ラインハルト様が皇女殿下二人とイチャイチャする話 (川崎忍ノ介)
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プロローグ、らしきもの

アニメ版『die neue these』の14話前後からのスタート、と思っていただけるとわかりやすいです。


 「なあ、キルヒアイス」

 

銀河帝国首都、オーディンの元帥府。その執務室にて、部屋の主―――ラインハルト・フォン・ローエングラム伯爵が腹心たるジークフリード・キルヒアイス上級大将に語り掛けた。

 

 「はい、何でしょうか、ラインハルト様」

 

 読んでいた書類から顔を上げて、キルヒアイスが穏やかな声でそう答えた。

 

 「お前は、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の娘二人を知っているよな?」

 

 「もちろんです。それがどうかしましたか?」

 

 門閥貴族連合との決戦に関する話だろう、と予想したキルヒアイスはコーヒーを啜りながらラインハルトに話の続きを促した。

 

 「―――彼女たちに惚れた。正直に言って二人ともモノにしたい。何か知恵を出せ」

 

 「ブハッ!!」

 

 「あああ熱―――っ!!」

 

 口に含んでいたコーヒーを盛大に噴出した。ラインハルトの顔目掛けて。予期せぬ奇襲攻撃を受けたラインハルトは顔を押さえて床を転げまわっている。ちょっとした地獄絵図だ。

 

 「何なんですか、いきなり! アレですか、元帥閣下ご乱心、というやつですか!?衛生兵でも呼びましょうか、それともアンネローゼ様を―――!?」

 

 「やめてくれ、それだけは」

 

 電話に手を伸ばしたキルヒアイスの腕に縋り付きつつ、ラインハルトが言った。

 

 ―――どうやら、乱心してはいても人道に外れた主張をしているという自覚はあるようだ。

 

 キルヒアイスは、ラインハルトのコーヒーに染まった顔を見ながらそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 ―――それは、故・フリードリヒ四世の葬儀が執り行われた日のこと。幾分早めに宮殿に到着したラインハルトは、暇つぶしがてらに庭を散歩していたのだ。

 

 そこで、出会った。二人の天使と。

 

 喪服に身を包み、噴水の傍らで水を掛け合って戯れる二人の少女。

 

 目と、心を奪われた。

 

 柄にもなく声を掛けようと思ったが、これまでとんとそんな機会に恵まれなかったために何と声をかけてよいかわからない。

 

 『私が次の皇帝―――』だとか『エルウィン・ヨーゼフはまだ幼い―――』だとか言っていたところから察するにこの天使二人はエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとサビーネ・フォン・リッテンハイムだろう、とラインハルトは当たりを付けた。

 

 エリザベートと、サビーネを探す侍女の声が届き、ラインハルトはそれで我に返った。

 

 気付くと、二人はこちらに向かって駆けて来ていた。顔はお互いの方を向いておりこちらには気づいていない。避けよう、と思う間もなく三人は衝突した。

 

 『キャッ!』

 

 『しまった!』

 

 よろける二人の天使。彼女たちを地に這わせるわけにはいかない、と咄嗟に思ったラインハルトは二人の身体を掴んで半ば無理矢理に自分と入れ替え、彼女たちの下敷きになって倒れ込んだ。

 

 ―――己の胸板に当たる『むにゅん』、という柔らかい感触。鼻腔をくすぐる天使二人の甘い体臭。控えめに言っても極上の快楽―――というやつだ、とラインハルトは遠くなりそうな意識を現世に留めながら思った。

 

 

 

 

 

 よそ見をしながら駆け出して、誰かにぶつかり『倒れる』と思い咄嗟に目を閉じた。

 

 (あれ、痛くない)

 

 恐る恐る目を開けたエリザベートは、自分を抱きながら地面に横たわっている超の付く美青年と目が合った。

 

 気遣わしげにこちらを見つめる憂いを帯びたアイス・ブルーの瞳。自分の身体に感じる軍人らしく引き締まった、無駄のない逞しい肢体。

 

 エリザベートは、思わず顔が熱くなるのを感じて青年の胸に顔を伏せた。

 

 (あ、男の人の匂い……)

 

 顔どころか身体まで熱くなってしまった。

 

 「申し訳ない、フロイライン。お怪我はありませんか」

 

 イケメンは、声までイケているというのか。低く、それでいて透き通った、心地よい声色。

 

 目でやられ、鼻でやられ、そして耳でとどめを刺されたエリザベート(サビーネも)であった。

 

 

 

 

 

 「まあ、あなたがあのローエングラム元帥閣下なのですか?」

 

 「父から、あなたへの恨みつらみを散々―――あっ」

 

 しまった、とばかりに口を閉ざすサビーネに、ラインハルトは苦笑を返す。

 

 「私は、誠心誠意帝国と陛下に対し忠勤を励んでいるつもりなのですが……どうにもあなた方の御父上の御眼鏡には叶わぬようで……我が身の非才を嘆くばかりです」

 

 腰を抜かして立てない、と主張する二人の令嬢。『やむを得ぬ』とばかりに彼女たちをそれぞれ片手で抱いての移動であった。右腕にエリザベート、左腕にサビーネである。彼女たちの口はラインハルトのちょうど耳元に来る。そのため、彼女たちが何か言うたびに美声に悶えそうになるラインハルトであった。無論、態度にも声にも、表情にすら出さない。過酷な軍務で培って来た鋼の精神は伊達ではないのだ。

 

 ちなみに、少女とはいえ二人を片腕に抱いて小揺るぎもしないラインハルトの逞しさに、エリザベートとサビーネの二人はさらにときめいているのだが、無論ラインハルトは気付かない。

 

 正面入り口に近い広場にベンチを発見したラインハルトは、二人をそこに座らせた。ここにいれば侍女たちもすぐに見つけるだろう。

 

 貴族連中の縁者に見つかっては面倒なことになる。名残惜しいがここらが潮時。

 

 「―――もう、行ってしまわれるのですか……?」

 

 「せめて、侍女が迎えに来るまで―――」

 

 「申し訳ない。お二人の御父上に見つかっては面倒なことになるし、あなた方までお叱りを受けることになってしまう。そうなっては、お詫びのしようもない。いずれ機会がありましたら是非元帥府までお出で下さい。正式な謝罪はその時にでも」

 

 ラインハルトは、そう言って彼にとって精一杯の微笑みを浮かべ、彼女たちを見詰めた。そして、踵を返したのだった。

 

 背後で、『はうっ』だの『きゃあっ』だのという嬌声が聞こえたような気もしたが、ラインハルトにとっては自分を非難する咎めの声にしか聞こえないのであった―――



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第一話~決意~

早速の感想ありがとうございます。個別の返信はなかなか難しい状況ですがとても励みになっています。

誤字の報告も同じく感謝を。


 ラインハルトの話を聞き終えたキルヒアイスは、軽い頭痛に襲われた。

 

 知恵を出すも何も、話を聞く限りとっくに出来上がっている。

 

 最早、あと一押しすれば陥落する事は間違いない。恐らく邪魔をするであろう二人の父親を、どうやって排除するか。むしろそちらに意識をさく方がよほど賢い。

 

 「閣下……事態は最早、私のでる幕ではないと存じます」

 

 「閣下はよせ。どういう意味だ、キルヒアイス」

 

 「もはや相思相愛のご様子ですので、後は父親を排除するのみ、という事です、元帥閣下」

 

 「なあ、頼むから閣下は止めてくれないか……?というか、今の話でそこまでわかるのか?」

 

 分からないのはアンタだけだ、これだから童貞は……という台詞は、かろうじて呑み込んだキルヒアイスであった。

 

 「呑み込んでいないんだよ、キルヒアイス!そもそもお前も『そう』だろうが!」

 

 「申し訳ありません、ラインハルト様。溢れんばかりの想いが、つい口から飛び出たようです。あと、私が『そう』だという証拠でも?」

 

 「よし、その喧嘩買おうじゃないか」

 

 拳を振るうラインハルト。キルヒアイスは、軽く身を捻って避けた。ついでに、たたらを踏むラインハルトの足を払ってやる。

 

 だが、流石というべきかラインハルトは倒れざまにキルヒアイスの腕を掴んだ。

 

 諸共に床に転がる二人。

 

 暫く揉み合った。第三者が此処にいたら『いちゃついてるんじゃねぇ!』と叫んでいただろう。あるいはどちらが攻めか、受けか興味津々だったかもしれない。

 

 どちらにせよ、今日も仲の良い二人だった。

 

 

 

 

 

 エリザベートとサビーネは、二人でお茶会を楽しんでいた。話題はもちろん、先帝の葬儀で出会った『金髪の君』。

 

 「ねぇねぇ聞いて、サビーネ。今日も御父様の言い付けで何とかいう伯爵の御子息とお見合いしてきたの。……もう最悪だったわ。ブクブクと醜く肥え太って、顔は吹き出物だらけ。手も足も短くて、おまけに何だか臭くって……息も出来なかったわ」

 

 「まあ、それは災難だったわね、エリザベート。……でも、私だって似たようなものなんだから。昨日お会いした何とか男爵は、ほんの少しの血を見るだけで卒倒するような軟弱者の癖に、『金髪の孺子(こぞう)など軽く捻って差し上げよう!』なんて仰っておられたのよ」

 

 顔を見合わせて、クスクスと笑う二人。そしてひとしきり笑った後、示し合わせたかのように大きな溜息を吐いた。

 

 『あの方がお見合いの御相手だったら良かったのに』

 

 呟く言葉まで同じであった。

 

 

 

 

 

 ―――先帝の葬儀が終わり、屋敷へと帰ってからの話である。

 

 エリザベートとサビーネ、二人の行動は早かった。まずはラインハルト・フォン・ローエングラムの半生を調べに掛かった。家族構成、住所に始まり幼年学校への入学。在学中の素行に成績、他の生徒からの評判と教師の評価。

 

 それから軍に入隊。最前線へと送られそこで上げた武勲。これまで挙げられてきた功績。艦長となりさらに積み上げられる武勲。ついには十代で小艦隊の司令官となる。初めは十数隻。それからは飛ぶ鳥を落とす勢いで戦果を積み上げ、戦場から帰って来る度に昇進し、率いる艦隊の桁が増えて行く。

 

 刮目すべきは『第三次・第四次ティアマト会戦』、『アスターテ会戦』。更に、記憶に新しい『アムリッツァ星域会戦』どれもこれもが凡百の指揮官には成し得ないであろう功績だった。

 

 ―――まるでそれは、現在進行形の英雄譚を目にしているかのようで。

 

 更には彼の端麗な容姿も加わり、『もしかして彼は大神の遣わし給うた軍神なのではないか』という思いすら二人に抱かせた。

 

 こうして調査書を読み終えた二人は、ますますラインハルトへの思いを募らせるのであった。

 

 

 

 

 

 「ねえ、エリザベート。もしかして、なんだけど……お父様たちは想像を絶する『阿呆』なのではないかしら」

 

 「そうね、サビーネ。……自分の身内がここまで白痴だったなんて、私恥ずかしいわ……」

 

 およそ真っ当な感性の持ち主ならば、辞を低くして機嫌を伺い、何をもってしてもまず真っ先に助力を乞う筈であった。

 

 さて、彼女たちは、ただ身内の無能を嘆いているだけでは済まされなかった。なにせ、自分たちは貴族連合の旗頭なのである。数多の貴族がブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両家に味方するのは皇位継承権を持つ自分たちがいるからに他ならない。

 

 彼らは、ともすれば己の息子・親族が女帝の婿になれるかもしれぬ、との打算をもって連合に加わっていた。

 

 「どうしましょう。私たち、もし帝位に就いたら数百人の旦那様を持つことになるわ」

 

 「……欲しいならあげるわよ、エリザベート。私にとっては、あのお方の微笑み一つの方が遥かに価値があるの」

 

 「サビーネ、ずるいわ。そんなの私だってそうなんだから!」

 

 侃々諤々。ついには取っ組み合いに発展する二人であった。

 

 ―――ただし、あくまでもお上品に。彼女たちは、自分が若いとはいえ貴婦人であることをわきまえていた。

 

 

 

 

 

 「じゃれ合っている場合ではなかったわ。……ねぇ、どうしよう、サビーネ。このままだと、私たちお父様と一緒に破滅よ」

 

 乱れた髪を梳かしながら問いかけるエリザベート。

 

 「そうね。そんなのまっぴらごめんだわ。―――ねぇエリザベート、あなた、ご両親を……棄てられて?」

 

 乱れた襟を直しながらのサビーネの問い掛けに、考え込むエリザベート。

 

 ―――それなりに大事にされてきた。だが、あくまでそれなり。『お前が男児であったら』なんて言われたことも一度や二度では済まない。もし自分に皇家の血が流れていなかったならば、適当な貴族の家に嫁に出されてそれっきりだっただろう。

 

 「……どうしよう、サビーネ。お父様が破滅する姿を想像しても、大して心が動かないわ。私って、とんでもない冷血だったのかしら」

 

 「安心して、エリザベート。―――私も、そうだから」

 

 顔を見合わせ、クスリと笑う二人の少女。

 

 もしこの場にラインハルトがいたら、二人の可憐さに身悶えしていたに違いなかった。

 

 「……ふと思い出したのだけど……サビーネ、今日ってお父様たち『決起集会』とか言ってなかったかしら……?」

 

 紅茶をティースプーンで、くるくるかき回しながらエリザベートが言った。

 

 その何気ない言葉に、テーブル中央に鎮座するクッキーに手を伸ばしたサビーネが硬直した。

 

 「もう猶予はないわ。そこで提案なのだけど……今すぐ、行っちゃう?」

 

 「……行きましょう……!」

 

 『ローエングラム元帥府へ!!』

 

 

 

 

 

 ―――かくして、本来有り得ざる一つの出会いによって歴史は大きく歪められることと相成った。

 

 ―――この、二人の少女がラインハルト・フォン・ローエングラムという一人の青年にどのような影響を与えるのか、知る者はいなかった。

 

 




 元帥府を訪れた少女二人はそこで、妙齢の美女と出会う。
その名は、マリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルド。未来の嫁との出会いにかつてない強敵の予感を覚える二人。

 火花を散らす三人。

 おたおたするラインハルト。

 どちらが勝つか、周囲を巻き込んで掛けを始めるキルヒアイス。

 次回、『修羅場』

 お楽しみに(嘘)


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第二話~修羅場?~

この小説を執筆する前に、ノイエ14話を見直すのが最近の私の日課です。
これが間違って、某YJコミックスを見てしまうと大変なことになります。
……エリたんとサビたんが!!

―――だれか、誰か私の記憶を消してくれ……!


 ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフは全ての目標を達成した高揚感に身を包みながら、元帥府一階ロビーを通り抜けて帰途に就こうとしていた。

 

 そこで、息を切らせて駆け込んでくる二人の少女を目撃したのである。

 

 耳に飛び込む断片的な単語を結びつけると、どうやらローエングラム帝国元帥への面会を望んでいるらしい。

 

 「まあ、あんなに息を切らせて、必死な顔で。服も少し乱れているし……淑女としての慎みに欠けるのではないかしら」

 

 つい一時間ほど前の自分の姿は思い至らないらしいのがヒルデガルドという女性であった。

 

 「こちらに時間はあるし……場合によっては口添えしてあげた方がいいかしら……」

 

 なんだかんだで、面倒見は良いのだ。

 

 

 

 

 

 「ああもう、この分からず屋! 初めて無礼討ちにしてやりたいと思ったわ!」

 

 「落ち着いて、エリザベート! あのお方の元帥府でそんなことしたら私たちの方が首にされてしまうわ!」

 

 「いえあの、ですから……アポなしの横紙破りは小官は本日一度やらかしておりまして……もう一度、ということになりますとさすがに立場が危ういというかですね……」

 

 ヒルダの面会受付を担当したテオドール・フォン・リュッケ中尉であった。

 

 ちなみに、リュッケ中尉が二人の身分と正体に気付かなかったのは理由がある。

 

 銀河帝国は旧態依然とした慣習が根強く残っており、その中には『婦女子はみだりに公の場に顔を晒すべからず』というものもある。であるから、晩餐会に招かれるような高位でない限り、門閥貴族の息女の顔など知らないのである。

 

 ―――運命神の気まぐれか、はたまた大神のお導きか。救いの神はエレベーターより現れた。

ローエングラム帝国元帥府の主、ラインハルトその人である。

 

 『ラインハルト様!!』

 

 二人の反応は、素早かった。訓練を積んだ軍人連中が止める暇もなくラインハルトに突進し、そのまま二人同時に抱き付いたのである。

 

 二人がもし刺客であったならば、ラインハルトは即死であっただろう。つまり、この場に居合わせた軍人諸氏はリストラものである。もっとも、その場に居合わせた彼らにとってはそれどころではなかったのだが。

 

 ―――身持ちの堅い元帥閣下に、まさかの女の影。しかも未だ十代半ばの少女―――元帥府を震撼させた、一大スクープの爆誕であった。

 

 

 

 

 

 カール・グスタフ・ケンプ中将から『貴族連合動く』との報告を受けたラインハルトは大いに焦っていた。本来ならば待ち望んでいた筈のその報告を喜べなかったのは、二人の少女の存在だった。

 

 つまり、奴らが動く前にエリザベートとサビーネの二人をどうにかして父親たちから引き離せないかと方策を練っていたのである。

 

 ラインハルトはこの時に至ってようやく、神速をもってブラウンシュヴァイク・リッテンハイム両家へと強襲し、彼らがオーディンを発つ前に逮捕拘禁の名目でもって娘二人を確保する覚悟を決めたのであった。

 

 本来の計画であれば貴族連合は結集させて後、戦力を集めさせてから一網打尽にするはずだった。だが、事ここに至っては計画の大幅な変更もやむ無し、反乱の芽は残るが致し方なし―――と一階に降りてきたのだ。

 

 

 

 

 

 「ああ、フロイライン・ブラウンシュヴァイクにフロイライン・リッテンハイム……!今まさに、あなた方を救うために出撃するところだったのだ……まさかここで出会えるとは、これに勝る喜びはない!」

 

 『な、なんだって―――!!!』

 

 敵の首魁の名を主たるラインハルトより告げられた、元帥府の面々の驚愕の叫び。

 

 「敵の旗印である令嬢二人が逃げ込んできた」

 

 「まさかの、裏切り?」

 

 「誰が、誰を裏切ったと?」

 

 「この場合、裏切りと言えるのか?」

 

 「いや違う、誑し込んだのだ」

 

 「ローエングラム元帥が二人の令嬢を?」

 

 『我らが主は、そちらの道でも超一流であらせられたか……!!!』

 

 尊敬の念が、崇拝へと変わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 抱擁、そして頭を撫で、頬擦りし……甘い言葉を囁くラインハルト。顔を胸に埋め、しがみ付く二人の少女。完全に三人の世界へと旅立っていた彼らはようやく周りから向けられる視線に気付いた。

 

 襟を正し、乱れた服装を軽く整えるラインハルト。

 

 「……ふっ、旗印を失った賊軍どもがこれからどう踊るのか……実に見ものだな。―――卿ら、くれぐれも彼女たちに対して礼を失するなよ―――あと、選りすぐりの擲弾兵を元帥府の警備に回せ」

 

 取って付けたような言い回し。だが、部下たちの畏敬の念をますます強める不可思議な効果を発揮したらしかった。

 

 

 

 

 

 元帥府十階の執務室。つい先ほど退出したばかりのその部屋に、ヒルダは再び戻って来ていた。

 

 大きく、上質のソファの中央に腰掛け、対面にはラインハルトが鎮座している。その両隣には二人の皇女がベッタリと寄り添っている。あまりに甘ったるい空気に、胸焼けを堪える羽目になったヒルダだった。

 

 「あの、閣下……何故私までこちらに呼ばれたのでしょうか」

 

 言外に『私がいると思う存分にイチャつけないでしょう?』という意味を込めて、幾分冷気混じりの視線をむける。

 

 「わたくしがお願いしました」

 

 そう答えたのは、ラインハルトの左側に侍るエリザベートだった。顔はヒルダの方に向けながら身体をベッタリとラインハルトに押し付けている。さらに、左手はラインハルトの太腿に乗せられ、右手は頬に添わせていた。時折サワサワと撫でるように動く様が何とも淫靡で、ヒルダは思わず赤面した。

 よくよく見ると、反対側ではサビーネも同じ事をしている。

 

 ちなみに、彼女達は見せ付ける目的で意図してやっているのではなかった。完全に無意識だ。

 後日彼女達は、『愛しの殿方にようやく会えた嬉しさに、身体が暴走してしまったのでしょう』と弁解している。

 

 「……えぇ?淫靡?」

 

 自分で下した評価に驚いたヒルダは、改めて対面に座る三人に目を向けた。

 

 ―――美青年に纏わりつく、二人の少女の図。

 

 

 「……うん、ないわー。どうかしていたわね、我ながら」

 

 どう見ても飼い主にじゃれつく猫。贔屓目に見ても兄におねだりする妹。

 そうなると、この激甘空間も途端に微笑ましいものに思えてくるから不思議だ。

 

 「ねぇ、エリザベート。あの顔、何だかとっても失礼な事を考えているような気がするの」

 

 「とんでもこざいません」

 

 「嘘よ!今言ってたじゃないの!『ないわー』とか!」

 

 「さぁ……?空耳では?」

 

 『むぅうぅ……!』

 

 頬を膨らませて威嚇するエリザベートとサビーネ。澄まし顔で受け流すヒルダ。

 

 後世、『獅子の泉を守護するケルベロス』と評される三名の女傑。これが、その初めての邂逅だった。

 




ヒルダ「味方すると伝えに行っただけなのに気付いたら後宮入りしていた。何を言っているかわからねーと思うが、私にも良く分からな(ry」

エリ・サビ「ククク……計算通り」

ライ「天使がここを訪ねてきたと思ったら嫁が三人になっていた。何を(ry」

ジーク「通報した」


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第三話~笑ってはいけない元帥府~

 元帥府の地下には、高級士官専用のバーがある。落ち着いた雰囲気で時折ピアノ、ヴァイオリンといった楽器演奏等も行われており、運の良い者は『芸術家提督』と名高いエルネスト・メックリンガー中将の生演奏を聴けたりもするのだ。

 

 だが、今日に限っては少々様相が異なるようだった。

 

 

 

 

 

 「……き、聞いたか、ロ、ロイエンタール」

 

 「も、もちろんだとも、ミッターマイヤー。今、て、帝都はその話題で持ち切……持ち切りだ」

 

 ローエングラム陣営の最高幹部と名高いオスカー・フォン・ロイエンタール大将とウォルフガング・ミッターマイヤー大将の二人である。

 

 グラスを傾ける二人は、少しどころではなくおかしかった。目尻は下がり、口の端は微妙にぴくぴくと痙攣している。グラスを持つ手は小刻みに震えていた。

 

 「決起集会をやり遂げ、ど、ドヤ顔で帰宅してみたら、切り札であるて、帝位継承権を持つ娘が、いえ、家出していたそうな」

 

 「け、血相を変えて捜索あそばされた両氏は、娘が、娘が憎き『金髪の孺子』宅に転がり込んだことをし、知ったそうだぞ」

 

 「ブ、ブラウンシュヴァイク公はショックのあまり寝込みあそばされ、リッテンハイム侯はご、ごっそりと髪の毛が抜け落ちたらしいっ!」

 

 ここで、気の利いた士官二人がふらりと立ち上がり、『え、エリザベ~ト~』と呟きながら倒れるブラウンシュヴァイク公の真似をし、『サビ~ネ~!』と叫んで放心するリッテンハイム侯の真似をした。

 

 そこまでが、限界だった。あろうことか、帝国軍きっての名将二人が腹を抱えて笑い転げだしたのだ。

 

 「ブハハハハハッ!き、貴様っ!門閥貴族共の、ま、回し者だなっ!?大将たるわ、我ら二人を、笑い死にさせようとはっ!」

 

 「ク、クハハハハッ!ゆ、許してはおけんな!そこへな、なおれ!成敗してくれよう!」

 

 何たる不幸か、そこへ、たまたまスキンヘッドの某大佐が通りかかった。見た目に寄らずユーモア精神に溢れた彼は、髪の毛の抜け落ちたリッテンハイム侯の真似を披露したのである。

 

 二人の勇将はついに声も出なくなり、よじれて引きつった腹を抱えて悶絶する羽目に陥ったのであった。

 

 

 

 

 

 「―――というのが、先日の『元帥府大爆笑事件』の顛末です」

 

 「そうか、ご苦労だったな、キルヒアイス。ロイエンタールとミッターマイヤーには反省文を提出しろと伝えておいてくれ。剃髪は勘弁してやる、ともな」

 

 「それは、両提督とも喜びましょう」

 

 とりあえず当面の間は、ということで秘書として採用されたヒルダは、『本当に喜ぶのかなぁ』と思ったが空気を読んで黙っていた。というか、渦中の人物の一人でもあるため、両提督にはビンタの一つでもかましてやりたい気分ではあったのだが。

 

 「仮にも門閥貴族筆頭を、あまり虚仮にすると後が怖いと思いますけど」

 

 そう言うに留めておいた。

 

 「まさにそこが狙いだ。奴らの雀の涙ほどの理性が、残らず吹き飛ぶだろうな」

 

 「何もやらないうちから士気どん底。怒りに狂って制御不能。これで勝てたら軍隊不要、というものです」

 

 人の悪い笑みを浮かべて言うラインハルトと、涼しい顔で突き放すキルヒアイスであった。

 

 「帝国軍は、もっと堅い組織だと思っていたのですけど」

 

 「エリザベートとサビーネに進言されたのだ。『笑いの絶えた軍隊程危険なものはない』とな。手始めにジョークを推奨してみた」

 

 笑いの絶えない帝国軍、というのもそれはそれで不気味だ、とヒルダは思ったがやはり黙っていることにした。何やらやたらラインハルトが楽しそうだったので。良いことなのだろう、多分。

 

 「それで、そのエリザベート様とサビーネ様は今日どちらに?お姿が見えませんけれど」

 

 「ああ、今日は姉上に付いて刺繡と料理を習うと言っていた。何とか修行の一環だ、と言っていたな」

 

 「『花嫁修業』ですラインハルト様。そこを誤魔化しては二人が報われません」

 

 「……最近、突っ込みが厳しくないか、キルヒアイス」

 

 「甘やかしては当人のためにならぬ、と悟りましたので。これからは容赦致しません。人道から外れそうになったら『修正』して止めて差し上げますので」

 

 「良く分かった、キルヒアイス。もはや俺の癒しはエリたんとサビたんだけ、ということだな」

 

 聞き捨てならぬ呼称が聞こえた。ヒルダとキルヒアイスは思わず顔を見合わせた。

 

 「……普段は、そのように呼んでいらっしゃるのですね。可愛らしいところがおありになるのですわね、閣下」

 

 「少々胸やけがひどいので早退してもよろしいでしょうか、閣下」

 

 「い、今のは違うのだ。そ、そう、あの二人がな、一度で良いからと……」

 

 『はいはい、ごちそうさまです』

 

 いつになく平和な元帥府なのであった。

 

 

 

 

 

 キルヒアイスが提督たちとの作戦立案会議に出席するために退出すると、後にはラインハルトとヒルダが残された。

 

 ヒルダとしては、先日皇女二人に『わたくしたち三人で、ラインハルト様を公私に渡ってお支えするのです』などと言われてしまったばかりなので、どうにも居心地が悪いのだったが。

 

 ―――公はともかくとして、『私』の方は『そういうこと』よね……

 

 赤面するヒルダだった。

 

 「どうした、ヒルダ。……悪阻か……?」

 

 「手も握ってくれないヘタレのくせに、よくそんな冗談言えますねっ―――この童貞!!」

 

 あまりといえばあまりの暴言に部屋の隅で膝を抱えるラインハルト。ぶつぶつと小声で『そうだ、今度姉上にやり方を教えてもらおう』などと呟いている。

 

 「ご、ごめんなさいっ、ラインハルト様!あと、それはやめておいた方がいいです。それやっちゃうと多分キルヒアイス提督がキレちゃうと思うんで!」

 

 

 

 

 

 ―――ヒルダは、いじけるラインハルトをどうにか立ち直らせることに成功した。年上の弟を持った心境、とは後年のヒルダの言である。




『ロイ・ミッタ、アウト~』

 どこからともなく響く声。次の瞬間、二人はありえないものを見た。

そう、女装したラング治安維持局長である。士官たちによって取り押さえられ、身動きできない二人にラングが迫ってくる。

 唇を突き出し、頬はうっとりと赤く染まっている。

 両者の距離は徐々に縮まり、そしてゼロに―――

 『う、うわあぁぁぁぁああ!!』

 



 「―――という罰はどうだろうか?」

 「帝都が火の海に沈みます、閣下」

 「ラング局長の代わりを閣下がお勤めください。高値で売れますわ」





 オーベル「そろそろ綱紀を粛正する必要がありそうですな」


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第四話~死亡フラグ回避~

取りあえずこの話は挿し込んでおかないとジーク死んじゃう。
まあヴェスターラントが起こりそうにもないから無用かもしれませんがww

ところで、ノイエの衝撃その2

フレデリカがめっさ可愛い
いや、旧アニメが可愛くなかった、というわけではありません

ついでにユリアンも可愛い


 「オーベルシュタインの奴が、最近またうるさいことを言い出したのだ」

 

 ようやく機嫌を直したらしいラインハルトは、開口一番そんなことを言った。また、と言われてもつい最近就職したばかりのヒルダには何のことやらわからない。

 

 「うるさいこと、とはどんなことなのでしょう?」

 

 「キルヒアイスの事だ。俺があいつを、公私ともに重用するのが気に入らんらしい」

 

 それはつまり、マキャベリズム的な意味で、ということだろうか。ヒルダは、首を傾げて考え込む。

いわゆる、ナンバー1にとって代わりうるナンバー2はいらない、と。キルヒアイスの権力を削ぎ、他の提督たちと同列に置け、と。まさかあの鉄面皮に限って嫉妬ということはあるまい。

 

 「言っていることは少なくとも間違い、ではないのですけど……」

 

 だが、正しいからと言って納得できるわけではない。感情の絡む事柄を無理に理屈によって処理すれば、余計な歪みを生じさせることになるだろう。今うまくいっているものを敢えて変える必要はあるまい。

 

 とはいえ、来たるローエングラム王朝において悪しき前例を残すわけにはいかぬ、という理屈も成り立つのだ。

 

 もっとも、後世起きるであろう問題は、後世の人間が知恵を絞るのが筋というものだが。

 

 「そもそも俺はな、姉上とあいつがいたからこそ、ここまで来たのだ。今になってキルヒアイスを遠ざけては本末転倒というものだろう」

 

 「わたくしに当たらないでください。怖いですわ」

 

 上目づかいで、わざとらしく『しな』をつくって見せる。

 

 あなたの方がよほど怖い、とラインハルトは思ったが口には出さなかった。また罵詈雑言を吐かれたのでは流石に立ち直れる気がしない。

 

 ラインハルトの思いをよそに、ヒルダは思考の海に沈んでいた。

 

 そもそも、専制政治において跡継ぎ問題というのは必ず付いて回る問題だ。この問題が原因で傾いた国家の例など枚挙に暇がない。だから、本当は必要なのだ。強力なナンバー2が。

 

 ではなぜ総参謀長はキルヒアイスという強力なナンバー2を引きずり降ろそうとするのか。

それはつまり、キルヒアイスがラインハルトの血縁者ではない、という一事に尽きるのではないか。

 

 ならば、キルヒアイスを『そう』してしまえば良い。

 

 「まとまりましたわ、ラインハルト様」

 

 「聞こうではないか」

 

 「有能な家臣に、君主の血縁者を嫁に与えて一門衆とする。古来より良く使われてきた手段です」

 

 言いながら思った。これは、ラインハルトの逆鱗に触れることになるのではないか。なにせ、ラインハルトの血縁者と言えば一人しかいない。しかも、その人はラインハルトにとって『戦う理由』ですらあるのだから。

 

 「ふむ……」

 

 ヒルダの意に反して、ラインハルトは怒らなかった。というよりもその答えを予想していた節すらある。

 

 「あの、自分で言っといてなんですけど、よろしいのですか?」

 

 「……いいも悪いも、あの二人は相思相愛だぞ。くっつくのは遅いか早いかでしかない。―――ただ、政治的な理由で結ばせようと画策する自分が嫌になるだけだな」

 

 「……驚きました。ラインハルト様がそんな微妙な男女の機微がお分かりになるなんて」

 

 「なあヒルダ。……あなたは、本当は俺の事が嫌いなんだろう?」

 

 「とんでもございません。むしろ、逆だからこそ意地悪したくなってしまうのですわ」

 

 これは本当の事だった。初めて会ったときは奇麗な人だな、という程度の印象だった。それが、秘書として傍に仕えているうちに世間で言われている『常勝の天才』というイメージと真逆の、少年のような顔が見えてきたのだ。そして、それを『可愛い』とすら思ってしまっている自分に気付いたのだ。

 

 思わぬ告白に、赤面するラインハルトだった。

 

 「あまり、考え過ぎない方がよろしいですわ。為政者にとって、公私の区別などあってないようなものですから。結ばれて欲しい二人が愛し合っている。それだけで十分だと思います」

 

 それを聞いたラインハルトの顔は、何やら吹っ切れたような、晴れやかな顔をしていた。

 

 「ありがとう、ヒルダ。もし、あなたや、エリザベートやサビーネとの出会いがなければ俺はあの二人の思いにも気付かぬままだっただろう。そしてそれは、取り返しのつかない事態を招いていたかもしれない。―――あなたたちと出会えて、本当に良かった」

 

 「……あっ……」

 

 こんなのずるい、とヒルダは思った。こんな極上の微笑みを浮かべてそんな口説き文句を言われたら、本気になるしかないではないか……!

 

 

 

 

 

 元々はラインハルトが姉、アンネローゼと住むために用意したシュワルツェンの館は、今や五人が生活を共にしていた。ラインハルトとアンネローゼ。エリザベートとサビーネ、ヒルダである。

 

 ラインハルトは初めキルヒアイスにもここで暮らすよう勧めたのだが、流石に断り、キルヒアイスは代わりに館からほど近い場所に手ごろな大きさの館を購入した。

 

 平民出身とはいえ上級大将。更には宇宙艦隊副司令長官。貯えも稼ぎも十二分にあった彼は安いとは言えないそれをキャッシュ一括で購入して見せた。歩いて通える場所に丁度良い物件が売りに出ていたことは、彼にとって幸運だった。

 

 キルヒアイスは、館周辺の警備の責任者も兼任しており、巡回の名目で時折館を訪れて、アンネローゼにコーヒーやケーキを振舞ってもらうのだった。

 

 「―――ふん、ふふーん……」

 

 そんなシュワルツェンの館にて、ふらりと厨房に立ち寄ったエリザベートは、何やらウキウキで鍋を掻きまわすサビーネを見つけた。可愛らしいピンクのエプロンが、良く似合っていた。

 

 「あら、サビーネ。お料理しているの?」

 

 「ええ、そうなの。お姉さまからようやくお許しを頂けたから、ラインハルト様のお好きなフリカッセをつくって差し上げようと思ったの」

 

 お姉さま、とは無論アンネローゼの事である。三人をこの館に迎え入れたい、とラインハルトに請われたアンネローゼは、快く了解した。仲も良好のようで、今ではこうしてアンネローゼに様々な家事を師事しているのだった。

 

 「ずるいわ、サビーネ。わたしにもやらせてちょうだい」

 

 「今日はダメよ。今日は全部わたしが準備して、ラインハルト様を驚かせて差し上げるの」

 

 「むーっ……。じゃあ、明日はわたしよ。お姉さまにお願いしてこなくっちゃ」

 

 そう言って、エリザベートはパタパタと駆け出して行った。

 

 駆けて行くエリザベートを見送りながら、サビーネはかつての実家での生活を思い返していた。幾人もの侍女に身の回りの世話をさせ、蝶よ花よと育てられてきた。

 対して今は、身の回りの事は全て自分でやり、それどころか誰かのためにこうして料理などしている。父母などが見たら、卒倒してしまうかもしれない。

 だけど、楽しいのだ。

 

 ―――この生活は、誰にも壊させない。

 

 そう、例え父や母であっても。そう心に誓うサビーネであった。




エリたんサビたんのほのぼの回が書いてて一番楽しい。
次点はラインハルトとヒルダ。

……オーベル? そんな奴いな(ry


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第五話~参謀長は挫けない~

若い頃は帝国軍のカチッとした雰囲気に憧れ、そこそこ歳を取ってくるとイゼルローン軍のウィットにとんだ会話を恰好良いと思ってしまう。

ちなみに私は、オーベルシュタインがそんなに嫌いではありません。


 ラインハルト・フォン・ローエングラムも人の子だ。感情の動物たる人間。であるからには当然、嫌いな人物というのも存在する。

 嫌い、もしくは二人きりで相対していて鬱になる相手、と言い換えても良い。

 

 堂々の第一位は故・フリードリヒ四世だ。これは当たり前。姉を奪った最も憎い相手。鬼籍に入ったからといって憎しみが昇華するようなこともなかった。おそらくは一生憎み続けるのだろう。

 

 では第二位は?

 

 フレーゲルを始めとする門閥貴族共か。いや、不快ではあるが現実の見えていない道化っぷりはいっそ愉快ですらある。まあ、皆まとめて第三位という所。

 

 ここまで言えばわかるだろう。ラインハルトにとって今目の前に立つこの男―――パウル・フォン・オーベルシュタイン総参謀長こそが、生者のなかでは最も嫌いな人物なのである。

 

 はっきり言って嫌いだ。出来ればリストラしたい。視界に入ってほしくない。

 

 ―――だが、世の中とはままならぬもので。

 

 オーベルシュタインほど謀略面において頼りになるやつもいない、というのもまた確かな事実なのであった。

 

 

 

 

 

 「我ながら、私は大した器量の持ち主だな。卿のような人好きのしない部下からの直言も、しっかりと聞き入れてやるのだからな」

 

 「はっ。お聞き入れ下さり感謝いたします。―――それはつまり、キルヒアイス提督を他の提督と同列に置く。そのことをお聞き入れ下さった―――ということでよろしいのですな?」

 

 淡々とした口調。それだけでも、この男には微塵も私心などないのだ、ということが分かってしまう。ある意味において滅私奉公の極み。

 もしこの男が、リヒテンラーデ公や門閥貴族連合に対して忠誠を誓っていたならば、ラインハルトは大いに苦戦したはずだった。下手をすれば、ガイエスブルクに逃げ込むのはラインハルトの側であったかもしれない。

 

 それなのに、この男が味方で良かった―――とはあまり思えないラインハルトなのであった。

 

 「いや、逆だ。卿がキルヒアイスを危険視するのは、彼が私と『他人』だからだろう。そこを修正する。―――つまり、キルヒアイスは姉上と結婚し、ジークフリード・キルヒアイス・フォン・グリューネワルト伯爵となる。私の義理の兄、私の一門衆ということになるな」

 

 オーベルシュタインの義眼が、大きく見開かれていた。滅多に見る事の出来ない驚愕の表情。ラインハルトは、内心ほくそ笑む。

 

 「文句はなかろう?キルヒアイスは私の血縁者となり、よってナンバー2であることの法的根拠を得た。―――万が一、私が子を儲けずして戦場に斃れるようなことがあろうと、彼と姉上が私の跡を継ぐだろう」

 

 「……今一つ懸念が。閣下とキルヒアイス提督に共に男児がいた場合、後継の座を巡って、帝国を二つに割って相争うという事態に陥る可能性が」

 

 ラインハルトからしてみれば、そこまで面倒見切れるか、という思いである。そもそも、実力のない覇者が打倒されるのは当然の事である。

 

 「今の段階では余計な心配というべきだな。私かキルヒアイスのどちらかが健在であるならば、器量を見定めた上で相応しい方を後継に据えるだろう」

 

 ラインハルトとキルヒアイス両名が後継者も定めずに斃れる。そのような事態は最早帝国滅亡の危機というべきだろう。だから、考えるだけ無駄だとラインハルトは思っていた。

 

 「まあ、よろしいでしょう。どちらかに女児があれば、結婚させ、もって正統の皇家となすこともできましょう」

 

 『よろしいでしょう』などとお墨付きをもらっても、少しもうれしくないラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 「―――で、それはそうとエリザベートとサビーネの件だ。卿の事だから大いに反対するかと思ったのだが」

 

 「その件でしたら、私はむしろ感服いたしました。一兵も損なうことがなく、戦わずして門閥貴族連合は瓦解寸前です。事ここに至れば、艦隊戦は最後の決戦だけで済みましょう。まさに閣下にしか成し得ぬ偉業である、と」

 

 「そ、そうか」

 

 『ドライアイスの剣』を驚愕させ、次いで感心させる。ラインハルトは二つの偉業を成したのだった。

 

 「近いうちに、エリザベートとサビーネ、マリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルドとの婚約を発表する。キルヒアイスの件も同時にな」

 

 「は。―――であれば、賊軍との決戦前がよろしいかと。奴らにとって致命的な一撃となりましょう」

 

 「……リヒテンラーデは?あの宰相が、私が皇女の婿となることを承知するとも思えんが」

 

 「……玉璽を、掌握してから発表した方がいいかもしれませんな。賊軍に対しては、超光速通信を用いて『挑発』という形で決戦の前に」

 

 「そんなところだな。―――もう用は済んだ。退出してもいいぞ」

 

 敬礼し、退出するオーベルシュタインの薄い背中を眺めながら、大きなため息を吐く、ラインハルトなのであった。

 

 

 

 

 

 オーベルシュタインと話を付けてくるから先に帰宅していろ、とラインハルトから伝えられたヒルダは、若干荒れ模様で帰宅してきたラインハルトを出迎えた。

 

 「おかえりなさいませ―――って、随分と荒れていますわね、ラインハルト様。総参謀長とのお話が、うまく纏まらなかったのですか?」

 

 「いや、奴も納得した。問題はほぼ解決しただろう。……ただ、あいつと話をしていると、どうにも自分が薄汚い陰謀家になったような気がしてな……」

 

 外套をヒルダに手渡しながら、ラインハルトは嘆息した。

 

 ―――パタパタと、慌ただしい足音が二つ。そしてしっとりとした落ち着いた足音が一つ。

 

 前者はエリザベートとサビーネ、後者はアンネローゼだった。

 

 姿を現すなりラインハルトに飛び込んでくる二人。流石に慣れたラインハルトは、特に慌てることもなく二人を同時に抱き止める。

 

 『お帰りなさいませ、ラインハルト様!』

 

 「ああ、ただいま」

 

 眉を吊り上げ、しかめっ面をしていたラインハルトが、二人を抱き止めるや否や穏やかな、柔らかい微笑を浮かべるのがヒルダには印象的だった。

 

 (わたしがああやって出迎えていたら、ラインハルト様は同じような微笑みを浮かべてくれたのかしら……)

 

 「すぐに、は難しいでしょうけれど、少しずつ慣れていきましょうね、ヒルダさん。―――あの子は、人の好意を袖にするようなことは決してしませんから」

 

 アンネローゼには、どうやら見抜かれてしまったようだった。

 

 「着替えていらっしゃい、ラインハルト。その間にお食事の支度をしておきますから」

 

 「お手伝いします、ラインハルト様!」

 

 「あ、エリザベートずるいわ。わたしもお手伝いします!」

 

 「サビーネ、あなたはお食事の支度があるでしょう!」

 

 「じゃあサビーネ、手伝ってくださるかしら。ヒルダさんはラインハルトの方へ」

 

 テキパキと指示を出し、纏め上げるアンネローゼを見て、やはりこの館の真の主人はこの人なのだと痛感するヒルダであった。




ジークが仲間になりたそうな目で(窓の外から)こちらを見ている

仲間に入れますか?


  →はい   いいえ



「だから言ったのだ。ここに住め、と」


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第六話~出撃前夜~

 帝国内で右往左往していた門閥貴族は粗方オーディンを発った。彼らは皆、ガイエスブルク要塞に集結したか、あるいはその周辺の要塞に逃げ込んだ。

 そうなるとラインハルトも、いつまでも余興見物に洒落込んでいるわけにはいかなくなってくる。

 

 軍務省及び統帥本部は掌握済み。つい先日皇帝からの勅令も出された。となれば後は出撃するのみなのである。

 

 今、ラインハルトの前には、彼の誇る艦隊司令官たちがずらりと並んでいた。

 

 ロイエンタール、ミッターマイヤー、ビッテンフェルト、ケンプ、メックリンガー、ワーレン、ルッツ、ミュラーといった八名の艦隊司令官。そしてラインハルトの後ろには総参謀長であるオーベルシュタイン中将、宇宙艦隊副司令長官であるキルヒアイス上級大将が控えていた。

 

 「陛下より勅命が下された。『ガイエスブルク要塞に籠り反乱を企てるブラウンシュヴァイク公及びリッテンハイム侯、またその下に集った貴族共を討て』と」

 

 ラインハルトのその宣言に、提督たちがどよめいた。無論、これは『まさか』という意味ではない。『ようやく来たか』というある種興奮を伴った歓声である。

 

 「何故かはとんとわからぬが、奴らの士気はすでに崩壊寸前だ。油断は禁物だが必要以上に恐れることはない。卿らの奮戦を期待する」

 

 「賊軍の要たる皇女二人を手中に収めておきながら、『何故か』とは閣下もお人が悪い」

 

 ミッターマイヤーがそう答えると、一同はどっと笑う。

 

 「そう言うな、ミッターマイヤー。私はこれでも人情家でな。彼女たちと私は純愛なのだ」

 

 ラインハルトの冗談めかした言葉に、一同はさらに沸いた。

 

 「ならば、閣下の恋路を成就させんがため、我らは不退転の決意を持ち、賊軍どもを討ち果たして御覧に入れましょう!」

 

 そう大声で宣言したのはビッテンフェルトだ。

 

 「期待させてもらおう。……相手は未来の舅殿だ。私としては穏便に済ませたかったのだが勅命を戴いては仕方ない。私情を排して朝敵を討ち果たすとしよう」

 

 神妙な内容とは異なり生き生きとした口調で、不敵な笑みを浮かべてそう嘯くラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 作戦会議が終わるとラインハルトは部屋を出て行った。オーベルシュタインも一緒に出て行ったが、諸将にとってはまあどうでも良いことだった。ラインハルトがいなくなったことを確認した諸提督は、一斉にキルヒアイスを取り囲んだ。シュワルツェンの館で夕食をご馳走になろうと企んでいたキルヒアイスにとっては出鼻を挫かれた格好だった。

 

 「申し訳ない、キルヒアイス提督。今宵は、ぜひ我らに付き合って頂きたい」

 

 「ああ、もちろん代金は我らが持つ故ご心配なく」

 

 ロイエンタールと、ミッターマイヤーだった。左右を彼らに押さえられ、前後はビッテンフェルト、ミュラー等諸提督によって塞がれている。こうなっては最早退路はなかった。

 

 「はい、どこへなりとお供しますよ。……出来ればお手柔らかに」

 

 「捕虜をどう扱うかは尋問に協力的か否か、といったところでしょうな」

 

 ビッテンフェルトが重々しい口調で宣言する。

 キルヒアイスは、周囲を見回し、肩をすくめて現状を受け入れるのだった。

 

 

 

 

 

 「それで、ローエングラム侯は実際の所どうなのです?」

 

 「どう、とは?」

 

 食事もそこそこに士官専用クラブに連れ込まれたキルヒアイスは、注がれた酒を口に含む間もなく質問攻めにあった。ロイエンタールの質問に苦笑して首を傾げるキルヒアイス。

 

 「二人の皇女殿下の事ですよ、キルヒアイス提督。閣下は冗談めかして『純愛だ』などと仰っておられましたが……実は案外本気なのではないか、と」

 

 「いやいやミッターマイヤー、あり得んだろう。閣下のなさりようを見て、俺は感心したのだ。なるほど、このような崩し方もあるのか、とな」

 

 やはり、というべきかロイエンタールは二人の皇女の事を、あくまで策略の一環だと思っているようだった。

 

 「しかし、ロイエンタール提督。ローエングラム侯は御二人を大層可愛がり、御二人もまたローエングラム侯を心から慕っておられる―――との情報もありまして。どうなのですかな、キルヒアイス提督?」

 

 そう言ったのはメックリンガーだった。他の提督たちも身を乗り出してキルヒアイスの言葉を待っている。

 

 「本気、なのですよ。―――先帝の葬儀の日、ラインハルト様は噴水のそばで戯れる御二人の姿を見て、一目惚れしたそうです。次の日聞かれました。『あの二人をものにしたいから知恵を出せ』と」

 

 キルヒアイスの言葉に、諸将はどよめいた。見たところ、概ね好意的に受け入れられているようだった。

 

 「もっともそれはあの御二人も同様だったようで。しかも、私たちの想像を遥かに超えて活動的でもあったようでして。―――まさか、決起集会の日に逃げ込んでくるとは想像もしていませんでした」

 

 「……我らが主は、なんとも豪運をお持ちだ。敵の急所ともいえる存在に、まさか家出を決意させるほどに慕われるとは……」

 

 そう言って呻いたのは果たしてワーレンかルッツか。

 

 「ところが、皇女殿下御二人は、彼我の戦力を冷静に分析し、『このままでは父と一緒に共倒れだ』と判断したようでもありまして」

 

 「なるほど。反旗を翻した後となっては再会したところで敵味方。立場を考えるとどう転んでも結ばれる事は出来んでしょうからなぁ」

 

 巨体をソファに沈めて頷くのはケンプだ。

 

 「いや、恐るべきはその分析能力でしょう。あの時点でローエングラム侯の勝ちを確信していた貴族など、マリーンドルフ伯爵令嬢くらいのものですから」

 

 ミュラーの言葉に、諸将は黙り込んだ。

 

 「……ローエングラム侯は、二人を何か、情報を扱う部門に据えようとお考えなのかな?」

 

 ロイエンタールが呟いた。

 

 「さて、それは今の時点では何とも。―――ただ、御二人はラインハルト様のお役に立ちたい、との強い思いを持っておいでです。そうなる可能性は十分あり得ますね」

 

 「あるいは、社会秩序維持局……とか、な」

 

 金銀妖瞳を怪しく光らせ、再びロイエンタールが囁いた。

 

 ラインハルト様も、未だそこまでは考えていないだろう、とキルヒアイスは考えている。ただ、現局長はあまり良い噂を聞かない。来る新政権において新しい風を、と思ったときに彼女たちに白羽の矢が立つことはあるのではないか。

 

 「しかしまあ、あれだな。これだけやることなすことが良い方向へ転がると、本当に大神オーディンのお導きなのではないか、とすら思えてくる」

 

 ミッターマイヤーの言葉に、大きく頷く諸将であった。

 




貴族連合軍が弱体化しすぎてファーレンさんとメルさん涙目。


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第七話~想定外~

 ラインハルトたちの率いる艦隊がガイエスブルク要塞に迫りつつあることを知った貴族たちは、大広間に集まり『諸悪の根源たる金髪の孺子を討つべし』との気勢を上げていた。

 

 ただし、声は大きいが今一つ迫力に欠けていた。応える声にも、どこか空々しさが漂っている。

 

 貴族たちを眺める連合軍の盟主二人も、目に精彩を欠いていた。

 

 かつてラインハルト等に『戦意過多、戦略過少』と評された彼ら貴族たちではあるが、唯一のとりえであったその戦意すら、もはや失われようとしていた。

 

 エリザベートとサビーネという彼らの娘がいなくなった後、ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は失望した。なにせ、これまで『女帝の婿』という立場を餌に多くの貴族たちを味方に引き入れてきたのである。それが、一瞬にして瓦解したのである。

 

 とはいえ、仮にも盟主ともなれば失望しているばかりというわけにもいかない。

 

 どうにか自失から立ち直った彼らは様々な手段を使って味方の貴族たちの懐柔に努めたが、最高の『ご褒美』がもはや望めぬとあっては、日に日に味方の貴族たちの士気が下がっていくのも無理のないことだった。

 

 

 

 

 

 状況に変化があったのは、そんな退廃した雰囲気が要塞を覆いつくしたある日の事であった。

 

 「ブラウンシュヴァイク公、ローエングラム侯より通信が入りました」

 

 要塞のオペレーターを務める一人の士官が、ブラウンシュヴァイク公の下に駆け寄り伝えた。

 

 「あのような下賤の輩を『侯』などと呼ぶとは何事だ!」

 

 激昂したブラウンシュヴァイク公が報告に来た士官を殴り飛ばした。

 

 その目は濁り、吐く息からは酒精が漂っていた。脱落者が続出する現状を直視できなくなった彼は、酒によって気を紛らわせるようになっていた。

 

 だから、意識の混濁した彼は気付かない。報告に来た士官が殴られた瞬間、それを見詰める他の兵士たちの顔に、殺気にも似た怒気が混じったのを。

 

 もはや、限界まで下がった士気が叛意に転化するのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 通信を開くと、豪奢なキングチェアに腰掛けたラインハルトがスクリーンに映し出された。ラインハルトは、軍服は身に着けておらず、素肌の上にガウンを身に纏っていた。

 

 それは良い。貴族たちからすると何様のつもりだ、と罵声を浴びせたくなるような姿だったが、『所詮は下賤の輩がすること』と思えば気の紛らわせようもある。

 

 だが。

 

 何よりも彼らの目を引いたのは、その傍に寄り添う三人の娘だった。

 

 ゆったりと、深く腰掛け足を組むラインハルト。手にはウイスキーグラスを持ち氷を鳴らしている。その右側に、薄く、露出の多いドレスを身に着けたエリザベートがしなだれかかっている。右手は彼の胸元に差し入れられ、ゆっくりと撫でている。左手は太腿に。

 

 左側にはサビーネだ。色違いの同様の衣装を身に着け、両手を彼の腰に回して、頬は彼の胸元に当てられている。

 

 そしてラインハルトの後ろにはヒルダが。両手を彼の背後から胸に回し頬ずりをしていた。

 

 「―――蒙昧にして卑劣な賊ども。陛下に叛き乱を起こした貴様たちの罪は許し難く、万死に値する。だが、畏れ多くも慈悲深き皇帝陛下は、愚劣なお前たちのような輩であっても寛大な処置をとの仰せだ。今すぐに財も領地も、全てを差し出して頭を垂れ、許しを請うならば命だけは助けてやろうではないか」

 

 ゆったりと、落ち着いた声でそう告げると、ラインハルトは両脇でしなだれかかるエリザベートとサビーネを抱き寄せた。

 

 「おのれ金髪の孺子!全てを差し出して許しを請うのは貴様の方だ!そのお方は下賤な貴様ごときが手を触れてよいお方ではないぞ!」

 

 「その通り!貴様こそ、今すぐここにお二人を連れて来い!そうすれば慈悲深い我らは貴様の命だけで許してやろう!」

 

 ラインハルトを罵る声が次々と投げ掛けられる。だが、ラインハルトはそんな彼らを冷ややかな目で見降ろし、冷笑を浮かべていた。

 

 『おだまりなさい!』

 

 ついに堪えられなくなったのか、エリザベートとサビーネが立ち上がり、貴族たちを一喝した。

 

 「ラインハルト様の寛容に付け込み先程から言いたい放題……恥を知りなさい!」

 

 怒りに顔を上気させ、エリザベートが叫んだ。

 

 「そもそも、やれ下賤だの、孺子と仰いますが、それは自分たちの事であると心得なさい!」

 

 同じく、怒りを滲ませたサビーネが言った。

 

 「五百年にもわたる特権で身を肥えさせ、自我を肥大させたあなた方は、その外見は醜く品性のかけらも見受けられません。さらに、その内面は腐り果て、腐臭を漂わせています」

 

 「あなた方は、これまで奪い続けてきました。―――それを、返すべき時が来たのです」

 

 「そういう私たちもまた大貴族の生まれ。罪は等しく有りましょう。……せめて、ラインハルト様の覇業を傍でお支えし、尽くすことで罪のひとかけらなりと、還す所存です」

 

 貴族連合の面々は、皇女二人からの思いもよらぬ非難に、声もなくスクリーンを見詰めていた。あるものは俯き、ある者は憎悪を滲ませ、またある者は目を閉じて。

 

 「孺子……貴様に、一つ聞きたい」

 

 そう声を絞り出したのはブラウンシュヴァイク公だった。

 

 「何なりと」

 

 落ち着いた声でラインハルトが返す。

 

 「娘たちを……どうするつもりだ……?」

 

 「ここにいる三人―――エリザベート、サビーネ、そしてマリーンドルフ伯爵令嬢ヒルデガルド。この三名は私の伴侶となる。……決して粗略には扱わぬと約束しよう」

 

 「―――そうか。ならば是非もない。言葉を交わす時は終わった。この上は武力によって貴様を打倒し、皇帝陛下の御許に赴こう」

 

 ―――そう言ったブラウンシュヴァイク公の顔からは酒精の残滓が消え去っていた。

 

 

 

 

 

 通信は、ブラウンシュヴァイク公の側から切られた。つい先ほどまで威勢よく貴族たちを弾劾していたエリザベートとサビーネは、真っ黒なスクリーンを見詰め、それからしばらくしてぎこちなく顔を見合わせた。

 

 「……どうしよう、サビーネ。最後のお父様の顔、見た?もしかして、覚醒させちゃったかも……」

 

 「わたくしのお父様も、そうよ……。一言も喋らなかったけど、最後の方は笑っておられたもの……」

 

 青くなった顔で項垂れている少女二人を、ラインハルトは苦笑して見詰めていた。

 

 「二人が気に病むことはない。責任は、この策を実行することを決断した俺にある」

 

 そう言ったラインハルトの顔は穏やかで、二人に対する気遣いに満ちていた。

 そして、不意に不敵な笑みを浮かべて言う。

 

 「それに、面白くなってきたではないか。このまま奴らが自然消滅してしまっては、あまりに興がないと思っていたところだ。―――奴らが戦死をこそ望む、というのであれば望み通りのものをくれてやろう」

 

 そう宣言するラインハルトを、エリザベートとサビーネはうっとりと見蕩れていた。

 

 ―――これが『常勝の天才』が戦場で見せる顔。

 

 ―――帝国軍数百万将兵の先頭に立つお方。

 

 「あの、浸っているところを申し訳ないのですが」

 

 不意に、ヒルダが言った。

 

 「もう、無粋な人ね。それで、何なんですか?」

 

 頬を膨らませてエリザベートがヒルダに顔を向けた。

 

 「そろそろ着替えませんか?ひらひらして、なんだか落ち着かないです。―――あと、味方にはまだ、通信繋がったままです。このまま放っておいたら、見せられないとこまでいっちゃいそうなんで」

 

 声にならない絶叫を上げる、エリザベートとサビーネであった。

 

 




どうしてこうなった(汗

サクッと終わらせてイチャラブ書こうと思っていたらまさかの覚醒。

まあ結果は変わらないのですがwww




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第八話~戦後処理~

これまでずっと『治安維持局』だと思っていたら本当は『社会秩序維持局』だった(汗
『治安維持局』というのはどこから来たんでしょうね……?


 衆寡敵せず。

 

 いかに覚醒したブラウンシュヴァイク公が指揮をとり、リッテンハイム侯が先頭に立って突撃しようとも、彼我の戦力の差は如何ともし難い。

 

 貴族連合軍の艦隊は徐々にすり減らされ、遂には盟主二人のそれぞれの旗艦が撃沈されリップシュタット戦役は幕を閉じた。

 

 盟主二人の最期は壮絶だった。

 

 装甲の厚さにものを言わせた無謀とも思われる突撃。ラインハルトの旗艦ブリュンヒルトを射程圏内に収める寸前まで肉薄し、四方八方から主砲で撃ち抜かれて轟沈した。

 

 そして、ラインハルト達首脳部をさらに驚かせた出来事は、戦後処理の最中に発覚した。

 

 ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯は、最後の突撃を敢行するに当たり、自分以外の全ての乗組員を脱出させていたのだ。

 

 「ふん……らしくないことをするものだ。もっと早くに目覚めていれば、非業の死を遂げることもなかっただろうに」

 

 そう言ったラインハルトの声に、やや覇気が欠けていたのは二人の皇女の心境を慮ったからであろうか。

 

 ともかくも、リップシュタット戦役は幾らか後味の悪さを残しながらも、終結したのであった。

 

 

 

 

 

 「―――で、だ。俺としてはこの際返す刀でリヒテンラーデ公も討ち果たしてしまいたいわけだ」

 

 「敵も味方も犠牲が最小限だったおかげで、戦力はむしろ増強されていますしね……」

 

 そう言ったヒルダの声は、エリザベートとサビーネに遠慮したのか控えめだった。

 

 二人は、今日一日は喪に服す、と言って自分に与えられた部屋に籠っている。この場にはラインハルトとヒルダのみであり、いわば非公式の戦略会議であった。

 

 ファーレンハイトに代表される、生き残った有能な指揮官たちは、こちらの指揮下に入ることを了承した。どうやらメルカッツ上級大将は捕らえ損なったようで、フェザーンか同盟にでも亡命したのだろうと思われた。

 

 「手ごろな兎を狩りつくした走狗としては、釜で煮られてしまう前に身の安全を確保しておきたいのだ」

 

 「今頃オーディンでは、宰相閣下が鍋の目利きに走り回っておられるでしょうね」

 

 「自分で言うのもなんだが、まさか俺がリヒテンラーデ公に心酔している、なんて信じている奴もおらんだろうしな」

 

 「どちらにせよ、彼らに考える時間と動く暇を与えないことが肝要です。速やかに軍を返して帝都主要部を押さえる必要があります」

 

 ラインハルト達には、実を言うと選択の余地はない。オーディンにのこのこと凱旋したところで、軍から離れたが最後、適当な罪状をでっち上げられて拘束され、裁判を開くことすらせず即日ヴァルハラ行きだろう。

 

 「よし、ならば一刻も早くオーディンに進軍するとしよう」

 

 「……いえ、お待ちください。―――ラインハルト様は、むしろゆっくりと、堂々と御帰還下さい。帝都の制圧は、諸提督にお任せするのです」

 

 訝しげにヒルダを見たラインハルトは、しばらく考えた後頷いた。

 

 「なるほど、宣伝効果というやつか」

 

 

 

 

 

 「―――ところで、キルヒアイスが面白い話を持って来た。エリザベートとサビーネに、社会秩序維持局を任せてはどうか、と」

 

 今後の方針がまとまり、従卒にコーヒーを運ばせた後、ラインハルトが言った。

 

 「あそこは、いわゆる『秘密警察』ですよ。ラインハルト様が覇権を握られた後は、廃止されるものと思っておりましたが」

 

 「無論、そのつもりだ。―――だが、情報・諜報を受け持つ部署は必要で、それに最も適しているのはあそこだ」

 

 「……彼女たちは、ラインハルト様の功績を調べ上げて、その上で家を捨てることを決意なさったのでしたわね」

 

 その言葉に、ラインハルトは苦笑を浮かべた。

 

 「俺の経歴は、ほとんど丸裸にされていた。……俺ですら忘れていたようなことを嬉々として語られたときには、流石に鳥肌が立ったな」

 

 『ストーカー』という単語が頭に浮かんだヒルダであったが、口に出すことはせず、封印した。

 

 「もともと、俺はそれほど乗り気ではなかったのだが……アンスバッハ准将が帰順を申し出てきただろう」

 

 「はい。ブラウンシュヴァイク公の懐刀ですわね」

 

 「公より、後事を託されて艦を下ろされたそうだ。『娘を守ってやってくれ』とな」

 

 あえて帰順を申し出てきたのは、ラインハルトとエリザベートの近くにいるためだろうか。もしエリザベートがラインハルトにより何らかのハラスメントを受けるようなことがあれば、悪鬼羅刹の類となって詰め寄るに違いない。

 

 「怖い舅が出来ましたわね。おめでとうございます」

 

 「迂闊なことをしたらハンドキャノンで狙われそうな気がす―――ってそれはどうでもいい!要は、公爵の側近だった男だから、前線よりはむしろそういった任務が向いているということだ!」

 

 「エリザベート様とサビーネ様をそれぞれ情報収集と分析部門の長に置き、実働部隊をアンスバッハ准将に任せる―――これなら、二人を御傍に侍らせておく大義名分になりますわね」

 

 「そうだ。―――そして、任務の名のもとに小うるさい舅代理は遠くへ追いやることが―――って、だからな……」

 

 「まあ、元帥閣下ったら怖いですわ。―――御自分の自爆を棚に上げてわたくしを糾弾なさるだなんて……」

 

 ラインハルトはヒルダから目を逸らし、遠くを眺める。

 

 ―――自分にはどうやら、女難の相があったらしい。これまで、男所帯の艦隊勤務ばかりだったから気付かなかったが。ヒルダ一人を相手にしてさえこの有様なのだ。これからも、三人の女性に振り回され続けるに違いない……。

 

 「ところでラインハルト様。帝国を掌握なさった暁には、どうなさるおつもりですか?」

 

 ヒルダが、不意にそんなことを聞いてきた。

 

 「……帝位に就くには、もう一つ大きな功績が必要だろうな。となると相手はフェザーンか同盟か……。こちらから喧嘩を吹っ掛ける気はないが、奴らも今のパワーバランスで何か仕掛けるほど馬鹿ではないだろうよ」

 

 「さあ、それはどうなんでしょうね……。ラインハルト様は、騒動を司る女神に愛されているご様子ですから、あちらの方が放っておかないとおもわれますわ」

 

 そんな物騒な存在に付き纏われた覚えはない―――そう反論しようとして、ラインハルトは思い留まった。

 

 そうだ、いつもいつもやられっぱなしでは銀河帝国元帥の沽券に関わる。

 

 「―――女神なら、もう間に合っている。なにせ、俺には勝利と、幸運と、知恵を司る三人の女神が既に付いているのだからな」

 

 ヒルダの顔を真っ直ぐに見て、そう伝えるラインハルトであった。

 




恐らくこの世界の維持局は、ケスラー率いる憲兵隊とめっちゃ仲いいんだろうなぁ、と。
……いろいろな意味でwww


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第九話~休息~

 『ラインハルト様、おかえりなさいませっ!』

 

 いつものように、ラインハルトが帰宅するなり飛び込んでくるエリザベートとサビーネであった。ラインハルトは慌てることなく受け止め、左右の頬にそれぞれからの接吻を受けてから床に下ろしてやる。もはや、この一連の流れは習慣化していた。

 

 ―――もし避けたらどうなるかな、などと考えたことが全く無かった、と言えば嘘になるラインハルトである。無論実行したことはない。

 

 「ラインハルト様ラインハルト様ラインハルト様!お願いがあるんです!」

 

 そう言ったサビーネは、いつにも増して騒々しかった。

 

 「お願い?……なんだ、フェザーンでも欲しくなったか、それとも、自由惑星同盟とかいう叛徒がいい加減目障りにでもなったか……?」

 

 「あんな雑魚はどうだっていいですっ。どうせそのうちラインハルト様に尻尾振るに決まってるんですから!」

 

 自信満々に断言するエリザベートである。

 

 欲しい、と言えば奪りに行くつもりだったのかしら……とヒルダは考えた。

 

 三大勢力の残り二つを『雑魚』呼ばわりか……と夕食をたかるために一緒に帰宅したキルヒアイスは考えた。

 

 またエリザベートとサビーネが予言染みた分析能力を発揮したわね……とアンネローゼは考えた。

 

 なら、イゼルローンか……提督達のうち何人かは元帥に特進かな……とラインハルトは考えた。

 

 「ラインハルト様、アウトです」

 

 ヒルダが幾分白い目で言った。

 

 「しっかり突っ込めるようになっただけ進歩というものですが……特進はないでしょう……」

 

 キルヒアイスが、肩を落として呟いた。

 

 「ごめんなさい、ラインハルト……もっと、情操教育に気を付けるべきだったわね……」

 

 アンネローゼがハンカチで目頭を押さえた。

 

 「だ、大丈夫ですラインハルト様!お寒いジョークを言うラインハルト様もお可愛いですから!」

 

 サビーネのフォローが心に痛いラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 「旅行、だと?」

 

 夕食も終え、食後のコーヒーとケーキを、という時になってエリザベートとサビーネは『みんなで旅行に行きましょう』と提案した。

 

 「はいっ、貴族連合との戦いも終わり、リヒテンラーデ公も排除して、宰相府の掌握も無事に終わりました。今後しばらく、厄介事が舞い込んでくることはないと思います」

 

 エリザベートの主張に、ラインハルトは顎に手を当てて考え込んだ。

 

 「よろしいのではないですか?―――考えてみれば、幼年学校を卒業してからこれまで、走り続けてきましたから。もうそろそろ一息入れるのも悪くないでしょう」

 

 「わたくしも、賛成しますわ。そもそも、上役が働き詰めだと下の者は気兼ねして、簡単には休めなくなりますから」

 

 「考えてみると、小さい頃にもそんな機会はなかったわね……。いいのではなくて?ラインハルト」

 

 ヒルダ、キルヒアイス、アンネローゼの援護。だが、それらの声を受けたラインハルトの顔には戸惑いの色が浮かんでいた。

 

 「何か、御懸念でも?」

 

 キルヒアイスの疑問に、ラインハルトはゆっくりと首を振った。

 

 「そうではない……そうではないのだが……そもそも、旅行へ行って、何をするのだ?」

 

 『ダメだ、こいつ。早くなんとかしないと』

 

 ラインハルト以外の、五人の思惑が一致した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 とりあえず、海に行こうということで話の纏まった一同である。そうなると今度はどの惑星の、どの海に、という問題に直面する。

 

 ―――オーディンでいいではないか

 

 ―――わたくしの、いえ、元ブラウンシュヴァイク領に景勝地があるのです

 

 ―――それなら元リッテンハイム領にだって

 

 ―――マリーンドルフ領なんていかがでしょうか。父に報告もしたいと思いますので

 

 ―――そういえば、以前討伐に行ったクロプシュトック領に良さげな海がありましたね

 

 議論は白熱して一向に纏まる気配がない。そこへ、アンネローゼが爆弾発言を投げかける。

 

 「自由惑星同盟―――例えば、エル・ファシルなんてどうかしら?噂のヤン提督に案内をお任せして。きっと楽しい旅行になるわ」

 

 騒がしかったリビングが静まり返った。一同、『あり得ないだろう』という意見で一致している。

 

 だが、一人だけ真剣に検討する者がいた。

 

 ―――そう、ラインハルトである。若干どころではなく姉バカ、シスコンの気がある彼は、それがどんなに荒唐無稽なものであれ、一度姉の口から発せられたとなれば、万難を排して実行に移そうとするのである。

 

 「どうだ、キルヒアイス。フェザーンを誑し込んで適当な商社のオーナー一家の戸籍を用意、そちら経由で同盟側からイゼルローンに接触する。ヤン・ウェンリーに会い、その案内を受けてエル・ファシルに赴く―――」

 

 奇妙なことに、一同の誰も『ヤン・ウェンリー一党に暗殺される』という可能性は排除していた。

 

 「フェザーンには、実家の伝手でわたくしとサビーネがコンタクトをとれます」

 

 「はい。リッテンハイムもブラウンシュヴァイクもかなりの額の資本投下はしておりましたので、戸籍の用意自体はそれほど難しくはないかな、と」

 

 ラインハルトがその気である以上、エリザベートとサビーネにとっては決定したも同然であった。

 

 「……はぁ……。でしたら、その伝手を使ってヤン・ウェンリーに面会の申し出もやっといてください」

 

 ヒルダが、諦めたような表情で呟いた。

 

 「むしろ、味方をどうやって誤魔化すか。こちらの方が問題です。……フェザーンの動向を探る、という名目で……やはりロイエンタール・ミッターマイヤー両提督の協力を取り付けておいた方が無難ですね」

 

 「ジーク、お願いね。―――ヒルダさん、エリザベート、サビーネ。わたくしたちは衣装の用意でもしましょうか。フェザーンの流行ってどんなのかしら。あと、水着もいるわね。―――三人とも、ラインハルトをびっくりさせてあげたいでしょう?」

 

 そう言って、アンネローゼは三人を引き連れてリビングを出て行った。

 

 「おい、キルヒアイス。実行計画は俺たちに丸投げらしいぞ」

 

 「ええ、ですが、おやりになるのでしょう?」

 

 「無論だ。姉上の望みは全力で叶える、だろう?キルヒアイス」

 

 そう言って、ラインハルトとキルヒアイスはがっちりと握手するのであった―――




初めはオーディン内に留める予定だったのに……
どうしてこうなった

……ってそんなのばっかりですね(汗


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第十話~休息②~

 銀河帝国宰相たるこの俺が、たかが旅行へ行く程度の事に何故こそこそと隠れるような真似をせねばならぬのか。敵国ならまだしも自国で―――とのラインハルトの開き直りによって、今回のエル・ファシル旅行計画は御前会議の場にて公表されるに至った。

 

 この御前会議には軍部代表として四人が出席している。

 

 まず、軍務尚書・オーベルシュタイン上級大将。統帥本部総長・ロイエンタール上級大将。宇宙艦隊司令長官・ミッターマイヤー上級大将である。キルヒアイスは元帥となり、帝国軍最高司令官代理兼、銀河帝国宰相顧問の地位を得てこの会議に参加している。

 

 ラインハルトは元帥として、帝国軍最高司令官及び銀河帝国宰相としてこの会議の最も上座に座った。

 

 そして、国務尚書・マリーンドルフ伯、工部尚書・シルヴァーベルヒを始めとする文官が並んでいた。

 

 

 

 

 

 「もう一度、伺ってもよろしいですかな?」

 

 ラインハルトがフェザーンからエル・ファシルにかけて一月ほどの旅行へ行く旨を伝えると、一同は沈黙に包まれた。

 

 誰もが口火を切るのを躊躇う中、感情を窺わせない声でそう問いただしたのは、やはりオーベルシュタインだった。

 義眼が怪しく点滅し、心なしか眉をひそめているような気がする。

 

 「聞こえなかったのか?―――フェザーンからエル・ファシルまで約一月の旅行に行く、と言ったのだ。詳しくは手元の資料を読め。あとこの際だ、黒狐―――ルビンスキーと会談してみるのもこの際よかろう。関係機関と連携して調整しろ。ああ、同盟には伝える必要はないぞ。私が興味があるのはあくまでヤン・ウェンリーのみだからな。イゼルローン要塞にのみ、身分を偽って入り込む。」

 

 「フェザーンの、拝金主義者共を信じる事は出来ませんな」

 

 「その通り、この機会を好機とみて、御身を害そうとするやもしれません」

 

 そう言ったのは、ロイエンタールとミッターマイヤーだ。

 

 「卿等はそう言うがな、名目上フェザーンは帝国の『自治領』なのだぞ。正規のルートで会談を申し込んできた相手を謀殺する愚を犯すとも思えんが」

 

 ラインハルトはそう反論する。

 

 「私は、宰相閣下の意見に賛同します。―――そも、かの自治領はこれまであまり交流が活発ではなく、意図が不明瞭でありました。新政権となったこの機会に、パイプを太くしておくことは今後の役に立つでしょう」

 

 そう言ったのは工部尚書シルヴァーベルヒだった。彼の発言に触発されて、幾人かの文官が賛意を示した。

 

 こうなると軍部を代表する三名が危惧を表明しても大勢が変わることはない。結局護衛を厳重に付ける、という条件を辛うじて通し、会議は終了するのだった。

 

 

 

 

 

 「うまくいったぞ、エリザベート、サビーネ」

 

 帰宅するなり、抱き着いて来た二人にラインハルトは告げた。

 

 「嬉しいっ!ラインハルト様、大好きです!」

 

 そう言って、より強い力で二人がしがみ付いてくる。それを見るアンネローザとヒルダも、微笑んでいた。

 

 「まあ、ルビンスキー自治領主との会談も入ってしまったから多少調整が必要だ。おそらくは一月程度、といったところかな」

 

 苦笑しながら付け加えるラインハルトであった。

 

 「ルビンスキー、ですか?」

 

 しがみ付いていたエリザベートが顔を上げて、ラインハルトを見る。

 

 「ああ。銀河帝国宰相が正規のルートで訪問の旨を伝えるのだ。会わぬわけにはいくまい。お楽しみの前だと思って堪えるしかないだろうな」

 

 「ルビンスキー……というよりもフェザーンに関しては、少し気になる情報を入手しましたので、お伝えしておいた方がいいかもしれません」

 

 そう伝えた顔は、今までの少女のものではなかった。

 

 

 

 

 

 社会秩序維持局は、名を『内国安全保障局』と改められた。そして、情報収集局と情報分析局の二つの部門が設けられ、それぞれの局長にエリザベートとサビーネが就任した。

 

 更に、それらの下には実動部門の長としてアンスバッハが就任した。二人の下には日々国内外の情報が集められており、彼女たちは嬉々としてそれらの情報を処理しているのだった。

 

 「ルビンスキーと地球教に密接な関係あり―――か」

 

 コーヒーの香りを胸に吸い込みながらラインハルトが呟いた。

 

 「そもそも、フェザーンの初代領主は地球出身です。地球教という存在が浮かび上がってきた時、歴代の領主が教団から、あらゆる面で支援を受けていたことを突き止めるのは、そう難しくはありませんでした」

 

 胸を張って主張するエリザベート。

 

 「地球教は、人類社会のあらゆる面に深く根を張っています。それこそ、帝国はもちろん同盟にも。教団が人を集め、フェザーンが資金・物資で支援する。そんなことがもう何百年も続いているようなのです」

 

 同じく、胸を張って主張するサビーネであった。

 

 「そうか……良く調べてくれたな。偉いぞ、二人とも」

 

 そう言って二人を抱き寄せ、頭を撫でてやるラインハルトであった。ついで、とばかりに喉元をくすぐってやると笑い声をあげて頭を摺り寄せてくる。懐きっぷりは犬であるのに仕草は猫のよう。

 

 「……一粒で、二度おいしいとはこのことか……」

 

 感無量のラインハルトだった。

 

 

 

 

 

 「それでラインハルト様、どうなさいますか?」

 

 キルヒアイスが問いかけてきた。

 

 「どうもこうも、知らぬふりをして会ってみるほかあるまい。―――いや待て、サビーネ、ルビンスキーの為人(ひととなり)はどうだ?」

 

 「スキンヘッドの、大柄な男性で、大層な野心家で策謀家だとか。……あと、見事なまでに禿げ上がってます」

 

 「サビーネ様、何故二回言ったんですか……」

 

 「『大事なことは二回言う』ものだって古典文学で学びました」

 

 ヒルダの突っ込みにドヤ顔で宣うサビーネだった。

 

 ―――ドヤ顔で胸を張るサビーネは可愛いなぁ―――とラインハルトが思ったかどうかは定かではない。が、彼は柔らかい笑みをサビーネに向けて言った。

 

 「そのような性格ならば……地球教からの離反は期待できないか?こちらからは地球討伐に際し武力とマンパワーを提供する、という条件で。あと、髪の話は止めてやってくれ。―――男は皆、細く、かつ薄くなる毛根と日々戦う戦士なのだ……」

 

 ふさふさの金髪を、これ見よがしにかき上げた。

 

 ルビンスキーがここにいたら、交渉は間違いなく決裂だっただろうな、とヒルダは考えた。

 

 「ラインハルト……あなたのおじいさまは、それはそれは見事に頭を光らせていらしたわ……」

 

 アンネローゼの爆弾投下に、絶叫を上げるラインハルトであった―――




いい加減、連日更新が厳しくなってきました。
今後、もしかすると二日に一回、もしくは三日に一回程度になるかもしれません。

気長にお待ちいただけると幸いです。


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第十一話~休息③~

今回はフェザーン回


 ラインハルトが案内された部屋の中に入ると、そこには男性が一人、すでにソファに腰掛けていた。浅黒い肌に恵まれた大きな体格。そして髪の毛一本生えていない頭。なるほど事前に聞いていた情報通りの男。

 

 この男がアドリアン・ルビンスキー自治領主なのだとラインハルトは直感した。

 

 「遠路はるばる、お疲れ様で御座いました。どうかこちらへお掛け下さい」

 

 ルビンスキーは立ち上がり、ラインハルトを出迎えた。

 

 見た目に寄らず物腰は柔らかで、いかにも紳士といった振舞い。また、タートルネックのセーターに薄緑色のスーツと公人らしからぬ装いが、意外なほどに良く似合っている。

 

 「なるほどな。幾人もの情人を抱えているという話だったが……納得できるな」

 

 「はっ?」

 

 ラインハルトの言葉は、ルビンスキーの意表を突いたのだろう。ラインハルトに顔を向け、訝しげに眉をひそめている。

 

 「いや。卿は何人も情人がいるのだろう?それだけの器量なのだから、さぞ美形揃いなのだろう。―――だが、私の婚約者も負けてはおらんぞ。数では卿に劣るだろうがな」

 

 そう言って、声を上げて笑うラインハルトだった。

 

 一方のルビンスキーは内心気を引き締め直した。

 

 戦争こそ神掛かった強さを誇るが、人生経験の浅い青二才―――多少知恵は回るにせよ。

 

 事前の情報からそんな評価を下していた彼だが、案外手強いかもしれぬ、と上方修正したのである。

 

 「これはこれは……。閣下のようなお方のお耳にまで届いていたとは、我が身を恥じる思いですな」

 

 「咎めてはおらぬ。―――ただ、後ろから刺されることのないように、気を付けて遊んでくれ」

 

 「恐れ入ります。―――して、此度こちらにおいで下さったご用向きは、どのようなものでありましょうか」

 

 「事前に通告した通りだ。エル・ファシルに婚前旅行と洒落込むために卿の力を借りたい」

 

 「その件で御座いましたら、通告を受けてすぐにとりかかりました。人数分のカバー・ストーリーと身分証と、万端に整っております」

 

 ルビンスキーはそう言ってラインハルトの目を見詰めた。暗に、たったそれだけの用件でここまでは来ないだろう、と問い質しているのだ。

 

 ラインハルトは、焦らす様にしてゆっくりとコーヒーカップを持ち上げ、香りを堪能する。

 

 「『壁に耳あり』なる古の格言がある。―――ここは、大丈夫であろうな?」

 

 そう言って、ラインハルトはぐるりと執務室を見回した。

 盗聴などされてはいないか、という確認。当然、ルビンスキーも察した。

 

 「無論でございます、宰相閣下。神に誓って、そのようなことはございませんとも」

 

 「……卿の言う『神』とは、人類発祥の地たる、とある惑星なのではないか?」

 

 瞬間、ルビンスキーの顔から穏やかな笑みが消え、殺気にも似た剣呑な気配が発せられた。

 だが、ラインハルトは構うことなく言葉を続ける。

 

 「人類社会全体に根を張り、歴史を闇より操る。その手は長く、近くは門閥貴族、遠くは自由惑星同盟とかいう共和主義者たちの国家元首にまで伸びている」

 

 ルビンスキーは、目を細めラインハルトを見詰めている。

 

 「『俺』はな、奴らが邪魔なのだ。―――ルビンスキー、卿はそうではないのか?首根っこを押さえられ、煩わしいと思ったことはないのか……?」

 

 ラインハルトは、敢えて一人称に『俺』を使った。

 

 つまり、自分は真意を語っている。卿も偽りを口にするな―――ということ。

 

 「確かに、そのような存在があるとすれば、邪魔な事この上ありませんな。もしそうであるならば、私がこの地位にあるのも『奴ら』のおかげということになります。―――冗談ではない。『俺』は、その地位にふさわしい力量を持つからこそ『自治領主』の地位を得たのだ。恩着せがましく『奴ら』に言われる筋合いなどない―――!」

 

 ルビンスキーもまた、それに応えた。ラインハルトとルビンスキーは、共に薄い笑みを口の端に浮かべる。

 

 「よろしい。―――ならば、事この件に関しては俺とお前は『友』というわけだ。出来れば、長く、広くそうありたいものだが……まあ、おいおい詰めて行けばよかろう」

 

 「ふむ……自分で言うのもあれだが、俺は手強いぞ。あなたに俺を、使いこなせますかな?」

 

 言いながら、ルビンスキーがベルを鳴らす。しばらくして妙齢の女性がワインボトルとグラスを二つ、運んで来た。

 

 二人は、ワイングラスを目の高さにまで掲げ、一息に飲みほした。

 

 ―――ここに、銀河帝国宰相ラインハルト・フォン・ローエングラム公爵とフェザーン自治領主アドリアン・ルビンスキーの同盟は成立した。

 

 この同盟関係が、どれほど続くのか。そして、どのような結果をもたらすのか。

 

 知る者はいない―――

 

 

 

 

 

 「―――というわけで、ルビンスキーとの密約は成立した。エリザベートとサビーネは、フェザーン及びオーディン、更に地球に存在する奴らの根城を徹底的に洗い出してくれ。ただし、奴らに我らが探っている、という事を悟られないように。二人が必要だと判断したならば、オーベルシュタインと新しく任命したケスラー憲兵総監も使って構わん」

 

 更にラインハルトは、キルヒアイスに討伐部隊を秘密裏に編成することを命じ、ヒルダにはルビンスキーとの交渉役をするよう伝えた。

 

 「地下でこそこそと動き回る鼠を、一網打尽にするのだ。あとは同盟領だが……ヤン・ウェンリーに伝えて刈り取るよう依頼するしかあるまいな……」

 

 そして、各支部を追われた地球教徒はおそらく、聖地地球を目指すのではないか。ルビンスキーに言えば、これら地球行きの輸送船を抑えることは容易だろう、とラインハルトは考える。

 

 銀河連邦が発足してから、これまで歩んできた人類の歴史の一部が、地球の復権をもくろむ一部の狂信者によって紡がれてきた、などと認めるのはラインハルトにとっては屈辱だった。

 奴らには痛烈な報いをくれてやろう、と内心気炎を上げるラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 「それで、皆は今日街に出て観光してきたのだろう。フェザーンは、どうだった?」

 

 どちらにせよ今は旅行中の身。今言ったこと全てはオーディンに帰還してからの事になる。今すぐに動かないとどうにかなる、というほど切羽詰まってはいない以上、気分の切り替えが必要だった。

 

 「ええ、素晴らしいですね。街には活気があり、道行く人々は笑顔と活気に溢れている。商店の品揃えも豊富で値段も手頃です。―――帝国全土がこのようになれば、と強く思いました」

 

 キルヒアイスがしみじみと言った。彼にしてみれば、フェザーンの繁栄は帝国民と同盟市民の血を吸い上げて築き上げて来たものでもあるように思え、あまり手放しで褒める気にはなれなかったのだが。

 

 「ラインハルト様、とっても可愛い水着を見つけたんです!みんなの分買ってきたので期待しててくださいね!」

 

 エリザベートが弾んだ声で言った。

 

 「そうか。それは楽しみだな。―――フェザーンには、三日ほど滞在する。今晩は、ルビンスキーが歓迎のパーティを開いてくれるそうだ。夕刻までは自由時間ということにしようか」

 

 「ラインハルト様!街に出てラインハルト様の私服を買いましょう!」

 

 「エリザベートが、すっごく格好良い服見つけたんです。色々試着してみましょう!」

 

 「お屋敷で使えそうな丁度良い調理器具を見つけたの。―――ジーク、付いてきてもらっていいかしら?」

 

 「はい、喜んで。アンネローゼ様」

 

 「ヒルダ、あなたも一緒に来て、試着してみると良い。二人が着ているような可愛らしい衣装をな」

 

 「ええっ、わ、わたくしも、ですか?」

 

 こうやって、目的もなく街を散策する、など久しくやっていなかった。エリザベートやサビーネ、ヒルダたちがいなければ、こうやって英気を養うなどという事は考え付かなかったのだろう。

 

 ラインハルトは、両手をエリザベートとサビーネに引かれながら、そんなことを思うのだった。

 




次回、ようやくイゼルローン編

覚醒したラインハルトはシェーンコップ、ポプラン二人の色事師との出会いで何を思い、何を学ぶのか―――


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第十二話~休息④~

 ラインハルトとキルヒアイスの二人は、イゼルローンの面々に顔が割れている。情報収集に余念がなければ今回のメンバー全員、VIPとして情報は出回っている筈だった。

 それを承知で偽の身分証を用意させたのは、只ヤン・ウェンリーが自由惑星同盟上層部に対して言い訳が立つように、である。

 思い付きに近い今回の会談で、ヤン・ウェンリーにあらぬ疑いが掛けられぬように、とのせめてもの気遣いである。もちろん、撮影した画像や映像、録音した声で個人が特定されないような機械も持ち込んでいる。

 

 つまり、今回のラインハルト・フォン・ローエングラム帝国宰相とヤン・ウェンリー要塞司令官兼駐留艦隊司令官との会談は、全く記録に残さない形で行うことが可能なのだ。

 

 ―――それはつまり、要塞内に入ってしまいさえすれば、一切身分を偽る必要はないわけで―――

 

 「御初にお目にかかる。私は、銀河帝国宰相・ラインハルト・フォン・ローエングラム公爵だ。隣のこの男はジークフリート・キルヒアイス・フォン・グリューネワルト侯爵。そしてその夫人であり、私の姉でもあるアンネローゼ。そしてこの三人が、私の婚約者であるエリザベート・フォン・ブラウンシュヴァイクとサビーネ・フォン・リッテンハイム、ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフという。―――まあ、キルヒアイスはまだ襲名前の身だが」

 

 ラインハルトは護衛を置き去りにして先頭を歩き、出迎えたヤンたち一行の前で歩みを止めると、見事な敬礼を施し、一行を紹介した。

 

 『……、……っ!』

 

 あろうことか、ヤン・ウェンリーはもちろんその他の幕僚連中まで、大きく口を開けたまま、返礼も忘れて固まっていた。

 当然、といえば当然だった。彼らイゼルローンのメンバーは、フェザーンからとあるグループ企業のオーナー社長が視察に訪れる、と同盟政府から聞かされていたのだ。粗相があってはならぬ、と念を押されていたため『これも給料のうち』と思って幕僚を引き連れて出迎えに来たのである。訪れた客が実は帝国のトップでしたなどと、予想出来るものではなかった。

 

 ラインハルトはその様子を眺めて満足そうに一つ頷き、背後に控えるキルヒアイスに振り返った。

 

 「見たか、キルヒアイス。俺は、かのヤン・ウェンリーの度肝を抜くことに成功したのだ。帝国軍人の誰も為し得なかった快挙だぞ、これは。―――ああ、この顔が見られただけでここまで来たかいがあったというものだ」

 

 「それはようございました、ラインハルト様」

 

 苦笑を浮かべ、応えるキルヒアイスだった。

 

 

 

 

 

 「それにしても、どういうつもりなんだ?まさか帝国宰相とその腹心がフェザーン経由でここまで来るなど予想外にもほどがある」

 

 ラインハルトがヤンとの会談を望む、といってヤン共々一室に閉じこもってしまったため、指令室で幕僚たちは顔を突き合わせて相談していた。先の一言は、アレックス・キャゼルヌ少将のものだ。

 

 「いやあ、それにしてもさすがは帝国のトップとその腹心だ。連れている女のレベルの高いこと。おまけに婚約者が三人ときたもんです。私はいっそ、帝国人になりたいですな」

 

 「お前さんは、元からそうじゃなかったか?」

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ少将の軽口に突っ込みを入れたのはダスティ・アッテンボロー少将だった。

 

 「おい、ユリアン。何ぼーっとしてるんだ?まさか、憧れのキルヒアイス提督に婚約者がいて、がっかりしたか?」

 

 オリビエ・ポプラン少佐がヤンの被保護者であるユリアン・ミンツを肘で小突き、からかう。

 

 「ち、違いますよっ!なぜ僕ががっかりするんですか。そもそも、あれだけご立派な方なんですから、婚約者位いるでしょうっ!」

 

 「―――ゴホンッ!……メルカッツ客員提督、ローエングラム公の目的が一体なんであるのか、心当たりはございますか」

 

 ムライ少将が咳払いをして場の空気を引き締め、メルカッツに尋ねた。

 

 「……案外、本当にただ旅行に来ただけ、なのかもしれませんな」

 

 目を閉じて思考に沈んでいたメルカッツは、しばらくして目を開くと若干投げやりにそう言った。

 

 そもそも、要塞はもともと帝国のものなのだから内部構造は熟知している。だから要塞内部を探る―――という線はない。ヤン・ウェンリーに会いたい。これが主目的ならば要塞の帝国側出口から来訪するはず。であるならば単なる興味本位、余暇。そう考えてしまうのが一番しっくりくるのだ。

 

 「内乱は片付き、ローエングラム体制は固まった。同盟は少ない戦力を更にすり減らして当分侵攻の目はない。なるほど、今のうちに婚前旅行に洒落込もうというわけですか。『くたばれリア充!』と叫びたくなりますな」

 

 アッテンボローがそう毒づいた。

 

 「いやいや、同意を求められても困ります、アッテンボロー少将。小官は、宰相閣下ほどではないにせよ、一夜の夢を共に語らう相手には不足致しておりませんので」

 

 「僻みはいかんな、アッテンボロー少将。俺はむしろ、奴さんを見直した所だ。前に三次元映像を見たときはいかにも潔癖症の完璧主義者という印象だったのだが、今日の彼は余裕と懐の広さがあった。やはり、女は男を変えるものだ」

 

 ポプランと、シェーンコップの反論だった。

 

 「いいか、ユリアン。お前さんはローエングラム公の真似をしようなんて考えるんじゃないぞ。流石の俺も、娘を二人ともくれ、なんて言われた日にはお前と果し合いをしなきゃならんからな」

 

 同盟でも随一の色事師二人に論破され、返答に窮するアッテンボローを尻目にキャゼルヌは殊更重苦しい口調でユリアンに忠告した。

 

 「言いませんよっ、そんなこと!っていうか、今あの子たちはいくつだと思ってるんですか!?」

 

 「なんだとユリアンっ! まさかうちの娘たちでは不満だとでも言うのか! よろしい、決闘だ!」

 

 白手袋代わりにベレー帽をユリアンに投げつけるキャゼルヌ。うんざりとした様子でバカ親の説得をするユリアン。口論など忘れてどちらが勝つか賭けを始める幕僚たち。

 

 「止めろよっ! 賭けなんてやってないで! あと、なんで僕のほうが人気なんですかっ!」

 

 ユリアンの叫びが、指令室に響くのであった。

 

 




七ヶ月ぶりの更新。
なんだか「今更」という気がしないでもない。


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第十三話~魔術師は胃が痛い~

 惑星エル・ファシルのそこそこ名の知れたリゾート地にて、旧世紀のラブコメよろしく激甘空間を形成するバカップルが二組。そしてそこに紛れ込んだ親子とも兄妹とも言い難いなんともちぐはぐな三人組が一組。

 

 無論三人組とはヤン、ユリアンそしてヤンの副官であるフレデリカ・グリーンヒル嬢である。

 

 フレデリカとユリアンはいい。美男美女であるから水着姿が十分に絵になる。だが、一方のヤンはといえばひいき目に見て引率の教師、といった風情だった。でなければ従僕の類。

 

 警備の名のもとに視界の外から双眼鏡でその様子を見つめるローゼンリッターの面々であった。

 

 「久しぶりに要塞から離れて海に遊びに行けるーーーって、能天気に浮かれていた時期もありました」

 

 「気持ちはわかるが何も考えるな。ひたすら任務に没頭して、この恨み辛みは襲撃者が現れた時に全てぶつけてやればいい」

 

 装甲服こそ身に付けてはいないが、重装備に身を包んだ血涙を流しかねない表情のライナー・ブルームハルト中佐と、片や能面のような表情で銃を構えて直立するカスパー・リンツ大佐である。

 

 「俺たち、あの奇麗どころに囲まれて鼻の下伸ばしてる兄さん二人にいいようにしてやられたんだよなぁ……」

 

 「だから、何も言うな考えるな無の境地だ、ブルームハルト。そもそも、こんなんでもあの国家元首なんぞを護衛するよりもはるかにましだってもんだろが」

 

 あの二人が帝国の実権を握ってから、かつての故国もかなり風通しがよくなったことを聞いていた。もし、自分たちがいたころに彼らが居たならば、自分たちがこうして同盟に身を寄せることもなかったのであろうか。二人とも、口にはしなかったが同じ思いを抱いていた。

 

 二人は、大きなため息を一つ吐くと再び周囲を警戒するのだった。

 

 

 

 

 

 ラインハルトとヤンの会談は数時間にも及んだ。そこで自由惑星同盟の歴史の闇に潜む地球教について話を聞かされたヤンは、部屋を出てきたとき片手はこめかみに当てられ、もう片方の手は腹の上に当てられて何やら頭痛と胃痛を堪えるかのような表情であったという。

 

 至急集められた幕僚陣には、ラインハルト一行がエル・ファシルの景勝地への数週間の滞在を希望していることのみを伝え、警備総責任者にキャゼルヌ少将、実行部隊責任者としてシェーンコップ少将を任命すると足早に自室へと籠ってしまったのだった。

 

 ヤンとしては洗いざらい幕僚たちに打ち明けてしまいたかった。だが、誰が信者で、どこに信者の耳があるかもわからない状況で、『自分たちが気づいてしまった』ことを、万が一にも敵に悟らせるわけにはいかなかったのだ。

 

 誰よりも信頼するユリアンとフレデリカにすら語らずにいたことが、事の重大さを表していた。

 

 無論、一晩考え続けていくらか心が落ち着いたのか、翌朝には二人にだけは打ち明けたのだが。

 

 

 

 

 

 「なるほど。翌日ユリアン君が深刻な顔をしてヤン提督を同行させてほしいと頼みに来たのはそのような事情があったのですね。『提督に気分転換をさせてほしい』と」

 

 「はは……まったく、保護者に似ずよくできた子ですよ」

 

 はしゃぐ女性陣に振り回され続け、いささかならず疲れたラインハルト、キルヒアイス、ヤンの男三人はトロピカルジュースを飲みながら雑談に興じていた。

 

 「まあ、あまり考えすぎないことだ。教団中枢メンバーの割り出しはルビンスキーにやらせている。あちらの情報に基づいてこちらは武力を提供すればよいのだ」

 

 ラインハルトの口からルビンスキーの名が出た瞬間、ヤンの表情はわずかに曇った。

 

 「そんな顔をするな、ヤン提督。あの男の地球教に対する憎悪は本物だ。地球教を相手にしている限り、奴は頼もしい味方だ」

 

 『では、そのあとは?』ヤンは、その当然の疑問を口にしなかった。この二人がそのことを考えないはずがない。

 

 地球教を駆逐することは、簡単ではないが実現可能だろう。だが、その後のルビンスキーとラインハルトの宇宙の覇権を巡る戦いは、ひどく凄惨なものになるのではないか、とヤンは思うのだ。

 ルビンスキーは明確な武力を持たない。であるならば闇に潜むしかなく、それだけに多くの軍人以外の血を流すことになるのではないか。

 

 一方、ラインハルトにとっては若干事情が異なる。一皮むけて人生に余裕を得た彼は、ルビンスキーの為人を好ましいものと思っていた。

 なぜだか、奇妙なほどに『馬が合った』のだ。ヤンが心配するほど酷いことにはなるまい、と確信していた。

 

 「いずれヤン提督にもルビンスキーと会ってもらおう。俺の忠告としては、それまでに大いに遊び、余裕を持つことだな。奴に言わせれば『人生とは楽しむもの』だそうだ」

 

 「ははは……イゼルローンのような辺境にいては、それもなかなか……」

 

 ラインハルトのからかうような忠告に、苦笑を返すヤンであった。

 

 ラインハルトの忠告を受け入れたわけではないにせよ、要塞に帰ったらほんの少しだけフレデリカとの関係を進めてみよう、と思うヤンであった。決してラインハルトとキルヒアイスのバカップル時空に当てられたわけではない。

 

 「ラインハルト様っ! こちらのビーチでは水上バイクの貸し出しをやっているそうですっ。二人で乗ってみませんか?」

 

 「サビーネ、ずるい! 私だってラインハルト様と二人乗りしたいです!」

 

 何やら三対三に分かれてビーチバレーに興じていたらしい彼女たちが勝負がついたのかこちらに向かって駆けてきていた。先頭を駆け、息を切らせてラインハルトに訴えかけるのはエリザベートとサビーネの二人。

 

 「慌てるな、エリザベート、サビーネ。ここのマリーナは四人乗りの水上バイクを貸し出しているそうだ。それに乗って―――そうだな、あそこに見えるあの島まで行ってみようか。キルヒアイス、ヤン提督、卿らもそれぞれ二人乗りと三人乗りを借りるがいい」

 

 「はい、ラインハルト様。お供します」

 

 ラインハルトの言葉に、微笑を浮かべて答えるキルヒアイス。だが、ヤンはといえばいくらか強張った笑みを浮かべていた。

 

 『首から下は不要の男』との異名を誇るヤンである。車の運転くらいならばともかく水上バイクなど、乗ったこともなければ操縦できる自信も皆無である。

 

 こちらを見つめて、『私にお任せください』とばかりにウインクしてくるフレデリカが、ヤンには女神のように思えたのだった。



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第十四話~とあるバカップルの一日~

 まずは水着。際どさやセクシーさではなくかわいらしさを追求したのであろう、フリルのついたセパレートタイプ。それぞれ自分の髪の色に合わせたのであろうか、エリザベートは黄色、サビーネは黒の水着を着ていた。

 

 もう一人の婚約者、ヒルダはこちらはワンピースタイプだ。乗馬なども嗜む活動的な娘であるから泳ぎやすさを優先したのであろう。だが、彼女自身の魅力によるものか、十分に似合っている。

 

 「ふむ……並、小、微小といったところか。大や極大がいないのはまあ、今後に期待といったところだな」

 

 婚約者たちをひとしきり褒めちぎり、彼女たちの機嫌を最大限まで高め、落ち着いたところでラインハルトは彼女たちの体のとある一部分に視線をやりながらぼそりと呟いた。

 

 誰の、どこが『そう』なのかは言わぬが花。

 

 「あ、あのあの……ごめんなさい、まな板で……頑張って体操とかしてるんですけどなかなか思うように育ってくれなくて……もっと大きくして見せますから嫌いにならないでください、ラインハルト様!」

 

 涙目で懇願するサビーネは可愛いなぁ―――とラインハルトが思ったかどうかは後世の歴史家の意見も分かれるところである。

 

 「そう嘆くな、サビーネ。『そこ』を揉むのではなく撫でたり摘まんだりするのもまた一興というものよ。無ければ無いなりの楽しみ方もあるというものだ……」

 

 「ドヤ顔で決めているところを恐縮ですけれど、言っていることは最低ですからね」

 

 ラインハルトを見るヒルダの視線は、完全に『ろ』のつく変態を見るそれと同じであった。

 

 「古典文学で見ました! こういう時は『お巡りさん、この人です』って言うらしいです!」

 

 無邪気な笑顔で無慈悲なことを言うエリザベートの発言にも、だがしかしラインハルトは挫けなかった。

 

 「同盟はどうだか知らぬが、こと帝国においては俺が法律だ。取り締まれるものならば取り締まってみるがいい」

 

 そう宣言するラインハルトの態度は、帝国数百万将兵の先頭に立つ大元帥として相応しい堂々たるものであった。

 

 「では、アンネローゼ様に通報、と……」

 

 「それはやめてくれ、ヒルダ。姉上に沈痛な表情で『かわいそうなラインハルト……』とか言われてみろ。あれは本当に心を抉られるのだ」

 

 それまでの態度をかなぐり捨ててヒルダに縋りつくラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 クルーザーもあるらしいと聞いたラインハルトは海上にあり、舵を握っていた。トイレ、シャワーは当然完備。広いキャビンは十数名が楽に入ってパーティーなど楽しめ、ベッドなども備えられている。

 

 「クルーザーというものも、これはこれでなかなかいいな」

 

 ラインハルトはご満悦であった。宇宙船と異なり三次元的な機動こそできないものの、障害物の何もない大海原を縦横無尽に駆け巡るのは何物にも代えがたい楽しさがあった。何よりも、宇宙船とは異なり一人で動かせるのが素晴らしい。

 

 純白の機体は、心なしかブリュンヒルトに似ているような気がした。

 

 「オーディンに帰ったら一艘作らせてみるか……」

 

 諸提督の旗艦それぞれをモチーフにしたクルーザーを作ってみるのも悪くない。出来上がったそれらを提督たちに下賜するのだ。マスコミを集めてクルーザー十数艇の進水式というのもなかなか面白いのではないか。

 

 新たな雇用を生み出す景気刺激策として理論武装も完璧。

 

 「ふふ……そうだ、戦争なんてやってる場合じゃない。これからの帝国はレジャーだ。臣民一人一人の所得を上げ、誰もが余暇を楽しめる国を作るのだ!」

 

 満面の笑みを浮かべて舵を操るラインハルトであった。

 

 

 

 

 

 「―――ねえ、見てサビーネ」

 

 楽しそうにクルーザーを操るラインハルトを見つつ、エリザベートが呟いた。

 

 「うん、ラインハルト様とっても楽しそう」

 

 そう答えるサビーネもまた、微笑を浮かべていた。

 

 「そうだけど、そうじゃなくて……もっと下を見て」

 

 サビーネとヒルダは、そう言われて視線をラインハルトの体に向ける。

 

 当然水着姿だ。ただし、いわゆるビキニパンツ。上半身には何も身に付けずサングラスのみを着用。下半身はビキニパンツにビーチサンダル。

 

 「ラインハルト様って、案外着やせするタイプなんだ……」

 

 「うん、見て。胸筋とか腹筋とかすっごい。太腿とかも筋肉でぱっつんぱっつんだし」

 

 180㎝を超える長身に、軍人らしく鍛え上げられた肉体。おまけに超のつくイケメン。

 

 「……あ、ヤバ。鼻血出そう……」

 

 そう言ったのが果たして誰だったのか。そしてそう言ったのがラインハルトの顔を見てか上半身の筋肉を見てか、はたまたビキニによって強調された股間を見てのものか、後世の歴史家たちの間でも以下略。

 

 

 

 

 

 ―――ラインハルトたちがクルーザーを駆って海の上にいた頃。

 キルヒアイスとアンネローゼは海中にいた。いわゆる、スキューバダイビングと呼ばれるマリンレジャーの一つ。

 

 アンネローゼが掌の上に魚用の餌を乗せ、そこに色とりどりの小魚が集まってくる。その様子を、キルヒアイスが微笑を浮かべて見守っていた。

 

 落ち着いた、ゆったりとした時間が流れる。

 

 これがラインハルトも一緒ならば、『どちらが多くの魚を捕えるか競争だ』などということになり慌ただしい時を過ごすことになるのだろう。アンネローゼと二人きりならばそのようなこともない。かつて夢想するだけだった光景を、今の自分はこうして手中に収めている。そのことがなんとも不思議な感覚だった。

 

 ―――かつて、どれほど手を伸ばそうとも決して届かなかった夢のようなひと時を、自分たちは手に入れたのだ。ならば、『宇宙を手に入れる』というかつての誓いにどれほどの意味があるというのか―――

 

 キルヒアイスは、ふと己を見つめるアンネローゼの視線に気づいた。

 

 しばし、無言で見詰めあう。

 

 水の中のことであるから言葉は交わせない。だが、物言わずとも気持ちが通じ合ったような気がした。

 

 ―――そうだ、オーディンに帰還したらラインハルトさまに進言してみよう。自由惑星同盟とは対話をもって武力の代わりとし、貴族から接収した有り余る富は国内産業の育成にこそ注ぐべし、と―――

 

 ことによると、この決意はラインハルトと自分との間に決定的な亀裂を生み出すことになるのかもしれない。だが、成し遂げてみせる。

 

 キルヒアイスは、小魚たちと戯れるアンネローゼを見守りながら決意を固めるのであった。

 

 

 

 

 無論、キルヒアイスは気づかない。海の上でクルーザーの舵を握るラインハルトが『これからはレジャーだ!戦争なんてやってる場合じゃねぇ!』などと気炎を上げていたことを―――




~おまけという名の後書き~

 「も、もう我慢できない……」

 荒い息を吐き、エリザベートが言った。口にこそ出さなかったがそれはサビーネとても同じ。

 二人は顔を見合わせ、強く頷いた。

 『ラインハルトさまぁ~~!』

 あろうことか、ラインハルトめがけて『ルパンダイブ』をぶちかます少女二人。いろいろと台無しだ。

 「待ってください、二人とも! 水着でそんなことやっちゃったら……!」

 空しく響くヒルダの絶叫。

 そう、相手めがけてジャンプしながら着ているものを脱ぎ捨てる某怪盗の必殺技。水着姿でやらかせば……。

 大神の御加護か、肝心な部分は光によって遮られ見えなかったのがせめてもの救いであろうか。





 「―――海には潮流というものがあり、固定しない船はそれによってどこまでも流される。だから、いいか二人とも。拒否しているわけではないのだから、今後はせめて、錨を下すくらいの間はきちんと待つように」

 『はい……』

 数時間後、全裸で説教するラインハルトと、同じく全裸正座で説教を受けるエリザベート、サビーネであった。

 傍らのベッドでは、やはり全裸のヒルダがシーツに包まって寝息を立てていた―――





 これはひどい(汗


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第十五話~休暇は終わりぬ~

 長かった婚前旅行も終わりを迎え、ラインハルト一行はいよいよ帰還ということになった。

 

 出発前の雑事も終わり、あとは当人たちが乗り込むばかりである。

 

 「世話になったな、ヤン提督。卿と卿の部下たちのもてなしは素晴らしいものだった。―――今回築かれた絆が、今回一時のものではなく、できる限り長く続くことを期待している」

 

 ラインハルトは形式ではなく、心からの謝意を込めてヤンと両手で握手を交わした。

 

 「至らぬ点も多かったかと存じますが、気に入って頂けたのであれば幸いです。こちらこそ、我々の友情が長く続くよう願っております」

 

 応えるヤンの声も嘘偽りのない本心であった。

 

 ヤンの後ろには彼の幕僚たちが顔を並べている。彼らの顔は八割がたようやく接待から解放されるという安堵に満ちていた。もっとも、二割は寂寥を感じているのだ、と思えば十分すぎる成果ではあったが。

 

 さらに彼らの後ろでは、ラインハルト一行の女性陣と同盟の御婦人方が何やら談笑していた。ラインハルトは確かに紹介された覚えがあった。あれは確か、キャゼルヌ少将の御夫人、オルタンスとその令嬢二人、そしてヤンの副官フレデリカ・グリーンヒルだったはずだ。

 

 エリザベートとサビーネがフレデリカと少女二人に熱心に何かを説いているようであった。雰囲気から察するに、どうやら碌でもないことを教えているに違いなかった。

 

 ラインハルトは気を取り直して再びヤンの方に向きなおる。

 

 「さて、ヤン提督。本来ならばこのような場で口にすべきではないことなのかもしれんが、一応お約束として聞いておこう。―――私に、仕える気はないか?卿がこの提案を是とするのであれば、卿とその部下たちを、私は厚く遇するであろう。特にヤン提督、卿には格別の待遇を用意した」

 

 「いえ、非常にありがたいお話ですが―――」

 

 条件を聞いた後で断ってしまっては条件を釣り上げていると思われてしまう。そう考えたヤンは即座に断ろうとした。

 

 「銀河帝国宰相直属、ゴールデンバウム皇家歴史編纂委員」

 

 なんとも蠱惑的な響きを持つ肩書だった。思わずヤンは拒絶の言葉を忘れてラインハルトを見つめる。

 

 「私が新無憂宮を制圧した時、歴代の皇帝にまつわる、彼らが歴史の闇に封じようとしたさまざまな極秘文書を押収したことを知っているかな?銀河帝国広しといえども、閲覧どころか手を触れることすら限られたほんの数名にしか許されぬ秘中の秘。いや、私も主だった部分をいくらか読んでみたが実に興味深い内容でな、寝食を忘れて見入ってしまった」

 

 ヤンは、揺れていた。理性では断るべきだと理解している。だが、本能が断りの文句を口にすることを許してくれないのだ。

 

 そもそも、自分の夢はなんであったか。歴史の勉強がしたくて、研究がしたくて、一生のうちに一冊でも本が出せれば、などと考えて、今は亡き父を説き伏せたのではなかったか。大して厚遇してくれるわけでもない同盟に操を立てたとして、喜ぶのは安全な場所から主戦論を唱える政治屋どもばかりではないのか―――。

 

 長い、沈黙。ヤンのそばに控える幕僚たちも息を吞んで彼の返答を待っていた。

 

 沈黙を破ったのは、ラインハルトであった。

 

 「すまない、ヤン提督。卿を困らせるつもりはなかった。明確に否と言われたわけではない。今日のところはその程度で満足しておこう。―――ではな、次に会う時まで壮健であってくれよ」

 

 そう言うとラインハルトは身を翻し、宇宙船に乗り込んでいった。他の随行員たちも次々と後を追っていく。

 

 そうして、すべての準備を終えたラインハルト一行はイゼルローンを出港した。

 

 

 

 

 

 指令室のスクリーン上に映し出されたラインハルト一行の船。だんだん小さくなっていく。視界から消えるのもそう先ではあるまい。

 その様子を、ヤンは身じろぎもせず見つめていた。

 

 「良かったのか、ヤン。何も言わずに帰して」

 

 「先輩……」

 

 キャゼルヌが、ブランデーグラスを両手にヤンの隣に歩み寄っていた。片手のグラスを、ヤンに差し出した。

 黙って受け取ったヤンはグラスを回し、立ち上る香気を胸に吸い込んだ。

 

 「ローエングラム公と行動を共にしていて思ったんですよ。もしかすると彼は、同盟領を征服することに、さほど価値を見出していないんじゃないか、とね」

 

 キャゼルヌにとってはにわかには信じがたい話だった。だが、あの戦争の天才が戦を前に敵と馴合うことはするまい。そう考えると頷ける話ではあった。

 

 「平和が訪れるなら、自分が帝国へ身を寄せたとてそう大勢に影響はあるまい―――と?」

 

 「むしろ、『狡兎死して走狗烹らる』ようなことにもなりかねない。なら、そうなる前に高値で買ってくれるところに売りつけた方がまし―――いや、後付けの言い訳だな、こいつは。歴史編纂委員という地位は、少なくとも元帥杖だの司令長官だのという御大層な肩書よりもよほど魅力的だったんですよ、私にとってはね」

 

 同盟の誰もかれもが自分を不敗の名将だの魔術師だのと崇める。自分が好きでこんなことをしているわけでもないと知らずに。そんな地位だの名誉だの、知ったことかと言って放り出してやれば、彼らはどんな顔をするだろうか。そんな暗い喜びを感じたのも確かなのだ。

 

 「こいつは、俺の女房がローエングラム公の婚約者から聞き出した話なんだが……あの、エリザベート嬢とサビーネ嬢は、新設された内国安全保障局という諜報機関のトップだそうだ」

 

 思わずヤンは苦笑した。自分のことをよく調べている。いっそ感心するほどだ。経歴に関しては隠しているわけではないから調べ上げるのはそう難しいことではない。だが、そこから自分が実は歴史家志望だ、などとどうやったら結び付けられるというのか。おそらく、同盟首脳部はそんなことを聞かされたら鼻で笑うだろう。

 

 「そういえば、彼女たちは門閥貴族を早々に見限ってローエングラム公に身を寄せたのでしたね。―――大した情報収集と分析能力だ」

 

 天才同士が引き合うかのように次々とローエングラム公の周囲を固めていく。そしてその後ろには優秀な実戦指揮官たちが十分な数と装備を揃えて背後を守っている。もはや、現時点での勝算はゼロに近いのではないか。

 

 「イゼルローンに籠っていれば少なくとも負けはない。けど、そんな戦術的な勝利に何の意味があるのか……」

 

 ローエングラム公の領土的な野心が満たされている、というのはまさに僥倖というべきだった。首脳部から地球教の影が排除されれば少なくとも戦争以外の道を模索するだけの分別は得られるだろう。

 

 「決心がつきましたよ、先輩」

 

 グラスのブランデーを一息に飲み干し、ヤンはキャゼルヌに向き直った。

 

 「同盟と帝国との間に和平、もしくは不可侵条約を締結させる。それが実現すれば私はお役御免です。大手を振ってローエングラム公のもとに身を寄せて、極秘文書の閲覧に精を出しますよ」

 

 そのためにはこの宇宙から地球教を一掃しなければならない。気の遠くなるような作業だが、少なくともこの件に関してはローエングラム公とルビンスキー自治領主の二人が味方なのだ。最も敵に回したくない天才と異才が味方にいる。そのことはヤンの心をいくらか軽くしてくれたのだった。




 おまけ





 「ラインハルト様」

 エリザベートが何やら深刻な顔をしてラインハルトのもとに歩み寄ってきた。傍らにはサビーネとヒルダも従っている。二人も、同じく深刻な顔。

 「な、なんだエリザベート。何やら不穏な空気を感じるのだが」

 ラインハルトは明らかに怯んでいた。帝国軍諸将が見れば目を疑うような光景だった。





 「―――私は、あの事を知っていますよ」





 エリザベートが、ラインハルトの目を真っ直ぐに見て、そう言い放った。

 瞬間、ラインハルトの全身に鳥肌が立った。

 なんだ、なんだというのだ。いつ?いや、そもそも何のことを言っている?そもそも三人に対して後ろ暗い、何を自分はやらかしたのだろうか?

 迂闊なことは言えない。答えが間違っていれば自分は奈落へと落ちることになる。

 戦場で数万隻の艦艇に囲まれてもそこまでは、という圧倒的な速度でラインハルトは脳を全速で働かせていた。

 「―――と、そう言えば大抵の男は黙ります、とキャゼルヌ夫人より教えて頂いたのですけれど……効果がありすぎて、怖いくらいですね」

 いえーい、と作戦の成功をハイタッチで祝福する婚約者三人であった。




 ラインハルトは、もはや怒鳴りつける気力も湧かず、その場にがっくりと膝をつくのであった。




 終われ


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第十六話~帝都の優雅な一日~

 ラインハルト・フォン・ローエングラムが戦争の天才―――つまり、神憑り的な指揮能力を持つことは遠くは自由惑星同盟まで知られた周知の事実である。

 

 だがしかし、その類稀な采配能力とは別に、格闘戦における技能もずば抜けていることを知る者は意外と少ない。

 

 例えば、彼の親友であるジークフリード・キルヒアイスなどは齢十八の頃、当人たちはそうとは知らぬこととはいえ、かのローゼンリッタ―連隊長シェーンコップと白兵戦を演じ、引き分けたこともある。

 

 そしてそのキルヒアイスは曰く―――『ラインハルト様の戦闘技能は自分に決して劣ってはいない』と―――

 

 つまるところ、ラインハルトが即座に負けを認めるような相手など、故人となった『ミンチメーカー』オフレッサー装甲擲弾兵総監くらいのものなのである。

 

 

 

 

 

 突き出される拳を、ラインハルトは紙一重で見切りそのまま腕を絡めとった。そして、振るわれた拳の勢いを利用して投げを打つ。

 

 寸前で意図を悟った敵手は、転がされることを嫌って逆方向に踏ん張った。

 

 今度は、相手の腕を取ったまま、懐に潜り込み逆方向に足を刈った。

 

 なす術もなく転がった相手に馬乗りになり、喉元に手刀を当てる。

 

 「それまで!」

 

 終了の合図を受けたラインハルトは力を抜き、立ち上がって相手から退いた。

 

 

 

 

 

 「いや、閣下。お強いですな。一体どこでそれだけの技能を?」

 

 審判役をやっていたミッターマイヤーが問い掛けてきた。

 

 「なに、私もこう見えて若いころは敵が多くてな。いつどこで寝首を掻かれるともしれんので、このような技能も身に付ける必要があったのだ」

 

 未だ二十歳をいくつも超えていない若者が『若いころ』などというのがおかしくて、ミッターマイヤーはつい苦笑してしまった。

 

 「司令官が武器を取って白兵戦を演じるようでは戦は負けだ、などと言う者もおりますが、強襲揚陸艦などという代物が存在する以上敵兵の乗り込んでくる可能性はゼロではありませんからな。腕を磨いておくことは悪いことではありますまい」

 

 近づいてきたロイエンタールはそう言った。

 

 「それはそうとビッテンフェルト。卿は相変わらず猪突が過ぎるな。力と速さは群を抜いているのだから、もっと立ち回りを考えればよかろうに」

 

 ミッターマイヤーは先ほどの立ち合いで負け、悄然としていたビッテンフェルトにそう声をかけた。

 

 「そう言ってやるな、ミッターマイヤー。私が今使った業は装甲服を着ていればそうそう使えんものだ。対応出来ずともさほど問題はない」

 

 「そう、それです。相手の力を利用して―――いや、コントロールして? 己の力は最小限で相手を投げる。閣下は、そのような技術をどこで学ばれたのですか?」

 

 同じくギャラリーをやっていたミュラーが問い掛けてきた。

 

 「……私の婚約者―――エリザベートとサビーネのことだが。彼女たちが、いわゆる『古典文学マニア』なのは知っているか?彼女たちが、特に好んでいるのが西暦で言うところの二千年代初頭の作品でな。武道だの武術だのといった絵付きの文学作品も多いのだ」

 

 ラインハルトからしてみればあれを文学作品、などと称するのはどうにも許し難いのであるが、今の世でそう分類されている以上如何ともし難いところではあった。

 

 「はぁ……。つまりその、古典の再現をして身に付けた、と……?」

 

 「私一人であればどうにもならなかったがな。キルヒアイスがいたから、あいつと暇な時間に試行錯誤して、立ち会ってみて―――とやっていたら、意外と形になったのだ」

 

 実を言うと、ラインハルトとキルヒアイス、二人の天才をもってしても再現の叶わなかった技は多い。

 

 例えば手からエネルギー波のようなものを出すことなど、やって見ようとすら思わなかったし、相手の正中線に何連撃だかを打ち込む、だとかゼロ距離から相手の胸を陥没させるほどの打撃、だとか四つに分身してそのうちの一つが敵に致命の技を打ち込む、だとか、足でかまいたちを作り出して頸動脈を切り裂いたりだとか脳内麻薬を意志の力で出してみたりだとか―――。

 

 「か、閣下。いささか顔色がお悪いようですが……?」

 

 同じく話を聞いていたメックリンガーに声を掛けられた。

 

 「ああ、すまん。古の地球人は化け物ぞろいか、と軽く絶望していただけだ」

 

 「……念のために申し上げておきますが。閣下のお読みになった作品、それはおそらくは大衆娯楽作品の一部であろう、と思われます。現代でこそ『古典文学』などと言われてはおりますが、荒唐無稽なフィクションも数多くございますので……」

 

 「なん、だと……。それでは、俺たちは、俺とキルヒアイスは、端から実現不可能な技の再現に挑んでいたと卿は言うのか……!?」

 

 芸術家提督の無慈悲な宣告に絶句するラインハルト。

 

 「ま、まあ中にはリアル志向の作品も含まれておりまして……」

 

 壁に手をつき、目を閉じてこれまでの努力が実は徒労であったという事実に耐えるラインハルトであった。

 

 のちに提督たちは述回する。

 

 「『何とかと天才は紙一重』、と口に出したくなる衝動を堪えるのに、あの時ほど苦労したことはない」

 

 と―――

 




おまけ




 「ラインハルト様ラインハルト様ぁっ!」

 駆け込んでくるサビーネ。コーヒーを片手に読書に勤しんでいたラインハルトは、胡乱な目でサビーネを見る。

 「なんだ、サビーネ。言っておくが貴女の口車には乗らんぞ。もう提督たちの前で恥を搔くのはごめんだ」

 「今度は本物です!間違いありません!なんと今回は、いにしえの技術書を手に入れたんですっ!読んでみてください!」

 当時不可能だった技術を今再現することにどんな意味があるのか、とラインハルトは思ったが黙っていた。妻(予定)の戯言に付き合うのも夫(予定)の務めだ、という半ば悟りの境地である。

 「ふむ……人型の兵器の仕様書か……。ジー・ユー・エヌ・ディー・エー・エム……。確かに、今の技術であれば再現は可能だろうが……いや、そもそも人型である必然性があるまい」

 「……ダメ、ですか……?」

 あざといとすら言える露骨なおねだり。つい無意識に頷いてしまいそうになるラインハルトであったが、寸でのところで堪えた。

 「い、いやダメだ!効果の定かでないものに予算は割けぬ。それをしてしまえば、俺は歴代の愚帝と変わらぬではないか」

 露骨にしょぼんとするサビーネ。

 「ま、まあ貴女が自費でもって研究者技術者を集めるというのであれば俺は何も言わぬ。婚約者として、私財の範囲で援助もしよう」

 パッと花が咲いたように顔を綻ばせるサビーネ。

 「やった! 大好きですラインハルト様っ!」

 サビーネに抱き着かれ、疲れたように溜息をつくラインハルト。だが、その表情はまんざらでもなさそうなのであった。





 数年後、銀河帝国宇宙艦隊ワルキューレ部隊はその様相を一変させることを、今はまだ誰も知らない―――

(大嘘)


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第十七話~僕らの御前会議~

 「それでは、定刻となりましたので御前会議を始めさせて頂きます。―――まずは軍務省より、前回指摘のありました―――」

 

 ラインハルトの執務室―――午後の部である帝国宰相府にて、定期的に開催される御前会議が開かれていた。彼ら閣僚陣の名目上の忠誠の対象である皇帝は未だ幼児であるためこの場には出席しておらず、ラインハルトが代表として会議を取り仕切っていた。

 

 ―――はて、御前会議はいつから葬儀の段取りを話し合う場となったのだろう

 

 会議の進行を仰せ付かったオーベルシュタインの陰鬱な声を聴きながらラインハルトは考えた。

 

 ―――誰だ、気の利かぬ奴め。よりにもよってこいつに進行を任せるなど

 

 ロイエンタールは苦虫をまとめて嚙み潰したかのような表情でややそっぽを向きつつ聞き流していた。

 

 ―――やれやれ、こいつの声を聴いていると苛立ちが募る。早く帰って妻の料理でも食いたいものだ

 

 ミッターマイヤーは若干トリップ気味に聞いているふりをした。

 

 その他の尚書はおおむね真面目に聞いていた。蛇に睨まれた蛙の心境で、とも言う。

 

 だが、一名だけ半分目を閉じながら舟を漕いでいる者がいた。

 

 ―――はて、あの者は典礼尚書だったか宮内尚書だったか……?

 

 ラインハルトに次ぐ閣僚ナンバー2の国務尚書マリーンドルフ伯は影の薄すぎる同僚の名を必死に思い出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 「それでは最後に宰相閣下。お願い致します」

 

 オーベルシュタインが自分を促す声に、ラインハルトはぼんやりとしていた思考を引き締めた。

 

 「まず、皆に申し伝えておく事項がある。これまで『反乱軍』と呼称していた共和主義者連中であるが―――この度正式に国として扱い、『自由惑星同盟』という名を認めることとした」

 

 会議の前に根回しは済んでいるため、この場で特に驚かれるようなことはなかった。それでも、正式な場で発表されると相応の衝撃は受けたようだったが。

 

 「それに伴い、これまで必要なかった外務・外交を司る職を新たに設置する。私はこれを『外務局』と名付けようと思う。既存の省の下部組織とはせず宰相直属だ。近い将来職域と権限が増せば省として昇格することもあるだろう」

 

 無論のことこの件も事前に伝えてある。故に驚きはなく、彼らの目下の関心事は外務局初代局長という人事であるはずだった。

 

 目端の利く者は脳内のリストから相応しい者をピックアップし、推挙しようと目論んでいるはずだ。

 

 「腹案はあるにせよ、初代局長の座は未だ空白だ。卿らは、相応しいと思う者を是非とも私に推挙して欲しい」

 

 ミッターマイヤーが手を挙げ、発言を求めた。

 

 「相応しい者が現れなかった場合、閣下は誰に局長を任るおつもりなのか、腹案をお聞かせ頂きたい」

 

 「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ。目下、彼女が一番状況を理解しているし、我が意を理解してもいるのでな。―――だが、私としては有能な秘書を引き抜かれるのは非常に痛い。卿らには何とかして優秀な在野の士を見つけ出して欲しいものだ」

 

 ラインハルトが冗談めかして言うと、小さな笑いが広がった。

 

 「最後に、対同盟の軍事行動に関して。今のところ、私は彼らに戦を仕掛けるつもりはない。かの国は現状、アムリッツァで多額の負債を負っており大規模な軍事行動を起こす余裕はないはずだ。少なくとも、人的資源の損耗を回復させるのに数年とは言わず月日を要するだろう。われらは、その間に国力を増す。民一人一人の所得を上げ、人口を増やし、経済を発展させインフラを整える」

 

 ラインハルトは、閣僚たちの顔を見渡す。文官は例外なくこの決定を歓迎しているようだった。

 一方の武官は。三人とも軍人の域にとどまらぬ広い視野を有している。今同盟領を制圧しても得るものは少ないと理解しているのだ。そのため、内心はともかく反対はしなかった。

 

 念のため、ラインハルトは彼らに対し釘を刺しておくことにする。

 

 「ロイエンタール、ミッターマイヤー。麾下の暴発をくれぐれも許すなよ。ことは国家百年の計に直結する。たとえ明日イゼルローンを落として凱旋して見せても私はギロチンをもって報いることになろう」

 

 言外に、『同盟と争っている場合ではないのだ』という意味を滲ませた。

 

 『はっ! 決して勝手な真似は許しませぬ』

 

 鋭い表情の彼らを見るに、意図は通じたようであった。

 

 「まあ、そうは言ってもガス抜きというやつは必要だろう。内国安全保障局が宇宙海賊の根城を数件拾ってきた。上手く使うといい」

 

 いずれも数百から数千の艦艇数を誇る強力な海賊だ。退屈するということはないはずだった。

 

 「お心遣い、感謝いたします。血の気の多い者を討伐に向かわせようと思います」

 

 苦笑してミッターマイヤーが言った。

 

 「言っておくが、卿は留守番だぞ」

 

 ロイエンタールが皮肉気にそう言った。

 

 「当たり前だ。卿は俺を何だと思っている!?」

 

 会議の場であるということも忘れ、言い争う二人なのであった。

 

 

 

 

 

 帰宅したラインハルトは、エリザベート、サビーネ、ヒルダの三名と向かい合ってティータイムと洒落込んでいた。

 

 「さて、くだんの宇宙海賊討伐が、実は地球制圧前の露払いだ、と気づく者はいるかな?」

 

 コーヒーを啜りながらラインハルトが言った。

 

 「お味方に関しては大丈夫でしょう。なにがしかの意図に気づいたとしても、口を噤んでいるだけの分別はお持ちです」

 

 エリザベートが答えた。

 

 「テロリストどもに関しても……裏で陰謀を巡らせる者は得てして己が罠にかけられようとしている、などとは考えつかないものですから」

 

 サビーネは、皮肉気に微笑を浮かべながらそう言った。

 

 「ふん。宇宙の真の支配者は自分たちだ、などと思い上がった狂信者どもを根絶やしにしてくれる。今のうちにせいぜい我が世の春を謳歌しているが良かろうというものだ」

 

 ラインハルトが、憎しみを隠そうともせずに吐き捨てた。

 

 「お三方とも、お顔が悪すぎますよ。具体的に言うと、陰謀家達が裸足で逃げ出すくらい」

 

 ヒルダが、コーヒーカップを優雅にテーブルに戻しつつすました顔で窘めた。

 

 「あ、あら……今をときめく外務局初代局長閣下はずいぶんと余裕ですのね」

 

 エリザベートがいくらか動揺しつつ反撃した。

 

 「わ、私はあくまでも宰相閣下の忠実な秘書官です。身に余る大役はどなたか別の方にお任せします」

 

 「いるかしらね、ヒルダさんを押しのけてまで外務局長を務めようなんて才能と野心に溢れるお方が」

 

 サビーネが、スコーンを口に運びつつそう言った。

 

 「そもそも、なんでラインハルト様の秘書官なんておいしすぎる職を捨ててまで外務局長なんてやらなくちゃいけないんですか!……私は嫌だといったのに……」

 

 「それを言うなら、私たちもヒルダさんだけラインハルト様のお傍にずっといて、不公平だと思っていたんです。私たちも局長、あなたも局長、これで条件はイーブンというものです」

 

 ここが勝機、とばかりに反撃に転じるエリザベートであった。

 

 「ら、ラインハルト様、ラインハルト様はどうお考えなんですか、何とか言ってくだ―――」

 

 『あ、あれ、いない?』

 

 

 

 

 

 のちにラインハルトはキルヒアイスに語ったという。

 

 ―――女三人の諍いなどに、男が割り込むなど単身でイゼルローンに突撃を掛けるようなものだ。『三十六計、逃ぐるは是上計なり』とな




少し長くなったのでおまけはなし。

誰ですか?おまけこそが本編なんてことを言う人は。


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