大統領 彼の地にて 斯く戦えり(改訂版) (騎士猫)
しおりを挟む

一話 人類統一記念式典

数年前に書いていた「大統領 彼の地にて 斯く戦えり」の書き直しverです。
久しぶりに小説をまた書こうと思い、取敢えず一話を書き終えたので投稿します。
もしよろしければ高低の評価や感想をしていただければ嬉しいです。

3/13
誤字脱字の修正及び一部表現を変更しました


 西暦2122年8月15日、奇しくも第二次世界大戦が終結した日と同じ日に第三次世界大戦は終結を迎えた。人々は長く続いた戦乱の終焉に安堵し、恒久的な平和と統一の時代の到来に胸を躍らせた。

 

 大戦終結から丁度1年が過ぎた2123年8月15日の今日、ロンディバルト共和国連邦の首都エカテリンブルグでは大規模な人類統一記念式典が執り行われていた。

 

 式典は滞りなく進み、いよいよ大統領ペルシャール・ミーストによる統一記念演説が始まる。

 

「続きまして、ペルシャール・ミースト大統領の統一記念演説です」

 司会の進行に従ってミーストは壇上へと上がる。もしこの場に彼を知らない者がいれば、あんな若造が人類の統一政体の国家元首なんて冗談だろう?と失笑する事だろう。

 確かに彼は若かった。26歳の時に軍から政界に転身すると、僅か4年間で教育省副長官と国防省長官を歴任。”ロンディバルト災厄の1年間”と呼ばれた政治的暗黒時代に棚ぼた式に副大統領になり、大規模な汚職事件によって当時の政権が瓦解すると遂には大統領代理にまでなった。翌年に大統領選挙を控えていた為、彼はそれまでにやりたい事をやっておこうと兼ねてより考えていた方策で国内問題の解決に乗り出した。政界の真の支配者と呼ばれた影の老人の助力もあり、一定の成果を上げる事に成功すると国民のミーストに対する評価は急激に上昇した。そして大統領選挙にて次期大統領と目されていた当時勢力を伸ばしつつあった野党の対抗馬を打ち破り、史上最年少の大統領となったのである。

 そんな彼が壇上に立つと、広場全体が沸き上がった。方々からは自然とシュプレヒコールも叫ばれ、会場は歓喜の声で埋め尽くされていく。

 

「………」

 

 しかし、彼は口を開かない。そんな状況を不審に思った左右両側に座っている各省庁長官を初め政府関係者からざわめきが生まれだした。彼は演説の際に事前に内容を暗記して台本を持たない事で知られているが、これ程大勢の人々の前で演説する事は初めてであり、緊張で内容が飛んでしまったのではないかと不安に思い始めたのである。広場の熱気もそれを感じ取ったのか徐々に静まっていく。

 

 広場に沈黙が生まれると、ミーストは一度顔を下に向けた。政府関係者からはそれが深呼吸であったと分かると、彼らも落ち着きを取り戻して大統領の言葉を待った。

 

「……地球の全人類の皆さん、私はロンディバルト共和国連邦9代大統領ペルシャール・ミーストです」

 演説が始まった。柔らかな声が広場に広がる。式典の様子はネット上でも公開されており、イヤホンやヘッドホンごしに聞いている人々にはさぞ心地良く聞こえる事だろう。彼は続けて口を開く。

 

「まずは、こうして人類の記念すべき今日、この場に立って話す事が出来る名誉と幸福に感謝したいと思います。ありがとう」

彼は一度口を止めると、その場で深く礼をした。

 

「ちょうど1年前の今日、大戦が終わりました。主義主張に関わらず多くの人間が命を落とし、その何倍もの人々が悲しみに暮れています」

 

「人類という単語はこれまで生物学上の概念でしかありませんでした。宗教や民族、主義、所属国家の違いから人類はいくつもの集団に分裂し、これまで衝突を繰り返してきました。その過程で先の大戦を遥かに凌ぐ大勢の人々の命が失われました」

 

「ですが、遂に、漸く、今日のこの日からその連鎖を過去形で語ることが出来ます。人類はただの生物学上の概念ではなくなり、自由で平等な一つの共同体として用いる事が出来る様になりました。我々人類は宗教や民族、主義といった隔たりを乗り越えて、人類という種の下で一つとなったのです。真に人類が一つになるにはまだ乗り越えなければならない試練は数多くあります。友人や恋人、家族を人類間の衝突で亡くした人々の苦しみと怒りは、未だ大きく残っています。宗教や民族間の問題は長い歴史を経て根強く残る問題の一つです。これらは我々の世代で成しえれる様な簡単な事ではありません。ですが、我々はこうして今まで不可能と言われた人類の統一を成し遂げる事ができました。真の意味で人類が一つとなるのも決して不可能な事ではないのです」

 そこで一度彼は言葉を切った。政府関係者が事前の予定通り拍手を始め、それに合わせて広場の人々も拍手をし始める。再び広場が歓喜の声に湧き上がり、”ロンディバルト万歳””民主主義万歳”“平和と統一よ永遠なれ”とシュプレヒコールが響く。人々の感情が熱気となって広場を覆いつくされていった。その間にミーストは水を一口飲んで乾いたのどを潤す。そして、未だ熱気が冷めない広場を眺めながら手を挙げると広場は再び落ち着きを取り戻し始めた。

 続けて彼は人類を統治する政体は唯一民主共和政体でありロンディバルト(自由・平等・統一)である事を宣言するのだ。

 

 彼が再び口を開こうとした時、広場に人々の悲鳴が響き渡った。

 

 

――――――――――――――

 

 

 時は数分遡る。

 

 今日の式典に際して、首都エカテリンブルグでは厳重な警備態勢が敷かれていた。戦争は終わったとはいえ、未だ潜伏していると思われる全体主義陣営の残党の存在や、種種雑多な密告の数々、更にその数倍の数の脅迫文が政府や大統領個人宛に送られてきた事もあるが、何よりテロリストにとって政府の要人と多数の市民が集まるこの式典は絶好の場である。どれだけ厳重な警備態勢を敷いても敷き過ぎるという事はない。この1か月間首都への流通は全て内務省管下の首都警察によって監視されており、市内の主要交通及び施設には常時警官が配置され、不審人物の取り締まりが行われている。更に首都郊外に駐留する首都防衛軍も前日から市内に分散配置され、警察能力で対応できない状況に備える。指揮系統に関してもノーヴィクレムリンに置かれる臨時司令部が首都警察と首都防衛軍を統括指揮する事で有事の対応を迅速に行う事ができる手はずとなっていた。

 

「何か異常は起きていないか?」

 臨時司令部を預かる内国安全保障庁長官ラインハルト・ハイドリヒは市内の部隊配置図を見ながら今日何度目かも分からない質問をする。

「現在の所、大きな異常は起きておりません」

「どれだけ小さな異常も見逃すな。各部隊には報告を徹底させろ」

「はっ」

ここまでは司令部で何度も繰り返されてきた流れである。

「…そろそろ閣下の演説が始まる頃か」

「広場からスケジュールに遅れが出たという報告は来ておりません。あと2分で始まるはずです」

上官の続け様の質問に副官が淀みなく答える。

「ミースト大統領の演説が始まってからが最も警戒しなければならない時間だ。広場に展開する部隊には重ねて警戒を厳にするよう通達しておけ」

「承知しました」

そう言って副官が通信員の方に向かうと、ハイドリヒは一度司令部を出た。

 

「…続きまして、ペルシャール・ミースト大統領の統一記念演説です…」

「始まったか」

 式典が執り行われているロンディバルト記念広場は首都エカテリンブルグの中心に位置し、大統領府等が置かれるノーヴィクレムリンはその横に隣接している。故に広場のアナウンスは微かにハイドリヒの耳にも聞こえていた。

 彼が司令部に戻ろうと身を翻そうとした時、副官が慌てた様子で走ってくるのが見えた。ハイドリヒは遂に予想していた事態が起きたのだと身構える。

「何が起きた」

「っ広場の官庁側出入口に謎の大理石と思われる門が突如出現っ!現在第11警備小隊が警戒に当たっております!」

 息を切らしながら副官が返答を聞くや否やハイドリヒは足早に司令部へと向かった。司令部に戻ってきて最初に受けた報告は、普段感情を表に出す事がない彼を破顔させるに十分であった。

 

『広場官庁街側出入口に出現した門の様な構造物から甲冑を纏った騎兵及び重装歩兵の集団が大挙出現。何の通告も無く突然攻撃を開始。第11警備小隊が応戦中、至急増援を乞う』

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 ロンディバルト記念広場官庁街側出入口に突如現れた謎の門の様な大理石構造物。

 出入り口で警備を行っていた第11警備小隊の指揮官は直ちに司令部へ報告を行うと、門周辺を封鎖し警戒態勢を取った。それから数分後、門の扉が重々しく開き始めると警備隊の隊長が射撃用意の号令を掛ける。

 

「…あれは…騎兵か?」

 彼らが目にしたのは槍で武装した騎兵とそれに続く鎧を纏った歩兵集団であった。まるで古代ローマ軍の様な様相をした集団は、門から出てくると直ぐに陣形を組み始め、此方に向かって槍を構える。

「…っ、前方の武装集団に次ぐ!直ちに武器を下ろして所属と目的を明らかにせよ!此方の命令に従わない場合は実力を以て対応する事になる!直ちに、ぐぁはっ!?」

 警備隊指揮官の言葉は一斉に放たれた弓矢によって封じられた。いきなりの攻撃に他の隊員は動揺するが、直ぐに体勢を立て直すと謎の武装集団に対して応戦を始める。

「総司令部に報告と増援要請を!それと周囲の市民を直ちに避難させろ!急げ!!」

 副隊長は自身も手持ちの拳銃で応戦しながら矢継ぎ早に指示を飛ばす。門からは次々と新手が現れ、徐々に数の少ない警備隊は圧され始めていた。

「クソっ、どれだけ湧いて出てくるんだ!?各員弓兵に警戒しつつ騎兵隊に集中射撃!一度近寄られたら陣形をズタズタにされるぞ! …増援の方はどうなってる!?」

「第12及び14警備小隊から2個分隊があと5分!第403機械化中隊も8分で到着します!」

「よし!各員騎兵を牽制しつつ徐々に下がれ!あと8分もすれば陸軍の奴らがやってくる!首都警察としての意地を見せろ!」

「はっ!!」

 彼らは寡兵で良く戦っていた。指揮官の力量もさることながら、各員が連携して互いにカバーし合う事で数の少なさを補っていたのである。しかし、更なるイレギュラーの出現が薄氷の上で維持されていた防御陣を崩壊させた。

「副隊長、あれを!」

「なに!?なっ…何だあれは…?」

 彼らが目にしたのは門から次々と現れる竜の姿であった。まるで騎兵の様に兵士が跨り、竜を自在に操っていた。

「第3分隊対空射撃!」

 副隊長はあの竜が一番の脅威だと感じると直ぐに隊で唯一自動小銃を携帯している彼らに指示を下す。しかし、首都警察とはいえ精々治安維持が目的である彼らに対空射撃など訓練されている訳もない。それでも彼らは必死に竜騎士に向かって弾をばらまき、接近を防ごうとした。

「トカゲ野郎めっ!ちょこまかと動きやがって!!」

「敵に標準を合わせるなっ!適当でもいいから偏差を付けろ!!」

「あっ!副隊長真上に!」

 必死の対空射撃も自由自在に空を飛ぶ竜騎士に被害を与える事は出来ず、先ほどから周囲に指示を飛ばしている副隊長が指揮官だと気づいたのか、竜騎士の一人が直上から急降下して迫った。

「くそっ!トカゲ野郎がぁ!」

 副隊長も撃ち落とそうと必死に拳銃を放つが、ちょうど昼を過ぎた時間帯であった事が彼にとっての不運であった。狙いを付けようにも太陽が背になって思うように竜騎士を捉える事ができない。

「がっ!」

 竜騎士はそのまま副隊長の上半身に食らいつき、そのまま首を振って嚙み千切った。

「副隊長!貴様ァ!!よくもぉお!!」

 横にいた隊員がそのまま飛び上がろうとする竜騎士を打ち抜く。コントロールを失った竜も他の隊員に自動小銃の一斉射を受けて倒れ伏した。だが、彼らに仇を討ったと喜び、上官を失った悲しみに暮れる猶予はなかった。竜騎士の処理に意識が集中していた彼らは、直ぐ傍まで迫っていた騎兵に気づいていなかったのだ。

「あっ…」

 彼らは次の瞬間騎兵隊の突撃をもろに食らい、防衛線は一気に崩れた。他の警備隊が増援に来るまでまだ3分。崩壊した防衛線の後ろには未だ避難する市民の姿があった。

 

 

――――――――――――――――

 

 

 広場に悲鳴が響きわたり、ミーストが次に目にしたのは市民が広場に向かって逃げ惑う姿、そしてその市民に追いすがり、殺戮していく騎兵の姿であった。

「閣下!正体不明の武装勢力の襲撃です!急ぎクレムリンに退避を!」

 それを聞くや否やミーストの周囲を護衛の隊員達が固め、避難路へ誘導していく。ミーストは急ぎ足で移動する最中、報告に来た秘書官に尋ねる。

「敵の正体は?規模はどれ程だ?」

「分かりません。官庁街側の入り口にいきなり現れた門から出てきたという事ですが」

「警察とはいえ首都警察、その中でも精鋭の1個小隊がやられたとなると相応の数がいるか、何か強力な武装を持っているか。ともかく状況を把握する為にも司令部へ急いだほうが良いでしょう。なに、あのハイドリヒ閣下がいるんです。そう簡単にやられはせんでしょう」

 ミーストの問いに傍に付いていた秘書官が答えると、続けて先導している護衛隊の指揮官が緊張感無さげに話に割り込んでくる。

「確かに、シェーンコップの言う通りだ。所で准将、大統領(青い薔薇の騎士)連隊に…」

「既に第一以外は広場に向かわせてありますよ」

 ミーストの言葉を遮ってシェーンコップはそう答える。

「そうか」

「閣下ならそう仰られるだろうと思いましてな」

 そう言うと彼はいつも浮かべる不敵な笑みを見せた。

 

 クレムリンに避難したミーストは、直ぐにハイドリヒのいる司令部に入った。

「ハイドリヒ、何故正門を閉じている?何故市民をクレムリンに避難させない?」

「今最も重要なのは大統領と政府高官、そして各地の要人です。特に旧全体主義陣営にあった地域の要人に万が一の事があれば、漸く沈静化してきた反ロンディバルト感情が再び燃え上がりかねません。正門を開ければ敵が大挙して押し寄せてくるのは目に見えています。それにこの混乱に乗じたテロの可能性も考えれば、下手に此処を開けて不特定多数の人間を入れるべきではありません」

 ハイドリヒは起伏の無い表情で答える。彼の言う事は国家の要人を守る立場としては正しい。しかし、ロンディバルト共和国連邦は民主主義国家であり、民主国家最大の義務は国民の生命を守る事にある。その考えがミーストに決断させた。

「ハイドリヒ長官。直ちに正門を開けて市民を此処へ避難させたまえ。…これは命令だ」

 ミーストは鋭い視線をハイドリヒに向けてそう言うと、司令部に緊迫した空気が流れる。ハイドリヒはそれに動じる様子もなく、表情一つ変えず大統領からの命令に答えた。

「分かりました。直ちに正門を開け、市民を収容します」

 司令部の空気が弛緩していく。双方で控えていた秘書官と副官はほっと息を吐いたが、ただ一人シェーンコップだけは不敵な笑みを浮かべていた。ハイドリヒはそんな彼を一瞥すると直ぐに副官に指示を出した。

 

 司令部のメインモニターからクレムリン内に避難する市民の姿を確認すると、ミーストは改めてハイドリヒに状況を尋ねた。

「敵の正体は未だ判明していません。現在確認されているのは騎兵と歩兵合わせて6千、加えて竜を操る竜騎士なる存在も複数確認されています」

「騎兵と歩兵はともかく、竜騎士だと?ファンタジーの世界じゃあるまいし…」

「竜騎士は厄介です。広場とその周辺を含め対空兵装を有した部隊はありません。現在陸軍の第113空中強襲大隊から即応小隊が向かっていますが、それまでは機関銃装備の機械化部隊による対空射撃で防ぐしかありません」

「…市内での対空射撃は流れ弾による二次被害が起きてしまう可能性があるが…」

「既に広場を中心とする5キロ圏内に避難命令を発令しています。それに竜騎士を放置しては市民の避難と防衛線の構築に支障をきたします」

「…やむを得んか。現有の装備の自由使用を許可する」

「賢明なご判断です」

「…それで、敵味方の配置は?」

「こちらに」

 そういうとハイドリヒは司令部中央にあるディスプレイを指さした。

 

「既に広場の市民は官庁街側以外の入り口から避難するか、ここに収容しており、広場に非戦闘員はいません。クレムリンには近衞連隊と大統領連隊、広場東西の出入口には警備小隊に加えて周辺に展開していた機械化中隊がそれぞれ防衛線を構築、市民の避難とRDR(即応機動連隊)を中核とする二次防衛線の形成が完了するまで敵を遅滞します」

 ハイドリヒの説明に合わせてディスプレイに兵科記号が表示される。東西両門から少し市内に入った所にも幾つか表示されていて、よく見るとU字型に展開しつつあるのが分かる。

「問題は北の官庁街側です。同地の警備小隊が全滅してから1個機械化中隊が仮防衛線を構築していますが、市民の避難に巻き込まれて有効な迎撃を行えていません。更に門からは次々と後続が現れては官庁街に雪崩れ込んでいます。官庁街警備の混成大隊には各建物で籠城を命じました。敵に建物を破壊できる様な武装は確認されていませんから、増援の到着まで十分持ち堪えられるでしょう」

 ハイドリヒの副官からの補足で、各省庁の職員もバリケード等の構築に駆り出されているらしい。国家公務員として精々頑張ってもらいたい所である。

「北への増援は?」

「RDRから1個大隊が中央通りに集結中です。402、405中隊も20分で展開できます」

 ディスプレイには分散配置されていた2個中隊が官庁街北の大通りに向かっているのが分かる。更に北に目を向ければRDRが中央高速沿いに南進してきている。しかし、今日の式典に際してRDRを拡充しておいたのは正解だった。これまでの2個大隊編成ではとても3正面を支える事は出来なかっただろう。

「防衛に関しては問題なさそうだな」

「はい。制空権さえ確保できれば、今の3倍の戦力が相手でも首都防衛師団の到着まで防衛線を維持する事に、疑う余地はありません」

 今日の為にあらゆる想定の下訓練を重ね、万全の態勢を敷いたのだ。ハイドリヒにも自信有り気な表情が垣間見える。

 

「ふむ…。確かに防衛に関しては盤石の構えと言うべきだな。…で、いつ反撃できる?」

ミーストの問いにハイドリヒははっきりと答える。

 

「40分後には」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二話 反撃

少し短いですが切りが良いので。
一話の状況説明が文章だけだと分かりづらいかと思い簡単な展開図を作りました。

【挿絵表示】

NATO基準で作ってありますが、一応表示の説明も載せておきます。

・兵科記号
四角内×マーク…歩兵
上記に加えて楕円マーク…機械化歩兵
歩兵マークの上側に楕円、下側に〇3つ…即応連隊の各大隊(現実だと米軍のストライカー部隊に使用される)

・兵科記号の上にある表示は部隊規模を表す
〇3つ…小隊
棒1本…中隊
棒2本…大隊

・兵科記号右にある表示は部隊名
403の場合第403機械化歩兵中隊となる
RDR/Ⅰのような場合は即応連隊第一大隊

3/13
一部表現の修正と変更を行いました


つい1時間ほど前は10万人を超える人々が集い、歓喜の熱で沸いていた記念広場。それも今では槍で突き刺され、剣で切り裂かれ、馬や人に踏みつけられた市民の骸が一面に広がっている。死体から流れ出る血によってそこら中に血だまりができ、まさに地獄の様相を呈していた。

 

 広場を占拠した門からの襲来者は続々と数を増やし、広場に陣を築きつつあった。その中でも馬に跨り、マントを纏って特に威風を放つ男は、兵が組み立て式の攻城兵器を準備している様子を見ていた。

「将軍、広場の敵は一掃しました。第3陣以降はそのまま市街に向かっております。攻城兵器の準備も順調です」

 そんな彼にスキンヘッドの副官が報告を行う。

「そうか」

 事が順調に進み高揚を隠せない副官とは反対に、数々の戦を戦ってきた歴戦の将軍は自身の感じる気味の悪い予感を払拭できないでいた。かつて攻め滅ぼした国の中にも最期にとっておきの反撃をして痛手を与えられた事があり、抵抗の脆さを不気味に感じざるを得なかったのである。

 

「卿は不安にならんか?」

「はっ?」

「我々は何と戦っているのか。我々は何処へ来てしまったのかと…」

 将軍の視線の先には摩天楼が広がっていた。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 門から現れた武装勢力に対し、圧倒的な数の劣勢から守勢に立つことを余儀なくされていたロンディバルト軍であったが、遂に反撃の狼煙が上がろうとしていた。

首都警察隊と市内駐留の各部隊が必至の防衛線を行う事2時間余り、首都郊外に展開していた首都防衛の要である首都防衛師団(CDD)が、首都高を用いた緊急機動の末漸く到着したのである。首都高から続々と各防衛線に加わっていく彼らを、戦闘員だけでなく民間人も歓喜の声で迎える。彼らはその声に手を振って応えながら、時折目にする負傷者や身を震わせながら涙を流す人々の姿に怒りと復讐心を湧き立たせるのだった。

 

 ハイドリヒの言葉通りCDDの展開が完了したロンディバルト軍は、即応小隊に続いて到着した第113空中強襲大隊の主力によって制空権を確保すると、14時20分に反撃を開始した。CDDの指揮官を務めるフェルディナン・ルフォール准将がこの時言ったとされる”中央は押されている。両翼は良く持ちこたえている。状況は最高、これより反撃する”という状況を逆に利用して東西2方向からCDDの2個戦闘旅団が突破機動を行っていく。

「統制射の後に前進!広場まで突っ走るぞ!行進間射撃で敵に反撃の隙を与えるな!!」

 戦闘旅団の前衛を担うのは市街地での運用を想定した装輪装甲車である。105㎜ライフル砲の一斉射が陣地に迫っていた敵の先頭集団を文字通り吹き飛ばし、動揺した様子を見せる敵に向けて一糸乱れぬ前進を始める。その姿はまさに壁が迫ってくると敵に錯覚させた。武装集団の指揮官は弓兵に攻撃を命じるが、携行対戦車兵器に耐える抗堪性を持った装甲に全て弾かれていく。

 

「何だあれは!?木工車ではないのか!?」

 矢を弾く音から鉄製であると分かった指揮官は驚愕した。あれほどの大規模な鉄の装甲を作れるほどの鋳造技術は聞いた事が無かったからだ。

「広場まで下がれ!投石器ならばっ――」

 彼はすぐに攻城兵器の存在を思い出し、あれならばあの化け物にも効果があるはずだと考え、部隊に後退を命じようとする。しかし、

「ぐぁはっ!?」

ビルの屋上から狙っていた首都警察の狙撃班によって肩を撃ち抜かれ、そのまま落馬してしまう。

 

「隊長!?」

「隊長がやられたぞ!」

「攻撃だ!仇を討つのだ!」

 動揺した武装集団はがむしゃらに突撃していくが、車載機関銃による弾幕の前に次々と薙ぎ倒されていく。

「ぎゃぁあっ!!」

「ぐわっ!」

 

「こ、後退しろ…全員退けっ…!」

 両肩を支えられて立ち上がった指揮官が再度後退を命じると武装集団は半ば潰走しながら下がり始める。

 

「逃がすな!AHPt(攻撃ヘリ小隊)を回り込ませて挟み撃ちにするぞ!」

 装甲部隊を率いる先鋒指揮官はそんな背を向けて逃げ出す敵を見逃さず、すかさずヘリ部隊に支援を要請する。潰走していた武装集団は十字路に差し掛かった所で、攻撃ヘリの機関砲と装甲部隊の機関銃の十字砲火を食らって壊滅した。

 

「もはや広場まで我々の敵は存在しないっ!全部隊突入!!広場を奪取して敵主力の後方を突くぞ!」

 残敵掃討を後詰の機械化歩兵に任せ、装甲部隊を先鋒に戦闘旅団は一直線に広場に迫った。

 

「何だあれは!?全く攻撃が通じんぞ!」

「ダメだっ!止められない!!」

 これまで防御に徹していたロンディバルト軍のいきなりの反撃に武装勢力は狼狽え、小部隊ごとに迎撃に出ては次々と撃破されていく。遂に戦闘旅団の先鋒は広場入り口まで達し、横陣を組んで待ち構えていた武装集団を文字通り蹴散らし、ひき潰しながら広場中央を目指した。途中避難しそこねて林に隠れていた市民を収容するなどしつつ、広場中央に着いた戦闘旅団は向かい側からも広場に突入していたもう一つの戦闘旅団と共に、攻城兵器を有する本陣と思われる陣地に一斉攻撃を開始した。

 

「撃て撃て!!市民を殺戮した蛮人どもを皆殺しにしろっ!!」

「女子供も見境なしに殺しやがってっ!!」

 市民を殺戮された怒りも手伝って、その攻撃は苛烈であった。武装勢力は盾を構えて防御の姿勢をとるが、ライフル砲の一斉射で陣形が崩れるとそこに機関銃の集中射撃が行われ、体を穴だらけにされながら倒れていく。

 

「弓を放ち続けろ!歩兵は陣形を崩すな!!」

 将軍の傍では副官が必至に命令を下すが、もはや命令は爆音に搔き消され、兵は次々と薙ぎ倒されていく。

「もう嫌だっ!こんな戦があってたまるか!!」

「助けてくれ!」

 爆音と断続的な破裂音がしたと思えば直後まで隣にいた兵士が死んでいる。次は自分の番だ。そう考えるともはや彼らに戦う気力は残っていなかった。兵士達は上官の制止を無視して盾や槍を捨てて降参の意思を示す。

「ぎゃぁぁああっ!!」

「降参だっ!!降参するから、がぁはっ!!」

 言葉が分からないロンディバルト軍の兵士達はそんな彼らも纏めて攻撃していく。戦う事も降参する事も出来ないと知った兵士達は、ただ自分の死ぬ順番が来るのを待つ事しかできなかった。

 

「何なのだ……今まであんな化け物は見た事がない…。帝国一の精鋭たる我が軍が…こうも容易く…?」

 将軍は当初感じていた不気味な予感の正体を今まさに思い知った。とはいえ、これまで幾つもの国を滅ぼしてきた帝国の先兵としての自信があった彼は、今起こっている事が本当に現実なのかと疑った。精鋭揃いの自身の軍が、未知の強大な力の前にいとも容易く葬られていく様を現実だと思いたくなかったのだ。

「これは夢だ…。何か、質の悪い夢なのだ…、そうに違いない……こんな事が、こんな事があるはずが……」

 彼は最後まで、自分たちが一体何に敗れたのか知る事なく爆発に巻き込まれていった。

 

 広場を占拠していた武装勢力を駆逐する事に成功したロンディバルト軍は、官庁街側出入口に出現している門を確保した。門から新たに敵が現れないと分かると、機械化歩兵部隊を警戒に残して2個の戦闘旅団はそのまま北上した。官庁街に居る敵主力は後背を突かれ、正面からも防衛に徹していた残りのCDDの部隊が反転攻勢を行った事で前後を挟撃されて壊滅した。

 

 

 15時ちょうどに武装勢力は完全に掃討された。民間人の死者は7千人を超え、軍・警察にも200人近い戦死者を出した一連の戦闘は公式には統一記念式典虐殺事件“とされたが、市井の人々の間では”血の統一記念日事件”と呼ばれる事となる。

 

 ハイドリヒに事後処理を任せたミーストは広場にやって来ていた。未だ戦闘の跡がはっきりと残っている此処には野戦病院と遺体安置所が置かれ、離れ離れになった家族や友人を探す人々で埋まっていた。中には職員から悲しい結果を聞かされたのだろう、母親が泣き崩れる光景もあり、その泣き声はミーストの胸にも響いていた。

 

 そんな惨状が広がる広場に、彼はぽつんと一人俯きげに立っている少女を目にした。少女に近づくと膝を曲げて目線を同じくすると努めて優しい声で問いかける。

「お父さん、お母さんとはぐれたのかい?」

 少女は終始無言だったが、ゆっくりと縦に頷く。

「そうか、ならお兄ちゃんも一緒に探してあげよう」

 そう言って手を差し出す。

「だいじょうぶっ、任せて」

 続けてそう口にするミーストに、少女は恐る恐る手を伸ばす。

「……っ」

 手を握ると同時に溜まっていた感情が雪崩の様に流れ出ていく。ミーストには少女の頭を優しく撫でて慰める事しかできなかった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

三話 事件後

今回で特地に行こうと思ったら予想以上に後日談が長くなってしまいました。
次回こそ特地に行きます。


『————さんのご両親は———』

『騎兵隊の突進に巻き込まれ———』

『——かし、ご遺体の損傷が激しく————』

 

『あなただけでも無事でよかったっ!!』

『お母さんは…?お父さん、どこ…?』

 

 

「っ……またか」

 目を開けるとそこには見知った天井が広がっている。何度経験してもああいう光景は慣れないものだ。重い体を何とか起き上がらせるとサイドテーブルの時計に目を向けるが、寝ぼけ眼で思うように見えない。

 

「…6時半」

 腕を伸ばして時計を引き寄せて針の位置を確認すると少し早く起きてしまったらしい。時計を元に戻してベッドから出た。窓際に寄って勢いよくカーテンを開けると、陽の光で一気に部屋中が明るくなる。澄み切った空をぼーっと眺めていると淀んだ頭がクリアになっていくのを感じた。

 

 いつもの様に洗面台で顔を洗い、シャツを着終わると同時に規則正しいノックが聞こえた。

「入って良いぞ」

 失礼します、と声の主が扉を開ける。

「早いな。まだ20分あるはずだが」

「ここ数日この時間に起床なされている様でしたので、今朝もそうだろうと」

 はっきりと澄んだ声で答える秘書官のティレーナ・クリスチアンに私もそうか、と短く返す。そこから会話は途切れ、私の支度が終わるまでじっと彼女は控えて待っていた。

 

「待たせてすまないな。行こうか」

 支度はほんの30秒で終わったがつい一言詫びてしまう。

「大統領、何時も申し上げていますがその様に一々謝る必要はありません」

 私の謝罪の言葉に彼女は息を漏らしながらいつもの様に注意する。

「分かっているんだ。ただどうも人を待たせていると思うとつい口にしてしまうのでね」

 そして私の言葉に彼女は小さくため息をつくのだ。そんな事を大統領に就任してから毎日繰り返している。ただ、たった数日交わしていなかっただけで今日は妙に新鮮さを感じた。

 

 

 ダイニングルームに着くと、事前に彼女が料理長に話をしておいてくれたのだろう。いつもより早く来たのに、テーブルには既に朝食が並べられていた。席に座り内心で祈りを捧げ終わるとティレーナが先に料理を口にする。料理長以下大統領の食事を担当する人間は極めて厳しく身元確認がされているし、食事自体も警護課のチェックが入っているのでこの様な古典的な毒見は必要ないのだが、これも形式というものだろう。

 

 食事を摂り終わると、ティレーナから今日のスケジュールを伝えられる。

「本日は午前中大統領府で通常政務、12時半から昼食の後14時からロンディバルト記念広場にて統一式典虐殺事件の慰霊祭、15時半から定例の経済政策会議、19時夕食、以後は22時まで通常政務、以上が今日のスケジュールです」

 今日は比較的ゆったりしたスケジュールな様でほっと安堵する。

 

「分かった。…もう1週間か」

「はい。事件から今日でちょうど1週間です」

 私の呟きにティレーナは丁寧に答えた。

 

 

―――――――――――

 

 

 血の統一記念日事件は世界中の人々に大きな衝撃と悲しみを与えた。一夜明けて、詳細な事件の内容が公表されるとその感情は一層高まり、怒りと復讐の声が出始めるのにそう時間は掛からなかった。そしてその声は元々全体主義陣営にあった地域からも上がった。事件の被害者の中に、大戦終結に貢献した旧全体主義陣営の穏健派要人の名もあったからである。彼らの怒りは他の人々よりむしろ激しかった。

「門の向こうの野蛮人に復讐を!!」

「統一と平和の敵を許すなっ!!」

 新大陸や欧州といった旧全体主義陣営の地域で起こったこうしたデモは、直ぐに海を越えて世界中に広がった。デモには当日記念式典に参加していた者、事件で家族や知人を失った者、老人から学生、白人から黒人まであらゆる年代のあらゆる人種の人々が参加した。皮肉にも門の向こうの敵という存在が人々を団結させたのである。

 

 事件から1週間、ロンディバルト記念広場で統一記念式典虐殺事件の慰霊式が行われると、その場でミーストは多くの犠牲者を出してしまった事に対して深く謝罪した。そして改めて恒久的な平和と統一を願い、それを妨げんとするものはあらゆる手段を以て排除する事を宣言した。

 

 事件から2週間余、8月下旬に開かれた連邦議会において、与野党連名で提出された特地派遣法案が採決された。圧倒的賛成多数によって可決されるとすぐさま大統領の承認がなされ、ここに特地派遣法が成立する。

 

 

 特派法(特地派遣法)成立の翌日、大統領府では特地派遣の具体案を決すべく、安全保障会議が開かれていた。議長を務める大統領ミーストの他に、副大統領カール・マスティス、外務長官ウェズリー・オールストン、内務長官フレデリク・ジュヴラン、国防長官ミハイル・セリョーギン、統合作戦本部議長アルフレート・ファインルス、内国安全保障庁長官ラインハルト・ハイドリヒ、大統領首席秘書官ティレーナ・クリスチアン、環境庁長官チャン・イーチェンの8人が参加した。

 

「今日は、昨日の特派法成立を受けて特地に軍を派遣するにあたってのその目的と方策、そしてそのために必要な部隊の規模について話し合いたい」

 会議の開始時間になったのを確認したミーストが話を始める。

「しかし、その前に先日行われた特地の環境調査と捕虜から得た情報について改めて報告してもらいたい。チャン環境長官、報告を」

「はっ、はい」

 ミーストの言葉に、眼鏡を掛けて些か髪がボサボサした男が緊張気味に返事をする。彼が緊張するのも無理はない。長官級会議で肩を並べる事はあっても環境省長官が安全保障会議に出席した事例はこれまでなく、国家の最重要会議ともなれば肩に力が入るのも仕方のない事だった。

 

「それでは、先日行われた特地の環境調査の結果をご報告させていただきます」

 返事をした際にずれた眼鏡を戻しつつ、チャンは報告を始めた。

「結論から申し上げますと、特地の環境は地球の環境と殆ど差異はありません。それどころか、二酸化炭素は地球よりも少なく、大気の汚染度は0に等しいレベルです。病原菌も許容値を大きく下回っており、植物にも人体に影響を与える様なものはありませんでした。よって、特地での活動に何ら問題なし、と判断します」

「大統領」

 チャンの報告が終わると、がっしりとした体格で堂々と座っている国防長官セリョーギンが発言を求めた。ミーストが手で促すと、レポートを手に話し始める。

「武装勢力の死体解剖でも我々と同じヒト種であると結論が出ています。先の環境調査と合わせて、特地が地球と酷似した環境である事は間違いないかと」

「うむ、では派遣部隊に化学防護等の装備をさせる必要はなさそうだな」

「いえ、病原菌の数が許容値以下であるとはいえ、それはあくまで門の周辺に限った話でしょう。特地の衛生状況が不明である以上ある程度の装備は準備しておくべきです」

 ミーストの言葉に否を唱えたのは統合作戦本部議長ファインルスである。ゲルマン系の如何にもな軍人であり、冷静な戦略家として知られる。ミーストも直ぐにファインルスの意見を是とした。

 

「では、次にハイドリヒ長官。捕虜から得た情報について報告を」

「はい」

 そう答えるハイドリヒの声には抑揚が無く、生者の発した声かと一度は驚かせる様で感情が全く分からない。報告を無事に終えてほっと息を吐くチャンなどは、たった2文字発せられたその声に僅かに肩をびくつかせた。

「先日の虐殺事件を引き起こした武装勢力は、“帝国”と呼ばれる国家の軍隊であり、帝国による侵略行為の先鋒としてこれまで多くの国を滅ぼしてきた一部隊である事が分かっております」

「少しよろしいか?」

 報告の最中、副大統領マスティスが手を挙げた。

「どうぞ」

「遮るようで申し訳ない。今長官は帝国と呼ばれる軍隊の一部隊、先鋒であると仰ったが、それはつまり、まだ門の向こうから帝国の軍隊が攻めてくるという事か?」

「その通りです。捕虜の情報を精査した限り、帝国には少なくとも10万以上の兵力を有しているものと考えられます」

 ハイドリヒがそう答えると会議室が僅かにざわついた。つまり、今こうして会議を行っている間にも門からまた敵が現れるかもしれないと改めて実感したからだ。

 

「国防長官、門の守りは万全なのでしょうね?」

 閣僚の中でも比較的若い内務長官ジュヴランが、参加者全員の意見を代表する様に問う。

「問題ない。門は厚さ1.5mの鉄筋コンクリートで覆ってあるし、扉も厳重に閉鎖してある。そして門の周辺は2千名の重武装の兵士が固めている。特地側にも無人の監視ドローンが常時周辺を警戒しているからもし、敵が新たに軍を差し向けてきたとしても、特地側の警戒網に引っ掛かってから十分対応できる。問題はない」

 セリョーギンは自信を持って答えると、隣のファインルスも彼の言葉を裏付ける様に力強く頷く。

「軍がそこまで言うのなら心配ないだろう。ハイドリヒ長官、報告を続けてくれ」

 ミーストが改めて報告を促すと、ハイドリヒは報告を続けた。

 

 特地はフォルマ―ト大陸と呼ばれる大陸があり、その大半を支配しているのが“帝国”と呼ばれる派遣国家。帝国はヒト種至上主義を掲げており、亜人と呼ばれる他種族を迫害している。国家政体は帝政であり、かつて共和制だった事から皇帝と元老院によって統治されている。帝国の首都はウラ・ビアンカと呼ばれる人口100万の城砦都市で、大小多くの都市国家によって構成されている。文明レベルは中世ヨーロッパのそれであるが、歴史や政治制度はローマ帝国に近い。侵略による拡大化政策が常態化しており、安定しているが故の行き詰まりから閉塞感を打破する為に門を用いて新天地を求めていた。その結果が先の統一記念式典虐殺事件であった。

 

 そのような報告が終わると参加者の面々は様々な反応を見せる。軍関係の二人は、報告から推測するに帝国の軍事力が脅威に値しない事が分かると、特地派遣を極めて容易なものであると考え始めていた。マスティス以下の閣僚らは敵が一定の文明を持った国家である事を知って安堵した。国民を多く殺されたという怒りは勿論共通のものであったが、何より政府の人間として、彼らと何らかの落し所を探ることはできそうだと分かったからである。特に外務長官オールストンは自分たちの仕事(外交交渉)を行う余地がありそうだとほくそ笑んだ。ミーストは報告の中にあったヒト種至上主義と亜人迫害に対して嫌悪し、この手の問題はどの世界でも共通かとやや呆れた表情を見せる。

 

 ミーストは短く息を吐いて気持ちを落ち着かせると、今日の本題を議論するべく話を進める。

「それでは、本題に入ろう。まずは特地派遣の目的に関してだが、これは既に決まっている」

 その言葉に一同が頷く。

「先の虐殺事件の首謀者を捕らえ、我々の手で処罰すること。そして事件で被った被害に対する賠償を獲得することだ。だが…」

 ミーストのだが、という言葉に閣僚らが疑問を示す。

「先ほどのハイドリヒ長官の報告を受けて、私はもう一つ目的を追加するべきだと思う」

「どのような事でしょう?」

 ミーストの左手に座るティレーナが促す。

「ロンディバルトの国是は何か。それは自由・平等・統一である。そして、その国是を胸に我が国は国内外問わず行動してきた。例えこの世界とは違う別の世界であろうと、我々のすべき事に変わりはない。そこに自由を奪われ、迫害を受ける人々がいるのならば手を差し伸べるべきだ。そうではないか?」

 一同は改めてロンディバルトの国是を頭に思い浮かべる。お互い顔を見合わせながら、徐々にミーストに賛同する様に頷き始める。

「大統領の意見に私も賛成です。私もかつて小さい頃にアジア人差別を肌で感じておりました。今こうして長官職に就けたのもロンディバルトの国是のおかげです」

 チャンの言葉に呼応するかの様に他の閣僚も口々に賛同の意を示す。一人沈黙を保っていたハイドリヒも最後に一度だけ僅かに頷いた。

「諸君らの賛同に感謝する。ティレーナ、人類平等庁に伝えておいてくれ。内国安全保障庁には関係情報の提供。外務省には外交面で協力するように」

「分かりました」

「はっ」

「承知しました」

 ティレーナは一度会議室を出て行き、あとの二人も一度隣の待機室に向かう。待機している補佐官に今の事を伝えると、二人は直ぐに会議室に戻ってきた。ティレーナもそのすぐ後に席に戻ってくると、会議は目的達成の為の方策に関する話し合いに移る。

 

「やはり一度は軍事力による勝利が必要か」

「ええ、先ほどハイドリヒ長官の報告にもあった通り、未だ10万を超える戦力を有している以上、帝国が我々の外交に応じてくる可能性は低いと思われます。むしろ侵略が常態化しているかの世界に於いて、外交交渉自体あまり意味のある事ではない可能性もあります。ここはあえて一度、明確に力の差を見せつけるべきかと」

 オールストンは文武に優れた人物として知られており、中世以前の歴史についても長けている。そんな彼だからこそ、外交の道は時に力によって開かれる事を知っていた。その相手が皇帝や王等といった専制者となれば特に力を誇示する方が手っ取り早いのだと。

 外交に関してオールストン以外の閣僚が口を挟む事はなく、第一と二の目的達成の為に一先ず帝国と一戦して勝利した後外交交渉を行う事とされた。問題となったのはミーストが新たに加えた第三のヒト種至上主義の撤廃と亜人迫害の禁止を要求する件であった。これに関しては情報が極めて不足している事もあり、外務省と軍が協力して秘密裏に亜人の人々と接触し、彼らの文化を理解した上で柔軟に方針を定めていく事とされた。人種間問題の複雑さは彼らもよく知っていたからである。

 

 特地派遣の目的とその方策がある程度定まると、会議は派遣軍の規模に関する話し合いに移ろうとしていた。詳細な部隊の構成や編成に関しては統合作戦本部が検討するとはいえ、大枠は決めなければならない。ファインルスが事前に検討していた案を述べると、議論が始まる前にオールストンが発言を求めた。

 

「何かな?」

「実は、未だ非公式ではありますが、各共和国、中でも旧全体主義陣営の現地政府から義勇兵を派遣したいという要請が来ていまして。受け入れるか否か判断をお願いしたい」

 統一記念式典には、現地政府を取り纏めていた全体主義者の中でも穏健派に属する要人も数多く出席していた。虐殺事件の被害者にはその要人が数人含まれており、アメリカ大陸や欧州では連日大規模なデモが行われている事は周知の事実である。そんな彼らを落ち着かせるには首謀者の処罰や賠償の獲得が必要であるが、それはまだ先の話であり、とにかく一度彼らの怒りを鎮める為に現地政府も手段を講じなければならなかった。その一環として外務省に提案されたのが義勇兵の特地派遣軍への参加であり、これによって報復や敵討ちを声高に叫ぶ人々に感情の捌け口をつくろうと考えたのである。

 ロンディバルト政府としてもこの要請は有難い申し出と言えた。今回の特地派遣が人類の統一と平和に対する敵を討つという大義名分を掲げている以上、自由意思に基づいて多種多様な人々が一丸となって戦うというのは絶好の宣伝材料となるからだ。

 

 閣僚一同もこの要請を概ね好意的に考えていた。

「キミの所ではどうなっているのかね?」

「外務省では受け入れるべきとの結論で一致しています」

「うむ、他はどうか?」

「私も賛成だ」

「私も、受け入れるべきだと思います」

マスティスが一同を見回しながら問うと、ジュヴランとチャンが続く。マスティスは次にセリョーギンとファインルスを見るが、二人はやや難色を示していた。

 

「お二人は義勇兵の受け入れには反対ですかな?」

「いや、政治的に義勇兵を受け容れた方が良いというのは理解できるのだが」

「軍としても義勇兵の受け入れに反対する訳ではありません。しかし、義勇兵という存在は扱いが非常に難しいのです。特に今回の様に高度に政治的な軍事行動は軍の統制が極めて重要です」

「…つまり、義勇兵という存在が一つの圧力団体となって勝手に行動する可能性。それを危険視していると?」

「はい」

 先ほどまで賛成に傾いていた議論の針が止まる。歴史上でも、実際に民兵が戦果と市民の支持を背景に時には軍や政府に逆らって行動した例もある。特地派遣は必ずしも徹底的な報復の為に行われるわけではない以上、下手に軍や政府とは異なる団体を関わらせる事は統一した意思決定と行動に支障をきたしかねなかった。

 

 結局、義勇兵の受け入れは承認される事となったが、義勇兵は過去に軍またはそれに準ずる組織に所属していた者に限定する事とされた。また、特地派遣の一切に関してはロンディバルト政府と軍が決定する事を改めて各現地政府に通達する事になった。

 

 予定外の案件を挟んだものの、その後の派遣軍の規模に関して決定にそう時間は掛からなかった。ロンディバルト軍の標準的な編制である1個師団2個旅団で構成される1個軍団を中核に、旅団規模のヘリ部隊、現地の無いに等しいであろうインフラ状況を考慮して同じく旅団規模の後方支援部隊を加えて概ね4万前後の戦力とされた。

 

 問題となったのは、最後の派遣軍を率いる指揮官の人選であった。副司令官として実質的に部隊を指揮統括する人物には、大戦中北欧方面の司令官として約1年半の間防衛戦を指揮したエーリス・メリコスキ中将に決まった。調整型の軍人であり、柔軟な思考力と冷静で忍耐強い性格を買っての人選である。

 

 閣僚一同が頭を悩ませたのは派遣軍司令官の人選であった。派遣軍司令官は軍事の能力もさることながら、政治外交に関する知識も必要となる。更に、先ほどの義勇兵を統括するだけの能力と名声も兼ね備えていなければならない。果てにはオールストンやジュヴランから派遣軍の指揮官は文官から出すべきだという意見も出た。門という極めて限定的な連絡手段しかない以上、派遣軍の上位2名を武官にするのはシビリアンコントロールの観点から問題ではないかと述べたのである。この主張にファインルスは眉を顰めながら反論したが、最終的に司令官を文官から選ぶという意見を受け入れた。

 しかし、文官で政治、外交、軍事の力量を有し、義勇兵を統括する名声を備えた人間はそうそう居なかった。決してロンディバルトに人材が居なかった訳ではない。しかし、今ロンディバルトは人類統一に向けた諸問題の解決と、統一国家としての体制構築、その為の旧全体主義陣営各地域との調整等に多くの人材を割いている状態である。その様な状態で優秀な人材を遊ばせている余裕などロンディバルトには無かった。故に司令官として適任であろう幾人かの候補も全員既に何らかの職務に従事しており、とても引き抜く様な事は出来なかったのである。

 候補者が二桁に達し、そのいずれも引き抜き不可能であると分かると一同は眉間に皺を寄せて静かに息を漏らすしかなかった。そんな惨状をぐるりと見渡したミーストも首を振りながら手を上げる。所謂お手上げという奴である。

そんな中、また一人口を開く事の無かったハイドリヒが、この議論で初めて口を開いた。

 

「皆さん、司令官の人選に難儀している様ですが、一人忘れているのではありませんか?」

 その言葉に他の閣僚は疑問符を浮かべる。既にあらゆる候補を出し尽くした彼らは、そんな見落としをしているはずがないと思った。

「一人居られるではありませんか。政治外交に長け、軍事面にも一定の力量を有して柔軟な思考力と冷静な判断力、そして義勇兵を統括するに相応しい人物が」

 そう続けるハイドリヒに、一層疑問を深めざるを得なかった。そのように優秀な人物を、自分たちが知っていないはずがなく、知っていれば真っ先に候補として挙げているからである。

 

 ハイドリヒは視線をゆっくりと動かし、ある一人の人物を見つめる。その視線の先にある人物を一同も察知すると、一様に目を見開いた。

 

 

「軍の最高指揮官であり、ロンディバルト共和国連邦の国家元首として政治外交に強力な権限を有し、人類統一の英雄と呼ばれている人物…」

 

 

 

 

 

「ペルシャール・ミースト大統領の事ですよ」

 




 評価感想などお気軽にしていただけると励みになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。