ウチは龍驤 (瑞彩)
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インタビュー・イズ

どうやらアルコールは完全に抜けてしまっているらしく、大した力なんぞ使わんでも開くであろう扉を前に、ウチは久々の緊張感を味わっとった。

 

元艦娘による公演活動。普段なら撥ね付けるモンやが、こん時は何故か二つ返事了解してもうたからサァ大変、喉が乾いて仕方がない。戦争に行くよりはマシやろう…なんて、全く、この間抜けさは永遠に治らんようや。

 

「やっぱり失敗やった。くそう逃げたい」

 

そんなウチの気持ちも知らず、マイクからお願いしますと声が響く。あーもう後は野となれ、や!

 

深呼吸一つ。錆の浮いた金属製の扉をギィと開けると、まばらな拍手が出迎える。

 

見回す限り、ざっと三十人程の生徒達。

 

戦後のベビーラッシュもこんな田舎じゃ関係無いか。なんて考えとると、もうソコは壇上やった。

 

「今日は私達にとって、とても大切な人に来ていただきました。あの戦争で…」

 

横を見ると、無闇にデカイ背丈と乳が目立つ黒髪の女が、何やら物知り顔で話とる。

 

気楽なもんやで、馴れ馴れしい口調でペラペラと。こちとら素人やぞ。お願いですからハードル上げんといて…ん?どっかで聞いた声やな。

 

しかし、考え無しに来てもうた手前、何を話して良いやら検討も付かへん。やっぱ原稿くらい準備してくるんやったなあぁ、ブルーになって来よった。

 

「…ましょう。さて、このお姉さんの名前が分かる人は手を上げてください」

 

おー、結構上がるもんやな。…え?ウチが指名すんの!?イヤ、マイク押し付けんなって!

 

「えっと、あ~、キミ」

 

「浜風!!」

 

「惜しい!でも、浜風さんは駆逐艦なんです。それに、もっと、こう、胸の辺りが…」

 

よう言うたな我ェ!!

 

「あの、先生が答えてエエんですか」

 

「あ、ごめんなさい!私ったらつい…ではヒントをお願いします」

 

「んー、空母やな。はいキミ」

 

「赤城!!」

 

「全然違います!赤城さんはもっと美人で、格好良くて、皆の手本になる様な女性です」

 

一体何やねんコイツ…。

 

「そやな…ほぼ最初の空母や。ほら、型紙をピゅ~飛ばす」

 

うわ、挙手少な。ウチって向けの艦娘なん?体型か?この体型がアカンのか?

 

「はい!そこの君!」

 

先生元気やなぁ。

 

「…龍驤さん?」

 

「正解です。ね?龍驤さん」

 

「イヤ、何で先生がウチより嬉しそうなん」

 

変わった人やなホンマ。

 

え?始めて下さい?こんな空気で話すんか。まぁ、変なドキドキは収まりよったけど。ただの体験談やで?そんなオモロイもんでも…。

 

あぁ!話さしてもらいます!だからマイク押し付けんのやめぇや!!

 

「えっと、今日はウチなんかの話を聞きに集まってくれて、ホンマありがとう」

 

「正直、この手の話ってのはもっと立派なモンがやった方がええと思とる。司令官やら提督やら」

 

「せやけど、生徒の皆さんや、先生方に機会を貰えたんで、いっちょお喋りしてみよ思ってここに来ました」

 

「お喋りっちゅうのは艦娘の事で、ウチは彼女達の事をもっと知って欲しいなと思っとります。スーパーヒーローや伝説の兵士!みたいな内容にはならんから…そこは謝っときます。ごめんなさい」

 

「あ、結構長なる思うから、おしっことか気にせず行ってな?休憩あるの?そう?」

 

「では、改めて。元海上自衛軍呉鎮守府所属、第二艦隊第四航空戦隊旗艦」

 

「ウチは龍驤。空母艦娘やった」

 



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よくある話

深海共が最初に攻撃したトコは知っとるか?そう、アメリカとロシアや。沿岸部にドワー押し寄せて、軍港やら何やら滅茶苦茶にしよったんや。

 

そん時はまぁ何とか押し返したんやけど、運命っちゅうのはホンマ気紛れなもんで、ウチと両親はそれに巻き込まれてもうた。

 

父ちゃんがカリフォルニアで勤めとってな?遊びに行ってたんよ、母ちゃんと。まぁガキやったさかい、よぉ覚えとらへんケド。

 

んで、目が覚めた時はベッドの上。看護師が大騒ぎしとったわ。奇跡やー言うて。

 

父ちゃんなんぞ大泣きやったなァ。ありがとう、ありがとう言いながら。

 

さて本題はこっからや。

ウチは向こうで母ちゃんと両足を失ってもうてたんや。挙げ句丸々5年近く寝とったみたいで、時世も随分変化しとった。

 

海路空路と深海共に獲られかけ、世の中すっかりナイナイ尽くし。退院したら学校は一旦諦めて、働いてくれ言われたから、父ちゃんかなりキツかったんやと思う。

 

ただ戦中の、しかも押されとる時期の日本に、足も学も無い小娘が働ける場所なんぞ、な?

 

あん時は辛かったわぁ。父ちゃん笑とる顔に、もう無理って文字がしっかり浮かんどったから。借金もこさえとったみたいやし。

 

そんでウチが目覚めて一月くらいか?最悪の最悪、身体でも売るかぁなんて考えとったある日、ビシッとした服装の兄ちゃんが病室に入って来た。ソイツは海軍の技術将校で、ウチに新型艦娘のテストヘッドになるよう勧めてきよった。

 

勿論断ったで。何が艦娘や夢でも見とんかと。まだ日本への本土侵攻が無かった時やったし、何より怖いやん?突然戦争へ行け言われても。

 

それは父ちゃんも同じやったみたいで、よぉ兄ちゃんと揉めとったわ。

 

「このパンフレットだけでも!今、日本を救えるのは適正のある・・・」

 

「軍隊に大切な娘を送りたがる父親は居ませんよ。お引き取りを」

 

そら嬉しかったで。愛されとるって伝わるやん、こんなもん。

 

だからこそ、ウチは自分を呪ったわ。父ちゃん日に日に顔色悪くなっとったし、多分風呂にも入れてなかったわ。

 

んでな、こっそり聞いてみたんや。兄ちゃんがコソコソ来とるの知っとったからな。

 

「あの、艦娘になれば、給料貰えますか?」

 

「当然です。貴女達は国の宝、終戦後は豊な人生を送れるようになるでしょう」

 

「足を取り戻す事もできますよ。費用は全て軍が負担させていただきます」

 

「ちなみに入隊から任期満了まで、こちらが支払わせていただく給金を危険手当て込みで試算しますと・・・」

 

こんな話、受けな勿体ない思たわ。

 

だってそうやろ?車椅子とサヨナラ出来る。父ちゃんにマンション買うてやれる。良いコトだらけやん?

 

ウチは兄ちゃんから紙をふんだくって、自分の名前を書き殴った!さぁ、これでウチも艦娘や!

 

「未成年の方は、ご両親の承諾が必要ですので・・・」

 

結果だけで言うたら、見ての通りや。

 

まぁ、大喧嘩したケド。父ちゃんがあそこまで怒ったんは、後にも先にも無かったわ。

 

そりゃぁ、今なら解るで?親心とか、父ちゃんのプライドとか。子供はおらへんのやけど。

 

こん時仲直りせぇへんかったのは、今でも後悔しとるよ、ほんまに。

 

もしあん時、未来が見えていたら?何て、しょうも無い事をずっと考えとるよ。まぁきっと、出した答えも行き着く先も、きっと同じやと思うけどね。

もしもあの時なんてのは人生には無い。それでも、寝れん夜とかに考えてしまうんやから。

 

子供なだけかもしれんな、ウチが。



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アンヨが上手

「さて、ウチは偉い高そうな車に乗せられて、呉工厰に付いた訳やケド」

 

「えぇ?そこはカットですか龍驤さん」

 

「話の腰折らんといてよ先生。・・・実はな、あんま覚えてないねん。父ちゃんの件も有ったし、とにかく緊張しとったんや」

 

ホンマはビビって泣きまくっとったけどな。

 

「なんなら艦娘への転換手術、設備に関してもあんま話せんで。こっちは軍事機密ってヤツやけど」

 

「ぎょーさん書類にサインして、診察してもろて、注射して眠なって起きたら艦娘になっとったわ」

 

「軍も焦ってたんでしょうね、きっと」

 

「何や急にマジな顔して・・・。まァこうして、ウチは生物兵器一年生になったワケや」

 

不思議なもんで、目が覚めると不安や弱気が全部クリアになっとった。いきなり生えとる足にも驚かんし、元気が有り余っとる。今にも飛び回れる気分やったけど、さすがにアカン言われたわ。

 

しゃぁないんで、簡単な運動訓練と基礎学習をやっとったら、ある日ツルッぱげの大男がウチんとこにやって来たんや。

 

「そん身体はどんなもんや?」

 

「おじさん誰?」

 

「俺はこの基地の指揮官や」

 

「・・・私に給料を払ってくれる人」

 

「惜しい。そりゃ俺より上の人間や」

 

「そうなんだ。身体は馴れたよ。早くお父さんに見せたい」

 

「制服授与ん時ばっちり写真撮ったるさかい、父ちゃんに見せたれ。飴食うか?」

 

このオッサンこそ呉鎮の総責任者、佐々木海将その人なんやけど、今思うと恐ろしい態度やな。無知とは恐ろしいもんや。

まぁこの人も、ド偉い立場の割にしょっちゅうウチん所に顔出して、やれ土産だの報奨だの言って飴玉渡しよるんやから、妙な距離感になんのも仕方ないわ。関西弁まで移しよってからに。

 

さて、転換手術が終わって、脳ミソが新しい身体に“馴染む”と艦娘にとって最初の試練が待ち構えとる。

 

水上歩行訓練や!

 

コイツは全身の筋肉どころか転ばんために神経を酷使するもんやから、まぁアホみたいに疲れよる。

 

あの那智が泣き出すレベル。なんて話が上がるほど、この訓練はキツいんや。ほんで、ボロボロになったウチらを更に苦しめたたもんがあってな。

 

「はい!あと10歩頑張ってみましょうね~。いち、に、いち、に」

 

「…あの、鹿島教官。その掛け声何となりませんかね」

 

「なりませんよ?いつまでも訓練をパス出来ない赤ちゃんには、これがピッタリですからね~。はい、あと20歩追加です!」

 

これが最っ高に恥ずかしいねん!サシでやっとるならまだしも、皆が見とる中でもこの調子やで?たまったもんじゃなかったわ。

 

まぁ、お陰様でぶきっちょなウチでもスイスイ進めるようになったんやけど。今でも思い出すと背中に嫌ーな汗かくで、全く。

 

「おい龍田ァ!離すなよ、マジで絶対離すんじゃねーぞ!?」

 

「もう離してるわよぉ」

 

「天龍、腰上げろクマ~」

 

「また転んだっぴょん」

 

…これも地味にキツかった。いや、寂しかった、やな。

 

駆逐や巡洋連中は、すでに部隊単位での勤務が始まっとったから、隣ではいっつもキャイキャイ声が聞こえとるのに、ウチは一人っきり。いっくら初の空母やからって、この辺キチッと考えといてほしかったわ。

 

特に休日ともなれば、それは顕著でなぁ。チビ共は家族の待つ家に、歳上組は・・・ほら、そーいう相手んトコ行くか、姉妹で街に繰り出すワケやん。

 

ウチは足のメンテナンスやら、父ちゃんの住所がまだ決まってないやらで…行くとこ無かったんや。

 

するとな、シーンとなるんや、鎮守府が。しゃあないから資料室こもるか自主練しとると、

 

「良っしゃ、俺とゲームやろか。ドライブとかでもエエで?」

 

なぁんて飴玉オヤジが言ってくる。これは悔しかったわぁ。ウチは援交少女か!って。まぁゲームするんやけど。

 

あ、飯とかは皆で仲良ぉ食っとったで?別にイジメとかや無いからな!?

 

しばらくして、全員が訓練をパスした翌日、教官や技術者が、まだ貰っとらん連中への“艦艇”拝名と制服授与を一緒くたにして簡単な卒業式をしてくれたんや。

 

キッツイ指導のせいで“香取線香”なんて陰口叩かれとった香取教官が泣き出してなぁ。

 

「…改め、りゅ、りゅうりょう、前へっ!」

 

「はいっ!!」

 

ぐずぐずになって呼ぶもんやから何言うとるか解らん上に、貰い泣きするトコロやったわ、全く。

 

天龍がへったくそな歌を披露して、飴オヤジに酔っ払った望月がくそ真面目な謝辞を言い出して、鹿島教官までポロポロ泣いて、みぃんなで写真撮って…ホンマ楽しかったわ。

 

「姦しい事この上ねぇなぁほれもっと詰めんかい!!ほれ駆逐は前、それ以上は後ろや。龍驤はぁ前でええわ」

 

「何でやねん!駆逐空母とちゃうんやぞ!」

 

「おっちゃん可愛く撮ってにゃ」

 

「うぅ~、頭におっぱい乗せないでよぉ」

 

「加古、加古、寝ちゃだめだよ」

 

「北上さん!もっと寄って、もっと!」

 

「三日月、緊張しちゃって置物みたいっぴょん」

 

「動くな動くな。よしバッチリや…ほれ龍驤も照れんと笑え!3・2・1」

 

エライ騒ぎやろ?人によっちゃ、税金の無駄遣いやー何て言うかもしれん。

 

けどな、しゃぁない事やったと思うで。人類救済の決戦兵器、大海を征く鋼の乙女なんて言われとっても、ウチらは何処にでも転がっとる、ただの小娘やったんやから。



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おまじない空母

さて、こうして龍驤になったウチは、工厰内に作られた粗末な部屋から、鎮守府に新設された艦娘寮に居を移して、正規の兵隊として歩み始めたワケや。

 

所属も無事決まったわ。大淀っちゅう、寮の取締役がおって、ソイツに言われて指令部に出頭してみたら、なんと飴親父が待っとった。

 

何やら大層な服を着てなぁ。しっかり海将の顔付きしとったわ。つるっパゲなのに。

…まぁ、かっこ良かったけどさ。

 

「おっちゃんどないしたん?今日はビシッと決めとるやん」

 

「そりゃあ、俺はココで将官やっとるからなぁ。前に言わんかったか?」

 

「ウソか思っとった」

 

「んな訳有るかい。まぁ、一昨日やぁっと通達が来たんやけどな。…気を付け」

 

「俺は呉で空母艦娘打撃部隊、第四航空戦隊の指揮を執る事になった。詳細は追って連絡するが、旗艦はお前だ。良く励んでくれ。以上」

 

「はいっ!!…あの」

 

「何や」

 

「ちょい前に来とった兄ちゃんはどないしたん?ほら、あの、イケメンな感じの」

 

ソイツは舞鶴から来た新任士官で、もしかしたら艦娘部隊の提督になるんやないかとウチらは噂しとった。

 

「ありゃ前線司令官や。俺が直接海に行けんからな。戦闘指揮やら何やらは彼がやる事になる」

 

「へぇ。へへへ。まじかぁ」

 

「…悪かったなぁ飴玉オヤジで」

 

「いえいえ滅相も御座いません事よウフフ」

 

「ったく生意気言いよる。行ってええぞ」

 

「はいっ」

 

「龍驤。宜しく頼む」

 

「アイアイサぁ」

 

なぁんて我ながらキザなやり取りしといて、実は戦隊言うてもウチ一人、何もかんもが暗中模索っちゅうのを聞いて噴飯するコトになるんやけどね。

 

そんな“お飾り”旗艦、のウチにとって最大の試練、それは何と言っても飛行隊の使い方やった。

 

「え~と、龍驤さんの適正はまぁまぁなので、直ぐ飛ばせるようになると思いますよ?」

 

スカートにエグいスリットの入ったピンク色の姉ちゃんが笑いながら言いよったんで、軽い気持ちでやってみたんは良いけどまぁムズい。

 

簡単に言うたら、妖精を降ろした形代に、戦闘機のイメージを送り込みながら、デカイ霊符の上を走らせんねん。

 

成功すりゃあ札に“門”が現出して、そこを通った形代は戦闘機に実体化、そのまま空にテイクオフって訳や。

 

ホンマはもうちょい難しい話なんやけど、説明し出すと終わらんから堪忍な。

 

エ?妖精って何やって?…妖精は妖精よ。知りすぎたらキミ、大変な事になるで。…まぁウチもよぉ分からんけど。

 

兵隊は銃が使えても、それ本体や弾薬の作り方までは知らんやろ?そう言うこっちゃ。

 

とにかく、コイツは難儀やった。慣れない戦闘艤装で海面プカプカしながら足んないオツムであれこれするもんやから、ゲェゲェやるのも珍しくなかったわ。

 

「風向き…速度…よっしゃ頼むで!」

 

気合い一閃。九六式がプロペラを唸らせながら飛翔して、ぐんぐん高度を取り、墜落しよった。いや、させたやな。

 

《これでぇ29・・・30回目だよぉ》

 

《回収向かいます!》

 

《文月、三日月、ホンマにごめんな~》

 

特に発艦が苦手やったウチは、休日返上で訓練しとった。現状一杯しかおらん陰陽型が珍しいのか、手空きの防海艦や駆逐艦が、良く見に来とったわ。

 

「おまじない空母、全然上手くならないっぴょん」

 

「召され~そうらえ~って誰がオカルト女や!!」

 

「乗り突っ込みにゃしぃ」

 

初期の紙製触媒は、出撃前に祈祷が必要やったせいで、ウチには全然おもろくない渾名が付いてもうた。

 

まぁこん時、ウチには仲間っちゅうか、誰かと“組む”ってコトが出来ひんかったから、こうして同じ艦娘と絡むのは、素直に嬉しかったわ。

 

「アカン、ちょっち休憩」

 

離陸回数が3ケタまで行くと、体は平気でも頭がガンガン痛み出して、綺麗なベッドの事しか考えられんようなる。

 

「お疲れ様です!ラムネ飲みますか?」

 

「三人で飲もうよ~」

 

んで、駆逐艦に介抱してもらうっちゅうのが日課やったんやから、ホンマ情けないもんやで。

 

「あーサンキュ。喉からっからやってん」

 

生身なら死んでまう程、汗をかいた状態で流し込む、キンキンに冷えたラムネの旨さは、ウチの言葉じゃ語り切れないもんやったな。

 

何より、誰かと一緒にってのがエエねん。一人ぼっちの人生なんて、つまらんもんやろ?

 

《龍驤さんお疲れ様です。おら二人とも飯行くんだろ?龍田が待ちくたびれちまう》

 

なぁんて思っとると、共用無線で天龍が話しかけてきよった。

 

コイツはちと口が悪い、けど面倒見が良いもんやから、しょっちゅう駆逐共にまとわり付かれとったわ。

 

「あう、天龍ちゃんと約束してたの忘れてたぁ」

 

と、文月が口に手を当てる。

 

アイツの名誉の為に言っとくが、決して舐められとったワケや無いで?いや、ホンマに。

 

「でも、えとあの、お手伝いが…」

 

ハイハイ、解放するっちゅーの。

 

「二人ともアリガトさん。行ってエエで、美味しいもん食べてき」

 

あないな顔されたら引き止められんわ。全く。

 

文月はぶんぶん手を振りながら、三日月はペコペコ頭を下げながら。港へ消えていく二人を見送ったウチは、正直訓練どころの気分や無くなっとった。

 

だってそうやろ?自分でトンボ釣りしながら発着艦なぞ手間が掛かってしゃーないからな!

 

「またぼっちかい。だいたい何で天龍のヤツ敬語使うねん、ウチがおっかない女みたいになるやんけ。あーあヤメヤメ」

 

こうなるとウチはもうダメで“厚底”以外の装備をカバンに仕舞い込み、海面に寝転がった。

主機さえ付けとりゃ艦娘は沈まんからな。ま、死んだら文字通り轟沈するんやけど。何なら制服も髪も濡れよるケド。

 

「こんなで空母なんぞに、なれるんやろか」

 

ちょびっとだけ泣きそうにしとると、遠くから何や音が聞こえてきよった。

 

「…ペラの音?陸の方からやな」

 

思わず身体を起こしたウチは、腹から来る衝撃をそのまま口走った!

 

「速い!!」

 

ブオンと唸りを上げ頭上を通過した銀色のそれは、真っ青な空を切り裂きながらグワっと上昇し、鋭く円を描くと彼方へ消えていった。

 

「なんやアレ、サイズは精霊航空機やが、どエライ速度やったな」

 

さっきまでの落ち込みは何処へやら。ウチの頭は興奮で元気を取り戻しとったわ。

 

単純やー思うかも知れんが、やっぱり気になるやん。艦娘なんやし。

 

「正体暴いたるわ」

 

息巻いたウチは、大急ぎで霊符を引っ張り出しながら、やれ九六式やとスピードが足りんだの、なら高度を取って上から追い掛け回すかだの、しょーもないコトを考えとった。

すると、今度は声がウチの耳に届いて来たんや。ま、ほとんど頭に入っとらんかったケド。

 

「すーみーませーん・・・!」

 

「っしゃぁ飛ばすで・・・あぁもう髪ベッタベタやん腹立つ~!って自業自得か」

 

「あの、すみません」

 

「あっちに飛んでったから、東に流してぇ」

 

「あの!!」

 

「ひゃん!!」

 

海上で突然呼び掛けられるってのはホンマに驚くんやで?変な声の一つも出るちゅーねん。

 

「え誰、ダレ?」

 

「ごめんなさい!今こちらに妖精航空機が来ませんでしたか!?」

 

「い、今追跡しようとしてたところや、ちょ、近い近い!!」

 

時代劇の若女将みたいな格好した艦娘が、かぶり付きで質問してきよった。泡でも吹きそうな狼狽えぶりやったね。

 

「ああどうしましょう、大切な試作機なのに・・・妖精さぁん!戻って来て下さーい!

 

「いや聞こえんやろ。何があったんや?落ち着いて話してみぃ」

 

「それが・・・」

 

何でも、受け取ったばかりの艦戦を飛ばしてみたは良いが中々のじゃじゃ馬で、誘導を切って暴れ出したんで、急いで追い掛けて来た。ちゅー話やったわ。

 

「ほーん。いや大事やんけ!損失したら拳骨や済まんで。他の艦戦は!?」

 

「それが、発動機の機嫌が悪くて」

 

「しゃーない、何とかウチの九六式で誘導してみるわ。手伝ってくれや」

 

「はいっ。宜しくお願いします」

 

「ウチは龍驤。そっちは?」

 

「斉藤・・・いえ、鳳翔。空母艦娘の鳳翔と言います」

 

これが何とも間抜けで、須沌狂な、ウチらの出会いやった。

 

「んだらウチが艦載機で“ヤツ”と間接通信するさかい。鳳翔さんは機影が見え次第誘導を取り戻してくれ!」

 

こいつは迷子になった妖精機を助ける方法の一つやった。

 

そもそも妖精機っちゅうのは、式たる精霊と使用者の艦娘、二つの意識が上手い事混ざって初めて飛び回れるんや。

 

ケド、初期型の機体は念動通信機器の作りが甘くてな、艦娘側の意思が届かんかったり、弾かれたりする不具合が良ぉ起こった。

 

この“片想い”を復旧させる手段が、間接通信やった。コントロール下にある妖精機をアンカーにして暴れ馬を持ち主の近くまで捕捉・誘導してやんねん。

 

後は持ち主が改めて意思を伝えて、めでたく両想いになってハイ終了。

 

ナニ?解りにくい言われてもなぁ、こうとしか説明できへんわ。簡単に言うたら、こん時ウチは鳳翔と試作機の仲人を務めたっちゅー訳や。

 

ただ、一つデカイ問題があった。

 

「行っけぇ!!・・・ぐぁぁまたダメや」

 

ウチの発艦下手や。5回連続で海に落っことした辺りで、ついに鳳翔がウチを怒鳴り付けた!

 

「龍驤さん!駄目ですよそんな乱暴に艦載機を扱っては。だいたい何ですかその姿勢は腕も腰も曲がってるリリースが早すぎる集中を切らないそれから」

 

この発憤ぶりやもん。ウチはコメツキムシみたいにハイハイ頭を振るしか無かったわ。

 

ま、この指導が功を奏して、龍驤印の九六式は無事試作機を持ち主んトコに連れ帰る事が出来たんやけどね。

 

傑作なのはこの後やった。いよいよ機影が見えて、着艦行程に入ったんやけど、鳳翔の奴急に黙んねん。まぁ集中しとるんやろなーくらいに考えとったんやけど、いざ甲板艤装に試作機が入り込む瞬間、

 

「きゃっ」

 

って声が聞こえてん。マジ子犬かなんか居るか思たもん。海上やのに。

 

見てみたらな、震えてんの、鳳翔が。んでその横を、試作機が蚊みたいな速度で横切ってたんや。

 

「な、なに?どしたん」

 

「えっとですね、あの、私実は、艦載機の押さえ込みが少々苦手と言いますか・・・」

 

「ほーん。まぁ誰かて得意不得意あるもんな、ゆっくりやったらエエやん」

 

「はいっ」

 

良い顔やったでー?成功させたるっちゅう確信に満ちた瞳、凛とした佇まい、これぞ大和撫子や。

 

「…何回失敗しとんねん!!」

 

5回目辺りでウチの堪忍袋が決壊したわ。あんだけ捲し立てといてコレかい!ってなるやん、こんなもん。

 

「エエか?着陸いうんはビビったらアカン。キチッと進入角調整したら、後はドーンと構えとったら丸く収まんねん。そう、腕伸ばして、速度合わせて・・・目ぇ反らすなぁ!!」

 

ウチ適切な”指導”のお陰で、無事試作機は御帰還と相成った。何回ミスったかって?秘密や秘密、鳳翔が可哀想やもん。

 

帰りは、二人で色んなコトをお喋りしたんや

 

身体はヘトヘトやったけど、話のネタは全然無くならんかったわ。

 

夕日に照された海面がキラキラしとって綺麗でなぁ、普段ならそんなん思わんのに。きっと、楽しかったんやろな、誰かと居るのが。

 

全くとんだ一日やったわ。ま、今となっては、大切な笑い話の一つやけど。

 

ちなみに、基地に着いたウチらは大目玉を喰らってなぁ。二人で夜通し廊下に立たされたんや。全く、昭和かっちゅーの!

 



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ファースト・レイド

「意外ですね」

 

「何や先生。つか普通に話し掛けてくるんですね」

 

「いえ、艦娘って言うと、戦ってばっかりなイメージでした」

 

「アホ言うたらアカンよ。ウチらが兵器やらって、何の訓練もせんと戦地に飛び込んだら、死体の山に変わるだけやで」

 

「何事にも準備が必要、ですか」

 

「そう言うこっちゃ。そんで戦争の準備なんちゅうのは、成果なんぞ本来出ない方がええねん」

 

「けど、遂に来てしまったんや。艦娘が、その存在理由を示す時がな」

 

正式な通達の後、鳳翔を四航戦に迎え、訓練は益々活気を帯びていった。特にウチらは、手探りだった部分を補い合えたんで、練度がメキメキと上がったわ。

 

「新妻空母、仮想演習で長門を負かしたらしいクマ」

 

「何やねんその渾名」

 

「睦月型がそう呼んでる。言い得て妙なネーミングだクマ」

 

「エロいっぴょん」

 

「エロいにゃしぃ」

 

「解るわぁ」

 

何てしょうもない会話をしつつも、鎮守府内の熱量みたいなモンは確実に上がっとった。もしかしたら、皆、何かを感じ取ってたんかもしれんな。

 

七月の中頃だったわ。季節にしちゃあ涼しい夜で、手空きの連中と食堂で駄弁っとると、放送で呼び出しが掛かったんや。

 

「敵が動き出した、始まるぞ」

 

会議室に集まったウチらへ、司令が短く通達した。

 

愛嬌のある顔が、この日は青白くなっとったわ。

 

空軍の偵察機が寄越した情報は、軍や国の御偉いさんを奮発させんのに充分なもんやった。

 

太平洋、そんで深海共の初進攻。二つの戦争で奪われた硫黄島に敵が集結しとるっちゅうんやから、まぁムリも無いんやけど。

 

ホンマは色んな段階を踏んで決められる様な物事も、電話一本でハイOK!戦時下の、洪水みたいな速度で流れてく時勢っちゅうのは、決断だけで動いとった気がするわ。

 

まぁ、つまるトコロ、ウチらは家族への挨拶もままならず、ドッグでワタワタと装備を整えたっちゅう訳や。

 

「龍驤さん、大丈夫ですよ。敵に空母は確認出来ていませんし」

 

「二人が艦載機飛ばす前に、俺達が片付けてやりますよ」

 

こん時のウチは初出撃と艦隊指揮のプレッシャーで緊張しまくっててなぁ、鳳翔や天龍が声を掛けてくれてたんや。

 

そんな中でな、三日月と弥生が近付いて来て、

 

「私たちがお守りします。いのちに変えて」

 

何て言うんや。顔真っ青にして。

 

そら駆逐や巡洋は、空母の護衛も大切な仕事なんやど、さ。

 

おかしな話やん、こんなチビ共がドンパチやるなん、ホンマに。夜になると寂しくて、ママ、ママって泣くような連中やで?

 

こん時のコトを、二人の顔を、ウチは一生忘れられんわ。

 

『最終命令が来た』

 

気の利いた返しも出来んと、ただ、ワケも無く出そうになる涙を我慢しながら、チビ共の頭を撫でつけとると、おっちゃんからの無線が届いた。

 

『悪いが見ての通りだ。だが、君達は強い。その為に作り、訓練し、それに耐え抜いた精鋭だからだ』

 

おっちゃんの、いや、司令官の、普段からは想像もつかん固い声が、

 

『この国から、海から、世界から深海供を叩き出せ』

 

兵士を煽る強い言葉が、

 

『制限無しだ。存分に暴れて来い・・・第二艦隊出撃ッ!!』

 

つくづく実感させたわ。

 

戦争に行くんやなって。

 

「全艦、抜錨ォ!!」

 

飛びきりの大声で、ウチは号令を掛けた。ビビりな自分を吹き飛ばすために。

 

僚艦の答礼と、仲間達の激励に背中を押され、第二艦隊は闇夜の海に乗り出した。

 

時刻はフタヒトマルマル。史上初の、艦娘による反抗作戦が、遂に始まったんや。

 

[硫黄島奪還作戦・第二艦隊編成]

 

■第四航空戦隊

龍驤、鳳翔、三日月、文月

 

■第三戦隊

球磨、多摩、大井

 

■第五戦隊

古鷹、加古、睦月、如月

 

■第一水雷戦隊

天龍、龍田、弥生、卯月

 

前進原速。短く無線を走らせたウチは、ポツンポツンと光り放つ海岸線を横目に見とった。

 

昔はぎょうさん人が住んどって、エライ賑やかやったって話を司令から聞いとったんやけど、そん時は消えかけのローソクみたいで、寂しいもんやったわ。

 

『あ~、ほらほら、あそこに茶店があるにゃ?その隣に多摩の家があったにゃ』

 

『今じゃ接収されてミサイル陣地だクマ。どうせ役に立たないのに、軍も身勝手なもんだクマ』

 

『日当たりが良いから、居眠りには最高にゃ。だから勘弁してやるにゃ』

 

『姉さん、時々姿を消すと思ったら!』

 

『店長の珈琲は最高だよな。こう、薫りが良いんだよ』

 

『あれ代用品だし。そもお前ブラック飲めないだろ?なぁ古鷹』

 

『確か合成珈琲だって店長が・・・ってダメよ加古!とにかくダメなの』

 

『ふかふか天龍ちゃんは子供舌っぴょん!』

 

『・・・天龍さん・・・泣かないで』

 

『いや泣いてねーよ?弥生、マジで』

 

遠足気分やーなんて思ったやろ。まぁ、深海供の気配も無かったしな。

 

何より、緊張を皆誤魔化したかったんやと思うわ。下手したら、もう帰って来れないんやから。

 

『文月、ふかふかって何や?』

 

『ええとねぇ、天龍ちゃんのおっぱいのコトだよぉ。マシュマロみたいなんだよ~?ねぇ三日月~』

 

『おい!余計な事言うなよ恥ずかしいだろ!』

 

『ええでええで、ウチが許可するわ』

 

『えっと、あの・・・とってもふかふかでした!』

 

後で聞いてみたんやけど、艦娘転換手術の副作用で、あないな身体になったらしいで。ウチの体が成長せんのと同じ理由やな。

 

なに、感想?まぁ、うん。ふかふかやったわ。

 

こうやって何の役にも立たん、心底くだらん無線をしとるとな、つくづく思ったわ。このまま、何もなければええのに。皆で無事に帰って、汗流して飯食って寝ちまえればええのにってな。

 

出撃から数時間。呉の街はいよいよ見えんようなって、水平線にも飽きてきた頃やった。

 

卯月と鹿島の合コン失敗談をしとった多摩が、突然静になったんや。

 

コイツは演習中“何となく”で鳳翔の攻撃隊から逃げ切った事があったもんやから、皆一気に静になったわ。

 

たまぁに居るやろ、変な勘が働く奴。多摩は正にそれやった。

 

『・・・近いんか』

 

『解らんにゃ。けど、嫌な感じ』

 

ウチは迷わず、古鷹と加古に偵察機を使わせた。どうにも安定せん電探は信用出来んし、適当に部隊動かして奇襲されたら洒落にならんやろ?

 

味方を集結させつつ、微速まで進軍速度を落として報告を待っとると、予想よりもかなりの早さで、敵艦発見の知らせが届いて、正直焦ったわ。

 

「ッ!敵、敵です!」

 

「落ち着かんかい古鷹。情報は正確に」

 

「は、はいっ・・・十三時方向、距離約五千、駆逐六、あと、良く解んないのが八です!」

 

「解んないって何や」

 

「艦種不明です!えっと…人?人型、何よこれ!!」

 

偵察機と視覚を共有したせいで、混乱したんやろな。親友の加古でさえ、古鷹を宥めるのに苦労しとったわ。

 

何せ未確認の…人間みたいなナリの生き物が深海供とつるんどる所を見てもうたんやから。

 

挙げ句、悪い事ってのは続くもんで、呉への通常無線も、連中の電波妨害で繋がらんと鳳翔が言い出したもんやから、こん時は焦ったで。

 

「で、どうするんだクマ」

 

嫌味なくらいの冷静さで放たれた戦隊長の質問に、ウチは迷いに迷った。時間にしたら一瞬だったかも知れんし、数分だったかも知れん。

 

どうする?連中を殲滅するか?けど、それをやれば作戦の第一段階…島への払暁強襲計画は、既に御破算や。

 

では、やはり硫黄島を?駄目や。本部との通信を確保出来ん今、連中に突っ込まれようモンなら、防海艦や、残してきた仲間は、完全な奇襲を受ける事になる。

 

しかし、あの深海供が先遣隊やったら、下手に突つけばコッチが挟撃される可能性があるんやないか?

 

「時間がもったいないよ。わたしも“妹”達も覚悟は出来てる。あとは龍驤さんだけ」

 

脳みそを絞り倒しとったウチに、普段からは想像も付かん声色で言い放った睦月の表情は、確かに、兵隊の顔付きやった。

 

それだけやない。他の睦月型や巡洋連中、普段はこっちが心配になるほど優しげな鳳翔まで、ただ静にそん時を、旗艦の命令を待っとった。

 

ウチは、大きく息を吸い込んだ。しょっぱくて、ねっとりとした、気持ちの悪い空気やったわ。

 

「各員、全兵装の安全装置を解除。やるで」

 



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はじまりの、おわりの

出足の遅い鳳翔と、護衛の文月を待機させた第二艦隊は、教練通り無線を完全封鎖して、敵陣に向け突き進んだ。

 

球磨率いる水打部隊を先導に矢尻型隊形、第四戦速。横っ腹から打撃を叩き込む算段や。

 

やがて浮かび上がる深海供のシルエットに各艦が魚雷を発射。放射状に伸びる計十本の雷跡が、連中の足元に吸い込まれた。

 

爆轟。吹き上がる水柱と鉄片。人間みたいな悲鳴。呆気なく崩壊した敵戦列を見て、ウチは思わずほくそ笑んだ。まだや、これからや。

 

しっかり踏ん張り急制動。とにかくデカイ奴に狙いを定める。交戦間隔はおおよそ二百。艦娘ならば必中距離!

 

腰に付いとる高角砲を、ウチは化けモンの影にぶっ放した!

 

上手い事顔面にでも放り込んだんやろね、ソイツはパッと青い血ィ撒き散らしながら、ゆっくり沈んでった。ターゲット・ダウンってな。いい気分やったわ。

 

この一撃を皮切りに、第二艦隊は深海供を徹底的に打ち据えた。銃弾、榴弾、挙げ句の果てには魚雷の直接投射。どんどんパンパン騒がしいもんやった。

 

特に天龍達ゃ凄かったで?

 

缶を真っ赤にして縦隊で突っ込んだ思たら、正真正銘の殴り合いを始めたんや。そりゃあ懐に飛び込みゃ撃たれるリスクは減るが、なぁ。

 

弥生なんぞ、黙々と錨で敵の頭をカチ割りよる。

 

あんな小っちゃい体に、連中の体液やらなんやら浴びまくるから、髪から何から真っ青になっとったわ。

 

遂には慌てふためく青白いデカ女は駆逐共が羽交い締めにしてな、節約節約言いながら龍田が槍で一突きよ。連中にはどうにも感情があるみたいでな?おっそろしい顔しながら死んでったわ。絶望感ちゅうか、憎悪ちゅうか。

凄まじい光景やったで、ホンマに。

 

接敵からきっかり二十分。数で勝る深海供を、ウチらは一方的に鏖殺した。負傷者無し。完璧な勝利やった。

 

ところがココは最前線。今度は加古の偵察機が敵戦隊を捉えよった。駆逐数匹と、例の人型。

 

「硫黄島からの増援ねぇ。みんな残弾はぁ?」

 

いつもの甘ったるい声で、部下をまとめる龍田の見た目は、すっかり血塗れ煤塗れ。ま、それは各員似た様なもんやったけどね。

 

「ほら卯月、オレの弾使っとけ。水雷隊いけるぜ」

 

「第五戦隊、問題有りません!」

 

「右に同じクマ。・・・迎え撃つか?」

 

居場所がバレとる以上、完全な奇襲はちと厳しい。お天道さんはまだ寝足りん様で、空戦仕掛ける訳にもいかん。勢いは悪くないが、どうにも不安材料が目立ちよる。

 

何や色々と悩みの種は尽きんかったが、一つだけ明白な事柄があった。

 

“今、戦う以外の道は、第二艦隊に残されていない”

 

ウチらは、限界まで戦った。無我夢中やった。思い付く全ての手管を動員したし、弾薬なぞ、底を付く寸前やった。

 

白み始めた空に、鳳翔の飛行隊が雲を引くんを見た時は、安心して腰抜かしそうになったわ。

 

『皆さん怪我は!?え、被害って言うの?文月さんは物知りですね』

 

『座学で言ってたよ~』

 

『わ、私、お昼御飯の後はねむくなってしまいまして…』

 

『鳳翔さん無線無線~!!』

 

『し、失礼しましたッ!』

 

真っ赤な顔を想像して、皆でニヤニヤしとったんやけど、いざ合流した鳳翔は、今にも泣きそうな顔やった。

 

不思議に思って、どないしたんやと聞いたらな、

 

「傷だらけじゃないですか!!」

 

やと。殺し合いしとったんやから当たり前やし、ぶっちゃけ艦娘は簡単に死なへんから、そない心配せんでもええんや。

 

ま、理解しとっても、必ず口に出すのがコイツなんやけどね。

 

無事ですか?遅くなってごめんなさい…ってな。誰も気にせんわ。んなもん。カワイイ奴やで、ホンマに。

 

ちなみに、ウチも鳳翔の気分を直ぐ味わう事になる。それも、嫌と言うほどな。

 

しかし空母艦娘の打撃力っちゅうのは凄まじいもんで、航空機がポンポコ爆弾やら何やらを落っことすから、深海供はろくに反撃も出来んと海の藻屑になるんや。

 

艦娘一人にぶっ殺されるんやから、連中もさぞ悔しかったろなぁ。ま、しゃあなしやな。

 

「人妻空母、クソ強いにゃ」

 

「…今度から鳳翔さんて呼ぶぴょん」

 

「うわ、人型の奴半分に裂けよったで。ゴツいなぁ」

 

「龍驤さん、手伝わなくて良いんスか?」

 

「あかん、忘れとったわ」

 

冗談とちゃうで?そんだけ印象的な光景やったんや。人類が、開戦後初めて優勢に立った瞬間なんやから。断じて、夜戦明けで寝惚けてた訳やないで?

 

鳳翔の部隊と協力しつつ、空から敵を追い立てて2時間くらいか。海がシーンと静になった。何故かは解らんが、きっとそうなんやろなって感覚は有ったケド、念のため古鷹達に硫黄島へ向けて、三回偵察を行わせた。

 

“確認できず!繰り返す、確認できず!”の無線を聞いた時は嬉しかったわぁ。負けん気の強い大井さえちょびっと泣いとったもん。

 

ウチはと言うと内心じゃ、重たい戦闘用艤装を放って寝転びたい気分やったが、そうもいかん。

 

「三日月、呉に繋いでくれ。多分いける筈や」

 

「はい!えっと、どう報告を?」

 

「そうやな。・・・深海棲敵群の排除を完了。洋上の補給と、人数分の勲章を頼む。何てどうや?」

 

きっと機材の前でイラついとる大淀に、こんなジョークは伝わらんだろうし、下手すりゃ司令に大目玉を食らうかもしれん。

 

けど、たまにはエエやろ?一番最初の、恐らくこっから先の物事から見ればちっぽけな、けれど確かな勝利の瞬間くらいは、さ。



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歓喜・暗鬼・紙吹雪

「私、知ってますよこの言葉。号外でばら蒔かれたんですよね~“自衛軍奮戦!勲章求むの声が暁に轟く!!”これって龍驤さんだったんですね」

 

ウゲ、知っとったんか先生。つか、コイツ幾つなんや。かれこれ二十年近く前の話やぞ。親辺りから聞いたんか?

 

「こん時は最高に恥ずかしかったわ。勢いで言った事やったし、こう、昔の日記を読み返す気分」

 

んなもん書いた事ないけどな。

 

「黒歴史ってやつですね」

 

「先生、ウチのコト嫌いやろ」

 

「大好きですよ?」

 

「あっそ」

 

よぉ口の回る女やな。悪い気はせぇへんが。ケド、あら嬉しいワなんて言わへんで?乗せるのは好きやが、乗せられるのは大嫌いなんや、ウチは。

 

「あの、龍驤さん」

 

ハイハイ何や?お、学ランって事は中等部の生徒か。中々の美男子やな、愛宕辺りがおったら煩さそうや。

 

「ええで。答えられる範囲やけど」

 

「ありがとうございます。確かこの時、日本海上自衛軍鎮守府は、呉の他に三ヶ所ありましたよね?」

 

「横須賀、佐世保、舞鶴。対深海の拠点や」

 

「硫黄島奪還作戦時、これら所属の艦娘…じゃなくて、ええと」

 

「気にせんでええよ。艦娘が差別用語や思っとんのは政府と人権屋だけや」

 

「ハイ。他の鎮守府に所属していた艦娘は、増援に来なかったのですか?定時連絡が途絶えたら、普通心配になると思うんですが」

 

あれか。ま、知っとる奴も居るらしいし、これくらいなら話せるやろ。

 

「これはな、海上補給を受けた時に聞いたんやけど・・・」

 

島への航空偵察を繰返し、空取ったんを確信したウチら第二艦隊は、今や遅しと艦娘母艦を待っとった。

 

こいつは緒戦で生き残った通常艦艇を改装して、入渠施設やら何やらを取っ付けた代物で、移動基地みたいなもんやな。

 

ただ深海供に対してはマトモな防衛能力を持たんから、艦娘の護衛が必要なんやけど、いざウチらの前に現れた時は、無けなしのイージス艦を引き連れておったから、ギョッとしたんを覚えとるわ。

 

ほんで疲れた足引きずって、重い眠たい言いながら乗り込んで、ようやっと一息付いとると、ウチに呼び出しが掛かったんや。

 

「第二艦隊は補給を受けた後、待機、待機だ」

 

出頭した会議室に悩ましい声を響かせたのは、何と水雷隊のイケメン指揮官やった。

 

「島に攻め込まんでええんですか?」

 

「状況が変わったんだ。それを知らせるために僕が直接、前線に来たのさ」

 

戦意に収まりの付かんウチは、澄ました顔で攻撃停止と抜かす青年将校を、砲弾にくくり付けて撃発してやりたい気分やったが、何とか愛想笑いを浮かべて耳を傾け聞いた話しは、背中をじっとりと濡らす汗を冷たくするのに、充分な内容やった。

 

「君達が暴れている真っ最中、択捉島付近に敵部隊が大量発生した。政府はあらゆる手段を使ってロシア極東部隊と連絡を試みたが、敵の電波妨害によって遮断された。通常部隊の出撃準備中、深海棲艦に南下の動きがみられた。首相が各鎮守府にGOサインを出した」

 

「嘘やろ!?ウチらも早く行かな!!」

 

「落ち着いて。…結果のみで言ったら、何も起こらなかった。艦隊が海域に到着した時点で、深海供は姿をくらましたんだ。空自による偵察も行われたが反応は無し。連中が居た痕跡さえ確認出来なかった」

 

「んな訳が」

 

「僕もそう思った。けど事実だ。発見出来たのは鋭意撤退中のロシア通常艦隊。こちらはレーダー照射と数発の砲弾を浴びたが、損害は無し。御礼に数十基の砲口を披露した。極東艦隊は全速で海域から離脱した」

 

「ならええんやけど。しかし、不気味な話ですね」

 

「全く。情報部は作戦行動じゃないかと喚いているが、どうだろうな」

 

解らん事が多すぎる。と溜め息を溢す指揮官に、ウチは声を出さずに笑ったが、内心はたまったもんや無かった。

 

今までは、津波の様に押し寄せて、食い散らかすしかせんかった敵に、決して見落としちゃならん変化が有るんやないのか?

 

もし、敵が集中発生しとったら、第二艦隊は勝つ事が出来たんか?もし、ウチらが抜かれとったら、主力を択捉に取られた本土は一体どうなったんや?

 

たったの二十匹で、米海軍第七艦隊を撃滅した、あの怪物共が、港に殺到しよったら?

 

行き掛けに見た、呉の蝋燭みたいな灯火は、完全に跡形も無く、徹底的に破壊されていただろう。

 

部屋を出て、仲間に休息を命じたウチは、飯も食わずにシャワーを浴びた。ベタベタに張り付く汗と、恐怖感を洗い流すためや。

 

戦えない相手やない。今回は、キチンと勝ちを掴めた。けれど、絶対に油断しちゃならん。連中はいつでも、ウチらの息の根を止められる。

 

そんな風に考えとると手が震えてな、みっともないわホンマに。

 

ちなみにな、この戦闘でぶっ殺した人間モドキは、後に戦艦型、巡洋型と名付けられた。一線級の艦娘戦隊と正面から殴り合える、水上打撃部隊だったって訳や。この話を聞いた時は肝が潰れたで。

 

まァ泣こうが喚こうが命令されりゃ突撃するんが兵隊やから、何とか気分に収まりも付いて島の掃討にやって来た陸軍の対地艦娘…機甲歩兵に弱気を見せんと済んだんやけどね。

 

しかし、この機甲歩兵っちゅうのは凄いモンでなぁ。揚陸艦で浜にグワーっと押し掛けて、飛び降りた思ったらアホみたいなスピードで島を駆け回わるんや。

夜まで掛かる言われとった偵察をさっさと終わらせて、バンカー付きの前線基地まで構築しちまうんやから大したもんやで、アレは。

 

せやかて全部を陸にやらせる訳にいかんから、ウチらは荷揚げの手伝いをしとったんや。最初はだまぁって働いとったんやけど、まぁ、軍人とは言え女同士やから、お喋り始まんのは時間の問題やったわ。

 

「自分ら足にキャタピラ履いとんのか、SFやなぁ」

 

「謎の推力で水上スキーする、貴女達の方がよっぽどSFであります!」

 

「んなコト無いやろ。そっちは全身装甲されとるし、アニメか漫画の見た目やで」

 

「お陰で歩く棺桶なんてアダ名で呼ばれてるであります。我々としては、艦娘型の制服が羨ましいでありますよぉ」

 

「ええウチらの?こんなテラッテラの生地、不安なだけやん」

 

「ケド可愛いでありますで…七五三みたいで」

 

「千歳飴でド突き回すぞこら」

 

「結構槍玉に上がったりするでありますよこの話題。職業差別だって」

 

「この御時世に言っとる場合やないやろぉ」

 

「だからこそ、でありますよ。お洒落くらいしたいであります。我々の装甲なんて見た目だけで、海から撃たれたら、きっとパカパカ死んじゃうでありますから」

 

「自分が撃たれる時なんぞ、ウチらがみーんな殺られた後やから、恨みっこ無しやろ」

 

「それは確かに。ならば是非とも海の皆さんには奮戦していただき、我々の出番を減らして欲しいてありますな!」

 

顔を見合わせ、色白の機甲兵とゲラゲラ笑ってから別れを告げ、一通りの作業を終えて、交代の艦娘からへし折られんばかりの抱擁を受けた後、ウチらは母艦にのりこんで帰路に着いた。

皆疲れたんやろね、加古どころか龍田までヨダレだだ漏れ寝とったわ。

 

ウチはと言うと、アホみたいに苦い代用コーヒーで意識を保ちながら報告書と睨めっこや。学が無いとこう言う時にホンマ大変でなァ。いっくら学習ソフトが頭に入っとっても“指揮官らしい文面”何ぞ書けんのやもん。

 

最後の項目にサイン書き終わった頃には、もう呉が見える時間やったわ。

 

「ん~。帰ってきたって感じにゃ」

 

「うーちゃん一皮剥けちゃって、お父さんも見分け付かなくなってたりして!」

 

やたらと元気な鳳翔につれられて、眠うてひいこら上がった甲板は、第二艦隊の面子どころか他の乗組員達まで大勢が顔を出しとった。

 

「俺らくらいの歳は成長著しいからな!女子三日顔を合わさば何とやら・・・だ!」

 

ぎょーさん寝んねしたお陰か、天龍ちゃんはいつにもまして絶好調や。

 

「男子や男子。んな簡単に身長伸びるかっちゅうの。なぁ鳳翔」

 

「はしゃいでしまう気持ちは分かりますよ。勝って、その上生還できるんですから」

 

「そりゃそうやけど。ウチは何よりマトモなベッドにはよ潜り込みたいわ」

 

ほわほわアクビをしながら艦に揺られ、どんどん瞼が重くなって、もういっそ甲板に寝転んでしまおう思ったが、港で飛び込んで来た光景は、ウチから眠気を眠気を一発で吹き飛ばした。

 

そりゃそうや。同じ街とは思えんほど、キラキラと輝く街灯に照らされながら、大勢の人達が出迎えてくれたんや。

 

置いてきた艦娘連中とか整備部隊だけやないで。馴染みの定食屋のおっさんや、サ店のマスター。美人で有名な花屋の姉ちゃんに、近所の学生さん方。

 

呉の人間ぜぇんぶかき集めたみたいな騒ぎやったで。

 

大声出して手を振っとると、指揮官からの通達で、ウチらは再び戦闘用艤装を着込んだんや。せっかくならカッコつけて、お家に帰ろっちゅう訳やな。

 

こん時は恥ずかしかったわァ。音楽隊の演奏と紙吹雪の真っ只中を、先頭切って行進したんやもん。ウチみたいなのがやで?顔から火が出るトコやったで。

 

…しばらく歩いとるとな、警備員の制止を振り切って、女の人が列に駆け込んで来たんや。反射的に高角砲を使うトコやったんやけど、直ぐ、そうしなくて良かったと思ったわ。

 

「ゆみ、良かった、ゆみっ」

 

その人は、三日月の母ちゃんでな。

 

何度も何度も、ホントの名前を呼びながら、三日月を抱き締めたんや。顔や腕を、娘の無事を確かめながら、ぎゅうっと抱き締めとった。

 

最初は困ったみたいにしとったけど、最後には、つられて、三日月も泣いっとた。何かを我慢するみたいに、静かに泣いとったわ。

 

紙吹雪が二人の周りをひらひら舞ってな。綺麗な光景やったよ?芸術っちゅうか。芸術なんて全然分からんけどさ。



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変化

勝利と生還の興奮も覚めんまま、帰還したウチら戦闘部隊は初めて尽くしの実戦なもんやから念入りな調査と整備を受けた後、二日間の休暇を貰ったんや。

 

「素晴らしい働きだったな!短いが休暇を用意した。存分に羽を伸ばしてくれたまえ。諸君、ご苦労でした」

 

司令官のおっちゃん、佐々木海将が満面の笑みとちょっとした小遣いを渡してくれてさ、いい気分だったもんや。

 

さてせっかくの休み、久しぶりに父ちゃんに会いたいなぁと思ったんやけど、よぉ考えると何処に住んどるか全然分からん。

 

と言うか日本に来て覚えとる場所が病院と鎮守府周りと海の上って年頃の娘としてはどうなんや?

 

とにかくこれじゃ動けんと困っとったらエグいスリットの入った艦娘の眼鏡の方…大淀に声を掛けられた。

 

「龍驤さん良いところに。今呼び出し掛けようと思ってたんですよ」

 

「は、はい!すみません!!」

 

「いえいえ!何でそんなビクビクしてるんですか?」

 

大淀はこの巨大な軍事施設、その上機密だらけの艦娘部門を取り仕切る事務局長なんやけど、あの司令長官に真正面から反論する女傑でもあったんや。

 

ちょっと問題のある艦娘が呼び出されたー思ったら別人みたいに静かになったり、こいつの前ではクセの強い睦月型がですます口調になったりと。

 

…ちょっとビビるやん!そんな相手にはさ?

 

「また駆逐隊の連中が何かしよりました?許して、許したって下さいよ…まだほんの子供ですやん…」

 

「いやいや何の事ですか?」

 

「え?また説教やないんですか?」

 

「違いますよ!一体私を何だと思ってるんですか!!大体またって!」

 

「すみません!!!」

 

「だからそう言うのを…もう良いですっ。それより龍驤さんに来客ですよ。随分と良い格好の」

「はぁ…誰やろ」

 

「ええと。木之下」

 

名前を聞き終わる前に、ウチは走り出した。後ろで大淀が走るなと怒鳴ったが無視や無視。

 

今思えば木之下姓の人間なんぞそこら中に居るんやけど、仕方ないやん。ほんまに久しぶりやったもん。

 

正面口を飛び出し、忘れようがない人影を前にして、息がつっかえて、やっとこ言葉が出てきたわ。

 

「お父さん!!」

 

ってな。

 

この話、続けなアカン?あんま良い思い出やないんよ。…そう?いやそんな真面目な顔せんといてセンセ、話す、話すって。

 

父ちゃんが運転する車ん中でウチはずっと喋っとった。楽しかった事、辛かった事。二艦の仲間達の事。統制されとる事以外、全部喋った気がするわ。

 

ウチがやんやん捲し立てるもんやから、父ちゃんはうんうん首を振るだけやった。

 

こん時、もっと色々な事が見えとれば、また違う未来があったかもしれんわ。いや、多分同じやったな。

 

ほんで到着した我が家はエライでかい一軒家やった。戦中とは思えんくらいに。

 

案内されるままリビングに行くとな、そりゃあ豪勢な食いもんが並べてあったわ。何とかちゅう海外のもんまでありよる。戦中やで?マトモな輸送なんぞ空路しか残っとらんのに。そらたまげたもんや。

 

「お父さん、これ、凄いね」

 

「お前のお陰だよ」

 

「私たちが硫黄島で勝ったから?」

 

「そうだよ。ありがとう」

 

「そっか…そっか!うん!」

 

静かすぎる?いやだって、さっきまでベラベラ喋りすぎたせいで急に冷静になってしまったんや。一人暮らしが長くなるといざ帰ったら親と会話弾まん言うやん?よぉ知らんけど。

 

それに、どうも気になってさぁ。

 

「家、凄いね。仕事調子良いの?」

 

余りにもこう、現実離れした空間ちゅうか。どうにも守府の執務室みたいな雰囲気でさ。色々変な感じがしてさ。

 

「お前が振り込んでくれた給料のお陰だよ。勿論全部じゃない。今では預金がそのまま手付かずさ」

 

「えっそうなの?ウチ…私そこまで貰ってないはずなのに」

 

「資金にするには充分だったのさ。お父さんの仕事覚えてるか?」

 

「金融会社…あっ」

 

「その通りだ。戦中は金の流れが極端だからね。しかも日本は今、その最前線にいる…簡単なものだよ」

 

「う、うん」

 

「そうだ、この際だからお前も勉強しておくと良い。寝る前の数分でもこれを読みなさい。基地の物資、コンテナを調べてみろ。恐らく…」

 

「あはは…」

 

こっからずっとこんな感じやったわ。別に悪い事やないで?むしろ嬉しかったもん。やっと父ちゃんに恩返しできた思ったし。

 

でも、でもさ?もっと足の事とか、色々さ?髪型だって全然違うのにさ?せめて、せめて一言、おかえりって言ってほしかったんや。ウチは。

 

すっごいご馳走食べてるはずなのに、全然味せぇへんかったもん。変よね、きっとウチが変わってしまってたんやな。

 

こっからの会話はよぉ覚えてないわ。次の世界の覇権とか、やれ物流から見た軍事作戦だの、どうでもええやろそんなもん。

 

なぁんか居心地悪くてなぁ。次ん日早々に出てったよ。当て付けに飯だけ作ってサ。背ぇちっこいから苦労したんやで?情けなくて涙出て来たわ。

 

ほんで玄関出たらエライ綺麗な姉ちゃんと入れ違ったんや。家政婦にしちゃあ洒落た格好やなぁなんて思っとったら声掛けられてん。

 

「娘さん…龍驤さんですか?お勤めご苦労様です。ご飯作りに来たんですが、一緒にどうですか?」

 

だってさ!笑っちゃうよね。なる程ねそう言う事!母ちゃんの写真無かったもんね!ウチが必死に戦っとった間にきっと色々あったんや。

まぁ男だもんね?しゃあないしゃあない。

 

そう、物事全部しゃあないんや。深海のドブネズミ共に襲われて母ちゃんが死んだのも、ウチが艦娘になったのも!ボロボロ泣きながら電車に乗って呉に向かってるのも!!こんな気分になるなら休みなんて欲しくなかったわ。

 

はぁヤメヤメこんな話。湿っぽくなっちゃった。あれかね?ウチが敵ぶっ殺して、血だの硝煙だの浴びまくって、そのせいで誰か分かんなくなっちゃったのかね。

しゃあない、しゃあない。

 



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戦ってこそ

何にも楽しくない休暇が終わったら、またまた訓練漬けの日々やった。それが軍隊やし当然なんやけど。

鳳翔とよぉ二人でヒイヒイ言っとったわ。

 

特に空母同士の模擬戦闘訓練は苦手やったなぁ。駆逐連中や漁師のおっちゃん達が見物に来るのはエエんやけど、その内司令官やら参謀本部のお偉いさんまで来るようになってサ?

 

嫌やったわぁ緊張するもん。

 

《空戦技能訓練開始ィ!……鳳翔!艦攻を出すなぁ!……龍驤!これは白兵訓練とちゃうぞ!……おいそこの漁船!何をやっとるかぁ!!》

 

えらいすんませーんてな。

こんなんでも毎日毎日やっとったら、その内上手になって行くんやから、いや努力は大事ねウンウン。

 

ただこんな凪みたいな日常は、全て深海のドブネズミ共を殲滅するための日常でもあったんや。

 

「最近実弾演習増えてますね。おいお前ら胸触るなって!卯月!おい!そこは本当に駄目だろう!睦月、ち、ちょっと!」

 

その日も何時もみたいに食堂で食っちゃべり、何時もみたいに天龍が駆逐艦団子になっとった。

 

「せやなぁ。機銃弾どころか砲弾まで前の倍近く使いよるから書きもんが増えて大変や。小説家やあるまいし。ほいほい駆逐艦!その辺にしとき」

 

「景気良く撃てるのは良いんですけど、火薬の臭いが取れなくて。これじゃあ加古から嫌われちゃう…ところで鳳翔さんの食べ方、ゆっくりで可愛いですよね」

 

「へ?古鷹さん?何ですか?」

 

「気にしないでゆっくり食べて下さいね~。古鷹ちゃん、加古ちゃんは一緒じゃないの?」

 

「龍田さんに演習でぼろ負けしたのが悔しかったみたいでふて寝してます」

 

「龍田は強いからな!ふふん」

 

何で天龍が偉そうやねん。なぁんて突っ込もうとしとったら人影二つ。

 

「おっすにゃー」

 

「相変わらず喧しい連中クマ」

 

二艦の切れ者姉妹。呉鎮守府のアニマルズがバカでかいボストンバッグを肩に引っ掛けやってきたんや。

 

「お疲れさん。なに食う?ま、煮物定食くらいしか残っとらんけどな」

 

「あぁご飯はいらないにゃ。ちょっと挨拶に来たにゃあ」

 

「お、俺達なんかシバかれる様な事しました?」

 

「そっちの挨拶じゃないクマ。やる時は後ろから静にやるもんだ」

 

「その冗談か本気か解らんの怖すぎるからやめぇや。どないしたん?」

 

「…球磨達はちょっと北方に行ってくるクマ。詳しくは言えないけど。まぁそう言う事で一応ね」

 

「変わりに新人が入るから、しっかり可愛がってやってにゃ」

 

なんてあっさり言いよる。まぁ兵隊やし、命令即実行なんて日常茶飯事やけどさァ?…寂しかったわ。同期の戦友な訳やし。

 

「そうですか…せめて送別会でもやれたら良いんですけどね」

 

鳳翔が暗い顔しよるから、皆もちょっとしんみりしちゃったよ。ケド、当の二人はケロリとしたもんで。

 

「いやいやそんなの気にしないで良いにゃ」

 

「そうだクマ。球磨達は艦娘。戦地で戦ってこそ。ただの配置替えで大袈裟過ぎるクマ」

 

「にゃあ。そんじゃあ行くにゃ。大井と北上に宜しく」

「解りました!二人共死なないでくださいね」

 

「古鷹ぁ縁起でも無い事言うなクマ。そっちも頑張れクマ~」

 

手をヒラヒラ振って、二人はさっさと行ってしまった。

 

ヘリコプター初めて乗るクマ。

スーパー61にゃ。メーディ!

バカな事言うな!

ニャア!球磨が殴ったにゃ!

 

なんてアホな会話も一緒に、通路の奥に消えてってわ。

 

この二人は北方海域でとんでもない事件に巻き込まれるんやが、まぁそれは置いとくわ。確かそん時の話、本になってたはずやから、気が向いたら読んでみたらええよ。

 

ほんでまぁ、やれあの艦娘がどこぞの整備士と出来てるだの、やれ大井の北上を見る目付きがヤバイだのやっとったら、ある日、イケメンの指揮官から集合が掛けられた。

ニューフェイスがやってきたんや。

 

「皆、御苦労。知っている者もいると思うが、新人だ。配属先は追って通達。水打か雷戦になるから特に宜しくやるように。二人とも、自己紹介を」

 

「青葉型重巡洋艦娘、一番艦、青葉です!いやぁまさか呉の二艦に配属とは…これは頑張って撮らなきゃいけませんね!」

 

言うが否やフラッシュを焚くもんやから騒然としたわ。ブンヤだ!パパラッチだ!地雷を踏んだらサヨウナラ…いや物騒過ぎやろ。

 

まぁその場で大淀にカメラ取り上げられとったけど。

 

因みにこの青葉っちゅうのは休みやろうが守府やろうが前線やろうがお構い無しに写真撮っとってな。よぉウザがられとったが、皆それに助けられる事になるんは後の話や。

 

「ちょっと青葉、何か私がいたたまれないじゃない!こほん。同二番、衣笠です!国の海を守るため、努力邁進したいと思います!」

 

「ふつーぴょん」

 

「普通にゃし」

 

「普通ねぇ」

 

「普通だな」

 

「三日月は、普通が一番だと考えます!」

 

「アタシゃ眠くなってきたよ」

 

あァこりゃやってもうた。この癖が強い二戦でさぞ苦労するやろう。ウチがそう思った矢先、この普通ザ衣笠が突然、一人の艦娘に歩き寄った。

 

「皆さん酷い!…ん?くれあちゃん?」

 

「は?んむう、その名前は…捨てたよ。フフフ。アタシは加古ってんだ」

 

「イヤイヤ何言ってるの!私だよ、学校で同じクラスだった。塚本美沙希!」

 

「ああん?あー!ミサ!お前どうしたんだよ、疎開したんじゃ?つか痩せたなぁ!」

 

どうやら感動の再開らしく、きゃいきゃいやり出した。普通は止めるんやで?加古が言っとった名前を捨てるっちゅうのは冗談やなく、ウチらみたいな小娘が、個と命を捨てて、敵を殺すためには重要な事やったんや。

 

まぁでも、いざとなると難しいもんでもあったわ。

 

泣いとるんだもん、二人とも。

 

だがあんまり長引かせる訳にも行かんから、指揮官が割って行きよった。

 

「…同窓会は後に。集まってもらった理由はこれだけじゃ無いんだ…くれあ…ぷくく…」

 

これには全員笑ったわ。ちょい可哀想やけど。…本人も最後はヘラヘラしとったしヨシって事にしたってや。だって、くれあやで?

 

ちなみに一人だけ、にこーっとしたまんま切れ散らかした球磨みたいな雰囲気出しとったコがおった。古鷹ってやつなんやけど。え?わかる?スゴいな君ら。

 

一通り和やかになった所で大淀が咳一つ。指揮官が真面目な顔になり、会議室の証明を落としたんや。そんでプロジェクターに写されたもんを見た瞬間に、二艦の面子はみぃんな兵士の顔付きに戻った。

 

次の戦いが始まるんや。次の、戦争が。

 



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幕間 職員室ではお静かに!

思ったよりもすらすら言葉が出る。これは本日最大の収穫やな。

職員室の端っこに、ちょんと作られた喫煙所でここまでの事を反芻。結論、喋り出せば何とかなる。

 

記憶のフラッシュバック、視界散乱、バカみたいにキツい吐き気、今の所どれも出ていない。

お陰で煙草が上手に吸える。

 

アンヨじょーず、アンヨがじょーずってな。

 

「あ?」

何で火が着かんのや。くっそ滅茶苦茶手が震える!こりゃアカンわ!

 

「はいっ。どうぞ」

 

「すんません」

 

お、サンキュー!おいおいオイル・ライターかい。先生もやりよるなぁ。

 

たっぷり煙を吸い込み、吐き出す。相変わらず完全に、徹頭徹尾美味しくない。だが手の震えが治まるんやから、止めたくても止められん。

 

艦娘やった時は一回もやらんかったのに。おかしなもんや。

 

「今時教員がこんなもん吸うんやね。ちょっと意外ですわ」

 

「私は吸いませんよ。ライターは、まぁお土産みたいな物なんです」

 

「へぇ?お土産…って先生やないですか!」

 

「はい、先生ですよっ。木ノ下、うん?龍驤さん?」

 

顔を拝むと、黒目がちな瞳に疑問を浮かべた、無駄に背と乳がでかい女が真横に立っとる。

何やコイツ全く気配感じんかったわ。

 

「いやまぁどっちでも」

 

「そうですか?では龍驤さんで」

 

「はぁ。つか、せんせ、近い」

 

「そうですか?狭いので仕方ないですね!」

 

「いやそうやない!何で煙草吸わんのにおんねん!当たる!デカいのが当たる!」

 

「女同士なんだから気にしなくて良いじゃないですかぁ」

 

あほ!気にするわ!

「めっちゃ見られてますから!おたくの同僚に、スッゴい怪訝な顔で…え?何か一人ニコニコしとる、こっわ!なんかめっちゃエエ匂いする…と、とにかく離れぇ!」

 

「もうっ。仕方ないですね。あ、喉乾きません?ジュース飲みます?はいどうぞ」

 

「せんせ。あんた変わりもん言われるやろ」

ま、飲むんやけど。…お、コーラやん。流通再開しとったんやな。

 

「言われます。普通の人間は教員なんてやれないのに、変な話ですよね」

 

「それ自分で言う?ホンマ変わっとるわ。ウチみたいな帰還兵にも、あんま驚かへんし」

 

グルリと見回す。目を背けるモン、何か言いたそうなモン、何やらひそひそ話しとるモン、にっこにこのモン。まぁこれが普通の反応や。いや一人おかしいヤツがおるが。

 

「親類を亡くした方も沢山居ますからね。驚く、と言うか、感情の納め所が、まだ分からないんだと思います」

 

「戦争を思い出すん?」

 

「はっきりと言えば、はい。政府は戦災復興の終了宣言を出しましたが、いまだ心は戦争の直中に居て、苦しんでいる人は数え切れないと思います」

 

「ふうん…。先生はどうなん?エラい優しいからさ」

 

「私ですか?どうなんでしょうね。でも、多分。……幼馴染が艦娘だったので」

 

「…そっか」

 

「そうなんです」

 

「妹さんは…何でもないわ」

恐らく駆逐か潜水か。あの年齢で見ればその辺やろな。どこの部隊やろ…いや、止めとこ。

知っとっても知らんでも、ロクな事にならんわ。

 

ってアカン、会話が!気まずっ!

 

「龍驤さんは、どうなんですか?」

 

「ウチ?何の話ですか?」

 

「戦争の話です。まだ、続いていますか?」

 

「さぁ、どうやろね。兵隊やったし、行かんかった人と比べたら、色んなもん見聞きしとるから、どうしたって忘れようにも、忘れられんもんがあるわ」

 

どうなんや?龍驤。のんべんたらり生きとるお前の、戦争はもう終わったのか?

 

「よぉ、分からん」

 

嘘つけ。卑怯もんが。意気地無しが。

 

「そうですか。そう、ですよね」

 

「せやな」

 

ちょ、いつまで一緒に…しゃあない。

「センセ、そのライター」

 

「…っていけない!時間、休憩終わっちゃいますよ!あーおやつ食べ損ねたぁ!」

 

「いやいやそんな場合やないでしょ!つか先生ヤニ臭!これアカンとちゃいますか?あーもう全然煙草吸えんかったし!最悪や!」

 

「そんな事より急がないと!龍驤さん、ほら!ダッシュ!躍進距離二百!!」

 

「えええあと、あと一本!あと一本だけぇ!!」

 



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日豪海路打通作戦

朝の一番より随分軽く感じる扉を…もう情緒もへったくれもない!一気に開け放ち、壇上へ!と思い動いても、艦娘辞めて、ただのちまっちゃい女になったウチの走る姿は、そりゃ滑稽やったろうね。

 

うん、最悪や!

 

生徒さんには笑われるし、先生には「ちょっと龍驤さんが遅刻してしまいましたが、可愛らしい姿が見れたので最高ですね!」とか言われるし!挙げ句全然ウケとらんし!!自分が話しまくったんが原因やろがい!!

 

はぁぁ、ホンっマ調子狂うわ…。

 

「えっと、ゴメンなさい、すこーし遅れてしまいました。えっらいお喋りな先生が全く離してくれんかったんで、ウフフ」

 

さてさて。

「どこまで話したっけ?おーさんきゅさんきゅ。青葉達が来た辺りやな」

 

「硫黄島を皮切りに、他艦隊の連中も近海の掃討に成功したみたいでな。となれば、次は外へって出向いてって訳や」

 

「今となっちゃ、やれ侵略戦争だの日帝軍の刷り直しだの騒ぐ連中もおるがアホな話やで、くだらん。ごめん脱線したわ」

 

「少なくとも、国内に対する深海群の驚異を除いた日本は、次の課題の解決へ舵を切ったんや」

 

スクリーンに写し出された海図の上に、マウスカーソルを走らせながら、指揮官が重々しく口を開いた。どうやら明るいニュースやないってのは、一発で分かる雰囲気やった。

 

「本日、自衛軍参謀本部は周辺諸国からの救援に応えるべく、陸海空共同での深海棲敵群殲滅、及び海路解放を最終目的とした軍事作戦の実行を決定した。それに辺り、我々第二艦隊は台湾、フィリピンを経由し、オーストラリアの敵勢力を排除する」

 

一息に喋り、指揮官は水を一口。ごくって音が嫌に響いたわ。

 

「作戦名は日豪海路奪還作戦。対外向けにはロードピアッサー。発動は三週間後、変更は無しだ。突貫になるが宜しく頼む。何か質問は?」

 

進軍経路の選定は?球磨がやっとった戦闘隊長の後任は?長期渡洋訓練は今のまんまで足りんのか?火力は?補給の確保は?敵の拠点は掌握できとんのか?

 

聞きたい事は山ほどあった。そんで、それは多分ウチだけやなかった。

 

だが、言わん。言ってしまえば何かが綻んでしまう。そんな気がしたんやと思うわ。

 

ま、そんな憂鬱みたいなもんは、こっから怒涛の勢いでキツくなる訓練と、両手使っても足らんくなる事務仕事に忙殺されて、気が付いたら忘れとったんやけどね。

 

航空攻撃訓練、機甲歩兵との強襲揚陸訓練、夜戦訓練に行軍訓練、果ては現地での振る舞い方まで。もう詰め込み詰め込みで大変やった。

 

青葉と衣笠も、最初っこそ半泣きで、正直使いもんになるんかと不安やったがそこは軍隊、きっちり兵隊に仕上がっとたわ。まぁ要因としては、大井の一言が効いたんやろな。そっから猛訓練しとったもん。

 

「二人がそんな風では戦えません。なので代わりに駆逐艦を連れていきます。重巡の代替えですので鉄火場の矢面ですが仕方ないですね。遺書を書き直させましょう。貴女方は廃棄してもらって構わないですよ?遺書、必要ないでしょう?」

 

あんな風に言われたら、なぁ?

 

まァとにかく、第二艦隊は予定の準備を終え、いよいよ出発って日の夜やった。台湾行きの決まった艦娘は全員休暇が決まったんやけど、ウチはほら、行くとこもなくてさ。

 

外で一杯引っ掛けて、もう自室に戻ってたんよ。…別に迎えもなかったし。当たり前か。

 

ほんだら部屋に飴玉親父、司令官が入ってきてな?

 

「おう龍驤。お前折角休みなのに何しとんねん」

 

「お疲れ様です海将!軽空母龍驤、うら若き戦友が青春を謳歌するのを手伝うべく、殿として基地警備をしていた所存です!!」

 

「宜しい!貴様は艦娘の鏡だ!報奨として輸入品のキャンディを支給する。サラミとビールもあるぞ!」

 

「やった!うれしいっぴょん!」

 

「いやお前、流石にそれは厳しいわ…」

 

「ひっど!え、年齢的にはそんな変わらんはず、ウチそんな老け込んどります??」

 

「迫力だけなら戦艦並みやからな、うはは!」

 

多分な、この人、色々気付いてたんだと思うわ。今考えるとさ。そりゃ小娘とは言え自分の兵隊なんやからそれなりに、それなりに大事にするのも仕事なんやろうけど、嬉しかったわ。

 

そっから酒飲んで、ウチが入ったばっかりの頃の話したり、国軍が自衛隊だった頃の話聞いたり、ちょこっと仕事の話をしたり。

 

楽しかったわぁ。あっという間だったもん。

 

ほんで、酒も回ってきたしそろそろ寝るかァって時にな、言われたんや。多分海将も酔っぱらってたんやな。

 

「龍驤、お前死ぬなよ?すっかりままならん世の中やけどな、生きとればええ事もある」

 

だと。艦娘相手に何をバカなって話やろ?ウチ、笑てもうたもん。「なんやそれ」って。したらな。

 

「真面目な話や。お前は、艦娘は知らなきゃいかん事は全然知らんくせに、ろくでもない事ばかり上手くなりよる。挙げ句の果てに野垂れ死にでもしてみろ?俺は泣いてしまうぞ」

 

やて。正直意味分からんかったわ。いずれ誰かしらは戦地でくたばるはずやし、覚悟も出来とったからね。

 

ただ、こうまで言われたら死ぬのも癪になってきて、生き残ってやるかと思ったんや。

 

だってそうやろ?誰もツルっぱげ筋肉達磨の泣き顔なんて見たくないやん。罰ゲームでもあるまいし。だから言ってやったんや。

 

「はっ!深海のドブネズミを皆殺しにし、必ず生還するので、山程報奨を準備しておいて下さい!」

 

そしたら司令官、一瞬変な表情した気がするんや。酔っぱらっとっただけなのかもしれんが。

まぁ最後には「よきに計らえ」何て偉そうにしとったし、これで心置きなく戦争へ行けるって思ったわ。

 

腕がなるぜ!へへへ!ってな。

 



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応化

太平洋戦争での敗北や、事実上全滅に近い被害を受けた改編期の自衛軍による米軍第7艦隊救援作戦。

どうにも、日本の海上戦力にはあんま宜しくない悲壮感が漂うってんで、こりゃあイカンとなったんか、第二艦隊の出撃は前回と変わって盛大なもんやった。

戦時下やってのに式典かましたのも驚いたが、わざわざ首相が激励に来るんやもん。

ウチみたいな足無しの、中学も出とらん小娘が、国のトップに握手なんかされてさ。とんでもないこっちゃで。

ほんでここまでやるならって流れだったんか、参謀本部の験担ぎなんかは分からんが、ウチらが乗り込んだ艦娘母艦、元うらが型掃海母艦ぶんご、を戦術母艦“おうか(応化)”なんて洒落た名前に変更したんやからよっぽどよね。

 

応化。仏さんが現れて、人を救うって意味なんやけど…あ、それは神頼みかい!って顔やな?こればっかりはしゃぁないわ。

だって妖精とか言う人の思い至らない力で殺し合いしてた戦争やもん。そら拝みたくもなるやろ?そんだけ皆必死だったってコトやな。

当の仏さんも、まさか半機半人の少女兵士と化け物殺しをやらされるとは思わなかったやろうケド。

まぁとにかく、ウチら第二艦隊の面子は、軍楽隊の演奏と見送りの声援に背中を押され“おうか”に乗り込んだ。

出港の汽笛はマルキュウマルマルきっかり。人類とドブネズミの、アジアの覇権を掛けた戦いが遂に始まったんや。

 

なぁんて良い感じに話しとるが、いざ出港してしまうと案外暇でなぁ。何でも艦娘は戦闘員やから、輸送中くらいは自由にさせてやれって方針だったらしいわ。

まぁ軍用艦の中なんて無機質なもんやから、はしゃいどるのは駆逐艦と天龍くらいだったけどな。あ、あと青葉もや。

なんでも一時帰宅ん時に、父ちゃんから何とかちゅうカメラ貰ったのがよっぽど嬉しかったんか、外でも中でも撮影三昧やったわ。スナップショットとか抜かして変なもん写すのは勘弁して欲しかったけどね。

 

「おい青葉!自分またウチが欠伸しとるとこ撮ったやろ!三日月から聞いたんや、言い逃れできんからな!」

 

「まぁまぁ良いじゃないですか!自然で可愛いと評判ですよ?」

 

「え、かわいい?ホンマ?」

 

「はい!…デカイたぬきみたいで」

 

「われェ…」

 

「全くそんなに怒る事ないじゃないですか!お詫びに二艦ガールズ秘蔵のナニを見せるので矛を納めてくだせぇや」

 

「はぁ!?そんなモンはよ消せや!みんなに申し訳ないと思わんのか貴様ァ!」

 

「と、言いつつ覗き見る龍驤さんなのであった。あ、これは鳳翔さんと指揮官が。こっちは古鷹さんと加古さんですね!それと…」

 

「え、まじ?えぇ…あ、これ明石が裏で捌いとるヤツやん…」

ホンマ恐ろしいやっちゃで。自分じゃ従軍カメラマンとかほざいとったが、ただの盗撮魔やあれじゃあ。

 

他にも、哨戒ん時に初めて見たイルカによっぽど感動したんか、将来はイルカになりたいなんぞ弥生が言い出したり、文月が実はポーカーが滅茶苦茶強かったり、普段とは少し違う日常を楽しんどったが、いざ台湾の高雄、左営海軍基地を目の当たりにしたら、そんな気楽さは一気に吹き飛んでしまったわ。

 

見れば建物や、特に路面は穴だらけやし、係留してあるんか思ったフリゲートは、ブリッジが吹き飛んどる。

何よりたった三人の、台中共同艦娘部隊が皆ボロボロで、上陸したウチらを見た瞬間「良かった」なんて呟いて、そんまま気絶するんやもん。よっぽどしんどい目に遭ったのか…胸が痛んだわ。

 

正直、台中軍には申し訳ないけど不安やった。艦娘の介抱しとるもんも、手伝ぉとる平の兵隊も傷だらけ。一体何があったんや?ホンマにここで戦えるんか?って。

 

ただお飾りとは言え、旗艦やっとるウチが浮き足立つ訳にもいかんから「出撃はまだか?」なんて勇んどったが、“おうか”を降り、半壊した元高雄警備府で現地司令官とブリーフィングを始めたイケメン指揮官、田﨑2等海佐が命令を出さん限りは動けん。

 

それが焦れったくてな、隷下部隊に完全武装で待機させとったんやけど、いざ集合が掛かり、建物ん中入ってみたら指揮官の顔が強ばってての。まぁた進軍停止か?と内心イラッと来たが、今度は違った。

 

「二艦所属の艦娘は直ちに装備を…」

 

「完了しとります。航空から水雷、選り取り見取り」

 

「では仕事だ。特に四飛戦の二人には。詳しくは白大佐が」

 

白大佐?何モンやと思ったら、司令の横からニュッと、色黒の、エライ目付きの鋭い女が出て来てびっくりしたわ。卯月もぴょん!って言っとったし。

 

「白・品希。負傷により後送された揚少将に変わって今は基地を預かっています。早速ですがこれを」

 

見た目よりずっと可愛らしい声に指示されて、テーブルに置かれた、小汚ない地図を見てみれば、赤ペンで色んなもん書かれとったんやけど、特に南方、バブヤン、ルソン島辺り。もう上書き上書きで真っ赤っか。インクでもこぼしたみたいやった。

 

「端的に説明します。4日前、当基地は深海棲敵群による空襲を受けました。まず電子レーダー網が全てダウン、哨戒機パイロットによる目視により敵飛行群の発見、連絡を受け、展開可能な全ての戦力を導入し対応しましたが、艦娘以外、その殆どが撃破されました。最終的に…」

 

流暢な日本語で話を続けとった大佐はふっと息を吐き出すと、不意に黙ってしまったんや。じぃっと地図を見詰めてな。

 

ほんで人形みたいに固まって、動かんようになってしまってな。鳳翔が一声掛けてやっと動き出した。

 

「あの、大佐。大丈夫ですか?」

 

「……すみません。大丈夫。最終的に五名の艦娘による対空攻撃により敵攻勢を退けましたが、内三名が損傷。撤退する敵飛行群に対し残り二名によるトラッキングを命じ、得られた情報を元にこの地図を作成しました。貴女達にはこれ元に敵勢力圏へ進出し、制空権の奪取を“お願い”したい」

 

「こんな地図しか用意できなくて申し訳ありません。基地にある全ての物資は好きに使って貰いませんので、どうか」

 

大佐は、最後に深々と頭を下げた。大佐やで?あんなエライ人が、や。これでダメなら命も差し出す。そんな雰囲気やったよ。

 

確かにその地図は、しわくちゃだが必要十分な出来やった。だからこそウチは聞いたんや「その二人に会えんのですか?」って。

トラッキングやるくらいの凄腕なら、直接話を聞いて分かるもんもあるかって思ったからや。

けど、すぐ後悔する事になったよ。

 

「…二名共に戦死しました。帰路の途中敵の水打部隊に捕捉され、一人は洋上で、一人は接岸直後に。この地図は私が受けとりました。喉がやられていて、設備の復旧も間に合わなくて、遺言も…私が…」

 

言いきらず、大佐は俯いてしまったわ。

 

ああ、そりゃ泣きたくもなるわな。指揮官が小声で教えてくれたんや。

 

「死亡したのは駆逐艦二名。白・鈴と白・華。大佐の…分かるだろう?双子だったそうだ」

 

ってさ。

 

そう。そりゃ汚れとるんよ。敵陣に侵入して、援護も望めず、海風に揉まれながら、ガキ二人が決死の思いで作り上げた物なんやから。

 

どれだけ怖かったろう。逃げ出したくなったろう。だが、二人はやり遂げた。文字通り命を捧げて。

駆逐艦ってのはどこでもそうや。脳みそが子供やから、一番激しく戦って、一番最初死んでしまいよる。

 

その恐怖や勇気、覚悟を思うとな、頭にガッと血が上ったわ。

 

それは他の連中もおんなじで、普段は優しくて、何やったら怒んのかさっぱり分からん鳳翔でさえ「許せない」なんて言っとる。

 

もう確認は必要無かった。聞くまでも無かった。だが、この、どうにか折れずに、この基地を支え続けた女司令に、…二人の子供の母ちゃんに、せめて餞別をやりたくて、ウチは今にも海へ押し掛けてしまいそうな戦友達に敢えて質問した。

 

「やるで。みんな胆ぁ決まったか」

 

返事は無い。ただ短く頷くだけ。この瞬間第二艦隊の意志は、ある目的完遂のため統一されていたやろうね。

 

“同胞を殺した連中を追い詰めて、どこまでも追い詰めて、殺してやる”

 



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台湾沖海戦

ブリーフィング、航路、砲雷、20mm対深棲弾、各種通信装置確認・妖精機媒体の再確認。

その他要目、チェック、チェック、チェック。

 

攻撃開始を急ぐ派遣艦隊は、田﨑2佐曰く過去最速で準備を終えたらしいが、そんなもん誰も気にしとらんかった。必要なのは抜錨の命令だけやった。

 

「しまいのために」こう言ったのは如月だったか。

するとみんなが応えたよ。姉妹のために。

 

思えばこの言葉は、戦場のあちらこちらで使われる様になっとったわ。

突撃ん時、それを防御する時。

敵を殺す時、敵に殺される時。

生還した仲間を抱き締めた時、仲間の入った棺桶を抱き締めた時。

 

ある意味願いとか、祈りだったんかもしれんな。

正にピッタリな言葉だったと思うわ。こん時の、自ら敵を探すため、台湾の海を突き進むウチら第二艦隊にはさ。

 

港を離れ、部隊を展開させたウチは小さく、誰にも聞こえんようにもう一度呟いたんを覚えとる。

姉妹のために…ドブネズミをぶち殺すチャンスを我等に…ってな。

今じゃ台湾沖海戦なんて名前が付いとるこの戦いは、静な、けれど明確な殺意を持って始まったんや。

 

[台湾沖海戦・第二艦隊編成]

 

■第四航空戦隊

龍驤(旗)、鳳翔、三日月、文月

 

■第三戦隊

古鷹(戦闘隊長)、大井、青葉

 

■第五戦隊

加古(戦闘隊長)、衣笠、弥生、卯月

 

■第一水雷戦隊

天龍(戦闘隊長)、龍田、睦月、如月

 

本来なら大井が三戦の隊長やんのが妥当なんやけど、本人が「私は完全に“受け”なので。古鷹さんとかどうですか?あの人なら私も安心して戦えます」

なんて言いよるから古鷹が隊を率いる事になったんが、ちょうど日本から出た翌日の話やったわ。

 

当の本人も最初っこそビビっとったが、大井の推薦と教えてやったらすんなり聞き入れて、スイスイ部隊を動かしとったわ。シンパシーが何とか言って。

 

まぁ重要なのは戦えるかどうかで、そこに関しては何の心配もしとらんかった。その戦いぶりは良ぉ知っとるし。

 

それは加古もそうやし、天龍達や駆逐隊なんぞ言わずもがな。せやから作戦通り、ウチや鳳翔は安心して接敵予想海域の手前、洋上警戒線で妖精航空機を偵察に向かわせられたんや。アイツらになら前衛を任せられる、奇襲上等かかってこいってな。

 

『こちら鳳翔より龍驤。所属航空部隊、予定高度まで到達。第一、第二小隊、共に敵影発見できず。送れ』

 

『了解。こっちの妖精機小隊も発見できず、範囲を伸ばすで。水上戦闘部隊は間隔を広げつつ微速のまま前進。偶発戦闘に注意!送れ』

 

『鳳翔了解』

 

『五戦了解っ』

 

『一水戦了解!』

 

『三戦了解です』

 

『接敵後は各隊自由に戦闘開始。だが無理したらあかんで!興奮して孤立せんよう注意せよ。以上』

 

無線を切ったウチは、改めて自分の飛ばした妖精機小隊に意識を入れた。これは妖精航空機をより精密に動かすための方式でな、特に偵察飛行で良く使っとったんやけど、どう言ったらええんか…妖精の視界を借りて、それを同時に見ながら情報をコントロールできるんやけど、解る?

 

頭の中に何個もテレビがあって、それを全部まとめて見る感覚なんやけど…ま、中々難儀な方法って事や。最大30機近くの空飛ぶ“目”から集まった情報を、小娘1人が処理しとったんやからさ。よぉやっとったと思うよ。

 

いざ戦闘となれば射撃も機動も全部妖精任せになるんやけど……楽チンやって?んな事あるかい!アイツら海外じゃやれフェアリーだのピクシーだの呼ばれとるが、敵への憎悪をそのまんま機械で形にした様なもんなんや。

それと直接精神で繋がるってのはな、そりゃおっそろしい負担なんやで?特に撃破された時なんぞ、頭にドでかい釘でも打ち込まれたんかってくらい痛なるし、何かこう、自分が殺された気分になって大変やったんや。

軽空のウチでさえこんなんやから、赤城ら主力級の空母艦娘は半端なかった思うよ。運用する妖精機の規模が桁違いやからな…大したもんやで、ホンマに。

 

まぁそれはええわ。とにかく敵を補足せんと話しにならんから、方々に妖精機を飛ばしとったんやけど見えるは波間と岩礁ばっかりでな。焦ったで。

だが戦闘は必ず発生する。その確信だけはあったよ。地図に塗られた赤いマーカー…飛行体を示す矢印はバブヤンの島々を、Cruiser・Destroyerとルビが振られた◯印はさらに広く、ぐるっとルソン島から大陸沿岸まで書き込まれとったからな。

 

そしてその時は、ウチが考えとったよりも早く来た。偵察を始めてしばらく、現地時刻ヒトロクを回ったくらい。一旦部隊を集結させよ思ってな、九六式をバブヤン手前から戻そうとした瞬間やった。雲の切れ目に黒い影、鳥とも友軍機とも違う、明らかに“人の側”を逸脱した異形を確かに、ウチは見た。

 

『龍驤会敵!数5低空ここで殺す!!』

 

短く通信。これで鳳翔辺りが位置を測定してくれるはずや。意識の片隅で三日月の顔が強張るのが分かったが、まずは攻勢の先手を掴むのが重要や!ウチは意識を鋭く集中、計6機の九六式を敵の群へ突っ込ませた!!

 

開放型キャノピーから入り込む海風も、急降下で押し付けられる身体の軋みも、エイみたいなクソッタレの背中が照準機に収まった興奮も、全部がウチ自身、生々しく感じられる。艦娘やっとって良かったなって本気で思える、最高の瞬間やったわ。

 

ガガガァっと一斉射!!主翼に備え付けられた機銃が唸りを上げて、7.7ミリ対深海凄弾を雨あられと敵に浴びせた!反復攻撃なんぞ必要無しや。初撃で連中はごみ屑になったからなぁ。さぁ次はどこや!!

と、やる気を出しとったらウチの“本体”が無線で呼び出されとるもんやから、慌てて意識を戻したんや。この通信タイムラグはちと厄介な課題だったんやけど、解決までは零戦五二式の登場を待たなあかんかったが…それは後々やな。ともかく、耳元がやかましいから急いで返答したんやけど『あなたが無茶をしてどうするんですか!』って鳳翔に怒られてもうたわ。とほほ。

 

『スマン戦闘しとったこっちは無傷や!皆は!?』

 

『こちら鳳翔!大陸付近で敵航空部隊と会敵、それを殲滅しました。損害は軽微ですが弾薬補給のため妖精機を帰艦させています!』

 

『了解!水上部隊は』

 

どうなっとる?その質問が喉を通り過ぎる前に、欲しい情報を寄越したんは三日月やった。

 

「三戦四戦共にカミギン島付近で敵水上部隊と交戦を開始しました!総数は約10、未確認大型種の目撃報告も来ています。水雷戦隊は四戦の援護に向かいました!飛行型は確認出来ず!」

 

「了解っ。なんや三日月、艦隊参謀みたいやん」 

 

「ご、ごめんなさい…出過ぎた事をしてしまいました」 

 

「あほ、褒めとんねん!」

 

三日月の頭をくしゃくしゃっと撫でながらウチは考えた。思ったよりも空は驚異やない。水上部隊も現状では数で勝っとる。だが敵の動きが想定よりも早いし、何よりデカイ奴がどうにも嫌な感じがしよる。

  どうせ探索撃破なんやから、大っぴらに戦闘が始まった今みたいな状況なら、やる事は一つや。

 

『龍驤より鳳翔、九六式を何機か回したるから自分はそんまま上を抑えとってくれ!ウチは加古達の支援に行くから、もしもん時は指揮の引き継ぎ頼む!』

 

『鳳翔了解!……御武運を』

 

『……自分の心配せぇ。また後でな』

 

通信終わり。手早く新品の符で艦戦を呼び込み、発艦。目標は世界で一番信頼できる軽空母。白い機体が高度を上げるのを見届けて、ウチはそれに背を向けた。さぁネズミ狩りの時間や!

 

「付いてこ来い参謀!こっからは時間勝負や!」

 

「はい!どこまでも御一緒します!」

 

ハンドキャノンを構え直した三日月を引き連れ、ウチは最大船速で夕刻の海を突き進んだ。天龍達が戦っとる海域までは、妖精機ならば大した距離やないが、いざ討ち漏らそうモンなら夜戦での殴り合いになるんは確実やから、そん時のために少しでも戦場に寄っときたかったんや。ウチはともかく、三日月の火力を腐らす訳にもいかんしな。

 

そしてこの動きは第二艦隊を救う事になるんやけど、これは完全に想定外の事態やった。

 

「停止してくださいっ。…岩場に影1つ、人型…座り込んでますね、初めて見るタイプです」

 

カミギンへ向かう途中、ウチらは何とも奇妙なドブネズミを発見したんや。最初は何モンや思ってこっそり近付いたんやが、何やら頭に魚のバケモンを乗っけた青白いのが岩礁に腰掛けとった。挙げ句ウチらにも気付かんとぼんやり空を見上げとるもんやから、何やコイツと思ったわ。

 

ただ、見逃すって判断だけはあり得へんし、かと言って砲を使えば音で敵を呼び込むかもしれん。せやから、ナイフでいったんや。原速でゆっくり後ろから、息をするのも慎重に、慎重に近付いて、ウチは奴に飛び掛かった!

さっと口を塞いで2回、3回と刃先を突き込む、まだ生きとる、さっさとくたばれ!念じながらもう1回。2回。ぶつり、と何かを断ち切り、やっと手応えが無くなってから、そいつを手放した。

 

ドサッだか、ドチャッだか音発てて、崩れ落ちたドブネズミ。鼻やら口やらから青い血ぃ吹いとるそいつの顔は何だか驚いてる様な眠たい様な、おかしな顔やったわ。何やら最後に何か言うとった気もしたが、こん時は「バケモンが生意気に喋りよるな」としか思わんかった。

 

「あの、龍驤さん。そろそろ」

 

「あ?ああ悪い、よし、行くで」

 

チラとウチを見た三日月の顔がちょっと引いとったんは忘れられんわ。いや確かにエグい殺し方したけどさ!ちょと傷ついたわ、ちょとだけ。

 

目前のアクシデントを手早く“処理”し、ポンポンと見え始めた戦火へ向けて、今回の作戦に向けて配備された新型の九七式艦攻を飛ばしたんやが驚いたで。こっちの水上部隊が総出でやり合うとんのもそうやったが、そこら中に浮かぶ敵の残骸は報告よりも遥かに多かったんや、空から確認しただけでも30近くは死んどったと思うわ。

   

だが何より良くなかったんはな、新型のドブネズミが、敵重巡やらを背中に置いて火線の真ん前で立ち塞がっとった事や。まるで戦艦艦娘みたいなナリしとんのもアカンかったな、あれじゃまるで、そのまんま“ヒト”と殺し合いしとるのと同じやった。

 

実際、あの水雷戦隊に何時もの気迫が感じられんかったしな。そんだけ連戦しとったんかは分からんかったが、どうにも動きにキレが無い、まるで後ろを気にする様な、変な戦い方しとるんやもん頭抱えるで、全く。

 

くそ、こんな時に球磨が居らんとは!

 

ウチが舌打ちしたのと、敵の主砲が加古達に向けられたんはほとんど一緒のタイミングやった。バン!なんてもんやない、まるで落雷みたいな砲声、直後に馬鹿デカい水柱が上がったんを見た時は血の気が引いたで。しかも無線は電波妨害で使えんから無事の確認も出来んかったし。

 

早く、早くこいつを始末せんとマズイ!焦りで爆発しそうになる感情を抑えながら、ウチは九七式の高度を下げた。

  グングンと迫る艦娘モドキ。彼我の距離はおおよそ50。不思議なもんで、何十回何百回と訓練したその動きは、心とは裏腹に、完璧なタイミングやった。先頭3機、投下。スイと進む九一式航空魚雷が敵影に飲み込まれた瞬間、ソイツはおっそろしい顔でウチを睨んっどった気がしたわ。

 

左舷に2本の魚雷が直撃し、炎に包まれながら断末魔も上げずにドブネズミがズブズブと沈んでいった。撃破の興奮より、まず安心したのが一番やったよ。初撃で潰せたお陰で被害を食い止められたって。いや違う!加古達はどうなった!?

 

『おい皆無事か!?もう無線回復しとるよな?おい!!』

 

『さすがの衣笠さんも死ぬかと思ったわ…』

 

『加古さんの命令が遅かったらまとめて海の藻屑ぴょん』

 

『龍驤さん助かりました!一生付いて行きますよ本気で』

 

五戦からの無線を皮切りに、他の連中からもどんどん生存報告が来て、ウチは心底ホッとしたよ……。加古曰くどうやら弾切れが近かったみたいでな?かなりギリギリだったらしいねん。ホンマ間に合って良かったで。しかし何であんなノロノロした戦い方してたんや?

  何て考え出すとイライラしてきてな、天龍に問い質そうとしたんやけど、それは三日月の悲鳴で遮られた。

 

「龍驤さん敵が!!」

 

敵が?なんやって?ウチは視線を巡らせた。そしたらな、動いとったんよ、雷撃食らって体半分近く吹き飛んで、海に沈んどったモドキ野郎の、砲身がピッタリとこっちに向いたんや。

 

ピカッと白い光が見えた。確か「え?」とか、アホな声出した気がするわ。後は何も見えんし何も聞こえん。ウチの記憶はここで、完全に途切れたんや。



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ウチの守護天使

戦争っちゅうのは不思議なもんで、おっそろしく強くて頭の切れるヤツがアッサリと死んだりするし、とんでもない間抜けがよぉ分からんまま生き残ったりするんや。

 

そしてこん時のウチは完全に後者やった。まぁだからそ今、こんな風に喋ってられんやけどね。

 

潮と機械油と、せやけどほんのり甘い。アンバランスに混ざった匂いを鼻目一杯に吸い込んどったせいか、ウチの目覚めはどうにも現実感の欠けたもんやった。あでも、ここは地獄か天国か、何てベタな事は考えへんかったで?

 

まぁ痛みでそれドコロや無かったってのが理由なんやけど。

 

とにもかくにも身体が痛いんで、一体どうなっとるんやと、首を捻って出所を見てみたんやけど、右肩辺りから生えとる筈の腕が無くなっとる。

 

あれ?ウチの利き腕どこ行った?ちゅうか何で海の上に居るんや。 えーと、確か台湾に行って出撃して魚頭を刺し殺して……。ここまで思い出して、一気に意識が戻ったよ。

そうや敵!戦闘はどうなった?おいもう真っ暗やんけ!!おんぶされとる場合とちゃうやんけ!!ん?おんぶ? 

 

「目、覚めましたか?ってダメですよ暴れちゃ!こら!」

 

何がこらやねん!こちとら龍驤やぞ!?今ならそんな突っ込みも思い付くが、こん時はまず、まずは状況が知りたくてかなりテンパっとったわ。

 

「敵、敵はどうなった!?あの野郎まだ生きとったんや!!」

 

「耳元で大きな声を出さない!……もう大丈夫ですよ。あの撃ち漏らしは片付けました。当該海域の掃除も終了。私達は進出した[おうか]へ向け帰投中。こちらの損害は“中破1”以上です」

 

ウチをおぶっとる朱色の袴、鳳翔の言葉にチクリとしたもんを感じたが、仲間の無事を聞いたら力が抜けちゃってサァ…また気ぃ失ってしもたんや、恥ずかしながら。

安心したんやもんしゃぁないやろ?それにアイツの背中がエラい落ち着くんも悪いわ。さすがに起きたら[おうか]の医務室やったのは、我ながら寝すぎやろってちょっと呆れたよ。

 

ちなみに後から聞いた話なんやけど、アホ面で棒立ちしとるウチが直撃せずに済んだんは三日月が咄嗟にウチへタックルしたお陰なんやと。その上、止血やら何やらの応急処置までやってくれたらしいわ。

何でも打通作戦が決まった時点で文月と一緒に、明石から色々教わったって本人が言っとったから間違いないわ。

 

ウチが思うに、こう言うタイプは……ほんまは戦争なんかに関わらず、もっとマトモな人生送らなアカンかったわ。だって勿体無いやん。何が勿体無いって聞かれたら上手く言えないんやけど、さ。

 

ホンマに、勿体無いわ。

 

……とにかく、優秀な参謀の的確な治療のお陰で、二艦は間抜け一人の損傷のみで台湾沖海戦、その初戦を勝ち抜けたんや。

 

え?もう勝ったんじゃないんですか?センセ、そんな早く戦争の勝ち負け決まったら苦労せぇへんわ。

 

こん時の戦いちゅうのは、台湾沖からドブネズミを追い出しただけで、近場の島々や海域にはままだだ敵が残っとるはずやったからな。

実際ウチが[おうか]の施設で〝修繕〟してもらっとる間も、補給を受けた仲間達は完全武装で周辺警戒しとったし。

まぁウチらに叩きのめされたのが効いたのか、艦娘モドキは完全に姿を消して、ひょっこり出て来る航空型は鳳翔が一捻りやったらしいが。

 

ただいっくら相手が弱っとるにしても、ウチ一人だけ医務室におるのも気に食わんから、さっさと出撃させぇや!って田崎二佐に文句言いに行ったんや。したらな。

 

「龍驤さんは本国に後送です」

 

書類見たまんま目も合わさず言いよるから、ウチはカッとなって直ぐに噛み付いたよ。

 

「ナンでや!みんな戦っとるのにウチだけ仲間外れかい!」

 

そうや、噛み付く。文字通りあの優男に飛び掛かってでもウチは出撃したかったんや。

アホな考えかもしれんけど、嫌やったんや。居場所が無くなるみたいで。……もうここしか、居場所なんか無いのに…ってな。

ま、そんなもん、二佐は知ったこっちゃないから「仲間も何もありません」とピシャリやったよ。

 

「上層部からの命令です。僕にどうにかする権限はありませんよ。それに、片腕で本来の戦闘力を発揮する自信がありますか?」

 

「当たり前や。痛みも無いし、あんな連中腕一本でもぶっ殺せる」

 

「……そう言って、また油断した挙げ句、残った腕も無くしますか?」

 

報告書、たぶん二艦の戦隊長連中が出したバトルレポートを読みながら、淡々とした調子で怪我の原因を突かれたウチはもう何も言い返せん。

 

「今回は龍驤さんのみの損害で済みました。ですが紙一重だった……その認識はありますか?三日月さんの判断が遅ければ貴女は海の藻屑だった。命中したのが榴弾であれば、燃焼機関や弾薬の誘爆によりその被害はより大きくなっていたかも知れません。違いますか?」

 

なんてしゃあしゃあと言いよる。ウチは間違いなく不満そうな顔しとったと思うよ。何が気に入らんって、反論できないウチ自身にやけど。

「横須賀からの増援が到着次第、派遣艦隊は諸島制圧を開始します。怪我人を庇う余裕は有りません。既に部隊の引き継ぎは鳳翔さんに済ませてありますのでその様に。龍驤さんは命令あるまで待機しつつ身支度を終了しておいて下さい。以上」

 

鼻っ柱をへし折られ、とぼとぼ自室に戻るウチに向かって気ぃ使ってくれたんやろね、顔馴染みのクルーが色々声を掛けてくれたわ。生返事しかせぇへんかったけど。

だって…悲しかったんやもん。泣きそうやったわ、ほんま。

 

ほんで心が萎びたせいなんだか、それとも艦娘の構造なんだかは分からんが、落ちこんどったら傷口がズキンズキン痛み出してな。こうなるともう色々と面倒になってきて、ふん、もうエエわ、帰る帰る!とムキになって支度しとったら部屋に天龍が入ってきてん。

 

「ッス。龍驤さんちょっと来てもらって良いですか?」

 

アイツ随分真面目な顔しとるなから、何や逃げ出すウチにヤキでも入れるんかと覚悟気めとったら、連れて行かれたんは艦内の馬鹿デカイ冷蔵室やった。

「ハッ!天龍、情けないウチをなます切りにして食材にでもするんか…?」

 

「いやいや違いますって!ちょっとお願いがありまして。ヨッコラセと」

 

デカい尻を屈ませて、下段から引っ張り出したのは訓練で見慣れた、ボディバッグ。わかる?あー要はあれや、死体袋。

 

「自分、ついに……。セクハラでもされたんか?せやけど殺すのはアカンわ」

 

ウチの軽口に、天龍は何も言わん。ただ無言で袋のジッパーを引き下げた。したらな、中にはすっかり血の気が引いた女の子。年頃は多分十二・三歳。〝痛み〟は無かったが腹と頭の一部がえぐられ、左足は太腿から千切れとった。傷跡から見るに、ヤったのはドブネズミの徹甲弾。

 

エグいモンやが、一番目を引いたんは背中から生えたソレ。半壊し薄汚れ、機能が完全に止まった艦娘の主機やった。

 

「各砲雷、機銃共に残弾無し。身分証無し」

 

そんなもん、無くてもコイツが誰かなんて直ぐに予想が付いたよ。あの海域で、弾切れ起こすまで戦った艦娘なんて一人しか知らんもん。

 

「ただ……これかジャケットの裏側に縫い付けられていました。血でかなり汚れちまってるんスけど」

 

ライトに照らされ、赤黒い染みがよぉ目立つソレは、写真やった。そっくりな顔の女の子と二人並んだ、今は物言わぬ死体となった幼い艦娘。そして、その二人に挟まれ綺麗な笑顔を見せる白大佐。

 

「昨日の索敵中、岩場で見付けたんです。最初は民間人の逃げ遅れかと思って近付いてみたら……。戦隊の連中と相談して、多分双子のどっちかだろうって。んで、やっぱ家に帰してやりたいって話にまとまって、回収していたらドブネズミが沸いてきちまって」

 

言いながら、天龍は自分の二の腕を掴んどった。グッと、爪が白くなるまで。

 

「戦闘がどんどん激しくなって、一瞬、死体なんか捨て置くかって考えちまって、でもやっぱり無理で、オレが迷ってたら、包囲されかけてて。スミマセン、オレが……龍驤さんの怪我も……」

 

柄にも無く声が小さくなって、終いにゃ体まで縮ませそうな天龍にウチは慌てたよ。

 

「アホ!何でお前が凹んどんねん!この腕は自業自得やろ完全に。何も気にする事無いやんけ!むしろ」

 

謝らなきゃならんのはウチやった。理由も知らず一水戦の戦いっぷりを〝うすのろ〟と思った事や不用意に負傷して仲間に要らん心配をさせた事、他にも色々。イロイロや。

 

「ごめんな。ノロノロしとるのはウチの方やったわ。しっかりせなアカンのはウチやった」

 

素直にガバッとウチは頭を下げたんやけど、気が済まんのか天龍まで腰を折りよる。何で分かったって?アイツ目一杯で動いたもんやから、ウチの後頭部に直撃したんや!フルパワーで!あの石頭!

いっくら艦娘が頑丈やからって、痛覚カットなんぞしとらんから滅茶苦茶痛かったわ!

 

戦傷なんぞ屁でもない激痛で、もう床にのたうって声も出んもんやから、天龍のヤツ大慌てやったよ。まぁお陰で、ウチらもちょっと気が晴れたんやけど。暴れ芋虫になった甲斐があったよ。うん。

 

「ドブネズミ殺せるレベルの頭突きやったわ……」

 

「ほんっとスミマセン!縮んだりしてないッスよね!?」

 

「これ以上小っさくなってたまるかい!まぁだチカチカしよる……そもそもな、何か有るんとちゃうんか?死体の検分なん出来んよ、ウチ」

 

「そうだ忘れてましたよ。龍驤さん、後送に合わせてコイツを大佐んトコに帰してやってくれませんか?」

 

「なんや知っとったんか。ウチはええけど帰国ルートの指定とか可能なんか?」

 

「もう二佐に確認済みです。近海の制空権取れたんで、台湾から飛行機らしいッスよ。ナンでお願いします。本当は当事者のオレが運べたら良いんですけど」

 

 

「次の作戦、やろ?分かっとる。ウチはしばらく戦力になれんしな、その分責任もって連れて帰らせてもらうわ」

 

「ありがとうございます!……あの」

 

「あん?」

 

「帰って来てくれますよね?」

 

天龍の質問に、ウチは一瞬だけ浮かんだ迷いを慌てて振り払った。バカヤロ、仲間にそれを見せるな龍驤しっかりせぇ。

 

 

「あったり前やろ!ちゃっちゃと腕の二本でも三本でも生やしてまた暴れたるわ!」

 

大見得を切ったウチを見て、多分納得したんかニッと笑顔を見せた天龍は、丁寧に〝彼女〟を仕舞うと元気そうに哨戒へ向かったわ。多分、励ましてくれたんやろな。不器用なやっちゃで。

 

ただ何か一つでも目標が出来たんが、ウチは嬉しかったわ。直ぐに終わる帰り支度の他に、必要な書類が増えて手持ちぶさたにならんかったからな。実際書き終わってしばらくしたら、増援の到着を知らせる放送が入ったし。

 

台湾が何とか捻り出した攻撃補給艦……と名前を変えた、カッターを外して荷物を積んだ掃海艇が一隻。これはまぁええとして、先行部隊として本土から新型の艦娘、特型の連中が派遣されたのは、二艦にとっちゃかなり助かる事になるんやけどこれは後回し一緒に戦うのはまだ先やし、まず挨拶も出来んかったからな。バタバタしとって。

 

とにかく、ウチの戦争は一旦ここで終わりって訳やね。行きの仰々しさに比べれば、帰りはボストンバッグに身ぃ一つ。気楽なもんやとタラップに向かうと、まぁ何と言うか、ウチの知る限り世界で一番頼れる奴が待っとった。 

 

「しっかり休んできて下さいね。それと、次はしっかり息の根を止める事。それから、本土で食べ過ぎたりしない事。それから」

 

「分かった分かった!……ゴメンな、鳳翔。心配かけて」

 

「……分かればよろしい。もう嫌ですからね?意識不明の貴女をおんぶして、不安な気持ちになるのは」

 

「うん。なぁ鳳翔……仲間達を頼みます」

 

「はいっ。しばらくの間、確かに預かります」

 

それじゃあまた。話し出せば切りがないから、ウチは最後にこれだけ言って[おうか]を降りよ思ったんや。だが、鳳翔が通せんぼして前に進めん。

 

「ナンや?まだ何か」

 

「けど、やっぱり一人にするのは不安ですねぇ。誰か龍驤さんを見張っていてくれると助かるのですが……」

 

被せ気味に若干に?ちょっと失礼な事を言う鳳翔。の、後ろっから、良ぉく見知った人影が、背筋を伸ばして現れた。今度はウチの知る限り、最も律儀な女の子。

睦月型駆逐艦、第二艦隊非公式参謀、三日月。軽空母龍驤の守護天使 。

 

「お供しますっ。世界の果てまで!!」

 

 

 



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