和風ファンタジーな鬱エロゲーの名無し戦闘員に転生したんだが周囲の女がヤベー奴ばかりで嫌な予感しかしない件 外伝 “名無し,,の旅 (黒いヘアピン)
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1話

 

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン……!

 

 ……狭い部屋の中でひたすら鉄を叩く音が響いていた。

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン……!

 

 男が槌を振るうたび熱した刀身がゆっくりとその姿を現していく。

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン……!

 

「………さて、こんな所か?」

 

 その形に当たりをつけて、男は熱された刀身を鍋の水の中へと落としこんだ。

 

 ジュ……水蒸気と共に熱された刀身が急速に冷えていく。

 

 刀身を熱して叩いて冷やしては約百日、幾千回、ついに刀が完全にその姿を現した。

 

 それは吸い込まれるような黒の刀身を持った美しい刀だった。たとえ刀の良し悪しすら分からない常人に渡してもこれは最高の刀と言うであろう逸品……。

 

「出来た……が惜しいな。こいつじゃねぇ」

 

 そう言うと男はその刀を放り投げ見向きもせずまた作業に戻る。

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン…!

 

(足りない)

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン…!

 

(何かが足りない)

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン…!

 

(この刀には“何か,,が…決定的な”何か,,が足りないッ!!)

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン…!

 

 音が響いていく。鳴り響き続ける。闇夜の中で、手探りで「それ」を見出だそうというようにがむしゃらに……。

 

 カン…キン…カン…キン…カン…キン…!

 

「………失礼いたします。本日の分の回収に参りました。頭領」

 

 ガンッ…パキャ……。

 

 背後からの子供の声に、刀身を叩き鳴らす音が途絶える。そして槌を置いたまま鍛冶師はぶっきらぼうに呟く。

 

「…いつも通りだ。好きなものを持っていけ…どうせ全部失敗作だ」

「いえ、頭領の刀に失敗作などございません!頭領の刀はこの国の誇りです!!」

 

 師の言葉に、弟子の一人である半妖の子は力強く、否定する。きっと彼女にとっても師の刀は誇りなのだろう。尤も、当の師にはその言葉は響かない。慰めにもならない。

 

「……誰に何を言われようが俺が求めるモノが出来なきゃ全部、失敗作だ」

「そんな事は……おぉ!!この黒い刀、強い妖気を帯びていますね!?それにこの光沢に刃触り……名は何と言うのですか?」

「おいこら。話題逸らすな。……本当にお前は話を聞かねえな?……まぁいい。そうさな…名付けるとしたら…そいつの名は……」

 

 師である男がそこから先の言葉を紡ごうとした瞬間であった。

 

『敵襲……!!敵襲だっ!!北門が破られた!!妖共の奇襲である!駐屯する兵は直ちに武器を持って出合え!職人共は計画通りに避難を……ぐわっ!?この…やめ…何を…グワァァァァ!?』

 

 それは霊術でもって拡張された声による警報だったが、声の主は最早意味ある言葉を話す事はなかった。

 

 グチャ、バキバキ、ゴリュ 五分いや十分経っただろうか?ピタリとナニカの肉を裂くような音が止まった。

 

『あ〜あ〜聞こえているかい?矮小な人間諸君。この街は最早陥落したも同然だ。速やかに投降する事にしたまえ。もちろん投降したなら最低限、命は保証しよう。私達のボスは無駄な殺生は厭う優しい優しいお方だからね?』

 

 続いて響く言葉は先程の警告と同じ声音で、しかし明らかに違う「何か」の声であった。

 

「…なっ…え…どう言う?…と、頭領?」

 

 事態を理解出来ぬように慌てる弟子、子供なのだから当然なのだろう。この世の闇を知らなすぎるのだ。対して師は既に事前に用意した荷を手にして草鞋を履き始めていた。

 

「…最悪の状況になったって事だ。■■逃げるぞ」

「えっ頭領!?どういう事ですか!?何でここに妖が!?」

「俺にも分かるかよ。分かるのはここがもう妖に手に落ちて、こっから始まるのは最悪の蹂躙劇ってことだけだ」

 

 そして鍛冶場に隠された地下通路を開けると師はその中を走り抜ける。外では犯される女の悲鳴、殺される男達の断末魔の叫び、怒声や銃声や砲声が鳴り響いている。師はそれら全てをまるで知っていたかのように無視して進む。最早、全てが手遅れなのだと悟ったように。

 

 ここに移動させられる時に帝の使者から直々に教えられた帝用の脱出通路、あそこまで行ければ助かる可能性がある。一縷の希望に賭け、まだ世を知らない幼い■■にその惨状を見せないよう彼女の視界を閉じ、耳を塞がせ彼女を抱きかかえ地下道を走り抜ける。

 

 途中、何度か妖にあったが、どいつも小妖よくて中妖、それも低級の獣共だったので手にした刀で切り捨てる。

 

「ここを曲がれば脱出通路に……!?」

 

 そこまで叫んで、師は足を止め■■を足元に下ろした。

 

「ど、どうしたんですか!?頭領、何で止まって!?」

「…マジかよ。こりゃ本格的に詰んだらしい。■■、あの刀持ってきてるか?」

「どういう…「持ってきているか聞いているんだ!」

 

 困惑する弟子に、師は焦りを誤魔化すように怒鳴り付ける。

 

「は、はい。持ってきてます」

「なら良し。■■、音を出さずゆっくりだ。ゆっくりとあいつに気づかれないようにあの通路に行くんだ。お前が“あの刀,,を都に、帝にお届けしろ。俺の名前を出せばあの帝も流石に話位は聞くはずだ」

 

 そう言って、師は失敗作と自身で吐き捨てていた刀を二本構える。構えながら全身を霊力で強化する。その圧に弟子は息を呑みながらも覚悟を決めてその質問を紡ぎ出す。

 

「は…はい。し、しかし頭領は……」

「…大丈夫、時間を稼いだらさっさと逃げるさ」

 

 彼は覚悟を決めて……”そいつ,,の前に姿を表した。

 

「別れの挨拶は済んだのかい。猿」

「待たせてすまなかったな、化物」

「いいや、大丈夫さ。幸い暇潰しは潤沢にあったからね」

 

 そう言って化物……空亡が従える忌々しい百の凶妖が一体は足元に目をやる。

 

 ……そこには体がぐちゃぐちゃになったまま混ざり合い、生きているのか死んでいるのか分からない姿にされた退魔士が転がっていた。

 

「意外と楽しめたよ。さすが猿の頭目が送ってきただけあるね?とんでもない隠し球も幾つもあって少しびびったよ」

「お前みたいな最悪の妖に褒められてそいつらも最高の気分だろうよ」

 

 鍛冶職人は吐き捨てる。猿の頭目……それが帝を意味するのは明らかで、しかし態態退魔士がそれを宣言するとも思えない。つまりは………糞、何処かに潜伏していた化物がいたな?

 

「そんなに怒らないでくれ…君もすぐこうなるんだから、さぁ」

 

 そう言うや否や一瞬で距離を詰めてくる化物。しかし、この程度で不意を突かれるような退魔の者らはこの時期まで生きてはいない。次の瞬間、鍛冶職人は構える二本の刀……真正面から投げつけ、凶妖の注意を一瞬逸らした。その隙に背負っていた荷物を空中に放り呪文を紡ぐ。

 

「それはどうかな!『全刃抜刀、捕食形態』“あの刀,,には及ばないがとっておきだ。いくらお前相手でも時間稼ぎくらいなら出来るさ」

 

 放られた荷物が内側から弾け飛ぶ。中から現れるは十振りの刀達、そのどれもが並の凶妖を凌ぐ程の妖力を纏った妖刀だった。

師は冷静にそして冷酷に異能によりその十振りの刀達に同時に命令を下す。

 

「あいつを殺せ」

「あはははは、遊んであげるよ」

 

 轟音が、鳴り響いた。

 

 

 

 

 ………あれから何分たっただろうか?十分?二十分?実際は五分もたっていないかもしれない。時間感覚が麻痺するほど化物との戦いは俺の劣勢だった。

 

 妖刀達が一斉に空亡を包囲し攻撃していくがそれをまるでそよ風かのように避け、弾き、挙げ句の果てにはへし折ってくる。

 

「はは、最近やけに人間共が妖刀だのなんだの持っていたから気になってはいたんだけど…まさか君がその原因か」

「……さて、どうだろうなぁ」

 

 クソッ クソッ クソッ!!

 

 何だこいつ 何だこいつ 何だこいつ!!?十振りだぞ!?“あの刀,,にあと一歩まで迫った刀を十振り使ってるんだぞ!?それを……それをもう二振りも叩き折られてるっ!!

 

「と…頭領!もう通路に入ります!頭領も早くこっちに…」

「!?」

 

 弟子の叫び、それは師を思っての言葉だったのだろう。しかし……ここではそれは一番の悪手だった。

 

「なるほど!それが君の守ろうとしていたものか!」

 

 化物は舌なめずりしながらぎろりとその方向を向く。

 

(まずいまずいまずいまずいまずい……!!)

 

 悪寒が全身を襲い最悪の未来を幻視する。それは絶対に阻止しなければならないと本能が訴える。

 

「間に合えッ!!」

 

 咄嗟に■■の前に体を滑り込ませた。そして……。

 

 グチャ……。

 

「がっ……!?」

 

 次の瞬間、体が内部から爆ぜるような感覚と共に壁に叩きつけられた。

 

「がゔぉ…おご…ごぶ…げゔぅぉ…げぇぇぇ!?」

 

 血とゲロと自分の内臓が混じったナニカを口から吐きまくる。吐き捨てる。

 

「頭領!?」

「あはははは、今のはモロに入ったなぁ」

 

 弟子の悲鳴と化物の嘲りはほぼ同時に響いた。

 

「ぐ、この゙グゾやろ゙う……!!」

「それはありがとう。そうそうそれじゃあその子殺しちゃおうか」

 

 憎悪の視線をそよ風のように受け流して、そう嘯いた化物は■■に対してその手を振り抜く。

 

「…っ…ま…もれ…」

 

 その命令に従い刀達が文字通り盾となり化物の攻撃を防ぐ。次々と砕けていく妖刀達……。

 

「… ■■…に…げ……ろ。この……ま…ま…まっす…ぐ……い…け…」

「でもでも…頭領が!」

「だ…い……じょ…うぶ… すぐ…に…おい…か…け …る だ…から…はや……く」

「そろそろ時間切れだ」

 

 化物がそうこぼすと最後の一振りが叩き折られていた。

 

「それじゃあ質問だ。どちらから死にたい?」

「ざん…ね…ん こい…つ、…はこ…ろ……さ…せ…ねぇ……よ」

 

 腹から大量の血を垂れ流し、何なら臓物すら溢しながらも、尚も闘争心は一片の衰えすら見せず、それどころか尚も燃え上がり鍛冶師の体を持ち上げさせる。

 

「本当に君は面白いなぁ」

『…全…刃……抜…、刀。』

「おま…ら……こ…れで……ごゔぉ…さ、い………ご…だ…………ま…もり……ぬ…く……ぞ」

 

 気合で呪を口にしたもののそれに応える刀は全てとうに折られた。

 

「頭領ッ!コレを!」

 

その一言と共に投げ込まれたのは吸い込まれるような黒の刀身を持つ抜き身の刀、『そうさな…名付けるとしたら…そいつの名は……』

 

「…千刃鉄切(せんじんかなきり)

 

 黒い刀身の刀いや『千刃鉄切』を正面に構え妖に向き直る

「…千刃……鉄…切…さい……ご…だ、つき…あって……くれ」

抜き身の刀身がキラリと光る。その輝きはまるで最後まで主人と共にあると言っているようであった。

 

 そこから先の記録は曖昧になっている。ただただ一つだけ分かる事はこの後化物と人の戦いは熾烈を極めたということだろう。

 

 

 

 

 

「本当に君は面白いやつだったよ。人間でいさせるのが惜しいほどに」

 

 荒れ果てた地下道でそう言う凶妖の足元にはぐちゃぐちゃにされてはいるがまだ最低限、人の形をとった彼が倒れていた。楽しげにそれを観察し、顎を撫で上げて、化物はまるで夕食を何にするかを決めたような口調で言葉を紡ぐ。

 

「そうだなぁ、うん。それがいい…お前たち、これをあのイカれた地母神の所にでも送りつけといてくれ。……良いかい?つまみ食いは良いけれど殺してはダメだよ?」

 

 そう命令すると凶妖は足元に転がる自らが砕いた刀の破片に触れる。

 

 さてさて、コレほどの刀を作れる者が妖になればどんな化け物が生まれるだろうか……?

 

「君が生まれ変わった暁にはまた戦える事を楽しみにしてるよ」

 

 そう呟いた凶妖の顔はたしかに笑っていた。

化物らしい凄惨な笑みで、まるで時が待ちきれない子供のように笑っていた………。

 



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