アマゾネスとして生まれた私は〇〇になる。 (だんご)
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プロローグ?

以前、妄想作家で一発ネタをやりましたが、「あれ?こういうのもいいんじゃないか?」と他の二次創作を読んでたら思い浮かんだので。
すごい久しぶりに勢いで書いたので、整合性は甘々の甘です。ごめん、でも褐色アマゾネスはエロいと思うんだ。


 私はアマゾネスである。

 名前はソフィーネ。あの殺伐とした修羅の国、数多のアマゾネスが殺し合う国、このくそったれなテルスキュラに生まれた。

 

 ここはこの世界の中でも特に酷い環境だと思う。

 やばい神の方針の下に、強くなれとモンスターと戦わさせられ、今度は同じ戦士のアマゾネスと殺し合いをさせられる。

 

 倫理とか道徳とか、私のいた世界では大切にされていたものが、一切ない国に生まれてしまった。

 そう、私には前世があった。普通の男としてなんとか生活し、豊かではないが幸せに暮らしていた記憶を今も覚えている。

 

 そしてこの記憶故に、私は余計に苦しむことになった。

 

 他のアマゾネスがこの世界をこういう世界だと割り切れていたことが、私は前世からの価値観を持つゆえに割り切れなかった。

 他のアマゾネスがこの世界に絶望し、心折れていく中でも、前世より引き継いだ成熟した精神を持つゆえに、私は心折れて壊れることができなかった。

 

 なぜ、私は戦わなければならない。

 

 強くならなくたっていい。他のアマゾネスのように男を捕まえたいわけでも、強さを手に入れて他を圧倒したいわけでもない。そんなことを生きる目的にしていないのだ。

 ただ、ただ私はつまらなくても、平穏に生きられればそれで良かったというのに。

 

 なぜ、私は同族を殺さなければならない。

 

 殺さずに済んだらそれがいい。だが殺しにかかってくる相手を殺さずに倒せるほど、私は強くはなかった。

 結果、多くの同族を手にかけた。彼らの顔は思い出そうとすれば何人だって思い出せる。彼らは怒り、嘆き、悲しみ、恨んでいた。その視線全てを私は受け止めてきたのだから。

 

 ああ、そんな世界で、私は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エロはいいよな!」

 

 マンガを描き始めた。それもエロ関係。

 己の欲望をそのままに、紙にエロエロな世界を描いていく。ノーマルからアブノーマルまで、私は止まらない、止められないとばかりにえっさほいっさ。

 

 そう、私は『エロマンガ』を書くことが何よりもの楽しみになっていたのだ。

 

 今生で私はアマゾネス。女であるがゆえに私の体にはチンポがない。

 しかし、心の中のチンポまでは失ってはいなかった。だから私は心のチンポに従い、自分の性癖にひっかかるものを自分に正直になって書き上げる。

 

 こいつぶっ壊れやがったと思うかもしれないが、どうか許してほしい。

 これは大真面目であり、私が私であるために、心の平安を保つために編み出した一つの方法なのである。

 

 実はアマゾネスになってからもう、ムラムラするのだ。

 

 そもそもアマゾネスは戦闘馬鹿で、強い男を求めて子を成すことを至上とするトンデモ種族。

 戦って戦意が高まる。相手を打ち倒し、勝利を掴んで興奮と寂寥感に包まれる。そしてそれ以上に、私はムラムラするようになった。

 

 戦いという命をかける場において、生物としての本能が刺激されたのだろうか。子孫を残せとばかりにムラムラが止まらない。

 

 しかも私はどうやら性欲が高まると、他のアマゾネス以上にすっごいムラムラしているっぽい。顔真っ赤になるし、妙な興奮を覚えるし、体の至る所に「赤ちゃん作るぞ」と反応がでまくるからだ。

 

 もちろんそんなアマゾネスは私だけではないのだが、そいつらはだいたい奴隷同然の男どもで発散している。

 つまりドリルをブラックホールに突っ込んで天元突破グレンラガンしている。

 

 だが私は前世で男であり、その感性を今も引き継いでいた。

 つまりトランスジェンダーで、男相手に興奮しない。突っ込まれることに忌避感を感じるのだ。

 かといって女の子同士でやるかっていったら、それはそれで心と身体のフィット感がなんか違う。そんな面倒くさい状況に陥ってしまったのである。

 

 そんな私が妄想に逃げ、発散するために表現を形にしたことはある意味、必然だったのかもしれない。

 

 体にチンポはないが、心にはチンポがある。

 体のチンポは立たないが、心のチンポはびんびんである。

 体のチンポは欲求を満たしようがないが、心のチンポを慰めることができる。

 

 それがマンガ。そしてエロマンガ。

 

 絵を描くなんて、この世界では健全で崇高な趣味である。

 しかもストーリーを組み合わせるなんて、なんと文化的なのだろうか。さらには己の性的欲求まで満たし、生きる意義を感じられるなどクォリティーオブライフもびんびんである。

 

 そう、エロマンガは心を支え、心を救う。

 

 この世界で実在する神どもなんてクソオブクソなもんだから、自分で強い精神安定剤を用意しなくちゃいけない。だからこそのエロマンガだ。

 

 私はエロマンガを描く。それが前世から生きている私のアイデンティティであり、この世界で生きる証明。

 それを邪魔する奴はオールデストロイ。生きる意義を馬鹿にするやつは全部ぶっ飛ばす。

 

 「あはは、バッカみたい!こんな変なもの描くなんて、あなたって───」

 

 「『偽・昇竜拳』ッ!」

 

 「───ぐはッ!?」

 

 「私よりスケベな奴に会いに行く」

 

 神の信仰があまりにも貶められたこの世界。

 そんな中で私が信仰できるのはエロただ一つ。

 

 他に私が頼るものはなく、他に私が縋るものはない。

 それ以上のものがこの世界にはあるのかもしれないが、私の目の前にあったのはエロだけだった。

 そしてそれは長い年月の中で、既に私の中であまりにも大きな意義と意味を与える存在となり果てた。

 

 信仰すべきはエロただ一つ。

 それを私の前で笑うもの、馬鹿にするものは決して許さん。

 

 「お前みたいな変態野郎に負けてたまるか……!」

 

 「『偽・ファイナル、アトミック』」

 

 「なっ抜け出せな──待てッ!?」

 

 「『バスター』!!」

 

 「が、あ……ぐふ」

 

 「ハラショー!!」

 

 エロマンガのために健全な体を。

 エロマンガを描く時間を手に入れるために力を。

 エロマンガに没頭できる空間を手に入れるために武術を。

 

 ただエロの二文字、聖句の下に私は生き抜いてきた。いや、イキ抜いてきた。

 

 「どうして、どうしてあなたほどの方がテルスキュラを捨てようとするのですか!?」

 

 「しれたこと、ここには愛がない。いや、エロを愛し、尊ぶ心がない。ただ性欲を貪る獣ばかりよ……。私はこの地を離れ、エロを探求する。そして真にエロを愛する者、『読者』のためにこのテルスキュラを捨てるのよ!」

 

 「何を言っているのか、全然わかりませんが、あなたを止めます!全員かかれーッ!!」

 

 「この分からず屋がーッ!『偽・北斗神拳』ッ!」

 

 「あの構えはッ!だめですッ!?あれを打たせてはいけないッ!?」

 

 「くっ!?」

 

 「はぁっ!」

 

 「遅いわ戯けどもッ!『北斗剛掌波』!!」

 

 かつて、私は弱かった。

 

 アマゾネス同士の殺し合い、その前座として戦わせられるモンスター達にもまともに勝てない日々。

 才能がないと言われ、他のアマゾネスの糧にもなれない弱者と見捨てられていたのがこの私。

 

 「どきなさい、バーチェ……。私は愛の伝道師、このテルスキュラを離れ、良きエロの世界のために、エロマンガを描き続けるために旅に出るのよッ!」

 

 「お前を、ここで行かせるわけにはいかない……。今なら、気の迷いとして半殺しで済ませてやるぞ」

 

 「かっ!気の迷いなど、そんなものはとうの昔に涙と共に置いてきたわ。私はここを出る、そして世界に愛を、エロを広めるのよッ!」

 

 「……レベル5が、レベル6に勝てるとでも?」

 

 「偽物が本物に、じゃなくてレベル5がレベル6に勝てないと誰が決めたというの。歯を食いしばりなさいレベル6(最強)。──私のレベル5(最弱)はちっとばっか響くわよッ!」

 

 「──『食い殺せ(ディ・アスラ)』

 

 「──『偽・北斗神拳』『刹活孔』ッ!『偽・スキル使用』『中国武術(太極拳)』『圏境(極)』『陰陽交差』ッ!!」

 

 「──死ね」

 

 だが、そんな絶望の日々の中でも私はエロに支えられて命を繋いできた。

 それは確かな力となって、私を今ここに生かしている。そう、エロがあればレベル6すらも超えることができるはず。

 

 「『偽・中国拳法』『浸透水鏡双掌』ッ!」

 

 「……馬鹿、な」

 

 「なぜ世界はただもっとエロく、平和でいられないのか……」

 

 エロによって明日を生きる希望を得た。エロによって明日を生き抜く活力を得た。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、エロは常に私の脳内で私を励ましてくれていた。

 

 そんな私がエロのために生きる道を選んだことを、誰が咎められようか。

 

 いや、咎められまくってるからこんなにアマゾネス達に妨害されてるんですけどねー。

 どうして大人しく私を外に旅立たせてくれないのか。なんもかんも、多分あのカーリーのやつが悪い。きっとあの性悪女神が、何かを企んでいるに違いないのだ。

 

 だいたい、件のアマゾネス姉妹はなんも言わずに外に出られたというのに、自分は出られないとはいったいどういうことなのだろうか。ふざけるんじゃない、私にはエロという神聖な目的があるというのに立ち止まってはいられないのだ。

 

 ついにたどり着いた広間にて、左手で引き摺ってきたバーチェを目の前に放り投げる。

 

 傷だらけの眷属を目の前にしても、この国の主神であるカーリーは喜色に富んだ笑みを浮かべるだけだ。虫の息の眷属を心配なんてしやしない。

 傷だらけの姉妹を目の前にしても、姉のアルガナ、この国の最高の戦士は戦意を高めて興奮に身を震わせるばかりだ。この世に二つとない姉妹を気にかけてなんてしやしない。

 

 全く以ってこいつらはくそだと、改めて認識させられた。

 

 「おいおい、あいつの毒をお前は存分に浴びたと他の連中から聞いていたぞ。なのにどうして、お前は死ぬことなく私たちの前に立っている?」

 

 愉快そうに此方に問いかけるアルガナ。

 それに私は整然と答えた。

 

 「あいつが毒を扱うと聞いて用意していた、それが『十四キロの砂糖水』だ」

 

 「……さとう、水?」

 

 「さらにエロへの欲求が毒を裏返し、私を活かした」

 

 「……いや、どや顔しているけど全く意味が分かんないぞお前」

 

 アルガナは顔をしかめているが、これがわからないなんて人生損している。

 筋肉と板垣恵介理論は私を裏切らない。ありがとう、先生。でもどうして相撲を題材にしたんですかね。

 

 カーリーも周りのアマゾネスたちも、お前たちは私の言っていることを分からないという顔をしているが、科学ではどうにも判明できない人体の奇跡がある。

 

 この世界で私はそれを実感し、それゆえに生き抜いてこれたのだ。『スゴいね人体』は伊達ではなかった。

 

 「く、くかかかかッ!ソフィーネよ、バーチェを倒し、ついには超えるというのか。この、テルスキュラ最強をッ!!」

 

 やたら嬉しそうなカーリーを見て、こいつエロ同人なら複数の男にわっしょいされるシチュー合うよなとか妄想する。

 

 こういう傲慢な奴が最後にはやめてと泣き出し、懇願し、ついには快楽に身をゆだねるとか……。おっふ。

 私はどんなシチューも割と問題ない。凌辱もNTRも共に心が痛いジャンルだが、その痛さが最近癖になってきた。

 よし、テルスキュラでは決して不敬だからと描けないこんな内容も、外でなら描けると思うと俄然気力が湧いてきたぞ。

 

 「あの、弱かったお前が。あの、泣くことしかできないような、名前も覚えるに値しなかったお前が、よくぞここまで上り詰めた!ああ、ソフィーネ、ソフィーネよッ!よい、お前がアルガナを倒した暁には、しばしこの国から離れることを許してやろう!」

 

 許す?何を言っているんだこの女神は。

 

 許すも、許されるも関係ない。受け継がれる意思(エロ)、時代のうねり(エロ)人の夢(エロ)は誰かに許されなければいけないものではなく、終わりもしないものなのだから。

 

 そう、────人が『自由(エロ)』の答えを求める限り、

 それらは決して───止まらない。

 

 ありったけの夢が集まったアヴァロン(国際展示場)。ひとつなぎの大秘宝(同人)を求めて、多くの戦士たちが集まった大航海時代(コミックマーケット)。それは遠き理想となり果てた今も、色あせずに私の心で大切なものであり続けている。

 

 そう、私はそこから答えを得たのだから。

 

 「言いたいことは、それだけか」

 

 故に、お前たちは邪魔だ。

 全身を気で満たし、これまでの中で最大最高の敵に対して構えをとった。この国最高の戦士、バーチェの姉であるアルガナに対して。

 

 「……ふむ、最早言葉は不要と。ならアルガナ、お前はどうだ?」

 

 カーリーの投げかけに対し、アルガナは月のように深い笑みを顔に浮かべた。

 もうそれは人の顔とは思えない。多くの血をすすり、悪鬼となり果てた一人の修羅の姿だ。

 

 「カーリー、私にはわかる。こいつを倒せばきっと私は……ッ!」

 

 目を爛々と輝かせ、叫ぶ。

 

 「『最高の戦士』に、大きく近づけるッ!」

 

 最高の戦士か。上等だ。ならばこちらは最高のエロのためにお前を倒す。

 

 「お前、もしかしてまだ……。自分が負けないとでもおもってるんじゃないかね?」

 

 「いくぞぉッ!ソフィーネぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 「アルガナ、私は絶対に負けないッ!」

 

 レベルの差は一つ違うだけで次元が異なるといっても過言ではない。

 ボクサーのウェイト差など鼻で笑えるような、生物としての格の差がそこには存在する。

 レベル6であるバーチェとの戦いで私が勝ったと知り、この国のアマゾネス達はそれを奇跡と考えた。そして奇跡は、中々起こらないからこそ奇跡と呼ばれる。

 

 「ぐ、がはッ!」

 

 「あはははははは、遅い、遅いぞソフィーネッ!」

 

 アルガナの拳が、蹴りが、私を包んで蹂躙していく。

 

 私の血は地面を真っ赤に濡らした。バーチェとの戦いで既に満身創痍となっていたからだは、もう無理だと悲鳴どころか絶叫を上げている。

 バーチェと同じレベル6であり、さらに格が違うと言われるアルガナを相手に戦うことは、万全であっても困難極まりない。さらにこのコンディションでは戦うとなっては、最悪もいいところだ。

 

 「ぐぎぎ、くッ!」

 

 「そんな苦し紛れの攻撃があたると思ったかぁ?」

 

 「ぎゃっ!?」

 

 それでも、私は退けない意地がある。信念がある。想いがある。そう、エロが私に勝てと叫んでいるんだ。

 

 「──『偽・北斗神拳』」

 

 「ッ!?こいつッ!?」

 

 「──『無想転生』、『偽・流水制空圏』ッ!!」

 

 「なんだ、動きがッ!?」

 

 「がんばれ♡がんばれ♡」と、バ美肉した某先生が頭の中で応援してくれている。

 「十四歳の巨乳ロリエルフを連れてきてくれ」と、モーニングカーム先生が言ってくださっている。

 

 前世からの業が、今生で積んだ業が、私に道を突き進めと言っているんだ。

 エロの名の下に生きて行けと、私に訴えかけてきてくれているんだ。

 だからアルガナ、私はお前に負けるわけにはいかないのだ。

 

 「あ、あはははははッ!そうか、私は、私はッ!」

 

 相手の拳が私の顔の横を過ぎた。その手を掴み上げ、そして──

 

 「──『偽』」

 

 その瞬間、アルガナと視線を交わす。それはほんの刹那の出来事。

 アルガナは様々な感情をその瞳に乗せていたが、最後には目を細め、笑っていた。

 

 「──負けるの、か」

 

 関節を決められたアルガナは凄まじい勢いで大地に叩きつけられ、轟音と共にその意識を絶った。

 

 「──『虎王・完了』」

 

 私を中心に数メートルの範囲で地面が奥深く陥没。振動によって大地が震え、割れて亀裂が方々に走る。

 先ほどまでの激しい戦いがウソのように、この空間は静寂で満たされた。そう、誰もが戦いの確かな終わりを感じ取っていたのだ。

 

 この時より私はテルスキュラと決別を果たし、世界へと旅立っていった。

 その後、カーリーやアルガナ、バーチェや他のアマゾネスがどうなったかは知らない。テルスキュラの最高の戦士を倒した私を止めるものはなく、私もこんなところにいるのはもう嫌気が差していたので、すぐに飛び出して出て行ってしまったのだから。

 

 あそこに私の求めるエロはない。だから、私は私が求めるエロを探しに行くんだ。

 

 それからは様々な種族や国を訪ねた。

 多くの喜劇があった。そして多くの悲劇があった。楽しいことがあるだけ、悲しいことがあったのだ。

 人の数だけロマンがあり、生き方があり、エロがある。私はそんな出会いの中で、自分の性癖を見つめ、新たな性癖と出会い、そして必要な能力を養っていった。

 

 そしてある神と出会い、交流を果たした後。ついに自分の身を置くところを定めたのだ。

 

 そこは『迷宮都市オラリオ』。

 あらゆる種族と情報が集まり、巨大な地下迷宮であるダンジョンへと多くの冒険者が挑む、ロマン溢れる大都市だ。

 

 ここで私は、エロを探求し生きていくと心に誓う。

 

 「ソフィーネ様はどこ!?」

 

 「わ、わからない。確かにこのあたりにいるはずなのにっ!」

 

 「くそ、あの人が気配を消したら誰も見つけられないぞ!?」

 

 「ソフィーネ様!イシュタル様がお呼びです!お願いですから一緒にきてください!」

 

 ただ、またもや所属するファミリアを間違ってしまった感がある。




「必要なものは見せたということだ」
「これ以上は見せぬ(というか勢いで書いたのでなんも考えていない)」

 TSで褐色で、アマゾネスでしかもエロに貪欲でマンガ書いちゃう系とか属性モリモリすぎた感があるけど、最近のアニメや漫画の傾向を考えるに、これでもまだ甘いと思う。

 そういう意味では、日本の未来は明るい。

 どうか皆さんも体調にお気をつけて、ご自愛ください。

※追記(21/02/24)
TASじゃないわ。TSです。すいません、デュエデュエしたりケツワープしません。


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テルスキュラを出る喜び

なんだかんだでお待たせいたしました


 私はオラリオに来て感動した。

 

 何に感動したのかいうと、そんなに壮大な話ではない。

 人生の意味だとか、宇宙の真理だとか、夢とか希望とか、この世において意味のあるとされているものではないのだ。

 むしろ大多数からすればくだらない話なのだろうが、私にとってはとても大事なことだった。

 

 それは今、私の目の前にあるこの光景だ。

 

 「もー、ずっと待っていたのに遅いよ」

 

 ふくれっ面のかわいい獣人、頭の上にぴょこんと生えている獣耳から想像するに、ネコの獣人だろう。

 息を切らして、いかにも急いでやってきたと見えるヒューマンは、両手を顔の前で合わせて、まるで首振り人形のように何度も頭を下げている。

 

 「ごめん、出る直前で団長に捕まってしまってさ!本当に悪かった!」

 

 「……しょうがないなぁ、その分、今日は楽しませてね?」

 

 ツンとしているが、しっぽは嬉し気に左右に揺れている。彼との逢瀬がもう楽しみで仕方がなかったのだろう。

 

 広場にて待ち合わせをしていた冒険者カップルが、互いに顔をほんのりと赤くして見つめ合う。

 そしてそのままお互いに手をつなぎ、嬉しそうに、楽しそうにオラリオの町に消えていったのであった。

 

 それを喫茶店の席からじっと眺めていた私。

 

 「……リア充どもめ、見せつけてくれるじゃないか」

 

 皮肉気な言葉とは裏腹に、私は満面の笑みである。

 

 こうしたロマンスはエロマンガを描く上で刺激になる。

 抜けるエロはもちろんいいが、シチューによってストーリー性マシマシのエロもまたいい。

 ただのエロに乙女の純情や優しさ、憧れが相まってよりエロい気持ちが昂るからだ。

 

 こうした恋愛の光景は、純情エロマンガを描く上で妄想を掻き立てる素材になる。

 リア充は撲滅するべきであるが、それはそれとしてモチベーションやネタとしては大切に保護されていくべきだと思うのだ。

 

 なんでこんなにありがたがっているかというと、こんな日常の光景がテルスキュラではこうなる。

 

 「あー、戦い終わったらムラムラするわ(血まみれアマゾネス21歳・独身)」

 

 「いい男いないかな、強くてチンコでかくてさ!(入れ墨アマゾネス18歳・独身)」

 

 「あそこのお店、新たに捕まえてきた男娼いるらしいぞ!しかも顔が良いって!(肉食系アマゾネス19歳・独身)」

 

 「マジかよ!他のやつに絞られて元気なくなってやつれる前に、いっちょ楽しみにいこうや!(土方系アマゾネス15歳・独身)」

 

 もうあれよ、萎えるよね。

 

 「そういうのもいいけどさ、エロいけどさ。流石に生まれ故郷がそんなのはいやだった」

 

 「お前の母ちゃん対魔忍」って言われるぐらい嫌だった。こんなに帰りたくない実家もないだろうに。

 

 あれだ、確かにそういうエロもあるよ。オープン系エロで、エロいことが挨拶レベルで出来るっていう世界観は、ロマンが詰まってていいものだよ。

 でもさ、年がら年中の間を『水龍敬エロマンガ劇場』の環境にぶちこまれてみなさいな。頭おかしなるで。

 

 男の人が「勘弁してくれ」とか、「もう出ない」と泣き叫んでいるのに獣の如く襲い続けるような女の集まりがテルスキュラだぞ。

 処女性とか道に捨てられたゴミほどの価値もなく、日常会話であそこの男のチンコがデカかったとかいっている女の園だぞ。

 

 「推しに彼氏ができるとか許せるか!」「推しが処女でないとか許せるか!」といった男たち、女性に清純性を求める俗にいうユニコーン系男子がこの国を見たら、きっとソドムとゴモラかと勘違いするに違いない。

 

 あんまりかわらないけどね!お互いに殺し合いもしているしな!

 

 「ああ、夢に見た文化的な生活。金、暴力、SEXなマッドマックス系女子はもうお腹いっぱいですわ」

 

 ちなみにテルスキュラにいる男が最後にはどうなるかっていうと、カマキリの雄が最後に幸せになれますかって話と同じことだ。これ以上は触れてはいけないゾ。

 

 それに比べて、このオラリオは様々な素材の宝庫である。

 

 多くの人、人種、ストーリー性が相まっていろんな妄想が捗るったらありゃしない。こいつは困ったものだ。先日描いた幼馴染系エロマンガは、なんと意外な人気を獲得している。

 

 エロマンガは性的な消費の産物と見られがちの嗜好品、売れることは難しいかと達観していたものの、よもやよもやだ。

 娯楽関係があんまり発達していないこの世界では、結構注目の的になってしまっている。

 

 「……意外に需要があるんだな。挿絵の文化もそんなに豊かではない上に、絵で吹き出しがついているというのは斬新すぎると思っていたのだけれども」

 

 マンガは歴史と共に、時代に合わせて変化し、成熟していった文化だ。

 

 現代の吹き出しや字体、コマ割り等の表現の技法は、先人たちの技術の結晶といっても過言ではない。このマンガもない世界で、一足飛びに先人たちの技法の結晶を世に出して受け入れられるのだろうかと心配もあった。

 

 それが受け入れられたというのは、未知に探究するオラリオの冒険者スピリッツと、その受容性も大きく関係しているのかもしれない。

 どちらにしろ嬉しい誤算だ。自分の作品が世に受け入れられることは無上の幸福である。

 

 この世界は中世っぽい、つまり娯楽の種類が少ない。

 

 その娯楽の一つである本も、ストーリーのバリエーションに数があるわけではなく、内容はせいぜいおとぎ話レベルなのは悲しいことだ。

 

 個々人への学校教育もまともにないために、知的な娯楽を生み出せる人間の土壌も余裕もあんまりない。

 印刷技術も拙く、しかも大きな組織にしか輪転機がないがその数も少ない。さらにコストも一般人が手を出せるものではない。

 

 こんな世界では素人が文学活動に参入できる余地は全くなく、悲しいことに同人活動が行えるわけがないのだ。

 結果、様々なジャンルの誕生もなく、創作活動も行われないために、才能の発掘も行われないし、人や時間と共に発展していく物語性の深まりもないのである。

 

 あの濃い創作が行われていた世界の魂を持つ私が、これに満足できるわけもなかった。

 エロ本もエロ小説もないなんて、今の私には耐えられない。マスター、よこせ、上質なエロをいっぱい私によこすんだ。

 

 神話レベルのおとぎ話とか、勇者とお姫様のお話でエロが感じられるかって話だ。お子様じゃないんだぞ私は。

 でもこの世界の住人にはそれが何よりも楽しい娯楽、大満足な代物なんだなぁって。

 

 この世界を否定はしない。マウントを取るつもりもない。ただ供給がない以上、満足できるように自給自足に向かうのが人の理よ……。

 

 幼馴染系エロ、お姉さん系エロ、冒険ものエロ、眼鏡っ子にポニテにスポーティに文学少女に。

 ありとあらゆるジャンルが、シチューが脳内をぐるぐると回っていく。いやー、たまりませんわ。

 

 町で活力を得た私はファミリアに戻り次第、早速原稿を仕上げていった。人との出会いがあり、エロとの出会いがここにはある。ホントの愛はけものフレンズ二期じゃなくて、ここオラリオにあったんだ……。

 

 そんな時、自室の扉をノックする音がした。

 

 「ソフィーネ、すまない。作業中に申し訳ないけど、所要があってね」

 

 「……アイシャか?今あける」

 

 イシュタル・ファミリアのまとめ役が何の用事だろうか。

 

 片方髪によって隠れ目という素晴らしい属性を持つアマゾネス。

 男娼である副団長の代わりに、女達をまとめることもあるレベル3の戦闘娼婦の一人。そして胸の形が良いのがポイント高い。

 

 このファミリアの団長である顔面ヒキガエル女は戦闘能力は高いわりに、脳みそはこれっぽっちも詰まっていない。悪口になってしまうが、あまりの人間性故にこのファミリアの団員全員が似たようなことを言っている。

 

 いや、むしろ私よりも酷い。女の陰口をなめてはいけない。

 

 おまけにファミリアとしての仕事も全くせず、そもそもできないだろうから、代わりにアイシャや副団長に仕事がたくさん回ってきていると他の団員たちから聞いている。

 

 ここにも仕事関係か、ファミリア関係での話が有ってきたのかもしれない。

 

 「やっぱり原稿の製作中だったのか」

 

 「ああ、良いインスピレーションを得てね。鉄は熱いうちに打てというけど、マンガも同じで早いうちにアウトプットしないと折角の機会を逃してしまうんだ」

 

 「ふーん、まぁ、流石作家さんは大変ね。その熱量も実ってきているようじゃないの。徐々にあなたのマンガってやつは街中でも話題が広がってきているし、うちの団員からもあなたのペンネームが話題でよく出てくるようになったからね」

 

 「ん、それは嬉しい話だな。テルスキュラにいた頃は描いたものは見向きもされずに死蔵されていて、挙句には変人扱いだった。やはり文化的な都市は違うな」

 

 「……変人扱いはここでもかわらないんじゃない?」

 

 「おーい、聞こえているんだけど。違うって、時代が追い付いていないだけだと信じたい」

 

 アイシャはその面倒見の良さから、信頼性という言葉においてはこのファミリアで五本の指に入っている。私もマンガを描く関係で、方々に繋がりを得るために大変お世話になった。

 

 ちなみに、うちの団長の信頼度は最底辺を常にキープしているぞ。私も何回かあっているが、人間性もあのテルスキュラですらなかなか見ないクズ具合だ。ある意味貴重である。

 

 そんな団長は前まではレベル5だからと幅を利かせていたが、あの戦いの後にレベル6になった私と一回喧嘩してからは少し大人しくなってたらしい。

 しばらく前に、アイシャが嬉しそうに話していたのが印象深い。あのカエル、どんだけ方々に迷惑かけていたんだろうか。

 あと、あいつが私の趣味を馬鹿にしたのが悪いと思うのだが、その戦いを見た連中からは何故か私の方が怖がられている。解せぬ。

 

 「それで、何かあったの?」

 

 「……いやぁ、うん」

 

 言いにくい話なのだろうか。どうにも話し始めるのに気が進んでいないようだ。

 

 「こっちに来てから私の存在を隠そうとして、何か別の意図があるのは知っているけど。それ関係の話かな?」

 

 どうにもこのイシュタル・ファミリアはきな臭い。

 まぁ主神の原点からして、いろいろ問題がある神様だ。実際直接会ってからもその印象は改善されるどころか、ますます強くなってきている。

 

 私の存在を隠して何を企んでいるのだろうか。

 

 ペンネームで活動することは、日常に問題が起こりにくいから私に不満はない。

 ダンジョンに潜らないでほしいという話も、他の力ある冒険者なら怒るだろうが、私にとっては創作活動に専念できるから良い話だ。

 オラリオで何があっても目立つな、戦うなと言われてはいるものの、素性を隠しておけば街中にだって自由に出かけられるしね。

 

 「いや、本当はファミリアの本拠地である、この歓楽街にずっといてほしいぐらいさ。何かあってももみ消すことが簡単だからね。でも、誰もあんたを止めることができないから、仕方がなくみんな見逃しているんだよ」

 

 「より良い生活、そしてエロのためだからそこはね」

 

 「団長のフリュネが大人しくなってくれても、問題が変わっただけなのがなんとも……」

 

 私だってオシャンティーなお店で意識高いものが食べたいんだ。

 創作活動だけやっていたって、人生の豊かさやエロにはつながってこないこともある。より良いエロには生活の質も必要なはずだ。

 

 気力も体力もないと、何回もエロマンガを楽しめないからな!

 

 「ほら、うちで出しているあんたの創作物についての話」

 

 「エロマンガか?」

 

 「あんたの作品って一部でしか取り扱ってないのだけれど、さっきの話のように人づてに話題になってきていてね。昔出版したものを含めて増刷が決定した。歓楽街以外での取り扱いも少しずつ広がって来ているし、都市の外からも一件話がきているのさ」

 

 「なんともまぁ、想像もしていなかったなぁ。内容も内容だろうに」

 

 歓楽街で本番があるからそこまで需要はないかなと考えていたが、それとは別にして楽しみの一つとなったことはエロの多様性と素晴らしさのおかげなのかもしれない。エロは偉大だ。

 

 しかも話が歓楽街の外にまで広がっているというということは、日本でもかつて見られたようなあの光景。

 純情ボーイが思春期に目覚めてエロ本をこっそり買いに行ったりする、あの光景が見られるような日も近いのかもしれない。胸が熱くなるな。

 

 「そう、それさ」

 

 「……それとは?」

 

 「あんたのエロマンガ、ストーリーが好評になってきているんだよ。最初は変わった性的な嗜好品の一部だったのが、次第に話の展開を楽しむことにも読者は目を向けるようになってきている」

 

 「嬉しいな。エロは良質なストーリーによってさらに高まるもの。人は結果だけではなく、そこにどれだけのドラマがあるのかと気になり、惹かれてしまう生き物だと思う。抜き目的以外のエロを結果とするならば、そこに行きつく過程、物語性もまたエロマンガでは大切なんじゃないかなってね」

 

 おかげで画力の向上、シーンの表現の研究には苦労した。

 この体のスペックは高いからなんとかなっているが、前世では絶対にここまで上達することはできなかったに違いない。

 

 「私もあんたのマンガのストーリーは嫌いじゃない。例えば、あんたの前作に私はらしくもない感動をさせてもらった。辛い環境にいた女の子が、男の子と出会い、自分という意思を手に入れてついには光の世界に男の子と共に歩んでいく。こんな世界だ、せめて物語の中ではあんな幸せな結末があっても良いものさ……」

 

 この前描いた幼馴染系エロマンガのことを言っているのだろう。

 

 アイシャの顔は楽しげだが、同時に少し影がある。まぁ人間いろいろ背負うものもあるし、嫌なものを見ることもある。

 自分、もしくは誰かの境遇にマンガのストーリーを重ねてしまい、センチメンタルな気持ちになったのかもしれないな。

 

 私も感傷的になってしまうことはよくあった。NTRものとか、脳がぶっ壊れるほどに気持ちが痛いのに、何故かより読みたくなり、傷つきたくなってしまうのである。

 恐らく痛みを和らげるために脳内物質がフル稼働して気持ちよくなり、ついにはNTRというジャンル自体に性的興奮を覚えてしまったに違いない。

 

 「私もわかるような気がする。既に私も汚れ、沼につかり切ってしまった人間だ。知らないあの頃に戻れたらと考えてしまうこともあるが……」

 

 「……そう、あんたはあの国出身だからね。助けたくても、この世界は闇が深すぎる」

 

 「ああ、この世界の闇(性癖)は奥が深いからな……」

 

 しんみりしてしまった。

 エロはいろんな気持ちを教えてくれる。むしろNTRを知ったからこそ、純情な方向の良さを私は改めて知ることができたのかもしれないな。

 

 「すまない、話がそれた。それで、あんたのマンガのストーリーについての話なんだが……」

 

 「ん?これまでは私が全部決めて全部描いてきたが、何か要望でもでてきたの?需要を考慮して編集が入るなんて、いよいよマンガ家じみてきたな」

 

 「いや、ストーリーは今までのようにあんたが考えてくれていい。むしろ私たちや読者の趣味嗜好を交えてしまったら、あんたの人気があるストーリー性を損なってしまうかもしれないからね」

 

 「随分と信頼してくれているな。流石に照れてしまう」

 

 「もっと自信を持ってもいい。次々と出される異なる物語に、みんな夢中になってきているんだから」

 

 ここまで言ってもらえるようになるなんて……。

 思わず涙が出てきてしまいそうになる。

 

 これまでの私は無駄ではなかった。くじけそうになったが、エロへの欲求に支えられ、何度も立ち上がってきて文字通りに戦い抜いてきた。

 

 そんな自分が多くの人間に、世界に認められてきている。

 これもひとえにエロのおかげに違いない。この世界の中で孤立していた私の心の受け皿になってくれたエロは、今やこの世界の人々の心に広がりを見せているのだ。なんて壮大な話なんだ!

 

 「それで、な。これからこの歓楽街を離れて一般の展開も考えていったらいいのではって話になってね。実際そういう話もここの外から来ているのさ。つまり、よりストーリー性に力を入れてほしいというか、ね?」

 

 「なるほど。長編のエロマンガを描くということか。確かにこれまでは短編のシチューが多かった。そして主人公やヒロインの成長性を描く余地は少なかった」

 

 互いに交わり、心を重ね、大人へと変わっていく。あるいは人間が変わっていく過程のドラマがエロに重なってくることを求められているわけか。

 

 それは確かに短編で表現することは難しい。長編で、それも何話か続くことを考えていかなければいけないのだろう。私がエロマンガ家として、新たに挑戦し成長する良い機会なのかもしれない。

 

 そんなことを考えいると、アイシャは何故か顔を曇らせた。どうしたというのだろうか。

 

 「いや、そうじゃない。市場に広く出すということは、より受け皿が広い形に変えていくことも必要になってくるというわけで……」

 

 「わかった。重かったり、特殊なものではなく、多くの人に刺さるような性癖とシチューが必要というということだな。あまり行為のシーンがねちっこかったりすると、エロにも感情移入が上手くいかなくなってしまうのは私も何度か経験している」

 

 「あー、そうじゃなくてなぁ……」

 

 どうしようかと困っているアイシャに、私もわけがわからなくなってきた。

 彼女は一体、何に悩んでいるのだろうか。

 

 「ほら、つまりはガキもみるし、エロに興味がない人にも見てもらうことも大事になってくるわけだよ」

 

 「性癖が子供のころから歪んでしまうのは大変だ。そしてエロに興味ない人間にいきなりきついジャンルを見せてしまっても逃げてしまう。歓楽街以外での出版の内容は最初に軽く、フレンチでいこうということを言いたかったんじゃないの?」

 

 「そうじゃなくて……。ああ、もう……。恨むぞ、タンムズ」

 

 なんで副団長、男娼のあの男の名前がここで出てくるんだ。

 困り果てているアイシャの姿を見ていると、この苦労人のことが心配になってくる。ここ最近、何に悩んでいるのか顔が暗いことも多い。

 

 心配りができる人間は苦労も多い世界だが、彼女もその一人であることに間違いない。彼女が言い出せない以上、その気持ちを汲んでやりたいのだが、言いたいことが私にはわからない。

 

 ならば、歩み寄ることが必要か。

 一息をついて気持ちを切り替え、戸惑うアイシャの瞳をまっすぐに見つめた。

 

 「アイシャ、何か悩みがあるのなら遠慮なくいってほしい。私はあなたに感謝している。このオラリオで右も左もわからない私に、エロマンガを描ける環境を用意してくれた。生活の基盤を整えてくれた。あなたからたくさんの恩を受けてきた私が、すこしでもあなたの力になれるというなら、喜んでこの力を貸そうじゃないか」

 

 仮にもレベル6。最強には劣るものの、並大抵の連中には負けるつもりはない。

 この力がエロのために力を貸してくれた恩人の支えとなるのならば、私は彼女のために最強にすら挑んで見せる。

 

 そう決意を伝えると、アイシャも意を決したのだろうか。

 深呼吸をした後に、覚悟を決めて私に向き直った。

 

 ……どうでもいい話だが、決意を決めた美人の顔って好きです。カッコかわいいというか、カッコ綺麗というか、ともかく良いエロさが感じられてどきどきします。

 

 「ありがとう、私も覚悟を決めた。ねえ、ソフィーネ」

 

 「なんだ、アイシャ。私はできる限り力になりたい」

 

 「あんたがエロマンガに並々ならぬ熱意を込めているのは、私はよく知っているつもりだよ」

 

 「ああ、ありがとう。確かにそうだ。私はそのためにテルスキュラを飛び出してきたのだから」

 

 「そんなあなたにこれを言うのはなんだが……」

 

 つばを飲み込んだアイシャに、自然と自分にも緊張が走る。

 

 「……あんたのマンガのストーリーは素晴らしい、だから」

 

 「だから?」

 

 「だ、だから──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え、エロいシーンを抜きにしたマンガを描いてくれないか?」

 

 「なんだァ?てめぇ……」

 

 ソフィーネ、キレた!!




正直、これでお気に入り100いけると思ってなかった(遠い目)
個人用でわかりにくいネタもあるのですが、反応もらえるとやっぱりうれしいものですね。
あとなんだかんだ書いていて楽しい。明日仕事なのに深夜二時まで書いて完成しちゃった。やはりエロいTSは人を選ぶがいいものだ……。

なんだかんだで季節の変わり目、体調も崩れやすいので皆さんもご自愛ください。


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──私はエロを愛している。

なんだかんだ、楽しくなって気がついたらできていました。



 テルスキュラを出る喜びを知り、ようやくエロマンガを思う存分に描けると思っていたら、ノンエロを描けと言われた私の気持ちを答えよ(配点30点)

 

 答え、【ころちゅ】。

 

 「ソフィーネ様!?止まってください!!」

 

 「団長ならともかく、副団長のところに殴り込みは流石に不味いって!」

 

 「は、話を聞いてください!」

 

 数人のアマゾネス、イシュタル・ファミリアの団員達がなんとか私を止めようと試みている。

 

 しかし、私は止まらない。止まるわけにはいかない。

 はじめてですよ、ここまで私をコケにしたおバカさんは……。

 

 大人しくしていたからって、私が何でも言うことを「はいはい」と聞いているイエスマン、都合の良い奴隷だと思うなよこんちくしょう。

 こちとらあの修羅の国テルスキュラの中で、エロマンガを描き続けた執念と妄念と覚悟の塊だ。

 

 その大切な一線を越えられたら、あとは戦争しかないないのである。

 今の私は激おこぷんぷん丸を超えて、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態だ。全部ぶっこわしてやる。

 

 「くっ、説得は不可能だ!全員掴みかかってでもお止めしろ!」

 

 「申し訳ございません、ソフィーネ様!」

 

 「お、お願いですから殴らないでくださいね!?本当に私達死んじゃいますからね!?」

 

 腕に、足に、肩に、腰に。

 何人ものアマゾネスが私を止めようと、拘束しようと体に組み付いてくる。

 彼女らの大、中、小、無といった様々なお胸の感触が私を興奮させるが、私は止まるわけにはいかなかった。

 

 何故なら私の怒りは有頂天。この怒りはしばらくおさまることを知らない。

 必ずやかの邪智暴虐の副団長をぶっ飛ばさなければならない。ぎったんぎったんにしてくれる。

 

 「え、え!?な、なんで止められないの!?」

 

 「れ、レベル2や3が数人がかりで仕掛けているのに……」

 

 「フリュネ団長を打倒したと聞いたが、これほどまでとは!」

 

 「ひ、ひえー……」

 

 「ま、まるで無人の野を行くが如く……」

 

 「ああ、お姉さま……。なんて美しい力なのかしら」

 

 数人のアマゾネスを引きずるままに、歩みを止めることなく私は進み続ける。

 

 額に汗を浮かべ、全力で血管を腕に浮かばせながらも必死に止めようとしているアマゾネス達。そしてそれを意に介さずに歩き続ける私を見て、周囲の戦闘娼婦達はドン引きしていた。

 

 そしてついに副団長の気配がある大部屋の前にたどり着いた。

 私に纏わりついているアマゾネス達がそろって顔を青くした。

 

 「ちょ、流石に、本当にここはマズいですってソフィーネ様!?」

 

 「お願いですから、お願いですからこれ以上は!」

 

 「う、うそでしょ!?」

 

 そこには主神であるイシュタルの気配も感じた。

 

 ああ、なるほど。ここはファミリアの会議の場であり、その主神であるイシュタルの王座っぽい席がある大部屋だ。だからアマゾネス達が必死に止めてくれているのだな。

 

 なんて健気なのだろう、感動的だな、だが無意味だ。

 

 何か話し合いでもしていたのかもしないが、そんなことは私に関係ないとばかりに一歩踏み出す。

 それを見たアマゾネス達の顔は、既に青を通り越して真っ白になっていた。

 

 彼女たちの体がプルプルと震えだし、その振動がこちらの肌にまで伝わってきた。褐色肌のプルプルお肌が密着、さらにぷるぷる振動してくれるなんてご褒美もいいところである。

 

 両開きの大きな扉に手をかけるも開かない。ふむ、鍵がかかっているようだな。文明的ではないか、いいだろう。ならこっちにも考えがある。

 

 全身に気をみなぎらせて扉に突っ込んだ。面倒くさい時は全部物理で解決できる、これぞテルスキュラ流。

 

 「いっ!?まずい、全員離れろッ!?」

 

 「え、へぶッ!?」

 

 轟音。そして悲鳴。

 

 扉どころかその周囲の壁すらも破壊してダイナミック入場だ。アメリカンコミックでよく見る光景だな。服が汚れてしまうのが難点だが、いたってクールな入場方法だぜHAHAHA。

 

 ふと下を見ると、体から離れそこなったアマゾネスが白目のままに地面に伸びていた。パンツ丸見えなのはポイント高いが、それに構っている時間はない。

 

 こちらを唖然とした表情で見つめる副団長、男娼のタンムズを発見。あとおまけで目を見開いている、叶姉妹みたいな恰好をしたイシュタル様も発見。

 

 私は口の端を吊り上げて、タンムズへ向けて微笑んだ。

 

 「タンムズぅ、お前が私に言いたいことはよくわかった。ああ、これ以上ないぐらいにわかったとも。だがお前と同じような連中、私からエロを離そうとしたやつはこれまで全てはったおしてきた。この意味がわかるかタンムズ」

 

 「な、なんの話だソフィーネ。いや、待て、それよりもよくもこんなに部屋を荒らしてくれたな!?」

 

 「そんなことはどうでもいい」

 

 「いや、少しもどうでもよくないぞ!?」

 

 「私からエロを奪うとはいい度胸だ。最後に殺すといったな。──あれはウソだ」

 

 「待て、そんなセリフをお前に言われた事すらないんだがッ!?ぐぉッ!?」

 

 コンマ一秒のアッパーカットがタンムズのアゴに炸裂。

 

 余すことなく一点にぶち込まれた衝撃が脳を貫通して真上に流れ、タンムズは勢いそのままに天井に吹き飛んでマミさん状態になった。

 首から下しか見えなくなり、ぶらぶらと力なく揺れる姿はまるで嵐の日に外に吊るされたテルテル坊主みたいだ。

 

 「もう何も怖くないってか!?なら本当の恐怖を教えてやるぞタンムズ!?」

 

 「い、いえ。あの、ソフィーネ様?タンムズは何も言っていないのですが?というか言える状態ではもうないのですがッ!?」

 

 「や、やめておきなさいよ。あなたまで巻き込まれるわよっ!?」

 

 「ひえっ!ご、ごめんなさいっ!」

 

 私は周囲のアマゾネスを努めて無視。

 その場から飛翔し、動かなくなってしまったタンムズを天井から引き抜いた。

 

 その際に彼のズボンが脱げて下半身が丸出しになったが、必要な犠牲だったはずだ。いや、そうに違いない。

 ……というか意外とデカいなお前。下半身ばかり一人前ってか。しかも命の危険を感じ取り、最後に種を残そうとしているからかビンビンに勃っている。なるほど、気は失っても体はまだやる気満々ということだな。なら容赦はいらないな。

 

 「起きろ、起きろタンムズ!まだ話は終わっていないぞ!」

 

 何度も揺するとタンムズがはっと目を覚まして私を見た。

 

 そして自分の体の状態、天井の穴を見て顔を引き攣らせた。ついでに体が震えだした。

 なんだ、最近は体を震わせるのが流行っているのか?バイブレーション搭載か?そう考えると、なんかエロいなおい。

 

 「ま、待て。本当に待ってくれソフィーネ。いったい何をそんなに怒っているのだ?」

 

 「知れたことよ。アイシャのやつから聞いたぞ、お前がエロ抜きのストーリーを私に描くように提言したことは知っている。つまり、お前は私のアイデンティティの核心に触れたということだ。そこを超えてしまったら、もう戦争しかないのにも関わらずだ。お前と同じようなやつはいたが、私は何度もテルスキュラでぶっ飛ばしてきた。ここオラリオでは初のぶっ飛ばしはお前だ。覚悟はいいかタンムズ、私はもうできている。既に私の頭の中は、お前の処刑用BGMの選曲で忙しいぐらいだ。特別にお前に選ばせてやってもいいぞ。ん?そうか、ジョジョだな、ジョジョなんだな?なら何部でいく?個人的には王道の三部をおすすめしてやろうじゃないか、ええ?」

 

 「た、頼むから人の理解できる言葉で話してくれないか!?」

 

 「その言葉の意図するところは、私の言葉を聞くつもりがないと受け取った。ここまで骨があるやつはテルスキュラにもいなかったよ。素晴らしい。誇れ、タンムズ、お前がナンバーワンだ。あの世でエム字ハゲも喜んで迎えてくれるだろうよ。良かったな。じゃあ、死のうか(暗黒微笑)」

 

 笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点であるとシグルイで読んだ。その時は本当かどうかも気にしていなかったが、今になってわかることが一つある。

 

 人間って、怒りがあり余り過ぎるとなんか笑えてくるんだ。

 

 「待っ!?」

 

 「安心しろ、言葉のあやだ。さすがに殺しはしない。ただ眠れ、タンムズ」

 

 スキル解放。

 

 全身に気力が満ち溢れ、髪が逆立つ。

 周囲のアマゾネス達はソフィーネの発する強大な気の流動を見て、自分が戦いの相手ではないのにも関わらず、強烈な死の気配を感じ取って小さな悲鳴を上げる。

 

 ソフィーネの右手はまるで赤子のように柔く、軽く握られた拳の状態。

 

 だが戦闘を経験した、この場にいる全ての戦士はその脅威を明確に感じ取っていた。

 正拳であって正拳ではない、弥勒菩薩の握る手の形。生まれてすぐの赤ん坊が初めて作る、手の形。

 

 ──それはかのマンガにおいて、愚地独歩が至った究極の拳、『菩薩の拳』であった。

 

 周りのアマゾネスは、「あいつ死ぬより酷い目にあうな」と憐れんだ。

 タンムズは、「いっそ殺してくれないだろうか」と現実を受け入れることを拒否した。

 ソフィーネに追いついたアイシャが、部屋の惨状を見て慌てて止めにかかろうとするも、もう間に合わないだろう。

 

 「『偽・神人会空手』──『菩薩の拳』」

 

 それがタンムズに当たる直前、唯一動けたのは一人の神だった。

 

 「ソフィーネ、流石にやりすぎだ」

 

 風が吹いた。ソフィーネとイシュタルを除いた、この場にいる全ての人間の額から一筋の汗が流れ落ちていく。

 指の先端ほどの間が、タンムズの頬とソフィーネの拳の間に空いていた。

 

 「……イシュタル様、あなたに恩はあります。しかし、私にも譲れない一線というものがあるのです」

 

 「ならばその恩に私は縋ろう。ねぇソフィーネ、一時でも気持ちを抑えてくれないか?」

 

 ソフィーネの感情が宿っていない視線と、イシュタルの微笑みが向き合った。

 

 数秒の無言の時間。緊張が空間を荘厳し、この部屋にいる誰もが二人のやりとりを見守る。

 永久にも感じられるその冷えた時間の後、ソフィーネは息をゆっくりと吐きだした。

 

 そして掴み上げたタンムズを静かに床に降ろしたのだった。

 

 「ふふ、私の男を壊されてはたまらないからね。それで、何があなたの琴線をそこまで大きく揺らしたっていうの?」

 

 「……私に拳を収めろと?」

 

 「早合点をしないでほしいな。タンムズや部屋をこれ以上壊されてはたまらないからね。ここまで部屋を無茶苦茶にしてくれたんだ。主神として話を聞く猶予ぐらいは、この私に与えてくれてもいいんじゃないのかい?」

 

 正論である。

 怒りに茹だった頭が、イシュタルの神威溢れる気配に触れて静まってきた。

 

 初めて出会ったあの時のように、この神様は私に対して魅了を使ってきている。

 既に魅了は私に通じないことは分かっているというのに、あえて使う意味は神としての立場を示すためだろう。

 

 拾ってもらった恩、イシュタルの神の立場を尊重するのであれば、私は一時拳を収める以外に道はない。

 そう、ここはあのテルスキュラにあらず。文明都市のオラリオ。昔ならいざ知らず、今の私は文明的なアマゾネスのはずだ。

 

 「……ここはテルスキュラではありませんからね」

 

 「そうね、ここはオラリオだ」

 

 「彼は私にエロ抜きのエロマンガを描けといった、それが全てです」

 

 ぽかんとするイシュタルに向けて、私はこれまでの経緯を伝えていく。

 

 タンムズにも発言の機会が与えられた。

 それによれば私のマンガの可能性に注目し、歓楽街以外にもファミリアの影響力を広げることも画策。マンガを楽しむ読者たちの需要に応え、広げようとしたらしい。

 

 なるほどな、気持ちはわかる。副団長としての役割を果たそうとした行動も理解できる。

 だが、私にとってはそれだけの話だ。私とエロの逢瀬の時間を奪おうとした事実に代わりはない。

 

 「……なるほどねぇ」

 

 私とタンムズ、交互に視線を行き来させたイシュタルが、目をつむる。

 そしてまぶたを開けると、私へと顔を向けた。

 

 「ソフィーネ、私はあなたにも利益がある話だと思うけどね」

 

 なるほど、お前も敵だな。なら容赦はしない。

 

 「……残念です、イシュタル様。いえ、イシュタル。あなたは私にとって素晴らしい神様でした」

 

 「気を急ぐな。お前がエロに対して並々ならぬ熱意があるのは、これまでのお前の歩みを考えれば十二分に理解できる話だ。だがな、お前はエロという概念に対して大きく依存し過ぎている。それ故に見えるものも見えなくなっているとは思わないのかい?」

 

 「確かに私はエロに依存している。しかしそれは素晴らしいエロに対する信仰のようなもの。間違うことのないエロを信じ、生きることになんの誤りがあるというのか。そのエロから私を離そうとするなど言語道断である」

 

 「ははは、神が下りた世界で信仰なんて言葉を聞けるとはね。そうだな、お前の言う通りエロは間違わないし、お前を裏切らないかもしれない」

 

 「しかし」と続けたイシュタルは笑う。

 

 「エロは間違わなくても、お前自身は間違うことがあるのではないだろうか?ねぇ、ソフィーネ」

 

 タンムズやアイシャを含め、ファミリア団員が全員頭の上にハテナを浮かべて首を傾げた。

 だが、私にとってそれは大きな衝撃であった。

 

 「私が、間違う?」

 

 「そうだ。人間なんて言うのは正しい摂理にさえ間違い、誤解する愚かな一面を持つもの。フレイヤになびく連中のように、本当に見るべき美しさにさえ人は見誤る。お前のエロに対する熱意はすばらしい。お前のエロの概念は普遍的で遍満するもの。全てのものがもつ、一つの性質とさえ言っていいのだろう?」

 

 「それは、そうです」

 

 「なら、性交が表現されない中にあるエロさっていうものにも、お前は目を向けるべきなのではないか?」

 

 全身に電撃が走った。魅了はこの私には効かないはず。即ち、これは私自身が啓蒙を得たということに他ならない。

 そう、エロとの新たな出会いの予感に、体中の細胞が歓喜の悲鳴を上げた。

 

 「全部服を脱がなくたって、いや、むしろ脱がないからこそ昂る性欲もある。行為をしなくても、後に繋がる期待に胸を膨らませる興奮がある。私からすればエロっていうのは、必ずしも性的興奮の中で生まれてくるものではない。崇高な存在、その美に触れた時に性的興奮を感じなくても、自然と股間が勃ってしまうことだってあるものだ」

 

 そうだ、どうして私はそんなことを忘れてしまっていたのだろうか。

 

 矢吹健太朗先生は決して、あの少年雑誌の中でセックスの描写を描かなかった。

 少年誌だったのも理由だが、でもそれ以上にセックスに至らない描写が、セックス以上に私のチンコをイライラさせてくれたではないか。

 

 他にもそういうマンガはたくさんあった。むしろ、健全なマンガから思春期を通じて不思議な興奮を感じ取り、妄想を覚えてお前はエロ同人サイトを漁りまくったんじゃないのか。

 

 プリキュアはエロくはない、しかしエロいのだ。

 

 ソフトな中に濃厚なエロがあるのが人の可能性ではないのか。

 この矛盾にも感じて矛盾しない喜びを、この世界に生まれてから忘れてしまっていたなんて。私はなんて大バカ者なのだ。

 

 万物に宿るエロの可能性、それを狭めてしまっていることに私は気がついた。

 チンコをいじり、突っ込むことに注目するだけでは、テルスキュラの性欲に囚われたアマゾネス達と何の変わりもないではないか。

 

 つよいエロ

 よわいエロ

 そんなのひとのかって

 ほんとうにエロがすきなひとなら

 すきなエロで

 ぬけるようにもうそうするべき

 

 ポケモントレーナーの四天王であるカリンが同じようなことを言っていたが、まさにそうだ。

 あれだけ気を付けていたというのに、知らない間にエロのダークサイドに、偏見にハマってしまっていた。なんと恥ずかしい。

 

 「……イシュタル様、あなたが私の鞘だったのですね」

 

 流石はバビロニアにおいて娼婦たちを見守り、性愛も司る女神だ。

 

 私は、私だけでエロを完結させようとしてしまっていた。

 ノンエロの創作は、エロとの決別を意味するものではない。それは世の読者に多くの性癖との出会いを、ロマンを、そしてエロの発芽に繋がっていくということ。その一端となれるなんて、この上なく素晴らしい話なのではないのだろうか。

 

 知らない間にこの世界に見切りをつけていたのかもしれない。

 新たなエロとの出会いによって、創作する側に成長する読者の将来の可能性を私は見失っていたのである。

 

 私が描きたいエロとは違うのかもしれない。しかし両方ともに大切なものなのだ。

 ほんの少し自分がこれまでこだわってきた在り方を我慢することで、よりエロの波が広がっていく。

 

 私がテルスキュラから離れた理由の一つには、エロというこの世のこの上ない善を広める崇高な志もあった。それを今、ここで思い出すことができたのはきっと運命に違いない。

 

 「心は決まったのかい?」

 

 「ええ、まだ迷いも、躊躇いもあります。しかし道は既に定めました。これもより深いエロに至るためと思えば、その話を喜んで受け入れましょう」

 

 魅了によって命じられるわけではなく、会話によってあのソフィーネを鎮めてしまった。

 

 話の内容はこれっぽっちもわからなかったが、その事実にタンムズやアイシャを始めとするアマゾネス達は安堵する。そしてそれを成し遂げた神へ、改めて畏敬の念を覚えたのであった。

 

 もしここでソフィーネが暴れ始めれば、冗談抜きでファミリアは物理的に壊滅の憂き目にあっていたことだろう。現に、彼女が大暴れを始める前ですらも、この部屋の扉は周囲の壁ごとお亡くなりになっており、天井にも頭一個分の穴があいているのだから。

 

 「まあ、ノンエロからお前が学べることもあるはずさ。むしろ、これまでとは違う世界が見えるかもしれないしね」

 

 「さっきまでの私であれば戯言と切り捨てていましたが、貴方からの言葉であればそれも深く受け止めましょう。しかし、悲しいものですね。真にエロを愛するのであれば、例え一時であってもこれまでのエロから離れなければならないだなんて……」

 

 考えるだけでも切なくなり、悲しくなってくる。

 そんな私を見て、イシュタルは優しく微笑んだ。

 

 「お前はお前が愛してきた、積み上げてきたエロと触れ合える時間が減ることを恐れている。しかし、こう考えなソフィーネ」

 

 「何を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「回数や時間よりも、質で楽しむことを覚えなさい」

 

 「質で、楽しむッ!?」

 

 あまりの衝撃と感動に、気を失ってしまいそうになる。

 私の心のチンコはもうビンビンだ。萎れることを知りそうにない。

 

 「ありがとうございます、イシュタル様ッ!よっしゃー、やってやるぞーッ!!」

 

 こんな気持ちは始めて。もう何も怖くない。

 

 扉だったところを飛び出し、マンガ用具が揃った自室に向けて全力全身猛ダッシュ。

 

 そうだ、私はチンコを失ってしまった故に、オナキンの後のオナニーの良さを忘れてしまっていたのだ。

 我慢は苦しいだけではない、その後にエントロピーが高まり壮大なティロ・フィナーレの発射が可能となる。そんな当たり前のことを、私はチンコを失い、テルスキュラの生活の中で忘れてしまっていたのだ。

 

 エロの未来は明るい。

 

 そう確信して私はこの出会いと幸運に感謝を捧げた。

 そして「やっぱりイシュタル様パないわ。イシュタリンみたいなオボコとはわけが違うぜ!」と、より一層の敬意を深めることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ、レベル6と言えど、まだまだ小娘か」

 

 ソフィーネ、そして多くのアマゾネスが去ったこの部屋は、まるで嵐にあったかのような有様だ。

 それらを睥睨しつつ、最後には問題の発端となった副団長に視線を定めた。

 

 びくり、とタンムズは体を震わせ、とっさに床に頭をついて必死に謝る。

 

 「も、申し訳ございませんでしたイシュタル様。私の不手際により、こんなご迷惑を」

 

 「タンムズ」

 

 「は、はい」

 

 どんな怒りをぶつけられるかと恐れ、そしてイシュタルに見捨てられることを畏れるタンムズに対して。

 イシュタルは静かに、諭すような口調で話しかけ始めた。

 

 「テルスキュラの頂点に上り詰めたあの女を甘く見るな。人の皮を被ったドラゴンだと思いなさい」

 

 「……大変、失礼いたしました」

 

 「これから忙しくなる。来たるフレイヤとの戦争において、事前にあれを手中に収められたことは幸運だった。おかげでテルスキュラとのやり取りも、こちらが有利に話を進められる」

 

 「……はい」

 

 「しかし、あれの機微は私にしかわからないということか。くくく、それも中々に面白いものだ。魅了ではなく神の格によってレベル6を従える。これは最高に気分が良いな。……ふむ、タンムズよ」

 

 「なんでしょうか」

 

 「ソフィーネについて何か問題が起こったならば私を頼れ。お前たちが慌てふためく様を見るのも面白いが、これではそれ以上に被害が大きすぎる」

 

 「か、かしこまりました」

 

 イシュタルは初めて彼女の暴威に触れたことを思い出した。

 

 このファミリアで一番の戦士、団長であり、レベル5のフリュネがたった一回の技で打ち倒されたあの日のことを。

 

 『偽・八門遁甲第一の門・開門』『表蓮華』

 

 レベル5のままに、レベル6を二人も倒したソフィーネの力を目の前にしたイシュタル。

 

 思わず呆気にとられ、そして喜びが胸の中で爆発した。

 あの底が見えない武力の一端を見て、歓喜の叫びを堪えることに精一杯であった。手加減してあの威力。手加減してあの暴威。なんと素晴らしいことか。

 

 それが今やレベル6だ。レベル5の時に特大のジャイアントキリングを成し遂げたソフィーネであれば、そのままでもオラリオ最強に届きうるのではないか。

 ましてや、あれを使えばフレイヤのファミリアに対して勝利は確実と言っても過言ではない。

 

 全てはこのイシュタルの流れ通りに進んでいる。

 

 そう考え至ったイシュタルは、来たる時へと思いを馳せた。あの憎々しい女神がついに地へと落ち、私の勝利が決まるその瞬間へと。




前回の感想の考察がすごくて、謎のロマンあふれるコメントがたくさん来て面白かったです(小並感
そして日本のエロの将来は明るいと確信した次第です。

でもこの作者はノリと勢いとエロで書いているんで、一話の前書きでいっているように、整合性めちゃくちゃになってたらごめんね。でもそれはそれとして褐色アマゾネスとムッツリエルフはエロいと思うんだ。

あと習慣でハーメルンのランキングあさってたら、なんか日間と加点とルーキーにこれがあって嬉しくも恥ずかしかったです。この題材でこんなことになるとは考えてませんでした……。

季節の変わり目で気温がころころ変わりますが、皆さんもご自愛ください。


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紐、だと……。

気がついたら睡眠時間を削って書いてしまっていました。
なんだかんだで楽しかったです。


 人の数だけエロがある。

 

 よくNTRはだめだとか、ケモナーは気が狂っているとか、他人の興奮するものをただただ非難する人たちがいる。

 確かにそれらのジャンルを社会の常識と照らし合わせてみれば、まともと呼ばれるようなものではないのかもしれない。

 

 しかし、私たちは人間だ。

 多種多様な価値観を育て、自分という玉を磨き上げてきたのが人間なのだ。

 

 人として生まれた以上、真善美を目指し生きることを咎める者はいないだろう。

 その過程で人が得た性癖という尊いものを、自分や他の価値観によって貶めてはいけないと私は思う。

 

 無理やりに自分に合わない価値観を受け入れろとは言わない。

 ただ、そういうものもあるのだと存在を認知するリスペクトが重要なのではないだろうか。

 

 同じ人間、同じエロの道を進む者が得たその時の答えが、たまたま自分のものと同じものではなかっただけのこと。

 同じエロの道を進むものとして、その道のりに敬意を表す心意気。そして数多の性癖の存在を認める度量が自分を育て、そしてエロを深めていく上で何よりも大切なのだと私は考えている。

 

 あくまでこれは私の一個人としての意見。強制するつもりはもちろんないし、みんな自分の意見の方を大事にしてほしい。私もこの意見を大事にする。

 

 「だから、今回の寝取りエロマンガの出版に関しての苦情を、私は一切受け付けません」

 

 「ソフィーネ様……」

 

 「いや、多くの冒険者、多くのファミリアからの苦情が酷いんですよ。なんてものを見せてくれるんだって。謎の人気も非常に高いわけですが」

 

 「終いにはソフィーネ様が、あの闇派閥の回し者じゃないかって話まで上がっていますね。同じぐらい、こういうのを見たかったっていう感想も多いのですが」

 

 イシュタル・ファミリアのアマゾネス達に冷めた視線で囲まれながらも、私は自分の意思を曲げない。ソフィーネは自分を曲げないよ。

 

 「いや、そもそもちゃんと表紙に『これのジャンルは寝取りものです』って書いただろう」

 

 「そのジャンルが新しいものであったために、誰もその注意書きの意味を知らなかったんですよ。今はみんな痛いほどに理解したと思いますが」

 

 「解せぬ、寝取りに快楽堕ちは王道パターンだ。薬漬けというワンアクセントだって、流石に寝取りものの最初からこれはと諦めたのに、どうしてここまで表現の自由を叩かれなくてはいけない」

 

 「理由をいわなければいけませんか?」

 

 「先日のオークやゴブリンに、冒険者が性的に襲われるエロマンガはどうだ?」

 

 「それも、説明が必要ですか?」

 

 最近、イシュタル・ファミリアのアマゾネス達が逞しくなってきた気がする。

 

 ちなみに、何故かあれ以来、ダンジョンの中でオークとゴブリンの討伐数がえらいことになっているらしい。

 特に一部の女性冒険者達は、ダンジョンで彼らを見た時に滅殺する勢いで殺しにかかっているのだとか。

 

 あと聞いた話では、初心者の女性冒険者がダンジョン入門モンスターであるゴブリンに対して、過度な恐怖を感じてしまうことも最近では少なくないらしい。

 

 いや、現実の折り合いや、判断がつかない18歳未満は見ないでねって。わざわざこの世界初のレーティングを設けたというのに、なんで見てしまったんだろうか……。

 

 いや、見ないでねっていうと見たくなるよね。そっか、それが大人になるということだな。

 

 しかしなんとも酷い風評被害だ。魔物の種で人間が妊娠するわけがないというのに。

 「現実と妄想の産物を混同してはいけない」という言葉は、エロマンガにおける鉄板の大原則だ。エロに暴走して、社会と周りに迷惑をかけてはいけないのである。

 

 とはいっても、まだまだ迷信の存在が重いこの世界。思った以上に、そのまま話の内容を受け止めてしまう連中も少なくないらしい。もっと注意書きを大きく書かないとだめだな、これは。

 

 いや待て。これは流れ的に、オークやゴブリンとのイチャコラ女騎士を描くしかないのではないか。逆張りでいくべきなのか。

 

 「描かないでとは、もちろん我々は言いません。というか、言えるわけがありませんので。ついでに、言っても止まらないのは十分知っているので。ただ、ソフィーネ様の本は発想がイカレている……。いえ、突拍子がなさすぎるのですよ」

 

 「この前描かれていた知性がある魔物との純愛本。設定がぶっとんでいるのにも関わらず、謎の人気になってしまい、オラリオでちょっとした話題になっていますよね。ギルドからは、変な追及がしつこく来たらしいですが」

 

 「ああ、あれか。なんだかんだで人気があるんだよな……」

 

 モン娘・人外娘は、ちょくちょくファンレターがくるジャンルだ。ハマる人はすんごいハマるらしい。

 

 モンスターが身近な存在である分、大きな衝撃が冒険者たちにあったようだ。エロとそうでないもの、両方で様々なテーマを数冊描いたが、これが中々の評判を呼んでいる。

 

 そして実は、一番問題が起こったジャンルだった。

 

 私はジャンルに分けて複数のペンネームを使い分けているのだが、ギルドの連中はこの本に対してのみ、何故かしつこく作家の詳細な情報開示を要求してきたらしい。不思議な話だと思う。

 

 ギルドはイシュタル・ファミリアに対して、いろいろとしてやられた苦い経験があるらしく、うちのファミリアへの対応には何かと及び腰になっていたはずだ。

 だからこそ、こうして私はのびのびとエロマンガやマンガを描いていられる。何か苦情が来ても、ギルドはイシュタル・ファミリア相手に戦うつもりはない。せいぜい、無意味に近い軽い注意がなされるくらいのものだった。

 

 だが、このモン娘・人外娘に関しては違う。

 

 どういう意図が働いているかわからないが、ギルドの追及は想像以上に強く、マンガへの窓口になっているアマゾネス達が困惑していたと聞く。

 

 最終的には、イシュタル・ファミリアはそれらの要求を全て跳ね除け、封殺したらしい。よくある展開と言ったらそれまでなのだが、どうにもモヤモヤする。

 

 知性あるモンスター、モンスターとの恋愛やエロなんてものは、こんな世界において妄想以外の何物でもないだろうに。

 それを一番分かっているはずのギルドが、出版停止の圧力をかけてくるのであればまだしも。どうして作家の情報開示なんてものに、あんな努力を尽くしたのだろうか。キナ臭いったらありゃしない。

 

 「モン娘・人外娘は良い文明だ、破壊されてたまるか」

 

 「一部の冒険者達が、女性型モンスターに攻撃しにくくなったと証言しています。それを理由に、あのシリーズに対して批判の声が上がっているのですが……」

 

 「だ・か・ら、フィクションと現実をいい大人が混同するな!命がかかっているのだぞ!?もっと自分の命を大切にしろ!ちゃんと注意書きには『これはフィクションです。知性を持ったモンスターなんていないし、モンスターとはエッチできません』って書いただろ!?何が悲しくて、そんな当たり前のことをわざわざ書かなければならないわけ!?」

 

 「中には女性モンスターと無理やり行為をしようとして、大けがをしてしまった冒険者もいたそうです。それに対して、所属ファミリアの主神は、あのシリーズに洗脳の効果があるのではないかとギルドに対して調査の依頼を」

 

 「それはそいつの性癖が目覚めてこじれただけだ!主神も頭がおかしいのか!?」

 

 「恋人であった冒険者も、涙の苦情をギルドにいれたそうです」

 

 「しかも彼女持ちかよ!?もっと彼女さん大事にしようよ!?」

 

 ええい、私が突っ込み側に回るなんて、このオラリオはなんて可能性を秘めた都市なんだ。オラわくわくしてきたぞ。

 

 歓楽街っていうリアルエッチができる都市がオラリオにはある。にもかかわらず、あえてモンスターとやろうとするなんて相当な上級者だ。でも彼女さんを泣かせるんじゃないバカ野郎。

 

 「本当、酷い変態もいたものね」

 

 「どうせなら歓楽街にきてくれればいいのにさ」

 

 「しかもまだ若く、それなりに有望だったらしいぞ。顔も悪くないとかで、余計に評判になったらしい。おかげでさらにあのジャンルの口コミは広がったらしいが……」

 

 「えーっ!?ますますうちに来てほしかったじゃんっ!本当に勿体ないなー」

 

 横で騒いでいるアマゾネス達の肉食系会話に、結局はどこのアマゾネスも同じなんだなぁと実感する。もちろん、あのテルスキュラほど酷くはないのだが。

 

 団長のフリュネなんかは男を再起不能になるまでヤってしまうので、非常にテルスキュラ感を感じる。でもあのフリュネであっても殺さないだけ、まだマシなんだなぁって……。

 

 「ねー、ソフィーネ様。そういえばさ、聞きたいことがあるのだけど、いいかな?」

 

 「ん、なんだ?」

 

 「ソフィーネ様の描いているマンガについてなんだけど、ほら、この前出版された青春ラブコメディってやつ?」

 

 「ああ、あれか」

 

 内容的にはよくあるものだ。

 この世界に合わせて学園ものではなくダンジョンものではあるものの、井之頭五郎さんが「こういうのでいいんだよ」と言ってくれるぐらいの仕上がりにはなったと自負している。

 

 パンチラももちろんあるが、オラリオではそのフレンチさや純朴さ、清純的で真っすぐな人間の恋愛模様などが結構人気になっているようだ。

 

 「面白いんだけど、なんであいつらヤらないの?」

 

 こいつらのような一部を除いて。

 

 「それは私も思った。どうしてあそこで女の子は主人公君から身をひいちゃうのかなー。そのままベッドに一直線で連れ込めばいいのにね」

 

 「ああ、私もそれは思った。そもそもなんで他の女に譲る?上下関係、社会関係でそうせざるを得ないならわかるのだが、自ら進んで良い男を他に譲る必要がどこにあるのだ」

 

 「男だってきっとパンツよりも、中身の方を見たいに決まっているのに。ちょっとお子様すぎると思うんだよね!」

 

 違う、違うんだよお前たち。

 しかし説明してもわかってくれないし、彼女たちには相互理解の土壌すらないのである。

 

 肉食系、良い男が何人も女を持つのは当たり前、良い男はとりあえず食っておけ、ガンガンおしておしまくれ、相手の年齢とか良い男には関係ないだろう、逆レ上等なアマゾネスにとって、清純性やフレンチなんて言葉はない。知ってた。

 

 「私はあれよ。話は最初に戻ってしまうけど、最近はなんだかんだ寝取りものも良いんじゃないかって思えてきたわ。やっぱり、良い男を危機感がない女から奪い取るのは最高よね……」

 

 「あー、わかるわかる!」

 

 「同感だ。何度かやったことがあるが、女として勝った感覚が半端なく気持ちがいい。激怒するかつての女の前で、男の首筋をなめ上げた時など天にも昇る気持ちだった……」

 

 お前ら、あれは私はフィクションとして描いてるからね?

 実際の私はピュアピュアのピュアだからな?

 妄想で楽しむのと、現実でやってしまうのは天と地ほどの差があるんだからね?

 

 「……私は、ソフィーネ様のおかげで最近は寝取られもいいと思った。大好きな男が他にとられる快感、あれは苦しいのに何故か気持ちがいい。それを奪い返し、ベッドに入ったあのシーンはもう最高だった」

 

 「寝取りだけではなく、寝取られ……。そういうのもあるのか」

 

 「悔しいけど、苦しいけど、確かになんか惹かれちゃうよね……。ここにいるといい男が他の女のところに行ってしまうなんて、しょっちゅうあることなわけじゃない?これまでは怒りが込み上げてきたけれど、あれ読んでからは……。なんか、もやもやが気持ちよくなってしまったというか」

 

 「実は、私もそうかもしれない……。ぶっちゃけ、奪い返せなくてもそれはそれでなんか興奮する」

 

 「待て、もしや先ほどの主人公を逃したヒロインは、今私たちが感じるようなものを求めて、あえて逃がしたという線は考えられないだろうか」

 

 「なるほど……。流石はヒロイン。天才か」

 

 違うわボケ。

 あれは切なさと寂しさ、それ以上に若い青さと未熟さが相まってそうなっただけだ。断じて寝取られに興奮するからと、他のヒロインに主人公を譲ったわけではないのである。

 

 ここにいると私がおかしい気がしてくるので、そっと抜け出すことに決めた。またエロを求めて街中に繰り出そう。

 

 歓楽街から出かける途中、副団長に出会った。

 

 この前のお詫びと、エロマンガやマンガの市場展開に関する感謝を述べたら「気にしていない」と笑いかけてくれた。なんだかんだで、この男も良い男である。

 

 ふと気になったので、寝取りや寝取られに関してタンムズに尋ねてみる。「主であるイシュタル様ならばともかく、私がそのようなことを考えることすら烏滸がましい」と嫌悪を露わにしていた。素直に謝罪した。タンムズは公私ともに純愛至上主義らしい。

 

 ごめんな、タンムズ。でも、「100日後に寝取られるタンムズ」って謎の言葉が突然脳内に浮かんできたんだ。本当にごめん。

 

 さて、街に繰り出してお気に入りのカフェで人間ウォッチングを開始。

 

 ヒューマンや獣人もエロいし、パルゥムもエロい。エルフなんてもうエロエロのエロだ。神様も流石は神域の美を持つ方々で、服装も変わったものが多くもちろんエロい。

 

 アマゾネスは恰好やら雰囲気がスケベでエロいが、流石に歓楽街に住んでいるとよく見ているので新鮮味はなくなってきた。贅沢な悩みだなぁ。だがもちろん、見逃すわけではない。むしろ妄想が捗る。

 

 と、見覚えのある姿が目に入った。

 

 「あれ、ヘスティア様じゃないですか」

 

 「へ?あ、ソフィーネくんじゃないか!久しぶりだね!」

 

 「ええ、お久しぶりです。今日のアルバイトはお休みですか?」

 

 ヘラクレスやゼウスで有名なギリシャ神話。その女神の一柱である、竈の女神のヘスティア神だ。

 

 だが、そんな前知識はどうでもいい。

問題は彼女がちっこくて、美人で可愛くて、黒髪ツインテールで、胸が大きい。そしてその豊満なお胸を紐で支えているという事実だ。紐だぞ、紐。もう脱帽のセンスである。

 

 私が初めて彼女と相対した時には、この性癖のオンパレードに天を仰ぎ、地に伏して感謝したほどだ。ヘスティア様には盛大にドン引かれたが。

 

 「いや、いろいろあってさ。まだ今日は出勤に時間があるのさ」

 

 「……なるほど、良かったらこちらでお茶をしていきませんか。お誘いしたのはこちらですから、ご馳走しますよ?」

 

 「え、本当かい!?いやぁ、いつもありがとうソフィーネくん!それじゃ、遠慮なくお邪魔させてもらうよ!」

 

 ヘスティア神は顧みるに、非常に人格的にできた神だと思う。

 

 だいたいの神様はくそったれで愉快犯なところがあるのだが、彼女は倫理観があって地上の存在にもやさしく、自身と平等な立場で接する稀有な存在だ。

 

 時折、私は彼女に対してバブ味を感じてしまい、オギャりたくなってしまう衝動にかられる。

 

 そう、こんなに小さな存在なのに、彼女は母性の塊と言ってもいい温和な性質を持っている。もう私はヘスティア様をママと呼びたい。彼女に思う存分甘やかされたいと願うばかりだ。

 

 「せっかくですから、貴方の眷属のためのお土産も包んでもらいましょう。クッキーは大丈夫ですか?一人分でよろしいですね?」

 

 「う、うーん。いつもありがたいけれど、本当にいいのかな?なんか奢ってもらってばっかりで悪いような」

 

 「私が好きでしていることですよ。私はあなたと話すことが大好きなんですから。あなただけがこうして飲み食いをしたら、大好きな眷属を気にしてしまうでしょう?私はあなたに心配なく笑っていてほしい。もし気にかかるのでしたら、いつかあなたに余裕が生まれた時にでも、そのお気持ち分だけ返してくれれば結構ですよ」

 

 「そ、ソフィーネくん……っ!君はなんてできた子なんだ……っ!」

 

 このヘスティア様、今はこんな感じだが昔は酷かったらしい。

 

 下界におりたものの、知り合いの友神のところでぐーたら三昧。

 流石にこれはマズいと思われたのか、知り合いの神様にホームを追い出され、今はボロい教会に住みながらアルバイトをして日銭を稼いでいるらしい。

 

 そう、彼女は裕福ではないのである。資本金ゼロの零細企業よろしく、零細ファミリアの主神なわけだ。

 だからこうして遠慮を覚えながらも、お誘いすると喜んできてくれる。かわいい。

 

 神話の原典では自分の神の有力な立場を他の神に与えるほどに、優しく慈悲深い神様として描かれているが、この様子だとこのヘスティア様は絶対に面倒くさい立場につきたくないからって譲った気もしてくる。なんというか、新解釈ができて面白いなぁ。

 

 「うー、やっぱりソフィーネ君がうちのファミリアに入ってくれなかったのは残念だなぁ」

 

 「私をお誘いいただいたのは嬉しいですが、流石にやりたいことができない状況は苦しいので……。申し訳ございません」

 

 「あ、未練たらしくごめんね!そうだよなぁ、外で冒険者やっていたぐらいだもの。引く手数多なソフィーネくんに悪いよ」

 

 「そんなことは……。でも、最後には私もよい女神様と巡り合えました。私の夢も果たせる場所です」

 

 「それは良かった!」

 

 実はこのオラリオに来たばかりのころにヘスティア様と出会い、私はファミリア参入へのお誘いを一度頂いていたりする。その時は残念ながらお断りをさせて頂いたのだ。

 

 彼女はこう言って卑下しているが、正直、かなり私は悩んだ。だってママだぞ、巨乳だぞ、紐だぞ。

 

 だが、結局は彼女のファミリアの財政状況を鑑みて、参入してもエロマンガを描き続けることは難しいだろうと判断せざるをえなかった。

 

 あと、彼女は処女神なのでなんか気が引けた。カーリーやイシュタル様といった、私の所属する歴代とんでも女神とはわけが違うのである。

 

 実際、彼女の気苦労を考えるとその選択は正解だったと思っている。

 

 うちの半分ヤクザな連中が跳ね除けている様々な私の問題を、ヘスティア様の場合は真剣に受け止め過ぎてしまい、つぶれてしまったかもしれない。残念ながら、ヘスティア様と私とでは、生きる道が交わらなかったということだ。

 

 だが、たまにこうしてお茶するぐらいは許してもらっている。彼女はしきりに私に感謝しているが、むしろ私の方が感謝感謝だ。

 ヘスティア様は私の心の清涼剤。そしてエロスピリッツを高めてくれる偉大な存在なのだから。

 

 「しかし、聞けばヘスティア様にも、眷属が一人できたそうじゃないですか」

 

 「そうなんだよ!ベル君はすごくいい子でね!この前もダンジョンでゴブリン一匹倒して、大喜びで戻ってきてしまうぐらいには……純粋な……子で……」

 

 最初は大盛り上がりだったヘスティア様も、だんだんと尻すぼみしていった。

 

 内容は確かに可愛らしい話だが、見方を変えれば情けない新米ルーキー以下の話とも考えられる。

 つまり、ヘスティア様は大事な眷属を私にバカにされないかと、気にかかってしまったのだろう。彼女はベル君とやらを愛しながらも、不安になって気にしてしまっているのだ。

 

 私はふと自分の記憶を思い返し、思わず笑ってしまった。

 

 「ゴブリンをはじめての冒険で……。素晴らしいですね。私は最初、ゴブリンやコボルトにさえ勝てず、他のアマゾネスにバカにされていましたから」

 

 「え、あ、ご、ごめんよ!そんなつもりはなかったんだ」

 

 神はウソを見抜く。

 私の話が真実であるとわかったヘスティア様は、驚きながらも必死に謝ってくれた。しかし、私が言いたいことはそうではないのだ。

 

 「違いますよ、ヘスティア様。私はコンプレックスがあるのではなく、もっとあなたに自分の眷属を誇ってほしいのです。命がかかった初めての戦いの場で、逃げることなくゴブリンと戦いきったその精神は褒められるもの。私のように、涙を垂れ流し、怯え、無様にナイフを振り回して、最初の戦いで負けた戦士もいるのです」

 

 本当に私の時は酷かった。

 

 嘲笑と侮蔑の中で尊厳を失い、生きる価値なしという烙印がおされた。

 他の戦士の糧にすらならない愚か者。みっともなく生き抜いてしまったゴミ。人間としての扱いを受けなくなり、メンタルもやられ、死にたいほどに辛い日々だった。

 

 まぁ、エロに出会ってマンガ描き始めてからは、全部解決したんですけどね!

 

 「あなたはやっぱり素晴らしい神様ですよ。どんな結果であっても、ちゃんと眷属を温かく迎えてあげたではありませんか。勝敗は様々な要因が絡むために、時の運とも言われます。その時の結果に関わらず、眷属を長い目で大事に見守っているあなたは、私の知る中でも特に素晴らしい神様の一人です」

 

 「ほ、ほめ過ぎじゃないのかい?流石に顔が赤くなってきたよ」

 

 「本気なのは神様なのでわかることでしょう?どうかご自分を卑下なさらないでください。何度も言いますが私があなたのお誘いを断ったのは、私に事情があっただけの話。それによって、貴方という神の格が下がるということは決してない。むしろ私はあなたに深い親愛と、神様に対しておこがましい話ですが、友情すら感じているのですよ?」

 

 「……ソフィーネくん。僕にとっても君は大切な友達だ。なにか、なにか僕に力になれることがあったら、遠慮なくいってほしい!絶対に力になるからね!」

 

 「ありがとうございます。私がもし何か力になれることがあったら、遠慮なく仰ってください。すこしばかりは戦う力もありますからね」

 

 「……あれ?」

 

 「ん?あぁ、そうか、神様相手には謙遜もだめなのですね。誤解されてしまったら大変ですので訂正いたします。私、結構強いんですよ」

 

 「そっちなのかい!?」

 

 驚いてころころと表情を変えるヘスティア様を見ていると、どうにも心がぽかぽかしてくるなぁ。

 ヘスティア様とはその後も会話を重ね、互いに笑い、とても楽しい時間を過ごすことができた。

 

 この時の約束が、近い将来に果たされるとは思ってもみなかった。

 私がヘスティア様の眷属、ベル・クラネルという可能性の獣を深く知ったのは、これよりずっと後の話になるのだから。

 

 ……まさか、ハーレムを求めてダンジョンにくる若人がいるとは。興奮してきたな。




●深夜12時ごろ。
画面「感想10件ぐらい」
だんご「お、もう結構感想がきてくれた。嬉しいな。明日はのんびり返してから次を投稿しよう」
●今日の夜7時ごろ
画面「感想66件」
だんご「……あれ?」

「勝ったな、風呂入ってくる」の気持ちになりました。

三時間から四時間、なんだかんだで楽しく返信しておりました。
あれだ、ランキングが原因なのでしょうか。これが一位にある光景に、ランキングを毎日ざらっと見る勢として、我ながら違和感しか感じません。畏れ多い。

やっぱりエロとダンまちは偉大なんですね(確信

あと感想欄を見て、ソクラテスの弟子のプラトンは、アカデメイアをこんな気持ちで見てたんだろうなって思いました(小並感

この二次を書くのは楽しいのですが、流石に急ピッチで書いて疲れてしまったので、次回はもっと時間がかかるかもしれません。


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元日本人として、お祭りは見逃せない

なんだかんだでおまたせしました。
ソード・オラトリアの漫画を今読んでいたのですが……みんな背負ってるものすごいなって改めて思いました。
あとアイズの背中がエロかった。


 怪物祭、モンスターフィリアの日がやってきた。

 

 ガネーシャ・ファミリアが中心の大規模なお祭りであり、捕獲されたモンスター達が大衆の前で調教公開されるという、なんともファンタジー感あふれるお祭りだ。

 

 そう、調教されるモンスターである。

 

 話に聞けば公開されるのは、ドラゴンや巨獣型のモンスターの公演らしく、そこにエロさは全くはないらしい。しかし、調教という言葉の持つエロさは依然輝いていると思う。

 

 この時期には大多数の探索型ファミリアはお休みを取ってでも祭りを楽しむようで、新たなエロとの出会いに期待して胸が膨らむばかりである。

 

 そう、日本人としての魂が、心が、お祭りを求めて魂が叫んでいる。

 このリビドーは発散されるべきだろう。一人でパージするのも悪くないが、みんなでパージする醍醐味もあるのだから。

 

 「私、気になります」

 

 「ダメです」

 

 「なんでや工藤!」

 

 「私の名前はアイリです、ソフィーネ様」

 

 台パンマシーンと化した私を、冷たくあしらっているのは最近私の対応をよくさせられているアマゾネス。

 最初はレベル6ということで私に恐れを抱いていたようだが、最近はずいぶんと応対が雑になってきているように感じる。何故だ。

 

 「祭りだぞ、それも年に一度の祭りだぞ。こんな珍しい機会、ネタを逃してたまるか」

 

 「テルスキュラには同じようなものはなかったのですか?」

 

 「一年中殺し合いでお祭り騒ぎのテルスキュラ、わざわざそんなもの必要ないよなって」

 

 「そ、そうですか」

 

 テルスキュラは毎日どったんばったん大騒ぎのお祭り状態だ。

 仮にお祭りがあったとしても、名前を変えただけで、いつもの殺し合いと内容は変わりないだろう。

 

 そう、わたしにとっては久方ぶりのお祭り。血なまぐさい怨嗟の声が飛び出す不健全な祭りではなく、みんなが笑い楽しむ健全なお祭りなのだ。

 

 「なーんで、私が行ってはいけないんだ?」

 

 「そもそも、ソフィーネ様は名目上では、他のファミリアに知られてはいけない戦士なのですよ?ファミリアの連中が大勢で街を出歩いている時期に、我々としては外に出てもらいたくありません。ソフィーネ様はギルドに届け出もだされていない隠匿状態の冒険者。来たるべき時への切り札として、誰にも知られてはいけないジョーカーです」

 

 「秘密兵器ってやつだな。野球部でお前は秘密兵器だからって説得されて、結局ずっと秘密兵器だったというのは鉄板ネタだが……。そんなオチじゃないのか?」

 

 「仰る意味はよくわかりませんが……。あのイシュタル様が直々にそう命じられて、ファミリアのアマゾネス達はあなたのために動いているのですよ。決して出番がないわけではないかと」

 

 面倒くさいことになる気がする。

 あれだ、噂によるとフレイヤ・ファミリアとの戦いになるとか言われているが、イシュタル様は正気なのだろうか。

 

 フレイヤ・ファミリアとイシュタル・ファミリア。比べればフレイヤ・ファミリアは戦力の次元が、私たちとは一つも二つも違う。

 

 私が入団する前から計画されていたというが、それが本当なら私抜きでも戦闘を計画していたはずだ。その頃のイシュタル・ファミリアの最大戦力はレベル5のフリュネぐらいのもの。

 あいつは弱くはない。むしろオラリオでは有数の実力者だが、それでもレベル6の厚い層を持ち、そして最強のレベル7を有するフレイヤ・ファミリアとどう戦うつもりだったのだろうか。

 

 ……考えるのも億劫になってきた。

 

 答えに辿り着けないほどに少ない情報で思い悩み、エロマンガを作る気力を無駄に消費するのも阿呆らしい話だ。

 人間一日の時間、使える体力と精神力は限られているのだから。

 

 無理に藪をつついて蛇を出す必要もないだろう。

 知るべきときに知ればいい。わざわざ私の創作活動の時間を割いてまで、今ここで動く必要性を私は感じていない。

 

 「そうか。しかしこれまでも外に出ることを結局許してくれていたじゃないか」

 

 「そうですね、誰もレベル6を止められませんからね」

 

 「む?そういえばこの前に、何故か自信満々でフリュネが私の外出を止めに来たが……。あいつ、少し骨があったな。もしかしてレベル6も近いんじゃないか?戻り次第、確かめるために戦ってみたら、なんか弱くなってたが」

 

 「……少し、ですか。本当に、規格外ですね」

 

 顔を引き攣らせて笑うアマゾネスに、何かあったのだろうかと首をかしげる。

 

 「ともかく、私は祭りに参加したい」

 

 「……はぁ、わかりました。あまり目立つことがないように、他の冒険者とも接触は最小限に抑えてください。もちろんこれまでのお願い通り、戦闘なんてもってのほかです」

 

 「いいのか!」

 

 「止めたという事実が大事なんですよ。意識づけ以上に期待しているものはありません。イシュタル様も、我々が本当にソフィーネ様を止められるとは思っていませんので。それに、この前のフリュネとの戦いをご覧になられて、今あの方は大変機嫌もよろしいですからね」

 

 「確かに、あの時のフリュネは中々に善戦したと思うが……。そこまでのことか?結局、一時的に能力が上がっていただけ。しかも、二度目の戦いではその傾向すら見受けられなかったぞ。フリュネのレベルが上がったなんて話も聞かないし、スキルの発現でもあったのか?」

 

 「そうですけど、そうではないんですよ……」

 

 どうにも頭に引っかかるが、そんなに私は頭の回転がよくないんだ。わからない。

 まぁ、外出許可は得られた。久々のお祭りを思う存分楽しもうじゃないか!

 

 街は多くの民衆、冒険者で人がごったがえしていた。

 これまで見たことがない屋台も立ち並び、その数は平時とは比べ物にならない。

 

 そして見るべきは大勢のアベックッ!恋人同士ッ!これまでダンジョンに潜ることを中心としていたために出会えなかった、エロの可能性を持つ冒険者たちッ!

 

 もう、私の胸に宿る思いは大炎上。心のチンコは未知の可能性に歓喜して天にも昇る思いだ。

 

 あの慣れた感じのカップルもいい。恐らくこのお祭りのために、初めて誘ったと見える関係のカップルもいい。

 いろんな髪型、いろんな服装、いろんな種族、いろんなやり取り。なんと妄想をかきたてられることか。それら全てが、このオラリオの祭りを中心に混沌としている。

 

 ああ、テルスキュラでは決してみられない光景。私はオラリオに来て良かったと改めて実感した。

 

 「……ん?」

 

 違和感を感じ取った。

 

 こんな日常の中にはありえない予感。幼い幼女が母親と並んで楽しそうに歩いている光景を横目に、テルスキュラで磨かれた戦士としての本能が叫び、私に危険性を伝えてくれている。

 

 「……『偽・覇気』『見聞色の覇気』」

 

 探知開始。

 人が多すぎて困難かとも感じたが、露骨に異常な存在がすぐに網にかかった。

 

 「……なんで、街中にモンスターがいるんだ」

 

 その刹那、誰かの悲鳴が聞こえた。

 

 ダンジョンのモンスターは通常、地上に出られないはず。誰かが外に出したのか、この怪物祭のために捕まえていたモンスターが逃げ出したのか。これはまずいと近くの屋台に駆け寄った。

 

 「店主」

 

 「ん、うおっ!どうしたんだお嬢ちゃん、いや、なんか悲鳴があったみたいだが」

 

 「その紙袋をもらうぞ、金は払う」

 

 腰のポケットから財布を取り出し、明らかに多い量の硬貨を店主の前に差し出す。

 そして返事を待たずに、店主の手前にあった紙袋を一枚ひったくると、頭に被って走り出した。

 

 「ちょ、お嬢ちゃんっ!?」

 

 「釣りはいらない、あと逃げたほうがいいぞ店主。モンスターが脱走したようだッ!」

 

 目の穴を開けるのを忘れていたので、ズボッと紙袋に指で穴をあけた。あ、なんか快感。

 障子に穴を開けるのもそうだが、やはり人間は膜を破って貫通させることに快感を感じる生き物なんだなって。

 

 たどり着いたその先、私の視界が開けたその先には、オークが女性を、そして幼女に棍棒を振り上げて襲い掛かってる姿があった。あれは親子だ。

 

 母親がせめて子供だけは守ろうと、とっさに子供に覆いかぶさっていた。自分の命よりも、子供を優先したのだ。

 母親は絶望の未来を想像して目をつむり、必死に子供を抱きしめる。幼女が「お母さんッ!」と泣き叫ぶ。

 

 ぶちぎれましたわ。

 

 「絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛!!」

 

 『偽・瞬歩』

 

 死神が行う特殊歩方法によって、一気に加速。

 オークが棍棒を振り下ろす先、母子の前に躍り出た。

 

 突然出現した私の存在にオークは驚きを表すも、既に振り下ろされた暴威は止まらない。

 お前ごと叩き潰すと嗜虐的な笑みを浮かべるオークに対して、私はさらに、さらに大きな怒りを覚えた。

 

 「おまえなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 オークの棍棒を気を込めた左拳で粉砕。一瞬にして木片になった自身の武器を見て目を白黒させるオークに、遅れて拳を振るった凄まじい風圧が襲い掛かった。

 

 もんどりをうって倒れそうになるオークに再接近。

 オークの目には私の姿が消えて、一瞬にして懐に潜り込まれたように見えたのだろう。顔が恐怖一色に染まるが、もう謝っても許さない。

 

 「オークが、オークがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 全身をばねに右足をオークの股間に叩きこむ。

 

 ぶちゅっと音を立ててつぶれる二つのゴールデンボール。ボキっと折れ曲がるネオアームストロング砲。

 それを感じ取りながらも私は右足を止めることなく、いや、むしろより一層の怒りを感じてさらに高く、高く勢いそのままに蹴り上げる。

 

 「オークが股間以外の棍棒を女にふるってんじゃあねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!」

 

 オークの体中に蹴りの衝撃が駆け巡った。

 

 骨盤、背骨、頭蓋骨。その間にある全ての臓器は膨大に込められた私の気によって粉砕し、さらには骨格や筋組織すらズタズタに引き裂いた。

 

 オークはまるで風船のように破裂。

 オークの肉片は、オラリオの街を彩る真っ赤な華となったのである。

 

 そしてその直後、巻き起こった風の嵐が、私を中心に周囲に吹き荒れた。

 

 出店されていた立ち並ぶ街中の屋台から食料や品物、或いは屋根を吹き飛ばし、呆然と戦いを見ていた民衆たちはあまりにも強い風に耐え切れず、後ろに倒れ込むか吹き飛ばされてしまった。

 

 信じられない光景、あまりにも強大な蹴りの一撃を見て驚き立ちすくむ民衆と冒険者をしり目に、私はオークの残骸に対して鼻を鳴らす。

 

 「ふん、汚い花火だ」

 

 こんなかわいい一般女性、それも幼女まで物理的に手をかけるとか、お前はオークとしての誇りがないのか。

 

 まだ性的に襲おうとするのであれば、私は耐えることができた。しかし暴力そのままに棍棒を振るうなど、オークにあるまじき醜態である。

 

 母子だぞ!?人妻だぞ!?幼女だぞ!?どうしてそんな、そんなことができるんだ。

 

 しかもやつは筋金入りだった。私が蹴り上げた時に、やつの股間の棍棒は勃ってすらいなかったのである。こんな非道な存在を生かしておくわけにはいかない。

 せめてあそこで興奮していたら、リョナ厨として捕縛だけで留めてやったというのに。

 

 「大丈夫ですか」

 

 後ろの母子に声をかける。母親は私におびえ切っていたが、幼女は私の姿を見て、まるでひまわりのような満面の笑みで口を開く。

 

 「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 「……おっふ」

 

 リアル幼女のお姉ちゃん発言。これはキマシタワー。

 

 「他にもモンスターが逃げ出しているようです。あなた達親子も避難を」

 

 「は、はい。その、ありがとうございますッ!」

 

 「お姉ちゃんは……?」

 

 「こ、こらっ!」

 

 「ふふ、私は他にもあなたたちと同じような人がいないかどうか、確認して回らなければなりません。このような非道が行われていると想像するだけで私は居ても立っても居られないのです」

 

 恐怖から尊敬の目に変わる母親。目をより一層輝かせる幼女。

 

 そう、こんなふざけたことが行われてしまうなんて私は耐え切れない。

 あのテルスキュラならともかく、ここは文明都市オラリオ。エロの発芽が始まったばかりの迷宮都市。あんなエロなき蛮行、ダンジョンの中でならば、冒険者相手ならばともかく、地上で民衆が巻き込まれるなどあってはならない。

 

 「ほかの皆さんも避難をッ!冒険者の皆さんは、モンスターの討伐、および住人の避難の手助けをよろしくお願いいたしますッ!」

 

 そう言い残して、私は次の目的地に駆け抜けた。

 

 一撃でぶっ殺して次の魔物へ。一撃で昏倒させて次の魔物へ。

 他の冒険者も戦っているようだ。オラリオを駆け回り、遭遇次第、対応する必要性がある市内の魔物を悉く無力化させていく。

 危機に陥っているわけでもないのに、他人の獲物に手を出す愚を犯す必要はないからな。

 

 「あらかた街中の整理は終わったか?」

 

 目につく魔物を倒し終え、このまま終わりかと思ったその時。地震の揺れを感知、さらには一際大きな魔物の気配が現れた。

 

 ……いや、待て。明らかにこれまでの連中とは格が違うぞ。

 どうやってガネーシャ・ファミリアの連中は、こいつをテイムしたのだろうか。

 

 「ガネーシャ・ファミリアは大変だな。損害賠償でファミリアが破綻するのではないのだろうか」

 

 近くにある一際高い建物を発見すると、壁を走って駆け上がり、その頂点より対象を確認する。

 紙袋姿でこれでは完全な不審者だが、そんなことは言ってはいられない。

 

 既に戦闘が始まっているらしく、数人の影がモンスターと戦っていた。

 敵は蛇のようなモンスター。相手をしているのは近接型戦士3人、魔導師1人。

 

 「……ふむ、『偽・六式』『見聞色混合』『遊戯・手合』

 

 気の流れに技の威力。行動のパターン。戦闘判断。能力。速度に攻撃力、対応力などなど。

 「お前、いくつか名前が違うだけで同じ意味じゃないか」と突っ込まれそうな判断項目を基に、目の前の戦いからおおよそのレベルを分析していく。

 

 「……レベル5の冒険者が三人?」

 

 驚いて、思わず声が漏れた。これは中々見られる戦いではない。

 

 「しかも、レベル5の中で上位層の気配だ。残り一人の冒険者もレベル4……。いや、3か。ここまでの冒険者であれば上位のファミリア、それも探索系かもしれないな。これは私は必要ないんじゃなかろうか」

 

 悩ましい。

 

 不必要に介入してしまってはトロールプレイもいいところだ。

 人の獲物を奪いとることは戦士への侮辱。戦士の成長の機会を奪い、後の戦いにおいてその戦士を死に追いやるような、余計なお節介なのだから。

 

 もう対応が必要なモンスターは、あの一体ぐらいしか視界では確認できない。

 残りは全て対処済みか、私以外でも対処が可能な状況のモンスターばかり。焦って参戦して迷惑をかけるよりも、このまま帰った方がいいのだろうか。やや遠方に気になる気配もあるし。

 

 「……いや、参加するか。前衛の動きがおかしい」

 

 観察すると前衛の動きが奇妙だ。

 特にアマゾネス二人は戦いなれたスタイルではなく、無理に拳で相手をしているようにも見える。

 

 これは休暇中にばったり遭遇。得物は自分のファミリアに置いてきているのかもしれないな。

 

 モンスターに決定打を与えられる魔導師を、こんな有様で守りきれるのだろうか。

 もし何かあったならば、ただでさえ苦しい前衛を一人割いてカバーに入らなければならない。戦況が一気に変わってしまうだろう。

 

 あ、魔導師がぶっ飛ばされた。目に見えるならともかく、見えない地中からの攻撃では避けられなかったようだ。

 しかも、蛇みたいなモンスターはその頭の先が割れて変貌をとげ、花みたいな植物系、それも触手モンスターに変身したのだった。

 

 あの状況で魔導師を狙うということは、魔力に反応するタイプなのかもしれない。なかなかにエグイ性能。

 

 そして地下からの攻撃に、彼らほどの冒険者が対応できなかったということ。それはこの特徴を彼らは知らなかったから、かもしれない。つまり初遭遇の魔物なのだろうか。

 

 あの冒険者達の連携はもうめちゃくちゃ。前衛も戸惑いを隠せていない。

 近くに高位冒険者の気配もないし、援軍の見込みもなさそうだ。

 

 なら、遠慮はいらない。

 

 触手はオークの股間の棍棒と同じ。より良きエロの希望の架け橋となる可能性の塊。

 それを性癖からくる腹パンではなく、無為無臭の腹殴りに用いるなど……。悲しみと怒りで言葉が見つからない。

 

 解釈違いです。

 そういうのもあるのかもしれませんが、それはそれとしてぶっとばす。

 

 「──『偽・六式』『月歩』」

 

 空を踏みしめ、さら駆け抜ける。

 エルフの魔道師に触手の追い打ちが襲い掛かるその刹那、より強く大気を蹴り加速。突撃してモンスターとエルフの間に着地した。

 

 「俗にいうスーパーヒーロー着地だッ!膝にすごい悪いッ!」

 

 突然の紙袋不審者に、目をぱちくりするエルフとその仲間たち。

 いや、これ最後の加速で紙袋脱げてるわ。やべ。

 

 「これを何度もやると30歳あたりで膝の軟骨が死ぬなっ!それはともかくお前は、お前達だけは絶対に潰すッ!!」

 

 エルフと私に襲い掛かる複数の触手。腰を落とし、気炎を吐き出し、拳を固く握りしめる。

 

 「ッ!だめッ!そいつは硬くて拳では対応できないッ!」

 

 アマゾネスの片割れの少女が叫んだ。

 

 少女は拳で戦い、このモンスター、人食花が打撃に強い耐性を持っていると知った。

 レベル5の拳はそれだけでミノタウロスを圧倒できる凶器。しかし、それを以てしてもこの食人花には通用しない。なんという強靭な体皮なのだろうか。

 

 この食人花相手に、刀剣による切断や魔法以外では戦いにならない。

 突如参戦したアマゾネスも自分と同じ、得物を持っておらず格闘戦の構えをとっている。このままでは彼女も仲間のエルフと同じようにやられてしまう。

 

 だが、ソフィーネは止まらない。

 

 「いけないッ!」

 

 アマゾネスの姉妹が叫び、戦士の少女も数瞬後の未来を予見して歯をかみしめた。

 

 ソフィーネの拳は食人花の触手を確かに捉えた。

 その感触に、ソフィーネは少女の言葉が真実であると悟る。……硬いッ!

 

 だが、それが逆にソフィーネの逆鱗にふれた!

 

 「触手はなぁ……ッ!硬いだけじゃなくて、温かかったり、粘液ぬちょぬちょしてたり、テクニックがなければダメに決まってんだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 発剄、発動。

 

 一瞬にして、拳の先より触手へと大量の気が流し込まれる。暴れ狂うままに流し込まれた膨大な気は、触手の中で制御を失い暴走。

 硬い触手という逃げ場のない空間の中で、まるで瓶の中の爆竹のように、気の暴走は膨れ上がっていき、ついには限界を超えて爆発。一気に外部へと気が放出された。

 

 「──!?」

 

 風船のように破裂した触手。声なき絶叫を上げる食人花。理解を超えた光景に、目を見開く四人の冒険者達。

 

 「なんだかんだで、私は、私は期待していたんだぞぉぉぉぉぉぉぉッ!」

 

 何故か泣き出しながら、ソフィーネは残った触手にも追撃。次々と破壊、爆発させていく。

 

 本来理性を持たないはずの食人花達は、同胞の悲惨な光景に動揺、戸惑いを示した。なんだこいつは、なんなのだこいつは。

 

 しかし、このままにさせてはいけないと、他の食人花もソフィーネとの戦いに参戦。四人の冒険者よりも脅威と断定、ソフィーネを優先して攻撃を開始。

 これまでとは比較にならない量の触手が、速さと力が込められた触手がソフィーネに襲い掛かる。

 

 「だから、解釈違いだって言っているだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」

 

 だが深い悲しみを背負ったソフィーネは、無意識の中で『偽・無想転生』を発動。向かい来る全ての触手を躱し、いなし、破壊していく。

 

 「そこのエルフと冒険者達!こいつらは私が仕留めていいのか!それともあなた達は、まだやれるのかっ!」

 

 呆然とその光景を眺めていた冒険者達、いや、ロキ・ファミリアの面々は、ソフィーネの言葉に我を取り戻した。

 

 「……ッ!ここで全部持っていかれたらロキ・ファミリアの名折れよッ!」

 

 「どこかで、どこかであの子と会ったことがあるような……。ううん、今は目の前の敵に集中だよねっ!」

 

 「……すごい。でも、私もっ!」

 

 残り一人、エルフの少女もソフィーネの言葉、そして仲間たちの言葉を聞き、目に光が戻った。口から血反吐を吐き出し、苦痛に震える膝を必死に支えながらも立ち上がる。

 

 「私が、私がやりますっ!どうか時間を……っ!」

 

 「了解したっ!ならボーナスタイムだっ!」

 

 歯をむき出しにして笑い、笑い、笑い、目の前の触手達を蹂躙していく。

 

 今のソフィーネの後ろには、あのボロボロになったエルフの少女がいる。

 そう、エルフの少女だ、しかもアナルが弱そうな少女である。あとちょっと女の子同士という可能性も感じるエルフの少女だ。なんだこれは、彼女もまた可能性の塊ではないか。

 

 彼女をエロを知らぬ、無知暴虐の触手から守れずして、どうしてエロの信徒を名乗れるだろうか。

 

 ソフィーネの気力は満ち満ちていた。

 触手を手刀によって切断、発剄による内部破壊、引きちぎり、握りつぶし、抉り取り、エルフの少女の目の前まで下がり切った前線を押し上げていく。

 

 悪寒。

 

 前線を三人の戦士に任せ、後ろに後退。何を、とこちらに注意を割いたロキ・ファミリアを無視して、エルフの少女の目の前、地上を突き破って現れた触手を掴みとり、握りつぶした。

 

 魔法の発動寸前、膨大な魔力を感知した食人花は、再度エルフの少女へと攻撃の対象を変えた。それを感知したソフィーネは、攻撃を予見して防いだのだ。

 

 ソフィーネは、頭で何かが千切れる音を確かに聞いた。

 

 こいつとは、とことん相いれない。

 そんな怒りに震えるままに、ソフィーネは拳を振り上げて大地に叩きこんだ。

 

 「二番煎じ、天丼のシチューはなぁっ!守る時じゃなくて攻める時に使うものだろうがぁぁぁぁぁっ!」

 

 ──『偽・範馬流(MUGEN)』『邪ッチェリアアアァッ』

 

 本来であれば地上全範囲という、頭のおかしい衝撃が大地へと流れ込んだ。

 この衝撃でこのエリア周辺で局地的地震が発生。地下から襲い掛かるはずであった触手の全ては、地下の中で全て破壊し尽くされる。

 

 食人花は悲鳴を上げる。痛みで暴れ狂うその隙に、ソフィーネは飛躍。食人花達に掌底を叩きこみ、蹴り上げ、全員を一か所に押し込めた。

 

 「なんて、無茶苦茶なッ!?」

 

 「え、えっ!?じ、地震っ!?」

 

 「……この力、速さ。ひょっとして私よりも」

 

 その瞬間。エルフの詠唱が完了する。

 

 実はエルフの詠唱に、若干の恥ずかしさを覚えていたソフィーネ。

 

 これ幸いと他の冒険者と共に後ろに飛んだ。

 ソフィーネの大昔の何か、既にほとんど覚えていない前世から流れる黒い歴史が、詠唱中に彼女のメンタルを削り続けていたのである。

 

 そう、この戦いでソフィーネに最もダメージを与えたのは食人花ではない。詠唱していたエルフであった。いや、カッコいい。詠唱はカッコいいけど、それはそれとして恥ずかしいのだ。

 

 エルフの魔道師の魔法が発動。

 空中に多数の魔法陣が出現。それは膨大な魔力が込められた奇跡。それはオラリオ最強の魔導士のみが許された絶対零度の氷結魔法。

 

 「『ウィン・フィンブルヴェトル』!!!」

 

 その純白の光彩、雪波はすべての食人花を飲み込み、凍らせた。

 ……なんていうか、オーバーキルもいいところだと思う。

 

 「ひ、ひぇ……。まるで、エターナルフォースブリザードだな……」

 

 私もちょっとは頑丈だったつもりだけど、これをくらったらマズくないだろうか?

 

 全身氷漬けの食人花達。

 なんとも言えない幻想的な姿だが、そこに込められた魔力に寒気が走ったのは、決して気温の急激な変化だけの問題ではないのだろう。

 

 ともかく、これで主要なモンスターは全員討伐完了。

 残り一匹いるらしい気になっていたモンスターも、アイズと名前を呼ばれた戦士がすぐに向かっていった。

 さっきの残念触手と比べて、あのモンスターは一つも二つも格が落ちた気配。問題は起こらないだろう。

 

 ……いや、というか到着する前にちゃんと倒されている。すごいな。

 

 しかも詳しく気配を探ってみたら、倒した冒険者はレベル1なんじゃないだろうか。

 どこの誰がやったんだ。普通にやりあっていたから気にしていなかったが、もしかして、今回の騒動で1番すごいやつなのではないだろうか。

 

 関心していると、エルフの介護を終えたアマゾネス2人がこちらにやってくる。

 やばい、顔を隠す紙袋が飛んでいったことをすっかり忘れてしまっていた。このままでは流石にイシュタル様に怒られると、すぐにこの場を離れようとしたその時。

 

 「あ、やっぱりっ!ソフィーネ、ソフィーネだっ!【泣き虫】のソフィーネっ!」

 

 ……はい?

 

 ずいぶんと懐かしい二つ名を聞いた。

 

 その二つ名はもう誰にも呼ばれていないもの。このオラリオで名づけられるような、戦士としての証ではない。むしろのその逆。仇名であり、悪評から名づけられたかつての私の二つ名。

 

 この仇名を知るものは、テルスキュラでも今はもうほとんどいない。だって、彼女達の多くは殺されるか、私が殺したのだから。

 

 満面の笑みのアマゾネス。驚いた顔のアマゾネス。この姉妹の顔、どこかで。

 

 「……ティオナ、ティオネ?」

 

 「生きてたんだ、ソフィーネも生きてたんだ!」

 

 「うそ、そんな……。どうしてあなたが、ここに」

 

 過去に、テルスキュラを出ていったアマゾネスの姉妹。

 一番カーリーに期待され、愛されていたテルスキュラの新星達だった。

 

 顔見知りとの遭遇。これ、盛大にやらかしたんじゃないだろうか。

 過去から成長した幼馴染、姉妹というジャンルの可能性以上に、私は危機感に襲われた。逃げよ。

 





 たくさんの感想ありがとうございます。
 申し訳ございませんが、今回の感想返しは諦めました!

 感想の返信は小躍りするぐらい楽しいのですが、ここまですんごい数を毎話4時間5時間かけて返信する体力と気力と時間が、頑張ろうとしたのですが残念ながら今の私にはないみたいです。たぶん、高校生のときならいけました。

 感想欄の読者さんと交流ができないのはとても寂しいのですが、しばらくは創作を中心に、皆さんの感想に笑いながら目を通ししつつ、皆さんの感想や妄想からインスピレーションを得ることを優先しようかなって思ってます。
 また余裕ができた時には、返信してその内容について考え、場合によっては手直ししていこうと思います。まずは勢いとエロだ。
 実はゼノスとオラリオ住人の反応は、皆さんの感想やグッドボタンから妄想が始まって書いてました。それまでなんも意識してなかったです。めっちゃ楽しかった。

 最後に、1話の後書き通り一発ネタで始まったために、2話以降はストーリーと終わりを少しずつ意識してました。今後1話と雰囲気が異なる場面が増えるかもしれません。

 これで怪物祭が終わり、次ぐらいで全体の折り返しに。
 のんびり妄想して心のチンコに従いながら続きを書いていこうと思います。

 どうにも寒暖差が激しい時期ではありますか、どうか皆さんもご自愛くださいませ。


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私は愉悦部じゃないんだ

なんだかんだ書き終わりました。
さらっと話の展開的に流そうと思ったら、めっちゃ長くなってしまった……。


 「……申し訳ございませんでした。イシュタル様」

 

 「お前が戦っているところを、さらには顔を見られたか。しかも見られたのはテルスキュラの頃の同胞、そしてロキ・ファミリアの【大切断】と【怒蛇】だったと」

 

 「……はい」

 

 「大失態だな」

 

 例の王座っぽい椅子に座るイシュタル様を目の前に、私は全力で土下座していた。

 

 この光景に周囲を囲むアマゾネス達は全員困り顔だが、唯一フリュネだけはニヤニヤと楽しそうである。こいつ私のこと嫌いだからな。知ってた。

 

 「……これまで、外出の際にここまでお前が暴れることはなかった。そのお前がどうして、モンスターが脱走したとはいえ、あんな大立ち回りを演じたのだ」

 

 「私のエロがあいつらを許すなと叫んでいたのです」

 

 「心のチンコは?」

 

 「ビンビンでした」

 

 「……本当に。少しは大人しくなっても、こらえ性がないわねぇ」

 

 面目次第もございませんとさらに深く頭を下げると、イシュタル様は呆れたのか大きく天を仰いだ。

 相も変わらず、私の性根をわかってくれる神様だ。それだけに心苦しい。

 

 他のアマゾネスは「まーた訳の分からない会話をしてやがる」と白けているが、イシュタル様は私の言いたいことをしっかりと解ってくれている。

 

 「……ギルドの連中を黙らせるまで、根回しが終わるまでは外出は厳禁だ。ロキ・ファミリアからギルドに確認がきていて、諸々の神々がお前の存在を気にし始めたようだからな」

 

 「かしこまりました」

 

 「それが終わったならばいつも通り好きにしろ。どうせ我慢も利かんだろう。顔を見られたのもロキ・ファミリアであれば構わん。カーリーとの交渉上、それほど大きなリスクにはならないからな」

 

 「カーリーとの、交渉?」

 

 「ふん、どうやら気になる姉妹の様子を見に来るようだ。ついでに、お前の成長もな」

 

 ずいぶんと寛大な処置を頂けたとほっとしていたら、とんでもない爆弾を投下された件。

 姉妹とは、ティオネとティオナのことだろうか。あいつらも本当に面倒くさい神に目をつけられたよなぁ、と複雑な気持ちに浸っていたその時。

 

 「ちょっと、イシュタル様?本当にそれだけでいいのかい?こいつが仕出かしたことで、うちらは悪い方向に向かっちまうかもしれないぜ」

 

 私を気に入っていないフリュネは疑念の声を上げた。大方、これを機に私に嫌な思いをさせたいのだろう。

 しかし、フリュネの言葉をイシュタル様は鼻で笑うと、じっと私を見つめた。

 

 「ロキ・ファミリアのレベル5、その中でもロキお気に入りのアイズ・ヴァレンシュタインはどうだった」

 

 「無知エロが似合いそうでした。あと、黒バニーが似合いそうでした」

 

 「そっちじゃない。実力はどうだった」

 

 目がより一層冷たくなったイシュタル様に冷や汗をかきつつ、あの時の状況を必死に思い出して、なんとか言葉を絞り出した。

 

 「今回の戦いでは相手が悪く、環境に恵まれていませんでした。しかし、実力は高いかと。あれはレベル6に至ります」

 

 私の言葉に、ざわりと周囲が震撼する。

 

 特にアイズに因縁があるらしいフリュネは、怒り狂っているのだろう。頭に血管を浮かべ、苦悶の声を漏らしながら拳をきつく握りしめていた。

 

 「なるほどな。勝てるか?」

 

 「今の私であれば」

 

 「ならばいい……。おい、アイシャ。予定通り春姫を連れてこい。ちょうどいい機会だ、顔合わせといこうじゃないか」

 

 「……はい」

 

 顔を暗くし、部屋から去っていくアイシャが気にかかった。いや、それよりもその春姫とはいったい何者なのだろうか。

 

 しばらくして、アイシャに連れ添って、彼女の陰に隠れるようにして現れた獣人がいた。

 それ見て思わず衝撃を受ける。なんと彼女はキツネ型の獣人、狐人(ルナール)だったのだ。

 

 ここオラリオでも中々見ることができないような貴重な存在、しかも美人で、儚げで、しっぽモフモフ狐しっぽで、和服で、しかも赤で、着崩していて胸が露わになっているような、しかしそれは下品ではなくて……。

 

 「……なんという、逸材ッ!」

 

 素晴らしいエロの塊、性癖の塊。ええい、この世を作りたもうた真なる神はバケモノか。

 

 「おい、ソフィーネ。こいつは今後のための大切な人材だ。こいつだけは許さない」

 

 「そんな殺生な……」

 

 ものすっごい釘をさされた。しかも神威を放ってまで私に圧をかけてきている。

 

 私はそれぐらいではどうってことないが、さっきからアイシャが酷い顔をしている。横にいる春姫に支えられているぐらいだ。本当にどうした、お前。

 

 ともかく、ここまでイシュタル様に言われたのであれば諦めよう。

 確かに得難い逸材だが、届かないからこそ感じるエロもある。むしろ、私に妄想すら許されない、収まらないエロの存在は、より私の興奮を高めてくれるかもしれない。

 

 「それで、彼女はいったい……」

 

 「言葉よりも見せた方がはやい。春姫、やれ」

 

 「……はい」

 

 春姫が薄っすらと輝き始めた。

 温かい魔力が春姫を中心に高まり、形をなしていく。これは、魔法の兆候?

 

 「『大きくなれ』」

 

 ──ん?

 

 「『其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を大きくなれ、神を食らいしこの体』」

 

 ちょっと待て。ちょっと待ってくれ。

 

 え、なにこのめっちゃ耳にくるASMR。

 めっちゃ心のチンコにくるんだけど。こんなかわいい子が、こんな声で「大きくなれ」とか言っちゃいけないだろ。この声でなら、例え「ソーレ勃起、勃起っ!」と言われても勃ってしまうレベルだというのに。

 

 私の心のクララは立つどころ全力疾走を開始した。

 止めに来たハイジという理性を跳ね飛ばして、アルプスの山脈をたたき割り、世界をエロの終焉に導く大魔王と化してしまった。

 

 いけない、これはいけない。青少年がこの詠唱を聞いてしまったら、二度と戻れなくなるぞ!?

 

 「『神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方への祝福を』」

 

 私はこれまでASMRを侮っていたのかもしれない。しかし今ならわかる。これは、なんて。

 

 「『大きくなぁれ』」

 

 最後どうしてねっとり言ったんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 

 幻想の打ち出の小槌が出現。それが私に魔法の力を与え、一瞬にして私のボルテージを高めまくる。いや、これは、まさか、実際にステータスが上昇している……?

 

 「気づいたのかい?」

 

 「イシュタル様……これは」

 

 「ふふ、そうだ」

 

 「エロの力ですね……ッ!」

 

 「違う。春姫の魔法、『ウチデノコヅチ』の力だ」

 

 なんだ、がっかり。

 

 だが説明を受けて、あまりの破格の効果に驚愕した。

 どうやら春姫の魔法はステータスを上昇させるどころか、効果中にレベルを1上昇させることができるらしい。

 

 1レベルと侮ることなかれ。

 この世界においてレベルを1上げるためには、どれだけの血と汗と涙を流さなければならないのかわからない。

 多くの冒険者が自分の壁を超えるために、命と膨大な時間をかけて成し遂げるのが1レベルの上昇なのだ。そこらへんのRPGの1レベルとはわけが違う。

 

 それをたった一回の魔法で、偉業の壁をたった一回の魔法で上げてしまうとは。この世界ではどれほどの奇跡なのか想像もできない。

 

 「こんな魔法が現実に存在するなんて……」

 

 「そう、これが春姫の魔法の力なのさ」

 

 私の驚く姿に気分をよくしたのか、イシュタル様が楽しそうにこの光景を眺めている。

 

 確かにこれがあれば、あのフレイヤ・ファミリアと戦う気になってもおかしくはないだろう。それだけの価値が春姫の魔法にはある。

 

 「……確かめても、よろしいでしょうか。誰か組み手の相手が欲しいです」

 

 「いいだろう。おい、フリュネ。相手をしてあげなさい」

 

 「……あ?え、はいっ!?」

 

 「どうした?お前がソフィーネを除いて一番実力があるのだから、これは当たり前だろうに」

 

 なんてことがないようにそう命令したイシュタル様に、近く控えていたフリュネは驚愕。冗談だろうと焦った様子で、イシュタル様に食ってかかる。

 

 「ちょ、か、勘弁してくれよイシュタル様!?私は以前、春姫の魔法がかかった状態で、素のソフィーネにぶっ飛ばされているんだ。あの時ですら勝てなかったのに、今の春姫の魔法がかかった、レベル7になったソフィーネに勝てるわけがないじゃないかっ!?」

 

 お前、だからあの時は自信満々だったのか。白い目でフリュネを見るも、流石に可哀そうになってきた。

 

 フリュネの声には絶望があった。苦しみがあった。それは悲痛な叫びだった。

 本来、フリュネのことを嫌っており、その存在を疎ましく思っている周囲のアマゾネス達でさえ、今はフリュネに対して同情的になっていた。

 

 フリュネに高潔な精神などなく、力のままに、自分のしたいようにこれまで振る舞ってきた。

 それが許されていたのは、彼女が強かったからだ。実際、フリュネの力はオラリオでも上位のもの。イシュタル・ファミリアでは最高のものであり、思う存分その力を揮って気に入らないやつを黙らせてきた。

 

 だからこそ彼女にはわかってしまう。この状況が、しかも関係が良くない私へと、主神によって差し出されたということの意味を。

 

 「た、頼むよ。イシュタル様。私では無理だ。ほら、フレイヤとの戦いも近いだろう?私は役に立つだろう?ここは、そうだ、そこにいるアイシャとか他の役立たずに──」

 

 だが、イシュタル様の顔はどこまでも冷たかった。

 なんとか作り笑い、主神に媚びるフリュネの決死の訴えをなんでもないかのように切り捨てた。

 

 「お前の勝利なんて、はなから期待などしていない。お前に望むのはソフィーネの相手となり、あいつの力の物差しになってやることだけだ。早くしろ、別に武器もいらない。素手でやりなさい、素手で」

 

 こ、こえぇ。

 

 リサリサ先生みたいに、養豚場で出荷される豚を見る目でフリュネを見ていた。「なんも期待してないよお前なんて。お肉屋さんにさっさと並べ」と言わんばかりの表情だ。

 

 フリュネのお顔は真っ青。

 

 いや、大丈夫だよ。お前が思っているような、いたぶったり、殺したりなんてこっちは考えてないんだから。

 というか、そんなに怯えるぐらいだったら、もっと普段から仲良くしようよ。こっちは別にお前のことは、嫌いでもなんでもないんだぞ。

 

 「ち、ちくしょう。おい、春姫ッ!私にも『ウチデノコヅチ』を使えッ!」

 

 「ちょ、ちょっとフリュネ。春姫は魔法を使ったばっかりで、まだ余裕が……っ!」

 

 「黙りなアイシャ!レベル5が、レベル7に、普通に戦っても物差し程度にすらならないことがわからないのかいッ!イシュタル様もご所望なんだ、はやく、はやくしろぉっ!」

 

 言っているフリュネが苦しそうである。

 こいつ、なんだかんだでプライドが高い女なんだ。本当は自分をそこまで下げたくないのだが、このままだと本当に再起不能になりかねないとプライドを危機感が上回っている。

 

 私は何度もテルスキュラでプライドなんて折られているので、すでにプライドなんて無いも同然。私もこんなことがあったのかなぁという気持ちでその光景を見守る。

 

 「だ、大丈夫です。なんとか、なんとか使えます。『大きくなれ──』

 

 ただでさえレベルが急に上がって敏感になっているのに、そのASMRやめてください。興奮しすぎて死んでしまいます。

 

 魔法がかかったフリュネが、歯を砕けんばかりに噛みしめながら私の前に立った。

 

 「私を、私を、そんな目でみるんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 「なんか、その、ごめん」

 

 全身全霊で放たれたフリュネの拳を、右手で受け止める。瞬間、フリュネの膝が崩れ落ちた。

 

 「え……?」

 

 それは部屋の中にいた、誰が発した驚きの声だったのだろうか。

 ソフィーネ以外の全員が自分の声だと思ったし、自分の声ではないと思った。つまり、誰もが目の前の光景に驚き、心を失った。

 

 フリュネの剛腕は確かに放たれた。

 だがそれを何気なしに受け止めたソフィーネは、フリュネの拳を右手で掴んだままその場にたたずんでいる。

 

 つまり、フリュネの剛腕に込められたあの力は全て、全てどこかに消え去っていた。

 大地に逃がしたわけでもなく、方向を変えて逸らしたわけでもない。受け止め切ったわけでもない。現に床は砕けずに綺麗なまま。

 あれだけの力を込めて揮われた力の奔流は、この部屋の誰かの髪の毛一本すら、ほんの少しも動かさなかったのだから。

 

 フリュネは両膝をついたまま呆然としていたが、この部屋の誰よりも先に自分を取り戻し、立ち上がろうとする。

 

 しかし──

 

 「(ば、馬鹿な……。少しも、少しも体に力が入らないっ!まるで私の体ではないような、なんで……っ!)」

 

 ──動かせない。

 つま先一つ、指の一本に至るまで。

 

 まるで自分の体ではないかのように、フリュネは自分の体が動かないことを知った。幸か不幸か、目だけは動かすことができた。その視線の先には、確かめるようにじっとこちらを見つめるソフィーネの姿があった。

 

 「(まさか、まさか……っ!こいつ、腕一本で、なんの力を込めることもなく、ただの腕一本でこんなことを……っ!)」

 

 バケモノ。

 

 あまりの恐怖に、フリュネの精神の方が先に限界を迎えた。

 そのまま泡を口から吹き、目から光を失ってフリュネは力なく崩れ落ちたのだった。

 

 「……イシュタル様」

 

 「ああ、わかっている。これでお前は間違いなく、このオラリオの頂点で──」

 

 「これ、ダメですわ」

 

 「──はい?」

 

 イシュタル様がぼけっとした、ずいぶんと可愛らしいお顔になった。レアである。たまにその顔を見せてあげれば、もっと怖がられないで済むと思うなって。

 

 「体のステータスが上がりすぎて、感覚がまるで違う。フリュネがこんなになるまで、強い『気当たり』を私は出そうとはしていなかった。レベル7の体に感覚が追いつけていないのです」

 

 気の運用法である『気当たり』は、殺気や闘気を発して相手を威嚇し、時には虚実として攻撃を誤認させ、戦いの中で相手の注意を操ることができる。

 別にそんな特別なものではなく、街の不良からお母さんまで、実はみんな使える当たり前のものだ。もちろん、こうして戦いにも利用できる。

 

 私はその『気当たり』を無意識に過剰に発してしまい、フリュネを必要以上に怯えさえ、混乱させてしまった。

 しかも操作しようとしても、どうにも制御が利かない。格下あいてならいいのかもしれないが、格上相手にこれではダメだろう。

 

 「フリュネみたいに力任せにぶん殴れば、そんなこと意識しないでもいいと思うのですが……。レベル6とレベル7の差って、思った以上に大きいですね……」

 

 あえて言わなかったが、この魔法は単純に私と相性良くないのでは?

 これまで微妙なコントローラーと設定のままFPSをやっていた人間に、急に高感度高性能のコントローラーと設定でやらせても、そう簡単には順応できないのと同じだ。

 

 「慣れれば問題はないと思いますが、気を扱う私には少し時間がかかりそうです。慣れると言っても、四六時中かけるわけにはいきませんよね……?」

 

 視線を春姫に向けると、ものすごい怖がられた。

 

 「さ、流石にそれは……。連続で魔法をかけることも私は難しく、ましてや一日中なんて……」

 

 「で、ですよね。わかってます。無理を言ってしまってごめんなさい」

 

 さっきフリュネに魔法を使う時だって、額に汗を浮かべながら必死になって詠唱していた。

 これだけの魔法だ、クールタイムと回数もそう多くはないだろう。

 

 「すいません、イシュタル様。あなたの切り札ですが、私には……」

 

 「く、くくく」

 

 「……イシュタル様?」

 

 「あはははははははははっ!」

 

 急に悪役笑いをし始めたイシュタル様に、今度は私の方が驚いた。

 いったい何が楽しいのだろうか。ここまで期待した代物が、全く私に合っていなかったと知れば、大なり小なり落ち込んでしまうのが当たり前だろうに。

 

 「まさか、ここまで思い通りになるだなんて。安心しなさい、ソフィーネ。そんな些細な問題は、すぐに解決するとも」

 

 え、マジかよ。なんかすごいポーションでもあるのだろうか。それにしたって、春姫の体が限界を迎えるのが先だと思う。

 

 「……期待して、よろしいので?」

 

 私としても、切り札はいくつあってもいい。

 

 ジャイアントキリングで調子にのっていたら、今度はこっちがジャイアントキリングされるなんていうのも、マンガやゲームで嫌というほど見てきた。

 好き勝手してきたフリュネが今回、イシュタルによって生贄扱いされたように。今度はいつ私が、誰かの生贄になってもおかしくはないのだから。

 

 「ああ、期待しておけ。時がくれば、お前は思う存分に『ウチデノコヅチ』を使用できるようになる。その時に魔法をお前の体に馴染ませていけばいい」

 

 「かしこまりました。では、その時まで私は待ちましょう」

 

 「頼むぞ、ソフィーネ。お前は私の第一の戦士。そしてやがては、あのフレイヤのオッタルを超え、オラリオの頂点に立ってもらうのだからな」

 

 勃つのは心のチンコだけでいいんだけどなぁ。

 

 オラリオの頂点とか、本当に私にとってはどうでもいい。

 でも、好き勝手にエロマンガを描かせてくれて、エロの道を示してくれた尊敬している上司の願いだ。できる限りはがんばろう。

 

 そう思って、その時の私はただただ、頭を下げ続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく謹慎が解けた。

 

 イシュタル様曰く、「全て黙らせ、話をつけた」らしい。

 

 これがそこらのファミリアなら上手くはいかなかったのだろうが、うちはオラリオ有数の大規模ファミリア。黒い噂や話も多いが、このような有事の際には、これほど心強いファミリアも他にはないだろう。

 

 オラリオの経済に深くつながっており、資金力は五本の指に入る。いざというときの武力も、3から4レベルの戦闘娼婦を多く有し、団長のフリュネにいたってはレベル5だ。過去の失態から、ギルドがイシュタル・ファミリアに及び腰なのも追い風になる。

 

 だが、よく追及があったロキ・ファミリアを相手に、こんなにあっさりと話を流せたなぁ……。

 

 「何か知ってる?」

 

 「んー、えーと。ロキ・ファミリアはソフィーネ様のことを、そこまで強く追及しなかったらしいよ?」

 

 敵対ではなく、救援に入ったからだろうか。

 

 自分の子供たちに敵意をもって戦ったわけではなく、命を助け、恩を売られたが故に、そこまで深くは突っかかってこなかったとか。

 

 相手は神話でもいろいろと盛大にやらかした実績を持つロキである。

 裏があってもおかしくはないが、うちのイシュタル様だって神話でいろいろやらかした神様である。わかった、これについては考えるのも関わるのも止めよう。触らぬ神にたたりなしと日本でも言うじゃないか。

 

 「あと、ギルドにも助けられたって言ってたかも」

 

 「……ギルドが?」

 

 「件の人物が、最近のオラリオの出版物に大きくかかわっているって、イシュタル様があえてギルドに伝えたんだって。どうしてそうしたのかなんて理由は、私もよくわからないんだけどね。ギルドが積極的に庇ってくれるように動いたなんて話があったよ?」

 

 「……えぇ?本当に意味がわからないのですが。どうしてギルドがわざわざ、借りどころか仇しかないうちを手助けするのでしょうか。むしろ有事の際には、こぞって潰しにかかると思ってましたよ?」

 

 「不思議だよね」

 

 「……そうですねぇ、そうですけどねぇ。いや、難しい話は全部イシュタル様に任せればいいのでしょうか」

 

 春姫のことといい、うちも突っ込まれたくないところは多いファミリア。

 

 どんなカードを切ったかなんて、どんな取引をしたかなんて、オラリオに住んだ時間も少なく、ファミリアに入って間もない外様同然の自分に解るはずがない。

 今回も助けてもらったので、それで良かったと素直に思った方が気持ち的にも楽だ。

 

 「……まぁ、しっかり監視はつけられるようになったんですけどね」

 

 同じ団員のレナを苦い目で見つめるが、レナは怯むどころか私の方を白い目で見つめ返した。

 

 「むしろあそこまで大暴れしたんだから、当然じゃない?」

 

 「止めてくれレナ、その正論は私に効く」

 

 ニヤニヤと笑っている監視役のアマゾネスの姿に、どうしようもなく居た堪れなくなって大きくため息を吐き出した。

 

 「……妄想をするときはね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われていなきゃあダメなんだ。独りで、静かに、豊かで」

 

 「ねぇ、あそこにあるお菓子美味しそうじゃない!?行きましょうよソフィーネ様っ!」

 

 「あ、ダメだこの子。一番強いタイプだ、話を聞かないタイプだ」

 

 腕を組まれ、お店にひっぱられていく私。まぁいいや、何気に大きいこのお胸の感触を楽しめることに感謝しよう。

 

 しかし、外に出られるようにはなったものの、これでは全く目的の妄想タイムができそうにない。ヘスティア様をつかまえて、二人で楽しくお茶をするという心のオアシスにも辿り着けそうにない。

 

 あっちこっちに引っ張られ、女の子に興味もない買い物に連れまわされる男の悲哀を覚え始めた。その時であった。

 

 「……あなたは」

 

 「アイズさん、この人ってあの……っ!」

 

 「……フラグ回収、はやくない?」

 

 こちらを驚いた様子で見つめるエルフとアイズの二人に、「あ、やべ」といった様子で汗を流すレナ。

 

 どこぞの手塚ゾーンみたいに、私はどこかに吸い込まれていっているのだろうか。

 こちとら謹慎解除一日目だぞ。TASさんみたいに、丁寧にチャートやフラグ管理をして、「ここで短縮できます」とかそんなものは狙っていない。

 

 ひょっとして、私はこの世界の何か大きな、そう、まさに運命の渦に巻き込まれてしまっているのだろうか。

 そう、これはプッチ神父のいうところの『引力』が働いているに違いない。

 

 お嬢様学園に汚いおっさんが一人迷い込むように。エルフの村にひょんなことからオークの群れが攻め込んでくるように。友人の家に遊びにいったら、そこのお母さんが未亡人でしかもめっちゃ綺麗だったように。恋人のアルバイト先にチャラい先輩がいて、そこはかとなく不安を感じるように。たまたまダウンロードした胡散臭い催眠アプリが、何故か消さずにずっと頭に残っているように。

 

 何か、何か私は運命の渦に叩きこまれようとしているのではないか。

 

 そんな妄想を一人で考えながら、現実から目をそらした。そうです、全部妄想です。

 受け止め切れないことを意識から外して誤魔化すことは、人生において大切だと思うなって。

 

 背負いきれないことをいちいち背負っていたら潰れてしまう。辛い時に人はエロい妄想に逃げるべきだと思うんだ。

 

 「……立ち話もなんですから、お茶します?そこの喫茶店だと、確か個室も用意してもらえたと思うんで」

 

 「え、あの、いいんですかソフィーネ様」

 

 「レナ、ここで逃げる方が、絶対に面倒くさいことになるでしょう。偶然かもしれないですが、ここまでくると必然ですよ、必然」

 

 流されて行け。

 

 どうせ大きな時代のうねり、時代の中心の人間の引力には、人ひとりがどうしたって抗っていけないものだ。

 

 どうせなら一緒に流されて、その先で見られる素敵なエロとの出会いを期待したい。こんな可愛い女の子二人、エロの可能性とお茶できる機会は貴重だ。

 ヘスティア様とお茶する目が消えてしまっている私からすれば、是非ともこの出会いを大いに楽しみたい。

 

 馴染の店員に、奥の個室を使っていいのか確認を取った。

 

 オラリオに売り出しているマンガ、そのいずれかの作者が私だとうすうす気がついていた店員は、何か取材をすると勘違いでもしてくれたのだろう。

 一緒にいる有名人のアイズ達を意味深げな目で一瞥すると、すぐに店長に確認をとって案内してくれた。

 

 「私はソフィーネ、そこのアマゾネスはレナ。あなた達は?」

 

 「レフィーヤ・ウィリディスです」

 

 「私は、アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

 「いい名前です。せっかくだ、奢りますよ。何がいいですか?」

 

 「い、いえ。流石にそこまでしていただくわけには……」

 

 「気にしなくていいですよ、現にこいつも全く気にしていないし……」

 

 「あ、店員さん!この季節のデザートって、今はなにがあるのかな?」

 

 レナの能天気さのおかげで、この場の空気は全く重くならない。

 こういうムードメーカーの存在は大切だが、レベル2なのでたくさん食べて食費がかかるのがたまにキズ。食べている姿はハムスターみたいで可愛いからいいんだけど、他の娼婦達といいよく太らないな……。

 

 「なんだか、その、お二人から聞いた印象と違って……あの……」

 

 レフィーヤの言葉を受けて、私は彼女が何が言いたいのか察した。

 

 ティオネやティオナは、七歳でテルスキュラを出ていったために、ずっと昔の私のことしかしらない。そのイメージとずいぶんとかけ離れていたために、戸惑いも多いのだろう。

 

 当時はマジで心に余裕がなくてギスギスしていたからなぁ……。

 

「せっかくソフィーネ様が話の場をわざわざ用意してあげたっていうのに、そんな話の切り出し方はないんじゃないのー?」

 

 「それは、ごめんなさい……」

 

 「いや、レナはそんなに食ってかかっていかなくて大丈夫ですよ。むしろ昔のことを知っているのなら、その言葉も当然だと思いますから」

 

 そろそろ本題に入ろうかと身構えた。

 こういう言葉の裏を察する話し合いは苦手なので、気合を入れていこうというわけである。

 だが、目の前のアイズだけは私とは反対に、どうにも呆けているように見えた。いや、彼女は真剣なのかもしれないが、どうにも空気が緩かった。

 

 「あなたは、どうしてそこまで強いの?」

 

 「……へ?」

 

 もっと違う話がくると思ったら、まさかの方向性に言葉も出ない。

 いや、もっといろいろ話はあるだろう。お前は何者だとか、どこのファミリアに所属しているんだとか。

 

 戸惑いからレフィーヤへ、「これでいいの?」と視線を向ける。

 すると彼女もどうしたらいいものかと、私とアイズの間で視線をあたふたとしていた。

 どうやらこのアイズの質問は、レフィーヤにとっても完全に予想外のものだったらしい。だよな、私ももっとこう、違うことを想像していたもの。

 

 「……えーと、強さの秘密とかを聞くならば、ティオネやティオナに聞いたほうが早いのでは?」

 

 「どうして?」

 

 「あの二人は齢を七歳にして、レベル2に至り、さらにはレベル3になるべく儀式へ挑戦することを許された、まさにテルスキュラの才児だったんですよ?あんな才能の塊に比べて、私はミソッカス。二人が儀式に挑む時だって、未だに私はレベル1だったんですから」

 

 アイズとレフィーヤは心底驚いているようだった。

 ひょっとすると、ティオネとティオナは、ファミリアの団員に昔のことを話していないのかもしれない。

 

 まぁ、さもありなん。

 テルスキュラに残っているのならばともかく、外に出ることを選んだアマゾネスにとってあそこは思い出したくもない修羅の国。

 心に傷を抱えたから外に出ることを選んだのに、わざわざその傷を開くような話をしたがらないだろう。

 

 「あそこは酷い国なので、あの二人も昔のことは話したくないのでしょう。なら私から言えることは少ないですが、二人はテルスキュラの最強の戦士候補で、テルスキュラ最高の戦士姉妹、今はレベル6のアルガナやバーチェに直々に戦い方を教えられていました」

 

 レベル6という言葉に、レフィーヤとアイズの顔色が変わる。

 このダンジョン迷宮を有するオラリオ以外で、そこまでの高レベルに至った戦士の存在は極めて珍しい。興味を覚えるのも当然だろう。

 

 「外の国に、ダンジョンがあるわけでもないのに、レベル6がいるだなんて……」

 

 「詳しくは言いませんが、それだけあそこは過酷な国なんですよ。生存率だってマンボウよりも低い。そこを生き残り、才能があると見定められて戦士としての教導を受けていた。そして神様直々に幼い時から共通語(コイネー)を教えられていたティオネとティオナは、間違いなく当時のテルスキュラでは主神の一番のお気に入りでしたよ。そして最高へ至るはずだった戦士でした。強さを求めるなら、あの二人に聞いたほうが数万倍もためになると思います」

 

 「……その時のソフィーネさんは、その」

 

 「既に聞いていると思いますが、【泣き虫】なんて仇名をつけられるぐらいの雑魚。テルスキュラの最底辺で毎日泣きながら戦ってましたよ」

 

 アイズもレフィーヤも、あの残念触手と私の戦いを思い出し、そのギャップに戸惑いを隠せないようだ。

 レナは「つまらない冗談やめてくださいよ」といった様子で私を見ている。いや、本当だぞ。こんな話に嘘をついて、いったいどうなるっていうんだ。

 

 「誰にも目をかけてもらえないから、ティオネやティオナとは違って、戦いの仕方なんて戦士たちにまともに教えてもらえなかった。毎日ボロボロになりながら、泣いて泣いて、戦って戦って、その日その日をなんとか生きていました。そんな私からすればあの二人はスーパーマンです。スマートに戦って、スマートにぶっ殺す。在庫処分セール同士でしか戦えない私だからこそ、カーリーは意味がないと思って、私を二人と戦わせようとしなかったのかもしれません。ドラゴンとゴブリンの戦いなんて、マジでなんも得るものがないでしょうからね」

 

 我ながら酷い例え話だが、実際そうだった。

 ティオネやティオナの戦いは、当時同年代のアマゾネス達とは全く世界が違っていた。あのアルガナが遊びとはいえ戦い、壊されなかったと聞いて唖然としたことを今も覚えている。

 

 「ティオネとティオナは別格。実力なんて比べようもなし。仮にもしティオネやティオナと戦っていたら、絶対に私は勝てませんでした」

 

 「……本当?」

 

 「本当です」

 

 会話から察するに、ティオネやティオナはこっちに来てから、そんなにガツガツ戦っていなかったのかもしれない。

 私もアルガナやバーチェと同じように、彼女たちはレベル6にでもなっていると思っていた。それぐらい当時の彼女たちは殺意と戦意に満ち溢れていたのだから。

 

 まぁ戦士を鍛えることにかけては、カーリーの目利きは素晴らしいものがあった。必要な戦士に必要な機会を与え、その能力を確実に上げていったのだから。

 才能があるとはいえ、あの二人を七歳でレベル3の階位に至る直前まで育て上げたことは、間違いなくカーリーの慧眼であった。

 

 私?

 

 カーリーから「なんかわからんが、気がついたら強くなっていて面白い」と、遅咲きの華としてレベル2になってから言われ、めちゃくちゃ戦わせられたよ。

 マンガに必要な道具とか、共通語を教えてあげるからと、やる気を出させるためにご丁寧にも飴玉までつけられていた。私はニンジンをぶら下げられた馬か、めっちゃ嬉しかったけど。

 

 ティオネやティオナは、噂によるとレベル3になれる儀式の直前であの国から出ていったらしい。

 理由はわからない。姉もノリノリで相手をぶっ殺していたし、妹だってわざわざカーリーのやつに頼み込んで、姉の代わりに同室の戦士を大勢殺していたらしい。突然の別れに戸惑う戦士はとても多かったことを忘れていない。

 

 カーリーは「出るための門はいつでも開いている」と言って出ていく二人を煽ったらしいが、一方で私が出ていくときには「遊んでいけ」と素敵なパーティになった。めっちゃ楽しそうだったぞ、あの悪神。

 

 あれが私のレベル6になるきっかけとなったと考えれば、カーリーはティオネやティオナを戦わせずに見逃したことも、その方がよりよい戦士になると判断したからかもしれない。

 イシュタル様の話だと、二人にちょっかいをかけに行きそうだな……。

 

 「……あ、そうだ。あの二人に伝えておいてくれませんか?テルスキュラの連中がこっちに来るかもしれないって」

 

 「それは、いったい」

 

 「ロキ・ファミリアが探りをギルドに入れていたのは知っていますが、私はテルスキュラとの関係は完全に切れていない。だからこそ、下手な混乱を避けるために、主神もギルドも私を隠してくれていると思ってください。あなたのところの二人だって、カーリーはきっと忘れてはいないはず。カーリー、そしてテルスキュラの戦士達はエロマンガの体育教師や用務員みたいにねちっこくてしつこい。努々気をつけることですね」

 

 「……エロマンガって、何?」

 

 「ちょ、突然何を言い出すんですかっ!?」

 

 二人の対比が面白い。

 エルフめ……。色を知る年か。いいぞ、ムッツリエルフはポイント高い。歓楽街のエルフはもれなくエロフなので、こんな新鮮な反応は久しぶりに拝むことができた。これだけで今日ここに来た価値はある。

 

 「……でも、あの時のあなたは確かに、ティオネやティオナよりも強かった。私たちがまるで追いつけない速度で、食人花と戦っていた」

 

 「そりゃあ、まぁ。なんだかんだで最近までテルスキュラに居たので。でも、あなたみたいに才能がある方なら、同じ才能がある二人、それに同じファミリアのレベル6であるフィンさんとかリヴェリアさんとかに聞いた方がいいのでは……?」

 

 「私は、ソフィーネから聞きたいの。私は、強くなりたい」

 

 強引に話をおしてくるその姿に、私は流石に戸惑いを覚えた。

 レナはその強さを求める貪欲な姿勢に感心しており、レフィーヤは私と同じように、やたら私に食いついてくるアイズを不審に思っている。

 

 「……レナ、レフィーヤさんを連れて少し表に出ていてもらえませんか?少しアイズさんと二人だけでお話をしたいのです」

 

 「ん、いいよ!それじゃ行こうか!」

 

 「あ、アイズさんを一人にするわけには……」

 

 「大丈夫、ソフィーネ様は変な人だけど、変なことはしない……。いや、するときも多いけど、こういうときはしないから!」

 

 「余計に心配になってきたんですけど!?ちょ、力が強いっ!?」

 

 「お二人ともごゆっくりー」

 

 気を使って強引にレフィーヤを連れ出していったレナへと、手を振って見送った。

 ぽかんとこちらを見つめるアイズに、私はどうしようかと悩みながら口を開いた。

 

 「よろしければ、どうしてそこまで強さを求めるのか、私に教えてくれませんか?話が行き違って変なことを伝えてしまい、そちらの主神に後から怒られても嫌なので」

 

 「……わかった」

 

 他に仲間がいては言えないこともあるだろう。身内であるが故に、隠したい話もあるものだろうに。とりあえず、思いの丈を聞いてみようと確認してみた。

 

 結果から言えば、大成功で大失敗だった。お腹が痛い。

 

 両親がいなくなった。

 モンスターとか絶対に許せん。

 中々強くなれなくて焦りも強く感じていて心が痛い。

 でも周りはそんな自分の想いを理解してくれていない、むしろその思いの丈を見誤っている。

 父親から言われていた勇者が自分には現れてくれなかったから、自分が強くなるしかなかった。

 

 ああ、聞いているうちに私の心のキャパシティーは、もういっぱいいっぱいである。

 私はやんちゃ系だったり、力こそパワー的な若いパッションあふれる話を想像していたのだが、このアイズ・ヴァレンシュタイン。話の内容が重すぎた。

 

 フィクションでの可哀そうは、心のおかずにできる。

 

 他人の不幸で私の心が傷つく。それが何故か気持ちよくて興奮してくる。原理はNTRと同じだが、「可哀想」が私の性癖にぶっ刺さり、その後のバッドエンドからハッピーエンドまで、多種多様な妄想に大満足できる。

 そう、フィクションの可哀そうは、人の心のオアシスとなれるのだ。

 

 だが、ノンフィクションの可哀そうを私はおかずにできない。

 

 『お前は【フィクションのバッドエンドもの】が好きで、俺は【フィクション・ノンフィクション問わず人間が苦しむ】のが好き、そこになんの違いもありゃしねぇだろうが!』

 

 『違うのだっ!』

 

 私の頭の中のザ・ニンジャは怒りのあまり、ブロッケンにマッスルドッキングを決めた。お前の技じゃないだろとか、それ一人で出来ないだろとか、この酷い侮辱の前には全てが霞む。

 

 このソフィーネは、いわゆる変態のレッテルをはられている……。

 

 殺し合いをする相手だろうが妄想してエロマンガの素材にするし、気に入らない神様同士でBLを作成し、イシュタル様に出版を止められて死蔵しているものが何冊もある。

 他人にエロいレッテル張りをして妄想を楽しみ、元ネタとなったパルゥムやエルフ、獣人にアマゾネスの娼婦たちから何度も苦言を呈された。こんなジャンルを描きやがってと怒られても、むしろそれに興奮してさらにそのジャンルの派生を量産したなんてのはしゅっちょうよ。

 

 だが、こんな私にも譲れない一線はある。

 そう、フィクションの可哀そうはぬけるが、ノンフィクション・リアルの可哀そうはぬけないっ!!

 

 「教えてほしい。あなたが強くなれた理由を」

 

 真剣な様子で問いかけてくるアイズを見て、思わず私の頬は引き攣った。

 どうしてこうなるまでロキ・ファミリアの連中は放置してしまったし。

 

 いや、家族だからこそわからないこともあるのだろう。しかし、いったいどうしてこんな話を万年発情期の私が聞いてしまったのか。

 

 もっとこの話を聞くのにふさわしい人間がいるのではないのだろうか。私にできることなんて、海外ものでセックス中に尻を異常に叩く理由を教えることしかできない。あれは性感帯が刺激されてより気持ちがいいからだ。でも馴れた仲の人でちゃんと了解をとってやろうね。

 

 人の引力が私を引き付けたとか、格好つけて高めていた気持ちはリーマンショックばりに落ち込んでしまっている。

 引力とやらも、もう少し人を選んでくれないだろうか。こちとら頭の中まっピンクがデフォな人間だぞ。もういっそ、幸せエッチをして話は全部ハッピーエンドになってくれないだろうか。私は人に道を説けるような人間じゃないんだから、禁書目録の上条さんとか連れてきてほしい。助けてくれ。

 

 「……か、格上と戦ってばっかりだったからですかね?」

 

 「……格上?」

 

 「はい、格上です。私が戦った人達の多くは、私よりも強い人達でした」

 

 戦士は戦えば戦うほどに強くなっていける。その反面、戦えば戦うほどに刺激があるような、経験を得られるような相手は少なくなってしまう。

 

 ずっとスライムと戦い続けた人間の成長が遅いように、レベルが上がってきたら今度は場所を変えて、格上か、もしくは同等の連中とレベリングした方が経験値の効率が良い。

 

 例えば前世で女神転生の四天王の館でレベリングした時なんて、ポップする敵はすべからく今戦うべきではないような高レベルであったために、レベリングの結果として序盤にも関わらず仲魔がラスボス戦に耐えられるぐらいに成長することができた。ドラクエでもテイルズでもFFでも、似たような話はどこでも聞くことができる。

 

 この世界も同じように、格上を倒すという偉業は極めて大きくステータスに反映される。

 ステータスを上げることだけを考えれば、同格から少し無理な相手と殺し合うのが一番効果的なのではないのだろうか。

 

 「あなたは才能がある人間なので、レベル5に至ってからは、良い経験値を得られる相手がなかなか見つからないのかもしれません。あなたに必要なのは、あなたが無理かもしれない相手と戦う機会なのではないのでしょうか」

 

 「……なるほど」

 

 「あとは私みたいに、無理やり自分のステータスを落として、格下と戦うことでも同じように経験値は得られると思います」

 

 「無理やり、自分のステータスを落とす?」

 

 「はい。相手が自分よりも弱いなら、自分はより弱くなれば相手を格上にできますよね?自分に毒を盛ったり、目をつぶったり、呼吸を乱して身体能力を落としたり、七日間不眠不休で戦い続けて限界まで自分を追い込んだり」

 

 強くならないとエロマンガを描くための道具が揃えられないので、むちゃくちゃやったことを覚えている。

 あの時は戦う気力もとっくに尽きていたので、最後には戦う相手でエロい妄想をしながら無理やり戦っていた。

 

 最後にたどり着いたのは、たった一つの真理。

 例え戦いの最中に服が破れ、おっぱいや下半身が全見せ状態になったとしても、決死の覚悟で戦っている姿は、下品じゃなくてエロカッコいいということであった。

 

 この世界には下着やズボンは絶対破れないという、アニメ業界御用達の謎法則は存在しない。

 激しい戦いであれば、脱げたり破れたりでいろいろと露わになることが当たり前にある。それ故の帰結であった。

 

 ちなみに、男女平等なため、もちろん男もポロリがある。そっちは全く私にとっては嬉しくなかった。そのポークビッツやデリンジャーを早くしまえ。男の娘ならともかく、ふつうの野郎のチンポ見て何が楽しいってんだくそったれ。

 

 そんなことを思い出して、昔の青い自分に浸りながら改めて視線を正面に向ける。何故かアイズはドン引きしていた。何故だ。

 

 「そこまで、しなければいけないの……?」

 

 「いや、まぁ、あくまで一例です。しかしダンジョンにもぐっているあなたであれば、遅かれ早かれ、強敵と戦う機会がくるのではないのでしょうか?オラリオは地上でも地下でも、最近妙な話をよく聞きますからね」

 

 闇派閥が暴れていたような昔と同じ時代が、ひょっとしたら来るのかもしれない。

 そんな時代が来たらみんなエロマンガを楽しむ時間が無くなってしまうので、私は全力で戦うつもりだ。そのための右手、そのための拳。

 

 「……でも、みんなが私に無理をさせてはくれない」

 

 「ならその時が来た時に無理ができるように、普段の信用の積み立てを大事になさっては?」

 

 「信用の、積み立て?」

 

 「どうせ普段の相手は大した経験値にもならないようなゴミばっかりなんです。それにやっきになって飛びついているから、周りも心配してしまう。いざという時が来たって、心配を引きずって一人で任せてくれないかもしれない」

 

 「……なるほど」

 

 「でも、普段も余裕をもって無理をせずに戦っていれば、いざという時が来てもアイズさんなら大丈夫だって、危険であっても戦わせてくれるかもしれないですよね?他の団員からすれば来てほしくない事態、ただアイズさんにとっては待ち望んだ有事の際に、思う存分戦うためにも普段は我慢することも大切なのではないのでしょうか」

 

 我慢は後のエロへの大切なエッセンス。これは万事に適用できる。

 

 「……でも、それって結局はこれまでと同じ?」

 

 「私がオラリオに来たように、妙な魔物がダンジョンに現れたように、オラリオや周囲の国がきな臭いように、至る所で何かが起ころうとしている気がします。アイズさんも、気になる戦いや出会いが最近ありませんでしたか?それはきっとこれまでとは違う、何かの前触れなのかもしれません」

 

 「それは……。うん、そうかもしれない」

 

 何やら心当たりがあったようで、静かに考え込んでいる。

 

 バーナム効果の偉大さに感極まる。それと同時に、こんなに素直で大丈夫なのだろうかと、ほんの少し心配になってきた。

 エロマンガでこんな少女が出てきた日には、読者は絶対に「こいつ、やられるな」と確信してしまうだろうに。

 

 「運命を変えたいという強い気持ち。この力を、『ケツイ』があればきっと道は見えてくる。私が大切なものと出会えたように、あなたにもその出会いは訪れるかもしれません」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインだけの勇者、彼女が助けてほしかった勇者。その登場を切に願う。願うこと、信じることしかできないのは、人の弱さであり強さだ。

 

 「『ケツイ』は運命をコントロールする力、自分の決断や望みを現実に変える力です。あまりにも強すぎる『ケツイ』を持った人間は、たった一人でも世界の未来すら変えてしまうかもしれない。あなたのそんな『ケツイ』が、そんな力が良いのかどうかはわかりませんが、あなたを未来へ導く『呼び水』になることを願います」

 

 「……『ケツイ』」

 

 でもGルートに入って皆殺しはかんべんな。

 

 何かに納得するように帰っていったアイズだが、後の話ではしっかりとレベル6になったらしい。やっぱり彼女は持っている側の人間だったようだ。

 

 レベル5になれるだけで、その冒険者は実力と機会に恵まれている。レベル4とレベル5の間には、目に見えず、測ることもできない大きな運命の差があるのだ。

 そうでなければ、あのテルスキュラで私は生き残って、他は死んでいった説明ができない。私のような存在が生き残れたのは、素晴らしい『エロ』との運命的な出会いだったと確信している。

 

 アイズは成長が停滞していると危惧していたが、その停滞自体が意味のあるものであったと私は考えてしまう。

 

 「やはり、このオラリオでは何かが起きている。数千年の振り戻し、時代を変えるべき波が来ている。ドラゴンボール、エヴァ、ハルヒ、鬼滅などのような時代を変える作品の台頭。そしてコミックマーケットが晴海から国際展示場に移った時のように……」

 

 その時、エロという存在もより大きく世界へと羽ばたいていくことだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そう、だからこんなことになっても、『ケツイ』を私は決めてしまっている。

 

 目の前で自身の鎧を砕かれ、『ウチデノコヅチ』の効果も切れてしまって、なすすべもなく腰を抜かしているフリュネ。

 それに相対しているロキ・ファミリアの中核、こちらを鋭い目つきで睨んでいるベート・ローガ。

 

 この港町メレンで彼らと出会うことも、戦うことも、また運命が加速する中での出来事の一つなのだろう。

 

 「よく頑張りました、フリュネ。このオラオラ系男子は私が引き継ぎましょう──『偽・緒方流古武術』

 

 「お前ッ!?」

 

 「知ってます?オラオラ系って、一説によるともともとはゲイ用語らしいですよ?」

 

 不敵な笑みを浮かべるソフィーネに目を見開き、構えをとる孤高の一級冒険者。

 ソフィーネはこの獣人を一目見て、その強さを理解し、惜しめばかえって時間と共に援軍も現れてしまい、此方が不利になると判断した。

 

 故に、狙うは短期決戦。

 

 静と動、本来相容れぬ気を同時に解放。

 気の解放によって拡散された凄まじい闘気が、周囲一帯に遍満。

 

 私個人はオラオラ系は好きでも嫌いでもないが、新規開拓の意気込みで戦おう。食わず嫌いはもったいない、一度食らってから判断するべきそうすべき。

 

 「『静動轟一』」

 

 目から幽遠な暗い光を放ち、陽炎のように気を滾らせ、ソフィーネは気持ちを新たにベート・ローガへと襲い掛かった。全ては、新たなエロとの出会いのために。




①途中時系列を勘違いしていたことに気づく(港町の戦いってこの時間じゃないわ)
②既にいろいろめちゃくちゃとはいえ、流石にこれはまずいかぁと今回の話を一括で出し切ることを決意
③今回の話の量多すぎて、疲れたけど楽しかった。

銀魂みたいに、話の展開上若干シリアスに偏り始めました。
今回はだいぶ話が真面目になったなぁと思います。……真面目、だったよね?
ボーボボとかいう、シリアスを一切寄せ付けず、突っぱしりきったギャグ漫画業界の異端児の話は止めてくれ。あれは格がおかしい。

皆さん、感想ありがとうございました。全部読ませてもらってますが、なんでうちの感想欄ってハジケリスト多いだろうか(哲学)

これであとは港町での戦いと、間にヘスティア・ファミリアとの絡みを挟んで、春姫編でひとまず区切りがつけられそう。のんびり書いていこうかなって思います。


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ショタ攻め解釈違い論争は根深い(前編)

なんだかんだでできたのですが、最初戦う予定はなかった。でも、描いてるうちに楽しくなってきたからOKです(恍惚)
前回の最後でベート戦の兆しを書いたのですが、その間の話がこの前編です。


 最近嬉しいことがあった。

 なんと、私はこの世界でエロの芽生えを目の当たりにできたのだ。

 

 それは先日、娼館で顔なじみとなったエルフのお姉さんと、優雅にお酒を嗜んでいた時の話であった。

 

 このエルフのお姉さんは、先日出会ったロキ・ファミリアのエルフ、エロマンガという言葉ぐらいで顔を赤面させるレフィーヤとは格が違う。

 

 エルフに幻想を抱く冒険者たちの多くの童貞、それをこの歓楽街で食らいに食らった生粋のエロフである。

 

 その胸は豊満であり、そして上品だった。

 お尻もなんというか抱き着きたくなる代物。腰とお腹のライン、おへそにかけては、両手を地について拝んでしまうほどに尊い。

 

 「なんと素晴らしい」と見入ってしまう私に微笑み返し、怒ることなく「触ってみる?」といった彼女のご尊顔といったら、まるですべてを包み込む地母神のようであった。

 

 この世界のエルフはよくあるエロ同人設定のように、よっぽど気を許したものでなければ、自分の肌に触れられることを嫌がる種族である。

 しかし、このエロフのお姉さまはバッチコイスタイル。むしろエルフの触れられたくないという特性すらも設定として利用し、時には誘い受けという高等テクニックを用いて娼館に来る客たちを虜にしていた。

 

 まさに彼女こそがエルフの中のエロフ。

 

 少し前、私は「いたいけな少年が、村でよく遊んでもらっていた綺麗なエルフのお姉さんに憧憬を抱き、性に目覚め、こっそりと隠れて筆おろしをしてもらう」「その少年が青年冒険者となって村に帰ってきて、改めてその魅力にエルフのお姉さまが惹かれ、二人はラブラブエッチ」という、王道展開のエロマンガを上下巻で描いた。

 

 この本がもたらしたオラリオへの衝撃は、私の予想を超えてあまりにも大きかった。一部のエルフの方々から批判はあったものの、売れに売れて幾度も重版がかかった。

 

 エルフは清楚。清楚はエロい。

 年上のお姉さんの優しさ、そして年上のお姉さんへの憧れは尊い。オネショタはエロい。

 種族間を超えた恋愛は胸をうつ。種族間を超えたエッチは私たちのチンコを刺激する。

 

 それらの良さはこれまで言葉にされず、表現されることはなかった。しかし、オラリオの住人たちはその素晴らしさに薄々気がついてはいたのだろう。

 

 私がエルフが如何にエロいのかと形にして世に出したことによって、神々やオラリオ住人の心は大いに刺激されたらしい。そして、その溢れるリビドーの発散先を求めて歓楽街へ乗り出したのだった。

 

 そう、世はまさに大エロフ時代。

 エロフというひとつなぎのロマンを求めて、男たちは歓楽街へ舵をきったのである。

 

 これにより歓楽街はさらに大賑わい。エロフの娼婦はもとより人気があったが、今回の件でより一層人気がうなぎ上りに。

 これをきっかけにこのエロフのお姉さんと私の交友も始まり、なんだかんだで今ではぐだぐだとお酒を飲む仲に至った。エロいエルフのお姉さまは大好きです。

 

 一部、この騒動で「こっちに人が来てくれない!!」「いい男がみんなエルフのところにいく!!」とアマゾネスの娼婦達から抗議が上がったものの、「ソフィーネがそのうちアマゾネスで一冊描いてくれるでしょ」というレナの言葉によって鎮静化した。

 

 納得して帰っていくアマゾネス達を見て、「え、これ私描かなくちゃいけないの?」とレナに視線を向けると、「私もみたい」と満面の笑顔であった。

 

 私、今月エロマンガ以外も含めて5冊も新刊を出したんだが。

 来月の発刊予定だって、既にエロマンガだけで3冊決まっている。流石に死ぬぞ、私が。

 

 他にもエロマンガやマンガに乗じて出版事業に乗り出した副団長のタンムズが、ファッションだのスイーツだの、オラリオのトレンドについて掲載する新雑誌を企画。

 「前世のでこんなのあったよな」と相談に乗っていた私を編集長にしようとしているのだが、流石に体が追いつけねぇ。他の男あさりしているアマゾネスに頼めよ、アイシャとかレナとか。

 

 「そういえば、ソフィーネはあまり男あさりをしないわよね?アマゾネスなのに」

 

 不思議そうに此方を見るエロフのお姉さまに、私は遺憾であるとばかりに口をとがらせた。

 

 「全てのアマゾネスが性の喜びを知りまくっていると思ったら大間違い。私みたいに文化的に性の喜びを嗜むアマゾネスだっているのだから」

 

 「文化的なアマゾネスは、怪物趣味のエロマンガを描かないと思うわ」

 

 「怪物趣味じゃない、モン娘だ」

 

 「ねぇ、それってそこまで重要な違いがあるの?」

 

 「オークに襲われる女騎士と、オークを襲う女騎士ぐらい違う」

 

 エロフのお姉さまは遠い目になっていた。そんな姿もエロくて興奮してきた。

 

 「ほら、ならイシュタル様がわざわざ男娼を用意してくださったじゃない。それぐらいのご厚意は受け取っても良かったんじゃないかしら?」

 

 「えー、複数の美少年と乱交プレイとか、妄想の中だけでお腹いっぱいなんだけれど」

 

 「……少し噂になっているのだけど、もしかしてあなたって女の子の方が好き?そういうの私は初めてだけど、相手してあげよっか?」

 

 「めっちゃくちゃ嬉しいけど、股間に先勃つモノがないからちょっと……」

 

 「えっと、そういう道具が必要ってこと?」

 

 「違う、本当のいきり勃つあれが必要なんだ」

 

 「……あなた、女よね?」

 

 「生物学的上はね。それでも……私は本物のチンコが欲しいんだ」

 

 きっと、かの比企谷八幡もこんな気持ちで本物を求めていたに違いない。

 

 この嘘で塗り固められたエロマンガという世界を知りつつも、私は本物……チンコを心のどこかで追い求めている。アンニュイな気持ちになってしまった。

 

 遠く離れた幻想郷(アヴァロン)、そこに置かれてきた私の股間の剣(エクスカリバー)

 私が欲しいのは聖杯でもなければ、女性の股間にある士郎くん(鞘)でもない。

 私の股間のいちもつは、既に永久に遥か黄金の剣(エクスカリバーイマージュ)になってしまった。

 しかし、無銘があれを使う時に傍に騎士王の幻影をみるように、私だって心のチンコを奮うときにはいつだって幻想の右手をそこに添えている。

 

 例え、勃てなくなったとしても、恐れずに進んでいかなければいけない。

 思春期の少年はいつだって、インターネットのエロサイトという荒野を目指すものなのだから。

 

 「そう、でもとりあえず一回寝てみたら変わるかもしれないわよ?布団敷く?私、ソフィーネなら受けでも攻めでもいいわ」

 

 「なんでそこまで積極になってるん?」

 

 「普段オラオラ系の女の子が、ちょっとしおらしくなっているのってなんか、くるでしょ?」

 

 「わかるけど、わかりたくなかったでござる。誰だよそんな性癖目覚めさせたのは」

 

 恍惚とした顔のエロフの指先は私を指していた。マジかよ、やったぜ。いや、今回に限ってはやってないわ。こんなの予想外だわ。母性溢れすぎだぞこのエロフ。

 

 「かわいい……」

 

 「そういうジャンルはかわいいけど、本当に私はそういうのノーセンキューだから」

 

 「そう、いつでも誘ってね?どんなに忙しくても予定空けてあげるから」

 

 にっこり微笑むエロフのお姉さんに戦慄を隠せない。

 

 このエロフは今ほんっとうに忙しいので、金をただ積むだけでは予約をそうそうとれるものではない。

 そんなエロフがこんなことを言うなんて、その本気がうかがい知れるというもの。

 

 私が知らないところで、世界は既にエロの目覚めを迎えていたのか……?

 

 「そういえば、最近あなたが書いたオネショタってジャンル?あれ、よくない?」

 

 「良いよね!!」

 

 迎えているわ!これ絶対オラリオはエロの目覚めを迎えているわ!感動で涙が出そうだ……。

 

 「でも、同じ娼婦の亜人とは意見が合わないわよね。私は優しく無垢な少年を性の海に連れてってあげるような、お姉さんが主導権を持って守り導く展開が好きなのよ。なのに彼女は……」

 

 「彼女は?」

 

 「少年が主導権を握っているオネショタの方が好きだって言っているのよ。そんなのあなたでさえ描いたことがないっていうのに。本当に、信じられないわ……」

 

 「オネショタのショタ攻めっ!?」

 

 訂正しよう。このオラリオでは目覚めどころか、エロのカンブリア大爆発が起きているに違いない。

 

 これまで私は常に先駆者としてエロを描き続けてきたが、ついにこの歓楽街の猛者たちは私の描く範囲を飛び越えて、自分の力で性癖の極致の一つにいたらんとしているのだ。

 

 なんということか、感動で涙がでるどころの話ではない。私は今、まさに歴史のターニングポイントを目撃している……ッ!

 

 「しかも数が一定数はいるようなの……」

 

 「サークル活動も可能……だと……」

 

 最近やることが多くなってきて、私の時間は限られている。そして私の手もたった二本しかない。様々な要因で描きたくてもい描けないことが増えてしまった。

 

 ならば私ができることは一つ。

 エロフのお姉さんがいったような意欲ある人々にも、私と同じように創作活動に参加してもらえばいい。エロフのお姉さんに私の考えを打ち明けると、たいそう驚いているようであった。

 

 「ソフィーネ、あなたはあなた以外がエロマンガやマンガを描いてもいいの?あれはあなたが生み出したもので、あなただけのものなのよ。鍛冶のファミリアや薬師のファミリアが、自分の技術を大事に隠匿するように。あなたはもっと、そのマンガの技法を大事にするべきじゃないかしら?」

 

 エロマンガやマンガを文化として広めようという私の考えは、この世界では奇人変人の類らしい。

 

 自分の飯の種を、どうしてわざわざ他人と共有することがあるのだろうか。

 自分が働ける場所を、価値を認めてもらえる場所を、どうしてわざわざ他人と共有することがあるのだろうか。

 

 絵の描き方、コマ割りといった表現技法。マンガを描くために必要な、有益な道具の技術の提供。

 どれも日本という島国の中で、何百何千という先駆者達が長年をかけて築き上げてきた、大切な技術の継承の果てに生まれた宝物だ。

 どうしてそれを独り占めしないのかと、このエロフのお姉さまは私を心配してくれているのだろう。

 

 娼婦が男を喜ばせるための性交や、会話といった技術だって、他人から教えられるものではなく自分が経験から学ぶか、他人から聞いて見て盗むものである。

 誰かが私のようにマンガを描きたいと思ったならば、その技法を私から教わるか、盗むか、あるいは自分で気がつくしかない。

 

 この世界で唯一のマンガ家である私が教えるということ。

 別に偉ぶるつもりはこれっぽっちもないが、マンガの技術と私の時間にどんな値段をつけたとしても、エロフのお姉さまの言う通りで誰も文句はいえないらしい。

 

 それでも、それでも私は──

 

 「私は、私は待っていたんだ。料理を食べる側が、美食を追い求めて作る側に立つように。けが人を治す医者が、医学を取り入れた戦士になるように。私のエロマンガを読んだ人々が、性癖を拗らせて自分でエロを妄想し、描きだすその瞬間を……っ!」

 

 「変態だーッ!?」と叫ばれようが、大いに結構。

 私は妄想を吐き出すだけの存在ではない。私は多くのエロに出会いたかったのだ。

 

 エロは人生を、心を豊かにしてくれる。

 そんな素晴らしいものを私の心の中だけに閉じ込めてしまい、エロに導かれ、救われるはずであった人々を見捨てることがあってもいいのだろうか。いや、それは到底許せるものではない。

 

 エロは世界に広まり、多くの人々の心のよりどころになるべきものなのだから。

 

 「あと、私もいいかげんに私以外が描いたエロマンガが読みたいんだ。好きだけど自分が描きたいわけではないジャンルもあるし、描いてと言われても気が乗らないジャンルだってあるんだ。私だって普通の感性をもったアマゾネスなわけだし」

 

 「そう……。なら、私も描いてみようかしら?オネショタで一つ、あなたが描いたようなマンガを描いてみたいわ」

 

 「おおっ!完成したら是非とも私に拝見させてほしい」

 

 「……私、絵は上手くないわよ?」

 

 「最初から物書きが上手い人間なんていないよ。その成長を楽しむことも、読者が持つ楽しみの一つなのだからね」

 

 「絵を描くのが嫌なら、小説もある。挿絵を描こうか?」と申し出ると、「それもいいわね」と嬉しそうにエロフのお姉さんは笑っていた。

 

 彼女は結局、ショタ攻めを認めることはなかったが、それもまたエロの道。こうした対立の中で、磨かれ、光るエロの輝きもある。

 私だけで終わっていたエロの流れが、今や個々人にまで広まり、創作の輪が広がっていく。その事実が私を喜ばせ、興奮させた。

 

 現代日本のエロの先達の方々、諸先生方。あれだけ小さかったエロの芽は、この歓楽街で少しずつ育っていっていますよ。全て、あなた達のおかげです。

 

 ありがとう。エロよ、永遠なれ。

 

 「そういえば、あなたさっきテルスキュラの名前を出したけれど」

 

 「ん、何かあったの?」

 

 「イシュタル様がテルスキュラと手を組むことになったって本当?しかもこちらに来るって聞いたけど?」

 

 「はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……イシュタル様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、本気ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?」

 

 「本気だ。その情けない顔を見せるな」

 

 肩を落とし、某海外版ポケモン映画のピカチュウのように、顔をくしゃらせている私。

 そんな私を見て呆れるイシュタル様と、最近なれてきて何も動じなくなってきた周囲のアマゾネス達。

 

 「だってテルスキュラですよ、テルスキュラ。文明都市のオラリオが誇るイシュタル・ファミリアが、どうして蛮族同然のカーリー・ファミリアを呼ぶことになるんですか?」

 

 「フレイヤ・ファミリアと戦うための布石だ。連中にはオラリオの南西にある港町、メレンに時が来るまで滞在してもらう。あと、お前もそこの蛮族ファミリア出身だろうに」

 

 「私は身も心も、もうオラリオ出身ですよ。ほら、こんなに文明的な活動をしていて、休日はオシャレなカフェでお茶をして。性格だって昔は誰彼構わずにぶちぎれてましたが、今ではちゃんと敬語だって、使う相手には使っているじゃないですか」

 

 ソフィーネ本人はテルスキュラを野蛮といって嫌がっているが、周囲のイシュタル・ファミリアのアマゾネス達からすれば十二分にソフィーネも危ないやつである。

 もちろん、最初ここに来た頃よりはマシになったが、あえて「マシになった」という言葉を使われているところから彼女の振る舞いのやばさを察してほしい。

 

 そしてそんなソフィーネがいた元ファミリアだから、どんなバケモノたちがいるのだろうかとイシュタル・ファミリアの面々は戦々恐々としていた。きっとゴジラが出てきても、イシュタル・ファミリアのアマゾネス達は驚かないだろう。

 

 「使えるものは何でも使う。憎らしいがフレイヤ・ファミリアは強い。カーリー達と挟撃し、開戦そうそうけりをつける」

 

 「いや、確かにイシュタル様の戦略は効果的だと思います。でも……」

 

 「オラリオの市壁か?あれならば商会を使ってもいいし、なんなら直接私が開けさせてやってもいい。心配は不要だ」

 

 「違うんですよ、そうじゃないんです」

 

 「なら何が問題なのだ?」

 

 「だって、カーリー・ファミリアって負けフラグっぽい気がするんですよ!!」

 

 負けフラグ?

 

 馴染みがない言葉に顔を見合わせるアマゾネス達の一方で、イシュタルは「まーた始まった」と目を細めて髪を手慰めにし始める。

 

 「強いですよ?確かに連中は世界有数の実力者たちですよ?でも、あるじゃないですか。グラップラーよろしく、壮大に説明があったり、意味付けがなされたら、それはだいたいは負ける前兆なのですよ。特にテルスキュラなんて、きっと刃牙におけるムエタイと同じような扱いですよ。ゼロの使い魔のサイト対ギーシュみたいに、あいつらをここで呼んだら、散々思わせぶりに周りを振り回した挙句、誰かに花を持たせて負けてしまうのが目に浮かぶようです。長年あそこにいた私は確信していますが、国の設立から闘争の歴史、褐色ロリペタのじゃ仮面主神にアマゾネス国家のアマゾネス姉妹がボスキャラとか、もうとことん負けフラグにしか思えません。縁起を担ぐどころか面倒くさくなるだけですってば。止めましょう、あいつらを帰らせて別の方法考えましょうよ」

 

 「長い、三行で言え」

 

 「どうせ

  みんな

  メス堕ちする」

 

 「良かったな、お前の好きなエロマンガのようではないか」

 

 「そうだけどそうじゃないんですよー……」

 

 「メス堕ちしないアマゾネスなんていないだろう」という愛の神イシュタルと、「メス堕ちにかませが組み合わさって最弱に見える」という現代対魔忍哲学を知るソフィーネの主観は、どうしようもないくらい完全にすれ違っていた。

 

 戦略的には、イシュタルが絶対に正しい。

 

 しかし、どうしてかソフィーネは不安がぬぐえなかった。

 アイズ・ヴァレンシュタインがいずれレベル6になると感じ取ったように、戦士としての勘が騒ぎに騒いでいた。

 

 自分がやったことながら、レベル5に負けたレベル6の姉妹。

 かつての強キャラは、次世代の強キャラの強さを表明するために無残に負ける鉄則がある。この状況ってそれに近くはないだろうかと、ソフィーネはどうしても嫌な予感をぬぐい切れなかったのである。

 

 「これは決定事項だ、諦めろ」

 

 「うー、死兆星ポイントがたまってしまう気がする。いや、まぁいいか。どうせあと六つは余裕があるし、大丈夫でしょう。……大丈夫だよね?」

 

 天に浮かぶ七つの星、死の運命を背負う者の上に輝くというといわれているが、現状輝いているフラグがまだ一つだけ。六つもフラグが積み重なることはなかなかないはずなので、流石に大丈夫だと信じたい。

 

 「じゃあ、私はお留守番でいいですかね?」

 

 心機一転、目を輝かせて主神へと懇願する。

 あんな古巣の連中と会いたくはない。都会に出た人間が、昔の自分を知っている地元の人間と都会で出来た友人を会わせたくないのと同じようなものだ。

 だが、必死にお願いする私を見て、イシュタル様は鼻で笑った。この神、やっぱり「ド」がつくSである。

 

 「お前もついてこい」

 

 「どうして」

 

 現場ネコ目線で静かに抗議する。

 

 「カーリーをお前と会わせること、そしてお前が戦うところをカーリーに見せることが依頼の条件に入っている。本来なら金銭や武具の提供で解決する依頼だったが、お前がいることがわかった瞬間にそうなった」

 

 なんだその条件。

 一瞬意識が天に召されるも、なんとかエロの力を頼りに現世に舞い戻る。

 

 「ちょ、私を売ったんですか?もう私、いらない子ですか!?」

 

 「お前ほどの戦士を手放すわけがないだろう。顔見せ程度だ、それぐらいは我慢するがいいさ」

 

 「そんな殺生な……」

 

 「お前のために方々に手をまわした私の心労も察しろ。それとも、褒美代わりに私と寝るか?」

 

 微笑むイシュタル様のお姿は、まさに美の化身。

 男は劣情をかきたてられ、女性でさえ我を忘れて見入ってしまうほどの黄金の体と美貌は、まさに人ならざる魔性の美である。

 

 他の男娼だけではなく、アマゾネス達もほぉっと吐息を漏らす中。私は満面の笑みで親指を立て、イシュタル様にぐっと向けた。

 

 「チンコが生えたらお願いします」

 

 「遠まわしに断りおって……。いや、まて、まさかこれは本気か?」

 

 「やだなー、私に魅了は通じないのはイシュタル様もご存じじゃないですか」

 

 「そっちではない、たわけ」

 

 苦笑から一点、戦慄するイシュタル様。やばいやつを見る目で私を囲む男娼とアマゾネス達。

 みんな魅了が効かないことを知っているのに、どうしてそこまで驚かれなくてはいけないのだろうか。これがわからない。

 

 時が少し経って、港町のメレンに私はいた。

 

 美味しい焼き魚が食べられると島国日本の血が騒いでいたので、なんだかんだ楽しみにしていた。しかし、見られてはマズいと忍ぶようにして夜間の到着であった。お店は当然やっていない。泣きたい。

 

 美味しい塩焼き魚。ホカホカのご飯。お煮つけ。ほうれん草のお浸し。あるいはゴマ添え。そしてほっかほかの熱燗をぐびっと。

 そんな幻想が木っ端みじんにイマジンブレイカーされたため、ただでさえ落ち込んでた気分はさらに急降下である。帰りたい。

 

 「ちょっとソフィーネ様、これからカーリー・ファミリアとの会談だよ?」

 

 「レナ、本当に行かなくてはいけないの?いろいろと理由はつけたけど、ぶっちゃけ、私は彼女達とあいたくないだけなんだと今気がついたんだ」

 

 「知ってたよ、ソフィーネ様。イシュタル様からの命令なんだ。どうせ行かなくちゃいけないんだから、心を決めたらどうだい?」

 

 「アイシャ、フリュネを私と偽って変装させればよくない?テルスキュラから出てしばらく経ったんだから、どうせばれないでしょ」

 

 「ゲゲゲ、お前のために何かするなんざお断りだよ。何より、お前と私とじゃあ美しさに差がありすぎるってもんさ」

 

 「なら春姫さん、代わりに私の役やりません?」

 

 「え、あ、その、種族的に難しいかと」

 

 神は死んだ。

 仕事で大ミスをやらかした翌日に出勤するような、心が重く陰鬱な居た堪れなさを感じる。辛い。

 

 見覚えのあるテルスキュラのアマゾネスに冷や汗をかかれながら案内され、カーリーのいる部屋へと入っていくイシュタル・ファミリアのアマゾネス達。

 移動の途中、テルスキュラのアマゾネス達は悉くイシュタル様に見惚れていたが、何故か後続を歩く私を見つけて顔を青くしていった。失礼極まりない連中だ。

 

 私はさりげなく団体の一番後ろに下がり、腰を丸めてどっこいどっこいとついていった。

 ダメだ、部屋に入ろうとしたけど足が重い。これはきっと大きな病に違いない。おい、そこのテルスキュラのアマゾネス。私は今から医者に診てもらう。お前が代わりに入って、みんなにそう伝えてきてくれないか。

 

 「そ、ソフィーネ。いくらなんでもそれは無茶だ、私がカーリー様に殺されてしまう」

 

 「私だって無茶を通し、テルスキュラ出ていったんだからきっと余裕余裕。気持ちの問題だって。ほら、松岡修造スピリッツで頑張ってこい」

 

 「それはお前がおかしいからだろッ!?お前のようなアマゾネスが他にいてたまるかっ!!」

 

 こいつはだめだ。

 そう思って他のアマゾネスに視線を向けるも、全員から視線を逸らされた。なんて酷いやつらなんだ。仮にもかつての仲間だぞ、助けてくれたっていいじゃないか。

 

 「おい、なにをやっているソフィーネ」

 

 部屋の中から私を呼ぶイシュタル様から大きな声が。

 テルスキュラのアマゾネス達はその声を天の助けのように喜んでいるが、私はますます気分が落ち込んでしまう。

 

 「カーリーがお前を呼んでいる。諦めて早く来い」

 

 「だってイシュタル様、私の心のチンコが萎えているんですもの」

 

 「ほう、なら勃たせてやろうか?」

 

 めっちゃくちゃ淫靡な声色だったので、なんとか気持ちを盛り上げる。

 肩を落とし、落ち込んだ気持ちを口から吐き出し、足を引きずるように私は部屋に入っていった。

 

 「おお、久しぶりじゃなソフィーネよ!」

 

 仮面の褐色少女つるぺたのじゃ神、カーリーが長椅子にあぐらをかいて私を出迎えた。

 

 本当にあえて嬉しいと、心から楽しそうに笑う姿はロリコンホイホイである。中身はぶっとんだ悪神そのものだが。

 

 あれだ、せめて私に「カーリーが触手とかモンスターとかにねっちょりされる同人誌」とかを描かせてくれたら、少しは嫌いなものも好きになれたと思うのだ。

 ただ、この同盟をイシュタル様が計画していたからか、結局描かせてはくれなかった。おかげで私の苦手意識は、オラリオに来てからも膨れる一方だ。

 

 カーリーの横でこっちを殺気満々で睨み、笑うアルガナ。能面のように感情を見せないバーチェのカリフ姉妹とも久しぶりの再会だ。もう面倒くさい空気を纏っていやがる。

 あんな別れ方をしたのだから、次に会う時はトラブル必至だろうと私だって分かっていたよ。本当、どうして私はここにいるのだろうか。泣きたい。

 

 「久しぶり、カーリー。相も変わらずちっこいですね、ちゃんとカルシウムとってます?」

 

 「かるしうむ?相も変わらずひょうきんなやつじゃのぉ。しかし、イシュタルのように以前と同じく、妾をカーリー様と呼んではくれぬのか?」

 

 「尊敬できる神なら敬称をつけますよ。足にキスだってしてもいい、エロい神ならむしろしゃぶりたい」

 

 「あはははは、つれないのぉ。だが壮健そうでなによりじゃな」

 

 いいえ、今ちょうど体調が優れません。原因はもちろんおわかりですね?あなたがこんな依頼の条件を出して、私のメンタルを損なったからです。本当に裁判できるのなら、いくらかかってもいいから訴えてやりたい。

 何が悲しくてエロマンガを描く時間を削って、カーリーと話さなければいけないのだろうか。

 

 その後、ぼーっとイシュタル様とカーリーのやりとりを聞いていたが、カーリーはやっぱりロキ・ファミリアのティオナとティオネにちょっかいをかけるらしい。

 

 イシュタル様がその話を聞いて軽くぶちぎれているが、フリュネからの提案で目的を隠すためにちょうどいいだろうという話になった。

 これにより、イシュタル・ファミリアは姉妹の決闘を邪魔するであろう、ロキ・ファミリアの足止めをしなければいけなくなったのである。

 

 ……いや、ダメじゃない?

 

 えーと、テルスキュラのカーリー・ファミリアとの連携という時点で、私の中では一敗は確定。

 あの運命力高そうなロキ・ファミリアと戦うというのでもう一敗。フリュネの提案ということでさらに一敗。やっていることが小悪党染みているという点でおまけに一敗。

 

 ……すでに四敗しているような気がするのだが、私の気のせいなのだろうか。

 

 なんとなく視線を「これでいいの?」とアイシャに向けると、「知らん」とばかりに顔を背けられた。ひょっとして、アイシャってうちのイシュタル・ファミリアのこと嫌いだったりする?

 

 「あのー、イシュタル様。本当によろしいので?ロキ・ファミリアとやりあうってマズい予感がするんですけど」

 

 「ゲゲゲゲゲ、怖くなったのかいソフィーネ。レベル6ともあろうアマゾネスが、情けない話だね」

 

 「フリュネ、あのバグファミリアは最近一気にレベル6が増えたんだ。ダンジョンで連携もとれる連中が、個人個人に重きを置くテルスキュラのアマゾネスに後れを取るとは到底──」

 

 私がフリュネに反論しようとした刹那。

 超弩級の殺気と不快感が部屋に満ち溢れた。原因は目の前の悪神達のせいである。

 

 「ほぉう……。レベル6になったのか、ソフィーネ」

 

 カーリーの声は幼声ながら、その口調と眼差しは悪神のそれ。ギャップ萌えは好きだが、こんなギャップ萌えはノーセンキュー。

 なんせ彼女は醜悪にして残虐、自分の想いや愉しみのために、幾百万の人間を犠牲にするくそったれの神様なのだから。

 

 『愛と美』こそイシュタルの神としての存在性であるとすれば、カーリーは『血と殺戮』の戦神である。

 戦士同士の殺し合いを好む神の好意的な視線の意味を、私はあのテルスキュラで嫌というほどに知っている。

 そしてそんなカーリーの傍にいるお気に入りの戦士二人も、もちろんそんなカーリーが治めるテルスキュラの色に染まり切っている。

 

 そんな三人からの視線を一身に受けた私はどう思うでしょうか。言わずもがな、早く帰ってエロマンガ描きたい。こんなアンスレの連中すら裸足で逃げ出すような奴らを、まともに相手なんてしていられるか。

 

 「……ふん。おい、ソフィーネ」

 

 「はい、わかってますよイシュタル様。こんなバカげた話なんて、もちろん乗ることは──」

 

 「一戦やって、格の違いを見せつけてやれ」

 

 「──ありません、って!?」

 

 思わず真横を振り向くと、長椅子に座って顎を優雅にさすっているイシュタル様。大変お美しいのですが、失礼ながらご正気でございますでしょうか。

 

 「見たところ、二人ともお前に勝てるようには思えん」

 

 「ほう、それほどか。それは楽しみじゃのう」

 

 イシュタル様の挑発によって、バーチェの視線が氷点下。アルガナの視線が沸騰。カーリーはニヤニヤで、私はおうちにかえりたい。

 

 イシュタル様は足を組みなおし、私の顔を見て楽しそうに笑っている。

 何を考えているのかわからないが、ただ一つわかることはこの状況を楽しんでおられるのだ。

 

 「ハイポーションなら余裕をもって持ってきている。私の戦士は最強だ、それを思い知らせる良い機会ではないか」

 

 「いや、やってみなければわかりませんが……。え?本当にやるの?だってこれからカリフ姉妹はティオナとティオネ、私はロキ・ファミリアとやるんですよね?」

 

 「ちょっと待つのじゃイシュタルよ、確かに今はお主のファミリアじゃが、ソフィーネはテルスキュラで一番の私の戦士でもある。妾が育て上げた、大切な子供じゃぞ?」

 

 「カーリー、余計に混乱するからちょっと黙っててくれない?」

 

 イシュタル様に必死にいやいやとサインを送っていたが、イシュタル様は私の気持ちを汲んでくれない。

 どうしてと焦りに焦ったその時。イシュタル様は口角を吊り上げて蛇のような笑みを見せた。

 

 「カーリーのところにいたお前と、私のところにいるお前の違いを見せつけてやれ。お前が否定されたものが、どれほどお前を変えたのかを改めて教えてやるといい」

 

 瞬間、私の混乱は那由他のかなたに吹き飛んでいった。

 なるほど、流石は私の主神。エロの道を示し、昏盲の闇を晴らしてくれた愛の神様である。

 

 一瞬にして表情を変えた私に驚く周囲のアマゾネス達。だが私はそれらに一切の気を払わず、ただ自身の主神だけを見つめて問いかけた。

 

 「なるほど、エロの名の下に戦えと」

 

 「愛し、性を確かめ、交わることで戦士は戦士として戦えるのだ。女を覚えて戦場に出た戦士は、戻った後の女との交わりのために戦い抜く。死にゆく戦士は、体を重ねた女を想って母に抱かれるような心持ちで死んでいく。この世において、愛と性は常に戦士の生きる道しるべであった」

 

 イシュタルはちらりと目線をカーリーに向ける。カーリーはその意図を知り、獰猛な笑みを隠そうともしていない。

 

 「戦いのための戦いなど、獣と何も変わりがないではないか。そこに私が認める美も愛もない。わかるかソフィーネよ、カーリーはお前をその獣と見定めて、自分のものと吠えおったのだ。愛と美を司る我が眷属を、お前のことをこの神はそう見定めたのだぞ?これをお前は認められるのか?」

 

 剣呑な光を目に宿し、イシュタル様は私に問いかけた。

 それに私は胸を張り、大地に両足を突き立てて宣言する。

 

 「否。我は愛と性のために生き、そしてエロのために死すもの。断じて我が本懐は殺戮と血の頂にあらず」

 

 アルガナとバーチェから極寒の殺意を向けられるも、何も怯えることはない。

 私にはエロがある。多くの描き連ねたエロマンガの歴史がある。アルガナよ、バーチェよ、お前たちは数多の屍の山を築いてきたが、私もまた多くの性癖の深い沼にもまれながら生き抜いてきた。絶対に負けられない。

 

 「言うようになったではないか、ソフィーネ」

 

 自身の在り方、存在を否定されたにも関わらず、カーリーは楽しくて仕方がないといった様子だ。わくわくと身体を震わせ、そして喜悦に顔を滲ませている。

 

 当然だ、この神は闘争と殺戮を求めて下界に降りてきた。

 闘争の行く末、そこに生まれる『最強の戦士』だけをカーリーは望んでいる。その間の過程や信念など、カーリーにとっては極めてどうでもいいものなのだから。

 

 「どちらとやる?アルガナか、バーチェか?」

 

 「時間がもったいない。二人まとめて相手をする」

 

 「くかかかかっ!二人ともに、あの頃よりもより強大な戦士に育っている。それを知らんわけではないだろう?」

 

 同胞のアイシャやレナが不安そうに此方を見ているが、どうか心配しないでほしい。

 エロのために戦う私は、常に多くの壁を乗り越えてきた。私はこのエロのための戦いで、また一つ強くなれる、

 

 「この二人がいくつもの壁を越えたことは、悍ましい気の流れから理解できる。だが、成長したのは二人だけではない」

 

 ずっとエロマンガを描き続けてきた私を舐めるなよ。……あれ?そういえば、オラリオに来てから戦った記憶があんまりない。

 いや、欠かさずに刃牙式妄想格闘訓練はしていたが、現実で真面目に戦ったのってあの変な触手ぐらいなのでは?

 

 少し不安に感じて視線をアイシャとレナに向けると、マジかよって視線で返された。いや、なんか、ごめん。

 

 「その心意気やよしッ!アルガナ、バーチェ、良いなッ!?妾はもう楽しみで仕方がないッ!!」

 

 深夜の大移動といったらロマンがあるが、実際はカーリーが戦う場として目星をつけていた海蝕洞に場所を移しただけである。

 雑木林を抜け、さらに深い洞窟を進んだ先に見えてくる大きな空洞。天井の細い裂け目から私たちに降り注ぐ月の光は、なんとも幻想的であった。

 そしてテルスキュラの神が、バビロニアの美の神が、連なる黒い岩肌の頂点に座し、数多のアマゾネス達が固唾をのんで中央に立つ私とカリフ姉妹を見守っていた。

 

 向き合ったアルガナは獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべ、私見て舌なめずりをしている。エロいんだけど、下手にこいつを知っている分妄想が捗らない。

 

 「楽しいなぁ、ソフィーネ。お前はテルスキュラでの戦いで私を殺さなかった。その事実が、どれだけ私に辛酸をなめさせたのかわかるか?」

 

 「知らんがな」

 

 会話の一刀両断に、目を白黒させるアルガナ。

 「お前の方は何かあるん?」とバーチェに目をやると、静かに目を伏せた。相も変わらず静かなアマゾネスである。

 ならばと私は拳を突き合わせ、呼吸を整え、気を高めながら目を見開く。

 

 「エロのための闘争、それに他の理由は不要。上等な料理に蜂蜜をぶちまけるが如き愚行。二人は私を殺したい、私はエロの求道を示したい。それ以上の理由が──必要ですか?」

 

 「……へぇ、テルスキュラを出てどんなぬるま湯につかっていたんだと思ったが」

 

 アルガナの顔が鬼のように歪んでいく。殺し合いの中で血を啜りに啜った女だ、そう見えても仕方がないだろう。殺してきた人間だけが持つ、人ならざる圧力をアルガナからは感じる。

 

 「お前はやはり、テルスキュラの戦士だ」

 

 おいこら、私はオシャンで文明的なオラリオ民だぞ。お前らと一緒にするんじゃない。

 顔を顰める私に、声を上げて笑い出すアルガナ。なんとなく視線を妹のバーチェに向けると、アルガナの言葉に納得している様子であった。本当に失礼な姉妹である。

 

 「これ以上ないぐらいに不快なことをいうんじゃないっての」

 

 「あはは、やっとお前のその調子に乗った顔を崩せたなぁ。……いくぞ、バーチェ」

 

 テルスキュラ最恐にして最凶の姉妹が並び、構えた。

 ああ、その構えを一目見て分かるとも。あれからまたずいぶんと殺し合ったんだな。お前たちの足元に、血まみれになったテルスキュラの亡者達の波が見えるよ。

 

 これが我が愛と美の神イシュタルと、闘争と殺戮の神カーリーの格を競う代理の戦いだとするのならば、私はやっぱり負けたくないし負けられない。

 

 ありがとう、アルガナ、バーチェ。

 もし、お前たちがあのエロフのお姉さまのように。オネショタ、あるいはショタ攻めに目覚めていたならば、私は……ここまで『ケツイ』を決められなかった。

 

 「アルガナ、バーチェ」

 

 「なんだ」

 

 「……」

 

 名前を呼ばれ、より闘気を高める二人へ向けて。

 私は歯を砕けそうになるほどに嚙みしめ、体内の気の経路を切り替えた。

 

 「食べられなかったから明日こそ、朝から新鮮とれたてのお魚を頂きたい。だから全力で、短時間でいきます──『偽・殺意の波動』

 

 ソフィーネの言葉に、アルガナは「ふざけやがって」と言葉が飛び出そうになる。

 

 だが、その言葉がアルガナの口から発せられることはなかった。ソフィーネが放つあまりにも大きすぎる殺意の濁流が、この黒色の空洞に吹き荒れたからだ。

 

 アルガナは口をすぐさま閉じ、歯を食いしばった。傍に立つ妹のバーチェも、目を見開き、瞬時に魔法を発動させて、全身に相手を蝕む毒液の鎧を身に纏う。

 

 バケモノめ。

 

 カリフ姉妹の心は同じ想いであった。

 己こそテルスキュラの真の戦士であると自認する彼女達ですら、これまで見たことのないソフィーネの変化には驚きと恐怖を感じた。

 

 昼行灯とした普段のふざけた様子は欠片も見られず、この戦場に立つ姿は破壊と殺人衝動に突き動かされる殺人拳の権化そのもの。

 

 人が本能から忌み嫌うような悍ましい気に取り込まれ、殺意の奔流を暴れさせる姿に、誰があのエロマンガをヨダレ垂らして描いているソフィーネの姿を重ねることができるだろうか。あまりの変わりように、ソフィーネをよく知る者ほど動揺を隠しきれない。

 

 戦いの神であるカーリーだけが、この戦いを笑って心の底から楽しんでいた。

 

 「おおおおおッ!ソフィーネめ、ずいぶんと親を楽しませてくれる孝行な娘ではないか……ッ!!」

 

 ソフィーネは紫の気炎を身に纏い、アマゾネスの勇敢な戦士達ですら怯えすくむ威圧を放っている。

 そして深紅に輝く両目は、荒ぶる竜のように殺気一色に染まっていた。

 

 だが、ソフィーネはまだ止まらなかった。

 

 「『偽・殺意の波動』、重ね合わせ──『偽・静動轟一』」

 

 瞬間、バーチェとアルガナは地を踏み抜いた。

 

 このままでは不味いと。このままでは何か良くないことが起こると、本能で理解したからだ。

 この場にいる誰よりも優れた戦士である二人は、より強烈な死のイメージを数瞬の未来からまざまざと見せられてしまった。 

 だからこそ、カリフ姉妹は瞬時にソフィーネへと襲い掛かっていったのである。

 

 それはまさに神速。まさにレベル6と感嘆するほどの驚くべき速さであった。

 このオラリオでさえ、この時の彼女達の速さを完全に見切れるものはそうはいない。

 

 アルガナは左上から。バーチェは右下から。

 互いに殺し合うべき定めを受けたと覚悟する姉妹は、生まれて初めて互いに真に心を合わせ、戦士として連携し、足を踏みしめ腕を振りぬいた。それはテルスキュラの生き字引であるあのカーリーですら、あっと見惚れるような素晴らしい拳と手刀であった。

 

 最高のタイミングだった。

 

 最高の一撃だった。

 

 カリフ姉妹の人生の中で、これ以上の一撃はなく、また、これからもないと確信する一撃が、一つの連なる龍の如くソフィーネを襲った。

 

 この時、カリフ姉妹の攻撃をかろうじて確認できたのは、オラリオ有数の実力者であるレベル5のフリュネ。そして、彼女達の殺戮を常に間近で見続けたことで、目を肥やしてきた神カーリーだけである。

 他はカリフ姉妹の攻撃を視認するどころか、その影を追うことで精いっぱいであった。

 

 故に、正しく二人の一撃を見ていたフリュネとカーリーは戦慄することになる。

 

 「『瞬獄殺』」

 

 二人の攻撃を放った手は無残に折られていた。

 

 二人の頭、胴体は大地に叩きつけられていた。

 

 二人は血反吐を吐き出し、涙と涎を吐き出し、大地をボールのように転がっていた。

 

 この間、フリュネとカーリーは何も見えなかった。

 何かが起こったことは分かる。しかし、それが何なのかは全くわからなかった。

 なんらかの魔法が発動したといってくれれば、まだ何かしらの納得ができただろうに。

 

 だがこれは魔法とは違う、これは武である。

 一つの武が、まるで魔法の如くテルスキュラ最高位の戦士を、テルスキュラの最高位の戦士の一撃を、羽虫を払うかのようにあっという間に蹂躙し尽くしたのだ。

 

 アルガナは失いそうになる意識をなんとか繋ぎ止めながら、地に伏すままに心の中で葛藤していた。

 

 これが戦い?

 こんなものは戦いとは言えない。ゴブリンとドラゴンが戦うことを、果たして戦いと言えるのか。それはもっと別のものだろうに。

 

 アルガナは大勢の戦士を殺し、血を啜り、彼らの命を自分のステータスに変えてきた。

 

 そんな道を歩んだからこそ、アルガナ自身もまた同じように殺される覚悟をもっている。

 カーリーに連れられてこの地に来て、自分と同じもう一つの姉妹、その姉とティオネと戦うよう命じられてから、その覚悟はより一層深まっていった。

 ティオネは良い目をしていた。アルガナはティオネが自分を殺すかもしれないと、期待と興奮を感じていたのだ。

 

 そう、狂戦士といわれるアルガナにも戦士の哲学がある。

 それは殺されたものは殺したものの中でずっと生き続けるというものだ。

 この哲学はファルナを与えられ、戦い続ける中で、アルガナに『呪詛』という明確な形で現れた。

 

 『血潮吸収』

 

 神より恩恵を得た者の血を吸った分だけ、アルガナのアビリティを上昇させる。

 

 まさにこれは天命であるとアルガナは受け止めた。

 殺し、殺され、命を繋いでいく。例えその先に一人になってしまっても、私は何も寂しくはない。

 何故ならば、私が殺してきた者たちの血は私の血と溶け合い、私の中でずっと一緒に生き続けるのだから。

 

 そして、やがては最強の──戦士になるか──その──糧──に?

 

 糧?私はソフィーネの糧になれるのか。あれはあまりにも傲慢に過ぎる武であった。

 ソフィーネの力にテルスキュラの戦士達の魂はない、血は流れていないと思えてしまった。そう、あれは全く別の次元の、より悍ましいなにかの集まりだ。

 

 ああ、私は殺すのも殺されるのも寂しくなかった、怖くなかった。何故ならずっと一緒に生き続けるのだから。

 だが、私がソフィーネに殺されたらどうなる。私の戦士としての歴史は、血の価値はどうなる。私の血をソフィーネは継いでくれない、見向きもしないと気がついてしまった。

 

 なら──ここで死ぬ私は、なんの意味があるのだ?

 

 「アルガナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 誰かの叫びによって、アルガナのどろどろになっていた意識が覚醒した。

 

 すぐに手をついて跳ね上がった。もう逃げろ、戦えないと悲鳴を上げる体を無視して体勢を整えた先にあったのは、驚くべき光景であった。

 

 「バーチェッ!?」

 

 それは『ヴェルグス』の魔法を発動させ、膨大な量の毒液と全身をもってソフィーネに組みつき、動きを拘束したボロボロの妹の姿であった。

 

 「ほぉう、バーチェのやつめ。この土壇場で自分を成長させるとは」

 

 姉妹の主神であるカーリーの口から、感嘆の声がこぼれ落ちた。

 

 習得時のバーチェの魔法の範囲は、発動の起点となる片腕だけにとどまっていた。

 しかし、彼女はテルスキュラで行われる殺し合いの中で、己と魔法をどんどんと成長させていった。その威力と範囲は増加していき、ついにはその毒は大地を溶かし、全身に纏うまでに至った。

 

 そして、ソフィーネという強大な敵との戦いにおいて、バーチェはさらに進化を遂げたのだ。

 

 ソフィーネを包む黒紫の毒液は絶えず流動し、圧力をもってソフィーネの全身を押さえつけている。そう、バーチェは毒のより細かな流体操作を可能としたのである。

 

 これほどの進化を短時間で成しえたということは、それだけのストレスをソフィーネがバーチェに与えたということだ。

 一体どれだけのストレスを、どれほどの命の危機をバーチェはソフィーネとの戦いで感じたのだろうか。想像するに余りあるものなのだろう。

 

 バーチェは意識がはっきりとした時から、記憶の繋がりを得たその時から、姉であるアルガナを恐ろしいバケモノとして認識していたという。

 

 才能を分けた姉は、いずれ私を殺すだろう。例えどこかに逃げたとしても、きっと追ってきて私を殺すとバーチェは確信していた。

 そして一度姉に殺されかけ、カーリーに止められて一命をとりとめたときから、バーチェは死を恐れる戦士に変貌を遂げたのであった。

 

 バーチェが口を閉ざすようになったことも、無表情になったことも、一度その苦しみと恐怖、想いを吐き出してしまえば立ち上がれなくなってしまうからこそ。

 生き残るという生存本能を闘争心に変えて戦ってきたバーチェであるが故に。これまで圧倒的強者であったアルガナよりも先に我を取り戻し、立ち上がり、ソフィーネに立ち向かっていけたのかもしれない。

 

 だが、その決死の拘束の代償は大きいものであった。

 

 「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」

 

 本来であれば、毒液をもって相手を骨の髄まで溶かし殺すバーチェであったが、ソフィーネを拘束することによって逆に甚大な被害を受け続け、負傷してしまっている。

 

 ソフィーネの放つ負の闘気が実体となってバーチェの毒を押し返し、逆にバーチェの肉体と心を蝕んでいっているのだ。

 なんと悍ましく、恐ろしい気の波動なのだろうか。このままではすぐにバーチェは力尽き、身も心も廃人となってしまうだろう。

 

 だからこそ、バーチェは叫んだのだ。

 

 沈黙というバーチェ自身の心を守る誓いは、他ならぬバーチェによって破られた。

 彼女の顔はずっと抑え込んでいた恐怖と、心を破壊するほどの苦痛によって歪みに歪み、もはや【蠱毒の王】と称された戦士の輝きは見る影もない。

 

 それでも、彼女が戦士として立脚するところの「生きる」という想いだけは失われていなかった。

 

 「生きる」ために己の誓いと戦士の心を犠牲にした。

 「生きる」ために、己の体と心を犠牲にした。

 

 それは目の前のバケモノを倒すために、少しでも可能性のある姉の力を生かすためのものであった。

 

 「おおおおおおオオおおぉぉぉぉォォぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

 

 バーチェの『ケツイ』は、バーチェの魔法に変化を与えた。

 バーチェの『ケツイ』は、折れそうになったアルガナの心に火をともした。

 

 アルガナは立ち上がり、体に付着した自身と妹の血を啜り、叫び、ソフィーネに襲い掛かる。竜の皮の髪留めが離れ落ち、土と血に塗れたアルガナの灰色の長髪が天を舞う。

 

 だが、『ケツイ』はより大きな『ケツイ』によって踏みにじられるものだ。

 かのゲームの中でアンダインが、サンズが、全てを賭けてまで挑んだプレイヤーの『ケツイ』を超えることができなかったように。

 

 「──重ね合わせ三重、『偽・一刀修羅』」

 

 武の道を進む者に、破滅をもたらす三重奏。

 

 自爆技というロマン技の上に、さらに自爆技を積み重ねる暴挙。

 しかし、エヴァでマリさんも言っているではないか。『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』と。

 命を削ってタイムを削るTASさんのように、命をぎりぎりまで削ってモンスターを短時間で撃破するハンターのように。ソフィーネはさらに固い決意を武をもって示さんとした。

 

 アルガナとバーチェは強い。

 その執念、その勝利への渇望。彼女達の全ては本物の戦士であるとソフィーネは認めている。

 

 故に全力。故に破滅の三連発。

 

 あと一歩踏み出せば、廃人となりエロマンガを二度と書けなくなる。

 そのギリギリの瀬戸際で、ソフィーネは『ケツイ』を新たにした。

 

 襲い掛かったアルガナが。拘束するバーチェが。見守るイシュタルが。哄笑するカーリーが。恐れ戦くアマゾネス達が。

 

 戦いの壮絶な終わりを目撃する。

 

 「『偽・破壊殺終式・青銀乱残光』」

 

 人を超えたからこそ放てる人外の妙技。

 無数無影の拳の乱撃がまるで花火のように咲き乱れ、ソフィーネを包んでいた毒の乱流を跳ね飛ばし、決死の覚悟で戦ったアルガナとバーチェを飲み込んだ。

 

 刹那、殺意の波動と極技の衝撃が空洞を蹂躙。

 戦いを見守っていたアマゾネス達を壁に吹き飛ばし、黒い岩肌は亀裂が生じて振動し、僅かに見えていた天井の月明りは、空洞の崩壊によって月を露わにした。

 

 「あははははははハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!!!!!」

 

 カーリーは大口を開けて笑った。笑い続けた。

 

 月明りが洞窟全体を照らし、ソフィーネがただ一人その中心で佇む。その足元にはぼろ雑巾のように転がったバーチェとアルガナの姿。

 

 誰もが口を閉ざし、ソフィーネに恐れ怯える中で、カーリーはただ一人笑い続けた。

 ソフィーネの主神であるイシュタルですら想像を超えた戦いに我を忘れていたというのに、カーリーはこの戦いをずっと正気で楽しんでいたのだ。

 

 ずっとカーリーは夢を見ていた。

 何百何千何万という下界の子供たちを犠牲にしても、恋焦がれて見たかった戦士の頂。ずっと至高の武を追い求めていた。

 

 そんなカーリーは、ついに真に価値ある戦いを目撃したと確信する。

 

 「最高じゃ、最高の気分じゃよソフィーネッ!妾はもう言葉が見つからないッ!お前であれば、きっと、きっと妾が夢見た最強の戦士へと至ることができるッ!間違いなく、お前が、お前こそテルスキュラ最強の戦士じゃッ!」

 

 笑い、笑い、笑い続け、そしてカーリーは咳き込んだ。

 

 「ぐぅえ、ごほ、がほ、ちぃッ!粉塵がまだまだ収まっておらんからな。吸い込んでしまったわ」

 

 ふぅ、と息をついて冷静さを幾分か取り戻したカーリー。

 しかし、神はソフィーネを見下ろし、そして何かに驚いたように感動の声を上げた。

 

 「む?まさかソフィーネよ、アルガナとバーチェを殺しておらんのか?あの技であれば確実に仕留められただろうに、あえて見逃したのか」

 

 嘘だろ、この光景に我を忘れていたアイシャやフリュネが声を漏らす。

 慌てて観戦していたアマゾネス達がアルガナとバーチェを見れば、確かに微かに呼吸をする様子が見てとれた。

 全身どこを見ても傷だらけで血を大量に流していたが、それでもカリフ姉妹は生き残っていたのである。

 

 そんな三人を見咎めたカーリーは、恐ろしい一言を放った。

 

 「しまらんのぉ。ソフィーネよ、お前が勝者じゃ。だから敗者は殺してしまって構わんぞ。お前がテルスキュラを出るときのように、二人を殺すことを止めはせんから」

 

 ひっと春姫が息を呑み、その体を支えていたアイシャが目を見開く。

 戸惑いが大きいイシュタル・ファミリアに対して、徐々に状況を飲み込めていったテルスキュラの戦士達は興奮に頬を染め上げ、期待に胸を膨らませて立ち上がっていく。

 

 「もう十分すぎるほどに楽しめたわ。ティオネとティオナの前菜代わりに戦ってもらったが、こんな前菜を超えるものはもう出てこんじゃろう」

 

 真の戦士の誕生に、テルスキュラの戦士達は叫喚して祝福した。そして叫ぶ、アルガナとバーチェを殺せと。その叫びは聞く者すべてが呪いのように感じるものであった。

 

 「そいつらは、お前の仲間じゃないのか……?」

 

 アイシャが目に怒りを宿して、カーリーへと疑念を呈する。だが、カーリーは不思議そうに首をかしげるばかりであった。

 

 「そうじゃな、アルガナとバーチェは素晴らしい妾の子供たちじゃ。故に、感謝をせねばなるまい。ここまでの戦士に育ってくれたことに、ここまでの戦いを妾に見せてくれたことにの。最強の戦士の可能性は、次世代であったティオネとティオナ、そしてソフィーネに引き継がれた。そしてソフィーネはその頂に手をかけておる。故に、アルガナとバーチェはもう十分じゃ」

 

 「お前ッ!?」

 

 「アルガナとバーチェはこれよりソフィーネに殺される。そしてソフィーネの血はさらに深まっていく。そのきっかけになったアルガナとバーチェへの感謝は、言葉に言い表せないほどじゃ。そうじゃな、妾はこの二人の姉妹をまさに愛しておるよ」

 

 カーリーの眷属達への慈愛は本物である。

 しかし、闘争と殺戮を司る神の愛はここまで歪んだものかと、アイシャとイシュタル・ファミリアのアマゾネス達は心臓が凍り付いた。

 

 イシュタルも同じ美の女神であるフレイヤへと、異常とも言える憎しみと執着を見せている。

 イシュタル・ファミリアの面々は、カーリーもイシュタルとはまた違う形に心の向け方を変えただけであり、自身の快楽と興奮に従う快楽主義者なのだと正しく理解させられた。

 

 もう、止めることができない。

 

 誰もがそう考え至って、終わりを今か今かと待つばかりであった。……一人のアマゾネスと、神を除いて。

 

 「え、いやですけど」

 

 「「「「は?」」」」

 

 このソフィーネ、空気を読むならエロマンガなんて描き始めていない。

 

 いつだってマイペース。そこにエロがあるのであれば突き進む彼女が、そもそも闘争の神のいうことを聞くわけがなかった。

 

 「なんで私がカーリーのいうことを聞かなくちゃいけないんですか。あの、イシュタル様?マジでやるんですか?そしたら私たちが今回ここに来た理由も、私がわざわざ戦った理由も全部なくなってしまうんですけど」

 

 彼女がこの場で従うべき存在は、決してカーリーではなかった。

 従うべきは己が敬愛するファミリアの主神、イシュタルの言葉である。

 

 イシュタルはポカンと呆けたカーリーへ、嘲り目を向けて嗤った。

 

 「まだそいつらは使えるのか?」

 

 「急所も外しているので、ハイポーション使えばだいたい治ると思いますよ。むしろ、強引にアビリティを高めたことと、彼女たちの急所を外すために少し無理をした私の方が、回復にもっと時間がかかるような……?」

 

 「やれとはいったが、ここまでやれとはいっておらん」

 

 「一時のテンションに身を任せた結果です。でも、十分示せたのでは?」

 

 「だ・か・ら、ここまでやれとはいってないだろうに。まったく、お前というやつは……」

 

 「ご、ごめんなさい……」

 

 イシュタルからの指示によって、慌てた様子でアマゾネスの一人がハイポーションをもって三人へと駆け寄っていく。一本受け取ってその場から離れていくソフィーネ。アマゾネス達がまるでモーゼの海割りのように、ソフィーネの道を開けていく。

 

 ざわめきが生まれ始める中、カーリーは不満いっぱいといった様子で頬を膨らませ、苦い顔を晒していた。

 

 「……イシュタルよ、妾のソフィーネをここまで至らしめたことには感謝しよう。しかし、よくもここまで難儀なこいつの心を盗みよったな。魅了でもしおったのか」

 

 じろりとイシュタルをカーリーは怒りのままに睨んだ。

 

 「ふっ」

 

 イシュタルはそれを鼻を鳴らして一蹴。余裕綽々と言った表情に、カーリーの額には怒りの四つ角がいくつも浮かび上がった。

 

 「おい、調子にのるなよ。絶対にソフィーネはいつかテルスキュラに連れて帰るからの」

 

 「お前の言葉をそのまま返そう、『女神の嫉妬ほど醜いものはない』だったか?ん?」

 

 「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎ。こうなればティオネとティオナは絶対に連れて帰ってやるわ。その時までの楽しみとして取っておくだけじゃからの」

 

 鼻高々に機嫌が良いイシュタルと、悔しさを顔に滲ませて歯ぎしりするカーリー。二人のやり取りをソフィーネは遠くからちゃっかり耳にしていたが、流石に付き合いきれないと足早に去っていた。

 

 次の日、ソフィーネはハイポーション使ったのにめっちゃ筋肉痛になっていた。そして胃が食べ物を受け付けなかったために、結局は魚を食べ逃した。ソフィーネは泣いた。




二万字とかどうした私。
ネタ系って最適な読みやすさは8000字ぐらいだと個人的には思うのですが、長くなってしまった。ひょっとすると、本編はエロフのお姉さまとのやり取りであとはおまけなのかもしれない。長くなったのは、自爆技の自爆技を書く楽しさとロマンに勝てなかったから。

次でソードオラトリア6巻は終了予定。

ちょっと面倒くさくなったアルガナバーチェとティオネティオナの戦い、あと持ち越された主人公とベートさんを中心にしたロキ・ファミリアの軽い戦いを挟んで、戦闘遊戯でベル君との出会いを書くんだ!

感想ありがとうございます。だいたいノリで書いているので、皆さんの暇つぶしになれたら幸いです。あと誤字報告してくれる方ありがとうございます。後書きでも誤字やらかしてるポンコツです。

最近は友人といろんなアマゾネスについてズームで飲み会しながら話していたら、「テルスキュラのアマゾネスってあの環境だともれなく愛着障害を根底に、様々な精神障害を発症してそうでやばいわ。テルスキュラのSAN値やばいわ。あと、ダンまちのアマゾネスの父性原理と女性原理がやばそうで草」って話で盛り上がりました。

友人が糖尿になって仕事がめっちゃこっちに来そうになってますが、どうか皆様も糖尿と花粉症に気をつけて、お体をご自愛くださいませ。


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TSもショタも男の娘も、みんなホモでは?(後編)

なんか気がついたらできてました。
タイトルどうしようかと五分ぐらい悩みましたが、前回の流れ続きならこれだわってなりました。深い意味はないし本文に合ってない(脳死)


 「馬鹿と煙は高いところが好き」という言葉がある。

 

 以前、オラリオの巨塔に居を構えて街全てを見下ろすフレイヤに苦言、いや、罵詈雑言を吐き出していたイシュタル様。

 

 あまりに空気が悪くて周囲のアマゾネス達も困惑していたため、私が「でも、こんな言葉もありますよ」と件の言葉をお伝えした。

 するとイシュタル様はそれは的を射ていると大笑いして、非常に機嫌を良くなされていた。

 

 「盤上の外から蟻どもを見下ろすというのも、悪くないな」

 

 そんなイシュタル様は、港町の最高級宿の最上階にて、豪著な椅子に腰かけながら、窓の外の湖と町の夜景を一望している。

 

 ……えーと、私は何も考えていない。

 

 ブーメランとは私の中では投げて返ってくるものではなく、海辺でマッチョが履いて歯を見せて笑う例のあれである。だから何も私は見ていないし、気にしてもいないのである。

 

 座禅を組んで集中し、傷ついた気の経路を回復させながら、視線を努めて下に向けて黙り込んだ。

 気を使ってくれたのだろう、顔馴染みのアマゾネスが酒と魚の炙った干物を持ってきてくれた。申し訳ないが、つまみの方だけ頂いて酒は返す。

 

 「なんだい、酒は嫌いな方だったか?」

 

 壁に寄りかかって腕を組んでいたアイシャが、怪訝な様子で私を見つめる。

 私はよくわからない魚の干物を骨ごと噛み砕き、咀嚼する。うん、これは美味しい干物だな。香ばしい匂いが鼻を通って、頭の中がとても幸せになった。

 

 「いや、嗜む程度には好んでいるよ。ただ、今は体の調整中だから酒を飲むのはちょっとなぁ」

 

 内臓に神経、気の経路やら心の乱れなどを注意して観察する。

 損傷や乱れがあれば、そこに集中して治癒の気を送り続け、回復を促していく。

 

 「ソフィーネの更新後のアビリティは、大幅な数値の上昇を見せていた。まだまだ時間はかかるが、決して遠くはない未来にはレベル7にも至るであろうな」

 

 真っ赤で血のように赤い果実酒を受け取ったイシュタル様が、頬を緩ませて満足げに微笑んだ。

 

 同室にいたアマゾネス達は、その言葉を聞いて驚きに騒めいてる。ただ、アイシャとフリュネだけは、何処か複雑な面持ちであった。

 フリュネは私のことを嫌いだからわかるのだが、だんだんとアイシャの私への態度も変わってきている。嫌われてはいないようなのだが、何故か焦りと少しの敵意が感じられた。

 

 「そう思えば、結果としてはカーリーの誘いも悪くはなかったか。ソフィーネの経験も積めた。あとはあいつらがロキ・ファミリアの幹部を一人でも減らせれば上々よ。恨みは全て田舎者どもの方に向かい、失敗してもまた別の連中を呼べばいい」

 

 「あれ?あんまり期待はしておられないので?」

 

 そう尋ねながら腕をぐるぐると回していると、部屋に敷物と香が運ばれてきた。

 マッサージ、按摩のようなものをしてくれるらしい。案内されるがままに横になった私の背にのったアマゾネスが、丁寧に体をほぐしていく。

 

 おぉ、普通のマッサージだ。アジアンチックでオリエンタルチックな感じ。顔がへにょってしまう。

 ……普通のエロくないマッサージだ。別に期待はしていなかったのだが、それはそれとして残念である。

 

 「そうか、お前は見ていないのだったな。あの後に治療された姉妹の顔の有様よ」

 

 ソフィーネが去った後に残された戦士二人、アルガナとバーチェは茫然自失といった様子であった。

 常に不遜な態度で不敵な笑みを浮かべていたアルガナの顔は、能面のように感情を失っており、時折拳を強く握りしめていた。

 バーチェの変化の乏しい表情はさらに暗くなり、より冷たく重いものを覗かせるようになった。

 

 「カーリーもロキのアマゾネスの姉妹に期待を寄せているようであったしな。ロキ・ファミリアのレフィーヤとかいう魔道師をさらって人質にしたようだが、あの様子ではどこまでやれることか」

 

 「ああ、そこ効きますねぇ……。それで、私はどの程度やりましょうか?あんまりガチってしまうと、恨みがあっちじゃなくてこっちに飛んできますよ」

 

 特に体が凝っていたわけではないが、この適度なマッサージの刺激は心を癒してくれる。心の癒しは気力の回復となり、より全身に良い気の流れが行きわたっていった。

 「うまいですねぇ」と背中に乗っかっているアマゾネスを褒めると、嬉しそうに頷いてくれる。その仕草や表情が可愛らしい。

 

 「こちらは注意をひいて足止めをするだけでいい。先日のように、そこまでお前が気合を入れて戦う必要はないからな。既に種も撒いてある」

 

 「種?」

 

 「なぁ、アイシャよ」

 

 長脚のアマゾネスが、その美貌を硬い表情に変える。

 二人の奇妙なやりとりに、私の中で少しの疑念が生じた。種と聞いたらだいたいはエロいものだが、嫌な予感しかない。

 

 「確かに命令通りに運んだけど、何だい、ありゃぁ」

 

 「へ?そんな珍妙な兵器だったのですか」

 

 「……もっとたちの悪いものだよ」

 

 そんなに変なものが、イシュタル・ファミリアにあっただろうか。

 変なもの……英国の最終兵器、パンジャンドラムとかか。オラリオでパンジャンドラムが暴れまわるのか。世も末だな。

 

 いや、変な電波を受信してしまった。流石にこんなオラリオまでジョンブル魂は届いちゃいないだろう。むしろ来ないでほしい、飯がマズくなる。

 「メシマズとか実は冗談なんでしょ」って海外旅行してきた友人に言ったら、「イギリスには豊かな食文化がある。中華とインド料理とマックみたいな国際的な料理チェーン店があるからだ」と彼は笑っていた。察した。

 

 「では何をアイシャは運んだのだろうか?」と、ぼけっと考える。イシュタル様は含み笑いをしながら、不思議そうな私に答えてくれた。

 

 「お前も戦っただろう、あの珍妙な植物型の魔物だ」

 

 「え?」

 

 植物型の魔物……。ひょっとして、残念触手?

 

 聞けばイシュタル様も詳しくは知らないが、あれを使ってオラリオの水面下で動いている連中と、少しの繋がりがあるらしい。

 

 レナやフリュネ達は「そんなものか」と気にしていなかったが、実物を運んだアイシャと、実際に戦った私の反応は違った。

 

 え、あれはマズくない?

 

 目を伏せて持ち場に戻っていったアイシャを見送りながら、私の頭の中ではどったんばったん大騒ぎの最中である。

 

 ダンジョンの奥深くまで潜り込み、今のオラリオで一番ダンジョン開拓をしているロキ・ファミリア。

 そんなロキ・ファミリアの冒険者達ですら、戦ったことがない魔物があの残念触手達であった。

 つまり、ロキ・ファミリアですら中々知りえない魔物の情報をイシュタル様は知っており、そんな魔物の出所も知っていて、さらにはその出所と個人的なつながりもあるのだという。

 

 判決、有罪(ギルティ)。

 

 私の頭の中のなるほどくんが、「異議ないです」と自分のアイデンティティを投げ捨てやがった。「ゆさぶり」や「ムジュン」をつきつけたら、(かえ)って状況は悪化するそうです。泣きたい。

 

 ああ、所属している会社の経営陣が偽装をやらかしていて、偶然発見してしまった平社員のような気持ちだ。吐き気がやばい。こんなのどう考えても黒じゃないか。

 そういえば、アイズやレフィーヤが怪しげな集団、闇派閥の残党どもと殺し合ったと聞いた。その戦いの最中、残念触手も闇派閥に味方してロキ・ファミリアに襲い掛かっていたらしい。

 

 つまり、そういうことである。辛い。

 

 「えー、あのー、それは絶対にやばい繋がりですよね?ギルドどころか、オラリオの連中にばれたら全員から潰されるような関係ですよねっ!?」

 

 「利用できるものはなんでも利用するといっているだろう。それに元々、このメレンはあれを用いて安全を確保して漁を行っていたのだ」

 

 なんだ、それは残念触手が漁で男たちとガチムチしていたということなのか。どこぞのお姉さまは喜ぶだろうが、私はぽろりもある水着大会の方が嬉しいんだぞ。

 

 詳しく話し始めたイシュタル様に、だんだんと頬が引き攣っていた。それは想像以上に深刻な問題であったのだ。

 

 近年、海に存在する魔物が年々増加し、凶暴化していくことによって、メレンの漁師たちの被害が拡大していたようだ。

 

 近海の魚は魔物に食い荒らされ、漁がまともにできなくなってしまった。

 そこでニョルズ・ファミリアの漁師達は、海原にでて漁をするしか道が無くなってしまった。しかし、危険な海原での漁は簡単なことではなく、命の危険が常につきまとってしまう。

 

 海原で漁をするたびに、魔物との戦いで愛しい眷属達は死んでいく。

 金で方々から食材を仕入れられるオラリオとは違って、メレンに生きる人々は漁をしなければ生活が立ち行かない。だからいくら危険であっても、漁を止めることはできなかったのだ。

 

 大切な眷族の祖父が死に、その父が死に、その子も死んでいく。

 その子供も、さらにその子供たちも死んでいく未来が、メレンにはすぐ間近にまで迫っていた。

 

 地上とは違い、海の魔物は駆除しにくい。

 海洋の大ファミリアであるポセイドン・ファミリアがどれだけ魔物の駆除を頑張っても、焼け石に水であった。

 

 このままでは、ここメレンだけではなく、世界の海がこの危機に陥っていくことになるだろう。

 この事実に漁を司る神のニョルズは苦慮し、悩みと葛藤を抱えていた。

 自分の愛しい子供達の未来、愛する海の未来は、あまりにも救いがないものであったのだから。

 

 しかし、メレンの漁師達を取りまとめるファミリアの主神、ニョルズはこれを解決する方法を見つけてしまう。

 海の上で漁をする漁師ではなく、海の中で魚を食い荒らす魔物の魔石を優先して狙う食人花の特性を知り、それを扱う怪しい連中と知り合ってしまったのだ。

 

 これより、メレンのギルドや名家とも共謀し、怪しい男たちとニョルズは手を組むことにした。

 魔石を磨り潰した粉のお守りを漁師たちには持たせ、海に食人花を運び、放して魔物たちを殲滅。

 漁師達が安全な漁ができる環境を作り上げたのだった。

 

 「その海に放つ食人花の輸送を手伝ったのが、我らイシュタル・ファミリアというわけだ」

 

 「ウソダドンドコドーン!」

 

 「ソフィーネ、せめて人の言葉で話せ」

 

 へぇー、きみは陰謀ができるフレンズなんだね!

 

 せめてほんの少しのつながりだったらと切に願っていたら、秒で希望を絶たれたでござる。イシュタル様、怪しい奴らとガッツリ関わっているやんけ。

 頭の中の江ノ島盾子は大爆笑。その悪感情は美味であると、頭の中の大悪魔のバニルさんもご満悦だ。くそったれ。

 

 「お前はやりすぎるきらいがあるからな。今回はフリュネを中心に動いてもらう。何か問題が起これば、それを埋め合わせるように好きに動けばいい」

 

 「ゲゲゲゲゲッ!任せておくれよぉイシュタル様。今日こそはあの【剣姫】をぶっ潰してくれる。お前は下がってるんだよソフィーネ、邪魔するんじゃないからね」

 

 「……はぁ。なら、のんびり先行きを観察しながら、ご飯でも食べて休養してますね」

 

 まるでときメモで全ヒロインがバクダン抱えたような状況だ。

 

 八方ふさがりのフラグが乱立しまくりで、どこから手をつけていいのかもわからない。いや、そもそも手を出せないフラグが多すぎるんだよぉ……。

 

 背中からアマゾネスに降りてもらって背を伸ばす。運ばれてくる魚料理の皿と果実、入れ違いに部屋から出ていくフリュネと春姫達。

 体力を回復するためにも、食わなければ始まらない。いや、それ以上にもう食わないとやってられない。現実なんて辛いことしかないんだから、私は食欲に逃げてやるんだ。

 

 続々と居なくなっていく戦闘娼婦のアマゾネスを果実をかじって見送っていく。途中、親しいアマゾネスを呼び止めた。

 

 「レナはどこ行くん?」

 

 「私もフリュネと一緒に足止めかな!骨のある連中だから、期待できそうだよねぇ」

 

 「ロキ・ファミリアの男連中は全員オラリオに待機しているらしいが、すぐに援軍に向かえる距離にいることは間違いない。ご武運を」

 

 「ありがとう!それじゃあ、またね!」

 

 ほんと、レナはイシュタル・ファミリアの清涼剤ですわ。あれも中々黒いところはあるけど、こんな時は彼女のはつらつとした元気さが好ましい。

 

 運ばれてきた料理、その皿の上に乗った揚げられた魚の目玉と、私の目が通じ合った気がした。

 「お前の方が死んでる目をしてるぜ」って言われてるような気がする。「うん、知ってるよ」と、私は心の中で言い返したのだった。

 

 大丈夫だ、まだ慌てるような時間じゃない。そう、焦るんじゃない、私は飯が食べたいだけなんだ。

 

 フラグなんていうものは、きっと都市伝説だ。

 私が妄想の上に妄想を重ねて、気持ち悪い自己暗示をしているだけに過ぎないんだ。

 

 人は楽しいことではなく、辛いことにも囚われてしまう生き物。

 苦しいことは嫌いなはずなのに、苦しい自分にアイデンティティを覚えてしまい、愛してしまうことだってある。

 

 そう、私の言っているフラグは全て杞憂に違いないはずなんだ。

 

 うちのイシュタル様は実は綺麗なジャイアンみたいに綺麗なイシュタル様で、フリュネだって実は宇宙からやってきたヤサイ人とかそんなやつであり、覚醒したらロキ・ファミリアなんて屁でもない無敵なんだ。カーリー・ファミリアだって、やられ役とかそんなんじゃなくて、ジョンス・リーとか黒木玄斎みたいに読者の期待を裏切ってくれるに違いない。

 

 だから、だから私はこのまま何も気にせずにお魚を堪能できるんだ。

 

 ──そんなふうに考えていた時期が、私にもありました。

 

 「うわーい、港町では見覚えのあるクソ触手どもが暴れているし、フリュネはなんか援軍にやってきたベート・ローガにやられそうだし、カリフ姉妹はティオネとティオナに押されているような気配がする」

 

 死んだ魚の目になっている私は、体育座りをしながら夜景を眺めております。鬱です。

 

 「だ、大丈夫だ。まだ状況はこちらが有利だ。それになんていったって、アルガナは海の沖合で船ステージを用意して戦っている。あそこに行く方法なんてそうそうないんだ」

 

 アルガナは船を港から沖合に出して、わざわざ特設ステージを用意してティオネと戦っている。

 あたりに他の動かせる船はなく、あそこで戦っている者達を邪魔しにいくことは、流石のロキ・ファミリアだって不可能だろう。

 

 と、強大な魔力反応を感知。

 

 視線をアルガナとティオネが戦っている沖の方に向けると、なんと綺麗な氷の橋が港から船までできておりました。

 きっと誰かが魔法で作ったんだね。どっかから突然現れたディズニーヒロインの仕業だろうか。なんとも幻想的な光景じゃないか、アベック共が喜んでカップルとイチャイチャしそうだな。

 

 これで港から船まで走っていけるね、やったねたえちゃん!

 

 「……フラグの回収がはやいよっ!確かにどう考えても乱立しているようにしか見えなかったけど、こんな勢いで回収されると思ってなかったよっ!?もう私、涙が止まらないんですけどっ!?」

 

 以前、涙は捨てたとかカッコつけていたような気するけれど、あれはウソです。私、泣いています。泣くしかないじゃないか、こんな状況。

 

 やっぱりロキ・ファミリアはバグファミリアだった。

 勇者を相手にしている魔王はこんな気持ちだったのだろうか。

 こっちもそんなに戦力は悪くないはずなのに、悉くいい方に流れていかない。麻雀でリーチした結果、追っかけされて一発されるような理不尽さを感じる。泣くしかないだろこんなもの。

 

 見まわしてみれば、イシュタル様が撤退を始めたようであった。

 

 そりゃあ、こんなに街中に散らばったレベル6以下の格上冒険者たちを相手にしていられないだろう。

 もうすぐバーチェが戦っている洞窟にも、ロキ・ファミリアの連中が転がり込んでくるに違いない。既に負け戦状態なので、流石の決断の早さだ、流石イシュタル様。これには「判断が早い」と鱗滝さんも思わずにっこりだろう。

 

 問題は、誰がしんがりを努めるかという話である。

 

 「や、やってやるぞコラーッ!スッゾコラーッ!」

 

 目頭から熱い涙をこぼしながら、私は半ばやけ気味に飛翔。

 

 石造りの建物の屋根伝いに爆速で移動を開始。

 踏み抜くたびに壊れる煉瓦と屋根木を無視して、全速力で目標に向けて走る。

 

 「とりあえず、フリュネは回収ッ!アルガナとバーチェとカーリーは知らんッ!あいつら全員エロ同人みたいな目にあってしまえばいいんだッ!全員感度三千倍になってしまえッ!」

 

 フリュネは仲間だが、カーリー達は助ける義理もないし、助けるように命令もされていないし、私も助けたいとは思ってないし義理もない。あいつら全員対魔忍みたいになってしまえばいいんだ。

 

 途中、武器をロキ・ファミリアに配っていた幸が薄そうな男を発見。ざけんな。

 あまりにもムカついたので、発散がてらにそいつの正面に着地。

 

 突然の不審者の登場に驚いて固まる男。そんな男に満面の笑みで笑いかける私。

 

 「こんばんわ、デトロイト市警だッ!」

 

 そして勢いそのままに彼の股間を蹴り飛ばした。

 ゲームでもそうだが、こういう前線で戦っている魔物にサポートするような奴が一番イラつくのだ。敵が回復魔法とかサポート魔法を使うんじゃない。ボスがベホマ使うとか絶対に許さん。

 

 「ちょ、ラウルぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!?」

 

 安心しろ、みねうちだ。潰してはいない。まだ使えるぞ。

 

 口から泡を吹き、白目で倒れる男。叫ぶ仲間の女性亜人。

 突然の強襲で目を丸くしたロキ・ファミリアだが、すぐに我に返った近くの冒険者達は、私を囲むように襲い掛かってきた。

 

 奇襲、そして仲間を一人倒されたにも拘わらず、すぐに連携して対応するんなんて。流石はロキ・ファミリア。深層を探索する冒険者達は、実によく訓練されている。

 

 だが、今の私は紳士的に振る舞っている時間はないのである。

 

 「武器とか、アイテムなぞ使ってんじゃねぇッ!!」

 

 『偽・柔拳』『八卦掌・回天』

 

 全身に気を張り巡らせ、数人全ての攻撃を迎撃。

 まるで一つの球体のように、気と衝撃が私を中心に展開。ロキ・ファミリアの冒険者たちの攻撃全てを受け止め、いなし、弾き返し、吹き飛ばした。

 

 「こいつッ!?」

 

 「嘘だろッ!?」

 

 「そんなッ!?」

 

 宙に吹き飛ばされ、あるいは体幹を崩した冒険者達。

 視線を目まぐるしく動かし、その全位置を確認。把握。拳、手刀、蹴りを繰り出して追撃を開始。一、二、三、四と撃破していく。

 

 残り一人の冒険者は、剣を盾に私の攻撃を防ごうと試みる。

 あの一瞬で戦士としての体に身についた感覚が、攻撃を防ぐための最善手を導き出したのだろう。流石はロキ・ファミリアの冒険者だ、レベルが高い。

 

 じゃあ、死のうか(暗黒微笑)。

 

 さらに力と気を足に込め、剣ごと踏み抜いて相手を圧し潰した。

 剣が砕け散り、破片が空を舞い、確かに胸骨を砕いた感触を足で確認する。白目を剥いて地面を転がる冒険者は、もちろん殺してはいない。これで五、襲い掛かってきた全員を撃破した。

 

 しかし、数メートル先にいたロキ・ファミリアの魔導士は、恐怖に顔を歪ませながらも此方へ杖の先端を向けていた。詠唱も既に完了しており、あとは発動するだけ。

 

 だが、魔法を使う相手は、発動前に喉を潰してやるのがテルスキュラ流。

 私は地上に倒れ伏して気絶しているロキ・ファミリアの一人の腕をつかみ上げると、魔導士に向かってぶん投げた。

 

 「えッ!?」

 

 魔法の射線に仲間がいては、せっかくの詠唱が完成していても魔法を放つことができない。

 そう、多人数戦でのコツは、ぶっ飛ばした相手の仲間自体を武器にして戦うことである。

 

 ロキ・ファミリアは深層を探索する実力派ファミリア。

 しかし、当たり前だが対人戦には慣れていないようであった。

 

 このままでは魔導士も投げられた冒険者も、どちらも私に殺されかねない場面であった。

 だからこそ、非情であったとしても、本当であれば仲間ごと魔法ぶっぱして私を倒さなければいけない。だが、魔導士はそれを選択できなかったのである。優しい、良い奴らだ。流石は文明都市のファミリアである。

 

 テルスキュラの連中は、こういう時に当たり前のように仲間をぶった切っていた。

 投げられる方が悪いとばかりに、視界を遮るなといわんばかりに投げられた仲間をたたっ切っていた。ドン引きですわ。

 

 ちなみに、こうして相手の仲間自体を武器にして戦うのは、テルスキュラ流ではなく私流である。

 これはボッチな私が、テルスキュラで数人がかりで襲い掛かられまくった経験から学んだ戦う智慧なのだ。しかし、襲ってきたテルスキュラの連中からも、この行為はドンびきされていたことは納得しがたい。

 

 耐久力が低いであろう魔導士は、まともに仲間を受け止めることもできなかったようだ。

 仲間が体にぶつかり、転倒。その間にすぐに襲いかかった私は、魔導士の首を掴み上げ、大地に叩きつける。

 

 本来ならばちゃんと首を破壊するのがテルスキュラ流なのだが、殺したら余計な恨みを買ってしまうので、ちゃんと折れない程度に済ませました。なんて文化的。

 

 これでここのロキ・ファミリアの連中は全滅。

 

 戦うフリュネの様子をうかがいながら、向かう途中にさらに街中で戦うロキ・ファミリアの冒険者たちを戦闘不能にさせていく。

 

 そして無事に到着!私、頑張ったッ!

 

 「静動轟一」

 

 気配を探れば、バーチェとアルガナの戦いも佳境に入っている。私の戦いが長引いてしまえば、他で戦っているロキ・ファミリアの連中もここに集まってきてしまうだろう。

 

 ロキ・ファミリアの上位陣、連携と戦闘に優れた数人のレベル6を相手するのは、流石の私もマズい。

 彼らは近接・中距離・遠距離を全て網羅している、鬼か悪魔かと言わんばかりの布陣だ。

 住人が大勢いる市街地で戦えば勝利の目もあるかもしれないが、ここで戦っても私の勝ち目は薄い。もっと私に優しくしてほしいものだ。

 

 負傷したフリュネ、レナをはじめとして、撤退していく同胞のアマゾネス達を後ろに、ベートへと突貫する。

 

 「いくぞおらぁぁぁぁぁッ!」

 

 「くそが、なめるんじゃねぇ!」

 

 拳と拳がかち合い、蹴りと蹴りが交差する。

 攻撃が重い。体に響く。強い、本当に強い。これでレベル6になったばっかりなんて、冗談だろうと疑いたくなる。

 

 「気をつけな、そいつは狼人だっ!月夜には『獣化』によって大幅にアビリティが上がる!」

 

 去り行くアイシャの声に納得を得た。

 

 こいつも私のように、アビリティにブーストをかけているようだ。

 しかも『獣化』とか月夜とか、中二病な私の心がなんともくすぐられる。昼も夜も狼、月のでる日は余計に燃える夜を過ごせるとか、なんか羨ましい。エロい。

 

 だが、いくらエロくたって、レベル6として積み上げてきた時間の差は大きい。この差は才能や努力、魔法によってそんなに簡単に埋められるものではない。

 

 振りぬかれた拳を薄皮一枚で躱し、その伸びた腕を掴み上げた。そーれ、ボキっとな。

 

 「これ、もらいますね」

 

 「ッ!?」

 

 勢いそのままに右腕の骨を外し、さらには足を蹴りぬいてバランスを崩す。

 そして逆手にベートの左手をつかまえると、まるで剣を振るように彼の全身を持ち上げた。

 

 私が何をしようとしているかベートには理解できるが、こうなってしまうと身じろぎ一つできない。

 この時点で、私は既にベートの体の力と気の流れを掌握してしまっている。このまま地に沈めと、全身にさらに気を張った刹那。ベートと私の視線が交差した。

 

 彼の目は死んでいなかった。

 私を睨み殺しそうなほどに、爛々と輝いていた。

 

 なんという闘志、見事。ならばこのまま眠れ。

 ベートの体を大地に叩きつけ、技を決めようとした。──その時であった。

 

 後頭部に衝撃。揺れる視界。

 

 ダメージは無いに等しいが、予想外の攻撃というものは、それがどんなに小さくても心と体を混乱させてしまう。

 完全に拘束し、あとは完成を待つだけであった私の体技にほころびが生じた。それはベートの拘束に緩みと、技の完成に僅かな時間が生じてしまったということ。

 

 他の有象無象であれば、このぐらいは障害にもならない猶予であった。しかし、ベート・ローガとの戦いにおいては、大きな隙となってしまった。

 

 馬鹿な。

 

 ベートの両足はバランスを崩れて宙に浮き、右腕は脱臼。左腕は技が決まっており、これを動かすことなど人体の構造上は不可能であったはずだ。

 仮に強引に体を動かそうとしても、この有様では頭部・胴体・左手・両足ともに、私の力と加えられた気の流動によってなすすべも──あれ?

 

 「お前、まさか骨を外された右腕で攻撃を──ッ!?」

 

 「くらいやがれっ!」

 

 「あべしっ!?」

 

 こいつ、外された右腕で攻撃してきやがった。

 

 通常は負傷したところを庇いたくなるのが人の心だ。

 当然だ、怪我したところを無茶して傷を深めてしまっては、満足に生活することも、戦うこともできずに死んでしまう。

 負傷を庇い隠すことは、生物が進化する過程で、生き残っていくために遺伝子に刻まれた生存機能といってもいい。

 

 それをこのベート・ローガは、なんと脱臼した右手の不快感と激痛を厭わずに私への攻撃に使用したのだ。なんという修羅味を感じる行動力か。

 

 拘束が緩み、技が不完全になってしまったことで、ベートの体に力が戻ってしまう。

 私の体を蹴って宙に躍り出たベート。そこから放たれた蹴りは、もろに私の背中に命中してしまった。

 内臓が浮き上がり、呼吸に異常が生じて全身が緩む。そこに畳みかけるように、ベートの二発目の追撃。鬼か。

 

 「ぬわー」っと吹き飛ばされた私は、勢いそのままに建物に衝突。煉瓦の壁を粉砕、貫通。その奥の家具に激突して、盛大に木片を周囲に巻き散らかしながら倒れ伏した。

 

 確かに、右腕の注意を怠ったのは私の至らぬところであった。

 折れたり脱臼したりした腕で攻撃するなんて、予想もしていなかった。だが、攻撃を受けたとか、予想していなかったことが一番の問題ではない。

 

 あの狼人の戦う姿勢を見誤ってしまったことが、一番大きな問題なのだ。

 

 ベートは先ほど戦ったロキ・ファミリアの冒険者達とは違い、真の命のやりとりを知っているようであった。

 あの鋭い眼差しを確かに見たというのに、私はそれを理解できていなかった。それがたまらなく恥ずかしく、悔しい。

 

 「あー、もう、油断したぁッ!」

 

 顔にかかった埃と砂、それに木片を払いのけて立ち上がる。

 

 肩を回しつつ体の調子を確かめ、まだ舞い上がっている粉塵を割いて、壁の大穴から外に飛び出した。

 油断せずに構えていたベートへ、視認するよりも早く気配の探知によって突撃。

 これが想像以上の速さであったのだろう。目を見開きながらも、とっさに放たれた彼の蹴りは鋭かった。見事だが、腰と足に力がのり切っていない。

 迫りくるベートの健脚を見て躱し、お返しとばかりに彼の懐に潜り込んだ。

 

 「二重の極み」

 

 立てられた拳がベートの胸に突き刺さり、衝撃と抵抗を中和。さらに瞬時に拳を折りこんだ。

 これによって気は余すことなくベートの全身へと送り込まれ、蹂躙。二段に分けられた拳の極意が、彼の肉体を暴れまわり、崩壊させる。

 

 一瞬、ベートの目が白を剥き、そして内臓と肺、気管の損壊によって口腔から大量の血が吐き出される。

 さらに私はそのまま勢いを逃すことなく拳を振りぬき、ベートの体を建物へと吹き飛ばした。

 一棟を突き抜け二棟に。二棟すら突き抜けて三棟目の壁に激突。さらにそれを突き抜けて、ようやくベートの体に込められた衝撃は消え去ったのであった。

 

 肌が張り詰めるほどの静寂、沈黙。

 徐々に小さくなっていくベートの戦意と気を感じ取り、一息をついて胸をなでおろす。

 

 「……ようやく、終わったかぁ」

 

 今の段階での最高位の一撃。

 レベル6の頑強性を確信していてもなお、ベートが生きているのか不安になってしまった。

 ここまでしないと止まらないなんて。ロキ・ファミリアの実力のすごさが窺えるというものだ。

 

 あたり一帯に気配を巡らせてみれば、アルガナとバーチェの気が急激に弱まっていっている。きっと勝負が終わったに違いない。ベートと同じように、あの様子ではもう戦うことはできないだろう。

 

 あとは私がここで撤退すれば、全てが終わってエロマンガを描く日々へ……。

 

 「って、マジかよ」

 

 急に背後で高まった気に驚き、視線を向けてさらにびっくり。

 吹き抜けになった建物の穴から、全身血だらけになったベート・ローガが、体を引きずるようにして私の目の前に現れたのであった。

 

 「何を、終わったつもりでいやがる……っ!」

 

 レベル6を気絶させることは難しい。

 よくマンガで首をトンッとすれば気絶する場面があるが、レベル6を相手にあんなことは不可能に近い。

 仮にレベル5には通じたとしても、レベル6のような半ば人間を止めている連中には、耐久と根性が高すぎてあまり通じないのだ。万が一通じたとしても、ほんの一瞬しか気絶してくれないだろう。

 

 だから、私はベートに対してギリギリになるまで無力化を図ったのだ。

 刃牙の加藤ほどではないが、「滅茶苦茶にヤラれたんだよメチャクチャに」と言われるぐらいにはやったつもりだ。

 

 彼の体中の筋組織はズタズタ。裂傷、数えられないぐらい。骨折、全身に多数。内臓損傷。たった今吐き出されたベートの血反吐には、砕かれた歯が混じっている。

 

 目や、鼻からも血を流す姿は重症そのもの。

 意識が混濁し、息は乱れに乱れ、立ち上がることさえ難しいはずなのに、ベートはこうして立ち上がって今も私を睨みつけているのだ。

 

 「……下手に動けば、折れた骨が臓器を傷つけますよ」

 

 「がふ、ちっ!くだらねぇことを言ってるんじゃねぇよ」

 

 なんというオラオラ系か。

 

 ガッツを見せて、血まみれになりながらも闘志を見せる姿に、私の心の奥から熱いものが込み上げてきた。

 血濡れの戦士っていう要素が、ぐっと心にくるものである。これでケモミミ女の子だったら、きっと私は鼻血を吹いていたに違いない。

 

 彼は万が一、億に一つの勝利の可能性に、文字通り全てを賭けている。

 

 自分の状態をよく理解しながらも、己の誇りと力に賭けて私に立ち向かおうとしている。

 仮に死ぬ寸前まで追い詰めても、彼は私を倒すまで止まりはしないだろう。さながらエロマンガを買う決意を固めた青少年のように、彼は決めた覚悟を貫く目をしているのだから。

 

 「……これに応えねば、無作法というもの」

 

 これだけの想いを見せつけられて、憐れみ、手加減するなど愚の骨頂ではないか。

 まるで「しないの?」と両頬を染めてベッドで誘う幼馴染を無視する、突然に難聴になるような愚行である。

 

 「かの奥義にて、貴方をここに屠りましょう」

 

 瀕死のベートに私は飛び掛かっていった。

 振るわれる拳を払いのけ、迫りくる蹴りを跳ね除ける。恐ろしいことに、彼は万全の頃よりも振るう力、そして技の鋭さと威力が桁違いに上がっていた。なんと素晴らしい。

 

 私は闘志による気の幻影を作り出し、錯覚させ、ベート・ローガの無防備な背後に回り込んだ。

 達人同士の戦いでは気の読み合いが重要になってくる。一手先の攻撃の読み合いが生死を分けるからだ。

 

 この凄まじい動きの読み合いの中で、気を操り、攻防をもって虚実を作り上げ、ベートの脳に一手先の私の幻影を生み出して錯覚に陥らせたのだ。

 

 ベートは私の動きを予測したようで、視線と注意を虚空に向けてしまう。それは私があえて作り出したフェイントの積み重ねがベートにそうさせたのだ。彼の目には、私が一瞬で姿を消してしまったように見えたに違いない。

 その虚像へ意識を向けて注意を割いてしまったために、彼は私の存在を見失ってしまった。

 

 流石というべきか、ベートはすぐにそれに気がついて、私の存在を背後に知覚することができた。

 だが、もうこのタイミングでは防御も、回避も間に合わない。その事実に気がついたベートの悔しそうな顔が、なんというか私の心をくすぐった。

 

 「お前の命は奪わない。ただ、お前の後ろの初めては頂く」

 

 「何を言ってッ!?」

 

 私の言葉に初めて顔に動揺を浮かべるベート。

 

 ほんの少しだけ振り向くことができたベートは、私の構えを見て何かを察し、戦慄する。

 顔には「嘘だろう」と困惑、そして初めて見せた恐怖の表情を張り付けている。

 

 「お前、まさか──っ!?」

 

 私は手を組み、両方の人差し指を突き立て、さらには『偽・武装色の覇気』でこれを硬化していた。

 腰を屈め、折り曲げられた足にはバネのように大きな力が集約。私特製の貫通力を上げた気が、指の頂点に集まり、その時を今か今かと待ち望んでいる。

 

 シリアスっていうのは、「尻」と「ASS」。どちらもおしり。

 つまり真剣=おしりということ。シリアスはおしりで始まり、おしりで終わると考えることもできるはず。

 だからこれはおふざけでも何でもなく、真剣な攻撃である。

 

 頭や心臓を狙い撃つように、この技は相手の急所を射抜く。

 しかも、殺すことはない。ショック死はあるかもしれないが、『二重の極み』を耐えきった彼ならば大丈夫だろう。それにこの世界にはポーションがあるので、人工肛門になることもない。そんな有情にして、非情なる一撃。

 

 「『偽・木ノ葉隠れ秘伝体術奥義』」

 

 もはやカンチョウというには、その技はあまりにも完成され過ぎていた。故に、その括約筋──もらい受ける。

 

 大地が割れるほどに足を踏み込む。

 頬を引き攣らせ、顔を青く染めたベート。そんなベートに躊躇うことなく、私は奥義を解放した。

 

 「『千年殺し』」

 

 突き出した指は、確かにベートのお尻に突き刺さる。満月の夜空に、狼の悲鳴が木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルガナ、バーチェは敗北の危機に直面していた。

 

 狂化したフィン・ディムナの一撃はアルガナの体を打ち抜き、想いを新たにしたティオナの一撃はバーチェの心を砕いていた。

 

 本来の歴史であれば、アルガナはこの一撃をもって打ち倒され、アマゾネスとしてフィンに雄として惚れ込んでいた。

 バーチェは敗北を認め、変貌した姉に怯えて混乱する。そんな未来が彼女達には訪れるはずであった。

 

 だが、ソフィーネとの出会い、そして戦いによって、彼女たちに一つの変化が生まれてしまった。それは敗北への異常な恐怖、渇望ともいえる大きな勝利への欲求であった。

 

 カリフ姉妹は本来の正史を超えて善戦を繰り広げた。ティオネとティオナを追い詰め、戦いつくし、進化を重ねてその命を奪わんとした。

 

 だが、そこまでしても彼女たちはロキ・ファミリアに敗北しようとしている。

 どうして、何故。そんな想いが彼女達の心を蝕み、そして怒りが心の奥底から込みあがってくる。

 そしてカリフ姉妹の心には共通の想いが浮かび上がった。

 

 「あいつのような、ソフィーネのような力があれば」、と。

 

 あのバケモノのような力があれば、私たちはまだ戦える。

 あの魔人のような恐ろしい、悍ましい力があれば、この目の前の戦士を殺すことができるのではないか。

 

 カリフ姉妹の冷たい、黒々しい殺意は、心の奥底に眠っていた『何か』を呼び覚ますことになる。

 それはソフィーネとの戦いによって、彼女たちの心に注ぎ込まれた漆黒の意思。その目覚めによって劇的な変化が彼女たちの体に起こり、正常なる意識が虚空の彼方に消えていった。

 

 バーチェはまるで幽鬼のように立ち上がった。

 彼女を囲むテルスキュラの戦士たちが、ロキ・ファミリアの冒険者たちがその様子に驚き竦む。

 

 ティオナはバーチェの姿に顔を呆けさせる。そこに先ほどまでのバーチェとは違う悍ましい何かを感じ取ったからだ。

 カーリーは顔を歪め、嗤い、その生誕を祝福する声を上げる。これから行われる戦いこそ、自分を楽しませてくれると確信した。

 

 沖合でも異常な闘気を纏って立ち上がったアルガナに、フィン・ディムナをはじめとする冒険者たちに緊張が走る。

 

 ティオネはアルガナの様子を見て歯を噛みしめた。これはアルガナではない、もっと違う恐ろしい何かであると確信する。

 フィンは異常を告げる親指を握りしめた。瀕死であるというのに、闘気だけでここまで自分が危険を感じていることに驚きを隠せない。

 

 『静動轟一』、そして『一刀修羅』は、武と覚悟の極地。

 だが、『殺意の波動』の源流は、この二つとは根底から異なっていた。

 

 武を歩む者であれば、至高を目指すものであれば、どんな流派であっても辿り着つくことができる精神世界の何かとの繋がり。

 それは武の暗黒面であり、人の理性を奪い、修羅に貶める狂気の根源。

 

 即ち、『殺意の波動』とは何かに目覚め、覚知したが故に陥る魔境。

 精神世界に生きる負と魔の存在に触れることで、その強者を呑み込み、力を与えて顕現する集合意識と言ってもいい。

 

 その『殺意の波動』はソフィーネの技をもって、オラリオの神々のように次元の隔てを超えて繋がり、この世界へ現界することとなった。

 そしてソフィーネを除いて『殺意の波動』を一番理解しているのは、あの一撃を受けたアルガナとバーチェに他ならない。

 

 かの一撃を通して『殺意の波動』は彼女たちの心に伝播し、そしてその魔は彼女たちの知らぬうちに心の奥底に潜んでいたのである。

 そして力を求めた戦士達に応え、『殺意の波動』は二人を通してこの世に顕現する。全ては、目の前の敵を滅さんがためなり。

 

 「「『殺意の波動』」」

 

 膨大な量の殺気が、気炎と暴風となって周囲に吹き荒れる。

 

 「「『我、拳を極めんとする者。強き者よ、死ぬがいいッ!!』」」

 

 ソフィーネのように制御されたものではない、殺意に支配されたアルガナとバーチェ。

 漆黒の気炎を纏い、雄叫びと共に、各々の戦地でフィンとティオナに襲い掛かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれはなんや?」

 

 「あれとはなんじゃ?諸々の事柄も、あの食人花について知ることも、全部既に話したじゃろうに。これ以上何を聞きたいというのかのぉ」

 

 翌日。ファミリアとして敗北し、賠償や何やらを突き付けられて不貞腐れているカーリー。

 そのカーリーに向かって、ロキ・ファミリアの主神であるロキは剣呑な様子で追及を続けていた。

 

 「フィンやティオネ、ティオナから話は聞いとる。アルガナとバーチェが、何かに意識を乗っ取られて戦い続けたってな。もし、あと十分でもお前のところの二人が戦い続けたら、二人は体も心も崩壊していたっちゅう話やないか」

 

 死闘。

 その言葉がこれ以上に相応しいものはなかった。

 

 ティオナはガレス達とともにバーチェと戦い、フィンはティオネやリヴェリア達とともにアルガナと戦った。

 

 わが身を捨てて戦う二人の戦士の武は、これまでの戦いとはまるで一線を画しており、単騎でロキ・ファミリアの冒険者達を追い詰めていった。

 戦場となった洞窟の広い空洞、沖合の船は悉く崩壊、あるいは海の底に。

 カリフ姉妹から繰り出される技はどれも禍々しい気と力を宿しており、一撃がそのまま即死へと繋がるものであった。

 

 もし、仮に二人が万全のままにあの状態になっていれば、最後まで立っていたのは果たしてロキ・ファミリアの冒険者であったのだろうか。

 天命はフィン達、ロキ・ファミリアを選んだ。だが、その誰もが息を荒くして消耗し、軽くはない傷を負っていた。これでは勝利したと言っても、苦々しいものがある。

 

 「さぁ、吐くんや。あれはいったい何なんや?」

 

 だからこそ、ロキはこうしてカーリーを追及していた。

 もし、神が本来持つ力をいたずらに使っていたとすれば、それはこの世界で守るべき神のルールを破ったことになる。

 

 そうであれば許さない、そう考えてロキはカーリーを鋭く睨みつけた。

 だが、カーリーはその飄々とした姿勢を全く崩さない。

 

 「知らん」

 

 「……ここまで来て隠そうとするとは、良い度胸やないか」

 

 顔を怒りで白く染め上げたロキに対して、カーリーは冷静そのものであった。

 大きくため息をつくとともに、頬杖をついてロキの視線を真っ正面から受け止めている。

 

 「妾は『あれ』をアルガナとバーチェに教えてはいない。二人が使えることすら知らなかった。既に、お前たちも直接尋問を済ませているのじゃろう?なら妾が嘘をついていないこともわかるじゃろうに」

 

 苦い顔をするロキと、あくびをするカーリー。

 

 カーリーの言うことは正しい。

 アルガナもバーチェも、そして他のテルスキュラのアマゾネス達も、あの力はカーリーによって施されたものではないと告白している。

 テルスキュラで彼女達はその力を使ったこともなく、知ることもなかったことも神の目の前で証言されていた。

 

 使用していたアルガナとバーチェに至っては、その前後の記憶が非常に曖昧になっている。

 これではカーリーを追及する材料として、あまりにも乏しいものである。だが、ロキにはまだ尋ねるべき隠し玉があった。

 

 「なら別口や、【ソフィーネ】って誰やねん」

 

 ぴくり、とカーリーの眉が微かに動いた。

 

 「あいつにうちのベートがやられとる。複数のうちの子供らも、証言によってそのアマゾネスにやられたことがわかっとるんやで」

 

 ここで初めてカーリーの顔に明確な変化が起こった。

 並みの者では気が付けないほどに小さなものであったが、トリックスターとして天界で名をはせたロキはそれを見逃さない。

 

「お前んところのアマゾネスに聞けば、例の『あれ』も元々はそいつが使っていた技っちゅう話やないか。だがどれだけ探してもカーリー・ファミリアにその姿は見つけられない。残るは件の逃げ出したイシュタル・ファミリアってことになるが……。ティオネやティオナから、ソフィーネとやらが元はお前のところに居たっていう話は裏取りが終わっとるで。さぁ、きりきり吐くんや」

 

 数秒の沈黙。

 

 互いに睨み合う神々であったが、やがてカーリーは静かに目を瞑る。そして椅子に深く寄りかかると、観念したように口を開いた。

 

 「あれはテルスキュラ最高の戦士じゃ」

 

 かーっ、とカーリーが青空を仰いで悔しそうな声を発する。

 言葉の内容に眉をしかめたロキが、さらに話を聞くべく身を乗り出した。

 

 「アルガナとバーチェは違うんか」

 

 「数年前に、レベル5の時にソフィーネはレベル6のあの二人を倒し、テルスキュラを出ていった。だが、妾はあやつを今でも、テルスキュラの最強の戦士であり、最高の我が子であると想い続けておる」

 

 カーリーの驚くべき独白に、ロキは努めて静かに耳を傾ける。

 

 「お前達と戦う前日、ソフィーネをアルガナとバーチェと戦わせた。二人は圧倒的な敗北を喫した。本当に、心躍る戦いと蹂躙であったわ」

 

 「つまり、その戦いでソフィーネが使ったというのが……あれか」

 

 「そう、アルガナとバーチェが敗北の瀬戸際に体得した『殺意の波動』とやらよ。尤も、今はあれを使って戦っていたことを二人は覚えておらず、意図して使うこともできんそうじゃがな」

 

 「『殺意の波動』やって?なんやそれは?」

 

 「妾も詳しいことは何も知らない。そもそも、あれをアルガナとバーチェが使えることすら、妾は何も知らなかった。どうして使えたかなんて、妾が知るよしもないわ。だが、あれは素晴らしいものであったなぁ」

 

 頬を赤く染め、高揚した口ぶりから一転。

 だがすぐにつまらなそうに肩を落とすと、カーリーは目の前にあったお茶を、やけになったとばかりにぐいっと一気に飲み干した。

 

 「やはり、ソフィーネとカリフ姉妹には大きな差があるようじゃのぉ。二人が『殺意の波動』を使ったときには、素晴らしい変化が起きたと歓喜したものじゃ。しかし、ソフィーネのように制御されておらず、暴れるがままであった。さらにはせっかくの芽も、おぬし等に潰されてしもうたしのぉ」

 

 カーリーがちらりと視線を動かす。

 

 その先ではロキ・ファミリアの冒険者達が、顔を赤く染めたテルスキュラのアマゾネス達に囲まれ、追われていたところであった。

 ロキ・ファミリアに惚れ込んでしまったテルスキュラの戦士達の姿に、カーリーの口からはため息しか出てこない。

 

 あの恐ろしい戦士であったアルガナですらも、今や戦士らしからぬフリフリのコーデを身に纏い、松葉杖をつきながらフィンに近づこうとしている。

 犬のように唸っているティオネにアプローチを邪魔されているアルガナの顔は、まさに恋する乙女そのものであった。

 

 「再び殺し合う気概があれば、まだ、『殺意の波動』とやらに再び呑まれてくれる土壌もあったのであろうが……。あんなメス丸出しになってしまっては、もうあいつらは最強の戦士を目指せまい。恋愛に目を晦ませていないバーチェも、姉がああなってしまっては、これまで通りの気概で戦ってはくれんじゃろう。……嗚呼、本当に、どうしてソフィーネはあんな奴についていってしまったのかのぉ」

 

 カーリーは苦虫を噛みしめるようにして、最愛の子供を想う。

 

 『殺意の波動』はソフィーネだけの技や魔法、スキルではなかった。

 アルガナやバーチェまでそれを使用できたと知った時には、カーリーの心は感動で震えに震えたものだった。

 

 もし、テルスキュラのアマゾネス達があれを体得したならば、これ以上ないぐらいに面白い戦いと、戦士の進化を見ることができたであろうに。

 

 しかし、カリフ姉妹に受け継がれたかのように見えた『殺意の波動』は、一過性のものでしかなかったようだ。

 打ち倒された二人はその時の記憶をなくしており、もうあの時の感覚を呼び覚ますことすらできないらしい。

 

 ならばとソフィーネに命令してテルスキュラの戦士達へ教え、伝えさせることも、今では不可能だ。

 ソフィーネはイシュタルに何故か心酔してしまっているので、わざわざカーリーのところに戻って来てはくれないだろう。

 

 ソフィーネを連れ戻す戦力を獲得するべく、あの決闘の儀式を行ったというのに。ティオネやティオナを連れ戻すどころか、当のテルスキュラの戦士たちはあの始末であった。

 ミイラとりがミイラになったといえば済む話だが、あまりにもこれでは惨いというもの。カーリーはやるせなくなってしまった。

 

 惜しい、本当に惜しい。

 見どころのあった戦士たちは、今回の戦いでみんな恋愛に夢中になってしまった。メレンに来る前のような戦いを、テルスキュラに帰ったとしても再び見ることができるのだろうか。無理だろうなぁ。

 

 「お前の願いなんざどうでもいいんや。うちのファミリアは、中枢の冒険者のベートがやられとる。こっちもそう簡単に引っ込むわけにはいかないんや」

 

 「む、お前のところのレベル6だったか。バーチェの戦いも楽しかったが、こんな結末を迎えるのであれば、ソフィーネとベートとやらの戦いを見た方が良かったかもしれんのぉ」

 

 さぞ素晴らしい戦いだったに違いない。

 そう思って期待に胸を膨らませるカーリー。だがロキの顔には怒りもあり、そして悲しみと恐怖があった。

 

 「……ベートは尻に大きな怪我を負っていて、少しの間はおむつ生活や。怒り狂っていて、戦闘で何があったかも絶対に話そうとはせえへん。だからお前から聞き出すしかないんや」

 

 「……マジでソフィーネのやつ、何をやらかしおったんじゃ?」

 

 戦慄するカーリーと、鬱屈とした雰囲気のロキ。

 

 自分の大切な子供達が、あそこまでボコボコにされたことは絶対に許せない。

 しかし、ソフィーネとの戦いにおいて、一番の実力者であり重傷者が負った最大の傷が、何故かおしりの穴であったというのは……。その、なんだ、流石になんとも言い難い。

 

 この言葉に流石のカーリーも考えるところがあったのか、両腕を組んで一人昔に想いを馳せる。

 

 「……ソフィーネはまことに、大概じゃったからなぁ。その趣向についても、妾にはようわからんのじゃ。あいつが好きなものを馬鹿にされたときには、そのアマゾネスに対して『金木君方式』といって全身の骨を折りに折りまくったこともあった」

 

 「頭おかしいやつやな」

 

 「否定できんわ。だが、あやつほど真摯に殺し合いをしていたアマゾネスもいまい」

 

 テルスキュラにいた時に、一番予想外の進化を遂げたのはソフィーネであった。

 そして、一番おかしなことをやらかしていたのもソフィーネだった。

 

 ある時、地下より激しい戦闘音が聞こえるというので、数人のアマゾネスを伴って向かった。

 だが、そこにいたのはソフィーネたった一人であった。神の問いにも、初めから一人であったと述べてそこに嘘はない。

 

 だが、部屋中は血まみれだった。

 ソフィーネ自身も傷だらけであり、左腕にいたっては逆方向に折れ曲がっていた。打撲痕も多く、どう考えても敵対者がここにいたとしか思えない。

 

 その疑念に対して、ソフィーネは応えた。曰く、「一人で相手を妄想して戦っていた」という。

 ふざけるんじゃないとカーリーは呆れ、従僕のアマゾネス達は嘲笑っていたが、どうにもそれはウソではなく真実であると、彼女は神であるが故にわかってしまう。

 

 ならば見せて見よとソフィーネに告げ、次に見せられた光景にカーリーは言葉を失った。

 

 見えた、確かにそこには恐ろしい強者の姿があった。

 妄想と空想によって作られた強者はソフィーネを打ち据え、ソフィーネは獣のように殺意をもってその虚像に襲い掛かる。

 

 さもすれば猿芝居のように見えるが、ソフィーネは目の前で吹き飛び、壁に衝突し、血と折れた歯を吐き出して再度攻撃に転じる。こんな激しい修練を、どうして演技やお芝居と笑うことができるのだろうか。

 

 常日頃、殺し合いを意識し、こうして異常とも呼べる鍛錬をソフィーネは積み重ねていった。

 これを最強の戦士になることを願い、殺し合いに真摯に向き合っていると考えずしてなんとする。そして、かつてないほどの大きな期待を、カーリーはソフィーネに向けるようになっていったのだ。

 

 「それを、それをイシュタルの奴は横からかっさらいおってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」

 

 カーリーはロキの目の前で涙し、ついには机に突っ伏してワンワンと大泣きし始めた。

 

 「手塩にかけたソフィーネが出ていくことも、それが戦士としての成長に繋がるのであればと切に願っていた。ああ、再会したソフィーネは素晴らしい戦士になっていたとも。なのに、なのにどうしてあんな戦いのなんたるかも知らないような奴に、妾のソフィーネがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 あんまりな泣き様に、流石のロキもあきれ顔である。

 

 美の女神は往々にして我がままであり、自分本位である。欲しいものは何をしたって手に入れたいという、厄介な神様だ。

 

 ロキの知っている美の神フレイヤも、欲しい子供達を他の神からいろいろな方法で、時には強引に引き抜いていた。

 そのソフィーネとやらも、もしかするとイシュタルに魅了を使われて、美の神の虜になっているのかもしれない。

 

 「ええい、うっとおしい!それで、そのソフィーネがやばいやつっちゅうのは十分にわかった。元よりベートを倒すやつやからな。なら、そんな奴を抱えたイシュタル・ファミリアの目的はなんやねん。なんでお前はメレンに来おったんや」

 

 「いわん」

 

 「あ?」

 

 「妾の事情にも関わることじゃ。なにより、残る最後の楽しみもある。いわん」

 

 「はったおすぞクソチビ」

 

 ソフィーネが見れば、メスガキと喜んだだろう完璧なムーブメント。

 

 くかかかと笑い、椅子の上で足をぶらぶらさせるカーリー。それに殴りかかろうとするも、横で戦々恐々と話を聞いていたニョルズに必死に止められる。

 

 ここまで来れば、流石のロキにもイシュタルの目的が、腐れ縁の美神であることは理解できた。

 忠告する義理もないので放っておくことを勝手に決めたが、それにしてもカーリーの言い方はムカついた。

 

 「だが、まぁ。あの性悪のことじゃ。妾たちを容易く切り捨てたことからも、ソフィーネのような『隠し玉』をいくつか抱えているかもしれんの」

 

 ロキはカーリーの言葉を受けて深く考え込む。

 

 アイズ、そしてベートの証言でもあったのが、フリュネが振るったレベル6にも等しい戦闘力。

 もし仮にランクアップにも等しい超強化を可能とする魔法や呪詛であれば、それは大きな脅威となることだろう。

 

 その力をあの『殺意の波動』に操られていた、アルガナやバーチェに使われでもしていたら。

 ベートをあんな惨い目にあわせたソフィーネに使われでもしていたら、ロキ・ファミリアは果たして勝利することができたのだろうか。

 

 ありえたかもしれない未来に、ロキはぶるりと身体を震わせる。そして同時にそんな予想外の展開もありえた、下界の未知の可能性に喜びを覚えてしまう。

 これだからこそ、この下界は最高の舞台である。不謹慎だが、どうにもこのワクワクをロキは抑え込むことができなかった。

 

 ロキ、カーリーにニョルズ。三人の神それぞれがオラリオを取り巻く闇に、喜び・戸惑い・期待といった様々な想いを馳せるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まーたやりすぎおったな、ソフィーネよ」

 

 「違うんですよー。ベート・ローガの耐久がすごすぎて、下手に手を抜いたらこっちがやられていたんです。あれでレベル6になりたてとか、あいつらやっぱり頭がおかしいですよ。それに『殺意の波動』に関しては、まさかあの二人に気の残留が内在しているなんて思いもしなかったし、それがあんな形で使用できるようになるなんて思いもしなかったんですって」

 

 「全部お前の考えなしが原因であろうが」

 

 「ぐぉっ!た、タンムズ。あなたからも弁護してください。こんなに頑張ったのに、こんなに責められるなんて私が可哀そうだと思わないんですか」

 

 タンムズはゼロタイムで顔を背けた。

 

 「……」

 

 「なんか喋れやタンムズぅッ!男の無口キャラとか変なレア属性突っ込んでくるんじゃねぇッ!!」

 

 「ソフィーネ、うるさい」

 

 「ごめんなさい、イシュタル様」

 

 イシュタルが煙管を咥えて紫の煙を吐き出し、それを吸い込んだソフィーネが、女の子がしてはいけない感じの激しい咳き込み方をする。それを見てタンムズは冷や汗をかき、何も言わじと黙り込んだ。

 

 「やはり、カーリー達は期待通りにだめであったな。お前の言うフラグも存外馬鹿にできん」

 

 「ギルドの連中、カーリー・ファミリアの連中が何か余計なこと言いませんかね?もう私は怖くてびくびくしているんですが」

 

 「私の下にいるお前が、そんな小さなことに怯える必要はない。ギルドは昔のようなしっぺ返しを恐れて何もせんわ。今は何故か友好な様子も見せているし、奴らの介入を気にする必要はない。カーリーはお前の戦う姿を見るためならば、我々が不利になるようなことは言わんだろう」

 

 「そうですか、ならいいんですけど……。私たちって、どこに向かってるんですか?こんなダンジョンのわけわからない道って、絶対に公のものじゃないですよね?」

 

 「なぁに、『隠し玉』を見に来たのよ」

 

 騒がしい様子で石の通路を歩む三人は、やがて開けた広間にたどり着いた。

 石材で造られた大空間。無数のローブを着込んだ怪しげな者達が動き回っている光景を、壁から突き出たバルコニーのようなところより三人は見下ろした。

 

 そしてタンムズが、ソフィーネが、その広い空間の中央にて、無数の鎖で拘束された巨大な怪物を見て息を呑む。

 禍々しい牛のような魔物。その額の位置では、女の体が生えており、魔石を貪り食っている。どう考えても、人と呼べるものではない。

 

 隣で声を潜め、慄くタンムズを他所に。ソフィーネは思いっきり息を吸い込み、そして吐き出して笑った。

 

 「私たち、大丈夫なんですかね?」

 

 「ん?大丈夫に決まっておろう。何を笑っておるのだ」

 

 ソフィーネの噛みしめた唇の端から血が流れ落ち、ドン引きするイシュタルとタンムズ。

 そんな二人を前にして、ソフィーネは笑顔を崩さない。いや、もう笑うしかなかったのだ。

 

 これ、絶対に私たちってあかんやつやん。

 完璧な悪役ムーブを決めるイシュタル様と、そのファミリアの未来を想って、ソフィーネは燃え尽きたのであった。




感想の数と評価がおかしい(困惑)

皆さんありがとうございます。なんか楽しんでもらえたら幸いです。
流石に私のキャパを超えているために返信が叶いませんが、全部見ていろいろ妄想して楽しませてもらいました。

オネショタについて感想で反応をしている方々が多くて、なんか愛に溢れているなぁと思いました。
溢れすぎているような気もしますが、心のチンコが元気であるならこれ以上に良いことはないと思います。どんな地位や財産も消えてしまうものですが、心のチンコはなくならないからです。

また、過去にチンコという言葉を隠さなくていいのかと心配する方々がおりましたが、同じ話にあるおっぱいという単語を伏字にすることには触れていなかった事実に感動しております。
みんながおっぱいという言葉に見慣れているからこそ、見慣れないチンコだけに反応したとすれば、ハーメルンはおっぱいに溢れているということになるからです。こんなに素晴らしいことはありませんよね。私は何を言ってるんだろう。

内容的には、流れを意識したことで、我ながら前後でスパッとまとめた形になったのかな。
なんか話の流れで前回に比べて主人公のパッションが足りない気がする。でもいいんだ、またいつか奴はきっとはじけてくれる。
次回はベルくんの戦争遊戯。ようやくベル君です。のんびり書いていこうと思います。

また気温の寒暖差が激しい時期ではございますが、どうか皆様もご自愛くださいませ。


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ヘスティア様、質です(前編)

時間はかかったけど、なんとかできました。
最近、普通に一万字超えてきましたが、暇つぶしになったら幸いです。


 エロマンガの需要がない頃は忙しかった。

 

 エロマンガをオラリオで普及するために、夜を徹して様々なジャンルを書き上げていたからだ。

 

 実は性癖を描き殴るのが楽しすぎて、ただただ暴走していただけだったような気もするが、忙しくも充実した日々であったことに間違いない。めっちゃ楽しかった。

 

 しかし、いくら楽しい日々であったとはいえ、全く文化の土壌がないエロマンガをオラリオに広めることは大変なことであった。

 何故なら、マンガはオラリオの住人達にとって目新しい、興味を引くものであったが、意味も正体も不明の文学であったからだ。

 そう、彼らはマンガの読み方や楽しみ方が全く分からなかったのである。周囲の人間たちに、「小説でよくない?」となんど説得された事か。

 

 彼らは戸惑っていた。

 マンガとは、この絵と文字のことだろうか。

 

 なら、この絵と絵の間のコマはどのように繋がっているのだろうか。

 このコマを見たら、次はどこのコマに目を動かして読んでいけばいいのだろうか。

 

 吹き出しとはなんだろうか。

 

 これは登場人物が話すセリフを表したものなのだろうか。

 なら、この吹き出しがないセリフがあるのは何故だろうか。この吹き出しと呼ばれる囲みが、ギザギザしていたり、ふわふわしていることに、何か意味はあるのだろうか。

 

 この擬音と呼ばれる字はなんだろうか。

 

 この擬音は音を表すものなのだろうか。

 しかし、こんな擬音がこの世にありえるはずがない。そしてこの背景のようであって、背景ではない揺らぎの描写は何を表して、我々に何を伝えようとしているのだろうか。

 

 マンガという未知に対峙した人々は、そう言って首を傾げ、疑問を呈していく。

 私は当たり前のようにマンガを読めるし、楽しんでいた。ただ、私がマンガの読み方を知っているのは、実はいくつもの体験を通してマンガの読み方を学んでいくことができていたからこそ。

 

 いくら好奇心旺盛なオラリオの住人であっても、わけがわからないものには忌避感がある。接して慣れることには、どうしたって時間がかかるものだ。

 

 誰もが新たな文化の誕生を認め、興味をもって受け入れられるかといえば、それは難しい話である。

 あれだけ多様性と叫ばれる現代でも、新たな価値観を受け入れることは、そう簡単な話ではなかった。もし簡単な話であったなら、ジェネレーションギャップなんて言葉は生まれもしなかっただろうに。

 

 ましてや、ここは中世風味で多種多様な亜人が存在し、魔法も神も魔物だっているオラリオ。

 満足な教育もなく、道徳や倫理、哲学の教養もなく、そこにどれだけの文化的な壁があるのか私には想像もできなかった。

 

 人は未知というストレスを超えて、それを楽しむという感覚と娯楽を獲得してきたといっても過言ではないだろう。

 

 例えば、あの戦い大好きテルスキュラの戦士たちだって、最初は戦いが好きだったわけではないことが多い。むしろ戦いの痛みと死の恐怖に涙する者もいる。

 しかし、戦いを積み重ねていくにつれて、命のやり取りの興奮と、敵を打ち倒す喜びを覚えていった。そして戦いという異常なストレスがかかる命の危機が、人生最上の娯楽と感じられるように変わっていくのである。やっぱ蛮族だわ、あいつら。

 

 ああ、果たしてマンガはオラリオの住人にとって、ストレスを超えて新たな娯楽になりえるだろうか。

 

 もしかしたら読み方に戸惑ってそのストレスに負けてしまい、マンガを楽しむところまで人々の心は伸びないかもしれない。そう思うと、不安で眠れない夜が私にもあったものだ。

 

 だが、全てはエロが解決してくれた。

 

 人々の文化の広がりの根底には、いつだってエロへの欲求があった。

 エロいものに人は惹かれる。エロいからこそ人は頑張れる。私の悩みは、エロの救いの手の前には、あまりにも小さなものだったのだと気がつかされた。

 

 オラリオの住人達は、まず、わけがわからないながらも女性たちの裸体の絵に惹かれ、絵だけでエロマンガを画集のように楽しんだ。

 読み方がわからなくたって、エロいものはエロい。それは万物の真理である。オスの本能が刺激されないわけがなかった。

 

 次に言葉のやり取りに目が行き、表現された物事を読み取ろうと血眼になり、そしてそれを理解することにより大きな興奮を得ていった。

 そしてついには、マンガは決して絵だけのものではなく、劇のようにストーリーと多彩な演出に溢れたものであると気がつくに至る。

 

 そう、エロマンガは芸術。エロマンガはロマン。

 ダンジョンや冒険だけではなく、素晴らしいロマンの世界が紙の中に広がっていたのだと。

 

 そこからの広がりは早かった。

 

 読み方を知っている者が知らない者に教え、楽しみ方を知っている者が楽しみ方を知らない者に伝えていく。

 現実ではなかなか見ることができないエロに溢れたロマンの世界が、妄想ではなくこうして実際に形となって表現されていく。

 その多くの男性たちは虜になっていったのであった。

 

 ああ、エロマンガは偉大。エロマンガは心の救い。エロマンガとクラナドは人生。

 

 マンガという文化が受け入れられ、エロという真善美の真理が広まるまでに時間はかからなかった。なんて素晴らしいんだ。

 

 そんなこんなで、無事にオラリオにエロマンガやマンガの概念が定着することとなった。

 これで布教という目的は達成したも同然。エロマンガ普及も終わった私は、穏やかにエロマンガを描く生活に戻っていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけではなく、より忙しくなった。

 そりゃ需要がやばいことになってしまったのだから、そうなるわな。デスマーチ継続決定である。

 

 「エロ、非エロ問わず原稿が……。流石にストーリーものだけで、月刊で五冊はヤバイ。嬉しいけどキツイ」

 

 いくら需要があるといっても、供給元が総勢一名である。結果的に、死ぬほど忙しくなった。

 

 まるでヘルシングの某パロ画像のような布陣。

 労働時間と労働量は過労死ラインを優に突破。控えめに言っても死ぬ。エロのために死ぬ覚悟はあったが、こんなにも早く試されるとは思ってもいなかった。

 目にクマとかこのアマゾネス生で初めてできたわ。

 

 私がレベル6という超耐久の肉体を得るに至ったのは、きっとこの時のために違いない。

 ありがとう、テルスキュラで散ったアマゾネス達よ。アルガナの真似事になってしまうが、あなた達の血肉、そして魂はエロマンガを描く私の中で今も生きている。

 

 ……なんか心のどこかで私が倒してきたアマゾネス達の悲嘆の声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思う。恐らくは私の聞き間違えで、実は歓喜の声だったに違いない。

 

 ともかく、いくらやる気があってもこれでは全然需要に追い付けない。私一人ではどうやっても無理。

 だからこそ、私は取り組み始めないといけなかった。

 

 「ソフィーネ様、ここの塗りなんですけど」

 

 「あ、そこはべた塗りで大丈夫」

 

 「はいはーい」

 

 そう、アシスタントの育成というものに。

 

 「ソフィーネ様、ここの背景指定なんですが、もうちょっと詳しく教えてもらってもいいですか?流石に『飲み屋』ってだけだといろいろありすぎて……」

 

 「うちの歓楽街みたいなところじゃなくて、『豊穣の女主人』みたいな内装でお願い」

 

 「なるほど、あとで一応チェックをお願いしますね」

 

 エロマンガやマンガを描くためには多くの作業が必要となる。

 その作業を私はこれまで全て一人で行っていて、あらゆるものを根性で補ってきた。

 

 しかし、流石にここまでの仕事量になってくると、どうしても時間が足りない。根性がいくらあっても、ダメなものはダメである。

 「私が五人いればよかったのに」と周囲のアマゾネスに愚痴を話したのだが、何故かものすごく苦笑いをされた。イシュタル様にも言ったら、「一人でも大変なのに抱えきれない」と冗談でも止めてくれ扱い。泣いた。

 

 こうなったら、私以外でもできる作業は他のやつに任せるしかない。

 そう考えて、ついにアシスタントの育成に入ったのだ。より効率よくエロマンガを描き上げて世に放出するためには、現代でも活躍していたようなアシスタントの力が必要不可欠である。

 

 ピンときたアマゾネスや娼婦達を誘い込み、教導し、今では立派なアシスタントに。

 

 「おい、この背景全部ショタばっかりなんだけど」

 

 「めっちゃ興奮しますよね!」

 

 「ここは普通の街酒場だぞ。どこにこんなショタばかり集めた酒場があるんだ、描き直して」

 

 「そんなー」

 

 そう、立派な……。

 

 「アニータ」

 

 「はい」

 

 「どうしてここの冒険者は男だけなん?普通に女性冒険者も描けって言ったね?しかも全員ガチムチの連中しかいないんですけど。もやし冒険者も描いてよ」

 

 「筋肉パンパンの冒険者がいいんじゃないですか。あとこんな素晴らしいところに、なんで女の冒険者を描かなければいけないんですか」

 

 「そうだな、そうかもしれないな。でも描き直しな」

 

 「……はい」

 

 立派……。立派?

 

 「なんでこのシーンの男連中、全員下半身がピチピチの服を着てるん?あとくっきりチンコを浮かせて描いている理由はなんだ。おら、言って見ろや」

 

 「なんか楽しくなっちゃって、止められませんでした」

 

 「正直でよろしい、描きなおせ」

 

 「殺生な……」

 

 訂正させてくれ。

 立派なアシスタントは生まれなかったが、立派な変態たちは生まれた。

 

 しかも変態であるほどに能力が高いんだから手に負えやしない。

 いったいこいつらは誰に似てしまったんだ。素晴らしい、オラリオの未来は明るいな。

 

 さて、執筆が一段落してからも、私の職務は終わらない。

 

 マンガの完成に目途がつき次第、アシスタントに後は任せて部屋を離れる。向かうは副団長、タンムズの部屋だ。

 扉をノックし、彼が部屋にいることを確認して入室する。

 

 「タンムズ、支援者や後援会への特典の用意は終わったよ」

 

 「む、例のものか。よく期日に間に合ったな、ありがとう」

 

 描きあがったイラスト、色紙を副団長のタンムズに手渡す。

 タンムズはそれらを確認すると、ほっと胸を撫でおろした様子であった。私もこれでようやく一段落がついたと一安心である。

 

 用意された席につき、タンムズと今後の創作活動について話し合う。

 

 なんで私がこんなことをしているかというと、エロマンガやマンガのマネジメントを考えられる人材は、悲しいことにうちのファミリアには中々いないからだ。

 

 私だって、できればエロマンガだけ描いて、エロに浸って毎日を興奮しながら穏やかにすごしていたい。

 だが、エロマンガの存続と布教のためには、その存在をよく理解している私も経営戦略を計画して、調整に参加していかなければならなかった。

 

 「これが今回のポストカード、そして抽選のサイン色紙か……助かる。技術系ファミリアに依頼しているフィギュア、ぬいぐるみの件も順調に進んでいる。市販用の量産品は既に形になっているが、スポンサーや後援会だけの限定品は、仕様上まだ製作が難航しているらしい」

 

 タンムズが苦い顔で報告するが、それぐらいであれば十分許容の範囲内だ。

 

 「限定品であれば、時間がかかっても問題はないよ。彼らは金を持っているんだから、それに見合うだけの付加価値品であるべきなんだ。限定品はクォリティも高く、細かい装飾が多いから時間がかかっても仕方がない。むしろそれだけの品物であると、ファンに知ってもらった方が彼らは満足すると思う」

 

 「なるほどな。しかし、会員限定の品か……。援助者のプレミア感、優越感を満たすには良いアイディアだな」

 

 感心した様子のタンムズを見て、私は前世でそうしたアイデアを考え出した先人たちに改めて感謝する。

 いつかはコンプガチャに天井、握手券とかも実装してやりたいものだ。悪魔の発想だが、あれは間違いなく儲かる。

 十連ガチャがお得ですよ、プロデューサーさん!え、呼符?そんなものはないよ。

 

 「作品に没頭するファンは、それを誰よりも『んほぉ』りたいし、ファン同士でどれだけ作品が好きなのかと格付けしたがる者も多い。古くからシャーロキアン、現代ではバンギャやアイドルオタクたちのように。このプレミア感が彼らの欲求を満たす受け皿になり、私たちも儲けられたら最高極まりない話ってもんよ」

 

 「面白い。お前の作品のファンクラブの運営、後援会の存在は、マンガの活動だけではなくイシュタル・ファミリアの資金源や人脈にも大きく影響していっている。これは予想外だったがな」

 

 活動が活発化するにつれて、それぞれの作品にファンが増えてきた。

 ここは中世風味のファンタジー世界。

 リアルが厳しい世界で娯楽に没頭できるような者の多くは、本やマンガをたくさん揃えられるようなお金持ちが多い。小説みたいに書き写すなんてのも難しい品だからな。

 

 つまり、私のマンガのファンにはお金持ちがそれなりにいたのである。

 パトロン、スポンサー、タニマチ。

 現代でも自分のひいきにする芸能人やスポーツ選手のために、後見的な立場となる頼もしいお金持ちたち。

 

 現代日本での彼らの活動は、客集めや私生活への金銭援助に始まり、副業への協力や資金援助、さらには異性問題といった不祥事のもみ消しにも及ぶ。

 その代わりとして、一緒に食事をしたり配偶者を紹介したり、その結婚の仲人を務めるなど、関係性が深く親しいことをアピールしたがった。それはこの世界でも、オラリオでも変わらない。

 

 好きだ。好きだからこそ、愛を示したい。愛を伝えたい。見守りたい。

 

 推しの子のグッズを買いあさったり、高額なスパチャをするように。

 好きなキャラに聖杯突っ込んで宝具のレベルを5にするように。

 部屋中を好きなキャラのグッズで埋め尽くすように。

 どれだけそのゲームが好きなのかを揃えるのに難しい装備や、プレイ時間で示すように。

 マンガ『ニセコイ』の人気投票で、推しのヒロインに1500票も手書きで送ったり、誕生日には月の権利書やらガラスの靴を送ったりした千葉県のYさんのように。

 

 ファンも、パトロンも、スポンサーも、タニマチも、みんな愛ゆえにちょっと暴走してしまうものだからね。私もよくエロに関係することには暴走してしまうから気持ちはよくわかる。

 

 まぁ、熱狂的なファンが多かったのは、単発が多いエロマンガよりも、健全でストーリー性があるシリーズ物のマンガであったことは少しがっかりだったが……。

 自分が描いたものが認められることは、なんだかんだで嬉しいものだ。感謝感謝。

 

 だが、予想外のこともあった。

 それは作者である私自身のことを是非支援させてくれという人間が少なからず、いや、結構な数いたことであった。

 

 マンガでこうしたエピソードを描いてくれとは言わない。〇〇の出番を増やせなんて言わない。後方で腕組をして、温かく見守るのが正しい作品ファンというもの。

 

 だけど会いたい。どうしようもなく会いたい。もう我慢なんてできない。金は出す、金は出すからあんな作品を描いた作者と直接会わせてほしい。別に無理やり入団させたり、コンヴァージョンさせたり、変なことをするつもりはないんだ。

 

 お話したいんだ。

 一緒に握手してほしいんだ。

 ご飯を一緒に食べたり、一緒にお酒を飲んでいろいろお話をしたいんだ。

 させてくださいお願いします。作者さんに「んほぉー」ってしたいし、尽くしたい。貢がせろ、貢がせてください。

 

 そんなやべぇ奴らが神や人を問わず、マンガが広まるにつれて増えていってしまった。

 熱狂的な作品のファン、熱狂的なキャラクターのファンの中には、生み出した作者を宗教のように神聖視するものさえ現れる始末。

 

 おまけに作者が謎のベールに包まれていると知れば、「私だけが本当の貴方を知っている」というオタク界隈が大盛り上がりのジャンルの称号めがけて、猛アタックを仕掛けてくる連中もいたのである。

 

 しかもこいつら、オラリオの権力者や有力者が多かったから手に負えない。

 むしろ、そんな我慢が利かない連中だからこそ騒ぎ出したと考えるべきなのか。

 

 これはまさに、オラリオに厄介オタクたちが生まれた歴史的瞬間であった。

 こんなに喜ばしくない歴史的瞬間も中々ないだろう。

 どこぞの「スマホ拾っただけ」よろしく、私は「ただエロマンガを描きたかっただけ」なのに。どうしてこうなった。

 

 こういうのは一度捕まったらおしまい。それ以前に、そもそも私は表に立てる身分ではなく、許されていない。

 

 だから全力で拒否して、それでも納得されず、しょうがないのでファミリア全体で対応してなんとか納得してもらった。

 代わりにサイン色紙を描いたり、彼らにお手紙を書くことによって、文字上ではあるものの直接交流ができることで、今はなんとか満足してもらっている。

 

 オラリオの権力者であり、私のファンの方々に対して、今日の夜も感謝のお手紙を私はお送りしないといけない。

 お手紙上での私はなんか優雅っぽいキャラである。校正してもらったアマゾネス曰く、これは誰だって感じだった。おハーブが生えますわ。

 

 勿論、お手紙の最後にはちょっとした絵も忘れない。

 ファンの時に、こうしてもらえたら嬉しかったことを私もしてあげたいからだ。プレミア感のためにそんなに多くのお手紙を書く必要はないが、それでもどうしたって少なくはならないし時間はかかる。

 

 だが、このやりとりはタンムズが言う通り、悪いことだけではなかった。

 彼らのおかげで、なんとイシュタル・ファミリアのオラリオにおける影響は、さらに強いものになっていったのである。

 

 あそこには黒い噂があるからと、本来であればうちとは距離を取るようなお偉いさんにお金持ちたちも、「あの作者とやり取りができるファミリアだから」と、こちらから何かを言わなくても、自分たちから進んでイシュタル・ファミリアが有利になるように便宜を図ってくれる。

 

 作品への愛故に贔屓しまくり、公私混同しまくりで頭が痛くなる。

 オラリオの神様たちからしてノリが大好きな連中であるので、実はこういうことは特に珍しくもないようだ。大丈夫かよ、オラリオ。

 

 ともかく、陰謀ごとが大好きなうちのファミリアにとって、こんなに楽になることはない。

 

 イシュタル様もこれには思わずニッコリ。

 この関係性を大事にしろと言われるので、私は投げ出そうにも投げ出せなくなった。

 そして当たり前のように私の時間はさらに死んだのであった。

 

 死体にムチをうつどころか、死体を薪にバーベキューしてマイムマイムを踊っているような状況である。

 エロマンガの執筆をして、マンガの執筆もして。

 その他新刊の冊子のご意見番に、マンガのマネジメントとスポンサーのお相手。ファンとなっているパトロン・タニマチへの応対もして。

 

 「……新鮮なエロが、癒しが欲しい」

 

 なんだかんだ、こうやって働けるだけの気力も、体力も私にあるのが恨めしい。

 もしオラリオで初の過労死認定が出たら、それは私だと思ってください。月命日には、お墓に新鮮なエロ本をお供えしてほしいです。ジャンルはこの際、何でもいいです。

 

 ああ、こんな状況に耐えられているのは、きっとエロのおかげと私が長女だったからに違いない。私はエロを知らずに次女であったなら耐えられなかっただろう。

 

 もっとも、私は誰の腹から生まれてきたかわからないので、私が本当に長女だったのかはこれっぽっちも知らない。

 仮に私が長女ではなかったとしても、いたかもしれない姉妹の大半はテルスキュラの儀式で死んでいるはずなので、実質私は長女のようなものである。闇が深いぜ、これがテルスキュラジョークだ。

 

 そんな私が歓楽街の外に出られたのは、これらの仕事がようやくの落ち着きを見せてからであった。

 

 それまではずっと監禁、缶詰生活である。

 久しぶりに外に出てたものの、お空が青くて眩しい。

 いつも静かなところにいたからだろうか。街の中ってこんなに騒がしかったんだなって感動してしまう。

 

 「部屋にこもりっきりだったせいで、日の光が明るい……。お茶が、おいしい」

 

 オラリオのカフェにて、監視役のレナと二人で久しぶりのお茶を楽しむ。

 

 こうして外に遊びに出かけられる機会も、エロマンガの需要が増えるにつれて大きく減ってしまった。

 嬉しい悲鳴なのかもしれないが、このような機会が減ってしまったことは寂しくもある。

 

 人はパンのみにて生きるのではなく、エロのみに生きるのではない。

 全ての中にエロはあり、エロの中に全てがあるのだから。

 寝食といったものから整えられる心のバランスが、良きエロのためには欠かせない。そうじゃないとEDになって、しごきたいのにしごけないという事態も起こりえるのだから。

 

 ああ、このカフェで口にするお茶は、いつもとても美味しい。

 

 このお茶よりも、イシュタル・ファミリアで出されるものの方が、上質なものを取り扱っていることは間違いない。

 だが、それでもここで飲むお茶は、丁寧で味わい深く、美味しい。心に染みわたっていくようだ。

 

 きっとこういうものは値段が全てではなく、どこで、誰が入れたお茶を、誰と一緒に、どのような気分で飲むかが大切なのだろう。

 

 こんな、なんというか、雰囲気に浸ってお茶を飲めるようになるだなんて。

 

 なんか私、オシャレじゃないか?ちょっと格好良くないか?文化人って感じじゃないか?

 くふふ、私もそろそろオラリオの文明人らしくなってきたな。

 

 なんか気分が盛り上がってきた。ウェイターに運ばれてきたクッキーを一つまみ、そのほのかな甘さに思わず笑みがこぼれる。

 

 ただ、こんな素晴らしいティータイムにも、一つだけ問題があった。

 

 「それでねー、ロキ・ファミリアのベートが格好良くてさぁ。もう子宮がきゅんきゅんくるっていうかー」

 

 うんざりとした私の目の前で頬を赤くし、顔をとろけさせているアマゾネス。

 私の監視役であるレナが、ついにアマゾネス特有の発情期に入ってしまったのだ。

 

 事の起こりは、先日の戦いでフリュネと一緒にベート・ローガと戦い、レナがベートに敗れてしまったこと。

 

 恐らく、アマゾネスの本能によって、自分を負かした雄に惹かれてしまったのだろう。しかもよりにもよって私がカンチョーした奴に。

 

 ……控えめに言って、地獄かな?

 

 マシンガンのように会話が終わらないレナの話し方のせいか、それともその内容のせいか。どうにも頭痛がしてくるようだ。

 

 「レナって、ああいう男が趣味なの?」

 

 「いや、お腹を殴られて吹き飛ばされた時になんていうか、すごいキュンってきたんだよねっ!」

 

 目がガンギマリしているレナに、流石の私も引き気味になる。

 

 「あの人に腹パンされて、恋におちました」とか、すごいキャッチコピーだな。現代社会の闇しか感じられないぞ。

 

 もし、レナが現代の恋愛バラエティショーに出演してこんな内容を話していたら、会場はひえっひえになるに違いない。

 

 その後もベートと恋人になりたいとか、性行為をしたいとか、また殴られたいとか、レナの惚気話はとどまることを知らなかった。

 これには私の頭もおかしくなりそうだ。せっかくの外出なのに、これでは心が休まるわけがない。

 

 世の女性たちは恋バナが好きなのだろうが、私は中身があれなのでまったく惹かれない。

 レナが話している内容もあれなので惹かれない。ダブルで惹かれない。

 しかも私がカンチョーした奴の話なので、トリプルで惹かれなかった。

 

 いや、腹パンでメスに目覚めるとか、モーニングカーム先生的なシチューもありっちゃありだよ?

 

 でも、今のストレスフルな状態の私には、いささか重い内容でもあった。

 恋人に振られたばかりのやつに、NTRのエロマンガを勧めるようなものだ。そこで興奮する奴、目覚める奴もいるのかもしれないけどさ。私にはきついっての。

 

 だいたい、アマゾネスがこういう時に話す会話の中身は、テルスキュラにいた時に嫌というほど聞いてしまっている。

 そのために、新鮮味もエロさも当たり前すぎてしまって全くないのである。

 

 アマゾネスの恋バナを要約すると、「いい男だ、子宮がうずく、ヤリタイ」の三つの言葉で済む。恋バナの概念が歪んでくるわ。

 

 すごいだろ、アマゾネス。

 やばいだろ、アマゾネス。

 しかもチンコもげそうなほどに搾り取るからな。実際、折れてしまった可哀そうな男の話もよく聞いたし。地獄かよ。

 

 「ねー、ソフィーネ様って強いよね?なんなら、ちょっとさらってきてくれない?」

 

 目をキラキラさせながら、やべぇ発言をするんじゃないよ。私の目が腐ってきたわ。

 

 「何が悲しくて、ケツを掘った相手を私がさらってこなくちゃいけないんですか」

 

 「後ろは別にいいけど、前の方は譲らないからねっ!」

 

 「どっちもいらねぇよ、ざけんな」

 

 ぐっと親指を突き立てるレナに、頬が引き攣った。

 

 何だこの野郎。私は男の尻を喜んで掘るような女だと思っているのか。

 千歩譲って美少年ショタの尻穴やら、男の娘の尻の穴を掘るのは認めてもいいが、オラオラ系の尻を喜んで掘ってメス堕ちさせるほど私は腐ってねぇよ。せめてTSさせて出直してこい。

 

 そう伝えると、レナはさらに目を輝かせた。

 

 「え、じゃあ後ろももらっていいってことッ!?」

 

 レナの発言に思わず天を仰ぐ。

 

 レナはもうだめだ。こいつは普通のアマゾネスだと思っていたが、愛しい人なら何でもありってジャンルの女だったらしい。とびぬけた変態だった。やったぜ。

 

 ああ、癒しが欲しいなぁ。何かエロいものがないかなぁ。新たな性癖との出会いがないかなぁ。

 スーパーお仕事タイムと、レナのDV系惚気話、ついでに性癖のスーパーノヴァによって私の心は限界寸前である。

 もうどうしようもないぐらい、フレッシュで清らかなエロとの繋がりを私の心が求めている。

 

 そういえば、紐神ことヘスティア様はお元気だろうか。

 

 ここしばらくはヘスティア様と出会えたためしがない。こんな時こそ、彼女の優しい人柄にふれたいものだ。

 

 精神的にきつい時には、優しいエロが心に染みるというもの。

 私はヘスティア様に会いたい。そして良ければあのボディを思う存分、くんかくんかしたい。お胸に、おへそにうずまりたい。

 

 そんな私の祈りを天は受け止めてくれたのだろうか。

 ふと気がつけば、ヘスティア様が街中をとぼとぼと、疲れた様子で歩いているではないか。なんたる僥倖。

 私の疲れは全て吹き飛んだ。今の私は24時間どころか年中無休で戦える。

 

 ワクワクを思い出した私は隠形を解いて椅子から立ち上がった。

 

 レナがそんな私の様子に気がつき、私の喜色満面な顔を見て、慌てた様子で自分も椅子から立ち上がり、止めようとする。

 私はそんなレナを恐ろしく早い手刀で気絶させると、ヘスティア様に歩み寄っていった。許せレナ、これが最後かもしれないけど、多分またやると思う。

 

 ツインテールに大きなお胸。元気そうではないが、愁いにおびたヘスティア様のお顔も、また可愛らしくエロいものである。

 ああ、私の心が満たされていくようだ。この戦い、我々の勝利だ。勝ったな、ガハハ。

 

 私が近づくにつれて、ヘスティア様も私の存在に気がついたようであった。

 私を見たヘスティア様は最初に驚き、次に瞳を潤ませる。私は居住まいをただし、はやる気持ちを必死に抑え込むと、これまでと同じように手を上げて挨拶をした。

 

 「ヘスティア様、お久しぶりです。お元気で──」

 

 と、その時。ヘスティア様が私に向けて全力ダッシュ。懐に飛び込んできた。

 

 「ソフィーネくんっ!!」

 

 「ぐほぉっ!?」

 

 超電磁ヘスティア様は、私のみぞおちにクリーンヒット。めっちゃ痛い。

 気を完全に抜いていたために、私がオラリオに来てから一番ダメージを受けたかもしれない。ヘスティア様強い、そして可愛い。

 

 「ヘ、ヘスティア様、お久しぶりです。ものすごい歓迎っぷりと、柔らかさに嬉しい限りですが、どうかなされたので?」

 

 ヘスティア様のダイナマイツボディが、私の体にふにゃんと密着中。柔らかい。あとお肌がぷりんぷりんする。石鹸の自然ないい香り。辛抱たまらない。

 なんだこれは。ええい、ギリシャ神話の炉の神はバケモノか。これで私はあと十年どころか千年は戦えるというものだ。

 

 抱きしめるように両手をヘスティア様の腰に回し、その小さな体と温かさを堪能する。少し震えている、涙ぐんでいる、なんだこの可愛い生き物は。最高かよ。

 

 あー、やばい。めっちゃ、やばい。なんかこれ、やばい。すっごい、やばい。脳が、震える。

 

 「いつも、いつもソフィーネくんには迷惑をかけていた。いつも君には頼りっぱなしで、本当に申し訳ないと思う。でも、でもこんなことを頼めそうなのは……」

 

 「いいですよ」

 

 「ベル君を、ボクたちを助けてほしいっ!」

 

 「いいですよ」

 

 「え?」

 

 「助けます。やってやんよおらぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 ヘスティア様のお願いとかノータイムでオッケーに決まってるだろう。

 これをオッケーしないで何をオッケーしろというのだ。ところで、何をお願いされたのだろうか。興奮のあまり何も聞いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕がそれを見た時、言葉にできない衝撃をうけた。

 

 ソフィーネ君の言葉に嘘がないことはわかっていた。だから、少しでも力が欲しい、サポーター君を助けたいと藁にも縋るような思いで頼み込んだ。

 

 でも──

 

 「ここまで君って、強かったのかい?」

 

 この光景にヘスティアは思わず目的を忘れ、見入ってしまった。

 

 「リアルで酒に酔わせてエロ同人みたいなことを企む連中はお仕置きだ―ッ!!」

 

 「なんだこの紙袋頭──ぐへっ!?」

 

 「ちょ、強いぞこいつ!?囲んでたた──ぐはぁっ!?」

 

 「だ、誰か助け──がはぁっ!?」

 

 暴力の嵐。それでいて動き方は精緻。

 拳や蹴りが振るわれるたびに、ソーマ・ファミリアの団員たちが吹き飛ばされていく。

 

 「よくも、よくもリリルカさんとやらのちっぱいに手を出そうとしたな!許さねぇ、野郎オブクラッシャぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 「ち、ちげぇよ!誰があんな貧相なやつに!」

 

 「今ちっぱいを馬鹿にしやがったなっ!?修正してやるっ!!」

 

 「だめだこいつ!?話が通じねぇ!?」

 

 最初は数の有利に酔いしれていたソーマ・ファミリアの団員たちも、今は混乱と恐怖を顔に張り付けて余裕を失ってしまっている。

 

 当然だろう、仲間があんなお手玉みたいに目の前で飛んでいるのだから。

 立ち向かう者は宙を舞い、逃げる者は大地に叩き伏せられる。ちなみに、恐怖で右往左往するものには腹パンだ。

 

 「へ、ヘスティア様。あいつは何者なんだ?」

 

 遅れてやってきた援軍、とタケミカヅチ・ファミリアの面々が、阿鼻叫喚となってしまった光景に閉口する。

 

 彼らも一端の冒険者だからこそわかる、彼女の異常な戦い方。

 動きが速すぎて見えない、捉えきれない。一目見て理解できるレベルの差、間違いなく高位冒険者だ。あそこまで圧倒的な戦いを演じられる強者が、どうしてこの場に。

 

 「ええい、数だけは多いペド野郎どもがぁ!そこまで私を苛立たせるか!お前たちのような奴がいるから、健全なロリ好きの紳士たちが誤解されるんだっ!心の、心の痛みが止まらない。彼らの虐げられし苦しみ、嘆きが私に力を与えてくれるっ!死ね、死んで彼らに詫びろぉぉぉっ!」

 

 紙袋を被ったアマゾネスの蹴りは数人の男たちをまとめて吹き飛ばし、さらには一瞬のうちに宙に浮いた冒険者を拳で打ち据えて叩き落す。これはたった一秒にも満たない時間の中での出来事である。

 

 奇想天外な戦いに、敵対しているソーマ・ファミリアの団員たちは悲鳴を上げた。

 

 「ふざけるなぁ!?こっちをボロッカスにしながら勝手にキレるんじゃねぇっ!!」

 

 「魔法だ、魔法で動きを!って、素手で弾きやがったぞぉぉぉぉ!?バケモノだぁぁぁぁぁっ!?」

 

 氷が、火が、雷が紙袋のアマゾネスを襲う。

 それを紙袋のアマゾネスは拳で打ち払い、吹き飛ばした。唖然とする魔導士たちを睨みつけると、地面を蹴って瞬く間に魔導士たちを自分の攻撃の間合いに収める。

 

 鈍い、骨がひしゃげるような音が、不自然に周囲に響き渡った。

 

 痙攣する魔導士を天に掲げ揚げ、気炎を紙袋の穴から吐き出しているアマゾネス。その足元には腕や足があらぬ方向に曲がった別の魔導士たちの姿が。

 

 「やはり暴力……ッ!!暴力は全てを解決する……ッ!!何事も暴力で解決するのが一番だ……ッ!!」

 

 紙袋の奥から覗く光が、ギロリと周囲を睨みつけた。

 圧倒的な強者だけが持つ威風には、ただそれだけで死を幻想させるだけの力がある。

 ソーマ・ファミリアの面々の顔色は、青を通り越して白にまで変わっていった。

 

 死ぬ、このままでは死ぬ。彼女と敵対する誰もが、自身の死を予見する。

 絶望にその場に座り込む者、狂乱して襲い掛かっていく者、泣いて許しを請う者。その一切の区別なく、紙袋のアマゾネスは容赦なくソーマ・ファミリアの冒険者たちをぶっ飛ばしにかかる。

 

 「ぼ、僕たちは早くサポーター君を探そうっ!」

 

 ありがとう、ソフィーネ君。

 

 後ろで今も絶叫し、戦い続けるアマゾネスに心で礼を伝えると、ヘスティアたちはリリルカ・アーデの救出のために走り出す。

 彼らがリリルカ・アーデの下に無事に辿り着き、ソーマの許可を得てコンヴァージョンが行われるまで、時間はそんなに長くはかからなかった。

 

 そして謎のアマゾネス、ソフィーネの戦いぶりを見たヘスティアはあることを決意する。自身の大切な、この戦いのために頑張っている眷属を鍛えてほしいと、彼女はソフィーネに必死に頼み込んだのだ。

 

 頭を地につかんばかりに下げるヘスティア。

 頭を下げたことで、よりよく見えるようになったこぼれんばかりのヘスティアの胸元にソフィーネの視線は釘付けに。

 

 このお願いをソフィーネはコンマ数秒で快諾。

 

 ソフィーネは指をぐっと立ててサムズアップすると、唖然とする観衆たちを置き去りにして自分のファミリアへ向けて走り去っていったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓楽街に戻ってきたソフィーネの姿は、例の玉座っぽい椅子がある大部屋の中にあった。

 

 意気揚々と肌をツヤツヤさせて帰ってきたソフィーネを周囲は冷たい目で見ており、特にイシュタルは出荷前の豚を見るような目で見ていた。

 こころなしか、いつもよりもソフィーネに向ける視線が厳しいしひえっひえである。

 

 「……その処女神のために、何をしろと?」

 

 主神イシュタルの目からは、まるで矢じりのように鋭く、鈍い輝きを放っていた。

 

 アマゾネス達は確信していた。間違いなく、イシュタルは不機嫌になっていると。

 アマゾネス達はできる限り勘気を被らないように、顔を下に向け、静かに石のように立っていた。

 

 そんなアマゾネス達を他所に、ソフィーネはイシュタルの視線を真正面から受け止め、口を開く。

 

 「彼女の眷属、ベル・クラネルを鍛え上げます。誰も邪魔に入らないように、アマゾネスの腕利きの護衛を数人。高回復ポーションを数十本。気付けの薬など、詳しい内容はこの紙に」

 

 「それぐらいは別に構わん。だが、それを集めて何をするつもりだと聞いている」

 

 「ダンジョンに潜り、ヘスティア様が言っておられた冒険者とこもりっきりの修行をします」

 

 部屋の温度が、ぐーんっと下がった。

 

 寒い、寒すぎる。

 薄着を好むアマゾネスたちは、気温の寒暖差にもそれなりに強い種族である。

 だが、この部屋の寒さには何故か耐えられそうになかった。まるでマグロを入れるような冷蔵庫に叩きこまれたような、どうしようもない寒さをマゾネスたちは感じていた。

 

 「私以外の女神のために働き、それを助けんとする。何故、そんな話を私に持ち込んできた」

 

 「何か動くのなら、事前に話をしろと言われていたので。タンムズに聞いたら私の裁量を超えていると言われましたから」

 

 「ほう、なるほどな。だが、お前が処女神の眷属をソーマ・ファミリアから助け出したことに許可をだした記憶はない。私の物忘れが激しいだけかもしれないが、どう思う?」

 

 「ごめんなさい、気がついたら体が動いていました。囚われとか、お酒というドラッグ漬けとか、美少女パルゥムとか、もうワクテカ要素が多すぎました」

 

 「なるほどな、それで?」

 

 「ここ最近の仕事漬けの監禁生活の中でエロに飢えていた私に、こんな絶好のシチューは耐えられなかったんです」

 

 「戯けが」

 

 オラリオはいつから冬になったのだろう。

 

 イシュタルとソフィーネの横に並び立つアマゾネス達は、ぷるぷると小さく体を震わせている。

 空気が冷たく張り詰めていて、緊張で肌がぴりぴりしてくる。一刻も早く終わってくれと、アマゾネスたちは願うばかりであった。

 

 「何故、処女神を助けようとする」

 

 「エロいからです」

 

 「処女神と私、どちらが美しい?」

 

 「イシュタル様では?ヘスティア様はどちらかといえば可愛らしい方でしょうから」

 

 「なら、どちらがエロい?」

 

 「甲乙つけがたいでしょう。それぞれに良さがあります。私はそれをどちらが上といえるだけの見識をもっておりません」

 

 そこは「イシュタル様です」ってお世辞でも言うんだよ、バカ。

 

 心が一つになったアマゾネスたちは、顔を青くして足元をじっと見つめていた。

 

 なんでこのバカ(ソフィーネ)はこのイシュタル様を目の前にして、こんなにも平然と堂々としていられるのだろうか。

 お前ひとりだけが破滅するならともかく、周囲をこうやって巻き込まないでくれないか。お前は何もされなくたって、八つ当たりでこっちに飛び火する可能性だってゼロではないんだ。

 頼む、ソフィーネ様。余計なことを言わないでくれ。大人しくしていてくれ。

 

 アマゾネスたちが必死に願い祈る中で、イシュタルの顔はますます険しいものになっていった。

 

 「そうか、なら──」

 

 イシュタルの言葉の切り出しに、アマゾネスたちの額からは一様に汗が流れていった。

 

 イシュタルの雰囲気がより怪しいものになったことに気がついたからだ。

 暗く、よどんでいて、重く、苦しい。神の威が部屋に満ち満ちて、呼吸すらまともにできなくなる。

 

 「お前は、誰の眷属で、誰のものだ?」

 

 平坦な声。

 

 そこに感情の波はなく、どこまでも穏やかで冷たい声だった。

 「今日の朝ご飯は何を食べた?」「昨日テレビであの番組を見た?」、そんな当たり前の日常の声調。

気にすることすら何もないような、特に気持ちを引き付けるわけでもない声量。

 

 だが、この問いかけを耳にした部屋の人間すべてが心の底から震えあがった。

 災厄の前触れ、命の危機、絶望。各々が、イシュタルの問いに込められた深い感情の暴走を感じ取り、歯を噛みしめる。

 

 だから、次に彼らが感じたのはソフィーネへ対する怒りであった。

 

 「イシュタル様に決まってます。嫌だって言われても、足に縋りつきます」

 

 だってこいつ、平然とこうやってしゃあしゃあと答えやがったのだから。

 だったらもうちょっと自重というか、落ち着いてくれよとアマゾネス達は頭を抱えそうになった。

 最近はマシになったと思ったら、すぐこれである。欲望に正直なのはアマゾネスらしいが、ここまでの者はなかなかいないだろう。

 

 いや、実は本当にわかっていなかったのかもしれない。いや、本当は全部わかったうえで、それでもこんな調子だったのかもしれない。

 いずれにせよ、この場でこんなバカげたやり取りに巻き込まれた身としては、とてもじゃないがたまったものではなかった。

 いったい誰が好き好んでゴジラとガメラの戦いを間近で見たいと思うのだろうか。勘弁してほしいと、アマゾネスは心の中で悲鳴を上げる。

 

 イシュタルはその言葉を受け、じっとソフィーネを見つめる。

 ソフィーネはただただ頭を下げ、イシュタルの言葉を待つ。

 

 ──数秒後、折れたのはイシュタルであった。

 

 「そうだな、お前はそういうやつだった」と言って一息つくと、椅子に深くよりかかった。

 

 「……はぁ。わかった。よーくわかった。いけ、勝手に行ってはしゃいで来い」

 

 「え、なんで急にバカを見るような目になったんですか」

 

 「バカのことをバカを見る目で見て何が悪い。段取りはサミラに任せる。ほら、さっさと行ってこい」

 

 しっしっと手のひらで追いやるイシュタルに、「えー」っといった顔で何か言いたげなソフィーネ。

 最後には話を取り消すぞと脅され、「すいません」と大声で謝ったソフィーネは脱兎の如く部屋から飛び出していったのであった。

 

 痛いほどの沈黙。重い静寂。

 

 誰もが恐る恐るイシュタルを伺う中、その視線を一身に集めるイシュタルはぽつりと一言。

 

 「疲れた」

 

 イシュタルは大きく息を吐き出すと、疲労困憊といった様子で自分の肩を叩く。

 傍に控えたタンムズがすぐにイシュタルの肩をもみ始めると、心地よさそうにイシュタルは顔を緩めた。

 

 「バカには真面目につきあうだけ損をするものだな」

 

 肩を揉まれながらそう呟いたイシュタルに、何とも言えない様子であった周囲のアマゾネスたちは、深く深くうなずいたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 許可を正式にもらったソフィーネは準備を整えると、すぐに待ち合わせの場所へと移動を始めていた。

 

 一方、それに連れ添って歩いているアマゾネスは、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。

 彼女はレナに代わって、新たな連れ添い・監視役として任命された、サミラという灰色の髪のアマゾネスであった。

 先日のソフィーネの暴走を止められなかった失態によって、役代わりの必要性が生じてしまい、結果としてサミラは新たにソフィーネ係に任命されたのである。ちなみに、言うまでもないが貧乏くじというやつだ。

 

 「どうせこの人の暴走は止められないのだからレナのままでもいいのに」と、心の中で愚痴をこぼしながら、サミラはソフィーネに請われて「戦争遊戯」について説明していく。

 

 「……なるほど、ヘスティア・ファミリアがそんな大変なことになっていたなんて」

 

 サミラから詳しい経緯を聞いたソフィーネはただ一言。

 

 「アポロンぶっ飛ばすか」

 

 と、呟いた。すぐに全力でサミラに止められた。サミラはもう泣きそうな気持ちであった。

 

 ソフィーネ本人としては、他人が買った喧嘩の場を滅茶苦茶にするような趣味はないので、場を和ますための冗談のつもりであった。

 しかし、もうサミラの顔は蒼白である。真っ白である。死体よりも白い。ソフィーネは「私ってそんなにヤバイやつ扱い受けているのか」とショックを受けた。

 

 ソフィーネは両腕を組んで、先ほどのサミラの話を考える。

 

 アポロンの策略によって、愛しいヘスティア様は大変な苦境に立たされている。

 彼女の眷属であるベル・クラネルを奪うべく、「戦争遊戯」とかいうなんか中二病感あふれるネーミングの戦いを挑まれているらしい。

 

 ベル・クラネルはヘスティア様が溺愛していた、大切な彼女の眷属だ。あれだけ彼女が愛している眷属を横からかっさらおうとは、なんて酷い神なんだ。

 

 しかも街中で他人に迷惑をかけるほどにドンパチするなど……。

 

 いや、この話は止めよう。

 なんか同じようなことをつい最近やらかしたファミリアに心当たりがあるからな。誰かなんて建物をいくつも崩壊させていたよな。胸が痛いわ。

 

 じゃあ、あれだ。手を組んだソーマ・ファミリアに、ヘスティア様の仲間、リリルカ・アーデというパルゥムの誘拐までさせていたとは。

 誘拐して人質にとるだなんて、本当に連中は腐っていると言ってもいい。まさに外道……。

 

 いや、うん、これもつい最近どこかで聞いた話のような。

 どこかのファミリアが同じことをしていたよね。それに加担していたファミリアもいたよね。辛いわ。

 

 ええと……。ううんと……。

 そう、そうだ。だいたい、ひとの眷属を横から無理やりに奪おうとするなんてろくなやつではない。

 

 そういうやつのお里が知れるというものだ。最低である。品性が足りない。

 真っ黒ファミリアのうちですらそこまでではないというのに、なんて酷い奴なんだアポロン・ファミリア。

 

 あれだ、自分のところよりも悪い連中を見ると安心できるよな!

 ある意味ありがとう、アポロンファミリア!それはそれとして許さねぇけどな!

 

 「いや、ソフィーネ様はこの事情を知らなかったのかよ……。オラリオじゃあ、この戦争遊戯は今一番話題になっていることじゃないか。というか、なんで何も知らずにソーマのところに突貫かましたんだよ」

 

 「ぶっちゃけ、ノリと勢いでよくわかっていなかった。助けを求められて、気がついたらヘスティア様を背負って、あそこに突っ込んでいた。うん、私をあそこまで狂わせるヘスティア様のなんとエロいことか」

 

 「えぇ……」

 

 サミラはもう歓楽街に帰りたくなってきていた。

 「レナ、頼むから帰ってきてくれ。私にソフィーネ様係は荷が重いよ」と、内心で頭を抱えながら仕方なくソフィーネについていく。

 

 「助け終わった後に、『これって本当は何があったんですか』なんて聞きにくいわけで。ヘスティア様とリリルカちゃんとか、めっちゃ感動的な会話を繰り広げていたし……。その、空気読んでたら、詳しい話を聞けない段階まで来ちゃってました。うん、だから教えてくれてありがとう!」

 

 「こういうことって本当は言っちゃだめなんだろうけどさぁ。……ソフィーネ様って、ここに来た時とはまた別の方向でバカになっていないか?」

 

 「……いや、あれだよ、しばらく缶詰状態だったからそうなっていただけで。普段はそんなことはない、はず」

 

 サミラの視線から目をそらす。いや、あの、ごめんなさい。

 

 「しかし、ヘスティア様の眷属ってそんなに有名になっていたなんて……。少し前までは、小粒の冒険者見習いって感じだったはずだけど」

 

 「だからだろうな。そんな奴があっという間に短期間でレベルアップしたから、こんなに有名になってアポロンに目をつけられたんだろうよ。歓楽街の方でもいつこっちに来てくれるのかって話題になってるしな」

 

 「才能があったってことかぁ。事情も事情、噂通りなら素質も十分。なら私も本腰入れて鍛えてあげなければいけないよなって」

 

 私がそう言うと、サミラが恐ろしいものを見る様子で私に振り向いた。

 おい、その目はなんだ。人間に向けるような目じゃないぞ。私はバケモノじゃないんだぞ。

 

 「……イシュタル様からも言われてるけど、頼むからやりすぎないでくれよ」

 

 「わかってる。だからダンジョンの中で訓練しようとしてるんじゃないの。あそこなら邪魔も入らないし、余計な連中にも見られずに済む。私の存在だってバレずに済むわけだしね」

 

 「ダンジョンこもって訓練やるって時点で、既にまともじゃないんだってば……」

 

 配慮ができるようになった私、偉い。

 そう思っていたのだが、どこか間違っているらしい。解せぬ。実際これで咎められるような問題はクリアできるのに。

 

 「話では、既にリトルルーキーくんの教導にあたっている人たちがいるらしい。残り時間は少ないけど、鍛えられるだけ鍛えるつもり」

 

 「……少ない時間で使う量じゃないだろう、あのポーションの量は。終いにはエリクサーまで用意させて、何をするつもりだよ」

 

 辛いです、ただ普通に訓練するだけなのに誰も信じてくれねぇ。

 泣くぞ。年甲斐もなくワンワンと泣くぞ。

 

 ベル・クラネルは現在ほとんど行方不明扱い。

 現代でいうところの「みんなのおもちゃ」状態なので、姿を隠しているらしい。

 上手いこと隠せているということは、それなりにサポートできる連中が指導にあたっているということかもしれないが……。

 

 「こんなところでやってんのかよ」

 

 サミラの呆れる声に、絶え間ない剣がぶつかる音。

 会話を重ねているうちに、どうやら目的のところに到着することができたらしい。

 

 さぁって、噂のベル君はどんな子だろうかとルンルン気分で顔見せに向かった。

 だが、私はベル・クラネルに目を向けている余裕はなくなってしまった。

 

 「あなたは……ソフィーネ?」

 

 「うそ、ソフィーネがどうしてここに!?もしかして、ヘスティア様が言っていた先生って……ッ!!」

 

 そこには、先日私がぶっとばしたロキ・ファミリアの大看板、ティオナとアイズがいたからだ。

 なるほど、ベル・クラネルの頼ったっていう先生役ってこの二人だったらしい。そうですか、なるほど。

 

 警戒する二人を前に、私はある言葉を思い出した。

 

 「一時のテンションに身を任せるやつは身を亡ぼす」

 

 銀さん、あなたは正しかったわ。因果応報、これが私の背負う罪か(白目)




なんだかんだで、戦争遊戯編に入りました。
我ながら思うのですが、この題材でよく書き続けているなぁと。でも楽しかったです。

感想もありがとうございました。毎度ながらすごい量で、お返しはできてませんが全部読んでます。ネタがわかる人が多くて幸せ。
なんていうか、真面目な感想もあるし、紳士の感想もあるし、ベートの尻の感想もあるし、バリエーション豊かでやっぱりいいなって。これだからハーメルンはやめられないぜ。
誤字のご指摘もありがとうございました!次回で戦争遊戯へのちょこっとした関わりも終わりになる予定です。

最近あった辛い出来事は、夢の中でTSした相手を抱けるかって場面で、行けますって言って黒髪ぱっちり目の可愛い子を抱きしめたら、相手が一瞬にして裸のゴツイアメリカかカナダ系の男に変わっていたことです。

マジで許さねぇ。あんなに虚脱感に襲われた起床はなかなかないぞ。放心しました。
絶対マーラとかインキュバスとかバニルとかの仕業だと思うので、いつかぶっ飛ばしたいです。

花粉の量も増える時期になりました、どうか皆様もご自愛ください。

※追記
最後のところがティオネになってましたが、原作通りティオナなので直しました。ご指摘ありがとうございます。
ティオナのつもりだったのですが、素で間違えておりました。ごめん、ティオナ。


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ベルくんを推せ(後編)

こうかな、これかなって思ってちょっと時間がかかりました。
少し詰め込み過ぎたかもしれない。


 「なんでソフィーネがここにいるのっ!?」

 

 「っ!」

 

 白目の私。

 目をパチクリとしたベル・クラネル。

 ファイティングポーズをとって警戒心のむき出しのアイズ、ティオナ。

 

 一触即発の事態に、私は心の中で叫んだ。どうしてこんなんばっかり。

 

 アイズとティオナがここまで警戒するのも当然の話だ。

 メレンの港町では、カーリーたちと共謀し、彼女のお仲間たちと盛大にやりあったのだから。

 警戒しない方が変な話。いや、むしろ問答無用で切りかかってこない分、まだ彼女たちは優しい方である。私なら問答無用で切りかかっていた。

 

 「いやー、あのー、私もそこのベル・クラネルくんを鍛えてほしいと頼まれてきたんですけど」

 

 「……誰に?」

 

 アイズからのめっちゃ厳しい視線。

 クール系美人のギロリと睨んだ顔は、氷のように冷たくて綺麗で興奮すら覚える。

 だが、ここまで居心地が悪い状況では、喜ぶものも素直に喜べない。

 

 「彼の主神のヘスティア様です」

 

 「え、じゃあ、あなたがヘスティア様が言っていた『秘密の助っ人』さんですか!?」

 

 そう言い放ったベル・クラネルに、内心複雑な思いが込み上げてくる。秘密の助っ人とか何それ恥ずかしい。

 

 なんていうか、ヘスティア様もそうなのだが、この世界の神様ってそういう言葉遊びであったり、意味深げな言葉が大好きなのだ。

 ドラマの世界みたいでカッコいいのかもしれないが、当事者になるととてもむず痒い気持ちになる。二つ名とか、「♰」を使ったりだとかは二次元だけで十分だ。リアルは精神が死ぬ。

 

 しかし、あのヘスティア様がどや顔しながら眷属を前に言っていたと考えると、可愛らしくて許せてしまう。Cute is justiceだ。

 

 「そんな大したものではないのですが、たぶんそれです。ソフィーネと申しますので、どうかよしなに」

 

 「え、えぇっ!?」

 

 戸惑いの声を上げるベル・クラネルと、視線を迷わせるアイズたち。

 そして私は初めてみるベル・クラネルに興味津々であった。

 

 なるほど、これがヘスティア様の愛する眷属、あのベル・クラネルか。

 

 真っ白な髪に赤い瞳。

 細身であり、筋肉モリモリのマッチョマンではないようだ。

 顔もカッコいいというより、可愛いと言われる容姿。どことなくウサギに似ている。

 

 なんというか、歓楽街のお姉さまたちに大変人気になりそうなお顔である。

 この子だったら、お金はいらないから相手をさせてほしいって人も多いのではないだろうか。童顔のイケメンだからな。

 

 いつだって、どの世界だってイケメンはそれだけで価値がある。やっぱり世の中顔なのだ。

 だけど不細工な人も安心してほしい。アマゾネスなら力こそパワーであれば、不細工であろうがモテモテだ。ただしチンコは死ぬから気をつけておけ。

 

 ううむ、ベル・クラネルは歓楽街に来させない方が良いな。

 ヘスティア様がブチギレフラグである。

 

 女神なんてものは、だいたい愛する眷属に過保護で、嫉妬深い。

 自分以外のどうでもいい女が寄り付けば、モンペみたいに「うちの子になにしてんだ」と怒鳴り込んでくるぐらいには、だいたいの女神は眷属へ愛着しているものなのだ。

 

 ヘスティア様は処女神でもあるので、まず間違いなく歓楽街は気に入ってはいないだろう。

 まぁ、正しいと思うな。あそこはほぼ肉食系女子しかいないし、行ったら十中八九ベル君のベル君は美味しく頂かれることだろう。

 初体験が複数とかロマンは感じるが、下手すればベルくんのベルが死んでしまう。

 

 「あの……アイズさんやティオナさんとは、何かあったんですか?二人とも、ソフィーネさんをとても警戒しているようなのですが」

 

 「ベルさんに言えないぐらいには、いろいろありました。ぶっちゃけ、今一番私が会ってはいけない人たちだと思います」

 

 「それって、大変なことじゃないですかソフィーネさん!?」

 

 ヘスティア様にはこういう身分であるために、なるべく私の話は内緒にしていて欲しいと出会ったときから頼んでいた。

 それ故に、今回も気を使って、私の詳しい話は伝えていなかったのかもしれない。私の名前やらプロフィールとか。

 

 本当はそれで問題はなかった。ヘスティア様には何も過失はない。

 だって彼女は私がイシュタル・ファミリアであることも知らないし、ロキ・ファミリアと敵対していたなんて知る由もないのだから。

 

 だが、今回に限ってはひっじょーにマズい。

 

 まさかこの二人が、ベル・クラネルの指導にあたっていたなんて。

 メレンの後に、ロキ・ファミリアが改めてギルドに参上し、私のことを探りこんできた話は記憶に新しい。冷や汗たらたらものである。

 

 私はアイズたちとは戦いたくはない。

 必要以上にロキ・ファミリアと敵対することになるし、変な恨みを持たれてしまっては堪らないからだ。

 

 例えば、会社からあの会社の顧客引っ張ってこいって言われたら、誰だって奪おうとお給料のために頑張るじゃないか。

 それと同じように私だって喧嘩を売ってこいと言われただけで、それ以外に含むところは全くないのだ。

 

 後ろで混乱しているベル・クラネルと、このロキ・ファミリアの二人はそれなりに親しい仲である様子。

 私はエロスピリッツを満たしてくれたヘスティア様の頼みを叶えてあげたいし、そんなヘスティア様の大事な眷属である彼の関係を傷つけたくはない。

 

 「と、いうわけで。本当に私はロキ・ファミリアと敵対するつもりはありません」

 

 両腕を上げて降参のポーズ。プライドとかそんなものはそこらへんにぽーい。

 

 ちなみに、横にいたはずのサミラは既に後ろ十数メートルまで避難していた。

 お前いつの間に、と視線を向けると「勘弁してくれ」と何とも言えない顔で懇願された。いや、今回だけは私はあんまり悪くないと思うんだ。

 

 「……それを、信じろっていうのかな?言っておくけど、こっちはベートや他の仲間もやられているんだよね」

 

 ティオナの言うとおりである。こんなに怪しいのに信じろって言われても、中々信じてはくれないだろう。苦しい。

 

 「私としてはヘスティア様にお願いされただけで、本当に含むところはないのですよ。あなたたちが私に思うところがあるのは仕方がないのですが……」

 

 切りかかられて当然。命を狙われて当然。

 それだけのことはした。ああだった、こうだったと言って、その責任をこの場で否定するつもりはない。

 

 「どうしても、というのであれば。かかってくるつもりなら、受けて立ちます」

 

 かといって、この場を退くつもりもない。

 

 私はヘスティア様と約束した。イシュタル様に行ってこいと背中を押された。どうしてここでノコノコと歓楽街に帰ることができるのだろうか。

 

 約束と女の膜は、貫くときに貫かないと男とは言えない。

 

 胸を張ってエロマンガを読んで興奮するために。心のチンコを誇れるようになるために。

 私は己の信仰にかけて、ここで退くわけにはいかないのである。

 

 私の気炎を見たアイズとティオナの顔色が変わり、彼女達から流れた汗が下へと落ちていった。

 私は降参のために上げていた両手を下ろすと、腰を落として攻撃に備える。

 

 「先手はどうぞ。それが私なりの義理です」

 

 この戦い、先手は向こうに受け渡す。

 

 何があったとしても、最初の一撃を必ず逸らさずに受け止める。どんなに大怪我をしても構わない。

 これこそ私ができる、せめてもの身勝手な義理の果たし方だ。

 それに、こっちからしかけるならともかく、向こうから襲い掛かってきたのであれば他に説明できる十分な理由にもなる。

 

 心臓が激しく鼓動し、血がぐんぐんと勢いよく体を駆け巡っていく。

 

 重く、剣呑な空気になる中。

 二人の影が私とアイズたちの間に飛び込んできた。

 

 ベル・クラネルとサミラだ。

 

 「や、止めてください!何がみなさんにあったかはわかりませんが、一旦落ち着いて話し合ってからでも遅くはないはずです!」

 

 ベル・クラネルはそれぞれに手を向けて動きを制し、声を張り上げる。

 

 私は驚いた。

 こんな超高ランク同士の間に割って入れる度胸がある奴は、中々いるものではない。

 

 声は震え、引き気味ではあるものの、私たち三人の威圧に負けずに立っているだけで素晴らしい。並の人間ではこうはいかないはずだ。

 

 「……メレンでのことは、イシュタル・ファミリアとしての問題だ。今回の件に、ソフィーネ様が含むところはない。お前たちがここにいることも、こちらは全く知らなかった。これは本当の話だ」

 

 サミラも相手がはるか格上であるにも拘わらず、それに負けじと鋭い眼差しをアイズとティオナに向けて言い放つ。

 彼女の足はよく見ると震えているので、ベル・クラネルと同じく、恐怖を必死に抑えつけながら立っているのだろう。

 

 そのガッツに「おお!」と感動していると、サミラの顔がこちらに向けられた。

 涙目で「ソフィーネ様、マジ勘弁してくれ」と睨みつけられた。

 

 なんか、その、ごめん。今度は何かおごります、本当にごめん。

 

 「……わかった」

 

 ベル・クラネルと視線を交わしたアイズが、静かに自分の剣を鞘に納めた。

 それを見たティオナも得物を下ろし、私も体に張り巡らせた気を霧散させていく。

 

 「うーん、アイズ。いいの?」

 

 「うん、ソフィーネは、私たちと戦うつもりはないんだよね?」

 

 アイズの問いに私は頷いた。

 

 これはベル・クラネルの信用が、アイズにとっては大きなものであったからに違いない。

 やはり、彼女たちとベル・クラネルの間には、並々ならぬ大きな繋がりがあるようだ。

 

 「ありません。イシュタル様もカーリーからの要望によって、私にあなた方と戦うよう命じた。そのカーリーが敗れた今、私はあなたたちと戦う理由はない」

 

 「そっかぁ。実は私、ベートを倒したっていうソフィーネと少し戦いたかったんだけどなぁ。でも、ここはアルゴノゥト君を優先しないとね」

 

 「私も、少し残念……。でも、ソフィーネは私たちよりも強い。ベルにも、いい刺激になるかもしれない」

 

 あっさりと下がった二人に、今度は私の方が不思議な気持ちになる。

 

 「あの、私って一応あなたたちのファミリアに盛大に喧嘩を売ったのですが……」

 

 「うん。でも、元々ソフィーネには食人花のときに助けてもらっているし、アイズの相談にものってくれたって聞いてたから!カーリーたちがこっちに来ることも教えてくれたしね!」

 

 「ええ、まぁ、それはそんなこともありましたが……」

 

 「メレンの時だって、ベートや他の仲間を殺すつもりがあるなら、きっと殺していたでしょう?誰も死んでないってことの意味ぐらい、団長もベート自身もみんなもわかっていたもの。あれぐらいのことなら、別にファミリア同士の争いの中だと珍しくないからね!」

 

 「そ、そんなものなんですか?」

 

 「うん、ここだとそんなものだよ。流石に、イシュタル・ファミリアには良い気がしないけれど、私個人はそんなにソフィーネのことは嫌いでもないから」

 

 え、なにこの子……。天使、天使なの?

 満面の笑みのティオナに、思わず私の胸がときめいてしまう。

 

 テルスキュラだったら絶対に地の果てまで追い詰めてぶっ殺す的な感じなのに、どうしてこんなに寛容性があるのだろうか。

 これがオラリオという、文明国家に先んじてたどり着いた先輩としての余裕?人としての器の違い?

 

 だめだ、眩しい。眩しすぎてティオナのことを真正面からみれない。尊い。

 

 これはもうティオナじゃない、ティオナパイセンである。

 オラリオという文明国家に触れた、テルスキュラ出身の先輩として私は彼女に敬意を持つべきなのだ。

 

 両手で目を覆い、「おぉぉぉ」と感嘆の声は口からこぼれる私。

 そんな私を引き気味で見る四人の冒険者たち。

 

 「ありがとうございます、ティオナパイセン」

 

 「ぱ、パイセン?」

 

 「これは一つ貸しにさせてください。流石にファミリアやイシュタル様は裏切れませんが、私が可能なことでしたら、あなたたちのために動くつもりです」

 

 「えーと、ありがとう?」

 

 困り顔のティオナとアイズ。

 「また変なことをやってる」と呆れかえっているサミラ。

 目をぱちくりさせるベル・クラネル。

 

 って、やべぇ。肝心のベル・クラネルをほったらかしにしてしまっていた。

 

 「あー、ごほん。すいません、ベルさん。あなたには大きなご迷惑を」

 

 ベル・クラネルが私たちの間に割って入ってくれていなければ、このような展開には至らなかっただろう。

 私は彼の人徳によって救われたようなものである。

 

 「い、いえ。わざわざ来てもらったのに、その、なんていうか」

 

 「私と彼女達の因縁に巻き込んでしまい、申し訳ございませんでした。私の名前はソフィーネ。しがないアマゾネスではありますが、それなりには戦えるつもりです。よろしくお願いいたします。」

 

 「そんなっ!?えっと、こちらこそ、あの、よろしくお願いしますっ!」

 

 私の九十度のお辞儀をみたティオナは、後ろの方で「もしかしてソフィーネって変な人?」とアイズに話しかける。アイズは首をかしげていた。

 サミラはその会話を聞いて苦々しそうに胃の部分をさすっている。……今度、おかゆ作ってあげるか。

 

 「あの……。ところで、ソフィーネさんがアイズさんよりも強いっていうのは、本当なんですか?」

 

 おずおずと問いかけられた質問、唾をのむベル・クラネル。

 恐らく、アイズの先ほどの言葉を受けて驚いたのだろう。

 

 確かにアイズが先ほどそんなことを言っていたし、私がベートをうち破ったことは彼の知るところとなった。しかし、私はどう言葉を返していいものか迷う。

 

 「あくまで『今は』って話ですけどね。戦いなんて状況や戦い方によっていくらでも左右されます。ただ、純粋な一対一のぶつかり合いなら、今はまだ私の方が上手でしょう」

 

 ベルは信じられないような目で私を見て、次にアイズを見る。アイズがベルの視線に応えて静かに頷いた時、彼は強い衝撃を受けたようであった。

 

 レベル6であり、名が知られているアイズの言葉は、彼の心に重く響いたに違いない。

 名も知られていない私の言葉よりも、多くの実績を残したアイズの言葉に納得を得るのは当然である。

 

 ベルは顔を引き締めてすぐに私に向き直ると、私に負けないぐらいに腰を曲げてお辞儀をする。

 それはヴォルデモートもニッコリなお辞儀の姿勢だった。アバダケダブラ。

 

 「よろしくお願いします!僕は、僕はこの戦いに勝たなければならないんです!」

 

 おおう、なんというか、眩しい。

 真っすぐな姿勢、言葉にベル・クラネルがこれまで生きてきた道程が見えるようだ。流石ヘスティア様の眷属といったところだろうか。

 

 こういう裏表がないタイプの人間は久しぶりなので、ずいぶんと心が迷ってしまう。

 今更ではあるが、私のようなまっとうではない人間が関わっていいのだろうか。

 

 エロは素晴らしいものだし、私は私の生き方に誇りを持っている。

 

 だが、いくら私に誇りや自信があったとしても、それはこの世界ではまっとうな道ではない。

 そもそもテルスキュラ生まれで儀式を経験したアマゾネスに、まっとうな奴なんているわけがないと言ったらそれまでの話だが、エロマンガ大好きな私がベル・クラネルに関わって変なことにならないだろうか。

 

 共通の話題とかあるのか?

 エロマンガ?馬鹿を言うな、ああいうのはタイミングやら信頼性がお勧めする上では大事なんだ。

 

 見たい、気になるという少年にはエロマンガをお勧めできるが、まだ性の目覚めのない少年に見せてしまっては、場合によってはトラウマにもなってしまうことだってあるんだぞ。

 

 性を目覚めさせるエッチなお姉さんはそこのさじ加減、見極めが絶妙に上手いものだが、残念なことに私はそこまで機微が良い方ではない。

 そもそも、空気を読んで周りに合わせるような人間なら、今頃はテルスキュラでカーリーニッコリ修羅道まっしぐらである。

 

 もし突然エロをぶつけてしまって少年がエロにトラウマを抱き、エロから距離を取られてしまったら、それは性的な虐待である。

 おまけに正常な精神の発達過程を歩めなくなってしまい、将来人間的に大変苦しい目に遭わせてしまうことになるだろう。

 

 それにエロが嫌われてしまうということは、未来の一人の若人の大きな安寧を奪ったこということ。

 エロは人生の癒し、救いであるはずなのに、それがトラウマになってしまっては人生の楽しみの幅が大きく狭まってしまうことだろう。

 

 こんな悲しく、大きな罪はない。さもすれば、キリストが背負ってくれた原罪と同じぐらい重いのではないだろうか。

 

 ともかく、私という人間が関わっていいのか。こんな善良っぽくて、真っすぐボーイに私みたいなやつが絡んで良いのだろうか。

 

 推しのアイドルに汚れアイドルとか芸人が絡んだら、ブチギレたり、不安になったりする人たちがいる。

 私もそうなってしまわないか躊躇いがある。だってベル・クラネルは、ヘスティア様の推しなんだもの。

 

 アマゾネス達曰く、なんだかんだで私は濃いキャラらしいので、もしこれでヘスティア様に「君のおかげでベル君が変になった!」と泣かれてしまったら、流石の私もへこんでしまうだろう。とてもつらい。

 

 「……サミラ、ちょっとアイズさんやティオナパイセンと一緒に、話が聞こえないところで下がっていてもらえませんか。私はベルさんの人間性に興味があります。少しで良いので、二人でお話をしてみたいのです」

 

 「……つうことだけど、お二人さんは問題ないのかよ」

 

 「うん。ベルも彼の主神も認めたなら、私たちがそれに口を挟むのは間違い」

 

 「まぁ、アルゴノゥト君とソフィーネは初対面みたいだしねぇ。ていうか、本当にパイセン呼びなの?」

 

 「あれだ、諦めた方がいいぜ。こういう時のソフィーネ様はまともに相手をするだけ無駄だからな……」

 

 「ええと、その、サミラだっけ?よくわからないけれどドンマイ?」

 

 離れていく三人に頭を軽く下げると、すぐに私はベル・クラネルに向き直った。

 ベル・クラネルはやや緊張しているような面持ちで、それでもしっかりと私の目を見て向き合っている。

 

 「ベルさん、あなたはどうして冒険者になろうと考えたのですか?どうしてオラリオにきたのですか?」

 

 人が願いを持って立ち上がるに至った起源、源流は極めて重要なものだ。

 

 私がエロと出会い、エロマンガを描くべく生き残れたように。

 確たる道があれば、どんなに気持ちや心が揺らいでしまったり、他に逃げ道があったりしても逃げることはない。

 それは起源に立ち返って、歩むべき方向に戻って頑張り続けることができるからだ。

 

 これを人は俗に「回想シーン」という。

 回想シーンはそれだけで強い。オサレポイントが高い。だいたい勝てる。ただし脇役や準主人公がやるとだいたいは負けるというジンクスもあるが。

 

 この願いの源流を尋ねるということは、ベル・クラネルという人間性を知ることに他ならない。

 

 彼の信念は、彼の心はどれぐらいまで耐えきれるのか。どれほどの困難を望んでいるのか。

 プロと同じ訓練を、ダイエット目的できた人間にやらせる奴はいない。ベル・クラネル、私はどこまで本気であなたを鍛えればいいのですか。

 

 「冒険者を目指した、オラリオに来た、理由……」

 

 ベル・クラネルは少し迷っているようであったが、やがて覚悟を決めたのだろう。

 両手の拳を握りしめ、私の視線を正面から受け止めて口を開いた。

 

 ……あれ?なんかこの展開、熱くない?

 

 計らずしも降ってわいた展開に、私は思わずワクワクしてしまう。

 私はミーハーなところも結構ある。こういう少年漫画的な、ジャンプ的なシチューに憧れがなかったかといえば、それはウソになる。

 エロマンガも大好きだが、同じぐらい人が覚悟や決断を見せてくれるような、人間讃歌なマンガも大好きなのだから。

 

 さぁ、私に教えて欲しい。あなたはなんのためにここにきたのか。

 英雄になりたいからか?それとも、お金か?あるいは何かの因縁があってここに?尊敬する人がいるとか?あるいは誰かを助けたいから?

 

 想像できるだけの輝かしい主人公たちを思い浮かべ、どんな言葉が彼の口から飛び出してくるのかと私は胸を高鳴らせた。

 

 「僕は、出会いを求めてここに来ました」

 

 ……はい?

 

 「出会いとは、誰との?」

 

 「素敵な、女の子との出会いを夢見ていたんです」

 

 素敵な女の子との出会い?

 

 頭に無数のハテナが浮かんでしまう。

 彼はヘスティア様の眷属である。あの処女神で、おぼこな女神の冒険者である。私の知っている「女の子との出会い」とは、ひょっとすると意味が違うのかもしれない。

 

 「御爺ちゃんから、男ならハーレムを目指せと言われていて……」

 

 いや、合っていたわ。完全に一致していたわ。私の知っている出会いだわ。

 しかも、ハーレムなんて言葉が飛び出してきたわ。なんだよその爺、最高かよ。

 

 そしてそこから語られた彼のストーリーは、まさに私が前世で読んできたマンガに負けず劣らず、素晴らしい出会いと冒険と勇気に溢れていた。それは私の心を酷く揺らした。

 

 負けることも多かった。涙することも多かった。決して順風満帆といったものではなく、苦難と困難が常に彼の心を揺らし続けた。

 

 そしてベル・クラネルは、真正面から戦い続けてきたのだ。

 

 納得がいった。

 彼は本来一人ではなく複数人で抱える戦い、迷い、強敵に対して、常に一人で飛び込んで自分の道を貫き通してきたのだ。

 それは経験として血肉になり、偉業としてアビリティに刻まれ、彼を最短でレベル2に押し上げたのだろう。

 

 その根底にあるのは「出会い」、「ハーレム」。

 

 そしてそこには、祖父から受け継がれた言葉、縁を紡いだ人やその想い、自身の夢といった、大切なものを守るために己を高めていく彼の果てなき精神性がある。なんかジョジョ的な黄金の精神を感じる。

 

 これは、オラリオの台風の目になりうるのではないか。

 

 時代が英雄を求めるのであれば、それは私でもなく、アイズでもない。

 それはきっとベルのような人間なのではないのだろうか。

 これは予感だ。彼と出会い、その人間性に魅せられ、私は時代の節目を迎える予感を覚えたのだ。

 

 キリスト教でのサウロの回心のように、鬼滅で上弦の月が欠けたように、ジョジョでジョースターとディオが出会ったように。

 出会いの物事にはそれだけには留まらない、世界を変えてしまうような大きな時代の変化が生まれることがある。

 

 私はベル・クラネルとの出会いに、私とイシュタルが出会ったときと同じぐらいの大きな意味を感じた。

 

 それに、これが一番大事な話であるが……。

 

 「……素晴らしい」

 

 「え?」

 

 「出会いを、ハーレムを求めるその志。実にGOOD。血わき、肉おどるとはまさにこのことですね」

 

 私の顔は、今まさに笑っているに違いない。

 笑顔を抑え込むことも難しい。今だって、必死に歓喜の声を上げようとする自分をなんとか抑え込んでいるのだから。

 

 「あの、変だとは思わないんですか?そんなに褒めてもらえたのは、ソフィーネさんが初めてというか」

 

 「全然、変な話だとは思いません。むしろ、私にとっては最高の答えです」

 

 近年、ハーレムというジャンルは下火になってきてしまった。

 

 不誠実だとか、現実的ではないとか、倫理がどうとか、女性を軽視しているだとか、ハーレムになったら関係の維持が大変だとか。妙に細かいところをつついて、大事なものを見失ってしまっているように見える。

 

 多数の可愛い、綺麗な女の子たちに囲まれる。これ以上に素晴らしい理由など、そこにはないだろう。

 

 多くの女性に愛を囁いてほしい、多くの女性を愛したい。多くの女性に認めてほしい、多くの女性を認めたい。多くの女性に抱きしめてほしい、多くの女性を抱きしめたい。多くの女性に誘ってほしい、多くの女性を誘いたい。

 

 そこにそれ以上にどんな意味がある。それだけで十分じゃないか。

 

 そこにどうしようもなく夢があり、ロマンを感じてしまうのが男だろう。欲望に不可能性を感じても焦がれてしまうのが人間だろう。

 

 合理的なんてもので自分を取り繕いよってからに。不合理な人間が作った不合理な世界で生まれた人間が、不合理なものを求めないはずがないだろうが。

 

 何が合理的だバカタレ、エロいと思ったものに合理的も非合理的もあるか。エロいからエロいんだ。

 

 女の子と出会いたい、エッチしたい、ハーレムが欲しいと望むことに、いったいどんな否定される理由があるんだ。

 

 別に心の底から望んでいないのであれば、私だってこんなことは言わない。

 しかし、たとえ本人が望んでいても、ああだこうだと現実やら身の丈やら、自分が諦める理由を持ち出してその素晴らしい想いを否定することは間違っている。

 

 もっと正直に言っていいし、もっと正直にエロくなっていいはずなんだ。

 ハーレムは最高だ、ハーレムでいろんな女の子と仲良くエッチしたいと叫んでいいはずなんだ。

 

 だから私はこのオラリオで高らかに叫ぶんだ。私はエロが大好きなんだと。私はエロが最高なんだと。ハーレムだっていいじゃないか、ロマンがあるじゃないかと。

 

 人はいつだって、真善美という至高の世界を理想の形として世に残してきた。

 

 宗教が良い例ではないか。

 人生最後の行きつく先として、調和のとれた美しい安らかな世界を理想とする。

 それが現実的だとか、非現実的だとかは関係がない。そこを目指し、そこに相応しい人間になりたいと努力し、この不合理な世を生き続けるその姿が美しく、生きる意味となるのだ。

 

 キリスト教のヘブンのように、仏教の極楽浄土のように。

 その最後の理想の世界に向かって、そこに行きたいと善なる境地に執着し、自分の人格を向上させながら生き行くことが人生と、宗教は生きる意味を与えてくれているじゃないか。

 

 ハーレムを求め、ハーレムのために出会いを求め、それを理想としてこの世を生き行き、自分を高める人生。そしてキリストやブッタに憧れた人たちが歩む道程に、なんの違いがあるというのだ。

 

 ベル・クラネルはまさに出会いのために自分を高め続け、こうして困難にぶち当たり、それを乗り越えようとしている。

 その姿は美しく、どうにも人を惹きつけるのは真に生きているからこそではないだろうか。

 ベル・クラネルの生きる先にある出会い、ハーレムには、一つのエロの理想の世界があると確信した次第である。

 

 話を聞けば、ヘスティア様やリリルカ・アーデはまずベル・クラネルに惚れているっぽい。ティオナの視線も怪しいし、アイズだって何か特別な期待を彼に感じているようだ。素晴らしい。

 これがオラリオに来てたった数か月の成果というのだから、彼はまさに可能性の獣である。

 

 ハーレムとはエロにおいて概念を指す。

 二股三股四股の女を弄んで捨てるクソ野郎をハーレムとは言わない、それはやり捨てと言うのだ。

 このベル・クラネルであれば、真のハーレム、つまりスケベが大好きで女の子も笑っていられるという、古き良き、邪なき、原点なるジャンルのハーレムにたどり着けるのではないだろうか。

 

 今後ますますベル・クラネルの道程には多くの出会いがあるに違いない。

 なぁに、今はハーレムから一人を選ぶのではなく、みんな選んでも良い時代だ。

 天下のジャンプであっても、100人恋人にしてみんな幸せにするマンガもあるんだから問題はない。全部まとめて大切に、幸せにすればノープロブレムだ。

 

 こんな期待と興奮が高まるような、素晴らしい伸び株に投資しない愚か者はいない。

 ベル・クラネルと会話を重ねていく中で、私の決意はますます大きなものになっていった。

 

 エロを探求する者として、彼を鍛えることに迷いはない。私が彼に関わることに迷いはない。

 ああ、大いなるエロの導きは今ここにあり。これこそ使命、これこそ運命。

 

 だから、全力で行きます。

 

 「私は厳しいかもしれませんが、いいですか?」

 

 「はい!」

 

 「わかりました。では、すぐにダンジョンにいきましょう」

 

 「……え?」

 

 なんでダンジョン?

 そんな言葉がベルの顔から伝わってくるようだ。そんなベルを他所に、私はサミラに指示を出していく。

 

 「サミラ、控えていたアマゾネスたちに報告を。予定通りに鍛錬を行う」

 

 「……了解、ソフィーネ様」

 

 「階層の設定は任せる。私はダンジョンに詳しいわけではないから」

 

 「まぁ、ダンジョンで何かすることはこれまでも何回かあったからな。目星はつけているからな、任せておいてくれよ」

 

 サミラはちらりとベルを見ると、憐れむような、同情するような様子で笑った。

 

「そして【未完の少年】、気を引き締めとけよ?この人はヤバイからな」

 

 サミラはそう言い残して、この場から走り去っていく。

 ぽかんと可愛らしい顔を見せたベル。ダンジョンという言葉に目を丸くするアイズとティオナ。

 

 「ダンジョンであれば、どれだけ騒いでも邪魔はそうそう入りませんし、誰かに見られる危険性も少ない。ヘスティア様の期待に応えられるよう、頑張らせていただきます」

 

 三人に私は微笑みかけたが、何故か怖がられてしまったようだ。私の笑顔は純度百パーセントだというのに。解せぬ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ベル様はどうしてこんなところに?」

 

 「わからない。わからないが、普通こんなところで訓練なんてしないだろうに」

 

 ベルの仲間であるリリルカ・アーデ、そして鍛治師のヴェルフ・クロッゾは、ダンジョンの中層にまで足をのばしていた。

 これもひとえに、彼らの団長であるベル・クラネルの安否を確かめるためであった。

 

 ソフィーネという冒険者に関わりのあるアマゾネスたちが、定期的にベルについて報告を伝えに来てはくれるものの、ベルが仲間の前に直接姿を現すことはなかった。

 

 それまではロキ・ファミリアのアイズとティオナが彼を鍛えてくれていた。

 この二人には面識と信頼があるのだが、ソフィーネという謎のアマゾネスにはどちらもない。それがリリルカたちにとって大きな不安になっている。

 

 主神であるヘスティアはソフィーネに安心の太鼓判を押してはいるものの、二人にとってソフィーネは彼らの主神ほど信用が置ける存在ではない。

 

 リリルカはソフィーネに助けられ、その強大な力を目の当たりにしている。

 助けられたことには感謝しているし、彼女の戦いっぷりはロキ・ファミリアの面々にも劣らないと思っている。

 

 しかし、ソフィーネの強さは保証できるとしても、出会ったときには顔は隠されていて、その言動は控えめに言っても気狂いそのもの。

 そんな彼女の人間性に信頼をおけるかといえば、どんなに大丈夫と思いこもうとしたところで難しい。

 

 あと、リリルカはソフィーネが叫んでいたようにそんなに貧相ではない。

 パルゥムの中では「ある」ほうだ。リリルカはソフィーネの言葉を思い出して複雑な気持ちになっている。

 

 そんな話をリリルカから聞いたのだから、同じ仲間のヴェルフの方も不安にならないわけがなかった。

 正体不明、冒険者登録がなされていないと知った時よりも、より不信感が増したと言ってもいいだろう。

 

 戦争遊戯まで残りの時間は少ない。

 

 現在行われている鍛錬がどのようなものか、どれほど進んでいるのか。

 実は人の良い主神が騙されていたのではないかと確認するために、こうしてソフィーネの同胞らしい案内役のアマゾネスに従ってダンジョンを訪れている。

 

 ちなみに、一緒にアイズやティオナも来ていた。

 彼女達もベルの安否と、ソフィーネの鍛錬に興味があったようだ。

 

 「お前さんも頑固なやつだな。どんなことをしているのか、少しぐらい教えてくれてもいいだろうに」

 

 呆れ気味に、やや苛立ち気味にヴェルフが案内役のアマゾネスに問いかけるが、アマゾネスはいっこうにその質問に答えようとはしなかった。

 

 「悪いが、私はお前達と会話するつもりはない。そもそも、今回の件とてソフィーネ様が勝手に話を受けられただけで、私たちはそれ以上の関りはない。自分で行って確かめろ」

 

 そのアマゾネスの対応は、いっそ敵対的と言ってもいいぐらいであった。いわゆる塩対応である。

 特にアイズやティオナへの返答はとげとげしく、二人はこのアマゾネスとコミュニケーションをとることを諦めていた。

 

 「……ベル様は、元気ですか?」

 

 それでもベルの身を按じ、辛抱強く問いかけるリリルカ。

 

 アマゾネスはこれまでと同じように投げかけられた言葉を無視、あるいは素っ気なく返答していた。

 

 だが、何度も何度も問いかけられ、リリルカの言葉に込められた想いに何か思うところがあったのだろうか。  

 あるいは、本人もベル・クラネルの仲間たちへと何か言いたいことがあったのかもしれない。やがては堰を切ったようにポツリポツリと話し始めた。

 

 「お前たちの団長は、すごい男だよ。あんなの、私たちだって耐えられない」

 

 「それは……。どういうことですか?」

 

 「ソフィーネ様は頭がおかしいんだ。私からすれば、あんなのはまともな奴がすることじゃない。死にたがりのバカか、阿呆がやることだ」

 

 「わからないな。何が言いたい?」

 

 リリルカにヴェルフが疑問を呈し、アイズやティオナの無言の視線が強くなる。

 ヴェルフは言葉の意味を確かめながら目を細め、リリルカは一言も聞き逃すまいと耳を研ぎ澄ませた。

 

 「ソフィーネ様の鍛錬に【未完の少年】がついていっているのは、それだけの覚悟があるんだと思う。それだけの守りたいものがあるんだと思う。だからこれから先、どんなものを見ても、お前たちはあいつを止めてやるなよ」

 

 真剣に、言葉をひとつひとつ選んで話すようなアマゾネスの話しぶりに、案内される四人の戸惑いも深まっていく。

 

 このアマゾネスの言葉には、どこか焦がれるような熱が感じられ、不思議と心に響くものがあった。

 

「あそこにいるアマゾネスたちは、みんなあいつに目を奪われているんだ。見惚れて、恋に落ちちまったやつだっているだろうよ。あんなの見せられたらそりゃそうなるよな。私だって、それこそあいつが戦い続けているところをずっと見ていたいぐらいだ。あれはなんていうか、私は無学だからいい言葉が思いつかないが、綺麗なんだ」

 

 そこではっと我に返ったのか、アマゾネスは再度口をつぐんだ。

 無言の時間が再び始まり、そして続いていく。

 

 やがてたどり着いた先には、案内役と似たような数人のアマゾネス。各々の武器を持ち、誰も近寄らないように警戒している様子であった。

 足元には滞在用と思われる食料などの物資。そして不自然に多い空のガラス容器。恐らくはポーション用のものだろう。

 

 このアマゾネス達の様子はどこかおかしかった。

 顔を青くする者や、頬を赤く染めている者。呆けている者や、疲れたように肩を落とす者など様々だ。

 

 見ればどれもそれなりの冒険者のようであり、この階層ではたとえ「怪物の宴」が発生しても問題なく対応できるレベルであった。

 そんな彼女たちがここまでそわそわしているのは、なんとも不自然に思える。

 

 アマゾネスたちが警戒している先は行き止まりであり、少し広い空間があるようだ。そちらからは何か激しい音が絶え間なく聞こえてくる。

 恐らく、そこでソフィーネはベルに鍛錬を施しているのだろう。

 

 案内役のアマゾネスが、さもあらんといった様子で同胞たちに話しかけた。

 

 「よぉ、調子はどうだ」

 

 仲間の言葉を受け、顔が青いアマゾネスは何かを思い出したのか俯いた。

 一方で、そばに居たアマゾネスは照れた様子で笑っている。同じ質問であるのに、ずいぶんとちぐはぐな反応であった。

 

 「無理、あんなの見ていられないって。他人事ながらにゾッとする」

 

 「いやー、あれだね、どことは言わないけど濡れるわ。もうびしょびしょ」

 

 見ているだけでも大変だな、と案内役のアマゾネスは頷いた。

 そしてあたりをキョロキョロと見まわしている。誰かを探しているのだろうか。

 

 「サミラはどうした?」

 

 「あいつ、ソフィーネ様係でしょ?当然つきっきりよね」

 

 「他の奴らはともかく、サミラはそうはいかないでしょうから」

 

 「……あいつも、可哀そうな奴だよな」

 

 気の毒そうに呟いた案内役の言葉に、ますますリリルカたちの疑念は深まっていく。

 

 「……ん?すまない、待たせてしまったな。この先だ」

 

 案内役のアマゾネスの指さした先は、先が見えない一本のダンジョン道。

 その奥からは剣戟の絶え間ぬ音。それもどんどんと激しいものになり、音の間隔に切れ目が無くなっていく。

 

「まぁ、なんだ。気を強く持って──」

 

 案内役のアマゾネスがそう言ってリリルカたちに言葉をかけようとした、その時であった。

 

 轟音。

 

 一瞬ダンジョンが大きく震え、ぽっかりと空いた道の先から一陣の風が流れる。それはリリルカたちやアマゾネスたちの髪を撫で上げ、揺らした。

 

 アマゾネスたちの顔が蒼白に変わる。

 

 「やっば!?ちょ、ポーションもって急ぐよ!!」

 

 「いや、この振動の大きさだとそれで足りるかわからん!エリクサーも持っていくぞっ!」

 

 アマゾネスたちの様子が慌ただしいものになる。

 見張り役を除いた数名のアマゾネスが、ベルとソフィーネがいると思われるダンジョンの奥へと駆けていく。

 

 リリルカたちは互いに戸惑いながらも視線を交わすと、彼女たちと同じようにダンジョンの先へと走った。

 

 その場所に到着するまでに、一分も時間はかからなかった。

 先ほど走り去っていったアマゾネスたちが、何かを囲むようにして声を張り上げている。

 彼女たちの間から見えるのは小さな人型。血と土に汚れた白い髪。

 

 リリルカが、ヴェルフが、アイズが、ティオナが、目を見開く。彼らの呼吸が一瞬止った。

 

 「おい、意識はあるか。ちくしょう、ポーションの使用を急げ!」

 

 「臓器や骨は大丈夫……。大丈夫だけど、それ以外がヤバイ」

 

 「心臓も止まってる!」

 

 ポーションを施され、アマゾネスの一人に抱き上げられた人影。

 それはリリルカたちが会いたかった、彼女たちの小さな英雄、ベル・クラネルであった。

 

 「ベル様っ!?」

 

 衝動的に駆けだしたリリルカが、ベルへの下に走り寄る。

 遠目で見てもボロボロな体。そしてベルの体をより近くで見て。リリルカは言葉を失った。

 

 「あ、ああ……」

 

 人はここまで壊れることができるんだ。

 

 リリルカの頭は真っ白になった。世界から音がなくなったように感じた。

 それが一瞬誰なのかわからなかった。いや、信じたくはなかったのだ。

 

 「……ベル、さま?」

 

 体中が血と土で彩られ、打撃によってうっ血した肌の色は変色し、はれ上がっていた。

 微かに開かれたまぶたからは、光のない瞳が虚空を見つめている。それを見てリリルカの目から涙がこぼれ落ちた。

 

 心が温かくなる笑顔が、あの焦がれた姿が、今の彼の姿からは微塵も感じられない。

 これがあのベル・クラネルなのだと、リリルカは頭ではわかっていても心で受け止めることができなかった。

 

 酷い、酷すぎる。いったい、いったい誰がこんな──

 

 「おい、見ない方が良いって。お仲間さんは下がってなよ」

 

 「よし、これで外傷は……。いや、ダメだこれ!」

 

 「サミラ、エリクサーで見えるケガはほとんど治ったけど、呼吸が戻らない……!」

 

 「またか!ソフィーネ様、責任もって早く何とかしてくれって!」

 

 リリルカは混乱し、どこかアマゾネスたちの会話が遠くに聞こえていた。

 ソフィーネ様、ソフィーネ?その名前に意識がかえってきた時、リリルカは自分の傍に立つアマゾネスに気がつく。

 

 「ほら、ベルさん。いつもの行きますよ、『偽・川神流』

 

 ソフィーネの指がベルの胸、心臓の位置に添えられ、押し込まれる。

 

 「『秘孔突き』

 

 ソフィーネの濁流のような清の気が、指を通してベルの体内に注ぎ込まれた。

 

 さらにソフィーネの『重ね合わせ』により、気の経路を通してソフィーネの気はベルの体を急速に循環。

 ベルの身体を強化することで、強引に体中の細胞を活性化させ、回復を大きく促進させた。

 

 ちなみに、この技は少しでも気の操作を誤ると、体内に込められた気が暴れ狂って爆発。肉体が強い者でなければクリリンのように破裂する。

 

 「がはっ!」

 

 「ベル様!?」

 

 「よし、戻ったぞ!」

 

 ベルの心臓が動き出し、彼の口から空気の塊が勢いよく吐きだされる。

 さらには、あれだけ酷い状態であったベルの体の傷が、瞬く間に消え去っていった。驚くべきはエリクサーの効果の大きさか、ソフィーネの気孔術か。

 

 リリルカが涙ながらに喜びの声を上げ、傍で介抱していたサミラが安堵の息をもらす。

 何度も咳き込みながら目を覚まし、意識を取り戻したベルは、最初は何が起こった解らない様子であった。

 しかしソフィーネの姿を見て状況を再確認し、続いてリリルカたちを見つけて目を丸くする。

 

 「リリに……アイズさんも?そうか、僕はまた……」

 

 「そうですね。何度目かは覚えていませんが、またです」

 

 「そう、ですか……」

 

 俯き、汗を額から流しながら歯を噛みしめるベルに、ソフィーネは乱れた髪を整えながら目で問いかける。

 休むか、続けるか、それとも止めるかと。

 

 ベルはすぐに立ち上がる。急に立ち上がったためか、体勢が崩れて倒れそうになるも、リリルカに支えられて事なきを得た。

 

 「やります!僕には、時間がないんです!」

 

 「よし、ならもう一度いきましょう」

 

 ソフィーネはベルの答えを聞くや否や、踵を返して仕切り直しをしようと試みる。

 だが、それが叶うことはなかった。彼女を止める者がいたからだ。

 

 「ちょっと、これ、ソフィーネ、どういうことなのかな?」

 

 怒りの声を上げたのはティオナ。

 

 眉を吊り上げ、声を震わせてソフィーネを睨んだ。

 ベルの心配でかかりっきりのリリルカを除いた他の面々も、あまりにも惨いベルの姿を見たからか、強い非難の目でソフィーネを睨んでいた。

 

 「どう、とは……。私なりの修行をしているのですが」

 

 「こんなの、修行じゃない」

 

 ティオナの言葉はやけに空間に響いた。

 ベルの様子を見に来た四人だけではなく、ソフィーネの仲間であるはずのアマゾネスたちからも少なくない抗議の目が向けられている。

 

 「テルスキュラの方がまだマシなぐらいだよ。ソフィーネは、なんでこんなことをしているの?ベルは今、死んでいたよ。ソフィーネは今、ベルを殺したんだよ」

 

 「違います、心臓と呼吸が止まっていただけです。綺麗に相手を壊す、だからこそベルさんはこうして──」

 

 「おかしいって、力づくで説得されなくちゃわからないの?」

 

 ティオナの顔から感情が抜け落ちた。同時に空気がひりつきだす。

 ティオナは静かに激怒していた。これ以上ないぐらいに、目の前の女をぶっ潰してやりたくて仕方がなかった。

 

 対するソフィーネは、無言でティオナの怒気を受け止めていた。

 こうなることを覚悟していたのだろう。だが、ソフィーネにも理由がある。

 

 「どうか、落ち着いて聞いてください。たった数日程度、【普通】の鍛錬で人間が強くなれるわけがないでしょう」

 

 ソフィーネは目を細め、ティオナやリリルカたちに語りかける。

 

 「たった数日でなんの技を教えればいいんですか。たった数日でなんの技を覚えられるというのですか。そんな付け焼刃で戦えるほど、人間は器用ではないし万能ではない。そして、レベルという壁は甘くはないじゃないですか」

 

 いきなりエロい絵を描きたいって言ったって、一週間で自分ですらぬける絵を描き上げることは難しいだろう。

 

 あんなに絵の描き方講座が、無料・有料問わずにネットに溢れているというのに、コツを掴んだだけでは自分が納得する絵は描けない。

むしろ、そのコツを自分が生かせるように、血肉に染みこませるためより多くの時間が必要になってくる。

 

 戦いとて同じようなもの。

 

 時間と経験と修練の積み重ねが、戦いの結果に大きく影響を与える。

 つけ焼刃で勝てる相手は二流三流、今回のベルの相手はレベル3でほぼ一流だ。

 何かを学んだつもりにさせれば、それは逆にベルの足を引っ張りかねないとソフィーネは考えていた。

 

 では、彼女ができることは何か。

 

 「だから、こうして実戦を通して体に覚えさせます。頭で理解するものは忘れますが、体に刻んだ記憶は忘れない。たった一回の拳が、熟練の戦士の心を戦えないほどに砕くように。たった一回の拳が、自分の体を壊す流れをベルは心と体で学ぶことができる」

 

 命の危機に叩きこめ。

 極限の中で言い訳ができないぐらいに、自分の限界を命のやり取りの中で確認し、その中でできることを磨き上げろ。

 

 恐怖というセンサーを高めろ。戦い、死という経験を一生分体に染みこませろ。

 たとえ頭が追いつかなくても、たとえ心が諦めても、たとえ気絶しても、体に刻み込まれた戦いの歴史は裏切らない。

 

 真なる達人は意識を失っても戦い続けることができる。

 自分に対処できないと感じた攻撃が来ても、本能から自然と攻撃を躱し受け流すことができる。

 磨き上げられた危機察知能力は予言と等しいものに変わり、敗北の致命的一撃から身を守ることができる。

 

 技術は不要。技も不要。体力や力の向上も不要。

 ソフィーネが唯一、この短い時間で伝えられることは戦いのセンス、そして自分の戦いの歴史である。

 血に濡れたテルスキュラで生き抜いた自分が戦ってきた多くの強者たちの命が、この鍛錬の中でベルの前に立ちふさがり、彼を打ちのめす。

 

 今のベルは私ではなく、テルスキュラの名もなき数多の戦士達と戦い合っているのだ。

 

 「ティオナパイセン、いや、ティオナさん。あなたとアイズさんだって何か特別な戦い方や技を教えたわけではないのでしょう?私も形は違えど、同じです」

 

 「ここまで無茶苦茶だと、あの子の体と心がもたないよ。体に教え込むのであれば、それは最低限の攻撃と言葉での注意だけで足りるじゃない。どうしてあそこまで痛みを与えるの?」

 

 「痛くなければ心は覚えない、体は覚えない。心の傷はその身を守り、導く戦いの中での重要なセンサーになる。それは命の危機の中でしか磨かれません」

 

 「テルスキュラではそうかもしれない。でも、ここはオラリオだよ。そんなにしなくても、学ぶことはできる」

 

 「学べるかもしれない。しかし、私はそれをこういうやり方の中でしか知りません。そしてそれが最も確実であると知っているのです」

 

 ティオナとアイズの方が正しいのかもしれない。私は間違っているのかもしれない。

 実は、私が人に自信をもって教えられるのはエロマンガに関することぐらいだからだ。

 

 エロマンガは前世の先達の方々のお力に依るところが大きい。

 私はエロマンガの描写、展開、魅せるシーンやコマ割りの良さを、素晴らしいエロマンガに触れることによって自然と磨いていくことができた。これも学びの一つだったのだろう。

 

 しかし、戦いはこの世界の中で、たった一人で学んできたものだ。

 

 ティオナやアイズとは違って、誰か私に戦いを教えてくれる人はいなかった。

 私が期待されていなかったからだ。だからずっと一人で実戦の中で学んできた。

 

 ティオナやアイズは、ロキ・ファミリアの中でフィンやリヴェリアといった素晴らしい先駆者からより正しい教えを受けてきたのだろう。

 

 この人間は今この段階にいるから、ここまで教えてあげればいい。ここまでやれたら上出来だ。こうやって学び、能力を高めていけばいい。

 彼女達はそれを教えられているからこそ、それは一つの価値観と物差しになり、誰かにも教え伝え行くことができるのだろう。

 

 羨ましいな、と思う。

 妬んでいるわけではない。純粋に、羨ましいのだ。人を導ける能力があるなんて、素敵なことじゃないか。

 

 私は一人でここに来て、一人で戦っている。

 教えられたこともないから、教え方もよくわからない。どこまでやったらいいのかもわからない。

 おかしいと言われても、こうしなければいけない状況があると知っているから、その教え方を止める気にはならない。

 

 守りたいエロがあるのであれば、この世界は自分が強くなって守るしかない。

 国も他の人間にも、ましてや神にも期待してはいけない。この世界には祈るべき神がいないのだ。

だからこそ自己防衛、自分の力をこれでもかってぐらいに磨かないといけないのだ。

 

 私も退かず、ティオナも退かない。

 一触即発の空気の中、流れを変えたのは他ならぬ当人のベルであった。

 

 「これは、僕が望んだことです」

 

 震える足で立ち上がったベル。

 

 ティオナたちが、サミラたちが驚き、ベルへと視線を動かす。

 ベルは必死に支えようとするリリルカを優しく押し返し、ふらつきながらもソフィーネの下へと歩み寄っていく。

 

 最初は不確かな足取りであったが、一歩進むごとにそれはしっかりと地に足をつけたものに変わっていく。

 

 「全部聞いていました。どんなに危ないか、どんなに大変なことか、ソフィーネさんは最初に僕に教えてくれました。それを受け入れたのは、それを望んだのは僕です」

 

 強い目だった。彼の綺麗な瞳は、まっすぐに私へと向けられていた。彼の視線には私以外の何者も映ってはいなかったのである。

 

 「僕は、強くならなくてはいけない。強くならなければダメなんだ、守るものも守れない」

 

 震える足に拳を叩きつけ、強引に震えを抑えつける。

 強い光を宿した瞳、『ケツイ』を新たに、ベルはティオナやアイズの横を通り過ぎ、私の下へ進み出ていく。

 

 「どうしても追いつきたい人に、どうしても守りたい人に、手が届くように……。僕は、僕は……っ!!」

 

 ああ、と感嘆の吐息が私の口からこぼれ出る。

 

 私という壁に抗い、立ち向かおうとする英雄の卵。

 自分の限界を知りつつも絶望せずに抗い続け、苦痛と恐怖を知りながらも自分を信じて立ち上がる。言うは易く行うは難し。

 

 この命の輝きがエロに、ハーレムに向かっているなんて。

 私は彼の輝く道の先にあるエロを愛している、慈しんでいる、尊んでいる、絶やしたくはない。

 

 素晴らしい、実に実に素晴らしい!

 

 彼のハーレムに向かう姿勢にはガッシュベルの優しい王様のように、優しいエロに繋がる何かがある!全てが光り輝いている!これほどの祝福が天下にあろうか!

 

 私はまだ見誤っていた、本音を言えば私のやり方に迷うところも確かにあった。だが、それは確かに彼の決意を侮っていたことに他ならないのだ。

 許してほしい、私も間違う。しかし間違いを認めて変われるからこそ人は人足り得るのだ。

 

 私はもう、躊躇わない。

 

 「ここで諦めるわけにはいかないんだ!」

 

 見てほしい。私以外の他の人たちも皆、彼の輝きに見入っている。

 

 あのリリルカさんのお顔を見なさい。心配をしながらも、頬を赤くして彼を信じようと彼女自身も『ケツイ』を固めたようだ。

 

 『ケツイ』はジョジョのスタンドと同じように呼び水となる。

 ベルはこれからもより多くの女性と関わり合い、輝きと質を魅せてくれるに違いない。

 そこに間違いなく、真善美のエロがあるのだ。

 

 他の人たちとベルが言葉を交わしているが、私はある決意を固めていた。

 私はベルに問いかけなければならない。私もさらに一歩、彼のためにあの修行を解禁すべきかと。

 

 「それで、僕はまた強くなれますか?」

 

 「才能がなく、ただ努力の天才と言われた凡才の青年は、達人たちに磨かれた天才をうち破った。その一つの契機とされる修行です。間違いなく、これまでとは隔絶したものです。ベルさんはそれでも──」

 

 「やります!」

 

 気分は「払いますとも!」と言われたブラックジャック先生、承太郎の快諾を受けたダービー兄、いや、メスガキに誘われて「わからせてやる」と決意したおじさんそのもの。

 

 「グッド!それが聞きたかった」

 

 本気だ、私は本気でベルと戦う。

 これまでのように、私が戦ったアマゾネスたちの戦いの模倣ではない。正真正銘、私の本気だ。

 

 ベルはこれまで私が殺してきた全てのテルスキュラのアマゾネスたちの猛攻を乗り越え、全て生き延びた。既に私にベルに与えられる彼女たちの戦いのストックはない。

 

 あるのは残り一人、この私の積み重ねた武のみ。

 

 「おい、ソフィーネ様!?まさか、本当にやるのかよ!?今、ここで!?」

 

 私の闘気の高まりを見て、サミラの顔は真っ白になった。

 カリフ姉妹の戦いを見ていたイシュタル・ファミリアの面々には理解できるのだろう。この闘気の高まり、ソフィーネは本気なのだと。

 

 「ああっ!私は本気で戦い、ここで決める!!」

 

 「こいつはレベル2だぞ!?レベル6のソフィーネ様が本気でやったら、骨のひとつも残らないだろうが!?」

 

 サミラはベルの真剣さを受け止め、彼を一人の戦士として認めている。

 認めているからこそ、私の暴挙ともいえる言葉に耐えられなかったのだろう。

 

 レベル6、その言葉を聞いたリリルカやヴェルフが驚愕。

 そしてアイズとティオナは「流石にこれはマズい」と前に出ようとするが、私は右手を前にして彼女たちを手で制した。

 サミラたちの反応は間違っていない。そのまま本気で戦えば私はベルを殺してしまうかもしれない。

 

 だが、そうならない方法がある。

 

 「古来より、武術家は如何に子孫に技を伝え、どう鍛えるのか苦悩してきた。父・母という情が弟子の育成を妨げる。だからこそ、時に顔を隠して自分を偽って弟子と戦ったり、時に実戦の中で見守りながら鍛え上げた。これもその修行法の一つ……っ!」

 

 目を閉じる、呼吸を乱す、気の経路を滅茶苦茶にする。

 筋肉の質を落とし、感覚の機能を鈍らせ、自分の体のありとあらゆる能力を強引に低下。

 

 自分にバフができるのであれば、ナーフの仕方だってわかっている。

 戦いにおいては自殺行為、馬鹿げた行為だが、この場においてはこれ以上ないぐらいに最高のコンディションだ。

 

 「これは……っ!」

 

 唯一、アイズだけは私の意図を完全に理解したようだ。

 信じられないといった様子だ。こんなふざけた方法をどうしてと思うのだろうが、私だってふざけた方法だと思っている。

 

 しかし、これであれば私はベルに自信をもって本気で戦うことができる。アイズやティオナと同じように、戦い方をベルに伝えることができる。

 

 自分の力を強引に抑え込むことで、組手の相手の適性にまで実力を落とし込む。

 それはまるでノロマな亀がさらに弱ったような有様。しかし今のベルにとってはそれでもなお、十分な脅威足りうる。

 

 この状態で本気で戦うことによって実戦を学ばせ、また情を通わせずに弟子を鍛え上げられる。無敵超人と呼ばれた男の指導法。

 

 『偽・0.0002%組手』

 

 自分の力をギリギリまで落とし込み、本気で戦う。

 流石に名前通りまでパーセンテージを落としたら問題があるために、パーセンテージは名前よりも高めではあるものの。

 この状態であれば安全に、ベルにとって現状最大の壁となれるだろう。

 

 「ベルさん、覚悟はよろしいですか?私は、あなたの力を信じています」

 

 「はい、僕も、僕の力を信じます!」

 

 さぁ、踏み台として私を乗り越えていけっ!

 

 超えていかれる快感に酔いしれ、気分が高揚する。

 これが踏み台転生者の醍醐味みたいなものなのだろうか。なるほど、理解した。

 

 自分が好きな存在が、自分を契機としてより強く、壁を越えていってくれる。気分が高まり、興奮してきた。

 これも推しが大好きな、ある意味での「んほぉ」の形なのかもしれない。

 

 なるほど。私は今、ベルさんを「推し」ているし、「すこ」っているし、「んほぉ」っているのだ。

 推している時のファンの心と活力は無限大、だからこそ今の私もエロのパワーに満ち溢れているのだろう。最高の気分だ。

 

 ベルよ、私を倒してくれ。よきエロのために、ハーレムのために私を踏んで先に進んでくれ。そのためであれば、敗北の痛みなど喜んで受け入れる。

 

 だってその先にハーレムがあるんだぜ?エロがあるんだぜ?敗北の痛みなんてすぐに忘れられるさ。だって想像するだけでエロいんだもの、興奮してくるよ。

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 私は雄たけびを上げ、全力でベルに襲い掛かる。

 

 これまでとは全く違う様子にベルは戸惑いを見せる。

 私が本気で殺す気でかかっているのが分かったからだ。

 これまでとは違って、強い私はここにいない。今の私は弱い。私の動きは鈍い。だけど私の一撃一撃は先ほどよりもずっと鋭い。

 

 生半可な防御をしたベルを防御ごと打ち抜いた。

 あえて隙を見せ、それを好機として飛び込んできたベルの腹を打ち据えた。

 迷ったベルの剣を手の甲で逸らし、そのまま腕を掴み上げて地面に叩きつけた。

 全て。今の抑え込んだ私が出せる全力の戦い方だった。

 

 「『偽・陸奥圓明流』」

 

 甘い動きは刈り取る。

 油断した気持ちを思い知らせる。

 一瞬の気の緩みが、そのまま後悔するような重い技に繋がっていく。

 虚実が入り混じった動きに、ベルはまだ追いつけていない。

 

 攻撃をかいくぐり、懐へと潜り込んだ私にベルは目を見開く。

 そうだ、離れるのではなく接近することで死中に活を見出すのだ。

 モンハンだって攻撃される際には、離れるよりも接近した方が良いこともある。接近することで相手の間合いを外すのだ。

 

 掌打をベルの顔面に向けて一撃。腰、足に気を張り巡らせ、大地を支えにした一発の重さは素手とは思えない威力となる。

 

 「『巌颪』

 

 ベルの顔を掴み上げ、地面に叩きつける。

 さらにくるりと体を捩じらせて回転のエネルギーを集約、威力を上げた膝を顔面に落とした。

 

 「ベルっ!?」

 

 「ベル様っ!?」

 

 ベルの仲間たちの悲鳴を耳に、確かな技の決まりを感じ取る。

 決まった。ベルの呼吸が途切れ、目が虚ろになった。

 両手をついてねじらせる様に逆立ちとなり、さらに追撃をしようとした刹那。

 

 ベルの瞳に、強い光が再び灯った。

 

 「があぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 「ッ!!」

 

 勢いよく跳ね上がったベルが私に接近。

 避けるのではなく、逃げるのではなく、間合いを取ろうとすることもなく、あえて私の懐に入って間合いを外す。

 

 とっさに膝を折り曲げて盾に。

 ベルの拳が叩き込まれるが、防御には間に合った。

 

 ──と、魔法の発動の予兆。驚愕。

 

 不味い、彼の使う魔法は速攻魔法。

 無詠唱という、この世界の戦いにおける最高峰の魔法形態。

 

 これまではむやみやたらに発動されていたために見切って躱せていたが、この状況が避けられない決め技になることをベルは理解している。

 こんなここぞというところで魔法を使えるなんて。これまでの戦いから彼は学び、もう実戦に活かし始めているのだ。

 

 「『ファイアボルト』っ!」

 

 「ぐぉっ!?」

 

 いなづまのように走った炎が防御を貫通し、私の体の芯をとらえて燃やす。

 そのまま吹き飛ばされた私に向かって、剣を回収したベルが襲い掛かる。速い。

 

 ベルの動きがどんどんと研ぎ澄まされていく。ベルの攻撃が鋭くなっていく。ベルの一撃が速くなっていく。

 彼は戦いの中で学んでいる、彼は戦いの中で強くなっていく、彼は戦いの中で成長していっている。

 

 いつしか一方的な戦いは拮抗するものとなり、さらに激しさが増していく。

 周囲の誰もがこの光景に見入ってしまい、そしてベルの急激な成長に驚きを隠せない。

 

 今、私たちはお互いを高め合っている。

 

 「──っ!」

 

 歓喜の声を上げたかった。素晴らしいと声をかけてあげたかった。

 

 だが、もう今の私では言葉を話す余裕はない。気炎を上げる瞬間もない。

 それだけベルの戦いは恐ろしいものへと変わってきている。あと一歩、あと一歩で彼は──。

 

 ならば、この技を超えていけ。

 

 回り込んで背後からベルを拘束、ダブルアーム・スープレックスの構えをとる。

 

 「『偽・スピン・ダブルアーム』

 

 大地に両足を突き刺し、踏み割るほどに力を込めて技への軸とする。

 そのまま回転、回転、回転。遠心力がかけにかけられ、ベルの体は浮き上がっていく。

 

 ベルはこれから何が起こるかわからない。

 しかし、これが確実に自分を敗北に至らしめるものであると理解したようだ。

 

 だが、脱出はできない。

 

 ベルの目が見開かれた。

 声を上げるどころか魔法への意識を割くこともできず、受け身も取れず、体に力を込めることもできないからだ。

 

 この技は不破の技にして、魔性の一撃。

 一度発動の体勢に入ってしまえば、抜け出すことも防ぐことも不可能。

 あのキン肉マンですら、耐えることしか対処ができない絶技であり、ベルではこれまでの技のように耐えることも叶わないだろう。

 

 私は、今のベルはこの技を超えられないと確信している。

 しかし、ここまでの成長を短期間で見せてくれた彼ならば、この技を超えてくれるのではないかと期待している。

 

 ああ、きっと今の私は笑っているのだろう。その予感に恋焦がれているのだろう。

 

 ベルを高く上空に放り投げた。

 恩恵が無い冒険者であれば、落ちるだけで十分に死ねるほどの高さだ。

 この状態では、ベルはもうどこか上でどこが下かもわからないだろう。きっと世界がグルグルと回っているに違いない。

 

 「あれは、不味いッ!?」

 

 この場にいるイシュタル・ファミリアの中で、私の戦いを見てきた一番の実力者であるサミラが叫んだ。

 同じように、ティオナが、アイズがベルの死を感じ取る。それだけにこの技は重く、これまでとは絶する技だからだ。恐るべし、悪魔将軍。

 

 「『偽・地獄の九所封じ』

 

 私はベルの下へと飛翔。

 空中で相手の首筋を足で確実にとらえ、さらには足はもちろんのこと、全身を気でこれまでないぐらいに堅め上げた。

 

 今の私はベルを巻き込んだ一つの彫像、一つのアダマンタイトの塊。

 勢いそのままに、私と技を決められたベルは、大地へ向けて凄まじい速さで落ちていく。それはまさに処刑台の一撃。

 

 「『ラストワン』

 

 正真正銘、これが私とベルの鍛錬における最後の大技。

 

 「『地獄の断頭台』」

 

 アイズが、ティオナが、リリルカが、ヴェルフが、サミラが、この技を前に息を呑む。

 必殺技とはかくあるべし。本来の技の完成度で言えば、この技は超人の神でしか破られない代物だ。

 

 ベルは足掻こうとするが、首にしっかりと組み込まれた足と、宙から落ちる加速が抵抗を許さない。

 

 動く手で、かろうじて発せられる声で撃てる速攻魔法で脱出できるかと言えば、気によって全身の硬度が上がり、力が満ち溢れている私の体を跳ね除けるにはどうやっても至らない。

 

 では、キン肉マンのようにベルは耐えられるだろうか。

 全身がボロボロであり、レベル2の今のベルの耐久力では、格上として戦う私の力に耐えられないだろう。

 

 行く末は敗北が待ち受けるのみ。

 だが、ベルの目は光を失っていない。私は笑みを深めた。

 

 見せてくれ、あなたの輝きをっ!!

 

 「『ファイア──』」

 

 ベルは魔法を唱えようと苦しそうに口を開く。

 私は失望を露わにした。

 

 無駄だ。

 

 その程度の魔法では、私の技は破れない。

 今の技の完成した私は、ベルの『ファイアボルト』ぐらいで動じることはない。

 

 仮に彼がこの時のために、この魔法の本当の力を温存していたとしても、これまでの百倍の『ファイアボルト』を放ったとしても、私は止まることはないだろう。

 

 「『ボルト』ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 ベルの放ったファイアボルトは、案の定、私に通じることはなく、私の技はフィニッシュを迎え──。

 

 「っ!?」

 

 私の顔が驚きに染まる。

 

 ベルの放った魔法は私ではなく、ベル自身の体を焼いたのだ。

 最大限まで込められた衝撃と威力は、ベルの体を突き動かし、完全に固定されていたはずの『地獄の断頭台』から体が外れる。

 

 馬鹿なっ!?

 

 いや、確かにこの技にも解決策はある。

 あり得もしないが、強引に神にも等しい力で足をどかせばいい。

 

 あるいは、技をかけられた側の体勢に異常が生じてしまえば、本来の威力を発揮できなくなったりする。

 キン肉マンは、偶然リングのロープに腕が触れたことでこの技から生き延びられたのだから。

 

 ベルの『ファイアボルト』は雷のように速く、そして炎のように威力があった。

 この速さと威力、どちらが欠けてもベルは技から脱出することが出来なかった。

 自分の体を炎が焼く。どれほど苦しいことか、どんな馬鹿だってわかることだろう。しかしベルならできるだろう。だって、彼はずっと『ケツイ』を固めてきたのだから。

 

 ベルの視線と私の視線が交差する。

 

 技の再現のために、体中を気で強引にコーティングした私は、体の柔軟性を完全に失ってしまっている。

 この状態では何をどうやったってベルの後手に回る。そして、それは致命的な隙になる。

 

 「そうか、私は、私は──」

 

 「あああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 「──負けるのか」

 

 ベルはそのまま体勢を一瞬にして入れ替え、私を抑え込んだままに地面に落ちていく。

 

 ベルを襲うはずであった加速の威力は、そのままに私に返っていった。これに対応できる力が今の段階の私にあるわけもなく、私は動けず逃れられない。

 

 「『ファイアボルト』っ!!」

 

 追撃の雷の如き炎が私を貫き、衝撃でさらにスピードは加速。

 地面まで一瞬。その一瞬で彼はさらに速攻魔法を放つべく口を開く。

 そうだ、躊躇ったらいけない。油断したらいけない。決めるときには決めなくてはいけない。

 

 「『ファイア──』」

 

 それらは全て、私がこの戦いの中でベルにやってきたこと。

 因果応報、その全てがこの時の一瞬のために。

 

 ああ、この場の誰もがあの時、あなたの敗北を見据えていた。仲間も、あなたの恐らくは憧れの人も。

 そして私もそうだったというのに、あなたはそれを乗り越えた。素晴らしい、万歳。

 

 「──ベルさん、あなたの、勝ちです」

 

 笑った私へ、ベルの最後の一撃が放たれた。

 

 「『ボルト』ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

 決まるはずであったはずの『地獄の断頭台』の衝撃が、そのまま私の全身を打ち据える。

 さらに落下と同時にベルの魔法が発動。重なった衝撃は恐ろしい一撃へと変わり、私の体中を駆け巡った。

 

 轟音、猛煙、熱気。

 それら全てが空間を駆け巡り、風が私を中心に周囲を荒れ狂う。

 

 アイズたちが息を呑み、イシュタル・ファミリアの団員たちが手を握りしめ、リリルカたちが祈る中。

 

 煙が消えていき、最後にそこに立っていたのは……。

 

 「……ベル、さまぁ」

 

 ヘスティア・ファミリアの団長、ベル・クラネルの姿だった。

 

 ベルは呆然と立っていた。

 どうして立っているのかわからない、どうして意識があるのかわからないといった様子であった。

 恐らく、空中でも半ば無我夢中であったのだろう。

 

 両腕、両足を投げ出すように倒れている私を見て、ようやく勝った実感が湧いてきたのか。

 全身から力が抜け、その場にドスンと座り込んだ。とっくの昔に、彼の体は限界だったのだ。

 

 誰が見ても明確な勝利に、歓声がダンジョンに響き渡る。

 リリルカたちがベルに駆け寄っていき、彼の体を抱きしめる。戦いを見ていたイシュタル・ファミリアの団員たちが皆頬を赤く染め、ベルに熱い眼差しを向けていた。

 

 アイズやティオナもベルへ向かっていく中で、サミラがただ一人、倒れている私の方へと歩み寄っていく。

 

 「……起きないのかよ、ソフィーネ様」

 

 声をかけられ、思わずびくっと身体が揺れ動いてしまう私。ダメだな、私も修行が足りない。

 

 「えーと、いつから気がついていたの?」

 

 「素のあんたは、あれぐらいで気絶するたまじゃないだろ」

 

 「いやぁ、ここで起きたらなんか感動が薄れてしまうっていうか、ね?」

 

 「あんたの気の使い方はおかしいんだって」

 

 呆れるサミラに、私はお返しとばかりににんまりとほほ笑んだ。

 

 「そういうあなただって、ベルさんへ心配して叫んでいたじゃないの。あなたもベルさんの戦いに魅せられたんでしょう?私も同じだって」

 

 サミラは何とも言えない表情だ。

 彼女自身、あの叫びがどういう心から飛び出たものかを測りかねているのかもしれないが。

 

 「もうちょっとだけ、悪者は倒れていよっかなぁ。余韻ってやつは大事だからね」

 

 「はいはい、付き合うよ」

 

 遠くでたくさんの人に笑顔で囲まれ、困っているベルの気配を感じつつ目を閉じる。

 

 「待っているだけの人たちにも何かが起こるかもしれないが、それは努力した人の残り物に過ぎない」、というリンカーンの言葉がある。

 

 ベルは何かが起こるかもしれないとここに来て、そして知ったのだ。この世界では待っているだけでは何も得ることも、守ることもできないと。

 そうして異常な業績を積み上げ、この戦いの中でも格上の私をうち破った。その努力と進化は私からしても想像を超えるものであった。

 

 ベルの努力は彼だけではなく、これからも多くの人たちに影響を与えていくに違いない。そしてその先に、ハーレムや多くの出会い、エロがある。

 

 PLUSULTRA、とまるんじゃねぇぞ。その先のエロに、私もいる。

 いつか100%中の100%の本気の私が、彼と戦える日も近いのかもしれない。

 

 「……ソフィーネ様って、ゲスい顔でも、エロいこと考えている顔でもなく、そんなに純粋に笑うことってできるんだな」

 

 「サミラ、流石にそれは私でも泣けるから止めて」

 

 いや、まずは私も精進しよう。

 私ももっと強くなるし、もっとエロを探求しないとな。

 

 さて、こんな戦いをしたベルの最終的なアビリティは、十二分にレベル3と戦えるものになっていたのだろう。

 ちなみに、この時ベルと戦った時の私の実力はレベル4相当近く、レベル3最上位ランクはある。

 一方、戦争遊戯のアポロン・ファミリアの団長で、最高実力者は普通のレベル3ぐらいであった。

 

 戦争遊戯の結果は、言葉にするまでもない。

 

 ただ一つ言えることもある。

 ベルさん、あの最後の技の連撃って、私だから耐えられているわけで、普通のレベル3が受けたら普通に死ねるからね?

 伸びている瀕死のアポロン・ファミリアの団長を見て、思わず笑ってしまった私は悪くないはずだ。

 

 ほら、そこの戦争遊戯を見ているアマゾネスたち。

 私は悪くないって言ったら悪くないんだから、こっちをそんな目でみるんじゃあない。サミラもため息を吐き出さないでくれ、私は無実だ。

 




文字が2万超えてしまったのは、ダンまちを推してたら楽しくなりすぎました。切りどころもないし、読むの大変でごめんなさい(´・ω・`)

皆さん、誤字の訂正ありがとうございます。
また、感想たくさんありがとうございます。
見ていて面白い感想や考えさせられる感想などがあって、楽しくて嬉しい。考察系は見ててなるほどって思うし、紳士は見てて魂が震えますね。もっと人は変態になっていいはずなんだ

それとティオナの名前間違いしてた件ですが、感想でこうするといいよってコメントがありましたので皆さんにも紹介します。

>ワイもよくティオナとティオネを間違えていたけど、あ"ね"(姉)だからティオ"ネ"って覚えたら間違えなくなりました^^

なるほど、そうですね。語呂合わせは勉強でもあるようなとてもいい考えです。参考になります。
ちなみにもう一方いました。

>AカップがティオN(A)
EカップがてぃおN(E)
って覚えとけば間違えなくなったなぁ

素晴らしいセンスだ(脱帽)。

なんだかんだで戦争遊戯も終了。
長くなってしまうのでいろいろと端折ったところもありましたが、ソフィーネがソフィーネらしい気がしたので個人的には満足。
そして次からついにラストスパートです。のんびり書いていこうかなって。
しかし、まさかあの一発ネタがここまで来るとはなぁ……。

風邪が強く、気温が温かくなってまいりました。どうか皆様もお体に気をつけて、ご自愛ください。



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私、全部終わったらまたエロマンガを描くんだ①

続きも書いていたのですが、続けてしまったら四万近くなりそうなので、一旦切りました。
最終章のプロローグみたいな感じです


 戦争遊戯が無事に終わり、オラリオに平穏が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……かと思えば、全然そんなことはなかったりする。

 この都市、わかっていたことだが厄ネタが多すぎる。お気楽な神々とか、最近復活しつつある闇派閥とか。

 

 つい最近も、ロキ・ファミリアのダンジョン探索において大規模な戦闘があったそうだ。

 ダンジョン内で闇派閥の強襲が行われ、甚大な被害がロキ・ファミリアに発生した。

 負傷者が多く、ロキ・ファミリアは半壊。彼らはしばらくダンジョンへの遠征も叶わないそうだ。

 

 なお、奇跡的に死者はゼロだったらしい。不幸中の幸いといったところだろう。

 

 「何故、ロキ・ファミリアを手助けするような真似をした?」

 

 「ごめんなさい」

 

 「謝るよりも先に、理由を言え、理由を」

 

 全力で頭を下げる私に、「お前いい加減にしろや」と額に怒りの四つ角が浮かんでいるイシュタル様。

 

 いつも違って、大広間には眷属の私とタンムズ、そして主神のイシュタル様しかいない。

 今回の件は内容が内容だけに、いつものサミラやアイシャといったメンツは参加することが許されなかった。

 

 そうです。闇派閥と繋がりがあるイシュタル・ファミリアがまたやらかしました。

 そして、私もやらかしました。

 

 イシュタル・ファミリアが、ダンジョンに入って怪しいことをやらかしている間に、ロキ・ファミリアがダンジョンにやってきた。

 

 闇派閥の連中はロキ・ファミリアと戦闘開始、イシュタル様も興味深げに煙管片手に観戦を開始。

 フレイヤにぶつける前に試してみるかと、前回私に見せてくれた穢れた精霊をロキ・ファミリアにぶつけるイシュタル様。

 そして「ティオナパイセンに恩返しすっか」とこっそりロキ・ファミリアを手助けしていた私と、なんか私にも襲い掛かってきてしまった穢れた精霊。

 

 結果、私はロキ・ファミリアの連中と組んで闇派閥を撃退。

 ロキ・ファミリアは死人ゼロ。闇派閥とほとんど痛み分け状態となる。

 

 穢れた精霊?

 やつは死んだ、もういない。私はきっと悪くねぇ、なんか私に襲いかかってきた精霊のやつが悪いんだ。

 そして「助けに来てくれたの!?ありがとう!!」って笑ったティオナパイセンの笑顔が、素敵すぎたのが悪い。

 

 「何やら怪しい動きをして途中抜け出したかと思えば、何をやっているんだお前は」

 

 イシュタル様の目はいつもよりも厳しいものであった。

 強い威圧感に、私の額から一筋の汗が流れ落ちていく。

 

 「私がなぜ、あの処女神の眷属の手助けを許したと思う?あれがどうでもいい連中だからだ」

 

 イシュタル様にとって、ヘスティア様は道端に生えている雑草ぐらいの認識である。

 どうでも良すぎて、話題に出しても気にも留めない。だから私が何かしら関わっても、何も気にするところはなかったようだ。

 

 「だが、ロキ・ファミリアは別だ。フレイヤ・ファミリアを倒すために用意させた穢れた精霊、その力を確認するための丁度よい機会でもあった。それを貴様は──」

 

 イシュタル様は言葉も出ないといったご様子である。

 私はもう頭を下げる以外にできることがないので、ただただ床に額をこすりつけている。あ、床が割れた。

 

 「闇派閥の連中など、はっきり言えばどうでもいい。だからお前が闇派閥の謀から、ロキ・ファミリアの団員を何人助けようが気にもしなかった。しかし、穢れた精霊だけは別だ」

 

 私の視界は床しか見えないが、きっとイシュタル様のご尊顔は阿修羅みたいになっているのだろう。

 それでもお美しいのだから、美の女神ってやっぱりすごい。そして威圧感がやばい。怖い。

 

 「穢れた精霊は、フレイヤ・ファミリアへの切り札の一つであった。それをよりにもよってお前が討伐するなど……。切り札同士が潰し合ってどうする」

 

 私にはティオナパイセンへの恩があった。

 

 だから危機に陥り、瀕死になっていたロキ・ファミリアの団員たちを助け、気による治療法を施した。

 最後にはガレスやヒリュテ姉妹と共に、穢れた精霊も滅殺した。

 

 だが、恩があるからという理由だけで、彼らを手助けをしたわけではない。

 ここでロキ・ファミリアの団員が死ねば、ロキ・ファミリアと全面戦争になるんじゃないかと私は恐れていた。

 

 フレイヤ・ファミリアに加え、今この時にロキ・ファミリアと敵対することだけは避けたかった。

 

 いくら隠し種の春姫や、穢れた精霊がいるとはいえ、とてもではないが融通が利くような切り札ではない。

 こんな不安定な状態で、ロキ・ファミリアやフレイヤとも戦いたくはなかった。

 

 もちろん、準備が万全まで至れば、強大なフレイヤやロキのファミリアであっても、勝利の道が見えてくるに違いない。

 しかし、万全の準備が整うまで、あちらがわざわざ待ってくれているとは限らない。

 

 しかも、私たちが着々と準備をする間にも、ロキやフレイヤのファミリアは成長していくのだ。

 冒険者の成長を甘く見てはいけない。アイズやベルの成長なんて化け物じみている。

 

 というか、時代の流れを味方にして台頭してきた勢いある連中と、勢いあるうちに戦うことは避けるべきだと私は思っている。

 

 主人公補正のついた主人公に勝てるだろうか。BGM付きの主人公に勝てるのだろうか。

 TASさんだってムービー中ぐらいしか倒せないのに、勝てるわけがないと思うのは間違っているのだろうか。

 

 「恐れながら、ロキ・ファミリアを試金石とするのは控えられたほうがよろしいかと。あそこは波にのっています。今、彼らと事を構えるようなことをするのは非常にマズい」

 

 「ふん、お前が味方さえしなければ、闇派閥と穢れた精霊によって、団員はほぼ壊滅していただろうに。そう考えると、やつらも確かに波にのっているか。お前という助けが現れたのだからな」

 

 とげのあるイシュタル様の言葉に、顔を上げることもできない。そして、やらかした私が言えるような言葉も見つからない。

 

 正論だ、イシュタル様の言葉はどこまでも正しい。

 

 ただ、それでも私はあの行動が間違っていたとは断言しきれない。

 

 違う、違うのですイシュタル様。

 あの程度で負けるほど、折れるほどロキ・ファミリアは弱くないのです。

 

 あの信念、あの戦い、あの『ケツイ』。

 恐らく私が手助けに入らなくても、彼らは生き残っていた。

 ガレスやティオナたちは確かに追い詰められていたが、最後まで諦めていなかった。

 運命の女神が微笑むとすれば、それは諦めずに現実に負けずに戦い続けた者だけだ。

 

 ああ、イシュタル様の言うように、私が助けに入らなければロキ・ファミリア団員の何名かは死んでいただろう。

 酷い状態、ヴァレッタに殺されそうだった団員を見るに、確かに全員が生きて帰ることは叶わなかっただろう。

 

 しかし、ロキ・ファミリアの戦いには光るものがあった。ラウルをはじめとする団員たちは、各々が限界を超えながら戦っていた。

 ベート、そしてアイズを知る私からすれば、彼らは必ずこのピンチを乗り越え、大きく成長したと確信する次第である。

 

 私は結果として、恩を返すという形で彼らの成長の機会を奪い、彼らの『ケツイ』を妨げ、そして此方への疑念を深めさせた。

 

 イシュタル様は、オラリオに守られ、ギルドに守られた歓楽街に攻め込まれることはないと考えているが、仮に利害打算を超えた頭バカがいるとすればそんなことは関係ない。

 ジャンヌダルクを思い出せ。あいつは頭ゴリラだから当時の戦争のルールを破りまくって勝ちまくったのだ。

 

 ロキや眷属が仲間を殺され、やけになってしまえば、歓楽街という地位と立場の安全性も、絶対的なものではなくなってしまう。

 逆に疑惑・疑念だけが深まれば、理性が働いて滅茶苦茶なことをやらかす可能性は低くなり、頭が冷えて冷静に慎重に動くようになるだろう。

 

 この緊張状態こそが、今一番時間が必要なイシュタル・ファミリアの有利な状況を作り出していくのではないだろうか。

 

 「理由は分かった。しかし、そのお前の根拠となるべきものはなんだ。理屈ばかりで話の証拠となるものがない」

 

 「……勘、あるいは予感としか」

 

 苦しい、あまりにも苦しすぎる言葉だ。

 

 勝負には賭ける瞬間というものがある。運命の女神、天の采配。そう呼ばれるそれらの時勢を誤れば、どんなに有利であっても敗北しうる。

 

 人はどこかで、その世界の流れを感じる力がある。

 

 アカシックレコードとか、根源と繋がるとか、運命を感じるとか、言い方はいろいろあってなんだかわからない。

 だが、マンガを読んでいて「あ、これ死亡フラグだわ」とか「これは勝ったな、風呂入ってくる」という感覚がそれなのだ。

 

 しかし、イシュタル様の本質は神であり、女神である。

 

 神がどうして天運を信じる。神がどうして運命の女神に祈る。

 神こそが世界の理であり、絶対であり、運命なのだ。その世界を操る絶対的上位者が、どうして自分の外で働く理を認め、許容するだろうか。

 

 私のような人間と神が見る視点は違う。この価値観の相違は絶対に埋まらないものである。

 私にとって全ては未知に見えるが、神にとって全ては既知に見えるのが当たり前なのだから。

 

 だが、その認識の違いが、どこかで最悪の間違いを呼び寄せる気がしてならない。

 

 これも勘だ、予感でしかない。

 だが、あのアポロンだってオラリオの外に追放されたではないか。

 

 普通に考えたら、あの状況はアポロン全賭けが正しいに決まっている。

 数名対ファミリア連合とか、結果は火を見るよりも明らかではないか。アポロンだってベルの強奪の成功は、自信というよりも必然であると感じていた。

 

 だが、ベル・クラネルはこの逆境を乗り越えていった。まさに可能性の獣である。流石はハーレムの意思を継ぐものだ。

 私はベルの躍進に驚くことはない。ベルはいつだってまっすぐ前を向き続けていたし、そんな彼の下にはアイズをはじめとした多くのフラグ、流れが味方したのは当たり前のことのように感じる。

 

 英雄とはその時代の流れを逃さない者であり、時代を味方にしたものとは己の予感を信じ間違わなかった者なのだ。

 

 ご都合主義とか批判されるかもしれないが、歴史に名を遺す人間なんてものは、学べば学ぶほどにご都合主義のオンパレードである。みんなのフリー素材、信長公なんてその最たるものではないか。

 

 だが、私の言葉はイシュタル様には届かなかった。

 

 「お前の危惧も、不安もわかった。その上で言わせてもらう、あれは余計なことであったとな。フレイヤを倒した後に邪魔になるのは、お前が助けたロキ・ファミリアだった。遅いか早いかの違いだけであったが、お前は間違いなくその機会を奪った。分かるか」

 

 「分かります」

 

 「謹慎だ。エロはもちろん、他のマンガの活動の創作も禁じる。一人で地下の房にこもってしばらく反省していろ」

 

 「……かしこまりました」

 

 おい、タンムズ。お前今、驚きの声をもらしただろう。なんて失礼な奴なんだ。

 エロを取り上げられて暴走しなかったからって、世界の終りのような空気を出すことはないじゃないか。

 

 ファミリアの主神の意向を完全に無視してしまった以上、流石に反省と罰が必要だ。

 集団に属する責任を持ち、敬愛する主神の立場を示すためであれば、ものすっごく辛いし苦しいし泣きたくなるけど我慢するしかないのである。

 

 「……はぁ、そんな顔をするな。あれだ。エロや創作に関わらない暇つぶし程度の持ち物であれば、謹慎中でも持ち込んで構わん」

 

 よっぽど私が悲惨な顔をしていたのか、イシュタル様からまさかの助け舟。マジか。

 

 「一日時間をくれてやるから、もろもろを準備してから謹慎していろ。タンムズ、お前が取り計らっておきなさい」

 

 「ご厚意、痛み入ります」

 

 「いきなりお前が謹慎に入っては、お前が関わっている事業も混乱する。一日ですべての仕事に区切りをつけるのは多少無茶かもしれんが、それを含めての罰だ」

 

 「はい、かしこまりました」

 

 「いけ」

 

 「はい」

 

 私は静かに頭を下げると、部屋から退出する。

 ずいぶんと温情を頂いてしまったが、それに甘えてはいけないだろう。

 

 「とりあえず、瞑想して気を整えて、気の経路や気の循環を磨いて……。久しぶりにゆっくりした時間が取れるのです。汚名を返上するためにも、努力しなければいけないか」

 

 閉じられた扉を前に気を持ち直すと、方々に仕事の中断を謝るために歩き出す。

 ベルやアイズは異常な成長を遂げた。私もまだまだ負けてしまうわけにはいかない。日々精進、日々エロ道。

 

 「いや、エロはしばらくおあずけ……。なら、今日一日で溜めとかないといけない!」

 

 決意を新たに、ソフィーネはその場から走り去っていた。

 

 気配が遠ざかるのを確認したタンムズは、主神であるイシュタルに向き直る。イシュタルは何を思っているか、深く考え込んでいるようであった。

 

 「よろしいのですか?」

 

 タンムズの問いかけに、イシュタルが端麗な顔を上げる。

 

 「穢れた精霊の実力は確認できた。そして、ソフィーネレベルの冒険者が対応すれば容易に打倒できることもな」

 

 嬉しい誤算もあった。

 ソフィーネの能力は、ロキ・ファミリアのヒリュテ姉妹を超え、さらには古参のガレスをも上回っているとイシュタルは判断した。

 

 「お前も見ただろう、穢れた精霊との戦いを。ソフィーネは穢れた精霊を圧倒し、ロキ・ファミリアの冒険者たちはソフィーネに助けられていただけに過ぎん」

 

 ソフィーネはロキ・ファミリアの実力をやたらと高く見積もっているように見えた。

 自分の力を謙遜しており、あのアマゾネス姉妹やドワーフを評価していたが、イシュタルからすれば勘違いもいいところだ。

 

 「ソフィーネのやつめ……。生まれの問題や不遇の期間が長かったのが原因かもしれぬが、あいつには強者としての自信が足りない。あいつは私のファミリアの最強であり、オッタルからオラリオ最強の看板を奪う戦士だ。なのに何を躊躇い、何を迷う」

 

 イシュタルは苦々し気に自分の爪を噛みしめる。

 

 「ソフィーネはもっと傲慢になるべきだ。もっと強者たる振る舞いをするべきだ。他の誰にもぺこぺこと頭を下げる必要もない。気にかける必要もない。あいつが唯一、フリュネと比べて足りないところは、そこだけだというのに」

 

 既にイシュタルには、輝かしい未来が見えていた。

 自分のファミリアがオラリオで頂点のファミリアとなり、最高の美の神であるイシュタルと並び立つのは、オラリオ最強の戦士であるソフィーネ。

 

 誰もがイシュタルを美とオラリオの頂点と認め、認められない有象無象もソフィーネの力を恐れて屈する。

 そんな輝かしい未来にイシュタルは焦がれている。しかし、そんなソフィーネの唯一の欠点があの小物感と自信のなさだ。

 

 イシュタルがソフィーネの暴走に対して、他者から見ても異常な寛容性があったのはそこにある。

 

 強者とは得てして他者を顧みないものだ。

 

 強者として偉業を成し遂げ、他者を踏みにじり、己の欲望を貫き通す。

 傲慢と強者であるが故の威風が、人を惹きつけて虜にする。そしてそれが強者としての格を示すことにも繋がるというもの。

 

 メソポタミアの神話において、本来のイシュタルが強者で唯我独尊なギルガメッシュに惚れた話があるが、人間もオラオラ系とかDV男に惚れたりするので似たようなものだ。強者や支配する者に惹かれるのは人も神も変わりがない。

 

 この世界においては、イシュタルはギルガメッシュと同じようにソフィーネの力に惚れ込んでいる。

 イシュタルを主神とさえ認めていれば、イシュタルへ対してもソフィーネが必要以上にペコペコしなくても構わないと思えるほどに。

 

 イシュタルという女神は、あの問題児であるフリュネでさえ団長として認めており、その行動を咎めることも滅多になかった。

 力があり、ちゃんと自分の命令に従って、その力を発揮してさえくれれば、傲岸不遜であっても強者の振る舞いとしてイシュタルは許容するからだ。

 

 自分にさえ従えば、無理に魅了を使って身の振る舞いを正すようなことはしない。

 何かを使って脅す必要もない。痛めつけることもしない。それだけの度量をイシュタルという女神は持っていた。

 

 しかし、そうであるからこそイシュタルは解せない。

 

 ソフィーネの特殊な趣向は、性愛を司る神である自分からすれば問題はない。生物として当たり前のもので、好ましくもある。

 

 だが美の神に並び立ち、支える強者としての在り方には不安が残る。威が足りない。

 ソフィーネは一見すれば他者を顧みないバカだが、本当にそうであれば、ソフィーネに敵対的で挑発的なフリュネはとうの昔に殺されている。

 

 むしろ、ソフィーネがたまにフリュネを心配する様子を見ていると、頭が痛くなりそうだ。

 だからフリュネも調子にのって、人前でソフィーネへ下らぬ戯言を言えているのである。

 ソフィーネにもそんなフリュネの振る舞いを許すんじゃないと思うが、あの人間性では言っても変わらないだろう。

 

 カーリーと戯れに話した際に知ったことは、ソフィーネはあのテルスキュラでも初めからあんな残念な性格だったそうだ。

 

 ある程度の屍を積み重ねれば、カリフ姉妹のような強者たる振る舞いになるのが普通。

 しかしソフィーネの小物感は一切変わることはなく、強者故の傲慢になることもなく、趣向も相まって変わり者扱いだったらしい。

 

 「……いったいどこから、あんな精神性を引きずってきたのか。仮に前世で奴隷であっても、もう少しはマシなものになるだろうに」

 

 まさかソフィーネの前世が、イシュタルの知る奴隷よりも酷いような、替えが利く社会の歯車の社畜であったとは神であっても知る由もないだろう。

 

 満員電車で通勤とか、ちょっと見方を変えると毎日奴隷船に乗っているようなものだ。

 しかも奴隷のように引きずられて入れられるわけではなく、自分から乗り込むように躾けられている。これぞ現代の闇だ。

 

 「まぁ、いい。ロキ・ファミリアの底は見えた。ソフィーネの実力も把握できた。ソフィーネのアビリティも、穢れた精霊を撃破したことでさらに上昇を見せた。穢れた精霊はまた用意すればいい。闇派閥の連中との関係は悪化したが、もとより金によって繋がった利用し合うだけの関係だ。むしろ、ソフィーネの強さを見せつけたことで交渉におけるアドバンテージをとれる」

 

 悪いことだけではない、ソフィーネがいれば全て取り戻せる。いや、それ以上だ。

 価値があるのはどちらかと言えば、あんなロキ・ファミリア程度をやすやすと仕留められない穢れた精霊よりも、レベル7に成りうるソフィーネの方が重要だ。

 

 ふと、ソフィーネがこのファミリアに入らなかったら……。

 そんな在りえなかった未来を想像し、くだらんと一笑の下に切り捨てる。

 

 「タンムズ、春姫の、儀式の方はどうなっている?」

 

 「全て滞りはなく」

 

 「そうか」

 

 全てが滞りなく進んでいる。

 若干の予想外のイベントも起きたが、結果からすれば悪くはないものになった。

 

 残る懸念は一つ。

 

 「ベル・クラネルか……」

 

 先日、顔を合わせた少年。

 レナやアイシャに連れ込まれ、偶然出会った処女神の眷属。

 そしてヘルメスから聞き出した、あのフレイヤがご執心の冒険者であり、フレイヤの弱みだ。

 

 イシュタルの眷属に囲まれ、顔を赤くして萎縮している姿からは、ただの小便臭いガキにしか見えない。

 あんな小僧に入れ込んでいるなど、フレイヤの気が知れない。そう思っていた。

 

 だが、ソフィーネが目をかけて鍛錬を施したとなれば、話は恐ろしいほどに変わる。

 

 ソフィーネはベルに大きな期待を寄せており、その実力や成長も評価していた。

 最初はフレイヤを煩わせるような、ただの嫌がらせぐらいにしか思っていなかった。

 しかし、あのソフィーネが入れ込んでおり、あそこまで褒めちぎっているのだとすれば、他の場面でも十二分に利用価値はある。

 

 「ふん、ソフィーネも弟子ができれば少しは変わるかもしれんな」

 

 聞けばソフィーネはずっと孤独であったために、力や威厳を示す必要はなかったとも考えられる。

 

 ベル・クラネルの指導者であり、その関係がファミリア内に生まれれば、ソフィーネに何らかの変化も起こるだろう。

 王になれば王らしくなるように、立場が変われば人もまた変わるもの。弟子が出来て師となれば、上に立つ者としての心構えも生まれるだろう。

 

 「レベル3、か。ソフィーネの指導によりさらに化けると考えれば、あれの利用価値は寝取るだけに留まらないか」

 

 フレイヤへの嫌がらせにもなり、ソフィーネの心の成長を促し、ファミリアとしての力も蓄えられる。

 そして──ソフィーネが気にかけた初めての雄でもある。

 

 神としての見解から、イシュタルが決断するのは早かった。

 

 「タンムズ」

 

 「はい」

 

 「アイシャとフリュネたちを呼べ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え、ベルさんが歓楽街に来ていた?」

 

 無事に一日かけて仕事と謹慎の準備を一段落させ、地下に入ろうとしていた私。

 たまたまレナと出会って話がはずんでしまったのだが、どうにもおかしな話題になってしまった。

 

 レナは戸惑う私を見て、しっかりと頷いた。

 

 「うん、ソフィーネがいない間に、アイシャがファミリアに連れ込んで来たよ。逃げられちゃったけどね」

 

 「歓楽街の外に遠征して、そのままひっぱりこんだってわけじゃないよね?」

 

 うちは高級娼館とか銘打っているが、イシュタル・ファミリアの団員であるアマゾネスたちにそんな心構えはない。

 

 いい男がいれば強引にだって連れ込んで、ズッコンバッコンするのがアマゾネスの流儀。

 だから団員のアマゾネスが歓楽街をうろついて、目ぼしい男を連れ込んでくるなんて話は、少しも珍しくもないわけだが……。

 

 話の内容が内容だ。ベルがこんなところに来るなど、私は自分の耳を信じられない。

 

 「いや、歓楽街にお仲間と一緒に来ていたみたい。ご丁寧に、高級品の精力剤も持っていたらしいよ」

 

 「あのベルさんが?人は変わるものだけど、こんな短期間でそこまで肉食系になるだなんて信じられないかな。誰かにはめられたって方が、まだ納得できるんだけど」

 

 「アイシャたちは、ベルのベルを股間にハメそこなったけどね!」

 

 「うっせぇわ」

 

 なんで歓楽街なんてところにやって来たのだろうか。

 ベルの主神は、こんなところに来ることを認めるようなタイプではない。

 仮に迷い込むにしたって、お仲間のヴェルフとリリルカが一緒なら、この街に詳しいはずの二人は必ず止めるだろうに。

 

 「うぅむ……?」

 

 では何のために。

 依頼、もしくは誰かを探しに来たのだろうか。

 

 「……やぁな、予感がする」

 

 金田一とコナン、二人と一緒に宿泊施設に泊まったような、そんな嫌な予感。

 

 ベルはイベントメーカー、フラグ製造機であるが、言い換えればトラブルメーカーということだ。

 イベントの舞台がこの歓楽街になるとすれば、非情に面倒くさいことになるかもしれない。

 

 ベルはこれまで、嵐を呼ぶ幼稚園児なみにイベントをこなしているから、私はなおのこと不安だ。

 こっちに来てからほんの数か月であれだぞ。その流れがここに来て収まったと考えられるほど、私はお気楽にはなれない。

 

 ちなみに、金田一とコナンがクロスオーバーしたゲームでは、死者が14人だったらしい。

 小学生一クラス分が死んでいる。ちょっとした災害だ。あいつらマジ死神である。

 

 ベルがこんな死神たちと同じだとは言わないが、それでも不安は不安だ。

 

 「不安だなぁ……」

 

 「ん?あ、そういえばフリュネがあのソフィーネの教え子ってことで、すごい目をつけていたよ。不安っていうのはそのこと?」

 

 フリュネぇ……。

 

 思わずゲッソリとしてしまった。相も変わらず趣味が悪いやつだ。

 あいつは二つ名が【男殺し】になってしまうぐらいに、男への執着や扱いが酷い。テルスキュラばりに男を壊している。

 あいつとセックスする男たちには同情を禁じえない。きっとこの世の地獄だろう。

 

 きっと私がベルに関わったことを知って、実力では勝てない私への当てつけ代わりに、ベルをなんやかんやするつもりだったに違いない。

 

「なんでもかんでも手を貸すのは違いますよ。無事逃げられたのでしょう?ならわざわざ過保護になって、フリュネに忠告する必要はありませんよ」

 

 経営者の二代目三代目がボンボンでクソというのはよくある話だが、苦労してきた親が苦労させないようにと、子供に障害を経験させなかったことが原因というケースもある。

 

 困難は人格を高め、人生を生き抜く経験を積む上で必要になることも多い。

 私がお気に入りだからとあれこれ気をやってしまっては、成長の機会を奪われてきたベルは、いつか私の手が届かないところで死んでしまうだろう。

 

 レナは私の顔をじっと見つめている。

 その眼差しはなんというか、何かを試しているように思えた。私は思わず眉をしかめる。

 

 「レナ、あなた、ひょっとして私に何か本当に聞きたいことがあったりする?」

 

 「……そうだねぇ」

 

 レナは視線を上に、下に。そして。

 

 「じゃあこれは知っている?あのイシュタル様がね、命令を──」

 

 イシュタル様と聞いて耳を澄ませる、その時であった。

 

 「あ、ソフィーネ様だ!」

 

 「また謹慎?こんどはどれぐらいよ?」

 

 「全く話が聞こえてこないのですが、何かやらかされたのですか?」

 

 レナの背後から、団員のアマゾネス達が現れた。

 各々が様々な表情で私を取り囲んでいく。

 

 そのままいろいろと話しかけられるが、流石は女性。めっちゃくちゃ姦しい。聞き取れない。

 私は飛鳥文化アタックしない方の聖徳太子じゃないんだぞ。

 

 「ほらぁ、ソフィーネのことが大好きな連中が嘆いていたよ?自分が作ったマンガを見てもらったり、論評をしてもらえなくなるって。謹慎中に面会もできないんでしょう?よっぽどイシュタル様を怒らせたのね」

 

 「そうなんだよ、おかげでエロ関係も没収されてさ。しばらくは罰としてエロにも触れちゃだめだって」

 

 アマゾネスたちがざわりとして、沈黙。

 それぞれが目で会話しているその内容が、猛獣注意のそれと同じのように思えたことは、果たして気のせいなのだろうか。

 

 「いや、そんなドラゴンを飢えさせるような、ラージャンに閃光玉投げつけるような扱いしなくてもよくない?」

 

 私の言葉にアマゾネスたちは首を横に振った。

 

 「いや、あのソフィーネ様からエロを取り上げるとか、ファミリアの損害がやばそうだなぁと」

 

 「暴走状態突入?」

 

 「ここ、更地にならない?」

 

 「本拠地は壊滅でも、せめて歓楽街だけは残ってほしいね」

 

 「おい、待て。私はどこぞの怪獣王じゃないんだけど?」

 

 お前らの中で私はどうなっているんだ。

 最近は精神的にも成長できたのか、それなりにエロへの我慢も覚えることができた。前だったらすぐに街に飛び出していたのに、この前だって我慢して仕事できていたじゃないか。なんて酷い言いぐさだ。

 

 そう言ったら、「イシュタル様の躾けが実を結んだのか」と、全員が驚いていた。私は犬かよ。

 いやまぁ、彼女たちの言っている通り、イシュタル様のおかげなのは確かだ。間違ってはないから、なんか複雑である。

 

 「まぁ、そんなわけで今日はいろいろと忙しかったんだ。謹慎中、私がいない間にいろいろと業務が回るようにしないといけないからさ……」

 

 「連載はどうするの?」

 

 「幸い、貯めておいた原稿があるので今月分は問題ないよ。大変なのは、雑誌などの企画ものとスポンサーへの対応かな」

 

 こち亀を見習って、もしものための原稿貯金があった。

 以前も謹慎のために外に出られなかったことがあったので、有事に備えて掲載分以上の原稿を用意していたからだ。

 

 そもそも有事を起こすな、というご指摘には反省する次第である。ごめん。

 

 「特集の企画・精査に関しては、まぁしばらくやっていたので。もうそんなに深く関わらなくても大丈夫でしょう。スポンサーへの対応も、むしろこれまでの労働量からして体調不良を装えば納得されるはず」

 

 「なんか、ソフィーネ様って謹慎慣れしてるよね!」

 

 「いい顔して言いましたね、あなた」

 

 私の頬が引き攣るが、アマゾネスたちはよく言ったと笑っていた。

 

 昔ほど周囲に畏れられなくなったのは気持ち的に楽だが、親しくなったアマゾネスたちからは最近こんな扱いである。珍獣扱いには変わりがないようだ。

 

 「そういえばソフィーネ様って知ってる?ほら、【未完の少年】の話」

 

 「ベル・クラネルさんのことでしょう?さっきレナから聞きましたよ」

 

 「え、ほんと!?じゃあ、本当にいいんだ」

 

 アマゾネスたちの顔が驚きに染まり、そしてレナの顔が険しくなる。

 これって、私の知らないところで何か大変なことが起こっているとかそんな話だろうか。それもベルに関することで。

 

 まぁ、ベルのことだから何があってもおかしくはない。

 今度はどこともめ事を起こしたのだろうか。オラリオのファミリア、例えばロキ・ファミリアか。あるいは外のアレスのところだろうか。

 

 「そういえば、さっきレナが何か言いかけていたけど、いったい何を……」

 

 私は言葉を投げかけようと口を開く。

 だが、急にファミリアの屋敷の中が騒がしくなった。とっさに耳と感覚に集中する。

 

 いくつもの足音が、慌てたようにファミリア内を走り回っている。

 外敵か、まさかフレイヤのファミリアか。いや、それにしては戦闘の音や気配を感じ取れない。いったい、ここで何が起こっている。

 

 妙な雰囲気へ変わった私に、疑問に思った一人のアマゾネスが声を掛けた。

 

 「あれ?ソフィーネ様、どうしたの?」

 

 「いや、ここが騒がしくなってる。何かあったのかなってさ」

 

 「本当に?何も聞こえないけれど……」

 

 その時、奥の廊下からサミラが顔色を変えて走ってくるのが見えた。

 

 サミラは私たちの一団を発見し、声をかけようとして立ち止まる。その視線の先には私の姿があった。そして彼女の目は、どうしてか失敗を悟ったように見えた。

 

 私の周囲のアマゾネス達はそんなサミラの様子に気がつくことなく、普通に声を上げて手を振っている。

 

 「あ、サミラじゃん」

 

 「おーい、サミラ。ちょうどいいところに来てくれたな。ソフィーネ様が何か起こったんじゃないかって言っているけど、本当に何かあったの?」

 

 「い、いや、その──」

 

 何故か私を見ながら言葉を詰まらせるサミラ。

 きょとんとするアマゾネス達に、目を細める私。あちゃーといった様子のレナ。

 

 そしてサミラの後方から現れたアマゾネスが、サミラを見つけて慌てた様子でサミラに声を投げかける。

 

 「おい、サミラ!ベル・クラネルは見つかったかっ!?くそ、あのヒキガエルめ。よりにもよって、こんな時にさらってきたベル・クラネルを横からかっさらうだなんてっ!!」

 

 私は目を見開いた。

 

 おい、こら、待て。こいつ、今なんて言った。誰を、どうしたって?

 頭がくらくらしてきた。言葉自体は確かに耳にしており、一言一句逃さずに聞き取ったというのに、内容がいまいち理解できない。こんな体験は初めてだ。

 

 「このバカっ!?よりにもよってソフィーネ様の前でっ!!」

 

 「え?あ、あぁぁぁぁぁぁぁっ!!??」

 

 サミラが顔から滝のように汗を流し、怒鳴られたアマゾネスが私を遅れて見つけて悲鳴を上げる。ムンクばりの悲鳴と顔をしていたが、そんなことは今ではどうでもいい。

 

 何故か私の周囲を囲んでいたアマゾネスたちが、すごい勢いで私から遠ざかる。

 レナは口を尖らせて天井を見つめ、先ほど叫んだアマゾネスは床にへなへなと座り込み、サミラは歯をガチガチと震わせて苦悶の表情を浮かべている。

 

 まぁ、これは、あれだ。聞く相手は決まっている。

 

 「サミラ、ちょーーーーーーっとお話をしませんか。お急ぎのところ申し訳ございませんけど、ね?」

 

 何故か身内であるのに丁寧口調になってしまった私。余計に震えあがる周囲のアマゾネス達。

 私はどこか諦めたような顔になったサミラに一瞬で詰め寄ると、静かに彼女の腕を掴み、握りこんだ。

 

 サミラは笑っていた。勿論私も笑っていた。笑顔があふれるいい職場だな、イシュタル・ファミリアは。

 

 さ、話し合おうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは少し前の出来事である。

 

 「未完の少年を攫ってこい」

 

 イシュタルの王座、その両脇に並んだアマゾネスたちは、イシュタルの言葉に驚きを隠せないようであった。

 

 特にサミラをはじめとする一部のアマゾネスたちは、戸惑うように共に顔を見合わせている。

 一方、アイシャはどこか諦めたように静かに目を閉じており、フリュネは何か悪いことを考えているのか顔を歪めて笑っていた。

 

 各々の反応を見せる眷属に、イシュタルはさらに笑みを深める。

 

 「あのベル・クラネルにフレイヤはご執心らしい。なのに何故か手を出さないままだ。それを搔っ攫おうというわけさ」

 

 イシュタルは手に持った煙管を口に含み、吸った煙をゆっくりと吐き出す。その姿は艶々しく、なんとも官能的で蠱惑的なものであった。

 

 「ガキが私の虜になったと知ったら、あの女どんな顔をするだろうねぇ?」

 

 毒々しい表情を見せるイシュタルに、団員のアマゾネスたちが「恐ろしやイシュタル様」とくすくす笑う中、その輪に馴染めない者たちの姿もあった。

 それはベル・クラネルの鍛錬に居合わせていたアマゾネスたちであった。

 彼女たちの何とも複雑な視線を集めたサミラは、躊躇いがちにイシュタルへと顔を向けた。

 

 「その、イシュタル様」

 

 「なんだ、サミラ」

 

 文句があるのか。

 

 そうして言外に意味を含ませ、鋭い視線を向けられたサミラは震えあがる。

 イシュタルとて、サミラたちの様子がおかしいことは理解している。イシュタルの方針に戸惑いがあることを理解している。

 その上で、文句があれば潰すとイシュタルはサミラたちを睨みつけた。

 

 これによってベルに懸念、或いは心配していたアマゾネスたちは顔を下に落とす。

 悲し気に、悔し気に、仕方がないと拳を握るアマゾネスたちをイシュタルは冷たい目で一瞥した。

 

 これに戸惑ったのは、何も知らないアマゾネスたちであった。

 こんなことはこれまでに何回もあった話。そうやってイシュタル・ファミリアは暗躍を重ねてきたというのに、どうしてか奇妙な空気になっている。

 

 戸惑いはベルと関わったことのないアマゾネスたちにも広がっていき、いつしか場は沈黙に包まれた。フリュネはニヤニヤしていた。

 

 やがて張り詰めた空気に耐えられなくなったのか、歯を噛みしめていたサミラが声を上げる。

 

 「……このことは、ソフィーネ様も知っているのかよ」

 

 「知らん」

 

 「なっ!?」

 

 「謹慎するあいつに知らせる必要もない。ソフィーネには黙っておけ」

 

 サミラが驚き、ベルに関わったアマゾネスたちも驚き戸惑い、互いに顔を見合わせる。

 そんな彼女たちを他のアマゾネスは怪訝な様子で眺め、フリュネに至っては大きな声で笑い始めた。

 

 「ゲゲゲゲゲゲっ!こいつは傑作じゃないか!イシュタル様、私は元から文句はないが、だいぶ乗り気になったよ!」

 

 「攫うついでにつまみ食いをしたりするんじゃないよ。特にフリュネ、お前だ。ベル・クラネルを潰したいわけじゃないんだ、お前は手を出すんじゃないからね」

 

 「ケケケケ、そんな言い方は心外だよ。男の方からアタイに夢中になるんだからしょうがないだろう?」

 

 「最初は私、そして事が終わってからあいつはイシュタル・ファミリアの一員になる算段だ。どうしてもというなら、全てが終わってからにしておけ」

 

 イシュタルの全てを見通すような視線に、フリュネは不満そうに顔をしかめる。しかし、すぐに機嫌が戻ったのか、フリュネの哄笑が部屋に響き渡った。

 納得が唯一いっていなかったサミラは、焦ったように声を張り上げた。

 

 「ほ、本当にいいのかよ。イシュタル様は一番知っているだろう?もし、これがソフィーネ様に知られでもしたら、絶対に面倒くさいことになる」

 

 「私がすることを、あいつに咎められる謂れはどこにもない。そうだろう?」

 

 「それは……っ!」

 

 サミラは頭を抱えそうになった。

 どうして自分がここまで、イシュタルに食い掛かっているのか自分でもわからない。

 だが、これがベルにとっても、ソフィーネにとっても良いことにならないと確信があった。

 

 ああ、くそったれ。

 あの少年が仲間になるのは嬉しい。嬉しいが……。

 ベルの輝きに一度でも見入ってしまった己の戸惑いは大きい。こんなのは間違っているのではないかと、迷いから脱しきれない。

 

 「……そうだ。この時期にベル・クラネルにも手を出すのかよ?どうせなら、俺は殺生石の儀式が終わってからの方が良いと思うんだけど」

 

 サミラの言葉にアイシャの目が吊り上がる。だが、必死といった様子のサミラはアイシャの変化に気がつかなかったようだ。

 そしてこの提案を、イシュタルは不敵な眼光とともに切り捨てる。

 

 「この情報源の男神は信用できない。私が弱みを握ったことは、遠からずフレイヤも知ることになる。囲われる前に奪い取る、これはソフィーネのためにもなることだ。これ以上は言うつもりもない」

 

 「……分かった、分かったよ」

 

 「お前たちはしらないが、誤算によってソフィーネのアビリティが大きく上昇した。儀式が終わり、ソフィーネが殺生石に馴染む時間が少しでもあれば問題はない。だいぶ前倒しにはなるが、これが終わればフレイヤとの戦争だ」

 

 サミラはうなだれ、他のアマゾネスたちはついに来たかと唾を飲み込んだ。

 ベルに思い入れがあるアマゾネスたちも、サミラとイシュタルのやり取りを見て、自身の想いに区切りをつけたようであった。

 

 眷族たちを見咎めたイシュタルは、煙管を口元に寄せ一服。

 

 「お前たちも、区切りがつけばベル・クラネルと寝ようが私は構わない。あれに懸想しているなら、良い機会になるだろう」

 

 「あいつを掴まえる手段はどうする?」

 

 俯いたサミラに変わって、アイシャが会話に割って入る。イシュタルはその問いに答えた。

 

 「ヘスティア・ファミリアは今、注目を集めている。地上は避け、ことを表立たせるな。ギルドやフレイヤに知られてはならない」

 

 「てことか、あそこしかないね。ケケケケ」

 

 フリュネが舌なめずりをしながら笑い、アイシャは何かを感じ入るように目を閉じて、サミラが苛立たし気に自身の灰髪をガシガシと掻き毟る。

 

 犯罪を起こすのであれば、人目につかない場所は一つしかない。全員の総意を、アイシャは口にした。

 

 「ダンジョンだ」

 




実は二行で終わる今話。

イシュタル様「よっしゃ、ソフィーネのためにもなるしやったろ!」
ソフィーネ「止めてクレメンス」

「こうしてあげたら喜ぶよね」ってことをやると、たまに悲しいことなる人生の罠よ……。

皆さん、感想と誤字訂正をいつもありがとうごさいます。
感想の量が毎度すごいので、全然お返しは出来ておりませんが、全部読ませてもらってます。ベルくんの人気すげぇや。

ぶっちゃけ私は頭ゴリラなのです。
感想とか感想のの反応とか見て、「あ、こういうの喜んでもらえるんだ。あ、こういう考え方があるんだ。欲望のままに勢いで書いていたから、なんもわからなんかった」なんて気がつくことザラにあります。バナナ美味しい。

あと五、六話以内で終わりかな?
終わりに向かって書いているので、少し内容を端折っていってます。ヒロアカの体育祭を全シーン書こうとすると、私は絶対に心折れるタイプな気がする。
なんだかんだ最終章っぽいところまで楽しんで書いてこれて嬉しい。のんびり続きを書いてます。
これが皆さんの暇つぶしに少しでもなれたら幸いです。

気温が温かくなってまいりました。どうか皆様もご自愛ください。


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最終学歴テルスキュラ卒②

これで全部火種は巻き終わりました。
あとはのんびり爆発させていきます。


 ベルがイシュタル・ファミリアに誘拐された。

 

 イシュタル様が誘拐を命令したそうだが、今度は勝手にフリュネが他の仲間を出し抜いてベルを誘拐した。

 一日に二度も誘拐されるベルもすごいし、一日で二度も誘拐を経験できるファミリアとはいったい……。

 

 ともかく、そんなベルは無事に逃げ出すことに成功し、今はイシュタル・ファミリア全員に追手をかけられている。

 

 「イシュタル様の気は確かなのかなぁって……」

 

 ベルの気を探しながら、必死にファミリアの拠点を駆け巡る。

 

 どうしてイシュタル様は、ベルに手を出したのだのだろうか。バカな私にはわかりません。

 ベルがイシュタル様の何か琴線に触れたのか。何かの縁が絡み合ってそうなったのか。理由は私にもわからない。

 

 しかし、よりにもよってベル・クラネルはマズいと思うのだ。

 

 「ベルさんはなぁ……。物事の中心に現れ、爆発して環境を一変させてしまう爆弾みたいなものなんですよねぇ。ときメモ以上に危険な爆弾というかなんというか。取り扱いには注意しないといけないのに、よりもよって誘拐とか……。えぇ……?」

 

 主人公やヤンデレヒロインみたいな、イベント爆発人間を相手する際には、ちゃんと準備して関わらないと痛い目を見るっていう法則を知らないのだろうか。

 

 戦争遊戯の時にベルに会いに行ったはずなのに、どうしてかアイズとティオナに遭遇した。

 これでフリュネみたいな悪いことばっかりしていたら、どんなことになっていたか想像にたやすい。

 

 ギルドで開示されたり、うちのファミリアが調査した情報なんかを見ても、ベルはどこぞのエロゲーの主人公かと思うぐらいには、あの年にして波乱万丈な人生を生きている。

 

 もしかして、向こうからベルというフラグが飛び込んできて巻き込まれたパターンなのだろうか。

 

 フラグは回収されるものではなく、最近は向こうからやってくることがトレンドになっているらしい。

 「平穏無事にいたいのに」とか「凡庸な私が」とか、そんな頭文字がついたらだいたいフラグの方がやってくるものなのだ。

 

 イシュタル様は美の女神なので、流行りにも強いのかもしれないな。あっはっは。

 

 今、私は絶対に死んだ目をしていると思うんだ。

 世の中こんなはずじゃなかったことばっかりだよ。

 

 「って、見つけた。ベルの気配ともう一人……。これは春姫さん?そうか、春姫さんが連れ出してくれたのか」

 

 流石は和風狐耳。

 良妻賢母でミコーンと優秀である。素晴らしい。

 

 フリュネは地下室に男を連れ込み、ズッコンバッコンする手口を好んでいると聞く。しかし、いくら地下を探ってもベルの気配は感じなかった。

 これはひょっとすると、何らかの手段で春姫さんがベルを救い出してくれたに違いない。

 

 屋根へと壁を駆け上がり、目的地へ建物と建物を飛び越えていく。

 ああもう、アイシャたちの気配も目的地へ移動している。100パーセント、彼女たちはベルへの追手だ。

 

 このままじゃ間に合わない。

 

 「負けるな私の小宇宙ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 

 今の私に足りないのは知性とか品位とか我慢とか、あと諸々あるけど一番は速さが足りない!

 屋根に着地して飛ぶ時間も今は惜しい。TASさんを見習うんだ。電車に間に合うかどうかの一秒と、暇な時の一秒とでは時間の価値が違う。今こそ一秒を争う時、限界を超えろ。

 

 「『偽・六式』『月歩』

 

 空を踏みしめて着地し、空を駆ける。

 

 直線距離ならすぐなのに、道がグニャグニャしていて目的地に遠いということがあるかもしれない。

 そんな時は簡単だ。飛んで直線距離をまっすぐ進めばいい。なお、前提として地球物理法則には縛られない世界観とする。

 

 よし、集団から先行していたアイシャと同じぐらいに到着。間に合った。

 フリュネは遅いのでこっちに来ていないし、これならベルを無事に逃がすことが出来るかもしれない。

 

 「アイシャっ!ちょっとま──」

 

 「どういうことなんですかっ!?春姫さんが犠牲になるって……いったいっ!?」

 

 「──って……。はい?」

 

 アイシャが春姫さんの肩を掴んで己の方に手繰り寄せ、左手の大朴刀をベルと仲間の命へと向けていた。

 

 私が識別できなかったもう一人の気配は、戦争遊戯でも仲間として戦った団員の命だったようだ。

 ベルと命は厳しい表情でアイシャを睨み、アイシャはベルたちを平然と見つめている。

 

 そんな四人の緊張感あふれる場所へ、空中でバランスを崩した私は落下。

 顔面から落ちて、カエルが潰れるような悲鳴を上げた。ぐえ。

 

 「っち、何がっ!いや、ソフィーネ様かい……。あんた、何をやってるんだよ」

 

 「ソフィーネさん!?」

 

 「ま、まずい。まさか彼女も私たちを捕らえに……っ!?」

 

 私に気がついたアイシャが顔をしかめ、ベルが驚きの声を発する。命は状況がさらに悪くなったことに焦りを隠せないといった様子だ。

 

 一方の私は、苦悶の声をこぼしながらも、なんとか顔を上げて状況を確認する。というか、春姫さんが犠牲になるとか、どういうことなんでしょうかね。

 

 視線で「わけがわからんぞ」とアイシャに問いかけると、彼女は止めて欲しいともがく春姫さんを抑え込んで語りだした。

 

 「全てはイシュタル様のお心のままにってことさ……」

 

 春姫さんの魂を殺生石というマジックアイテムに閉じ込める。

 そして石を砕き、春姫さんの貴重なレベルアップの魔法を自在に行使できる魔石の欠片を量産。

 その力をもって、イシュタルが目の敵にしているフレイヤ・ファミリアを壊滅させる。

 

 なるほど……。

 うちのファミリアだけ、やっていることがメイドインでアビスみたいなことになっている。ヤバイな、胃がキリキリしてきたぞ。ナナチみたいな癒しが欲しい。

 

 「その魔石、そしてソフィーネ様の力があればレベル7、オラリオ最強も崩せるとイシュタル様はお考えなのさ」

 

 全員の視線が私に向けられた。こんな注目は浴びたくなかったでござる。

 

 状況を理解したのか、彼らはあっと驚いた様子で顔を強張らせている。

 きっと彼らの頭の中では、私は黒幕レベルの悪役になっているのだろう。視線が怯えているし、敵意を感じるんだもの。

 

 つまり、あれだ。

 はい、私が築き上げた好感度は全部崩れました。これも全部、ボンドルドみたいなことをやらかそうとしているイシュタル様や、キバヤシみたいな解説をしているアイシャのせいです。あーあ。

 

 泣いていいかな?

 

 「アイシャさん、ソフィーネ様、どうかお願いします!どうかクラネル様と命様を見逃してあげてください」

 

 春姫さんや。ベルを手助けしようとやってきた私を、ベルに敵対する追手にナチュラルに組み込むのは止めてくださいな。

 もう私のライフと好感度はゼロよ。デュエルスタンバイする前に終わっているわ。次回、ソフィーネ死すってか。私の胃はもうとっくに死んでいるけどな、HAHAHAHA。

 

 「無理だ、計画の一端を知った以上はお前らはもう逃がしちゃおけない。……イシュタル様が生かしておく筈がない」

 

 自分で事情を暴露して、ナチュラルに退路を絶つの止めようよ、アイシャ。

 それってコナンで犯人が良くやることだぜ。だいたい失敗して大変なことになるんだから、良くないって。

 

 あとアイシャ、そうだろって同意を促す視線を私に投げないでください。私も初めて知りました。

 確かにあの人はそんな感じの神様だから否定はできないけど、そういうことじゃないんです。

 

 ほら、ベルも裏切られたって顔をしないでください。

 私はマジでなんも知らないんです。私に悪いことがあるとしたら、何も知らないし知ろうとしなかっただけなんです。

 

 だって、ここまで沼になるとは思わないじゃんか。

 私がこの場所に来てから、もういくつフラグが立ったんだよ。これ全部回収できるのかよ。いや、回収しないでくれ、お願いだから。

 

 その後もベルとアイシャの掛け合いは止まらない。

 

 アイシャにベルが仲間を殺すのかって言って、アイシャが内心でめっちゃぶちぎれていた。アイシャから発せられている悲しみと怒りの気がやばい。

 

 あと春姫を救おうとしたアイシャに、イシュタル様がレズプレイを強引にしかけて魅了したこともわかった。魅了は私には効かないが、どうやら決まると本当に心と体が支配されるらしい。エロ同人かよ。

 

 春姫さんも知らなかったようで、両手で口をおさえて涙目になりながらアイシャを見つめていた。私も合意しないレズプレイを強要した主神の話を聞いて、ついに胃が限界を迎えて吐血した。

 

 話が重いわ。

 

 さて、問題です。

 春姫さんは被害者ですよね?アイシャもこんなエピソード話してたらわかる通り、わりと被害者ですよね?

 ベルや命も巻き込まれた側なので、少しの反論も見つからない被害者です。

 

 残った私はどう見えるでしょうか?

 

 「ソフィーネさんは、このことを……っ!?」

 

 「ソフィーネ、殿……っ!」

 

 はい、こうなります。残った私は悪役に見えるわけです。

 

 これは私の株が落ちすぎて、ソフィーネ株を買った連中がみんな首を吊りだすでしょう。

 雨が降ってもいないのにテルテル坊主がたくさんだ。はっはっは、心が痛いわこんちくしょう。

 

 「いやっ!?私も全然知らなかったんですけどぉぉぉぉぉっ!?というか、ベルさんが捕らえられているって聞いたから気配を追ってここまで助けたいと思って来たんですけどぉぉぉぉぉっ!?なんでこんな悪者みたいな空気になるのぉぉぉぉぉっ!?いや、悪いことは確かにたくさんしてきたけど、これはこれでなんか違うんですけどぉぉぉぉぉっ!?」

 

 私は叫んだ。

 銀魂みたいな叫び方になったが、人は限界の処理容量を超えたらそうなるんだとこの時初めて知った。こんなトリビア知りたくなかったわクソッタレ。

 

 「お前も春姫の魔法を使うってことに納得していただろう」

 

 「だからあなたって私に途中からツッケンドンになっていたんですかアイシャぁっ!?知らないよ、こんな重い設定があるとか知らないからね!?みんな知っていることでも、私だけ知らないことってあるんだよ!?うちのファミリアの秘密主義に馴染めないで泣いているテルスキュラ出身のアマゾネスもいるんだよ!?クラスで先生にどうしてお前は知らないんだ、忘れたのかって怒られても、クラスメイトが教えてくれていないから分っていなかったっていうパターンもあるんだからね!?ここはジャパリパークじゃないから、ケモノはいないけど除け者はいるんだよ!?」

 

 私は泣いた。

 

 これが外様であるが故の仲間はずれか。

 別に黒い話の輪に加わりたいわけではないが、こんな場面で陰鬱フラグ爆発させられるぐらいなら、もっと早くから知りたかったわこんちくしょう。

 

 キミたちが顔の穴という穴から水分を垂れ流しまくっている私を見て、残念なものを見るようにドン引きするのは勝手だ。しかし、泣き叫んでもいいじゃないか。

 というかここで何も言わなかったら、それこそ私は黒幕である。主張しないのは罪、しかし主張してもあかんやつ。ざけんな。

 

 私の尊厳クライシスのおかげで、ベルやアイシャたちの視線がなんとも可哀そうなものを見る目になっている。春先に出没する愉快な人を見るような目だ。

 私のあんまりな姿にベルたちの誤解はきれいさっぱりと消え去ったようだが、代わりに私の威厳もグーンと下がったようだ。

 

 え、元から無い?沈めるぞコラ。

 

 「ま、まぁそれは別にいいさ。お前はあの女神の恐ろしさをわかっちゃいない」

 

 良くないよ。私の尊厳とか自尊心を返して。

 「ちょっとベルに良い恰好できたな」って、「私って格好良くないか」とかひそかにニヤニヤできていた、あの頃の私を返して。

 

 改めて睨み合うベルとアイシャたち。

 へこんで体育座りになっている私は蚊帳の外。

 なつかしいな、エロに出会うまではテルスキュラではよくこうして寂しい気持ちを紛らわしていたわ。

 

 「……それにね、言わせてもらうが、なんでお前たちは口だけで向かってこない」

 

 アイシャは双眸を細め、ベルと命を見定める。

 

 どうやらアイシャの中では、既に私はいないものとして扱われているようだ。

 これは大事な場面だから、これ以上は邪魔しないで欲しいということだろう。わかった、空気が読める私は路傍の石として丸まっているとも。

 

 唯一、チラチラと春姫さんだけは私を気にしてくれているようだが、手を振って無視してくれて構わないと伝える。

 

 一人ぼっちの最中に気を使って話しかけられることが、かえってその人の心をえぐることもあるんだぜ。

 でもその優しさは素晴らしいので、大切になさってください。

 

 「この春姫の身に、何が起こるかわかっただろう。何故奪いに来ない、何を黙っているんだ」

 

 「それ、は……」

 

 「……やっぱり、ダメだね。お前にはこの娘を渡せない、ベル・クラネル」

 

 その後もアイシャの問いかけが続いているのを見ると、なんか複雑な気持ちになってくる。

 

 アイシャもあれで損な性格というか、なんというか。発破の掛け方が不器用な子だ。

 

 きっと本心ではベルや春姫さんを応援しており、自分が出来なかった代わりにイシュタルから春姫さんを助け出してほしいのだろう。

 そんなに自分を悪者にして傷つけなくてもいいのに、あえてあんな言い方で振る舞っているのは春姫さんのためなのだろう。

 

 

 「単純な力のことを言っているわけじゃない。あんたには覚悟が足りない。この春姫と駆け落ちして、心中でもしてやれるって覚悟がねっ!」

 

 ベルの揺れる心、アイシャの諦めと期待が入り混じった感情が伝わってくる。

 

 「お前は『雄の顔』をしていない」

 

 ベルはショックを受けたようだった。

 

 私も雄の顔というパワーワードにショックを受けた。

 

 雌の顔は諸氏のエロマンガで見てきたし、セリフで出てきたというのに、雄の顔という言葉にはとんと縁がなかったからだ。

 雄の顔、なんというキャッチーな言葉なのだろうか。アイシャ、やはり……天才か。

 

 「傲慢で荒々しくて、欲深い雄の顔をしていないんだよ、お前は。ふらふらして意気地のない、ただのふぬけたガキの顔さ。お前はこの娘のために全てを投げ出せない」

 

 アイシャと一緒にベルを探していたアマゾネスたちの気配が、ここへと間近に迫ってきている。

 潮時か、そう思って私は体育座りから立ち上がった。

 

 「イシュタル様を、この私たちイシュタル・ファミリアを、レベル6のソフィーネ様を相手に、お前は戦う決意ができるのかいっ!」

 

 おっふ。

 

 発破をかける内容に私が含まれていることに、どうしようもないぐらいに私の立ち位置を理解する。

 アイシャは悪くないよね、普通に考えても私ってその位置だもんね。

 

 でも、私の名前が出てからベルがより一層、顔を曇らせたことは、なんか、あれだ、言葉にできないものがある。辛い。

 

 あの鍛錬を施したが故に、ベルは痛いほどに私という壁を理解しているのだろう。

 しかも私がベルの憧れであろうアイズから、「私より強い」なんて直々に言われてしまったことも、躊躇いに拍車をかけているのかもしれない。

 

 そう考えると、私がここに来たことでベルのメンタルは悪化したと考えていいだろう。

 おかしい、サポートに来たはずなのに私の扱いが呪いのアイテムレベルだ。こんなの絶対おかしいよ。

 

 「おーい、アイシャ。何をやってるんだよ。早く捕まえないと、また逃げられちゃうよ」

 

 「お、ラッキー。ソフィーネ様も来てくれてるじゃん。これは勝ったな、お風呂入ってきてもいい?」

 

 「バーカ、ともかく兎もこれで終わりだ。足は速いようだが、ソフィーネ様には勝てないぜ」

 

 合流し始めたアマゾネスたち、綺麗なフラグ乙。

 絶望に顔を白くするベルと命に一瞬で駆け寄ると、両脇に抱え上げる。

 

 喜ぶアマゾネスたち、悲鳴を上げる春姫さん、静観するアイシャ。

 驚きと混乱、そしてなんとか希望を見出さないといけないと、私を睨むベルと命を一瞥。うむ。

 

 「じゃ、この二人は私が外に送ってきます。あと、終わったらイシュタル様に会いに行くからって伝えてください。じゃあの」

 

 私はアマゾネスたちに背を向けて、空へと飛翔。

 そのまま空を駆けて、歓楽街の外側に消えていった。

 

 「「「……」」」

 

 残されたアマゾネスたちは沈黙、そして。

 

 「「「ソフィーネ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」」」

 

 大絶叫。

 先ほどまでの余裕はどこに消えたのか、彼女たちは目まぐるしく表情を変えてソフィーネが消えた方向を呆然と見つめるしかなかった。

 

 「ちょ、どうするの!?いや、まずは追わないと……!!」

 

 「いやいや、ソフィーネ様に追いつけるわけがないだろう!?というか、ついに空を飛び出したぞあの人!?」

 

 「飛んだというより、跳ねていた?」

 

 「そんな違いはどうでもいい!こんなこと、どうイシュタル様に説明すればいいのだ!?」

 

 「本人が説明してくれるっていうから、それでいいだろ。帰ろうよ、なんかお腹すいてきたし」

 

 「あ、あなたは随分とおちついているのね」

 

 「慣れ」

 

 互いに詰め寄ってああだこうだと言葉をぶつけ合うアマゾネスたちをよそに、ほっと春姫は一息ついた。

 良かったと、春姫は心からベルと命の無事を祈る。そんな様子をアイシャは横から見ていた。

 

 アイシャは体の緊張を解くと、ペシリと春姫の頭をはたく。

 

 「まったく、無茶をするんじゃないよこのアンポンタン」

 

 頭を抱え、蹲る春姫。

 アイシャはそれを見て息づくと、ソフィーネとベルたちが消えた先を見て瞳を細める。

 どうしてだろう。夕暮れの光がとても眩しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よーし、ここなら大丈夫でしょう」

 

 ベルと命を放り投げると、凝った肩をぐるぐると回してときほぐす。

 呆然と地面に座り込む二人を一見し、無事を確認。周囲に追手の気配もなし。

 

 二人は体勢が悪い状態で運ばれ、しかもまるでジェットコースターのような加速と重力かかりまくりであったので、気分はそんなに良くなさそうだ。

 先ほどまでの会話による、精神的な苦痛もあるのかもしれないな。

 

 さてと、団員のアマゾネスたちは混乱しているに違いない。

 すぐに引き返して彼女たちを安心させ、私はイシュタル様と話し合わなければいけないだろう。

 

 「周囲にイシュタル・ファミリアの気配はないので、ここからは安全に帰れるはずです。しばらくは歓楽街に近づかない方が良いでしょう。あと、ベルさんの身の安全のためにも、ロキ・ファミリアに助けを求めればいいと思います。いろいろあって、あそこはうちのファミリアを警戒していますからね」

 

 ロキは目ざとい神様だ。

 イシュタル・ファミリアの秘密を握れるということであれば、喜んで手を貸してくれることだろう。

 

 「あなたは……味方、なのですか」

 

 訳が分からないといった様子で問いかけてきた命に、私はなんとも言えない気分になる。

 

 「いや、ガッツリとイシュタル様に関わっているので、そうとは言えませんよ。ただ今回はあんまりにもあんまりだし、うちのファミリアにとってもヤバイ気がしたのでお二人を助けただけです」

 

 命は私の言葉に要領をえないと悩んでいる。

 

 既に話が広がっているかもしれないが、ベル誘拐の話がフレイヤの耳に入ったらマズい。

 今回の事態はベルの貞操が守られたことにより、最悪・手遅れにはならなかったが、フレイヤが道理を弁えるか怪しいところだ。

 

 ロキはなんだかんだで一線を越えなければ、はじめにギルドに確認を取るなど道理から外れることはない。

 ロキの眷属たちもフィンをはじめとして、オラリオの平穏を第一に考えるような理性的な冒険者が多い。

 

 しかし、フレイヤは未知数だ。

 話に聞くと、あそこってイエスマンしかいない。

 フレイヤが道理をすっとばして暴走し始めても、誰も止める奴がいないかもしれない。なんてはた迷惑なファミリアだ。

 ……いや、うん。同じぐらい迷惑を方々にかけまくっているうちのファミリア、私が言えた義理ではないんだけどさ。

 

 「私はすぐに戻ります。さっきも言いましたが、お二人、あとヘスティア様はロキに保護を申し出た方が良いです。それでは、この辺で──」

 

 複雑な気分のままに、飛び出そうと一歩踏み出した私。

 だが、その一歩は正気を取り戻したベルの一言によって止められた。

 

 「ソフィーネさんは、本当に、春姫さんが犠牲になることを知らなかったんですか」

 

 また転びそうになるも、なんとか踏みとどまって体勢を整える。

 

 振り返れば、ベルが葛藤しながらも真剣な眼差しで私を見つめていた。

 私は誤魔化すことも、ふざけることもできないだろうと考えて、正面からベルに向き直る。

 

 「はい、私は知りませんでした。春姫さんの魔法のすごさは知っていましたが、そのクールタイムと、彼女自身の魔力の容量の限界から、あの魔法が融通がきかないということも理解していました。それの解決方法があると主神から示唆されていましたが、あんな形であったことは初耳であり、不本意です」

 

 「これで、良いと。ソフィーネさんは、これでいいんだと思ってるんですか!?」

 

 ベルの感情はぐちゃぐちゃになっているようだ。

 

 悪いことをしてしまった、と思った。

 どうやら彼は私に憧れのような、尊敬のような想いを感じつつあったのかもしれない。

 そんな私がこの事件に絡んでいると知って、叫ばざるをえなかったのだろう。

 

 ベルはなんだかんだといって、まだまだ精神が未熟な少年だ。

 

 私みたいに酷い環境に慣れ切って、擦れた人間でもない。

 この出来事は、ベルの心の処理が追いつかないのかもしれない。

 無理もない、こんな話は重すぎるからな。プリキュア大好きな小学生に、大人のプリキュア本を叩きつけるかのような残酷な所業だ。

 

 「ベルさん。私ってベルさんが思うほどに、まっとうで綺麗な人間じゃないですよ?」

 

 「──え?」

 

 「私と一緒に育った同室のアマゾネスたちを殺し、親代わりであり、親身になってくれたお姉さんのようなアマゾネスも殺した。そんなテルスキュラ出身のろくでなしがこの私です」

 

 ちなみに、ヒリュテ姉妹もあそこまで生き残ったということは、同じ体験をきっとしているのだろう。

 

 あそこは鬼畜なことに、生まれ育った同室のアマゾネスたちと、最初から殺し合いをさせない。絆を深めさせる。

 そしてある時期になると、同室同士で互いに殺し合わせるのだ。甘さを捨てさせ、慈悲を忘れさせる。ろくでなししか生き残れない、蠱毒の穴を作り上げるのである。ホント腐ってるわ。

 

 別に不幸自慢やら過去語りなんてしたくはないのだが、ベルが迷っているのであればちゃんと向き合うべきだ。

 

 「あなたは私が春姫さんを救ってくれるのではないか、あの強いソフィーネならなんとかしてくれるのではないかという、淡い希望を抱いているのではないのでしょうか」

 

 「それは……」

 

 「辛い時、苦しい時、自分の力ではどうにもならないのではないかと思った時。人は自分を超えた大きな力にすがりだす。この世界では意味合いが違いますが、神といったマジカルパワーもそうです」

 

 私はできないけど、あの人ならなんとかしてくれるんじゃないか。どうして自分よりも優秀なあの人がなんとかしてくれないんだ。

 壁にぶち当たった人というものは、そんな期待を感じてしまうものだ。

 

 まぁ、元々グループで進化して生き残ってきたのが人間という存在だ。

 遺伝子に刻まれた本能が、大変な時は他人を頼るという選択肢を重くしていると考えることもできるかもしれない。

 つまり、ベルの反応はごく普通のことなのだ。他人に期待するっていうのも、当たり前で良いのだ。

 

 「ただ、私は春姫さんを助けませんよ?」

 

 「──っ!!」

 

 「ソフィーネ殿は何もお心に感じられないのですか!?」

 

 「春姫さんは確かに素晴らしい逸材であり、それに普通にこんな外法が行われること自体が悲しい。でも、イシュタル様にヘスティア様、ティオナさんとは違って、私に特別な恩や借りが春姫さんにあるわけではない。さらに言えば、私はイシュタル様と春姫さんであればイシュタル様の方を選ぶ人間です。動く理由がない」

 

 「それが、仲間の命であってもですか!?」

 

 命が信じられないと怒声を上げるが、私は変わらない。

 仲間を犠牲にして成りあがるテルスキュラの影響は、私の成育歴に大きな傷跡を残している。

 

 「さっき言ったと思いますが、私は自分が死なないために親代わりすら殺した人間ですよ。私はあなたたちからすればどこか壊れているし、歪です。春姫さんが犠牲になることで、私と親しい多くのアマゾネスたちの安全が保障され、彼女たちの命の危険が少しでも減るというのであれば、私は彼女たちのために春姫さんを犠牲にできる人間です」

 

 「なっ!?」

 

 「優先順位の問題です」

 

 これがレナ、サミラ、アイシャにイシュタル様であれば話が変わる。最後まで私は抗議するし、時には力づくで止めようとするかもしれない。

 しかし、春姫さんは私にとって遠い存在であり、私と彼女に心の繋がりがあるわけではない。

 

 あの一見能天気そうに見えるレナであっても、優先順位がある。

 レナは言った。アイシャと春姫さんを比べたとき、アイシャを選んだからこそ春姫さんを見捨てていると。

 

 アマゾネスたちの中で春姫さんの命を本当に心配しているのは、他のアマゾネスたちに大切にされているアイシャだけだろう。

 その関係性が、この問題をより複雑にしているわけだが。

 

 「じゃあ、どうしてリリは助けたんですか!?」

 

 「ヘスティア様の大切な眷属候補だからです、仲間だからです。今ではベル、あなたの仲間であるということも理由になる。私は自分の想いもあり、リリルカさんを助けた。春姫さんも私の想いからすれば大切な人物ですが、それはイシュタル様や他の仲間をあまりにも裏切りすぎてしまう。私の勝手な理由で、そこまで周りを振り回せない」

 

 オラリオに来たばっかりの頃の私であれば、春姫さんを犠牲にするとか「ゆ゛る゛ざ ん゛」と、てつをみたいに憤って暴れまくっただろう。

 冗談抜きで、文字通りファミリアを半壊させていたに違いない。

 

 しかし、それは私が孤独であり、独りよがりだからからこそ出来たこと。

 

 オラリオに来て大切なものがたくさん出来てしまった今の私は、一人ではなくなってしまった。

 

 イシュタル様もいるし、レナやアイシャにサミラもいる。歓楽街のお姉さまたちとも、心地よい時間を過ごさせてもらった。それにたくさん助けてもらった。

 

 立場と守るべき仲間を得てしまった私は、昔ほど我儘に振る舞って暴れることはできない。

 

 正しく言うと、今だって本当は「マジふざけんな、あんなエロかわい子ちゃんを犠牲にするとかウンガー!!」と暴れたい。イシュタル様をはっ倒してやりたいとさえ思った。

 

 しかし、どうしたってイシュタル様や他のアマゾネスたちのことを思うと、頭に暴れる考えが浮かんでも、そんなことは出来なくなるし萎えてしまうのだ。

 

 人は守るものができると、動けなくなってしまう。

 家族、社会的な立場、お金、その他諸々。これが弱さととるか、強さと考えるか。或いは大人になるということなのか。

 

 「それは私だけではなく、ベルさんも同じことなのでしょう。大切な仲間、主神を守るために、あの時に春姫さんを選ぶことができなかったのでしょう?」

 

 「そ、それは──」

 

 ベルは初めて、私を責めてしまっていると気がついたようだ。

 

 申し訳なさ、情けなさ、悔しさ、いろいろな想いが彼を苛む。もう彼自身ですら、何がなんだかわかっていないのかもしれない。

 

 「ベルさん、私はベルさんに怒っているわけではない。私は気にしていません。選択肢がなければ、ただ一点を守るだけでいい。だけど、複数の守るものができれば、人は時に何かを捨てて何かを選ばなければいけない。ベルさんはあの時、選べなかった。ただ、それだけだと思うのです」

 

 「僕は、僕は……」

 

 「あなたが抱える大切な人たちは、本当に大切な人たちなんです。だからあの時、あなたは迷ったんですよね。安易に春姫さんを助けると叫べなかったんですよね。あの場ですぐに決断し、選んだ方が私はあなたを疑う。あなたは間違っていない、ただ、一つの運命の岐路に初めて立たされただけです」

 

 ベルの葛藤は終わらない、苦しみは終わらない。

 私はその苦しみを救ってあげることができない。ベルの葛藤を終わらせられるのは、ベルだけなのだから。

 

 ベルは心の中で戦っている。

 

 格好悪い自分。惨めな自分。傷つけた人に助けられた自分。そして、自分を育ててくれた恩人に感情の矛先を向けてしまった自分。

 ベルが体を震わせ、歯を食いしばり、必死に自分の中で戦っている。強い子だ、もっと私にぶつければいいのに、もっと私を責めればいいのに、ベルはそうしようとしない。

 

 春姫を助けたいという想い。仲間の絆を大事にしたいという想い。

 どちらも大事だからこそベルは苦しんでいる。

 命も涙に滲んだ声を必死に押し殺している。

 

 こんな感情を知らなければ良かった。こんなに苦しいなら、悲しいのなら、愛などいらぬと捨ててしまえたらどんなに救われることだろうか。

 

 しかし、ベルという人間はそれができない。

 

 「それに、これが一番大事な理由ですが──」

 

 言うべきか否かと悩んでいた言葉を伝える。

 

 「春姫さんは、私に一度も助けを求めることも、心を開いて話してくださるなんてこともありませんでしたよ?」

 

 「……え?」

 

 ベルの顔は青を通り越して白く、命の顔はついに耐えられなくなったのか、涙でぐちゃぐちゃになりはじめた。

 

 「春姫さんは私に一度も助けを求めなかった。相談もなかった。いつだって諦めていた。私に力があっても春姫さんは私に希望を見出せず、私は春姫さんの希望にはなり得なかった」

 

 助けを求められもしていない人を助けるのはどうなのだろうか。

 

 助けを求めるであれば、それは変化を望んでいるということかもしれない。

 今の自分や環境を変える意思があるということかもしれない。

 

 だが、諦めていてはダメだ。

 

 いくら私が動いたところで結局はなんの結果に繋がることもない。

 春姫さんは助けられても、この辛く厳しい世界を生き抜く覚悟がないままだ。

 

 そして助けたからには一人の命を背負う責任が私には生まれる。

 その責任から関わる私がいくら頑張ったところで、希望も生きる活力もない春姫さんは変わらないだろう。

 彼女にとっては所有者が変わっただけである。そして私も春姫さんに勝手に期待して、勝手に裏切られて終わりだ。

 

 春姫さんは自分に価値を感じていない。守られる価値を感じなければ、人は救われない。

 重い過去を持つ春姫さんに、自分の価値を感じさせる熱を私は持っていない。

 

 ああ、なるほど。

 これがきっとアイシャが言っていた『雄の顔』という熱なのだろう。

 

 お前が欲しい、お前を抱きたいという身勝手な男の熱は、どうしようもなく女に自分の価値を感じさせるのかもしれない。お前が欲しいと求めることは、それだけで存在性の証明になり得るのだ。

 

 ということは、不遇な女の子が救われてラブラブエッチという展開はやっぱりすごいのだ。心にくるのだ。格好いいのだ。

 奴隷の女の子が笑えるようになってラブラブエッチなんて、エロマンガじゃどんなに古くなってもチンコにくるもんな。

 

 「おそらく、強さなんて、レベル6なんて苦しい人間にはなんも関係もないんですよね。一番はこの人だったらと希望を見出せるかどうか。夢を一緒に見させてくれるかどうかなのだと思います。春姫さんはベルさんには心を開いた、悲しみを打ち明けた、助けを求めた。私やアイシャは春姫さんの救いにならず、ベルさんだけが彼女にとっての救いになった」

 

 春姫さんにとって、アイシャは迷惑を掛けたくない大切な仲間。春姫さんにとって私はイシュタル様の怖い仲間だろうからなぁ。

 

 その関係を飛び越えて助けを求めるには、深い信頼と信用が必要になってくる。

 私とアイシャではそこまで至らず、ベルは少しの期間でそこに至ったのかもしれない。やっべぇわベル、魅力値カンストしているのかなって。

 

「春姫さんの言葉がこの場所から救い上げて欲しいか、それとも今の私の心を少しでもわかってほしいということだったのかは、心を開かれていない私には知る由もありません。言葉には表の意味と裏の意味があるもの。ベルさん、あなたは春姫さんの言葉をどのように受け止められたのですか?」

 

 ベルが顔を強張らせて、爪が皮を引き裂きそうになるぐらいに手を握りこむ。

 

 それを見て、こんな言い方でしか言葉を返せない自分に、私も複雑な想いを感じる。

 もっとうまい言葉がかけられたらいいのだが、私はやっぱりキリトさんや上条さんみたいにはいかないようだ。

 

 もっと無責任にベルへ言葉をかけられたら、ああしろこうしろと言えたら私も楽なんだけどなぁ。

 

 だが、それだけは絶対にやってはいけないことぐらい知っている。

 だってそれは私がベルたちを心配して言った言葉ではなく、私が楽になりたいから発せられた言葉だからだ。ベルのためではない言葉を、ベルに向けるべきではない。

 

 「……イシュタル様は狡猾な女神です。団長はレベル5のフリュネ、副団長はレベル4。レベル3の冒険者が多数存在し、私はレベル6です。あなたが春姫さんを諦めたとしても、誰も文句は言わないでしょう」

 

 アポロンの時とはわけが違う。

 私たちと戦うことは、そのままなんでもありの大戦争の始まりだ。しかも今回の私はベルの方ではなく、イシュタル様の方についている。

 

 「でも、そんなことは些細な事だと思います」

 

 初めて、二人が慟哭の中から顔を上げた。

 私の言った言葉に驚き、一瞬全ての感情を忘れてしまったように見えた。

 

 私もその時その時で何回も道を選んだ。

 こうして悩んで、修羅ではなくエロという愛の道に進むことを選んだ。

 

 「一番は、ベルさんがどうするか選ぶことです。あなたがあなたの行動に責任を持ち、誰かに選ばせることではなく、あなたが選ぶことです。春姫さんがああ言ったから、アイシャがああ言ったから、ヘスティア様がああいったから。誰かに選んでもらったら、後悔した時に誰かのせいにできる、それではダメなんです。どんなに苦しくても、どんなに辛くても、それがどんな結末を迎えるにしても、ベルさんは責任を負えるように、ちゃんと自分を責められるように自分で道を選ぶべきだ」

 

 「ソフィーネ、さん」

 

 「私はあなたがきっと選べることを信じています。だって、あなたは多くの人の想いを背負ってきたのでしょう?なら、これからも背負っていける気がするのです」

 

 救いの神がいないこの世であっても、祈ることぐらいしかできない。信じることしかできない。ベルがベルとして納得できる道を選べることを。

 

 その上で、ベルが剣を取って向かってくるのであれば私も戦う。

 

 未熟だとか、戦うのが早いとか心配すること自体が愚か。決断し、選んだ戦士に対する侮辱。

 ベルの想いへの軽視。彼が生き抜いてきた縁、彼を支え育ててきた多くの人たちに対する蔑視だ。こんな邪見は許されるものではない。

 

 「迷ったら、あなたがこれまで出会って来た大切な人たちが、尊敬する人たちが、あなたの先祖がどう思うかを考えてみるのもいいかもしれません。それはきっと、ベルさんがベルさんとして立ち返る、一つの起点になるのではないのでしょうか」

 

 私も説教臭いことばっかりいっているだけではなく、選ばなければいけない。

 イシュタル様と話し合うべきだ。怖いからと逃げていては、私は後悔してしまう。それではいけない。たとえどんな結果になっても、今の私の全てでぶつかるべきだ。

 

 「多くの女の子たちを幸せにしたいのでしょう?ハーレムを求めるのでしょう?ベルさん、あなたはあなたのなりたいヒーローに、英雄になるために、未来のあなたが過去のあなたを許せるために、選んでください」

 

 ベルの目に力が宿る。目の奥に燃える炎が光り輝く。

 

 泣くのは悪いことじゃない。迷うのは悪いことじゃない。泣いた先に、迷った先に磨かれ、光るものがある。苦しみと悲しみを積み重ねた先に、人の輝きがあるのだと多くのエロマンガは教えてくれる。でもリアルNTRは許さねぇ。

 

 「あなたが──あなたらしく生きられることを、祈っています」

 

 私はベルと命に一礼すると、暗くなってきた空に飛んだ。目指すは、イシュタル様がいるファミリアの拠点だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そこをどいてくれないかな、タンムズ」

 

 「謹慎の期間はとっくに始まっているはずだが、ソフィーネ」

 

 私がやってくると、タンムズと同じように部屋の前にいた男娼たちは逃げ出した。

 

 お前らなぁ……。いくら私が良い笑顔してるからって、低レベルだからって、ちょっと甘すぎるだろう。

 ベルを見習えと他人を尺にして言うつもりはないが、守ると決めたら意地を張らなきゃあかんだろうに。

 いざという時に、ちゃんとイシュタル様を守れるのだろうか。

 

 「ベルさんへの誘拐命令、あれってイシュタル様が出したってね。説明されていなかったとはいえ、妨害してしまったことへの謝罪と、イシュタル様へのお願いに上がったんだけど?」

 

 「お前の話は団員から聞いている。その上での話だ。イシュタル様への謝罪は不要だ」

 

 「それはイシュタル様のご判断?」

 

 「そうだ。お前は地下に入れ」

 

 そうか、わかった。

 事情はよくわかった。

 

 「じゃあ、私がこの扉を突き破るのと、大人しく通すのではどちらが良いと思う?」

 

 「……昔のように、有無を言わせず強引に押しとおるのではなく、一応確認してくれるんだな」

 

 「これが私の成長よ、文化人ソフィーネの理知的な判断能力ってもんよ」

 

 「文化人で理知的な人間は、扉を突き破ろうとせん」

 

 確かに。

 おのれタンムズ、なんと卑怯な。言葉で善良な私を欺くなど、西欧人が未開の民族を騙して不当な取引をするブリカスの如き所業。鬼、悪魔だ。

 

 「なら、テルスキュラ流で扉ではなく壁をぶち破ります」

 

 「お前はテルスキュラが嫌いなのか好きなのかはっきりしろ」

 

 「都合の良い時のテルスキュラは大好きです。状況に合わせて使い分ける、これぞオラリオで学んだ文化人の理知的な判断だ」

 

 「使い分けられていないからな。少なくとも、この会話のお前は最初から最後までテルスキュラだからな」

 

 「マジか、流石にそれはへこむわ」

 

 くそ、口ではオラリオ文明人として長いタンムズの方が有利だ。

 どうすればいい、私はまたタンムズを天井の現代芸術にするしかないのか。いや、それで解決できるのであれば、もうそれでいいのではないのだろうか。

 

 私の怪しい視線を感じ取ったのか、タンムズはぶるりと身体を震わせて一歩後退。

 自分の首に不思議な違和感があるのか、右手でぺたぺたと何度も触って確かめているようだ。

 

 「どうしてわざわざイシュタル様に会おうとする。ベル・クラネルか、それとも春姫か、あるいはアイシャのためか」

 

 事情を全て知るタンムズは、嘆息して私に問いかける。

 私はどうしてここで三人の名前が出てくるのかと、タンムズに言葉を返した。

 

 「違います、イシュタル様のために決まっている。私は一にエロ、二にエロ、三にエロで、四にイシュタル様。五に私の友人知り合いで、あとは全部同じだからな」

 

 タンムズはほぉっと感嘆の息をつくも、すぐに顔をしかめる。

 

 「……全部エロって言わなくなった分、お前も成長したな」

 

 「急に褒めないでよ、照れるじゃん」

 

 「褒めていない、呆れている」

 

 しかし、タンムズは一向に退くつもりはなさそうだ。

 彼のイシュタル様に対する忠誠心は私も認めるところである。弁慶のように矢の山になろうが、タンムズはここを退く気はないのだろう。

 

 「タンムズ、そこを退いてください。もうあなたの首を天井に突き刺すのは心が痛い」

 

 「止めろ、あれは地味に修繕費がかかるんだぞ」

 

 「く、なんて適切なコメントだ。ほんの少しだけ、先っちょだけでいいからその扉を開けてください。それで全て解決できるんです」

 

 「それのどこが解決だ。何を言おうが、ここから退くことはない。大人しく謹慎に入るんだ」

 

 ええい、しゃらくさい。

 

 よし、首をトントンしてタンムズを気絶させ、扉を正攻法で開ければ無問題だな。タンムズも傷つかないし、扉も壁も綺麗なままだ。

 

 天使のように微笑む私。私が何を考えているのか理解したタンムズ。

 タンムズは顔色を変え、とっさに得物に手を伸ばしたが、遅い。私の手刀の方がずっと早い。

 

 このまま眠れ、タンムズ。

 

 「うるさい」

 

 部屋の中より、苛立たし気なイシュタル様の声が聞こえた。

 

 タンムズの動きが止まり、私も腕を止める。

 小さな声なのに、どうしてかよく耳に聞こえてきた。恐らくは神の力が声に込められていたのだろう。

 

 扉が小さく開き、中から体を震わせた男娼の少年が姿を現す。

 彼は緊張によって何も言葉が出てこないものの、どうやら中に入れと言いたいようだ。イシュタル様の許可が下りたのだ。

 

 タンムズに「入っていいの?」と戸惑いながら顔を向けると、タンムズは男娼を一目見てから私を見返し、扉の前から横へと移動した。

 

 「……許しが出たのであれば、私は何も言うことはない」

 

 「そ、そっか。なら、えーと、入るね?」

 

 もう何も言うことはないと寡黙キャラに戻ったタンムズ。その横を通り過ぎて、私は招かれた部屋の中へと入っていく。

 

 私が入室すると、入れ替わりに先ほどの男娼の少年が外に出ていき、そのまま扉が閉められる。

 視線を前に向ければ、先ほどまで男娼を侍らしていたであろうイシュタル様の姿があった。片手に酒を持ちながら、いつもの叶姉妹染みた装いに身を包んでいた。

 

 「サミラ、アイシャから話は聞いた。謝る必要もないから、とっとと地下へ行って謹慎しろ」

 

 そう言ってからイシュタル様は間を置くと、大きく息を吐き出して胡乱な瞳で私を見つめた。

 

 「……と言っても、お前は無駄に頑固だからな。話をまた聞いてやる、言え」

 

 口に酒を含み、ごくりと喉を鳴らして飲み干す。なんていうか、それだけの仕草で官能的でエロい。

 私は流石イシュタル様だと喜びそうになりながらも、今はそんな場合じゃないんだったとなんとか我慢する。そして両膝をついてその場に座り込んだ。

 

 「春姫さんの件を聞きました。イシュタル様は春姫さんを大切になされていると思っていただけに、驚きを隠すことができません」

 

 イシュタル様は私を一瞥すると、鼻を鳴らしてつややかな唇を開く。

 

 「ふん、大切に思っているとも。私が春姫を殺そうと思っている者もいるだろうが、そんなつもりはない。あの女神を倒せば、借りた魂は返す」

 

 魂を貸し借りできる世界観。自分がそこで生きている身であっても、どうにも眩暈がしてくるマジカル具合だ。恐ろしい。

 

 「私が血も涙もない女神であれば、とうの昔に『魅了』して言うことを聞く人形にして奴隷扱いだ。私は私なりの慈悲であの娘を可愛がってきた」

 

 くっくっく、と笑うイシュタル様に、私は何とも言えない気持ちになった。

 本人はそのつもりはないだろうが、笑い方が相も変わらず悪っぽい方だなぁと。

 

 「窮屈な思いを与えてしまったのは仕方がない。しかし、豪華な食事も綺麗な衣服もあれには与えてきた。そして、女の喜びを知る機会もな」

 

 イシュタル様は火をつけた煙管を口に。

 ゆっくりと座れ、吐き出された紫煙が天に昇っていく。

 

 「奴隷として売り出されたあれを、どこぞの酷い連中に買われたところを想像してみると良い。ぞんざいに扱われ、髪も艶なく、肌もあんなに綺麗ではなかっただろうに。生というものに悩む余裕があることこそ、春姫がここでの暮らしに守られてきた証よ」

 

 「性に関しては、あんまり乗り気でなさそうでしたけど?」

 

 「その感情が私にはわからん。性とは神聖なものであり、体を重ね、欲望に身を委ねることで子を為し、豊穣の未来へと繋がっていく。男の獣性を収め、女は世界の安寧の柱となるための人の理こそ性愛よ。多くの男たちと肌を重ねることに、なんの不浄があるというのか私にはさっぱりわからん」

 

 処女厨、ユニコーン系男子、フェミニスト、PTAおばさん、倫理おじさんたちが大激怒。

 なんて豪華なパーティに喧嘩を売るんだこの人は。SNSやってたら絶対に炎上間違いなしだ。

 

 「お前も春姫の我儘と私の神としての真理、どちらに筋を通っているのかわかるだろう?」

 

 神の価値観、神の視点というものを教え、伝えてくれるのはイシュタル様の優しさ故か。

 

 だが悲しいことに、イシュタル様の視点はどこまでいっても神の視点であって、人の視点ではない。

 そして大きすぎる視界からの言葉であるが故に、一人の人間の苦悩などただの我儘にしかならないのだろう。

 

 「春姫が本当に嫌であるのなら、どうして自らの命を絶たなかったのだ。貴族は貴族に、商人は商人に、技術を扱う家系はその家系に生まれた時から、己の運命を背負うことになる。やつは私という性愛の神に拾われた。その職の運命は私である以上は逃れきれない。逃れるとしたならば、それは死ぬことだけだ」

 

 どうして私が批難されることがあろうか、そう言ってイシュタル様は不愉快げに煙管をまた口にくわえた。

 

 「私の恵みを享受し続け、受け入れ続けたのは奴自身だ。私の目的も願いも、春姫のスキルが発現したときから伝えていた。そこまで私は慈愛をくれてやったというのに何故、覚悟をしない。何故、お前のように私に与えられた恩を少しでも返そうとは思わないのだ」

 

 現代日本倫理なんてものは、現代だから通用するわけでして。

 イシュタル様の言葉には少しも陰りがなく、少しも迷いがない。間違いないと言えば、間違っていないのだろう。

 

 しかし、間違っていると言えば間違っている。

 

 自分が恥ずべき存在であると考える人は、助けを求めようとはしない。

 どんな不幸な境遇も、存在しているための罰として受け入れようとするからだ。自分に危険が及んでも、自分が救われる行動を取ろうとは考えられないのだ。

 

 春姫さんにとって死ぬことは救いであり、それはどうしようもなくやってはいけないことになる。だって自分は救われていけないと思っているのだから。

 

 だが、私のあふれ出る知性では、どうやってもイシュタル様に伝わるような言葉が思い浮かばない。

 くそ、最終学歴テルスキュラはやっぱり小卒以下であったか。

 

 「ソフィーネ、お前だってテルスキュラが嫌だから抜け出してきたのだろう。春姫とて同じことよ。逃げられはしなくとも、命を選ぶ機会は奴の人生で何度あったことかわからん。お前は選んでここに来た。奴は死ぬことを選ばずにここまで来た。何も違いはない」

 

 「私は春姫さんに比べて力があり、彼女は選べるだけの力がなかったと思います」

 

 「そこだ。力ある者は道を自分で選べるが、力なき者は自分で自分の道を選ぶことさえできない。これは世の真理であり、それでも唯一弱者に許される手段が死ぬことだ。春姫はそれもできんほどに弱い、どうして力ある道を選べ、生きていけるというのか。あれは私に従って生きることでしか生きられない女だ」

 

 「……そこまで言い切れちゃいます?」

 

 「女神であり、人の子を見続けた生き字引だぞ?ある程度の人間の素養など見て分かる」

 

 イシュタル様、確かにイシュタル様の知る春姫さんはそんな存在かもしれない。

 しかし、人は変わり続ける生き物であり、ベルと出会って春姫さんは変わった。ベルとの出会いが変えてくれたのだ。

 

 力がないというのも春姫さんに巡り合わせが悪かったからだ。

 だが、その巡り合わせが春姫さんを変えた今、春姫さんは本当にイシュタル様に従うことでしか生きられないままなのか?

 

 人のような定命のものではなく、いくつもの命の終わりを眺めてきた神に言われると、頭の良くない私にはもうなんて言っていいのかわからん。

 

 「……殺生石の件ですが、返すと言っても全部無事に残っているとは限らないですよね?」

 

 「そうだな。仮に春姫がどんな有様になったとしても、フレイヤの戦いにおいては、奴がお前を除いて一番の功労者になるだろう。死ぬまで面倒を見てやってもいい」

 

 自分の体や心を兵器に変える系や、精神崩壊廃人ENDの陰鬱エロゲは止めよう。あれは心にくるんだ。

 

 しかし、悲しいことに、実はこれでもイシュタル様の対応はとてもやさしい部類に入るのだ。

 

 冒険者稼業なんてヤクザ稼業と似たようなもの。

 負傷して稼げない冒険者が追い出され、元冒険者は雲隠れで一家離散。母親も生活できないからと捨てられた子供は、ダイダロス通りで孤児になるなんて話も珍しいことではない。

 

 そう考えれば、イシュタル様の対応はマジで優しいレベルである。この世界において、という枕詞はつくわけだが。

 

 なるほどだ、ほうほう。うんうん、そうかそうか。ダメだ、わかんね。

 

 「でも、なんかもやってきます」

 

 イシュタル様が盛大にバランスを崩し、咽て激しく咳き込んだ。テーブルに積み重ねてあった果実が揺れによって床に落ちていく。

 

 だってなんだか気分が悪いんですもの、と「ばなな」みたいなアホガールになった私はもう考える処理能力が追いついていない。

 イシュタル様は呆れた様子で煙管をテーブルに置くと、頭が痛そうに額に手をやっている。

 

 「もう少し頭を回して考えろ、戯け。お前がどういう理想をもっているかは知らんが、私が認められない以上、それができない以上は無いも同然だ。お前がテルスキュラでエロ活動できなかったように、ここイシュタル・ファミリアでは許されず認められないこともある。それは神である私の判断だということだ」

 

 ①イシュタル・ファミリアにいる以上はフレイヤは絶対にぶっ潰す。ファミリアの主神である以上、私の言葉は絶対な。

 

 ②イシュタル・ファミリアに有用なスキル・人材は逃がさん。代わりに、だいたいの願いはかなえてあげるよ。好待遇だよ。エロマンガ活動もバンバンしていいよ。応援するよ。

 

 ③え、それでも嫌ならどうするって?魅了するしかないわな。それもいや?なら死ねばいいじゃねぇの?

 

 話をまとめると以上となる。春姫にとっては地獄だが、私にとってはわりと天国であることが判明した。

 やっぱり弱肉強食、力こそ全て。弱い命は死んでいき、強い命だけが生き残れる。福祉とかほぼ全否定の中世的世界観では、命の尊さなんて金貨一枚にも劣るということだ。

 

 「そこを割り切れん春姫も、アイシャをはじめとする団員たちも、お前もぬるい。特にソフィーネ、お前は私の横に立つ強者なのだぞ?そこのところをわかっているのか?」

 

 いつの間にか私への説教に移行するイシュタル様、冷や汗をかく私。

 

 「ベル・クラネルはフレイヤへの挑発でもあり、お前が後進を育てて相応しい精神を身につける上でも役に立つ。どれだけ私がお前に期待していると思っている」

 

 「え、ベルさんって私のために誘拐したの?」

 

 「それもある、ということだ」

 

 「いやいやいやっ!?多分情報がフレイヤに伝わる前にって話なのでしょうが、わざわざそのためにあえて大きな危険を取る必要はないでしょう!?」

 

 「お前は穢れた精霊との戦いでアビリティをさらに押し上げた。春姫の魔法に馴染む時間を考えても、そう悪い賭けではないと判断した。それにベル・クラネルの成長と立場を考えれば、フレイヤを除いても今を逃せば手を出しづらくなっていくだろう」

 

 「それはそうかもしれないですけど、なんで私のためにベルさんが必要なんですか!?別に精神を磨くのであれば時間をかけて大人になっていけばいいし、なんなら他に弟子をとるなりなんなりすればいいでしょう!?」

 

 「お前が磨いているのはエロ関係の技術ぐらいだろう、いつ私が望むような大人になる。あと、お前のしごきに耐えられる奴がいるのか?」

 

 全私が泣いた。

 

 大人とはなんだ、概念か。いや、大人っていうのはためらわないことだというではないか。

なら私はためらわずに常に真っすぐエロにばく進しているから、もう十分大人なのではないか。

あと、私の鍛錬は何故か不人気である。私はそれで強くなれたんですけどね!

 

 「それに、お前がはじめて期待している雄こそベル・クラネルだろう?これを逃せば、いつお前を女にしてくれる可能性がある雄に巡り合えるかもわからん。私はお前に女としての喜びを教えられなかったのが心残りであったが、奴であればその資格は十分あるだろう」

 

 悲報、イシュタル様はお節介お見合いおばさんだった。

 

 「私、そういう男女間でのセックスとか興味ないっていってましたよね!?」

 

 「男の精神が女の体にあるとか、そんな話だったか。だが恋人を愛する喜び、性愛の喜び、子を成す喜びを知らぬなど、女としてもったいにもほどがあるだろう。いつまでチンコがあればって言い張っているつもりだ」

 

 「メス堕ちする喜びは賛否両論激しいっていうのが定説でしょうがぁぁぁぁ!?

 

 「女神として長いが、そんな話は聞いたこともないな

 

 え、私ってベルとセックスするの?私がベルに突っ込むのではなく、私がベルに突っ込まれるの?

 私のエロとかどこに需要があるんだよ、馬鹿じゃないの。

 

 「なんだ知らないのか。お前がいつ雄を見つけてヤルのかって賭けが、団員の間で隠れて行われていることを」

 

 「よし、ちょっとその連中を教えてください。すぐにそんなバカげたことができないようにしてあげますよ」

 

 「ちなみに、一番人気は『相方は見つけられない』という話だ。まぁ、気持ちは分かる」

 

 「そりゃそうでしょう、だって私がそもそも相手を探していないわけですからね」

 

 「お前についてこられる雄が地上に存在しない、という話だった

 

 「私ってあんな野蛮アマゾネス連中からもそんな扱い受けてるの!?失礼な、私はあいつらよりも女子力に溢れているわ!!

 

 その後も、ああだこうだとイシュタル様とベルについて言葉をぶつけ合う。

 

 イシュタル様はベルを諦めるつもりがない、そうはっきりと言っているが、私からすれば理由が全て納得できるものではない。

 一番納得できないのは、私の女性としての魅力が団員の中で最底辺だと思われていること……。

じゃなくて、イシュタル様の危険があまりにも大きくなることだ。

 

 「私なんぞどうでもいいでしょう。ベルさんはフラグ大爆発させる天命を背負っています、あんなトラブルメーカーにこんな関わり方をしてしまっては、どんなイベントを呼び寄せるかわかったもんじゃありません」

 

 「ソフィーネにとっての最善を言え」

 

 「この際どい時期にフレイヤを徒に刺激することも、ベルさんという火種を無理に抱え込むことも私は危険に思えます。ベルさんは蚊帳の外の存在として扱い、利用し、私たちの力を貯めるべきです。ベルが春姫さんに関わり、興味関心を持った以上は、最悪として春姫さんを差し上げても距離をとるべきだとさえ私は思っています」

 

 「ソフィーネ、それがどれだけ滅茶苦茶なことを言っているのかわかっているのか?あの小僧にそれだけの価値、力があると?」

 

 「無茶は百も承知の上。その上でベルは味方になれば頼もしく、敵になれば恐ろしい。本人の実力に限らず、どんな災厄を呼び込むか想像できません」

 

 クルペッコぶん殴っていたらイビル・ジョーを呼ばれる。ワールドやっていたら受付ジョーが勝手に出てくる。そんな悲劇は知る者からすれば当たり前のものだった。

 

 ベルの場合はなんの拍子にオシリスの天空竜を呼ばれたって私は驚かない。

 「世界観違うだろ、どんなクソゲーだよ」と思うかもしれないが、フラグメーカーとして認めるということはそういうことなのだ。

 

 「それはそのまま、ベル・クラネルを取り込むことに成功すれば、恩恵となって返ってくるということではないのか」

 

 「そりゃそうですけどッ!?」

 

 「お前は分の悪い賭けと思い、私は好都合であると判断した。これはそれだけの話だ」

 

 私はそういうことがあるのだと人としての理を知っている。イシュタル様は神としての理を知っている。

 イシュタル様は結局、神の理を優先した。それだけの話だった。

 

 「故に、これ以上聞く話はない。地下にこもって謹慎していろ。殺生石の用意が終わり、小僧を手に入れればすぐに解放するつもりだ。ゆっくり謹慎していられるのも今のうちというもの、自分の実力を振り返って自信を持ち、その不安症を克服して帰ってこい」

 

 テルスキュラ卒の知能では、神様に言葉で勝てなかった。

 

 ずーんと肩を落とした私が扉から出てくると、タンムズが全てを察したように寄りかかっていた壁から離れ、此方に向かってくる。

 

 私は決意した。

 こんな悲劇がもう二度と起きないように、いつかテルスキュラに義務教育制度を導入してやろう。

 あそこ出身のアマゾネスを全員瓶底メガネにするぐらい勉強させてやるのだ。

 

 窓の外を見れば、もう真っ暗な世界が広がっていた。光がなければ、何も見えない夜だ。

 不夜城のように明かりがつき、活気が出始めた歓楽街の街並みを見て、どうにも消え去らない不安に感じ入る。

 

 私は本当に考えすぎなのか。占い大好きおばさんみたいに、荒唐無稽にベルの可能性に焦がれていただけのか。

 

 イシュタル様は自信が足りないと言っていたが、そうなのだろうか。

 

 私はイシュタル・ファミリアに災いがないことを、ただ祈ることしかできなかった。

 




いろいろ考えたり言いながらも、やっぱり春姫もベルも助からんかなぁと願うポンコツハッピーエンド好き主人公です。
そしてたぶん、次回はオラリオの街でいよいよキャンプファイヤーです(無慈悲

誤字訂正いつもありがとうございます。
そして、感想もいつもありがとうございます。中々時間が足りなくてお返しはできてはおりませんが、いろんな感想を頂けてニヤニヤしながら喜んで全部見てます。

感想見てて思ったのですが、IFでフレイヤ・ファミリアルートがもしあったら、たぶんソフィーネなんてキャラは春姫を問答無用で連れ出している気がする。
フレイヤだったら立場的にも性格的にも止めない予感。環境に良くも悪くも人なら影響を受けると思うので、ソフィーネはもっとバーサーカーしてるような。

また、感想では気にもしなかったところに注目してくださったり、自分以上に上手く説明できる人がいて、なるほどって興味津々でした。

私なんてエロマンガで例えられているのかよくわからないものを書きなぐり、分かる人は分かってくれぐらいにぶつけまくってます。なんて迷惑な。
エロ性癖を語る文豪もいるし、こんな私もなんだかんだで生かしてもらえている、そんな懐の深いハーメルンの未来は明るい(確信

そして紳士ネタがシリアスになるほどに使えなくなっていく。悲しい。
多分終わりまで割と原作の空気でシリアス風味が続いていくので、終わったら一回ぐらいは番外編を書いて初心に帰りたい。紳士のみんなはすまない、でも、みんなの心のチンコが元気であることを祈ります。

もうすっかり暖かくなり、地方によっては夏に近い気温だとか。皆さんもどうぞ、ご自愛ください。


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