出来た繋がりを断ちたくないから。それはきっと素敵な事だと思えるから」

 

「だから」と一息ついたオリバーは、箒でこちらにまで歩み寄り一言。

彼らしい、ハッキリとした声で。

 

「いいよ。お前の要求、呑む」

 

そう言うと、最後にオリバーは右手を伸ばしました。

伸ばされた右手は、ペンや杖を持ち続けたことにより変化したゴツゴツとした手。その手を見るだけで今までの過去を鮮明に思い出すことも難しくない──そんな手です。

そのような手を差し出された私は、それをじっと見つめると何かを熟考することも無く、衝動的に私自身も手を伸ばし、オリバーの手に重ねます。

 

その時の私は、きっとどうかしていたのでしょう。

手を掴み、あまつさえその手を強く握り締めた後に何度もオリバーに言葉を重ねます。

 

「‥‥‥なら、約束です」

「うん」

 

念入りに。

 

「絶対、約束です」

「わかってるよ」

 

念押しして。

 

「破ったら酷いですよ。指だって詰めてもらいます」

「止めてよね、物騒だから‥‥‥うん、詰められないように頑張るよ」

 

それでも頷き続けるオリバーに、私は思わず泣きそうになります。安心したのでしょうか、それとも嬉しかったのでしょうか。

それでも、泣く姿だけは見せないという意地のような物があった私はオリバーの顔、一点のみを見据えました。

その表情は、私を連れ出す前と同じ、優しくて暖かい笑みでした。

 

「それに、これは約束なんかじゃない。確約だ」

「確約、ですか?」

「ああ、確定された約束と書いて確約。良い言葉だろ」

 

オリバーにそう言われたその言葉は、多分約束よりも固くて重いものであるということが容易に察せられました。恐らく、以前の私なら「え、重い」と言って突っぱねてしまいそうになる一言であろうと、他でもない私自身がそう思います。

しかし、今のこの瞬間は確約という言葉がとても嬉しいものだと思えました。

そして、何よりオリバーならその約束を守ってくれるという安心感が心のどこかに存在しており、それらが確約という言葉の株を上げていったのです。

故に、私はオリバーに言いました。

紛れもない己の本心を。

 

「はい、素敵な言葉ですね」

「だろ?」

 

少し時間を置いて言葉を発したその時の私がどのような表情をしていたのかは分かりません。

しかし、オリバーの自信に満ち溢れたような優しい笑顔が記憶に刻まれたのは確かであり、その証左を示すかのように私の心はひどく高鳴ったのでした。

その高鳴りは未来に対する希望か。

もしくは、目の前に立つ親友の安心感か。

理由は、きっと。

 

「オリバー」

「?」

「確約です」

 

この日初めて感じた、ひとつの思い故なのでしょう。

 

 

 




※アンケートを設置しました。
参考程度となってしまう可能性がありますが、御協力頂ければ幸いです。


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「灰と山吹」

プロローグの続き。
これにて1章は終了となります。


 

 

 

 

とある女の子がいた。

髪は灰色で、長い。スタイルは、ちょっと控えめだけど足がとっても綺麗。

そして、何より魔法に対しての探究心と本当に困った人には手を差し伸べてしまう優しい心を持つ勤勉な女の子。

 

その女の子の名前を、イレイナといった。

そして、俺はどういう訳かその子に出会ってしまって様々な世話を焼いてもらった。魔法、勉強、会話、それからたまにニケの冒険譚。とにかく、彼女は友達としてたくさんのことを教えてくれた。

そんな彼女の人となりに、知識だけしか知らなかった俺の彼女に対する印象は大きく塗り替えられていったのだ。

 

そして、何よりやっぱりイレイナさんは可愛いんだよ。

それも、ただ可愛いだけじゃない。照れる時は照れるし年相応に笑う時は笑う。そんなイレイナさんの可愛さの前ではお金大好きなところだったり、ちょっぴり性格が腐ってる所も彼女の魅力を引き立たせるスパイスにしかなり得ないのだ。

俺は彼女との長い生活の中でその事に気付くことができた。人の本質は、しっかりその人に触れ合わなければ分からないということ‥‥‥つまり、彼女の日記として見てきたものだけじゃイレイナの本当の姿は見れない。俺自身がしっかりその人と向き合うことで、彼女の可愛さもカッコよさもいくらでも見つかるということだ。

それを学ばせてくれたイレイナは俺にとっての女神だね。

間違いねぇや。

 

「‥‥‥な、イレイナ」

 

さて、自分語りも程々に。

己の理論に対して、俺の目の前に映る美少女に同意を求めると、ベンチに座っている彼女は何故かジト目でこちらを見遣る。なんだろ、()()()()()()()()()()()怒ってるのか。それとも、ご褒美に提示した膝枕に今更ながら怒っているのか。まあ、その二択だが答えは分からない。

 

「何がですか?」

「あいや、ほら‥‥‥イレイナの膝が落ち着くって」

「その思考の末路がこの醜態ですか?」

「え、どんな醜態?こんな醜態?」

「そんな醜態です」

 

言って、彼女──イレイナは「そもそもおかしいんですよ」と嘆息を漏らしてこちらを睨む。仰向けになっている俺の後頭部付近がもぞもぞと動き、俺の頭を動かすが不快感はない。むしろ柔らかい、華奢な女の子特有の足だ。

うわぁ‥‥‥やっぱり女の子の身体って華奢で柔らかいんだなぁ、なんてことを考えていると、イレイナが続ける。

 

「4年が経って多少はマシになったと信じていました。あの時のオリバーの顔は心身共に成熟したそれでしたし、私との約束もしっかり果たしてくれましたから」

「良いことじゃないか。俺もイレイナが充実した魔女ライフを送れているようで鼻が高いよ」

「ですが蓋を開けてみれば私を辱めてばかりのクソ野郎でした。業腹です、一体どんな魔法使いライフを送ってきたんですか」

 

それはそうと、女の子の身体ってどうしてこんなに柔らかくて甘えたくなるんだろうな。これぞイレイナの母性ってやつなのか‥‥‥そりゃあサヤだってイレイナ好きになるわ──

 

「あの、話聞いてますか?」

「ん‥‥‥あー、イレイナは良い香りがするぞ」

「なるほど、死んでください」

「あ、今のは最低だったごめんなさい」

 

せっかく膝枕してくれているのに香りのこと話したら失礼だよな。女の子はそういうのに敏感だって言うし‥‥‥いや、そういう意味じゃないのか?

 

「すまん、何の話してたっけか」

 

話をまるで聞いていなかったことを真摯に受け止め、改めてしっかりイレイナの話を聞こうとイレイナの方を振り向く。

人差し指で頬を押された。

あ、やばい!爪で頬が抉れる!!抉れちゃーう!!

 

「やはりロクに話聞いていませんでしたか。道理で表情筋の緩みが常軌を逸していると思いました」

「それはごめん。で、改めて何を聞いていたのか教えてくれないか?」

「魔法使いとしての生活はどうだと聞いているんです」

「うへへ〜、イレイナの膝枕幸せだ〜」

「その笑い方やめてくれます?」

 

まあ、さっきから寒波だって怯えて停滞してしまうくらいの怖さを孕んだイレイナの冷めた瞳は置いといて。

俺が彼女に問われている質問に対して答えるということは避けて通れない道であるので、俺は彼女の目を見て一言。

 

「忙しいよ。だからあまり会えなかったし、寂しかったんだ」

 

任務、任務、そのまた次には任務。

お仕事しながら魔女の旅々の世界を巡ることは楽しかったけど、凡そ20歳以下の男には似つかわしくないほどの激務。

いやしかし、月の給料でお金を稼ぐこともミソなんだ‥‥‥お金がなければ何をすることも出来ない。俺は転生者であり、百合を眺める傍観者であり、己の幸せを求める求道者だからな。その道を求めるためにはお金がなければいけないし、()()()()()()もある。

死んでもこの仕事を手放す気はないのが実情である。

 

「けど、その分魔法の道に入って知ることも多かった。だから後悔なんてしてないし、むしろその道に引っ張りこんでくれたイレイナに感謝してる」

「私にですか?」

「おうとも。魔法の道があるってことを示してくれて、それを目指す確固たる動機を他でもないお前がくれたから」

 

当時、必ずしも魔法に関連する仕事をしようとは思っておらず、最悪攻撃手段と箒に乗ることさえできていれば良いと考えていた俺。そんな俺が沢山の魔法を極め、客観的に見てもそれなりの強さを持つことができたのはあの時に交わした1つの確約がきっかけだった。

あの時、イレイナが貸し借りの関係をチャラにする条件として提示した言葉。それは決して予想できた言葉じゃなかったけど、俺は即断即決で彼女の言葉に頷いた。恐らく、俺自身もどこかで魔法を使った仕事を行うことで自由に世界を回ってみたい、その過程で沢山の人達との交流を深めたいという願いを胸に秘めていたのだろう。

何より、貸し借り以上の繋がりをこの親友と結びたかったから。

だから俺は、彼女の言葉に即断即決で了承したのだ。

 

「あぁ、今も勿論可愛いけどあの時のイレイナは特別可愛かったなぁ」

「‥‥‥やめてください」

「念押しして何度も約束する姿には一種の健気さすら感じたよ、イレイナさんや」

「‥‥‥さて、なんのことでしょう」

 

苦笑いしながらそっぽを向いても話は続きますよイレイナさん。今の今まで罵倒されてたんですから、今度はこっちの話も聞いてやってくださいな。

 

「『魔法の道を共に歩んでください。そして将来旅をする私に、偶にで良いので会いに来てください』だっけか。いやまあ、その一言がきっかけで俺は魔法を生業とする職に就けたわけなんですけど‥‥‥嬉しい?」

「‥‥‥いえ、別に」

「おやおやイレイナさん。なんだか頬が赤いよ?耳もなんか火照ってる?」

「人間性が著しく低下している癖によくそんな調子の良いことを言えますね、女たらしさん」

「誤魔化してもイレイナいじりは続きます。イレイナがめちゃくちゃ可愛いので、今日はイレイナを弄びます」

「‥‥‥戯言ですね」

 

戯言とは失敬な。

俺はあの時のイレイナの一言で今でも勇気づけられる時があるんだぞ。あの時の俺がどれだけ嬉しい気持ちで一杯だったのか知らない癖に、よくもまあ戯言だなんて言えるものだ。

俺、やっちゃいますよ。その気になれば界隈を賑わせた『わからせ』ブームに乗っ取ってめちゃくちゃやったりますけど──なんて考えながら、恐らく俺史上最高に気色悪いニヤニヤで冷やかしていると、遂にイレイナの堪忍袋の緒が切れたのか膝上にある俺の顔面、つまり頬を思い切り抓ってきた。

痛いけど、その行為によりこの幸せな時間が夢ではないということを悟る。

つまり、俺は幸せだ。この幸せの前には痛さなんてまるで相手にならないのだよ、ふっはっは!

 

「‥‥‥ともあれ、こんなところで会えるなんて奇遇だったよ」

 

「私の事舐めてんですか、えぇ?」と言いながら俺の頬を思い切り抓ってきたヤンキーイレイナさんがようやく冷静になり、俺の頬を抓ることを止めたので、そう言うと深くため息を吐いた彼女が続ける。

 

「おや、私は『そろそろ』と思っていましたよ?」

「え、なに。願望?」

「頭沸騰してんですか。そうじゃなくて、可能性の話ですよ」

 

無念。

どうやらイレイナの中では『俺に会いたい!』なんて願望はなかったらしい。どうしようもなく馬鹿な発言をしたことによる彼女の侮蔑の視線がたまりません。

自分涙良いっすか?

 

「お互い、様々な国を行き来しているんです。4年に1度は偶然会ったって不思議ではないと思いますけど」

「そうか‥‥‥そうなのか?」

「そうでしょうね。まあ、偶然が呼んだ不幸とでも言えば良いでしょう」

「ちょっと待て。幸運じゃないのか?」

「散々辱められて、現在進行形で屈辱的な体勢を取らされていることのどこが幸運なんですか」

 

言って、イレイナさんは「相変わらず馬鹿野郎ですね」と止めの一言を投げかけ、俺の涙腺を緩ませる。しかし、このご褒美だけは譲れない。ようやっと再会出来たんだ。下手したらサヤちゃんにこの席を取られるかもしれないと臆病な考えを持っていた俺は、より一層の膝枕を要求しようとうつ伏せの姿勢を取った。

イレイナの突き刺すような視線を、肌で感じた。

 

 

 

 

「旅、楽しかったか?」

 

風が心地好く吹き、活気を取り戻した街が賑やかさをも取り戻し始める。この街の特色というのが『お祭り』であったのが原因か、事件が起こる前からこの街はお祭り騒ぎに近い喧騒さがあった。

特筆すべきは1ヶ月ごとの記念日の多さだろう。大量の記念日による休日に、その記念日を祝うためのお祭りが開かれる。その喧騒は異様なものであり、よくもまあこんなに盛り上がれるものだと下見の段階で辟易した覚えがある。

いや、この街作った奴休み大好きかよ。

15連休とか正気を疑うぞ。

 

とにかく、そんな街を含めたたくさんの場所を見てきたイレイナにそう言うと、彼女は顎に手を添えて一考──すると、様々な出来事を思い出すかのように笑顔を見せた。

 

「色んな景色を見てきました」

「うん」

「その過程では良いことも悪いことも起こりましたし、その出来事によって気持ちに振れ幅があったのは確かです」

 

「しかし」と彼女は続ける。

 

「ただ1つ言うのなら、それら全ての結果が私の足跡です。その足跡を刻む物見遊山の一人旅は、なかなかに有意義な時間だったと思っています」

「そっか」

「良くも悪くも私の人生です。その人生の中でまだ続く旅を今の段階で総括するのは早計が過ぎると思いません?」

 

そして、最後に「むしろこんな状況で楽しさを聞こうとするオリバーの正気を疑いますね」と言って、俺の頭を『ぽん』と軽く掌で叩いた。

そして、そんなイレイナが発した言葉に彼女の旅路を心のどこかで心配していた俺はほっと一息をついた後に一言。

 

「だな」

 

そう言って笑みを見せた後に、俺はどうしようもないことを考えていたんだなと軽く己の思考を反省する。

きっと、彼女の旅路の心配なんてしなくても良いことなのだろう。何せ、物語の主人公であり、その努力や実力、優しい心は関わってきた人の誰もが知っている周知の事実。これから先、俺の知識を凌駕するようなことが起こっても、知識にない場所へ旅をしてもきっと大丈夫だと、改めてそう思うことが出来た。

そして、そんな己の思考を反省した後に体勢を戻して仰向けになった俺が見たイレイナの笑顔はあまりにも可愛くて、綺麗で。その様に反射的に手を伸ばすと、自分でも驚くくらい自然に右手が彼女の頭へと向かっていった。

 

「なあ、イレイナ」

「はい」

 

彼女は、その一連の行為に無抵抗だった。

親友に対しての信頼なのか。だとしたら俺はその信頼を裏切る訳にはいかない。

長い間文面で伝えていたこと、そして言葉でも伝えたかったことを言うために俺はイレイナの目を見据えて一言──

 

「よく頑張っ‥‥‥」

「オリバーさーん!引渡し終わりましたー!」

 

たぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!

間が悪い!!

間が悪いよサヤちゃぁぁぁぁぁん!!!!

どうして俺が一大決心して思いを伝えようとした時にそんなセリフを吐いちゃうのさ!!おかげで今までの甘々ムード台無しだよ!!3時に取っておいたプリン親父に食われた気分だよッ!!!

 

「‥‥‥さ、サヤちゃん」

 

しかし、そうも言ってられないのが現状だ。

さしあたって今の現状を確認してみますと、今の俺は物語の主人公であるところのイレイナの膝に甘え、あまつさえその子の頭に手を置いている。

凡そ俺が二次創作でそんなものを見てしまったら『そんなことしてる暇があるならアムネシアたそと旅々させろよォ!!』なんて発狂しそうな展開にこの黒髪ボーイッシュ子犬後輩系少女がアクションを起こさないわけがなく。

 

「なにしてるんですか?」

「目が怖い目が怖い、ちょっと視線落ち着かせよ?」

 

同僚に対して射殺さんばかりの鋭い眼差しを送ってきやがった!

いや、まあそれくらいの気迫を見せてくれなきゃサヤちゃんではないわけであって歓迎はするのだが正直に言うと怖いですね、はい。

真上から俺を見下ろすサヤちゃん。イレイナとお揃いのネックレスが尊く光る様を眺めていると、その憤怒の視線の儘にサヤちゃんが俺に叫ぶ。

 

「何イレイナさんと膝枕なんてしちゃってるんですか!!あれですか、脅迫ですか!?」

「イレイナが権力に屈するとでも?」

「あ、確かに‥‥‥って、そうじゃなくてっ!!ぼく達同盟組んでたじゃないですか!!」

「組んでたな。けどそれとこれとはまた別──」

「ぼくとの関係は遊びだったんですか!?」

「誤解を招く発言はヤメテ!!!!」

 

それ、微妙に解釈間違われる危険性あるから!!という俺の言葉には全くの興味を示さず、イレイナを見つけると「イレイナさん!」と言って子犬のようにじゃれつくサヤ。

うわぁ!流石王道のカップリングッスね!!なんて考えながら俺は暫く召喚した水筒を片手に、サヤとイレイナのイチャイチャを眺めていた。

 

「イレイナさんもうこれは運命ですのでぼくと今日は同じ部屋で寝泊まりしましょう!オリバーさんのこととか色々聞きたいことがあったんですよ!」

「あ、結構です。というかサヤさん、オリバーの同僚だったんですね。正直者の国の件でオリバーと関係があることは知っていたんですが」

「ですです、ズッ友です」

「はあ、ズッ友ですか」

 

うーん、眼福ですね。

灰の魔女と炭の魔女の一夜限りのアバンチュール。出会った瞬間にこうなることは大体予想はできていたのだが、やはり間近で見るとその興奮度合いも変わってくる。

俺の当初の目的であった百合の一欠片をここで味わうことが出来ているのだ。どちゃクソラッキースケベなハーレム生活はまだ夢半ばだが、幼馴染、同僚、妹弟子と仲良くなれている女の子は存在している。

こうして違和感なくイレイナとサヤちゃんの百合を眺める傍観者でいられるということが俺の生活の順調ぶりを示していたのだ。

 

──と、目の前の眼福的光景をお茶菓子にしながら妹弟子パイセンがくれた茶葉を使ったティータイムを敢行していると、サヤちゃんがこちらを見て「そうですよね!」とか聞いてきやがった。

えーっと、すまん。何の話してたん?イレイナさんマウントの続きかえ?

 

「なんか言ってたか?」

「ぼくとオリバーさんはズッ友ですよねって話です」

 

と、こちらに詰め寄って笑みを見せるサヤちゃん。その迫力の瞬間最大風速はイレイナのそれに匹敵する威力があり、その視線に対して俺は目を泳がす。

ついでに言葉も泳がし、イレイナの方を見て一言。

 

「まあ、それなりに」

 

サヤちゃんとの偶然的邂逅(ガチ)は割愛させて頂くとして、仲が良いというのは本当だ。主にイレイナ関連の話で俺達は盛り上がり、彼女の話をする度にイレイナに対する情熱を増幅させていく。

筆跡でイレイナの血縁者が分かるとされているサヤちゃん。

片やイレイナすこすこな俺。

サヤちゃんの顔を一目見た時に何処か波長が合うような、そんな気がした。

事実、そうだった。

 

「何せ俺達はイレイナ大好きクラブのツートップだからな」

「ですです!まあ、2人しか会員いないですし、2人でお腹いっぱいなんですけど」

「つまるところ、ツインタワー」

「二枚看板です!」

 

と、まあそんな具合に。

イレイナさんの話なんかで盛り上がって『うぇーい』と右拳を合わせられる位の仲にはなれているってわけだ。

いやしかし、そのおかげで先程まで触れられていたイレイナの頭を離さざるを得なかったのは非常に悔しく、まさか計算づくで拳を合わせられたのか‥‥‥なんて考えていると、イレイナがジト目でこちらを見遣る。

ふぁっきゅー、さっや。おめーのせいでイレイナの表情が曇った。

お前なんか一生シスコンのパイセンとレズってろ。

 

「随分と慕われてらっしゃるんですね」

「努力を褒めて欲しい位だ」

「既に褒めたじゃないですか」

「あれは犯人フルボッコにしたご褒美だろ」

 

ジト目でこちらを見続けるイレイナにそう言うと、彼女は小さくため息を吐いてサヤちゃんに対して「こっち見ないでください」と圧力をかける。1度は食い下がったサヤちゃんだったが、イレイナの無言の圧力には勝てずにしぶしぶ後ろを向くこととなった。

ふはは!残念だったなサヤちゃん!!この時間は俺がイレイナを独り占めよ!!

 

「良いですか、オリバー。1度しか言わないですから、しっかりと聞いてください」

「え、なになに。もっかい言ってー」

「死んでください」

「1度しか言わない言葉がエグすぎる件について」

 

言うが否や、イレイナは先程のお返しとばかりに俺の頭──ではなく目を手で覆うと、俺の視界を奪った上で一言。

 

「お仕事お疲れ様です、オリバー」

「──っ」

 

そんなことを小さく囁いて、俺の視界を返却した。

視界を取り戻した時に見えたイレイナの表情は先程のジト目とは違い、優しい笑みが見えておりその表情は過去に何度も見たイレイナの笑み。

 

──ああ、確かにご褒美だな。

そんなたわいもないことを考えた俺の頬は、きっと赤くなっているのだろう。

現にイレイナが悪戯っぽい笑みで笑ってやがる。

 

「おや、顔が何処ぞのトマトのように火照っていますが?」

「褒められたら照れる。何処ぞのよわよわイレイナさんと同じだと思うが?」

「仕事の頑張りを褒められて嬉しがるオリバーには負けますけど」

「うぐ‥‥‥」

「随分とした羞恥心ですね」

「むぐぐ‥‥‥!」

 

久々に会話をしたせいでもあるのだろう。いつになく会話の節々に破壊力のあるイレイナの言葉に内心で思わず照れてしまうと、その感情が外へと漏れ出し、頬を赤く染めてしまう。

男の照れとか誰得だ。

ちくせう、ここは話題転換して流れを取り戻そう。

 

「‥‥‥話は変わるけど。俺、明日から休暇なんだよ」

「おや、何日程ですか?」

「3ヶ月。上司がな、長い勤務による福利厚生と20歳になる前に好きなところ色々巡って来いって気前の良い提案をくれたんだ」

「気前の良い上司さんですね」

 

話題転換に話した出来事をイレイナは歓迎し、その話題を発展させる。そして、たまに煽っては煽り返し、笑いあって会話する。

この時間が何時間でも続くのなら、どれだけ幸せなのだろう──と思っていると、後ろを向いていたサヤちゃんが痺れを切らして俺達に一言。

 

「あ、あのー!そろそろ良いですかー!?」

 

その言葉に俺とイレイナは顔を見合わせる。

その表情はうっかり何かを忘れていたという苦笑いで、それと同時に見せたのは『もう少し我慢してもらいましょう』とでも言いたげな悪戯っぽい笑み。

少し前に俺にも向けたその笑みは、4年という歳月を重ねて身につけた彼女らしい美しさが垣間見えた。

不覚にも、ドキッとしたその笑みに何処ぞのダークヒーローのように嫌らしく笑おうと務めた俺。そして、俺とイレイナはそれぞれサヤちゃんに対して言葉を投げかけた。

 

「まだです」

「一生そっぽ向いてろ」

「ひどくないですか!?」

 

ひどくはない。

ただ、いつもイレイナを独占していたのだからお前は我慢してもらうだけだ。

俺は()っているんだからな。俺がパイセンとあんな街やこんな街に行って研修という名の勉強をしていた時にイレイナと正直者の国でイチャコラしたり入れ替わってウハウハしてたことを!!

全く、これに懲りたらイレイナさん大好きクラブの本分を思い出し、少しは俺にもイレイナ成分を分け与えて欲しいものだ

 

「‥‥‥それはそうと、オリバー」

「ん?」

「私にも言うべきことがあると思うんですが」

「言うべき事だぁ?」

「はい、今の私にぴったりな一択をオリバーの頭で考えてください」

 

そんな具合に物思いに耽っていた俺に対して、イレイナがドヤ顔で『言うべきこと』とやらを促す。

まあ、心当たりはいっぱいある。『相も変わらず可愛いなお前は』とか『お前はいつも魔法に真摯だな、そういうところあいらぶゆー』とか『イレイナさん可愛いよイレイナさん』とか、それ以外にも言いたいことは山ほどあるんだよ。勿論、内外問わずにな。

けど、やはり1番最初に言わなきゃいけないことは決まってる。

それは『あの日』からまるで変わらない一言。

絶対に言って、イレイナを喜ばせようと思った一言。

ずっと、その日に会えたら絶対に言おうと思っていた言葉を伝えるために俺は口を開いた。

そして。

 

 

 

「誕生日おめでとう、イレイナ」

 

4年間文面でしか伝えられなかった一言を、今度はハッキリと言葉で伝えたんだ。

 




にへへ‥‥‥アンケートの結果、皆さん閑話を書きつつとっとと2章やれって言っているのがよく分かったので閑話と2章頑張ります。
なのでちょっと時間をくださいお願いします(切実)。

訂正 姉弟子⇒妹弟子


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閑話 「とある日のシーラさんと俺」

シーラのおねーさんの話。
ユーリィちゃんはマジでこの人見習えって心底思った。そしたら原作にも書いてあった。
考えていることは同(ry


 

 

 

 

 

 

 

とある日、俺が泣きじゃくりながら家に帰るとそこにはシーラさんがいた。

どうやら今日が数ヶ月に1回起こる母さんとシーラさんの一時であったらしく、母さんがいなかったことも相まって、俺は先程から溜めに溜めていた心の叫びを目の前のシーラさんにぶつけ、泣きついたのであった。

 

「わーん!シーラさーん!!」

「おー、どしたオリバー」

「イレイナに磔にされたァ!!」

「お前ら何して遊んでんの?」

 

勿論、ツッコまれた。

まあ、そりゃそうですよね。シーラさん全く事情知らないもん。それにも関わらず家に帰った途端泣きついてきた子どもがいたらそりゃ困惑するわ。

それでも近寄った俺の頭を撫でてくれる辺り、シーラさんの姉御的な優しさが伝わってくるのは唯一の救いなのか。

 

「磔にされて‥‥‥こちょこちょされて‥‥‥あ、やべ。なんか癖になりそうなんで頭撫でんのやめてください」

「お前いつも頭撫でられてんだろ」

「俺もう12歳っすよ?」

「12歳。まだガキじゃねーか」

 

12歳はガキなのか。

いやまあ、確かにまだまだ子どもではあるがそろそろ大人にならなければいけないのではないのかな。イレイナ然り、ヴィクトリカさん然り、この人然り、まるで保護者みたいだな!

‥‥‥はい、分かります。俺が馬鹿なだけですよね、分かります。

 

「で、今日はどうして家に?また母さんと世間話ですか?」

 

頭の中で様々なことを考えている内に落ち着きを取り戻した俺は、改めてシーラさんを見上げて尋ねる。すると、シーラさんは「ああ、そうだった」と呟き、俺の頭から手を離した。

 

「それもそうなんだが、今日は別に用がな」

「用、ですか」

「おう。確かお前、一昨日誕生日だったろ」

「まあ、はい」

 

そうだ。

一昨日で12歳の誕生日を迎えた俺。あの日に何があったかというのは割愛させて頂くがその日に意趣返しという言葉の怖さを脳裏に刻みつけられたのは記憶に新しい、そんな1日であったと言える。

そんな俺の誕生日がどうしたのだろうか──と考えているとシーラさんがあっけからんとした表情で一言。

 

「プレゼント」

 

そう言って、どこからともなく召喚した宝箱のようなものを机に置く。

え、なんで宝箱なんすか。

 

「宝箱‥‥‥」

「おう、そっちの方がドキドキすんだろ」

「‥‥‥やっぱりシーラさん、俺を子ども扱いしてる節がありますよね」

「だからお前はガキだろ」

「そうですけど‥‥‥」

 

むしろそっちを求めているとこあるけど。

いやしかし、やはり精神年齢は大人になり始めているのだからいい加減子ども扱いからは脱したいところでもある。いちいち頭を撫でられる年頃でもないだろう。そろそろこの現状からは抜け出して、逆に俺が女の子の頭を愛でられるようになりたいものだ。

『どちゃクソラッキースケベ』の総本山、頭なでなでとやらを俺はしたいのだ!そういう年頃なんだ!!

 

「待ってろ。今開けてやる」

 

と、俺が内心で戯言を抜かしている間にもシーラさんは杖を1振り。すると宝箱の解錠を阻んでいた鎖やら鍵諸々が解かれていき、自然と宝箱が開く。

開いた宝箱に入っていたものは──見るからに値段の張りそうな本が3つほど。

新品同然のそれに、恐らくこの日のために購入してくれたのだろうということが容易に想像できた。

 

「うわ‥‥‥本じゃないですか。しかも、高そうな本‥‥‥これ、他国の学術書ですか?」

「前に本を渡した時は手持ちのものしか用意出来なかったからな。今日はお前の誕生日も兼ねて、お前に合いそうな本を買ってみた」

「‥‥‥素直に嬉しいです、ありがとうございます」

 

目の前の本を手に取り、改めて頭を下げる俺。恐らく頭が上がらないというのはこの事を言うのだろうな──なんてことを考えていると、からからと笑い声を上げたシーラさんが続ける。

 

「魔法使いになろうがなるまいが、本を読むことは大切な習慣になる。あたしが買ってきた魔法関連の本は勿論、学術書、哲学書、自伝、娯楽、図鑑、料理‥‥‥なんでもいい、好き嫌いはせずに色んなものを読めよ」

「はい」

「噂によると、好き嫌いが激しいとか」

「‥‥‥誰情報ですか」

「センセ」

「母さんッ!!!!」

 

最早何度目のリークなのか数えればキリがない母さんの内部告発にまたしても心の叫びを言葉に乗せる。

恥ずかしい過去や好き嫌いを内部告発されてしまうのはこの家に転生してしまった宿命なのか。幸せな気持ちを味わうことができる反面、なかなかにこの状況は心に来るぞ。大丈夫なのかオリバー。お前に明日はやってくるのか。このままで良いのか。

 

「‥‥‥けど、どうして俺にたくさん本をくれるんですか?」

「急にどうした?」

「いや、親切してくれているのは凄い嬉しいんですけど。それって何か理由があるのかなーって‥‥‥気分を悪くしたらすいません」

 

貰った本を抱きかかえてそう問いかける。

思えばシーラさんにはこの数年間でかなり世話になった記憶がある。この本の他にも貸してもらった本や、それ以外にも様々な話──例えば、旅している時に出会った面白おかしな話だったり、美味しいものだったり、とにかく色々なものを俺の心身にもたらしてくれていた。

本を与えるのみではない、たくさんの親切をしてくれている理由がいまいち分からなかったが故に尋ねた一言を、シーラさんは即答することはなかった。

その代わりに頭をかいて「あー」と言いながら1拍間を置いて、一言。

 

「‥‥‥まあ、色々だ」

「ふむ」

 

色々っすか。

正直に言うとイマイチピンと来ないのだが、それでもシーラさんには色々とあるらしい。

え、なんすかそれ。余計に気になるんですけど。

 

「え、もしかしてこれ言わなきゃいけない雰囲気?」

「ですねぇ」

「‥‥‥まさか良い子のお前が謀るとはな。随分と偉くなったじゃねえか、反抗期か?」

「サイレント反抗期です」

「なんだそりゃ」

 

父さんに言ってください。

なんか最近その呼び方が定着してるんです。おかしいと思ったのなら父さんに言って、あわよくば止めさせてください──と、内心で生みの親に対しても反抗しようとしている哀れな俺を、シーラさんは一瞥する。

そして、まるで微笑ましいものを見るかのような笑みを浮かべ、シーラさんは言葉を続けたのだ。

 

「純粋にお前が気に入ったんだよ」

「え」

「ほら、初めて会った日のこと覚えてるか?」

 

それは。

まあ、覚えているが確かシーラさんが目を背けるほどひどい対応をしてしまった覚えがあるのだが。

それとこれの何が関係していると言うのか。

 

「確かシーラさんが目を背ける位ひどい対応をしてしまったと」

「‥‥‥いや、ちょっと待て。あれはちゃんと弁明したよな」

「『眩しい』でしたよね。グリーンカーテン徹底できてなくてすいません」

「いや、違ぇよ‥‥‥」

 

何が違うというのか。

直視出来なくなるほど困ってしまったのだろう?()()()()()()()()とは良く言うじゃないか。つまり、シーラさんは俺の何かに目も当てられない位酷い何かを連想してしまったのだろう。

謝るのは至極当たり前だと思うのだが。

 

「あれは‥‥‥まあ良いや。とにかくお前が気に入ったんだ。初対面の時、お前はあたしにカッコイイって言ったよな」

「事実ですよね。俺を慮って禁煙してくれたシーラさんカッコ良かったですもん」

「そうだ。お前は確かにそう言った。んで、あたしも人間だ。子どもに褒められて何も思わないほど感情が死んでるわけじゃない」

 

「つーかお前失礼なこと一言も言ったことねえしな」と、シーラさんは俺を見遣る。

ええ、そりゃあマナーですし。それを度外視してもシーラさんはおねーさんと言っても過言ではないくらい綺麗な人ですから──と、事実を述べようとすると偶然にも言葉を遮られてしまうような形で、シーラさんが言葉を続けた。

 

「んで、カッコイイって言ってくれたお前に愛着のような何かを感じたんだ。まあ、弟分みたいなもんだよ」

「お、おお‥‥‥俺ってシーラさんにそう思われてたんですね。なんかちょっぴり意外です」

 

シーラさんという存在を知らないほど俺も魔女の旅々を見ていなかった訳では無いが、子どもに対してそんなことを思っていたのか。

あれだな、シーラさん地元のガキに優しくする姉貴分タイプですな、ぐっへっへ‥‥‥なんて頭の中で巫山戯たことを考えていると「変なこと想像してんじゃねーよ」と軽くチョップを食らう。

え、なに。バレてたの?

やだもう死にたい。

 

「後、お前読書好きだろ」

「それは、はい」

 

まあ、最初はイレイナに付随する形で本を読んできた訳だが元が読書好きのオタクなだけあって、興味を持ったものに関してはかなり読み進めることができている。そうでなくとも、知識を覚えればイレイナさんが褒めてくれるんだ。元々が読書好きで苦手な科目にもご褒美が待っているのなら、読書のモチベーションが下がるわけがなかろうて。

 

「まあ、付き合ってくれる友達がいますから。1人で読書してたらどうなってたのやら」

「ま、理由はどうであれその習慣は大切だろ。若いうちに知識を貯めとくってのは後々役に立つ。それが好きでやってることなら尚更な。んで、弟分に思ってる奴がそういう性格してんならその手伝いをしてやろうって思ったって訳だ。まあ、押し売りみたいなもんだよ」

「押し売りだなんて、そんな。俺、シーラさんに箒の乗り方教えて貰ったり、本を買ってもらったりして凄い感謝してるんです。この恩はちゃんと、何らかの形で返しますから」

 

それに関しては紛れもない事実だ。

シーラさんとの付き合いはイレイナとの時間には劣るが、それでも彼女に対しては数え切れない程の恩がある。かなり早い段階で箒に乗れたことや、本をくれたこと。それ以外にも会っては良くしてくれているシーラさんに対してはいつか恩を返したいと心底思っている。

 

しかし、そんな俺の言葉には苦笑いを浮かべて「いいよ」と固辞するシーラさん。

まさかガキにそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。『急にどうしたコイツ』的な困惑の表情を浮かべたシーラさんの表情は、かつてアニメで見た切り裂き魔さんを見るような表情で、ちょっとゾクゾクした。

 

「好きでやってる事だ。何かを返す必要なんてねえよ」

「‥‥‥けど」

「あー、分かったよ。なら命令だ、仮に何かを返したいって思ってんならそれを意気に感じて将来的に立派な奴になれ、分かったな」

 

そう言って、最後には「ガキがそんなこと気にすんなよな」と呆れた様子で俺の頭を『ポン』と掌で叩いたシーラさん。

彼女がどんな理由があって俺に優しくしてくれているのか。その本当のところは分からないが、こうして誕生日にプレゼントをくれるくらい優しくしてくれて、妥協案を提示してくれるシーラさんはここにいる。

そして、そんなシーラさんは俺にとっての姉貴分的な人であり──そんな人に恩を返したいというのも、これまたイレイナとの確約同様、果たしてみせたい決意であるのだ。

故に、俺は首肯する。シーラさんの優しさで心が穏やかになった流れで、恐らく笑っているであろう表情のままに。

 

「‥‥‥はい、分かりました」

「おう」

「そんで、美味いもんご馳走しますね」

「おいおい、勝手にプラスアルファ付けんなよ」

「給料の範囲内でお願いしますよホント」

「発展させんじゃねぇ」

 

そして、シーラさんに怒られた!

やっぱり激おこぷんぷん丸のシーラさんは怖いですよね‥‥‥なんて思いつつも、心の片隅では『むしろもっと怒ってくれ』だなんて馬鹿げたことを考えている俺ではあるのだが、流石にそんなことを口にしたらシーラさんの印象悪くなっちゃうからここは自重し、話題を転換する。

 

「あ、シーラさん」

「ん?」

「出来ればまた、あのお話を聴きたいんですけど‥‥‥良いですか?」

 

そして、俺が代わりに提示したのは先程も話したシーラさんの旅のお話。

シーラさん独自の視点から語られるその話は笑いあり涙ありで非常に面白く、これまた癖になる。

誕生日度外視で、可能なら毎日聞きたい話でもあった。

来てくれた日に、母さんが不在で暇をしている時は必ず行ってくれるその話題提供を子供ながらにねだってみると、シーラさんが「やっぱガキじゃねーか」と呆れたような笑みでこちらを見る。

その生暖かい笑みやめて。

俺はガキじゃないですよ。好奇心の塊なんですよ。

 

「仕方ねえな‥‥‥何処まで話したっけ?」

「シーラ先生が言ってたお姉さんとフィッシュオアビーフで喧嘩したところまでです」

「っしゃ、そんじゃそこから話すか‥‥‥なあ、やっぱりディナーは魚より肉だよな」

「俺はどっちも食らいつきます」

 

と、まあそんなほのぼのとした流れで。

どういう訳だかは知らないが、偶に母さんに会いに来る金髪ポニーテールの凄い人であるシーラのおねーさんは、今日も今日とて明朗快活な笑みを浮かべ、俺に昔話をしてくれた。

 



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閑話 「それは質問か、或いは誘導尋問か」

ヴィクトリカさんの話。
強くて(元魔女)優しくて(娘想い)綺麗(周知の事実)な理想のマッマ。


 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これからゆうど‥‥‥いくつか質問をしたいと思います」

「‥‥‥え?」

 

それは、唐突に起こった出来事であった。

散々拒否していた家へのご招待も1度来てしまえば後は抵抗もなく、イレイナさん宅で勉強。そして、ヴィクトリカさんが作ってくれた甘々スイーツをご馳走になるという行為がルーティンワークとなってしまった俺。

そんな俺が今日に限っては勉強をせず、ヴィクトリカさんにお呼ばれされ、差し出された甘々スイーツの新作とやらをありがたくご馳走になっていると不意にヴィクトリカさんが俺にそう尋ねてきたのだ。

 

因みにイレイナさんは今日、高熱を出しているためこの空間にはいない。

まさに計画通りと言ったところか。ちくせう、ヴィクトリカさんはいつだって溺れない策士だ。

 

「か、母さん‥‥‥何をしているんだい?」

「オリバー君にいくつか聞きたいことがあるの。だからこうして呼んでいるんじゃない」

 

座っている俺の後ろにいたイレイナのお父さんが俺の困惑ぶりを案じたのかヴィクトリカさんにそう尋ねるものの、即答されて後ずさる。「お、おう‥‥‥」と仰け反ったイレイナパパの額には冷や汗がたらりと流れていた。

そんな光景を眺めつつ、この家で本当に強いのはヴィクトリカさんであり将来的にもその血を引くイレイナさんが家庭を持ったら実権を握るのだろうということを考えていると、今までの焦りが嘘のように引いてくる。

 

いや、アムネシアさん。何が「受け身に回りそう」だよ。今までイレイナさんと関わってきたけど受けっぽいところ全然見てないよ。むしろイレイナさんはSだよ。バリッバリの攻めタイプだよ。

 

「あら、今オリバーくん何か考えてた?」

「属性の事ですかね」

「それ、誰から教えてもらったの?」

「人それぞれに攻めやら受けやらの属性があるって、母さんが」

「後でお母さん呼んできてもらえる?」

 

うぇい。

 

「それはそうと、質問ですか」

「ええ、具体的に言うと今のキミの気持ちを知りたいの」

「気持ち‥‥‥」

「ふふ、難しく考えなくて良いのよ。昔、私がオリバー君に魔法が楽しいか聞いたのと同じ。今の君のことを知りたいってだけだから」

 

知りたい、か。

大体そういう時に限ってヴィクトリカさんは物事の核心を突くようなことを言ったりするので、俺にとっては難しく考えなければならないことなのだが。

いやしかし、何も歓迎していないとは言っていない。笑顔で俺を見るヴィクトリカさんには笑顔で応え、会話の続きを促す。

 

「‥‥‥分かりました。で、それはどんな質問ですか?」

 

まあ、ヴィクトリカさんの質問ならスイーツのお礼もあるし可能な限りで何でも答えようという決意から、そう言う。

今までにも質問されたことは幾つかあったのだ。今更緊張するようなこともない。

それこそ今の心身共に以前とは打って変わって成長した俺なら鋼の精神で回答を──

 

「昨日のことなのだけど──」

「お、俺のせいっす!!いやほんと、マジですいませんでしたァッ!!!!」

「本当に何があったの?」

 

ごめん、俺の精神は鋼じゃなくてメッキだったよ。しかも、そのメッキ一瞬で剥がれちゃった。

ほら、良くあるじゃん。強いキャラだと思ったら実はどちゃクソ弱かったってやつ。

まさに俺がそうなんだ。能力詐欺なんて愚行をしでかした、とんでもない奴だったんだ‥‥‥!

 

「オリバー君の誕生日にイレイナがプレゼントを用意したのは知っているの。そして、それを遊びに出た時に渡したということも」

「‥‥‥罪深いことをしてしまったんです。俺はっ‥‥‥イレイナさんが大好きなこの世界の全ての人に謝らなくちゃいけないんです‥‥‥ッ!!」

「道理でイレイナが顔を赤くして帰って直ぐに自室に引きこもった訳ね」

「因みに今は?」

「熱で寝込んでいるわ。『誕生日プレゼント怖い』って寝言が良く聞こえるのよ」

 

俺はひょっとしたら後にイレイナさんにボコボコにされるのかもしれない。彼女にトラウマを植え付けてしまうほどの出来事を犯してしまったのだ。むしろボコボコにされるのは必然であると言えるだろう。

いやまあ、イレイナさんに報復プレイをされるのもそれはそれで一興ではあるのだが‥‥‥痛いのはなぁ。特にイレイナの魔力の塊とか何処の罰ゲームだよってくらい痛いし。

 

「まあ、そんな理由もあって私としてはあの日に何があったのか、オリバー君に聞いてみたいのだけど」

「はい」

「もし良ければ話を聞かせてもらえる?」

「‥‥‥ウス」

 

まあ、何はともあれ。

ヴィクトリカさんからそう言われた俺は、彼女の言葉に頷き、『あの日』に何が起こったのかということを赤裸々に語った。

あの日というのは、昨日。

俺の誕生日のとある一時。

その出来事によって起こった嬉しいことや悲しいこと、泣きたくなるくらい嬉しかった出来事全てをヴィクトリカさんに打ち明けた。

 

「‥‥‥だから俺はできることならイレイナに謝りたい。そして、あわよくばもう一度お礼を言いたいんです」

「成程ね」

 

事の全貌を全て話した後、俺は当然の如く怒られると思っていた。娘に対して愛情のある人だ。殴られはせずとも『私の愛娘に何してくれてるの?』と軽くドヤされる位のことは想定していたのだ。

しかし、その予想に反してヴィクトリカさんの表情は笑みに染まっており、先程から笑い声を堪えんばかりに口元を抑えている。

そして、ついに我慢の防波堤が決壊して可愛らしく笑い声を上げるヴィクトリカさんを見た俺は、その姿に思わず拍子抜けしてしまったのだ。

いや、なにわろてんねん。

 

「‥‥‥なんで笑っているんすか」

「いや、それは‥‥‥ええ。オリバー君ったら随分と大胆なのね」

「はうっ‥‥‥!?」

 

発せられたその言葉に俺の心は矢でも刺さったかのようにズキリと痛み、動揺する。

まさに核心を突かれたかのような感覚だ。そんな彼女の言葉に自称剥がれたメッキの心を持っている俺は胸の内に秘めていた本性を自分でも意図しない内に吐き出してしまう。

 

「し、仕方ないでしょ!まさかあんなことをされるとか思ってませんでしたもん!!文句があるなら事の全貌を全て理解した上で聞こうじゃありませんか!!」

「だから話を聞いたのよ。オリバー君が即断即決で謝って、且つイレイナが熱で寝込むくらいのことだもの。聞かない訳にはいかないじゃない」

 

う、うむ‥‥‥確かにそれもそうだよな。

というか俺自身が了解したのにも拘わらず何勝手にブチ切れ白状しとんねん。

いくら温厚で温和なヴィクトリカさんに対してもやっていい事と悪いことがある。ここは今一度冷静になって謝罪するためにヴィクトリカさんが用意してくれた紅茶を飲み込む。

 

うわ、美味しい!心落ち着いた!よし、謝ろう!!

 

「‥‥‥すいません。ちょっと興奮してしまって」

「ふふっ、そういうところあなたのお母さんにそっくりね」

「あ、あはは‥‥‥」

 

そっくりというか前世の俺の性格がそのままに成長した姿が俺の本性なんですが、それは。

とはいえ、今更それを否定することはない。

というか、母さんと似ているところがあるというのはよく言われていることで、事実そうだと思う節もあるため否定する必要がないのだ。

わざわざ事を荒立てる必要もないしな。

 

「私、オリバー君のそういうところは全然嫌いじゃないのよ。特に想いが直ぐに口や行動に現れてしまうところとかは最大の長所にもなるし起爆剤にもなり得るから」

「‥‥‥褒めてんすかそれ」

 

褒めているのか、ちょっぴり馬鹿にしているのかよく分からん言葉であったのだが、「勿論」と言うヴィクトリカさんの表情を見れば、そんな考えすらも一瞬で霧散してしまう。

ちょっとばかし感情が表に出やすいヴィクトリカさんは拗ねたりした時にそっぽを向いて口を尖らせたり、誤魔化す時に目を逸らしたりといったことを良く行う。けれど、今回の彼女の表情は憎いくらいに良い笑顔。誤魔化しなんぞ微塵も感じない、そんな様に俺の疑念は一気に晴れた。

 

「だからこれからどんな道を進んだとしても、そのオリバー君らしさは忘れないでいてね。それが貴方の核となるものだから」

「‥‥‥それは、はい。ありがとうございます」

 

だから。

そんなヴィクトリカさんの言葉に照れて、思わずそっぽを向きながらお礼を言ってしまった俺ではあるのだが、仕方ないと思う。

だって、この人綺麗だもの。そして魔女としても活躍していた原作最強と言っても過言ではない人だもの。そんな人に自身の性格褒められるの想像してみろ、普通に照れるし舞い上がるだろいい加減にしろ!!

くっ、やはりこの人にはかなわない。可愛くて、大人で、カッコイイとか反則だ。ちくしょう──なんて思いながら残りのお茶を啜ると、不意にヴィクトリカさんの表情が変化する。

 

「色々あったものね」

「はい。イレイナのおかげです」

「そして、キミのおかげでもある‥‥‥肝心なところでオリバー君は鈍感ね。そういうところもあなたのお母さんにそっくり」

「‥‥‥え」

 

そして、そんなことを言いながら笑ってみせた彼女の笑みは悪戯っぽさを感じる不敵な笑みであり、その笑みに俺が悪寒を感じた直後、「まあ、それは置いといて」と言ったヴィクトリカさんは俺に対して言葉を続ける。

 

「取り敢えず今回の話はリア──あなたのお母さんと私の夫にも事細かに話すとして‥‥‥」

「──ふぁっ!?」

「あなたのお母さん、オリバー君のことずっと心配していたのよ?『いつになったらオリバーは女の子を好きになるのかなー、いつかなー』って」

「ちょ、何言ってるんですか!!ほんと、やめてくださいよそういうの!!」

 

お茶飲んで落ち着いた意味ないじゃん!!

内心でそんな事を思いながら目の前のヴィクトリカさんを睨むと、そんな睨みすらも玩具として見た彼女はまたしてもクスクスと笑みを零す。その表情は先程とは打って変わって人をおちょくる時に見せる笑みであり、その笑い声と共に俺の焦燥感は急激に上昇していく。

そして、俺はそんなヴィクトリカさんの笑みと同時にとある1人の男の気配を後ろから感じた。

そのオーラは、後方から。

とてつもなく黒く、威厳に満ち溢れた──恐らく父親でもやってなきゃ出すことの出来ない恐怖のオーラの正体を、何となくではあるが察したのだ。

 

「お、オリバー君に‥‥‥」

「‥‥‥ひっ」

 

そう、どんなラブストーリーだってそう。

女の子とハッピーエンドに向かって歩む際、1番の壁となるのはライバル、もしくは父親。

それは俺にとっても例外ではなく。振り向けばプルプルと震えていたイレイナパパが怒りの形相で俺という娘の周りを飛び回る蝿を睨みつけていた。

あ、イレイナパパの名前は覚えてないの。聞いたこともない上にお話した回数すら指で数える程度だから、許して──

 

「オリバー君に娘をやるなど10年はやぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!」

「ひぃぃぃぃぃ!!!!!」

 

イレイナさんのママに弄ばれ、イレイナさんのパパに誤解され、怒られる。

それでもイレイナさんのことを大切にしているということが嫌でも伝わってくるこの家の人達は本当に強くて、愛に溢れた家族なんだなと心底思った。

 

けどさ、誤解を作るのは本当にやめてください!

俺の目標はあなた達の愛娘を誑かすことじゃないの!

女の子達と仲良くお喋りして、あくまでその子に好きな人ができたら純粋に友達として応援する健全なハーレム生活なの!!

だから俺は決して、あわよくばイレイナさんとお付き合いしたいだなんて全く、これっぽっちも考えてないんだからね!あくまで俺は友人として、イレイナさんのことが好きなんだからね!!勘違いしないで──

 

「イレイナのこと、好き?」

どちゃクソ好きっす!

「貴様ァァァァァ!!!!」

「うわぁぁぁぁぁ!?!?」

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 




最大の壁は、何時だってお父さん。


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閑話 「意趣返し事件 其ノ壱」

ダントツ人気のイレイナさん。
かしこく、可愛く、つよつよな魔法使い。
この主人公なしで物語は成立しませんよね。アンケート取るまでもなかった(絶望)。




 

魔法の練習の一環として、俺とイレイナが死なない程度の魔法を撃ち合い雌雄を決するという行為は既に何度も行っていることであり、日常でもある。

それは、俺の12歳の誕生日の日も例外ではなく──俺とイレイナは今日も今日とて勉強をしたり、今のように魔法を撃ち合ったり等といったことをして、魔法の技量や経験を高めていた。

魔法を撃ち込むイレイナの表情は真剣そのものであり、俺の気持ちすら真剣にさせてしまう程の気概が溢れ出ている。無論、こうしてバカみたいなことを考えて悦に浸っている俺ではあるがその実身体は至極真面目に働いている。

今はイレイナの魔法を防ぐ為に、絶賛防御魔法発動中である。

 

「ていっ」

 

イレイナが振るった魔力の塊が、俺の目の前に迫る。1度食らってしまえば暫くは立てないであろう一撃、それを食らってしまえば俺の『敗北』は確定するであろう。

流石の俺も3連敗はNGだ。前世でスポーツの応援をしていた時も好きなチームが3タテ食らった時は死ぬ程悔しくて、恥ずかしかった。

 

3連敗というものに恨みでもあったのだろう。俺は目の前に迫る敗北に抗うかのように、魔力の塊を幾度となく防御魔法で弾き返す。当然、何度も防御魔法を使っていれば疲労は溜まる上に心が焦れるものの、それは攻撃しているイレイナも変わらない。

攻撃魔法を連発するイレイナとて人間。そんな彼女にもいずれ『隙』ができる。亀のように固い守備と精神力を以て、俺は彼女の様子をじっと伺っていた。

 

「ッ‥‥‥」

 

そして、防壁により攻めあぐねたイレイナの一瞬の隙を見逃さない。俺は直ぐに防壁を解除すると、指を弾き箒を召喚。そしてその箒を一直線に、イレイナに向かって投じる。

なんでもない、一直線に投じられた箒。

そんな箒がイレイナに向かっていく様を見送り、俺は箒に向かって杖を振るった。

 

「任せたぜ、()()()()()!!」

「──えっ」

 

俺がそう叫んだ瞬間、箒が変化して俺と瓜二つの姿をしたほうきくんが、唖然としているイレイナを通り過ぎ、彼女の杖を奪い取る。

そこまで経過したところでイレイナも、現状を認識したのか、ほうきくんが奪い取った己の杖を奪おうとしたものの、所詮は非力な女の子。杖を奪おうと悪戦苦闘しているイレイナの背後に近付くと。

 

「返してくださ──あうっ」

 

俺はイレイナの頭めがけて軽くチョップを行ったのだった。

その一撃は、どちらかと言えば軽いものではあったのだがイレイナにとっては多少痛かったらしく、手で頭を抑えてじとっと睨みつける。

全く、怒ったイレイナは最高だぜ!と心の中の俺が叫ぶが、そんなことを言った日にはもれなくイレイナにボコボコにされるであろう。

妄言は胸に秘め、俺は強かに笑ってみせた。

 

「俺の勝ちだな、イレイナ」

「卑怯ですよ、オリバーは。ひとりじゃ勝てないからって2人がかりなんて最低です。あなたにプライドはないんですか」

「あるよ。だから真面目にやってんだろ」

「‥‥‥それはそうですけど」

 

と、まあ冗談を脳内で繰り広げていた俺だが、これに関しては本音だ。

あの約束から本気で魔法使いを目指しているのだから確りと実力を身につけなければならない。そんな俺にとっては、どんな訓練だって不誠実にやる訳にはいかないのだ。

スタイルは卑怯で邪道で外道、けれども正確に魔法を打ち据える。それが俺のやり方なんだぜ、うっへっへ‥‥‥と内心で下卑た笑い声を上げていると、「そういえば」と何かを思い出したかのように言ったイレイナが俺を見据える。

はて、どうしたのだろうか──

 

「今日、誕生日でしたよね?」

「あれ?俺、イレイナに誕生日のこと話したっけ‥‥‥って、もしかしてそこまで俺のことを考えてくれたのか──」

「何気持ち悪いこと言ってんですかそんな訳ないでしょう」

 

エグい。

いや、まあ言った俺も悪いのでそこは置いといて。

 

「確かに今日は俺の誕生日だな。何処で知ったのかは知らないが、事実だ」

「‥‥‥そう、ですよね」

「けど、それがどうした?」

 

確かに今日は俺の誕生日ではあるのだが、イレイナには何かを強請った覚えはないし、予定に付いてきてくれとも言っていない。

つまり、今日の誕生日に際してイレイナが何かをする必要というのは全くないのだ。

それにも関わらず渋い顔をしたイレイナさん。はて、どうしたのだろうか‥‥‥と頭を悩ませていると、渋い表情のままに彼女が続ける。

 

「‥‥‥うっかりしてました」

「え、何が」

「今日がオリバーの誕生日だという事に気付いたのが、昨日の昼だったんです。本来なら10歳の時の意趣返しを盛大に殺ってやろうと思ったんですが」

「あの、『やる』の書き分け間違えてない?」

「さて、なんのことでしょう」

 

と、目を逸らして冷や汗をたらりと流すイレイナさん。いやまあ、ヴィクトリカさんの表情も大概だけど、イレイナさんの表情も分かりやすいですよね。

ムカついている時は口元をヒクヒクさせるし、逆に照れたり誤魔化したりする時は目を逸らすし。

今回も例に漏れず目を逸らしたイレイナさん。

成程、貴様は誕生日で俺を殺す気だったのか。どんな誕生日パーティ企画しとんねん。

 

「いや、まあ意趣返ししてくれるのなら嬉しいけど焦る必要はないんじゃないかな。俺、そんなことでイレイナから離れたりする気ないし‥‥‥ほら、時間をかければかけるほど意趣返しの威力も上がるじゃない」

「まあ、それはそうですけど」

「それに俺まだ生きてたいし」

「何を言っているんですか?」

 

いや、生存本能的な。

事故の後に心臓発作で死亡とか嫌だし。

 

「とにかく期待して待ってるよ‥‥‥あ、けど痛いことはしないでね。俺、イレイナの魔力の塊受ける被虐趣味は守備範囲外だから」

「あの、オリバーは私を何だと思ってるんですか」

 

攻めタイプ。

いやまあ、それも可愛いから別に問題はないのだが。

 

「友人の誕生日位普通に祝いますし、いくらオリバーの趣味嗜好が異常だからといってそれに合わせることもしません。私はノーマルなので」

「え、けど土下座されたら興奮す──むげっほ!!げっほ!!!」

「何か言いました?」

 

危うくとんでもないことを口に出しそうになったところで、わざと咳き込んで言葉を無理矢理飲み込む。どうやらイレイナは今の言葉を咀嚼するには至らなかったようで小さくため息を吐くと、俺に言う。

 

「なので()()()()()()()は出来ませんでしたけど、祝うこと位なら今の私にもできます。私は普通ですから、友人の誕生日もしっかりと祝うんです」

「えっと、それはつまり?」

「‥‥‥誕生日に付き物なのは、プレゼントですよね」

 

そして、不敵に笑って見せたイレイナは何も無いところから1つ。綺麗にラッピングされた小さな長方形のプレゼントボックスを召喚すると、それを俺に押し付けた。

 

「どうぞ」

「どうぞって‥‥‥これを俺に?」

「他に誰がこの箱を受け取るんですか」

 

押し付けたプレゼントから手を離しそう言ったイレイナの顔は伏せられており、どういう表情をしているのかは分からない。

心情も同様である。基本俺はイレイナの心情を顔から読んだりしたりしているのだが、今回は顔が見えないためこの場を面白がって「ねえ、今どんな気持ち?どんな気持ちか教えてよー」と茶化すことも出来ない。

ううむ。この状況、イレイナの表情がカギだろう。

 

「‥‥‥もしかして、意趣返し?」

 

そう言って、イレイナの顔を覗き込む。できることなら早い内にイレイナの表情を確認し、それ相応の振る舞いを行いたかったのだ。

仮に今、俯いているイレイナが「実にお馬鹿ですねぇ、くすくす」的な感じに笑っているようなら、俺は今すぐイレイナに反旗を翻し、置かれた立場を分からせてやらねばならない。勿論、お礼は言うが。

その一方で、真面目な表情をしているのなら真摯にイレイナに向き合う必要があるだろうし、茶化すなんてことは論外だ。そういった振る舞いの分別を行うためにもイレイナが今、どんな表情をしているのかは確認する必要があった。

 

すると、イレイナが俯いていた顔を上げて年齢相応のあどけない──されど将来的に美人になるであろう間違いなしの顔をこちらに向ける。

その表情は笑ってもなく、怒ってもいない。中途半端とでも言えば良いのか。まあ、そんな感じ。

いやしかし、何かを言おうとしていたのは伝わる。口を動かし「あ‥‥‥」やら「う‥‥‥」と呻くイレイナの口は何かを言いたそうに、震えているのだから。

おいおい、可愛いかよ。こんなにあーうー言ってるイレイナさんは悪魔に取り憑かれたフリしてる時位しか見れねえぞ。なんてレアな光景見れてんだ、俺ァ‥‥‥!!

 

「意趣返し、なのか?」

 

と、まあ戯言もそこそこに。

もしかしたらタイミングを逃したのかもしれないと思い立った俺は、イレイナにもう一度尋ねて瑠璃色の瞳をちょっぴり生暖かい面持ちで眺めてみる。

すると、俺を見つめていたイレイナさんはキョロキョロと視線を右往左往させ、もう一度俺を見る。

そして──

 

「‥‥‥意趣返しです」

 

一言、そう言って『ふいっ』と視線を逸らした。

 

あ、これガチの奴だ。

視線こそ逸らしているものの冷や汗や渋い顔のひとつもないイレイナの表情に、思わず釘付けになってしまったのも束の間。「こっち見ないでください」と睨みつけられ、俺は思わず視線をイレイナから空へと移す。

呆れるほどの快晴が、目の前に映った。

 

「‥‥‥そ、そうか。まさかイレイナがこんな意趣返しをしてくれるとは思わなかったな」

「意外でしたか」

「ああ。イレイナと言えば貰えるものはしっかり貰うが返すことに関してはかなりズボラな印象があったから──いひゃい!ほほをひっはらないれ!!」

「にやけながらほざく生意気な口はここですか、えぇ?」

 

途端、眉間に皺を寄せたブチ切れイレイナさんが俺の頬を両手で抓り、それと同時に自分の顔が意図せずに笑ってしまっていることに気が付く。

やばい、ひょっとして凄いアホ面晒してしまったか──なんて思いながら必死に笑みを抑えようとするものの、上手く表情をコントロールすることができない。

ち、畜生‥‥‥イレイナさんの意趣返しの威力がえげつねぇ‥‥‥!!後、抓り攻撃もえげつねぇ!!と半ば興奮気味にイレイナの抓り攻撃を受け入れていると、ようやく解放される。

その代わりと言っては何だが、ジト目のイレイナさんが俺を睨みつけている。恐らく内心で『この憎たらしいクソ野郎、どうしてくれましょうか』とか考えているんだろうけど、そんな表情したってイレイナが可愛いのは変わらない。

よって、クソ野郎はクソ野郎のままなのです。うっひゃっひゃっ。

 

「全く以て失礼ですね。少しは反省してください」

「ごめんごめん。つい、嬉しくて‥‥‥ありがとな」

「‥‥‥顔、緩みまくってますよ。本当に大丈夫ですか?」

「う、うむ‥‥‥大丈夫──ありがとな」

「しかも同じ言葉言ってますし。気は確かですか」

「‥‥‥ご、語彙力が。く、くそっ!お前は一体どれだけのものを殺したら気が済むんだ!語彙力に心!今のプレゼントで2人が殺された──」

「あ、これ正気じゃないですね」

 

失礼なことを言うな。

俺はいつだって魔女の旅々が大好きで、幼馴染に出会えたことを幸運に思っている変態魔道士だ。今更俺の変態っぷりを異常のように言うのはやめてくれ。照れるだろ。

 

──と、そこまで考えたところで、ふと俺は先程からこちらを睨みつける幼馴染の耳がやけに紅潮していることに気がつく。そして、目を凝らして見てみると何故だか頬も赤く、目は充血しており、更にはちょっとふらついているようにも見える。

いや、耳と頬までなら「照れてるんですか、随分と可愛らしいよわよわメンタルでちゅね」とか茶化すことができたけど、流石にこれは洒落にならないだろ。

この子、普通に体調崩してね?

 

「イレイナ。お前大丈夫か?」

「え」

「いや、顔っていうか‥‥‥お前昨日何時に寝たよ」

 

そう言って、イレイナの顔を覗き込むと彼女は何かに気が付いたかのように目を見開き、俺から1歩分距離を置く。それは、自分の失態を見抜かれないように振る舞う無理のある行為に見えて──その瞬間、何となく俺の頭の中でピースが嵌ったような感覚に陥る。

誕生日プレゼント、体調不良、紅潮。

もしやお主。

 

「緊張して夜寝付けなかったとか‥‥‥」

「何言ってるんですかそんなわけないでしょう巫山戯るのも大概にしてください屠りますよ」

「俺は一体お前に何をしたと言うのか」

 

強いて言うなら心配しただけだ。

いやしかし、それすら尋ねるのはタブーだったのか。俺だって変態ではあるが親友が熱っぽい所を放っておく訳にはいかないのだ。そこは分かって欲しいところではあるのだが。

 

「‥‥‥兎に角、なんでもないです。今日は疲れたので帰りますね」

「お、おー‥‥‥気をつけて」

 

まあ、見た感じ歩けてはいるし。先程まで魔法もバシバシ撃ってたからそこまで酷くはないだろう。

帰ると宣ったイレイナに声をかけて彼女の大事を祈っていると、踵を返したイレイナが何かを思い出したかのように俺に向き直る。

 

「ああ、最後に一言だけ」

 

そして、イレイナはアホ毛を揺らして俺に笑いかける。それは、何時ぞやに見た優しくて、暖かくて、誰かを慮る時に見せるような年相応の少女の笑み。

そんな笑みから織り成す彼女の言葉は、その笑みが示すものと同じ意味を持つ言葉なのだろうと容易に想像できて。

 

 

 

 

 

 

 

「お誕生日おめでとうございます、オリバー」

 

ああ、確かにこれは立派な意趣返しだなって。

そう思えた。

 

 

 




「イレイナに謝る前に、あの子の顔をよく思い出してみて。何か気付かなかった?」
「顔‥‥‥『ふいっ』てそっぽ向いてて可愛かったです」
「それなのに謝るの?」
「うぇい」
「‥‥‥やべーのは母親似の鈍感力ってわけね」
「‥‥‥え?」

おまけ。

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2章
11話 「14歳の、私です」


2章プロローグ的な。



 

 

 

 

 

 

 

私にとって魔法というものは夢であり、約束でもあります。

ニケの冒険譚に憧れ、私自身もそのような魔法使いとなり様々な場所を旅したいと自らの両親に打ち明けたその日から、魔女になろうと魔法を懸命に習いました。

その修練の過程で家に火をつけてしまったり、大木を切り裂く等といった環境破壊をしてしまったという黒い歴史こそあれど、その記憶は思い出深いものであり、その軌跡を後悔したことは1度もありません。私にとっての魔法は魔女になって旅をするという夢に繋がる──そんなものです。

 

そして、山吹色の髪をした少年との約束も私自身の魔法を語る上では外せない出来事と言えるでしょう。

幼い頃から友人として、親友としてそれ相応の付き合いをしてきたその少年の名前をオリバーといい、そんな彼と私はとある確約をしました。

それは、お互いの未来の話。

私達が将来魔法使いとして、それぞれの道を歩んでいく道程の中での誓い。いつか何処かで再会して、話をしようという内容のものであり、その確約を私は胸に秘め、確約が確約である為に魔女としての道を邁進していくのです。

 

夢でもあり、約束でもある魔女というひとつの道。その道には困難も勿論存在することでしょう。

しかし、私には先程の確約から織り成す決意と、1人の親友がいます。その2つがあれば、どんな困難さえ乗り越えていくことができます──と考えていた私は、正直に言うと浮かれてました。もしかすると表情筋が緩み、有り得ない位ににやけてしまっているかもしれません。

 

まあ、大丈夫でしょう。私可愛いですし。笑顔が1番とオリバーからも言われていますし。

 

「‥‥‥」

 

さて、それはそうとして。

将来を左右する試験中にも関わらず絵空事を考えてしまうほどの余裕と実力を兼ね備え、相対する敵を持ち前の才覚により幾度となく華麗に掃討する魔道士とは一体誰か。

そう、私です。

あ、半分は冗談ですよ。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」

「誰が死にますか──ていっ」

「ひでぶっ!?」

 

筆記試験を合格した中では最年少となった私を自身の性差のアピールとして利用しようと考えている魔道士の方は非常に多く、箒でのらりくらりと戦況を見つめていた私を、たくさんの魔道士の方が攻撃してきます。

しかし、相手は年上と言えど私と同じ魔道士。凝った作戦もなければ、簡単で単純な魔法を馬鹿正直に打ち据えるのみ。年上というのはハンデにすらならないということを再認識した私は、迫り来る雷撃やら魔力の塊やらを躱し、お返しと言わんばかりにいくつかの箒に乗った魔道士さん達を攻撃魔法で落箒させます。

「うげぇ」やら「ひでぶっ」やらの情けない声が、私をぞくぞくさせました。

 

というか誰ですか今『死ね』って言ったやつ。魔術試験は殺さない程度の魔法を行使することが前提なのですが、ルールちゃんと見てました?

 

「‥‥‥全く、拍子抜けですね」

 

驚いたことと言えば、魔術試験という局面に立たされた人間の醜さ位のものでした。弱いと見たものを集中的に狙い、やられれば「反則だ、何かおかしな手を使ったに違いない」などと喚き散らす人達。自分の実力の無さを棚に上げ、弁明するのはさぞ気分が良いのでしょうが、その言葉に私の存在を巻き込むのは心底止めて頂きたいですね。気分が悪くなります、業腹です。

何なら『あなたが弱かったのがいけないのでしょう、あぁん?』と声を大にして言ってやりたい気分です。せめてもう少し心身共に強くなり、頭を使った作戦を講じてから、文句も苦言も呈したらどうですか。

 

仮の話をするとしましょう。

例えば、私の親友なら他の方よりも凝った作戦を講じるでしょうし、何より強いです。

空中離脱中に箒を『ほうきくん』なるものに変化させて攻撃したり、実験に実験を重ねた自分なりの攻撃魔法を使ったりといった風に、持ち前の精度の高さを備えた機転の利いた魔法を打ち据えることで私を窮地へと誘います。

彼はそれができる人間です。私の幼馴染はどれだけ負けても私の努力を認め、その数倍の努力で私を負かすメンタルつよつよな魔道士なのですから。

 

「待ちなさいっ!」

「‥‥‥はい?」

 

そんなことを考えつつ、不意にオリバーと1戦を交えたい気分に至りますが今は試験中。ここはしっかりと勝ち残り、勝利も試験合格ももぎ取ってしまいましょう──と、気を引き締め直していると、不意に箒に乗った魔道士さんがこちらを不敵な笑みで見つめていらっしゃる姿が見えました。

威勢よく声を挙げた魔道士さんはいかにも高貴なオーラが漂ってらっしゃいます。いいですね、縦ロール。ロールパンが食べたくなってきました。

 

「漸く2人きりになれたわね、小娘」

「あの、どこかでお会いしました?」

「会ったわよ!学校で!!あんたの卑怯な攻め手でボコボコにされた魔道士よッ!!」

 

はあ、そんな方もいましたっけ。

私の学校での数年は思い返せばオリバーが隣にいて、馬鹿げた発言をしたオリバーを罵倒していた記憶位しかないのですが。

年長さんでしょうか、全く覚えてませんね。

 

「‥‥‥して、その魔道士さんが一体何用で?」

「あら、周りを見て気付かない?この魔術試験は、終盤‥‥‥私とあなたの一騎打ちとなったのよ」

 

なるほど、道理で後方確認も怠ってぺちゃくちゃ喋ってる訳ですね。

私を見て「おーっほっほ」と嘲笑した縦ロールさんは、相も変わらず身振り手振りで私に対して言葉を紡ぎます。

 

「あなたのことは昔から生意気だと思っていたのよ。口の利き方も、振る舞いも、男の子といつも喋ってる姿も、全てにおいて腹立たしかったわ」

「生意気、ですか」

「ええ、本当に生意気。挙句の果てには()()()()()()()()()()と馴れ合って、じゃれあって‥‥‥貴女にはプライドも欠けてるの?」

「プライドですか」

「問いかける必要も無いわね。あなたには無縁のものだったかしら」

 

ふむふむ。

まあ、私の舐め腐った性格に関して物申すまでは良いでしょう。私自身に内在する性格が生意気で腐っていることは他ならぬ私が理解しています。直す気なんて毛頭ありませんが、指摘されるのは致し方がないことです。

それに、私の性格なんてこんな人に好き勝手言われようが構いません。こんな性格でも好きと言ってくれる人はいるのですから、別に変える必要もありませんし。

 

しかし、後者は些か許容し難い一言ですね。

オリバーがダサいだなんてとんでもない。彼は客観的に見ても普通に二枚目ですし、そもそもオリバーの変態的思考の欠片も味わうことのなかったであろう関係性の浅い縦ロールさんには彼を馬鹿にする権利も資格もありません。

碌に見てすらいない人の性格を風の噂や外面だけで推し量り、その人のいない場所で馬鹿にする行為は滑稽を通り越して哀れです。聞いている人にも悪影響しか及ぼさない非建設的な縦ロールさんの行為に、私のフラストレーションはふつふつと滾っていきます。

 

とはいえ、ここは見逃しましょう。私情を持ち込み彼女をギタギタのズタズタにするのは容易いですが、仮にオリバーがここに居たとして、彼はその報復を望むでしょうか。

答えは否です。彼は報復よりも私を困惑させることを快楽とする変態さんです。彼女の暴言など見向きもしないでしょうし、気にも留めません。オリバーは何時でも心優しい変態さんなのです。

 

それに、彼の良さや素晴らしさ、格好良さは他ならぬ私がしっかりと分かっているのですから、ここは心を穏やかにして──

 

「まあ、あなたもあんな落ちこぼれと幼馴染やってるなんて酷よねぇ」

 

‥‥‥和解を。

 

「もしかしてあなたも満更じゃなかったりして。後ろをついてくる落ちこぼれと比較して、快楽を得る気分はさぞ愉快なのでしょうね」

 

あ、無理ですね。

この人間の形をしたクソ野郎とは一生和解できないことを悟りました。

『言いたい奴には言わせておけば良い、そんなことよりもイレイナって本当に可愛いよね!』とはいつぞやのオリバーが言っていた言葉ですが、いくら私でも言わせておいたままにはできない言葉があります。

 

親友の名誉を傷つけられて黙ったままの幼馴染がどこにいましょうか。

何時だって私は、真摯に向き合ってくれている親友には、それと同じくらい真摯に向き合いたいのです。

 

「‥‥‥落ちこぼれですと?」

「ええ落ちこぼれよ。あなたの後ろを子犬のように付いていく自立のできない甘ちゃんじゃない」

「‥‥‥甘ちゃん、ですか」

 

故に、予定は変わりました。

取り敢えずこのクソ野郎はぶっ殺しましょう。

確かに殺す程の魔法を撃ってはいけないとされていますが、()まで殺してはいけないというルールはありませんよね。よって、彼女のメンタルを破壊する位の‥‥‥そうですね、4方向からの魔力の塊で落箒しそうでできないハメ技で軽くボコしてやりましょう。

私は杖を握り、その杖の先を縦ロールさんへと向けます。

握り締めた掌は、常時より震えているような──そんな気がしました。

 

「‥‥‥オリバーを馬鹿にしたことや、この状況下で戯言を吐いていることやら色々言いたいことはありますが、良いんですか?」

「‥‥‥へ」

「私、隙を見せる人の相手は得意なんですよ」

 

瞬間、彼女は右に左に、前から後ろから死なない程度の威力を纏った魔力の塊に次々と打ちつけられます。勝負は箒から落ちることで決しますが、1度これと決めた私が容易くそれを許すはずもありません。

前後左右からの攻撃を立て続けに行い続け、縦ロールさんを攻撃します。

 

「な、何すんのよ!!あんたまた不意打ち──」

 

えい。

 

「ぎゃっ!?も、もう怒ったわよ!!私の一撃を喰らいなさ──」

 

とりゃ。

 

「なっ‥‥‥なに、するの‥‥‥」

 

おりゃ。

 

「も、も‥‥‥ゆる、して‥‥‥」

 

と、1分もしないうちに魔力の塊を立て続けに喰らい続けた縦ロールさんは目尻に涙を溜め、軽く嗚咽を漏らし始めました。

なんですかあなたメンタルよわよわですか。いやしかし、まだまだ続きますよ──と、杖を振るったところで下にいた試験官さんから制止の一声がかけられます、ちくしょう。

 

「す、ストップ!試験は終わり!!」

「え、どうしてですか?」

「その子泣いてる!グロッキーよ!!」

 

と、ここで改めて縦ロールさんの様子をしっかりと見ます。縦ロールさんは目尻に涙を溜めるどころか、ぷかぷか浮かせた箒にしがみつき「下級生マジ怖い」と呟いています。

その様子は完全に戦意を喪失しているようで──ああ、これは納得ですねと軽く頷き、私は下にいる試験官さんに尋ねます。

 

「ということは私の勝ちで良いんですか?」

「うん、あなた合格!念願の魔女見習い!!だから降りてきて!!お願いだからこれ以上攻撃するのやめてあげて!!」

 

と、まあそんな風に言質は取れましたので箒を降下させ、華麗に着地。ニコリと試験官さんに笑みを送ると最後に私は一言。

 

「私、強かったですか?」

「う、うん!つよつよだよ!!だからこれからも健全に!くれぐれも他の子は泣かさないように精進してください!!いや、マジで健全にお願いします!!」

 

そして、「ひっ!」と断末魔のような声を上げた試験官さんは慌てたようにそう言って、私にくれぐれも大人気ない魔法使いにはならないでください的な講釈を行った後に、私を家へと帰したのでした。

 

え、泣かすのは健全じゃない?知りませんね。

私は目標のためならルールの穴すらサーベルで突き刺す賢い魔道士さんなのですよ。

 

 

 

 

 

 

そして、結果発表の日まではなんの緊張感もなく悠々自適に時を過ごしたり、試験中にふと思い立ったオリバーとの対決に身を委ねたりしているとあっという間に結果発表の日がやって来ました。

 

結果として私は桔梗のコサージュを胸につけることとなります。

つまり、合格です。試験官さんの言うことは嘘ではなかったのでした。いやまあ、元より疑ってもいなかったのですけど。

 

そして、その後私を出迎えてくれたのは両親。最年少での合格と、純粋な努力を認めた上での賞賛は存外に嬉しいものであり、そんな両親の言葉に──

 

「はい、ありがとうございます」

 

私は笑顔でそう言って、合格の喜びを噛み締めるのでした。

すると、私の笑顔を見たお父さんが何やらぶつぶつ言い出し泣き始め、お母さんは「あらまぁ」だなんて言いながらお父さんの肩を優しく擦ってあげます。

なんですか、涙腺よわよわですか。まだ私は家出もしませんし、魔女にもなれていないんですよ。泣くの早すぎでしょう。

 

「まだイレイナは家出しませんよ?」

「だ、だって‥‥‥娘の努力が報われたんだぞ!?あんなに頑張って、努力して‥‥‥家も燃やされかけたけど、それでも諦めないで‥‥‥!」

「あの話はタブーよ。イレイナも反省してるから」

 

おぅおぅ、存外に照れるようなことを言ってくれるじゃありませんか。しかし自宅のボヤ騒ぎに関しては言ってやらないでください。

あれは私の中でも1.2位を争う黒歴史です。あれでお母さんにどれだけ怒られ、その後に笑われたことか。

考えるだけで悪寒がします。

 

「で、イレイナ。魔女見習いになった気分はどう?」

「そうですね‥‥‥まあ、夢に近付いたと言うのと‥‥‥確約がありますから」

「確約?」

「はい」

 

私がそう言うと、先程まで涙腺を緩めていたお父さんが不意に顔を強ばらせ、涙を袖で拭った後に私の両肩を掴み、言います。

 

「か、確約というのは‥‥‥まさかオリバー君との事かい‥‥‥!?」

「え。あ、はい」

 

言ってましたっけ。

まあ、別に良いですよね。その通りですから。

 

「オリバーが頑張っているのに私が停滞して、不貞腐れて、遅れてしまう訳にはいきません。私はこれからも自分の夢に向かって前向きに頑張るだけです」

「‥‥‥あ、あぁ」

 

「オリバーに笑われるなんて死んでも嫌ですから」と最後にそう言った私は「ああ、娘が‥‥‥どんどん大人になっていく‥‥‥」なんて言葉と同時にお父さんが崩れ落ちる様を見届けます。

コサージュは私を大人に見せてしまう力も持っていたのでしょう。愕然と膝を落とすお父さんに、成長したという優越感を少し得ることが出来ました。

 

その一方で、このような気持ちになれたのは私や桔梗のコサージュだけの力ではないということも理解しています。

そして、その中には家族の他にもオリバーという人間がいるということもしっかりと分かっています。

彼が存在しなければ、私は試験での手応えの無さに夢へと近付いたという実感や嬉しさに対しての乏しさを感じて荒んでしまっていたのかもしれません。

 

共に魔法の力量を高め合い、同じ道の先にある『確約』に向かって歩んでくれている竹馬の友が、私に限りない幸福感と、実感を与えてくれていたのです。

 

と、ここで私はお母さんがクスリと笑みを浮かべて私自身を見つめていることに気が付きます。

そして、そんな私の視線に気がついたのかお母さんは「ごめんね」と言い、続けました。

 

「イレイナ、気付いてる?」

「え」

「今のあなた、とっても楽しそうな表情してる」

 

お母さんのそんな言葉に自分の表情が異常な位緩んでいることに気が付き、自身の顔をぺたぺたと触ります。そして、その事実に気が付いた私は自身がその表情をしていたことにひどく驚きます。

それでも私は、今までの時間によって構築されたその表情を認め、一言。

 

「当然です」

 

笑顔のままに、両親に向かってそう言ったのでした。

 

 

 

暖かな家庭に生まれ、たくさんの愛情を貰い、ニケの冒険譚に夢を見た少女は、すくすくと成長し魔女になるという夢への階段を順調に歩んでいます。

しかし、途中で少女は1人の少年に出会うことで魔女になることと同じくらいの確約を胸に抱き、更に快調にその階段を上っていくこととなります。

そして、ようやくひとつの区切りに辿り着いた灰髪の少女は山吹色の髪をした少年と共に今後も未来に向かって歩み続けるのです。

 

その少女こそ、未来に向かって足取り軽やかに、されどいずれ来るであろう壁にも負けないという確かな決意と気概を持った()()()()()

14歳になった、私です。

 



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12話 「14歳の、俺だ」

 

 

 

 

 

 

 

『どちゃクソラッキースケベなハーレム生活』なんていう大言壮語にも近い計画性もクソもない夢を持っていた俺は、14年の歳月を経てもその想いを腐らせることなく持ち続けている。

俺だって男の子だ。この世に生まれたからには女の子と仲良くしたいし、勿論公然の場でイチャイチャしたい。当然先の話になるが、結婚だってしたい。

それは転生なんていう奇特な経験をしたこと云々を度外視して、前世の俺が成し得ることのできなかった事をしたいという願望であった。

まあ、つまり1度は亡くなった命。どうせなら一丁派手に2度目の人生を謳歌したいと考えた訳である。

 

そんな中で、俺は偶然にも平和国ロベッタのとある幸せ絶頂の両親の間に生まれ、何の因果か家が近所のヴィクトリカさんと仲良くなった。そして、魔法の才能に目覚めたこと。ヴィクトリカさんに夢の動機は自由で、その動機に貴賎はないということを教えて貰ったこと。そんな経験を経て──俺はとある女の子に出逢い、仲良くなり、約束をした。

 

『確約です』

 

そんな彼女の為に思い立った前夜祭終了後。

平原の草が靡く中で発せられた彼女の言葉に、俺は大きく目を見開いた。いつも先を見て、1人で未来に向かって歩いている印象さえ見受けられる彼女が、そんなことを言ってくれるなんて思っていなかったから。少なくとも、その未来の先で待っていてくれるだなんて、俺は何一つ思っていなかった。

 

そんな女の子が言ってくれた言葉に、泣きたくなるくらい感動したことも覚えている。不意を突かれて、嬉しくて、それでも何かを発言しなければならないと思った時──俺は、いつの間にか「いいよ」だなんて了承の言葉を発していた。

 

不覚にも、心が激しく揺さぶられた。

そして、俺は魔法を真剣に学ぶことに対しての動機を得た。

かつてヴィクトリカさんが言ってくれた、夢や目標に対する動機を持つということ。その動機が、親友との約束の為という強く折れない芯となって、魔法使いを生業とするという新しい目標を強く固めてくれる。

そうなってしまえば、俺の目標は嫌でも固まる。彼女のため、未来のため、確約のため、その他諸々の俺の気持ちを重ね合わせた最高のハッピーエンドに繋がる『やりたいこと』。

 

そう、俺の目標はどちゃクソラッキースケベなハーレム生活を送る他に、もうひとつある。

その目標ってのが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥ん」

 

意識を取り戻して最初に感じたのは、良い香りと頬を擽る何かの感覚だった。どうやら眠ってしまっていたらしい俺は何かにもたれかかって寝ているらしいのだが、意識が覚醒したばかりでありもたれかかったものの正体がまるで分かっていなかった。

ただ、先程感じた良い香りと頬を擽る何か。そして、人肌にでも触れたかのような暖かさが俺の気持ちを安らかにさせ、幸せを感じたのは確かであった。

 

最初はその感覚を雑草か何かと勘違いしていたのだが、雑草がこんな良い香りするわけが無い。

今一度その香りを享受しようと鼻で呼吸をすると、一瞬ビクリともたれかかっていた何かが動いた。

そして、その衝撃により俺はもたれかかったものの正体に気がつくこととなったのだ。

まあ、そもそもの話。今日の朝、こうして意識を取り戻す前に何をしていたのかを考えればすぐに分かる疑問であったのだが。

 

いや、まあそれは置いとこう。それよりも今はこの現状を何とか理解しなければならないんだからな。

 

「うーん‥‥‥」

 

何故俺はイレイナさんの肩に甘えているのだろうか。まだ膝枕すらしてもらってないんだぞいい加減にしろ──と内心で慌てふためいたところで、隣で本を読んでいた彼女が、一言。

 

「さしあたって先ずは、私に言わなければならないことがあると思います」

 

寝ぼけ眼のままイレイナさんを見つめると、彼女はとっても綺麗な表情から織り成す攻撃力マシマシのジト目を向け、そう言い放った。

 

さて。

俺は今、偶然にもイレイナさんの肩を借りてしまっている。そして、その様に痺れを切らしたイレイナさんが俺に言葉を求めている──そんな蠱惑的で魅力的な状況下に置かれている。

その中で俺が言わなければならないことというのは凡そ見当がつくのだが、このまま言いなりってのも気に入らない。何より、今更ごめんなさいしたところでイレイナの怒りが収まらないことくらい分かっている。

故に俺は言った。彼女をおちょくりつつも、今の幸せを表現できるような、そんな言葉を。

 

「おはようイレイナ。肩枕さいこー、いぇー」

「相変わらずの寝坊野郎ですね。起きたなら離れてください変態さん」

「ごめん謝るから。眠かったの、睡魔には勝てなかったの、ごめんなさい」

 

結果、もっとひどい状況下に陥った!

いやしかし、こういう会話ができることこそ本当の幸せであり、友人関係の尊さなんだろうなぁ‥‥‥なんてことを考えながら、俺はイレイナの肩から離れて盛大な欠伸を行う。

肩枕なんて言う最高の状況を手放すのは名残惜しいことこの上なかったが、潔く諦めた。

 

「ふぁ‥‥‥」

「寝不足ですか?」

「そう。本を読んでたら寝不足になっちまってな」

「身長伸びませんよ」

 

不規則な生活習慣に対してのイレイナの意見が胸に突き刺さる。

現段階で両親のおかげもあり、それなりに身長がある俺ではあるのだが、目標である身長には依然として届いていない。目指すは180cmの好青年である。順調に伸びてはいるが、このまま不規則な生活を続けてしまうと目標に届かない可能性もあるのでこの現状は何とかしなければならない。

ううむ。女の子にモテる為には身長は必須だぞ、オリバー少年!顔が半端な分、頭脳と心意気と身長で攻めてかなきゃダメだろうがッ!!

 

「学ぶことが多いのは分かりますし、勤勉さは感心しますが寝不足で集中力を削ってしまえば本末転倒ですよ」

「あいや、ごめん‥‥‥」

「分かってくれれば良いんです」

「今度はイレイナに心配されないように、もう少しバレないような徹夜をするよ」

「全然分かってないじゃないですか」

「一徹くらいへっちゃらさっ」

「本当に分かってねーですね」

 

イレイナの鋭い眼差しが胸を貫通して心の奥にまで突き刺さった。さっきまで優しい声で心配してくれただけあって、その落差はえげつないし、むごい。

ただまあ、自業自得ではあるしイレイナさんの言ってることが間違いない上に、存在が最早可愛いのでムカつくことはない。

むしろ、もっと俺の生活態度を責めてくれ。そして、あわよくば魔女として旅々するまで俺を管理してくれ。どっかのフィフスセクターみたいに。

 

「まあ、その分箒の改造とかできることは広がったぞ。何もマイナスなことばかりではなかったとは‥‥‥思うけど」

「箒の改造ですか」

 

まあ、管理云々の戯言は置いといて。

話題を変えるために提示した箒に関しての話題に興味を示したのか、イレイナが読んでいた本を閉じて、俺の目を見る。

相も変わらず端正な顔立ちに、透き通る位の灰色の髪をしている少女の瑠璃色の瞳は、平時から直視を禁じ得ないのだが、やはりこうして向き合うと改めてこの女の子の可愛さが分かる。

こりゃ、生意気言われても許してしまいますわ‥‥‥なんて言葉を心の中に留め、俺は箒に関しての話題を続ける。

 

「座席を作りたいんだ。出来ればリクライニング式の」

「そこは普通に座るって選択肢はないんですか‥‥‥」

「ふっ‥‥‥俺に普通という選択肢があるとでも?」

「あ、ないですよね」

「そこは否定して欲しかったよ」

 

容赦ない一言にツッコミを入れると「本当のことですから」と前置きしたイレイナが、呆れ混じりの吐息を漏らし、続ける。

 

「やりたいことに対しての努力だけは惜しまないんですね。少しは嫌いなことにも目を向けたらどうですか」

「そういうのじゃなくて、箒に関しては母さんの友達の影響を受けたんだよ。箒にロマンを求めたのはそれがきっかけだ」

「友達‥‥‥と言いますと、魔法を使っている方ですか?」

「そうだね。箒を改造しようと思い立ったきっかけになった人でもある」

「どんな破天荒な人なんですか」

 

とは言われてもなぁ。

どちらかと言えば常識のある人だし、俺みたいな子どもに本をくれるくらい優しいし。筋書きを知っている俺から見たら、『師匠に‥‥‥似てますよね!』と言いたくなる。

本をくれた時も、母さんの指導法を俺から聴き、それを憂いたシーラさんが俺の魔法習熟に一石を投じてくれたっていう経緯があるわけだし、破天荒というよりかは格好いいというか、なんというか。

 

「‥‥‥シーラさん、いず、ごっど」

「何か言いました?」

「なんでもない。それよりも‥‥‥」

 

と、過去に浸ることもそこそこに。

俺は『14歳』となり、魔女見習いの試験を受けたイレイナに対して昨日から伝えたかった言葉を口にするために、イレイナの顔を見る。

 

「試験合格、おめでとうイレイナ」

 

そして、そんな一言を述べると少しだけ驚いたように目を見開くイレイナさん。しかしそれも束の間、驚きの表情を喜びの表情へと変化させると、彼女は言葉を返そうと口を開いた。

 

「ありがとうございます。オリバーにそう言って貰えると幾ら歯応えのない試験だったとしても嬉しいものですね」

「ええ‥‥‥そんなに?」

「オリバーと戦っていた方が歯応えがありました」

「え‥‥‥それは、俺が強いってことなのかな」

「おや、戯言が聞こえましたね。カラスの仕業でしょうか」

「新手の嫌がらせですか?」

 

歯が浮くような台詞を言ったのはイレイナだっていうのに、これまた厳しい発言である。飴と鞭というのはこういうことを言うのだろうか。

ほんと、いちいち俺を興奮させるのやめて欲しい。

 

「とにかく、俺はイレイナが魔女見習いになれて嬉しいよ。なんなら可能な限りなんでも言うこと聞いてあげたい気分だ」

「あ、それならパン買ってください」

「ふっ‥‥‥言ったろ、イレイナ。可能な限りだって」

「またお小遣い没収されたんですか」

「え、だって間違えて洗濯物破壊しちゃったから」

「あ、国1番のお馬鹿さんでしたねこの人。いつになったらその間違いとやらを学習するんですか」

 

え、いつになったら学習するか?

知らない。多分イレイナさんが怒ってくれなくなるまでは続くんじゃないかな。だって激おこのイレイナさん可愛いし、天使だし、神がかってるし。

 

と、まぁ。

またしても妄言と戯言のハッピーセットを脳内に繰り広げてしまった俺ではあるのだが、そんなことをしていても時は流れていく。当たり前のことだ。どんなことをしていたとしても人はひとつの物事に夢中になっていれば時間が早く過ぎていく錯覚を得る。

それはイレイナも例外でなく、自分の腹の中に飼っている獣が鳴き始めることで一定の時間が経過していたことに初めて気が付き、それと同時に己の頬を赤らめ、俺を睨みつける。

やだもー!イレイナさんの赤面かっわいぃー!!

 

「‥‥‥そろそろ帰ろっか、腹の中の獣が鳴き始めたイレイナさんや」

「耳にベルでも詰まってるんですか」

「誤魔化そうとしてもイレイナさん弄りは続きます」

「‥‥‥オリバーもお腹くらい鳴らすでしょう」

「や、大丈夫。俺は全然──」

 

その瞬間、腹から出るであろう情けない『ぐぅぅぅ』という音が俺の鼓膜に響き渡る。

『あ゛』と内心で唖然とするのも束の間、最早脊髄反射にも近いレベルの速さで隣を見ると、そこには『おやおや、随分と可愛らしい音ですねえ』とでも言いたげな嫌らしい笑みを見せ、こちらを見るイレイナさん。対して、特大ブーメランを投じてしまった故か尋常ではない程頬が熱くなる俺。

食べ盛りの男の子はカレーが1杯のドリンクレベルであるのは間違いない。それに加えて魔力を使っているもんだから腹なんてすぐにペコペコになる。俺とてそれは例外ではなかったのだ。

畜生、何故俺は自分の状況を顧みずにイレイナの可愛さに負けてお腹の音を煽っちまったんだァ‥‥‥!!

 

「さて、そうだな‥‥‥そろそろ帰ろうかな」

「そですね。ところでオリバー」

「‥‥‥なにかな」

「情けない音でしたね」

「許して‥‥‥許してくれよぅ‥‥‥」

 

イレイナは可愛いから日頃から罵倒されても気にならないけど、こういう特大ブーメランを投げた時の羞恥はまた違うのだ。

顔の火照りがさっきから止まらない『よわよわ魔道士』となった俺は顔面を両手で覆い、項垂れる。

「自業自得ですね」というイレイナの声が、やけに弾んでいるように感じた。

ちくせう、この屈辱はいつか何らかの形で晴らしてみせようではないか──なんて何処ぞの小悪党的な考えを寄せつつ気を取り直すと、イレイナが「そういえば」と続ける。

 

「可能な限りでなんでも言うことを聞くという件ですが」

「ああ、それは嘘じゃない。なんだ、何かして欲しいことでもあるのか‥‥‥あ、もしかしてサプライズ──」

「違います。というか、サプライズやることを予告してどうするんですか」

 

それもそうだ。

それじゃサプライズじゃなくて宴会の約束である。まあここはもう一丁気張って『イレイナさん魔女見習い合格おめでとうパーティ』をするのも吝かではないのだが、どうやら彼女はそんな事を求めている訳でもないらしく「そもそもオリバー主催のパーティはお腹いっぱいです」とふくれっ面で拗ね顔を見せた。

母娘揃って拗ねた顔がそっくりなのはご愛嬌である。

 

「ははっ、まあそこは軽いお祝いということで。何かリクエストがあるなら言ってくれ」

「そうですね‥‥‥なら」

 

兎にも角にも聞かなければ何でもしてあげたいもクソもない。可能な限りという保険を付けた上で、俺がそう尋ねると顎に人差し指を添えたイレイナが、空を見上げながら熟考する。

そして、何かを思い出したのように「あ」と声を上げた彼女は、容姿端麗なその顔を笑みに染めて一言。

 

「箒に乗りたいです」

 

何言ってんすか、と思わずお株を奪いたくなる一言を言いそうになる言葉を発したのだった。

や、イレイナさん箒乗れてるじゃないですか。これはこの前たまたま落箒した俺に対する嫌味っすかそうっすか──なんて考えている間にもイレイナは続ける。

 

「以前、箒に乗りながら勉強したことを覚えていますか?」

「そりゃあ、まあ。確か9歳の時だよな。確か2人乗りで問題出してもらって」

「はい、あれと同じように飛んで頂ければ」

「えっ、それはつまり‥‥‥」

 

もしやそれは‥‥‥デートのお誘いですかお嬢さん!

ウッヒョーイレイナさんとのデートサイコォー!!と内心で小躍りしながらイレイナの言葉の続きを待つと、ニコリと笑ってみせたイレイナさん。

その笑顔に予想の的中を信じて止まなかった俺は幸せの絶頂の中でイレイナさんの言葉を待ち──

 

「はい、パシリです」

「思ってたのと違う!?」

「魔力のコストカットにもなります」

「予想の斜め上過ぎるよ!!」

 

見事、地に投げ落とされました。

はい、なんとなーく分かってましたよこんなことになるくらい。そもそも14歳魔女見習いのイレイナさんの頭の中に『ラブラブイチャイチャ』なんて概念すらあるのかも疑わしい状況下でデートなんてものを期待した俺が馬鹿だったのだろうよ。

だって、今のイレイナさんは魔法と夢である旅が恋人みたいもんだしな。けど、そうじゃなきゃイレイナじゃない。

何処までも真っ直ぐに夢に向かって突っ走る、そんな直向きな物語の主人公に、過去の俺も今の俺も魅せられてきたんだ。

 

「‥‥‥はっ」

 

勿論それ以外にだって魅せられているけどな。優しさ、可愛さ、ツンにデレ。その他の沢山の要素にイレイナさんの真髄が詰まっており、その要素俺の心を撃ち抜く。

そして、そんな女の子のお願いとあらばできる限り聞いてあげたいという馬鹿野郎(転生者)が1人、この場所で心を悶えさせているわけなのだが。

その男とは一体誰だろうか。

 

「‥‥‥分かったよ、試験合格のお祝いだからな。その代わり行きたいところは決めとけよ」

「え、オリバーの魔力が尽きるまでです」

「さりげなく馬車馬の如く働かそうとするのやめてくれない!?まあ許すけど!!イレイナさんの頼みとあらば枯渇寸前まで飛んであげるけど!!」

「‥‥‥ありがとうございます、オリバー」

「しかたないなぁ!でへへ!」

 

答えはそう、俺だ。

名言を野郎の声で汚してんのも、悲しいことに1()4()()()俺なのである。

 

 

 

 



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13話 「魔法統括協会」

あのぅ、魔女の旅々の作品内でドロシーちゃんっていう14歳の女の子がいるんですけど(当作品内では現在10歳前後)‥‥‥合法ですかね?

※感想、誤字報告、ありがとうございます。
少しずつではありますが返信、反映させて頂きます。



 

 

 

 

「‥‥‥男っていうのはさ、可愛い女の子にお願いされたら断れない生き物なんだ」

「は、何言ってんスか」

「それも、普段から優しくしてくれる女の子のお願いに限って『断る』って選択肢をどうしても無くしてしまう。それが男の子っていうチョロインの生き方なんだなって、俺は思うよ‥‥‥はぁ、イレイナさんは最高にキュートだな」

「いやだから何言ってんスか」

 

イレイナさんにパシリ、もとい魔力コストカットを命じられてから、俺はいずれ来るその日に向けて箒のメンテナンスを欠かすことなく行っていた。

 

それは安全確保のため、イレイナさんのため、そして何より俺のために必要な予防策。原作にも書いてあったのだが箒というものは非常に繊細なものであり、少しの亀裂でも入ってしまえばその操縦を困難としてしまう代物である。仮にヒビが入っていたり穂先が枝分かれでもしたもんなら大変、箒は操縦が効かなくなり、どれだけ魔力を注いでも暴れまくり、箒から落ちてしまうのだ。

その絶対的なルールを忘れていた4.5年前の俺は悲惨も悲惨。メンテナンスもなにもしていなかったマイ箒はロデオマシーンのように暴れまくって俺を振り落とした挙句、森林に飛び込んでいったのだ。

あの時は、ほんと死ぬかと思ったし、お前は騎手を振り落とすゲート難の暴れ馬かと言いたくなったぞ。

 

因みにあの時の出来事を振り落とした張本人に聞いてみたら『気分が乗らなかったからウェイね‥‥‥』とか言われた。

自業自得だったウェイね。

 

何はともあれ。

そんな過去を確かに覚えている俺にとっては、箒のメンテナンスとメンタルケアは大切なことであると言える。間違えてイレイナを振り落としたりしたものなら、彼女の両親に会わせる顔がない。故に、俺は今日も箒を飛ばした後に、外で風の揺らぎを感じながら箒のメンテナンスを満遍なく行い、帰宅しながら毎日恒例の『ほうきくんメンタルカウンセリング』に勤しむのであった──

 

 

 

 

「というわけでほうきくん、キミに聴きたい。仮に改造するなら暴走族系か、フリフリ系‥‥‥どっち?」

「いや改造しないって選択肢ないんスか」

「ないぞ」

「ウェイ!?」

 

隣を歩く少年──俺と瓜二つの顔に、これまた白のシャツ、黒のコートにウールのパンツ。そんな特徴的な姿をした少年が俺に対して軽口を叩くと、ジト目を向ける。その様はまるで鏡を見ているようであり、今も慣れることはない。髪色は山吹色の反対色とされている空色。空の青さに溶けてしまいそうな髪色の由来は恐らく12歳の時に何処かの誰かさんにプレゼントされたものに括りつけてあったリボンを再利用して箒に括りつけたからであろう。スカイブルーとも呼べるリボンと同じ髪色が、その少年の透明感を際立たせていた。

 

何を隠そう。この少年こそ俺の愛馬ならぬ愛箒、ほうきくんである。

原作でイレイナが行っていたほうきさん作成に倣って色々試行錯誤したらこんな感じの後輩系ほうきくんが出来たわけだ。結構言うこと言うタイプなのは驚いたが、お陰様で箒のメンテナンスはかなり捗っている。物との対話を行うことで『何処か見えない異変がないか』を確かめるにはこの方法が手っ取り早いからな。異変をちょくちょく遠慮しないで話してくれるほうきくんの性格は、結構助かってる。

まあ、今行っているのはメンタルカウンセリングってよりかは雑談なんだけどね!

 

「大丈夫、優しくするから。俺、これでも改造系得意なんだよ」

「聞いてないっす」

「優しくするから」

「血も涙もない持ち主に涙が止まらない」

「黙れゴスロリ系にするぞ」

「いっそ一思いに殺してください」

 

つーかそれ、ご主人もキツイんじゃないすか?と言ってため息を吐くほうきくん。

まあ‥‥‥うん、キツいわ。いっそイレイナにそういう系統の衣装持ってってぶん殴られる方がまだマシだわな。あー、ドレス姿のイレイナさんはさぞ眼福なんだろうなー、イレイナしか勝たんなーと考えているとほうきくんが今度はゴミでも見るような視線で俺を見る。

やめい、そういう目を許可しているのは後にも先にもイレイナだけだ。お主のゴミを見るような目付きなど望んどらん。

 

「変態っすねえ‥‥‥ほんと、変態っすねぇ‥‥‥」

「心読むなって」

「それはともかく、あの人のこと好きなんすか?」

 

続けて、そう言うほうきくん。

心を読むのはやめて欲しいのだが何も間違っていることを言っているわけではないのが憎たらしい。

そうさ、俺はイレイナが大好きさ。どれくらいかって言うと今すぐネット通販で買った特装版をこっちの世界にお取り寄せしたい位にはな。

ただ、本音をズラズラと並べる訳にもいかない。言っても『‥‥‥という夢を見たんすね、おめでたいっすね』って言われるのが関の山だからな。

 

「‥‥‥まあ、人としてな。尊敬するとこ多いから」

「お小遣い大好きっすよね。家計簿任せたら多分1等賞」

「おいおい世界一を付けろよクソ箒。それと、可愛さも世界レベルだから。これテストに出るからな」

「どんなテストっすか、やっぱこの人変態だわ」

 

つーか世界『レベル』なんスね。とほうきくんは呟き、ため息を続けて吐く。

世界にはまだ俺も知らないような人がいる可能性だってあるからな。そして、可愛さの基準は人それぞれであり、例え俺にとってのイレイナさんがナンバーワンだったとしても、世界の全てがそれを常識とする道理はない。

まあ、仮に俺の目の前でイレイナさんを馬鹿にするような事を言うような奴がいたら、そいつに俺の全知識と経験を以てして彼女の可愛さを伝えるエバンジェリストとして彼女の素晴らしさをとことん教えてやろうとは思うが。

イレイナさんはどちゃクソ可愛い、それは俺にとって事実なんだからな。その可愛さを少しでも伝えられるのなら、俺は喜んで鬼にでも悪魔にでもなってやるさ。わっはっは!

 

「幼馴染さんのこと考えてるッスね」

「ねえほんと人の心読むのやめてよね。ほうきくんは感覚器官が発達しすぎ、少しは自重しろよ」

「いや、アンタが分かりやすいんスよ。イレイナさんのこと考えてる時は顔がふにゃーってなるんスけど、ほかの人のこと考えている時はほわーって感じで」

「どっちも同じじゃないか!なんだお前!そんなにゴスロリ系にカスタマイズされてーのか!?それともキャピキャピ系か!?」

「どれも嫌ッスよ!!つーか、なんすかキャピキャピ系って!!」

 

イレイナが見たらクソ漫才さんとか言われそうな冗談の言い合いをほうきくんと繰り広げながら、ようやっと自宅へと辿り着いた俺は、ドアを開く。するとそこに置いてあったのは既に見慣れた黒のハイヒールローファー。

その時点で俺は誰が来たのかということを理解した。それはほうきくんも同じだったようで、さっきから「うぇーい!」って言いながら小躍りしてる。

どうやら思うところは同じらしい。しかし、俺とて立派な14歳。これしきのことでウェイウェイ小躍りするわけには──うぇーい!シーラさん来てくれて嬉しいウェイねー!!

 

「よ」

 

と、まあ。

冗談もそこそこにリビングまで辿り着くと、そこにはやはりシーラさんがいて、これまた当然のように椅子に座っていた。母さんは買い物だろうか、客人をそのままにするだなんて、失礼な母さんである。

このままではシーラさんがあまりにも不憫。

よって、ここは俺が1発、慣れ親しんだ応接スキルを駆使して客人であり色々良くしてくれている恩人に最大限のもてなしを行おうではないか。普段からシーラさんには世話になってるしな。これしきのこと、容易いものだ。

片手を上げて挨拶をしてくれたシーラさんに会釈と笑顔で返すと、依然として小躍りしているほうきくんを一瞥し、指示を飛ばす。

 

「ほうきくん、シーラさんがお出迎えだ。俺がコーヒーを用意するのでお茶菓子を用意して差し上げろ」

「了解っス!」

「つまりパシリだ、逝ってこい」

「分かってたっスけど聞きたくなかったっス。言わないでくれっス」

「はよ」

 

指示に対して「っりーわ‥‥‥」と文句を言うほうきくんであったが、どうやらシーラさんのことになると話は別らしい。小躍りしながら台所へと向かい、母さんが至福の時を得るために取っておいたのであろうクッキーを棚から盗むと、机にまでそれを運ぶ。

その一連の動作は、パシリのプロ。ほうきくんに仕込んだ100ある内のスキルのひとつが、ここで炸裂したのだった。

あ、100の下りはジョークな。そこまで教えてないし、俺に似て馬鹿だから多分そこまで覚えられない。

 

「持ち物の性格は飼い主に似る‥‥‥か。ちっ、どうせならほうきさんみたいな可愛い女の子が良かったぜ」

「オリバー、お前何やってんの?」

「え、何って‥‥‥コーヒーの用意?」

「そっちじゃねえよ」

 

ノンノン。

皆まで言うなよシーラさん。シーラさんが何を言いたいかくらい俺にも分かるさ‥‥‥そう、ほうきくんの話だよな。多分そうだ、絶対そうだ。そうじゃなきゃ泣く。

 

「あいや、1年前に箒を改造したいって話をしたじゃないですか」

「ああ、言ってたな。背もたれ壊して頭から血出したんだっけか」

「‥‥‥その事故に関しては置いといて。その時に考えてみたんですよ。箒権について」

「箒権?」

「そうです。失敗に失敗を重ねた後に、ふと思い立ったんです。先ずは俺がほうきくんの意見を聞くべきかな〜と思いまして」

「その前に箒権ってなんだ?」

 

人権的な。

あいや、そんなことよりも。

 

「擬人化とかロマンですよね!」

「ロマンの方向性間違えてね?」

 

俺がそう言って握り拳を作ると、シーラさんは即答でツッコミを入れてみせる。

成程、この人の下で育てられたのがシスコンウィッチのミナ氏にイレイナさん限定暴走特急黒髪魔法少女サヤ氏なのか‥‥‥散々ツッコミ入れたんだろうなぁ、大変だったろうなぁ──なんて考えながら、コーヒーを淹れ、シーラさんの元へと送る。

「サンキュ」という声が、俺の耳に届いた。

 

「そういう支離滅裂で滅茶苦茶なとこ、やっぱりセンセに似てんな」

 

育ちって影響するんだなぁ‥‥‥と、遠い目で見るシーラさん。俺は前世持ちということもあり、そういうことはまるで考えてもいなかったのだが、やはり息子であるため遺伝子レベルで似ているところが幾つかあるのだろう。随分前もヴィクトリカさんに母さんと似ているところがあると言われたし。

今更それを直す気はないが、立場が立場なだけに何か変な気分だ。

 

「俺は全く意識したことないんですけど、やっぱ似てますか」

「ああ、色々な。あたしもあのセンセには苦労させられた。現に今のお前にもそれなりに手を焼いている‥‥‥ま、苦痛じゃねえけど」

「あは、それはありがとうございます」

「おう」

 

親子2代で苦労させてしまっていることに罪悪感を抱かないと言えば嘘になるが、嬉しくない訳では無い。

決して俺の努力の成果ではないこの状況。恐らく俺が生まれる前に、色々頑張ったのであろう母さんと、そんな母さんとの付き合いの延長線上で俺に良くしてくれているシーラさんに感謝をしつつ、俺はカップに注いだコーヒーを啜った。

苦い筈のコーヒーが、少しだけ甘く感じた。

 

 

 

 

 

 

「それはそうと、オリバー。お前魔法使いになるとして、何をするつもりなんだ?」

 

尚も、ほうきくんが持ってきてくれたお茶菓子をつまみながらシーラさんと取り留めのない話を繰り広げていると、不意にシーラさんがそのような真面目な話を行い、俺に視線を送る。その言葉に思わず心音を跳ね上げた俺は、シーラさんとは違う明後日の方向に視線を向けた。

 

「あいや‥‥‥進路ですか」

 

俺がシーラさんに「魔法使いになりたいッス!」と大言壮語を吐いたのは、今からそう遠くはないとある日のことであった。相変わらずの飄々した表情で様々な話をしてくれる彼女に対して放った一言は図らずも彼女の表情を笑みに染めたようで、「そうかそうか」と言ったシーラさんは、俺の頭をポンポンと叩き、嬉しそうにはにかんだ。

その後、何故か俺から目を逸らし、片手で目を覆っていたのだが、それは置いておくこととする。

 

まあ、そんなこともあってか彼女は俺が将来魔法を生かした職業に就こうとしていることを知っている。そして、その類の本を貸してくれたり、実際にその本に記述されている魔法を発動してみせてくれたりと、多くの親切も与えてくれている。

故に、進路が決まった暁には真っ先にシーラさんに報告しようと考えている俺ではあるのだが。

 

「それはまあ、具体的には決めてないですけど」

 

こんなことを聞かされている時点で、俺の進路状況はお察しと言えるだろう。

そう、俺は魔女になり世界各地を旅するという明確な目標を持ったイレイナとは正反対に、未だに進路を決めかねていた。

様々な状況や条件が重なり合って発生した事故とも言えるものでもある。色々なものを叶えたいと思った結果、どの仕事もなんとなく「これじゃない」と思ってしまうようになってしまったのだ。

いや、俺は仕事を決めかねているニート予備軍かよぅ──と内心でツッコミを入れていると、コーヒーを啜ったシーラさんが続ける。

 

「将来魔法使いになんなら、何をするか位はちゃんと決めとけ。お前1回進路で追加の2者面談くらったんだろ」

「あいや、それは。あれですよ、大器晩成的な」

「そんなこと言う奴に限って小さい器すらも大成しないまま終わんだよ。良いからちゃんと進路は決めろ、なまじ魔法の土台はしっかりしてんだから」

「‥‥‥へい」

 

シーラさんの言っていることは尤もだ。折角魔法に関する能力はあるのだからそれを活かして何らかの行動は起こさなきゃならん。

何より、俺には確約がある。その先の未来に向けて歩みを寄せるためにも、俺は魔法と繋がりを持たなければいけない。

そして、それを俺自身が望んでいるんだ。

だから苦難があっても、乗り越えてみせる。今がまさに、一足早い正念場だ。ここで踏ん張って、俺の目指すものに向けて一直線!

未来を考えれば、今の悩みなんて可愛いもんだ。

 

「見ててください、シーラさん。俺はやったりますよ。そして、シーラさんに飯を奢るんだ!」

「や、それはいいっつったろ」

「や、ほんと給料の範囲内でお願いしますよ」

「この下り何回やってんだよ」

「ちべたい‥‥‥」

 

熱が入り、それと同時に思いの丈を叫ぶ俺に対して冷静にツッコミを入れるシーラさん。まるで馬鹿の相手に慣れているようなその対応は、もう既に俺のようなお馬鹿さんの対応を知っているかのよう。

きっと、その内弟子になるであろうサヤさんやミナさんの異常的な発言にも、こんな感じでツッコミを入れてたんだろうなぁ‥‥‥なんて思いつつ、俺は母さんの帰りを今か今かと待ち侘びていた。

しかし、まるで母さんが帰ってくる気配はない。

おのれ、もしや母さん逃亡か。

シーラさん目の前にして逃亡したんか。

生みの親に対してこういうことを言うのもなんだが、シバくぞ。お尻ペンペンの恨みもあるし、ここは一丁気張ってシバいたろうか?

 

「あの、シーラさん」

「ん?」

「ちょっと様子見に行ってきますね。母さん、なかなか帰ってこないんで」

 

やがて、待ちきれなくなった俺は、「え、仕事っすか。っりーわ‥‥‥そんなことより俺の仲間作ってくれっス」なんてほざいてるほうきくんの姿を強制的に箒にして、玄関へと向かおうと立ち上がる。

しかし、その動きはシーラさんの「あー、待て」という言葉によって止められた。

片手で俺を制したシーラさん。その姿は、今までの和やかな雰囲気とは違い、何処か真剣さを孕んだような様子であった。

え、なに。もしかして俺、怒られちゃう系ですか?

 

「実は今日はな、センセにサシでお前と話をして貰えるように頼んだんだよ」

「サシ、すか?」

 

どうやらそういうことでもなかったらしい。

コーヒーを片手に話を続けるシーラさん。その真摯な表情を視線で捉えると、彼女は俺を見つめたまま続ける。

 

「ああ、未だに進路を決めかねていることは今日の話でハッキリ分かった。その上で、お前にとある提案をしようと思ってな」

「進路のこと‥‥‥すか」

 

そんなシーラさんが「まあ、座れよ」と促したので、俺は大人しく席に着く。ついでに箒もほうきくんに戻した。「やったー中止だー!」ってほざいたほうきくんの頭は取り敢えずシバいて、俺はシーラさんに尋ねる。

 

「して、提案とは?」

 

俺がその提案とやらについて尋ねると、ここで1拍間を置いた後、片手で少し頭をかいたシーラさん。はて、どうかしたのだろうかとシーラさんの目を覗き込むと、それに呼応した彼女が嘆息を漏らした後に続けて──

 

「まあ、提案っていうよりかは勧誘だ。オリバー、お前魔法統括協会に興味無いか?」

「──え?」

 

その一言に対して、俺は思わずシーラさんの言葉に聞き返すことで反応してしまった。質問を質問で返すなとは、どこかの誰かが言っていたことと記憶しているが、今回ばかりはそれも仕方ないと彼女のあまりに唐突であり、驚くべき発言を咀嚼し、心をざわつかせる。

数秒前には考えてすらいなかったシーラさんのシーラさんによる魔法統括協会勧誘の打診。掛かってしまった心を無理矢理冷静にさせ、俺は取り敢えずシーラさんの質問に答える。

 

「えっと‥‥‥それは、あれですよね、魔法で悪いヤツを捕まえたりとか依頼を解決したりとか」

「まあ、そうだな。それ以外にも魔法関連のトラブル、事務処理とか任務とか魔法に関する事件を色々手広く扱ってる協会なんだが、お前興味あるか?」

「‥‥‥いやいや、興味だけで入れる仕事じゃないでしょ。あそこ、確かエージェント契約の方式を採用してましたよね」

 

エージェント。

それはこの世界のことを知っていても知らなくても1度は聞いたことのある言葉。組織に所属することで自分の名前を組織に預け、組織がその人に仕事を紹介する。

魔法統括協会の場合は、予めその組織に名前を登録し、組織が登録した魔法使いに仕事を割り振ったり、仕事が欲しいと言う魔女、魔道士に仕事を紹介する。そして、その仕事を得た魔法使いが報酬の何割かを組織に渡し、勿論自分も報酬を貰うことでウィン・ウィンの関係を保つ、それが魔法統括協会のエージェント契約方式である。

 

まあ、自由度は高いと思う。スケジュールなんかも各々の金銭状況やら、体調などを考えて管理することができるし、何よりそれは原作のサヤさんを見ていれば分かる。

欲しい時に仕事を斡旋してもらい、その依頼を達成。貰ったお金で旅々したり、プレゼントを買ったり。それはまあ、愉快な暮らしだと言えるだろう。事実、彼女は旅や依頼をこなしつつ、己のイレイナさん欲求を適度に満たすことができていたからな。

 

まあ勿論、誰しもがこういった形で契約できる訳では無い。サヤさんは、()()()()。実力があり、肩書きもある。そんな彼女だからこそ斡旋してもらえる仕事の範囲も広くなる。だから仕事に困らない。むしろ『炭の魔女』なんて肩書きのせいで引く手数多である。

 

片や俺。実力に不安が残る。肩書きは魔道士。斡旋してもらえる仕事は当然少なくなるだろう。そもそも魔法統括協会に名前を登録できるかも分からない。

実力も肩書きもない男の魔道士を送り込んで依頼を失敗してみろ。それは魔法統括協会の名前に泥を塗ることであり、そのリスクは協会側も避けたい筈だ。

故に、審査も厳しくなるのは明白。その登録の審査を俺が通過できるだろうかと問われれば、答えは些か厳しいというのが実情だろう。

 

「俺、大して実力ないんですよ。依頼だって、ぶち壊しにしてしまうかもしれません」

「残念だがあたしは見たものしか信じない。だからお前が何言おうが関係ないし、何より好きで誘ってんだ」

「‥‥‥」

「勿論、タダじゃない。両親の許可だって必要だし、試験も必要だ。しかし、お前なら──と思ってあたしは打診している。そこに関してお前があーだこーだ言う必要はないと思うんだけどな」

「‥‥‥誘われるレベルにすらないって話ですよ」

 

俺だって、魔法は使える。言わせてもらうなら自衛くらい楽勝にできるし、なんならイレイナと対戦しても3回に1回は勝ってる。

魔法の勉強だってやっている。イレイナと一緒に勉強してきたんだ。それなりの知識はある。

それでも、結局は()()()()だ。俺よりも強く、賢い魔法使いはこの世界にごまんといる。その世界の、更に腕利きが集まるであろう魔法統括協会のエージェントに入るなど、考えるだけで怖気付いてしまう。

 

「俺は強くない。きっと、今シーラさんの提案に乗って奇跡的に受かったとしても、迷惑ばかりかける羽目になります。だから無理です」

 

そんな臆病で、実力のない俺から発せられた言葉は普段らしからぬ語調で発せられた一言であるということを、自分自身が分かっていた。弱々しく、覇気もない。自信のなさというものが透けて見えるその一言は、恐らく聞いている側からしたらたまったものではないだろう。「え、急にどしたん‥‥‥」と対応に苦心すること間違いなしである。

 

しかし、シーラさんは違った。

「ふむ」と相槌を打つと、1度真顔を綻ばせる。どちらかと言えば苦笑にも近い笑みではあったが、それでも今の俺にはありがたかった。

 

「‥‥‥まあ分かっちゃいたけど、やっぱお前謙虚だよな。何か理由でもあんのか?」

「理由っていうか‥‥‥見てきましたから、才能に溢れた魔女見習いに、魔女のセンセを」

 

尋ねてくるシーラさんに対して、俺はうつむき加減にそう答える。

嘘はついていない。事実、俺は自身の持ち得る能力や知識を遥かに超える人達の軌跡を識っており、そういった人達の能力には遠く及ばないということを知っている。

俺がオリバーというオリキャラとしてこの世界に生を受けた後もその考えは変わらない。何せ、今の俺には魔法の才能に満ち溢れ、且つ努力を怠らないかっこかわいい幼馴染がいるから。

 

「そんな人達に比べたら、俺なんてとても。それこそ他の人に任せた方がまだマシかと」

 

勿論、魔法統括協会という職業に関しての憧れはある。あの可愛く、それでいてカッコイイところもあるサヤさんやミナさん、何より目の前にいるカッコイイの塊である姉貴分、シーラのおねーさんがいる職場だ。『転生したらアムネシアだった件』を執筆していた俺も1度は夢見た展開。そんな展開に至ることのできるチャンスが、俺の目の前には広がっている。

純粋な気持ちで言えば、折角のチャンスだ。受けてみたいし、挑戦したい。魔法統括協会のエージェントとして働いてもみたいし、後にエージェントになるサヤさんやミナさんとお話したい。

何より、この職に就くことが出来ればイレイナとの確約が守られる。『魔法の道を歩み、再会する』という確約を、職務を全うしながら依頼先で偶然会うというやり方で、彼女と再会することができるのだ。

やりたいかやりたくないかで言えば、そんなのやりたいに決まってる。元魔女旅オタクで、現イレイナさんの幼馴染の立場なら尚更だ。

 

ただ、その憧れを不用意に追い求める鵜の真似をする烏のようにはなりたくなかった。その願いを叶えるためには実力や知識、というものが足りない。

たった、それだけの話なのだ。

 

「‥‥‥だから、確かめても無駄です」

 

己の実力不足で迷惑も、失望もさせたくなかった俺はそう言ってシーラさんの言葉に拒否の姿勢を取った。

そんな言葉と姿勢に、またしても「ふむ」と一言呟くシーラさん。思えば自分ばかり話して、愚痴の押し付けみたいになってしまったな‥‥‥なんて思いながら、俯き加減を戻して前を向く。

すると、目の前のシーラさんが椅子にもたれかかった流れで真上を見つめ、小さくため息を吐いた。その一連の流れに『つまらない話をしてしまったか』と思い謝罪の言葉を口にしようとすると、さも何もなかったかのように自然と、それでも俺の謝罪を遮るかのようなタイミングで、シーラさんが言う。

 

「確かめるに値しない奴のレベルをわざわざこんな遠くまで来て『見てやる』だなんて間違っても言わねえよ」

「え」

「弟分に思っている奴のことを何も聞いてないと思ってんのか。お前、ちゃんと魔法を扱えてるだろ。知識だって毎回押し売りで渡した本を熱心に読んでるってお前の両親から聞いてるぜ?」

「そりゃそうですけど。世界は広いんです。世の中には強く賢い魔女も才能豊かな魔女見習いも沢山います。その枠組みの中じゃ、俺は‥‥‥」

 

埋もれてしまうでしょう。

そう言おうとした途端、またしてもシーラさんの片手が俺の言葉を遮る。しかし、今回に限ってはその手が織り成す雰囲気がまた違う。真上から俺へと視線を戻したシーラさんの表情は、なんとなくではあるが失言を咎めるような、そんな雰囲気を醸し出していたのだ。

 

「聞け、オリバー。自己評価と他者評価はまた違う。お前にはそのレベルに達していないと思っていても、他人には達しているように見えることだってある。その逆もまた然りだ」

 

「不安定でどうしようもないものなんだよ、評価ってのはさ」とシーラさんは続け、煙管を咥えようとして──やめた。

どうやらこんな真面目な話の中でも、俺の健康を労わってくれているらしい。しかし、今のこの状況でシーラさんが煙草を我慢する必要もないだろうと考えた俺は、シーラさんに一言。

 

「もう俺14ですし、煙草くらい良いですよ」

「‥‥‥マジで?」

「吸ってあげてくださいな」

 

イレイナと後で会う予定もないので、煙草の香りなら気にしなくても大丈夫な俺。シーラさんと煙草は切っても切り離せぬ関係であることを理解していることもあり、シーラさんの一連の行動を咎めることはなかった。

しかし、まだ思うところがあるのか取り出した煙草とライターを懐にしまってしまったシーラさん。恐らく理性と欲望の狭間で立ち往生しているのであろう。苦悩が垣間見える苦い表情は、何処か俺の健康を考えていてくれているようで、ぶっちゃけ嬉しくなったのはここだけの話である。

 

「‥‥‥いや、ダメだ。お前に煙草はまだ早い」

「俺が吸うわけでもないでしょうに」

「馬鹿お前副流煙舐めんな。あたしがお前に煙を吸わせんのはせめて15を越えてからだ。そうしたらお前の提案に乗ってやらなくもない」

「えぇ‥‥‥」

 

お陰様で俺の肺が健康ではあるのは確かなのだが、このままではシーラさんの精神環境が毒されてしまうだろう。煙草を我慢するのは健康的には良いだろうが、それによってストレスが体内でフル回転してしまえばそれはそれで大変。

まあ、一種のジレンマっすよね‥‥‥なんて考えつつシーラさんの話の続きを聞こうと彼女の目を見る。

すると、彼女はそれに応えるように俺の目を見据えた。かつて原作で見た真面目なシーラさんのように、カッコよく、鋭い眼差しで。

 

「‥‥‥とにかく、お前はその身勝手な自己評価で何かを決めようとする悪癖を直さなきゃいけない。何より、あたしが言ってんのは『できるのかどうか』じゃない。『したいかどうか』なんだよ」

「つまり、どういうことですか」

「勝手な自己評価お疲れさんってことだ。お前の自己卑下を聞きにここに来た訳でもなし、何よりあたしがお前に問うてるのは『やりたいかどうか』なんだ。人生経験の浅いお前のお前によるお前のための評価なんて聞いちゃいねえよ」

 

ピシャリと言われたその言葉に、俺は図星を突かれるような感覚に陥った。反論の言葉も浮かばずに、ただただ突きつけられた言葉が頭の中で木霊する。そして、何度も繰り返される言葉に何かを言おうとしても上手くいかない。

『違う、そうじゃない。俺は──』

その後に続く言葉が思い浮かばないことで、俺の見えない悪癖がシーラさんに看破されてしまっていたのだということに気付いたのだ。

 

「できるかどうかの可能性は分析するもんじゃねえ、意思で切り拓くものだろ。勝手な自己評価で視野を狭めんな」

 

最後にそう一言、シーラさんは俺に告げてコーヒーを啜った。その瞬間、引き締まった今までの雰囲気が弛緩し、先程までの和やかな雰囲気が戻ったような気がした。

そのせいか、何処か安堵したからでもあるのだろう。俺はシーラさんの言葉に返答し、彼女の目をしっかりと見据える。

 

「‥‥‥それは、はい。言う通りですね」

 

自己評価で俺自身のやりたいことを吟味する、というのは別に悪いことではない。良く言えば、冷静とも言えるし、それはそれでひとつの生き方でもある。

それでも、そういったメリットが『自己評価で己の可能性を狭めて良い』だなんて免罪符にはならない。やりたいことがあるのなら挑戦するべきであるし、それが己の夢や目標であるのならば、その可能性に賭けてみるのも決して悪ではない。

1番の悪は、自分だけの評価で差し出された可能性を狭め、やりたいことに蓋をすることなのだ。俺は魔法統括協会に入ってみたいし、どちゃクソラッキースケベなハーレム生活も送りたい。何より、イレイナとの確約を果たしたい。その夢や目標を叶えるチャンスが目の前に転がっている今、躊躇い、やる前から諦める必要なんてどこにもないのだ。

だから、俺は。

 

「分かりゃいい。で、答えは?」

「‥‥‥()()()()です。ぶっちゃけ興味バリクソありますし、魔法統括協会で働くシーラさんかっけー、俺もシーラのおねーさんみたいになりてーって思ってました」

「ん、じゃあ試験だな。日時は追って伝える」

 

シーラさんの言葉に了承の意志を示し、頷いた。

先程までの弱々しい語気や覇気は自分でも気付かぬ内に消え失せており、いつもの俺がシーラさんに対して笑みを見せているというのが自分でも分かる。

正に、自信を取り戻した形だ。

端的に換言するのなら『負ける気せえへん、地元やし』ってところか──と戯言を考えられる位には、シーラさんの言葉のおかげで、元気になれた。

故に、俺はシーラさんに引き続き言葉を紡ぐ。今度は了承の言葉ではない、この時間を設けてくれたことや、俺の考えの穴を教え諭してくれたこと、それ以外にも山ほどある沢山の親切に感謝を示す言葉を。

 

「シーラさん」

「ん?」

「ごめんなさい。それから‥‥‥ありがとうございます」

 

そして、最後に一言。

しっかりとシーラさんの目を見て発した俺の言葉を、シーラさんは笑って受け止めた。

しかし、その笑みは何かを面白がるような笑みではなく、何かを諦めたかのような──そんな笑み。そんな笑みを浮かべた彼女は、カップに残ったコーヒーを飲み終えると俺を見て、言う。

 

「礼なんて要らねえよ。好きでやったことだ」

「いつもそればっかですね。そうやって誤魔化してもいつかご飯は奢らさせて頂きますのでよろしくです」

「頑固だなぁ」

「母さんに似ていますから」

「や、そこはお前らしさだろ。強いて言うのなら昔のアイツに似てるんだが‥‥‥ま、別にいいや」

 

ほう。

昔のアイツとはまさか──と、俺が過去の知識を引っ張り出して推理をしようとすると、シーラさんはその強さとは正反対に見える華奢な手を伸ばし、俺の頭を撫でる。その感触はとても心地良いものであり、抵抗こそあるものの嫌悪感は感じない。

齢14歳で撫でられることに快楽を得る男の子はぶっちゃけやばい気もするので、口では「やめろォ!」とか言って否定しているのだが、撫でられてしまえば最後。抗えない快楽に俺に抵抗する術はないのだ。

 

もしかすると、俺の前世関係なしにこの身体が遺伝子レベルで撫でられることに快楽を得てしまう体質なのか──なんて、内心で馬鹿げたことを考えていると、「おっと」という声と共にシーラさんの手が止まる。

おいこら中途半端やめんか──じゃなくて、どうしたんですかシーラさん。と、俺が尋ねようとすると、片手を俺の山吹色の髪から手放したシーラさんが一言。

 

「そういや頭撫でられんの嫌だったんだっけか」

「はぁ、それはまあ」

 

即答する。

しかし、シーラさんの目はまるで疑わしいものでも見るような目付きであり、その瞳に明るさはない。所謂ジト目であり、そんな瞳を向けながらシーラさんは続ける。

 

「顔、にやけてんだけど」

「に、にやけてません」

「結局好きなんだよな?」

「うっす──じゃなくて!やめてくださいよ本当に!!」

 

途端、呆れたように笑ったシーラさんに俺の心は打ち砕かれた。

しかし悪い気はせず、むしろ撫でられるという行為に関して一種の快楽を感じてしまっている俺は、既にシーラのおねーさんに愛着のような何かを感じてしまっているのだろう。尚も続くその行為に理性をごちゃごちゃにされているのが良い例だ、ちくしょう。

 

「ち、ちくしょー!なんでだ!?どうしてシーラさんのなでなでを受け入れちまってるんだ!?頭おかしいんじゃねえのか!?」

「それはお前がまだガキってことだ」

「う、うるせーですよ!!この‥‥‥お、オシャレサイドポニー先生!!」

「悪口が悪口になってねえ」

 

ちくしょうおねショタに抗えねえッ!!

 




魔法統括協会の仕組みがよく分からんので、もしかしたら修正するかも。
国ごとに試験があることと、新人が数ヶ月講習を受けるのは知ってるんだけど‥‥‥


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14話 「切り拓いて歩いていく」

 

 

 

 

 

取り敢えず、魔法統括協会に名前を売り込むことができるか否かの試験を受けることになった俺は、シーラさんにとある条件を持ちかけられることになった。

 

「いいか、あたしからもある程度のことは話しておくけど、親はちゃんと自分で説得しろよ」

「はい」

 

それは、親のことである。

14歳の俺はこの世界で言うところの子どもであり、親元を離れて魔法統括協会に行くには様々な許しを得る必要があるのだ。

まあ、当たり前ではある。子どもの俺が二つ返事で了解したところで『はい、そうですか』と簡単に親や師が許すはずもない。場合によっちゃ国だって許さない。

師となる人物の了解や両親への了解。様々な許可を得た上で、俺の自由が約束されていることは決して忘れてはいけないのだ。

 

「あたしは親ってものに縁がなかったから難しいことはよく分からんが、両親がいるってことがありがたいことだってこと位は分かる。見守ってくれる人がいれば、その分子供ってのは安心できるもんだからな」

「ですね」

「だから面倒だと思うかもしれないが、両親に関しては確り筋を通しとけ。本気なら、お前の母さん説き伏せる位の言葉を用意してみろ、分かったな?」

 

最後にそう言ったシーラさんの言葉に深く頷き、俺は決意した。やるのなら徹底的に、許可でも試験でもなんでも必要な条件を達成した上で堂々と魔法統括協会のエージェントになってみせようと。そんな強い思いを抱き、俺はシーラさんが帰宅した後日にシーラさんとの話の全貌を母さんに話したのだった。

シーラさんに魔法統括協会に興味がないか聞かれたこと。俺自身が魔法統括協会に入ってみたいと思ったこと。そして、ひとつの約束の為に魔法統括協会に入りたいということ。全てを椅子に座る母さんに対して、赤裸々に語った上で、魔法統括協会に入りたいという旨を語ったのである。

 

「‥‥‥」

 

俺が思いの丈をぶつけている間、母さんは無口だった。その代わりにいつも通りの優しい笑みを浮かべ、ただひたすら聞き役に徹してくれていた。故か、特に吃ることもなく、しっかりと母さんにやりたいことを伝えられ、結果として俺は話したい事柄や想いを余すことなく伝えることができたのだ。

もしかしたら俺には話す才能があるのかもしれない。尤も、それは聞き役に徹してくれている母さん限定の才能なのかもしれないが。いや、なんだよその才能。内弁慶の才能とか要らんわ。

 

「‥‥‥なるほど、つまりオリバーは国外に行きたいわけだね。そして、その試験を受けたいと」

 

と、まあ。

あまりにも馬鹿げたことを考えている内に、母さんは俺の発した言葉の内容をまとめてくれていたらしく、女の人特有の柔らかな声と共に、俺の意志を要約した言葉を投げかける。相も変わらずの優しい笑みは、俺に対して質問の返答を促しているようにも見えたので、俺は首肯の後に一言。

 

「おう」

 

はっきりと、強い語気でそう答えた。

すると先程まで笑みを浮かべていた母さんの目が見開かれ──それと同時に細められる。先程までの笑みは消え、いつもらしからぬ厳粛な雰囲気の母さんが「‥‥‥あのさ」という一言と共に、母さんが口を開いた。

 

「オリバー。魔法統括協会ってどういうところか知ってるの?」

「知っている。魔法でしか扱えない事件なんかを担当して、金を貰うんだろ。れっきとした仕事だ」

 

ついでに言うのならば試験の内容以外は頭に入っている。魔法統括協会に入ることの難しさや、入ってからどのようなことをするのか。そういった知識は一応()()()()は頭の中に入っている。と、いっても長い間原作を読んでいないので、うろ覚えの要素もあり、知識が抜け落ちてしまっている点も無きにしも非ずだが。

それでも、母さんの質問に答えられるだけの知識があった俺は自信を持って、母さんの目を見て答えた。しかし、母さんの笑みは元に戻らず──更に表情を険しくする。

‥‥‥もしかして地雷踏み抜いたか?

 

「‥‥‥それは一面だよ。もっと大変な仕事だってあるし、辛い目に遭うことだってある。その時、オリバーは今のような目をすることができる?そういう覚悟を持ってシーラちゃんの試験を受けようとしてる?」

「それは──」

「してないよね。けど仕方ないことだ、オリバーはまだ子ども。世界の一面しか見れてない子に広い視野云々を語っても意味ないってことくらい私にも分かるよ」

「勝手に決めつけないでくれ。誰が周りを見ないクソガキだ」

「いや別にそこまでは言ってないけども」

 

そう言っているのも同義だろう。確かに俺はまだ子どもであり、明朗快活馬鹿丸出しの行為をしでかす可能性に満ち溢れた人間ではあるが、これでも嘘だけはつかないように誠実に振る舞ってきた。

やべーことをした時はちゃんと報告したし、大切だと思うことは連絡し、困った時は相談もする。俗に言う報連相等の大人として当たり前のことはしっかり意識して取り組んできたつもりだったのだが、それでもダメだと言うのかマッマ。視野を広く持てないだけで子供なら、世界の大人の半分は子供だぞ。

 

「世界を広く見れないから大人じゃないってんなら、これから視野を広くするために経験を積める。視野を広くするって意味でも魔法統括協会に入れたら大きいと思うけど」

「馬鹿、魔法統括協会はそんな良いところじゃ‥‥‥コホン、私が言ってるのは魔法統括協会に入る為の視野すらオリバーは持ててないって言ってるの」

「経験積んで、学んで、視野を広げていくんだろ。現状に甘えてたら視野は広がらない。今だってこうしてこの国に居続けても視野は広がらないと思う」

 

俺も前世含めて、様々なことを経験したが大抵視野が広くなったと実感した時は何かを経験した瞬間である。知らないものを知った時、行動した時、何かを買った時‥‥‥とにかく、新しい何かを吸収することで視野という物は広くなってくるものなのだ。

そして、今。この瞬間新しいものを知り、視野を広げるチャンスが目の前に転がっている。世界を広く見ることが大人だと言うのならば、俺が魔法統括協会の世界を知るのも大人になるための1歩。その1歩に優劣などない。どんな形であれ、1歩を踏み出すことは勇気の要る事柄であり、大人への階段であり、たくさんの人が通る当たり前の道だから。

 

「俺はそういう視野を含めて成長するチャンスが転がってんのにそれをみすみす逃す馬鹿にはなりたくない。同じ馬鹿でも、臆病な馬鹿より一直線な馬鹿でいたいんだよ」

「‥‥‥」

「だから頼む、母さん」

 

恐らく、オリバーとして生きていた俺史上1、2位を争う程のシリアスで母さんに頭を下げた俺を、母さんは笑うことなく、無言で応えた。

しかし、普段から穏やかで明朗快活な母さんが永久的に無言のままでいることはなく。頭を下げていた俺が母さんの顔を見つめ直すと、一瞬母さんが懐かしいものでも見るかのように、目を細める。

しかし、その目も一瞬で変化して。俺が瞬きするといつの間にかその表情をニコリとした笑みに染めると。

 

「ダメ」

 

どストレートに、俺の言葉を拒否ってみせた。

その言葉のなんという爽やかなことか。まるで朝起きた後に見せる「おはよう」の笑みの如き表情を見せ、母さんは俺にそう言ってのけた。

そんな母さんの笑みとは対照的に顔を引き攣らせた俺。気分はどうかと言われたら間違いなく「最悪だね」と吐き捨ててしまう程に愕然とした面持ちで母さんを見つめていた。

 

「今のままのオリバーで魔法統括協会に入るなんて狼藉が許されると思ってるの?私、オリバーをそんな風に育てた覚えないんだけど」

 

「とにかく、今のオリバーには許可できないから」という言葉を最後に、母さんは会話を止めてお茶を啜る。その動作の何たる優雅なことか。あまりの優雅さに元々国外に出す気なんぞないのではないかと疑いたくもなったが、母さんがそのような行動と言動を取ったのも『今回だけ』である。

故に、俺は問うた。

この世界に生まれてから何度も顔を合わせた母さんの優しさを信じて。彼女の碧眼を見つめたのだ。

 

「そっか。じゃあ1つ聞いてもいい?」

「なに?」

「──()()()()()()()()ってどういうことだよ」

 

どちらかと言えば、鋭さを孕んだ問い。

意図こそしていなかったが、それでも鋭い語調と化してしまったのは、母さんの態度に心のどこかで腹が立っていたからなのかもしれない。

あまりに身勝手で、背徳的な行為である。それでも、俺は言わずにはいられなかった。

それでも、母さんは動じない。母は強し、というのはこういうことを言うのか。あくまで毅然とした態度で、母さんは続ける。

 

「言葉の通りだよ。今のオリバーじゃ、認められない。認めることなんて到底できないってこと」

「そんな簡単に納得出来ると思う?こっちは真面目に考えて、決めた夢なんだぞ。そんな曖昧極まりない言葉で人生決められたらたまったもんじゃない」

「‥‥‥たまったもんじゃない、かぁ」

「実力や覚悟が感じられないって言うのならハッキリ言ってよ。そうじゃないのだとしてもちゃんと理由くらい話してくれよ」

 

それでも、俺は母さんに対しての姿勢を変えることはなかった。背筋は伸ばして、視線は真っ直ぐと。心の中に抱いた、折れない芯を見せびらかすように母さんをしっかりと見つめた。

俺は本気なのだと。叶えたい確約のために、この道を選んでみたいのだという気持ちを伝えるために、俺は母さんに対して真摯であり続けたのだ。

 

「──それは」

 

やがて、母さんが俺から目を逸らしため息を吐く。その後に発せられた一言には何処か続きがあるようで──それでも、母さんはその一言から続く言葉の全貌を晒すことはなかった。

その代わりとして、言おうとした言葉を呑み込んだ母さん。「よよよ‥‥‥」とわざとらしい泣き真似と共に、目元を手で拭うその様に何をしているのだろうかと眉を潜めると、母さんは泣き真似の傍らで俺をチラチラ見ながら一言──

 

「よよよ‥‥‥こちとら部屋の押し入れに隠してあるイレイナちゃんのプレゼント見てニヤニヤしてるオリバーを毎日覗いてるんだよ。そんなの見せられて国外に出国させるなんてとても‥‥‥とてもできないよよよ‥‥‥」

「今すぐその泣き真似やめないか!泣きたいのはこっちだぞ!?」

「世間じゃこういうのを身から出た錆って言うんだよ。良かったねオリバー、これで視野がまた広くなったじゃない」

「そんな世界見たくもなかった!!」

 

凡そイレイナがそれを聞いたらドン引きじゃ済まない位の事実を開陳しやがったのだった。

死にたい。

 

 

 

 

 

 

まあ何が言いたいのかって、俺が魔法統括協会のエージェントとして働けるようになるにはいくつかの壁を越えないといけないってことだよな。

1つ目はシーラさん。先ずは何れ来る試験をくぐり抜け、彼女に「お、やるなお前」と言わしめなければそもそも魔法統括協会という職業の「ま」の字も触れられないわけであって。やはり先ずは試験を突破し、シーラさんに合格の一言を貰うことが先決なのだろう。

 

そして2つ目、これが問題だ。

 

「ま、受かってから出直してきなよドラ息子」

「おぉん!?」

 

今さっき、俺の要求をことごとく突っぱねて実の息子であるところの俺をドラ息子と形容した母上。これがかなりの問題であり、難点である。

 

夢なんてものは抱いてナンボのものだ。抱かなければ夢なんてものは叶えることすら出来ない代物であり、そもそも実現に向けての行動も出来ない。故に俺は『魔法統括協会に入り魔法の道を歩む』こと、『その仕事を引っ提げて、イレイナさんとの確約を果たす』という夢を抱き、母さんにその想いを赤裸々に、臆面もなく、ありのままに語った。

真摯な想いと共に夢を語れば、その夢を許してくれると思っていたからな。

 

「だから受かってから出直してきなよって」

「おぉん‥‥‥」

 

しかし、結果は無惨にも等しいものであった。

というか夢を語ったらお返しと言わんばかりに説教された。

その内容は夢を語る以前の話。つまり『俺はまだガキだから視野が狭い。そんな俺が魔法統括協会?頭おかしいんじゃねえのプギャーワロス』的な、まあそんな感じの説教である。

 

──ふざけんじゃねえよオイ!と思わず言ってしまいそうになったが育ての親に問題発言はNGである。故に発した怒りの言葉は、俺の今の精神状態を確かめるにはぴったりな言葉。

そう、激怒だ。

 

「もう俺は激怒したぞ母さんッ!!」

「おっ」

「必ず受かって母さんを言い負かす!そして魔法統括協会行きの切符を手にしてやるんだいッ!!」

「や、やるんだい‥‥‥?」

 

怒りのままに心の叫びを口に出した俺。尚も怒りは収まらず、母さんが「まあお茶でも飲んで落ち着きなよ」なんて言葉を無視して、外へと飛び出した。

その間、行動言動全て勢いである。理性など拒否された瞬間に全て吹っ飛び、野生の如く、赤い彗星の如く、秒で家を出ていってしまったのだ。

その様、さながら瞬間湯沸かし器である。

理性が頭の中に入ってねえんだよコノヤロウ!!

 

「あ、オリバー。どうかしました──きゃっ」

「わーんイレイナぁ!」

 

故に起こした行動ということで言い訳が成立するのならば、どれだけこの行動を正当化することが容易であったことだろう。

しかし、今現在のこの状況。平原に座し、本を読んでいるイレイナさんの膝に縋り付きわんわん泣き喚く様をそんな言葉で正当化できるはずもなく、俺は「あ、やべぇこれ死んだ」的な未来に対する絶望を覚えつつ、軽挙妄動によって生まれた快楽に素直に従った。

当たり前だろ。これ逃したら一生縋り付けないかもしれないんだぞ。拒否られるまでやめられるか。

 

「ひぐ、えっぐ‥‥‥俺、どうしたらいいんだよ‥‥‥折角母さんの友達の人から良い話貰って、魔法の道に進めるきっかけを得たのに‥‥‥!」

「あ、はい。ご愁傷様です」

「お先真っ暗だよ、視界も真っ暗だよっ!!」

「それはオリバーが私の膝元に顔を埋めて泣いているからですよね」

「あいや、ごめんもう少しこのままでいい?」

「弾き飛ばされる覚悟がお有りのようで何よりです。なんですかセクハラですか」

「あ、マジで死んだ」

 

「離れてください」と俺の頭を押しのけようとするイレイナ。初めは優しく頭に添えられていた手が次第にチョップ攻撃へと移行し、頭に痛みを感じ始めてきたので、頃合を見て膝から離れて彼女の隣に座り込む。

イレイナさんの御御足には疲労回復効果があったらしく、いつの間にか俺の心は晴れやかなものと化していた。きっと母性とはこのことを言うのだろう、サヤさんがイレイナさんイレイナさん言ってたのもよく分かるぜ。

現に俺が今、イレイナさんイレイナさん状態(自称)になっているんだからな。

 

「少しは落ち着きましたか?」

「い、イレイナさんイレイナさん‥‥‥」

「いや、イレイナさんじゃねーですよしっかりしてくださいマジで」

「今さっき俺の頭に電流が走ったからしばらく妄言が止まらないんだ。今しばらくこの妄言に付き合ってくれイレイナさんイレイナさん‥‥‥」

「毎日電流走ってて大変ですね」

「イレイナさん!」

「灰になってくれませんか?」

「もう全てが嫌だ」

 

まあ、それはそうとして。

隣にいるイレイナさんから敬語崩れの暴言を浴びつつ、「はっ」と笑い声を上げて俺は真上を見る。

空は青く、どこまでも箒で飛んでいってしまえそうな程広く感じられる快晴。こんな空の下で陰険そうな顔をする奴など皆無に思えてしまうほどの天気である。

 

ならば、今こうして母に夢をダメ出しされ、平原に座したイレイナさんの膝に抱きついた俺の気分は如何なものか──そんなもの聞くまでもないだろいい加減にしろ!

一瞬にして怒り霧散したわ!明日も頑張るわ!!

はい、俺の愚痴攻勢おしまい!確約とイレイナさんの待つ未来に向かって頑張ろう!

 

「そうですか、セシリアさんのお友達の方に」

 

空を見上げ、未来を想像し、自然と小さくガッツポーズ。なんならそのガッツポーズにより作った拳で母さんという壁でも軽くぶち壊してやろうかコノヤロウ──なんてあまりに調子に乗った考えをしていると、本をパタリと閉じたイレイナさんがそう尋ねる。

ながら聞きくらいしてても良いってのに俺の話だけに集中してくれるその様に抱き締めたい衝動を抑えきれなくなりそうになったが、ここはグッと堪えて俺は首肯し、続ける。

 

「ああ。んで、折角の機会だから試すだけ試してみようってなったんだけど親の許可がなきゃダメだって」

「それはそうですよね、私だってそうでしたし。むしろ親の許可を得ようとしないでどう働こうと思ったのか疑問です」

「そんなこと思ってないよ!イレイナは俺を何だと思ってるの!?」

「私の膝に泣きついてきた狼さんです」

 

薮蛇だった。

まあ、確かに今の俺はそう言われてもおかしくない程の愚行をしでかしてしまった哀れな奴ではあるので仕方ないのだが。

とはいえ、それでイレイナさんが本格的に俺を殺しにくる訳でもない。取り敢えず俺はイレイナに「ごめんなさい」と言う。その言葉を無視して、イレイナは言葉を続けた。

死にたい。

 

「ですが、大丈夫でしょう。セシリアさんは優しい人ですし、仮にあなたのお母さんを説得できないのならオリバーの口下手に問題があるのでは?」

「ないのでは?」

「事実から目を背けないでください」

「どうしてイレイナの言葉に目を背ける必要があるんすか」

「たった今、文字通り目を背けているのですが何か言うことはありますか?」

 

ないです。

ついでに言ってしまうのなら、怖くてチビりそうです。いや、マジでイレイナさん怖すぎだって──と、内心でニコリと笑みを見せながらぐうの音も出ない正論をぶつけてくる当人に戦慄していると、その表情を呆れ顔へと変えた彼女が大きなため息を吐く。

どうやら今の俺はどうしようもないお馬鹿さんらしい。久しく彼女主催の小テストなんて行っていなかった故か、これまた久しく見る彼女のため息は俺の心を罪悪感に満たすには十分だった。

ごめんよイレイナさん、うっへっへ。

 

「何笑ってるんですか」

「あいや、違うんだイレイナ。今の俺は俗に言う罪悪感に苛まされていてだな‥‥‥」

「鏡とか便利なんで使ってみてください。とても罪悪感に苛まされている人の顔には見えないです」

「うっへっへ!知ってるぜ!!」

「‥‥‥」

 

またしてもため息を吐いたイレイナさん。ため息を吐くと幸せが逃げてしまうらしいのだが、そもそも彼女の場合は幸せを待つタイプではなく自ら掴み取りに行くタイプなので関係なかろう。まあ、そもそもの話としてため息を吐かせてしまっている根本の原因が俺であるのがなんとも言えないのだが。

イレイナさんに呆れられると若干の快楽を得る代わりに、大きな罪悪感を得てしまうのはよくあることで、よくもまあいつも親切に対応してくれるよな──なんて、目の前で冷たい視線を送る彼女を見ながら内心で思っていると、何の脈絡もなしにイレイナが一言。

 

「‥‥‥どれだけ誰かに否定されたとしてもオリバーはその道を進みたいんですか?」

 

それは、不意に発せられたイレイナの一言だった。いつもの棘のある言葉とは違う、優しい語調。その言葉に思わず目を見開いた俺。

冷たい視線を変化させ、呆れたように笑うイレイナさんが、鮮明に映った。

 

「──それは、うん。その通りだ」

「それは何故?」

 

再び、問うイレイナ。

変わりなく、優しく語りかけるように。俺を言葉で包み込むかの如く発したイレイナの質問の内容に、俺は変わりなく、彼女の目を見て答えた。

 

「──いつか、逢いたいから」

「それは誰に?」

「キミに」

 

紛れもない事実である。

そもそもの話、俺が魔法の道を真面目に、真摯に志すきっかけになったのはイレイナさんとの確約だし。

故に。

 

「その道に行けば依頼をこなしつつ、イレイナに逢いにいける。折角与えられた機会を逃したくない。どれだけ大変でも戦いたいし、諦めたくないんだ」

「それは何故?」

「無論、それがイレイナとの確約だからさ!」

 

例えそれが困難な道でも、少なくとも簡単に諦めるようなことはあってはならない。

可能性を計算してはいけないと。描いた未来は、意思で切り拓いて然るべきだと、「魔法のセンセ」に言われたから。

だから俺は己が叶えたいと願ったイレイナさんとの確約を自らの意思で切り拓いていく。

壁は多くて、その壁にぶつかる度に泣きたくなるほど辛いことも多くなるかもしれないけど、それが俺の『やりたいこと』だから。

魔法統括協会で働き、胸を張ってイレイナさんに逢える自分になること。その道を切り拓きたいと、自分が思ったのだ。

 

故か。その言葉を残した後に自然と笑みが溢れた俺。

そして、その表情を見てまたしても小さくため息を吐くイレイナさん。

俺の笑顔はそこまでのレベルらしい。

死に晒せ、俺。

 

と、ここまで声を張り上げて言い切ったところで自分が如何にクサくて仕方ない発言をしたのかどうかということを自分自身が気付くことになる。

耳をすませば俺の愛箒の『ほうきくん』が「うわぁくっさ!クサすぎて草!プギャーギャハハハマジテラワロス!!」なんて言って俺を馬鹿にする幻聴が聞こえてくるよ。なんだか耳も頬も熱くなってきたよ。どうすれば良いのこの始末。

 

いやしかし、先程俺が発したこのクサすぎて草な言葉こそ紛れもない俺の本心であるのだ。これを偽ったところでどうせボロが出る。何より、クサかろうがダサかろうが俺とて1人の男である。

訳も分からぬ変態発言を幾度となく繰り返そうとも友達を続けてくれたこの子には、いつだって真摯で在りたいのだ──と考えている俺の頭は、若干ショートしていた。

 

「‥‥‥あの、今俺すっごい恥ずかしいこと言ってなかった?」

「はい、それはもう」

 

そして、案の定イレイナからもその言葉は恥ずかしくて仕方ない一言だったそうで。その事実を聞いた俺は、思わず顔の表面温度を倍プッシュで上昇させていく。

穴があったら入りたい。いや、割とマジで埋まってたい──なんて、先程の決意が嘘のような後ろ向きな考えをしていると、イレイナが俺を見る。

その表情は、笑み。

けど、今度は前の笑顔と違う。

まるで、信頼してくれている人に見せるような優しい笑み。嘲笑でも、呆れ笑いでもない、本当に優しくて──おいおい、そんな笑顔反則だと。そう思ってしまうような笑顔で、彼女は俺に向き合った。

 

「大丈夫ですよ、オリバーなら」

「‥‥‥え」

「その顔をしたオリバーが今まで声を大にして誓った約束を破った覚えがありません。だから今回も例に漏れず──きっと、大丈夫です」

「‥‥‥イレイナ」

「それにも関わらず自覚なしに泣きつくとか笑いを通り越して失笑ものですね。挙句の果てには私の膝に縋り付くなんて、頭オリバーなんですか?」

「あの、結構良いこと言ってくれてるってのは分かるんだけど最後の一言のせいで台無しだからね?すっごい上げて落としてるからね?」

「え、別に上げてません」

「もうやだこの子」

 

──ああ。

まあ、色々言いたいことはある。

上げて落とすくらいならずっと落としてくれてた方が興奮するとか、頭オリバーってなんですかとか。とにかく彼女に問い詰めたいことは驚く程存在する。

 

それでも、今のこの瞬間。何の因果か親友として存在してくれている目の前の灰髪の少女が想いを尊重してくれているということは痛いほど伝わってきて。

そんなことをされてしまった俺は、何故か分からない位舞い上がって、今ならなんでもできてしまうのではないのかと思えてしまえるくらい調子に乗ってしまったのだった。

 

『あー、もう』と内心で悪態をつきながら、自然と顔がふにゃふにゃになる。

どうしてこう、イレイナさんはいちいち心にグッとくることを言ってくれるのかな、と。ガチ恋しちゃうだろ、と。頭の中で何度も彼女に対して悪態を吐く。それでも、目の前のイレイナさんは当然の如く目の前で笑みを浮かべていて。その表情が挑戦的に歪められると、その様に俺は苦笑しつつ。

 

「‥‥‥ありがとう、イレイナ」

「言われる筋合いがありません‥‥‥が、仮にそう思っているのであれば行動で示してくださいね」

「任せとけ、とりま抑えきれぬ愛を行動で示すために抱き締めてもいいかな」

「ちっ、本当に増長しやすい人ですね」

「おいマジトーンやめろ」

 

何時になっても敵わないなと、そう思った。

 

「でさでさ、箒デートはいつになったんだ?」

「‥‥‥あの、今さりげなくとんでもない誤解を招くことを言いませんでしたか?」

「言ってないよ」

 

だからといって俺がしおらしくなると思ったら大間違いだぜ主人公。

俺は、キミが存在する限り何度も愛を叫び続けるし、挑戦的な言葉だって投げかけてみせる。ここまで来ると最早敵う敵わないの問題ではなく、純粋な好意だと言えるだろう。俺は好きでイレイナさんへの愛を叫び続け──そぅ!サヤさんと同じ思考回路なのさ!

 

まあ、こんなだからイレイナさんに変態さん言われてんだけどね。自分で自分の首締めるとか、ほんと俺ってド変態さんだわ。

 

「‥‥‥明後日、ですかね。それからはまた、師匠探しの旅に出るので」

 

まあ、それはそれとして。

その言葉を聞いたイレイナは俺に対して暫く有り得ないものを見るかのような目を向けていたが、自分なりにその出来事を咀嚼したのか、表情を凛々しくも美しいそれに切り替え、そう言う。

どうやら俺がシーラさんや母さんとあーだこーだ言い合っていた頃にもイレイナは真面目に師匠となる人物を探していたらしく、その類稀な向上心には尊敬どころか涙を禁じ得ない。

ほんと、努力する子ってカッコイイと思うんだ‥‥‥

 

「既に何人かの魔女に断られたんだっけか」

「はい。この前もとある魔女に弟子にしてもらおうとお願いしてみたのですが面談どころか犬に吠えられました。やはり動物は猫しか勝ちませんね」

「‥‥‥へぇ」

「‥‥‥なんですか、そんな目で私を見て。疑ってるんですか、猫しか勝たないという絶対的事実を」

「大丈夫。俺はいつまでも待っててあげるからアレルギー治してから出直してこい」

「売られた喧嘩は買いますよ。安心してください、私って魔法で人を気絶させるのは凄い得意なんです」

「ハンカチは黄色でいいか?」

「話聞いてるんですか?」

 

とはいえ、現実は厳しい。

才覚ある魔女見習いである彼女を弟子として受け入れてくれる人はこの街にはおらず。実力差とか、やっかみとか、色々あるんだろうな‥‥‥なんて思いつつ、やはりイレイナの師匠は『あの人』しかいないんだよな、と確信することとなる。

つーか、『運命』なんだよな。イレイナと依然として俺が会ったことのない、黒髪ロング、服の裏地がプラネタリウムの人が出逢い、師弟関係を結ぶのは──

 

「‥‥‥」

「なんすか、イレイナさん」

「いえ、別に」

 

なにジト目向けとんねん。

ガチ恋するぞ、いいのか。

 

「はいはい、とにかく明日な。分かったよ、準備しておく」

「‥‥‥小馬鹿にしてますよね」

「おっと、俺は何時でもイレイナに真摯だぞ。馬鹿になんかしてないし、むしろ信頼の向こう側へ行きたいと思っているんだからね、勘違いしないでよね」

「え、三途の川ですか?」

「三途の川なんてワードどこで拾ってきたんですか?」

 

向こう側が地獄じゃないか。

その手に持ってる東の国の本の影響ですか?

言っておくが、俺が言っているのはそういうことじゃないぞ。誰が好き好んで三途の川へ行こうとするのか。俺が言おうとしていたのは信頼のその先──そう、結婚式の友人代表クラスの親友だ。決して三途の川に行こうとか、そんな目論見があった訳でもないし、如何わしい目論見もしていないのだ。

 

「‥‥‥まあ、うん。取り敢えず土下座しとくわ。小馬鹿にしてごめん」

「土下座すればなんでも許されると思ってませんか?」

「え、だって土下座されると興奮するんだろ?」

「そんな特殊性癖持ってません」

 

とはいえ、その言葉でイレイナに誤解を与えてしまったということは紛れもない事実であるので、土下座をすることも忘れない。

俺はアフターケアを忘れない人間なのだ。感謝をすることも、土下座をすることも、地面に頭を擦り付けることも、それに快楽を得ることも、全てはイレイナさんに対する誠意の現れ。

つまり俺が土下座をすることは決して敗北を意味する訳ではなく──あ、やべ。なんか興奮してきた。

 

「まあ、色々言いましたがオリバーの泣き言に対して私が1番言いたいのは、たったひとつです」

 

と、自分自身でも情けないと思える、思えてしまえる行為をしていると、今までの会話を纏めるために、そう言ったイレイナが笑みを溢す。

その言葉に、地面につけてた顔を上げた俺。それと同時に額にくっついた草やら何やらが俺の視線を遮る。おまけに太陽も邪魔してきやがったもんで、俺の目はその機能を半分しか果たしていなかった。

──それでも。

 

「オリバー」

「ん?」

「あなたがうんと考えて選んだ道なら私は何も言いません。頑張ってください」

 

それでも、イレイナの声は聴こえるし。その声からイレイナが笑っているということも分かる。

弾むようで、それでいて優しくて仕方ない彼女の声色。その声を聞くだけで頑張ろうと思えてしまう、そんな声で頑張れと言われたら、応援されてしまえば、もう俺としては頑張らない理由がなくなる。

だから俺は頑張る。

イレイナさんとの確約を果たすし、己のやりたいことにも忠実に、最後まで諦めないし、戦った上で勝つのだ。

 

「‥‥‥うん、応援してくれるイレイナさん可愛いから頑張るわ。最高に可愛いから頑張るわ!!」

「はあ。で、三途の川にはいつ頃逝く予定で?」

「その話を引っ張るのか‥‥‥なんだお前、話ちゃんと聞いてくれてるとか取り敢えず可愛いんで抱き締めても良いか?」

「‥‥‥ちっ」

「え、うっそ今舌打ちした?」

 

まあ、その上でイレイナさんに物申すとするならば、舌打ちすんのやめて。

泣いちゃうから。俺、メンタルガラスだから。

 

 



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15話 「星屑の魔女」

 

 

 

これはまだ私が魔女見習いとして、勤勉に且つ果敢に師匠の元で教えを乞うていた頃の話です。

いつものように宿に泊まり、お風呂に入り寝る支度を済ませつつ、それでいて若干の安心感からくる眠気にうつらうつらとしていると師匠が一言。

 

「フランは、もし『クソダサネーミングセンス1等賞』を自負する女の子に出会ったら先ず何をする?」

 

そう言って見事に私の眠気を吹っ飛ばしてくれた灰髪の師匠は持っていたペンの動きを止めると、笑みを浮かべます。

クソダサネーミングセンスとはいったい。

 

「質問の意図が分かりません」

「意図なんて自分で探し出して、勝手に汲んでくれて良いのよ。答えなんてないのだから、自由に考えてみなさいな」

 

とは言われましても。

あまりに質問の内容が突飛すぎて何を言っているのか分からないのですが。

ひょっとしてアレですか。新しい弟子でも取るつもりで、その弟子がクソダサネーミングセンス1等賞の頭ぱっぱらぱーな少女なのでしょうか。まあ、弟子は何人取っても犯罪ではないですし弟子を受け入れるのであれば私も同じ弟子として切磋琢磨していきたいとは思いますが。

そもそも私、師匠の弟子ですし。決定権は師匠にしかありませんから。

まあ、それはともかく。

 

「その人が以前会ったことがある人なのかどうかによると思います」

「なるほど‥‥‥」

「会ったことがあるなら『また言ってるんですかこのくそやろう』ってなりますが、会ったことがない人なら無視します。それ、やべーやつですから」

「‥‥‥それはダメよ」

「どうしてですか」

「私がそれで1回その子に引っかかったから」

 

師匠はそう言うと、「落とし穴ね‥‥‥」と独りごちて手紙へと向き直ります。ここまで話しておいて対応策の解答を教えないというのもおかしいとは思いますが、師匠とはそういう人なのです。

明確な答えを最初から示すわけでもなく、答えを考えさせる。とは言いつつ何も考えてない時もあったりするんですけど。

 

「それはそうと、さっきから何書いているんですか?」

 

私が机に向き直った師匠にそう言うと、師匠は羽根ペンを走らせながら続けます。

 

「お手紙よ」

「‥‥‥因みに、誰に宛ててのお手紙なんでしょうか」

「聞きたい?」

「‥‥‥聞かない方が良い気がしてきました」

「それが賢明ね、というかそうして欲しい」

「え」

「あの子の毒牙からは私が守ってみせるわ」

 

どこまでが本気で、どこまでがジョークなのかは私には分かりませんでした。しかし、若輩ながら師匠がそこまで言う人物であると言うのなら気をつけようとか、師匠を困らす人なら大人になってからぶっ飛ばしてやろうだなんて思っていた当時の私は、依然として世間知らずだったのでしょう。

 

「拝啓、親愛なる私の親友へ。私の弟子は純粋さしかない可愛い女の子ですが、あなたは何時になったら一種の純粋さを取り戻し、不純じゃなくなるのでしょうか──ああ、返答は結構です。治ってないの分かってるので‥‥‥」

「親友なんですか?」

「ええ、だからこそ親友には鋭い切り口で攻めていくのよ。じゃないとあの子の頭がぱっぱらぱーになっちゃうから」

「師匠‥‥‥!」

 

まあ、あれです。「親友にすら遠慮のない切り口で攻め、あまつさえその口調で親友の頭ぱっぱらぱーを治療する師匠すてき!」とか考えていた時点でお察しと言うやつです。

思考回路がどうしようもないあほうでしょう?

しかし、驚くべきことにこれが幼少の私であり、これこそが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()当時の私なのでした。

びっくりですよね──え、驚かなかったですか?

 

 

 

 

 

 

「‥‥‥で、誰が何処の誰に興味があるって?」

「貴方の愛弟子であるところのオリバー君です」

「おい」

 

さて、先程までの過去語りと今のこの状況。差し当って何が関係しているのかと問われるのだとしたら、『私があほう』だということはハッキリとした答えになることでしょう。

師匠から届いた手紙の内容に従い、平和国ロベッタに向かって箒を飛ばしていると、出国と入国の入れ替わりのような形で私は姉妹弟子である『夜闇の魔女』シーラに出逢いました。星屑のように柔らかく光る髪と、煙草の煙を靡かせる彼女は、その容姿端麗な見た目とは裏腹に口から毒素を吐き出します。

百害あって一利なしの煙草を吸う理由が私には分からなかったのですが、彼女には彼女なりの考えがあるのでしょう。ここは心を寛大にして、彼女と向き合って話をすることに決めます。

それに、彼女と話をするのは1年前に2人で旅行をして以来ですし。純粋に積もる話もあったのも、私が彼女に向き合うひとつの理由でもありました。

 

そんな私達の間で中心となった話題は、近況報告とこれから。

私は師匠に言われた『とあるお願い』を聞きに教職の仕事に休止符を打って、遥々ロベッタへ。

シーラは、魔法統括協会の敏腕エージェントとして多忙な日々を消化することと、とある1人の少年を魔法統括協会へと引き入れる準備を整える為の帰国。

それぞれがそれぞれの日々に課された仕事を消化するという至極当たり前な報告をしていく中で、私は彼女の口から発せられた1人の少年の名に興味を持ったのでした。

そう、その子こそがシーラのお気に入りとも言える山吹色の髪の少年であるのでしたが──その旨を彼女に話すと、「あぁ?」とやけにうざそうな声が返ってくるのと同時に、口に溜め込んだ煙を顔面に吹きかけられました。

くさい。

 

「何か問題でも?」

「‥‥‥いや、問題はない。別にアイツがお前に対して拒絶反応を起こさないなら別に良いけどな」

「拒絶反応、ですか?」

「お前、わかってると思うけどアイツに変なことすんじゃねえぞ」

 

あらあら過保護ですか、意外ですね。シーラなら「放任だ」とかなんとか言って弟子を深い森に置き去りにするようなワイルドな一面を見せるかと思われたのですが。

 

「しませんよ。私を誰だと思ってるんですか」

「料理下手、寝坊助、蜘蛛苦手、魔法以外は抜けまくり、他人の力を借りなきゃ自立が危ういダメダメプラネタリウム」

「直球勝負やめてください」

「前はもう少ししっかりしてた気がすんだけどなぁ‥‥‥」

「泣きますよ私」

 

ずけずけと私のダメなところを並べていくシーラは、私の涙目など露知らず「オリバーに手出ししようとすっからだよ」という悪態を最後に煙草を放り投げ、お役御免の紙煙草を炎魔法で抹消させます。

なかなかにスタイリッシュなポイ捨てを敢行したシーラ。その傍らで、内心で私がいじけていると「アイツに家事とかさせたらぶっ飛ばすからな」と彼女が今一度凄みます。

なんですかあなた過保護のお母さんですか。

 

「よく聞け。アイツはな‥‥‥あたしの弟分なんだ」

「はあ」

 

それはもう。

耳が腐るくらい自慢話聞かされてるので分かります。

「魔道士を目指します!」と言った時のオリバー君のことを話していた時のシーラの顔のふにゃふにゃ具合ったら、それはもう傑作でしたからね。

 

「ガキの頃から世話焼いてる」

「そうですね、逐一写真送り付けて自慢してきてましたね」

 

しかも決まってツーショット。

普段のあなたからは想像できないほどの優しい笑みを見せていますよね。

はいはいご馳走様でしたと何度思ったことか。

 

「だからこそ悪い影響は与えてやりたくないんだ。分かってくれ」

「私を悪魔みたいに言うのやめてください」

「別にそこまでは言ってねえし、仮に他の奴らに預けるのなら迷いなくお前を選ぶ。ただ、お前にオリバー預けると家事全て押し付けるような気がしてなぁ‥‥‥」

「押し付けません」

「ちょっかいかけんだろ」

「それは、まあ」

「‥‥‥」

 

というか。

 

「それを言うなら紙煙草、止めたらどうですか」

「あ?あー‥‥‥禁煙な」

「そうですよ。スタイリッシュにポイ捨てキメてる場合ですか、オリバー君の肺が真っ黒になりますよ?」

「キメてねぇ」

 

とは言いつつも、痛いところを突かれたと言わんばかりに顔を顰めるシーラ。しかし、その表情も束の間。何かを思い出した彼女が話題転換を試みたのか、言葉を続けます。

 

「アイツの前では吸ってねえよ‥‥‥けど、痩せ我慢がバレちまったみたいでな。アイツ、あたしになんて言ったと思う?」

「聞いてません」

「もう14だし吸っていいって。あまつさえ吸ってねえことについて『ありがとうございます』ってよ‥‥‥泣かせてくれるよな」

「話聞いてください」

 

一時期は彼女曰く『眩しさを直視できなかった』らしい少年の姿を、私は依然として見たことはありません。

ですが、今のシーラが1度も取ろうとしなかった弟子を自発的に取ろうとしているということ、そして今までのオリバー君の入れ込み具合から感じ取ったのはオリバー君に対する好奇心。

やはり、話してみたいという欲求は止まらず。かと言ってシーラの話によると試験対策のための努力をしている最中のオリバー君の負担になることは避けたいと考えていた私。

結局、オリバー君については『出逢えたらラッキー』程度に考えようと思い至った私は、過保護なシーラに言葉を投げかけました。

 

「とにかく、悪いようにはしません。それに話を聞く限りでは試験があるのでしょう。彼の夢を邪魔するのは後味悪いですし、そんな時間すら起きないかもしれませんので安心してください」

「‥‥‥おう」

 

その瞬間、ホッと胸を撫で下ろしたかのように息を吐いたシーラは「サンキュ」という言葉と共に、2本目の紙煙草を吸います。

オリバー君に対して副流煙の配慮をしてくれているのであれば私にも配慮をしてくれたって良いじゃないですか‥‥‥なんて考えましたが、ここは姉妹弟子の姉の方である私が寛大な精神で彼女に向き合いましょう。

ええ、一昔前の反抗期な私とは違うんです。副流煙なんてなんのその、清らかに流れる川の流れと、その場で戯れる蝶々を想像すればシーラの副流煙なんて───

 

「何せ私、お姉さんですから。常識くらい弁えてますよ」

「歳考えろよアラサー」

「そろそろキレ散らかしますよ、いいんですか?」

 

煙を私の顔に撒き散らすのをやめなさいな、くそやろう。

 

 

 

 

 

 

時間の経過というものは非常に早く、気がつくと私たちの上空には橙色の空が広がります。積もる話を解放し過ぎてしまった私の未来は、恐らく敬愛する師匠の折檻が待ち受けていることでしょう。この歳になって師匠の折檻を受けるようなダメダメプラネタリウムな私ではありますが、別に後悔はしていません。

無駄だと思うことは何一つしていませんし、これらの選択は私が選んで歩んだ道。何より、師匠の折檻が待ち受けていたとしても耳に入れておきたい夜闇の魔女の心情が私にはあったのです。

そんな私は、今一度シーラに向き直ると彼女に尋ねます。

 

「して、あなたはオリバー君をどうしたいんですか?」

 

まあ、色々な師弟愛とも惚気とも言える思い出をほざいていたシーラではありますが、彼女は締める時はキッチリと締める気合いの乗った魔女です。故に、それほど心配というものはしていませんが、やはり気になるのは彼の──山吹の少年の進路のこと。

私がその旨の質問をシーラに繰り出すと、若干の煙を吐いた後に振り返った彼女がうざったそうに私を見ます。

その様は「今更何言ってんだこいつ」とでも言いたげな表情で、やはり蛇足でしたかと気落ちしていると、今一度煙草を銜えたシーラが続けます。

 

「どうする?」

「はい。そこまでオリバー君に惚れ込んでいるのでしたら結果の是非に関わらず魔法統括協会に迎え入れれば良いと思うのですが、何故試験を?」

「なるほど、つまり星屑のぱっぱらぱーはあたしにコネを活用して不正合格させろと。そう言ってんだな?」

「そうは言ってません。あとぱっぱらぱーやめてください」

 

もう泣きたいです。

と、そんな事を思いながらおいおいと泣き真似をしてしまおうと思い至りますが、その動作は私がシーラの様子を伺った瞬間に停止します。

そんな私の目の前に飛び込んできたのは、至って真面目な──凛々しくも美しい、夜闇の魔女の表情。

シーラの、一種の真摯さが現れた1面だったのです。

 

「好きとそれは別問題だ。地力がねえやつが魔法統括協会に入ることは許されることじゃねぇ。それこそ、アイツの為にならねえだろ」

「まあ、それは」

 

魔法を統括する協会と書いて魔法統括協会というだけあって、この協会は難易度の大小問わず様々な依頼をエージェントの皆さんが承ることとなります。無論、それを選ぶか選ばないかはエージェントさんの自由ですが、難しいものから逃げてばかりでは承ることのできる依頼の範囲が狭まってお金になりません。

時には己の命すらも投げ出すことだって有り得なくもない魔法統括協会は、どちらかと言えばホワイトであり、ブラックでもあるのでしょう。

つまり、ホワイトでいる為には()()()()()()()()()()()()()()()()ならない。ブラックと感じる位の実力しかないのなら、やめてしまえ。

恐らく、大体そういうことが言いたいのでしょう。

 

「つーかそんな権限あたしにはないんだよなぁ‥‥‥」

「‥‥‥」

「笑えよ」

「嗤われるのがお望みなら」

 

笑えませんよ、あなたの考えた真面目極まりない思考なんですから。

なんてことを考えると、今の今まで真面目な顔をしていたシーラが「はっ」と笑い声を上げ、またしても煙草を蒸します。

空を見上げた夜闇の魔女の表情は、どこか期待に満ち足りているような──そんな気がしました。

 

「但し、来て欲しいとは思っている」

「何故?」

「望んでいるからだよ、そんなご都合主義的な展開を」

 

ご都合主義、ですか。

 

「ほぼ同じ髪をした弟子を連れる師匠。弟子の正体は師の意志を引き継ぐ魔法使い──ミステリアスでかっけーだろ」

「そういうのは卒業した方が良いと思います」

「そうか?あたしからしたらテメェの頭ぱっぱらぱーもそろそろ治した方が良いと思うんだけどな」

 

そう言うとシーラは1つため息を吐き、続けます。

 

「──夢を見ることはダメなことなんかじゃねえんだよ。本当にダメなのは、ハナっから無理だと諦めることだ」

「‥‥‥」

「しかもアイツには幼馴染との約束もある。その時までに魔法の道を進み、誇れる自分になって逢いに行くって誓ったのにも関わらずそのチャンスを才能がないなんて巫山戯た言葉でフイにしようとした。それはあたし的にはバッドだ。出来るかどうかはガキが考えることじゃないじゃない、やりたいかどうかで1歩を踏み出せるのが未来があるガキの特権であり、使命なんだよ」

 

その言葉を聞いて、私は目を見開きます。

普段から適当な面はありつつも、オリバー君に対してはいつだって真摯であったシーラ。しかし、それと同時にかなりの頻度でオリバー君にお姉さん的な感覚で甘やかしていたのも確かで、オリバー君のお願いごとならなんでも承ってしまいそうな危うささえ微かに感じていました。

それでも彼女は締めるところを締め、オリバー君の成長に関して厳しさと優しさを抱き、接しています。

今回だって、優しさが垣間見えつつもオリバー君の夢に立ち塞がり強大な敵として、彼女は立ち上がりました。夜闇の魔女は、己の愛弟に対しても優しさと厳しさ、そして強さを持つ()()()()()であるつもりなのです。

 

まあ、有り体に言わせてもらうとその面に普通に驚いたのです。

まさかシーラがそこまでのことを弟分であるオリバーくんに対して考えていたなんて、思ってもいなかったのですから。

 

「それに、導き手になんのは大人の役割だろ」

「導き手、ですか」

「テメェはどうなのか知らねえし興味もねえけど、ガキの頃から今日まで酸いも甘いも経験してきたあたし達ができることってなんだって言われたらよ。そりゃあひとつしかねえよな」

 

「お前もそう思うだろ?」という彼女の言葉に、私は微笑みます。

間違いではないと思ったのでしょう。シーラの言うことは最もであり、それは私たちが今の今までやってこなかったこと。そして、私たちの師匠であるあの人が、私たちにしてくれていたこと。

私にとっては、その出来事は定められた運命なのかもしれません。はたまた、シーラにとっては師匠とはまた違う、『センセ』とやらの恩義やも分かりません。『導き手』になる動機なんて、姉妹弟子の間柄である私たちですらばらばらです。

 

それでも。

私たちはあの人の弟子であり、同じ想いを持った姉妹弟子なのです。だからこそ、私はそんな彼女の言葉に微笑んだのです。

シーラの言葉が間違いではないと思ったから。

そして、何よりシーラが抱く想いが私の抱く想いとまるで間違いではないと、図星だったから。

だからこそ、私は微笑み──彼女に言葉を返したのです。

 

「奇遇ですね。私もそろそろ1人目が欲しいと思っていましたから」

「は?」

「いやまあ、あなたも同じ気持ちだったというのは些か気が引けるポイントではあるのですが‥‥‥」

「さりげなくディスってんじゃんねえよ。何お前、本気で弟子取る気なのか?料理の才能を魔法に全て回したようなお前が?マジで?」

 

「マジかよ‥‥‥」と言いつつ、本日5本目の煙草を取り出すシーラ。

それはこっちのセリフだと悪態をつければ良かったのでしょうが、この雰囲気に傷をつけることを恐れた私は、けほけほとわざとらしい咳を吐きながらシーラに抗議をします。

いやほんと、いつまで私に副流煙の被害与えるつもりですか。

まじでけむいんでやめてください──と、せめてもの思いで内心彼女に悪態をついていると、「あぁ‥‥‥」と何故か私に対して1歩距離を置いた()()()()()が。

 

「料理感覚で弟子作んのマジでやめとけって」

「殴りますよ?」

「口だけじゃねえか」

 

それはもう、うざったそうにため息を吐いて言葉を続けたのでした。

 

 

 



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16話 「...デートなのだが?」上

イレイナさんとの箒デートは、全俺が待ち望んだ俺史上最高のイベントである。

まあ、イベントにしちゃひどくささやかで、それこそかつてのイキリ散らかしてた俺が企画したイレイナさんお誕生日おめでとう前夜祭には満たない位ではあるのだが、それでも俺にとっちゃ重要で、楽しみな、そんなイベント。

まさか百合の重力に引っ張られているこの世界で異性と親友になり、あまつさえこうやってお出かけできるようになるなんて、思ってもいなかったんだからな。こんなの楽しまなきゃ損ってやつだよな。

 

「たのもー!」

 

と、いうわけで。

なんて言うとあまりにも唐突で仕方ないのだが、俺はイレイナさんの家のドアをノックしていた。

今まで何度も見たこの光景。前世で魔女旅のアニメを何度も周回していた俺にとっては馴染み深い家のドアをノックすると、しばらくした後に「ちょっと待っててねー」というヴィクトリカさんの声が聞こえてくる。

いやあ、はっは!いつ聞いてもヴィクトリカさんの声は最高だな!

こう、全てを見透かされているかのような声色、たまらねえっすよね!!

 

「はぁぁぁぁ‥‥‥やっぱヴィクトリカさんお母さんだわ‥‥‥!最っ高のイレイナママだわッ!!」

「なに悶えてんすか」

 

まあそんなことを考えていたら当然悶えるし、それを見ている人には『こいつなにしてんだ』的なことを思われるわけで。

尊みで達し、なおも有り余る尊さで膝をつき、右手で心臓を抑えながら悶えている俺に、2階の窓からイレイナが声をかけてくる。

因みに今の彼女、ちょこんと生えた寝癖が非常にキュートである。寝癖すらも可愛さにできてしまう女の子、それが未来の灰の魔女、イレイナなのだ。

クッソかーわいー!

 

「違うぞイレイナ。これは最敬礼だ」

「誰に最敬礼してるんですか。控えめに言って頭おかしいんじゃないんですか」

「控えめじゃなくて草。それと、この最敬礼は寝癖がキュートなキミにしているんだ。少しは自分の可愛さを認識してくださいねー‥‥‥全く、イレイナちゃんは可愛すぎなんでちゅから」

「撃ち抜かれたいんですか?」

 

言って、杖を右手に持つイレイナさんが魔力の塊を俺の右隣に撃ち込む。

これがマトモな人間なら『もう撃ってんじゃん』と悪態をつきたい気分になっているのだろうが、正直イレイナさんの魔力の塊は照れ隠し半分、ガチおこ半分なので悪態をつく気になれない。

今までの経験上間違いない。今日だってあんなに雰囲気が冷酷で、笑ってるけど目だって鋭くて、ついでに今の魔力の塊は生命の危機を感じるレベルだったけど、絶対に照れてる筈なんだ。

多分。

 

「それはそうと、イレイナさん。まだ支度してねえんすか?」

「待ち合わせの時刻の何分前だと思ってるんですか」

「やだな、男は黙って1時間前集合だろ?」

「え、重すぎる‥‥‥」

 

遅刻したらしたで怒るじゃないか。

重いなんて言葉で誤魔化すんじゃありません。

 

「とにかく、少し待っててください。女性は準備の時間が目いっぱい必要なんです」

「正直イレイナさんを困らせる快楽はあった」

「こっち見ないでください、変態さん」

「うっへっへ!」

 

窓を閉めるイレイナさんを見送り、玄関先の庭でぱたぱた飛んでいる蝶々を見ながら時間を潰す。

それにしてもだ。

やはりこの時間に来るのはマナー違反だったろうか。どこかの雑誌に1時間前位から待ってた方が無難とか書いてあったのを前日になって思い出した俺ではあるが、それは待ち合わせ場所にもよるだろうと心の中の俺がツッコミを入れたのが今さっき。

やってしまったことは取り返しが効かないが、ここでひたすら仁王立ちしているのと、時間を空けてもう一度出直すのとでは今後の印象に大きく影響するような気さえする。

ならば、1度どこかで時間を潰して20分後位にまた来よう──なんて思いつつ踵を返そうとすると、()()()()()()()()()()()()()()ドアが開く。

 

「いや早いな、おい」

 

その時、ドアに背を向けていた俺はドアを開けた本人がイレイナさんだと信じてやまなかった。故に口から出た言葉はタメ口だし、何より声のトーンも若干低い。その理由は言わずもがな、『先程は時間がかかると言っていたのにも関わらずどうしてこんなに早いんですかぁ?』的なツッコミを内心でしていたからであろう。

 

「まあいっか。今日は楽しむぞー、何せ今日はイレイナさんの魔女見習い合格記念だからな。目いっぱい楽しんでもらうために、キミを甘やかす準備はもうバッチリ‥‥‥」

 

故に俺は気づかなかった。

ドアを開けた本人が()()()()()()()()()()ということに。

そして、俺を見下ろすその姿が俺にとっての恐怖の対象であるところの──イレイナさんのパパだということに。

 

「あっ」

「‥‥‥やあ、おはよう。オリバー君」

 

ドアを開いた人の正体を見て、俺の笑顔が固まる。まるで放り投げられた時限式の爆弾を見るが如く、呆けているであろう表情でその人を見ていると、その人は俺を見て一言。

 

「‥‥‥目いっぱい甘やかす、かい?」

「は、ははっ‥‥‥」

 

ラスボスかな?

なんてふざけたことを抜かせる度胸があるのだとしたら、俺はもうとっくにそこら辺の女の子侍らせてハーレム生活を送っているであろう。

しかしそれができないから困っているのだ。

巫山戯たことを抜かそうものなら随分前の時のように「オリバー君に娘をやるなど10年はやぁぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!」とか「貴様ァァァァァ!!!!」とか言われて怒られてしまうであろう。

 

いやもう怒ってるまであるんだけどな。

だからこそ、これからの発言で挽回しなければならない。

リスクマネジメントってやつが、今の俺には必要だったんだ。

 

「や、違うんすよ。厳密に言うと優しさっすよね、度重なる試練に心を痛めた娘さんの心を癒す‥‥‥そう、つまり俺は回復魔法──」

「攻撃魔法の準備ならできているが?」

遺書だけ先に書かせてもらってもいいすか?

 

まあ、意識したところで全然できないんだけどな。

 

先程の発言のせいで、引き攣った笑みを見せて俺を見るイレイナパパの背中から修羅のようなオーラが生まれたような──そんな気がした。あいや、『どうして今の発言のせいで』と問われれば何となく察しはつく。

あれだ、俺ってイレイナパパ的に娘を誑かすチャラ男なんだわ。イレイナパパの子煩悩な脳内では、俺が「うぇーい!パパさん見てるー?お宅の大切な娘さんなんですがー‥‥‥なんと、今俺と一緒に遊んでまーす!」とか言っているのだろう。

まあそれに近しいことを平然とやってのけているラッキースケベ&ハーレム希望のクソザコな俺は決して文句は言えない。むしろ、イレイナさんという物語の主人公が両親に愛されているというこの状況に、素直に喜ぶべきなのだ。

 

「そう、それはつまり愛‥‥‥!尊さ!!イレイナパパとイレイナの間にある絆だけでご飯3杯は余裕──」

「‥‥‥誰がパパ、なのかな?」

 

あ、死んだ。

 

「‥‥‥先に言っておくが僕はキミのお義父さんになったつもりはないぞ?」

「いやー何言ってんすか。恐れ多いっすよ、それってつまり俺とイレイナさんがごけっこ──」

「貴様ァ!」

「んんっ!?」

 

己のミスを認め、慌てて弁解するものの時すでに遅し。激おこのイレイナパパを止めることは俺には叶わず、「貴様ァ!」という声が現実から逃げてしまいそうな俺の心を嫌でも引き戻す。

ああ、これはもうダメかな。イレイナパパに嫌われ、最終的にはイレイナさんにお近付きになることすらできないルートかな‥‥‥なんて思いつつ、内心げんなりしていた俺。

 

それでも、どこかで救いの女神ってのは手を差し伸べてくれるらしい。いや、この場合勝利の女神って言えばいいのかな?

 

「あらまぁ、朝からどうかしたの?」

「ヴィクトリカさん!」

 

イレイナパパの奥さんであり、イレイナのお母さんであるヴィクトリカさんが玄関から顔を覗かせ、イレイナパパの元へ歩み寄ると、途端にイレイナパパの修羅のオーラが引っ込んでいく。

あれか、奥さんの前ではカッコよくいたいってか?

ヒューヒュー!妬けちゃうねぇ!!

 

「オリバー君。今日はイレイナをよろしくね」

「うっす!」

 

まあ、それはそれとして。

ヴィクトリカさんに言われたことは俺の中で既定事項であり、当たり前のことでもあるため元気よく、迷いなく返事をする。

だって当たり前だよな。今日という日はイレイナさんが望んだことであり、俺が望んだものでもある。

この1日がイレイナさんにどのような影響を与えるかどうかは知らんけど、そんなものは俺が何をしたいかという願望に比べたら大したことではない。

俺は、イレイナさんのお願いならできるだけ叶えてやりたいと思ってしまっている変態なんだ。

悪いか?悪くないだろ。いや、違うな‥‥‥悪くないと言え。

 

「ヴィクトリカ‥‥‥!?」

「別に愕然とすることでもないでしょうに。そもそもの話、オリバー君の真面目さはあなたも知っているでしょう?」

「そ、それはそうだが!けど、母さん!」

 

と、そんなことを俺が考えているとイレイナパパの視線が俺からヴィクトリカさんへと移り、抗議の声を上げる。

どんな時でも娘を想い、外敵を排除はせずに修羅のオーラで追い返し、いざと言う時には自らの妻の圧にも負けない。

そんなイレイナパパは正直に言うと推せるのだが、そろそろ真面目に話して、キチンとイレイナパパにデートの許しを得なければならない。

 

「そういえば、初めてのデートは10歳の頃だったかしら?」

「んん!?」

「確か、お使いに行った時に一緒に箒で2人乗りして」

「2人乗りしたのか!?」

「一緒に胡椒を買いに行ったのよね」

「胡椒!?」

 

何故かって、ヴィクトリカさんの言葉から壮絶な誤解が生まれているような気がするからだ。

これはあくまで俺の見解なのだが、この人って小悪魔という言葉では表せない程にドSなのよな。旅先で守銭奴って言われるくらいお金大好きだし、どうやったらお金儲けできるかを沢山考える人だし、賢いけどお金大好きだし(2回目)。

 

さっきまで勝利の女神でヴィクトリー!とか内心で思ってた俺をトンカチでぶん殴ってやりたい。確かにヴィクトリカさんは決める時はズバッと決めるカッコイイ人ではあるが、少なくとも今の彼女はそうでは無い。

差し詰め、今のヴィクトリカさんは確信犯の女神である。現に今、ヴィクトリカさんが悪戯っぽい笑みで「ね、オリバー君」とか言ってきやがった。

ちくしょう、本当なら怒りたいんだけど笑みが美しすぎて怒るに怒れねぇ!!

 

「お、オリバー君‥‥‥キミは一体どれだけ僕の愛娘を誑かせば気が済むのかな‥‥‥?」

 

んで、このイレイナパパの修羅のオーラよ。

再び燃え上がるような怒りを滾らせて俺を見るイレイナパパは笑顔すら見せているものの、一言失言でもしてしまえば怒り狂って首チョンパされそうな凄みがある。

とはいえ、引く訳にはいかない。

考えてみろ、イレイナさんとのデートは数日前から約束していたもの。待ち合わせ時間すら決めたその約束を、イレイナパパの凄みくらいで破れるか?

答えは否、だ。

この前も言ったけど、俺は確約をしてくれた幼馴染兼親友にはいつだって真摯でいたいのだ。そのためなら悪魔に魂も媚びも売ってやる。

それくらいの決意なんだ。壊せるものなら壊してみろよ、おとうさん!!

 

「誑かしてないっすよ。俺は本気です」

「ッ──それ、は」

「巫山戯てもいません。これは俺が望んだことですし、事の終わりまで責任を取ります」

「な、ななっ‥‥‥なに、を」

 

あれー、おかしいね。

なんかイレイナパパが動揺しているね。何故か頬まで紅潮させてるし。

とはいえ、これは好機だ。現に今の今まで見せていたイレイナパパの修羅のオーラは動揺によって消え失せ、その代わりに確かな隙が生じている。

こうなればこっちのもんだ。

真摯な言葉と、俺の得意技であるところの直球火の玉すこすこストレートでイレイナパパに『決して今日の遊びは不純な動機ではない』ということを伝えられれば──

 

「俺は本気でイレイナさんという親友と遊んでいるんです!信じてくださいッ!!」

「貴様ァ!!」

「ファッ!?」

 

これぞ本当の修羅場ってね!

ははっ、笑えないね!!

 

 

 

 

 

 

ぶち込まれた。

情け容赦もなく、首から下を地面に埋められた。

「全く、近頃のオリバー君は!!」と激おこプンプン丸(死語)のイレイナパパを「あらあら、貴方の親友の子でしょうに」と窘めるヴィクトリカさんの会話を見るに、どうやら俺の予想は間違ってないらしく──イレイナパパの中で、俺は娘を誑かすチャラ男と化しているのであろう。

なんならいっその事吹っ切れてチャラ男になってやるか。そっちの方が人生楽しく生きられるんじゃねえか?サヤさんやアムネシアさんに対して「うぇーい!そこのお嬢さん方、お茶しないうぇーい!?」ってさ。

 

あ、無理だ。多分‥‥‥というか絶対殺されるわ。

サヤさんとか、そういうチャラ男はもれなく魔法で肉体的な意味で殺すだろうし、アムネシアさんは「んー、めんどくさいからしないわ」とか純新無垢な笑顔で言ってきて、精神的に殺されるわ。

あの子たち、イレイナさんにゾッコンだもんね‥‥‥

早く出会って結婚しねえかな。

 

「‥‥‥えぇ」

 

そんなことを考えていたらイレイナさんが準備を終えて玄関のドアを開けたらしく、こっちに向かって哀れみいっぱいの視線を向けてきた。

対して、首から下が地面に埋まっている俺はイレイナさんを見上げることしかできない。強いて言うならイレイナさんの足をまじまじと見るくらいのことしかできない俺は、それすらもはばかられ「やー、キツいっす」という言葉でイレイナさんの視線に対応する。

イレイナさんがジト目でこちらを見てきた。

好きになってもいいのかな?

 

「ものの数分でこのような事態になった理由を簡潔に説明してください」

「イレイナのお父さんを怒らせた」

「馬鹿ですね」

 

イレイナさんの内角直球火の玉ストレートが俺の胸を抉る。

会話下手なのは自覚しているのだが、それ以上に俺はイレイナパパと馬が合わないらしい。発した言葉の尽くがイレイナパパの琴線に触れ、貴様ぁ!と怒られるこの惨状は、もはやワードセンスやトークセンスだけではどうにもならない気さえしてならない。

そもそもの話、イレイナパパの俺に対する印象チャラ男だしな。

先ずは「うぇーい!」とか巫山戯た態度を改めなければ先は無いのだろうが‥‥‥何故か考えなしに先走ってうぇーい!とか不用意な発言をしてしまうんだよな。

ほんと、なんでだろうな。

俺にもわからん。

 

「あ、それはそうとイレイナ。俺の事助けてくんねえかな‥‥‥これ、息はできるんだけど自力で抜け出せなくって」

「え、無理です。魔力の無駄遣いじゃないですか」

「それはキミのパパに言ってくれるかな?」

「言えるわけないじゃないですか。オリバーだから言っているんです、アホのオリバーですから」

「くそう、このファザコンめ‥‥‥」

 

イレイナにとって俺は罵倒を気軽にできる仲にある男の子らしい。それはそれで嬉しいし、正直推せるのだがこの状況では悶えることもできない。

と、いうわけで物体を宙に浮かせる浮遊魔法で助けて貰った俺。

メキメキと柔らかい地面が音を立て、遂に俺の身体が空気に触れたその瞬間、イレイナのジト目が俺の視線に映る。

あかん、興奮してきた。

 

「はーサンキュ‥‥‥ったく、なんだかんだ言って助けてくれるんだからイレイナは可愛いんだよな」

「あ、やっぱ顔面まで埋めときゃ良かったですかね」

「いや埋めんなよ死ぬわ」

「お父さんに怒られたのもそういう不用意な発言を無くす努力をしなかったからでは?」

 

図星なだけになんとも言えん。

けど埋めるのはやめろ。

2度目の人生が生き埋めエンドとか俺得にもなりゃしないだろ。

な?だからその物騒な杖しまって。頼むからイレイナパパと同じ魔法使おうとしないで!

 

「それにしても、キミのお父さんはなんというか‥‥‥愛情に溢れた人だよな」

 

杖を振りかぶるフリをしながら『やるんですか?おぉん?』とでも言いたげに悪そうな顔をしているイレイナさんにそう言うと、意外な言葉だったのか彼女の動きが止まり、目が見開かれる。

 

「愛情に溢れた、ですか」

「おうとも。誰かを大切にする姿勢とか、そういうのがそっくりで、キミのお父さんなんだなぁって思うよ。愛されてんな、イレイナ」

 

やはりこの子が物語の主人公となるに相応しい優しさと強さを持つ人になったのはヴィクトリカさんやフラン先生だけじゃなく、この人の影響も大きいんやなぁって。

娘を思う優しさ、その想いを断たない心の強さ。これらは間違いなくイレイナパパの強さであり、イレイナさんが引き継いだ確かなもの。

そりゃあ、まあ外見はほぼヴィクトリカさんだけどさ。やっぱこういう面を見ると、イレイナさんの家族って本当に凄い人達なんだなって思うよ。

 

「いやもう隠しても無駄だから言わせてもらうが。ここだけの話、俺はイレイナパパを尊敬している。俺もあんな風に誰かを想える、そんな人になりたいんだ」

「言葉の通り、無駄なカミングアウトですね」

「そうか?理想像を話すのは悪いことじゃないだろ」

 

ヴィクトリカさんやイレイナパパ、果てはシーラのおねーさんや未だ出会ったことの無いフラン先生にも言えることなんだけど、本当に凄い人って純粋な強さだけじゃなくて優しさもあるんだぜ?

俺、大人になったらイレイナパパと盃交わして舎弟にしてもらうんだ‥‥‥(届かぬ思い)。

 

「‥‥‥そもそも、誰かさんを大切になんてしてませんし、お父さんほど誰かさんを想う気概もありません。それから、家族から愛されてるのは肯定しますがそっくりなんかじゃありません。訂正してください」

「いや、俺からしたらそっくりだとしか思えないのだが‥‥‥まあいっか。俺的にはもうお腹いっぱいだし」

「は?」

「イレイナさんとイレイナパパの絡みでご飯3杯は行けるウェイね‥‥‥」

「いや、したり顔で何言ってるんですか‥‥‥」

 

呆れたような態度でそう言うイレイナさんに、俺は「ははは‥‥‥」と乾いた声を上げる。

正直、イレイナさんと遊ぶ前に壁にぶち当たった俺は精神的にも体力的にも疲弊していた。イレイナパパの修羅のオーラには殺られるし、穴にぶち込まれるし、ヴィクトリカさんの悪戯っぽい笑みにも殺られるし──まあ、それだけイレイナさんが愛されているということを知ることで得た快楽も無きにしも非ずだが、それでも疲れるもんは疲れる。

正直に言うのならこの先の未来、イレイナパパとは喧嘩せず平穏にお話していきたいものだ。

 

「戯言抜かしてないで早く私を連れて行ってくれませんか、変態さん」

「はいはい、んじゃ‥‥‥」

 

それでも、これから起こる出来事に比べたらイレイナパパとの口論や、ヴィクトリカさんの悪戯っぽい笑みなんて些細なものだと。疲れなんて関係なくこの1日を楽しめるんだと。

そう言いきれてしまえる俺は、きっとこの日を自分でも想像できないくらい楽しみにしていたのだろう。

 

──試験の日はまだ決まっていないが、これからイレイナさんも俺も、己のやりたいことに向けて努力する時間の方が圧倒的に増えてくるため、こうして羽目を外せるのは恐らく、これっきりでしばらくは遊ぶことなんてできないだろう。俺とて目の前の親友ともっと遊びたい気持ちはあるが、彼女の魔女見習いとしての時間もあるし、何より自分の目標を叶えなければ()()()()()()()()

 

だからこそ、俺は楽しむのだ。

恐らく少年時代のロベッタでは最後になるであろうイレイナさんとのデートを。

そして、何よりも好きなこの一時を笑顔で過ごすために。

 

「今日1日、俺に付き合ってくれるかなー!?」

「‥‥‥」

「無視かなー!?」

「いやテンション高いですね‥‥‥」

 

右拳を上げて、イレイナさんをドン引かせたのだった。

 

 

 



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17話 「...デートなのだが?」下

 

 

イレイナパパとの口喧嘩?やらヴィクトリカさんの悪戯っぽい笑みやらを乗り越え、イレイナさんとの箒デートを無事始めることができた俺。

そんな箒デートの船出は、至って普通の空中散歩から始まった。

改造した箒の背もたれに寄りかかる俺の前で座るイレイナさんは先程から目の前に広がる景色を楽しみつつ──たまに俺の方を振り向いては何かを言おうとしている。

はて、どしたのかね。

 

「さっきからどうしたのかな?」

「え」

「チラチラこっちの方を見て‥‥‥俺的にはイレイナさんの可愛らしい表情が見れて得しかないけど、もしかして箒の座り心地良くない?」

 

それは12分に有り得ることだと思う。

箒って言っても俺の場合、背もたれとか色々改造しているし、イレイナさんにはイレイナさんの箒がある。それらを鑑みれば俺の箒がイレイナさんの思う良い座り心地と大きな差異があるということは否めず、そんなことに今更気付いた俺は、今更イレイナさんに乗り心地の善し悪しを尋ねたのだ。

しかし、俺のその言葉にイレイナさんは首を横に振ると、俺の方は見ずに前を見て言葉を続ける。

 

「座り心地は良いですよ」

「マジで?」

「はい、マジです。箒のメンテナンスを欠かしてませんね、感心します」

 

うへへー!イレイナさんに褒められたー!

箒のメンテは欠かしてないし、なんならシーラさんと魔法統括協会の話する前にメンテならぬ話し合いを沢山したもんねー!

やっぱり気を遣っているところに気付いてもらえると嬉しいし、そういうところが本当にカッコイイなと思いますね、はい!

 

けど、それならどうしてチラチラ見てんのかなー‥‥‥ひょっとして、やっぱり2人乗り嫌だったのかな?なんて思っていると、意を決したようにイレイナさんがこちらを振り向き、言葉を発した。

 

「‥‥‥あの」

「ん?」

「先に言っておきますけど、ありがとうございます」

 

ん?

いやまあ、別に‥‥‥そう言われたら「どういたしまして」って言うのは俺が当たり前なんだけどさ──と、そんなことを思いながらイレイナさんの様子を伺うと、心做しかイレイナさんの頬と耳が赤い気がする。

‥‥‥ううむ、尚更分からないぞ。

 

「なんで──って聞いてもいいか?」

「それは、まあ。そこそこ突拍子もない話でしたし、なんなら冗談程度に言った希望でしたし」

「‥‥‥あー」

「それにも関わらずオリバーは私の我儘を聞いてくれましたから。だから、感謝しているんです」

 

「ありがとうございます、オリバー」と。それはいつもの彼女らしからぬ勢い任せの言葉であったと言える。どちらかと言えば落ち着き払った性格のイレイナさんは言葉の一つ一つが丁寧で、冷静だ。恐らく、昔からそういうことを意識してきたのであろう。無駄のひとつもない丁寧語を取っても、誰よりも冷静な判断を心がけようという彼女の意識が垣間見える。

まあ、それ以外にも余計な敵を作りたくないとか己の腹黒さを少しでも隠すためだとか、色々理由はあるんだろうけど。

そんなイレイナさんのあからさまに焦ったような早口に、俺の頬は少しだけ緩む。「何笑ってんですか」と恨み節が聞こえてくるが、それでも今の俺はいつもの俺が「クレイジー」と言ってしまうくらいリラックスしている。

この状況で面白いことを意図的に言ってやろうと思えているのが、何よりの証拠だ。

 

「まあ我儘かはともかく、1度イレイナさんと誰にも聞かれない()()()()()()()ゆっくり話したかったってのもあるんよ。俺、試験が終わった直後のイレイナさんのことが少し気になってたから」

「‥‥‥え?」

「最年少魔女見習い、1対1の勝負で圧巻の魔力の塊連打!相手の女の子はグロッキーって新聞に書いてあってさ」

「‥‥‥さて、なんのことでしょうかね」

「試験後日のイレイナさんの表情が笑ってたけど怖かったからさ。何があったのかなーって」

 

新聞記事を見た時は驚いた。

原作を知っているということもありイレイナさんが難なく試験を突破するということは大体分かっていた。俺との出会いで何かが変わってしまったら万が一のこともあるかな──なんてのは杞憂で、それこそイレイナさんは他の魔法使いとは比べ物にならず、下手したらロベッタの下手な魔女なら容易に倒してしまいそうな、そんな実力を試験前には身につけていたのだ。

その結果、イレイナさんはあっという間に。簡単に魔女への第1歩を踏み出し、魔女見習いの身分を証明する桔梗のコサージュを得た。

最後の敵を、グロッキー状態にして。

 

いや、まあ専らの噂ではまた復帰して「おーほっほ!前回のアレはまぐれですのことよー!!」とか言ってるらしいけど。

記憶飛んだんかな?

 

「もし良かったら聞かせてくれないかな。それで気分が軽くなるのだとしたらに限るけど、聞きたい」

「‥‥‥あれは」

 

すると、イレイナさんは少しだけ頬を膨らまして俺から視線を切る。

どうやら俺がその質問をするのは彼女にとってはNGだったらしい。俺の胸ぐらをちょこんと指先で掴むと、前だけを見た状態でイレイナさんが続けた。

 

「‥‥‥悪いのは相手の女性の方です」

「ふむ」

「オリバーのことを馬鹿にして、あまつさえあなたのことを犬だと。私の後ろを子犬のように付いていく自立のできない甘ちゃんだと、そう言ったんです」

「ふむふむ‥‥‥って、いたい!ちょ、ま、イレイナさん!?この箒俺が操縦してるの忘れてません!?」

「それはもう、私の親友を馬鹿にしてくれましたからね‥‥‥傲慢さという彼女の弱点をサーベルでぶすぶす刺してやりました」

 

さ、さいですか‥‥‥!!

それはまあ、めちゃくちゃ嬉しいし感謝してるんだがイレイナさんって人の胸ぐら強く掴むほどアグレッシブだったっけ‥‥‥!!

「はわわ‥‥‥!」と女の子顔負けの声を上げつつ、イレイナさんの凶行に慌てふためく俺は、引き攣った笑みを浮かべつつ、眉間に皺を寄せて怒っているイレイナさんから見てどのように見えたのだろうか。

俺には分からない。

 

「と、ともかく!俺の事で怒ってくれたのは感謝してる、あんがとな」

「‥‥‥別に構いません。それに、これは私のためでもあるんです」

「イレイナさんのため?」

「はい。親友がコケにされる現状は私の精神衛生上良くありませんし‥‥‥流石に親友を犬扱いされたままでは黙ってられませんから」

 

とはいえ、こういうところがあるから俺はイレイナさんが親友として大好きなのだろう。

こうして悪く言うやつをぼこぼこにしたりするのもそう。

辛辣な言葉の方が多いけど、たまに思いがけない言葉で励ましてくれるのもそう。

イレイナは、いざという時に『人を思いやる』。それがどういう結果になろうとも、気持ちを慮る。今日の俺に対してだってそう。きっと、今の出来事を話さなかったのは──そういうことだろ?

 

だから俺は思う。

俺に対して()()()()()()()思いやりのある行動や言動に、俺は確かに救われてるんだよなって。

確かな証拠はなにひとつないけど、そう信じて止まないんだ。

 

「‥‥‥イレイナさん」

「なんですか?」

「抱き締めてもいいかな?」

「はぁ?何を言ってるんですか気持ち悪い」

 

で、その気持ちの暖かさに触れた俺は今日も今日とて変態的な発言をイレイナに敢行する、と。

控えめに言って死にたいのかな?

 

「それにしても、そんなこと言われてたなんてな‥‥‥どうせなら猫ちゃんが良かったわな」

「物の喩えで馬鹿にされているのですがそれは」

 

知ってる知ってる。

ただ、「転生したらアムネシアだった件」を書いていた俺としますと、やっぱり転生したら系のオチは憑依か動物系なんすよ。

憑依すりゃカップリングを知ってる分推しと推しのキューピットやったりできるし、動物もアニマルセラピーやらで可愛がってもらえてキャラの新境地を開拓できるかもしれんし。

猫を可愛がるアムネシアさんとかサヤさんとか見たいでしょ‥‥‥見たくない?

 

「ま、それはともかく。そんなことを言われてたんなら、イレイナさんのためにも俺自身、もっとちゃんとしないとな」

「ちゃんとする、ですか」

「おう。俺のことで嫌な思いさせて本当にごめんな、俺もちゃんとキミが誇れる親友になれるようにするからさ、もう少し──」

 

待っててくれ。

と、ここまで言おうとしたところで俺の口が何者かに塞がれる。

無論、塞いだ正体はたった1人。

イレイナさんだった。

 

やだ、俺イレイナさんの手にキスしてる!?

これってラッキースケベじゃね!?

おいおい赤ちゃんの時に目標にした夢叶っちゃったよ!やったね!!

 

「要りません」

「むがもがが?」

「はい、そんな焦燥感要りません」

 

と、まあそんな巫山戯たことを考えつつもイレイナさんの言葉に耳を傾けていると、『要らない』という言葉をぶつけられた。一瞬、「あなたは要りません」的な解雇通知かと思ったんだが、そうでもなく。

微々たる俺の気持ちの変化を目敏く悟ったイレイナさんは、俺を見て優しく微笑んだ。

 

「そんなことで焦る暇があるのなら、地道に着実に実力を伸ばしてください」

「いや、しかしだな‥‥‥」

「しかしもかかしもないんです。大体、それを言った人って魔道士の人、たった1人ですからね?しかも詭弁も甚だしい一言ですし、気にしなくていいんですよ」

 

「それに」とイレイナが続ける。

 

「私がしたいのは親友の名声で威張ることじゃありません。あなたとの──山吹の髪の魔道士さんとの確約を果たすことなんですから」

「!」

「そこら辺、勘違いしてもらっちゃ困りますからね。覚えておいてください、魔道士さん」

 

最後に一言、そう言うとイレイナさんは「全く、これだからオリバーは魔法戦で私に連敗続きなんですよ」と痛いところを突く。

そして、そんな彼女の一言に面食らってしまった俺は、内心でその言葉に驚くのと同時に、どこか胸の奥にスっと入ってくるような、そんな感覚がした。

 

そうだ。俺のやりたいことなんて、既に決まってるじゃないか。

時目の前に壁が立ち塞がろうとも、敵が群がっていようとも、最後まで諦めずに()()()()()()()()()辿()()()()()()切り拓いて歩いていく。

最後までだ。イレイナさんはそれを許してくれた。魔法の道に進み、いつか旅をしているイレイナさんに逢うという確約を果たすまで、恩を返すことを待ってくれると、そう言ったのだ。

焦る必要なんてない。

着実に『なりたい自分』に向かって、歩いて行けばいいんだ。

 

「‥‥‥ははっ」

「いや何笑ってんですか」

「いや、ほら‥‥‥イレイナさん、俺のこと魔道士さんって強調したからさ。地味に魔女見習いマウント取ったのかなーって」

「おや、マウントを取る私は嫌いですか?」

「まさか、大好きだ」

 

瞬間、ビクッと身体を震わせたイレイナさん。

「‥‥‥突拍子もなく何を言ってやがるんですか?」という言葉と共に殺意マシマシの視線が送られてくるが、恐怖なんてなにひとつ感じやしない。

だって、今の俺の一言は──

 

「イレイナ」

「?」

「──ありがとう

 

紛れもない、俺の本心なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

その後、俺達は様々な場所で時間を過ごした。平原にたどり着いて口論の末にバトって無惨に敗北したり、以前に行った喫茶店でたまごサンドを食べて、談笑したり、それ以外にも様々な場所で束の間の一時を過ごした。

まるで時間すら忘れ、早く感じてしまうようなこの感覚はイレイナさんとの一時が本当に楽しいものなのだという証左となり、俺の心に響く。

そして、その響きは中毒となって──またこんな一時を味わいたい、過ごしたいと思ってしまうわけだ。

 

いつかまた、こんな風に楽しめたら。

そして、今はまだ叶うことはないけれど。

どこかで会って、少しの間だけでもいいから2人旅が出来たらなって、そう思えた一時だった。

 

「あぁ〜‥‥‥幸せだったなぁ」

 

そんな1日を過ごした翌日、朝ごはんを食べた俺は昨日のイレイナさんの可愛さに悶えつつ、なんとか朝ごはんを食べ終えていた。

いや、だって仕方ないじゃん!

私服イレイナさんめっさ可愛かったもん!

パン食べるイレイナさんめっさ可愛かったもん!!

魔法戦で勝ってドヤるイレイナさんクッソ可愛かったもんッ!!

 

「くぅぅぅぅ‥‥‥!恐悦至極ッ‥‥‥!マジ箒デート最高‥‥‥ッ!!」

「何悶えてんの、オリバー」

「きゃああああ!?」

 

途端、食器を片付けに来た母さんに声をかけられて心音が跳ね上がる。故に発してしまった女の子みたいな叫び声を母さんは歓迎しなかった。

「えぇ‥‥‥」という声とともに苦笑いした母さんは、小さくため息を吐くと、俺に『あるもの』を差し出す。

 

「いや、なにその女の子みたいな声‥‥‥まあいっか。はい、これ」

「なにこれ?」

「手紙、シーラちゃんから。ちゃんとお返事返してあげなよー?」

 

その正体に目を見開いた俺は、丁重にその手紙を頂き、中身を見るために封を開く。すると、いの一番に書かれたその文字が、俺の浮ついた気持ちは一気に寸断される。

 

──1ヶ月後、試験すっから

 

まあ、有り体に言わせてもらうと俺の気持ちが『イレイナさんとの思い出のあれこれ』から『魔法統括協会』へと切り替わったんだ。

やはり、甘々な時間はこれが最後だったか──なんて呆れながら吸う空気は普段より重いような、そんな気がした。

 

「‥‥‥ははっ、急すぎでしょ。センセ」

 

期間は1ヶ月。

それまでに何ができるかなんてのは分からないが、そういうことなのだとしたら文句は言えん。

これは俺が選んだ道であり、やりたいと思ったこと。

叶えられるチャンスが存在しているのならば、それ以外はなんだっていい。

俺の今まで培ってきたことを全て発揮する。

それしかないんだから。

 

まあ、そんな俺の気持ちを前提として、敢えて一言文句を言うのだとしたら──

 

「試験何やるのかくらい教えてくださいな」

 

それくらいは言っても、バチは当たらないはずだろ──なんて考えた山吹の髪を、窓から吹き付ける柔らかな風が靡かせる。

その柔らかな風がぜひぜひ追い風でありますようにと半ば他力本願的な願いを抱いた俺は、魔法の練習をするために平原へと向かう。

 

試験まで残り1ヶ月。

未来に待つ確約のために、俺は誰もいない平原を踏み締めたのだった。

 



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「奥様方の密会」

小休止にオリバー君とイレイナさんが出逢う前の話を2話ほど挟みます。
その後は6話ほどで2章を終わらせる予定です。


 

 

 

 

 

お昼時の平和国ロベッタは、一言で現すと優雅だ。

静かな世界に、小鳥のさえずり。平和国と銘打っているだけあって、争いごとなんてものは滅多にない。私も立場上色んな人に会って、色んな街で過ごしてきたけど、やはりこの国の平和っぷりは異常。

ま、孤児院がしっかり機能しているって時点で平和国か否かってのは分かるもんだけど。

そんな国の雰囲気が優雅でないわけなく、私自身この優しくて美しい世界を心底気に入っている。

どれくらい気に入っているのかって?そりゃあもう、私がこの国で子どもを育ててる時点で察してちょ。

 

まあ、そんな平和的な雰囲気にどっぷりと浸かってしまったぼ──あいや、私ことセシリアさんは今日は親友を家に招き入れてティータイムと洒落こんでいた。

優雅な国で、優雅なティータイム。そして目の前には美味しいお菓子に、綺麗で美しい女友達!

私は女で家族持ちの一般主婦だけど、こんな優雅なティータイムに向き合えば、気持ちも昂る。

まあ、有り体に言ってしまえば「はぁはぁ」してた。

いやほんと、この時間すきぃ‥‥‥

 

「ねえ」

「ぱくぱく」

「ちょっと」

「うーん、やっぱりお菓子はクッキーしか勝たないなぁ。それも市販のクッキーではなく、ヴィッキーのクッキー‥‥‥ぷーくすくす!ヴィ()()()のク()()()だって!!マジテラワロス!!

「会話する気を失くすからやめて」

 

「というより、話を聞きなさいな」と。そう最後に一言を添えた彼女は、ここまでの会話の流れからお茶菓子関連で洒落を言った私をどうにも許せないらしい。

ニッコリ笑顔で私を見る人妻仲間のヴィクトリカ。

いつまで見ても美しいと思えるその笑みは、確実に私を糾弾する類の笑みであり、圧もマシマシ。

表情を言語化するなら「私との会話中に何別の考え事してるの?死ぬの?」という言葉が正しいとすら思えてしまう彼女の笑みはぶっちゃけて言わせてもらうと、まじで怖かった。

失禁しそうだったぜ。

 

「う、うんうん。聞いてんよー。確か昨今の子育て理論の展望について話してたんだよね」

「え、そんなこと話してない」

「話してたじゃないか。最近は子どもに厳しくするだけじゃダメだって。俗に言う『自主性』と『わからせ』のバランス配分が必要だって」

「誰があなたに『わからせ』を推奨したというのか」

 

そんな瞳を向けられたら、話を聞いていなくても聞いていたと言わざるを得なくなる。

ウソはいけないことだと分かっていても、まるでウソを誘導するかのようにプレッシャーかけられてるんだから仕方ない。私はヴィクトリカの笑みに打ち勝てるほどの強心臓、とっくのとうに捨てちゃったのだから。

それ故に発した一言に、ヴィクトリカはため息で応えた。そのお詫びと言っちゃなんだが、「ボクの推理は完璧だぜ」とドヤ顔でヴィクトリカに言った。

ヴィクトリカの眉間がピクリと動いた。

あ、やばい。これ死ぬやつだ。

 

「やっぱり何も聞いてなかったのね」

「ごめんね、多分お菓子作りの話からロベッタの平和的な空気に殺られててさ。まるで話聞いてなかった」

「平和ボケも考えものね。ちょっと表出なさいな」

絶対に嫌だ

 

もうじき5歳になる愛娘がいるのにこの母親は遠慮もくそもなく、私のことをぶん殴ろうと表に誘導する。いやしかし、これしきのことで私が殴られてたまるか、しかも親友であるところのこの私が!と考えつつ腕を掴まんと伸びてくるヴィクトリカの右手をひらひらとかわしていると、やがて諦めたかのように彼女が大きくため息を吐く。

おやおや、諦めたのかな?

このへなちょこ!

 

「こんな調子でオリバー君が変な影響を受けないか心配ね」

「あいや、変な影響受けてもキミは好きでいてくれるでしょ?」

「それはまあ、その時になってみなきゃ分からないけど」

「とか言って?本当はデレデレなんじゃないの?」

「自分のことを棚に上げて人を弄ぶのはさぞ愉快なのでしょうね」

 

そして、そんなへなちょこヴィクトリカにけちょんけちょんに自身の悪癖を晒される私はもっとへなちょこであるということも自覚している。

往々にして自身の愛娘とオリバーに甘々な彼女だけど、それ即ち子どもにとても優しいということ。

そんなヴィクトリカが私のような母親よりへなちょこなわけがないだろう。むしろ彼女はそこら辺にいるおかーさんよりおかーさんしてるわ。

ヴィクトリカマッマのそういうところを私は憧れており、見習うべき存在であるとも自覚している。母親とて、パーペキではない。日々新たチャレンジ、毎日スタディ。これを合わせて良き母となっていく。逆に言ってしまうと、私はまだまだダメダメなオカーさんということであり──

 

「まあ、仮にあなたの性格が良くても私のあなたに対する評価はまるで変わらないのだけど」

「ほう、因みに私の評価はどれくらいのものなのか。具体的に聞かせてもらっても──」

1()0()()ね」

「赤点じゃあないかっ!!」

 

スーパーママへの道は、険しいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お茶菓子は底を尽き、ティータイムのお開きも近くなってくると、私の頭の中は今日の晩御飯のことで頭がいっぱいになる。

それはヴィクトリカにとっても同じことだったらしく、私程ではないにしても人差し指を口に添え、上を見ることで何かを思案しているということが分かる。あれは‥‥‥うん、多分明日あたりに自分の子供に新しい何かを体験させてあげようとしている顔だ、間違いない。

因みにその子、今日はお父さんと一緒に本のショッピングに行っているらしい。

月に数度あるかないかの娘サービスだと、イレイナちゃんのおとーさんは意気込んでた。因みに私の夫も、今日は息子サービス。

いやはや、考えることは一緒ってか。何その以心伝心、私もヴィクトリカと一緒にやってみたい。

 

「で、結局のところ何を言いたいのさ」

「本題?」

「うん。まあ、あーだこーだ色々言ったんだろうけど。結局のところキミの言いたいことはいつもひとつだろ?」

「あーだこーだは言ってない」

「じゃあごちゃごちゃ?」

「潰されたいのならそう言えば良いのに」

 

それこそ言ってないだろ。

というかそうはならんでしょ。

まあ、それはともかく。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言えってことさ。遠回しに何かを伝えようとしたら飽きちゃうってことくらいキミほどの人間なら分かっているだろ?」

「ええ、本当に。少しはオリバー君の集中力を見習って欲しいくらいね」

「おいおいやめろよー!てれるだろー!?」

「‥‥‥」

「無視かよー!」

 

こう見えて私とヴィクトリカは長い付き合いである。故にこの子が何か言いたいことがあるってんのならそれを察することができるし、模範解答までは分からずとも何を言えば良いのかも大体分かる。

え、その割にはセシリアさんヴィクトリカを怒らせてるって?

ほら、あれよ。普段怒らない子が怒るとギャップで可愛くなるじゃん。ドMさんの本能擽るじゃん。純粋に楽しいじゃん。

だから決して間違えてるわけじゃない。あえて間違えて遊んでるんだ。

本当だよ。あいや、マジだから。

 

「まあ、あなたの阿呆みたいな言葉遣いに見当違いも甚だしいデレはともかく。そこまで言うのならお望み通り‥‥‥ねえ、()()

「なんだい。なんでも言ってみたまえよ、私のデレを見当違いとか抜かしやがったへっぽこ()()()()()

 

まあ、何はともあれ。

生涯に1人、そう言っても過言ではない存在であるところのヴィクトリカが私のことを本来なら罰金ものであるところのあだ名でそう呼ぶと、ニコリと笑みを見せる。その笑顔は、傍から見れば美しいだけの笑みだけど、ヴィクトリカという女を知ってる私にとっては恐怖そのもの。

端的に換言すると「がくがくぶるぶるはぁはぁ」といったところか。まあ、そんな面持ちで私はヴィクトリカに対抗するかの如く──彼女をあだ名で呼んだんだけど。

 

「オリバー君とイレイナ、会わせてみない?」

「は?」

 

そんな私の対抗心は、目の前の灰髪の女のせいで全てぱっぱらぱーになった。

あいや、ナンデ?

オリバーとイレイナちゃん、顔合わせ、ナンデ?

 

「‥‥‥今なんて?」

 

うむ。

まあ、あれよ。

私の耳が突発性難聴的な何かに陥って、本来なら聴こえるはずもなかった一言が幻聴として聞こえてしまった可能性も無きにしも非ずだからね。

故にここはもう一度聞いてみようと考えた私は、目の前の灰髪をじとりと睨む。すると、彼女はクスリと微笑んで「リアがその顔をするのも久しく見てなかったわね」とか言ってきやがった。

いや、なにわろてんねん。

 

「聞こえなかった?」

「うん、寸分たりとも聞こえなかった」

「それはちょっとおかしいと思う」

「うるせぇ!都合の悪いものは右から左に聞き流すセシリアさんだぞ!?聞こえるわけなかろう!!」

「あなたほんとうにくそやろうね」

 

おっとそれ以上はいけないぞヴィクトリカ。

お願いだからその右手で振り上げた物騒なマグカップしまって。まだ私は生きてたい。せめてオリバーが独り立ちするまで、私がおかーさんとしての役目を終えるまでは死ぬ訳にはいかないのはキミだって分かっているだろう。

 

「だから、ね?ほら、その物騒なのしま──痛ぁ!なんで叩かれた!?」

「あら、何処かの本で斜め45°に叩けば治るって情報が記されていたような気がするのだけど‥‥‥」

「それは壊れた()に対してだろうが!このぽんこつ!!」

 

結局、死ぬことは回避したのだがヴィクトリカにマグカップを持っていない方の左手で頭を叩かれ、悶絶。「このくそやろうどうしてくれようか」と内心で呪詛を吐きつつも数分前の原因を作ってしまった私自身の難聴(すっとぼけ)もしっかりと恨んでいると、「で、本題なんだけど」とヴィクトリカが言い、続ける。

 

「オリバー君とイレイナ、会わせてみない?」

 

んで、相変わらずの笑みでこの突拍子もない一言である。正直なところ、こんな思考に陥ったヴィクトリカの頭の中を調べてみたいというのが本音ではあるのだけど、まあそれ昔から変わらないし──なんて考えてしまっている私も、大概なのだろう。

昔からこの子は変わらない。

何も考えていないようで、実は考えていたり。

策士だと思ってたら、内心では原稿用紙1枚分のペラッペラの思考してたり。

どうにも読めないし分からない。けど、ちゃんと人の心も持ってる──そんな子だ。

そんな側面もあってか、私はこの子に対して「こいつ本当に私と同い年か?」と考えることも多い。だって、この子前みたいに聡明そうな態度を取ったり、オリバーに対しておかーさんしてる姿を見せる時もあれば今みたいなぱっぱらぱーな発言もするんだから。

 

「なに急に突拍子もないこと言ってんの。つーかキミ実の娘になにお見合いみたいなことさせようとしてんのさ」

 

故に私は、目の前の親友に向かって呆れ混じりの質問を行う。だってしょうがないじゃない。いくら親友の子とはいえ、いきなり私の息子とその子を会わせようだなんて言われたんだから。

これで驚きよりも喜びの感情が溢れる奴がいるんだとしたら、そいつは余程の変人だと思う。突拍子もない出来事や一言で喜べるのは明らかに変態さんだからね。

それこそ変態さんっつーならオリバーのように会ったこともない女の人の胸の中でエヘエヘ言ってる子のことを言うんじゃないかな。

知らんけど。

 

「ねえ、リア。あなたはそう言うけれども、小さな子どうしの邂逅に対してお見合いなんて大袈裟だと思わない?」

「‥‥‥そりゃ、まあ。色々驚いて、動揺しちゃっただけだし‥‥‥ねぇ?」

「2人とも同年代の友達と遊びたがらないじゃない?」

「いや、むしろ我が息子は魔力の塊に恋している節が‥‥‥あいや、まあ確かに」

 

まあ、突拍子もない一言云々は置いといて確かにヴィクトリカの言うことは最もだ。

今現在は健やかな成長と発展をしているであろうオリバーに、イレイナちゃん。けれども、更なる成長を期すためには友人の存在は必要不可欠。

人間が1人でできる成長や、発展には限界がある。いずれはオリバーだって、イレイナちゃんだって、人との関わりを以てして大人になり、成長していくんだ。

だからこそ、「切磋琢磨しあえる友人を作ってもらう」という意味でもヴィクトリカの言っていることは娘想いの発言だし、一理あるなぁとも思う。

そう、思うんだけどさ。

 

「なら、会わせてみない?」

「話が一足飛びしてんだよなぁ‥‥‥なに、キミそんなにオリバー気に入ったの?」

「まあ、それも確かにあるにはある」

「認めちゃったよこの子」

 

堂々と他人の息子気に入った、だから娘と会わせちゃいましょ?って即断即決で言えるヴィクトリカめちゃこわ。

どんまい、オリバー。あの子に目をつけられたからには弄ばれまくることを覚悟することだね。

何せあの子20歳以前の私のこと──むげっほげっほ!!まあ、とにかくどんまい。私にはどうすることもできないから、まあ‥‥‥テキトーに頑張ってね。

私も一応、頑張ってみるからさ。

 

「と、まあ。ヴィッキーがオリバーを気に入ってくれているのはともかく、私にもそろそろイレイナちゃんとわちゃわちゃする権利を‥‥‥」

「だめです」

「えー」

「イレイナが貴女と遊ぶには対象年齢が低すぎます。せめて‥‥‥そうね、あの子が10歳位になってからなら会っても良いけれど」

「んだそれ、まあいっか。イレイナちゃんの顔は知ってるし。あの子が10歳くらいになったら盛大にパーティでもして距離をグッと狭めればいいよね」

「何それ‥‥‥とにかく、今はダメだから。イレイナが変な趣味に目覚めたら困るもの」

「キミは何を言ってんの?」

 

うん。

まあ、取り敢えず。

おかーさんはふざけたこと抜かしてるヴィクトリカに対抗することに頑張ってみようと思うよ。

 

 



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「うら、こーさく」

奥様方の陰謀


 

 

 

私にとってのオリバー君は、私の大切な親友の一人息子であり、娘と同じくらい大切に思っている子。それは確かに傍から見れば他人の息子と言われてしまうのかもしれないけど。親友であるセシリアがお腹を痛めて産んだ子は、どうしても私にとって他人とは思えなかった。

私にとっての彼女は、そんなに軽い存在じゃなかったから。

 

それから、イレイナと同じくらい──とは流石にいかないけど、思い入れが深いというのもあるのかもしれない。生まれて間もないオリバー君を抱っこさせてもらった時、普通なら赤ちゃんは変な人に抱っこさせられて不安に思ったり、怖がったりして泣いてしまうと思うのだけれど、オリバー君は違った。

まるで私に抱っこされるのを待ち望んでいたかのように。思わず抱いてあげた側が嬉しくて仕方なくなるくらいの可愛らしい笑みを浮かべて、まだ地に足のつかない言葉を発したのだ。

 

「あうあうあー!」

「よーしよし‥‥‥お姉さんが抱っこしてあげるからねー‥‥‥」

「あう」

 

なんか興奮してたっぽいけど。

というより、ママに抱っこしてもらった時よりも無抵抗で、きゃっきゃって言ってたのはなにゆえ?

私、子どもに好かれる気質なのかしら。

 

兎にも角にも、そんなオリバー君は順調という言葉が似つかわしく思える程の成長を見せていた。どういうわけか他の子より歩くのが速かったり、学習意欲が異様に高かったり、何か興奮してたり、色々人と違うところはあったけど、それは私がオリバー君を嫌う理由なんかにはならなかった。

むしろ、活発な様に元気をもらっていた位だ。歩けるようになって間もない頃には勝手に外に出て、庭で遊んでたりしていたオリバー君は、見知らぬ世界に心を弾ませ、様々な物に憧れを抱き、たくさんの物事に触れていった。

探究心の強さは、イレイナに負けず劣らずなのかもしれない。普段からイレイナを見ている私がそんなことを思うくらい、オリバー君は元気良く外を駆け回っていて──

 

「あら、オリバーく──」

「ひょーっ!ロベッタすげー!ひょーっ!」

「‥‥‥まぁ」

 

なんかわからないけど、よくロベッタに興奮してた。

いえ、別に分からないこともないけれど。ロベッタは平和だし、自然もいっぱい。ましてや子どものオリバー君にとっては真新しいことばかりで、興奮するのも仕方ないと思うけど。

それでも、ロベッタに対して「すげー!」と興奮するのはなんかちょっとちがうと思う。

まあ、可愛いから別にいいけれども。

 

何はともあれ。

オリバー君が目の前にいて、私はその光景を偶然にも発見してしまった。リアにスイーツのお裾分けをしようとはるばる親友のお家に来てしまったことから起こった出来事は、私の足をリアのお家からオリバー君のいる場所へと方向転換させる。

オリバー君に近付く私。それに気付かず、今度は「ふぉぉぉぉ!」と可愛らしい声を上げたオリバー君。

一通り叫び終わり、落ち着きを取り戻したタイミングを見計らって、私はオリバー君の背に声をかけた。

 

「オリバー君、また1人で遊んでるの?」

「あれ、ヴィクトリカさん」

 

山吹色の髪が靡く。

生え揃った髪は、親友と同じ山吹。唯一違いがあるとすれば、その髪の長さが男の子らしく短く切られているということくらい。

それ以外は、あの子とまるで変わらない。山吹も、碧眼も、中性的で、笑顔が綺麗な表情も。

 

昔を思い出すなぁ、なんて感傷に浸ってしまう。

いけない、私はまだそんなおばさんじゃないのに。

 

「はい、木の棒といっしょに、あそんでます」

「あら、もうそんなに言葉を覚えたの?偉いわね」

「うへへー!」

 

オリバー君が優しく笑みを浮かべると、その笑みに思わずつられて彼の髪の毛を撫ぜてしまう。すると、一瞬目を見開くものの、オリバー君は私の手を受け入れたかのように目を瞑り、満足そうな表情で──

 

はぁー円満具足ぅー‥‥‥」

「ちょっと待って、今の言葉誰に教えてもらったの?」

「おかーさん」

「後でお母さん呼んできて貰える?」

 

あれほど息子に変なことを教えるなと言ったのに、あのばか!

人の頭ぱっぱらぱーを馬鹿にする前に先ずは自分の頭ぱっぱらぱーをどうにかしなさいと悪態を吐きそうになるものの、子どもの前でそんな真似をしたら悪影響を及ぼすこともある。

取り敢えず、ふざけたことをオリバー君に教えたリアは後でシメるとして、私は普通のお母さんらしく、細かいことを気にしない風体を装って「うふふ」と笑ってみせた。

オリバー君が、「やばい、ほれる‥‥‥!」と言いながら私を見上げる様が映った。可愛いけど、やっぱリアはシメる。

 

「冗談はともかく、オリバー君もあそこにいる子達と遊んでみたり、色々挑戦してみなさいな。きっと楽しいわよ?」

 

それは私にはできなかった普通の生活。

子どもの頃に色々あって孤児院で暮らしていた私は、決して不自由な生活を送ってきたとは言わずとも、世間一般の子ども達が送るような暮らしはできなかった。お父さんやお母さん、近所の人達に囲まれて、色んな子達とたくさん遊んで、朝昼夜と暖かい手料理を食べて、安心できる場所で家族と一緒に眠る。

家族や、それに関係する人達がいてこそ成立するこの普通の生活をイレイナやオリバー君には是非、余すことなく謳歌してもらいたいのだけれど──

 

「あいやぁ‥‥‥お外より、まほう‥‥‥」

「え、魔法?」

「うん!まほう!ヴィクトリカさん、まほうのお話してくれませんか!?」

 

どうにもオリバー君のマイブームは、おひとり様でいることらしい。

何より、若干趣味が大人っぽいのだ。魔法を学ぶことや、文字を学ぶことは勿論。オリバー君の趣味は読書や勉学などに偏っていて、どうにも子どもっぽい遊びをあまりしたがらない。

実は、少しだけイレイナもそれらしい兆候はあって──人よりも趣味が若干大人びていることを考えると、どうしても2人は友達は作りにくい傾向にあるのかもしれない。

そう考えると、友達作りは存外に難しいことだと思う。ありのままの自分を受け入れてくれる子を見つけるのは、そう簡単ではないということなのでしょうね。

 

──と、ここで私はオリバー君が羨望の眼差しを向けながらこちらを見ていることに気がつく。

俗に言うところの「きらきら」した目付き。

この子は自分がどんな表情してるのか分かっているのだろうか。

少なくとも、万人がそんな可愛らしい目を向けながらお願いをすれば喜んで何かをしてあげたいと思えてしまうでしょう。

少なくとも、私の教えを受けた2人はそのきらきらした目付きに見事に殺られてしまうことだろうと──そんな予感が、私にはあった。

 

「‥‥‥うっ」

 

やはり、この子はリアによく似た子だ。

将来は、この可愛らしい顔がカッコイイ顔になって、多くの女の子を泣かせる羽目になるのだろう。

リアがそうだったように。

もう一度言う、()()()()()()()()()()()()()()

 

「‥‥‥やや。どしたの、ヴィクトリカさん?」

「いえ、何もないわ。それよりもお話、だっけ?私もお母さんだから長くオリバー君の傍にはいれないけど、少しならお話してあげる」

「まじですか」

「勿論よ」

 

因みにその日はリアが自宅を留守にしている短い間だけ、オリバー君と魔法のお話をした。

「さっきまでお外で遊べとか言ったくせになに家で遊ばせてんだ」みたいな批判に1つ言い返すことがあるとするのなら、私は間違いなくこう言う。

「私にも弱いものがあるのよ、例えば親友の一人息子の無邪気と羨望に溢れた表情とか──」と。

 

「おおお!ニケさんかっこいー!」

 

私の親友の子が可愛くて仕方ない。

 

 

 

 

 

 

と、まあそんなこともあって。

私がオリバー君とイレイナを引き合わせようと思い至ることはそう難しくはなく──私は徐々に家の手伝いをしたり、自由に遊んでいたりするオリバー君にイレイナのことを仄めかし、会ってみないかと提案するようになった。

 

「会ってみる?」

「あ、結構です」

 

それでも何故か「けっこーです」とか「お、おそれおおい!むりっす!」なんて言葉で逃げられ、どうにもならない──このままじゃ時間だけが経過してしまう、と考えたところで、私はオリバー君の母であり、私にとっての親友であるところのリアに「裏工作をしましょう」と言ったのだ。

最初、リアはかなり渋ってたけど最終的には縦に頷き、私の裏工作に協力してくれる運びとなったのだった。

似非ツンデレで。

 

「いい?今回ボクがキミを手伝うのはあくまでキミの言うことが正しいと思ったからなんだからねっ!決してキミのことが好きって訳じゃないんだからねっ!勘違いしないでよねっ!」

「一人称変わってるわよ」

「‥‥‥勘違いしないでよねっ!」

「無理やり押し通そうとするの本当にやめた方がいいと思う」

あ゛?

 

母親同士の密会をすることで子どもたちの予定を把握し、その上で2人を引き寄せ、あわよくば仲良くなってもらう。

丁度リアも自らの息子に友達がいないことをちょっとだけ気にしていたらしく、利害が一致したこともあり交渉自体はスムーズに成立。

後はそれぞれの子どもの予定を合わせるだけとなった私たちはそれぞれの家事を終わらせ──私は、イレイナにその話題を持ちかけることになった。

 

「ねえ、イレイナ」

「なに‥‥‥ですか」

「うふふ、どうしたの?その丁寧語」

 

娘であるイレイナの髪は、私と同じ灰色。まるで昔の私を見るかのような可愛らしい表情から織り成す笑顔は、私の夫を以てしても胸を痛めてしまう程に尊いらしく。

その笑みを見た私も心を暖かくしながらイレイナの丁寧語に関して優しく指摘すると、イレイナは笑みを見せたまま、続ける。

 

「お母さんに買ってもらった本にていねい語を使うことでいい印象を持たれるって書いてたから」

「それはまあ、まちまちだと思うけど」

 

それはまあ、余計な敵を作らなくて済むという点と、どの場でもある程度の丁寧語を弁えていれば失礼にはならないというのはあるけれども、人によっては距離感を感じてしまうこともある。

まあ、距離感云々はイレイナ自身が決めれば良い話だし別に良いのだけれど。

 

「で、どうかしたの‥‥‥ですか?」

 

と、まあ。

そんなことを思いながら丁寧語という新たな言葉遣いに挑戦するイレイナを微笑ましく見ていると、不意に不思議そうな表情をしたイレイナが私にそう尋ねる。あまりの微笑ましさに本題を見失いそうになっていたことに気が付いた私は、再びその本題を忘れてしまわないように一言。

 

「近所の子にイレイナと話が合いそうで、いつも魔力の塊を撃っている優しい子がいるの‥‥‥」

「‥‥‥毎日?」

「イチオシね」

「イチオシ?」

 

オリバー君が洗濯物を魔力の塊で大破させたことは私の記憶には新しく、その事実からリアに自分用の杖を買って貰ったということは私の耳に届いている。

それからのリアの話によると、なんとオリバー君。魔力の塊で遊んでいるのだとかなんとか。

今度様子を見に行ってもいいかも──なんてことを思いつつ、イチオシという言葉に首を傾げたイレイナに私は続ける。

 

「その子、オリバー君っていうのだけど。会ってみない?」

「会う‥‥‥?」

「ええ、きっと良いお友達になれるわよ」

「ともだち‥‥‥」

 

言って、思案するイレイナ。いつの間にか取り繕った丁寧語はいつものイレイナらしい言葉遣いになり、可愛らしい声から織り成すいつもの言葉遣いが私の耳に響く。

やがて、言葉がまとまったのかイレイナは私の目を見ると小さく胸を張り、自慢げに言葉を発した。

 

「なまえは、知ってる」

「え」

「だってお母さん、たまにおりばーって人の話ばっかりしてる時があるから」

「そんなに?」

「うん。お母さん、嬉しそうだったし‥‥‥お父さんは『ははー!僕の親友の息子が可愛くないわけないだろー!?あれはすごいカッコイイ子になるぞー!』って、言ってた」

「あらまぁ‥‥‥」

 

私、そこまでオリバー君のことが‥‥‥

なんて思ってはみたものの、自覚があるためなんとも言えない。と、いうのもここ最近のリアの息子自慢が非常に多く、その成長ぶりに私自身共感するところがあったからか時間がある時に、時々夫やイレイナにオリバー君の話をしていたのだ。

結果、夫からは「流石僕の親友の子だな‥‥‥」なんて浸られた。

イレイナには、「そんなことより本読んで」って頬を膨らませながら言われた。

悲しい。

 

「‥‥‥気になる」

「イレイナ、気になるの?」

「うん。だからていねい語、おぼえたら会ってみる。それでおりばーにれいぎさほーでマウントを取る」

「マウントなんて言葉何処で覚えたの?」

「本」

 

ともあれ。

暇さえあれば本の世界に入り込んだり、魔法の勉強をしているイレイナからそんな言葉を貰った私は、「イレイナは頭がいいわねー」と言いつつ、彼女の頭を撫でる。

もし価値観が合わないのなら友達にならなくても構わないし、これから先の未来で1人でいるのもそれはそれで構わない。それもひとつの生き方だし、現に私は()()()()()()()()()()()()()()()()()子を知っている。人それぞれの生き方に文句なんて言わないし、その生き方が構成されたのであれば私はイレイナのその生き方を喜んで祝福すると思う。

 

けど、挑戦はして欲しい。

体験だってして欲しい。

あなたは決して独りではない。その価値観を共有してくれる人と、これから出会えるかもしれないという可能性について知っておいて欲しい。

私にとっての目的は、きっとそれ。

イレイナのために。イレイナのこれからのために、これから起こるたくさんの出会いの一欠片を、知って欲しい──それだけなのだ。

 

「イレイナ」

「?」

「オリバー君、それなりにぼっちだから。できたらあなたのボキャブラリーでたくさんお話して欲しいの」

「ぼきゃぶらりー?」

 

だから私は、この娘に授ける。

これからの未来が、少しでもこの娘が笑える未来であるように、ちょっとしたヒントと、スパイス──じゃなくって、会話を盛り上がらせるための言葉を。

世界一大切な、私の愛娘に授けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「同い歳の魔法使いがいて、将来こそはっきりしてないですけど魔法を頑張っている人がいるってお母さんから聞いて、とても嬉しかったです」

「俺もお前に会えてうれしかった。イレイナかわいい、あいらぶゆー」

「今後ともよろしくお願いしま‥‥‥あの、オリバー。今、あなた何て言いましたか?」

「妄言だ、忘れてくれ」

「は?」

 

それから、数ヶ月。

イレイナ自身、少しだけ躊躇うこともあってか長い時間を要したのだけど結果としてオリバー君とイレイナは友達と呼んでもいい関係になり、互いに握手をする。

引き合わせたり、きっかけを作ったり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。どちらかといえば2人の出会いは第三者が介入しすぎてしまったかもしれない。それでも、与えられた選択肢に自分なりの思考で応えたのはイレイナで、これまたイレイナの気持ちに自分の気持ちで応えたのもオリバー君。

 

きっかけは作ったけど、その先を創り出したのは2人なのだから別に良いのでは?まあ、なんとかなるでしょ──なんて思いながら、私とお父さんは初々しさに溢れた2人の挨拶を影で見守っていた。

 

「と‥‥‥友達、友達ができたぁ‥‥‥!!」

 

そして、夫のこの感動具合である。

いえ、別に驚いても良いのだけどちょっと声がうるさいのと涙がひどい。というか隙あらば涙と鼻水を渡したハンカチでぬぐうのは正直やめて欲しい。

まあ、それくらいで嫌いになるのならこの人と結婚なんてしてないのだけれど。

 

「お父さん、イレイナにバレるわよ?」

「だ、だって‥‥‥あのイレイナに!イレイナに友達が‥‥‥!!」

「別にあの子だって友達を作りたくないってわけじゃないんだから、そこまで驚くことないじゃない」

 

「それに」と私は続ける。

 

「あなた、もしあの子とイレイナがお付き合いを始めたらどうするつもり?」

「──は?」

「もしイレイナが本当の意味でオリバー君を好きになって、将来的にお付き合いをしたとします。そして上手いこと私達のように親密な関係になった暁には2人して私達の家を訪問することになるでしょう」

「‥‥‥な、ははっ。まさか‥‥‥確かにオリバー君のことはセシリアさんと僕の()()の子だが、流石にそこまでは──」

「それはむしろ危惧するべき内容だと思うけど」

 

あなただって分かっているでしょうに。

あの子はリアの血を色濃く引き継いだ男の子。この前も感じたように山吹の髪と、中性的な表情に、誰よりも優しいとすら錯覚してしまう──いや、事実そう思えてしまう笑顔。

全てがあの子と同じだとは言わないけど、オリバー君にはリアと同じ雰囲気を確かに感じてしまうから、多分私の予想は当たると思う。

というか、女の子の1人や2人は泣かすと確信できる。

 

「何せあのリアと、その彼女を虜にした貴方の親友の子だもの。イレイナもきっと虜にされてしまうんでしょうね‥‥‥」

「‥‥‥た、タチの悪い冗談はやめておくれよ。ヴィクトリカだってオリバー君の事はそこまで考えてないだろ!?」

「10年もしたらきっと、もっと親密な関係になっているんでしょうね‥‥‥」

「な、なってないッ!父さんは認めな──」

「20年後には孫の顔も‥‥‥」

「もう人生設計始まってる!?」

 

夫の「わ、渡さんぞ!イレイナは僕と結婚するって言ってくれてたんだ‥‥‥!!」なんて怒りの言葉を尻目に、私は2人の仲睦まじい光景を見つめる。

先程から怪訝そうな目でオリバー君を見るイレイナに「い、いやー!わざとじゃないんす!なんか言葉が頭の中に浮かんでくるんす!さーせん!!」なんて言いながらイレイナに土下座をするオリバー君。

その光景は、傍から見れば仲の悪そうな雰囲気に見えるけど、私には分かっていた。

 

「──いい光景ね」

 

イレイナが呆れたようにため息を吐きつつも、言葉を続けている上に微かに微笑んでいること。

それがどのような事を意味するのか親である私は知っていた。

そして、それは私の隣でようやく泣き止んだ夫も同じなのであろう。私の言葉に目を見開くと、少しだけ微笑んで2人を遠目から見る。

その視線は柔らかく、先程までの怒りは霧散していた。

 

「嬉しそうだね」

「当然よ、あれだけ本ばっかり読んでいたイレイナが他人の男の子とあそこまで会話をしている。親にとってこれ程嬉しいことはないから」

 

私にとって、イレイナは世界で1番大切な一人娘。だからこそ大切にしているという自覚はあるし、それ以上に私はあの子に人として大切なことをたくさん学んで、すくすくと育っていって欲しいと願っている。

何より、あの子の夢は『ニケのように自由に空を飛ぶ魔女』になること。

そのためには、魔法を学ぶこと以外にも学ばなきゃいけないことは沢山あるし──今のこの状況だって、私は必要だって信じている。

だって、()が思うんだもの。間違いないわ。

 

「──ねえ、あなた」

「ん?」

「子どもの成長って早いのね」

 

だからこそ。

イレイナには必要なことも、そうでないこともたくさん学んで、これからもすくすくと成長し、自分の夢を叶えられられるようになって欲しい。

そして、願わくば自分の選んだ道に対して後悔をしない子になれるように。

何より、決めた道を自由に突き進められる──そんな子になれるように。

 

「きっと、これからもっと早く成長していくだろうさ。キミの子だからね」

「あら、あなたの子でもあるのよ?」

「‥‥‥見た目に反して策士なところは真似しないで欲しいかなぁ」

「あらお父さん、後で少しお話してもいいかしら?」

 

そんな想いを込め、私は隣で苦笑する夫に微笑みかけたのでした。

 



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18話 「山吹の魔道士の話」

負けず劣らず、重いぞお前って話


 

魔法は意外と面白い。

その事実に俺が気付いたのは、シーラさんという魔女から魔法の指導をしてもらうようになってからである。

 

『いいか、オリバー。魔法ってのはとにかく撃たなきゃ始まらねえ。撃って、撃って、撃ちまくって、魔法ってのがどんなものなのか、どの程度のものなのかを熟知して、初めて魔法が上手くなる』

『ふむふむ‥‥‥ふむ?』

『つまるとこ、お前は魔法とダチになれ。今のお前は魔法と仲良くない、喧嘩してんだよ』

『はー!?んなわけないでしょー!!俺と魔法はズッ友‥‥‥竹馬の友なんだいっ!!』

『それ、少量の炎魔法出せっていって辺り一面焼け野原にしたお前が言う?』

 

「つーかお前いつになったら魔力の塊で洗濯物破壊する癖治んの」というシーラさんの痛い指摘は置いといて、そんな金言を頂いた俺はシーラさんの言葉のとおりに魔法の練習を続けた。

 

それはもう、愚直に真剣に。

なんなら人生の中で1番と言えるくらいに努力、努力、たまにイレイナさんに妄言吐いてぶっ飛ばされて、また努力!

辛かったこともそりゃあったけど、辛さよりも勝ったのは箒に乗れた時と同じ『自分の世界が拓かれていく楽しさ』。磨けば光る魔法の力、その力による高揚感が俺の胸を支配し──俺は気が付けば、あの天才とされるイレイナさんに『1敗』という泥を被せることができたのだ。

 

『──あれ、もしかして‥‥‥勝った?』

『‥‥‥もう1回です』

『え、でも魔力‥‥‥というか、怒ってる?』

『もう1回です』

俺また何かやっちゃいました?

 

その結果何が起きたって?

まあ、ありのまま起こったことを話すと『イレイナさんが内心で燃えたぎるような対抗心を抱き始めるようになった』ってところか。

何が起こったのかは自称なろう系変態魔法使いであるところの俺にはわからん。けど、その当時は俺という敵に対して余裕を持っていたイレイナさんが明らかに戦法を変え、先手必勝という言葉が生温くなるほど先手必殺戦法で俺をぶっ飛ばしにかかったのだ。

 

『おやおや、この程度ですか。とんだよわよわ‥‥‥こほん、よわよわ魔法使いですね』

『痛い痛い、おでこ杖でぐりぐりしないで。頭こわれちゃう』

 

え、その時の俺はどうだったかって?完膚なきまでに叩きのめされて、おでこに杖を突きつけられたよ。ついでに「100年早いですねぇ」とか言われながら杖でおでこグリグリされた。

まあまあ、情けないとか言ってくれるな。

俺はあくまで魔女にはなれない魔法使い。寝首を搔く位の戦法でしか勝てない俺が、何度も何度もイレイナさんに勝てるわけがないだろ。

むしろ俺は嬉しかったよ。こうやって、むかむか状態のイレイナさんにおでこ杖でぐりぐりされてさ。

新境地開拓ってことで、なんか興奮してきたし。

 

「あ‥‥‥あーあ。これ時間逆転で治さなきゃダメか‥‥‥?」

 

と、まあ。

現実逃避&俺の性癖暴露もそこそこに、今一度魔力の塊を木に向かって放つと、メキメキと音を立てて崩れ落ちていく。

その様を見つめつつ、今更になってシーラさんのスパルタ指導にイレイナさんのガチギレモードを思い出し、小便ちびりそうになっていた俺は、改めてここまで魔法が上達したことに感嘆の念を抱いていた。

 

「昔は魔力の塊なんかで大木を破壊する、なんて夢のまた夢だったもんなぁ‥‥‥」

 

思い返せば魔力の塊、箒での飛行から始まった俺の魔法生活は、イレイナさんのみならず魔法の本などを誕生日に贈ってくれたシーラさんや色んな『やらかし』を見守ってくれた母さんの影響が非常に大きい。

どれだけ魔法に対する向上心が高まっても、学ぶものがなければ技術は上達しない。その中で魔法を不自由なく学べたのは、俺の周囲に高めあってくれる人と、その行動を指摘しつつ見守ってくれる人がいたから。

そんな人達がいた事も気付けなかった過去の俺は、未来の俺がこうなるなんて何一つ思っちゃいなかっただろう。

まあ、それを歓迎してないなんて言ったら完全な嘘になっちまうんだけど。

 

「‥‥‥話し合い、かぁ」

 

そう。

俺がここまで不自由なく学び、動けたのはイレイナさんやシーラさん、そして『母さんや父さん』がいたから。何をしても、怒られるか尻叩きをされるだけに留まり、基本的に俺のやることを否定せずに応援してくれた家族には、必ず納得してもらった上で先に進まなければならない。

だからこそ、俺は親である2人には決して不義理を働くわけにはいかず、嘘もつきたくない。何故かって、何となくだが嘘をついて出ていっても何も言わずに放置され、かえって後悔だけが残るような、そんな気がしたから。

 

故に、憂鬱だ。

やらなければならないことが大量に存在し、あまつさえ簡単には達成できないキワモノの案件が山積み。

平静装って魔力の塊打っちゃいるが、その実泣き出したい、今すぐイレイナさんの膝にお世話になりたいと思う程の困難を感じてしまっている。

こんな時こそイレイナサンスキーであるところの俺の本領発揮といきたいところだが、流石に修行中のイレイナさんの邪魔をするほどの勇気もなく。

俺は誰もいない平原に座し、盛大にため息を吐き、寝っ転がったのだった。

 

「ちきしょう‥‥‥」

 

こんなことなら初めっから魔法の練習を死ぬ気でやるべきだった。勿論、当時の俺は何もかもが手探りの状態。魔女の旅々にて語られる過去編は頭の中に記憶されていたが、そんな記憶は指で数える程度。あまつさえオリキャラという存在から、自分がどのような立ち位置にいる奴なのか今でも分からない。

それでも先に立たない後悔だってしてしまうし、悔しいと思うことだってある。

当たり前だろ。

俺だって人間だ。

どれだけ魔法が使えても、何年の時を過ごしても、俺はごくごくありふれた悩みを持ったり、失敗だってする普通の人間なんだ。

 

それでも。

もし、他者から見たオリバーに悩みがないように思えたのなら──それはきっと、イレイナさんのおかげだ。

どんな時でもイレイナさんが友達として俺の悩みを悩みだと自覚する前に何とかしてくれるから。

仮に自覚しても「馬鹿ですね」と辛辣な言葉を発しつつも、俺の考えを引き摺り出して、肯定してくれるから。

そして、何より──イレイナさんがそこにいるから。

それだけで俺は悩みを悩みと捉えず、真っ直ぐに進むことができた。真っ直ぐに笑えた。大切なものの為に真っ直ぐに壁と向き合えたのだ。

 

けど、今のこの場所にイレイナさんはいない。

つまるところ、俺はミナさんと別れた直後のサヤさんってワケだ。

誰かに依存せず、何かを達成させなければいけない──そんな分岐点に、来ているんだって思った。

 

「‥‥‥帰るか」

 

兎にも角にも、分岐点に来ているということは何となく自覚していた。

ここでイレイナさんに甘えて彼女の邪魔になり、未来でもイレイナさんの足を引っ張るのか。独りで頑張って、胸を張れる自分でいるか。このふたつの選択肢は俺の今後に関わってくる。

妥協なんて絶対にしたくない俺にとって、その選択肢の答えは比較すらする必要もない。

1ヶ月後の内容すら分からぬ試験の為に努力と休息のバランスをしっかり保つ。その小さな目標を達成すべく、俺は帰路についたのだった。

 

 

 

──そう、ついたはずだったのだが。

 

「あら、オリバー君」

「あ、ヴィクトリカさん」

 

あの時と同じ。

俺が魔力の塊を撃ちまくっていた頃とほぼ変わらないタイミングで、灰髪の元『灰の魔女』は俺の後ろから声をかける。

変化があるとすれば、俺自身がどうしようもないこと考えてないところとか、驚いてなかったとか、当時と比べて俺の図体がでかくなったとか、そこら辺だ。それ以外は特筆すべき変化が見つからないというなんとも言えない想いを抱きつつ、俺は彼女の両手にぶら下がっている荷物を見ながら声をかける。

 

「何してんすか?」

「見ての通り、ちょっとお買い物を」

「はぇー。その割には大荷物っすね‥‥‥」

 

いやほんと、どうしてそんな大荷物なのか。

そうでなくとも奥さん魔法使いなんですから箒か収納の魔法で楽できるでしょうに。

それにも関わらず大荷物を手にぶら下げているのは意味あっての事なのだろうか。もしくは、母さんの言うところである『ぱっぱらぱー』が発動してしまったのか。

 

「手伝いましょうか?」

 

まあ、そんなことは俺にとっちゃどうでもいいことであって。

何から何まで散々世話になったヴィクトリカさんがこうして大荷物をぶら下げているのにも関わらずただ傍観をキメる程俺は薄情ではない。

大荷物を持っていたり、困っていたら、誰が相手でも手伝えるかどうか尋ねる。それがお世話になった人なら尚更だと考えている俺は、大荷物を持っているヴィクトリカさんに対して、そう尋ねずには居られなかったのだ。

 

「あら、いいの?」

「俺、用が終わった帰りなんですよ。良かったらなんですけど、協力します」

 

そして、人によっては『え、なにこいつ』的な感じに捉えられてしまう行為も、ヴィクトリカさんは好意的に受け止めてくれるということを俺は普段からの付き合いで知っていた。

実は俺、転生して間もない頃はヴィクトリカさんはこういった貸しを作る行為は嫌いなのだと認識していたのだが、俺に対してはそれ程でもなく。

貸しを作っては返され、返そうとしたら嬉々としてそれを歓迎してくれるという関係性を構築することが何故かできていた。

故に、今日みたいなことも別段珍しいという訳でもなく、ヴィクトリカさんはこうして荷物を手伝おうとする俺に、『じゃあお願いしようかしら』と言い荷物を半分渡してくれたりするのだ。

原作やアニメで何度も見た、主人公ママ特有の穏やかな笑みを見せて。

 

「なら、一緒に帰りましょうか。ついでに少し家に寄っていきなさいな」

「あはは、そりゃ勘弁ですわ。大体今日は早く帰ってこいって母さんが言ってんすよ」

 

そして、毎回家に連れ込まれて手作りスイーツをご馳走してもらったりする甘党クソダサ男子であるところの俺なのだが、今回はその誘いをやんわりと断る。

実の所、イレイナパパを虜にしている料理に見事に殺られてしまった俺としてはヴィクトリカさんのスイーツは遠慮どころかガツガツ食らいつきたいのだが、そう何度もご馳走になる訳にもいかないし、何より母さんとの約束をブッチしてまでスイーツをご馳走にはなれない。

「おーう、早く帰っておいでねー」と言われた母さんの言葉を守ることは、おしりペンペンの刑を食らわないための免罪符のようなもの。

この世の何よりも心身に苦痛をきたす母さんのおしりペンペンを回避するためには、この約束を守るしかないのだ。

 

それでも、そんな俺の言葉を聞いたヴィクトリカさんは「あら?」と言い、首を傾げた。

いけずな方である。イレイナさん欲やスイーツ欲に負け、母さんの約束をブッチした俺が絶妙な力加減でおしりペンペンされるのを何度も見てきたくせに、本当にいけずな方である。

 

「リアが?おかしいわね‥‥‥確か用事があるとかで『私の家で半日面倒を見ることが決まってた』筈なんだけど‥‥‥」

「え?」

「そうそう、あなたのお父さんも一緒に外に出てったから、多分この前のあなたとイレイナみたいにデートしてるんじゃないかしら」

 

は?

夫婦でデートとか何それ俺も将来奥さん貰ったらやりたい──や、そうじゃなくて。

 

「あの母さんが息子との約束放ってデートしますかね?母さんも父さんもむしろそういう約束はきっちり守るような‥‥‥」

 

そう、俺が言おうとするとヴィクトリカさんがニコリと笑みを見せ、俺にひとつの手紙を手渡す。

手紙のつくりは至ってシンプル。白い紙に母さんらしいテキトーな文字。その様に良くも悪くもいつも通りを悟った俺は、その手紙の内容に目を通し──

 

オリバー、ヴィクトリカの話し相手は任せた。

私はのっぴきらない事情で近くで発生した暴徒を解散させにゃいけなくなった。

夜には帰ってくるからヴィクトリカの家でゆっくりしておいでー!

じゃ、逝ってくるね!

 

「母さんッ!?」

 

ヴィクトリカさんに対して大声を上げたッ!

いやほんと、どうしたこの手紙!よくよく見たらなんか血ぃ付着してるし!これ手紙書きながら逝ってない!?母さん召されてないよね!?

嫌だよそんなの、まだ俺親孝行欠片もしてないよ!

洗濯物しか破壊してないんだからもうちょい生きてよッ!!

 

「ね?」

「『ね?』じゃねーですよ!母さんに何が起こったんすか!」

「気分じゃないかしら」

「気分!?」

 

気分でこんなもん書いてたまるか!普通この流れなら『行って』くるねだろ!!

なんで変に書き分けて『逝って』くるねになってんだよ、むしろヤバい目に遭わないか心配するわッ!!

 

「ち、因みにですけど父さんは手紙残したり‥‥‥」

「ああ、クローバーね。勿論、マブダチだから残してあるわよ。見たい?」

「まあ、一応」

 

そう言うと、ヴィクトリカさんはもう1枚手紙を俺に渡す。

今度はしっかりとした手紙ではなく敗れたメモの切れ端に小さく、それでいて力強く書かれた父さんらしい手紙の書き方。

まさか父さんも手紙を送ってくれるだなんて──と思いつつ、俺は手紙に書かれている文字に目を通し──

 

理不尽って本当に最高だよな。それはそうとお前の目の前にいる人妻、実は昔っから守銭

 

「短いし文章途中で途切れてんですけど!?」

 

またしても大声でヴィクトリカさんを咎めた!

今の俺の叫びは流石に予想してなかったのか、少しだけ目を見開いたヴィクトリカさん。しかし目を見開いたのは本当に一瞬であり、またしてもニコリと笑みを見せたヴィクトリカさんは穏やかな声色で一言。

 

「10秒しかあげなかったから」

「ヴィクトリカさんは父さんに何か恨みでもあるんですか!?」

「あなたのお父さんにはそれくらいが充分かなって」

「それは絶対過大評価だと思う!」

 

つーかなんで文章途中で途切れてんだよ!途中でヤバい目に遭ったか心配するレベルだぞ!?

ほんと、どうして揃いも揃って不安に駆られる手紙ばっか残すの!せめて書ききってよ!不穏な書き分けはしないでよ!

と、そんな風に手紙に対してのツッコミを行っていた俺だったのだが、そんな様を見たヴィクトリカさんは俺を見ると、クスリと微笑んで続ける。

 

「冗談はともかく、こうして親切にしてくれたオリバー君に私なりのお礼をしたいの」

「別に気にしなくても‥‥‥」

「私、昔から貸しは作りたくない性質なの。だから──ね?」

 

そして、それは『来なさい、来なければ──』的な凄みのある一言だということも知っており、残り僅かな俺の理性がヴィクトリカさんの誘いを断るべく、内心で反抗的な言葉を並べる。

例えば、「誰が行くか!ばか、あほ、ぱっぱらぱー!」とか「ヴィクトリカさんってお金大好きなんだよねー!」とか。

とにかくいつもの俺なら絶対に言わないであろう言葉の羅列をひたすら繰り返し、「ね?」と続けるヴィクトリカさんの甘い誘惑に、鋼の精神で立ち向かったのだった。

 

「‥‥‥もしかして、行きたくない?」

「ち、ちが‥‥‥!」

「違うの?」

「う、ぐ‥‥‥!」

 

だ、大体!

この人は1回自分がどんな表情で家に招待しようとしているのか知った方が良いと思う。

少なくともそんな悪戯っぽくクスクス微笑んでそう言われても不審感を感じて断るに決まっているだろ。

そもそも、手紙だって『書かせただけ』の可能性がある。それを考えれば1度帰宅して、それから事を起こすのだって遅くはない。

 

「‥‥‥で」

 

俺は。

 

「で?」

「で‥‥‥」

 

俺は、おしりペンペンだけは絶対にいや──

 

「でっへへー!ヴィクトリカさんのスイーツー!!」

「あらあら、そんなに楽しみだったの?」

「うす!楽しみっすー!」

 

で、結果はどうだったかって?

俺がヴィクトリカ(主人公の母)さんに勝てるわけないだろいい加減にしろ!

 

 




誤字報告、感想ありがとうございます...!
特に誤字報告!しっかり反映させて頂きますので、もうしばしお待ちを...!


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19話「導く人」

モニカさんのCVは咲々木瞳さんで常時脳内再生しています。


 

 

 

 

 

ヴィクトリカさん。

俺が生まれる前から知っている人であり、この物語の主人公であるイレイナさんのお母さん。そして、彼女の成長を優しく、時に厳しく見守る人。

そんなお母さんであるところのヴィクトリカさんは、何故か生まれた時から俺にも優しくし、こうしてスイーツをご馳走してくれたり、人として、魔法使いとして大切なことを教えてくれる。

そんな彼女の行動の根本的な理由を、俺は知らなかった。

聞いても、微笑むだけで何も言ってくれなかった。

 

 

 

 

 

 

ヴィクトリカさんお手製のスイーツの美味しさは、イレイナさんの箒の操縦並の安定感を誇る。毎度のこと種類は変化するのにも関わらずこれがまた美味い。

ドーナツ、ケーキ、アップルパイ。特にドーナツは良きかな──なんて考えつつ紅茶を啜り、近況報告をしていると、同じく紅茶を啜ったヴィクトリカさんが一言。

 

「それにしても、まさかオリバー君が魔法統括協会を志すなんてね……」

 

そう言って笑みを見せ、俺の心を揺さぶった。

うっひょおおおおおお!!!とほうきくんみたいに騒ぎ立てるような真似をするほど俺のメンタルは幼稚ではないが、やはり俺は魔女の旅々のキャラの笑みには弱い。

当然、イレイナさんの笑みにはドギマギするし、シーラさんから呆れたような笑みを見せられた時には思わず笑みが零れる。

これも一重に魔女の旅々の皆さまの顔面偏差値が高い故であろう。とにかくあの世界の女性はどいつもこいつも顔が良い。

目の隈や変態的言動すらなければ切り裂き魔さんもただの『美人すぎる変態犯罪者』だ。セレナさんとか付着した血がケチャップとかだったら、ただの調理に失敗した美人幼妻だし。

 

ともかく、この世界が美少女に溢れた世界である以上は俺の心臓もドキドキしっぱなしってことだ。

まあ、健全なんだろうけどさ。こう、なんというか。情けないっすよね。せめて心の読める(らしい)モニカさんに会うまではなんとかこのチョロさをなんとかしたいな──なんて思ったり。

まあ、それはともかく。

 

「意外っすか?」

 

問題は、俺の男女経験がモニカさんによってバレるか否かではなく、ヴィクトリカさんの質問に答えることだろバカヤロウ。と逸れつつあった思考を本題へと戻し、ヴィクトリカさんに問いかける。

すると、間髪入れずに「ええ」と答えるヴィクトリカさん。どうやらヴィクトリカさんの中では俺の魔法統括協会行きは意外そのものらしい。

 

「意外ね。オリバー君なら旅人でもしながらふらりと物見遊山の旅でもするんじゃないかなって思っていたから」

「だはは……それ、何処の親友の丸パクリですかね?」

「良いと思うわ、2人旅」

「何言ってるんですの?」

「普段言わないようなことを言ってしまうくらいには、私にとってオリバーくんの魔法統括協会行きは意外ってことかな……」

 

まあ、そりゃそうだよな。

今の今までなんの目標もなくフラフラしてた訳だし、それが急に「魔法統括協会行きたいデース!」なんて言ってたら何言ってんだコイツみたいな反応になるよな。

ヴィクトリカさん的に言ったら「何言ってるのかしらこの子」って感じだろう。それとも、ニコリと微笑んで有無を言わさず「今なんて?」と尋ね続けるか。

 

「はは、まあ真面目に旅人も考えたんですけど……ほら、前に言ってたじゃないですか。どんな夢や目標でも胸を張れるようにって」

「ええ」

「俺にとっての『それ』が、魔法統括協会だったんです。とある人に紹介されて、心の底からその未来を歩みたいと思ったから」

 

それでも歩みたかったんだ。

誰に何を言われたとか、どれだけその夢を否定されたとか、そんなモノは関係ない。ただ、一筋に描く夢への過程で「友に胸を張れる自分になりたい」と願い、突き進んだだけ。

決して諦めたりはしたくない、俺の決意である。

 

「この夢を持てたのは俺の魔法のセンセや親友だけじゃなくてヴィクトリカさんのおかげでもあるんです。だから、ありがとうございます」

「‥‥‥オリバー君」

 

頭を下げてヴィクトリカさんにお礼を言うと、途端に口を両手で隠したヴィクトリカさん。口元を隠された故にその表情の全貌は見えないが、頬の赤みや目の見開き具合から察するに、どうやら彼女は俺の言葉に感動してくれたようで──

 

頭撫でてもいい?

「やーそれは流石にキツいっす」

「そんなこと言って、本当は?」

お願い致します

 

むしろそれは俺がお願いする立場だろ、と己の立場を瞬時に理解した俺はヴィクトリカさんの綺麗で柔らかな手で頭を撫でられる。

悲しいかな、ガキの頃からの快楽からは逃れることができないのだ。シーラさんのなでなで然り、ヴィクトリカさんのなでなで然り、俺がいくら口で抵抗しようとも本能からは逃れられない。

理性と本能、どちらが強いのかは察してくれ。

因みに俺はこの前シーラさんになでなでされて理性が死んだ。

 

「そ、そういやイレイナさんの調子はどうっすか?」

「調子?」

「そうそう、最近やっと師匠ができたんですよね。星屑の‥‥‥プラネタリウム先生!」

「プラネタリウム先生?」

「ご存知ですか?」

 

因みにプラネタリウムのソースはシーラさんである。

なんか知らんけど、まじで帽子の裏がプラネタリウムらしいと。いや、帽子の裏でプラネタリウムとか何考えてんだとか昔は思ってたけど、よくよく絵面を考えたら推せるな──と思い、今に至る。

しかし、まあ己の弟子がママ友の子にプラネタリウム先生とか呼ばれるとは思っていなかったのだろう。

俺の言葉に対し「……フラン」と呟き、天井を見上げるヴィクトリカさん。やがて視線を天井から俺に移すと、やや引き攣った笑みを見せる。

 

「まあ、オリバーくんの師匠に言われたことは分からないけど、あまりいじめないであげてね」

「いじめの定義によりますよね‥‥‥」

「あら、そんなの決まってるじゃない。その子がいじめだと思ったらいじめ。極論いじめられてなくても本人が『いじめられた!』と思えば訴えられるわ。そうなればこっちのもの、裁判を起こして大金を巻き上げるチャ──こほん」

「‥‥‥今大金って」

「‥‥‥とにかく、あまりいじめないであげてね?」

「あっはい」

 

どうやらヴィクトリカさん的には俺に「大金を巻き上げるチャンス」を教えるのはNGらしい。

彼女は一体俺をどのようにしたいというのか。ヴィクトリカさんの今の言動を見るに、俺をお金に目ざとくない清純派魔法使いにしたいのだろうが、それ以前に俺はイレイナさんに対して変態的な発言を幾度となく繰り返すド変態だ。

既に変態というカテゴリで括られてしまっている以上、俺がその枠組みから抜け出すのはほぼ不可能。

極論第一印象で決まってんだよ、俺が変なことを口走るド変態ってのはな。

 

さて、イレイナさんとの笑いあり、魔力の塊ありの日常を思い出しつつ、ヴィクトリカさんとお茶を飲めているといるこの状況に興奮すること数分。

今度はテーブルの中心に添えられていたフルーツに手を付け「あら」と笑顔を見せるヴィクトリカさん。美しい女性の発する「あら」って上品で萌えるよなぁ……なんて、どうしようもないことを考えていると、フルーツを1口食べ終えた彼女が、ふと言葉を漏らす。

 

「そつなく、可もなく不可もなく」

「……つまり、分からない?」

「見てないから何も言えないのよ。けど、イレイナの師匠から何も言われていないということは何も問題は起きていない。つまり?」

 

えーと、それは。

つまり。

 

「良い報せも悪い報せもない、つまり至ってノーマルってことか‥‥‥」

「今度、直接イレイナに聞いてみなさいな。オリバー君なら、あの子も心を開いて話せるでしょうし」

「はぁ!?家族には負けますよオイ!!」

「それは怒ってるのかしら」

 

何を言っているのだこのマッマは!

この際だから言わせてもらうがイレイナさんが心を開いて話すのはヴィクトリカさん、サヤさん、アムネシアさん、アヴィリアさん、フラン先生と相場が決まってんだよッ!!

誰が友好的な関係を築いたとはいえ、ド変態に己の心をさらけ出すものか。世界はいつだって、ド変態に厳しくできているんだよ!!

 

「オリバー君どうこうじゃなくて、こういう時はずっと一緒にいる人ほど話しにくいものなのよ」

「……はぁ!?それは、弱味を見せ──むぐっ」

 

ヴィクトリカさんの意味深長そうな一言に返答しようとする。

しかし言葉を発しようと動く口は、途中で彼女の人差し指によって防がれ、「しー」という言葉により完全に止められる。恐らくヴィクトリカさん的に俺が言おうとした言葉はNGだったのだろう。よくよく見ればそれは明らかで、ヴィクトリカのニコリとした笑みを見れば俺が言おうとしたことが如何にKY子ちゃんな発言だったのかが察せられる。

 

そんな中で「きゃーっ!指にキスしちゃったきゃーっ!!」とか「はーいラッキーすけべぇいただきましたー」なんてことを頭の隅で考えている俺は真面目におかしいと思う。

自分で言うのもなんだが、危機感なさすぎだろ。

 

「イレイナ自身が考えて、誰かに打ち明けたいと思うのならそうする。それはとても素敵なことじゃない?」

「へい。まあ、そう……素敵ですね」

 

後ヴィクトリカさんの指綺麗ですね。

恋しちゃう。

 

「そう考えているからこそ、私はオリバー君なら心を開いて話してくれるって、そう感じたの」

「そりゃまたどうして」

「あなたとの時間が、本当に楽しそうだったから」

 

ヴィクトリカさんが間髪入れずに答える。

そうか。楽しそう……か。

まあ、実際にイレイナさんとの笑いあり、魔力の塊あり、暴言あり、興奮ありの数年間は筆舌に尽くし難い程幸福な時間ではあったが、それが今の話とどう関係しているというのか。

楽しい時間を共に過ごしたからとはいえ、イレイナさんが俺に悩みを打ち明けてくれることにはならないだろう。

彼女はあれで芯の強い子だ。1度自分でやると決めたことは最後までやり通す心の強さがある。そんな彼女が『俺に悩みを打ち明けない』と決めれば、いくら楽しい時間を共有していた親友の俺といえども、付け入る隙なんてものは皆無だと思うのだが。

 

「それだけよ。だから落ち着いて」

「それだけ、すか。まあヴィクトリカさんの言葉にはいつも助けられてるんで……頭の片隅には入れときます」

「頭の片隅どころか、脳内全て埋めつくして欲しいかな……」

「俺の頭ん中全部イレイナまみれにしたいんすか」

 

正直それはやめて欲しいかなと内心で苦笑。

すると、先程までくすくすと笑みを見せていたヴィクトリカさんが1度息を吐いて、もう一度俺を見つめた。

何処か空気が変わったような、そんな気がした。

 

「ね、オリバーくん」

「なんすか?」

「あなたの先生、嫌いにならない?」

 

俺は、人の心を完全に理解することはできない。

異世界転生するに至って、チートやら原作への多大なリスペクトと理解でも持ち込んでりゃ多少は人の心も読めたのかもしれないし、もっと楽に女の子のハートを射止めることもできたのかもしれない。

けど、結果として持ち込めたものはない。故に、原作モニカさんみたいに人の気持ちを理解することも──うーん、多分一生できないんじゃないかなって思う。

 

「嫌いに、ですか」

「ええ。嫌い、その人と話したくなくて仕方ない……会うことすらも嫌悪する、そんな関係」

「いや、説明されんでもわかりますが……」

 

今も、ヴィクトリカさんがこの質問をしてきた真意なんて分かりゃしない。嫌いって言葉自体は分かっていても、何故このタイミングで彼女がこんな質問を吹っかけてくるのか、なんてことは理解に及ばないことだ。

先ず、何も考えてないって可能性だってあるわけだしな。

 

「私だったら悔しいし、嫌いにもなるかも。取り敢えずどんな手を使っても先生をぼこぼこにしようと考えるわね……」

え゛。それ、まさか実際に……」

「さて、どうだったかしら」

 

ニコリと笑って誤魔化したヴィクトリカさんが、続ける。

 

「無理はしなくていいのよ。怒りだってやる気の原動力になるし……何より、先生はそんなことでオリバーくんのことは嫌いにならないし」

「ヴィクトリカさんは俺の先生のこと知ってるんですか?」

「一般論よ。子どもに敵意や悪意を持たれた位で大人はへこたれません」

 

そうでもないと思う。

俺の記憶の中では師匠のフラン先生が朝食手抜きされてしくしく泣いてたし。

 

いやしかし、確かに大人ってそういうものなのかなとも思う。思い返せば、一回目の時も現在も俺にとっての大人の代表例である『家族』は俺に対して辛そうな顔を見せたりすることを極力しないように気をつけていた。

いつだって家族は笑っていてくれて、子どもの俺に安心感を与えてくれたし、極端に金の話もしなかった。今だって、俺が魔法の道を志すために必要な杖や箒、本などを嫌な顔ひとつせずに買い与えてくれている。そう考えたら、とてもじゃないけど親が弱いものだなんて口が滑っても言えなかった。

悪口も同様だ。今更ながら母さんにブチ切れたことが恥ずかしくなってきてしまった。

もう少し大人になって、言えたことがあったはずなんだ。

正面切って、断られても粘り強く。イレイナのように凛々しく、泥臭く交渉できたはずなんだ。

 

まあ、それに関してはもう切り替えていくしかない。

過去を後悔したって遅い。

それよりも今、やらなければならないことを懸命に取り組むことが肝要だし、何より今の本題はそこじゃない。

問われてるのは俺。与えられた質問に答えなきゃ彼女に失礼だ。

 

「ごめんなさい。深掘りなんて母さんみたいなこと、するつもり無かったんですけど……」

「そっくりね、人の粗を的確に探し当てるの」

「なら嬉しいです。優しくて綺麗で聡明な母ですし、少しでも似てるところがあるのなら……っと、それよりも質問ですよね」

 

えっと。

まあ、シーラさんという魔法のセンセに対して言いたいことは少し考えれば山ほど出てくるんだ。

そもそも母さんとどこで出会ったのか、とか。実際の関係の詳細とか。大まかな関係は察しがつくんだけど、確証がないからどうにも答えが導けない。

けど、そんなものはどうだっていい。知らなくたって良いとも思ってしまうのも事実。

複雑で不明な詳細より、明瞭で大好きな現在を見ていたい。そう考えている俺にとって、シーラさんがどれだけの過去や厳格さがあろうが、彼女に対する俺の評価は不変だ。

 

「シーラさんのことは、大好きですよ?きっと家族やイレイナを抜きに考えた大人の中では、1番と言っても過言ではない程に尊敬もしてます」

「目標に立ち塞がるのに?」

「はい」

 

師として、大人として。

言葉はぶっきらぼうだけど、先ず言葉として思い浮かぶのは『尊敬』と『大好き』だ。

あの日、突然の来訪。母さんだとばかり思ってドアを開けたその日から、俺の彼女に対する評価はそれだけだ。信頼してるし、信用してるし、カッコイイとも思うけど、やっぱり今の2つの言葉が先に浮かんできて──裏切りたくないって思っちゃうんだよな。

 

「確かに先生は厳しいです。優しい時の方が大半だけど、怒る時は怒るし、やばいことしたらデコピンされるし、げんこつ食らう日だってしばしば。今回だって、道に進むための試験と、自分の言葉で母さんを納得させるって条件を突きつけられて──正直、結構苦労してます」

「けど、嫌いじゃない。それって少し矛盾してないかしら」

「いいえ?俺はそれも含めて愛情だと思えるような人間なんで。愛情与えてくれる人を嫌いにはなれませんねぇ……」

 

何せシーラさんは美人すぎるおねーさまだしな!

シーラさんがどう思っているかは知らんけど、俺的にはシーラさんが師になってくれたことは幸福以外の何物でもない。

イレイナさんに、ヴィクトリカさんに、シーラさんに母さんに……あれ?

もしかして俺って前世の記憶持ちによる知識チートの他にも原作の人に良くしてもらいまくる出会い系チートも持ってる系なんすかね?

だとしたらアムネシアさんに転生できなかった俺も捨てたもんじゃないのかもな。

 

──閑話休題。

 

「つーか、壁を突きつけられるなんて当たり前のことじゃないですか。俺がやろうとしていることってとても危険なことで、下手したら殉職することだって有り得る。そんな道に簡単に進めようとする人は……俺は、なんか嫌です」

「……そうね。きっとその先生がそこまでのことを考えて壁を作ったのなら、英断だと私は思うわ」

「……」

「魔法統括協会は、多くの人の悩み事を魔法によって解決するだけではない。魔法でしか対処することのできない事件を()()で制することが求められる。それが出来ずに命を落とした人がいるのは事実だから」

「はい、それはもう。心得ています」

 

とある紫髪の少女は、追放処分とは名ばかりの惨い殺され方をした。

原因不明の病であるリコリス病は、誰にでも罹る可能性のあるものであり、自覚症状が出れば最後。解決策もないまま死に向かっていく死の病である。

死に向かうまでの過程では、いっそ死んだ方が楽と思える位の苦痛を伴う。その中で、殺してくれと懇願した1人の人間を殺して──あの子の人生は狂った。

想像を絶する程の苦しみだっただろう。父親に関連した慰謝料の元手を払う為に、親の願いに背き。親と同じ過程を歩まざるを得なくなり、人のために人を殺し、自らが作り出した永遠に解決できない事件の担当となり、無能と蔑まれ、最期は友人に看取られ、短い生涯を終えた。

彼女を殺した最大の要因は安楽死を良しとしない国ではない。元来の優しさと『人のために魔法を扱う』魔法統括協会の立場に殺されたのだ。

 

いっそ、誰かが彼女をすぐに捕まえられていれば。そもそも、リコリス病を治す手立てがあれば。いや、そもそも父親がもう少し上手くやれてれば──など、たらればを言えばキリがない最悪の事件。

そのような例が象徴するように、本来なら尊い筈の命が軽んじられてしまうこともある。俺にとっての魔法統括協会は、尽くが良い印象というワケではなかった。

幾ら記憶の中のサヤが明るく振舞おうとも、アムネシアがすっとぼけようとも、アヴィリアやミナがシスコンムーブ発動してても、暗い影は差し込む。

決して明るさと百合だけが取り柄の『魔女の旅々』ではないと俺は思っていたし、魔法統括協会に行くためには相応の覚悟と実力が必要だということも、分かっていた。

 

 

 

けど。

 

「そういう面があるってことを壁を作ることで遠回しに教える……それだけでも俺のシーラさんに対する評価は赤マル急上昇ってわけです」

「……あか?」

「ピロリロリーン!オリバーさんのシーラさんに対する好感度が100上がりましたー!!」

「あ、なんか今のすごいリアっぽい」

 

シーラさんは言ってくれた。

示すだけじゃなくて、背中を押してくれる一言を。変わろうとしている癖に、肝心なとこで変わる勇気を持てず、臆病の虫が鳴き出す俺に『切り拓け』と言ってくれたから。

だから俺は曇りない目で夢を見られている。

多くの人に恵まれて、俺はこの場で夢を語り、堂々と人を好きだと告げられるんだ。

 

「あの人は道を示すだけじゃなくて、その道に対する壁を作ってくれた。上等だって、やってやるって気持ちにさせてくれた。だから俺は、シーラさんを信じているんです」

「……」

「そんな人を嫌いになんてなりません。ただの1度も、そんな感情には──絶対にならないし、なろうとも思わない」

 

今後、どんなことがあろうとも俺はあの人を尊敬するし、大好きなままでいるだろう。

何故かわからないけど、そんな確信があったから。

俺はヴィクトリカさんの目をしっかり見据えて、言葉を締めくくった──のだが。

 

「あ、いや。その、恋愛的な感情じゃあないっすよ?あくまで師匠的な意味合いで……まあ現時点で師匠なんて呼ぶのも烏滸がましいんですけど──」

「……ふふっ」

「どうして笑うし」

 

俺氏、シリアス発言をした途端にヴィクトリカさんに笑われる。

いやー、やっぱ俺にシリアスって似合わないんやなぁって。俺でも思うもん、こんなこと話してる位なら魔女旅の世界でシスコンが合法か否かを誰かと語ってた方が建設的だって。

だから今回ヴィクトリカさんに笑われたところで俺としては痛くも痒くもないのである。むしろ出番の少ない顔面偏差値つよつよな人妻様の笑顔を見れた分役得だ。

 

と、まあ。

そんなことを考えている間にもヴィクトリカさんの堪えきれなかったのであろう「くすくす」という笑い声が部屋に響き渡り。

やっぱ母さんもヴィクトリカさんにはよわよわで、いつも手玉に取られてんのかなぁ……なんてどうでもいいことを考えていると、ヴィクトリカさんが漸く笑い声を我慢して、言葉を続け──

 

「ふ、ふふっ……くす、くすくす」

「いやツボに入ってるぅー」

「ごめんなさい……ほんと、そっくりで。遺伝ってやっぱりあるんだなぁ……って思ってたら、涙が……」

「おやおや!そんなこと言ってると調子に乗っちゃいますよ?なんてったってあの美人の母さんの遺伝ですからねぇ!似ているって言うのは最上級の褒め言葉……」

「女の子を泣かせそうなオーラが、そっくり……ふふ……!」

「いやそこかーい」

 

悲報、ヴィクトリカさんツボに入る。

いや待て、そもそも女の子泣かせるとか物騒なワードが耳に入ってきたんですがそれは。

自分で言うのもなんですけど、俺は女の子には優しく、慎ましくを自称している男の子ですぜ?

誓ってこれまでも、これからも女の子は泣かせるつもりないし、予定もない……いや、まあ現在進行形でヴィクトリカさん泣かせてるけどね?

 

でもさぁ、泣き笑いはノーカンじゃないですかねぇ!

原因は俺だけど、流石に泣くほど笑われるなんて思っていませんでしたもん!!

つーかツボに入る要素が全く見当違いで涙が止まらない!!

なんで母さんと似ているからってツボに入るんじゃい!おかしいでしょ!母さんは一体この美人な奥様に何したんだよ!!

 

「……あのね、オリバーくん」

「な、なんすか?」

「あなたの師匠、本当にオリバーくんに信頼されているんだなって。そう考えたら、なんだか嬉しくなっちゃって」

「……えー、そういうもんすか?」

「そういうものよ」

「赤の他人なのに?」

「ええ、赤の他人なのに。不思議ね」

 

……まあ、いいか。

ヴィクトリカさんが漸く息を整えて、笑ってしまった理由をしっかりと告げてくれた以上文句はないし、事を荒立てようとも思わない。

何より、ヴィクトリカさんが俺とシーラさんの健全で微笑ましい信頼関係を認識してくれたのだ。シーラさんとヴィクトリカさんに関わり、2人の関係を知る1人の魔女旅ファンとしてはこれほど嬉しいことはないし、なんならこれを機にロベッタの街で仲良くお茶でもしたらどうかと思う。

そして俺は2人の出逢いを取り持ち、仲睦まじく談笑するであろう2人をアニメ気分で眺める!

 

全く、俺はヴィクトリカさん孝行な奴だな!

罪なヤツだぜ!(自惚れ)

 

「ま、まあ!シーラさんと俺は堅い結束でできてますからね。この絆は……うーん、まあナイフくらいじゃ切り裂けないとは……うーん、思うんすけど」

「そこは言い切って欲しかったかな……」

「それはそれとして、俺はヴィクトリカさんのことも信じてますよ?」

「あら、本当?」

「はい、本当です。じゃなかったらこんなこと話しませんって」

 

そして、何より俺はヴィクトリカさんを聞けて。このタイミングでお話をすることができて本当に幸せ者だなと思う。

シーラさんに心の在り方を教わって、イレイナさんに心の中の焦燥感を根本から取り除いてもらって。

そこまでしてもらっても俺の中にぼんやりと残っていた不安を、ヴィクトリカさんは質問という名の確認作業で、執念に変えてくれた。

 

イレイナさんとの確約があって。

その上で今まで良くしてもらったシーラさんに報いたいという気持ちもあって。

そして何より、自分のエゴが魔法統括協会に行きたいとはち切れんばかりに叫んでいて。

 

「なら、どんな壁でも越えていくしかないだろう?」と。

そんな執念にも近い覚悟をヴィクトリカさんとの会話で俺は手に入れることができた。

だからもう、母さんにちょっと何か言われたからって動じないし、何を言われようとも向き合い、説得する。

 

だって俺がなりたいものは、魔法統括協会なんだから。

魔法統括協会の先に、俺の『大好き』が死ぬ程詰まっているんだから。

 

「ヴィクトリカさんは昔から俺に良くしてくれるし、洗濯物を破壊した時は一緒に謝ってくれるし、今日みたいにお手伝いした時もそうでない時もスイーツ用意してくれるし、悩み事も話しているうちに解決に導いてくれるし……だから、うん」

 

そこまでのことをヴィクトリカさんとの会話で考えられてしまう俺は、自分で思っている以上にヴィクトリカさんを信じていて、その上で大好きなのだろう。

じゃなきゃ、話すだけで充足感に満たされるような気持ちになんかなりゃしない。

断言出来る。

俺はヴィクトリカさんが大好きだ。

けど、それは恋愛感情とも親愛とも違う。

上手く言語化はできないけど、もっと高貴で尊いもので。

 

この人のような優しさと厳しさを持てる人間になりたいという、憧れのような感情なのだと俺は思う。

 

「……ふふっ」

「どうしたの?」

「聞きたいですか?」

「……なんか既視感があるのだけど、一応聞こうかしら」

「そですか、ならお言葉に甘えて──」

 

ヴィクトリカさん。

ちょっと意地悪で、それでも娘であるイレイナと同じくらい、俺を優しく見守ってくれる暖かい人。

原作を知っている俺にとっては、とんと分からない優しさの理由。

それでも、俺にとってのヴィクトリカさんは優しくて、暖かくて、それでいて安心できて──

 

「俺はヴィクトリカさんがとても大好きです。ひとりの人間として、尊敬してます」

「……やっぱり」

「やっぱり?」

「そういう顔をした子が歯の浮くような台詞を言うこと、すっかり忘れてたわ」

「なにゆえ」

 

優しさと厳しさで導いてくれる人だって、そう信じている。

 

 



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20話「師として」

あふたー


 

 

 

 

 

 

 

 

 

空が橙色に染まり、普段ならば既に帰宅していなければならない時間帯にオリバーは親友の家で、その母親と長々と、熱い議論を交わしていた。

議論の内容は、魔法使いの卵の育成理論。「もしオリバーくんが偉くなった時、ちゃんと他人を導けるようにする為にも理論は大切よ?」という金言を授かったオリバーは、自らの思いの丈をあるがままに語った。

傍目から見ても一生懸命なその様に、()()()()()()()()()()()()ヴィクトリカは微笑ましい気持ちで見つつも「それはもう少しこうするべきじゃないかしら」と具体例を提示する。

恰もオリバーが人を教え導くことが確約されているかのように、それはもう熱心に。

 

因みにこの理論をきっかけとして、オリバーは後々何人もの魔法使いの弱点を改善させ、一癖二癖ある()()()()()()に仕立て上げたことから1部の界隈で『仕立て屋』と呼ばれることになるのだが、それはまた別の話である。

 

「ばいばーい、ヴィクトリカさーん!!」

「ええ、さようなら。気をつけてね」

 

ともあれ。

時が夕方を超え、夜の帳が落ちた頃。母親のおしりペンペンが自らの臀部に炸裂することを悟った自称ヴィクトリカ孝行な奴は自らのケツに悪寒を感じ、先程までの熱が覚め「……か、帰ります」という言葉を絞り出す。

その様を見て、これまた何かを悟ったヴィクトリカは「ちょっと待ってね」という言葉を残し、紙を手元に引き寄せ何やら一筆。

それをオリバーに渡し、現在に至り──そして彼女はフルスピードで箒を飛ばすオリバーを眺めたまま、ぽつりと。

 

「盗み聞き?」

「……」

 

そう呟くと、ドア横の壁から人影が現れる。

先程までは誰もいなかった場所から突然誰かが現れることは考えにくく、並の人間ならば存在を消す魔法に気付くことは非常に難しい。

ましてや暗闇だ。地面の凹みや足跡、雑草が踏み潰されている様子などを注意深く観察することもままならない状況でその魔法に気付くのは、余程の実力者位のものである。

 

「言っておくけど、いじめてはいないわ」

「……」

「リアと唯一違うところは、オリバーくんがとっても素直で可愛らしいところだもの。いじめるなんて可哀想じゃない」

 

そして、その隠密魔法に気付くヴィクトリカは『余程』という言葉が可愛らしく思える程の実力者だ。

弱冠18歳で魔女となり、多くの経験をし、お金儲けをして、人々に感謝され、時に蔑まれ。そして弟子を2人とり、立派な魔女に仕立て上げた。

実力に関してはそれらの経歴が物語っている。良い経歴は認められるものがなければ付いていかない。彼女は魔法の実力があり、頭が回り、人を育てる能力があったのだろう。

 

そして、そのような経歴もりもりの女に気配を察知されたのは夜闇の魔女。

スラム育ち、自らが師と仰ぐ2人の魔女に出会うまでは魔法を独学で学び、後に2人に魔法、依頼達成の為のイロハを叩き込まれた魔法統括協会のエリート。

その彼女が先程までオリバーが立っていた場所にまで向かい、ヴィクトリカを見る。

師弟関係であった2人の久しい対面は、唐突に始まった。

 

「……いや、入れ違いだ」

「本当は?」

「いや、本当だって」

「はいはい、オリバーくんに大好きって言われて嬉しかった?」

「そりゃあ、まあ」

「やっぱり聞いていたのね」

 

「全く、折角の密会を……」と悪態をついたヴィクトリカをシーラは苦笑しながら見つめていた。

山吹の髪を携えた少年と、灰髪の師との会話。その会話を影から見ていたシーラの記憶には、かつての()()()()が蘇る。

「正当な報酬でなければ依頼は受けない」を信条とする灰髪の魔女。

「ぶち殺せ、ボクが殺る」なんてふざけた信条を掲げつつも依頼を解決せねばならない状況に至れば人が変わったように冷酷になる山吹の魔女。

かつては共に旅をしたこともあるという2人が向かい合いギャーギャー言い合い、お約束のように山吹の魔女がぶっ飛ばされるその様を見たことがあるシーラは、今日聞いた会話を過去の2()()に見立ててしまったのだ。

 

そして、その様を見れば嫌でも過去を思い出す。

どれだけ霞んでも、絶対に忘れないという自信がシーラにはあった。

 

「シーラ」

「ん?」

「あなたもしかして、試験の時に手心を加えようとか──そんなこと、考えていない?」

 

会話は続く。

折角の再会を喜ぶ間もなく──いや、実際には嬉しいのだろう。しかし、喜びの言葉を伝えることもなく、2人は別の話を繰り広げる。

内容は、やはりといったところか。

2人にとっては大切で、可愛くて仕方ない1人の少年の話へと移行する。

 

「オリバーくんは素晴らしい魔法使いになる。もしかしたら男の魔法使いという概念すら覆してしまうかもしれないし、それこそ彼が魔法統括協会に入れば多くの人が助かるのかもしれない」

「……」

「そして、それを本人も望んでいる。あなたに報いたいと、その気持ちを持って魔法統括協会に入ろうとしている。どれだけの困難があろうとも、関わってきたみんなに誇れる自分でありたいと願っている」

 

多くの魔法使いを見てきたであろう師の『断言』。

その一言に、夜闇の魔女は少なからず衝撃を覚える。

勿論、2人の関係上色眼鏡で見ていないなんてことはないだろう。それでも、驚いたのだ。

今まで彼女が──『灰の魔女』が男の魔法使いを手放しで賞賛する場面を見たことが、夜闇の魔女には()()皆無であったから。

 

「でも、やめなさい。手心を加えることはあの子のためにならないし……何より、あの子が絶対に望まないことだから」

 

それと同時に、警告も受ける。

分かっていたことだとシーラは煙草を吹かし、空を見上げる。

自身でも自覚してしまえる程に、夜闇の魔女は山吹の──自らの慕う2人目の『魔女』の生き写しに惚れていた。

恋愛的な意味ではない。彼女がその生き写しに惚れた要因は、言ったことを実現しようとする真摯さや、その真摯さを()()()()()()()()()()実力だ。

そうした総合的な魅力にまんまと取り憑かれた夜闇の魔女は、先ずその生き写しを弟のように可愛がり、その次には手元に置きたいと考えた。

関われば関わるほど多くの魅力を知り、最終的には命の危険を考慮した上でも手元に置き、育てたい。いずれは自分の仕事を任せられるような人間にしたいと、飄々とした彼女らしからぬ欲が出てしまった。

 

それ故に、昂った気持ちを灰の魔女に見透かされた。最悪試験ミスっても、手元に置いて育てることを打診しよう──なんて保険的な提案を行おうとしたことを、隣の師匠に見透かされたのだ。

 

「……敵わねぇな」

 

可能性に満ち溢れた少年だ。

箒は乗りこなすし、魔法の才能は本人が思う以上のモノを持っている。

特に魔力の操作は天才的。その操作を応用し、()()()()すら作り出した。

過去にそれを受けたことはない。つまり完全新作の、実践で敵を殺すことなく戦闘不能にする()()()()()をオリバーは編み出したのだ。

 

しかし。

だからこそ、甘さと優しさを履き違えてはならない。

本人のため、未来を思うのなら行ってはならない優しさもある。

ヴィクトリカはその言葉を、これから弟子を持つ()()()()()()()に継承する。

彼女が夜闇の魔女として一回り大きくなるための心構えを、ヴィクトリカは目を見て伝えた。

 

そして、気合いが常に入っている彼女は真面目にならねばいけないタイミングを間違えない。

真摯な瞳を向けられたシーラは、それと同じくらい──それ以上の真面目な表情で自らの師を見る。

弟子時代、可憐な笑みを見せながら依頼を解決したり、姉妹弟子との喧嘩を眺めていた傍らで何度も見たヴィクトリカの真剣な表情。

決まって大切なことを教えてくれるタイミングを、かつての経験が理解していた。

 

「あなた自身が気合いの入った娘だから、同じように特定の物事に気合いを見せる子を好むのは何となく分かるわ。けど、その気持ちを優先させてオリバーくんの気持ちを無視したら本末転倒でしょう?」

「ああ」

「……まあ、仕事を放り出してこんなところで何をしてるんだとか、そんなにあなた子ども好きだったかしら──とか。色々言いたいことはあるけど」

 

 

 

 

 

だから、シーラには伝わった。

 

 

 

 

 

「仮にも師なら、慕ってくれている教え子にちゃんと向き合いなさい。あの子が言葉にまで残してくれた一言を裏切るような真似をしてはいけないわ」

「……」

「その上で、目いっぱい弟子を愛しなさい。諦めて、心が折れてしまわない限り、その子のことを諦めないであげなさい。弟子がやると言って聞かないことを、影で見守って、時には守ってあげなさい」

 

そして今、その言葉と共に、意志が継承されたのだ。

 

「あなたの師匠は、そうやって弟子を育ててきたわ。だからきっと──あなたにもできるはずよ」

「……破門の一言を使ってあたし達を脅しまくった師匠がなんか言ってら」

「あら、それはあなた達の仲が悪かったから……」

「それでもフツー依頼未達成のペナルティで破門使うかよ。言っとくけどアレ、逆効果だったからな?」

「結果的に仲が深まったから良いと思う」

 

シーラにとって、ヴィクトリカという師匠は皆が思い描くような人じゃない──そんな人だ。

綺麗で、真摯な表情が映えて、誰にも負けないのではないかと錯覚する強さを誇るが、その一方お金には目がないし、ズルは処世術だと躊躇いがないし、何より肝心なところでテキトー。更には失敗しても懲りない!

たまに「なんだこの人」と思う時もあるし、その気質を色濃く受け継いでしまっている姉弟子を見ると、どうしようもなく苦笑したくなる時が来る。

それでも。

 

「手心なんて加える気はさらさらねぇよ。ダメならダメって言うし、簡単に飛び越えて貰おうとも思っちゃいねえ」

「それならいいけど」

 

それでもシーラにとってのヴィクトリカは、誰にも代え難い大切で、尊敬できる師匠だ。

あなたの人生の転機となった人は誰かと問われれば、センセより先にヴィクトリカと言うと断言できてしまうくらいには、彼女は自らの師を愛し、信じ、慕っている。

あの日、人の物を奪い取ることしか生きる術を知らなかった自身にもうひとつの生きる術を教えてくれた師を、シーラは忘れない。

魔法統括協会エージェントとしての始まりはともあれ、夜闇の魔女としての始まりは紛れもなくヴィクトリカなのだ。

それだけは譲れない、夜闇の魔女の原点である。

 

「当日ダメならそれで終い。センセを納得させられなくてもアウトだ」

「一発アウトは教育上よくないと思うのだけど……」

「隠居生活で日和ったか師匠。昔のあんたならこんなことでいちいち教育を盾にするようなこと、しねえと思うんだけどな」

「隠居やめて」

 

「シンプルに毒吐くわね……」とヴィクトリカが呟くと、シーラが「親しい人だし」と軽く受け答えする。

数年以上前に自身の元を飛び立った魔女が、こうして今でも親しみを持ってくれているということに嬉しさを感じない訳では無いが、隠居はなんかいやだったらしい。

笑顔で軽く壁をぶん殴ったヴィクトリカ。

それを見たシーラは、フランに預けているらしい師匠の一人娘がスマイル壁パンの系譜を継がないようにと、切に願った。

 

「そういえばさ、師匠」

「どうかした?」

「師匠の思う、オリバーの魅力ってなんだ?」

「笑顔かしら」

「いや、待て。確かにオリバーの笑顔は庇護欲を唆る何かがあるが、そういうんじゃなくて」

「初めて見た時は恐怖とひとつの予感を感じたわね。ああ、この子は将来多くの女の子を泣かす子になるんだろうなぁ……っていう」

「ハッタリだろ……いやマジでハッタリだろ?遺伝ってそういうとこも似るの?」

 

遺伝子受け継ぎすぎだろ、とシーラは嘆息混じりに呟く。その嘆息の原因はオリバーでもあり、その母親でもあった。

先程も彼女の思考に現れたぶち殺すボクっ娘魔女はその美貌と、艶のある長い山吹色の髪を靡かせ世界中の老若男女を虜にしていた。

特にボーイッシュでもない癖に女性からの人気は非常に高く本人すら困惑してしまうほどに、とにかく女性にモテた。

何故彼女が女性にモテたのかは不明だが、その根本の原因の内外面を色濃く受け継いでいるオリバーがその女と同じ末路を辿る可能性は限りなく高い。

 

頼むから無自覚に女を絆す性格だけは受け継がないでくれ、とシーラは願った。

いや、むしろそこら辺は親父を受け継げ──とも思いつつ、彼女は踵を返す。

 

「じゃあな、そろそろあたしはかえ──」

「れると思った?」

「……あ?」

 

そして、師に肩を掴まれる。

いや、待て。力が強い。と言おうと振り向き──シーラは直感的な恐怖に襲われる。

スラム街で培った野生の嗅覚と言うのは大袈裟だが、特殊な生き方をしてきた彼女は人の感情にはそれなりに機微であった。

故に、シーラは苦笑しながら言葉の続きを待つ。

自らの恐怖に従い、師の言葉の続きを待ったのだ。

 

「まあ、待ちなさいな。今まで散々リアの元には行っといて肝心の師匠の元には来なかった理由とか、色々積もる話もあるでしょう?ここはひとつ、二次会でもどうかしら」

「いやそれはもう少し1人前になってから行こうとしてたってだけの話で」

「それに、オリバーくん自慢のことで聞きたいこともあるのよ?」

「……は?」

 

そりゃどういう意味だ──と、シーラが言葉を返そうとするも、ヴィクトリカのニコリとした笑みに閉口。

結果、言葉の続きはヴィクトリカが紡ぐ。

会話の主導権を完全に握られた瞬間である。

 

「あなた、フランにオリバーくんの可愛い写真見せびらかしたり、弟分自慢ばかりするみたいじゃない」

「当たり前だ、あたしの可愛い弟分だぞ」

「その話、とっても気になるわ。お土産話として私にも聞かせてくれるわよね?」

「……あ、死んだ」

「あ、今のすごいリアっぽい」

 

自らが敬愛してやまない師の、師による、死の宣告。

かくして、ヴィクトリカにとっては幸せの。シーラにとっては地獄と天国の境目にいるような二次会が始まったのであった。

 

 

余談ではあるが、あの後何故か家から出てきたのはお肌がつやつやの灰髪美人妻と、げっそりした様子でほうきに寝転がる金色の髪の女だったという。

何があったのかは本人の口からは語られなかったが、まあ何となく分かると察し、胃薬を渡したのは帰りがけにばったり出くわした『星屑の魔女』。

 

「何があったんですか」

「……告げ口しやがったな。この、ぱっぱらぱーが」

「……あっ」

 

星屑の魔女は彼女の何を察したのか。

真相は闇の中である。

 

 

 




1章終了間際にも行いましたが、数分後にまたアンケートを作りますので参考程度に皆様のご意見をお聞かせください。
それぞれの選択肢のメリット、デメリットを挙げさせていただきますと、魔法統括協会編は魔法統括協会組の深掘りができ、送られてくる手紙にやきもきするイレイナさんが見れますが本題の2人旅編に入るまで時間がかかります。2人旅編はとっとと可愛いイレイナさんが見れますが、魔法統括協会組の深掘りが不完全のまま終わる可能性があります。
両方同時並行は深掘りも可愛いイレイナさんも見れますが時系列がごっちゃごちゃになるので途中で何が何だか分からなくなる可能性があります(章分けや分かりやすい地の文など皆様に分かりやすく、楽しく読んでいただけるように工夫はします)。
アムネシア編はアムネシア編です。原作4巻の世界でオリバーが滅茶苦茶します。

繰り返しになりますがあくまで参考にですので気軽にポチしていただけると助かります。


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山吹の  の話

見ても見なくてもいいやつ。
魔道士と魔導士の表記揺れの独自解釈、改変を加えています。


 

 

 

ヴィクトリカさんとの会話を終えた俺は、単刀直入に言わせてもらうと母さんのおしりペンペンに怯えていた。

この歳にもなって尻叩き如きに日和る軟弱で矮小な精神を抱いている俺ではあるのだが、怖いものは怖いため仕方ない。

むしろ何かを怖がり、怯えるのは弱点ではなく危機管理能力を持っているという証左なのだと強がりを内心で吐きながら、俺は帰路へとついたのだが──

 

ふふ、ごめん。暴徒もとい王族舐めてた。

後1週間かかるわ。

 

なんと、両親が別の国でランデブー延長してやがったのだ。

いや、別に悪いことではないんだ。暴徒退治するって書いてあったし……なんか王族とか書いてあるけど、そういうお仕事を半日で終わらせるとか逆に怖い。

いくら母さんと父さんがヴィクトリカさんと仲の良い人達だからといってそんなチートができるわけがない。

つーかしないで。

パワーバランス壊れちゃう。

 

「……というか王族が関わる問題を1週間で終わらせられるのか?」

 

1週間も1週間でめちゃ速いと思うんだが、まあそれ以上は突っ込まない。

母さんが1週間って言うなら1週間なのだろう。

俺には母さんの過去がとんと分からないのだが、何故か彼女なら有言実行をしてしまいそうな予感がした。

 

「……ふっ」

 

確証も、何も無かったけど何故か確信を持てたのだ。

 

PS.後で尻叩きね♪

 

「……頭おかしい」

 

ついでに悪寒もした。

 

 

 

 

 

 

「やあやあ、帰ってきたよ。我が愛しのバカ息子!」

 

というのが3日前の話で、2人揃って帰ってきたその光景に苦笑を浮かべつつも好物である珈琲を啜っていた俺。

長旅にしては随分と弾むように歩くし、父さんは引き摺られているしで色々と謎の残る2人の旅路ではあるのだが、まあ無事に帰ってきたんだし別にいいかと珈琲を啜る。

昼下がりの疲れた身体に、珈琲の苦みが染み込んでいくような──そんな気がした。

 

「パパ!オリバーにお土産用意してあげて!!それから家事の用意!!」

「暴君じゃないか」

「ジャンケンで負けたのが悪いんでしょうに」

「ぴえんなんだわ」

 

ついでに父さんは扱き使われていた。

尻に敷かれちまってんだなぁ……と微笑ましく父さんを見守ったところで、俺は向かいの席に座った母さんに労いの言葉と、疑問の言葉を同時にかける。

 

「お疲れ様。何やってたん?」

「暴徒の鎮圧と相談、仲介役……まあ、色々かな」

「……俺は何処の国で、どんなことをしたのか。そんな感じの土産話が欲しいんだけどなぁ」

「昔可愛がってた子が王女やってる国で『結婚なんて認めねぇ!ばーかばーか!!』ってやってる娘思いのパパの話なんだけど聞きたい?」

「……あー、なんか聞き覚えがあるようなないような」

「ありゃ、王女様のこと話したっけ?」

 

その王女様とやらの話は聞いたことがない俺ではあるが、侮ることなかれ。

こう見えても俺、転生者なのである。

絶賛オリジナル展開に片足突っ込み中の俺ではあるのだが、何も原作知識が頭から抜け落ちた訳ではない。俺くらいになると王女様って表現だけで魔女旅のどのキャラなのか察することもできてしまう(大嘘)。

輝かしい百合百合ワールド、魔女の旅々の歴史は俺の記憶のフォルダーに永久保存済みなのである。

閑話休題。

 

「で、そのミ……王女ちゃんとやらはどうなった?」

「結局ね、話が縺れに縺れたから王女様と婚約者の子をこっそり国から脱出させたよ。王様はずっと認めねぇって言ってたけど、おとーさんがトンチ効かせて何とかしてくれた」

「父さんが?」

「ふふっ、おとーさんは優秀なネゴシエーターだからねぇ。やっぱ私みたいなじゃじゃ馬にはおとーさんみたいな人が居ないと生きていけないわけよ……」

「ははっ、王国の家庭環境何とかするネゴシエーターって一体」

 

俺の予想通りの人ならその人達の国滅んでます。

え、つーかそれ救済したとか凄くね?

なんで原作でやんなかったんだよ。アンタらみたいなのがバリバリ現役魔法使いとしてお悩み解決していったら「あんな悲劇」や「こんな悲劇」だったり、世界線によっちゃセレナちゃんを殺人鬼から調理に失敗して頬にケチャップドバドバ付けちゃった美少女幼妻にすることだってできるじゃん!

 

いやほんと、育ててもらった癖に何言ってんだって話だけど……一国の姫を救える人達がなんでこの若さで隠居しちゃったのさ。

 

「……でも良いのか?」

「なにが?」

「なんつーか、母さんと父さんって今はロベッタの一般家庭じゃん。そんな人達が一国の王族に密に関わっていいのかなって」

「あー……うん、言わんとしていることは分かるよ。私も王女様と関わってなかったら多分見捨ててたし、それこそ私って王族の問題なんてめんどっちいから放置するような畜生女だし」

「母さん畜生なのか」

「けど、関わっちゃったから」

 

コーヒーを一口啜った母さんが続ける。

 

「私はオリバーと同じで、仲良くなった人を好きになりすぎちゃうんだ。だから友達はみんな幸せになって欲しいし、そのお手伝いならなんだってしたくなってしまう」

「お手伝いってレベルじゃねえぞ……」

「それに、()()()()()()()()()()位には過去の人生必死に走ってきたからね。こういう時にやりたいことできなきゃ頑張った過去が報われないじゃない?」

 

「あ、もちろん人殺しとか犯罪はしないよー」という言葉を最後に、母さんはにへーっと笑う。

俺にとっては何度も見た光景。色々な話をこの14年間してきたけど、母さんがこの笑みを浮かべる時は何故かとても落ち着く。

こういうの、人を巻き込む笑みっていうのかな。

優しくて仕方のない、そんな笑みに心が癒されるし、安心感も生まれる。

俺も将来、こんな笑みを浮かべられたらいいな。

今はまだくそざこな笑みだけど、遺伝子的に母さんの子どもなんだから可能性はワンチャンある……はずだよね?

 

「……なれるといいな、幸せに」

「ふふっ、むしろなってくれなきゃ困るね。私の貴重な105時間を奪った罪深き女の子なんだから」

「105時間ならまだマシじゃね?」

「何言ってるのさ!女の子の1時間は貴重なんだ!!」

「女の子?母さんが?子?」

「表出ろ」

 

まあ、それはともかく。

原作の悲劇が母さんによって救われ、物語の中では亡くなってしまった人が少なくとも己の願望を追求できているんだ。

できることならミラロゼさんには幸せになって欲しい。これから先、どのような結末になるのかは分からないけど、折角国滅亡ジャバリエルートを回避できたんだから、ほんと頑張って。

 

「それはそうと……その様子だと諦めないんだね、まほーとーかつきょーかい」

 

なんて、そんなことを話しつつ。

俺と母さんで旅先の話に花を咲かせつつ、偶に父さんから放たれる横槍を母さんがぶった切り、その様に笑うという時間を過ごしていると不意に母さんがそのような言葉を笑顔で言ってのけた。

何故その話題を途中で振るのかは理解できなかったが、まあ聞かれて都合が悪いこともないんだよな。

なので俺は素直に、今の気持ちを吐露する。

できる限り素直に、真っ直ぐな思いを込めて。

 

「諦めたくないな。1度決めた事だし」

「そっか」

「それに、前まではただなりたいってだけだったけどさ。今はちゃんとなってからその場所で何を成したいか、ちゃんと考えてる」

 

すると母さんは少しだけ目を見開いて、それでも俺をしっかりと見据える。その視線に対抗するかのように、俺は最後に一言を続けて言葉を締める。

 

「叶えるよ、絶対。その為の試験だ」

「……明日だもんね、試験」

 

そう。

あれから随分と日が立ち、気付けば魔法統括協会の試験前日。

受かる自信はあるし勝算もあるが、確実に勝てるかと言えばやや実力不足だと思う。

何より、俺には勝利体験もとい成功体験なるものが圧倒的に不足している。隙あらばイレイナにボコられ、たまに来てくれたシーラさんとの手合わせでも、手加減しまくった彼女に1度勝利した程度。

実技試験で化け物クラスのつよつよ魔法少女が出てくる可能性も否めない以上、この成功体験の少なさは俺の弱点とも言えた。

 

「自信ある?」

「……正直に言うと、不安なんだよね」

「あんなに練習してたのに?」

「なはは、それ言われると耳が痛い」

 

本来なら、もう腰を据えて前日くらいぐっすり寝てればいい。

チャンスなんて数えればキリがないし、仮に今回ダメでも俺は何度でもチャレンジする。その理由は、何度も言ったように1度決めたことだから。

1度決めたやりたいことだ。叶えるまで足掻いてみせるさ。

 

「なので、俺は今日も魔法の練習でーす。ちょっとだけ外出てくるね」

「遅くなる前に帰ってきなよ?」

「あいよ」

 

けど、やっぱり。

()()()()()()()()()を諦められない俺は今日も最終調整とは名目ばかりの訓練を行う。

なんというか、そのチャンスに甘えるようなことをしたくなかったんだよな。

1度で決められるものはキッチリ1度で決める。

そっちの方がカッコイイと思ったから。

 

「いってきます!」

 

俺は意気高く、平原に向かって走り出したのであった。

 

 

 

 

 

 

オリバーが平原に向かって、走っていく。

その姿を部屋のリビングから見送っていた私は、少しの嘆息を漏らして机に突っ伏した。

きっと、若さが織り成す眩しさと長旅の疲れにでも殺られたんだろう。

歳っていうのは怖いもんだよ、本当に。

 

「……やっぱり、血は争えないんだねぇ」

 

魔法統括協会。

響きがとてもかっこいいその組織は、魔法を用いた事件やらその他諸々のお悩みを魔法などを用いて解決する所謂便利屋のようなもの。

その職務に至るまでの道筋は、不定期に開催される試験に合格し、エージェントの資格を得ること。

そして、エージェントとして必要な知識を講義によって得てから、ようやく本番。

潜入捜査や、殺人事件の調査。その他諸々、魔法に関わる事件を解決して報酬の何割かを貰う。

それがまともにできるようになれば、既にその人は立派な魔法統括協会のエージェント。立場が重くなって講師の仕事でも始めりゃ、一定の収入も貰えるようになる──魔法統括協会のエージェントってのは大抵そんなお仕事だ。

 

そんな世界に憧れた私の息子は今、必死に魔法の練習をしている。

夜は勉強を頑張り、それはまさに試験対策漬けと言っても過言ではない一日。それでも尚笑顔を絶やさず魔法と日常に向き合っているのだから、やはり私は──おかーさんとしてはオリバーの夢を認めざるを得ないのだろう。

あんなに眩しい姿を見せびらかしているのだ。その姿に応えるのは、おかーさんの……否、家族の役目だと私は思うから。

 

「くっ……罪な子っ!キャピキャピしてて眩しすぎるぜ……」

「おい」

 

と、まあ。

そんなアホなことを考えつつ──いや、実際にアホなことを口に出していた私は目の前の夫にその姿を咎められてしまう。

口調も表情も不機嫌な私の夫、オリバーのおとーさんでもあるクローバーはオリバーの夢を否定せずに見守ることを選んだ私と正反対の人である。

そんなクローバーは不機嫌そうな顔で私を睨みつけ、両手に皿を持っている。

今日の夜ご飯はパスタ。

クローバーの得意料理のひとつだ。

 

「なーに?そんな不機嫌そうな顔で見つめて……もしかして嫉妬かな?」

「馬鹿なこと言ってねえでメシだメシ。ほらよ」

「あ、うん。ありがとう」

 

差し出された皿を受け取り、フォークとスプーンを片手に持つ。

クローバーお手製のパスタは、今まで食べた料理の中でも特別に美味しい。オーソドックスなミートソースパスタだし、その気になればどこでも食べられるような料理なんだけど、私にとってのパスタはコレしかない。

普通に美味しいんだよ。慣れ親しんだ味の分贔屓が入っているのかもしれないけど、私はクローバーの作ったパスタが大好きだったんだ。

だから今日はジャンケンに勝った瞬間から、もう幸せだった。何せ手間暇かけずにクローバーのパスタに舌鼓を打つだけでハッピーになれるんだから。

 

「お代わりの準備はできてるかな?」

「ガッデム」

「よーしよし!それじゃ、いただきまーす!」

「何がよしよしなのやら」

 

なんだか余計なレスポンスが返ってきた気がするけど、気にしない。

食べる前には「いただきます」と言う食事のマナーを忠実に守った私は、パスタを啜り、噛んで、飲み込む!

絡み合うミートソースがパスタに濃厚な味と風味を付け加え、その味を舌で感じ取った私の五感は「ミートソースパスタおいしい!」と悲鳴を上げる。

ほっぺが痛くなるのが良い証拠だ。

これぞまさに幸せ!味覚という機能を与えられた動物の……幸せ!

 

「……懐かしいな」

「んー、なにがー?」

「結婚する前にヴィクトリカとメシ食った時、お前はあろうことか魔法統括協会の放火魔と呼ばれた俺に火を使わせた。その結果、どうなったか覚えているか?」

「……えーっと。クローバーが燃えたんだっけ」

「炎上してんのはテメェの頭だ。……パスタを燃やしちまったんだよ。その後はもうヴィクトリカがカンカン。俺を魔力の塊でぶっ飛ばした挙句、パスタの代金をぼったくられた……俺にとっては苦い思い出だ」

 

そんなこともあったような気がする。

まあ、日頃の日常を見ていれば分かるんだけどクローバーとヴィクトリカは普通に仲が悪い。

子どもに悪影響を及ぼす恐れがあるから、子供の目の前では張り付いた笑みを浮かべて世間話をするけど2人きりになればそりゃもう「バカ」「アホ」「表出ろ」「煙草くさい」「黙れ白髪」「灰髪よ耄碌爺」の応酬。

犬猿の仲という言葉がお似合いの2人は、頭のおかしさを自覚している私がちょっと引くくらいの喧嘩をするし、ヒートアップすると魔法を撃ち始める。

まだ若かりし頃、いやあなた達何をやっているんですか?頭おかしいんですか?と何度思ったことか。

 

「まあ、このパスタがキューピットだったんだけどな。セシリアさんや」

「初耳だねー」

「言ってねえからな、誰にも」

 

と、まあ。

私がヴィクトリカとクローバーの犬猿っぷりに頭を悩ませていると、不意にクローバーが話題を変える。

その話題の内容は、きゅーぴっどがパスタで、どーたらこーたら。

……え、私のきゅーぴっどパスタなん?

ヴィクトリカじゃないの?食べ物なの?

 

「この事件のせいで俺はお前に惚れてしまった。なんでだろうな、その日にヴィクトリカからお前の話を聞いて、何故か根拠もなく『コイツは俺が支えなきゃ』って思っちまったんだよ」

「ほーん。後でヴィクトリカシメる」

「腹が決まったんだ。事実、俺はその日から遠くない内にプロポーズしたろ?手放したくなかったんだよ、お前という女をいち早く両手で抱き締めたかった」

「あなた……私で酷い目に遭った日からそんなエロい事考えてたのかよ……もうそれ変態を通り越してドMじゃん」

 

つーか、やっぱりきゅーぴっどはヴィクトリカじゃない!と内心で憤慨する。

今更感が非常に強い暴露ではあるのだが、こうして口に出して言うと懐かしさと同時に羞恥の芽も心に生まれるもの。

表情に照れが出てしまいそうになったが堪えて、今度はこっちが話題転換を試みる。

 

「楽しみだね」

「何がだ」

「この先オリバーが()法の()を行く()になるのか、()法で他を()()になるのか。その成長を見れる瞬間を親として見れるのは親の特権だよ」

 

提示した話題は、息子の話。

魔法の道を往く山吹色の少年の未来は、魔道士か魔導士なのか。

え、どっちも同じ?のんのん、私はそうは思わない──っーか、そう教えられてきたんだよね。

『まどうし』の()()の1文字が変わるだけで、その意味合いが180°変わってくるんだ。

 

「ただひたすら道を追い求めるか、人に教える道を往くか……どっちも似合うと思うんだよね。未来が目に浮かぶんだ……」

「あー……あ?わり、それ何処の世界線の話だ?」

「この世界線の話ー」

 

私は昔、私の師に当たる人に魔道士と魔導士の違いの持論を語られた。

曰く、魔道士は求道者。どのような時でも自己中心的であり続け、研鑽の為に時間を惜しまない魔法使い。

私は家のこともあり、魔道士を強いられた。ひたすらに依頼を達成し、成すべきことを行う。そこに『他人のため』なんて言葉は無い。

私はその柵から15年、1度たりとも抜け出せなかった。

そして、魔導士は指導者。他人を導く為に魔法を振るい、自己研鑽や時間を他人の為に使い、惜しまない。

クローバーは魔導士だった。自己研鑽も、時間も生徒の為。人に寄り添い、人に囲まれ、暖かさを振りまく。

魔法統括協会の放火魔とか言われてたけど、私からしたら他の誰より信頼できるエージェントであり、講師であった。

 

ちなみに私は、どうせ魔法の道を往くのならクローバーと同じ道を行って欲しいなと思う。

その理由は、辛いとか苦しいとか関係なしに魔法を通じて自己研鑽だけでなくたくさんの人と関わりを持って欲しいから。

魔導士として人に教える機会を持てれば、自然と人と関わる機会も増えていくと思うんだ。

だから私はオリバーに魔導士を志して欲しい。

魔道士でもいいけど、とにかく私はオリバーに孤独になって欲しくないと──そう願っていたから。

 

「クローバーは、オリバーにどの道を選んで欲しい?」

「ふむ……1周回って競箒選手とかどうだ?」

「そういう冗談いらないから」

「と、ここまでがテンプレで実はハーレムを作るのが夢だったりするんだよな。何せお前の子だ、同性異性問わず多くの人間と交友の輪を広げてしまうのだろう」

 

んなわけ。

 

「若い時はそれなりに嫉妬もしちゃったぜ」

 

きめぇ。

 

「嫉妬ってさぁ……」

「まあ、要はオリバーがどのような魔法使いになるかなんて些細な問題ってわけだ。俺はアイツがヴィクトリカのような守銭奴になってもいいと思うし、お前みたいな脳内ぱっぱらぱーなアホ魔道士になってもいいと思っている」

「些細な問題かな?私、オリバーがあの子みたいになるの嫌よ?」

 

少し投げやりにも感じるクローバーの言葉に、苦笑する。

正直なところ、オリバーがヴィクトリカみたいになるのは……うーん、ちょっと……多大な影響は受けないでほしいというのが本音なんだけど、あの子ヴィクトリカに懐いてるからなあ。

それに追い打ちをかけるようにヴィクトリカもオリバーを溺愛してるし。

なっちゃうのかなあ、ドS守銭奴に。そこはイレイナちゃんポジじゃないのかなあ……なんて思いながらパスタを食べていると、不意にクローバーが笑い出す。

ふむ、人を舐め腐ったような嘲笑を察知。

なにわろてんねん。

 

「アイツが選ぶ道一つ一つに貴賎なんてねえんだよ。道を行く方になろうが、導く方になろうが、競箒野郎になろうがなんだっていい。()()()()()()()ができたら百点満点だ」

「無責任じゃないかしら」

「俺はそうは思わない。親にあれこれ言われる時間より1人で何かを選ぶ時間の方が圧倒的に多いんだ。それこそ、縛るだけ縛って大人になったらその道で勝手に頑張れーって方が無責任だとは思わないか?」

 

それは、まあ。

言いたいことは分かるし、なりたいっていうのなら許す覚悟位できているし、壁や試練は与えるけど、乗り越えたのなら別に魔法使いとして働いていいとは思っているけれども。

けど、やっぱり不安じゃない!

世間はどす黒い闇と裏金といじめっ子たちで成り立っているのよ!?

そんな世間に大切で大切で、目に入れても痛くない息子をどうしてあなたは簡単に手放せるのよ!バカヤロー!と思う心も確かにあって。そんな心が表情に出てしまったのかは分からないけれど、クローバーがそんな私を見てため息を吐く。

少しいらっと来た。

 

「逆に考えてみろ。仮にオリバーがお前の思うようなどす黒くて仕方ない魔法統括協会とやらに加入したとする。そして、その闇に対して『ふえー!』ってなったとする」

「なんで心読んでるの?」

「シーラがそれを放っておくか?」

 

そこまで言われて、私は初めて笑顔を見せたんじゃないのかなと思う。

笑顔といっても苦笑じゃなくて心底出たような、そんな笑み。

その原因は分かっている。自分の過去を鑑みた結果、シーラの破天荒さだったりやにかすっぷりだったりが懐かしく感じて笑ってしまったのだ。

だって、仕方ないじゃない。

今でこそお姉さん感だしてオリバーの世話を焼いたりしてるけど、昔はそりゃもう生意気盛りの、師匠以外の魔法使いなんてくそくらえーって感じの子だったんだから。

それが今じゃオリバーにデレッデレのデレデレな甘々お姉ちゃん。

ギャップでクッソ笑っちまったのさ。

 

『テメエが命令したことは全部終わらせたんだ。これ以上何か言われる筋合いねえんだよ』

『ははははは、生意気な所は師匠似かな。ははははは』

『……てめえ、なに笑ってんだ。シメんぞコラ』

 

意気高く歯向かってきたことを昔のことのように感じる。

もう、あれから14年なんて嘘みたいだ。

引退して、結婚して、子育てして──今度はおばあちゃんになるのかな。その間にも教え子は成長して、今では息子の面倒を見てくれて、夢を持つ一助にもなってくれて。

そんな頼れる、私の後輩だからかな。

 

「放っておかないね」

 

答えなんて決まってる。

あの子が目を輝かせて、夢を語ったあの日から。

そして、あの子がオリバーを弟子にしたいと頼んできた日から。

 

「シーラなら安心だ」

 

ずっと、決まってる。

 

 



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21話「女神の説教10秒前」

 

 

 

魔法の上達に必要なのは、反復と理解、そして思考。

それは俺がシーラさんに魔法を教えて貰い始めて間もない頃、口酸っぱく言われてきたことである。

 

『いいかオリバー。魔法の実力を鍛えるにあたって必要なのは3つ……理解と反復と思考だ』

『おおっ……おおっ!!』

『この前言った撃ちまくるのは反復。だがそれだけじゃ魔法は上達しねえ。当たり前だよな、考え無しに撃ったところで魔力を浪費するだけだし、何より撃ちまくって魔法が上達すんなら今頃そこら辺の魔法使い全員魔女だ』

 

シーラさんの言いつけ通りに反復練習を行うこと早半年。

魔力の塊ばかり放つことで()()()()()()()()()精度や威力は申し分なくなった俺ではあるのだが、肝心の風魔法やら炎魔法に関しては手をつけず。

バリエーションの無さからイレイナには完封負け続きということもあり、そろそろ己の成長速度に謀反を起こそうかなと考えシーラさんに練習に関しての質問をしたところ、シーラさんは俺に上達の3原則を初めて教えてくれた。

当時はまだほうき君も作っていなかった俺は、そんなシーラさんの言葉にトンカチで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

「なぜ俺は魔力の塊の反復練習だけで彼女に勝とうとしていたのか」と今更ながら疑問に残ったのだ。

 

『これから先は魔力の塊で遊ぶんじゃなくて、魔法を使いこなせ。その為には魔法の仕組みを()()して、一つ一つの状況に適した魔法を研究し、()()しながら()()しろ。間違えてもいい、考えんのを止めんな』

『ぐ……ぬぬ……?』

『難しいか?難しいだろ。けど、これが遊びと勉強の境界線なんだよ』

 

『ま、今のうちからそういう考えに慣れりゃ将来楽になんぞー』とシーラさんの柔らかな掌が俺の頭に触れ、いつも通りわしゃわしゃされる。

どうでもいいけど、この時期辺りからシーラさんのなでなでの回数が少し増えた。

年月が経つにつれて責任と重圧も増え、多忙になったシーラさん曰く「お前の成長が今の生きがい」で「その成長を肌で感じるため」に撫でているらしい。

地味ではあるが、このシーラさんの姿も魔法統括協会のエージェントとして活躍したいと思ったきっかけだったりする。

成長した姿を、シーラさんにはこれからも()()で見ていてほしいと少し思ったのだ。

 

『一流の魔法使いはテメェの頭で考えて、その場に適した魔法を撃つ。一流になりたいなら今から色んな状況を想定した魔法を撃て。()()()()だけじゃこの先やってけねーぞ』

『なるほど……つまり即興改変!塊を超えた弾丸を放てと!そういうことっすね!?』

『うわぁ……思考がセンセとまるで変わってねぇ……』

 

話がそれたが、まあ何が言いたいのかというと今までのやり方では弱いままだということだ。

魔力の塊だけ追究するのではなく、雷や風、氷や炎等、全ての魔法に精通し、その理解を深めること。

深めるだけではなく、それぞれの状況に適した魔法を思考すること。例えば住宅街のある場所では二次災害の危険性がある魔法を使わずに仕留める方法を考える等といった想定を怠らないこと。

反復に思考と理解を付け加え、より実践的な立ち回りをできるようになれればさらに強くなれるという一種のヒントをシーラさんは渡してくれたのだ。

 

そんなこともあり、今までの遊び気分ではいけないということを教えてもらった俺は、ヴィクトリカさんに会う前の練習で破壊力重視の魔法戦を意識して木をなぎ倒したり、陽動作戦を行えるようにほうきくんの作成を試みたり、新技開発したり、呪い、使い魔に手を出して見事に失敗したりと充実した魔法鍛錬生活を行ってきた。

結果としてはそう上手くはいかなかったけど、イレイナに魔法戦で勝ったり、学業が思いのほか上手くいったり、創作魔法のほうが順調だったりと良い誤算もあり。

さあ、この調子の儘に試験もごーかくだ、ぶいぶいっ!と楽観的に行ければ最高だったのだけれど。

 

「胃が痛いんだ、ほうきくん」

「は?」

 

待ちに待った魔法統括協会の試験、不定期開催編。

その日が近づくにつれて心臓の高鳴りは増し、胃の痛みも猛威を振るう。

ここまで緊張している理由というのは、イレイナさんとの確約故か。もしくはシーラさんの期待に応えたいという願望の現れか、もしくは己の自信のなさによる反動のようなものか。

 

「つーわけでほい、頼む。明日の試験開始前まで俺の話し相手に──」

「あっはっは!大丈夫ッスよ!多分上手く行きますって!……何に緊張してんすかね、ほんとこのご主人は」

「ほうきにすら心配されない俺ってなんなんだろ」

 

そんな緊張しまくりな俺が最終調整として選んだトレーニングは、休息&対話。

あまり思い詰めても良くないと言う考えから、今さっき召喚した相棒「ほうきくん」と談笑に興じようとしたのだが、何故か俺の愛箒はブチギレダンスを踊りながら俺に怒りの矛先を向けてくる。

ひゃー、ブチギレダンスめちゃこわ。

 

「大体っス。ご主人は俺の『扱い方』がなってないんすよね」

「扱い方?」

「メンテナンスを欠かさずやってくれてたのは有難いっすよ。けど、対話は?俺達最近対話してました?俺達、空を飛ぶ際に一心同体なんすよ。メンテだけで一心同体になれると思ってんすか、おぉん?」

「あー……そうだよな。すまん、最近話すの忘れてたわ」

 

ほうきくんはかつて箒を擬人化させたばかりの俺に対して『メンテナンスとは、ご主人であるところのアンタの愛を感じる一幕』だと語った。

曰く、ほうきのメンテナンスはただゴミを払い、磨くだけでなく『なでなで』したり『おやすみなさいのハグ』をしたり、『良い油を差していい感じにテカらせる』ことも大切らしく。

そのひとつでも怠った日にゃそれはもう大変。たちまち相棒であるハズのほうきくんはたちまち暴れ馬となり、振り落とし、サボりはもちろんの事、酷い時には『飛びたくないっす!飛びたくないっす!やーだーやーだー!!!』と地団駄を踏む始末。

それこそ貴重な一日がほうきくんのご機嫌とりで消え失せてしまうため、俺は必要最大限のメンテナンスを施し、普段俺を乗せてくれるほうきくんに良い気持ちになってもらうよう努めてきたつもりだ。

 

ところが最近トレーニングに比重を傾けてきたこともあり、遂に数年と続けてきたほうきくんのメンテナンスをサボってしまった。

対話もせず、メンテもせず、使いたい時に使ってれば、いくら温厚なウェイ系ほうきのほうきくんもブチギレる。

都合のいい時だけオマカセ!とか人間相手にやったら普通に失礼だし、キレられるだろう?

物とてそれは変わらないということだ。これを機に反省せにゃならん。

物を大切にすることも、一流の魔道士になるための条件なのである。

 

「……あ、そういえば最近ほうきくんが恋したっていう『ほうきさん』とは仲良くなれたのか?」

 

では、その条件を得るためにご機嫌とりから始めよう。

近頃のコミュニケーション不足を解消するため、そして何より胃の痛みを紛らわせるため。

「ここは軽く恋バナでもしとくウェイ!」と軽い気持ちで人様の恋愛事情に踏み込むと、ほうきくんはその質問に得意げな表情で──

 

「訝しげな視線を送られたッス!!」

「え」

「やー、会話の節々をチャラくしてみたのが奏功したッスね!ほうきちゃんの訝しげな視線……よきっす〜!!」

「えぇ……」

 

ドM宣言をしてくれた。

いや、なんで訝しげな視線で喜ぶんだよおかしいだろこのやろう。

訝しげってアレだろ?「何やってるんでしょうかこの同族……」みたいなこと言いそうな表情で見られてるってことだろ!?

実質イレイナさんに叱られている俺じゃん!

ご主人を反面教師にしてよ!

せめてほうきくんくらい恋愛成就させて夢見させてよ!!

 

「訝しげな視線を送られて満足か?男ならデレた時の表情で喜べよ……!!」

「や、だってしゃーないんすよ。ほうきさん……あ、俺はほうきちゃんって勝手に呼んでるんすけど。最近忙しなく持ち主の為に働いてるんすよ?」

「冷静だな、なんか変なテンションになった俺が恥ずかしいわ」

「知らんスよ。俺みたいにご主人のDNA引き継いだクソほうきの恋愛なんてこんなもんでしょ」

「あ?」

「ご主人の成れの果てがコレってことっすね、ぷーくすくす!」

「そもそも俺はチャラ男じゃねえだろうがよ!!」

 

変顔で踊りながらご主人を馬鹿にするほうきくんに憤慨し、鼻息荒く誠意のチョップを繰り出すも、華麗に躱されズッコケる。

ちくしょう……!どうして俺はほうきくんにコケにされるようなチョロキャラになっちまったんだ!

俺の理想では今頃ほうき『くん』がほうき『ちゃん』で、美少女ほうきにオリバー様なんて呼ばれながら優雅な魔法生活を送っていたというのに……!!

なんてことを思いながらほうきくんを睨むものの、当のほうきくんは俺の睨みなど何処吹く風。

もう対話とかご機嫌取りとか、そんなレベルじゃないです。

俺はほうきくんのストレス発散に見事付き合わされることになったのでした、まる。

 

「とにかく!俺も色々大変なんで話し相手なら他探してくださいっス!俺はほうきちゃんとイチャイチャする作戦立てて、実行に移すっていう用事があるんで!」

「…………」

「……なんか言わんのかーい!!」

 

最後にそう言うと、ほうきくんは散歩に行ってしまった。

「勝手に行け」と言葉を内心に留め、未だ見ぬ「ほうきさん」とやらに合掌。

ほうきさん、ウチのバカが世話焼きます、と。

これから起こりうる未来に苦笑しながら、俺は手を合わせたのであった。

 

「……試験終わったら、良い油使ってやるか」

 

さて。

なんだかんだ言いつつもほうきくんとの会話により気分転換はできた俺は何千何万と握ってきた黒杖を再度呼び寄せ、再度立ち上がる。

理由は勿論、訓練の再開だ。最近行使することのなかった鳥籠の魔法やら、風魔法やら諸々。魔力の弾丸以外の魔法を使い慣らし、いざという時に調整が利かないなんてことがないように万全の対策を取る。

イレイナ程の天才なら、咄嗟の状況でも今まで使っていなかった魔法を行使し、場を有利にすることが容易に可能だ。

それだけイレイナの魔法の才は群を抜いている。これは、転生してからの発見。前々から天才だとは知っていたけど、幼馴染という立場から、間近で見ると()()が分かってしまう。

速さだったり、正確性だったり、機転といった魔法を行使するに必要なモノが違う。この境地には正直言って──多分追いつけないんじゃないかな?

 

「……ま、それで諦めるってのも違うし」

 

但し、そんな天才魔法使いに勝つことを諦めたのか?と問われたら、それは違うと答える。

純然たる実力に差があるのなら、それ以上に頭を使って、培った強さを信じて願って越えていく。

そうして俺は成長していったんだ。今更そのルーティンを変えるつもりはないし、諦めて全てを投げ出すつもりもない。

今は弱くたって、いつかはきっと──

 

「でへへ……常勝……負け続けて『ぐぬぬぬ』するイレイナ……良きかな」

「何が『良きかな』なんですかね」

「大丈夫!もう半分勝ちみたいなもんだか──ぎゃああああ!?!?

 

なんて、思いながら頭に浮かんだ妄想を口に出していると不意に揺れる灰色の髪。風に靡いて俺の視界に移ると、嫌でもその髪を携えた可愛くて大好きなその女の子のことを想像してしまう──そんな馴染み深い髪色だ。

そして、その髪に見蕩れているといつの間にか隣にいた、お人形さんのように可愛らしい女の子。

至近距離だ。正に目と鼻の先。あなたはその距離に抵抗がないのかと、思わず叫んでしまいそうになるほどの、()()()()()()()()()()()距離感。

ドキドキを通り越して少し怖いレベルですよ、イレイナさん。

距離感バグってんじゃねえのかマジでいいぞもっとやれ。

 

「諸々一段落ついたので様子を見に来ました。まさか私を負かすことを考えて嫌らしい笑みを浮かべているとは、あなた随分と偉くなりましたね?」

「い、いや……それはほら、言葉の綾って奴で……」

「表出てください。……出れますね?」

 

まあ、兎にも角にも。

絶賛激おこ状態のイレイナさんは、その可愛らしい顔から織り成す破壊力抜群の笑みと絶妙な距離感でドギマギさせつつ、変なこと考えていた俺を叱るのでした。

 

情緒おかしなるで。

 

 



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22話「魔女見習いのイレイナさん」

 

 

 

 

久しぶり?に始まったイレイナさんの説教に、ぶっちゃけ俺は快楽を感じていた。

何せ数日ぶりのイレイナさんのご尊顔&お説教だ。元々が魔女旅ヲタクの俺にとってそれがご褒美でない筈がなく、ありがたーく、それはもうありがたーくイレイナさんの説教を受け入れていた。

ふふっ、思わず気持ち悪い声が出てしまいそうになっちまうぜ!我慢しなきゃイレイナさんにシバキ倒されちゃうよ……

 

「大体、前日にもなって疲れるような事をするのが非効率的です」

「ふ、ふゲフンゲフン、ごめん……」

「謝るくらいなら休息してください。魔導具だって休ませながら使用するんです、生身のあなたが休まないでどうするんですか」

「おっふ──痛ッ!?

 

あーいったいいたいいたい!!(ガチギレ)

イレイナさんのナイフハンド・ストライク3連発が俺の脳天にクリーンヒットしたところで、先程までの浮ついた心が一気に冷めた俺は勢いの儘に土下座謝罪を始め、悶絶。

いや、なんであなた物理攻撃まで天才的なの?

 

「なんで叩いた……!?」

「反省してないみたいなんでシバキ倒しました

「魔導具を粗末に扱ったら壊れるんだぞっ!」

「大丈夫です。何処を叩けば良いのかくらい天才であるところの私なら簡単に分かっちゃいますから」

「俺をシバキ倒す天才、だと……!?」

「はい。今後もシバキ倒すつもりなんでよろしくお願いします」

 

よろしくされたくないです。

なんて言ったところで起き上がり様を撃ち抜かれる所が容易に想像できるので、ここは素直に引き下がり顔を上げる。

 

「……ふふ、こうして見下ろすのもなかなか良いですね」

「は?止めろイレイナ、ドSは俺の性癖に刺さる」

「『は?』はこっちの台詞ですよ変態さん。お願いですからこっち来ないでください、なんでこんな至近距離で土下座してんすか」

*1お前じゃい!!」

 

……うっわーいい笑顔!

なんだお前、俺のこと好きかよ!!久々のタイマンにボディタッチ(物理攻撃)挟まなきゃやってられねぇってか!?*2

ちくしょう、やっぱりイレイナは最高だぜ……!!

 

「で、どうしてずっと練習してるんですか」

「……」

「私、焦る必要はないと言いましたよね。その上で、私がしたいのは親友の名声で威張ることじゃないとも」

 

まあ、どれだけ『イレイナ最高ゥ!』と口に出そうが、心の中で想おうが本人は至って冷静なんですけどね。

昔は時々顔を赤らめて照れる、なんてこともあったのだが歳を重ねて精神年齢が高まっていくに連れ軽くあしらわれるなんてことも多くなり、今となっては塩対応のオンパレードです。

最近は「はいはい」やら「えーそーですねー」やら「あーうーあー」なんて取り憑かれたフリまでする始末。自分の可愛さを自覚してくれているのは構わないが、少しくらい……少しくらい昔のようにメニュー表で!顔を隠したりしてもいいんじゃないんですかねぇッ!!

 

「あなたが無事ならそれでいいのです。後は……分かりますね?」

「……五体満足?」

「10点ですね」

「え、それは……10点中?」

「100点中です」

「赤点じゃねえか!……はぁ」

 

さて。

俺の俺による俺の為の熱いイレイナさん推しもそこそこに、改めて彼女の質問に答えるべく口を開く。

テキトーに話をはぐらかす事もできるが、それは俺の本意では無い。イレイナさんの質問にしっかり向き合うのは、いつも通りの俺のルーティン。

ほうきくんのメンテと同じく、決して欠かしたくない俺の週間だ。

 

「……緊張してんだよ、俺」

「はい」

「だから、その……気持ちが晴れるまで練習!っていうか……精神安定剤キメたというか……」

「キメてましたね、お薬」

 

やかましい。

 

「そう考えたら気合いが入って……気付いたら緊張して、いても立ってもいられなくなった。おかしいよな、ちょっと前までは緊張してなかったのに」

 

緊張って、本当に不思議だ。

最初は「どうってことない」って感じていた物事も、日を追うに連れて重要性に気付き、心音がうるさくなっていく。

失敗した時の事ばかり考え、いてもたってもいられなくなってしまう。緊張しない為のおまじないやら何やらを試したところで、結局心の中に潜む何かがずっと、鼓動を早め、結果苦しくなっていく。

事実、今の俺は苦しいし、胸が痛い。心做しか呼吸も浅いような気がする。

まあ、前よりはマシなんだけどな。

なんてったって、ほうきくんと──それからイレイナと話すことができているから。

誰かと話し、悩みを共有している間は何故か胸の苦しさが無くなっていく。

これまた緊張の怪奇っぷりを表しているような、そんな気がした。

 

「……」

 

さあ、そんな俺の話を聞いたイレイナさんはどんな表情をしているか気になったところでじーっとイレイナさんの目を見てみると、それはもう真面目な表情で俺を見つめてくれていました。

熱い眼差しですねこれは(当社比)。

この時のイレイナさんの安定感は半端ないので、今回も例に漏れず悩みを華麗に、真面目に解決してくれるのでしょう間違いない。

今もこうやって緊張という檻の中で懊悩している俺に、『お説教』という大菩薩もビックリな救いの手を差し伸べて──

 

「どうしようもないことで悩んでます……あ、悩んでますうぇいね」

「何故出来もしない陽キャさんの真似を……」

 

くれませんでした。

初めに言われた言葉が「どうしようもない」の一言なので、本当にどうしようもない悩みだったのでしょう。

イレイナ先生お悩み相談室常連さんの俺には分かります。

真面目な表情から一気に変化した胡乱げな表情が物語ってんですよね。

 

「まあどうせこんなことだろうと思ってたんですけどね……変なところで臆病というか、二の足を踏むというか……」

「ッ……笑えよ!どうせ俺は直前まで試験にビビる腰抜けなのさ!」

「いや笑わないですけど……それにしたって……いや、そこで悩みますか……」

 

あー恥ずかしい!!

割と真面目にぶつけた悩みをこうやって華麗に躱された時の恥ずかしさったらありゃしない!!

「いっそ殺してくれ!」と叫び、アルマジロもビックリな程に身体を丸めるオリバーさん。

それを嘲笑うかの如く気の抜けた「あははー、馬鹿なんですかー」というイレイナさんの声が、丸まった俺の鼓膜に響いた。

 

「まあ、仕方ないですね。ここで見捨てて何年もの努力が泡になったら見るに堪えないですし」

「はあ」

「なのでここは可愛すぎる魔女見習いであるところの私に任せてください。一瞬であなたの心に潜む悪魔を退治してみせましょう」

「イレイナ。聞いてもらう手前こういうのもなんだけど、最近自信に満ち溢れすぎて恥ずかしいこと言いまくってない?」

「……意地悪なオリバーには相談料をせしめます」

 

自覚あったのかよ。

そんな思いを込めて放ったジト目は、イレイナさんにとって『こうかばつぐん』だったのだろう。

目を逸らし、苦笑するイレイナさん。

その表情の、いとおかしポイントったらありゃしない。

可愛いなんてレベルじゃねえぞ。国宝級の可愛さだ。写真に撮って、飾っておいて一生その表情いじり倒して辱めたい。

うん、キモイ。

 

「まあ、それはともかくとして」とイレイナが話題転換を試みたので、キモイ感情と体勢を直し、芝生の上に寝転がる。

目を逸らした彼女の目が俺の目を捉えると、イレイナは少し微笑み、言葉を紡いだ。

 

「辛いですね」

「え?」

「受かって当たり前。期待してる。いつも通りの力を出せれば良い。本来なら前向きに捉えられる言葉が、何故か試験とかになると重く感じてしまうんですよね」

 

「覚えがあります」と俺の目を見て言ったイレイナさん。

今の俺の視界には、いっそ憎たらしく感じてしまう位に透き通った群青とイレイナさんのみ。

そんな情景の中で、俺の視線からは直ぐに目を逸らし、芝生の上に寝転がった。その風景は幼少の頃の思い出と重なる点がいくつもあり──俺は何故か、無性に嬉しくなったのと同時に、嬉しさと同じくらい悲しくなった。

違う意味で心が痛くなったような、そんな気がした。

 

「そして緊張、のちお腹が痛くなってしまうと。よくある傾向です。何らおかしくないですし──あ、良かったですねオリバー。あなたも人の子です」

「……うん、そうだな」

「私だって緊張したんです。あなたが緊張しないワケがないでしょう」

「そういうもの、か」

「そんなものです」

 

と、イレイナがそこまで言い切ったところで俺はふと思う。

それは、先程まで行われていた会話。

原作を見て、アニメも見て、そして今、現在進行形で魔女の旅々の世界で活躍する主人公の幼少期に触れている俺が、それでも少し疑問に思ったこと。

 

「イレイナも緊張するんだな……」

「当然でしょう。まあ、蓋を開けてみれば──という感じではありましたけどね」

「楽勝ってか」

「はい。だって私、天才ですから」

 

イレイナも、試験で緊張していたということ。

思えば、どのコンテンツでもあっさりと描かれていたし、俺もお祝いしたってだけで出来事の詳細を知らないイレイナさんの試験の話。

俺はどこか、イレイナさんを鬼メンタルのつよつよ魔女と見ている節があったのかもしれない。

そりゃまあ、フラン先生にわからされたり、トラウマを感じてしまう程の辛い事件に遭遇したことだってあるだろうけど、普通の女の子なら「辛い」の過程で旅を辞めていてもおかしくないし、アムネシア救出作戦敢行したりしませんからね?

極めつけには友人逃がして自らが氷漬けになる選択肢を取るような子だ。俺でなくとも、イレイナさん本人を知らない人から見れば、さぞお強いメンタルをお持ちだと思うだろう。

事実、俺もその節があった。

俺が原作とアニメ以外で知っているイレイナさんは、いつも強くて、夢に一筋で、それでも俺みたいな友人のことを大切にしてくれる──かっこよくて仕方ない特別な人だったから。

 

「けど、受かった時は本当に嬉しかったです。またひとつ階段を上れたこともそうですけど、私にとっては試験に受かることはひとつの必須条件でもありましたから」

「必須条件?」

「ええ、必須条件です。何の必須条件か分かりますか?」

 

そんなことを考えていると不意にイレイナさんが俺に質問を振ってきたのだから驚きだ。

え、え、必須条件ってなんですかイレイナさん。あなたの必須条件って言ったらニケ・お金・パンのイレイナ三原則くらいしか分からんのですが!?

……せ、せや!パン!!パンやろ!!

ヴィクトリカさんに「受かったらとびき美味しいパンを作ってあげるわね」って交換条件突きつけられたんやろ!!

いーなー!俺もお呼ばれしたかったなー!

 

……え、マジで必須条件なんですか?

 

「時間切れです」

 

イレイナがそう言った瞬間、「ぎゃっ」と言う時間もなく、気付けば花のような優しい香りに包まれていた。

何故かって?

そんなの視線を空から俺に移したイレイナさんは横向きに寝転がって距離を詰め、俺の唇に人差し指を添え優しく微笑んでみせたからに決まってるだろいい加減に──いやマジで近い近い!!至近距離イレイナさんきゃわわで心臓止まっちゃう!!

寝転がった際に乱れた髪が少し顔にかかった様、そして何より今まで経験すらしなかった超絶至近距離にどうしようもなくドギマギしている間にもチクタクと制限時間は過ぎていき、イレイナさんの笑みが俺の視線を突き刺す!うん!女の子のまつ毛って長い!!

いっ、イレイナさんなにしてるんですか!不味いですよ──と叫ぶ勇気があるのなら、今頃俺にはガールフレンドができている!イレイナさんってとてもいい香りがするわね!!*3

それができないからこそのオリバーさんであって……故に、俺は距離を詰めるイレイナさんを見つめることしか出来なかった!!

 

「魔女になり、貴方との確約を果たすこと」

「……」

「ニケのような魔法使いになるのと同じくらい、私の魔女としての芯です」

 

唇に添えられた手が、俺の返答を封じる。

下手したら彼女の指を噛んでしまう恐れもあったかどうかは知らないが、何故か口が動かない……否、動かしてはいけないような、そんな気がした。

そうでなくとも多分、言葉なんて出なかったと思う。

それくらい今のイレイナは綺麗だったから。思わず言葉を失ってしまう程に綺麗だって、そう思ったから。

 

「その芯がたった1度の失敗で揺らぐことはありません。けど、それと緊張はまた別問題です。試験は独りですし、雰囲気も独特ですし。

 それでも進まなければいけないんです。何故なら、その先に進むべき理由があるから」

「……」

「進むべきものの為なら、緊張や痛みなんて振り払います。それが私の、魔法を使う者としての覚悟です。

 ……あなたはどうなんですか?」

 

ここでようやく、唇に添えられた人差し指が離れ。

これは、彼女なりの『喋っていいですよ』というサインなのか。もしくはお話が終わりというサインなのか。

しかし、人差し指が離れた以上俺の伝えたい事は決まっている。

そう。彼女に問われた質問の内容を噛み砕き、自分なりの思いを伝えること──!

 

「良い香りだね、結婚しよう!」

「はい、金貨5枚です」

「は?」

 

はい、全く話が噛み合いませんでしたね。

昔っからそうなのはもうお察しってところなのでしょう。イレイナさんは軽く俺の妄言を受け流し、俺に対して金貨5枚をせしめます。

大方質問&情報料の要求ですかね?

自らのプライベートを切り売りするその様に、俺は涙を禁じ得ない。

今度は自分の人差し指を頬に当てると、それも束の間。親指と人差し指で輪っかを作り「引っかかりましたねー」と悪戯っぽく笑ってみせるイレイナさん。

て、天使だ。

悪魔の皮を被った天使がここにいるよ……

 

「そういえば言ってませんでしたね。私、新しく商売始めたんですよ」

「遂に始めたんだね……金策……!」

「いえいえ、『いついかなる時も金策ができる知能を持ちなさい』とは私の師匠のありがたーいお言葉でして……って。どうしてそんなに嬉しそうなんですか」

「あいや、イレイナといえばニケ、お金、可愛いの三原則だろ?」

「……」

 

「こほん!」と咳払いをしたイレイナさんが続ける。

 

「緊張なんて誰もがするんです。大切なのはその緊張に対してどのように向き合うのか……少なくとも、緊張に懊悩し、魔力の無駄遣いをする位なら無理矢理にでも休息した方が幾らか建設的です」

「ど、ド正論……」

「……ですが。仮にこれだけ言ってもまだ緊張したくないというのなら、この言葉でもお守り代わりにしておいてください」

 

少し悩む素振りを見せ、唸った後。

「仕方ないですね」と呆れるように笑ってみせたイレイナさんを、俺は一生忘れることがないだろう。

 

「あなたは強い魔()士です」

「!?」

「……私の保証だけでは頼りないですか?」

 

だって、俺の緊張が一瞬で。

あのイレイナのご高説でも未だに拭いきれなかった微かな緊張が。

その笑みと、言葉だけで一瞬で消え去ったのだから。

 

 

 

 

*1
近付いてきたのは

*2
違う。

*3
CVアムネシア



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23話「確かに色々言ってくる奴だけど」

「その分自分のことには一途で真面目で可愛くて……!そんな奴が親友でいることに対して、俺は優越感に浸ったわけだ。
 どや!俺の親友カッコいいだろ!!ってな具合にな!!」





 

 

イレイナさんの言葉は、俺という存在に底の知れない勇気と暖かさをくれる。

毎度の如く、上手く言語化するボキャブラリーはないけれど心が暖かくなり、その一言で何億倍もの進む力が湧き立つ。

与えられることで暖かな気持ちになれる思いやりの力って、こういうものなのかな──と思いながら見上げる群青はもう恨めしくなかった。

それはきっと、俺の心境が変化したからだと確信できる。

イレイナさんというかけがえのない親友が与えてくれたものだと、俺はそう信じている。

 

「気持ち、落ち着きました?」

「とっても」

「そですか。なら良かったです」

 

今もこうして隣にいてくれる事で味わうことの出来る暖かさ、安心感。

これがサヤさんやアムネシアさんが貰ったものなのか……!と悦に浸っていると、不意に影が生まれる。

はて、誰か来たのかな?と思い起き上がると、そこに居たのは未だこの世界に生を受けてから出会ったことのなかった、黒髪の美女。

あれ?この人見覚えがあるなぁ──と思った頃には、既にイレイナさんは起き上がり、服に付いた草を払いながら、黒髪の美女に向き合っていた。

 

……あるぇー?この光景、どっかで見たことがあるぞぉ?

 

「おや、こんなところにいたんですか。買い出しになかなか帰ってこないので不安だったんですよ」

「買い出しするつもりなかったのでオーケーです」

「ノーケーですよイレイナ。私、あなたをそんな風に育てた覚えはないです」

 

例えば、原作1巻での蝶々の追っかけ。

一目見て「あ、この人頭ぱっぱらぱーだ」と思ってしまいそうな態度に、当時のイレイナさんはなんとも言えない表情で箒を翻し、帰ろうとしていた。

当時の俺は、この人が師匠?なんかの間違いだろと思った。*1

 

「あ、先生。今日のお昼雑草でいいですか?丁度ここに山程雑草があるので」

「先生泣いていいですか?」

 

はたまた、王立セレステリアでの出来事。

旅で起こった様々な出来事に心を弾ませ、時に沈めてきたイレイナさんは王立セレステリアという妙な名を持つ*2活気のある国で再会した黒髪の美女に1つの考え方を示した。

その教えは、ヴィクトリカさんから約束された『特別だと思わないこと』の真意を突く内容のもので──図らずもイレイナさんの心を救った。

 

「それにしても。貴方とこうして会うのは初めて──ですよね?」

 

そう。俺にとっては、特別な人だ。

イレイナさんの物語に関わり、彼女の魔法の土台となっている師の立場にある人。そして何より容姿、しっかり者の反面ドジっ子でおっちょこちょいな内面、師としての立ち振る舞いや在り方。全てが美しい──そんな()()

 

「私、イレイナの師匠をしていますフランです。どうぞ、先生とでもフラン先生とでもなんでも──」

「プラネタリウム先生!?」

「それ誰から聞きました?」

 

星屑の魔女、フラン。

ついぞ14年半、顔を見ることさえ叶わずシーラさんの話で聞くのみだった1人の登場人物とのファーストコンタクトは、場所すら選べない『唐突』という言葉が正しい出会いだった。

 

 

 

実物は一層可愛い(真理)。

 

 

 

 

 

 

 

「あなたがオリバー君ですか」

「は、はい」

「話はよく聞いていますよ。随分と年上の女性に好かれる、快活な性格をしていると巷で評判ですから」

 

夢見心地だった。

イレイナと初めて出会った時のように、衝撃に頭を思いっきりぶん殴られたような感覚。

その衝撃は俺の身体を硬直させ、言葉を紡ぐことにすら支障をきたす。

何せ俺、先程からガチガチに緊張して「はい」の2文字すらまともに紡げなくなっているのだ。

嗚呼、後ろからイレイナさんの突き刺すような視線を感じるよ。

「何キョドってんですか、えぇ?」って……幻聴が聞こえるよう!!

 

「そ、そうなんですか。へ、へー……ひょ、評判……」

「そして何より魔法の腕。これがかなりの曲者だとも」

「く、曲者?」

「はい。箒の操縦を初めとした魔法の調整、制御の観点で素晴らしい才能を持っていると聞いています」

 

というか、随分評判いいんだな。フラン先生が気遣ってくれてるだけなのかもしれないけど。

平和国ロベッタのオリバーさんって言ったらそりゃもう男の子の癖に魔法で一旗挙げようとしている時代錯誤の『あたおか野郎』って認識だったんだけどな。事実、イレイナと通っていた学校でも同級生達から「もったいない!」やら「できるわけがない!」やら散々ボロクソに言われてた記憶しかないし。

 

……あ、そっかぁ!フラン先生はドジっ子お姉さんキャラだもんね!料理に黒い物体作っちゃう位天然な人だし、俺の評価も天然で忘れてたり!

それでも面倒はしっかり見てくれる教職者ドジっ子お姉さん先生……くっ、性癖に刺さる……!

 

「1度家のお手伝いをしてもらいたいものです。どうでしょう、1度私の指導、受けてみませんか?」

「お手伝いに、指導……だと……!?」

「と、言うと思ったでしょう。実はこれ、とある方に禁止されています。驚きましたか?」

 

と、まあ。

そんなことを考えながらドジっ子魔法少女フーラたんの無限大の可能性について想いを馳せていると、フラン先生が唐突に魔法の指導をしてあげる的な事を俺に告げ、秒で嘘だと暴露する。

とある方というものに大体見当が付いている俺は、その誘いと嘘のコンビネーションに向ける感情を見失ったせいか、若干顔が引き攣ってしまった。

その引き攣り具合から素早く『困惑』の感情を悟ったのかは分からないが、「急にごめんなさい」と一言挟み、今度は俺の耳元まで顔を寄せ、囁く。

 

「……イレイナが自信と実力に満ち溢れてしまったのは貴方の仕業ですね?」

「ひゃ、ひゃい」

「おかげで先生、イレイナに教えることがあまりありません」

「あ、()()()ないんですよね?なら、その『あまり』の部分を解決してあげてください、お願いします」

「そうですね……では、家事手伝い一日で手を打ちましょう」

「え、えぇ……」

 

そこまでフラン先生が囁いた所で、俺はとある事実に気付く。

それは、この人がドSで守銭奴な美人魔法使い、ヴィクトリカさんの弟子だということ。

フラン先生といえばおっちょこちょいで、それでもキメるべき時はキメる最高にカッコイイ人というイメージがあったが、それでもヴィクトリカさんの弟子であり、その人を尊敬してるとなったら──勿論、ドSな所も継承してますよね。

思えばフラン先生もシーラさんもSかMかで言ったら紛れもないSだ。Mが弟子に鬼のような魔法責めをして泣かせたり、煙草の使いっ走りさせたりしてたまるものか。

親は子に似るという言葉は、師匠と弟子にも適用される言葉なんだろうなぁ……

 

「あまりオリバーを困らせないでください」

「おや、別に困らせているつもりはなかったのですが……」

 

と、俺がフラン先生の誘惑と交換条件のタブルパンチに殺られ、クラクラしていると、俺とフラン先生の間に割り込んだイレイナが助け舟を出してくれた。

あまりのクソザコっぷりに見兼ねた結果だろう。

いつもは俺より小さいイレイナの背中が、今はいつもより大きく感じた。

 

「イレイナさん……!」

「オリバーは放っておくと変なことばかり言って人を困らせる変態さんです。フラン先生の身に何かあったら私が困りますし……」

「……イレイナさん?」

「そんな人を変人のフラン先生に任せられません。危うく私の弟子生活が崩壊します」

「イレイナさん!?」

 

そして、言葉で殴り飛ばされた。

これは語るまでもなくイレイナと俺の会話ルーティンの1つではあるのだが、まさかこんな場面で発揮されるのか……と若干の驚きと共に、イレイナを見る。

肩が震えていた。

なにわろてんねん。

 

「それで、どうしてここにフラン先生が?」

 

しばらくして、肩の震えが治まったイレイナが改めて尋ねるとフラン先生は人差し指を頬に当てて続ける。

 

「追加で購入する必要のあるものを自分で購入しようと思いまして」

「そんなこと言って、本当はどうだったんでしょうね……」

「まさか。ここを彷徨いていればオリバー君に会えるとか、そんなことを考えたりはしていませんよ?」

 

「しかし」と。

両手を合わせ、『パン』と音を立てたフラン先生は、新たな玩具を発見した子供の如く目を輝かせ、俺とイレイナを見て一言。

 

「ここでオリバー君に会ったのも何かの縁ですし……ここは3人で仲良く世間話といきましょうか!」

「あ、これ強制だ」

「ですね」

 

俺とイレイナは思わず目を合わせ、互いにため息を吐いた。

いや、別に世間話なら構わないんだ。俺だって初めて会ったフラン先生に全く聞きたいことがないと言えば嘘になるし、そうでなくともイレイナさんとフラン先生と一緒に世間話なんて滅多に無いことだから参加して百合の波動を感じていたいし。

しかし、ここで引っかかったのはフラン先生が()()()()とやらに俺への接触……というか、お手伝いをさせることを禁止されていたということ。

とある方っていうのがどんな人かは断定できないし、断定したところでどうなってしまうって話でもないが、お手伝い禁止令的なものを出されている以上フラン先生の家事手伝いはちょっとばかし気が引けてしまうんだよな。

 

後、お手伝いなんてしたらイレイナが言っていた休息どころじゃなくなってしまうんですよね。先程窘められて漸く心を落ち着かせることができたのに、これでまた身体を動かしたらイレイナとの貴重な時間が無駄になるだろいい加減にしろ。

 

「……先程も言った通り、とある方から接触を止められていたんですけど、どうしても聞きたいことがたくさんありまして」

「……聞きたいこと?」

「時として人間は好奇心が災難と化す事を知っていても知識欲に負け、好奇心の赴く侭に知ろうと行動を起こしてしまうものなのですよ」

 

俺とイレイナが揃ってため息を吐いたことにフラン先生が怒る──なんて学園系ドラマにありがちな生徒と教師のやり取りはなく、さも当然の如くため息や懐疑的な視線を受け流したフラン先生は、得意気な表情で俺にそう言う。

その姿、正しく鬼メンタルである。

邪険にされてもそれをコミュニケーションの一環と思い、普段通りの性格で人に接するフラン先生に、俺は涙が止まらない。

 

「で、聞きたいことってなんすか」

「すぐ答えを聞きたがりますね。誰に似たのでしょう」

「そりゃ……あれっす、生まれ持つセンスってやつなのではないでせうか」

「うふふ」

 

では、その感動を与えてくれたお礼代わりに質問くらいならキッチリ答えて好感度アップを狙おう。

そう思い、自分が今できる最大限のクソザコスマイルでフラン先生に接すると、その言葉に気を良くしたフラン先生が一言──

 

「イレイナとオリバー君は恋人同士なのでしょうか、ということです」

「……」

「らぶらぶですか?」

「は?」

 

衝撃的な質問をしやがった!

いや、いや、いやいやいや。

何を言っているんだフラン先生。

そう言おうと思った口を、フラン先生の笑顔が止める。

無言の笑みが醸し出す圧力。これはフラン先生の紛れもない武器の1つであり、もれなくその笑みに魅せられた者はいつの間にか会話の主導権をフラン先生に握られてしまう──そんな武器。

詰まるところ、俺はフラン先生に綺麗なカウンターを返されてしまったということになる。

畜生、誰だお礼に質問くらいなら答えようとか言い出した奴ッ!!

 

「……ちらっ」

 

うん。

そうだ、こういう時はイレイナに任せよう。

思えばこういう時、常に頼りになるのは冷静沈着でハキハキと自分の意見を言うことが出来るイレイナさんだ。まあ彼女の冷静さが際立つほど優柔不断な俺の情けなさが際立ってしまうのが辛いところではあるのだが、今はそのようなことも言っていられない。

さあ、イレイナさん!フラン先生が作り出した根も葉もない噂話を事実という暴力で破壊するのだ!

もれなく非モテ&彼女いない歴=年齢+前世な俺の心がボロボロになるが、キミの名誉のためなら甘んじて受け入れるさ!

さあ、来いよ!

事実で殴って、来いよ!!

キミならキッパリと『違います』って言ってくれ──

 

「うーあーうー」

「うーあーうゥ!?」

 

うーあーうーじゃ伝わらねェッ!!

なんだお前!!なに難聴系ヒロイン演じてんだ!?

というかここにきて取り憑かれたフリって……あぁ、何やってんだって言いたいけどめっちゃ可愛い……きゃわわで強く言えないよ……!

 

「……私はフラン先生にちゃんと言いました」

「何を?」

「私達が特別な関係ではない特別な関係だということを」

「どういう意味だよ」

「あなたはどうなんですか」

 

漫画のような関係。

あいや冗談です、ちゃんと言うから杖を頭に突きつけるのやめて。

 

「わかったよ、ちゃんと言う。イレイナが言ったのに俺が黙秘じゃフェアの欠片もないもんな」

「……ちょろいですね」

「あああああぁぁぁぁ!?!?今!!何かめっちゃ屈辱的な事を言われたような気がしたんですけどぉ!?」

「うるさいって言いました。……いや、本当にうるさいんでやめてくれませんか?」

「あっはい」

 

イレイナさんから割と切実にそう言われたため、大人しく引き下がる。

兎にも角にも頼みの綱だったイレイナさんがポンコツったので、半ば強制的に俺が彼女との関係を説明しなければいけなくなってしまった。

えぇ、わかっていましてよ。こうなる状況になる可能性があったことくらい分かっていましたわよ。

イレイナさんがこういう時に取り憑かれたフリするのも最近増えてきたしな。

尤も、なんでそれをやっているのかは知らんのだが。

 

「フラン先生、俺とイレイナは……」

 

なのでここは少しだけ頑張ってみよう。

何、案ずることはない。少しだけ頑張って事実を伝え、俺の女性経験の無さを露わにすれば良いだけだ。

何も嘘をつけなんて言っていない。事実と、想いと、これまでと、これからを。

疑いようのない事実と確約に、誠実で在れば良いだけの事なんだから。

 

「別にそういう関係じゃないです。けど、俺達お互い魔法の道を辿った上で、逢うって確約してるんで。だから時間を奪うって意味では師匠であるフラン先生に許可を貰わなきゃかもですね」

「堂々と交際宣言ですか?先生少し悲しいです」

「だから違うと言っておろうに」

 

盛大に勘違いをしてみせたフラン先生に、軽くツッコミを入れる。

これでも真面目にツッコんだつもりだ。本来なら訂正した部分をまるで聞いていなかったフラン先生に「なんでやねーん!!」と叫んだ後に頭しばき倒しているところだったからな。

んで、激おこのフラン先生にわからされると。

即オチ2コマかな?

 

「なるほど。つまりオリバー君はイレイナと付き合ってはいない。しかし遠くない未来で逢う約束……こほん、確約をしていてそのために私に許しを乞おうとしていると……そういうことですね?」

「フラン先生が壁として立ち塞がるのであれば」

「では、私はイレイナとオリバー君の間に立ち塞がる壁となりましょう」

 

壁。

多くの約束事には、その過程の上で胡座をかいて立ち塞がる壁がある。

しかし、その壁を乗り越えた瞬間に視界は一気に開け、新たな世界や未来、その続きで待っている約束事が壁を越えた人を祝福してくれる。

俺は今も昔もそう信じて疑わないし、想いの強さと叶えられる確率は比例すると本気で信じている。

青臭いといわれるかもしれない。馬鹿だと嗤われるかもしれない。それでも信じてしまっているし、それしか見えない。

だから、俺は。

壁を目の前にした俺は、その壁を乗り越えないワケにはいかないのだ。

 

乗り越える以外の選択肢を、持っていないのだ。

 

「……壁?」

「ええ、壁です」

 

先程まで温厚な雰囲気を目と表情で作り出していたフラン先生が途端に厳しい表情を浮かべることで、完全にスイッチが切り替わった。

嘘をついて壁をすり抜けられれば楽だろうけど、楽を選ぶつもりはない。

射抜くような視線に負けず、俺は恐怖心を煽る壁に()()()()()()で答えた。

 

「仮に私が拒否をしたとして、あなたはどうしますか?」

「認めてくれるまで諦めないの一択で立ち向かいましょう、何度でも」

「おや、好戦的ですね」

 

フラン先生の不敵な笑みは、見聞きしたもの以上の恐怖心がある。

大人の笑みと言えば聞こえは良いが、その実見せられているものは「愛弟子を誑かす得体の知れない幼馴染」を疑う()()を見定める笑みだ。

実に気分が悪く、その視線に晒されているのが面白い。

その視線にニコリ。クソザコスマイルで応え、俺は言葉を続ける。

 

「フラン先生は、俺のことを大切な一人娘にも近しい愛弟子を掠め取ろうと決心した悪代官だと思っているのでしょうが、それは誤解なんです」

「いえ別にそこまでは言っていないです」

「自分で言うのもなんですが、俺は言ったことには責任を持ちます。幼馴染を大切にすると決めた年から欠かさずに行った誕生日前夜祭、プレゼント、魔力の塊パーリーナイト。何よりも優先した彼女との日々、高め合い、競い合い、ボコボコにされた青春時代」

「あの、えっと……はい、ご愁傷さまです」

「つまり何が言いたいのかというと、俺はイレイナ第1主義ってことです。イレイナの事が大好きで仕方ない。彼女が喜んでくれることならなんだってしてあげたくなってしまう──それくらい俺は彼女に殺られてしまっている」

「えぇ……」

 

実際、出会ってからの日々がそうだった。

イレイナという少女の可愛さに固まってしまったあの日から、今日に至るまで。俺は目を凝らさずとも見えてくる彼女の様々な面に負け、殺られてきた。

 

確かに、色々言われたりする時はある。

「お前は俺の母か」と叫びたくなるほど、勉強に関して口酸っぱく言われてきたし、人をおちょくる才能に恵まれているが故の小悪魔っぷりも遺憾無く発揮された。

今日みたいに無茶なことしてたら休息を勧めてくるし、知らず知らずのうちに気負ってたら何も知らないフリして一緒にいてくれたり。

知り合った誰かのために何かをしてしまうイレイナさんのお節介は、人によっては忌避されるようなものなのかもしれない。

 

それでも、自分のことには人一倍一途かつ真摯で、何より可愛くて。

その上で俺みたいな奴のことをずっと優しく見守り、気にかけてくれていた大切な人(イレイナ)に何を物申すことがあろうか。

仮に俺を見て「実の所はムカついてんだろ?イレイナのお節介なんていらないんだろ?」とか思っている奴がいるとするのならば、そいつの観察眼は赤ちゃんレベルだ。

俺はもう──出会った時から、否。

もっと前から、イレイナさんのことが大好きで仕方ない一般人なんだ。

 

「そんな俺だからこそ、1つだけ。これだけは絶対に譲れないっていう芯があります」

 

だから、もうフラン先生にもハッキリ言わせてもらう。

思えばハッキリと声に出して、あまつさえそれを他人に言うのはシーラさんに夢のことを話した時──イレイナさんと確約した割とすぐ後のこと以来だ。

イレイナに聞かせるのだって、もうずっと前のこと。

それでも。

それでもハッキリ言わなくちゃいけない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()からこそ、フラン先生の圧にひれ伏し、言葉に詰まるなんてことはしてはいけないのだ。

それは──信じてくれている人に失礼な事だって、俺にも分かる。

 

「俺は1度友と確約した事を裏切る人間にはなりたくない」

「!」

「壁、皆の許可、能力。そんなもの、これから乗り越えて見据える未来に比べたら、遊具同然」

 

フラン先生の目を見据えて、芯の通った声で告げる。

その言葉に驚いたのかは分からないが、鋭い目つきを若干開かせたフラン先生。それでも、もう言葉が止まることは無い。

溢れ出した思いの丈が濁流のように口から流れ、嘘偽りのない誠実な言葉と化してフラン先生の耳に響く。

 

「俺は、イレイナと一緒に道を歩むって決めた。だから、その未来に向かってまっすぐ、誠実に進んでいくだけです」

 

最後にそう言って、締める。

しゃい……言い切ったんだ、あのフラン先生相手に……言い切ったんだぁ。

目を瞑れば愛弟子を取られそうになって情緒不安定のち様々な魔法で悪い虫を追っ払うフラン先生が見えるよ、と軽く現実逃避をしていると不意に漂う良い香り。

何事かと思い目を開き、現実に帰還すると頭に手を置かれる感触。

こ、これって……!!

 

「フラン先生の……なでなで!?」

「はい」

 

そう、なでなでです。

誰がどう見ても美人というであろう先生の、なでなでです(2回目)。

そして何より、至近距離。

目と鼻の先にある先生のご尊顔に俺の涙腺は崩壊しそうです。

嗚呼、先生は女神なり……!

 

「合格です」

「え、それは……イレイナと数年後に!?」

「はい。先生、あなたの熱い思いの丈に破壊されました」

「イチャイチャしていいってことっすか!?そうですよね!?そうでなくともそういうことっすよね!!」

「ええ。尤も、会話の節々に虚言や恥じらいが見えた場合は問答無用でしばき倒すつもりでしたが……」

「おいおいおいおい死ぬわ俺」

「ですが思ったより──否、それ以上に」

 

そこまで告げたところで、フラン先生が目を細める。

その瞳はまるで懐かしいものでも見るかのような暖かな眼差し。その瞳に記憶されたフラン先生の思い出がどのようなものであるかは初見さんの俺には皆目見当もつかない。

それでも、フラン先生の眼差しが厳しいものとは真反対に位置するものになったことはわかる。その瞳のまま、俺の頭に手を置いた星屑の魔女は、俺の顔をしっかりと見据えると、一言。

 

「もう少し頭撫でていてもいいですか?」

「やーだからそれはキツいって言ってんだろ撫で返すぞこら」

「そんなこと言って、本当は?」

よろしくお願い致します

 

「うわぁ……」とドン引きでもしているのかと疑いたくなる。いや、実際にドン引きしているのであろうイレイナの声を無視して、俺の頭を更になでなでしやがった!

いや、もう……ここまできたら自分の姿を疑うレベルですよ。

なんで良い歳した14歳がシーラさんを筆頭とした年上美人に頭を撫でられたり可愛がられたりするのか、正直俺には分からんのです。

世話になった人の子だからという人も勿論いるかもしれない。事実、俺もそう思っている。

けど、あまりに……なんか、こう。おかしくないですか?頻度多すぎませんかと思うワケです。

とはいえ、なでなでされることが嫌だとは言っていない。

今後とも、なでなでしてくれる他者が存在するまで俺は他者の掌に甘える所存である。

 

「強い心を持つ人は、いずれ夢を果たすと。そう私は思っています」

「えっ」

「一途で在り続けること。その想いの強さに勝るものはありません。どれだけの魔法や能力を修めていようとも、心のない者には人も夢も結果も、なかなか付いていきません」

 

とはいえ、ずっと浮ついた心境のままで終わることはない。

先程までの甘ったれた雰囲気を締め直したフラン先生が俺の頭から手を離すと、語りかけるような優しい声色で言葉を紡ぐ。

その言葉の内容は、優しい声色には似つかわない教示。

先人の言葉は偉大だ。

言葉の一つ一つを咀嚼するべく、俺は褌を締め直した。  

 

「当然、想いの強さだけではこの先うまくいかないこともあるでしょう。しかし、その想いの強さがなければ習得することができないものがあるということも事実です」

「そんなものですか」

「ええ、割とそんなものです。心あってこその技や体だと、そう思いませんか?」

「……それは、はい」

「なので、その想いの強さ。決して忘れないでくださいね。この先頑張れば、もてもての人生も夢ではないでしょう」

「なんだとッ!?」

 

そしてすぐに緩んだ。

やー。やっぱり真面目ムーブは俺には合わないんやなあって。

だってほら、今まで頑張ってきたツケが祟ってきたのかは知らんけど口から勝手に大声が出てるし。

制御できない高揚感が身体を支配し、気付けば大袈裟なガッツポーズで歓喜を表現している俺。

心が強いとは何なのか。

 

「あなたにそっくりな方がそうでした」

「マジですか!!」

「現地妻量産機です」

「っしゃーい!!!!!」

 

そんな不真面目でファニーな行為を犯した罰が当たったのだろう。

気がつけば背筋を凍らせる、痛いほどに向けられた眼差し。

ああ、その威圧感は数少ないイレイナパパの遺伝ですか?と尋ねることすら叶わぬ恐怖の瞬間は、俺が後ろを振り向き確約の中心人物である1人の少女の名前を呼ぶことで始まる。

先程までの高揚感は鳴りを潜め、頬からは滴る冷や汗。

ああ、やってしまったなと直感で悟った俺は、絞り出すように一言。

 

「い、イレイナ……」

「良かったですね、現地妻量産機さん」

 

さあ活目せよフラン先生。そして空を駆ける小鳥たちに、森羅万象の全ての物たちよ。

これこそが自称怖いもの知らずのオリバーさんが唯一恐怖したイレイナさんのお仕置き&説教タイムだ。

覚悟の準備はできているか?

俺はできていない。

 

「重婚するような人が幼馴染に存在していたこと、しっかりと記憶しておきます」

「……トリプルスチールかな?」

「とっとと頭冷やして明日に備えてください」

 

誰か助けて。

 

 

 

 

 

 

あれからフラン先生に「私の部屋のお掃除してくれませんか?」と頼まれ、フラン先生がイレイナにしばき倒されたり、結局家にお邪魔した挙句夕食を3人で楽しんだりして一日を終えた。

その行為が試験を迎える前の俺に対して気を遣ってくれた結果か否かは分からない。聞いてもはぐらかされるばかりで、断定することも出来ない。

それでも、その行為が俺の心を打ったのは確かで。

イレイナさんの言葉、そして心に潜んでいた緊張を思い出させることすら許さぬ2人の行為は、図らずも俺を自然体の儘試験に向かわせる。

勇ましく、逞しく、刻む鼓動に合わせて歩を進め。

その歩が刻んだ結果が夢を叶える1歩となったり、色々あって──

 

 

 

 

そして。

その日まで穏やかに流れていた時は2週間後に進む。

 

 

 

*1
アニメ観てから原作を買った勢

*2
byイレイナさん



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24話「また逢いましょうとあなたは微笑んだ」上

 

 

 

 

 

 

 

 

あれだけ長く続けば良いと思っていた幼少期はあっという間に過ぎていく。

わけも分からないままに魔女の旅々の世界に放り込まれて、名前を付けられ、魔法に触れて。

そうしたら原作に登場した魅力ある人達に出会って、その人が俺の人生を決める師匠になったり、親友になったり。

そうした人達が自分の新たな人生の指針になって、ようやくやりたいことを明確に決められたと思ったらもう大人の仲間入りだ。

時が過ぎるのは、本当に早いよな。

 

けど、時間は無情にも過ぎていく。

1日を大切にしようとしても、1日に延長戦なんてなくて。

「あれやりたかったな、これもやりたかったな」なんて悔いている間にも夜は過ぎて、新たな1日が始まる。

時間は残酷だと思う。

一方通行の人生を歩むしかなくて、逆走なんて出来ないようになっている。止める術も何も無くて、ただただ時間の趣くままに、それでいてあっという間に過ぎ去る。

時間の使い方なんて、そんなもの考えているのが勿体無い位時間ってのは貴重だ。

本当に貴重なものなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、イレイナ」

 

真夏の暑さに心がやられてしまいそうな、そんな1日だった。

海に面した港町、近場にはビーチもある熱帯地域に存在するその街は、沢山の人々が行き来する旅行先として大人気のスポット。しかし、旅行自体が目的ではなく、単純にお目当ての女の子がそこで待っていたからという何とも煩悩らしいそれを引っ提げ、俺は休暇をこんなクソ暑い場所で過ごしていた。

同僚から『イレイナさんから呼び出しが来てますよ!ぷんぷん!!』なんて言葉を聴いた時、俺は嬉しくて嬉しくて小躍りしてしまいそうなくらい有頂天だった。何せ半年ぶりのイレイナだ。どんな手段を用いても会おうと思えるほどの気概が確かにあったんだ。

 

手始めに今まで貯めに貯め込んだ有給を今日からのスケジュールにぶち込んだ。上司が顔を引き攣らせて『イレイナバカ』とか言ってた。また、時を同じくして黒髪ロングの同僚からも『イレイナバカ』とか言われた。いや、俺の仕事仲間尽く酷くね?もう少し慮ってくれても良くね?

 

「どうかしましたか?」

「ぶっちゃけ、俺の第一印象ってどんな感じだった?」

 

さて、俺の自問自答の近況報告はこれくらいにして今一度現実に向き合おうと前を向く。

ノースリーブのワンピースに、薄いカーディガンを着込んだ彼女──イレイナは俺の奢りで購入したドリンクをストローで吸い上げ、俺の視線に気が付くと不敵な笑みを送りやがった。その姿はさながら魔女であり、数年の歳月を経過し可愛さが美しさとなったその様は数年前のイレイナとは大違い。

ああ、認めてやる。綺麗だよ。けど、綺麗ならなんでも許されると思うなよ。流石にジュースのおかわりは許さない。久々の再会とはいえ、それは許さん。

 

それに、外面こそ変わったとしてもこの子の中身は何も変わっちゃいない。尤も、それは彼女の美点であり、俺がイレイナを好きである一因でもあるのだが、それが俺の顔を引き攣らせる要因になるということも間違いではなく──

 

「最悪を絵に書いて貼り付けたような感じですかね」

 

ほら、俺の顔が引き攣った。笑ってはいるんだろうが、左の頬が引き攣る感覚に襲われた俺は、『イレイナなんて嫌いだぁっ!』なんて想いを心の内に秘める。それでも、結局数日経った頃にはこの想いを忘れ、次の出会いに心を弾ませる俺が出来上がってしまうのだが。

仕方ないだろ、それくらい惚れ込んじまってんだから。

 

「酷いな」

「それ程あなたが尖っていたということです。私に対して酷い態度を取っていたのは確かですし。今こそ違う立場にありますけど、あの時の私とあなたの立場を今一度考えてみてはどうでしょうか?」

「それは……」

 

離れていても、必ずどこかで繋がっていると確信できる関係。

とはいえ、凡そ親愛やら友愛やらとはかけ離れた変態的な言葉の数々。勿論、彼女が俺に対して抱いている気持ちも影響しているのだろうが、それでも俺は目の前の女──イレイナに対して遠慮なんてナシで突っかかっていった。

それを良しとするかどうかは俺次第ではあるのだが、少なくとも当時の親友であるところのイレイナに最悪なんて言われれば、流石の俺でも当時の過去を考える。

畜生……こんな可愛い女の子に気に入られるチャンスを俺は逃したってのか!情けないぞ俺!

 

「ただ、そういう関係にあったからこそ俺はここにいるのかもしれないしな。一概に俺の態度が悪いとは言いきれないだろ」

「物は言いようって言葉を如実に表していますね」

「わかってるさ。分かってるからこそ、別れた時は辛かった」

「……初耳なんですけど、そうなんですか?」

「はい、辛いです……!イレイナさんが好きだから……辛いです……!!」

「ちっ」

「え、今舌打ちした?」

 

イレイナの舌打ちが、俺の心をヒエッヒエにさせる。

無論、内心でだ。長い付き合いから彼女に弱みを見せたら最後、付け込まれて会話の主導権を握られてしまうという事実を知っているからである。

悲しき感情はひた隠し、不敵な笑みを向けてみせる。

イレイナが「すいません」と店員に一言。二言目に「ジュースのお代わりお願いします」と言葉を紡ぐ。

 

お前自腹確定な。

 

「オリバーは分かっていません。全く、全然、これっぽっちも分かっていません」

「……わ、分かってるよ。イレイナさんはアムネシアとサヤで白黒灰同盟結びたいって話だろ?」

「間の取り方がおかしい上に間違ってて涙が止まりません。やはりオリバーは何も分かっていないんです。万が一があったとしても、それはあなたが分かっているつもりなだけです、よよよ……」

「舐めるな!お前への愛なら今すぐ叫ぶことができるオリバーさんだぞ!?」

「言ってみてください。その代わり満足させられなかったら氷漬けになってしまいますが」

「かき氷の季節にはまだ早いかなー……ねえ。本当にそういう脅しやめてよね。こんな場所で人間かき氷なんてダメだよ、本当に」

「うるせーです」

 

『当時の私の気も知らないで』とイレイナが呟き、ため息を吐く。そっぽを向いてジュースを飲むその様は何処ぞの誰かさんを彷彿とさせるわけなのだが、それは今は関係ないことなので考えないでおく。

今は、拗ねてしまったイレイナに対して弁解を行わなければならない。それがセオリーでマストである。

何せ、イレイナの気分次第で俺の休日の充実度も上下するんだからな。イレイナさんが好きだからこそ、拗ねられたら俺が困るんだよ。

是非ともイレイナには、常に新しい景色に目を輝かせて欲しいもんだ。

 

「まあまあ、そんな拗ねた顔しないで聞いてくだせえイレイナセンセ」

「それ、非常に不愉快なのでやめて頂きたいのですが……して、最悪の形とは?」

「キミに会うことがなくて、夢も希望も抱くことのなかった未来」

 

先程まで、真夏の暑さにやられたとでも言わんばかりに冷たいジュースをストローで吸いまくっていたイレイナが、今度はアイスクリームに触手を伸ばす。

お前本当に良く人の金で飲み食いするよな、奢りなんだから少しは遠慮──しなくてもいいけどさ。ほら、もっと……こう、あるじゃん?確かに俺の財布はキミの財布みたいなもんだけど……な?

 

「『あー』してください」

「ッ……!?」

「聞こえませんでしたか?『あー』してください。それが嫌なら今すぐ窓からバック宙して私を笑わせてください」

「いっ……イレイナさんって最高ゥ!なんか、こう……最高ゥ!!」

 

あーんしてもらう報酬貰ったんでもう怒らねえぞオイ!!

自腹上等なんぼのもんじゃい!!イレイナさんがしてくれる「あー」なんて現ナマ幾ら出しても体験できねぇレアシーンだぞボケ!!ここで「あー」しなきゃ魔女旅オタクが廃るってもんよォ!!

つーわけでお望み通り「あー」して、イレイナさんからのお届け物を口に運ぶ俺。

その様を見て「ふふ、欲に忠実ですね」と微笑むイレイナさん。

くうっ……なんかすっごいデートっぽい……!!

 

「それにしても、まさかオリバーにそんな闇堕ちルートがあるとは。馬鹿でズボラな変態さんを絵に描いたようなあなたがそうなるとは考えにくいのですが……なにか確信でも?」

「十分有り得る話だ。イレイナやフラン先生。シーラさん、サッヤやアムネシア。果てはミナちゃんやアヴィたん。色んな人と出会って、共に旅をすることの素晴らしさを学んだ。けど、それってキミから始まったお話だから」

「と、いいますと?」

 

間接キスなんて今更気にする仲ではないが、さも当然の如く俺がアイスを食べたスプーンを使い、再度アイスを食べながらそんなことを言うイレイナさん。

視線は俺に向けられ、話の続きを言葉でも視線でも促されているように感じるその光景に、俺は思わず吹き出しそうになる。

だってさ、さも興味なさげに涼しい表情でアイス食ってたイレイナさんが目と言葉で「続きをどうぞ」って訴えかけてくるんだぜ?

なんだよクソ可愛いかよってなるわ。国宝級の可愛さだぞ、これ。

端的に言わせてもらうと、抱き締めたくなるから涼しげな表情で目を輝かせるのやめろ。欲に忠実になったら犯罪者行きの特急列車で一直線だよ……

 

「……何笑ってんですか」

 

イレイナさんのジト目が突き刺さった。

「ごめん」と素直に謝罪して続ける。

 

「キミが居なきゃ、こんな所まで行けなかったって話だよ。もしかしたら魔法なんて扱ってなかったかもしれないし、商人やってたかもしれないし、アムネシアと出会ってバディ組んでたかもしれないし……」

「……へーそーですか。それはまた随分と壮大な話ですね。では、話ついでに……その場合の私はどんな立ち位置なのでしょうか」

「……サッヤとアムたそに囲まれてハーレムエンド?」

「ぶっ飛ばされてーんですかそーですか」

 

仕方ないだろ、そこまで深く考えた訳じゃないんだから。そんなことおちおち考えている暇があったら、俺はもっと金を稼ぐ旅に出てる。

そもそも、常日頃からIfを考えたところで何になると言うのか。IFが現実になるわけでもあるまいし、たまに考えることはあっても大抵虚しくなって、はいおしまい。

その時間が勿体ないとは思わないかね?

俺の目の前には、失明しかねない輝きで人を魅了する女性がいるのだぞ。妄想してねえでこっち見ろボケって言いたくならないか?

故に、俺は大人になってから『転生したらアムネシアだった件』のIFを考えなくなった。

イレイナさんをこれから先、一秒でも長く見ていたいと思ったからだ。

今だって、俺はずっとイレイナさんのことを見ている。

彼女の一挙一動がかわいくて、かっこよくて、時にいじらしくて。

そこまで考えたところで、俺は内心で笑う。

『俺、重いっすね』と。あまりに激重な感情を嘲笑した結果である。

 

「……まあ、そういうことなのだとしたらオリバーは自分の判断に感謝しなければなりませんね。今のこの世界線はあなたが選んだ道ですし、過去のオリバーに、精一杯感謝をした後に未来へと歩を進めるべきだと思われます」

「うん」

「そしていい加減私に次の景色を見せてください」

「?」

「……はぁ」

 

わけも分からぬままに首を傾げると、その行為に呆れ果てたようにため息を吐くイレイナさん。

「あなたあれですか、頭ぱっぱらぱーなんですか」と言って、今度は窓際の景色に視線を送る彼女を見て、俺は最後に言いたかった言葉を言おうと口を開く。

 

「感謝してるよ、イレイナ」

「そうですか」

「キミに逢えて、本当に良かった。幸せ者だな、俺──」

「そういえば単身でアムネシアさんに会ったらしいですね」

 

そして、言葉を遮られてしまう。

更に衝撃的なカミングアウトである。

というより、何故彼女はその事実を知っているのか。

こっちが喫茶店で最後の最後まで取っておいた話のネタが明かされてしまったことに戦慄していると、ストローでジュースを飲みながら不機嫌そうに睨みつけるイレイナさんが爆誕していた。

何故彼女はそんな表情をしているのか、そこが分からない。

 

「……その情報は何処で」

「ミナさんです」

 

情報をお漏らししたミナはがっとぅーへう。姉と一生戯れてろ。

とはいえ、随分前にミナに対するやべー情報を姉のサヤに漏らした俺も人のことは言えない。結果が状況を示す因果応報とはこのことを言うのだろう──と俺が内心で浸っていると、イレイナの表情がニコリとしたそれになる。

あれーおかしいね、不機嫌そうな表情が笑顔に変わったハズなのに何か室内温度下がってないっすか?

 

「出先でご飯、共闘、故郷探しですか」

「ナンノコトカナ、ヨクワカラナイナ」

「あ、申し訳ありません。アイスおかわりお願いします」

「……()()は俺の財布をなんだと思っているのかな?」

「弱味を握られた彼の財布程懐の緩いものはありませんよね、女たらしさん」

「俺は財布じゃないし女たらしでもないっ!」

「どの口が言うんですか、どの口が」

 

ねー本当に違うの!!

俺が女たらしとか思っている奴マジでモグリなの!!大体、ちょっと女の人と会話しただけで女誑しとか言われたら、恐らく殆どの奴等が女たらしの部類に入りますからね!?

つーか登場人物の女性比率多すぎなんだよボケ!!

百合ってるのは別にいいし、その登場人物の多さから織り成すカップリングの無限の可能性は紛れもない魔女旅の良さでもあるよ!

けど流石に多すぎるんじゃい!

直近で偶然会った友達が成長したドロシーちゃん*1→シャロン様*2→アムネシア*3とかフツーに考えておかしいから!!

なんだそのギャルゲーお約束の3連コンボ!!もっと男の子との運命的な出会い増やしてよお願いだから!!

 

「まあ、アムネシアさんから大方話は聴きましたが今の今まで誤魔化していたのは感心しませんね」

「そもそもの話をしよう。俺はイレイナに絶対、何がなんでも、確実にその話をする必要があったのか?」

「ありますよ。アムネシアさんは友達ですし、その情報をあなたと共有したいと思うのはごくごく自然な思考だと思いますが」

「全然自然じゃないじゃん。嘘つき、自腹確定な」

「仕方ないですね……はい、金貨5枚です。これで手を打ちましょう」

それ俺の財布。お前の財布、そっち

 

とはいえ、そんな事を願ったところでどうにもならないどころか更にエンカウント確率上昇するんですけどね初見さん。

つーか嫉妬イレイナさん相も変わらず可愛いな。

写真に撮って家に飾っておきたい位だぞ本当に。

シーラさんの恩に対する義理を通してエージェント引退した後にイレイナさん専属のカメラマンになるのもアリかもしれないな……

 

「……」

「なんですか」

「俺がエージェント引退したら臨時カメラマンとして雇ってくれない?」

「嫌です」

「と、言うと思ったろ?実は専属でもお願いしようとしたんだよね」

「……」*4

「あ、拒否の笑顔ですね分かります」

 

知ってた。

 

 

 

 

 

 

最初に言わせてもらうと、魔法統括協会の試験は筆記と実技の2つであり、これらを突破した俺はエージェントの身分を証明するブローチを頂いた。

筆記は本当に基礎的な内容。

学校での試験とちょっとだけ違うのは、魔法関係の問題が多く含まれていたことだ。まあこれも、シーラさんが誕生日に毎年送ってくれた本の数々を熟読した甲斐あって、なんと普通に問題が解けた。

有り得ないと思うだろ、こんな展開。

安心しろ、俺も最初は目を疑った。

まさか人生2週目にして「あ!ここ○○で習った奴だ!!」が出来るとは夢にも思わなかったよ……

 

「なんでお前に試験内容を話さなかったのか分かるか?」

「シーラさんのくれた本が、そもそも魔法統括協会の試験向きの内容だったから」

「そういうことだ」

 

試験後、何故か試験会場前でソワソワしながら入口付近を往復してたシーラさんに声をかけ、帰り道までの数十分を彼女の歩調に合わせながら会話をしていると、シーラさんが俺の頭に手を置き、わしゃわしゃしたりなでなでしたりしながら話を続ける。

あ、やめっ、セットが乱れるぅっ。

 

「それに、実技も楽勝だったろ?なんてったってお前は一撃で敵の出鼻を挫く必殺技があるんだからよ」

「……まあ、はい。えーっと、ぎっくり腰の魔法の治療で激おこの試験官さんからブローチを賜りました」

「お前アレ、範囲魔法でやれるとか普通に才能の塊だからな?」

「……ま、魔力の弾丸も使いました……よ?」

「おー、それもフツーに規格外だな。あたしが渡した鉄砲の本見たのか知らねーけど普通の人間は魔力の塊にジャイロ回転加えたりとかしねぇから」

 

どうやら、シーラさんから見たオリバーという魔法使いの評価は一貫して高いらしい。

思えばシーラさんはずっと俺に目をかけてくれていたし、ハナっから俺に対して好意的でいてくれた。

誕生日には何かしら役立つものを宝箱の演出込みでプレゼントしてくれたし、たまにロベッタに来た時は必ず、欠かさず、惜しみなく魔法のイロハを教えてくれた。

俺にとっては重要なターニングポイントとなった出来事も、元はと言えばシーラさんが母さんに話を通してくれたから生まれたきっかけだ。魔法統括協会に行きたいだなんて、恐らくシーラさんが俺に目をかけてくれなかったら選択すらしない未来だったろう。

そして、そんな様々な事をしてくれたシーラさんの俺に対する評価は──うーん、多分……きっと、……高いと思うんだよなぁ。

だって今もこうやって褒めてくれるし、なでなでもしてくれるし。

いや、この歳でなでなでは普通に恥ずかしいんですけどね?

フラン先生の時も間違えて「よろしくお願いします」って言っちゃったけど、普通になでなでは恥ずかしいと思ってますからね?

 

「だからお前はもっと自信を持て。これ、次の課題な」

「ええっ!?」

「今の自分の実力を認められるようになる為に、これから多くの成功体験をしろって事だ。ま、少しくらい勘違いして欲しいってのも本音なんだが……お前多分勘違いできないからな」

「そんな失礼な」

 

俺だって勘違いくらいできる。

原作の解釈違いなんて腐るほどやってるだろうし、イレイナさんとの日常の中にだって色々()()()()()()()()()瞬間は山ほどあった。

ただ、それを表に出せるか出せないかって話だ。

仮に欲望そのままに「イレイナさん……しゅき……♡」なんて言ってみろ。もれなく心か身体のどっちかに深い傷を負う羽目になるだろう。

俺はそんなの嫌だ。いつまでも馬鹿やって楽しく暮らすためには、己の無知や勘違いを表に出さず、目で見えるものだけを愛でる。

それが肝要なのである。

 

「ま、お前の規格外っぷりに関しては後々話すとして。今はやらなきゃならんことがあるよな」

「と、言いますと?」

「お前のかーちゃんに言わなきゃならねえ事があるって事だ」

「あっ」

 

ともかく。

そんなことを話しながら、帰り道を歩いていけば辿り着くのは何十年と暮らし続け、住み慣れた我が家。

そこに辿り着いた途端、俺は今まで置きっぱなしにしていた問題に直面し、シーラさんは俺の頭から手を離して「忘れてたろお前」と軽くゲンコツ。

ちょっぴり痛いが、暴力と叫ぶ程のものでもない。

寧ろ信頼関係を感じる心地よい痛みだ。

ドMではない、絶対。

 

「安心しろ、受かったからにはあたしも説得してやる。定期的には見れなかったが、お前の目標に対する頑張りは見てきたからよ」

「いいんでしょうか、こんなに色々世話焼いて貰って」

「あー、因みにあっち行ったら暫くあたしの家で寝食の世話焼いてやっから心配すんな」

「本当にいいんでしょうか!?」

「いいんだよ。やりたくてやってることなんだから」

 

あまりの待遇の良さに混乱する俺に、更にシーラさんの一言が刺さる。

息を吐くように褒めたり、与えてくれたり、俺としては願ったり叶ったりなのだが、本当にそれでいいのかという良心みたいなものもあったりする。

例えば、そんなに与えてくれても何も返せないっていう御恩と奉公的な精神だったり。今のようにたくさん褒めてくれても、単純に嬉しいだけではなく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()的な考えだったり。

 

そんな考えをしていた俺は、前に魔法統括協会行きの話をしてもらった時、自己評価と他者評価は違うとシーラさんに言われた経験を持つ。

それ以来、自分で自分の可能性を狭めるようなことはしないと胸に誓ってきた俺ではあるが、他人の評価を素直に飲み込み、受け止められるまではいかない。

そこは紛れもない、俺の弱点だったりするんだよな。

自分の評価を他人に押し付け、人の言うことを否定してしまう俺の悪い面だ。

いかんいかん、これから意識して治していかねば。

 

「まあ、幼馴染に色々教えて貰ったりもしたんだろうけどよ、それでもその道のプロに付きっきりで教えて貰えなかったってのは結構なハンデだったりするんだよ。現に実技試験見学してたらそこそこの数の魔女見習いがいたしな」

「そこまでハンデなんですかね。そんなこと言ったら俺なんてその道の先輩魔女のシーラさんに魔法教えて貰ってるんですから、むしろこっちがアドバンテージ取れてるのでは……」

「言っても年に数回だろ。多くの魔女見習いはな、師匠である魔女の身の回りの世話をしながら、毎日魔法の手解きをしてもらうんだ。そんな時間お前には与えてやれなかったろ」

 

その年に数回ってのが非常にデカいんですがねぇ……。

「付きっきり」というものに果たしてどれだけのメリットがあるのか、体験していない俺にはまるで分からないのだが、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()って事実は大きなアドバンテージになったと思うんです。

だって……だって、魔法統括協会現役バリバリの魔女さんですよ!?

そんな方に魔法を教えて貰えるなんて経験そうありませんって!!

しかも思った以上に親身になって教えてくれましたし、極めつけには慈愛の籠ったなでなでですよ!?

頑張らない理由が見当たらない!!

上達しない理由が見当たらないッ!!

 

なので俺は、シーラさんが魔法を教えてくれた一日一日を大切にしてきた。

遠い場所で、重責が織り成す多忙に心身を疲弊させていただろうに、嫌な顔1つせず、1つの事が出来るようになったら「よくやったな」なんて言葉で褒めてくれるシーラさんに、少しでも進歩した姿を見せたくて。

勿論、魔法の道を極めて、旅の何処かで再会するっていうイレイナとの確約も理由には入っていたけど──俺はその確約と同じくらい、シーラさんに対する思いが、魔法に情熱を注ぐ理由になっていたんだ。

 

「そんな中、自分なりによく頑張った。魔女見習いとして既に魔法の勉強を師匠に教えて貰った奴も試験を受けている中で、お前は限られた機会で実力を身につけ、対等に戦い、他を蹴散らした」

「……」

「ちゃんと見てたぞ。本当に良く頑張ったな」

 

だから、きっと。

今こうして俺が褒められているってことは、その頑張りをシーラさんが認めてくれたからなんじゃないのかなって思う。

別に振り向いてくれとか、褒められたいとか、そんな欲は持ち合わせていないけれども、仮にシーラさんがその努力や心意気を買ってくれたのだとしたら、今の俺にとってこれ程嬉しいことはない。

 

「ちゃんと見てた」

その言葉を目上の人がかける意味を、俺は理解している。

理解しているからこそ、たまらなく嬉しかった。

言われるだけじゃない。ずっと見てくれていたことを知っているから。何より、俺に親身になってくれた人だから。

俺にはその言葉が、甘美な褒美のように思えたんだ。

 

「だからこそ焼いてやりたい世話があたしにはある。あたしが小さい時に感じた不自由や不必要な困難はできるだけ除外してやりたいし、こんな事言うのもアレかもしれねえけど──お前に色々してやりたいんだ」

「シーラさん……」

「有言実行したお前に、健気な位頑張っているお前に、何より可愛い弟分のお前に、出来る限りの事をしてやりたいっていう師匠の願いを汲んでくれねえか?」

 

故に生まれた隙を見逃すほど、夜闇の魔女は甘くない。

褒美の甘美さに思わず惚けてしまった俺は、同居を断るタイミングを見失ってしまい、気付けばシーラさんの掌で踊らされる哀れな子羊と化してしまう。

意地の悪い顔で笑ってみせるシーラさん。

「ぐぬぬ……!」という言葉を使う時があるのなら、まさにこの時だろう。シーラさんは俺が思っていた以上にお姉さんであり、ドSでもあったワケだ。

 

「ぐぬぬ……!ぐぬぬぬぬ……!!」

「はっ、返す言葉もねえって感じだな。まあいい……じゃあお前下宿してからあたしの家事手伝い確定な」

「ま、魔法は!?魔法のセンセはやってくれないんですか!?」

「んー、先ずは煙草とかのパシリからな」

「思ってたのと違ーう!!」

 

まあシーラさんの家事手伝いなら喜んでしますけれども!!

正直俺からしたら天国並の褒美ですけれども!!

それでも掌で踊らせるのやめてくれませんかねぇシーラさん!!と俺からシーラさんに向けるには非常に珍しい『怒』の感情をぶつけようとすると、不意に先を歩いていたシーラさんが振り向く。

瞬間、俺の眼に映ったのは()()()()()()()1()()()()()()()()で。

そんなシーラさんを見た俺は、こう思ったワケだ。

 

「悪いようにはしねえよ。……これからよろしくな、オリバー」

 

やっぱりこの人は、どうしようもなく()()()()()なって。

きっと一生賭けたって、この人には敵わないんだなって。

そんな直感にも近い何かを、感じちまったんだ。

 

 

 

 

 

 

難航していた『母さん説得作戦』に一撃で蹴りを付けたかっくいーシーラさんは、またの機会に話そうと思う。

や、だって俺だけの秘密にしておきたいんだもの。俺が言っても首を縦に振らなかった母さんを瞬く間に説得して魅せた彼女の勇姿を、できることなら漏らしたくないもの。

まあ、1番の理由は『将来出来た後輩達にシーラさんの武勇伝垂れ流してもいいっすか?』と言った瞬間に、恐ろしい剣幕で頬を両手でむにむにされたからなんだけど。

どうやら、シーラさん的には俺に関するカッコイイ所を垂れ流すのはむず痒い何かがあるらしく──

 

「言ったら破門な」

「ひぃ……」

「言ったら、破門な?」

「へ、へい……」

 

頬を両手でむにむにされながら、言質を取らされた。

どうしてそんなにむず痒くなる必要があるんですか、と聞いてみたい気持ちもあったが、折角色々世話を焼いてくれた人に余計なことを吹き込みたくもなく、俺はそのまま閉口。

満足そうな表情のまま、シーラさんは滞在しているというロベッタの宿に帰っていった。

女心も師匠心も分からない俺にとって、言うなれば『ちょっと何言ってるか分からない』状態に陥った俺は、彼女の後ろ姿を見つめつつ『ミナちゃんやサヤちゃんと合法的にお近づきになれる方法7選』の1つが潰されたことに、地団駄を踏んだのだった。

 

そして、月日は経って2週間後。

あれから何度かシーラさんと話し合い、シーラさんがロベッタを発つのと共に、この国を旅立つことが決まった俺は残りの一日を悠々自適に過ごしていた。

既にシーラさん監修の元荷造りは済ませており、旅立つ準備は万全。後は明日、滞在先のチェックアウトを終えたシーラさんが俺を迎えに来てくれるのを待つだけだった俺は、最近何かと忙しくゆっくり話したり遊んだりする機会がなかったイレイナさんと、最後の一日をゆっくり過ごす筈だった。

そう、悠々自適に過ごしていたし、ロベッタ最後の1日をゆっくりと過ごすつもりだったのだ。

久しぶりの休暇、ロベッタ最後の1日。

目の前にいるのは賢い可愛いイレイナサン。

俺のロベッタ最後の1日は、誰もが羨む最高の1日になるハズだった。

 

「美少女幼馴染による目隠しプレイと緊縛プレイの併せ技!こりゃあドMじゃなくても興奮しちゃうね!!」

「あ、少しうるさいんで静かにしてもらえますか」

「誰かー!!誰か助けてー!!」

 

それがどうしてこんなことになっちゃったのかは正直に言おう、まるで意味が分からない。

辺りは暗闇──否、厳密には俺の視界だけが黒い何かによって隠されており、俺の周りで何が起こっているのかということはさっぱり分からず。

けれど、縄を身体に巻かれて引っ張られ、止まってしまったその瞬間に「ていっ」と可愛らしい声と同じタイミングで背中を叩かれていることはハッキリと分かり。

その屈辱的なお馬さんプレイに怒り心頭だった俺は、思わず諸悪の根源である少女に怒鳴り声を上げてしまったのだ。

そして、その瞬間に少女の鋭いムチが俺の背中を叩き、俺の足を強制的に前へと向かわせる。

や、ほんと痛いんでやめて欲し──ひぃん!

 

「言いましたよね。意趣返しはまだ終わっていないと」

「い、意趣返しか……俺はキミの意趣返しなら何時でもウェルカムだが、それとこのお馬さんプレイには何か関係あるんすか?」

「お馬さんプレイなんて誰が言いました?これ、報復です。甘ったれたプレイと同列に語るのはやめてください」

「ひぃ……!」

 

今、鞭かなんかで俺をシバキ倒しているイレイナさんがこんなことをやっている理由は、モチのロンで俺にある。

と、言うものの俺は毎年必ず何処かの日で誕生日やら何やらと理由を付けてイレイナさんに何かしらの贈り物をしてしまっているのだ。

原作で贈り物やプレゼントの類が苦手だと言っているイレイナさん。そんな彼女に贈り物をするという業の深いプレイを平然と、毎年、臆面もなく行っている俺。

当然報復行為に晒されないワケもなく、俺は今目隠しプレイでシバキ倒されているのであった。

 

「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってください!!弁解の余地を!!俺にお慈悲をください!!待って!助けて!!」

「10字以内でどうぞ」

「ぃ……イレイナさんの目隠しプレイ、いとをかし?」

「字ぃ余ってるじゃないですか。舐めてんですか、えぇ?」

「ぐほおっ……!!」

 

唯一のチャンスであった10字以内の弁解も字余りによってフイにしてしまった。果たして10字以内で何を弁解すりゃいいのかって思ったが、弁解のチャンスをくれた上に、そこまで求めちゃ傲慢ってもんだとも思う。

というか、こういう時のイレイナがチャンスをくれるってのも珍しいっすからね……普段なら有無を言わさず魔力の塊っすよ。

この前なんてちょっと妄想垂れ流しただけでアッパーカットっすからね。

尊みと痛みでいい加減死ぬぞ俺。

 

「はい、着きましたよ」

 

イレイナのその言葉で、我に帰った俺。

いつの間にか目隠しプレイの元凶であった布の感触は無くなっており、魔法を使ったのかは知らないが縄で縛られた感覚もない。

では、今度は目を開けてみようかと思い眩しいほどの外界の景色を眼に映そうとすると──

 

 

 

 

 

 

「オリバー君、魔法統括協会の合格おめでとう!」

「おめでとう、オリバー君」

 

パァン!パァン!パァン!とクラッカーの音が鳴り響き、痛いほどに聞き慣れた2人の声が鼓膜に響く。

目隠しにより薄ぼけた視界が徐々に明瞭になると、俺が今、誰に何をされているのかということを脳が整理し始め──その事実に、脳がショート。

脳が破壊されるほど喜びを隠せない、そんな予想外のイベントに俺は思わず目を見開いて言葉にならない声を上げてしまった。

 

「……え、えぇっ」

 

クラッカーにより飛び散った紙吹雪やら何やらが、俺の頭にぶっかけられる。そして、そのまま──何も考えられないでいると、響いたのはイレイナさんの声。ここでようやく意識が覚醒した俺は、イレイナさんに対して言葉で噛み付こうと後ろを振り向く。

この時点で、俺の心臓はバックバク。

なんでこんなことになってるの!?とかサプライズだよね!?夢じゃないよね!?とか、まあ色々考えて、勝手に興奮して──なんか、上手く言葉にできない心境だった。

 

「驚きましたか?」

「お、驚くも何も……どうしてっ」

 

そんな俺の反応は、イレイナさんにとっては予想通りだったのだろう。

狼狽した俺の反応を楽しむように悪戯っぽく笑ってみせた彼女は、俺の横を通り過ぎると、言葉を続ける。

 

「このまま何もせずにさようなら、なんて薄情ではないですか?」

「……むしろそれがイレイナっぽいまであるんだが」

「研究が足りていませんね。むしろ私は遊び心に任せて顔面にケーキを投げつける人なんですが……」

「嘘をつかないでくれないかね……」

 

キミはケーキすら投げずにサヨナラ旅々する子だろ。

そんな好戦的な主人公いてたまるものか。

 

「……で、ケーキは投げつけないのか?」

「かなり掘り下げてくるんですね」

「研究が足りないな。むしろ俺はイレイナの繰り出す全てのプレイに興奮する変態なんだが」

「あ、はい。つまりなにも変わっていないってことですね」

「ああ」

 

そう言った瞬間、ため息混じりの苦笑をしてみせるイレイナさん。

傍から見れば気まずい雰囲気が流れかねない表情ではあるのだが、俺からしてみればその表情が最早かわいいので大したダメージにはならず。

『お?いいね、頂戴頂戴!!そーいうのもっと頂戴!!』と内心で叫びながら口角を上げると、じとーっと俺を見つめてきたイレイナさん。

その視線はさながら銃口でも突きつけられたようで、そのシーンに俺は尊死しかけた。

 

「……お誕生日おめでとうございます、オリバー。今日は送別会の意も込めて、あなたにサプライズです」

「おやおやイレイナさん、目がじとーってしているよ?そういう時は天使もびっくりな笑顔で祝福するのがスジってもんじゃないのかな?」

「はい。では、早速ですが今回のイベント費用を請求させていただきますね──」

「はうっ……!!だ、出さなきゃ……お金出さなきゃ……」

「こらこら、お財布の主導権を簡単に渡さないの。イレイナもあんまり意地悪しないであげなさい」

 

思わずポケットからお財布を出そうとしてしまった右手を、ヴィクトリカさんが掴むことで制止する。その手はまるで危なっかしい子供を諭すような優しい手つきで、思わず赤さん時代のなでなでを思い出してしまう。

右手一本で俺の暴走を抑え込み、ニコリとした笑みで無言の圧をかけてくる様は正に強者。

俺がヴィクトリカさんに勝てるわけもなく、大人しく財布をポケットにしまったのだった。

 

「まったく。危なっかしいところはセシリアさん似だな、オリバー君」

「あはは……ごめんなさい。久しく逢ってなかったので興奮してしまって……」

「……まあ、それが君の良さでもあるのかな。今も、それから昔も」

 

そして、ヴィクトリカさんの隣で「娘は渡さんオーラ」をここぞとばかりに放っていたイレイナパパは、俺を見るといつもの怒りの表情とは違う笑みを浮かべていた。

恐らく俺がいつものチャラ男ムーブでイレイナさんを誑かそうとしていないからであろう。イレイナパパはほっこりとした様子で俺を見ると、続ける。

 

「……合格おめでとう、オリバー君。大きくなったね。小さな頃にキミを見たのが、本当に昨日のことのようだ」

「ありがとうございます」

「数年前の僕の予想通り、男前になってしまったな……くっ、やはりクローバーとセシリアさんの息子か……!」

「父さん要素あります?」

「あるとも!人をおちょくった言葉遊びのセンスに、それら全てを打ち消して余りある2枚目の笑みはクローバー似──」

「あらまぁ、お父さん。オリバー君の笑みはリアの遺伝よ?」

 

そして、イレイナパパは刺すような妻の視線に冷や汗を流した。

「そ、そうだね。君の笑みはセシリアさん似だ!!」と大声で主張を始めることに何の意味があるのかは分からないが、イレイナパパの狼狽っぷりからヴィクトリカさんが何かしらを握っているのであろうということは理解できた。

イレイナさん家のパワーバランスは数年経った今でもヴィクトリカさん一強なのだろう。

そしてその血を色濃く継いだイレイナさんが家族を持つことで、その歴史は繰り返されると。

うーん、魔女旅!!(意味不)

 

「とにかく。今後とも、娘と仲良くしてやってくれ。何せあの子はまともな同年代の友人がオリバー君しか──」

「お父さん?」

「頼むぞオリバー君」

 

念押しされなくてもそのつもりっすよ。

というかさりげなくイレイナさんの友人事情暴露すんのやめたげて。

知らないと思うけど、イレイナさんはこの先沢山の現地妻量産すっから!!

猫アレルギーも克服して、アムネシアやアヴィリアと10年後くらいに故郷でまったり暮らすんだからっ!

ぐへへ……イレイナさんと、アムネシアと、アヴィリアが家族……赤い屋根の一軒家で、ペットが猫……!!

 

「ぐへへ……任せてください。俺が*5一生守ります!!」

「誰もそこまでしろとは言っていない!なんなんだ君は!!なんかもう怖いよ!!」

*6ラブラブです、うひひ」

「貴様ァ!!」

「ファッ!?」

 

これじゃ前回怒られた時と流れが同じじゃないか。

先程までのほっこりとした雰囲気は一瞬で消え失せ、激おこモードで俺というチャラ男を成敗しようと杖を右手に召喚し、掴むイレイナパパ。

しかし、その行為すらも自らの妻の視線によって中断させられると、1歩前に歩み寄ったヴィクトリカさんが笑みを見せ。その笑みと連動するようにイレイナパパは杖を引っ込めた。

かかあ天下かな?

 

「引越しの準備はできてる?」

「はい。お世話になった人が、同居を許してくれて……暫くはその人のお世話になろうと思います」

「あら……あの子にしては思い切ったわね」

「思い切ってます?」

「ええ、随分と」

 

ヴィクトリカさんは相も変わらず、ため息を吐いてしまう程のパーフェクトスマイル*7でそう言うと、同居を認めたシーラさんに対して「思い切った」という評価を下す。

そこまで思い切った行為なのかは分からないが、よくよく考えてみれば自分の部屋に1人住まわせるというのはそんなに簡単な話でもないんだよな。

シーラさんは「衣食住の世話はしてやる」という言葉を最後に残して俺の前から姿を消したけど、それだって今まで自分がかけていた生活費を更にかけなきゃいけないってことになるし、色んな事の手間が増えるだろうし……。

 

もしかしなくても俺って……めちゃくちゃ甘やかされてねぇか……!?

知らず知らずの内にとんでもねぇ迷惑行為に励んでねぇか……!?

 

「……ヴィクトリカさん、俺……なんか自分がダメ人間になっていく気がします」

「あら、今まで頑張ってきたんだし暫くダメになってもいいんじゃないかしら」

「比率が不味いような……!明らかに甘やかされる事の方が多いような……ッ!!」

「頑張る時と甘やかされる時の切り替えって大切よ?」

「いや比率ゥ!俺が言ってるの比率ゥ!!」

 

畜生魔法の勉強頑張るだけじゃダメだ!!

せめて家事手伝い、煙草パシリ、弟子自慢出来る位の実績残す位のことしねぇとシーラさんと同居することの割に合わねえ!!

料理を極めて「おっ、今日の晩飯美味いな!」って言わせたり、煙草が切れた時にタイミング良く替えの煙草を渡して「お、気が利くな」って言ってもらったり、誰よりも実績を残して「ふっ……実はコイツ、あたしの弟子なんだよ」ってドヤって貰うんじゃい!!

 

「やるぞ……!シーラさんの自慢に……!シーラさんが思わずドヤってしまう自慢の弟子になる!!」

「あらあら、もうとっくに自慢の弟子でしょうに」

「ダメッ……!そんな甘い言葉で誘惑しようとしても……ダメなものはダメッ……!!」

「徹底するところが本当にリアとそっくりね……」

 

ヴィクトリカさんを筆頭とした優しいおねーさま方からフォローされるのはオリバーという1人の人間の宿命なのかもしれないが、それに甘える訳にはいかない。

イレイナさん、ヴィクトリカさん、そしてシーラさん。またはイレイナパパ。

沢山の人達の誘惑に負けないように、俺は確固たる自立の決意を胸に秘めるのであった。

 

 

 

 

 

「お母さん。オリバーとセシリアさんってそんなに似ているんですか?」

「ええ、きっと……これからもっとそっくりになるんじゃないかしら」

「それは……良い事なんですか?」

「勿論よ。あなたを虜にするところとか、特に」

「あの、私はセシリアさんに虜にされているわけではないのですが」

「……くすくす」

「なんですかその意味深な笑み」

 

 

 

*1
原作6巻に登場する競箒ガール。かわいい。

*2
原作7巻に登場する魔女(自称)。かわいい

*3
女神天使、アムリエル

*4
人生1.2位を争うニコリとした笑み

*5
イレイナさんと現地妻候補生の未来を

*6
イレイナさんと現地妻たちの仲が

*7
隙の欠片もないニコリとした笑みの訳



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25話「また逢いましょうと、あなたは微笑んだ」下

これにて2章完結です!ここまで閲覧いただいた皆様、本当にありがとうございました!!
プロットと運に恵まれたら、また会いましょう!


 

 

 

 

 

 

 

 

誕生日に於いて、最も一般的なイベントはご馳走とプレゼントである。

日常的な食事とは一線を画した特別なメニュー。普段からは考えられない好きなものを買い与えてくれるプレゼント。

普段の生活からは有り得ないような至れり尽くせりの非日常は、誕生日という特別な日を更に特別なものにする。

そして、今日──誕生日を迎えた俺は、魔法統括協会の試験に合格したお祝いを兼ねてイレイナさん一家に盛大に祝われている。

美味しいご飯に、プレゼント。そして、お祝いの言葉。

それらを企画することなく、待ち構えて受けに回った俺は──単刀直入に言おう、めっちゃ舞い上がっていた。

 

「イレイナさんの作った……シチュー!!イレイナさんがくれた……山吹色のネクタイ!!」

「はあ」

「嬉しい!家宝にするね!!」

「シチューまで家宝にしないでください。というか貴方、これで家宝何個目ですか」

 

シチューなんて家宝に出来るはずも無いのに、勢いで発してしまったのは俺自身の気持ちが舞い上がり、浮ついている証左となり得る。

そして、それ以上に俺の心を支配したのは非日常による高揚感。そして、イレイナさん一家に祝われ、誕生日という特別な一日を大切にしてくれているという事実から織り成す圧倒的なまでの幸福感。

 

「見境なく家宝にするのやめてくださいって何回も言ったような気がするんですが……」

「あっはっは、馬鹿だなぁイレイナは。俺がキミのプレゼントを家宝にしない訳がないだろ?」

「あ、すいませんこっちに来ないでください」

「ソーシャルディスタンスかな?」

 

はっきり言って、幸せだ。

ソーシャルディスタンスされてるしガチのマジでやべーやつ認定されているけど、とっても幸せなんだ!

 

「僕の娘を誑かすなんて10年早いんだよ、良い度胸してるじゃないかオリバー君……キミはアレか、俗に言うチャラ男なのか。どうなんだ、えぇ……?」

「あらあら、お父さんったら。声が小さすぎて呪詛になっているわよ?」

 

……うん、シチュー美味しい!

 

 

 

 

 

 

「さて、オリバー君。誕生日を迎えるにあたって私からもプレゼントがあるの」

「え?」

 

それは、食後の紅茶を飲んでいる時の話だった。

イレイナが作ってくれたシチューを筆頭とした様々な料理に舌鼓を打ち、堪能した俺はこれからのことや、将来的な目標やらをイレイナと駄弁りながら誕生日パーティの余韻を味わっていた。

その中で唐突に発せられたヴィクトリカさんの一言。

勿論、驚かない筈がなく──俺は若干目を見開いているであろう表情で、ヴィクトリカさんに問いかけた。

 

「ヴィクトリカさんのプレゼント……ですか?」

「ええ。渡すべきかどうか迷ったけれど……オリバー君の門出だもの。私からも普段から頑張っているあなたに物を贈らせて欲しいの」

「あ……ありがとうございます。ありがたく頂戴、いたします」

「うふふ、そんなに構えなくても大丈夫。ごくありふれた高くも安くもないプレゼントだから」

 

既に用意されているであろう物を受け取らないという不義理を犯す程、俺は薄情にはなれない。

とはいえ、用意してもらった。してくれたことに対する感謝と申し訳なさが入り交じった複雑な感情も勿論あるわけで。

それらの気持ちが複雑に作用したからか、何故か畏まった言い方になってしまった所をヴィクトリカさんにクスッと笑われてしまう。

くっ、顔が赤くなっているのが自分でも分かる……!恥ずかしいぞ、顔から火が出そうだぞ……!!

 

「はい、お誕生日おめでとう。ほんの気持ちだけど受け取って」

「あ、ありがとうございます……ん、これって……ナイフ?」

「そう、ただのナイフよ。それから、ナイフ入れ……これは腿につけておくと良いわ」

「わ、良さそうなナイフ入れ……これ、本当に貰っていいんですか?」

「魔法使いが杖を取り上げられてしまえば、魔法を撃つことは出来ない。その時にこのナイフを使って頂戴。護身用としてはしっかり機能するから」

「はいっ」

 

ヴィクトリカさんから差し出された鞘に収まったナイフ。

俺はナイフ使いではないため、使う機会は恐らく少ないだろうが有難いものは有難い。

今後、どのような危機に陥るか不明瞭な状況下で腿に括り付けたナイフが命を救う一助になることだってあるだろう。

護身用としてこのようなプレゼントを贈ってくれたヴィクトリカさんの真心の暖かさが伝わるような、そのような一時だった──

 

「……受け取ったわね?」

「え」

「それじゃあ、魔法のお仕事をするオリバー君に3つ。守って欲しい約束があるの」

「約束……?」

「そう、約束。……対価はしっかり払ってくれるわよね?」

「ひぃ」

 

ひどい。

対価がなくたってしっかり聞くのにプレゼントで俺を釣ったんですねヴィクトリカさん。

人生で初めてあなたをひどいと思いました。後でシーラさんとフラン先生に言いふらすのでそこんとこよろしくお願いします。

 

まあ、冗談は置いといて。

 

「対価なんてなくたって聞きます」

「本当に?もしかしたらとんでもない要求をされる可能性も……」

「ないです。ヴィクトリカさんですし」

 

俺はヴィクトリカさんが今まで俺という奴にどんなことをしてくれていたのかを振り返れば、決まって思い浮かぶのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

動機、目標、人間関係。

迷った時には決まってヴィクトリカさんが助け舟を出し、導いてくれた。

そんな人が今更、こんなところで()()()()()()()()をするようには到底思えないんだよな。

だから俺は真っ直ぐ前を見て、笑みを見せる。

その笑みがヴィクトリカさんの事を試すような挑戦的な笑みだとしたら、それはご愛嬌だ。

 

「今も、昔も、これからも。ヴィクトリカさんは優しい人です。そんな人を疑うほど、俺ってひねくれた性格してないですよ」

「……そっか」

「ええ、そうなんです」

 

──ああ、やっぱり優しいな。

家族でもない俺に、そんな約束を課してくれるということからも──やっぱりヴィクトリカさんは優しい人だと思う。

勿論現実に対してかなりシビアな所もあるけれど、2人の弟子が今でも彼女を慕っているということは彼女の意思表示、選択の根底に『優しさ』が内在しているんだ。

 

「──なら、1つ目」

「はい」

「対価分の報酬はちゃんと貰うこと。報酬は貴方の時間と引き換えに苦労した分、貰うことのできる権利なの。だから報酬はしっかり貰いなさい」

「……はい」

「そして、その約束を破る人間には容赦なく鉄槌を下すこと。あわよくば様々な観点から追加分の報酬をせしめること」

「前半は兎も角後半は……あっはい。分かりました、身命を賭して鉄槌を下します」

 

まんまヴィクトリカさんじゃん。

いや、確かに処世術として大切なとこあるけどね?

それでも……いや、はい。分かりました。ヴィクトリカさんが言うんだ、きっと必要なことだから──約束破りには針千本ってことっすね!

金が貰えるならOKです!

 

「2つ、貴方自身が辛い思いをした時は、ちゃんと友達や仲間、師匠を頼ること。オリバー君は『孤独』じゃないということを認識すること」

「……はい」

「苦しくて死にそうだったら逃げても良い。その時はいつでもロベッタに帰ってらっしゃい。リア……貴方のお母さんと一緒に格別な料理をご馳走するわ」

「ははっ、分かりました」

 

それは……うん。初めから分かっているとも。

というか、そんな風にさせてくれないと思う。

シーラさんもいるし、フラン先生もいる。何よりイレイナとの確約があって、それぞれの家族がいて──おまけに沢山の登場人物がいて。

そんな世界に放り込まれた時点で、孤独になれるなんて思っていない。

寧ろ、これからきっと呆れるくらい楽しい生活が始まる。

そんな予感が、痛いほどにするんだ。

 

「3つ。いつか、ちゃんと帰ってきて貴方のお母さんに元気な姿を見せること。そして、私達にも元気なオリバー君を見せること」

「……」

「以上3つ、ちゃんと守ってくれる?」

「……はい。ちゃんと守ります。そんでもって、いつかちゃんと、カッコイイ魔法使いになってみせます」

 

どちゃクソラッキースケベなハーレム生活。

それは今も俺の胸の中で燻り続け、生きる上での指針の1つとしてしぶとく心に残り続けている。

その上で、俺は多くの人と関わることによって魔法を学び、魔法を使った仕事に就きたいと思い至り、魔法統括協会で仕事をしたいと願い、叶えた。

叶えるまでの過程で、多くの目標も生まれた。

親友と再会すること。

先生の自慢の弟子になること。

そして──

 

「ヴィクトリカさん」

「?」

「俺、今……胸を張って夢を言うことが出来ます」

「──オリバー君」

 

イレイナさんに逢う前から、約束していたこと。

どんな動機でも胸を張って頑張れる目標や夢を見つけること。

この目標は、約束は。

 

「笑わないで聞いてくれますか?」

 

10年経っても、いつまでも。

絶対に忘れることの無く生き続けている、俺の最初の夢だ。

 

 

 

 

 

 

「勿論よ」

 

 

 

 

 

 

縁も酣という言葉があるのなら、この状況を言うのだろう。

誕生日&魔法統括協会合格パーティも良い時間となり、終了。

明日になれば、シーラさんの迎えが来たら関所を出て、この国を飛び出す。

国名通りの平和国とも、明日になればお別れだ。

 

「ご馳走様でした」

「お粗末様でした」

 

そして、ロベッタとの別れと同時にこの子とも一時的ではあるが別れることになる。

天才魔法少女、イレイナ。

小さい頃からの付き合いで、何をするにも一緒ではなかったが親友と呼べるだけの付き合いをしてきた。

魔法の勉強だって一緒に頑張った。炎魔法で家を燃やしかけた時は一緒になって謝ったし、俺が氷魔法で平原を凍土にしてしまった時は母さんに尻叩きされている場面の立会人をしてもらった。

ヒリついた臀部を母さん得意の時間逆転の魔法で治して貰っている際の人をおちょくったような笑顔は死んでも忘れない。

あの時ほど炎魔法で家を燃やしかけた時に「放火魔レナちゃん」呼びでおちょくろうとしなかった事を後悔した日はなかったからな。

 

「えと、イレイナさん」

「はい」

「何度もになっちゃうけど……ありがとう。多分今日のことは嬉しくて、1番幸せで……うん、絶対忘れられないと思う」

 

ともあれ。

誕生日パーティも終わり、後は1人で家に帰るだけだった俺はイレイナさん家の玄関前で、彼女との最後になるであろう時間を会話で潰していた。

明日は早朝からの出立になるであろうし、そもそもの話イレイナさんも俺も最後まで一緒にいようだなんてハナっから思っちゃいない。

立つ鳥跡を濁さず。

別れの類は旅立つ前日に済ませ、思い残すことなく発つことが俺にとっての()()()だったから。

故に俺は、この一時をイレイナさんとの最後の時間と銘打つ。

この先、手紙のやり取りこそ可能であろうが、数年は会うことが出来まい。今のうちに言いたいことは言おうと、先ずはお礼から入った。

今日の分と今までの分を含めた最大限のお礼を、言葉で伝えたんだ。

 

「けど、急にどうして?イレイナさん、どちらかというとサプライズとかプレゼントとか、そういうの苦手でしょ?」

「今までその行為を平然としでかしてきた張本人がそれを言いますか」

「はっはっは……いや、マジですみません……」

 

そして、クールな俺は謝罪することも忘れません。

一流のエージェントは頭を下げるタイミングも誤らないのですよってことで、俺はイレイナさんの目の前でスライディング&土下座。

イレイナさんの凍えるような視線が後頭部に突き刺さるぜ。

 

「……まあ、そうですね。強いて言うのなら……意趣返し返し返しみたいなものです」

「い、意趣返し返し返し……」

「殺られっぱなしは性に合わないので。後、もう土下座やめてください」

 

イレイナさんにそう言われて、土下座を解除し立ち上がる。

いやー、それにしても今日のアレは誕生日前夜祭のリベンジだったワケですね。どうりで目隠しされましたし、縄で縛られたし、背中押されましたし、サプライズでしたし!

あまりの急転直下に喜びより困惑の気持ちが勝った一時だったが、当時のイレイナさんもそんな気持ちだったのだろうか。

いやはや、サプライズも考えものだな。

下手したら機嫌を損ねて帰っちゃう可能性だってある訳ですし。

 

「元々、サプライズやプレゼントは苦手です。印象深い出来事程、別れた時に思い出す苦しみが強くなりますし」

「あっ、すいません。毎年プレゼントしちゃってました……」

「今更ですね。印象深い出来事として刻み込まれているのでもう無理です、謝られても許せません」

「友情が壊れちゃう!」

「えーそーですねー。バッキバキに壊れちゃいますねー」

 

抑揚のない棒読みでそう言ってのけるイレイナさんの目の前で、軽く苦笑してみせる。

やっぱり嫌だったんですね。まあ万物の好みは人それぞれだから仕方ない話でもあるんだけどな。

それでも、俺がしでかした行為を後悔することは無い。

何故かって、俺がしたくてしたことだから。

あの日、誕生日を迎えそうになったイレイナさんに何かをしてあげたくなった気持ちや、毎年のように何か贈りたいっていう気持ちに嘘はつけない。やりたいと思ってやった事を後悔することもないしな。

 

「バキバキに壊れたって別にいいかな」

「地味に喧嘩売ってます?」

「いや?それを修復できるチャンスまで失ったってワケじゃないし」

 

それに。

もし、俺の失態で友情にヒビが入るようなことがあるのなら死ぬ気で修復してみせるし、信用を取り戻してみせるさ。

たった一度の失態で終わる友情なら、俺とイレイナさんはとっくのとうに終わっている。それでも今、ここで俺とイレイナさんが話しているということはイレイナさんが俺の事を見捨てないでくれて、その度に俺が信頼を何とか取り戻してきたからだと──多分、思う。

だから、壊れてしまっても絶望はしない。

どれだけ怒られても、呆れられても、()()()()()過去は何一つないから。

だから俺は、何度だってイレイナさんのことを()()()()いられるんだ。

 

「俺、結構執拗いんだよ。キミに纏わる何もかも、諦めるつもりは微塵もないから今後ともよろしくどうぞ」

「なるほど、つまりチャンス乞食ってことですか。プライドもへったくれもありませんね……」

「ですよねカッコつけましたすいません!お願いします!修復するチャンスを、何卒……!!」

「えぇ……」

 

とは言っても毎回めちゃくちゃビビっているんですけどね。

前夜祭とか特に。そういう文化あんのかとも思ったし、途中退室された日には後日軽く死ねるし。

後は……まあ、色々あったなぁ。実家に火ィ付けた時のヴィクトリカさんガチで怖かったなぁ……なんて事を考えながら、先程の調子乗りを謝罪していると不意にイレイナさんが優しく微笑む。

その笑顔に「はて、何か面白いことでもしたか?僕またなにかやっちゃいましたか?」なんて、これまたいつものように思考を巡らせていると、イレイナさんはその表情のまま、言葉を紡ぐ。

 

「──楽しかったですよ、それでも」

「え」

「あなたやセシリアさん、クローバーさんと過ごす一時は本当に楽しく、筆舌に尽くし難いものでした。出来ることならまた祝われたい、何度でもやり直したいと思える程に」

「……そんなに?」

 

困惑と迷惑しかかけてないと思ってた。

故に発した一言にイレイナはニコリと擬音が付くような笑みで返す。

もう言葉は要らない。

これは「当たり前です」の訳だ。自称イレイナさんの表情翻訳機の俺なら分かる、ハズだ。

 

「だからこそ、私はオリバーにその気持ちを味わって欲しかったわけです。筆舌に尽くし難い、幸福感に満ち溢れた一時を」

「イレイナさん……」

「例えそれが私にとっての苦手なものだとしても──あなたとなら良いかな、と。なんとなく、そう思いました」

「……」

「これがあなたの質問に対する答えです。……楽しんで頂けましたか?」

 

イレイナさんの言葉は、俺の心を揺さぶるような魅力的な内容でズバズバとツボを突いていく。

きっと本人は意識なんて微塵もしてないし、自覚すらないと思う。詰まることなく話す様が確たる証拠であり、彼女の会話の一つ一つに緊張や懊悩、虚言の類は感じない。

だからこそ、俺の心を強く打つ。

詰まることなく、飾ることなく、噛み砕くように言葉を紡ぐイレイナさんの言葉だからこそ、嘘じゃないんだなぁと思える。

信じたいと思う。

何があっても、この子だけには嘘をつきたくないなって思う。

 

そして、その想いが確約に対する信念に繋がっていくんだ。

 

「しあわせだ」

「……随分と晴れやかな笑みですね。そこまで楽しかったですか?」

「……」

「あ、はい。わかりました。では……まあ、そういうことにしておきます」

 

楽しかったよ。

嘘じゃないし、()()()()()()()()

イレイナと過ごす日々は、いつだって彩りに満ち溢れていて。

その彩りは、何時だって俺に幸福を与えてくれて。

言葉なんて飾る暇もなく、()()()()()()()()()()と直感がそう言った。

だから、魔法の道を極めたその先で逢うってそう言った。

絶対に叶えたいって、本当にそう思ったんだ。

 

──けどさ、そんなこと言っちゃったら引かれちゃうでしょ!?

このばか!なーにが()()()()()()()()()()だ!!

己は乳離れできない赤ちゃんハムスターか!?そういうのが許されるのは精々5歳児までなんじゃい!!

後、言葉が長すぎな!多くを語りすぎてるんだよな!

長すぎて欠伸しちゃう位に言葉が長すぎなので、ここは心を鬼にして短い言葉と、最大限のクソザコスマイルで語ろうと思います。

良い男は短文と笑顔で語るってね!

正直消化不良感は否めないけど、言葉に詰まるくらいならええかなぁって。

 

「それなら良かったです」

「うん」

「まあ……多少は緊張しましたけど、人をおちょくる気持ちを味わう事が出来たのは収穫ですね。今後の糧にします」

 

ええかなぁって。

 

「では、そろそろお開きにしましょうか」

「……」

「夜道に気を付けてくださいね。後、身体にも。自分のことを大切にしてあげてください」

「……うん」

「──それでは」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、思ったんだけどな。

 

「──()()

「……」

「聞こえなかったか?レナと、そう言ったんだ」

 

背を向けたイレイナさんの足が止まり、壊れたブリキ人形のように首を捻り、こちらを向く。

いつか、どこかの、大切な記憶。

更にその記憶の中からほじくり出した、ある日のこと。

俺とイレイナさんは小さい頃に、()()()()()()()()()()()()()()()

顔から火が出るような経験だったけど、楽しかった思い出だ。

ずっと大切にしたい、俺の大切な記憶だ。

 

「……あの、それやめてください」

「なんで?」

「なんで、って……いいですからっ、それ……やめてください」

「なら、レナも呼べばいい」

「……後悔しても知りませんよ、私がこの名前を呼んで赤面しても私は延々とあなたを弄びますし、それこそ10年後のあなたに大切な人が出来たとして、私はそれを──」

「そういうのいいから。怖気付いてないで言えよ、かわいいな」

「……!」

 

殺られたら、殺り返せ。

そうやって今まで日々を過ごしてきて、今更贈られっぱなしなんて無理だ。何時だって俺は果敢に彼女に挑み、戦い、負けてきただろう?

なら、殺るべきだ。

最大限の敬意と、希望と、愛を以て。

あなたに気持ちをぶつけるべきなんだ。

 

「……ル」

「?」

「……()()

 

イレイナの綺麗な、それでいて淡々とした声が渾名を告げる。

新手の羞恥プレイのような、合法のような何か。

その何かがぶつけられたことに、何故かニタついてしまう俺。

その理由は──懐かしいんだ、過去が。

そんな過去を覚えていたことに、笑いが止まらないんだと思う。

 

「……うん。……ははっ、人1人殺しそうな目つき。そんなに嫌だった?」

「人の黒歴史を弄ぶ立場は随分愉快なんでしょうね」

「俺はイレイナさんをレナって呼んだことを黒歴史だなんて思わないけどなぁ」

「そりゃあそうでしょう。あなたの感性捻じ曲がってますし」

「さりげなくひどくない?」

 

けど、そんな過去は当たり前のように記憶の中から薄れていく。

どれだけ大切な事だとしても、脳の脆弱性を物語るかのように俺の頭の中から過去は薄れ、消えていく。

だってもう、前世の物心ついた時のことなんて覚えてないんだぜ?

10年後に見た月のことも、その10年後には忘れているかもしれない。

そう考えると過去って貴重だ。

何にも変え難い、人によって違いのある貴重なものなんだってつくづく思う。

 

「色々あったね。寝てた俺に肩貸してくれたり、隣で勉強教えてくれたり、手取り足取り魔法を教えてくれたり……うひひ」

「あの、さっきから記憶が限定的な仕事しかしていないような……」

「それほど印象深い出来事だった……正味イレイナさんの香りはいつも良い香りだった……」

「うわぁ……」

 

だから。

だからこそ。

俺は──

 

「レナ」

「……?」

「俺、大切にするから」

 

誰よりも大切で、親友で、どうでもよくない()()()()と過ごした甘く、優しく、美しい日々。

この数年間と、これから生まれる過去を、大切にしていきたい。

これから先も、自分の過去を貴重で、かけがえのないもので満たしていきたい。

あなたと、日々を刻んでいきたい。

そして、生まれた過去を大切にしていきたいんだ。

 

「あなたと過ごした日々も、名前を呼び合ったことも、渾名で巫山戯あったことも、魔法で競い合ったことも」

「……」

「確約も」

「……それは」

「だから、これから先も信じて欲しい。大切にするって言った、これからの俺のこと」

 

勿論、自分が今までどれだけの変態的行為を繰り返してきたかは分かっている。

過去にはイレイナサンアイシテルー!を連発したし、色んな妄想も展開した。

不誠実も時にはやらかしたし、信用を失うような行為もしたかもしれない。

それで信じて欲しいって、それはあまりにも都合の良いことだって分かっている。

それでも、大切にしたいって気持ちは本物だ。

いつかの日にヴィクトリカさんが言っていたことじゃないけど、頭の片隅どころか、脳内全てイレイナさんとの思い出で埋めつくしていきたい。

あなたとこれから過ごす日々を、もっと濃密なものに。

それだけで多分──俺は日常を楽しむことができるから。

 

「そうですか」

「ひぃ」

「言いたいことはそれだけですか?」

「それだけでしゅ……」

 

ただ、それにはイレイナさんの力が必要不可欠だ。

幾ら俺が信じて欲しいと願っても、彼女の了承がなければそれは完全な一方通行。

とはいえ、想いなんてものは伝えなければ意味がない。伝えてこそナンボだと思っている節があり、故に俺はイレイナさんに信じて欲しいと言葉をぶつけたのだが、肝心の彼女は怒り心頭。

嗚呼、やっぱりあだ名呼びはアカンかったかー……と思いながら空を見上げて哀愁に耽っていると、イレイナさんはいつの間にか俺の目の前に来ていて。

 

「でしたら。私が返すべき言葉は──これですね」

 

俺の頭を両手で掴み。

今まで見たことないような優しい笑みで。

 

「なら、また逢いましょう」

 

気付けば俺は、彼女に引き寄せられていた。

瞬間的に感じたのは、少し前に彼女と平原で談笑した時と同じ、花の良い香り。

何処か甘えてしまいたくなるような優しい香りは、俺の理性をガリガリ削り、もう少しここに居たい、イレイナさんとずっと一緒にいたいという思いを何度も甦らせる。

今更ながら、卑怯だと思う。

普段からツンツンツンツンしてる癖に……本当に卑怯な奴で、ケチで、守銭奴で……

 

「しゅき……」

「聞こえませんね、えぇ」

「え、嘘でしょこんな至近距離で……」

 

言うが否や、抱き締める力を強くされる。

いや、どちらかというとご褒美っちゃご褒美なんですけどぉ……ほら、いい香りするし、女の子特有の柔らかい感触もしっかりするし。

こんな状況下で邪なこと考えるなって言う方が無茶って話で、抱き締め返さないだけ紳士って思って欲しい。

友情のハグとか俺らの教科書にないから。*1

ハグは彼女とするものだから。*2

 

「無性に絞めたくなりました」

「エスパーかな?」

「あ、すいません少し黙ってください」

 

おふざけムードが一転。

俺の頭を右手で撫で始めたイレイナさんが、続ける。

 

「貴方が信じて欲しいというのなら、そうします。だから──1度交わしたものを、しっかり守りに来てください」

「はい」

「……大体、今も昔も、これからもずっと信じてます。あなたのような人でも、良いところは沢山ありますし──私のことを大切にしてくれる貴方を信じない道理はないでしょう」

「……イレイナさん」

「信じているからこそ、こんなことを言うのもするのも貴方だけです」

 

「小っ恥ずかしくてやってられませんよ」と、イレイナさんが抱き締める力を強める。

しかし貧弱なイレイナさんの両腕では俺の身体に痛みなど植え付けることはできず、与えられるのはやわっこい感触のみ。

役得なんだよなぁ。

けど言ったらブチ切れ案件だろうし、もう二度として貰えないだろう。

俺としてはそれはNGだ。

時にハグもしてもらいたいので、ここはグッと堪えて前を見る。

するとそこには、至近距離で俺を見る世界一の美少女幼馴染の姿。

 

理性の準備は出来ているか?

俺はぶっ壊れた。

 

「ただ、確約したことを破ったとなれば話は別です。これから先も信じて欲しければ迎えに来てください、あなたが」

「首絞めた奴の言う事ですかねそれが……」

「ええ。出世街道の流れに乗りまくって大体4年後くらいですかね……信じていますよ、ノル?」

「ハードル高いな!?」

「冗談です。自分の時間が持てるようになった時でいいですから、身体には気を付けてください」

 

超絶至近距離の超絶美少女幼馴染が超絶可愛らしい表情で超絶難易度高い要求をして、俺の心臓が超絶跳ねた件はともかく。

4年以内っていうのはちょいと……いや、そこそこハードルが高いと思う。

いくら前世を生きており、魔女旅オタクで、そこそこ魔法も使えところで新人であるというのには変わりがないため、魔法統括協会1〜4年目は相当厳しいものになると見ている。

講習だって受けなきゃならんし、何よりシーラさんが誇れる俺になるっていうもうひとつの夢のために一生懸命勉強も魔法の修練も行わなければならない。

それを反故にするワケにはいかないし、4年以内は厳しい。

 

 

 

──厳しい、けどさ。

 

「分かった、4年だな?」

「え」

 

けど、うん。

世話になったイレイナさんの願いなら、守らない訳には行かないな。

だって、そうだろう?

俺にとってのイレイナさんは最高の親友で。

かけがえのない最高の幼馴染で。

誰よりも大切な、()()()()()()()()()なんだからさ。

 

「分かった、絶対に……4年で迎えに行くよ!その上で1人前にもなって、シーラさんの自慢になってみせる!!」

「気持ちだけで十分です」

「そして俺はイレイナをお姫様抱っこで辱める!!」

「あ、はい。マジで気持ちだけで結構です」

「親友のピンチに颯爽と現れる幼馴染さ。惚れるだろ?さあ、恐れ慄けイレイナさんや」

「私がいつ、どこで、どのような状況で姫抱きされるような窮地に陥って報酬に膝枕をしなきゃ行けなくなるんですか、馬鹿なんですか?」

 

太陽と月が何度も入れ替わり、月日は流れていく。

その不変の理の中で、俺とイレイナが逢える日がいつやってくるのかは、正直な所全くわからない。

もしかしたら確約を守ることが出来ずフラン先生諸々を含めた現地妻達にボコられるかもしれないし、どっかの街で首チョンパされる可能性だってある。

下手な事件に片足突っ込んで病気で昇天とかフツーに有り得るし、もしかしたら記憶を消される可能性すら有り得る。

 

けど、何故か確信が持てた。

きっと、すぐ逢えるって。

そう遠くない将来、彼女を理想のシチュエーションで辱めることができるって。

2人旅ができるって。

何より、確約したことを守ることができるって。

 

「ほう、なら賭けるか?」

「出逢った初日の晩御飯で手を打ちましょう」

 

その理由は多分。

イレイナが俺を抱き締めてくれたから、なのかもしれない。

 

 

 

 

 

*1
無知

*2
偏見




次章2人旅編です。
魔女旅2期はよ。


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常に女性が近くにいる黒衣の死神さん

原作でいうとぶどうふみふみの話から切り裂き魔の中間に書かれた日記。


 

 

 

唐突ですが、私には親友と呼べる存在がいます。

山吹色の髪に中性的な顔。そして、それらが織り成す柔らかな雰囲気と笑顔は彼の髪色である山吹の花のように綺麗な──そんな魔法使いさんです。

 

幼少の頃から本を読むことが好きだった私は、同年代の友達というものを大して作らない傾向にありました。家に帰れば、待っているのはお母さんから買ってもらった本の数々に当時から大好きだった物語である『ニケの冒険譚』。

生まれてこの方趣味に悩まされることのなく、趣味を謳歌していたからでしょう。当時の私は、友達というものに大した関心がなかったのです。

 

そんなコミュ障路線まっしぐらな状況を心配したお母さんの紹介により出会ったのが、その親友でした。

当時から短く切られた髪は風により靡き、私の呼びかけに応じて振り向いた時に見えた碧眼は吸い込まれるように綺麗で、それらが織り成す美しさに思わず言葉を失いそうになったのは、ここだけの話です。

 

ともあれ、そのような出逢いから紆余曲折を経て1つの確約をするにまで至った私達は今日までそれぞれの目標と、確約の内容である1つのゴールに向かって歩いていきました。

その過程で、私は『灰の魔女』として自由に空を翔ける魔女に。

そして、親友は──

 

『おい、聞いたか?最近ここで起きた窃盗団の事件、あの『黒衣の死神』が1日で沈静化させたらしいぞ』

『ああ、アイツだろ?山吹の髪のやべーやつ‥‥‥依頼先の街の可愛い子たちが百合ってると悶え始める特殊性癖で有名な‥‥‥』

『そうそう、この前は()()()()と一緒に潜入捜査してて‥‥‥』

 

魔法統括協会内部では名前の知らない者はいない『黒衣の死神』として、様々な人を助ける魔導士となっていました。

今、私が滞在しているこの街でも少し前に大規模な窃盗事件があったらしく。その手口は相手の気を失わせる精神干渉系の魔法を使った卑劣非道なものだったと聞きます。

そのような事件の主犯である窃盗団を黒衣の死神と呼ばれた親友は、僅か半日で壊滅状態に陥れ事件を沈静化させてしまったのです。

 

因みに報酬はキッチリ貰ったようで、お母さんの約束をしっかりと守っていることに安堵しつつ、私は行先の宿屋で紅茶を啜ります。

 

「……」

 

なんというか。

些か悔しさも抱きつつ、それでいて嬉しさも存在する複雑な心境と言えば少しは言葉になるのでしょうか。片や様々な人を救い、依頼を颯爽と解決する『黒衣の死神』さん。片や住所不定の、良いことも悪いことも等しく手を出す『灰の魔女』。どちらが立派な人かと問われれば間違いなく黒衣の死神さんだという答えが出るでしょう。

当たり前です。彼は死神なんて大層な渾名を付けられても己の信念を曲げず、どんな時でも助けられる人を助けてきました。そのような人に私が立派か、そうでないかの対決で勝利を収めることなど叶う筈がありません。

本当に複雑な心境です。

やってらんねーですよ。

 

「……灰より煤がいいって話ですか」

「イレイナ様、紅茶のお代わりは……」

「ください」

 

そんな彼ですが、実の所私が滞在しているこの街のみならず、かつて私が滞在したことのある国や街でも多くの事件を沈静化させてきた実績を持っています。とある日は、花の咲き誇る街の近くに蔓延る生気を養分とする花畑にて、養分となりかけていた女性を助け、元凶を摩訶不思議な魔法で抑えることで街の人々の安全を確保したらしく。

成り行きでこの街に滞在し、不意に話しかけてきた女性に招待された大きな家にて、彼女の兄からその話を聞いた私は、それはもう久しく聞いたその名前に大層驚いた記憶があります。

 

『随分前にアルテミシアを助けて貰ってな‥‥‥まあ、感謝しているよ。あの男には』

『はあ、そうですか』

『それはそうと、最近アルテミシアが紫のライラックばかり見つめてため息を吐いているんだが、心当たりはないか?』

『自分で調べてくださいシスコンさん』

 

蛇足ですが彼は花畑の危険を摘むついでにアルテミシアさんが本格的な兄離れを起こすきっかけを作ってしまったらしいです。

何してんですかね、あの人。

 

また、とある日は亜人の子どもを襲って売り飛ばそうとする人達を返り討ちにして、逆に警察に突き出したらしく。これは親友の独断専行ではなく、親友の師匠である人の弟子──つまりは妹弟子にあたる人と行ったのですが、非常に危ない橋を渡った出来事であったと獣人の2人は語っていました。

燃え盛る火の中で助けた子ども達が見たのは間一髪で短刀から少女を守った紫髪の少女と、ナイフを持つ数人の男に相対し『この姉妹を愛する心ナッシングかよッ!!』と憤る山吹の髪の魔導士さん。

 

『……あるわけないでしょう、こんな人達に』と睨みを利かせる魔女の方を尻目に得意の魔力の弾丸を打ち据え敵を無力化した親友は、2人の顔を見ると優しく笑いかけます。

 

『もう大丈夫、非番だが俺たちは魔法のお巡りさん。後は俺達に‥‥‥いや、石蒜のおねーちゃんにお任せだな!』

『責任を擦り付けないでください。2人で背負って然るべき尊い命でしょう』

『ごめんなさい』

 

なんて、傍から見れば『あなた達熟年のコンビですかそうですか』と言いたくなってしまうような会話を繰り広げつつ、結果的に2人の子どもの命を救ってしまった2人。

流石だと認めざるを得ないのは、その後のアフターフォローに終始徹底し、2人の居場所を確実に作り上げたということでしょうか。

現に今、ふらりと立ち寄った民家で採れたての料理を頂いた私はその()()()()()()()()()()姿()をしっかり目に焼き付けているのですから。

 

『私たちね、オリバーさんと紫の魔法使いさんに助けてもらったの!!』

『そうなんですか』

『でね、ミリーナがね!オリバーさんのこと──』

『え、エリーゼ!やめてよっ!!』

 

それはそうと、どうやら『黒衣の死神』なんて大層で聞いた本人が赤面しそうなあだ名を付けられた親友は、以前吹聴していたうんたらかんたらなハーレム生活とやらを謳歌しているみたいです。

良かったですね、ハーレムさん。

 

「……1人より複数がいいって話ですか、現地妻量産機さん」

「どのお口が……ではなく、イレイナ様。紙が皺になってますよ」

 

それからしばらくした後、私は門兵さん曰く領地に入ってしまった瞬間に誰だろうと嘘を付けない正直な身体にされてしまうおかしな国でとある魔女に出会いました。

その魔女の名前はサヤさん。私の魔女名と似たり寄ったりの『炭』の魔女名を師匠から授かった彼女は、初めて出会った日と同じように私にくっついて、べたべたしてきます。

それでも、あの時の依存度の高かった頼りなさげな彼女とは見違え、魔法統括協会のエージェントとして旅をしながら仕事をする立派な人として──または、エイヘミアさんの依頼を共に解決する良き相棒として、私の隣に立ち、飽きることなく話題を提供します。

その際にサヤさんから伝えられたのは、なんと彼女がオリバーの後輩であり、師匠であるシーラさんが急用の際に行われる彼の講義を姉妹共々受けたという話でした。

 

『ぼくのセンパイ、オリバーさんなんですよ!』

『──え』

『いやもう、普通ならじょーげ関係とか色々あるんですけどオリバーさんにはそういうのなくて楽でしたし、何より学ぶべきものが多くてタメになることばかりでした』

『……あ、えと。はい』

『流石イレイナさんイチオシの親友さんですね!ちょっとおばかな所はありますけど、いっしょに居て苦にならないっていうか……落ち着くんです!』

『……良かったですね』

『え?』

 

正直驚きました。

世間は狭いと思いましたし、何よりオリバーと共に鍛錬、日常生活の数時間を過ごす彼女を何処か羨ましくも思いましたし、その話の中で出てきたモニカさんという少女がオリバーを徹底マークし、彼の薫陶を受けているということを知り、何故かむかっときたり、こなかったり。

しかし、私も大人です。

一時の感情をサヤさんにぶつけるほど子どもでもありませんし、それがきっかけでオリバーの交友関係に淀みが生じてしまえば、彼の足を私が引っ張ることになってしまいます。

そうならないためにも、私は大人で在り続けたのです。

 

『彼は嫌がらせや強要の類をしません。時々女の人に困ったことをする人ですが、これからも信頼してあげてください』

『やだなー、ぼくもミナもオリバーさんのことは信頼してますし、師匠と同じくらい大好きですよ!』

『……大好き、ですと?』

『もちろん、イレイナさんには負けますけどね!なんていったってぼくはイレイナさんのことを──』

 

勿論、サヤさんは頼もしかったですしサヤさんと出会ったこと自体が喜ばしいものでした。何せ、このようなしがない旅人である私を慕ってくれるような人です。

彼女のべったり具合に鬱陶しいと思うことはあれど、嫌うなんてことは有り得ません。

それでも、思ってしまうわけです。

サヤさんの近い距離感。

溌剌とした笑み。

このように日記を書き綴る時に不意に視界に入ってしまう幾多の贈り物。

それを見た時に、ふと。

考えてはいけない、霞のような感情を。

 

……勿論、事細かには書きませんよ?

書かないんですけど、そういう気持ちに至ってしまうということだけでも綴らないと気持ちの整理がつきそうにありません。

なので、端的に書かせていただきましょう。場合によってはこの部分だけ滲ませて抹消するという断固たる決意を抱いて、私はこの気持ちを言語化するに相応しい文字を書き綴りました。

 

早くあなたに逢いたいです。

 

やっぱ消します。

 

「イレイナ様……ああ、おいたわしい……」

「ほうきくんにデレデレなあなたが言いますか」

「違います、誤解です。物は大切にしてください」

 

 




「ははっ、お前がここまで有名になるなんてな。鼻が高いよ、黒衣の死神(素)」
「カッコイイですね、黒衣の死神さん!!(煽り)」
「黒衣の死神……大層な渾名を付けられましたね(良心)」
「別にどうでもいいです(無関心)」
「死神いいわね!じゃあ私はマフィ──げぇぇぇぇぇぇ(ゲロ)」

「誰か助けて」


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3章
26話「平原にて」


新章です。
対戦よろしくお願いします。


 

 

 

そこは何もない、平原でした。

建物の類は見当たらず、何処までも広がる緑に上空から差す暖かな日差し。その日差しに終わりは見えず、上空を見上げれば白雲ひとつない青が空一面を占有していました。

 

風の音が何処からともなく、聞こえてきます。

身体を包む凱風に身を委ねると心地よい気分に至り、予想外の所で旅をしていることに対する生きがいを発見しつつ歩みを止めます。

青と緑以外、そこには何もありません。

舞い降りた場所に、()()()()()人の気配はありませんでした。

 

「……平原、だな」

「はい、平原ですね」

 

平地となっている緑を歩くのも程々に、私達は程よいクッションのようになった芝に寝転がります。くしゃっと心地よい音が響き、心を落ち着かせる草木の香り、そしてその後の静寂。

それらが心地よい気分でいた私達の心を更に良いものとし、まるで家にいるような、故郷に帰ったかのような安心感が胸にすっと入っていきます。

私の隣で欠伸をする山吹色の親友の存在が、その気持ちを更に棹らせました。

 

「国ないやん」

 

欠伸混じりの声で、山吹の魔導士はそう言って伸びをします。

 

「面白おかしい国があるって言うから文句言わずに「しゅきしゅき」言いながら付いてきたの。これ、どうしてくれるん?」

「さて、なんのことでしょうか……」

 

本当になんのことを言っているんでしょうね。

私にとっては本当に覚えのないことなのです。いつ、どこで、私の人生の中でパンを何個食べてからの出来事なのか、そこら辺をはっきりしてくれない限りは何をすることもできません。

 

「嘘つき、明日から1週間白米確定な」

 

空に広がる青を見上げながら、山吹の魔導士はそう言いました。

短く切られながらも、艶のある、それでいて上質な糸の如く感触を想起することのできる山吹の髪が、風に揺れます。

それはそれとして無実の罪で食事のメニュー強制とか有り得ませんので、その髪を携えた頭に一撃を加えます。

山吹の髪の魔導士は悶絶しました。

正にしてやったりと言った感じですね、はい。

 

「……ここ、城が建っていたんです」

「へぇ」

「真面目に国を運営して、不正もなく、それでいて清廉潔白。色で表すなら白しか有り得ない国とまで言われていました」

「なるほど、つまりサヤちゃんからイレイナさん成分を抜き取った感じかな」

「真面目に話しているんでふざけないで聞いてください」

「すみません」

 

山吹の魔導士さんは、そう言うと続けます。

 

「原型なくなるくらいの反乱が起きたか、もしくは国が国で在る事を止めたのか」

「さあ、それはどうでしょうね」

 

原型なくなってますから証明のしようがありませんよね。

 

「もっと些細なことかもしれません。大きいサイズの犬が集団で国を襲ったとか」

「お前の言う些細ってそのレベルなの?というか犬を敵扱いって……猫派拗らせ過ぎ──」

「ほら、見てください。ここに犬の足跡があります」

「人の話聞け?」

 

聞いてますとも。

あなたの話を聞き逃す私ではありません。

何年腐れ縁やってると思ってんすか。

 

「……真面目なだけでは破滅から逃れられないということだろ?」

「……」

「俺のやってることは仕事だ。当然品行方正が求められるし、清廉潔白は当然。自らの行った事に嘘をつかず、それでいて人として道理の通った正しい行動をしなければいけない」

 

山吹の魔導士は寝転がっていた状態から起き上がり、私を見下ろします。

そして、

 

「けど、たまには腹の底から笑わなきゃな」

 

と、優しく微笑み、誰もが慕ってしまうような──事実、何人もの女の人を仕留めてきた彼なりの笑みと言葉で()()()()()()()()()()()()()()()応えてみせました。

その声は、芯の通った言葉。彼が幾度として声にしては実現してきた、信頼することのできる音でした。

 

「……それなら良かったです、──黒衣の死神さん?」

やめなさい

「とはいえ、2年前は存在していた国がここまで跡形もなくなってしまうのは解せませんね。予想としては衰退してはいるものの崩壊は逃れていると思ったのですが……」

 

彼の言葉に痛烈な皮肉(厨二っぽい2つ名)で応え、私はかつて在った城の辺りを見回しました。

城は廃墟どころか完全に、跡形もなく、綺麗さっぱり片付けられており、跡地とは思えないほどに地も整備され、挙句の果てには草木すら生えていました。

本来、跡地や廃墟はその名残を残すものです。壊れかけた建物、物を使い、古した痕跡。その他にも多くの人の影が見える──そう私は記憶しています。

それにも関わらず、何故ここには人の影がないのでしょうか。

 

「……もし、その国が清廉潔白で品行方正なフリしといて、影ではやることやってる国だったら?」

「?」

「実は魔法使いのことを食い物にして、品行方正、清廉潔白とは真逆を往く悪い奴らなら──」

 

山吹の魔導士さんはそのように語りながら、くすくすと吹き出しそうになる口元を抑え、にへっと笑ってみせます。

 

「……なるほど」

「聡いレナなら気付けるでしょ?」

「ええ、そうですね。──ノル」

 

その笑みは、子どものように華やかで。

これまでの生涯、後悔なんてひとつもなく。それでいてこれからの未来も全力で遊び尽くす──そのような気概を持った、魔導士の笑みでした。

 

「どうせあなたがしっちゃかめっちゃかにしたんでしょう」

「えー、別にしっちゃかめっちゃかにはしてないよ。モニカちゃんをスカウトして、その帰りに立ち寄った国で物見遊山と観光とデートしたってだけで……」

「でーと、ですと……?」

「あ゛」

 

山吹の魔導士の名は、オリバー。

服は彼のアイデンティティでもある黒のローブ、そして日によって変化するものの、やや比率の多い山吹色のネクタイに、白いワイシャツ。ローブの右肩付近には彼の身分を明確にすることができる見慣れたバッジ。

靡く山吹色の髪と、どこの誰に貰ったかも分からないブレスレット。

そして、彼は。

魔法で人を導く士として4年間、多くの人を救い、導いた人でした。

 

「半年間、下っ端確定ですね」

「やだ、下じゃなくて隣にいたいもん」

「なら、今は私と景色を楽しんでください」

 

ぶりっ子の真似して気持ち悪い山吹の魔導士に、私は告げます。

 

「離れないでくださいね」

 

私はそして立ち上がり、ほうきを手に取り空を翔ばたきます。

山吹の魔導士は「あっ、待ちやがれい!」と捨て台詞を吐き、ほうきを携えたと思えばすぐ、私の隣で翔ばたきました。

不意に山吹の魔導士が視線を下ろし、その視線に私も釣られて下を見ます。

 

「……」

「笑ってるね、かわいいね

黙ってください下っ端さん

「ひどい」

 

そこには。

私の視界、いっぱいに。

まるで故郷のような平原が、果てしなく広がっていたのでした。

 

 

 



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灰色の短編集
「たまごサンドと主導権(イニシアチブ)


これは、彼奴等が確約をした後の話だった‥‥‥!

大体当拙作2章の1年ほど前のお話です。
箸休め程度にご覧頂ければ幸いです。


 

 

 

 

 

「パン奢ってください」

 

事の発端は、イレイナの一言であったと言えるだろう。

今日も今日とて、それなりに明るい天気の中、それなりに豪勢な母さんの朝ごはんを頂き、いつも可愛いイレイナさんとそれなりのお話をしながら時間を潰していると、小さな欠伸をかましたイレイナが突拍子もなくそう言う。

その言葉の内容は聞くまでもなく、あれだ。

そう、パシリである。まあ、パシリというのも悪くないと思っていた俺故に、彼女の一言に頷いた俺は「じゃあ、ちょっとついてこいや」なんて言葉を告げた後に、彼女の手を引っ張っていった。

 

連行先は、とある喫茶店。窓際のベストポジション。

俺が兼ねてより気になっていた店へ、イレイナを連行してきたのだ。

‥‥‥なんかこれ、デートっぽくね!?ヤバいちょっとテンション上がってきたかも!!

 

「と、いうわけで今日は俺がパンを奢ったるわ」

「は?」

「リッチな俺にひれ伏せ」

「あ、無理です」

 

イレイナさんとのデート紛いのパシリ。

兼ねてから気になっていた雰囲気の良い喫茶店。

それらが織り成す蠱惑的で魅力的な欲望には勝利できなかった俺。

耳をすませば心の中の俺が『よわよわメンタル』とかほざいてきており、その様に俺のストレスはマッハ20で加速しているわけなのだが、今のこの状況をストレス如きに飲み込まれてしまうのは些か勿体ないというのが現状であった。

何せ、今日は親友であり美少女であるところのイレイナさんとデートもとい一緒にパンを食べることができる運びとなったのだからな。

こんな時にまでストレス持ち込んでいられるかってんだ。

 

と、本人に言えばもれなくぶっ殺されてしまうような一言も心の叫びとすれば痛くも痒くもない。俺はこの状況を作ってくれたイレイナの一言と、その一言に応えて行動に移した俺を内心で賞賛しながら、ドヤ顔でイレイナにひれ伏すことを要求したのだった。

向かいの席に座ったイレイナの大きなため息が聞こえた。

泣きたい。

 

「良かったですね、今回はお小遣い没収されなかったようで」

 

ため息混じりにそう言ったイレイナが、おしぼりを片手に俺に視線を向ける。そんな彼女のアホ毛はぴょこぴょこ動いており、これから先に訪れる食事の未来を心待ちにしている様が見て取れた。

そんな期待の様子から発せられた一言。まあ、見当違いという訳でもないのだが、事実は少し違う。

 

「違う。没収されたが馬車馬の如く働いた後に母さんに土下座して、もう一度小遣い貰ったんだ」

「あなたにプライドはないんですか」

「ははっ」

 

実は今月の俺、またしても母さんの物干し竿を破壊してしまったのである。それも、壊れたというレベルではない。消滅レベルの魔力の塊を放ってしまった俺は、物干し竿を塵にした光景を母さんに見られ、ケツを引っぱたかれ、お小遣いを没収される羽目になる。

 

至極当たり前の出来事であり、なんならケツ叩きとお小遣い没収で済んだのが奇跡とも呼べるその愚行。

では、何故俺がその行為をしでかしてしまったのか。その原因は、1か月前の出来事にまで遡る。

 

『オリバー』

『?』

『確約です』

 

1か月前、イレイナさんの誕生日に際して前夜祭を企画した俺は、彼女から思いも寄らぬ一言を得ることになる。

恐らく生涯刻まれるであろうその言葉は、本来なら有り得ることのなかった幼馴染との約束。予想だにもしなかった再会の約束という貸し借りチャラの条件を突きつけられた俺は、正直に言おう。めちゃくちゃ浮かれてた。

もちろん、イレイナさんにそのような一言を言われたというのも原因なんだけど、それより何より今までの積み重ねや、頑張りやら、全てを知ってくれていた上で発してくれたイレイナさんの一言が本当に嬉しくて、これまたイレイナさんが『また会ってください』と言ってくれたのが本当に死にそうな程嬉しくて。

 

『ひょおおおおお!!!!』

『あ、オリバーもし良かったら洗濯物取り込ん──あいやぁぁぁぁぁ!?なにしてんのさオリバー!!』

 

それこそが最大の原因であり、敗因だったのだ。

 

‥‥‥いや、はい。

そこから先は言うまでもない事なんですが、敢えて言わせてもらいますと、調子に乗って、浮かれて、滾る思いを魔法に乗せていたらいつの間にか洗濯物ぶっ飛ばしてました、はい。

凡そイレイナにその1部始終を見られたら『確約破棄ですね』と言われてしまいそうな行為をしでかしてしまった俺。

当然小遣いは没収され、晴れて1文無しになってしまったわけなのだが、そのまま終わっていたら1文無しの俺がイレイナにパンを奢れるわけもない。そもそもイレイナを喫茶店に連れ出したりもしていない。

 

なら、何故俺は彼女にパンを奢ろうとしているのか。

その理由は、これまた遡り1週間前に至る。

 

『おーい、オリバー買い物──って、もう買ってる!?』

『ははっ、予測した』

『予測の範疇超えてるよっ!』

 

なんと、1週間前の俺はやらかしてしまった愚行に対して様々な奉仕で見返し、お小遣いを稼ぎ直したのである。以前の俺なら『まあ良いか、別に買うものないし』と諦めていたのだが、確約の下りでやる気が滾りに滾っていた俺は即日で炊事、洗濯、買い物と母さんの家事を手伝いまくり、お小遣い返してくださいと土下座。

あまりにシュールな光景に「えぇ‥‥‥」と若干引いていた母さんではあったが、その程度で俺のやる気が萎む筈もなく。

「お願いします!お願いしますっ!!」とゴリ押しにゴリ押しを重ね、最終的には父さんの「リア、お前遂に息子にまで土下座させるようになったのか‥‥‥」的な視線すら味方にした俺は、遂に没収された銀貨数枚を取り返し、今に至るという訳である。

 

『ん、よかろう。そこまで反省しているのなら優しいお母さんが許してあげるよ‥‥‥はい、お小遣い』

『さっすが母さん!太っ腹ー!』

『喧嘩売ってんの?』

『あいやぁ‥‥‥』

 

まあその後にケツまた叩かれたけど。

いやほんと、なんでキレるんだよ。太っ腹って別に悪い意味で言ってねえし。感謝の意を込めて、慈悲深い母さんにお礼を言っただけだし。

どうしてケツ叩かれなきゃあかんねん。

 

「そういや、太っ腹って言ったら母さんに怒られたんだけど、イレイナは理由分かる?」

「それは誰だって怒ります。大体あなたのお母さん、スタイル抜群の美人さんじゃないですか」

「別にそういう意味で言ったわけじゃないんだけどなぁ」

「余計なことを口に出すなって言ってんですよ」

 

らしい。

まあ、イレイナの言いたいことも分かるには分かる。故に俺は今後、誤解を招く発言を母さんに言うことは極力控えようと胸に刻んだ。

母さん、誤解、ダメ絶対。

思ったことをそのまま口に出すのは以前から見られる俺の悪癖なので、気をつけなければな。

 

「ともかく、俺は今日自らの働きによってお金を得た。そして、我がアイドルイレイナさんにパンを奢るという至高の状況を作り──」

「そして喫茶店に私を連れてきたという訳ですか」

「うん、そういうこと」

 

まあ、俺の過去語り及び不幸自慢はこれくらいにしておいて。今はこの状況を素直に楽しむことが先決だと思った俺は、横にあるメニュー表をイレイナに手渡し、軽く1杯水を飲む。

今は水だけど、いつかはお酒でも飲みながら経験してきたことについて語り合える日が来るといいな──なんて思いながらイレイナさんの顔をじっと眺めていると、彼女は「何見てるんですか」と言って、己の顔をメニュー表で隠した。

アホ毛だけ隠れておらず、それが何故か動いているように見えたのは俺の幻覚なのだろうか。

 

まあ幻覚でもなんでもいい。

目の保養あざす。

 

「大体、おかしいんですよ」

「何が」

「私は売店で売られているパンを買って欲しいとお願いしたんです。それにも関わらず何故喫茶店に行く羽目になってるんですか」

「売店より出来たてを食べた方が良いと思って‥‥‥ごめん、イレイナの胃袋を軽視した俺の責任だ」

「売店でも出来たては食べられるんですけどね。本当に頭おかしいんじゃないんですか」

 

それはもう、ぶつぶつと。

可愛らしく文句を垂れ流すイレイナはそう言うと、メニューから目を離すことなく凝視し、俺を見ることもなくメニューに描かれていた料理を指さした。

その料理はサンドイッチ。サンドされている料理はたまご。つまり──

 

「たまごサンドですか、気になりますね」

「たまごサンドか‥‥‥なあイレイナ知ってるか?実はたまごサンドってな、一時期肉の配給が停止された時にお偉いさんが──」

「そういう蘊蓄は良いですから」

 

ひどい!

いつもイレイナには教えて貰ってばかりいるんだからこういう時くらい前世の知識でドヤってもいいじゃないか!

この人でなし!イレイナのアホ!アホ毛!!

 

「むかむか‥‥‥」

「ああ、はい。いつものですね。で、オリバーは何を頼むんですか?」

「俺もたまごサンド!大盛りで!!」

「ないですから」

 

じゃあイレイナと同じの!!

 

 

 

 

 

 

さて、入店早々1悶着あった訳だがなんだかんだ言っても俺はイレイナさんのことが大好きなのである。

考えてみろ、長く艶のある灰髪も、知性的な様とは少しアンバランスなあどけない表情も、白い肌や灰髪の頭頂部にぴょこんと跳ねているアホ毛なんかも。勿論、こんな変態さんに優しくしてくれる心意気とか、不意に見せるいじらしさとか、そういう内面なども諸々含めた上で最高に可愛い女の子が、勉強とかの面倒を見てくれるんだぞ。

こんなの好きにならないわけがないだろいい加減にしろ!あわよくば俺の願望イレイナさんで叶えようとしてた時あったわ!それくらい俺はイレイナさんのことが友人として、女の子として、大好きなんだわ!!

 

──ならば、である。

逆に問うてみよう。俺の友達であり、唯一の幼馴染さんであるところのイレイナさんは俺の事を好きでいてくれるのだろうか。

その答えは‥‥‥今までの俺の行動を鑑みたら、割と好きでいてくれるのでは無いのかなー、友人として、信頼してくれているんじゃないかなーなんて、少し思ってたり──

 

「‥‥‥食事中の人の顔をジロジロ見ないでくれませんか?」

「‥‥‥イレイナは、俺の事好きか?」

「そういうことをするオリバーは大っ嫌いです」

「エグい」

 

どうやらそうでもないらしい。注文した後に届いたたまごサンドをはむはむ食べていたイレイナの顔が可愛くて、思わず見とれてしまっていたのだが、そんな様を見た彼女の罵倒が胸に刺さったので、視線をたまごサンドに移し、俺もそれを食すこととしたのだった。

そう、結局これが現実なのである。俺がどれ程どちゃクソラッキースケベなハーレム生活を望んだところで、やはりイレイナさんはどこまでも主人公なイレイナさん。彼女が俺の事を友人とは思えど好きになるようなことは皆無であり、将来はいつまでもアムネシアさんかサヤさん辺りとイチャコラするのだろう。

この世界は同性愛に割と優しい。何せヒロインサヤさんがガチレズムーブキメてる位だ。イレイナさんとアムネシアさん、サヤさんが結婚しても、何ら違和感すらないというのが、正直なところであった。

 

精々俺に出来ることといえばアムイレかサヤイレのカップリングでイレイナさんが同性婚キメた時の友人代表として挨拶するくらいであろう、ああ百合から逃れられない!魔女の旅々大好き!!なんて半ば嬉しい悲鳴を上げていると、「全く、相変わらずのくそやろうですね。オリバーは変態さんなんですか?」とジト目で俺を文字通り視線で突き刺してきたイレイナが、小さくため息を吐く。

エスパーかな?

 

「それで、進路は決まったんですか」

「いきなりする話がそれか。もっと、こう‥‥‥心温まるハートフルなお話できないのか?」

「質問を質問で返さないでください」

「全く、できないならできないでハッキリ言ってよね。イレイナちゃんはコミュ障なんでちゅから」

「何を言ってるのかまるで分かりませんね。依然として友人が1人の暇ぼっちさんが何を言ってるんですか」

 

いや、それを言うなら暇ぼっちに毎日のように付き添ってくれるイレイナも大概だけどね?

とはいえ、感謝はしている。やはり俺が魔法の道を歩むきっかけになったのはイレイナの影響が大きく、確約をしたこともあって今では魔法というひとつの道を極めようと考えているまである。それほどまでに彼女の存在は俺にとってのターニングポイントであり、それ以上に『出会って、仲良くなれて良かった』と思える大切な友人であるのだ。

そんなイレイナさんに対してぼっちを弄ることはともかく、俺と話してくれていることを弄ったりすることはできない。つーかそれ、臆面もなく行ったら危うく絶交だ。

折角掴んだ信頼をこんな形で手放すとか嫌だ。

 

「悪かったよ。で、将来か‥‥‥」

「はい。オリバーはどんな魔法の道へ進みたいですか?」

「ん、じゃあイレイナさんのお傍に永久就職する職業とかどうかね」

「は、何言ってんですか寄生の間違いでしょう」

「恰も俺が今をときめくヒキニートみたいに言うのほんとやめてよね」

 

いやまあ子供だけど遊んでるからほぼニートなんだけど。それでも引きこもりではないだろうてからに。

そして寄生言うな。俺だって何も考えてないわけじゃないんだ。後にも先にもヒキニートなんてする予定ないからな。

 

「‥‥‥魔法の才能なんてのはさ、自力でどうにかなる問題じゃない。少なくとも先天的に魔法の才能が遺伝されなきゃいけないし、何より良き師が居なきゃどうにもならない」

「そうですね。いきなりどうしたんですか変態さん」

「茶化すな馬鹿、照れるだろ‥‥‥その中で俺は、前者も後者も持ってる。その上で夢の根幹となる確約をしてくれた友達がいる俺は、絶対に恵まれているんだ」

 

そう。

だからこそ、俺はヒキニートなんてやってる余裕なんて微塵もないし、何よりそれは育ての親にもイレイナさんにも背信的な行為となってしまう。

よくよく考えてみれば今の今まで育ててくれた人や、優しくしてくれた人。それ以外にもシーラさんのように良くしてくれている人のことを裏切りたくないし、それこそ報いたい──だなんて考えてしまっている俺は、きっと面倒な性格をしているのだろう。

けど、それでいいのだ。

自由にやりたいと思うことを探し、幼馴染の旅路を陰ながら応援しつつ、確約したことも果たし、己の幸せも叶えてみせる。それが、この世界で培ってきた『オリバー』という我儘な人間の生き方だから。

 

癖になってしまった生き方に今更嘘なんてつけん。

何より、そんな生き方を良しとしてくれているこの環境があるのだ。何を怖がる必要があろうか──いや、ない!

 

「だからヒキニートなんてしないよ。その恵まれた状況を最大限に引き出す。んで──叶えるよ、イレイナさんとの確約」

「‥‥‥それは、はい。確約です」

「にししー、目ぇ逸らすなよ。可愛いな」

「何を言っているのかまるで分かりませんね」

 

自分でも分かるくらい、『にひー』と擬音でもつきそうなくらいの笑みを零した俺を、イレイナが目を逸らすことで応える。

きっと、気持ち悪い笑みをしてしまったのであろう。将来モテモテウハウハのハーレム生活を送れるようになるために鏡に向かって笑顔の練習こそしているものの、依然として自分でも引き攣ったような笑みだと思うこともしばしば。

こんな笑顔じゃ引かれるのも仕方ないと考えた俺。滾る想いは内に秘め、表情を引き締めた上で言葉を続けた。

 

「まあ、いざとなったら旅人でもしようかね。イレイナのように、ゆっくりと。気ままに、主人公気取ってさ」

「あの、恰も私が主人公を気取っているような体で言うのやめてくれます?」

「主人公だと思ってない奴は自分のことを美少女とか言ったりしませんし、カッコつけたりもしません」

「それは‥‥‥事実ですから」

「そう、私です」

「直球でいじめるのやめてください」

 

今度は自然とニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたくなる衝動が俺を襲う。それもそのはず、今の今までイレイナさんが強い言葉で俺に対して主導権(イニシアチブ)を握っていたのにも関わらず、一瞬の目逸らしという隙をついたことで、今度は俺がイニシアチブを握ることができたのだから。

つまり一転攻勢だ──と底意地の悪い考えでイレイナさんを言葉で弄ぶ俺は周りから見れば幼気な女の子をいじめるドクズに見えただろう。

耳をすませば俺の愛箒であるほうきくんが「うわひっど!あんた最愛の幼馴染さんに何してんすか!うーわ!後で幼馴染さんの綺麗な人妻さんにいいつけてやろー!」とかいう野次が聞こえるよ。

 

「‥‥‥大体、あなたのせいじゃないですか」

「え、俺のせい?」

「毎度の如く私のことを可愛いと言いますし、動作全てに悶えますし、挙句の果てには抱き締めようとしますし」

「‥‥‥あ、あいや。それは」

「うるさいです。言い訳しないでください」

「あいやぁ‥‥‥」

 

あ、やっべ。

イニシアチブ簡単に握り返されたわ。んだよ、俺ボールキープ下手すぎかよ。

主導権を握れるのなら火の玉ストレートも辞さない俺ではあるが、あまりのイレイナの可愛さにどうしようもなく主導権を渡してしまうことは往々にして存在する。その中で今、イレイナさんが見せた予想外の言動に頭をぶっ叩かれるような衝撃を受けた俺は主導権なんて気にすることも出来ずに、容易に会話のイニシアチブを奪い返されてしまったのだった。

 

「そうやって人のことをおちょくるのなら、次回からはいちいち可愛いとか好きとか言わないでください」

「いや、あのなイレイナ。それは‥‥‥」

「オリバーに言われるとその気になってしまうんです。普段から見てくれている人に言われると、気持ちが浮つくんです。だから──」

 

「だから、やめてください」と。

イレイナはそう言うと、そっぽを向いて窓に映る景色を眺めた。その顔は、少しムッとしたような表情であり俺の言葉に怒っている様が見て取れたのだが、そんな表情でも魅力的に見えてしまうのはイレイナさんの可愛さ故か、俺のイレイナさん大好き病によるものか、若しくはそのどちらもか。

まあ、どっちでもいいよな。どちらにせよ俺がイレイナさんに対して抑えきることの出来ない気持ちを抱いているのは確かであり、その気持ちは死神だろうと断ち切ることは出来ないということも確かなのだから。

 

当然、イレイナにも抑えることは出来ない。イレイナの制止の言葉なんて俺からしたら半速球にも満たないよわよわストレートである。要するに、制止が制止たりえてないのだ。

そんなよわよわストレートが俺のド直球火の玉ストレートに勝てるわけないだろいい加減にしろ!なんてことを考えてしまっている俺は、それはもう余裕綽々の面持ちでイレイナに言葉を続けた。

 

「そっか、俺のせいか‥‥‥」

「はい」

「じゃあこれからも俺、イレイナさんへの愛を叫び続けるから。それで手打ちにしてくれないかな」

「何処が手打ちなんですかふざけてるんですか」

「ふざけちゃいないさ。思ってもいないことを言うほど俺は廃れちゃいない。俺はイレイナが可愛いと思ってるから可愛いと言っているし、悶えるんだ」

「妄言ですよ、そんなこと」

「可愛さっていう明確な根拠に基づいた発言だ」

 

恐らく俺はこの世界にいる限り、イレイナという女の子に対して「可愛い!」と言い続けるであろう。何せ、それらは嘘でも妄言でもない、紛れもない事実なのだから。

声を大にして嘘を吐けるほど俺は器用な性格じゃない。それをしようとしたところで挙動不審になってイレイナに「何隠してるんですか」とバカにされるのがオチである。なら、想いは全て届けてしまった方が良い。

別に関係性を絶たれる危険性のあるようなことは何一つ、考えちゃいないのだから。

 

「イレイナは可愛いんだ。だから主人公気取ってても全然大丈夫。様になってるし、そういう自信家なイレイナが俺は大好きだよ」

「‥‥‥」

「だからもっと‥‥‥あれ、どしたん」

 

と、そんな思いから発した俺の意思表示であったのだが、先程からイレイナさんの様子がおかしい。注文は既にしたのに、先程のメニュー表で顔面を隠しており、いつの間にか俺から視線を切っていた。

ううむ、どうかしたのだろうか。

あ、もしかしてもっとご飯食べたいのかな。やだもう、イレイナさんったら見た目に反して健啖家!

しかし、そんな所も可愛いと思えてしまえる俺は、既にイレイナさんの可愛さに殺られてしまっているのだろう。

ぐぬぬ、小遣いは底を尽きかけてるがここはもうひと踏ん張り!最悪小遣いゼロになっても良いからイレイナさんの食欲を満たしたる!!

 

「注文し忘れたものでもあったか?どれ、見してみ」

「あ、ちょっ──」

 

「何か頼みたいのなら頼めよ」とイレイナの持っていたメニュー表の上部を掴み微々たる力で引っ張ると、両手で持っていたメニュー表のバランスが崩れ、イレイナさんが先程まで見ていたメニュー表の一覧が見える。

イレイナさんが見ていたメニューはパン料理が並べられており「やっぱ好きなんすね、パンメニュー」と半ば呆れにも近い心境でメニューを眺め、今度は先程まで隠されていたイレイナさんの顔を見つめるために前を向くと──

 

「え」

「‥‥‥ぅ」

 

そこには目を見開き、唖然とした様子で俺を見つめるイレイナさんが。

白く、綺麗で、お人形さんのように可愛い顔の殆どを紅潮させた様子で。

たった今、俺の視線に耐えられなかったのか、ふいっと目を逸らしたのだった。

 

「‥‥‥おや」

「‥‥‥なん、ですか」

 

おや?

おやおやぁ?

 

「あらあらまあまあイレイナさん。顔がトマトみたいに赤くなってますよ。これは一体どのような了見なのかな?」

「‥‥‥うるさいです、やめてください」

「やめられるもんならとっくにやめてるんだけどなー。あーイレイナさんはかぁいいなぁ。普段もそういう風に照れてくれると危うく尊さで死ねるんだけどなー」

「ほんと、いやです。もうやめてください」

「ひゅーひゅー!店内の空調は整っているのにねぇ!!アツイねぇ!!」

 

というより先程から言っているじゃないか。今のイレイナさんの否定は否定じゃなくて「もっとやれ」と煽っているようにしか見えないんですわ。

本当にやめて欲しいならグーパンで殴るなり、手で振り払って悶絶させるなり色々方法はあるわけであって──あっ、無理かぁ!!イレイナさん体術よわよわですもんね!!

ともかく。そのようなイレイナさんの半速球よわよわストレートで否定されたところで、それは俺の知る由ではない。今一度会話の主導権を握ることが出来たと確信した俺は、自分の想いを纏めるために締めの一言を述べた。

 

「とにかく、イレイナは俺にとって可愛いの象徴であり、主人公のような存在なんだから‥‥‥やっぱり将来はイレイナさんに永久就職したいなーっと」

 

すると、先程まで頬を紅潮させ、そっぽを向いていたイレイナが漸く落ち着きを取り戻し、キッと俺を睨みつける。

アカン、調子に乗り過ぎた。

目付きが切り裂き魔に髪をパッツンされた時のシーラさんに向けた目とほぼ同じだ。これはアカン──と考えた俺はプライドも、主導権も、何もかもをかなぐり捨てイレイナさんに謝った。

賢い俺は、彼女をいじめ抜いた時の事後処理も欠かさないのだ。

 

「ごめん、調子乗った」

「‥‥‥がっかりです」

「ごめんて」

「本当にがっかりです、ぶっ飛ばしですね」

「許して」

 

いや、ほんと。すいません。

だから意趣返しで刑務所連行は勘弁してよね。

 

 



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???

 

 

 

 

 

 

 

とある国の、とある喫茶店に2人の魔法使いがいた。

1人は灰髪の髪をした妙齢の女。絹のように滑らかな灰色の髪は彼女の美しさをより際立たせており、耳に付けられたピアスや、ノースリーブのブラウスにロングスカート。更には先程脱衣した上に羽織っている黒のローブは彼女の雰囲気を上品なものとしていた。

窓から映る景色を眺め、紅茶をすするその様は見るも麗しく。仮に彼女が座る向かいの席が空いていたのだとしたら、男共は迷いなく彼女に対して「相席どうですか?うっへっへ!」と尋ねることだろう。

 

しかし、今の彼女に声をかける男は誰一人として存在しない。否、厳密に言えばその姿に見惚れ、声をかけようとする存在はいたのだが、向かいの席に座るもう1人の青年を見た途端、自分に自信を持つことが出来なくなった軟派達は、すたこらさっさと逃げていくのだ。その理由というのは──恐らく、その光景を目の当たりにしている軟派と灰髪の女にしか理解することのできないことなのだろう。

 

さて、灰髪の妙齢の女性に「口、汚れてますよ」と甲斐甲斐しくハンカチで唇を拭かれるその青年は、山吹色の髪をしていた。金髪、というよりかは鮮やかな赤みを帯びた黄色をしている青年の髪は短く、清爽な雰囲気を醸し出しており、なまじ外面が良いだけあって先程から2人の周囲に座る女性客はその青年に対して熱い視線を送っていた。

しかし、これまた声をかけるには至らず──向かいの席に座る灰髪の女がニコリと擬音でもつかんばかりの勢いで笑みを見せて山吹の髪の青年の口を優しく拭くと、その流れの侭に彼女は己の口をそのハンカチで上品に拭った。

その瞬間、男共は「うおおおお!?」と叫び愕然とする者や悔し紛れに地面に拳を叩きつける者に分かれ、女性客に関しては「きゃあああ!!」と店内迷惑も考えずに叫び出す始末。

 

あまりの五月蝿さに凍えるような雰囲気を漂わせ、ニコリと笑うことで周りを黙らせた灰髪の女。それにも関わらず「あ、笑ってる!可愛いね!」と宣い、これまた灰髪の女曰く『誰よりも優しい笑み』を見せた山吹色の髪の男のメンタルはこれ如何に。

 

「その頭の芋けんぴしまえよ」と言って彼女のアホ毛を撫ぜようとした青年の手を、女が割と強い力で払い除けた。

男は、悶絶した。

 

「‥‥‥して、このような出来事の末にこの喫茶店が行きつけになったのですが」

「いてて‥‥‥うん、行きつけになったねぇ」

「今、どのような気分ですか?」

「そんな事を覚えてくれていたことに気恥ずかしさを覚えつつ、抑えきれないキミへの愛を思い出している」

「はあ」

「どきどきが止まらないよ!」

「その程度でドキドキですか、とんだよわよわメンタルですね」

「おぉん!?」

 

灰髪の女は、そう言って彼を鼻で笑う。平時から腹に黒いものを抱えているのではないのかと誰かが言うほどに彼女は内心でおかしな言動や行動をする人間に対して毒を吐くのだが、そのような内心を口に出すことは意外と少なく、無闇矢鱈に敵を作らないほどには礼節を弁えている。

しかし、目の前の男には礼儀など皆無。嘘や偽りを並べる必要も無いまでに信頼し、信用している目の前の山吹に、灰は言葉という名のマシンガンをぶっ放したのだ。

結果、男は激怒した。

激おこですね、と灰髪の女は笑った。

 

「だって仕方ないじゃん!今も昔もキミは俺にとってのアイドル!そんなキミとドキドキのデート!下手すりゃ俺は動悸でデッド!」

「いや、そもそもデートじゃなくてパシリだって何度も言ってるじゃないですか」

「あいや、そんなの心意気次第でどうにでもなるぞ。俺がデートだと言えばそれはデートになるのさ、ふっはっは!」

 

そう言うと、山吹色の髪の男は「それはそうと、髪撫でるぞ」とまたしても灰髪の女のアホ毛に手を伸ばそうとした。

その手に対し、灰髪の女は強い力で払い除けることはなく、山吹色の髪の男の脛を蹴ることで対応する。

しかし、その程度で引くほど男の身体は弱くはない。今度こそ目的を達成すべく伸ばした手を、彼女の灰髪に届かせると、その髪を少しだけ撫ぜて手を離す。

その一連の動作の中で、灰髪の女は不機嫌そうな顔をしつつも、その行為に無抵抗であった。撫ぜる指の動きを受け入れるように細められた目は、表情とは裏腹に満足そうであり、その手が耳元まで届いた瞬間に離されると不機嫌な表情を取り戻す様に、オーディエンスは男女関係なしに尊さで鼻血を吹き出す。

 

たった今、自称愛人代表である妙齢の黒髪を携えた女がその可愛さに吐血し、倒れた。

意識を失う間際に自らの血で書いた「とうとし」の4文字は、あまりの可愛さに死にそうになった彼女のダイイングメッセージだろう。「営業妨害よ、姉さん」と彼女の付き添いの黒髪ロングの美女が、吐血した姉さんを引っ張って店内を出ていった。

全く、はた迷惑な黒髪ボーイッシュである。

 

──閑話休題(まあ、それはおいといて)

 

「本当に記憶を書き換えるのが上手なんですね。あの時然り、確約然り、とんだ嘘つき野郎がいたものです」

「や、お前もそれなりに記憶の改ざんしてるけどな?」

「‥‥‥」

「何か言うことは?」

「さて、私は紅茶を飲むことに集中しなくてはいけませんね」

 

店内で鼻血を出す迷惑客が続出する中で、唯一店のルールに従い、大人しく食事をしていた2人の魔法使いの会話の主導権は、いつの間にやら山吹色の髪の男の手中に収まっていた。

過去の話を聞いていた中でおかしいと思った点をいくつか洗い出し、その点について指摘すると灰髪の女は話題を変えるために、紅茶を啜る。

そんな一連の動きを見た山吹色の髪の男は、ニヤリと笑みを見せ、彼女に耳打ちするかのように口元に手を添え、灰髪の女に言葉を連ねる。

 

「よわよわ」

「2度はありませんよ」

「最弱」

「ない、と言いましたよね?」

「‥‥‥また分からせてあげよっか?」

 

と、ここで怒りの沸点を超えた灰髪の女がガシャン!とテーブルを叩き、ニコリと笑みを見せる。

対して、恐怖の沸点を超えた山吹色の髪の男は「あ、あいやぁ‥‥‥」と口癖となっている言葉を発し、「わからされ、ちゃった‥‥‥」と頭を垂れる。

一体誰が分からされたのだろうか、少なくとも現状を見るにはわからせようとした側がわからされたようにしか見えないのだが、この茶番は一体。

 

「それにしても、いつまで経ってもこの店の味は変わりませんね」

 

それでも、2人の間に蟠りが起こることはなく。一通りの茶番を終えると、元の状態に戻った灰髪の女は紅茶を今一度啜り、山吹色の髪の男は珈琲を啜る。最早彼等のルーティンワークとすらなっているこの動作は何人たりとも、例え先程までダイイングメッセージを書いていた黒髪ボーイッシュや、愛と勇気と白マントに包まれた「んふー」な剣士でも邪魔することの出来ない不動の時間ですらあった。

 

「‥‥‥ああ、変わらんよ。おかしな位にな」

 

そして、そんなルーティンワークを行うことによって得た落ち着きから発せられた彼女の一言に対し、男がそう返すと、「なら」と更に灰髪の女は続ける。

 

「この店の例のアレの味も、変わらないでしょうか」

 

例のアレ。

その言葉を聞いた山吹色の髪の男は、少しだけ目を見開いて灰髪の女を見る。

意外だったのだろう、見開いた目から見られる感情は驚きに包まれており、その瞳に灰髪の女は落ち着き払った冷静は崩さずに、紅茶を啜ることで返した。『あなたと違って私は冷静ですよ』マウントを取りたかったのかは彼女の表情からは分からないが、実際に灰髪の女は会話の主導権を握り返したことを確信したようで──

 

「店主が変わってないからね、多分変わってないね」

「‥‥‥もう少し理由を捻って考えてください」

 

案外そうでもなかったらしい。

山吹色の髪の男は、予想外の状況に陥った際に爆弾発言をしてしまうことも多く、そのような類の一言が飛び出すのではないかと内心で期待していた彼女であったのだが、発せられた言葉はあまりにも陳腐でつまらない一言。

あまりに味気ない一言に対し、灰髪の女が苦言を呈すと、彼は「あ、そう?」と頭をポリポリとかく。文字通り、理由を捻っているのだろう。難しい表情をしながら頭を捻るその様に、彼女のジト目はより鋭くなる。その一連の動作の意味を端的に換言するのであれば「本当に捻らなくとも良いじゃないですか」ということだろう。

彼女にはこの状況において既に言って欲しい言葉が確立されているようで、その一言は今の状況を表すには最適な言葉であると言える。その一言を彼女はどうしても言って欲しく──それでも、山吹色の髪の男がその言葉を言ってくれない様に、彼女はなんとも言い難いもどかしさを感じてしまったのだった。

 

「なら‥‥‥」

 

さて、そんな可愛らしくも不機嫌な表情をする灰髪の女を目の前にして、山吹色の髪の男はどんな言葉を口にすれば彼女が喜んでくれるのかを思索する。

可愛いと言えば「当然です」と返し、好きですと言えば「出直してきてください」と余裕綽々に返されてしまう山吹にとって、灰髪の女が何を期待しているのかというのは候補こそあれ、確約された言葉を見つけるには至らなかった。

故に、山吹色の髪の男は瞑目する。

今、この状況で変化したものと変化していないものを比べ、灰髪の魔女を()()させるのではない、()()()()訳でもない。彼女の()()()()()()()()()一言を述べるために、思考を巡らせたのだ。

 

「うん」

 

そして、山吹色の髪の男は言葉を見つけ──なんの臆面もなく、彼女に言葉を紡いだ。

 

()()()()()()()変化したのは俺達の関係性くらいだろ?」

「──え」

「事実じゃないか?常連さんも、店主も、ウェイトレスさんの服装も、殆ど変わってないけど、不思議と同じ席に座っている俺たちの関係は変わっている」

「あ、えと‥‥‥はい」

「不思議だよな。けど俺は好きだよ、こういうの」

 

思い出の味は『変わら()()』という断言。

その一言が欲しかっただけなのにも関わらず、予想の斜め上を行く発言をした、してくれた男はニコリと笑みを見せる。

それは、かつて灰髪の女が少女だった時。

山吹色の髪の少年に出会った時に何度も見て、その度に心を高鳴らせた『誰よりも優しい』笑み。そのような笑みを見せられればどのような言葉でも思わず頷いてしまう──ということは、他ならぬ灰髪の女が分かっていた。

故に、彼女は紅茶を飲む手も止めてしまい、思わず男の声に一言を述べてしまう。本来なら、どの言葉を使ったとしても『変わらない』と断言してくれなければ「まだまだですね」と笑って終わらせるつもりだったのに。

 

「だからこそ、例のアレの味も変わらない‥‥‥ってな感じで、どう?」

「‥‥‥それは」

 

はい、100点です──と。

そのような言葉を言ってくれるあなたが大好きです、と。

そこまでの言葉を発する勇気は、灰髪の女には──否。

『灰の魔女』には、まだなかった。

その代わりと言ってはなんだが、彼女は先程ウェイトレスさんから届けられた『例のアレ』をぱくりと口に含み、咀嚼することで平静を取り戻す。その様を見た山吹色の髪の男は、首を傾げて。

 

「‥‥‥言いません」

「ええ!?」

「拗ねました」

「えええええ!?」

 

傾げたまま、今日1番の驚きの声を上げた。

 

「ちょ、ま、ええっ!?俺何かした!?」

「しました」

「な、何かしたなら直すから!だから‥‥‥えーっと、ほら!ちゃんと抱き締めてあげるから!」

「明日から別々の道を辿りましょうか」

「んん!?」

「遊びだったんですね、私との関係は」

「んんんんん!?」

 

そう、灰髪の女に自らに内在する想いを『言葉として』伝える程の勇気は依然として存在しない。けれども、想いを打ち明けることは言葉だけじゃなくとも伝えることができる。そして、何より──目の前で困惑している山吹色の髪の男は、いつまでも灰髪の女を見つめてくれている。

今はまだ、それで良いと『灰の魔女』はくぴりと紅茶を飲む。その代わりと言ってはあまりに不相応ではあるのだが、今のこの瞬間、この一時だけは、誰よりも信頼できる想い人の身に甘えてしまおうと彼女は内心で笑みを溢すのであった。

そんな想いは表情に現れ、今の彼女は誰もが霞むくらいの綺麗で可愛らしい笑みを浮かべ、男を見る。

そんな笑顔を見た山吹色の髪の男は「やはり敵わないな」と呆れ混じりの笑みを溢すのであった。

 

「さて、()()。あなたにとっての大切な人がたまごサンドを片手に拗ねていますよ?こういう時、あなたはいつも私に対して何をしてくれていましたっけ」

「むしろ今、この状況で何を求めてるんだよ」

「さあ、なんでしょうね。少なくとも『何か』を求めているのは確かなんですけど」

「‥‥‥あーん、とか?」

「ご名答です。さあ、ぼけっとしてないであなたの手に持つたまごサンドを食べさせてください」

「食べるんかーいっ!」

「食べますよ。それに、食べさせてもらいます」

 

話している自分が思わず笑ってしまうおかしなトークに、絶え間ない笑み。

存在していて楽になれる、本当に幸せだと思える時間が数年後も、数十年後も、いつまでも続くように。

 

「大切な人が作ってくれた、大切な一時なんですから」

 

そして、誰よりも大切だと思える人に好きになってもらうために、灰の魔女は今日も山吹色の髪の男の傍にいられる有限の時を過ごすのだ。

 



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イレイナさんの誕生日〜初級編〜

 

 

 

果たし状なるものを貰った灰髪の少女は1人、目的地に向かって箒を飛ばしていました。

朝、いつも通りの時間に起床し、窓を開けると同時に吹き付けてきた柔らかな風。その風と共に送られてきた果たし状には、何度も話し、語り合ってきた腐れ縁の名前が書かれており──ああ、やはりあの人天性の馬鹿なんですね‥‥‥なんてことを思いつつ外に出る準備をした少女は、『あの日』から彼の存在がちらつくたびに暖かくなる心に疑問符を浮かべつつ、果たし状が示す目的地へと箒で向かっていったのです。

 

景色を見渡せば広がる青空に、白い雲。

少女は季節特有の風の心地良さに身を委ねつつも、白雲を大好物のパンに見立て、お腹を空かせてしまいます。先程までご飯を食べたのにも関わらず、この体たらくです。いやしかし、食べ過ぎにも気をつけなければならない為か、ぐっと堪えて白雲に向かって魔力の塊を1発。それでも消えないパンの形をした白雲に呆れつつ、このきっかけを作った山吹の髪の少年に恨みったらしく悪態を吐いた見習い魔法使いがひとり。

答えは言わずもがな。

私です。

 

「と、確かここが待ち合わせ予定場所だった筈ですが」

 

さて、そんな見習い魔法使いであるところの私は、果たし状が示す目的地付近へとたどり着くと、箒を降下させて平原に降り立ちます。

何も適当に降りる場所を選んだ訳ではありません。

目的地付近にたどり着いた時に人影が見えたのです。

その人影の髪色は山吹。

果たし状を送った張本人が、平原にて仁王立ちで私を待ち構えていれば、まあ誰でもその場所に降り立ちますよねって話です。

 

「ふっ‥‥‥来てくれたか。イレイナ」

 

したり顔でそう言ってみせる山吹の髪の少年。

その表情は何故か自信に満ち溢れており、その様に私のテンションは急降下していきます。

ひょっとして彼は私にストレスを溜めるためだけに果たし状なるものを送ったのでしょうか。

全く、頭のおかしな親友ですね。

 

「やぁやぁ、今日はお日柄もよく──」

「あ、そういうのいいんで」

「ひぃん‥‥‥!」

 

さて、その目の前で今にも嘘泣きをしでかしそうな少年こそ、私が足繁くここに来てしまうことになった張本人、アホのオリバーです。

山吹の髪を靡かせ、親譲りの端正な顔でいつもニコニコ笑みを浮かべるひよっこ魔法使い。とはいうものの時折魔法を先に習っていた私ですら驚く程の成長と斬新なアイデアを見せることもあり、恐らく男性ではありますが魔女と同等、もしくはそれ以上の力を得る可能性をもった──そうですね、彼も天才といってもいいんじゃないでしょうか。

と、まあ外見で判断すれば如何にも聡明で知的な面をしているのですが、仮面の下はただの変態さんです。学校で度々小耳に挟むガールズトークなるもののカッコイイ男の子関連の話では毎度の如く彼の存在がちらついてきます。

正直やめて欲しいですね。

 

「やぁやぁ、本日はお日柄もよくって‥‥‥」

「いや、だからそういうのいいって言ってるじゃないですか。馬鹿なんですか?」

「え、今更気付いたんですか?」

「質問を質問で返さないでください」

 

というか、あなたが馬鹿なことくらい知ってますから。今まで私に対してどれ程奇天烈で頭のおかしな言動と行動を繰り返してきたと思っているんですか。

と、そんなことを思いつつ目の前の山吹さんを睨んでいると、彼が「まあ、それはそれとして」と言葉を続けます。

 

「誕生日おめでとう」

「いきなりですね。大体ここに呼び出す必要あったんですか?」

「ムードメイクよ、イレイナさん」

「なら言葉くらい選んで欲しかったです」

 

ムードを気にする人がいきなり「やぁやぁ」なんてふざけたことを抜かしてたまるものですかと言いたくなりますが、ここはぐっと堪えて目の前のトラブルメーカーを睨みます。

とは言いつつも、怒ってはいません。

むしろ喜んでいるまであります。まさか、2度も誕生日を祝ってくれるとは思ってもいませんでしたから。

 

「で、誕生日と言えば気がかりな要素が2つ程あるんですけど」

「言ってみ」

「誕生日プレゼントは要らないんですけど」

「ファッ!?」

 

いや、だって。

私はもう前夜祭にひとつ、大切なものをあなたから貰っているじゃないですか。

そうでなくとも昨年に黄色のリボンタイを貰いましたし、これ以上は申し訳ないですけど貰えません。

あなたから祝ってもらえるだけで私はもう、充分なのです。

 

「おのれ、イレイナ!ならばこの俺の用意したプレゼント、どうしてくれるというのだっ!」

「自分で使ってください」

「鬼かな?」

「まさか、私は美少女です」

「美少女めちゃこわ」

 

しかし目の前の山吹さんは、それでは問屋が卸さないらしく。

私が両手でバツ印を作り、断固としてプレゼントの受け取りを拒否していると「くっ、やはりガードはロベッタ1か‥‥‥!」とか言い出して、何を思い至ったのか土下座を始めました。

いや、ほんとなに考えてるんですかねこの人。

 

「後生だ。貰ってくれ‥‥‥!いやほんと、自分で使えとか言わないでよね。うんと考えて自分で選んだものなんだから」

「はぁ、まぁ‥‥‥それなりに」

「‥‥‥じゃあ、貰ってくれる?」

「それとこれとは話が別です」

「土下座するから!」

「もうしてるじゃないですか」

 

つーかそれ私が求めたわけじゃねーですから。正直変な気持ちに至ることもなくはないですが、親友に土下座を強要することと前述の気持ちはなんの関係もありません。

傍から見れば私が幼馴染であり腐れ縁でもあり、親友でもあるこの人に土下座を強要しているようなこの状況。お母さんが見れば「あらあら、イレイナったら」とか言われて馬鹿にされそうなこの光景に、私は終止符を打つために草原に膝をつき、彼と同じ視座に立ちました。

山吹さんは、私の目を見た途端「はうっ!」とか言い出しました。

こいつ本当になんなんですかね。

 

「‥‥‥中身は、なんですか?」

「ファースリッパ」

「自分で使えないんですか?」

「もこもこの、かぁいいやつ」

「後先考えない人ですね、本当に」

 

もったいないの精神から最終的に考えた妥協案すらも彼のチョイスにより台無しになってしまった私に残る選択肢は、もう1つしかありませんでした。

これはあまり選択したくはなかったんですけど、物に罪はありません。更に言ってしまえば、私の誕生日の為にプレゼントを用意してくれた彼にも罪はありません。

そのような誰も悪くないイベントの後味を悪くするか良くするかは私次第。無論、そのような状況に置かれたお人形のように可愛らしい魔法使いの選択肢は、たったひとつ。

この選択肢しか、なかったわけです。

 

「分かりました。そういうことなら、ありがたく頂きます」

「‥‥‥マジで?」

「はい。まあ、流石に用意されたものを断るほど屑じゃありませんから」

 

彼の手からプレゼントをいただき、お礼を言います。

すると、一瞬目を見開いてこちらを見た山吹さんが少しした後に安堵の表情を浮かべます。

そして、なんということでしょう。私の両肩に手を置いて、ニコリと笑いやがったのです。

ええい、離しやがってくださいと鋼の意思で山吹さんの手を掴み、どかそうとしましたが彼は無自覚ながらこれと決めたものに対する確固たる意志と粘り強さを持つ人です。無論、簡単にひっぺ剥がせるはずも無く私の肩は彼に掴まれ続ける羽目になります。

つくづく己の握力の無さを恨みますね。

 

「ありがとな、イレイナ」

「は?なんであなたがお礼言うんですか」

「いや、俺巫山戯てるけどけっこー緊張してたから」

「というか肩に手を置かないでくださいぶっ飛ばしますよ」

「もうほんと‥‥‥ありがとう!」

 

ありがとうじゃねーですよぶっ飛ばすという言葉が聞こえねーんですか。

 

「ファースリッパを救ってくれてありがとう!」

 

だからさっきから何言ってんすか。

 

「イレイナの足で使われるんなら、ファースリッパくんも本望だよな!」

 

頭おかしいんじゃないですか。

 

「もうちょい付き合ってくれないかな、イレイナさん」

「私の有益な時間をどれだけ拘束すれば気が済むんですか?」

「そんなこと言って、本当は拘束されたいんじゃないかなー!?」

「え、流石にその考えは‥‥‥」

「ごめんなさいこんなこと言うつもりなかったんです許して」

 

と、まあ。

先程まで私を巻き込んだ茶番を繰り広げていた山吹さんでしたが、ここで私の手を離すと先程までとは違う包みを鞄から取り出し、ニヤリと笑みを見せます。

その笑みのなんたる卑しいことか。

寒気と同時に殺意すら湧いたのは内緒です。

 

「実はもうひとつ、イレイナさんにプレゼントがあります」

「もうひとつ‥‥‥ですか?」

「うん」

 

いや、流石にもういらないんですけど‥‥‥

と、私のそんな気持ちも悟らずに余計なことばかり悟ってしまう山吹さんは、今日も今日とて私に対して優しくて仕方ない位の柔らかな笑みを浮かべるのでした。

控えめに言って最悪です。よりにもよってこんなところで笑ってみせるなんて。その笑みがどれだけ私の心臓に負担をかけるかすらも分かっていない彼は天然由来のくそやろうです。

 

本当に憎たらしくて仕方ないですね。

無自覚に微笑む彼も。

その笑みに対して嬉しさやら楽しさやら、幸せな気持ちやらを感じてしまう私にも。

 

「‥‥‥箱の中身を当てたら、プレゼントします。きっと、今のキミに大切なものだから」

「いや別にプレゼントしなくてもいいんですけど」

「俺があげたいって思ったからいいの。それに、イレイナさん今日は誕生日だろ。貰う道理ならあるんじゃないかな?」

「まあ、それは」

「それにさ、今年は前夜祭の時にプレゼントできなかったし。少しくらい奮発したってバチは当たらないだろ?」

「そりゃそうですけど」

「でしょ?」

 

まあ、色々言いましたけど。

この目の前にいる親友が『誰よりも優しい笑み』で笑っているのなら、私のやることはひとつです。

その表情を少しでも長く眺められるように。そして、長いようで短いささやかな一時を楽しむために、彼の策略にまんまと乗っかって見せること。

それこそが私の至上命題であり、今やるべきことなのでしょう。

何故なら、先程から私の心の矢印はずっと目の前の魔法のあれこれから、オリバーの策略のあれこれに向いてしまっているのですから。

 

「‥‥‥分かりました。そういうことならいいですけど。その言葉、後悔しないでくださいね」

「後悔?」

「あなたの問いなど赤子の手を捻る位簡単です。誰があなたに勉強を教えたと思っているんですか?」

「おーやおや!大層な自信だね。そう言いつつこの前の問いかけに魔力の塊で応えたのはどちら様かな?」

「‥‥‥」

 

とりあえず、この減らず口が治まらないアホのオリバーは後で魔力の塊の刑に処すことを確定事項とし、私は顔をひきつらせつつも笑顔を作ります。

彼に課された問題を解き、プレゼントを華麗に頂くために。

そして、この時間が少しでも長く続くように。私は口を開いたのでした。

 

「正解は──」

「はーい、ぶっぶー!時間切れでーっす!」

「ぶっ殺されてーんですかそうですか」

「うっひゃっひゃ!」

 

無論、この後問題を出した人間の務めを放棄した山吹さんはぶっ飛ばしました。

え、プレゼントをくれた人に慈悲の欠片もない?

私は目先の快楽の為ならば、親友すらも屠る賢しい魔道士なのですよ。

かける情けなんてあるわけないでしょうに。

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうのがこのファースリッパをもらったきっかけなのですが」

「早く子どもの顔見せてください」

「控えめに言って馬鹿なんですか?」

 

時に互いの人生というものは面白いように交差する。思いがけぬ出逢いや、示し合わせたかのように見える全くの偶然。それらが織り成す天文学的な奇跡により、互いは出逢い──それらが仮にまた会おうと約束をした2人であるのなら、その友情は何億倍にも膨れ上がることだろう。

まあ、それは仮に『友情を感じる相手』なのだとしたらの話なのだが。

 

「毎年プレゼントを貰ったり送っている癖に今更躊躇するんですね。先輩に至っては自覚すらナシ、本当に‥‥‥少しは私の気持ちも考えてください」

「それはあの人に言ってください。後輩なんですよね」

「言っても治らないからあなたに問うているんです。あなたは先輩が好きなんですか?」

「‥‥‥」

「ハッキリしてください」

 

先程から何杯目かも分からない紅茶を啜り続け、潤っては渇く喉に癒しを与える灰髪の女は、いっそのこと世界すらも時間逆転の魔法で元に戻したいと奇天烈な考えをしていた。

「あんまり高額な報酬に踊らされちゃダメだからね!それはそうとイレイナさん、可愛いね!」という親友の言葉を後者しか聞いていなかった灰髪の女は、見事魔法統括協会の誇る才女の罠に引っかかり、潜入捜査のミッションに一役買う羽目になってしまう。

 

そんな時間の浪費に思わずため息を吐き、出来もしない可能性に想いを馳せた灰髪の女は、なおも続く黒髪の女の話に耳を傾ける。

まあ、傾けるといっても痛いところを突く言葉には「えー、はいそーですねー」やら「あー、うー」やらの気の抜けた返事をするに留まっているのだが。

 

「大体アレなんですよ、2人とも」

「えー、はいそーですねー」

「あなたや先輩がさっさと決めるところを決めないから姉さんが「うっはー!ぼくにもチャンスありますかねー!」って言って聞かないんです」

「うー、あー、うー」

「もっと私にも振り向いて欲しいのに、この扱いの差は一体なんなんですか」

 

言い切ると、黒髪の女は盛大なため息を今一度吐き「はぁ、姉さん‥‥‥」と誰にも聞こえないように呟く。

無論、その声は灰髪の女には丸聞こえである。

しかし、ここでツッコミでも入れようものなら余計に話が拗れると考えたイレイナは、傍観の精神で黒髪の女の話に耳を傾け続ける。

 

「昔から仲が良くて、幼馴染。腐れ縁であり、確約をしたことでこれから先の未来も腐れ縁であることが半ば決定している男女。これがどうして結婚という発想に至らないのか分かりかねます」

「それは人それぞれですよ、ミナさん」

 

「何も結婚観というものが全て同じだという訳では無いんです」と灰髪の女が言うと、その言葉にカウンターを被せるように黒髪の女が「今までの行動や言動を放っておいてその言い草は笑いますね」と言葉を紡ぐ。

その瞬間、笑みを浮かべていた灰髪の女はテーブルに向かって台パンをキメる。

「‥‥‥先輩の言う通りですね」と、黒髪の女は右手でふぁさっと髪を靡かせた。

 

「全く。依頼の途中で久々に会ったと思ったら、まさか何も進展せず旅から6年も経っていたなんて‥‥‥」

「おや、悪いですか?」

「開き直らないでください。そういえば昨日、先輩が『依頼ついでにアヴィたんに会ったから2日ほど帰るの遅れマース!』って手紙が届きましたけど」

「‥‥‥」

「前途多難ですね、無自覚両片思いさん」

「勝手にして頂きたいものですね、本当に」

 

と、新しい情報に耳を傾けた灰髪の女がその言葉にげんなりとすると、盛大なため息を吐きながら席から立ち上がる。

「今日はもう帰りますので、また明日依頼の話をしてください」と言った灰の魔女「イレイナ」は、先程まで話題に挙がっていた男を思いつつ、目の前で紅茶を飲む()()を睨む。

そして、その視線に気が付いた姉に対しての想いをなかなか伝えられない()()()()()()()を抱く魔女は、その視線に一切の怯みを抱かず。

 

「因みに子どもの名前は──」

「そんな予定どこにもありません」

「私にも会わせてくださいね」

「依頼協力しませんよ、いいんですか?」

 

ポーカーフェイスで、灰の魔女を煽ったのだった。

 

 

 




10月17日はイレイナさんのお誕生日!
ひと足早くなりましたがおめでとうございまーす!


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「バレンタインと贈り物乞食の国」前

小休止ばかりですいません。
1日遅れのハッピーバレンタイン。3話に分けた後、割と早めに本編に移行するつもりです。本編に行くのはガチです。本当に遅れてるし、早いとこ過去編終わらせたい。


 

バレンタイン。

それは、男女の仲をより深める上では欠かすことのできないイベントであるのと同時に、世の男性諸君にとっては希望の光にも絶望の闇とも化す奇っ怪なものである。

異性から贈られるプレゼント。その有無により、男達は希望の光と絶望の闇を行き来する。例えば、本命だと思っていたのが実は義理だったり。本命だと思っていたら市販のココア系クッキーだったり。

逆に、友のために贈ってきたものが実は本命だったりする逆転劇もあるのだから、バレンタインというものは非常に忙しく、面倒で、世の男性諸君の心を弄びやすい──まあ、つまり男の子のメンタルがブレブレになりやすいイベントなのだ。

 

その一方で、そういったものは経験を踏むことによって慣れを覚える。その内、心に決めた大切な人が現れればその人のプレゼントにしか興味がいかなくなるし、プレゼントを贈ってくれるであろうという一種の信頼が芽生える。その人からプレゼントを貰えなかったらそりゃガッカリするだろうけど、大切な人にはその気持ちを伝えられる。伝えれば、『あ、そうだったね!』みたいな雰囲気になって、改めてプレゼントを貰えるかもしれない。その内、バレンタインのプレゼントのことなんて気にならなくなる可能性もある。

そういったことを鑑みれば、バレンタインで特別な気持ちになれたり気持ちの浮き沈みを経験できるのは学生や若人の特権なのかもしれない。

 

しかし、例外はいる。

例えば、昔っからその人にしか興味がない女の子とか。

はたまた、そんな子から特大の矢印を向けられているくせにそれに気付かない男の子とか。

まあ、要するに──今、とある国を散策中の2人のことである。

彼等は昔からバレンタインという特別な日に物を贈りあっていた。消耗品からアクセサリー、実用品などはお手の物。とある日には物とはまた違った事をしたり、そういったことを積み重ねることにより、お互いの絆を深め続けた。

その結果による『慣れ』である。ちなみに2人は揃って今年で20代前半である。この年齢なら本来はもう少しバレンタインに対して恥じらいやら何やらがあってもいい筈なのだが、この2人には一切赤面がない。

 

「お昼どーするー?」

「パンです」

「……10日間連続でお昼パンですよ?」

「パンです」

 

あろうことか、今日のお昼ご飯に思いを馳せている迄あるのだ。最早、バレンタインに特別な感情なんてないのだろう。そう思わせてしまう程の何かが、2人にはあった。

それはそうと、彼等は本日で10日間連続でお昼にパンを食べることになる。そろそろ気が狂いそうだと旅の魔導士は思ったが、昼飯くらいで波風立てる気にはなれず、今日も今日とてパン生活に甘んじる。

「無慈悲ですよね……」という言葉に、旅の魔女が天使のような笑みで返す。

 

男は戦慄した。

 

「……悪魔の皮を被った天使がいる」

 

赤面しながら、戦慄した。

 

閑話休題。

 

「それはそうと、歩き方がやけに優雅だね」

「はあ、そうですか」

「どしたのレナさん。なんか嬉しいことでもあった?」

「あるにはありますけど歩き方で判断します?」

「本人じゃ気付かないことってあるらしいぜ。例えば……表情が心做しか穏やか、とかな」

「歩き方関係ないじゃないですか」

「ヒューヒュー!くっそかーわいー!」

「えぇ……」

 

さて。

そのような笑みを浮かべ、優雅に歩く旅の魔女を『レナ』と呼んだ1人の青年は欠伸をしながら、魔女の隣を歩き、いつものように魔女を煽てる。その煽て方は最早熟練のそれ。本人にすら知り得ない表情の変化を敏感に悟った旅の魔導士『ノル』は、彼女を煽て続けることによって得られる一種の快楽を噛み締め、2人の友人に対してのささやかな優越感に浸っていた。

そんな旅の魔導士の表情は満足という言葉を絵に描いたような笑顔。思うところがあるものの、そんな彼の笑顔をぶっ壊す気にもなれなかった彼女は、ため息を吐き──自分の歩き方を賞賛し、胸を張る。

 

「まあ、あなたの評価基準は兎も角……今も昔も、私は全てにおいて優雅です。今更当たり前のことを言われても素直に喜べませんね」

「全てにおいて最初っから優雅な奴は噴水の水飲まねーよ。はいワロス」

「抓っていいですか?」

 

そして己の手を使い、山吹の馬鹿野郎の頬を引っ張った。スキンシップすら厭わないそのコミュニケーションは最早友人や親友の類のそれ。先程の波風立てないという鋼の意思はどこへやら、まるで遠慮のない一撃で隣の魔導士を攻め立てる。

そのような美男美女で繰り広げられるお腹いっぱいの光景に、周囲の老若男女は生暖かい視線を送りながらその光景について話を始める。

その会話の内容は、まあ……なんというか……うん、というような内容であり、その内容が聞こえていた耳のいい山吹の魔導士は、頬を抓られながら苦笑していた。

 

「お前らが言うような関係なら俺達こんなことよりもっとすげーことしてるわ」と。

そんなことを考えながら、山吹の魔導士は優雅に歩く彼女の歩調に合わせ、足音を刻むのであった。

 

 

 

 

「おっ……贈り物をくださぁぁぁぁい!!!!」

「きゃああああ!!!!」

 

周囲のヒソヒソ話が聞こえなくなるのと同時に聞こえた大声は、旅の魔女と魔導士の痴話喧嘩を止めるには十分であった。

入国する前からこの街の『贈り物に関してのただならぬ執念』に異変を感じていた2人。贈り物であるのなら饅頭の下に金が入っていても喜んで受け取る住民の鋼の意思は、異質そのもの。

その一方で特徴的なこの国を面白く感じる旅人特有の精神も持ち合わせており──それらを纏めた2人の意見が『観光』という結果に落ち着いたのは、最早言うまでもない、この状況が示していた。

 

「贈り物、か」

「ええ、贈り物です」

「旅の魔女さんは友達に贈り物はしないのかな?」

「2人きりの時は旅の魔女さんじゃなくて渾名で呼んでください。ぶっ飛ばされたいんですか?」

「あ、やっべ」

 

そんなファニーな2人の間には、いくつもの契約もとい約束がある。例を挙げるなら今のこの瞬間、他の女の子に目移りしてキモイ言葉を連発しないだとか。更に言うのなら、直ぐに百合に走ろうとするなとか。

今のように、2人きりの時は渾名で呼ぶとか。

やべー約束から可愛らしい約束までなんでもござれである。*1

 

仮に約束を破ろうとするものなら、そりゃあもう大変。数秒後には頬をふくらませた旅の魔女様が完成し、しばらくの間「拗ねました」やら「遊びだったんですね、私との関係は」やらの辛辣な言葉しか返ってこなくなる。

まあ、それが可愛いのだが──と旅の魔導士は思案し、「まあ拗ねんなよ」と彼女のご機嫌取りに勤しもうとするが。

 

「それから言っておきますけど、「この期に乗じてプレゼント!チキチキプレゼント五番勝負ー!」──とか思ってたら問答無用でぶっ飛ばしますから」

「エスパーかな?」

「エスパーです。何年来の付き合いだと思ってんすか」

「6歳の頃から出逢って……かれこれ15年かな。愛してるぜ、レ──ナ゛ッ゛!?

 

ご機嫌取りのファーストチョイス、『チキチキプレゼント五番勝負*2』を見破られ、旅の魔導士のご機嫌取り作戦は窮地に立たされてしまう。

それ故に発せられた不用意な言葉を、旅の魔女は見逃さず魔力の塊で応える。

アッパーカットの要領で顎を撃ち抜いた魔力の塊に男は悶絶するも、既に何度も潜り抜けてきた修羅場に屈服する程軟弱でもない。「くっくっく……」と笑みを零すと、口元から零れた血をペロリと舐めて旅の魔女に笑いかけるのだった。

 

「ご褒美だな」

「頭おかしいんじゃないですか」

「いや、だってさ。今の威力の魔力の塊は……キミが大抵照れ隠しに使う一撃じゃないか?」

「だったらなんですか」

「つまり、今のキミは俺の言葉に照れた。何が琴線に触れたのかはこの際どうでもいい。キミのその『照れ』という感情を己の魔力で誤魔化すいじらしさ。それを俺に見せてくれることが最早ご褒美であるわけであってだな……」

「本当に頭おかしいんじゃないですか」

 

そんな男を、魔女はげんなりとした様子で見ていた。

100年の恋は醒めずとも、そろそろ思わせぶりな発言は止めて、ハッキリさせて欲しい──そう切に思う彼女は、嘆息を漏らした後に続ける。

 

「貴方は私が何故、魔力の塊で貴方の一言に応えたのかを考察し、行動を修正するべきです」

「あ……ふーん」

「わかったふりとか論外です。別れましょう」

「答え合わせもしてないのに早急すぎる」

 

その言葉に「する必要もありません」と続け、両の手で魔女帽を目深に被り直す。依然として魔女帽の鍔を掴み、表情を帽子の中の闇に埋めた旅の魔女の表情は魔導士には見えない。しかし、『今までの経験上』こうした時に見せる旅の魔女の表情に心当たりがある魔導士は、吹き出しそうになる口を抑えて、続ける。

 

「ごめん、考えたけど分からないから教えて欲しい」

「……最低です。この期に及んでまだ鈍感さんを演じるつもりですか」

「ごめん、ちょっと分かってはいるんだけど知ったかぶりは止せって言われたし……あと、そういうのはレナの口からちゃんと聞かせて欲しい」

 

「直すから」と。

最後にそう言った山吹の魔導士の表情を見た旅の魔女は、小さく舌打ちをする。そもそもの話、旅の魔導士の「直す」という言葉に対する信憑性等とうの昔に消え失せているのだ。未だに「さん」付けは直っておらず、変なこともべらべらと口走るし、行為だって直ったためしがない。

要するに、この魔導士は『直す』という言葉に関して口だけなのだ。世間一般では、こういった人を卑怯とも言うし、嘘つきとも言う。正直な所、そのような人間は忌み嫌われることが多く、それこそ旅の魔女が先程言った『別れ』に至ってしまう可能性すらある。

 

──それでも、旅の魔女はその男を嫌いになれなかった。

 

その理由というのは、こうした側面以外に見せる彼の全面。

約束を確約と宣い、必ず叶える真摯さは言わずもがな。過去から現在まで、旅の魔女の親友であり、対等な関係であり続けた努力。何より、今の彼がその職業に就くきっかけとなった憧れを、憧れのままで終わらせない根気強さ。

そうした面を1人の女性として、既に気に入ってしまっている彼女はひとつやふたつの卑怯や嘘を『いつもの事』だと呆れながら受け流し、許してしまうのだ。

 

今だってそう。

卑怯という言葉が脳内を埋めつくし、その言葉を発しようとして──結局、答えを言ってしまう。

最近はそういうことが増えましたね、と旅の魔女は己の弱さに呆れ、笑い、そして言葉を紡いでしまう。

 

「──そういうのは場所を選んで言ってください、ということです」

「え、つまり夜景?」

「いつ、何処で、どのタイミングで私が夜景と言ったんですか。アホなんですか?」

 

最大限の敬意と、親愛と、過半数を占める『ごにょごにょ』した気持ちを添えて。

そんな彼女は、きっと山吹の魔導士のことが──多分。

 

「丁度良いや、今日はバレンタインだし夜景見に行こう……表出ろや、レナ」

「だから夜景は要らないと言っていますよね、なんですかあなた人の話聞かないんですか」

 

やっぱ違うかもしれない。

*1
「聞いた中で1番やべーと思った約束は旅の魔女の要求に旅の魔導士は絶対に応えなきゃいけないことかしら……」Byもう1人の灰の魔女

*2
不用意な発言を繰り返すことの多かったノルが19の頃に対レナ用の切り札として考案したもの。物から行為まで、旅の魔女の求めているものを瞬時に察し、叶えてあげることで彼女のご機嫌を取る必殺技(笑)




続く


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「バレンタインと贈り物乞食の国」中

あなたの夢はなんですか?
私の夢は魔女旅2期アニメ化です。


 

 

 

「そういえば、もうすぐバレンタインデーですね」

 

道行く人々が贈り物を欲する異様な風景が目立つ「贈り物乞食の国」。

その国特有の空気に慣れつつあった旅の魔女、レナは隣を歩くノルに尋ねる。先程までは独特の空気感故に今日がどのような日だったのかということを完全に忘れていたのだが、先程のノルの一言により漸く彼女は今日がバレンタインということを思い出したのである。

尤も、夜景云々は断固拒否の姿勢を貫いているわけなのだが。

 

「だから言ったろー?夜景見に行くかって」

「いつまでその話引き摺るんですか」

「キミが『ふぇー!夜景見たいのですー!』って言うまでかな」

「何処の妹さんですか、私はそんなこと言いません」

 

何処かで盛大なくしゃみをした白髪の美少女がこの話を聞けば、「私だってそんなばかみたいなこと言わないのです!」と目の前の男に牙を剥くであろう。そんなことを思ったレナであったが、当然こんな場所に彼女はいない。

むしろ2人きりの空間に入り込んだら文字通り抓るという確固たる意志を持ち、続ける。

 

「ノルは最近、贈り物の類を貰ったことはありますか?」

「いきなりどうしたのさ、レナさん。言っておくが俺が女の子にプレゼントを貰うのは今のところ合法だぞ?だから貰ったって言った瞬間にぶん殴るのはやめてよね。俺は男女関係緩々な浮気野郎じゃないからね?」

「どの口が言うんですか、えぇ?」

「だから杖でグリグリするのもやめてってばぁ!」

 

悲しいことに、ノルは依然として女性を知らない。

というのも、旅の魔女を以てして2枚目と評されるルックスと、類稀な魔法のセンスを用いた依頼達成率から職場ではデキる魔導士&講師として非常に多くの魔導士や魔女見習い、はたまた魔女からの人気を誇るのだが、この男は致命的な程に百合を愛してしまっている。

職場では彼と同じく活躍する2人の姉妹のあれこれに悶え、旅先では白髪の姉妹に悶え、挙げ句の果てには後に名コンビと謳われる紫髪の後輩に百合カプを要求する始末。

その執念は後世に語り継がれるレベルで悲惨であり、それがノルの恋愛未経験の直接的な決め手となっている。

 

まあ、これらはあくまで噂であり。

実の所は既に心に決めている人がいるのでは?とか言われたり、とある騎士団に所属していた美少女が実は……だったりと、真相の所は以前として不明となっている。

 

とはいえ、彼女いない歴=年齢を地で行く魔導士であるということは紛れもない事実であり、そんな彼が多くの女性からプレゼントを貰うことは『今のところ』合法である。

微々ながら嫉妬の念を抱き、杖で頬をぐりぐりしたレナも彼のプライベートを何から何まで独占しようとするほど鬼ではない。

己が今、彼にとってどのような立場であるのかということはレナ自身が1番理解している。とはいえ、やはり親友のプレゼント事情は気になるもので──いやしかし、それを表に出すのは子どもっぽいのでは?等とめんどくさい感情を抱いた結果が今の状況であった。

ノルの頬が、一部分だけ赤くなった。

何故か、レナの頬も少し赤みがかったような──そんな気がした。

 

「弟子の2人*1から誕生日に贈り物を貰ったよ……実用性のある魔道具だ」

 

そんなノルであるが、魔導士という立場上本来なら弟子を作るといったことは人望や称号授与の関係上なかなか難しいのだが、多くの人の推薦や、個人で作り上げた実績により魔導士から魔女見習いになるまでの過程に至る子達を育てる師としての役割を担うことが可能となっていた。

その第1号2号である少女達からは特にその腕を信頼されており、今年も例に漏れずプレゼントを貰っていた。

なお、今現在弟子1号は休暇により空いてしまった仕事を黒煙のような女性と一緒に片付けている。

コーヒー飲んでゲロ吐いて、書類をダメにした結果黒煙の先輩にドヤされたのはまた別の話である。

 

「魔道具、ですか」

「レナも弟子を持つと良い。弟子は可愛いぞぅ。後輩とは違った喜びがある……主に、喫茶店でゲロ処理*2した時とかな……」

「あ、はい……あなたもあなたでご愁傷さまです」

 

可愛いと言っている割に顔が引き攣ってますよ、と言いたかったレナであったもののノルの会話がまだ続きそうだったので受け答えに徹し、苦笑する。

 

「でさでさ、その子に結婚式に招待しろと言われたんだが……」

「コーヒーをまともに飲めてから要求しろと言っておいてください」

「えーっ?ちなみにそれはぁ、誰と誰のー?」

「はぁ?今更何を──やっぱなんでもないです」

「ははっ、恥ずかしがんなよ。サヤちゃんかアムネシアだろ?」

「さあ、どうでしょうね……」

 

そして、相変わらずの鈍感ぶりである。

まあ、ノルの鈍感ぶりに関しては正直いつもの事なのでこのままで良いのだが、それにかこつけて百合に巻き込むのは本当にやめて欲しいとレナはため息を吐く。事実、レナはその美貌や巡り合わせの関係から女性に惚れられることが多いが、それはあくまで他人から向けられる矢印であり当の本人は全くといっていいほど、その矢印を向けていない。

今も昔も、彼女が意識の有無含めて矢印を向けているのはたった1人である。

つまり、彼女はノーマルなのだ。それなのにも関わらず百合カプを仄めかす発言をされればキレ散らかしたくもなる。

「さあ、どうでしょうね……」程度で終わった、終わらせてくれたことをノルはもう少し感謝すべきである。

 

「誰から贈られた物であれ、貰ったものは大切にしてくださいね」

「当たり前だ。俺を誰だと心得る」

「そうですね……見かけによらず情に厚い人、ということでしょうか」

「なにゆえ」

 

予想外の評価に歩みを止め、固まるノル。

その動きに気付いたレナは、後ろを振り向き1歩2歩と歩き、ノルの目の前まで近寄る。

「え、なんすか」とこれまた予想外の動きに思考停止するノル。そんな1人の魔導士を得意気な表情で見上げたレナは──

 

「そういうところ、好きですよ」

「え、それは……こ」

「まあ、流石に私が贈った数年分の誕生日プレゼントを全て覚えているのには普通に引きましたけど」

「……レナさん?」

 

賞賛と、毒を吐いた。

 

「あの時の一言はある意味忘れられません……あ、うぇいね」

「何故目を逸らしながら出来もしない陽キャの真似を……」

「よりにもよってあなたがそれを言いますか。もういいです、拗ねました。しばらくこっち見ないでください」

「ノールックハグでOK?」

「はいはい、ノルなだけにですね。お上手ですよ、上手すぎて私、嘲笑が止まりません」

「狙ってねえ!」

 

普段温厚なウェイ系魔導士が叫び、己が言葉を発した時点でもう耐えきれずに目を逸らした旅の魔女はそのまま耳を塞いでそっぽを向いた。具体的には「そういうところ」の時点で、である。好きという前に目を逸らすとか何それとか思うかもしれないが、これでもあってないような勇気を振り絞って発した一言なのである。

そして、例に漏れず都合が悪くなった時に発動する悪魔擬きの気の抜けた返事を行う。なお、とある事情で退魔師との出来事を知っているノルは彼女がどうしてこのような奇っ怪な行動と言動をするようになったのか、そのきっかけを知っている。

「なんだこの幼馴染可愛いかよ」とノルは本気で思った。

その一方で、一言物申したかったノルは耳を塞ぎそっぽを向いたレナに喧嘩をふっかける。

 

「大体なぁ!キミはもう少し自分の可愛さを……いや!もっと自覚するべきだ!」

「あー、うー」

「キミみたいな可愛い子がそういうことを言うことで俺がどれだけチョロインと化すか!また、どれだけの美少女を文字通り堕とすことができるのか!俺が数えただけでも既に何人もの女の子が──」

「うーあー、うー」

「聞いちゃいねえ!」

 

しかしレナは耳を塞ぎ、更には魔女としての資質を活かした無音の魔法でノルの叫び声を文字通り霧散させる──が、ノルとて一端の魔導士である。防音魔法を使われたということにいち早く気付き、防音魔法を解除した後に続ける。

 

「防音魔法を使うな!都合の悪いことは防音魔法でシャットアウトってか!?はー、これだからキミは……俺をどれだけ悶えさせれば気が済むんですか!?そういうところが勘違いを生むんだ!危うく俺ァ惚れてまう──って防音魔法を使うなーッ!」

「え、なんですか?」

「耳も塞ぐな難聴系ヒロイン!なんだお前!頭ぱっぱらぱーか!?」

 

と、ここで痴話喧嘩をしていた2人が不意に見つけた張り紙の文字を見て、喧嘩を止める。そこに書かれていたのはまさに『贈り物乞食の国』らしさの残る依頼であり、何より旅の魔女が大好きなお金が報酬として含まれていた。

故に、喧嘩が止まる。

先程の喧騒が、ぱたりと止まったのであった。

 

「……求む、贈り物の貰い方」

「目から鱗のアドバイス、金貨5枚ぃ……?」

「……金貨、5枚ですか」

 

そして、その文字を見た旅の魔女(レナ)の行動は早かった。口より先に身体が動くとはよく言ったもので、金貨5枚という報酬を知った途端に貼り紙の横に座る少年に向かって優雅に驀進。

やや早歩きのレナに付いていった山吹の魔導士の「……まーたレナの悪い癖が出たよー」という声が響き渡る。呆れたような視線が旅の魔女に突き刺さるが、それを鋭い睨みで撫で切り、レナは続ける。

 

「受けましょう、ノル」

「彼女いないくせにできるアドバイスが何処にあるというのか。テキトーはやめて2人で仲直りのバイトデートしようぜ。そっちの方が一石二鳥だろ?」

「女心の話ができますね。少なくともそれをちっとも理解できない鈍感さんよりかはマシだと思います。後、バイトデートとか巫山戯てんですか?」

「男心が分からない美人幼馴染が何か言ってて草。それから言っておく、バイトデートはガチだ」

 

しかし、どうやら旅の魔導士的には彼女がアドバイスでお金を得るのはNGなようで、より真っ当な方法でお金を稼ごうということを提案し、笑顔を見せる。大勢の人が爽やかな笑顔だと言うであろうその笑み。しかし、その笑みの裏に隠れるノルの思惑に、レナは気付いていた。

故に、魔導士の言葉に無視を決め込む。「なんでい!無視か!?」とか「レナさーん!都合の悪いことを聞き流すのは良くないと思いまーっす!」とか言われても、とにかく無視を決め込む。

長年の付き合いで、彼にペースを握らせたらろくなことにならないということを、彼女は心得ていたのだ。

 

「あ、あのぅ……」

 

やがて、痺れを切らした茶髪の少年が2人に問いかける。すると、先程まで魔女を煽りに煽っていたノルがスイッチでも切り替えたかのように少年を笑顔で見遣る。

 

「ああ、悪いな。こんなところで喧嘩してしまって」

「いえ、それはいいんですけど……もしかしてアドバイスを頂けるのですか?」

「まあ、そのつもり。恋愛の「れ」の字がてんで分からない魔女さんが相手だがよろしく頼むよ痛゛ッ゛!!

 

旅の魔女の踵が旅の魔導士の足の甲に突き刺さり苦悶の表情を浮かべる。およそ体験したものにしか分からない激痛に悶え、言葉を失っている間に会話のペースを握った旅の魔女は、目の前の少年に天使のような笑みを見せる。

少年の頬が赤くなった。

隣の魔道士は、以前と続く激痛に顔を歪めていた。

 

「旅の魔導士さんと一緒に考えていきたいと思います……して、金貨ですが」

「え、もうお金の話……」

「後払いでいいですが、それ『のみ』だと些か不公平ではないでしょうか。こちらは時間を使うことで貴方に策を授けるのにも関わらず、納得いかなければタダというのではあまりにも私達に不利益です」

「……と、いいますと?」

「win-winの関係でいきましょう。なに、金貨5枚を払えという訳ではありません。前金を払って頂ければそれで良いのです」

「ま、前金……?」

「そうですね、先ずは金貨1枚を前金として頂きましょう。そして、アドバイスに納得頂けたら更に前金として金貨1枚をプラス。更にそのアドバイスでプレゼントを貰うことが出来たら金貨3枚……合わせて5枚です」

 

思っていたのとは違う契約方法に少年が表情を青ざめる。

少年は、優しそうな笑顔を見せる2人に『優しそう』という第一印象を持っていた。しかし、その後に魔女から発せられたのはまさかのお金に関しての交渉。

まさか自分の有り金根こそぎ搾り取るつもりじゃ……という少年の心配を他所に、魔女は続ける。

 

「心優しい旅の魔女に教えを施される機会なんて滅多にありませんよ?」

「騙されるな!ちょっと顔が良くて性格も良くて、腹黒さの裏に確かな可愛さを秘めている女の子の甘言だ!!前金制度の闇に気付け!気付かないと俺が困る!バイトデートができなくなる!」

「旅の魔導士さんはすっこんでてください」

メイド喫茶で働く旅の魔女さんが見たいんだよォッ!!*3

 

そして、先程まで痛みで悶えていた山吹のド変態が遂に本性を現した!

何を隠そう、この男!旅の魔女と旅々する前に出逢っていた白髪の女性の妹にえげつないお姉ちゃんマウントと旅の魔女マウントを取られていたのである!

諸々の事情によりメイド喫茶で何やら色々していたということは知っているものの、知るより何より目に焼きつけることを至上の喜びと感じているド変態は、レナのメイド姿を決して諦めないし、何なら常に虎視眈々とその機会を狙っている迄ある。

つまるところ、ノルはレナのメイド服、ワンチャン猫耳付きのメイド姿を見たいのである。そして、その策略を知っていたからこそのレナの無視&バイトデート拒否なのであった。

 

「今も夢の中に出てくるんだよ!瓦の街で2人に会った時に優越感に浸っていたアヴィたんのドヤ顔と、煽り口調を!」

「会ってたんですか。元気でしたか?」

「すっごい元気だった!ついでにアムネシアに『んふー、ノルくんモグリねー』って言われた!めっちゃ……めっちゃ可愛かった!!」

「ノルはどうしようもないモグリですね」

「クッソ可愛いいいいいい!!!!」

 

まあ、何はともあれ。

先程まで金銭の心配をしていた少年は、一抹の不安を胸に抱きつつも自分そっちのけでイチャコラしている魔女と魔導士を見据える。その瞳には決意の色が見て取れ、何としてでも贈り物を貰いたい、その為には猫の手も借りたいという思いが垣間見えた。

そして、その瞳を見た旅の魔女は勝ちを確信し。

同じくその瞳を見た旅の魔導士は「あ、死んだ」と負けを確信した。

 

「前金払います!」

「良いんですか?」

「はい!旅の魔女様に教えてもらうことなんて滅多にないでしょうし、何より彼女からの贈り物がどうしても欲しいからです!」

 

何より、少年にはこの2人の手を借りなければならない理由があった。それは、彼女からの贈り物が欲しいという執念的な問題でも、レナが魔女だからという理由でもない、もっと根本的なもの。少年にとっては切実な問題。

 

「それに……」

「それに?」

「実の所、旅の魔女さんが来てくれるまで誰も相談に乗ってくれませんでしたから」

「料金設定が高すぎたらそうなりますよね」

 

そもそもの話、料金設定を高くしてしまったせいで少年の周りには閑古鳥が鳴いていたのだから。

 

*1
なお、ノルは魔女ではないため本編での師匠の立場のように魔女の資格を与えることは不可

*2
その後、2人仲良くカフェ出禁になりました。やったね!

*3
「へっ、〇レ〇ナさんのメイド姿見てないとか彼女の愛好家として終わってるのです」Byアヴィたん




ノル
対旅の魔女において無類の鈍感さと変態っぷりを誇る旅の魔導士A。魔法のお巡りさんを自称しており、悪いことをする人を魔法で締め上げる。とある大志を抱いており、その目的の為ならば法律ギリギリの範囲で何でもする。なお、その度に師匠にぶっ飛ばされる。
現在は定職に休暇届を提出し、魔女と新こ……アバ……旅をしている。その過程で溜まった仕事が自然と黒煙みたいな女の子に降りかかるため、復職早々ボコボコにされることが悲しいことに確定してしまっている。

レナ
魔女名不詳の灰髪美女。『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』を名実共に体現しており、その美貌に男たちはコロッと騙されてしまう。なお、女性にも適用され、各国に現地妻を量産しているやべー魔女でもある。本人がそれを自覚してしまっているのが彼女のやべー度をさらに増幅させている。
最近は滅多にすることがなくなったが、魔法で敵をボコす腕は超一流。魔女なりたての頃よりも経験値が向上し、予想外の出来事にも動じない精神を獲得。その一方でとあるド変態魔導士の笑顔には未だに動じてしまうとか、なにそれかわいいかよ。

アヴィたん
ノルが敬愛してやまない女の子の妹。
パンツ放置少女と呼ばれたことと、危うく姉を奪われそうになったことを根に持っている。

アムネシア
アヴィたんの姉。
またの呼称をアムたそ、アムリエル。


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「バレンタインと贈り物乞食の国」 後

百合カプ強要くそ先輩と、そいつの奇行をセーブする苦労人の話。
そして、遅れまくったバレンタインデーの話。


 

 

 

とある国の、とある協会に1人の魔導士がいた。

多くの魔女や魔女見習いが集う組織内では異彩を放つ黒1点──という訳でもないが、女性の比率が圧倒的に多いその協会内では良くも悪くも目立つ黒フード野郎。ある日には凛々しく依頼を解決し、とある日には度数の全くないメガネで知的ぶり、教鞭を執る。またある日には、信頼を置かれている弟子たちに囲まれながら焼き芋をつつき、これまたとある日には色んな女の子達と『イレイナさんのマリアージュ談義』に花を咲かせる。

そのような多くの側面と立場を持ちながらも、一貫して『階級だけが全てではない』ということを行動で語り続ける魔導士は、その姿勢と人当たりの良さから多くの人物に好感を持たれていたのだった。

 

「……はむ。流石奴さんとこの魔女見習い、この程度の問題ならお茶の子さいさいってワケか」

 

その一方で、そんな魔導士にも弱点はある。

例えば、今のこの体たらく。今、魔導士は先程まで行われていた激務に耐えかね、広場に併設されたベンチにどかりと座り込み、成績評価をしながらアイスを食い散らかしている。知恵熱によって沸騰した頭をアイスで冷やそうというのが事の始まりであり、今食べているアイスでなんと3個目。アイスジャンキーと言われても仕方ないペースの食べっぷりであり、棒アイスを咥えて生徒の成績に向き合う様は怠惰な喫煙者そのもの。

油断も隙もないという言葉の真逆を往く魔導士は周囲の過大評価と違い、油断し放題の隙ありまくりなぐーたら講師なのだ。

 

「レベル上げっかな。生徒の平均点が例年より高いし、簡単な問題だともっちゃんとか弟子1号に『講義内容がスイーツより甘いクソフードは講師失格』って言われるし……」

「先輩」

 

しかし、そんな魔導士の弱点は意外にも人々の周知の事実とは化していない。その理由というものは小難しい理由では無い。ただただ単純に、このぐーたら講師の奇行、愚行、珍プレーを未然に防ぎ、仮にそれらが発生してしまったとしても冷静な判断でそれらを瞬時に注意し、修正させる『優秀』なブレーキ役がいるからである。

今、山吹の魔導士を『先輩』と呼んだ女は、山吹の魔導士の監視役とも言うべきか。はたまた、相棒か。もしくは右腕か。

兎にも角にも、彼女が山吹の魔導士付きの魔女で在るおかげで、周囲が抱く彼のイメージは欠点の欠けらも無いぱーふぇくと魔導士ということになっていた。なってしまっていたのだ。

 

「小耳に挟んだのですが」

「何を?」

 

そんな彼女の特徴的な部位は、藤の花を連想させる紫髪に薄く開かれた目付き。過去は他国の組織にて勤務をしていたが、諸々の事情から()()()()()()()()()、今の立場──秘書に相当する位置で働く妙齢の女性である。親友からの薦めもあり、できるだけ己が親友と共に在ることのできる時間を増やせないかと思い至り進んだこの道は、決して楽ではないものの充実はしているらしく。

上司にあたる山吹の魔導士に対して心底うざったそうなため息を吐きつつも、なんだかんだで付き従ってしまう──そんな関係が続き、今に至る。

 

「また仕事を放置して旅をしに行くとか。後輩の方が嘆いていましたよ」

「あはは、嘆いてた?別に俺1人欠けたって組織は機能するよ……ほんと、ちょっと大袈裟だよね」

「笑い事じゃないですし大袈裟でもないと思いますけど」

 

事実である。

魔女や魔女見習いの階級にある傑物達が集うこの場所では、男の魔導士という立場から存在自体を軽視されがちではあるものの、山吹の魔導士の立場は魔導士以上に重い。

数年前、彼女がこの地に降り立った頃から時たま弟子の指導をサボる魔女のヘルプを行っていた魔導士が、今では格式ある立場として組織の卵を育成する者として活躍しているのだ。教え導く立場にある者のそれが軽いはずもなく、それにも関わらず『自分自身の存在を軽んじる傾向にある』この魔導士の言動に、紫髪の女は呆れ混じりのため息を吐く。

なんとなくではあるが、腹が立ったのだろう。

常に冷静な彼女らしからぬ所作であった。

 

「殺人事件担当講師。多くの魔女や魔女見習いから信頼され、先輩講師からと一目置かれる指導能力に、哲学」

「一目置かれてるのには理由がある訳よ。具体的には、このローブとか……それに、キミみたいな出来の良い後輩もいたワケだし」

「だとしても『結果』で答えを示したのは先輩自身です。過度な謙遜は嫌味になりますし、自分の残した結果くらい胸を張ってください。そして周囲の人間が嘆くような有給の使い方を行った愚行を悔い改め、計画的な有給取得に勤しんでください」

 

何より、この時期に有給を取るということに紫髪の女はブチ切れていた。

というのも今のこの時期、成績処理の真っ只中であり多くの生徒達に成績を付け、生徒達の進路や将来の展望に応じて相談を行う。

例えば、彼女の親友のように胸に身分を証明するバッジを身に付け、旅をしながら依頼を解決するか。はたまた、とある分野に特化したエージェントになるか、後進の育成を専門とした人間になるか、もしくは辞めるか、はたまた目の前でアイスをぺろぺろしてた山吹の魔導士のようにこの国を本拠地として、数多くの依頼を解決しながら後進の育成も行うか。

紫髪の女のように、誰か『付き』の職を取ることも可能であるこの組織は、割と融通が利く職務であるということは間違いないだろう。しかし、融通が利きすぎるのも難点であり、これらを生かした長期休暇が多発してしまっていることも忘れてはならない。

 

「ほぼ休みのサヤちゃんと比べたら俺なんて立派だと思うんだ。毎日働いてるし、休まずに頑張ったし……」

「私の親友をダシに使わないでください。それからサヤはサボっていません、旅の魔女さんを追いかけながら依頼を解決している高尚な魔女です」

「ははっ、親友をフォローしちゃって。百合カプかな?

「至極当然の事を言ったまでですが」

「分かってる。ごめんなさい、いい加減なこと言った」

 

「サヤちゃんはね、俺みたいな魔導士とは比べ物にならないくらい立派な魔女だよ」と。そう言った山吹の魔導士は、身体を伸ばしながら欠伸を敢行。その上で頭の中にあった疑問を解決するために笑顔を見せて言葉を続ける。

 

「だからこそ、キミがサヤちゃんに臨時講師を要請しなかったのは意外だった。なに、断られたの?」

「……はい」

「あっ……まあ、うん。悪いね、兄妹弟子が。俺が言うのもなんだけど、ウチのイレイナバカが本当に申し訳ない」

「最初から断られることを覚悟してはいたので大丈夫です」

「いや、マジでごめん」

 

そして薮蛇をつつく。つついてしまうのが山吹の魔導士なのである。常日頃から関係する人物に対して慈愛と愛情と、百合カップル爆誕という一縷の望みを以て向き合う山吹ではあるが、その誠実さがむしろ逆効果であるということを理解していないためか一向に薮蛇をつつく癖、休暇取得のタイミングの悪さ等諸々の悪癖が改善しない。

そして、改善しない悪癖から織り成す負担は塵となり山と化し、後輩共に降りかかる。去年の今頃、あまりのタイミングの悪さにぶちぎれた紫髪の女が無言で山吹の胸倉を掴んだ事件は記憶に新しいのだが、それ以降も治らない有様を見るに山吹の悪癖は一生治らないのだろう。

 

これはもう、この人の下についた宿命なのだと。

紫髪の女は虚無の精神で現状に向き合った。最近、戻りかけた目のハイライトがまた消えたような、そんな気がした。

 

「そもそもの話をさせてください」

「お詫びついでに聞こうかな」

「休暇の取り方が下手すぎです。もう少し彼女の方と相談してください。あなたは彼女のお願いごとならなんでも聞いてしまうタチの悪いイエスマンですか」

「彼女じゃないし彼氏でもないしイエスマンでもない。俺達は清らかな関係なんだ。そこら辺、サヤちゃんと一緒にしてもらっちゃ困る」

「サヤと差別化したいのなら尚更、仕事に影響の出る恋慕と逢瀬は不味いと思うのですが」

「おい言葉ー。ワードチョイスもう少し考えろー」

 

誤解しないで欲しいのは仕事をしている以上、休暇を出すのは自由だということだ。更に言えば纏まった休暇をこの時期に取るということは『それ以外の休みを無駄にして』懸命に働いたということでもある。それが幸いしてか、彼女の生活は公私共に充実しており、この前は親友と久しぶりに会い、話すこともできた。

 

『サヤ、3ヶ月間旅を中断して協会の講師をするって選択肢は……』

『あ、結構です。というかぼく、イレイナさんリスペクトなんで!』

『意味がわからない……先輩が3ヶ月旅行する間のフォローでいいの。それまで中断してくれれば……』

『はぁーっ!?ぼくがあの人のフォロー!?はーっ!?』

『え』

 

最早毎年恒例となった上司のランデブーとアバンチュールを足して2で割ったような珍道中。それを事前に察知していた彼女の手際は良く、上司の性癖やら思考やらをある程度汲んでくれるであろう人物──つまるところ、兄妹弟子である炭の魔女に臨時講師の要請をした。

しかし、予想外の出来事というものは唐突に起こるものであり。

先程まで和気あいあいとしていた雰囲気は一気に殺伐としたものと化し、更には怒号が響き渡る始末。

なおも大声を上げようとした炭の魔女に、紫髪の女は誠意のイレイナさん写真集で対抗する。「いざという時にはこれを渡してサヤちゃんの機嫌を取るんだ!それはそうと布教用にもう1冊どうかな、かな!?」という上司の言葉を忠実に守り、いざという時の奥の手を使用した紫髪の女は、先程まで地にめり込んでいた上司の評価を一定数まで上昇させた。

やはり上司はいざという時に頼りになると、再認識したのだ。

 

「もう誕生日に貰ってます!舐めないでください!」と炭の魔女の怒りのボルテージが急上昇した。

「控えめに言って死に晒せ」と紫髪の女は無表情で思い、再び上司の評価を地にめり込ませた。

 

『絶対いやです!断固拒否します!どーしてぼくがあんな百合カプ強要ゴリ押しくそ先輩の言うこと聞かなきゃいけないんですか!はーっ!?』

『あんなに仲良かったのに。何があったの』

『あの人はどっちつかずのくそやろうなんです!女性の敵です……イレイナさん大好きクラブの風上にも置けねー人なんです!』

『そう。で、退会手続きは?』

『謹慎処分です!』

『してなかったけど』

 

上司から授かった激おこサッヤ対策が散々であったのと同様に、彼女の『親友を臨時講師にして少しでも一緒にいる時間を増やそう』作戦も散々なものとなってしまった。

イレイナさんだかレナさんだか知らねーが、協会での仕事以外はその人との未来、つまり彼女とのイチャイチャラブラブ新婚生活のことで頭がいっぱいなことで有名な炭の魔女は、今日も今日とて彼女に会うために旅をしながら炭の魔女として依頼を解決する。その様は言っちゃ悪いが自由奔放そのもので、彼女の師に良くも悪くも似たスタイル。そして、自身の兄弟子に位置する魔導士とも似てしまった──皮肉にも似てしまったのだ。

 

炭の魔女だけではない。彼女の師匠に関連する人々の休暇の取り方はとにかく異常なのだ。師へのリスペクトかどうかは知らないが、親友は旅をしながら依頼を解決することを中心に生活が回っており、この場所に帰ってくるのは時たま。休暇はイレイナさん関連の出来事に費やし、時には×××を××××××*1することまでお手の物。先輩と呼ばれている魔導士も、ご覧のような体たらくをキメる上に定期的に旅とか旅行で気分を紛らわせる始末。

その魔導士の弟子1号2号もそれぞれの思うが儘の暮らしをしており、山吹の魔導士がセーブをかけなければ糸の切れた凧のように自由人と化してしまう始末なのだが、そもそもの話で肝心の先輩魔導士がセーブをかけない。

 

まあ、要するに不安定なのである。

規則性と計画性が欠片もない彼等の休息方法に、彼女は何よりもストレスを感じていたのだ。

しかし、そんな事情を知らない山吹の魔導士は「ちっちっ」と指を振りながら不敵な笑みを見せて、続ける。

 

「分かってくれよ、俺にとって旅の魔女さんは第一に優先したい存在なんだ」

「優先順位間違えてますよ」

「プライオリティなんだ。仕事より家族を優先する人々がいるのと同じく、俺はいざという時に仕事より旅の魔女さんを優先する。それはお前とて分かっていることだろう、もっちゃ──ぶっほぁ!!

「2人は家族じゃないですよね……後もっちゃん言うのやめてください、嬲り殺しますよ」

 

もう諭すのも面倒だと紫髪の女は思い、その杖で塊を穿った。

いっその事、もう一生虚無の精神で応対した方が精神衛生上幾らかマシになるのではないのかと、組織内随一の苦労人は嘆息を漏らす。

常にこんな気持ちになる訳ではない。むしろ、この魔導士の下に就いているということを誇りに感じている節もあるにはあるのだが、このように意味不明な言動をされた時は割とガチで後悔してしまう紫髪の女。

されども、なまじ人の心が読めてしまう彼女なりの苦労も一入にあるのだ。ぶっちゃけ、苦労の方が多い紫髪の女は、「どうして先輩ってこんなに変態で意味不明なのだろう」としみじみ思いつつ、有給を取った先輩に内心で悪態を吐いた。

 

「で、仕事の埋め合わせは誰に任すつもりですか?」

「弟子1号と相棒に任せるわ。弟子1号がゲロ吐かないように見張ってて」

「見張り程度じゃどうにもならないです。見張ってても見張ってなくても飲んでしまうんですから

「……せめて書類にぶちまけないように見張っておいてくれ」

だから無理です。彼女はぶちまけます

 

ぶちまけることが半ば確定している似非ハードボイルドに書類関連の仕事を任せるな、と暗に指摘するものの山吹の魔導士は「ダメです。将来のためにあの子に任せます」と断固として譲らない。お前ほんとは早いとこ似非ハードボイルドにポスト譲って隠居生活したいだけだろ──とは流石に思わないが、あまりの人選センスのなさに、紫髪の女が本日何度目か分からない嘆息を漏らす。

そもそも書類仕事は自分のテリトリーでもある。1人いなくなったくらいでヘルプを寄越すな、と感じてしまう所もあったのは彼女の性分か。もしくは、ヘルプがマイナスになってしまう可能性を危惧した防衛反応か。

 

「2人で仕事、回せる?」

「厳しいですけど、回せない量ではないです」

「ごめん」

「3ヶ月間、仕事より旅の魔女さんを優先するんでしょう。メリとハリは付けて然るべきかと」

「辛辣ぅー」

 

そんな彼女の嫌味のような、気遣いのような何かを受けた魔導士は「さて、そろそろ行こうかね」という言葉と共に立ち上がる。既に引き継ぎや、自身のやらなければいけないこと──成績処理に、それらを鑑みての各生徒に対してのコメントシートを書く仕事を終えた彼は、アイスの棒を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を決めた後に、フィンガースナップにより箒を召喚。自らの師の姉妹弟子を以てして『良い面と悪い面も引き継いでしまった』と称される彼の癖は、師の生き写しとさえ言われることが時としてある。そんな光景を見た紫髪の女は、意気揚々と箒に座り込んだ山吹の魔導士に、なんの突拍子もなく一言。

 

「差し出がましいのを承知の上で、好きなのならハッキリさせるべきだと」

「え」

 

唐突に発せられたその一言に、山吹の魔導士が素っ頓狂な声を上げる。傍目から見ても驚いているということが分かるその声は、彼女にはしっかりと伝わっていた。それらを承知した上で、彼女は上司に一考する機会を与えるために言葉を続ける。

迷いなどは、何もなかった。

 

「私はそうしたものを明瞭にしないまま、父を失いました。あの時、伝えたかったことがいくつかあって。あったのにも関わらず父の言われるがままに国を飛び出して、そのまま──父の死に目に会うこともなく」

 

ルーツは、己の過去。

決まっていたはずの伝える言葉は、自らの頭の中で今も燻ったまま。なんの手立てもないまま父を失ってしまったことを、彼女は悔いていた。時として、その自責の念で夜を眠れずに過ごすこともある。その度に、彼女は世界で誰よりも大切な親友に抱き締められ、多くを語らい合い、支えられ、不眠を克服してきた。その事象に行き着くまでは多くの苦労があり、出来れば避けなければならないものも多くあった。

人の心が読めるということは、他人の感情に聡いということでもある。

その聡さ故に、他人と距離を置いた経験。己の過去を晒さなかった過去。それはもしかしたら彼女が避けなければならなかったことなのかもしれない。

その1歩で後悔しなかったかもしれないと考えれば、尚更であった。

 

「貴方と彼女の関係がそこまで暗いものではないということ、分かります。しかし、旅をしている以上何処かで危険は付き纏う……忘れたんですか?あの時──()()()()()こと」

「……」

「私と同じ道を歩みたいのなら結構です。けど、その道は決して望むようなものものではない。冗談でも望むようなものじゃない。もしそんなどうしようもないことを考えている人がいるのなら、私は親友が相手でも叩きます」

 

山吹の魔導士の目が真剣なものに変わる。なんとも彼らしくない、真面目という印象をそのまま顔に写したような凛々しさの残る表情であった。恐らく、直感的に彼女の心情を汲み取ったのだろう。先程の舐め腐ったような笑みはどこへやら、姿勢を正し、彼女の言葉の続きを待った。

 

「人は簡単に死ぬ。悲しいけど、人には命がある。そして、その命は自然に脆い、簡単に負けてしまう。それを経験しているからこそ、言わせていただきます。伝えたいことは早い内に──と」

「うん」

 

そして、紫髪の女がそう言い切ると山吹の魔導士は真剣な目つきのまま、閉ざしていた口を開く。その言葉の内容自体は非常にシンプル。一言で済む了解の言葉に、紫髪の女は続ける。

 

「うん、ですか。先輩らしい適……こほん、正直な返答ですね」

「いや、だって。気遣ってくれたのに、笑えない」

 

笑えないのだと、山吹の魔導士は言う。

本来なら、この場面。山吹の魔導士の性格上「心配性だな、ははっ!」と笑い飛ばすことができたかもしれない。何せ、元が快活で楽観的な性格だ。多くの言葉を笑い飛ばし、良くも悪くも言葉を疑わないその気質で人と向き合うのであろう。

しかし。その一方で、山吹の魔導士はここぞの場面で目の前の人物に対して真摯になる。笑ってはいけない時。誰かが深刻な表情をしている時。人が当たり前のように読まなければならない雰囲気を読み取り、聞き手に回り、時として対象を魔導士として導いていく。

彼が魔導士という立場でありながら、多くの魔女や魔女見習いから慕われる要因が、この点にある。魔女である前に、魔女見習いである前に、魔導士である前に、人として当たり前のことができる。当たり前のように、人に気を遣える。

それができるからこそ、彼は『人として』信頼されていた。

ただの馬鹿で転ばない()()()が、自然と人を惹き付けていくのだ。

 

「普段からヘラヘラしてるし、たまに自分でも気付かずに笑っちゃう時もあるけどさ。けど、キミがそういうことを伝えてくれる時に笑うのは失礼だと思うから笑わない」

「勝手にしてください。まあ、いっその事笑ってくれた方が幾分か楽ではあるんですけど」

「えぇ……」

 

そして、それは紫髪の女とて同じなのだ。

出会った当初は変人という印象を抱きつつ、深く関わらなければ知ることのできない彼のらしさに触れ、決定的な事件があり、今に至ったこの関係。

恐らく山吹の魔導士はこれからも彼女に対してふざけつつも時として真摯に向き合い続ける姿勢を貫くだろうし、紫髪の女はその男に対してなんだかんだ言いつつも付き従ってしまう。

それが2人の関係。信頼から織り成す、2人の友情なのだと言えば──この関係の整合性は取れるのではないかと思う。

 

()()()ちゃん、最近意地悪って言われない?」

「言われないです」

「マジかよ」

「本当です」

 

さて。

この話では徹底して本名を隠し続けることにより本来あるべき『日記の秘匿性』を守ってきたわけではあるのだが、ペラペラと他人の名前を開陳し、更にはうっかり紫髪の女の名前を呼んでしまった馬鹿野郎のせいで秘匿する意味がなくなってしまったため*2、最後に2人の名前を記しておこう。

 

彼の名前はオリバー。()()とも呼ばれるその男は、母譲りとも取れる中性的な顔つきに短く切られた山吹の髪を携えた魔導士であり、灰の魔女との関係が有識者から怪しまれている謎多き変態魔法使い。

そして、そんな男の世話を何かと焼く苦労人の名前はモニカ。

石蒜(せきさん)』の魔女名を賜った協会5指に入るエージェントであり、後世にて語り継がれるであろう山吹の魔導士の相棒である。

 

 

 

 

 

 

俺にとって、レナさんは特別な存在である。

まあ特別と言っても断じて彼氏彼女の間柄ではないし、実はレナさんがずーっと昔から俺のことが好き的な、そんなラッキーパンチ的な関係でもないのだけど。それでも俺にとっては彼女は特別な存在だし、なんならその特別の為に命を張ったって構わない位の思い入れがある。

では、その『特別』ってのは明確になんなんだド変態ハーレム希望のくそやろう──と問われてしまえば、それはそれで言葉に詰まってしまう。

何故かって?そりゃ当然……

 

『キミにとっての俺ってなんだ?』

『それ、私に聞きます?』

『あいや、ちょっと分からなくなって……レナに聞いた方が手っ取り早いかなって』

『うんと悩んでください。それで得た答えなら、別にどっちでも……』

『ん?』

『……それは嫌ですね』

『んん?』

 

俺の頭の中での特別が分からなくなってしまっているからである。

ある日には、親友だと思い。時には悪いことも一緒に楽しむ悪友と信じ。はたまたある日にはサヤちゃんと同じようにズッ友だと思ってたら、その妹のミナちゃんに「姉さんと同じ気持ちにならないで、変態先輩」って言われたり。

ある日には、『ひょっとして俺、レナさんのこと好きなんじゃね?』なんて思いから恋愛対象として見ようとしたこともあった。

だって俺、レナさんのことフツーに好きだし。その感情がもしかしたらラブなのでは?とか思ったりするのは普通のことじゃないか?

 

けど、結局「そうはならんやろ」ってなった。

というか、させてくれないだろう。レナの周りにはカッコ可愛い女の子も、男の人もいる。何より、俺にはあの人に打ち勝つほどの愛情の強さにも、サヤちゃんやアムネシアに負けず劣らずの美貌もない。

皆無とは言わないが、打ち勝つと自負できるほどの自信がない俺がこの子を好きになり、『結婚しようぜふひひ!』とか言ったところで結果は目に見えている。それならまだサヤちゃんが突貫少女よろしく「結婚しましょう!」って言った方がまだ確率が高いと俺は思う。

 

「であるからして……あの、ノル」

「んー?」

「あんまりこっちをじーっと見ないでください。なんですか、なにしたいんですか」

「いや?レナは良い嫁さんになるんだろうなーって。そんだけ」

「突拍子なさすぎですね……」

 

……あぁ、この子もいつか、心の綺麗な男の人と普通の恋愛をして、普通の結婚をして、普通に可愛い娘に物語を語り聞かせるんだろーなー!そして、その女の子が旅に快楽を見出してサヤちゃんあたりが師匠になって、更には3代目として魔女名継承して……!!

あかーん!!こんなの見れたら幸せで死ぬ!!2度目の人生心臓ショックで逝ってまう!!魔女名継承の時点で既に死にそうなのにサヤちゃんが師匠!?

 

ったく、これだから妄想は最高だぜ!!

という考えに至ってしまう俺は、恐らく一生『特別』の意味が分からないまま第2の人生を終えるのでしょう。歳を取り、魔力が割とあるせいで若さは保ちつつ、とはいえモテモテなラッキースケベなハーレム生活も送れない哀れな魔法使いライフを歩むのだ。

ごめんよ、父さん母さん。多分俺結婚できねーわ。

 

「さあ、あなたの彼女さんが来ましたよ。私の言った通りにして、プレゼントを貰ってきてください」

「は、はい!が、ががが頑張ります!」

 

さて、無駄話もそこそこに。

レナからのありがたーいアドバイスを貰った少年が緊張しながらも自らを鼓舞するために大声を出す。アドバイスを送る前に下準備として手紙やら、スイーツやらで釣り出したのが功を奏したのか、指定した待ち合わせ場所──近場の噴水広場には既にターゲットとなる女の子が到着済み。さあ、後はプレゼントを貰うだけだ!と意気込んだ少年は、意気揚々と女の子の元へと向かっていった。

先程まであれやこれやと考えていた俺は、正直レナのアドバイスを寸分たりとも聞いちゃいなかったのだが、まあレナのことだし大丈夫だろう──と考えつつ、なんだかんだ内容が気になったためにひそひそ耳打ち。

若干レナの肩がビクリと動いた気がしたが、気にしないものとする。

 

「お前なにアドバイスしたの?」

「ごく普通のアドバイスです」

「つまりどういうことだ?」

「アドバイスです」

 

いや、もちろんそりゃあ分かりますとも。

俺が聞いてんのはそういう事じゃなくて内容なんだよ。レナが少年に対してどのような言葉を用いて解決に導き、金貨5枚を貰うのか……それが知りたいわけであって、何よりそれが分からないキミじゃなかろうてからに。

 

「内容を教えてくれよ。気になって夜しか眠れない」

「熟睡しているようで何よりです。ちょっとむかついたんでしばらく話しかけてこないでください」

「なるほど、つまり俺に寝るなと。常にキミのことを考えろと。そう言ってるのか?」

「……まあ、はい。それなりに

「おーい!自分に防音魔法使ってどうするのかなー!まさかキミ、自分で自分をあれこれすることに快楽を見出しちゃったけ──もう許さねぇからなレナァッ!!!!」

 

抱きしめるぞオラァ!!

 

 

 

 

 

 

プレゼントステークス。天気は晴れ。

そんな冗談みたいな実況プレイを隣の可愛い女の子とやれたらどんなに幸せなんだろうなと、俺は一瞬思った。

心地よい太陽と優しい風に晒され、隣には可愛い女の子。どんな状況になろうが痛くも痒くもない他人の色恋沙汰に「青春だねー」なんてお茶でも啜りながら語り合って、そして最終的には寝る。

そんな日をこの子と過ごせたら──きっと、もう。たまらねえだろうなぁって、そう思ったんだ。

 

「と、いうわけで秋空が心地良い季節となりました。第1017回、プレゼントステークス。天気は晴れ、水溜まりはなし、絶好の勝負日和でございます」

「…………」

「絶好の勝負日和。そうですよね、セレステリアさん」

 

まあ、だからといって実行に移すバカが何処にいるんだって話なんだけどな。

あいや、でも仕方ないのよ。だってもう──厳密にはバイトデートを提案した時から俺の胸ははち切れんばかりに暴れ、とにかくレナの色んな姿を見たいという欲望が漏れ出してしまったのだから。

正直魔女服のレナだけでは今は満足できない。

それこそ、お遊び実況プレイをしなければ俺がどうにかなっちまいそうなんだ。見苦しいことこの上ないだろうが、何卒レナには付き合ってもらいたいものである。

 

「なあ、いい加減機嫌直せってば。話聞いてなかったのと、俺が夜しか眠れないのは謝るから」

「……」

「頼むよ。俺、セレステリアさんとお遊び実況プレイしないと死んじゃう病なんだよ。なんだかんだで数15年の付き合いじゃないか、頼むよー」

「……あなたが」

 

そのためには、先ずは彼女の機嫌を直す必要があった。

ブチ切れてるとまではいかないが防音魔法を使い、会話を阻害するくらいには怒っているレナさんは、先程から隣でぶつぶつと文句を垂れ流している。

こうした彼女を見るのは初めてではないが、正直なところ『何度も見慣れた光景』にするのもまずいよな──と思った俺は、1歩引いて謝罪を敢行。

俺は引き際は間違えない男なのだ。

 

「いつまでも友愛と親愛を履き違えているせいです」

「同じようなもんだろ。イレイナサン、アイシテルー」

「絶対に私は悪くないです。多分、きっと……いえ、絶対に」

「うっひゃっひゃ!」

 

「コホン」と咳払いをしたレナが呆れたような目付きで隣の俺を見る。

いや、これ『呆れたような』じゃなくてガチで呆れてんな。目が『何が引き際ですか、巫山戯ているんですか』って雄弁に語ってるんだわ。

何処で階段を踏み違えた、俺。

 

「そもそも1()0()1()7()()()していませんし、私の名前はセレステリアさんじゃないのですが……」

「ですよね、数えてないですし。さて、待ちわび続けた今日というこの日。世の男性諸君が異性からの贈り物を期待し続けるこの季節。あなたの夢は叶うのか、私の夢は叶うのか。因みに私の夢はズバリ、アムネシアさんです。せめてもう一度くらいはお目見えしたかった……あ、ちなみにプライバシー保護のため、セレステリアさんのお名前は仮名としておりますので悪しからずー」

「人のプライバシーを気にする暇があるのなら自分のデリカシー気にしてください」

 

それは今更だと思う。

とはいえ、徐々にレナが会話のリズムに乗ってきたのは朗報か。俺の求めているお遊び実況プレイには彼女の協力が必要不可欠。言葉が辛辣か優しいかなんて、そんなものは関係ない。俺にとってはどんな言葉でもレナの一言ならご褒美に等しいものがあるのだから。

 

少しだけ、本当に少しだけレナの横顔を見る。

目が合った。

射殺すような鋭い目つきで睨まれた。

 

「その先にあるのは成就か、破滅か。好レースが期待されます、プレゼントステークス。実況は私、旅の魔導士兼弟子のゲロ処理担当魔導士、ノルが。解説には数多の女性を文字通り堕としてきたオールラウンダー。灰の魔女、セレステリアさんをお招きしております……セレステリアさん、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いします」

「いやー、セレステリアさんから見て今日の3番勝負はどのような結果になると思われますでしょうか」

「そうですね。まあ……この茶番はなんですか?というのが第1印象ですかね」

「ははっ、手厳しい。照れ隠しかな?」

「その都合の良い思考が羨ましいです」

 

でへへ!俺の持ち味でーっす!!という冗談もそこそこに、俺は改めて視線の先にある少年の服装を見る。茶髪の少年は先程まで内側から外側までどっぷりド変態色に染まっていたのだが──生まれ変わった少年の姿を見たことで、俺は絶句する。

 

「お、おお……これ、レナがプロデュースしたのか?」

「はい」

「お前……すげぇよ。将来的にはシャロン様と服屋作れるよ……」

「どうしてそこでシャロンさんが出てくるんですか……というか、どうしてあなたがシャロンさんのこと知ってるんですか」

「……ぐ、偶然?」

「なるほど、後で詳しく」

 

俺とシャロン様の偶然的邂逅はまた別の機会に話すとして。

先程から視界に収めていた少年の雰囲気はかなり変化している。大人っぽい黒を基調とした服に、落ち着き払った雰囲気。これは俗に言うところの大人の雰囲気とかいう奴であり、多くの女の子が好ましく思うであろう雰囲気の最先端。

これには多くの女性からド変態の烙印を押された俺も見習いたいくらいだ。見事な沈黙具合で彼に内在するド変態要素が隠れている。

恐らく今の彼を見た多くの人たちは、まさか彼が『プレゼントを乞食するド変態』だとは思わないだろう。

流石だよ……レナ。

 

「さあ、セレステリアさんの指示の通りのお洒落をしてきましたカルミアくん。以前が壊滅的なレースでしたが、ここに来て信頼できるコーチとの出会いがありました。信頼関係による相乗効果が注目されますね」

「清潔な服装で挑めと、一言だけ言いました」

「短くも効果的なアドバイス!今日のレース捌きに期待しましょう!!」

 

ゲートは開かれないが、勝負は始まった。

勝利の女神は微笑むどころか、ロベッタにてお茶を啜っているであろうこの世界の片隅で、プレゼント乞食少年は先手を打つ!

先駆けならぬ、開幕速攻スライディング土下座で女の子を驚かせるプレゼント乞食少年。

なんと、彼はプレゼントを貰うために必要な挨拶代わりのジャブに土下座を選択したのだ。

 

「な……なに?」

「え……えっと、その。この前はごめん、色々……キミの迷惑になることばかりやった」

「え、えぇ……別にいいけど」

「ごめん!ごめん!本当にごめん!生きててごめん!生まれてきてごめんッ!」

「いや、そこを謝られても」

 

その選択肢を使用するためにベットしたのはプライドか否か。

些細なことではあるのだが、プライドの捨て方もバランスが必要だと思うんだ。あまりに高くても尊大なイメージを抱かれかねないし、低すぎても「なんだこいつ」とか思われて話しかけにくくなる。

恐らく彼はプライド全部投げ打って彼女に土下座したのだろうが、彼女は困惑してプレゼントどうこうの雰囲気じゃなくなっている。

これではバレンタインデーどころかアポロジーデーじゃないかと思っていた俺だが、レナの不敵な笑みを見て考えを改める。

 

「ふふ……青いですね。この程度の土下座で事を達成出来ると思っているのでしょうか」

「……レナ?」

 

だ、大丈夫なんだよな?

し、信じるからな!?

 

「レース序盤、先ずは謝罪から入りました。セレステリアさん、これはどのような狙いなのでしょうか」

「潔さが肝心だとアドバイスしました」

「いや、むしろプライドを捨てろってアドバイスしたんじゃ……あいやぁ!まさに天啓!いつでもどこでもキミは的確なアドバイスを送る!まさに勝利の女神!流石あの人の娘!」

「関係ないと思います」

 

関係あると思うよ?

だってキミ、本当にあの人にそっくりだもの。なんというか、言語化しにくい根っこの部分とか姿、立ち振る舞いとか、狡猾なとことか、俺的にはめっちゃ似てて好きなのだ……

と、感慨に耽っている間にもプレゼントステークスは中盤戦に入る。先程まで謝罪に入っていた男の子が彼女の肩を掴み、あろうことか迫り始めたのだ。

己はプレゼントにどれだけ必死なんだ……と内心で彼にツッコミを入れたくなったが、恐らく俺が彼の立場でもそうしただろうし、笑わない。

男の子って、誰でも目の前に好きな子がいると少しだけ理性が外れちゃうんよな。その結果、俺だって妄言のオンパレード連発している訳だし。

自分のこと棚上げして馬鹿になんてしないし、むしろ何が悪いだって思う。

情熱をぶつけられる相手がいるんだ、良い事じゃあるまいか──

 

「で、でも!やっぱり僕、キミのプレゼントが欲しい!キミじゃなきゃダメなんだ!キミのプレゼントじゃなきゃ、満足できないんだ!!」

「え、えぇ……」

「ふぇーん!キミのプレゼントが欲しいよぅ!!」

「引くわ」

 

ぜ、前言撤回していいっすか?

 

なんで泣き落とししとんねん。

そもそも本当に泣き落とそうとする奴は『ふぇーん!』なんて言葉にしないし、女の子だって引かせない。

女心と男心は別物だと前から思っていたが、やはりそうだなと俺は確信する。

そして、レナさんは間違いなくそこら辺が分かっていない。というか演技力とか諸々すっ飛ばしている時点で……

 

「ふふふ……これで仮に失敗したとしても『彼女と話せたこと』があなたにとっての最大の贈り物でしょう?と誤魔化せますね」

「……」

「慈善活動のついでに金貨5枚も貰えるなんて……最高にチョロ……こほん、美味しいお仕事ですよ、本当に……」

 

あっはい。

そんな感じだと思ってました。

いや、いいんだけどね?ぶっちゃけそういうお金に関しての賢さがなきゃこの子らしくないし。これに関して俺が彼女を咎めなきゃいけないとか、そういうことはないんだけどな……

 

「レナ、顔。可愛いけどだらしなくなってる」

「セレステリアさんの設定はどうしたんですか?」

「今はお遊び実況プレイよりもキミの緩みきった表情筋の方が大事……つーわけで、ほれ。ちゃんとしろ」

「あなたが直してください」

「バカップルかな?」

 

何を隠そう、こいつこの前にも同じような手法で人を騙し危うくサツのお世話になった過去を持つ。

そうした過去から、世のため人のために先ずはコイツを何とかした方が良いのではなかろうか。と、何度も思うのだが結局彼女に甘い俺は、小汚いお金稼ぎを黙認してしまっているのだ。傍から見ればレナの行為はこう……あれ、ほら、なんつーか……人としてダメなアレなのだが、俺にとってはいつもの彼女。どう足掻いたって変わりゃしない彼女の姿勢が俺にとっては精神安定剤みたいなもんだったし、何より俺自身がちょっぴりクズっぽい面と、優しくて可愛くていじらしい面もある彼女のギャップを望んでいた。

その思いを今更捨てようなんて思えないし、なんならずっと見ていたい。

だから、うん。

 

「俺はレナの表情を見る役回りに徹しよう」

「何か言いましたか?」

「ん……まぁ、そう。レナはいつも可愛いなぁって」

「喧嘩売ってるんですか」

 

そうだよ、難しいことは考えずにレナについて行く。それが1番平和な世界線だよ、間違いない。というわけで頬を両手で優しくマッサージ。目を瞑りながらそれを受けていたレナの顔がいつもの凛々しい表情に戻ったところで、お遊び実況プレイに戻る。

世のため人のためとか抜かしたが、俺も大概である。

 

「セレステリアさん、これは掛かり気味でしょうか。カルミアくん咽び泣き始めましたよ」

「困った時は情に訴えろ*3とアドバイスしました」

「やる人によりますね!男の咽び泣きとか誰得かな?」

「さあ、そろそろ勝負が決まりますよ。あなたも少しは彼の積極性を見習ってください」

「何だとッ!?」

 

さて、そんな言い合いをしている間にも舞台はクライマックスへと移行する。ラストスパートの中のラストスパート、最後の末脚を発揮したプレゼント乞食少年は必殺技、懇願を発動する。

実はこれ、意外と強いのだ。それも、しつこければしつこいほどサツの世話になるリスクが高まる代わりに、要求さえ飲めば静かになってくれるだろうかというありもしない願望的思考が高まり、当社比でハイリスクハイリターンの効果を得ることができる。

因みに俺はレナに懇願して魔力の塊を2発撃ち込まれた。

何を要求したのかは墓場まで持っていくつもりである。

 

「た、頼む!1回でいい、プレゼントを──思い出になるプレゼントをくれ!!後生だ!!」

「そ、そこまで言うのなら──」

 

押しに押し、押されに押され。ようやく彼女の氷の心が溶け始め。

遂にゴール目前となったプレゼント乞食少年はとどめを刺すために一息間を置いて、決め台詞を──

 

「き、キミからプレゼントを貰えたら……興奮しますよね」

「気持ち悪い」

 

 

 

 

 

………勝負が、決まった。

 

 

 

 

 

「おい、レナ」

「お遊び実況プレイはどうしたんですか?」

「あれはダメだって」

「決め台詞らしいです。これだけは外したくないと、たっての希望で」

「そこを修正するのもキミの仕事だろ……」

 

結果はレースをする前から決まっていたらしい。

一見従順そうに見えたプレゼント乞食少年は、とんだ暴れ馬だったらしくレナは途中で匙を投げ。

まあ、ワンチャンスあるかなー的な希望的観測や、どちらにせよ言いくるめて金貨5枚貰えるからいいかー的な小悪魔的思考を抱いてしまった彼女は四つん這いの姿勢になり落ち込むプレゼント乞食少年を一瞥した後に、金貨1枚をコイントスの要領で真上に弾き、それを片手で掴んだ。

結果は、裏。

まあ、それがなんだって話なんだけどな。

 

「実況なんて馬鹿なことやってないで、とっとと次の街に行きますよ」

「おい、2枚分は?」

「もういいです。掠め取る気を削がれました」

「どういう風の吹き回しっすか」

 

すました表情で、レナは報酬を諦める。

本当にどういう風の吹き回しかは分からないけど、それでも俺は彼女に報酬のことを追及する気にはなれなかった。

だって、そもそも俺はバイトデートしたかったわけだし。そうじゃなくても、この旅での俺の立場は彼女の付き人。立場とか、そんなのは関係なしに好きで彼女に付いていっている魔導士に、常に行き先を決める少女の決断を強制的に止める権利が何処にあるというのか。

 

今後もあーだこーだ言いつつ、俺は彼女の判断を尊重するし、彼女の行動を信じて、楽しんでいくのだろう。

だってそれが、今の俺のしたいことだから。

 

「まあ、キミが良いのなら別にいいけど……あ!それじゃあ金貨3枚分バイトデートしようぜ!!」

「キメ顔でそれ言うのやめてくれませんか?」

「え、今の俺キメ顔してる?かっこいい?」

「いえ、むしろ『キマってる』というか……お薬キメているというか……」

 

それはそうと、さっきからレナがひどい。

いや、もしかしたら彼女なりの褒め言葉──という可能性も無きにしも非ずだがこの場合悪口の可能性が高いだろう。

何となく今の表情を見ていたら分かるのだ。ゴミを見るような目に、冷たい眼差し。軽蔑のハッピーセットと言っても過言ではないその表情を浮かべられれば、嫌でも俺は察してしまう。

俺はどうやら、またしてもやらかしてしまったようだ。

 

「変わりませんね、良くも悪くも」

「たはは、ごめんごめん」

 

と、まあ。

全国の男性諸君が見たら、こんな記念日に何やってんだと言われてぶん殴られるであろう今日の俺。喧嘩する前に肝心のチョコレートを貰えだとか言われ──あ、そうだ。去年も今日みたいにプレゼント貰うの忘れてサヤちゃんに怒りの台パンくらったよなぁ。

曰く、「あの人とデートしている癖にプレゼントイベントを不完全燃焼で終わらせるとかモグリですか!?えーそうですか!さてはぼくへの当てつけですね!?」らしく。誠に恥ずかしいことであるのだが、あれからサヤちゃんと口を利いてないのだ。

ちくせう、後で仲直りしなきゃなあ……

 

けどさ、仕方ないだろ?

実際のところ、バレンタインプレゼントを俺はもう貰っているのだから。

苦くも甘く、幸せになれるプレゼント。何よりも俺自身がそれを望んでいる、物でも事でもない、最高の贈り物を。

 

「まあどんな顔されてもバイトデートはしませんけどね。下心見え見えの誘いに乗るほど私は軽くはありませんし」

「ッ……!レナっていつもそうだよな!!そうやって思わせぶりな態度とって!俺のこと何だと思ってるんだ!?」

「きしょいです」

 

物も事も、『時間』に比べたら些細なものだと。

さっきの報酬の話じゃないけど、チョロい俺は『()()()()との時間が最高のプレゼントだって』そう思ってしまうんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、忘れてました」

「……もしや」

「これあげます。味は期待しないでください」

「ッ……!やっぱレナのこと大好きー!!」

 

なお、今年も美味しいチョコを貰いました!

やったね!

 

 

 

 

*1
妄想があまりにもえげつないため自主規制

*2
尤も、会話の内容を割愛せずに全て記した奴も大概であるが

*3
そう、泣き落としです。




ノル イメージ画像

【挿絵表示】

※詳細は活動報告にて。(自作じゃ)ないです。


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和洋折衷ウェディング?

Happybirthday Dear......
白い髪の妹キャラ視点です。


 

 

 

 

 

 

 

 

──信仰の都、エスト

 

かつて住んでいたその故郷を旅立ち、長い旅路を経て、私たちが新しく見つけた故郷は、国名の通りの平和と、暖かな風と、日差し。そして、少しばかりの刺激的な日常と小鳥の囀りが聞こえる優しい国です。

その国の片隅に暮らす私とお姉ちゃんは、今日という日を迎えることができた何よりの理由である私達と、2人の恩人に感謝をしながら今日もワインやコーヒーを飲んだりしながらのびのびと暮らします。

かつて過ごすことの出来なかった時間の倍、それ以上の時間をお姉ちゃん達と暮らせるように、心の中で祈りながら。

 

 

 

 

 

 

……さて、前置きはそこそこに。

 

「ドレスです!!」

「和服だろ!!」

 

とある私たちの故郷の、とある喫茶店。

パン料理が美味しいとされるそのお店のテラス席で2人の魔法使いが『ドレスか着物か』で死ぬまで喧嘩しそうな勢いの言い合いをしていました。

ぎゃいぎゃいと擬音がつきそうな……いえ、実際に2人ともマシンガントークの中に「ぎゃいぎゃい!」と付け加えているのであながち間違ってないのですが、とにかくぎゃいぎゃいと言い合いをしていたのでした。

どうやらおふたりは1年前、とある魔女さんを以てして「魔法統括協会史上最も壮絶であほくさい冷戦」と称されるほどの大喧嘩を繰り広げ、そこから1年音信不通の状態が続いていたらしく。

今みたいにぎゃいぎゃいと喧嘩するようになったのも最近やっとと言った感じらしいのですが……

 

「何を言っているんですかオリバーさん!イレイナさんは洋で輝くんです!素人は黙っていてください!」

「な、何をぅ……!?原作(本編)の正妻ポジが小癪な……!!」

「和服のマリアージュは黒髪に限ります!逆に言わせてもらえばぼくの経験上、ドレスのマリアージュこそイレイナさんなんです!!少しはぼくを信じてください!!」

「ま、マリアージュ……ッ!!」

 

私、思うんです。

「あー、これしょうもない喧嘩ですね」と。

いえ、別に悪いことではないと思うのです。譲れないもののために自分の我を押し通すということは私自身やったことがありますし、何よりオリバーさんの()()に関しては尊敬している点がありますから。

数年前の瓦の国で長々と話されたイレイナさんとの思い出話や、私とお姉ちゃんを助けてくれた時のことから見出した、オリバーさんの胸の中にある「イレイナさん」という譲れない一本線。

その一本線に私は見習うべきものを見出しました。どんな時でも大切な人のことを()()()()()行動や言動を取るオリバーさんのように、私もお姉ちゃんを思いやることのできる人になりたいと、そう思っているのです。

 

「テメェふざっ……ざっけんな!いやまあ確かにイレイナのドレス姿は見たいけど!けど、ここはアクセントを考えるべきだ!!」

「あ、アクセント……ッ!」

「そもそも和服を知っているお前が何故イレイナにそれを着せようと思わない!?マリアージュなんて試してみて初めて分かるもんだ!!それを試さずに口だけで可能性を絶つなど……言語道断!!」

「言語……道断……ッ!?」

無礼(なめ)るなよ……和服を……!」

「ぐ……ぅ!」

 

でも、私思うんです。

「拘りがつよすぎるのも考えものですよね……」と。

オリバーさんの想いの強さに焦点を当てつつ、それでいて客観的に見れば分かると思うのですが、この人サヤさんと想いの強さ故に大喧嘩して、1年間音信不通になってるんですよね。

いくらお姉ちゃん大好きな私と言えども、こだわりのせいで友人と1年間音信不通になるのは普通に嫌です。

私は一本線や真心は見習いつつ、時には譲歩する──そう、モニカさんのような人になろうと思いました。

 

「……モニカ、お互い主張の強い年上を持つと大変ね。同情するわ」

「同情なんて無駄なことしてないで喧嘩を止めて。あなた2人のブレーキ役でしょ」

「……じゃあモニカは自分の兄代わりの先輩を止めて。私は自分の姉を止めるから」

「姉妹揃って目と耳腐ってるの?」

 

現在ミナさんとお喋りしている魔法統括協会五指に入るエージェント。石蒜の魔女名を持つモニカさんは、オリバーさんやサヤさんと年がそう変わらないのに人生の倍生きてるんじゃないかって位大人の女性です。

常に人の心を慮り、時に厳しく、たまに優しく人を導いてくれます。何より魔法統括協会の中でも五指に入るくーるびゅーてぃー。

見習わないなんて選択肢は私にはありませんでした。私は出会った瞬間からモニカさんのような大人の女性になりたいと思ってしまったのです。

 

まあ、どうしてそんなに大人なのか聞いた時に目のハイライトが消えた状態で「せざるを得ない環境だったから*1」と言っていましたが。

こんなにもくーるでびゅーてぃーな魔女さんの目のハイライトを消し、()()()()()()()()()()()()()()()()魔法統括協会とは一体。

あれですか、怪物や悪魔が行き乱れる魔境なのですか。*2

 

「じゃ、邪道です!!」

「テメェ今なんつったゴラァ!!!」

「オリバーさんの存在が邪道だって言ったんですよっ!!」

「あー怒らせちゃったねぇ!!オリバーさんのこと本当に怒らせちゃったねぇ!!」

 

あ、ごめんなさい。

自己紹介が遅れてしまいました。いえ、最初からするつもりではあったのですが、突如起こった2人の喧嘩に気を取られてしまい、挨拶するタイミングを失ったため自己紹介が遅れてしまったわけなのです。

決して私がおっちょこちょいだとか、そんなことはありません。何せ私はお姉ちゃんの妹ですから!

そんなわけで改めまして、私はアヴィリアといいます。

白く長い髪と、可愛らしいお姉ちゃんそっくりの顔つきがきゅーとな女の子です。

得意なものは魔法、苦手なものはお部屋の片付け。

少し抜けたところがあると言われますが、そんなことは全くないぱーふぇくとな魔法使いなのです*3

 

さて、そんな私がオリバーさんとサヤさんのお話もとい大喧嘩に巻き込まれているのには理由があります。

 

『な、アヴィたん!今度相談に乗ってくれよ』

『はぁ、なんの相談ですか?』

『ふふん……着物・オア・ドレスだ!!』

『?????*4

 

数年前のとある事件から始まった私達とオリバーさんの関係は、俗に言う親友というものだったと断言できます。

今となっては懐かしい出来事ではありますが、『初対面』で私のことをアヴィたんと抜かしやがった山吹の髪の魔法使いさんは、そのくーるな見た目とは裏腹にイレイナさんと女の子同士の恋愛が好きなだけのくそやろうでした。

それでも先程回想したように、誰かを思いやる姿や大切に思う心を持つオリバーさんはイレイナさんと協力してお姉ちゃんを助け出し、お姉ちゃんを騙した魔女を文字通りつるし上げた後に高らかに宣言します。

 

 

 

『アムネシアが俺の事を想ってくれているように……俺もアムネシアのことを想っている……!』

『ふぇっ……!?』

つまり俺達以心伝心……!!さあ、飛び込んでこいよ!!俺の胸に!!*5

『え、ぅ、あ……そ、それはその……つまり、ノルくんのおめか──』

『?……あ、もしかして結婚したいのか?俺以外の奴と……*6

『えええええ!?』

 

『アヴィリアさん、あの馬鹿野郎突き落としておいてください*7

『わかったのです』

 

と、まあそんなこともあり。

なんだかんだ言ってもオリバーさんは私達姉妹の恩人であり、イレイナさんと同じくらい──いえ、私にとってはそれ以上に感謝したい相手なのです。

そんなオリバーさんが激務を乗り越え、お金を貯め、自分の想いにしっかりと向き合ったことでようやく掴んだ等身大の幸せ。

その幸せがよりよくなるためのお手伝いをしないなんて選択肢はお姉ちゃんにも私にもありません。

だって、オリバーさんは()()()()()かけがえのない親友であり──ちょっぴり憎いですけど、お兄ちゃんのような存在なのですから。

 

「……えへん」

 

なので今日は私の頼れる所をアピールし、オリバーさんに「ふぇー!もうアヴィたんなんて子供みたいな呼び方できないよ……ありがとな、アヴィリア*8」とか言われたり、お姉ちゃんに「流石アヴィリア!お姉ちゃん鼻が高いわ!*9」とか言われたりしてちやほやされる予定だったのですが……

 

「大体邪道とはなんだ!イレイナの可能性に対して邪道と言ってのけることはお前の理念に反するだろ──ぎゃいぎゃい!!」

「はぁー!?ぼくは和服が悪いと言ってるんじゃなくてウェディングで和服を着せるっていうオリバーさんのくそセンスに──ぎゃいぎゃい!!」

 

ご覧の通りの惨状で、入り込む隙が見当たりません。

どうやらオリバーさんは自分の知恵を振り絞っても最良の答えが見つからなかったらしく、今まで培った人脈をフル活用して悩みを解決しようとしていたらしく。

今この空間には遅れてやってくる予定のお姉ちゃん以外にも、ミナさんやモニカさん、サヤさん等の方々がいるのでした*10

というか男の人いないんですよね。

なんですかオリバーさん、ハーレムですか。ハーレムなのですか。

 

「先輩、冷静になってください。ここでサヤと張り合ったところで彼女のウェディングにはなんの関係も──」

「大体お前はいつもそうだ!抜け駆けはする!プレゼントは贈る!うなじに触る!入れ替わる!ひよっこ時代に添い寝する!そこまではいいとして……あの子のウェディングを西洋式で完結させるに飽き足らず友人代表っ……!?なんか僕に恨みでもあるんですか!?」

「…………」

 

そんなオリバーさんの人脈によって駆り出されたモニカさんは、彼の暴走を止めようとして見事に撃沈した後に小さくため息を吐きました。

金髪の魔女さんを以てして苦労人と評される彼女の目のハイライトは、オリバーさんやサヤさんの頭のおかしな行動や言動を見聞きすることで消え失せ、無言で常備していた胃薬に手を出します。

最近はたまに使うと言っていた胃薬を錠剤から粉に変えたらしいです。世のため人のため、オリバーさんには依頼やウェディングよりモニカさんを労うことに心血を注いだ方がいいように思いました。

 

「姉さん、落ち着いて。ここで争っても無益極まりない。どうしても西洋式がいいのなら……私が」

「はーっ!?それを言うならぼくだって業腹ですよ!オリバーさんが東の国の何を知ってるってんですか!?東の国のイロハも分からないイレイナサンスキーは黙って西洋式で祝福してくださいボケー!!」

「幼稚にも程がある……」

 

そして、苦労人といえばこの人も忘れてはいけません。

先程から暴徒さんもびっくりな程に暴言を吐き、放送コードに引っかかっちゃいそうな言葉を惜しげも放つことでオリバーさんという変態さんに立ち向かうサヤさんの手網を引く『煤の魔女』ミナさん。

家族である姉のことが大好きなシスコンさんも、モニカさん同様に兄妹弟子であるオリバーさんとサヤさんの喧嘩に胃を痛めている1人でした。

 

「……けど、そんな姉さんも……好き……」

 

……い、痛めてますよね?

今なんか不穏な言葉が聞こえたのですが、こんなの見て「お姉ちゃん大好きなのですー!」みたいな感情にはならないですよね?

だ、だってそこまで言ったらシスコンさんじゃなくてただの姉びいきのやべーやつですよ!?

私、ミナさんをそんな目で見たくないのです!お姉ちゃん大好きという共通点を持った同志さんをそんな目で見るとか御免こうむりたいのです!

 

「じゃあサヤちゃんはイレイナの着物姿見てみたくないのかよ!お前はあの子の新たな可能性について熱く語りたくはないのかよ!!」

「うぐっ……いや、それとこれとは話が別じゃないですかぁ!私だってイレイナさんの着物姿見たいですし……!!」

「イレイナのウェディングは人生1度きりだぞ!?もっと熱くなれよ!欲望解放!理性退散ッ!!」

「う……う、うぅ……!!」

 

そして、そうこうしている内にオリバーさんとサヤさんの大喧嘩はヒートアップしていきます。

遂に我慢しきれなくなったオリバーさんは席を立ち上がり、机をばちこーん!と叩いた後に和装での結婚式に対する愛を熱弁します。そして、その迫力に押されたサヤさんは「ぐぬぬぅ……!」と睨みを利かせて閉口──と思われたのですが。

 

「そ、そんなこと言ったらオリバーさんだってそうですよね!イレイナさんのドレス姿見たくないんですか!?」

「ばっ……!馬鹿野郎お前ウェディングだぞ見たいに決まってるだろこの野郎!!ドレス姿見てみたい!チャペルでイレイナさん祝福したいよォ!!!」

「ならやりましょうよ!!何を戸惑う必要があるんですか!?着物なんてぼくがいつでもおふたりの為に貸し出しますよこのやろう!!」

「あああああぁぁぁ!!!!!」

 

魔法統括協会のイレイナさん大好きクラブ会員2号さんは諦めずにドレス姿で行う結婚式の良さをオリバーさんに語ります。

良さと言ってもサヤさんから発せられたのは「ドレス姿のイレイナさんいずべりーきゅーとなんですー!」的なイレイナさんにまつわること中心のメリット。

それでも自他ともに認めるイレイナサンスキーであるオリバーさんにはこの言葉が大きな攻撃となり得ます。ぐうの音も出ないほどにドレス姿のイレイナさんの良さを力説されたオリバーさんは、やり場のない怒りや愛を発狂という手段で紛らわし、やがて落ち着いたのか黙って着席した後。

 

「……今日からサヤの渾名を『和服イレイナの良さが分かってない子ちゃん』にする」

「はー!?」

「俺が会員ナンバー2に!イレイナさん大好きクラブのNo.2に屈すると思ったんですかぁー!?残念でしたぁー!俺は和服イレイナを諦めませーん!!」

「は……はぁー!?もー怒りました!!いいですよ分かりました!表出てくださいこのやろう!!」

「上等だオラァ!!テメェを倒して文字通り正史ブレイクじゃい!!」

 

くそざこ煽り厨モードに身体を乗っ取られ、サヤさんを煽るのでした。

いやもう、こんなの不毛です。

犬か猫かで死ぬまで喧嘩するくらい不毛なのです。

そして、その思いを抱いたのは私だけではなかったのでしょう。先程から頬を赤らめていたミナさんが冷静さを取り戻すと、2人の間に割って入ります。

その積極性に驚いた2人が同時にミナさんを見ると、彼女はこれまた机をばちこーん!と叩いて場の空気を無言にします。

ばちこーん!と机を叩くのはオリバーさんに影響されてのことでしょうか。

流石兄妹弟子、やることがそっくりでちょっとうらやましいのです。

 

「どうして両方という選択肢に至らないの?」

「は?」

「ん?」

「和と洋をどちらも体験すれば良い話。最近は会場を移して式を挙げることも多いし、和洋折衷ということでイレイナさんに何方も着てもらえば、それで解決する」

 

それはそうと、ミナさんの言うことは尤もです。

和服イレイナさんもドレス姿のイレイナさんも、どっちも可愛くて綺麗なイレイナさんを見れることが容易に想像できます。

掛け値なしにどちらを着てもイレイナさんには似合うと思うし、和と洋のどちらが良いかなんて正直な所好みによって別れると思うのです。

故に()()()()()()()()()()()()()()()で言い合うくらいならどっちも体験してしまえばいい。そして、どっちのイレイナさんもいいね!って感じなハッピーエンドにしてしまえば済む話なのです。

 

だからこの話は不毛なのです。

進展のない喧嘩をするくらいならどっちもやってしまえばいい、その考えこそがこの喧嘩を鎮める特効薬になったのでした。

 

「……つまり、1度で2度美味しいと……そういうことだな!ミナちゃんすげぇ……!サヤの妹ここにあり、だな!」

「ですよねですよね!いやー流石ミナ……!やっぱぼくとは頭の構造が……」

「……普通に思いつくことだから」

 

その特効薬に2人も気づいたのでしょう。

顔を見合わせた後に憑き物が取れたかのように晴れやかな笑顔を見せた2人は、揃ってミナさんを見ると称賛の嵐に彼女を巻き込みます。

そうすると、あら大変。先程見習いたくなるほどのポーカーフェイスで不毛な争いを鎮めたミナさんは頬を赤らめてそっぽを向いてしまうのでした。

1人だけに褒められるだけならまだしも2人揃ってだと表情を隠しきれないみたいです。

ミナさんの照れた表情を見て、2人が悪戯っぽく笑うのでした。

 

「因みに和の結婚式となるとサヤやミナの助言や知識が必要になりますが、先輩はサヤと仲直りしなくていいんですか」

「む……」

「サヤも、いつまでも意地張ってないで仲直りするべき。恩人と親友が冷戦状態なのは……正直見てて辛い」

 

そして、ここでモニカさんが長らく続いた2人の冷戦にトドメを指すべく、一石を投じます。

あまり詳しく聞いている訳では無いのですが、モニカさんにとってサヤさんは親友であり、オリバーさんにとっては先輩と、全く無関係な存在ではないということははっきりと分かります。

そんなモニカさんにも2人の喧嘩には思うところがあったのでしょう。折角ミナさんが作ってくれた仲直りのチャンスでもあります。逸するべきではないと考えたのかは分かりませんが、私にはそのように感じました。

 

「……モニカちゃん。そうだ、そうだよな。一時期の感情で起こした喧嘩による不仲を引き摺るのはクールじゃないよな」

「……ぼく、ばかですね。モニカさんの気持ちも知らないで、先輩と喧嘩ばかり。いい加減ぼくも大人にならなきゃ……そうですよね、オリバーさん」

「どうでもいいけどその不毛な争いに私を巻き込むのは金輪際やめて」

 

そして、恐らくなのですが。

おふたりもモニカさんの気持ちを私と同じように捉えたのでしょう。

ミナさんの言葉により落とし所を見出し、モニカさんによって冷静さを取り戻した2人に最早蟠りの類はありませんでした。

その証拠に、向かい合って握手してます。

魔法統括協会史上、最も壮絶であほくさい喧嘩が終わった瞬間がコレです。

やってられねぇですね。

 

「国交回復だ、サヤ!俺達はモニカちゃんの健全な成長と発展の為に国交を回復する!!いいなッ!!!」

「ですです!そしてイレイナさんの明るい未来の為に!乾杯しましょうオリバーさん、モニカさん!」

「喧嘩なんてなかった……!戦争なんてなかったのさ……!!」

 

いや戦争してたじゃないですか。

なんですか、オリバーさん頭ぱっぱらぱーなのですか。

 

「よーっし!じゃあ和の企画は俺がするからサヤは洋の企画な!うっひょー楽しくなってきたァ!!」

「わーい!ぼくビールとワイン持ってきまーす!!」

「サンキューサッヤ!!ぶどうふみふみ頼むぜ!!」

「あははー!既製品ですよ何言ってんですかぶっ〇しますよー!!」

 

まあ、なにはともあれ。

おふたりの関係が改善されたこと。そして何より、ウェディングが和洋折衷に決まったので良かったです。

しかし、ひとつだけ納得していないことがあります。

それは、私がオリバーさんに対して意見をひとつも言っていないということです。

さっきまで起こっていたオリバーさんとサヤさんの喧嘩のせいで忘れがちですが、今回私やモニカさんやミナさんが集まったのは着物かドレスかの意見を出し合うこと。

それにも関わらず何も意見を言わずにさようならするのは私的にNGです。何より、ここで何も言わなければ私の思い描いていた『お姉ちゃんとおに……オリバーさんにちやほやされよう作戦』が台無しになってしまう恐れがあります。

あちーぶめんと獲得のためには最早一刻の猶予もありません。

 

「ま、待ってくださいオリバーさん!」

「ん?どしたん、アヴィたん」

「私は洋が似合うと思います。ドレス姿のイレイナさんいずべりーきゅーとなのです」

 

私なりに考えた意見を口に出すと、オリバーさんは一瞬目を見開き──その後に「そっかぁ、アヴィたんもドレスかぁ!」と頭を撫でてくれます。

後々子ども扱いされたという事実にむかっとするのですが、された瞬間に嫌な思いをしないというのが、これまた厄介なのです。

優しく笑みを見せられ、暖かみのある手で撫でられる。

それは私にとってお姉ちゃんに撫でられるのと同等の破壊力のある攻撃となり得ます。反則技です、無理ゲーなんです。

イレイナさんがオリバーさんのスキンシップを嫌がらないのも理解できます。それくらいオリバーさんの『頭を撫でる』攻撃はやべーということが伝われば、本望です。

 

「意見言ってくれてありがとな、アヴィリア」

「は、はい!」

「ドレス、一緒に考えてくれるか?」

「任せてください!」

 

まあ何が言いたいのかというと、みっしょんがこんぷりーとされたっていうことですね。

オリバーさんに頼られ、かつ頭を撫でてもらうというあちーぶめんとを達成した私にもう思い残すことはありません。

さあ、ここからイレイナさんのドレス案を考え、綺麗なドレスを着てもらうという私の物語が始まるのです!気合いを入れて、イレイナさんにお似合いのドレスを考案しましょう!そして今度はお姉ちゃんに褒めてもらって、頭を撫でて貰うのです!

 

 

 

と、まあ。

そんな風に私のやる気が満ち溢れ始めた頃、事件は起こりました。

 

「何しているんですか?」

「おう、今イレイナの結婚式の企画を考えててな!」

「成程、それで仕事もせずに油を売っていた訳ですね」

「いや、そもそも今日は休みだ、し──」

 

オリバーさんの顔が、言葉を言い切る前に固まります。

そして、壊れたブリキ人形さんのようにぎこちない様子で後ろを振り向くと、そこにはなんと話題の中心にいたのにも関わらず、その場にいなかった例のあの人がニコリと笑みを見せて立っていたのでした。

勿論、今回イレイナさんが呼び出されていなかったのは意図的なアレです。

オリバーさんの表情がみるみる青ざめていく様子が傍目からも分かりました。

 

「い、イレイナ‥‥‥」

「誰と、誰が、結婚すると?」

「あ……アヴィたんとミナちゃんかな!?」

 

するわけないのです。

ほら見てください、ミナさんのあのゴミを見るような表情。

実の先輩の、しかも兄妹弟子さんに向けるような目じゃないですよね。まあ何が言いたいのかというと、私の兄代わりのような人は、それくらい有り得ない嘘をついたということです。

ごーとぅーへぶん、イレイナさんによって社会的に召されろなのです。

 

「100歩譲ってお仕事の話ならともかく結婚観についての話に、女性の方と食事をしながら談笑ですか」

「談笑っつーか喧嘩だよ!イレイナは俺のことなんだと思ってるの!?」

「そもそもそういうのは2人で資金面も含めて話し合うべきなのでは」

「あっ…………は、ははっ。俺はこういうことの経験ないんだ、長い目で見てくれよ、な?」

「それは貴方が言うことじゃないと思いますよプレイボーイさん」

 

「むしろ真反対に位置する人だと思うんですけど!?」とオリバーさんが反旗を翻そうとしますが時すでに遅し。

依然としてニコリとした笑みを崩さずに、オリバーさんだけを見ているイレイナさんはその表情に似合わず、淡々と言葉を発し──

 

「もう一度聴きますね。お仕事はどうしたんですか?」

「あ……安心しろ!俺はいつもイレイナのことばかり考えてる。頭ん中イレイナまみれだ!」

「それは分かっています」

「……ちなみにお仕事は臨時休業です、てへっ」

「次目が覚めた時はあなたのお小遣いの桁が1つ減っています」

「ははっ、ねえ冗談でしょ?俺の小遣い今月で2回減ってるんですよ?嘘だよね、ねえ嘘だと言ってくれ」

「おやすみなさい」

 

死なない程度の電気をオリバーさんに放ち、彼を気絶させるのでした。

「ぎゃああああ!」と悲鳴を上げ、気絶するオリバーさんを見て同情をする人は誰もいません。

モニカさんは今日何度目か分からないため息を吐きますし、ミナさんはワインを持ってきたサヤさんと一緒にワインを飲んでますし、ユーリィちゃんはゲロ吐いて気絶してますし、サヤさんは突如現れたイレイナさんに夢中。

ここでオリバーさんのことを健気に思えるのは私とお姉ちゃんくらいのものです。

少しは感謝してください、まじで。

 

 

*1
隙あらばサヤがイレイナさんの話題を振り撒き、ミナが姉を妄想の中でモフり、オリバーが百合で悶えるような環境

*2
実際そうである。

*3
違う。

*4
脳内宇宙猫

*5
ノルの距離感はガバガバ

*6
幸せならアムイレでもアムサヤでもなんでもいい理論

*7
ガチトーン

*8
CV.アヴィリア

*9
CV.アヴィリア

*10
シーラは不在、ユーリィはコーヒーでノックアウト



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とある母と娘の話

番外編我慢できなくなったので投稿します。
次回2章終わりと書いたのにこの有様。
許して。


 

 

 

 

「そして魔女は言ったのです……『慈善活動のついでに金貨5枚も貰えるなんて……最高にチョロくて美味しいお仕事ですよ、本当に……』と」

「……うーん」

「──あら?」

 

とある国の、とある一軒家で、とある家族の母と子が本を読んでいた。

冬の寒さが身を凍えさせる時候であったが故に、暖炉の近くに置かれたソファーに身を落としつつ、その上で娘である少女は真後ろで自身を守るように抱きすくめ、読み聞かせをしてくれている容姿端麗な母の膝に甘えている。

暖炉が発する熱と母の体温故か、とろんとした眼、長く艶のある髪は母と同じ色。

そして、その外見から織り成すお人形さんのような美少女っぷりは正しく仙姿玉質と言えるであろう。

見るもの全てを魅了してしまうかのような美少女は、この世に生を受けた時、父と母から1つの名前を付けられた。

大切な2人娘の1人1人に想いを乗せ、付けられた大切な名前である。

 

「もしかしてもう寝てる?」

「すぴー」

「……」

 

そんな娘が寝たふりをしていること位、母には丸分かりであった。

端的に換言すると『狸寝入りの際の寝顔が自分にそっくり』なのである。本人は自然に眠ったフリをしている筈なのにも関わらず、知らない内に口は真一文字に閉じられ、眉間にも力が入ってしまう。

かくいう本人もその悪癖は未だに治っておらず、自身の夫に何千何万回と看破され、その度に優しく微笑まれてきた過去を持つ。

そんな経験もあり、母は娘の狸寝入りに何処か微笑ましく、また寛容であった。

普段のドSであんちくしょうなおかーさんとは打って変わった慈愛の笑みを浮かべていた。

 

「あらあら、次はあなたの大好きな()()()の話をしようと思ったのだけれど……」

「……!」

「ぱぱが帰ってくるまでおやすみもしないって、言っていたような気もするのだけれど」

「……!?」

 

やっぱ母はドSなあんちくしょうだった。

先程の慈愛の籠った目などどこ吹く風、娘の弱点を針でちくちくどころかブスリと射抜き、徹底的に弱みにつけ込む表情はまさに悪魔。

目を細め、悪戯っぽく不敵に微笑んで魅せたドSママは、最後に娘の頭を撫でると一言。

 

「そういえば昨日、ぱぱに内緒でおやつ食べ……」

「ぎゃー!それは言わないおやくそくでしょう!?」

 

愛娘を暴露話で目覚めさせやがった。

先程まで狸寝入りの境地に辿り着かんと努めていた娘は衝撃的な暴露話に飛び起き、母の抱っこから脱出した上で破天荒ぶりを発揮する。

そう、この母親と瓜二つの美少女。お人形さんのような外見をしている美少女でありながら、内面は随分とお転婆な女の子なのである。

天性の魔法の素質、両親のメリハリのついた教育方針の甲斐あり伸びた学力。そして、外見。

ここまでは母と同じなのに、何故か内面だけ何処かの誰かさんに似てしまった破天荒天才美少女。

彼女の名前を、イヴェールという。

周囲から『イヴ』と呼ばれ、親しまれている元気一杯の女の子である。

 

「おかーさんのドS!あんぽんたん!!おてつだい券のあくま!!!そうやって家族をもてあそぶのがそんなに楽しいのかしら!!!」

「そういえば一昨日床におねしょの跡が……」

「あーあーあー!!!」

 

そんな一人娘が耳を塞ぎながら怒り狂う様子に、ドSでありあんぽんたんでもあり、更にはおてつだい券のあくまでもある母は余裕のある笑みを浮かべる。

本のページをぱらぱらと捲り、「こんなこともありましたね」と内心で思いつつも娘のことを気にかけ、暖炉に近づきすぎないようにと手招きするそれは正しく母の姿。

二児の母としての貫禄を示した、娘のあしらい方であった。

 

「むー……だいたいおかーさん、その話は私のおねだりしたものとちがう!」

「そうだったかしら……」

「とぼけてもだめー!ずるよずる!!白のおねーさまや黒のおねーさまの方がもっと私に優しかったわ!!私の聴きたい話、たくさんしてくれたもん!!」

 

そもそも何故このような状況に陥っているのか。それは、数時間前に遡る。

とある平和国にて、とあるお仕事をしているぱぱが週に一回休みを取る定休日。その日に一緒にお買い物に行くと決めていたイヴェールは、一日中ぱぱにべったりだった。

母の幼き日に瓜二つの美少女のでれでれっぷりは遺伝子レベルとさえ言われるレベルであり、その遺伝子を十二分に発揮した彼女は一緒に家のお手伝いをして、朝ご飯も隣で食べて、勉強もして、抱っこしてもらって、おまけにぱぱの膝下で()()()()()()も読んでもらって。

 

『すぴー、すぴー』

『おかーさん、イヴ寝ちゃったぞ』

『あらあら、じゃあお買い物はリアと一緒に行ってもらおうかしら』

『いいよ。ぱぱといっしょに、あっしー』

 

ぱぱのお膝で、すーすーと寝息を立てた。

そこからはもうトントン拍子に話が進む。起きてから状況を理解し、ボロ泣き。

おかーさんに慰められ、じゃあそのまま二度寝……しようと思ったらこちょこちょで意識を覚醒させられ、本来もう1人の娘の当番であった洗い物のお手伝い、お掃除のお手伝いを母と一緒に行い、ヘトヘトになったところでトドメの『おてつだい券』。

発狂しかけたイヴの気持ちを窘めるように、母はイヴに終わったらなんでも一つお願いを叶えてあげると言い、娘の持つお手伝い券に『お願いをなんでもかなえてくれる』魔法をかけた。

その券を手に取り、「わーい!」と喜んだイヴはお手伝い券が持つ魔法の力を使い、交換条件としてぱぱのお話をたくさんしてほしいと所望し、その結果あほみたいなバレンタインの話をされた。

娘は涙を通り越して憤慨した。もし、自身の大好きなおかーさん相手じゃなかったら持って生まれた圧倒的な魔法の才によりブッ転がしている所であった。

 

「私はさっきも言ったとーり!ぱぱのかっくいー話をしょもーするわ!!してくれなかったらおてつだい券破るわよ!?けーやくはきよ、はき!!」

「契約破棄なんて言葉どこで覚えたのかしら……」

「おねーさま」

「どっちの?」

「白の」

「後で白のおねーさま呼んできてくれる?」

 

そして母も白のおねーさまをブッ転がすと決意した。

親と子は似る。本当にそっくりである。

先程は内面が何処かの誰かさんにそっくりだと回顧した母ではあったが、仮にこの様を見た不完全燃焼により発生する煤の如く想いを伝えきれない女が見れば何と言うであろうか。

少なくとも「どっちもどっち」だとこめかみを抑える様は容易に想像できるであろうこの光景に終止符を打つ者はいない。

ぱぱと呼ばれ、家族に無償の愛を注ぎ、逆に注がれまくっているぱっぱらぱーな父は、もう1人の娘と共に買い物に向かっている。普段から2人の緩衝材となっているぱぱ不在で、このどんちゃん騒ぎが静まるはずもない。

本をテーブルの上に置き、危ないからこっちに来なさいと優しく膝を叩くおかーさん。

椅子を盾にし、狂犬の如く「ぐるるる……!」と威嚇して見せるチワワな5歳児。

ぱぱが見れば尊死必至なこの状況で、機先を制したのはおかーさんだった。

 

「お話してあげるから。暖炉の近くで遊んでないでこっちに来なさい」

「……きゅん、きゅん」

「それとも、まだ怒っているの?ぱぱと一緒におでかけできなかったこと」

「きゃいーん!!!」

 

おかーさんの一言が琴線に触れ、イヴは再度威嚇を始める。

そもそもの話はおかーさんがぱぱの話をするとか言っておきながらバレンタインでのしょーもない資金繰りをはなしたからでしょうがぎゃいぎゃい以下略!的な想いを威嚇の声に乗せ、目の前に聳え立つラスボスに立ち向かったのだ。

その勇気たるや素晴らしい。白のおねーさまが見れば涙腺崩壊必至なその様は誰がどう見ても反抗期のそれであり、イヴの成長を雄弁に表していた。

 

「全く、聞き分けのない子なんだから……ぱぱに似たのね」

「ひぃっ……!?」

 

おかーさんがのそりと立ち上がり、娘の元へ歩み寄った。

「ぱぱ助けて……!」とイヴは萎縮した。

 

「仕方ないでしょう。行く直前にぱぱのお膝で本なんか読んでもらうから眠くなっちゃって外出れなかったんだから」

「起こしてくれればよかったじゃない。よりにもよって、リアがぱぱのぼでぃーがーど役の代わりを積極的につとめあげるなんて……さくしね、リア」

「リアはめんどうくさがってたわよ」

「めんどう!?」

「イヴのせいで仕事が増えたって言ってたけど」

「さかうらみ!?」

 

イヴはまだ小さい。

5年前、彼女の母がお腹を痛めて産んだ宝物はすくすくと育ち、冬と魔法と花、それから大冒険が似合う活発な碧眼の5歳児になった。

一時は体調を崩すことも多かったが、両親、両親の友人、先生を含めたたくさんの人達の愛情に触れ、すくすくと育っていくと自然に身体も強くなり、同時に天才的で暴力的な程の魔法の才が発覚した。

イヴェールは紛れもない天才である。

父と母と天才的な魔法の素質と、母のお人形さんのように可愛らしい外見と、ぱぱそっくりの優しい笑みを引き継いだ、ぱーふぇくとがーるなのだ。

 

それでも、まだ5歳児だ。

魔力がどれだけあっても、子どもであり身長も低く、力も弱い。

そんな少女に上から何かを押し付けたところで上手くいくはずがないということを、なんとなく母はわかっていた。

故に歩み寄った母は、びくびくしながらも「かかってくるといいわ!おぉん!?」とおもちゃの名剣『なまくら』*1を片手に持ったイヴの身長に合わせてしゃがみこみ、頭を撫でる。

 

「後でたくさんお手伝いして、ぱぱとべったりすれば良い話でしょう?」

「むむむ」

「ぱぱを取り合うのは別に良いけど、ぱぱはイヴだけのものじゃないの。リアのものでもあるし、イヴのものでもあるし、おかーさんのものでもあるわ」

「むむむむむ……」

「何が言いたいか、分かる?」

 

同じ身長で、語りかけるように、優しく何度でも、根気強く。

かつて自身の母に夢を語った際、そうされたように。

頭を撫で、自分の夢を嗤わずに『勿論よ』と言ってくれた憧れの母のように、華麗に、優しく。

自身と、愛しい人との間にできた大切な愛娘に手を──

 

「おかーさんもぱぱのことだいすきってわけだね!ひゅーひゅー!つんでれー!らぶらぶー!!」

「こっち来なさい」

「やだー!ぜったいにつかまら……にゃあああ!くすぐったいよおかーさーん!!」

 

差し伸べてこちょこちょを始めた。

当然、非力な5歳児がおかーさんの本気に敵うはずもなく。

あっという間に捕まり、抱っこされたイヴはおかーさんの手により色んなところをこちょこちょされ、笑い悶え、苦しむ。

 

そもそも娘が母に勝てるとでも?

答えは否、である。

「成長度合いも経験も歩幅も何もかもが上を行く母に勝てるはずがないでしょうに」と笑うのは愛娘であるイヴがピーマンより嫌いと称し、それでも本当は大好きで大好きで仕方ない、灰色の長い髪を携えた、お人形さんのように美しい顔をした美人のおかーさん。

 

そんなドSであんちくしょうで、お手伝い券の悪魔であるおかーさんは。

 

「言ってくれたわね、このこのっ」

「にゃああああ!!ぱぱー!!助け、にゃはは、たすけてー!!」

 

もう何年も前から住んでいる大きな一軒家で、今はまだ非力で幼くて、調子乗りだけど、いずれ()()()()()()()として新たな物語を紡ぐかもしれない──そんな少女を辱めるように、娘とのスキンシップを敢行するのであった。

 

 

 

 

 

「かわいいね」

「……えぇ」

 

帰ってきたぱぱは、その光景を眺めて悶えていた。

ぱぱの隣にいた山吹の髪色の美少女は、いつものことだとため息を吐いた。

 

 

 

 

*1
白のおねーさまから貰った誕生日プレゼント。防犯ブザー、ライト、その他もろもろ完備の名剣。




将来生まれるであろうイレイナさんの娘の名前は自分と、母と、おまけでふと思い立った1人の女の人の名前の一部を使った名前だろと邪推した馬鹿は私ですごめんなさい。
ちなみにニケの名前の由来とされているサモトラケのニケはフランスのルーブル美術館が所蔵しています。
イヴェールはフランス語で冬を意味する言葉であり、そういう繋がりも込めたり、込めなかったり。


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