モンスターハンター:オリジン (食卓の英雄)
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ハンターのいない村で
夢だと分かってても死にたくは無いよね。夢じゃないけど


前々から書きたかった。悔いはない。…等と申しており…


 燦燦と輝く太陽、穏やかな草原、小鳥のさえずり。そしてブモォ〜という鳴き声。なんとも牧歌的でのどかな雰囲気なのだろう。きっといつもの俺だったらそれに感動するか、写真でも撮るだろう。

 しかし今は状況が違う。見つめる先には念入りにカモフラージュした罠。

 ここ数日でルートを確認したから大丈夫だろう。もしもの時の為にもいくつか用意してある。

 

「ブモォ〜ッ!?」

 

 掛かった、大きさから見て子供。しかしここで油断してはいけない。親が助けようと駆け寄り、辺りを警戒する。こうなれば親は意地でも動かない。

 だからそれを狙う。

 石を反対側に投げると、親はそちらに意識を向ける。その内に素早く駆け寄り、柔らかい喉を搔っ捌く。

 突然の事に驚き戸惑う親だったが、少しすると地に伏せピクリと痙攣するだけになった。

 残るは子供だけだ。目の前で親を殺された子供は恐慌状態に陥り、罠から抜け出そうと必死にもがく。しかしその程度で解けるような罠ではない。

 

「ゴメンな」

 

 これまた一息に喉を斬る。みるみるうちに親子の死体が並ぶ。ちゃんと息絶えているか確認すると、近くに隠していた荷台にこの2体の亡骸を乗せ、歩き出す。

 

 それは男にとって五度目の狩りだった。といっても、内三度は失敗な為、実質的に狩ったのは二度だ。

 

 そこまでは地球上でもよくある行為だろう。ただ一点、荷台に乗るその生物が、地球で言うところのパラサウロロフスという恐竜に酷似している所以外は。

 

 この生物の名は『アプトノス』。あるゲームにおいて生肉の為に狩られ続ける“モンスター”である。

 

 


 

 気づいたらそこに立っていた。

 正しくその表現があっているだろう。というよりそうとしか言えない。さて一体どういうことか、俺は家に帰って今日買ったばかりのモンハンの新作を遊ぼうと歩いていたのだが…

 

「どこだここ…?」

 

 見渡す限りの平原。やっぱ嘘。森とか山とか色んなとこ見える。

 訳も分からず取り敢えず歩く。こんな自然豊かな場所なんか訪れた事もない。ひょっとしたらオーストラリアか?とも考えたけど、それはいくらなんでも馬鹿みたいだ。

 

「…マジで何処だここ?人工物がないんだけど…」

 

 大自然!とか叫んでいると、ある生物が目に止まる。それは自分がもっとも好きなゲームそっくりの姿で…。

 

「アプトノス…?」

 

 そう、モンスターハンターでもメジャーなあのアプトノスである。後方に伸びるトサカのような角、棘の生えた先端を持つ尻尾、肩から尻尾にまで張り出した背びれ。

 いずれの特徴もゲームと一致する。それが20匹程の群れで固まっていた。

 

「…え?マジで!?何でアプトノス!?……あ、そうか、これ夢か。夢までモンハンとか…どれだけ好きなんだよ」

 

 そう苦笑すると、足早に近づく。群れの一番外側にいる個体はこちらを一度だけ見たが、すぐに草を食み始める。

 

「うわ〜、でっけぇ……。ゲームのハンターもこんな感じなのかな……。さ、触ってもいいよな?」

 

 ピトッと手を当てると、鳴き声を上げてびびったが、特に気にも留めて居ないようで、そのままザラザラとした表皮を撫で続ける。

 

「すげー、質感までちゃんとしてる…。動物園で触ったイグアナみたいだ……」

 

 よくよく見ると確かに個体差がある。模様だったり角や尻尾の棘等。ゲームではあまり注目されない部分までしっかり見える。

 

「夢じゃないみたいだ…」

 

 感慨に浸っていると、アプトノスは顔を上げ、ある方向を眺め始める。

 すると、立ち上がって嘶き始めた。それに呼応するように他のアプトノス達も二本足で立ち上がったり、何かを警戒するような声を上げる。

 

「何だ?」

 

 何やら反対側から小さな影が5つ向かってくる。それは恐竜のラプトルによく似た、橙の体にエリマキトカゲの様な襟巻きを持つ動物。多分ジャギィだ。

 

 それは散開すると、近くのアプトノス目掛けて襲いかかる。爪が皮膚を裂き、血が噴き出す。アプトノスも負けじと尾を振り回して抵抗するが、数の暴力には勝てず、地に伏せる。

 それを見てすぐに逃げ出した。リアル過ぎる。夢だと分かっていてもあれは恐い。

 慌ててアプトノスの群れに紛れて逃げるが、走っているアプトノスも時々ぶつかりそうだ。しかし逃げる方向からはより大きなドスジャギィが現れ先頭のアプトノスへ食らいつく。

 

 前も塞がれたアプトノスは滅茶苦茶に走り出す。

 

「痛っ!おぐっ」

 

 急な方向転換のせいで何匹かが耐えられずに転ぶ。中側を走っていた俺はぶつかり合うアプトノスに挟まれたり、尾の棘が腕を掠る。

 もみくちゃにされながらも何とか逃げるが、逃げようとする思考とはまた違った冷静な頭で考える。

 

(痛い、キツイ、偶に跳ねる小石が地味に辛い。これ夢じゃないのか!?現実!?何で!?ちょ、危ない危ないアッ―――!)

 

 跳ねられ、体が宙に浮く。そのまま何度か飛ばされて最終的にあるアプトノスに騎乗する。

 

「うわあああぁぁぁぁっ!!」

 

 乗り心地はお世辞にも良いとは言えない。なんてものじゃなく、暴れるアプトノスのせいで掴まるのにも必死で動くたびに体が浮く。落ちかけたり打ちつけられたりでまるでロデオだ。

 

(このままじゃ死ぬぅ!)

 

 そんな一心で耐える事十数分。なんとか木々が乱立する川辺に辿り着いたアプトノス達。その数は最初の半分以下になっている。

 危機を回避したアプトノス達は腰を降ろす。当然、無理な態勢で乗っていた俺も転げ落ちる。

 

「うぷ、おえぇ……」

 

 転げ落ち次第、気持ち悪くなる。さっきまでは興奮状態で気が付かなかったが、相当に酔っていたらしい。

 服は汚れほつれ破れ、出血は治まったもののじくじくと痛む。ガンガンとぶつかった尻は痛いし、汗まみれで貼り付いた砂が気持ち悪い。

 

「綺麗な水だな…」

 

 川の水で体を清める。浴びる水は火照る体には刺すように冷たく、これが否応なく現実だという事を実感させる。

 

(何だよこれ…、異世界転生?いや、こういう場合は転移か。ゲームの世界に?それもモンハン?)

 

 普通なら馬鹿げてると思うか頭のイカれた人の与太話だと笑うだろう。実際、もし自分が聞かされてもマンガの見すぎだと相手にしない。

 

(だけど…)

 

 痛む傷と何よりも心臓の鼓動がそうではないと訴える。これは現実なのだ。馬鹿げているけれど全てが本当のことなのだ、と。

 

(なら、死ぬわけにはいかないか…)

 

 案外、死ねばリアルな夢だった、と自室のベッドの上で起きるかもしれない。けれどそれは危険だとなんとなく思う。

 死んだら最後、二度と目を覚ますことは無いだろう。

 顔を洗いながら計画を立てる。

 

(次はどうするか……。もしここがモンハンの世界なら危険なんて地球と比べて山ほどある。モンスターに話なんて通じないし……安全確保を…)

 

 グウゥ〜

 

(取り敢えず、食料だな)

 

 空腹には勝てなかった。

 

――――

 

「うし、これで一応釣り竿完成か?」

 

 いい感じの棒と、モンハン世界によくあるやたら丈夫な蔦を結び、そこらへんで跳んでたバッタを餌にした。なんか王冠みたいな頭してたけど気にしない。MH3以前は釣りバッタだってあったんだ。ならこれでも釣れるだろう。

 

 そして釣り糸を垂らす事数十秒、早速手応えがあった。

 

「フィーッシュ!」

 

 釣れたのは鯵によく似た魚。けれど硬い。鱗も大きく硬いが、何よりヒレが硬い。

 

「じゃあこれ、キレアジか?」

 

 キレアジ(仮)をレジ袋にしまい、釣りを続ける。どうやらまだバッタは原型を残している。再フィッシュだ。

 

2フィッシュ目

「フィーッシュ!!ってうわっ!はじけた!?」

 

3フィッシュ目

「フィーッシュ!!!なんだこりゃ…デメキン?」

 

4フィッシュ目

「フィーッシュ!!!!アロワナ!?」

 

5フィッシュ目

「フィーッシュ!!!!!ちょ、デカ、ってこれバクレツアロワナじゃ…?」

 

 そんな感じで、何故か破裂系魚ばかり釣っていると、流石の皇帝バッタもヘタれてきた。次が最後になるだろう。

 

「フィーッシュ!…おお、ついに普通の魚が!」

 

 最後に、普通の魚を入手して釣りは終わった。

 何かの役に立つかと思って破裂系魚はしっかり死亡後を確認してから鱗だけを頂いている。

 

 モンハンワールドで、効果があるのは鱗で、しかも普通に持つぶんには問題は無いと分かった為、最初の破裂で無事だった物を厳選した。

 

 身は良く分からないから捨てておいた。はじけイワシは兎も角、その他はそもそも食用じゃないし、ハレツアロワナ以降なんて火薬の臭いが漂っている為多分無理だろう。

 最後に釣った魚は、色々調べた後、焼くことにした。たまたま買いに行ってたチャッカマンのお陰で火に困りはしなかった。……といっても一時的なものだが。

 

「さて、いただきます」

 

 切り分ける為のナイフなんて無い。故にそのまま齧り付く。取りきれてない鱗が気になるが、それでも旨かった。やっぱ空腹だから味付け無しでも美味しく感じるのだろう。

 

「あれ…眠く……」

 

 方向感覚が覚束なくなり、瞼が重くなる。段々と微睡んで瞳を閉じる瞬間に原因に思い至った。

 

(あ、これ……眠魚…だ…わ…)

 

 そのまま、彼の意識は夢の中へ落ちていった。

 しかし今は夕刻、夜になれば夜行性の肉食モンスターは活動し、先に発見することも叶わなくなる。何より、火を焚いたまま寝ているなど、小型モンスターなら兎も角、一部の大型モンスター以外にとっては格好の餌だ。

 しかし眠魚の睡眠作用は強く、起きる様子もない。

 

 そんな彼の背後の草むらが揺れ、そこから何かがゆっくりと姿を現した。

 

「……人?……おい、人が倒れているぞ!ジモ、フリーダ!手伝ってくれ!」

「うわっ、本当だ。こんな夕暮れになんで…」

「どうでもいいから村まで運ぶぞ!」

「ふむ、どうやらこの魚を食べた事が原因の様だな」

「この荷物も?」

「早くしろ!もうじき夜だ!」

「よしっ!皆!急げ!」

 

 そう言うと、10人程の集団は彼を抱えて足早に去っていったのだった…。




今回はここまで。
モンハンとか良く分からない要素だらけだからね。
書くのは慎重に調べてからになります。


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アプトノスってリアルだと超危ないよね、ジャギィもだけど

ライズやりたいけど出来ない…。
アイスボーンはPSNWしてないから出来ない……。
だから今クシャルダオラ虐めてる。


「すいませーん、これは何処にー?」

「ああ、悪いなマサミチ!そこに置いといてくれ」

「はーい!」

 

 あれから二ヶ月、俺はすっかり今の生活に順応していた。

 

―――…

 

『……うーん、知らない天井だ…』

『起きたか』

『はい?え、誰?』

『俺はアラン。ようこそフィシ村へ。連れてきておいてなんだがな』

『あ、はい。俺は夏江正道です』

『マサミチか!突然だが、マサミチは帰るところはあるのか?』

『……えと、その……無いです…』

『………そうか…。じゃあ、俺からの提案なんだが……この村に住むか?』

『へ――?』

 

―――…

 

 目が覚めた直後、こんなやり取りがあった。どうやら近くの村が一つ壊滅していたようで、その村人だと思ったとのこと。

 誤解は解いたが、他に行く宛も無いためこの村に住まわせてもらっている。

 食生活は主にキノコとちょっとした木の実。そしてタンパク源の虫だ。魚や肉もない事は無いのだが、如何せん危険過ぎる為取れず、取れるのも迷い込んだヨリミチウサギ(仮)程度と、量が無い。たまのごちそうという奴だ。

 

 不自由な部分はあれど、俺はそんな生活が存外気に入っていた。元々こういう生活に憧れを感じていたからだと思う。

 

 しかしそんなある日、事件が起こった。

 

「食料が……」

「何て事だ……」

 

 どこから嗅ぎつけたのか、甲虫種のモンスターがやって来て食料を好き勝手に持っていったのだ。お陰で食料庫の中身はぐちゃぐちゃ。越冬の為に貯蔵していた食料の半分近くがダメになってしまった。

 

「村長、男衆で外の食料を…」

 

 今提案したのはアラン。兄貴肌で、しばらく俺の面倒を見てくれた恩師の一人だ。

 

「ならん」

「どうして!」

「この近くにそこまで残っていると思うか」

「うっ…けど、奥まで行けばまだ…」

「日の短い今、そこまで行けると思っているのか。万が一無事に戻れたとして、必要分の食料は持ち帰れるのか」

 

 そう言うと、アランは黙り込んでしまい再び暗いムードが漂う。

 事実、春から貯めていた食料の半分等この短期間に集められる筈も無い。

 

「よいか、これは村全体のためだ。これより各々食う量を半分にして節約するのだ」

 

 村長はそう判断を下す。ただでさえ多いとは言えない食事がさらに半分になる。この意味が分からない者はいないが、それでも反論等できもしない。

 

 その帰路にて、マサミチは一つある事を考えていた。

 それはモンスターを狩れないか、という事だ。無論、舐めているわけではない。こうして現実になった事で小型モンスターですら危険な存在だと知った。アプトノスは現実世界のサイよりも巨躰で、ジャギィの爪や牙なんかはカッターなんて比じゃない。

 

 それでも今がピンチな事には変わりない。冬をあれだけの食料で乗り越えるのは辛い。死人が出たっておかしくはない、いや、きっと出るだろう。

 ならば拾って貰った恩返しをしようとするのは間違ってない筈だ。現金な事を言うとそろそろ肉を食いたい。

 ヨリミチウサギ(仮)の肉ってあんまり美味しくないのだ。なんというか、臭みが残っているというか、硬いし量もないし…。とにかく、美味しい肉が食いたいのだ。

 

 そう考えていると、今の自宅に着いた。自宅といっても、急遽外側のスペースに作った掘っ立て小屋の様なものである。勿論部屋割りなどもない。

 

「えーと、ネムリ草、ネンチャク草…それにニトロダケにマヒダケに毒テングダケ……はいいか。毒じゃ食えなくなる」

 

 これらを持ち裏手に回ると、そこには地面を少し掘って作った調合所。ここでは良く分からない物を調べる為にちょこちょことすり鉢やら土器やらを集めていたのだ。

 因みに色々やってたら栄養剤らしきものが出来た。

 この村にも伝わっている『にが虫』のエキスと『アオキノコ』をすり潰して混ぜた物に水を加えたら完成だ。味は兎も角、ちょっとタフになった気がする。

 

 その他色々リュックに詰め、向かう先は村外周部のある一軒。

 簡素で木組みが多い他の家に比べて、石材等をふんだんに使っている。

 

 ここは村唯一の鍛冶場だ。そして俺はここの持ち主に用がある。

 

「おやっさーーん!ナイフってある?出来れば大ぶりの」

「……何じゃ、ナイフならもう持っとるじゃろ」

 

 しわがれた声で返すのは背の低い老人。彼はこの村に三人しか居ない鍛冶師の一人。俺がおやっさんと呼んでいる彼は残りの二人の師匠でもある。

 

「いや、あれじゃあちょっと小さいかなー、なんて…」

「オヌシ…まさかそれを使って狩りにいくとでも?」

「あー、はい。まあ、そうです」

 

 隠し事は出来ないな…なんて考えているとおやっさんが声を出す。

 

「止めておけ…。オヌシが思っているほどモンスターも弱くない」

 

 フンと鼻を鳴らして鍛冶場の奥へと引っ込んでしまった。

 

 やっぱダメか…。仕方ない、駄目で元々だったんだ。今ある素材でなんとか…

 

「ほれ」

「え?」

 

 おやっさんが持ち出したのはちょうど刃渡りが35cm程の大振りなナイフ。

 

「これは?」

「儂が若い頃に戯れで打ったシロモンじゃ。捨てるに捨てられんのでの〜…お前さんにやることにした」

 

 好きに使いな、と言いしっしっと手を振る。どうやらバラすつもりは無いらしい。

 

「〜〜ありがとう!」

 

◇◆◇◆◇

 

 村を飛び出した俺はあらかじめ決めていた道を走る。

 ここ二ヶ月で安全な道は覚えており、周囲のモンスターや群れの規模等も確認している。

 木々を掻い潜り進むと、草原が見えた。そこには池があり、よく水を飲みに様々な生物が訪れる。今も、池の周辺にはアプトノスが優雅に草を食んでおり、平和な光景が広がっている。

 だが、今回狙うのはアプトノスではない。いや、もっと早ければワンチャンあったかもだけど流石に食事中だし群れだからマズイ。

 ゲームでは蚊に刺された様なダメージだが、現実に考えても見ろ。あんな巨体のさらに棘付きの尻尾なんてまともに食らったら死亡、あるいは重症間違いなし。ハンターの防具なんて無いのだから殊更だ。

 

 ということで狙いはモスだ。頭こそ硬いが、気性は穏やかで群れないし、サイズもそこそこで、動きも直線的で分かりやすい。突進にさえ気をつけていれば狩れなくもない相手だ。

 

 その為にも今はキノコの群生地を探している。この辺りには復活している筈だが……。

 

「…いないな」

 

 いくつかあたりをつけていたポイントにもいない。食い荒らされていたわけでなく、まだ来ていないだけか。

 諦める事も考慮しておく。無理にやったところで自分の身が危険にさらされるだけだから。

 

 そして次のポイントへ向かうと…居た、モスだ。どうやらキノコに気を取られていてこちらには気づいていない。

 なら今がチャンスだ。ナイフは最終手段、離れた位置から倒せるならそれでいい。

 

 まず取り出すのは爆薬。村でも火付けとして重宝されていた火薬草と、使い道のない物として引き取った、(恐らく)ニトロダケを乾燥させて粉末状にした物と混ぜ合わせる事でそれっぽいのが出来た。

 

 それを石ころにネンチャク草を貼り付けて作った素材玉もどきにコーティング。これで手投げ弾のようなもののの完成だ。

 

 一応、試運転は済ませている。結果は硬いものに勢いよく当たったり、素早く投げると衝撃で爆発する。

 含まれている爆薬は少量の為、そこまで威力に期待は出来ないが、数あれば大丈夫だろう。

 アプトノスとて石ころで沈むのだ。20程あればモスには十分だ。

 

「せいっ!」

 

 勢いよく投擲、直撃して爆発するとモスが驚き声を上げる。

 突然の痛みに状況を把握できていない様で、キョロキョロと忙しなく周囲を見回している。その隙を逃さず連続で投げる。

 少し外したが、大半は柔らかい部位に当たり、それが続く度に少しずつモスは弱り、ついには倒れ伏した。

 

「よしっ!やった!」

 

 動かなくなったことを確認したマサミチは直ぐに駆け寄り、ナイフで解体を始める。流石にこれをまるまる持ち帰るには一人では難しい。せめて台車の様なものがあれば話は別だが…。

 等と、安心し、警戒を怠っていたのが悪かった。

 

「アッ、オーウ!アッアッオーウッ!」

「っ!?ジャギィ!?」

 

 いつの間にか、正面に一匹のジャギィが立っていた。ジャギィ自体の戦闘能力は低い。それこそ一匹ではまともに捕まえられるのは魚程度で、人間でも撃退出来る。しかし、同じ小型鳥竜種であるランポスと比べても卓越した連携を誇り、その真価は数でこそ発揮される。

 そして今の鳴き声は仲間を呼ぶおなじみの声。既に遠方に橙の鱗がちらちらと見えている。

 

「やっべぇ…」

 

 手投げ弾は7発しか残っておらず、これでは一匹とて仕留められないだろう。幸いにも、ジャギィは俺に警戒心を向けるだけで、目的はモスの肉らしい。

 そうこうしているうちに、二匹のジャギィが合流する。こうなっては勝ち目が無い。何もしてこないと見るやジャギィ達はガツガツとモスの肉を貪っていく。

 今出来る最善の行動はこちらに注意が向かないうちに逃げる事だけだ。

 

「クソッ」

 

 なぜ皆が狩りをしようとしないのか。それはそもそもそういう発想が無かったのが理由の一つでもあるが、外には自分たちの敵わないモンスターがいて、いつ襲われるか分からないと承知しているからであった。

 

 こうして、初の狩りはほんの少しの肉とモスの苔皮一枚という寂しい戦果に終わったのだった。




どんな感じですかね?ちょっとテンポ早すぎかな?


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協力プレイっていいよね。地雷はNGだけど

もうそろそろ狩猟解禁ですよハンターさん!


「やっぱもうちょい攻撃手段が欲しいよな〜」

 

 裏手の調合所にて、食欲のそそる香りを放つモスの肉を焼きながら狩りを思い返す。

 いくら手投げ弾がモスを倒せたとはいえ、如何せん一発の威力が低い。素早く線の細いジャギィには当てにくいし、複数匹も倒せる程となるとどれほどの量が必要になるか…。

 

 せめて使い捨てじゃない武器が欲しい。あのナイフは確かにナイフとしては大振りだけれど、モンスターと戦うには些か長さが足りない。いや、そりゃ工夫したりちゃんと扱えば出来るんだろうけど、怖いし、そんな技量もない。

 

「上手に焼けました〜!っと。……うん、大丈夫そうだな」

 

 モスの肉は流石というべきか、見事にこんがり焼けている。久しぶりの美味しそうな肉に思わず唾液が出る。

 

「ごくり……」

 

 そのまま齧り付きたい衝動に駆られるが、我慢して切り分ける。流石に一気に食うには少し大きい為、小分けにする。

 と言うことで、前から持っていたナイフで六つに分け、岩塩から削り出した塩で味付けする。

 因みにこの岩塩は俺が付近の川周辺で見つけた物だ。どうやら今までにも見かけてはいたようだが、用途は思いつかなかったらしい。……流石に一見岩に見えるこれを食べようとする発想は無かったか。

 

「頂きます」

 

 あのモスへの感謝を込めて合掌。1kg位しか取れなかったけど許してくれ。多分大半はジャギィがきちんと食ってると思うけど…。

 

「〜〜〜っ!」

 

 噛むとじゅわりと溢れる肉汁。肉ならではの程よい弾力が歯の上で弾む。ジューシーで肉厚、口の中に広がる香りで食べいている途中だと言うのに食欲が止まらない。

 

「うまい…」

 

 塩だけの味付けで、焼き加減も曖昧な肉だが、久しぶりのマトモな肉だ。今このときの俺は涙すら流していた。村での生活に文句を言うわけではないが、やはり肉と言うものは人生においての重要な立ち位置にあるのだと言うことを実感させてくれる。

…別にベジタリアンとかを否定してる訳じゃないぞ?あくまで俺の所感だ。

 

「うまっ…うまうま」

 

 自らの欲望に従いよく噛み締めながら次の肉を頬張る。これならいくらでも食べられそうだ。そして狩りの失敗で落ちた気分などもはや見る影もない。

 

「今度こそこれを皆にも食べてもらわなければ…!」

 

 決意を新たにする。美味い肉の味を知っている俺ですらこんな簡易的な調理で心が震えるのだ。村のみんなは心臓が止まるのではないだろうか?これに比べればヨリミチウサギなんぞ木屑同然の味だ。

 

「………余っちゃったなぁ」

 

 俺はそこまで食える訳では無いのだ。それに久しぶり過ぎる肉に胃が驚いている。400gほど残ってしまった。

 

「保存は……出来ないな」

 

 今の設備では無理だ。あらかじめ作っておくべきだった…。と打ちひしがれる。かといって…

 

(この肉を捨てるなんてとんでもない。それに殺したモスすら侮辱する行為だ)

 

 ならばどうするか。やはり罠にするか…他の人に分けるか。……だが、今はあまり良くない。無断でこんなことをやっていると村長にバレたら、外出禁止になってしまうかもしれない。せめて一定の成果を出さなければいけないだろう。

 

 せめて狩りに否定的じゃなく、協力してくれて、それでいて口の固い信用できる人物なんて……。

 

「おーいマサミチ、ここからなんだかいい匂いがするんだが…………その肉、肉だよな?……それ、何だ?」

 

 居たわ。

 

――――…

 

「――いやぁ〜、美味かった。こんなに美味いのはガキの頃ぶりだな。腹もいっぱいだ」

 

 少し名残惜しそうに手元を眺めながらも、アランは満足そうに頷いた。やはりモンスターを狩猟する等という考えは無かったらしく、このモス肉は革命的な旨さだった様だ。

 もっと無いのか?と目で訴えるアラン。どれだけ食い意地が張ってるんだ…?まあ確かにあの美味さはこの村じゃ反則みたいな味だから分からなくもない。

 

「いや、ジャギィに殆ど奪われちゃってね。持って帰れたのはこれだけだよ。丸々持って帰れたら……そうだな、二十キロ位は取れたと思う」

「二十キロってどんくらいだ?」

「あー」

 

 そうだった。この世界ではまだ目や手で量っており、正確な単位など無いのだ。

 

「えー、とだな…。今アランが食ったのが400グラムだから……。うん、今の量を後五十回食える位の量だな」

「そんなにか!?」

 

 目をかっぴらいて驚くアラン。やはり一頭であれだけの食料が取れるとなるとかなり違うらしい。

 

「それだけあれば食糧問題も…!」

 

 やはり食い意地だけではないらしい。アランもこの問題を解決しようと奔走していた一人だからこそ、より光明を見出せるのだろう。

 

「しかし、どうやって狩るんだ?お前も知っての通りモンスターは比較的弱い個体でも侮れない。今回マサミチが倒したモスですら、石のように硬い頭で突進してくるんだ。まともに当たれば暫く使い物にならないだろうに」

 

 そう。草食モンスターの中でも最も警戒心の薄いモスですらその様な武器を持っているのだ。聞いた話によると、前に調達組が興奮したモスと出くわした時は、斧が石のような頭に弾かれてしまったのだという。強い衝撃を受けた事で気絶したモスだったが、その斧の刃はボロボロになったらしい。 

 

 もっと大勢居るのならばモス位は数で囲めば何とかなるにしても、果たしてモンスターを狩るという事に賛同するのはどれだけ居るのだろう?人間はモンスターに敵わないという固定観念がすっかり染み付いている彼らはモンスターを狩れるのだろうか。

 調達組とて例外ではない。いくら外で資源を集めているとはいえ、モンスターに立ち向かえるわけではない。せめてもう少しこの考えや武器が揃わないと厳しいだろう。

 

「ああ、だからまずは色々と準備したい。その為にも少し出なきゃいけないんだけど、一人じゃ効率が悪い。悪いけど手伝って欲しい」

「…何だ、その位だったら全然いいぞ。いきなり狩りに行くと言われると思ってたからな。少し拍子抜けしたくらいさ」

 

 そう言われると助かる。というかモスで手持ちのものじゃ足りないって分かったからな。流石にそれほど無謀じゃない。…まあ、モンスターに挑むこと自体が無謀だって言われたらそこまでなんだが…。

 

「それで、今から行くのか?」

「いや、明日行く。それまでにしっかり用意しといてくれ。色々と必要な物もあるだろうしな。それと……」

「分かってる。他のみんなには言わないさ。俺だって村長達にどやされたくはないからな」

「ならいいんだけど……。じゃあな。明日、早朝にここで」

「おう、じゃあな!」

 

―――…

 

 アランの退出後、俺は真っ直ぐに鍛冶場へと向かった。剥ぎ取りに使ったナイフの手入れと、ピッケルを作ってもらうためだ。

 偶々近くに落ちてたなぞの骨(本当に謎)があるので、それを柄にして作ってもらいたい。

 この村では金属は貴重で、本当に必要な部分にしか使用せず、それも元々ある金属を使いまわしているというのが現状で、正直ナイフが残っていたのすらかなりの幸運だったのだ。

 

 よって、この村には余分な資源なんて無い。これから必要な物は全て自分で調達していかなければならないのだ。

 

「なるほどな。つまりは素材は集めるからそれを加工しろ……という事じゃな……」

「えっ…駄目だったか?」

「いんや、それは儂としても歓迎するわな。正直このまま死ぬまで使い古しを叩くだけかと思っとった時にコレだ。おう、大歓迎だ。しかしまあ、一つ条件をつけさせろ」

 

 いつものように険の強い眼差しでこちらを見つめる。いくらこれがデフォルトで慣れたとはいえ、少しヒヤッとする。

 

「その、条件って?」

「……ほれ、ウチに弟子が二人いるだろ」

 

 あ、なるほど。なんとなく読めてきた。

 

「儂ももう年だ。そりゃ生涯現役のつもりだが、それだけじゃ先には繋がらん。あのバカ弟子共は若くて腕がいい。まだ未熟じゃが、それも経験を積めば気にならん。だからだな…、その作業にはあいつ等にもやらせてくれやせんか」

 

 うむ。そりゃこんな絶好の機会を逃す筈も無い。

 

「分かった。取れるかどうかは分からないけど、出来るだけたくさん持って帰るよ」

「おう、バカ弟子共には儂からキツく言っとく。………まあ、程々でな」

 

 おやっさんの言うとおり、明日は安全第一で資源を集めるとしよう。




……多分こんな感じでいいはず


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採取って大事だよね。疎かにしがちだけど

モンハンライズおめでとう!俺も買いたい!(血涙)

《追記》
タイトルが執筆中のものになっていました。申し訳ありませんでした


「マサミチー!起きてるかー!」

 

 夜の帳もまだ開けない中、ぐっすりと安眠していた俺は、この大声に起こされる事となる。

 

 

 

(馬っっ鹿、お前!大声出す奴があるか!?)

(いやー、すまんすまん。起きてるかどうか不安だったんでな)

(そのくらい、家に入ればいいだろ)

(悪かったって)

 

 両手を合わせてしきりにごめんと言うアランを尻目に、必要な物を用意する。反省している様だし、初めての事に緊張しているだろうからこの位でやめておこう。

 

「アランはもう準備出来てるのか?」

「ああ、必要なもんは大体外に置いてある」

 

 アランの格好はいつもの布の服の上にもう一枚着ており、それでいて動きやすそうな服だった。木を編んで作ったカゴを背負い、腰にはナイフと手斧をぶら下げている。……多分、俺よりも準備がいい。

 

 俺もカゴといくつか必要な道具を揃え外へ出る。小屋の前にはなんといくつかの水筒や箱を乗せたネコタクの様な台車まで用意されていた。

 

「…わぉ、マジでいいの?」

「おう、まぜちゃいけない薬草やキノコなんかもあるしな。これなら結構余裕があると思うぜ。……何だその顔、もしかして駄目だったか?」

 

 いや、あまりにも準備が整っていてびっくりしただけだ。正直、あんまり期待してなかっただけに驚きが強い。伊達に調達組のリーダーはやってないってことか。

 

 その後、昨日のうちに作ってもらった2人分+1個のピッケルを台車に乗せ、足早に村を発った。

 

 

―――…

 

 

 未だ薄暗い空の下、いくつもの木々を越えて歩く。時折周囲を見渡しながらせっせと目的地へと進む。勿論その間の採取もかかさず行い、草類やキノコ類はそれなりに集まっている。……まあ、マヒダケやニトロダケ等の食べられないキノコしか残って無かったけど。

 

「ここらへん、ジャギィとかいなかったっけ?」

「安心しろ。狗竜の群れは最近南に来たばかりだからな。そうそう居を移すことは考えにくい」

 

 牽引する台車を置き休憩しているアランが言う。

 確かに俺がモスを狩りに行ったのも北側だった。ってことはあのジャギィは入り組んだ狭い道を見る斥候ってところだったのか。下手したらドスジャギィと出くわしてたと思うとゾッとする。

 

「お、何だあれ?変な形だな…」

 

 そう言うと、荷台を置いてアランが木陰へと歩を進める。

 

「おい、あんまり離れるなよ?」

 

 大自然の脅威は十分理解しているとは思うが注意は促す。俺も周囲を見渡し、危険がないかを確認する。今いる木々の隙間から見える少し開けた道にはガーグァの群れ位しか見えない。

 そしてそのガーグァも騒いでいない為に周囲に危険度の高いモンスターはいないのだろう。

 

「おーい、マサミチー!ちょっと来てくれ!」

 

 ……大声を出すなと言っているのに。

 

「どうした?後あんまり大きな声を出すな」

「あ、あぁすまん。……で、あれ何だと思う」

 

 視線を辿ると、細い木の側面に張り付いている楕円状で穴の空いている何かがあり、それから粘性の液体が滴り落ちていた。

 

「って…ハチミツか」

 

 そう。モンハンでもよく見かけるハチミツ。それが二つの蜂の巣から流れ出ていた。モンハンだと明らかに不自然な所にもあるけど、それはきっとこの世界の蜂が逞しいんだろう。

 

「知っているのか?変な形だが…」

「いや、あれは蜂の巣でハチミツはあのオレンジの方だ。甘くて栄養価も豊富な食材だな」

「おお!なら取っていこう。甘味は貴重だからな…。おやっさん達も喜ぶだろう」

 

 急いで匣を取りに戻り、落ちてくるハチミツを採取する。滴り落ちているのは伊達じゃないらしく、この世界の蜂は元の世界では考えられない量のハチミツを作れる様だ。

 

「おぉ、確かに甘い!これがハチミツか…!」

「うん、日本のより甘いな…。やっぱり土地の違いか…?」

 

 この時代、甘味など全く無いに等しい。現にこっちに来てからは甘い物なんて食べていない。

 アランもハマったらしく、ちょいちょい掬い取って舐めている。

 

「よし、そろそろ行くか。二箱もあれば暫くは大丈夫だろ」

 

 匣に蓋をし、アランに呼びかける。が、返答は無い。見ると、匣を持ったまま地面に落ちたハチミツを眺めていた。

 

「おい?もういいだろ?」

 

 不審に思い声をかけると、アランは落ちたハチミツの中をよく見つめ、手探りに何かを掴む。

 

「これは……鱗?」

 

 それはハチミツに塗れ、テカテカと光る鱗だった。その大きさは掌程で、小型鳥竜種の比ではない。

 

「まさか飛竜の……!」

 

 アランの顔が張り詰める。その顔は先程までのふやけた表情ではなく、色濃い恐怖と焦燥感が覗ける

 

 張り詰めた空気が漂う。

 

 飛竜とは、絶対的な王者であり、生態系の頂点に位置する生物。矮小な人間が相対した時点でその生死は彼らの気分で変わる―少なくとも現時点では―そんな存在だ。

 

「いや、待て。これは……イャンクックの鱗じゃないか?」

「イヤンクック?飛竜じゃないのか?」

 

 アランが目を点にして聞き返す。モンスターの情報が広まってない中、こんなに大きくて硬質な鱗があれば飛竜だと疑っても仕方のないことだろう。実際、俺もゲームとしての知識が無ければ勘違いしていただろう。ハチミツで本来の色がよく分からなかったことも原因の一つだ。

 

「特徴的な大きい耳に丸い嘴、ピ…桃色の鱗を持つ鳥竜種だよ」

「ああ、怪鳥の事か。…確かに、遠目に見た色とほぼ同じだな。恐ろしい竜だったが、気性は穏やかだし、虫が好物らしいからな」

 

 あー、安心した。とその場に座り込む。少しして気を取り直すと、イャンクックの鱗を撫でながら

 

「後どのくらいだ?」

 

 と尋ねる。木に足をかけ、視線を高くして目指す場所を眺める。

 

「もうそろそろじゃないか?岩壁が近い」

 

 目指すは村からでも見える山岳。モンハン的にも地理的にもそこが一番鉱石の多い場所の筈。この距離なら後10分と掛からないだろう。

 気になったのか、アランも登ってきており、目に見えて近づいている事に、張り切っている。

 

 さて、と荷台を押して目的地へと向かう

 

「もうちょいだ、頑張れよ!」

 

―――…

 

 名もなき岩山。後世において名付けられる名こそあるが、現時点では誰もその岩山の名など興味は無い。

 強いて言えば、これが一種の境界線代わりになっていることを知っている程度だ。故に、誰もこの岩山を詳しく知らないのも当然だろう。

 この岩山は鉱山資源がかなり豊富で、いわば絶好の採掘スポットなのである。

 

 そんな岩山を10M程登ったあたりで、二人の男は岩肌へピッケルを叩きつけていた。

 

「フンッ!」

「ソリャァッッ」

 

 ゴロ…と音を立て様々な大きさの石が転がり落ちる。男達はそれを気にすることもなく一心不乱にピッケルを振るう。

 

「ヌゥンッ!」

「てぇいっ!」

「えりゃぁっ!」

 

 ガコッ、そんな音とともにピッケルは岩肌に強く突き刺さり、その反動に耐えられなかった持ち主は思わず手を離す。

 

「痛たっ!?」

「おいおい、大丈夫か?」

 

 それを皮切りにもう一人の男――アランも手を止める。ピッケルを取り落した方――マサミチは汗にこびりついた砂に不快そうな顔をする。

 

「結構掘ったな…」

 

 見れば、石の山とも言える程の量が積み重なっていた。

 

「しっかし…鉄ってこんなのなんだなぁ」

 

 鍛冶師でも無い為、製鉄を知らないアランが石ころを手に取り不思議そうに呟く。

 

「いや、それは多分ただの石ころだと思う。鉄鉱石ってのがあってな…。石の中に鉄があってそれを溶かして使うんだよっ…と」

 

 積み上がる石を掻き分けて鉄鉱石を探す。――あった。

 おやっさんに教えてもらったとおり、この世界の鉱石はかなり見分けやすい。だから特徴を知ってさえいれば素人の俺でも分かりやすく、その鉄鉱石は黒光りし、硬質な冷たい輝きを放っていた。

 

「ほら、色とか輝きが違うだろ?こんな感じのやつを探してくれ」

「おお、結構違うな。これなら俺でも分かりそうだ」

 

 手にした鉄鉱石を指標に、俺達は仕分け作業を始めた。――のだが

 

「石ころ、石ころ、円盤石、石ころ、石ころ……鉄鉱石、石ころ、鉄鉱石……石ころ石ころ……お、大地の結晶…?」

 

 …それはもう全然でない。鉄鉱石ってこんなに確率低かったのか?それとも掘る場所でも間違えたか?

 結局、全て仕分けてみれば山の様に積んであった石からはサッカーボール大の鉄鉱石が一個。それに拳大くらいのが十五個、後は細かいのが幾らかだ。

 

「アランも終わったか?」

「おう、結構あるんだな!」

 

 結構…?疑問に思い見ると、そこには丁度山の3分の1くらいの鉄鉱石の山が…… 

 

「嘘だろ!?」

 

 俺の倍なんてものじゃないほど取れている。山の量は然程変わりのない癖に鉄鉱石が桁違いに多い。まさかこれがあのセンサーか…?

 あまりの差についついその様な思考が脳を過ぎる。いや、まさか。元々のゲームでもネタで言われてただけなのに、そんな筈ないだろう。

 

「よ、よし…後もう一山掘ったら帰るぞ。時間的にもこれ以上は少し危ないかもしれん」

「ああ、帰りは荷物も多いからな。せめてもう少し日が長ければいいんだがなぁ」

「そればっかりは冬だからしょうがないな…」

 

 渡された水を一息に飲み干し、ピッケルを手にする。今度は違うポイントへ向かう。

 さ、さっきは掘るポイントが悪かったんだろう。だから今度はアランに習って色の違う場所を掘る事にする。

 

「今度こそ!」

 

 疲労を訴える両手にムチを打ち、その硬い岩盤へ力一杯振り下ろす。するとどうだ、10cmも削れば黒光りする鉱脈が顔を覗かせるではないか。

 勢いそのままに掘り進めるとガツッと今までより遥かに硬質な何かにぶち当たる。欠けた隙間から見えるのは綺麗な青色の鉱石。俺の予想が正しければ、恐らくこれはマカライト鉱石だ。鉄よりも硬い鉱石で、強い武具の生産には必須と言っても過言ではない重要な素材。本体はとてもじゃないが硬くて壊せない為、その周辺を崩して入手する。

 太陽に翳すと青が際立ち、幻想的な美しさを醸し出す。ゲームをやってなかったらきっと観賞用の宝石か何かだと勘違いしていたことだろう。

 太陽の光を浴びて輝くマカライト鉱石に目を奪われていると、突然何かが俺の肩を叩く。

 

「なあなあ、マサミチ。ちょっとこれ見てみろよ!」

「ぅおぉっ!?…ア、アランか……驚かせるなよ、割とマジで」

 

 何事かと振り返ったら、眼の前にはアランの顔が。下手なホラーよりも怖かった。

 

 しかしその驚きも長くは続かない。両手いっぱいに骨が抱えられ、小ぶりなものからそこそこのサイズのものまで揃っていたからだ。

 

「すごいだろ?多分これ全部が竜骨だぜ?下の方に落ちてたんだ」

 

 抱える骨を全ておろし、「待ってろ」と下へと飛び降りる。

 

「おい!?」

 

 命綱や捕まる所も無しに下りたアランに驚き、慌てて下を眺める。するとここから2Mも下りた所が、ちょっとした広場の様になっており、そこにはいくつもの骨の残骸が転がっていた。

 どうやら獣竜種か何かの死骸を中心に様々な骨が積み上げられており、殆どは砕けたりしているもののまだ使えそうな強度を保ったままの物も見受けられる。

 

「どうだ、格好いいだろ?」

 

 こちらを見てそう言うアランは角の生えた草食生物らしい頭骨を被り、先のほうがかなり大きく丸い大腿骨を背負っていた。

 あれほど飛竜に反応していたのは何処へやら。実害があると無いとではやはり違うらしい。

 

「出来るだけこの骨も持っていこう。何でも色々と用途はあるからな」

 

 そそくさと骨塚から使えそうな骨を選別する作業に移るアラン。採掘はどうしたとも思ったがあれで一応切り上げているらしい。

 その後も少し採掘を続け、ギリギリまで鉱石を手に入れた俺達は大急ぎで村へと向かうのであった。

 

 因みに、マカライト鉱石の数はアランの方が多かった。……やっぱりあのセンサーが働いている気がしてならない。




設定的にはアルコリス地方の東部、立地的にはメタベット付近くらいの位置と考えて書いております。


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家に帰るまでが遠足だよね。何もないとは限らないから

昨日、モンハンライズを買いました。面白いですな。


 じゃり、と降り積もった枯れ葉を踏みしめる。冬も近いこの頃になると運動をしてもあまり喉が渇かなくていい。その分だけ節約できる。そう思いながらぐびり、と水を摂取する。これで当分の間は喉の渇きに悩まされることはない。

 

「アラン、そろそろ出よう」

「ん、ああ。休憩も終わりだな」

 

 鉱山でザックリと鉱石を頂いてからは行きに使ったルートを辿り、荷物を零さないように注意しながらなるべく早く駆ける。使えそうな骨の選別や、道中の虫を取ったりして、少し予定より遅くなってしまった。

 無論、警戒も忘れない。急いでいたせいでモンスターに気づきませんでした、じゃ笑い話にもならない。荷車を牽いていない俺が今は先行している。

 そして見つけた。ルートから少し逸れた広場に、行きには確認出来なかった筈の穴が複数空いていたのだ。

 

「あれは……」

「何の穴だ?俺の顔よりはデカイけどよ…」

 

 もう少し近づくか?との提案を断り、即座に、それでいて静かに出発を催促する。もし俺の考えが正しいのなら、今すぐに離れないと不味い。

 行きの道に見つけた怪鳥の鱗。いつの間にか現れた複数の丸い穴。ここまで揃えば、モンスターハンターをある程度やっているプレイヤーならすぐに気がつくことだろう。最初に怪鳥の鱗って言ってる時点でもう正体なんかはバレバレだと思うけど。

 あの穴はイャンクックが自身の好物であるクンチュウをほじくり出した痕跡に違いない。それも、かなり新しい痕跡だ。古い痕跡と見間違うことは、まず無い。足跡や鱗片ならば分からなかったかも知れない。しかし、この世界では小さな穴程度ならすぐに塞がってしまうのだ。モンスターや動物が踏み固めてしまうのか、それとも地面から出てきたモンスターの体でそのまま土を戻すのかは分からない。が、あの程度の穴ならば直ぐに気にならなくなる位の物でしかないのだが、ほじくり出されたとなれば、土が戻らないのも頷ける。

 穴を掘るモンスターは他にもいるのだが、それでもこんなふうにはならない。それに植生や気候、土地などの観点から考えても、この主がイャンクックである可能性が最も高いだろう。

 

「お、おい。確かに急いだ方がいいのは分かるけどよ。ちょっとアレ怪しいんじゃないか?」

「アレが何かはもう分かった。…十中八九、イャンクックの捕食痕。それもすぐさっきのだ」

「いあん…?ああ、怪鳥のことか!…ってことは近くにいるのか」

 

 アランは一瞬疑問符を浮かべるも、前にも言っていた為に直ぐ理解したようで、強張った表情を浮かべる。行きの道で飛竜ではないと安心していた姿からは考えられない。

 

「いや、そりゃ当たり前だろ。普段温厚なモスやアプトノスだって、気が立ってれば襲ってくるんだ。それがあの大きさの竜だ。それも火を吹くって話だからな。狗竜よりも危険だろ」

 

 どうやらイャンクックを過小評価していたわけではないらしい。…てっきり、対面したこともないから甘く見ていると思っていたのだが、そこら辺はしっかりしてるみたいだ。まあ普通侮りはしないよな。ゲームをしていたということで無意識的に下に見てたみたいだ。反省反省。

 

「それで、どっちに行ったとかは分かるか?」

「いや、足跡が途切れてる。多分飛んでいったんだ。そう長くは飛べない筈だから空からくる事はないだろうが……」

 

 辺りを見回しても、木々が生い茂っている為にそう遠くまで見ることが出来ない。かといって、見晴らしのいい道を通ればその分発見されるリスクが跳ね上がる。こればっかりはどうにも出来ない。大人しく発見されないことを祈りながら急ぎ戻るしかないだろう。

 

「よし、さっさと行こう。この場に留まっても、肝心の居場所が分からないんじゃジリ貧だ。…一応、ほんの少しの足止めなら出来なくもないしな」

「………」

 

 そう声を張り上げるが、アランからの返事はない。不審に思い見ると、自らの口を押さえて屈み込んでいた。

 

「おい――」

(いや……何か、音がする)

 

 問いただそうとした瞬間、頭を下げさせられる。何が、と声を出す暇もなく、その原因が現れた。

 

『ククエェェェェッ!』

「噂をすれば…って奴か?」

 

 草木を掻き分け、森の大怪鳥がその姿を晒す。桃色の甲殻に身を包み、丸みを帯びたくちばしは一見してひょうきんな印象を与えるが、そこから繰り出される攻撃を知っている身としては気休めにはならない。襟巻きのようにも見える特徴的な大耳は集音性が高く、僅かな音でさえ逃さないだろう。

 

(こいつがいやんくっく…怪鳥であってるよな?)

(ああ…。…わかってたけど、でかいな)

 

 モンスターが大きいのは重々承知していたが、直接見るのとでは迫力が違う。今まで見た中でも一番大きいモンスターといえば、初日に見たドスジャギィ程度で、翼や甲殻を持つ大型鳥竜種であるイャンクックとでは比べ物にならない。

 イャンクックでこうなのだから、飛竜はどれほどのものなのだろう。果てには古龍に超大型生物。ゲームのハンターは色々とおかしい事を改めて理解した。あれで一般ハンターは無理がある。

 

 身じろぎ一つせずに隠れ、恐る恐る様子を窺う。当のイャンクックといえば、首を傾げながら地面を眺める。クンチュウを探しているのだろう。

 

(なあ…今なら行けるんじゃないか?)

(…いや、あの大きな耳の集音性はかなり高い。俺たちはともかく、荷車は怪しいんじゃないか?)

(でも、このままじゃ埒が明かないぜ?ここで待っても、アイツが来ないとは限らない。それに待ち続けて夜になった方が危険だ。…今ん所、あいつは穴掘りに夢中だ。草木の揺れる音に紛れて離れた方がいいんじゃないか?)

 

 確かにアランの言うことは正しい。これ以上遅れてしまえば、無事に帰れる確率は急激に低下する。ならば、こちらに注意の向いていない今こそが、逃げるチャンスなのだ。それに、イャンクックはどちらかといえば温厚なモンスターだ。縄張りや小さな生物には牙を向くが、飛竜程の執着がある訳では無い。

 

(……分かった。出来るだけ音を立てない様に気をつけろよ)

 

 そこからは慎重に。ゆっくりと、足場を選び、軋む荷車を引く。一つ物音がする度に心臓が跳ね上がり、怪鳥へと注意を向ける。

 

「……ここまで来れば、大丈夫か?」

「いや、念の為もう少し…」

 

『グアオオオッ!!』

 

 突然の咆哮。身が竦むとまではいかなかったが、心はその限りではない。

 前からゆったりと歩み寄るのは青い体毛と硬い甲殻と棘に覆われた腕を持つ牙獣種。青熊獣アオアシラがこちらを睨みつけている。

 

「オイオイオイ…。何でこんな時に青熊獣が…」

「もしかして、俺達が採ったハチミツはこいつの餌場だったりするのか……?」

 

 偶然という線もあるだろうが、そうとしか思えなかった。きっと、俺達が採取した為に好物であるハチミツを食べられず、そこで気が立っているときにハチミツの香りを追ったら、俺達がいたと。……充分あり得るな。

 

『グルルルル…』

「くそっ…逃げるに逃げれん」

 

 アオアシラはこちらを警戒しながらも、その眼光は鋭く、荷車のある箇所へ向けられていた。

 

「アラン、そっちのハチミツを取ってくれ。それで何とか注意を逸らす」

「そんなので上手くいくのか!?」

「いいから!」

「……分かった。信じる!」

「サンキュー」

 

 アオアシラから視線は離さず、正面を向いたままアランからハチミツを受け取る。地球での熊の対処法だから通じるかどうかは分からなかったが、一応襲われずには済んだ。

 

「さんきゅ…?」

「ありがとうって意味だよっ…そらっ!」

 

 勢いをつけて後ろへ全力投球。20m程の位置に落ち、衝撃で中のハチミツが地面へ溢れ、甘い匂いを漂わせる。

 

『グォオ?』

「今!」

 

 ハチミツが落ちた途端、こちらへの警戒心は失せ、一直線にハチミツへと駆け出すアオアシラ。それを見届ける間もなく、ガラガラと音を気にすることなく全力疾走。

 

「うおおおぉぉぉぉおおっ!!」

「ふんっ…!ぬありゃぁぁあ!」

 

 さっきまでの忍び足など忘れたかの如き荒々しい走り。一人で牽いていた荷車も二人で押す。折角集めた素材が少しこぼれ落ちるが、そんなことは気にしていられない。

 

「はあっ…はあっ!……撒いたかっ!?」

『グルォ、ブグオオオォ!』

「…全然駄目だ!もう食い終わるぞ!」

 

 人間には充分な量でも、ハニーハンターには不足らしい。

 

「何か秘策とかは!?」

「悪いがイャンクックの方にしか無い!」

「ちくしょう!」

 

 そうしている間にも、彼我の差は縮まっていく。素の走力の差に加え、大荷物を抱えているのだ。荷車の為三次元的な機動も出来ず、追いつかれるのは時間の問題だった。

 

 あわや追いつかれるかと思った瞬間。

 

『クエエエエエェェッッ!!』

『グルァオッ!?』

「んなっ!?」

 

 イャンクックだ。木々の隙間から突然乱入し、無防備なアオアシラの側面に体当たりを食らわせる。大質量のぶつかり合いはお互いに地を削り、小さな凹凸を整地しながら倒れ込む。

 

「うおぉっ、何か知らんがよし!」

「縄張り争いか!?」

 

 アオアシラの咆哮、或いは木をなぎ倒す音に反応してか、イャンクックは向かってきていた。そして見つけた侵入者の内、より危険度の高い方を狙っただけだ。

 

『グルルオァァォ………』

『クエエェッ』

 

 格上からの不意打ちにアオアシラは完全に萎縮。先程の覇気は消え失せる。それを一瞥し、今度はこちらに目を向ける。やはり人間はあまり見ないらしく、警戒はしているが、少しでも動けば今にも襲ってきそうな雰囲気を漂わせている。アオアシラに気を引かせるのは出来そうもない。

 そこで、念の為と持ってきていたポーチを投げつける。それはくちばしに当たり、気の抜けるような音と共に落下。

 

『ククェ?』

「お、おい、刺激するなって」

「…不発かよ!」

 

 地面に落ちるポーチを不思議そうに眺めるイャンクック。興味はそちらに向いたとはいえ、狙った効果とは程遠い。

 一瞬だけ視線を彷徨わせるが、俺達を捉え、一歩前に踏み出す。その瞬間――爆発音が響き渡った。

 

『キュクエエエェェ!』

 

 同時、イャンクックは甲高い悲鳴をあげ、体を持ち上げてふらふらと放心したように立ち止まる。

 

「な、何だ!?火の息か!?」

「今の内に逃げろっ!巻き込まれるぞーっ!!」

「は?え」

「早くっ!本当に少ししか持たないから!」

 

 状況を把握出来ていないアランを叱咤し、慌ててこの危険地帯から逃げ出す。駆け出した数秒後には背後から暴れまわる二体の雄叫びや大質量の物体がぶつかる轟音と共に木々をへし折り猛るイャンクックの姿を確認した。

 

「うおおぉっ!?後ろから凄い音がするんだがっ!?」

「振り返るな!とにかく走れえぇぇーーっ!」

 

 背後の喧騒も見ず、ただがむしゃらに村までの道を追う。遠くに上がる黒煙も無視し、荷が跳ね落ちても拾わない。恥や外聞などはかなぐり捨て、ようやっとして、視界が開けた。

 

「村だ…!も、もう走れん…!」

「ハァッハア…!けふっ…。さ、流石にもう大丈夫だよな…」

 

 念の為と背後を振り返り、大きな影や音も無い事を確認し、大きく息を吐き、心底安心したような面で村の端―おやっさんの鍛冶場の裏へと荷車を停めた。

 完全に脱力し、地面へ倒れ伏す。ゴツゴツとしていて決してリラックス出来る地面ではないが、今はとにかく休みたかった。

 

「おう、そろそろだと思ってたぞ」

 

 息が整った辺りで、声を掛けられる。

 

「「おやっさん!!」」

 

 出迎えたおやっさんの上半身は裸で、老年ながらも引き締まった肉体を見せつけていた。その傍らには彼の弟子二人組が揃っていた。

 

「お疲れ様です。驚いた…まさかこれ程の量を持ち帰るとは」

「二人共おかえり!それで、あの山まで行ったんでしょ?どんな感じだったの?モンスターはいた?怪鳥が遠くに見えたけど大丈夫だった?」

 

 弟子二人はどちらかといえば外の事や素材に興味が惹かれている様で、少し複雑な気持ちになるが、こんな二人だからこそ協力してくれたので文句は無い。むしろ、これから仕事を頼む側からしたら中々に頼もしい。

 

「ああ、ただいま。かなり大変だったんだぞ?こう、なんか色んな石が取れて、その帰りに怪鳥が来て、追いかけられたらボンッてなったら、青熊獣とグワシーって取っ組み合って……」

 

 身振り手振りを交え、興奮した様子でアランは語るが、残念ながらその手の才は無かったらしい。

 

「ま、とにかく今は体を休めとけ。鉱石が取れたんなら後は儂らでやっとくわい。馬鹿弟子!呆けてないで選別じゃ」

「はい、お師匠」

「はーい。後で教えてねー?」

 

 それぞれ鉱石の入った籠を持ち、鍛冶場へと引っ込んでいった。

 

「ふぅー…にしても、最後のアレは何なんだ?その、手投げ弾だったか?それを投げたら怪鳥があんなになったやつ」

 

 残りの素材を俺のテントへ運ぶ帰り道、アランが不思議そうに尋ねた。

 

「ん…アレか。イャンクックはな、あのデカイ耳の通り、めっちゃ耳がいいんだよ。それで、急にあんな感じのでかい音を立てられると、その聴力が災いして、混乱した後に怒り狂って手当たり次第に襲うようになるんだよ。まあ、上手くいくかは賭けだったよ」

「青熊獣……アオアシラだって、俺らよりもハチミツを狙うなんて知らなかった。きっと、村長やおやっさんでも知らないぜ?」

「まあ、な。…ハンターのお陰だよ」

 

 上機嫌に、そう面と向かって褒められるのは少し照れくさい。今言ったように、これはゲームでの設定ありきの事で、もしかしたら、気まぐれで俺達を狙っていた可能性もあった。そう考えると、かなり危ない橋を渡り続けていた気もする。

 

「ハンターって何だ?」

「モンスターを狩ったり、危険な場所の物を集めたり。……まあ、普通の人では出来ない、色々な事をやる職業だよ。それがあったから、あの手だって取れた」

 

 本当に、モンハンをやっていて良かった。もしこれでやっていなかったら、生活には全く慣れず、まともな貢献すら出来ない。そして当然、あの窮地だって切り抜けられなかっただろう。

 

「じゃあ、マサミチはハンターを目指してるんだな」

「は?」

 

 ふと言われた事に理解が追いつかない。ハンターを目指している?誰が?……俺が?その反応を見て、アランは言葉を続けた。

 

「だってよ、こんな事を知ってるしさ。これからモンスターを狩る予定があるんだろ?鉱石だって、武器の為って言ってたしよ。そんな感じで色々工夫しててよ。なら、ハンターになりたいんじゃないのか?」

 

 寝耳に水だったが、そう言われると確かに。俺がやろうとしていることはハンターそのものだ。食料が欲しいだけなら、ここまではしない。

 

「……それもそうか。…うしっ!俺はハンターになる。この村初のハンターに!」

 

 そう声を出して宣言する。それは存外、気持ちのいい事だった。

 

「よし!俺もそのハンターって奴になってやる!」

 

 アランも声高々に言い切り、ニカッと笑う。

 

「…お前までやらなくていいんだぞ?」

「別にいいだろ?モンスターの脅威だって、無いわけじゃない。村を守る為にも、そのハンターって奴は必要だろ?それに、ハンターになれば退屈はしなさそうだからな!」

 

 日も傾き、じきに帳も降りようとする中に、二人の男はハンターになるという決意を誓ったのであった。

 

 




「因みに、あの怪鳥を狩猟出来て、やっと一人前らしいぞ」
「マジか…ハンターってすごいんだな…」

この後、こんな感じのやり取りが交わされたとの事。


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旅立ちの風に吹かれて

こんなに狩猟前パートを長引かせるつもりじゃなかったんだ…、


「ほれ、こいつがお前の言っとった狩猟武器だ。確かめてみい」

 

 あの遠征から2日、朝早くに鍛冶場へと呼び出された俺はその仕上がりの速さに舌を巻く他無かった。

 

「おー、これがハンターの片手剣ってやつか!」

「まさかこんなに早く出来るなんて…。設計も素人が描いたようなものなのに…」

「あまり儂を舐めるんじゃあない。いくら残りモンしか打てずとも、常に頭にゃ仕事ン事が入っとるわい」

 

 目の前に並ぶのは、モンスターハンターシリーズでお馴染みのハンターナイフ。早速手に取ってみるが、やはりと言うべきか、両腕にずっしりとした感触が伝わってくる。シンプルな造形ながらも、信頼を寄せるには足る一品で、ハンターとしての道をまた一歩進んだ感慨すらあった。アランもしっかりと握り込み、既に素振りをしていた。

 

「私達は師匠に使っていいって言われた鉄でね。篭手と足の防具を作ったんだ!使っていい量だと、これくらいが限界だったけどね…。…まあ、そこはちゃんと作ったから安心安全だよ!これでジャギィの噛みつきだってなんのそのだーっ!」

「ええ、ミーニャの言うとおりです。一応、盾を用いるため鉄は左部分だけになっていますが、色々と便利でしょう。これからも新しい刺激を期待していますよ」

「本当に…?」

 

 弟子二人、おやっさんの孫『ミーニャ』と竜人族の青年『エイル』も製作に関わっていた様で、両者共に自らの作品の評価を伺っていた。

 

「うん、問題は無いし取り回しも難しくはない。…想像以上の出来栄えだ」

「それはそれは…」

「えっへへ、自信はあったけど、それでもやっぱ嬉しいや」

 

 軽く振ってみるが、かなりの鉄塊に加え、腕自体も少し重く感じるが、想像した程ではなく、もう少し慣れたらある程度は使うことが出来るだろう。正直、学生の頃に握った竹刀なんかよりも楽に振り回せる。

 

 そんな事を話していると、おやっさんが工房へと戻り手招きをする。見れば、マカライト鉱石だけが集められており、その前でおやっさんが悩ましげな顔をしていた。

 

「おう、このマカライト鉱石だけは何ともならん。ここにあるもんじゃ扱えん。どうしても火力が足らんのだ。残念だが、何か加工できる方法が出来るまではコイツはただの石ころだな」

 

 マカライト鉱石を手に取り眺めるおやっさんの目は本当に無念そうで、こっちも気落ちしてしまう。ゲームのフレーバーとしては、マカライト鉱石を加工する為には燃石炭が必要だったが、そんな所まで同じらしい。一応、充分な設備が整っていたりすれば、燃石炭に頼らずともいいらしいが、それはこの村には期待出来ないだろう。

 

「いや、ここまでしてもらったんだから充分です。確かに残念ではありますけど、今はこのハンターナイフがあればそこそこのモンスターならいける……と思います」

「……そうか。まあ、他になんかあったら言えや」

 

 そう言い残すと、おやっさんは寝床に入る。直ぐにイビキが聞こえた事を見るに、どうやら寝ずに仕上げてくれたらしい。

 

「…ありがとうございました」

 

 一礼して、鍛冶工房を後にする。二人に手を振り、アランと共に俺の家へと向かう。

 

「今日はどうするんだ?一応、俺は外出することを言っといたから、夕までは怪しまれない。本格的な冬ももう近いし、やるなら早めがいいと思うぞ?」

「ああ、それは思ってた。…うん。まだちょっと慣れないが、早速今日にでも行こう。出発は昼からだ。それまでは練習して少しでも慣らす。そして、村のみんなに認めさせる」

 

 今日、この世界での革命が始まる。今までとは違い、生物の命を奪い、それを村の糧とする為に。ハンターとしての第一歩は、まずそこからだ。

 

「じゃあ解散!練習は…何か不手際があってもカバーできるようにおやっさんの鍛冶場の裏でやること。俺は狩りに役立てそうな道具を見繕うからまた後で!」

 

―――…

 

「おし、緊張して失敗とかはするなよ?」

「大丈夫だ。あの斧と違って、モンスター専用の武器も、ちゃんとした知識もある。今の俺達を止めるなら怪鳥でも持ってこいってもんだ!」

 

 時間は飛んで昼飯時。昼飯時とは銘打っているものの、今は食糧が乏しい為に朝晩の二食のみだ。

 鍛冶場へと向かい、武具を受け取る。アイテムなんかも整え、持ち帰るための荷車も用意し準備は万端だ。

 

「おう、行って来い。儂らの創ったモンがモンスターに通じると証明してやれ」

「食料を得る為……となるとアプトノス辺りでしょうか。ええ、ええ。あの体躯の一撃は草食モンスターといえど侮れません。お気をつけて」

「二人共がんばってねー!でも無理だけはしないようにね。安全がイチバン!だからね」

 

 三人の激励を受け取り、草原へと足を向けた俺達に声をかける者がいた。

 

「待て。アラン、マサミチ」

 

 聞き覚えのある声に恐る恐る振り向くと、村長が険しい顔でこちらを見つめていた。

 

「そ、村長…」

「……少し前から、様子がおかしいのは分かっていた。あんな事を言い出したのだ。警戒くらいする。…マサミチが一緒だとは思わなかったがな」

 

 ふう、と息を吐き、やれやれとばかりに首を降る。

 

「分かっているのか。外は危険だ。一体ならどうとでもなる様なモンスターも、外では違う。食料を得られるという確証もなく、徒に身を危険に晒すだけだ。死ねば人の味を覚えたモンスターが生まれ、逃げ延びたとしてもこの村の存在を察知されかねん。そう、お前の父親の様にな……それでも行くというのか」

「……村長。今のままじゃ食糧難になるのは目に見えてる。今でこそみんなも我慢できてるけど、本格的な冬が訪れたらそれも意味がなくなる。口減らしをするくらいなら、危険でもこっちを選ぶ。何より、俺がここを守りたいって気持ちも本当だ。これが出来たら、今までみたいに震えて忍ぶだけじゃなくなる。文字通り、新しい道が開けるんだ!」

「………」

「………」

 

 二人は睨み合うように対面し、その顔つきから譲る気は無いらしい。どれくらい見つめ合っていたのだろうか。やがて村長の顔には諦めの色が浮かぶ。

 

「……はあ。……親に似たのか。好きにしろ」

「ッ…!ありが「ただし!」…っ」

「やるからには、しっかりと成果をだせ。そして絶対に死ぬんじゃない。無意味だと判断したら直ぐにでも止めさせる。…マサミチもそれでいいな?」

 

 急に話を持ちかけられ少したじろいだが、条件付きとはいえ認めてくれたのはかなりありがたい。その条件も至極当然のことであり、勿論快諾以外の選択肢はなかった。

 

「まだ完全に認めた訳じゃあない。後は結果次第だ」

「…………ありがとう、じいちゃん。大丈夫だ。俺も無策で行くわけじゃない。ちゃんと帰ってくるよ」

「…フン」

 

 仲睦まじいという程ではないが、そこに確かな愛情はあった。以降、村長は無言で見送り、孫はただ手を振って背を向ける。

 

「…お前と村長ってさ」

「ん、ああ。そういえばマサミチは知らなかったか。俺はあの人の孫だよ。じいちゃんも言ってたけど、次期村長だった俺の父さんがさ。外に出てって帰ってこなかったんだ。そこからは今の通り、すっかり関係が悪くなっちまってよ。憎み合うとかじゃあないんだけど、なんか気まずくて」

 

 身内での事でその関係が悪化してしまう。これは世界を超えても共通している事柄らしい。

 

「でも、ほら。認めてくれただろ?あの条件だって元からそのつもりのものばっかりだ。やっぱり血は争えないって奴かな。父さんも昔のじいちゃんは外に憧れてたって聞いてるし。………じいちゃんも怖いだけなんだよ。父さんの二の舞いにならないかってさ」

「……」

「だけど、俺と父さんは違う。俺にはこのおやっさん達が作ったモンスター用の装備に、知識と道具。そしてマサミチも居るんだ。目標だって決まってるから絶対大丈夫。ミーニャがいつも言ってる、安心安全ってやつだな!」

 

 恥ずかしげもなくそう言うアランの顔は今まで以上に晴れ晴れとしているように見え、これからのモチベーションも高まる一方であった。

 

「…そうだ!ハンターの間では狩りに行く前に言う合言葉みたいなものがあってだな。『一狩り行こうぜ!』ってのがあるんだ」

「なるほどな。んじゃあ、俺達もやるか!」

 

「「一狩り行こうぜ!」」




ご愛読ありがとうございました。
食卓の英雄先生の次回作にご期待下さい――☆!
嘘です。なんか打ち切りエンドみたいな最後になったけど続きます。


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駆け出しハンター
ハンターの基本 草食竜の狩り


忘れた頃に出していく質の悪い作者


 生い茂る木々の隙間を縫い、村周辺の森を抜けた先にその草原はあった。

 

 緑豊かな野原が広がり、二分するかの様に流れる川とその周りで草をはむ草食獣の姿は見るものに牧歌的な印象を与えるだろう。

 実際、普段の草原は温厚平和そのものといった様子で、草食の生物からすれば楽園の様な場所だ。とはいえ、弱肉強食のこの世界。何日かに一度、ランポスの群れが現れ、平穏に暮らしている生物たちに襲いかかる事がある。

 子分だけであるなら彼らもやりようはあるが、襲撃の中にはリーダー格である個体もいる為に抵抗は難しい。

 しかし、それでもここにいるメリットが遥かに高く、そんな光景はこの草原に生きる者としてのであった。

 

 そこへ足を踏み入れる影が二つ。何を隠そう、マサミチとアランである。現在二人は背の高い草むらに身を隠し、今正に獲物へと目をつけていた。

 視線の先は、水場で休憩しているアプトノスの群れ。15頭程の大人子供が入り混じり、その中でも、一際大きなリーダーと思わしき個体が巡回する様な行動を見せている。

 

(参ったな、アイツ、ずっと見回ってるぞ?)

 

 隣でアランが呟く。普段であれば、アプトノスの群れに統率者と呼べる個体はいない。それぞれが一斉に逃げ出し、反撃が無いこともないが、基本は自分優先なのだ。しかし、リーダーがいれば、その個体が積極的に防衛に入る為、戦うことを余儀なくされる。ゲームであればなんの痛痒も無いが、ことこれが現実となると急激に難易度が上がってしまう。

 

「どうする…?一度出直すか?」

「いや……続行しよう。ああ言った手前出戻りなんてかっこ悪いし、何よりもランポス達がいない。いつもは最低でも2、3匹くらいはいるもんだけど、それが何故か影も形もない」

 

 この平原は村の北部に位置し、平原の先はランポス達の縄張りとなっている。逆に南部にはジャギィ達の群れがおり、お互いにこの平原を超えることは基本的には無い。

 

「…確かに、言われてみれば…。でも、大丈夫なのか?いつもと違うってことは何か起きてる可能性もあり得るだろ?」

「ああ、勿論移住なり縄張り争いなり候補はある。でも今の俺達にとってはチャンスだ。これまでは何かあるときは先んじてランポスが複数頭偵察に来てたはずだ。それが無いってことは多分向こうにとっても急な何かがあったんだろう。今から悪化するのか、このままなのかは分からないけど、悪い条件じゃないとは思う」

 

 こう言った説明もあり、特に異論はなく話は進んでいく。

 

「よし、仕掛けるのは俺がやる。するとほぼ確実にあのリーダーが迎撃に来るから、それをアランが」

「不意打ちで仕留める…って事か。ああ、大体分かった。モンスターを殺した経験なんか無いが、やってやるさ」

 

 アプトノス達を刺激しないよう、俺はゆっくりと茂みから身を晒す。警戒されないためにも慎重に歩みを進め、群れの直ぐ側で立ち止まる。

 近くに現れた自分たちとは別種の存在を感じたのか、付近の数頭が顔を上げてこちらを一瞥する。

 目と目が合い、どちらからともなく動きを停め、鏡合わせの様な状態となる。暫くそうしていると、興味を無くしたのか草を喰む作業に戻る。

 

 そののほほんとした顔に罪悪感を覚えないわけではないが、生憎とこちらにも事情がある。

 

 草を咀嚼し終え、動きを止めたその柔らかな首元へと一閃。一息に振り抜いた鉄刃は寸分違わずアプトノスの喉を切り裂き、血しぶきが飛ぶ。

 

「よしっ、後はリーダー格をっ!?」

 

 突如、側面からの衝撃。不意打ち気味の重い一撃に俺の体は弾かれる。

 

 何が?

 まだリーダーは近づいていない筈だ。他のアプトノスにしても、来るのが早すぎる。驚愕に埋め尽くされる思考の元、下手人の姿を捉えた。

 

 それは、いま先程俺が喉を裂いたアプトノスだった。傷口から血を流しながらも、猛々しく大暴れしている。浅かったのか、はたまたあの程度では即座に死に至るほどの体力はしていないのか。

 

(くそっ、見誤ってた!ゲームならともかく、これは現実。傷を与えれば即座に動けなくなるなんてあるかバカ!)

 

 ともあれ、仕留められなかったという事実は揺るがない。痛みの残る腕を上げ、再度片手剣を構える。横目に見れば、群れ全体にこの騒ぎは伝わったようで、ドシドシと大きな音を響かせながら立ち去ってゆく。

 

 その中に居た。唯一こちらへ猛進してくる大型の個体だ。距離にして30m程先。もう間もなくこちらへ辿り着くだろう。アランは顔を出し、いつでも駆け出せるようにしている。その表情が優れないのは、最初の一匹を仕留められていないからだろう。

 

(その為にも、まずは目の前のヤツを仕留めなければ…!)

 

 身を乗り出すアランをハンドサインで止め、暴れるアプトノスに集中する。

 

「ふぅー…」

 

 冷静に、慎重に。時折こちらへ向く攻撃を少々大袈裟に、余裕を持って躱す。出血の上、我武者羅に暴れたら、何であれどうしても疲弊する。そこを狙って一息に踏み出す。

 当然、アプトノスは迎撃に移る。最も硬い部位。即ち頭部を用いた頭突き。これを右に構えた盾で受け流す。通り過ぎざまに傷口へと捩じ込む。

 

 手のひらに伝わる肉を貫く感触。今度こそ、か細い鳴き声を上げて崩れ落ちた。 

 

 だが、まだだ。

 今まさにこの瞬間、群れのリーダーたる個体が到着し、勢いそのままに躍りかかる。

 

「ふっん、ぬぁっ!!」

 

 回避は不可能だと判断し、正面から受ける。逸らされることのない衝撃はそのまま体へと流れ込み、俺の身体は2m程後ろへと吹き飛ばされた。

 少し腕が痺れるが、目立った怪我はない。ひょっとしたら打撲くらいにはなっているかも知れないが、大型の動物の突進を受けたと考えれば、それも安い。

 眼前の驚異が健在な事を確認したアプトノスは、尻尾をムチのように振るう。それを屈んで避け、後ろ足の健を裂く。

 

『ブモォッ!?』

 

 アキレス健を断ち切られた事により、バランスを崩したアプトノスは悲痛な叫び声を上げる。

 

 そこへ走り寄る影が一つ。

 

「うおおおぉぉぉぉぉらぁっ!!」

 

 身を潜めていたアランが円盾でタックルする様に側頭部を捉える。予期しない方向、予期しない勢力からの強襲。フラフラと体全体を揺り動かし、倒れ込んだ。

 

「おい、大丈夫か!?」

「ああ、…目立った怪我は無い」

「なら良かった。…いや、一応薬草は使っておけ」

 

 言葉に甘えて、予め持っていた薬草を口に含む。噛みしめるほどに青臭さとエグミが複雑に入り混じった苦味が口内に染み渡り、思わず渋顔になる。

 

「おえぇ、苦っが!エグみもすごいし、よくこんなもの食った奴いるな」

「……まあ、割かしみんな思ってる」

 

 苦笑交じりに応えるアランの手を取り、いざ参らんと再び構える。今度こそ隙を晒さない様にアプトノスの一挙手一投足に細心の注意を払う。

 

 あれほどの巨体。沈むにはまだ早い。僅かに痛みの残るその腕で簡素なグリップを握り込む。慣れない事をした緊張からか、いつも以上に動悸が荒れる。どうやら自分が思っていた以上に体力を消費しているらしい。しかしその顔に浮かべたのは苦顔でなく笑みだった。

 

 ハンターの見ている景色。ようやくスタートラインらしきものが見えてきたのだ。

 

 今、俺はこの世界に来て最も興奮しているといっていいだろう。これがハンター、これこそが狩猟生活なのだと――。

 

「来るなら……来い!」

 

『………』

 

 が、肝心のアプトノスは予想に反して怒り狂い暴れる事も、逃走の為に背を向ける事すらなかった。

 

「……なあ、コイツ気絶してるぞ?」

「………そうだな」

 

 マサミチの頬に朱が差した。



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ハンターの基本 QUESTCLEAR

今現在の二人の装備

武器ハンターナイフ 頭:なし 胴:なし 腕:見た目はハンターアーム(旧) 腰:なし 脚:見た目はハンターグリーヴ(旧)

ハンターシリーズはマカライトとケルビとかファンゴの毛皮使うもんね。


「ふう、あとは運ぶだけだな」

 

 気絶したアプトノスを仕留め、ついでにその場で血抜きもしておく。アプトノスを狩猟するということで、拡張していた荷台へと何とか乗せる。

 以前の物とは違い幅を大きく広げた物で、底面には木材を重ね合わせてより堅固にし、表面には緩衝材となる植物を敷いてから麻布を被せている。車輪は比較的弾性の強い木を鞣して使用し、一部を竜骨でコーティングした。 狭い木々を抜ける事は出来なくなったが、おかげでアプトノス2頭の重さにも潰れる事は無い。

 

 そして今一番大きな問題に突き当たった。この稚拙な荷車が巨大な草食竜の重量に耐えている事は称賛するべきだろう。流石はモンハンの世界の素材。…しかし、荷車が耐えられるとはいえ、人間の力には限界がある訳で。

 

「んぐぐぐぐ……お、重い…!」

 

 当然である。

 これを現実世界で当てはめて考えると軽く考えても7トン近くにもなろうかという重量なのだ。いくら荷車に乗せているとはいえ、少し動かすだけでも相当に力がいる。

 一応、二人がかりであるため絶対に無理というわけではないが、それでもたった50メートル進むだけでも結構な時間を要してしまった。これでは帰り着く前に夜が来てしまう。

 

「ま、参ったな。これはキツイ。時間的にも、肉体的にも……」

 

 一瞬、諦めてしまおうかと思った。何も丸々持って帰る必要は無いのだ。肉だけを剥ぎ取り、持ちきれない分は廃棄する。まともに考えればこれが一番手っ取り早いだろう。

 

(でもそれじゃあ知らしめる事は出来ない)

 

 この巨体の亡骸を見せて初めて、真の意味でモンスターを狩るという事を理解させられるのだ。 そして、何より自分達が納得出来ない。

 

「う、おおおぉぉっ!」

「ゴリラ…いや、ラージャンかよ…」

 

 俺が休憩している間にも、アランは必死の形相で引きずっていく。今にして思えばあの時も不意打ちで頭狙いだったとはいえ一撃でアプトノスを気絶させてみせた。コイツ相当な筋力持ってないか?

 

「ゼェゼェ……マサミチ、一匹は置いて行かないか?」

「でもな……」

「確かに時間をかければ大丈夫だろうが……このままじゃ夜が来ちまう」

 

 アランの言うとおり、この帰り道は遅々として進まず、冬が近い今この時期ではあっという間に日が暮れてしまう。

 

「……………仕方ないか。一匹だけでも目的は達成出来るし」

 

 食べる為に狩った獲物を捨てるのは非常に心苦しいが、背に腹は代えられない。このままでは俺達の身が危険なのだ。せめて安らかに眠って欲しい。

 

 断腸の思いで判断し、小さい方のアプトノスを荷車から降ろそうとしたその時だった。

 

 ガサガサッ

 

「「!」」

 

 先の木々の向こうから、草むらを掻き分ける音が聞こえてくる。示し合わせた様に二人揃って息を潜めて様子を伺う。

 やがて土を踏みしめる音まで聞こえるようになった。

 

「ふう、あの二人は何処に行ったって……うお!?モ、モンスター!?」

「ジモ。落ち着け。それはアプトノスだ。それも死んでる」

 

 現れたのは村の調達組のメンバー達だ。そうと分かれば姿を晒す。

 

「アラン!マサミチ!こんな所にいたのか!」

「それはこっちのセリフだ。なんで皆がここに?」

 

 話によれば、日が傾こうとした時に村長から俺達を探して手伝う様に、とそれだけを聞いて来たらしい。おおよその方向はおやっさんに教えてもらったとの事。

 

「いきなり手伝えと言われたかと思えば村長たちは行けば分かるとしか言わないし…」

「…まあ、確かに見た方が納得は出来たが…。これを手伝えばいいんだろ?」

 

 話が早く、フリーダ達は早速荷車の背後や前方に回り込み、共に荷車を押してくれる。決して早いとは言えないが、負担も分散され、一定の速度で進み出す。これなら間に合いそうだ。

 

「…にしても、よくこんなの見つけたなぁ」

「ああ、他のモンスターにやられたにしては傷が少ないしどこも食われてない。運が良かったな」

 

 

 ……成程、確かにそうなるか。

 この世界…というか村にはモンスターを狩るなんて発想は無い。モンスターの死骸を見せられたら、他の生物の仕業と思うのは当然の事だろう。でもそれは前例が無かったからだ。

 

「いーや、お前たち。聞いて驚くなよ?このアプトノス達は俺とマサミチで仕留めたんだ」

「おい……まあいいか、どの道ばらす予定だったし」

 

 肝心の反応だが、特に驚いた様な顔ぶれは無い。

 

「お、おい?嘘じゃないからな?本当だぞ?」

 

 あまりに薄いものだから逆に心配になり、念を押すアラン。それで顔を見合わせては笑い出す。

 

「?なんで笑って…」

 

「…いや、村長の言ってたのは本当だったな、と思ってな」

「あ、ああ。確かにモンスター…それもここまでの大きさのものを倒すなんて言われても、信じられなかっただろうな…」

「流石に目の辺りにしたら信じるしかないよ。モンスターを狩る…ね。その考えは無かった。僕達にとっては狩るのは精々がちっちゃな動物とかだと思ってたからさ」

 

 意外にも、調達組はすんなりとこのことを受け入れた。それは彼らが若く、柔軟な思考が出来た事と、今現在の困窮した状況ではそういう意見が出ても可笑しくない、という判断からであった。

 彼らは帰路にてわいわいとその話に花を咲かせた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 すっかり日が落ちた頃。フィシ村は珍しく活気に満ちていた。勿論、普段が陰鬱という訳でなく、夜は大人しくしているという方針なだけではあるが。今回は事が事だ。

 村の中央の広場には篝火が焚かれ、それを囲む村人たちの顔は喜色に塗れている。その理由は当然、アプトノスの肉にあった。男衆は豪快に齧りつき、女衆もその美味しさに舌鼓をうつ。子供も目を輝かせ、我先にと肉へと飛びついていた。

 

「…なんか、いいな。こういうの」

 

 俺は今、少し中央から離れた場所でとある作業をしながら皆を眺めている。最近は影の指したような表情をしていた人達が、今は顔をほころばせて騒いでいる。これだけでも少しは恩返しが出来たかな?と思う。

 

「ようマサミチ。居ないと思ったら…何やってるんだ?」

「アラン…」

 

 ひょい、と顔を覗かせたアランの手には串焼きが二つ。内一本を受け取り、幾つも並んだ燻製釜へと顔を向ける。

 

「何って、保存食を作ってるんだよ」

「保存食?」

「そりゃあ、ここの皆が満腹になっても余り過ぎるくらいの量は取ってきた筈だし。腐りやすい肉は早めにこうしておいて貯めておくんだよ。一応他の人にも頼んでるし、暇が空いたりしたら様子を見るようにも言ってるからさ」

 

 そう、何と言っても保存食。アランが2日の間に荷車を強化している間に、その下準備は終わらせていた。燻煙釜を組み立て、

塩を探し、スモークする為の木々も大量に用意した。

 冷凍保存が不可能な以上、こういう方法を取るしかない。燻製だけを作るのは量的に不可能であり、念の為こんがり焼いた肉を塩漬けにする様にも言ってある。まあそれでも余る物は余ってしまうが……。

 

「俺は聞いてないぞ?」

「いや、お前は昼にも頑張ってくれたし、解体もやってただろ?」

「それはそうだが……」

「まあまあ、そこはいいだろ。俺だけじゃなくみんなもやってくれるから」

 

 結局の所。プレゼンとしては大成功。村の人々も実物を見たからかすんなりと指示を聞いてくれ、今や村の各地では燻製の煙が上がっている程だ。

 

「村長は?」

「じいちゃんか?…まあ、じいちゃんも食ってるよ。顔に出してこそいないが、あれは喜んでるって感じだったな」

「そっか」

 

 暫し、パチパチという木が焼ける音と村人の騒ぎが耳朶を打つ。

 

「…何て言ってた?」

「ん、何か色々と遠回しに頑張れって言われたよ。『今回の狩猟によって村の食糧危機が一時的に阻止出来る事はあい分かった。そしてお前達が外の世界でもやっていける事も。…今回の実績から一先ずは認めよう。この村の為になっていると。だが今回は草食竜が相手だったこともある。くれぐれと無謀な考えは起こさず、これからも精進してくれ』って感じ」

「…素直じゃないな」

「いや、多分最後の方は普通に言われたと思う」

「孫が心配なんだろ」

 

 アプトノスは美味い。これはモンハンではある意味常識的な事だが、実食すると分かる。牛肉に近いようで違う味。だけれど臭みがあるわけでもなく、食べやすい。これは愛好家が居るのも納得だ。

 

「美味いな。俺達が狩って来たのもあってかもっと美味い」

「だろ?」

「…次は、どうする?」

「さあ?でも何かあるんじゃないか?」

「…何だそれ」

「俺達はハンターになんだろ?フィシ村のハンター…いいじゃないか」

「まだ卵から出てきてすらいないけどな」

「ならもうすぐ生まれる。きっとそうなる」

「そういうもんか?」

「そんな感じでいいんじゃないか?俺は本物のハンターなんて知らないからな」

「……それもそうか。じゃあ明日はハンターについて知ってる事を幾つか話そうか?」

「別に今からでもいいんだぜ?」

「いや、今日は疲れたから食ったら寝る予定だよ」

 

 

「おーい、二人共ー!こっちで食べよー!」

 

 ミーニャの声に二人して顔を見合わせる。そちらを見るとおやっさんとエイルまでもが参加していた。

 

「だってよ」

「まあ、いっか」

 

 その喧騒は闇夜を裂き、楽しげな声は長い間途絶える事は無かった。




アプトノスの重さはパラサウロロフスをモデルとしています。
感想乞食なのでちょっとでもいいな、と思ったら下さい。すると作者のモチベが上がってより面白いものが書けます。はい。


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甲虫達の饗宴

次は鳥竜種だと思った?


「はい、新しい防具」

「ああ、ありがとう」

「助かった。正直、少し危なかったからな…」

 

 あの狩りから3日、色々な事があった。

 アランにハンターの仕事や調合等といった基本的な事を教えたりした。また、この時に回復薬や素材玉といった便利アイテムが手に入った(どうやらネンチャク草は塗りつけるものではなくカプセル状にくり抜いた石同士の接合部に使うらしい)

 

 他にも、近くに来たブルファンゴを追い払ったり、薬師に言われてケルビの角を手に入れたり、いわばハンターらしいことをしていた。

 

「どうだ?サイズはぴったりじゃろうて」

 

 おやっさんは余程自分の腕が振るえる環境が嬉しいのか、いつもの厳格な雰囲気が多少なりを潜め、若々しくカッカと笑う。

 

「それがあれば多少はマシになるでしょう。元来、こういった物はもっと早く渡すべきなのですが…。間に合わずすみません」

 

 エイルが頭を下げるが、おやっさん達は何も悪くない。むしろ作ってもらっているこちらが頭を下げたい程だ。何故ここまで謝っているかというと、それは2日前のブルファンゴと出くわした時だ。 アランは何とか突進攻撃を躱したが、ねじまがった牙が無防備な胴へと掠ったのだ。大したケガこそ負わなかったものの、より一層体を覆う防具の必要性が高まったのである。

 

 それで新たに造られたのがこのチェーンシリーズ(旧)。頭装備は無いが、動きやすくそれなりの防御性能も期待出来る。試しにこれを着たまま走ってみても、重量による疲弊は当然あるが、走りにくさや余計な疲労といった物は感じられなかった。

 ミーニャとエイルには悪いが、一式丸々変更となる。とはいっても、二人にとってはより精進した成果との事なので、むしろ積極的に変えるよう勧められた。

 

「さて、今日は何をする?」

「…そうだな、皆の意見でも聞いてみるか?困ってる事とかよ。ハンターは村の依頼もこなしてこそ…ってヤツ」

 

 そうと決まれば早速聞き込みだ。最近気になった事や不安な事。何かおかしな事について聞くと、色々な意見が出てくる。

 その中でも気になったのが、最近ランポスの姿をあまり見かけない事だ。元からあの野原には稀にランポスが居たのだが、あれから見かけた事が無く、村人も無いのだという。

 爬虫類の様な物と考えれば活動を休止しただけにも思えるが……そこまでのものだとは思えない。しかし今の所実害がある訳でもなく、これは頭の片隅に置いておこう。

 

「マサミチとアラン!探したよ」

「ん…ストレイさん」

「いやいや、さんづけなんか要らないよ。歳もそう変わらないだろうし、今や君達は村に必要とされているからね。かくいう私も自分が管理する食料庫の惨状と日々減っていく食料には寂寥感を覚えざるを得なかった。改めてありがとうね。今現在は出来た干し肉を出来る限り保存状態の良いまま置いているよ。一応、大体の期限ごとくらいに仕分けしてあるから無駄になることは多分無いさ」

「は、はあ…」

 

 この物腰柔らかだが勢いのある男性はストレイ。自分で言っていた通り、フィシ村の食料庫番と管理をしている。

 

「それで、ストレイは何の用なんだ?」

「あ、ごめんねアラン? それで本題なんだけど、君達はこの村が食糧不足に陥った理由を知っているかな?」

「何でって……確か甲虫が沢山現れて、食料庫を荒らしていったんだろ?」

 

 アランがそう問いかけ、厳粛そうに頷く。

 …確かにそんな感じだったな。狩りに集中し過ぎて覚えてなかった。

 

「そう!あれは食料庫の管理人として不甲斐ない出来事だった。私が離れた所にゾロゾロと大群を引き連れて…。私が気づいた時には…」

「…で?何が言いたいんだ?」

 

 あまりに長い前置きに痺れを切らしたアランは深いため息をつきながら再度問う。その顔には「またか…」と若干辟易した様子だ。

 

「それでだね、今回新たな食料が手に入っただろう?でも昨日の夕方、甲虫が現れたんだ。その時は幸いにも一匹だったから何とかなったけど、前の襲撃直前にも似たようなことがあったんだ。…餌場と覚えた甲虫達が来るに違いない!だから君達にはアイツらを追い払ってほしいんだ」

 

 成程、せっかく何とかなった食糧も、襲われてしまえば水の泡。あの悲劇を再び繰り返さない為にも、これは当然だ。

 

「分かった。前の襲撃はいつくらいに?」

「前は最初に一匹が来た次の日、その夕前かな?多少前後するとは思うけど、そんなに変わらないだろう。どうか頼んだよ!」

 

 そう言うや、村長宅へと駆け込むストレイ。

 

「何やったんだ…」

 

 …全面的に同意する。

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 時は進んで俺の家。以前より物が増えた仮家はブルファンゴの撃退後に村の人達の好意で立派なココット民家へと進化を遂げていた。

 その中でナイフを研いでいると、アランが訪れる。

 

「マサミチ、起きてるか?そろそろ時間だ」

「ああ、分かってる」

 

 いつでも動ける様に予め武具を装備していた俺は、ケルビの皮から製作した革袋を手に村外れの食料庫へと走った。

 

 

「あっ、来ました!」

「予想はしてたが、数が多いな…」

「いや、多いって…アレ何匹いんだよ!?」

 

 上からストレイ、アラン、俺。

 村人45人分の越冬の為の食料を食らっていた時点で察するべきだった。目の前に広がる光景は虫?虫!?虫!!!といった状況で、ぞろぞろとカンタロスにランゴスタが向かってくる。

 

「流石に数が多すぎないか…」

「いや、でもやるしかないだろ」

「お二人共ー!お気を付けてー!その群れは前回来た数を遥かに上回っています!私は後ろに退避してますのでご安心を!」

 

 声が聞こえた頃にはもう食料庫前で待機しており、中々に騒がしい人物だと分かる。……俺と話した時はそんなことなかったんだけどな…。

 

「それで、何か策とかは無いのか?」

「ああ、…そうだな。流石に数が多いし内側に入るのは止めよう。外から潰す。それと、あの飛んでる奴には気をつけろ。尻尾の針に刺されれば麻痺して一方的にやられるぞ」

 

 小型モンスターは単体では大きな脅威にはならないが、数というのはそれだけで力だ。今この場には狭い範囲に凄い密度で蠢いている。

 パッと数えても10や20じゃ利かないだろう。小さな虫としての群れなら小規模でも、ここまで巨大化した虫だととんでもない軍勢に思えてくる。

 

「アラン!これを!」

「…何だこれ?」

「毒けむり玉だ。余り数は用意出来てないから使い時は考えてくれ!」

「毒って…大丈夫なのか!?」

「あんまり吸いすぎると不味いから、げどく草を入れてるけど、普通にしてれば問題は無い!……ハズ」

 

 最後の言葉により怪訝な顔つきになったが、それよりも目の前の事だ。

 ギチギチと硬い甲殻が擦り合わさり、耳障りな音が鳴り響く。虫特有の無機質な瞳には何の感情も見えはしない。恐らくだが俺達の事を天敵たり得るなどと思っていないのだろう。

 

「小さいからと侮るなよ!」

「そっちこそ!」

 

 同時に抜剣し、刻一刻と迫る個体へと斬りかかる。狙う箇所は最も堅く鋭利な角以外。こちらに反応し飛び掛かるカンタロスを叩き斬る様に一閃。

――バチン。左手に伝わる硬質な感覚。同時にプラスチックの割れる様な音を響かせて空中で斃れる。続けて二匹飛び掛かるそれを盾で纏めて弾き飛ばし、足元の一匹は蹴って引き離す。 アランは剣を上手く当てる事が難しいらしく、どちらかというと盾で力任せに叩いている。

 

「〜〜!当てにくい上に面倒臭い!」

 

 虫だからしぶとい。虫だから痛みが無い。折角引き剥がしても直ぐに向かってくるし、地を這うからそもそもの攻撃チャンスが少ない。攻撃することに専念し屈んだりなんかすると満足に動けないままにタコ殴りだ。かといって人間の蹴りの一発やニ発で死ぬようなヤワな体はしていない。連携をしてこないのが幸いか。

 

「クソッ!下手に斬っても断ち切れない!」

「ああっ!一気に叩ける様なのがあれば、なっ!っと」

 

 お互い思っている事は同じで、この厄介な存在に悪態をつく。潰せど潰せど向かってくるカンタロスは、文字通り全滅するまでその動きを止めることはないだろう。

 

「アラン!後ろだ!」

「――危なっ!」

 

 大きく身を翻して躱すと同時に背後のランゴスタへと剣を振るうが、素早く空を舞うそれには当たらない。

 

「嫌なとこついてきやがるな…」

 

 この虫達が奏でる不協和音はすっかり俺達の気力を奪い取り、その粘液で剣先が滑り始める。

 

「ぐっ!」

 

 盾による防御を抜け、鋭い角が腹へと迫る。新調したチェーン一式が無ければ危なかった。お返しに体重の籠もった逆手で地面へと縫い付ける。

 一旦距離を取るが、今のは危なかった。数が多すぎて注意も散漫になる。

 

「…マサミチ!一人でも耐えれるか!?」

「何かあるのか!?」

「ああ!本当に少しでいい!」

「分かった!」

 

 群れの中に渡した三つの毒けむり玉が投げ込まれ、毒々しい紫の煙が立ち上るのが見えた。毒は彼らの体を蝕み、時間が経ってはキイキイと断末魔を上げ始める。これは密集し過ぎた弊害だ。場所によっては残留する煙を浴びてランゴスタまでもが地に落ちていた。

 

 その隙に立ち位置を移し、待ち構える。さっきはああ言ったが、流石に無視してくる奴はどうしようもない。出来る限り自分に集める為に残りの毒けむり玉を自分から遠いカンタロスへと投げつける。 もはや倒す事よりも侵攻を遅らせる事に注力し、背後へは通さない。

 

 また一匹、また一匹と斬り捨てていると……後ろからザッザッと土を踏み締める音。

 

「待たせたな!」

「アラン!そいつは…?」

 

 アランが手にしているのは、以前山へ鉱石を取りに行った時、そこで見かけた何かのモンスターの大腿骨だ。

 

「オラァッ!」

 

 ブオン!

 

 片手剣よりも鈍い風切り音と共に、数匹のランゴスタがまとめて叩き潰される。流石はモンスターの骨と言うべきか、強度は尋常じゃないらしく次々とランゴスタ達を跳ね飛ばしていく。

 

「考えたな。俺も負けてられない!」

 

 モンスターハンターにおいて片手剣の利点とは何か?大剣やハンマー程の一撃の火力は無く、ランスやガンランスの様な防御性能も無い。ボウガンの様に遠距離から多種多様の攻撃が出来るわけでも無ければ、狩猟笛の様な特殊効果も無い。利点である手数だって双剣には敵わない。

 では片手剣の特徴とは何か。双剣には劣る身軽さと、無いよりマシな盾。そして最後。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 右手に盾を着ける最大の理由はこれだ。利き手に盾の方が防御や打撃に使いやすい事もあるが、利き手ならば道具を満足に使用できる。

 

「よしっ!」

 

 近くに成っていたはじけクルミを空飛ぶランゴスタにブチ当てる。衝撃を受けたはじけクルミはその名に違わず硬い種子を弾き飛ばし、ランゴスタを撃墜する。流石ランゴスタといえど散弾の素材にもなるこのクルミには敵わなかった様だ。

 

 そうして俺は空のランゴスタを、アランが地のカンタロスを討伐する。これを続けていると、いつの間にやら動いている虫は居なかった。

 現場は酷いもので、砕け散った甲殻の破片や飛び散る体液、そしてその地を埋め尽くす程のおびただしい数の死体が広がっていた。

 

「……疲れた」

「視覚的にも物理的にも嫌な奴だったな」

 

 流石にこのままにするのも気が引けるので、大丈夫そうな死骸と細かくなった破片を仕分けてストレイへと話しかける。

 

「二人共、あれだけの数の甲虫を退治していただきありがとうございます」

「いや、村のためでもあったからな…」

「お礼と言っては何ですが……お風呂、入ります?」

 

 ストレイが気まずそうに目を逸らす。お互い確認すると、俺達はどちらも甲虫の体液を被っており、見るに耐えない姿となっているらしい。

 

「「…お願いします」」

 

 いずれは自分の家にも風呂が欲しいものだ。

 

「ところでこの甲虫達……もしかして美味しいんですかね?」

 

「おい、止めろよ。マジで止めろ!」

「……冗談です」

 

 マジな目つきだったと言っておく。




この風呂はストレイ作なので普及していません


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フィシ村の加工屋の依頼その1

毎日投稿だぜー!と思ってるけど休みが終わるので難しい。
まあ、人物が割と自由に動かせるから原作ありきの二次創作よりも書きやすいです。はい。


 あれから、使い物にならなそうな死骸は少し離れた森の中に埋め、後は全て工房へと持ち帰る。もうすぐ夜だというのに頼むのは憚れたのだが、三人は喜々とし鎚を持ち出した。 その日は村で唯一明かりが絶えない場だったとの事。

 

「……ここまで使い潰したが、加工の目途が全く立たんわい!」

「…不甲斐なし」

「うぇ〜!難しいよ〜!」

 

 翌日工房を訪れた時の反応だ。工房には加工に失敗したと思われる甲殻が散らばっており、いよいよ本当にお手上げという状況だった。

 

「モンスターの素材、どれほどの物かと使ってみたのはいいが…ほれ」

 

 渡されたカンタロスの甲殻には亀裂が走っており、軽めに叩くとヒビがより広がっていった。

 素材自体の解体が難しいのは勿論、その小ささと強度が問題だ。幾重にも折り重ねた甲虫の甲殻は鋼鉄すらも上回る程の強度を見せ、鋭く尖らせた武器は飛竜の鱗にも通用するだろう。 しかし、加工出来なければ何の意味も無い。

 

「この通り、一つ一つは割れやすい上、弾性はそれなりにあるが一定のラインを超えれば破損する。組み合わせるにはデカいし、梳ろうとすれば割れる。思う様に扱えんわい」

「お手上げ〜って感じ!せめて鱗とかならもう少しやりようはあったんだけど〜」

 

 一応、カンタロスやランゴスタの素材はまだ残っているのだが、いい加工法が分からない以上下手に無駄にしてしまう事は避けたい。

 と、その時、素材の山の更に奥に見慣れないものを見かけた。

 

「これは?」

 

 石桶には何とも形容し難い液体が並々と貯まっており、その独特な臭いに思わず顔を顰める。

 

「あ!もしかしてあの甲虫達の汁か?」

 

 アランの一言で思い出す。確かにこの臭いはつい先日、嫌というほど嗅いでいたものだ。

 

「そうです!ええ!よく気付きましたね。どうやらこのモンスターの吸い取った汁と消化液が混ざって出来た様で、物同士を接着する用途に長けているのです。特に自然由来の物とは相性がよく、今までは削る位しか出来なかった竜骨の可能性が広がりましたよ!」

 

 珍しく興奮した様子で話すエイル。この体液は後で捨てようと思っていたらしいが、用途が見つかりすっかりご満悦だ。

 

「えーと、それで…何か用があるって話だったよな?」

「はい。先日貸していただいたあの巨大な骨があるでしょう?」

 

 巨大な骨というと、カンタロス相手に無双していたあの骨だろうか。

 

「はいそれです、それ。甲虫に行き詰まった腹いせに……ではなく気を静める為に加工してみたんですよ。すると結構様になったんですよね」

 

 よいしょっという掛け声と共に現れたのは、削られ、しっかりと頭部と柄の境目が分けられ、ハンマーとしての姿を手に入れた骨だった。

 

「確かに様にはなりましたが、そんなもので満足する訳にはいきません。あくまで試作品。改良の余地はまだまだあるのです」

「まあ、そう言う訳じゃ。最近ジャギィがここらにまで姿を見せるようになったと聞く。その討伐がてら試してみてくれ」

「ついでにジャギィの鱗とかもよろしくね〜!」

 

 アランはそれを手に取り、重量に負けることなく振って見せると、満足げに頷いた。

 

「うん、いい感じだな。これ、名前とかあるのか?」

「……試作品だからと考えてもなかったわ」

「……どうします?」

「……骨を削っただけだし、もう『骨塊』とかでいいんじゃない?」

「「それだ!」」

 

 そんな適当な名付けが終わり、俺達はジャギィ討伐に赴くのであった。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「…にしてももうちょっといい名前がよかったな」

 

 村を出てから数分、アランはポツリと言葉を零す。

 

「まあまあ、試作品って話だしいずれちゃんと名前を与えるだろ。実際、骨塊ってのも間違ってはいないんだし」

「でもよ、そのハンターナイフみたいな感じにこう、武器って感じがしないだろ?ただの骨の塊だぞ?」

「事実だろ」

「いやそうなんだけどさ…」

 

 そんな取り留めもない話をしながら、今回のターゲットへと思いを馳せ。

 

 ジャギィ。首の周りにあるエリマキと橙の鱗に紫の皮を持つモンスター。ランポスと同じ鳥竜種に属しているが、こちらは狗竜上科に分類されており、その仲間にはバギィやフロギィといった種類が確認されている。 肉食モンスターとしては非常に小柄であるが、それはあくまでオスだけだ。メスはジャギィノスと呼称されており、一回り以上も大きな体格を持っている。

 

 俺が初めての狩りをした時にも、茂みの中から現れては獲物を奪い去っていった相手だ。今回で所謂リベンジということになる。

 

「…にしても、何でジャギィ達はこっちまで上って来たんだろうな」

 

 何とか自分の中で呑み込んだのか、それとも誤魔化す為か、アランがそんな事を聞いてくる。

 

「さあ?ジャギィも群れだから、餌とかが足りなくなったんじゃないか?」

「わざわざか?こっちは元々ランポスもいるのにそんな事するのか?……まあ、単純に移動してきただけかも知れないけどよ」

 

 結局出てきた案はどれも当たり障りなく、疑問を晴らすことにはならなかった。

 

「と、そろそろ目撃された地域に入るな。あんまり音を立てるなよ?特にその骨塊は今までのと違ってデカいんだから、気付かずにぶつかって襲われました。とか嫌だぞ俺」

「分かってる分かってる。安心しろって、出来るだけ善処するから」

「おい、不安になること言うなよ」

 

 

 

 

 

「やりやがったなテメェーッ!」

「悪かった!」

 

「「アッ、オーウ!アッアッ、オーウッ!」」

 

 村を出た直後のやり取りがそっくりそのまま実現し、俺達に襲いかかるジャギィ達。急いで逃げようにも、今の咆哮で背後からやって来たジャギィに退路を塞がれる。

 

「やるしかないか…後ろは俺が!」

「前は任せろ!」

 

 即座に戦闘態勢に移行し、背後に迫る三匹の内の一番右側。その鼻先へと力一杯振り下ろす。不意を突かれた一匹は悲痛な声を上げて大きく仰け反った。が、浅い。すぐに態勢を立て直して他二匹と同時に取り囲む。

 

「最初に一匹くらいはやっときたかった…っと!」

 

 左右から同時に繰り出された尻尾回転を前に転がり回避。したところに最後の一匹が噛み付きかかって来る。

 

「ふん!」

 

 それを右の盾で殴りつけ、回転攻撃から立ち直っていない一匹の胴体を斬り上げる。今度の一撃は芯を捉え、鮮血が舞う。硬直するジャギィにシールドバッシュを叩き込み、すかさず旋刈り。先の盾攻撃で頭をカチアゲられたジャギィの喉元に渾身の一撃が入る。 これにはジャギィも耐える事は出来ずにか細い鳴き声を上げて絶命。

 右から迫る二匹を横向きに一閃。一匹には直撃するがもう一匹はバックステップにより回避。そのままの勢いで走り込むジャギィを躱し、傷をつけた方にトドメを刺した。

 

「これでラスト!」

 

 飛び掛かりを盾で反らして体ごと突き込む。深く刺さった切っ先を抜くと、ジャギィはばたりと倒れ込んだ。

 

「ふぅ…。よし、練習通り上手く動けるな。アランの方は…終わったか」

 

 振り返った瞬間視界に入ったのは、骨塊を振り上げるアランと吹き飛ばされて宙を舞うジャギィの姿だった。 

 

「初めてなのにしっかり使えてるじゃないか」

「ん、マサミチの方も終わったか。剣を造ってくれたおやっさんには悪いけど、こっちの方が俺には合ってるかな」

「まあ、その力を活かすにはハンマーの方がいいよな」

 

 お互い苦戦せず討伐出来た事を喜び、強くなっている事を実感する。今の戦いが無傷で終わった事が何よりの証拠だ。体の動かし方が分かってきたと言える。

 

「このジャギィ達はどうする?」

「一々持ち帰る訳にもいかないし、それに気を取られるのは危ないな。少しだけ剥ぎ取って、後は自然に任せよう」

 

 昨日も活躍したケルビ革袋に無事な鱗や傷の無い皮、欠けていない牙などを仕舞い込む。剥ぎ取りは教えられながらアプトノスの体で覚えた。これも村のみんなのお陰だ。

 

「さて、ここから先はランポス達の縄張りだった場所だが…こんなにジャギィがうろうろしてるときた。……となるとアイツがいるかも知れないな」

「アイツ?」

「ジャギィ達のボスだよ。ジャギィと似たような見た目だが、一回りも二回りも大きくて、ずっと強いやつ」

 

「アッアッオーーウッ!」

 

 遠くから今のジャギィ達よりも低く、大きな鳴き声が響き渡る。

 

「!これがそのボスの鳴き声か?」

「ああ、間違いない!」

 

 急ぎガサガサと茂みを掻き分けて進み、草原地帯へと差し掛かかったその時、更に大きな遠吠えが耳に届いた。

 

「…あそこだ!」

「アイツが……」

 

 平原の中央に佇むその影は、堂々とした足跡を地面へと刻む。

 

 紫の体毛と白いたてがみは風に揺られ、力強い足腰はアプトノスすら容易く抑えつける事も可能な程の筋肉に覆われている。子分であるジャギィ達を統率し、凍てつくような鋭い目を周囲に向けている。自らの存在をこれでもかと主張する、ジャギィより遥かに大きな襟巻きは、まさしく王者たる証。

 

――そこに居たのは、純然たる《竜》だった。

 

「ドスジャギィ…!」




          
           ◤▼▼▼▼▼▼◥
            ▶ WARNING !◀
           ◣▲▲▲▲▲▲◢
   
           懐かしのアレ↑
ちょっとした裏話
実はマサミチのが1歳上。ケルビ革袋や荷車は近づく前にカモフラージュしてから放置しているよ。終わったら持ってきて乗せる感じ。

一体いつから私が感想クレクレマンで無いと錯覚していた?


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強敵、ドスジャギィ現る!

「ドスジャギィ…!」

 

 口をついて出た言葉はすんなりと身体に入り込み、群れの長の風格に気圧される。 しばらくそうして眺めていると、ドスジャギィがある一定の期間で特定の行動を取っている事に気づいた。

 

「何だ…?何をやっているんだ…?」

「おい!マサミチ、あれを見ろ!」

 

 またもやドスジャギィが鳴き声を上げたかと思うと、離れたジャギィ達が数匹まとめてボスの元へと向かっていく。

 この方向からでは中々見にくく、気づくのに遅れたが、順番に獲物を食わせているらしい。ジャギィには食事の順番が決まっているらしく、初めにドスジャギィ、その次にジャギィノス。そして最後にジャギィ達。どうやら丁度その食事のタイミングに出くわしたというだけだ。何の問題も無い。その獲物の正体を知るまでは……。

 

「あれって…まさか!」

 

 ドスジャギィの足元、ジャギィに貪られているその『餌』は青と黒のストライプ模様を持ち、姿形はジャギィ達によく似ている。これは同じ走竜下目である鳥竜種、ランポスの代表的な特長だ。 しかし、臓物がまろびで、鱗もボロボロの状態でも殊更目を引く物が見えた。

 それは、後ろへ伸びる立派な朱色のトサカ。食い千切られた腕から覗く鉤爪は朱く染まり、通常のランポスと比べあまりに長い。つまるところ――

 

「――ドスランポスが、食われてる?」

「ああ。多分、ここの前のボスだろう。近頃ランポス自体を見ないと思ったら、成程、縄張り争いをしていたからか…!」

 

 苦々しげに語るアランの額には、脂汗が浮かんでいる。

 

「これはマズいぞ…」

「…どうしてだ?確かにドスランポスが負けてたのには驚いたが、それは首がすげ変わるだけじゃないか?」

 

 しかし、アランは首を横に振って否定した。そう簡単なものじゃない、と。

 

「マサミチはあのジャギィ達が何処から来たか知ってるか?」

「…確か、南から北上してきたって聞いたけど」

「ああ、そうだ。俺達はそれを確認したから北のランポス、南のジャギィとして捉えていたんだが…。…事情が変わったな」

「事情?」

「あの平原の両端が縄張りの境目の役割を果たしてたんだ。だからあの平原から一直線、横のラインはどちらの縄張りでもない空白地帯。そこにフィシ村も含まれていたんだが…。…こうしてランポスの群れが負けたとなると……」

 

 フィシ村は縄張りの範囲に含まれてしまう。

 続く言葉は容易に想像出来た。

 

「…となると、村までこの群れ。下手したらもっと多くのジャギィが来るかもしれないな」

 

 今はまだ新たな縄張りを手に入れたばかりで気付いていないが、そう遠くない日にそれは来るだろう。ドスジャギィによる統治が行われた肉食モンスターの群れ。フィシ村に対抗出来る術は無い。

 

「…笑えないな」

「全くだ」

 

 どの道襲ってくるのなら、今の内に知れるだけでも良かった。少なくとも、急な襲撃で身構えてもいない内に蹂躪される事態だけは避けれたとも考えられる。

 

「……どうする。一回、じいちゃん達に知らせるか?」

「そう、だな。………いや、ここで仕掛けた方がいいかもしれない」

 

 どうして…と目で訴えかけるアランに俺の考えを話す。事実、このままでは無防備な村へと襲撃が起こる。しかしこれに対する設備も戦力も整っておらず、またそれをするための猶予もない。それならばいっその事、相手の不意を突く形でこの見晴らしのいい草原で相手するのが得策かもしれない。

 

「幸いにもこっちは風下だ。匂いで気づかれる様な事は無いだろう。 周りのジャギィ達も厄介だが、それは纏めて叩けるアランに任せる。その間にドスジャギィを俺が引き受けて、大方終わったら一緒に戦う。細かいことはまだ分からないが、取り敢えずの方針はこんな感じだな」

 

 特に、今はジャギィ達が餌に集中しており、その見張りはドスジャギィが行っている。ボスがいるが為の油断。分断するには丁度いい。

 

「…よし、それじゃあバラけろ!出来るだけタイミングは合わせたい!」

「おう、気を付けろよ!」

「そっちこそ!」

 

 俺はドスジャギィから死角になる位置へと身を隠し、アランは森と平原の境目を大きく回り込む。

 

(さて、初めての大型モンスター狩りだ。現実的に考えれば、首を何度も斬られて生きる脊椎動物なんざ居ないが、かといってゲームみたいに石ころの様なチマチマとした傷だけで死ぬ筈もない)

 

 順当に考えればゲームの仕様としか言えないが、それだけ未知数なのだ。小型と比べて、あらゆる能力が桁違いになる大型モンスター。それがどの程度までなのか判断が難しい。

 

「気づいてくれるなよ…?」

 

 完全に忍び足でゆっくりと近づけば、食事は終わってしまうし、何かの気まぐれで真後ろを見られてしまえば終わり。遮蔽物の少ないこの場では即断即決が必要だ。

 自らの命の賭かった『だるまさんがころんだ』状態だ。普段は気にしない僅かな音にも敏感になってしまうのは仕方ないだろう。

 

 さりとて、急がない訳にもいかない。ここから先は影になりそうな物は一切ない。出来る事は唯一つ、素早く駆け寄り斬りかかる事。

 

「罠とか大タル爆弾が欲しかったな…」

 

 そうぼやくが、無いものは仕方がない。緊張で乾いた喉を潤し、自らの手が痛くなる程に強くグリップを握り込む。さあ突撃だと己を奮い立たせて勢いよく岩場から飛びだした。

 

(約20メートル…いける!)

 

 彼我の差が着々と縮み始める。決して速いわけではない、慎重に慎重を重ねた動き。けれどそれでいて最低限の速さは保っていた。

 

 10m、9m……。こちらに気づく様な素振りはない。

 8m、…7m…。 鼻を地面に埋め何かに夢中になっている。

 

(よし…!後は一息に駆け…?)

 

 6m……目が合った。

 

(――気づかれている!?)

 

 ゾクリ。その様な衝撃に襲われ思わず立ち止まるマサミチ。格好は頭を下に下げたままだが、その冷ややかな視線は間違いなくこちらを観察しており、ゆらゆらと揺れる尻尾が今は何か恐ろしい物に見えてくる。

 

(……ッ!気付かなかったら、間違いなくこっちが不意を突かれていた…!)

 

 傍目から見れば、虫と戯れようとする犬のような動きを見せていたが、その意図は愚かな獲物を誘い込む為のものであった。隙を晒したように見せかけ、近づいた所に強烈な一撃を叩き込む。「自分が狩る側だ」と思い込んでいる存在にはこれ以上無い程に効く事だろう。

 実際、今立ち止まれたのも偶然だ。思っていたより、ずっと強いかもしれない。

 

 この中途半端な位置で止まっていると、ドスジャギィは気付かれていると察したようで、こちらへと顔を向けた。グルルルと低い唸り声を上げ、その凶相をより一層歪ませる。

 ゴクリ。突如湧き出した生ツバを飲み込み、目の前の存在に注視する。鼻息は荒く、ジャギィよりも遥かに強大なプレッシャーだ。

 

(そういえば、俺がこの世界に来た時もドスジャギィと出会ったな…。少ししか見えなかったけど、多分アレと同じ個体だろう)

 

 

 どれほどの間そうしていただろうか。きっとそう時間は経っていない筈だが、喧しく脈動する心臓のせいで正確な時間は分からない。決して瞬きはしない。この距離では自分は兎も角、相手の攻撃の射程に直ぐにでも入ってしまうから。

 

 さて対するドスジャギィといえば、こちらもまた目の前の生き物を警戒していた。今までに見たどの生物からもかけ離れた姿を持ち、体を奇妙な鱗で覆っている。

 元々住んでいた砂漠でも見かけなかったそれは、ドスジャギィからすれば直ぐにでも殺せそうな存在だ。しかし、ジャギィ時代の経験から考えた。こういう妙な形の奴は大抵何か最後っ屁を持っていたり、体が毒だったりと、死ぬ程じゃないが面倒くさいのが多いというイメージがあったのだ。 そこに自らがやられるかもしれないという心配は無く、この均衡も攻められない訳でなく、仕留めた際の処遇を決めかねているだけであったのだ。

 

 そして、ドスジャギィは思った。先に子分で確かめてみればいいと。思い立ったが吉日、未だに餌を貪っている子分達を横目に、二度地面を蹴り上げる。

 

(しまった!)

 

 それが咆哮の前動作と気づいたマサミチは阻止する為に慌てて駆け出すが、人の肉体では厳しいものがある。

 

 天を見上げ、空気を肺に取り込んだドスジャギィは、鳴嚢様の様な機関、鳴き袋を盛大に震わせ遠吠えを放つ――!

 

「おぉぅらぁあぁぁぁぁぁっっ!」

 

 声高々に猛進してくる何か。ドスジャギィの咆哮よりも早く現れたそれに、ジャギィ達は向き直る。間もなく下からの重い一撃が一匹を吹き飛ばし、それにジャギィはかかりきりになる。

 

 そしてこの時、思いもよらない襲撃と、子分が吹き飛ばされた事に少しばかり注目したドスジャギィは、たった一瞬、目の前の存在をいないものとして扱った。

 

「っ…!ぜえぇりゃぁっ!!」

 

 無防備な体に、渾身の一撃が走る。

 

「グワォォウ!?」

 

 ドスジャギィにとって、あまりに軽い一撃。されど一撃。何も出来ないと思っていた矮小な生物は、己に痛痒を与えたのだ、と。それに怒りを覚えたドスジャギィは踊りかかった奇妙な存在を睨みつける。

 

――今この瞬間、ドスジャギィは初めて戦闘態勢に入った。



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ドス来い!森丘の狗竜

遅くなってスマヌ…。戦闘描写がムズすぎたのだ…。どうやってあんなワクワク出来る様な奴書けるん?天才かよ。
遅い上に駄文とかいうクソ作者です。はい。
すまない…。文才が皆無ですまない…。


(硬…いや、堅い…っ!)

 

 左手に握る剣を振り下ろした瞬間、伝わった感触に驚嘆を覚える。

 飛竜の甲殻が如く硬質なものでなく、毛皮の断ち辛さとも異なる独特の質感。その正体は成長し硬度の増した細かな鱗と、厚い皮膚。そして自らの肉体を支える為についた強靭な筋肉によるものだ。

 これらは単体で見れば、そう悩むものではない。ジャギィより多少は硬いといえど、柔軟に動く狗竜の鱗の強度は高が知れている。分厚い皮も、ただそれだけ。他の大型モンスターの様な頑強さは無く、筋肉も走竜科の中では比較的ついていると言えるが、その域を出ることは決してない。

 

 しかし、この三つが合わさればどうだ。鱗で裂傷を防ぎ、その衝撃を皮で軽減、最後にぎっしりと詰まった筋肉により攻撃を受け止められてしまう。少なくとも、彼よりも力の低い存在からすれば、堅牢にして柔軟なそれは高い壁として立ち塞がる事だろう。

 

 胴体に打ち込まれたそれは効果的な一撃にはなり得なかった。されど、ドスジャギィの意識を向けるには十分すぎる様で、狗竜はこの存在を明確に敵だと判断した。

 ゆったりと余裕のある動作で振り返ったそれには、所謂敵意が込められており、切れ長の鋭い瞳と獰猛な顔つきは根源的な恐怖心を煽ってくる。

 

「ドスジャギィ相手にビビってるようじゃハンターとしては半人前!どこからでもかかって来やがれ!」

 

 後退ろうとする己を鼓舞し、剣と盾を打ち鳴らして踏み留まる。未だ震える手足は思い切り噛み殺す。もっと強い存在に、もっと無防備な状態で相対したこともあったのだ、それに比べれば俄然どうという事は無い、と。

 

「俺は、お前を、狩る!」

 

 狗竜には人間の言葉など分からない。だが、挑発と捉えたか、それとも隙と見たのか、その言葉に応対するかの様に吠声を上げて襲いかかる。

 

「だ…あぁっ!」

 

 噛み付いてくる直線方向から身を投げ出し常に盾をドスジャギィの方へとと向ける。これは歴とした生物。ゲームのようなパターンがある筈など無く、また数値も持ち合わせてはいない。

 

(――これは回転尻尾の前兆!)

 

 しかし、その直前、溜めの動作までもが違うと言うことはないらしい。そう、それは人間でも言えること。 物語の中の人物にはあり得ない力が備わっている事がある。が、殴るといった行為にはどれだけ短かろうと拳を構えて突きだすといった前動作が必要であり、同じ構造である以上そこを逸脱することはない。

 

「そこだっ!」

 

 動作の後、隙を逃さずに斬り上げ突き穿つ。これも表面の鱗と皮を薄く斬り、深刻なダメージとはならない。が、傷がつけられない訳もない。塵も積もればなんとやら。些細な傷だろうが、重ね続ければいつかは倒すことが可能ということだ。

 

「…よしっ、やれる!想像以上に身体も動くっ…!落ち着け!逸るな!相手の動きを目に焼き付けるんだ…!」

 

 意識しているのか、はたまた漏れているのか粗い息を正しながらそう叫ぶ。振り向きながらの噛みつきを回避し、前へ突き出された頭へと右腕を叩きつける。

 鼻頭に痛烈な打撃を受けたドスジャギィは一瞬怯み、それを押し返そうと頭を振るう。

 

「ぬっ、あぁっ!」

 

 右腕が弾かれ、今度はこちらの身体が大きく仰け反る。

 それを見逃すはずもなく、怒涛の連続攻撃。命からがら躱していくが、時折掠る牙が火花を散らす。

 

「あぶなっ!」

 

 最後の二連噛みつきを防ぎ、そう独り言ちる。確かに行動自体は読めているが、全て思い通りという訳じゃない。防具には細かな傷や、地面に転がった時の汚れが付いており、息も荒くなる。

 

「グルルルル…」

 

 仕損じた。そういわんばかりの目つきで睨むドスジャギィは煩わしそうに地を掻くと、軽く嘶く。しかし子分であるジャギィは完全に抑えられており、こちらへ来ようとする個体こそいるものの、逆にその隙を突かれて空へと舞い上がっていく。

 

 今の所戦況は拮抗している。しかし長引けば長引く程、人間であるマサミチは不利になっていく。

 

「はああぁぁぁぁっ!!」

 

 だからこそ、全力で駆け出した。カウンターとして繰り出された顎を首を引っ込めて避け、勢いを保ったままの一撃を胴体に刻み込む。内腹から太腿にかけて走る一閃。少し遅れて滲み出す赤い液体。

 

「ギャオゥ!?」

 

 悲鳴を上げた一瞬に、唐竹、殴打袈裟斬り回転斬りの順に攻撃をヒットさせていく。一撃ごとに困惑と驚愕の混じった声が上がり、同時に俺の呼吸も乱れていく。

 

「ハア…ハァァ…っ!?」

 

 一連の攻撃を終えると、急いでドスジャギィから離れる。まるで肺が何倍にも膨れ上がったかのような痛みを覚える。それでも目の前の存在から目を離す事はしない。今はこちらが優勢でも、マトモに喰らったら瞬く間に逆転されるからだ。直ぐに反撃すると思われたドスジャギィは、俺の予想に反してその場から動かなかった。

 

「何だ…?疲労には早い気が…」

「アオォォーーン!オウオゥォゥォゥオウッ!!」

「っ!?」

 

 ビリビリと、心の臓を揺るがす喚声。出所たるそれは口を開け広げ、白い呼気を短く吐き散らす。ダンダンと地面を踏み鳴らし、怒髪天を突く勢いで吠え散らす。

 

「怒ったか…!」

 

 鼻息荒く、殺意と怒りのボルテージは天井知らず。冷静だった首領は怒りに身を任せて不遜なる敵対者へと牙を剥く。

 

「うおっ!?くっ…早い…!」

 

 躍りかかる尻尾を見て、慌てて盾を翳したがこれに身を浮かせる。怒り状態は、いわば興奮している状態であり、その状態のモンスターは攻撃性と敏捷性が共に跳ね上がり、通常はしてこない動きや攻撃、性質を持つこともあり、危険度が遥かに増大する。

 怒り状態のモンスターは通常とは比較にならない程で、今までと同じと見ていると無為に命を散らす事であろう。厄介になったと捉えられるが、逆に考えれば、自身の生命を脅かす存在であると認めた証でもある。

 

「アォゥン!」

 

 より早くなった尻尾回転を辛うじて凌ぎ、足を狙うもガギン!と耳障りの悪い音が鳴り響く。

 

「なっ…クソ、切れ味がっ」

 

 見れば、そのハンターナイフは今までの使用に堪えたのかかなりの刃こぼれを起こしていた。この調子ではより硬い足を切り裂けないのも当然だ。

 

「研ぐ時間もくれないかっ…」

 

 その様な大きな動作を目の前の狗竜が許すはずも無く、先の展開とは一転、攻守交代だ。

 

「ふんっ…!ぬあっ!?ぜぇいっ!」

 

 疾風怒濤の連撃を受け続けていたが、次第に対応出来なくなってくる。振りかざした剣は表面を凪ぐだけに終わり、側面から襲い来る尻尾に直撃。

 浮き上がる体に更なる追い打ちとして高速のタックルをお見舞いする。

 

「があっ!?がっ、ぐぁ…!」

 

 蹴鞠か何かの様にゴロゴロと転がされながら脇腹を抑えて呻く彼に影が差す。慌てて飛び起きようとしたときにはもう遅い。

 

「うぐぉっ…!退け!」

「アオォウッ!アウッ!オオォォォウ!」

 

 強靭な足で地面に押し付け、勝利を確信したかの様に吼えるドスジャギィ。マサミチは必死に足掻くも、空を切るだけで抵抗もままならない。

 

「ぐううぅぅぅうっ…!」

 

 ゆっくりと、だが着実に体重が込められ、防具の繋ぎ目から嫌な音を立て始めた。防具のお陰で皮膚を裂かれる事は無いが、重さは直に伝わってくる。辛うじて呼吸は続けられるが、このままでは死あるのみだろう。

 

(クソ…ここで死ぬのか…?ハンターになると決めたのに、ドスジャギィ如きに……。いや、如きなんて現実となった今じゃ不相応だ。むしろ、舐めていたのは俺だった)

(……村のみんなはどう思うだろう。結局はモンスターには敵わないと思い知ってしまうのか…。なんか、それは嫌だな。いずれ、『モンスターハンター』の時代が来るとはいえ、今怯えていて欲しいわけじゃない。……アランは、逃げてくれるだろうか。それとも、敵討ちにとドスジャギィに挑むかもしれない。……もしかしたら、アランなら俺よりも上手くやってくれるかもな…)

 

 より体重を込められ、肺の空気が一気に抜ける。内臓を直接圧迫される様な異物感を覚えたが、この状況では顔を近づけた際に一撃喰らわせる事が精一杯だろう。

 

(いいじゃないか…せめて最後に目の一つでも貰って……)

 

 カチャリと冷え冷えした刃を握りしめ、一矢報いようと注力していると、ポツリとあるものが顔に落ちてきた。

 

(何だ…雫…涎…?いや、鉄臭い…。これは…血か?)

 

 誰の?多分自分の流した血だろう。そう完結しようとした所で、僅かな懐疑心が芽生えた。自分はこれといった出血はしていなかった筈。タックルの時に切れたと言われればそれまでだが、それは上から落ちては来ない。

 ならばドスジャギィか。でも傷をつけたのは側面の胴体であって、頭部には無いはず。

 

(あれは…逆光でよく見えないが―――)

 

 

 

 

 徐々に力を失っていく獲物を冷めた瞳で見下ろし、さあどうしてくれようかと舌舐めずり。いざいざ実食。奇妙な鱗に覆われていない頭を噛み砕こうと顎を開き…ふと、気がついた。

 

――部下の声がしない。

 

 はて?10を超える部下はもう一匹の方に集中していた。すばしっこいため攻撃を当てづらかったが、ジャギィ達は数で補えばあの程度の生物一匹容易く仕留められるは――

 

「だぁらっしゃあぁっ!!」

「オゥンッッ!?」

 

 思考がま白に染まる。視界が廻る。側面からの衝撃。それで一瞬体が宙に浮いたかと思うと、己の肉体がたたらを踏んでよろけていた。何事かと急ぎ見れば先程の一匹が何かの骨を掲げていたのが見えた。

 

「おい!大丈夫か!?」

「う…ああ、な、何とか」

 

 アランに揺り起こされ、未だ少しぼやける視界のピントを合わせる。新たに現れた外敵に警戒心を露わにする。苛立たしげに地面を掻く姿はどう見ても苛ついている。

 

「よいしょっ、とと…。悪い、助かった」

「いいってことよ。それより、今は目の前のアイツだろ?」

 

 指され、ドスジャギィの雄叫びにより遠方からジャギィが数頭やってくるのが見えた。再び武器を構え直し、気付け代わりに薬草を口に含む。(残念ながら回復薬は携帯できる容器が無いので留守番だ)

 

「よしっ!第二ラウンドいくぞ!」

「ああ!やってやるさ、存分に!」

 

 短い裂帛の後、二人と狗竜は()()()()に駆け出した――!




アランの方が強いです。

村の場所ですが、モンハン世界地図より、ココットよりも右下の、メタベット付近であると捉えてください。近くに海あるし


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群れの首領、ドスジャギィ!

許し亭許して。
他の作品書いてた。


「ギャアッ」

「アォッ」

「喰らえっ!」

 

 取り囲むように散開したジャギィを紙切れのように吹き飛ばして活路を開く。当のドスジャギィは、ジャギィ達の中央に控えており、戦闘中の乱入を防ぐのはかなり難しくなっていた。

 

 だが、こちらも二人になったことで互いにカバーしあい、先よりも優位に進められている。

 

「アオォォォォォォンッオッオッオッ!」

 

 またも、嘶く。それを合図として側面に控えていたジャギィが統制の取れた動きで一斉に飛び掛かかった。

 俺はあえて前へと滑り込み、着地を狙って足へ盾を叩きつける。不安定なジャギィの細足は嫌な音を立てて砕ける。アランが自らに向かう一匹を真横へと吹き飛ばし、更に一匹巻き込んで撃墜した。目を回す二匹にすかさず躍りかかり、確実に止めを刺すために喉へ刳り込む。

 

「ギャオッッ!」

 

 残った一匹が最後の抵抗とばかりに飛びかかり、アランのハンマーにより受け止められる。長物なせいで、柄に食いつかれては威力を発揮出来ない。しかしアランは焦らない。何故ならば、もう一人の存在を信じているから。

 

「ぜぇぁあっ!!」

 

 研ぎ澄まされた牙突がジャギィの鼻頭に吸い込まれていく。痛みと驚きにより慌てて飛び退ろうとするが、それは悪手。柄を離した直後、ジャギィが行動に移ろうとするよりも先に、大槌による一撃が直撃する。

 アランの渾身の叩きつけがジャギィの頭骨を砕き、命の鼓動を完全に停止させた。

 

「いいぞマサミチ!」

「ああ!あとはアイツ(ドスジャギィ)だ!」

 

 先の怒りが続いているのか、はたまた部下を全て蹴散らしたことに憤慨しているのか、瞳孔は開かれ、鼻息荒い。

 駆け寄る勢いそのままに、姿勢を横へ動かした。

 

「横に避けろアラン!」

「っ分かった!」

 

 左右に別れ、中央を開ければ、予定調和の様にタックルが通り過ぎる。感覚から逃した事を悟ったドスジャギィは、近い方の音へ齧りかかった。

 ガギン、と硬質な音を響かせ、そのカミソリの様に生え揃った鋭い牙が目前に迫る。

 大きく開かれた顎は盾を挟むように喰らいつき、ガリガリと表面を削っていく。盾のサイズがもう一回り小さければ、腕ごとやられていただろう。しかし、この膠着状態も相手の意思一つで容易に覆されるだろう。

 噛む力に対抗するのが精一杯で、力を抜けば右腕を引き寄せられ倒れることとなり、けれどその状態では何も出来ない。

 ドスジャギィもそれを理解しているのか咬む力をより強める。立てていた筈の右が少しずつ横になっていく。必死で踏ん張るが、僅かに進行を遅らせるのみに留まっていた。

 まさに絶体絶命。迫る死神の足音に耳を塞ぎ、自分を誤魔化すのか。否、そうではない。

 

「――ブチ噛ませぇっ!」

「ドラアアァァァァッッ!!」

 

 振るい、振るい、遠心力を最大に乗せたアッパーがドスジャギィの顔を思い切り上部へ跳ね上げ、たたらを踏んだ。

 頭を振って意識を保つドスジャギィは驚愕の感情が透けて見え、同時に警戒心が上昇。

 小回りの効く動作を繰り返し、大きな隙を潰す。それは、自らの弱点を理解し、かつそれをカバーする知能を持っていることに他ならない。

 一気に攻めづらくなり、こちらが意表をつかれる回数も増える。しかし小回りがきく小さな動作は威力としては軽微で、防具が衝撃を軽減する事で互角に持ち込ませる。

 

 ドスジャギィの胴に骨塊が打ち込まれ、温まっている筋肉により阻まれる。けれど、それを払おうと注意を割いたその瞬間、一切の警戒を解いた死角が生まれた。

 

 ぐんと体を前に倒し、ドスジャギィに接近。アランへ向くために振るわれた尻尾は頭を下げ、棘付きの分厚い鞭を横目で見やりながら、マサミチは跳んだ。

 

「っ!」

「グァッ!?」

 

 背中の毛を掴み、首元へ向かい襟巻きの裏を垣間見る。

 

(やっぱりあった……!)

 

 群れの長たる証である立派なエリマキ、その背後。覆い隠されたその位置には痛々しい赤の三本線が走っていた。

 

―――ドスランポスの爪だ。

 

 通常、縄張り争いにおいて致命的な傷は出来ない。それはあくまで自らの領土を主張し、相手を追い出し歯向かわないようにと、力の差を見せつける行為だからだ。

 

 しかし、それはあくまで単純な領土争いの場合のみ。本気の殺し合い、ましてや危険度が同等とされる二匹で、一方的に殺害することが可能な筈もない。

 

 このドスジャギィは間違いなく強者である。数いるドスジャギィの中でも、それなりに多くの修羅場を乗り越え、体格にも恵まれた。だからそれなりに離れた砂漠からこの地帯まで無事に移動出来たし、ドスランポスすら下してみせた。

 

 ドスランポスがドスジャギィに飛びかかり、甘んじてそれを受け入れるドスジャギィ。けれどしがみついた場所が悪かった。的確に急所を狙っていたのだろう。事実、側面部から頭を抑えることは出来た。

 だがドスランポスはドスジャギィという存在を知らなかった。ドスランポスをスピード型と称するのなら、ドスジャギィは対照的なパワータイプ。停止した相手ならばどうとでも出来る。首の前に翳された腕に齧り付き、痛みに叫ぶドスランポスをそのまま振るう。何度も噛み直されたせいで、腕の傷が深くなっていく。

 ドスジャギィは腕を噛んだままタックル。その緩急にドスランポスは悲鳴を上げる。とうとう腕は千切れ、それを悟る前に強烈な尻尾に脳天を砕かれた。

 

 その際、最後の力を振り絞ったのか、強く掻いたその場所が、首の後ろであった。

 

「ギャオアァァァッッッ!!?」

 

 その位置に強く強く突き立てられた刃は、ドスジャギィの血で赤く染まり、それを為したマサミチは振り落とされる。

 

「ぐあッ…!」

 

 肺の中の空気が一度全て吐き出され、胸の衝撃に悶る。けれど、そのぼやけた視界には倒れ伏すドスジャギィの姿が映り込んだ。

 掠れた絶叫を残響させ、地の草を薙ぎ払いながら崩れ落ちたそれは最後に薄く唸ると、微かに開いていた瞼を閉じた。

 

 

 ドスジャギィ、討伐完了である。

 

 

「や、やったか…?」

 

 モンスターの不死身さを知っているマサミチはそれすらも訝しみ、中々近づこうとしないが、アランは違う。ドスジャギィに近づき、首元と腹が動いていない事を確認し、頷いた。

 

「―――やったな、マサミチ」

「案外、案外やれるもんなんだな」

 

 ぽつりと、安堵の息とともに万感の思いを込め呟いた。

 

「ああ、まさか狗竜ですら下すなんてな…。並のモンスターとは比べ物にならないほどの強さだった。……だが、それでも俺たちが勝った。…だろ?」

「…そうだな」

「みんなにも、知らせないとな。今夜は御馳走だぞ?」

「…最近は毎日肉だろ」

「それもそうだ」

 

 まだ痛む体に鞭を打ち、早急に一部のジャギィとドスジャギィを引きずって隠してあった台車へと乗せる。死んだと分かってはいるが、さっきまで己の命を奪おうとしたそれに畏敬の念を覚える。

 

「おい、こいつはどうする?」

「ああ…そういえば」

 

 アランの指す先にあるのはドスランポスの死骸。所々が食われており、見るも無惨な様相だ。

 

「……無事な部分を少しだけ剥ぎ取って、後は埋めてやろう」

「穴を掘るのは任せてくれ」

 

 そう言うと、台車に載せていた木のシャベルで脇に穴を掘り始めた。俺はゆっくりとその死体に近寄り、手を合わせる。俺たちのいう神や仏なんてものに届くかは分からないが、一応既に亡くなっている死骸から追い剥ぎをするのだから、少しだけ悪い気もする。

 自分達だって殺して皮を剥いでいるじゃないかと、そう言われる事請け合いだが、コレはエゴだ。自分の中で区切りをつけたいだけ。そんなことをしたところでモンスターが浮かばれるわけでもないし、モンスターだってそんな一獲物に過ぎない存在に祈られたって困惑するだけだろう。

 

「―――よし」

 

 そんなエゴを一丁前に終わらせ、折れたトサカを回収し、皮ごと鱗を回収する。血で濡れている部位もあるが、洗えば使えそうだ。鋭い赤爪をくり抜いて、剥ぎ取りは完了した。

 丁度その時、アランの方も終わったらしく、二人で埋葬する。

 

「じゃあ、帰るか」

「おう」

 

 秋の訪れは早く、肌寒くなって来たその道を、二人の男は往く。

 

 QUESTCLEAR!




わーい、やっと大型モンス倒せたー。
戦闘描写むずいしどのくらい戦わせたりとか、密度がわかんねー!


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孔雀の輝きを求めて1

新年初投稿です。


「こいつは…驚いた」

「狗竜の長か……昔見かけたランポスのボスよりも体つきがいい」

「おいおい、ホントにこんなのを倒したのか……」

「アラン兄ちゃん達すごーい!」

 

 ドスジャギィやその他を牽いて帰った際の反応だ。みな初めての狩りと同じように村の中央に集まり、口々に感想を述べていく。 流石のみんなもいきなりここまでの獲物を持ってくるとは思わず、浮足立っている。

 

 強大な相手を打倒したという事で、再びの宴が開かれた。勿論、節約はする。よってハンター生活一日目の時ほど豪勢に行われることは無かったが、村の誰もがその偉業に驚嘆していた。

 ドスジャギィは他大型モンスターに比べれば体格も小さく、脅威も低い。だが、危険なモンスターであることに違いはない。小柄で魚程度しか自力で仕留められないジャギィと違い、ドスジャギィは単独で大抵の草食種を凌駕する筋力と武器を持っている。もし同じ個体が村に現れたのならばその場からすぐに逃げおおせて、早くいなくなるのを祈るのが最善の手なのだ。

 戦える者を掻き集めて挑んだところで鎧袖一触。返り討ちにされて余計な犠牲を増やすだけだろう。

 

 草食種や甲虫とは違う、圧倒的な怪物。彼等の世界に於いて覆せない力の差がたった二人の若人によって逆転したのだから興奮するのも致し方ないだろう。

 アランは昔なじみのおっちゃん達や調達組の男衆に囲まれて当時のことを事細かく語り聞かせている。そして俺が提案者だからか、はたまたアランが囲まれているからか――多分後者だろう――、村の子どもたちは俺の方に集まってきた。その純粋な目をビー玉の如く輝かせてどうやって倒したのかやら強かったかやらと聞いてくる。

 流石にないとは思うが、この話から勝手に抜け出したりしては困るので、武器と防具がなければ死んでいたと、素直に答えておく。そして何もなければ人間は無力なのだから、と勝手に外に出ないように固く言いつけておく。みれば、彼等彼女等の親達はニッコリと笑みを向けてくる。……やはりこっちで良かった。

 

 今回のジャギィ達は素材としての側面が強かったが、意外というか、村の人達は可食部をうまく探してアプトノスとは違った味を楽しんでいた。

 俺からすればアプトノスの方が旨いとは思うのだが、肉などあまり食べていない人からすればどれも同じようなものだろう。それに、個人の好みもあるしな。高級なサーロインよりもその辺で買える鶏胸肉の方が好きだという友人もいた。……元気にしてるかな。

 と、いかん。少しホームシックになってた。

 結局、使えそうな部位はおっちゃん達に預け、体を休めていると、興味深い話が聞けた。

 

「そういやお前知ってるか?あの山は大昔に一度噴火してるらしい。俺の爺さんの爺さんくらいの時って話だ。今のあの様子からじゃあ信じらんねえだろ?」

 

 この村一の大工を自称するおっちゃんの言葉を信じるなら、指したその先、今はもう禿げかけの紅い葉と灰色の岩肌に覆われた山。そこがかつては活火山だったらしい。

 方向は鉱石を採取しに行ったあの岩山の奥。一人で行くならば日帰りがギリギリ可能かどうかと行った辺りに位置している。

 ちらりと、アランを眺める。彼は同じ調達組の二人に絡まれており、その装備や狩りの話などをつらつらと語っている。疲れは大分残っているだろうが、怪我という怪我はない。

 

 これはワンチャン、あるかもしれないぞ…?

 

 

 

 翌日、朝一番に村を出る。まだ日が昇りきっておらず、冷え冷えとした冷気が肌を刺す。未だに本格的な寒波は訪れていないが、その兆候が見られる。今の内にいくつかの事はやっておいた方が良いだろう。

 

「にしても、今回は長いな」

「当然だろ。なんたって向こうで一泊するわけだからな」

 

 そう、今回は初の野宿である。その距離から日帰りは厳しいと判断し、場合にもよるが、到着次第そちらで一夜を過ごすという事になった。勿論、身を隠す為の迷彩や消臭の策も完備している。

 新たな土地への期待と不安が入り交じり、自然と台車を押す力も入るというものだ。それは恐らくアランも同じだろう。今まではペースがバラバラで、緩急があったが、今では同じペースを維持したまま牽けている。俺達の筋力の増加と、何回か熟したことによる慣れのお陰だ。

 この調子なら、想定していたよりも早く着くことが出来るかも知れない。

 

「よし、このまま進むぞ」

「ああ、時間はあればあるだけいい」

 

 幸いなのは、気温が低い為にあまり喉が乾かないことだろう。食料については燻製肉やキノコ等があるので困らないが、飲み水に関してはあまり保存できたものではない。魔法瓶、或いはガラス瓶でもあればまた違ったのだろうが、ガラス瓶を製造する知識もなければ、環境もない。よって、水を持ち運べるものといえば、少し獣臭くなる革袋(尚水漏れあり)か、木を組み合わせた枡くらいしかない。

 当然、この様な有様では回復薬も拠点で貯蔵するくらいしか無く、現地調達するしかない。

 

「ぃよしっ!そろそろだ!」

 

 アランが声を張り上げ、顔を上へと向ける。

 その視線の先には、そびえ立つ山脈が写っている。ようやく、その麓へと辿り着いたのだ。よく見れば、斜面の土が比較的新しく、木々も目立った大樹というものは無い。

 少し掘ってみると、火山灰を含む地層が露わになる。……どうやら、火山であったという話は真実だったらしい。

 

「なるほどな、これが山って奴か…」

 

 アランは初めて見る山に興味を示しており、その山頂を仰ぎ見る。顔はいかにも……以前の岩山も一応山の部類には入ると思うが…まあ、言わないで置こう。

 

「取り敢えず、ある程度の所まで登ろう。どの辺りに目当ての物があるかも分からないしな」

 

 立ち並ぶ樹木を避け、時には息づく自然に目を奪われながら二人はずんずんと上へ上へと進んでいく。

 馴染みのある岩石、馴染みのない小動物。数多もの環境に感慨を覚えながらも、目的地に着いた。

 

「下から見た限りだと……、この辺か。確かに遮蔽物もあるし…この分じゃ入れてカンタロス程度か。うん、ここでいいな」

 

 そこは岩と岩壁の隙間に出来た狭い空間だった。身を屈めなければ入れないような小さな隙間のその奥に、小規模ながらも簡易的な拠点とするには十分な小部屋。外からは見えず、折り重なるように上を這う岩岩は光を取り入れながらも飛竜を阻む壁となっている。

 先にマサミチが安全を確認し、その後に荷物を運び込んだ。剥き出しの岩肌に毛皮を敷き、いつでも火をつけられるように途中で拾った枯れ木をかやく草と共に配置。最後に出入り口に少しカモフラージュをすれば完成だ。

 

「まさかこんなにお誂え向きの場所があるなんてな…」

 

 ケルビの皮の敷物――座布団兼布団用――に座り、登山の疲れを癒やしながらポツリと口に出す。

 正直あまり期待はしていなかった。よくて多少入り組んだような場所や突き出た岩の下など、最悪カモフラージュだけをして壁際で潜む気だった身からすればラッキーと言わざるを得ないが、流石に都合が良すぎるような気もしてくる。

 

 と、頭を悩ませているとアランがあっさりと答えた。

 

「うーーーむ。どうだろうな…。多分ここは前まで何かの住処だったんだろうけどな。冬が近いからどっか行っちまったのかねぇ」

「ん?なんでそんなこと分かるんだ?」

 

 思いもよらぬ、と顔に出ていただろう俺を見るなり、アランは指を指した。それは一見してただの岩肌の様にも見えたが、注視して見るとあることに気がついた。

 

「あ、これ。わざと削られてるのか」

「そうだ。牙でも研いだのか、はたまた腰でもかけたかったのか。うまく平らになってる。ひょっとしたら過去に住んでたヤツは几帳面な性格だったかもしれないな」

 

 冗談めかして言われるが、この弱肉強食の世界で小さな生物が生き残るには知恵が必要となる。ひょっとしたらそんな生物がいたとして不思議はない。今の俺たちにできるのはこの場所に感謝をしてあるものを持ち帰ることだけだ。

 

「さて、日も傾いてきたんだが……。どうする?この辺でも見て回るか?それとも明日に備えて早めに寝支度を済まるか?」

「いや、明日に備えるとしてもまだ早すぎないか?俺としては最低限周囲の事とか色々と見て周りたいんだが…。まあ、そこら辺はマサミチに任せる。確かに明日は忙しくなりそうだからな。どっちでもいいぞ」

 

 と、アランは言ってくれる。正直な所、前からの疲れも残っているため早めに休んでしまいたいが、それを疎かにして痛い目を見るのもバカらしい。

 よって妥協案として直通している通路と用がある場所までの経路確保をすることに。

 

「よし、いいぞアラン」

「分かった。先に武器だけ送るぞ」

 

 こういった狭い場所を通る時は、何かあってもきちんと対処出来るように小回りの利く俺が先だ。そして安全を確認次第アランと合流する。

 景観は麓とは違って植物が少なく、代わりにゴロゴロとした岩が増えてきた。遮蔽物としては頼もしく感じるが、それが予期せぬ遭遇を果たしてしまいそうで恐ろしくもある。

 幸いというべきか、この山には小型鳥竜種等は徘徊していないようで、ちょっかいをかけられる心配はなさそうだ。

 探索に意識を裂けるのは大きい。聳え立つ岩壁、不揃いな足場。見通しの悪い地形ということも相まって、自然と慎重になっていた。

 

 亀裂の入った岩壁から覗く緑の輝きに惑わされそうにもなるも、今回の目的を思い出してグッと堪える。今回の主な目的は鉱石ではない。ましてやただの偵察なのだ。余計な荷物は無い方がいい。

 ひんやりとした冷たい感触の岩に手を当て、恐る恐る顔を出す。周囲に動く生物の気配はない。念を取って数分動かずに息を潜めていたが、それでも何の反応もないことに安堵する。

 

「ふぅ、大丈夫そうか…?」

 

 潜めていた岩陰から姿を晒し、もう一度キョロキョロと辺りを見回す。僅かな草葉を踏みつけにし、ジリジリと亀裂の先へと顔を出す。

 

「あった…ここだ。なあマサミチ、探してるのはこういう所だろう?」

 

 それは深く奥へと続く一本道であった。亀裂から差す僅かな光量では入口付近を照らすのが精々で奥は到底見渡せない暗黒が広がっている。

 一度踏み出せば引き返す事は出来ないと、根源的な恐怖を呼び起こすそれに、二人は知らず息を呑んだ。

 

「い、行くか」

 

 絞り出すように声を上げるが返事はない。アランも緊張しているのか強張った表情でただ頷き返すだけだ。

 無言の首肯を受け止め、静かに足を踏み出す。盾を掲げ、腰を低く落として身構える。

 じゃり。足元で小石が擦れる音がする。この些細な音にすら過敏に反応し、時に足を止める。そしてまた一歩、また一歩と暗闇の中を降りていく。―――身につける鉄の冷ややかな重さに頼もしさを感じながら。



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孔雀の輝きを求めて2

久しぶりだな!タイトルを「モンスターハンター:オリジン」に変えました。


「なあ、これはどこまで続いてるんだ?」

「…さあ、俺にも分からん。地表から考えるとそこそこ深いのは確かなんだが」

 

 ゴツゴツと無機質な足元を自前の松明で照らし、奥深く暗闇の先へと掲げる。煌煌と周囲を照らす炎は弾け、膨らみ、揺られては岩壁に光を反射させていく。

 

 緊張からか会話もすぐに途切れ、直に互いの息遣いが響く。この静寂の中ではそれだけでさえ耳に残るほどに大きく感じ、ガチャリガチャリと鳴り合う防具が常に存在を主張している。

 果たして、どれほどの時間が経過したのだろう。十分か、はたまた一時間か。どちらにせよ、今それを知ったところで意味はないものだ。

 

「ん?」

 

 そこでふと、歩を止める。途端に聞こえるのはやはり静寂。背後ではいきなり立ち止まった事に戸惑っているのが感じられるが、今は構っていられない。

 すぐに耳を澄ませて音を拾う事に注力する。

 

 コォオオォォォ……

 

 聞こえた。風の切る音。空洞音に近しき微かな物音は、しかし確かな実態を持っていた。

 

「おい、一体どうし」

「…風だ」

 

 アランを手で制し、再び耳を澄ませる。

 

 コォォオオオオオォォォ……

 

「…聞こえたか」

「ああ、聞こえた」

 

 それもさっきよりハッキリと。この場所、俺たちが今立っている道では風を感じていないのにも関わらず聞こえたそれは、自分たちの目線の先、曲がりくねった通路の先からだった。

 

 そうと決まれば決断は早い。終わりの見えない道に辟易としていた二人は新たな風に喜んで駆け出した。

 足場の悪い中、半ば滑るように角を曲がって、視界が開けた。

 

「おお…」

「これは、すごいな」

 

 見るものを唸らせる自然の都。上空にぽっかりと空いた大穴から射し込む月光がこの地下空間を幻想的に映し出す。

 青白い岩盤と地上では見かけない特異な植物。シダ科と思われる巨大な草が崖沿いに生え揃い、それを求めて草食種が歩みを進めている。

 薬草やキノコ類など見覚えのある素材に見当をつけ、段差や隆起の多い大地へと今降り立った。

 一拍遅れてアランも飛び降り、しげしげと興味深そうにあたりを見回している。

 

「まさか山の中がこんな空間になってるなんてな……」

「ああ、元々火山だったものが落ち着き、その間に生命力の強い生き物が棲み着いたんだろう。この地面も……ほら、少し掘れば灰が出てきた」

 

 さらさらと手の中で砕け落ちる地面の表層。大工のおっちゃんが言っていた、その爺さんの爺さん世代にはまだ噴火していた事から、この光景が創り出されたのはつい最近の事だということが伺える。そのわりにはしっかりと生態系が形成されているが、モンハン世界の生物はかなり強からしい。

 

「よし、繋がってるのは確認したな。もう日が落ちてしまっている。月がよく出てるとはいえ暗いのに変わりはない。これ以上は止めておこう」

 

 空を飛ぶブナハブラが煩わしい羽音を立てながら通り過ぎるのを尻目に、早速もと来た道へと引き返す。アランはもう少しだけこの美しい光景を瞳に収め、横穴へと入っていった。

 

 行きで大体の距離感を掴んたのか、今度はそれほど緊張することもなく話も弾み、気がついたら地表へと抜け出ていた。

 

 ようやく戻ってきたという実感と共に、これまで感じていなかった疲労がどっと襲いかかってきた。確かに思い返してみれば慣れない山道と朝からずっと通して歩き詰めだった。

 緊張から解放されたせいか、足が途端に震え始める。この有様では、何れ出くわすことになるかもしれない飛竜とは戦えないだろう。

 

「もっと鍛えないとな」

 

 そう小さく呟くと、アランが俺の肩を叩く。

 

「今まで先行してもらったんだ。開けた道くらい俺にやらせてくれ」

「あ、ああ。任せた。…悪いな」

「気にするな。今までも俺はお前に借りを作ってばっかだから、この程度はしないとな」

 

 山の表層はここに来た時点から変化なく、しかし暗闇では全くの未知にも感じられた。月明かりに照らされた影が視界をよぎる度、過敏と言われても仕方ないほどに反応を返す。よく見れば、来たときとは違って上空にブナハブラが滞空しているのが見えた。あの地下洞窟にも見かけたが、どちらが住処なのだろう。それとも、上が空いていたからここもテリトリーの一つでしかないのだろうか。

 

 揺らめく影を警戒し、僅かな違和感一つ一つにも注力した。緊張は勿論のこと、新たな地が掻き立てる不安がそれを引き起こししていたのだ。結果的に、それが功を奏したのだろう。

 

「よし、マサミチ。危険なモンスターの影もない。こっちに来て大丈夫だ。……ああいや、飛甲虫には気をつけてくれよ?」

「ああ、分かってる。そっちこそ…?」

 

 こちらへ呼びかけるアラン。その手に握る松明が岩陰の何かを照らす。揺らめく炎のせいで影が無作為に動き回り、すぐ近くの棒状のナニカをちらちらと煽る。

 一見して枝か何かに見えたが、こんな場所にそれほどの灌木はない。葉が落ちきったものが比較的緑豊かな地にまばらにあるだけだ。灰色の大地に、何の意味もない岩陰にそれらだけが密集して放置されているのは何故だ。風が運んだにしては、あまりに不自然だ。風向きからしてあの岩陰に隠れることはまずない。

 そして、外の暗さに目が慣れてきた頃、ハッキリと視えた。

 黒黒とした光沢、散乱するそのすべてが折れ曲がっており、細かい節がついている。その先端には鋭角な二又の鉤爪。―――あれはモンスターの、ブナハブラの脚だ。

 

 何故、何故そんなものが今ここにあるのか。隣にいるアランと比較しても少し大きい。あれ程の岩があったのなら、俺たちは行きで屈みながら移動はしていない。

 ブナハブラの死骸、見覚えのない岩。そうくれば連想されるのは一つしかない。

 俺はアランに向けて全力で叫ぶ。

 

「ッ、アランッッ!今すぐこっちに――!」

 

 ――だが、遅かった。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……

 

 轟音と共に地響きが鳴り渡る。俺は十分に離れている筈だが、それでもこの振動が届いている。発生源に近かったアランは、言わずもがなだろう。

 

「グァオオオオオォォォォォォォォォォォォォンンッッッ!!!」

「っっ!??」

 

 小山が咆哮する。否、それは竜だ。しかし、それを理解しているはずの俺から見てもその存在を、規模を、山としか例えられなかったのである。

 身体を芯から寒からしめるかの如き大音量。生物としての生存本能に強く訴えかけるそれに、俺はただ耳を閉ざし目を伏して耐えることしかできなかった。

 かつての巨岩の姿は無い。盛大な煙幕と共に姿を現したのは、さながら岩石の化身の如き外観。それが二足で歩行するという(現実)を、認めざるを得ない光景。無機質に見える外殻には確りと生物としての痕跡が刻み込まれ、退化した両翼には未だ小石が積もっている。

 

「『バサルモス』…。なんてデカさだ」

 

 それが彼奴の名前だ。鎧竜グラビモスの幼体であり、しかしその巨体故に大型モンスターと分類されている飛竜種だ。岩石の如き強度と質感の外殻に覆われているが故、ゲーム内での別名は『岩竜』。

 鉱石を主食とし、それから栄養を得るために特殊なバクテリアを飼っているが、バサルモスはまだ共存が上手く行っておらず、栄養の摂取が不十分になる場合があるらしい。そのため岩に擬態して小動物や甲虫種のモンスターなどを待ち伏せ、毒ガスで仕留めて捕食する。

 見覚えのない岩と、豊富な鉱石資源が眠っているであろうこの地帯、そしてブナハブラの死骸。俺が確かに注意していれば気がつけた筈だ。

 だが…こいつは本当にバサルモスか?バサルモスというには少し大きすぎる気もする。それに顔のフォルムも鋭角的で、二本の角のような部位はやや後ろにかけて流れ、鼻先正面の角のほうが僅かに大きい。これは…。

 いや、そうじゃない。済んでしまったことより、今は目の前のことに集中しろ。アランは、アランはどこだ。

 俺とは距離が離れていたからか、それとも眼中にすらないのか、バサルモスは俺にではなく不思議そうにキョロキョロと辺りを見回している。どうやら、あれは明確にアランを狙ったわけではないらしい。正確には、アランの接近を他のモンスターか何かと間違えたのだろう。

 この時代、バサルモスが現れるような地帯に人間がそう多く居るはずがない。だから、この推測は間違っていないはずだ。

 

 そう踏んで眺めていると、居た。離れた岩陰にもたれかかっている。頻繁に手元が動いているのを見るに、気絶はしていない。だが、無傷というわけでもないらしい。そのチェーンヘルムの影からは赤い血が流れ落ちている。その血が付着しているのは今まさにもたれている岩。どうやら今のに巻き込まれた上、岩で頭を強打したらしい。幸いなのは、ヘルムを装着していた為に致命的な傷にはならなかった事だろう。

 バサルモスは空を飛ぶブナハブラが気になるようで、威嚇を繰り返している。

 

(今しかない!)

 

 硬い岩盤を踏みしめ、念の為に岩陰に隠れながらアランに近づいていく。

 

「おい、アラン、アラン!大丈夫か!」

 

 慌てて駆け寄り、小声で呼びかける。アランは接近する俺に気づくと、気だるそうに岩に手をかけて身体を持ち上げる。

 

「……う、あぁ。何とか、な。血は出てるが、そんなに深くはいってない…と思う」

「……そうか、分かった。アイツは俺達の方には向いてない。今のうちに向こうまで戻る」

 

 意識ははっきりしているとはいっても、頭に強い衝撃を受けたからか足元が覚束ない。急いで肩を貸し、今出せる全速力で来た道を引き返す。

 お互いの装備の重量からか、それとも飛竜への恐怖からか。動きはかなりぎこちない。中々前に進めない焦燥感と、いつこちらが気づかれるかという不安で息が続かない。頬を伝う汗が不快感を助長させる。

 着実に一歩ずつ進めてはいる。だが遅い。既に岩竜はこちらに目を向けている。

 

 見かけたことのない生物、だが自らの狩場にいるというのなら襲わない理由もない。身に纏う金属の鎧も、この生物にとっては餌の一部なのだから。

 

「くそっ、不味い。もう気付かれた。このペースじゃあ逃げ切れないぞ」

「グォァオオオオオォォォッッ!」

 

 咆哮を上げたバサルモスは両翼を腰だめに構え、その巨体、如何にも鈍重そうな見た目からは信じられない速力でもって走り出した。

 それは小回りの利く人間であれば、離れていた事も含めて避けられる程度のものであった。だが負傷者を抱えている今では回避は難しい。

 走り寄るバサルモスはさながら重戦車。その進撃を背後に覚えながら、無理を通して速度を跳ね上げる。が、バサルモスの方が圧倒的に速い。

 

(畜生っ…、追いつかれる…!)

 

 あんな生物の突進をまともに食らってしまったらどれほどの衝撃だろうか。否、そのまま巨体の下敷きになって鎧等意味を成さないのか。

 そんな嫌な予想を振り払うも、彼我の差は縮まっていく。

 

「左だ!そっちの枯れ枝に向かって飛べ!」

 

 アランが叫ぶ。そちらに顔を向けても、見えるのは高所からの綺麗な景色だけだ。つまり、その先の道はない。ただ落ちてゆくだけだ。

 何を馬鹿な事を、とそう叫び返す暇も無くアランはその先を勧めてくる。俺が躊躇している間にも、背後の気配は一層と強まっていく。もう悩んでいる時間は無い。

 

「〜〜っ、どうなっても知らんぞ!」

 

 間一髪。後頭部すれすれに風を感じながら、俺達は落ちていった。

 

「「うおおおぉおおぉぉぉぉっ!!?」」

 

 その下は崖に他ならなかったが、小さな段差や僅かな足場、急な傾斜等が集まっており、俺達は体のあちこちをぶつけながらも転げ落ちていく。

 

「がっ、ぐうっ。痛っ、ゲホ!がはっ!」

 

 一体何m下ったのだろうか。体感の時間はかなり長かったようにも感じられるが…。

 少なくとも、あのバサルモスからは逃げ切れた。上からは獲物を逃した悔やみの遠吠えが大きく響いている。

 アランの安否を確認しようと隣を見れば、落ちたときの細かな傷は多いが、呼吸は安定している。どうやら二人共無事らしい。

 それで緊張の糸が切れた。ほっとすると同時に俺の瞼はゆっくりと落ちていき、ぼやけた視界の端に映る青と黒のストライプ。それを最後に俺の意識は途絶えた。

 

 

―――…

 

 

「ギャアッギャアッ!」

 

 アランとマサミチが気絶した後、その場には狡猾なモンスターが寄ってきていた。

 甲高く濁った凶鳥の鳴き声を伴って現れたそれは、鮮やかな青色の鱗に黒の縞模様。特徴的な朱のトサカと黄色の嘴。備わる長い鉤爪は脆弱な人間の肉体など容易く引き裂くことだろう。

 鳥竜種 竜盤目 鳥脚亜目 走竜下目 ランポス科。

 ランポス。

 群れで現れた彼等の瞳に映るのは、倒れ伏す二体の獲物。双方硬そうな外殻を持っているが、それも動かない今ならば関係がない。

 ランポス達は大きく声を上げると我先にと駆け出した。小型といえど凶悪。狡猾にして執念深いランポスの爪撃が、気絶した二人へと牙を剥く。

 

「ギィヤァッ!?」

 

 かに思われたが、その威勢は失われた。先頭を走っていたランポスに向け、何かが放たれたのだ。

 それはランポス達に何の痛痒も与えることは無かったが、その発達した嗅覚へと強烈な刺激臭を齎した。

 それはモンスターの糞を固めた代物。ランポスが顔を顰める間にもそれは放たれ、ランポス達は堪らず逃げ出した。

 それを為した者は逃げ出したことを確認すると、身軽な動きで二人へと近づいた。興味深そうに装備を眺めては、顔を輝かせている。

 

「この姿…この道具…。いいニャいいニャ。ボ…オレの夢へと繋がるかもしれないニャ。その為にも、今は安全な場所へ移動するのがいいニャ」

 

 そう呟くと、それは二人の体を持ち上げようとし……。持ち上げようと…。

 

「ぐぬぬぬ……」

 

 悔しそうに唸るのだった。




このバサルモスはもうそろそろ成体になれる個体です。だから両方の特徴を微妙に持ってたんですね。
果たして最後の人物?は一体?

是非とも感想、高評価をお待ちしております。


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名もなき山の回復料理

テスト終わったので投稿します


 目覚めは突然。にゃーにゃーと騒がしいモーニングコールと共に意識は覚醒した。

 

「ニャ、起きたかニャ」

 

 目覚めたばかりの視界を覆うもふもふの影。それは俺に対して何か言葉を投げかけ、てしてしと俺の体を叩いている。

 それは人間の子供ほどの身長で、人語を介しているが、人間ではない。全身に生え揃った体毛と、三本一対の計六本のおヒゲ。現実世界の猫の様な外見のその生物の名は

 

「アイルー…?」

「オレ達を知っているかニャ。なら話が早いニャ。竜が暴れていると思ったらニャんと上から二人の人間が転がり落ちてくると来たニャ。それをオレが見つけてここまで運んでやったのニャ。感謝するニャ」

 

 俺を触っていたアイルーがフンスと胸を張って簡潔に経緯を話す。そうだった。確かバサルモスから逃げるために崖から飛び降りて、そこからの記憶がない。気を失っていたらしい。

 

「っそうだ、アラン…俺と一緒にいたもう一人は!?」

 

 一緒に転がり落ちた筈の相棒の姿が脳裏に浮かぶ。飛び降りる前の時点で頭を強く打っていたんだ。あんな衝撃を受ければ無事とはいかないだろう。

 

「まあ落ち着けニャ。そっちの方も無事だニャ。より酷い傷もあったけど、誤差の範囲だニャ。お前様よりも早く起きて今頃道具でも確認してるところニャ」

 

 アランが無事だと分かり、ひとまず安堵。辺りを見回す余裕が出来た所で気がついた。

 見覚えのある岩の配置。周囲を岩壁に囲まれた小空間。そしてケルビの皮の敷物や枯れ木にかやく草を使った焚き火。

 間違いない。俺達が拠点としていた小部屋だ。

 

「ここって…」

「ここはオレ達アイルーの住処のうちの一つだニャ。越冬には不向きだから別の場所を探してる途中だけど、こうなったら仕方ないニャ。ありがたく思えニャ」

「…いや、ありがとう。感謝してる」

 

 まさか本当にここに以前住んでいたとは。アランの予想が的中した形になる。何という偶然。いや、この厳しい自然の中で俺達の様な非力な種族が生きていくには知恵が必要だ。ならば彼等の用いるような安全な場所こそが俺達の安地でもあるというわけか。

 「この世に偶然なんてない、あるのは必然だけ」とは誰が言ったものか。

 

 兎にも角にも、拠点が同じなのは正直有り難い。俺達の現状、道具はあって困るものではない。

 痛む体を起こし、防具を脱がして行われたのであろう処置を見つめる。頬や胸、足などにも細かい傷はあるが、殊更酷いのは咄嗟に庇った右腕だろう。

 ドスジャギィの際にも盾を掲げて酷似した傷が開いてしまっている。それ以外にも打撲痕や擦り傷、大きく腫れていたりと、目に見えて傷の具合が分かる。

 もし日本にいた頃の俺ならば痛みに呻いて顔を歪めていた事だろう。だが今の俺はハンター業での怪我にも少しは慣れた。それでも痛いものは痛いが、活動は可能だ。

 そしてもう一つ、口ぶりからして複数なのであろうアイルー達の処置がよかった。患部には擦った薬草が巻かれ、にが虫やアオキノコなど体に良さそうな物が近くに転がっている。これをふんだんに用いて治療してくれたのだろう。

 

「俺はマサミチ。お前の名前は?」

「オレの名前はムート。ここのアイルー達のリーダーをやってるニャ」

 

 ――これが俺達とアイルー、初めての邂逅だった。

 

「さて、お前様も起きたことだし、とりあえず外の仲間たちも集めるニャ」

 

 ムートはそう言うやいなや、ニャオーンと猫のような鳴き声(恐らくアイルー語なのだろう)を上げると、狭い出入り口から一匹二匹三匹とアイルー達が姿を現した。彼ら、或いは彼女らはにゃあにゃあとアイルー語で何かを発しながら近づいてくるが、生憎と俺には分からない。

 

「体は大丈夫かって言ってるのニャ」

「そうか。じゃあ大丈夫だってのと感謝してるのを伝えてくれないか?」

 

 再び俺に背を向け、またもアイルー語で会話するアイルー達。言葉こそ分からないものの、仕草からして…喜んでいるのか?

 無邪気に喜ぶ彼等の姿にいつぶりかの癒やしを覚えていたら、聞き覚えのある声がかけられる。

 

「マサミチ!起きたのか!」

 

 アランだ。防具は脱いでおり、一番の傷だった頭には薬草による湿布が貼られている。すぐこちらに駆け寄ると、怪我の触診やら気分の良し悪しなどを聞いてくる。

 それについて話をしようとしたところ、入口からまたもアイルーが入ってきた。そのアイルーはムートに何事かを話しかけ、こちらを向き直した。

 

「始めましてニャ。ボクはアミザ。今後とも宜しくニャ」

「宜しく、アミザ。人間の言葉が使えるのはお前達二頭だけなのか?」

 

 俺の疑問にはムートが答える。

 

「そうだニャ。フツーに生きるアイルーにはヒトの言葉なんて必要ないのニャ。オレとアミザは……まあそんなコトはどうだっていいニャ。なんでこんなところに人間が来てるんだニャ?」

「俺たちはこの山で採れると思われる素材を採りに来たんだ。途中でバサルモスと出くわしたけど、まだ諦めるつもりはないさ」

 

 ぐっと力こぶを作って見せ、それで傷が開いて声を漏らす。……まあ、流石に今は体を休めることに集中しよう。

 

 

―――…

 

 

 

「えーと…これは焼いても大丈夫か。あ、確か近くに特産キノコとか生えてたよな。…そう、白くて小指くらいの大きさの。それも持ってきてくれないか」

「分かったニャ。ボクにお任せニャ!」

 

 時刻は過ぎて昼。体を休めると宣言してから実に4時間ほど経過した。その間は武器や防具の整備や調合に使い、今は全員に行き渡る様に昼飯を用意している所だ。とはいっても、こんな野外でまともな道具もない中で出来ることなどたかが知れてるが。

 

「ニャオニャニャニニャオゥ…。これ何作ってるんだニャ?」

「作るってほど大したものじゃないけどな。塩漬けした肉と山菜、あとはキノコで「そっちじゃなくてこっちの緑の方ニャ」…ああそう。これは回復薬だな。これが正しいやり方なのかは分からないが、アオキノコで薬草の効果を高めてるんだ」

 

 料理を作る傍ら、手持ちの道具で調合の成果を確かめている。薬草を磨り潰した汁と細かく砕いたアオキノコを水に投入し、僅かな粘性が出るまでかき混ぜる。気持ち的に青汁みたいな感じだろうか。

 携帯が可能な容器が無かったためこういった安全な場所でしか飲めないのだ。そしてまた、未だ薬草との違いを実感するほどの怪我にはあっていなかった為、効果の程は分からない。

 だが、ここがモンハンを基にした世界であるならば、無意味では無いはずだ。

 

「持ってきたニャ!」

「おう、いいタイミングだな。それをこっちに入れてくれ」

「こうかニャ?」

「ありがとうな。量が量だから助かるぜ」

「それほどでもないニャ」

 

 アミザは照れくさそうに鼻を掻く。料理の話に戻るが、アイルーが少食とはいえ大所帯。万が一に備えて四日分持ってきていた食料もすぐに尽きる。そのため今はこの付近で調達するしかない。

 幸いなことに、食べることが可能な食材はありふれており、この寒冷期でも短期間なら問題はない。

 

「そういえば、アランは?何匹かのアイルーもいないみたいだが…」

「仲間を連れてどっかに行ったニャ。詳しくはオレも知らないニャ」

 

 言い忘れていたが、人語を使えないアイルーでもある程度の意図は伝わる。円滑なコミュニケーションとまではいかないが、今の所支障は感じていない。いざとなればこの二匹が通訳可能だからだ。

 外に出たというアランを待ちながら、火元には気をつける。回復薬にせよ、料理にせよ、最適な火加減、加熱が重要なのだ。そんなこんなで、アイルー達からこの付近のことを聞き出し、ついでにとゲーム知識とこの世界の情報とのすり合わせを行う。アイルー達も初めて出会った人間には興味が尽きない様で、ムート達の通訳を受け付けながらも話に花を咲かせていた。

 

 一段落すると、外からネコの鳴き声と鎧の擦れる音が聞こえてきた。視線を入り口に移すとアラン達が何かを引きずりながら小さな穴から這い出ていた。

 

「悪い、遅くなった」

 

 何でも、近くに川があったらしく、アイルー達と一緒にツタの葉を編んで網を使った漁をしていたらしい。

 フィシ村では魚を取ることはまず無い。あったとして極稀に近くの川まで迷い込んだ魚を追い詰めて手掴みだ。アイルーも手伝ったというからにはそんな習慣があったのかと思えば、アランが考えたとの事。何も事前知識がない中でのその行動には目を瞠るものがある。俺なんてゲームでの知識が無く手探りだったら初日で死んでいただろうに。

 

「結構な量捕れたと思うぜ」

 

 アランの話に偽りはなく、網の中には大小様々な魚が何匹も入っている。

 ニシキゴイとサケ類を足して二で割ったような外見で、背部は深い青色、側面部は鮮やかな朱色、鰭の先は黄色く染まっており、カラフルな体色をしているのはサシミウオ。

 明らかにマグロな見た目。マグロとして捉えるなら小ぶりなそれは顎に細く鋭い針が備わっていた。こんな上流の川にマグロという珍妙なものを目にしてしまった訳だが、今更な事だろう。

 他にも様々いるのだが…はじけイワシやチャッカツオ、果てにはバクレツアロワナやカクサンデメキン等の危険な魚が多いのは何故だろう。

 最も危険な二種類については魚類でなく魚竜であるため肺呼吸が出来るのが幸いか。はじけイワシ?事後だよ。連鎖しないで良かった。

 

 兎に角、これだけの量があればしばらくは大丈夫か。ここにも小さいが水場がある。ネットごと沈めて泳がせ、必要なときに引き上げれば幾分かは保つだろう。

 

 早速サシミウオを捌き、切り身にして焼く。村の中なら生食も考えたが、万が一がないとは言い切れない。

 

「よし、それじゃあ食事にするか」

「はーい(ニャ)」

 

 本来なら、今日中には探索をして帰る予定だった。それが今は不慮の事故により予期せぬ足止めを食らっている。これが何を意味するのか。今の彼らの知ることではなかった。




面白かったら是非とも感想、高評価お願いします!


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迫る猫玉にご注意を

めっちゃ空いた!


 時はあっという間に過ぎ去り、空を闇夜で覆った帳が尾をたなびきながら青空に支配を明け渡す。

 マサミチ達が出発してから、三日目の朝を今迎えようとしていた。

 寝床は乱雑に纏まり、アイルーたちと一緒に身を寄せ合ったお陰で寒くはない。獣臭さが気になったとはいえ、許容範囲内。というよりは自らも似たような状態のため人のことなど言えないだろう。

 

 ふわぁ〜!と大きく欠伸をかいて背伸び。朝の冷えた空気が肌をうち、寝ぼけたままの体を覚醒させる。まだ寝たいという本能を理性で閉め出し、いつの間にか消えていた焚き火に薪を焚べる。

 無論、それだけで火は着かない。だからこそ、そばに置いていたシダのような草――火薬草を手に取る。慣れた手付きで千切り、それと同時に木でこすり合わせて衝撃を加える。すると細かくなった火薬草は火種を生み出し、あっというまに燃え盛る炎へと変化する。一本の燃える薪となったそれを入れれば、焚き火の完成だ。

 

 動きを察知したのだろう。何匹かのアイルーは目をごしごしと擦りながら体をもたげ、その一方でアランはぐっすりと眠っていた。

 

「まったく」

 

 そう独りごちるが、昨日は自らも疲れているというのに、自分のために食料調達などを頑張ってくれていたと思えば、何も言うことが出来ない。

 よっと立ち上がり、怪我していたはずの右腕の袖を捲る。昨日までは裂傷と青あざで大きく腫れていたが、今は細かい裂傷はもう皮膚が再生しかかっており、腫れも結構引いている。

 モンハンで回復効果があると明記されているものを服用し、よく休んだのが功を奏したのだろう。未だ痛みは残るが、動きに支障をきたすほどのものでもない。あの高さからほぼ落ちるような速度で出来た傷が、たった一日でこれほど良くなっているとは思わなかった。

 流石はハンター御用達のアイテムだ。これは他の道具の効果も気になるところだな。とまあ、それは置いといて朝飯の時間だ。

 

 水たまりに泳がせておいた魚たちを引き上げ、手早く鱗と内臓を取り出す。あとは棒か何かに突き刺して焚き火で焼く。単純だが、これが手っ取り早い。

 魚の焼ける香ばしい匂いがこの小空間に充満し、一匹、また一匹と身体を起こしていく。全員に朝飯が行き届いたとき、ようやくアランは目を覚ました。

 

「ごちそうさまでした」

 

 朝食を終え、少しの間体を慣らして本格的な準備に移った。細かい傷が増えてきたチェーンシリーズを丁寧に一つずつ装備し、ナイフの手入れと道具の確認。

 革でできた留め具をしっかりと締め、ポーチに薬草など最低限の持ち物を入れて各種道具などを身に着けていく。背中のホルスターの位置も調整し、武器と重ならないようにピッケルを差し込む。紐を通した皮袋にはポーチに入りきれない道具を詰め込む。ポーチに入らないサイズのものや、ポーチのアイテムがなくなったらここから補充する予定だ。

 戦闘中はこの皮袋は使えないが、現実的に考えればこんなものだろう。

 

 この装備を見て、ムートたちは何かを察したのだろう。骨の処理を中断してこちらに寄ってくる。

 

「…今まで世話になったな」

「お前たちがいなかったらオレ達は死んでたかもしれない。ほんとにありがとう」

 

 その言葉ですべてを察したのだろう。アイルーたちは顔を見合わせると、慌てたように立ち上がってきた。

 フィシ村の人以外では、初めて交流した種族だ。別れたくない気持ちはもちろんある。出来れば、村に来ないかと誘いたいくらいだ。だが、アイルーにはアイルーの生活がある。かれらから言い出しでもしない限り、俺が無理に誘う訳にもいかないだろう。

 

 そう思って、言葉少なに身を翻したのだが…。

 

 じー。

 

「ついてくるな……」

「…全然隠れられてないぞあれ」

 

 普通に着いてきている。俺たちが一歩進むごとにかれらもこそこそと歩み、振り返れば慌てた様子で岩陰に身を隠す。だが、複数で纏まっているから耳や尻尾などが思いっきり露出している。

 

 ススス…、ススス…。ピタッ!ピタッ!………ススス…、ススス…。ピタッ!ピタッ!

 ススピタッ!ススス…。

 

 今のを擬音で表せば、大体こんな感じだっただろう。

 

「………」

「………にゃ、にゃあ」

 

 目と目が合う。青く澄んだ瞳は見開かれ、苦し紛れの一声。

 硬直したアイルーたちの身体には草で編まれたポーチや木の実をくり抜いたポーチを腰にかけ、手には先端に骨が備え付けられたピックを握っている。

 ゲームでよく見る、典型的なアイルーの装備だった。 

 

「着いてくる気か?」

「ニャ!」

「…ホントに?」

「ニャ!」

「くそっ、意図だけは伝わるのがかえって悔しい…!」

 

 どうやらこの集団は俺たちと一緒に行動したいらしい。どうにも、あのときに立ち上がったのは別れの挨拶ではなく、この準備をするためにだったようだ。

 というか、今ついてきているのは六匹。他の…というより人語を話せる二匹の姿が見えない。

 

「な、なあ、お前達はちゃんとムート達の許可を貰ってきたのか?」

「ニャ」

 

 それはもう勿論!というように抑揚に頷いたかれらはくるりと背後に振り返り、こてんと首を傾げてはアタフタと取り乱す。

 

「まさか……」

「置いてきたのか…?」

 

 リーダー、置いていかれる。脳内にデカデカと浮かんだそれらを振り払い、慌てて来た道を引き返そうとするかれらを引き止める。

 こんな場所でも、何が起こるかわからないんだ。良くも悪くも子供っぽいアイルー達、それも焦っている状態でいかせるわけには行かない。

 にゃーにゃーと抗議するかれらを押し留めること数分、遠方から聞き馴染みのある声が風にのってやってきた。

 

「ま、待ってニャー」

「ほら、もっと急ぐニャ!アミザはもうちょっとハッキリ決められるようになるニャ!」

「ご、ゴメンだにゃ〜」

 

 アミザが情けなく走り回り、その後ろを追い立てながらムートが叱咤する。言葉の節々から推測するに、アミザが何かに迷っていたところ、それを待っていたムートまで遅れてしまった…ということなのだろうか。

 

「にゃ、というワケでオレたちも連れてくにゃ」

「いや、というワケと言われても…なあ?」

 

 俺に振られても困るんだが……。まあ、一応お互いの認識を改めておくか。

 

「あー、俺たちは今すぐ村に戻るわけじゃないぞ?一回向こうに戻って、あるものを取ってこなきゃいけないんだ。…危ないぞ?」

 

 その台詞は予期していなかったのだろう。目に見えて動揺するアイルー達。しかし、それでも竦まないのがムートである。

 

「にゃ、それならそれで都合がいいニャ。それを手伝うからそっちの村に移住させてほしいのニャ」

「移住…予想はしてたけど、また何で。言っとくが、ただの興味本位ならやめといたほうがいいぞ?」

 

 俺は善意の忠告としてそれは言っておく。ああだこうだと口煩く言うつもりはないが、実際彼らアイルーのことを(ゲームならいざ知らず)俺たちは知らない。彼らの中の常識がこちらと違うことや、生活などの文化についての交流がほぼない状態からスタートするのだ。

 同じ人間とだって完璧に共存出来ているとは言い難いし、モンスターであるアイルーとはそもそもの種族が違う。これが家畜などの扱いなら楽なのだが、アイルーは歴とした知的生命体だ。傷ついてしまうことや、なまじ受け入れられたとして今までと違う生活が合わないことだってあり得る。

 それならば元の住処の方がいいのでは。そう暗に含めた問いかけに、ムートは即答した。

 

「大丈夫ニャ!先々代が人間のことを伝えていたし、違いも解ってるニャ。それに、オレの目標には人間たちの協力が必要なんだニャ。……みんにゃ、気持ちは同じニャ」

「にゃ!」

 

 一斉に復唱し、キラキラと期待に満ちた瞳でこちらを見つめてくる。……俺一人では、というより居候の俺が決めてもいいのか…?

 

「……アラン!」

「俺かよ。うーん、俺としては食料調達の手際とかから居てもいいとは思うんだが……爺ちゃんが何て言うかだな。俺も口ぎきはしてやるけど、アピールは自分でしてくれ」

「勿論にゃ。この山岳で生き延びてきたアイルーの経験が生きるのニャ」

 

 胸を張るムート。ワッと湧く歓声。

 もう許可が出たかのように歓喜に震えへんてこな踊りを始めるアイルー達の始末は悪く、危うく崖下に落ちそうになる奴までいた。

 

 ムートとアランが一喝し、なんとかその場を凌いだが、本当に大丈夫だろうか。今から向かうのはこの山の地下深く。道中にはあのデカいバサルモスだっていた。ヘマをして逃げ回るという図がやたらはっきりと頭に浮かんでいた。

 

「よし、みんにゃ気を引き締めて行くニャー!」

 

「「「にゃー!」」」

 

 少しの期待と、大きな不安を抱えて、小さな仲間が加わった俺たちはあの洞穴へと再突入するのであった。




感想、評価をくれるともれなくこのドキドキノコ!がついてくる!


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孔雀の輝きを求めて3

書きたい話が多すぎて中々時間が取れねぇ……!モンハンもしたいし、学校もある…!時間が圧倒的に足りねぇ…!誰か電波通じて充電も出来る精神と時の部屋に連れてってくれぇ……!


 二人きりだった探索に八匹のアイルー達が加わり、随分と騒がしくなった道半ば。とはいっても、アイルー達とて伊達にこの厳しい山腹を生き抜いてきた訳ではない。

 二人では行き届かなかった注意監視の目が増え、アイルーならではの感覚の鋭さとホームグラウンドであるという知識を以て活躍し、前回よりも早く、安全な踏破を可能としていた。

 

 やはり洞窟付近にはブナハブラが生息していたが、その複雑な動きも数の利を活かして死角を作らなければ型なしだ。アイルー達は中々翻弄されていたが、その隙に俺たちが確実に仕留めにかかる。羽さえ傷ついてしまえば後はこちらのものだ。地面に落ちたブナハブラは僅かな間這いずり回っていたが、アイルー達に囲まれあっという間にその生命の灯火を消した。

 

 その時に気がついたのだが、ムートとアミザの持っている武器が他のアイルー達と異なっていた。覚めるような蒼色をした鉱石を先端に括り付けたピックと、自分の頭よりも大きい大腿骨のハンマー。俺の知っている武器を当てはめるなら、マカネコピックとボーンネコハンマーだろうか。

 問いただしてみれば驚いたことに、その鉱石はマカライト鉱石に違いなかった。一体どうやって加工したのかと聞いてみれば、いくらか前に例のバサルモスが暴れた際に背中に付着していたものが欠片となって落ちたのだとか。それを回収してみれば手頃なサイズで尖っていたため武器として転用したらしい。

 

 アミザの方はもっと簡単で、アランの持っていたハンマーに影響を受け、せっせと自分で作ったとのこと。最も、細かな調整をしてしっくり来る頃には俺達が出発した後だったから大変に焦ったとも言っていた。成程、遅れた理由はそれだったのか。

 

「待った、ここだ」

「お前たちは少しここで待機してくれ。俺達が確認する」

 

 先に声をかけ、俺達は岩陰から様子を伺う。何も動く影がないことを確認し、見覚えのない位置に岩がないかを確かめる。うろ覚えで怪しい岩は、その位置にとっての死角から石を投げつけて反応を見る。

 一分、二分と時が過ぎ、何も起こらなかったのでようやく息をつく。待たせていたアイルーを呼び寄せる。今はここに居ないとはいえ、餌場にしている可能性は十分にある。迅速に先を進んだほうがいいだろう。

 

 前回同様、きちんと松明を用意してある。着火する傍ら、バサルモスが潜んでいた場所を見つめるが、既にそのような痕跡はなくなってしまっていた。

 

「あんだけデカい奴が潜ってたってのにもう穴が塞がってるのか。…いや、よーく見れば他より少しだけ荒れてる様だが……正直、見てなきゃ判らないな」

 

 アランの言うとおりだ。まさか岩肌なのにこうも短期間で元の地形に戻るとは思ってもみなかった。流石にゲームならではのご都合主義だと思っていたが、その認識は改める必要がありそうだな。地面に潜るモンスターは先んじて予測が出来るなんて、そんな訳がなかったのだ。

 

「よし…行くぞ 」

 

 掛け声一つ。誰も文句を言わずについてくる。中は依然変わらぬ細道であり、炎で朱く照らされた岩壁がぬらぬらと艶めかしく輝いている。

 

「すごいな…こんなところにも鉱石があったのか」

「暗すぎて気づかなかったぜ」

「ニャー、キレイだニャー」

「オレの武器のとおんなじのもあるニャ」

 

 その中でも一際目を引いたのが上下左右に見える鉱石の群れ。それぞれ亀裂から覗く程度だが、確かな輝きを秘めていた。前回はあまりに緊張していたからか気が付かなかったらしい。我ながらなんてもったいない。

 冷ややかながらも温かみのある光を見送りながら、先へ先へと歩みを進む。いくつもの地層が折り重なり、下層へと降りているという実感を伴わせる。

 

 無限に続くかと思われた廻廊は先から指す陽光により終わりを迎えた。燦々と照らされる空間は、夜とはまた違った空気に包まれていた。

 

「よし、こっちの方も変わりはないな」

「この下に段差があるから気をつけろよ」

「ニャ!」

 

 塵積る土壌の上に群生する緑を踏みしめ、奥へと伸びる道を見据える。この空間は30m程度の円状で、雰囲気的には地底洞窟のエリア1に近い。高低差のある段地がそう感じさせているのかもしれない。

 

「今日はブナハブラはいないな…。外には居たが、昼と夜で徘徊ルートを変えてるのか?」

「いいセンいってるな」

 

 アランが気づき、それに同意。アイルー達を先導し、目に見える範囲では最も下の地面に着地する。段地には多種の植物が生え揃い足場を覆っていたが、ここまでくれば中々生え揃うこともないらしい。

 外周部をぐるりと覆い囲うようなこの地形。中央に位置する広場は石灰がごとき灰色の大地となっており、鉄靴で踏み締め足跡を残す。

 

「此処から先へ繋がるのは…二箇所あるな」

「左の道も気になるが、俺達は下が目的だ。こっちに行くぞ」

 

 上からも見えていたが、この台地には二つの横穴が存在しており、そのどちらもが高さ5mはありそうなほどに大きい。

 左は、この地面とやや毛色の違う赤褐色の地面が奥へと続き、その上には細かな砂が積もっている。反面、同様の地面であるが、傾斜を伴う通路である右だ。途中曲がっているのか、奥までを見通すことは出来ないが、そちらのほうがいくらか確率も高いだろう。

 

「んじゃ決まりだな!念の為持ってるものとかの確認もしておけよ!」

「「ニャー!」」

 

 その言葉通り、アイルー達はポーチの中をまさぐり、それぞれ薬草らしきもの(乱雑に入れられていたからなのか形は崩れており判別が難しかった)を得意げに掲げる。軽いけがくらいなら大丈夫そうだ。

 

「やっぱリーダーが様になってるな」

「まあな。伊達に村でも任せられてないってことだ」

 

 感嘆し、思わず足を止める。年季が違うということだろう。

 そうこうしている間にも足は進めているが、まだ道は開けない。背後から指す陽光もだんだんと翳りを見せ、そろそろ松明を取り出すか検討し始めた時、ようやく広い空間が顔をのぞかせた。

 

 俺達が一直線の道を抜けると、その光景は訪れた。

 ゴツゴツとした岩場を元として、遥か下まで覗ける大穴。広い道幅は幾筋にも重なり、螺旋状に下へと続いていく。穴の中からは岩の柱も連なり、時に足場となり、またあるものは生物たちの棲家となっていた。

 

 大きすぎる穴へは風が吹き込んでいるのか音をたて、地下から何かを呼び込んでいるようにも感じられた。ツタや横穴、時折付き出す台地と、見た目よりは安全に進めそうだ。道幅だって、下手をすれば大型モンスターすら通過可能だろう。少なくとも、断崖絶壁を前にした恐怖を強く感じないのは確かだ。

 

「意外と明るい…?」

「雷光虫か。光蟲なんかもいるし……苔はその光を反射しているのか」

 

 明かりは期待できないかと思ったが、今言ったように闇の中であるというわけではない。暗いことに依然変わりはないが、仲間の姿や手元は確認できる。

 俺がその空間へ足を踏み入れると、グッと体にかかる重圧が大きくなったような気がした。当然、実際に体が重くなったではないのだが、未知の場所、そして引き返すことの出来ない長い道が強くそれを意識させている。

 

「…いや、モンスター相手でもないのに怖気づいてちゃ詮無いな」

 

 そう迷いを振り払って、新たな松明に火を点ける。不思議がるアイルーにそちらを託し、今まで持っていた方の松明を大穴の中へと投げ入れる。

 底を確かめるためだ。目安にでもなればいいかと注意して見たが、しばらくの間落下していたかと思うと、僅かな音すら立てずに地面へと辿り着いたらしい。落下の衝撃で壊れてしまったのか、燃える炎は直ぐに消えてしまったが、それでも凡その目測はついた。

 恐らく、100mくらいだろうか。直線距離にしてみれば大したことないように感じられるが、それが高さならば話は変わる。

 ゲームのハンターであればなんてことないように無傷で凌ぐのだろうが、現実ではそんなことありえない。強靭な生命力を持つモンスターならばともかく、俺達程度地面のシミと成り果てるだけだろう。

 

「こりゃ長くなりそうだな」

 

 そう嘆息し、壁沿いに下を目指す。それに倣ったのかアイルー達も同様のスタイルをとり、一歩一歩、着実に階下へと向かうのであった。

 

 

――――…

 

 

 長く見えた道のりは、想像より早く進むことができた。というのも、ずっと滑らかな傾斜が続いているわけではなく、段差がいくつか集まっている地帯なんかもあったからだ。ツタを用いたショートカットなんかも行い、それらの積み重ねが結果としてここまで早い踏破を可能としていたのだ。

 

 そしてこれだけの人数でもはぐれずに行動できたのはアランの機転のお陰だろう。

 最初に説明した雷光虫や光蟲のことを知ると、それぞれの木カゴに光蟲を入れ、はぐれたときにそのカゴを軽く叩いて刺激する。すると、ショックに反応した光蟲が強い電光を放つ。これで迷子対策も出来ていたし、実際何匹かのアイルーがお世話になっていたりする。

 

 そうして辿り着いた最下層。暗く、陰鬱とした空気を醸し出すが、それでいて何処か活気に溢れたかの様な感覚を思わせる。

 

 無機質な岩壁に沿って進めば、緩やかに、けれど確かに下へと繋がっている。

 

「うへぇ…まだ下るのかよ」

「でももうそろそろだ」

 

 溢れる愚痴を飲み込んで、緊張を隠さず指示をする。よく見れば、幾筋もの鉱脈が続き、その規模は明らかにこの先の全域に巡っているだろうことが伺える。

 雷光虫達の姿も消え失せ、いよいよ明かりが乏しくなってきた。

 若干の暑苦しさを覚え、水を一仰ぎ。天井のあるものが目に入った。それは、垂れ下がる氷柱状の岩石群。一瞬鍾乳石かとも思ったが、それにしては周囲の地形に同様の痕跡は見られない。

 色合いも一般的に見られる白濁色でなく赤茶けたもの。恐らく、溶岩鍾乳石だ。

 

「……ってことは!」

「おい、マサミチ!」

 

 居ても立っても居られなくなり、咄嗟に駆け出した。追いかけてくる一人と八匹の存在すら一時は忘れ、強く強く先を急ぐ。

 遅々とした歩みはハイペースに。夢中になって走る姿にアランも何かを感じたのか、回る足のギアを一つ上げた。

 

 少し経ち、マサミチは止まっていた。呼吸は荒く、手を壁につけたまま、ただ正面を見据えている。追いついたこちらにも顔を向けずに。

 

「一体何が―――」

 

――あるんだ。そう続くはずの言葉は当人の驚嘆によって遮られた。

 

 ざらざらと粗い手つかずの地面は黒く、先程までの仄かな虫たちの光ではなく、空間そのものに込められた莫大な紅色が大地を照らし尽くす。

 流れ落ちる燈色の熔岩流は不規則に泡立ち、その温度を示すかのように白煙がもうもうと立ち込めていた。吹き荒れる熱気にじりじりと肌を灼かれる感触を味わいながらも、決して目は離さない。

 

 この生きとし生けるものを拒絶するかの如き過酷な環境は、それでも凝縮された生命の息吹を確かに感じさせていたのだ。




なんだかんだでここらへんのパートが一番長くなってるな…。飽きてない?大丈夫?
こんな不定期更新だけれど、感想、高評価を頂ければ幸いです


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たんと掘れ燃石炭

サンブレPV2弾見た!
レギオス復活!イソネミクニとオロミドロに亜種追加!Fでのラスタみたいな盟勇や、鉄蟲糸技をその場で入れ替える新たなスタイルである疾替え。
これはもうサンブレイク買うしかねぇな!


 

 ぽたり。また一つ体表から雫が落ちては黒い地面にあたっては蒸気を発して消えてゆく。

 

 もうもうと立ち込める煙を余所に、溶岩の発する光が辺りを照らしては視界を赤々と彩っている。

 コポコポと、静かに泡立つ溶岩池は今もなおガスが噴出していることを表しており、そのたびに硫黄の強烈な臭いが鼻腔に差し込んだ。

 黒色の岩石はしゅうしゅうと熱気を帯びる。その高温で遠くと近くとで温度差が生まれ、ゆらゆらと空気が揺れていた。

 

 灼熱の地底はじりじりと生気を奪い、やがては熱に倒れ伏すことになるだろう。

 

「あ〜、熱い……」

「ニャー…暑さも大丈夫な毛皮なのに、ここまで熱いとはニャー…」

「そう言うなよ、こいつがないよりはマシだろ?」

 

 そんな中、溶岩湖を避けながら進む影があった。アラン達だ。

 この熱気には流石に全員が参っており、手で風を扇ぐもたちまち熱風に変わり却ってその身を追い込んでいる。

 この猛暑に苦しんでいるのは事実だが、本来であればもっと消耗は激しかったに違いない。現に、泣き言を言いながらも足を止めずに談笑するくらいには、命の危機に扮していないのだ。

 

 ならば何故、そこまでの余裕を保っていられたのか。それはマサミチが手に握る物体による恩恵を授かっていたからだ。

 

 『氷結晶』。モンスターハンターシリーズではお馴染みの鉱物で、常温でも溶けるのことのない氷の結晶と説明はされているが、未だに謎の多い不思議な物体である。

 もっとも、アイスボーンで地脈の存在などが語られ、その不思議パワーの一端ではないかと推測してはいるがこれを検証することなど土台無理な話だ。まあ、そうでなかったら純粋な氷ではないという予想もある。

 

 凍土などで主に採掘されるが、実は一部の火山などのフィールドでも採れる。

 ゲームで遊んでいるときはいわゆる救済措置かと思っていたが、あの長い坂の途中に発見できたので現実に則ったものなんだろう。

 水筒に残っていた水ににが虫のエキスを入れ、最後には氷結晶を投入。しっかり密閉して少し振り混ぜれば完成だ。これであっているかは不明だが、灼熱地帯での必需品『クーラードリンク』の完成だ。

 

 完成したクーラードリンクを飲めば、たちまち体中に冷気が巡って暑さにも耐性が出来た。今は汗がぽつぽつと滲むようなものだが、これが無かったらと思うとぞっとする。

 

「それは分かってるけどよ…」

「まあ、言いたいことは分かる。外は冬に近かったし、急に違う環境は慣れないよな。…っと、ここならいいか」

 

 ある場所につくと、マサミチ達は荷を解いて壁際の亀裂や露出した岩盤をピッケルで殴り始めた。採掘開始だ。

 なぜ奥まで歩いてきたのかと不思議がるが、マサミチたちはただ移動していたわけではない。入ってきた入り口近くに採掘可能なポイントがないわけではなかったが、その付近は溶岩の川や噴出孔など、一歩間違えれば命を落としかねない危険が隣り合わせになっていたのだ。よって、事故防止のためにそれらが無い、或いは少ない広場を目指して歩いていたのだ。

 

「えっほ、えっほ」

「ウニャッ、ウニャ!」

 

 そうして、亀裂の入った隙間を掘り進める。はじめはただの岩漿を散らすだけだったが、続けていると次第にキラキラと輝きを見せ始めていた。

 岩壁はひび割れ、その隙間からは鉄鉱石やマカライト鉱石が覗け、また周囲のきらめく鉱石塊へ向けて必死にピックを振るうアイルーもいた。

 それぞれ骨でできたものであるために効率こそよいとは言えなかったが、それでも強靭なモンスターの骨。僅かずつではあるが、元いた現実ではありえないほど易易と岩盤に突き立てることが出来ていた。

 

「ニャー、綺麗な石がいっぱいニャア」

「アミザは呑気でいいにゃ…」

 

 一方で、持ってきたボーンネコハンマーでは採掘作業が困難なアミザは掘り出した鉱石らを集め、革袋の容量を圧迫してゆく。色鮮やかなそれらにうっとりと目を奪われるアミザからは、コレクターとしての片鱗が垣間見える。

 

「このあたりか…? ……違うな。今度はこっちだ」

 

 しかし、そんな中一人で動く影が見える。大ぶりのピッケルを肩に置き、周囲を注意深く見つめては軽く岩盤を削り、何かを確かめるように次の場所へと移動を繰り返している。マサミチだ。

 鉱脈をせっせと掘り進むアイルー達とは違い、何か特定のものを探しているように見える動きは、アランも採掘の手を止めて訝しむほどだった。

 

「んー…やっぱこっちの方か…?」

「何やってんだよ?」

 

 一旦作業を中止し、声をかける。それでようやく接近に気づいたのか、ちょっと驚いた風に顔を向ける。

 

「アランか。いや、なかなか目当てのものが見当たんなくてな」

「目当てっていうと、あのとき目の色変えてた話か。火山にしかないやつなのか? それは」

 

 額の汗を拭い、手の中の水を飲み尽くす。二人共、流石にヘルムは外している。如何にクーラードリンクで軽減できているとはいえ、熱が籠もる形状のヘルムは火傷しそうなほどに熱され、また視界を確保したい今は正直言って不要だったからだ。流石に防具を脱ぐような愚行は冒さないが、それでもクールダウンと称して隙間に氷結晶を入れて冷却している。

 

「燃石炭っていう、火に焚べるとすごい高熱を出す岩石なんだが、見分け方が分からなくてだな…。俺も知識だけでしか知らないけど、火山にあるのは知ってる。だがなぁ、そもそも石炭は化石燃料であって岩石じゃないし、湿地帯で採れるものだからほぼ別物か? うーん…判らん」

「お、おお。そうか」

 

 ブツブツと考え始めた様子に若干引き気味だが、それでもとピッケルを担ぎ直して協力するアラン。思いっきり震えば岩盤のヒビに綺麗に突き刺さり、欠けた岩が地面に散らばっていく。

 

「何か特徴はっ、ないのか!」

「あー……………確か、可燃性。火を着ければ燃える。見覚えないのを見かけたらやってみるか。幸いにも火種には事欠かないからな」

 

 掘りながら声を上げるアランに応え、ちらと溶岩溜まりに目を向ける。多少の危険は伴うだろうが、これが最も判別しやすいのだ。

 

「燃える石! 世の中は広いなっ」

「そりゃ未知だらけだよっ、と」

 

 ガツンッ、いい手応えだ。渾身の力を込めて叩きつけた岩壁の隙間に亀裂が走り、ぼろぼろと衝撃で崩れだす。更に数度崩してみるも見られるのは一般的な鉱石ばかり。燃石炭のような特殊な代物の影はなかった。

隙間に亀裂が走り、ぼろぼろと衝撃で崩れだす。更に数度崩してみるも見られるのは一般的な鉱石ばかり。燃石炭のような特殊な代物の影はなかった。

 

「おっ、見たことない奴だ! こいつはどうだ!?」

「! ホントか!?」

 

 何が悪いのかと思案する中に届いたアランの声。今までの思考を切り捨てて駆けつける。

 手招きするアランの元に馳せれば、上に被さった石などを除去してその姿を露わにしていた。それらを払い除けた姿は、深い深緑を感じさせる輝きを内包した鉱物であった。

 まるで吸い込まれそうなほど美麗な色合いのそれは、アランがピッケルを振るったそばからポロポロと地表に現れ始めた。

 

「これは…ドラグライト鉱石か!?」

「目当てのやつじゃなかったか」

「いや、これはこれでいい。加工に使えればマカライト鉱石をも超える金属になる貴重な鉱石だ」

 

 そう、加工さえ出来れば。より上位の鉱石を見つけたことによる喜びはある。それでも、ただあるだけでは駄目なのだ。念の為掘り出せた分は回収してある。ならばここはもう、意地でも掘り当てるしかないだろう。

 

 より一層の覇気を込め、それらしい場所へ手当り次第に腕を振るう。中々結果は振るわないものの、諦めずにトライ・アンド・エラー。そしていよいよ、会心の手応えとともに引き抜いた岩盤の割れ目から、赤褐色の岩石が目に入った。

 

 それは、これまでに見たチャートや花崗岩とは一線を画す艷やかな表面をしており、デコボコとした外見の中にもどこか滑らかさを感じさせている。

 まさかと思い手にとって見れば、感じる。確かなほのあたたかさを。これは周囲が灼熱だからという訳ではない。この岩石が、紛れもなくそれ単体で熱を発しているのだ。

 

「まさか……」

 

 万感の期待を込め、小さな溶岩流から着火した木材を近づける。

 ――ボッ。

 火がこの岩に燃え移ったかと思えば、みるみるうちに煌々と燃え盛りやがて途轍もない高熱を発し始めたではないか。

 

「間違いない…燃石炭だ!」

 

 地面に放り投げても延焼は続けられるが、燃石炭にはなんの変化もない。いつかは尽きるのだろうが、成程。リオレウスの舌を焼くほどの高熱をこうも容易く長時間発することのできる燃料だ。モンスターハンターで需要が絶えないだけある。

 

「アラン!ムート、アミザ!こっちに来てくれー!」

 

 呼びかけ、集まったみんなに燃石炭を見せ、掘るように頼む。既に結構な量の鉱石を掘っていたのか、すんなりとこの岩壁へと足を向けると、えっさほいさと突き立てる。

 自分も休んではいられない。アイルー達よりも少し高めの位置を意識して燃石炭を狙って掘り進めていく。

 

「さっきまでが嘘みたいに出てくるなっ!」

 

 掘り当てた場所は燃石炭の鉱脈だったようで、ぼろぼろと大小様々な燃石炭が数多く採れた。

 あまり多すぎても持ち帰ることは出来ないが、改良した荷車にはまだまだ空きがある。時折入り口に戻っては置いてきているため、いつのまにか許容量を超えていた。なんてことはない。

 

 そうして何度か往復した道を戻っていると、遠くで「ミ゛ャー」と鳴く声がした。

 

「何だ!?」

 

 今回運び役として来ていたのはマサミチ一人。あちらには他の全員が残っていたはずだが、何かあったのだろうか。

 逸る気持ちで岩盤を踏みつける。意識が自然と腰のハンターナイフを確かめ、臨戦態勢に移行する。

 ハンター生活を過ごし、最早当たり前になってきた動作に疑問すら覚えず、灼熱帯へと賭けてゆく。

 

 まだか、まだかと声の方向へ突き進み、見えた。

 

「くそっ、何だこいつら!おい離れすぎるな!小型とはいえ油断するな、絶対に複数で対処しろ!」

「フニャアッ!」

 

 アラン達を中心に円を描くように取り囲んでいる小さな影たち。いや、これまでのモンスターと比べれば相対的に小さく見えるが、それでも人と同程度のサイズはしている。

 丸みを帯びた臀部に、重なるように先へ尖った茶褐色の殻、鋭角的なフォルムであるそれらをより際立たせる節くれだった四本の脚。そして前につき出した二振りの鋏。

 くすんだ青色の外殻が特徴的なそのモンスターの名はガミザミ。小型の甲殻種モンスターであり、密林や火山地帯といった場所に出現する。

 

 一体何故急に…と思っていると、地面には何か盛り上がったような跡がある。どうやら、地面に潜っていたガミザミの上を通ったことで刺激して起こしてしまったらしい。

 

「はあああぁぁぁあっ!」

「マサミチ!」

 

 一息に走り出し、その勢いのままに包囲網の一角を攻撃する。急に現れた乱入者にガミザミは驚いたのか、大慌てといった様子でこちらに向き直るが、遅い。その頃には次の斬撃が迫っており、振り抜いた勢いを利用した踏み込みで以て切り払った。

 痛烈に叩き込まれたその一撃にはガミザミも堪らなかったらしい。

 

「ギギィッッ!!?」

「よし、効いてるな!そっちは任せた!」

「ああ!」

 

 薄く重なる甲殻は弾き飛び、確かな傷を残していた。それでもモンスターであるから当然立ち上がるが、たどたどしい動きになったそれはもう敵ではない。

 緩急をつけた動きで接近してきたが、それを知っていたマサミチはバックステップして鎌の一撃を躱す。そして隙だらけの伸ばされた鋏の関節を地面に挟み込むように盾で痛打した。細い脚ではその衝撃に耐えられなかったのか、甲殻のヒビを更に深めていった。

 

 そして無防備になったガミザミの頭にハンターナイフを叩き込んだ。斬るというよりは薙ぐように放たれたそれはガミザミの糸のような触角をへし折り、方向感覚を狂わせる。

 ダメ押しにと盾の側面で殴り、半ば潰すように顔へ連打を続けた。最初の方こそ甲殻種特有のしぶとさで生きていたが、流石にここまでのダメージを受けて生きていられるほどの生物ではないらしい。

 

 すぐさま反転し加勢しようとすれば、アラン達もうまく動いていた。常にハンマーの射程で立ち回り、移動に用いる脚を狙って体勢を崩せば、すかさず全力のスタンプ。特に打撃に弱いガミザミには効果的だったようで、4回目のスタンプで完全に沈黙した。

 

 アイルー達はてんやわんやと周囲を取り囲んでちまちまと殴りつけているが、それはそれで翻弄できているらしい。軽快な動きで叩いては、すぐに逃げる。アイルー的には必死で逃げているのだが、それが結果的にガミザミの注意を分散させており、背を向けた瞬間に複数方向から殴られる形が完全に決まっていた。

 

 しかし決定打は与えられない。引け腰で力が入っていない上、地力が違うのだ。全身を外骨格で覆う甲殻種に対しては豆鉄砲といったところだろう。

 他のアイルーに注意が向いた所に突撃し、その衝撃と同時に全力で斬り払う。飛び散る甲殻の微細な破片。ギチギチと鳴らされるガミザミの口。さあトドメの一撃を見舞おうかとした所で脇から二つの風が通り抜けた。

 否、風ではない。武器を持ち駆ける二匹のアイルーだ。

 アミザは小柄な体格を活かして腹の下に潜り込むと、ボーンネコハンマーをガミザミの胴体に力強く叩きつけ、柔らかい腹に振動が伝わる。驚きで動きが止まったガミザミへ、すかさずムートの追撃。先の尖ったマカネコピックが亀裂の入った甲殻を突き破り、それが顔にまで到達した時点でガミザミはピクピクと手足を痙攣させていた。

 

 都合三匹のガミザミを全員が無傷で討伐した。狩りに慣れてきていたマサミチとアランは無事に終えた安堵と達成感を、アイルー達は強力無比であったモンスターを倒したことへの喜びを。

 それぞれの感情を抱えながら、これ以上の滞在の危険が増えたことを認識した。クーラードリンクもいつまで効果があるのか不明であり、もし灼熱地獄の中で先程と同じ動きをしろと言われても、厳しいものがある。

 鉱石系は結構な量集めたし、燃石炭も山のように積んでいる。そろそろ潮時ということだろう。

 

 少し離れたところでアイルーたちにもみくちゃにされているムートとアミザに声をかける。

 

「ムート、いい一撃だった。そろそろ良い機会だし、麓に戻るぞ。そのあと、俺たちの村に「マサミチ!上だ!」…っ…!?」

 

「キシャァァァァァァァ―――ッ!」

 

 咄嗟に天井を見上げた瞬間、それは確かな意志を持って動き始めた。天井に張り付いていたそれが支えを外してこちらに落下する様子が、まるでスローモーションの様に流れていた。

 

 激しい地響きが、地下空洞を揺らした。





まさかこのタイトルが名前通り燃石炭が目的だなんて誰も思わないだろう(?)
そしてサンブレで復活するアイツの姿!

続きが見たければ感想とか評価とかよこしやがれくださいお願いします


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灯りさす機を望むれば睡蓮の

めっちゃ空いた。申し訳ない。今回はアランたちの去った村でのお話です。


 

 マサミチたちが火山へ出立してから二日目の夕方ごろ。フィシ村の一部では不安の声が上がっていた。というのも、二日で帰ると告げて村を去った二人がまだ帰ってきていないのだ。

 順当に考えれば、道中に何らかの事故がありそのまま帰らぬ者になったと取るのが今の世では最も考えられることだ。人間の力なんてたかが知れている。いくらモンスターに対抗できる実力を示したとはいえ、まだまだ根強い畏怖や、強大なモンスターへの恐れは残っている。

 トラブルで遅れているだけだと信じるものもいるが、期待することと楽観的に盲信することは違う。こんな時代だからこそ、仕方のないものは受け入れて生活しなければいけないのだ。

 

 時間が経てば経つほど、「もしかしたら…」という声も上がり始める。今まで活発なリーダーとして親しまれていたアランと、異邦人ながら村のために行動し、成果を挙げていた青年。

 その二人が揃って不在というのは、この閉鎖された村では大きな意味を持っていた。

 

 加えて、今はその不安を増長させる問題が立ち塞がっていた。

 

「本当だ!いたんだよ、ランポスが!」

「そういえば…この前アラン達が持ってきたドスランポスが居たよな。もしかして、リーダーを失った残党がこっちまで来てるんじゃないのか…?」

 

 それというのも、普段ならば徘徊ルートから外れている筈の村の近場でランポスを見かけたという報告が上がったからだ。見つけたのは調達班の一人。彼はその場をなんとかやり過ごしたようだが、そう遠くない距離ということで、この村にまで及ぶ可能性を危惧しているらしい。

 

 モンスターに対抗できる戦力、肝心のアランとマサミチが居ないこの何とも間の悪いときに現れた脅威に、村人たちは憂いを秘めた目つきで日々を暮らしていた。

 

「…マズいな」

「マズいって、そりゃランポスだよランポス!なんだってアランとマサミチがいないときに来るんだよ!」

 

 その空気の村を歩く二人組。

 一人はアッシュブロンドの髪を目元で散らした男と、この世界でキリンテールと呼ばれる髪型の茶髪の女性だ。

 

「ジモ。声を抑えるんだ。それは村の雰囲気で分かっているだろう」

 

 ジモと呼ばれた女性はにべもなく言い返された言葉にがっくりと肩を落とす。

 

「だけど、二人共帰ってこないし…みんなランポスの事でピリピリしてるしさぁ」

「まあ、それはそうだ。だが、今更喚き立ててもしょうがないだろう。第一、アラン達がドスジャギィを討伐していなかったらここら一帯が縄張りになっていてより危険だった筈だ」

「そうなんだけどさ…。こんな時でもフリーダは結構落ち着いてるよなぁ…」

「…そう見えるか?」

「………うん。いつもとあんまり変わらないように見えるけど…」

 

 ジモはそう言葉にし、フリーダの顔が強張っていることに気づく。長年一緒に暮らしてきたのだ。何も思っていない、なんてことはありえない。

 

「そうだね。…フリーダも心配だよな。二人のことも、この村のことも」

 

 はぁ…と息を吐き頭を抱えるジモ。なんともそそっかしい娘ではあるが、その根底にあるのは他者を慮るが故のことだ。

 

「とにかく、俺達はあいつらに対しては何もしてやることができん。備えるのはランポスの方だ」

「え?備えるって言っても…」

 

 何を言っているのか解らない。そんな顔でこちらを向いてくるジモを意識から外し、村のある場所を目指して歩く。

 

「…何してんの?もう少ししたら夜が来るのに」

 

 疑問に対して何も答えないフリーダに何かを感じ取ったのか、胡乱げに金の瞳を半分にして見つめる。その追及する視線から逃れるようにそそくさと村の中を移動する。

 

 途中出会った村の人々も表面上は普段と変わりなかったが、目の奥には微かな不安が渦巻いていた。それは普段危険を省みず外へ出る調達組も同様のことだった。

 元々、彼らのモンスターへの対処といえば、基本は見つからないこと優先だ。知恵を振り絞り、情報を共有してモンスターと鉢合わせない道を見つける。もし見つかったのなら、村にまで追ってこられないようにてんで違う方向へと逃げ、それでも駄目なら打つ手はない。といった有様だった。

 この方法ならば村を不用意に危険に晒すことはないが、今回の件は話が別だ。

 

 逃げるだけならば、外へ出ているときに出くわしたのならまだやりようはあった。ランポス達の体では通りづらいような道を選んだり、障害物をうまく利用して脇目もふらずに走れば、逃げ切ることは出来る。

 ただ、今回はランポスの方から人間の生活圏へと入り込んできたのだ。普段ならば通用する逃げの一手も、拠点である村の近くに位置取っているために下手に使えない。そもそも、もともとの縄張りを離れた個体だ。次の行動が予測できず、ここにいるのが気まぐれなのか、それとも長期滞在するのか。はたまた村にまで活動範囲を広げるのか。それが分からない。

 

「だから、ただ待つだけでは駄目だ」

「ここってマサミチの家じゃん」

 

 そう、目指していたのはマサミチの拠点としている掘っ立て小屋だ。

 何に声をかけるわけでもなく、暖簾のように垂れ下がった出入り口を通過するフリーダ。その遠慮のない行動に戸惑いながらも続く。

 

「…あれ、意外と綺麗だ」

 

 ジモが驚いたのはまずその内側の空間の使い方だ。粗末とは言わないまでも、外から見れば通常の一軒家よりもずっと小さく見えるが、色々な道具。すり鉢や箱、薬草やキノコ類などがしっかり分けてまとめて保管してあるためこぢんまりとしていながら、圧迫感を感じさせない配置になっていた。

 

 そしてよく見れば、家財道具にもモンスターの皮などを使ってより少しおしゃれに仕上がっていた。

 

「うおぅ、このベッド、私が使ってるのと全然手触りが違う…。後で真似しようかな」

 

 沢山の素材の山が積まれた木箱が部屋の隅に追いやられ、作業用にしていたのだろう机が軽くホコリを被って鎮座していた。裏手の広場へと繋がる出入り口も風にたなびくばかりで、家の主が今は居ないということを如実に表していた。

 彼女はベッドに腰掛けると、何かを探しているらしい相方へ視線を向ける。最初は表面を軽く触る程度だったが、ある一角を見つけてからは半ば荒らすように物資を投げ出している。

 

「ちょ、ちょっと何を!?」

 

 これに驚いたのはジモだ。いつもは真面目にかつ冷静にしているフリーダが突然そんな暴挙ともとれる行動をしたのだ。問いただしたくなる気持ちも理解できる。

 

「アランとマサミチが出発する前に、緊急時は自由にどれでも使っていいと言われている。俺も、まさかすぐ使うことになるとは思っていなかったがな」

「わたし何も言われてない」

「信頼の差だ」

 

 フッと鼻で笑う仕草を見せ、ぷんぷんと怒るジモにも漁った素材を投げ渡す。

 

「ちょっ、危ないって!」

 

 慌てながらも危なげなく竜骨を掴み取り、はたと、並べられた素材の共通点に気がついた。

 

「モンスターの素材…ってことは、もしかして…」

「ああ、あいつ等が出来るんなら、俺達でも、やれないことはないだろう。ボスが統率した群れではなく、はぐれ程度なら…何とかなるだろう」

 

 嫌な予感が当たったとばかりに、うへぇ…と顔をしかめる。それもそのはず。フリーダが言っていることは今の今まで成し遂げた者がいなかった未知の世界だ。

 だからこそアプトノスを狩って食糧事情に新たな光明を齎したマサミチ達へは素直にすごいと思ったし、ドスジャギィを討伐した日にはどこか遠いお伽噺の人の様な羨望を覚えもした。

 

 だが、それは同時に己の身を弁えたものだ。いずれ。そう、いずれはそんな時が来るのかもしれないと思ってはいた。もっと訓練をして、もっと学んで。経験のある二人に教えてもらう形で、この村に必要な『ハンター』を育成する。

 アランとマサミチだけに依存せず、そしていざという時の選択肢を増やすことのできる立場。

 

 ただ、それに慣れるための時間がなかった。もう少しだけ時間をかけて、1から始めたのなら、恐らくは抵抗なく受け入れていた。しかしアプトノスを狩ったのがたったの七日前。

 彼らの活動を受け入れ感謝こそしているが、自分がそれを行うなどと、心の準備が出来ているはずもなかった。

 

「いや、いやいやいや! 確かにアランとマサミチはやったけどさ、相手はモンスターなんだし、一旦アラン達が帰るのを待ってさ…? やるとしても、わたしよりいい人いるって」

 

 フリーダの発言を、即座に否定。自分なんかに出来るはずがないと主張するが、フリーダは言葉を返さない。

 それが何だか、失礼だろうが少し不気味に感じた。

 いつもならこの時点で情けない姿を晒すなとか何とか言って己を叱咤して動かそうという彼が、顎に手を当て深慮しているのだ。

 

「確かに…お前に相談もなく、気が逸ったな」

 

 ホッと息をついた瞬間

 

「俺一人でやろう」

「なんで!?」

 

 それは望んでいた返答ではなかった。ジモとしては、そもそも狩りを行う時点で危険が伴い、また自分なんかではなくもっと力仕事のできる人の方がいいと伝えたはずだが、何故か彼の脳内では「わたしは参加しない。一人でやってくれ」と受け取られたのである。

 

「何で方針は変えないんだ?もっとこう…村の周りの柵を補強するとか、ランポス達が村に来ないように色々仕掛けたりしてさ…」

「悪いが、そんな時間はない。不安を煽るから言わなかったが、あのランポス達の活動範囲はとっくに俺たちの村も含まれている。現に、他のやつが見たのは少数のランポスが去っていくところ。……これは既にこの村付近を偵察しているということだ。何でもない木々の中で、急にとんぼ返りをする習性でもなければな」

 

 ハッと息を呑む。確かに、目撃例ではこちらに背を向けて走るランポスの姿だと聞いている。背を向けているということは、どの程度かは定かではないがこちらから戻っているということに他ならない。

 

「縄張り争いに負けたばかりの奴らは、自分たちの縄張りを取り返そうと消えたドスジャギィの穴も含めた、この地域の支配者になるつもりなんだろう」

「……本格的にこっちに来るまでは、どのくらいかかるの」

 

 自然と固くなる表情と引き結ばれる口。次に放たれる一言を決して聞き逃さないようにと耳を傾ける。

 

「ランポスの群れがどの程度残ってるかによって変わるが……最短で明日の昼頃といったところか」

「あしっ!?」

 

 いくらなんでも早過ぎる。絶句するジモを尻目にフリーダは落ち着けと目で促す。

 

「まあこれも本当に最短で、かつごく少数だったら、の話だ。この場合は多くても三匹が限界だろう。わざわざ偵察までするんだ。その上で群れを動かすんだから、それなりの時間は必要だからな。実際は、明後日かその次くらいだと俺は見てる」

 

 期限は伸びたかのように思われるが、圧倒的に足りない。そもそもからして、村人全員で移住するにはそれなりの準備と検証が必要不可欠で、最長である二日を目安としてもあまりに短すぎる。

 完全に村を放棄するなら検討に入るが、今は既に寒冷期に差し掛かっている。生活圏もなく、家も食料もすべてを放棄してはそれこそ自殺行為だ。

 よって、取れる対処としてはこの村にランポスが襲いかかるよりも早く準備を整え、何とかランポスたちを退ける。ということになる。

 

「なら尚更みんなに知らせないと…!」

 

 村の周囲には木で作られた柵がある。しかし時間を稼ぐことこそ出来るだろうが、それだけ。本格的にモンスターの進行を止められるかと言われればまず無理だ。

 

「分かってる。その上でお前に声をかけたんだが…まあ、命の危険がある以上強制するわけにもいかない。悪いが他の連中にこのことを知らせてほしい」

 

 スッパリと諦めたように、いや、実際に納得しているのだろう。意見を求める暇もなく決めつけた。これに苦笑するのはジモ。提案されたときは咄嗟に断ったが、どの道抗わねば生活が脅かされることに間違いはない。彼女とて村のために、故郷のために奮いたてる心は持っていた。

 

「いやいや、そこまで言われたら……ねぇ?やるしかないでしょ。でもその前に、一つ聞いていいか。…何でわたしを選んだんだよ?もっと力の強い男ならいるでしょ」

 

 そう。それこそが唯一脳裏に引っかかっていた。この作戦も、対抗も、やらねばならないからやる。それは理解出来た。しかし、何故自分が誘われ、他の連中が選ばれなかったのか。それが気になった。

 

「何故…か。簡単な話だ。お前は目がいいし、弓の扱いもこの村随一だ。近づかれる前に倒せるのなら、それが一番だろう」

「わたしが使ってる弓は小動物とか鳥用。モンスター相手にはとても敵ったものじゃないのは知ってるでしょ」

 

 これは事実だ。どれだけ弦を引き絞ろうと、与えられる威力には限界がある。モンスターの硬い鱗や皮膚を貫いて致命傷を与えることなど出来やしないのだ。

 何の痛痒も与えられない弓を放つなど、徒に身を危険に晒すだけだ。流石に無駄死になどしたくはない。それがジモの見解だったが、フリーダはその懸念に対して不敵に笑ってみせた。

 

「―――モンスターに対抗できる武器が無いなら、造ってもらえばいい。少なくとも、俺達はその前例を知ってるはずだ」

 

 鉄鍛冶場にて、新たな鎚の鳴る音がした。




どうかこの乞食に感想、評価を…。それが一番の応援だって古事記にも書いてある(激ウマギャグ)


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溶岩地帯の巨大蟹

モンハンサンブレイクやべぇぇぇい!
密林復活!まさかまさかのエスピナス&ゴア・マガラ復活!ルナルガ参戦!半ライスとは言わせない!追加アップデートの予定は来年まであるぞ!
体験版樂しいぞ!


「キシャァァァァァァァッ―――!」

 

 ギチギチと耳障りな音を立てながら落下してくるそれに、俺の意識は奪われた。

 大岩のような巨大でビクともしないはずのものが、明確にこちらを狙っている。天井からの予想外の奇襲に頭で分かっても肉体が追いつかない。その最中にもどこか冷静な思考が今すぐ避けろと全力で警鐘を鳴らすが、呆気にとられた人間というのは咄嗟の行動が出来なくなるらしい。俺もその例にもれずに、事の顛末を他人事のように眺めていた。

 

(不味――)

 

「マサミチ!」

「うあぁっ!?」

 

 間一髪。走り寄ったアランが体当たりを敢行し、俺の身体もろともその範囲外へと弾き飛ばした。

 

 すぐ真後ろで巨大な地響きが鳴り渡り、少なくない風がこちらの頬を突き抜けてゆく。

 ショックから立ち直れていない体を何とか動かして、尻餅をついた状態から立ち上がる。

 

 その頃には相手も落下の衝撃を殺し終えたのか、はたまた仕留めた手応えがないことに不思議がったのか、ゆっくりと無機質な黒目を向けてきた。

 

「すまん、助かった」

「気にするな。それよりも…」

 

 今の今まで気が付かずに先制攻撃を許してしまったという驚嘆と、死地にあったという事実にどっと冷や汗が吹き出る。ガミザミという目に見える障害を退けたということと、この熱波によって集中力が薄れていたのだろう。そこを突かれたという形になるわけだ。

 

 こちらに振り向き直る巨大な存在に、否応なしに本能が警鐘を鳴らす。見た目は先程現れたガミザミを巨大化させたような外見だが、大きいというのは、それだけで武器になるのだ。

 ガミザミは細い手足を折ることが出来たが、ここまで大きいと動きを阻害することすら至難の技だろう。

 背負うヤドは飛竜の頭骨、元の形がわからないほどに風化してしまっているが、それが脆いということにはならない。青い外骨格は幼体時とは比べ物にならないほど強固になり、鎌のような爪はより鋭く、より長大に発達している。

 

 鎌蟹―――ショウグンギザミ。

 

 甲殻種に分類され、並の飛竜を凌駕する危険度の強力なモンスターだ。

 

 それはギチギチと自慢の爪を軋ませ、こちらを注意深く観察している。

 

「…さっきの奴らの親玉って訳か」

 

 アランが決して視線を離さずに言葉を紡ぐ。突き飛ばした勢いのままに振り返ったため、ショウグンギザミの鎌の範囲外に位置している。しかし、それでも油断できる距離ではない。少し前に踏み出せばそれこそ二人纏めて斬り捨てられるだろう。

 

 絶大な緊張感が身を震わせる。怒り狂ったモンスターの眼光は恐ろしいが、表情というものが見えないショウグンギザミはそれらとは違う不安が過ぎる。

 

「なんでこんな…いや、火山だったんだ。そりゃいるだろ…!」

「こいつを知ってるのか?」

「…こいつはショウグンギザミ。かなり手強いモンスターだ。この前出会った、あいつよりもな」

「あの飛竜よりもか…!」

 

 あの手痛い仕打ちを思い出しているのだろう。それを超えると言われれば険しくなるのも仕方がない。

 

 二人とショウグンギザミは完全に膠着状態に陥っていた。二人は強大な力を持つモンスターへの、ショウグンギザミは初撃を回避した見慣れぬ不思議な生き物を警戒していた。

 

 だが、その均衡も長くは続かないだろう。ショウグンギザミに危険ではないと判断されればすぐさま仕掛けられる。反面、下手な一撃でも命に関わりかねない二人は、攻めるにも逃げるにも、慎重にならざるを得ない。

 

 ショウグンギザミは爪を重なり合わせる。痺れを切らしかけているようだ。

 自然、ハンターナイフを握る手に力が籠もる。こっちはドスジャギィを倒した程度の実績しかない上、装備も心許ない。あの三人の仕事を疑うわけではないが、チェーンシリーズやハンターナイフでは刃が立たないのは明白だ。

 

 絶対に、今戦っていい相手ではない。

 

 動かなければこのままショウグンギザミに攻勢を譲ることになるだろう。そうなれば、俺達はなりふり構わず逃げるしかない。それも、絶対ではないという徹底っぷりだ。

 戦っても敵わず、逃げるには近すぎる。どうすればいい……!?

 両方別々に動く眼を忙しく動かしこちらを捉える。どうやら相手も吟味を終えたらしい。なら、最早やることは一つ。

 

「う、おぉぉぉぉぉぉぉ―――っ!!」

 

 盾を構えて雄叫びと共に駆け出す。まさかショウグンギザミも予想だにしていなかったのだろう。急に走り寄る生物へ対処しようと鎌で薙ぎ払おうとするが、一歩遅い。

 なんとか爪の内側に入り込んで伸び切った腕に一撃を見舞う。

 

――ガキィンッ

 

「っ…!」

 

 ドスジャギィのような筋肉の分厚さを感じさせる弾力性ではなく、岩を殴りつけたかのような感触に思わず手を引いた。全力で振りかぶった一撃がこうもあっさりと弾かれる。

 ただ純粋に、硬い。

 

「ちっ、危っ!?」

 

 大きく仰け反った体を狙って振りかぶる爪を体を投げ出して回避。だが、避けることに必死だったせいでその後のことに繋がらない。隙だらけの体を晒してしまった。

 追撃はない。

 

「うらあぁぁぁ――っ!」

 

 マサミチが駆け出すと同時、ショウグンギザミの注意が離れた瞬間にアランもまた走り出していた。

 アランは正面に立つマサミチを見て、直ぐに背後へ回り込んだ。そして叩き込まれる遠慮のない暴力の嵐。

 ショウグンギザミの最も弱い部分は頭。次いで胴、脚、それ以外となるが、頭部以外は明確な弱点と呼べる場所はない。――それが、斬撃によるものだったなら。

 

「シギャア!」

 

 口元の小さな顎脚を蠢かせ、ショウグンギザミはアランに向き直ったのだ。

 ショウグンギザミは斬撃には強いが、こと打撃となると脆い。斬撃では刃が立たないような場所でもその力と重さで強引に突破することが出来る。

 攻撃位置は弱点を庇うために背負われた巨大なヤド。これもアランは知らないのだろうが、ヤドは頭同様に打撃が特に通じやすい。

 弾かれた片手剣の一撃よりも、弱点を庇うヤドに強烈な攻撃を加えたアランの方を脅威と見たのだろう。

 

 お陰でマサミチは一旦持ち直すことが出来た。アランはその前に位置を移しているが、やはり攻めに転ずることは出来ない。

 俺に背後を晒していることになるが、突発的な動きの多い甲殻種相手では迂闊に踏み込むことは命取りになる。

 

「アラン!悪いがもう少し引き付けてくれ!急な動きの変化もよく見れば分かる!」

「お、おう!…つっても!っ…俺もっ、余裕が!あるわけじゃないんだがっ」

 

 アランはひいこらといいながら必死に爪の一撃を躱していく。完全に防戦一方。警戒されるまでの最初の攻勢以降は武器を抜く余裕がない。宣言通りにそう長く持つものではないだろう。

 

「さてどうする…?」

 

 俺のハンターナイフはドスジャギィ戦後に鉄鉱石で強化して多少攻撃力は上がったが、ショウグンギザミに有効な攻撃を与えられるかと問われれば別だ。

 しかし、狩猟しなければならないという訳ではないのだ。この場所にわざわざ訪れる人もいなければ、ショウグンギザミが村まで追ってくるという心配もない。なら、選ぶ道は一つ。

 

「アラン! 無理に攻撃しなくていい! 隙を見つけ次第撤退だ!」

 

 呼びかけ、反応を待つまでもなく攻撃に集中して止まっている脚の一本に叩きつける。硬い感触は健在だが、腕ごと弾かれるということはない。

 

「よし、ここは変わらないか…」

 

 ゲーム通り、脚や顔ならこのハンターナイフでもまだ通る。硬質な甲殻にごく僅かな掠り傷程度ではあるが、気を惹くことは可能なはずだ。

 

「ギシャシャァ!」

 

 一、二、三、四。身体を捻り、最大限に体の力を乗せた斬撃の連打。撃つたびに手に伝わる衝撃が込めた力の程を実感させる。

 息が切れるまで続いたその攻撃は、しかしてショウグンギザミの甲殻を貫くことはなく、表面の浅い甲殻を斬り裂いただけに留まった。

 

 ただ、目的は達した。すっかりアランに執心だったショウグンギザミがこちらの攻撃に何かを覚えたらしい。伸びた黒目をギョロギョロと動かして俺の位置を把握する。

 

「よーしよし、いいぞ。しっかり狙えよ…!」

 

 喉が焼ける様な灼熱の余韻を受けながら、滴る汗にも動じずただショウグンギザミの一挙手一投足に注視する。

 まず、左の鎌を僅かに震わせ、瞬時に叩きつける。が、そこには既に俺はいない。より右に、ショウグンギザミの側面を位置取った。その瞬間、見失ったその時を狙ってその体躯を支える脚の関節部に刃を滑らせる。

 今度は、弾かれない。確かに関節を覆う薄い皮膜に傷をつけた。勿論それで痛手にはならない。これを百度と繰り返してようやく姿勢が崩れるかどうかといった攻撃だが、もとよりハンターは小さな事の積み重ね。悲観はせず、万全の態勢で以て迎え撃つ。

 

「ギィイイイッッッ!!」

「そっちか!」

 

 三撃程度で行動を再開するショウグンギザミに、再び向き直る。旋回によって側面から距離を詰めてくるが、それは予想できていた。進行ルートと鎌を目測で回避し、ギリギリで躱してから直ぐに前進。

 斬り降ろし、斬り上げて、薙ぎ払いの動作に入ったショウグンギザミから離れる。読み通りにいったことに安堵を覚えつつ、気を引き締めるようにグッと歯を噛みしめる。

 

 更に接近してくるショウグンギザミの、何の感情も宿さない瞳と視線が交差する。踏み込みかけた足を気力で抑えて横に跳ぶ。細かな牽制が先程までの場所に見舞われ、黒岩を浅く削る。

 反対の爪での追撃を何とか盾で防ぎ、金属同士がぶつかった様な音がこの洞窟に木霊する。想像より速く、思い一撃に腰を浮かされかけるが何とか耐え、背後に迫るアランに視線を送る。

 

「おぉおりゃあっっ!!」

 

 痛打。全霊を込めた殴打の衝撃が背後のヤドから本体へと伝播する。僅かな身動ぎを返すショウグンギザミも標的が二つに増えて迷ったようだった。

 

「ぜぇいっ、やあ! ぬぁらっ、どりゃあっ!」

「オオオオオ――ッ!だりゃぁっ!」

 

 瞬間二人揃って攻勢に出る。恐らく積み重ねが今やっと効いたのだろう。驚いた様子を見せるショウグンギザミへ更なる追撃を仕掛ける。

 

 立ち直ったショウグンギザミがアランを狙い、離れた側から俺がもう一歩踏み込んで怒涛の連打。反対に、俺が狙われている間は注意を向けないように付かず離れず、浅い傷や防具への傷は増えていく一方だが致命的な一撃は食らっていない。

 ちょこまかと動き回り攻撃を加える俺たちに苛立ったのか、上気したような吠声を上げて顔の前に鋏を交差する。

 

 ギャリギャリギャリギャリン!!

 

 不協和音を奏でながら正面で打ち鳴らされる双鎌。とてつもない速さで擦り合わされた鎌は火花を放ち、その標的の姿を映し出す。

 

「――アラン! 横に飛び込め!」

 

 声をかけるのが早いか、打ち鳴らしが終了した瞬間にショウグンギザミの体躯が宙を舞う。あの細い脚の何処にそんな力があるのか、バネのようにしならせてアランに向かってその鋏を強烈に叩きつけた。

 

「のわっ!? くそ、危なかった!」

 

 アランは指示が聞こえるやすぐさまハンマーすら放り投げて緊急回避の体勢に入っていた。投げ出した身を風切り音と共に鎌が通り過ぎる。

 アランの無事を確認し、大技後に硬直するショウグンギザミの懐に潜りこむ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉっ!!!」

 

 持てる力のすべてを右手に持つ盾に込めて。殴り、殴り、打ちつけ、殴り抜く。

 

「いよしっ! そこ開けろマサミチ!」

 

 背後から迫る足音と豪声。ダメ押しのバッシュを叩き込んで横に転がり避けると同時に骨塊が炸裂する。身じろぎするショウグンギザミの動きに危機を覚えつつも、アランは止まらない。

 

「オォッ! ヌンッッ!ゼアァッッ!」

 

 体のしなりを用いた三連撃のスタンプが打ち込まれる。

 込めた力がそのまま還された反動すらも威力を高めるための火種とし、猛烈な鎚の乱打は完成する。

 しかし、それでもショウグンギザミはあっという間に向き直ると再び爪でその矮小な獲物を手に掛けようと振りかぶる。

 

「――最後ぉッッ!!!」

 

 身体全体を振り回し、風車のように己ごとハンマーを振り回し、回転の力を保ったままその柔らかい顔に向けて叩きつけた。

 

「ギシャアアアァァァッッ!!??」

 

 巨体が、転倒した。片脚を崩し、わけも解らずバタバタと藻掻くさまは相当の混乱に陥っていることが確認できた。

 

(―――『気絶』した!)

 

 モンハンでは打撃を頭部に加えることでモンスターを気絶状態にさせることが出来たが、それは現実となっても同じらしい。いや、より現実らしいと言うべきか。

 弱点である頭に弱点である打撃を加え続けられたショウグンギザミはとうとう地に伏したのだ。

 

「…っ、今だ!全力で逃げろーっ!」

 

 声を荒げ、未だ朦朧としている鎌蟹の横を走り抜ける。モンスターは往々にして強靭な生命力を持っているため、いつ回復されるか分かったものではない。

 拘束時間を一秒でも無駄にしないために、二人は全力で駆け出した。




久しぶりの更新。
地道に評価とかお気に入りとか増えてきて嬉しいです


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斬岩の鎌、不壊の鎧

一ヶ月ぶりの更新…!
テストやらコ○ナやらサンブレイクやらが時間をとったんじゃ…!
サンブレイクいいね!ただアイボーであった陽気な推薦組の髪型とランポス武器がないのが悔やまれますね…。
一応MR100行きましたよ?


「おやっさん、いるか」

 

 ひと声かけ、待つ暇もなく鍛冶場へ入る。見れば、もう夕方だというのに鎚を振るおやっさんと、何か素材を手に持ちあーだこーだと言い合っている弟子たちの姿があった。こんな時だというのに、この人たちは変わらず仕事一筋らしい。

 

 もう一度声をかけるとこちらの存在に気がついたらしく、忙しなく振るっていた鎚を下ろす。

 

「おう、フリーダか。こんなとこにどうした」

「ジモも一緒でしたか。お二人共巡回はしなくてもよいのですか?」

 

 迎え入れる男の声。おやっさんとエイルだ。エイルは竜人族という人間とは体の作りが違う種族で、年若い青年に見えるが、実年齢はこの村の誰よりも高いだろう。

 そんな種族でありながら鍛冶の道を進む彼に当初は不信感を抱いたが、この楽しそうな表情から本当に他意はないらしい。

 

「ミーニャはどうした?姿が見えないが」

「アイツは今夢中で作っとるもんがあっての。一日中試行錯誤しては嘆いとるわ。……それで、なんの用じゃて。少し前にナイフを作ってやったばかりじゃろ」

 

 アラン達が採ってきた鉄によって、俺たちの生活水準は上がった。前は細々と使いまわしていた鉄も大っぴらに使えるほどの量があり、俺たちもそれで個人のナイフや伐採のための斧を新調している。

 

「要件はこれだ」

 

 ゴトリと、持ってきたモンスターの皮や竜骨を落とす。それでなんとなく予想がついたのか、おやっさんが驚いたように目を開く。

 

「これらで、対モンスター用の武器を作って欲しい。出来る限り、短い時間で」

「……フム、真似事をしたいだけなら絶対に引き受けんが……ランポス共か?」

 

 あの噂はおやっさんにも伝わっていたらしい。

 

「勿論、武器があるからと増長するつもりも、ランポスを舐めているわけでもない。ただ、近いうち、それこそマサミチ達が帰るより前に襲来する可能性が高い。規模も不明だからこそ、対抗出来る武器が欲しい」

「………そうか」

 

 それだけを呟き、しばらく思案しておやっさんは応えた。

 

「そういうことなら、ま、ええじゃろう。それで、どんなモンを望んどる」

「ジモにはモンスターの甲殻も貫ける剛弓を、俺は手頃なサイズの剣を二つ作って欲しい」

「一つ聞こう。二本欲しいとお前さんは言うが……それは予備か?」

 

「いいや―――――両方使うに決まっている」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「走れ走れ!あいつが止まってる時間はそう長くないぞ!」

「分かってる! …いや待てあいつらはっ!?」

 

 気絶したショウグンギザミから全力で離脱し、溢れ出る汗すら気に留めず洞窟の入口へ一直線に走っていた。

 その最中に、アランがアイルー達の安否を気にかける。その言葉で周囲を見回すが、彼らの姿はない。まさかどこか別の場所へ隠れたかと疑れば、やや高めの音域が耳朶を打つ。

 

「ふ、二人共ー! 助けにきたニャー!」

「うにゃぁ……! 怖いにゃぁ、ブルブルにゃ…でも、頑張るにゃあ!」

「ムート! アミザ!」

 

 俺たちの進行方向の先からやってきたのは声を震わせながらも四足で駆けてくる二匹の姿。二匹は俺達を視界に納めるとほっと息をつき、姿の見えぬショウグンギザミを警戒し始める。

 

「アイツは何処いったにゃ?」

「まさか倒したのニャ?」

「いいや倒してない! 隙をついて逃げてきた! いや、それより二人だけか!? 他のみんなは!?」

「荷車のところに置いてきたニャ!」

 

 もう避難は終えているらしい。なら好都合。あいつが気絶から立ちなおるまで一刻の猶予もない。走りながら二匹に説明して逃げる算段をつける。

 次の角を曲がれば、後は短い直線だけだ。大穴の先では心配そうにアイルー達が恐る恐るとこちらを覗き込み、俺達が手を降ればぴょんぴょんと跳ねて喜んでいた。

 

「もう少しだ!」

 

 唯一の盾持ちということで最後尾を走る俺はふと背後を振り返るが、その視界の中に嫌な色が飛び込んできた。

 おどろおどろしい暗色の青と、溶岩の光を受けて朱に染まる灰色の骨。カサカサといった擬音が相応しい脚の回転の速さで猛追してくるショウグンギザミ。

 俺は警告を発しながらも疲れ切った四肢に全霊の力を込める。

 頬を熱波が通り過ぎる。ぜいぜいと息切れ寸前の喉が、肺が、灼熱の空気に痛みを訴える。心做しか、前より暑く感じる。手製のクーラードリンクの効果がなくなったのかもしれない。

 出入り口まではあと30m程。これなら振り払える!

 そう思ったのも束の間、そのぱらりと上から石が崩れ落ちる。

 

(――上か!)

 

 中衛を走るムートを前へ投げつけ、直後に俺達を分断するようにショウグンギザミが落下する。俺が投げたムートは綺麗な着地を決め、アラン達と共にショウグンギザミの出現に驚いている。

 ショウグンギザミは孤立した俺が狙いなのか、触覚を忙しなく口の前で交差する。咄嗟に剣を抜きバックステップ。不意の一撃を無事回避した。

 

「アラン!二匹を連れて脱出の準備をしてくれ!」

「おいマサミチ! 一人じゃ無茶だ!」

「早くしろ!あの荷台もすぐには動かない!俺が合流して直ぐに出発出来るようにするんだ!」

「っ、分かった! おいお前ら聞いたな! 逃げる準備を整えるんだ! マサミチのことなら心配はいらない! 荷台を少しでも移動させろ!」

 

 よし、アランは着いたな。後はこいつを突破するだけだが…。

 無機質な眼光が一心に俺を捉え、警戒するように唸る。どうやら先程の気絶が応えたらしく本格的に戦闘態勢に移っている。

 

「よしっ…来いよ!」

 

 関節をギチギチと窮屈に鳴らしながらショウグンギザミは吼える。盾蟹より華奢な体なれど、その鎌の鋭さが危険度をうったえかける。

 軽いブローを大げさに後ろへ下がることで避け、ショウグンギザミの全容から目を離さないように視点を保つ。鎌を高く掲げ、勢いよくそれを振り下ろす。

 岩盤に強く穴を穿ち、けれどその動作を識っている俺は危なげなく範囲外に逃げる。今が機だと横を駆け抜けようとすれば、立ち直ったショウグンギザミの不規則な機動が邪魔をする。

 

「しつこいな…!」

 

 脚元に潜り込み顔面に全力でハンターナイフを叩きつける。帰ってくるのは被膜の強固な感触だが、関節部の多い顎部は僅かに形を変える。

 すぐさまショウグンギザミは距離を取るがここは詰めない。ショウグンギザミは緩急の激しい攻撃で翻弄するタイプのモンスターだ。よって、相手が離れたからと後を追ったら返す刃で斬り伏せられるだろう。案の定、急接近から大外に広げた鎌を内側に挟み込む。が、空振り。

 再度同じ立ち位置に戻った俺とヤツは数度応酬を交わすが、予想以上に体力の消耗が激しい。疲れているだけじゃない。この猛烈な暑さが思考を遮っている。対してショウグンギザミは疲れた様子など欠片も見せていない。当然だ。前にも言ったがモンスターと人間では地力が違う。

 このまま消耗していけば俺は逃げられるべき時にも動けなくなってしまう。それが直感的に分かった。かつて日本で夏に愚痴を言っていたのが懐かしい。今じゃそんな環境ですら羨んでしまう。

 

「…来るか」

 

 予備動作を確認し、既のところで身を捩る。天然の鎌が耳元で風を切り裂き、わずかな風が熱の籠もった体に一瞬の安らぎを与える。だが、次いで襲い来る熱風は汗が体表を流れることすら許さない。

 暑い。このままじゃ駄目だ。どうやって逃げ出そうか。ショウグンギザミが隙を晒すのはどんなタイミングだった?ヤドを壊せば……いやそれはゲームでの話だ。第一今の俺はヤドを壊すことなんて不可能だ。くそ、考えが纏まらない。汗が目に染みる。もういっそ少しの隙でも全力で走ってみるか?避けながらなら何とか……。

 ふと、ポーチを弄る俺の手に何かが触れる。それは捕まえたまま乱雑に入れていた光蟲だ。強い衝撃を受ければとてつもない閃光を発することから閃光玉の素材にもなっている虫だ。どうやら暑さでじわじわと体力が削られ生きてこそいるが文字通り虫の息だ。

 

「いや…これなら…!」

 

 叩きつけを回避し、全力でアラン達の待つ洞穴に走る。それを見逃すショウグンギザミではないが、こちらを認識した瞬間におれは光蟲を握りつぶしていた。

 それは死を迎えた肉体の反射によるものか、はたまた生命の危機を感じた虫の最後の抵抗か。空間を照らし出す閃光は目を瞑っていた俺ですら痛いほどの光量を伝え、その間に走る。走る。走る。

 

(もう少し…!あとほんの少しだ…!)

 

 アランが何かを叫んでいる。が、生憎と疲れ切ったこの体は己の心臓の鼓動を響かせるのみだ。あと一歩、より一歩。とにかくがむしゃらに走って…視界がぶれる。

 

「マサミチ!?」

 

 ぶれたんじゃない。俺が移動してるんだ。吹き飛ばされる景色を不思議とゆっくり感じながら、すぐに浮遊感は無くなった。

 

「がっ、はっ…!」

 

 何故俺は吹き飛んだ?それは当然、ショウグンギザミに攻撃されたからだ。なんで、どうしてショウグンギザミは俺に狙いをつけることが出来たのか。閃光で目が眩んでいる筈なのに。

 そこまで思考が及んだところでヒヤリと本能がある事実を思い起こさせる。

 

――――ショウグンギザミには、閃光玉は効果がない。

 

 ああくそ、暑さで冷静な判断力まで失ってたらしい。なんで少し前の俺はあんなものが成功すると信じられたのか。悔やんだところで現状は変わらない。

 

 攻撃されたのが右で良かった。幸い盾に直撃したようで衝撃はともかく裂傷などは負っていない。

 だが、ナイフとヘルムが見当たらない。どうやら吹き飛ばされた際に落としてしまったようだ。すぐ背後は溶岩湖。ここに落ちてしまったのだろう。そしてそれは、俺の逃げ場がないことを意味していた。

 

「マサミチッ、クソ、今行くぞ!」

 

 アランが武器を手に走り出すが恐らく間に合わない。この状態では回避は出来ない。 

 

『ギシャシャシャシャァッ!』

 

 顎脚をばたつかせ、口器を震わせるその音が哄笑のようにも聞こえた。今にも振り下ろされんとするのは正しく死神の鎌。鎌蟹の名に不足はなく、どうしても避けられぬ絶対の一撃だ。

 こんなものだったかと。ハンターを名乗ったはいいが、それまで、さしたる功績といえば、初めてモンスターを狩った程度。俺でできるなら、他の村人もやろうとすればできる程度の事だ。

 でも、アランがいる。ならハンターの概念はあの村に根付くはずで……ならいいかと思えた。わけも分からず訪れ、2ヶ月と少しの奇譚だったが、まあ悪くはないのかもしれない。

 だなんて、らしくもなく考えていると、ショウグンギザミの様子が可笑しい。先程まで俺に対して構えていた大敵はその目を俺の更に先。溶岩湖に向けていた。

 

「なにが…」

 

『ゴァアアアアアアアアァァァァァァァァァ―――――ッ!!!』

 

「っ!??」

 

 全身を揺さぶる絶対的な轟音と共に、溶岩が盛り上がり―――その威容を露わにした。

 岩石質の甲殻。退化した翼。角ばった突起の多い頭部には鼻先に特徴的な角が一つ。全身を灰色の鎧に纏ったかのようなその竜は、縄張りに侵入したショウグンギザミを強く睨みつけていた。

 

「グラビモス……!」

 

 鎧竜の二つ名を持つ飛竜は溶岩の熱を気にした様子すらなく、大きく息を吸い込んで豪砲を解き放った。

 

『ギャオオオォォォオォンッッッ!』

『ギィシャァァァァッ!!?』

 

 放たれる極太の熱線。倒れ伏す俺の真上を通り過ぎたそれはショウグンギザミを直撃し、その体をどんどんと押し戻してゆく。

 俺達がマトモに戦うことすら困難だったショウグンギザミが、たったの一発で崩れる。その熱量は当たっていない俺にもありありと感じられ、その放射がただの排熱行動だということに生命としての規格の違いをこれでもかと刻みつけていた。

 

「マサミチ! おい無事か!?」

「アラン…」

「よし、話せるな。細かい話は後だ。あの竜と戦ってる間に逃げるぞ!」

 

 手を貸してもらい、何とか立ち上がる。ゆっくりとだが歩みを進めることが出来た。

 アランに肩を借りる間にも、二体の争いは止まらない。ショウグンギザミは復帰するとグラビモスを敵と認め、果敢に斬りかかるがその爪撃をグラビモスは涼しい顔で耐え、逆に体重の乗った強烈な一撃を叩き込む。優劣は明らかだった。

 

「あの竜、なんて硬いんだよ。あのモンスターの攻撃が全然通用してねぇ」

「そうか……成ったのか」

「成った?」

 

 少し前に見かけたおかしなバサルモス。よくみれば確かにグラビモスの面影はあった。そしてあのグラビモスはあの時の個体と大きさはそう変わらない。同じ地域にいることから、恐らくこのグラビモスはあのバサルモスが完全に成体となった姿なんだろう。

 

「よし、着いたぞ!悪いがすぐにここから離れる!」

「モンスター同士の激しい戦いニャー!?」

 

 アランとアイルーが忙しなく動く中、戦況は終着を迎えようとしていた。

 怒涛の攻撃や鋭さを最大に用いたショウグンギザミは、けれどグラビモスの鎧と形容される甲殻を貫通することは出来ず、表面に傷を残す。そしてショウグンギザミが鎌を打ち鳴らし最大の一撃を放とうとしたその時、グラビモスの突進が炸裂した。

 

『ギシャアアアアアァァァァァァ――――ッ!?』

 

「うわっ!?」

「ニャー!??」

 

 同時、轟音。勢いの乗ったグラビモスの肉体はそのままショウグンギザミごと進みこちら側の壁に叩きつけた。まるで地震でも起きたかのような衝撃と共に、ショウグンギザミの背負っていた竜頭骨が粉砕され、その一部がこちらにまで飛んでくる。

 

 自慢のヤドを破壊され柔らかな弱点を曝け出したショウグンギザミは慌てた様子でこの場を去っていった。

 そこには、この溶岩地帯の新たな王者が一人。特大の勝利の咆哮をあげていたのだった。

 

『グァオオオオオオオォォォォ――――――ンッッ!!』

 

 その光景を最後に、俺の意識は暗転していった。

 





岩竜によって命を奪われかけ、それが成長した鎧竜に命を救われる。これが書きたかったんですよ。


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狡猾な襲撃者たち

悪い。ほぼ出来てたけど表現とかの推敲があって遅れてしまった…。怪異化素材集めるのが怠すぎる…。


 

 

 ガタンゴトンと体が揺れる感覚と共に目を覚ます。お世辞にも良いとは言えない寝心地の床に、振動が加わるたびに周囲の物が体に衝突する。

 

「いつつ…」

「お、起きたかマサミチ」

 

 瞳を開ければ空には満点の星空が広がっており、痛む頭を抱えて顔を上げる。刺すような…とまではいかずともそれなりに冷たい空気を顔に浴びながら、見慣れた青年の後ろ姿を確認する。

 俺を乗せた荷車を牽いているのだと理解した。

 

「アランか…。今、何処だ?」

「早速それか。ついさっき洞窟を出たあたりだ。……お前、暑さでやられてたんだろうから喉乾いてるだろ。水、飲んでおけよ」

 

 投げ渡されたのは俺の腰にかけていた水筒。クーラードリンクを作り飲み干したはずのそれにはなみなみと冷たい水が注がれており、今更ながらに実感したカラカラの喉に一気に流し込んだ。

 

 

「んっ……んっ……んっ…、ぷはぁっ! 生き返ったぁ!」

「そりゃ良かった。歩けそうか?」

「…あぁ、痛みはあるけど問題ない」

 

 体を軽く動かし、動けそうなことを確認すると荷台から降りる。荷台を動かすのにはアイルー達も手伝っていたらしく、突然飛び降りた俺に驚いて手を離してしまうのもいた。

 

「どうする、ここで一晩過ごしていくか?」

 

 まだ道はあるぞ。と過ごしていた仮拠点に戻るかどうか問う。ここまで来るのにも結構時間を使ったため、今はひとまず体を休めて朝に出発すれば、夕前までには村につくはずだが…。

 

「いや、俺はこのまま村を目指したほうがいいと思う」

「?…どうしてだ?」

 

 アランはどこか遠くを眺めながら、迷う素振りもなく答える。疑問符を浮かべる俺に対して、空を指すアランの指を追えば、そこにはここより少し上の棚田を彷徨くブナハブラの姿。

 

「マサミチもこの前見ただろうが、あの甲虫たちは夜になると上にまで登ってくるらしい。この寒さでも動きが鈍らないなら危険だ。あそこだって、他のモンスターはともかく甲虫なら入れる程度の空間はある。非常時ならともかく今は普通に帰れるだろ」

「そうか、確かにブナハブラは寒冷地でも活動してるな…。でも、今の状況で道を行くのも危険だ。明かりも点けられないないのにこんな大荷物を抱えてたらすぐにモンスターに見つかるだろ?」

 

 アランの意見には一部納得したが、だからといってブナハブラが必ずしもあの場所に来るわけでもない。それより暗い道なき道を進む方が不安はある。それに、暗ければ俺たちが先に発見して迂回する…といった真似も通用しなくなるかもしれないのだ。

 

「いや、夜だからこそいくべきだと言ってるんだ。確かに夜の森は怖いが……今は寒冷期目前だ。この辺りのモンスターなら夜は無駄なエネルギーを消耗しないためにそう動かないんだ。少なくとも、俺が知ってる限りじゃ寒冷期の夜に活動するモンスターはこのあたりじゃランポスが精々だ。前みたいにイヤンクックに追い回される。なんてことは巣に足を踏み入れでもしない限りは心配しなくてもいい」

 

 その意見に俺は従うことにした。生態や弱点なんかを知っていても、それはただの知識だ。それはそれで役立つものではあるが、長年ここで暮らしているアランの経験は二ヶ月と少ししか暮らしていない俺より優れている。

 

 アランも疲れているだろうに、それでも休憩を選ばないということは、それが最も安全だからなのだろう。

 

「よし、この前イャンクックとアオアシラに遭遇した場所は念の為避けておこう。対策はしといて損はないしな」

「ああ、それでいこう」

 

 ムート達にも声をかけ、俺たちは増えた荷物を抱えて前にも通った道を引き返すのであった。

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「……もう出来たのか。仕事が早いな」

「うわあ、本当に用意されてる……」

 

 翌日、工房を訪れたフリーダ達の前には、新品同然の輝きを持った武具が陳列していた。

 冷たい輝きを帯びる左右で形状の異なる二振りの剣と、竜骨を削った弓柄に、様々な素材を練り合わせた繊維の弦を固く張る大弓。そして、こちらは注文していないはずの防具一式が二人分。

 確かにフリーダが注文した通りの、いやそれ以上の出来栄えで、この短期間だというのに手抜きの類は見られない。無論、フリーダとて疑っていたわけではないが、あまりに早すぎる。

 その疑念を読み取ったのだろう。その矮躯を傾げながらおやっさんは答えた。

 

「そう難しい顔をするな。もともとあの二人用に作っとったもんをちょいと手直ししただけだわい」

「成程…。いや、ありがとう。早速着てみても?」

「おう。不備があったら言ってくれ」

 

 鍛冶師弟達の見守る中、二人はその防具を着て見せ、その感覚を掴むために武器を取る。

 

「俺の防具はアラン達が着ていたものに似てるが…。ああ、一部が革製なのか。今のところ、問題はないな」

「私も言うことはないけど…。ちょっと左手ごつくない?」

「そこは仕方ないじゃろ。弦を引く右手を柔軟に動かす為に手薄にしたからその分前に突き出す腕の防護はしとくべきじゃろ」

「まあそっか。いざとなってもこれで防御は出来るんだろうけど……やりたくないなぁ…」

 

 フリーダが身にまとっているのは、レザーライトと呼ばれる防具の一式であり、その外見はマサミチ達の着ているチェーンシリーズに酷似していた。違いといえば、胴鎧の以外は必要最低限度にしか鉄は用いられておらず、ケルビの皮を加工した革鎧になっていた。

 絶対的な防御力こそチェーンシリーズに劣るが、その分動きやすさでは勝っている。

 

 そしてジモに用意されたのはハンターシリーズと呼ばれる防具のガンナー専用装備だ。先の説明通りに弓を引く腕を阻害しないように右側は革製だが、要所要所を確りと鉄で固めている防具だ。腰鎧はファンゴの分厚い毛皮を使用しており小型モンスターの爪牙程度は易易と受け止めることが可能だろう。

 

「…うん、重いけど、これなら引ける」

 

 早速とばかりに二人は武器を手に取る。フリーダは何の支障もないというように双刃を振るい、ジモは革が巻かれたグリップの握り心地を確かめキリキリと小気味のいい音で弦を引く。

 十分な()()()を得るために上下のリムこそ加工された竜骨であるが、中央の機構などは鉄製である。俗にハンドル、レスト等と呼ばれる部位である。サイトは先端の尖った骨を組み込み狙いもつけやすくなっていた。

 

「問題はランポスがいつ来るかだが……」

「…まあ、そこは待つしかないだろうて」

 

 この村を囲う樹木や草木は村の存在をひた隠しにするベールでもあったが、同時にこちらからも少々見通しづらい。故にこそ毎日見回りがあるのだが、いつ襲ってくるか分からない状況では村を手薄にするわけにもいかない。

 フリーダとジモで別れるにしても、弓使いであるジモを一人にするわけにもいかない。それもモンスターとのまともな戦闘経験すらない二人だ。単独行動をして窮地に陥っては目も当てられない。

 

「さて、後は慣らす時間があるかどうかだが…」

「ま、そこは祈るしかないわな。他の連中に伝えて村の四方を見張らせとけばええだろ」

 

 おやっさん言葉にこちらも頷く。今からの慣らしが村の今後、或いは生死に関わるのだ。自然と口は固く引き結ばれ、否応なくその武器の真の重さを意識する。

 

「ああ、これは確かに頼りになる重さだ」

「フリーダ? 何か言った?」

 

 俺の独り言が聞こえていたのか、専用の矢を貰うジモに聞き返される。

 

「……いや、何でもない。そういえば、ミーニャとエイルはいないのか?」

「いんや、あやつらは工房の中で立ったまま寝とる。確か三日は寝ずに作業しておったからな。なんでもどうしても形にしてえ武具があるっつってな。いや若ぇ体はやっぱ違うな。今のワシじゃ一日も寝なければ次の日にはぐっすりよ」

 

 からからと笑うおやっさんは惜しむように言うが、その口端は綺麗な弧を描いていた。…久しぶりに見た。確かこんな顔をしたのはミーニャが鍛冶を習いたいと言い出した時だったか。

 それに、この十数日でミーニャ達はもとよりおやっさんまで活気が溢れている。今までの扱いは村のためと納得はしていても鍛冶師の血としてはもどかしいものだったのだろう。

 

 村自体もそうだ。何か異常事態が起こってしまえばすぐに崩れてしまうだろう安定しながらも危険を孕んだ日々の連続だった。

 なにせ人がモンスターとまともに争おうなどと考えたこともなかった。モンスターのせいでうまくいかなくったことなんて数えて余りあるほどで、だからこそ彼らの領域から外れて多少の不便より安全をとった暮らしをするしかなかった。それこそが、この村ではずっと前からそうして生き抜いてきたのだから。

 

 だからこそ、マサミチには感謝している。あいつらが草食とはいえモンスターを倒したことで、この村の何かが変わった。モンスターを軽視する訳ではないが、いざというときの選択肢が一つ増えた。

 果てには中型の、とはいっても俺たちなんかより圧倒的に大きな肉食竜だって仕留めてみせた。マサミチのお陰で、この村で停滞していた何かが動き出した。そんな気がしてならない。

 

 俺とてそれに当てられた一人だ。かつてならランポスの接近など、確認した時点で村から離れている。それが寒冷期であっても、ランポスの群れに襲われるよりはマシだと村民全員路頭に迷う。

 ただでさえ食糧に乏しい寒冷期であろうが、ランポスの襲来ともなれば明日の生活よりも今の命を優先する。たとえ餓えようが、凍えようが、ランポスに襲われるよりは生存の目がある。

 

 だが、モンスターから怯えるだけの生活も脱却を迎えようとしている。ジャギィの群れとその首領を討伐してみせたマサミチとアランのおかげだ。先陣を切ってくれた二人がいるからこそ、この行動は無謀な自殺行為ではなく、前例ある行いだ。

 

 ならば、俺達がやるべきだろう。村のために尽力するあの二人の帰る場所を守るためにも、この先も生き残るためにも。狩猟という道を選ぶのだ。

 その日、一日中慣らしに時間を費やした二人はいつもより早く床に就いた。いつ襲い来るか分からないランポス達への警戒と、疲労を残すわけにはいかないとのことであった。

 

 

 

 そして、翌日。アラン達の出発から数えて四日目になる。

 やや冷たい空気が顔を出し寒冷期の訪れを人々に意識させる。

 

 新たな一日を迎えたことに安堵と、それ以上に来る可能性の最も高い懸念に神経を研ぎ澄ませる。

 先日から続いた緊張状態。村外れにはいかないよう注意を呼びかけ、確認に残っているのは普段調達に身を費やしている者達だ。 

 

「イルルク、ワット、様子はどうだ?」

「ん、フリーダ。今のところこっちは問題ないよ。むしろいつもと変わらなすぎてちょっと気が抜けてたよ」

 

 ややおっとりした口調の見張り役に声を掛け、寝ていた際の異変や兆候なんかを尋ねる。が、齎されたのはランポスどころか変わったこと一つないらしいということ。

 夜中に起きたからか眠そうな眦を擦る彼に嘆息し、ひゅうと冷ややかな風が通り過ぎる。薄くなってきた草木をガサガサと揺らしてその体を震わせる。

 

「おお寒。もうちょっと厚着したほうがよかったか…。それじゃ、もうそろそろ俺らは交代の時間だからな…」

 

 ワットがそう言い撤収の準備を進めていると、再び木枯らしかと気にも留めず…。

 

「いや待て…」

「?」

 

 しかし、フリーダはそこに何かを察知したらしい。静かにとジェスチャーを送ると、再び木々の擦れる音が、風のたたないその最中に聞こえた。

 

「!…これって」

「ああ、予想は当たってたらしいな」

 

 そうしている間にも、ガサガサという音は近づき、その頻度も数も徐々に把握しやすくなる。

 やがて、少し先の茂みの前で何かが止まり、隠れていた存在が姿を現した。

 

 青と黒の縞模様に、獰猛そうな黄色の目。縦に割れた瞳孔がこちらを眺め、朱のトサカと鋭い爪牙が特徴的な肉食竜。それが3体。

 

「ラ、ランポスだあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 その存在を一刻も早く伝えるための、全力の怒号が村中に響き渡った。




ランポスくん何だかんだで3回目の登場。
感想とか批評とか待ってます。


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森丘の厄介者たち

50人目の評価により真っ赤なバーになりました!ありがとう!!
傀異討究が沼すぎる…。
ゴールドルナの頭腰で状態異常確定蓄積とルナルガの腕と脚で回避性能と巧撃が相性いいわ。攻勢や連撃、闇討ちもついてくるからジャスト回避して麻痺らせたら後ろでザクザクすれば火力もでるし…。まあ、それで下手くそなのにジャスト回避意識しすぎて乙るのが私なんですけど


 

 鮮やかな青と黒のストライプ模様。細い体躯に鋭い爪、黄色の嘴にはずらりと小さいながらも鋭利な牙が立ち並んでいた。一見派手に見えるその体色も、環境に合わせて進化したものできちんと森林環境においての保護色となっている。

 それがランポスの主な特徴だ。

 後世では比較的危険度の低い小型鳥竜種として広く知られてるランポスだが、しかしそれは決してランポスを甘く見ていいというわけではない。

 確かに単体としては、あるいは群れであっても強力な大型モンスターには遠く及ばない。ひいてはその細身な体では一部の草食竜にも単純な筋力では劣るだろう。

 だが、そんなものは関係ない。ランポスの獰猛さは当然のこと、爪と牙は草食竜ですら仕留められるほどの殺傷力を秘めており、その俊敏性を活かした軽やかな動きは十分に脅威だ。

 モンスターに比べれば遥かに脆弱な人間にとって、ランポスとはそれ一体だけで己を殺し得る存在なのだ。

 喉を裂かれればたちまち死に至り、飛び上がってのしかかられれば、衝撃によって人間は押し倒され、立ち直る間もなく喉笛を噛みちぎられるだろう。

 

 少なくとも、この時代の辺境では、ランポスとはそのような存在だったのだ。

 油断なくこちらを観察するランポス達。先程大声を上げたワットが走り去る姿を、目を細めて獲物と見定める。

 うち一体が、意思疎通を図ろうと喉を震わせようとして、目の前の光景に瞠目した。

 

「ハアァァッ!」

 

『グギャア!?』

 

 裂帛の気合と共に細い首元に吸い込まれる双剣。まさか向かってくるとは思っていなかったのか反応の遅れたランポスは、その白い首元に二筋の赤い切れ込みが走る。

 その一匹は激しく鳴き叫び怯むが、致命傷には至っていない。ぽたりと地面に赤い雫が音を立てて跳ねるが当のランポスはより一層の怒気を見せてフリーダを睨みつけていた。

 

「…しくじったか」

 

 初めての戦闘。これまでの生活の中においてランポスから逃れる術は学んでいても、正面切っての戦いなどは未経験だ。

 故に不意打ちで一匹を仕留める予定だったが、今まで培ってきたランポスへの認識がフリーダの足を鈍らせた。

 

「ちょっと、先に一匹削るって話は!?」

「すまない、踏み込みが甘かった」

 

 背後からジモの叱責が加わるが、ぐうの音も出ない。これがアランやマサミチであれば躊躇わず一刀のもとにランポスの息の根を止めていただろう。

 

「左のを狙う。任せた!」

 

 正面の負傷したランポスを視界に収め、相手の意識を惹きつけた瞬間に強く踏み込んで軌道を変える。

 

『ギャアアッッ!』

 

 しかし捕食者たるランポスとてそう鈍くはない。自分に駆け寄るその姿を瞳孔を細めて狙いを澄ます。

 フリーダの露出した頭を狙った噛みつき攻撃。咄嗟に姿勢を低くして躱すと同時、一瞬視界から消えたフリーダは自身の体を軸に風車の様に斬りつけた。

 側面からの連撃は強固なランポスの鱗を削り飛ばしながら肉厚な皮膚を裂き、ランポスは堪らずバランスを崩して体を地面に横たえる。

 

「トドメだ!」

 

 そこに、最後の文字通り全力を込めたフィニッシュは今の斬打で出来た傷を捉え、深々とその体に斬りつける。

 吹き出す血。煩わしい断末魔。

 ランポスは悲痛な叫びを上げて少しの痙攣の後、力なく息を引き取った。

 

「はぁ…よし、まずは一匹」

『ギャアッ! ギェアアァァッ!』

 

 フリーダが少し切らした息を整えている間にも、ランポスは仲間を殺した仇敵へ襲いかかろうとする。

 今度は二匹共近づき過ぎず、適度な距離を保ちながら取り囲もうとする。

 そう、本来ランポスは複数匹で狩りを行うときはこのスタイルを取る。頭領であるドスランポスが指揮を執るならばより臨機応変に対応しなければならないが、それでも厄介さは折り紙付きだ。

 

 片方を討ちに出ればその反対が襲いかかる。そして待つだけでは同時に襲いかかるランポスに対処できない。あちらの攻撃は直ぐに届くが、こちらはリーチが足りない。

 片手剣のようにガードが出来るなら、ハンマーのように纏めて薙ぎ払える獲物であればまだしも、双剣はリーチが短くガードも出来ない。

 双方を視界に入れるために位置の調整をしているが、緊迫した状況はどうにもならない。

 

「――ふっ!」

 

 そこに、ひゅうと風を斬る音が一つ。

 ジモが放った鉄の鏃は、ランポスの鱗を貫いてその太ももに深く突き刺さる。強靭な弦と固くも靭やかな竜骨の胴はその威力を最大限にまで高めていた。

 続けざまに風切り音が上がるのを捉えるや、フリーダは前方の負傷しているランポスめがけて剣を振り下ろす。

 一発やニ発では致命傷にならない。故に反撃の隙を与える暇もなく連続で両手を動かし続けた。

 眼前の一体のみに意識を集中させて放った連撃は見事立ち直らせる時間を与える間もなくその命を刈り取った。

 

「もういっちょ!」

 

 と、同時。両足に突き刺さる矢によって持ち味の俊敏性が失われたランポスに、狙いを済ました必殺の矢が撃ち込まれる。

 

『ギャアッ…!?』

 

 それはランポスの細い首に穴を穿ち、弱々しく息を荒げると静かにその瞼を降ろした。

 

「…ふぅ、なんとかなったのかな…?」

 

 ジモが周囲に目を走らせ、増援がないことに安堵してフリーダの側に立ち寄る。

 

「いや、流石に数が少なすぎる。……先遣か」

 

 睨みを効かせ、その行動指針に大凡の検討をつける。流石に狩り場ではない縄張りを広げるのに、ここまで小規模なグループだけのはずがない。

 

「ってことは…」

「ああ、まだ来るだろう」

 

 そう断言されてしまえば、浮かれてばかりもいられない。ジモは村の方にも伝えると言って一人中心部付近まで戻っていった。

 残ったフリーダは油断なくランポスたちのやってきた方向へと目を向け、その経路を脳裏に思い浮かべる。

 

「確か、北西の森に居を構えているんだったか…」

 

 平原でよく見かけはするが、その棲家は別だ。村周辺の森ならともかく、北西の森となるとほぼ見たことがない。

 故に、ランポス達がどの程度の群れであり、どのくらい侵攻しているのかを測れない。フリーダの予想が外れ、三匹のみの侵入なのか、それとも他に群れがいるのか。いたとして、それが群れのどのくらいの数なのか、いつこちらにやってくるのかが分からない。

 そもそもからして個体数は年度や期間で変動する上、先のジャギィ達との縄張り争いによってどの程度残っているのかすら定かではないのだ。

 

「……少し辿るか」

 

 フリーダは意を決してその木々の先へ踏み入った。

 僅かとはいえ村を開けるという心配はあるが、その規模も不明なままでは気を張り詰めすぎることもある。

 幸いにも、獲物の痕跡を追ったことはある。それが肉食竜に対してどれほど通じるかは不明だが、相手もこの地上に生きる生物である以上、まったく痕跡を残さないということはないだろう。

 

「………」

 

 慎重に、慎重に。息を潜めて揺れる小枝にすら注意を払い土壌に刻まれた足跡の流れを辿っていく。

 今の季節上落ち葉が新しく降り積もることが多いが、足跡が隠れるたびにそれらを取り払って進む。

 

「無駄足か…」

 

 そうして、行き着いた果ては複数の足跡が入り乱れており、最早それがどの足跡か、何頭いるのかもわからないほどに残されており、少数がその場で動き回っただけであればよいのだが……。

 

「まずいな」

 

 その懸念はどうも合っていたらしい。

 掻き分けた落ち葉には、先程まで辿っていたランポスのものとは違う足跡が、横に分かれている。

 元々の棲家の位置から考えれば、そちらからやってきて、この場で立ち止まったあとに二手、いや反対側も同様の痕跡が見られることから三手に分かれたらしい。

 

「……狩りと一緒か」

 

 右に五つ、左に六つ。

 ランポスの包囲網は既に成り立っているらしい。

 直線距離で進む正面が最も早く位置に付き、一番槍として最初に襲いかかり、恐らくだがそれを合図とした挟撃が始まるのだろう。

 正面のランポスを倒した為に挟撃は行われなかったが、いくらモンスターといえど合図がないことを不審に思うやもしれない。

 そう考えたフリーダは今までの慎重さをかなぐり捨て、全力で来た道を引き返した。

 

 ―――いくつもの足跡に紛れた、一際大きな足跡に気づかず…

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

「あれ、フリーダはどこ行ったんだ…?」

 

 少し戻って、一塊になっている村人達にその結果を伝える。先に戻ったイルルク達のお陰で情報の通達などは出来ており、戻ったジモにその結果を問う。

 倒したと胸を張って言えば村人からは歓喜の声が上がる。しかし、まだランポスの影が消えたわけではない。それに、他の箇所の見張りをしていた人物から、何かの気配がしたような気がすると不安の声が届いた。

 よって、フリーダを呼び戻そうと駆けるが、到着しても張本人はいない。

 

「おーい! フリーダー?」

 

 呼びかけても、草木がカサカサと揺れる音がみみに届くのみだ。まさか…。と先程の話から顔を青褪めるが、草木の掻き分けた後があり、自分から木々の中に入っていったことが伺える。

 

「追いかけたいのはやまやまだけど…、視界の悪い森じゃあ弓はあんまり役に立たないし、行き違いになってもあれだからな。うん。私が行ったら村の守りもなくなるし」

 

 どことなく寒気のようなものを覚えたジモは、それを誤魔化すように一人村の中央に戻るのだった。

 

 奇しくも、その選択は正しかったと言えるだろう。

 

「なあ、あれって…」

「ああ…そうだ」

 

 ちょうどその頃、ジモを見送った村人たちが遠目に青い物体の姿を捉える。まだ遠く、こちらに気づいてはいないみたいだが、柵を超えて村の中に侵入していた。

 

「ランポスが入ってきてる…!?」

「ジモを呼び戻そう」

「よせっ、大声を出して気づかれたらどうするんだ」

 

 混乱する村人たち。息を潜めてどうにかやり過ごそうとするが、生憎とランポス達とて遊びでやっているわけではない。

 最初は遠目に見えていた青い鳥竜は、村を見回るようにして少しずつ近づいてくる。そう広くない村だ。虱潰しに来られてはあっという間に見つかってしまうだろう。

 

『ギャア! ギャァアッ!』

 

 一体が吠えると、続々と新たなランポスが現れ村を散策し始め、内三体が皆が隠れている方向目掛けて走り寄る。

 

「!」

「…っ!」

 

 ランポス達はまるでここにいるのが分かっているかのようにその場に立ち止まると、周囲を見渡してすんすんと鼻を鳴らしている。

 ランポスの爪が地面を掻き回す音も、軽く呻る様子すら聞こえる程の距離で隠れるのは相当に恐怖を煽る。

 やがて、一体のランポスは何かを感じ取ったのか、ある一つの家の入り口の前に立ち、興味深そうに首を傾げては匂いを嗅ぐ行為を繰り返す。

 

(おい、やめろよ…!?)

(そこには子供や女もいるんだぞ…!)

 

 別の場所からそれを見ていた村人からは懇願のような、怒りのような感情が向けられる。

 扉一つない出入り口。壁際に寄り集まって息を押し殺す彼女たちが見ている間にも、ずらりと鋭い歯の並んだ嘴が姿を見せ…

 

 途端、何かに気がついたかのように顔を上げてある方向を睨みだす。それは他二体も同じ様で、一体の気まぐれという訳ではないらしい。

 

「何が…」

 

 隠れていた一人が僅かに顔を覗かせ、ランポス達の注意が向いている方向を見ると、こちらに向かって疾走する人影、矢を番えて走るジモの姿があった。

 

「やあっ!」

 

 駆け寄りざまに一射。走りながらのため体の細いランポス達の脇をすり抜けていったが、これで完全にこちらに対して集中するようになった。

 

「ジモだ!」

「戻ってきてくれたのか!」

 

 警戒する三体の正面に位置取り、互いに睨み合いが続く。先に動いたのはジモだ。突然の乱入者を注意深く見つめるランポスの前で背中の矢を番えると、徐々に弦を引いてゆく。

 

『ギャッ!』

 

 その構えを隙と見たのか、一番先頭にいた一頭が我先にと飛びかかる。ガリガリと砂煙を立てながら静止し、姿勢を低くして斜め上に離れる。

 

『ギャァ!?』

 

 見事喉元を貫いた一矢により、ランポスは平衡感覚を崩し着地を盛大に失敗。倒れ込むように落下したランポスはそのまま絶命した。

 

「やった!」

 

 村人から歓声が上がる。ランポスは仲間が殺されたことで明確にジモを危機として捉える。フリーダにもやって見せたように、互いにコミュニケーションを行い取り囲もうとするが、そうはさせまいとジモも距離を取る。

 

 正面から対峙し、接近するのであればまた話は違っただろうが、遠距離から弓を引くジモには関係ない。二匹を視界内に納めている限り、そう簡単に背後を取られることはないはずだ。

 

 その様子にやり辛さを感じたランポスたちは憎々しげに威嚇を繰り返すが、続けて放たれる矢に一気に攻めたてることも出来ないようだ。

 

 とはいっても、専用の矢も有限。まだまだ余裕はあるとはいえ、フリーダの言った通りまだいるかもしれないと考えられるうちは無駄打ちはあまり出来ない。加えて、ランポス達の注意を引きつけたとはいえ未だランポスの背には村人の隠れる家がある。

 気まぐれで反転でもされて向かってしまえば、遠ざかる細身のランポス相手に、絶対に当てられるという自信はない。

 

「フリーダ、遅いなぁ!」

 

 二体を相手にして勝てはしない。それなりの訓練と経験を得たならばそう難しいことではないが、これが初陣。攻勢に移った瞬間やられてしまうのが目に見えている。

 最初にやったのもフリーダが前衛に居てくれたからこそだ。だからこうして時間稼ぎをしてるのだが、それでもランポス達も痺れを切らしてきている。

 

『ギャアッ!』

 

 その読みは的中し、二体は一鳴きすると一斉に走り出した。ジモは狙いを片方に絞るが、向かってくるランポスに対して恐怖を抱いているのか、当たらない。 

 

 焦りを見せるジモは、次々と矢を放つ。それこそ溜めを省略してまでも。それでも数撃ちゃ当たるとの言葉通り、ブレた狙いでも鱗を弾き飛ばす。

 

「嘘!?」

 

 矢が当たったランポスはしかし、ふらつきながらも姿勢を持ち直し、長所である跳躍力を活かして大きく跳ぶ。

 放物線を描き、行き着く先はジモ。飛びかかってきたランポスの爪を何とか横転してかわす。右足に浅く掠ったが、脚甲のお陰で怪我はしなかったが、鉄を削る音と衝撃が走る。

 

「うわっ!?」

 

 続けて噛みつこうとするところを体を投げ出すようにして躱す。しかし、無様に地を這う彼女に、時間差で襲いかかるもう一体。

 

「ぅげッ…!」

 

 突然の衝撃に胸の中の空気が吐き出され、苦しそうに呻く。自らを押さえつけているのは、先程の射が当たったランポスだった。

 先程の攻撃の恨みか、興奮してギラついた目つきのままに喉元を狙って牙を向ける。が、咄嗟に左手の分厚い手甲を噛ませ、その噛みつきを回避。

 ギチギチと歯が金属に擦れる音がする。腕自体にダメージはないが何度も何度も執拗に同じ行動を繰り返すランポスに、ただ左腕を構えるしかない。次第に押さえつける足でも苛立ったように引っ掻き、そのたびに防具によって助けられていた。

 

『ギャァ! ギャアアッッ…!』

「待って待って待って、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」

 

 力勝負に持ち込まれては、押されるしかない状態。これでは時間の問題と分かりつつ、死にたくないから必死で抗う。さりとて、ここまで不利な状況下で、必ず毎回避けられるという保証もない。

 

「あぁ〜! もう無理!」

 

 そう泣き言を漏らし、目を瞑ったジモだが、予想していた衝撃は来ない。変わりに、ランポスの汚い悲鳴がすぐ近くで響いた。

 恐る恐る目を開けると、ランポスの口が目前まで迫り、それが横から蹴り飛ばされジモの隣に横たわる。喉に斬撃跡が残っており、今なおその傷からは生命の証たる血液が流れ出ていた。

 

「大丈夫か?」

「フリ〜ダ〜!」

 

 そこには、双剣を提げたフリーダが立っていた。不意打ちの一撃で仕留めたらしく既にランポスは息絶えている。

 手を貸してもらい立ち上がると、何とかといった様子で弓を構え直す。今の一連の行動から、ランポスとの位置関係は逆転し、今度はジモたちが村のみんなに背を向ける形となる。

 残ったランポスは新手に一層の警戒心を抱き、姿勢を低く構えるも手が出せないでいる。すると、先程の戦闘に誘き寄せられたのか、新たに四体のランポスが現れる。

 

「まだいるの!?」

 

 数が揃って襲いかかるかと思われたが、もとからいたランポスは仲間に顔を向け軽く唸ると、ギャアギャアと一際大きく鳴き続ける。その行為が分からず、ジモがチャンスだと矢を引き絞るが、フリーダは何か気がかりを感じていた。

 

「1、2、3、4……。ジモ、そこに倒れているヤツ以外でランポスを仕留めたか?」

 

 顔をランポスに向けたまま問う。心当たりのないジモは何故そんなことを聞くのかわからないと言うが、それが何よりの答えだった。

 

「仲間を呼んでいる! あいつを狙え!」

 

 その指令に迷わず狙い撃つ。気持ちも落ち着いた状態で狙いすまされた一射は、逸れることなくランポスを絶命させた。

 

「仲間って…」

「足跡を辿った。三方向に分かれていたが、こちらに六体、逆方向に五体分の足跡があった」

 

 淡々と告げるが、それはつまり、挟み撃ちにされた上で9対2を演じろということだ。それも、守るべき村人がいる状態で。

 そのことを悟った二人は慌てて眼前の三体を始末するべく武器を向けるが、その頃には背後から迫る地を蹴る土煙が目に移り込んできた。

 

「もう来たか、悪いが向こうに牽制をしてくれ!」

「わ、わかった」

 

 ジモは身を翻し、迫りくるランポス達を足止めしようと目を凝らすが……。

 

「あれ、なんか、大きくない?」

 

 中央に一体。そして左右にも一体ずつランポスを伴っており、聞いた話より二体も少ないのは僥倖なのだが、先頭を走る一頭が、明らかに左右のランポスより頭一つ抜けて大きい。

 疑問に思いつつも、一頭がより前に出ているだけかと考え、慣れてきた射撃を行う。

 

 狙いは上々。放たれた矢は確実に正面のランポスに真っ直ぐ向かっていき―――

 

 

 ―――浅く突き刺さりはしたものの、煩わしいとでもいうかのように顔を振るとカランと音を立てて落ちた。

 

 今の一撃は、ランポス相手であれば絶命とまではいかずとも、間違いなく重傷になる程度の威力はあった筈だ。少し前の状況と違って、焦ってもいなければ、力だって十分に込めていた。狙いが悪かった訳でもない。ならば何故と、口に出しそうになったその時だった。

 

 近づかれたことにより、その容姿がより細かく確認できた。距離感が狂っていた。原因は、最初にジモが感じた通り、大きさが違うからだ。

 血のように赤いトサカは、他のランポスより大きく、反り返る形をしており、より発達した爪は通常体と違いトサカと同じく朱に染まっていた。

 

「ドスランポス!?」

「何っ!」

 

 流石に予想外の出来事にフリーダですら目を剥きこちらに振り返る。しかし、それを見逃すランポスではない。ここぞとばかりに向かうランポスに手一杯で、背後に迫るドスランポス達に集中できない。

 

「どうすれば…」

 

 フリーダはランポス四頭の相手をしている。自分が手を貸そうにも、そちらの始末がつく前にドスランポスが来るだろう。

 今も悪あがき的に射ってはいるが、動きを止められないのが現状だ。

 

『グァアアアッ!』

 

 ドスランポスが迫る、迫る、迫る。その様子を確認した住民からも悲鳴が上がる。既に距離は20mを切った。一か八か、自分が前に出ておとりになればと、そう足を踏み出した瞬間。

 

「どぉぉおおりゃあああああああぁぁッッ!」

『グギャァアッ!?』

 

 横合いから飛び出してきた影が、ドスランポスの頭を殴り飛ばしてその進撃を食い止めた。

 

 薄汚れた鎧に身を通した人物が持つ得物は、骨をそのまま削り出した無骨な大槌。

 急な襲撃に動揺したドスランポスは一旦後ろに下がると、部下ともどもこちらに警戒の視線を向ける。

 その最中にも、男はこちらに顔を向けて問う。

 

「ジモに…フリーダか? 一体全体、これはどうなってるんだ?」

「アランッ!」

 

 彼ら探索班の頼れるリーダー。アランの姿がそこにあった。





かんそうください。ひょうかやってやくめでしょ。これ(評価バー)うごくやつ?よろしく(フルゴア)


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ランポスたちを討伐せよ!

約半年ぶりやな…。いつの間にか評価者83人に増えてる。ありがとナス(傀異化)
皆さんあの追加モンスター何だと思います? 私的にはワールドの?やシルエットからムフェト・ジーヴァだといいなぁ…。と思っております。
流石にムフェトはシャガルみたいに別地域に出す真似はしないだろうし、ガイアデルムと玉金夫婦以外の超大型が欲しすぎる。
欲を言えばあの撃龍船使わせろ。ナバルデウス出せ。グラン・ミラオスと撃龍船で戦わせろ。ドスバイトダガーだせ


 

「アランッ!」

 

 背後へ問いかけながらも、ドスランポスから視線は外さない。ドスランポスは小型のモンスターにとっては捕食者の立場に位置するが、この自然界ではその限りではない。

 故にこそ狡猾さを身に着け、それを武器としている。現に、突然現れたアランに対して警戒して留まっているが、僅かでもアランが隙を見せていれば絶好の機会と猿叫を上げて飛びかかっていたことだろう。

 それが分かっているからこそ、アランは背中越しの対応を取っていた。とはいえ、ドスランポスは用心深い性格といえども、それは我慢強いということにはならない。ましてや、それが己より矮小な存在であるならば尚更だ。

 今しがた不意を突かれたとはいえ、周囲を囲まれ、守るべき人がいるのには違いなく。状況はお世辞にも良いとは言えない。

 

『ギャッ! ギャァッ!』

 

 痺れを切らしたドスランポスが一度嘶けば、その背後を取っていたランポス達が動き出し―――。

 

「ニャァ〜」「ニャ!」「ウニャァ!」「ニャオ〜ン」「ブニャア」

 

 しかし、遅れてやってきた小さな群れに纏わりつかれて動きを止めてしまう。

 

「なんだ、モンスター?」

「アラン」

「大丈夫だ。そいつらは味方だ! そいつらに助けられて帰ってこれた! 詳しい説明は後にして、今はランポスに警戒しろ!」

 

 アランの指示に、聞きたいことは山程あれど、ぐっと飲み込んでアランの背中を守るようにランポスに相対する。不思議な毛玉達は手に持ったピックでちまちまと攻撃を繰り出しているが、ランポスに有効なダメージを叩き出せてはいない。注意を惹きつけるのが精々だ。

 

 だが、一度冷静に戻った狩人を前に、気を散らすのは悪手である。

 

「ふっ!!」

 

 アイルーに注意を向けていたランポスは、それに執着するがあまり、眼前に迫る双刀に気づくことなく、首筋に朱い二筋の線を浮き彫りにさせ吹き飛ばされる。

 

「にゃぉにゃあお!!」「ニャッ!」「ニャッハッハー!」「ニャー!」

 

「これは喜んでいる…でいいのか?」

 

 フリーダは手放しに喜ぶアイルー達に警戒を少し緩め、背をアランに任せているという安心からか、これまでより落ち着いた構えを取り、油断なく睨みつけていた。

 

「よくやったフリーダ! 後ろは任せた!」

「ああ」

「ジモ、お前はこっちの援護を頼む」

「分かっ…ええっ!? 私こっち!?」

「仕方ないだろ。後ろは十分、それよりドスランポスが一番の脅威だからな…!」

 

 ジモはその振り分けに驚愕するが、そう言われては反論の余地もない。双方からの挟撃である以上、どちらを後ろに通してもいけない。決定力がある人間を遊ばせておく余裕はないのだ。

 

「来るぞ!」

 

『ギィャアッッ!!』

 

 縦に割れた瞳孔。荒々しく鼻息を吹き出して、まずは己に攻撃したアランへと爪を剥き出しにして飛び掛かった。

 それを横飛びに回避し、同時に動き出したランポスに合わせて骨塊を横薙ぎに振るう。

 

 痛烈な一撃は見事に頭を打ち付け、その牙を幾本かへし折る。が、それでもモンスター。その一撃だけでは闘志は揺らがない。

 だから、アランは既に手を打っていた。

 

「うぉらぁッ!」

『ギャッ!?』

「やっ、どりゃっ!」

 

 右斜から打ち下ろされたハンマーの柄を短く持ち直ぐ様反転。今度はその軌跡を戻るように下からかち上げ、勢いそのままに渾身のスタンプを叩き込んだ。

 脳を強く揺さぶられ、地に伏せたランポスはそのまま、二度と立ち上がることはなかった。

 

「ジモ! 周りのランポスは狙えるか!?」

「ちょっと不安はあるけど…アランから遠いところのランポスなら多分!」

「俺はこいつらを引き付ける! その間に一体ずつ倒してくれ!」

「わ、わかった」

 

 そう告げるや、頭領であるドスランポスめがけて走り出す。道中会得した効果的な溜めの姿勢を見せて、力強く骨塊を振り下ろす。

 側面に命中。が、ドスランポスは視線を僅かに逸らすだけで揺るがず。そのまま振りかぶった姿勢のアランへ口を伸ばした。

 

「っと!」

 

 噛みつきを側転で躱し、続けて横から連打。ドスランポスの射程から程よく離れた位置取りで見事に攻撃を与えていく。

 とはいえ、ドスランポスもやられっぱなしではいない。適宜攻撃に意識を傾け、バックステップや飛びかかりなど、臨機応変に小さな獲物へと爪牙を剥き続けていた。

 対してアランは攻撃にすべてを集中している訳では無い。常に相手の動きに合わせられるよう、深追いせずに挙動を観察できる動きだ。決定力に欠けるが、慎重で安定した堅実な戦い方だと言えよう。

 

「ギャッ!?」

「二体目っ…! っそうだアラン! マサミチは一緒じゃないの!?」

 

 ランポス達をアランがおびき寄せ、掻き乱している間にも、ジモは冷静に円から外れたランポスへ向けて不意打ちの一矢を放っている。射撃の合間、疑問に思っていたことをアランに投げかける。

 大きく嘶いたドスランポスの攻勢に息を切らしながらも、アランはニッと笑って、今はここにいない相棒のことを想起する。 

 

 

 

――――…

 

 

 

―――アランがフリーダ達と合流する少し前のこと。

 

 

「ふう……、やっと馴染みのある景色だ」

「ニャア、やっとかにゃ?」

「疲れたにゃ〜」

 

 あの山から命からがら逃げ出した俺達は、何事もなく無事岐路を歩むことが出来ていた。アランの言った通り、暗い夜だからこそモンスターの気配はなく、索敵もアイルー達の優れた感覚のお陰で支障らしい支障はなかった。

 強いて言えば、怪我や打撲なんかが痛かったけど、そこは回復薬で誤魔化して前に進んだ。そして改めて現代では異常な効果を誇る回復薬に驚かされる。ゲームのように、とはいかないが目に見えて効果が実感できる時点で今更だ。

 この世界はモンスターが逞しい分植物も相応に逞しいのだろう。

 

「大変だったな…。ま、その分収穫もある。…にしても、俺たちがあいつらに敵うようになるにはどれだけかかることやら、だな」

「おいおい、グラビモスはハンターの中でもかなりの腕を持ってないと狩猟なんて出来ない相手だぞ。まだまだ駆け出しの俺達はそれよりも生活のことを考えようぜ…」

 

 アランはあの威容を目にして尚折れていないらしい。だけどその意欲は見習うべきだろう。そうでもなければハンターとして十分に活動できる筈もないのだから。

 

「遅れて心配させただろうなぁ…」

「早く顔見せてやらないとな。それに、おやっさん達にこの鉱石の山を見せたらどうなるか。ミーニャとかは燃石炭(これ)に跳んで喜ぶ気がするけど…。うーん、おやっさんは分からないな」

 

 肩の荷が降りたといった様子で口数も増える二人。夜中通して移動してきたアイルーたちは数匹既に荷車の上で眠りについているが、交代で起きているアイルー達も疲労が祟ったのか眠そうだ。帰ったら安心できる場所でしっかりと眠りたいところだ。

 

 それにしても、今回の物資の整理に、おやっさんたちへの納品。村のみんなへの声掛けや道具集め、アイルー達の住居確保と、やることが多い。確かに疲れるし、中々思うようにはいかないかもしれないが、それでも。

 

「やっぱりこの世界に惹かれてるんだよなぁ…」

 

 厳しく、険しく、煌びやかなハンターライフではないが、これも中々悪くない。そう感じてしまっている自分がいたのは、きっと勘違いではないだろう。

 

「…? なあアラン。なんか人気が無くないか?」

「何? …本当だ、いつもならこのあたりで見えるんだが……いや、っまさか!?」

「うわっ!?」

 

 唐突にくわっと声を荒らげたアランに驚いて、荷車は動きを止める。その拍子に転げ落ちたアイルーは目を擦りながら起きてしまった。

 しかし、そんなことも気に留められないようで、アランは顔を蒼白にする。

 

「まさか…俺たちが離れてる間に…?」

「だから、何なんだって!」

「………俺も、少なくとも俺が生まれてきてからはなかったんだが、これは村に好戦的なモンスターが現れたときの対応だ」

「何だって…!? 好戦的なって、ランポスとかか…?」

「いや、偶に訪れるようなはぐれは俺達でも追い払うくらいは出来たから、多分それ以上の何かだ。数が多いか、それともリーダーがいるか。どっちにしても、いいことじゃない」

 

 険しい顔つきのアランから齎される言葉に瞠目する。何せ、この遠征に出掛けた理由だって、寒冷期ということでイャンクックなどのモンスターが活動を止め、ランポスはこの前のドスジャギィの件で大幅に勢力を減らしたからなのだから。

 

「何で…いや、みんなはどうなってるんだ!?」

「決まりに従ってるなら、村の中央に隠れてる筈だ」

「っ何でわざわざ中に…、いや、悪い。そうだよな」

 

 外に逃げればいいと、そう口にしかけたが、この世界の現状、村から追い出されてしまえば、この食糧の少ない寒冷期には為す術もない。俺たちが狩りを始める前、住居や生活基盤のあった当時ですら食料が枯渇しかかっていたのだ。どうなるかは想像に難くない。

 

「それより、今は早く合流しよう」

「けどマサミチ、剣を失くした状態じゃもしモンスターがいたときに戦えないぞ」

「…それは、そうだが…。そうも言ってられない状況かもしれないだろ」

「分かってる。だから、俺に任せろ」

 

 その自信の籠もった言葉に、その瞳に、ハッとさせれた。

 そうだ。何を言ってるんだ俺は。俺がハンターという職業を知ってるだけで、何を不安がることがあるんだ。アランは今までもずっと頼りになってきた。俺みたいに事前知識があるわけでもなく、元々ここの価値観で育った境遇で、俺の無謀な狩りに付いてきてくれたんだろ。

 ドスジャギィだって、臆さず戦ってくれたアランが決め手だったし、地下溶岩帯じゃ俺を助けるためにあの二体が戦ってる中駆け出してくれた。村に無事帰り着いたのだって、アランの案だ。その胆力と、それをなし得る力はもう十分だというのに。

 そんなことに、今更気付かされるなんて。

 

「…確か、最初に貰ったハンターナイフは家に置いてるんだったよな?」

「…! ああ、俺の家だ」

 

 気づけば、俺はアランの肩に手を置いていた。

 

「村のみんなのこと、任せた」

「おう!」

 

 一点の曇りもない、澄んだブラウンの瞳が燦然と輝いた。

 

「それと、数が多かったときのためにこいつら(アイルー)を連れてってくれ。そうすれば負担も減る」

「マサミチは? 着くまでにモンスターに遭遇する可能性はあるだろ?」

「俺はムートとアミザに着いてきてもらう。それでいいか?」

「オレは構わないニャ! 困ってるやつを助けないのはオレの猫道(ネコどう)に反するからニャ!」

「ボクもダイジョーブだにゃ。ホントは怖いけど、一人でいかせるほうがブルブルニャ」

「…ありがとう」

 

 この通り、初対面で馴染みのない人間を助ける当たり、いい奴らなのは分かっていた。利用するみたいで気がひけるが、今は四の五の言ってる場合じゃない。

 

「……いいか、もし万が一並のモンスターじゃなかった場合、陽動や時間稼ぎに徹してほしい。そりゃ倒せるならそっちのがいいんだが、もし難しそうなら無理に倒そうとはしないでくれ。役に立つものも持ってく」

「…分かった。よし、いくぞお前ら」

 

 そう言って、足早にアイルー達の群れを引き連れて村の中を迷いなく進んで行く背中を見送った。やっぱり統率力なんかは断然あっちのほうが上だ。モンスターの特徴や道具なんかの知識を覚えたら、俺の上位互換の完成だ。

 

「負けないように頑張らないとな」

「ニャ?」

「いかなくていいんですかにゃ?」

「…ああ、分かってる。行こう」

 

 

 

―――…

 

 

 

「…よしっ、こっちだ!」

 

 建物の間を縫うように走る三つの影があった。

 マサミチは中央を避けながら迂回し、ここからは少し遠めのアラン宅へと向かっていた。

 村長家は村の中央にあるのだが、アランはその関係の気まずさから別宅に居を構えている。素早く参戦できないと嘆くべきか、安全に準備をできると見るか。

 

「よし、この先がアランのっ…!」

『ギャァッ!!』

「っぶね!」

 

 後ろに続くムート達へ振り返った瞬間、横合いから伸びる黄色い嘴。鋭い牙の生えたそれを間一髪で避け、即座に後ろに飛ぶ。

 見れば、そこにはランポスが2頭。アランの家は目の前だというのに、ここで邪魔者の乱入だ。

 

「ニャー! ランポス程度一捻りだニャ!」

「ウニャ〜!!」

 

 ムートは意気揚々と、アミザは奮い立つように己等の武器を構えランポス達へと向かっていく。

 ガミザミ戦でも見せたように小さな体で相手を翻弄しながらその武器にて傷を与えていく。だが、それも微々たるもの。このままいけばランポスを倒すことは出来るだろうが、今は時間がない。

 せめて剣を取った帰りなら……!

 

「…いや、剣がなかろうが何だ」

「ウニャッ!」

「しつこいニャ〜!」

 

 ムートはその気質からかガンガン攻めに転じているが、どちらかと言えば大人しいアミザは攻勢に移られるとやや引き気味の様だ。でもその分、敵のリーチからは離れている。

 

「ムート! 頭に一発食らわせてくれ!」

「何でニャッ?」

「いいから!」

「うむぅ、とりあえずやってやるニャー!!!」

 

 そう言って、実際にやってのけるのは見事としか言えないだろう。ムートのマカネコピックはマカライト鉱石の塊が原材料なだけに、鋭利に尖ったそれはランポスの体にも通用する。そんなもので頭を下からかちあげられては、さしものランポスも大きく仰け反る。

 

「うぉおおおおおらっっ!」

『ギャッッ!!?』

 

 頭が打ち上げられ、一瞬視界から外れた俺は、全体重、全速力を乗せた盾での一撃を打ち込んだ。盾のみで突貫するその姿はさながらシールドバンプの様だ。

 あらゆる力の乗った一撃はランポスの脳天を直撃し、その体を吹き飛ばすとともに脳を揺さぶり動きを止めた。

 動けなくなったランポスなど脅威に非ず。そのまま袋叩きにされたランポスと、三人に囲まれたランポスの末路は、言わずとも伝わるであろう。

 

 ランポスを凌いだ俺達はアランの家に駆け上がり、無事部屋の奥に鎮座していたハンターナイフを手に取った。この際、ショウグンギザミのせいで傷ついた盾も交換した。

 性能的には少し下がるが、問題はない。

 

「真ん中にいくのかにゃ?」

「オレは準備出来てるニャ」

「いや、まだ中央にはいかない。次は俺の家だ。あるものを取りに行く」

 

 アランの家につく少し前に、一際大きい鳴き声が聞こえた。多分だけどドスランポスのものだ。となれば、一人では十分に強敵。アランは今頃時間を稼いでいることだろう。

 役に立つ物を持っていくと言ったのだ。相応の代物はきちんと揃えてある。あとはアランがその間耐えきれるかだが……。

 

「任せるって言ったもんな」

 

 ならばその言葉を信じて、けれど急いで用事を終わらせるとしよう。

 

「何があるんだニャ?」

 

 ムートは合流を止めてまで手に入れようとする道具が気になるのか、興味深そうに聞いてきた。

 

「まぁ、そうだな…。普通の狩り場じゃ、最終兵器みたいなものか? とにかく、ドスランポスを吹き飛ばせるスゴイ代物だ」

 

 そうとだけ言うと、俺達は全速力で駆け出した。

 願わくば、それがドスランポス打倒の一打になると信じて。




よくよく考えたら10話ぶりに村に戻ってきたんですね。24話しかないのによく序盤でそんな使ったな私。
感想と評価はいつでも募集中ですのでいつされても歓迎です。しろ(極限化)


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青と黒の挽歌

連日更新だぁー!(ギリギリ)
昼には書き始める予定だったのに夕方からになっちゃった。昼過ぎてキュリアになったわ(激ウマギャグ)(傀異化)


 

 遠方からランポス達の悲鳴や雄叫びのようなものが聞こえてくる。アランはしっかり耐えているみたいだけど…。見に行くわけにもいかない。

 俺が出来るのは、アランがみんなを守り抜くか、はたまた相手を打ち倒すのを信じて急ぐことだけだ。

 

「その角にあるのが俺の家だ! 裏手から少し離れたところに袋をいくつか隠してあるからそれをこっちまで持ってきてくれ! あ、絶対に乱暴に扱ったり衝撃を加えるなよ。危険だからな!」

「了解ニャ!」

「そんにゃにですかにゃ?」

 

 二匹にそれを命じて、俺は一つの大きなタルを運び出す。これは建築時のあまりや、伐採時に貰った木の板から自作した大タルだ。素材の良し悪しや加工に手間取ったが、遠征前には満足いくものまで完成させることが出来た。水もこぼれ落ちないほど密度はしっかりしている。

 

 どこにも欠損や不具合がないのを確認していると、ムートとアミザが一抱えほどの袋を一匹ずつ持ってきた。

 

「ありがとう。まだまだあっただろ? あれを全部持ってくるぞ」

「ニャア…あれを全部かニャ」

「これって何なのニャ?」

 

 彼らの体躯には重かったであろうそれを複数回往復するさまを想像したムートはげんなりとし、アミザは袋の中身を知りたがる。ここにも性格が現れているなと少し空気が緩んだ。

 

「これに入ってるのは爆薬だ。強い衝撃が加わると爆発するから扱いは繊細にな?」

 

 そう。これは俺が最初の狩りの武器として活用した爆薬だ。

 あの時、確かにモスを仕留めるという効果を齎したが、やはり自衛手段がないままでは危険だと判断し、一度は諦めていた。だがしかし、それはそれとして、爆薬自体は有効であるとの結果は取れた。あの時は量が量だったし、リスクが大き過ぎたが、こうやって物資と、狙うべき相手がいるのならむしろ活用するべき強力やアイテムになる。

 

 ここまで言えば分かるだろうが、俺が作ろうとしているのは大タル爆弾だ。

 大タル爆弾といえば、ハンターは必ず一度は使用したことのあるものだと思っている。特に慣れない内や、装備の整っていない序盤から中盤。そして眠っているモンスターへの強力な一撃として重用したことだろう。

 残念ながらここにカクサンデメキンもバクヤクウロコも持ってないし、タルの大きさもそれを想定したものではない。

 

 それでも、この子供の背丈くらいは優に超えるタルに並々と爆薬を詰めるのはかなりの緊張感がある。

 聞いたことはないだろうか。テレビでも何でもいい。花火師なんかの仕事で、あの花火星に収まる量の火薬で、その場にいる人間は吹き飛ぶと。

 俺が扱っている爆薬の量はその比ではない。そして、モスを通してこれが生物を殺し得る代物だと知っている。

 

「これで最後…!」

「しんどかったニャ」

「いっぱいですニャ…」

 

 コツコツとニトロダケと火薬草から作り上げた爆薬はそれはそれはかなりの量ある。これを今から大タルに移す作業に入る。

 

「…二匹とも、危ないから離れててくれ」

 

 正直、怖い。この量の爆薬がもし爆発してしまえば、いくら防具を着ていても助からないだろう。……これが、強力なモンスターのものだったらまた別なんだろうけどな。流石大自然。

 

 緊張で手は震えそうになるし、手汗も滲んでくる。でも、それだけはしちゃいけない。震えた手で作業し、もし衝撃を与えたら? 滲んだ手汗で爆薬が湿気たら?

 

 そう考えると、最早それすら許されない。4のハゲガンナーはよくもまあティガレックスの迫る中冷静に二つの大タル爆弾を配置出来たものだ。

 

「でも、命の危機はどこでも同じだ」

 

 今頑張っているアランだって、体力が尽きればドスランポスに殺される。むしろ、明確に殺しに掛かってくる相手がいるだけ俺よりも難易度が高い。

 

「今更怖気づくなよ」

 

 素早く、繊細な手付きで袋の結び目を解くと、それをまるごと大タルの中に注ぎ込んでいく。一袋程度じゃ、全然足りない。でも、一度やれてしまえばその勢いに乗るまでだ。

 

 次々と、それまでの逡巡が嘘かのように爆薬を投入していく。けれど、決して雑ではなく、むしろ丁寧に丁寧に、僅かな量でも零れ落ちないように。しっかりと全てを入れ替えながら。

 

 

―――…

 

 

「……完成だ」

 

 随分と集中力を使ったのか、この寒い中だというのに顔から汗が滲む。……今思えば、寒冷期前に作ったのは正解だったな。

 

 そうして出来上がった大タル爆弾に蓋をする。こちらもまた密閉率は高く、下手な扱い方をしなければ中の爆薬も洩れないだろう。

 因みに、流石に中が全て爆薬でパンパンになっているわけじゃない。そんなに詰めてしまうと運搬が大変だし、些細なことで爆発したり爆薬が溢れてしまう。

 

「後はこれを運ぶだけだが……」

 

 鉱石類を積んできた荷車は、移動の邪魔にならないように村の外周部に置いてきた。ムート達に手伝ってもらうわけにもいかず、これは俺が抱えて中央まで行かなければいけない。

 

「力仕事な上リスクも莫大か…」

 

 ムートほどではないが、げんなりとしつつ、ムートとアミザに護衛網を敷いてもらう。これで、万が一ランポスに遭遇しても、不慮の事故で大タル爆弾が爆発してしまうことは防げると思う。

 

 待ってろよアラン…。必ず、コイツを持っていくからな。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 一方、アランとドスランポスの戦いは、アランの劣勢となっていた。

 

「ふぅ…ふぅ…。どらッ!!」

『ギャギャオゥ!!』

 

 一進一退の攻防と言えば聞こえはいいが、人間より強靭な肉体を持つドスランポスとでは体力、タフネス共に下回っている。同じだけ消耗したとして、絶対値の小さな人間の方が先に力尽きるのは当然の理だ。

 ハンマーという得物の性質上、素早く振り回すにはその分息も必要だ。これが万全の態勢で、狩猟に赴いているのならばまだ上手く戦えていたのだろうが、生憎と自然はそう易しいものではない。

 

 今のアランは遠征によって疲弊した体力も、削られた精神力も必死に絞り出して動いている。正しく空元気。しかしその状態でドスランポスから背後の人々を守りつつ、まともな一撃を受けていないのは驚嘆するべき事実だろう。

 

 だがしかし、それも時間の問題だろう。息が切れれば、補充するだけの隙が必ずある。それを見逃すドスランポスではない。

 

『ギャァオッッ!!』

「くぉっ!」

 

 疲れ切った体に鞭を打ち、ドスランポスの飛びかかりを避けるが、棒のようになった足は上手く動かない。

 目の前で転倒した。これでは格好の餌だ。動けない獲物に舌舐めずりをしたドスランポスは、これ以上逃げ回られないように脚で体を押さえつける。

 

「うぐぁっ……!」

「アラン!」

 

 その重さに肺の空気が吐き出される。鋭い爪がギャリギャリと鎧の表面を削り、もしこれが無ければ深く体に突き刺さっていたであろうことは容易に想像できる

 

「こんのっ…!」

 

 咄嗟に標的を変え、よく弦を引き絞った一矢をドスランポス目掛けて放つ。しかし、それは表面の鱗を削り、僅かに肉に到達したであろう地点で運動を停止する。

 

 ギロリと、より鋭い視線を下手人に向けて一声。

 それにより、今まで包囲網を取っていたランポスの数頭が動き出す。どうやら手下に命じて今の攻撃を放った敵を殺そうとしているらしい。

 肝心のアランは、未だドスランポスに捕らわれたままだ。迫る噛みつきを右に左に、頭を動かし、手甲で逸して凌いでいる。

 

「うわっ…、やばっ」

「ぅぁ、くそっ、フリーダ! 俺のことはいいからジモを守れ!」

「アラン!? …っ、分かった!」

 

 アイルーに翻弄されていたランポスも、同時に動き出しており、その標的はジモだ。ジモは彼女なりに応戦しようと矢を放っているが、リーダーの指令を受けたランポスは今までより高い動きをする。

 細身のそれが複数迫る中、冷静に狙いをつけ対処しろというのも酷な話である。

 事実、少なくない傷を与えた個体はいても、それで死亡したランポスはいない。そして、死兵の覚悟を持ったランポスがその程度で止まるはずもない。

 

「リーダーがいるだけでこんなにも違うかっ!」

 

 最も近い一体を斬り伏せ、そのその細っこい首を蹴り飛ばす。大きく転げたが、すぐに起き上がってこちらを目指す。

 

「にゃ~!?」「うにゃにゃ」「ニャー!」「ニャッニャッ!!」

 

 アイルーもさせるかと数体のランポスに纏わりつくが、一時的な足止め以外の効果はない。アランを助けるには、今襲い来るランポスを全て打倒しなければならない。

 しかし、ジモもフリーダも、これが初陣だ。それを為すだけの基礎能力は備えているものの、このような状況下では真価を発揮できるとは言い難い。

 

 フリーダすら無視してジモに迫るランポスに、驚愕しながらも対処していくが、それで精一杯。

 

 正に絶体絶命。その様子を横目にドスランポスは肩口を抑え込み、より確実に息の根を止めようとその喉元に牙を―――。

 

「みんな目ぇ瞑れぇ!!」

「え?」

「っ、早くしろ!」

 

 アランがその意図にいち早く気づき、号令を受けた他の衆も一斉に視界を覆う。

 

 その瞬間、過剰なほどの閃光が瞬き、白い光が網膜を焼きつくす。

 

『『『ギャァッッ!!?』』』

 

 次に聞こえたのはランポス達の悲鳴。強い光に目を焼かれたランポス達は、何が起こったかも分からずに目を回す。それはドスランポスも同様だ。

 

「離れろこの野郎!」

『ギィッ!?』

 

 そして駆け寄る一つの影が、ドスランポスを果敢に攻める。突然の閃光と、目の見えない間の攻撃。

 ドスランポスは驚き戸惑いながら体を仰け反らせる。

 

 そして、自由になったアランはすかさずその背中を見る。

 

「大丈夫か?」

「悪ぃ、任せろっつったのにな」

「いや、これはしょうがないだろ。俺だって助けてもらった。お互い様だよ」

「へっ、そうだな」

 

 ぐわしっと、防具に覆われた手を掴み合う。マサミチに引き上げられる形で立ち上がったアランは、先程までの疲弊を思わせない姿でハンマーを構える。

 

「あと、これ飲んどけ」

「回復薬か? 有り難いが、わざわざ作ったのか?」

「家に置いといた分だよ。あって良かっただろ?」

 

 ぐいっとその緑々しい液体を飲み干し、ぐっと体を伸ばす。その頃になるとフリーダも、ジモもそれを認識出来ていた。

 

「ありがとう! 助かった!」

「マサミチ、今の光は…?」

 

 目を回すランポス達の包囲網を抜け、駆け寄る。ジモは礼を言い、フリーダは先の光の正体が気になるらしい。

 

「ジモも、フリーダも、その姿は…。いや、今は取り敢えずランポス達だ。積もる話は後だ。そろそろ閃光の効果が解けるぞ」

 

 言われて見れば、ボスであるドスランポスを筆頭に、正常な視界を取り戻し始めたランポス達がこちらを警戒しながら見つめている。

 

「アラン、まだいけそうか?」

「勿論!」

「ジモ、矢の残りは?」

「えっと、いちにさん…三本。使ったの回収すればまだある」

「分かった。出来ればでいいけど、最低一本は持っといてくれ。その時が来たら言う」

 

 ジモはその指示に少し逡巡するも、アランが頷いたのを見てひとまず理解した様子を示す。

 

「フリーダ。ジモとアイルーと一緒にランポスの相手を頼む」

「アイルー? ああ、あのモンスターか。分かった。お前たちはドスランポスか」

「ああ。当然決定打は持ってきてる。けどランポスの邪魔が入れば使えないんだ。頼んだぞ。ムート、アミザ、他の奴らの指揮をしてやってくれ」

「ランポス相手なら慣れてるニャ」

「みんにゃで頑張りましょうにゃ〜!」

 

 そう言って武器を掲げると、今までもたついていたアイルーも調子を取り戻し、「ニャー!!」と鳴く。

 その様子にフリーダは目を点にして……?

 

「モンスターが喋っている…だと…!?」

 

 そういえばそうか。俺は知ってたから特に不思議に思わなかったけど、フリーダ達からすると猫がいきなり人間の言葉を話したようなものか。……まんまだな。

 フリーダのあんな顔は中々見ることが出来ないけど、生憎ともうランポス達も復活した。丁度こちらの作戦会議も終わったタイミングだ。

 

 まだ思案げなフリーダにアランが活を入れ、各々の相手に対して陣取る。

 

「それも含めて説明する! ジモは奥に構えてフリーダとアイルー達でランポスを散らすんだ! アミザは万が一に備えてジモの側で待機! 好機と見ても堅実に攻めろ!」

「「分かった」」

「マサミチ! ランポスから引き離すぞ! その決定打ってのは!?」

「戦いながら誘導する! とにかく注意を引き付けられればいい! 無理に攻めるよりは誘き出すことに専念するぞ!」

「おう! それじゃあ…行くぞ!!」

 

 アランの号令を機に、戦いの火蓋は切って落とされた――。




実際あの量タルに詰め込むって正気の沙汰じゃないよね。
感想と評価はいつでも募集中ですのでいつされても歓迎です。しろ(傀異克服)


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星月夜の下で

評価者数が大台の100人を超えました!ありがとうございました!(予言)
そしてお気に入り登録者数1000人突破ありがとう!(こっちは本当)これも皆様のご愛顧故。出来るだけいい内容を素早く提供できるようこれからも精進いたします。


 

 アランが号令を上げ、態勢の整った狩人側は、これまでと違い冷静に、安定した動きを徹底出来ていた。

 ジモとフリーダは言われた通りにアイルーと共闘し、これといった支障もないままランポスを確実に落としていき、ムートとアミザ、二匹の獅子奮迅の活躍によりトドメもかなり楽に刺せる。今までは、深追いすれば他のランポスがフォローに回って中々数を減らせていなかったのが嘘みたいだ。

 

 守られる後衛、攻め手の前衛が共にその効果の程を実感し、テキパキと新たなランポスへと狙いを定めるその一方。

 戦いの場から少し離れ、けれど決して遠くは無い場所で二人の人間が協力してドスランポスに挑みかかっている。

 

 二人の戦い方は面白みは無く、けれどその分実戦的で隙が少ない。それはどちらか片方が狙われている間のみ、もう一方が全力の攻撃を果敢するというもの。

 単純で、戦いの基礎とも呼べるものだが、それ故に対応もしやすい。もしこれが多様な攻撃手段を持ち、強大な体躯を誇る大型モンスターであれば更に一工夫必要なところだが、相手は中型のドスランポスであり、その攻撃手段は鋭い牙での噛みつき、高い跳躍力を活かした飛びつき、そして長い爪を駆使したひっかき程度のものだ。

 

 そう、ドスランポスは別方向にいる対象を一度に纏めて攻撃する手段を持ち合わせていない。ドスジャギィであれば体まるごと使ったタックルや薙ぎ払いなどの力押しが出来たが、ドスランポスの身体構造上そのようなパワープレイは難しい。

 

 堅実。故に安定。

 安定。故に平静。

 平静。故に安全。

 

 この三つが正しく当て嵌まる。

 ドスランポスの噛みつきを盾で防ぎ、ガラ空きの横顔をアランが殴り付ける。怒ったドスランポスはこれまで以上に機敏に、激しい攻撃を雨あられのように浴びせていくが、一日の長。二人は何とか捌いていく。

 

 ドスジャギィの時のような、常に綱渡りをしている感覚とは違う。明確に相手の動きを見極め、目前の脅威に対処し、文字通り狩ることを念頭に置いて動く。

 

 まだまだ拙いながらも、後の世に広まるハンターの心構えをここに実行していた。

 

「喰らえっ!」

『クァァァ!!』

 

 怯んだ隙に直ぐ様一閃。全力で叩きつけられたハンターナイフはある鱗に亀裂を与え、そう結合している訳でもない鱗数枚を弾き飛ばす。すると鱗が剥がれ防御力の低下したそこへ、すかさずハンマーの一撃。

 ドスランポスは悲鳴を上げ、たたらを踏んで怒りに目を血走らせる。

 激しい攻撃は時に離れ、時に大袈裟にでも躱し、合間を縫って武器を振るう。ドスランポスにとってすれば、追いかけたネズミが尽く自らをおちょくって逃げているようなものだ。苛立つ理由も十分と言えよう。

 

「もう一発!―――と、ぉわっ!」

「マサミチ気をつけろ!」

 

 今までの行動パターンから、攻撃に移ったマサミチに向けて更なる一撃。これは防ぐが、ドスランポスの動きが雑になってきた。

 怒り状態により、興奮したドスランポスは、身体能力が上昇するが、その分思考が短絡的だ。鬱屈を晴らすように無差別に放たれた攻撃に巻き込まれかけた、ということである。

 

「今のは危なかった」

 

 相手はモンスター。怒り状態であれば何をしてきてもおかしくはない。それを心の中のハンターノートに書き加えた。けれどそれはそれで好都合。モンスターの注意を引くという面で見れば前までの冷徹な狩人のままでは難しかっただろう。

 烈火の如き怒りは時に注意力を散漫にさせる。素早い連撃と、時折重く響くハンマーの一撃。それらを幾度も受けて尚健在である姿は野生の力強さを感じさせる。

 

 しかし、相手も相応の攻撃を受け、体の部位のいくつかの鱗は剥げ、血も垂れている。これでも致命傷にはなり得ないが、着実に効果的なダメージは与えている。…後は、何か大きな一撃があれば、それは確実なものとなる。

 

 そして、その手段がこの先に待っている。

 チラッと、ジモ達の方を見れば、最後のランポスに対してフリーダが刃を振るっている最中であった。

 強くドスランポスにハンターナイフを叩きつけ、鱗の薄い皮から出血させた。中々良い攻撃が通った。

 こちらに襲いかかる爪を転がって避け、走り込んできたアランの一撃を受けて僅かに体が止まる。

 …今の内がチャンスだろうな。

 

「アラン! そいつを少しの間頼む!」

「ん? そうか、例の…。分かった! やってくれ!」

 

 そう言って、怒れるドスランポスの注意を一身に引き受けるために、余計に強い一撃で引き付ける。案の定、冷静な思考を放棄したドスランポスは目の前をちらつくアラン(羽虫)に夢中だ。

 

「よし…、今なら…!」

 

 建物の影、喧騒が聞こえる中、俺は大タル爆弾を抱える。重い。だけどこの重さがそのまま威力になることを考えれば途端に頼もしい。

 

「よっ、と…!」

 

 大タル爆弾を道の真ん中へと持ってきて、アランに合図をする。すると、今までの注意を引くような付かず離れずの距離から一転。頭を勝ちあげてこちらに走り寄る。当然、ドスランポスは一歩遅れて追随する。

 

「ジモーッ!! 合図したらこのタルを撃てー!!」

「え、ドスランポスじゃなくて!?」

「そうだ! 頼んだぞ!」

 

 そう言って、アランが俺の側で構えると同時、ドスランポスを迎え撃つ。これで、誘導は完了した。

 

「後は、頃合いを見て離れる…!」

 

 ハンターナイフを叩きつけ、微かでも傷を与えて怯ませる。そう上手く行けばいいのだが、怒り狂ったモンスターはまるで疲れなど知らないかの様に動き回る。

 アランも奮戦してはいるが、あまり腰が入っていないように見える。やはり疲れは誤魔化せるものではない。分厚い皮に刃を通し、微かな悲鳴を上げたドスランポスを蹴って後退。アランが横から殴り付ける。ドスランポスはたたらを踏み、痛手を与えた存在を割れたその瞳で睨みつける。

 

 これで、配置は完璧。しかし背を向けて逃げればドスランポスも追ってきて十分な威力を期待できない。が、それを予測に入れてない筈もない。

 

「もいっちょ喰らえっ!」

「ぬあっ!?」

 

 もう一度の閃光。素材玉に捕まえていた光蟲が投げられたことで身の危険を感じ、生存本能から莫大な光量を以てドスランポスの目を焼く。

 投げ込まれた閃光を直に浴びたドスランポスは大きく後ろへ仰け反って動きを止めている。

 

 それを確認し、アランと共に即座に背を向ける。

 

「ジモ! 今だ!!」

「―――やっ!」

 

 刹那、ひょうと乾いた空気に木霊して矢が放たれる。鋭いその軌跡は違うことなく大タル爆弾に吸い込まれていき――。

 

「飛べぇーっっ!!」

 

 ――――轟音。

 

 あれだけの爆薬の炸裂は生半可なものではなく、体を投げ出した二人の背中を爆風が押す。

 その爆発に、隠れていたみんなも何事かと顔を出し始める。

 

「痛つつ…」

「ぺっ、ぺっ!」

 

 爆風に煽られた土煙を吸ってしまったのか、アランが唾を吐きながら立ち上がる。お互いに薄汚れており、それに少し笑ってしまう。

 

 だが、安心は出来ない。即座に振り返って、黒煙立ち昇る爆心地を眺める。

 

 ―――影は、動かない。

 

「アラン」

「…ああ」

 

 慎重に、武器を構えて近づく。ぐっと手に籠もる力が強まる。

 

 そこに、ドスランポスはいた。

 

『クアァ……ァ…』

 

 鱗は剥げ、皮は焼け、自慢のトサカは折れてそこに転がっている。……虫の息だ。

 その僅かに閉じかけた瞳は近寄る俺達を捉えるが、最早体を起こす気力もないのか、小さく鳴くのみに留まっている。放っておいても、その命が長くないことは明らかだ。

 

「…トドメを刺してやろう」

「…そうだな」

 

 横たわるドスランポスの首筋にハンターナイフを当て、押し込む。そこには今までのような抵抗はなく、意外なほどすんなりと刃が通った。

 

『キャァ……』

 

 最後に微かな断末魔を漏らしたドスランポスは、その生命活動を確かに停止させた。それを見届けると、村のみんなに伝えるために戻る。

 

「みんな、もう出てきて大丈夫だ!」

「この通り、襲ってきたランポスは俺達が倒した! 安心していいぞ!」

 

 僅かな静寂。

 

 そして、ワッと巻き起こる歓声。

 

「ありがとう!」「おかえり二人共!」「本当に倒しちまいやがった…あいや、疑ってたわけじゃないぞ」「二人共大丈夫か?」「アラン兄ちゃん達スゲェー…」

 

 一斉に家から出たみんなが俺とアランを取り囲む。その勢いにちょっと押され気味だ。

 

「うおっ、とと、はは。誰も欠けてないな」

「ああ、俺が来るまではジモとフリーダがランポスを倒しててくれたんだ」

 

 肩の荷が下りたといった風に武器を起き、座り込んだアランが言う。

 

「ああ、とはいってもお前たちが来てくれなければ時間稼ぎもままならなかっただろうが…」

「いや、あの数相手に村のみんなを守ってたんだ。手遅れにならなかったのはフリーダたちがいたからだ。だろ? みんな?」

 

 アランが他のみんなに問うと、一斉にそうだそうだと声が上がる。

 

「ジモお姉ちゃんもフリーダお兄さんも有難う!!」

「…まあ、無駄でなかったのなら。良かった」

「えへへ…」

 

 もみくちゃにされていると、人並みを分けて村長が目の前に立つ。

 

「アラン」

「じいちゃん…」

 

 今までのぎこちない関係性を知っているのか、村人もその雰囲気に軽口は叩けない。……しばらく見つめ合った後、先に口を開いたのは村長だった。

 

「…ありがとう。お前が来てくれなければ、村を棄てなければいけないところだった」

「…ハハ、そこは村人のみんなが、とかじゃないのかよ。……まあ、じいちゃんならみんなを連れて逃げるくらい出来そうだけどよ。どうだい? 孫の狩猟を直に見ての感想は?」

「危なっかしくて見ていられなんだ。特に拘束されたときなど終わったとみな思っていたぞ」

「うぐ、それを言われると痛い…」

 

 以外にも飛び出した追求に、耳が痛いと苦笑するアラン。あれはマサミチがいなければ捕食まっしぐらだったからだ。村人も肝が冷えたのは道理だろう。

 

「…だが、悪くはなかった。強大なモンスター相手に怯まず、立ち向かっていく勇気は認めよう。……成長したな」

「へへっ、だろ? っと、おおぉ…?」

 

 気恥ずかしげに笑ったアランは、そのまま倒れ込んでしまう。

 

「なんか、すげえ眠…」

「そりゃそうだ。徹夜で歩きっぱなしだったんだ。しっかり休むのも大切だぞ? あとのことは俺がやっとくから、アランは眠っとけ」

「…ぉう、任せた…」

 

 辛うじて聞き取れる声で俺に言うと、アランは規則的な寝息を立てて眠りについた。

 

「よし、みんな! 聞きたいことは山程あるだろうが、とりあえずは――――――」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 そして時が経ち、夜。

 外から聞こえる騒がしい音にアランは目を覚ました。

 

「にゃ、起きたニャ」

「アミザ…? と、そうだ。俺が寝てからどのくらいたった…?」

 

 己の枕元にいた存在に、疑問を投げかける。

 

「アランが眠ってからは夜が来たところだにゃ」

「そうか、そんなに寝てたのか…」

 

 見れば、己の姿格好もあの防具からいつもの服に、怪我した部分などに薬草が貼られている。

 そして、ガヤガヤと聞こえる音が気になり、まだ少し痛む体を起こして外へ出る。

 

「お、アラン。おーいみんなー! アランが起きたぞー!」

「先に始めてるぞー」

 

 そこには少し前の宴と同じ様な光景が広がっていた。どうやら俺が寝ていたのは村長…じいちゃんの家だったらしい。

 村の中央広場に焚き火を設置し、みんなでそれを囲んで肉を頬張る。

 戦闘があったという痕跡は残ったままだが、ランポスの死体や血などは除去されていた。

 

「アランもこっち来てくれよ」

「そうだぞ。お前が居てくれなければどうなっていたことか…」

「流石ハンター様だ。ほれ、食え食え。マサミチがいい焼き方を教えてくれてな。あんだけ寝たんだから腹も減ってるだろう」

 

 言われてみれば朝昼も抜いていたことになる。自覚してみれば尚更ぐう、と腹の虫が空腹を訴える。

 

「うん、滅茶苦茶旨い」

「そりゃよかった」

「……でも、何だ? アプトノスの肉じゃない? だが何処かで食ったような……」

「お、すげえ。気づいたか。これはモスの肉だよ。お前が眠った後、マサミチがフリーダ達と一緒に獲ってきたんだよ」

「そうか、フリーダ達も。……って、いや、何でみんなハンターのことを知ってるんだ!?」

 

 感慨深げに、姿の見えない三人の姿を思い浮かべて、その言葉に驚く。

 

「ああ、それに関しちゃ…まあ、適した人がいるだろ」

 

 そう言って目を送った先の建物から姿を覗かせる人影。マサミチ達とじいちゃんだ。

 

「アラン! 起きたのか!」

「マサミチ。ああ、まだ痛むが特にこれといった支障はないな。…じいちゃんと、何か話してたのか?」

「ああ、俺達のこれからによく関わる話だ。このあと全員に対しての呼びかけをするらしい」

 

「フィシ村の諸君! 宴の席だが聞いてくれ!」

 

 中央に陣取ったじいちゃんが、村のみんなに向けて語りかける。そのはきはきとした語り口調からは年齢による衰えを感じず、昔から見てきた厳格な村長としての声音だ。

 みんなも、その姿に大人しく目を向けている。

 

「我が村はこの僅かな間だけでも幾度の危機に陥ってきた! 寒冷期における甲虫共の襲来による食糧不足!」

 

 食料庫番のストレイが頷く。

 

「そして南方より北上してきた狗竜によるこの森の生態系への侵略」

 

 おやっさん達鍛治師が頷く。

 

「最後に、今朝村の内部に群れを引き連れて現れたランポス共による壊滅の危機!」

 

 間近に迫って来ていた恐怖を忘れないであろう。今度は村民全員が頷いた。

 

「それらの危機をそこにいるマサミチとアランが退けた!」

 

 おぉー!! と歓声が上がる。

 

「マサミチ曰く、モンスターを狩って生計を立て、生活を豊かにしながら自然と共に生きる。そのような人々をハンターと呼ぶらしい」

 

 ガヤガヤと囃し立てる声や子供の盛り上がったような叫びが聞こえる。

 

「マサミチ、アラン、ジモ、フリーダ。村長としての権限で以上の四名をフィシ村のハンターとして任命する!!」

 

 わっ! と更に人々が湧く。村長の言葉に盛り上がる人もいれば、任命された彼らへの賛辞の言葉を投げかける者もいた。

 

「そこで、マサミチとの話し合いにより我々は次の段階を目指すべきだろうと判断した!」

「みなも知っての通り、モンスターは恐ろしい存在だ。だが、我等の食糧問題を解決したのも間違いなくモンスター。そして、ハンターたるマサミチがドスランポスを打倒した瞬間を見た者も多いだろう! 今まではどのようなことであれモンスターに怯える他ない身だったが、これからは違う!」

 

 そうして、強く宣言する。

 

「ハンターである彼らの力を借り、これからのフィシ村は変わる! 山で出会った小さな隣人たちもこの村の一員として力を貸してくれることだろう」

 

 その言葉にアイルー達がにゃーと鳴き声を上げ、みんなと騒ぎ立てる。そうか、既にアイルーが混ざっていると思ったら、話はつけてあったのか。

 

「手始めに、この村の外周部を整え、今日のようなことは起こさせん! 寒冷期に入る今だからこそ行うべきことであり、その間の不安はハンターである彼らによって保障される! よいか、明日からは働ける者を総動員し、村の安全を確保する! その他の者にも彼らの助けになっていただきたい!」

 

 その演説には、これまでの鬱憤や不安。弱さと希望が籠もっていた。

 

「詳しい説明は後日に回す。今はこの食事に感謝し、明日に向けて英気を養ってほしい! ……私からは以上だ」

 

 村長の言葉が終わって、村のみんなは時代のうねりを確かに感じていた。

 ある者は友と共に笑い、ある者は明日の活動への意欲を高める。そしてまた、ある者はハンターと呼ばれた彼らの活躍に胸躍る期待をしていた。

 

「全く、調子のいいこと言って…」

「ああ、いくらドスランポスを倒したとはいえ、近くにはイャンクックだっているんだぞ?」

 

 当事者たる身からすれば、それは中々に大きな期待だ。この程度の実力でそれを背負うには中々に辛いが……。

 

「まあ、ご期待に添えられる様に頑張るか」

「おう。こうなったらイヤンクックでもなんでも倒して、一人前のハンターにだってなってやらぁ!」

 

 ―――――こうして燃えている以上、登り切ってやるさ。ハンターの高みってやつに。

 

 そう、夜空に瞬く星に誓うのであった。




これにて最序盤の序盤は一区切り! ここまで来るのにどんだけかかってんだって話ですけどね。
感想、評価、お気に入り等いただけると大変励みになります。

決めろ!炎のクリティカル!



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ケルビの角を納品せよ

この話を投稿する前に100人いけませんでしたぁ…!


 

 早いものでランポスの襲撃から更に数ヶ月が経過した。寒冷期の寒々しい様子から、ほんのりと穏やかな風が吹き始め、小さな緑も見られるようになった。

 

 あれから、村長の言っていた通りの改革が進められ、フィシ村はすっかりと様変わりした。

 元々この村の柵は、かつては村の子供が迷い込まないための境界線としての役割しか担っていなかったのに対し、今では先の尖った丸太が隙間なく立ち並び、ランポス程度のモンスターならばその侵入を防いでくれる。

 

 高さはドスランポスの跳躍を基に、飛び越えられない高さである。ドスランポス以上、つまり通常の大型モンスターともなると時間稼ぎが出切れば御の字といった所だが、この村周辺の木々のお陰でそれほどの大きさのモンスターは侵入出来ない。

 最大の懸念点としては飛行能力を持つモンスターだが、空を飛ぶ相手への対策などしようがない。これだけ構築出来ていれば十分だろう。

 

 ついでにと開拓した森まで村の一部として拡張し、新たな住居もいくつか建っている。…まあ、これに関しては伐採した木々の倉庫や干し肉の燻製作業場としても使われており、今までよりぐっと生活に余裕が出来ている。

 

 そして、何気に生活が最も変わったのは俺だったりする。

 今までのちょっとしたテントから、木造のしっかりとした家へと建て替えられたのだ。

 間取りも増え、モンスターの素材などを置いておける部屋なども用意してくれたことは本当に感謝している。

 

「ムート、いるか?」

「何ニャ?」

 

 名前を呼べば、部屋の片隅で武器を研いでいるムートの姿。どうやら自身の武具の管理は欠かさないように気をつけているらしい。

 この通り、アイルー達はこの村の家々に住まわせて貰っており、対価として様々な仕事を手伝ったりして馴染んでいる。時折失敗したりミスをすることもあるが、その愛らしさに概ね好評だ。

 アイルーたちもそれぞれやりたいことを見つけては励んでおり、ムート達から人間の言葉を教わっている途中だ。成果は…まぁ、そこそこといったところだ。

 

「確か、ブルファンゴが数頭いたんだっけか。それと薬用にケルビの角も頼まれてたな…」

「ニャ、ブルファンゴの方はジモとフリーダが行ってるニャ」

「お、そうなのか。じゃあ今日の獲物はケルビだな。服にも使えるし、丁度いい」

「出発ニャ?」

「準備したらな」

 

 インナーの上から置きっぱなしの防具に袖を通す。黒い鱗をふんだんに使った中国の甲冑風の見た目で、金属をつなぎとして用いた防具。

 ランポスシリーズに身を包んだ俺は、今度は壁に掛けておいた片手剣を手に取る。盾と柄をランポスの皮と鱗で補強し、刀身はドスランポスの立派なトサカを鋭く加工した得物。ドスバイトダガーだ。

 

 ドスバイトダガーを軽く振って、感覚を元の状態に戻す。そして最後にヘルムを装着して、予め用意してあった袋を手に取る。

 散々玄関で待っていたムートはジャギィネコシリーズに身を包み、準備は、万端だと知らせてくる。

 

 燦燦と日は差し、陽気な温暖期の空気が肌を撫でる。ここ最近はずっと陽気ないい天気が続いているのもあってか、気分がいい。

 そして、今ではこの仰々しい鎧を着て歩くのにもすっかり慣れた。

 

「お、マサミチおはよう。アランならもう着いてるぞ」

「おはよう。わざわざ悪いな」

「マサミチの兄ちゃん! 今日は何するんだ?」

「おっとと。今日はケルビの予定だよ。薬師のエストが角を欲しがっててな」

「あら、今日はケルビを狩るの? なら、その毛皮はぜひ私にくださいな。寒冷期は過ぎたとはいえ、皆さん分の服はあって困りませんもの」

「分かったよ。出来るだけ傷つけないように気をつけるさ」

 

 道行く人々に挨拶され、その度に気さくに返す。…こっちに来てからもう暫く。これもいつの間にか当たり前の日々になっていた。

 と、アランを待たせてるんだったな。

 少し駆け足で目的地を目指す。そこは、かつて大タル爆弾で開いたスペースだった。ドスランポスにトドメを刺したその場所にはちょっとした屋根なんかを建てて、今や村のみんなの憩いの場として使われている。

 そして余裕も出来たのか、そこには新造した机や椅子なんかがいくつも並んでいる。その一席に座り、こちらに手を振る男が一人。

 

「よぉマサミチ、遅かったじゃないか」

 

 マカライトと鉄の合金で出来た防具を身に纏い、傍らにブルファンゴの頭部を模したハンマーを置いたアランが言った。

 

「悪い悪い。道具の整理に時間がかかったんだ。……何食ってるんだ?」

「これか? 何でも、焼いた肉に感動したアイルーが、それをもっと美味しくする方法はないかってメルトの奴らと一緒に試行錯誤しているらしくてな」

「……その被検体ってことか」

「平たく言えばそうだな。…でも意外と悪くないぞ? ほれ、マサミチも食ってみろ」

 

 そう言って差し出されたそれを一口。

 よく焼かれた肉の歯ごたえと、どこかコリッとした食感が同時に訪れ、肉の味もただ焼いただけではなく、香草の香ばしい香りが口の中に広がる。

 

「おお…、けっこう美味いな」

「だろ? 今のところ一番成功してる品だって言ってたからな」

「一番? じゃあ他のやつは?」

 

「うわぁぁぁ! ストレイの奴が倒れたぞ!?」

「何があったんだ!」

 

「「………」」

 

 よし、見なかったことにしよう。

 

「まあ、狩りに出る俺達には評判のいいやつを作ってくれてるらしいから…。な?」

「そういうことならいいが…。ん? そういえば、アミザは一緒じゃないのか?」

 

 早速出発しようとしたのだが、今やっと相棒の家に居候しているもう一匹のアイルーのリーダー格の姿がない。

 そのまま狩猟に出ようというものだから疑問に思って訪ねてみたが、「仕方ないさ」と一言。

 

「他のちっこいのに迫られて言葉を教えてるんだよ。今日は別に大物が相手でもないしな」

「そうか。じゃあしょうがないか…。…にしても、随分と勉強熱心だな」

「当たり前ニャ。あいつらはやりたいことには真っ直ぐだからニャ。当然言葉を覚えたほうが便利で楽しいと思ってるからやってるんだにゃ」

 

 確かにその通りだけど、それを実行に移して結果も出しているあたり流石だろう。

 現に、今やフィシ村ではアイルー達の働きも評価されてきており、俺達の世話になっている工房でも何匹かが修行中だ。

 

「じゃ、早速行くか」

「おう!」

「ニャ!」

 

 

――――……

 

 

 

「よし、ケルビ4頭に、角は12本。これだけあれば十分だろう」

 

 最初にアプトノスを狩猟した草原。そこには寒冷期前は見られなかったケルビなども生息しており、今回はその群れを狙った狩りだった。

 毛皮や食肉としても必要なため4頭は狩ったが、角だけならば殺す必要はない。無闇に乱獲して無駄にするのも忍びないし、生態系に影響を与えるのもよろしくないため、その4頭以外は俺とアランで角だけ折って逃している。

 鹿と同じなら、時間さえ経過すればまた生えてくるから問題はないだろう。……また生えてくるよな?

 

「じゃあ帰るか。まだ本格的じゃないとはいえ、これまでより悪くなりやすいからな」

 

 そう。気温が暖かくなれば、その分腐りやすくなるのは当然だ。寒冷期の寒さならばそれこそ冷蔵庫いらずで長期間保存出来たが、これからそうも言ってられないだろう。

 急いで荷車を牽くのは疲れる。それもいくらケルビとはいえ4匹もいれば尚更だ。

 

「なあ、これもうちょっと何とかならないのかよ?」

「アラン?」

「いや、だってよ。これを持って行って、狩りをして、更に獲物とか物を乗せてまた牽いて帰るんだぞ? 今はまだ近いし、そこまで難しい相手じゃないから余裕もあるが、もしもっとデカイ相手だったりしたらそれだけで余計に疲れるだろ? 下手すりゃ俺等だけじゃ運べないなんてことになったら動けなくなっちまう」

「…まあ、それは確かに」

 

 狩りをするというだけで体力も精神力もそれなりに消耗する。確かに今の状況だと村に戻るまで少しも休憩ができないし、出来れば疲れも残したくない。初めから疲れ切った状態で大型モンスターに挑む、なんてことは避けるべきだ。

 

「で、マサミチ? 何か解決策はないのか?」

「あるにはあるけど…。頼るの早くないか?」

「いや、マサミチだって言ってただろ? 飛竜だって狩るハンターがいるってな。飛竜ともなると大きさも重さも尋常じゃない。ならそれをしっかり運べる何かがあるって考えるのは当然だと思うんだが。んで、それを知ってるであろう奴がいるなら聞いたほうが早いだろ?」

 

 …この通り、アランは思考放棄の問いなんかは滅多にしない。アランがこんな風に短絡的に見える言動を取る時は、ある程度考えた末のショートカットか、本気で狼狽しているかくらいなものだ。

 

「アプトノスを使うんだ」

「アプトノスを?」

「ああ、アプトノスはモンスターだけあって力は強いし、移住のために長距離を移動することだって出来る。そして何よりその気質が温厚だからな。捕まえてある程度調教すれば荷車を牽かせることも出来るだろうさ」

 

 オープニングムービーなんかじゃリオレウスだって難なく運んでたんだ。それに、アプトノスさえ歩いていればいいわけだから、俺達はアプトノスの牽く馬車……竜車で疲れも癒せるしでいいことづくめ、という訳だ。

 一応、大型モンスターなどに狙われた場合のリスクもあるが、ゲームの時代のように発展しているのならともかく、ハンターすら他にいない状況下ではそう変わらないだろう。

 

「なるほど。モンスターに牽かせるってのは考えてなかったな…。アプトノスは草食だし、捕まえてみるか?」

「大人しいとはいってもモンスターだぞ? いきなり引っ張っていくのも警戒心を煽るだけじゃないか?」

「うーむ、そうだな…。餌付けで何とかならないか?」

「そんな単純な……。いやでも、うーん」

 

 どうだろうか。だが、確かにそれくらいしか思いつかない。

 

「ま、失敗したら次の手段を考えればいいだけだ」

「…それもそうだな」

「取り敢えず、今はこれを持って帰ってやろう」

 

 そう言って、俺達はひいこらと荷車を牽き始めたのであった…。やっぱ辛い。出来るだけ早く実行に移さなければ…

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 所変わって、こちらはアプトノスがいる南の草原から少しズレた雑木林。フィシ村から見て北側の山脈に続く道だといえば分かりやすいだろうか。

 

 そこには暖かい季節になるとブルファンゴが訪れ、時折フィシ村にまで下りてくる。ここにいる個体が、少し前近辺で目撃されたらしい。

 そこで、ジモとフリーダは、村人の安全確保を目的にブルファンゴの狩猟に訪れていた。

 

 この数ヶ月で武器の扱いやハンターとしての活動に慣れたのか、特に苦戦することなくブルファンゴの狩猟は完遂していた。

 そしてまた、ブルファンゴから得られることの出来る毛皮は丈夫で汎用性が高いため、出来る限り持ち帰ることにしていた。

 

「これで全部かな?」

「ああ、念の為周囲を散策したがもういないらしい」

 

 そう言葉を交わす二人は、数ヶ月前正式にハンターとして認められてからこのような活動を続けていた。

 

 ジモは青い鱗を余すところなく貼り付け、ミニスカートルックスのどこか軍服を思わせる意匠の鎧。ランポスの素材から造られたそれに身を包んでいた。

 同じランポスの防具を身に着けるマサミチと違う部分は、遠距離主体の弓を武器としているために動きやすさを重視しており、右半身はほぼ鱗で構成され、左半身を硬質な鉄で固めている、無駄のない配置だ。

 対するフリーダは、ジャギィの色鮮やかな橙の鱗や、分厚い紫の皮を全身に使用した、まるで服の様な軽装だ。ジャギィとランポス、どちらも似たようなヒエラルキーに属する鳥竜種だが、ランポスの防具を東洋的だとすれば、こちらは近代的で西洋的な軍服に酷似している。

 背負う武器はこちらもジャギィの素材と鉱石で補強した双剣、ジャギットショテルだ。

 

「しかし、やはり温暖期が近づいてきているな」

「そうだね。寒冷期だとこの辺にはいなかったのに」

 

 寒冷期には枯れていた食料が現れだすのだろう。わざわざそれを求めに来たブルファンゴには悪いが、傍迷惑な話だ。

 今のところ村人に被害は出ていないが、この場で放置すれば雑食性のブルファンゴは村周辺の食物を食い荒らしてしまう可能性もあったのだ。早めに対処が出来て良かった、といった所か。

 

「さて、剥ぎ取りは忘れないように…。ん? 何あれ?」

 

 突然、ジモが空を指す。フリーダも追って遠方の空を見れば、何かが空を飛んでいた。

 最初はゴマ粒のように見えていたそれも、段々とこちらに近づいてくる。

 

 咄嗟に、フリーダは腰につけた双眼鏡でその影を捕捉する。この双眼鏡は、形の良い竜骨の中身を削り出し、内部にランポスの瞳の水晶体をはめ込んで造られたものだ。

 生物由来の代物とはいえ中々馬鹿に出来ない性能を誇っており、横についた紐を調節することで水晶体のレンズを調整、拡大縮小もお手の物だ。

 

 そして、そんな双眼鏡だからこそ、ハッキリとそれを視認することが出来た。

 

 空を羽ばたく青色の翼膜、頑健にその体の全体を覆っている桃色の甲殻に、何より特徴的な丸みを帯びた嘴と巨大な耳。

 

 間違いなく、“怪鳥”イャンクックだった。

 

 こちらまで来るかと思われたそれは期待を裏切り、程なくして降下。ある程度遠くの林の中にその姿を隠した。

 

「そういえば、マサミチが温暖期はイャンクックの最も活発な時期だと言っていたな」

「じゃあ危ないんじゃ…?」

「いや、幸い縄張り外をそう動き回る様な存在でもないだろう。だが、この先に現れたという注意くらいはかけておくか…」

 

 その口調は然程切羽詰まってはいない。己等が安全圏にいるのを理解しているが故の余裕。

 しかし、イャンクックの生態を知らない彼らに察しろというのも酷な話ではあるが、敢えて情報を加えるのならば一つ。

 イャンクックは大型モンスターの中では繁殖力が強く、気候が良い日がよく続いた年には大量発生する時もある。ということだ。

 一生物の大量発生は生態系を荒らしかねないが、大半の場合は食糧不足で翌年には元通りになる。だがしかし、追い詰められた動物は、時に人間の想像を遥かに超える行動力を発揮することもまた、自然界の道理であるのだ。




何か最後不穏っぽくなったけどそんなに不穏なことは早々起こりません。
感想!評価ァ!ヨロシクオナシャス!!


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アプトノス誘導作戦

ある時を堺にサブタイが実在するクエストのアレンジだと気づいた者はおるか…?
あと100人突破ありがとう!


「イャンクックを見た?」

 

 ケルビを狩り、依頼の品を届けた俺達を待っていたのは、ブルファンゴの掃討を終えたフリーダ達から齎される、怪鳥の目撃情報だった。

 俺と同じく目を剥いたアランは、すぐにフリーダへ事実確認を取る。

 

「ああ、あちらの林の、更に奥だ。距離は離れているが、今はあまり近づかない方がいいだろう。向こうには一度行ったことのあるお前たちには伝えておこうと思ってな」

「…今のところ鉱石を採りにいく予定はないが、ありがとう。念の為他のみんなにも通達しといてくれないか? 実際に見たなら説明もしやすいだろうし」

「そのつもりだ」

 

 言うが早いか、狩りの成果を置いたフリーダ達はまず真っ先に村長宅を目指していった。

 その後ろ姿を見送りつつ、俺はイャンクックと初めて出くわした数ヶ月前を思い出す。

 

 イャンクック。怪鳥とも大怪鳥とも呼ばれる大型の鳥竜種。ゲームでは比較的序盤に登場。今までと毛色の違う戦い方をし、初心者ハンターの登竜門として立ちはだかる。その行動から飛竜種への予習にもなり、そういった理由から「先生」と親しまれていたモンスターだ。

 

 けれど現実で、しかもハンターのいない村からすれば強大な脅威だろう。

 今思えばあのときはかなり無謀なことをした。いくら鉱石を得るためだからといっても、当時はジャギィすら狩っていない様な状況であんな場所まで歩いていったのだから。

 帰りにはイャンクックの他にもアオアシラにも追われたし、無事帰り着くことが出来たのだって偶々イャンクックが混乱するほどの音が出せ、偶々標的がアオアシラだっただけなのだから。

 

「怪鳥か…。あの時は逃げるしか出来なかったが…。今出くわしたら戦えると思うか?」

「今…今かぁ。確かに何かしらの理由で近場まで来るかもしれないが…」

 

 どうだろう。大型モンスターの狩猟経験はないけど、数カ月間鍛錬は怠らなかったし、イメージトレーニング、地形の把握にも努めた。装備の類もしっかり強化しており、もしこれがゲームだったならイャンクックに挑む準備は十分以上揃っている。

 

「…うん、そうだな。絶対とは言い切れないが、イャンクックが相手でも遅れを取ることはないと思う」

 

 これは驕りや自惚れではなく、正当に評価したものだと思う。いや、これが驕りだと言われれば言い返すことなど出来ないけど。これでも数ヶ月の間、ほぼ毎日ハンターとして活動しているんだ。それに足る実力くらいは身につけている…はず。

 

「まあ、フリーダの話では早々出くわすこともないだろう。ま、念の為聞いてみただけだよ」

「とりあえず、今のところはアプトノスだ。なんとかして飼い慣らす方法を見つけないとな…。卵から育てられたらそれが一番確実なんだろうが……」

 

 そもそもアプトノスの卵の産卵場所なんて知らないし、それを無事に孵す方法も分からない。孵ったとして、ケアの方法も知らない。そもそもミルクがない。等などと、問題がありすぎて現実的じゃない。

 

「よし、取り敢えず一回やってみようぜ」

「試しにってお前…」

「ここで考えたって仕方ないさ。取り敢えずやってみなきゃ改善策も出ないだろ」

 

 …アランの言う通りだ。やってみなきゃ分からないなら、やって次を考えればいい。別に生死がかかっている訳でもない。トライ&エラーだ。ハンターだって、これは変わらないさ。

 

 

―――…

 

 

「よし、先ずは餌付けだ」

「より美味い飯が食えれば、こっちに懐く可能性もあるってことだな」

 

 早速、あの草原まで戻ってきた俺達は手当たり次第に試してみることにした。

 用意したのは牛を参考にした粗飼料。出来るだけ刺激しないように近づいた俺達は、その内の一体の口元に持ってきたそれらを差し出す。

 俺達が危害を加える存在ではないと察しているのか、アプトノスはスンスンと匂いを嗅ぐと、むしゃむしゃと咀嚼を始めた。

 

「! 食った!」

「おお!」

 

 アプトノスは安心した様子で粗飼料を頬張ると、俺達を少しだけ見つめ……またすぐに草原の草を食み始めた。

 

「あれ?」

「…まあ、そりゃそうか。よく考えなくても元々近い場所の草だ」

 

 食料に困っている訳でもないんだから、それで懐くことがあれば寧ろ驚きだ。

 

「…次だ次!」

 

 アランが仕切り直すように意気込んだ。

 

 

―――…

 

 

「んじゃ、次は誘導だ。移動する時に上手いこと追い立てて村まで連れてくぞ」

 

 そう言って、草陰に隠れて様子を見る。

 暫くすればアプトノスも食事をやめて移動を開始するだろう。その時が狙い目だ。上手いこと武器で追い立てれば……。

 隠れ観ながら、今か今かとその瞬間を待ちわびていたのだが……。

 

「……寝たな」

「寝たなあ」

 

 アプトノス達はどれほど経っても移動することはなく、とうとうその場で眠り始めてしまった。

 既に太陽は沈み、星の光が指す宵闇に包まれていた。

 流石にこれ以上は粘ったところで無駄だと、また後日別の手法を試すことにした。

 

 

―――…

 

 

「こうなったら実力行使だ!」

「うおおおお!!」

 

 駆け出した俺達はアプトノスが驚くのも構わず、ツタの葉を編んで作ったロープを一頭のアプトノスにかけて引っ張っていく。

 

『ヴモォ―――ッ』

「暴れるなっ!」

「っと、うわっ!?」

 

 ロープを引っ掛けたところで、アプトノスとて必死に抵抗する。流石モンスターだけあって、膂力だけならかなりある。

 頭を左右に、尻尾をバタバタと振るたびに俺達は苦心しながら抑えつけようとするが、異変を察知したアプトノスが決死の覚悟で俺たちに攻撃してきたことで断念する。

 

「これもダメか…。アプトノスもみんな逃げちまったし、また明日だな」

「抵抗される以上力尽くは厳しいな…。それに手間取ってる間にも仲間を呼ばれて邪魔されちまうな…」

 

 そう。死体を運ぶのとは訳が違う。相手だって必死で抵抗するし、いざとなれば反撃だってしてくる。

 

「寝てる間を狙ったら……あんだけかかるなら起きて暴れるか…」

「相手も野生で生きてるんだ。いつどんなときでも起きられるように警戒しながら寝てるんだろうな」

 

 だがそうなると余計にどうやっていいのかが分からない。ゲームによる狩猟に欠かせない情報は俺にはあっても、こういった世界特有の話ともなると途端に分からない。

 もっと時代が後ならその方法も確立されているのかもしれないけど……。生憎と、この時代にはハンターすら存在していないような時期だ。発祥の地も時期も分からない以上、出歩いて学びに行くことも出来ない。……いや、そもそもその長距離の移動に欠かせないんだけど。

 

 逃げてしまったものは仕方ない。少なくとも今日は戻ってくることはないだろうから、俺達は大人しく村へと引き返す。

 項垂れながらも、こうなりゃ意地だ。俺の家で作戦会議を続けるけど、未だ実用的な意見は出ない。

 俺たちが散々頭を悩ませて、何なら他の人にも相談してみても、結果は芳しくない。…いったいどうすればいいんだろうか。

 

「もういっそのことさ、ぶん殴って目を回してる時を狙って連れてっちまおうぜ。あれなら抵抗もされないし…」

「いや、それは駄目だろ。殴ったら起きたときに相当警戒するんじゃないのか?」

 

 アプトノスは温厚な性格で、周囲に他の生物がいても警戒はしないが、自らに危害を加える可能性アリとみるや、一斉に逃げ出すほどだ。

 さらに、どれほどの間気絶させられるかなど分かったものではない。

 その案はあまりに強引過ぎる。

 

 確かに、意識さえなければ騒がれないし、暴れないから楽に済むんだけどなー…。そう何度も結論を出してはいるものの、そのせいで頭を抱えるというジレンマ。

 

 互いに顔を見合わせてうーんと唸っていると、家の外から俺を呼ぶ声がする。

 

「おーい、マサミチ〜! 何かエストがお前のことを呼んでるぞ」

「エストが?」

 

 エストとは、この村で唯一の薬師を担っている若者であり、先日のケルビの角も当人から依頼された物だ。

 薬師、とはいっても狩猟に用いるような代物ではなく、現実的な意味での漢方や薬を取り扱っていた。

 

 そう、今までは。俺達が狩りの終わりに飲んでいた回復薬を気にかけたエストに、その他の薬の調合レシピを伝えれば早速とばかりにとりかかってくれたのだ。当然素材は俺達の持ち込みで。

 エストは回復薬のより効果の高い適切な調合方法などを見つけてくれた実績もある。…多分、こっちの方が後世にも伝わっているようなレシピなんだろう。流石本職は違う。

 

「何だろう。また素材を集めてほしいとかか?」

「とにかく行ってみたらどうだ」

 

 考案は取り敢えずアランに任せ、言われたとおりにエストの家に向かう。

 エストの家は調合場などと一体化しており、中に入るとツンとした匂いや薬草の青々しい香りがたちまち広がる。

 

 そこには数々の薬草が丁寧に籠ごとに分けて鎮座しており、家主の几帳面な性格が垣間見えていた。何の用かと呼びかけると、すぐに気配がこちらに向かってくる。

 奥に続く道から現れたのは、スラッとした手足に整った目鼻立ち、濃い灰色のショートヘアーを右に整えている女性。

 

「マサミチさん、お忙しい中わざわざありがとうございます」

「いや、いいよ。ちょうど暇してたところだし。えーと、それで何か用があったんだよな?」

「ああ、そうですそうです。前に教えてもらった薬をいくつか調合出来ましたので、よかったら持っていってください」

「本当か!?」

 

 案内されるまま中に入ると、今度は表の薬草とは少し違った素材が見えてくる。釜やすり鉢などの道具には混ぜ合わさった代物が満たしている。

 

「何か、いい匂いがする」

 

 表の状態から、もっと様々な素材を扱っている内部はさぞ臭うだろうと思っていたのだが、予想に反して匂いは無臭に近いフローラルな香りだ。

 

「ふふ、採ってきてくれた落陽草の香りですよ」

「そうか、落陽草…」

 

 消臭玉の調合素材としてしか思っていなかったが、中々いい。むしろこの世界じゃ臭うのが当たり前みたいに思ってたから衝撃だ。

 

「それで、こちらになるのですが…」

 

 そう言って、差し出されたのはやや青みがかった粉と、薄い青の液体。黄色い飲料に、最後は回復薬か…?

 

「左から増強剤、栄養剤、元気ドリンコと回復薬グレートです」

「こんなに…!?」

「ええ、どうぞお役に立てて下さい。その、効果の程は実物を知らない以上判断できませんけど…」

「いや、俺なんかよりよっぽど上手いんだ。エストが作ったんなら間違いないさ」

 

 それらを纏めて有り難く頂戴する。確かに、これから温暖期が来る以上、活発になるモンスターなんかもいる筈だ。実に心強いアイテムとなるだろう。

 栄養剤はゲーム通りなら体力の最大値を上げてより粘れるし、元気ドリンコは眠気を消しながら疲れも癒せる。回復薬グレートは言わずもがな。増強剤だって様々なアイテムを調合するのに必要なものだ。

 

「ありがとう。是非有効活用させてもらうよ。何か必要な物があったらいつでも言ってくれ」

「で、でしたらもっとハチミツをお願いします! あ、いえ違いますよ。決して私が食べるためとかではなく、何かと多く使うのではと思いまして…! …本当ですよ?」

「ああ、そう…」

 

 まあ、どの道これから先ハチミツがあって困ることなんて無いだろうからいいけど…。出来れば養蜂なんかを確立させて安定供給を目指したいところだ。

 

 踵を返して去ろうとしたその時、一匹のアイルーの悲鳴が奥の部屋から響いた。

 

「な、何だ!?」

「まさか…!」

 

 慌てた様子で奥の部屋に向かうエストに追従していくと、そこには惨状が広がっていた。

 

「これは…」

 

 その一室には、倒れ伏したアイルーと、そのアイルーが落としたのであろう、籠から散らばった草が散乱していた。

 よく見れば、草はネムリ草で、その部屋には毒テングダケやマヒダケなどの危険物が整列している。

 

 とりあえず、そこに倒れ伏すアイルーを助けようと部屋の中に踏み出した瞬間、エストが叫んだ。

 

「マサミチさん吸わないでください!」

 

 あまり声を荒らげない彼女の声に驚きながら、慌てて口と鼻を手で塞ぐが、それでも微かな眠気と指先が痺れるような感覚に陥る。

 息を止め、急いでアイルーの元まで駆け寄って部屋の外まで引っ張りだすと、エストが直ぐ様症状を診る。

 

「よかった…。どうやらネムリ草の効果で眠っているだけのようです」

 

 ホッとした様子で語るエストに、今の部屋を尋ねる。

 

「ええ、実はあちらの部屋には取り扱いの危険なものなどを置いているんです。有効活用出来るものや、毒素に効果のある薬を作るためにも欠かせないものでして…。それにしても、危険な毒でなくてよかったです。ネムリ草を摂取した程度なら……えいっ!」

 

 突如、アイルーの頬を思いっきりビンタする音が響くが、しかして何も起こらない。突然の暴挙に驚いていると、エストも困惑気味にこちらに顔を向ける。

 

「あ、あれ? おかしいですね…。えいっ! えいっ! まだまだっ!」

「ちょちょちょっ、待って、待ってあげて…!」

 

 そのまま往復ビンタをかますエストを宥め、何故そのような暴挙に至ったのかを問い質す。

 

「ネムリ草による睡眠は浅いものなので強い刺激を与えればすぐに起きる筈なのですが…。あの状況から見てもそこまで多量に吸ったとは思えません…。余程疲れていたのでしょうか…?」

 

 ゲームでも、俗に言う睡眠状態は衝撃で起きていたが、どうやらそれよりも深度の深い眠りについてしまっているらしい。命に別条はないが、それだけが不可解なのだとか。

 強いて言うならば、元々疲れていたりすればその浅い眠りがきっかけとなり、そのまま熟睡してしまうこともあると言う。

 

「そういえば俺も少し吸ったんだが、指先が少し痺れた。これはネムリ草の効果なのか?」

 

 ゲームとして知っていようと、その効果の程は実際に試してみなければ分からない。ありのまま思ったことを聞くが、エスト曰くそんなことはありえないと言う。

 

 そこで原因を探ってみたら、すぐにそれは見つかった。マヒダケを乾燥させた粉末だ。どうやらこのアイルーが転けた拍子に同じくその入れ物を散らばらせてしまったらしい。

 とんだお騒がせアイルーだ。

 

「それにしても驚きました。まさかネムリ草とマヒダケを同時に摂取すると効果が高まるとは…」

 

 エストの見立てでは、ネムリ草とマヒダケ、二つの成分によって相乗効果が発生し、深い眠りに麻痺が重なってこのような状態になってしまうのだとか。

 

 確かに、ネムリ草とマヒダケは捕獲用麻酔薬の調合に必要とされる素材だ。通常の眠りとは違うということだろう。

 

「…ん? 捕獲用……。これだっっ!!!」

 

 思わず立ち上がり叫ぶ。エストが何事かと見てくるが、そんなことも今は気にならない。

 

 いよいよアプトノス捕獲に光明が差してきたぞ……!

 




エストは美人。あと名前はエスト瓶から。


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アプトノス捕獲作戦

イヴェルカーナやった!!!
あのBGM大好き。ソードマスターの重ね着で挑むことにします。
そんなことより記念すべき30話だ!!みんな大好きなあのモンスターが登場するぞ!


 

 翌日、俺とアランは探索組を引き連れてあの草原まで向かっていた。

 みんなも外に出るのは慣れたものなのか、特に怖気づくというわけでもなく周囲へ気を向けながら着いてきてくれている。とはいえ、流石に今回の役割には僅かながら緊張しているらしい。

 

 それもそうだ。数ヶ月前までモンスターの狩猟すら考えの外にあった彼らにとって、それを生きたまま捕らえ、それを村まで運ぶというのはさぞかし不安だろう。

 

 あのあと、エストの家を飛び出した俺はネムリ草とマヒダケを調合して捕獲用麻酔薬と呼べる程度には完成させ、探索組に声をかけた。断るのも自由だと言ったのに、それでもみんな良い返事を返してくれたのだ。各々仕事があるために仕方のない場面もあったが、必要に足る人数は早々に満たすことが出来たのだ。

 

 こうしてメンバーは集まり、その後日、これまでの経験からアプトノスが食事を終える時間になってから俺達は村を飛び出したのだった。

 

 移動中の会話もそこそこに、すでに草原の端が見えてきた。

 

「よし、予想通りだ。すっかり寛いでる」

 

 アプトノス達はのんびりと体を休めており、そのゆったりとした所作から恐らくは食事も終えているだろう。つまりピッタリの時間に来れたという訳だ。

 聞こえが悪いが、攫いやすそうな孤立した個体などを探す。そして、見つけた。他のアプトノスが複数体で集まって和を形成している中、やや離れた位置で倒れている一体だ。

 

「アレを狙うのにゃ」

「ああ、俺達が先に出る。合図したらゆっくり静かに着いてこい」

 

 小声で話すアランに、みな沈黙のまま頷く。温厚なアプトノスとはいえ、急に大人数が駆け寄ってきたら驚愕もする。下手すれば、仲間を呼ばれて抵抗に合うやもしれない。

 ここまで散々失敗してきたのだから、慎重にもなるというものだ。

 

「よし、いくぞ」

 

 合図し、そろりと草陰から身を露わにする。一瞬外周部の個体が音に反応するが、すぐに興味を失ったかのように頭を下げる。

 

 そのままゆっくり急ぐというやや矛盾した状況を維持し、そのアプトノスへと近づいていく。草食竜とはいえ流石の肉体を誇っており、小型鳥竜種が単体なら下手に手出しが出来ない相手のようにも見えた。

 

 ぞろぞろと引き連れた人の群れを見るのは初めてなのか、今までとは違って顔をこちらに向けて観察するような視線を送ってくる。

 

「よし、こいつを飲ませて……と」

 

 腰に備えた捕獲用麻酔薬を取り出してアプトノスへと差し出す。アランが顔を押さえて、その隙に俺が喉へと流し込む。

 

 その筈だったが……。

 

 途端、俺達に差す太陽が遮られる。俺達の上空を、何かが横切ったのだ。それの真っ先に反応したのは誰だっただろう。俺だったかもしれないし、アランだったかもしれない。はたまた、同行してくれた探索組か。

 アプトノス達が途端に周囲を警戒し始め、その羽音を捉えた瞬間にみなが警告を発しながら立ち上がり、我先にと逃げていく。

 

「なっ…」

「あれは…!」

 

 悠々と空から舞い降りるは大怪鳥。それは本来、こちら側には姿を見せないはずのモンスターだ。何せ、フリーダの報告にあった方角が怪鳥の縄張りであり、範囲もそう広い訳では無い。

 まして、イャンクックの生活に全く困らないほどの環境が整っていて、何故。

 

 そして、イャンクックが降り立ったのは、俺達とアプトノスの群れのその狭間。奇しくも群れとアプトノスを完全に分断する形になってしまっている。お陰でこちらの側にいるアプトノスも警戒して仲間の元へと逃げられないようだが、その程度の距離しか離れていない。イャンクックは直ぐに俺たちの存在に気がつくだろう。

 

「アラン、急いで飲ませるぞ」

「っ正気か? 目の前に怪鳥がいるんだぞ」

「どの道この人数じゃ気づかれる。それより俺たちで注意を反らしている間に運んでもらった方がいい。眠ったアプトノスも暫くは起きないはずだ」

「…分かった。皆聞いたな? 俺達がアイツを引き付ける。だからアプトノスは任せた」

 

 未だイャンクックを警戒するアプトノスに麻酔薬を飲ませるのは簡単だった。最初は体の力が抜け、微睡んだ後、僅かな抵抗を残して沈黙。ぐうぐうと規則的な寝息が繰り返される。

 そしてその音で気がついたらしい。とうとうイャンクックがこちらに顔を向ける。その形相からは感情を読み取ることが出来ないが、強い敵意を抱いていることは分かる。

 本来臆病で縄張りから出ないイャンクックが、何故最初から敵意を剥き出しにしているのか。その疑問も今はねじ伏せ、ドスバイトダガーを抜き放った。

 

「おおおぉぉぉぉっっ!!」

 

 刃を一閃。叩きつけた刃はイャンクックの強靭な甲殻にも弾かれず、微かな傷を与えた。

 

『クァアアア!?』

 

 先制攻撃を受けたイャンクックは動揺したような声を上げるが、すかさずその頭にアランのブルヘッドハンマーが強かに打ち付ける。その一撃に怯んだイャンクックの足へ、ムートと共に連撃を食らわせ、立ち直るまでには退避する。

 

「今の内だ!」

 

 注意が完全に向いている間に、指示を出す。彼らもそれを分かっているのか、既にアプトノスは荷台へと担がれ、出発準備は整っていた。

 その内の一人がこちらに聞こえるように声を上げた。

 

「今仲間の一人がフリーダ達を呼んでる! もう少しの辛抱だ!」

「っ、そりゃ心強い!」

 

 そう言い残して、足早に彼らは林の中へ消えていく。冷静な状況判断能力は、かなりありがたい。何より、後ろから援軍が来てくれると分かるだけでも幾分かの余裕が出てくるというものだ。

 

「っと!」

 

 ちらと覗き見たそれを尻目に、こちらに向かって啄み始めたイャンクックを躱す。その僅かな隙に回り込んだアランと一緒に痛烈な攻撃を浴びせる。

 左右からの挟撃に、どちらか片方へと意識が集中したところで、もう一方の攻撃は苛烈になる。それを煩わしいというように身を捩り、尻尾ごと回転させることで薙ぎ払った。

 

「ぬおっ」

 

 マサミチは上手く避けたが、アランは紙一重。眼の前で鞭のようにしなる怪鳥の尻尾がよぎっていく。

 体勢の崩れたアランに続けて啄みを食らわせてその体を弾き飛ばす。さらに追撃を追わせるための強打を与えようとしたところで、ムートが前に出て挑発。その動きに目を奪われたイャンクックの背後から、追いついてきたマサミチが皮膜に傷をつける。

 

「イタタ…」

 

 アランは既にその場から動いており、薬草を噛み締めながらハンマーを何度も振るう。

 イャンクックはこれまで戦ってきたモンスターと比べても大きい。よってこのような挟撃を可能としているが、それは二人の連携あってのものだ。マサミチとムートが撹乱と連撃を主に行い、注意が削がれた相手に遠慮のないハンマーの殴打を食らわせる。

 ここしばらくのハンター生活で身に着けたパターンの一つだ。

 

「うらぁっ!!」

 

 大トリとして放った裂帛の気合が込められたスタンプはイャンクックが首を動かすことで回避されてしまうが、それでも十分に攻撃できた。目立った傷はないが、それでも全くのゼロ、というわけではないだろう。

 

『クァァァァ!』

 

 地団駄を踏むように、跳ね跳ぶ動きに巻き込まれないように一旦離れる。次に目をつけたのはマサミチだ。

 

「うわっ!?」

 

 身震いし、こちらに向けて大きく口を開く。放物線を描いて吐き出されたのは可燃性の液体の塊。身を投げ出して何とか躱すが、連続して吐き出される可燃液によって鼻先まで熱が伝わる。

 

「ぜぇらッ!!」

『クァオォォオ!!?』

 

 その大きな隙に、アランは走り込んでいた。走り込みながら力を溜め、ブレスを吐き終わった後の下顎を痛烈に打ち上げる。

 たまらずたたらを踏んだイャンクックは、変わらずこちらを睨みつけて足踏みをしている。

 二人とイャンクックの視線が交錯した。来る、とこれまでで培った第六感のような何かが訴えると、何の予備動作もないままにイャンクックは猛ダッシュで突進してくる。

 

「アラン!」

「くっ」

 

 咄嗟に左右に別れて避けたが、その二人を纏めて凪ぐように回転攻撃を繰り出す。が、その途中で動きは滅茶苦茶になって瓦解する。

 

「ウニャッ! ウニャッ! 喰らえニャ!!」

 

 何を隠そう、ムートがイャンクックの耳をジャギィネコナイフで何度も斬りつけていたからだ。

 命からがら、何とか身を持ち直した彼らは再び武器を構えて躍りかかる。

 この陽動でイャンクックの注意は目の前のムートに向いている。ならば狙うのは脚だ。いかに強靭なそれであろうと、集中攻撃を喰らい続ければ転倒させる程度のことは出来る。

 

「おぉりゃあああ―――っ!」

「だぁぁぁああらあっ!!」

 

 連撃、連撃、連撃。片手剣から繰り出される素早く鋭い斬撃と、ハンマーによる芯に響く打撃の応酬。これには堪らずイャンクックもバランスを崩してしまう。

 

「今のうちありったけを叩き込め!!」

「ああ!」

「やってやるニャー!!」

 

 体から倒れ、元の姿勢に戻ろうと藻掻くイャンクックにそれぞれ位置を変え攻撃する。最も効果的な頭部にはハンマーを強く握りしめるアランが陣取り、ムートも攻勢に加わる。

 

 そしてマサミチは更に一歩離れ、翼の付け根を正確に斬りつけていく。怒涛の全力攻撃にイャンクックも悲鳴を上げ、叩きつけた甲殻が割れ、血が滲み始める。

 

「よしっ!」

 

 痛手を与えたと思ったのも束の間、イャンクックは立ち上がった。

 

『クァアア! クァァアア!!』

 

 されるがままに攻撃を受けたイャンクックは、それはもう怒り心頭といった様子だった。

 高らかに声を上げつつ突進してきたイャンクックを大きく躱し、背後でUターンしてくる挙動を見て全力で走り逃げる。完全にランダムに狙っているせいか、どうにも挙動が読みにくい。

 そんな中、最もマサミチに近い位置で立ち止まる。が、止まっていたのは嘘だったのかと思うほど素早く連続啄みに移行する。

 

「ぐぅっ…!」

 

 何とか盾を構えて防ぐも、ジンジンとその痛みは伝わってくる。だが、その痛みに構っている暇はない。

 怒り狂い、力加減を忘れたイャンクックの嘴が地面に深く突き刺さる。後先考えない全力の攻撃だったからか、イャンクック自身であっても易易とは引き抜けない。その証拠に首を何度も動かし焦るように暴れる。

 そして、盾で防いだからには、その位置は完璧。ドスバイトダガーを二度三度と振るい、自慢の耳の表面を削る。

 だが深追いはしない。嘴が抜けるタイミングを見計らい後退する。顔をブルリと震わせ、土を落としたイャンクックと相対する。

 

「………!」

 

 互いに向き合い、硬直状態に陥る。噛みつきを盾で反らし、返す刀で喉元の鱗に突き立てる。いい手応えを感じたその瞬間、イャンクックの体が遠のき激しい風圧に体が晒される。

 

 イャンクックが背後へ飛んだのだ。それを理解したその時には、既に火炎球は吐き出され、今立ち直ったばかりのこの身では避けられない。

 

「熱っ!」

 

 やむを得ず盾で受けるが、熱いものは熱い。可燃液を咄嗟に払っていると、イャンクックが走り出す。

 慌てて回避行動を取ろうとしたが、勢いそのままにイャンクックが転ける。地面を滑り、ペースを乱されたそれは、マサミチの体に直撃した。

 

「っ、ぐうぁ……!!」

「くそっ、マサミチ!!」

「お前様!」

 

 吹き飛んでいくマサミチの姿に悲鳴を上げながらも、一人と一匹はそのカバーに入ろうと駆けつける。が、背後から殴りつけようと、イャンクックの動きに支障をきたさない。続けて嘴を突きこもうと頭を大きく上げたその瞬間、イャンクックが悲鳴を上げる。

 よく見ると、飛来した矢がイャンクックの額に命中していた。刺さりこそしなかったが、それでも十分な衝撃。見事怯ませることに成功する。

 

 その矢を放った人物がアランの位置からでも見えていた。次の矢を番えながらこちらに向かってくるジモと、その前をひた走るフリーダの姿が。

 このチャンスを不意にするわけには行かないと、アランはマサミチの前に滑り込むと、イャンクックを遠ざけるように右へ左へと痛烈な乱打を叩き込む。またも悲鳴。衝撃で鱗が欠けたのか、ポロポロと落ちてくる。

 

「マサミチ、大丈夫か!?」

「あ、ああ。問題ない。威力の殆どは防具が殺してくれた」

 

 いくつかの薬草を口に運び、立ち上がるマサミチに安堵し、合流したジモとフリーダにも声をかける。

 

「良いタイミングだ!」

「怪鳥が出たと聞き急ぎ駆けつけた。…この様子なら、俺達は要らなかったか?」

「いや、でもジモの弓がなかったら危なかった。ありがとう」

「どういたしまして! でも、怪鳥がなんでこんなところに…?」

 

 ジモの疑問には甚だ同意である。俺が知らないだけでなく、長年住んでいるアランですら遠くで飛んでいるのを見たといった程度。少なくとも、縄張りに近づかなければ出会うことはないであろうモンスターだ。

 

 そしてそのイャンクックは、更に人が合流したのを見てか、翼をはためかせる。

 

「っ、逃げる気か!」

「ジモ!」

「っうん!」

 

 逃げ出そうとするイャンクックに照準を合わせたジモを手で制し、俺は腰につけた袋状のそれを投擲する。飛び去るイャンクックに命中したそれは、独特な匂いをまき散らし、そのまま空へ飛び去っていった。

 

「おい、逃してよかったのか?」

「いや、どの道止めれなかった。逃げるモンスターは多少の犠牲は我慢する。あと一射程度なら耐えられて、そのまま射程外に逃げられてたと思う。…それに、ただ逃したわけじゃない。これからがハンターのお仕事だ」

「どういうことだ…?」

 

 疑問を浮かべるフリーダに、その策が効いているかを確かめながら答える。

 

「イャンクックがここにまで現れた原因。それを突き止めるんだ」

 

 そう、ハンターとはただ狩るだけの者ではない。何か不可解な出来事があれば、それを調べ上げるのもまた、ハンターの役目である。




何故回復薬や回復薬グレートがあるのに薬草を使ってたのか。それはアプトノス相手と思っていたからです。いつでも携帯して持ち歩けるほどの容器は今はまだないんです……。
ネコの影が薄く……。

感想乞食マンです。ハイ、


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調査指令:イャンクック

日刊ランキング42位!
ありがとうございます!


 

 イャンクックが飛び去ったのを確認した俺達は、ひとまず村に戻ることにした。

 イャンクックがいると分かれば、万全の準備を整えるべきだろう。あのときは止むなく戦うこととなったが、基本的に種族差は大きい。回復薬や爆弾などの道具を活用してこそだろう。

 情報は村のみんなにも共有して、万が一イャンクックがこちらにやってきた場合の対処なども伝えておく。そしてそれとは別個に、さっき相対したイャンクックの行動などをジモとフリーダにも伝える。実際に行動できるかはともかくとして、知っているのと知らないのでは大きな違いだからだ。

 

「しかし、ここまで来た理由って言ってもな。どうやって調べるんだよ? それに、あのイャンクックをわざわざ逃した理由も聞いてないぞ」

 

 アイルーに貰った水を飲み干したアランが、礼を言いながら問いかける。

 

「そりゃあアレだ。イャンクックを追うんだよ。向こうでイャンクックが縄張りを離れる要因が何かある筈だ。それを突き止めればどんな理由であれ対策のたてようはある。あそこで無理にイャンクックを引き止めて、原因不明のまま放置するのが一番怖い。ひょっとしたら何か外的要因で縄張りを追い出されたって可能性も無くはないんだ」

 

 納得がいったのか、アランも頷き、フリーダが挙手する。

 

「イャンクックを追い出す程の何かが関わっている可能性もあるということだな。…だが逃げたイャンクックをどうやって追うつもりだ? 飛び去る方角は見ていたが、向こうも生物である以上そこから移動している可能性もあるだろう」

「そう言うと思ってたよ。みんなよく周囲の臭いを嗅いでみてくれ」

 

 そう言われ、鼻をよく嗅ぐ仕草をすると、違和感に気づいたようだ。特に、人間よりも嗅覚に優れているムートなんかは顔を顰めている。

 

「この臭いは…。ペイントの実だな?」

「ペイントの実?」

 

 アランが当てると、この周囲の植生に詳しくないムートが返す。

 

「ああ、ペイントの実は割ると中から色のついた強烈な臭いの液が飛び出す実だ。臭いが強いから一時はモンスター避けに使えるかと思ったが、モンスターにとっては忌避する類のものじゃないらしくてな。幸い好んでいる訳でもなかったから寄せ付けることにはならなかったんだがな…。その臭いのせいで染色にも使えないと見向きもしてなかったんだが…。まさかこんな使い道があるとはな」

「そっか、この臭いを辿って、より強い臭気のところに…」

「そう、イャンクックがいる。ネンチャク草のお陰でそう簡単に臭いは落ちないから追跡も出来るってことだ」

 

 休憩も終わり、いざ行くぞと立ち上がると、慌てて走り来るアイルーの姿が。

 

「待ってくださいにゃあ〜! ボクも連れてってほしいニャー!」

「アミザ!?」

 

 駆け寄ってきたのは、最近他のアイルー達の教師役をしていたアミザだった。その姿は普段の服と違い、アランと同じくマカライト合金を使用したアロイネコシリーズと、アイアンネコソードを背負っている。

 

「お前、いいのか?」

「いいも何も、ボクだって戦えるんだにゃ! 今までは色々とみんにゃに教えなきゃいけなかったけど…、それも大体終わらせてきたにゃ! ……本当はムートが手伝ってくれてればもっと早く終わっていたんニャけど」

 

 最後の恨み節にムートは心当たりがあるのか目をそらす。……確かにそういえばコイツは家で武器を手入れしたり、狩りに一緒に出かけてばかりで、教導はしていなかったな、と納得。

 バツが悪そうにムートはうつむく。

 

「だって、もうアミザが無理にオレに付き合う必要なんて無いのニャ。マサミチだっているし、オレと違って戦う理由がないニャ。それならあのまま、あいつらのまとめ役として村で暮せばいいと思ってニャ…」

 

 驚いた。ただ面倒なことを任せてだらけていると思っていたからだ。そんなムートに、アミザは優しく声をかける。

 

「そんなわけないニャ。はじまりはムートに誘われたことニャけど、他に出来るのが見つかったからって放り投げるほど薄情でもないニャ。それに、あのとき以来ずっと一人で塞ぎ込んでたムートに頼られた時はすっごく嬉しかったんだニャ」

「アミザ…」

 

 それは恐らく、彼らがモンスターを相手にし始めた理由となるものだろう。考え直して見れば、俺達はこいつらの事情を知らない。

 モンスターを狩る理由も、それに文句や疑問一つ持たずついてくる理由も。そしていくら物珍しかったからといって、よくわからない人物を助けたこともだ。人の言葉を話せる理由だって、はぐらかされたまんまだ。

 

「……なあ、お前たちがモンスターを狩る理由って」

「……そろそろ話すべき時かニャ。不誠実なままじゃいられないにゃ。とはいえ、オレ達の目標は遥か遠くニャ。()()()()()()()()()()()()()()()()()話す訳にはいかないニャ」

「成る程、つまり、この件を解決したら話す。そういうことでいいんだな?」

「そう捉えても構わないニャ」

 

 結局、先ずはイャンクックをどうにかするって事だ。むしろやる気が出てきた。

 

「あ、そういえば、ボクも参加して良かったにゃ…?」

 

 今更ながらに、了承を取っていないことに怯えるアミザ。今のの後で「留守番しておけ」なんて血も涙もないことが言えるわけがない。

 

 休憩ももう終わりだ。道具を入れた袋を締めて立ち上がる。

 

「ああ、寧ろ頼もしい仲間が増えてありがたいよ」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 彼ら一行は茂みを気にもせず踏破し、匂いの行き着く先へと足を進めていた。

 空腹も疲れも問題はない。既に何度も探索し、脳内に道を覚えている彼らは似たような景色の中でも迷わずにその方向目指していく。

 

 時折匂いが移動するが、それも人間よりも優れた嗅覚を持つアイルーの二人が即座に把握し、その距離を縮めていく。

 

 そして、より匂いの強い位置が見つかった。今まで通ってきたような狭い道でなく、大型モンスターすら活動できるような空間。間違いない。ここにあのイャンクックがいる。

 

 茂みに姿を隠し、様子を窺う。歩行を止め、息を殺すと、森の静けさがよく分かる。木々が風で揺れ擦り合う音。どこかから聞こえる小鳥の囀り。僅かな身じろぎすらいやに大きく聞こえるその状況で、マサミチは何か違和感を覚える。

 

(何だ…? 何かが、足りない…?)

 

 森を構成する何かが欠けているような気がした。みんなにも意見を求めようと振り返ったが、その瞬間みんなの息を呑む音が聞こえた。

 

「来たぞ……!」

 

 その言葉に咄嗟に視線を前に戻す。俺等の見ている先から、のっしのっしと闊歩するイャンクックが姿を表した。

 匂いの発生源はそこで、傷ついた甲殻や翼の付け根の禿げた鱗から、間違いなく同一個体だと確信する。

 

「あれがイャンクック…。ドスランポスよりずっと大きいニャ」

 

 この中で唯一、イャンクックを直に見ていないアミザが感嘆の声を上げる。けれど怯えや萎縮した雰囲気は感じられず、ただの感想の範疇の緊張だ。

 そりゃあ、ショウグンギザミと比べれば格下ではあるが…。覚悟は決まっているみたいだ。

 

「ねえ、何か変じゃない?」

 

 どう攻めようかと思案していると、ジモがその異変に気がつく。弓使いとして状況観察能力に優れているからこそ気がついたのだろう。

 

「何かを警戒している…?」

「もしかして、俺達か?」

 

 どことなく挙動不審というか、キョロキョロと辺りを見回しては歩き、周囲の匂いを嗅ぐ仕草も見える。

 アランが俺達に手傷を負わせられたからだと推測するが、それにしてはやけに不自然だ。

 

「やけに焦っているな…」

 

 そう、焦っているのだ。いくら傷つけられたからといって、見えてもいないのにそこまで焦るようなことがあるのか…?

 

 と、何かを察知したのか、イャンクックはピンと耳を立てて動きを止める。すわ気づかれたかと緊張に背筋を凍らせる中、イャンクックは突然明後日の方向に走り出した。

 

 バレたわけではないようだ。そう安堵すると同時に、その原因を確かめる。

 イャンクックは走り寄った地面をじっと見つめると、その大きなくちばしで地面を削り取った。そのまま穴の中にまで口を大きく開けて突っ込み、何かを食らう。

 

「…ミミズを食らっている」

 

 すかさず望遠鏡で観たフリーダがその正体を言うが、まさかあれだけのためにあれほどの様子を? 信じられない気持ちで眺めるが、突如、その広間に影が差す。

 

「もう一体!?」

「なっ」

 

 今の個体より少し線の細いイャンクックがそこに舞い降りたのである。

 

「二体を相手取るのは厳しいぞ…」

「あの巨体が同時に暴れまわるのは避けたいな」

 

 正に望まぬ来訪者だが、それでも不可能だとは言わない。ぐっと武器を強く握りしめ、闘志を見せる。

 だが、俺達の予想に反して、イャンクックは驚きの行動をとった。

 

『クァアアアアァァァッッ!!!』

『キェアッ!?』

 

 俺達の見ている先で、後から訪れたイャンクックへと襲いかかったのだ。小柄な方のイャンクックは突進に押し負け、地面に倒れて藻掻く。続けて放たれる火炎液の直撃を食らったイャンクックは、へりくだるようなか細い悲鳴を上げながら、ほうほうのていで逃げ去っていく。

 

『クァァァアアア!!』

 

 対して、退けたイャンクックは飛び去る同種に勝ち誇るような仕草を取っている。

 

「どういうことだ…? 互いに温厚なイャンクックだぞ」

「縄張り争いか?」

 

 再び、周囲へ気を配るイャンクックだが、今の状況下ではチャンスと言わざるを得ない。

 

「仕掛けるなら今だ」

「分かってる。いくぞ!」

 

 全くの同時、俺達は茂みから姿を晒して走り出す。アランを中央にして、俺、フリーダ、ムートは左右に。後方ではジモが構え、アミザはそのどちらをもサポート出来る位置にいる。

 突然の奇襲に驚くイャンクックが、それでも種としての優位性からか戦意を露わにする。

 

「一番槍は頂きニャ!!」

 

 真っ先に懐に飛び込んだムートが、ジャギィネコナイフで足の甲殻を斬りつける。人より身軽な早業に感嘆を覚えつつ、負けじとこちらも剣を振るう。

 

 三方向からの斬撃に身をよじったイャンクックの額に、アランの強烈なハンマーが振り下ろされる。だがイャンクックも負けじとついばみや羽ばたき、回転攻撃でこちらを払い除けようとする。

 

「よっと!」

「聞いた通りの攻撃だ」

 

 それも情報を共有していたお陰で危なげなく回避出来た。時折誰か一人を標的にして攻撃をしかけるが、そこへはジモの正確な射撃がダメージを与える。

 火炎液も予備動作を見て安全に躱し、僅かな隙にも幾筋もの剣閃でもって返す。

 

「いけるぞ!」

 

 足に気を取られたイャンクックの振り返りに、最大威力のハンマーの一撃。繰り返し脳を揺さぶられたイャンクックは平衡感覚を失い倒れる。

 

 そこからはみな一心不乱に攻撃を開始する。アランは今まで放てなかった連続スタンプを繰り出し、フリーダは雄叫びをあげて双剣による超連打。ムートとアミザも合流して背中の甲殻を削る。

 

 その隙に俺は、一度戻ってあるものを担ぐ。

 

「大タル爆弾を置くぞ!」

 

 そう告げると、苛烈な攻撃の最中であっても中断して距離を取る。設置した俺が退避したのを確認すると、矢が大タル爆弾を射抜く。

 

 内包した爆薬の量を誇示するかの様な爆発は、こちらにまで熱気が感じられるほどだ。

 そして肝心のイャンクックの姿だが…。鱗は剥げ、甲殻にも罅が入り、翼膜にも傷がついている。

 

 そんなボロボロの姿だが、しっかりと大地に両足をつけて立っている。恐るべき生命力だ。その姿に驚いている俺たちに、仕返しとばかりに突進を繰り出してくる。

 

「ぬあっ!?」

 

 爆弾設置のために最も近くにいた俺がまず巻き込まれる。盾は構えたが、位置が悪かったのか盾が弾かれ直撃。俺は宙に投げ出される。

 

「マサミチ!? このっ!」

 

 飛びながらも見れば、アランとフリーダは十分な距離を取っていたから無事に躱し、ジモは場所を移動して矢を引き絞る。

 

「ウニャッ!」

「うおゎっ!?」

 

 吹き飛ばされた俺を待ち構えていたのは、ムートとアミザの二人組。鎧姿の俺は重いだろうに、お陰で地面への直撃は避けることが出来た。

 

「大丈夫ですかニャ?」

「ありがとう二人とも。助かった」

 

 腹の痛みを回復薬で誤魔化しながら、今も戦っている三人へ加勢に走るが、視界の端に桃色が移る。

 本来なら後回しでいいそれを、今の俺は無性に気になった。悪いとは思いつつも、今はまだ安定している戦況を見てそちらに目を向ける。

 

「これは…イャンクックの鱗か」

 

 土がかかっていたが、特徴的な桃色の鱗が落ちていた。今の攻防で落ちたのかと一瞬思ったが、あのイャンクックはこちらにまでは来ていない。

 だが、逃げ去っていったイャンクックが倒れていた場所が丁度ここだ。ならば吹き飛ばされた時に剥がれ落ちたものだろうと容易に想像できる。

 

「いや、この鱗、何だか色味が悪いぞ」

 

 触れてみれば、明確にその差を感じることが出来た。俺達が前に拾った怪鳥の鱗と比較すれば一目瞭然だ。桃色は薄く、状態もややパサついている。更に、厚さもあまりなく、ドスバイトダガーを思いっきり振るうと容易に割ることが出来た。

 

 何故身を守るための鱗がここまで脆いのか。あの大きさであれば子供というわけでもないだろう。

 よく思い出せ。あのイャンクックは細身だと認識したが、あれが痩せこけているだけだった可能性は?

 イャンクックの挙動もだ。甲虫やミミズなど、このあたりであれば何処にでもいるような餌を探すのにあれほど気を配っていた理由は?

 

 そして、縄張り意識の強いイャンクックが、わざわざその外までやってくる理由とは何か。

 

 …そういえば、行きの違和感は何だった? 静かな森。そうだ、鳥の囀りと木々の葉音は聞こえて、本来ならば聞こえて然るべき音。虫のさざめきすらなかった。

 そう、虫がいない。もとからいなかった訳ではなく、あの様子からここ最近で急激に数を減らしたと見るべきだろう。

 

 これらの条件と、季節。その全て線で繋いでいくと、途端にその全てに納得がいった。

 

 何故、イャンクックが草原に現れたのか。何故、温厚な筈のイャンクックがあれほど気が立っていたのか。何故、何故、何故。

 

 それらへの解答はただ一つだ。

 

「間違いない。イャンクックは種族単位での食糧難に陥っている…!」

 

 突き止めたそれは、自然界における厳しい現実の一つでもあった。





イャンクックの生態

大型モンスターの中では繁殖力が強く、気候が良い日がよく続いた年には大量発生する時もある。
しかし余りにも量が増えすぎて食糧難に陥る事が多く、翌年には個体数が元通りになるという。
ただし食糧難になったイャンクックは人里に現れる事もあり、こういった場合にはハンターによる掃討作戦が決行される事もある。(モンハンwikiより抜粋)

現実でも食料を食い尽くした鹿とかが街に降りてきたりして問題になってるよね。

感想、評価などお待ちしております


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森丘の大怪鳥

前回の投稿から一週間経っているのにまだ日間ランキングに載っている…だと…?
フッ、俺の才能が見つかっちまったようだな(驕り)(自惚れ)


 

 様々な要素から導き出した結論に、俺はストンと腑に落ちた。

 生物は肉体を維持するために食事を取らなければならない。それが強い体であるなら尚更。

 イャンクックの生態から、恐らくは今回のイャンクックの大繁殖によってこのような事態に陥ったであろうことは想像に難くない。

 肉体を維持するため、飢えた同種へ攻撃してまで。そうまでして、いやそうする他なかったのだろう。己一人を満たすだけで精一杯の食料を分けては共倒れだ。そのような人間らしい感情はないだろうが、本能に従ってそのような行動を取っているのだろう。

 

 眼の前で暴れているイャンクックは、そのようにして勝ち得た勝者。あのイャンクックがこれからどうなるのかは全く分からない。食料を食い尽くした末に同胞と同じように衰弱していくのか、はたまた捕食者の数が減ったことによりバランスを取り戻して生態系の一図になるのか。

 

 どちらにせよ、あのイャンクックは危険だ。いずれ元の状態に戻る可能性はある。だが絶対ではない。いずれ死ぬにしても、それまでに出る被害を考えなければならない。

 こちらにまで餌探しをしにきたイャンクックは、フィシ村を襲うかもしれない。丸太の柵で囲ったとはいえ、良くて中型モンスターの足止めが精々だ。れっきとした大型モンスター、それも空を飛び火を吐くイャンクックが相手では効果は期待できない。

 

 ならばこそ、あのイャンクックはここで倒さなければならない。

 ドスバイトダガーを握る手の力を強める。合流した俺は、明確な敵意をもってアランに襲いかかるイャンクックの死角から斬りかかる。

 硬質な手応え。頑健な甲殻には刃も中々通らない。効果的な威力を出せないまま、構わず二撃三撃と続けて片手剣をぶつけていく。

 一撃の威力が低い片手剣で、そのような真似をしたところでイャンクックは怯まない。むしろ鬱陶しいとでも言うかのようにことらに振り返り食らいつく。

 

「ここだ!」

 

 その行動を待っていた! 背後から攻撃を受け続けたイャンクックは致命打にならずとも、うざったらしいそれを排除しに来るだろうことは呼んでいた。

 これまでのイャンクックの行動で大体の予想はついていた。突進の後隙、ついばみの直後。そして何かに執心している間に別方向へ攻撃しようとしたイャンクックは、大抵振り返り際の噛みつきを繰り出していた。

 それがこいつの癖なのか、種としての本能かは分からないが、攻撃を誘発させることは出来た。

 左横から上半身を覆うかのように現れた巨大な嘴が額を過る。イャンクックがその前動作をしたのを確認したと同時に、俺はその懐に滑り込んでいた。スライディングの要領で躱しながらその腹を斬りつける。

 

 再び、俺はイャンクックの背後に陣取ることとなる。イャンクックの肉体へ与えたダメージは極々わずか。直ぐに取り逃した敵へと体を傾けるが、既にそこには最大まで溜められた力を解放したアランがいた。

 

「ウオオォォォッッ!!」

『クアッ!?』

 

 怯んだ。無防備な振り向きに合わせたスタンプは、イャンクックにも痛痒を与える。再度力を溜め始めたアランに変わるようにフリーダが飛び出し、その顔に高速の連撃を繰り出した。

 眼の前で交差される鋼の双刃には堪らず、イャンクックも背後へ飛び退る。

 

 既にイャンクックもボロボロ。最初の遭遇も合わせて、かなりの攻撃を叩き込んでいるはずだが、それでも油断なくこちらを見据えるのは、流石大型モンスターだと言える。

 強靭な生命力と、頑健な甲殻、重さによる突進。羽ばたきや火炎液。どれを取ってもドスランポスよりも遥かに強い。

 

 だが、俺達とてこの時間に甘えていた訳ではない。より強大なモンスターが現れたときに備えて、狩りの成功率を上げるために、鍛錬は一日たりとて欠かしちゃいない。

 

 それはこれまでの戦いが証明している。

 

「相手も既に弱っている。下手に逃げられる前にここで仕留めるぞ!」

「「「「ああ(うん)(ニャ)!!」」」」

 

 イャンクックが羽を羽ばたかせて迫る。ジモは矢を番えて機会を図り、アイルーの二人は今にも走り出しそうな姿勢で構える。前衛のアランはというとハンマーを抱えて横に位置し、フリーダは下がって精神を集中させている。

 イャンクックに相対するのは俺一人だ。だがそれは他のみんなと連携が取れていない訳ではない。これもまた、事前の打ち合わせ通り。上手くいくかは分からないが、俺の言葉を信じて構える彼らが何とも誇らしい。

 

「投げるぞっ!」

 

 腰に備えた袋を手に取る。それは一見して何の変哲もないただの袋。しかし、その素材は普段使いする鞣した皮ではない。

 これはモンスターの内臓器官の一つ、鳴き袋に爆薬を詰め込んだ代物だ。ドスジャギィから剥ぎ取ったそれは、与えた衝撃を受けて爆薬が着火。僅かに破裂して鳴き袋を破裂させた。

 

 キィンッッ――――――!!

 

 強烈な音が鳴り響く。とてつもない高周波が音の暴力となってそれぞれの耳朶を打つ。至近距離で何の対策もしなければ鼓膜を破られていた可能性もあるだろう。

 分かっていた彼らですら、あまりの音量に顔を顰めている。ほんの一瞬だけ、世界から音が消え失せる。

 

 そしてそれは、聴覚に優れているイャンクックには殊更よく効いた。

 

『ァァ――?』

 

 フラフラと、平衡感覚を失った体がただただ揺れる。イャンクックは焦点の定まらない目で何が起こったかすら理解できないままに立ち尽くしていた。

 

「喰らえっ!!」

 

 その隙を、待ち望んでいた彼らが見逃す筈がない。アランの位置はベスト。上へ下へと行き来する頭を横から揺さぶり、勢い止まらぬまま回転して何度も頭を殴打する。

 

「行くニャ!」

「ニャアァァァ!!」

 

 その乱撃の合間にムートとアミザが突貫。飛びかかりながら斬りつけたその一撃は甲殻を弾き飛ばし、小柄な体格を活かして体全体をまるで鎌鼬のように斬撃の嵐が襲いかかる。

 

「――――シッ!」

 

 そして、見事な軌道で放たれた矢がイャンクックの鱗を穿つ。キレアジから採取した体液に浸した矢は、短い距離ながらもその鋭さを底上げしていた。

 

「オオオオォォォォ―――――ッッ!!」

 

 今の今まで集中していたフリーダが、双剣を高らかに打ち合わせると共に雄叫びを上げる。統一させた気を一気に解放し、激しい高揚感を意図的に発生させた。

 その効果は凄まじく、これまでの何よりも素早く激しい乱舞をイャンクックへと叩きつけていた。昂ぶる闘志のままに打ち付ける刃は、硬い甲殻であろうと無理矢理に殴りつけ、一切の隙すら生まない。

 

 俺も負けじと盾と剣を交互に繰り出して斬撃と打撃の両方で以て鱗を削り飛ばす。

 

『クァアアァァァァァ―――ッ』

 

 一斉攻勢も束の間、音爆弾の衝撃から立ち直ったイャンクックが怒髪天を衝く勢いで怒り暴れ始める。

 がむしゃらに繰り出された足や尻尾を辛うじて回避し、必死の形相で暴れまわるイャンクックと対峙する。

 挙動はどれも早い。こちらを認識するや怒りの矛先を向けて徹底的なまでの攻撃を繰り出す。

 

「ぬおっ!?」

「っ!」

 

 アランとフリーダが、突進から即座に放たれた尻尾による鞭打に巻き込まれて吹き飛ぶ。どちらも受け身を取り無事だったが、怒り状態のタガの外れた威力は健在だ。

 追撃にと飛びかかる目の前に骨で作られたブーメランが過る。気を散らされたイャンクックは、今度はそちらに意識を割く。

 

「こっち狙ってるニャ!」

 

 戻ってくるブーメランをキャッチしたアミザは、イャンクックを引き付け逃げる。逃げる獲物を追う捕食者の構図だが、そこへ新たな影が舞い込んだ。

 

「ウニャーッ!」

「おおおおおぉッッ!」

 

 ムートが横から飛び込み、マサミチが盾を構えて立ち塞がる。ムートによって翼膜を斬り裂かれたイャンクックは、これまでの疲労も重なってもつれ込む。

 それを、今度こそ盾で衝撃を受け止めたマサミチが、隙だらけの頭部を滅多打ちにしていく。

 

 こうなってくるとイャンクックも死に物狂いだ。鼻息荒く、こちらを強く睨みつける眼光と真正面から向き合う。

 満身創痍。それでも立ち上がる姿には生命の力強さを如実に表していた。

 

 アランとフリーダが追いつく。四人と二匹で暴れるイャンクックを相手取るが、その頃にはすでに感嘆すら覚えていた。

 互いに、持てる武器を出し尽くした。マサミチ達は知恵と作戦と武具を。イャンクックは己の肉体の全てを。

 

 ―――そして、最期の時は訪れた。

 

「やああああああぁぁぁっっ!!!」

 

 マサミチの放った全霊の一撃が、イャンクックの胸を穿つ。ひび割れた甲殻に突き刺さり、呆けるように、体を倒したイャンクックは、微かに口を開閉すると、静かにその命を終わらせた。

 

「や、やったか…?」

 

 汗を拭うアランが、訝しげに問う。それはきっと、勝手に口から漏れ出た言葉であろう。あれだけの生命力を見せた大自然の脅威が、今にも起き上がる姿を幻視したのでたる。

 その言葉に緊張感を保った皆々が視線を向けるが、イャンクックが動き出す様子はない。

 

 イャンクックの狩猟、達成。

 

「やった! あの怪鳥を倒せたんだ!!」

「………」

 

 ジモは到底叶わぬ存在と思っていたが故にその打倒に拳を震わせ、フリーダは静かにその達成を喜びつつも、先の戦いの反省を糧に、さらなる高みを目指そうとする。

 

「……やったな」

「ああ、討伐できたんだ」

 

 数ヶ月前に出会った時は、敵対すら叶わないほどに遠い存在だったそれは、今や骸となって転がっている。

 ドスランポスやドスジャギィの時よりも、被害は軽微だ。俺たちにも傷やダメージはあるが、深刻な問題はない。こちらの損害といえば、精々が狩りで消耗したアイテムくらいだろう。

 だがしかしイャンクックを弱かったなどと宣い、慢心するつもりはない。その巨体、行動、生命力。その全てに感嘆すら覚えていた。

 

 確かにこのイャンクックは村に被害を与えていたかもしれない存在だ。けれど、雄大な自然に生きる強い命の一つ。食糧難という困難に襲われ、それでもと強く在れたこの命に敬意を表する。

 

「ま、俺としては一先ずの目標は達成できたな」

「ん? そんなのあったのか?」

「ほら、初めて外に出た時に言ってただろ? 怪鳥を狩猟出来て、やっと一人前なんだろ? 村のハンターになるってんなら、最低限そんくらいのことはしとかないとなって思っててな」

「初めて…ああ、確かに言ったな。まさかアラン、その時からずっと?」

 

 訓練の時なんかも人一倍気合を入れていたが、それは向上心が強いと思っていた。だが少し違ったらしい。アランはイャンクックを倒せることを明確な目標にして鍛えてたんだ。

 「ヘヘっ」と笑うアラン。はからずもというか、見事に今回の件で実力を確かめることができた。

 

「あ、当然怪鳥を倒したからって上を目指さないなんてことはないから安心してくれよ」

「分かってるよ。お前はそういう奴だしな」

 

 ぐっと拳を打ち合わせる。と、そこで一時の休憩を終えたフリーダ達が側による。

 

「怪鳥を倒したのはいいが…結局何故こちらにまで来たのかは分からずじまいか」

「あっ、そうだった」

 

 フリーダがそう言い、ジモがしまったと顔を青くする。その姿が何だかおかしくて、笑いながら割れた鱗を見せる。

 

「それは?」

「怪鳥の鱗…にしても状態が悪いな」

「イャンクックがこっちに来た理由だがな――――――」

 

 

 

―――…

 

 

 

 あの後、イャンクックの巨体をどうやって運ぶかとあたふたしたり、苦労して村に帰ったらもみくちゃにされたり、初の大型モンスターの討伐に興奮した村人たちの熱意に押され、またもや宴が始まってしまったのだ。

 嫌なわけじゃないが、半年前までは食糧難に苦しんでいた村かと疑いたくなるような羽振りだ。ま、それも俺達が与えた影響だ。大人しく受け入れよう。

 

「それで、俺達を呼び出したってことは、聞かせてくれるってことでいいよな?」

 

 宴の合間を縫い、ムートとアミザに連れ出された俺達は、俺の家で思い思いに座っている。

 

「そうだニャ。見事空を飛ぶ怪鳥を打倒したお前様たちを見込んでのお願いニャ」

 

 自分たちも一緒に戦っただろうに、まるで客観したような物言いに、お願い、か。

 

「まずオレたちアイルーの事情ニャ。元々オレたちはお前様達のように森や平原などを行き来して暮らしていたのにゃ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! ならなんでもっと危険で過酷な岩山になんて住んでたの!?」

 

 俺達から出会いの経緯やアイルー達の事情を聞いていたジモが叫ぶ。確かに、出会ったときの彼ら自身も快適とは言い難い生活に身を置いていた。賢いリーダーがいて、彼ら自身も物分りのいい働きものであるにも関わらず、だ。

 彼らほどの力があれば、モンスターから隠れ潜みながらも生活することは可能。いや、小型モンスターですら入れない隙間に入れることを踏まえると、そのような場所に移る理由は存在しないだろう。

 

「そうだニャ。オレたちは豊かとは言えなくとも、しっかり安定した生活が出来ていたのニャ。アイツが来るまでは…」

「アイツ…?」

 

 その声音には強い怒りと悔しさと恐れが綯い交ぜになったような唸りで、愛らしい肉球を潰しかねないほどに強く握りしめる。

 

()()()()だニャ。たまたまヤツと出くわしてしまったオレたちは無力だったニャ。あの強靭な鱗には何も効かず、どれだけ逃げてもあの翼と炎でオレたちの棲家と仲間たちを蹂躙していったんだニャ」

「火竜だと!?」

 

 その単語に、何よりも反応したのは俺だ。モンスターハンターの顔的存在。数多いる大型モンスターの中でも代表的な生態系の君臨者。強烈な炎のブレスを吐き出し、空の王者と呼ばれる飛竜種。火竜リオレウス。

 こいつらの生息圏から考えても、そう遠い場所ではない。まして、それが三日三晩休むことなく飛ぶことのできるリオレウスが相手では、場合によってはこの村を直接襲うことも可能だろう。

 

「お、おいマサミチ。確かにヤバいのは分かるが、取り敢えず続きを聞こうぜ」

「あ、ああ。悪い。続けてくれ」

「構わないニャ。オレの父……長が命を懸けてオレたち若い世代を逃してくれたのニャけど、長を喪い、棲家もなくなったオレたちでは、自然は厳しかったのニャ。今までは何てことない森でも、ランポスに追い回されたりランゴスタに痺れさせられたり、色々とあったのニャ。どうしようかと途方に暮れて、長に貰った人間の本が目に留まったのニャ」

 

 アランは何かに気づいたのか、それに言及する。

 

「そいつを読むために人間の言葉を覚えたってとこか」

「半分当たりニャ。その本には大昔、モンスター相手に鎧を纏って、武器で戦う人間たちのことが記されてたのニャ。だからオレたちはその真似をして武器を造り、いつかそんな人間と会っても話せるように言葉を勉強していたのニャ」

「……そういうことか」

 

 恐らくだが、ムートが持っていた本は、発掘武器が用いられていたような時代の代物だろう。成る程、それなら道理だ。

 何せ、初めて出会った人間である俺達は、防具と武器を身に着けていたのだから、その本の内容に一致している。

 

「最初は自分たちの生活にいっぱいいっぱいだったニャ。でも、時々思い出すのニャ。もしオレがあのとき火竜を倒す。いや、追い払うくらい強ければみんな助かったんじゃニャいのかって。そんなわけがないのは分かってるけど、そう思わずにはいられないのニャ」

 

 ムートの言葉にアミザが続く。

 

「今のリーダーにゃから、ムートはずっとそうやって来たんだニャ。それで、あの火竜を倒して見せるって、そう言ったのニャ」

「敵討ち、とはまた違うニャ。あいつを倒したところで、みんなは喜ばないニャ。それでも、オレは今度こそ、あの火竜に挑まねばならんのニャ」

 

 無念だっただろう。悔しかっただろう。親しき仲間を見捨てて逃げ、リーダーとして彼らを導き、モンスターを狩るに至った。

 そんなムートが、今出会ってから初めて、深い礼の姿勢を見せた。

 

「オレ一人でやるのはタダの自殺行為ニャ。そんにゃことは、オレもみんにゃも望まないニャ。だからこそ、オレたちと一緒に戦って欲しいニャ。怪鳥を下したお前様達ならば、ヤツに挑めると思ったからだニャ。……無理にとは言わないニャ」

 

 これまでの勝ち気な態度から、しおらしく項垂れる。そんなムートをフォローしようとアミザが言葉を呈そうとするが、顔を見合わせた俺達は、既に答えなんて決まっていた。

 

「アラン、あのとき言ってなかったことなんだけどさ。怪鳥を倒してハンターとして一人前。そして、火竜はその強さから、ハンターにとっても恐れられてるんだ。当然、そいつを狩猟出来るようなハンターは、一流と呼ばれるような集団になってくる。フィシ村の一流ハンター…。いい響きじゃないか?」

「おう、元々ハンターの道を駆け上がるつもりだったんだ。新しい目標が見つかってラッキーだぜ」

「……俺も異論はない。何せ、火竜を倒せる力量を身につければ、この村の為にもなる。そうだろう?」

「え、あ…。うん! ま、まあ…何とかなる、かな?」

 

 その返答に、アミザは目を真ん丸にして驚き、ムートはガバッッと頭を上げる。

 

「それって…」

「ああ、勿論協力させてくれ。むしろ、この近辺にリオレウスがいるなら、それは村の脅威でもある。その時が来たら拒まれたって戦うさ」

「っ! あ、ありがとうニャ!」

「あ〜、いいっていいって。リオレウスなんて、大物中の大物だからな。黙っとくのも無理はない」

「そのためにも、一層精進しないとな!」

「あ、それならイャンクックの動きを想定すると分かりやすいぞ。似たような姿だから、基本的な挙動や一部仕草なんかはほぼ同じなんだ」

「それもハンターの知恵というやつか」

「俺自身で確かめた訳じゃないから正確かは分からないけどな」

「いや、情報があるだけ有り難い。更に装備を強化して万全の体制を整えるとしよう」

 

 そうやってわいわいと、前向きに捉える彼らを見て、楽観的だとは言えなかった。そのような態度をしていても、相手の脅威を過小評価などしていない。こうして、真剣に討伐への意欲を見せてくれている彼らに、ムートも勢いを取り戻す。

 

「当面の目標は決まったところで、今日はイャンクックの狩りで疲れてるだろ。ひとまず、食って寝て、明日以降にも備えるぞ!」

「「「おおーっ!」」」

 

 因みにイャンクックは焼き鳥の部位ごとに分け、塩を振って食べたらかなり美味しかった。酒が飲めるようになったらアテにするのもかもしれない。




イャンクックってほんとに美味しいらしいですね。
さて、取り敢えずハンターとして力不足…といった状況からは脱却しました。
今のうちに言っておきますが、リオレウスを倒したら第一部終了です

感想評価乞食マーン!
誰かおごうぬ構文お願いします。


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フィシ村のハンター達
恵み深い人々の村


数ヶ月くらい時間飛びます


 

 

 数ヶ月前に新しく増築された門を通り抜けると、まるで故郷に帰ってきたような気持ちになる。帰ってきた俺たちを暖かく迎え入れてくる大人達に、今回の狩りの話を聞くために集まってくる子どもたち。

 時間帯は既に日も傾き、赤く地平を照らしていた。そんな時間なものだから、家々からはいい香りが漂ってくる。疲れた体には中々堪えるようで、アランも腹の虫を鳴かせている。

 

 今すぐにでも休みたいところだが、それはもう少しの辛抱だ。

 

「そら、竜車が通るぞ。どいたどいたー」

 

 次いで門を通って現れたのが、何とか手懐けたアプトノス二頭が牽く竜車。色々とチャレンジして、俺達が乗れるようなスペースと戦利品含めたモンスターそのものを運ぶための荷台の二両が連結されており、アプトノスをジモとフリーダが上手く誘導している。

 俺とアランの役目は、ここに来るまでの警戒と、門を空けてこれらを通すためだ。

 慣れたもので、声をかければ村人も道を開けていく。門を通りきったのを確認してから閉める。向かうのは、真っ直ぐおやっさん達のいる工房だ。

 何せこいつは、これまで狩ってきた中でも大物だからな。

 

「うわ、何コイツー?」

「怖ーい!」

 

 竜車で運ばれているその姿は、真白のブヨブヨとした塊であった。鱗も甲殻もなく、またのっぺりとした頭には大きく裂けた口しか見えない。だがしかし、よく見ればそれがどのような姿をしているかを理解することが出来るだろう。

 大地を踏みしめる強靭な脚に、腕と一体化した翼。寒冷地帯や密林に生息する、電撃を操るれっきとした飛竜種。フルフルだ。

 

 イャンクックを討伐してから活動範囲は広がり、ゲリョスやロアルドロス、ダイミョウザザミといった大型モンスターをも討伐しており、着実に成果を上げていた。

 

 これらのモンスターを相手取るに、当然装備も整っている。マサミチが身に着けている防具は刺々しい桃色の甲殻を重ね合わせたイャンクックの防具、クックシリーズであり、飛竜にも例えられる堅牢な防御力で使用者の体を守ってくれる。

 腰に備えるは、特殊な加工を施されたブナハブラの羽を刀身に、鍔に頭、盾に甲虫の大顎を幾重にも張り合わせた飛甲虫系の片手剣だ。しかし、通常のそれとは違い、刀身の模様は鮮やかな赤。イャンクックから入手した火炎袋を材料に、火属性を得たのがセクトセロルージュだ。

 斬りつけるたびに相手に火属性のダメージを与えるそれは、これまで戦った殆どのモンスターが火属性を苦手としているためかなり重宝している。今牽引されているフルフルも、その例に漏れなかった、というわけだ。

 

「…にしても、俺とは相性最悪だった…!」

「ゲリョスの時も聞いたな。これを期に、別の武器も使えるようにしてみたらどうだ?」

 

 狩りの様子を思い出しては、アランは苦々しい顔で吐きこぼす。竜骨大を素材とするサイクロプスハンマーとて強力な武器であることには変わりはないのだが、何しろ相手は打撃に耐性のあるフルフルだ。今までは最大の火力として活躍してきたアランだが、こればかりは仕方ない。

 とはいえ、彼の着用しているずんぐりむっくりとしたゲリョスシリーズは、フルフルの最大の武器である電撃を殆どものともせずに受け止めることが出来、更に密林にある毒の池すらも無効化していたのだが、攻撃が吸収されるという微妙な手応えのせいでそちらが顕著に出ているのだろう。

 

 寄ってくる子どもたちに話を聞かせながら、フルフルの遺骸に目を向ける。

 

「目標にまた、一歩近づいたな」

 

 どれだけ奇怪な見た目をしようと、生物的には同じ飛竜種。その大型モンスターを狩猟できる程度の実力は着いている。そう実感させてくれるのだ。

 俺がしみじみとそう呟いていると、向こうも準備が整っているらしく、フルフルの遺骸は鍛冶場裏手の広場に安置された。

 このフルフルは、その素材を以て俺達の糧になってくれることだろう。

 

「お帰りみんな! 今回のモンスターはどんな感じだった?」

「この…なんとも言えない奇妙なモンスターはまさか…飛竜ですか?」

 

 既にマサミチ達の存在は伝わっていたのか、工房から竜人族の青年と人間の少女が顔を出す。

 ミーニャとエイルだ。二人共、煤で汚れた仕事着のまま汗を拭っている。

 

「飛竜にしちゃちょっと特殊だけどな」

 

 答えると、早速とばかりに使えそうな部位などを測ったり、強度や状態について話し合っている。そのあたりは実際に加工する彼らを信頼している。

 けれど念押しはしておく。

 

「そいつは雷のブレスを吐いてきた。ゲリョスやイャンクックみたいな特殊な内臓器官がある筈だからそこは気をつけてくれ」

「うん! ダイジョブ!」

「承知してますとも」

 

 前に一度誤ってダイミョウザザミの水袋を破いてしまったときは、みんな揃って水浸しになってしまったことがある。水だったために大事には至らなかったが、もしそれが毒袋や火炎袋であったなら、大変なことになっていただろう。それを踏まえているのか、二人は十分に慎重さを持ちながら、それでいて大胆な解体に乗り出していた。

 

「おう、帰ったか」

「おやっさん!」

「弟子は………また獲物に夢中か。全く、まだ仕上げが残っておるというのに…」

「アハハ…」

 

 どうやら、二人は仕事を中断してアレに群がっているらしい。ご立腹なおやっさんに曖昧に頷きながらも、それでいておやっさんもそこまで怒っているわけではないらしい。

 

「そうだ、おやっさん。帰ってきて早々悪いんだけどさ、俺の武器の整備をお願い出来ないかな。自分でも手入れはしてたけど、やっぱり結構酷使したからな」

「フム…。ま、ええじゃろう。急ぎか?」

「いんや、ここしばらくは何も無さそうだし、ドスバイトダガー改もあるから、ゆっくりでいいよ」

 

 イャンクックを狩猟したドスバイトダガーもあれから更に強化し、ドスバイトダガー改となり、純粋な攻撃性能だけで言えばセクトセロルージュよりも高い。最も、この近辺のモンスターの多くが火属性を苦手としているため、自然とセクトセロルージュを酷使する形となってしまっていた。

 

「後回しでいいんじゃな。それで他の連中はどうする?」

「俺は少し前ミーニャに見てもらったばっかだからな。遠慮しとくよ」

「私は弦がちょっと緩んできてて…」

「俺も頼む」

 

 上からアラン、ジモ、フリーダの順だ。アラン以外はみんな整備する方針らしい。

 そんなジモとフリーダもまた、新たな装備に身を包んでいた。

 ジモは水獣ロアルドロスの防水性な素材を用いたガンナー用の防具、ルドロスシリーズを纏い、同じくロアルドロスの素材から作られた水属性の弓、スポンギアを使っている。

 水袋が組み込まれたスポンギアは射出の度に矢に流水を纏い、水属性に弱いモンスターであれば効果的なダメージを与えることが可能だろう。…最も、スポンギアを使い始めてから水属性を弱点とするモンスターには出会えていないのだが…。

 フリーダの武器はシックルソードという特殊な刀剣に似た形状を持つ双振りの剣、デュアルタバルジン。

 主な素材は鋭利に削り出した竜骨に、ゲリョスの皮をあしらえた代物だ。

 毒袋を使ったこの双剣は斬りつけた相手に継続的な毒を付与し、どのような相手にも一定の効果を上げることが可能だ。刀身から柄にかけて使われたゲリョスの皮はその耐毒性から、使用者であるフリーダへ毒を通さない役割を果たしていた。

 

 その一方で、防具は依然としてシャギィシリーズのままである。両の手に剣を持ち、素早い動きを必要とされる彼は動きやすさや攻撃のしやすさを重視しており、着慣れたそれを使っている。

 その変わり、地底火山にて採掘していた鉱石の一つ、熱に特殊な反応を見せる鎧石とマカライト鉱石を融かし合わせて造られた鎧玉。

 これを燃石炭を使用した高温の炉で昇華、その気体を防具に蒸着させ素材同士の結合を強めることで、防具の形状や重量はそのままに防御力を高めているのだ。

 

 と、気づけばこちらにまでいい匂いが漂ってくる。何とも食欲を唆られる香りに、アランはそわそわとしながら匂いを追っている。それに苦笑するも、すぐに己の腹も鳴り、空腹状態であったことを思い出す。

 

「やることもやったし、そろそろ飯にするか」

「おお! 実は結構前から腹減ってたんだよなぁ! 今日はどんなメニューかね。お前たちも来るか?」

「ああ。こう旨そうな匂いを垂れ流されては自分で飯を作る気にもならない」

「メルトの料理美味しいからね…」

 

 次に向かったのは村の中央部。かつては憩いの場として開かれたその場所には、今や立派な飯処が出来上がっていた。

 これまでの間に色々と村が発展したのは言うまでもないが、その中でも著しい発展を見せているのが、メルトという女性とアイルー達が始めた料理だ。

 前にアランもその練習に付き合っていたが、食への追求は彼女達の心に火を着けたらしい。日夜色々な食材を様々な調理をしたり、味付けとなるもの、相性のよい食べ物同士なども考えてレシピを作っている。

 更に調理に必要な道具なども次々そろえ、専用の包丁や鍋などをおやっさんに造ってもらうまでに至っている。それだけ本気で研鑽している料理なのだ。不味いわけがない。

 オーブンな入り口を越え、テーブルに座っては料理を心待ちにする者、料理を貪り食う者など様々だ。

 

 薄暗くなった空間に篝火が煌々と燃える。その中へズンズンと進み、中央の円形テーブルに腰掛ける。ふうと一息つく間に、俺達が入ってきたことに気づいた一人が厨房へ「おーい! アラン達が来たぞー!」と声をかける。

 すると奥から、浅黒い肌に金の瞳。前髪をバンダナで上げ、両手でお盆を持った女性が現れた。

 

「今回もお疲れ様! いいタイミングで来たね! 丁度出来上がったばかりだよ!」

 

 料理のために髪を短く切り揃え、溌剌と言葉を繰り出す彼女こそが、ここの主人であるメルトだ。

 お盆の上の料理を順番にテーブルに置いていく。何ともいい香りが鼻腔を突き抜ける。空腹こそが最大のスパイスとはよく言ったものだが、それが彼女の腕前で更に引き立てられる。

 

 何故頼んでもいないのにこうして料理が出てきたかというと、彼女が訪れた村人みんなに振る舞っている…という訳ではない。

 店でもあるまいし、そのような真似は出来ない。強いて言えば、予め予約していた者がローテーションすることで皆が食事を楽しめるようにしている。

 が、俺達はちょっと違う。というのも、そもそも外へ行って主な食材を取ってくるのは俺達なわけで、そのお礼と、狩りという大仕事へ行く俺達が出発する前と後に、腕によりをかけて料理を作ってくれるのだ。

 

 と、話が脱線した。目の前に並べられた料理の数々をメルトが説明してくれる。

 

「左から『サシミウオとキノコの蒸し焼き』、『ハリマグロとサシミウオの刺身』、『ヤオザミ出汁の山菜汁』、『特産キノコソースのブルファンゴステーキ』だよ。冷めないうちに食べちゃって!」

 

 待ちきれないとばかりに目を輝かせるアランに心の内で同意しながらも、まずはとジョッキに手をかけ音頭を取る。

 

「それじゃ、フルフルの狩猟を祝って――――乾杯!」

「「「乾杯!」」」

 

 ガツンと、木製ジョッキを打ち合わせ、その勢いのまま中身を煽る。

 ジョッキに注がれているのは酒ではなく果実水。しっかり加熱した水をもう一度冷やし、同じ容器の中に果実を入れて味をつけ、砂糖の代わりにハチミツを入れたものになる。

 

 果実水で喉を潤した俺達は、直ぐ様目の前の料理をかっ食らう。

 

「旨えっ!」

「このサシミウオ、身がホロホロ解れて…! んんっ、中にも味がしっかりと…」

「…! これは本当にブルファンゴか? ファンゴ肉はもっと癖と固さが目立っていたように思っていたが…」

「特産キノコもブルファンゴもどっちも癖があるからね。相性が良かったよ。固さの方は、事前にハチミツを塗り込んでいたお陰だね。噛み切りにくいって話は出てたから、マサミチに聞いたらハチミツがいいかもってことだったから、試してみたんだ」

「いや、それにしても本当に旨い。ザザミソ汁も……まあ、これも一種の味噌汁でいいかな。本当に旨い。疲れた体に沁みるよ」

 

 本当にどれも美味しい。元の世界でもそう食えないような豪華さだ。

 そうして俺達が舌鼓を打っていると、不思議そうにメルトが問う。

 

「あれ、ムートちゃんとアミザくんは? 一緒に行ったんじゃ?」

「ああ、あいつらは―――「置いてくなんて酷いニャー!」「アミザが全然起きなかったのが悪いニャ!」…来たな」

 

 叫びながら、そこへ駆け込んできた二匹のアイルー。白い毛並みを逆立て叱咤するのがここのアイルー達のリーダーであるムート。

 そんなムートに言われながら、べそをかいて走るミケ模様のアイルー。サブリーダー的な立ち位置にいるアミザだ。

 二匹はそれぞれロアルドロスの素材から作ったルドロスネコシリーズとゲリョス素材のゲリョスネコシリーズに身を包んでいたが、こうして毛並みがわかる通り、脱いでから向かってきていた様だ。

 

「酷いニャ。ボク達が眠っている間に始めてるニャンて…」

「悪い悪い。でもこれまで殆ど寝ずに頑張ってたから、無理に起こすのも忍びなくてなぁ」

「ほら、気を取り戻して。君たちの為にマタタビを使った奴もあるから」

「マタタビかニャ!? クンクン…こ、これはっ、なんて上質なマタタビ…!」

 

 大袈裟にリアクションするアミザを尻目に、ムートは既にガツガツと口に運んでいる。

 

「そうだマサミチ! 今回はどんな相手だったんだ!?」

 

 それらの初動も終え、ある程度落ち着いてくると、そんな声が上がってくる。

 見れば、その言葉にみんなも興味津々といった様子でこちらに顔を向けている。外へあまり出ない彼らにとって、自分たちでは到底太刀打ちできないモンスターと戦ったという話はかなりの娯楽性に満ちていた。

 そう期待されては、断ることもできやしない。

 

「そうだな、今回戦ったのはフルフルっていう奇妙な姿をした飛竜でな――――」

 

 そうして、過去の記憶を思い返しながら言葉を紡ぎ始めた。

 

 これが、彼らの新しい日常である。




料理描写とかは勘弁してください。
そういうモンハン飯を味わうのが見たければ、しばりんぐ様の「モンハン飯」や皇我リキ様の「モンハン食堂」をご覧になってくださいな。


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ランポスの群れを討伐せよ!

新生活に慣れなさすぎて、時間なさすぎて、疲れすぎて書けませんでした。
5分の睡眠で6時間分の効果が得られたらいいのに。


 

 青く澄み渡った空の下、 まだ活動する生物も少ない早朝に、ざくり、ざくりと土を踏みしめる音が幾度となく繰り返される。

 この柔らかな土を踏み鳴らし、男はある地点で立ち止まると、おもむろにしゃがみこんで足元の土を手で掬う。

 

 男の手はゴツゴツと角ばっており、()()の跡と幾筋かの傷が、ぶ厚くなった皮膚の経験を裏打ちしているようであった。

 

 すぐに土を戻すと、男は側にあった鍬を手に取ると、再びその土を耕し始めた。そこへ、一匹のアイルーが籠を手に近づいてくる。

 

「マサミチ。キノコいっぱい取れたニャ」

「おお、そっちも終わったか。じゃあ、そっちの方に収穫したやつとかは纏めてるから持って行ってくれ。俺も新しい種を植えたら終わりにするからさ」

「了解だにゃ」

 

 ムートが足早に籠を運ぶ様子を見送り、もう一踏ん張りと男―――マサミチは汗を拭って鍬を振るう。

 

 ざくざくという音はそのまま暫くの間続くこととなり、全ての土地に種を植えた頃には、すっかり村が活気づき、子供たちの声が届くようになっていた。

 

 

 つい先日、沼地にてフルフルを討伐した俺たちだが、流石に飛竜種。強敵なだけあり疲れはまだ癒えていない。そんな状況で狩りに出向いても大怪我を負うだけなので、少しの休みを頂いている。……いや、そもそも今の村では狩りをしなければならない、なんて相手は早々にいないんだけど。どうにも始めたばかりの頃に連日狩猟していたからそのあたりの認識がズレている。

 あのときは早急に村の食料と無防備な中でランポス達の脅威があったせいであり…。ともかく、この村の生活圏にモンスターが出た、などの緊急の要件でなければこのままゆっくりと過ごすことだろう。

 

「にしても、よく育つな」

 

 村の開拓に伴って新しく建てられた新居。前にも言ったように木造でしっかりした造りで、あれからもまた改修したり模様替えを試みたりしたけど、一番の変わりようはこの農場だろう。

 土地の開拓や開発で様々なスペースが出来たのもあって余裕が出来、俺の家に隣接する農場を設置することが出来たのだ。村共同のものには及ばないけど、そちらとは違って狩りによく使うアイテムを優先して育てているから十分に役立ってくれている。

 

 俺のこういった体験は小学生の頃にやっていた農場体験くらいだけど、村の人からの指導もあって中々様になってきた。因みに肥料は竜舎として飼っているアプトノス達の糞だ。

 そのままでは逆に植物を枯らしてしまうと耳にしたことがあったので村の外れに肥溜めを建て、完全に発酵させた上で加熱処理したものだけを肥料として用いている。病気や寄生虫は流石に怖い。

 

「マサミチ。次は何をするニャ?」

「うーん…。あんまり調合しても腐らせるだけだからな。飯にしてその後は自由時間だ。鍛錬するにしても疲れを残さない程度にな」

「分かったニャ…」

 

 やや不服そうだが、これでも何だかんだ勝手な行動に出ないあたり、育ちがいいのだろう。そんな尻すぼみなムートの心情を考察しつつ、俺は期限の近いもので何が作れるかを考え始めるのだった。

 

 

――――…

 

 

 更に数日。この上なく何もなく、平和な光景が続いていたフィシ村。フルフルの雷ブレスを受けて以来違和感を覚えていた左手も、ウチケシの実を連日食事に混ぜていたらそれも収まった。

 

 感覚を忘れないためにドスバイトダガー改を素振りしていると、何やら村人の噂話が届く。どうにも、またもやランポスたちが現れ始めたらしい。

 短期間で首領を二度失っておいて、よくもまあそこまで勢力を広げられるものだ。その立ち直りの早さを厄介ぶめばいいのか、それともその生命力の高さに感嘆すればいいのやら、だ。

 

「なあ、話の途中で悪いけどどの辺りでのことなんだ?」

「おおっ、マサミチ。丁度良かった! お前にも伝えようと思ってたんだ!」

 

 マサミチの姿を目にした彼らは、これ幸いと話し出す。

 

「今日の朝だ。エストから頼まれて薬草の補充へ森の西側に採りに行ってたんだけどさ。あっ、もちろんフリーダとアイルーも一緒だぞ。…それで、いたんだよ。村からは近くはないけど、開けた地帯でランポスが狩りをしてたんだ。一緒に行ってたアイルーが一番に気づいて、フリーダに言って切り上げたんだ。やつらは狩ったケルビに夢中でこっちの方には気づいてなかったのが幸いかな。ケガしたのはいないよ。………帰り道で転けたのはいるけど、それは関係ないよな?」

 

 最後のセリフを一拍おき、窺うように話を締める。

 よかった。流石フリーダだ。安易に倒そうとせずにその場を離れたのは他の人員のことを考えたがゆえのことだろう。

 

「前まではランポスはその辺りに?」

「いや。狗竜の勢力が来る前まではその周辺にもランポスはいたから、ただ単に元鞘に戻っただけって感じだと思うが……」

「…それなら問題ないんじゃないのか? そりゃ、村に近かったら警戒しなきゃだけど…」

 

 要するに、今まで追い出されていた棲家を取り戻しただけだけだ。特に異変らしい異変も見当たらないなら、わざわざ出る必要もない。ただの現状報告かと内心胸を撫で下ろす。

 しかし、それを知っているはずの彼が、何とも言い表せない表情で首をひねっている。

 

「ただなぁ。どうにも、数がな…」

「数? そりゃあ、群れの総本山ならたくさんいて当たり前だろ」

「いやそうじゃなくてだな。俺が見かけた場所では、10体以上が纏まって動いてたんだ。確かに、ちょっとばかし規模のでかい集団といえばそれまでなんだが……。ほら、あれだけしぶとかったランポス共だ。少し気になってて」

「なるほど。確かに不安にもなる、か。……分かった。出来るだけ早めに調査にいってみるよ。杞憂ならそれでよし、だ」

「ああ、助かるよ」

 

 「別に急ぎじゃないからなー!」と言い残して、彼は去っていったが、今は特に差し障ってやることもない。フリーダにもこの懸念は伝わっているらしいので、リハビリがてら明日にでも出立しようか…。

 

 そうしてマサミチは途中だった素振りを再開し、一通り汗を流した後、夕食時に他の二人に伝えることにした。

 

 ――そして、翌日。

 

 マサミチは、アランにフリーダ、ジモを連れて森へ繰り出していた。ムートとアミザは他のアイルー達への訓練(これは自分も狩りについていきたいと志願したアイルーが数匹いたそうだ)と、村の防衛戦力として残ってもらっている。……もう少し人手が増えれば、こういった悩みも解消されるんだろうが。

 

 さて、当初は手探りで準備一つとるのにかかっていた時間も今では随分と短縮された。鞣した皮を縫合した袋に、腰や胸元に備え付けられた携帯ポーチ。

 基本的に、すぐ使うような薬系や狩猟に役立つ閃光玉などのアイテムがこちらで、入手した素材なんかを臨時で入れることはあっても、嵩張るものや火急で使わないものは荷車と共に置いている。

 

 とはいえ、今回はあくまでランポス達の調査だ。本格的な狩猟ならいざしらず、そこまで多くのアイテムは持ち込まない。これは、仮に不測の事態が起こってもすぐに撤退出来るようにするため、というのもある。

 

 マサミチの獲物は引き続きドスバイトダガー改。相手はランポス。ならば下手に弱点属性を狙うよりも攻撃力に秀でた武器を選んだ形だ。

 

「…この辺りだ」

 

 周囲を警戒しながら先行していたフリーダが声を上げ、差し出された手に従い息を潜める。

 今までの道中もモンスターの領域ではあるが、相手の存在が確認できているのとそうでないのでは大きな違いがある。

 

 小声で話しつつ、いつ何が現れてもいいように周囲を見張る。特にランポスは青と黒のストライプは一見派手に見えるが、木々の中での隠密性が高い。僅かな見落としが思わぬ被害に繋がる可能性もある。

 

 とはいえ、張り詰め過ぎもよくない。下手に緊張していると些細なことに気を使いすぎていざという時に十全のパフォーマンスが出来ない。

 要は、その使い分けと配分が大事なのだ。それに限れば、今の状態は理想に近い。ほどほどに余裕を保ちつつ、警戒は欠かさない。草木を出来るだけ静かに掻き分け、道中で役立ちそうなものを採取しながら歩く、歩く、歩く。

 

 そんなことを続けて暫く。もう移動してしまったか、或いはたまたま集まっていただけかと、帰還も視野に入れ始めたその時。鋭敏になった聴覚がその音を捉える。

 

「今の…!」

「…みんな、聞こえたな」

「ああ。そう遠くないぞ」

 

 小声で確認しあい、目的はこの先であることを確信する。先を急ぎ、姿を隠して様子を窺うと、そこに奴らはいた。

 青と黒の狡猾な鳥竜種、ランポス。これまでに何度か相手をしてきているが、やはり実物を目の前にしたのでは警戒心も強まる。

 開けた位置に屯しているが、今視界に見えている限り、その数なんと15頭。平時の3倍近い数が纏まっていることになる。リーダー格のドスランポスがいるわけでもなく、巣でもないのにここまで群れて行動しているのは珍しい。

 それに加えて、ランポス共は妙に周囲を警戒しているようにも見えた。すわ俺達の存在がバレたのかとも思ったが、こちらに目を向ける様子はない。

 

 では何故かと疑っていると、フリーダがある一点を指しこう言った。

 

「昨日はなかった」

 

 それは、半ばからへし折れたと思われる倒木。幹の太さは人の胴体ほどもあり、ランポスの仕業でないことは確かだ。双眼鏡で覗けば、そこには大きな足跡と土が捲れた跡が残されている。

 ここからではあまり見えないが、大きく刻まれているのは椛のような、鳥のような足跡。イャンクックのものだろう。

 フリーダの言う通りならば、これは昨日か今日の内に起こった出来事であり、すぐ近くにより大きな存在がいたことを連想させた。

 

「だからランポスも?」

「分からない。だがまるっきり無関係ってわけじゃなさそうだ」

 

 ジモの尋ねは皆の総意でもあったが、それにしては同じ生息地域に生きる動物としては過剰に反応しすぎな気もする。本来現れない種であったり、余程気が立っていなければここまで警戒するか?というのがマサミチの考えだ。

 

「どうする? 今ならまだ引き返せるが」

 

 フリーダの言うどうする、とは今ここでランポスたちに仕掛けるか、という意味だ。ランポスが原因ではない可能性が浮上した以上、ここで倒したところで根本的な解決にはならないかもしれない。それでも、ランポスを相手取るのか。

 熟考の末、マサミチは胸の内を吐露する。

 

「…………いや、根本的な解決にはならなくても対処にはなるはずだ。この群れが規模を拡大しないと言い切れない以上、ここらで散らしておくのも手だ」

「俺も賛成だ。探索範囲にいる以上、いつか村の仲間が出くわすかもしれない。対抗手段に乏しい中で数が多いってのは避けときたい」

「私も賛成かな…。私が着いてるときにあの数に囲まれたらちょっと対処出来ないし……」

 

 全会一致。こうなっては最早何も言うまい。彼らはみな各々の武器を手にしてランポスへと狙いを定めた。

 

(3…2…1……)

「今っ!」

「かかれ!」

 

 戦端の口火は、ジモの狙撃から始まった。ジモの構えたスポンギアから同時に放たれた3本の矢の内、2本がランポスの肉へと突き刺さる。

 悲鳴と共に驚いたランポスたちに、咄嗟に躍りかかるのはマサミチとフリーダだ。

 盾で頭をかち上げ、作った隙を逃さず剣で斬りつける。突如現れた襲撃者に、後ろへ回り込んだ一匹は、振り返り際に放たれた斬り払いに肉を切り裂かれ、血飛沫をあげて沈黙する。

 フリーダの二刀による守備を捨てた猛速の刃閃は、痛みに怯むランポスを矢継ぎ早に攻め立てていき、怒涛の連撃にランポスもとうとう力尽き倒れ伏す。

 

 これにて奇襲は成功。ランポス達が冷静になる前に、既に全体の3分の1を減らしたのは大きいだろう。 

 しかし、相手も野性に生きるモンスター。厳しい生存競争に生きる彼らは、金切り声を上げながら勇ましく敵対者へと迫る。他の同族を相手にしている一匹へと躍りかかると、自慢の爪牙でもって食い破らんとし、視界が反転する。

 

「そう簡単にやらせるかよ」

 

 飛びかかったランポスを撃ち落としたのは巨大な骨の鎚を携えた一人。モンスターの骨を基本とし、様々な改良を加えて威力を増したサイクロプスハンマーの一撃に、脳を揺らされたランポスは立つことすらままならない。

 そうして藻掻く間にも、各々の武器を用いて彼らはランポスを相手取る。

 内側に侵入しようとする個体は手の早い二人が対応し、勢いのままに襲いかかる者は、勢いすら抑え込む一撃にて纏めて薙ぎ払われる。臆して距離をとれば、待っているのは正確無比な矢の一撃だ。すっかりペースを崩され、仲間を次々と失っていくランポス達に、最早逆転の目は残されていなかった。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

「どりゃっっ!!」

『ギャァ――』

 

 アランの一撃で、またもランポスがふき飛ばされていく。これで斃れたランポスは11。残りは4体だ。これにはランポスも勝ち目がないと悟ったのか、消極的に、やや遠巻きに威嚇を繰り返すだけだ。

 

「これでどっか行ってくれると助かるんだがな…」

 

 アランは額に滲んだ汗を拭いながらも、決して姿勢は崩さない。今武器を下げると、隙を見せたと判断され余計な戦いが生じる可能性もある。

 積極的に襲いかかるつもりはないが、臨戦態勢を維持することでランポスの気を削ぐこの行動は上手く機能したらしく、既に戦意は感じられない。

 このまま睨み合いを続けていれば、やがて去るだろう。そう考えたとき。

 ふと、ランポスたち首をキョロキョロと明後日の方向へと向け始める。先程までの警戒をふいにしたような仕草に、この場の誰もが頭に疑問符を浮かべた。その、直後。

 

『クァァアアアアアア――――――ッッ!!』

「っ、避けろ!」

「ぬあっ!?」

「ぐっ」

「うわ!?」

 

 破砕音と共に木がへし折れ、弾丸のように飛んできたそれを身を投げ出して回避する。

 土煙を立てながら、立ち上がったそれは、よく見慣れた桃色の鱗。森丘の大怪鳥こと、イャンクックだ。

 しかし、その姿からは悲惨さが伝わってくる。

 自慢の耳はボロボロで、青い飛膜はズタズタだ。赤い甲殻にもところどころ傷がつけられており痛々しい。

 

 今の墜落でついた傷ではないだろう。余程の高空でもなければ、ここまでズタボロになるとは考えられない。それに、この傷跡は爪か棘か、鋭利なもので削られたような痕跡を残している。

 

 ならば、相手は少なくともイャンクックよりも上位の―――!

 

 その考えを肯定するかのように、俺達の上空を新たな影が通過する。まるでこちらなど眼中にないかのような飛行を見せたそれは、瞬く間に倒れたイャンクックへと追撃を加えると、その体を踏みつけにした。

 

「もう一体…? だが…」

 

 それは、全体のシルエットを見ればイャンクックに酷似した姿をしていた。だが、体格は一回り以上大きく、体を覆う甲殻もより刺々しく、毒々しいまでの紫。

 フリーダが漏らした声に、イャンクックよりも線の細い耳がこちらを捉える。

 ゆっくりと振り返ったその顔は、イャンクックのどこか間の抜けた様な顔つきではなく、目に入るもの全てを襲いかからんとするほどの凶貌。

 

 そして何より、相対したプレッシャーが桁違いだ。これは、イャンクックではない。この場では、俺だけがそいつを知っていた。

 

「―――イャンガルルガだとっ!!?」

 

『ギィャヲォォォ――――――ンッッ!!!』

 

 黒狼鳥イャンガルルガ。

 後に規定される鳥竜種という分類の中でも、類希な危険度を誇る一匹狼が、4人のハンター達へと牙を剥いた。




やっと出したいやつ出せた―――!
あと久しぶりに感想、評価お待ちしております


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傍若無人がやって来た!?

お久しぶり。


 

 

「―――イャンガルルガだとっ!!?」

 

 

『ギィャヲォォォ――――――ンッッ!!!』

 

 

 突如現れた乱入者。黒狼鳥イャンガルルガが吼える。

 

「うっ…!?」

「がぁっ…! 耳がっ…!」

「ぐっ…!」

「んんんんんっっ!!」

 

 音響攻撃。耳を劈く不協和音は、鼓膜を直に攻撃し、あまりの衝撃にみな耳を抑えて蹲るように耐える。

 一瞬チカチカと視界が明滅したような感覚が過ぎ、何とか耐えられる程度の音域になった時点で手を離す。

 目を向ければ、既に相手は次の行動に移っていた。イャンクックとは比にならない速度での突進。無防備な状態へ放たれる追撃は、凶悪な容姿と併せてとてつもない脅威だ。

 迫るイャンガルルガを傍目に、俺は振り返って声を荒らげる。

 

「来るぞ! 躱せっ!!」

「―――っ?」

「――っっ!!?」

「―――」

 

 返答は聞こえなかった。耳鳴りが酷いせいで聞き取れなかったらしい。

 らしいというのは、俺が身を投げてから暫く、僅かながらに音が戻ってきたからだ。

 

 それ故に声が届いているか不安だったが、視線を向ければ皆射線から回避している。

 当のイャンガルルガは、避けた俺たちにすぐさま追撃する様子は無く、鋭い眼光で睨みつけて地をその強靭な脚で搔いている。

 一番近いのはアラン。次にジモ、フリーダと続き、最後は先頭だった俺だ。まだジンジンと耳鳴りはするが、戦闘行動に支障をきたさない程度には回復してきている。

 

(クソッ、何でこんなところにイャンガルルガが…。いや、イャンクックが現れる時点でその点も警戒しておくべきだった。それよりも問題なのはここが村からそう遠くないってところだ。ドスジャギィの時ほど近くはないけど、空を飛ぶことの出来るこいつにとって村までの距離なんてちょっとした散歩同然だ)

 

 未だ目の前を見据えて動かないアランたち。その表情には今の音響による痛みも残っている。予知せぬ乱入者に硬直している体に、ハッとしたアランはいち早く我に返りこちらに声をかける。

 

「マサミチ! あいつのことを知ってるのか!?」

「イャンガルルガだ。イャンクックと見た目は似てるが……桁違いに強い。かなり好戦的な性格で、危険度で見るなら飛竜種と比べても遜色ないモンスターだ!」

 

 只者ではないプレッシャーからみんなも警戒していたようだが、その一声で更に緊張が増す。じりじりと動く俺たちに合わせて、首をそれぞれに向けていく。それは、獲物を吟味する捕食者の眼光だ。

 

「このまま逃げるのは…?」

「いや、それは難しい。というより駄目だ」

 

 後退しながら呟かれたジモの言葉を否定する。

 

「イャンガルルガは超攻撃的で執念深い。このまま下がれば、よしんば逃げ切れたとしても村まで追ってくる。逃げるのは、イャンガルルガの視界から外れてからだ」

「そんなぁ…」

 

 目線を外さずに伝えると、悲観的な表情になりながらも覚悟を決めたようで、背の矢筒から数本の矢を取り出した。

 

『クァオオォォォォッッ!』

「来たぞ!」

 

 再び翼を広げて一直線に走るイャンガルルガ。進路上のアランとフリーダは既に逃れ、ブレーキをかけながら嘴を俺たちへと連続して突き入れる。

 

「のあっ!?」

「ひゃぁっ!?」

 

 イャンクックに慣れたせいか、はたまた見た目の上では細身に見えるからか体感速度はより早く感じる。

 二人を分断するように放たれた啄みは、軽快な挙動に反して硬い地面を容易く穿つ。

 その隙を狙うべく、アランが腰だめにハンマーを構えて向かってくるが、手振りでそれを阻止する。

 

「やめろ!まだだ!」

「なんっ…!?」

 

 咄嗟に疑問符を浮かべたアランは、けれど次の攻撃動作に入っているイャンガルルガを見て瞠目。挙動に驚きながらも身を捻って投げ出すと、イャンガルルガは身体スレスレを薙ぎ払う。

 

「隙がない…!」

 

 イャンクックであれば多少のチャンスになり得た攻撃が、イャンガルルガはあまりに早い立て直しのせいでペースを狂わされる。ただ素早い相手というのはドスランポスなんかでも経験済みだが、イャンガルルガの素早さはそういった類のものでなく、行動後の隙を埋めるようなそこにある。

 

「慣れるまでは回避に専念しろ!」

 

 俺が周囲に行き渡るように声をかけ、みな首を縦に振る。と、その意志を確かめる隙もなくイャンガルルガの突進が迫る。

 

 慌てて横に転がり通り過ぎざまを一閃。けれど腰の入っていない斬撃は強固な外殻に阻まれ弾かれる。

 

 その僅かな隙もイャンガルルガは見逃さない。突進が終わったと見るや間髪入れずにこちらを狙った嘴による打突。

 速度では劣ると判断し、背中を向けず、予備動作に入る瞬間をを見て左右に回避。右手をつき体勢を立て直すと、立ち上がる勢いを乗せて柔い顔面に向けてドスバイトダガー改を振り抜く。

 目元に急な攻撃を食らったイャンガルルガは一瞬たじろいだかのように見えたが、躊躇いなく眼の前の存在を排除しにかかる。

 

「…のあっ!?」

 

 イャンガルルガにとっては軽い身じろぎに過ぎないそれも、人の身では行動を阻害される。甲殻に引っかかったマサミチが掬い上げられるように腕を跳ね上げられると、そのまま轢き潰すようにイャンガルルガが猛進する。

 既の所で直撃は避けたものの、足が引っかかったのか着地を失敗する。顔を上げれば、イャンガルルガは息を吸い込んでこちらに狙いをつけていた。

 

「まずっ!?」

 

 その予備動作には見覚えがあった。

 

 古来より、人類に対する脅威として語られる竜の代表的とも言える武器。鋭い爪牙でも、巨体でもなく、それこそが彼らの特権とでも言うかのような特異な身体構造故に放たれるその一撃。

 

 

 ―――ブレス。

 

 

 これまでにも内臓器官から放出する攻撃を繰り出すモンスターはいたが、それらは放物線を描くようなものであったり、ブレスというには一撃の火力に乏しいものが多かった。

 

 類似はすれど、今ここにいるモンスターが放つのは、正真正銘飛竜種にも匹敵する豪火球。

 

 大きく開かれた口から巨大な炎の球が一直線にマサミチへと向かう。その時点でマサミチは回避することを諦め、全力の防御に回っていた。

 右手の盾を構え、出来る限り己の身を盾の背後へと隠すようにし、強く強く踏ん張る。

 

 着弾。そして轟音。しっかりと構えていたにも関わらず衝撃により腕がぶれ体は仰け反り足が地を滑る。それでも辛うじて姿勢が崩れていないのは流石というべきか。

 

 腕への衝撃はあるものの、目立った怪我はない。

 

「防具に感謝だな」

 

 マサミチは、己の桃色の防具を見てそう呟いた。怪鳥イャンクックの身を守っていた甲殻は伊達ではない。生半可な防具を優に超える防御性能を持ちつつ、自身が扱うからか炎への耐性も高く備わっている。これらが合わさり、強力なブレスを防いだ余波の影響を全くない受けていない。

 

 と、このように一人だけが攻められて他の3人が手をこまねいている訳がない。

 今の一撃でも不十分と見たか、それとも凶暴性故かはわからないが、再び着弾地点へと突進をする素振りを見せる。

 

 が、それよりも早く動きの止まったイャンガルルガに追撃の矢が迫る。これを顔で受け止めたイャンガルルガは、けれど己の苦手な水属性を纏った矢を煩わしそうに払う。

 それだけの隙があれば、他の二人も間に合う。

 

「はぁッ……!」

 

 身軽なフリーダが背後を取り尻尾に的確な連撃を当てた。突然の背後からの攻撃。それも、斬撃に対して弱い尻尾の腹を滅多切りにされたのだ。

 今までの攻撃の中で最も響いただろうそれは、イャンガルルガに僅かな驚きを与えた。だが、それだけ。強靭な生命力を誇る大型モンスターにとって、この程度気にもならない。

 だが、確かに注意を引くことは出来た。振り回される尻尾を身を屈めて回避し、即座に攻撃範囲から逃れるフリーダ。

 

 この判断の早さこそが、フリーダの強みだ。冷静に状況を見て、自他の戦力差を見るや不明瞭な動きに警戒して無闇な深追いをしない。当然攻撃する機会は減るものの、それでもやはり安全と堅実さに天秤が傾く。

 事実、ランポス襲撃の予兆や規模の把握もフリーダのその判断力の賜物と言えるだろう。

 

「今だ!」

「よし来たっ!」

 

 そして、背後に僅かでも気をそらした瞬間、側面からハンマー携え走るアランが呼応した。

 抱え込むように構えられたハンマーを、走破の勢いを最大まで乗せて右下から左上へと振り抜く。

 

「ッシィ!!」

『ヒギュィアッ!!』

 

 そして、その痛烈な一撃に初めての大きな反応。掌に伝わる会心の手応えに、笑みを浮かべて次打を撃つ。

 

「頭部が柔いぞっ!」

「脚は無理、矢が弾かれる!」

 

 大声を上げて、相手の情報を共有していく。続けて叩き込まれる重量級の攻撃に耐えかねたのか、再び飛び上がってバインドボイス。咄嗟に耳を抑えて鼓膜を守るが、それでも衝撃自体は伝わってくる。

 

 体勢を立て直すための牽制の意味合いが強かったのか、即座に攻撃はされなかったが、やはり相手があのような攻撃手段を持っている以上気が抜けない。

 

 再び向き合う形になったイャンガルルガとアラン。その脇をマサミチが走り抜け、最も脆い頭部へと躍りかかる。負けじとアランもハンマーを手にマサミチの作り出した隙へと痛恨の一打を叩き込む。

 

「ならば俺は…っ」

 

 頭に二人が集中している今、イャンガルルガの視界には二人の姿しか無い。フリーダは今のうちにと斬撃の通りの良かった尻尾目掛けて双剣を閃かせる。

 

 イャンガルルガは頭にまとわりつく厄介な存在に、嘴による啄みや噛みつきを多発して排除を試みるが、少しでも攻撃の予兆を見せたら横軸に避けてそのほんの僅かな隙に攻撃を入れる。

 

 どちらも、これまでの経験から位置取りは互いを害しない距離を把握しており、その絶妙な距離感にイャンガルルガも片方に集中することが出来ない。

 

 そして、放たれる矢の雨。頭部と尻尾を避けて放たれたそれらは、翼や胴体、背に脚と迫り、肉質に応じた効果を与えていく。

 

「ん? あれ…」

 

 その中に一つ、矢が弾かれる程の強度を持ちながら、それでいてイャンガルルガの注意を引いた部位があった。

 

 背中だ。

 

 他よりも物理的な効果は薄いが、どうやらイャンガルルガにとって嫌がる要因があるらしい。

 

 ジモは回避を重点に立ち回る男衆とイャンガルルガの行動に目を向けつつ、再び背中に向けて矢を引き絞る。今度は、三本。

 

 狙いを澄ました射暴れまわるイャンガルルガを正確に捉える。弓を左右から挟む海綿質の素材により、3方向に広がった矢は水属性を纏い突き進む。

 

 一本は動き回る脚に弾かれ、一本は振り上げた翼膜に浅く刺さり、羽ばたきの衝撃で抜け落ちる。そして、最後の一本は吸い込まれるように背中の甲殻を狙い穿ち、硬質な音に弾かれながらも水を撒き散らして意表を突く。

 

 己の苦手とする水属性に、特に弱い背中に(あた)ったことに顔を顰めたイャンガルルガは下手人を探すべく首をもたげるが、意識の逸れた一瞬をつき、近接組が攻勢に乗り出す。

 

 つかず離れず、互いに隙を狙いやすい位置に陣取り、それぞれが僅かずつとは言えイャンガルルガへ攻撃を与えていく。囲まれての攻撃に煩わしく思ったイャンガルルガは、一度嘶き、強靭な脚を起点に体ごと回転させて尻尾で薙ぎ払う。

 

 だが、それは既にイャンクックとフルフルとの対峙で見ている。

 予備動作を見れる位置にいたマサミチとアランは範囲外まで即座に下がり、背後のフリーダも尻尾の下を滑るようにすり抜ける。

 

 距離を取ったマサミチは息を整え、今の攻防の手応えをこぼす。

 

「っふぅ…、何とかやれるか?」

「疲弊さえしなけりゃ十分……と言いたいところだが、行動が早い上に強え。少しでも気を抜いたら素早さに翻弄されてそのままやられかねないぞ」

 

 そう、今のところはこちらに致命打となる攻撃は食らっていないが、それは強靭な生命力を持つモンスターとて同じこと。一発でもまともに喰らえば大怪我必須のそれを、避け続ける体力とその緊張感。同じ条件なはずがない。

 

 額から垂れた汗を拭うと、駆け寄るフリーダが背に手に持つデュアルタバルジンに目を落として告げた。

 

「相当斬りつけたが毒が回った様子がない。余程毒に強いか、あるいは完全に無効化しているか……だ。悪いが毒によるダメージは期待しない方がいい」

「そうか、イャンガルルガに毒は効果がない…」

 

 すっかり忘れていた。

 

 今までは毒でサポートも出来ていたフリーダ、だがそれは今は望めない。

 

 軽く言葉を交わし、人の留まった所へとイャンガルルガが動き出すのを見ては再びバラバラに避けて反撃の一打を与えていく。

 

 風圧や音響など、厄介な面も多いが、それでもみな直撃だけは避けている。一撃の重いハンマーで頭部を叩き、双剣と片手剣による削り。そしてジモの弱点を突く援護。このまま堅実に攻め続ければ、勝ちの目も見えてくるだろう。

 

 そう心中で溢した瞬間、それは起こった。

 

 再び尻尾回転を繰り出したイャンガルルガ。わずかに反応の遅れたマサミチが盾を割り込ませるも、けれど靭やかに振り回された尾の鞭の威力に耐えきれず背後に飛ばされる。

 

「うおっ!?」

「のわっ!」

 

 その先は既に避けていたアラン。勢いが止まる。

 そこまで勢いが乗っていたわけではなかったが、それでも鎧を着た人間一人。不意に接触しては動きも阻害される。

 

(まずい!)

 

 そう思い、咄嗟に盾を構え直したが、こちらを吹き飛ばしたイャンガルルガは、既にその身を翻していた。

 

 視線の先は、一人離れた位置で弓を構えるジモ。

 

「え、こっちぃ!!?」

 

 やられた。

 

 イャンガルルガは、周囲を取り囲んで攻め続ける三人よりも、その後ろで援護射撃を繰り返すジモを厄介に思ったらしい。

 今の回転で周囲を薙ぎ払い、孤立したジモへと飛びかかる。

 

 その姿を目視するや、弓を畳んで全力で疾走する。

 それでも、イャンガルルガの方が速い。空中からの飛びかかりを何とか地面に飛び込んで避け、慌てて立ち上がって逃げようとするも、イャンガルルガの喉から破鐘の様な咆哮が吐き出された。

 

「〜〜〜ぃッ!!?」

 

 動きが止まる。鼓膜と本能に訴えるその音響に耐えかね、ジモは両耳を塞いで屈み込んでしまう。

 

 しまった! そう思うよりも先に体はイャンガルルガへ向けて走っていたが、距離を離されたのが悪かった。このままでは到底間に合わない。

 

 こんな時のために閃光玉を求めてポーチへ手を突っ込むも、焦りか、それとも走りながら故か、うまく引っ張り出すことが出来ない。

 

 そうして、ようやく立ち直ったジモが回避行動に移るよりも一歩早く、イャンガルルガはそのまま後方宙返りしながら刺々しい尾を打ち付けた。

 

 

「―――ジモッッ!!」

 

 

 そこへ、割り込む存在がいた。

 

 

 鬼気迫る表情でジモを体ごと突き飛ばしたフリーダは、咄嗟に両の手の剣を交差させて防ごうとしたが、勢いに乗ったそれを止めることは出来ず、あえなく直撃。

 

 宙に打ち上げられた体は緩やかな放物線を描き、背後の木へと激突して止まった。

 

 強く握られていたはずの双剣は打ち上げられた衝撃で手から離れ、体はピクリとも動かない。

 

「っ、フリィーーダッッ!!」

 

 代わりに、アランの悲鳴がこの森に響き渡った。




どけ!!!俺はお兄ちゃんだぞ!!!


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毒を以て毒を制す

12月……?もう…?


 

「っ、フリィーーダッッ!!」

 

 倒れるフリーダ。響く悲鳴。

 

 尻尾の先が掠ったのか、顔には傷が走り、どくどくと真っ赤な鮮血を流している。

 

 突き飛ばされたジモが駆け寄って声をかけるが、反応はない。

 

 そして、わずかに遅れて駆けつけたマサミチだが、その安否を確認する暇はない。イャンガルルガは倒れたフリーダに向けて、追撃とばかりに大きく息を吸い込んだ。

 

 再びのブレス。

 

 巨大な火球がフリーダ諸共ジモを焼き尽くそうと迫るが、体を滑り込ませたマサミチが盾を押し出して全力で踏ん張る。

 

 体外に排出された火炎球は、一度推進力を失えば威力は失われる。その隙に、無防備な頭へ向けて横合いから重量級の一撃が叩き込まれる。

 

 意識がこちらに集中していたためか、再びもらった強力な一撃に怯んだイャンガルルガの注意がアランにうつる。

 

「今援護をっ!」

「いい!…ぐっ、それよりもフリーダだ!」

 

 一人で何とか逃げ回るアランと後方の二人を数巡の間見比べると、「任せた!」と言いフリーダとその処置に追われるジモの下へ駆け寄る。

 

「状態は!!?」

「腕から顔まで傷がっ…! ううん、それよりも、血が止まらない…!」

「これは…」

 

 思わず、思考が止まる。

 

 フリーダは、青い顔で気を失い背後の木にもたれかかっていた。幸いにして息はあるが、それよりも目を奪われたのはその傷だ。

 鋭いトゲと強靭な身体能力から放たれたサマーソルトは、前に出して防いだジャギィアームの皮を貫通し、左腕の半ばと顎から左の目尻にまで赤々とした線を残す。

 

 涙目になりながら傷口を圧迫するジモだが、その一閃は大きく、どくどくと絶え間なく血が流れ続けていた。

 

「っ…!」

 

 覚悟はしていた。人間の身で遥かに強力なモンスター達と戦うのだから、いつでもその覚悟はしていた。現に、かつてはモンスターとの交戦による傷や打撲などはありふれていたし、死ぬような目にも何度もあってきた。

 

 ここまでの怪我は初めてだが、焦りながらも簡単な対処ならばできるほどに。

 だが、ジモがどれだけ傷を抑えても、薬草や回復薬を口に含ませようと、絶えず血は流れ続け、フリーダの顔色は悪くなっていくばかり。

 

「っ…毒か!」

 

 そう。イャンガルルガの尾の先の棘。そこに含まれる出血性の毒がフリーダを蝕んでいた。

 毒ならば、かつて戦ったゲリョスや沼地の地面など、幾度か対面したことはある。だが、それも事前知識からの用意や、毒液という状態であったから、異常を感じた側から対処することも出来た。

 しかし、此度に至っては大きな傷口から直接毒が入り込んでいる。

 

 流れ出る血液の色はドス黒く濁り、赤紫に変色していた。

 

「解毒薬っ…げどく草でもいい!持ってないか!?」

 

 マサミチは持っていない。以前の狩猟により消耗した解毒薬の在庫との兼ね合い、行動の早さを考慮して必要最低限のアイテムの準備。これが悪い意味で噛み合ってしまい、この状況を前にして最速の治療を不可能なものとしていた。

 一秒ほどの感覚をもって叫んだその声は、ジモを咄嗟に突き動かした。

 自らのポーチや防具の隙間をくまなく探すが、求めている物は出てこない。

 

「ない…ない! 前使ったので私が持ってた分は最後だった!」

「…クソっ」

 

 ならば、周囲からげどく草を探してみるか?

 それは難しい。今はアランが何とかイャンガルルガの注意を引き付けているものの、いつ注意が向くかも分からない今そんなことをする余裕はない。

 

 傷口を薬草で抑え、せめてもの治癒を図るが、それも焼け石に水。刻一刻と失われていく血液と、体内を駆け巡る毒の成分がそれを上回る速度でフリーダの体を傷つけていく。

 

 タイムリミットは僅か。このまま放置してはフリーダの命の灯火が消えてしまう。

 

 打開策をいくつも考えるも、どれも運が絡み、仮にわずかでも行動に遅れが出ればフリーダ諸共あの世行きのものばかり。フリーダには悪いが、村のみんなのためにも、これ以上の損失は出せない。

 

「ぐあああぁぁっ!?」

 

 そんな時、一人で健闘していたアランがタックルに突き飛ばされ眼の前に転がる。そして、大きく口を開けて追撃の火球を放たんとするイャンガルルガの姿。

 

「不味い…!」

 

 立ち上がろうとするアランの前に乗り出し、タックルするように火球を盾で受け止める。強烈な衝撃が襲い掛かり、踏ん張った地面に跡が残る。イャンガルルガはそれを見て不機嫌そうに地面を掻くだけだ。

 

「抑えきれなかった。スマン! 突進の予備動作がなさ過ぎるぞアイツ。気付いたら巻き込まれてた」

 

 起き上がり、腰を軽く叩いたアランは、吹き飛ばされた衝撃こそ残っているものの、致命的な怪我はない。

 

 唸る一匹狼を警戒しつつも、己が抑えきれなかったことに詫びながらも、背後のフリーダを気に掛ける。

 

「フリーダは大丈夫なのか?」

「……いや、傷が大きい上に毒が入り込んでる。血が止まらないんだ。今は回復薬と薬草で何とか誤魔化してるが、直ぐに処置しないと…。命が、助からない」

「……そう、か。解毒薬は?」

 

 アランはマサミチの言葉を神妙な顔で受け止める。眉をしかめ、返ってきたのはふるふると首を横に振るマサミチのジェスチャーだけだ。

 

「お前は、何か持ってないのか?」

「……どうだったかな。前の時のやつをそんまま着てきてるから……期待するなよ」

 

 片手で素早くポーチをまさぐるアランだが、彼の言ったとおりにポーチは依然として変わりはない。駄目だ。と目で合図しようとして、ポーチをかけたゲリョスフォールドから何かが覗く。

 

 違和感を覚えたアランが引っ張り出すと、それはヤオザミの未発達な水袋に目をつけたミーニャによって造られた水筒。水筒は結び目の形で内容を判別できるようにしてあるが、それに則るとこれの中身は解毒薬だ。

 

「何でこんなとこに…?」

 

 一瞬何故、という疑問が過る。しかし、アランは幾日か前の狩猟のことを思い出していた。

 

 飛竜フルフルを狩猟するために近くの沼地へと向かったその時だ。例えフルフルに毒がなくとも、毒の沼に入ってしまった場合を考えて一行は人数分の解毒薬を持っていっていた。

 振りわけの際にアランはゲリョス装備の抗毒作用があるため他で使ってくれと譲ったものの、万が一を考えてと渡された解毒薬をしまっていたのだ。

 

 結局その狩猟では使わなかったが、あまり意識していなかったために、幅のあるゲリョス装備に挟んだまま気づかずここへ来てしまった、ということだ。

 

「いや、そんなこと今はどうでもいい。ジモ!」

「えっ、わ!」

「解毒薬だ。傷口にかけた後飲ませてやれ」

 

 振り返らず投げ渡された水筒を慌てて受け取り、言われたとおりに処置をする。

 すると、少しずつではあるが血色がよくなり、流れる血も勢いを落とす。これで毒の問題は大丈夫だろう。

 だが、依然として深い傷は残ったまま。このまま放置しては命が危ぶまれる。この場ではその処置を出来る程の環境や道具を用意できない。

 

 ならば、取るべき選択は一つだ。

 

「アラン」

「ああ、分かってる。撤退だ。早くフリーダを連れて村に戻れ!時間は俺達が稼ぐ!」

「二人とも……。うん、ごめん、任せたから!」

 

 一瞬視線が俺達とフリーダを逡巡し、覚悟を決めたようにフリーダを抱き上げ背を向け村への道を歩みだした。

 

『グルォッ!』

 

 だが、眼の前でみすみすと背を見せる獲物を一匹狼は見逃さない。過剰なまでの攻撃性を持つ本種の特性か、逃げ出す獲物を双眸に収めた瞬間、追撃のために駆け出した。

 

 

 ――――瞬間、世界が白く瞬いた。

 

『ギィャォ――ッ!!?』

「やるぞ!」

「応ッ!」

 

 マサミチの不意の閃光玉がイャンガルルガの網膜を焼く。

 

 急な閃光に驚いたイャンガルルガは頭を仰け反らせ、混乱しながらも視力が戻るその瞬間を待ち望む。

 そこへ、一気呵成にと躍りかかる二人。並のモンスターならば、視界を奪われた状態では下手に動けずその場で適当に攻撃を繰り返すか、闇雲に暴れ回るか。そうなると次第に行動も読め、安全地帯や攻撃の隙を作り出すことが出来る。

 

 それ程までに視界を奪うというアドバンテージは大きい。

 

 だが、殊更イャンガルルガという種にとってはそうとも限らない。

 最も柔らかい部位である頭部へ駆ける二人の内、小回りの効くマサミチが先に到達する。

 そして、イャンガルルガは未だ白む視界のまま、その足音を、気配を感じ取っていた。

 

 これが一時の間をとるためならばイャンガルルガにも効果的だろう。だが、イャンガルルガは種族として賢しく、またそれを戦闘という手段に費やしている。

 たとえ視力がなくとも、自身の近くであれば類稀な戦闘勘から迎撃するのは、決して不可能ではない。

 

 加えて、その奪われた視界で感知するのは付近の生物に限るためか、大掛かりな飛行や火球などよりも啄みを多用し的確にこちらを捕捉してくる。

 

 故に、この個体もその本能に従って迫る気配へ向けて勢いよく嘴を振り下ろした。

 

 

 

 

―――当然、その情報を知っている相手からすれば、無策に近づく筈もない。

 

「おおっ!」

 

 イャンガルルガの体が飛び上がる寸前、肉体を急停止させ、背後へ転がる。マサミチの狙いは啄みによる一撃の誘発。遠ざかるマサミチに距離感を狂わされたイャンガルルガは数度槌のような嘴を叩きつけるが、いずれも当たりはしない。

 

 それどころか、躍起になって放った一撃によって抜けなくなり、その大きな隙を眼の前で晒してしまう。

 

「「おおおおおおおぉぉぉっっ!!」」

 

 無防備に弱点を差し出すイャンガルルガに、二人は雄叫びを上げて得物を叩きつける。最大まで力を溜めたハンマーが頭蓋を揺らし、剣と盾の種類の違う衝撃が連続して襲いかかる。

 

 もがいて頭が抜けたその瞬間には、アランの連携の締め、これまでの遠心力を乗せたアッパーが直撃。これには堪らず悲鳴を上げて大きく仰け反るイャンガルルガ。

 

 手応えのある一撃に心中で喜びを浮かべるアランに、その隙に果敢に斬り込むマサミチ。

 不明瞭な視界が邪魔をし挙動を制限されるイャンガルルガは、しかして飛び上がるように暴れまわり付近の二人を遠ざける。土煙を立てるそれから逃れ再び構えると、イャンガルルガはこちらを把握して突進を繰り出す。

 

 駆け出す瞬間を見た二人は左右に飛び出す。視線がアランを追いかけた瞬間、その背後をとって斬撃に弱い尻尾を斬りつける。

 フリーダを倒したように、毒に気をつける必要はあるが気を引く程度に抑え直ぐに離脱する。

 

 片方が引き寄せ、その隙に叩き、どちらかが視界に入ることで注意を引くこと数分。

 ギリギリの近接戦を繰り広げた二人は消耗し、息も切れかかっている。足は幾度の加速と急停止によって疲労が蓄積し、パンパンに膨れて、腕は硬い鱗をひたすらに殴ったせいか痺れも残っている。

 

 そしてイャンガルルガはそんな二人を相手にし、ひたすらに追撃を加えんと猛然と襲いかかる。

 最早、先に逃げた二人のことなど考えてもいない。今はただ、向かい合ったその生命と戦うことのみを目的として動くだけの狂戦士。

 

「…っ、もう十分引き付けたよな!」

「うしっ、俺等も退却だ退却!」

 

 だというのに、それらは今までイャンガルルガ()と争い合ってきた武技を背に隠す。野生のイャンガルルガにはその行動の意味は分からないが、頭の回るそれは自分への対処が遅れることを冷静に判断していた。

 

 その眼光は鋭く二人を睨みつけ、大きく息を吸って火球を撃ち放つ。3発続けて放たれた火球は若木を折り砕き草木を灰と化す。

 衝撃も火力も十分な自慢のブレス。だが、その範囲から既に二人はいなくなっていた。

 

『グァ…?』

 

 見失ったかと周囲を眺めながら、スンスンと鼻を鳴らし探る。

 

 暫くの間そうして待っていたイャンガルルガだったが、ついぞ二人を捉えることはなく、やがて諦めたように歩行を再開したのだった。

 

 

 

――――――…

 

 

 

 

「はっ、はっ、はぁっ…大丈夫か?」

「何とかな…。アイツは…追ってはきてないな。まさか、試したすぐ後に使うことになるとは…」

 

 そこから更に離れた距離に、二人は息を切らして地面に座り込んでいた。かすり傷や打撲をいくつも負っているが、動きに支障はない。

 戦闘からの離脱に喜ぶ二人だが、何もただ逃げたわけではない。これはマサミチが興味本位で作っていたとあるアイテムの効果によるものだった。

 

「モドリ玉…モドリ玉でいいんだよなこれ」

 

 そう、モドリ玉だ。

 ゲームにおいては素材玉とドキドキノコで調合でき、戦闘中だろうがなんであろうが離脱してキャンプに帰還する摩訶不思議なアイテム。

 原理が不明でその効果にも疑問を覚えいくつかの素材を消費して製作した。

 

 試した結果としては、撤退用の煙幕に近い、ということが分かった。

 けむり玉はツタが導火線になり、ネンチャク草の成分とともに燃えることで大量の白煙を発するもの。対して、モドリ玉はこれにドキドキノコの乾燥胞子を混ぜ、煙とともに小範囲に散布させるというものだった。

 

 煙幕にもなるが、何よりドキドキノコの乾燥胞子により相手の興奮状態を一時的に抑制し、視覚や聴覚、嗅覚などを誤魔化している内に撤退する、というものだった。

 

 これもドキドキノコの不思議な毒素が、ごく短時間ではあるが大型モンスターに通用することによるもの。

 

 モンスターは当然だが、この世界はただの菌類すら非常に逞しいと、再度認識させられるのであった。

 

「撒けたことだし、早く戻ろう。フリーダが心配だ」

「ああ、それにアイツの対策もしなきゃいけないしな」

 

 重い腰を上げ、二人は足早にフィシ村への帰路につく。

 

 脳裏で、仇敵たるイャンガルルガへの闘志を燃やしながら。




今回出てきたモドリ玉はおそらくこうであろうという憶測によるものです。公式の効果とは異なる恐れがあります。
これはあくまでマサミチが再現しようとした結果なので、公式で判明した場合は、ここから更に発展してその設定になった…という解釈でお願いします。
なので便宜上これをモドリ玉として扱いますが、モドリ玉(オリジン)ということになります。
感想、評価などお待ちしております


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緊急クエスト・イャンガルルガを討伐せよ

遅筆&不定期更新で申し訳ない。だが息抜きに始めたものがあれほど人気になるとは誰が思うというのだ…。
Wildsのロゴが傷の位置やサイズまでワールドと一緒で続編、あるいは新大陸の未開拓地説が出てますね。
Wildsの略称がMH:WsでWorldSecond説とか、バイオハザードVillageでⅧを表してたように、“Wil”dsでWⅡ説とかあってそれっぽ〜い!と感心しました


 

「マサミチ!アラン!良かった、無事だったんだな!」

 

 ほうぼうの体で村に到着すると、既に着いていたジモが伝えていたのか、門番の役割を担っている探索班の一人と合流した。彼に案内されて、やってきたのは診療所。

 

 ここはエストの家兼調合所から近くに建てられており、簡素ながらも怪我人や病人を寝かせるためのベッドも備え付けてある。これまでも怪我を負ったりした時は、ここに世話になったことも何度かある。

 

 が、そんな診療所には村中の人が集まっているのではないかと思うほど人が溢れかえっており、みな一様に不安そうな顔で室内を覗いている。

 

「あっ、二人が来たぞ!」

「道を開けろ!」

 

 駆け寄ると、こちらに気づいたの村の人々が口々に言って作ってもらった隙間を通り抜けながら診療所の中に入る。

 

「あっ、お二人とも…」

 

 中では、一つのベッドに寝かせられた血まみれのフリーダと、その側でエストが薬草やケルビの角を煎じていた。その反対側には、ジモが防具も脱がずに連れ添っていた。

 

 肝心のフリーダは寝たきりだ。傷には包帯が巻かれており、血を吸って赤く染まっている。

 

「…フリーダの容態は」

「はい…。良くはないですが、何とか峠は乗り越えましたよ。毒を食らったと聞きましたが、早期に解毒出来ていたのが良かったです。……正直、この傷の大きさで出血毒となると、生命を繋ぐことを諦める他ないと思っていたのですが、フリーダさんの肉体は耐えてくれました。ですので、このまま薬を服用して、安静にしていれば、一先ずは大丈夫だと思います」

「そっか…。良かった」

「ふう、最悪のことにはならずに済んだな」

 

 安心したのか、イャンガルルガと相対した緊張と疲れがドッと溢れ出す。アランに至っては、そのままドサリと倒れ込んで「埃が舞うので少し…」と注意を受けていた。

 

「ですが、絶対安静が条件です。ただ立って歩くことすら許されない程の怪我です。……勿論、モンスターの狩りなんて、以ての他です」

「……ああ、分かってるよ」

「フリーダのこと、よろしく頼む」

 

 そう言って、このままここにいても邪魔になるだけだと思い二人は診療所を去り、マサミチの家で作戦会議に移る。

 

「………どうしたもんかな」

 

 やはり、フリーダという優秀な前衛を一人失ったのは痛い。

 

 相手はあのイャンガルルガ、素早い立ち回りに対応することが要求される以上、近距離で動きも捉えづらい近接武器のプレッシャーは計り知れない。

 そのため、一人でも多く注意を引き付けて戦闘の中でも自身が狙われない時間を作ったり、隙の穴埋め。何より誰かが攻撃を食らった時のフォローや手助けなど、一人いないとなると、その負担は思っている以上に重いだろう。

 

「だがよマサミチ、あいつがフリーダが復活するまで悠長に待ってくれるとは思えん」

「…そこだ。イャンガルルガは超攻撃的なモンスター、その上頭が良く、飛行も出来る。……村とそう離れていない距離にいた時点で、村も危ない」

 

 そうなってはおしまいだ。例え運良く激戦を制し勝つことができたとしても、か弱い人間の住処に甚大な被害が出ることは想像に難くない。

 直ぐにでも討伐した方がいいのだが、今の状況ではどうしようもない。

 

 こちらが先に撤退したため、イャンガルルガの去った先や住処など分からず、いざ出向いたその時村に飛来するという可能性も考えなければならない。

 動けない者や女子供もいるのだ。村に少しでも戦力を残さなければならないこの状況で、イャンガルルガに全戦力を費やすことは出来ない。

 

「……2人だけで行けるか?」

「……厳しいだろうな。あれでダメージは蓄積されたと思うが、どれくらい弱っているのかはわからないし。何よりモンスターの生命力からすると、余程大きなキズでもなければ、時間経過で癒えるだろうからな」

 

 いよいよもって、不可能と言わざるを得ない。

 

 果たして、今の俺達だけでイャンガルルガを相手できるのか。強豪モンスターという知識と、実際に相対した体験から踏まえても、不安要素はいくらでもある。

 

 考えても考えてもいい案は浮かばず、疲れも相まって深い思考が出来なくなってきたタイミングで、それは外から飛び込んできた。

 

「ふっふっふっ…!」

 

 家の外套がバサッと開かれ、急に増した光量に思わず眉を顰める。そこには、逆光を浴びて立つ影が二つ。

 

「―――真打ち登場ニャ!」

「話は村長さんから聞きましたにゃあ」

 

 何を隠そう、アイルーたちのリーダー。ムートとアミザが腕を組んで立っていた。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

「――――という訳だ。俺達は明日、イャンガルルガを討伐しにいく」

 

 ムート、アミザらと合流し目処が立った俺達は、思い立ったが吉日と直ぐに村中の人達を集めて村長宅にて会議を開いていた。

 会議、とは言っても俺達の考えや行動を理解してもらうためのもので、どちらかと言うと報告に近いものだったが。

 

「だがマサミチ、お前たち4人でも駄目だったんだろ? それに、フリーダのこともある」

 

 実際に運び込まれたフリーダのケガを見たのだろう。不安そうな顔でこちらを心配して尋ねる村人の一人。

 

「ああ、確かに撤退せざるを得なかった。でも、今回は不意な遭遇で準備が出来ていなかったという点も大きい。相手が分かった以上、対策は万全にしていくつもりだ」

 

 実際に断言出来る訳では無いが、ここで尻込みしてはいらない不安を与えかねない。モンスターに対抗できるフリーダがあれほど酷い怪我を負った相手。そんな危険が近くにあるという不安はどうしても拭いきれない。

 だからこそ、ここで言い切ることによって安心させることにする。

 

「…村のことはどうする?」

「大丈夫だ爺ちゃん。そっちも考えてる」

 

 寡黙に徹していた村長が、皆を代表する様な問を投げる。それにアランは即座に答えた。…というのも、これは予め村長にも相談して決めていた質問だ。これもまた、村のためだ。

 

「まず、狩猟に行くのは俺とマサミチ、そしてムートとアミザだけだ。ジモと他のアイルーも村には残ることになってる」

「うん、4人には悪いけど、村やフリーダのこともあるし……」

「気にしないでくれ。元々提案だって俺からしたんだ。その気持ちだけでもありがたいさ」

 

 ジモにとっては心苦しいだろうけど、誰か一人戦える者を残すとなれば、正直言って、ジモしか選択肢がない。

 イャンガルルガを相手取るのにはバランスが悪いのだ。近接一人とジモではカバーも難しく、その挙動や攻撃も予測が困難になる。ならばいっそのこと、最も連携の取れる近接二人で立ち回り、ムートとアミザの補佐を入れる。

 対イャンガルルガはこれでいいが、弓が一人で村を防衛するのには無理があると思うことだろう。当然、それらの事情を分かっている村長が更に切り込む。

 

「仮にお前たちをすり抜けて村へそいつが現れたら、ジモだけで村を守れるのか?」

「いえ、ジモだけじゃありません。ムート達と訓練を積んだアイルー達や探索班のみんなにも時間を稼ぐ道具を渡して、使い方を教えてあります。もしイャンガルルガが現れたら、村の四方に枯葉と薪を用意しているので、それで狼煙を上げてから逃げてください」

 

 そう言って彼らを見ると、みな緊張しながらも頷いていた。彼等には小タル爆弾やこやし玉、けむり玉の素となるネンチャク草などを渡しており、時間稼ぎと注意の引き付け、逃走が可能な様に整えている。

 

 基本的にジモはモンスターとの戦闘に慣れているので、普段通りに振る舞えると見て指揮に専念するように言ってある。

 

「念の為武装しますが、使わないことを祈りますよ」

 

 とはエイルの言葉。一部探索班には、以前俺達が使っていた装備や武器などを貸し与え、最低限自衛の用意を整える。

 だが、これまでマトモに大型モンスターとやり合った経験のない彼等にイャンガルルガは荷が重い。どちらかと言うと、逃げた先での小型モンスター達への対策としての面が大きい。

 

 とはいえ、こうして形に見えるという安心感はある様で、不安の声も殆ど聞こえなくなる。

 

「よし、質問はないな? これから俺達は明日に向けて出来る限りの用意をするが、お前たちも明日はいつでも動けるように心掛けてくれると助かる。それじゃあ、俺達はここで失礼する」

 

 そう言って、アラン達はこの場を去っていく。

 残された村人たちは暫くその場に留まり、その確認や会話を続けていたが、みなも明日に備える必要があると各々分かれていったのだった。

 

 

 

――――…

 

 

 

 そして決戦の日はやって来た。

 

「よし、不備はないな?」

 

 マサミチの声掛けに、それぞれ装備と道具の確認をして、万全であることを表明する。

 

 一日の間に、用意したものは様々。

 

 前回はランポス相手を想定した持ち物だったため毒対策がなく危なかったが、今回はしっかりと解毒薬、漢方薬を全員が揃えている。その他にも、イャンガルルガに有効であると判断した閃光玉や逃走用のこやし玉、前回効果を確認できたモドリ玉も用意してある。

 

 荷台には大タル爆弾を置けるだけ置き(6個)、大盤振る舞いだ。

 

「マサミチ!アラン!」

「ジモ…」

 

 いざ出発というタイミングで、ジモが駆け寄ってくる。いや、ジモだけではない。探索班やアイルー達、おやっさん達など、今回の立案に関わった人達が見送りに来てくれた様だ。

 

「……気をつけてね!」

「村の方は安心してくれよな!」

「ちゃんと使い方は覚えてるからねぇ」

「いざとなったらフリーダはちゃんと避難させるからなー!」

「怪我しないでにゃぁ!」

「頑張ってくれー!」

「聞いてみた所、そのモンスターは美味しいんだってね? バッチリ狩ってきたら料理してあげるから楽しみにしてなよ!」

 

 口々に、声を上げて激励する。

 

 怪鳥や盾蟹、飛竜をも狩猟したハンターが重傷を負ったとなれば、相手のモンスターも只者ではないと感じているのだろう。

 だからこそ、彼らは後顧の憂いをなくそうと声を張り上げるのだ。

 

「頑張れ!アランの兄ちゃんにマサミチの兄ちゃん!」

 

「だってよ?」

「おう、尚更負けらんねぇな!」

 

「……うにゃ、オレたちも行くのにニャ…」 

「仕方ないにゃ。貢献度が段違いだからニャー」

 

 こうして、一行はみなの見送りを受けながらイャンガルルガ討伐へ向けて歩き出した。

 

 一か八かの狩猟。敵はイビルジョーにすら食らいつく超好戦的な黒狼鳥。

 

 今回でいよいよ死ぬかもしれない。でも、無茶などこれまで何度も繰り返してきた。

 

 ……初めてこの世界に投げ出されたあの日、呑気にも無防備にぶらついた俺はあのまま群れの中で移動しなければジャギィ達に殺されていた。

 それだけじゃない。武器もないのにアランと鉱石を採取しにいった帰りだって、イャンクックとアオアシラに追いかけられて死にかけた。

 初めてドスジャギィと出くわした時だって、ノウハウもないのによくやった方だ。

 再び鉱山に行った時なんか、バサルモスに追い立てられ崖を滑落して気絶してムート達に助けられなかったら死んでいた。その後のショウグンギザミやグラビモスだって、今よりてんで弱い時にやり過ごした。

 

 だからこそ、強者の一角をここで討ち倒して、村のみんなを安心させる。この世界の食物連鎖に食らいつけることを証明するのだ。

 

「…っふぅー」

「緊張してるのか?」

「…そりゃするだろ。これまでよりもレベルの高い相手だ」

「昨日戦った時は普通に立ち回れてたと思うがな」

「そりゃ考える余裕なんてなかったからな。改めて立ち向かうと思えば、な」

「でも、やるんだろ? …それと、言ってたよな。あいつは飛竜にも匹敵するって」

「ああ」

 

 マサミチは確かにそう言った記憶があると思い返し、頷くと、アランは勝ち気な笑みで親指を立てる。

 

「だったら、ここであいつを倒しちまえば、ムート達因縁の火竜にも、挑めるレベルだって証明になるだろ? 何より、あんな素早い竜を倒せたら、火竜が遅くて可愛く見えちまうかもしれないしな」

「ニャ! 確かにヤツとも戦えると太鼓判を押せるのニャ」

 

 その言葉を受けて、これまでの緊張と恐怖が少し和らいだ。あんな前の言葉を、未だに覚えていたことへの呆れと、それを大真面目に語ってくる嬉しさ。

 

「……それもそうだな。イャンガルルガは俺達がより強力なモンスターにも挑めるんだって証明するための、壁役には相応しい相手、か…」

 

 そう、その段階はまるでゲームにおいても存在していた、力の証明の様であった。

 

「“緊急クエスト・イャンガルルガを討伐せよ”ってところかな」

 

 二人と二匹は気合を入れ直し、あの黒狼鳥を必ず討伐せんと、決意を固めるのであった。




実際イャンガルルガを狩猟できるようになれば、リオレウスに挑んでも大丈夫だと全然思うの


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黒狼鳥は舞い降りた

出来ました〜!
こういうハンター生活好きな人に届けー!


 

 年が明け、ピークは過ぎたものの、残暑も続くこの頃。青々と茂る草木を踏み越えて4人の行程は続く。

 これまでも竜車や荷台を牽くことがあったため、付近の見回りと同時に、少しずつ村から道を繋いでいた。直接的な縄張りや狩り場などの開けたスペースには繋がっていないが、物資の輸送という目的とバレる危険性から、これでも十分に役割を果たしている。

 何より、こうして安全に引っかかることなく荷台を牽けているのがその証拠だろう。初期の頃は、整備などされていない地形に車輪を取られ、荷物や素材、時には乗っていたアイルーが転げ落ちていったものだ。

 

 じゃり、じゃり。

 

 土を踏みしめる音と虫の鳴き声が木霊する。木々に覆われ、日差しの割には涼しく感じる。空からの視線を防ぐのも役割の一つだ。

 双眼鏡で痕跡がないかと確認しているマサミチに、アランは尋ねた。

 

「あいつの居場所の予測はつくのか?」

「いや、それは分からない。でも、とにかく執念深い相手だ。昨日してやられたばっかの獲物を逃がしている以上、リベンジの機会を窺って近辺にまだいるに違いない」

「…そんなに執念深いのかよ」

 

 アランが呆れたようにため息を吐き、ならば尚更村に通しちゃいけないなと決意を新たにしている中、ムート達が低木の影から姿を現した。

 

「この辺には大型モンスターはいないニャ」

「向こうの方にはランポスはいたけど、影響を受けてるせいか、ソワソワしてるみたいだったにゃ」

 

 アイルー2匹の優れた五感を生かした索敵と、遠目の痕跡を見逃さない望遠鏡。この二つがあればこれまでよりも早く敵の存在や場所を察知することができ、この2匹がいる間は何度もお世話になったものだ。

 

「…よし、次だ」

 

 マサミチとアランはこの近辺の森の地形などとうに知り尽くしている。

 通常時のモンスターの縄張りや素材、逃走ルートでは死活問題だからだ。何度も何度も反復し、時には抜け道や整備をしていただけに、どの道がどこへつながっているかなども一目瞭然。

 

「この辺にあいつ程の大きさのモンスターが安心して水分補給できる場所は少ない。昨日の今日だ、必ず痕跡が残っているだろうし、あいつも生き物。水飲みに訪れる可能性はありえる。順に回っていこう」

「だな」

 

 このあたりにいないのならば、ポイントを変えるまで。落胆も焦りもしない。一刻を争う今だからこそ、出くわしてもいないのにこんな所で精神を消耗させるわけにはいかないことを、二人と二匹は心得ていたのだ。

 

 そうして、予め決めていたプラン通り、視線を遮りながらポイントへと目指す。

 何度か開けた道を避けて迂回し、それでもルートとしては着実に水場を回っていく。

 村に近い場所から痕跡がないことを確認すると、少しずつ出現地域に近づいてくる。

 

「…ダメだな。足跡も鱗片も何も無い。こっちには来てないようだ」

 

 だが、都合3つの水場を回ったものの、イャンガルルガの姿は愚か、付近に来ているという痕跡すら得ることは出来なかった。

 

「もしかして移動してるのか?」

「まあ、まだ候補自体はある。次が一番可能性は高いと思ってるけどな」

 

 先日の遭遇から、最も近く、それでいて大きな水場を見てマサミチが判断する。ここは続く木々から少し開けた位置に存在しており、草食竜などの代わりにランポスなどの肉食モンスターの水場となっていた。イャンガルルガならばそれらを意に介さない程の力を持っているので、ここを訪れた可能性が一番高かったのだが、アテが外れたようだ。

 

「いないものは仕方ないか…」

「待った、何か来るニャ!」

 

 ムートが察知した瞬間、全員が武器に手をかけ、ポーチの位置調整を完了させた。この切り替えの速さは数ヶ月にも及ぶハンター生活において、幾度に死地を経たことによって培われたものだった。

 

 そして、茂みからいくつかの影が飛び出してきた。

 

「ランポスだ!」

 

 それは、この近辺ではしょっちゅう見かける鳥竜種。ランポス。昨日も退治したが、これだけの数が一体どこからやってくるのやら。

 

「ここも調べる以上、放置もできねえか。ちょうど四頭、一人一頭だな!」

 

 アランが雄叫びを上げ、飛び出したランポスに向けてハンマーを振り上げた。

 マサミチは最後尾の一体に狙いをつけると、その意図を組んだ二匹が残りのランポスにあたる。

 アランがサイクロプスハンマーを振り下ろす。かち上げられ、平衡感覚を失っていたランポスの頭に吸い込まれると、パキリ、と妙にあっさりした音とともに頭蓋を砕き絶命させた。

 マサミチは飛びかかりをステップで避けると、盾で頭を殴りつけて柔らかい腹を斬り裂いた。怯んだ隙に流れるように刃を叩き込むと、すぐにふらふらになったランポスが悲鳴を上げて倒れ伏す。

 ムートとアミザは、互いに小さな体を活かして撹乱しあい、アミザが頭部を殴り、ムートが肉を断つ。

 

 今回、イャンガルルガの狩猟にあたって、この二匹は装備を変更している。

 イャンガルルガの最大の弱点が水だということで、ムートはルドロスの端材から保水性を増強させその爪を刃としたルドロスネコネイルを。アミザはダイミョウザザミの鋭い鋏の端材から作られた、ザザミネコバサミを。

 

 撹乱と勢いのある攻撃に押されたランポスは、背後の増援に気がつくことが出来なかった。

 

「ふん!」

「そらっ!」

 

 死角からの強襲と怯んだ瞬間に喉元に叩きつけられたオトモ達の攻撃に、ランポスの体は力を失い崩れ落ちた。

 

 肉は臭くてあまり食べられものではないが、それでもいつもならば牙や爪、鱗などは重要な資源となる。現に、何度も討伐した今では探索版の槍の穂先などにも使われているくらいだ。

 

 だがしかし、今はそのような余裕はない。悪いと思いながらも、その亡骸を放置せざるを得なかった。

 

「しかし、水を飲みに来た…って言うには警戒してなかったぞ?」

「…ああ、それは俺も気になった」

「最初っからずっと走りっぱなしで出てきたからニャ」

「焦ってたみたいですかニャ?」

 

 そう、本来水飲み場にやって来るというのは、それは隙を晒すことと同義。いかにランポス達が捕食者側といえど、上には上がいる。それもボスがいない小規模の群れならば尚更だ。

 茂みに隠れて獲物を狙うような狡猾さがある種としては、そんな場所に現れたにしてはおざなりな気がしていたのだ。

 

 微かな違和感。ここのランポスには何度も相対しているからこその小さな引っ掛かり。今回はそれが功を奏した。

 

「っ!」

 

 何かに気づき、咄嗟に身を翻して体を投げ出すと先程まで立っていた位置に爆炎が上がる。

 

「上だ!」

 

 アランが上を指差すと、そこには陽の光を遮って羽ばたくイャンガルルガが、次の火炎弾の準備をしていた。

 

「くそっ」

「うにゃにゃにゃにゃにゃ〜!?」

 

 連続して放たれる火球。手の届かない上空から不意に放たれたそれを死にもの狂いで避けていく。爆風が肌を掠め、髪を揺らすが体は決して止めない。

 

 何とか炎弾の雨を凌ぎ、当たりには焦げ臭い香りと黒く焦げた地面が散乱する。イャンガルルガは、空中から滑るように地上すれすれを飛んでマサミチ達を蹴散らさんと強襲した。

 

「来るぞ!横に躱せ!」

「またかよ畜生!」

「うにゃにゃ、聞いてたけど速いにゃ〜!」

「泣き言うニャ!回避するニャ!」

 

 地を狩るように滑空するイャンガルルガをそれぞれに避けると、イャンガルルガはようやく地に足をつけこちらを睥睨する。

 

「この野郎、ランポスを片付けた直後に奇襲とは卑怯なやつめ…」

「違う。多分だが、誘い込まれた」

「そんなことあるのニャ?」

「…予測だが、前出くわした時もランポスを狩った直後だった。……状況の再現か、俺達がランポスを獲物としていると勘違いしているのかは分かんないが、こうして獲物を狩った直後のやつに奇襲する頭がある。否定はしきれない。何より、それならランポスが脇目もふらずに突っ込んできた理由にもなる」

「…うにゃ、もしかしてコイツに追いやられたのかにゃ」

「頭がキレるとは聞いちゃいたが、それほどかよ…」

 

 地面を搔き、ぎらつくような瞳でこちらを見据えると、交戦の意思を高らかに告げた。

 

「咆哮来るぞ!」

「耳塞げっ!」

 

 

『ギィヤォオオォォ―――――ン…!!!!』

 

 

 事前に判っていたために、予め全力で耳を抑えて抵抗する。それでも心胆を寒からしめるほどの暴威であったが、耳も抑えられず、不意打ちで食らったあのときほどではない。

 多少耳が遠くなるが、それでも後にはひかない程度だ。即座に戦闘行為に移行できる。

 

「前の様には行かんぞ!」

「オレ達も行くニャ!!」

 

 アランが駆け出し、イャンガルルガも迎え撃たんと地を走る。双方真正面からぶつかるかと思いきや、アランは既の所で斜めに前転してやり過ごす。

 ブレーキをかけたイャンガルルガの振り返った頭部へと、渾身の力を込めた一撃を思いっきり叩きつけた。

 

「どんどん行くぞ!」

 

 そのままニ連、三連とハンマーを振り回し、それも噛みつきによって阻まれる。腕に掠ったそれに怯んだアランのカバーにムートが走る。

 四足歩行から飛び上がり、ジャンプの勢いをつけてルドロスネコネイルで斬りつけた。

 水属性のそれとあまりに小さな存在の闖入に意表を突かれたイャンガルルガは僅かに嫌そうに頭を振って払いのける。小型モンスター程度ならば怯み仰け反る程の威力はあった筈だが、やはりその生命力は桁違いか。

 

 続いて、ムートとアランを狙って連続で啄み攻撃を繰り出す。前進しながら放たれるそれは見た目よりもずっと強力で、アランは全力で横に跳んで紙一重のところで躱す。

 一度見ていたのにも関わらずここまでギリギリになったのは、やはりイャンガルルガの素早さと隙の無さを如実に表していた。

 

「やっぱ早いなこいつっ」

「前のめり過ぎるなよ!」

 

 一度動きに止まったイャンガルルガ。正面に避けたアランに集中しているが、これは予想内。リーチの短いマサミチは弱点である頭を叩くために側面後方から一気に距離を詰めて横面に一撃を加える。

 

 ギョロリと眼光がマサミチを射抜くも、やはりダメージではアランの方に軍配が上がるのか再びアランに向けて啄む。

 

「のぉっ!?」

 

 飛びかかり、勢いよく叩き込まれた嘴は、先程の連続啄みよりも威力を重視しているのか、地面深くにまでめり込んだ。

 

「今だ!!!」

 

 引き抜くまでの僅かな隙に群がり、互いの邪魔にならないようにして攻撃を加えていく。

 マサミチとアラン、左右からの重い連撃に、ムートとアミザが合間に攻撃を挟む。

 自身が無防備な状態で手痛い反撃を食らったことに驚いたのか、イャンガルルガは首を竦ませて怯む。

 

 が、それも一瞬。すぐに仕切り直しのように首をもたげてバインドボイスと共にバックジャンプ。

 

「ぐおっ…!? 最初よりマシだが、一瞬でこうも音を出されると耳が辛いぞくそ…」

「でも逃げたってことは攻撃は通ってるのニャ!」

「通るなら倒せるにゃ!」

「気をつけて狩猟すればやれる!」

 

 頭部を振って向き直ったイャンガルルガは、固まった一同に向かって火炎弾を吐き出した。

 

 だがそれも、注意深く見ていた彼らにとっては既知の動作。避ける余裕は十分にあった。

 火炎弾が着弾した音を背に受けて、吐き出した姿勢の顎を盾で殴りつけ、喉元の甲殻に刃を突き立てる。

 

「ぐっ…!」

 

 硬い感触。だが、それも以前程ではない。

 というのも、マサミチはドスバイトダガー改を準備期間中に強化してもらっていたのだ。元々、素材自体は揃っていたが、最近の狩猟では専ら火属性が弱点のモンスターが多くセクトセロルージュを使用しており、更にそこへジモやフリーダ、アランの装備などでも時間を取るために後回しになっていたのだ。

 新たな銘はドスファングダガー。外見には劇的な変化はないものの、それでも確かにその性能は向上していた。

 

 そのまま繰り出された噛みつきを上体を捻って避ける。眼の前を通り過ぎたそれはイャンクックの嘴よりも鋭角で大きく、そんなものが鼻先を掠めたということに少しばかり冷や汗をかきながらも追撃を喰らわぬように翼側へと体を動かした。

 アミザがモンスターの骨を組み合わせて作ったお手製のブーメランで遠距離からでも攻撃を加える間にも、アランは力を溜めて走り寄る。

 

「よし来た!」

 

 最大の一撃を加えると、イャンガルルガの顔に当たる。これを首を動かして跳ね上げアランを仰け反らせると、その肩を踏み越えてムートが飛んだ。

 

「食、ら…えニャッ!!」

 

 落下の勢いをつけたそれは、寸分狂いなく脳天に叩きつけられ、気持ちの良い音で強打する。

 

「ニャッ!!?」

 

 しかし、着地したのはそのままイャンガルルガの嘴の上。見事に眼を覆うように乗っているムートに、イャンガルルガは払いのけようと暴れ始める。

 

「おーい、何やってんだよ!」

「うニャニャニャウミャー!?」

「何でそうなるにゃ?」

 

 足踏みや薙ぎ払いをするイャンガルルガに堪らずマサミチとアランは距離を取り、今もたてがみに必死でしがみついているムートへ声を掛ける。

 

 ムートはよく耐えたものだが、頭をブンブンと何度も振られてはたまらない。振り上げた頭に上へ飛ばされたムートが上空へ飛んでいき落下する。

 

「フニャーッ!!」

「おっと、大丈夫か?」

「酷い目にあったニャ…」

 

 あわや落下するという所でアランがキャッチ。首元を掴まれ無事地上に降り立つ。

 

「それが言えるんならまだ大丈夫だな! こっちのペースで叩くぞ!」

「応っ!」

 

 士気を高める四人と相対するイャンガルルガは、不機嫌そうに鼻を鳴らしたのであった。




まだまだイャンガルルガは倒れる様子はないようだ。

この作品はまだまだ続く予定なので今後ともよろしくお願いします


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