自宅で寝てても経験値ゲット! ~転生商人が世界最強になってムカつく勇者をぶっ飛ばしたら世界の深淵に触れてしまった件~ (月城 友麻)
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1章 楽しきチート・ライフ
1-1. 見せてやろう、本当の強さとやらを


「ぐわぁぁぁ! 勇者めぇ!!」

 

 目の前で激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――。

 

 倉庫も木々も周りの工場も一瞬で粉々に吹き飛ばされ、まさにこの世の終わりのような光景が展開されていく。

 

 立ち上る灼熱の巨大キノコ雲を目の前にして、俺は愕然(がくぜん)とする。勇者の命を何とも思わない発想はもはや悪魔としか思えなかった。

 

 彼女……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?

 

 爆煙たち込める爆心地の灼熱の地獄に突っ込んでいくと、俺は瓦礫の山を必死で掘っていった。

 

「ドロシー! ドロシー!!」

 

 自然と溢れ出す涙がポタポタと落ちていく。

 

 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。

 

 見つけた!

 

「ドロシー!!」

 

 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。

 

「え? なんだ?」

 

 俺はそーっと手を引っ張ってみる……。

 

 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。

 

「え?」

 

 なんと、ドロシーの手は(ひじ)までしかなかったのである。

 

「あぁぁぁぁ……」

 

 俺は崩れ落ちた。一体彼女が何をしたというのか? なぜこんな罰を受けねばならないのか?

 

「うわぁぁぁぁ! ドロシー!!」

 

 さっきまで美しい笑顔を見せていた彼女はもう居ない。

 

 俺は狂ったように泣き喚いた。

 

「勇者……、お前は絶対に許さん……」

 

 俺はドロシーの腕をきつく胸に抱き、涙をぽたぽたと落としながら復讐を誓った。

 

      ◇

 

 準備を重ねること数カ月、ついにその時がやってきた――――。

 

「さぁ皆さんお待ちかね! 我らが勇者様の登場です!」

 

 ウワ――――ッ!! ピューィィ――――!!

 

 超満員の闘技場に勇者が登場し、場内の熱気は最高潮に達した。

 

 今日は武闘会の最終日。いよいよ決勝戦が始まるのだ。

 

 金髪をキラキラとなびかせて、豪奢(ごうしゃ)なよろいを装備した勇者は、観客に向かって(きら)びやかな聖剣を高々と掲げ、歓声に応えた。

 

 続いて、俺の入場である。

 

「対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?」

 

 呼び声がかかると、俺は淡々と舞台に進み出た。地味で冴えない中世ヨーロッパ風の服を着こみ、ハンチング帽をかぶった、ひょろっとしたただの商人。ポケットに手を突っ込んで、武器も持っていない、ただの会場の作業員と変わらないいで立ちである。

 

 観客たちはなぜ丸腰の商人が勇者と戦うのか、訳が分からずどよめいている。

 

「なぜ、お前がここにいる……」

 

 勇者はムッとした表情で、俺を見下しながら言う。

 

「お前に殺された者、襲われた者を代表し、お前に泣いて謝らせるために来た」

 

 俺は勇者をにらみながら淡々と返した。

 

「貴族は平民を犯そうが殺そうが合法だ。俺に殺される? 名誉な事じゃないか!」

 

 勇者は悪びれず、いやらしい笑みを浮かべる。

 

「このクズが……」

 

 激しい怒りが俺を貫く。

 

「お前、武器はどうした?」

 

 何も持ってない俺を見て、(いぶか)しげに勇者は聞いてくる。

 

「お前ごときに武器など要らん」

 

 バカにされたと思った勇者は、聖剣をビュッと振って俺を指し、叫んだ。

 

「たかが商人の分際で、勇者の俺様に勝てるとでも思ってんのか!」

 

 俺はニヤッと笑い、

 

「勝つよ。勝ったら土下座して俺たちに二度と関わるな……、リリアン姫との結婚もあきらめろよ」

 

 と、いいながら勇者を指さす。

 

 勇者はあきれた表情で、

 

「いいだろう……。だが、生意気言った奴は全員殺す……、これが俺様のルールだ」

 

 そう言って、いやらしく(わら)った。

 

「約束だからな。こちらも殺しちゃったら……、ごめんね」

 

 俺は勇者にニッコリと笑いかけた。

 

 しばし、にらみ合う両者……。

 

「はい、両者位置について~!」

 

 レフェリーが叫ぶ。

 

 勇者は指定位置まで下がり、聖剣を目の前に立てると、フンッと気合を込めた。

 

 すると、刀身に青く光る幻獣の模様が浮きあがり、金の装飾が施されたミスリル製のよろいも青く光り始める。

 

 ウォ――――!

 

 超満員のスタンドから地響きのような歓声が上がる。『人族最強』の男が最高の装備をスタンバイしたのだ。きっとあのふざけた商人の首が飛ぶところが見られるだろう。観客たちはそんな野蛮な期待に興奮を隠せなかった。

 

 俺は青白く浮き上がる『鑑定スキル』のウィンドウを見ていた。勇者のステータスがぐんぐんと上がっていく。もともと二百レベル相当だった勇者の攻撃力は、各種強化武具で今や三百レベル相当を超えている。なるほど、これは確かに人族最強レベルだ。

 

 観客からかけ声が上がる。

 

「勇者様~!」「いいぞー!」「カッコい――――!」「抱いて――――!」

 

 俺は闘技場をぐるりと見まわし、観客の盛り上がりに申し訳なさを覚えた。

 

 この勇者は極悪人だ。俺の大切な人を(さら)い、乱暴し、挙句の果てに勇者の仲間ごと爆殺したのだ。観客の期待を裏切るようで悪いが、二度と悪さができないように叩きのめしてやる。

 

 準備が整ったのを見て、レフェリーが叫ぶ。

 

「レディ――――ッ! ファイッ!」

 

 勇者は俺をにらみ、大きく息をすると、

 

「ゴミが! 死にさらせ――――!」

 

 と、吠えながら、すさまじい速度で迫り、目にも止まらぬ速さで俺めがけて聖剣を振り下ろした。聖剣の速度は音速を超え、ドン!という衝撃波の爆音が空気を切り裂く。

 

 人族最高レベルの攻撃、見事だ。しかし……

 

 ガッ!

 

 俺は顔色一つ変えず、聖剣の刃を左手で無造作につかんだ。

 

「えっ!? あ、あれ!?」

 

 勇者はうろたえた。

 

 あわてて聖剣を構えなおそうとするが……俺につかまれた聖剣はビクともしない。

 

「ちょっと、何すんだよ!」

 

 勇者は冷や汗を垂らしながら、俺に文句を言う。バカなのかな?

 

「武器なんかに頼っちゃダメだな」

 

 そう言って、勇者の手から聖剣を奪い取った。

 

「うわっ! 返せよ!!」

 

 聖剣を取り上げられてうろたえる勇者。

 

「約束は守れよ」

 

 俺はそう言うと、刃をつかんだまま、素早く聖剣の(つば)で勇者の頭をどつき、吹き飛ばした。

 

 勇者は、

 

「ぐぉっ」

 

 と、わめき、間抜けな顔をさらして転がる。

 

 どよめく観衆。

 

 俺は聖剣を投げ捨て、勇者をにらむ。

 

「いたたた……」

 

 どつかれた頭を手で押さえながら、ゆっくりと体を起こす勇者。

 

「き、貴様! 怪しい技を使いやがって!!」

 

 そう叫ぶと、勇者は口から流れる血を指先でぬぐいながら、よろよろと立ち上がり、

 

「許さん! 許さんぞぉ!! ぬぉぉぉぉ!」

 

 と、わめきながら、全身に気合をこめ始めた。身体は徐々に輝き始める。

 

「ぐぉぉぉぉ!」

 

 勇者の叫び声は闘技場に響きわたり、金色に光り輝く姿は神々しくすら見えた。

 

 そして、ドヤ顔で俺を見下した。

 

「見せてやろう、勇者の……、選ばれた者の力を!」

 

 勇者は両腕をクロスさせると指先をまぶしく光らせた。

 

「え? 見せて」

 

 俺はワクワクし、ニヤッと笑った。初めて見る勇者の技……どんな技だろうか?

 

光子斬(フォトンカッター)!」

 

 勇者は叫びながら両腕を素早く開き、まばゆい光跡から光の刃が俺めがけて放たれる……が、俺はガッカリしながらすかさずそれを叩き落とした。

 

 光の刃は舞台に落ち、激しい地響きと共に大爆発を起こす。衝撃波は観客席にまで届き、悲鳴が上がった。

 

 舞台上には爆炎が(きら)めき、舞台の上にはもうもうと煙が上がっている。

 

「な、なぜだ!」

 

 勇者は光の刃を叩き落とされたことに動揺を隠せない。叩き落せるなんて勇者も知らなかったのだ。

 

 次の瞬間、勇者の身体は宙を舞う。

 

「ぐふぅ!」

 

 俺は爆煙から『瞬歩』スキルで目にも止まらぬ速さで飛び出すと、アッパーカットで勇者を殴り飛ばしたのだ。

 

 勇者の身体は大きく宙を舞い……ドスンと落ちて転がる。

 

 俺はツカツカと勇者に迫った。

 

 

 

「き、貴様何者だ!」

 

 勇者は青い顔をして、じりじりと後ずさりしながら喚く。

 

「お前もよく知ってるだろ? ただの商人だよ」

 

 そう言いながら勇者のそばに立ち、指をポキポキと鳴らしニヤッと笑った。

 

「わ、わかった。何が欲しい? 金か? 爵位か? なんでも用意させよう!」

 

 勇者はビビりながら交渉を始める。

 

 俺は勇者を見下ろし、汚いものを見るような目で言った。

 

「お前は性欲と下らん虚栄心のために俺の大切な人を傷つけ、多くの命を奪った。その罪を(つぐな)え!」

 

 俺は勇者を蹴り上げ、瞬歩で迫ると、こぶしを顔面に叩きこんだ。

 

「ぐはぁ!」

 

 もんどりうって転がる勇者。

 

 超満員の闘技場は水を打ったように静まり返った。

 

 人族最強の男がまるで子供のように、いいようにボコボコにされているのだ。観客にとってそれは目を疑うような事態である。

 

 勇者は俺におびえながら、よろよろと立ち上がると、

 

「わ、分かった! お前の勝ちでいい、約束も守ろう! あ、握手だ、握手しよう!」

 

 そう言いながら右手を差し出してきた……。

 

 俺はしばしその右手を眺め……、チラッと勇者を見る。

 

「き、君がすごいのは良く分かった。仲良くやろうじゃないか。まず握手から……」

 

 必死にアピールする勇者。

 

 俺は無言で右手をつかんでみる。

 

 すると、勇者はニヤッといやらしい笑みを浮かべながら俺の手をガシッと強くつかみ、叫んだ。

 

絶対爆雷(サンダーエクスプロージョン)!」

 

 直後、巨大な雷が天空から降ってきて俺の身体を貫いた。

 

 会場を光で埋め尽くす激烈な閃光は熱を帯び、激しい地鳴りと共に俺の身体から爆炎がゴウッと立ち上る。

 

 キャ――――!!

 

 あまりの衝撃に観客からは悲鳴が巻き起こった。

 

「バカめ! 魔王すら倒せる究極魔法で黒焦げだ! ハーッハッハッハー!」

 

 勇者が高らかに笑う。

 

 爆炎は高く天を焦がし、放たれる熱線は闘技場一帯を熱く照らした。観客たちはあまりの熱さに顔を(おお)う。

 

 勝利を確信した勇者だったが……、収まってきた爆炎の中に鋭く青く光る目を見た。

 

「え……?」

 

 そして、右手が握りつぶされ始めたのを勇者は感じた。

 

「お、お前まだ生きてるのか!? ちょ、ちょっと痛い! や、止めてくれ!」

 

 もだえる勇者。

 

 チートで上げまくった俺の魔法防御力は、勇者の魔法攻撃力をはるかに上回っているのだ。効くわけがない。

 

 俺は無表情でさらに強く勇者の手を握る。ベキベキベキッと音を立てながら手甲ごと潰れる勇者の右手。

 

「ぐわぁぁぁ!」

 

 思わず尻もちをついて無様にうずくまる勇者。

 

「嘘つきの卑怯者が……」

 

 俺は勇者に迫ると顔面を思いっきり蹴り上げた。

 

 ゴスッという嫌な音と共に勇者が吹き飛び、真っ赤な血が飛び散って闘技場を染めた。

 

「きゃぁっ!」「うわっ!」

 

 観客から悲痛な声が漏れる。

 

 俺がスタスタと近づくと、勇者はボロボロになりながら

 

「わ、悪かった……全部俺が悪かった。は、反省する……」

 

 と、ようやく罪を認めた。

 

 俺は勇者のよろいをつかみ、持ち上げると言った。

 

「今後一切、俺や俺の仲間には関わらないこと、リリアン姫との結婚は断ること、分かったな?」

 

 勇者は腫れあがった顔をさらしながら、

 

「わ、分かった」

 

 と言った。

 

 俺はもう一発、(こぶし)でこづくと、

 

「『分かりました』だろ?」

 

 と、すごんだ。

 

 目を回した勇者は小さな声で、

 

「す、すみません、分かり……ました」

 

 そう言ってガクッと気を失った。

 

 俺は勇者を舞台の外に無造作に放り、レフェリーを見る。

 

 呆然(ぼうぜん)としていたレフェリーは、俺の視線に気づいてあわてて叫ぶ。

 

「しょ、勝者……、えーと……ユーター!」

 

 この瞬間、俺は武闘会優勝者となった。

 

 俺はちょっとすっきりして右手を高く掲げる。

 

 観客は、何があったかよく分からない様子だった。

 

 人族トップクラスの強さを誇る王国の英雄、勇者が、ただの街の商人にボコボコにされ、倒されたのだ。一体これをどう理解したらいいのか、みんな困惑していた。

 

 まぁ、それは仕方ない。もちろん、勇者は強い。俺以外なら世界トップだろう。だが、チートでひそかに鍛えていた俺のレベルは千を超えている。職種こそ『商人』ではあるが、これだけレベル差があるとたとえ『勇者』だろうが瞬殺なのだ。勝負になどなりようがない。

 

 闘技場に集まった数千の観客たちはどよめいていた。

 

 この平凡な街の商人が、勇者を倒せるのだとしたら、勇者とは何なのか? 観客たちはお互い顔を見合わせて首をひねるばかりだった。

 

 俺はそんなザワザワしている観客たちをぐるっと見回し……、そして、貴賓席に向かって胸に手を当て、姿勢を正した。

 

 コホンと軽く咳ばらいをし、豪奢(ごうしゃ)な椅子にふんぞり返って座る王様に向かって大きく張りのある声で叫んだ。

 

「国王陛下、この度は素晴らしい武闘会を開催してくださったこと、謹んで御礼申し上げます! ご覧いただきました通り、優勝者はわたくしに決まりました! つきましては、リリアン姫との結婚をお許しいただきたく存じます!」

 

 王様の隣で可憐なドレスに身を包んだ絶世の美女、リリアンは両手を組み、感激のあまり目には涙すら浮かべていた。

 

 王様はあっけにとられていたが、俺の言葉を聞いて激怒した。

 

「商人ごときが王族と結婚などできるわけなかろう! ふ、不正だ! 何か怪しいことを仕組んだに違いない! ひっとらえろ!」

 

 王様の掛け声で警備兵がドッと舞台に上って俺を包囲する。

 

 しかし、レベル千の俺からしたら雑兵など何の意味もない。体操競技選手のようにタンッと飛び上がり、クルクルッと回りながら警備兵を飛び越えると、

 

「みんな! ありがとー!」

 

 と、観客席に手を振ってそのままゲートを突破し、退場した。

 

 リリアンとの約束は『勇者との結婚を(はば)むこと』。これでお役目終了だ、ホッとした。

 

 遠くの街まで逃げてまた商人を続ければいい、金ならいくらでもあるのだ。

 

 だが、世の中そう簡単にはいかない。この世界は俺のようなチートを見逃してはくれないのだった。

 

 ともあれ、なぜこんなことになったのか、順を追って語ってみたい。

 



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1-2. 転生したら孤児だった件

 俺は瀬崎(せざき)(ゆたか)、なんとか憧れの大学には入ったものの折からの不景気で就活に失敗。アルバイトをしながらのギリギリの暮らしに転落してしまった。

 遊びまわる金もなく、ゲームばかりの毎日。しかも無課金だから、プレイ時間と技で何とか食らいついていくような惨めなプレイスタイルだった。必死になった分、ゲームシステムの隙をつくような技にかけては自信はあるのだが……、そんなスキルあっても全く金にはならないんだよなぁ……。

 カップラーメンや菓子パン詰め込んで朝までゲーム、そしてバイト……。こんな暮らしがいつまでも続くわけがない。ある日、ついに不摂生がたたり、ゲームのイベント周回中に心臓が止まった。

 

「うっ」

 いきなり襲ってきた強烈な胸の痛み。

 

「ぐぉぉぉ!」

 俺は椅子から転げ落ち、のたうち回る。苦しくて苦しくて、冷や汗がだらだらと流れてくる。

 きゅ、救急車……呼ばなきゃ……ス、スマホ……。

 しかし、あまりに苦しくてスマホを操作できない。

 ぐぅ……死ぬ……死んじゃう……。

 目の前が真っ暗になり、急速に意識が失われていく。

「え、これで終わり……? そ、そんなぁ……」

 これが現世での最後の記憶である。

 

 俺はキラキラと輝く黄金の光の渦の中に飲み込まれ、溶け込んでいくような感覚に包まれながらこの世を去ったのだった。

 

 人生ゲームオーバー――――。

 

     ◇

 

「……豊さん……」

 誰かが呼ぶ声がする……。

 

「……豊さん……」

 何だ? 誰だ? 俺はゆっくりと目を開けた。

 

「あ、豊さん? お疲れ様……分かるかしら?」

 気が付くと美しい女性に起こされていた。

 

「あ、あれ? あなたは……?」

 俺は急いで体を起こし、目をこすりながら聞いた。

 

「私は命と再生の女神、ヴィーナよ」

 そう言って、にっこりと美しい笑顔を見せた。

 

「え? あれ? 俺死んじゃった……の?」

「そうね、地球での暮らしは終わりね。これからどうしたい?」

 ヴィーナは優しく微笑んで、俺の目をのぞき込む。

 

「え? どうしたいって……、転生とかできるんですか?」

「そうね、豊さんはまだ人生満喫できていないし、もう一回くらいならいいわよ」

 やった! 俺は目を輝かせ、両手を合わせて祈るように言った。

「だったら……チートでハーレムで楽しい世界がいいんですが……」

 すると、ヴィーナはまたかというように、首を振り、うんざりした表情を見せる。

「ふぅ……最近みんな同じこと言うのよね……。そう簡単にチートでハーレムなんて用意できないわよ」

 ちょっと不機嫌になってしまった。確かに同じ世界にチートハーレム勇者を何人も配置できるわけがない。贅沢な望みだったか。しかし、これは次の人生に関わる重要なポイントだ、なんとかいい条件を勝ち取らねば……。

 

「じゃ、チートだけでいいのでお願いしますぅ」

 俺は必死に頼み込む。

 その無様な俺の姿を、ため息をつきながら見つめるヴィーナ。

 

「ふぅ……、しょうがないわねぇ……じゃぁ特別に『鑑定スキル』付けておいてあげましょう」

 そう言ってヴィーナは何やら空中を操作してタップした。『鑑定スキル』というのは一般には、アイテムやモンスターなどの詳細情報を空中の画面に表示してくれるスキルである。ただ、情報が分かるだけで強くなるわけではないので、上手く使うには骨が折れそうなスキルだ。

 

「え~、鑑定ですか……」

「何よ! 文句あるの?」

 ギロっとにらむヴィーナ。

「い、いえ、鑑定うれしいです!」 

 急いで手を合わせてヴィーナに(おが)む俺。と、ここで俺はこのセリフ、にらみかた、どこかで見覚えがあることに気づいた。

 

「……、よろしい! では、準備はいいかしら?」

 ニッコリと笑うヴィーナ。

「も、もしかして……美奈(みな)先輩ですか?」

 そう、ヴィーナは大学時代のサークルの先輩に似ていたのだ。

 

「じゃぁ、いってらっしゃーい!」

 俺の質問を無視し、強引に見切り発車するヴィーナ。

 テーマパークのキャストのように、ワザとらしい笑顔で手を振る。

「いや、あなた、やっぱり美奈(みな)先輩じゃないか、こんなところで何やって……」

 俺はすぅっと意識を失った。

 

 

      ◇

 

 皆が寝静まる深夜、俺はベッドで目が覚めた。

「え? あれ?」

 俺はこぢんまりとした孤児院で暮らす十歳の少年、ユータ……だが……。

 むっくりと体を起こし、周りを見回す。

 ここは子供用三段ベッドの中段、右も左も三段ベッドが並び、孤児だらけ。窓から差し込む淡い月明かりが(すす)こけたカーテンを照らし、静かに現実を浮かび上がらせる。

「いやいやいや、何だこれは?」

 混乱した俺は目をつぶり、記憶を呼び覚ます。

 俺はここで暮らしている孤児……だが、日本で暮らしていた記憶もありありと思いだされる。あの豪華なグラフィックだったMMORPGの攻略方法まで詳細に覚えている。特殊な薬草集めて金貯めて、装備を整えてダンジョン行くのが最高効率ルート。途中、バグ技使って経験値倍増させるのがコツだった。ヒロインの決め台詞(ゼリフ)やBGMだって鮮明に覚えている。妄想なんかじゃない。

 と、なると……俺はこの少年に無事転生したってこと……なんだろうな。

 俺はベッドに腰掛け、周りを見る。隣のベッドに寝ているのは親友のアルだ。幸せそうにすやすやと寝ている。

 

 そうだ、俺は孤児であり転生者、やった! 二回目の人生だ、今度の人生は上手くやってやるぞ! と思ったが……孤児? 女神様ももうちょっと気を使ってくれてもいいのに。貴族の息子の設定とかでもよかったんだよ? 俺はあの先輩に似た女神様を思い出し、ふぅっとため息をつく。

 なんともハードなスタートだよ。

 えーっと……。何か特典を貰っていたな……。確か……『鑑定』、そうだ! 鑑定スキル持ちなはずだぞ。

 だが、どうやるかまで聞いてなかった。

 俺はアルに向かって、

「鑑定……」

 とつぶやいてみた……。

 

 だが……何も変わらない。

 おいおい、女神様……。マニュアルくらい無いのかよ……。俺はちょっと気が遠くなった。

 ゲームでは指さしてクリックだったが……クリックってどこを?

 試しにアルを指さしてみたが、そんなので出てくるはずがない。

 俺は途方に暮れ、大きく息を吐き、月明かりの中幸せそうに寝てるアルをボーっと見つめた。

 鼻水の跡がそのまま残る汚い顔、何かむにゃむにゃ言っている。一体どんな夢を見ているのだろうか……。

 まさか親友が異世界転生の20代のゲーマーだとは思ってもみなかっただろう。

 アルが鑑定出来たらどんなデータが出るのかな……レベルとか出るのかな……。

 と、その時だった。

 

 ピロン!

 頭の中で音が鳴っていきなり空中にウィンドウが開いたのだ。

「キタ――――!!」

 俺は思わずガッツポーズ。

 どうも心の中で対象のステータスを意識すると自動的に『鑑定ウィンドウ』が開く仕様になっているらしい。俺は興奮しながら中を見ていった。

 

アル 孤児院の少年

剣士 レベル1

 

 と、ある。他にもHP、MP、強さ、攻撃力、バイタリティ、防御力、知力、魔力……と並んでいるが、どの位あるとどうなんだというのまではよく分からない。ただ、HPが0になったら死ぬのだろう。ここは要注意だな。

 

 自分を鑑定するにはどうしたらいいか……だが。良く分からないので、「ステータス!」と、言ってみた。

 すると、空中にウインドウが開き、俺のステータスが出た。なるほどなるほど!

 喜び勇んで中を見ると……。

 

ユータ 時空を超えし者

商人 レベル1

 

 しょ、商人だって!?

 何だよ、女神様……。そこは勇者とかじゃないのかよ! せめてアルみたいに剣士にしておいて欲しかった。トホホ……。

 

 明らかに異世界向きじゃないハズレ職に俺は意気消沈である。

 その後、手近な仲間を一通り鑑定したが、皆ただの孤児院の子供ばかり。特殊な属性持ちは見当たらなかった。

 

 さて、俺はこの世界で何を目指せばいい? 商人じゃ派手な冒険は無理だ。となると、金儲け特化型プレイ? うーん、どうやったらいいんだ?

 うーん……

 まぁいいや、明日ゆっくり考えよう。

 俺はベッドに横たわり、毛布に(くる)まった。明日からの暮らしはどう変わるかな……。とりあえず、なんでも全部鑑定してみよう。隠された真実が分かるかもしれないぞ。ワクワクした気持ちを温かく感じながら、静かに目を閉じた。



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1-3. 強姦魔の恐怖

「キャ――――!!」

 窓の外からかすかに女の子の悲鳴が聞こえた。

 空耳かとも思ったが、それにしてはリアルだった。

 そっと窓の外を見ると、離れの倉庫の窓がかすかに明るい。あんなところ、夜中に誰かが使う訳がない。

 俺は窓からそっと降りると、はだしで倉庫まで行って中を覗いた……。

 

 見ると、女の子が服をはぎ取られ、むさい男に組みしだかれていた。膨らみ始めた白くきれいな胸が、揺れるランプの炎に照らされて妖艶に彩られる。

 女の子は刃物をのどぶえに押し当てられ、涙を流している。ドロシーだ!

 ドロシーは十二歳、可愛いうえに陽気で明るいみんなの人気者。俺も何度彼女に勇気づけられたかわからない。絶対に救わなくては!

 しかし……、どうやって?

 

 男はズボンを下ろし始め、いよいよ猶予がなくなってきた。

 俺は急いで鑑定で男を見る。

 

イーヴ=クロデル 王国軍二等兵士

剣士 レベル35

 

 なんと、兵士じゃないか! なぜ兵士が孤児院で孤児を襲ってるのか?

 俺は必死に考える。レベル1の俺では勝負にならない。しかし、大人を呼びに行ってるひまもない。その間にドロシーがいいように(もてあそ)ばれてしまう……。

 考えろ……考えろ……。

 心臓がドクドクと激しく打ち鳴らされ、冷や汗が浮かんでくる。

 ドロシー……!

 

 俺は意を決すると、窓をガッと開け、窓の中に向け叫んだ。

 

「クロデル二等兵! 何をしてるか! 詰め所に通報が行ってるぞ。早く逃げろ!」

 いきなり名前を呼ばれた男は焦る。もちろん子供の声が不自然だとは思っているが、身分も名前もバレているという事実は想定外であり、焦らざるを得なかった。

 急いでズボンを上げ、チッと舌打ちをするとランプを持って逃げ出していった。

 

「うわぁぁぁん!」

 ドロシーが激しく泣き出す。俺は兵士が通りの向こうまで逃げていくのを確認し、ドロシーの所へ戻る。

 涙と鼻水で可愛い顔がもうぐちゃぐちゃである。

 俺は泣きじゃくるドロシーをそっと抱きしめた。

「もう大丈夫、僕が来たからね……」

「うぇぇぇ……」

 ドロシーはしばらく俺の腕の中で泣き続け、そして震えていた。

 

 十二歳のまだ幼い少女を襲うとか本当に信じられない。俺は憤慨しながら抱きしめていた。

 しばらくして落ち着いてきたので話を聞いてみると、トイレに起きた時に、倉庫で明かりが揺れているのを見つけ、何だろうと覗きに行って捕まったということだった。

 窓から入ってくる淡い月明かりに綺麗な銀髪が美しく揺れ、どこまでも澄んだブラウンの瞳から涙がポロポロと落ちる。

 

 俺はまたゆっくり抱きしめると、何度も何度もドロシーの背中を優しくなでてあげた。

 甘く匂う少女の香り……。さっき見てしまった、可愛く盛り上がった白い胸がつい脳裏に浮かんでしまう。

 イカン! イカン!

 おれは軽く首を振って邪念を振り払う。

 

『ドロシーに幸せが来ますように……、嫌なこと全部忘れますように……』

 俺は淡々と祈った。

 

        ◇

 

「ハーイ! 朝よ起きて起きて!」

 衝撃の夜は明け、アラフォーの、かっぷくのいい院長のおばさんが、あちこちの部屋に声をかけて子供たちを起こしていく。

 

「ふぁ~ぁ」

 あの後ベッドに戻ったが、ちょっと衝撃が大きく、しばらく寝付けなかったので寝不足である。

 俺は目をこすりながら院長を鑑定する。

 

 

マリー=デュクレール 孤児院の院長 『闇を打ち払いし者』

魔術師 レベル89

 

 

「えっ!?」

 俺は一気に目が覚めた。

 何だこのステータスは!? あのおばさん、称号持ちじゃないか!

 今までただの面倒見のいいおばさんだとしか認識してなかったが、とんでもない。一体どんな活躍をしたらこんな称号が付くのだろうか? 人は見かけによらない、とちょっと反省した。

 

 食堂に集まり、お祈りをして朝食をとる。ドロシーはまぶたが腫れて元気ない様子だったが、それでも俺を見ると小さく手を振って微笑んでくれた。後で兵士に手紙を書いて、今後一切我々に近づかないようにくぎを刺しておこうと思う。彼も大事にはしたくないだろう。兵士が孤児の少女を襲うとかとんでもない話だ。

 また、院長にもちゃんと報告しておこう。ただ、詳細に言うと鑑定スキルのことを話さなくてはならなくなるので、あくまでも倉庫の周りを男が歩いていたので大声で追い払ったとだけ伝えておく。

 

「あれ? ユータ食べないの?」

 そう言ってアルが俺のパンを奪おうとする。俺はすかさず伸びてきた手をピシャリと叩いた。

「欲しいなら銅貨二枚で売ってやる」

「何だよ、俺から金取るのか?」

 アルは膨れて言う。

「ごめんごめん、じゃ、このニンジンをやろう」

 俺が煮物のニンジンをフォークで取ると、

「ギョエー!」

 と言って、アルは自分の皿を後ろに隠した。

 

 食事の時間は(にぎ)やかだ、悪ガキどもがあちこちで小競り合いをするし、小さな子供はぐずるし、まるで戦場である。

 俺も思い出せば、昨日までは結構暴れて院長達には迷惑をかけてきた。これからは世話する側に回らないとならん。中身はもう20代なのだから。

 

 俺は硬くてパサパサしたパンをかじりながら、どうやって人生成功させたらいいか考える。孤児の身では一生うだつが上がらない。活躍もハーレムも夢のまた夢だ。俺が使えるのは唯一『鑑定』だけ。鑑定でひと財産築こうと思ったら……商売……かなぁ。『商人』だしな。しかし、商売やるには元手がいる。何で元手を稼ぐか……。ゲームの時は薬草集めからスタートしたから、まずは薬草集めでもやってみるか……。

 

 俺は食後に院長の所へ行き直談判する。

「院長、ちょっとお話があるんですが……」

「あら、ユータ君……何かしら?」

 昨日とは人が変わったような俺の言動に、やや警戒気味の院長。

 まずは昨晩のことを話し、子供たちに被害が出ないようにお願いした。

「あら、それは怖かったわね……。分かったわ、ありがとう」

 院長は対策について頭をひねって何か考えている様子だった。

 

「それからですね、実は薬草集めをして孤児院の運営費用を少しですが稼ぎたいのです」

「えっ!? 君が薬草集め!?」

 目を丸くして驚く院長。

「もちろん安全重視で、森の奥まではいきません」

「でもユータ君、薬草なんてわからないでしょ?」

「それは大丈夫です。こう見えてもちょっと独自に研究してきたので」

 俺はにっこりと笑って胸を張って言う。

 いぶかしそうに俺を見る院長。そして、部屋の脇に吊るされていた丸い葉の枝を持ってきて俺に見せた。

「これが何かわかったらいいわよ」

 ドヤ顔の院長。

 なるほど、これは全く分からない。子供たちに使ってる薬草とも違う。

 しかし、俺には『鑑定』があるのだ。

 

 テンダイウヤク レア度:★★★

 月経時の止痛に使う

 

 なるほど、自分に使う薬だったか。

「テンダイウヤクですね、女性が月に一度使ってますね」

 俺は涼しげな声で答えた。

「え――――!!」

 驚いた院長は目を皿のようにして俺を見つめる。

「早速今日から行ってもいいですか?」

 俺はドヤ顔で聞いてみる。

 院長は目をつぶり、何かをしばらく考え……、

「そうよね、ユータ君にはそう言う才能があるってことよね……」

 と、つぶやき、

「わかったわ、でも、絶対森の奥まで行かないこと、これだけは約束してね」

 と、俺の目をまっすぐに見()えて言った。

「ありがとうございます。約束は守ります」

 俺はにっこりと笑う。

 

 その後、院長は薬草採りのやり方を丁寧に教えてくれた。院長も駆け出しのころはよくやったそうだ。

 

 俺の中身は20代、いつまでも孤児院の世話になっているわけにはいかない。早く成功への手掛かりを得て、自立の道を目指すのだ!



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1-4. マジックマッシュルームの衝撃

 街の西側にあるでかい城門を抜けると麦畑が広がっている。今日はいい天気、どこまでも続く青空がとても気持ちいい。風がビューっと吹き、麦の穂が黄金色に輝きながら大きく揺れ、麦畑にウェーブが走る。俺は麦わら帽子が飛ばされないよう、ひもをキュッと絞った。

 この街道は、山を越えてはるか彼方王都まで続いているらしい。いつか商人として成功して、王都にも行ってみたい。そのためにはまずは元手だ。今日が俺の商人としてのスタートなのだ。絶対に成功させてやる。

 俺は麦畑の続く一本道を二時間ほど歩き、森の端についた。奥まで行くと恐ろしい魔物が出るらしいが、この辺りだと昼間であれば魔物の危険性はほとんどない。

 「護身用に」と院長から渡された年季ものの短剣が腰のホルダーにある事を確認し、大きく深呼吸して森の中へと入っていった。

 目につく植物は片っ端から鑑定し、レア度が★3以上の物を探す。

 しかし……、ほとんどが★1の雑草なのだ。あっても★2まで。分かってはいたが、ちょっと気が遠くなる。

 一時間ほど探し回ったが収穫はゼロ。まずい、このままでは帰れない。焦りが広がる。

 ちょっと先に小川が流れ、(がけ)になっている所を見つけた。

 崖は植生が変わっているので、期待大である。一目でたくさん鑑定できるので効率もいい。

 しばらく川沿いに歩きながら見ていくと……、見つけた!

 

 

アベンス レア度:★★★★

悪魔(ばら)いの効能がある

 

 

 これは凄い! いきなり★4である。俺は興奮して駆け寄った。

 しかし……崖の上の方に生えていて簡単には採れそうにない。三階建ての家の高さくらいだろうか、落ちたら死ぬだろう。

 諦めるか……命を懸けるか……俺はしばし悩んだ。

 小川のせせらぎがチロチロと心地よい音を立て、鳥がチチチチと遠くで鳴いている。

 

「よしっ!」

 俺は両手のひらで頬をパンパンとはたくと覚悟を決めた。俺は今度こそ人生成功するのだ。崖ぐらいで日和(ひよ)っていられないのだ。俺は崖にとりつき、ひょいひょいと登り始めた。

 

 子供の身体は軽い分、こういう時は有利ではあるが、それでも落ちたら死ぬのだ。俺は下を見て、予想以上の高さに心臓がキュッとする。

 何度も諦めそうになったが、徐々に体のホールド方法が分かってきて、最後にはなんとかたどり着くことができた。

 短剣で薬草を根元から丁寧に採集し、バッグに突っ込む。思わずにやけてしまう。きっと銀貨1枚くらい……日本円にして1万円くらいにはなるに違いない。

 だが、今度は降りなければならない。降りるのは登る何倍も難しい。チラッと下を見ると地面ははるか彼方下だ。俺は泣きそうになりながら丁寧に一歩ずつ降りていく。お金を稼ぐというのは命懸けなのだ……。

 ゲームばかりやっていたから体の動かし方が良く分からない。せめてボルダリングくらいやっておけばよかった。後悔しながら一歩一歩冷や汗垂らしながら降りていく。

 どの位時間がかかっただろうか? 俺はようやく安心できる高さにまで降りてくることができた。

 ふぅ……、良かった良かった……

 と、気を抜いた瞬間だった。足元の岩が崩れ、俺は間抜けに落ちて行く……。

 

「ぐわぁ!」

 思いっきりもんどりうって転がる俺。

 安心した瞬間が一番危険である。俺は身をもって学ばされた。

 ゴロゴロと転がり、小川に落ちる寸前でようやく止まった。

 

「いててて……」

 身体をあちこち打ってしまった。ひじから血も出ている。死ななかっただけましだが、痛い……。

 体を起こそうとすると、目の前の倒木の下にプックリとした可愛いキノコが生えているのを見つけた。見慣れない形をしている……。

 何の気なく鑑定をかけてみると、なんと★5だった。

 

「ええっ!?」

 

 

マジックマッシュルーム レア度:★★★★★

マジックポーション(MP満タン)の原料

 

 

「キタ――――!」

 ケガの功名である。

 これは高く売れるんじゃないだろうか?

 俺はケガの痛みなど全部吹っ飛び、飛び上がって思いっきりガッツポーズ。

 

「やったぞ! いける! いけるぞぉ!」

 俺は思わず叫び、そして大きく笑った。

 フリーターでゲームに逃げていた俺は今、異世界で新たな人生をつかみ取った。

 俺はただの孤児では終わらない、成功への道を一歩踏み出した実感に打ち震えた。

 

 その後、★3をいくつか採集し、陽も傾いてきたので帰る事にする。

 院長に教わった通り、来た道には短剣で木の幹に傷を付けてきているので、帰りはそれを丁寧にトレースしていく。ここは魔物もいる森、道に迷ったら死ぬのだ。この辺りは基本に忠実に慎重にやろうと決めている。

 

    ◇

 

 早足で街に戻り、夕陽に赤く染まった石畳を歩いて薬師ギルドを目指す。街は正式には『峻厳(しゅんげん)たる城市アンジュー』という名前で、王様が支配する王国となっている。街の作りは中世ヨーロッパ風になっており、建物はみな石造りだ。ごつごつとした壁の岩肌が夕陽に照らされて陰影をつくり、実に美しい。カーンカーンと遠くで教会の鐘が鳴っている。早く帰らないと院長が心配してしまう。

 

 裏通りにある薬師ギルドに入ると、壁には薬瓶がずらりと並び、カウンターの向こうには壁一面に小さな引き出しのついた棚が備えてあった。漢方薬っぽい匂いが漂う。たくさんの種類の薬が製造され、売られているのだろう。

 

「あら、僕、どうしたの?」

 受付の女性がにこやかに声をかけてくる。

 髪の毛をお団子にまとめ、眼鏡をかけた理知的な女性だ。俺に向けてかがんだ時に白衣のなかで豊満な胸が揺れた。

 

「薬草を採ってきたので買い取って欲しいんです」

 俺はちょっと顔を赤らめながら背伸びして、バッグの中から取ってきた薬草を出して見せる。

 

「あら! これ、マジックマッシュルームじゃない!」

 驚く受付嬢。

「買い取ってもらえますか?」

「もちろん、大丈夫だけど……僕が自分で採ったの?」

 困惑の目で俺を見る。

「マジックポーションの材料ですよね。僕詳しいんです。さっき森で採ってきました」

 俺はそう言ってにっこりと笑った。

「うーん、親御さんは何て言ってるの?」

 まぁ、そう聞くのは仕方ないだろう。

「僕に親はいません」

 そう言って、うつむくしぐさを見せた。

「あ、それは……ごめんなさいね」

 聞いちゃいけない事を聞いちゃった、と焦る受付嬢。

 孤児というのはこういう時はいいのかもしれない。

 

 その後、ギルドの登録証を作ってもらい、買取をしてもらった。

 金貨1枚に銀貨3枚、日本円にしたら13万円。一日でこれは大成功と言えるのではないだろうか? もちろんマジックマッシュルームが見つけられたからなのだが、幸先良いスタートとなった。

 俺はホクホクしながら帰り道を急ぐ。ポケットの中で揺れる金貨と銀貨を指先で確認しながら、こみ上げてくる喜びで思わずスキップしてしまう。日本では時給千百円で怒鳴られこき使われていたことを考えると、異世界はなんて最高な所だろうか。

 

 俺は金貨一枚を自分の報酬として、銀貨三枚を孤児院に寄付する事にした。俺が今後大きく成功し、孤児院に還元していく事が一番重要なので、今は院長には銀貨で我慢してもらおう。そのうち金貨をドサッと持って行って驚かせてやるのだ!

 



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1-5. ゴブリンの洗礼

 すっかり暗くなって孤児院へ戻ると、夕食の準備が進んでいた。

「院長~! ユータが帰ってきたよ~!」

 誰かが叫ぶと、院長が奥から出てきた。

 俺を見るなり院長は走ってやってきて、

「ユータ! 遅いじゃない!」

 と、怒り、そして

「大丈夫?」

 と、少しかがんで俺の目を見つめ、愛おしそうに頭をなでた。

 俺はポケットから銀貨三枚を出して言った。

「遅くなってごめんなさい。僕からの寄付です。受け取ってください」

「えっ!? これ、どうしたの?」

 目を丸くして驚く院長。

「薬草が売れたんです」

 すると、院長は目に涙を浮かべ……、俺をガバっと抱きしめた。

 俺は院長の豊満な胸に包まれて、ちょっと苦しくなってもがいた。

「ちょ、ちょっと苦しいです」

 孤児院の経営は厳しい。窓が割れても直せず、雨漏りも酷くなる一方だ。そんな中で、十歳の孤児が寄付してくれる、それは想定外の喜びだろう。

 院長はしばらく涙ぐんで抱きしめてくれた。

 ただ、手足が傷だらけな事を見つけると、長々とお説教をされた。

 確かに崖の採集には工夫が必要だ。明日からは柿採り棒みたいな道具は持って行こうと思った。

 

 アルは銀貨を見て、

「えっ!? 俺も行こうかなぁ……」

 と、言ってきたが、

「森まで二時間歩くよ、そこから森の中をずっと行くんだ」

 と、説明したら、

「あー、俺はパス!」

 と言って、走って逃げてしまった。十歳の子供には荷が重かろう。

 

 それからは森通いの日々だった。日曜日はミサがあるので休みにしたが、それ以外は金稼ぎに専念した。

 平均すると毎日七万円程度の稼ぎになり、孤児院に二万円ほど入れるので、毎日五万円ずつたまっていく計算だ。実に順調なスタートだと言える。

 

       ◇

 

 その日もいつものように朝から森に出かけた。

 近場はあらかた探しつくしてしまったので、ちょっと奥に入る事にする。

 いつもより生えている木が太く、大きいが、その分、いい薬草が採れるかもしれない。

 

 鑑定をしながらしばらく森を歩くと、奥の方でパキッと枝が折れる音がした。

 俺はビクッとして、動きを止める。

 

『何かいる……』

 冷や汗がブワッと湧き、心臓がドクドクと音を立て始めた。

 物音はしないが、明らかに嫌な気配を感じる。

 何者かがこちらをうかがっているような、密やかな殺意が漂ってくる。

 

 俺はそーっと音がした方に鑑定スキルをかけていく。

 

 

ウッドラフ レア度:★1

 

カシュー レア度:★1

 

キャスター レア度:★1

 

ゴブリン レア度:★1

魔物 レベル10

 

 

 俺は血の気が引いた。

 魔物だ、魔物が出てしまった。

 ゴブリンは弱い魔物ではあるが、俺のレベルは1だ。まともに戦って勝てる相手じゃない。今、俺は死の淵に立っている。

 どうしよう……、どうしよう……。

 必死に考える。

 木の上に逃げる?

 ダメだ、そんなの。下で待ち続けられたらいつかは殺されてしまう。

 やはり、遠くへ逃げるしかないが、どうやったら無事に逃げられるのか……。

 

 俺は気づかないふりをしながら、そーっと今来た道をゆっくりと歩きだし……、

 バッグも道具も一斉に投げ捨て、全速力で駆けだした。

 

「ギャギャ――――ッ!」「ギャ――――!」

 後ろで二匹のゴブリンが叫び、追いかけてくる音がする。

 絶体絶命である。

 全く鍛えていない十歳の子供がどこまで逃げられるものだろうか? 絶望的な予感が俺を(さいな)む。

 しかし、捕まれば殺される。俺は必死に森の中を走った。

 森に入ってまだ十分くらい。数分駆ければ街道に抜けられるだろう。そして、街道に出たら、助けてくれる人が出るまで街道を走るしかない。

 

ハァッ! ハァッ! ハァッ!

 

 息が苦しく酸欠で目が回ってくる。

 

「ギャッギャ――――ッ!」「ギャ――――!」

 すぐ後ろから迫るゴブリン。距離はドンドン縮まっている。ヤバい!

 

 最後の急坂を全速力で駆け下り、街道に出る。すると遠くに男の人がいるのを見つけた。俺は大声で叫びながら駆ける。

 

「助けて――――!!」

 

 ゴブリンもすぐ街道まで下りてくると、一匹が俺をめがけて槍を投げてきた。

 槍はシュッと空気を切り裂き、激痛が俺の脇腹を貫く。

「ぐわぁぁ!」

 

 俺はもんどりうって転がった。

 槍は少しそれていたおかげで、わき腹を少しえぐっただけにとどまり、その辺にカラカラといって転がる。

「ウキャ――――!!」

 もう一匹のゴブリンは転がった俺をめがけてジャンプし、短剣を振り下ろしながら降りてくる。

 ゼーゼーと荒い息を吐きながら無様に転がる俺にはもう(あらが)うすべがない。もうダメだ!

 俺は腕で顔を覆った……。

 

 次の瞬間、

「ギャウッ!」

 といううめき声と共に、ゴブリンが俺の隣に落ち、汚い血をまき散らした。

 

「え!?」

 見ると、ゴブリンの額には短剣が刺さっていた。

「おーい、大丈夫か?」

 遠くから冒険者らしき男性が駆けてくる。

 彼が助けてくれたようだ。

「だ、大丈夫ですぅ……」

 俺は安堵(あんど)で全身の力が抜け、フワフワという気分の中答えた。

 九死に一生を得た。

 殺されたゴブリンは霧のようになって消え、エメラルド色に輝く緑の魔石が残った。

 俺は魔石を初めて見た。そうか、こうやって魔物は魔石になるんだな。

 

 槍を投げたゴブリンは、冒険者の登場にビビって逃げ始める。

 男性は逃がすまいと、転がった槍を拾い、ダッシュで追いかける。

 

 俺は自分のステータスウィンドウを開き、状況をチェックした。

 

HP 5/10

 

 と、HPが半減している。もう一撃で死ぬらしい。ヤバかった。

 すると、次の瞬間、

 

 ピロローン!

 と、頭の中で効果音が鳴り響き、いきなりレベルが上がった。

 

ユータ 時空を超えし者

商人 レベル2

 

「はぁ?」

 俺は何もやってない。やってないのになぜレベルが上がるのか?

 見ると、遠くで男性が槍でゴブリンを倒していた。

 あのゴブリンを倒した経験値が俺に配分されたという事だろう。しかし、男性とはパーティも何も組んでいない。なのになぜ倒れているだけの俺に経験値が振り分けられるのか……? バグだ……、バグのにおいがするぞ! この世界を司るシステムの構築ミス。神様の勘違いだ。ゲーマーの俺だからわかる、バグのにおいだ。

 

 もしかして……。

 この瞬間、俺はとんでもないチートの可能性に気が付いてしまった。それはゲーマーでかつ、ステータスを見られる俺にしかわからない、奇想天外な究極のチートだった。

 

「俺、世界最強になっちゃうかも?」

 ズキズキと痛む脇腹の傷が気にならないくらい、最高にハイな気分が俺を包んでいった。

 



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1-6. 氷結石の福音

 男性の名はエドガー、剣士をやっている35歳の冒険者だった。たまたま近くの街へ行っていて、うちのアンジューの街に戻るところだったそうだ。彼がポーションを分けてくれたおかげで、俺はすぐに傷をいやす事が出来た。

 エドガーは中堅の剣士であり、主にダンジョンの魔物を討伐して暮らしているそうだ。ステータスを見るとレベルは53、この辺りが中堅らしい。

 院長のレベルが89となっていたが、これは相当に高いレベルだということがわかる。院長は何者なのだろうか?

 

 俺は彼と一緒に街まで同行する事にした。チートが気になって薬草採りどころじゃなくなっていたのだ。

 道中、エドガーに聞いた冒険者の暮らしはとても楽しかった。ダンジョンのボスでガーゴイルが出てきてパーティが全滅しかけ、最後やけくそで投げた剣がたまたま急所にあたって勝ったとか、スライムを馬鹿にして適当に狩ってたら崖の上から百匹くらいのスライムの群れがいきなり滝のように降ってきて、危うく全滅しかけたとか、狩りの現場の生々しい話が次々出てきて俺は興奮しっぱなしだった。

 

 彼の剣も見せてもらったが、レア度は★1だし、あちこち刃こぼれがしており、『そろそろ買い替えたい』と言っていた。

 

 俺はさっき気が付いたチートの仮説を検証したかったので、代わりの剣を用意したいと申し出る。

 エドガーは子供からそんなものはもらえないと固辞したが、俺が商人を目指していて、その試作の剣を試して欲しいという提案をすると、それならと快諾してくれた。

 

        ◇

 

 街につくとエドガーと分かれ、俺はチートの仮説検証に必要な素材を求めに『魔法屋』へ行った。魔法屋は魔法に関するグッズを沢山扱っている店だ。

 メインストリートから少し小路に入ったところにある『魔法屋』は、小さな看板しか出ておらず、日当たりも悪く、ちょっと入るのには勇気がいる。

 

 ギギギ――――ッ

 ドアを開けると嫌な音できしんだ。

 

 奥のカウンターにはやや釣り目のおばあさんがいて本を読んでいる。そしてこちらをチラッと見て、怪訝(けげん)そうな顔をすると、また読書に戻った。店内には棚がいくつも並んであり、動物の骨や綺麗な石など、何に使うのだか良く分からない物が所狭しと陳列されている。昔、東南アジアのグッズを扱う雑貨屋さんで()いだような、少しエキゾチックなにおいがする。

 俺はアウェイな感じに気おされながらも、意を決しておばあさんに声をかけた。

 

「あのー、すみません」

 おばあさんは本にしおりを挟みながら、

「坊や、何か用かい?」

 と、面倒くさそうに言った。

「水を凍らせる魔法の石とかないですか?」

氷結石(アイシクルジェム)の事かい?」

「その石の中に水を入れてたらずっと凍っていますか?」

「変な事をいう子だね。魔力が続く限り氷結石(アイシクルジェム)の周囲は凍ってるよ」

 俺は心の中でガッツポーズをした。いける、いけるぞ!

「魔力ってどれくらい持ちますか?」

「うちで売ってるのは10年は持つよ。でも一個金貨1枚だよ。坊やに買えるのかい?」

「大丈夫です!」

 そう言って俺は金貨を一枚ポケットから出した。

 おばあさんは眉をピクッと動かして、

「あら、お金持ちね……」

 そう言いながらおばあさんは立ち上がり、奥から小物ケースを出してきた。

 木製の小物ケースはマス目に小さく仕切られ、中には水色にキラキラと輝く石が並んでいる。

「どれがいいんだい?」

 おばあさんは俺をチラッと見る。

「どれも値段は一緒ですか?」

「うーん、この小さなのなら銀貨七枚でもいいよ」

「じゃぁ、これください!」

 俺が手で取ろうとすると、

「ダメダメ! 触ったら凍傷になるよ!」

 そう怒って、俺の手をつかんだ。そして手袋をつけて、慎重に丁寧に氷結石(アイシクルジェム)を取り出し、布でキュッキュと拭いた。すると、氷結石(アイシクルジェム)は濃い青色で鮮やかに輝きを放つ。

「うわぁ~!」

 俺は深い色合いのその(あお)い輝きに魅せられた。

 どうやら石の表面には霜が付くので、そのままだと鈍い水色にしか見えないが、拭くと本来の輝きがよみがえるらしい。本当はこんなに青く明るく輝くものだったのだ。

 俺が興味津々で見ていると、おばあさんはニコッと笑って小さな箱に入れた。そして、

「はい、どうぞ」

 と、にこやかに俺に差し出す。

「ありがとう!」

 俺は、満面の笑みで小箱をポケットに押し込み、お金を払った。

 

        ◇

 

 俺の仮説はこうである。

 

 ゴブリンを倒したのは俺の血がついた槍、つまり、俺の血がついた武器で魔物を倒せば、俺がどこで何してても経験値は配分されるのだ。ただ、血が乾いてカピカピになってもこの効果があるかといえば、ないだろう。そんな効果があったらどんな武器にだって血痕は微量についている訳だからシステム的に破綻してしまうはずだ。だから、まだ生きた細胞が残っている血液が付いていることが条件になるだろう。しかし、血液なんてすぐに乾いてしまう。そこで氷結石(アイシクルジェム)の出番なのだ。この石を砕いてビーズみたいにして、中にごく微量、俺の血を入れて凍らせる。そしてそれを武器の中に仕込むのだ。これを冒険者のみんなに使ってもらえば俺は寝てるだけで経験値は爆上がり、世界最強の力を得られるに違いない。

 もちろん、それだけだと他人の経験値を奪うだけの泥棒なので、良くない。やはり喜ばれることをやりたい。と、なると、特殊なレア武器を提供して、すごく強くなる代わりに経験値を分けてもらうという形がいいだろう。

 

 俺はウキウキしながら孤児院に戻り、みんなに見つからないようにそっと倉庫のすみに作業場を確保すると、氷結石(アイシクルジェム)の加工作業に入った。

 

        ◇

 

 週末に、街の広場で『(のみ)の市』が開かれた。いわゆるフリーマーケット、フリマである。街の人や、近隣の街の商人がこぞって自慢の品を並べ、売るのである。俺は今まで貯めたお金をバックに秘かに忍ばせて、朝一番に広場へと出かけた。

 広場ではすでに多くの人がシートを敷いて、倉庫で眠っていたお宝や、ハンドメイドの雑貨などを所狭しと並べていた。

 俺の目当ては武器、それも特殊効果がかかったレアものの武器である。鑑定スキルが一番役に立つシーンであるともいえる。

 

 端から順繰りに武器を鑑定しながら歩いて行く……

 

グレートソード レア度:★

大剣 攻撃力:+10

 

スピア レア度:★

槍 攻撃力:+8

 

バトルアックス レア度:★

斧 攻撃力:+12

 

ショートボウ レア度:★

短弓 攻撃力:+6

 

 どれもこれも★1だ。小一時間ほど回ったが成果はゼロ。さすがに鑑定を使い過ぎて目が回ってきた。フリマなんだから仕方ないとは思うが、なんかこうもっとワクワクさせて欲しいのに……。

 ★1の武器に氷結石(アイシクルジェム)を仕込んだら、使う人は損してしまう。損させることは絶対ダメだ。どうしても、レア武器で『強くなるけど経験値が減る』といったトレードオフの形にしておきたい。

 しかし……、レア武器なんて俺はまだ見たことがなかった。本当にあるのだろうか?

 

 俺は気の良さそうなおばちゃんから、手作りのクッキーとお茶を買うと、噴水の石垣に腰掛けて休んだ。

 見上げればどこまでも澄みとおった青い空、あちこちから聞こえてくるにぎやかな商談の声……。クッキーをかじりながら俺は、充実してる転生後の暮らしに思わずニッコリとしてしまった。暗い部屋でゲームばかりしていた、あの張りのない暮らしに比べたら、ここは天国と言えるかもしれない。

 俺は大きく息を吸い、ぽっかりと浮かぶ白い雲を見ながら、幸せだなぁと思った。

 



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1-7. 紅蓮虎吼剣

「あー、すまんが、ちょっとどいてくれ」

 人の良さそうな白いひげを蓄えたおじいさんが、山のように荷物を背負いながら、人だかりで歓談している人たちに声をかけた。どうやら、遅れてやってきて、これから設営らしい。

 背負ってる荷物からは剣の(つば)などが飛び出しているから武具を売るつもりなのだろう。

 俺はクッキーをかじりながら期待もせずに鑑定をかけて行った……。

 

 

ワンド レア度:★

木製の杖 攻撃力:+8

 

スピア レア度:★

大剣 攻撃力:+9

 

紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★

大剣 強さ:+5、攻撃力:+8/40、バイタリティ:+5、防御力:+5

 

「キタ――――!!」

 俺は思わず立ち上がってガッツポーズ!

 隣に置いていたお茶のカップが転がり、お茶が地面を濡らした。

 

 俺はお茶どころじゃなくなって、何度もステータスを確認し、おじいさんの所へと駆けて行く。

 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣はジャンク扱いで、箱の中に他の武器と一緒に無造作に突っ込まれていた。すっかり錆び切って赤茶色になり、あちこち刃こぼれが目立っている。★4なのにこの扱いはひどい。一体どんな経緯でこうなったのだろうか?

 攻撃力が『8/40』となっているのは、状態が悪いから40から8に落とされたという事に違いない。きっと研げば40まで上がるに違いない。

 

 おじいさんはきれいに磨かれた武器を、丁寧に敷物の上に並べていく。鑑定していくと、中には★3が二つほどあった。すごい品ぞろえである。一体何者なのだろうか?

「坊主、武器に興味あるのか?」

 並べ終わると、おじいさんはそう言って相好を崩す。

 

 俺は★3と★4の武器を指さした。

「この剣と、この短剣、それからあの()びた大剣が欲しいんですが、いくらですか?」

「え!? これは一本金貨一枚だぞ! 子供の買えるもんじゃねーぞ!」

 驚くおじいさん。

「お金ならあります!」

 そう言ってカバンから金貨を二枚出した

「ほぅ、こりゃ驚いた……」

 おじいさんは金貨を受け取ると、本物かどうかじっくりと確かめていた。

「……。いいですか?」

「そりゃぁ金さえ払ってくれたらねぇ……。よし! じゃ、()びた奴はオマケにしといてやろう!」

 そう言って笑うと、剣を丁寧に紙で包んで梱包を始めた。

 なんと、★4がオマケでついてしまった。俺は改めて鑑定スキルの重要さを身に染みて感じる。

 

「もしかして、こういう武器、他にもありますか?」

 在庫があるなら全部見せて欲しいのだ。

「あー、うちは古い武器のリサイクルをやっとってな、倉庫にはたくさんあるよ」

 おじいさんは開店するなり武器が売れてニコニコと上機嫌だ。

「それ、見せてもらう事はできますか?」

「おいおい、坊主。お前、武器買いあさってどうするつもりかね?」

 怪訝(けげん)そうなおじいさん。

 

「あー、実は冒険者相手に武器を売る商売をはじめようと思ってて、仕入れ先を探してたんです」

「え? 坊主が武器商人?」

「武器ってほら、魅力的じゃないですか」

 するとおじいさんはフッと笑うと、

「そりゃぁ武器は美しいよ。でも、儲かるような仕事じゃないぞ?」

「大丈夫です、まず試したいので……」

 おじいさんは俺の目をジッと見る。そして、

「分かった、じゃぁ明日、ここへおいで」

 そう言って、おじいさんは小さなチラシを年季の入ったカバンから出して、俺に渡した。

「ありがとうございます!」

 俺はお礼を言うと、三本の剣を抱え、ウキウキしながら孤児院の倉庫へと走った。

 

      ◇

 

 倉庫に水を汲んできて早速紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を研ぎ始めた。錆びだらけなのはすぐに落ちるが、刃こぼれは頭が痛い。刃こぼれした分、全部研ぎ落さねばならないからだ。なのに、めちゃくちゃ刀身が硬く、研いでも研いでもなかなか削れていかない。さすが★4である。

 しかし、諦めるわけにもいかない。俺は砥石を諦め、庭に転がっていた石垣の崩れた石を二個持ってきた。かなりザラザラするから粗研ぎには良さそうだ。水をかけ、まずは石同士でこすり合わせて面を出す。しばらくするといい感じになってきたので剣を試しに研いでみた。するとジョリジョリと削れていって、砥石よりはいい感じである。俺は調子に乗って景気よく研いでいく。

 しかし、ヒョロッとした孤児の俺ではすぐに疲れてしまう。

 

「ふぅ……何やるにしても身体鍛えないとダメだなぁ……」

 ボーっと休みながらつぶやいた。

 

「な~に、やってるの?」

「うわぁ!」

 いきなり後ろから声を掛けられてビビる俺。

「そんなに驚く事ないでしょ!」

 振り返るとドロシーがムッとしている。銀髪に透き通る白い肌の美しい少女は、ワンピースの様な水色の作業着を着て俺をにらむ。

 

「ゴメンゴメン、今度武器をね、売ろうと思ってるんだ」

 そう言って、石に水をかけ、剣を研ぐ。

「ふーん、ユータずいぶん変わったよね?」

 ドロシーはそう言って俺の顔をのぞき込む。

「まぁ、いつまでも孤児院に世話になってはいられないからね」

 

 ジョリジョリと倉庫内に研ぐ音が響く。

「あの時……ありがとう」

 ドロシーはちょっと恥ずかしそうに下を向いて言った。

「大事にならなくてよかったよ」

 俺は研ぎながら淡々と返した。

「本当はね、ユータって手に負えない悪ガキで、ちょっと苦手だったの……」

「俺もそう思うよ」

 ちょっと苦笑しながら応える。

「いやいや、違うのよ! 本当はあんなに勇気があって頼れる子だって分かって、私、反省したの……」

「ははは、反省なんてしなくていいよ。実際悪ガキだったし」

 俺は苦笑いしながら軽く首を振った。

「でね……。私、何か手伝えることないかなって思って……」

「え?」

 俺はドロシーの方を見た。

 

「ユータが最近独り立ちしようと必死になってるの凄く分かるの。私、お姉さんでしょ? 手伝えることあればなぁって」

 なるほど、確かに手伝ってくれる人がいるのは心強い。ドロシーは賢いし、手先も器用だ。

「そしたら、武器の掃除をお願いできるかな? そこの剣とか持ち手や(つば)に汚れが残っちゃってるんだよね」

 おじいさんの剣は基本フリマの商品なので、クリーニングまでしっかりとやられている訳ではない。売るのであれば綺麗にしておきたい。

「分かったわ! この手のお掃除得意よ、私!」

 そう言ってドロシーは目を輝かせた。

「売れたらお駄賃出すよ」

「何言ってんの、そんなの要らないわよ!」

「いやいや、これは商売だからね。もらってもらわないと困るよ。ただ……小銭だけど」

「うーん、そういうものかしら……分かった! 楽しみにしてる!」

 ドロシーは素敵な笑顔を見せた。

 そして、棚からブラシやら布やら洗剤をてきぱきと(そろ)えると、隣に座って磨き始めた。

 俺も淡々と研ぎ続ける。

 



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1-8. 十二歳女神の福音

「これ、儲かるの?」

 ドロシーは手を動かしながら聞いてくる。

「多分儲かるし……それだけじゃなく、もっと夢みたいな世界を切り開いてくれるはずだよ」

「えー? 何それ?」

 ドロシーはちょっと茶化すように言う。

「本当さ、俺がこの世界全部を手に入れちゃうかもしれないよ?」

 俺はニヤッと笑う。

「世界全部……? 私も手に入っちゃう?」

 そう言ってドロシーは上目づかいで俺を見る。サラッと銀髪が揺れて、澄んだブラウンの瞳がキュッキュッと細かく動いた。

 十二歳とは思えない女の色香の片りんに俺はドキッとして、

「え? あ? いや、そういう意味じゃなくって……」

 と、しどろもどろになる。

「うふふ、冗談よ。男の子が破天荒な夢を語るのはいい事だわ。頑張って!」

 ニコッと笑って俺を見るドロシー。

「あ、ありがとう」

 俺は顔を赤くし、研ぐ作業に戻った。

 

 ドロシーは丁寧に剣の(つば)を磨き上げる。だいぶ綺麗になったが、なかなか取れない汚れがあって、ドロシーは何かポケットから取り出すとコシコシとこすった。

 綺麗にすると何かステータス変わらないかなと、俺は何の気なしに剣を鑑定してみる。

 

 

青龍の剣 レア度:★★★

長剣 強さ:+2、攻撃力:+30、バイタリティ:+2、防御力:+2、経験値増量

 

 

「ん!?」

 俺はステータス画面を二度見してしまう。

 『経験値増量』!?

「ちょっ! ちょっと待って!」

 俺は思わず剣を取って鑑定してみる。しかし、そうすると『経験値増量』は消えてしまった。これは一体どういうことだ……?

「ちょっと持ってみて」

 ドロシーに持たせてみる。しかし『経験値増量』は消えたまま……。一体これはどういう事だろう?

 俺が不思議がっていると、ドロシーはまた汚れをこすり始めた。すると『経験値増量』が復活した。

「ストップ!」

 俺はドロシーの手に持っているものを見せてもらった。

 それは古銭だった。そして、古銭を剣につけると『経験値増量』が追加されることが分かった。

 

「やった――――!!」

 俺はガッツポーズをして叫んだ。

 ポカンとするドロシー。

 

「ドロシー!! ありがとう!!」

 俺は感極まって思わずハグをする。

 これで経験値が減る問題はクリアだし、剣の性能を上げる可能性も開かれたのだ。

 俺は甘酸っぱい少女の香りに包まれる……

 

 って、あれ? マズくないか?

 

 月夜の時にずっとハグしてたから、無意識に身体が動いてしまった。

 

「あ、ごめん……」

 俺は真っ赤になりながら、そっとドロシーから離れた。

 

「ちょ、ちょっと……いきなりは困るんだけど……」

 ドロシーは可愛い顔を真っ赤にしてうつむいた。

 

「失礼しました……」

 俺もそう言ってうつむいて照れた。

 それにしても『いきなりは困る』という事は、いきなりでなければ困らない……のかな?

 うーん……

 

 日本にいた時は女の子の気持ちが分からずに失敗ばかりしていた。異世界では何とか彼女くらいは作りたいのだけれど、いぜん難問だ。もちろん十歳にはまだ早いのだが。

 

「と、ところで、なんでこれでこすってるの?」

 俺は話題を切り出す。

「この古銭はね、硬すぎず柔らかすぎずなので、こういう金属の汚れを地金を傷つけずにとる時に使うのよ。生活の知恵ね」

 伏し目がちにそう答えるドロシー。

「さすがドロシー!」

「お姉さんですから」

 そう言ってドロシーは優しく微笑んだ。

 

 これで俺の計画は完ぺきになった。使う人も俺も嬉しい魔法のチート武器がこの瞬間完成したのだ。こんなの俺一人だったら絶対気付かなかった。ドロシーのお手柄である。ドロシーは俺の幸運の女神となった。

 

         ◇

 

 結局、研ぎ終わる頃には陽が傾いてきてしまった。ドロシーはしっかり清掃をやり遂げてくれて、孤児院の仕事へと戻っている。

 

 最後に俺の血液を仕込んだ氷結石(アイシクルジェム)と、ドロシーからもらった古銭のかけらを(つか)に仕込んでできあがり。ちょっと研ぎあとが(いびつ)だが、攻撃力は問題なさそうなのでこれを持っていく。

 また、この時、ステータスに『氷耐性:+1』が追加されているのを見つけた。なんと、氷結石(アイシクルジェム)を埋め込むと氷耐性が付くらしい。これは思いもしなかった効果だ。と、言う事は火耐性や水耐性なんかも上げられるに違いない。古銭だけではなく、いろんな効果を追加できるアイテムがあると言うのは予想外の福音だ。俺は儲かってきたら魔法屋でいろいろ仕入れて、この辺も研究してみようと思った。

 

      ◇

 

 剣を三本抱えて歩くこと15分、冒険者ギルドについた。石造り三階建てで、小さな看板が出ている。中から聞こえてくる冒険者たちの太い笑い声、年季の入った木製のドア、開けるのにちょっと勇気がいる。

 ギギギギーッときしむドアを開け、そっと中へ入る。

 

「こんにちはぁ……」

 

 入って右側が冒険者の休憩スペース、20人くらいの厳つい冒険者たちが歓談をしている。子供がいていいようなところじゃない。まさにアウェイである。

 ビビりながらエドガーを探していると、若い女性の魔術師が声をかけてくる。

「あら坊や、どうしたの?」

 胸元の開いた色っぽい服装でニヤッとしながら俺を見る。

「エ、エドガーさんに剣を届けに来たんです」

「エドガー?」

 ちょっといぶかしそうに眉をしかめると、

「おーい、エドガー! 可愛いお客さんだよ!」

 と、振り返って言った。

 すると、奥のテーブルでエドガーが振り向く。

 

「お、坊主、どうしたんだ?」

 と、にっこりと笑う。

 俺はそばまで行って紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を見せた。

「昨日のお礼にこれどうぞ。重いですけど扱いやすく切れ味抜群です。防御もしやすいと思います」

「え!? これ?」

 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣の大きさに面食らう。

 エドガーが使っているのは

 

ロングソード レア度:★

長剣 攻撃力:+9

 

 それに対し、紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣は圧倒的にステータスが上だがサイズもデカい。ただ、『強さ』も上がるので振り回しにくいデメリットは相殺してくれるだろう。

 

紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣 レア度:★★★★

大剣 強さ:+5、攻撃力:+40、バイタリティ:+5、防御力:+5、氷耐性:+1、経験値増量

 

 エドガーは、

「大剣なんて、俺、使った事ないんだよなぁ……」

 と、気乗りがしない様子だ。

 すると、同じテーブルの僧侶の女性が、

「裏で試し切りしてみたら? これが使いこなせるなら相当楽になりそうよ」

 そう言って丸い眼鏡を少し上げた。

 

 エドガーは、マグカップをあおって、飲みかけのお茶を飲み干すと、

「まぁやってみるか」

 そう言って俺を見て、優しく頭をなでた。

 

 裏のドアを開けるとそこは広場になっており、すみっこに藁でできたカカシの様なものが立っていた。これで試し斬りをするらしい。カカシは『起き上がりこぼし』のように押すとゆらゆらと揺れ、剣を叩きこんでもいなされてしまうため、剣の腕を見るのに有効らしい。

 エドガーは紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を受け取るとビュンビュンと振り回し、

「え? なんだこれ? 凄く軽い!」

 と、驚く。

 紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣が軽い訳ではなく、ステータスの『強さ』が上がっただけなのだが、この世界の人はステータスが見えないので、そういう感想になってしまう。

「どれどれ、行きますか!」

 そう言うと、

「あまり無理すんなよー!」「また腰ひねらんようになー!」

 やじ馬が五、六人出てきて、はやしたてる。

「しっかり見とけよ!」

 やじ馬を指さしてそう言うと、エドガーは大きく深呼吸を繰り返し、カカシを見据え……、そして、目にも止まらぬ速さでバシッと紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣を打ち込んだ。

 

 しかし、カカシは微動だにしなかった。

「え?」

「あれ? 斬れてないぞ?」

 皆が不思議がる中、カカシはやがて斜めにズズズとずれ、真っ二つになってコテンと転がった。

 

「え――――!?」「ナニコレ!?」

 驚きの声が広場にこだまする。

 いまだかつて見たことのないような斬れ味に一同騒ぎまくる。

 エドガーは中堅のCランク冒険者だが、斬れ味はトップクラスのAランクだった。

 



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1-9. チート、スタート!

 あまりのことに混乱したエドガーは俺に聞いてくる。

「ちょっとこれ、どういうこと?」

「その剣は紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣といって、由緒あるすごい剣なんです」

 俺はニコニコしながら言った。

「いやいや、これなら今まで行けなかったダンジョンの深層に行ける。これは楽しみになってきた!」

 エドガーは改めて紅蓮虎吼(ぐれんこほう)剣をまじまじと眺めた。刀身には金色で虎の装飾が彫ってあり、実に豪勢な造りとなっている。

「じゃぁ使ってくれますね?」

「もちろん! いや、これちゃんとお金払うよ!」

 と、言ってくれる。

「命の恩人からはお金取れません。その代わり、お客さん紹介してもらえますか?」

「いやー、このレベルの武器を売ってくれるなら、いくらでも欲しい人はいるよ。なぁみんな?」

 そう言って、やじ馬の方を向いた。

 

「俺も欲しい!」「俺も俺も!」

 やじ馬も目の色を変えて言ってくる。

 これで販路開拓もOKである。俺は幸先の良いスタートにホッとした。

 

 結局その日は★3の武器二本を金貨四枚で売って、金貨二枚の利益となった。日本円にして20万円である。いい商売だ。★3なら金貨二枚、★4なら十枚で売っていけるだろう。この価格なら……、月商一千万円、利益五百万!? えっ!?

 

 俺は暗算して思わず声を上げそうになった。俺、なんだかすごい金鉱脈を掘り当てたんじゃないか?

 

「ヤッホ――――イ!!」

 帰り道、俺はスキップしながら腕を高々と突き上げた。無一文だった孤児がついに成功の糸口にたどり着いたのだ。もう、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。

 

 これもドロシーの協力あってこそ。

 俺はケーキ屋でリボンのついた可愛いクッキーを買った。喜んでくれるかな?

 

       ◇

 

 翌日、おじいさんのお店に行こうと街を歩いていると、

 

 ピロローン! ピロローン! ピロローン!

 と、頭の中に音が鳴り響いた。

 

「キタ――――!!」

 俺は思わずガッツポーズである。

 急いでステータスを見ると、レベルが5に上がっていた。

 

 予想通り、エドガーたちの倒した敵の経験値が俺にも分配され始めたのだ。これで俺は勝手にレベルが上がる環境を手に入れた。今後さらに武器を売っていけば、さらに経験値のたまる速度は上がるだろう。

 冒険者千人に使ってもらうことが出来たら、俺は家に居ながら普通の冒険者の千倍の速さで強くなっていく。きっと人族最強どころかこの世界に影響が出るくらい強くなってしまうに違いない。『商人』がこの世界を揺るがす仙人の様な存在になる……なんと痛快だろうか!

 もちろん、俺のやっていることはずるいことだ。チートでインチキだ。でも、孤児が異世界で生き抜くのにきれいごとなんてクソくらえだ。

 俺はガッツポーズを繰り返し、ピョンピョンと飛び跳ねながら道を歩く。歩きなれた石畳の道が、俺には光り輝く栄光の道に見えた。

 

         ◇

 

 おじいさんの店に来ると、にこやかにおじいさんが迎えてくれた。

 倉庫を見せてもらうと、そこにはずらりと、それこそ数千本の武器が眠っていた。もう数百年も前から代々やっているお店なので在庫が山ほどたまってしまったらしい。しかし、多くはほこりが積もり、()びが回ってしまっていて、おじいさんも管理に頭を悩ませているそうだ。

 

 俺は欲しい物を選ばせてもらうことにして、倉庫で延々と鑑定を繰り返した。

 夕暮れまで頑張って、俺は★4を二十本、★3を百五十本見つけ出すことができた。

 おじいさんは、『ほとんどがジャンク品だから』と、全部で金貨十枚でいいという。しかし、さすがにそれは気がとがめるので、(もう)かり次第、儲けに応じて追加で金貨を支払うと約束した。その代わり、しばらく保管してもらうことにして、気になる★4だけ、いくつか持って帰ることにする。

 

 今回驚いたのは、特殊効果付きの魔法の杖。

 

光陰の杖 レア度:★★★★

魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20

特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える

 

 これは例えばメチャクチャに潰されて死んでも生き返るという意味であり、改めてこの世界のゲーム的な設定に驚かされた。一体どうなるのだろうか……?

 

        ◇

 

 商材がこれだけ揃えばあとは売るだけである。武器商人として、俺は毎日淡々と武器を研いで整備して売るということを繰り返した。

 営業はしなくても『すごい武器だ』といううわさが口コミで広がり、購入希望者リストがいっぱいになるほどで、まさに順風満帆である。

 二ヶ月もしたら、売った武器はもう100本を超え、経験値は毎日ぐんぐん増えるようになった。レベルアップの音が毎日のように頭の中に響き、一度も戦ったことがないのにレベルは80を超えてきた。これはもはやAランクのベテラン冒険者クラス、まさにチートである。

 こんなレベル、本当に意味があるのか不思議になり、試しに剣を振り回してみた。すると、重くてデカい剣をクルクルと器用に扱えるようになっていることに気が付いた。武器の扱い方が体にしみこんでいるようなのだ。これ、ダンジョンでも無双できるのではないだろうか? いつか行ってみたいなと思った。

 

 それから魔法石の効果もいろいろと研究し、水、風、火、雷の属性耐性の他に、幸運、自動回復を付与する方法を見つけた。

 俺は売る武器には全てこれらの特殊効果をてんこ盛りにして詰め込んだ。手間暇もコストも増えるが、経験値を分けてもらう以上、手抜きはしないと決めているのだ。

 



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1-10. 世界最大の責任

 自分のステータスを眺めてみると、MPや魔力、知力の値は一般的な冒険者の魔術師をもう超えていた。しかし、俺は魔法の使い方を知らない。これはちょっともったいないのではないだろうか?

 

 俺はこっそり孤児院の裏庭で魔法が出るか試してみた。

 

 心を落ち着け、目の前の木をにらみ、手のひらを前に突き出して叫んだ。

「ファイヤーボール! ……。」

 しかし、何も起こらない。

「あれ? どうやるんだろう?」

 俺はいろいろと試行錯誤を繰り返す。

「ファイヤーボール! ……、ダメか……」

 

 すると、後ろからいきなり声をかけられる。

「な~に、やってんの?」

「うわぁ!」

 驚き慌てる俺。

「なんでいつもそう驚くのよ!」

 ドロシーがプリプリしながら立っていた。

「後ろからいきなり声かけないでよ~」

 俺はドキドキする心臓を押さえながら言った。

「魔法の練習?」

「うん、できるかなーと思ったけど、全然ダメだね」

「魔法使いたいならアカデミーに通わないとダメよ」

「アカデミー……。孤児じゃ無理だね……」

「孤児ってハンデよね……」

 ドロシーがため息をつく。

 

「院長に教わろうかなぁ……」

「え? なんで院長?」

 ドロシーは不思議がる。

「あー、院長だったら知ってるかなって……」

 院長が魔術師な事は、俺以外気づいていないらしい。

「さすがにそれは無理じゃない? あ、丁度院長が来たわよ、いんちょ――――!」

 ドロシーは院長を呼ぶ。

「あら、どうしたの?」

 院長はニコニコしながらやってきた。

 

「院長って魔法使えるんですか?」

「えっ!?」

 目を丸くして驚く院長。

「ユータが院長に魔法教わりたいんですって!」

 院長は俺をジッと見る。

「もし、使えるならお願いしたいな……って」

 俺はモジモジしながら言った。

「ざーんねん。私は魔法なんて使えないわ」

 にこやかに言う院長。

「ほらね」

 ドロシーは得意げに言う。

「あ、ユータ君、ちょっと院長室まで来てくれる? 渡す物あるのよ」

 院長はそう言って俺にウインクをした。

「はい、渡す物ですね、わかりました」

 俺は院長の思惑を察し、淡々と答えた。

 

          ◇

 

 二人で院長室に入ると、院長は、

「そこに腰かけて。今、お茶を入れるわね」

 そう言って、ポットのお茶をカップに入れてテーブルに置いた。

 

「いきなりすみません」

 俺は頭を下げた。

「いいのよ。誰に聞いたの?」

 院長はニッコリとほほ笑みながらお茶を一口飲んだ。

 

「ギルドに出入りしているので、そういううわさを聞きまして」

 俺は適当に嘘をつく。

「ふぅん。で、魔法を教わりたいってことね?」

「はい」

 院長は額に手を当て、目をつぶって何かをじっと考えていた。

 重苦しい時間が流れる。

 

「ダメ……、ですか?」

 院長は大きく息をつくと、口を開いた。

「私ね……、魔法で多くの人を殺してしまったの……」

「えっ!?」

 意外なカミングアウトに俺は凍り付いた。

「十数年前だわ、魔物の大群がこの街に押し寄せてきたの。その時、私も召集されてね、城壁の上から魔法での援護を命令されたわ」

「それは知りませんでした」

「あなたがまだ赤ちゃんの頃の話だからね。それで、私はファイヤーボールをポンポン撃ってたわ。魔力が尽きたらポーションでチャージしてまたポンポンと……」

 院長は窓の外を眺めながら淡々と言った。

「もう大活躍よ。城壁から一方的に放たれるファイヤーボール……、多くの魔物を焼いたわ。司令官はもっと慎重にやれって指示してきたけど、大活躍してるんだからと無視したの。天狗になってたのよね……」

「そして……、特大のファイヤーボールを放とうとした瞬間、矢が飛んできて……、肩に当たったわ。倒れながら放たれた特大の火の玉……どうなったと思う?」

「え? どうなったんですか?」

「街の中の……、木造の住宅密集地に……落ちたわ……」

 院長は震えながら頭を抱えた。

「うわぁ……」

「多くの人が亡くなって……しまったの……」

 俺はかける言葉を失った。

 院長はハンカチで目頭を押さえながら言った。

「魔物との戦いには勝ったし、矢を受けたうえでの事故だから不問にされ、表彰され、二つ名ももらったわ……。でも、調子に乗って多くの人を殺した事実は、私には耐えられなかったのよ。その事故で身寄りを失った子がここに入るって聞いて、私は魔術師を引退してここで働き始めたの……。せめてもの罪滅ぼしに……」

 沈黙の時間が流れた……。俺は一生懸命に言葉を探す。

 

「で、でも、院長の活躍があったから街は守られたんですよね?」

「そうかもしれないわ。でも、人を殺した後悔って理屈じゃないのよ。心が耐えられないの」

 そう言われてしまうと、俺にはかける言葉がなかった。

「いい、ユータ君。魔法は便利よ、そして強力。でも、『大いなる力は大いなる責任を伴う』のよ。強すぎる力は必ずいつか悲劇を生むわ。それでも魔法を習いたいかしら?」

 院長は俺の目をまっすぐに見つめる。

 なるほど、これは難問だ。俺は今まで『強くなればなるほどいい』としか考えてこなかった。しかし、確かに強い力は悲劇をも呼んでしまう。

 鑑定スキルがあれば商売はうまくいく。きっと一生食いっぱぐれはないだろう。それで十分ではないだろうか?

 なぜ俺は強くなりたいのだろう?

 俺はうつむき、必死に考える。

 

「教えるのは構わないわ。あなたには素質がありそう。でも、悲劇を受け入れる覚悟はあるかってことなのよ」

 院長は淡々と言う。

 

 目をつぶり、俺は今までの人生を振り返った。特に無様に死んだ前世……。思い返せば俺はそこそこいい大学に合格してしまったことで慢心し、満足してしまい、向上心を失ったのが敗因だったかもしれない。結果、就活に失敗し、人生転落してしまった。人は常に向上心を持ち、挑戦をし続けない限りダメなのだ。たとえそれが悲劇を呼ぶとしても、前に進む事を止めてはならない。

 

 俺は院長をまっすぐに見つめ、言った。

「私は、やらない後悔よりも、やった後での後悔を選びたいと思います」

 

 院長はそれを聞くと、目をつぶり、ゆっくりとうなずいた。

「覚悟があるなら……いいわ」

「忠告を聞かずにすみません。でも、この人生、できること全部やって死にたいのです」

 俺はそう言い切った。

「それじゃ、ビシビシしごくわよ!」

 院長が今まで見たこと無いような鋭い目で俺を見た。

「わ、わかりました。お願いします」

 俺はちょっとビビりながら頭を下げた。

 

 こうして俺は魔法を習うことになり、毎晩、院長室へ秘かに通うようになった。

 

       ◇

 

 鬼のしごきを受けつづけること半年――――。

 

 一通りの初級魔法を叩きこまれ、俺は卒業を迎えた。ファイヤーボールも撃てるし、空も飛べるし、院長には感謝しかない。

 そして……。日々上がる俺のレベルはついに二百を超えていた。一般人でレベル百を超える人がほとんどいない中、その倍以上のレベルなのだ。多分、人間としてはトップクラスの強さになっているだろう。

 

 俺は翌日、朝早く孤児院を抜け出すとまだ薄暗い空へと飛んだ。実は、まだ、魔力を全力で使ったことがなかったので、人里離れた所で試してみようと思ったのだ。レベル二百の魔法って、全力出したらどんなことになるのだろうか?

 隠ぺい魔法をかけて、見つからないようにし、ふわりと街の上空を飛んでみる。最初は怖かったが徐々に慣れてきたので、速度を上げてみる。

 朝もやの中、どんどんと小さくなる孤児院や街の建物……。朝の冷たい風の中、俺はどんどんと高度を上げていく。

 すると、いきなりもやを抜け、朝日が真っ赤に輝いた。

 ぽつぽつと浮かぶ雲が赤く輝き、雲の織りなす影が光の筋を放射状に放ち、まるで映画の一シーンのような幻想的な情景を浮かび上がらせていた。

 

「うわぁ……、綺麗……」

 

 神々しく輝く真紅の太陽が俺を照らす。

 前世では部屋にこもって無様(ぶざま)に死んだ俺が今、空を自由に飛んでこの美しい風景を独り占めにしている。俺は胸が熱くなって涙がポロリとこぼれた。

 

 俺はこの景色を一生忘れないだろう。

 今度こそ、絶対成功してやるのだ。この人類最高峰の力を駆使してガッチリと幸せをつかみ取るのだ!

 

 俺は朝日にガッツポーズして気合を入れ、全魔力を使ってカッ飛んで行った。

 

        ◇

 

 しばらく飛ぶと海になり、小さな無人島を見つけたので、そこで魔法の確認を行ってみる。試しにファイヤーボールを全力で海に撃ってみた

 俺は院長に教わった通りに目をつぶり、深呼吸をして、意識を心の底に落としていく。そして、心にさざめく魔力の揺らめきの一端に意識を集中させ、それを右腕へグイーンとつなげた。魔力が腕を伝わって流れてくる。俺はほとばしってくる魔力に合わせ、叫んだ。

 

「ファイヤーボール!」

 魔力は俺の手のひらで炎のエネルギーとなって渦巻き、巨大な火の玉を形成する。直後、すさまじい速度ですっ飛んでいき、海面に当たって大爆発を起こした。

 激しい閃光の直後、衝撃波が俺を襲う。

 

「ぐわぁ!」

 何だこの威力は!?

 

 海面が沸騰し、激しい湯気が立ち込め、ショックで魚がプカプカと浮かんでくる。

 俺は院長が言っていた『大いなる力は大いなる責任を伴う』という言葉を思い出し、ゾッとしてしまった。すでに俺は、手軽に爆弾をポンポン放ることができる危険人物になってしまっているのだ。

 こんな力、誰にも知られてはならない。知られてしまったらきっとこの力を利用しようとする連中が出てきてしまうだろう。そうしたらきっとロクな事にならない。

 俺は人前では魔法を使わないようにしようと心に決めた。

 

 職業が『商人』なので高度な魔法は無理かと思っていたが、どうもそんなことはなかった。MPや魔力、知力の伸びが低いだけで、頑張れば普通に魔法は使えたのだ。もちろん、経験不足で発動までの時間が長かったり、精度がいまいちであり院長には全然及ばないが、威力だけで言うならばステータス通りの威力は出るらしい。

 つまり、同レベルの魔術師には敵うべくもないが、レベルが半分くらいの魔術師には勝てるかもしれない。という事は、レベルをガンガン上げ続けたら世界最強の魔術師になってしまうということだ。

 世界最大の責任を伴ってしまうという事が一体何を引き起こすのか……。俺は水平線を眺めながら、大きく息をつくとしばらく考え込んだ。

 



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1-11. 可愛い従業員

 それから三年がたった――――。

 

 十四歳になり、俺は孤児院のそばに工房を借りた。俺の武器は評判が評判を呼んで、お客が列をなしている状態で、孤児院の倉庫でやり続けるのもおかしな状態になっていたのだ。孤児院への寄付は続けているが、それでもお金は相当溜まっている。経理とか顧客対応も手一杯で、そろそろ誰かに手伝ってもらわないと回らなくなってきている。

 

 一方経験値の方も恐ろしいくらいにガンガン上がり続けている。すでに、他の街の冒険者向け含め、数千本の武器を販売しており、それらが使われる度に俺に経験値が集まってくるのだ。レベルが上がる速度はさすがに落ちてきてはいるが、それでも数日に一回は上がっていく。もう、レベルは八百を超え、ステータスは一般の冒険者の十倍以上になっていた。

 

 コンコン!

 

 工房で、剣の(つか)を取り付けていると誰かがやってきた。

「ハーイ! どうぞ~」

 そう言ってドアの方を見ると、美しい笑顔を見せながら銀髪の少女が入ってきた。ドロシーだ。

「ふぅん、ここがユータの工房なのね……」

 ドロシーがそう言いながら部屋中をキョロキョロと見回す。

「あれ? ドロシーどうしたの?」

「ちょっと……、前を通ったらユータが見えたので……」

「今、お茶でも入れるよ」

 俺が立ち上がると、ドロシーは、

「いいのいいの、おかまいなく。本当に通りがかっただけ。もう行かないと……」

「あら、残念。どこ行くの?」

 俺は綺麗におめかししたドロシーの透き通るような白い肌を眺めながら言った。もう十六歳になる彼女は少女から大人へと変わり始めている。

 

「『銀の子羊亭』、これから面接なの……」

「レストランか……。でも、そこ、大人の……、ちょっと出会いカフェ的なお店じゃなかった?」

「知ってるわ。でも、お給料いいのよ」

 ドロシーはニヤッと笑って言う。

「いやいやいや、俺はお勧めしないよ。院長はなんて言ってるの?」

「院長に言ったら反対されるにきまってるじゃない! ちょっと秘密の偵察!」

 いたずらっ子の顔で笑うドロシー。

「うーん、危ないんじゃないの?」

「『お客からの誘いは全部断っていい』って言われてるから大丈夫よ」

「えー、そんなに簡単に行くかなぁ」

「ユータは行った事ある?」

「な、ないよ! 俺まだ十四歳だよ?」

「あのね、ユータ……。私はいろんな事知りたいの。ちょっと危ないお店で何が行われてるかなんて、実際に見ないと分からないわ!」

「その好奇心、心配だなぁ……」

「このままだとどこかのお屋敷のメイドになって一生家事やって終わりなのよ? そんな人生どうなのって思わない?」

「いやまぁそうなんだけど……。ドロシーが男たちの好奇の目にさらされるのは嫌だなぁ……」

「ふふふっ、ありがと! でも、今日一日だけのつもりだから大丈夫よ。あ、もう行かなきゃ!」

「うーん、気を付けてね」

「では、また今度報告するねっ! バイバイ!」

 ドロシーはそう言うと足早に出て行ってしまった。

 

 『銀の子羊亭』は風俗店ではないが、訪れる客はウェイトレスとのやり取りを楽しみにやってくる。そういう意味では水商売なのだ。もちろん、水商売がダメってわけではないけれども、怖い人も来るだろうし、トラブルも皆無とは言えないだろう。特にドロシーは可愛いちょっと目立つ女の子だ。心配である。

 

 俺は工具を片付けると棚から魔法の小辞典を取り出して『変装魔法』のページを探す。そして、何回も失敗しながら、ヒゲを生やした30代の男に変装する事に成功した。

 

         ◇

 

 夕暮れ時、明かりが灯り始めるにぎやかな街の雑踏を抜け、ちょっと淫靡(いんび)な通りに入る。可愛い女の子たちが露出の多い過激な衣装で客引きをしてくる。

「おにーさん、寄ってかない?」

「銀貨一枚でどう?」

 

 前世でも風俗は行った事が無かったので、ちょっと刺激が強すぎる。俺は硬い表情のまま、無視して通り過ぎていく。

 しばらく行くと『銀の子羊亭』が見えてきた。見た目はただのレストランである。俺は深呼吸して覚悟を決めると、ドアをギギギーっと開けた。

 

「いらっしゃいませ~!」

 可愛い女の子がそう言って近づいてくる。

「今日はフリーですか?」

 いきなり分からない事を聞いてくる。

 

「え? フ、フリー……というのは……?」

「お目当ての女の子がいるかどうかよ。おにーさん初めてかしら?」

 女の子は大胆に胸元の開いた赤いワンピースで、ニコッと笑いながら俺の顔をのぞきこむ。

「そ、そうです。初めてです」

「分かったわ、じゃあこっち来て」

 そう言って俺は奥のテーブルへと通される。

 

「何飲む?」

 女の子がぶっきらぼうに聞いてくる。

「では、エールを……」

「ご新規さん、エール一丁!」

「エール一丁、了解!」

 薄暗い店内に元気な声が響く。

 そして、女の子は俺をジッと見ると、

「おにーさんなら二枚でいいわ……。どう?」

 そう言いながら俺の手を取った。

「に、二枚って……?」

 俺は気圧(けお)されながら答える。

「銀貨二枚で私とイイ事しましょ、ってことよ!」

 彼女は俺の耳元でささやく。甘く華やかな匂いがふわっと漂ってくる。

 俺は動転した。お金払ったらこんな可愛い子とイイ事できてしまう。話には聞いたことがあったが、今目の前にいるこの可愛い女の子とできてしまう、という事実に俺は言葉を失った。

「あら、私じゃ……ダメ?」

 彼女は俺の手を胸にそっと押し当て、ちょっとしょげるように上目づかいで見た。

「ダ、ダメなんかじゃないよ。君みたいな可愛い女の子にそんな事言われるなんて、ちょっと驚いちゃっただけ」

 俺は手のひらに感じる胸の柔らかさ、温かさに動揺しながら答える。

「あら、お上手ね」

 ニッコリと笑う女の子。

「でも、今日はお店の雰囲気を見に来ただけだから……」

「ふぅん……。まぁいいわ。気が変わったらいつでも呼んでね!」

 彼女はパチッとウインクすると、去っていった。

 俺はまだ心臓がバクバクしていた。女性経験のない俺にはこの店は刺激が強すぎる。

 

「イヤッ! 困ります!」

 ドロシーの声がしてハッとした。そうだ、俺はドロシーの様子を見に来たのだった。目的を忘れるところだった。

 俺は立ち上がり、周りを見回す。すると、ちょっと離れた席に赤いワンピース姿のドロシーがいて、客の男と揉めているようだ。

 

 すかさず男を鑑定して……、俺は気が重くなった。

 

 

レナルド・バランド 男爵家次期当主

貴族 レベル26

裏カジノ『ミシェル』オーナー

 

 

 男は貴族だった。

 アラフォーくらいだろうか? ブクブクと太った締まりのない身体。薄い金髪にいやらしいヒゲ。まさにドラ息子と言った感じだ。しかし、それでも貴族は特権階級。我々平民は逆らえない。よりによってドロシーは最悪な男に目を付けられてしまった。

 

「なんだよ! 俺は客だぞ! 金払うって言ってるじゃねーか!」

 バランドはドロシーをにらみつけ、威圧的に喚き散らす。

「いや、私は今日は『お試し』なので……」

「では、俺と『お試し』! 決まりな!」

 バランドはいやらしい笑みを浮かべながらドロシーに迫る。

 

 俺はダッシュでドロシーの所へ行くと、耳元で、

「ユータだよ。俺に合わせて」

 と、ささやいて、バランドとドロシーの間に入った。

 

「バランド様、この娘はすでに私と遊ぶ約束をしているのです。申し訳ありません」

 

 いきなりの男の登場にバランドは怒る。

「何言ってるんだ! この女は俺がヤるんだよ!」

「可愛い女の子他にもたくさんいるじゃないですか」

 俺はニッコリと対応する。店外に引っ張り出してボコボコにしてもいいんだが、あまり店に迷惑をかけてもいけない。

 

「なんだ貴様は! 平民の分際で!」

 そう叫ぶと、バランドはいきなり俺に殴りかかった。

 しかし、バランドのレベルは二十六。俺のレベルは八百を超えている。二十六が八百を殴るとどうなるか……、バランドの右フックが俺の頬に直撃し……、果たしてバランドのこぶしが砕けた。

 

「ぐわぁぁ!」

 こぶしを痛そうに胸に抱え、悲痛な叫びを上げるバランド。

 俺はニヤッと笑うと、バランドの耳元で

「裏カジノ『ミシェル』のことをお父様にお話ししてもよろしいですか?」

 しれっとそう言った。男爵家が裏カジノなんてさすがにバレたらまずいはずだ。きっとこのドラ息子の独断でやっているに違いない。

 

「な、なぜお前がそれを知っている!」

 目を見開き、ビビるバランド。

「もし、彼女から手を引いてくれれば『ミシェル』の事は口外いたしません。でも、少しでも彼女にちょっかいを出すようであれば……」

「わ、分かった! もういい。女は君に譲ろう。痛たたた……」

 そう言いながら、痛そうにこぶしをかばいつつ逃げ出して行った。

「ありがとうございます」

 俺はうやうやしくバランドの方にお辞儀をした。

 そして、ドロシーの耳元で、

「ドロシー、もう十分だろ、帰るよ」

 と、ささやいた。

 

 店主がやってきて、

「え? どうなったんですか?」

 と、心配そうに聞いてくる。

「バランド様にはご理解いただきました。お騒がせして申し訳ありません。彼女と遊ぶにはこれで足りますか?」

 そう言って俺は金貨一枚を店主に渡した。

「えっ!? そ、そりゃもう! どうぞ、朝までお楽しみください!」

 そう言って店主はニッコリと笑った。

 

      ◇

 

 街灯に照らされた石畳の道をドロシーと歩く。

 

「ユータにまた助けてもらっちゃった……」

 下を向きながらドロシーが言う。

「無事でよかったよ」

「これからも……、助けてくれる?」

 俺の顔をのぞきこんで聞いてくる。

「もちろん。でも、ピンチにならないようにお願いしますよ」

「えへへ……。分かったわ……」

 ドロシーは両手を組むと、ストレッチのように伸ばした。

 

「結局、どこで働くことにするの?」

「うーん、やっぱりメイドさんかな……。孤児が働く先なんてメイドくらいしかないのよ」

「良かったらうちで働く?」

 俺は勇気を出して誘ってみた。

「えっ!? うちって?」

 ドロシーは驚いて止まってしまった。

「ほら、うち、商売順調じゃないか。そろそろ経理とか顧客対応とかを誰かに頼みたいと思ってたんだ」

「やるやる! やる~!」

 ドロシーはうれしそうに叫んだ。

「あ、そう? でも、俺は人の雇い方なんて知らないし、逆にそういうことを調べてもらうことからだよ」

「そのくらいお姉さんに任せなさい!」

 ドロシーはそう言って、手を当てた胸を張った。

 

「じゃぁ何か食べながら相談しようか?」

「そうね、お腹すいてきちゃった」

「ドロシーの時間は俺が朝まで買ったからね。朝まで付き合ってもらうよ」

 俺はちょっと意地悪な事を言う。

「え!? エッチなことは……、ダメよ?」

 ドロシーが真っ赤になって言う。

 ちょっとからかうつもりがストレートに返ってきて焦る俺。

「あ、いや、冗談だよ」

 俺も真っ赤になってしまった。

 

     ◇

 

 こうして俺は従業員を一人確保した。ドロシーは読み書きそろばん何でもこなす利発な娘だ。きっといい仕事をしてくれるだろう。明日からの仕事が楽しみになった。

 

 圧倒的世界最強になり、可愛い女の子と一緒に順調な商売。俺はまさに絶好調の日々を過ごし、運命の十六歳を迎える――――。

 

 



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1-12. レベル千の猛威

 その日、俺は武器の新規調達先開拓のため、二百キロほど離れた街へ魔法で飛びながら移動していた。レベルは千を超え、もはや人間の域を超えていた。人族最強級の勇者のレベルが二百程度なのだから推して知るべしである。この域になると、日常生活には危険がいっぱいだ。ドアノブなど普通にひねったらもげてしまうし、マグカップの取っ手など簡単にとれてしまう。こないだテーブルを真っ二つに割った時はさすがに怒られた。単に頬杖(ほおづえ)をついただけなのだが……。

 走れば時速百キロは超えるし、水面も普通に走れるし、一軒家くらい普通に飛び越せる。商人が目立ってもしかたないので、みんなには秘密だが、身近な人は気づいてるかもしれない。

 魔法も一通り全てマスターし、移動はもっぱら魔法で飛んで行くようになった。二百キロくらいの距離なら15分もあれば飛んで行けてしまう。すごい便利だし楽しい。しかし、こんなことができるのは世界でも俺だけなので、皆には秘密にしている。飛ぶ時は隠ぺい魔法で目立たないようにして飛んでいる。

 

 大きな川を越え、森を越え、目の前に雪の積もった山脈が現れてきた。山脈を越えるため、高度を上げていく……。

 雲の高さまで上がってきたので、雲の層を抜けるべく雲の中を一気に急上昇した。しばらく何も見えなくなったが、ズボッと雲の上に出て青空が広がった。一面に広がる雲海、燦燦(さんさん)と照り付ける太陽、なんて爽快だろうか!

 

「ヒャッホー!」

 俺は思わず叫び、調子に乗ってクルクルと(きり)もみ飛行をした。やっぱり自由に飛ぶって素晴らしい。異世界に来てよかった!

 

 速度は時速八百キロを超えている。前面には魔法陣のシールドを展開しているが、さすがにこの高度では寒い。俺は毛糸の帽子を取り出して目深にかぶり、手をポケットに突っ込んだ。

 以前、調子に乗って音速を超えてみたが、衝撃波がシャレにならなくて、まともに息ができなくなったので、今は旅客機レベルの速度で抑えている。そのうち、余裕が出来たら宇宙船のコクピットみたいのを作って、ロケットのように宇宙まで吹っ飛んでいきたい。宇宙旅行も楽しそうだし、世界の果てまで20分だ。チートは夢が広がる。

 

 そろそろ山脈を越えたはずなので高度を下げていく……。

 雲を抜けると森が広がっていた。遠くに目的地の街らしき姿もうっすらと見えてくる。

 その時、ふと、不思議な形に盛り上がっている森があるのに気が付いた。明らかに自然にできたような形ではない。

 俺は不思議に思い、鑑定をしてみた。

 

 

ミースン遺跡

約千年前のタンパ文明の神殿

 

 

 おぉ、遺跡だ! 俺は速度と高度を落としながら上空をクルリと回り、様子を見てみる。崩れた石造りの建物の上に大木が生い茂っている様子だった。

 俺は着陸出来そうな石積みの所にゆっくりと降りて行く。

 柱だったであろう崩れた石材には細かい彫刻がなされており、高い文化をうかがわせる。しかし、いたるところ巨木の根によって破壊されており、もはや廃墟となっていた。まるでアンコールワットである。

 もしかしたらお宝があるかもしれないと、俺は崩れた石をポンポンと放り、巨木の根をズボズボと引きはがし、入り口を探す。しかし、ガレキをどけてもどけても一向に何も出てこない。これではラチが明かないので、頭にきて爆破することにした。俺は一旦空中に戻ると、遺跡に向けて手のひらを向け、ファイヤーボールの呪文を景気よく唱えた。

 

 手のひらの前にグォンと巨大な火の玉が浮かび上がり、遺跡に向かって飛んで行く。久しぶりのファイヤーボールだったが、以前と様子が違う。

 

『あれ……? ファイヤーボールってこんなに大きかったかな?』

 俺が首をかしげているとファイヤーボールは遺跡に着弾、天を焦がす激しい閃光が走り、大爆発を起こした。巨大な白い球体状の衝撃波が音速で広がり、あっという間に俺を貫く。

 

「ぐわぁぁ!」

 自分のファイヤーボールに翻弄される間抜けな俺。

 吹き飛ばされながら何とか体勢を立て直し、遺跡を見たら巨大で真っ赤なキノコ雲が立ち上っていた。

 唖然(あぜん)とする俺……。

 

 ファイヤーボールというのは一般にはささやかな火の玉をぶち当てるような初級魔法である。以前無人島で撃った時も普通の爆弾レベルだった。なぜ、こんな核兵器の様な威力になっているのか……。

 俺はレベル千の恐ろしさというものを身にしみて感じた。ちゃんとしないと街一つが初級魔法で吹っ飛んでしまう。

 

 爆心地から周囲数キロは木々もなぎ倒され地獄絵図と化していた。石造りの所はあらかた吹っ飛び、崩れたガレキの脇にはぽっかりと黒い穴が開いている。どうやら地下通路のようだ。

 俺はまだ熱気が立ち上る遺跡に降り立つ。周りを見渡すと、まるで空爆を受けた戦場である。焼け焦げた臭いが充満し、石も所々溶けている。気軽に放った初級魔法がこんな地獄を生み出すとは……。俺は背筋が凍った。

 

 通路の所へ行ってみると、石が不安定な形で入り口を邪魔している。俺はまだ熱い石をポイポイと放って入り口を掘り出すと、中へと進んだ。

 中はダンジョンのように石で作られた通路がずっと続いていた。俺は魔法の明かりをつけ、索敵の魔法で警戒しながら進んでいく。ジメジメとカビ臭く、不気味な雰囲気である。

 しばらく進むと突き当りが小部屋になっていて、中にかすかな魔力の反応が見える。入口には木の扉があったようだが朽ち果ててしまい、残骸を残すばかりである。

 慎重に小部屋の中を(のぞ)くと、そこには台座があって一本の剣が刺さっていた。いかにもいわくありげな剣である。

 鑑定してみると……、

 

|東方封魔剣 レア度:★★★★★

長剣 強さ:+8、攻撃力:+50、バイタリティ:+8、防御力:+8

特殊効果: 魔物封印

 

「キタ――――!!」

 ★5の武器は国宝レベルであり、一般に見かけることなどほとんどない。ついに俺は★5に出会うことができたのだ。俺は嬉しさのあまりガッツポーズを繰り返した。

 

 しかし……である。封魔剣ということは、魔物が封印されているに違いない。

 抜けば魔物は出てきてしまう。誰にも倒すことができず、封印でごまかしたような強敵を呼び起こしてしまっていいのだろうか?

 うーん……

 しばらく悩んだが、俺のレベルはもはや勇者の五倍だ。勇者が五人集まるよりもはるかに強いのだ。どんな奴でもなんとかなりそうな予感はする。

 俺は意を決して剣をつかむと、力いっぱい引き上げた――――。

 



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1-13. 封印されし魔人

「ぬおぉぉぉ!」

 (つば)を持って全力で引っ張る……が、抜けない。レベル千の怪力で抜けないとは思わなかった。どれだけ俺は剣に嫌われているのだろうか……。

 頭にきたので、引いてダメなら押してみなって事で、思いっきり押しこんでやった。

 

「うおぉりゃぁ!」

 すると、パキッと音がして台座の石がパックリと割れた。剣もまさか押し込まれるとは想定外だろう。うっしっし!

 

 喜んでいたら、黒い霧がプシューっと噴き出してきた。

 

「うわぁ!」

 俺は思わず逃げ出す。

 

「グフフフ……」

 嫌な笑い声が小部屋に響いた。

 振り返ると、黒い霧の中で何かが浮かんでいる……。明らかにまともな存在ではなさそうだ。さて、どうしたものか……。

 

 やがて霧が晴れるとそいつは姿を現した。それはタキシードで蝶ネクタイの痩せて小柄な魔人だった。

 何だか嫌な奴が出てきてしまった……。

 

 魔人は大きく伸びをすると、嬉しそうに言った。

「我が名はアバドン。少年よ、ありがとさん!」

 

 魔人はアイシャドウに黒い口紅、いかにも悪そうな顔をしている。

「お前は悪い奴か?」

 俺が聞くと、

「魔人は悪い事するから魔人なんですよ、グフフフ……」

 と、嫌な声で笑った。

「じゃぁ、退治するしかないな」

 俺はため息をついた。こんなのを野に放つわけにはいかない。

 

「少年がこの私を退治? グフフフ……笑えない冗談で……」

 俺は瞬歩で一気に間を詰めると、思いっきり顔を殴ってやった。

「ぐはぁ!」

 吹き飛んで壁にぶつかり、もんどり打って転がるアバドン。

 

 不意を突かれた事に怒り、

「何すんだ! この野郎!!」

 ゆっくりと起き上がりながら烈火のごとく俺をにらむ。

 

 レベル千の俺のパンチは、人間だったら頭が粉々になって爆散してしまうくらいの威力がある。無事なのはどういう理屈だろうか? さすが魔人だ。

 

 アバドンは、指先を俺に向けると何やら呪文をつぶやく。

 まぶしい光線のようなものが出たが、そんなノロい攻撃、当たるわけがない。俺は直前に瞬歩で移動するとアバドンの腹に思いっきりパンチをぶち込む。

「ぐふぅ!」

 と、うめきながら吹き飛ばされるアバドン。

 そして浮き上がってるアバドンに瞬歩で迫った。アバドンもあわてて防御魔法陣を展開する。

 目の前に展開される美しい金色の魔法陣……。

 しかし、そんなのは気にせず、右フックで力いっぱい顔面を振り抜いた。

 

「フンッ!」

 

 魔法陣は打ち砕かれ、ゴスッと鈍い音がしてアバドンは再度壁に吹き飛び、また、もんどり打った。

 しかし、まだ魔石にはならない。しぶとい奴だ。手ごたえはあったと思ったのだが……。

 

「このやろう……俺を怒らせたな!」

 アバドンは、口から紫色の液体をだらだらと垂らしながらわめく。

 そして、「ぬぉぉぉぉ!」と、全身に力を込め始めた。ドス黒いオーラをブワっとまき散らしながらメキメキと盛り上がっていくアバドンの筋肉。はじけ飛ぶタキシード……。

 そして最後に「ハッ!」と叫ぶと、全身が激しく光り輝いた。

 

「うわぁ……」

 いきなりのまぶしさに目がチカチカする。

 光が収まるのを待って、そっと目を開けてみると、そこには背中からコウモリに似た大きな翼を生やした、筋肉ムキムキで暗い紫色の大男が浮いていた。

 大男は、

「見たか、これが俺様の本当の姿だ。もうお前に勝機はないぞ! ガッハッハ!」

 と、大きく笑う。

 しかし、俺には先ほどと変わらず、脅威には感じなかった。

 

「死ねぃ! メガグラヴィティ!」

 アバドンは叫びながら俺に両手のひらを向けた。

 すると、俺の周りに紫色のスパークがチラチラと浮かび、全身に重みがずっしりとのしかかった。

「二十倍の重力だ、潰れて死ね!」

 と、嬉しそうに叫ぶアバドン。

 

「なるほど、これが二十倍の重力か……」

 俺は腕を組み、涼しい顔でうなずく。

 

「あ、あれ?」

 焦るアバドン。しかし、重ねて上位魔法を撃ってくる。

「百倍ならどうだ! ギガグラヴィティ!!」

 さらなる重みがズシッと俺の身体にかかり、足元の石畳がバキッと音を立てて割れた。

 体重百倍という事は俺には今7トンの重しがかかっていることになる。しかし、レベル千の俺にしてみたら7トンなどどうでもいい数値だった。

 

「つまらん攻撃だな」

 俺はそう言って、再度瞬歩でアバドンに迫ると思い切り右のパンチを振り抜いた。ひしゃげるアバドンの顔。

 吹き飛ばされ、壁にぶつかり、戻ってきたところを蹴り上げて、今度は左パンチ。また、戻ってきたところを右のフックで打ち倒した。

 

「ぐはぁぁぁ……」

 情けない声を出しながらもんどり打って転がるアバドン。

 そして、俺を(おび)えた目で見つめると、

「ば、化け物だぁ……」

 そう言いながら間抜けに四つん這いで逃げ出し、壁に魔法陣を描いた。

 何をするのかと思ったら、そこに飛び込もうとする。逃げるつもりのようだ。しかし、魔人を逃がすわけにはいかない。俺は素早くアバドンの足をつかむとズボッと壁から引き抜いて、そのまま床にビターンと思いっきり打ち付けた。

 

「ゴフッ!」

 アバドンは口から泡を吹きながらピクピクと痙攣している。

 

 



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1-14. 不思議な奴隷

 これほどまでに叩きのめしているのに、一向に死なない。

 俺はアバドンのしぶとさに嫌気がさし、武器を使うことにした。

 

 割れた台座に刺さってる★5の剣を引き抜き、刀身の具合を見る。千年前の剣だけあって、少しやぼったく、厚みがあるずんぐりとしたフォルムであるが、刃はまだ斬れそうだ。

 俺は剣を軽くビュッビュッと振り、肩慣らしをすると、アバドンめがけて振りかぶった……。

 と、その時、アバドンが、

「こ、降参です……まいった……」

 と、口を開く。

 魔人の言うことなど聞いてもロクなことにならない。俺は構わず剣を振り下ろした。

 

 ザスッ

 

 派手な音がして首が一刀両断され、頭がゴロゴロと転がった。

 首を切り落とすなんてできればやりたくなかったが、悪さをする魔人である以上仕方ない。冥福くらい祈ってやろう。

 

 ところが……。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」

 生首が語りかけてくる。首を切り離しても死なない、そのしぶとさに俺は唖然(あぜん)とした。

「しょ、少年、いや、旦那様、私の話を聞いてください」

 アバドンの首は切々と訴える。

「何だよ、何が言いたい?」

 俺はその執念に折れて聞いてみる事にした。

「旦那様の強さは異常です。到底勝てません。参りました。しかし、このアバドン、せっかく千年の辛い封印から自由になったのにすぐに殺されてしまっては浮かばれません。旦那様、このワタクシめを配下にしてはもらえないでしょうか?」

 目に涙を浮かべて訴える。

「俺は魔人の部下なんていらないんだよ」

 そう言ってまた、剣を振りかぶった。

「いやいや、ちょっと待ってください。わたくしこう見えてもメチャクチャ役に立つんです。本当です」

 哀願するアバドン。

 

「例えば?」

「旦那様に害をなす者が近づいてきたら教えるとか、戦うとか……そもそもわたくしこう見えても世界トップクラスに強いはずなんです。旦那様の強さがそれだけ飛びぬけているという事なんですが」

「うーん、でも、お前すぐに裏切りそうだからな……」

「じゃ、こうしましょう! 奴隷契約です。奴隷にしてください。そうしたら旦那様を決して裏切れないですから!」

 奴隷か……。確かにそんな契約魔法があった事を思い出した。奴隷にすることで悪さしないのであれば殺す必要もない……か。

 俺はリュックから魔法の小辞典を取り出すと、呪文を調べた。何だか面倒くさそうではあるが、レベル千の知力であれば時間かければできないことはなさそうだ。どこかで役に立つかもしれないし、奴隷は悪くない選択だろう。

 

「わかった、じゃぁこれからお前は俺の奴隷だ。俺に害なさないこと、悪さをしないこと、呼んだらすぐ来ること、分かったな!」

「はいはい、もちろんでございます。このアバドン、旦那様のようなお強い方の奴隷になれるなんて幸せでございます!」

 と、手を合わせながら嬉しそうに言った。

 

 俺は床にチョークで丁寧に魔法陣を描き、首を持ったアバドンを立たせると、小辞典を見ながら呪文を唱え、俺の血を一滴アバドンに飲ませた。

 直後、魔法陣が光り輝き、アバドンは光に包まれる……。

 やがて光が落ち着いてくると、アバドンの首筋に炎をかたどったような入れ墨が浮かび上がった。

 アバドンは恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべている……。

 

「これで、いいのかな?」

「完璧です、旦那様! ありがとうございます!」

 感激するアバドン。

 そんな感激してもらってもなぁ、とちょっと複雑な気分だ。

 でもこれでアバドンは悪さができなくなった。悪さをしようとすると入れ墨が燃え出して焼き殺してしまうのだ。また、奴隷との間には魔力の通話回線が繋がるので、離れていても会話ができるようになるはずだ。どうやるかは後で確認しよう。

 

 と、ここで、商談に行く途中だったことを思い出した。

「この遺跡に他に何か宝物はあるか?」

 俺が聞くと、

「いや、他の宝はみな盗掘に遭って持ってかれてます、旦那様」

「そうか……残念だな。じゃ、俺は仕事があるんで」

 そう言って俺は★5の武器をリュックにしまい、出口へと歩き出した。

「お待ちください旦那様! わたくしめはどうしたら?」

 哀願するように目を潤ませるアバドン。

「ん? しばらく用はないので好きに暮らせ。用が出来たら呼ぶ。ただし、悪さはするなよ」

 俺はアバドンを指さし、しっかりと目を見据えて言った。

「ほ、放置プレイですか……さすが旦那様……」

 アバドンは何やら感激している。変な奴だ。

 

 こうして俺は魔人の奴隷を持つことになった。メリットは特に思い浮かばないが、暇な時に呼び出して遊び相手にでもなってもらおう。全力で殴っても死なない相手なんてこの世界にそうはいないだろうし。

 

 結局その日は新たな街での商談もうまくいき、さらに商売は大きく伸びそうである。

 ★5の武器も手に入ったし、俺の人生、順風満帆だ。

 

 



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1-15. 初ダンジョンの洗礼

 届け物があって久しぶりに冒険者ギルドを訪れた。

 

 ギギギー

 

 相変わらず古びたドアがきしむ。

 

 にぎやかな冒険者たちの歓談が聞こえてくる。防具の皮の臭いや汗のすえた臭いがムワッと漂ってくる。これが冒険者ギルドなのだ。

 

 受付嬢に届け物を渡して帰ろうとすると、

「ヘイ! ユータ!」

 アルが休憩所から声をかけてくる。

 アルは最近冒険者を始めたのだ。レベルはもう30、駆け出しとしては頑張っている。

 

「おや、アル、どうしたんだ?」

「今ちょうどダンジョンから帰ってきたところなんだ! お前の武器でバッタバッタとコボルトをなぎ倒したんだ! ユータにも見せたかったぜ!」

 アルが興奮しながら自慢気に俺に話す。

 なるほど、俺は今まで武器をたくさん売ってきたが、その武器がどう使われているのは一度も見たことがなかった。武器屋としてそれはどうなんだろう?

「へぇ、それは凄いなぁ。俺も一度お前の活躍見てみたいねぇ」

 

「良かったら明日、一緒に行くか?」

 隣に座っていたエドガーが声をかけてくれた。

 アルは今、エドガーのパーティに入れてもらっているのだ。

「え? いいんですか?」

「うちにも荷物持ちがいてくれたら楽だなと思ってたんだ。荷物持ちやってくれるならいっしょに行こう」

「それなら、ぜひぜひ!」

 話はとんとん拍子に決まり、明日、憧れのダンジョンデビューである。

 

       ◇

 

 エドガーのパーティはアルとエドガー以外に盾役の前衛一人、魔術師と僧侶の後衛二人がいる。俺を入れて六人でダンジョンへ出発だ。

 俺は荷物持ちとして、アイテムやら食料、水、テントや寝袋などがパンパンに詰まったデカいリュックを担いでついていく。

 

 ダンジョンは地下20階までの比較的安全な所を丁寧に周回するそうだ。長く冒険者を続けるなら安全第一は基本である。背伸びして死んでしまったらお終いなのだ。

 

 街を出て三十分ほど歩くと大きな洞窟があり、ここがダンジョンになっている。入口の周りには屋台が出ていて温かいスープや携帯食、地図やらアイテムやらが売られ、多くの人でにぎわっていた。

 ダンジョンは命を落とす恐ろしい場所であると同時に一攫千金が狙える、夢の場所でもある。先日も宝箱から金の延べ棒が出たとかで、億万長者になった人がいたと新聞に載っていた。なぜ、魔物が住むダンジョンの宝箱に金の延べ棒が湧くのだろうか? この世界のゲーム的な構造に疑問がない訳ではないが、俺は転生者だ。そういうものだとして楽しむのが正解だろう。

 

 周りを見ると、皆、なんだかとても楽しそうである。全員目がキラキラしていてこれから入るダンジョンに気分が高揚しているのが分かる。

 

 俺たちは装備をお互いチェックし、問題ないのを確認し、ダンジョンにエントリーした。

 地下一階は石造りの廊下でできた暗いダンジョン。出てくる敵もスライムくらいで特に危険性はない。ただ、ワナだけは注意が必要だ。ダンジョンは毎日少しずつ構造が変わり、ワナの位置や種類も変わっていく。中には命に関わるワナもあるので地下一階とは言えナメてはならない。

 ダンジョンに入ると、

「ユータ君、重くない?」

 黒いローブに黒い帽子の魔法使いのエレミーが気を使ってくれる。流れるような黒髪にアンバーの瞳がクリッとした美人だ。

 

「全然大丈夫です! ありがとうございます」

 俺はニッコリと返した。

 

「お前、絶対足引っ張るんじゃねーぞ!」

 盾役のジャックは俺を指さしてキツイ声を出す。

 40歳近い、髪の毛がやや薄くなった筋肉ムキムキの男は、どうやら俺の参加を快く思っていないらしい。

「気を付けます」

 俺は素直にそう答えた。

 

「そんな事言わないの、いつもお世話になってるんでしょ?」

 エレミーは俺の肩に優しく手をかけ、フォローしてくれる。ふんわりと柔らかな香りが漂ってくる。胸元が開いた大胆な衣装からは、たわわな胸がのぞいており、ちょっと目のやり場に困る。

 ジャックはエレミーのフォローにさらに気分を害したようで、

 

「勝手な行動はすんなよ!」

 そう言いながら、先頭をスタスタと歩き出してしまう。

 どうやら俺がエレミーと仲良くなることを気に喰わないみたいだ。困ったものだ。

 一同は渋い顔をしながら早足のジャックについていく。すると、

 

 カチッ

 

 と、床が鳴った。

 何だろうと思ったら、床がパカッと開いてしまう。ワナだ。

 

「うわぁぁぁ」「キャ――――!!」「ひえぇぇ!」

 叫びながら一斉に落ちて行く我々。

 

 エレミーがすかさず魔法を唱え、みんなの落ちる速度はゆっくりとなったが、床は閉じてしまった。もう戻れない。

 

「何やってんのよあんた!」

 ゆるゆると落ちながら、ジャックに怒るエレミー。

「いや、だって、あんなワナ、昨日までなかったんだぜ……」

 しょんぼりとするジャック。

「これ、どこまで落ちるかわからないわよ!」

 いつまでも出口につかない縦穴に、みな恐怖の色を浮かべている。

「まぁ、終わった事はしょうがない、なんとか生還できるよう慎重に行こう」

 リーダーのエドガーはしっかりと強く言った。さすがリーダーである。危機の時こそ団結力が重要なのだ。

 

 しばらく落ち続け、ようやく俺たちは床に降り立った……。すると、床についた瞬間バァッと明るい景色が広がった。

 いきなりのまぶしい景色に目がチカチカする。

 なんと、そこは草原だった。ダンジョンにはこういう自然な世界もあるとは聞いていたが、森があり、青空が広がり、太陽が照り付け、とても地下とは思えない風景だった。

「おい、こんなところ聞いたこともないぞ! 一体ここは何階だ!?」

 ビビるジャック。

「少なくとも地下40階までには、このような階層は報告されていません」

 僧侶のドロテは丸い眼鏡を触りながら、やや投げやり気味に淡々と言った。

 一同、無言になってしまった。

 地下40階より深い所だったとしたらもう生きて帰るのは不可能、それが冒険者の間の一般的な考え方だった。

 パーティーはいままさに全滅の危機に瀕していた。



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1-16. サイクロプスの脅威

 エレミーの切迫した声が沈黙を破った。

 

「魔物来ます! 一匹だけど……何なの、この強烈な魔力! ダメ! 逃げなきゃ!!」

 そう言って真っ青になって駆けだした。

「マジかよ!」「やめてくれよ!」「なんなのよ、も――――!!」

 みな悪態をつきながら一斉にダッシュ!

 青い顔しながら、エレミーを追いかける。

 俺はみんなを追いかけながら後ろを振り返る。すると、ズーン、ズーンという地響きの後、一つ目の巨人が森の大木の上からにょっきりと顔を出したのが見えた。

 キタ――――!! デカい!

 身長は20メートルはあるだろうか?

 青緑色のムキムキとした筋肉が巨大な棍棒をブウンブウンと振り回しながら、圧倒的な迫力で迫って来る。2メートルはあろうかという目はギョロリと血走り、俺を見据えた。

 

 鑑定をしてみると……

 

 

サイクロプス レア度:★★★★

魔物 レベル180

 

 

 おぉ、これがサイクロプス、すごい! すごいぞぉ! VRゲームで見た事はあるが、やっぱりリアルで見たら迫力が全然違う。やっぱり異世界は最高! 思わずにやけてしまう。

 

 とは言え、レベル180はヤバい。このままだとパーティが全滅してしまう。しかし、俺が派手に立ち回るのは避けたい。どうしよう……?

 

 俺は一計を案じると立ち止まり、転がっていた石からこぶし大のちょうどいいサイズの物を拾った。

 サイクロプスは俺を餌だと思って走り寄ってくる。ズーン、ズーンと揺れる地面、すごい迫力だ。

 俺は石を持って振りかぶると、サイクロプスに向かって全力で投げた。石は手元で音速を超え、バン!と衝撃波を発生させながらマッハ20くらいの速度でサイクロプスの目を貫く。

 直後、サイクロプスの頭は『ドン!』と派手な音を立てて爆散し、即死した。

 

 爆音に振りかえるメンバーたち。

「え?」「なんだ?」

 ゆっくりと崩れ落ち、ズシーン!と轟音を立てながら倒れるサイクロプス。

 みな走るのをやめ、予想外の事態に唖然(あぜん)としている。

 全滅必至レベルの強敵が、荷物持ちの少年を前に自滅したのだ。理解を越えた出来事に言葉もない。

 

 エドガーが俺に駆け寄ってくる。

「ユータ、いったい何があったんだ?」

「魔物を倒すアーティファクトを使ったんです。もう大丈夫ですよ」

 俺はそうごまかしてニッコリと笑った。

 

「アーティファクト!? なんだ、そんなもの持ってたのか!?」

「ただ、高価ですし、数も限りがありますから早く脱出を目指しましょう」

「そ、そうだな……しかし、どこに階段があるのか皆目見当もつかない……」

 悩むエドガー。

「私が見てきましょう。隠形(おんぎょう)のアーティファクト持ってるので、魔物に見つからずに探せます」

「ユータ……、お前、すごい奴だな」

 エドガーはあっけにとられたような表情で言う。

 

 エレミーが駆け寄ってきて、俺の手を取り、両手で握りしめて言う。

「ユータ、今の本当? 本当に大丈夫なの?」

 目には涙すら浮かんでいる。

 俺はちょっとドギマギしながら、

「だ、大丈夫ですよ、みなさんは休んで待っててください」

 俺はニッコリと笑った。

 そして、近くの大きな木の陰にリュックを下ろし、

「ここで待っててくださいね」

 と、みんなに言った。

 

 アルは、

「いいとこ見せられないどころか、お前ばっかり、ごめんな」

 と、言ってしょげる。

「あはは、いいって事よ。みんなに水でも配ってて。それじゃ!」

 俺はアルの肩をポンポンと叩き、タッタッタと森の中へ駆けて行った。

 十分に距離が取れたところで、俺は隠形魔法をかけて空へと飛んだ。上空から見たら何かわかるかもしれない。

 俺はどんどん高度を上げていく。眼下の景色はどんどんと小さくなり、この世界の全体像が見えてきた。森に草原に湖……でもその先にまた同じ形の森に草原に湖……。どうやらこの世界は一辺十キロ程度の地形が無限に繰り返されているだけのようだった。一体、ダンジョンとは何なのだろうか……?

 よく見ると、湖畔には小さな白い建物が見える。いかにも怪しい。俺はそこに向かった。

 

 綺麗な湖畔にたたずむ白い建物。それは小さな教会のようで、シンプルな三角の青い屋根に、尖塔が付いていた。なんだかすごく素敵な風景である。

 ファンタジーって素晴らしいな……。俺はつい上空をクルリと一回りしてしまう。

 あまりゆっくりもしていられないので、入り口の前に着地すると、ドアを開けてみた。

 ギギギーッときしみながらドアは開く。

 中はガランとしており、奥に下への階段があった。なるほど、ここでいいらしい。と、思った瞬間、いきなり胸の所が爆発し、吹き飛ばされた。

「ぐわぁ!」

 耳がキーンとする。

 どうやらファイヤーボールを食らってしまったらしい。ちょっと油断しすぎだ俺。

 

 急いで索敵をすると、天井に何かいる。

 

 

ハーピー レア度:★★★★

魔物 レベル120

 

 

 赤い大きな羽根を広げた女性型の鳥の魔物だ。大きなかぎ爪で天井の(はり)につかまり、さかさまにコウモリのようにぶら下がっている。大きな乳房に怖い顔が印象的だ。

 ハーピーはさらにファイヤーボールを撃ってくる。俺はムカついたので、瞬歩でそばまで行くと飛び上がって思いっきり殴った。

「キョエー!」

 断末魔の叫びをあげ、赤い魔石となって床に転がった。

 

「油断も隙も無い……」

 俺はふぅっと息をつき、魔石を拾ってその輝きを眺めた。ルビー色に輝く美しい魔石、ギルドに持っていけば相当高値で売れるだろう。だが、入手経路を問われたらなんて答えたらいいだろうか……? 止めておくか……。

 

 さて、階段は見つけた。みんなをここへ連れてこなくては……。

 俺はみんなの方へ走りながら索敵をする。草原をしばらく行くと反応があった。鑑定をかけると、

 

オーガ レア度:★★★★

魔物 レベル128

 

 と、出た。筋肉ムキムキの赤色の鬼の魔物だ。手にはバカでかい(おの)を持ってウロウロしている。

「おぉ! あれがオーガ! なるほどなるほど!」

 俺はピョンと飛んで、オーガの前に出て、

「もしかして、しゃべれたりする?」

 と、話しかけてみる。

 

 しかし、オーガは俺を見ると、

 

「ウガ――――!」

 と、うなって斧を振りかぶって走り寄ってくる。

 

「何だよ、武器使うくせにしゃべれないのかよ!」

 俺はそう言って、高速に振り下ろされてきた斧を指先でつまむと、斧を奪い取り、オーガを蹴り飛ばした。

 

 早速斧を鑑定してみるが……、オーガとしか出ない。

 蹴った衝撃で死んでしまったオーガが消えると、斧も一緒に消えてしまった。

 どうやら斧はオーガの一部らしい。魔物の武器が売れるかもと期待した俺がバカだった。

 それにしてもこの世界は一体どうなっているのか? なぜ、こんなゲームみたいなシステムになっているのだろう……。

 ヒュゥと爽やかな風が吹き、草原の草はサワサワといいながらウェーブを作っていく。この気持ちのいい風景の中に仕組まれた魔物というゲームシステム。誰が何のためにこんなものを作ったのだろうか……。

 俺は朱色に光り輝くオーガの魔法石を拾い、眺めながら、しばし物思いにふけった。



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1-17. 呪われた階段

 またしばらく行くと魔物の反応があった。草むらの中をかがんで移動し、そーっと(のぞ)いてみると……

 

ゴーレム レア度:★★★★

魔物 レベル110

 

 今度は岩でできたデカい魔物だ。巨大な岩に大きな石が多数組み合わさって腕や足を構成し、ズシン、ズシン、と歩いている。岩タイプには『水』か『草』か『格闘』タイプだったなぁとポケモンの知識を思い出すが、この世界がどうなっているかは良く分からない。

 俺は試しに水魔法を威力控えめにして当ててみる。

「ウォーターボール……」

 三メートルくらいの水の球がニュルンッと現れると、日差しにキラキラと輝きながら草原の上を走り、ゴーレムに直撃する。

 ドッパーンと水が激しくはじけた。

 しかし……、全然ダメージを与えられていない。ゴーレムは怒ってこっちに駆けてくる。やっぱり岩に水はダメなんじゃないか? 綺麗に洗ってやったようにしか見えない。

 では、火か、風か、雷か……、どれもなんだか効きそうにない。うーん、どうしよう?

 そうこうしているうちにもゴーレムは近づいてくる。

 仕方ない、俺は来るときに見かけた小川の所まで戻ると、投げられそうなものを探す。スーツケースくらいの岩があるので、岩をよいしょと持ち上げた。

 

 草原の向こうからズシン、ズシンとすごい速度でゴーレムは駆けてくる。

 俺はサッカーのスローインみたいに岩を頭上に持ち上げると、「セイヤッ!」と掛け声かけてゴーレムに投げつけた。

 岩は音速を超え、隕石のようにゴーレムに直撃する。

 ドォン!という激しい爆発音とともにもうもうと爆煙が吹きあがった。

 パラパラと破片が降ってくる。どうやらゴーレムは粉々に砕け散ったようだ。

「あー、やっぱり岩には岩がいいみたいだ」

 俺はニヤッと笑った。

 

 その後も何匹か魔物を倒しながらみんなの所を目指す。魔物はみなレベル100オーバーであり、かなり強い。中堅パーティでは到底勝ち目がない。一体ここは何階なのだろうか?

 

      ◇

 

「階段ありましたよー!」

 遠くに見えてきたみんなに、俺は手を振りながら叫ぶ。

 エレミーは、駆け寄ってきて

「ユータ! あれっ! 服が焦げてるじゃない! 大丈夫なの?」

 と、目に涙を浮かべて言う。

「え?」

 俺はあわてて服を見ると、革のベストが焼け焦げ、ヒモもちぎれていた。

 ハーピーにやられたことを忘れていた。

「ユータ、ごめん~!」

 そう言うとエレミーはハグしてきた。

 甘くやわらかな香りにふわっと包まれ、押し当てられる豊満な胸が俺の本能を刺激する。いや、ちょっと、これはまずい……。

 遠くでジャックが凄い目でこちらをにらんでいるのが見える。

「あ、大丈夫ですから! は、早くいきましょう。魔物来ちゃいますよ」

 そう言ってエレミーを引きはがした。

「本当に……大丈夫なの?」

 エレミーは服が破れてのぞいた俺の胸にそっと指を滑らせた。

「だ、だ、だ、大丈夫です!」

 エロティックな指使いにヤバい予感がして、エレミーを振り切ってリュックの所へ走った。心臓のドキドキが止まらない。

 

 エドガーは、心配そうに

「階段はどこに?」

 と、聞いてくる。

「あっちに二十分ほど歩いたところに小さなチャペルがあって、そこにあります」

「チャペルの階段!?」

 ドロテはそう言うと天を仰いだ。

 チャペルにある階段は『呪われた階段』と呼ばれ、一般に厳しい階につながっているものばかりだそうだ。

 みんな黙り込んでしまった。

 

 強い風がビューっと吹き抜け、枝が大きく揺れ、サワサワとざわめく。

 

「とりあえず行ってみよう!」

 エドガーは、大きな声でそう言ってみんなを見回す。

 みんなは無言でうなずき、トボトボと歩き出した。

 

 アルはひどくおびえた様子でキョロキョロしているので、

「この辺は魔物いなかったよ、大丈夫大丈夫」

 と、背中を叩いて元気づけた。

 アルは、

「ニ十分歩いて魔物が出ないダンジョンなんてないんだよ! ユータは無知だからそんな気楽な事を言うんだ!」

 と、涙目で怒る。まぁ、正解なんだが。

 

        ◇

 

 無事階段についたが、みんな暗い表情をしている。

「やはりさらに下がるしかないようだ……。みんな、いいかな?」

 エドガーはそう、聞いてくる。

 どうも、階段には上に行ったり、外に出られるポータルなどもあるらしい。帰りたい時に下だけというのは『はずれ』という事みたいだ。

 

 お通夜のように静まり返るメンバーたち。下に行くという事は難易度が上がるという事、死に近づく事だ、気軽に返事はできない。

 

「まずは行ってみるしかないのでは?」

 僧侶のドロテが眼鏡を触りながら淡々と口を開いた。

 メンバーの中では一番冷静だ。

 みんなは覚悟を決め、階段を下りる。

 

       ◇

 

 階段を下りると、そこはいきなりデカいドアになっていた。高さ20メートルは有ろうかという巨大な扉。青くきれいな合金っぽい素材でできており、金の縁取りの装飾がされている。

 

「ボス部屋だ……どうしよう……」

 エドガーは頭を抱えた。

 ボス部屋は強力な敵が出て、倒さないと二度と出られない。その代わり、倒せば一般には出口へのポータルが出る。一度入ったら地上に生還か全滅かの二択なのだ。

 しかし、さっきサイクロプスを見てしまったメンバーは到底入る気にはならない。あのサイクロプスよりもはるかに強い魔物が出てくるわけだから、どう考えても勝ち目などない。

「戻りましょう」

 ドロテは淡々と言う。

 しかし、俺としてはまた上への階段を探し、案内し、を繰り返さねばならないというのは避けたい。とっととボスを倒して帰りたいのだ。

 そこで、俺は明るい調子でにこやかに言った。

「大丈夫です。私、アーティファクト持ってますから、ボスを一発で倒します」

「おいおい! そう簡単に言うなよ、命かかってるんだぞ!」

 ジャックは絡んでくる。

「大丈夫です。サイクロプスだって一発だったんですよ?」

 俺はにっこりと笑って言う。

「いや、そうだけどよぉ……」

 

 エドガーは覚悟を決め、

「そうだな……、ユータが居なければさっきのサイクロプスで殺されていたんだ。ここはユータに任せよう。どうかな?」

 そう言って、みんなを見回す。

 みんなは暗い顔をしながらゆっくりとうなずいた。



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1-18. 恐るべき魔物、ダンジョンボス

「じゃぁ行きましょう!」

 俺は一人だけ元気よくこぶしを振りあげてそう叫ぶと、景気よくバーンと扉を開いた。

 

 扉の中は薄暗い石造りのホールになっていた。壁の周りにはいくつもの石像があり、それぞれにランプがつけられ、不気味な雰囲気だ。

 皆、恐る恐る俺について入ってくる。

 

 全員が入ったところで自動的にギギギーッと扉が閉まる。

 もう逃げられない。

 

 すると、奥の玉座の様な豪奢な椅子の周りのランプがバババッと一斉に点灯して、玉座を照らした。

 何者かが座っている。

 

「グフフフ……。いらっしゃーい」

 不気味な声がホール全体に響く。

 

「ま、魔物がしゃべってるわ!」

 エレミーがビビって俺の腕にしがみついてきた。彼女の甘い香りと豊満な胸にちょっとドギマギさせられる。

 

「しゃべる魔物!? 上級魔族だ! 勇者じゃないと倒せないぞ!」

 エドガーは絶望をあらわにする。

 

「ガハハハハハ!」

 不気味な笑い声がしてホール全体が大きく振動した。

「キャ――――!!」

 エレミーが耳元で叫ぶ。俺は耳がキーンとしてクラクラした。

 

 ドロテは、

「この魔力……信じられない……もうダメだわ……」

 そう言って顔面蒼白になり、ペタンと座り込んでしまう。

 

 皆、戦意を喪失し、ただただ、魔物の恐怖に飲まれてしまった。

 俺からしたらただの茶番にしか見えないのだが。

 

 でも、この声……どこかで聞いたことがある。

 おれは薄暗がりの中で玉座の魔物をジッと見た。

 

「あれ? お前何やってんだ?」

 なんと、そこにいたのはアバドンだった。

 

「え? あ? だ、旦那様!」

 アバドンは俺を見つけると驚いて玉座を飛び降りた。

 

「早く言ってくださいよ~」

 アバドンは嬉しそうに、俺に駆け寄ってきた。

 

「なにこれ?」

 俺がいぶかしそうに眉をひそめて聞くと、

 

「いや、ちょっと、お仕事しないとワタクシも食べていけないもので……」

 恥ずかしそうに、何だか生臭い事を言う。

 

「あ、これ、アルバイトなの?」

「そうなんですよ、ここはダンジョンの80階、いいお金になるんです!」

 アバドンは嬉しそうに言う。

「まぁ、悪さしてる訳じゃないからいいけど、なんだか不思議なビジネスだね」

「その辺はまた今度ゆっくりご説明いたします。旦那とは戦えませんのでどうぞ、お通りください」

 そう言って、奥のドアを手のひらで示した。するとギギギーッとドアが開く。

 

「え? これはどういう事?」

 エレミーが唖然(あぜん)とした表情で聞いてくる。

「この魔人は俺の知り合いなんだよ」

「し、知り合い~!?」

 目を真ん丸にするエレミー。

 

「はい、旦那様にはお世話になってます」

 ニコニコしながら揉み手をするアバドン。

 

 パーティメンバーは、一体どういうことか良く分からずお互いの顔を見合わせる。

「通してくれるって言うから帰りましょう。無事帰還できてよかったじゃないですか」

 俺はそう言ってニッコリと笑った。

 

 ドアの向こうの床には青白く輝く魔法陣が描かれ、ゆっくりと回っている。これがポータルという奴らしい。

「さぁ、帰りましょう!」

 俺はそう言いながら魔法陣の上に飛び乗った。

 

 ピュン!

 

 不思議な効果音が鳴り、俺はまぶしい光に目がチカチカする。

 にぎやかな若者たちの声が聞こえ、風が(ほお)をなでる……。

 ゆっくり目を開けると……澄みとおる青い空、燦燦と日の光を浴びる屋台、そして冒険者たち。

 そこは洞窟の入り口だったのだ。

 

        ◇

 

 帰り道、皆、無言で淡々と歩いた。

 考えている事は皆同じだった――――

 ヒョロッとした未成年の武器商人が地下80階の恐るべき魔物と知り合いで、便宜を図ってくれた。そんな事、いまだかつて聞いたことがない。あの魔物は相当強いはずだし、そもそも話す魔物なんて初めて見たのだ。話せる魔物がいるとしたら魔王とかそのクラスの話だ。と、なると、あの魔物は魔王クラスで、それがユータの知り合い……。なぜ? どう考えても理解不能だった。

 

 街に戻ってくると、とりあえず反省会をしようという事になり、飲み屋に行った。

 

「無事の帰還にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺たちは木製のジョッキをぶつけ合った。

 ここのエールはホップの芳醇な香りが強烈で、とても美味い。俺はゴクゴクとのど越しを楽しむ。

 

「で、ユータ、あの魔物は何なんだい?」

 早速エドガーが聞いてくる。

 

「昔、ある剣を買ったらですね、その剣についていたんですよ」

 俺は適当にフェイクを入れて話す。

「剣につく? どういう事?」

 エレミーは怪訝(けげん)そうに俺を見る。

「魔剣って言うんですかね、偉大な剣には魔物が宿るらしいですよ」

 アルが目を輝かせて聞いてくる。

「魔剣持ってるの?」

「あー、彼が抜け出ちゃったからもう魔剣じゃないけどね」

「なんだ、つまんない」

「それは、魔物を野に放ったという事じゃないか?」

 ジャックは俺をにらんで言う。

「剣から出す時に『悪さはしない』という事を約束してるので大丈夫ですよ。実際、まじめに働いてたじゃないですか」

 俺はにっこりと笑って言う。

「ダンジョンのボスがお仕事だなんて……一体何なのかしら……?」

 エレミーはため息をつきながら言う。

 それは俺も疑問だ。金塊出したり、魔物雇ったり、ダンジョンの仕組みは疑問な事が多い。

「今度彼に聞いておきますよ。それともこれから呼びましょうか?」

 俺はニヤッと笑った。

「いやいやいや!」「勘弁して!」「分かった分かった!」

 皆、必死に止める。

 あんな恐ろしげな魔物、下手したらこの街もろとも滅ぼされてしまうかもしれない、と思っているのだろう。皆が二度と会いたくないと思うのは仕方ない。俺からしたらただの奴隷なのだが。

「そうですか? まぁ、みんな無事でよかったじゃないですか」

 そう言ってエールをグッとあおった。

 

 みんな()に落ちない表情だったが、これ以上突っ込むとやぶ蛇になりそうだと、お互い目を見合わせて渋い表情を見せた。

 

「そうだ! そもそもジャックがあんな簡単なワナに引っかかるからよ!」

 エレミーがジャックにかみついた。

 ジャックはいきなり振られて慌てたが、

「すまん! あれは本当にすまんかった!」

 そう言って深々と頭を下げた。

 

 俺は、立ち上がり、

「終わった事は水に流しましょう! カンパーイ!」

 と、ジョッキを前に掲げた。

 エレミーはジャックをにらんでいたが……、目をつぶり、軽くうなずくとニコッと笑ってジョッキを俺のにゴツっとぶつけ、

「カンパーイ!」

 と、言った。

 そして、続くみんな。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 皆のジョッキがぶつかるゴツゴツという音が響いた。

 

 俺は念願のダンジョンに行けて満足したし、結構楽しかった。

 今度また、アバドンに案内させて行ってみようかな? 俺は、日本では考えられない、楽しい異世界ライフに思わずニヤッと笑ってしまった。

 



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2章 横暴なる勇者
2-1. 最悪な邂逅


 武器の扱いが増えるにつれ、店舗でゆっくりと見たいという声が増え、俺は先日から工房を改装して店としてオープンしていた。店と言っても週に2回、半日開く程度なんだけれども。

 店では研ぎ終わった武器を陳列し、興味のあるものを裏の空き地で試し斬りしてもらっている。

 

 店の名前は「武器の店『星多き空』」。要はレア度の★が多いですよって意味なのだが、お客さんには分からないので、変な名前だと不思議がられている。

 店の運営は引き続きドロシーにも手伝ってもらっていて、お店の清掃、経理、雑務など全部やってもらっている。本当に頭が上がらない。

 

「ユータ! ここにこういう布を張ったらどうかなぁ? 商品が映えるよ!」

 ドロシーはどこからか持ってきた紫の布を、武器の陳列棚の後ろに当てて微笑んだ。

「おー、いいんじゃないか? さすがドロシー!」

「うふふっ」

 ドロシーはちょっと照れながら布を貼り始める。

 

 ガン!

 

 いきなり乱暴にドアが開いた。

 三人の男たちがドカドカと入ってくる。

 

「いらっしゃいませ」

 俺はそう言いながら鑑定をする。

 

ジェラルド=シャネル 王国貴族 『人族最強』

勇者 レベル:218

 

 嫌な奴が来てしまった。俺はトラブルの予感に気が重くなる。

 勇者は手の込んだ金の刺繍を入れた長めの白スーツに身を包み、ジャラジャラと宝飾類を身に着けて金髪にピアス……。風貌からしてあまりお近づきになりたくない。

 勇者は勇者として生まれ、国を守る最高の軍事力として大切に育てられ、貴族と同等の特権を付与されている。その強さはまさに『人族最強』であり、誰もかなわない、俺を除けば。

 

「なんだ、ショボい武器ばっかだなぁ! おい!」

 入ってくるなりバカにしてくる勇者。

 

「とんだ期待外れでしたな!」

 従者も追随する。

 

「それは残念でしたね、お帰りはあちらです!」

 ドロシーがムッとして出口を指さす。

 俺は冷や汗が湧いた。接客業はそれじゃダメなんだドロシー……。

 

 勇者はドロシーの方を向き、ジッと見つめる。

 そして、すっとドロシーに近づくと、

「ほぅ……掃き溜めに……ツル……。今夜、俺の部屋に来い。いい声で鳴かせてやるぞ」

 そう言ってドロシーのあごを持ち上げ、いやらしい顔でニヤけた。

「やめてください!」

 ドロシーは勇者の手をピシッと払ってしまう。

 

 勇者はニヤッと笑った。

「おや……不敬罪だよな? お前ら見たか?」

 勇者は従者を見る。

「勇者様を叩くとは重罪です! 死刑ですな!」

 従者も一緒になってドロシーを責める。

「え……?」

 青くなるドロシー。

 

 俺は急いでドロシーを引っ張り、勇者との間に入る。

「これは大変に失礼しました。勇者様のような高貴なお方に会ったことのない、礼儀の分からぬ孤児です。どうかご容赦を」

 そう言って、深々と頭を下げた。

「孤児だったら許されるとでも?」

 難癖をつけてくる勇者。

「なにとぞご容赦を……」

 勇者は俺の髪の毛をガッとつかむと持ち上げ、

「教育ができてないなら店主の責任だろ!? お前が代わりに牢に入るか?」

 そう言って間近で俺をにらんだ。

「お(たわむ)れはご勘弁ください!」

 俺はそう言うのが精いっぱいだった。

「じゃぁ、あの女を夜伽(よとぎ)によこせ。みんなでヒィヒィ言わせてやる」

 いやらしく笑う勇者。

「孤児をもてあそぶようなことは勇者様のご評判に関わります。なにとぞご勘弁を……」

 勇者は少し考え……ニヤッと笑うと、

「おい、ムチを出せ!」

 そう言って従者に手を伸ばした。

「はっ! こちらに!」

 従者は、細い棒の先に平たい小さな板がついた馬用のムチを差し出した。

 

「お前、このムチに耐えるか……女を差し出すか……選べ。ムチを受けてそれでも立っていられたら引き下がってやろう」

 勇者は俺を見下し、笑った。

 ムチ打ちはこの世界では一般的な刑罰だ。しかし、一般の執行人が行うムチ打ちの刑でも死者が出るくらい危険な刑罰であり、勇者の振るうムチがまともに入ったら普通即死である。

 

「……。分かりました。どうぞ……」

 そう言って俺は勇者に背中を向けた。

「ユータ! ダメよ! 勇者様のムチなんて受けたら死んじゃうわ!」

 ドロシーが真っ青な顔で叫ぶ。

 従者は『また死体処理かよ』という感じで、ちょっと憐みの表情を見せる。

 

 俺はドロシーの頬を優しくなでると、ニッコリと笑って言った。

「大丈夫、何も言わないで」

 ドロシーの目に涙があふれる。

 

「ほほう、俺もずいぶんなめられたもんだな!」

 そう言って勇者は俺を壁の所まで引っ張ってきて、手をつかせた。

 そして、ムチを思いっきり振りかぶり、

「死ねぃ!」

 と叫びながら、目にも止まらぬ速度で俺の背中にムチを叩きこんだ。

 

 ビシィ!

 

 ムチはレベル二百を超える圧倒的なパワーを受け、音速を越える速度で俺の背中に放たれた。服ははじけ飛び、ムチもあまりの力で折れてちぎれとんだ。

「イヤ――――!! ユータ――――!」

 悲痛なドロシーの声が店内に響く。

 誰もが俺の死を予想したが……。

 俺はくるっと振り向いて言った。

「これでお許しいただけますね?」

 

 勇者も従者たちもあまりに予想外の展開に、目を丸くした。

 レベル二百を超える『人族最強』のムチの攻撃に耐えられる人間など、あり得ないからだ。

「お、お前……、なぜ平気なんだ?」

 勇者は驚きながら聞いた。

「この服には魔法がかけてあったんですよ。一回だけ攻撃を無効にするのです」

 そう、ニッコリと答えた。もちろん、全くのウソである。レベル千を超える俺にはムチなど効くはずがないのだ。

「けっ! インチキしやがって!」

 そう言って勇者は俺にペッとツバを吐きかけ、

「おい、帰るぞ!」

 そう言って出口に向かった。

 途中、棚の一つを、ガン! と蹴り壊し、武器を散乱させながら進み、出口で振り返ると、

「女、俺の誘いを断ったことはしっかり後悔してもらうぞ!」

 そう言ってドロシーをにらんで出ていった。

 

「ユータ――――!」

 ドロシーは俺に抱き着いてきてオイオイと泣いた。

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 そう言いながら涙をポロポロとこぼした。

 俺は優しくドロシーの背中をなでながら、

「謝ることないよ、俺は平気。俺がいる限り必ずドロシーを守ってあげるんだから」

 そう言ってしばらくドロシーの体温を感じていた。

「うっうっうっ……」

 なかなか涙が止まらないドロシー。

 十二歳の頃と違ってすっかり大きくなった胸が柔らかく俺を温め、もう甘酸っぱくない大人の華やかな香りが俺を包んだ。

 あまり長くハグしていると、どうにかなってしまいそうだった。

 

     ◇

 

 最後の勇者の言葉、あれは嫌な予感がする。俺は棚から『光陰の杖』を出し、()の所にヒモをつけるとドロシーの首にかけた。

 

光陰の杖 レア度:★★★★

魔法杖 MP:+10、攻撃力:+20、知力:+5、魔力:+20

特殊効果: HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える

 

「いいかい、これを肌身離さず身に着けていて。お守りになるから」

 おれはドロシーの目をしっかりと見据えて言った。

「うん……分かった……」

 ドロシーは()れぼったい目をして答えた。

 

「それから、絶対に一人にならないこと。なるべく俺のそばにいて」

「分かったわ。ず、ずっと……、一緒にいてね」

 ドロシーは少し照れてうつむいた。

 



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2-2. 攫われた少女

 それから一週間くらい、何もない平凡な日々が続いた。最初のうちは俺からピッタリと離れなかったドロシーも、だんだん警戒心が緩んでくる。それが勇者の狙いだとも知らずに……。

 

 チュンチュン!

 陽が昇ったばかりのまだ寒い朝、小鳥のさえずる声が石畳の通りに響く。

「ドロシーさん、お荷物です」

 ドロシーの家のドアが叩かれる。

 朝早く何だろう? とそっとドアを開けるドロシー。

 ニコニコとした気の良さそうな若い配達屋のお兄さんが立っている。

「『星多き空』さん宛に大きな荷物が来ていてですね、どこに置いたらいいか教えてもらえませんか?」

「え? 私に聞かれても……。どんなものが来てるんですか?」

「何だか大きな箱なんですよ。ちょっと見るだけ見てもらえませんか? 私も困っちゃって……」

 お兄さんは困り果てたようにガックリとうなだれる。

「分かりました、どこにあるんですか?」

 そう言ってドロシーは二階の廊下から下を見ると、(ホロ)馬車が一台止まっている。

「あの馬車の荷台にあります」

 お兄さんはニッコリと指をさす。

 ドロシーは身支度を簡単に整えると、馬車まで降りてきて荷台を見る。

「どれですか?」

「あの奥の箱です。」

 ニッコリと笑うお兄さん。

「ヨイショっと」

 ドロシーは可愛い声を出して荷台によじ登る。

「どの箱ですか?」

 ドロシーがキョロキョロと荷台の中を見回すと、お兄さんは

「はい、声出さないでね」

 嬉しそうに鈍く光る短剣をドロシーの目の前に突き出した。

「ひっひぃぃ……」

 思わず尻もちをつくドロシー。

「その綺麗な顔、ズタズタにされたくなかったら騒ぐなよ」

 そう言って短剣をピタリとドロシーの(ほお)に当て、(いや)らしい笑みを浮かべた……。

 

        ◇

 

 俺は夢を見ていた――――

 

 店の中でドロシーがクルクルと踊っている。フラメンコのように腕を高く掲げ、そこから指先をシュッと引くとクルックルッと回転し、銀髪が煌めきながらファサッ、ファサッと舞う。そして白い細い指先が、緩やかに優雅に弧を描いた。

 美しい……。俺はウットリと見ていた。

 

 いきなり誰かの声がする。

「旦那様! ドロシーが幌馬車に乗ってどこか行っちゃいましたよ!」

 アバドンだ。いい所なのに……。

「ドロシー? ドロシーなら今ちょうど踊ってるんだよ! 静かにしてて!」

「え? いいんですかい?」

「いいから、静かにしてて!」

 俺はアバドンに怒った。

 

 ドロシーはさらに舞う。そして、クルックルッと舞いながら俺のそばまでやってきてニコッと笑う。

 ドロシー、綺麗だなぁ……。

 幌馬車になんか乗ってないよ、ここにほら、こんなに美しいドロシーが……。

 すると、ドロシーが徐々に黒ずんでいく……。

 え? ドロシーどうしたの?

 ドロシーは舞い続ける、しかし、美しい白い肌はどす黒く染まっていく。

 俺が驚いていると、全身真っ黒になり……、手を振り上げたポーズで止まってしまった。

「ド、ドロシー……」

 俺が近づこうとした時だった、ドロシーの腕がドロドロと溶けだす。

 

 え!?

 

 俺が驚いている間にも溶解は全身にまわり、あっという間に全身が溶け、最後にはバシャッと音がして床に溶け落ちた……。

 

「ドロシー!!」

 俺は叫び、その声で目が覚め、飛び起きた。

 はぁはぁ……冷や汗がにじみ、心臓がドクドクと高鳴って呼吸が乱れている。

 

「あ、夢か……」

 俺は髪の毛をかきむしり、そして大きくあくびをした。

「そらそうだ、うちの店、踊れるほど広くないもんな……」

 そう言えば……、アバドンが何か言ってたような……。幌馬車? なぜ?

 俺はアバドンを思念波で呼んでみる。

「おーい、アバドン、さっき何か呼んだかな?」

 アバドンは、すぐにちょっとあきれたような声で返事をする。

「あ、旦那様? ドロシーが幌馬車に乗ってどこかへ出かけたんですよ」

「どこへ?」

 アバドンはちょっとすねたように言う。

「知りませんよ。『静かにしてろ』というから放っておきましたよ」

 俺は真っ青になった。ドロシーが幌馬車で出かけるはずなどない。(さら)われたのだ!

「だ、ダメだ! すぐに探して! お願い! どっち行った?」

「だから言いましたのに……。南の方に向かいましたけど、その先はわかりませんよ」

 俺は急いで窓を開け、パジャマのまま空に飛び出した。

 

「南門上空まで来てくれ!」

 俺はアバドンにそう叫びながらかっ飛ばした。

 

 まだ朝もや残る涼しい街の上を人目をはばからずに俺は飛んだ。

 油断していた。まさかこんな早朝に襲いに来るとは……。

 夢に翻弄されアバドンの警告を無視した俺を呪った。

 



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2-3. 奴隷にされた少女

 南門まで来ると、浮かない顔をしてアバドンが浮いている。

「悪いね、どんな幌馬車だった?」

 俺が早口で聞くと、

「うーん、薄汚れた良くある幌馬車ですねぇ、パッと見じゃわからないですよ」

 そう言って肩をすくめる。

 

 俺は必死に地上を見回すが……朝は多くの幌馬車が行きかっていて、どれか全く分からない。

「じゃぁ、俺は門の外の幌馬車をしらみつぶしに探す。お前は街の中をお願い!」

「わかりやした!」

 俺はかっ飛んで、南門から伸びている何本かの道を順次めぐりながら、幌馬車の荷台をのぞいていった――――

 何台も何台も中をのぞき、時には荷物をかき分けて奥まで探した。

 俺は慎重に漏れの無いよう、徹底的に探す。

 しかし……、一通り探しつくしたのにドロシーは見つからなかった。

 

 頭を抱える俺……。

 

 考えろ! 考えろ!

 俺は焦る気持ちを落ち着けようと何度か深呼吸をし、奴らの考えそうな事から可能性を絞る事にした。

 攫われてからずいぶん時間がたつ。もう、目的地に運ばれてしまったに違いない。

 目的地はどんなところか?

 廃工場とか使われてない倉庫とか、廃屋とか……人目につかないちょっと寂れたところだろう。そして、それは街の南側のはずだ。

 俺は上空から該当しそうなところを探した。

 街の南側には麦畑が広がっている。ただ、麦畑だけではなく、ポツポツと倉庫や工場も見受けられる。悪さをするならこれらのどれかだろう。

 俺は上空を高速で飛びながらそれらを見ていった。

 

「旦那様~、いませんよ~」

 アバドンが疲れたような声を送ってくる。

「多分、もう下ろされて、廃工場や倉庫に連れ込まれているはずだ。そういうの探してくれない?」

「なるほど! わかりやした!」

 

 しばらく見ていくと、幌馬車が置いてある錆びれた倉庫を見つけた。いかにも怪しい。俺は静かに降り立つと中の様子をうかがう。

 

「いやぁぁ! やめて――――!!」

 ドロシーの悲痛な叫びが聞こえた。ビンゴ!

 

 汚れた窓から中をのぞくと、ドロシーは数人の男たちに囲まれ、床に押し倒されて服を破られている所だった。バタバタと暴れる白い足を押さえられ、極めてマズい状況だ。

 すぐに助けに行こうと思ったが、ドロシーの首に何かが付いているのに気が付いた。よく見ると、呪印が彫られた真っ黒な首輪……、奴隷の首輪だ。あれはマズい、主人が『死ね!』と念じるだけで首がちぎれ飛んで死んでしまうのだ。男どもを倒しにいっても、途中で念じられたら終わりだ。強引に首輪を破壊しようとしても首は飛んでしまう。どうしたら……?

 俺は、ドロシーの白く細い首に巻き付いた禍々しい黒い筋をにらむ。こみ上げてくる怒りにどうにかなりそうだった。

 パシーン! パシーン!

 若い男がドロシーに平手打ちを食らわせた。

「黙ってろ! 殺すぞ!?」

「ひぐぅぅ」

 ドロシーは悲痛なうめき声を漏らす。

 俺は全身の血が煮えたぎるような怒りに襲われた。ぎゅっと握ったこぶしの中で、爪が手のひらに食い込む。その痛みで何とか俺は正気を保つ。

 軽率に動いてドロシーを殺されては元も子もないのだ。ここは我慢するしかない。ギリッと歯ぎしりが鳴った。

 

 俺は何度か深呼吸をしてアバドンに連絡を取る。

「見つけた、川沿いの茶色の屋根の倉庫だ。幌馬車が止まってるところ。で、奴隷の首輪をつけられてしまってるんだが、どうしたらいい?」

「旦那さまー! 良かったですー! 奴隷の首輪は私が解除できます。少々お待ちください~!」

 持つべきものは良い仲間である。俺は初めてアバドンに感謝をした。

 そうであるならば、俺は時間稼ぎをすればいい。

 

 ビリッ、ビリビリッ!

 若い男がドロシーのブラウスを派手に破いた。

 形のいい白い胸があらわになる。

「お、これは上玉だ」

 若い男がそう言うと、

「げへへへ」と、周りの男たちも下卑(げび)た笑い声をあげた。

 

 俺は目をつぶり、胸に手を当て、呼吸を整えると倉庫の裏手に回り、思いっきり石造りの壁を殴った。

 

 スゴーン!

 激しい音を立てながら壁面に大きな穴が開き、破片がバラバラと落ちてくる。

 

 若い男が立ち上がって身構え、叫ぶ。

「おい! 誰だ!」

 

 俺は静かに表に戻る。

 若い男は、ドロシーの手を押さえさせていた男にあごで指示をすると、倉庫をゆっくりと見回す……。

 ドロシーが自由になった手で胸を隠すと、

「勝手に動くんじゃねぇ!」

 そう言ってドロシーの頭を蹴った。

「ギャッ!」

 ドロシーはうめき、可愛い口元から血がツーっと垂れる。

 俺は怒りの衝動が全身を貫くのを感じる。しかし、あの男を殴ってもドロシーが首輪で殺されてしまっては意味がないのだ。ここは我慢するしかない。

 鑑定をしてみると……

 

クロディウス=ブルザ 王国軍 特殊工作部 勇者分隊所属

剣士 レベル182

 

 やはり勇者の手先だった。それにしても、とんでもないレベルの高さだ。勇者が本気でドロシーを潰しに来ていることをうかがわせる。なんと嫌な奴だろうか。こいつをコテンパンにしたら、勇者が泣いて謝るまで殴りに行ってやる!



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2-4. 邪悪なる業火

「誰もいやしませんぜ!」

 見に行った男が、奥の壁の辺りを探して声を上げる。

 

「いや、いるはずだ。不思議な術を使う男だと聞いている。用心しろ!」

 そう言いながら、ブルザは並んでいる窓を一つずつにらみ、外をチェックしていく。

 軍人らしく、その所作には訓練されたものを感じる。

 俺は再度倉庫の裏手に回り、俺を探している男をそっと確認する。そして男の背後から瞬歩で迫り、手刀で後頭部を打った。

「グォッ!」

 うめき声が倉庫に響く。

 ブルザは男が俺に倒されたのを悟ると、

「おい! 出てきたらどうだ? お前の女が犯されるのを特等席で見せてやろう」

 そう大声で叫びながらかがみ、ドロシーのパンティに手をかけた。

「いやっ!」

 そう言うドロシーをまた蹴ってはぎ取った。

「いいのか? 腰抜け?」

「やめて……うぅぅぅ……やめてよぉ……」

 ドロシーは泣き出してしまう。

 

「さぁ、ショータイムだ!」

 ブルザはドロシーの両足に手をかけた。

 

 怒りを抑えるのに必死な俺に、アバドンから連絡が入る。

「旦那様、着きました!」

 

 俺が見上げると、空からアバドンが降りてきて隣に着地した。

 

 俺は冷静さを装いながら言う。

「あの若い男を俺が挑発してドロシーから離すから、その隙に首輪を処理してくれ。できるか?」

「お任せください」

 ニヤッと笑うアバドン。

「よし、じゃ、お前は表側から行ってくれ!」

 俺はアバドンの肩をポンと叩いた。

「わかりやした!」

 

 俺は裏側の壁をもう一発どつき、倉庫の中に入る。

「ブルザ! 望み通り出てきてやったぞ! 勇者の腰巾着(こしぎんちゃく)のレイプ魔め!」

 俺はそう言いながら、ブルザから見える位置に立った。

「なんとでも言え、我々には貴族特権がある。平民を犯そうが殺そうが罪にはならんのだよ」

「お前だって平民だったんじゃないのか?」

「はっ! 勇者様に認められた以上、俺はもう特権階級、お前らなどゴミにしか見えん」

「腕もない口先だけの男……なぜ勇者はお前みたいな無能を選んだんだろうな……」

 ブルザの(まゆ)毛がぴくっと動いた。

「ふーん……、いいだろう、望み通り俺の剣の(さび)にしてくれるわ!」

 ブルザは剣を抜き、俺に向かってツカツカと迫った。

 俺はビビる振りをしながら、じりじりと後ろに下がる。

「どうした? 丸腰か?」

「ま、丸腰だってお前には勝てるんでね……」

 ツカツカと間合いを詰めてくるブルザ、ドロシーとの距離を稼ぐ俺……。

「ヒィッ!」

 俺はおびえて逃げ出すふりをして裏手へと駆けた。

「待ちやがれ! お前も殺せって言われてんだよ!」

 まんまと策に乗ってくるブルザ。

 

 アバドンはそれを確認すると、表のドアをそーっと開けて倉庫に入った。

 

「ぐわっ!」「ぐふっ!」

 アバドンがドロシーを押さえつけている男たちを殴り倒し、首輪の取り外しにかかる。

 しばらく倉庫の裏で巧みに逃げ回っていると、アバドンから連絡が入った。

「旦那様! OKです!」

 

 俺は逃げるのをやめ、ブルザの方を向く。

「ドロシーは確保した。お前の負けだ」

 俺がニヤッと笑うと、ブルザは

「もう一人いたのか……だが、小娘には死んでもらうよ」

 そう言って、嫌な笑みを浮かべながら何かを念じている。

 しかし……、反応がないようだ。

「え? あれ?」

 焦るブルザ。

「首輪なら外させてもらったよ」

 俺は得意げに言った。

「この野郎!」

 ブルザは一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで剣を振り下ろしてくる。

 その剣速はレベル182の超人的強さにたがわずすさまじく、音速を超え、衝撃波を発しながら俺に迫った。

 しかし、俺はレベル千、迫る剣をこぶしで打ち抜いた。

 

パキィィーン!

 剣は砕かれ、刀身が吹き飛び……クルクルと回って倉庫の壁に刺さった。

 

「は!?」

 ブルザは何が起こったかわからなかった。

 俺はその間抜けヅラを右フックでぶん殴った。

「ぐはっ!」

 吹き飛んで地面を転がるブルザ。

 俺はツカツカとブルザに迫り、すごんだ。

「俺の大切なドロシーを何回()った? お前」

 怒りのあまり、無意識に『威圧』の魔法が発動し、俺の周りには闇のオーラが渦巻いた。

「う、うわぁ」

 ブルザはおびえながら、まぬけに後ずさりする。

「一回!」

 俺はブルザを蹴り上げた。

「ぐはぁ!」

 ブルザは宙を何回転かしながら倉庫の壁に当たり、落ちて転がってくる。

「二回!」

 再度蹴りこんで壁に叩きつけた。

 

 ブルザは口から血を流しながらボロ雑巾のように転がった。

「勇者の所へ案内しろ! ボコボコにしてやる!」

 俺はそう叫んだ。

 しかし、俺は勇者の邪悪さをまだ分かっていなかったのだ。

 

 ブルザはヨレヨレになりながら起き上がると、嬉しそうに上着のボタンを外し、俺に中身を見せた。

 そこには赤く輝く火属性の魔法石『炎紅石』がずらっと並んでいた。

「え!?」

 俺は目を疑った。『炎紅石』は一つでも大爆発を起こす危険で高価な魔法石。それがこんなに大量にあったらとんでもない事になる。

「勇者様バンザーイ!」

 ブルザはそう叫ぶと炎紅石をすべて発動させた。

 激しい灼熱のエネルギーがほとばしり、核爆弾レベルの閃光が麦畑を、街を、辺り一帯を覆った――――

 爆発の衝撃波は白い球体となって麦畑の上に大きく広がっていく……。

 まさにこの世の終わりのような光景が展開された。

 

 衝撃波が収まると、中には真紅のきのこ雲が立ち上っていく。

 俺は直前に全速力で空に飛んで防御魔法陣を展開したが、それでもダメージを相当食らってしまった。服は焼け焦げ、髪の毛はチリチリ、体はあちこち火傷で火ぶくれとなった。

 目前で立ち上る巨大なキノコ雲を目の前にして、命を何とも思わない勇者の悪魔の様な発想に俺は愕然(がくぜん)とする。

 

 ドロシー……、ドロシーはどうなってしまっただろうか?

 爆煙たち込める爆心地は灼熱の地獄と化し、とても近づけない。

 

「あ、あぁぁ……ドロシー……」

 折角アバドンが救ったというのに、爆発に巻き込んでしまった……。

 俺は詰めの甘さを悔やんだ。勇者の恐ろしさを甘く見ていたのだ。

「ドロシー! ドロシー!!」

 俺は激しく(のど)を突く悲しみにこらえきれず、空の上で涙をボロボロとこぼしながら叫んだ。



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2-5. 残酷な腕

 やがて爆煙がおさまってくると、俺は倉庫だった所に降り立った。

 倉庫は跡形もなく吹き飛び、焼けて溶けた壁の石がゴロゴロと転がる瓦礫(がれき)の山となっていた。

 あまりの惨状に身体がガクガクと震える。

 

 俺はまだブスブスと煙を上げる瓦礫(がれき)の山を登り、ドロシーがいた辺りを掘ってみる。

 熱い石をポイポイと放りながら一心不乱に掘っていく。

「ドロシー! ドロシー!!」

 とめどなく涙が流れる。

 

 石をどけ、ひしゃげた木箱や柱だったような角材を抜き、どんどん掘っていくと床が出てきた……が、赤黒く染まっている。なんだろう? と手についたところを見ると鮮やかに赤い。

 血だ……。

 俺は心臓がキュッとなって、しばらく動けなくなった。

 鮮やかな赤はダイレクトに俺の心を貫く……。

 手がブルブルと震える。

 

 いや、まだだ、まだドロシーが死んだと決まったわけじゃない。

 

 俺は首をブンブンと振ると、血の多い方向に掘り進める。

 石をどかしていくと、見慣れた白い綺麗な手が見えた。

 見つけた!

 

「ドロシー!!」

 俺は急いで手をつかむ……が、何かがおかしい……。

 

「え? なんだ?」

 俺はそーっと手を引っ張ってみた……。

 

 すると、スポッと簡単に抜けてしまった。

「え?」

 なんと、ドロシーの手は(ひじ)までしかなかったのである。

 

「あぁぁぁぁ……」

 俺は崩れ落ちた。

 ドロシーの腕を抱きしめながら、俺は、自分が狂ってしまうんじゃないかという程の激しい衝撃に全身を貫かれた……。

 

「ぐわぁぁぁ!」

 俺は激しく叫んだ。無限に涙が湧き出してくる。

 あの美しいドロシーが腕だけになってしまった。俺と関わったばかりに殺してしまった。

 なんなんだよぉ!

「ドロシー! ドロシー!!」

 俺はとめどなくあふれてくる涙にぐちゃぐちゃになりながら、何度も叫んだ。

「ドロシー!! うわぁぁぁ!」

 

 俺はもうすべてが嫌になった。何のために異世界に転生させてもらったのか?

 こんな悲劇を呼ぶためだったのか?

 なんなんだ、これは……、あんまりだ。

 

 絶望が俺の心を塗りたくっていった。

 俺はレベル千だといい気になっていた自分を呪い、勇者をなめていた自分を呪い、心がバラバラに分解されていくような、自分が自分じゃなくなっていくような喪失感に侵されていった。

 

      ◇

 

 死んだ魚のような目をして動けなくなっていると、ボウっと明かりを感じた。

「うぅ?」

 どこからか明かりがさしている……。ガレキの中の薄暗がりが明るく見える……。

 辺りを見回すと、なんと、抱いていた腕が白く光り始めたのだ。

「え!?」

 

 腕はどんどん明るくなり、まぶしく光り輝いていった。

「えっ!? 何? なんなんだ?」

 すると、腕は浮き上がり、ちぎれた所から二の腕が生えてきた。さらに、肩、鎖骨、胸……、どんどんとドロシーの身体が再生され始めたのだ。

「ド、ドロシー?」

 驚いているとやがてドロシーは生まれたままの身体に再生され、神々しく光り輝いたのだった。

「ドロシー……」

 あまりのことに俺は言葉を失う。

 そして、ドロシーの身体はゆっくりと降りてきて、俺にもたれかかってきた。俺はハグをして受け止める。

 ずっしりとした重みが俺の身体全体にかかる。柔らかくふくよかな胸が俺を温めた。

「ドロシー……」

 俺は目をつぶってドロシーをぎゅっと強く抱きしめた……。

 しっとりときめ細やかで柔らかいドロシーの肌が、俺の指先に吸い付くようになじむ。

 

「ドロシー……」

 華やかで温かい匂いに包まれながら、俺はしばらくドロシーを抱きしめていた。

 

 ただ、いつまで経ってもドロシーは動かなかった。身体は再生されたが、意識がないようだ

「ドロシー! ドロシー!」

 俺は美しく再生された綺麗なドロシーの頬をパンパンと叩いてみた。

「う……うぅん……」

 まゆをひそめ、うなされている。

「ドロシー! 聞こえる?」

 俺はじっとドロシーを見つめた。

 美しく伸びたまつ毛、しっとりと透き通る白い肌、そしてイチゴのようにプックリと鮮やかな紅色に膨らむくちびる……。

 すると、ゆっくりと目が開いた。

「ユータ……?」

「ドロシー!」

「ユータ……、良かった……」

 そう言って、またガクッと力なくうなだれた。

 俺はドロシーを鑑定してみる。すると、HPが1になっていた。

 これは『光陰の杖』の効果ではないだろうか?

 

『HPが10以上の時、致死的攻撃を受けてもHPが1で耐える』

 確か、こう書いてあったはずだ。

 

 HPが1なのはまずい。早く回復させないと本当に死んでしまう。

 俺は焼け焦げた自分のパジャマを脱いでドロシーに着せ、お姫様抱っこで抱きかかえると急いで家へと飛んだ。

 寒くならないよう、風が当たらないよう、細心の注意を払いつつ必死に飛んだ。

 

 途中、アバドンから連絡が入る。

「旦那様! 大丈夫ですか?」

「俺もドロシーも何とか生きてる。お前は?」

「私はかなり吹き飛ばされまして、身体もあちこち失いました。ちょっと再生に時間かかりそうですが、なんとかなりそうです」

「良かった。再生出来たらまた連絡くれ。ありがとう、助かったよ!」

「旦那様のお役に立てるのが、私の喜びです。グフフフフ……」

 俺はいい仲間に恵まれた……。

 自然と涙が湧いてきて、ポロッとこぼれ、宙を舞った。

 

        ◇

 

「あらあら、実に面白い方だわ……」

 王宮の尖塔で、遠見の魔道具を持った少女がつぶやいた。少女は18歳前後だろうか、透き通るような白い肌にくっきりとしたアンバーの瞳……、そして美しいブロンドにはルビーのあしらわれた髪飾りを着けており、たぐいまれなる美貌を引き立たせていた。金の刺繍がふんだんに施された豪奢なワンピースの腹部にはヒモが編まれ、豊かな胸を強調している。かなり高い階級のようだ。

 彼女はたまたま街の上を飛ぶ人影をみつけ、気になってわざわざ魔道具を用意してユータの行動を追っていたのだった。まさか勇者の側近を叩きのめし、あの大爆発の中でも生き残って女の子救出するとは……、予想をはるかに超えたユータの力に彼女は驚嘆していた。

 彼女はサラサラと何かをメモると、

 

「バトラー!」

 と、叫び、執事を呼んだ。

 

「至急、この男を調査して! 面白くなってきたわよ!」

 ニヤッと笑って執事にメモを渡した。

 



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2-6. 月が示す真実

 俺はドロシーをベッドに横たえ、身体を少し起こし、ポーションをスプーンで少しずつドロシーに飲ませる。

「う、うぅん……」

 最初はなかなか上手くいかなかったが、徐々に飲んでくれるようになった。鑑定してみると少しずつHPは上がっていってるのでホッとした。

 俺はポーションを飲ませながら、伝わってくるドロシーの温かい体温を受けて、心の底から愛おしさが湧き上がってくるのを感じていた。

 整った目鼻立ちに紅いくちびる……、綺麗だ……。もはや、少女ではない事に気づかされる。幼いころからずっと一緒だった俺は、彼女にはどこか幼女だったころのイメージを重ねていたが、改めて見たらもうすっかり大人の女性なのだった。

 

 HPも十分に上がったのでもう大丈夫だとは思うのだが、ドロシーはずっと寝たままである。俺はベッドの脇に椅子を持ってきて、しばらくドロシーの手を握り、その美しくカールする長いまつげを見つめていた。

 

 勇者とは決着をつけねばならない。しかし、相手はタチの悪い特権階級。平民の俺が下手な事をすれば国家反逆罪でおたずね者になってしまう。勇者を相手にするというのは国のシステムそのものを相手にする事だ、とても面倒くさい。

 

「はぁ~……」

 俺は深いため息をつく。

 しかし、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせるわけにはいかない。何か考えないと……。

 俺はうつむき、必死に策をめぐらした。

 ドロシーのスースーという静かな寝息が聞こえる。

 

      ◇

 

 夕方になり、俺が夕飯の準備をしていると、ドロシーが毛布を羽織って起きてきた。

「あっ! ドロシー!」

 俺が驚くと、

「ユータ、ありがとう……」

 ドロシーはうつむきながらそう言った。

「具合はどう?」

 俺が優しく声をかけると、

「もう大丈夫よ」

 そう言って、優しく微笑んだ。

「それは良かった」

 俺はニッコリと笑う。

「それで……、あの……」

 ドロシーが真っ赤になって下を向く。

「ん? どうしたの?」

「私……まだ……綺麗なまま……だよね?」

「ん? ドロシーはいつだって綺麗だよ?」

 鈍感な俺は、何を聞かれてるのか良く分からなかった。

「そうじゃなくて! そのぉ……男の人に……汚されてないかって……」

 ドロシーは耳まで真っ赤にして言う。

「あ、そ、それは大丈夫! もう純潔ピッカピカだよ!」

 俺は真っ赤になりながら答えた。

「良かった……」

 ドロシーは胸をなでおろしながら目をつぶり、ゆっくりと微笑んだ。

「怖い目に遭わせてゴメンね」

 俺は謝る。

「いやいや、ユータのせいじゃないわ。私がうかつに一人で動いちゃったから……」

 すると、

 ギュルギュルギュル~

 と、ドロシーのおなかが鳴った。

 また真っ赤になってうつむくドロシー。

「あはは、おなかすいたよね、まずはご飯にしよう」

 

 その後、二人で夕飯を食べた。今日の事は触れないようにしようという暗黙の了解のもと、孤児院時代にバカやった話や、院長の物まねなど、他愛のない事を話して笑い合う。朝の大事件が嘘のように、二人はリラックスして温かい時間を過ごした。

 日本にいた時、俺は何をやっていたんだろう。なぜ、日本では女の子とこうやって笑えなかったのだろう? 俺はちょっと感傷的になりながらも、のびやかに笑うドロシーを見て、心が温かくなっていくのを感じていた。

 

 食事が終わると、俺はドロシーを家まで送っていった。

 念のためにセキュリティの魔道具を設置し、誰かがやってきたら俺の所に連絡がくるようにしておく。さすがにしばらくは勇者側も動かないとは思うが。

 

       ◇

 

 ドロシーの家からの帰り道、俺は月を見ながら歩いた。

 月は石畳の道を青く照らし、明かりのついた窓からはにぎやかな声が漏れてくる。

 

「今日は月のウサギが良く見えるなぁ……」

 満月の真ん丸お月様にウサギが餅つきしている模様……。

 しかしこの時、俺は重大な事に気が付いた。

 

 あれ? なんで日本から見てた月とこの月、模様が同じなんだろう……?

 今まで月はこういうものだ、と思って何の不思議にも思ってこなかったが、よく考えるとそんなはずはない。ここはもう地球じゃないのだ。どこか別の星だとすれば、衛星も二個だったり色もサイズも模様も別になるはずだ。しかし、実際は地球と同じような衛星が一個だけ全く同じ模様で浮かんでいる。あり得ない……。

 これは一体どういう事だろう?

 俺は気づいてはいけない事に気づいた気がして、思わず背筋がゾッとするのを感じた。

 そもそも、この世界はおかしい。ドロシーは死んで潰されて腕だけになったのに再生してしまった。そんなバカげた話、科学的にあり得ない。もちろん、俺自身が日本で死んでここに転生してきたのだから『そういう世界だ』と言ってしまえばそれまでなんだが。だが、そうであるならば地球とは全く違う世界になってるはずじゃないか?

 あの月は何なのか? なぜ、地球の時と同じなのか?

 

 俺はこの世界の事を調べてみようと思った。この世界の事をちゃんと知る事が出来たら、ドロシーをこれ以上危険な目に遭わせなくても済むような気がしたのだ。



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2-7. 乳酸菌の衝撃

 この世界は生き返る魔法にしても、レベルアップや鑑定スキルにしても、あまりにゲーム的でとてもリアルな世界には感じない。明らかに誰かが作らないとこんな事にはならないだろう。となると、この世界は誰かが作ったMMORPGのような、リアルに見える世界に違いない。

 で、あるならば、一般にゲーマーがやらない事をやれば世界は破綻してバグが見えるだろう。俺はありとあらゆる手段を使ってバグ探しをしてみる事にした。

 

       ◇

 

 翌日、俺は鋳造所へ足を運んだ。鋳物製品を作るところだ。鍋とか銅像なんかを作っている。

「こんにちは~」

 俺は恐る恐る入ってみる。敷地の隅にはスクラップみたいな金属のクズが山盛りにされており、中には大きな教会の鐘も転がっていた。

 俺は鐘に近づき、じっくりと観察する。高さは人の身長くらい、サイズは十分だ。

「坊主、どうした?」

 ガタイのいい、筋肉質の男が声をかけてくる。

「この鐘、捨てちゃうんですか?」

「作ってはみたが、いい音が出なかったんでな、もう一度溶かして作り直しだよ」

 そう言って肩をすくめる。

「これ、売ってもらえませんか?」

 俺はニッコリと笑って聞いてみる。

「え!? こんなの欲しいのか?」

「ちょっと実験に使いたいんです」

「うーん、まぁスクラップだからいいけど……、それでも金貨五枚はもらうぞ?」

「大丈夫です! ついでにフタに出来る金属板と、こういう穴開けて欲しいんですが……」

 

 俺はそう言って、メモ帳を開いてサラサラと図を描いた。

 すると男は首を振って言う。

「おいおい、ここは鋳造所だぞ。これは鉄工所の仕事。紹介してやっからそこで相談しな」

「ありがとうございます!」

「じゃ、ちょっと事務所に来な。書類作るから」

「ハイ!」

 俺はこうやって巨大な金属のカプセルを手に入れた。

 そう、俺は宇宙へ行くのだ。

 

        ◇

 

 続いて俺はメガネ屋へ行った。この世界でも近眼や老眼の人はいて、メガネは重宝されている。ただ、値段はメチャクチャ高いので一般人がそう簡単に気軽に買えるものではないようだ。俺はここで拡大鏡(ルーペ)を探そうと思う。

 この世界がどういう風に構成されているかは、細かく観察するとわかる事があるに違いない。地球では顕微鏡があり、電子顕微鏡があり、ありとあらゆる物を、それこそ原子のレベルまで微細に観察できる。さらに言うならヨーロッパには直径十キロの巨大な加速器があって、素粒子同士を光速に近い速度でぶつけ、出てくる粒子の動きを観察して素粒子レベルの観察までやってしまっている。

 しかし、この世界ではそんなのは無理なので、拡大鏡(ルーペ)で見える範囲から観測してみたいと思う。ここがMMORPGの世界であるならば、拡大鏡(ルーペ)でも破綻が見えるだろう。そしたら、また何かバグを探して上手く使ってやるのだ。

 

 表通りから小路に入り、しばらく行くとメガネの形の小さな看板を見つけた。

 ショーウィンドーにはいろいろなメガネが並べてある。

 

「こんにちは~」

 俺は小さなガラス窓のついたオシャレな木のドアを開ける。

「いらっしゃいませ……。おや、可愛いお客さんね、どうしたの? 目が悪いの?」

 30歳前後だろうか、やや面長で笑顔が素敵なメガネ美人が声をかけてくる。

拡大鏡(ルーペ)が欲しいのですが、取り扱っていますか?」

「えっ!? 拡大鏡(ルーペ)? そりゃ、あるけど……高いわよ? 金貨十枚とかよ」

「大丈夫です!」

 俺はニコッと笑って答えた。

「あらそう? じゃ、ちょっと待ってて!」

 彼女は店の奥へ入ると木製の箱を持ってきた。

「倍率はどの位がいいのかしら?」

「一番大きいのをください!」

 彼女はちょっと怪訝(けげん)そうな顔をして、言った。

「倍率が高いって事は見える範囲も狭いし、暗いし、ピントも合いにくくなるのよ? ちゃんと用途に合わせて選ばないと……」

「大丈夫です! 僕は武器屋をやってまして、刃物の()げ具合を観察するのに使いたいのです。だから倍率はできるだけ高い方が……」

 適当に嘘をつく。

 彼女の俺の目をジッと見た。

 その鋭い視線に俺はたじろいだ……。

「嘘ね……」

 彼女はメガネをクイッと上げると、

「私、嘘を見破れるの……。お姉さんに正直に言いなさい」

 彼女は少し怒った表情を見せる。

 スキルか何かだろうか……面倒な事になった。

 とは言え、この世界がゲームの世界かどうか調べたいなどという荒唐無稽(こうとうむけい)な事、とても言えない。何とかぼかして説明するしかない……。

 俺は大きく深呼吸をし、言った。

「……。参りました。本当のことを言うと、この世界のことを調べたいのです。この世界の仕組みとか……」

 彼女は、首を左右に動かし、俺の事をいろいろな角度から観察した。

「ふぅん……嘘は言ってないみたいね……」

 そう言いながら腕を組み、うんうんと、軽くうなずいた。

「私ね、こう見えても王立アカデミー出身なのよ。この世界の事、教えられるかもしれないわ。何が知りたいの?」

 彼女はニコッと笑って言った。

「ありがとうございます。この世界が何でできているかとか、細かい物を見ていくと何が見えるかとか……」

「この世界の物はね、火、水、土、風、雷の元素からできてるのよ」

 中世っぽい理論だ。

「それは拡大していくと見たりできるんですか?」

「うーん、アカデミーにはね、倍率千倍のすごい顕微鏡があるんだけど、それでも見る事は出来ないわね……。その代わり、微生物は見えるわよ」

「え!? 微生物?」

 俺は予想外の回答に驚かされた。

「ヨーグルトってなぜできるか知ってる?」

「牛乳に種のヨーグルトを入れて温めるんですよね?」

「そう、その種のヨーグルトには微生物が入っていて、牛乳を食べてヨーグルトにしていくのよ」

「その微生物が……、見えるんですか?」

「顕微鏡を使うといっぱいウヨウヨ見えるわよ!」

 俺はヨーグルトのCMで見た、乳酸菌の写真を思い出す。

「もしかして……、それってソーセージみたいな形……してませんか?」

「えっ!? なんで知ってるの!?」

 彼女は目を丸くして驚いた。

「いや、なんとなく……」

 そう言いながら俺はうつむき、考え込んでしまった。この世界にも乳酸菌がある。しかし、MMORPGのゲームに乳酸菌などありえない。顕微鏡使わないと見えないものなどわざわざ実装する意味などないのだから。しかし、乳酸菌は『顕微鏡の中で生きている』と彼女は言う。この世界はゲームの世界じゃないという事なのだろうか? では、魔法はどうなる? ここまで厳密に緻密に構成された世界なのに、なぜ死者が復活するような魔法が存在するのだろうか……。

 

「不思議な子ね。で、拡大鏡(ルーペ)は要るの、要らないの?」

 彼女は(いぶか)しそうに俺を見る。

「あ――――、一応自分でも色々見てみたいのでください」

 俺は顔をあげて言う。

「まいどあり~」

 彼女は棚から皮袋を取り出すと、拡大鏡(ルーペ)を入れて俺に差し出した。

「はい! 金貨九枚に負けてあげるわ」

「ありがとうございます……」

 俺は力なく微笑んで言った。

 金貨をていねいに数えながら払うと、彼女は、

「良かったらアカデミーの教授紹介するわよ」

 と、言いながら俺を上目づかいにチラッと見る。

「助かります、また来ますね」

 俺はそう言って頭を下げ、店を後にした。

 

 乳酸菌を実装しているこの世界、一人前のヨーグルトには確か十億個程度の乳酸菌がいるはずだ。それを全部シミュレートしているという事だとしたら、誰かが作った世界にしては手が込み過ぎている。意味がないし、ばかげている。

 となると、この世界はリアル……。でもドロシーは腕から生き返っちゃったし、レベルや鑑定のゲーム的なシステムも生きている。この矛盾はどう解決したらいいのだろうか?

 

 帰り道、俺は公園に立ち寄り、池の水を観察用にと水筒にくみながら物思いにふけっていた。



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2-8. トラウマを抱える少女

 店に戻ると鍵が開いていた。

 何だろうと思ってそっと中をのぞき込むと……、カーテンも開けず暗い中、誰かが椅子に静かに座っている。

 目を凝らして見ると……、ドロシーだ。

 俺は一つ大きく吸って、明るい調子で声をかけながら入っていった。

「あれ? ドロシーどうしたの? 今日はお店開けないよ」

 ドロシーは俺の方をチラッと見ると、

「あ、税金の書類とか……書かないといけないから……」

 そう言って立ち上がる。

「税金は急がなくていいよ。無理しないでね」

 俺は元気のないドロシーの顔を見ながらいたわる。

 だが、ドロシーはうつむいて黙り込んでしまった。

 嫌な静けさが広がる。

「何かあった?」

 俺はドロシーに近づき、中腰になってドロシーの顔を覗き込む。

 ドロシーはそっと俺の袖をつかんだ。

「……。」

「何でも……、言ってごらん」

 俺は優しく言う。

「怖いの……」

 つぶやくようにか細い声を出すドロシー。

「え? 何が……怖い?」

「一人でいると、昨日の事がブワッて浮かぶの……」

 ドロシーはそう言って、ポトッと涙をこぼした。

 俺はその涙にいたたまれなくなり、優しくドロシーをハグした。

 ふんわりと立ち上る甘く優しいドロシーの香り……。

 

「大丈夫、もう二度と怖い目になんて絶対()わせないから」

 俺はそう言ってぎゅっと抱きしめた。

「うぇぇぇぇ……」

 こらえてきた感情があふれ出すドロシー。

 俺は優しく銀色の髪をなでる。

 さらわれて男たちに囲まれ、服を破られた。その絶望は、推し量るには余りある恐怖体験だっただろう。そう簡単に忘れられるわけなどないのだ。

 俺はドロシーが泣き止むまで何度も何度も丁寧に髪をなで、また、ゆっくり背中をさすった。

「うっうっうっ……」

 ドロシーの嗚咽の声が静かに暗い店内に響いた。

 

       ◇

 

 しばらくして落ち着くと、俺はドロシーをテーブルの所に座らせて、コーヒーを入れた。

 店内に香ばしいコーヒーの香りがふわっと広がる。

 

 俺はコーヒーをドロシーに差し出しながら言った。

「ねぇ、今度海にでも行かない?」

「海?」

「そうそう、南の海にでも行って、綺麗な魚たちとたわむれながら泳ごうよ」

 俺は微笑みながら優しく提案する。

「海……。私、行った事ないわ……。楽しいの?」

「そりゃぁ最高だよ! 真っ白な砂浜、青く透き通った海、真っ青な空、沢山のカラフルな熱帯魚、居るだけで癒されるよ」

「ふぅん……」

 ドロシーはコーヒーを一口すすり、クルクルと巻きながら上がってくる湯気を見ていた。

 

「どうやって行くの?」

 ドロシーが俺を見て聞く。

「それは任せて、ドロシーは水着だけ用意しておいて」

「水着? 何それ?」

 ドロシーはキョトンとする。

 そう言えば、この世界で水着は見たことがなかった。そもそも泳ぐ人など誰もいなかったのだ。

「あ、()れても構わない服装でってこと」

「え、洗濯する時に濡らすんだから、みな濡れても構わないわよ」

 ドロシーは服の心配をしている。

「いや、そうじゃなくて……濡れると布って透けちゃうものがあるから……」

 俺は真っ赤になって説明する。

「えっ……? あっ!」

 ドロシーも真っ赤になった。

「ちょっと探しておいてね」

「う、うん……」

 ドロシーはうつむいて照れながら答えた。

 

      ◇

 

 海が楽しみになったのか、ドロシーはひとまず落ち着いたようだった。そして、奥の机で何やら書類を整理しはじめる。

 俺は拡大鏡(ルーペ)を取り出し、池の水を観察する事にした。

 窓辺の明るい所の棚の上に白い皿をおいて、池の水を一滴たらし、拡大鏡(ルーペ)でのぞいてみる……。

 

「いる……」

 そこにはたくさんのプランクトンがウヨウヨと動き回っていた。トゲトゲした丸い物や小船の形のもの、イカダの形をした物など、多彩な形のプランクトンがウジャウジャとしており、一つの宇宙を形作っていた。

 乳酸菌がいるんだから、それより大きなプランクトンがいる事は想定の範囲内である。やはり、この世界はリアルな世界と考えた方が良さそうだ。こんなプランクトンたちを全部シミュレートし続けるMMORPGなんて、どう考えてもおかしいんだから。

 俺はしばらくプランクトンがにぎやかに動き回るのを眺めていた。ピョンピョンと動き回るミジンコは、なかなかユニークな動きをしていて見ていて癒される。こんなのを全部コンピューターでシミュレートする世界なんて、さすがに無理があるなと思った。

 



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2-9. Welcome to Underground

「おーい、ドロシー! ちょっと見てごらん!」

 俺は手をあげてドロシーを呼んだ。

「何してるの?」

 ドロシーはちょっと怪訝(けげん)そうな顔をしながらやってくる。

「ここからのぞいてごらん」

 そう言ってドロシーに拡大鏡(ルーペ)を指さした。

「ここをのぞけば……いいのね?」

 ドロシーはおっかなビックリしながら拡大鏡(ルーペ)をそっとのぞいた。

「きゃぁ!」

 驚いて顔を上げるドロシー。

「なによこれー!」

「池の水だよ。拡大鏡(ルーペ)で見ると、中にはいろんな小さな生き物がいるんだよ」

「え? 池ってこんなのだらけなの……?」

 そう言いながら、ドロシーは恐る恐る拡大鏡(ルーペ)を再度のぞく。

 そして、じっくりと見ながらつぶやいた。

「なんだか不思議な世界ね……」

「ピョンピョンしてるの、ミジンコっていうんだけど、可愛くない?」

「うーん、私はこのトゲトゲした丸い方が可愛いと思うわ。何だかカッコいいかも。何て名前なの?」

 嬉しそうに拡大鏡(ルーペ)をのぞいてるドロシー。

「え? 名前……? 何だったかなぁ……、ちょっと見せて」

 俺は拡大鏡(ルーペ)をのぞき込み、不思議な幾何学模様の丸いプランクトンを眺めた。

 中学の時に授業でやった記憶があるんだが、もう思い出せない。『なんとかモ』だったような気がするが……。俺は無意識に鑑定スキルを起動させていた。

 開く鑑定ウインドウ……

 

 

クンショウモ レア度:★

淡水に棲む緑藻の一種

 

 

 俺は表示内容を見て唖然(あぜん)とした。なぜ、こんな微細なプランクトンまでデータ管理されているのだろう。ウィンドウに表示されている詳細項目を見ると、誕生日時まで詳細に書いてあり、生まれた時からちゃんと個別管理がされてあるようだった。

「そんな……、バカな……」

 

 急いで他のプランクトンも鑑定してみる。

 

 

ミカヅキモ レア度:★

淡水に棲む接合藻の仲間

 

 

イカダモ レア度:★

淡水に棲む緑藻の一種

 

 

 全て、鑑定できてしまった……。

 これはつまり、膨大に生息している無数のプランクトンも一つ一つシステム側が管理しているという事だ。

 一滴の池の水の中に数百匹もいるのだ、池にいるプランクトンの総数なんて何兆個いるかわからない。海まで含めたらもはや天文学的な膨大な尋常じゃない数に達するだろう。でも、その全てをシステムは管理していて、俺に個別のデータを提供してくれている。ありえない……。

 きっと乳酸菌を鑑定しても一つ一つ鑑定結果が出てしまうのだろう。一体この世界はどうなってるのか?

 ここまで管理できているという事は、この世界はむしろ全部コンピューターによって作られた世界だと考えた方が妥当だ。そもそも魔法で空を飛べたり、レベルアップでとんでもない力が出る時点で、システムがデータ管理だけに留まらないことは明白なのだ。

 俺は『複雑すぎる世界は管理しきれない。だから、この世界は仮想現実空間ではない』と考えていたが、どうもそんな事はないらしい。誰も見てない池の中のプランクトンも、一つ一つ厳密にシミュレートできるコンピューターシステムがあるとしか考えられない。

 俺は背筋に水を浴びたようにゾッとし、冷や汗がタラりと流れた。

「Welcome to Underground(ようこそ地下世界へ)」

 誰かが耳元でささやいている……。そんな気がした。

 俺はこの世界の重大な秘密にたどり着いてしまった……。

 

 俺はよろよろとテーブルの所へと戻り、冷めたコーヒーをゴクゴクと飲んだ。

「ユータ……、どうしたの?」

 真っ青な顔をした俺を見て、ドロシーが心配そうに声をかけてくる。

 俺は両手で髪の毛をかきあげ、大きく息を吐いて言った。

「大丈夫。真実は小説より奇なりだったんだ」

 ドロシーは何のことか分からず、首をひねっていた。

 

        ◇

 

 この世界はコンピューターによって作られた世界……みたいだ。だとしたらどんなコンピューターなのだろうか?

 この広大な世界を全部シミュレーションしようと思ったら相当規模はデカくないとならないはずだ。それこそコンピューターでできた惑星くらいの狂ったような規模でない限り実現不可能だろう。

 そもそも電力はどうなっているのだろう? 演算性能自体はコンピューターの数を増やせばどんどん増えるが、電力は有限なはずだ。俺はエネルギーの面からコンピューターシステムの規模の予想をしてみようと思いついた。

 

 一番デカいエネルギー源は太陽だ。実用性を考えれば、巨大な核融合炉である太陽を超えるエネルギー源はない。太陽系外だとしても恒星をエネルギー源にするのが妥当だろう。

 地球で太陽光発電パネルを使う時、一平方メートルで200Wの電力が取れていた。これは日本での俺のパソコン一台分に相当する。この太陽光発電パネルで太陽をぐるっと覆った時、どの位の電力になるだろうか?

 太陽から地球の距離は光速で約八分、光速は秒間地球七周だから……。俺は紙に計算式を殴り書いていった。計算なんて久しぶりだ。

 大体、3x10の23乗台のパソコンが動かせるくらいらしい。数字がデカすぎて訳が分からない。 

 で、この世界をシミュレーションしようと思ったら、例えば分子を一台のパソコンで一万個担当するとしようとすると、3x10の27乗個の分子をシミュレートできる計算になる。

 これってどの位の分子数に相当するのだろう……?

 続いて人体の分子数を適当に推定してみると……、2x10の27乗らしい。なんと、太陽丸まる一個使ってできるシミュレーションは人体一個半だった。

 つまり、この世界をコンピューターでシミュレーションするなんて無理な事が分かった。究極に頑張って莫大なコンピューターシステム作っても人体一個半程度のシミュレーションしかできないのだ。この広大な世界全部をシミュレーションするなんて絶対に無理なのだ。もちろん、パソコンじゃなくて、もっと効率のいいコンピューターは作れるだろう。でもパソコンの一万倍効率を上げても一万五千人分くらいしかシミュレーションできない。全人口、街や大地や、動植物、この広大な世界のシミュレーションには程遠いのだ。

 俺は手のひらを眺めた。微細なしわがあり、その下には青や赤の血管たちが見える……。

 拡大鏡(ルーペ)で拡大してみると、指紋が巨大なうねのようにして走り、汗腺からは汗が湧き出している。こんな精密な構造が全部コンピューターによってシミュレーションされているらしいが……、本当に?

 鑑定の結果から導き出される結論はそうだが、そんなコンピューターは作れない。一体この世界はどうなっているのだろうか?

 俺は頭を抱え、深くため息をついた。

 



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2-10. 衝撃の宇宙旅行

 しばらくして、店の裏手の空地に金属カプセルの素材が届いた。鐘とフタになる鉄板と、シール材のゴム、それからのぞき窓になるガラス、それぞれ寸法通りに穴もあけてもらっている。

 これからこれを使って宇宙へ行こうと思う。

 この世界が仮想現実空間であるならば、俺が宇宙へ行くのは開発者の想定外なはずだ。想定外な事を起こす事がバグを見つけ、この世界を理解するキーになるのだ。

 

  俺はまずアバドンを呼び出した。彼には爆破事件から再生した後、勇者の所在を追ってもらっている。

 

「やぁ、アバドン、調子はどう?」

 飛んできたアバドンに手をあげる。

「旦那様、申し訳ないんですが、勇者はまだ見つかりません」

「うーん、どこ行っちゃったのかなぁ?」

「あの大爆発は公式には原因不明となってますが、勇者の関係者が起こしたものだという事はバレていてですね、どうもほとぼりが冷めるまで姿をくらますつもりのようなんです」

 勇者が見つからないというのは想定外だった。アバドンは魔人だ、王宮に忍び込むことなど簡単だし、変装だってできる。だから簡単に見つかると思っていたのだが……。

 

「ボコボコにして、二度と悪さできないようにしてやるつもりだったのになぁ……」

「きっとどこかの女の所にしけ込んでるんでしょう。残念ながら……、女の家までは調査は難しいです」

「分かった。ありがとう。引き続きよろしく!」

「わかりやした!」

「で、今日はちょっと手伝ってもらいたいことがあってね」

 そう言って俺は教会の鐘を指さした。

「旦那様、これ……何ですか?」

 怪訝(けげん)そうなアバドン。

「宇宙船だよ」

 俺はにこやかに返した。

「宇宙船!?」

 目を丸くするアバドン。

「そう、これで宇宙に行ってくるよ」

「宇宙!? 宇宙って空のずっと上の……宇宙……ですか?」

 アバドンは空を指さして首をひねる。

「お前は行った事あるか?」

「ないですよ! 空も高くなると寒いし苦しいし……、そもそも行ったって何もないんですから」

「何もないかどうかは、行ってみないとわからんだろ」

「いやまぁそうですけど……」

「俺が中入ったら、このボルトにナットで締めて欲しいんだよね」

「その位ならお安い御用ですが……こんなので本当に大丈夫なんですか?」

 アバドンは教会の鐘をこぶしでカンカンと叩き、不思議そうな顔をする。

「まぁ、行ってみたらわかるよ」

 大気圧は指先ほどの面積に数kgの力がかかる。つまり、このサイズだと十トンほどの力が鉄板などにかかってしまう。ちゃんとその辺を考えないと爆発して終わりだ。でも、これだけ分厚い金属なら耐えてくれるだろう。

 それから、水の中に潜れる魔道具の指輪を買ってきたので、これで酸欠にもならずに済みそうだ。指輪を着けておくと血中酸素濃度が落ちないらしい。こういうチートアイテムの存在自体が、この世界は仮想現実空間である一つの証拠とも言える気がする。しかし、どうやって実現しているかが全く分からないので気持ち悪いのだが……。

 

 俺は鐘を横倒しにし、中に断熱材代わりのふとんを敷き詰めると乗り込み、鉄板で蓋をしてもらった。

「じゃぁボルトで締めてくれ」

「わかりやした!」

 アバドンは丁寧に50か所ほどをボルトで締めていく。

 締めてもらいながら、俺は宇宙に思いをはせる――――

 生まれて初めての宇宙旅行、いったい何があるのだろうか? この星は地球に似ているが、実は星じゃないかもしれない。何しろ仮想現実空間らしいので地上はただの円盤で、世界の果ては滝になっているのかもしれない……。

 それとも……、女神様が出てきて『ダメよ! 帰りなさい!』とか、怒られちゃったりして。あ、そう言えばあの先輩に似た女神様、結局何なんだろう? 彼女がこの世界を作ったのかなぁ……。

 

 俺が悩んでいると、カンカンと鐘が叩かれた。

「旦那様、OKです!」

 締め終わったようだ。出発準備完了である。

 

「ありがとう! それでは宇宙観光へ出発いたしまーす!」

 俺は鐘全体に隠ぺい魔法をかけた後、自分のステータス画面を出して指さし確認する。

「MPヨシッ! HPヨシッ! エンジン、パイロット、オール・グリーン! 飛行魔法発動!」

 鐘は全体がボウっと光に包まれた。

 俺はまっすぐ上に飛び立つよう徐々に魔力を注入していく。

 

「お気をつけて~!」

 アバドンが、鐘の横に付けた小さなガラス窓の向こうで大きく手を振っている。

 

 1トンの重さを超える大きな鐘はゆるゆると浮き上がり、徐々に速度を上げながら上昇していく。きっと外から見たらシュールな現代アートのように違いない。録画してYoutubeに上げたらきっと人気出るだろうな……、と馬鹿な事を考える。

 

 のぞき窓の向こうの風景がゆっくりと流れていく。俺は徐々に魔力を上げていった……。

 石造りの建物の屋根がどんどん遠ざかり、街全体の風景となり、それもどんどん遠ざかり、やがて一面の麦畑の風景となっていく。俺があくせく暮らしていた世界がまるで箱庭のように小さくなっていった。

 広大な森と川と海が見えてくる。さらに高度を上げていく……。

 どんどん小さくなっていく風景。

 青かった空も徐々に暗くなり、ついには空が真っ暗になる。

 ゴー! とうるさかった風切り音も徐々に小さくなり、高度が50kmくらいに達した頃、ついには無音になった。

 

「いよいよだぞ……、何が出るかなぁ……」

 俺はワクワクしながら小窓から地上を見ていた。青くかすむ大気の層の下には複雑な海岸線が伸びている。

「綺麗だな……」

 と、この時、海岸線の形に見覚えがあるような気がした。

 ニョキニョキっと伸びる特徴的な二つの半島……。

「あれ? あれは知多半島と渥美半島……じゃないのか?」

 どっちが知多半島で、どっちが渥美半島だか忘れてしまったが、これは伊勢湾……?

 となると、向こうが伊勢志摩……。いやいや、そんな馬鹿な!

 しかし、よく見れば浜名湖もあるし琵琶湖もある。日本人なら誰だって間違いようがない形……。

 俺は血の気が引いた。

 俺たちが住んでいたのは、なんと日本列島だったのだ。

 



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2-11. 女の子を狙う悪魔

 さらに高度を上げていくと全貌が見えてきた。それはまごう事なき日本列島だった。

 俺は呆然(ぼうぜん)とした。確かに以前、移動中に富士山みたいな山があって、おかしいなと思っていたのだ。でも「火山だったら同じ形になる事もあるよね」と勝手に思い込んで無視していたのだが、やっぱりあれは富士山だったのだ。

 

 さらに高度を上げる……。すると、見えてきたのは四国、九州、そして朝鮮半島。さらに沖縄から台湾……。北には北海道から樺太があった。そう、俺が住んでいた世界は地球だったのだ。

 

 俺は唖然(あぜん)として、ドサッと布団に倒れ込んだ。

 気候も季節も生えている植物も日本に似すぎてるなとは思っていたのだ。しかしそれは当たり前だったのだ、同じ日本だったのだから……。

 俺は頭を抱えてしまった。異世界だと思っていたら日本だった。これはどういうことだろうか? 人種も文化も文明も全く日本人とは違う人たちが日本列島に住み、魔法を使い、ダンジョンで魔物を狩っている。

 この世界が仮想現実空間だとするならば、誰かが地球をコピーしてきて全く違う人種に全く違う文化・文明を発達させたという事だろうが、一体何のために?

 そもそも地球なんてどうやってコピーするのだろうか?

 一体これはどういうことなんだ?

 俺は眉間(みけん)にしわを寄せ、腕を組んで必死に考えるが……皆目見当もつかなかった。

 

「旦那様~! ご無事ですか~?」

 アバドンの声が聞こえる。

「無事だけど無事じゃない。今すごく悩んでる……。ちょっと戻るね」

 俺は情けない声で応えた。

 本当はこの世界を一周しようと思っていたのだが、きっと太平洋の向こうにはアメリカ大陸があってヨーロッパ大陸があってインドがあって東南アジアがあるだけだろう。これ以上の探索は意味がない。

 

        ◇

 

 広場に着陸し、アバドンにボルトを抜いてもらった。

「宇宙どうでしたか?」

 アバドンは興味津々に聞いてくるが、アバドンに日本列島の話をしても理解できないだろう。

「何もなかったよ。お前も行ってくるか?」

 俺はちょっと憔悴(しょうすい)しながら答えた。

「私は旦那様と違いますから、こんなのもち上げて宇宙まで行けませんよ」

 手を振りながら顔をそむけるアバドン。

「ちょっと、疲れちゃった。コーヒーでも飲むか?」

 俺は疲れた笑いを浮かべながら言った。

「ぜひぜひ! 旦那様のコーヒーは美味しいんですよ!」

 嬉しい事を言ってくれるアバドンの背中をパンパンと叩き、店へと戻った。

 

         ◇

 

 俺はコーヒーを丁寧に入れてテーブルに置き、アバドンに勧めた。

 アバドンは目をつぶり、軽く首を振りながらコーヒーの香りを堪能(たんのう)する。

 

 俺はコーヒーをすすりながら言った。

「ちょっと、この世界について教えて欲しいんだよね」

 

 アバドンは濃いアイシャドウの目をこちらに向け、嬉しそうに紫色のくちびるを開いた。

「なんでもお答えしますよ! 旦那様!」

「お前、ダンジョンでアルバイトしてたろ? あれ、誰が雇い主なんだ?」

「ヌチ・ギさんです。小柄でヒョロッとして()せた男なんですが……、彼がたまに募集のメッセージを送ってくるんです」

「その、ヌチ・ギさんが、ダンジョン作ったり魔物管理してるんだね、何者なんだろう?」

「さぁ……、何者かは私も全然わかりません」

 そう言ってアバドンは首を振る。

「彼はいつからこんな事をやっていて、それは何のためなんだろう?」

「さて……私が生まれたのは二千年くらい前ですが、その頃にはすでにヌチ・ギさんはいましたよ。何のためにこんな事やってるかは……ちょっとわかりません。ちなみに私はヌチ・ギさんに作られました」

 

 なんと、アバドンの親らしい。魔物を生み出し、管理しているのだから当たり前ではあるが、ちょっと不思議な感じがする。

 

「ヌチ・ギさんは何ができるのかな?」

「森羅万象何でもできますよ。時間を止めたり、新たな生き物作りだしたり、それはまさに全知全能ですよ」

 なるほど、MMORPGのゲームマスターみたいなものかもしれない。この世界を構成するデータを直接いじれるからどんなことでも実現可能だし、何でも調べられる。

「俺じゃ勝てそうにないね」

「そうですね、旦那様は最強ですが、ヌチ・ギさんは次元の違う規格外の存在ですから、存在自体反則ですよ」

 そう言いながら肩をすくめる。

「まぁ、神様みたいなものだと思っておけばいいかな?」

 するとアバドンは、腕を組んで首をひねりながら言った。

「うーん、ヌチ・ギさんはこう言うとアレなんですが、ちょっと邪悪で俗物なんですよ」

「邪悪?」

「どうも女の子を生贄(いけにえ)にして楽しんでるらしいんですよね」

「はぁ!? それじゃ悪魔じゃないか!」

「彼は王都の王族の守り神的なポジションに()いていてですね、軍事や疫病対策や飢饉対策を手伝って、その代わりに可愛い女の子を提供させているんです」

「……。女の子はどうなっちゃうの?」

「さぁ……屋敷に入った女の子は二度と出てこないそうです」

「それは大問題じゃないか!」

「でもヌチ・ギさんを止められる人なんていないですよ。王都の王様だっていいなりです」

 俺は絶句した。この世界の闇がそんなところにあったとは。この世界はヌチ・ギと呼ばれる男が管理するMMOPRGのようなゲームの世界なのかもしれない。そして、その男は女の子を喰い物にする悪魔。でも、誰もこの状況を変えられない。何という恐ろしい世界だろうか。

 この世界は仮想現実空間ということはほぼ堅そうだ。ヌチ・ギが女の子を食い物にするために作った仮想現実空間……。いや、この世界を作るコストはそれこそ天文学的で莫大だ。女の子を手にするためにできるような話じゃない。と、なると、ヌチ・ギは単に管理を任されていて、役得として女の子を食っているという話かもしれない。

 とは言え、この辺は全く想像の域を出ない。何しろ情報が少なすぎる。

 

「ありがとう、とても参考になったよ。王都に行くのはやめておこう」

「正解だと思います。特に、ドロシーの(あね)さんがヌチ・ギさんの目に触れる事が無いようにしてくださいね。奪われたら最悪です」

「うーん、それは怖いな……。気を付けよう」

 俺はふぅぅ、と大きく息を吐きながら、この世界の理不尽さを憂えた。

 うちの街では勇者が特権をかざして好き放題やってるし、王都では怪しい男が国を裏で操りながら女の子を(もてあそ)んでいる。そして、それらは簡単には改善できそうにない。

 

 この世界ではヌチ・ギがキーになっているという事はわかった。なぜここが日本列島なのかも聞けば教えてくれるだろう。しかし、俺はチートで力をつけてきた存在だ。下手に近づけばチートがばれてペナルティを食らってしまう。下手したらアカウント抹消……、殺されてしまうかもしれない。とても話を聞きになんて行けない。アバドンに聞きにいかせたりしてもアウトだろう。ヌチ・ギは万能な存在だ。アバドンの記憶を調べられたりしたら最悪だ。

 結局は自分で調べていくしかないようだ。

 逆にこの世界の秘密が分かったら、ヌチ・ギにも対抗できるかもしれない。ヌチ・ギもバカじゃない、いつか俺の存在にも気づくだろう。その時に対抗できる手段はどうしても必要だ。

 女神様に連絡がつけば解決できるのにな、と思ったが、どうやったらいいかわからない。死んだらもう一度あの先輩に似た美人さんに会えるのかもしれないが……、死ぬわけにもいかないしなぁ……。

 

 俺はコーヒーをすすりながら、テーブルに可愛く活けられたマーガレットの花を眺めた。ドロシーが飾ったのだろう。黄色の中心部から大きく開いた真っ白な花びらは、元気で快活……まるでドロシーのようだった。

 俺はドロシーのまぶしい笑顔を思い出し、目をつぶった。

 



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2-12. 王女からの依頼

 翌日、久しぶりに店を開け、掃除をしているとドアが開いた。

 

 カラン! カラン!

 女の子と初老の紳士が入ってきた。

 

「いらっしゃいませ」

 明らかに冒険者とは違うお客に嫌な予感がする。

 女の子はワインレッドと純白のワンピースを着こみ、金髪を綺麗に編み込んで、ただ者ではない雰囲気を漂わせている。鑑定をしてみると……、

 

 

リリアン=オディル・ブランザ 王女

王族 レベル12

 

 

 なんとお姫様だった。

 リリアンは俺を見るとニコッと笑い、胸を張ってカツカツとヒールを鳴らし近づいてくる。

 整った目鼻立ちに透き通る肌、うわさにたがわない美貌に俺はドキッとしてしまう。

 俺は一つ深呼吸をすると、ひざまずいて言った。

「これは王女様、こんなむさくるしい所へどういったご用件でしょうか?」

 リリアンはニヤッと笑って言った。

「そんな(かしこ)まらないでくれる? あなたがユータ?」

「はい」

「あなた……私の騎士(ナイト)になってくれないかしら?」

 いきなり王女からヘッドハントを受ける俺。あまりの事に混乱してしまう。

「え? わ、私が騎士(ナイト)……ですか? 私はただの商人ですよ?」

「そういうのはいいわ。私、見ちゃったの。あなたが倉庫で倒した男、あれ、勇者に次ぐくらい強いのよ。それを瞬殺できるって事はあなた、勇者と同等……いや、勇者よりも強いはずよ」

 リリアンは嬉しそうに言う。

 バレてしまった……。

 俺は、苦虫を噛み潰したような顔をしてリリアンを見つめた。

 

騎士(ナイト)なら貴族階級に入れるわ、贅沢もできるわよ。いい事づくめじゃない!」

 無邪気にメリットを強調するリリアン。平穏な暮らしにずかずかと入ってくる貴族たちには本当にうんざりする。

「うーん、私はそう言うの興味ないんです。素朴にこうやって商人やって暮らしたいのです」

「ふーん、あなた、孤児院出身よね? 孤児院って王国からの助成で運営してるって知ってる?」

 リリアンは意地悪な顔をして言う。

 孤児院を盾に脅迫とは許しがたい。

「孤児院は関係ないですよね? そもそも、私が勇者より強いとしたら、王国など私一人でひっくり返せるって思わないんですか?」

 俺はそう言いながらリリアンをにらんだ。つい、無意識に「威圧」の魔法を使ってしまったかもしれない。

「あ、いや、孤児院に圧力かけようって訳じゃなくって……そ、そう、もっと助成増やせるかも知れないわねって話よ?」

 リリアンは気おされ、あわてて言う。

「増やしてくれるのは歓迎です。孤児院はいつも苦しいので。ただ、騎士(ナイト)の件はお断りします。そういうの性に合わないので」

 この世界で貴族は特権階級。確かに魅力的ではあるが、それは同時に貴族間の権力争いの波に揉まれる事でもある。そんなのはちょっと勘弁して欲しい。

 

「うーん……」

 リリアンは腕を組んでしばらく考え込む。

「分かったわ、こうしましょう。あなた勇者ぶっ飛ばしたいでしょ? 私もそうなの。舞台を整えるから、ぶっ飛ばしてくれないかしら?」

 どうやら俺が勇者と揉めている事はすでに調査済みのようだ。

「なぜ……、王女様が勇者をぶっ飛ばしたいのですか?」

「あいつキモいくせに結婚迫ってくるのよ。パパも勇者と血縁関係持ちたくて結婚させようとしてくるの。もう本当に最悪。もし、あなたが勇者ぶっ飛ばしてくれたら結婚話は流れると思うのよね。『弱い人と結婚なんてできません!』って言えるから」

 なるほど、政略結婚をぶち壊したいという事らしい。

「そう言うのであればご協力できるかと。もちろん、孤児院の助成強化はお願いしますよ」

 俺はニコッと笑って言った。行方も知れない勇者と対決できる機会を用意してくれて、孤児院の支援もできるなら断る理由はない。

「うふふ、ありがと! 来月にね、武闘会があるの。私、そこでの優勝者と結婚するように仕組まれてるんだけど、決勝で勇者ぶちのめしてくれる? もちろんシード権も設定させるわ」

 リリアンは嬉しそうにキラキラとした目で俺を見る。長いまつげにクリッとしたアンバー色の瞳、さすが王女様、美しい。

「分かりました。孤児院の助成倍増、建物のリフォームをお約束していただけるなら参加しましょう」

「やったぁ!」

 リリアンは両手でこぶしを握り、可愛いガッツポーズをする。

 

「でも、手加減できないので勇者を殺しちゃうかもしれませんよ?」

「武闘会なのだから偶発的に死んじゃうのは……仕方ないわ。ただ、とどめを刺すような事は止めてね」

「心がけます」

 俺はニヤッと笑った。

「良かった! これであんな奴と結婚しなくてよくなるわ! ありがとう!」

 リリアンはそう言って俺にハグをしてきた。ブワっとベルガモットの香りに包まれて、俺は面食らった。

 

 トントントン

 ドロシーが二階から降りてくる。なんと間の悪い……。

 絶世の美女と抱き合っている俺を見て、固まるドロシー。

「ど、どなた?」

 ドロシーの周りに闇のオーラが湧くように見えた。

 

 リリアンは俺から離れ、

「あら、助けてもらってた孤児の人ね。あなたにはユータはもったいない……かも……ね」

 そう言いながらドロシーをジロジロと見回した。

「そ、それはどういう……」

「ふふっ! 冗談よ! じゃ、ユータ、詳細はまた後でね!」

 そう言って俺に軽く手を振り、出口へとカツカツと歩き出した。

 唖然(あぜん)としながらリリアンを目で追うドロシー。

 

 リリアンは出口で振り返り、ドロシーをキッとにらむと、

「やっぱり、冗談じゃない……かも」

 そう言ってドロシーと火花を散らした。

 そして、

「バトラー、帰るわよ!」

 そう言って去っていった。

 

 



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3章 真実への旅
3-1. 空飛ぶ夢のカヌー


「あの人、なんなの!?」

 ドロシーはひどく腹を立てて俺をにらむ。

「王女様だよ。この国のお姫様」

 俺は肩をすくめて答える。

「お、お、王女様!?」

 目を真ん丸くしてビックリするドロシー。

「なんだか武闘会に出て欲しいんだって」

「出るって言っちゃったの!?」

「なりゆきでね……」

「そんな……、出たら殺されちゃうかもしれないのよ!」

「そこは大丈夫なんだ。ただ……、ちょっと揉めちゃうかもなぁ……」

「断れなかったの?」

「ドロシーの安全にもかかわる事なんだ、仕方ないんだよ」

 俺はそう言って、諭すようにドロシーの目を見た。

 ハッとするドロシー。

「ご、ごめんなさい……」

 うつむいて、か細い声を出す。

「いやいや、ドロシーが謝るような事じゃないよ!」

「私……ユータの足引っ張ってばかりだわ……」

「そんな事ないよ、俺はドロシーにいっぱい、いっぱい助けられているんだから」

「うぅぅ……どうしよう……」

 ポトリと涙が落ちた。

 俺はゆっくりドロシーをハグする。

「ごめんなさい……うっうっうっ……」

 俺は優しく背中をトントンと叩いた。

 店内にはドロシーのすすり泣く音が響いた。

「ドロシー、あのな……」

 俺は自分の事を少し話そうと思った。

「……。うん……」

「俺、実はすっごく強いんだ」

「……」

「だから、勇者と戦っても、王様が怒っても、死んだりすることはないんだ」

「……」

 いきなりのカミングアウトに、ドロシーは理解できてない感じだった。

「……、本当……?」

 ドロシーは涙でいっぱいにした目で俺を見つめた。

「本当さ、安心してていいよ」

 俺はそう言って優しく髪をなでた。

「でも……、ユータが戦った話なんて聞いた事ないわよ、私……」

「この前、勇者にムチ打たれても平気だったろ?」

 俺はニヤッと笑った。

「あれは魔法の服だって……」

「そんな物ないよ。あれは方便だ。勇者の攻撃なんていくら食らっても俺には全く効かないんだ」

「えっ!? それじゃあ勇者様より強い……って事?」

「もう圧倒的に強いね」

 俺はドヤ顔で笑った。

 ドロシーは唖然(あぜん)として口を開けたまま言葉を失っている。

「あ、今日はもう店閉めて海にでも行こうか? なんか仕事する気にならないし……」

 俺はニッコリと笑って提案する。

 ドロシーは呆然(ぼうぜん)としたまま、ゆっくりとうなずいた。

 

       ◇

 

 俺はランチのセットを準備し、ドロシーは水着に着替えてもらった。

 短パンに黒いTシャツ姿になったドロシーに、俺は日焼け止めを塗る。白いすべすべの素肌はしっとりと手になじむほど柔らかく、温かかった。

「で、どうやって行くの?」

 ドロシーがウキウキしながら聞いてくる。

 俺は、用意しておいた防寒着を渡し、

「裏の空き地から行きまーす」

 そう言って裏口を指さした。

 

       ◇

 

 俺は店の裏の空き地のすみに置いてあったカヌーのカバーをはがした。

「この、カヌーで行きまーす!」

 買ってきたばかりのピカピカのカヌー。朱色に塗られた船体はまだ傷一つついていない。

「え? でも、ここから川まで遠いわよ?」

 どういうことか理解できないドロシー。

 俺は荷物をカヌーに積み込み、前方に乗り込むと、

「いいから、いいから、はい乗って!」

 そう言って、後ろの座布団をパンパンと叩いた。

 首をかしげながら乗り込むドロシー。

 俺は怪訝(けげん)そうな顔のドロシーを見ながらCAの口調で言った。

「本日は『星多き空』特別カヌーへご乗船ありがとうございます。これより当カヌーは離陸いたします。しっかりとシートベルトを締め、前の人につかまってくださ~い」

「シートベルトって?」

「あー、そこのヒモのベルトを腰に回してカチッとはめて」

「あ、はいはい」

 器用にベルトを締めるドロシー。

「しっかりとつかまっててよ!」

「分かったわ!」

 そう言ってドロシーは俺にギュッとしがみついた。ふくよかな胸がムニュッと押し当てられる。

「あ、そんなに力いっぱいしがみつかなくても大丈夫……だからね?」

「うふふ、いいじゃない、早くいきましょうよ!」

 嬉しそうに微笑むドロシー。

「当カヌーはこれより離陸いたします」

 俺は隠ぺい魔法と飛行魔法をかけ、徐々に魔力を注入していった……。

 ふわりと浮かび上がるカヌー。

「えっ!? えっ!? 本当に飛んだわ!」

 驚くドロシー。

「何だよ、冗談だと思ってたの?」

「こんな魔法なんて聞いたことないもの……」

「まだまだ、驚くのはこれからだよ!」

 俺はそう言って魔力を徐々に上げていった。

 カヌーは加速度的に上空へと浮かび上がり、建物の屋根をこえるとゆっくりと回頭して南西を向いた。

「うわぁ! すごい、すご~い!」

 ドロシーが耳元で歓声を上げる。

 上空からの風景は、いつもの街も全く違う様相を見せる。陽の光を浴びた屋根瓦はキラキラと光り、煙突からは湯気が上がってくる。

「あ、孤児院の屋根、壊れてるわ! あそこから雨漏りしてるのよ!」 

 ドロシーが目ざとく、屋根瓦が欠けているのを見つけて指さす。

「本当だ、後で直しておくよ」

「ふふっ、ユータは頼りになるわ……」

 そう言って俺をぎゅっと抱きしめた。

 ドロシーのしっとりとした(ほほ)が俺の(ほほ)にふれ、俺はドギマギしてしまう。

 

 高度は徐々に上がり、街が徐々に小さくなっていく。

「うわぁ~、まるで街がオモチャみたいだわ……」

 気持ちよい風に銀色の髪を躍らせながら、ドロシーが嬉しそうに言う。

 石造りの建物が王宮を中心として放射状に建ち並ぶ美しい街は、午前中の澄んだ空気をまとって一つの芸術品のように見える。ちょうどポッカリと浮かぶ雲が影を作り、ゆったりと動きながら陰影を素敵に演出していた。

「綺麗だわ……」

 ドロシーはウットリとしながら街を眺める。

 俺はそんなドロシーを見ながら、これから始まる小旅行にワクワクが止まらなかった。

 



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3-2. クジラの挨拶

「これより当カヌーは石垣島目指して加速いたします。危険ですのでしっかりとシートベルトを確認してくださ~い」

「はいはい、シートベルト……ヨシッ!」

 ドロシーは可愛い声で安全確認。

 俺はステータス画面を出し、

「燃料……ヨシッ! パイロットの健康……ヨシッ!」

 そしてドロシーを鑑定して……、

「お客様……あれ? もしかしてお腹すいてる?」

 HPが少し下がっているのを見つけたのだ。

「えへへ……。ちょっとダイエット……してるんだ」

 ドロシーは恥ずかしそうに下を向く。

「ダメダメ! 今日はしっかり栄養付けて!」

 俺は足元の荷物からおやつ用のクッキーとお茶を取り出すと、ドロシーに渡した。

「ありがと!」

 ドロシーは照れ笑いをし、クッキーをポリっと一口かじる。

 そよ風になびく銀髪が陽の光を反射してキラキラと輝く。

「うふっ、美味しいわ! 景色がきれいだと何倍も美味しくなるのね」

 とても幸せそうな顔をした。

 

 ドロシーがクッキーを食べている間、ゆっくりと街の上を飛び、城壁を越え、麦畑の上に出てきた。

 どこまでも続く金色の麦畑、風が作るウェーブがサーっと走っていく。そして、大きくカーブを描く川に反射する陽の光……、いつか見たゴッホの油絵を思い出し、しばし見入ってしまった。

「美味しかったわ、ありがと! 行きましょ!」

 ドロシーが抱き着いてくる。

 俺は押し当てられる胸に、つい意識がいってしまうのをイカンイカンとふり払い、

「それでは行くよ~!」

 と、言った。

 防御魔法でカヌーに風よけのシールドを張る。この日のために高速飛行にも耐えられるような円(すい)状のシールドを開発したのだ。石垣島までは千数百キロ、ちんたら飛んでたら何時間もかかってしまう。やはり音速を超えて一気に行くのだ。

 

 俺は一気に魔力を高めた。急加速するカヌー。

「きゃあ!」

 後ろから声が上がる。

 カヌーを鑑定すると対地速度が表示されている。ぐんぐんと速度は上がり、十秒程度で時速三百キロを超えた。

 景色が飛ぶように流れていく。

「すごい! すご~い!」

 耳元でドロシーが叫ぶ。

 しばらくこの新幹線レベルの速度で巡行し、観光しながらドロシーに慣れてもらおうとと思う。

 俺はコンパスを見ながら川沿いに海を目指す。

 

      ◇

 

 しばらく行くと海が見えてきた。

「これが海だよ、広いだろ?」

 俺は後ろを向いて声をかける。

 すると、ドロシーは身を乗り出して俺の肩の上で黄色い声で叫んだ。

「すご~い!!」

 もはや「すごい」しか言えなくなっている。

 俺は、目をキラキラと輝かせながら海を眺めるドロシーを見て、つれてきて良かったと思った。

 

 それにしても、日本だったらこの辺に中部国際空港の人工島があるはずなのだが……、見えない。単純に地球をコピーしたわけではなさそうだ。

 

 俺は海面スレスレまで降りてきてカヌーを飛ばした。新幹線の速度でかっ飛んでいく朱色のカヌーは、海面に後方乱気流による航跡を残しながら南西を目指す。

 

 ドロシーは初めて見る水平線をじーっと眺め、何か物思いにふけっていた。

 どこまでも続く青い水平線……、18年間ずっと城壁の中で暮らしてきたドロシーには、きっと感慨深いものがあるのだろう。

 

「あ、あれ何かしら?」

 ドロシーが沖を指さす。

 見ると何やら白い煙が上がっている……。

 鑑定をしてみると、

 

 

マッコウクジラ  レア度:★★★

ハクジラ類の中で最も大きく、歯のある動物では世界最大

 

 

 と、出た。

「クジラだね、海にすむデカい生き物だよ」

「え、そんなのがいるの?」

 ドロシーは聞いたこともなかったらしい。

 俺は速度を落とし、クジラの方に進路をとった。

 

 近づいていくと、長く巨大なマッコウクジラの巨体が悠然(ゆうぜん)と泳いでいるのが見えた。その長さはゆうに十メートルを超えている。デカい。そばに小型のクジラが寄り添っている。多分、子供だろう。

 

「うわぁ! 大きい!」

 嬉しそうにクジラを見つめるドロシー。

「歯がある生き物では世界最大なんだって」

「ふぅん……あっ、潜り始めたわよ」

 クジラはゆったりと潜っていく……

「どこまで潜るのかしら?」

「さぁ……、深海でデカいイカを食べてるって聞いたことあるけど……」

 などと話をしていると、急にクジラが急上昇を始めた。

「え? まさか……」

 クジラはものすごい速度で海面を目指してくる。

「え、ちょっと、ヤバいかも!?」

 クジラはそのまま空中にジャンプをした。二十トンはあろうかと言う巨体がすぐ目の前で宙を舞う。巨大なヒレを大きく空に伸ばし、水しぶきを陽の光でキラキラと輝かせながらその美しい巨体は華麗なダンスを披露した。

「おぉぉぉ……」「うわぁ……」

 見入る二人……。

 

 そのまま背中から海面に落ちていくクジラ……。

 

 ズッバーン!

 ものすごい轟音が響き、多量の海水が巻き上げられた。海水がまともにカヌーを襲って大きく揺れる。

「キャ――――!!」

 俺にしがみついて叫ぶドロシー。

 シールドは激しく海水に洗われ、向こうが見えなくなった。シールドがなかったら危なかったかもしれない。

「はっはっは!」

 俺は思わず笑ってしまう。

「笑い事じゃないわよ!」

 ドロシーは怒るが、俺はなぜかとても楽しかった。

「クジラはもういいわ! バイバイ!」

 ドロシーは驚かされてちょっとご機嫌斜めだ。

「ハイハイ、それでは当カヌーは再度石垣島を目指します!」

 俺はそう言うとコンパスを見て南西を目指し、加速させた。

 

 ブシュ――――!

 後ろでクジラが潮を吹いた。まるで挨拶をしているみたいだった。

 



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3-3. タコ刺し一丁

 バババババ……

 新幹線並みの速度で海面スレスレを爆走する。シールドのすそから風をばたつかせる音が響く。

 

 日差しが海面をキラキラと彩り、どこまでも続く水平線が俺たちのホリディを祝福している。

「ふふふっ、何だか素敵ね!」

 ドロシーはすっかり行楽気分だ。

 俺も仕事ばかりでここのところ休みらしい休みはとっていなかった。今日はじっくりと満喫したいと思う。

 

「あ、あれは何かしら!」

 ドロシーがまた何か見つけた。

 遠くに何かが動いている……。俺はすかさず鑑定をした。

 

 

キャラック船 西方商会所属

西洋式帆船 排水量 千トン、全長五十二メートル

 

「帆船だ! 貨物を運んでいるらしいよ」

「へぇ! 帆船なんて初めて見るわ!」

 ドロシーは嬉しそうに徐々に大きくなってきた帆船を眺める……。

 だが、急に(まゆ)をひそめた。

「あれ……? 何かおかしいわよ」

 ドロシーが帆船を指さす。

 よく見ると、帆船に何か大きなものがくっついているようだ。鑑定をしてみると……、

 

 

 

クラーケン レア度:★★★★★

魔物 レベル280

 

 

「うわっ! 魔物に襲われてる!」

「え――――っ!」

 

 俺は帆船の方にかじを切り、急行する。

 近づいていくと、クラーケンの恐るべき攻撃の全貌が明らかになってきた。二十メートルはあろうかという巨体から伸ばされる太い触手が次々とマストに絡みつき、船を転覆させようと引っ張っている。船は大きく傾き、船員が矢を射ったり、触手に剣で切りつけたり奮闘しているものの、全く効いてなさそうだ。

 

「ユータ! どうしよう!?」

 ドロシーは自分のことのように胸を痛め、悲痛な声を出す。ドロシーにそう言われちゃうと助けない訳にはいかない。

「イッチョ、助けてやりますか!」

 俺はクラーケンに近づくと、飛行魔法を思いっきりかけてやった。

 クラーケンの巨体は海からズルズルと引き出され、徐々に上空へと引っ張られていく。ヌメヌメとうごめくクラーケンの体表は、陽の光を受けて白くなったり茶色になったり、目まぐるしく色を変えた。

「いやぁ! 気持ち悪い!」

 ドロシーはそう叫んで俺の後ろに隠れる。

 クラーケンは「ぐおぉぉぉ!」と重低音の叫びをあげ、触手をブンブン振り回しながら抵抗するが、俺はお構いなしにどんどん魔力を上げていく……。

 何が起こったのかと呆然(ぼうぜん)とする船員たち……。

 ついにはクラーケンは巨大な熱気球のように完全に宙に浮きあがり、船のマストにつかまっている触手でかろうじて飛ばされずにすんでいた。

 ★5の凶悪な海の魔物もこうなってしまえば形無しである。と、思っていたらクラーケンは辺り一面に(スミ)を吐き始めた。

 まるで雨のように降り注ぐ(スミ)、カヌーにもバシバシ降ってくる。さらに、(スミ)は硫酸のように当たったところを溶かしていく。

 「うわぁ!」「キャ――――!!」

 多くはシールドで防げたものの、カヌーの後ろの方は(スミ)に汚され、あちこち溶けてしまった。

 

「あぁ! 新品のカヌーが――――!!」

 頭を抱える俺。

 ものすごく頭にきた俺はクラーケンをにらむと、

「くらえ! エアスラッシュ!」

 そう叫んで、全力の風魔法をクラーケンに向けて放ってやった。

 風の刃が空気を切り裂きながら音速でクラーケンの身体に食い込み……、

 

 バシュッ!

 

 派手な音を立てて真っ二つに切り裂いた。

「ざまぁみろ! タコ刺し、一丁!」

 俺は大人げなく叫んだ。

 無残に切り裂かれたクラーケンは徐々に薄くなり……最後は霧になって消えていった。水色に光る魔石がキラキラと輝きながら落ちてくるので、俺はすかさず拾う。

 

「倒した……の?」

 ドロシーはそっと俺の肩の上に顔を出し、聞いてくる。

「一発だったよ。どう? 強いだろ俺?」

 俺は美しい輝きを放つ魔石を見せながら、ドヤ顔でドロシーを見る。

「うわぁ……、綺麗……。ユータ……もう、言葉にならないわ……」

 ドロシーは圧倒され、軽く首を振った。

 

「大魔導士様! おられますか? ありがとうございます!」

 船から声がかかる。船長の様だ。

 隠ぺい魔法をかけているから、こちらの事は見えないはずだが、シールドに浴びた(スミ)は誤算だった。(スミ)は見えてしまっているかもしれない。

「あー、無事で何よりじゃったのう……」

 俺は頑張って低い声を出し、答えた。

「このご恩は忘れません。何かお礼の品をお贈りしたいのですが……」

 俺は浮かれてドロシーに聞く。

「お礼だって、何欲しい? 宝石とかもらう?」

 ドロシーは少し考えると、

「私は……特に欲しい物なんてないわ。それより、孤児院の子供たちに美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげたいわ……」

 と、俺を見つめて言った。俺は欲にまみれた俺の発想を反省し、

「そうだよ、そうだよな……」

 と、言いながら目をつぶってうなずく。

 パサパサでカチカチのパンしか無く、それでも大切に食べていた孤児院時代を思い出す。後輩にはもうちょっといいものを食べさせてあげる……それが先輩の責務だと思った。

 そして、軽く咳払いし、言った。

「あー、クラーケンの魔石はもらったので、ワシはこれで十分。ただ、良ければアンジューの孤児院の子供たちに、美味しい物をお腹いっぱい食べさせてあげてくれんかの?」

 船長はそれを聞くと、

「アンジューの孤児院! なるほど……、分かりました! さすが大魔導士様! 私、感服いたしました。美味しい料理、ドーンと届けさせていただきます!」

 そう言って、嬉しそうにほほ笑んだ。

 やはり、恵まれない子供たちに対する支援というのは人の心を動かすらしい。

 孤児のみんなが大騒ぎする食堂を思い浮かべながら、俺も今度、何か持って行こうと思った。



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3-4. 右手の薬指

「では、頼んだぞ!」

 俺はそう言うと、カヌーに魔力を込めた。

 

 カヌーはするすると加速し、また、バタバタと風を巻き込む音を立てながら海上を滑走した。

「ありがとうございました――――!」

 後ろで船員たちが手を振っている。

「ボンボヤージ!」

 ドロシーも手を振って応える。まぁ、向こうからは見えないんだが。

 

「人助けすると気持ちいいね!」

 俺はドロシーに笑いかける。

「助かってよかったわ。ユータって凄いのね!」

 ドロシーも嬉しそうに笑う。

「いやいや、ドロシーが見つけてくれたからだよ、俺一人だったら素通りだったもん」

「そう? 良かった……」

 ドロシーは少し照れて下を向いた。

「さて、そろそろ本格的に飛ぶからこの魔法の指輪つけて」

 俺は懐のポケットから『水中でもおぼれない魔法の指輪』を出した。

「ゆ、指輪!?」

 驚くドロシー。

「はい、受け取って!」

 俺が差し出すとドロシーは

「ユータがつけて!」

 そう言って両手を俺の前に出した。

「え? 俺が?」

「早くつけて!」

 ドロシーは両手のひらを開き、嬉しそうに催促する。

 俺は悩んでしまった。どの指につけていいかわからないのだ。

「え? どの指?」

「いいから早く!」

 ドロシーは教えてくれない……。

 中指にはちょっと入らないかもだから薬指?

 でも、確か……左手の薬指は結婚指輪だからつけちゃまずいはず?

 なら右手の薬指にでもつけておこう。

 俺は白くて細いドロシーの薬指にそっと指輪を通した。

 

「え?」

 ちょっと驚くドロシー。

「あれ? 何かマズかった?」

「うふふ……、ありがと……」

 そう言って真っ赤になってうつむいた。

「このサイズなら、薬指にピッタリだと思ったんだ」

「……、もしかして……指の太さで選んだの?」

「そうだけど……マズかった?」

 ドロシーは俺の背中をバシバシと叩き、

「知らない!」

 そう言ってふくれた。

「あれ? 結婚指輪って左手の薬指だよね?」

 俺が聞くと、ドロシーは俺の背中に顔をうずめ、

「ユータはね、ちょっと『常識』というものを学んだ方がいいわ……」

 と、すねた。

「ゴメン、ゴメン、じゃぁ外すよ……」

 そう言ったらまた背中をバシバシと叩き、

「ユータのバカ! もう、信じらんない!」

 と言って怒った。前世含めて、女性と付き合った経験のない俺に乙女心は難しい……。

 俺は何だか良く分からないまま平謝りに謝った。

 どこまでも続く水平線を見ながら、

『帰ったら誰かに教えてもらおう。こんな時スマホがあればなぁ……』

 と、情けない事を考えた。

 

        ◇

 

 さらにしばらく海面をすべるように行くと、断崖絶壁の上に立つ灯台が見えてきた。本州最南端、潮岬だ。灯台は石造りの立派な建築で、吹き付ける潮風の中、威風堂々と海の安全を守っている。

 潮岬を超えたら少し右に進路を変え、四国の南をかすめながら宮崎を目指そう。

 

「うわー! あれ、灯台よね?」

 ドロシーは初めて見る灯台に興奮気味だ。機嫌が直ってきたようでホッとする。

「よし、灯台見物だ!」

 俺は灯台の方向にかじを切る。徐々に近づいてくる灯台……。

「しっかりつかまっててよ!」

「えっ!? ちょっと待って!」

 ギリギリまで近づくと俺は高度を一気に上げ、断崖絶壁をスレスレにかすめる。生えていた草がパシパシっとシールドを叩く。

 そして、ぐっと大きく迫ってくる灯台のすぐ横を飛んだ。

 視野を大きく灯台の石壁が横切る。

「きゃぁ!」

 俺にしがみつくドロシー。

 

 ドン!

 

 カヌーが引き起こす後方乱気流が灯台にぶつかって鈍い音を放つ。

 

「ははは、大丈夫だよ」

「もぉ……」

 ドロシーは俺の背中をパンと叩き、振りむいて、ぐんぐんと小さくなっていく灯台を眺めた。

「なんだかすごいわ……。ユータは大魔導士なの?」

「大魔導士であり、剣聖であり、格闘家……かな?」

 俺はニヤッと笑う。

「何よそれ、全部じゃない……」

「すごいだろ?」

 俺がドヤ顔でそう言うと……

「すごすぎるのも……何だか怖いわ……」

 そう言って、俺の背中に顔をうずめた。

 確かに『大いなる力は大いなる責任を伴う』という言葉もある。武闘会で勇者叩きのめしちゃったらもう街には居られないだろう。

 リリアンの騎士にでもなれば居場所はできるだろうけど、そんな生き方も嫌だしなぁ……。

 俺はぽっかりと浮かんだ雲たちをスレスレでよけながら高度を上げ、遠くに見えてきた四国を見つめた。

 



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3-5. マッハを超えるカヌー

 俺はグングンと速度を上げ、さらに高い空を目指す。

「これより、当カヌーは超音速飛行に入りま~す。ご注意くださ~い!」

「え? 超音速って……何?」

 ドロシーがバタつく銀色の髪を押さえながら、不安そうに聞いてくる。

「音が伝わる速さを超えるって事だよ、とんでもない速度で飛ぶって事」

「もっと速くなるの!? 音より速い!? なんなのそれ!?」

 ドロシーがまん丸い目をして俺を見る。

「しっかりつかまっててよ!」

 俺はそう言うと注入魔力をグンと増やした。

 カヌーはビリビリと震えながら速度を上げていく。表示速度もガンガン上がっていく。

 

対地速度 500km/h

  :

対地速度 600km/h

  :

対地速度 700km/h

 

 どんどんと上がっていく速度。さらに高度を上げていく。

 雲のすき間をぬって飛んでいくが、大きな雲が立ちふさがった。

 

「雲を抜けるよ、気を付けて!」

「く、雲!?」

 いきなり視界がグレー一色になる。

「きゃぁ!」

 俺にしがみつくドロシー。

 雲の中に突っ込んだのだ。

 俺は構わずさらに速度と高度を上げていく。

 

対地速度 800km/h

  :

対地速度 900km/h

 

 ジェット旅客機の速度に達し、船体がグォングォンとこもった音を響かせ始める。

 すると急に視界が開けた。

 真っ青な青空に燦燦(さんさん)と照り付ける太陽、雲の上に出たのだ。

「ヒャッハー!」

 俺は思わず叫んだ。

「すごーい……」

 ドロシーは初めて見る雲の上の景色に圧倒される。

「ここが雲の上だよ」

「なんて神秘的なのかしら……」

 ドロシーは雲と空しかない風景にしばし絶句していた。

 

 その間にも速度はぐんぐんと上がる。

 

対地速度 1000km/h

  :

対地速度 1100km/h

  :

対地速度 1200km/h

  :

 

 カヌーの周りにドーナツ状の霧がまとわりつく。亜音速に達したのだ、いよいよ来るぞ……。

 

 ドゥン!

 

 激しい衝撃音が響き、カヌーが大きく揺れる。ついに音速を超えたのだ。

「キャ――――!!」

 ドロシーが叫ぶ。

 

 俺は

「Yeah――――!!」

 と、叫び、さらに魔力を上げた。

 

対地速度 M1.1

  :

対地速度 M1.2

  :

対地速度 M1.3

  :

 

 速度表示がマッハ(M)に変わり、どんどん増えていく。

 音速を超えるとシールドにぶつかってくる空気は逃げられない。()がったシールドの先端では圧縮された空気が衝撃波を作り、周りに広がっていく。この衝撃波は強力で、遠く離れていても窓ガラスを割る事もあるらしいので、なるべく海上を飛んでいく。

 

 ギュゥゥゥ――――!

 カヌーからきしむ音が響く。ピカピカの朱色のカヌーは今、超音速飛行船となって空の上高く爆走しているのだ。カヌーを作ったおじさんにこの光景を見せたら、きっとぶったまげるだろうな……。俺はそんな事を思いながらニヤッと笑った。

 

 雲の合間に四国の先端、室戸岬を確認できる頃にはマッハ3に達していた。そこから宮崎まで約5分、さらに南下して種子島・屋久島を抜け、奄美大島まで5分。戦闘機レベルの高速巡行は気持ちいいくらいに風景を塗り替えていく。

 空から見る奄美大島はサンゴ礁に囲まれ、淡い青緑色の蛍光色に縁どられて浮いて見える。この世界は文明があまり発達していないから環境汚染もないだろう。まさに手付かずの美しい自然、ありのままの姿なのだ。

 ドロシーにも見てもらおうと後ろを見たら……、俺にしがみついたまま動かなくなっている。

「ドロシー?」

 声をかけても返事がない。

「うぅん……」

 どうやら眠いようだ。

「もう少しで着くからね」

 俺は優しくそう声をかけた。

 

 沖縄列島の島々を次々と見ながら南西に飛び、10分程度するとヒョロッと長い半島が突き出た独特の島、石垣島が見えてきた。俺は学生時代、一か月ほど石垣島で民宿のアルバイトをやったことがあった。石垣島の人たちは温かく、優しく、ちょっとひねくれていた学生時代の俺をまるで自分の子供のように扱ってくれた。暇なときは海に潜って遊び、夜は満天の星空を見ながらオリオンビールでいつまでも乾杯を繰り返した。それは今でも大切な記憶として俺の中では宝になっている。

 はるばるやってきた懐かしの島が徐々に大きくなっていく。

 

 俺は速度と高度を落としながら石垣島の様子を観察する。サンゴ礁に囲まれた美しい楽園、石垣島。その澄みとおる海、真っ白なサンゴ礁の砂浜の美しさは俺が訪れていた時よりもずっと輝いて見えた。

 一通り島を回ってみたが、誰も住んでいないし魔物がいる形跡もない。手つかずの無人島の様だ。

「ドロシー、着いたよ!」

 俺はドロシーを起こす。

「う?」

 ドロシーは目をこすりながら周りを見回し……

「うわぁ!」

 と、歓声を上げた。

「ようこそ石垣島へ」

 俺はドヤ顔でドロシーを見つめる。

「すごい! すごーい!」

 エメラルド色に輝く海、それはドロシーが想像もしたこともない、まさに南国の楽園だった。



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3-6. マンタが語る真実

 俺は美しい入り江、川平湾に向けて高度を落としていく。徐々に大きくなっていく白い砂浜にエメラルド色の海……。俺は船尾から先に、静かに着水した。

 カヌーは初めて本来の目的通り、海面を滑走し、透明な水をかき分けながら熱帯魚の楽園を進んだ。

 潮風がサーっと吹いて、ドロシーの銀髪を揺らし、南国の陽の光を受けてキラキラと輝いた。

「うわぁ……まるで浮いてるみたいね……」

 澄んだ水は存在感がまるでなく、カヌーは空中を浮いているように進んでいく。

 

 俺は真っ白な砂浜にザザッと乗り上げると、後ろを向いて言った。

「到着! 気を付けて降りてね」

 ドロシーは恐る恐る真っ白な砂浜に降り立ち、海を眺めながら大きく両手を広げ、最高の笑顔で言った。

「うふふ、凄いところに来ちゃった!」

 

 俺はカヌーを引っ張って木陰に置くと、防寒着を脱ぎながら言った。

「はい、泳ぐからドロシーも脱いで脱いで!」

「はーい」

 ドロシーはこっちを見てうれしそうに笑った。

 

 軽装になったドロシーは白い砂浜を元気に走って、海に入っていく。

「キャ――――!」

 うれしそうな歓声を上げながらジャバジャバと浅瀬を走るドロシー。

 俺はそんなドロシーを見ながら心が癒されるのを感じていた。

 

「はい、じゃぁ潜るよ」

 俺はそう言って、自分とドロシーに頭の周りを覆うシールドを展開した。こうしておくと水中でもよく見えるし、会話もできるのだ。

 俺はドロシーの手を取って、どんどんと沖に歩く。

 胸の深さくらいまで来たところで、

「さぁ、潜ってごらん」

 と、声をかけた。

「え~、怖いわ」

 と、怖気(おじけ)づくドロシー。

「じゃぁ、肩の所つかまってて」

 そう言って肩に手をかけさせる。

「こうかしら……? え? まさか!」

 俺は一気に頭から海へを突っ込んだ。一緒に海中に連れていかれるドロシー。

「キャ――――!!」

 ドロシーは怖がって目を閉じてしまう。

 俺は水中でゆっくりと肩の手を外しながら言った。

「大丈夫だって、目を開けてごらん」

 恐る恐る目を開けるドロシー……。

 そこは熱帯魚たちの楽園だった。

 コバルトブルーの小魚が群れ、真っ赤な小魚たちが目の前を横切っていく……。

「え!? すごい! すごーい!」

「さ、沖へ行くよ」

 俺はドロシーの手をつかんで、魔法を使って沖へと引っ張っていく。

 サンゴ(しょう)の林が現れ、そこにはさらに多くの熱帯魚たちが群れていた。白黒しま模様のスズメダイや芸術的な長いヒレをたくさん伸ばすミノカサゴ、ワクワクが止まらない風景が続いていく。

 透明度は40メートルはあるだろうか、どこまでも澄みとおる海はまるで空を飛んでいるような錯覚すら覚える。太陽の光は海面でゆらゆらと揺れ、まるで演出された照明のようにキラキラとサンゴ礁を彩った。

「なんて素敵なのかしら……」

 ドロシーがウットリとしながら言う。

 俺はそんなドロシーを見ながら、心の傷が少しでも癒されるように祈った。

 

 さらに沖に行くと、大きなサンゴ礁が徐々に姿を現す。その特徴的な形は忘れもしない俺の思い出のスポットだった。

 俺はそのサンゴ礁につかまると言った。

「ここでちょっと待ってみよう」

「え? 何を?」

「それは……お楽しみ!」

 しばらく俺は辺りの様子を見回し続けた。

 ドロシーはサンゴ礁にウミウシを見つけ、

「あら! かわいい!」

 と、喜んでいる。

 ほどなくして、遠くの方で影が動いた。

「ドロシー、来たぞ!」

 それは徐々に近づいてきて姿をあらわにした。巨大なヒレで飛ぶように羽ばたきながらやってきたのはマンタだった。体長は5メートルくらいあるだろうか、その雄大な姿は感動すら覚える。

「キャ――――!」

 いきなりやってきた巨体にビビるドロシー。

「大丈夫、人は襲わないから」

 優雅に遊泳するマンタは俺たちの前でいきなり急上昇し、真っ白なお腹を見せて一回転してくれる。

「うわぁ! すごぉい!」

 巨体の優雅な舞にドロシーも思わず見入ってしまう。

 ただ、俺はその舞を見ながら気分は暗く沈んだ。このスポットは俺が遊泳していてたまたま見つけたマンタ・スポットなのだ。広大な海の中でマンタに会うのはとても難しい。でも、なぜか、このスポットにはマンタが立ち寄るのだ。そして、地球で見つけたこのスポットがこの世界でも存在しているという事はこの世界が単なる地球のコピーではないという事も意味していた。地形をコピーし、サンゴ礁をコピーすることはできても、マンタの詳細な生態まで調べてコピーするようなことは現実的ではない。

 俺はこの世界は地球をコピーして作ったのかと思っていたのだが、ここまで同一であるならば、同時期に全く同じように作られたと考えた方が自然だ。であるならば、地球も仮想現実空間であり、リアルな世界ではなかったということになる。そして、この世界で魔法が使えるという事は地球でも使えるという事かもしれない。俺の知らない所で日本でも魔法使いが暗躍していたのかも……。

 しかし……。こんな精緻な仮想現実空間を作れるコンピューターシステムなど理論的には作れない。一体どうなっているのか……。

 

 もう一頭マンタが現れて、二頭は仲睦まじくお互いを回り合い、そして一緒に沖へと消えていった。

 俺はいつまでも消えていったマンタの方を眺め、不可解なこの世界の在り方に頭を悩ませていた。



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3-7. 吸いつくようなデータの手触り

「そろそろランチにしよう」

 俺はそう言って、ドロシーの手を取ってカヌーへと戻った。

「海はどうだった?」

「まるで別世界ね! こんな所があるなんて知らなかったわ!」

 にこやかに笑うドロシー。

 俺はお湯を沸かしてコーヒーを入れ、サンドイッチを分け合った。

 ザザーンという静かな波の音をBGMに、サンドイッチを頬張(ほおば)りながらドロシーは幸せそうに海を眺める。

 俺はコーヒーを飲みながら、いったいこの世界はどうなっているのか一生懸命考えていた。

 仮想現実空間であるなら誰かが何らかの目的で作ったはずだが……、なぜこれほどまでに精緻で壮大な世界を作ったのか全く見当もつかない。地球を作り、この世界を作り、地球では科学文明が発達し、この世界では魔法が発達した。一体何が目的なのだろう?

 そもそも、こんな世界を動かせるコンピューターなんて作れないんだから、仮想現実空間だという事自体間違っているのかもしれないが……、ではプランクトンが個体識別され管理されていたのは何だったのか?

 俺が眉間(みけん)にしわを寄せながら考えていると、ドロシーが俺の顔を覗き込んで言った。

「どうしたの? 何かあった?」

 俺はドロシーの肩を抱き、背中に顔をうずめると、

「何でもない、ちょっと疲れちゃった」

 そう言って、ドロシーの体温を感じた。

 ドロシーは肩に置いた俺の手に手を重ねると、

「ユータばかりゴメンね、少し休んだ方がいいわ……」

 と、言った。

 

      ◇

 

 よく考えたら地球で生きていた俺の魂が、この世界でも普通に身体を得て暮らせているという事は地球もこの世界も同質だという証拠なんだよな……。では、魂とは何なのだろう……。

 分からないことだらけだ。

「この世界って何なのだろう?」

 俺は独り言のようにつぶやいた。

「あら、そんな事で悩んでるの? ここはコンピューターによって作られた仮想現実空間よ」

 ドロシーがうれしそうに答え、俺は仰天する。

「え!? ドロシーなんでそんな事知ってるの?」

「なんだっていいじゃない。私が真実を知ってたら都合でも悪いの?」

 いたずらっ子のように笑うドロシー。

「いや、そんな事ないけど……、でも、コンピューターではこんなに広大な世界はシミュレーションしきれないよ」

「それは厳密に全てをシミュレーションしようとなんてするからよ」

「え……? どういう事?」

「ユータが超高精細なMMORPGを作るとして、分子のシミュレーションなんてするかしら?」

「え? そんなのする訳ないじゃん。見てくれが整っていればいいだけなんだから、見える範囲の物だけを適当に合成(レンダリング)して……、て、ここもそうなの!?」

「ははは、分かってるじゃない」

 ドロシーはニヤリと笑う。

「いやいや、だって顕微鏡で観察したら微細な世界は幾らでも見えるよね……って、それも見た時だけ合成(レンダリング)すればいいのか……、え? 本当に?」

「だって、そうやってこの世界は出来てるのよ。それで違和感あったかしら?」

「いや……全然気づかなかった……」

 するとドロシーは俺の手をシャツのすき間から自分の豊満な胸へと導いた。

「どう? これがデータの生み出す世界よ」

 絹のようにすべすべでしっとりと柔らかく、手になじむ感触が俺の手のひらいっぱいに広がった。

「これが……データ……?」

「そう、データの生み出す世界も悪くないでしょ? キャハッ!」

 俺は無心に気持ちのいい手触りを一生懸命追っていた。

「データの手触り……」

 これがデータ? こんな繊細で優美な手触りをシミュレーションのデータで表現なんてできるのだろうか?

 俺は一心不乱に指を動かした……。

 

 バシッ!

 いきなり誰かに頭を叩かれた。

「ちょっとどこ触ってんのよ! エッチ!」

 目を開けると真っ赤になったドロシーが怒っている。

 

「え?」

 気が付くと俺はドロシーにひざ枕をされて寝ていた。そして手はドロシーのふとももをもみもみしていた。

「あ、ごめん!」

 俺は急いで起き上がると平謝りに謝った。

「こ、こういうのは恋人同士でやるものよ!」

 ドロシーが恥ずかしさで目をそらしたまま怒る。

「いや、その通り、夢を見ていたんだ、ごめんなさい」

 平謝りに謝る俺。

 一体あの夢の中のドロシーは何だったのだろうか?

 妙にリアルで的を射ていて……それでメチャクチャな事をしてくれた。

「もう! 責任取ってもらわなくちゃだわ」

 ジト目で俺を見るドロシー。

「せ、責任!?」

「冗談よ……、でも、どんな夢見たらこんなエッチな事……するのかしら?」

 ドロシーは怖い目をして俺の目をジッとのぞき込む。

 俺は気圧されながら聞いた。

「コ、コンピューターって知ってる?」

「ん? カンピョウ……なら知ってるけど……」

「計算する機械の事なんだけどね、それがこの世界を作ってるって話をしていたんだ」

 ドロシーは(まゆ)をひそめながら俺を見ると、

「何言ってるのか全然わかんないわ」

 と、言って肩をすくめた。

 やはり知る訳もないか……。と、なると、あの夢は何だったんだろう……?

「夢の中でドロシーがそう言ってたんだよ」

「ふぅん、その私、変な奴ね」

 ドロシーはそう言って笑うと、コーヒーを飲んだ。

「ごめんね」

「もういいわ。二度としないでね。……、もしくは……」

「もしくは?」

 俺が聞き返すと、

「なんでもない」

 そう言って真っ赤になってうつむいた。

 俺は首をかしげながらコーヒーを飲み、海を眺めた。乙女心は難しい物だ。

 

 それにしても、夢の中のドロシーは非常に興味深い事を言っていた。確かに『見た目だけちゃんとしてればいい』というのであれば必要な計算量は劇的に減らせる。現実解だ。その方法であればこの世界がコンピューターで作られた仮想現実空間であることに違和感はない。もちろん、そう簡単には作れないものの、地球のIT技術が発達して百年後……いや、千年後……安全を見て一万年後だったら作れてしまうだろう。

 と、なると、誰かが地球とこの世界を作り、日本で生まれた俺はこちらの世界に転生されたという事になるのだろう。しかし、なぜこんな壮大なシミュレーションなどやっているのだろうか。謎は尽きない。あのヴィーナという先輩に似た女神様にもう一度会って聞いてみたいと思った。

 先輩は白く透き通る肌で整った目鼻立ち……、琥珀(こはく)色の瞳がきれいなサークルの人気者……というか、姫だった。サークルのみんなから『美奈ちゃん』って呼ばれていた。

 ただ、あのダンスの上手い姫がこの世界の根幹に関わっている、なんてことはあるのだろうか……? どう見てもただの女子大生だったけどなぁ……。美奈先輩は今は何をやっているのだろう……。

 ん? 『美奈』?

 俺は何かが引っかかった。

 『美奈』……、『美奈』……、音読みだと……『ビナ』!?

 そのままじゃないか! やっぱり彼女がヴィーナ、この世界の根底に関わる女神様だったのだ。

 確かにあの美しさは神がかっているなぁとは思っていたのだ。でもまさか本当に女神様だったとは……。俺は何としてでももう一度先輩に会いたいと思った。



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3-8. 神代真龍の逆鱗

 食後にもう一度海を遊泳し、サンゴ礁と熱帯魚を満喫した後、俺たちは帰路についた。帰りは偏西風に乗るので行きよりはスピードが出る。

 鹿児島が見えてきた頃、ドロシーが叫んだ。

「あれ? 何かが飛んでるわよ」

 見るとポツポツと浮かぶ雲の間を、巨大な何かが羽を広げて飛んでいるのが見えた。

 鑑定をしてみると……。

 

 

レヴィア レア度:---

神代真龍 レベル:???

 

 

「やばい! ドラゴンだ!」

 俺は真っ青になった。

 レア度もレベルも表示されないというのは、そういう概念を超越した存在、この世界の根幹にかかわる存在という事だ。ヌチ・ギと同じクラスだろう、俺では到底勝ち目がない。逃げるしかない。

 俺は急いでかじを切り、全力でカヌーを加速した……。

「きゃぁ!」

 ドロシーが俺にしがみつく。

 直後、いきなり暗くなった。

「え!?」

 上を向くと、なんと巨大なドラゴンが飛んでいた。巨大なウロコに覆われた前足の鋭いカギ爪がにぎにぎと獲物を狙うように不気味に動くのが目前に見える。

 さっきまで何キロも離れた所を飛んでいたドラゴンがもう追いついたのだ。

 逃げられない、これがドラゴンか……。俺は観念せざるを得なかった。

「いやぁぁぁ!」

 ドロシーは叫び、俺にしがみついてくる。

 やがてドラゴンは横にやってきて、3メートルはあろうかと言う巨大な(いか)つい顔を俺の真横に寄せ、ばかでかい真紅の燃えるような眼玉でこちらをにらんだ。

「ひぃぃぃ!」

 あまりの恐ろしさにドロシーは失神してしまった。

 

「おい小僧! 誰の許しを得て飛んでいるのじゃ?」

 頭に直接ドラゴンの言葉が飛んでくる。

「す、すみません。まさかドラゴン様の縄張りとは知らず、ご無礼をいたしました……」

 俺は必死に謝る。

 ドラゴンは口を開いて鋭い牙を光らせると、

「ついて来るのじゃ! 逃げようとしたら殺す!」

 そう言って西の方へと旋回した。

 俺も渋々ついていく……。この感覚は……そうだ、スピード違反して白バイにつかまった時の感覚に似ている。やっちまった……。

 

 ドラゴンは宮崎の霧島の火山に近づくと高度を下げていった。どこへ行くのかと思ったら噴火口の中へと入っていく。ちょっとビビっていると、噴火口の内側の崖に巨大な洞窟がポッカリと開いた。ドラゴンはそのまま滑るように洞窟へと入っていく。俺も後を追う。

 

 洞窟の中は神殿のようになっており、大理石でできた白く広大なホールがあった。周囲の壁には精緻な彫刻が施されており、たくさんの魔法の照明が美しく彩っている。なるほどドラゴンの居城にふさわしい荘厳な佇まいだった。

 しかし、これからどんな話になるのだろうか……、俺は胃がキュッと痛くなりながらカヌーを止め、まだ気を失っているドロシーに俺の上着をかぶせ、トボトボとドラゴンの元へと歩いた。

 ドラゴンは全長30メートルはあろうかと言う巨体で、全身は厳ついウロコで(おお)われ、まさに生物の頂点という佇まいをしていた。そして高い所で真紅の目を光らせ、俺をにらんでいる。

 

「素晴らしいお住まいですね!」

 俺は何とかヨイショから切り出す。

「ほほう、おぬしにこの良さが分かるか」

「周りの彫刻が実に見事です」

「これは過去にあった出来事を記録した物じゃ。およそ四千年前から記録されておる」

「え? 四千年前からこちらにお住まいですか?」

「ま、そうなるかのう」

 俺は大きく深呼吸をすると、

「この度はご無礼をいたしまして、申し訳ありませんでした」

 と言って、深々と頭を下げた。

「お前、いきなり轟音上げながらぶっ飛んでいくとは、失礼じゃろ?」

「まさかドラゴン様のお住まいがあるなど、知らなかったものですから……」

「知らなければ許されるわけでもなかろう!」

 ドラゴンの罵声が神殿中に響き渡り、ビリビリと体が振動する。マズい、極めてマズい……。

 返す言葉もなく悩んでいると……、

「……んん? お主、ヴィーナ様の縁者か?」

 そう言いながら首を下げてきて、俺のすぐそばで大きな目をギョロリと動かした。

 冷や汗が流れてくる。

「あ、ヴィーナ様にこちらの世界へと転生させてもらいました」

「ほう、そうかそうか……、まぁヴィーナ様の縁者となれば……無碍(むげ)にもできんか……」

 そう言って、また首を高い所に戻すドラゴン。

「ヴィーナ様は確か日本で大学生をやられていましたよね?」

「ヴィーナ様はいろいろやられるお方でなぁ、確かに大学生をやっていたのう。その時代のご学友……という訳じゃな……」

「はい、一緒に楽しく過ごさせてもらいました」

 俺は引きつった笑いを浮かべる。

「ほう、うらやましいのう……。(われ)も大学生とやらになるかのう……」

「え!?」

 こんな恐ろしげな巨体が『大学生をやりたい』というギャップに俺はつい驚いてしまった。

「なんじゃ? 何か文句でもあるのか?」

 ドラゴンはギョロリと真紅の目を向けてにらむ。

「い、いや、大学生は人間でないと難しいかな……と」

「何じゃそんなことか」

 そう言うとドラゴンは『ボン!』と煙に包まれ……、中から金髪でおカッパの可愛い少女が現れた。見た目中学生くらいだが、何も着ていない。ふくらみはじめた綺麗な胸を隠す気もなく、胸を張っている。

「え? もしかして……レヴィア……様……ですか?」

「そうじゃ、可愛いじゃろ?」

 そう言ってニッコリと笑う。いわゆる人化の術という奴のようだ。

「あの……服を……着ていただけませんか? ちょっと、目のやり場に困るので……」

 俺が目を背けながらそう言うと、

「ふふっ、(われ)の肢体に欲情しおったな! キャハッ!」

 そう言いながら腕を持ち上げ、斜めに構えてモデルのようなポーズを決めるレヴィア。

「いや、私は幼児体形は守備範囲外なので……」

 俺がそう言うと、レヴィアは顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべ、細かく震えだした。

 逆鱗に触れてしまったようだ。ヤバい……。

「あ、いや、そのぉ……」

 俺はしどろもどろになっていると。

「バカちんがー!!」

 と叫び、瞬歩で俺に迫ってデコピンを一発かました。

「ぐわぁぁ!」

 俺はレベル千もあるのにレヴィアのデコピンをかわす事も出来ず、まともにくらって吹き飛ばされ、激痛が走った。

 HPも半分以上持っていかれて、もう一発食らったら即死の状態に追い込まれた。何というデコピン……。ドラゴンの破壊力は反則級だ。

「乙女の美しい身体を『幼児体形』とは不遜(ふそん)な! この無礼者が!!」

 レヴィアはプンプンと怒っている。

「失言でした、失礼いたしました……」

 俺はおでこをさすりながら起き上がる。

「そうじゃ! メッチャ失言じゃ!」

「レヴィア様に欲情してしまわぬよう、極端な表現をしてしまいました。申し訳ございません」

「そうか……、そうなのじゃな、それじゃ仕方ない、服でも着てやろう」

 レヴィアは少し機嫌を直し、サリーのような布を巻き付ける簡単な服をするするっと身にまとった。それでも横からのぞいたら胸は見えてしまいそうではあるが……。

「これでどうじゃ?」

 ドヤ顔のレヴィア。

「ありがとうございます。お美しいです」

 俺はそう言って頭を下げた。



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3-9. 海王星の衝撃

 実際、彼女は美しかった。整った目鼻立ちにボーイッシュな笑顔、もう少し成長したらきっと相当な美人に育つに違いなかった。

「そうじゃろう、そうじゃろう、キャハッ!」

 

 『キャハッ!』? 俺はこの独特の笑い方に心当たりがあった。夢の中のドロシーが同じ笑い方をしていたのだ。

「もしかして……夢の中で話されてたのはレヴィア様でしたか?」

「ふふん、つまらぬことに悩んでるから正解を教えてやったのじゃ」

「ありがとうございます。でも……ふとももを触らせるのはマズいですよ」

「あれはお主の願望を発現させてやっただけじゃ」

「私の願望!?」

「さわさわしたかったんじゃろ?」

 無邪気に笑うレヴィア。

「いや、まぁ……、そのぉ……」

「ふふっ、(われ)はお見通しなのじゃ」

 ドヤ顔のレヴィア。

「参りました……。で、おっしゃった正解とは、この世界も地球も全部コンピューターの作り出した世界ということなんですね?」

 俺は強引に話題を変える。

「そうじゃ。海王星にあるコンピューターが、今この瞬間もこの世界と地球を動かしているのじゃ。何か問題でもあるのか?」

 いきなり開示された驚くべき事実に俺は衝撃を受けた。具体的なコンピューター設備のこともこのドラゴンは知っているのだ。さらに、その設置場所がまた想像を絶する所だった。海王星というのは太陽系最果ての惑星。きわめて遠く、地球からは光の速度でも4時間はかかる。

「か、海王星!? なんでそんなところに?」

 俺は唖然(あぜん)とした。

「太陽系で一番冷たい所だったから……かのう? 知らんけど」

 レヴィアは興味なさげに適当に答える。

「では、今この瞬間も、私の身体もレヴィア様の身体も海王星で計算されて合成(レンダリング)されているってこと……なんですね?」

「そうじゃろうな。じゃが、それで困る事なんてあるんかの?」

「え!? こ、困る事……?」

 俺は必死に考えた。世界がリアルでないと困る事なんてあるのだろうか? そもそも俺は生まれてからずっと仮想現実空間に住んでいたわけで、リアルな世界など知らないのだ。熱帯魚が群れ泳ぐ海を泳ぎ、雄大なマンタの舞を堪能し、ドロシーの綺麗な銀髪が風でキラキラと煌めくのを見て、手にしっとりとなじむ柔らかな肌を感じる……。この世界に不服なんて全くないのだ。さらに、俺はメッチャ強くなったり空飛んだり、大変に楽しませてもらっている。むしろメリットだらけだろう。あるとすると、ヌチ・ギのような奴がのさばる事だろうか。管理者側の無双はタチが悪い。

「ヌチ・ギ……みたいな奴を止められないことくらいでしょうか……」

「あー、奴ね。あれは確かに困った存在じゃ……」

 レヴィアも腕を組んで首をひねる。

「レヴィア様のお力で何とかなりませんか?」

「それがなぁ……。奴とは相互不可侵条約を結んでいるんじゃ。何もできんのじゃよ」

 そう言って肩をすくめる。

「女の子がどんどんと食い物にされているのは、この世界の運用上も問題だと思います」

「まぁ……そうなんじゃが……。あ奴も昔はまじめにこの世界を変えていったんじゃ。魔法も魔物もダンジョンもあ奴の開発した物じゃ。それなりに良くできとるじゃろ?」

「それは確かに……凄いですね」

「最初は良かったんじゃ。街にも活気が出てな。じゃが、そのうち頭打ちになってしまってな。幾らいろんな機能を追加しても活気も増えなきゃ進歩もない社会になってしまったんじゃ」

「それで自暴自棄になって女の子漁りに走ってるってことですか?」

「そうなんじゃ」

「でも、そんなの許されないですよね?」

(われ)もそうは思うんじゃが……」

「私からヴィーナ様にお伝えしてもいいですか?」

 レヴィアは目をつぶり、首を振る。

「お主……、ご学友だからと言ってあのお方を軽く見るでないぞ。こないだもある星がヴィーナ様によって消されたのじゃ」

「え!? 消された?」

「そうじゃ、一瞬で全部消された……それはもう跡形もなく……」

「え? なぜですか?」

「あのお方の理想に合致しない星はすぐに消され、また新たな別の星が作られるんじゃ。もし、お主の注進で、気分を害されたら……この星も終わりじゃ」

「そ、そんな……」

 俺は全身から血の気が引くのを感じた。この星が消されるということは、俺もドロシーもみんなも街も全部消されてしまう……そんな事になったら最悪だ。

「元気で発展しているうちはいい、じゃが……停滞してる星は危ない……」

「じゃぁここもヤバい?」

「そうなんじゃよ……。わしが手をこまねいてるのもそれが理由なんじゃ……。消されたら……、困るでのう……」

 俺は絶句した。

 美奈先輩の恐るべき世界支配に比べたら、ヌチ・ギのいたずらなんて可愛いものかもしれない。サークルでみんなと楽しそうに踊っていた先輩が、なぜそんな大量虐殺みたいなことに手を染めるのか、俺にはさっぱりわからなかった。

 

「そもそも、ヴィーナ様とはどんなお方なんですか?」

「神様の神様じゃよ。詳しくは言えんがな」

 神様とは『この星の製造者』って意味だろうが、単に製造者ではなく、そのまた神様だという……。一体どういう事だろうか……。

 

「ちと、しゃべり過ぎてしまったのう、もう、お帰り」

 レヴィアはそう言うと、指先で斜めに空中に線を引いた。すると、そこに空間の切れ目が浮かび、レヴィアはそれを両手でぐっと広げた。向こうを見ると、なんとそこは俺の店の裏の空き地だった。

 そして、レヴィアはドロシーが寝ているカヌーをそっと飛行魔法で持ち上げると、切れ目を通して空地に置いた。

「何か困ったことがあったら(われ)の名を呼ぶのじゃ。気が向いたら何とかしよう」

 レヴィアはそう言ってニッコリと笑った。

「頼りにしています!」

 俺はそう言うと切れ目に飛び込む……。

 そこは確かにいつもの空き地だった。宮崎にいたのに一歩で愛知……。確かに仮想現実空間というのはとても便利なものだな、と感心してしまった。

「では、達者でな!」

 そう言ってレヴィアは、俺に手を振りながら空間の切れ目を閉じていった。

「ありがとうございました!」

 俺は深々と頭を下げ、思慮深く慈愛に満ちたドラゴンに深く感謝をした。

 

 それにしても、この世界も地球も海王星で合成されているという話は、一体どう考えたらいいのか途方に暮れる。俺を産み出し、ドロシーやこの街を産み出し、運営してくれていることについては凄く感謝するが……、一体何のために? そして、活気がなくなったら容赦なく星ごと消すという美奈先輩の行動も良く分からない。

 謎を一つ解決するとさらに謎が増えるという、この世界の深さに俺は気が遠くなった。

 



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3-10. ドロシーの味方

 さて、帰ってきたぞ……。

 午前中、飛び立ったばかりの空き地なのに何だか久しぶりの様な少し遠い世界のような違和感があった。それだけ密度が濃い時間だったということだろう。

 俺はすっかり傷だらけで汚れ切った朱色のカヌーに駆け寄り、横たわるドロシーの様子を見た。

 ドロシーはスースーと寝息を立てて寝ている。

「はい、ドロシー、着いたよ」

「うぅん……」

 俺は優しく(ほほ)をなで、

「ドロシー、起きて」

 と、声をかけた。

 ドロシーはむっくりと起き上がり、

「あ、あれ? ド、ドラゴンは?」

 と、周りを見回す。そして、

「うーん……、夢だったのかなぁ……?」

 と、首をかしげる。

「ドラゴンはね、無事解決。ところで、今晩『お疲れ会』やろうと思うけどどう?」

 ドラゴンの話はちょっと難しいので今晩の予定に話しを振る。

「さすがユータね……。お疲れ会って?」

「仲間一人呼んで、美味しいもの食べよう」

 そろそろアバドンも(ねぎら)ってあげたいと思っていたのだ。ドロシーにも紹介しておいた方が良さそうだし。

「え? 仲間……? い、いいけど……誰……なの?」

 ちょっと警戒するドロシー。

「ドロシーが襲われた時に首輪を外してくれた男がいたろ?」

「あ、あのなんか……ピエロみたいな人?」

「そうそう、アバドンって言うんだ。彼もちょっと労ってやりたいんだよね」

「あ、そうね……助けて……もらったしね……」

 ドロシーは少し緊張しているようだ。

「大丈夫、気の良い奴なんだ。仲良くしてやって」

「う、うん……」

 俺はアバドンに連絡を取る。アバドンは大喜びで、エールとテイクアウトの料理を持ってきてくれるらしい。

 

        ◇

 

 日も暮れて明かりを点ける頃、ドロシーがお店に戻ってきた。

「こんばんは~」

 水浴びをしてきたようで、まだしっとりとした銀髪が新鮮に見える。

 俺はテーブルをふきながら、

「はい、座った座った! アバドンももうすぐ来るって」

 と言って、椅子を引いた。

「なんか……緊張しちゃうわ」

 ちょっと伏し目がちのドロシー。

 

カラン! カラン!

 タイミングよく、ドアが開く。

「はーい、皆さま、こんばんは~!」

 アバドンが両手に料理と飲み物満載して上機嫌でやってきた。

「うわー、こりゃ大変だ! ちょっとドロシーも手伝って!」

「う、うん」

 俺はアバドンの手からバスケットやら包みやらを取ってはドロシーに渡す。あっという間にテーブルは料理で埋め尽くされた。

「うわぁ! 凄いわ!」

 ドロシーはキラキラとした目で豪華なテーブルを見る。

 アバドンは

「ドロシーの(あね)さん、初めて挨拶させていただきます、アバドンです。以後お見知りおきを……」

 と、うやうやしく挨拶をする。

 ドロシーは赤くなりながら、

「あ、あの時は……ありがとう。これからもよろしくお願いします」

 そう言ってペコリと頭を下げた。

 俺は大きなマグカップに樽からエールを注いで二人に渡し、

「それでは、ドロシーとアバドン、二人の献身に感謝をこめ、乾杯!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺はゴクゴクとエールを飲んだ。爽やかなのど越し、鼻に抜けてくるホップの香りが俺を幸せに包む。

「くぅぅ!」

 俺は目をつぶり、今日あったいろんなことを思い出しながら幸せに浸った。

「姐さんは今日はどちら行ってきたんですか?」

 アバドンがドロシーに話題を振る。

「え? 海行って~、クジラ見て~」

 ドロシーは嬉しそうに今日あった事を思い出す。

「クジラって何ですか?」

「あのね、すっごーい大きな海の生き物なの! このお店には入らないくらいのサイズよね、ユータ!」

「そうそう、海の巨大生物」

「へぇ~、そんな物見たこともありませんや」

「それがね、いきなりジャンプして、もうバッシャーンって!」

「うわ、そりゃビックリですね!」

 アバドンは両手を広げながら上手く盛り上げる。

 

「で、その後、帆船がね、巨大なタコに襲われてて……」

「巨大タコ!?」

 驚くアバドン。

「クラーケンだよ、知らない?」

「あー、噂には聞いたことありますが……、私、海行かないもので……」

「それをユータがね、バシュ!って真っ二つにしたのよ」

「さすが旦那様!」

「いやいや、照れるね……、カンパーイ!」

 俺は照れ隠しに乾杯に持っていく。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」

「で、その後ね……ユータが指輪をくれたんだけど……」

 『ブフッ』っと吹き出す俺。

 ドロシーは右手の薬指の指輪をアバドンに見せる。

「お、薬指じゃないですか!」

 アバドンが盛り上げるように言う。

「ところが、ユータったら『太さが合う指にはめた』って言うのよ!」

 そう言ってふくれるドロシー。

「え――――! 旦那様、それはダメですよ!」

 アバドンはオーバーなリアクションしながら俺を責める。

「いや、だって、俺指輪なんてあげた事……ないもん……」

 そう言ってうなだれる。持ち上げられたと思ったらすぐにダメ出しされる俺……ひどい。

「あげた事なくても……ねぇ」

 アバドンはドロシーを見る。

「その位常識ですよねぇ」

 二人は見つめ合って俺をイジる。

「はいはい、私が悪うございました」

 そう言ってエールをグッと空けた。

 

「私、アバドンさんってもっと怖い方かと思ってました」

 酔ってちょっと赤い頬を見せながらドロシーが言う。

「私、ぜーんぜん! 怖くないですよ! ね、旦那様!」

 こっちに振るアバドン。確かに俺と奴隷契約してからこっち、かなりいい奴になっているのは事実だ。

「うん、まぁ、頼れる奴だよ」

「うふふ、これからもよろしくお願いしますねっ!」

 ドロシーは嬉しそうに笑う。

 その笑顔に触発されたか、アバドンはいきなり立ち上がって、

「はい! お任せください!」

 と、嬉しそうに答えると、俺の方を向いて、

「旦那様と姐さんが揉めたら私、姐さんの方につきますけどいいですか?」

 と、ニコニコと聞いてくる。

 俺は目をつぶり……

「まぁ、認めよう」

 と、渋い顔で返した。これで奴隷契約もドロシー関連だけは例外となってしまった。しかし、『ダメ』とも言えんしなぁ……。

 アバドンはニヤッと笑うと、

「旦那様に不満があったら何でも言ってください、私がバーンと解決しちゃいます!」

 そう言ってドロシーにアピールする。

「うふふ、味方が増えたわ」

 と、ドロシーは嬉しそうに微笑んだ。

 

 と、その時、急にアバドンが真顔になって入り口のドアを見た。

 俺も気配を察知し、眉をひそめながらドロシーに二階への階段を指さし、ドロシーを避難させる。

 俺はアバドンに階段を守らせると裏口から外へ出て屋根へと飛び、上から店の表をのぞいた。

 そこにはフードをかぶった小柄の怪しい人物が、店の内部をうかがっている姿があった。俺は勇者の手先だと思い、背後に飛び降りると同時に腕を取り、素早く背中に回して極めた。

「きゃぁ!」

 驚く不審者。

「何の用だ!?」

 と、言って顔を見ると……美しい顔立ち、それはリリアンだった。

 こんな街外れの寂れたところに夜間、王女がお忍びでやってくる……。もはや嫌な予感しかしない。



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3-11. 王女襲来

「お、王女様!?」

 俺は急いで手を放す。

「痛いじゃない! 何すんのよ!」

 リリアンが透き通るようなアンバー色の瞳で俺をにらむ。

「こ、これは失礼しました。しかし、こんな夜におひとりで出歩かれては危険ですよ」

「大丈夫よ、危なくなったら魔道具で騎士が飛んでくるようになってるの」

 ドヤ顔のリリアン。

 絶対リリアンの騎士にはならないようにしようと心に誓った。毎晩呼び出されそうだ。

「とりあえず、中へどうぞ」

 俺はリリアンを店内に案内した。

「ドロシー、もう大丈夫だよ、王女様だった」

 俺は二階にそう声をかける。

 リリアンはローブを脱ぎ、流れるような美しいブロンドの髪を軽く振り、ドキッとするほどの笑顔でこちらを見てくる。

 俺は心臓の高鳴りを悟られないように淡々と聞いた。

「こんな夜中に何の御用ですか?」

「ふふん、何だと思う?」

 何だか嬉しそうに逆に聞いてくる。

「今、パーティ中なので、手短にお願いします」

「あら、美味しそうじゃない。私にもくださらない?」

 そう言いながらテーブルへと歩き出すリリアン。

「え? こんな庶民の食べ物、お口に合いませんよ!」

「あら、食べさせてもくれないの? 私が孤児院のために今日一日走り回ったというのに?」

 リリアンは振り返って透明感のある白い(ほほ)をふくらませ、俺をにらむ。

 孤児院の事を出されると弱い。

「分かりました」

 俺はそう言って椅子と食器を追加でセットした。

 リリアンは席の前に立つとしばらく何かを待っている。そして、俺をチラッと見ると、

「ユータ、椅子をお願い」

 なんと、座る時には椅子を押す人が要るらしい。

 俺は椅子を押しながら、

「王女様、ここは庶民のパーティですから庶民マナーでお願いします。庶民は椅子は自分で座るんです」

「ふぅん、勉強になるわ。あれ? フォークしかないわよ」

「あー、食べ物は料理皿のスプーンでこの皿にとってセルフで取り分けて、フォークで食べるんです」

「ユータ、やって」

 さすが王女様、自分では何もやらないつもりだ。

 ドロシーがちょっと怒った目で、

「私がお取り分けします」

 と、言いながらリリアンの前の取り皿を取ろうとすると、

 リリアンはピシッとドロシーの手をはたいた。

「私はユータに頼んだの」

 そう言ってドロシーをにらんだ。

 二人の間に見えない火花が散る。

 王位継承順位第二位リリアン=オディル・ブランザに対し、一歩も引かない孤児の少女ドロシー。俺もアバドンもオロオロするばかりだった。

 

「のどが渇いたわ、シャンパン出して」

 俺を見て言うリリアン。

「いや、庶民のパーティーなので、ドリンクはエールしかないです」

「ふーん、美味しいの?」

「ホップを利かせた苦い麦のお酒ですね。私は大好きですけども……」

「じゃぁ頂戴」

 するとドロシーがすかさず、特大マグカップになみなみとエールを注ぎ、

「王女様どうぞ……」

 と、にこやかに渡す。

 いちいち火花を散らす二人。

 

「と、とりあえず乾杯しましょう、カンパーイ!」

 俺は引きつった笑顔で音頭を取る。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 

 リリアンは一口エールをなめて、

「苦~い!」

 と、言いながら、俺の方を向いて渋い顔をする。

「高貴なお方のお口には合いませんね。残念ですわ」

 ドロシーがさりげなくジャブを打ってくる。

 リリアンがキッとドロシーをにらむ。

「あ、エールはワインと違ってですね、のど越しを楽しむものなんです」

「どういう事?」

「ゴクッと飲んだ瞬間に鼻に抜けるホップの香りを楽しむので、一度一気に飲んでみては?」

「ふぅん……」

 リリアンは半信半疑でエールを一気にゴクリと飲んだ。

 そして、目を見開いて、

「あ、確かに美味しいかも……。さすがユータ! 頼りになるわ」

 そう言って俺にニッコリと笑いかけた。

「それは良かったです。で、今日のご用向きは?」

 俺はドロシーからの視線を痛く感じ、冷や汗を垂らしながら聞いた。

「そうそう、孤児院の助成倍増とリフォーム! 通してあげたわよ!」

「え? 本当ですか!?」

「王女、嘘つかないわよ」

 そう言ってドヤ顔のリリアン。

 俺はスクッと立ち上がると、

「リリアン姫の孤児院支援にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 ドロシーも孤児院の支援は嬉しかったらしく。

「王女様、ありがとうございます」

 と、素直に頭を下げた。

「ふふっ、Noblesse oblige(ノブレス・オブリージュ)よ、高貴な者には責務があるの」

「それでもありがたいです」

 俺も頭を下げた。

「で、今日は何のお祝いなの?」

「お祝いというか、慰労会ですね」

「慰労?」

「南の島で泳いで帰ってきて『お疲れ会』、帰りにドラゴンに会ったり大変だったんです」

 ドロシーが説明する。

「ちょ、ちょっと待って! ドラゴンに会ったの!?」

 目を丸くするリリアン。

「あれ、ドラゴンご存じですか?」

「王家の守り神ですもの。おじい様、先代の王は友のように交流があったとも聞いています。私も会うことできますか?」

 リリアンは手を組んで必死に頼んでくる。

「いやいや、レヴィア様はそんな気軽に呼べるような存在じゃないので……」

「えぇ、リリアンのお願い聞けないの?」

 長いまつげに、透き通るようなアンバー色の瞳に見つめられて俺は困惑する。

『なんじゃ、呼んだか?』

 いきなり俺の頭に声が響いた。

「え? レヴィア様!?」

 俺は仰天した。名前を呼ぶだけで通話開始とかちょっとやり過ぎなんじゃないだろうか?

『もう会いたくなったか? 仕方ないのう』

「いや、ちょっと、呼んだわけではなく……」

 と、話している間に、店内の空間がいきなり裂けた。そして、

「キャハッ!」

 と、笑いながら金髪おかっぱで全裸の少女が現れる。唖然(あぜん)とするみんな。

 俺はなぜこんなに大物が次々と客に来るのか、ちょっと気が遠くなった。



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3-12. デジタルコピーの限界

「レヴィア様! 服! 服!」

 俺が焦ってみんなの視線を遮ると。

「あ、忘れとったよ、てへ」

 そう言ってサリーを巻いた。そして、みんなを見回し……、

「おう、なんじゃ、楽しそうなことやっとるな。(われ)も混ぜるのじゃ!」

 そう言って、ツカツカとテーブルに近づくと、エールの樽の上蓋をパーンと割って取り外すとそのまま樽ごと飲み始めた。

 ドラゴンの常軌を逸した振る舞いにみんな唖然(あぜん)としている。

 俺は財布をアバドンに渡すと、

「ゴメン、酒と食べ物買えるだけ買ってきて!」

 と、拝むように頼んだ。

 

 レヴィアはそのまま一気飲みで樽を開けると、

「プハー! このエールは美味いのう」

 と、満足げな笑みを浮かべた。

 

 リリアンはおずおずと声をかける。

「ド、ドラゴン様……ですか?」

「そうじゃ、(われ)がドラゴンじゃ。……、あー、お主はリリアン、お前のじいさまはまだ元気か?」

「は、はい、隠居はされてますが、まだ健在です」

「お主のじいさまは根性なしでのう、(われ)がちょっと鍛えてやったら弱音はいて逃げ出しおった」

「えっ? 聞いているお話とは全然違うのですが……」

「あやつめ、都合のいい事ばかり抜かしおったな……」

 レヴィアはそう言いながらステーキの皿を取ると、そのまま全部口の中に流し込み、噛む事なく丸呑みした。

 そして、舌なめずりをすると、

「おぉ、美味いのう! シェフは肉料理を良く分かっておる!」

 と、上機嫌になった。丸呑みで味なんかわかるのだろうか?

「おい、ユータ! 酒はどうなった? あれで終わりか?」

「今、買いに行かせてます。もうしばらくお待ちください」

「用意が悪いのう……」

 渋い顔を見せるレヴィア。王女もレヴィアもいきなりやってきて好き放題言って、なんなんだろうか?

 リリアンがおずおずと声をかける。

「あのぅ、レヴィア様は可愛すぎてあまりドラゴンっぽくないのですが、なぜそんなに可愛らしいのでしょうか?」

「我はまだ四千歳じゃからの。ピチピチなんじゃ。後一万年くらいしたらお主のようにボイーンとなるんじゃ。キャハッ!」

「あ、龍のお姿にはならないんですか?」

「なんじゃ、見たいのか?」

 リリアンもドロシーもうなずいている。

 確かにこんなちんちくりんな小娘をドラゴンと言われても、普通は納得できない。

「龍の姿になったらこの建物吹っ飛ぶが、いいか?」

 俺にとんでもない事を聞いてくる。いい訳ないじゃないか。

「ぜひ、あの美しい神殿でレヴィア様の偉大なお姿を見せつけてあげてください」

 そう言って、開きっぱなしの空間の裂け目を指さした。

「お、そうか? じゃ、お主ら来るのじゃ」

 レヴィアはそう言うと、リリアンとドロシーの手を引っ張って空間の裂け目の向こうへと行った――――。

 直後、『ボン!』という変身音がして、

「キャ――――!!」「キャ――――!!」

 という悲鳴が裂け目の向こうから聞こえてきた。そして、

「グワッハッハッハ!!」

 という重低音の笑い声の直後、

『ゴォォォォ!』

 という何か恐ろしい実演の音が響いた。

「キャ――――!!」「キャ――――!!」

 また、響く悲鳴。

 そして、二人が逃げるように裂け目から出てきた。

 まるでテーマパークのアトラクションである。

 二人はお互い手をつなぎ合いながら、青い顔をして震える。

「レヴィア様の凄さがわかったろ?」

 俺が聞くと、二人とも無言でうなずいていた。

 

「我の偉大さに恐れ入ったか? キャハッ!」

 上機嫌で戻ってくるレヴィアだが、また全裸である。

「レヴィア様、服、服!」

 俺が急いで指摘すると、

「面倒くさいのう……」

 と、言いながらサリーをまとった。

 

「お待たせしましたー」

 アバドンがまた両手いっぱいに酒と料理を持ってきた。

「お、ありがとう」

 俺が隣に台を広げて、調達した物を並べてると、レヴィアはウイスキーのビンを一本取った。そして、逆さに持つと、指をビンの底の所でパチッと鳴らす。すると、底の部分がきれいに切り取られ、まるでワイングラスのようになった。そのまま飲み始めるレヴィア。

 ゴクゴクと一気飲みすると、

「プハー! 最高じゃな!」

 と、素敵な笑顔で笑った。

 ドラゴンはやることなすこと全部規格外で思わず笑ってしまう。

「カーッ! のどが渇くわい! チェイサー! チェイサー!」

 そう言いながらエールの樽のフタを『パカン!』と割って、また一気飲みしようとする。

「レヴィア様! ちょっとお待ちを! それ、我々も飲むので、シェアでお願いします」

「もう……ケチ臭いのう」

 レヴィアはそう言うと、両手を樽に置いたまま何か考え込んでブツブツ言いだした。

 すると、隣に『ボン!』といって、全く同じ樽が現れた。

「コピーしたからお主らはそれを飲むのじゃ」

 そう言って現れた樽を指さした。

「コ、コピー!?」

 俺が驚いていると、

「なぜお主が驚くんじゃ? なぜコピーできるか、お主なら知っておろう?」

「いや、まぁ、原理は分かってますよ、分かってますけど、初めて見たので……」

「ならいいじゃろ」

 そう言ってコピー元の樽を丸呑みしようとするレヴィア。

「ちょっとお待ちください」

「何じゃ?」

「我々がそっち飲んでもいいですか?」

「な、何を言うておる。デジタルコピーは寸分たがわず本物じゃぞ」

「なら、そっち飲んでもいいですよね?」

「いや、ほれ、気持ちの問題でな、コピーしたものを飲むのはちょっと風情に欠けるのじゃ……」

 バツが悪そうなレヴィア。

「折角なので飲み比べさせてください」

 俺がニッコリと提案する。

「仕方ないのう……」

 俺は交互に飲み比べた。

 確かに、コピーした物もちゃんとしたエールである。そこそこ美味い。でも、なぜかオリジナルの樽の方が味に奥行きがある気がするのだ。

「やはりオリジナルの方が美味いじゃないですか」

「なんでかのう?」

 レヴィアも理由は分からないらしい。以前、成分分析をしたそうだが違いは見つからなかったそうだ。

 でもまぁ酔っぱらってしまえば分からないくらいのささいな違いなので、気にせず、俺たちはコピー物を飲む事にした。ついでにレヴィアに料理やほかの酒もどんどんコピーしてもらって店内は飲食物でいっぱいになった。

 次々にコピーされる料理にリリアンたちは唖然(あぜん)としている。

 

 俺はスクッと立ち上がると、

「偉大なるレヴィア様に感謝の乾杯をしたいと思いまーす!」

「うむ、皆の衆、お疲れじゃ! キャハッ!」

 レヴィアも上機嫌である。

「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」「カンパーイ!」

 俺たちはレヴィアの樽にマグカップをゴツゴツとぶつけた。

 こんな豪快な乾杯は生まれて初めてである。

 レヴィアは美味そうにオリジナルのエールの樽を一気飲みする。

「クフーッ! やはりオリジナルは美味いのう」

 そう言って目をつぶり、満足げに首を振った。数十リットルのエールがこの中学生体形のおなかのどこに消えるのか非常に謎であるが、まぁ、この世界はデータでできた世界。管理者権限を持つドラゴンにとっては何でもアリなのだろう。俺もいつか樽を一気飲みしてみたいと思った。

 



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3-13. 月明かりのキス

 宴もたけなわとなり、みんなかなり酔っぱらった頃、レヴィアが余計な事を言い出した。

「こ奴がな、我の事を『美しい』と、言うんじゃよ」

 そう言って嬉しそうに俺を引き寄せ、頭を抱いた。

 薄い布一枚へだてて膨らみ始めた胸の柔らかな肌が頬に当たり、かぐわしい少女の芳香に包まれる。マズい……。

「ちょ、ちょっと、レヴィア様、おやめください!」

「なんじゃ? 『幼児体形』にもよおしたか? キャハッ!」

 レヴィアはグリグリと胸を押し付けてくる。抵抗しようとしたがドラゴンの腕力には全くかなわない。とんでもない少女である。

「レヴィア様、飲み過ぎです~!」

 レヴィアは俺を開放すると、

「どうじゃ? まぐわいたくなったか?」

 と、小悪魔な笑顔で俺を見る。

「そんな、恐れ多いこと、考えもしませんから大丈夫です!」

 俺はドキドキしながら急いでエールをあおった。

「ふん、つまらん奴じゃ。なら、誰とまぐわいたいんじゃ?」

「え!?」

 全員が俺を見る。

「いや、ちょっと、それはセクハラですよ! セクハラ!」

 俺が真っ赤になって反駁(はんばく)していると、リリアンが俺の手を取って言った。

「正直におっしゃっていただいて……、いいんですのよ」

 リリアンも相当酔っぱらっている。真っ赤な顔で嬉しそうに俺を見ている。

「え!? 王女様までからかわないで下さい!」

「なんじゃ? リリアンもユータを狙っておるのか?」

 レヴィアはウイスキーをゴクゴクと飲みながら言った。

「私、強い人……好きなの……」

 そう言ってリリアンは俺の頬をそっとなでた。急速に高鳴る俺の心臓。

「王家の繁栄には強い子種が……大切じゃからな」

 そう言って、レヴィアがウイスキーを飲み干した。

「ちょっと、(あお)らないで下さいよ!」

「あら何……? 私の何が不満なの? 男たちはみんな私に求婚してくるのよ」

 そう言って、リリアンはキラキラと光る瞳で上目づかいに俺を見る。透き通るような白い肌、優美にカールする長いまつげ、熟れた果実のようなプリッとしたくちびる、全てが芸術品のようだった。

「ふ、不満なんて……ないですよ」

 俺は気圧されながら答える。こんな絶世の美女に迫られて正気を保つのは男には難しい。

 

 ガタッ!

 ドロシーがいきなり席を立ち、タタタタと階段を上っていく。

 

「ドロシー!」

 俺はみんなに失礼をわびるとドロシーを追いかけた。

 

      ◇

 

 二階に登ると、真っ暗な部屋の中、月明かりに照らされながらドロシーが仮眠用ベッドにぽつんと座っていた。

 俺は大きく息をすると、そっと隣に座り、優しく切り出した。

「どうしたの? いきなり……」

「……」

 うつむいたまま動かないドロシー。

 

「ちょっと飲みすぎちゃったかな?」

「王女様……放っておいちゃダメじゃない……」

 ドロシーが小声でつぶやく。

「ドロシーを放ってもおけないよ」

「不満……無いんでしょ? 良かったじゃない。王国一の美貌(びぼう)羨望(せんぼう)の的だわ」

「あれは言葉のアヤだって」

「私なんて放っておいて下行きなさいよ!」

 俺はドロシーの手を取って言った。

「俺にとって……一番大切なのはドロシーなんだ。ドロシーおいて下なんて行けないよ」

「……。本当?」

 恐る恐る顔を上げるドロシー。

「本当さ、そうでなければ追いかけてなんて来ないだろ?」

 俺はドロシーに微笑みかける。

 ドロシーは涙をいっぱいにたたえた目で俺を見る。透き通るような肌が月明かりに照らされ、まるで妖精のように美しく、そして愛おしく見えた。

 俺はそっと頭をなでる。

 次の瞬間、いきなりドロシーがくちびるを重ねてきた。

 いきなりの事に驚く俺。

 でも、熱く情熱的な舌の動きに俺もつい合わせてしまう。

 甘い吐息を吐きながら俺を求めてくるドロシー。

 負けじと俺の手は彼女の背中をまさぐる。

 月の青い光の中で俺たちは舌を絡め合わせ、しばらくお互いをむさぼった……。

 

「うふふ……ユータ……好き」

 くちびるを離すと、そう言ってドロシーは俺に抱き着いてきた。

 俺はドロシーを抱きしめ、豊かな胸のふくらみから熱い体温を感じる。心臓がドクドクと早打ちし、このまま押し倒してしまい衝動にかられた。

 しかし……このまま行為に及ぶわけにもいかない。

 俺が激しく欲望と戦っていると……、スースーと寝息が聞こえてくる。どうやら寝てしまったようだ。よく考えたら、ドロシーは飲み過ぎなのだ。

「くぅっ!」

 俺はホッとしつつ、同時にこのやりきれない思いをどうしたらいいのか持てあました。

 

 ドロシーをそっとベッドに横たえ、毛布を掛ける。

 幸せそうな顔をしながら寝ているドロシーをしばらく見つめ、

「おやすみ……」

 そう言いながらそっと頬にキスをすると、俺は下へと降りて行った。

 



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3-14. 心だけが真実

 席に戻ると、レヴィアがニヤッと笑って小声で耳打ちしてくる。

「お盛んじゃの」

 俺は真っ赤になりながら、

「のぞき見は趣味が悪いですよ」

 と、応えた。

「我にもしてくれんかの?」

 そう言ってくちびるを突き出してくるレヴィア。

「本日はもうキャパオーバーです」

「なんじゃ? つまらん奴じゃ」

「え? 何をしてくれるんです?」

 酔っぱらったリリアンが割り込んでくる。

「王女様、そろそろ戻られないと王宮が大騒ぎになりますよ」

「えぇ――――、帰りたくなーい!」

 そう言いながら俺にもたれかかってくるリリアン。もう泥酔状態である。

「ちょっと、レヴィア様、彼女を王宮に運んでいただけませんか?」

 俺はリリアンをハグして、落ちないようにしながら頼む。ふんわりと香ってくる甘い乙女の香りに理性が飛びそうである。

「面倒くさいのう……」

 レヴィアはそう言って宙に指先でツーっと線を描いた。裂けた空間を広げるとそこは豪奢な寝室で、綺麗に整えられた立派なベッドがあった。

「ヨイショ!」

 レヴィアはそう言うと、リリアンを飛行魔法で持ち上げる。

「きゃぁ!」

 驚いて空中で手足をバタバタさせるリリアン。

 レヴィアは、そのままリリアンをベッドに放りだして言った。

「じいさまに『美化すんなってレヴィアが怒ってた』って伝えておくんじゃぞ」

「えー、待って!」

 すがるリリアンを無視してレヴィアは空間を閉じた。

「これで邪魔者は居なくなったのう、ユータよ」

 嬉しそうに笑うレヴィア。

 影の薄かったアバドンは、

「私はそろそろ失礼します……」

 と、言って、そそくさと魔法陣を描いて中へと消えていった。

「あー、そろそろお開きにしましょうか?」

 俺はテーブルの上を少し整理しながら言う。

「あ、お主、あの娘と乳()り合うつもりじゃな?」

 レヴィアは俺をジト目で見る。

「ドロシーはもう寝ちゃってますからそんな事しません!」

 俺は赤くなりながら言う。

「起こしてやろうか?」

 レヴィアはニヤッと笑って言う。

「だ、大丈夫です! 寝かせてあげてください!」

「冗談じゃよ。で、あの娘とは今後どうするんじゃ? 結婚するのか?」

 俺は考え込んでしまった。まさに今悩んでいることだからだ。

「私は彼女が大切ですし、ずっと一緒にいたいと思っていますが……、私と一緒にいるとまた必ず命の危険に遭わせてしまいます。大切だからこそ身を引こうかと……」

「ふん、つまらん奴じゃ。好きにするがいいが……、人生において大切な事は頭で決めるな、心で決めるんじゃ」

 レヴィアはそう言って親指で自分の胸を指さすと、ウイスキーをゴクリと飲んだ。

「心……ですか……」

「そう、心こそが人間の本体じゃ。身体もこの世界も全部作り物じゃからな、心だけが真実じゃ」

 言われてみたら確かにここの世界も地球も単に3D映像を合成(レンダリング)してるだけにすぎないのだから、自分の心は別の所にある方が自然だ。

「心はどこにあるんですか?」

「なんじゃ、自分の本体がどこにあるのかもわからんのか? マインド・カーネルじゃよ。心の管理運用システムが別にあるんじゃ」

「そこも電子的なシステム……ですか? それじゃリアルな世界というのはどこに?」

「リアルな世界なんてありゃせんよ」

 レヴィアは肩をすくめる。

「いやいや、だってこの世界は海王星のコンピューターシステムで動いているっておっしゃってたじゃないですか。そしたら海王星はリアルな世界にあるのですよね?」

「そう思うじゃろ? ところがどっこいなのじゃ」

 そう言ってレヴィアは嬉しそうに笑った。

 俺はキツネにつままれたような気分になった。この世が仮想現実空間だというのはまぁ、百歩譲ってアリだとしよう。でも、この世を作るコンピューターシステムがリアルな世界ではないというのはどういうことなのか? 全く意味不明である。

 首をひねり、エールを空けていると、レヴィアが言う。

「宇宙ができてからどのくらい時間経ってると思うかね?」

「う、宇宙ですか? 確か、ビッグバンから138億年……くらいだったかな? でも、仮想現実空間にビッグバンとか意味ないですよね?」

「確かにこの世界の時間軸なんてあまり意味ないんじゃが、宇宙ができてからはやはり同じくらいの時間は経っておるそうじゃ。で、138億年って時間の長さの意味は分かるかの?」

「ちょっと……想像もつかない長さですね」

「そうじゃ、この世界を考えるうえでこの時間の長さが一つのカギとなるじゃろう」

「カギ……?」

「まぁ良い、我もちと飲み過ぎたようじゃ。そろそろおいとまするとしよう」

 レヴィアはそう言って大きなあくびを一つすると、サリーの中に手を突っ込んでもぞもぞとし、(たた)まれたバタフライナイフを取り出した。

「今日は楽しかったぞ。お礼にこれをプレゼントするのじゃ」

「え? ナイフ……ですか?」

「これはただのナイフじゃない、アーティファクトじゃ」

 そう言うと、レヴィアは器用にバタフライナイフをクルリと回して刃を出し、柄のロックをパチリとかけた。するとナイフはぼうっと青白い光をおび、ただものでない雰囲気を漂わせる。

「これをな、こうするのじゃ」

 レヴィアはエールの樽をナイフで切り裂く。すると、空間に裂け目が走った。その裂け目をレヴィアはまるでコンニャクのように両手でグニュッと広げる。開いた空間の切れ目からは樽の内側の断面図が見えてしまっている。エールがなみなみと入ってゆらゆらと揺れるのが見える。しかし、切れ目に漏れてくることもない。淡々と空間だけが切り裂かれていた。

「うわぁ……」

 俺はその見たこともない光景に()きつけられた。

「空間を切って広げられるのじゃ。断面を観察してもヨシ、壁をすり抜けてもヨシの優れモノじゃ」

「え? こんな貴重なもの頂いちゃっていいんですか?」

「お主はなぁ……、これから多難そうなんでな。ちょっとした応援じゃ」

 レヴィアはそう言ってナイフを畳むと俺に差し出した。

「あ、ありがとうございます」

 うやうやしく受け取ると、レヴィアはニッコリと笑い、俺の肩をポンポンと叩いた。

「じゃ、元気での!」

 レヴィアは俺に軽く手を振りながら空間の裂け目に入っていった。

「お疲れ様でした!」

 俺はそう言って頭を下げる。

「今晩はのぞかんから、あの娘とまぐわうなら今晩が良いぞ、キャハッ!」

 最後に余計な事を言うレヴィア。

「まぐわいません! のぞかないでください!」

 俺が真っ赤になって怒ると、

「冗談のわからん奴じゃ、おやすみ」

 と、言って、空間の裂け目はツーっと消えていった。

 俺は試しにバタフライナイフを開いてその辺を切ってみた。確かにこれは凄い。壁を切れば壁の向こうへ行けるし、腕を切れば腕の断面が見える。そして、切るのはあくまでも空間なので、腕もつながったままだ。単に断面が見えるだけなのだ。そして放っておくと自然と切れ目は消えていく。なんとも不思議なアーティファクト、この世界が仮想現実空間である証拠と言えるかもしれない。

 

 俺はナイフをしまい、椅子を並べてその上に寝転がるとドロシーとのキスを思い出していた。熱く濃密なキス……思い出すだけでドキドキしてしまう。しかし……、ドロシーの事を考えるなら俺とは距離を取ってもらうしかないのだ。俺は大きく息をついた。そして、やるせない思いの中、徐々に気が遠くなり……、そのまま寝てしまった。

 



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3-15. ウサギのエプロン

 翌朝、山のようにある食べ残しやゴミの山を淡々と処理しながら、俺はこの店やドロシーをどうしようか考えていた。武闘会とは言え、貴族階級である勇者を叩きのめせば貴族は黙っていないだろう。何らかの罪状をこじつけてでも俺を罪人扱いするに違いない。であれば逃げるしかない。リリアンが味方に付いてくれたとしても王女一人ではこの構図は変えられまい。事前に彼女の騎士にでもなって貴族階級に上がっていれば別かもしれないが……、そんなのは嫌だ。

 であれば、店は閉店。ドロシーは解雇せざるを得ない。

 そして今後、ヌチ・ギや王国の追手から逃げ続けなければならない暮らしになることを考えれば、ドロシーとは距離を置かざるを得ない。危険な逃避行に18歳の女の子を連れまわすなんてありえないのだ。どんなに大切だとしても、いや、大切だからこそここは身を引くしかない。

 

 悶々(もんもん)としながら手を動かしていると、ドロシーが起きてきた。

「あ、ド、ドロシー、おはよう!」

 昨晩の熱いキスを思い出して、ぎこちなくあいさつする。

「お、おはよう……なんで私、二階で寝てたのかしら……」

 ドロシーは伏し目がちに聞いてくる。

「なんだか飲み過ぎたみたいで自分で二階へ行ったんだよ」

「あ、そうなのね……」

 どうも記憶がないらしい。キスした事も覚えていないようだ。であれば、あえて言及しない方がいいかもしれない。

「コーヒーを入れるからそこ座ってて」

 俺がそう言うとドロシーは、

「大丈夫、私がやるわ」

 と、言ってケトルでお湯を沸かし始める。

 俺はまだ食べられそうな料理をいくつか温めなおし、お皿に並べた。

 

 二人は黙々と朝食を食べる。

 何か言葉にしようと思うが、何を並べても空虚な言葉になりそうな気がして上手く話せない。

 ドロシーが切り出す。

「こ、このテーブルにね、可愛いテーブルクロスかけたら……どうかな?」

 なるほど、いいアイディアだ。だが……もうこの店は閉店なのだ。

 俺は意を決して話を切り出した。

「実はね……ドロシー……。このお店、(たた)もうと思っているんだ」

「えっ!?」

 目を真ん丸に見開いて仰天するドロシー。

「俺、武闘会終わったらきっとおたずね者にされちゃうんだ。だからもう店は続けられない」

 俺はそう言って静かにドロシーを見つめた。

「う、うそ……」

 呆然(ぼうぜん)とするドロシー。

 俺は胸が痛み、うつむいた。

 ドロシーは涙いっぱいの目で叫ぶ。

「なんで!? なんでユータが追い出されちゃうの!?」

 俺は目をつぶり、大きく息を吐き、言った。

「平民の活躍を王国は許さないんだ。もし、それが嫌なら姫様の騎士になるしかないが……、俺、嫌なんだよね、そういうの……」

 嫌な沈黙が流れる。

 

「じゃ……、どうする……の?」

「別の街でまた商売を続けようかと、お金なら十分あるし」

「私……、私はどうなるの?」

 引きつった笑顔のドロシー。透き通るようなブラウンの瞳には涙がたまっていく。

 

「ゴメン……、ドロシーの今後については院長に一緒に相談に行こう」

 ドロシーがバンッとテーブルを叩いた。

「嫌よ! せっかくお店の運営にも慣れてきたところなのよ! 帳簿も付けられるようになったのに! これから……なのに……うっうっうっ……」

 テーブルに泣き崩れるドロシー。

「お金については心配しないで、ちゃんとお給料は払い続けるから……」

「お金の話なんてしてないわ! 私もつれて行ってよ、その新たな街へ」

「いや、ドロシー……。俺のそばにいると危険なんだよ。何があるかわからないんだ。また攫われたらどうするんだ?」

 ドロシーがピタッと動かなくなった。

 そして、低い声で言う。

「……。分かった。私が邪魔になったのね? 昨晩、みんなで何か企んだんでしょ?」

「邪魔になんてなる訳ないじゃないか」

「じゃぁ、なんで捨てるのよぉ! 私の事『一番大切』だったんじゃないの!?」

 もうドロシーは涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「す、捨てるつもりなんかじゃないよ」

「私をクビにしていなくなる、そういうのを『捨てる』って言うのよ!」

 そう叫ぶと、ドロシーはエプロンをいきなり脱いで俺に投げつけると、俺をにらみつけ、

「嘘つき!!」

 涙声でそう叫んで店を飛び出して行ってしまった。

「ドロシー……」

 俺はどうする事も出来なかった。ドロシーが一番大切なのは間違いない。昨日の旅行で、熱いキスでそれを再確認した。しかし、大切だからこそ俺からは離しておきたい。俺はもうドロシーがひどい目に遭うのは耐えられないのだ。次にドロシーが腕だけになったりしたら俺は壊れてしまう。

 もう、ドロシーは俺に関わっちゃダメだ。俺に関わったらきっとまたひどい目にあわせてしまう。

 そして、ここで気が付いた。ドロシーが『一番大切』という言葉を覚えているということは、昨晩の事、全部覚えているということだ。記憶をなくしたふりをしていたのだ。俺は自分がドロシーの気持ちを踏みにじっていて、でも、それはドロシーのために譲れないという、解決できないデッドロックにはまってしまった事を呪った。

 俺はため息をつき、頭を抱える。

「胸が……痛い……」

 なぜこんな事になってしまったのか? どこで道を誤ったのか……。

 俺はドロシーが投げつけてきたお店のエプロンをそっと広げた。そこにはドロシーが丁寧に刺繍したウサギが可愛く並んでいる。

「ドロシー……」

 俺は愛おしいウサギの縫い目をいつまでもなで続けた。



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3-16. 新居開拓

 それから武闘会までの一か月、俺は閉店作業を進めつつ新たな拠点の確保を急いだ。しばらくは人目に触れない所でゆっくりするつもりなので、山奥をあちこち飛び回りながら住みやすい場所を探す。

 御嶽山(おんたけさん)山麓(さんろく)を飛んでいたら小さな池を見つけた。この辺は強い魔物が出る地域のさらに奥なので人はやってこないし、実は魔物も出ない。さらに、あちこちから温泉が湧いているからかクマなども寄り付かないようだ。

 降り立ってみると、池の水は青々と澄んでいて、ほとりからは遠くに御嶽山の荒々しい山肌が見え、実に見事な景観となっていた。俺はとても気に入って、ここに拠点を築くことにした。

 

 まずはエアスラッシュで池のほとりに生えている木々を一瞬で刈り取った。パンパンパンパンとボーリングのピンみたいに一斉に倒れていく。

 そして、竜巻を起こす風魔法『トルネード』で刈り取った木々を一気に巻き上げると、ファイヤーボールをポンポンと連打して燃やしてみる。

 左手でトルネードを維持しながら右手で「ソレソレソレ!」とファイヤーボールを当てていくと、木々はブスブスと(くす)ぶり始め、さらにファイヤーボールを撃ち込んでいくとやがて炎を吹き出し、燃え始めた。

 高い所でグルグルと回りながら燃え上がる木々はやがて炎の竜巻となり、壮観な姿となっていく。激しい炎は見てると顔が熱くなってくるほどである。うねりながら天を焦がす巨大な炎のアートに俺は思わず見入ってしまった。

 しばらくキャンプファイヤーのように楽しんでいるとやがて火の勢いは収まり、ほどなく灰となって霧散していった。魔法の焼却炉は思ったよりうまくいった。これで敷地は確保完了である。

 続いて建物の基礎を作らないとだが……池のほとりはちょっと地盤が柔らかい。しっかりとした基礎が必要のようだ。

 俺は岩肌をさらす御嶽山の山頂付近を飛んで、良さげな岩を探した。しかし、さすがにそんな都合のいい岩が転がってはいない。仕方ないので崖から切り出す事にした。俺は水を高速で噴き出す魔法『ウォーターカッター』を使い、バシュ!バシュッ!と断崖絶壁に切れ目を入れていく。固い岩もまるで豆腐のように簡単に切れていくのだ。これは面白い。

 良さげな所を10メートル四方切り取ってみると、ズズズズと周辺もろとも崩落しはじめた。

「ヤバい!」

 俺は落ちて行く巨岩を飛行魔法で支えるが……、千トンはあろうかという重さはさすがにキツイ。上に覆いかぶさってくる他の巨岩に押されて落ちそうになるのを何とかこらえる。

 何とか切り抜けると次に、よろよろとしながら敷地上空まで運んでいった。上空についたら「そーれっ!」と派手に落としてみる。すごい速度で落ちて行く巨岩……。

 

 ズズーン!

 激しい衝撃音が山々にこだまし、巨大な岩は半分地中にめり込む。やや斜めだが設置完了だ。最後にウォーターカッターで上面を慎重に水平に切り取り、岩のステージの出来上がりである。

 ここを見つけてから一時間も経っていないのにもう基礎までできてしまった。魔法の力とはとんでもない物だ。素晴らしい。

 

       ◇

 

 俺は広い岩のステージの上に座り、そこから雄大な御嶽山を眺めた。

 チチチチ、という小鳥の鳴き声が響き、森の香りが風に乗ってやってくる。

 俺はこの風景をドロシーにも見せたいなと思った。きっと、『すごい! すごーい!』って言ってくれるに違いないのだ。

「ドロシー……」

 不覚にも涙がポロリとこぼれる。

 知らぬ間に自分の中でドロシーが大きな存在になっていることを思い知らされた。大切な大切な可愛い女の子、ドロシー。離れたくない。

 でも、俺の直感は告げている、恐ろしいトラブルは必ずやってくる。この波乱万丈の俺の人生に18歳の少女を巻き込むわけにはいかないのだ。

 俺は大きく息をつき、頭を抱えた。

 

      ◇

 

 翌日、俺は田舎の中古建物の物件をいくつか見て回り、小さめのログハウスを買うことにした。一人で住むのだからそんなに大きな家は要らない。部屋は一部屋、キッチンがついていて、トイレと風呂が奥にある。玄関の前はデッキとなっており、イスとテーブルを置いたら森の景色を快適に楽しめそうである。

 

 契約が終わった夜にさっそく拠点にまで移築した。月の光を浴びながら空を飛ぶログハウス、なんともファンタジーな話である。

 家具や食料、日用品も揃えないといけない。ベッドにテーブルに椅子に棚を運び、日用品は自宅から持っていく。

 水回りも大切である。裏の貯水タンクには水魔法で生成した水をため、排水は簡易浄化槽経由で遠くの小川まで配管を伸ばした。

 一週間くらい忙しく作業して何とか生活できる環境が出来上がった。暇な時間ができるとドロシーの事を思い出してしまうので、忙しくしていた方が気が楽だった。

 

      ◇

 

 俺はデッキの椅子に腰かけ、グラスにウイスキーを注いだ。

 夕焼けに染まる御嶽山の岩肌は荒々しくも美しく、ログハウスの竣工(しゅんこう)を祝ってくれているかのようだった。

 あれからドロシーとは会っていない。アバドンが警備をしているから無事なのはわかっているが、毎日家に引きこもっているらしい。

 ドロシーのいない暮らしは心に何か穴があいたような空虚さが付きまとう。とは言えドロシーと距離を取ると決めたのは俺なのだ、心の痛みは甘んじて受ける以外ない。それがドロシーのためなのだ……。

 俺は自然と思い出されてしまうドロシーの笑顔をふり払い、ウイスキーをキューっと空けた。

 

      ◇

 

 翌日、俺は久しぶりに孤児院を訪れる。屋根の瓦を直して降りてくると院長が待っていた。

「ユータ!」

 そう言いながら俺をハグしてくる院長。昔は院長の胸の高さまでしかなかった俺も今や俺の方が背が高い。

 俺は院長の背中をポンポンと叩きながら、

「お久しぶりです。お元気ですか?」

 と、聞いた。

「元気よ~! ユータのおかげで助成も増えてね、悩みの種も解消したのよ」

「それは良かったです」

 俺はニッコリと笑った。長らくお世話になってばかりだった俺も、少しは恩返しできたようだ。

「実は今日は相談がありまして……」

「分かってるわ、部屋に来て」

 院長は真っ直ぐ俺を見つめると、そう言った。

 さすが院長、全てお見通しのようだ。

 俺は院長室で、事の経緯と今後の計画について話した。

「ユータの考えはわかったわ。でも、その計画にはドロシーの気持ちが考慮されてないのよね」

「いや、おたずね者と縁があるのは凄い危険な事ですよ」

 俺は力説する。

「ユータ……、リスクのない人生なんてないのよ。人生はどのリスクを取って心を熱く燃やすかという旅なのよ。ユータの判断だけで決めるのは……どうかしら?」

 確かにそうかもしれない。でも、腕だけになってしまったドロシーを見ている俺からしたら、そんな理想論など心に響かない。人は死んだら終わりなのだ。

 

「いやいや、本当に命が危ないんです。実際ドロシーは一度死にかけているんですから」

「分かるわよ。でも、それをどう評価するかはドロシーの問題じゃないかしら?」

「何言ってるんですか! 次、ドロシーに何かあったら俺、正気じゃいられないですよ!」

 俺は半分涙声で叫んだ。

 院長は目をつぶり、大きく息をつく……。

 窓の外から子供たちの遊ぶ声が響いてくる。

 そして、院長はゆっくりとうなずいた。

「分かったわ……。そうしたら、武闘会の後、またここへ寄って。そこでもう一度ユータの気持ちを聞かせて」

 院長は優しい目で俺を見る。

「……。分かりました」

 俺はそう言って大きく息をした。



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3-17. 強すぎた商人

 武闘会の最終日がやってきた。武闘会は二日かけて予選、そして最終日に決勝トーナメントがある。トーナメントといっても勇者はシードなので決勝にしか出てこない。そして俺は王女の特別枠で準決勝のシードとなっている。予選を勝ち抜いた四名の中で勝ち残った者が俺と戦う段取りだ。

 

 お昼に闘技場へと歩いて行くと、街全体がお祭り騒ぎになっていた。

 

 ポン! ポン!

 どこまでも透き通った青空に魔法玉が破裂し、武闘会を盛り上げる。

 

 石畳のメインストリートの両側は屋台がずらりと埋め尽くし、多くの人出でにぎわっていた。武闘会はこの街最大のお祭りであり、街の人たちみんなが楽しみにしているイベントなのだ。特に今年は優勝特典が絶世の美女リリアン姫との結婚となっているため、街の人たちは口々に優勝者の予想やリリアンの結婚について盛り上がっていた。優勝候補ナンバーワンは何といっても勇者だ。人族最強の称号を欲しいままにする圧倒的強者、その強さに子供たちは憧れ、大人たちも頼りにしているのだ。

 ただ……。実際に会えば幻滅してしまうような最低の男なのだが。

 

 集合場所の控室へ行くとすでに四名の屈強な男たちが万全の装備で座っており、鋭い眼光で俺をにらみつけてくる。

 案内の男性は、普段着のままのヒョロッとした貧相な体格の俺を見て

「え? あなたがユータ……さんですか?」

 と、驚いた。

「そうですが?」

「えーと……これから戦うんですよね? 装備とかは……?」

「装備なんていりませんよ、こぶし一つあれば十分です」

 俺はそう言ってこぶしを握って見せた。

 すると、四名の男たちはバカにされたと思い、ガタガタっと立ち上がってやってくる。

 いかつい金属製の(よろい)に身を包んだ男が俺の前に立ち、にらんで言った。

「おいおい……、なめんのもいい加減にしろよ! なんでお前みたいなのがシードなんだよ!」

「俺が一番強いからですね」

 俺は淡々と返す。

「じゃぁ、今お前ぶっ倒したらシード権くれるか?」

 鎧兜の中でギラリと眼光が光る。

 何だか面倒な事になってしまったが、ちょっと気持ちがクサクサしていたので挑発してみる。

「倒さなくてもいいです、一太刀でも入れられたらシード権はプレゼントしますよ。来てください」

 俺はニヤッと笑って、控室の裏の空き地に歩き出した。

「えっ!? ちょ、ちょっと困りますよ!」

 案内の男性は焦って制止しようとするが男たちは止まらない。ゾロゾロと俺の後をついてくる。

 俺は四人を索敵の魔法でとらえた。みんな殺気がかなり高い、やる気満々だ。この武闘会で上位に入るということは大変に名誉な事だし、仕官の口にもつながるという、ある意味就活でもあるわけだ。必死なのは仕方ない。

 一人の男の殺意が一気に上がる。

 鎧の男はいきなり奇襲攻撃で俺の背後を袈裟(けさ)切りにしてきたのだ。

「もらいっ!」

 しかし、剣が俺に届く直前、俺は彼の視界から消える。

「えっ?」

 俺は瞬歩で彼の背後に移動すると、

「遅すぎ、残念!」

 と、言いながら、手刀で後頭部を打った。

 気絶し、倒れる男。

 と、その向こうから二刀流の長髪の男が中国の雑技団のパフォーマンスのように刀をビュンビュンと振り回し、迫ってきた。

「当てりゃいいんだろ?」

「そうだよ」

 俺はニッコリと笑って男の攻撃をそのまま受けた。

 

 キ、キン!

 俺に触れた刀は刀身が粉々に砕け、飛び散る。

「はぁ!?」

 驚く男に俺は、

「武器屋は選ぼう」

 と、言いながら、パンチ一発お見舞いして吹き飛ばした。

 直後、後ろから

「マジックキャノン!」

 と、叫び声がして、白く輝く野球ボール大の魔法の球が吹っ飛んできた。

 俺はその球を素手でキャッチすると、そのまま投げ返した。飛行魔法の応用で魔法のエネルギーをそのまま包んで処理する事ができるのだ。まぁ、俺くらいしかそんなことできないのだが。

「なぜ爆発しない!?」

 驚く魔剣士は自らの魔法をまともにくらって吹き飛んだ。

 たった6、7秒で三人の男たちが戦闘不能になった。

 四人目の男はその惨状を唖然(あぜん)として見つめ、ゆっくりと両手を上げる。

「あれ? かかってこないんですか?」

 俺がニッコリと話しかけると、

「こんなの……勝負になりませんよ……。棄権します。」

 と、言って首を振った。

「一体どうしてくれるんだ!? 試合ができないじゃないか!!」

 案内の男性は頭を抱え、天をあおぐ。

「ごめんなさい。今日は決勝だけやればいいじゃないですか」

 俺がそう言うと、男性はキッとにらみ、

「た、大会委員長に報告しないと!」

 と言って、駆け出した。そして途中でクルッと振り返って叫ぶ。

「決勝はちゃんと闘技場でやってくださいよ!」

 なんだか本気で怒っている。悪いことしてしまった。

「善処します」

 俺はペコリと頭を下げた。段取りをぶち壊したのは申し訳ないとは思うが……、因縁つけてきたのはあいつらだし、俺のせいじゃないよなぁと釈然としない思いが残った。

 



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3-18. 心晴れぬ完勝

「あの……武器屋のマスターですよね?」

 棄権した男性が話しかけてくる。

 持っている武器を鑑定してみると、俺が仕込んだ各種ステータスアップが表示された。どうやらお客さんだったようだ。

「そうです。ご利用ありがとうございます」

「そんなに強いのになぜ……、商人なんてやってるんですか?」

 心底不思議そうに聞いてくる。

 彼は理想を超えた強さを俺の中に見出したようだが、そんなはるか高みにいる俺が商人なんてやっていることを、全く理解できない様子だった。

 

「うーん、私、のんびり暮らしたいんですよね。あまり戦闘とか向いてないので」

「向いてないって……、さっきの技を見るに勇者様より強いですよね? もしかして勝っちゃう……つもりですか?」

「勝ちますよ……、勇者にはちょっと因縁(いんねん)あるので」

 俺はニヤッと笑いながら言った。

「えっ!? 商人が勇者様に勝っちゃったらマズいですよ! 捕まりますよ?」

「分かってます。残念ですが、貴族が支配するこの国では貴族に勝つのはタブーです。でもやらんとならんのです」

 俺はそう言って目をつぶり、こぶしを握った。

 彼は俺のゆるぎない信念を悟ると、

「なるほど……。素晴らしい剣をありがとうございました。また、どこかでお会い出来たらその時は一杯おごらせてください」

 そう言って右手を差し出した。

「ありがとうございます。こちらこそご愛用ありがとうございます」

 俺はそう言って固く握手をした。

「ご武運をお祈りしています。」

 彼は深々と頭を下げ、会場を後にした。

 

    ◇

 

 ガランとなってしまった控室で一人、お茶を飲む。

 会場にはすでに多くの観客が詰めかけているようで、ざわめきが響いてくる。

 いよいよ運命の時が近づいてきた。一世一代の大立ち回りをして、俺はこの街を卒業する。

 トクントクンといつもより早めの心臓の音を聞きながら、ただ、時を待った。

 

    ◇

 

 ガチャ!

 ドアが乱暴に開けられ、案内の男性が叫ぶ。

「ユータさん、出番です!」

 俺は一つ大きく息をすると、フンッと言って立ち上がった。

 いよいよ、俺は引き返せない橋を渡るのだ。ありがとう、アンジューのみなさん、ありがとう、俺のお客さんたち、そして、ありがとう……ドロシー……。

 

 ゲートに行くと、リリアンが待っていた。

「王女殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

 俺はひざまずいてうやうやしく挨拶する。

「ユータ、任せたわよ!」

 リリアンは上機嫌で俺の肩をポンポンと叩いた。

「お任せください。お約束通りぶっ倒してきます」

 俺はこぶしを見せて力を込めた。

「それから……、勝った後『私との結婚は要らない』とかやめてよ?」

 上目づかいでそう言うリリアン。俺が結婚を辞退すると勇者に口実を与えてしまうのが嫌なんだろうと思うが、単に大衆の前で辞退されることにプライドが許さないのかもしれない。

「配慮します」

「ふふっ、良かった……でも、勝った後どうするつもりなの? 今からでも……、騎士にならない?」

 リリアンは懇願するような眼で俺を見つめる。

「大丈夫です。俺には俺の人生があります」

 俺は苦笑いを浮かべる。

「そう……」

 リリアンは少ししょげて俺のシャツのそでをつまんだ。

 

 ウワ――――!!

 大きな歓声が闘技場全体を揺らす様に響き渡る。

 見ると、向こうのゲートから勇者が入場してきていた。

 勇者は金髪をキラキラとなびかせ、剣を高々と掲げながら舞台に上がり、場内の熱気は最高潮に達した。

 

「いよいよです。お元気で」

 俺はリリアンのクリッとしたアンバー色の瞳を見つめ、言った。

 瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。

「もっと早く……知り合いたかったわ……」

 リリアンはうつむいて言った。

 

『対するは~! えーと、武器の店『星多き空』店主、ユータ……かな?』

 司会者がメモを見ながら俺を呼ぶ。

 案内の男性は俺の背中をパンパンと叩き、舞台を指さす。

 俺はリリアンに深く一礼をし、会場へと入っていく。

 リリアンは真っ白なハンカチで涙を拭きながら手を振ってくれた。

 

 石造りのゲートをくぐると、そこはもう巨大なスタンドがぐるりと取り囲む武闘場で、中央には特設の一段高い舞台が設置されていた。スタンドを見回すと、超満員の観客たちは俺を見てどよめいている。

 決勝なのだからどんな屈強な戦士が出てくるのかと期待していたら、まるで会場の作業員のようなヒョロッとした一般人が入場してきたのである。防具もなければ武器もない。一体これで勝負になるのだろうか、と皆首をひねり、どういうことかと口々に疑問を発していた。

 

 俺は何とも居心地の悪さを感じ、手をパンツのポケットに突っこんだままスタスタと歩いて舞台に上る。

 

 勇者と目が合う……。

 

 ドロシーを虫けらのように扱い、最後には仲間ごと爆破をさせたロクでもないクズ野郎。俺は腹の底からふつふつと怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 二度と俺たちに関わらないように、圧倒的な力の差を見せつけ、心の底に恐怖を叩きこんでやるのだ。全身にいまだかつてないパワーが宿ってくるのを感じていた。

 

 そして、試合が始まった……。

 超人的な強さを見せる勇者、それは確かに『人族最強』だった。だがそれでもレベル千を誇る俺の前には赤子同然なのだ。

 結果は圧倒的なワンサイドゲーム。俺は勇者を完膚なきまでにボコボコにし、勝利のコールを得た。

 ここに俺は歴史に残る大番狂わせを打ち立てた……が、俺の心は晴れなかった。



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3-19. 覚悟と決断

 全てが終わった後、俺は闘技場を後にする。警備兵が追ってくるが、俺は空へと飛んで振り切った。

 孤児院につくと孤児がワラワラと集まってくるが、『また今度ね』と、言いながら奥の院長室へと急ぐ。

 ノックをしてドアを開けると、院長が待ちかねたように座っていて、ソファに目をやるとなんとドロシーがいた。一か月ぶりのドロシーはすっかり憔悴しきって痩せこけており、悲しそうにうつむいていた。

「待ってたわ、まぁ座って」

「いや、ここにも追手が来ると思うので、長居はできませんよ」

「分かったわ、手短にするから座って」

 院長ににこやかに諭され、俺は大きく息をつくとドロシーの横に座った。

「武闘会はどうだったの?」

 院長は、俺の向かいに座りながら聞いた。

「問題なく勇者をぶちのめしてきました」

「はっはっは、すごいわね。人族最強をぶちのめすってあなたどんだけ強いのよ」

「人間にはもう負けませんね。でもこの世は強いだけではどうしようもないことの方が多いです」

「うんうん、そうよね。で、これからどうするの?」

「お話した通り、しばらくは山奥に移住します」

 院長はうなずくと、優しく静かに言った。

「ドロシーがね……、ついていきたいんだって」

 ドロシーが静かに俺の手に手を重ねた。

 俺はドキッとする。久しぶりに触れたドロシーの肌は心にしみる柔らかさをもっていた。

 しかし、危険に遭わせるわけにはいかない。

「連れていきたいのはやまやまですが……、とても危険です。俺には守り切る自信がありません」

 ドロシーがキュッと俺の手を強く握る。

 重い沈黙の時間が流れる……。

 ヌチ・ギは不気味だし、王国軍だってバカじゃない。逃避行に女の子なんて連れていけない。

 ドロシーが小さな声で言った。

「ねぇ、ユータ……。あの時、私のことを『一番大切』って言ってくれたのは……本当……なの?」

「もちろん、本当だよ。でも、大切だからこそ危険には()わせられない」

 俺はドロシーの手を取り、両手で優しく包む。

「やだ……」

 そう言ってドロシーはポトリと涙を落した。

「ドロシー……、分かってくれ。俺についてきたらいつかまたひどい目に遭う。殺されるかもしれないよ」

「構わない……」

「か、構わない? そんなことあるかよ! 本当に、比ゆなんかじゃなく、殺されるんだぞ!」

「殺されたっていいわ! このまま別れる方が私にとっては地獄だわ」

 そう言ってドロシーは涙いっぱいの目で俺を見た。

「ドロシー……」

 『殺されても構わない』と言われてしまうと、もう俺には返す言葉がなかった。

「ユータのいないこの一か月、地獄だったわ。コーヒー淹れても自分しか飲む人がいないの。笑い合う人もいないし、一緒に夢を語る人もいない……。私もう、こんな生活耐えられない!」

 そう言ってドロシーがしがみついてきた。

 懐かしい温かく柔らかい香りにふわっと包まれる。

「ドロシー……」

 俺は小刻みに震えるドロシーの頭を優しくなでた。

「俺だって一緒だったよ。ドロシーがいない生活なんてまるで色を失った世界だったよ」

「ならつれてってよぉぉぉ!! うわぁぁぁん!」

 俺は目をつぶり、ドロシーの柔らかな体温をじっと感じていた。

 

「ユータ……、連れて行ってあげて」

 院長が温かいまなざしで俺を見る。

「いや、でも、新居にはベッド一つしかないし、女の子泊められるような環境じゃないですよ」

「結婚すればいいわ」

 院長は嬉しそうに言う。

「け、結婚!? 俺まだ16歳ですよ!?」

「商売上手で最強の男はもう子供なんかじゃないわ。それにあなた……、本当は16歳なんかじゃないでしょ?」

 院長は俺の転生を感づいているようだ。俺は苦笑いをすると、

「それはドロシーの意見も聞かないと……」

「バカねっ! まず、あなたがどうしたいか言いなさい! 結婚したいの? したくないの?」

 いきなり人生の一大決断を迫られる俺……。

 俺は目をつぶり、考える。

 ドロシーと共に歩む人生、それは俺にとって夢のような人生だ。危険を分かっても『ついて行きたい』と言ってくれるドロシー、正直俺には過ぎた女性だ。そのドロシーの覚悟に俺はどう応えるか……。

 

 俺はドロシーをそっと引き離し、涙で溢れている綺麗なブラウンの瞳を見つめた。

 ヒックヒックと小刻みに揺れるドロシー。

 愛おしい……。

 こんなにも愛おしい人が俺を頼ってくれている。もう悩むことなど無いのだ。レヴィアは『大切なことは心で決めよ』と言っていた。その通りだった。

 

「俺はドロシーを命がけで守る。必死に守る。でも……、それでも守り切れないことがあるかもしれない……」

 俺は丁寧に誠実に言った。

「覚悟はできてる、十分だわ」

 ドロシーは固い決意を込めた声で答える。

「分かった」

 そう言うと俺は大きく息をつき、

「ドロシー、世界で一番愛しています。僕にはあなたしかいません。結婚してください」

 と、ドロシーをまっすぐに見て言った。言いながら自然と涙が湧いてきてしまう。

 ドロシーは目にいっぱい涙を浮かべ、俺に飛びついてきた。そして、

「お願い……します」

 と、震える声で答えた。

 二人とも涙をポロポロとこぼし、お互いをきつく抱きしめた。

 

 院長ももらい涙をハンカチで拭いながら、嬉しそうにうなずいていた。

 

         ◇

 

 院長が嬉しそうに大声で言った。

「そうと決まったら結婚式よ! 急いで裏のチャペルへ移動するわよ!」

「えっ!?」「えっ?」

 俺もドロシーも驚いて院長を見つめる。

「もうすでに準備は終わってるわ。これを着て!」

 そう言って院長はソファーの脇の大きな箱から白い服を出し、

「ジャーン!」

 そう言って広げると、なんとそれは純白のウェディングドレスだった。レースにはふんだんに花の刺繍が施され、腰の所が優美にふくらむベルラインの立派なつくりに、俺もドロシーもビックリ。

「ユータは白のタキシードよ、早く着替えて!」

 うれしそうに指示する院長。

 俺とドロシーは微笑みながら見つめ合い、『院長にはかなわないな』と目で伝えあった。

 

         ◇

 

 俺たちは急いで身支度を整える。

「あー、もうこんなに泣きはらしちゃって!」

 院長は、少しむくんでしまったドロシーのまぶたを一生懸命化粧で整えていく。

 俺はタキシードに着替え、アバドンを呼んだり、カバンにドロシーの身支度を入れたり、準備を進める。

 

 院長はドロシーの銀髪を編み込み、最後に頭の後ろに白いバラを()して留め、うれしそうに言った。

「はい、完成よ!」

 ドロシーは嬉しそうに俺を見る。俺はドロシーのあまりの美しさに言葉を失い、ポロリと涙をこぼしてしまう。

 それを見たドロシーもウルウルと涙ぐんでしまう。

「新郎が泣いてどうすんのよ! ドロシーも化粧が流れちゃうからダメ! はい! 行くわよ!」

 院長はそう言って俺たちを先導し、チャペルへと移動する。

 

 孤児院は組織的には教会の下部組織だ。なので、チャペルも壁をへだてて孤児院の隣にある。

 小さな通用門をくぐると花壇の向こうに三角屋根の可愛いチャペルが建っていた。ずっと孤児院で暮らしていたのにチャペルに来たのは初めてである。

 俺はドロシーの手を取り、色とりどりの花が咲き乱れる花壇を抜け、入口の大きなガラス戸を開けた。

「うわぁ! すごーい!」

 ドロシーが思わず感嘆の声を漏らす。

 正面には宗教をモチーフとした色鮮やかなステンドグラスが並び、温かい日差しが差し込む室内は神聖な空気に満ちていた。中に入ると、たくさんの生け花からのぼる華やかな花の香りに包まれ、思わず深呼吸してしまう。

 

 俺たちは見つめ合い、人生最高の瞬間がやってきたことを喜びあった。

 

 

 



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3-20. 高らかに鳴る鐘

 ギギーっとドアが開いた。アバドンだ。

「こんにちは~! うわっ! (あね)さん! 最高に美しいです~!」

 絶賛しながら駆け寄ってくるアバドン。

 照れるドロシー。

「ごめんね、急に呼び出して。結局、結婚することにしたんだ」

「正解です。ずっとヤキモキしてたんですよぉ! お似合いです」

 アバドンは嬉しそうに言った。

 院長はいきなり現れた魔人にビビっていたが、俺が説明すると仰天しながら首を振っていた。

 

「はい、じゃ、そこに並んで!」

 院長は壇上に上がり、俺たち二人を並ばせると開式を宣言した。

「ユータさん。あなたは、夫としての分を果たし、常に妻を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの妻に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 

「死が二人を分かつとき……?」

 俺はこの言葉に心臓がキュッとした。腕だけになったドロシーが脳裏にフラッシュバックする……。

 決意が揺らぐ……。

 俺は目をつぶり、大きく息をつく……。

 すると、ドロシーがワザと茶目っ気たっぷりに言う。

「なぁに? もう浮気しようとか考えてるの?」

「な、何言うんだよ! 俺はドロシーを裏切ることなんてしないよ!」

「なら、誓って……。私はもう子供じゃないわ。全て分かった上でここにいるの」

 ドロシーは俺をまっすぐに見つめた。

 俺は軽くうなずき、もう一度目をつぶり、心を落ち着けた。

 そして、ドロシーをしっかりと見つめ、ニッコリとほほ笑むと力強く言った。

「誓います!」

 

 院長は優しくうなずくと、ドロシーに向かって言った。 

「ドロシーさん。あなたは、妻としての分を果たし、常に夫を愛し、敬い、慰め、助けて、変わることなく、その健やかなるときも、病めるときも、富めるときも、貧しきときも、死が二人を分かつときまで、命の灯の続く限り、あなたの夫に対して、堅く節操を守ることを約束しますか?」

 

 ドロシーは愛おしそうに俺をじっと見つめ、潤む目で言った。

 

「誓います……」

 

 そして、院長はさっき俺たちから集めた『水中でもおぼれない魔法の指輪』をトレーに載せて差し出した。

 俺は自信をもってドロシーの白くて細い左手の薬指にはめた。

 ドロシーはニコッと笑うと、お返しに俺の薬指にはめてくれる。

 

「はい、では、誓いのキスよぉ~!」

 院長が嬉しそうに言う。

 

 俺は照れながらドロシーに近づく。ドロシーは静かに上を向いて目をつぶった。

 まるでイチゴみたいなプリッとした鮮やかなくちびる……。俺はそっとくちびるを重ねた。

 柔らかく温かなくちびる……。この瞬間俺たちは正式に夫婦となったのだ。

 

「おめでとうございまーす!」

 アバドンがパチパチと手を叩きながら祝福してくれる。

「おめでとう、これであなたたちは立派な夫婦よ」

 院長は感慨深げに言った。

 

 と、その時だった、ドカッと入り口のドアが乱暴に開いた。

「いたぞ! あの男だ!」

 王国軍の兵士たちがもう()ぎつけてやってきてしまった。

 院長は、

「何だお前たちは! ここは神聖なるチャペルよ! 誰の許可を得て入ってきてるの!?」

 と、すごい剣幕で叫んだ。

 俺は裏口から逃げようとドロシーの手を取ったが、アバドンが先に裏口に走って、

「ダメです! 裏口にも来ています」

 と、叫びながら裏口のノブを押さえた。

 

「その男はおたずね者だ! かばうなら重罪だぞ!」

 兵士長が院長に喚く。

「教会は法王の管轄、王国軍といえども捜査には令状が必要よ! 令状を見せなさい!」

 兵士長は、

「構わん! ひっとらえろ!」

 と、兵士たちに指示を出す。俺たちに向け駆け出す兵士たち。

「なめんじゃないわよ! ホーリーシールド!」

 院長はチャペルいっぱいに光の壁を作り出す。兵士たちは壁に阻まれ動けない。

 驚いた兵士長は聞いてくる。

「あなたはもしや……『闇を打ち払いし者・マリー』?」

「あら、よく知ってるじゃない。あんたらが束になっても私には勝てないわよ!」

 吠える院長。

「いや、しかし、あの男はおたずね者で……」

「そんなの知らないわよ! 教会内で捜査するなら令状を持ってきなさい!」

 

 そんなやり取りを聞きながら、俺は逃げ出す算段を必死に考える。壁を壊してもステンドグラスをぶち抜いてもいいんだが、この神聖なチャペルを壊すのは気が引ける。どうしたものか……。

 と、ここでバタフライナイフを思い出した。

 俺は手提げカバンからナイフを取り出すとツーっと壁を切った。コンニャクのようにベロンと切り口を見せる白い壁。俺は切り口を広げるとドロシーを通し、おれも壁をくぐる。

 壁の外は花壇の真ん中だった。夕方、傾いた日差しに花壇の花々にも陰影が付いてきている。

「外に逃げたぞ! 追え――――!」

 中から声が響いてくる。

 

 俺はすかさずドロシーをお姫様抱っこした。

「きゃぁ!」

「それでは奥様、これからハネムーンですよ!」

 俺は少しおどけてそう言うと、隠ぺい魔法と飛行魔法をかけてふわりと浮き上がった。徐々に高度を上げていく。

 下ではたくさんの兵士たちが俺を探しているが、もはや気にもならない。アバドンに聞いたが院長も無事らしい。お膳立てをして最後に体まで張ってくれた院長。いつか必ず恩返しをしなくては。

 

「もう二度と見られないかもしれないから、しっかりと目に焼き付けて」

 俺はそう言って孤児院の周りをゆっくりと回った。

 長年お世話になった石造り二階建ての古ぼけた孤児院、子供たちの遊んでいる狭い広場に、いろいろあった倉庫……。溢れんばかりのエピソードが次々と思いこされてくる。ありがとう……。

 次に俺の店の跡、そしてドロシーの部屋の上を飛んだ。

 ドロシーは何も言わず、静かに思い出の場所たちをじーっと眺めていた。

 

 俺はゆっくりと街を一巡りする。

 夕陽を受けてオレンジに輝きだす石造りの街。

 武闘会の余韻の残るメインストリートはまだ賑わいを見せていた。まさか優勝者が頭上をタキシード着て飛んでるとは、誰も思わないだろう。

 

「この街ともお別れだな……」

 俺が感傷的につぶやくと、

「私は、あなたが居てくれたらどこでもいいわ」

 と、ドロシーはうれしそうに笑った。

「あは、それを言うなら、俺もドロシーさえ居てくれたらどこでもいいよ」

「うふふっ!」

 満面の笑みのドロシー。夕日を受けて銀髪がキラキラと(きら)めいた。

 

 見つめ合う二人……。

 そして、ドロシーが目を閉じた。

 俺はそっとくちびるを重ね、舌をからませる。

 すると、ドロシーは一か月間の寂しさをぶつけるように、熱く激しく俺をむさぼってきた。

 俺もその想いに応える。

 

 カーン! カーン!

 教会の鐘が夕刻を告げる。それはまるで二人の結婚を祝福するかのように、いつもより鮮やかに高く街中に響きわたった。

 



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第二部 そして深淵へ 第4章 引き裂かれた未来
4-1. 初めての夜


 お姫様抱っこのまま夕焼け空を飛び、新居についた頃には御嶽山の山肌も色を失い、夜が迫ってきていた。

「奥様、こちらがスイートホームですよ!」

 俺はそう言いながら木製のデッキにそっと着地した。

「うわぁ! すごい、すごーい!」

 ドロシーはそう言いながら目を輝かせてログハウスをあちこち眺め、そして、池の向こうの御嶽山を見つめ、大きく両手をあげて、

「素敵~!」

 と、うれしそうに叫んだ。

 一人で閉じこもるつもりだった小さなログハウスは二人の愛の巣になり、俺の目にも輝いて見えた。

 

 ドアを開け、

「ごめんね、まだ何もないんだ」

 と、言いながらベッドとテーブルしかない殺風景な部屋に招き、暖炉に魔法で火をともした。

「本当に何もないのね……。私が素敵なお部屋に仕立てちゃうんだから」

 ドロシーはそう言って、薄暗い部屋を見回す。

「じゃぁ、明日は遠くの街の雑貨屋へ行こう」

 俺はドロシーの手を取って引き寄せ、つぶらなブラウンの瞳を見つめた。

 そして、暖炉の炎に揺れる美しい(ほほ)のラインをそっとなでる。

 

 こんなに可愛い娘が俺の奥さんになってくれた……。それは俺にとってまだ信じられないことだった。前世ではあれほどあがいたのに彼女一人できなかったことを考えると、まるで夢のようである。

「どうしたの?」

 ドロシーは優しく聞いてくる。

「こんなに可愛いくて優しい娘が奥さんだなんて、本当にいいのかなって……」

「ふふっ、本当言うとね……、昔倉庫で助けてくれたじゃない……。あの時からこうなりたかったの……」

 そう言って、真っ赤になってうつむくドロシー。

「えっ? あの時から好きでいてくれたの?」

「そうよ! この鈍感さん!」

 ジト目で俺をにらむドロシー。

「あ、そ、そうだったんだ……」

「こう見えても、たくさんの人から言い寄られてたんだからね」

 ちょっとすねて言う。

「そうだよね、ドロシーは僕たちのアイドルだもの……」

「ふふっ、でもまだ、純潔ピッカピカよ」

 ドロシーは嬉しそうに笑う。

「それは……、俺のために?」

「あなたにも守られたし……、私もずっと守ってきたわ……、今日のために……」

 

 見つめ合う二人……。

 パチッ!

 暖炉の(まき)がはぜた。

 二人はくちびるを重ねる。

 最初は優しく、そして次第にお互いを激しくむさぼった。

 ドロシーの繊細で、そして時に大胆な舌の動きに俺の熱い思いを絡ませていく……。

 

 俺はウェディングドレスの背中のボタンに手をかけた。

 すると、ドロシーはそっと離れて、赤くなりながら後ろを向く。

 俺は丁寧にボタンを外し、するするとドレスを下ろした。

 ドロシーのしっとりとした白い肌があらわになる。

 俺が下着に手をかけると、

「ちょ、ちょっと待って! 水浴びしないと……」

 そう言って恥ずかしがるドロシー。

 俺はそんなドロシーをひょいっと持ち上げると、優しくベッドに横たえた。

「え!? ちょ、ちょっとダメだってばぁ!」

 焦るドロシーに強引にキスをする。

 「ダメ」と言いながらも段々と盛り上がるドロシー……。

 俺は次に耳にキスをして徐々におりていく。

 可愛い声が小さく部屋に響く。

 そして、火照ってボーっとなっているドロシーの下着を優しく外す。

 優美な肢体のラインが芸術品のような美を(たた)えながら、あらわになった。

 俺も服を脱ぎ、そっと肌を重ねる。

 しっとりと柔らかい肌が熱を持って俺の肌になじんだ。

 可愛い声が徐々に大きくなってくる。

 そして、ドロシーは切なそうなうるんだ目で、

「早く……、来て……」

 そう言って俺の頬を優しくなでた。

「上手く……できなかったらゴメン……」

 俺はちょっと緊張してきた。

「ふふっ、慣れてなくてホッとしたわ」

 二人は見つめ合うと、もう一度熱いキスを交わす。

 俺は覚悟を決め、柔らかなふくらはぎを優しく持ち上げた……。

 その晩、揺れる暖炉の炎の明かりの中で、俺たちは何度も何度も獣のようにお互いを求めあった。

 そして、二人はお互いが一つになり、何かが完全になったのを心の底でしっかりと感じた。

 



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4-2. 最悪のペナルティ

 翌朝、目が覚めると、窓の外は明るくなり始めていた。隣を見ると愛しい奥さんがスースーと幸せそうに寝ている。俺は改めてドロシーと結婚したことを実感し、しばらく可愛い顔を見ていた。

 なんて幸せなのだろう……。

 俺は心から湧き上がってくる温かいものに思わず涙がにじんだ。

 

 そっとベッドを抜け出し、優しく毛布をかけて、俺は静かにコーヒーを入れた。

 狭いログハウスにコーヒーの香ばしい香りが広がる。

 俺はマグカップ片手に外へ出て、デッキの椅子に座る。朝のひんやりとした空気が気持ちよく、朝もやがたち込めた静謐(せいひつ)な池をぼんやりと見ていた。

 チチチチッと遠くで小鳥が鳴いている。

 

 だが、穏やかな時間はいきなり破られた。

「旦那様! 逃げてください! ヌチ・ギが来ました!」

 いきなりアバドンから緊急通信が入る。

「えっ!?」

 辺りを見回すと、朝もやの向こうに小さな人影が動くのが見えた。

 俺は心臓が凍った。管理者権限を持つ男、ヌチ・ギ。この世界において彼の権能は無制限、まさに絶対強者が俺を見つけてやってきた。絶体絶命である。

 俺はすかさず飛んで逃げようとしたが……体が動かない。金縛りのようにロックされてしまった。

「ぐぅぅぅ……」

 いろいろと試行錯誤するが魔法も何も使えない、これが管理者権限かと改めて不条理な世界に絶望する。

 ヌチ・ギは音もなく俺の目の前に降り立つと、少し高い声を出した。

「ふーん、君がユータ……。どれどれ……」

 ボサボサの長髪に少し面長の陰気な顔、ダークスーツを身にまとってヒョロッとして小柄な男はしげしげと俺を眺めた。

「い、いきなり……、何の用ですか……」

 金縛り状態の中で俺は必死に声を出した。

 ヌチ・ギはそんな俺を無視して空中を凝視する。どうやら俺には見えない画面を見ているらしい。

 時折何かにうなずきながら淡々と空中を凝視するヌチ・ギ。どうやら俺のステータスや履歴のログを見ているようだ。

「あー、これか! 君、チートはいかんなぁ……」

 そう言いながら、さらに画面を見入った。

「本来なら即刻アカウント抹消だよ……」

 そう言いながら、指先を空中でクリクリと動かし、タップする。

「え? それは死刑……ってことですか?」

「そうさ、チートは重罪、それは君も分かってただろ?」

 ヌチ・ギはそう言いながら画面をにらみ続ける。

「あー、このバグを突いたのか……。良く見つけたな……」

「わ、私はヴィーナ様の縁者です。なにとぞ寛大な措置を……」

 俺は金縛りの中で懇願(こんがん)する。

「ヴィーナ様にも困ったもんだ……。じゃあ、チートで得た分の経験値は全部はく奪、これで許しておいてやろう」

 そう言いながら、指先をシュッシュッと動かした。

「一割くらい……、残しておいてもらえませんか? 結構この世界に貢献したと思うんですが……」

 ダメ元で無理筋のお願いをしてみる。

「ダメダメ! 何を言ってるんだ。チートは犯罪だ!」

 そう言ってヌチ・ギは指先で空中をタップした

 直後、俺の身体は青く光り、激痛が俺の身体を貫いた。

「ぐわぁぁぁ!」

「急激なレベルダウンは痛みを伴うものだ。まぁ自業自得だな」

 俺は身体からどんどんと力が抜けていくような虚脱感の中、刺すような痛みに(もだ)えた。

 

 ガチャ

 ドアが開き、毛布を羽織ったドロシーが顔を出す。

「あなた、どうしたの……?」

 マズい! ドロシーをヌチ・ギに見せてはならない。俺は痛みの中必死に叫んだ。

「ドロシー! ダメだ! 早く戻って!」

 しかし、ヌチ・ギは振りむいてしまう。

「ほぅ……、これはこれは……、美しい……」

 ヌチ・ギは(いや)らしい笑みを浮かべて言った。

 ドロシーは急いでドアを閉めようとするが、金縛りにあい動けなくなった。

「えっ!? 何? い、いやぁぁ!!」

 ヌチ・ギは指先をクリクリッと動かし、ドロシーを操作した。

 固まったまま浮き上がってヌチ・ギの前に連れてこられるドロシー。

 ヌチ・ギは毛布をはぎとる。朝の光の中でドロシーの白い裸体があらわになった。

「ほほう……、これは、これは……」

 下卑(げび)た笑みを浮かべながら、ヌチ・ギはドロシーの柔らかい肌をなでた。

「や、やめてぇ!」

 ドロシーの悲痛な叫びが響く。

「止めろ! 彼女は関係ないだろ!」

 俺は必死に吠える。

 しかし、ヌチ・ギは気にすることもなくドロシーの(あご)をつかむと、

「チートのペナルティとして、彼女は私のコレクションに加えてあげましょう……」

 そう言ってドロシーの瞳をじっと見つめた。

「い、いやぁぁ……」

 泣きながら震える声を漏らすドロシー。

 最悪だ、俺は躊躇(ちゅうちょ)なく最後のカードを切った。

「ヴィーナ様に報告するぞ!」

 だが……、

「はっはっは! 好きにすればいい。私はどっちみち未来の無い身。華々しく散ってやるまでだよ」

 ヌチ・ギは自暴自棄になっているようだ。きわめて厄介だ。

 俺は何とか必死に道を探す。

「俺がヴィーナ様に口添えしてやる。前向きに……」

「バーカ、お前はあのお方を分かってない。地球人の口添えになど何の意味もない。それに……、余計な事をしてこの世界ごと消去されたら……お前、責任とれるのか?」

 ヌチ・ギはゾッとするような冷たい目で俺を見る。

 レヴィアもヌチ・ギも美奈先輩を異様に恐れている。大学のサークルで一緒に楽しくダンスしていた俺からしたら、なぜそこまで恐れるのか理解ができなかった。確かにちょっと気の強いところがあったが、気さくで楽しくて美人で人気者のサークルの姫、そんな人が世界を容赦なく滅ぼす大魔王だなんて、全然実感がわかない。

「ヴィーナ様は俺が説得してみせる!」

 俺はそう叫んだ。しかし……、

「この世界の存続を願うなら、余計な事は慎みたまえ」

 ヌチ・ギはそう言って空間を割き、切れ目を広げた。

「ま、待ってくれ! 妻は、妻は許してくれ!」

 俺は必死に頼む。

「こんな上玉、手放すわけがないだろ」

 ヌチ・ギはそう言っていやらしい笑みを浮かべると、ドロシーの柔らかい肌を揉んだ。

「いやぁぁぁ!」

 泣き叫ぶドロシー。

「たっぷり可愛がった後、美しく飾ってやる」

 そう言って、ヌチ・ギはドロシーの腕をつかむと無造作に空間の切れ目に放り込んだ。

 俺は叫ぶ。

「お前! ふざけんな! ドロシーに触れていいのは俺だけだ!」

 ヌチ・ギは勝ち誇った顔で、

「余計な事したら真っ先にこの女から殺す。分かったな?」

 そう言い放つと、切れ目の中へと入っていった。

「止めろ――――!」

 必死の叫びもむなしく、空間の切れ目がツーっと閉じていく。

「助けて! あなたぁ!」

 ドロシーの悲痛な叫び声がプツッと無慈悲に途切れた。

 

「ドロシー! うわぁぁぁ! ドロシー――――!!」

 俺の泣き叫ぶ声が朝もやの池にむなしく響き続けた……。



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4-3. ドロシーの残り香

 最愛の妻が奪われてしまった。

 だから結婚なんかしちゃダメだったんだ……。

「うぉぉぉぉ」

 慟哭(どうこく)が喉を引き裂く。金縛りの解けた俺は狂ったかのように泣き叫んだ。

 無様な泣き声が森に響き渡る……。

 俺は毛布を拾うと、ぎゅっと抱きしめた。まだ温かい毛布はドロシーの匂いが残り、俺を包む。

「ドロシー……。うぅぅぅぅ……」

 俺はドロシーの匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。

 

 御嶽山に朝日が当たり、オレンジ色に輝くのが見える。

 泣いてる場合じゃない、なんとかしないと……。

 しかし、相手はこの世界の管理者権限を持つ男、直接やりあっても全く勝負にならない。どうしたら……。

 

 俺は恐る恐る現状分析を行う。ステータス画面を開いて見ると、千を超えていたレベルは三十にまで落ちていた。もはやアルより弱くなってしまっている。

 アバドンを呼ぼうとしたが、アバドンとの通信回線も開かない。魔力が落ちたので奴隷契約がキャンセルされてしまっていた。

 もはや飛ぶこともできないし、そもそも生きてこの山奥から出る事すらできそうにない。妻を奪い返しに行くどころか、自分の命も危ない情勢に俺は絶句した。

 誰かに助けてもらいたいが……、相手は無制限の権能をほこる絶対者。まさに死にに行くような話であり、誰にも頼めない。八方ふさがりである。

 妻を失い、仲間を失い、力を失い、俺は全てを失い、もはや抜け殻だった。

 俺は頭を抱え……、そしてテーブルに頭をゴンとぶつけ、そのまま突っ伏した。

「もう誰か、殺してくれないかな……」

 俺はダラダラと湧いてくる涙をぬぐう事もせず、ただ、虚脱してこの理不尽な運命を呪った。

 

       ◇

 

「グフフフ……、無様だな」

 いつの間にかアバドンが来ていた。

 俺は身体を起こしたが……、何も言う事が出来ず、ただ軽く首を振った。

「もう、俺は奴隷じゃない、悪を愛する魔人に戻れた……グフフフ」

 嬉しそうに笑うアバドン。

「そうだ、もう、お前は自由だ。いろいろありがとう……」

 俺は力なく言った。

「強い者が支配する……、立場逆転だな。これからお前は俺の言う事を聞け」

 アバドンが正体を現す。

「ははは、こんな俺にもう何の価値なんて無いだろ。そうだ、お前が殺してくれよ……それがいい……」

 俺はガックリとうなだれた。

 アバドンはそんな俺を無表情でジッと見つめる……。

「死にたいなら望み通り殺してやる……。だが……、死ぬ前に一つ悪事を手伝え」

「悪事? こんな俺に何が手伝えるんだい?」

 俺は両手をヒラヒラさせながら首を振った。

「女を奪いに王都へ行く、ちょっと相手が厄介なんで、お前手伝え」

 アバドンは俺をジッと見据えて言う。

「女……、えっ!?」

 俺は驚いてアバドンを見た。

「急がないと(あね)さんが危ない」

 アバドンの目は真剣だった。

 自由になった魔人が、まさか何のメリットもない命がけのドロシー奪還を提案するとは、全くの想定外だった。俺は唖然(あぜん)としてアバドンを見つめた

「手伝うのか? 手伝わないのか?」

 アバドンはニヤッと笑って言う。

「アバドーン!!」

 俺は思わずアバドンに抱き着く。男くさい筋肉質のアバドンの温かさが心から嬉しかった。

「グフフフ……、(あね)さんは私にとっても大切な方……、旦那様、行きましょう」

 俺は一筋の光明が見えた気がしてオイオイと泣いた。

 



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4-4. 決死の奪還計画

 俺たちは部屋に入り、作戦を練る。

 しかし、ドロシー奪還計画はそう簡単には決まらない。何しろ相手は無制限の権能を持つ男、普通に近づいたら瞬殺されて終わりだ。だから『見つからないこと』は徹底しないとならない。見つかった時点で計画失敗なのだ。

 アバドンによるとヌチ・ギの屋敷は王都の高級住宅地にあって小さなものらしい。しかし、今までに連れ込まれた女の子の数は数百人規模、到底入りきらない。つまり、屋敷は単なる玄関にすぎず、本体はどこか別の空間にあると考えた方が自然だ。そんなところに忍び込む……、あまりの難易度の高さに考えるだけでクラクラする。

 しかし、今この瞬間もドロシーは俺の助けを待っている。『命がけで守る』と言い切ったのだ、たとえ死のうとも助けに行くことは決めている。

 幸い俺にはレヴィアからもらったバタフライナイフがある。これで壁をすり抜けて忍び込み、何とか屋敷本体へのアプローチの方法を探そう。

 そして、忍び込めたら見つからないように秘かにドロシーを救出し、連れ出す……。出来るのかそんなこと……。

 俺は無理筋の綱渡りの計画に胃が痛くなり、思わずうなだれてしまう。

「旦那様、あきらめるんですか?」

 アバドンは淡々という。

 どう考えてもうまくいくとは思えない。成功確率なんて良くて数パーセントとかのレベルだろう。

 でも……、成功の可能性がほんの少しでもあるのならやるのだ。上手くいきそうかどうかなんてどうでもいい、成功のために全力を尽くす。ただ前だけ向いて突き進むのだ。俺は覚悟を決める。

「いや、どんなに困難でも俺は行くよ」

 俺は顔を上げ、しっかりとした目でアバドンを見た。

「グフフフ、成功させましょう」

 アバドンは諦観(ていかん)した笑顔を見せた。

 

 ただ、単に連れ出すだけならすぐに見つかって連れ戻されてしまう。相手は管理者なのだ。どこに隠れたって必ず見つかってしまうだろう。これを回避するにはもう一人の管理者、レヴィアに頼る以外ない。彼女にかくまってもらうこと、これも必須条件だ。

 俺は早速レヴィアを呼んだ。

 

「レヴィア様、レヴィア様~!」

 しばらく待つと返事が来た。

『なんじゃ、朝っぱらから……。我は朝が弱いのじゃ!』

「お休みのところ申し訳ありません。緊急事態なのです」

『なんじゃ? 何があったんじゃ?』

「ドロシーがヌチ・ギに(さら)われました」

 俺は淡々と言う。

『んん――――? なんじゃと?』

「俺も無力化されてしまいました」

 絶句するレヴィア……。

 俺は神妙な面持ちでレヴィアの返事を待った。

 部屋の静けさのせいか、やけに時間が長く感じる……。

 

 ためらいがちな声でレヴィアは言う。

『それは……、んー……、申し訳ないが、どうもならん』

 管理者同士は相互不可侵。ヌチ・ギがやる事にレヴィアは干渉できないのだ。だがそれは想定内。

「わかってます。ドロシーの救出は我々でやります。ただ、救出した後、かくまって欲しいんです」

『いやいやいや、そんなのバレたら、我とヌチ・ギは戦争になるぞ! この世界火の海じゃぞ!』

 管理者権限持っている者同士の戦争……それは確かに想像を絶する凄惨な事態になりそうだ。最悪この星が壊れかねない。しかし、引くわけにはいかない。

「そもそもドロシーはレヴィア様の知人じゃないですか、相互不可侵と言うなら非はレヴィア様の知人を(さら)ったヌチ・ギ側にありますよね?」

『うーん、まぁそうじゃが……』

「バレなきゃいい話ですし、バレても筋は我々側にあります!」

 俺は渾身(こんしん)の説得をする。

『むぅ……。それはそうなんじゃが……』

 あと一歩である。

「かくまってくれたら、なんでも言うこと聞きますから!」

 もう、大盤振る舞いである。

 するとレヴィアは、

『なんでも? 昨晩彼女にやってた、あのすごいこともか? キャハッ!』

 と、うれしそうに笑った。

「レ、レヴィア様! のぞいたんですか!?」

 真っ赤になってしまう俺。

『あれあれ、カマかけたら引っかかりおったわ。一体どんなことやったんじゃ? このスケベ。 キャハハハ!』

「……。」

 引っかかった俺は返す言葉がなかった。

『まぁええじゃろう。ただし、見つからずに連れ出された時だけじゃぞ!』

「……、ありがとうございます……」

 これでドロシー奪還計画の懸案は解決した。そして、こんなバカ話ができることの幸せに改めてみんなに感謝した。

 

     ◇

 

 宮崎の火口のだだっ広い神殿でレヴィアはゴロンと冷たい床に転がって考えていた。ユータたちがヌチ・ギの屋敷からこっそりドロシーを奪還する? どう考えても無謀で滑稽な挑戦だった。管理者をなめ過ぎではないだろうか……?

 何か策があるか……、特別な情報を持っているのか……、いろいろなケースを想定してみた。

「いや、違う!」

 レヴィアはガバっと起き上がった。

 そして、つぶやいた。

「あやつら、死ぬつもりじゃ……」

 レヴィアは唖然(あぜん)とした。

 晴れ晴れとした口調だったから気づかなかったが、成功できるなんて本人たちも思ってないに違いなかった。たとえ死んでも成し遂げねばならぬことがある、その覚悟にレヴィアは思わず震えた。

 レヴィアは大きく息をつき、金髪のおかっぱ頭をぐしゃぐしゃとかきむしると、

「我も覚悟を決める時が来たようじゃ……。お主らに教えられるとはな……」

 レヴィアは今まで事なかれ主義で、現状維持さえできれば多少の事は目をつぶってきた。でも、それがヌチ・ギの増長を呼び、世界がゆっくりと壊れてきてしまっていることを認めざるを得なかった。

 スクッと立ち上がるとレヴィアは、空間の裂け目からイスとテーブルを出して座り、大きな画面を三つ出現させた。青白い画面の光がレヴィアの幼い顔を照らす。

 レヴィアは画面を両手でクリクリといじりながら情報画面を操作し、何かを必死に追い求めていた。

「ふーん、暗号系列を変えたか……、じゃが、我にそんな小細工は効かぬわ、キャハッ!」

 レヴィアはそう言って笑うと、画面を両手で激しくタップし続けた……。

 



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4-5. ヘックショイ!

 早速奪還作戦開始だ。俺は救出に使えそうな物をリュックに詰めていく、工具、ロープ、文房具……そして、ドロシーの服に手を伸ばした。麻でできた質素なワンピース……。

 俺は思わず広げて、そしてぎゅっと抱きしめた。ほのかにドロシーの匂いが立ち上ってくる……。

「待っててね……」

 俺はそうつぶやき、ゆっくりと大きくドロシーの香りを吸い込んだ。

 

 それから、動きやすそうな服に着替え、革靴を履き、靴紐をキュッと結んだ。

「よし! 行こう!」

 俺は立ち上がり、アバドンを見る。

「では王都まで参りますよ。ついてきてください」

 そう言うとアバドンは壁に金色に光る魔法陣を浮かべ、その中へ入っていく。

 俺も恐る恐る魔法陣の中に潜った。

 魔法陣の中は真っ暗闇で、上下もない無重力空間だった。アバドンは何か呪文をつぶやくと、向こうの方でピンク色に魔法陣が浮かび上がる。そして、俺の手を取ってそこまでスーッと移動した。

 

 アバドンはそっと魔法陣の向こうに顔を出し、辺りをうかがい……、言った。

「大丈夫です。行きましょう!」

 魔法陣を抜けるとそこは人気(ひとけ)のない(すさ)んだダウンタウンだった。

「旦那様こっちです」

 そう言いながらスタスタと歩き出すアバドン。

「これ、凄いね。いきなりヌチ・ギの屋敷に繋げないの?」

 追いかけながら聞いた。

「ヌチ・ギの作った魔法ですから、セキュリティかかってて使えないですね」

 アバドンは首を振る。

「そりゃそうか……」

「ヌチ・ギの屋敷まで二十分くらいです」

 アバドンの説明に俺は静かにうなずいた。

 憧れの王都に着いたが、治安はアンジューの街よりは悪そうだ。俺たちはチンピラなどの目に留まらないよう、静かに歩いた。

 

        ◇

 

 高級住宅地に入ってくると、豪奢な石造りの邸宅が続く。

「左側三軒目がターゲットです」

 アバドンは前を向いたまま静かに言う。

「了解、まずは一旦通り過ぎよう」

 見えてきたヌチ・ギの屋敷の玄関には警備兵が二名、槍を持って前を向いている。石造り三階建てで、入り口には黒い巨大な金属製のドアがついており、固く閉ざされている。この辺りの邸宅は隣家とのすき間がなく、通りに沿ってまるで一つの建物のようにピタリと並んでいる。

 向こうの方から荷馬車がやってきてヌチ・ギの屋敷前に止まった。どうやら荷物の配達らしい。これはチャンスである。

 俺たちは素知らぬ顔で屋敷の玄関を通り過ぎ、衛兵と配達員が話し始めたタイミングで隣家の玄関の金属ドアを素早くナイフで切って中に忍び込んだ。

 玄関はホールになっており、左右に廊下が続いている。俺たちはヌチ・ギの屋敷側へと早足で進む。すると、ガチャッと前の方でドアが開き、メイドが出てきた。

 大ピンチではあるが、命すら惜しくない奪還計画においてこの手の障害はむしろ楽しくすら感じる。

 俺は何食わぬ顔で、

「ご苦労様です!」

 そう言ってニコッと笑った。

 メイドは怪訝(けげん)そうな顔をしながら会釈する。

 廊下の突き当りまでくると、俺は壁をナイフで素早く切り、アバドンとすぐに潜り込む。後ろの方で悲鳴が聞こえたが気にせずに進んでいく。

 

 壁の向こうはもうヌチ・ギの屋敷で、薄暗いガランとした部屋だった。ほこりをかぶった椅子や箱が並んでおり、長く使われていない様子である。

 ドアの方へ近づくと声がしてくる。どうやら警備兵と配達員らしい。俺はナイフでドアに切れ目を入れ、そっと開いて向こうをのぞいた。

 ドアの向こうはエレベーターホールのようになっており、配達員が世間話をしながら大きなエレベーターのような装置に台車の荷物を載せている所だった。鑑定をしてみると、このエレベーターは『空間転移装置』つまり本当の屋敷への転送装置という事らしい。

「あと一個です」

 そう言って配達員が台車を押して玄関へと移動し、警備兵も後をついて行った。

 

 俺たちはアバドンに隠ぺい魔法をかけてもらって、部屋を抜け出し、エレベーターの奥に座って息を殺した。

 戻ってきた警備兵が最後のひと箱を積む。目の前でドサッと乗せられた箱からほこりが舞った。

 俺は不覚にもほこりを吸い込んでしまい、(せき)が出そうになる。

「これで完了です」

 配達員が言う。

 俺は真っ赤になりながら咳をこらえる。

 隠ぺい魔法は、光学迷彩のように姿は消せるが音は筒抜けである。咳などしようものならバレてしまう。

 そして、バレたらもうドロシーの奪還どころか俺たちの命はない。ヌチ・ギは万能の権能を持つ男。俺たちが奪還に動いていることを知ったら、権能を使って探し出し、確実に俺たちを殺すだろう。だから絶対にバレてはならなかった。

 俺はこみ上げてくる咳の衝動を必死に抑え込み、扉が閉まるのを待った。

 

「じゃぁ閉めるぞ」

 警備兵がそう言った瞬間だった。

 

 ヘックショイ!

 アバドンの盛大なくしゃみがホール中に響いた。

 俺は凄い目をしてアバドンをにらむ。

 固まる警備兵……。

「お前、くしゃみ……した?」

 配達員に聞く。

「いえ? 私じゃないですよ」

 警備兵から異常が報告されてしまうとそこでアウトだ。俺は必死に息を殺し、祈った。

「誰か……、いるのか?」

 警備兵はなめるようにエレベーターの中を見ていく。

 俺は必死に考える。倒してしまうか? いや、もう一人警備兵がいるからダメだ。では釈明……出来る訳がない。まさに絶体絶命である。冷や汗がタラりと流れる。

「ちょっと報告するから待て」

 警備兵がそう言いながら何やら魔道具を取り出す。万事休すだ。

 

 俺はいきなりのピンチに絶望して気が遠くなった。

 飛び出さねばなるまい、しかし、どのタイミングで……?

 冷や汗がタラリと流れてくる。

 

 と、その時、

 

 ボン!

 

 アバドンが小柄な男に変身して飛び出した。

 この姿は……ヌチ・ギだ!

 

「お見事! それだよ!」

 そう言いながらアバドンは警備兵の肩を叩いた。

 アバドンの変装は完ぺきで、甲高い声までヌチ・ギそっくりだった。

 

「ヌ、ヌチ・ギ様……」

「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」

 そう言ってアバドンはニッコリと笑いかけた。

「きょ、恐縮です……」

 うれしそうな警備兵。

「君の査定は高くしておこう。抜き打ちなので、他の人には話さないように!」

「は、はい!」

「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」

 そう言いながらツカツカとエレベーターに乗り、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。

「では、扉閉めますね」

 警備兵はそう言ってボタンを押した。閉じていく扉……。

 俺はアバドンをジト目でにらむ。

 アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかいた。



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4-6. 美の狂気

 扉が閉まってしばらくすると全身が浮き上がるような奇妙な感覚が全身を貫いた。どこかへ転送されたようだ。

 荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、俺はナイフを用意してタイミングを計る。

 

 チーン!

 と、鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切って飛び込んだ。

 壁を通り抜けると、まぶしい光、爽やかな空気……目が慣れてきて辺りを見回すと、そこは鬱蒼(うっそう)とした森だった。

 エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと出入り口だけが立っていたのだ。

 そっと出入り口側の様子を見ると、豪奢な鉄のフェンスの向こうに見事な庭園があり、その奥に真っ黒の石で作られたモダンな建物があった。あれがヌチ・ギの屋敷だろう。高さは5階建てくらいで現代美術館かというような前衛的な造りをしており、中の様子はちょっと想像がつかない。

 あそこにドロシーが囚われているはずだ。いよいよ奪還計画は山場を迎える。

「ドロシー、待ってろよ……」

 俺は決意を新たにする。

 

 俺は鑑定を使ってセキュリティシステムを調べてみる。門やフェンスには多彩なセキュリティ装置が多数ついており、とても超えられそうにない。さらに庭園のあちこちにも見えないセキュリティ装置が配置されており、とても屋敷に近づくのは無理そうだった。

「旦那様……、どうしますか?」

 アバドンがひそひそ声で聞いてくる。

「すごい警備体制だ、とてもバレずに屋敷には入れない……」

 

 すると屋敷から人が出てきた。見ていると、メイドらしき女性が大きな鉄製の門を開け、エレベーターまでやってきた。そして、宙に浮かぶ不思議な台車に荷物を載せ、また、屋敷内へと戻っていく。

「彼女に付いていきましょうか?」

「いや、無理だ。隠ぺい魔法はセキュリティ装置には効かないだろう」

「困りましたね……」

「地中を行こう」

「えっ!?」

 驚くアバドンにニヤッと笑いかけると、俺はナイフで地面を切り裂いた。

「こうするんだよ」

 そう言って地面の切り口を広げて中へと入った。そしてさらに奥を切り裂いて進む。

 地面は壁と同様にまるでコンニャクのように柔らかく広げることができた。

「さぁ、行くぞ!」

 俺はアバドンも呼んで、一緒に地中を進んだ。一回で五十センチくらい進めるので、百回で五十メートル。無理のない挑戦だ。

 アバドンに魔法の明かりで照らしてもらいながら淡々と地中を進む。途中、地下のセキュリティシステムらしいセンサーの断面を見つけたが、俺たちは空間を切り裂いているのでセンサーでは俺たちを捕捉できない。ここはヌチ・ギの想定を超えているだろう。

 

 足場の悪い中、苦労しながら切り進んでいると急に断面が石になり、さらに切ると明かりが見えた。ようやく屋敷にたどり着いたのだ。

 俺は切り口をそーっと広げながら中をのぞいて驚いた。なんと、美しい女性たちがたくさん舞っていたのだ。

 そこは地下の巨大ホールで、何百人もの女性たちが美しい衣装に身を包み、すごくゆっくりと空中を舞っていた。百人近い女性たちが輪になって、それが空中に五層展開されている。それぞれ煌びやかなドレス、大胆なランジェリー、美しい民族衣装などを身にまとい、ライトアップする魔法のライトと共にゆっくりと舞いながら少しずつ輪になって回っていた。また、無数の蛍の様な光の微粒子が舞に合わせてキラキラと光りながらふわふわと飛び回り、幻想的な雰囲気を演出している。そして、フェロモンを含んだ甘く華やかな香りが漂ってくる。

 ちょうど俺たちの前に一人の美しい女性がゆっくりと近づいてきた。二十歳前後だろうか、真紅のドレスを身にまとい、露出の多いハートカットネックの胸元にはつやつやとした弾力のある白い肌が魅惑的な造形を見せている。彼女はゆっくりと右手を高く掲げながら回り、そのすらりとしたスタイルの良い肢体の作る優美な曲線に、俺は思わず息をのんだ。

 そして中央には身長二十メートルくらいの巨大な美女がいた。これは一体何なのだろうか? 革製の巨大なビキニアーマーを装着してモデルのように体を美しくくねらせ、凄い存在感がある。軽く腹筋が浮いた美しい体の造形は思わずため息が出てしまうほどだった。

 美しい……。

 俺は不覚にもヌチ・ギの作り出した美の世界に引き込まれそうになった。俺はイカンイカンと首を振り、銀髪の娘はいないかと一生懸命探す。

「何ですかこれ……」

 アバドンが怪訝(けげん)そうな顔でささやく。

「ヌチ・ギの狂気だね。ドロシーいないかちょっと探して」

「わかりやした!」

 しばらく探してみたが、まだ居ないようだった。しかし放っておくとここで展示されてしまうだろう。急がないと。

 ドロシーがこんな所に展示され、永遠にクルクル回り続けるようなことになったら俺は生きていけない。絶対に奪還してやると、改めて誓った。



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4-7. 戦乙女のラグナロク

 鑑定でホールにはセキュリティ装置がない事を確認し、アバドンの魔法で静かに床に降りる。ピンクで花柄の露出の多いドレスで舞っている女性につい目が引き寄せられると、なんと目が合ってしまった。

「え!?」

 驚いて見回すと全員が我々を見ていたのだ。意識があるのか!?

 唖然(あぜん)としていると、近くの女性に声をかけられた。

「そこのお方……」

 俺は驚いて声の方向を見ると、美しいランジェリー姿の女性が、手を後ろに組んで胸を突き出すような姿勢でこちらを見ていた。ブラジャーは赤いリボンを結んだだけの大胆なもので、左の太腿にも細いリボンで蝶結びがされていた。何とも煽情的ないで立ちに俺は顔を赤くして、身体を見ないようにしながら、駆け寄った。

「話せるんですね、これ、どうしたらいいですか?」

 スッと鼻筋の通った整った小顔にクリッとしたアンバーな瞳の彼女。心をざわめかせるほどの美しさに、俺は戸惑いを覚えながら聞いた。

「私はまだ入って間がないので話せますが、そのうち意識が失われて行って皆植物人間みたいになってしまうようです」

 何という非人道的な話だろうか。

 俺は彼女の手を引っ張ってみた。しかし、とても強い力で操作されているようで、舞いの動きを止める事すらできなかった。

「ヌチ・ギ様の魔法を解かない限りどうしようもありません……。それより、あの中央の巨人が心配なのです」

「え? 彼女も生きているんですか!?」

「そうです。ヌチ・ギ様は巨大化装置を開発され、私たちを戦乙女(ヴァルキュリ)という巨人兵士にして世界を滅ぼすとおっしゃってました」

「な、なんだって!?」

 俺は驚いた。単に女の子をもてあそぶだけでなく、兵士に改造して大量殺戮にまで手を染めようだなんて、もはや真正の狂人ではないか。

「ラグナロクだ……」

 アバドンが眉間(みけん)にしわを寄せながら言った。

「ラグナロク?」

「そういう女性の巨大兵士が世界を滅ぼす終末思想の神話があるんです。ヌチ・ギはその神話に合わせて一回のこの世界をリセットするつもりじゃないでしょうか?」

「狂ってる……」

「私は人を殺したくありません……。何とか止めてもらえないでしょうか……?」

 彼女はポロリと涙を流した。

 ラグナロクなんて起こされたらアンジューのみんなも殺されてしまう。そんな暴挙絶対に止めないとならない。

「分かりました。全力を尽くします!」

「お願いします……。もうあなたに頼る他ないのです……」

 そう言って彼女はさめざめと泣きながら、またポーズを変えられていく。

 俺はアバドンと顔を見合わせうなずくと、

「では行ってきます! 幸運を祈っててください」

 と、彼女の手をしっかりと両手で握りしめた。

 

      ◇

 

 ホールの出入り口まで来ると、俺はドアを切り裂いてそっと向こうをうかがった。薄暗い人気(ひとけ)のない通路が見える。俺はアバドンとアイコンタクトをし、うなずくとそっとドアの切れ目を広げた。

 俺たちがドアを抜けた時だった。

「やめてぇぇぇ!」

 かすかだが声が聞こえた。ドロシーだ!

 俺の愛しい人がひどい目に遭っている……。俺は悲痛な響きに心臓がキューっと潰されるように痛くなり、冷や汗が流れた。

「は、早くいかなくちゃ……」

 俺は震える声でそう言うと、足音を立てぬよう慎重に早足で声の方向を目指した。

 

 通路をしばらく行くと部屋のドアがいくつか並んでおり、そのうちの一つから声がする。

 俺はそのドアをそっと切り裂いて中をのぞき、衝撃的な光景に思わず息が止まった。

 なんと、ドロシーが天井から全裸のまま宙づりにされていたのだ。

 俺は全身の血が煮えたぎるかのような衝動を覚えた。

 俺の大切なドロシーになんてことしやがるのか!

 気が狂いそうになるのを必死で抑えていると、トントンと肩を叩かれる。アバドンも見たいようだ。俺は大きく息をして冷静さを取り戻し、隣にもナイフで切り込みを入れてアバドンに任せた。

 

「ほほう、しっとりとして手に吸い付くような手触り……素晴らしい」

 ヌチ・ギがいやらしい笑みを浮かべ、ドロシーを味わうかのようになでる。

「いやぁぁ! あの人以外触っちゃダメなの!」

 ドロシーが身をよじりながら叫ぶ。

 俺は今すぐ飛び出していきたい気持ちを、歯を食い縛りながら必死に耐える。

「ヒッヒッヒ……、その反抗的な態度……、そそるねぇ。さぁ、どこまでもつかな?」

 ヌチ・ギは小さな注射器を取り出した。

「な、何よそれ……」

 青ざめるドロシー。

「最強のセックスドラッグだよ。欲しくて欲しくて狂いそうになる……、素敵な薬さ……」

 そう言いながら、注射器を上に向け、軽く薬液を飛ばした。

「ダ、ダメ……、止めて……」

 おびえて震えるドロシー。

 最悪な事態に俺は気が遠くなる。大切な人が薬で犯られてしまう。でも、彼女の救出を考えたら今動くわけにはいかない。見つかったら終わりなのだ。絶望が俺の頭をぐちゃぐちゃに(むしば)んでいく。

 



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4-8. 尊い愛の戦士

 その時だった、アバドンが耳打ちする。

「私がヌチ・ギを何とかします。その間に(あね)さんをお願いします」

 そう言って壁の切り口に手をかけた。

「いや、ちょっと待て! 死ぬぞ!」

 俺は制止する。ヌチ・ギに攻撃したって全く効かないはず。拘束できても数十秒が限界に違いない。そしてきっと殺されるだろう。

 しかし、アバドンは覚悟を決めた目で、

「私にとっても(あね)さんは大切な人なんです。頼みましたよ」

 そう言い残して切れ目を抜けて行く。命をなげうつ献身的な決断に俺はアバドンが神々しく見えた。悪を愛する魔人……とんでもない。俺なんかよりずっと尊い愛の戦士じゃないか……。

 俺は思わず涙をこぼしそうになるのをこらえ、急いでアバドンに続いた。アバドンの捨て身の決意を無駄にしてはならない。

 

 アバドンは目にも止まらぬ速さでヌチ・ギにタックルを食らわせ、部屋の奥まで吹き飛ばした。さすがの管理者も不意打ちを食らってはすぐに対応できないだろう。

 

 俺はドロシーに駆け寄り、

「今助ける。静かにしてて!」

 そう言いながら小刀を取り出し、ドロシーの手を縛っている革製の拘束具を切り落とす。そして、落ちてくる身体を優しく支えた。

「あなたぁ……」

 抱き着いて泣き出すドロシー。愛しい温かさが戻ってきた。

 しかし、時間がない。

 部屋の奥から激しい衝撃音が間断なく上がっている。アバドンが奮闘しているのだろうが、もうすぐ形勢逆転してしまうだろう。

 俺はドロシーの手を引いてドアを抜け、通路を走った。

「急いで! 裸のままでごめん、時間がないんだ」

「ねぇ、アバドンさんは?」

 泣きそうな声で聞いてくる。

 俺はグッと言葉を飲み込み、

「大丈夫、彼なりに勝算があるんだ」

 と、嘘をついて涙を拭いた。

 

         ◇

 

 二人は必死に通路を駆け抜ける。そして、突き当りの壁をナイフで切ると飛び込んだ。

 俺は土の中を必死に切って前進を繰り返す。ヌチ・ギが屋敷内を探している間にエレベーターに入れれば俺たちの勝ちだ。アバドンの安否は気になるが、彼が作ってくれたチャンスを生かすことを今は最優先にしたい。

 

 切りに切ってフェンスの断面が見えたところで上に出る。そっと顔を出すとエレベーターの前だった。やった!

 俺は急いで飛び出してボタンを押す。

 扉がゆっくりと開く。これで奪還計画成功だ! 俺は切れ目からドロシーを引き上げる。

 

 ところが……、エレベーターの中から冷たい声が響いた。

「どこへ行こうというのかね?」

 驚いて前を向くと……、ヌチ・ギだった。

 青ざめる俺をヌチ・ギは思いっきり殴る。吹き飛ばされる俺。

 

「きゃぁ! あなたぁ!」

 ドロシーの悲痛な叫びが響く。

 

 一体なぜバレたのか……。さすが管理者、完敗である。

 俺は地面をゴロゴロと転がりながら絶望に打ちひしがれた。

 もうこうなっては打つ手などない。逃げるのは不可能だ。だが、殺されるのなら少しでもあがいてやろうじゃないか。

「お前、戦乙女(ヴァルキュリ)使ってラグナロク起こすんだってな、そんなこと許されるとでも思ってんのか?」

 俺はゆっくりと体を起こしながら、血の味が(あふ)れる口で叫んだ。

「ほう? なぜそれを?」

 ヌチ・ギは鋭い目で俺を刺すように見る。

「大量虐殺は大罪だ、お前の狂った行為は必ずや破滅を呼ぶぞ!」

 俺はまくしたてる。タラりと口から血が垂れる感触がする。

「はっはっは……、知った風な口を利くな! そもそも文明、文化が停滞してる人間側の問題なんだぞ、分かってるのか?」

「停滞してたら殺していいのか?」

「ふぅ……、お前は全く分かってない。例えば……そうだな。お前の故郷、日本がいい例だろう。日本も文明、文化が停滞してるだろ? なぜだと思う?」

 俺はいきなり日本の問題を突きつけられて動揺した。そんなの今まで考えたことなどなかったのだ。

「え? そ、それは……、偉い人がいい政策を実行しない……から?」

 俺は間抜けな回答しかできなかった。

 ヌチ・ギはあきれたように首を振り、(さげす)んだ目で言った。

「バカめ! そんな考えの市民だらけだからだよ! いいか? イノベーションというのは旧来のビジネスモデルや慣習をぶち壊す事で起こり、それが新たな価値を創造して社会は豊かになり、文明、文化も発達するのだ。Google、Apple、Amazon……、日本にはこれらに対抗できる企業は出て来たかね?」

 俺は必死に思い出してみたが……、何も思いつけず、うつむいた。

「上層部が既得権益を守るためにガチガチにした社会、そしてそれをぶち壊そうとしない市民、そんな体たらくでは発達などする訳がない!」

 こぶしを握って熱弁するヌチ・ギ。

 俺は反論できなかった。既存の大企業中心の社会構造に疑問など持った事もなかったし、それで日本が衰退していったとしても、自分は何の関係もないと思っていたのだ。アンジューの貴族の横暴についてもそうだ。逃げることしか思いつかなかった。

 そして、ヌチ・ギはドヤ顔で言い放つ。

「だから、俺がぶち壊してやるのさ。下らぬ貴族階級支配が隅々までガチガチにし、それに異論も出さないような市民どもでは文明、文化の発達はもはや不可能だ。神話通り、滅ぼしてやる!」

 俺は不覚にも圧倒された。ただの狂人だと思っていたが、それなりの根拠があって社会変革を起こそうとしていたとは……。

「美しき戦乙女(ヴァルキュリ)たちが横一列に並んで火を吐き、街を焼き尽くしながら行進するのさ。ゾクゾクする光景になるだろう。平和ボケした連中の目を覚まさせてやる!」

 ヌチ・ギはうれしそうにまくしたてる。

 しかし、そんなのはダメだ。どんな理由があれ、多くの人を虐殺するような行為は正当化などできない。

「言いたいことは分かった。だが、だからと言って人を殺していい訳がない!」

 俺は必死に反論する。

「バーカ! このままならこの星は消去される。全員消されるよりリセットして再起を図る方がマシだ!」

「消去されない方法を模索しろ! 俺がヴィーナ様に提案してやる!」

 美奈先輩は話せばわかる人だ、きっと解決策があるに違いない。

 しかし、ヌチ・ギは大きく息をすると肩をすくめ、首を振り、

「議論など無意味だ。もう計画は動き出しているのだ」

 そう言って俺に手のひらを向ける。

 そして、いやらしく笑うと、

「死ね!」

 そう叫んだ。

 もはやこれまでか……。俺は死を覚悟し、目を閉じた。



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4-9. 神々の戦争

 手のひらから放たれる強烈な閃光。そして、巻き起こる大爆発……。

 身体が大きく振動した――――。

 

 あれ? 死んでない……。

 

「ちょっと、お主、何するんじゃ!」

 この声は……レヴィア!

 

 目を開けるとレヴィアが俺をかばっていた。

「レ、レヴィア様!」

 俺は感極まって思わず叫ぶ。

 レヴィアは振り返って、

「無茶をするのう、お主」

 そう言ってニヤッと笑った。

 

「ドラゴン……、何の真似だ?」

 ヌチ・ギは鋭くにらむ。

「この男とあの娘は我の友人じゃ。相互不可侵を犯してるのはお主の方じゃぞ!」

 金髪おかっぱの少女レヴィアは強い調子で言い放った。

「そいつはチート野郎だ。チートは犯罪であり、処罰する権限は俺にある!」

「レベルを落としたじゃろ? ペナルティはもう終わっておる。娘を(さら)うのはやり過ぎじゃ!」

 そう言ってにらむレヴィア。

 ヌチ・ギは反論できず、ただレヴィアをにらむばかりだった。

 だが、ヌチ・ギとしては、ラグナロクの事を知った俺を生かしておくわけにもいかない。

 

 ヌチ・ギはいきなり後方高く飛びあがる。そして、

戦乙女(ヴァルキュリ)来い!」

 そう叫びながら空間を大きく切り裂いた。

 強硬策に出たヌチ・ギにレヴィアの顔がゆがむ。いよいよ管理者同士の戦争が始まってしまう。

 

 切り裂かれた空間の裂け目が向こう側から押し広げられ、美しき巨大女性兵士が長い髪をなびかせて現れる。均整の取れた目鼻立ちにチェリーのような目を引くくちびる、地下のホールで見た彼女だ。黒い革でできたビキニアーマーを身にまとい、透き通るような美しい肌を陽の光にさらしながら、無表情で地上に飛び降りた。

 

 ズズーン!

 激しい地響きと共に砂煙が上がる。身長は二十メートルくらい、体重は五十トンをくだらないだろう。まるで芸術品のような美しき巨兵、味方だったならさぞかし誇らしかったのに。

 

「また、面妖な物を作りおったな……」

 レヴィアはあきれたように言う。

 

「ふん! ドラゴンには美という物が分からんようだ……。まぁ、ツルペタの幼児体形にはまだ早かったようだな」

 ヌチ・ギが逆鱗に触れる。

小童(こわっぱ)が! 我への侮辱、万死に値する!」

 レヴィアはそう叫ぶと、ボンっという爆発音をともなって真龍へと変身した。するとヌチ・ギも、

戦乙女(ヴァルキュリ)! ()ぎ払え!」

 と、叫んだ。

 戦乙女(ヴァルキュリ)は空中から金色に淡く光る巨大な弓を出し、同じく金の矢をつがえた。

 それを見たレヴィアは焦り、

「お前! この地を焦土にするつもりか!?」

 と、叫びながら次々と魔法陣を展開し、シールドを張った。

 

 放たれた金に輝く矢は、音速を超えてレヴィアのシールドに直撃し、核爆発レベルの甚大な大爆発を起こした。

 激しい閃光は空を光で埋め尽くし、地面は海のように揺れ、周囲の森の木々は全て一瞬で燃え上がり、なぎ倒された。

 巨大な衝撃波が白い繭のように音速で広がっていく。

 レヴィアのシールドは多くが焼失し、わずか数枚だけかろうじて残っていた。

 立ち上がる真っ赤に輝くキノコ雲は、ラグナロクの開始を告げる恐るべき禍々しさをもって上空高くまで吹き上がった。

 俺とドロシーは地面に伏せ、ガタガタと震えるばかりだった。まさに神々の戦争、到底人間の関与できる世界ではない。

 

「お主らは地面に潜ってろ!」

 真龍は野太い声でそう言い放つと、灼熱のきのこ雲の中を一気に飛び上がる。

 そして、遠くに避難している戦乙女(ヴァルキュリ)を捕捉すると青く光る玉石を出し、前足の鋭い爪でつかんで一気にフンっと粉々に砕いた。玉石は数千もの鋭利な欠片となり周辺を漂う。

「もう、容赦はせんぞ!」

 重低音の恐ろしげな声で叫ぶと、

「ぬぉぉぉぉ!」

 と、気合を込め、玉石の破片のデータを操作し、破片を次々と戦乙女(ヴァルキュリ)向けて撃ち始めた。超音速ではじけ飛ぶ破片群は青い光跡を残しながら戦乙女(ヴァルキュリ)めがけてすっ飛んでいく。

 戦乙女(ヴァルキュリ)は急いで横に避けたが、なんと破片は戦乙女(ヴァルキュリ)めがけて方向を変え追尾していく。焦った戦乙女(ヴァルキュリ)はシールドを展開したが襲い掛かる破片は数千に及ぶ。展開するそばからシールドは破片によって破壊され、ついには破片が次々と戦乙女(ヴァルキュリ)に着弾していった。着弾する度に激しい爆発が起こり、戦乙女(ヴァルキュリ)は地面に墜落し、もんどりを打ちながら転がり、さらに破片の攻撃を受け、爆発を受け続けた。

 真龍は戦乙女(ヴァルキュリ)の動きが鈍った瞬間を見定めると、

断罪の咆哮(ファイナルブレス)!」

 と叫び、口から強烈な粒子砲を放った。鮮烈なビームは戦乙女(ヴァルキュリ)が受けている破片の爆撃の中心地を貫き、壮絶な大爆発が巻き起こった。それは先ほどの大爆発をはるかに超える規模だった。激しく揺れる地面、天をも焦がす熱線、まさにこの世の終わりかというような衝撃が、地中に逃げている俺たちにも襲い掛かる。

 が、その直後、想像もできないことが起こった。なんと、戦乙女(ヴァルキュリ)は真龍の後ろにいきなり出現すると、真っ赤に光り輝く巨大な剣で真龍を真っ二つに切り裂いたのだった。

 

『ぐぉぉぉぉ!』

 重低音の悲痛な咆哮が響いた。

 



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4-10. 助け合う夫婦

 俺がそっと地面からのぞくと、真っ二つに切られた真龍が墜落していくところだった。

 

「えっ!?」

 俺はあまりに衝撃的な光景に心臓が止まりそうになった。

 この星で最強の一端を担う真龍が、可愛いおかっぱの女の子が、倒されてしまった……。

「そ、そんなぁ……」

 レヴィアが負けてしまったらもうヌチ・ギを止められる者などいない。

 もはやこの世の終わりだ。

 

「レ、レヴィア様ぁ……」

 俺は湧いてくる涙を拭きもせず、その凄惨な光景をじっと眺めていた。

 

 足元から声がする。

「お主ら、作戦会議をするぞ!」

「えっ!?」

 なんと、レヴィアが俺の切り裂いた土のトンネルの中にいたのだ。

「あ、あれ? あのドラゴンは?」

 俺が間抜けな声を出して聞くと。

「あれはただの(デコイ)じゃ。戦乙女(ヴァルキュリ)はヤバい、ちょいと工夫せんと倒せん。お主も手伝え!」

「え!? 手伝えって言っても……、俺もう一般人ですよ?」

「つべこべ言うな! ステータスならカンストさせてやる!」

 そう言うと、頭の中でピロロン! ピロロン! とレベルアップの音が延々と鳴り響き始めた。

 ステータスを見ると、

 

ユータ 時空を超えし者

商人 レベル:65535

 

 と、レベルがけた違いに上がっていた。

「え!? 六万!?」

 驚く俺にレヴィアは、

「レベルなんぞ戦乙女(ヴァルキュリ)相手にはあまり意味がない。あ奴は物理攻撃無効の属性がついてるからお主の攻撃は全く効かん。でも、攻撃受けたらお主は死ぬし、あ奴はワープしてくる」

「物理攻撃無効!? じゃ、何も手伝えないじゃないですか!?」

「いいから最後まで聞け! この先に湖がある。我がそこでワナ張って待つからお主、戦乙女(ヴァルキュリ)をそこまで誘導して来い!」

「いやいや、ワープしてくる敵の攻撃なんて避けようないし、当たったら死ぬんですよ! そんなの無理ゲーじゃないですか!」

「そこで、娘! お主の出番じゃ! お主を我の神殿に送るから、そこで戦乙女(ヴァルキュリ)の動きを読め」

「えっ!? 私……ですか?」

「そうじゃ、お主がミスれば旦那が死に、我々全滅じゃ。必死に見抜け! あ奴はまだ戦闘に慣れてないから、きっと付け入るスキがあるはずじゃ」

「わ、私にできる事なんですか? そんなこと……」

 泣きそうなドロシー。

「……。お主は目がいいし、機転も利く。自分を信じるんじゃ!」

 レヴィアはドロシーの目をじっと見つめ、言い聞かせた。

「信じるって言っても……」

「できなきゃ旦那が死ぬまでじゃ。やるか? やらんか?」

「わ、分かりました……」

 そう言って、泣きべそをかいたまま神殿に転送されるドロシー。

 

「そこに画面あるじゃろ?」

『はい、戦乙女(ヴァルキュリ)が見えます。どうやら……レヴィア様を探しているようです』

「よし! 奴の動作をしっかり見るんじゃ。ワープする前には独特の姿勢を取るはずじゃから、それを見抜いて声で旦那に伝えるんじゃ!」

「は、はい……」

 

「ドロシーにそんなことできるんですか?」

 俺はひそひそ声で聞く。

「分からん」

 レヴィアは首を振る。

「分からんって、そんな……」

「お主は自分の妻を愛玩動物かなんかと勘違いしとらんか?」

「え?」

「あの娘だって学び、考え、成長する人間じゃ。パートナーとして信じてやれ。お主が信頼すればあの娘も安心して力を出せるじゃろう」

 俺はハッとした。確かに俺はドロシーを『守るべきか弱い存在』だとばかり思っていた。しかしそんなペットと主人みたいな関係は、夫婦とは呼べないのではないだろうか? ドロシーが俺より優れている所だってたくさんある。お互いが良さを出し合い、助け合うこと。それがチャペルで誓った結婚という物だったのだ。

 

「分かりました。二人でうまくやってみます!」

 俺は晴れ晴れとした顔でレヴィアに答えた。

「よし! じゃ、ユータ、行け! この先の湖じゃぞ、日本では、えーと……諏訪湖(すわこ)……じゃったかな? 台形の形の湖じゃ」

「諏訪湖!? じゃ、ここは長野なんですね?」

「長野だか長崎だか知らんが、諏訪湖じゃ、分かったな?」

 そう言ってレヴィアは消えた。

 

「あー、ドロシー、聞こえる?」

『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』

 不安げなドロシー。

「大丈夫。気づいたことを、ただ教えてくれるだけでいいからさ」

『うん……』

「ドロシーは目がいい。俺よりいい。自信もって!」

『……。本当?』

「ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ」

『……。分かった!』

 どうやら覚悟を決めてくれたようだ。

「では出撃するよ」

 俺はそう言って、地上に上がった。



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4-11. 禍々しき光のリング

 辺りは見渡す限り焦土と化しており、あの鬱蒼(うっそう)とした森の面影は全く残っていない。倒れた木々からはまだブスブスと煙が立ち上っている。ヌチ・ギの屋敷も建物自体は無傷だが美しかった庭園は真っ黒こげになっていた。

 俺はそのあまりに凄惨な事態に思わず目をつぶって首を振った。ヌチ・ギはこの調子ですべての街を焼くつもりだ。何としても止めないとならない。

 見ると、遠くの方で戦乙女(ヴァルキュリ)がレヴィアを探している。囚われ操られる美しき乙女。これからあいつと相まみえるのかと思うとひどく気が滅入る。しかし逃げるわけにもいかない。

 俺は大きく息をつくと飛行魔法で飛び上がった。レベル六万の魔力はとてつもなくパワフルで、ちょっと加速しただけで簡単に音速を超えてしまう。俺はおっかなビックリ飛びながら飛び方に慣れようとした。

 

『あなた、逃げてぇ!』

 いきなりドロシーが叫んだ。

 俺は何だか良く分からず加速したが、次の瞬間、戦乙女(ヴァルキュリ)の真っ赤に光り輝く巨大な剣が俺をかすっていった。

「うぉぁ! ヤバッ!」

 さっきまで遠くにいたはずなのに、気が付くと間合いに入ってる、まさに無理ゲー。こんなのどうしろというのか?

 しかし、泣き言いってる暇もない。俺は試しにエアスラッシュを戦乙女(ヴァルキュリ)に向けて放ってみる。今までより強力な風の刃がものすごい速度で飛ぶ。しかし、次の瞬間戦乙女(ヴァルキュリ)は後ろにいて剣を振りかざしていた。

『逃げてぇ!』

「ひぃっ!」

 またもギリギリでかわす俺。

 

 こうやって何度かかわしているうちにコツがわかってきた。直線的に飛んではダメだ。予測できないようにジグザグに飛び続ける事、これでかく乱し続ければなんとか諏訪湖まで行けるかもしれない。

 俺はわずかな希望にすがり、命がけのジグザグ飛行を続けた。

 

『上に来るわ!』

 ドロシーが叫んだ。

「え?」

 俺は半信半疑で上にエアスラッシュを放った。すると、戦乙女(ヴァルキュリ)がちょうどそこに現れていきなり被弾し、きりもみしながら落ちて行く。

「なんでわかったの!?」

『下への攻撃態勢になって跳ぼうとしてたのよ』

「すごい! ドロシー最高!」

 俺はドロシーの観察力に感謝するとともに、少しだけ糸口がつかめた気がした。

 

 戦乙女(ヴァルキュリ)は落ちながらも態勢を整え、また、俺を追いかけ始めた。物理攻撃無効とは言え、攻撃を食らったらしばらく安定飛行ができなくなるくらいのダメージは入るようだ。

『くるわよ――――、右!』

「ほいきた!」

 俺は右にファイヤーボールを乱れ打ちした。

 出てくるなりファイヤーボールの嵐を食らって吹き飛ばされる戦乙女(ヴァルキュリ)

『やったあ!』

 ドロシーの喜ぶ声が響く。

「ドロシー、才能あるかも」

 俺が褒めると、

『えへへ……』

 と、照れていた。

 これで諏訪湖にずいぶんと近づけた。いけるかもしれない。

 

 が、その時だった。急に辺りが真っ暗になった。

「ええっ!」

 驚いて空を見上げると、太陽が月に隠されている。皆既日食だ。いきなりの夜空に浮かぶ壮大な光のリング、俺はその恐ろしいまでの美しさに身震いがした。

 ヌチ・ギの仕業だろう。月の軌道をいじるなんて、とんでもない事をしやがる。ラグナロク開始を世界中に知らせるためだろうが、実に困った。こんな真っ暗では上下も諏訪湖も戦乙女(ヴァルキュリ)の位置も全く分からない。

『あなた、どうしたの!?』

「いきなり真っ暗になった。何も見えないんだ」

 俺はつかみかけていた調子をいきなり崩された。

 戸惑っていると、ドロシーが叫んだ。

『ダメ! 危ない、逃げてぇ!!』

 俺は急いで方向転換をしたが……、間に合わなかった。

 戦乙女(ヴァルキュリ)の真っ赤に輝く巨大な剣がキラッと舞い……、

 

 ガスッ!

 戦乙女(ヴァルキュリ)の渾身の一撃が俺の胴体にまともに入った……。

「グォッ!」

 俺は全身に燃え上がるような痛みが貫き、うめいた。

 飛行魔法が解け、きりもみしながら落ちていく……。

『いや――――! あなたぁ!!』

 ドロシーの悲痛な叫び声が響いた。

 

 ドスッ!

 地響きを伴いながら激しく地面に叩きつけられ、俺は意識を失った。

 

 真龍を真っ二つにした剛剣がまともに入って上空から墜落……、誰しも俺の死を疑わなかった。

 妖しく揺れる皆既日食に覆われた戦場には、静けさが戻ってきた。

 



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4-12. 本番行ってみようか

 そこは暗闇……、なぎ倒されて(くす)ぶる木々の間で、俺は目を開ける。

 俺は衝撃で意識が混濁し、自分が今、何をやっているのか分からなかった。

 

 見上げると満天の星空の中に美しい光のリングが浮かんでいる。リングから放たれる幻想的な光芒(こうぼう)は、まるでこの世の物とは思えない禍々しさを持って俺の目に映った。

 

『あなたぁ! 聞こえる? あなたぁ! うっうっうっ……』

 ドロシーの声が頭の奥に響く……。

 

 ドロシー……、俺の愛しい人……、どうしたんだろう……。

 身体のあちこちが痛い……。

 

「いててて……」

『あなたぁ! 大丈夫?』

 

 ここで俺はようやく正気を取り戻した。

「あ、あれ? 生きてる……」

『あなたぁ! 無事なの!?』

「うん、まぁ、なんとか……」

『あなたぁ……、うわぁぁん!』

 ドロシーの泣き声を聞きながら、俺は斬られたところを見てみた。すると、胸ポケットに入れていたバタフライナイフがひしゃげていた。なるほど、こいつが俺を守ってくれたらしい。

 戦乙女(ヴァルキュリ)の剣といえどもアーティファクトは両断できなかったようだ。そして、俺のレベル六万の防御力、これが破滅的な被害を防いでくれたようだ。

 まさに九死に一生を得た俺はふぅっと大きく息をつき、自らの異常な幸運に感謝をした。

 

        ◇

 

 やがて皆既日食は終わり、また、明るさが戻ってきた。

 俺は気合を入れなおすと、全力で諏訪湖に向けて飛んだ。

 超音速で派手に衝撃波を振りまきながら飛ぶ俺を見つけ、戦乙女(ヴァルキュリ)が追いかけてくる。

「レヴィア様! 連れてきましたよ!」

『ご苦労じゃった、こっちもスタンバイOKじゃ!』

 諏訪湖上空でちょうど戦乙女(ヴァルキュリ)が俺の目の前に出たので急反転、その直後だった。諏訪湖の底で巨大な魔法陣が(まぶ)しい金色の光を放った。そして、そのまま魔法陣の上空全てを漆黒の闇に落とす。戦乙女(ヴァルキュリ)もあっという間に闇にのみ込まれた。

 いきなり立ち上がる真っ黒な円柱。それはこの世の物とは思えない禍々しさを放っており、俺は思わず息をのんだ。

 

 やがて、円柱はぼうっという重低音を残し、消えていく。諏訪湖の水も戦乙女(ヴァルキュリ)も跡形もなく消え去ったのだった。

 これが……、神々の戦争……。

 俺はその圧倒的で理不尽な力に身震いがした。

 

『イッチョあがりじゃぁ!』

 レヴィアのうれしそうな声が響く。

『あなた、お疲れ様! 良かったわ!』

 ドロシーも喜んでいる。

 ひとまず、難敵は下した。俺は大きく息をついた。

 

「いやぁ、ドロシーのおかげだよ、グッジョブ!」

 俺はドロシーをねぎらった。彼女がいなかったらダメだったかもしれない。

 夫婦で力を合わせる、それはとても素敵な事だなと思った。

 

       ◇

 

『おーい!』

 諏訪湖(はん)で手を振るレヴィアを見つけ、隣に着地した。

 

「お主、よくやった!」

 満面の笑みでレヴィアは両手を上げる。

「いやー、死にかけましたよー!」

 俺たちはハイタッチでお互いの健闘をたたえる。

「イエーイ!」「イェーイ!」

 金髪おかっぱの少女は屈託のない笑顔を浮かべ、俺も達成感に包まれた。

 

「レヴィア様の技、驚かされました。何ですかこれ?」

「『強制削除コマンド』じゃ。対象領域を一括削除するんじゃ。このコマンドで消せぬものはない。どうじゃ? すごいじゃろ?」

 ドヤ顔のレヴィア。

「『強制削除』……ですか? もっとカッコいい名前かと思ってました」

 レヴィアは一瞬固まると、

「……。いいんじゃ……。我はこれで気に入っとるんじゃ……」

 と、露骨にしょげた。

 ちょっと言いすぎたかもしれない。

 

 すると、いきなり声が響いた。

 

「やるじゃないか、ドラゴン……。さて、本番行ってみようか」

 声の方向を見るとヌチ・ギが空中を大きく引き裂いているのが見えた。

 まさか……と、思っていると、空間の切れ目からゾロゾロと戦乙女(ヴァルキュリ)が出てくるではないか。それぞれに美しいビキニアーマーを着込み、魅力的な肢体をさらしながら次々と地上に降りてくる。

 俺たちは唖然(あぜん)とした。

 一人ですらあんなにてこずった戦乙女(ヴァルキュリ)がこんなに出てきてしまってはもはやどうしようもない。

 

 美しいブロンドをふわりとなびかせながらゆっくり降りてくる色白の乙女。豪快に着地しエキゾチックな褐色の肌を大胆にさらしながら、漆黒の剣をブンブンと振り回す快活な乙女。豊満な胸を揺らしながら大きく伸びをしてストレッチをする茶髪の乙女。ヌチ・ギの方を向いて何か言葉を交わす黒髪ポニーテールの細身の乙女。皆、ため息が出るような美人ばかりである。

 

「こらアカン……撤退するぞ」

 レヴィアはウンザリとした表情でそう言って、俺の手をつかむと空間の裂け目に逃げ込んだ。

 さらに苛烈さが増す予感の第二ラウンド、俺は神々の戦争に巻き込まれてしまった運命を呪った。

 



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第5章 母なる星、海王星
5-1. サーバーアタック


 空間の裂け目を抜けるとそこはレヴィアの神殿だった。画面の前で座っていたドロシーは俺を見つけると駆け寄って飛びついてきた。

「あなたぁ! あなたぁ……、うっうっうっ……」

 俺は感極まってるドロシーを抱きしめ、優しく頭を撫でた。

 

「感動の再会の途中申し訳ないが、ヌチ・ギを倒しに行くぞ!」

 レヴィアが覚悟を決めたように低い声を出す。

「え? どうやってあんなの倒すんですか?」

「サーバーを壊すんじゃ」

 レヴィアはとんでもない事を言い出した。

「え!? サーバーって……この星を合成(レンダリング)してる海王星にあるコンピューターのことですか?」

「そうじゃ、サーバー壊せばどんな奴でも消える。これは(あらが)えん」

「それはそうですが……、いいんですか? そんなことやって?」

「ダメに決まっとろうが! 禁忌中の禁忌じゃ! じゃが……、もはやこれ以外手はない」

 レヴィアは目をつぶり、首を振る。

 レヴィアの覚悟に俺は気おされた。この世界を作り出している大元を壊す。それは確かに決定的な攻撃になるだろう。しかし、この世界そのものを壊すわけだからその影響範囲は計り知れない。どんな副作用があるのか想像を絶する話だった。

 とは言え、このままでは俺たちも多くの人たちも殺されてしまう。やる以外ない。

 

「大虐殺は絶対に止めねばなりません。何でもやりましょう!」

 俺も覚悟を決め、レヴィアをしっかりと見つめた。

「じゃぁ早速このポッドに入るのじゃ」

 レヴィアはそう言って、ガラスカバーのついたリクライニングチェアを二つ出した。

 そして、赤いボタンのついた装置をドロシーに渡して言う。

「お主は画面を見て、敵の襲来を監視するのじゃ。どうしようもなくなったらこのボタンを押せ。火山が噴火して辺り一面火の海になる。時間稼ぎができるじゃろう」

「ひ、火の海ですか!? ここは……、無事なんですか?」

「んー、設計上は……大丈夫な……はず?」

 ちょっと自信なさげなレヴィア。

「『はず』ですか……」

 不安げなドロシー。

「そんなのテストできんじゃろ!」

「そ、そうですね」

「わしらが行ってる間、体は無防備になる。守れるのはお主だけじゃ、頼んだぞ!」

「わ、分かりました……。それで、あのぅ……」

「ん? なんじゃ?」

「アバドンさんや操られてる女の子たちは……助けられますか?」

 ドロシーがおずおずと聞く。

「ほぅ、お主余裕があるのう。ヌチ・ギを倒しさえすれば何とでもなる。そうじゃろ、 ユータ?」

 いきなり俺に振られた。

「そうですね、手はあります」

 俺自身、一回死んでここに来ているのだ。死は絶対ではない。

「そう……、良かった」

 ドロシーが優しく微笑んだ。

 妻の心優しさに、自分たちの事ばかり考えていた俺はちょっと反省した。こういう所もドロシーの方が優れているし、そういう人と一緒に歩める結婚は良いものだなと思った。

 

 レヴィアが隣の小さめの画面を指さして言う。

「それから、こっちの画面は外部との通信用じゃ。ここを押すと話ができる。ヌチ・ギが来たら『ドラゴンは忙しい』とでも言って時間稼ぎをするんじゃ」

「ヌチ・ギ……、来ますか?」

 おびえるドロシー。

「来るじゃろうな。奴にとって我は唯一の障害じゃからな」

「そ、そんなぁ……」

「いいか、時間稼ぎじゃ、時間稼ぎをするんじゃ! ワシらが必ず奴を倒す、それまで辛抱せい!」

「は、はい……」

 うつむくドロシー。

「大丈夫! さっきだってうまくやれてたじゃないか」

 俺は笑顔でドロシーを見つめながら、そっと頭をなでた。

「あなたぁ……」

 目に涙を(たた)えながら不安そうに俺を見る。

 しばらく俺たちは見つめ合った。

 そして、俺はそっと口づけをし、

「自信もって。ドロシーならできる」

 と、優しい声で言った。

「うん……」

 ドロシーは自信無げにうつむいた。

「ユータ! 急いで座るんじゃ!」

 レヴィアの急かす声が響く。俺は優しくドロシーの頬をなでると、しっかりと目を見つめ、

「待っててね!」

 そう言って、ポッドに飛び乗った。

 ハッチを閉め、内側からドロシーに手を振ると、ドロシーは、

「あなた……、気を付けてね……」

 そう言ってポッドのガラスカバーを不安そうになでた。



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5-2. スカイポートへようこそ

 気が付くと、俺は壁から飛び出ている寝台のような細いベッドに横たわっていた。壁には蜂の巣のように六角形の模様が刻まれ、寝台がたくさん収納されている様子だった。周りは布のような壁で囲まれている。どうやら海王星に転送されたようだ。俺たちの世界を構成しているコンピューターのある星、まさに神の星にやってきたのだ。

 身体を起こすとまるで自分の身体が自分じゃないような、ブヨブヨとしたプラスチックになってしまったような違和感に襲われた。

 自分の身体を見回してみると、腕も足も身体全体が全くの別人だった。

「なんだこりゃ!?」

 そう言って、聞きなれない自分の声にさらに驚く。

 少し長身でやせ型だろうか? 声も少し高い感じだ。

 

「スカイポートへようこそ」

 音声ガイダンスと共に目の前に青白い画面が開いた。

「スカイポート?」

 海王星の宇宙港? ということだろうか?

 

「衣服を選択してください」

 画面には多彩な服のデザインが並んでいるが……。みんなピチッとしたトレーニング服みたいなのばかりでグッと来ない。神の星なんだからもっとこう驚かされるのを期待したのだが……。仕方ないので青地に白のラインの入った無難そうなのを選ぶ。

 するとゴムボールみたいな青い球が上から落ちてきて目の前で止まった。

 何だろうと思ってつかもうとした瞬間、ボールがビュルビュルっと高速に展開され、いきなり俺の身体に巻き付いた。

「うわぁ!」

 驚いていると、あっという間に服になった。服を撫でてみると、革のようなしっかりとした固さを持ちながらもサラサラとした手触りで良く伸びて快適だ。なんとも不思議な技術に俺は少し感心してしまった。

 

「ユータ! 行くぞ!」

 いきなり布の壁がビュンと音を立てて消失した。

 見ると、胸まで届くブロンドの長い髪を無造作に手でふわっと流しながら、全裸の美女が立っていた。豊満な胸と、優美な曲線を描く肢体に俺は思わず息をのむ。

「なんじゃ? 欲情させちゃったかのう? 揉むか?」

 女性はそう言いながら腕を上げ、悩ましいポーズを取る。

「レ、レヴィア様! 服! 服!」

 俺は真っ赤になってそっぽを向きながら言った。

「ここでは幼児体形とは言わせないのじゃ! キャハッ!」

 うれしそうなレヴィア。

「ワザと見せてますよね? 海王星でも服は要ると思うんですが?」

「我の魅力をちょっと理解してもらおうと思ったのじゃ」

 上機嫌で悪びれずに言うレヴィア。

「いいから着てください!」

「我の人間形態もあと二千年もしたらこうなるのじゃ。楽しみにしておけよ」

 そう言いながらレヴィアは赤い服を選び、身にまとった。

 

       ◇

 

 通路を行くと、突き当りには大きな窓があった。窓の外は真っ暗なので夜なのかと思いながら、ふと下を見て思わず息が止まった。なんとそこには紺碧(こんぺき)の巨大な青い惑星が眼下に広がっていたのだ。どこまでも澄みとおる美しい青の色は心にしみる清涼さを伴い、表面にかすかに流れる縞模様は星の息づかいを感じさせる。

「これが……、海王星ですか?」

 レヴィアに聞いた。

「そうじゃよ。地球の17倍の大きさの巨大なガスの星じゃ」

「美しい……、ですね……」

 俺は思わず見入ってしまった。

 水平線の向こうには薄い環が美しい円弧を描き、十万キロにおよぶ壮大なアートを展開している。よく見ると満天の星空には濃い天の川がかかり、見慣れた夏の大三角形や白鳥座が地球と同様に浮かんでいた。ただ……、見慣れない星がひときわ明るく輝いている。

「あの星は……、何ですか?」

 俺が首をかしげながら聞くと、

「わははは! お主も知ってる一番身近な星じゃぞ、分らんのか?」

 と、レヴィアはうれしそうに笑った。

「身近な星……、もしかして……太陽?」

「そうじゃよ。遠すぎてもはや普通の星にしか見えんのじゃ」

「え――――っ!?」

 俺は驚いて太陽をガン見した。

 点にしか見えない星、太陽。そして、その弱い光に浮かび上がる紺碧(こんぺき)の美しき惑星、海王星。俺が生まれて育った地球はこの(あお)き星で生まれたのだ。ここが俺のふるさと……らしい。あまりピンとこないが……。

「それで、コンピューターはどこにあるんですか?」

 俺が辺りを見回すと、

「ここは宇宙港じゃ、港にサーバーなんかある訳ないじゃろ。あそこじゃ」

 そう言って海王星を指した。

「え!? ガスの星ってさっき言ってたじゃないですか、サーバーなんてどこに置くんですか?」

「行けば分かる」

 レヴィアは面倒くさそうに言う。

「……。で、どうやって行くんですか?」

 俺が聞くと、レヴィアは無言で天井を指さした。

「え!?」

 俺が天井を見ると、そこにも窓があり、宇宙港の全容が見て取れた。なんと、ここは巨大な観覧車状の構造物の周辺部だったのだ。宇宙港は観覧車のようにゆっくり回転し、その遠心力を使って重力を作り出していたのだ。

 そして、中心部には宇宙船の船着き場があり、たくさんの船が停泊している。

 まるでSFの世界だった。

「うわぁ……」

 俺が天井を見ながら圧倒されていると、

「グズグズしておれん。行くぞ!」

 そう言ってレヴィアは通路を小走りに駆けだした。俺も急いでついていく。



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5-3. ご安全に!

 しばらく行くとエレベーターがあった。ガラス製の様なシースルーで、乗り込んでよく見ると、壁面はぼうっと薄く青く蛍光している。汚れ防止か何かだろうか? 不思議な素材だ。

 出入口がシュルシュルと小さくなってふさがり、上に動き始めた。すぐに宇宙港の全貌が見えてくる。直径数キロはありそうな巨大な輪でできている居住区と、宇宙船が多数停泊する船着き場、そして、眼下に広がる巨大な(あお)い惑星に、夜空を貫く天の川。これが神の世界……。なんてすごい所へ来てしまったのだろうか。

 居住区は表面をオーロラのように赤い明かりがまとわりついていていて、濃くなったり薄くなったりしながら、まるでイルミネーションのように星空に浮かんでいる。そして、同時にオーロラの周囲にはキラキラと閃光が瞬いていて、まるで宝石箱のような(きら)びやかな演出がされている。

「綺麗ですね……」

 俺がそうつぶやくと、

「宇宙線……つまり放射線防止の仕組みじゃ」

 と、レヴィアは説明してくれる。

「え? じゃ、あの煌めきは全部放射線ですか?」

「そうじゃ、宇宙には強烈な放射線が吹き荒れとるでのう……。止めて欲しいんじゃが」

「止められないですよね、さすがに」

「ヴィーナ様なら止められるぞ」

 レヴィアはニヤッと笑って言った。

「え!?」

 俺は驚いた。この大宇宙の摂理を女神様なら変えられる、という説明に俺は唖然(あぜん)とした。

「ヴィーナ様は別格なのじゃ……」

 レヴィアはそう言ってひときわ明るい星、太陽を見つめた。

 科学の世界の中にいきなり顔を出すファンタジー。サークルで一緒に踊っていた女子大生なら神の世界の放射線を止められると言うドラゴン。一体どうやって? 俺はその荒唐無稽さに言葉を失った。

 

「そろそろ着くぞ。気を付けろ! 手を上げて頭を守れ!」

 いきなり対ショック姿勢を指示されて焦る俺。

「え!? 何が起こるんですか?」

 気が付くとレヴィアの髪の毛はふんわりと浮き上がり、ライオンみたいになっていた。そうか、無重力になるのか! 気づけば俺の足ももう床から浮き上がっていたのだ。

 到着と同時に天井が開き、気圧差で吸い出された。

「うわぁ!」

 吸い出された俺はトランポリンのような布で受け止められ、跳ね返ってグルグル回ってその辺りにぶつかってしまう。

 無重力だから身体を固定する方法がない。回り始めると止まらないし、ぶつかると跳ね返ってまたぶつかってしまう。

 

「お主、下手くそじゃな。キャハッ!」

 レヴィアは車輪の無い三輪車みたいな椅子に座り、こちらを見て笑う。

「無重力なんて初めてなんですよぉ! あわわ!」

 そう言ってまた壁にぶつかる俺。

「仕方ないのう……。ほれ、手を出せ」

 そう言って俺はレヴィアに救われ、椅子を渡された。

「助かりました……」

「じゃぁ行くぞ!」

 レヴィアは椅子のハンドルから画面を浮かび上がらせて何やら操作をする。

 すると、二人の椅子は通路の方へゆっくりと動き始めた。

 空港の通路みたいなまっすぐな道を、スーッと移動していく俺たち。

「うわぁ、広いですね!」

「ここはサーバー群の保守メンテの前線基地じゃからな。多くの物資が届くんじゃ」

「サーバーに物資……ですか?」

「規模がけた違いじゃからな、まぁ、見たらわかる」

 ドヤ顔のレヴィア。

 

 すると向こう側から同じく椅子に乗った人が二人やってくる。

「ご安全に!」

 レヴィアが声をかける。

「ご安全に!」「ご安全に!」

 彼らも返してくる。俺も真似して、

「ご安全に!」

 そう言って、相手の一人を見て驚いた。

 猫だ! 顔が猫で猫耳が生えている! 俺は思わず見つめてしまった。

 猫の人はウインクをパチッとしながらすれ違っていった。

「お主、失礼じゃぞ」

 レヴィアにたしなめられる。

「あ、そ、そうですね……。猫でしたよ、猫!」

 俺が興奮を隠さずに言うと、

「お主、ケモナーか? 我も獣なんじゃぞ」

 そう言ってウインクしてくるレヴィア。

「あー、ドラゴンはモフモフできないじゃないですか」

 するとレヴィアは不機嫌になってバチンと俺の背中を叩く。

「おわ――――!」

 思わず横転しそうになってしばらく振り子のように揺れた。

「お主はドラゴンの良さが分かっとらん! 一度たっぷりと抱きしめてやらんとな!」

 そう言って両手で爪を立てる仕草をし、可愛い口から牙をのぞかせた。

「お、お手柔らかにお願いします……」

 俺は言い方を間違えたとひどく反省した。

 

 それにしても猫の人がいる世界……、とても不思議だ。実は俺も頼んでおけば猫の人になれたのかもしれない。次に機会があったらぜひ猫をやってみたい。

 俺はそんなのんきな事を考えていた。レヴィアがとんでもなく無謀な計画を立てていることにも気づかず……。

 



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5-4. 停船命令

 しばらく行くと左折して細い通路に入った。いよいよ乗船である。

 ハッチの手前で椅子は止まり、俺たちは無重力の中、宙に浮かびながら泳ぐようにシャトル内へと入った。

 シャトル内はワンボックスカーのように狭く、レヴィアは操縦席、俺は助手席に座った。

 フロントガラスからは赤いオーロラに包まれた巨大な(リング)状の居住区が見え、その下方には壮大な(あお)い惑星が広がっている。また、向こうから貨物船のような巨大な宇宙船がゆっくりと入港してくる。とてもワクワクする風景だ。

 

「よく利用許可が取れましたね」

 俺が嬉しくなって言うと、レヴィアは、

「許可なんか取っとらんよ、そんな許可など下りんからな。取ったのはシャトルの見学許可だけじゃ」

 と、とんでもない事を言いながら、カバンの中からアイテムを取り出している。

「え――――っ! じゃぁどうするんですか?」

「こうするんじゃ!」

 そう叫びながら、レヴィアは、操縦席の奥の非常ボタンの透明なケースをパーンと叩き割り、真っ赤なボタンを押した。

 

 ヴィーン! ヴィーン!

 けたたましく鳴り響く警報。

 俺はいきなりの粗暴な展開に冷や汗が止まらない。

 

 シャトル内のあちこちが開き、酸素マスクや工具のようなものも見える。

 レヴィアは、操縦席の足元に開いたパネルの奥にアイテムを差し込み、操縦パネルを強制的に表示させると、

「ウッシッシ、出発じゃ!」

 そう言って両手でパネルをパシパシとタップした。

 警報が止まり、ハッチが閉まり、シャトルはグォンと音を立ててエンジンに火が入った。

「燃料ヨシ! 自己診断ヨシ! 発進!」

 レヴィアが叫んだ。

 

 キィィィ――――ン!

 と甲高い音が響き、ゆっくりとシャトルは動き出す。

 

「お主、シートベルトしとけよ。放り出されるぞ!」

 操縦パネルをパシパシと叩きながらレヴィアが言う。

「え? シートベルトどこですか?」

 俺がキョロキョロしていると、レヴィアは、

「ここじゃ、ここ!」

 そう言って俺の頭の上のボタンを押した。すると、ベルトが何本か出てきてシュルシュルと俺の身体に巻き付き、最後にキュッと締めて固定した。

 

 シャトルは徐々に加速し、宇宙港を離れ、海王星へと降りていく。

 

『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』

 スピーカーから停船命令が流れてくる。

「うるさいのう……」

 レヴィアは、画面を操作し、スピーカーを止めてしまった。

「こんなことして大丈夫なんですか?」

 俺はキリキリと痛む胃を押さえながら聞く。

「全部ヌチ・ギのせいじゃからな。ヌチ・ギに操られたことにして逃げ切るしかない」

 俺は無理筋のプランに頭がクラクラした。そんな言い訳絶対通らないだろう。しかし、ヌチ・ギの暴挙を止めるのがこの手しかない以上、やらねばならないし、もはや覚悟を決めるより他なかった。

 

          ◇

 

 シャトルはグングンと加速しながら海王星を目指す。

 地球の17倍もある巨大な(あお)い惑星、海王星。徐々に大きくなっていく惑星の表面には、今まで見えなかった微細な(しま)や、かすかにかかる白い雲まで見て取れるようになってきた。

 これが俺たちの本当の故郷、母なる星……なのか……。

 俺はしばらく、そのどこまでも美しく(あお)い世界を眺め、その壮大な景色に圧倒され、畏怖を覚えた。

 すると、遠くの方で赤い物がまたたいた。

 

「おいでなすった……」

 レヴィアの目が険しくなる。

 徐々に見えてきたそれは巨大な赤い電光掲示板のようなものだった。海王星のスケールから考えるとそれこそ百キロメートルくらいのサイズのとんでもない大きさに見える。よく見ると、『STOP』と赤地に白で書いてある。多分、ホログラム的な方法で浮かび上がらせているのだろう。

「何ですかあれ?」

「スカイパトロールじゃよ。警察じゃな」

「マズいじゃないですか!」

 青くなる俺。

「じゃが、行かねばならん。……。お主ならどうする?」

「何とかすり抜けて強行突破……ですか?」

「そんな事したって追いかけられて終わりじゃ。こちらはただのシャトルじゃからな。警備艇には勝てぬよ」

「じゃあどうするんですか?」

「これが正解じゃ!」

 レヴィアは画面を両手で忙しくタップし始め、シャトルの姿勢を微調整する。そして出てきたアイコンをターンとタップした。

 

 ガコン!

 船底から音がする。

 そして、レヴィアはパネルからケーブルを引っ張り出すと小刀で切断した。

 急に真っ暗になる船内。

 

 キュィ――――……、トン……トン……シュゥ……。

 

 エンジンも止まってしまった。

 全く音のしない暗闇……。心臓がドクッドクッと響く音だけが聞こえる。

 



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5-5. 忘れてしもうた

 フロントガラスの向こうに何かが漂っているのが見えた。小さな箱でLEDみたいなインジケーターがキラキラと光っている。

「あれは?」

 俺は暗闇の中、聞いた。

「エネルギーポッドじゃ。この船の燃料パックの一つを投棄したんじゃ」

「で、エンジン止まっちゃいましたけどいいんですか?」

「そこがミソじゃ。スカイパトロールはエネルギー反応を自動で追っとるんじゃ。こうすると、ワシらではなく、あのエネルギーポッドを追跡する事になる」

「え――――! そんなのバレますよ」

「バレるじゃろうな。でも、その頃ワシらは大気圏突入しとる。もう、追ってこれんよ」

 何という強硬策……。しかし、こんな電源落ちた状態で大丈夫なのだろうか?

 

「いつ、シャトルは再起動するんですか?」 

「大気圏突入直前じゃな。電源落ちた状態で大気圏突入なんてしたら制御不能になってあっという間に木っ端みじんじゃ」

 何という綱渡りだろうか。

 電源の落ちたシャトルは、まるで隕石のようにただ静かに海王星へと落ちて行く。俺は遠く見えなくなっていくエネルギーポッドを見ながら、ただ、作戦の成功を祈った。

 

        ◇

 

 海王星がぐんぐんと迫り、そろそろ大気圏突入する頃、シャトルに衝撃波が当たった。

 

 パーン!

「ヤバい……。エネルギーポッドが爆破されたようじゃ」

 レヴィアの深刻そうな声が暗闇の船内に響いた。

「では次はシャトルが狙われる?」

「じゃろうな、エンジン再起動じゃ!」

 

 レヴィアは暗闇の中、足元からゴソゴソと切断したケーブルを出した……、が、止まってしまった。

「ユータ……、どうしよう……」

 今にも泣きそうなレヴィアの声がする。

「ど、どうしたんですか?」

 予想外の事態に俺も冷や汗が湧いてくる。

 

「ケーブルの色が……暗くて見えん……」

 ケーブルは色違いの複数の物が束ねられていたから、色が分からないと直せないが、船内は真っ暗だった。

「え!? 明かりになるものないんですか?」

「忘れてしもうた……」

 俺は絶句した。

 

 太陽は後ろ側で陽の光は射さず、フロントガラスからわずかに海王星の青い照り返しがあるぐらいだったが、それは月夜よりも暗かった。

「……。お主……、明かり……もっとらんか?」

「えっ!? 持ってないですよそんなの!」

「あ――――、しまった。これは見えんぞ……」

 レヴィアは暗闇の中でケーブルをゴソゴソやっているようだが、難しそうだった。

「手探りでできませんか?」

「ケーブルの色が分からないと正しい接続にならんから無理じゃ」

「試しに繋いでみるってのは?」

「繋ぎ間違えたら壊れてしまうんじゃ……」

 俺は絶句した。

「電源さえ戻れば光る物はあるんじゃが……」

 レヴィアがしょんぼりとして言う。

「魔法とかは?」

「海王星で魔法使えるなんてヴィーナ様くらいじゃ」

「そうだ、ヴィーナ様呼びますか?」

「……。なんて説明するんじゃ……? 『シャトル盗んで再起不能になりました』って言うのか? うちの星ごと抹殺されるわい!」

「いやいや、ヴィーナ様は殺したりしませんよ」

「あー、あのな。お主が会ってたのは地球のヴィーナ様。我が言ってるのは金星のヴィーナ様じゃ」

「え? 別人ですか?」

「別じゃないんじゃが、同一人物でもないんじゃ……」

 レヴィアの説明は意味不明だった。そもそも金星とはなんだろうか?

 

 その時だった。

 

 コォォ――――。

 

 何やら音がし始めた。

「マズい……。大気圏突入が始まった……」

 後ろからはスカイパトロール、前には大気圏、まさに絶体絶命である。

「ど、どうするんですか!?」

 心臓がドクドクと速く打ち、冷や汗がにじんでくる。

「なるようにしかならん。明るくなる瞬間を待つしかない」

 レヴィアはそう言うと、覚悟を決めたようにケーブルを持って時を待った。

 確かに大気圏突入時には火の玉のようになる訳だから、その時になれば船内は明るくなるだろうが……それでは手遅れなのではないだろうか? だが、もはやこうなっては他に打つ手などなかった。

 徐々に大気との摩擦音が強くなっていく。

 重苦しい沈黙の時間が続いた――――。

 

      ◇

 

 いきなり船内が真っ赤に輝いた。

「うわっ!」

 恐る恐る目を開けると目の前に『STOP』という赤いホログラムが大きく展開されている。

「ラッキー!」

 レヴィアはそう言うと、ケーブルに工具を当て、作業を開始する。

「見えさえすればチョチョイのチョイじゃ!」

 そう、軽口を叩きながら手早くケーブルを修復する。

「ホイ、できた! 行くぞ!」

 

 ブゥゥン!

 起動音がして操縦パネルが青く光り、船室にも明かりがともった。

 確かに修理できたのはラッキーだが、スカイパトロールに標的にされたというのは全然ラッキーじゃない。俺はこれから始まる逃走劇に胃がキリキリと痛んだ。



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5-6. 正すべき歪み

 キィィィ――――ン!

 甲高い音が響き、ゆっくりとエンジンに火が入る。

 

『S-4237F、直ちに停船しなさい。繰り返す。直ちに停船しなさい』

 スピーカーも復活し、スカイパトロールからの警告が響く。

「しつこいのう……」

 レヴィアは画面を操作して救難信号を発した。

『システムトラブル発生。救難を申請します。システムトラブル発生。救難を申請します』

 スピーカーから無機質な声が流れる。

 

「まずは遭難を装うのが基本じゃな。そしてこうじゃ!」

 レヴィアは舵を操作して、海王星に真っ逆さまに落ちて行くルートをとった。

 通常、大気圏突入時には浅い角度で徐々に速度を落としながら降りていく。急角度で突入した場合、燃え尽きてしまうからだ。しかし、レヴィアの選んだルートは燃え尽きるルート、まさに自殺行為だった。

 俺は焦って、

「レヴィア様、それ、危険じゃないですか?」

 と、聞いた。

「スカイパトロールから逃げきるにはこのルートしかない。奴らは追ってこれまい」

「そりゃ、こんな自殺行為、追ってこられませんが……、この船持つんですか?」

「持つ訳なかろう。壊れる前に減速はせねばならん」

 次から次へと起こる命がけの綱渡りに頭が痛くなる。

 

 操縦パネルの隣には立体レーダーがあり、スカイパトロールの位置が表示されている。俺は横からそれをじっと見つめた……。彼らも燃え尽きルートを追いかけてきているようだ。

 

「追いかけてきますよ」

「しつこい奴らじゃ……」

 

 ヴィーン! ヴィーン!

 いきなり警報が鳴った。

『設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください。設計温度の上限を超えています。直ちに回避してください』

「うるさいのう……。そんなの分かっとるんじゃ!」

 フロントガラスは赤く発光し始め、シャトルの前方も全体が赤く光っている。

 

 シャトルが燃え上がるのが先か、スカイパトロールが諦めるのが先か……。

 俺はただ、祈ることしかできなかった。

 船内にはゴォォォーという恐ろしい轟音が響き、焦げ臭いにおいが(ただよ)い始める。

 

「奴らもヤバいはずなんじゃが……」

 レヴィアは眉間(みけん)にしわを寄せながら立体レーダーをにらむ。

 

 ボン!

 シャトルの右翼の先端が爆発し、シャトルが大きく揺れた。操縦パネルに大きく赤く『WARNING』の表示が点滅する。

「レヴィア様、ここは減速しましょう!」

 俺は真っ青になって言う。死んでしまったら元も子もないのだ。しかし、レヴィアは、

「黙っとれ! ここが勝負どころじゃ!」

 と、叫び、パネルの温度表示をにらむ。

 どんどん上がっていく温度……。

 俺は冷や汗が噴き出してきて止まらない。俺は神様に全力で祈った。

 

 その時だった。

「ヨシッ!」

 レヴィアはエンジンに最大の逆噴射をかけた。

 

 見ると、レーダー上でスカイパトロールが進路を変更していく。

 

 激しいGがかかり、シートベルトが俺の身体に食い込む。

 そして、ボシュッと音がして目の前が真っ白になった。どうやら高層雲に突っ込んだようだ。

 しかし温度はなかなか下がらない。

 

 ボン!

 今度は左翼の先端が爆発し、シャトルはきりもみ状態に陥った。

 

「レヴィア様ぁ!」

「うるさい、黙っとれ!」

 グルグルと回転する中、シャトルの制御を取り戻すべくレヴィアは必死に舵を操作する。

 真っ白な雲の中、グルグル回りながら俺は孤児院での暮らしを思い出していた。走馬灯という奴かもしれない。薬草を集め、ドロシーと一緒に剣を研いでいたあの頃……。楽しかったなぁ……。まさか海王星でこんな目に遭うなんて想像もできなかった。

 

 俺の人生は正解だったのか?

 

 チートで好き放題したことも、ドロシーと結婚したことも、奪還しに行ったことも正しかったのだろうか……?

 自分が選び取った未来ではあったが、多くの人に迷惑をかけてしまったかもしれない。

 

 どうしよう……。

 

「ヨッシャー!」

 レヴィアが叫ぶ。

 回転は止まり、見れば、温度も速度も徐々に落ちている。

 そして、ボシュッと音がして俺たちは雲を抜けた。

 目の前に広がる広大な海王星のどこまでも(あお)い水平線。もう邪魔する者はいない。俺はレヴィアの奮闘に心から感謝をした。

 

 よく考えたらこの事態は俺のせいだけではない。世界に溜まっていた(ひず)みが俺という存在を切っ掛けに一気に顕在(けんざい)化しただけなのだ。

 悩む事など無い。ここまで来たらこの(ほころ)んでしまった世界を正す以外ない。俺の選択が正しかったかどうかは次の一手で決まる。ヌチ・ギを倒すためにはるばる来た海王星。何が何でも正解をつかみ取ってやるのだ。

 俺はどこまでも澄んだ(あお)の美しさに見ほれながら、こぶしをぎゅっと握った。



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5-7. 頑張らなくっちゃ!

 宮崎の火山の火口脇の洞窟で、ドロシーは一人寂しく二人の帰りを待っていた。神殿は静まり返り、繊細な彫刻が施された薄暗い壁を、画面の青い光りがほのかに照らしている。

 二人はこの世界を作っているコンピューターとやらを壊しに、海王星なるところへ行くと言っていた。そこでヌチ・ギを倒すと……。でも……、身体はポッドの中にある。いったい彼らはどうやって海王星へ行って、そこで何をやっているのだろうか……。

 空間を切り裂いたり不可思議な力を行使するドラゴン。そして、そのドラゴンの言う意味不明な事をよく理解しているユータ。二人ともなんだか別世界の住人の様にすら思える。

「帰ってきたら全部教えてもらうんだから……」

 ドロシーはテーブルに頬杖をつき、ちょっとふくれた。

 

 ピチョン……、ピチョン……

 どこか遠くでかすかに水滴の落ちる音がする。

 洞窟に作られた秘密の神殿。前に一度だけリリアン王女と一緒に連れてこられた思い出の神殿だ。こんな形で再訪するとは夢にも思わなかった。

 

 ドロシーはテーブルに突っ伏し、今日あった事を思い出す。自分が(さら)われ、ユータ、アバドン、レヴィアに助けてもらうも戦乙女(ヴァルキュリ)との戦闘となり、劣勢。ヌチ・ギは世界を火の海にすると言う……。

 何だか夢の中の話のようだが、現実なのだ。今、ここがこの世界の人々の命運を決める前線基地であり、キーになる二人の身体を守りきることがカギとなっている。そしてそれを託されたのが自分……。

 まさか孤児上がりの18歳の自分が、世界の命運を握るような大役を担うなんて全く想像もしていなかった。自分は食べていければいい、愛する人と一緒に暮らせればいいとしか思ってこなかった。

 しかし、世界はそんな傍観者的立場を許さず、自分を最前線の大役に置いた。それはユータとの結婚を望んだ結果であり、ある程度覚悟はしていたものの……、想定をはるかに上回る重責だった。

「ふぅ……、ビックリしちゃうわよね……」

 ドロシーはボソっとつぶやく。

 

 しかし、守れと言われてもヌチ・ギらの異常な攻撃力、不思議な技は非力な自分ではどうしようもない。もちろんこの神殿にはいろんな防護機構がついているのだろうが、いつまでも耐えられるとも思わない。

 レヴィアにもらったのは噴火ボタンだけ。しかし、こんなボタン本当に使えるのだろうか? 火の海になるって言っても、彼らがそれで躊躇(ちゅうちょ)するとも思えない。噴火を直撃させたら効きそうではあるけれども、彼らが火口に来て、かつ異変を感じても動かない、そんな都合のいい状況なんてどうやって作るのか?

 

 ドロシーはむくりと起き上がるとパシパシと両手で頬を打った。

「私しかいないんだから頑張らなくっちゃ!」

 そして腕組みをして銀髪を揺らし一生懸命考える。世界のため、そして愛するユータのため……。

 

 その時だった、

 

 ズン! ズガーン!

「キャ――――!」

 激しく地面が揺れ、ドロシーは悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちないように必死に踏ん張る。

 

「ドラゴーン! 出てこい! そこにいるのは分かってんだ!」

 火口の外輪山の(いただき)の上で誰かが叫んでいる。

 画面の映像が自動的に拡大されていく……、ヌチ・ギだ。後ろには五人の戦乙女(ヴァルキュリ)を従えている。

 

 やはり来てしまった。

 いよいよ、この世界を(まも)れるかどうかの重大局面がやってきたのだ。

 ドロシーは頭を抱え、震えた。

「どうしよう……」

 しかし、自分しかいないのだ。自分がなんとかしないとならない。

「おい! 無視するなら火山ごと吹き飛ばすぞ! ロリババア!」

 ヌチ・ギの無情な罵声が響き渡る。

 

 ドロシーは大きく息をつくと覚悟を決めた。

 



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5-8. わかりますか? 絶対です

「あら、ヌチ・ギさん。美女さんをたくさん引き連れてどうしたんですか?」

 火口の上にドロシーの上半身がホログラムで表示され、声が響いた。

 

「おい、娘! お前に用なんかないんだ! さっさとドラゴンを出せ!」

「ん――――、ドラゴン……ですか? どちら様ですかねぇ?」

 ドロシーは冷静を装い、必死に時間稼ぎをする。

 

「何をとぼけてるんだ! レヴィアだ! レヴィアを出せ!」

「ん――――、レヴィア様……ですね。少々お待ちください……」

 ドロシーは席を外し、ポッドの所へ行った。

 そして、寝ているユータの寝顔をそっと見て……、目をつぶり、大きく息をついた。

「私、がんばる……ね」

 そう、つぶやき、両手のこぶしを握り、二回振った。

 

 ドロシーは席に戻り、言った。

「えーとですね……。レヴィア様は今、お忙しい……という事なんですが……」

「何が忙しいだ! ならこのままぶち壊すぞ!」

 絶体絶命である。

 

「ヌチ・ギさんは戦乙女(ヴァルキュリ)さん作ったり、すごい(かしこ)い方ですよね?」

「いきなり何だ?」

「私、とーってもすごいって思うんです」

「ふん! 褒めても何も出んぞ!」

「でも、私、とても不思議なんです」

「……、何が言いたい?」

 怪訝(けげん)そうな表情のヌチ・ギ。

 

「ヌチ・ギさんはこの世界を火の海にするって言ってましたね」

「それがどうした?」

「それ、すごい頭悪い人のやり方なんですよね」

「……。」

「だって賢かったら人一人殺さず、この世界を活性化できるはずですから」

「知った風な口を利くな!」

「つまり……。活性化というのは口実に過ぎないんです。単に戦乙女(ヴァルキュリ)さんたちで人殺しを楽しみたいんです」

「……。」

 ヌチ・ギはムッとして黙り込む。

 

「私、あなたに捕まって戦乙女(ヴァルキュリ)さんたちのように操られそうになったから良く分かるんです。戦乙女(ヴァルキュリ)さんは皆、心では泣いてますよ」

「だったら何だ! お前が止められるのか? ただの小娘が!」

 真っ赤になって吠えるヌチ・ギ。

 

戦乙女(ヴァルキュリ)さん達、辛いですよね。人殺しの道具にされるなんて心が張り裂けそうですよね……。うっ……うっ……」

 ドロシーは耐えられず、泣き出してしまった。

「何言ってるんだ! 止めろ!」

 そして、ドロシーは鼻をすすりながら、決意のこもった声で言った。

戦乙女(ヴァルキュリ)の皆さん、聞いてください。私、これから、この基地の秘密を皆さんに教えちゃいます! ヌチ・ギさんに火口に入られてしまうと、この基地、すごくヤバいんです。ヌチ・ギさんは絶対に火口に入れるなとレヴィア様に厳命されているんです。絶対です。わかりますか? 絶対です」

「は? 何を言っている!?」

 何を言い出したのかヌチ・ギは理解できなかった。

 戦乙女(ヴァルキュリ)たちはお互いの顔を見合わせる。

 そして、褐色の肌の戦乙女(ヴァルキュリ)が素早くヌチ・ギを羽交い締めにして言った。

「レヴィアを殲滅(せんめつ)せよとの命令を果たします」

「お、おい、何するんだ!? 止めろ!」

「命令を果たします」「命令を果たします」

 他の戦乙女(ヴァルキュリ)たちも口々にそう言うとヌチ・ギの両手、両足をそれぞれ押さえ、一気に火口に向かって飛んだ。

「放せ――――!」

 ヌチ・ギの絶叫が響く中、ドロシーは泣きながら赤いボタンを押した。

「ごめん……なさい……」

 テーブルに突っ伏すドロシー。

 激しい地響きの後、火山は轟音を放ちながら激しく爆発を起こした。吹き上がる赤いマグマは天を焦がし、ヌチ・ギも美しき戦乙女(ヴァルキュリ)たちものみ込まれた。

 

 ドーン! ドーン!

 激しい噴火は続き、吹き上がった噴煙ははるか彼方上空まで立ち上る。

 物理攻撃無効をキャンセルさせる仕掛けをレヴィアが仕込んでいたのだろう。噴火の直撃を受けた彼らは跡形もなく、消えていった。

 

 ズン! ズン! と噴火の衝撃が続き、地震のように揺れ動く神殿の中で、ドロシーは泣いた。

「うっうっうっ……ごめんなさいぃぃ……うわぁぁ!」

 胸が張り裂けるような痛みの中、狂ったように泣いた。

 世界のためとはいえ、五人の乙女たちの手を汚させ、殺してしまったのだ。もはや人殺しだ……。

 仕方ない事だとはわかっていても、それを心は受け入れられない。

 

 ドロシーの悲痛な泣き声はいつまでも神殿にこだました。



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5-9. 漆黒の巨大構造体、地球

 シャトルは徐々に高度を下げ、いよいよ海王星本体へ突入する。

 レヴィアは船内からできる範囲で、爆発してしまった翼の先端の応急措置を頑張っている。

 

 ボウッという音と同時にシャトルは海王星に突入した。

 突入したと言っても青いガスの海があるわけではない。ただ、暴風が吹き荒れる霞がかった薄い雲に入っただけだ。ちょうど、海水は透明なのに上から見ると真っ青に見えるのに似てるかもしれない。

 シャトルは嵐の中をどんどんと深く潜っていく。ただでさえ弱い太陽の光はすぐに届かなくなり、闇の世界が訪れる。レヴィアはライトを点灯し、さらに深部を目指す。

 どのくらい潜っただろうか、小さな白い粒がまるで吹雪のように吹き荒れ始めた。

 

「これ、何だかわかるか?」

 レヴィアがドヤ顔で聞いてくる。

「え? 雪じゃないんですか?」

「ダイヤモンドじゃよ」

「ダ、ダイヤ!?」

「取ろうとするなよ、外は氷点下二百度じゃ。手なんか出したら即死じゃ」

「だ、出しませんよ!」

 とは答えたものの、こんなにたくさん降っているなら少し持ち帰って指輪にし、ドロシーにあげたいなと思った。まぁ、海王星の世界の物をどうやったらデジタル世界に持ち込めるのか皆目見当もつかないが……。

 

      ◇

 

 モウモウと煙が吹き上がっている一帯にやってきた。

「ついに、やってきたぞ!」

 レヴィアが嬉しそうに言う。

 煙の下に見えてきたのは巨大な漆黒の構造物群だった。それは巨大な直方体が次々と連なった形になっており、まるで吹雪の中を疾走する貨物列車のような風情だった。無骨な構造物には壁面のつなぎ目に直線状に明かりが(とも)っており、サイバーパンクな造形に思わず見とれてしまった。

「これが……、サーバー……ですか?」

「そうじゃ、これが『ジグラート』。コンピューターの詰まった塊じゃ」

「え? これが全部コンピューター!?」

 ジグラートと呼ばれた構造物は全長が一キロ、高さと奥行きが数百メートルくらいの巨大サイズ……、巨大高層ビルが密集した街というと分かりやすいだろうか。それがいくつも連なっている。

「これ一つで地球一つ分じゃ」

 すごい事を言う。これが延々と連なっているという事は、地球は本当にたくさんあるらしい。

「あー、ちょうどこれ、これがお主のふるさと、日本のある地球のサーバーじゃ」

「え!? これが日本!?」

 俺は思わず身を乗り出してしまった。俺はこの中で産まれ、この中で二十数年間、親に愛され、友達と遊び、大学に通い、サークルで女神様とダンスをして……まぬけに死んだのだった。無骨な巨大構造体……、これが俺の本当のふるさと……。この中には死に分かれた両親や友達、好きなアイドルやアーチスト、そして大好きだったゲームや漫画、全て入っているのだ。俺の前世の人生が全て入っている箱……。

 

 みんなどうしてるかな……。みんなに会いたい……。

 俺は胸を締め付けられる郷愁の念に駆られ、不覚にも涙を流してしまった。

「なんじゃ、行きたいのか?」

「そ、そうですね……。日本、大好きですから……」

 俺は涙を手で拭きながら言った。

「そのうち行く機会もあるじゃろ。お主はヴィーナ様とも懇意(こんい)だしな」

「そう……ですね。でも……もう、転生して16年ですよ。みんな俺のことなんか忘れちゃってますよ」

「はっはっは、大丈夫じゃ。日本の時間でいったらまだ数年じゃよ」

「えっ!? 時間の速さ違うんですか?」

「そりゃ、うちの星は人口が圧倒的に少ないからのう。日本の地球に比べたらどんどんシミュレーションは進むぞ」

 言われてみたらそうだ。サーバーの計算容量が一緒なら人口少ない方が時間の進みが速いのは当たり前だった。

「なるほど! 楽しみになってきました!」

 今、日本はどうなっているだろうか? 親にも元気でやってること、結婚したことをちゃんと報告したい。そのためにもヌチ・ギをしっかり倒さないとならない。

 

 グォォォォ――――!

 レヴィアはエンジンを逆噴射させ、言った。

「そろそろじゃぞ」

 

 徐々に減速しながら見えてきたジグラートへと近づいていく。いよいよヌチ・ギを倒す時がやってきた。



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5-10. 巨大化レーザー発振器

 噴火も収まり、静まり返った神殿でドロシーは呆然(ぼうぜん)としていた。

 自らの命をなげうってヌチ・ギと共に火口に身を投げ、そして灼熱のマグマの真っ赤な噴火の中に消えていった五人の美しき乙女たち。その最後の光景が目に焼き付いて離れないのだ。

 なぜこんな事になってしまったのだろう……。

 もっとうまくやる方法はなかっただろうか?

 ドロシーは目を閉じ、考えてみるが、他にいい方法は思い浮かばなかった。

 

 テーブルに突っ伏し、

「あなたぁ……。早く帰ってきて……」

 と、つぶやいた。

 

 その時だった。

 

 ズーン! ズーン!

 激しい衝撃音が神殿を揺らした。

 

「え!? 何!?」

 身体を勢いよく起こし、青ざめるドロシー。

 

 ガーン!

 神殿の一角が崩壊し、男が現れた……、ヌチ・ギだった。

 服は焼け焦げ、顔は(すす)だらけ、髪の毛はチリチリになりながら、ドロシーを憎悪のこもった鋭い目でにらんだ。

「娘……。やってくれたな……」

 

 最悪の事態となってしまった。噴火でもしとめられなかったのだ。

 

「い、いや! 来ないで……」

 思わず後ずさりするドロシー。

 

 ヌチ・ギはよたよたと足を引きずりながらドロシーに近づいていく。

「私の最高傑作の戦乙女(ヴァルキュリ)たちを陥れるとは、敵ながら天晴(あっぱ)れ……。その功績をたたえ、お前も戦乙女(ヴァルキュリ)にしてやろう……」

 引きつりながらもいやらしく笑うヌチ・ギ。

 

「ひ、ひぃ……」

 瞳に恐怖の色が浮かぶドロシー。

 

「時に、レヴィアはどうした? あのロリババア何を企んでる?」

「し、知りません。私は『ボタンを押せ』と言われてただけです」

「そのポッドは何だ?」

 ヌチ・ギはポッドへ近づいていく。

「何でもありません! 神殿を勝手に荒らさないでください!」

 ドロシーはポッドをかばおうと動いたが……。

「ほう、ここにいるのか……。出てこいレヴィア!」

 ヌチ・ギは右手にエネルギーを込めるとポッドに放った。

 

 ドガン!

 エネルギー弾を受けてゴロゴロと転がる二台のポッド。

「止めてぇ!」

 泣き叫び、ヌチ・ギにしがみつくドロシー。

「よし、じゃ、お前がやれ。今すぐに戦乙女(ヴァルキュリ)にしてやる」

 そう言ってヌチ・ギは奇妙なスティックを出した。

「な、なんですかそれ?」

 大きな万年筆みたいな棒をひけらかしながらヌチ・ギは嬉しそうに言った。

「これが巨大化レーザー発振器だよ。これで対象を指示するとどこまでも大きくなるのだよ」

 そう言いながらヌチ・ギは椅子を指し、レーザーを出した。グングンと大きくなっていく椅子はあっという間に神殿の天井にまで達し、大理石の天井をバキバキと割った。

「キャ――――!」

 ドロシーは悲鳴を上げながらパラパラと落ちてくる破片から逃げる。

「はっはっは、見たかね、巨大化のすばらしさを!」

 うれしそうに笑うヌチ・ギ。

 

「この巨大化レーザーの特徴はね、大きくなっても自重でつぶれたりしないことだよ。例えばアリを象くらいに大きくするとするだろ、アリは立ち上がる事も出来ず、自重でつぶれ死んでしまう。でも、この装置なら強度もアップするから、大きくなっても自在に動けるのだよ。まさに夢のような装置だよ。クックック……。さぁ、君にも体験してもらおう」

 そう言って、レーザー発振器をドロシーに向けるヌチ・ギ。

「や、やめてぇ!」

 走って逃げるドロシー。

 

「どこへ行こうというのかね?」

 ヌチ・ギは空間をワープしてドロシーの前に現れ、ニヤッと笑った。

「いやぁぁぁぁ!」

 神殿には悲痛な叫びが響いた。



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5-11. 星の心臓

 シャトルは減速し、ジグラートの巨大な漆黒の壁面から突き出たハッチに静かに接近していく。ダイヤモンドの嵐が吹き荒れる中、シャトルは何度か大きく揺れながら最後には、ガン! と派手な音を立てて接舷(せつげん)した。

 

「よーし、着いたぞ! お疲れ!」

 レヴィアはパチパチと操作パネルを叩き、シートベルトを解除した。

 

「何度も死ぬかと思いましたよ」

「結果オーライじゃな。キャハッ!」

 レヴィアが慎重にハッチを開け、俺たちはジグラートの中へと進んだ。

 エアロックの自動ドアがプシューと開いて見えてきたのは、まるで満天の星空のような光景だった。暗闇の中でサーバーについているLEDのような青や赤のインジケーターの光が無数にまたたいていたのだ。

「ライト付けるぞ」

 そう言ってレヴィアが何かを操作すると、内部の照明が一斉に点き、その壮大な構造が明らかになった。

 直径五メートルくらい、高さ十メートルくらいの円柱のサーバーラックがあり、それがずらーっと並んでいる。バスを立てて並べたようなサイズ感だ。

 入り口の脇には畳サイズの集積基盤(ブレード)が積まれており、どうやらこれが円柱状のサーバーラックに多数挿さっているようだ。それぞれにハンドルが付いており、金具でロックされている。

 集積基盤(ブレード)に近づいてよく見ると、表面にはよく訳の分からない水晶のようなガラスでできた微細な構造がビッチリと実装されており、また、冷却用だと思われる冷却パイプが巧みにめぐらされていた。

「それ一枚で、お主のパソコン百万台分くらいかのう?」

「えっ!? 百万倍ですか!?」

「海王星人の技術はすごいじゃろ? じゃが、上には上があるんじゃなぁ……」

 レヴィアは遠い目をした。

 

 床の金属の格子(グレーチング)越しに上下を見ると、上にも下にも同じ構造が続いている。外から見た時、高さは数百メートルはあったから、このサーバーラックも数十層重なっているのだろう。通路の先も見渡す限りサーバーが並んでいる。奥行きは一キロはあったから数百個は並んでいるのではないだろうか。なるほど、星を実現するというのはとんでもない事なんだなと改めて実感する。こんな壮大なコンピューターシステムでない限り仮想現実空間を実現するなんてことは出来っこないのだ。逆に言えば、ここまでやれば星は作れてしまうことになる。

 しかし……、誰が何のためにここまでやっているのだろうか? さっきすれ違った猫顔の人が何かを企み、頑張って作っているイメージが湧かない。

 

「これがうちの星じゃぞ。どうじゃ? 驚いたか?」

 レヴィアはドヤ顔で言う。

「いや、もう、ビックリですよ。なるほど、これが真実だったんですね!」

 レヴィアはニヤッと笑うと、

「折角じゃから見せてやる。ついてこい」

 そう言って早足で通路を進んだ。

「え? 何かあるんですか?」

 しばらく行くと、巨大なサーバーラックが姿を現した。

 直径40メートルくらい、フロアを何層も貫く巨大な円柱は圧倒的な存在感を持って鎮座していた。

「何ですか……これ?」

「マインドカーネルじゃよ」

「マインドカーネル……?」

「人の魂をつかさどる星の心臓部じゃ」

「え!? これが魂?」

「そうじゃよ、その驚き含め、お主の喜怒哀楽もここで営まれておるのじゃ」

 俺は思わず息をのんだ。

 人の心、その中心部である魂は、この巨大な構造物の中にあるという。うちの星の生きとし生ける者、その全ての魂がここで息づいている……。俺もドロシーも院長もアルもすべてこの中に息づいている……。今、この瞬間の俺の心の動きも全てこの中で生成され、運用されているということらしい。なんだかすごい話である。

 キラキラと煌めく無数のインジケーター、その煌めき一つ一つがうちの星に暮らす人たちの魂の営みなのだろう。魂がこんな巨大な金属の円柱だったなんて俺は全く想像もできなかった。

 

「どうじゃ? 人間とは何かが少し分かったじゃろ?」

「なんだか……、不思議なものですね」

 俺はゆっくりとうなずいた。



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5-12. 勝利のサーバーへ走れ

「さて、ヌチ・ギを叩くぞ!」

 レヴィアは手元の端末を見ながら何かを探っていた。

「F16064-095とF16068-102じゃ、探せ!」

「え? 何ですかそれ?」

「サーバーラックに番号がついとるじゃろ、それとブレードの番号じゃ。二枚を同時に引き抜くと奴は消滅する。探せ!」

「二枚同時ですか!?」

「そうじゃ、一枚抜いただけでは残りの一枚の情報から修復されてしまうが、二枚同時は想定されていない。復旧できずヌチ・ギの身体は完全に消失する。どんなスキルを持っていようが引き抜いてしまえば(あらが)いようがない」

「なるほど……、エグいですね。ヌチ・ギ以外に影響はないんですか?」

「確率的に言えば両方のブレードに同時に乗っているのはヌチ・ギだけじゃろう。安心しておけ」

「で、F16064……でしたっけ?」

 俺は辺りを見回した。探せと言われてもこの広大なジグラートの中でどうやって探すのか皆目見当がつかない。確かによく見るとサーバーラックにはフレームに番号が刻まれている。俺はいくつかラックを見ながらその番号の法則を探った。

「あー、これは列と階と入り口からの番号ですね。十六階へ登りましょう」

「十六階……、間に合いそうにないな……」

 レヴィアがつぶやく。

「え? 時間制限があるんですか?」

「そうなんじゃ、使うサーバーは次々に変えられてしまうのじゃ」

「じゃぁ、次変わったら走りましょう」

 二人は画面をじっと見つめる。

「変わった! B05104-004、B05112-120! 走れ!」

 俺たちは全力で走った。しかし……、

「はぁはぁ、変わってしもうた、 G21034-023、G21095-113」

「二十一階は無理ですよ!」

「じゃあ休憩じゃ……、あ、A06023-075!」

「六階行きましょう!」

 俺たちは全力で走るが……、

「あぁっ! 変わってしもうた……はぁはぁ、D14183-132……」

 俺は肩で息をしながら言った。

「はぁはぁ、追いかけるのは無理そうです。張りましょう」

「張るって……どうするんじゃ?」

「サーバー変更の規則性を読むんです」

「え――――! そんなのどうやるんじゃ?」

「何かメモできるものありませんか?」

「メモ帳を使え」

 レヴィアはそう言って、端末のメモ帳アプリを起動してよこした。

 俺は変わっていくサーバーの番号を次々とメモっていった。

「こんなのランダムじゃないのかのう?」

「静かにお願いします!」

 俺は必死に法則性を追った。システムがサーバーリソースをアサインする場合、きっと何らかの制約があるはずだ。バッチリ予測は出来なくても階と列くらいは絞れて欲しい。ゲームハッカーとして(つちか)った能力を総動員し、何としてでも法則性を見出してやるのだ。

 

 俺はしばらく画面をにらみつづけ、ついにある事に気が付いた。たまに10回前の位置と相関のあるところに出ることがあるのだ。

 だとすると次は……近いぞ!

「レヴィア様、こっち!」

 俺はレヴィアの手を引いて走った。

「分かったのか?」

「確実ではないですが、可能性が高い所が絞れました」

「ホントかのう?」

「いいから本気で走ってください!」

 俺は必死に走った。全力で対応しないと後悔する事になるような嫌な予感に突き動かされ、必死に足を動かした。

 

         ◇

 

 俺は予想されるサーバーラックの前までやってきた。

「はぁはぁ……。次……、この辺りかもしれません」

「はぁはぁ、世界の命運がかかっとるんじゃ、頼むぞ~!」

 二人は息を切らしながら端末に祈った。

 果たして、次のサーバー番号が表示された……。

「D05098-032、D05099-120! ビンゴ! レヴィア様、その120番ブレード抜いてください、私はこの32番ブレード抜きます!」

「ほいきた!」

「行きますよ! 3、2、1、GO!」

 

 ヴィー! ヴィー!

 警報が鳴り、辺りのサーバーラックのインジケーターが全部真っ赤になった。



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5-13. 海王星へ埋葬

 神殿でドロシーはヌチ・ギに追い詰められていた。

「やめてぇ! こないでぇ!」

 必死に叫ぶドロシー。

「いいね、その表情……そそるな……」

 ヌチ・ギはレーザー発振器を胸ポケットに入れると、ドロシーの手をつかみ、両手首を左手でもって持ち上げた。

「なにするのよぉ!」

 ドロシーは身をよじるがヌチ・ギの力は強くビクともしない。

「そう言えば、お前をまだ味わってなかったな……」

 ヌチ・ギはドロシーのワンピースを右手でビリビリと破いた。

「いやぁぁぁ!」

 あらわになる白い肌。

「実に……、いい肌だ……」

 そう言いながらヌチ・ギは肌をいやらしく揉んだ。

「ダメ――――! やめてぇ!」

 ドロシーは顔を歪ませながら悲痛な叫びを上げる。

 ヌチ・ギはいやらしい笑みを浮かべ、

「うん、その表情……、実に美しい……」

 そう言うとドロシーをテーブルまで引きずり、テーブルの上に転がした。

「いたぁい!」

「さて、ちょっと大人しくしてもらおうか」

 ヌチ・ギはドロシーの眉間をトンと叩いた。

「うっ!」

 ドロシーはうめくと、手足をだらんとさせた。

「さて、どんな声で鳴くのかな……」

 ヌチ・ギはズボンのチャックを下ろし、準備をする。

 

「やめてぇ……、あなたぁ……」

 ドロシーは転がったポッドを見つめ、か細い声でつぶやきながら涙をこぼした。

 ヌチ・ギはドロシーの両足を持ち、広げる。

 

「クフフフ、気持ち良くさせてやるぞ、お前も楽し――――」

 話している途中でヌチ・ギがフッと消えた。

 

 カン、カン……

 巨大化レーザー発振器が落ち、チカチカと光りながら転がって行く。

 転がった先に動く影……、それは全く予想外のものだった。

 

 神殿にはまた危機が訪れる。

 

       ◇

 

 同時刻、海王星――――。

 

「ヨシ! ヌチ・ギの反応が消えたぞ!」

 満面の笑みでレヴィアが言う。

「やったぁ! これで万事解決ですね!」

「うむ! ご苦労じゃった!」

 俺たちは両手を高く掲げハイタッチをし、思わずハグをした。

 レヴィアの身体は思ったよりスレンダーで柔らかかった。胸に柔らかく豊満な温かさが当たるのを感じ、俺はしまったと思った。

 ふんわりと立ち上る、華やかで本能に訴えてくる匂いを振り切るように俺は離れた。

 

「なんじゃ? 我に欲情しおったか? キャハッ!」

 レヴィアはうれしそうに笑う。

「ちょっと、うかつでした、すみません」

 俺は右手で顔を覆い、真っ赤になりながら横を向く。

「ふふっ、そう言えば、『何でも言う事を聞く』というお主との約束……まだ残っていたのう……」

 レヴィアは俺の胸にそっと手をはわせ、獲物を見るような眼で俺を見る。

「あー、それは全て終わってからまたゆっくり相談しましょう」

 俺は身をよじり、なけなしの理性を総動員して言う。

「ふぅん、素直じゃないのう……」

「昨日、チャペルで誓ったので」

 レヴィアは俺の目をジッとのぞき込み……、

「まぁええわ、帰るとするか」

 つまらなそうに言った。

 

 危なかった……。でも、この大人のレヴィアとはさよならだと思うと、ちょっともったいなくも感じ……。イカンイカンと首を振った。

 

 とりあえず早くドロシーの所へ戻らないと。俺は大きく息をつき、

「どうやって帰るんですか?」

 と、聞いた。

「意識を自分の本来の身体に集中すれば、自然とこの体に向いてる制御が切り替わるのじゃ」

 レヴィアは難しい事を言う。

「え? 何ですかそれ!?」

「まぁいい、とりあえずシャトルへ戻るぞ。こんな所に死体を置いておけないからのう」

「死体?」

「この身体、もう返却不能じゃからなぁ……」

 言われてみたらその通りだった。この身体はスカイポートで借りたもの。スカイポートに戻れない以上捨てるしかないが、そうなったらこの身体は死んでしまうだろう。

「何とかなりませんかね?」

「海王星の奥深くに埋葬する以外なかろう。証拠隠滅じゃ」

 

 自分の身体を埋葬する……。それは今まで想像したこともなかった概念だった。



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5-14. 煌めきあう存在、人間

 俺たちはシャトルに乗り込み、席を最大にリクライニングし、横たわった。

「お主は瞑想したことあるか?」

「いや、ないです」

「瞑想くらいやっとけ、人間の基本じゃぞ」

「そういう物ですか……」

「瞑想すると、さっきのマインドカーネルに行ける。そしたら元の身体を思い出せばいい。自然とこの身体との接続が切れて、神殿のポッドに戻れるじゃろう」

「マジですか……?」

 言ってること全てが良く分からない。俺は困惑した。

 

「いいからやってみるんじゃ! はい、ゆっくり深呼吸して! ゆっくりじゃぞ、ゆーっくり!」

 俺は言われるがままにゆっくりと大きく息を吸い……そしてゆっくりと全部の息を吐いた。確かに心が落ち着き、頭がポーッとする感覚がある。

「これを繰り返すんじゃ。途中雑念がどんどん湧いてくると思うが、それはゆっくりと横へと流すんじゃ」

「やってみます」

 ゆっくり吸って……。

 ゆっくり吐いて……。

 

 俺はしばらく深呼吸を繰り返した。どんどんと湧いてくる雑念、ドロシーにスカイパトロールに……レヴィアの豊満な胸……イカンイカン! 俺は急いで首を振り、大きく息を吸って……、そして、吐いた。

 はじめは雑念だらけだったが、徐々に雑念が減っていき……、急に意識の奥底に落ちて行く感覚に襲われた。俺はそれに逆らわずどんどんと落ちて行く。息を吸うと少し浮かぶものの、息を吐くとスーッと落ちて行くのだ。

 どんどんと意識の奥底へと降りていく……。やがてキラキラとスパークする光の世界が訪れる。俺はしばらくそこで(たたず)んだ。温かくて気持ちいい世界だ。瞑想って素晴らしいなと思った。

 さらに深呼吸を繰り返していると、何かのビジョンが浮かんできた。それは光の球を内包したタワー……? いや、タワーの周りに何かある……これは……花びら?

 幻想的な光の微粒子がチラチラと舞い踊る中、俺は巨大なトケイソウのような花が一輪咲き誇る巨大な洞窟の中にいる事に気が付いた。

 

 一体何だこれは!?

 

 俺は思念体となってふわふわと宙に浮かびながら花へと近づいていく。花は本当に大きく、花びら一枚でバレーボールコートくらいあるだろうか。微細なキラキラと煌めく粒子に覆われており神々しく瞬いている。

 俺はしばらくその神聖な煌めきを眺めていた。

 

 美しい……。

 

 そして、次の瞬間、俺はこれが何かわかってしまった。これがマインドカーネルなのだ。であるならば、この煌めきの一つ一つは一人の人間の魂の輝き、つまり喜怒哀楽のエネルギーの発露なのだ。今、俺の目の前で何億人という人々の魂の営みが輝いている。

 俺は初めて見た人間の根源に感極まり、胸が熱くなってくるのを感じた。そうか、そうだったのか……。人間とは巨大な花の中で輝き合う存在……この煌めきこそが人間だったのだ。

 俺は自然とあふれてくる涙をぬぐいもせず、ただ、魂の煌めきに魅せられていた。

 

  さっき見た巨大なサーバー、その中身はこんなにも美しい幻想的な世界だったのだ。

 

 この世界が仮想現実空間だと初めて聞いた時、凄くもやもやしたが、今、こうやってその中枢を見ると、仮想かどうかというのはどうでもいい事だということが分かる。人間にとって大切なのはそのハードウェア構造なんかではない、魂が熱く輝けるかどうかだ。それにはどんな形態をとっていても構わない。むしろ、こういう美しい花の中で美しく輝く世界の方が自然で正しいのではないだろうか?

 

 俺は煌めきの洪水に見()れて、しばらく動けなくなった。

 

        ◇

 

 人間はここに全員いるという事は俺もドロシーもいるはずだ。俺はふわふわと浮かびながら自分の魂を探してみた。

 心のおもむくまま、巨大なテントのようになっている花びらの下にもぐり、しばらく行くと、オレンジ色に輝く点を見つけた。見ていると俺の呼吸に従って明るさが同期している。間違いない、俺の魂だ。俺は自分の心の故郷にやってきた。十六年間、俺はずっとここで笑い、泣き、怒ってきたのだ。俺はそっと指を当て、魂の息づかいを感じた。

 次にドロシーのことを思ってみた。感じるままに探していくと、すぐ近くに今にも消えそうな青い光を見つけた。

「えっ!?」

 俺は心臓が止まりそうになった。何だこれは!? 死にそうってこと……ではないだろうか?

 こんなことしている場合ではない、早く神殿に戻らないと!

 俺は再度深呼吸を繰り返し、本来の自分の体への接続を探す。

 

 大きく息を吸って……、吐いて……。

 吸って……、吐いて……。

 

 俺はオレンジ色の光に包まれた。さっきのマインドカーネルでの輝く点の中のようだ。ここでしばらく意識の流れに身を任せてみる……。

 温かい光のスープに溶け、俺は漂う。やがて魂が何かに吸い寄せられていく……。俺は逆らわず、その流れに身を任せた……。

 

 



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6章 宇宙を司る株式会社
6-1. 超巨大宇宙ステーション


 ガン!

 

 俺は何かに頭をぶつけ、目が覚めた。

「う、ここはどこだ?」

 見回すと……、ポッドの中だが……これ、ひっくり返ってないか?

 

 俺は苦労してガラスカバーを開け、何とか()い出したが、外の景色を見て驚いた、そこには崩壊した神殿と、神殿をふさぐように何だか分からない巨大な漆黒の壁が立ちはだかっていた。

 

「なんだこりゃ!?」

 

 驚いていると、誰かの声がする。

「うぅ……」

 

 振り向くとドロシーがテーブルの上に横たわって、破かれたワンピースから白い胸をさらし、震えていた。

「ドロシー!」

 俺は驚いて駆け寄り、抱き起こした。

「あ、あなた……」

 力ない声を出すドロシー。

「何されたんだ? 大丈夫か?」

 

 弱り切ったドロシーの姿に、俺はつい涙がポロリとこぼれてしまう。

「だ、大丈夫よ……。あなたが……倒してくれたんでしょ……」

「間に合ったんだな……良かった……」

 俺は強くドロシーを抱きしめ、泣いた。

「ただ……あれ……どうしよう……」

「え?」

 ドロシーの指さす先には巨大な漆黒の壁がある。

「あれ何なの?」

蜘蛛(くも)……」

「蜘蛛……? 虫の蜘蛛なの? 壁じゃなくて?」

「蜘蛛なの……」

 俺はドロシーが何を言ってるのかさっぱりわからなかった。崩壊した神殿をふさぐ壁、なぜこれが蜘蛛なのか?

 

 ガコン!

 ポッドのガラスケースが開いた。

「なんじゃこりゃぁ!」

 レヴィアが出てきて叫ぶ。

「蜘蛛なんだそうです」

 俺が言うとレヴィアは壁をじーっと見た。

 そして、目をつぶり、首を振って言った。

「これはアカン……。もうダメじゃ。ヴィーナ様にすがるより他なくなったわ……」

 

 どういうことか良く分からず、俺は鑑定してみた……。

 

アシダカグモ レア度:★

家の中の害虫を食べる益虫 全長:253キロメートル

特殊効果:物理攻撃無効

 

「253キロメートル!?」

 俺は思わず叫んでしまった。

「九州と同じくらいのサイズの蜘蛛じゃ。その上物理攻撃無効ときている。もうワシでは手のつけようがないわ」

 レヴィアは肩をすくめ首を振る。

「じゃ、この壁は?」

「蜘蛛の足に生えている毛の表面じゃないかのう? 足一本の太さが数キロメートルはあるでのう」

 俺は絶句した。

「ヌチ・ギの巨大化レーザー発振器が蜘蛛に……。止めようと思ったんだけど体が動かなくて……」

 ドロシーが小さな声で説明する。

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ

 いきなり蜘蛛が動き出した。

 バラバラと神殿の大理石が崩落してくる。

 動いた足を見上げると、それはポッカリと浮かぶ雲を突き抜け、はるか高く一直線に宇宙にまで伸びていた。宇宙に届く物など俺は生まれて初めて見た。もし、宇宙エレベーターがあったとしたらこういう風になるのだろう。そして蜘蛛の身体が遠く熊本の上空辺りに見える。雲のはるか彼方上に霞んで見えるその巨体は、もはや生き物というより超巨大宇宙ステーションだった。

 

「何をボヤッとしとる! 逃げるぞ!」

 レヴィアは空間を割くと御嶽山の俺のログハウスに繋げ、俺たちを放り込んだ。

 蜘蛛はどこへ行くつもりだろうか? あんな物が動き回ったら大災害だ。一難去ってまた一難。俺は気が遠くなった。

 



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6-2. 最新型iPhone

 ログハウスのデッキでレヴィアはスマホを取り出した。まさかこの世界でスマホを見ることになるとは……。

 カメラレンズがいくつもついたゴツくて、でもスタイリッシュなピンク色のスマホの電源を入れると、懐かしいリンゴのマークが浮かんだ。

 

「え!? もしかしてiPhone……ですか?」

「そうじゃ、最新型じゃぞ、ええじゃろ」

 レヴィアはニヤッと笑う。

「え? 電波届くんですか?」

「ちっくら空間をつなげて電波を拾うんじゃ」

「女神様に連絡取るのにスマホってなんだか不思議ですね……」

「こういうローテクのガジェットというのは風情があって人気なのじゃ。それに正式な申請だとご本人まで届かんかもしれん……」

 なるほど、こういうお願いならスマホが一番かもしれない。

 

「さて、かけるかのう……。ふぅ……。緊張してきた……」

 ひどく緊張した様子のレヴィア。こんなレヴィアを見るのは初めてだった。

 レヴィアは大きく息をして、覚悟を決めるとスマホの『ヴィーナ様♡』をタップした――――。

 

「ご無沙汰しております~、レヴィアです。あ、はい……はい……。その節はどうもお世話になりまして……。はい。いや、そんな、滅相もございません。それで……ですね……。ちょっと、ヴィーナ様に一つお願いがございまして……。え? いや、そうではないです! はい! はい!」

 レヴィアの敬語なんて初めて聞いた。額には冷や汗が浮かんでいる。

「その辺りはご学友の瀬崎豊が説明すると申しておりまして……。はい、はい……」

 いきなり俺に押し付けられている!?

 聞いてないぞそんなこと……、俺まで緊張してきた。

 

「え? 猫? もう、猫でも何でも……」

 猫? 全く話が見えない。なぜ猫の話なんてしてるのか?

「では、今すぐ転送します。はい……、はい……。では、よろしくお願いいたします」

 電話を切ると、レヴィアはふぅ……と大きく息をはいた。

「と、言うことで、お主、ヴィーナ様に説明して来い」

 丸投げである。

 

「え? 『蜘蛛退治してくれ』って言えばいいですか?」

「バカもん! そのまま言うバカがおるか! 『文明文化発展の手がかりを得たが、その邪魔をする蜘蛛がいるので少し手助けして欲しい』って言うんじゃ!」

 レヴィアは顔を真っ赤にして怒る。

「わ、分りました」

「言い方間違うと、この星無くなるからな! 頼んだぞ!」

 そんな大役をなぜ押し付けるのか。

 

「じゃあ、レヴィア様ついてきてくださいよ!」

 俺はムッとして噛みつく。

「あ、いや、ここはご学友の交渉力に期待じゃ。我が行くとやぶ蛇になりそうじゃから……」

 なぜだか相当にビビっている。美奈先輩ってそんなに怖かったかなぁ……。

「分かりました、行ってきますよ」

「そうか? 悪いな、任せたぞ!」

 ホッとしてうれしそうに笑うレヴィア。

 

 俺は、弱ってチェアの背もたれにぐったりともたれかかっているドロシーの頬を撫で、言った。

「ちょっと行ってくるね、待っててね」

「あなた……、気を付けて……」

 うるんだ目で俺を見るドロシー……。透き通る肌は心なしか青白い。

 俺は胸が痛み、愛おしさが止まらなくなり、優しくキスをした。

 

「ユータ、時間がないぞ。ドロシーは(われ)が治しておくから、安心せい」

「ありがとうございます」

 俺はペコリと頭を下げた。

「では、転送じゃ」

 レヴィアはドアをガンと開けると、ログハウスの中に俺を引っ張っていった。

 

「なんじゃ、何もない部屋じゃな……。これで本当に新婚家庭か?」

 なんて失礼なドラゴンだろうか。

「これから二人で作っていくんです! で、何すればいいですか?」

「あー、では、ベッドに寝るのじゃ。意識飛ばすから」

 そう言って俺をベッドに座らせた。

「ありゃりゃ、シーツに血が残っとるぞ。キャハッ!」

 初夜の営みの跡が残ってしまっていた。

「み、見ないでください!」

 俺は急いで毛布で隠し、真っ赤になりながら横たわった。

「恥ずかしがらんでもええ。ちゃんと見ておったから。では頼んだぞ!」

 レヴィアは手を上げ、何か呪文をつぶやく。

「えっ!? 見て……」

 俺が抗議しようとした瞬間……、気を失った。

 



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6-3. 宇宙最強の娘

 気が付くと、俺は燦燦(さんさん)と陽の光が当たるオシャレなメゾネットマンションにいた。窓の外を眺めると、なんとそこには東京タワーが建っていた。

「東京タワー!?」

 思わず口にして驚いた、とても高い声だ。慌てて手を見るとそこには肉球……。

「なんだこりゃ!」

 急いで置いてあった手鏡をのぞいて驚いた。そこには猫がいた。それもぬいぐるみの……。

 俺が呆然(ぼうぜん)としていると、部屋に声が響いた。

 

(まこと)! また、ポカやったわね!」

 見ると、奥の会議テーブルで、懐かしい美奈先輩が険しい顔をして、冴えないアラサーの男性をにらんでいた。

「いや、ちょっと、誤解だって!」

「何が誤解よ!」

 美奈先輩はティッシュ箱をガッとつかむと、そのまま男性をポカポカと殴った。

「痛い、痛い、やめてー!」

 頭を抱えてテーブルに突っ伏す男性。

 一体何をやっているのだろうか……。

 

 俺が唖然(あぜん)としていると、綺麗な水色の髪をした若い女性がピョンピョンと楽し気に近づいてきた。デニムのオーバーオールに清潔感のある白いシャツ、豊満な胸が伸び伸びと揺れている。もしかしてノーブラ……?

「あなたが豊さんね、僕はシアン、よろしくねっ!」

 そう言いながらシアンと名乗った美しい女性は俺を抱き上げ、胸に抱き、頬ずりをした。

「やっぱり人が入ってると柔らかいわぁ」

 彼女は無邪気に抱きしめるが、俺はいきなり柔らかな胸に抱かれ、焦る。なにしろノーブラなのだ。甘酸っぱい柔らかな匂いにも包まれ、俺は理性が飛びそうである。

「ちょ、ちょっとすみません。刺激が強すぎるのですが……」

「あら、ゴメンね! きゃははは!」

 なんだか楽しそうに笑う。一体何者なんだろう。

「実は、美奈先輩に蜘蛛退治をお願いに来たんですが……」

「蜘蛛? そんなんだったら僕がエイッて退治してあげるよ。美奈おばちゃんはお取込み中だから対応を頼まれたのよ」

 シアンはにこやかに笑う。

「それが……、蜘蛛と言っても全長250キロメートルで、物理攻撃無効なんですが……」

「そのくらい何とでもなるわよ。じゃ、行きましょ」

 俺は驚かされた。250キロメートルの蜘蛛など大したことないと言い張る若い女性。本当に頼りになるのだろうか……。とは言え美奈先輩はまだ揉めているようなので、ちょっと話せる感じでもな。俺は彼女に頼む事にした。

「では、お願いします」

 シアンはうれしそうにニッコリと笑うと、指先をクルクルっと回し、

「それー! きゃははは!」

 と叫び、俺は意識を失った。

 

       ◇

 

 気が付くと、ログハウスの部屋だった。ドロシーとレヴィアはテーブルでコーヒーを飲んでいる。

「ハーイ! こんにちはぁ!」

 シアンが楽しげに挨拶をする。

「こ、これはシアン様!」

 レヴィアは席から飛び上がって頭を下げた。

 

「あ、レヴィア様ご存じなんですか?」

「ご存じも何も、全宇宙で最強のお方じゃぞ、シアン様は!」

「宇宙最強!?」

「シアン様が本気になれば、全宇宙は一瞬で消し飛ぶのじゃ」

 俺は言葉を失った。なんとも頼りない可愛い女の子が宇宙最強とはどういう事だろうか?

「一瞬じゃ無理だよ、ちょっと時間はかかっちゃうな。それに僕よりパパの方が強いよ。きゃははは!」

 屈託なく笑うシアン。宇宙を消せることを否定しない……。本当にできてしまうのだろう。

 笑って宇宙を消す話をするノーブラの女の子……想像を絶する規格外の存在に、俺は言いようのない不安を覚えた。

 

「それに、『シアン様』はやめて、『シアン』でいいんだから」

 ニコニコする宇宙最強の娘。

「そんな、呼び捨てなんてとんでもございません! で……、蜘蛛なんですが……」

 レヴィアがおずおずと言うと、シアンは、

「ハイハイ、パパッとやっちゃいましょ!」

 そう言って指先をクルクルと回した。

 あの途方もない巨大蜘蛛を一体どう処理するのか? 宇宙最強の娘の蜘蛛退治は安全なのか? 期待と不安の入り混じった気持ちのまま、俺は意識を失った。

 



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6-4. 恐るべきこの世の終わり

 気が付くと、視界が真っ暗だった。

 

「えっ!?」

 

 そこは宇宙だった。そして、下の方を見ると日本列島と朝鮮半島とそして巨大蜘蛛が見えた。

 なんと、九州の上空数百キロにみんな浮かんでいる。

「うわぁ!?」

 驚いていると、シアンがうれしそうに、

「ウヒャー! これはいい蜘蛛だねぇ! きゃははは!」

 と、笑った。何がどう『いい』のだろうか?

「焼き切るか……うーん、吸い取っちゃいますか!」

 そう言うと、シアンはすごくまじめな表情になり、両手を向かい合わせにして、

「は――――っ!」

 と、叫びながら気合を込め始めた。

 両手の間からとんでもない閃光がバシバシとほとばしり始める。

 

「うわぁ!」「きゃぁ!」

 あまりのまぶしさに腕で顔を覆って後ずさりする俺たち。

 

 一体何が始まるのだろうか?

 宇宙最強の称号を持つおかしな女性、シアンの行動に一抹の不安を覚える。

 

 目を覆ってもまぶしいくらい輝いた後、いきなり暗くなった。

 何だろうとそーっと目を開けると、シアンが何やら黒い玉を持っていた。見ると玉の周りは空間がゆがんでいる……。

 いや違う、これは黒い玉なんかじゃない、光が吸い込まれて黒く見えているだけだった。

 光を吸い込む存在……そんな物、俺はあの凶悪な奴しか知らない。俺は背筋がゾッとした。

 

「そ、それは……もしかして……」

 俺が恐る恐る聞くと、

「ブラックホールだよ! きゃははは!」

 と、うれしそうに笑った。

 

 やっぱり……。

 宇宙で一番危険な存在が目の前に出現したのだ。俺はダラダラと冷や汗が湧いてきた。

 ブラックホールとは自分の重さが強すぎて自重でつぶれ、空間もゆがめて全てを飲み込む天体のことだ。仮想現実空間にそんな物が実装されているとは考えにくい。なぜそんな物を作れるのか? 

 

 俺が真っ青な顔で言葉を失っていると、シアンは、

「これを蜘蛛にぶつけたら解決さ!」

 そう言ってブラックホールを巨大蜘蛛に向かって投げた。

 

 全てを飲み込む宇宙最凶な存在を、蜘蛛退治のためになんて使っていいのだろうか……。俺はハラハラしながら、ブラックホールの行方を追った。

 

 ブラックホールは程なく蜘蛛に直撃し、蜘蛛は見る見るうちに吸い込まれていく。数百キロメートルもある壮大な巨体が、まるでスポンジのようにするすると吸い込まれていく様は、とても現実の光景には思えなかった。

 

「うわぁ……」「すごい……」

 初めて見るブラックホールの恐るべき力に、俺たちは戦慄した。

 

 やがて、蜘蛛は消え去り、後には綺麗な九州だけが残った。

 

「イッチョあがりー! きゃははは!」

 うれしそうに笑うシアン。

 

「おぉ!」「やったぁ!」

 歓喜の声を上げる俺たち。お手上げだった蜘蛛がいとも簡単に消えたのだ。その鮮やかな手腕に『宇宙最強』の意味が少し分かった気がした。

 

「後は回収して終了~!」

 シアンは手のひらをフニフニと動かし、ブラックホールを空間の裂け目へと誘導しているようだった。

 と、その時だった。

「ふぇっ……」

 シアンが変な声を出して止まった。

「ふぇ?」

 俺が不思議に思っていると、

「ヘーックショイ!」

 と、派手にくしゃみをした。

 と、その瞬間、ブラックホールははじけ飛び、あっという間に地上に落ちてしまった。

 

 そして……、地球を飲み込み始める。

 

「あ――――っ!」「ひぇ――――!」

 悲痛な叫び声が響く中、ブラックホールは熊本を吸い込み、九州を吸い込み、アジアを飲み込んでいく。まるで風船がしぼんでいくように地球そのものがどんどんと収縮しながら吸い込まれていく。その様はまさに恐るべきこの世の終わりだった。

 あっけない最悪の幕切れ……。俺は現実感が全く湧かず、まるでチープなSF映画を見てるかのようにただただ呆然(ぼうぜん)と立ち尽くした。

 

 



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6-5. 究極のバックアップ

「ありゃりゃ……」

 シアンは天を仰いで額に手を当てた。

 ブラックホールはどんどんと景気よく地球を吸い込み続け、程なく、全てのみ込み、真っ黒な宇宙空間が広がるだけになった。

 

 みんな言葉を失った。守るべき地球が全部なくなってしまった。街もみんなも全て消えてしまった。

「あ……あ……」「うわぁぁ……」

 俺もレヴィアもひざから崩れ落ちた。守るべき地球が一瞬で消えてしまった。あまりの事に言葉を失い、動けなくなった。

 地球があった場所にはただ満天の星空が広がるばかりだった。

 

 そ、そんな馬鹿なぁ……。

 宇宙最強と聞いた時の不安が的中してしまった。強すぎる者は往々にして雑なのだ。

 

 (ほう)けていると、シアンが言った。

「ゴメン、ゴメン、今すぐ戻すからさ」

「え?」

 意外な言葉に俺は驚かされた。

「戻すって……時間を戻せるんですか?」

「うん、いつのタイミングに戻そうか?」

 うれしそうに笑うシアン。

 俺は想像もしなかった提案に一瞬言葉を失った。

 時間を戻せる、それも好きな時間に戻せるという。どういうことなのだろうか……?

 とんでもなく規格外な話に混乱してしまう。さすが宇宙最強。

 戻してもらえるなら蜘蛛を吸い込んだ直後……。いや、蜘蛛が大きくなる前? いや、そもそもヌチ・ギが悪さをする前? でも、ヌチ・ギが復活されても困る……。どこがいいのか?

 

 悩んでいるとドロシーが言った。

「あのー……」

「何?」

 シアンはニコニコとしている。

「ヌチ・ギという悪い人がいてですね……」

 ドロシーが言いかけると、レヴィアは、

「な、何を言い出すんじゃ! そういうことは……」

 と、制止しようとする。しかし、シアンはにこやかな表情のまま、手のひらでレヴィアをさえぎった。

「続けて……」

 渋い顔をするレヴィア。

「ヌチ・ギはたくさんの女の子や私を(さら)ってもてあそび、ついには巨人化して兵士にしたんです。助けに来てくれた『アバドン』さんという魔人の行方も分かっていません。彼らを復活させ、でもヌチ・ギが復活しないようにして欲しいんです」

 ドロシーは両手を合わせ、真剣な目でシアンに頼み込む。

 

「いいよ!」

 シアンは楽しそうにそう言うと、手を振り上げ、俺たちは意識を失った。

 

        ◇

 

 気が付くと、俺たちはたくさんの美しい女性が舞っているホールにいた。ヌチ・ギの屋敷に戻ってきたのだ。中央に俺と戦った巨人、戦乙女(ヴァルキュリ)がいるところを見ると、本当に時間が巻き戻っているようだ。

 

「あー! これはすごいねぇ! きゃははは!」

 シアンがたくさんの女性たちをキョロキョロと見回しながら笑った。

 

 想像を絶するシアンの能力に、俺は戦慄を覚えた。こんな事が出来てしまうなら何でもアリではないのだろうか? 必死に戦っていた俺たちの苦労は何だったんだろう……?

 

「シアンさんは時間を操れるんですか?」

 俺は恐る恐る聞いてみる。

 

「操るというか……、単にバックアップを復元しただけだよ」

 さらっとすごい事を言い出すシアン。

「バックアップ!?」

 俺が驚いていると。

「この星のデータは定期的にバックアップされてるのだ。僕はそれを復元(リストア)しただけ」

 そう言ってニッコリと笑う。

 しかし、バックアップといっても、あのジグラートの巨大なコンピューター群のすべてのデータのバックアップなんてどうやって取るのだろうか? 気の遠くなるような記憶容量、データ転送が必要なのではないだろうか? とても信じられないが……、目の前で実現されてしまうと認めざるを得ない。

 『宇宙最強』という言葉の意味が少し分かった気がした。

 



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6-6. フレッシュなクローン

「ちなみにどこにバックアップは取ってあるんですか?」

「金星だよ」

「き、金星!?」

 なぜ、海王星のサーバーのバックアップが金星にあるのだろうか?

 困惑してるとレヴィアが横から説明してくれる。

「海王星は金星のサーバーで作られておるんじゃよ」

「金星のサーバー……?」

 俺は一瞬何を言ってるか分からなかった。なぜ海王星が金星で作られてるのか……?

 

 えっ、もしかして……。

 ようやく気が付いた。地球が海王星で作られているのと同じように、海王星もまた金星で作られていたのだ。

「海王星も仮想現実空間だったのか……」

 俺は今まで海王星こそがリアルな世界で、そこで地球がたくさん作られているのだと思い込んできたが、海王星もまた作られた世界だったのだ。そう言えば、レヴィアが『ヴィーナ様は金星人』と言っていたのを思い出した。そうだったのか……。

 

「えっ、それじゃ金星がリアルな世界ですか?」

 俺はシアンに聞いた。

 シアンはニッコリとしながら首を振って言った。

「まだまだ上があるよ! 水星、土星、天王星、木星……」

 俺は気が遠くなった。何なんだこの宇宙は……。

「海王星が生まれたのが六十万年前、金星が生まれたのが百万年前……。星が生まれて五十万年位経つと新たな星を生み出しちゃうんだよねっ」

 シアンはうれしそうに言う。

 

 と、その時、キィーンという高周波が響き、まぶしい光がホールにほとばしった。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 悲鳴が上がる。

 光が収まって見ると、空中に金色のドレスの女性が浮いていた。整った目鼻立ちに鋭い琥珀(こはく)色の瞳……美奈先輩だ! だが……、印象が全然違う。さっき見た美奈先輩とも違う感じがする。

 レヴィアが駆け寄ってビビりながら言う。

「こ、これはヴィーナ様! わざわざお越し下さり……」

「レヴィア! これは何なの!?」

 ヴィーナはそう言ってレヴィアをにらんだ。

 

「これは……そのぉ……」

 冷や汗をかき、しどろもどろのレヴィア。

「ヌチ・ギという管理者が悪さをしたんです」

 俺が横から説明する。

「あぁ、あなた……豊くん……ね。ずいぶんいい面構えになったわね」

 ニヤッと笑って俺を見るヴィーナ。

「転生させてもらったおかげです。ありがとうございます。なぜ……、サークルで踊っていた時と感じが……違うんですか?」

「あぁ、あの子は私のクローンなのよ。私であって私じゃないの」

「えっ!? クローン?」

「あの子は地球生まれだからね、ちょっとフレッシュなのよ」

 そう言ってニッコリと笑った。

「そ、そうでしたか……」

 違う人なのか、とちょっと落胆していると、

「ふふっ」

 そう笑ってヴィーナは踊りだした。リズミカルに左右に重心を移しながら、足をシュッシュと伸ばし、肩を上手く使いながら腕を回し、収める。

 それは一緒に踊ってた時の振り付けそのままだった。

 

 俺は続きを思い出して踊る……。

 右に一歩、戻って左に一歩、腕をリズミカルに合わせる。

 すると、ヴィーナもついてくる。

 一緒に手を回し、右足を出すと同時に左手を伸ばし、次は逆方向、今度は逆動作をしてクルッと回って手を広げた……。見つめ合う二人……。

 俺はニヤッと笑って両手を上げる。そしてハイタッチ……。

「覚えててくれたんですね」

 ちょっと息を弾ませながらそう言うと、ヴィーナは、

「記憶と体験は共有してるのよ」

 そう言ってニッコリと笑った。

 

 俺は覚悟を決めて切り出す。

「この星は、確かに今までは問題だらけでしたけど、これからは変わります。だからもう少し様子を見てて欲しいんです」

 ヴィーナは俺をジッと見る……。

 

 そして、ホール内のたくさんの女の子たちをぐるっと見回してつぶやいた。

「さて……、どうしようかね……」

 

 胃の痛くなる沈黙が流れる。

 

「まずはこの子たちを何とかしてからね」

 ヴィーナはそう言うと、ターン! とパンプスでフロアを叩いた。

 フロアに金色に輝く波紋が広がり、壁面を駆け上がっていく。

 巨大なホールに次々と広がる美しい金の波紋……、一体何が起こるのだろうか?

 そして波紋は天井で集まっていく……。

 直後、金色にキラキラと輝く粒子が宙を舞いはじめ、ホールは金色の輝きに埋め尽くされていく。

 

「うわぁ! すごぉい!」

 ドロシーが感嘆の声を上げる。

 

 そしてヴィーナは扇子(せんす)を取り出すと、バッと開いて(あお)いだ。真紅の豪奢な扇子が起こす風は、まるでつむじ風のようにホールいっぱいに金色の粒子の吹雪を起こした。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 俺たちは思わずかがんでしまう。

「きゃははは!」

 シアンだけはうれしそうに笑っている。

 



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6-7. 空飛ぶ伝説の宮殿

 しばらくして吹雪が収まり、ヴィーナが言った。

「ふふっ、もういいわよ!」

 目を開けると、巨人は居なくなり、宙を舞っていた女性たちも皆フロアに降りて自由に動いていた。それぞれ、長きにわたる異常な拘束からの解放に感激している。

 長き囚われの時を経て、今、彼女たちは自分の人生を取り戻したのだった。喜び、抱き合う彼女たちの歓喜の声は胸に響く。

 あの、赤いリボンだけのブラジャーをしていた子も喜んで抱き合っている。俺は思わず涙ぐんでしまった。

 

「良かった……」

 

        ◇

 

 ドロシーはビキニアーマーで褐色の肌の女の子を見つけると駆け寄った。

「あのぅ……」

 褐色の彼女は不思議そうにドロシーを見つめ、言った。

「どなた……ですか?」

「覚えてないと思うのですが、実は私、あなたに助けられたんです。私だけでなく、あなたの勇気でみんなが救われました」

 そう言いながら、ドロシーは涙をポロリとこぼした。

「え? 何のこと? ヌチ・ギの野郎はいつかぶっ飛ばしてやると思ってたけど、ずっと動けなかったのよ?」

「その想いに……、助けられました……、うっうっうっ……」

 ドロシーは感極まって泣き出してしまった。

「おいおい……」

 褐色の彼女はちょっと困惑したが……、優しくドロシーを抱きしめた。

「良く分かんないけど、ここにいるみんなは私が助けたってこと?」

「うっ……、うっ……。そうなんです」

「ははっ、そう言われると悪い気はしないね」

 そう言ってドロシーの頭を優しくなでた。

 ドロシーは、彼女のしっとりとした柔らかい肌に温められ、心から安堵した。

 

 褐色の彼女は周りを見回し、

「あれ? 男が一人いるぞ……」

 と、つぶやいた。

 すると、ドロシーは急いで離れて、

「あ、あの人はダメです!」

 と言って、真っ赤になった。

 褐色の彼女は、

「あはは、取らないわよ」

 と、うれしそうに笑った。

 

        ◇

 

 ヴィーナは歓喜の声の上がる彼女たちをうれしそうに眺め、

「じゃぁ、レヴィア、彼女たちを(ねぎら)いなさい」

 と、指示した。

「ね、労うってこんなにたくさんをどうやって……?」

 青くなるレヴィア。

「ん、もうっ! 役に立たないわねっ!」

 ヴィーナはそう言うと扇子をぐるっと回した。

 

 ズズーン!

 轟音を立ててホールの上半分が吹き飛んだ。

 

 いきなり現れた青空に唖然(あぜん)とする俺たち。

 陽が傾いてきて、遠く南アルプスの山々も(かげ)って見える。

 

「シアン、船呼んで、船」

 ヴィーナはシアンに声をかける。

「まーかせて! きゃははは!」

 楽しそうに笑うとシアンは腕を振り上げ、不思議な踊りを踊った。

 すると、空に漆黒の闇がブワッと広がり、ウネウネと動き始める。何だろうと思ってみているとやがてそれは空を覆いつくす巨大な影となり、次の瞬間、ズン! という重低音と共に巨大構造物が姿を現した。

 

「えっ!?」

 ヴィーナは素っ頓狂(とんきょう)な声を上げる。

 その巨大構造物は一つの街がすっぽりと入りそうなサイズで、ゴウン、ゴウンと重低音を発しながらゆっくりと頭上を動いている。

 

「あんた! これ、私ん()じゃない! 私が言ったのは『船』! こないだ作った宇宙船呼べって意味よ!」

 ヴィーナはシアンに怒る。どうやらシアンはヴィーナの自宅を持ってきてしまったようだ。

 

「あれ? きゃははは!」

 わざとやったのか何なのか、シアンはうれしそうに笑った。

 巨大構造物は前方上側がガラス造りの巨大パビリオンのようになっており、下半分と後部は純白で全面に宝石がちりばめられていた。それはまるで真っ白な砂浜にルビー、サファイヤ、エメラルドの巨大な宝石をばらまいたような質感で、宝石は自らもキラキラと発光しながら美しい輝きを無数に放っていた。そして、金色のラインが優美に船首から後部にかけて何本か走り、まさに空飛ぶ宮殿という(おもむ)きだった。

 これがヴィーナが住む居城……、俺はそのあまりの現実離れした美しさに言葉を失った。

 



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6-8. 太陽系第五惑星、木星

「キャ――――! 素敵――――!」

「うわぁ! すごぉぉい!」

 女性たちから黄色い歓声が次々と上がる。

 初めて見る天空の宮殿に、女性たちの目はくぎ付けだった。

 

「んも――――っ! しょうがないわねぇ……」

 ヴィーナは歓声に気を良くして、まんざらでもない様子である。

 

「マゼンタ! 彼女たちをもてなしてくれるかしら?」

 ヴィーナは宮殿に向かって声を上げた。

 すると、宮殿の底についていた四角い建物がスーッと降りてきて、ホールの壁の上に玄関を合わせて止まった。そして、階段がスーッと伸びてくる。

 大きなドアがギギギギときしみながら開くと、中から執事が出てきた。そして、

「おもてなしの用意はできております、皆さまどうぞ」

 と、言ってうやうやしく女性たちに頭を下げた。

 女性たちは最初困惑していたが、ヴィーナが、

「美味しい食事とお酒、それに温泉もあるわよ! 今日はゆっくり休んで!」

 と、みんなに声をかけると

「キャ――――!」

「やったぁ!」

 と、歓喜の声が上がる。

 そして次々と階段を上っていった。

 

 何百人もの女性のもてなしをあっという間に用意する執事、いったいどれ程の修羅場を超えてきたのだろうか? ヴィーナ様に仕えるというのはこういう事なのかと、感嘆した。

 

 解放された女性たちを乗せ、宮殿はすうっと消えていった。

 

 全員乗ったのかと思っていたら、隅に一人うずくまっている娘がいた。

 気になって駆け寄ってみると、革のビキニアーマーを来た女の子……、俺と戦った女の子だった。

「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」

 声をかけてみても反応がない。

 シアンがスーッと飛んできて不思議そうに彼女を見つめ、首をかしげる。

「うーん、意識障害が残っちゃってるのかなぁ……?」

 そう言って、シアンは自分のおでこを彼女のおでこにくっつけた。

 

「あっ! ダメ!」

 ヴィーナが叫ぶと同時に、彼女から漆黒の闇がブワッと噴き出し、シアンを包んだ。

「うわぁ!」

 俺は驚いて思わず飛びのいた。

 駆け寄ってきたヴィーナは、

「あぁ……」

 と、言って、(ひたい)に手を当てて天を仰いだ。

 

「あれは何ですか?」

 俺が恐る恐る聞くと、

「乗っ取られちゃった……」

 そう言って首を振り、大きく息を吐いた。

 

 闇が晴れていくとシアンは辺りを見回し、

「何だこれは……。ほう……。なるほど……」

 と、低い声でつぶやく。

 明らかに人格が変わってしまった。嫌な予感しかしない。

 

 シアンはドヤ顔で俺たちを見回すとニヤッといやらしい笑みを浮かべ、指先をくるくると回す。

 

 俺たちはホールごといきなり真っ暗な所へと転送された。

「うわぁ!」「キャ――――!」

 いきなりの展開に俺は何が何だか分からなくなる。

 ただ、最悪な事態が進行していることは間違いなかった。

 

 ホールはゆっくりと回転し、向こう側から何かが見えてくる。

 俺はすごい嫌な予感の中、それをじっと見つめた。

 だんだんと見えてきた赤茶色の巨大な球体……それは何と木星だった。そう、俺たちはホールごと木星のそばに飛ばされたのだ。

 

 俺は唖然(あぜん)とした。一体これから何が起こるのか……。ブルブルッと自然に体が震える。

 

 太陽系第五惑星、木星。それは地球の千三百倍のサイズをほこる太陽系最大の惑星だ。

 

 目が慣れてくると上空には満天の星空の中、壮大な天の川が走るのが見えてきた。その中に浮かぶ巨大な惑星……。表面に走る巨大な縞模様、そして特徴的な真っ赤で大きな渦、それが圧倒的な迫力を持ってホールの上を覆っていった。

 

「はーっはっはっは! 素晴らしい! 実に素晴らしいぞ!」

 シアンは叫ぶ。

 この笑い方……、ヌチ・ギだ。ヌチ・ギがシアンを乗っ取ったのだ。きっとあのビキニアーマーの子の中の意識領域にヌチ・ギは自分のバックアップを残していたに違いない。そして、シアンが近づいてきたので意識を奪ったのだ。何という抜け目なさ。本当に嫌な奴だ。

 俺は思わず天をあおぐ。

 

 最悪の展開になってしまった。シアンは宇宙最強。それを乗っ取ったヌチ・ギはこの宇宙を滅ぼす事すらできてしまう。もはや止められる者などこの宇宙に誰もいない。

 皆、言葉を失った。



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6-9. 大いなる力の責務

「さて……、諸君! とんでもない事をしてくれたな……。まず、お前だ!」

 シアンはレヴィアをにらむと、腕をカメレオンの舌のようにビューンと伸ばし、レヴィアの胸ぐらをつかんだ。

「ロリババア! お前は許さん!」

 そう言うと、レヴィアの身体を高々と持ち上げる。

「止めろ! 何するんじゃ! 放せ――――!」

 

 直後、レヴィアが壊れたTVの映像みたいに、四角いブロックノイズに包まれた。

「うぎゃぁぁぁ!」

 悲痛なレヴィアの声がホールに響く。

 何とかしてあげたいがどうしようもない。ただ、呆然(ぼうぜん)と眺めることしかできなかった。

 

 やがて、四角いノイズ群はどんどんと少なく小さくなっていき……、消えてしまった。

 

 いきなり始まった凄惨なリンチに俺たちは戦慄を覚え、固まって動けなくなる。

 静まり返ったホールの上を、巨大な木星がゆっくりと動いていく。

 

「次に、ヴィーナ! お前だ!」

 シアンはヴィーナをにらみつけた。

 ヴィーナは無言でジッとシアンを見ている。

「今まで散々かわいがってくれたなぁ! おい!」

 そう言ってシアンは腕を伸ばし、ヴィーナの腕をつかんだ。

 ヴィーナは顔をしかめる。

「木星ではお前は力を使えんからな。この宇宙最強の娘には誰もかなわんだろ? はっはっは!」

 やりたい放題のヌチ・ギは極めて上機嫌だ。

 ヴィーナは腕を振りほどこうとするが、シアンの力は強く、ビクともしない。

「お前の身体は一度味わってみたいと思っていたんだ。どんな声で鳴いてくれるかな? クフフフ……」

 

 ヴィーナでもかなわないのであれば、もはや全滅するより他ない。みんな殺されてしまう。

「あ、あなたぁ……」

 ドロシーがガタガタ震えながら俺の腕にしがみついてくる。

 俺は優しくドロシーを抱き寄せたが……、これは、もう俺がどうこうできるレベルを超えている。

 

 乗っ取られてしまった『宇宙最強』の娘に捕らわれた金星の女神……。

 絶望が俺を支配し、目の前が真っ暗になった。

 

 すると、ヴィーナは静かに口を開いた。

「お前は……、勘違いをしているよ」

「は? なんだ? 命乞いか?」

 いやらしい笑みを浮かべるシアン。

 

「シアンは確かに宇宙最強。誰もかなわない」

「そう、最高だ!」

「だが、With great power comes great responsibility. 『大いなる力には大きな責任が伴う』だよ。その身体を操れるのはシアンだけだ」

 

 ヌチ・ギは笑う。

「はっはっは! 何を言い出すかと思えば……。こうやって自在に操っているじゃないか! 苦し紛れもいい加減にしろ!」

「ふふっ、その身体にはね、全宇宙の100万個の星の管理プロセスが走っている……。シアンは常に100万個の星を管理してるんだよ」

「はぁ?」

「お前はさっきからそれを処理してないだろ。そろそろエラーがあふれ出すよ。お前に処理できるのかい?」

「え?」

 シアンの表情が硬くなる。

「ほら、来るよ……」

 ヴィーナがニヤッと笑う。

「ぐっ!」

 シアンがひざをついて苦しい表情を浮かべる。

「ぐ、ぐぉぉぉ!」

 シアンは倒れもがき苦しみ始めた。

 

「な、なんだ、これはぁぁぁ!」

 シアンはものすごい表情でヴィーナをにらみ、ヴィーナはドヤ顔で見下ろした。

 

「くっ!」

 シアンはそう言うと、ビキニアーマーの女の子に飛びかかり、押し倒した。

 

 何が起こったのかと思ったら、女の子が動き出し、ハァハァと荒い息で言った。

「下手うった……。100万個の星の管理なんて聞いてないぞ!」

 どうやらヌチ・ギはビキニアーマーの女の子の中に逃げ出したようだ。

 

 すると、シアンは立ち上がり、

「いやー、失敗しちゃった! きゃははは!」

 と、楽しそうに笑った。

「シアン、そいつとっちめて!」

 と、ヴィーナが言うと、ビキニアーマーの女の子は焦って逃げだす。

 

 シアンは、必死に逃げようとする女の子の目の前にワープをすると、

「どこへ行こうというのかね? きゃははは!」

 と、笑いながら女の子を捕まえ、頭から白いもやのようなものを抜き取った。

 

「悪い子はこちらデース」

 そう言って、うごめく綿あめのようなものを手のひらでこねた。

「後で悪事を洗いざらい吐かせるから保管しといて。それからレヴィアの蘇生(そせい)もよろしく」

「はいよ!」

 シアンはそう言って、綿あめをポケットに詰めると、指先で空間をツーっと裂いた。

 そして、空間のすき間に手を入れて女性を引っ張り出した。

「よいしょっと!」

 

「え? あれ? なんじゃ?」

 キョロキョロしながら出てきた女性は、なんと海王星で見た大人のレヴィアだった。

 

「あれ? ずいぶん育ってない?」

 ヴィーナは怪訝(けげん)そうな顔をして言う。

 レヴィアは、豊満な自分の胸を持ち上げて満足そうな表情を浮かべると、

「これからはこの身体で行くとするかのう。うっしっし」

 と、うれしそうに笑った。

 



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6-10. 懲役千年

 シアンはホールを元の地球に戻し、空には夕焼け空が戻ってきた。

 ヴィーナはビキニアーマーの女の子を宮殿に合流させ、

「これで片付いたかしら? と周りを見回した」

 

 するとドアが開いた。

「旦那様~! 姐さ~ん!」

 アバドンが走ってくる。

「おぉ、アバド~ン!」

 俺もアバドンの方へ駆けて行って思いっきり抱き着いた。

「ありがとう! おかげで解決したよ!」

「え? 私、まだ何もやってないんですが……」

 ドロシーも駆け寄ってきたアバドンに抱き着き、泣き出した。

「アバドンさ~ん! うわぁぁん!」

「あ、(あね)さん、ご無事ですか?」

 アバドンは困惑気味に聞く。

「うんうん……。ありがとう……、うっうっうっ……」

 

 どういうことか分からず、首をひねっているアバドンに、俺は言った。

「俺たちは未来のお前に救われたんだ」

「未来の私……?」

「そう、カッコよかったぞ! 後でゆっくり説明するよ」

「本当にすごかったのよ!」

 二人に熱く()められて、照れるアバドン。

「あ、そ、そうなんですね。よ、良かった。グフフフ……」

 

        ◇

 

 ヴィーナはレヴィアに言った。

「さて、お前の不始末をどうするかだな……」

「ヒェッ! どうかお手柔らかに……」

 レヴィアは、ひどくおびえた様子で縮こまった。

「ヌチ・ギの女狂いを報告もせず、街は発展せず、ダメダメなのよね、お前……」

「いや、これには深い訳が……」

「言い訳は見苦しいわよ!」

 ヴィーナの鋭い視線がレヴィアを射抜く。

 

 俺はレヴィアがかわいそうになった。

「ヴィーナ様、彼女なりに頑張ったんです。何とか情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)の余地を……」

「お前は黙ってな!」

 ヴィーナの鋭い目に射抜かれ、ゾッとした。こ、怖い……。

 

「さて、処分を申し渡す!」

 目をつぶり、縮こまるレヴィア。

「この星は消去! レヴィアは懲役千年!」

「そ、そんなぁ……」

 涙目のレヴィア。

「ヴィーナ様! 消去だけは勘弁してください! たくさんの大切な人達がいるんです!」

 俺は手を合わせ、懇願(こんがん)する。

 

「最後まで聞きな」

 俺をギロっとにらむヴィーナ。

 

「ただし……。優秀な管理者候補がいるのであれば、執行猶予を付けるが……。レヴィア、いるのかい?」

 ニヤッと笑ってレヴィアを見るヴィーナ。

「こ、候補……ですか?」

 レヴィアは俺を見る。

「お主……、やるか?」

「えっ!? 私が管理者ですか!?」

「そうじゃ、素質もありそうじゃしな」

 管理者として万能な権能を持ち、この星を統べて、大きく伸ばしていく……。それはすごいやりがいのありそうな仕事だった。

「ぜひ、やらせてください!」

 俺は笑顔で言った。

 

 レヴィアはにこやかにうなずくと、

「この男を推薦させてください」

 と、ヴィーナに言った。

 

 ヴィーナはニヤッと笑うと、

「ゲームのやりすぎで間抜けに死んだ男がねぇ……」

 そう言って俺の目をのぞきこんだ。

「あの頃の自分とは違います! いろいろな試練を乗り越え、今や妻も仲間もいます。ぜひ、やらせてください!」

「お前は管理者って何やるか知ってるのかい?」

 ヴィーナは眉間(みけん)にしわを寄せる

「文明文化を発達させるんですよね?」

「ただ発達させるだけじゃダメよ。オリジナルな文明文化でないと意味ないわ」

「オリジナル……?」

「そうよ、日本の劣化コピー作られても評価はできないわ」

 ヴィーナは厳しい目で俺を見る。

「そんなの一体どうやったら……」

「ヌチ・ギはファンタジーな魔法システムを作り込む事でチャレンジしたけど、失敗したわ。あなたならどうする?」

 なるほど、ヌチ・ギはヌチ・ギなりに必死に考え頑張っていたのだ。では、俺ならどうするか……。要はみんなが生き生きと活力ある状態をキープすればいいだけなんだが……。

「うーん……。魔法そのものは良かったと思います。ただ、貴族たちによる独裁が市民の活力を奪ってしまったのが悪かったかなと」

「ふぅん……、分かってるじゃない」

 ヴィーナはうれしそうに笑った。

「私も王様に指名手配されたので……」

 俺はうなだれた。

 

 ヴィーナは目をつぶり、しばらく何かを考え、言った。

「まぁいいわ。すぐに答えが出るような簡単な話じゃないし、少しやってみなさい。ダメだったらその時は……、この星消すわよ。覚悟はいい?」

 消すという言葉に一瞬ひるんだが、何度も死線をくぐり抜けてきた俺には一定の自信が芽生えていた。

「大丈夫です。ヴィーナ様がビックリするような成果、上げて見せます!」

「分かったわ。では、研修するから田町のオフィスに来なさい」

「え? これからですか?」

「明日からでいいわ。今晩は東京のホテルで休みなさい」

 そう言って、女神のほほえみを浮かべた。



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6-11. この神聖なサイクル

 東京のホテル!?

 それは想像もしなかったプレゼントだった。懐かしい日本に戻れる喜びで俺はちょっとウルウルしてしまった。

 日本の快適なホテルで休めるなんて……。さっきチラッと見た東京タワーも、もう一度ゆっくりと見たい……。

 

 ただ、一人で行ってもつまらない、俺はおずおずと聞いてみた。

「あのぅ……。妻も……、一緒でいいですか?」

「もちろんいいわ。でも……娘さんも……よね?」

 そう言ってドロシーの方を見た。

 

「え? 娘?」

「ここにもう居るわよ」

 そう言ってドロシーの下腹部を指さした。

「えっ!?」「へ?」

 俺はドロシーと見つめ合った。

「昨晩……。ずいぶんお楽しみ……だったみたいね」

 ニヤリと笑うヴィーナ。

 俺たちは真っ赤になってうつむいた。

 

「初夜なんだもの、当然よね。初夜ベビー、いいじゃないの。結構楽しみな女の子よ」

 俺はまだ父親となる心の準備が出来ておらず、面食らっていたが、レヴィアとアバドンに、

「やりおったな、お主! おめでとう!」「おめでとうございますー!」

 と、祝福され、これが生命の摂理(せつり)だということに気が付いた。

 仮想現実世界だろうが何だろうが、出会い、愛し合えばまた新たな生命の可能性が花開くのだ。そうやってこの世界は回っている。この神聖なサイクルに加われたことをしみじみと嬉しく思い。俺はドロシーを見つめた。

 ドロシーは赤くなりながらも、うれしそうにほほえんで俺を見ている。そして、お互いうなずき合った。

 

「……。頑張って立派な子に育てます」

 俺は力強くヴィーナに宣言した。

 

「ふふっ、がんばって! はい、うちのスタッフセットね」

 そう言って、ヴィーナは最新型のiPhoneとクレジットカードと名刺を俺に渡した。

「え!? いいんですか?」

「あなたはもう、この宇宙を(つかさど)る『株式会社DeepChild』のスタッフ。自信持ちなさい。そのカードは利用限度額無しのブラックカード。コンシェルジュに電話すれば何でも(かな)えてくれるわよ」

「うはぁ……。え? 幾らまで使っていいんですか?」

「日本経済がおかしくならない範囲で使ってね」

 ヴィーナは美しい琥珀色の瞳でパチッとウインクした。

 

 俺は絶句した。何億円使ってもいいらしい。黒光りするチタンのカード。それは俺の想像を超えたパワーを秘めた重さがあった。

 

「ドロシー、新婚旅行は東京になったよ」

 俺はニッコリと笑いながら話しかける。

「東京?」

 首をかしげるドロシー。

 

「俺の産まれた街さ。俺、実はこの星の産まれじゃないんだ。今まで黙っててゴメン」

「……。そうじゃないかと思ってたわ。院長もそんなこと言ってたし……」

「ゴメンね。詳しくは東京のレストランで話すね」

「うん、全部教えて!」

 ドロシーはうれしそうに笑った。

「レヴィア様、アバドン、研修が終わったらゆっくり食事でもしましょう」

「待っとるぞ!」「楽しみです! グフフフ」

 

 俺たちのやり取りを微笑みながら見ていたヴィーナは、

「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 そう叫んで、ビシッと扇子を高々と掲げた。



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6-12. ブラックカードのパワー

 気が付くと俺は超高層ビルの屋上にいた。

 

「きゃぁ! なんなの……これ……!?」

 ドロシーが目を真ん丸くして、眼下に広がる東京の街並みを見回している。陽が傾きかけた東京の街はビッシリとビルが埋め尽くし、新宿や丸の内など要所に超高層ビルが密集している。それは十六年前の記憶と大差なく、とても懐かしく、そして新鮮だった。海を背景に東京タワーが近くに見えるから、ここは六本木の丘のビルだろう。

「これが東京だよ。ここは建物の屋上、五十階以上あるからすごく高いよね」

「五十階!?」

 ドロシーが驚く。アンジューの街にある一番高い建物が五階建て。五十階なんて想像を絶しているだろう。

「あれが東京タワー、昔使ってた電波塔だよ」

 俺は赤く見える可愛い塔を指さす。

「電波……って何?」

「テレビを……ってテレビも分かんないよね……」

 説明に(きゅう)する俺。

「なんだか不思議な世界ね……」

 ドロシーは銀髪を風に揺らしながら東京の景色をボーっと見ていた

 俺はドロシーを後ろから抱きしめ、一緒に眺める。

 

「ここが……、あなたの産まれた街?」

「そう。最期にはその東京タワーの近くに住んでたんだ」

「ふぅん……」

 

 屋上は展望フロアになっていて、観光客がちらほら見える。

 ドロシーは、

「あっちも見てみる!」

 そう言って反対側に駆けだした。

「走っちゃ危ないよ!」

「大丈夫!」

 元気に叫ぶドロシーだが……。

 

「もう、一人の身体じゃないんだぞ!」

 俺がそう言うと、ピタッと止まって……、クルッとこっちを向く。

「そ、そうよね……」

 そう言ってお腹を両手で優しくなでながら、申し訳なさそうな顔をした。

 俺はドロシーに近づいて、そっとお腹に手を当て、言った。

「気を付けてね……」

「うん……」

 ドロシーは嬉しそうに優しく微笑んだ。

 

       ◇

 

 ピロン!

 ポケットのiPhoneが鳴った。

 見るとメッセージが来ている。

『明日、十時オフィス集合のこと。今晩はゆっくり楽しんで(´▽`*)』

 ヴィーナからだった。

 何億円使っても構わないんだから今晩はパーッとやろう。

 俺はブラックカードのコンシェルジュデスクに電話した。

 

『はい、瀬崎様。ご要望をお聞かせください』

 しっかりとした言葉づかいの若い男性が出た。

「えーとですね、妻と二人で六本木にいるんだけど、一番いいホテルとレストラン、それから、服も一式そろえたいんですが」

『かしこまりました。お食事はフレンチ、イタリアン、中華、和食とありますが……』

「フレンチにしようかな」

『かしこまりました。それではお車でお迎えに上がります』

 迎えに来てくれるそうだ。ブラックカードって何なんだろう? いいのかな?

 

       ◇

 

 エレベーターに乗ると、ドロシーは

「え? 何なのこの建物?」

 と、言いながら、高速で降りていく感覚に不安を覚えていた。

「ははは、東京ではこれが普通なんだよ」

 そう言って、ドロシーの身体をそっと引き寄せた。

 

 車寄せまで歩いて行くと、黒塗りの豪奢な外車の前に、スーツをビシッと決めた男性が背筋をピンとさせて立っていた。

「瀬崎様ですか?」

 ニッコリと笑う男性。

「そ、そうですが……」

「どうぞ……」

 そう言って男性はうやうやしく後部座席のドアを開けた。

 乗り込むと中は広く、豪奢な革張りの座席で革のいい香りが漂ってくる。

「お飲み物は何がよろしいですか?」

 男性がニッコリと聞いてくる。

「俺はシャンパンがいいな。ドロシーはアルコールダメだから……、ジュースでいい?」

 ドロシーはちょっと緊張した顔でうなずく。

「じゃぁ、妻にはオレンジジュースで」

「かしこまりました」

 

 俺たちはドリンクを飲みながら出発した。

 スーッと何の振動もなく静かに動き出す車。そして、男性の丁寧な運転で都内のにぎやかな通りを進む。

 ドロシーは街の風景に目が釘付けだった。行きかうたくさんの自動車に、派手な看板の並ぶ街並み、そして道行く人たちの目を引くファッション……。

 

「何か音楽かけましょうか?」

 男性が声をかけてくる。

「あー、じゃ、洋楽のヒットナンバーをお願い」

 今、何が流行ってるかなんて皆目見当がつかないので、適当に頼む。

 上質なカーオーディオから英語のグルーヴィなサウンドが流れてくる。

 ドロシーは初めて聞く音楽に目を丸くして俺を見た。

 俺はニッコリとほほ笑んだ。そう、これが俺の住んでいた世界なんだよ。

 



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6-13. 今日は水浴びするの!

 銀座のブティックの前で車は静かに止まった。

 運転手がうやうやしくドアを開けてくれる。

 車を降りると、美しい女性が立っていた。清潔感のあるスーツに身を包み、ニコリと笑って、

「お待ちしておりました」

 と、折り目正しく丁寧なお辞儀をした。

 

 こんなVIPな応対、生まれてこの方受けた事が無い。ちょっとビビりながら答える。

「あ、ありがとう」

 

 女性に案内されて店内に入ると、店員たちが両側に並んでいて、頭を下げてくる。天井には見事なシャンデリアが下がり、高級な服が丁寧に飾られている。

「こちらへどうぞ」

 女性は奥の応接間に俺たちを通し、ソファーを勧め、ティーカップを並べて紅茶を注いだ。

 まるで貴族のような待遇にドロシーはすごく緊張しているようだ。

「どういった装いを希望されますか?」

 女性は完ぺきなスマイルで聞いてくる。

 

「フォーマルとカジュアルを一着ずつ……あ、妻と私両方ですね。両方とも落ち着いたもので。それから、彼女は妊婦なので、おなかがキツくないものをお願いします」

「かしこまりました。今、候補を見繕ってまいります」

 

 女性が出ていくと、ドロシーは、

「私、こんな服で来ちゃった……。なんだか恥ずかしいわ……」

「ドロシーは何着てても最高に美しいから大丈夫」

「もう! そういうことじゃないのよ……」

 ドロシーはちょっとふくれた。

 

 結局、そこでたくさん買い物をして、ドロシーはすぐに着替えた。

 グレーのシャツに清涼感のあるミントグリーンのパンツ、そして少し透けたアイボリーの長めのシャツに金のネックレスをつける。

 女性の見立ては素晴らしく、銀髪で白い肌のドロシーの美しさが何倍も引き立っていた。

 

 会計はもちろんブラックカード。

 なんだか見たこともない、すごい高額なレシートになっていたが、日本経済を揺るがすレベルではないのでセーフだろう。

 

 店を出ると運転手が立って待っていた。次はレストランだ。

 レストランは同じく銀座のフレンチ。

 そこではフォアグラのパイ包みとワインを楽しんだ。ドロシーは最初フォアグラに警戒していたものの、その圧倒的なおいしさに目を丸くしていた。

 俺はその席で全てを話した。世田谷で生まれ、東京タワーのそばの大学に入り、ヴィーナと知り合い、就職に失敗し、自暴自棄な暮らしをして死んだこと。そして、ヴィーナに転生させてもらったこと……。ドロシーは何も言わず淡々と聞いていた。

 

「今まで黙っていてゴメンね」

 俺は頭を下げて謝った。

 ドロシーは俺をチラッと見て、オレンジジュースを一口飲み、言った。

「実は……、私も転生者なの……」

 俺は仰天した。

「えぇっ!?」

 

 ドロシーは驚く俺を見て、フフッと笑うと言った。

「嘘よ。ちょっと意地悪しちゃった、ゴメンね。でも、これでおあいこよ」

「なんだ……、もう……」

「でも……。たまに前世のような夢を見るのよ。もしかしたら本当に転生者なんだけど気づいてないだけかもしれないわ」

「ふぅん……。まぁ、この世界何でもアリだからなぁ……」

 俺はワインをグッとあおった。

 

        ◇

 

 ホテルは最上階のスイートルーム。カーテンを開けると絶景の夜景が広がっていた。

「ねぇ、あなた。こんな贅沢、本当にいいのかしら?」

 ドロシーが少し不安そうに言う。

「いいんだよ、二人で切り開いた未来。これはそのごほうびだよ」

 そう言ってキスをした。

 舌を絡め、段々盛り上がってくる二人。

 俺はドロシーをひょいっと持ち上げると、ベッドに横たえた。

「ダメ! 赤ちゃんがいるのよ!」

「妊娠初期は大丈夫なんだよ」

 俺はそう言いながら優しくドロシーの服のリボンを緩めた。

「……。本当?」

「本当だよ」

 そう言ってドロシーの服を脱がせた。

「良かった……」

 ドロシーは嬉しそうに微笑むと、両手を俺の方に伸ばす。

 

 しばらく熱いキスで相手を(むさぼ)った。

 (さら)われてからの奪還、戦闘……。何度も絶望しながらも、やっとお互いを取り戻すことができたのだ。二人は何度も何度もお互いを確認するように舌をからませた。

 

 俺が下着に手をかけると、

「ダメ! 今日は水浴びするの!」

 と、逃げようとする。

 俺はキスでドロシーの口をふさぐと、指を敏感なところに()わせた。

「ダ、ダメ……。あっ……」

 可愛い声であえぐドロシー。

 こうなってしまえばもう、逃げられない。

 俺はドロシーをたくさん喜ばせる。

 

「もう……。……、来て」

 我慢できなくなったドロシーは、トロンとした目でおねだりをする。

 

 その晩、二人は何度も何度もお互いを求めあった。

 

 



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6-14. 卒業検定

 翌朝、田町のオフィスへ行くと、シアンが待っていた。若々しいピチピチの肌にくっきりとした目鼻立ち……。なんだかこう小動物系の可愛さがある。

 

「おはようちゃん! 今日は研修だよ! きゃははは!」

 朝からテンションが高い。

「よろしくお願いします」

「じゃぁ、早速行くよ~!」

 そう言って、シアンは指先をくるくると回した。

 

 気が付くとそこは真っ白な世界だった。上下左右、何もない真っ白な世界。そこに俺とシアンが浮いていた。

「ここは練習場だよ。まずは、仮想現実世界へのアクセス方法『イマジナリー』について教えるね。最初は呼吸法から」 

 俺は言われるがままに呼吸法を学び、イマジナリーに挑戦していく。基本はマインド・カーネルに行くときの瞑想と同じだ。意識を抑え、心のままの存在となり、深層心理の深い所へ降りていく。違うのはシステムのゲートを呼び出して接続する事だけだ。

 

 システムと繋がってしまえば後はゲームの世界と同じである。リンゴのデータをダウンロードすればリンゴがポコッと出てくるし、物のデータを書き換えれば超能力のように動かすこともできるし、自分の体のデータを書き換えれば飛んだりワープする事もできる。

 

 何度か試行錯誤しているうちに、俺は基本だけだがマスターする事が出来た。

 

「上手い上手い。次に戦い方を教えるねっ!」

「戦い方?」

「相手が管理者だった時の戦い方だね!」

 俺はヌチ・ギの事を思い出した。確かに彼と戦う場合、単純にイマジナリーでデータをいじっているだけでは負けてしまうだろう。

 いい管理者となるためにはヌチ・ギのような奴にも勝てないとならない。

 

 戦闘と言っても物理的な攻撃はあまり意味がない。お互い物理攻撃無効をかけてしまうからだ。相手のセキュリティプロテクトをハックして意識にアクセスし、直接思考回路を叩くしかない。

 俺は様々なハッキング手法、ツールを教わった。だが、それぞれ無数の組み合わせがあり、なかなか使いこなすのは難しい。

 シアンは淡々と説明し、俺は必死に実験して理解に努める。時には俺が実験台になってハッキングを受けたりした。

 

         ◇

 

 最後にシアンと模擬戦闘の卒業検定。

「ハイ、どこからでもかかっておいで。きゃははは!」

 とても嬉しそうである。

 

 俺は教わった通り、シアンの身体のデータにアクセスしようと試みる。しかし、次の瞬間、全身に激痛が走った。

「ぐわぁ!」

 もんどり打って転がる俺。アクセスしようとした操作から逆に侵入されてしまったのだ。

「攻撃する瞬間が一番危ないんだよ、きゃははは!」

 俺は頭にきて、データアクセスの精度と速度を高め、フェイントを交えながらシアンを攻撃する。

 しかし……、

「ぎゃぁ!」

 また倒されてしまう。さすが宇宙最強。ヌチ・ギみたいにワナ張って不意を撃つくらいしないとこの人には通用しないのではないか?

 

「ふふふっ、頑張って! ほら」

 そう言うとシアンはピョンと飛び上がり、優雅に弧を描きながら気持ちよさそうに飛び始めた。

 止まっていても難しい相手が高速で移動している。まさに無理ゲー。しかし、この試験に合格できないと管理者にはなれない。そして、なれなかったらうちの星は消されてしまう。責任重大だ。負けじと俺も飛び立つ。

 

「ふふっ、ここまでおいで~!」

 シアンは急に方向を真上に変え、超高速ですっ飛んで行って、ワープして消えた……。

 唖然(あぜん)としていると、背中をバン! と叩かれた。

「目に頼ってちゃダメだよ! きゃははは!」

 そう言いながらまた高速で飛び去って……、消えた。

 俺はジグザグに飛びながら、目をつぶり、大きく息をつくとシアンの動きを感覚でとらえてみた。俺の周りをクルクルと高速で回るシアンがイメージの中に浮かび上がってくる。しかし、これを追撃するのは現実的ではない。とても追いかけきれない。

 そこで、俺はあえてゆっくりと弧を描きながら飛んでシアンに(すき)を見せた。そして、シアンのしぐさをジーッと観察する。

 次の瞬間、指先が微妙に動いたのを見て、俺は背中方向に一メートルほどワープした。果たして、背中を叩こうとしたシアンが目の前に現れる。俺はシアンをギュッと両手で捕まえて、ハックツールを全部一斉に起動させた……。

 

「うわぁ!」

 驚くシアン、そして開いたセキュリティホール。俺はその中へと飛び込んだ……。

 

 



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6-15. 青と白の世界

 気が付くと、俺は青と白の世界にいた。

 

「あれ?」

 

 下半分が真っ青で、上半分が真っ白……、一体ここはどこだろうか……?

 よく見ると、下は水だった。風のない巨大な湖のように、ピタッと止まった水面は綺麗な青色をたたえ、真一文字の水平線を形作っていた。

 手ですくってみると、冷たく透明な水がこぼれ、ゆっくりと波紋を広げた。

 

 辺りを見回すと、チラチラと煌めく光が見えた。何だろうと思って近づくと、巨大な四角いものが水中に沈んでいて、その中で無数の光がチラチラと煌めいている。

 俺はイマジナリーでそれを捕捉すると引き上げてみた……。

 水面から姿を現したそれは、ガラスの立方体だった。大きさは一戸建ての家くらいのサイズがある。透き通るガラスの中でリズムを持ってチラチラと波のように煌めく光は幻想的で思わず見入ってしまった。

 

「きゃははは!」

 いきなり笑い声が響いた。声の方向を見ると、ガラスの上に水色のベビー服を着た赤ちゃんが腰掛けていた。

 

「合格だよ! お疲れ様!」

 赤ちゃんが言う。

「え? もしかして……、シアンさんですか?」

「そうだよ、これが僕の本当の姿なんだ」

 そう言ってふわりと降りてきた。

「そして、このキューブが僕の心臓部さ」

 そう言って赤ちゃんがガラスの立方体を指さした。

「これがシアンさん……」

 俺はまじまじとガラスの内部を観察してみる。内部には微細な線が無数に縦横に走っており、繊維の方向に沿って煌めきが波のように走っていた。

「光コンピューターだよ。綺麗でしょ?」

 シアンはうれしそうに言った。

 

「なんだか……不思議な世界ですね。これは誰が作ったんですか?」

「僕だよ」

「え?」

 俺はシアンの言う意味が分からなかった。どういうことだ?

 困惑している俺にシアンが補足する。

「一世代前の僕がこれを作ったんだよ」

 俺は驚いた。つまり、シアンは自分自身でどんどんバージョンアップを行い続けてきた知的生命体……ある種のAIなのだろう。

 俺は芸術品のようなシアンの心臓部を眺め、想像を絶するAIの世界にため息をついた。

 

「え? そしたら一番最初は誰が作ったんですか?」

「パパだよ」

 シアンはうれしそうにニッコリと笑った。

「パパ?」

 俺が怪訝(けげん)そうに言うと、

「紹介するからオフィスに戻ろう!」

 そう言って赤ちゃんシアンは指をクルクルっと回した。

 

       ◇

 

 気が付くと、オフィスの椅子に座っていた。

「うわっ!」

 

 驚いて周りを見ると、隣にはドロシーがいる。

「待たせてゴメン、研修は無事終わったよ」

 俺がそう謝ると、

「え? まだ来たばかりよ?」

 と、ドロシーは不思議がる。

 時計を見るとまだ十分くらいしか経ってなかった。なるほど、練習場は時の流れがめちゃくちゃ速いんだろう。体感的には半日くらい頑張っていたはずなんだが……。

 

「コーヒーをどうぞ」

 アラサーの男性が入れたてのコーヒーを出してくれる。前回来た時、美奈先輩にティッシュ箱で叩かれていた人だ。

 

「あ、ありがとうございます」

 芳醇な香りに誘われて一口すすると、研修で疲れ切っていた俺に上質な苦みが()みわたっていく。

「これがパパだよ!」

 若い女性の格好に戻ったシアンが、うれしそうに紹介する。

 

「挨拶がまだだったね、私はこの会社の会長、神崎誠(かんざきまこと)です」

 男性はそう言ってニッコリと笑った。

「あ、会長さん? これは失礼しました。瀬崎です。よろしくお願いします。それで……、シアンさんを作ったのは会長さんなんですか?」

「そうだよ。美奈ちゃんたちと一緒に作ったんだ。いやもう、コイツが悪ガキで本当に大変だったんだ……」

 誠は肩をすくめる。

「きゃははは!」

 うれしそうに笑うシアン。

 

「それで、研修はどうだった?」

 誠が聞いてくる。

「何とかシアンさんに合格だと言ってもらえました」

「おぉ! それはすごいね!」

「この人、筋いいと思うよ」

 と、シアンはニコニコしながら言った。

「え? そうですか? 嬉しいです」

 俺は照れて笑った。

 

「シアンはこう見えて宇宙最強だからな。それに認めてもらえるなんて、将来有望だぞ」

「ありがとうございます」

「有望な新人が来てくれてよかったよ。最近色々大変でね……。すぐに活躍が見られそうだな」

 誠は俺の肩をポンポンと叩いた。

 

「パパ……。そういうこと言っちゃダメだよ……」

 シアンが眉をひそめながら言う。

「あっ! マズい……。また美奈ちゃんに叱られる……」

 なぜか誠はうなだれ、シアンは肩をすくめた。

 俺はドロシーと顔を見合わせ、首をかしげる。

 

「あー、瀬崎君、君の星にはいつ帰るかね?」

 誠は気を取り直して聞いてくる。

「今日は行きたいところがあるので、明日でもいいですか?」

「了解。では、また明日……」

 そう言って、誠はそそくさと立ち去って行った。

 

「なぜ、マズかったんですか?」

 俺はシアンに聞く。

「パパはね、この宇宙の創導師(グランドリーダー)、宇宙の在り方を定める人なんだ。だから、『すぐに活躍が見られそう』と、言うと、豊はすぐに活躍しちゃうんだ」

 

 俺は彼女が何を言ってるのかわからなかった。

「まぁ、すぐにわかるよ。きゃははは!」

 シアンはうれしそうに笑った。

 




■作者コメント
いよいよエンディングまであとわずか、
皆さんの応援でここまでやってこられました。
ありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

誠やシアンは姉妹作の

シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~
https://syosetu.org/novel/244072/

こちらの登場人物です。
彼らに興味がある方はぜひご覧ください。

どうやってシアンが作られたのか、なぜ、誠が変なことを言うとまずいのか……分かるかもしれません。

それではあともう少しお付き合いください。


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6-16. 親孝行

「これからどうするの?」

 ドロシーが聞いてくる。

「実は、両親に会ってこようかと思って……」

「え? それなら私も行くわ」

「ありがとう。でも、うーん、俺は死んだことになってるから、受け入れてくれるかどうか……」

 うつむく俺を、ドロシーはジッと見つめ……、そして俺の手を取って明るく言った。

「行ってみましょ!」

 

 俺は電話でアポを取る。懐かしい母親の声につい泣きそうになってしまった。

 

       ◇

 

 ピンポーン!

 懐かしい実家の玄関の呼び鈴を押す。

「ハーイ、どうぞ」

 インターホンから母親の声がして、ガチャッとドアが開いた。

 出てきたのは約二十年ぶりの懐かしい母親だった。すっかり老け込んで白髪も目立ち、痩せこけていた。俺は目頭が熱くなるのを押さえ、

「電話した者です。お忙しいところすみません」

 そう言って頭を下げた。

 

 俺たちは応接間へと通された。懐かしい家の匂いがする。

 テーブルの向こうに母と父が並び、怪訝そうな顔でこちらを見る。

「で、豊の知り合いということですけど、どういったご要件ですか?」

 父親が淡々と聞いてくる。

「パパ、ママ、俺だよ、豊だよ」

 俺は穏やかな笑顔で言った。

「え? 豊?」「はぁ?」

 唖然(あぜん)とする両親。

「信じられないと思うんだけど、一回死んで生まれ変わったんだ」

「え? 豊の生まれ変わり?」

 ママが目を丸くして俺を見る。

「そこのガラスの絵皿、俺が富士山で描いたポケモンだろ、それから、あの写真は箱根に行った時に撮った奴だ。この写真の後、俺が転んで迷惑かけちゃった……、ゴメンね」

 パパとママは顔を見合わせ、信じられないという顔をした。

 

「ほ、本当に豊なの?」

「最後に一緒に行った旅行はどこだ?」

 パパが険しい目で俺を見て聞く。

「最後……。スペインかな? マドリードから寝台でバルセロナへ行って……サグラダファミリア見たかな? そうそう、サグラダファミリアの近くのコインランドリーで洗濯したよね」

「豊――――!!」

 ママがいきなり飛びついてきた。

「おーぅおぅおぅ……」

 号泣するママ。

 俺もつられて涙がポロポロとこぼれてきた。

「親不孝でごめん。言うこと聞かなくてコロッと死んじゃって……。本当に反省しているんだ」

「ホント、バカだよ、この子は!」

 しばらく二人は抱き合っていた。

 

「で、今はどういう暮らしをしているんだ? こちらの女性は?」

 パパが聞いてくる。

「あ、今はとある会社にお世話になってるんだ。そして、彼女は妻なんだ」

 ドロシーはぎこちなくお辞儀をする。

「えっ? お前、結婚したのか? こんな可愛い子と?」

 照れるドロシー。

「そうなんだ。それから……。もう、孫も……、生まれる予定だよ」

「えっ!? 孫!?」

 唖然(あぜん)とする二人。

「女の子だって。生まれたら連れてくるね」

「うわぁぁ……。もう、全て諦めてたのよぉ……」

 ママはまた号泣した。

 若くして死んでしまったバカ息子が、いきなり嫁と孫を連れてひょっこりと現れたのだ。それは感無量だろう。俺も泣けてきてしまう。

 

 その後、パパは物置から写真アルバムを出してきて、俺の赤ちゃん時代の写真を広げた。

「え? これがあなた?」

 プクプクとしたかわいい赤ちゃんが、まだ若いママに抱かれているのを見て驚くドロシー。

「なんだか恥ずかしいなぁ……」

「もうこの子はヤンチャで困ったのよ~」

 ママは当時を思い出しながら感慨深く言う。

「今もヤンチャです!」

 ドロシーはママに言った。

「あらやだ! もうパパになるんでしょ、しっかりして!」

 ママはうれしそうに俺に言う。目には涙が光っていた。

 

 最後に俺はお土産のブランドバッグと腕時計を渡し、家を後にする。黒塗りの外車が玄関まで迎えに来ているのを見て、パパもママも目を白黒とさせていた。次の機会にはしっかりと親孝行しよう。

 



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6-17. いきなりの初仕事

 ホテルへの帰り道、首都高を走っている時にドロシーが窓の外を指さして言った。

「え!? あ、あなた、あれ見て!」

「え? どれどれ……。えっ!?」

 俺は心臓が止まりそうになった。

 なんとそこには、あの九州サイズの巨大蜘蛛の姿があったのだ。ビルの合間から見える巨体……、この方角と距離なら房総沖の太平洋辺りにいるのではないだろうか? あんなものが上陸したら日本はメチャクチャになってしまう。

 急いでiPhoneで調べてみるとネットは大騒ぎになっていた。どうも、東京目指して移動しているらしく、極めてヤバい状態になっている。

 

 ピロポロパロン! ピロポロパロン!

 iPhoneがけたたましく鳴った。

 画面には『ヴィーナ♡』と、出ている。

 

 俺は急いでタップして電話に出た。

「はい! モシモシ!」

『あー、お休みのところ悪いんだけど、ちょっと鎮圧に行ってくんない?』

「えー!? そんなの無理ですよ! シアンさんかヴィーナ様お願いしますよ」

『シアンはとっくに別の星に緊急出動してったわ。私も別件あるから手が足りないのよ』

「でも、研修受けたばっかですよ俺!?」

『つべこべ言うならカードで使った金、全額返してもらうわよ!』

 何という脅し。それを言われてしまうと逆らえない。

「わ、分りましたよ……」

『大丈夫、誠が『活躍が見たい』って言ってたんでしょ? あなたは必ず活躍するって決まってるから安心して』

「え!? 何ですかそれ!?」

『これがこの宇宙の法則なの。いいから行ってらっしゃい。日本でもイマジナリー使えるようにしておいたから伸び伸びとやって』

「伸び伸びと言われても……」

『死んでもまた生き返らせてあげるから気楽に行ってらっしゃい! それではグッドラック!』

「あっ! ちょっと待……」

 電話は切れてしまった。

 そもそも俺はレヴィアの星の管理者って話だったのではないだろうか? なぜ、日本の蜘蛛の鎮圧に駆り出されるのか? それも一人で……。きわめて納得いかない。いかないが今さら金も返せない……。

 俺は覚悟を決めた。

 

「運転手さん!」

「はい、何でしょう?」

「ちょっと、緊急事態なんで、車飛ばします」

「え?」

 困惑する運転手を尻目に俺はイマジナリーで車を捕捉すると宙に浮かせ、そのまま空へと飛ばした。

 いきなり眼下に広がる大都会、東京。そして、その向こうに異様な巨体をさらす蜘蛛……。

「ええっ!? 何ですかこれ!?」

 驚く運転手。

「ほら見てください、巨大蜘蛛がいますよね」

 空から見ると蜘蛛の巨大さは際立って異常だった。雲を突き抜けはるか彼方宇宙まで到達する九州サイズの蜘蛛。それは現実感の湧かない、まるでSFの世界だった。

「く、蜘蛛……」

 唖然とする運転手。

「危ないので、一旦富士山に避難します」

 俺はイマジナリーで富士山を把握し、その五合目の駐車場に意識を集中し、車をそこまでワープさせた。

「おわぁぁ!」

 いきなり転送されて焦る運転手。

 

「では、私はちょっとあれ倒してくるんで、少し待っててください」

「え!? あんなの倒せるんですか?」

 ビビる運転手。

「だって私はブラックカード保持者ですよ」

 そう言ってニヤッと笑った。

 そして、ドロシーに声をかけた。

「じゃ、ちょっくら初仕事行ってくるね」

「あなた……。気を付けてね……」

 すごく心配そうなドロシーに軽くキスをして車を降り、うーんと伸びをした。

 さて、研修の成果は通用するだろうか?

 俺はまず見晴らしのいい所にピョーンと飛んだ。

 

 はるか東、房総半島の向こう側にうごめく九州サイズの巨大蜘蛛。その体は(かすみ)の向こうにはるか宇宙にまで達し、太さ何キロもある巨大な足が雲を突き抜け、何本も屹立(きつりつ)して見える。このままSF小説の表紙になりそうな圧倒的迫力のビジュアルに俺はちょっとたじろぐ。なぜ、退治したはずのうちの世界の蜘蛛が日本に出現したのか、全く見当もつかない。しかし、俺が日本のみんなを、世界を(まも)るのだ。今、護れるのは俺しかいないのだから。

 俺は大きく深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。

 そして、指で輪を作り、指の輪越しに蜘蛛を見た。この輪を臨時の情報ウィンドウとし、蜘蛛を拡大し、各種ステータスを表示させる。

「ふむふむ……。ヌチ・ギめ、巧妙な事しやがって……、相当手が込んでやがる……」

 俺はつぶやきながら蜘蛛の構成データへアクセスを試みる。

 

 バチッ!

 

 次の瞬間脳が揺れた、攻勢防御だ。

 俺は思わず尻もちをつき、大きく息をついて首を振った。危なかった、意識が飛ぶ所だった。

 でも、俺はこのアクセスで蜘蛛のセキュリティの脆弱性を見つけたのだった。ゲームばかりやってコンピューターシステムの穴を探す事ばかりしてきた経験が、こんな所に生きるとは。

 

「では、蜘蛛退治にシュッパーツ!」

 俺はそう叫ぶと蜘蛛に向けて飛び立った。激しい衝撃波を立てながら超音速で神奈川県上空を突っ切っていく。

 『地球を救え』と命令されて飛び立つ俺、それは子供の頃に見たアニメ番組そのものだった。子供だましの荒唐無稽な話だと思っていたが、今まさに俺がそれをやっている。

 暗い部屋でゲームばかりやって命を落とした俺。それが可愛い嫁さんをめとり、女の子を授かり、今、ゲームで磨いたスキルで巨大な敵に立ち向かっていく。

 人生って面白いものだな……。

 房総半島を過ぎ、いよいよ巨大な蜘蛛が目の前だ。

 

防御無効(ペネトレート)!」

 俺はそう叫ぶとイマジナリーを蜘蛛全体に走らせる。

 激しい閃光が太平洋を覆った……。

 

 





■作者コメント
いよいよ次回最終話です。
皆さんの応援でここまでやってこられました。ありがとうございました。
心より御礼申し上げます。

美奈先輩やシアンは姉妹作の

シンギュラリティの花嫁 ~AIが紡ぐ悠久の神話~
https://syosetu.org/novel/244072/

こちらの登場人物です。
彼らに興味がある方はぜひご覧ください。


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6-18. にぎやかな未来

 こうして俺は、管理者としての第一歩を無事踏み出すことができた。

 もちろんまだまだ分からないことも不安も多いが、素晴らしい仲間たちがいるからきっと何とかなるだろう。

 

 富士山に戻ってくると、運転手が呆然(ぼうぜん)として立っていた。

「おまたせ」

 俺がにこやかに声をかけると、

「お客様、すごいですね……」

 と、唖然(あぜん)とした様子で言う。

「こういう仕事なんですよ。あ、このことは内密にね」

「も、もちろんです。矜持(きょうじ)にかけても口外は致しません」

 そう言って、うやうやしく頭を下げた。

 

 俺は車と運転手を東京に戻し、折角なのでドロシーと手をつないで一緒に富士山見物に飛んだ。

 堂々とした円錐形で立ち上がる美しい山に夕陽が()し、オレンジ色に輝きだしている。残雪が残る荒々しい山肌には美しい陰影が浮かび、その威容(いよう)を際立たせていた。

 

「うわぁ……、綺麗な山ねぇ……」

 ドロシーは感嘆の声を漏らす。

 俺は徐々に高度を上げながら富士山を一周した。

「ちょっと寒いかな?」

 そう言って周りにシールドを張り、ドロシーをそっと引き寄せた。

「ありがとう……、パパ……。初仕事お疲れ様」

 ドロシーがにこやかに言う。

「パ、パパ!? そ、そうだ、もうパパか……。がんばるよ、ママ」

「ふふっ、ママ……、そう、もうママなのよね、私」

 そう言ってドロシーはお腹を優しくなでた。

 

「あ、そうだ、娘ちゃんの声、聞いてみようか?」

「え? もう聞けるの?」

「ちょっと待ってね」

 俺は深呼吸をすると、意識の奥底深く潜った……。

 見えてくるマインドカーネル。そして、ドロシーのおなかの中の受精卵に意識を集中した。

 誘われるがままにマインドカーネル内を移動していくと、あった! そこには若草色に輝く点が緩やかに明滅していた。もう魂は根付いているのだ。俺はそこに意識を集中してみる。

『パ……、パパ……』

 すごい! 断片的な意識の波動が伝わってくる。もう娘はいるのだ!

 俺は娘の存在を温かく抱きしめ、湧き上がってくる例えようのない愛おしさにしばらく動けなくなった。

 

 しっかりと育て上げよう……。俺は静かにそう誓った。

 

 続いて俺はドロシーの光点と娘の光点をそっとつなげてみる。

『マ……、ママ……』

 響く思念波。

「えっ!?」

 驚くドロシー。どうやら言葉は伝わったようだ。

 

 俺は意識を身体に戻して言った。

「どう? 聞こえた?」

 ドロシーは涙をポロリとこぼしながらお腹を優しくさすり、ゆっくりとうなずいた。

 俺はそっとドロシーを抱きしめ、新たに家族としてやってきた娘の無事な誕生を祈った。

 

 いよいよ始まった、世界を良くするスペシャルな仕事。新しく増える家族。ドキドキとワクワクが混ざり合った気持ちを抱え、俺たちは富士山に沈んでいく真っ赤な夕陽を見ていた。

 

       ◇

 

「そろそろ、行こうか?」

「うん、これからどうするの?」

「うーん、まずはご飯かな? 何食べたい?」 

「あなたが食べたい物でいいわ」

「じゃぁ、肉かな?」

「え? 肉?」

「和牛の鉄板焼き。甘くてとろける最高のお肉さ」

「えー? 何それ?」

「日本のお肉は最高なんだよ」

「ふぅん……、楽しみになってきたわ」

 夕焼けに照らされ、ニッコリと笑うドロシー。

 

「じゃぁ行くよ、しっかりつかまっててね」

 

 俺たちは東京へ向けて飛ぶ。

 夕陽が見渡す限り赤く染め上げる中、俺たちは手をつないで飛んだ。

 横を見るとドロシーが幸せそうに俺を見つめている。

 俺も湧き上がってくる幸せに自然と頬がゆるむ。

 俺はそっとドロシーを引き寄せて、軽くキスをした。

 

 きっとにぎやかな未来が僕らを待っている。

 

 街には明かりが(とも)り始めた。

 

 

 

 





おかげさまで無事、最終話を迎えることができました。
これも応援していただいた皆様のおかげです。

ありがとうございました。

同時に新作がスタートしますので、こちらもよろしくお願いします!

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『殺虫剤で魔物がコロリ!? 最強の戦闘アイテムは殺虫剤だった ~鏡の向こうのダンジョンでドジっ子と一緒に無双してたら世界の深淵へ~』
https://syosetu.org/novel/258198/

 鏡に潜ったらダンジョンだった。ゴブリンに襲われていた可愛いドジっ子を助けようとしたら大失敗。目つぶしにと、持ってた殺虫剤をふきつけたらなんと倒せてしまった!?
 殺虫剤がこの世界では魔物退治のリーサルウェポンとなる事を知った主人公は、就活そっちのけでドジっ子とダンジョンで無双。巨大モンスターを瞬殺し、中堅冒険者たちを助けたり大活躍して楽しい異世界ライフを満喫だ。
 しかし、異世界は魔物の大発生で危機に瀕していた、不思議な異世界の構造を解明して世界を救おうとする主人公。
 そして、そこで見えてきた恐るべき異世界の裏の姿……。それは日本をも巻き込む想像を絶するものだった。

 愛と陰謀と科学が織りなす本格ファンタジーが今、始まる。
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引き続きよろしくお願いいたします。


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登場人物インタビュー

作者「えー、皆さんこんにちは! 最後までお読みいただき、ありがとうございます!」

ユータ「ありがとうございます!」

ドロシー「ありがとうです!」

作者「ここでは登場人物に率直な所を語っていただこうかと思います。まず、主人公のユータさん、いかがでしたか?」

ユータ「いやもう、いきなり殺されて異世界飛ばされて孤児ですよね、ちょっとひどい設定だなと恨みましたよ」

作者「いや、それはごめんなさい。エッジの効いた設定じゃないとPV数伸びないので……」

ドロシー「私なんか何度も襲われて殺されたりしたのよ!」

作者「いやー、ドロシーさんには本当に申し訳ないです」

 平謝りの作者

ドロシー「PV数のために私を襲わせるなんて!」

作者「本当にごめんなさい。でもハッピーエンドにしたじゃないですか」

ユータ「それはまぁ、感謝していますよ」

ドロシー「でも、ベッドシーンまで書かなくていいと思わない? それも二回も!」

作者「いやはや、ドロシーさん、手厳しいですな。でも、書かれないってことは『無い』ってことになっちゃいますよ? いいんですか?」

ユータ「そ、それは困るなぁ」

ドロシー「うーん、そうなの?」

作者「お二人がたくさん愛を確かめ合って、子供まで得たのはベッドシーンあっての事ですよ」

ユータ「うーん、まぁ、それなら……」

ドロシー「でも、恥ずかしいわ……」

作者「愛ある二人がたくさん愛を交わすのは実に自然な事ですよ」

ドロシー「でもちょっと、やり過ぎだと思うわ! 水浴びくらいさせてよ!」

作者「それはユータさんに言ってください。私のせいじゃないですから」

ユータ「ご、ごめんよ」

ドロシー「プン!」

作者「まぁまぁ。お二人にとってこの数カ月はジェットコースターのような日々の連続だったと思いますが、何が印象に残っていますか?」

ユータ「私は海王星ですかね。SFの世界に飛び込んだみたいで最高でした」

作者「レヴィアが結構無茶しましたからね」

ユータ「ホント、あの人何とかしてくださいよ」

作者「まぁまぁ。でも、結果オーライですよね。それでは、ドロシーさんは?」

ドロシー「神殿で一人で戦ったことですかねぇ……」

作者「あー、一人で頑張りましたものね」

ドロシー「えへん!」

 胸を張るドロシー。

ユータ「ドロシーがあんなに頑張ってるなんて知らなかったよ」

ドロシー「もう、大変だったんだから!」

作者「ドロシーさんは守られヒロインから大きく脱皮しましたよね」

ユータ「うん、凄い成長を感じたよ」

ドロシー「うふふっ」

作者「さて、物語は終わってしまいましたが、後輩がまた一人活躍し始めましたよ」

ユータ「おぉ、頑張って欲しいですね。この作者無茶振りするので」

作者「無茶振りしないとPV数稼げず、打ち切りになってしまいますからねぇ……」

ドロシー「恐い世界ですね……」

作者「次もまた、ダンスサークルのメンバーが主人公ですよ」

ユータ「え? 誰だろう?」

ドロシー「ヒロインは?」

作者「ヒロインは金髪碧眼のドジっ子ですよ」

ドロシー「ドジっ子!?」

作者「ドロシーさんとはまた違った魅力あふれる子です」

ユータ「へぇ……。ドジっ子もいいなぁ……」

ドロシー「え? 今なんて言ったの?」

 低い声でギロっとにらむドロシー。

ユータ「あ、いや、ストーリーとして面白そうだなぁってだけで、他意はないよ!」

ドロシー「……」

 ジト目のドロシー。

作者「まぁまぁ、お二人はこれから子育て待ってますからね。いい子に育ててくださいね」

ユータ「そ、そうだね。俺もちゃんと手伝うからさ」

ドロシー「『手伝う』じゃなくて、主体性を持ってやってね! 二人の子なんだから!」

ユータ「は、はいぃ……」

作者「すっかりドロシーさんが手綱にぎってますね」

ユータ「そっちの方が家庭はうまく行くらしいですから」

ドロシー「素敵な家庭を作るんです!」

ユータ「そう、愛ある素敵な家庭をね」

ドロシー「そうよ! パパ、期待してるわよ」

ユータ「ドロシー、任しておいて」

ドロシー「うふふっ」

作者「夫婦円満で何よりですな。では、そろそろ……」

ユータ「はい、長い間ありがとうございました」

ドロシー「皆さんのおかげです。ありがとうございました」

 

       ◇

 

作者「次回作はこちら!」

 

 

殺虫剤で魔物がコロリ!? 最強の戦闘アイテムは殺虫剤だった ~鏡の向こうのダンジョンでドジっ子と一緒に無双してたら世界の深淵へ~

 

ユータ「なんですか!? 殺虫剤って?」

ドロシー「鏡の向こうだって」

 

    ◇

 

作者「それでは、主人公とヒロインに来ていただいていますので、お話を聞いてみましょう」

 

入場するリクルートスーツ姿の男子大学生と、白い法衣をまとった16歳くらいの金髪碧眼の少女

 

ソータ「こ、こんにちは……。え? なんですかこれ?」

作者「これから二人で冒険してもらいます。頑張ってくださいね」

エステル「ぼ、冒険……ですか?」

作者「あれ? お二方とも許可を得てるって言われてますけど……、聞いてません?」

ソータ「あ、サークルの先輩から飲み会の席で……、そんな事をチラリと聞いたような……」

エステル「女神様が夢の中で言ってたような……」

作者「それですよ、それ! 活躍を楽しみにしていますよ」

ユータ「また、あの人ですか?」

作者「今回も出る気満々でしたよ」

ユータ「うーん、なるほど! それは大変そうだ」

エステル「え? 大変なんです……か?」

 顔を曇らせるエステル。

ドロシー「大丈夫、あなたにも幸せがやってくるわ。次もハッピーエンドなんですよね?」

作者「それはもうもちろん!」

エステル「し、幸せに……? うふふ」

ユータ「ただ、試練も……ってことですよね?」

作者「まぁ、二人なら乗り越えられると……信じてますよ」

ソータ「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、。就活でそれどころじゃないんですけど?」

作者「大丈夫、冒険で就活の問題は解決しますから」

ソータ「え? そ、それはどういう……」

ユータ「ソータ、大丈夫だ。頑張れ!」

ソータ「あれ? 会ったこと……ありましたっけ?」

ユータ「生前にね」

 ニヤッと笑うユータに首をかしげるソータ。

作者「では、お二方の健闘を祈ってインタビューは終了したいと思います」

 

     ◇

 

作者「さて、どんなお話になりますでしょうか!」

ソータ「良く分からないけど頑張ります!」

エステル「応援してくださいね!」

 




殺虫剤で魔物がコロリ!? 最強の戦闘アイテムは殺虫剤だった ~鏡の向こうのダンジョンでドジっ子と一緒に無双してたら世界の深淵へ~

https://syosetu.org/novel/258198/


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