変態ばかりの学園ものエロゲーに転生したからヒロイン全員清楚に調教する (ブラックカボチャ)
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生徒会長・神宮寺聖歌編《1》
1話 エンドロールなプロローグ
アニメオタクの高校生。
大した特技もなければ、自慢できる経歴もない。数少ない友人とアニメやゲームの話をすることだけが青春の暗い奴。
そんな奴に何の奇跡か彼女が出来た。
ぼくは努力した。少しでもカッコよく見られようとオシャレして、欲しいというものがあれば必死でバイトして買ってあげて、大切にしていた宝物のオタクグッズだってそのために売った。彼女のために、ぼくは何もかもを捧げて、それで幸せだった。
「はぁ?あんたとか財布だから財布!何、彼氏面してんのよ、鏡見たことあんの?オタクがいつまでも夢見てんじゃねーよ、キモいんだよ!」
奇跡なんてなかった。
初めて出来た彼女。
彼女が別の男と仲良さそうに歩いているのを目撃。問い詰めたら出てくる罵倒・罵倒・罵倒。
さらには彼女の本命であったらしい彼氏にボッコボコにされ、財布を奪われた。
あまりの絶望と、情けなさと、惨めさ。
人生最悪の日、ぼくはボロボロの体を引き摺り、朦朧とする意識の中、何とか帰宅しようとして――車に撥ねられた。
ああ、死ぬなこれ。
そう思った時、あまりにも精神にダメージを受けすぎたぼくは、死にたくないとかそんな人生に対してポジティブなことを考えられず、むしろこれで全部終わるとか、そんな風に思っていたと思う。
ただ、一つだけ確実に、何物にも変えられぬ程、強く思ったことがある。
「……ヒロインは清楚であれ……よ」
やっぱりヒロインは、浮気とかしないし、キープもしないし、清楚・清純・清廉潔白でな……い、と―――
◆
姉にパシられて、深夜にコンビニへ買い物に行く弟。悲しいことにそれがぼく、
「ポテチ食べたい、買ってきて」
深夜アニメのリアルタイム視聴のため、待機していたぼくの元へノックもせずにやってきた姉はそれだけ言って帰っていた。理不尽過ぎんか?
まあ、アニメまでまだ少し時間があるし、それならついでにぼくも何か夜食でも買おうと、財布をポケットに突っ込んで外へ出た。
この時代、深夜だからといって真っ暗ということはない。そこそこ明るいし、そこそこ騒がしい。
コンビニで買い物を済まして、深夜の散歩に少しだけ心地良い気分になりながら、鼻唄を歌いそうなのを堪えていると、通りかかった公園で何やら不穏な気配を感じた。
男女で何かを言い争うような声だ。
うわ、巻き込まれたくないな、と思いつつ、ここを通らないことには帰れないので、何食わぬ顔で通り過ぎようとするが、やはり少し気になってしまうのが人間の性。ちらっと目を一瞬公園へ向けるとそこに、特徴的過ぎる銀髪が見えた。
「会長と……用務員さん?」
ぼくの通う高校の制服を身に纏った銀髪の少女なんて一人しかいない。我らが生徒会長、二年生の
名前に掛けてか『聖女』なんて言われるほどに誰からも好かれる優しい人で、その美貌から崇拝レベルのファンも多く存在するくらい。文武両道、容姿端麗、羞花閉月、人を褒め称えるような言葉は大概の場合、彼女に当てはまる程。
確か、学園の理事長の孫娘で、当然ながらお嬢様。こんな夜中に、何にもない公園で、用務員さんと一緒にいるという状況は、まず考えられない人なのだ。
いや、まあ高校に入学してそう経っていない1年生のぼくからしたら、集会で見たことあるくらいで、当然ながら話したこともないわけだから、あくまでイメージでの推察なのだけど。
……なのに、どうしてか強い既視感を感じる。この
縫い付けられたようにその場に留まったぼくの耳に、二人の会話は夜の澄んだ空気を切り裂くように、鋭く正確に届く。
「まさか生徒会長が露出狂とはな」
その言葉がトリガーだった。
一瞬にして頭の中に記憶が駆け巡る。
それはまるで映画やドラマを見ているように、俯瞰した、しかし、己こそが主人公なのだと入り込むような、不思議な感覚。瞬間的にとんでもない量の情報を処理したぼくの脳は、混乱しながらも、得た知識から一つの結論を導き出した。
夜中に誰もいない公園で向かい合う会長と用務員。
ぼくはそこへ全力で駆け出す。
想いが溢れる。これまでの人生で、それこそ
「な・ん・で―――」
声を発すれば、流石にこの暗闇でも二人はぼくに気がつく。振り返る二人。その内、白髪混じりの髪がベタッと貼り付くようになった髪型の男、用務員に向けて拳を振り上げる。
そしてそのまま、下卑た笑みで固まったようなその醜く歪んだ顔面に拳を容赦なくぶち込みながら全身全霊で叫ぶ。
「―――よりにもよって!エロゲーの世界なんだよっ!」
吹っ飛んでいく用務員と、驚愕している会長の顔。視界に広がるそれらは、やはりどう考えても、ぼくが前世でプレイしたことのあるエロゲー(R18)のキャラクターのものだった。
どうやらぼくは、18禁エロゲーの世界に転生していたらしい。
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2話 転生損
エロゲーの世界において、用務員は今時の小学生にとってのYouTuberくらい人気の花形職業だ。
その理由は、その職業の舞台装置としての優秀さにある。
学生と接点を持ちやすく、学校内を時間に縛られず行動でき、どの場所にいても怪しまれず――と、どんなエロシーンにも繋げやすい稀有な職業なのだ。
学校内の様々な施設の鍵を持っていたり、夜中に学校を利用しても不自然でないなど、他にも利点は多く、その使い勝手の良さ、シチュエーションの生みやすさはダントツだろう。
全国の至って真面目な用務員さん方には申し訳ないが、R18業界においては用務員というのはえっちな職業なのである(偏見)。
つまり、その用務員が夜中に女生徒と一緒にいる状況は、もうR18展開スタート間違いなしな訳で、反射的に殴ってしまったけど問題ないと思われる。
さて、こんなに言っておいてなんだけど、ぼくは別にエロゲーに詳しいわけではない。友人にすすめられて何作かプレイしたくらいなもので、ぼくは生粋のアニオタなのである。
だからこそ思う。なんでエロゲーなんだよ!と。
転生したいアニメいっぱいあったよ!?好きなヒロインだって沢山いる!なのに、なんで、大してやったこともないエロゲーの世界なんですかね!
友達に押し付けられて1ルートだけプレイしたものの、いきなりバッドエンドで鬱になって投げ出したゲームなんですが!あまりに酷い展開だったために覚えていただけなんですがね!?
転生できるならさ!
ファンタジーの世界で無双したり!SFの世界でチートしたり!異能バトルで俺Tueeeしたり!そういうのだろ!なんだよエロゲーの世界って!しかも良く知らないゲームだし!
そ・れ・に!
ぼくは!清楚なヒロインしか認めないんだよ!!このゲームのヒロイン、全員変態じゃん!文字通りR18級の変態達じゃん!こんなの転生損だよっ!前世の記憶がないままの方が良かったよ!
「あ、あの……」
ぼくが自らの状況と境遇を嘆いていると、困惑した様子の会長が近づいてきた。
ぼくが一方的に知っているだけで、勿論会長はぼくのことなんて知らないだろうから、会長視点では通り掛かった謎の男が、用務員を殴り倒した上にブツブツ何やら呟いているという、とんでもないカオスな状況というわけだ。正直、前世の記憶が蘇ったものの転生先がエロゲーの世界で絶望している、という状況のぼくの方がカオスといえばカオスだけど、何の説明もしないままでは、通りかかっただけで男をぶん殴った超ヤバい奴になってしまう。
「ぼくは貴女と同じ高校の生徒で、1年の
まずはぼくの素性を知り安堵するが、それと同時に、会話が聞こえてしまって、のところで自らの行為がぼくにバレてしまっていることを悟り、顔を真っ赤にして、それでもぼくの問にはなんとか答えようとしたのか、フルフルと首を横に振った。
まあ、実際には殆ど話は聞こえていなかったのだが、ぼくは前世の記憶から彼女が何をしでかして用務員に脅されていたのかを知っているので、知られている、という点では一緒なので慰めにはならない。
で、彼女のやらかしたこと、というのが……露出である。自ら裸体を晒して楽しむという、ハイパー変態行為であるが、それを校内で実行し、用務員にその姿を撮影されてしまったことで脅されていたというわけだ。用務員の趣味は盗撮で、校内に隠しカメラを仕掛けているという設定だったはずなので、それで撮られたのだろう。
その写真をダシに、学園の理事長の孫娘が校内で露出なんてことになったらお前もお前の家族も終わりだな、とかなんとか、そんな感じで脅していたはず。
ぼくがプレイしたことのあるルートのヒロインは彼女ではないが、彼女は所謂メインヒロインという扱いなのかどのルートでも必ず用務員に脅されてR18展開に移行するある意味可哀想なキャラだったため、その程度の概要は知っていた。
「じゃあ、用務員さんは神宮寺家で適切に対処するということで」
「はい、学園の職員が逮捕となると良くないので一先ず内々に処理した後で、どうするか決定をすると思います……」
会長が落ち着くのを待ち、一先ず状況を整理する。
この状況をどうしようか話し合ってみると、この用務員の処遇について内々に処理、とか怖そうなことをさらっと言う会長。この用務員がどうなるのかは、聞かない方が良さそうだ。知らない方が良いことって世の中にはあると思います。例えばこの世界の真実(R18エロゲーの世界)とか、会長の性癖(露出狂)とかね!
「まあ、とにかく、これに懲りたら、その、露出とかするのは止めて下さい」
「あぅ……」
湯気が出そうなくらい、恥ずかしそうに顔を真っ赤にして俯く会長。後輩に性癖晒されて、それを諭されるというのはとんでもない黒歴史だろう。とはいえ、黒歴史どころの騒ぎじゃないことになるところだったのだから、このくらいは代償として胸に刻んで欲しい。
「今回は何とかなりましたけど、こんなこと続けてたらこういうことはいくらでもありますからね」
「ご、ごめんなさい……」
シュン、として謝る会長に思わず慰めそうになったが、ここはしっかり反省してもらわないと。そもそもの原因は会長の露出性癖にあるわけで、このまま続けてたら用務員ではない誰かに同じような状況に追い込まれる可能性も全然ある。
そういう破滅願望的なリスクを犯しているドキドキが堪らないのかもしれないが。
「さて、いつまでもこんなところにいてもですね。送りますから、帰りましょう」
会長がどこかに連絡すると、何やら清掃員のような格好をした人達が気絶した用務員を車に詰め込んでどこかに連れて行ってしまったためここにいる意味はもうない。これから内々に処理(意味深)されるのだろうが、もうぼくは知らん。だって怖いもの。
怖いといえばスマフォの着信履歴もだ。
ポテチが届かないからか、姉から鬼電が入っている。こちとらアニメのリアル視聴を諦めてやってるんだ。ポテチごときで構っていられるか!
姉の電話を無視してスマフォの電源切ると、会長と一緒に歩き出す。
さっき呼び出した人達に車で送ってもらえばと思ったが、なんでも会長はこっそり家を抜け出してきていたらしくバレないように帰りたいのだそうだ。道理で、呼び出した人達が来ても、こそこそ隠れていたわけだ。どういう言い訳をして呼び出したのかは知らないが、今、会長は家にいることになっている。このまま歩いて帰るしかなさそうだ。
あんなことがあった後だからか、会長はぼくの服の袖をぎゅっと片手で握っていた。
それを特に指摘せず、暫く無言で歩き続けていると、会長は沈黙に耐えかねたのか、ポツリポツリと話し始めた。
会長が露出という凶行に及んでいた、その理由を。
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3話 優等生の覚醒
「皆さん、私をなんでも出来て、誰にでも優しいと思っているんです……」
生徒会長という立場故か、理事長の娘という身分か、元来の性格か、会長は聖女と言われるほど、学園内の『優等生』として相応しい振る舞いをしている。誰にでも優しく、成績は優秀、運動神経は抜群で、非の打ち所がない完璧な人。それが生徒達が会長に抱く印象。
「そんなことないのに……。
苦手なものも、苦手な人もいて……それなのに、否定したり、断ったり、何も言えない自分がいて――本当の私は誰にも分かってもらえなくて」
それが露出の原因だったんだ。
本当の自分を見てもらいたい、という抑制された願望が、裸の自分を見せるという形で表面化してしまい、それに快楽を覚えるようになってしまった。
誰にも言えなかった悩み・コンプレックスは水風船の様に膨らみ続け、それは些細なことで破裂する。思春期なら、誰にでも大なり小なりあることかもしれない。
「最初は偶然でした」
大体数ヶ月前、会長が1年生の頃の話。
ちなみに会長は1年生の時から生徒会長である。
「最後の授業が体育の日、片付けを手伝っていて遅くなってしまったので体操着のまま生徒会室に向かいました。到着すると生徒会室には誰もいなかったので、丁度いいと思って着替えを始めたんです」
真面目な会長は生徒会活動に遅れてしまったことが申し訳なくて、着替えもせずに生徒会室へ向かったものの、やっぱり運動をした後の体操着のままというのは女子としては気になるところ。いないのならばと、着替えをすることにしたらしい。
更衣室は体育の授業が終わった後施錠されてしまうため、着替えの制服は持ってきていたとのこと。
「すると、下着姿になったところで副会長の薫が入ってきてしまったんですね。
そのまま堂々としていれば良かったのに、なんだかいけないことをしている気がして咄嗟に隠れてしまったんです。カバンがテーブルに置いてあったからか、薫は私を探している様子で、それを、出るに出れずに、下着姿で隠れて息を潜めているのが、その、すごくドキドキして……とても興奮したんです」
遅れて来ておいて着替えをしているという罪悪感、更衣室でもないのに着替えをしていてはしたないという羞恥心。
それが、親友であり生徒会副会長の
「それから私はそういった行為に及ぶようになりました。初めは少しスカートの丈を短くするとか、そういう些細な、小さなことで満足していたのですが……」
「段々、満足できなくなってしまった」
「……はい。そこからどんどんエスカレートしていって、自分でも止められなくなり、やがて――」
「用務員に撮られてしまった、と」
会長がどんな行為に及んでいたのかは、完全にR18な、あんなことそんなこと、つまりは、色々履かない・着けないで学校生活をしてみたり、そもそも何も身に着けずに校内を巡回したり、と露出狂間違いなしなハイパー変態行為である。
まあ、あれだけ怖い目にあったのだ。これで流石に会長のその癖も収まるだろう。
今後は今までの行動を反省し、何か別の方法でストレスを発散するしかない。ゲームとか貸してみようか。偏見というかイメージだけどもあまりやったことなさそうだし。
「私、おかしいのでしょうか……」
「まあ、普通ではないでしょうね」
会長の呟きに正直に答える。一応、直球で「はい、おかしいです」と答えなかっただけ優しさだと思って頂きたい。
「ええ!?そこは励ましの言葉をかけるべきなのでは!?」
「いや、露出狂の変態を普通とは流石に」
涙目で驚愕している会長であるが、ここで甘やかしてはいけない。折角用務員から救ったのに、また露出されてはたまったものではないからね。
そんなぼくの厳しくも論理的な愛の鞭だったわけだけど、自分から訊いておいて、お気に召す回答ではなかったのかぷりぷりと怒り出す。
「貴方、さてはモテませんね!?」
励まし・慰めをご所望だったらしい会長の鋭利な言葉のナイフが突き刺さる。酷いことを言われた。けど、その通り過ぎるので反論は出来ず。バレンタインのチョコレートってあれ、都市伝説ですから。何なら無理矢理姉さんにチョコ渡されて、ホワイトデーに散々巻き上げられるわけで、言うならば、カツアゲ準備デーだから。
「顔みたら分かりません?」
「わ、私は……別に、その……良いと、思いますよ?」
「わー、うれしー(棒)」
冗談混じりに言ったのだが、会長はやや俯いてぼしょぼしょと答える。そういう反応、逆につらい。
性癖以外は聖女な会長のお世辞を真に受ける程、ぼくは自意識過剰ではない。
童顔、低身長のフツメンってどこにも需要ないからね。
一応の感想を伝えると、会長はぼくの明らかな棒反応にぷくっと頬を膨らませて、本当なのにっ、とプンプンだ。
そんな感じで会長に案内されるまま歩いていると。
「あ、ここです」
もう随分前からこの馬鹿デカイ豪邸が目に入っていたのだが、やはりここが、神宮寺邸らしい。
白を基調とした、デザイン性の高い角ばった豪邸は、家というより、城とか要塞とか、そんな雰囲気がある。ただ、ここは正面玄関の真裏で入り口のようなものは見当たらない。
「こっそり抜け出してきたのでここから帰るんです」
なんでも、ここだけがセンサーが作動しないらしく壁を乗り越えても警備にバレないのだとか。いや、気がついているのなら直そうよ!
「そしたら抜け出せなくなってしまうではないですか」
こういう抜け穴がエロゲー界では悲劇のタネになるんですがねぇ!
この言い草では、何度も抜け出している様だし、聖女とか言われている割に、意外とお転婆な面もあるらしい。
「今日は本当にありがとうございました。また後日、正式にお礼をさせて下さい」
「お礼なんて良いですよ。たまたま通り掛かっただけなんですから」
「だからこそ感謝しているのです。
貴方は義務でも仕事でもなく、ただ通り掛かっただけなのに私を助けてくれた。中々出来ることではありません」
ただ通り掛かっただけ、というのは確かだが、そこに義務感や使命感が無かったか、といえば嘘になる。
ぼくだけが知っている世界の真実。これから起こるであろう彼女の悲劇。
それを無視するなんて、ぼくでなくてもある程度の良心があればしないはずだ。
黙り込むぼくに、会長は下から見上げるように、ぐいっと顔を近づける。
「ですから、貴方は胸を張って私の感謝を受け取って下さい」
コツンっと胸を軽くその白くて小さな拳で小突かれる。
やや赤くなった会長の顔がくるっとひるがえるようにして離れる。
「では、おやすみなさい」
会長は、そのまま振り返ることなく、普段のどちらかというとおっとりした印象とは裏腹に、軽やかで俊敏な動きで壁を乗り越え、帰っていった。スタントマン顔負けである。
そういえばあの人、運動神経抜群だった。露出性癖がなければ、本当に有能な人なのである。
だから――彼女のきっと輝かしいのであろう未来を守れたということは、素直に誇ることにしよう。
感謝されるのはこそばゆいけど、せめて、胸を張って誇る。そうしなければ会長に失礼な気がした。
はぁ、何はともあれ、ぼくがエロゲーの世界に転生していると分かったものの、用務員が捕まった時点でゲームのシナリオは崩壊。ゲームとしてはエンディングを迎えている。
もうゲームの世界とかそんなことは関係ないし、ぼくも明日からいつもの日常に戻るのだろう。
とはいえ、世界がどうとか、そんなことより、今大事なことは。
「姉さん、絶対怒ってるよなぁ」
ぼくの命が危ない、ということだ。
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4話 襲撃の聖女
お怒りのお姉様に、会長を送った帰りに再度コンビニに寄って、買っておいた少し贅沢なアイスクリームを献上することで、何とか生き残って翌日。
未だ昨日の夜に何かあったのかと、疑いの目を向けてくる姉から逃れるように登校した。
あれだけの衝撃的な出来事があっても、平日ならば学校に行くしかない。幸いにも今日は金曜日、部活もやっていないぼくは明日から2連休を謳歌出来る。気持ちを落ち着けて、この世界がエロゲーであったことなど忘れてしまえば良い。そうしてしまえば、いつもの日常に戻るはずだ。
そんな風に考えながら至って平常通り、山も谷もない学校生活を終えて放課後。
「綾辻真白君いますか?」
神宮寺聖歌という人間が自身の人気、生徒の崇拝ぶりをどれだけ認識しているのか分からないが、そんな会長の放課後訪問でぼくの日常はあっさりと崩壊した。
ざわつくクラスメイト、突き刺さる男女問わずの、なんであいつ?という疑問の視線、中には嫉妬的なものまである。
会長がぼくを見つけたのか、ニパッと天使のような笑顔を浮かべ小さく手を振ると、その視線は殺意にすら変化していった。
クラスの陰キャ、教室の隅で静かに暮らしているぼくにはあまりにキツイ。
しかし、このまま教室にいては、会長が突っ込んできて、事態が悪化するのは目に見えている。とはいっても素直に会長の所へ向かえば、それはそれでとんでもないことになりそうだ。
静まり返った教室。
「真白君、呼ばれてるよ?」
爽やかなイケメン、たしかピアノの世界的コンクールで最優秀賞受賞だかの経験も持つ、成績優秀な優等生、
会長と金剛、二人の悪意なき純粋なはずの行為が、正に、前門の虎後門の狼となってぼくを襲う。
「あー、そういえばあれの提出が今日までだったかー」
鬼の棒読みになっているかもしれないが、会長は事務的な用事で来たんですよ、という必死のアピール。これでも、会長の手を煩わせるんじゃねぇ、という視線が突き刺さる理不尽。生きづらい世の中である。
「ふふ、来ちゃいました」
全男子が言われただけで惚れてしまいそうな飛び切り可愛いことを言う会長。下から見上げるように小首を傾げているのがあざといが、極自然にそれをやって、嫌味なく可愛いから女子にも嫌われないんだろう。
「会長、一先ず場所を移しましょうか」
これ以上ここにいては、クラスメイトからの視線だけで死んでしまいそうだ。今後の平和のためにもこの場を離れるのが最優先事項。
ぼくの提案に、会長は愛らしく、曲げた人差し指を唇に当てながら思考し、そうだぁ!と笑顔を浮かべる。この人、いちいち可愛い動作をしないと死ぬんだろうか。
「今日は生徒会はお休みなので生徒会室が空いているんですよ。そこでお話しましょう」
美味しいお茶菓子もありますよ、とスキップでもしそうなくらいご機嫌で生徒会室へ向かう会長。ぼくはその後ろを連れだと思われないくらいに距離を空けて付いていく。
「どうしてそんなに遠くに?」
訝しげに会長が訊ねてくるが、ぼくは頑なに会長の後ろを歩いていた。この人は本当に自分の人気ぶりを理解して欲しい。1年生の異性がご機嫌の会長と並んで歩いたりしたら、次の日、スキャンダルを起こした人気俳優くらい人が群がってくることになる。
どうにか会長の追及を回避し続け、生徒会室に到着。尾行している者がいないか入念に確認してから部屋に入る。
生徒会室は会社のオフィスのような雰囲気の中に学生らしい温かみのある部屋で、時折可愛らしいクッションやらマグネットやペンなどの小物が、女の子らしさを感じさせる。生徒会役員は大半が女子であるため、自然とそうなったのだろう。
「えっと、それで何の御用でしょう?」
あまり長居はしたくないので、紅茶を用意している会長を待たずに話し始める。美味しいお茶菓子があるとか言っていたのでここで話を切り出さないとお茶会になってしまいそうだ。会長と二人きりでお茶会だなんて、他の生徒にバレたらどんなことになるか想像したくもない。ここはぼくの平和な学園生活のためにも用件だけ聞いて、さっさと退散しなくては。
「後日お礼をするといったではないですか。それに、その言い方だと用がなければ話しかけてはいけないみたいで嫌です」
プンプン、という擬音がぴったりな、正に頬を膨らませたような怒り方は大変に可愛らしくはあるが、どうやらこれは長くなりそうだと、ぼくに確信させる妙な迫力があった。
「後日って昨日の今日ですよ?早くないですか?」
「お礼なのですから早い方が良いでしょう?」
その通りなのだが後日という表現から数日後くらいを想像して、何ならこのまま有耶無耶にならないかなーとすら思っていたぼくとしては、心の準備が出来ていないのだ。連絡先を特に教えていなかったとはいえ、まさか教室に突撃してくるとは。
普通に考えたら同じ学校に通っているのだから極自然なことと言えるが、『聖女』『優等生』として振る舞っている会長の行動としては、1年生の男子を訪ねて教室までやってくる、というのは不自然だ。
それこそ、教室がお祭り騒ぎになるくらいには一大事件。ぼくの華麗なる誤魔化しがなければ危ういところだっただろう。
「あの後どうなったのかも、お伝えしなくてはなりませんし」
「あんまり知りたくないんですが」
「そういうわけにはいきませんよ」
怖すぎるので事の顛末はそのまま闇に葬って欲しい。
ふふっと何故か楽しそうな会長であるが、なんかもうぼくには色々バレてしまっているからって取り繕わな過ぎじゃないか?
「それに、私が早く貴方とお話したかったのですよ。やはり、ありのままの自分でお話するのは楽しいですね」
子供っぽいくらいに屈託なく笑う会長。
そんなことを言われてしまうと、このお茶会から逃れることはもう不可能だ。狙ってやっているのだとしたら、会長は聖女どころか希代の悪女だと思う。
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5話 清楚宣誓
お茶菓子はマカロンだった。
カラフルで食品とは思えないような色のものもあるが、これが中々美味しい。甘いのもあれば、苦いのもあったりと色同様、味のバリエーションも様々だ。初めて食べたが、これを食べているだけで自分がおしゃれになった気がする。こうやってティーカップで紅茶を飲むなんて経験も相まって自分の格がワンランク上がった様だ。
「楽しくないお話は先に終わらせてしまいましょうか」
お茶会と称しておしゃべりする気満々の会長は、主題にして1番の重要案件をそう軽いノリで話し始めた。
内容を要約すると、こうだ。
用務員が犯罪者になってしまうのは学校としてもまずいし、証拠品として盗撮された映像が押収されると会長的にもまずい。よって、用務員は司法の力ではなく、神宮寺家の力によって、つまりは転勤という形で海外に飛ばされた。
奴の仕掛けていた隠しカメラも、昨日徹夜で神宮寺家のスタッフが探索、取り外したらしい。プライバシー保護を名目に、映像は確認せずに消去、カメラもそれを管理していたハードごと破壊されたとのこと。
会長が上手いこと根回しして、このような解決へと導いたらしいが、有能過ぎませんか?
自分の激やば画像は一切流出させず、神宮寺家の名誉を守り、用務員は海外追放。そもそもの発端が会長の安易な露出ということに目を瞑れば、あまりに有能。目を瞑ったままでいたい。
「さて、それでは改めまして、この度は本当にありがとうございました。私がこうして学校へ来れているのも貴方のおかげです」
「昨日も言いましたけど大げさですって。だからお礼もこのマカロンと、紅茶で十分過ぎます」
実際、会長と二人きりでお茶会だなんて、うちの学校なら全財産投げ出す奴もいそうな特権だ。お礼としては極上だろう。
それにぼくは、会長の未来を守れたことには胸を張ることにしたが、感謝されるようなことをしたとは思っていない。
「そういうわけにはいきません。それにもうお礼の品を用意してきましたので」
お礼なんていらないとは思いつつ、あの神宮寺聖歌が用意したお礼とはどんなものなのか、興味があるし、少しだけワクワクする。
立ち上がった会長。
何をするかと思えば、ゆっくりとブレザーのボタンを外していく。そのまま見せびらかすようにブレザーを脱ぐと、丁寧にハンガーに掛けた。
そして、次はブラウスのボタンに手を掛け――
「ん、んぅ」
「――って、なんで脱ぎ始めたんですか!?」
目の前で起きている出来事を正常に処理できず、しばらく眺めてしまったが、この人、ぼくの目の前で脱ぎ始めたんですが!?あまりの自然さに一瞬ぼくの方がおかしいのかと思ったわ!
「身内以外の男性に贈り物をするのは初めてだったので、インターネットで調べたのですが、男女間でのプレゼントには『プレゼントは私』という文化があるようで」
「偏った調査!」
つまり、この人自分をお礼の品とするために脱ぎ始めたってこと!?一体どういう経緯でそんな思考に決定したんですかね!
「大丈夫です。私はとても……ドキドキしています」
「ただの露出狂だぁあああー!?会長、反省してないんですか!?」
昨日の今日で何してんだこの人!学習能力ないの!?貴女、学年1位の才女でしたよね!?昨日、滅茶苦茶反省してましたよね!?
「反省していますよぉ。やはり不特定多数に見られてしまってはトラブルに発展するのは必至。つまりは特定の方に見せる分には何の問題も発生しません」
「問題しかないが!?根本が違うんですよ!露出を止めましょうって話で、そして何よりその特定の方とやらをぼくにしないで欲しいんですがぁ!?」
人の話を全く聞かずに恍惚の笑みを浮かべながらブラウスを脱ぎ捨て、その歳不相応に成長した果実を包む真っ白な下着が全開。その上、スカートまで脱ごうとしており、もう止まる気がないどころが、顔を上気させ、はあはあ息が乱れている。お巡りさん助けてください!
「見ていてくれれば良いんですよぉ。そう、舐め回すように、じっとりと」
もう表情がR18化している。お礼とか適当なこと言ってただ脱ぎたいだけじゃないか!もしや、ぼくの昨日の行動って余計なお世話だったのでは!?
「思ったとおり、
完全に下着姿になった会長が身をよじって身悶えており、遂に待ったなしな状況になったため、ぼくは咄嗟に、近くにあったブランケットを引っ掴み会長に投げた。
「はぶっ」
顔面でブランケットを受けた会長の体を、広がったブラケットが隠す。全身を隠すには大きさが足りなかったが、辛うじてパンツを隠すことに成功している。
「会長!」
会長がそれを取り払う前に、ぼくは勢いよく立ち上がった。
やるべきことを悟った。覚悟を決めた。
ならば自らの信念に誓い、宣言をしよう。ぼくの使命を。
「ぼくは!女の子は清楚であるべきだと思っています!」
女の子は清楚であるべき。
それがぼくの信念にして理想。
そして、女の子に清楚を求める以上、自らも誠実であるべきだと思っている。恋人でもない女性の裸体を眺めるようなことをしてしまっては、ぼくはもう世界の清楚な女性と付き合う権利も、会話し触れる権利も、ない。
だから、ぼくはいつか将来を誓い合う清楚な女性としか、R18な展開にするわけにはいかないのだ!
「露出して喜ぶなど破廉恥な行為は言語道断、当然ながら即刻、止めるべきです!ですが、会長は口でいくら言っても行動を改めないようなので――」
押し付けだろうと何だろうと、ぼくは清楚・清純・清廉潔白な女の子が良い!そうでなければ、ヒロインとは断固として認めない!
ここがエロゲーの世界で、会長がエロゲーのヒロイン、露出狂であることを運命づけられた生粋の変態であろうとも。
その運命、ぼくが変えてみせよう!
「――ぼくが貴女を、本物の清楚に調教しますっ!」
この世界に抗って、会長をエロゲーヒロインから、聖女という名の通りの、清楚で、清らか、清純な、理想の女性にしてみせる!
ぼくの決意表明に、ぽかんとしている会長。訪れる静寂。
――ガチャリとドアの開く音。
続いて、ドサッと荷物が落ちる音。生徒会室にいるのはぼくたち二人だけ。ドアが開いた以上、それは部屋に人が入ってきたということで。
「………調教、だと?」
女性にしては高いスラッと伸びた背丈に、艷やかな黒髪のポニーテール。
生徒会室に入ってきたのは生徒会副会長、二階堂薫。そして、彼女の視界に広がるのは、下着姿をブランケットで隠した会長と、立ち上がってそれを見下ろすぼく。
はい、ぼく終わりましたー。
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生徒会長・神宮寺聖歌編《2》
6話 親友
タワーになったケーキスタンドに、やや小ぶりなケーキ達が宝石のような輝きを放ち、並べられている。
目の前の友人はそれを熱心にスマフォで写真に収めると、イチゴがふんだんに載せられたショートケーキと、シンプルに粉砂糖のみで装飾されたガトーショコラを自分の皿に移した。
「なあ、親友よ。何故、ぼくたちは男二人で、このメルヘンでファンシーなケーキ屋でデザートバイキングなんかしてるんだ?」
「回答1、それは今日が土曜日で、お互いに暇で、俺がケーキを食べたかったからだ」
土曜日。
ぼくは白とピンクで配色された街で流行りのパティスリー(たぶんケーキ屋のオシャレな言い方)に来ていた。姉さんが来たいと言っていた程度には女子に人気のこの店は当然ながら、女子中高生や大学生のお姉様方で溢れかえっている。幸いなのはデザートを所定の場所に各々取りに行く形式ではなく、注文する形式であるため、席を立つ必要がないということだ。
「周り女子ばかりで気まずいです。帰りたいです」
こんな空間に男二人でいては多少なりとも注目されるのは必然だが、しかし、ぼくが耐えかねているのはそういう類の、珍種を見るような視線ではなく、ぼくと親友との関係を疑問視するようなものだ。
「回答2、安心しろ。
そう、
「――その辺の有象無象より
言ってることは最低だが、それをナルシストと切り捨てられない程度にはその容姿は
本日の装いは黒髪ロングに、黒のワンピース。その上からカーディガンを羽織った由緒正しいコテコテお嬢様スタイル。どっからどう見ても美少女であるが――生物学上は彼、つまりは
主題を先に短くまとめてから話し出す独特の口調で、一人称も俺と話し方は男らしいが、その声は中性的といえば中性的ではあるが普通に女の子だ。声は女装している時は変えているらしいが、そもそもぼくはこいつが女装していない時を見たことがないので、素の声は知らない。
ただ、ぼくにとっては一番の親友であるのは確かでそんなことは些細なことだ。
「だから気まずいんだよ。皆のなんであんな奴が?という視線が女子から向けられるからめっちゃ傷つく」
同性からの視線であれば、持たざる者の嫉妬と流すことも出来るが、異性からのぼくらの組み合わせを疑問視するような視線は本当にダメージが大きい。
「解決案1。真白も女装すれば良い。君の顔なら俺ほどとは言わないが、その視線の主達よりは余程可愛くなるぞ」
「それは男のぼくには望みはないということでしょうか」
もはや、男としては歌成の容姿に釣り合うことは不可能と、言われているような気がしないでもなかったので訊いてみる。
「非回答。それに言及するのは止めておこう。真白が可哀想だ」
「実質言ってますよね、それ!」
容赦なき友人の言葉にツッコんでみるが、悪いとも思っていない友人は愛らしくリップの塗られたお口で、満足そうにケーキを食べている。こいつはぼくが困ったり、嫌がるのが大好きな意地悪な奴なのである。そんなだからぼくしか友達がいないのだ。
そういう気持ちを込めてジトッと視線を向ければ、その意味を察したのか、フォークに刺したイチゴをぼくに向けて。
「訂正。俺にはオトモダチが沢山いる。そして、真白こそ俺しか友達いないだろ」
こいつの言うオトモダチというのは表面上の付き合いをしている、謂わば、知り合いくらいの人達のことだ。まあ、クラスに話す知り合いもいないくらいのぼくよりマシなことは確かではあるけど、どんぐりの背比べじゃないだろうか。
「一人いれば十分。お前ほど変わった奴と友達ならそれは百人分に換算できないか」
友達なら歌成がいれば退屈しないし、楽しいし、十分だ。
それに、女装男子、それもこのクオリティ、街中を堂々と歩いて、十人が十人、美少女と認識するレベルの奴は中々いない。友達としてのレアリティなら相当なもの。
本音と、若干の皮肉としてそれを口にしたわけだが、こういう時妙に素直に受け取るのが早乙女歌成の憎めないところである。
ぼくの言葉を聞いた歌成は得意気に髪を払った。男の癖にケーキより甘い、花みたいな匂いが香る。
「賛同。分かっているじゃないか。喜べ、俺は友達百人以上に相当する可愛さ、美しさだ」
「ご機嫌で何よりだ」
基本的に無愛想で表情に起伏があまりない歌成ではあるが、ぼくくらいになると、些細な変化からその感情を読み取ることも容易。どうやら珍しいくらいご機嫌らしい。ずっと来たかった店らしいし、楽しんでいるのなら、本当に何より。
まあ、歌成と行動していれば大なり小なりそういう視線は向けられるものだ。今日はケーキバイキングということで場所柄いつもより視線が痛かったため口に出したが、そんなに深刻なわけじゃない。それを分かっているから歌成も冗談みたいに話しているのだ。こいつは我儘で意地悪だけど人が本気で嫌がることはしない。
「本題。それで、相談とはなんだ?」
そして、真剣に話さなくてはならないのはこれからだ。大体、お互いに暇な土曜日には自然と二人で集まるが、今日に限ってはぼくから相談を持ち掛けた。
今ぼくは、かつてない危機に瀕している。
これを解決するため相談できるのは親友である歌成しかいないだろう。
ぼくは意を決して口を開く。
「――実は明日、女の子とデートをすることになったんだがぼくは一体どうしたらいいんだ」
「笑止。嘘ならもっとマシな嘘吐けよ、童貞」
笑われた。いや、嘲笑われた。男と分かっていても、美少女顔のこいつにこんなこと言われると傷つくので切実に止めてほしい。言い方が悪いよね、ぼくは単に貞操を守っているだけなのに。
このままではぼくはこいつの中で、妄想に取り憑かれた哀れな童貞ということになってしまいそうなので、訂正するためにも、昨日のことを振り返りつつ、説明するしかないようだ。
そう、ぼくが生徒会長・神宮寺聖歌を清楚に調教してエロゲーヒロインを脱却させることを宣誓し、そこへ悪魔みたいなタイミングで副会長である二階堂薫が入ってきてしまった、混沌の修羅場から、こうして生き残った顛末を。
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7話 急転直下
ゲームやアニメにおいて、現実世界と寸分変わらない世界観が舞台だったとしても、ありえない設定や描写は付き物だ。
それはフィクションとして物語を盛り上げるためには必要不可欠なエッセンスであり、それがあるから現実を忘れて楽しめるエンターテイメントとして成り立つわけであるが、仮にそれが現実となったらどうだろうか。
例えば髪色や瞳の色。
前世の記憶を取り戻すまで全く何にも疑問に思わなかったが、そもそも純日本人の会長が銀髪碧眼というのは、明らかにゲームの設定があらゆる法則に優先して、世界に反映されている証明だ。
つまりは、神宮寺聖歌という人間は、その髪色が設定通り反映されている以上、ゲーム通りの
ゲームにおいて序盤で早々に用務員の餌食になり、R18展開に突入するため、そのスペックが発揮されることは殆ど無かったが、ゲームの物語に直接的に関係しないからとゲームの制作陣が盛り過ぎたのか、そのスペックはチート級、運動能力・頭脳・家柄・容姿、全てにおいて秀でた完全無欠の才女だ。
つまり。
神宮寺聖歌は露出性癖こそあるが、それ以外においてほぼ完璧な性能を持つ超人。
故に彼女は、下着姿をブランケットで隠して、
その行動は早かった。
「ふもっ!?」
体に巻いていたブランケットを投げる。投げ方は既にぼくのを見ている。彼女であれば、それだけでコントロールは完璧、狙い通りにブランケットは二階堂薫先輩の顔面で広がり、覆い隠した。
そして、それを実行したことがあるが故に、ぼくも会長の意図に気が付き、咄嗟に反応することが出来た。
二階堂先輩の顔面を覆ったそれを取られる前に、正面に陣取り、その視界を遮ったのだ。
見事な機転、完璧な連携、それを持ってして、稼げた時間は十秒にも満たない。
「何をする聖……歌?」
二階堂先輩は煩わしそうにブランケットを取り払い、目の前のぼくをキッと一瞬睨むと、視線を会長に向ける。そこにいたのは――
「ごめんなさい、急に入ってくるものだから驚いてしまって。何かあったのですか、薫?」
――制服をきっちりと着こなし、小首を傾げている会長だった。
◆
ぼくと会長が並んで座り、テーブルを挟んだ向かい側に生徒会副会長、二階堂薫先輩が座った。その目にはまだ疑いの色が色濃くあり、出された紅茶とマカロンにも口を付けずに、腕を組んでじっとこっちを見ている。
「私の目には聖歌が下着姿でそこの男に襲われているように見えたのだが……」
困惑した様子の二階堂先輩に心底同情しつつ、ここで頷いては、ぼくは無実の罪で人生終了となるため、スルーする。そもそも、襲ってないし、むしろぼくが襲われてたし、この状況で最大の被害者はぼくだと切実に訴えたい。
「薫。学校、それも私達の生徒会室でそんな不埒な事許すわけがないでしょう?」
と、1番不埒な張本人が申しております。学校、それも生徒会室で露出して覚醒した変態は誰でしたっけ?
真顔で二階堂先輩を諭す会長に思わずそう言いたくなったが、ぼくの人生が人質となっているため黙っているしかない。
そんなぼくに、会長が貸しですよ、とばかりに視線を送ってくるが、勿論、ただのマッチポンプなので、後で説教するだけだ。マジでこの人のせいで人生終了しそうだったのだから、誤魔化せたとしても大説教コースである。そもそも会長が急に脱ぎ出したりしなければこんなことにならなかったからね!
「だが私は確かに……」
「そうだ薫、今日は生徒会活動はお休みなのにどうかしたのかしら?」
二階堂先輩の呟きを遮り、畳み掛けるように質問する会長。そうして二階堂先輩の意識を逸していき、有耶無耶にしようという作戦なのだろう。シンプルながら角の立たない作戦だ。
「えっ、ああ。なんでも聖歌が1年生の男子と楽しそうに歩いていたと話題になっていてな、気になって来てみたんだが……」
作戦失敗。
話はまたぼくに戻ってきた上に、二階堂先輩が滅茶苦茶怖い顔でこちらを睨んでいる。美人の怒り顔は本当に怖い。
「あら、そんなことで態々?」
「そんなこと、ではない。聖歌が生徒会メンバー以外を贔屓にしたんだぞ?それも一年生の男子だ」
本来であれば『そんなこと』で済むようなことが『そんなこと』ではなくなってしまうのが、聖女と呼ばれている程に崇拝され、神聖視すらされている神宮寺聖歌なのだ。
生徒会長・神宮寺聖歌は平等だ。
それ故に、親友であり生徒会副会長・二階堂薫先輩や、他の生徒会メンバー以外とは特別親しくしたりすることはない。誰にでも優しく、誰にでも笑いかけ、ただ誰かを贔屓したりはしない。それ故の聖女。
常に完璧で、美しく、平等で、慈悲深いことを当然とされている。彼女の立場が、彼女の能力が、彼女の周囲の人間が、そうさせているのだ。
それはどんなに重いプレッシャーなのだろうか。
神宮寺聖歌という狭い箱に閉じ込められて、聖女というラベルを貼られて、一挙手一投足をその箱の中で、ラベルのイメージ通りに遂行しなくてはならないのは。
「私は嬉しかったぞ。お前は少々優等生過ぎるからな」
この、二階堂先輩が会長の親友足り得ているのは、彼女が神宮寺聖歌を対等として扱い、会長がそうして神宮寺聖歌を演じていることを察しているからなのだろう。
それを気遣い、ただ責めたり咎めたりもせず、心を許せる友として共に歩み、見守ることの出来る人格者なのだ。
「――だが、距離が些か近過ぎやしないか?」
その会長の親友が、会長が平等に接さなかったとしても騒ぐことはしないだろう理解者が、こうまでぼくに突っかかるのは、会長が露出していたせいで、未だぼくに婦女暴行的な疑いがかけられていることと――
「そうでしょうか?」
――会長がそれはもうぼくにピッタリとくっついているからだ。ぼくと二階堂先輩に面識がない以上、会長がぼくの隣に座ることは極自然なんだけど、椅子をこれでもかと近づけて、肩と肩どころが腕と腕が重なるくらい近くに座っているのはおかしくないですか?
二階堂先輩でなくても、疑問に思うし、この人には何とか雑に誤魔化したとはいえ、会長の露出現場を見られているというのにそんなことをしては、ぼくと会長に何かあります、と言っているようなものだ。
そりゃ、ぼくのこと睨むよ!全然態度が軟化しないわけだよ!
「聖歌が私達以外とも仲良く接するのは大いに結構。しかし、それが不埒な輩ならば、黙って見過ごすわけにはいかない」
ドンッ、と机に両手を置き身を乗り出した二階堂先輩が真剣な顔でぼくらを見る。
その丁寧に磨かれた黒曜石のような瞳からは、心の底から親友の身を心配する不安感と、私が親友を守るという正義感とが見え隠れして、会長との確かな友情を感じた。
それはきっと、会長にも伝わったのだろう。
会長は、ふっと、微笑むように優しく笑みを零すと、その瞳に信頼を返すように、強く見つめてゆっくり口を開いた。
「彼は綾辻真白君。実はこの度――」
ぐいっと引き寄せられたかと思うと、これまでの人生で感じたことのない柔らかい感触が腕を包み、思考が真っ白になってしまって、それが会長がぼくの腕に抱きついているからだと気がついたときにはもう遅かった。
「――彼と私はお付き合いすることになりました」
飛び切りの笑顔で、そう荒唐無稽なことを宣言する会長。
ああ、もうお家帰りたい……。
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8話 神宮寺聖歌
神宮寺聖歌は、『神宮寺聖歌』が嫌いだ。
だから。
「まさか生徒会長が露出狂とはな」
夜の公園。関わったこともない用務員に自らの痴態が納められた映像を見せられて最初に思ったのは――ああ、これで終われるであった。
『神宮寺聖歌』を終われる。辱められ、貶められ、蔑まれても、それで終われるのなら、それで良いと思った。
回避する術はあったのだろう。
聖歌の
彼女の
そう、思ってしまう程に、願ってしまう程に、神宮寺聖歌は、『神宮寺聖歌』が嫌いなのだ。
いや、嫌い
◆
神宮寺聖歌、5歳。
プラチナのように高貴で重厚な輝きを放つ銀色の美しい髪を小さくツインテールにして、聖歌は、腕を組み、精一杯背伸びするように背筋を伸ばして、胸を張っていた。
その顔は自信に満ち溢れ、やってやったぜという達成感に満ちている。簡単にいえば、ドヤ顔である。
「ああ、なんてこと……」
そのドヤ顔幼女の背面にある外壁には、デカデカと、ペンキでグチャグチャとした何かが描かれていた。赤・青・緑、規則性なく塗りたくられたそれは、誰がどう見ても落書き以外の何物でもなかった。
ああ、と使用人はそれを見て震え――
「なんて、素晴らしいんでしょうか、お嬢様!これぞ芸術!天才的な色彩感覚でございますぅ!」
――なんてことだと褒め称えた。
「これはただのらくがきよ」
「ええ、ええ、まあ、まあ!落書きでこのセンスだとは私としたことがお見逸れしました!」
子供なら誰しもが一度はしたことがあるかもしれない落書き。壁に、床に、あるいは家具や家電に、意味もなく描いてしまって大惨事になり、叱られる。
聖歌とて、それを想像していた。いや、
そしてその漠然とした恐怖は、聖歌の中で、徐々に大きく、明確に、重大になっていく。
神宮寺聖歌、6歳。
家庭教師の授業をサボった。
理由なんてなかった。ただ、何となくそういう気分ではなかっただけ。教師に落ち度はなかったし、勉強が嫌いなわけではない。家庭教師による授業をボイコットし、自室に引きこもっていた聖歌の元へ父がやってきた。父は真剣な顔で、聖歌を真っ直ぐ見つめて言った。
「なんだ、教師が気に入らなかったのか。あいつならもう辞めさせたから。お前は天才なんだ。そのお前に
聖歌は分かっていた。授業をサボったのは完全に己が悪いと。なのに、父はお前は悪くないという。それどころが悪者は先生で、その先生はクビにしたと。
自らの頭を撫でる父の手が、どうしてか凄く怖かった。
神宮寺聖歌、7歳。
苦手な食べ物が入っていて、出された食事を残した。シェフがクビになった。自分の我儘のせいだった。
庭で遊んでいる時に、木の枝に服を引っ掛けて少し破れた。付き添っていた使用人と、管理していた庭師がクビになった。自分の不注意のせいだった。
朝寝坊して学校に遅刻した。聖歌専属世話係の使用人と、送迎の運転手がクビになった。自分の怠慢のせいだった。
テストの点数が少し下がった。また家庭教師がクビになった。自分の努力不足のせいだった。
クラスに突っかかってくる子がいた。いつの間にか転校し、街から家族ごと消えていた。自分が仲良く出来なかったせいだった。
仲良くしている友人がいた。その子がいじめられ始め、転校した。自分が仲良くし過ぎたせいだった。
神宮寺聖歌、8歳。
聖歌は理解した。
自らの立場と役割と影響を。
聖歌がやることを否定し、正してくれる人間はおらず、間違ったことをすれば、失敗すれば、誰かが理不尽に苦しむことになる。
8歳にしてそれを悟った聖歌は常に正しくあろうとした。完璧であろうとした。
聖歌にはそれを文字通り完璧にこなせてしまうだけの
運動能力・頭脳・家柄・容姿――人を強烈に惹き付ける圧倒的カリスマ性。
やがて、神宮寺聖歌は『聖女』と呼ばれるようになっていた。
――
偽りだらけの、演じ、作られた『神宮寺聖歌』が、心底嫌いになった。
そして現在。神宮寺聖歌、16歳。
『神宮寺聖歌』は終わった。
それは自らを陥れようとした用務員の手による破滅的なものではない。その場を通り掛かった、同じ学校の一年生によって穏やかに消え去っていった。
綾辻真白。
彼は自分の
この人は叱ってくれる。本当の自分を見て、この自分の醜いところを見ても、変わらずにいてくれる。
この人の側でなら、自分が自分でいられる。もう『神宮寺聖歌』を演じる必要はないのだ。
欲しかった。どうしようもなく、この上なく。側に置いて手放したくなかった。
「綾辻真白君いますか?」
神宮寺聖歌という人間の人気、生徒の崇拝ぶりは、嫌という程分かっていた。そうして真白の元を訪ねれば瞬く間に噂が広がることも。この学園では絶滅危惧種並に珍しい、随分と聖歌に敵意剥き出しの生徒がこのクラスにはいたが、それで止まるようなら初めから聖歌は動いていない。
そのまま、雑な小細工をして教室を出た真白と
「大丈夫です。私はとても……ドキドキしています」
「ただの露出狂だぁあああー!?会長、反省してないんですか!?」
聖歌にもう露出癖はないはずだった。
そんなことをしなくても、己を見てくれる人間が目の前にいるのだから。ただこうして悪い事をしてそれを咎められるのが嬉しかった。慌てている真白を見ているとドキドキする。もっと見せたいと思ってしまう。
「思ったとおり、
幼少期から自身を偽り続けてきたことから、本当の自分を見て欲しいという想いは人一倍強い。結局、破滅願望があろうとなかろうと、聖歌の露出癖はもう既に、彼女を形成する一部となっていたのだろう。
聖歌はそれを自覚しながら、それも良いと思った。己のその邪さが、不完全さが愛おしい。
この時まで聖歌にあった真白への感情はまだ執着で、それが花開いたのは、聖歌でさえ予想できなかった真白の宣誓によってだ。
「露出して喜ぶなど破廉恥な行為は言語道断、当然ながら即刻、止めるべきです!ですが、会長は口でいくら言っても行動を改めないようなので――ぼくが貴女を、本物の清楚に調教しますっ!」
嬉しかった。かつてないほどの至上の喜びが聖歌を貫く。
その宣誓は、聖歌にとって何よりも熱烈で情熱的で魅力的な――告白だった。
だってそれは、本当の自分を見ても、自分に幻滅せずに、見捨てずに、周囲に押し付けずに、叱って、正して、共に歩んでくれるということに他ならない。
――それはなんて、愛おしいのか。
神宮寺聖歌はもう聖女なんかじゃない。
誰にでも優しく、誰にでも笑いかけ、誰かを贔屓したりはしない。常に完璧で、美しく、平等で、慈悲深い彼女はもう終わったから。
ただ壁に落書きをして無邪気に楽しむあの頃のような、今の偽りのない自分が、少しだけ好きになった。
だから。
我儘でも、醜くても、不平等でも、傲慢でも。
欲しいものをこの手に収め、絶対に手放さないと決めた。
「彼は綾辻真白君。実はこの度――彼と私はお付き合いすることになりました」
これは宣戦布告だ。
聖女としての偽りの神宮寺聖歌が終わり、生まれ変わった新しい神宮寺聖歌から、
――もう後戻りはさせない。
ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェの著作に、こんな言葉がある。
『怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』
――私が貴方を、立派な調教師に調教してあげますね……私なしでは生きていけないように♡
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9話 乙女心
会長の宣言に混乱した二階堂先輩は、茫然自失といった様子で数分間停止した後、今日のところは考えを整理してくる、と去っていた。待って、置いていかないで。
「ふふ、私達お付き合いすることになりました♡」
相変わらず腕に抱きついたまま、見上げるように会長が言う。ちょっと顔が赤いのはさっきまで露出して興奮していたからか。
ぼくは腕を包む柔らかい感触の正体から意識を逸らすのに精一杯で、まだ状況を理解できていない。
「私では不満ですか?」
小首を傾げる会長に、未だ混乱の最中にいるぼくは思ったことをそのまま正直に答えてしまう。
「はい」
あっ、と思った瞬間、笑顔の会長に物凄い勢いで足を踏まれた。そしてグリグリされている。上履きなので防御力が乏しくマジで痛い。
「私では不満ですか?」
会長が微笑を浮かべて、一語一句違わずにまた聞いてくる。ちなみに足は踏まれたままだ。
「会長、痛いです」
「私では不満ですか?」
NPCかな!?
どうやら、ぼくが会長にとって満足のいく回答をするまで質問を繰り返すつもりらしい。心なしか語尾のイントネーションが強くなっているし、笑顔の圧が凄い。あと足も痛い。
「不満というか……」
言い淀むぼくに、会長の笑顔の圧が上がる。それに比例して物理的に足を踏む力も強くなるという非情なシステム。聖女とか呼ばれているのに、ぼくにだけなんかちょっとバイオレンスなの酷くない!?
女性に清楚を求める以上はやはり自分も女性に誠実であるべき。
当然ながら、会長に不満があるとか、そんな不敬なことは考えてはいないけど、昨日知り合ったばかりで、いきなり、それもこんな形で付き合うだなんてお互いにとって良くないはずだ。
「薫のことなら気にしなくて良いですよ。彼女は男性が苦手で、攻撃的な態度を取ってしまうんです」
黙り込んだぼくに、副会長に言及されたことを気にしていると思ったのか会長が言う。
副会長の言動については、あのシチュエーションでなら、ぼく的には至極真っ当だった気がするけど、確かに些か攻撃的だった気がしないでもない。
ぼくが前世でプレイしたルートでは副会長はあまり登場しなくて、詳しくは知らないのだけど、確か、序盤で用務員の手に堕ちた会長を救うため、会長の解放を条件に身代りとして、用務員に服従を誓うみたいな感じだったはず。
自分の身を犠牲にしてでも友人を救おうとする程のその友情の厚さは、先程のやり取りでも感じたし、ぼくは悪い印象は受けていない。むしろその友達の前で露出して興奮していた会長よりは清楚ポイントは高い。
「もう良いですっ!真白君がヘタレなのは良く分かりました!」
いつまでも答えなかったぼくに、ぷんぷんと、今時アニメキャラでもやらないような可愛らしい膨れっ面で、拗ねてしまった会長。足をやっとどけてくれたけど、なんだろうこのぼくが全部悪いみたいな雰囲気。ぼくはヘタレじゃなくて硬派なんだと主張したい。
それと、いつの間にか名前呼びになっているけど、後輩だし、減るものでもないし、スルーする。
金剛といい、会長といい、いきなり名前呼びしてくるのコミュニケーション能力の高さを感じる。あの二人の容姿の良さとか、人望もあるのだろうけど、名前呼びされても全然不快じゃないし、すんなり受け入れてしまうのだ。
ぼくなんて、この街に引っ越してきたのが高校入学前の3月だとはいえ、友達の一人も出来やしないっていうのに。
この学校って近隣にある同系列の中学校からごっそり進学するから、最初からグループが出来ていたりして地元民じゃないと結構つらいんだよね。
まあ、金剛も高校かららしいけど全然馴染んでてクラスの中心人物になってるし、ぼくが単純に陰キャなだけなんだけども!
「仕方ないのでデート1回で許してあげます」
脳内で自らの雑魚さに気付かされていると、会長が何やら良く分からないことを言い出した。
「私は真白君のヘタレによって乙女心を傷つけられました。よって、デートを要求します」
ここは譲らない、とばかりにびしっとぼくを指差す会長。
昔、滅茶苦茶仲良くしていた友達に突然、縁を切られたことがある。
仲直りしようにも理由が分からず、そのままぼくが引っ越してしまったのでそれ以来会えていないのだけど、どうやらぼくは気付かない内に人を怒らせる言動をしてしまうことが多々あるらしい。
そんなぼくに、乙女心なんて繊細でファンタジーみたいなものを認識できるはずもなく、会長がなんで怒っているのか、こんなことを言い出したのか、まるで分からない。
歌成とか一回機嫌が悪くなったときの持続時間が長いから、不機嫌の原因が分からないときはとりあえず謝って甘いものを与えるようにしているけど、会長とはまだ付き合いが浅いので、そういう対処策もない。
大体、会長がなんで急に付き合ってますと副会長に宣言したのか、その意図が分からないのだ。
会長からは前に面と向かって「貴方、さてはモテませんね」というありがたいお言葉を頂いているし、会長にとってぼくは恋愛対象でもなんでもないわけで、言うならば、素の自分で接することの出来る友達で、露出し放題の相手、というところか。
つまり、今後も副会長に色々問いただされるのは嫌なので、付き合ってることにしたってこと?うわ、そう考えたら不満しかなかった。
ただまあ、それならデートと言いつつ友達と遊びに行くみたいなものだ。
会長とぼくが並んで歩いていたら疑問の視線が凄そうだけど、それは歌成で慣れているし、ぼくは色々と会長の事情を知ってしまっているからか、ぼくといるときは会長も素の自分を出せているようだし、いつも気張っている会長の良いリフレッシュになるかもしれない。
プレッシャーも使命感も何も感じず、ただ楽しくおしゃべりできる相手。
ぼくは会長にとってそういう存在になれればと思っている。
会長がまた精神的に追い込まれて、露出とか、自分を傷つけるようなことをしようとしたときには、それを全力で止めるし、説教もするし、反省もさせるけど、そうならないように話を聞いてあげて、多少甘やかしてもあげる。
そうやってゆっくりとでも会長がいつも自然体でいられるようになれば良いな、と思う。
だって会長は、こうして取り繕わない方がずっと素敵だから。
「ぼくと行っても楽しくないと思いますけど、それで良いなら」
「では決まりですね!」
何がそんなに嬉しいのか、ニパッと笑う会長。こんなに喜んでもらえると、当日つまらない気持ちにさせるわけにはいかなくなる。
やばい、女の子と二人で出掛けたりしたことなんてまともにないんだけど。
歌成と遊ぶときは、買い物に付き合わされて服を選んだり、映画を見たり、甘いものを食べたりするけど、あいつは男だから参考にならないしな。
姉さんはぼくの中で一般女子の枠に収まっていないのでこれも勿論参考外だ。
まずは連絡先を交換しましょう、と早速お互いの連絡先を登録すべく、スマフォを取り出している会長を尻目に、ぼくは頭を悩ませた。
とりあえず、乙女心とかいうものを数%は持っていてもおかしくなさそうな歌成に相談するしかないか。
「…………やはり流されやすいですね、このまま段階を踏んで徐々に依存させて……ふふふ♡」
「会長、何か言いました?」
「いいえ?」
楽しそうな会長を前にして、ぼくはそれを台無しにしないため、親友を頼ることに決めたのだった。
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10話 目撃
親友である歌成に相談するため、昨日の出来事を回想してみたけど、まともに説明できる事が何一つなかった件について。
ぼくにも何が起きているか理解できていない上に、そもそもの発端がぼくの前世の記憶とか、会長の露出云々という秘密に関わってきて話せないのだから説明のしようがなかった。
相談がある、なんて重々しいこと言っておいて下らないと思ったのか、何故か女の子とデートをすると言ってから露骨に歌成の機嫌が悪いし、ここは一旦間を置くのがベストだと、ぼくの鋭い勘が訴えている。
ぼくは、折角のバイキングだから相談は店を出てからにしよう、と提案し仕切り直すことにした。そもそも、相談があると言っておいたのに時間制限のあるバイキングを指定してきた歌成に問題がある気がするけど、今は自然な言い訳が出来たから助かった。
「称賛。美しい俺に相応しい味であった」
甘いものを摂取して、機嫌を取り戻したであろう歌成と共に店を出て、ぼくは、歩きながら事の成行きを説明する。
とは言っても本当のことは言えないので、どうにか誤魔化せないかを考えて設定を生み出した。
『先日、男に絡まれている女性を助けたら、お礼をすると言われて日曜日に会うことになった』というものだ。歌成に嘘を吐いてもすぐバレるので、嘘にならないように、でも事情をぼかしつつ話したらこうなった。
ただ、こういう言い方をしたために、それでデートとか思っちゃうなんて可哀想……という哀れみの目を頂くことになってしまったが、名誉の負傷である。
さて、そこまで傷を負って歌成に相談したいことというのは、デートをする前にやっておくべきことについてだ。
デートコースについては、会長が何やら喜々として決めていたので(当日までのお楽しみと言われた)お任せするとして、それ以外で今から備えておけることがあればやっておきたい。
ぼくのそんな相談に、歌成はぼくの全身をつま先から天辺までゆっくりと見詰めて、ふむ、と頷くと話し始めた。
「改善点1。まず服装がダメだな。今時、小学生の方がまだマシな格好をしている」
「すいません、改善点1からダメージでかいんですが」
1と言うからには2以降もあるのだろう。初回から随分辛辣で真白さん、もう歌成に相談したことを後悔しているよ。
えっ、何も考えずにジーパンとTシャツなんだけど、今時の小学生ってどんなの着ているの?
ぼく、中学生の時からこんな服装だけど、前から思っていたとしたらもっと早く言って欲しかった。
「改善点2。髪型がそのまま過ぎる。朝起きて寝癖直しただけだろ?」
「寝癖を直したことを評価して下さい、お願いします」
友達と遊ぶだけなんだから寝癖を直したくらいで済ませてしまうものでしょ。とはいえ、確かにデートならばそこはしっかりセットしなくてはなるまい。やれるかどうかは別として。
「改善点3。君、女の子と話せるような話題あるのか?陰キャオタ童貞では三十秒も持たんだろ。
君とずっと話してあげるような物好きで優しいのは俺だけなんだよ」
「えっ、歌成もしやぼくに恨みとかある?」
確かに上手いこと会話できている未来は見えないけども、攻撃力高過ぎません?殺しに来てますよね?
あまりにあんまりな評価に、ぼくは思わず尋ねた。甘いものを摂取したのに、まだなんか機嫌が悪い気がするし、何かぼくが歌成の恨みを買うようなことをしてしまっていたのかもしれない。
「む、否定。ただ正当に評価しているだけだが?」
「じゃあ、滅茶苦茶傷付いたわ」
親友にボコボコにされたので、明日行きたくなくなりました。
ぼくがあまりに落ち込んでいたのか、珍しく慌てた様子の歌成がやや微笑みながら。
「補完。君の良い所は外見的な面ではないからな」
「それ、トドメだね」
フォローに見せかけたナチュラルな外見ディスだよ!!外見的な面で褒めるべき点は一切ないということですよね!?
「てっ撤回。決して外見が悪いと言っているわけではなくてだな」
「もういいよ、悲しくなる」
確かにぼくは、歌成みたいに自分の容姿に絶対の自信を持っているわけではないし、人間の魅力は、決して外見だけで測れるものじゃないっていうのは賛同するけど、一個くらい、一ミリくらい、どこか褒めてくれても良いと思うんだ。
自信満々の顔で、君の良い所は外見的な面ではないからな、って最悪の補完だよ!
「か、解決策1!この俺が真白の服を選んでやろう」
傷付いたぼくが拗ね倒していたら、歌成が服を選んでくれることになった。いつも違う服着てるようなオシャレさんの歌成ならば、安心だ。こいつはこんなでも男なので男のファッションも分かるはずだし。着ているところは見たことないから勝手なイメージだけども。
そんなわけで、二人で足を運んだのは男性向けのファッションブランド専門店。カジュアルなブランドで、学生のお財布事情でも購入出来る範囲のお値段に抑えられていることから、今、高校生の間で人気のブランドだという。そういうファッションの流行って皆知っているものなのだろうか。
ちなみにぼくはこのファッションブランドを知らなかったので、歌成のそうした説明には知っている感じで頷いておいた。故に、ブランド名も覚えていない。
「選定1。これが良いだろう」
店内を物色して数分。歌成がササッと選んだ服を渡してくる。自分のを選ぶときは何時間も悩んでるのに、ぼくの時だけ早いの本当、歌成って感じ。ちなみに褒めてはいない。
「最適解。とりあえず全身黒にしておけば良い」
「適当過ぎんか」
「否定。可もなく不可もなく、相手に不快な印象を与えない無難な服装だ」
一朝一夕でオシャレは身に付かない。
どんなに良い服を完璧にコーディネートしても、それはそれを身に纏う人の気持ちや立ち振舞で大きくその印象を変えてしまうから。まずは初心者コーディネートとして、歌成は考えてくれた様なのだ。それにしても早すぎた気がしないでもないが、ここは歌成の意見を素直に聞いて試着してみることにした。
試着して鏡の前に立つと、やっぱり可もなく不可もない感じではあるものの、着替える前と比べると断然良くなったような気もする。
「推薦。それで多少はマシになっただろう」
満足そうに腕組をしてどや顔している歌成さんを見るに、やはりそれなりには仕上がっている様だ。
納得したぼくは、そのまま一式を購入する。カジュアルなブランドと言ってもやはり一式買うとそれなりのお値段になるが、物が良いからか満足感がある。これからも服を買うときは歌成に選んでもらおう。
散々言われたものの、これで明日はなんとかなりそうな気がしてきたから、お礼にクレープでも奢ることにした。さっきケーキを食べまくっていたはずなのにまだ甘いものを食べたいという甘党っぷりには呆れるが、クレープ一個でご機嫌になってくれるのならばありがたい話だ。
近くにある公園のキッチンカーでクレープを購入して、ベンチに座る。
沢山の種類があるクレープを選ぶのに、ぼくの服を選ぶよりずっと長い時間を掛けた歌成さんに驚愕したものの、出来上がるまでじっと店員さんの作っている様子を見ていたのが可愛らしかったので許した。わくわくが溢れてたね。
「催促。一口くれ」
「じゃあ、お前のもな」
お互いにクレープを差し出してそれぞれ一口齧る。小さい口で精一杯なるべく多く食べようと頑張る姿は男とはいえ、これまた可愛らしい。別に欲しければ二口でも三口でも食べていいのだが、こういうのは一口で食べるから良いんだろうな。
そんな風にのんびりと、平和に、公園のベンチでクレープを食べていたのだがーー
「お前、こんなところで何をやっている」
ーー目の前に、美人がいた。より正確に表現するのであれば、ブチギレた美人である。
女性にしては高いスラッと伸びた背丈。艷やかな黒髪のポニーテール。ぼくを睨むその瞳は丁寧に磨かれた黒曜石のよう。
紛れもなく、生徒会副会長・二階堂 薫(状態:激おこ)であった。
「随分と楽しそうだな、デートか?――ところで私はお前が聖歌と付き合っていると聞かされているわけだが?」
この人本当に登場のタイミング悪過ぎませんかね!?
タイミング悪い系ヒロイン、副会長。
感想・高評価・ここすき、ありがとうございます。
ありがたいことに、とても沢山の感想を頂き、返信が間に合っておりませんが、目は通しているので大変モチベーションになっております。
次話もよろしくお願いします。
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生徒会長・神宮寺聖歌編《3》
11話 ファッション
神宮寺聖歌は几帳面で整理整頓の出来る女の子だ。それ故に彼女の私室は使用人が掃除をするまでもなく常に整っている。
シャビーシックな白を基調としたその部屋は、正に『聖女』に相応しい、ある種、神聖ささえ感じるような空間。
「……決まらない」
聖歌が見下ろしているのはクイーンサイズの広々としたベッド。その上には大量の衣服が不規則に散らばり、クローゼットは大きく開かれたまま。足元には靴が並び、ドレッサーの上も様々な化粧品やアクセサリーで溢れている。
そして何より部屋の主たる聖歌は堂々とした下着姿だった。
常に整った彼女の部屋がこうまで散らかっているのは、もう数時間、鏡の前で服を合わせているからであった。早寝早起きが基本の彼女であるが、既に時刻は深夜と言っていい時間になっている。
彼女が普段、着る服に迷うことはない。
神宮寺聖歌の美貌があればどんな服を着ようとも、それは最高級最先端の衣装足り得るからだ。気にするべきはいつも、似合うかどうかではなく、『神宮寺聖歌』のイメージを再現できているかどうかだけなのだから。
しかし、その枷を取り払ったが故に、服の選択肢が多く、決めかねてしまうのだ。
とはいえ、時間は有限。悩みに悩んだ聖歌は選択肢を2つのテーマにまで絞っていた。
1つ目は、清楚。
真白の好みに寄せたスタイルであり、聖女と呼ばれる彼女からすれば普段の服装に近い。
真っ白なワンピースは、ノースリーブではあるがロングスカートで過度な露出はなく、腰の辺りでベルトのように結ばれたリボンが特徴的なデザイン。これに白のパンプスと、白のハンドバッグを組み合わせれば、洗練された白統一コーデの完成だ。
鏡に写る聖歌の姿は、天使か、それこそ聖女のようで、神聖な汚れなき潔白さを感じさせる。
神宮寺聖歌にこの上なく似合っている服装であろうが、だからこそこれではいけない気がした。錯覚かもしれないが、自分がまた神宮寺聖歌という偶像に囚われてしまう気がして、好きになれなくなっていた。
「……ありのままの私」
結局、悩んだ末に選んだのはもう一つの方、そのテーマは挑戦。それは『神宮寺聖歌』に囚われるのを止めるという決意表明でもあった。
そうして、明日のコーディネートを決めた聖歌は過去最高に荒れた部屋を何とか元の状態に戻し、床に就く。
服が決まれば、もう憂いはない。
デートコースについては、今日の内に完璧に仕上げてあるのだから。
恋愛において、まずは友達から、というような手順を大切にしている節がある真白には、『お互いのことを知り、思い出を共有する』という場を与えることが必要だというのが聖歌の分析だ。つまり、まず目指すべき第1ステップは親友や幼馴染のような関係。
聖歌が、その頭脳を結集して組んだデートコースを巡れば、真白の様々な好みを知れ、自分の魅力を十分に発揮できるようになっている。
シミュレーションは完璧。
デートが終わる頃には親友のように真白のことを把握できるようになり、距離感も長年連れ添った幼馴染のように縮まるはずだ。
そこまで考えて、聖歌は明日に備えて眠りについた。
神宮寺聖歌の美貌、完璧なデートコース、吟味したファッション。
準備は万端で、失敗などしようものもないーーが、聖歌にはこの時、失念していたことがあった。
神宮寺聖歌は完全無欠ではあるが、その恋愛経験は清々しいまでの0であることを。
恋など今まで知らなかったのだということを。
◆
日曜日。
若者が集う駅前の時計台がある広場。真白との待ち合わせ場所に指定したそこに、聖歌は一足先にいた。
神宮寺聖歌は自然と人の目を集める。
国民的アイドルやモデルですら、隣に立つのは遠慮したくなるような、その完璧なプロポーションと美貌は、老若男女問わず魅了し、一種の芸術としてそこにあった。
しかし、聖歌本人としては、そんな他者からの評価など何の慰めにもなりはしない。
聖歌は被ったキャップをぐっと被り直し、手元のスマホで時間を確認する。約束の時間まで、まだ後30分もあった。
ここに来て15分、聖歌があまりに美人過ぎるのと身に纏う高貴な雰囲気が足踏みさせるのかナンパはされていないが、それを目的としていそうな男達がウロウロとしているのが分かる。一旦、場所を移動しようかと顔を上げたとき、彼は現れた。
「会長、早いですね。お待たせしてしまってすいません」
全身黒一色で統一されたコーディネートは、シンプルながら真白の幼げな顔を引き立たせていて、聖歌の分析とは少しファッションの趣向が違うものの、とても良く似合っていた。
色統一のファッションは、シンプルであるが故に自身に似合っているかの判断が難しく、着こなすために細かな微調整が必要だったりするため、自分にどういう服が似合うのか、日頃から良く考えていなければここまで着こなせないだろう。
良く見ればブランドも統一されているし、意外にもファッションに拘りがあるのかもしれない。
だからーー聖歌は自身の真白分析をやや修正しつつ、真白の視界に写り込んだ自分がどう見えているのか、正確には昨晩吟味した服装がどう見られているのかを考えて、急速に恐怖感に襲われていた。
ダボッとした白のニットに、裾を折ったアイスブルーのワイドパンツ。被ったキャップも相まって、ボーイッシュな雰囲気のあるそのファッションは、神宮寺聖歌のイメージからはどこかチグハグな印象を受けるだろう。
それは聖歌も分かっていて、でも、これがありのままの自分なのだと受け入れて、この服装を選んだ。
着てみたかった服、『神宮寺聖歌』には合わないからとしまい込んでいたそれは、閉じ込めていた聖歌の今まで誰にも見せなかった部分に違いない。
もし、真白ががっかりしたような様子を見せたりしたらと想像するだけで足が竦む。
その美貌と人望から毎日、沢山の人から注目を集め、学園の生徒会長、神宮寺家の娘として何百・何千人の前に立ち、多くの視線に晒されながら言葉を発する機会もあったのに、たった一人の視線が怖くて堪らない。
なのに、それと同時に、とても楽しみな自分もまた存在していた。
その矛盾した感情は完全な想定外。
恋愛という計算できない要素は、神宮寺聖歌ですら制御できはしない。
予定よりも随分早く集合場所に着いてしまったし、考えていた第一声も発せられないし、そもそも目も合わせられない。
神宮寺聖歌が緻密に精密に組んだはずの計画は既に破綻しかけていた。
「会長、実はちょっと厄介な状況になってまして、一先ずこの場を離れませんか?」
「そ、そうなのですか?」
キョロキョロと辺りを見渡しながら掛けられた言葉は右から左で、曖昧な返事しか出来ない。
心臓の音は真白に聞こえてやしないかと心配になるくらい耳障りに響き、視線は地面のタイルに固定されたまま。
何か話さなくてはと聖歌が思考をフル回転させていると何気なく、今日の天気でも言うように、でも優しく微笑みながら。
「あ、会長、私服似合ってますよ」
ーーそう、聖歌の待ち望んでいた言葉を口にした。
その言葉がもたらした影響はあまりに大きく激しかった。
これまでに感じたことのない類の高揚感が、幸福感が、聖歌を満たす。
その一言だけで、感じていた不安は消し飛び、あんなにチグハグな気がしていた服装がとても素晴らしいものなのだと確信出来た。
顔が、やけに熱い。
「生意気です」
「うぶっ!」
自分が被っていたキャップを真白にこれでもかと深く被せてそのまま下を向かせる。
火照った頬を見られたくなかった。こんなはずじゃなかったのだ。
もっとこう、先輩らしく、余裕を持って、真白を翻弄してやるはずだったのに。どうしてこうも乱されるのか。満たされるのか。
「私のことは聖歌、と呼ぶように」
「はい、聖歌さん」
困らせてやろうと言ったのに、真白は微笑んで名前を呼んだ。
また頬が熱くなりそうなのを誤魔化すために、勢い良く振り返って、真白を置き去りに歩き出した。
頭の中をリフレインする『聖歌さん』と呼ぶ声。
優しくて、心地良い、蕩けるような、甘美な響きは真白が確かに自分を見てくれているのだと感じさせる。
そのまま、自分だけを見ていてほしいと思った。
そう、今日はこのまま、誰にも邪魔されず、聖歌の組み立てたデートを二人っきりでーー
「見つけたぞ、綾辻真白!私から逃げられると思ったか!」
ーー何故か現れた親友、二階堂 薫に、聖歌がかつてない満面の笑顔でキレ倒すまで、後3分。
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
ありがたいことに、とても沢山の感想を頂き、返信が間に合っておりませんが、目は通しているので大変モチベーションになっております。
今後のエピソードによる変動を知りたいのでまだまだ物語も序盤ではありますがヒロイン(?)の人気投票をやってみました。良かったら投票してみて下さい。
では、次話もよろしくお願いします。
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12話 遭遇
「私は、友達のデートを邪魔した悪い子です……ぐすっ」
「よろしい」
「
クールで武人気質な副会長が半泣きで言った。
会長、聖歌さんが突然現れた副会長を笑顔で連れて行って数分、帰ってきた副会長は見るも無残な、震える子犬のようになって帰ってきた。立ち話していただけっぽかったのに、一体何を言われたんだろうか……。
聖歌さんは、そんな副会長の頭をポンポン撫でながら、謝れるのは良い子ですね、と慰めている。
自分でいじめて、自分で慰めるという情緒不安定マッチポンプであるが、副会長はコロッと騙されたらしく元気を取り戻した。
「だが、私は昨日見たんだ!コイツは聖歌というものがありながら、女と楽しそうにクレープを食べていた!」
元気を取り戻したが故に、早速ぼくに噛み付いてきたらしい。ビシッとぼくを指差し探偵のように宣言する。
この人、どういうわけかぼくと聖歌さんの待ち合わせ場所を知ってて、最寄り駅の前で張ってたんだよね。副会長が美人だからか人の視線を集めてたから、駅から出る寸前で気がついて、こっそり聖歌さんの所まで来たつもりだったんだけど、バレていたのか追いつかれてしまった。
なんか気分的には追い詰められた犯人である。何も悪いことしてないのに。
「まさか本当ではないですよね?」
笑顔なのに肉食獣が獲物を狙うかの如く、獰猛な威圧感を発している聖歌さんに思わず怯みそうになるが、誤解でしかないのでビビる必要はない。
女の子とクレープ食べるとか、そんなんできるものならやりたいわ!
「昨日は男友達とフラフラしてただけなので。ほら、この服もその時に買ったんですよ」
「どうしても認めないつもりだな、綾辻真白!」
番犬みたいに聖歌さんの前に立って威嚇してくる副会長は、昨日はあんなに怖かったのに、なんだか今日はそんなに怖くない。
残念ながら、さっきまで半泣きだった人に凄まれましてもね……。
「まずは昨日何があったのか話してもらえますか?」
聖歌さんはぼくと副会長の間に何があったのか知らないので、首を傾げつつ笑顔で圧を飛ばしてきている。
今日は何だかぎこちない気がしたから調子悪いのかなって思ってたけどそんなことはなかったらしい。
私服を褒めれば生意気と罵られたり、突然名前呼びを要求してきたり、理不尽さは健在である。まあ、ぼくも学校外で役職で呼ぶのも変かなって思ってはいたから丁度良かったんだけどね。
「じゃあ、ぼくから簡単に」
聖歌さんの圧から逃れるため、一先ず昨日の説明をすることにした。歌成とクレープを食べていたところに副会長が乱入してきたところから、だ。
◆
「随分と楽しそうだな、デートか?――ところで私はお前が聖歌と付き合っていると聞かされているわけだが?」
「副会長、勘違いしているっぽいですけど、ぼくの連れは男でして……」
「そんなわけがあるか!どこの世界にあんなヒラヒラした黒ワンピースを着こなす男がいるというのだ!」
「いや、それがここに――っていらっしゃらない!?」
現れた副会長に、ぼくは歌成が男であると主張したのだけど、案の定信じてもらえず、歌成本人に弁解してもらおうと思ったら、ぼくが副会長に絡まれた瞬間にはもうあいつは逃げ去っていた。
ぼくがやばい人に絡まれたと思って巻き込まれる前に逃亡したらしい。清々しいまでの友情ぶん投げ行為に、もはや言葉も出なかった。とりあえず、クレープ代は返せ。
「私は聖歌を悲しませたくない。
お前が素直に罪を認め、反省し、誠意を持って聖歌と接すると誓うのであれば……今日のことは私の胸の内に秘めておいてやってもいい」
さて、そんなわけで相手は男だという明確な証拠を出すことは不可能となり、ぼくは副会長の追求を逃れる術を失ったわけであるが、副会長視点だと、お付き合いを始めた次の日に浮気するウルトラクズ野郎、ということになってしまっているのでそりゃ副会長もキレるというもの。
会長が勝手に言ってただけで、ぼくら付き合ってないです、なんて会長の言葉を信じている副会長に言ったとしても、余計拗れるだけだろう。
かといって、冤罪とはいえこの場を逃れるために、一先ず罪を認めてしまうことはぼくには出来なかった。
ぼくはいつか出会う運命の女性と、清く正しくお付き合いするため、己の誠実さだけは曲げるわけにはいかないのだ。このぼくが浮気だなんて絶対にありえない。例えこの場を切り抜けるために必要な嘘だとしても、だ。
そこでぼくは、明日は会長とデートする、と仲良くしてますよアピールをしたのだが、この発言で副会長の雰囲気が変わった。
「〜っ!よし、お前が女を取っ替え引っ替えしている最低のクズだということは分かった。ここで私がお前のその腐った性根を叩き直してやるっ!」
普通に考えて、今日別の女の子とデートしていると勘違いしている副会長にこの発言は完全に火に油を注ぐものだったわけだけど、根本的にコミュニケーション能力が不足しているぼくにはこれが限界だった。
言葉選びが時折致命的に最悪と親友から称されるコミュ障っぷりをよりにもよってこの状況で発揮してしまったので、説得を諦めたぼくは逃走を選択する。
ここからが地獄の鬼ごっこの始まりであった。
これでも足には自信があったから本気で走れば振り切れるだろうと思ってたけど、副会長、死ぬほど足が速かったんだよね。
服装的にこの公園でランニングをしていたっぽいし、普段から走っているのかあれは完全にアスリートの走りだった。
公園を周回するように作られたランニングコースを全力で走るも、その差はみるみる縮まり、コースを逸れて、遊具や木々を利用して撒こうとするもそれは覆ることはなかった。
このまま公園内を逃げ回っていては速攻捕まると確信したぼくは、近くの駅に駆け込むことにした。
流石に人が大勢いる駅では副会長もぼくに手出しできないだろう、という考えだったわけだが、必死の思いで何とか駅に辿り着くと、何故か副会長は駅には入って来ず、振り切れたのだ。
駅の外で副会長が卑怯者ー!とか浮気男ー!とか叫んでいたせいで周囲の人から謂れのない誤解でクズを見るような目で見られつつぼくはそのまま帰宅した。帰ってから泣いたけど。
「ーーというわけで、昨日から言ってますけど副会長に誤解されてます」
「誤解なわけあるか!」
でしょうね!
改めて説明してもやっぱり副会長の誤解は解けず。歌成の女装の完成度は高過ぎてどこからどうみても美少女でしかないため、副会長の誤解も仕方ないといえば仕方ない。
常日頃から女装していて、親友であるぼくでさえ男状態の姿も声も知らないのだから、歌成が男だって証明できるようなものも当然ないし、話は平行線。
前に平気でぼくの部屋に泊まって一緒のベッドで寝たこともあるし、一口頂戴や回し飲みも気にしないし、日頃から、ぼくの膝に寝転がってきたり、後ろから引っ付いてきたり、距離感も近いから、間違いなく男なんだろうけど、今更そんなエピソードを話したところで副会長は信じてくれそうにない。作り話と一蹴されてしまいそうだ。
親友曰く、友達ならこれくらいは当たり前のスキンシップとの事なので良い証明になりそうなんだけどなー。
「まあ、薫落ち着いて。真白君、本当に女の子と一緒にいたわけではないのよね?」
どうすればいいんだと頭を悩ませていると、副会長を宥めつつ、聖歌さんがそう助け舟を出してくれた。妙にじっとぼくの目を見てくるけど、ぼくは迷わず答えを返す。
「勿論です。誓って嘘を吐いたりはしていません」
聖歌さんの、どこまでも広がる蒼穹のような、何よりも深い海のような、サファイアよりも美しい蒼の瞳が、ぼくの目を捉えたまま数瞬。
聖歌さんはにこっと笑うと、やっとぼくから目を逸して副会長の頭に2,3度、ポンポンと撫でるように触れる。
「真白君は嘘を吐いていませんね、どうやら今回は本当に薫の勘違いの様ですよ?」
「うぐ、なんだか釈然としないが、聖歌が言うのならそうなのか……?」
どうやら副会長にとって聖歌さんの言葉は無条件で信用に値するようで、首を傾げつつもある程度は納得してくれた様だ。ぼくの言葉もそれくらい信用して欲しかったところではあるが、そこは親友の言葉の重みということであろうし、ほぼ初対面に近いぼくの言葉と比べるまでもないのだろう。
「勘違いをして悪かったな」
まだ副会長は完全に納得したわけではなさそうだけど、一応誤解が解けたということなのか、謝ってくれたので、これで一段落だ。と、安心していたところで、ずいっと距離を詰めてきた副会長がぼくの耳元に口を寄せ、囁いた。
「ーーだが、もし本当に聖歌を悲しませたり、不義理を働いたりしたらどうなるか、少しは理解できただろう。私は地の果てまででもお前を追いかけて必ず報いを受けさせる。忘れるなよ」
最後にキッとぼくを睨んで定位置とばかりに聖歌さんの元へ戻っていく副会長。誤解とか以前に、生徒会室で強引に誤魔化した一件があるからか、ぼくはこの人に相当警戒されているらしい。というか嫌われているかもしれない。
まあ、いきなりポッと出てきて、今まで全く男の影なんてなかった聖女とまで呼ばれる高嶺の花と付き合いますっていうのは確かに信用しきれないよなー。
「何を話してきたのですか?」
「大したことじゃない。ただ私の親友を頼んできただけだ」
「全く。仲良くして下さいよ?」
「善処する」
聖歌さんと副会長が話しているのを尻目に、ぼくは今一度、自分の状況を再確認していた。
聖歌さんが誤魔化すために勝手に付き合っていると言っているだけなんだけど、どうやって知り合ったのかとか、基本的に他人には『聖女』を崩さない聖歌さんがどうして気安く接しているのかとか、説明するためには、聖歌さんの性癖を暴露するしかないため、もはや副会長の追及を逃れるためには、聖歌さんと付き合っている、ということにしておくしかない。
聖歌さんの咄嗟の誤魔化しだったとはいえ、もっと良い理由があった気がする。これじゃあ、少なくとも聖歌さんと副会長が卒業するまではぼくらは付き合っているということにしておくしかないのだから。
今日で分かったけど、途中で別れたことにしたりなんかしたら副会長に殺されてしまうかもしれんしね!というかそもそも聖歌さんの恋人なんてフリでも学園の奴らにバレたりしたらどんな目に遭うか。想像しただけで震えてきた。
つまり、これからぼくは副会長には聖歌さんと仲良くお付き合いしている恋人同士に見せつつ、他の生徒には絶対に恋人だと思われてはならず、さらに、聖歌さんの性癖に対応しつつ、宣誓通り、清楚になってもらわなくてはならないのだ。
ぼくの学園生活ウルトラハード過ぎませんか。転校したい。
「……ふふ、どうやら気がついた様ですね」
「ん?どうした聖歌。何か面白いことでもあったのか?」
「ええ、とても♡」
どうしたものかとため息を吐きたくなるのを堪えつつ、ぼくは少し離れたところで何やら楽しそうに話している二人の元へ合流する。
今日のところは副会長の問題はどうにかなったし、後は二人と一緒にいるところを学園の生徒に見られないよう祈るだけだ。
まあ、ぼくの顔の認知度なんて無いに等しいから、私服の今なら仮に見られてもそうそう身バレすることなんてないし問題なさそうではあるけど。
それこそ、クラスメイトとかにこの状況を見られない限りどうにかなる――
「あれ?会長と副会長と……真白君?」
ーー少年のようなまだ幼さの残る声。
アッシュグレーの髪をショートボブのようにした髪型に、中性的な印象を受ける、男性アイドルグループでセンターを張れそうな、可愛らしい顔立ち。
上はシンプルなシャツだが、幅広でダボッとしたズボンが特徴的で全体としては地味ではなく、素朴さのあるぽってりとボリューミーな革靴も相まって、スタイリッシュな華やかさを感じさせるファッション。
どこからどうみても、ぼくのクラスメイトであらせられるイケメンオブイケメンの
さーて!転校先の高校でも探しますか!!
ヒロイン人気投票に沢山の投票頂きありがとうございました。
1位は神宮寺聖歌さんでした。
登場回数も断トツなので今回は当然かもしれませんが。
今後も定期的に行っていきたいので主人公以下のヒロイン力しかない副会長には頑張ってもらいましょう。
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13話 用心
「あれ?会長と副会長と……真白君?」
その少年のようなまだ幼さの残る声に振り返れば、そこにはぼくのクラスメイトであり、絶大な女子人気を誇るイケメン、
私服は初めて見たけど、やっぱり意味分からないくらいオシャレだし、首を傾げる仕草があざとく感じないくらいにその顔は整っている。
地毛なのか染めているのかは知らないけど、ショートボブのようなアッシュグレーの髪に、パッチリとした青い瞳がその整った顔を際立たせていて、なんというか男版聖歌さんみたいな美形っぷりである。
これでさらに、世界レベルでピアノが弾けて、成績優秀。指を怪我したら一大事だからと、体育は免除されていて参加していないから運動神経は分からないけど、今の所ぼくが勝っているのは背丈くらいだ。
ぼくもそんなに背の高い方ではないけど、そんなぼくよりさらに頭半個分程小さい。まあ、顔が良いので背が低くても女子からはそれはそれでまた良き、とプラス評価なので実質デメリットではないという。
さて、現実逃避気味に金剛の容姿を若干の劣等感を抱きつつ描写してみたが、そんなことをしても現実は変わらない。コミュ障のぼくにはこの状況を切り抜けられる言い訳なんて、咄嗟に思いつきはしないし、もう詰みである。
金剛の問いかけから、一瞬の静寂が生まれ、その沈黙の中、意外にも口火を切ったのは副会長だった。
「要じゃないか、どうしたんだ?」
その気安そうな口振りは、二人が浅からぬ関係であることを示している。聖歌さん曰く、副会長は男が苦手で攻撃的な態度をとりがち、とのことだけど、そんな素振りもない。まあ、ぼくにはガンガン噛み付いてきてましたけども。
「ボクは自分の商品の売れ行きを見に行こうかとお店に向かうところでしたけど、お二方こそどうしたんです?そちらにいるのはボクのクラスメイトの綾辻真白君ですよね?」
「ああ、実はそこの彼と聖歌はーー」
話題は逸れたりする余地もなくド直球でぼくへと飛んでくる。そりゃこの美男美女空間に取り残された哀れな陰キャぼっちは目立つでしょうよ。やはり正体を看破されていたぼくは自らの学園生活崩壊を覚悟した。
「ーーお友達なんですよ。つい先日、私の落とし物を届けて頂いたので今日はそのお礼ということで食事にお誘いしたんです」
副会長が言おうとしたのを遮って、聖歌さんが言う。
ぼくと聖歌さんが付き合っているというのは、あまりに突然過ぎるし、そもそも釣り合いも取れていないので、嘘にしては無理があった。
聖歌さんの咄嗟の誤魔化しだったとはいえ、もっと良い理由があっただろ、と思ったものだけど、どうやら聖歌さんもそう思っていたらしい。ぼくのことを気兼ねなく接することのできる友人として扱いたいのだろうから、その程度で丁度いいのだ。
副会長には恋人と言ってしまったが、金剛にはお友達で押し通す算段ということか。これが通じれば、ぼくの学園生活崩壊は回避できるかもしれない。
思わぬ光明に、ここで押し通せなきゃ終わりだ、と攻め時を確信したぼくは、混乱した様子の副会長が口を開く前に全力で頷いた。
どうやらぼくは嘘や隠し事が下手らしいので、変なことを言わないように弁解したりせず、頷いて同意をアピールするのがベストと考えたのだ。たぶんそういうのは聖歌さんに
「へー、会長がそこまでするなんて余程大切なものだったんですねぇ。あ、そもそも会長が落とし物なんて凄く珍しいんじゃないですか?」
「お恥ずかしい話ですが、私も落とし物くらいはしますよ」
金剛はずっとニコニコしてるから感情が読みづらい。疑っているのか、納得しているのか曖昧なラインだ。
何か決定打が必要、そう考えていると、矛先は副会長へと向かった。
「じゃあ、副会長はどうして?」
金剛に見えない位置で聖歌さんが副会長の腕を抓っている。合わせろってことなんだろうけど、副会長が冷や汗かきながら頭をフル回転させているのが分かる。
副会長は聖歌さんとぼくが恋人なんだと紹介しようとしてたんだろうからどう答えれば良いんだと大混乱らしい。
「せ、聖歌と男をいきなり二人きりになどさせられないからな!私も来たんだ」
ただ嘘を吐くのではなく真実の一部を切り取って伝える。
咄嗟の言い訳にしては良く聖歌さんの話と整合性が取れていて、納得できるものだ。どうにか捻り出したのか、心なしか副会長もほっとしている。
「相変わらず過保護ですね。もしデートだったら流石に嫌われますよ」
「うぐっ……ま、まあ私だって弁えている」
知らぬこととはいえ、早速トラウマを抉っていく金剛に顔を引きつらせる副会長。なんか今日この人ずっと可哀想だな。まあ、間違いなく一番可哀想なのぼくですけども!
「ねぇ!折角だしボクもご一緒して良いかな、あまりお二人と出かけることもないし、真白君もクラスメイトなのに遊んだことないから、ね」
クラスの中心でわちゃわちゃしているタイプの金剛と、ヒソヒソコソコソ過ごしているぼくとで遊ぶ機会などあるわけもなく、話したことさえあんまりない間柄だ。
なのにここまで金剛が食いついてくるのは、やはり聖歌さんとぼくの関係に納得がいっていないからなのかもしれない。
金剛の問い掛けに、三人は目を一瞬合わせるが、決定権は全て聖歌さんに自然と委ねられた。
あの、アイコンタクトにぬるっと紛れ込んでますけど、話の成り行きで最初から組み込まれてた感じになっただけで、副会長も立場的には金剛と変わらないからね?
「――そうですね、たまには良いでしょう」
聖歌さんの出した答えは同行の許可だった。
そりゃ断っても怪しまれるだけだし、ぼくと聖歌さんが友人である、という今の説明ならば立場的には嘘でもなんでもない。
それなら一緒に来てもらって納得してもらった方が今後の対応が取りやすい。
理由はどうあれ、同行を許可された金剛は嬉しそうに笑うと、何故かぼくに向き直った。
「それでは改めまして、真白君。ボクは金剛要、生徒会で書記を担当しているんだ。ちなみにーー会長とは親戚で、従姉弟同士なんだよ。
まあ、クラスメイトだし有名だから知ってたかな!」
勿論、知らなかった。
◆
要の合流によって四人となった一行は、まず要が元々行こうとしていた『お店』へと向かうこととなった。
綿密に計画していたデートプランが完全に崩壊したことで、行き先について何のやる気も無くなった聖歌。勝手に付いてきただけで目的地なんてない薫。聖歌に全部お任せで何にも考えていなかった真白。
と、最早行動の指針を見失ってしまっていた面々であるため、最初の行き先は目的を持っていた要へと委ねられたからだ。
聖歌と真白の集合場所であった駅前の広場から程近いその店へ向う道中、人混みの中ということもあり、自然と四人はそれぞれ二人ずつに分かれて歩いている。
「……何故、要に綾辻真白とのことを隠した?」
「私と付き合ってることが広まると真白君に迷惑でしょう」
歩調を緩め、あえて真白と要からやや離れたところを歩きながら、薫は聖歌へ訊ねた。
自らにはあんなにもはっきりと告げた真実を、同じ生徒会役員、それも従姉弟である要に伝えない、というのは妙だと思ったからだ。
「その程度の困難を乗り越えられなくて聖歌と釣り合うものか」
神宮寺聖歌という人間はいつだって人を魅了する。
彼女の元には、聖歌が望もうと望むまいと、人が集まり、信頼が集まり、彼女を『特別』とするのだから。
その隣に立ちたいというのなら、その程度の困難は乗り越えて当然。
聖歌の親友であるために努力を惜しまず、常に『特別』の隣に在り続けてきた薫からしてみれば、そう思うことは何も矛盾していなかった。
聖歌も、そういった薫の想いを理解しているからこそ、それを否定しない。
「
否定しないからこそ、薫の考えを変えさせようとするのではなく、『特別』である聖歌の隣に立てるのは貴女だけだと、肯定することで論点を逸した。
「そ、そうか!それなら仕方ないな!」
聖歌の言葉が薫を高揚させる。
従姉弟である要よりも、親友である自分を信頼してくれた。勝手に聖歌の言葉をそう解釈した薫は、手のひらを返して、秘密にすることを了承した。
友を裏切る。
それは薫にとって絶対にありえない、死んでもしないと決めたことである。それ故に、聖歌に秘密にすると約束した以上、もう薫はこれを自ら明かすことはないだろう。
「会長、副会長!はぐれちゃいますよー?」
「ああ、すまない。さあ聖歌、はぐれる前にいこう」
「ええ」
いつの間にか随分と距離が離れてしまっていて、要が振り返って二人を呼んだ。
聖歌達が離れていたことで、ほぼ話したことのない要と二人になってしまい、きまずかった真白が助けを求めるように手を振っている。
真白と要に追いつこうと歩を早めた薫とは対照的に、聖歌は一瞬、その場に留まった。
「……用心が必要なのですよ」
そして、はるか先を見通すような、極近くを覗くような、霞んでぼやけた過去を思い出すような、朧気な瞳で3人を視界に収める。
「……だって要はーー私を心底憎んでいるでしょうから」
雑踏に消えてしまう程の小さな声でそう呟いて、聖歌は3人の元へと急いだ。
金剛要。
神宮寺聖歌の血縁であり、生徒会書記にして、真白の言う『原作』においてーー
ーー『聖女』神宮寺聖歌を下し、生徒会を崩壊させた、『
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ここからさらにカオスで怒涛の展開(当社比)となりますので、次話もよろしくお願いします。
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14話 豹変
生徒会役員は基本的に定員5名と決められているらしい。
ぼくは最初のルートでそうそうにバッドエンドとなり心が折れてしまい、全ルートをプレイしたわけではないが、ぼくがプレイしたルートにおいて登場した生徒会役員は3名であったため、その3人以外の生徒会役員がいるという可能性については認識の外に吹っ飛んでいたのだ。
そりゃゲームじゃないんだから、ヒロイン以外も定員通りの人数が生徒会にいて当然。その中に男がいても全くおかしくはない。
15年もこの世界で生きてきたから、前世の記憶が蘇ったところで、現実とゲームの混同はしていないと思っていたけど細かなところではやっぱりちょっと影響はあるな。
「生徒会で男ってボクだけだし、去年も役員は全員女子だったから結構話題になってたのに、知らなかったの?」
「知りませんでした」
「なんで敬語?同級生なんだからタメ口でいいよ!それからボクのことは要って名前でよろしくね?」
陽キャ固有奥義である縮地ばりの距離詰めに、愛想笑いを浮かべながら頷くしかない哀れなぼく。なんでこんなにほぼ話したことないクラスメイトにぐいぐい来れるんだ。
まあ来てもらわないと話しづらいのでぼくとしては有り難くはあるけど。
「生徒の代表である生徒会としては男女比は半々が良いのだろうが、聖歌を崇拝する生徒もいるからな、基本的に女子生徒で固めているわけだが、要は例外だ」
そういえば、男、それもこんなイケメンが生徒会に入るだなんて、あの校内で一大勢力を築いているらしい『神宮寺聖歌』崇拝者達が黙っていなそうなものだ。実際、そういった輩がいるから聖歌さんは必要以上に他人と仲良くしないようにしていたみたいだし。
その疑問の答えは至極シンプルで簡単だった。
「何せ要は、聖歌の従姉弟、身内だからな」
そりゃイケメンなわけである。
男版聖歌さんみたいと感じたぼくの感性も強ち間違いではなかったわけだ。微笑んだ感じとか特に良く似てると思う。
「生徒会役員の選定は生徒会長に委ねられていますから、私が任命しました」
生徒会長は生徒による投票で決定することは知っていたけど、その他の役員は生徒会長が決定するのか。
理事長の孫である聖歌さんが生徒会長だから、というわけではなく、そもそもぼくらの高校は生徒会に委ねられる権限が大きい。ゲームの設定を引き継いでいるからか、その辺は問題になっていない様だけど、とても一学生に与えられていいようなものじゃないんだよね。
例えば生徒会で催しを行う場合、自由に動かせる予算の桁が違う。数百万円単位の金銭を生徒会の裁量で動かせるらしいのだから。
だから聖歌さんも生徒会役員の選定にはかなり気を使ったはず。
それだけの権力を持つ生徒会だから、その役員になることはとても名誉なことで大学進学に有利になったり、そもそも無条件で大学側がスカウトしたりするくらい。学生にとってこれからの将来に大きなアドバンテージとなる。
一高校の生徒会役員としては多大な恩恵ではあるけど、そこはゲームの設定があるから間違いない。
ただでさえ『聖女』に近い立場になれるポジションなのに、それだけの恩恵があるなら皆が入りたいと思うのが心情。身内なら信頼もできるし、『聖女の従兄弟』ということなら批判も出ない。
要が選ばれるのは必然だったのだろう。
「お店に用事があるのですよね?」
要の紹介は一通り済んだと判断したのか、聖歌さんが首を傾げて訊ねる。
そういえば、お店がどうとか言っていたな。
「はい、今週発売した自分の商品の売れ行きが気になっちゃって」
要が答えてくれたが、ぼくのハテナは何も解決しない。言葉の意味は分かるけど、高校生が言うような台詞でしたかね?
混乱するぼくの様子を察してか、要はぼくに向けて丁寧に説明を開始する。
「元々女子向けのファッションブランドである『ダイヤモンドメイデン』が、男性向けに新しく立ち上げたブランド、『ブランシール』で、デザイナーをやっているんだよ」
高校生にしてファッションデザイナーって、どれだけオシャレが溢れればそんなことになるのだろうか。世界が違い過ぎて言葉も出ない。
そんな唖然としたぼくの様子に、要は苦笑いを浮かべると、そのからくりを話してくれた。
「『ダイヤモンドメイデン』は父のブランドなんだ。『ブランシール』は若年層を狙うために若い新人デザイナーを多く起用していて、ボクもその一人ってわけ」
新人を積極的に採用することで、優秀なデザイナーの卵が集まりやすくなる上に、コスト的にも抑えられる、という戦略で動いているらしく、要もデザイナーとして登録しているのだとか。
『ダイヤモンドメイデン』は多少オシャレに興味があれば誰でも知っているようなハイブランドらしく、その肝煎りとあって『ブランシール』は順調に業績を伸ばしているとのこと。
『ダイヤモンドメイデン』が元々女子向けのブランドとあって、『ブランシール』の名が女子たちにも知れ渡っており、おしゃれをアピールしたい男子にとって格好のブランドというわけだ。
たまにしか採用されないから発売する度にドキドキして見に行っちゃうんだ、と語る要ではあるが、たまにでもなんでも、プロに混じって商品として世に出るものをデザインするなんてすごいことだと思う。それをひけらかさないで恥ずかしそうに話すのが、たぶん人柄の良さなのだろう。
「あ、ここです」
4人で、ぼく以外の3人の途轍もない顔面偏差値によって、男女問わず視線を集めながら歩くこと数分。駅前の一等地に建てられたその店には確かに『ブランシール』とオシャレな字体で書かれた看板がある。
「あれ?このブランド……」
要が立ち寄ったのは、つい昨日、歌成と一緒に買い物をしたファッションブランドの専門店だった。まさかここが『ブランシール』だったとは。聞き流していてブランド名を覚えていなかったから思いもしなかった。歌成に聞き流していたことがバレると面倒なので今度は覚えておこう。あいつ、そういうとこねちっこくて機嫌悪くなるから気をつけないと。
高校生の間で人気のブランドだというのは歌成が言っていた通りで、店内は今日も盛況だ。それ故に、店へ入ってきた顔面偏差値が暴力的に高い3人に集まる視線も相応に多い。止めろ、不思議そうにぼくを見るな。
こうなるのが分かっていたから、ぼくはなるべく他人に思われるようにこそこそ付いていこうとしたのだけど、聖歌さんはぴったりぼくの横にいるし、そんな聖歌さんの横に副会長が、聖歌さんとは反対側のぼくの隣に要がいて、ぼくのステルス機能は完全崩壊している。
副会長はともかく、なんでこの二人はぼくを挟むようにしてポジショニングしてるんだ。軽く公開処刑なんだが。
そんな感じで周囲の視線に刺されながら店内に目を向けていると、ぼくのつぶやきが聞こえてきたのか、要がややテンション高めに話しかけてきた。
「真白君は良く来てくれてるの?」
「ごめん、友達に紹介された店ってだけでそんなに詳しくないんだ」
全身ここで買った服を着ているし、そりゃそう思うだろうけど、これに関しては全くの偶然で、期待するような要の問い掛けにはそう答えるしかなかった。
「やっぱり!全身ボクのデザインした服なのに全然反応ないから不思議だったんだよ」
「ちょっと脱ぐわ」
拗ねたように言う要に、ぼくは条件反射でそう答えていた。
デザインした本人の前で全身コーデしてたとか、恥ずかし過ぎる!ごめんね、ダサく見えたとしても、それは君の服が悪いわけではないからね!?
「えっ脱ぐんですか♡」
「全力で着させて頂きます。最高のデザインだぜ、イエーイ!」
喜色たっぷりに聖歌さんが呟いたのを聞き逃さなかったぼくは、即座にテンションをブチ上げて掌を返す。服って素晴らしい。温かいや。
「君にとても似合っていると思うよ。それを選んだ人はセンスがいいね、君との相性もきっとバッチリさ」
ぐっとサムズアップしてくる要。
デザイナーまでやっている人に似合っていると言われると、お世辞かもしれないけど多少自信になる。これからも服は歌成に選んでもらうことにしよう。
「そうだ、ボクの服を気に入ってくれたなら、新作のサンプル品あげるから、是非着てみてよ」
ぼくがおしゃれ方面は完全に歌成に委ねようと画策していると、要が何やら店の奥からダンボールを持ってきて、中から服を取り出しては並べていく。
見たところ、明らかにおしゃれ上級者にしか着こなせなそうな服ばかりで遠慮願いたいのだが、いつの間にか現れた店のスタッフが、それらの服を要の指示通りに試着室へ次々と運んでいた。はい、着ろってことですね。
こういう強引かつ勝手な振る舞いには、素の聖歌さんに近いものを感じる。それでいて不快感を感じさせずに実行させてしまえるのがカリスマ性というやつなのか。
「あ、店には出さないんだけど、ボクが練習でデザインしたレディース物のサンプル品もあるから、ついでに副会長も試着お願いしますね!」
「わ、私か!?そ、そういうのは聖歌の方が良いだろ」
「私も薫にきっと良く似合うと思いますよ」
ニコニコの聖歌さんに売られ、哀れ店員さんに連れ去られる副会長。それを他人事のように眺めていると、ぼくの両サイドに店員さんが現れる。スルーしてくれるかと思ったけど、無理でしたね。
副会長に続き、ぼくも未知のオシャレ服が用意された更衣室へとブチ込まれてしまったのであった。もうどうとでもなれ。
「さて、これで二人きりになりましたけど……なーにか言いたいことがありそうですねー、
真白と薫の姿が見えなくなると同時に、要は聖歌にとびきりの笑顔を向けた。対する聖歌はいつもの微笑みを崩さずに、静かに口を開く。
「……そうですね。単刀直入に聞いてしまいますが――目的は何ですか?
アナタが私と楽しくお買い物したい、なんて思うわけもありません」
聖歌の口調には確信と僅かな怒気が含まれており、それに要は意外そうな顔を向けた。
「怖いなぁ。そんなに怒っちゃって珍しい。仲良くしてくださいよ、生徒会長」
「白々しいのは止めましょうか。アナタが私を姉と呼ぶのなら、私もアナタを
至って事務的に、今度は僅かな怒気もなく答えた聖歌に要は降参とばかりに両手を挙げてにやりっと笑った。
「はぁ……そうですね。休日に姉さんと仲良し小好しでお買い物なんて虫酸が走りますよ。全く以て気持ちが悪い」
「それを聞いて安心しました。相変わらずのようで嬉しいです」
「正気で真剣に根本から、そう思っているであろう貴女が、心底恐ろしくて
明確に敵意を持たれているというのに嬉しそうに笑う聖歌に、要が怯んだ様子を見せた。しかし、要は自分の優位をアピールしたいのか、すぐに言葉を続ける。
「それで、目的でしたっけ?」
要には明確な目的があった。
要が合流したのは偶然でもなんでもない。目的があって、今日3人の元へ――正確には真白の元へやってきたのだ。
薫が来るであろうことは何となく予想が付いていたし、真白と聖歌の合流場所は――真白本人から聞かされていた。
「
小説家になろう様にも投稿を開始しました。ハーメルン版共々よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n4549hf/
基本的にはこちらと全く同じ内容ですが、色々と見直して若干の改修が入っておりますので、ハーメルン版も改修をしていきます。
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では、次話もよろしくお願いします。
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15話 激化
我儘で、傲慢で、毒舌で、気分屋で、自己中で、理不尽で。
卓越した美貌も
最低最悪な
綾辻真白は一度だって、ボクを裏切ったことはない。
そんな真白でも、きっと
早乙女歌成でも、金剛要でもない、『キャラクター』ではないボクは、
神宮寺家は特殊な家だ。
元華族であり、明治以来日本経済の中枢に位置する一家。日本という国において、絶大な権力を持ち、同等の力を持つ家は二家しか存在しない。神宮寺家を含めたこの三家が、この国を実質的に裏で運営しているようなものだ。
そんな家に生まれたのが、神宮寺聖歌。『神の子』と称され、この国の『王』となるべくありとあらゆる教育を受け、その全てを極めた怪物。この先彼女が生きている間は、間違いなくこの国の頂点は神宮寺家となるであろうことを誰一人疑わない、神宮寺家の至宝だ。
ボクは、その残りカス。全てにおいて神宮寺聖歌に劣る劣化品。――神宮寺聖歌の足枷。
常に姉と比較され蔑まれていたボクを想った姉は、いつからか自らの全力をある程度の水準に調整するようになり、ボクが修得可能な範囲でしか物事を極めなくなっていた。
だからボクは捨てられた。神宮寺聖歌が自らの能力を制限することを、
ボクは誰からも必要とされることなく生まれ、姉の劣化と蔑まれ、最低の邪魔者だと捨てられた。
無価値で無意義で無意味な存在。
真白はきっと知らないだろう。真白はボクに残った唯一の生きる道標だ。
真白がいるからボクは生きている。真白のためだけにボクは生きている。
だからボクは、聖女の従姉弟で、顔が良くて、愛想がいい、『金剛 要』として、真白が良くない人間や、頭空っぽの女に騙されないようにクラスメイトとして
そのためにボクは気持ち悪いのを我慢して、姉さんと同じ高校に進学して、吐き気がするけど生徒会にも入ったんだよ。
そうやって自分の価値を高めれば、クラスメイトの掌握なんて簡単。ボクは真白のためにクラス内の雰囲気をコントロールして、低俗な人間が真白に気安く話しかけないようにして守っているんだ。低俗な人間がボクの大事な真白に悪い影響を与えたりしたら大変だから。
それなのに。
――なんで、姉さんが真白に近づくのかなぁ?
折角、神宮寺家への復讐を止めてあげたのに。
神宮寺家を潰して、姉さんを打倒するとなれば、ボクもリスクを負って、時間をかけて集中しなくてはならず、そんなゴミ掃除に時間をかけるよりも、真白を見守ることの方が大切になったから、そっちはもう放っておいたのに。
真白の視界に姉さんが入っているのも嫌だ。真白が姉さんを呼ぶ度に自分の中の『狂気』が迫り上がってくるのを感じる。
――姉さんを、壊して、辱めて、貶めて、底の底まで堕としてしまいたくなる。
何故、姉さんが、真白に執着しているのかが分からなかった。どういう出来事があって、どういう心境の変化があったのか、まだ読み切れていない。
ただ、姉さんの真白に対する執着には最大限の警戒をしなくてはならないと確信していた。
あの、機械のように完璧で平等な『神宮寺聖歌』が執着するのなら、そこには尋常ならざる理由があるはず。
「明解。ボクは
でも、どんな理由でも姉さんに真白はあげないし、触らせないし、話させない。
ボクはいつだって真白を見守ってきたし、これからもずっとそうして生きていくんだから。
「忠告。姉さんがどういう意図で真白に近づいてるのか知らないけど、あんまりボクを怒らせないでよ」
ボクは姉さんの返答を聞かずに話を打ち切った。
そろそろ真白と副会長の着替えが終わる頃であるし、何より、姉さんの返答は今日のこれからの行動でボクが判断する。
今更ボクを生徒会に誘ってきたり、ボクの真白に近づいてきたり。
ボクが神宮寺家を出たあの日から、
このとき、要には誤算があった。
要は『聖女』としての神宮寺聖歌を心底嫌っていたが、その深淵に隠された『狂気』を理解できていなかった。
「…………なんだかとても楽しくなってきましたねぇ♡」
神宮寺聖歌は要から向けられた、怒りを、蔑みを、敵意を、全ての負の感情を――大いに喜び楽しんでいたのだから。
◆
「くっ、笑うなら笑え」
副会長が恥ずかしそうにプルプルしながら更衣室から出てきた。やってやったぜ、とドヤ顔で立っている店員さんの表情通り、副会長のイメージとは逆を突くようなコーディネートではあるけれど、良く似合っていて、店員さんの腕が光っている。
「良く似合っていると思いますけど」
「世辞は良い!わ、私だって似合っていないのは分かっているんだぁ!」
スラッとしたモデル体型の副会長は、原作キャラクター故の美貌を存分に発揮し、聖歌さんと並んでいても見劣りしない稀有な存在。当然ながら、似合っていない、なんてことはなかった。
ゆったり大きく袖の長い、ふんわり広がる白のスウェットと、チュールスカートというらしい、薄く透けるような素材の黒いロングスカートは、ガーリーでありながら、そのモノトーンな色味からか彼女のクールさを残していて、絶妙なバランスだ。何一つ貶められるような点はない。
「とても良く似合っていますよ」
「そ、そうか!聖歌が言うのなら間違いないな!」
ぼくのときと反応違い過ぎませんか!?ほぼ、ぼくと同じこと言ってるのに、全肯定なんですが!
微笑む聖歌さんに褒められて、照れたように姿見に映る自分を見る副会長が大層ご機嫌なんで別に良いけどね!実際似合っているし!顔の良い人は何着てもおしゃれに見えるから気にするだけ無駄ですから!
「その服は差し上げますので今日はそのまま過ごしましょうよ。また着替えるのも面倒でしょ」
「いいのか?それなりにするだろ」
「元々サンプル品で、店頭に出すためのものじゃないですから気にせずどうぞ」
総額にしたら数万円にはなりそうなのに太っ腹な対応だけど、聖歌さんを筆頭に皆裕福な家庭だから、割と遠慮はない模様。実際、こういうサンプル品ってモデルさんとかに配ってしまうらしいから損害とかはないのだろう。
「真白君もどうぞ。これからもボクの服をよろしく」
副会長同様、更衣室にブチ込まれたぼくも、当然の如く服を着替えさせられ、既にお披露目している。
マジで善意のいじめだと思うんだけど、まさかの全身、要と同じデザインの色違いだ。隣に最高に似合っているイケメンがいる状態で、ぼくはそれを着させられているわけだ。公開処刑ここに極まれり、である。
要は、似合う似合うと絶賛してたけど、あの聖歌さんが微妙な顔してたからね!?何ならちょっと睨んでた!
「この後はどうします?」
「そうですね、そろそろお昼時ですしランチにしましょうか。そもそも私達はそれが目的でしたし」
ぼくと副会長に自分のデザインした服を着せてご満悦の要が、聖歌さんに問い掛ける。そういえば聖歌さんの咄嗟の言い訳によって、ぼくと聖歌さんに関してはそういうことになっていたのだった。
「ただ、困りましたねぇ。元々私と真白君の二人の予定だったので、
用意周到な聖歌さんの行動が裏目に出てしまったのか。元々ぼくと聖歌さんのデート(聖歌さん曰く)で、そのデートコースを相当張り切って考えていた聖歌さんなのだから昼食のお店を予約しているのは当然であった。
どうしよう。
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16話 ランチタイム
白く無機質なタイルと温かみのあるレンガを組み合わせた外観から抱くイメージを裏切らない、フルフラットカウンターキッチンが特徴的な洋食レストラン。鹿の頭とか飾ってあるし、木の家具で纏められたアンティークな雰囲気も良い。
そのオシャレが過ぎるレストランにて、ぼくらは
席順は、ぼくの隣に副会長、対面に要、その隣に聖歌さんという変則的な組み合わせとなっている。ぼくと副会長が二人共左利きだから気を使ったのかもしれない。
さて、聖歌さんがぼくとのデートのためにお店を予約していたことから、四人で食事をすることが困難となりかけていたぼくらであったけど、それは些細な奇跡で解決することができた。
「偶然とはいえ良かったな、まさか聖歌が予約していたレストランと同じ場所を要も予約していたとは」
「いやー、本当
流石は従姉弟同士と言うべきか趣味趣向が似ているのだろう。なんと要は、聖歌さんが予約したレストランと同じ店を殆ど同じ時間に予約していたというのだから驚きだ。どうやら要は自分の商品の売行きを確認したら、暇そうな友人を探してここで食事しようと考えていたらしい。
お店を予約してから暇な友達を探すとか友達が多い陽キャにしか出来ない奥義でしょ。ぼくなんか歌成に断られたら詰みである。まあ、そんな状況ないとは思うけど、もしそうなったら今後は要に頼るしかあるまい。
「私はオムライスだな」
「あ、ぼくもそれです」
メニュー表を開くとどれも魅力的な料理ばかりで迷ってしまうがぼくの興味はページの最初にあったオムライスに引き込まれた。デミグラスソースにふわふわのオムライスが浮かぶその写真があまりに美味しそうで、見た瞬間にもうぼくの口はオムライスを求めてしまっていたくらいだ。
ぼくが副会長に便乗する形で注文を決めると、何故か控えめに微笑む聖歌さん。
「ふふ、薫は必ずオムライスを選ぶと思っていましたよ」
「むっ、どうしてだ?」
「だって、外食する時は必ず卵料理を注文するじゃない」
「そ、そうか?」
無意識だったのか、聖歌さんに指摘されて恥ずかしそうにする副会長。食べ物の好みに恥ずかしいも何もない気がするけど、自分の無意識な行動を指摘されたりすると何となく気恥ずかしいものだ。
「考えてみれば昔からそうかもしれない……」
「あーあ、これから副会長が卵料理食べてるの見ただけで笑っちゃいますよ、ボク」
「ごめんなさい、私はどうにか堪えますから」
「私はもう金輪際お前達の前で卵料理は食べないからなっ!」
どうも要はイタズラ好きというか、人をからかうのが好きなようで、副会長も果敢に弄っていく。それに聖歌さんも便乗するものだから副会長は完全に拗ねてしまった。
この人、一見クールで堅そうなイメージだけど、実際接してみると感情豊かで子供っぽささえ感じる。イメージより親しみやすいという良い意味での感想だけど、本人にバレたら怒られそうなので口には出さない。豊かな感情の『怒』しかぼくは向けられてませんからねっ!
聖歌さんは副会長を宥めつつ、自身はビーフシチューに決め、要も同じものを頼むことにした。やはりこの二人相性バッチリだな。
「それでは頂きましょうか」
料理はそれ程待たずに運ばれてきて、それぞれの前で美味しそうな香りを放っている。出来立ての温かい内に口に運びたいが、その前にどうしても聞いておかねばならない事象が生じていた。
「あの聖歌さん、配膳してくれたのが明らかにこの店のオーナーシェフだったんですが……」
服装や貫禄もそうだけど、そもそも名札にオーナーシェフって書いてあるから!普通、オーナーシェフって配膳しますかね?ウエイトレスさんも普通にいるし、このランチ時で忙しい時間に!というか、まだ物陰からこっちを窺ってるし!
「私の名前で予約してしまいましたからね」
ぼくの疑問に聖歌さんが苦笑い気味に答えた。どうやらぼくは、『神宮寺聖歌』がただの露出狂ではなく、表面上完全無欠のお嬢様であることを正しく認識できていなかったらしい。
「ここのオーナーシェフは元々我が家に出入りしていた料理人なんですよ。ですから開店時から、それなりに援助をしておりまして」
「土地・建物・仕入先・従業員を斡旋して開業資金の大部分を援助したのが
呆れたように副会長が補足した通り、『それなり』どころの話ではなかった。何から何まで援助してるじゃないですか。
それじゃあ、シェフからして見ればお店の実権は完全に神宮寺家に握られているようなものなわけで、その娘が来店するとなればそりゃ滅茶苦茶気になりますよね!
「それもあるが……そもそも、ここのオーナーシェフは聖歌の信奉者だ。自らが作ったものを聖歌に配膳することさえ、栄誉と考えているんだ」
なんだかもう聖歌さんが露出狂になっても仕方ないんじゃないかと一瞬思ってしまうくらいビビった。聖歌さんの周囲には本当に聖歌さんを神か何かだと思っている人達ばかりだったのだろう。自分の一挙手一投足が与える影響の大きさが計り知れないと知った聖歌さんが、自身を『聖女』として相応しくあろうと抑制して押し殺してしまったのも無理はない。
とはいえ、露出は本当に良くないので何とかして止めさせなくては。
今後のことを考えると頭を抱えたくなるが、それはそうと食事が冷めてしまっては作ってくれた方に申し訳ない。ぼくらは会話を打ち切ってそれぞれが食事に意識を向けた。
「うわ、美味しい」
「そうでしょう?彼は神宮寺家を去った後、帰国するまでの間、海外の超一流レストランで腕を振るっていたんですから」
誇らしげな聖歌さんであるが、なんでも話を聞いてみるとこの店に出資したのは聖歌さんらしいのだ。
普通の高校生には考えられない話ではあるが、聖歌さんには神宮寺家が有する莫大な資産の一部を運用できる権限があり、こうして飲食店や企業に出資をすることがあるらしい。
聖歌さん曰く、趣味として気に入ったお店・企業や人を支援しているだけなので利益は『それなり』です、とのことだけど、聖歌さんの『それなり』がぶっ壊れていることは立証済み。怖くて具体的な金額は聞かなかった。
副会長も聞かない方がいいぞ、とその表情が語っていたし、たぶん、世間一般の思う『それなり』ではないんだろうなぁ。
「家は和食ばかりでな、こうした食事は滅多に出ないから子供の頃は憧れてすらいたよ」
「二階堂家は特に『和』を重じていますからね。お家も立派な日本家屋で、綺麗な庭園はそこらの観光地よりも壮観ですよ」
美味しい食事にすっかり機嫌を直した様子の副会長が冗談めいた口調で言うと、先程、聖歌さんの話に副会長が補足したように、今度は聖歌さんがその話に情報を加える。親友同士、お互いのことは知り尽くしてるって感じだ。
「ただ古くて広いだけだ。不便なことの方が多い」
古き良きって感じなんだろうけど、実際住んでいるのは現代人なわけで、今の文化に慣れ親しんだ若者にとっては不便さの方が上回ってしまうものなのかもしれない。
子供の頃に行って以来、もう何年も行っていないけど、祖父母の家が伝統ある日本家屋だったからその不便さはちょっと分かるな。エアコンがついてなかったり、階段が急だったり、意外と困ることが多い。
「ではここは私が」
談笑を交えながら、四人とも美味しく料理を完食したところで、聖歌さんがお会計に動き出した。追従するように副会長も席を立つ。
「悪いな、後輩だけじゃなく私の分まで」
「いえいえ、今度は薫のおすすめ店に連れていって下さいね」
お会計は聖歌さんが全て出してくれることとなった。
名目上とはいえデートということになっていたんだから男として出しておきたいところではあったのだけど、経済力で完全に負けている上に、レジにもオーナーシェフが居座ってチラチラ見ていたので、聖歌さんが払う流れになるのは当然でしかなかった。
聞けばオーナーシェフは聖歌さんが幼少の頃に神宮寺家に勤めていたとかで、筋金入りの聖歌さん信奉者らしい。ぼくらが来店して以来、配膳からお会計まで全部自分でやってるっぽいし、改めて『神宮寺聖歌』の異常なカリスマ性を見せつけられた。
……こんなの、嘘でもぼくと聖歌さんが付き合ってるなんて情報が出回ったら、ぼくはもう死ぬかもしれない。
「凄いよね、会長。大の大人が神様みたいに崇拝しているんだから」
聖歌さんが支払っている間、席で待っていると要がその様子を眺めながら声をかけてくる。
従姉弟ならばこんな様子を何度も見てきたのかもしれないけど、その要の瞳にはオーナーシェフと同じような『神宮寺聖歌』を神聖視するような色を感じる。崇拝、というわけではなさそうだけど『神宮寺聖歌』を特別だと思っていることは間違いなさそうだ。
「もしかして、引いちゃった?」
「――引かないよ。誰かが聖歌さんを神だと崇めても、ぼくにとっては、ぼくの知ってる聖歌さんが『神宮寺聖歌』だから」
まだまだ話すようになって数日だけど、ぼくは聖歌さんの色んなことを知っている。
それはたぶん、オーナーシェフや要が知っている『神宮寺聖歌』とは違うと思うし、学園の皆が思い浮かべる、文武両道、容姿端麗、羞花閉月の優等生、学園の生徒会長である『聖女』とも違うと思う。
文武両道だけど、それをこっそり家を抜け出すためや、早着替えのために使ったり。
容姿端麗・羞花閉月だけど、露出に目覚めて盗撮されて、なんか興奮して僕の目の前で脱ぎ出したり。
優等生だけど、親友にも平気で嘘ついて、ぼくの学園生活を終わらせようとしてきたり。
意外とお転婆で、我儘で、悪戯好き……後、露出狂。
それがぼくの知る聖歌さんで、そんな聖歌さんだから、ぼくはこれからも仲良くしたいと思うし、露出を止めさせて、真っ当な清楚ヒロインとして幸せになってもらいたいと願うんだ。
「ぼくが好きな『神宮寺聖歌』さんは、こうして後輩にご飯を奢ってくれる素敵な先輩、なんだよ」
要や学園の皆も、もっと聖歌さんの本当に良い所を見て欲しい。聖女だなんだと、聖歌さんの努力を、優しさを、正しさを、当たり前だなんて思ってほしくはない。
「ん、どうした聖歌?顔が真っ赤だぞ?」
「ひゃっ、えっ、いえ!問題ないですよ!?ええ、問題ないです!」
「いや、問題ないようには見えないが!?」
なんだか急に聖歌さん達の方が騒がしくなったから、そちらに気を移そうとすると、要がズイッと近づいてきて、思わず一歩下がってしまった。
えっ、なんか凄い迫力を感じるんですが……。
「…………会長のことが好きなの?」
ややビビりながら構えていたけど、聞かれたのはそんなことで。ああ、確かに誤解を招いてしまう言い方だったかもしれない。
「あ、要も副会長も
危ないところだった。
ぼくの言い方じゃ、要や副会長は好きじゃない、みたいな感じに受け取られてしまう。ぼくのコミュ障な部分が出てしまったが、何とかカバー出来たので及第点だろう。これはもう『言葉選びが時折致命的に最悪』という汚名も返上だな。歌成に叩き返してやる。
「同じくらい?」
キョトンとする要に、分かりやすいように少し言い直してみる。
「うん、今日一緒に過ごしてみて、聖歌さんも副会長も要も、同じくらい好きになったよ」
食事しながら話している内に、副会長は友達思いで、何なら聖歌さんよりも真面目で律儀な性格なんだと理解した。副会長の方もぼくへの攻撃的な意図は無くなってきたし中々打ち解けられたと思うんだよね。
「…………」
「お、おーい聖歌?急に静かになってどうした?て、手に持ってるイヤフォンが粉々になっているぞぉ?」
またも騒がしさが伝わってくるが、今は要に伝えることが最優先だ。実は今日一番嬉しかったのは要と仲良くなれたことなんだよね。
クラスに友達のいないぼくにとっては、クラスメイトの男友達は憧れだったし、要は凄く良いやつで話しやすい。ぼくと会話のテンポが凄く合うのだ。まるで慣れ親しんだ親友の様に上手く噛み合う。
「要はぼくが高校生になって始めての友達だよ。
今度ぼくの友達に、学校外の友達なんだけど自慢してもいいかな。あいつ、強がってるけど、口悪いし、我儘だし、傲慢だから、ぼくしか友達いないからさ、ちょっと悔しがらせてやりたいんだよ。もし、泣いちゃったら謝るけどさ!」
ぼくは歌成の良い所を沢山知っているけど、あの尖りまくった性格で友達なんてぼく以上に作れないと思うんだよね。よって、要という友達が出来た今、ぼくは友達作りにおいて歌成より優位に立ったわけで、これはもう自慢するしかない。
毎度毎度やられっぱなしだから、たまにはこっちがからかってやらないとねぇ!
ぼくが親友の悔しがる姿を思い浮かべ、僅かばかりの愉悦に浸っていると、急に複数方向から寒気を感じた。その一つは目の前、いつの間にかさらに距離を詰めてきていた要から感じられて……。
「はぁ……なるほどね。――あ、それはそうと殴っていい?」
「良いわけないよねっ!?」
今のどこに殴られる要素が!?冗談かと思えば目が笑っていない本気中の本気だ。
助けを求めるようにお会計を終えた聖歌さんの方を見ると、聖母のような微笑みを返してくれて――
「真白君こっちへ来てください。ちょっと引っ叩かせてもらうので」
「嫌ですよ!?えっ、なんでぼく唐突に同級生と先輩にボコられそうになっているんですか!?」
この従姉弟、沸点が分からないよ!
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
ありがたいことに、とても沢山の感想を頂き、返信が間に合っておりませんが、目は通しているので大変モチベーションになっております。
また、小説家になろう様にも投稿を開始しておりますので、ハーメルン版共々よろしくお願いします。
https://ncode.syosetu.com/n4549hf/
では、次話もよろしくお願いします。
第一回からそんなに空いていないんですが、登場人物が増える前に、ヒロイン(?)の人気投票をやってみました。今後の参考にしますので、良かったら投票してみて下さい。
※主人公は参考にならないので殿堂入りしました。
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17話 護衛
副会長に仲裁してもらうことで、理不尽な暴力から逃れたものの、二人は未だに膨れている。ぼくは好感度が爆上がり中の副会長を盾に二人から距離を取っていた。
「姉さん、盗聴してたでしょ」
「あなたも私のことを
二人は何やらこそこそと話しており、まさかぼくへの次なる攻撃手段を考えているのではなかろうか。
「なんで私がお前を庇う立場になっているんだ」
「生徒会副会長として役員の暴走を止めてくださいよ!」
「ぐうの音も出ないっ……」
副会長はどこか遠くを眺めて諦めたような顔をしていた。まあ、この二人がいる時点で、生徒会メンバーの濃さは尋常ではないことになっているだろう。聖歌さんが選んだメンバーなんだから、当然といえば当然ではあるけど。
副会長は普段からフォローに回ることが多いのかもしれない。
「聖歌、要、いい加減に機嫌を直せ。何をそんなに怒っているんだ」
「卵副会長には関係のないことなんでー」
「よし、綾辻。お前は要を取り押さえろ」
「参戦しないで下さいよ!?煽り耐性クソ雑魚じゃないですか!」
小学生みたいな要の煽りにあっさり乗らないで欲しい。そうやってムキになるから要が面白がるんだと思うけど。
やっぱりこの人も生徒会役員なんだなって悟りました。おかしいな、うちの学校の生徒会役員ってエリート中のエリートとして有名なはずなのに。
「ところでこれからどうしましょうか。どこか行きたい場所はありますか?」
副会長と要が口論という名の、小学生のような煽り合いを始めると、聖歌さんは心なしか残念そうにしながら強引に話を切り出した。
すると、忠犬の如く副会長はそれに耳を傾けるし、要もそれを咎めずに煽るのを止める。聖歌さんの生徒会長らしいところを初めて見た気がするが、そういえば、学校の集会とかでも聖歌さんが話し始めると皆静かになるもんな。
「ボクはもう目的は終わったので」
「私も着いてきただけだからな……」
要は目的であった自分の商品はチェックし終わっていて、副会長はそもそもぼくらに着いてくることが目的なのでこの二人は特に何もない様だ。とはいえ解散するにはまだ早いし、折角集まったのだからもう少し遊ぼう、という雰囲気は皆が感じている。
「では、真白君はどこか行きたいところはありますか?」
ここで聖歌さんからのキラーパス。このメンバーを楽しませられるような場所が一瞬で思い付く程、ぼくは社交性のある人間ではないわけで。
頭に過るのは歌成と遊んでいる時だけど、ぼくらが行くような場所は固定化されているし、二人共インドア派だから家でゲームとかしてることが多い。
ゲームして、アニメ見て、おやつにケーキバイキングとか食べに行く男子高校生二人の休日が参考になるわけもなかったが、回想している内に良い場所を思い付く。
「ゲームセンターとかどうです?」
勝手なイメージで聖歌さん達は行ったことなさそうだなって思うし、前から聖歌さんにゲームを薦めてみようと思っていたから一度提案してみた。
「さては、私は行ったことがない、と思っていますね?」
「えっ、あるんですか?」
「ないです♡」
「今のやり取り何だったんですか!?」
くすくす笑う聖歌さんは楽しそうではあるけど、当てが外れたと思ってヒヤリとしたぼくの気持ちを考えて欲しい。
「ボクは普通に
「む、私も射的くらいならやったことがあるぞ!」
煽り合いの勢いが続いているのか、何故か張り合おうとする副会長。まあ、トンチンカンな張り合い方をしているので要に鼻で笑われているわけだが。
ゲームセンターと張り合おうとして、射的が出てくるのは本当に今まで過ごしてきた人生の違いを感じる。
「薫の場合は射的というより、射撃ですよね」
「訓練は受けているが、私はあまり得意ではないな」
二階堂家は、ぼくでも知っているような、国際的に有名な警備・セキュリティサービス会社を営んでいるらしい。元々は代々御国のために剣術や柔術を指導する立場にあった名家だったけど、時代の流れと共にその形を変え、今では世界的要人の警護も任せられる一大企業となっているそうだ。
そのため、副会長も射撃訓練を一通り受けているのだとか。やっぱ生きてきた世界線が違いすぎませんか?
「そういうのは
「いいえ?近くまで車で送ってもらった後に、撒いてきましたよ?」
「相変わらず可哀想だな!涙目で探し回っているのが目に浮かぶぞ……」
「華彩音には薫と合流しているから帰ってもいいと伝えてありますよ」
「そんな言い方したら絶対拗ねてるじゃないか!それも私に対して!」
「フォローは任せました」
「任されるか!」
聖歌さんと副会長の軽快な会話の中で、新たに出てきた『華彩音姉さん』という方に首を傾げているのはぼくだけなので、生徒会メンバーにしてみれば面識がある方なのだろう。車を運転しているみたいだから学校の生徒ではないみたいだけど。
疑問に思っていると、それを察した副会長がぼくに分かるように補足の説明をしてくれた。
「華彩音姉さんは、私の従姉で聖歌の外出時に運転手兼護衛をしているんだ」
「登下校時の送迎も彼女にやって頂くことがあるので、真白君も会うことがあるかもしれませんね」
運転手兼護衛って絶対撒いたら駄目な気がする。
原作にはそんな人登場してなかったと思うし、聖歌さんが巧妙に撒いてしまっていたのだろう。実際、ぼくらが出会った夜、聖歌さんが用務員と対峙していた時も、聖歌さんはこっそり抜け出してきた様でそんな人はいなかったので常習犯なんだろうな。
「大学に通いながら護衛をやっていてな、まあ将来の予行練習みたいなものだ」
将来的に家業であるセキュリティサービス会社への就職が決まっているため、学生の内から聖歌さんの護衛を務めることで実践的な経験を積んでいるということのようで、学生であるならば四六時中、聖歌さんに付いているというわけではないのだろうから、あの夜は勤務時間外だったのか。外出時ということは学校内にまで来ることは無さそうだし原作に登場しなかったのも納得だ。
「さて、それではゲームセンターに向かいましょうか。こんな機会でもなければ立ち入ることは無さそうですし良い経験になるでしょう」
今までオシャレなブランドショップやレストランを巡っていて、活躍の機会がなかったけど、ゲームセンターならば、ぼくはそれなりに詳しく案内出来る自信がある。初めて行くという二人に楽しんでもらえるようなゲームを考えておかないと。
近くのゲームセンターに歩いて向かいながら、ぼくの思考は初心者でも楽しめそうなゲームを考えることに集中した。
勿論ぼくはこの時、話題に上がっていた華彩音さんが、とんでもないことになっているなんて知る由もなかった……。
◆
真白達が高校生らしくゲームセンターで遊ぼうとしている頃。
日曜日ということもあって家族連れで賑わう公園で、長身を精一杯縮こませて体育座りをしている女性は、それはもうどんよりジメジメしたオーラを放っており、キノコでも生えてきそうな程だ。
「うぅ、どうせ私はダメダメ護衛ですよぉ。年下の薫ちゃんより頼りない雑魚大学生なんですぅ」
クセっ毛なのか跳ねるように所々が飛び出している長い黒髪に、細いフレームの丸眼鏡。
パンツスーツに身を包みながらも、隠し切れない海外モデルのようなスタイルの良さは目を引くが、その暗い雰囲気のせいで華やかさはまるでなかった。
彼女、
聖歌の護衛はその勤務形態的にはアルバイトのようなものだが、華彩音自身、大学卒業後は家業である警備会社に入社し、そのまま聖歌の護衛を続ける考えであるため、華彩音にとっては生涯を捧げると決めた仕事なのだ。いや、正確には神宮寺聖歌にその命を捧げることを決めているのだ。
なのに、その護衛の任すらまともにこなせず、従姉妹で年下の薫の方が信頼されていそうな始末。
「子供の頃はこーんなに小さくて、大人しい女の子だったのに今では私よりしっかり者……」
親指と人差指で作った5センチ程の隙間を覗きながら思い出される華彩音の記憶の中の薫は、いつも誰かの影に隠れているような大人しい女の子で、それが今のように生真面目で堅い性格に変化していったのはいつの頃だったか。生徒会副会長として聖歌の右腕を任され、すっかり大人になった薫に比べて、どうにも自分はあまり成長していない気がして、落ち込みに拍車が掛かる。
成長したのなんて今でも伸び続けている背丈と、育ち過ぎて邪魔なくらいの胸だけ……と自虐的でありながら、『持たざる者』に聞かれれば非難轟々なことを考えていると。
「あ!聖歌様から連絡だぁ!」
華彩音の持つ護衛用の携帯端末が震える。それはつまり、主である聖歌から何らかの連絡が来たということに他ならない。先程までの落ち込みっぷりはどうしたことか、勢いよく立ち上がって携帯端末の画面を食い入るように覗く。
ここまで彼女が元気を取り戻したのは、その件名が心躍るものだったから。
「件名、【極秘任務】!お、お任せ下さい聖歌様!この華彩音が必ずや果たしてみせます!」
公園をとんでもない速さで駆け出す華彩音。
聖歌から頼られている。それだけで先程までのジメジメは吹き飛び、気持ちも体も羽のように軽い。
任務達成のため、一刻も早く公園の駐車場に駐めてある車に乗り込み、馳せ参じなくては。
「…………へっ?」
カチャンッ!と手に持った鍵を落とす音がやけに大きく聞こえる。
公園の駐車場、華彩音が車を駐めたはずのそこは綺麗さっぱり何もなく、より正確に簡潔に表現するのであれば――華彩音の乗ってきた車が無くなっていた。
つまり、華彩音は真っ昼間に車を盗難されていた。
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ヒロイン人気投票に沢山の投票頂きありがとうございました。
1位は早乙女歌成/金剛要(573票)でした。
2位の聖歌(529票)とあまりの接戦ぶりで作者としては嬉しい限りです(笑)
作品を書く上で、かなり参考になるので今後も定期的に開催します。その際は是非とも投票よろしくお願いします。
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18話 ゲームセンター
ぼくはゲームセンターで無双する神宮寺聖歌という世にも貴重な光景を目の当たりにしながら、要と対戦している格ゲーで、手も足も出ずにボロボロに負けた。
ぼく、このゲーム中学生の時に一時期ハマって滅茶滅茶練習してたから結構自信があったのに。
「要、このゲーム得意なの?」
「得意ってわけじゃないけど、中学生の時に
友達の付き添いでオーディション受けたら自分だけ合格した的な、陽キャエピソードを聞いても納得はいかない。
歌成に付き合ってもらって練習してたときも歌成の方が強くなって落ち込んだことあるけど……もしかしてぼく弱い?
どうやらぼくは友達が少なすぎて自分を過信していた井の中の蛙だった様だ。歌成が特別強いんだと思っていたのに、ぼくが雑魚なだけなんて、知りたくなかった現実を叩きつけられ、ぼくは要とのゲームを切り上げた。
「中々楽しいものですね」
落ち込むぼくとは対照的に、聖歌さんは楽しそうだ。何せオンライン対戦で現在10連勝中。そりゃ楽しいに決まっている。
聖歌さんは一瞬にしてコマンドを網羅し、そこから想定しうる組み合わせや戦術を構築、数回実践したらそこからはもう無双を続けている。これまで勝ってきた対戦相手の実力からして、プロ相手ならともかく、そこそこ程度の実力者は軽く一捻り出来るくらいには強い。格ゲーって反復練習によって向上していくものだと思っていたけど、並外れた頭脳と反射神経がそれを覆していた。この人、本当に理不尽過ぎるスペックだな。
対戦しましょう、と持ち掛けてくる聖歌さんを頑なにかわし、ぼくは格ゲーコーナーの脇に設置された休憩スペースに移動する。経験者である要に負けるのは兎も角、今日、今さっき始めたばかりの聖歌さんに負けたら心が折れる。これは逃亡ではなく、戦略的撤退である。
「綾辻、ゲームはもういいのか?」
「一通りやりましたからね」
そんな楽しそうな要と聖歌さんとは逆に、拗ね散らかしているのが我らが副会長で、初心者にしても、引くくらいド下手だった。たぶん、同じ技を連打しているだけで勝てるんじゃないかってくらい下手。
そして、忖度とか容赦とか一切知らない二人に先程ボッコボコにされ、缶ジュース片手に恨めしそうに見学するばかりとなっているのだ。
「カチャカチャカチャカチャと、何が楽しいのか全く分からん。あれなら私が直接戦った方が強い!」
「普通の人は直接戦うより強くなれるから楽しいんですよ」
ゲームのキャラクターと自分が戦うとか言い出したので、これはもう聖歌さんでなくても拗ねてるのは丸わかりだ。何せ、手から謎のエネルギー波とか出してくる相手に挑もうとしてるわけだからね。
「何か他に楽しそうなヤツはないのか」
「対戦じゃなくても良いなら沢山ありますよ」
一先ず、近くのUFOキャッチャーで最近流行りのキャラクターのぬいぐるみがあったので、ぼくがやっているところを見せてみることにした。
副会長は、流石にUFOキャッチャーは知っていたものの、やったことはないらしく、興味津々。仕組み自体は単純ではあるけど、景品を獲得するためには、技術と知識が必要だ。昨今のゲームセンター業界は、景品の質が上がってきているのと同時に、その攻略も難しくなってきている気がする。初心者にいきなりやらせても、どんどんお金を吸われてしまうだろう。
ここは、歌成に強請られるがままにぬいぐるみを取り続けているぼくにお手本を任せてほしい。
まずは1回目、100円を投入してぬいぐるみの中央部にアームを合わせて掴み上げる。爪がぬいぐるみの両サイドを掴んだことで一度は宙に浮いたが重さに負けてそのまま落ちてしまった。
「取れないではないか」
「1回で取れる設定じゃないんですよ。今のは様子見です」
ハラハラとした様子で動作するUFOキャッチャーを見ていた副会長が落胆したように言うが、この1回はどう攻略するか、見極めるためのプレイ。アームの癖・パワー、下降の限界、ぬいぐるみの重さ、そういった攻略に必要なデータの収集が先程の1回である程度出来た。
「1回で取ろうとしないで、ちょっとずつ寄せていって取ります」
「なるほどな。分かってきたぞ」
持ち上げてそのまま獲得口まで持っていけないのなら持っていける位置まで寄せていくまで。複数回挑戦することを前提にプランを構築、後はどれだけプラン通りのプレイが出来るか、自分との戦いだ。
「おっ!すごいな!取れたぞ!」
寄せ始めて3回目。アームによって1度は持ち上げられたものの、ポロリっと落下したぬいぐるみはそのまま獲得口に収まった。
食い入るように見ていた副会長は、ちょっと大袈裟なくらい褒めてくれて照れてしまう。こういう時折見せる子供っぽい反応が副会長の知られざる魅力であり、聖歌さんに弄られる原因なんだろうな。
「あげますよ。」
「いいのか!」
副会長がいらなければ、今度会った時に歌成に引き取ってもらおうと思っていたけど喜んで貰えたようで良かった。
こういう嬉しそうな表情を見れるのが、ぼく的にはUFOキャッチャーの一番楽しいところだ。
そうして、ぼくがぬいぐるみをモフモフしている副会長を微笑ましく眺めていると、突如として左耳がぐいっと引っ張られる。容赦なく伸ばされた耳が千切れそうなくらい痛い!
「浮気ですかね」
「聖歌さん!痛いんですけどっ!?」
「痛くないと真白君は理解できないみたいですから」
ぼくの耳を虐めている犯人はもう格闘ゲームは飽きたのか、ぼくと副会長のところへとやってきた聖歌さんであった。
ニコニコ笑顔を浮かべているものの、これは怒っている奴だと瞬時に理解できるくらい圧が凄い。なんで?さっきまで楽しそうにゲームしてたじゃないですか!
「急にどうした聖歌、可哀想だろ」
ぬいぐるみを抱えた副会長が庇ってくれるが、ぐりんっ!と副会長の方を向いた聖歌さんが最高の笑顔で一言。
「何か言いましたか、薫?」
「綾辻、今すぐ謝るんだ!」
副会長は2秒で寝返った。一切の躊躇ありませんでしたよねっ!?
「……私もまだプレゼントなんてしてもらったことないのに」
副会長は寝返ったけど、聖歌さんは何やら小声で呟いた後に耳を解放してくれた。しかし、その頬は膨らんでおり、未だ怒っていることは丸わかりである。聖歌さんは怒り方が歌成と一緒なのが何となく分かってきたけど、それはつまり怒りが持続するタイプということ。ここで対処しておかないと、たぶんまたぶり返して酷いことになる。
こういう時、怒りの原因が分からないまま謝っても許してもらえず逆に怒られるので厄介なのだ。
歌成からは空気読めないとか、聖歌さんからは乙女心が分からないとか言われてきたぼくも、いつまでも成長しないわけではない。
ぼくはもう、聖歌さんがどうして怒っているのか、その答えを導き出していた。
「聖歌さん、すいません。聖歌さんにも何かプレゼントさせて下さい。何でも取りますよ」
「真白くん……!」
ぼくの提案に聖歌さんは、はっとしたように瞳を輝かせた。正解だ!やはりぼくの思った通り、聖歌さんは――ぬいぐるみが欲しかったんだ。
年上で、完璧な生徒会長(性癖以外)である聖歌さんとはいえ、女の子。ぬいぐるみとか好きなのかもしれない。
「では、あっちに行きましょう」
「わ、私は要の様子でも見てくるかなっ」
聖歌さんはお目当ての景品でも見つけていたのか、嬉しそうにぼくの腕を掴んで引っ張る。
ご機嫌になった様だけど、また聖歌さんが怒り出すかもしれないと考えたのか、これ幸いとばかりに副会長が逃走。マジでぼくを見捨てるのに躊躇ないですねっ!
要の元へ向かう副会長と別れ、ぼくは聖歌さんに連れられるがまま歩を進めた。……取れなそうな景品だったらどうしよう。
◆
「今日の聖歌は情緒不安定なのか……?」
聖歌から満面の笑顔を向けられ、『薫は着いてきませんよね?』という無言の圧力を感じた薫は、一旦、要の元へと戻ることにしたわけであるが、こんなにも喜怒哀楽の激しい聖歌は珍しく首を捻った。
「要、調子はどうだ?」
「副会長、ボコボコにされて半泣きだったのにまた来たんですか?」
「今から現実で戦うか!?」
「副会長、ゲームと現実を混同するのは良くないですよ?」
「私はいつか本気でお前を殴ってしまいそうだよっ!」
後輩に声をかけただけで煽られ、物理的に拳を出したい気持ちに駆られる薫。入学前から聖歌に紹介され要と知り合っていたが、普段は品行方正な癖に、生徒会メンバーに対してはこうして毒を吐くことは珍しくない。
聖歌も生徒会メンバーには気安く話すため、こういうところも似ているな、と感じつつ、的確にイラッとするところを突いてくるため反論しようとするのだが、飄々としている要と、根が真面目な薫とでは相性が悪く、こうして弄られるのが常習化していた。
「あれ?会長と真白は……」
「二人ならその辺でゆーふぉーキャッチャーというものをやっている筈だぞ」
薫は真白から貰ったぬいぐるみを突き出しながら答えると、先程弄られた意趣返しなのか、自慢気に得たばかりの知識を披露する。
「いいか、こういうゲームは1回で取ろうとしてはいけない。少しずつ獲得口まで近づけていき、ここぞという時に持ち上げるのだ。そうすると落下したときに景品は自ずと獲得口に落ちるというわけ――」
「やられた!久し振りでゲームに夢中になり過ぎた……っ!」
薫が気持ち良く話しているところを遮って、要が立ち上がった。その手にはスマホが握られており、画面には何らかの位置情報が表示されている。
「真白が移動している……この速度だと移動は車……巨乳眼鏡を使ったなっ」
真白が要のプレイを褒めてくれたことで、ゲームにのめり込んでしまっていた要の隙を、聖歌は見逃さなかった。いや、そうなるように仕込んでいたのだろう。四人で行動することが決まった時から、少しずつ少しずつ要の警戒を緩め隙を生みだした。
そうして今、恐らく聖歌は真白を連れ出して行動を開始している。
「くっ、掌の上ってことですか」
要は自身が神宮寺聖歌の策にまんまとハマってしまっていたことを悟る。要には『情報』という大きな武器があった。今日この日に、聖歌と真白がデートをすると知っていた要には、準備をする時間と、先制攻撃を仕掛けることができる大きなアドバンテージがあったのだ。だから二人の集合場所や、性格、行動パターンから推測し、準備していたことで、聖歌がレストランで真白と二人っきりになろうとする作戦を潰すことができた。だが、これこそが聖歌に、要が入念な準備を終えていてこの乱入は偶然ではない、と確信させてしまった。
この確信一つで聖歌は凡その状況を把握する。
要が聖歌を邪魔するための準備をしてきたということは、真白と深い親交があり、今日のことを知っていたというのは確定。そうなると鍵となるのは薫の存在である。情報源が真白であるのなら薫の乱入は完全なイレギュラー。要の『準備』を崩す絶好の武器。
故に聖歌は要が想定しているであろう行動をなぞりながら、警戒が緩むように誘導し、待っていた。――薫と真白が二人きりになるタイミングを。
聖歌自身が真白を連れ出す素振りを見せれば当然警戒され、潰される。しかし聖歌を警戒しながら、イレギュラーである薫の行動にまで気を配るのは難しい。故に聖歌が組み立てたプランは、薫に真白を連れ出させ、その後で聖歌が薫と入れ替わること。
そのために、レストランで隣同士にし、薫の家や親族の話をすることで真白と薫の心理的距離を近づかせていくなどして、望んだシチュエーションが発生するよう仕込みをした。後は、要の様子を窺いながら、二人が揃うように誘導すればいい。
「おい、私の話をちゃんと聞いてるか?」
「全部副会長のせいなんでちょっと黙ってて下さい」
「えええ!?」
突如として何かの原因を押し付けられた薫を放置して、要は二人の邪魔をするための作戦を瞬時に構築し始めた。
「……まだ『切り札』を切るには早い、か」
自らが聖歌打倒のために用意していた切り札を伏せたまま構築したプランを実行するべく、要は動き出した。
「え、おい!私を置いていくなぁ!」
存在を完全無視され放置されたことに暫し唖然とした後、薫は慌てて要を追いかける。
真白・聖歌ペアを追うこととなった、要・薫ペアによる壮絶な鬼ごっこはこうして始まったのであった。
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生徒会長・神宮寺聖歌編《4》
19話 破壊・爽快・誘拐
ある窃盗団は、車やそのパーツを盗んで売り捌くことで、これまで8億円以上を売り上げ、その規模を拡大させていった。暴力団や違法解体業者など取引先にも恵まれたことで、安定して利益を得られたため盗みを繰り返し、盗んだ数は、車両で言えば200台以上、パーツなら千を超えるかもしれない。それだけのことをして尚捕まらないのはそれだけ手口が巧妙であることと、単純に運が良かっただけの話。
故に彼らが今日、決して手を出してはならない車を盗んでしまったことは、非常に不運であり、必然であったということなのだろう。
「私はですね、聖歌様をお守りし、その願いを叶えるために存在しているんですよ」
底冷えするような、無機質な冷たい言葉を発する女性。
クセっ毛の各所が飛び跳ねた長い黒髪に、細いフレームの丸眼鏡。神宮寺聖歌の護衛、二階堂華彩音である。
女性としては高い身長に、出るところは出ていながら、引き締まった体型はモデルのようで立っているだけで絵になるような美人ではあるのだが、放たれる気配はそんな色気のあるものではなく、本能的に恐怖を感じさせる威圧感があった。
アジトとして使っているビルの一室で、その威圧を向けられているのは百戦錬磨の窃盗団達だ。より正確には、
「本当なら365日24時間1分1秒お守りしたいところなんですが、聖歌様のお側でお世話させて頂く私が学もない、碌な経歴もない、では格好が付かないじゃないですか。
ですから大学に通いながら、二階堂家の家業を担うことで経験と名声を積み、残った少ない時間で聖歌様をお守りする栄誉を授かっているわけです。
そんな私が、聖歌様から特別に!特・別・に!任務を任されたんですよ……分かりますかね、分からないですよね、私の感動と使命感が。分かっていたら邪魔するわけないですもんね。ああ、良いんですよ、過ぎたことです。ただ貴方達は祈るだけで良い。聖歌様のお許しと、これからの人生でこの愚行を償わせて頂く懇願を」
大の大人が20人以上、それも窃盗団に身を置くだけあって人を傷つけることに躊躇のない札付きの悪達。中には窃盗団の取引先相手である暴力団の組員も混ざっていた。
それが、全員まとめて完膚無きにまでにボコボコにされた上、その殆どの者が心を完全に折られていた。
狂気。
車を返せと乗り込んできた若い女に、瞬く間に制圧されたかと思えば、訳の分からないことを呟きながら反抗する者を叩きのめす光景はそう表現するしかないだろう。性別も、人数も、武器も、彼女の前では通用しない。一方的な蹂躙によって、この場に立ち続けられた者は誰もいなかった。
二階堂華彩音。
基本的に温厚であり気が弱い女性であるが、それは彼女の持つ本能を抑え込むためなのかもしれない。
彼女は神宮寺聖歌のためならば、人を傷つけることを躊躇しない。己の拳が
生まれながらの天才。二階堂家の最高傑作。戦闘技術、その一点において神宮寺聖歌すらも超越する奇跡。
二階堂家において誰もが守るべきルールの一つ。
――二階堂華彩音をキレさせるな。
「お、おまえぇえええ!!なんなんだよ!」
「はい、黙りなさい」
べこりっ、と。半狂乱で立ち上がった男の顔に極平然と拳を叩き込むと、顔面を凹ませながら後方に吹き飛んでいく男には目もくれず、華彩音はただ、男の血液が付着してしまった手袋を
「……ああ、失敗しましたね。もっと丁寧に殴ればこんなに返り血を浴びなくて済んだのに。反省です」
手袋を投げ捨てると、床に倒れた男たちを避けることもせずに、踏みつけながら部屋を出る。
華彩音の乗っていた車は高級車故に分解されることもなく、ここの地下駐車場に停められていた。車体番号を変えて中古車として売り払うノウハウがあったのだろう。これは彼らにとって最後に残された僅かばかりの幸運だった。もしも車が分解されていたりしたら……この場の惨状はこんなものでは収まらなかったはずだ。
「さて、車も戻ってきましたし、やっと聖歌様のために尽くすことが出来ます」
聖歌から極秘任務が送られてきてから既に1時間程が経過してしまっているが、聖歌の予想している任務開始時間までに所定のゲームセンターへ辿り着くことは十分可能そうであった。安心しながらも決して余裕があるわけではないため気を引き締め、華彩音は改めて極秘任務の内容を読み込む。
「えーっと場所はここのゲームセンターで……綾辻真白?の誘拐、ですか」
ミッションの内容と共に送られてきたのは明らかに隠し撮りであろう目線の合っていない男子学生の写真であった。
どこか幼さの残るまだまだ青年になりきれていない顔立ちで、ふにゃっとした笑みを浮かべている姿はどうにも頼りなさそうであるが、華彩音はそういった感想を抱くより前に頭に浮かんだ疑問に首を傾げた。
「あれ?この子確か……まあ、聖歌様がおっしゃるのであればそれが正しいんだし、ばっちり誘拐しないと!」
華彩音は自身に浮かんだ疑問を放り投げ、ハンドルを握った。彼女にとってのルールは全てにおいて聖歌が優先され、正義であり、頂点なのである。
「車見つかって良かったぁ」
ばっちり誘拐するぞっ!と文面の可愛らしさとは裏腹に完全なる犯罪的決意を固めて、車を走らせた華彩音は、何とか車を取り戻せたことに今更ながら安堵する。
この短時間で華彩音が車を窃盗した窃盗団を特定し、その拠点にまでのり込むことができたのは、二階堂家の持つ強力なコネクションによるものである。
二階堂家は世界的に有名な警備・セキュリティサービス会社を営んでいるが、元々は代々御国のために剣術や柔術を指導する立場にあったことから様々な武術に二階堂家由来の流派が存在し、警察や自衛隊に所属する者の半数以上が何らかの形で二階堂家の教えを受けておりその影響力は大きい。さらに、そうした二階堂家の教えを受けたものの間で密かにアイドル視されているのが二階堂華彩音なのである。二階堂家のあらゆる流派において最強の存在であり、整った容姿を持つ華彩音は、本人の知らぬところでアイドル的人気を獲得していた。
特に警察・自衛隊の上層部には幼少期から華彩音を知っている者も多く、孫のように思っていることから華彩音が事件に巻き込まれたとなれば、警察が総力を上げて解決に動くのは当然のことであった。元々マークしていた窃盗団であったこともあり拠点は即座に発見され、そこへ華彩音が乗り込んだのである。
よって、華彩音が放置してきた現場も即座に詰め掛けた警察によって迅速に処理されているはずだ。勝手に乗り込んで、盗まれた車を取り返して、そのまま乗って帰っても華彩音ならば不問なのである。法治国家にあるまじき状況であるが、それが許されてしまうのが、この世界の日本における二階堂家、ひいてはその二階堂家すらも従える神宮寺家を含めた『三家』の持つ絶大な権力であり、威光なのだ。
「間に合ったぁ!間に合いましたよ聖歌様っ!」
聖歌に到着したことを伝えると、店の入口付近に車を停めておくよう指示され、待機する。すると、十数分後に任務開始が合図され、ゲームセンターの入口から敬愛する聖歌と、その聖歌に引きずられているんじゃないかと錯覚するような勢いで引っ張られているターゲット、真白の姿が見えた。
「聖歌さん、もうお店の外出ちゃいますけど」
「何でも欲しいものを取ってくれるのではなかったですか?」
「言いましたけど、外にゲーム機あったかな……?」
華彩音は、ゲームセンターから出てきた二人を確認すると、入口の目の前にまで車を移動した後、運転席から操作し、後部座席のドアを開けた。
「言い忘れていたのですが私の欲しいものというのは――」
ドン、と後ろに回り込んだ聖歌が軽く真白を押すと、「ふぁ!?」と間抜けな声を出しながら真白は倒れ、開かれた後部座席へ吸い込まれていく。ふかふかのシートに倒れ込んだ真白が唖然としている間に聖歌も乗り込み、閉められるドア。
「――真白君なんですよねぇ♡」
「…………え゛?」
満面の笑顔を浮かべた聖歌が言うと同時に走り出す車。状況が理解できずにいる真白をこれ幸いとばかりに聖歌がシートベルトで固定する。
「これどういう状況ですかぁあああ!?」
真白が復活した時には既にゲームセンターは見えなくなっていた。
「任務完了ですっ!」
恍惚とした表情で、嬉しさを隠しきれない噛みしめるような言葉を発した華彩音には全く関係のないことであった。
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
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また、小説家になろう様にも投稿しておりますので、ハーメルン版共々よろしくお願いします。
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20話 行き先
神宮寺聖歌は、要の動向を『私ならどうするか?』という思考で考えていた。要本人は頑なに否定するであろうが、聖歌としては、自分と要は似ていると思っていた。常に仮面をつけて、誰にも本心を悟らせず、ただ自分の作り出した
故に分かる。――要は切り札を用意している。
「……15分といったところでしょうか」
だからこそ聖歌は、要に切り札を切らせないギリギリを攻めた。位置情報を把握されているであろうことを気がついていながら見逃し、追える程度の逃走をすることにしたのだ。
『まだ切り札を切るような状況ではない』と要が考える状況こそが最も都合の良い空白の時間となる。
切り札が必殺であるのならそれは初手で切っているはず。そうしなかったのは、それが要にとって諸刃の剣なのか、状況を整えなくては高い効力を発揮できないかの二択。聖歌の考えでは前者であった。何故なら要には準備する時間があり、聖歌の行動を読む力もあったのだから、高い効力を発揮できるように場を整えることは難しくなかったはず。
ならば、余裕があるうちは切り札を切らない。裏を返せば余裕を与えておけば切り札を切られることはないということ。
「……久しぶりに楽しく鬼ごっこしましょう♡」
それに聖歌には、まだ確信こそないものの、要の切り札に対抗できるであろう要の情報を握っていた。恐らくはそれを切られることを恐れて、要は切り札を切っていないのではないかと聖歌は考えていた。
「聖歌さん、本当にマジでどういう状況なんですか、これ!」
基本的に品行方正である真白は走行中の車内でシートベルトを外したりはしないため、大人しく座りつつも、大混乱中の状況を問い質す。何やら思惑顔で呟いている聖歌が首謀者なのは間違いないにしても状況的には完全なる誘拐である。シンプルな恐怖体験中であった。
にもかかわらず、聖歌は心底楽しそうに笑って。
「誘拐鬼ごっこです♪」
「全然理解出来なかった!あれ?もしかして全国的に知られてるような遊びだったりしますかね!?子供の頃誰もが一度はやったことがある的な!」
「そんなわけないじゃないですかぁ」
「でしょうね!じゃあ当たり前みたいに言うの止めてくれませんか!?」
聖歌の異常なカリスマ性は、時に荒唐無稽なことすらも信じ込ませる魔力を持つことを理解しているが故に、こうした軽い冗談を言うことは珍しい聖歌であったが、真白には積極的にこうした話をしてしまう。
下手なことを言えば信者が真に受けて、もしくは曲解して、取り返しのつかないことになってしまうことを考慮して、自身の発言に細心の注意を払っていることが原因であることは間違いない。
誰にも見せたことのなかった、自身ですら分からなくなっていた『神宮寺聖歌』の素は、案外気安くお転婆で、実は冗談ではなく発生している誘拐や、それによる要との鬼ごっこを心底楽しむような
そんな乙女はその卓越した頭脳と観察眼を持って、初恋相手である真白を分析し続け、『ある結論』を導き出していた。
それは自らの恋にとって高い障壁、綾辻真白を手に入れるためには絶対に解決しなくてはならない
今日という日に要と完全に敵対関係になるリスクを犯してまで真白と二人っきりになることを決意したのは、それの答え合わせをするため。
そして、それが聖歌の考えた通りであったのならば、これから始まる
――が、それはそうと。
シートベルトとはいえ、『真白を縛る』という行為や、誘拐しているというシチュエーションに若干の興奮を覚え、火照ってしまった体が暑苦しく。そう、火照っていて暑苦しいからで、決して他に意図は無いが。
白のニットにワイドパンツなんていう脱ぎにくく、
真白君が褒めてくれたから良いでしょうと、その後悔は取り消して、あくまで『機能性』という判断基準の元、今後の服装はスカートにしようと決めた。
◆
誘拐鬼ごっこという訳の分からない状況の中、ぼくはどうして聖歌さんがこんな行動に出たのか、その答えを導き出していた。時間が濃すぎたせいでそんな気はしないけど、聖歌さんと知り合ってまだ数日。それでもぼくは聖歌さんの良い面も悪い面も知って、さらには先程のゲームセンターでは乙女心ってやつも分かってしまったかもしれない。そんなぼくが思うに、この聖歌さんの突然の奇行は、ぼくと二人になりたかった……そう、生徒会メンバーがいてリフレッシュ出来ず、抜け出したかったということなのだろう。
ありのままの自分で話せる相手であるぼくと羽を伸ばしたいということで、今日一緒に遊びましょうってことになったんだろうし、あの二人がいたんじゃ本末転倒だ。二人の前では聖歌さんもかなり自然体だった気もするけど、やっぱりまだ完全には素になりきれていなそうだった。
抜け出し方には物申したいものの、そもそも二人で遊ぶ予定であったし、普段『聖女』として抑制している分を、露出ではなくこうしたことで発散してくれるのならば許容しないと。
とはいえ、だ。
「マジで怖いんで二度としないでくださいよ?普通の友達にこんなことしたら速攻通報されて縁切られますからねっ!」
「ちなみにもう一回したらどうなるんですか?」
「もっと怒りますよ!というかやる度に怒りますからね!?繰り返さないで下さいよ!?」
「それはとてもアリですねぇ♡」
「反省してますぅ!?」
この世界に抗って、会長をエロゲーヒロインから、『聖女』という名の通りの、清楚で、清らか、清純な、理想の女性にする。そういう決意を一度した以上、ぼくは聖歌さんを叱ることはしても、見捨てたり突き放したりは絶対にしない。だから何度繰り返そうとも、その度に注意する覚悟なのだけども、それはそれとしてちゃんと反省してほしい。
反省した様子もなく、それどころが機嫌良さそうに笑っている聖歌さんに辟易していると、あの〜すみません、とおっとりした声がかけられた。
「運転しながらで申し訳ないのですが、私は二階堂華彩音と申します。聖歌様の護衛として外出時の送迎もこうして行っていますよ〜。よろしくお願いします」
「はいっ、ぼくは綾辻真白と言います。こちらこそ宜しくお願いします、二階堂さん」
「あ、遠慮なく華彩音と呼んでもらって良いですよ。薫ちゃんもいますし、堅苦しいのは無しにしましょう」
「分かりました、華彩音さん。ぼくも気安く名前で呼んでください」
話には聞いていた二階堂華彩音さんが、運転をしているため正面を向いたまま挨拶をしてくれたのだけど、車が赤信号で止まった瞬間に態々振り返って、微笑むような控えめな笑みを向けてくれた。清楚で大人な雰囲気に、思わず照れてしまったのは仕方がないと思う。正直、名前を呼ぶだけでちょっと緊張した。
「華彩音、貴女後でちょっとオハナシがありますので」
「へ!?なんでですか!?そのイントネーションはお説教系のお話ですよね!?」
聖歌さんが突如として圧力全開の笑顔で言ったことで、これは完全に怒っていると感じ取った華彩音さんが慌てふためく。聖歌さんは笑顔で怒っている時の方が本気度が高いので、これはお説教で間違いなさそう。
「大丈夫です、残業代は支給しますよ。何時間でも」
「ふぇえええ!?」
縋るような目で見られても、何故に聖歌さんが怒っているのか分からないのでどうすることも出来ない。ぼくはさっと目を逸し華彩音さんに黙祷を捧げた。聖歌さんは本気で何時間でもオハナシするだろうという確信があったからである。
「真白君も同罪ですよ?」
「ぼくも!?」
黙祷をしている場合ではなかったようで、聖歌さんの矛先はぼくにも向けられた。
これはもう聖歌裁判長が理不尽過ぎて片っ端から有罪にしているだけではっ!?
「求刑、無期懲役♡」
「謎の罪なのに刑が滅茶苦茶重い!」
何の罪かも分からないまま、ぼくは無期懲役となったらしい。誰か弁護士を呼んでください。
「……全く。私には全然照れたりしないのに」
何故か呆れ顔というか若干恨めしそうな顔を向けられるぼく。この状況でぼくが悪いみたいな雰囲気になるの解せないんですが。というか良く考えたら爽やかに挨拶してるけど華彩音さんもゴリゴリにこの誘拐に加担してるわけで、照れたりしている場合ではなかった。いや、もしかしたら、お嬢様のお遊びに付き合ってるみたいな感覚なのかもしれない。
「それで、これはどこに迎えば良いんでしょうか?」
「華彩音さん知らないで走ってたんですかっ!?」
「はい!誘拐ということは追う人がいるんだろうなと思ったので一先ず走行を続けてます。後、走ってた方が真白君が逃げられないかなと」
「完全な共犯だった!ガチの思考で誘拐してるじゃないですか!」
「えっ、だって聖歌様が言うんですから実行しますよぉ」
何を当たり前なことをみたいなテンションで言われたので一瞬ぼくがおかしいのかと思ったけど、おかしいのは間違いなく華彩音さんである。普通は誘拐とか言われたら戸惑うし、止めるでしょ!なのに目が本気中の本気なのでこれは間違いなく聖歌さんの信者だ。今の所、聖歌さんの信者って極端に傾倒してる人しかいないけど、もしかして学校の信者もこのレベルなんだろうか。恐怖しかないので考えないようにしよう。
「目的地ならすぐそこですから、そのまま直進してください」
「どこ行くかは決まってたんですね」
今日の遊ぶコースは元々考えてくれるみたいなことを言っていたし、副会長と要の乱入でその計画は崩れてしまったとはいえ、どこか行きたい場所があったのだろう。やたらと静かに走る車の中でどこに向かうか聖歌さんに訊ねては、はぐらかされを繰り返していると、聖歌さんが窓の外を指差した。
そこには何となく見覚えのある光景が広がっていて。
白く無機質なタイルと温かみのあるレンガを組み合わせた外観の洋食レストラン。
さらに、外観を見ただけで浮かぶ店内の様子。鹿の頭やアンティークな木の家具で雰囲気がしっかり作られた拘りの内装で、勿論食事は絶品。
そりゃ知ってるよね、今日行ったばかりだもの!お昼を食べたレストランだものっ!オムライス美味しかったです。
「まさかここですか?さっきご馳走になったばかりですけど」
結構走っていたような気がしたのに、徒歩で20分程の距離しか進んでいなかったとは。華彩音さんが適当に走っていたせいで同じところをグルグルしていたのかもしれない。もしかしておやつでも食べるのかな、と文字通り甘いことを考えていると、ズイッと限界まで身を寄せてくる聖歌さん。
「今日はもう営業してませんからゆっくり過ごせますよぉ」
聖歌さんが鍵らしきものを取り出して見せつけながら、何故かぼくの手を掴む。あの、聖歌さん、力強くないですか?
バリバリに嫌な予感がするんですけど。
「止めて下さい」
「止めないで下さい」
聖歌さんと同時にぼくもお願いしたのに、ガン無視して車を止める華彩音さん。レストランの前に止まった車のドアを自動で開けるサービス付きだ。この信者、無慈悲である。
「実は少し聞きたいことがありまして――ちょっと私とオハナシしましょうか♡」
このまま行ってはいけないと、ぼくの頭が警報を鳴らしている!なんでって?聖歌さんが満面の笑顔だからだよっ!
縋る思いで華彩音さんへ視線を送ると、さっと目を逸らされた。ですよねーっ!
本当の誘拐のようにぐいぐい引っ張られて連行されていくぼくを、華彩音さんはただ静かに目を閉じて見送っていた。
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21話 恋
聖歌さんに半ば連行されるように入店した店内は、営業していないのだから当然のように貸切で、聖歌さんは手慣れた様子で茶葉を選ぶと、紅茶をいれてくれた。お茶菓子まで用意されていたので、ここでお茶会をすることは店のオーナーも了承済みなのだろう。ランチをしたときに依頼したのか、元々の計画に入っていたのかは分からないけど。
手際の良い聖歌さんによってティータイムの準備は整い、テーブルの上にはオレンジの輪切りが煌めくパウンドケーキと、聖歌さんが手ずからいれてくれたミルクティー。最初の話題はやはりその味になる。
パウンドケーキなんて滅多に食べないけれど、今日のこれは格別に美味しいことは間違いない。オレンジの爽やかな酸味とケーキ自体のほのかな甘さが絶妙で、そこにまろやかな甘さのミルクティーが合わさることでなんとも言えない満足感が溢れる。
「このケーキは甘さが控えめなので、渋みが強くない紅茶が合うのですが、私としてはストレートよりもミルクティーの方がおすすめなのです」
「詳しいんですね。ぼくはこれまでの人生で紅茶の種類なんて気にしたこともありませんでした」
「茶葉、淹れ方、温度、少しの変化で味が変わりますから、一口に紅茶と言っても、奥深く繊細なものなのですよ」
得意気に話す聖歌さんの様子は何とも珍しく、本気で好きなんだなというのが伝わってくる。生徒会室に何種類もの茶葉や本格的なティーセットを用意していたくらいだから何となくそんな気はしていたけど。
「『聖女』が紅茶を好きなことに違和感はないでしょ?趣味として都合が良かったのです」
ぼくの考えていることを察したのか、聖歌さんは気恥ずかしそうに言い訳をした。そう、言い訳。あの語り口はオタクが好きなアニメについて語っているときのそれだった。キッカケは本当にそうだったのかもしれないけど、今となっては都合が良いとかそんなんじゃなくて、きっと純粋に楽しんでいる。聖歌さんにもそういうものがあったことに少し安心する。そういえば、歌成も聖歌さん程じゃないけど、紅茶とか拘りがあって詳しいんだよな。
『採点。この紅茶はドブ川に浸した落ち葉の味がする』
なんてことをそこそこでかい声で言って店の雰囲気が地獄になったことがあったくらいだ。なんでも子供の頃から飲んでたせいで舌が肥えたのと、無駄に知りたくもなかった知識があるから妥協できないってことだったけど、身内に紅茶好きでもいるんだろうか。あいつは家族の話とかしないし、しない方が良さそうな感じだからあまり知らないんだよな。
「こんなに美味しいと興味が出てきますね、ぼくもちょっと勉強しようかな」
「それは良い心がけだと思いますよ!今度一緒に茶葉選びに行きましょう!」
何となく呟いただけだったのに聖歌さんの食い付きが凄かった。キラキラのお目々はそれはもう期待に満ちていて、とても断れるような状況ではない。勿論、断ろうなんて思っていないし、こんなにワクワクを隠し切れない聖歌さんは微笑ましく、是非ともお供させて頂こう。紅茶に詳しくなれば歌成にドヤ顔できるかもしれないしね。
「楽しみなことが増えてしまいました」
こんなことくらいで楽しみにしてもらえるのなら、ぼくの役割としては十分な働きだろう。
ぼくの役割、つまりは聖歌さんが露出だなんて凶行に走ってしまった様なストレスを溜めさせず、健やかに過ごせるよう、良き理解者、
そんなぼくの考えをまさか読んだとは思わないけど、それくらい絶妙なタイミングで聖歌さんは次の話題を放り込んできた。
「真白君は、私がどうして薫に『私と真白君が付き合っている』と宣言したと思いましたか?」
「副会長に色々問いただされるのは嫌ですし、恋人ということにしてしまえば、副会長の性格ですから深く突っ込んでこないと思ったんですよね?」
やけに真剣な声色で投げ掛けられたその質問に、ぼくは当時思ったことや、今日の交流の中で感じたことから何となく導き出していた意味を答えた。
聖歌さんが咄嗟の嘘だったために混乱して、恋人ということにしてしまったのかとも思っていたけど、偶然遭遇した要への対応で確信した。副会長に対して『友達』ではなく『恋人』ということにしたのは副会長の性格を加味してのことだったのだろう。実際あの時、副会長は色々無理矢理過ぎる誤魔化しにも触れることなく呆然自失といった具合で去ってしまった。ピンチを乗り切れたのは友達ではなく、恋人という超インパクトのある答えだったからだ。後から考えれば、聖歌さんのミスではなく意図した発言だったのは明白。流石の頭脳だと感心するばかりだ。
「はぁ………」
聖歌さんの意図を今更ながらでも完全に理解できたと思っていたのに、返ってきたのは、心底駄目だというような、海よりも深く、梅雨のようにじっとりとした長い長いため息。
「……一応聞いておきますが、その後、私はデートにお誘いしましたよね?結局四人になってしまいましたが、
「気兼ねなく遊びたいってことですよね!ぼくは会長の事情を理解してますし、プレッシャーとか使命感とか、そういうのを忘れてリラックスしてもらえればって思ってます。なのでいつでも誘って下さい」
『聖女』なんて忘れて、普通の高校生みたいに楽しんでくれたら嬉しいって思っていたんだけど、何だかんだで四人行動になってしまったものの、凄く高校生らしく楽しめたんじゃないだろうか。そう今日のことを感じていたぼくは、こうして聖歌さんにどんどん楽しいことを提供していきたいと改めて思ったわけで、さっきの茶葉選びとか、これからも遠慮なく誘ってほしいと思っているのだ。ちょっと恐れ多いかもしれないけど、何か思いついたらぼくからも誘ったりして、本当に気兼ねない友人になっていきたいな。
「はぁ………………」
百点満点の回答のはずが、聖歌さんのクソデカため息が静寂の中、重く伸し掛る。先程より長いように感じるため息が途切れた頃には、聖歌さんがちょっとやばいくらい怒っているかもしれないと、最近中々察しが良くなってきたぼくは気がついた。
「あの……聖歌さん、もしかしてお怒りになっていらっしゃいます?」
「いえ、そんなことないですよ?」
恐る恐る訊ねると、綺麗に微笑む聖歌さん。いや聖歌様。どう考えても、そんなことない人の笑顔ではない。
「真白君がどう答えるか、95%程は想定通りでしたが、残りの5%が随分と酷かったもので、引っ叩こうかと思ったのを止めたくらいです」
「それは怒っているのでは!?なんでぼくは今日だけで2回も引っ叩かれそうになってるんですか!?」
「ふふ、冗談がお上手ですね。ちなみに今ので3回目になりましたので更新してください」
「なんて理不尽!」
ぼくに対して『聖女』の仮面をすっかり外してくれていると好意的に捉えるにしては酷すぎる。そんなに頻繁に叩かれてたら漫画みたいな腫れ方するんじゃないだろうか。ヘッドギア買っておこうかな!
ぼくがあまりの理不尽に現実逃避している間も、聖歌さんは何やら小声で呟いている。俯いていても分かるくらい顔が紅潮しているのはそれだけ怒っているということなのか。ヘッドギア、明日には届くやつを探そう!
「……全く、なんて理不尽はこちらの台詞ですよ……ここまで言われて、それでも
突然、意を決したように聖歌さんが立ち上がる。何事かとぼくが目線を上げて聖歌さんに合わせれば、そのあまりの真剣さと気迫に言葉を挟むことも出来なくて。
だから、その後に続いた聖歌さんの言葉は何の準備も出来ていないまま、ぼくに降り注いだ。
「――私は……神宮寺聖歌は、綾辻真白君のことが好きなんです」
震えを無理矢理抑えたような声は、決して大きくなかったのに、自分達以外、世界が止まってしまったと錯覚するほどに良く響いて。
発せられた言葉の意味を理解する前に、その、止まった世界で聖歌さんの言葉は続く。
「私の全てを捧げてもいい。これまでの何もかもを投げ捨ててもいい。ただ貴方だけが欲しいんです」
『聖女』として相応しくあろうとしてきた少女の、剥き出しの感情が、代えがたい願いが、深淵からの渇望が、痛いくらいに伝わる。
「何回でも言います。私は貴方のことが好きです。愛しています」
それはストレートで、勘違いのしようもなくて。紅潮し熱に浮かされたような艶のある表情、ぼくだけをいっぱいに映した蒼穹の潤んだ瞳、緊張と深い感情が込められた甘く透き通った声。
どこまでも真剣で、限りなく真摯なそれは、紛れもなく告白で。
文武両道、容姿端麗、羞花閉月の高嶺の花、全校生徒の憧れ、『聖女』神宮寺聖歌に、ぼくみたいな、なんの取り柄もないやつが告白されるなんてシチュエーションは、それこそ1000回転生したって起きないような奇跡なわけで。
なのに、どうして、ぼくの口は開くことなく、ただ馬鹿みたいに、聖歌さんの美術品みたいな顔を見つめるばかりなのか。
「やはりそうですか……」
何も答えられないぼくに、最低最悪なぼくに、どうしてか聖歌さんは、凄く穏やかな表情を向けた。そして、ゆっくりとその口を開き、
「真白君、貴方には――『
蘇る記憶。
黒く塗り潰されたように顔は見えないのに、その一挙一投足が昨日のことのように動き出し、心臓は震えるように鼓動を速くする。
『はぁ?あんたとか財布だから財布!何、彼氏面してんのよ、鏡見たことあんの?オタクがいつまでも夢見てんじゃねーよ、キモいんだよ!』
そんな、もう忘れたい、なのに
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
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キャラクター・用語紹介《表》
更新がとても長いこと止まってしまい、ご心配をおかけしました。気長にお待ち頂いていた方、本当にありがとうございます。
停止期間が長かったので、まずは1度キャラクター・用語の紹介を挟みます。連載開始時のキャラクターメモにちょっと付け足したものですので、これから変更の可能性があり、また本編との矛盾がありましたら適時修正していきます。
今回の紹介は《表》編となっておりますので、綺麗な紹介となっております。
【メインキャラクター】
3月から神宮寺学園のある街へ引っ越してきた高校1年生。
とある出来事から前世の記憶が蘇り、この世界がかつてプレイしたゲームに酷似していることに気がつく。
前世の知識を活かし、ヒロイン達を救うべく奮闘する。
所属 神宮寺学園生徒
趣味 アニメ
特技 家事(特に料理) ゲーム
苦手なもの 何事も信じやすい
好きなもの アニメやゲーム全般
嫌いなもの 目立つこと 浮気
神宮寺聖歌から一言
「将来はきっと立派な調教師になりますよ♡」
『聖女』と称される稀代の美少女。銀髪碧眼。崇拝レベルのファン『信者』が多く存在する。文武両道、容姿端麗、羞花閉月の超人。誰にでも優しく平等で公平な態度の素晴らしい人格者。広義では人格者。
所属 神宮寺学園生徒会 会長
趣味 紅茶
特技 大体なんでも出来る
苦手なもの ???
好きなもの 投資、深夜徘徊
嫌いなもの 神宮寺聖歌
とある信者(職業シェフ/男性)から一言
「神宮寺聖歌様最強!神宮寺聖歌様最強!」
女性にしては高いスラッと伸びた背丈に、黒髪ポニーテールの美少女。身体能力が高く、神宮寺聖歌を除けば学年トップを誇る。二階堂家の武術は一通り修めており、銃火器も訓練を受けているため多少扱える。
所属 神宮寺学園生徒会 副会長
趣味 ダーツ、ランニング
特技 運動・武術
苦手なもの 機械、細かいこと、ホラー
好きなもの 友達、卵料理(特に卵焼きとオムライス)
嫌いなもの 駅、鳩
二階堂華彩音から一言
「ずっと前に友達から貰ったぬいぐるみを抱いていないと中々寝れないそうですよ。可愛いですよね」
金剛要/早乙女歌成
金剛要としては男子の格好を、早乙女歌成としては女子の格好をしている。神宮寺聖歌は実姉。
以下、それぞれの人物について紹介する。
神宮寺聖歌の従兄弟。綾辻真白と同じクラス。アッシュグレーの髪をショートボブのようにした髪型。
ピアノの世界的コンクールで優秀な成績を取ったことがある。成績優秀な優等生でクラスの中心人物。その整った容姿から女子からの人気は高い。父の会社でデザイナーを務めていることもありファッションセンスも良い。
綾辻真白から一言
「高校で出来た初めての男友達!今度、歌成に自慢しようと思う」
綾辻真白の親友。独特の口調と毒舌が特徴。髪型は色も長さも頻繁に変わる。但し、銀髪にすることはない。現在は黒髪ロング。
綾辻真白から一言
「毒舌はまあ良いんだけど、スイーツ巡りに連れ回すのは程々にして下さい。せめて男の格好で来てくれるとぼくの気まずさが緩和されるんだけど……無理かぁ。歌成って女装以外見たことないもんなー」
趣味 マスキングテープ集め、スイーツ巡り
所属 神宮寺学園生徒会 会計 / 綾辻真白の親友
特技 習字、ピアノ、歌、料理、絵
苦手なもの 運動
好きなもの 親友、服、アクセサリー、スイーツ、アニメ、ゲーム
嫌いなもの 両親、神宮寺聖歌、自分
二階堂薫の従姉で神宮寺聖歌の外出時に運転手兼護衛を担当。
クセっ毛で跳ねるように所々が飛び出している長い黒髪に、細いフレームの丸眼鏡。海外モデルのような肉感的なスタイル。
二階堂家の最高傑作と称される戦闘技術を有しており、その一点においては神宮寺聖歌すらも超越している。
趣味 ドライブ
所属 大学生 神宮寺家運転手兼護衛
特技 破壊
苦手なもの 地図 方向音痴
好きなもの 神宮寺聖歌 車
嫌いなもの 暴力
二階堂薫から一言
「普段は温厚でふわふわしているが、キレると何をするか分からん。数年前にも聖歌が『今日は外が騒がしいですね』と言っただけなのに周辺の暴走族を壊滅させ……おっと、これは無かったことになったんだったな」
【サブキャラクター】
オーナーシェフ
人気の洋食店を営むオーナーシェフ。
神宮寺家に勤めていたが、幼少の頃の神宮寺聖歌が料理を残したため、その責任を取らされてクビになり、その後は海外の超一流レストランで腕を振るっていた。
神宮寺聖歌が投資として、土地・建物・仕入先・従業員を斡旋して開業資金の大部分を援助することで、日本にて自分の店を開業。
神宮寺聖歌の信奉者。尚、本人は神宮寺家をクビになった際も神宮寺聖歌は一切恨んでおらず、海外での修行も再び神宮寺聖歌に食べて欲しい一心であった。
既婚者。
【用語】
神宮寺学園
神宮寺聖歌の祖父が理事長を務める学校。全国でも三指に入る名門校。同系列の中学校が存在し、そこから進学する者が多い。
神宮寺学園生徒会
生徒会役員は基本的に定員5名。現在は女生徒4人、男子生徒1人。
生徒会長は生徒による投票で決定し、その他の役員は生徒会長が任命する。大きな権限を持ち、数百万円単位の金銭を生徒会の裁量で動かすことが可能。
大学進学に有利になるだけでなく、神宮寺学園生徒会経験者は上流階級の間では高いステータスとなる。
ダイヤモンドメイデン
多少オシャレに興味があれば誰でも知っているような世界的に有名なハイブランド。女性から絶対な人気を誇る。金剛家が経営している。
ブランシール
金剛要がデザイナーを務めているファッションブランド。
元々女子向けのファッションブランドである『ダイヤモンドメイデン』が、男性向けに新しく立ち上げたブランド。
優秀なデザイナーの卵の発掘と、コストダウン、若年層を狙うために若い新人デザイナーを多く起用している。業績は順調。
ブランド名は社長曰く、「息子の案を採用した」とのこと。
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22話 対立と追憶
「25分13秒……想定していたより随分遅かったですが」
「
要は聖歌によって真白が誘拐されたことを悟ってすぐに追跡を諦めた。正確には諦めざるを得なかったのだ。真白を誘拐した聖歌の邪魔をするための
そう、遅かったが故に真白は既にこの場にいなかった。聖歌が残っていたのは要がここへ来るはずだと考えていたからだろう。
「真白君なら華彩音に家まで送ってもらっていますよ」
「副会長なら適当に撒いてきたんでその辺で彷徨ってますよ」
「そっちも華彩音に拾うよう伝えておきますね」
行間が吹き飛んだかのようなテンポの会話はこの2人独特のものだろう。要は強く否定するだろうが根本的なところが似ているのである。その会話はお互いに相手の回答や考えを予測しているため傍から聞いていると少々おかしな会話に聞こえる。
「……相変わらず、紅茶だけは美味しい」
「相変わらず、そこだけは素直ですね」
聖歌が手ずから淹れた紅茶は真白ですら味の違いを感じるほどの出来栄えだ。昔から紅茶好きな姉に付き合ってきたために舌が肥えている要も、当然ながらそこに不満はない。素直に称賛を口にしつつ、舌鼓を打つ。聖歌はそれを少し懐かしそうに微笑んで眺めていた。
「――綾辻真白には関わるな。あれはボクのなんだ」
「無理です♡」
一通り紅茶を楽しんだのか、突然口を開くなり辛辣な言葉をぶつけた要に、聖歌は笑顔で即答した。ピキリッと要が顔を引きつらせる。
「なんでそこまで真白に執着する?平等に公平に人と接するのが神宮寺聖歌だろ」
いつだって平等だった。要が神宮寺家を出るときでさえ、そのスタンスは崩れなかった。なのにそれを覆そうとしている。
「『神宮寺聖歌』はそうでしょうね。あなたの『キャラクター』と同様に与えられた役割を果たしているに過ぎませんから」
「アンタはそれに忠実だったはずだろ。そうでなきゃいけない。今更、役割を放棄するのか」
神宮寺家の次代当主という聖歌の未来は変えようのない決定事項。そのための役割を聖歌は忠実にこなしてきた。
神宮寺聖歌が生まれる前と後では、日本の勢力図がガラリと変わったほどに彼女の存在は大きい。『聖女』に課せられた使命は運命は常に誰かに影響を与え続ける。
「放棄はしません。私は『神宮寺聖歌』を受け入れ、その上で『私』として生きることを決めたのです」
「御託はもういい。姉さんは、『神宮寺聖歌』はいつもそうだ。いつも、いつも……全く理解できない」
次元が違う。同じ世界に神宮寺聖歌はいない。
憧れたことも、慕ったこともあった。恨んだことも、憎んだこともあった。しかしその全ての感情が『神宮寺聖歌』に届いたと思ったことはない。
「そうですね。誰も『私』を理解してくれなかった……今までは」
悲しそうに聖歌が笑う。そう、悲しそうに、だ。なのにどうしてか要にはそれが恋をする乙女の表情に見えた。
イライラが募る。神宮寺聖歌はそうじゃない。完璧で平等で公平、正しく聖女なのだ。そうでなければ――なんで自分が捨てられなくちゃいけなかったのか。
「
これ以上奪わせない。自分の何もかもを否定し、捨てたくせに、さらに奪うなんて許せるはずがない。
唯一の生きる道標、真白がいるから生きていて、真白のためだけに生きている。
この手に残ったこの
切り替わる。自分の中の『キャラクター』が。
神宮寺聖歌の従兄弟、爽やかなイケメンで、ピアノが得意で、成績優秀な優等生・生徒会書記――金剛要から。
我儘・傲慢・毒舌・気分屋・自己中・理不尽の性格最低、外見美少女の綾辻真白の親友――早乙女歌成へ。
それを聖歌は敏感に感じとった。自身の知らない要の『キャラクター』。それから向けられる敵意・悪意・害意に体が震える。ああ――なんて心地良くて楽しいのだ、と。
「おや、ちょっと遅めの反抗期ですか?姉としてはそうした成長もまた嬉しいものですねぇ。ですが――」
また昔のように遊べば良い。鬼ごっこをしたときのように、かくれんぼをしたときのように、チェスや将棋をしたときのように。但し。
「あなたが私に勝てたことなんてありましたっけ♡」
勝つのはいつでも神宮寺聖歌である。
「
「私はあなたのことが好きですよ」
2人は正反対の表情で正反対の言葉をぶつけ合う。
嫌悪感を隠そうともしない歌成と、無邪気に微笑む楽しそうな聖歌。沈黙が続き、先に口を開いたのは歌成だった。
「帰る」
「おや、良いのですか。何か言いたいことがあったようですが」
「ない」
「残念です。私としてはもっとお話をしたいのですが……
聖歌の言葉に押し黙る歌成。自身の『キャラクター』が聖歌の言葉によって乱れているのを感じる。
歌成としては、ここでは何も言わずに帰るのが正解なのは分かっているが、やられっぱなしで亀のように耐えているだけでは終われない。少しでもこの溜まったフラストレーションを吐き出してやろうと、ニッと笑った。
レストランのドアを開け、外へ踏み出すと、歌成は聖歌の方へ振り向き、要のときには見せることがないであろう、僅かに頬を高揚させた艶めかしい表情を隠そうともせず、ちろりと舌を見せて言う。
「追伸。
言うだけ言って、そのまま閉まっていくドア。
静まり返った静寂の中、バタンッ、とやけに大袈裟に閉まる。
「……は?」
神宮寺聖歌の観察眼が、今の発言が嘘でないことを見抜く。そう、嘘でないということは真白が歌成と一緒に寝たのは覆しようのない事実であり、真白と一緒に寝るなんてそんなことはまだ聖歌は達成していないわけで。
「……とりあえず真白君は監禁でもしましょうか」
聖歌が一瞬、危な過ぎる思考に堕ちかけたのを止めたのは、彼女の良心か、常識か、はたまた口にしてる紅茶の効能か。
とにかく真白は全く知らぬところで監禁の危機を脱していた。
◆
要を見失い泣きそうになりつつ街を彷徨っていた薫はなんとか華彩音に保護され、自宅まで車で送ってもらうことになっていた。
「要のやつ、私を置き去りにしたんだぞ!あいつには先輩への敬意というものがないのか!」
「まあまあ、薫ちゃん。要君が遠慮せずに接してきてくれるのも、それはそれで良いことだと思うなぁ」
そもそもにして、聖歌にゲームセンターで置き去りにされたことは完全に忘れているらしく、その怒りの矛先は要にのみ向けられていた。そんなことは聖歌と共謀して真白を誘拐した華彩音も分かっているはずなのだが、華彩音のルールでは聖歌こそが正義であり法律であり聖典であるため、微妙にズレたフォローとなった。当然、そんなフォローでは薫の怒りは収まらない。諌めようとしてくる華彩音に共感してもらうため、さらなる燃料を投下する。
「華彩音姉さんは要が聖歌にナメた態度を取っても許せるのか!」
「えっ、それは殺しますよ?」
「いや、殺すなよ!?」
大炎上した。
神宮寺聖歌信者の中でも過激派の華彩音には行き過ぎた燃料だったのである。いくら生意気な後輩とはいえ流石に死んで欲しいとまでは思わない。この思想が強すぎる従姉妹の前では大人しくしていてくれと願うばかりである。華彩音の目茶苦茶な炎上を見て要への怒りは収まったものの新たな心配事が出来てしまうのだから、薫の苦労体質も中々だ。
「では、私は聖歌様の元へ向かいますのでここで」
華彩音は現在、大学への通学と神宮寺家への出勤がしやすい立地のマンションで一人暮らしをしているが、幼少期をずっと過ごしてきた実家が、現在も薫の住む二階堂家本家だ。
木造の日本家屋と美しい庭園は夜の暗い中でも月明かりによって照らされ、妖しい独特の雰囲気がある。その玄関で話をしている2人からすればただの実家でしかないのだが。
「行ったり来たり申し訳ないな」
「いえいえ。あ、そういえば――」
何かを言いかけた華彩音だったが、護衛用の携帯端末が震えたことで、はっと意識を移した。この端末には基本的に聖歌からの連絡しかこない。つまりは聖歌から連絡があったことを示す合図だからだ。即座に端末を操作しメッセージを確認した華彩音はピシッと姿勢を正す。
「聖歌様の用事が終わったみたいなので、続きはまた今度で!では!」
その高い身体能力で薫が何やら口を開こうかとした頃には遥か先にまで走り抜けていた。全速力で車まで向かっている様なので薫が何を言っても振り向きもしないだろう。
「お礼を言う間もなかった……相変わらず慌ただしい人だな」
戦闘面においてはこの上なく頼りになり、昔から尊敬してはいるのだが、どうにも慌ただしく心配になる薫。歳上の従姉妹を心配しつつも、まあ聖歌に従えている分には悪いことにはならないだろう、と絶大な信頼を寄せる親友に問題を丸投げして薫は実家へ帰宅した。
「何か言いかけていたが結局何だったんだろう……」
「うーん、聞きそびれちゃったけど、やっぱりあの子、真白君って――昔、薫ちゃんといつも一緒にいたお友達よね?」
車を走らせながら華彩音は昔のことを思い出していた。
思い返してみれば、いつも誰かの影に隠れているような大人しい女の子だった薫が、今のような生真面目で堅い性格になっていったのも、その友達と離れてからのように思える。
いつも一緒で、無二の親友だった様に思えた。所謂幼馴染みという関係だったろう。それが突然、全く話を聞かなくなり随分経つ。
「あんなに仲良かったのに、喧嘩別れしたって聞いてたけど仲直りできたのかなぁ」
そんな華彩音の疑問は道を間違えて迷子になった瞬間に消し飛んで消えてしまった。
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
すごくモチベーションになっております。
では、次話もよろしくお願いします。
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23話 天命者
極一般的なリビングでやるには洗練され過ぎた所作でティーカップを掴んだのは早乙女歌成。その装いは春らしいカジュアルなロングワンピースで、美しい所作も相まって良家のお嬢様の様な印象を受ける。
「急変。用意していた切札は、恐らく想定した通りの効果をなさない」
長い黒髪を耳にかけながら、歌成が紅茶に口を付けて顔を顰める。それを面白そうに眺めていたのは黒髪に真っ赤なインナカラーが特徴的な女だ。
「えっと、見た目も言動も歌成ちゃんだけど、雰囲気が微妙に違くない?今はどっちなの?歌成ちゃん?要ちゃん?
「悪趣味。歌成でいいですよ。まあ、姉さんが執拗にキャラクターを壊そうとしてきたので、要と少し混ざっていますが」
ニヤッと笑みを浮かべる女に冷たい視線を向けた歌成がため息を吐く。聖歌との対話によって感情を乱され、本来交じるはずのない『キャラクター』同士の境界が崩れかけている。
聖歌が真白への告白を終えた後も店に残り、要を待ったのはその対話によって真意を探るため。そのために聖歌は要の感情を揺さぶり、『キャラクター』の破壊を目論んでいた。
「キャラクターが崩れるなんて結構ギリギリだったんだ。聖歌ちゃんを相手にするには荷が重かったかな?」
「肯定。要はそういう目的で作ったキャラクターじゃないですからね。学園で生徒に好かれてチヤホヤされるような設定なので」
早乙女歌成、金剛要と
現在の人格である歌成や、真白の同級生・要はその目的に合わせて作られた人格であり、それは『キャラクター』と呼称されている。
キャラクターを切り替えることで、声も仕草も特技も変わり、その切り替わり様は変装と組み合わさることで知人ですらも完全に別人と錯覚させる超高精度だ。
但し、人格と称しているもののそれは、そうとしか考えられないほどの変化があるだけで実際は作り出した設定を演じているに過ぎない。
【
そう、とある天才に名付けられたそれは、まるで複数の人格を持っているかのように錯覚させる程の異常な演技力であり、他の誰にも真似できない天賦の才である。
そして、そのような才を持つ者は総じて――
「君も聖歌ちゃんと同じ『
――『天命者』と呼称されている。
この世界には時折、才能という言葉だけでは証明できないほどの卓越した能力を授かっている者が現れる。それは殆どの場合が生まれたときから持っているものであり、後天的に得る例は滅多に確認されていない。
この世界の人間が知ることはないが、『天命者』とはつまり――真白の言う『原作』においての『原作キャラクター』及びそれに付随した設定が存在する者である。
ゲームではフィクションとして物語を盛り上げるために付加された設定が、現実として反映されているのだ。それはまるで神から才能を与えられた超人のように感じられただろう。
この世界においてはそうした人間は、かつてより崇められこの国のトップとして君臨していた。
「否定。姉さんと比べればただの凡人ですよ」
「まあ、聖歌ちゃんは他の天命者と比べても別格だけどさ。私は君にならそれを超えられると思ってる」
キリッとした表情で真剣に歌成を見つめる女だったが、歌成は胡散臭そうにジト目を向ける。すると、にへっと笑ってダラダラとし始めたので先程の言葉にどれだけの真剣さがあったのかは謎である。さらに歌成からの視線が冷たくなったので女は話題を変えた。
「それで、切札の話だよね。私の見立てでは、背中を押すように絶望を押し付ければ勝手に崩れてくと思ってたんだけど……今の聖歌ちゃんの様子を聞いた感じだと、それじゃあ無理そうだ」
神宮寺聖歌を打倒できるのは神宮寺聖歌だけ。
歌成は半信半疑であったが、女曰く、神宮寺聖歌には昔から自罰的なところがあり、自身への嫌悪感があったという。切札とはつまり、それを増幅させる火種。神宮寺聖歌に神宮寺聖歌を殺させる程の情報であった。
歌成はその情報を女から得て、切札としていたのである。しかし、聖歌の精神が聞いていたよりも安定していて、それが揺らぎ、壊れるとは到底思えなかったため、切ることはなかったのだ。
「下準備は大変……でもすごい面白いプランがあるんだけど、乗る?」
「論外。快楽主義な上に、誰かを不幸にするのが大好きな先輩のプランなんて碌なもんじゃない」
「いやいや、私も改心したんだって。それに私が好きなのは私のことを想って失意に墜ちた、いじらしい様子だから。別に人の不幸が好きなわけじゃないから」
「笑止。ドクズであることに変わりないんで」
付き合いの長さだけなら真白よりも長いこの女のことを歌成は、自分以上のクズだと認識している。純粋に、無邪気に、無垢に、人を悲しませて曇らせることで悦に浸る異常性癖者。その女のプランなど1ミリも良い予感がしない。
「えっ、好きな子の曇り顔とか見たくない?」
「…………否定。別に興味ない」
「ちょっと葛藤してんじゃん。歌成ちゃんのむっつりー」
このこのーっと頬をつついてくるのを振り払うも、頭をくしゃくしゃと撫で回される。別に「真白が自分のために悲しそうにしてたらそれは最高かもしれない」なんて全く思っていないと歌成は心の中で強く否定する。特に思ってはいなかったが念入りに否定しておいた。
「めっちゃ酷い言われようけど、歌成ちゃんさ。誰が君に真白を紹介してあげたと思ってるの?」
「老害。昔のことをいつまでも偉そうに」
「そーんな昔から紹介してあげてたのに、ライバル登場で焦ってるヘタレさんもいたっけなぁ〜」
「……忘却。話を戻して、プランがどうとかという話を聞こうか」
親友というポジションに満足し慢心していたのは否めない。真白の周りに女が近寄らないよう常に操作もしていたし、高校に入ってからもクラスメイトとして真白を守ってきたが、どこかで自分が真白の一番だと思っていた。
それに『真白が恋愛感情というものを一切持っていない』ことに気がつき真っ先に親友というポジションを確立した自分が負けるはずがないという確信がある。恋人が存在し得ないのならば、次に重要なポジションは親友だというのが歌成の結論だった。
それこそ、久し振りに再会した幼馴染みだとか、昔結婚の約束をした運命の相手だとか、フィクションの世界にしか現れなそうな存在でも出現しない限り揺らぐはずのない事実だった。
なのに、そこへよりによって神宮寺聖歌の介入。それもあの表情、聖歌が真白へ抱く執着は間違いなく――恋。
「……あのスケコマシが」
「ふふ、本当に聖歌ちゃん誑し込んだのなら真白も最早『天命者』レベルだよ」
神宮寺聖歌を手に入れるということはこの国を取るということに等しい。これからこの国で行われるであろう権力争いは、結局のところ神宮寺聖歌を巡った戦いに過ぎないのだから。
ただ、女の考えは違う。そんな決まり切った未来など面白くもなんともない。世界は面白く、人は愉快に、涙は最高の美酒。だから変える。神宮寺聖歌を――へし折る。
「さてさて、それじゃあお教えしましょうかね。最高に刺激的なプランを、さ」
拗ねたように頬を膨れさせている歌成に笑いながら、女は歌成の要求通りに話題を忘却し、話を先に進めることにした。
「はぁ……悲劇。先輩みたいな最低で最悪なドクズサイコパス女と一蓮托生とは。先輩が――
「ふふ、そんなこと言わずに一緒に拝みましょうよ。可愛い可愛い神宮寺聖歌の格別な曇り顔を、さ♡」
聖歌の曇り顔を思い浮かべて恍惚の笑みを晒してる女にドン引いた様子の歌成であったが、この表情を浮かべているときの女がどれだけ綿密で狡猾なことを仕出かすかは良く知っていた。
「ふはっ、面白くなってきたねぇ、聖歌ちゃん。
ゾッと鳥肌が立った歌成に、女――綾辻真白の姉である綾辻
人を曇らせることに至上の快楽を覚えるサイコパス女が、静かに動き出したのだ。
【神宮寺聖歌、23時〜24時の間に家の外壁を飛び越えて外出する習慣あり(外壁センサーの一部に故障、もしくは不具合が存在する模様)】
【外出後、コンビニエンスストアにて甘味を購入し、夜の散歩を決まったルートで行う。帰宅時間は正確で外出後30分誤差1分以内で帰宅する】
【頻度は週に1〜2回、木曜日が高頻度】
歌成が紅茶のおかわりを用意するべく台所に消えると、白亜は自身のスマートフォンに記録した情報をなぞりながらニヤニヤと笑う。
「……まあ、聖歌ちゃんに真白けしかけたの私だけどね♡」
歌成の入れ込みようから、聖歌も真白に入れ込むのではないか、と思いついたのがきっかけだった。あの2人は結局のところ似た者同士なのだ、もしかしたら上手くいくかもと、ちょっとしたお遊びのつもりだったのである。
学校内は調査が困難であったが、学校外であれば調べる手段などいくらでもある。神宮寺聖歌の行動パターンを調べ上げ、そのルートに当たるように真白をパシった。
『ポテチ食べたい、買ってきて』
聖歌が外出する頻度の高い木曜日は、深夜アニメのリアルタイム視聴のために真白は起きているため、そうお願いすればコンビニまで誘導するのは容易かった。
まずはそうして何度か真白を外出させ聖歌と会うように仕向け、お互いを何となく認識してきた頃にイベントを起こさせて距離を近づけさせてみようと、そう思っていたのだ。なのに。
『帰り遅すぎじゃない?』
『いや、ちょっと知り合いにあって。えっと、その、女の子だし!夜危ないから家まで送ってきた!』
『はぁ?真白にそんな親しい女の子の知り合いなんているわけないじゃん。……歌成ちゃんが見張っているんだから』
『い、いるかもしれないじゃん!夜中にコンビニまでパシらせた弟に良くそんな酷いことが言えますね、お姉様!』
『ポテチ一つまともにお使いできない弟にはそれくらい言っても許されるのだよ。なんならもっと言っても構わぬよ、年齢=彼女いない、純情少年よ。お姉ちゃんがお手々くらい繋いであげようか?』
『よし、お姉様。この高級アイスを献上致しますのでお怒りを鎮めて頂けないでしょうか』
『うむ、苦しゅうない。これからも励めよ』
帰りが遅かった真白を詰めれば間違いなく何かあった様子。歌成から真白がデートをするという話を聞いたのはその翌々日だ。真白と聖歌が出会ったのはこの夜で間違いない。
それはつまり、ただの一回で聖歌は真白に入れ込むどころが、完全に恋をしているということ。
日本中の権力者の大人達が媚びへつらい、もしくはどう追い落とそうかと苦心している中、ただの高校生があっさりと神宮寺聖歌を手にしようとしている。
どうしてそうなったのか、1回目じゃどうもならないだろうと、真白を尾行しておかなかったことに後悔しかないが、理由はともかく、現実として神宮寺聖歌の心は完全に真白へ向けられていることは確か。
「流れが来てる……これなら考えていたよりずっと早く手が届く――この国の『王』に」
日本という国において絶大な権力を持つ三家。神宮寺家を含めたこの三家による権力争い、『王』を決める戦いは近い。
神宮寺聖歌が真白に落ちればその戦いを制するのは容易くなる。
「私がきっと
白亜にとって『王』に相応しいのは神宮寺聖歌ではない。『王』となるべき人間は、『神』のように傲慢ではなく、『天』のように見下さない――心優しき『竜』こそが『王』となるに相応しい。いや、そうあるべきなのだ。故にそのためであれば。
「――例え真白を失うことになったとしても」
何であっても犠牲にできる。
感想・高評価・ここすき、本当にありがとうございます。
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では、次話もよろしくお願いします。
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