フラウに人生を狂わされる話 (フラウすき)
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抗えない “力”

 フードを被った女が一人。

 雑踏のなかで花の香りを漂わせて歩く。

 胸元の赤く光る宝石を手で玩びながら、ひとりの少年を見つめて。

 

「――」

 

「うん、あの子がサブプランになるの?わかった。」

 

 語り掛けるは運命を構成せし誘惑の “悪魔”

 “力” はその言葉のままに行動する。

 契りによって。定めによって。

 


 

「ねえ、ちょっと、君!」

 

 びくり、と震わせた肩を掴まれる。

 恐る恐る振り向けば、フードを被った女がひとり。

 

「ああ、顔も見せないのは失礼だよね、ごめんね」

 

 ぱさり、と女がフードを下ろせば、丁寧に編まれた銀髪とエルーン族特有の動物的な耳。

 

 そして、思わず息を飲むほどの美しい顔立ち。

 

「……っ!」

 

 フードで顔を隠すのも納得がいくほど、整った顔立ちだった。

 美醜の判定に自信がない○○でも確信をもって答えられるほど、目の前のエルーンの女は美しかった。

 伸びた睫毛、意志を秘めた目元、少し弧を描く小さな口。それらが狂いなく収まる小さな顔。すらりと長い脚に、高い身長。

 なにより、ふわりと漂う花の香りが心を溶かす。

 

「聞きたいことがあるんだけど、ちょっといいかな?」

 

 わざわざ姿勢を丸くして、上目遣いで○○を見上げる。

 これまで、その美貌を活かして生きてきたのだろう。

 あまりにも自然で、手慣れた動作だった。きっと断られたこともなさそうで。

 

――確実に面倒なことだ。断らなければならない。

 

 そう○○の頭は導き出した。

 しかし、そんな冷静な思考と裏腹に、目を合わせた瞬間から心臓はどきりと跳ねて使い物にならなくなった。

 心を奪われるとはまさにこのことなのだろう。

 19歳を迎えたばかりの○○には、とても耐えられない魅了だった。

 

「あっ、えっ……と」

 

――早く返事をしなければ。

 

 断ろうとして、申し訳なさで一瞬言葉が詰まった。

 

 その隙を見せた瞬間だった。

 

「……だめ?」

 

 薄く笑って、首を少し傾ける美女。

 答えを迫るように、顔を近づける。

 息がかかるような距離で、思わず息を止めてしまう。

 ああ、そうやって何人を言いなりにしたのだろう。

 心臓の鼓動のペースも、会話の主導権も、冷静な思考も奪われてしまっていた。

 

――断れば、このひとはどんな悲しい顔をするのだろう。

 

――頼みを聞いてあげれば、このひとはどんな嬉しそうな顔をするのだろう。

 

 気付けば自らの損得ではなく、この女が○○の行動原理の中心に入れ替わっていた。

 

「少し、だけなら」

 

 この女が美貌を持って生まれて、そして○○が男として生まれた。

 それだけで、この会話は最初から筋書き通りに進む以外ありえなかった。

 何者も抗えない魅力、光を女は持っていた。

 

 

「蒼い髪の少女……?」

 

「そ。見たり聞いたり、してないかな?」

 

 記憶にはなかった。

 人探しという、予想よりも真っ当な質問に安堵して。

 しかし、この女との縁がこの会話で終わってしまうことがとても恐ろしく思えた。

 

――この機会を逃したくない。

 

 あわよくば親密になりたい。

 面倒事を避けたいという思考はとうに溶かされて、ただ女に魅了されていた。

 

「見たことない、です。でも、何か手伝えることがあったら――」

 

――何でも手伝います。

 

 喉から出掛かった言葉を押し留めて、努めて平静を装う。

 とうに女には見透かされているだろうけれど、○○は必死さを悟られたくなかった。

 

「そっか。私はその蒼い髪の少女を探して旅をしてるんだけど……。それなら、この街を案内してほしいかな。商店とか食堂とか!」

 

 なんてことはない、平々凡々な「頼みごと」に緊張が解けていく。

 屈強な男が出てきて金品を脅されるわけでもなければ、怪しい美術品を売りつけられるようでもなかった。

 ただ偶然、美しい女が声を掛けてきただけ。

 思わぬ幸運に内心狂喜しながら、なんてことないように返事をする。

 

「それくらいなら、全然大丈夫ですよ」

 

 だから、わずかに残ったすべての理性を不意打ちに奪われた。

 

「本当!? ありがとう! 私、ずっと一人旅だったから寂しかったの!」

 

 そう言って女は○○の()()()()()

 

 手を握った!

 

 あまりに予想外の出来事で、ただ柔らかい人肌の温度に意識がすべて持っていかれていた。

 全ての身体感覚が手に移ってしまったかのような錯覚。

 しっとりとした手は、少しだけ○○の手よりも温かくて。

 女の両手の長い指が、○○の右手を掴んで上下に振っていた。

 緊張で流れた手汗のことや、見知らぬ女を警戒することは全て頭から消えて、女の声だけが頭に響いていた。

 

「あ、自己紹介を忘れてたね。私はフラウ! よろしく!」

 

 呆然と、握られた手が離されるまで○○は自分の名前を返せなかった。

 

 

 場所を変えて、街中の食堂にて。

 フラウと○○は向き合って座り、○○が勧めたメニューを二人で注文していた。

 

「私が話しかけるちょっと前、○○が魔物の戦利品を買い取ってもらってるのを見たんだ」

 

 確かに、○○は森で魔物を狩っていた。

 旅の資金集めのために、依頼をこなす形で収入を得ている。

 魔物の討伐は危険が付きものだが、腕に自信があるためにその手段を選んでいる。

 

「○○って旅の途中なんだよね?」

 

「はい」

 

 淡泊な返事をした。

 親しい商人と会話をしていたため、次の島へ発つための金が貯まりつつあることも話していた。

 盗み聞きされていたとなれば、ほとんど骨抜きだった○○にも猜疑心が蘇る。

 

「ごめんね、盗み聞きの意図はなかったんだけど……」

 

「いえ、聞こえるような声量で話していた俺も悪いですから」

 

 これから予想されるのは、「お金に困ってて……」だとか「母が病気で……」といった定型文で、人情につけこんで金を借りようとする発言だろう。

 ○○は目の前の食事に意識を向けて、フラウの顔を見ないようにした。

 金の話を出されれば、顔を見ないで逃げる。

 すぐに席を立って、ごめんなさいと一言断って逃げる。

 頭の中で、○○はフラウの魅力に流されないように行動を固めた。

 

「ねえ○○」

 

 そう、甘い声でフラウが○○を呼ぶ。

 目線を上げないことには、話の続きもないだろう。

 しかし、目を合わせずに素っ気ない態度を取れば、この人の多い食堂で目立つのも確かだった。

 

「どうしました……ッ?」

 

 嫌な予想を立てながら目を合わせた瞬間、再び○○の心はフラウの瞳に吸い込まれた。

 薄く笑うピンクの唇は、何かしらの口紅が塗られているのだろうけれど、○○にはよくわからなかった。

 ただ、目の前の女の頼みは聞いてやらねばならないという気持ちがふつふつと湧いて、手に持ったフォークが力なく机の上に落ちた。

 

「私も旅に連れて行ってくれない?」

 

 また、ふわりと花の香りが二人の間を満たした。

 心臓が跳ねて、頭がふわふわとして、フラウのためなら何でもできる気がした。

 そうして抗えなくなって、呆然と骨抜きの○○は頷いた。

 

 




【あとがき】
解釈違いとかだったらすみません。
容姿の良さを活かした生き方は少なからずしてるように思います。
もちろんゲーム内でも仲間にしているので許してください。


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ストレンジ・アトラクター

 

 食堂の賑わいのなか、フラウの透き通った声はハッキリと聞こえた。

 

「自分の分の旅費は自分で出すよ。○○が足りない分も出してあげる」

 

 その提案は、あまりにも甘美で。

 どうせ一人旅、断る理由もなかった。

 ○○に着いてくるとなれば、純粋に同行者を求めているのだと確信できた。

 ただ、理由だけが不可解だった。

 

「なんでですか?」

 

「私は、ほら、ちょっと人目につくから……」

 

 そこまで言ったところで、○○は理由を悟った。

 視線を落として、自信に満ちた表情が崩れるのを見た。

 フラウが求めているのは護衛だ。

 絶えず何かしらのトラブルに巻き込まれてきたのだろう。

 国を傾けるほどの容姿だもんな、と思った。

 

「それなら、大丈夫です。護衛は任せてください」

 

「本当!?私一人が苦手だから、すっごく嬉しい!」

 

 ぱあっと、文字通り花が咲いたような笑顔だった。

 それでも気になるのは、二人分の旅費を賄える金の出どころ。

 人探しのために旅をしているのなら、何かしらの技術や腕っぷしで金を稼ぐ必要がある。

 

――まさか。

 

 春を売っている姿まで想像して、○○は金の出どころについて考えるのをやめた。

 

「詳しい話は宿でしましょ?ここはちょっと、賑やかだしね」

 

 そう言って、フラウは笑って再び食事に手を付けた。

 フラウはこの喧噪を「うるさい」とは形容しなかった。

 この島に愛着が湧きつつあった○○にとって、その些細な気遣いが何よりも嬉しかった。

 

「私はソナウヘン通りの宿なんだけど、○○はどこに泊まってるの?」

 

「! 俺もそこの宿ですよ」

 

「すごい奇遇だね!私は一昨日来たばっかりだから会わなかったのかな」

 

 そうして、くだらない会話をした。

 趣味のこと、耳に入ったニュースのこと、この街のこと、明日の宿の朝食のこと……。

 

・・・

 

 話すうちに皿の料理はなくなって、○○は手を迷わせながら水を取った。

 水を飲み干せば会話が終わることに少しの心残りを覚えながら、一気に飲み干した。

 

「それじゃ、一緒に帰ろっか」

 

 それを待っていたように、紙で口元を拭いたフラウが言う。

 少し乱れた髪をかき上げて、微笑みながら。

 その仕草があまりにも自然で、まるでフラウが自分の恋人のように錯覚してしまうほどに綺麗だった。

 

「はい!」

 

 店を出れば、通りの活気は少し落ち着いていた。

 陽が落ちるよりも少し早く、白昼と呼ぶには遅いくらいの時間。

 人混みのない舗装された道は、そこに○○とフラウが二人きりであることを意識させる。

 

――このまま宿まで着かなければいいのに。

 

 ふわふわした頭は、ばかばかしいことを考える。

 明日、また魔物を狩りに行くことも、商人と交渉することも、なんだかとても些細なことに思えた。

 気分の高揚が足取りに表れそうになったのを抑えて、フラウに合わせてゆっくり歩く。

 きっと手玉に取られているのだろうけれど、それすら心地よかった。

 

「よお兄ちゃん、随分可愛い女を連れてんじゃねえか」

 

 そんな能天気な気分を砕くように、背後から低い声。

 図体ばかり大きい、この街のマフィアの下っ端がそこにいた。

 



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逃避行

 

「この街はカマーセファミリーが仕切ってるって知ってるか?」

 

 マフィアの下っ端は、まるで自分に正義があるかのように大仰に言う。

 

「その女とイイコトしてるらしいじゃねえかよぉ……なぁッ!」

 

 ブォ、と丸太のような腕が振るわれた。

 

 

「なん……で……」

 

 フラウを呆然と見つめながら、巨躯が倒れる。

 

「ふぅッ……!」

 

 振り抜いた拳に残った打撃の感触を確かめながら息を吐き出す。

 口内の血の味と、鈍く残る打撃を受けた痛み。

 それから、こんな物騒さに似合わない晴れた空と美しい女。

 

「護衛として最低限の務めは果たせたかな」

 

 ひとり呟いた。 

 ○○自身、この街に滞在する間、マフィアと関わらないように努めてきた。

 テリトリーを侵さないよう情報収集は欠かさなかったし、商人との取引も背後にマフィアがいないことを確認してから行っていた。

 それが、フラウを連れた途端にこの有り様。

 下っ端とはいえ、マフィアの構成員に手を出したのは事実。

 夜が来る前に、この街を出なければいけなくなってしまっていた。

 

「ごめんね、私がいるといつもこうなって……」

 

 そうやって曇ったフラウの表情には、これまでの経験がありありと浮かんで見えた。

 

――何度、男から下卑た視線を送られてきたのだろう。

 

――何度、女から嫉妬を向けられてきたのだろう。

 

 フラウを愛おしく思う今の○○の気持ちでさえ、他の男と大差ないものだった。

 そんな自分が慰めの言葉をかけるのが浅ましく思えて、喉の奥に言葉が詰まった。

 

「……」

 

 ふたりの間に、見えない壁があるかのように感じた。

 どうにも○○には、この壁を越えてフラウに届かせられる言葉がなかった。

 この男と、○○の本質は同じ。

 フラウの光に当てられて誘き寄せられた虫なのだ。

 

「折角お金も貯めてきたんでしょ……?本当に、ごめんなさい……」

 

 額に手をやり、視線を落とすフラウ。

 ○○よりも高い背が、小さく見えた。

 そして、目じりにきらりと雫がこぼれた。

 

――それを見た瞬間、○○は思わず手を伸ばしていた。

 

 フラウの手を取って、宿に向かって駆けだしていた。

 手を伸ばしてみれば、フラウとの間に見えない壁なんてなかった。

 どんな動機でも、目の前のひとが泣いているのを見ていられなかった。

 口から出たのは、逃避行の提案。

 

「逃げましょう、次の島に」

 

 慰めの言葉は言えなかった。

 言う資格がないと思った。

 

 だから、代わりに手を取った。

 

「……!」

 

 先導して走っていたから、フラウの表情は見えなかった。

 見なかっただけなのかもしれない。

 ○○には、この行動が正しかったのかどうかわからない。

 ただひとつ、確かな事実としてあったことは。

 

――宿に着くまで、手は離れなかった。

 



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Indominus

【まえがき】
フラウの過去については、フェイトエピソードを見てもらった方が早いと思います。


 女にとって、普通に生きることは何よりも難しいことだった。

 まるで太陽のように輝く才能を女は持っていた。

 動けば誰よりも速く、力強く。

 話せば誰よりも聡明で、親しく。

 故に、その強すぎる光に当てられれた人間には、濃い影が生じる。

 

「見て!また一番に――」

 

「どうして目立つの!?どうして"普通"にできないの!?」

 

 腕っぷしも、知恵も、才能も、両親は愛さなかった。

 

「女のくせに……」

 

「あいつがいるから私は……」

 

 いつからかその過ぎた力は嫉妬を集め、女は孤独になっていた。

 暴力も、下卑た視線も、嫉妬も、負の感情のすべてが女に向けられていた。

 

 それでも、女は人間を愛していた。

 

 心が軋んでも、その光は曇ることがなかった。

 

――すべてが反転する日までは。

 

 

 周囲の全ての人間から疎まれ、憎まれ、下卑た視線を向けられた日。

 女は悪魔と契約した。

 

 アーカルムシリーズが一柱、星晶獣ザ・デビル。

 悪魔は女にさらなる力を齎した。

 

 向かうもの全てを焼き尽くす力。

 その力をもって、女は自らを害そうとした人間全てを燃やした。

 

「これでもう、私は――」

 

 誰にも傷付けられない。

 

 ただ、生まれ持った才があるだけで疎まれる日々は終わり、悪魔との契約に従って旅をする日々が始まった。

 この敵だらけの世界を滅ぼすための旅だった。

 


 

 人に対する期待を失ってから、女は驚くほど簡単に人を操れるようになった。

 天性の容姿を悪意でもって武器とすれば、思い通りにならない男はいなかった。

 話術と知識で甘い言葉を吐けば、味方にできない女はいなかった。

 

 金品は貢がれ、真っ当に生きていた日々が馬鹿馬鹿しいほどの財を得た。

 襲われても、悪魔の力を用いて()()()()()

 痛めつけ、二度と悪事をすることがないように燃やした。

 

 そんな日々は孤独だったが、元より世界への希望は尽きていた。

 自棄になって旅を続けていたとき、悪魔が囁いた。

 

「「「あの少年を育ててシミュレートに使え。サブプランになるだろう」」」

 

「あの子がサブプランに?わかった。」

 

 目を付けたのは、一人旅をしている少年だった。

 

 

 少年は純粋だった。

 女が顔を見せれば赤面し、手を握れば挙動不審になって、女の悪戯心を刺激した。

 少し話して目を合わせれば、得体の知れない女の旅の同行を許すほどに篭絡されていた。

 

 それから、腕試し且つ、この島を発たせるためにマフィアの下っ端に襲わせた。

 マフィアの下っ端に「男に付き纏われているから助けてほしい」と頼めば、簡単に襲わせることができた。

 欲望を向けるばかりの人間の扱いを、女は嫌と言うほど知っていた。

 

「逃げましょう、次の島に」

 

 何も知らない少年は、女の手を取って走る。

 不思議と通りには人がおらず、二人きりで街を駆けた。

 

 この街を出れば、まだ貯金の少ない少年は女の金に頼らざるを得なくなる。

 金に余裕はなく、島毎に稼いでいるような少年だ。

 そして次の島での人脈は、女がその気になればいくらでも獲得できるだろう。

 そうすれば少年に逃げ場はなく、女に従うことになる。

 ぞくぞくと腹の底から悦びが湧いて出て、歯の裏を舌でなぞった。

 



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悪夢への誘い

 

 窓を覗けば、遠くに見える島の灯りが少しずつ小さくなっていく。

 それ以外に光るものは何もなく、部屋が明るいせいで、窓に自分の顔が反射して見えた。

 これ以上覗いても何も見えるものがないと判断して、できるだけ意識を向けないようにしていた室内に意識を戻す。

 

「この部屋しかなかったけど、キャンセルが出てよかったね」

 

 そこには、つい昼間に出会ったばかりの女が次の島の資料を眺めていた。

 ○○とフラウはマフィアの下っ端を殴り倒したその足で宿に戻り、そのまま荷物を纏めて島を発ったのだった。

 夜間発の便は少なかったが、幸いキャンセルが出て一つだけ部屋を取ることができた。

 その結果がフラウとの同室であり、○○を落ち着きなくさせている現状だった。

 

「『一緒に逃げよう』なんて、お姉さん嬉しいなぁ」

 

「掘り返さないでくださいよ……」

 

 夜間出発の、平均よりは少しグレードの高い騎空挺の一室。

 ○○の資金に余裕はなく、情けないことにフラウに足りない分を出してもらうことでなんとか乗船することができていた。

 ホテルの一室のようなインテリアの配置と、スリッパでも足が少し沈むようなカーペットが非日常感を煽り、フラウの存在をより濃く○○に意識させる。

 幸いだったのは、個室に用意されたベッドがダブルではなくツインだったこと。

 広くはない個室の空間を最大限活かすため、片方は壁に接して、もう片方は人一人分程度の隙間を空けて設置されていた。

 

「ベッドはどっちがいい?私はどっちでもいいから、○○に決めてもらおうかな」

 

 まるで旅行気分で、気軽に言ってくれる。

 ○○としてはフラウを尊重した選択を取りたかったが、どちらでもいいと言われれば判断に困る。

 フラウは本当にどちらでも構わないのだろうと頭で理解していても、二重の綺麗な双眸に見つめられれば、男としての器を見定められているような気分になった。

 

「んー、こっちを貰います」

 

 ○○が選んだのは、入り口に近いベッド。

 壁に接して狭く感じるため、こちらの方が不便・窮屈だと考えて選んだ。

 

「じゃあ私はこっちだね!」

 

 ベッドスローがあるにもかかわらず、わざわざ靴を脱いで、ゆっくりとフラウが寝そべる。

 その脚が気になって凝視してしまい、慌てて悟られないよう他の場所に目を向けた。

 知ってか知らずか、フラウはそのまま言葉を続ける。

 

「ベッドを決めたら、そこが自分のテリトリーって感じがしない?」

 

「わかります。何人かで泊まるときなら余計にそう感じますね」

 

「だよね!」

 

 くだらない会話ですら、心も弾んでしまうような。

 甘い香りと雰囲気に当てられて、頭がゆるくなってしまうような。

 

「○○も横になろうよ、もう船の施設は全部閉まってるみたいだし、今日は疲れたでしょ?」

 

「まあ、そうですね」

 

 フラウが横になっているのを後目に起きているわけにもいかず、言われるがままベッドへ向かう。

 鞄から読みかけの小説を取り出して、眠くなるまでの相手として。

 

「……ふーん、まだ私が起きてるのに本読むんだ」

 

 ○○がベッドに位置取ってすぐだった。

 不意に、フラウが前のめりに○○のベッドに移ろうと動く。

 テリトリーを侵す行為に、友人同士であれば眉を顰めているところ。しかし、フラウが行えばそれは魅力に溢れた悪戯の予感に感じられた。

 期待と緊張で身体が固まって、蛇に睨まれた獲物の様に動けなくなる。

 

「な、何ですか」

 

 女豹のような姿勢でフラウが迫る。

 

 ぎし、ぎし、とフラウが動くたびにベッドが軋む。

 その緩やかなスプリングの伸縮と対照的に、○○の鼓動は加速していく。

 フラウは無言で、薄く笑みを湛えたまま。

 

「……ッ」

 

 本を取り落とし、ページがくしゃりと折れた。

 そんなことはもう気にならないほど、フラウは○○の傍まで近寄ってきていた。

 壁側を選んだのが仇になって、ベッドを降りて逃げることもできず。

 ただ茫然と、フラウが近付いてくるのを見ていることしかできなかった。

 

「よく眠れるようにしてあげる」

 

 伸ばされた両手が、○○の頬を包む。

 自分以外の人間に顔を触られる経験など、当然なく。ましてや異性になんて。

 フラウの垂れた髪が顔をくすぐる。

 熱い息がかかって、もうどうにかなってしまいそうだった。

 頬に赤くなることを感じて、悟られないことを願う。

 そんなことを考えていると、頬に当てられた両手がゆっくりと首元に動く。

 

 ごくり、と息を呑む。

 

「ふふ、全然警戒しないんだね」

 

 そう言って、フラウは()()()()()()()()

 

「ッ!?」

 

 ぎゅ、と力強く、その見た目からは考えられない程の怪力で。

 

 パニックになった頭で咄嗟にフラウの両手を掴んで離そうと試みる。が、まるで機械に圧迫されているかのように動かない。

 表情は微笑みのまま、もがく○○に少しの抵抗を許すことなく絞めつけが強まっていく。

 惨めに足を動かしても、フラウの姿勢は崩れない。

 

 じたばたと、○○が暴れてベッドが軋む。

 しかし、それ以上の音を立てることはなく、密室での行為は外部に気付かれずに進んでいく。

 

(なん、で……)

 

 一滴ずつ水が滴り消えていくように、ゆっくりと、○○の意識は途切れた。

 




フラウの取得報告待ってます。


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