黒の軌跡 (八狐)
しおりを挟む

黒き少女
仮面少女


少女がケルディックに滞在を決めてから、もう一週間が経った。彼女は滞在期間中、何もしないで町をただ見て回るというのは時間が余りそうなので、町の酒場宿で働かせてもらっていた。

 

「ルディちゃん、こっちにもその料理くれよ!」

 

「はーい! マゴットさん、肉じゃがをもう一つお願いします!」

 

「はいよー!」

 

彼女の名前は、ルディ・マオ・・・名前の雰囲気からも分かる通り、帝国の住民ではない。

 

「はい! 肉じゃがです」

 

「ありがとさん、マゴットさんのコレ美味いんだよなぁ・・・」

 

「肉じゃがに限らず、あの人の料理はどれも美味しいと思いますよ」

 

「はは!違いない! ところで、ルディちゃん・・・今度『おーい、ルディちゃん。酒の追加頼むよ!』」

 

「はーい、ただいま!」

 

ルディは話していた男との会話を打ち切り、カウンターに酒を取りに向かう。

男の手は彼女の後ろ姿を掴むように差し出されていたが、やがて諦めたのか手を下ろして溜息を吐いた。隣に座っていた男がニヤついた顔で男に椅子ごと近づき、ヒソヒソと話し始める。

 

「よぉ、【また】か?」

 

「ちがう!」

 

「コレでもう何回目だっけか?」

 

「憶えてない!」

 

「えーと・・・四日前と二日前と・・・」

 

「三回だよ!勝手に数えるな!」

 

「やっぱり憶えてるじゃねえか」

 

「ちくしょう・・・いつも最後まで言えないぜ」

 

「そのうち言える日が来るだろうよ、今は酒でも飲んで忘れな・・・」

 

今日も酒場は平和そのものだった・・・。

 

 

 

 

__________________________________________________

 

 

 

 

「お疲れ様ルディちゃん、今日はもうあがって良いよ」

 

「もうお仕事はないんですか?」

 

「あなたのお陰でね、あとは今日の分の勘定だけさ」

 

「では、お先に失礼しますね」

 

半日分の仕事を終えたルディは、酒場宿の自分が借りている部屋に戻ると、ベッドに折りたたんであった普段着に着替えた。

着替えを終えたルディは窓の外に広がる、月明かりが照らしたケルディックを見つめていた。

一頻り眺め終えたのか、彼女はトランクを開けて中から何かを取り出し始める。

取り出されたソレは・・・

夜の帳のように黒い服だった。

彼女はまるで着慣れているかの様に、その黒衣を身に纏い、窓際に立つと再びケルディックを見つめる。

 

「・・・・・・・・・良い夜ね」

 

「少し・・・散歩にでも行くとしよう」

 

先程までマゴットと話していた彼女の雰囲気は跡形も無く消え失せ、何も感じられない声で一人呟き、その音は夜の闇へと飲まれた。

 

 

昼の仮面を外し

 

夜の仮面を身につけ

 

少女は夜の闇へと消えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

西の散策

ケルディックの朝は早い。毎日六時にはあちらこちらで音がなり始める。外国人であるルディも此処での生活を続けるうちに、そんな生活リズムがついてしまった様で、すでに起き出して外に出てきていた。

 

「ん~・・・いい朝ね、たまには朝に散歩しに出るのもいいかな」

 

「・・・やっぱりもう動き出してる人とかも居るんですね」

 

村の住人たちは疎らではあるが、すでに活動を始めており、みんな忙しそうにしている。

そんな中、彼女はいつも酒場に居る、常連の男を見つけた。彼もまた忙しそうに何かを運んでいる。

ルディはしばらく彼の働きぶりを見ている事にし、遠くから眺めていた。すると、男はルディに気づいたのか、ルディに手を振っている。彼女もまた振り返すと、男は先程まで持っていた物を放り出して、ルディに近づいてきた。・・・どうやら先程までの忙しさも何処かへ放り出してしまったようだ。

 

「やあ!おはようルディちゃん」

 

「おはようございます」

 

「こんな朝早くにどうしたんだ?」

 

「朝のさわやかな空気でも吸おうかと、少し歩きに」

 

「そっか、でもあんまり遠くに行き過ぎないようにな。朝は人だけじゃなく魔獣も動くから」

 

「心配されなくても自衛ぐらいは出来ます。それに、そんなに遠くに行くつもりは無いですよ」

 

「え、自衛って・・・戦えるのかい?」

 

「はい、少なくとも武術をやったことが無い人よりは」

 

「ははは、なら安心・・・なのかな」

 

「それより、後ろに転がっている資材・・・あんなに沢山、何に使うんですか?」

 

「あれはね、大市の会場の修繕とかに使うんだよ」

 

「大市・・・?」

 

「ああ、ルディちゃんは外国人だから知らないのか。大きな市場がね・・・ソコの広場にあるんだ」

 

彼が指差した先を見ると、何人もの人が木箱を広場に運び込んでいる。

 

「何か気になった事とかは、元締めのオットーさんに聞くといいよ

 俺はいつも会場で使う材料運びだけで、詳しくは知らないからさ」

 

「オットーさんですね・・・わかりました」

 

男に軽く頭を下げて、ルディはまだ散策したことの無い方向へと足を進める。その道すがらルディはずっと・・・あることを考えていた。

 

それは・・・

 

 

 

(あの人誰だったかな・・・?)

 

 

彼女は男の顔は覚えているが、名前までは覚えていないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

__________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ散策したことのない西方面を見終えたルディは、まだ踏み込んだ事のない西ケルディック街道に来ていた。時刻は七時、酒場の仕事までまだ余裕がある。

彼女は街道を道なりに進んでいく・・・。道中、特に魔獣が襲ってくるなどは無く、何事も無く進んでこられた。

途中に農家の小屋がある以外に変わった物は無い。

 

そう、途中には・・・。

 

恐らく、彼女の目の前に存在している物は変わった物に分類されるだろう。

街道のこんな奥まった場所に、石造りの壁に、大きな門・・・。コレを変わった物と言わず、何と言うのか。

門の前には見張りの者が二人居て、誰も入れないように見張っているように見える。ルディは中を確かめたい衝動を抑え、見張りの男達に話を聞いてみることにした。

 

「あの、ココはどういう場所なんですか?」

 

「ココはな・・・ルナリア自然公園っつって木とか動物が山ほど居る森だ」

 

「俺らはその公園の管理を任されてるってわけだ」

 

「そういうこった。オラ、ガキが来るような場所じゃねーんだ、帰んな」

 

「そうですか・・・ありがとうございます」

 

門の前から立ち去り、来た道を戻りながら考えに耽る。

 

(あの二人を無力化して入っても良いし、気づかれずに忍び込んでも良い・・・

ただ此処にそれだけの価値があるかな・・・?二人とも、かなり態度が悪くて

管理員を任されているとは思えないけど、嘘を吐いている様には見えない)

 

(・・・別にあそこに何かあるとか、そういう情報が手元にあるわけでもないし

無駄にリスクを負って忍び込むメリットはないか。それにしても・・・あんな

管理員に任せて大丈夫なんだろうか)

 

色々な事を考えながら歩いていたルディだが、ある時、ピタリと足を止めた。

彼女が閉じていた目を開け、周りを見渡してみると・・・狼型の魔獣に囲まれてしまっていた。

狼たちは腹が減っているのか、よだれを垂らしながら唸り声をあげていて、普段より凶暴になっている様子が伺える。

 

「もう・・・何で私の周りに犬が集まっているんですか」

 

もう我慢できないとばかりに、一匹がルディに飛び掛る。が、その鋭い牙は彼女に届くことは無かった。

魔獣は彼女の前で頭と胴体がわかれ、無残な姿で体を痙攣させていた。

他の魔獣達は、まるでハイエナの如くその死骸に群がり、肉を貪っている。

 

「よほどお腹が減っていたんですね。では今のうちに・・・と言うわけには行きませんか」

 

ただの肉と化した先程の魔獣が居た場所には、セピスしか残されておらず、あっという間に食べつくされたようだ。

それでも尚、満たされない魔獣達は再びルディを餌食にしようと、彼女の周りを囲んだ。

 

「ふぅ、もう少し上品に、ゆっくりと食べていただきたいものです・・・」

 

先程、仲間が一瞬で仕留められたことで警戒を高めたのか、今度は中々飛び掛ってこない。

 

「飢えていても、冷静さは失わず、獲物を逃がさないよう

 囲んでしまい、虎視眈々と隙を伺う・・・なるほど、群れで

 来られると厄介ですね」

 

彼女は腰に差していた小刀を抜き、戦闘体制を取る。

しかし、かなり警戒されているようで、中々襲って来ない。敵が動かず、自分もまた動かない。

そんな膠着状態がしばらく続いた頃だ。

 

 

先に痺れを切らしたのは・・・ルディだった。

 

 

「まったく、いつまでもこんな、つまらないお遊びに付き合っているほど暇では無いのですよ?」

 

すばやい身のこなしで、最初の魔獣と同じように一匹仕留めると、今度は死骸に群がらずに、ルディが背中を見せた魔獣が飛び掛った。

だがその牙はまたもルディに届かない・・・。魔獣の頭には小刀が突き刺さされており、その刺突で絶命したらしく、間も無くセピスとなった。

 

 

ゆらゆらと揺れている彼女の手には、双振りの小刀が握られていた・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく・・・この街道は少し犬が多すぎます」

 

「それにしても・・・返り血を浴びないで倒すのはやはり難しいですね」

 

顔に付いている血をふき取りながら、愚痴る彼女の服にはひとつも赤い染みは見つけられない。

 

「じきにお仕事の時間ですから急がないと・・・ってまだ十一時前ですか」

 

ケルディックに戻ってきたルディは時間を持て余していた。どう時間を潰そうか思案していると、ある事を思い出す。

朝、常連の男から聞いた、オットーと言う元締めの話だ。

早速向かおうと足早になった後だ、彼女はひとつミスを犯してしまっていた。

 

「元締めの人の場所を聞いてませんでした・・・」

 

その存在を知っていても、場所がわからなければ聞きに行き様が無い。それに、今日はもうそんなに時間が取れない。街道の散策に大分時間を割いてしまったせいで、ゆっくりと探している暇が無いのだ。

 

「・・・仕方が無いから、マゴットさんに言って少し早く入れてもらおう」

 

 

「なんだ、そんな事かい。大歓迎さね!」

 

「ルディさんが居てくれると、すごい助かりますよ!」

 

「ありがたいお言葉です・・・」

 

「やっほーおばちゃん」

 

「おや、サラちゃんどうしたんだい?」

 

たった今入ってきた、蒼いコートの女性はマゴットと親しげに話しを始める。少し遅れて赤をベースにした服を着たルディと同い年くらいの男女グループが入ってくる。

 

「こっちがあたしの教え子」

 

「初めまして、トールズ士官学院、一年Ⅶ組の者です」

 

 

これが、ルディと彼らの最初の出会いだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

目撃

酒場も閉まり、虫の音しか聞えない時間になると、いつものようにルディは私服に着替えて外へと繰り出す。

しかし、今日は虫たち以外に活動している者が居るようだった。

 

(・・・何かを振っている音?)

 

音の出所を探すように歩いていると、少し広い場所に出る。

そこには剣を素振りしている少女が居た。今日の昼ごろに見た士官学院のⅦ組と名乗るメンバーに含まれていた少女だ。

一心不乱に剣を振る少女からは、とても力強い物を感じる。ルディは普段夜に誰かと会うようなことが会っても、基本は関わらない、関わろうとも思わない。

しかし、今夜のルディは何かがいつもと違ったのか、素振りをする少女に近づき、話しかけていた。

 

「こんばんは、士官学院Ⅶ組の方・・・ですよね?」

 

「む・・・確かにそうだが、そなたは確か酒場の・・・」

 

「はい、酒場で働かせてもらっているルディと言います・・・臨時ですけれど」

 

「わたしはラウラ・S・アルゼイドと言う。して、私に何用だろうか?」

 

「用・・・と言うほどのことではないのですが」

 

「ふむ・・・?」

 

「少し気になる事があって、つい話しかけてしまいました」

 

「気になる事?わたしは素振りをしていただけだが・・・」

 

「その素振りの最中のあなたの様子が気になったんです。

 素振りをしているあなたはとても力強い印象を受けました

 しかし、あなたが纏う気は何故・・・悲しそうにしているのです?」

 

「!!!」

 

「私も、東方で武術を師事していた身です。

 少し観察すれば発散される気でわかりますよ」

 

「そう・・・か、自分でも気づかぬうちにそんなことになっているとは」

 

「・・・あまり武というものに寄り過ぎない方がいいかと思います」

 

「それは一体どういう・・・?」

 

「悩みや考え事を打ち消すように、鍛錬に励むのはよくない。

 ・・・ということです。それでは、伸びる物も伸びません」

 

「む・・・確かに一理あるかもしれぬ」

 

「明日も実習があるんですよね?もう、戻った方がいいと思います」

 

「そうだな・・・そなたの助言、心に刻んでおこう」

 

「ふふ・・・お役に立てたのなら幸いです」

 

ラウラが宿酒場の方に去っていくのを見送り、再び世界は静寂に包まれた。

 

 

「見ず知らずの他人を心配するなんて、柄でもないですね・・・」

 

ルディの頭にある少女の姿が浮かび上がる。その少女は、暗闇の中で座り込み、虚空を見ていた。

 

 

「・・・詮無きこと・・・か」

 

 

彼女の独り言は夜に溶け、夜鳴きする虫たちだけが、聴いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラと別れ、気分もいつもの散策に戻り始めていた頃。ルディが大市の近くを通りがかった時だ。

 

「・・・し・・・・・・・・・てくれ」

 

(こんな時間に大市から声・・・?)

 

大市の様子を物陰に隠れ伺うと、そこには自然公園の管理員たちがいた。

 

(管理員が一体何をやって・・・おや?)

 

管理員達は数人で重そうな箱をいくつも持ち出していた。それも(一部の例外を除いて)人が全く出歩かないような夜更けに・・・。

 

(これはこれは・・・面白そうな場面に立ち会ってしまったみたい)

 

「この辺にしとくか、これ以上を運ぶのは骨だ」

 

管理員たちは持ち出した箱を、音を立てないよう静かに運び出した。

 

(フフ・・・今夜はいつもより退屈はしなそう)

 

ルディも気配を消して、そっと彼らの跡をつけはじめた。

 

 

「よし、こっからは簡単だ。魔獣に気をつけて運ぶだけだからな」

 

「それも簡単じゃねーけどな」

 

「っと、おい。あそこの酔っ払いどうする?」

 

「あ?どうもしねーよ。酔っ払ってんだろ?

 俺らの事なんか覚えてるわけねーだろ」

 

「ヘッ、確かに」

 

「んじゃパパっと運んじまって、一杯やろうぜ」

 

管理員たちは道端で酔っ払っている男の側を通り過ぎ、西ケルディック街道へと向かう。

そのすぐ後にルディも西ケルディック街道へと進む。

酔っ払いの男を視界の端に入れて、彼女は一人、溜息を吐いた。

 

(なんて杜撰な・・・私なら、あの男の意識を刈り取ってから前を通るか

そもそもこんな正面から街道に出ないで、建物の上から街道に降りるかな)

 

ルディはその男の前を通らず、音も無く男の背後に回ると、男の点穴を軽く突く。

 

「ひゅ!?」

 

男は声にならない声だけを残し、意識を手放した。

 

(さて、此処からは街道。夜の私から逃れられると思わないでくださいな)

 

ルディが一歩二歩と進みだす。すると彼女は、まるで最初からそこに居なかったかのように消えてしまった。

 

 

彼女が消えたあたりから、小さな足音が聴こえてくる。その足音は街道へ向かっていた。

 

 

「はっー!ようやく運び終えたぜ!」

 

「おつかれさーん!」

 

「まずは一仕事・・・次の仕事は大市の騒ぎ次第だ」

 

(大市の騒ぎ・・・か。今日の夕方の騒動と

彼らの動きは何か関係があるのかな?)

 

(持ち去った荷の中身は・・・装飾品にチーズやナッツなどの食品。見たところ普通か)

 

ルディは持ち出された物の確認や、盗人たちの武装も確認していく。普通なら堂々とそんなことをすれば一瞬でバレてしまうが、常人は今の彼女に気づく事すらできない。

姿無き人間など、誰が気づけると言うのか。彼らはそんなことをされているとも気づかずに談笑していた。

 

「にしても領邦軍のやつらも、すげえ事させてくるよな」

 

「商人二人の荷物を奪って、大市で問題を起させろってな」

 

「そんな簡単な事で大金もらえるんだから、チョロいよな」

 

 

(なるほどなるほど・・・州が絡んでいるのなら、領邦軍も絡んでいるのが道理だよね)

 

 

 

(中々面白い情報も手に入ったし、朝にでも鉄道憲兵隊に連絡しておきましょう。

私が、今片付けても良いけれど・・・後始末が面倒です)

 

ルディは音も無く立ち去り、ケルディックの宿へと戻って行く。

 

 

そして次の日事件が発覚し、大市は大騒ぎになった。

 




月光蝶 CP35 SPD+50%・ステルス
    リーシャも使える隠形のクラフト
    効果の方はリーシャと全く同じ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ルディとⅦ組

ベッドから起き出して下の酒場に行くと、いつもと何か様子が違う。ルディと一緒に酒場で働いているルイセが、マゴットと何か話しているようだ。

 

「また大市で揉め事が起きた見たいです!でも今度は領邦軍が止めに来てくれたみたいですね」

 

「領邦軍ねぇ・・・面倒な事にならないといいけど」

 

(事件が公になったみたい。でも領邦軍が止めに来た・・・?)

 

事件の真相を大分深いところまで知っているルディには、領邦軍が騒ぎを止めに来た事が奇妙に思えてならない。止めに来るメリットが無いのだ。

大市で騒ぎを起させて何かをしようとしているのは既にわかっている。もし止めに来たわけではないとすれば・・・。

 

(・・・様子見?)

 

とりあえず、自分も現場を見ておこうとルディは急ぎ足で大市へ向かった。

 

 

大市へ着くと既に騒ぎは一旦落ち着いたようで、少し遅れながらも大市は開かれていた。

まず目を惹かれたのが正面にある、壊された店だ。商品が置かれる筈だったであろう棚が目も宛てられないほど、めちゃくちゃになっている。

 

(これは酷いですね・・・ここまでする必要は無かったのでは・・・)

 

ここに帝都の商人が居ないということは、彼は奥に居るのだろう。ルディが帝都の商人の様子を見に奥へ向かうと、Ⅶ組の面々が聞き込みをしていた。

 

「なるほど、犯人は見ていないと言う事ですね」

 

「ああ、そうだ。・・・はぁ、帝都から来て

 ようやく噂に名高いケルディック大市に店を出せたと言うのに・・・」

 

「今、私には商品サンプルひとつしかない・・・」

 

「あの・・・よろしければサンプルをお見せしてもらえませんか?」

 

「・・・これだよ」

 

(あれは確か・・・管理員が持ち去ったいくつかの荷の中にあった物・・・)

 

(やはり彼らが犯人で間違い無いようですね)

 

(しかし、何故彼らが聞き込みをしているんでしょうか?)

 

 

「やはり、どちらも犯人とは思えないな・・・」

 

「犯人は別に居ると、考えた方がいいわね」

 

「でも一体誰が・・・」

 

「・・・これまでの行動に説明がつかない人たちが居ないか?」

 

「彼らが何故そんな行動を取ったのか・・・そこに何らかの意図がある気がする」

 

「そ、そんな人たちが・・・?」

 

「ああ、それは・・・・・・・・・領邦軍のことだよ」

 

「彼らはこんな事件が起きたのにロクに調査もしていない

 それは一体どうしてだった?」

 

「元締め御老人の話では、増税取り下げの陳情を

 出したのがそれらの原因だという話だったな」

 

「そのせいで、大市の喧嘩の仲裁にも一切来ないと聞いた」

 

「・・・だったら何で今朝は仲裁に来たんだ?」

 

「言われてみれば・・・!」

 

「無視しているのかしていないのか、ちぐはぐだね」

 

 

 

「お見事ですね」

 

「え?」

 

気配を消し、彼らの推理をこっそりと聴いていたルディが、彼らに歩み寄り話しかける。

今の今までルディの存在に気づかなかったようで、四人は驚いた顔を見せた。

 

「あなたは確か・・・」

 

「酒場でお会いしましたね。ルディと言います」

 

「私達の話を聞いていたんですか?」

 

「ええ、聴かせていただきました」

 

「ははは・・・拙い推理ですけど」

 

「詰所に行くのでしたら、私も一緒にいって良いですか?」

 

「構わぬが、理由を聞いてよいだろうか?」

 

「・・・今回の事件、私は盗人の存在について調べていたら

 領邦軍の名前が出たんです」

 

「えぇ!?領邦軍が・・・」

 

「はい。折角同じことを調べている方々が居るのですから

 そちらがよろしければ、協力して調査できればと」

 

「・・・・・・・・・わかりました。では一緒に行きましょう」

 

「では、まず私の持っている情報を」

 

 

 

 

 

 

 

 

______________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達は確か士官学院の生徒だったな」

 

「今日は何の用だ?」

 

「お忙しいところをすいません・・・。

 今朝の大市の事件について、お話を聞かせて

 いただけませんか?」

 

「何・・・?」

 

「部外者のお前達に何の関係があるんだ?」

 

「我々は特別実習でこの町を訪れている」

 

「トールズ士官学院の生徒として、軍の先輩方

 の仕事について勉強する機会を頂きたい・・・・・・」

 

「そういった理由では駄目だろうか?」

 

「む・・・」

 

「ふぅ・・・わかった。

 少し待っていろ。」

 

「だがそこのお前は駄目だ。

 士官学院の生徒でもない、唯の旅行者だからな」

 

「このまま紛れていれば誤魔化せるかと思ったんですが・・・。

 仕方ありません。みなさんでお話を聞いてきて下さいな」

 

「こんな事になってしまって、ごめんなさい・・・」

 

ルディは素直にその場を立ち去り、別行動を取る事にした。彼女も彼女で少し調べたい事があった。それは、犯人の潜伏場所だ。

昨晩、彼女が犯人を最後に見た場所はルナリア自然公園。あの場から移動していないという事は考えにくい。

彼女は少し早足で、ルナリア自然公園へと向かった。

 

 

自然公園の前へとたどり着くと、隠形を解いてルディが姿をあらわす。

 

「・・・錠の使い方を間違えていますね」

 

門には立派な南京錠が掛けられていた。ただし、逆側・・・門の内側に。

南京錠が正しく使われていれば、針金の類で開錠することも出来る。しかし、内側から掛けられたのでは、その方法は使えない。

 

「まったく・・・面倒極まりないですね」

 

そういって門に近づき、門の前に立つと・・・。

 

「ふっ!」

 

彼女は門を軽々と飛び越え、門の向こうに着地した。

 

「さて・・・彼らが大人しくここに居てくれると良いんですが・・・あ」

 

「ここに犯人が居るは・・・ず?」

 

門の内と外。ルディとリィン。ふたりの目が合ってしまう。

 

「・・・おかえりなさい、お話の方はどうでしたか?」

 

「じ、実はですね・・・やはり領邦軍が今回、間接的にですが

 関わっていそうです」

 

「やはりですか・・・」

 

「・・・ルディさん。何か抜け道でも使ったんですか?」

 

「いいえ?普通に入っただけですよ」

 

「普通にというのは?」

 

「門を飛び越えて」

 

「それは一般的に普通とは言いません!」

 

このままではリィン達が入れないので、ルディは仕方なく、南京錠を針金でこじ開けた。

 

「外れましたよ」

 

「まだ、ほんの少ししか一緒に居ないのに・・・。

 ルディさんには驚かされてばかりだね」

 

「ふふ・・・自分に出来る範囲の事しかできませんけどね」

 

「随分と出来る範囲が広いわね・・・。

 門を飛び越えられるし、鍵開けは出来るし」

 

「私が聞いた話では、東方の武術も使うそうだが」

 

「一体何者なんですかルディさん・・・」

 

「唯の旅行好きな一般人です」

 

『絶対違うと思う』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

咆哮する敵意

リィン達と合流したルディは、自ら彼らを先導していた。

彼女が案内している道は見事に魔獣のテリトリーの合間の縫うような道で、リィン達は魔獣と鉢合わせることも無く、最深部へ到達していた。

 

「いかにも魔獣が居ます。

 って感じな場所なのに、一度も会わなかったね」

 

「そういう道を選んだんじゃないかしら?

 ほら、そういう事が出来そうな人がいるし」

 

「私はただ、知っている道を進んだだけ。

 そこに魔獣が居るか否かは、単なる運です」

 

「ならば、そなたの運に感謝しなければな」

 

「ああ。

 それに・・・どうやら追いついたらしい」

 

広まった場所に出ると、そこには大量の箱と一緒に、公園の管理員達がいた。

 

「へへ・・・それなりに稼げたな」

 

「これでも町の連中が陳情を取り下げなけりゃ、もうちょい稼げるな」

 

「欲張るのも良いが、程々にしとけよ?

 コレとは別に、報酬がちゃんとあるんだからな」

 

「しっかし、あいつら何者なんだろうな?

 領邦軍の兵士にも顔が利いてるみてえだし」

 

「さてな・・・何を考えているのか

 さっぱり判らん男だったからな」

 

「まぁいい・・・いつでもここを離れられる準備を・・・・・・」

 

「・・・甘いな」

 

「なに・・・!?」

 

犯人達の前に姿をあらわし、各自の武器を取り出し構える。

ただし、たった一人を除いて。

ルディは先ほどリィン達と隠れていた場所に留まっていた。今、彼らの前に管理員は四人しか居ない。

しかし、ルディの知る限り管理員は『六人』なのだ。

 

(士官候補生とただの盗人。

数が同じなら彼らが遅れを取る理由がない)

 

(問題は見当たらない二人がどう動くか・・・。

まぁ、私の方で片付けておけば問題ないか)

 

じっと身を潜め、ルディはリィン達の戦況を見守る。戦いは彼女の予想した通り、Ⅶ組有利で進んでいた。このまま行けば、あっという間に決着がつくだろう。

 

無論、ルディの方も。

 

「くぁ~・・・ねみぃ・・・」

 

「見回りなんかいらねーと思うんだがなあ・・・」

 

眠そうな二人組の管理員が、覚束ない足取りで歩いてくる。

ルディは既に先ほどまで隠れていた場所とは、別の場所へ移動して二人を見下ろしている。

 

(見回りご苦労様です)

 

二人の間に、まるで枯れ葉が落ちるように、ふわりと降り立つと手に持っていた針を、首の点穴に刺す。

男達は糸の切れた操り人形のように地面へ倒れこみ、陸揚げされた魚の様に、身体を痙攣させていた。

 

「おやすみなさい」

 

魚はそのうちピクリとも動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

「く、くそ・・・・・・何て強さだ」

 

「こんなの聞いてねえぞ!」

 

「さぁ、今回の事件について。

 洗いざらい話してもらうぞ!」

 

「くっ・・・・・・あの二人は何やってんだ!?」

 

「二人だと?

 まだ他にも居たか・・・」

 

「・・・・・・そういえば、ルディさんは?」

 

「呼びました?」

 

「うわぁ!?

 び、びっくりした・・・後ろから急に現れないでください!」

 

「そんなことを言われましても・・・」

 

「ひとつ聞きたいのだが・・・。

 そなたが引きずっている偽管理員はどうしたのだ?」

 

ルディの手には先ほど仕留めた、偽の管理員が掴まれていて、後ろには引きずってきた後があった。

 

「ああ、これですか。

 先程そこで見つけたので、仕留めておきました」

 

「仕留め!?」

 

「念のため聞きますが・・・。

 死んでません・・・よね?」

 

「気絶させただけですよ」

 

「知らない人が見たら、絶対死んでると思うよね・・・。

 だって白目むいて、すごい泡吹いてるもん・・・」

 

「いずれにせよ、これで万策尽きたな」

 

「ぐうう・・・」

 

犯人たちも等々あきらめたのか脱力し、全員俯いている。

ようやく事件が解決し、リィン達Ⅶ組の特別実習も終わりを告げた。

その場に居た誰もがそう確信した時・・・。

 

 

 

不可思議な笛の音色が辺り一面に響き渡った。

 

その音色が聴こえなくなると、地鳴りが起きた。

一回だけではなく、二回、三回と断続的に続き、その間隔は段々に狭まっていった。

 

まるで、巨大な何かがこちらに走り寄ってくるかの様に・・・。

 

「く・・・!?

 みんな、下がれ!」

 

次の瞬間、木々を薙ぎ倒しながら巨大な魔獣が現れ、自分達がたった今退いた場所に着地した。

 

「なんなのよ、こいつ!?」

 

「管理員が言っていたヌシ・・・。

 間違いなくこやつだろうな」

 

「ど、どうするの!?」

 

「彼らを見捨てるわけにもいかない」

 

「全力で撃退するぞ!」

 

「私も微力ながら、力になります」

 

魔獣はその巨体を惜しげもなく使って、こちらを威嚇し、怒りに狂った咆哮をあげた。

 

 

「四の型、紅葉切り・・・!」

 

「もらったわ!」

 

リィンが魔獣の脚とすれ違う様に切り抜けると、魔獣の脚に幾多の剣閃が奔り、巨体の体勢を見事に崩す。そこにアリサが追撃とばかりに、鋭い矢をその巨体に見舞う。

 

しかし、魔獣はさらに怒りを込めて雄叫びをあげ、こちらに底なしの敵意を向ける。

 

「ダメ・・・まるっきり効いてる気がしない!」

 

次はこちらの番とばかりに、魔獣はその辺の倒木を掴み、破壊的な怪力で、棍棒と化した倒木を叩きつけて来た。

 

「させない!」

 

振り下ろされた木に向けて、ルディが暗器を投げつけると、暗器が爆発を起こして木の一部を吹き飛ばした。

攻撃は空振りに終わり、魔獣が大きな隙を晒す。

待っていたと言わんばかりに、エリオットが溜めていたアーツを開放し、それと同時にラウラも動き、側面に回りこむ。

 

「ハイドロカノン!」

 

「砕け散れ!」

 

エリオットのアーツが発動し、鉄砲水のような勢いで水が魔獣に叩きつけられ、間髪いれずにラウラの渾身の一撃が魔獣に直撃する。

魔獣は巨大な体を支えきれずに、後ろに倒れ、沈黙したかに見えた・・・。

 

しかし、何でも無かったかのように再びその巨体を起こし、こちらを睨みつけた。

 

「手を抜いたつもりは微塵も無かったのだがな・・・」

 

「水じゃダメなのかな・・・」

 

「冷やしてダメなら、焼いてみますか?」

 

「そんな適当な事言ってる場合じゃ・・・」

 

「火・・・・・・か」

 

「何か思いついたの?」

 

「ああ。

 みんな、悪いけど時間を稼いでくれないか?」

 

「秘策があるようだな・・・承知した!」

 

リィンを除いた四人が、彼の前に陣取り、リィンは太刀を構え精神統一を始める。

それに気づいてか、それとも野生の勘なのか、魔獣の動きはより一層凶暴さを増し、その豪腕が一切の容赦なく彼らに振るわれる。

 

「少しは落ち着きなさい・・・よ!」

 

アリサの矢が数度にわたって撃ち込まれるが、敵も慣れてきたらしく、微動だにもせず動き続ける。

 

「ここまで反応されないと、少しへこむわね・・・」

 

「ねぇ、アリサ。

 確か実習中に炎の矢みたいなの使ってなかった?」

 

「確かに使えるけど・・・。

 まさか、彼女の冗談を真に受けたの?」

 

「冗談でも、試す価値はあると思うんだ」

 

「・・・余計に凶暴化しても知らないからね」

 

「そ、その時はその時ということで・・・」

 

後衛の二人がそんな作戦を立てているとも知らず、前衛の二人は魔獣の攻撃を必死に凌いでいた。

 

「このままではジリ貧です・・・」

 

「さすがはヌシといった所か」

 

「このまま状況を維持・・・しかありませんね」

 

「うむ・・・。

 後衛二人に攻撃がいくのは不味い」

 

「そしてリィンさんは大技の準備で動けない」

 

「彼の言う秘策・・・。

 内容は聞いていませんが、大丈夫なんでしょうか」

 

「信じるしかあるまい」

 

「・・・・・・・・・。

 何故、そんな簡単に信じることが出来るんですか?」

 

「そうだな・・・仲間。

 という理由だけでは足りぬか?」

 

「私は皆を信じ、今ここに立っている」

 

「無論、そなたの事もな」

 

「・・・随分と簡単に信用されたものですね。

 なら、信用された分くらいは活躍してみせましょう」

 

そういってルディは駆け出すと、魔獣も近づけさせまいと重い一撃を繰り出す。

しかし、彼女は避けずにそのまま前進する。

それを見たラウラが急いで助けに向かったが、間に合わない。

 

「避けろ!」

 

ラウラの叫びも虚しく、彼女は魔獣の一撃によって・・・・・・タダではすまないどころか、その場から消え失せた。

まるで、初めから存在していなかったように。

 

「消えた・・・!?」

 

ラウラが驚くのは当然、攻撃した魔獣すらもわけがわからない・・・といった状態になっている。

そして消えた彼女は・・・。

 

「ふふ、背中がお留守ですよ?」

 

突然背後に現れたルディに気づかず、隙だらけの背中を晒した魔獣に、気を込めた必殺の一撃を連続で見舞う。

予期せぬ激痛が背中に襲った事により、ルディの存在に気づいた魔獣が腕を振り回し、彼女を振り落とそうと暴れるが、彼女は既に近くから離れ、宙を舞っていた。

ルディが地面に着地するまでの間も、爆裂する暗器を数本投げて、後続のラウラの攻撃チャンスを作る。

 

「はあああああああ・・・!」

 

ラウラもそれを判っていたのか、溜めていた力を自らの奥義に乗せ、隙だらけになった魔獣に一気に叩き込んだ。

 

「奥義、光刃乱舞!」

 

光の刃が魔獣を縦横無尽に切り裂き、最後の横薙ぎの一撃は巨大な魔獣を吹き飛ばす程の威力を持っていた。

 

「まったく・・・そなたは無茶が過ぎるぞ」

 

「心配されなくても、こんな所でやられるつもりは・・・」

 

「私だけでなく、アレも無いみたいです」

 

アレ?とラウラが聞き返そうとした時、背後で何かが動き出す音がした。

完全に撃破したと思っていた魔獣が、ゆらりとその巨体を起こす。

 

「確実に倒せたと思ったのだがな・・・」

 

「今の技を受けて平然と立ち上がりましたね・・・」

 

どうしたものか、と。二人で話していると、後ろから炎を纏った矢が三本、魔獣に向かっていく。

その矢が魔獣に命中すると、音を立てて燃え始めた。

魔獣は呻きながら、地面を転がりまわり、火を消している。

 

「ホントに効いた!?」

 

「意外な弱点だな・・・」

 

「山火事が心配ですね」

 

一名、別な方向で心配事をしているが、アリサの炎の矢が有効であることが証明された。

そこからは終始こちらが攻勢で、魔獣に付け入る隙を与えない。

魔獣が攻撃しようとすれば、矢が飛び、アーツが飛んでいく。それによって出来た隙を逃さず前衛が攻撃するという連携プレーを見せ、有利に立ち回っていた。

しかし、倒すまでには行かない。決定打が今のところ無いのだ。戦いを続け、皆も口には出さないが、かなり消耗していた。

 

「リィン!まだなの!?」

 

「まだだ・・・あと少しで掴めそうなんだ・・・!」

 

「このままじゃ皆やられちゃうよ!?」

 

戦闘メンバーのパフォーマンスが落ちていく中、魔獣は相変わらずその凶暴性と動きを維持している。

 

(まさかヌシがここまでタフとは・・・)

 

(皆も確実に動きが鈍ってきている。

仕方ない、私が分け身でフォローを・・・)

 

「避けろリィン!」

 

「くっ!?」

 

魔獣の投げた大木がまともに動けないリィンに飛んでいく。

ラウラが避けるように声を掛け、アリサは青ざめた顔で手を伸ばしている。

リィンも避けようと、回避動作に移るが間に合いそうも無い。誰もがそう思ったが、そこに助けに入る人影があった。

この場で、そんな早業が出来るのは一人しか居ない。そう・・・彼女だ。

 

「せい!」

 

ルディは自分よりも遥かに大きい大木を正面から受け止め、それを人の居ない方に弾いた。

リィンの無事を認識すると、最初に動き出したのはラウラだった。

 

「我が剣、鉄すらも砕かん!」

 

高く飛び上がり、剣を叩きつけるように斬りつける。

 

「ゴルトスフィア!」

 

エリオットがアーツを放ち。

 

「燃え尽きなさい!」

 

アリサが火矢を放つ。

 

「炎よ・・・我が剣に集え・・・!」

 

そして、リィンが奥義を繰り出した。

 

「斬!」

 

二重の炎に焼かれた魔獣は大きな音を立てながら倒れ、霧散した。

 

「大丈夫ですか!?」

 

撃退に成功すると、真っ先にルディに駆け寄ったのがリィンだった。

 

「大丈夫です、別に何とも・・・」

 

ルディは手を振って、この通り、大丈夫と伝える。

 

「助けていただいてありがとうございます。

 でも・・・ルディさん、手の動きがぎこちないですよ?」

 

「・・・すみません、手が痺れているみたいです」

 

「謝るのはこちらです、俺のせいで・・・」

 

 

「とんでもねえ・・・」

 

「俺達はなんてやつらを相手にしてたんだ・・・」

 

偽管理員達が呟いたことで、ようやく彼らの存在を面々は思い出した。

 

「さて、やつらはどうする?」

 

「そういえば居たわね」

 

「どうしようか・・・」

 

彼らの処遇について話していると、いくつかの足音が近づいてくる。

どこかで聴いた、統率の取れた足音・・・。

 

「そこまでだ」

 

姿を現したのは、青の軍服に身を包んだ領邦軍だった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

別れの夕日

駆けつけた領邦軍は、すばやい動きで犯人を囲みこんだ。

しかし、彼らが囲んだのは・・・。

 

 

リィン達だった。

 

「・・・なぜ、彼らではなく我らを囲むのかな?」

 

「だまれ!」

 

「大人しくしろ」

 

「たしかに、盗品もあるようだが・・・。

 彼らがやったと言う証拠はあるまい」

 

「可能性で言うならば、お前達が犯人という事も

 考えられるのではないか?」

 

「そこまで我らを愚弄するか・・・!」

 

領地を守る役目を担う領邦軍は、犯人達と共謀していた。犯人達が問題を起こし、領邦軍がそれを見て見ぬ振りをする。

もし、彼らⅦ組がケルディックに来ていなければ、町の陳情が取り下げられていたかもしれない。

 

領邦軍にとって既に、彼らは後輩や学生ではなく唯の邪魔者だ。

 

そんな彼らを領邦軍が放置しておくはずが無かった。

 

 

(どうする・・・どうすればこの状況を何とかできる?)

 

リィンが打開策を見つけようと周囲を見渡す。彼は、そこで異変に気づいた。

 

(ルディさんが居ない!?)

 

先ほどまで居たルディが居ないのだ。周囲を探しても、いくら気配を探っても見つからない。

彼女は完全にそこから消えていた。

 

(彼が気づきましたね)

 

ルディは遥か上から、リィン達を見下ろしている。

 

(誰か一人でも逃れていれば、後のフォローが出来ますから・・・)

 

(悪く思わないでくださいな)

 

彼女は上からしばらく状況を見守り、切り抜けられなそうならば、何らかの手段で彼らを助け出すつもりだった。

しかし、状況はどんどん悪くなっていく・・・このままでは適当な理由をつけて、捕まえられてしまうだろう。

もう無理と判断して、ルディが飛び出して助けようとする。

 

「そこまでです」

 

その時、凛とした声が響き渡った。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

「お時間を取らせてしまい、申し訳ありません」

 

「いえ、気にしないでください」

 

「こちらこそ、危ないところを助けていただいて・・・」

 

「そういえば、危ないところって言えば・・・」

 

「誰か居ない様な・・・?」

 

「居ない?

 みなさんは四人では無いのですか?」

 

「ええ・・・俺達は四人なんですが・・・。

 途中で一緒に調査することになった、ルディと言う人が・・・」

 

「気づいたら消えていたんです」

 

「ほんと、どこへ行ったんだか・・・」

 

「呼びました?」

 

「ひゃあ!?」

 

突然、アリサの後ろにルディが現れ、彼女の耳元でささやく様に声を掛けると、アリサは余程驚いたのか飛び退るようにルディから離れた。

 

「なななな・・・何なのよ!?」

 

「どうやって現れたのだ?

 まったく気配を感じられなかったぞ」

 

「ああ、消えた時と同じだ。

 まったく、その気配を感じ取れなかった」

 

「皆さんの反応から推測すると、あなたがルディさんですね?」

 

「ええ、初めまして大尉さん」

 

「自己紹介は必要無いようですね」

 

「もう少し早く現れてくださったら、あなたも調書作成に

 参加していただいたのですが」

 

「それは残念です」

 

「次の機会にはぜひ、協力していただきたいですね」

 

「では、まだ仕事が残っているので、これで失礼します」

 

「今日はありがとうございました」

 

「いえ、もしかしたら余計な事だったのかも知れません」

 

「あのような事態も含めて、特別実習だったと思いますから」

 

 

「さすがにそこまでは、考えてなかったけどね」

 

 

「サラ教官!」

 

「サラさん・・・」

 

「久しぶりね、半年振りぐらいかしら?」

 

「・・・そうですね、お久しぶりです」

 

「あんたがココに来ているって事は・・・。

 全部お見通しだったってわけ?」

 

「あくまで状況に対応するために動いているだけです」

 

「それに、すべてお見通しというのは買い被りですよ」

 

「ある情報筋からの連絡が無ければ、気づけませんでした」

 

「あんたの兄弟筋あたりが知らせたんでしょう。

 随分と抜かり無く立ち回っているようで」

 

「そろそろ、私達は失礼します」

 

「特科クラスⅦ組・・・・・・

 私も応援させていただきますね」

 

クレア大尉は部下を伴って、駅の構内に入っていった。

 

(クレア・リーヴェルト)

 

(通称、氷の処女・・・か)

 

(何気ないちょっとした会話だったけど、こちらを探るような目をしてた)

 

(少しでも隙を見せると、私も危ないかも知れない)

 

「ところでそっちのお嬢さんは?」

 

「今回の事件解決を手伝ってくれた、ルディさんです」

 

「初めまして、教官さん。

 ルディ・マオと言います、酒場で臨時ウェイトレスをさせてもらってます」

 

「・・・そういえば、酒場で働いてたわね。

 サラ・バレスタインよ、この子達の教官をさせてもらっているわ」

 

「それで、この娘はどんな活躍をしてくれたのかしら?」

 

「それはもう、色々と助けてもらいました」

 

「別な情報を提供してもらったり・・・」

 

「公園に掛かった南京錠を外したりとか」

 

「別行動していた犯人グループを捕まえてくれもしたな」

 

「俺を魔獣の攻撃から庇ってくれたりもしました」

 

 

「・・・・・・なるほどね」

 

「そこのお嬢さんが、ただのウェイトレスじゃないってことがわかったわ・・・」

 

「とんでもないです!」

 

「私は酒場で働いている、タダのウェイトレスですよ?」

 

 

『絶対嘘だ!』

 

 

「・・・・・・息ぴったりね」

 

 

「・・・・・・行っちゃいましたね」

 

リィン達を乗せたトリスタ行きの列車が発車し、それを見守るルディ。

 

燃える様な夕日の光を受け、その光に後押しされるかのようにスピードをあげる列車。

 

列車はあっという間に見えなくなり、その場に残されたのは一人の少女だけ。

 

夕日に照らされ歩く少女の姿は、どこか寂しそうに見えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

翡翠の公都
仮面少女と奇妙な男


 5月27日

 

Ⅶ組のみんなと協力して、解決した盗難事件。あれから一ヶ月が経った。

解決した次の日から憲兵隊の人間が町に駐屯することになり、一部の住民たちの間では領邦軍が黙っているわけがない。と、いつ問題が起きるか心配する人間も居たみたい。

だけど現実にはそうならず、むしろ普段動かない領邦軍が積極的に動くようになり、町でよく見回りをしている姿が見かけられるようになった。

どうやら憲兵隊の方は、本当に問題が起きた時のみ動くらしい。

両軍で問題を起こしたりして、住民を不安がらせない配慮なのだろうか?

一先ず、この町の平穏はしばらく守られることと思う。

 

あまり長続きはしなそうだけど。

 

                                  Rudy Mao

 

 

____________________________________________________

 

 

 

私は昨日はじめて書いた日記を閉じ、壊れ物でも触るようにそっとカバンに仕舞う。

 

姉さんから渡されてずっと持っていたけど、中を開いてペンを走らせたのは昨日が初めてだった。

 

故郷の共和国を離れるその日に、なかば無理矢理押し付けられた、ありがたくも迷惑な荷物。

 

旅先で記憶に残った物や、思い出に残った物・・・それらを決して忘れないように・・・と。

 

『もしルディにとって、大切な思い出ができたら・・・ソレに書いてみて』

 

『きっといつか・・・・・・』

 

『その思い出があなたの道を照らしてくれるから』

 

・・・・・・まさか本当に書くことになるとは思わなかったけどね。

 

さ、そろそろ駅に行って列車を待つとしようか。

 

私は下に降りて、思ったよりも長くなってしまった滞在を終わらせるため、チェックアウトの手続きをした。

 

「もう行っちまうのかい? 寂しくなるねぇ」

 

「折角、一緒にお仕事する人が増えたかと思ったのに・・・」

 

「お二人とも、短い間でしたがお世話になりました」

 

「ほら、これ持っておいきよ」

 

マゴットさんから、ランチバスケットを押し付けるように渡されてしまった。

 

中々の大きさがあるバスケットだ。

 

「中身はサンドイッチさ、ちょっと色つけて沢山作っといたよ」

 

「私も作るのお手伝いしたんですよ!」

 

「あ、あはは・・・ありがとうございます」

 

沢山・・・ということはこのバスケット一杯に入っているって事なんだろうか?

 

正直に言うと、一人で食べきれる量じゃ無いと思う・・・。

 

「ルディさんっていつも、朝抜いているじゃないですか」

 

「だから何時でもお腹が減ったら食べられるようにって作ったのさ」

 

「すみません、朝が弱いもので・・・。

 これはありがたくいただかせて貰いますね」

 

多分食べきれないと思うけど・・・。

 

 

少しの荷物とランチバスケットを持って、駅のホームに佇んでいると間も無く列車が到着すると言うアナウンスが鳴り、列車が駅に到着した。

 

静かそうな車両を探して、てきとうな席の窓際に座る

 

こうして窓から見える景色を、静かに見るが好き。

 

私の数少ない楽しみのひとつで、私が列車に乗る時に一番楽しみにしている事だ。

 

列車が動き始め、窓の景色が動き出すと、どんどんそのスピードは上がっていく。

 

こうしてまた私の一人旅が始まった。

 

 

筈だったんだけど。

 

 

「相席して構わないかな?」

 

「・・・・・・どうぞ」

 

変わった雰囲気をした男が相席を希望してきた。

 

変わっているのは雰囲気だけではなく、この男は奇妙な気を纏っていた。

 

貴族のような雰囲気でありながら、そこまで主張が激しいわけではない。

 

ただの一般人を装った気を纏いながらも、どこか気取った印象を相手に与える気。

 

貴族の印象と気が合致しているように思えるが、そういうものではない。

 

例えるならそう・・・。

 

 

芝居がかった男、それが私が感じたイメージだった。

 

 

「失礼ながら、バリアハートにはどのような用事で行かれるのかな?」

 

わたしのイメージはどうやら当たっていたらしい。

 

雰囲気がそうならば、口調も芝居がかっていた。

 

なら、私も変えるとしよう。 大丈夫、仮面なら幾らでもありますわ。

 

「単なる旅行ですわ、そちらは?」

 

「おや、奇遇だ」

 

「と、言いますと?」

 

「実は私も旅行なのだ」

 

「美しいものを探す旅行・・・といったところだ」

 

「芸術鑑賞の旅、というわけですのね」

 

「私の言う美しいものというのは、何も物だけに留まらない」

 

「人間にも僅かながら、美しい人間がいるのだ」

 

「美しい人間ですか。

 わたくしにプロポーズでもされている様に見えますわ」

 

「いや、すまない。

 なにぶん美しい者を見たら、賞賛せずには居られない性分でね」

 

「まぁ、お上手ですね」

 

「時に、君は仮面という物をどう考える?」

 

「ただ顔に着けて、顔を隠すものではないのですか?」

 

「例えば、常に仮面を着けて生活している人物がいるとしよう」

 

「仮面とは、人間の顔を象ったもので、一つ一つに人格がある」

 

「確かに色々な顔があります」

 

「着けた人間は、その仮面にあった自分を演じ、仮面の人物になりきる」

 

「一日、二日ならばなんら問題は無いが、毎日それを続けていると・・・」

 

 

「仮面が自分の顔になってしまうのだ」

 

 

「・・・恐ろしいお話ですわ」

 

「怖がらせてしまったかな?」

 

「いえいえ、とても興味深いお話でした」

 

「楽しんでいただけたのならよかった」

 

「もし、君の知り合いにそんな人物がいるならば、この話をしてあげると良い」

 

「ええ、そうしますわ」

 

芝居がかった所作で、頭を下げると男は別な車両に去っていった。

 

「・・・・・・・・・」

 

私は自分の顔に手をやり、なぞって見る。

 

当然、仮面など着けていないので、まったく意味の無い行動だ。

 

仮面が自分の顔になる・・・あの話は恐らく、私の事を言っていたのだろう。

 

そういえば、私が自分以外の顔を着けたのはいつからだったか?

 

「・・・・・・思い出せないほど、昔・・・か」

 

誰に言うわけでもなく、ポツリと呟く。

 

『ご乗車ありがとうございます、まもなくバリアハートに到着です』

 

 

さて、今日はどの仮面(かお)にしよう?

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

美談

いつごろから呼ばれ始めたのか、バリアハートは翡翠の公都と呼ばれている。

町の名前に翡翠などと大そうな文字をつけるとは、どんな町なんだと思うだろうが・・・。

 

今、私の前にはその名に恥じない、美しい町並みが広がっていた。

 

(翡翠の公都・・・。

その名に偽りは無いみたい)

 

折角だから少し町を散策していこう、ホテルにチェックインするのは多少遅くなっても構わない。

 

時間はまだ昼近く・・・たまにはゆっくりと行こう。

 

持たせてもらったお弁当もあることだし。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

面倒な人に捕まってしまった。

 

買う気もなしに、宝石店に入ったのが運の尽きだった。

 

「こんな所でまた会えるとは、これも女神の導きだろうか?」

 

そう・・・列車で生まれてしまった奇妙な縁・・・その縁が今、私を困らせている。

 

「女神様はとても意地悪なようですね

 私は、あなたとは会いたくありませんでしたよ」

 

「美しい者は、美しいものが集う場所に惹かれるのだろう」

 

「またそうやって私を口説くつもりですか?」

 

「そんなつもりはないが、美しいものを見るとついね」

 

「美しい美しいと言いますけど。

 私はまだ、あなたのお名前も知りません」

 

「これは失礼した」

 

「わたしはブルブラン男爵という」

 

「え、男爵・・・?」

 

「うむ、その通り。

 ところで、私はまだ君の名前を聞いていないが・・・」

 

「失礼、私はルディといいます」

 

「まさか、あなたのような人が男爵とは思いませんでしたよ」

 

「何があるかわからないからこそ、人生は面白いのだ」

 

男爵はガラス越しに宝石をじっと見つめている。

 

私も何が楽しいのかわからずに、ガラスに閉じ込められた宝石たちを見ていた。

 

「君は宝石をどう考えている?」

 

「キレイだと思います」

 

「どうしようもなくキレイで、ひたすらに光彩を放ち続ける」

 

「いつか、自分が・・・輝けなくなるまで」

 

「そんな物と考えます」

 

「おもしろい、実におもしろい考えだ」

 

「確かに君の言うとおり、いつかは失う輝きだろう」

 

「だがそんな刹那的な輝きを見せているからこそ

 人を惹きつけてやまないのだ」

 

「永遠の輝きなどありはしない」

 

「人もまた同じだ」

 

「同じ? どこがですか?」

 

「人と宝石が同じなのではない」

 

「生き方が似ているのだ。

 その輝き尽きるまで、どれだけ美しく生きられるか

 そんな生き様がね」

 

「どうだろうか、君は今美しく生きているかね?」

 

「どうでしょう、私はわかりませんね。

 あなたの言う美しさというモノがわかりませんから」

 

「・・・少しばかり、話し過ぎてしまいましたね」

 

「私はこれで失礼します、男爵」

 

私は宝石店から足早に出ると、広場のような場所に向かった。

 

 

「人の美しさがわからないか」

 

「皮肉なものだ。

 彼女自身も、輝くその日を待つ原石だというのに」

 

彼もまた宝石店から退店し、ただ静かに翡翠の町へと消えた。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

広場のような場所にあったベンチに座り、一息つく。

 

今日は厄日だ、何故あんな疲れる人と二度も鉢合わせなければいけないのだろう。

 

列車で会った時はいきなり人のことを美しいなどと口走り、二度目に宝石店で会った時は意味深なことばを投げかけてくる。

 

もし自分を宝石に例えるなら、黒ずんで唯の石ころになった宝石だと思う。

 

光らなくなった石にどうやって美しく生きろというのだろうか。

 

美しい生き方なんて私は知らないし、知る必要もない。

 

そんな生き方をしている人もまったく心当たりは・・・。

 

ある記憶が私の中によみがえってきた。

 

ケルディックで出会った彼ら、リィン達だ。

 

・・・・・・もしかしたら美しい生き方というのは、彼らの様な事を言うのかもしれない。

 

だとしたら私にそれを実践しろというのは、無理な話だ。

 

陰で生きてきた私には、誰かを照らすような生き方など出来はしないのだから。

 

彼らのような人達と一緒に居ると、私は眩しくて目を瞑ってしまうだろう。

 

自嘲気味に笑って、バスケットの中身を取り出して一口食べた。

 

「ん・・・おいしい」

 

 

バリアハート一日目 終了



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

遭遇する黒と白

何時もどおりの朝を迎えて、欠伸をひとつする。

 

いつもと違うところは、少し高い宿に止まっている所だろうか。

 

部屋を見渡せば手入れされた家具に、寝転んでいるだけで眠りに誘われるようなベッド。

 

これより高い部屋は通信でルームサービスを受けられるという。

 

そんなサービスは必要なかったので、私は普通の部屋に泊まった。

 

普段着に着替え、軽い朝食を食べてホテルを出ると昨日とはまた違った、静かな町に出た。

 

朝・昼・夜でその町の顔は変わる。

 

ケルディックは騒がしかったが、どうやら朝のバリアハートは静かな町らしい。

 

しばらくは静かな時間を楽しませてもらおう、最近私は喋りすぎている気がするし。

 

 

駅前の通りまで来ると、少しだけ騒がしくなる。駅前は人が集まりやすいということだろう。

 

ベンチに座って、人の通りを何気なく眺める。

 

スーツを着てアタッシュケースを運ぶ男、古風な服を着た女、散歩する老人。

 

変な男爵の言葉に同意するわけではないけど、人は見ていて退屈じゃない。

 

あのアタッシュケースの中身は? あの女性は貴族? あの老人はどこに向かっている?

 

そんな事を考える。 下らないけど、やってみると中々楽しい。

 

こんな下らないことが楽しいと言える、つまりそれだけ普段は退屈しているという裏返しでもある。

 

私が退屈しのぎに出来る事なんて、たかが知れている。

 

自由になってからは景色を見たり、人の動きを見たりなど出来る事も増えた。

 

代わりに普段していた鍛錬や遊びが出来なくなってしまった。

 

暗殺者の家系という性質上、鍛錬や動きは人前で披露するのは無理。

 

人の居ないところでやる? それも不可能。 町の外、それも外れでやらなければあっという間に見つかる。

 

遊びもそう、私は子供らしい遊びなど知らないから、小さい頃から姉さんとよく鍛錬と称した遊びをした。

 

その内容は木から木へ飛び移ってする追いかけっこだったり、どれだけ速く木の頂上まで近づけるかとか。

 

このように子供らしくない子供時代を送っていたが故に、私は子供らしい遊びを知らない。

 

これも街中でやるのは論外、森でもそんな異常な動きをする少女をみたら噂になる為、外れに行かなければいけない。

 

そんな町の外、それも外れの方まで行かなければ出来ない暇つぶしなど、誰がするというのだろう。

 

こんな現状だから私は人通りを見て、あれこれ想像するか、町を観光をするくらいしか出来ないのだ。

 

今の所はそれで楽しめているから良いが。

 

ぼーっと眺めていると、見慣れない赤い服を着たグループが駅から出てきた。

 

知らない顔が多いが、一人だけ見知った顔があったのでどんな集まりかは直ぐにわかった。

 

以前ケルディックで出会った、リィン・シュヴァルツァーと名乗る青年。

 

彼が居るということはつまり他のメンバーも同じ仲間ということだろう。

 

昨日の男爵の言うとおり、女神様はいらない導きを私に与えてくださったらしい。

 

友好的な彼のことだ、私を見つけたら声を掛けるに決まっている。

 

今はなんとなく・・・誰とも話をしたくない。私はベンチから立ち上がってそっと、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

男爵にⅦ組の面々、あまり会いたくない人が追加され、いよいよ町を歩き回るのは難しくなった。

 

今日は町の外を歩き回ろうか。

 

確か東にオーロックスという砦があったはず。 その砦を見に行こう。

 

私は東口から街道に沿って、砦に向かった。

 

 

砦に付く頃には、少し夕焼けが顔を出していた。

 

外見はかの有名なガレリア要塞には劣るが、それでも十分すぎるほど立派な砦という感想だ。

 

しかし、この場所には似つかわしくない物が先ほどから目の端に映る。

 

まるで戦争でも始めるのかという数の戦車が運び込まれている。

 

運びこまれた数は、私が眺めている間だけでも軽く10は超えていた。

 

いくら主要な都市が近いからといって、警備の強化という理由にはあまりにも過剰な火力。

 

一体彼らはこの地で、何を始めるつもりなのか・・・。

 

少なからず興味を覚えた私は、中の様子を見てみたくなった。

 

久々に黒い服を身にまとい、フードを深く被ると、私という一人の人間の気配は、完全に消え失せる。

 

私は一気に外壁を駆け上がると、兵士達の間を駆け抜ける。

 

完全に気配を消した者に気づける人間は、そういない。

 

彼ら兵士達は私に気付けない、傍を通り過ぎてもただ風が通り抜けたように感じるだけ。

 

私は警備がうろうろとしている間を、悠々と通り抜けて侵入させてもらった。

 

しかし、中の警備がかなり厳しく思うように動き回れない。

 

砦とはいえ、これほどまで警備を厳しくする必要があるのだろうか。

 

だが、その厳しさが私の興味を更に大きくさせる。

 

などと考えていると私の居る場所まで、警備の足が伸びてきた。

 

私は物陰に隠れ、その警備をやり過ごすと背後に回り・・・。

 

いつかのように首に針を刺して、意識を奪った。

 

物言わぬ人形のようにぐったりとした兵士を隠れていた物陰に隠すと、再び姿を消して歩みを進めた。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

侵入してから数十分が過ぎた頃だろうか、警備の足音ではない物が聞えた事が何度かあった。

 

それが何なのかはわからないが、気配の感じからして人間ではあるようだ。

 

なるべく鉢合わせはしたくないのだが、そうも言っていられないらしい。

 

その謎の人物がこちらに向かってきている、それも真っ直ぐに。

 

感づかれたか、はたまたコッチに目的の何かがあるのかは判断が難しい。

 

見つかると面倒だ、速やかにに仕留めさせてもらおう。

 

念のため月光蝶を使い、身を隠して機会を窺う。

 

そしてとうとう、その謎の人物が姿をあらわした。

 

 

「あれ? こっちにも居ない」

 

 

その正体は子供だった。

 

水色の髪をしていて、白く特徴的なスーツを着ている。

 

そこまでなら普通・・・いや、十分普通ではないが、少女の傍らには白い物体が浮いていた。

 

「うーん・・・どこに居るんだろう」

 

「ガーちゃんわかる?」

 

予想以上に面倒なヤツが来たらしい・・・こういうのはさっさと沈めるに限る。

 

私は姿を隠したまま、その少女の首に目掛けて峰打ちを繰り出す。

 

しかし、それは金属音と共に防がれてしまう。

 

傍らに浮いていた白い物体が、少女を庇ったのだ。

 

「! ガーちゃん!」

 

白い物体はこちらに真っ直ぐ腕を突き出してくる。

 

私はその攻撃を避けた後、月光蝶を解いた。

 

「いきなり攻撃してくるなんて、ご挨拶だね」

 

「良い相棒が居るな」

 

「ふふーん、でしょ?」

 

「見た目に似合わず、潜入の心得もある様だ」

 

「む・・・・・・見た目に関して言えば、君にも言えると思うんだけど?」

 

「なに・・・?」

 

「・・・・・・フード、脱げてるよ?」

 

「・・・・・・・・・」

 

 

「不覚です・・・まさかこんなチビッ子に顔を見られるとは・・・」

 

「君も高いとは言えないレベルだと思うんだけど」

 

「否定はしません」

 

「それで、僕に顔見られちゃったけどどうするの?」

 

「別にどうもしませんよ、特に取れる対応もありませんし」

 

「ほら、そういうのってよく口封じに殺したりするじゃん」

 

そういう彼女の顔は好奇心に満ちていて、年頃の活発な少女という印象を持たせる。

 

「そうして欲しいんですか・・・・・・?」

 

私は雰囲気を一変させると、一瞬で距離を詰めて彼女の首に小太刀を突きつけ、いつでも刺し貫き、刎ねられる状態にする。

 

彼女の顔はみるみる変わっていき、先ほどまで絶え間なく言葉を紡いでいた口を閉ざした。

 

「私としても、そっちの方が手っ取り早くて助かります」

 

殺気を出して、彼女が今まさに殺されそうになっているという状況を更にリアルにしてやる。

 

「ほら、あなたが今言った場面ですよ?」

 

でも彼女は青ざめた顔だけはしない。 それだけではなく、先ほどの彼女からは想像できない、気迫を込めた視線をこちらに向けてきた。

 

「・・・・・・殺さないの?」

 

「・・・・・・今の私を見て困惑は見せても、恐怖は見せない」

 

「それどころか、抵抗の意志さえ見せる・・・・・・」

 

大抵の人間は明確な殺意を向けて、武器を突きつけてやれば恐怖し、怯え、何も出来なくなってしまう。

 

彼女のような小さな子供だったら尚更だ。

 

だというのに彼女は強い意志を持ち、その恐怖を跳ね除けてみせた。

 

「ふふ・・・・・・見た目で判断してはいけないとは、よく言ったものです」

 

私が武器を仕舞って、彼女から離れると、よほど緊張していたのか盛大に息を吐いた。

 

「い、生きた心地がしなかったよー・・・・・・」

 

「普通ホントに殺そうとする?」

 

「別にそんなつもりは無かったんですけどね」

 

「ヤル気満々だったように見えたんだけどなー」

 

何のことやら、と肩を竦めて私はその場を去ろうと歩き出した。彼女との話で大分時間を取られてしまった。

 

元々これほど長く砦に居座るつもりも無かったので、当初の目的を果たしに行くのだ。

 

「ちょっと待って、君の目的はなんなの?」

 

「目的を聞かれて、親切に答えると思いますか?」

 

「確かにそうだけどさ、目的が同じだったりしたら協力できるじゃん」

 

「・・・・・・はい?」

 

「だーかーらー、協力!」

 

「何となくだけど、君とは協力できそうな気がするんだよね」

 

彼女は真っ直ぐな目で私を見ている。この瞳を私は知っている・・・ケルディックでも見たあの人の眼だ。

 

まるで私の全てを見透かし、私の嘘を見抜く・・・そんな眼。

 

この眼の前ではいくら嘘で塗り固めても、全て見抜かれてしまうだろう。

 

「・・・・・・私は、この地で何がおきようとしているのか・・・。

 それを見極めに来ただけです」

 

「僕の任務と似てるね、協力できそう!」

 

目的を話した事を好意的に取ったのか、彼女は嬉しそうに飛び跳ねている。

 

その姿は、とてもさっき此方を見ていた人物と同一とは思えない。

 

「構いませんけど、それはリスクを承知で言ってるんですよね?」

 

「リスク?」

 

「あなたは私の顔を見ている。

 私にはあなたの口を封じる理由がある」

 

「あ・・・・・・」

 

「いつ、後ろから襲われても対処できるって事ですよね?」

 

「そ、そういうのはちょっと勘弁して欲しいかなー・・・・・・なんて」

 

彼女がそう返してきたので、私はなるべく悪い顔を意識してニヤリと笑って返す。

 

「うぅ、生きて帰れないかも・・・」

 

一人悲しそうに呟いて、白の少女は歩き出す。

 

それを追うようにして私も歩く。

 

 

この地で何が起ころうとしているのか、その一端を知るために。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒と白の戯れ

「・・・・・・」

 

「えーっとこれでもない・・・これも違う」

 

部屋に隅で壁に寄りかかり、私は彼女の作業が終わるのを待っていた。

 

今のところ部屋に近づいてくる気配は無いものの、こんな都合の良い状況が何時までも続くとは思えない。

 

彼女にはもう少し急いでもらいたいところだ。

 

「人が近づいてくる気配は無いけど、長居すると危ないですよ」

 

「大丈夫でしょ、君が居るし」

 

「むしろ私が居ると危ないです」

 

「ちょっと・・・本当に襲い掛からないでよ?」

 

彼女は此方を警戒するようにチラチラと見ながら、書類とにらめっこをしている。

 

「・・・・・・ん、これだね」

 

「ガーちゃん、おねがい」

 

先ほどまで書類の山を漁っていたかと思えば、今度は見つけた書類を白い物体に見せている。

 

「暗記でもさせるんですか?」

 

「この子はアガートラムって言って、色々と助けてくれるんだ」

 

「私はガーちゃんって呼んでるよ」

 

「なるほど・・・その子に覚えさせれば、書類を持ち帰る必要もない」

 

「そ、だから確実に確かな情報を持ち帰れるってわけ」

 

彼女が従えているアガートラムは、彼女の意思で自由に消したり、出したりできるようだ。

 

必要な情報を覚えさせて、帰るまで消しておけば、重要情報を盗まれた事すら気づかないだろう。

 

あるべき場所に書類を戻し、すばやく脱出すれば・・・という条件付きだが。

 

「うん、もう終わりかな」

 

「さっさと移動しましょう、同じ場所に長く留まるのは

見つけてくれと言っているようなものです」

 

付近に人の気配は無いが念のため、ゆっくりとドアを開ける。

 

「・・・よし」

 

「ちょっと警戒しすぎじゃないかなぁ・・・」

 

「用心しすぎて困る事はないです。

 そちらの仕事は、もう終わりですか?」

 

「うん、私の仕事は終わり!」

 

「なら、今度は私に付き合ってください」

 

「持ちつ持たれつってやつだね、いいよ」

 

「格納庫の場所とか知りません?」

 

「わかるけど・・・何しに行くの?」

 

「中身を見たいです」

 

「中身って・・・何か欲しい物でもあるの?」

 

「誰が戦車や、装甲車を欲しがるって言うんですか」

 

「ふーん・・・ま、いいや。格納庫はこっちだよ!」

 

先ほどのように、私が先行する彼女を追いかける図になる。

 

道がわからないから付いていくしか無いのだが、前を走られると何かヘマをしそうで、どうにも落ち着かなかった。

 

 

彼女の案内で、格納庫に向けて真っ直ぐ突き進む。

 

私はただ黙って付いて行っているだけだが、確実に近づいているという確信があった。

 

先ほどの部屋にたどり着くまでの警戒度が違う。今進んでいる通路はこの先に余程大事な物があるのか、兵士の数と警備装置の数が段違いだ。

 

「ストップ」

 

「・・・また?」

 

「通路の先に三人居る」

 

「ありゃ・・・どうする?」

 

「制圧します、私は奥の二人」

 

「私が手前のやつだね、オッケー!」

 

通路の陰から飛び出して、まず私から見て手前の兵士の首に、小太刀の峰で一撃を叩き込み昏倒させる。

 

目の前の仲間が突然たおれた事に動揺したのか、私を見ても対応出来ずにいた。

 

「遅い」

 

もう一人も今倒した兵士と同様に、峰を使い一撃で昏倒させる。

 

そして、私より少し遅れて飛び出した彼女が、アガートラムを出して最後の一人を殴り飛ばした。

 

「隠密戦闘もこなしますか・・・やりますね」

 

「伊達に諜報員しているワケじゃないってね」

 

見回りを倒して、奥へ奥へと進んでいく。

 

しばらく進んでいくとT時の通路になっていて、道が二つある場所に出る。

 

「ここは右だね」

 

そう言って右に走っていこうとする彼女の手を掴んで、私はそれをやめさせる。

 

「どうしたのさ?」

 

「・・・微かに気配がある」

 

通路からこっそりと先を盗み見ると、そこには此方をじっと見ている兵士がいた。

 

「・・・動きそうも無いですね」

 

「てことは、こっちは駄目か」

 

「こっちが近道だったんだけどな」

 

反対の通路も窺ってみると、しっかりと兵士が配置されていた。見つからずに通り抜けるのはまず無理だろう。

 

「・・・ところで、何時まで僕の手握ってるのさ」

 

「僕と手繋ぎたいの?」

 

「・・・・・・何があっても絶対に手を離さないで」

 

「へ?」

 

説明を求められる前に、私は月光蝶を使い気配だけでなく、姿すらも完全に消す。

 

その時、手を掴んでいた彼女も一緒に見えなくなった。

 

「な、なに今の?」

 

「先に進めばわかります」

 

手を掴んだまま通路を右に進み、堂々と通路の真ん中を歩く。

 

「ちょっと・・・これ絶対バレてるって・・・!」

 

「見えていなければ問題ありません」

 

「見えていなければって、まさか・・・」

 

「しっ・・・・・・口を噤んで」

 

兵士はこちらをじっと見据え、動かない。

 

ゆっくりと音を立てずに歩き、たった今・・・・・・兵士の前を通過した。

 

「もう大丈夫でしょう」

 

「プハッ! ・・・はぁ、苦しかった」

 

「息も止めろなんて言ってませんよ・・・」

 

「そ、それで? 今のは・・・」

 

「あなたも知っている通り、姿を隠す技」

 

「やっぱりね、いいなー私にも教えてよ」

 

「良いですよ」

 

「その代わり、片道切符を買ってもらうけど」

 

「やっぱり遠慮しとくよ・・・・・・」

 

 

 

 

 

_____________________________________________________

 

 

 

 

 

 

奥へ進んでいくと、大きな鉄の扉が目の前に現れた。

 

「ここ?」

 

「うん、ここが格納庫だよ」

 

巨大な鉄の扉は押しても引いてもビクともせず、壁際に設けられた機械端末で電子制御されているようだ。

 

さすがに私でも、これほど大きな鉄の塊をどうにかする術は持っていない。

 

「・・・無駄足ですか」

 

「ロック解除して進むのは無理だね」

 

たかが扉一枚に邪魔をされて、お目当ての戦車が見れずに退散するのは惜しいが・・・。

 

もしかすると、扉を発破するなり兵士から解除方を聞き出すなりすれば、開けられるかもしれない。

 

だが、どちらの方法も今の状況には、あまり向いていない。

 

まず、発破は大きな音が伴い、後者は時間が掛かるため、あまり時間を掛けすぎると自分達の存在がばれてしまうだろう。

 

倒した兵士達は消したのではなく、物陰に隠して一時的に見えなくしただけなのだから。

 

仕方ないが、ここは大人しく脱出するべきだろう。

 

帰りも彼女の面倒を見るのかと思うと、あまり乗り気では無いけど。

 

「・・・ん? 何故その子を出してるんですか?」

 

隣にいる彼女がアガートラムを出し、構えを取っている。

 

「なぜって・・・この扉をどうにかする為だよ?」

 

「どうにかする?」

 

「・・・・・・まさか!?」

 

「ガーちゃん、ハンマー!」

 

アガートラムが変形し、巨大なハンマーへと姿を変える。

 

「ドッカーン!」

 

それを彼女は軽々と持ち、突破が不可能に思われた巨大な扉を、一発で吹き飛ばした。

 

無論、耳鳴りが残る程の大きな音を出して。

 

開いた道を前にして、私は呆然と立ち尽くし、開いた口をしばらく閉じる事が出来なかった。

 

「開いたよ!」

 

「・・・・・・確かに開いてますね」

 

「すごいでしょ!」

 

「素晴らしいと思いますよ」

 

「あなたが出してくれた騒音が」

 

「まー良いじゃん、どうせ遅かれ早かれバレたんだし」

 

「よし、縛り上げて領邦軍に突き出そう」

 

「・・・・・・ちょっと、まさか本当にやらないよね・・・?」

 

無言で懐からロープを取り出し、ゆっくりと彼女へと近づいていく。

 

「な、なんでロープ持ってるの?」

 

「何故だと思います?」

 

 

「ほんとに縛ることないじゃん!?」

 

「しばらくそこで反省しなさい」

 

「しかも放置!?」

 

問題児を手持ちのロープで、海老反りに縛って放置する。でも一応、本格的にやばくなったら助けるつもりだ。

 

さて、折角開けてくれたのだから中を拝見しなければ損だろう。

 

格納庫の中に足を踏み入れると、そこには美しくも恐ろしい光景が広がっていた。

 

「なんですか、この戦車の数は・・・」

 

右を見ても整列、左を見ても戦車の整列。整然と並ぶその光景は美しく、だが同時に恐ろしくもあった。

 

「貴族派と革新派の対立が、それほど強くなってるってことでしょ」

 

「貴族は、戦争でも起こすつもりですか?」

 

「このまま行けば、そうなるだろうね」

 

これほどの火力があれば街ひとつ程度なら、抵抗すらさせずに制圧させられるだろう。

 

「・・・ところでさ、何か僕に言う事はないわけ?」

 

「この世界とお別れする準備が出来たんですか?」

 

「そっちの話じゃないってば!」

 

「それより、早く出ましょう」

 

「長居は無用です」

 

「なら、来た道を戻らないとね」

 

「その道はもう使えません」

 

私はフードを被り直し、声帯を男のものに変えて入り口のほうに向き直る。

 

 

「見つけたぞ、侵入者共め!」

 

 

「既に道が塞がれている」

 

「みたいだね」

 

兵士達が大勢、壊された扉から入ってくる。その全員が、私達に向けて銃を構えている。

 

「大方、革新派からの差し金で侵入したのだろうが・・・」

 

「この砦に侵入したのが運の尽きだったな」

 

「無事にここから出られると思うなよ!」

 

 

「定番のセリフだな」

 

「何かセリフが、かませっぽいよね」

 

「き、貴様ら・・・」

 

「生きて帰れると思うな!」

 

隊長らしき男が、手を挙げると兵士達が一斉に狙いをつけ始めた。

 

私は自分の獲物を取り、彼女はアガートラムを出し臨戦態勢に入る。

 

「撃て!」

 

彼らの銃が一斉に発砲される。しかし、その弾が私達に届く事はなかった。

 

私は二振りの小太刀で弾を全て叩き落し、彼女に至っては謎の障壁で弾を全て防いでいた。

 

「そんなの痛くも痒くも無いね」

 

「フフ、下手な鉄砲も数を撃てば当たるというぞ?」

 

「う、撃て・・・撃てー!」

 

号令を受け、ひたすらに銃を発砲する兵士達。撃たれた弾を全て叩き落し、あるいは防ぐ私達。

 

「ば、化け物め・・・!」

 

「悪いが、これ以上お前達の的当てには、付き合っていられない」

 

「逃げるぞ」

 

「りょうかーい!」

 

懐から数本、暗器を取り出して兵士達との間に投げる。

 

投げた暗器は兵士達の前で爆発し、爆煙がそのまま視界を阻害する壁となる。

 

「逃げるって言っても、ここにあの扉以外の出入り口はないよ?」

 

「無いなら作れば良いだろう?」

 

「それなら任せといて!」

 

彼女が壁の前で止まり、アガートラムを出す。

 

「ガーちゃん! 思いっきりやっちゃって!」

 

アガートラムの一撃に、ただの石壁が耐えられる筈も無く、ただ一発のパンチで、そこには大穴が作り出されていた。

 

「お見事」

 

二つ目の出入り口から外に飛び出すと、中庭のような場所に出たが、城壁のような高さの壁に再び阻まれてしまった。

 

入るときに登って来たのだから、壁を越えるくらい造作も無い。しかし、今は小さい子供という荷物を抱えている。

 

「さて、どうするか」

 

「壊しちゃう?」

 

「いや、さっきよりも厚い壁だ。

 一発で吹っ飛ばすのは無理だろう」

 

「じゃあ飛び越えよう」

 

「出来るのか?」

 

「ガーちゃんが飛べるから余裕だよ!」

 

なるほど、おかげで私もあっさりと出れそうだ。

 

「見つけたぞ、捕まえろ!」

 

今頃になって追いついた様だが、もう遅い。

 

二人ほぼ同時に飛び上がり、各々の方法で壁を飛び越える。

 

飛び越える際に、追っ手の兵士達に爆発する暗器を投げておく。

 

私が地面に着地するかしないか位で爆発と共に悲鳴が聞こえてきたので、うまい具合に当たってくれたのだろう。

 

中々タフな連中だったから、それでも追いかけてくるかもしれないが。

 

 

 

 

____________________________________________________

 

 

 

 

 

砦から離れたあともしばらく走り、人気の無いところで止まる。

 

白い彼女もアガートラムを伴って降りてきた。

 

「間一髪だったね」

 

そういう彼女の顔には冷や汗ひとつ無く、むしろ楽しかったという感情が表情から見て取れた。

 

「まったく・・・。

 何処かの誰かのせいで酷い目に遭いました」

 

「もう過ぎた事なんだから、忘れようよ」

 

「・・・・・・お陰で目的が達成できた事は事実ですから、一応感謝します」

 

「そうそう!」

 

そう言って悪びれる様子も無く笑う彼女は、とても潜入など行う人物には見えない。

 

歳相応の普通に生きている少女にしか見えなかった。

 

「ていうか、声戻したんだ?」

 

「バレてしまったあなたの前で変えても、無意味でしょう?」

 

「だから領邦軍の前だと変えてたんだね」

 

「本当なら今この時も、さっきの状態だったんですけどね」

 

「もういいじゃんー、今回は一緒に仕事できて良かったと思うよ」

 

「あなたの仕事は終わりましたけど、私はまだですよ?」

 

武器を鞘から抜き放って、ゆっくりと白い少女に近づいていく。

 

「・・・・・・あー、ちょっと用事思い出したよ」

 

すると彼女は素早くアガートラムに乗り、空に急上昇して行ったかと思うと、あっという間に見えなくなった。

 

「・・・速いですね、もう見えなくなりました」

 

彼女の事はまた今度会った時にでも考えれば良い、そう思って私は町に向かって歩き出した。

 

(何となく・・・・・・あの子とはまた会う気がしますし)

 

 

互いの名前も知らない、二人の少女の共演は一旦幕を閉じる。

 

もし、再び肩を並べる事があるとすれば、それはもう少し先の事になるだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

冤罪

ようやくホテルに帰ってこれた・・・。思えば今日は色々あった気がする。

 

Ⅶ組の彼らと鉢合わせしそうになったり、興味本位で砦に忍び込んで、大騒ぎになったり。

 

二つ目は私のせいではないけど・・・。

 

ホテルに入って、部屋に向かおうと歩き出した所で、足が止まる。

 

Ⅶ組(かれら)が居る。

 

同じ旅先なだけじゃなくて、同じ場所に泊まっている事に策謀的な何かを感じずには居られない。

 

あの変わり者男爵あたりが何か仕掛けたのか・・・それとも単なる女神様のいたずらなのか。

 

できる事ならあまり、彼らと関わり合いになりたくは無かった。

 

気配を消して密かに移動すれば、見つからずに行けるかもしれない。

 

月光蝶を使えば確実に行けるだろうが、一応は秘伝の技なのだから、こんな事にわざわざ使うのは憚られる。

 

そうと決まれば私は気配を消して、彼らの後ろを普段通りに、でも足音は立てずに動き始めた。

 

全員がフロントと話しているようで、こちらには全く気づいていない。

 

ただ一人を除いて。

 

「・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・」

 

なにやらメンバーの中でも、一際ちいさい少女が私の事を見ている。

 

お互い無言の時間が続く中で、私の方からコンタクトを試みてみる事にする。

 

人差し指を立てて口に持っていき、『静かに』というメッセージを送る。

 

少女からの反応は無く、またしばらく沈黙が続く。

 

時間の無駄であると判断した私は、自分の部屋に向かって再び歩きだす。

 

三歩ほど歩いた所でようやく、少女からの反応があった。

 

「なんか、怪しいのが居る」

 

私の作戦を台無しにしてくれました。

 

「怪しいの?」

 

「一体私のどこが、怪しいと?」

 

「普通は、ホテルで気配を消して動く人なんか居ない」

 

「いつかそれが普通になります」

 

「俺はそんな世界、嫌なんだが・・・」

 

「お久しぶりですね」

 

「あなたもお変わり無いようで安心しました」

 

 

思わぬアクシデントで私の存在がバレてしまったお陰で、私の存在が彼らに知られる事になってしまった。

 

僅かな気配に反応して、私を見つけた小さい少女。あの子が居なければ絶対にバレなかった筈だ。

 

現に、あの子が私の存在を知らせるまで、あの場に居た全員が気づかなかったのだから。

 

月光蝶を使っていないとはいえ、私の気配に気付いた彼女は何者なんだろうか・・・。

 

少なくとも、数年は実戦で経験を積んでいるだろう事は、間違いないと思う。

 

色々と想像を膨らませていると、いつの間にか部屋の前まで来ていたらしい。

 

部屋の前まで来ると何だかどっと疲れが出た気がする。

 

でも今日は道具を使ったから、日課の手入れを念入りにしなければいけない。

 

次の日にやれば良い、などと言って怠けていると、そういう癖が付いてしまう。

 

部屋に入ると、荷物の中から手入れ道具を出して、懐から小太刀を取り出し、私は徐に手入れを始めた。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

───・・・・・・、・・・・・・。

 

───・・・・・・!

 

 

「・・・ん」

 

鳥のさえずりで目を覚まし、カーテンを開けると光が差し込んでくる。

 

テーブルの上を見ると、手入れ道具が散乱していて、途中で眠ってしまっていた事がわかる。

 

いつもの癖か、小太刀だけはしっかりと鞘に収まっている状態で置かれていた。

 

「・・・・・・とりあえず片付けよう」

 

 

久しぶりに夢を見たけど、内容が思い出せない。

 

どこか懐かしいけど、何故か息苦しくなる・・・そんな夢。

 

近頃は夢なんか見た事なかったはずなのに、ここ最近になってたまに見るようになった。

 

夢の内容はいつもあやふやで、誰かが喋っているというのはわかるけど、それ以外はぼんやりしていてハッキリとはわからない。

 

わからないものは、いくら考えた所でわからないのだから、私は気分を変える為に町にくりだした。

 

適当に町を散策していると、何やら人だかりが出来ている。

 

怒鳴り声も聞こえてくるから、喧嘩とかしているのかもしれない。

 

人だかりを掻き分けて前に出ると、そこにはリィン達Ⅶ組がいた。

 

「なぜマキアスを連れて行くんですか・・・罪状はなんですか!?」

 

ああ、また君達はそうやって問題に巻き込まれるのか・・・。

 

申し訳ないけど、今回私は関わっていないから関与はしない。

 

立ち去ろうと彼らに背を向けて歩き出すと、ある単語が聞こえてきた。

 

「不法に砦へ侵入した疑いが掛けられている」

 

私は思わず立ち止まった。

 

「俺達はずっと一緒に居た、マキアスはそんな事してません!」

 

「うるさいぞ!」

 

「何ならお前達も連行してやろうか、罪状ならいくらでも作れるぞ?」

 

「リィンさん、ここは一旦引き下がりましょう・・・」

 

「くっ・・・」

 

兵士がマキアスという緑髪の青年を連行していき、野次馬たちも普段の生活に戻っていった。

 

 

私を除いて。

 

 

砦に侵入したのは私だ。本来なら捕まえられるのは私のはずだが、顔を隠していたので私とは思わないだろう。

 

そしてもう一人の侵入者である、白い少女は顔こそ隠していなかったが、私と同じく所属も潜伏場所も不明。

 

そこで思いついたのが彼、マキアスを利用する方法だろう。

 

昨日話を聞いたところ、彼はレーグニッツ帝都知事の息子らしい。

 

彼を捕まえて、政治的に有利に立とうという算段なのかもしれない。

 

彼が捕まえられた原因は、私だけではないけど・・・原因となる一端を担ってしまった。

 

ここは後始末しておくべきだと思う。

 

私はケルディックのように、自ら近づいて彼らに声を掛けた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

黒き少女と猟兵少女

場所を移動して、私達は宿酒場に来ていた。

 

「それで、どうします?」

 

「もちろん、マキアスを助けます」

 

「相応の準備が要りますね」

 

「多分、砦に連れて行かれたと思う」

 

「あの砦は一度見た事がありますけど、警備が厳重です」

 

「正面からはまず無理だね」

 

「手薄な所から侵入するのはどうでしょうか?」

 

「まわりは分厚い壁、正しく城砦です・・・」

 

「無理だな・・・」

 

全員で作戦を考えるが、まったく妙案と呼べるような物は浮かばない。

 

「煙幕でかく乱する?」

 

「そんな事をしたら、フィーちゃんが危ないです」

 

「というか、なんでそんな物もってるんだ・・・」

 

「乙女の嗜み」

 

「た、嗜みって・・・」

 

「私も持ってますよ、煙幕」

 

「何であなたも持ってるんですか・・・」

 

「乙女の嗜みです」

 

「・・・・・・もしかして委員長も持ってるのか?」

 

「持ってません!」

 

という具合に案は出るが、決定的な物は出ない。四人で唸って、必死に考えていると・・・何気ない会話が聞こえてきた。

 

「そういやマスター、地下水路の様子は最近どうだい?」

 

「最近はまったく手付かずな様だ」

 

「お陰で魔獣が湧き放題さ」

 

「確か・・・領邦軍がすぐに見回りに行ける様に、砦に繋がってたよな?」

 

「その通り、だが今では魔獣の楽園だ」

 

「また近いうち君に、依頼が行くかもしれないな」

 

「ははは、その時は喜んで引き受けるさ」

 

そう言って、男はバーを出て行った。

 

「・・・みんな、今の聞いたか?」

 

「はい」

 

「はっきりと」

 

「地下水路を探そう、そこからならきっとバレずに行ける!」

 

目標を固めた私達は、二手に分かれて入り口を探し始めた。

 

リィン&私、エマ&フィーという組み合わせだ。

 

「それで、どこを探します?」

 

「委員長達は中央広場を探すみたいだ、俺達は駅前通りを探してみよう」

 

手当たり次第に聞き込みをしていき、ようやく地下水路の入り口を見つける事に成功した。

 

彼がもう片方の組に連絡したので、もうじき合流できるだろう。

 

「・・・こうして一緒に行動するのは、ケルディック以来ですね」

 

「あの時はルディさんが居てくれて、本当に助かりました」

 

「私が居なくてもあなた達ならきっと、似たような結果に終わったでしょう」

 

「私はただ少しだけ手助けをしてあげただけ」

 

「その少しの手助けに・・・俺達は助けられました」

 

「・・・今回もあの時ほど助けられるかは、わかりません」

 

「でも、私なりにお手伝いはさせていただきます」

 

そんな他愛無い話をしていると二人が合流してきた。

 

「ここが入り口みたいだ」

 

「ん、でも鍵が掛かってるね」

 

「街中なのに武器で堂々と壊すわけにも行かない」

 

「何とかして開ける方法は・・・」

 

できる事なら私も、鍵開けのような技はなるべく使いたくない。

 

でもこのメンバーで開錠できるのは多分私だけだ。

 

仕方ない、と渋々私が動こうと思ったら、意外な人物が動いた。

 

「委員長・・・鍵開けなんか出来るのか?」

 

「昔、おばあちゃんの家で本を読んだので・・・多分」

 

本を読んだくらいで出来るようになるなら、この世界は裏家業の人間ばかりになるだろう。

 

そもそも本なんて本当にあるのだろうか?

 

半信半疑で彼女の仕事を見守っていると、金属が地面に落ちたような音が響く。

 

信じがたい事に彼女は見事、開錠に成功してみせたのだ。

 

・・・・・・余程その本の解説がわかりやすかったらしい。

 

「何とか出来たみたいです」

 

「ナイス」

 

「すごいな委員長」

 

「いい仕事です」

 

「さあ、急ごう!」

 

地下水路に突入すると中は薄暗く、魔獣も徘徊しているようだ。

 

「・・・・・・そういえばルディさん」

 

「なんですか?」

 

「今思い出したんですけど、あなたも鍵開け出来ましたよね」

 

「・・・・・・過ぎたことはもう良いじゃないですか」

 

後ろの方でエマさんがガックリと肩を落としている。何か不味い事でもあったのだろうか?

 

「結果的に入れたんだから、問題ない」

 

「その通りです」

 

(・・・・・・そろそろあっちの方も進展があるかな)

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

私は再びオーロックス砦に侵入していた。緑髪のマキアスという青年を助けるために来たのだ。

 

連れて行かれた理由がなんであれ、原因の一部を私が作ってしまったのだから。

 

今回は着替えていない。見つかると不味い事になるため、月光蝶を発動し私という存在を希薄にする。

 

 

「始めますか」

 

 

前と同じ要領で、外壁を跳躍で飛び越え侵入し、緑髪の彼を探す。

 

彼ら兵士は前はもちろん、左と右も見て歩哨している。

 

それでも私を見つけられない、見る事ができない。

 

この状態の私は誰にも見つける事はできない、それが出来るのは余程の猛者だろう。

 

目の前で私が手を振っても気づく事はない。

 

それにしても、これだけ兵士が居るのだから何か情報を漏らしても良いはずだ。

 

無理矢理に吐かせても良いが、それだと後が面倒なので最後の手段にしたい。

 

「聞いたか? さっきレーグニッツ帝都知事の息子を捕まえたそうだ」

 

(ん、良さそうな会話・・・)

 

「ああ、聞いたよ」

 

「これで奴らに一泡吹かせられるな」

 

「革新派のやつらも大人しくなるに違いない」

 

(ああもう、早く捕まってる場所を言ってください・・・)

 

「それで肝心なそいつはどこに居るんだ?」

 

「いまごろ地下牢で助けてーって泣いてるだろうよ」

 

「面白そうだな、後で見に行くか」

 

(地下牢・・・急ごう!)

 

兵士の間を通り抜け、監視の目を騙し、砦中を探し回った。

 

そしてようやく・・・その入り口である階段を見つけた。

 

(此処に緑髪の彼がいるわけですね)

 

降りていくと見張りの兵士などが居ない。良いタイミングで降りられたのか、それとも最初から放置されていたのかわからないが、このチャンスを逃さない手はない。

 

月光蝶を解いてから、緑髪の彼の前に歩み出る。

 

「君は・・・!」

 

「助けに来ました」

 

「ありがとう・・・でも鍵が掛かっている」

 

「鍵なんて必要ありません」

 

そういって牢の扉の前にしゃがんで、針金を差し込む。

 

少しカチャカチャと弄ると、カチャンという錠が外れる音と共に、軋む音を出しながら扉が開いた。

 

「ぴ、ピッキング!?」

 

「さ、急いで脱出しましょう」

 

月光蝶を使えば来た道を戻っても、脱走が発覚する危険はあまりないだろう。

 

「いいですか? 静かに、素早くです」

 

「わ、わかった・・・・・・」

 

彼の手を掴もうとした時、奥の方から小さな爆発音が聞こえてきた。

 

「・・・・・・静かにと言った傍から爆発物ですか」

 

「爆発物? 何の話だ?」

 

どうやら彼には聴こえなかったらしい。余程小さな音だったのかもしれない。

 

 

地下牢か

 

ここのどこかにマキアスさんが・・・。

 

 

「この声は・・・!」

 

「お迎えが来たみたいですね」

 

奥から聞こえていた声が段々近くなり、ついに声の主たちが姿をあらわした。

 

「マキアス!」

 

「ふん、無事だったようだな」

 

「君の方こそな」

 

「・・・・・・ルディが二人居る」

 

「そういえば・・・」

 

リィンが後ろを振り返ると、【もう一人の私】がにっこりと笑って手を振る。

 

彼が此方を見ると、私もにっこりと笑って手を振る。

 

「・・・・・・二人いる!?」

 

「あの・・・・・・静かにしなきゃいけない状況だってこと、わかってます?」

 

 

なんだ・・・?

 

なんで話声が・・・・・・。

 

 

パチリと指を鳴らしてもう一人の私・・・分け身を消すと招かれざる客人に向き直った。

 

「な、なんでこいつらがここに・・・!?」

 

「それにあなたはユーシス様!?」

 

此処で手間取られて脱出できなくても困る、彼らには悪いけど私が片付けさせてもらおう。

 

私は口笛をひとつ吹いて兵士の注意をこちらに向けさせると、クラフトを使った。

 

「!?」

 

「はぁ!」

 

小太刀を居合いの容量で抜き放ち、振り抜くと、そこには白刃の白い軌跡が作り出した月輪が出来ていた。

 

「があ!?」

 

「ぐふ・・・何、が・・・?」

 

 

「す、すごい・・・」

 

「今の内に脱出するぞ!」

 

「ああ、今なら引き離せる!」

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

グオオオオオオオオオオオオ───・・・・・・

 

地下水路を少し進んだあたりで魔獣の鳴き声が響き渡った。

 

「なんだ今のは・・・!?」

 

「地下牢の方から・・・鳴き声?」

 

「たぶん、軍用に訓練された獣だと思う」

 

「ふん・・・そんな物まで用意しているとはな」

 

「おい、冗談じゃないぞ・・・!?」

 

「・・・・・・もう少し急いだ方が良いかも知れません」

 

何かに追われているという焦燥感で、無意識に走るスピードは上がって行く。

 

しかしどうやら向こうの方が速い様で、もう微かに足音が聴こえる位まで追いつかれていた。

 

「このままじゃ不味いぞ・・・追いつかれる!」

 

「それなら逃げ切るまで、待ってもらいましょう」

 

私は懐からワイヤーを取り出して通路の両壁に張り巡らせる。

 

するとすぐ向こうから来た大型の魔獣がワイヤーに引っかかり、此方に来れずに吼えたりワイヤーを噛み千切ろうとしたりしている。

 

「少しは時間稼ぎが出来そうですね」

 

「よし、今の内に距離を稼ごう!」

 

ワイヤーを噛み千切ろうとする魔獣は犬のような姿をしていて、まるでケルディックで見た犬の魔獣を大きくしたような姿をしていた。

 

違いといえば甲冑を着けているかいないか位だろうか。

 

ワイヤーに引っかかっている魔獣を一瞥して、リィン達の後を追いかけようとした時だ。

 

一匹の後ろから、もう一匹が助走をつけてワイヤーに飛び掛ってくる。

 

助走を得て、勢いをつけた巨体から繰り出される鋭利な爪の一撃は私のワイヤーを易々と断ち切って見せた。

 

「すごい威力です・・・っね!」

 

そのままの勢いで私に突っ込んでくる魔獣をサイドステップで避けて、一撃を入れようとするともう一匹がそれを妨害してくる。

 

そして二匹は私の周りをグルグルと回りだした。

 

「いつぞやも見ましたね、その動き」

 

「あなた達にとって、私は獲物ですか」

 

私の呟きを肯定するようにひと吼えして、飛び掛ってくる。それをみて私は暗器を投げようと構えるが、それを投げる事はなかった。

 

どこからか銃撃が飛んできて、犬の行動を阻止したのだ。

 

「大丈夫?」

 

走り寄ってきたのはⅦ組のメンバーの一人である、フィーという少女だった。

 

「すこし面倒な事になってますが、大丈夫です」

 

「たしかに面倒そう」

 

また私達の周りをグルグルと回りだす二匹。獲物が二匹に増えて内心喜んでいる事だろう。

 

「他の人は?」

 

「後から来る、私が先行してきた」

 

「お人よしですね・・・」

 

「リーダーっぽいのがお人よしだからね」

 

魔獣は先ほどからグルグルとまわり、唸って牽制している。

 

「獲物が二匹に増えたせいか、警戒してるみたいですね」

 

「こいつら・・・・・・かなり訓練されてる」

 

「ちょっとキツイかもね」

 

「逃げても良いですよ?」

 

「問題ない」

 

「頼もしいですね」

 

 

 

その頃、四人は全力で走っていた。先行したフィーが既に到着しているだろうが、それでも今の状況はあまり楽観出来るものではなかった。

もと来た道を無言で走り、四人の間には荒い息遣いの音だけが広がっていた。

 

「まだなのか!?」

 

「早めに気づいたから、それほど離れていないはずだ!」

 

「二人とも・・・・・・どうか無事で居て!」

 

道をふさぐ魔獣を流れるような所作で倒していく四人、リィンは遠距離の敵にも攻撃できる八葉の技を使い、追撃でエマがアーツを紡ぎ一掃する。日頃から仲が険悪だったユーシスとマキアスも、自然とリンクを繋げられていて、マキアスが使う徹甲弾の直撃によって弱りきった魔獣を、走る勢いを乗せたユーシスの刺突が次々に屠って行くという、見事な連携をして見せている。

 

「魔獣がどんどん増えてるぞ!」

 

「奥まで行っても、これほどの数の魔獣は居ませんでした」

 

「魔獣が次々とこちらに向かって来ているな・・・・・・」

 

「まるで、何かから逃げているようだな」

 

考えながらも四人は足を止めない。

 

奥で戦っている仲間と友人が居るのだ。魔獣の様子がおかしいからといって、それが彼らの足を止める理由にはならない。リィンを先頭に文字通り、風を切るように地下水路を駆け抜けていく四人。

 

「なっ!?」

 

「チッ!」

 

「まだこんなに奥に居たのか・・・!」

 

奥から、通路脇の水路から湧き出してくる魔獣の群れが目の前に出現する。その数はリィン達の二倍である八匹だ。

先頭のリィンも流石に立ち止まり、エマやマキアスも戦闘体勢を取るが、ただ一人、ユーシスだけは足を止めずに前へと走り出て魔獣達の前に姿を一人晒した。

 

「邪魔をするな!」

 

「はあ!」

 

ユーシスがそのまま群れに接近するが、何故か掠りもしないほど手前で突きを放つ。当然、空を切った一撃は何も起こさず、このままではあっという間に魔獣達から袋叩きの洗礼を浴びせられる事だろう。

 

だが予想とは裏腹に彼の剣は水色に光り、突き出した切っ先に紋章が浮かんだかと思うと、紋章が輝きを放ち、敵の足元に更に巨大な紋章が現れる。紋章は出現と共に一瞬で巨大化し、魔獣の群れをすっぽりと覆って閉じ込めてしまった。

 

そしてユーシスの持つ剣が強く光だし、その輝きを増していく。

 

ほんの一瞬、1秒にも満たない時間の溜めを終えると、剣の光は一際強くなって薄暗い周囲をその高貴な光で照らし出す。そして彼は必殺の奥義を繰り出した。

 

 

「クリスタルセイバー!」

 

 

紋章によって作られた結界ごと敵を攻撃するユーシス、その攻撃は綺麗な水色の軌跡を残し、最後に大きく横薙ぎに斬りつけると、結界の内側から光が溢れ出し、決して小さく無い爆発を起こす。

 

先ほどまで存在していた魔獣は跡形も無く消え、砕け散った結界は小さな破片となって辺りに降り注ぎ、彼らの周囲を淡く照らした。

 

「さっさと行くぞ」

 

 

余裕があるような会話をして見たものの、実際はどう攻めたものか両陣営共に決めかねていて、膠着状態に陥っていた。

 

二匹が私達の周りを回って様子を見て、さらにその様子を見ている私達も如何したものかと様子を見ている。

 

「如何ともしがたい状況ですね・・・」

 

「たまに遭遇する状況だね」

 

「相手の実力が判ってるから、迂闊に手を出せない」

 

「経験者は語る、ですか」

 

「そういうそっちも、経験者でしょ?」

 

「私は唯の一般旅行者ですよ」

 

「・・・やれやれ、だね」

 

先に痺れを切らしたのは犬側だ。二匹はそれぞれが別々の獲物を狙い大きな口で、噛み砕こうと私達に噛み付いてくる。

 

二人でほぼ同時にバックステップし、噛み付きを避けた後、無防備になった敵に即座に一撃を二人別々に叩き込む。

フィーは一瞬の隙をついて犬の背に飛び乗り、数回斬り付けた後、振り落とされる前に離脱しつつ空中で四発の銃撃を浴びせ、私は二本の小太刀で顔を三回、脇腹を三回、傍を通り抜ける際に一回斬りつけ即座に二匹をワイヤーで雁字搦めにして、暗器を数本突き刺し爆破した。

 

爆発の余波で埃が辺りを舞い、魔獣の姿を確認する事ができない。私としては今ので終わってくれると面倒が少なくて、とても有難い。

 

「これで終わってくれると楽なんですけど」

 

「・・・・・・なんか唸り声がしない?」

 

「気のせいです、念のためもう二・三本投げておきましょう」

 

ボォン!ボォン!ボォン! と連続で爆発音が響き渡り、既に埃が十二分に舞っているのに、更に上から降ってくる埃まで追加される。正直、そろそろ喉が痛くなりそうである。

 

「・・・・・・まだ聴こえますね」

 

更に投げ込もうと懐から暗器を取り出すが、隣に居るフィーが私の手を掴んでそれを止めてくる。

 

「これ以上視界が悪くなると、色々とマズイ」

 

「ふむ・・・そうですね、埃がこれ以上増えると確かに・・・」

 

投げようとしたソレを懐に仕舞いこみ、確かにこんな状況は不味いと考える。私は舞っている埃を見ながら、明日の喉の調子を心配しているが、彼女はたぶん別な事を心配しているかもしれない。

 

煙のように舞っていた埃が落ち着きを見せ、二匹の姿が見えてきた。

 

「・・・・・・もう瀕死だね」

 

「聴こえていたのは呻き声だった・・・と」

 

二匹の犬は床に倒れ伏し、呻き声のような鳴き声を上げて体をぶるぶると痙攣させている。

 

私は懐から出した爆裂する暗器を投げ刺し、爆発させる。フィーはもう片方に近づいて、頭に三発撃ち込みトドメをさした。

 

私達を追いかけていた二対の追跡者はピクリとも動かなくなり、私とフィーはふぅ、と一息ついた。

 

「領邦軍の獣・・・こんなものまで用意していたなんて」

 

「コンビネーションは脅威だったけど、動きが単調だった」

 

「まだ試験段階なのかもね」

 

「・・・考えたい事は色々ありますけど、今は逃げましょう」

 

「一応、追われる身ですからね」

 

「だね」

 

あ、居たぞ!

 

ようやく追いついたか!

 

「・・・まさか、本当に戻ってくるなんて」

 

「言ったでしょ、後から来るって」

 

「二人とも、無事か?」

 

「ん、問題ない」

 

「問題なしです」

 

「追いかけて来てた獣は?」

 

「片付けました」

 

「ブイ」

 

私が平然とした顔で暗に始末したと言って、フィーは勝利したというVサインを指で作って見せた。

 

「二人に限っては、要らない心配だった様で安心したよ」

 

「とりあえず今は逃げませんか?」

 

「今度は遅れずに付いて来い、はぐれると探す手間が増える」

 

「魔獣は来る時にあらかた片付けた、戻るのは楽だろう」

 

「よし、行こう!」

 

 

「どこへ行こうと言うのだ?」

 

 

地下水路に多くの足音と、私達を引き止める声が響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

彼女の答え

夜の八時。もう結構良い時間で、大抵の人は寝ていることだと思う。

 

私も普段の生活であれば既に寝ている時間だった。

 

それなのに・・・。

 

「・・・・・・何故、私はバーに来ているんでしょうか?」

 

「良いじゃない、あんたも飲む?」

 

「未成年にお酒を飲ませようとしないで下さい・・・」

 

「それより、何か私に用があるから呼んだのでは?」

 

「たまにはワインも良いわね♪」

 

(人の話を聞け、この酒飲み・・・!)

 

「あんたも何か飲みなさいよ~」

 

「あ、でもお酒は駄目よ」

 

「特に何か飲みに来たわけでもないです」

 

「え~? じゃあ何のために来たのよ?」

 

「あなたが呼んだんですよね・・・?」

 

「冗談よ、ちゃんと覚えてるわ」

 

「少し込み入った話になるから、何か飲みながら話しましょう」

 

 

「それで、込み入った話というのは?」

 

「まずは今回の件、また手伝ってくれたみたいで助かったわ」

 

「成り行きですから、お礼は結構です」

 

店側から出されたコーヒーで冷たくなった手を温めながら、店主に砂糖とミルクを頼む。

 

「あら、ブラックは飲めないの?」

 

「飲めなくは無いですけど、好きじゃないです」

 

「へぇ・・・歳相応な所もあるじゃない」

 

正直ブラックは好きじゃない。普通のコーヒーならたまに飲む事もあると言えばある。一度ブラックを飲んでみた事はあるけど、それっきり自分からコーヒーをブラックで飲むと言う事は無くなった。理由は聞かないで欲しい。

 

「話が逸れたわ」

 

「私のクラス・・・Ⅶ組が特別実習と称して各地に遠出しているのは知ってるわね?」

 

「はい、今回もその一環ですよね」

 

「何でわざわざそんな事をすると思う?」

 

「ふむ・・・・・・社会見学?」

 

「半分正解ってとこね」

 

「もう半分はなんですか?」

 

「あの子達の成長のために必要だから。よ」

 

「成長ですか・・・なるほど、それなら遊撃士紛いの活動をしているのも納得です」

 

「紛いって・・・せめて遊撃士っぽい、とか言ってくれる?」

 

「どっちでも変わりませんよ」

 

「でも確かに遊撃士のような活動は、彼らのような人間には良い刺激になるでしょうね」

 

「その活動が私と何か関係が?」

 

「あの子達の成長のために実習を組んでるのに、あんたちょっとちょっかい出しすぎ。

 って話よ」

 

「そう言う話なら、私はもう彼らに近づきませんよ」

 

「そこまでは言ってないわよ、手助けを控えてくれれば良いわ」

 

「元々、Ⅶ組の人達とここまで仲良くなる予定ではありませんでしたから」

 

「明るそうな感じなのに、人付き合い苦手なの?」

 

「人付き合いは疲れますから・・・・・・今の状況みたいに」

 

「あらら、これは痛い所を突かれたわね」

 

「はぁ~・・・・・・教官っていうのは、サラさんみたいな人ばかりなんですか?」

 

「そんな事ないわよ?」

 

「不真面目な教官や、ちょっと他の人とはずれた教官にお淑やかな教官・・・。

 真面目な教官も居るわね、私は嫌いだけど」

 

「理事がすごいので、教官の方も凄いのかと思えば意外と普通ですね・・・」

 

「あー・・・あの人と比べちゃ駄目よ」

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

「どこへ行こうというのだ?」

 

「なぁ!?」

 

「くっ・・・追いつかれたか!」

 

「ふん、ご苦労な事だな」

 

「だが貴様らには冤罪の人間を追うよりも、他にやるべき事があるのではないか?」

 

「ユ、ユーシス様は黙っていて頂きたい」

 

「栄えある士官学院の学生でありながら、罪人の脱走を手助けするとは」

 

「貴様ら・・・ユーシス様以外、無事に帰れると思うな!」

 

「彼は数に入れないんですね」

 

「縦社会ってやつだね」

 

「うるさいぞ貴様ら!」

 

追いついてきた領邦軍が武器を構え、こちらも武器を構える。

 

その場は一触即発の雰囲気となり、どちらが手を出しても戦闘が始まるだろう。

 

だがその空気に反して、戦闘は起きなかった・・・突然に現れた人物達の登場によって。

 

 

「はーい、そこまで」

 

 

パンパン、という手拍子の音が響き、その方向から彼らの教官、サラが現れたのだ。

 

「貴様は・・・何をしにきた!?」

 

「何って、私は彼らの教官だもの」

 

「なんだと・・・・・・まぁいい、残念だが貴様がこいつらに出来る事はもう無い」

 

「今から捕まる、罪人達にする事などな!」

 

 

「では、私ならどうだ?」

 

 

サラの後にその場に現れた男は、美しい金髪の髪を肩から垂らし、貴族風の服を着こなしている。

 

「ル、ルーファス様!?」

 

「こんな場所で何をやっている?」

 

「そ、それはこの罪人共を追いかけて・・・」

 

「そんなことより、何故ルーファス様がこのような場所に!?」

 

「私はね、士官学院の理事をさせて貰っているのだよ」

 

「な、なんですとぉ!?」

 

「罪人と言ったな? それはもしや、そこにいる学院生ではないだろう?」

 

「いえ、その・・・」

 

「答えろ、彼らは罪人なのか?」

 

「・・・・・・はい、正確にはそこの緑髪の者ですが・・・」

 

「罪状は?」

 

「と、砦への侵入罪です」

 

「それは事実かね?」

 

「そんなわけが無いでしょう!

 僕は仲間とずっと行動していた!」

 

「それは俺達も証明できます!」

 

「証人が大勢いるわけだが、そちらは誰が、何を以って証明できる?」

 

「ぐっ・・・・・・し、しかしそいつは帝都知事の息子で・・・」

 

「だから革新派と通じていると?」

 

「貴様・・・・・・これ以上、私の顔に泥を塗るつもりか?」

 

「その詭弁しか出ぬ口を閉じ、さっさと持ち場に戻るが良い!」

 

「は、はっ! 撤収!」

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

「さすがはアルバレアという威厳でした」

 

「一応、ユーシスもアルバレアなんだけどねぇ」

 

サラは酒を飲み、私はコーヒーを飲んでいる。こういう構図を傍から見た人は、きっと似ていない母と子供の夜遊び等と想像を膨らませるかもしれない。

 

身体が温まってきたから、また冷える前に部屋に返して欲しい所だ。

 

「そろそろ良い時間になって来たし、二つ目の話をして終わりましょうか」

 

「実はね、あんたに提案があるのよ」

 

「・・・なんですか?」

 

「士官学院に入ってみない?」

 

コーヒーを飲もうと口元に持っていくも、器の中身が減ることは無く、私はカップをそのままカウンターに置いた。

サラの方を見ると、グラスに入っていた酒は全て飲み干されていて、彼女の関心は完全に私に移っているようだ。

 

「・・・・・・私を手元に置いておきたいという事ですか?」

 

「実はⅦ組に支給されるオーブメントが余っててね。

 それで、もしスカウトするならあんたが良いかなって思ったのよ」

 

「別に優秀な人材を手元に置いておきたいとか、そう言う話じゃないから

 断ってもらっても良いわ」

 

「一応聞きたいんですけど、どうして私なんですか?」

 

「んー・・・そうねぇ」

 

「何となく、あんたがさみしそうに見えたからかな」

 

「さみしそう・・・?」

 

「私の教え子に、あんたと似たような雰囲気の子が居るのよ」

 

「そのせいかもしれない」

 

「雰囲気が似ている、ですか・・・」

 

「どこから見ても普通の子供なのに、内側はひどく荒れてる・・・。

 それをあんたからも感じたのよね」

 

「・・・私は外見も中身も同じ、普通ですよ」

 

「普通にしては色々と逸脱しているわよ?」

 

「少なくともその歳で既に、分け身を体得しているのは尋常じゃない」

 

「・・・・・・ふぅ、おいそれと分け身を使う物じゃないですね」

 

「それが判っているなら、私が何なのか気づきそうですが・・・?」

 

「まぁね、とりあえずあんたが普通ではない・・・ってとこまでしか判らないけど」

 

「それなのに私をスカウトすると言うんですか?」

 

「だからこそよ」

 

「Ⅶ組のメンバーは大なり小なり、みんな問題を抱えてる」

 

「Ⅶ組はその問題と、どう向き合っていくかを考えられる場所でもあるの」

 

「・・・・・・あんたも小さくない問題、抱えてるんじゃないの?」

 

スッとこちらに差し出された手が退けられると、オーブメントが置かれていた。

 

既に結構なアルコールを摂取しているハズなのに、彼女の目は真剣そのもので、酒が入った人間特有の締まらない雰囲気を全く感じさせない。

 

「・・・・・・・・・」

 

私はそのオーブメントに手を置いて、出された時と同じように隣に返す。

 

「あらら、フラれちゃったわ」

 

「元々、スカウトできるとも思っていなかったでしょう?」

 

「まぁね、いかにも一人が好きって感じだもん、あんた」

 

私は残っていたコーヒーを飲み干し、懐から硬貨を何枚か出してカウンターに置くと、席を立った。

 

「コレくらい奢ってあげるのに」

 

「何となく、借りを作るみたいで嫌なんですよ」

 

「子供のくせに生意気ねぇ・・・。

 ・・・・・・いつでも待ってるわよ」

 

店を出て、誰も居ない通りをただ黙って歩く。

 

夜の帳が下りた世界、照らしてくれるのは街灯の光と月だけ。

 

私は夜にしか生きられない、私に明るい世界は似合わない。

 

 

通りに響くのは足音と虫の声、月だけが彼女の事を知っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間
偽りとの決別


朝の七時ごろ、私は荷物をまとめて駅に来ていた。券を買ってホームに入ると、既に列車が到着していてゾロゾロと人が乗り込んでいる。

私も近場にあった車両に乗り込み、空いている席を探すが・・・。

 

「あら、お嬢さん。

 こっちの席空いてるわよ?」

 

昨日会ったばかりの酒飲みがニコニコと手を振って、向かいにあるスペースをポンポンと叩いて主張している。

彼女が居ると言う事は・・・。

 

「あ、おはようございます」

 

「ルディさんも西方面に行くんですね」

 

Ⅶ組の面々も当然居る。違う車両に行こうとサラの前を通り過ぎると、彼女がじっと視線を向けてくる。

ただの視線ならば何の問題もなく、無視するところだったが、その視線には多分に威圧が含まれていた。正直、溜まったものではない。

 

「・・・すみません、ご相席させてもらいます」

 

「そうそう、遠慮しなくていいのよ」

 

(座れって視線で威圧したくせに・・・)

 

(何のことかしら)

 

隣の席に居るリィン達に聴こえないように、口の動きだけで言葉をやり取りする。私が呆れ半分、嫌々半分な表情で口だけ動かしているのに対して、サラは覚えがないという表情で口を動かしている。

 

「それで、次は何処に行くの?」

 

「そうですね・・・次は何処に行きましょうか」

 

「当ててあげましょうか?」

 

「近郊都市トリスタ」

 

「・・・学生を導く立場に居る人がカンニングですか?」

 

「見えちゃった物はしょうがないじゃない」

 

「もう・・・。そうです、トリスタに行きます」

 

「なら降りる場所は一緒ってことね」

 

「そういえば、みなさんの士官学院はトリスタにあるんでしたね」

 

「なかなか良い町よ?」

 

「それは楽しみです」

 

私とサラがそれぞれ別な思惑で会話をしているせいなのか、隣の席ではカードゲームで和やかに遊んでいるのに、その隣に居る私達はどこか殺伐とした空気を作り出していた。

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

窓を見続ける私、その様子を見ているサラ。さっきのような威圧的な視線ではないが、視線を感じる方はどうしても煩わしさを感じてしまうものだ。

 

「あの・・・・・・何か?」

 

「景色を眺めるのは好き?」

 

「ええ、数少ない楽しみのひとつなんです」

 

「確かに旅の楽しみよね、こうして景色を眺めるのは」

 

視線がなくなって漸く一息つけるようになり、窓の外を流れる景色に集中できるようになった。

それから20分ぐらい経った頃だろうか、向かいの席から寝息のようなものが聞こえてきた。

音がする方に顔を向けると、サラが壁に頭を預けて眠っていた。彼女が寝ている姿は昨日、酒を飲んでいた残念な美人とは程遠い感想を抱かせた。口を開かなければ幾らでもモテるだろうに・・・。

目的地まではまだ半分も過ぎていない、しばらくは静かに車窓を過ぎ去っていく風景を見ていられるだろう。

 

「ボルト!」

 

「な、まだそんなのを隠し持っていたのか!?」

 

「俺の最後のカードは8、貴様の負けだ」

 

「ぐっ・・・もう一度だ!」

 

「良いだろう、何度でも返り討ちにしてやる」

 

静かに過ごしたいという、私のささやかな願いは隣の席に座る学生達によって阻止されてしまったようだ。

 

 

 

 

 

_______________________________________________________________________

 

 

 

 

 

『お待たせしました、トリスタです』

 

車内アナウンスが流れると、列車の中から次々と人が降りていく。私もⅦ組もここが目的地なので、当然ここで降りる。

 

「サラさん、トリスタに着きました」

 

「ん・・・・・・もうー?」

 

「まだ寝ていたいなら、寝ててもいいですよ。

 私は降りますけど」

 

「ちゃんと降りるってば・・・ありがと」

 

「すみません、わざわざ起こしてもらって・・・」

 

「いえ、それにしても大変そうですね・・・教官がアレだと」

 

ははは、と苦笑いを浮かべてリィンもサラや他のメンバーに続いて下車する。私も旅行鞄を持って、彼らの後に続き、トリスタの地に足を着けた。駅を出るとすぐに街路樹が見えるが、既に花は散ってしまっていて、変わりに青々とした葉を道行く人々に見せていた。

 

「いつもどおり、月曜日からは通常通り授業をするから、ハメを外し

 過ぎないようにね」

 

「では自由行動にするわ、各自好きに過ごしてちょうだい」

 

「みんな、おつかれさま!」

 

「ようやく帰ってきたって感じですね」

 

「ああ、全くだ・・・さて、実習中に出来なかった分を勉強するか」

 

「俺は馬の様子を見に行くとしよう」

 

Ⅶ組のメンバーはそれぞれ自分のやりたい事があるようで、思い思いの場所に向かっていった。その場に残ったのは私とリィンとサラの三人だ。

 

「私はとりあえず、泊まる場所を探さないと・・・」

 

「なら良い場所があるわ、行ってみる?」

 

「言っておきますけど、遊撃士協会の支部とかだったらお断りですよ?」

 

「違うから安心しなさい」

 

「リィン、あんたも荷物置きに行くでしょ?

 一緒に来てちょうだい」

 

「そうですけど、ってサラ教官・・・まさか・・・」

 

歩き出したサラを追う感じで私も歩き出し、それにやや遅れる形でリィンも歩き出した。

 

 

 

 

「あの…なんですか?ココ」

 

「何ですかってあんた…」

 

「サラ教官…ここ…俺達の学生寮じゃないですか!」

 

サラがリィンとルディをつれてきた場所は、リィン達Ⅶ組が寝泊りしている学生寮だった。

 

「嫌ですよ、彼らに悪いし何より私が嫌です」

 

「いいじゃない別に、タダで泊まっていいわよ?」

 

サラはルディに向けて笑顔で威圧してくる。笑顔で相手を威圧するという器用な芸当は相当な修羅場を潜った者にしか出来ない芸当だろう。ルディはジト目でサラを睨みつけると、ようやく観念した。

 

「わかりましたよ…少しの間お世話になります」

 

「素直でよろしい。リィン、この子に空いてる部屋を教えてあげて」

 

「良いんですか…。ていうか教官はどうするんですか?」

 

「決まってるでしょ、飲みに繰り出すのよ♪」

 

鼻歌を歌いながら目的地に向かうサラの足取りは軽く、なんならスキップでもしそうなレベルでご機嫌だった。

 

「…いつもあんな感じなんですか?」

 

「…アレでも締めるときはきちっとした人なんだ」

 

ルディは半信半疑という顔をしていた。リィンは気を取り直して彼女を学生寮の空き部屋に案内する事にした。寮の中は意外と広く、ルディが周りを見ていると二階に上がる階段の上でリィンが彼女を手招きする。どうやら部屋は二階にあるようだ。

 

リィンが二階に並ぶ部屋を見回し、あたりをつけるとルディを案内した。

 

「ここがいま空いている部屋です」

 

「すいません、少しの間借りさせてもらいます」

 

ルディは荷物を置いて、とりあえず背伸びをして思いっきり体を伸ばすとベッドに座った。

 

「長旅、お疲れ様です」

 

「リィンさんも実習お疲れ様です」

 

「ありがとうございます、俺達の課題なのに…多々巻き込んでしまい、すみませんでした」

 

「私が勝手に首を突っ込んだだけですよ」

 

「それでもありがとうございます。二回も助けていただいて…」

 

「前にも言いましたけど、私が手伝わなくても似たような結果になっていたはずです」

 

「だったとしても、俺はルディさんに手伝っていただけて、本当に感謝しているんです」

 

「…ルディさんはあっちこちの町を観光しているんですよね?」

 

「はい、この町も少し観光しようと思ってます」

 

「でしたらそのお礼に、この町を案内させてもらえませんか?」

 

「…はい?」

 

 

 

 

リィンは自分が知っている店やちょっとした場所、学園などにルディを連れて行き、そのたびに彼は自分なりにその場所を説明した。

 

「ここは駅前にある唯一の花屋さんです」

 

「花屋さんはココだけなんですね」

 

「いらっしゃい、彼女さんにお花でもプレゼントしてあげるの?」

 

「ははは、また今度見に来ます」

 

「彼女じゃないんですけど…」

 

 

「駅前の喫茶店です、たしか…コーヒーがうまいってマキアスが言ってたな」

 

「コーヒーは苦手です」

 

「そうなんですか?では違う所に行きましょう」

 

 

「俺達の通う学院です」

 

「噂には聞いていましたが、大きな建物ですね…」

 

「一般人も中に入れることは入れますけど、さすがに中を案内するほど時間はないですね」

 

「それは残念です」

 

 

こうして時間は過ぎていき、気づけば時刻は夕暮れ。リィンとルディの二人は石橋の上で雑談をしながら残り時間を過ごす事にした。

 

「俺が伝えられるトリスタはコレぐらいです」

 

「ありがとうございます。おかげさまで楽しい一日を過ごせました」

 

「案内すると寮を出たときは、まだ明るかったはずなんですが…」

 

「リィンさんとお話したり、歩き回ったり、とても楽しかったです」

 

「俺も時間を忘れるくらいには一生懸命、案内出来たようです」

 

「…ルディさんは不思議ですよね」

 

「不思議?」

 

「同じ学院の仲間でもないのに、まるで初めから仲間だったような親しみやすさがあるんですよ」

 

「………」

 

「ルディさんがクラスの仲間でないのが残念でならない。俺はよくそう思ってます」

 

「…実はサラさんに、誘われたんですよね。学院入りを」

 

「…え?」

 

「でも断りました」

 

「そうなんですか…」

 

「理由…聞きたいですか?」

 

「…差し支えがなければ」

 

「…私には………私には不釣合いだからです」

 

「私はずっと、日の当たらない日陰で生きてきた。だから…」

 

「だから、あなた達のような明るい世界で生きてきた人達の所に、居るわけには行かないんですよ」

 

「あなた達と一緒に居ると…私はきっと目が眩んで、道を見失ってしまうだろうから」

 

「ルディさん…」

 

リィンがルディに何か言おうとした時、何かが川に落ちた音と女性の悲鳴がほぼ同時に聞えてきた。

 

「あれは…!?」

 

「子供が流されたみたいですね…」

 

「落ち着いている場合じゃないです!何とかしないと…」

 

リィンは少し考えた後に、上着を脱いで何の躊躇いもなく川に飛び込んだ。

 

「何してるんですか!?」

 

「誰かが助けないと、溺れてしまうからですよ!」

 

彼は飛び込み、何とか子供を抱えるが、川の流れに流されていくばかりで、一向に上がる場所が見えない。

 

「くそっ…このままじゃマズイ…」

 

「………チッ」

 

ルディは小さく舌打ちをすると、懐からロープを取り出して輪を作り、リィンに投げ渡す。彼がロープを掴むと、ズルズルと二人を引き上げていった。ルディがリィンを無事に引き上げると、子供の母親が駆け寄ってきて子供を抱き上げると、何度も二人にお礼を言って立ち去っていった。

 

「あ、ありがとうございます…」

 

「………」

 

「…ルディさん?」

 

「自分の身も省みないで助けに行ったのは何故ですか?」

 

「私が助けなければ、確実に子供と共倒れでしたよね?」

 

「それでもルディさんは助けてくれたじゃないですか」

 

「たまたま私の気分が向いただけです。次は無いと思ってください」

 

「でも今回は助けてくれた。ルディさん、あなたは優しい人です」

 

「………私が、優しい…?」

 

「俺にはさっきルディさんが話してくれた理由。その真意はわかりませんけれど…」

 

「何となくの意味なら分かります。あなたは、そんな人じゃありません」

 

「………くせに」

 

「…え?」

 

「私の事を…何も知らないくせに…」

 

「分かった風に言わないでください!」

 

そう叫んだ彼女はリィンをその場に残し、一人走り去ってゆく。残ったのはびしょぬれになったリィンだけだった。

 

「手ひどく振られた見たいね」

 

「サラ教官!?」

 

曲がり角からひょっこりとサラが現れると、事情を知っているような体でリィンに話しかけた。

 

「ま、私も振られちゃったんだけどね」

 

「入学を勧めたって本当なんですか」

 

「そうよ。あの子は暗い世界に居るべきじゃない、ルディのような子こそ私達のクラスには必要なのよ」

 

「…サラ教官は…何か知っているんですか?」

 

「何も知らないわよ。ただの直感」

 

「でも確実に分かる事は…あの子の闇は決して浅くはないって事」

 

「私にはあの子を助けてあげられないわ。あの子がそれを拒んでいるから」

 

「でももしかしたら…リィン、あなたならあの子を救えるかもしれない」

 

「俺が…?」

 

「あなたの事だからこれから探すんでしょ?あの子」

 

「コレを渡しておくわ」

 

「ARCUS?」

 

「後は君次第よ」

 

そう言ってサラは後ろ手に手を振りながらその場から立ち去る。残されたリィンはひとまず渡されたARCUSを懐にしまうと、ルディを探すために町を走り出した。

 

 

 

 

「………」

 

辺りは暗くなり始め、すっかり人通りも無くなったトリスタ。ルディは少し前までリィンと話していた、石造りの橋に立っていた。

 

彼女は考えていた。思い出されるのはリィンと先ほど交わした会話。

 

(何故私はあんなに取り乱したんだろう…)

 

(どうして…こんなにもざわつくんだろう)

 

いくら原因を考えても、理由が分からない。彼女はふと川に映る月に気づき、空を見上げる。今日の月は三日月だった。

 

「欠けた月…まるで私のようだ。…そう思いませんか?」

 

彼女は語りかける…。走り寄ってきたリィンに向けて。彼は少し距離を開けて立ち止まると、少し息を荒げながら、その口を開いた。

 

「ようやく見つけた…」

 

「何か用ですか?」

 

「あやまりに来たんです」

 

「先ほどはすみませんでした…良くルディさんの事を知りもしないのに色々と…」

 

「…それだけなら帰ってください。別に気にしていませんから」

 

「今は…一人にしてください」

 

「それは出来ません」

 

「…どうしてですか?」

 

「今、ルディさんが苦しんでいるように見えるからです」

 

(まただ…。彼はすぐに私の闇に踏み入ってこようとする…)

 

リィンは彼女に近づこうと足を動かす。しかし、その足の動きは他でもないルディの声によって止まってしまった。

 

「来ないでください。近づいたら怪我をしますよ」

 

彼女はそう言って、暗器を一つ取り出し、リィンに向ける。

 

「別に怪我くらいは構いません」

 

リィンは再び彼女に近づくために足を動かすが、またしてもその足は止まる。リィンは肩に激痛が走り、肩を見てみるとルディの持っていた暗器が彼女の手から離れ、リィンの肩に刺さっていたのだ。

 

「ぐぅっ…」

 

「警告はしました。それ以上近づいてくるならまた投げますよ」

 

「ならそれもまた受けるだけです」

 

「…え?」

 

肩に刺さった暗器を抜くと、肩に走る激痛を物ともせずに彼はルディに近づき続ける。警告どおり、ルディはまた一本取り出し、今度は腹に突き刺した。

 

「うぐ!?」

 

「もうやめてください。それ以上刺さると死にますよ」

 

「いいや…あなたは俺を殺せない…」

 

「私が優しいからですか?」

 

「はい」

 

「くだらない。ではお望みどおり…」

 

 

「黄泉の世界に送ってあげましょう」

 

 

そう言ってルディはリィンを地面に叩き伏せると、小太刀を取り出してリィンに向けてその刃を彼の喉元に突き刺そうとした。

 

「………」

 

「………」

 

彼女の持つ武器は彼の喉元に刺さる直前で止まっていた。ルディは動揺したように小太刀を地面に落とすと、顔を手で覆って、その決して大きくない自分の体を震わせる。

 

「どうして…殺せないんですか…」

 

「今まで、何人もの命を奪ってきたのに…」

 

「どうしてたった一人の人間を殺せないんですか!?」

 

「…ルディさん、やっぱりあなたは優しい人です」

 

「やめてください!」

 

「私に優しい言葉をかけないで…私に近づかないで!」

 

「ルディさん………」

 

「あなたと話していると心がざわつく…あなた達を見ていると息苦しくなる…」

 

「これ以上…あなたと居ると…私が、私では…無くなってしまう…」

 

彼女のあまりにも痛々しいその姿は、リィンを戸惑わせた。彼の知っている彼女の姿からは遠くかけ離れた姿だ。しかし、その姿を見て一層彼は決意を固くした。リィンは彼女に近づくと、そっと頭に手を置いてルディの頭を撫でる。

 

「あ…」

 

「辛かったんですね。自分を偽らなければいけないほどに…」

 

「でももう良いんです…。もう、自分を偽らなくて良い」

 

「偽らなくて…いい?」

 

「だからもう、その仮面は外してください」

 

サラから受け取ったARCUSを懐から出して、彼女に渡す。

 

「俺は…俺達はルディさんがどんな人だろうと、受け入れます」

 

「だから…俺達の仲間になっていただけませんか?」

 

「………ぅ」

 

「…?」

 

「うあ………あああぁぁぁぁ!」

 

「ちょ、ルディさん!?」

 

彼の言葉を聞いて、ルディの目からは自然と涙がこぼれ、彼女の口は嗚咽を発する。

 

幼い頃から彼女の顔を隠していた偽りの仮面(かお)は砕け散り、橋の上には泣きじゃくる幼い少女と、それをあやす青年の姿があった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

適性試験

私は部屋で荷解きをしていた。昨夜は色々とあり、あの後泣き疲れてそのまま寝てしまったのだ。本来なら旅行者である私は後で荷物を詰め直すのが面倒なために、あまり広く荷物は広げない。しかし、この部屋への定住が昨日決まってしまったので一旦、全ての荷物を広げる事にした。

 

「こんなに荷物を広げたのは久しぶり・・・かな?」

 

荷解きをどんどん進めていくと、お姉ちゃんからもらった日記が出てくる。・・・そういえばほとんど書いていなかった。今夜にでもまた1ページ埋めようと心に決め、私がそっと机に日記を置くと、部屋の扉をノックする音が聞えた。

 

「起きてる~?少し話があるんだけど、今良いかしら?」

 

(この声はサラさんか・・・昨日の今日で何の用だろう)

 

「大丈夫ですよ~」

 

「はぁーい。お、ちゃんと準備してるわね~」

 

「何の用ですか?」

 

「実はねぇ、あんたに適性試験があるのよ」

 

「適性?」

 

「そ。詳しくは学院で説明するから」

 

「あとコレ。あんたの制服ね」

 

「昨日決めたばかりなのに、もう制服があるんですか?」

 

「そんなわけないでしょ、コレは平民クラスの制服。後で注文して後日、正式な制服がくるわ」

 

「外で待ってるから、着れたら学院に行くわよ」

 

そう言ってサラさんは部屋の外に出て行った。まさか仮とはいえ、もう制服を着るとは思わなかったけど、見た感じ着られそうな感じだったので早速着替え始めた。

 

 

 

 

「それにしても中々様になってるじゃない?」

 

「茶化さないでください…それで、どこまで行くんですか?」

 

「なにやらどんどん薄暗いほうに進んでいるみたいですけど」

 

「こっちぐらいしかおあつらえ向きの場所がなくてねぇ。ほら、着いたわよ」

 

「・・・なんですか?この古びた建物」

 

「今の校舎は新校舎、こっちが旧校舎ね。さぁ、中に入った入った」

 

サラさんに言われて建物の中に入ると、外の外見と違わず、やはり中も暗かった。

 

「ここで試験をするわ」

 

「試験って、何をするんですか?・・・適性試験と言っていましたけど」

 

「この場所はね、何故か魔獣が住み着いてしまっているのよ」

 

「その魔獣を倒すのが試験と?」

 

「半分正解よ。今からARCUSの戦術リンクがちゃんと繋がるかをテストするわ」

 

「戦術リンク?」

 

「仲間とARCUSを通じて繋がり、仲間の一挙一動を見ることなく把握して、戦術的に有利に立ち回るシステムよ」

 

「説明するより実際に体験してもらったほうが良いでしょう」

 

「分かりました。それで、誰とテストをするんでしょうか?」

 

「決まってるでしょ?私とよ」

 

「・・・」

 

「あからさまに嫌そうな顔するわね、あんた・・・」

 

「いえ、大丈夫です。問題ありません」

 

「まぁ良いわ。これはあんたがうちのクラスに来てもらうためにも必要な試験なんだから、真面目にやるのよ?」

 

「分かっていますよ・・・」

 

 

 

 

「はっ!」

 

サラが魔獣に切りかかり、隙を作ると即座にルディが爆裂する暗器を投げつけ、魔獣を木っ端微塵に吹き飛ばす。ルディが前衛になると目にも留まらぬ速さで魔獣の群れを駆け抜けて通り抜け様に切り裂いていく。カマイタチのような攻撃に堪らず怯んだ魔獣に、すかさずサラは自慢の導力銃を乱れ撃ち、群れを一掃する。

 

「爆裂する暗器に、フィークラスの速さ。ただのお嬢さんには到底思えないわね?」

 

「ただのうら若き乙女ですよ?」

 

先に進んでいくとまたしても二人の行く手を魔獣の群れが阻む。今度はサラが突っ込み、雷の力を宿した剣を群れの中心で地面に突き刺す。すると剣から稲妻が迸り、サラの周囲にいる魔獣の体を焼いていく。放出が止まったころを見計らって、サラが飛び退るようにジャンプして銃を乱射して追撃する。完全に怯んだ魔獣の群れにルディがクラフトを発動した。

 

「斬!」

 

ルディが円を描くように群れを撫で斬りにすると、魔獣達は複数回斬られたようなダメージの受け方をして霧散する。群れが消えた後には、月輪のような残影が残っていた。

 

「お見事~。さすがにやるわね」

 

「戦術リンクって便利ですね」

 

「便利ってあんた・・・それだけ?」

 

「仲間の動きを見ないで済むだけですよね?」

 

「・・・まぁ今は別にそれでも良いわ」

 

「ほら、終点よ」

 

二人は大きな扉を潜ると、その先はかなり大きな広間になっていた。サラはルディに振り返り、手を広げて到着~とにこやかに宣言する。

 

「これでもう終わりですか?」

 

「あら、誰も終わりとは言ってないけど?」

 

そう言って剣と銃を構えるサラ。

 

「さぁ、二次試験を始めるわよ!」

 

「正直あんたの実力は未知数だわ。だからこそ、どの程度の力か把握しておきたいの」

 

「でもここまで見てきた限り、そこらのお嬢様の道楽ってレベルじゃなかった」

 

「というわけで、私もある程度本気でやらせてもらうから・・・」

 

サラは剣の切っ先をルディに向けて闘気を漲らせ、ルディにも武器を抜くように促す。

 

「あんたも少し本気で掛かってきなさい」

 

「分かりました」

 

そう言ってルディも獲物を取り出し、闘気を漲らせ、サラへとぶつける。

 

(少し手を抜くくらいで大丈夫か・・・?)

 

「準備は出来たみたいね。それじゃあ、いくわよ!」

 

サラが銃を数発撃ち込みながらルディに一気に近づいてくる。ルディはまず弾をその場から飛び退るように避けるが、その隙を突かれサラに懐まで攻め込まれてしまう。懐に潜り込んだ後もサラの攻撃はやまず、それだけならばまだ対応できるレベルだったが、サラは強化ブレードと導力銃の二つをルディに向けて動いており、ルディは常に剣と銃の二択を迫られていた。剣が動くかと思えば浅く斬りつけ、銃を撃ち込み、銃を撃ったかと思えば死角から剣が飛んでくる。

 

「っ!」

 

サラの力量を完全に見誤っていたルディは後手後手に回ってしまい、防御一辺倒になってしまっていた。しかし、彼女もただやられているわけではない。サラの動きに慣れてきたルディはサラの弾を弾きながら後退し、爆裂する暗器をサラの周囲に突き刺して爆破する。

 

「ちょっと・・・本気出しすぎじゃないですか?」

 

「普通の生徒相手なら過剰なくらいは出しているけど、しっかり対応出来てるじゃない?」

 

「・・・そっちがその気ならこっちもレベルを上げますよ!」

 

ルディは精神を集中させ、自分の中の気を練り上げるとそれを一気に開放する。すると彼女から金色のオーラのようなものが溢れ出し、彼女の周囲をその金色で埋め尽くした。

 

「東方の武術でいう気の開放って感じかしら?」

 

「さすがにその状態のあなたとやるのは分が悪いわね」

 

そういうとサラは高ぶった精神を落ち着かせ、闘気を研ぎ澄ませていくとその闘気を次の瞬間、すべて解き放つ。

 

「はぁぁ!」

 

サラのまわりを紫色の光が包み込み、彼女の体はまるで雷を纏ったかのようにバチバチとした闘気を纏っていた。

 

「これで条件は同じね」

 

「生徒相手にそこまで本気出すなんて・・・本当に教師ですか?」

 

「ええ、もちろん。それに生徒相手だからこそ、全力なのよ?」

 

お互い全く動かず、相手の一挙一動を見逃さないように相手を睨みつける。耳が痛いほどの静寂がしばらく続く。時間にして1分も立っていないのに、この時間が永遠のように長く感じる二人。このままずっと続くかに思われた静寂と均衡はルディによって崩された。

 

ルディはサラの目の前から消えると、こんどは側面に現れサラに攻撃をしかける。サラは初めからそこに彼女が現れるのが分かっていたかのようにバックステップで攻撃を避けて雷の力を込めた弾をルディに浴びせる。ルディは体に電流が走り、苦しそうな声をあげると、またその場から消えうせた。

 

「やるじゃない~?いつ入れ替わったのか全く分からなかったわ」

 

たった今消えたルディは、どうやら分け身だったらしく、本物のルディはどこかに隠れている。サラだけになった空間でサラの疑問に対する答えはなく、サラの声が山彦のように辺りに響き渡るだけだ。それでも彼女はルディが近くにいることを直感で感じ取っていた。

 

「隠れても無駄よ・・・そこね!」

 

サラが背後に向かって鋭い突きを繰り出すと、剣と剣がぶつかり合う音が響き、ルディがその姿を現した。

 

サラの突き出した剣の切っ先と、ルディの突き出した小太刀の先。二本の剣はその鋭い先端をピッタリと突き合わせ止まっていた。

 

「姿も見えない、気配も無い相手の攻撃を攻撃で止めるなんて・・・本当に人間ですか?」

 

「失礼しちゃうわね、ちゃんと人間よ?」

 

ルディがサラの剣を逸らし、再びサラに向けて剣を振るう。サラもルディに合わせて剣を振り、さらに至近距離で銃を撃つ。ルディの攻撃を防ぎながら剣と銃で嵐のように攻撃するサラと、銃弾を避け、叩き落しながらサラを攻撃するルディ。目にも留まらない速さで攻撃と防御が入れ替わり、剣と剣が交差し銃弾が飛び交う。

 

この二人はお互いの剣が届きあう、超至近距離で互角の戦いを繰り広げていた。その戦いはもはや普通の人間が理解できる次元を超えており、まさしく達人同士の戦いといえるだろう。

 

二人が剣と剣をぶつけ合わせた時に生じた強烈な衝撃で互いに後ろに押され、距離が離れるとコレで終わらせる。そう言わんばかりに二人は闘気を一気に開放し、大技を同時に放った。

 

「舞うは闇、詠うは月。眠れ・・・夜に惑う者よ・・・」

 

「はぁぁぁぁ!」

 

広間の中心で今まさに二人の大技がぶつかろうとしていた時だ。中心に謎の力が発生したかと思うと、見た事も無い3匹の魔獣が現れた。魔獣は二人を攻撃しようと動き出すが・・・。彼らはタイミングが悪かった。

 

 

「夢月!!!」

 

「オメガエクレール!!!」

 

 

二人の大技がぶつかり合い、辺りをとんでもない爆風が襲う。3匹の魔獣は攻撃は愚か、鳴き声すらあげることなく此の世から消え去った。

 

「まさかコレも対応されるとは思って無かったわ・・・」

 

「奥義も通用しないとは流石に予想して無かったです・・・」

 

「あなたの実力も何となく分かったし、今日はコレで終了よ」

 

「疲れました・・・」

 

「若いのにだらしないわねぇ」

 

「サラさんが本気だすからじゃないですか!」

 

「別にそこまで本気は出して無かったわよ?」

 

「最後の大技だって手加減したし」

 

「もう嫌ですこの人・・・」

 

「ほら、シャキッとしなさい!帰りに駅のカフェで何かご馳走するから」

 

「・・・コーヒー以外でお願いします」

 

 

こうしてルディの適性試験は無事終了した。しかし忘れてはならない・・・今日、此の世で最も運が悪かったであろう哀れな魔獣3匹が、誰にもその存在を知られる事なく此の世を去った事を。





ルディのクラフト


爆雷符 CP20 即死50%              威力B 範囲 単体
『爆裂するクナイを相手に投げ、息の根を止める』


月輪  CP25 遅延+25・崩し発生率20%      威力B 範囲 円M(地点指定)   
『剣を居合いの要領で抜刀、月を描くように駆け抜け一閃する』


影打ち CP40 駆動解除・遅延+20・崩し発生率50% 威力A 範囲 単体
『敵の背後に一瞬で回りこみ、急所を一撃する』


麒麟功 CP30 STR・SPD+50%(3ターン)          自己 補助
『気を高め、開放する事で爆発的に肉体を強化する』


月光蝶 CP35 SPD+50%(3ターン)・ステルス        自己 補助
『月明かりに紛れ、周囲と同化して完全に気配を消す』


Sクラフト

夢月 CP200 即死100%          威力SS+ 範囲 全体
『月影を舞い、敵を永遠の夢へと誘う』


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新しい世界

近郊都市トリスタ、帝都には及ばないが都市と呼ばれるだけの人口、物流、活気がある。

 

トリスタがなぜ都市と呼ばれるほどの発展を遂げたか、それは誰の口にも一口では説明出来ないだろうが、誰もが知っている理由が一つだけある。

 

トールズ士官学院。

 

栄えある帝国の中でも由緒名高い士官学院で、獅子戦役を終結させたかのドライケルス大帝が創設したと云われている。

 

名門の学院がある故に、各地から学生達が集まり、益々の活気と発展に繋がるのだろう。

 

そんなトリスタの駅前にある、喫茶店の一角で紅茶を飲んでいる少女が居た。

 

時計は朝の七時半、朝早くから活動を始めて紅茶など飲んでいる所を見ると、彼女も学生なのだろうか。

 

周りに居る学生らしき人物達を見ると彼女と似た服を着ている事から、彼女もまた学生だと予想出来る。

 

彼女が時計を見るともうじき八時を示す所だった。

 

そろそろか・・・と呟き、彼女は席を立って会計を済ませて店を出た。

 

赤い服を着た少女はなだらかな坂を見渡すと、その先・・・トールズ士官学院に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

士官学院に数多く存在する教室、その内の一室である一年Ⅶ組。

 

彼らは今年になって新しく発足されたクラスで、他のクラスとは一風違った授業が行われている。

 

普通の授業はもちろん、戦術殻と呼ばれる人形を使った実戦訓練や数ヶ月に一度ある、特別実習と呼ばれる課外実習。

 

制服も平民は緑、貴族は白と色分けされているが、彼らは赤。

 

これだけでも十分、彼らが普通のクラスでは無いという事がわかる。

 

その教室に、Ⅶ組担任であるサラが入室していく。

 

「委員長、号令」

 

「起立、礼、着席」

 

「今日は皆にお知らせがあるわ」

 

「お知らせ?」

 

「ウチのクラスに編入生が来るわよ」

 

「え!?」

 

「編入生!?」

 

クラス中が騒然となる中で、リィンだけは落ち着いていた。

 

彼には何となく、誰だかわかっているようだ。

 

「入ってらっしゃい」

 

シーンと静まり返る中、一人の少女が入室する。

 

その少女を見たクラスの過半数が、驚きの声をあげた。

 

「ルディ(さん)!?」

 

 

「あはは・・・・・・」

 

「その、よろしくお願いします」

 

 

「なるほど、君がそうなのか」

 

「話は色々と聞き及んでいる。

 ガイウス・ウォーゼルだ」

 

「ルディ・マオです。

 よろしくお願いします」

 

まだ会った事が無かったガイウスと自己紹介を終えて、Ⅶ組のみんなに囲まれる。

 

「新しい仲間が増えるのは嬉しいが、一体どう言う事なんだ?」

 

「サラさんから勧誘されたんです」

 

「勧誘?」

 

「ウチのクラスに入って青春を謳歌しないかって」

 

「せ、青春って・・・」

 

「流石に直ぐには決められませんでしたけど、こうして入学する事になりました」

 

「うむ、切磋琢磨できる仲間が増えるのは嬉しいぞ」

 

「君には助けてもらった恩がある、いつでも頼ってくれ」

 

こうして一通り話しを終えると、みんなそれぞれの部活に向かい、教室には私とリィンだけになった。

 

「ようこそルディさん、これからはよろしくお願いします」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「みんなビックリしていましたね」

 

「サラさんが事前に言っておかないからですよ・・・」

 

「なんでみんなに本当の事言わなかったんですか?教官の勧誘は断ったんですよね?」

 

「・・・あんな恥ずかしい事、言えるわけ無いじゃないですか・・・」

 

「へ?」

 

「何でもありません。ところで、リィンさん」

 

「もう同じクラスの一員なんですから、他の人と同じ接し方でお願いします」

 

「ああ、すみません・・・。そうさせてもらうよ」

 

「ルディはもう入る部活とか決めてあるのか?」

 

「特に決めていないですね」

 

「なら俺と同じく放課後は暇だな」

 

「ということは、この後暇なんですか?」

 

「ああ、特に予定もないしな」

 

「なら、色々と案内してくれますか?」

 

「まだ着たばっかりで、学院の事はよく知らないんです」

 

「わかった、俺で良ければ案内するよ」

 

 

私とリィンはまず校舎を一通り回る事にして、とりあえずグラウンドに来ていた。

 

「来る時も遠目から見ましたけど、間近で見るともっと大きいですね」

 

「ここで活動している部活は、ラクロス部と馬術部だな」

 

「ラクロス部はアリサ、馬術部にはユーシスが所属してる」

 

「アリサさんは意外ですけど、ユーシスさんはなるほどって感じです」

 

「はは、確かに」

 

その後はギムナジウムと呼ばれている建物に入り、中を見学させてもらう。

 

「この中では水泳部、フェンシング部が活動してたはずだ」

 

「ラウラは水泳部だったはずだから、今行けば泳いでる姿が見れるかも知れない」

 

「少し見学させてもらいに行きましょう」

 

「普段、剣を握っているイメージしかないので、興味があります」

 

扉を開けるとそこは大きな室内プールとなっていて、水泳部のメンバーが居る。

 

「ん、ちょうど今泳ぎ終わった所みたいですね」

 

「タイミングが悪かったみたいだな」

 

「む? リィンにルディではないか」

 

「お邪魔させてもらってます」

 

「今、ルディに頼まれて色々案内している所なんだ」

 

「そういえばそなたは着たばかりだったな、ゆっくり見て回ると良い」

 

「はい、ラウラさんも部活頑張ってくださいね」

 

ギムナジウムを後にして、次は園芸部の活動場所である花壇に向かう。

 

「ここが園芸部が活動してる花壇・・・って見れば判るか」

 

「ふふ、みんな幸せそうに花の世話をしてますね」

 

「見てるこっちも、心が満たされるような気がするな」

 

「園芸部にはフィーが・・・」

 

「・・・ふむ、居ませんね」

 

「ごめんなさい~今日はフィーちゃん来ていないんです~」

 

頭に帽子を被った女の人が、私達に気付いて対応をしてくれる。どうやらフィーは来ていないらしい。

 

「エーデル先輩、それはどういう・・・?」

 

「あの子は猫みたいな子なので、たまに来ない日があるんです~」

 

「猫は好きです」

 

「そういう話じゃないからな・・・?」

 

「少し探してみます」

 

案内は一旦、中断してフィーを探すことになった。猫っぽいとあのフワフワした人に言わせる程に自由な彼女を、ちょっと見てみたい。

 

「どこに居るんだろう・・・」

 

「ちょっと探ってみます」

 

私は目を瞑って、精神を集中させる。すると周りの気を明確に感じ取れるようになった。

 

「んー・・・・・・」

 

「何をするんだ?」

 

「フィーさんの気を探ってます」

 

「・・・・・・ん、近いですね」

 

彼女が居るであろう場所に行くと、中庭らしき場所にたどり着いた。

 

彼女はベンチの上で安らかな寝息を立てて眠っていた。

 

「なるほど、猫ですね」

 

「確かに猫だな・・・。フィー、起きろ!」

 

「んん・・・?」

 

「ふぁ・・・・・・おはよ」

 

「おはようじゃないだろ・・・。

 駄目じゃないか、部活に行かなきゃ」

 

「ん、じゃあ今から行く」

 

そう言って彼女は園芸部の花壇の方へ歩いていった。

 

「ホントに自由ですね」

 

「そこがフィーの良いところでもあるんだけどな」

 

中庭を後にして、今度は別館の方に来ていた。

 

「別館もあるなんて広いですね~」

 

「最初は俺も迷うんじゃないかと思ったけど、直ぐに慣れたよ」

 

「ここには色々な部活があって、写真部・オカルト部・チェス部あたりがあったはずだ」

 

「お、オカルト・・・ですか?」

 

「一度覗いて見た事があるけど、よくわからなかった・・・」

 

「確かチェス部にはマキアスが所属していたな」

 

「ボードゲームとか好きそうでしたからね」

 

「ああ、特にチェスはかなり強いらしい。中には部活の他にも生徒会室があって、トワ会長達が忙しなくしているよ」

 

「そんなに忙しそうにしているんですか?」

 

「人手が足りないらしくて、一部の仕事をオレが依頼という形で引き受けている位だからな・・・」

 

「それでも頑張ってやりくりしているってことは、相当やり手ですね」

 

「あの人はすごいと思うよ。生徒からの要望、行事の下準備、その他の事も全て生徒会で処理してるからな」

 

「凄い人なんですね・・・」

 

別館の説明を終えて、リィンとルディは旧校舎の方へ向かう。

 

「こっちには確か旧校舎があるんでしたよね」

 

「一応案内しようと思ったんだが、もう知ってるのか?」

 

「この前、サラさんに連れてこられて適性試験とやらに付合わされました」

 

「実戦でちゃんと戦術リンクが繋がるかどうかのテストらしいです」

 

「そんなことがあったのか・・・」

 

「奥の広間にたどり着いたら2次試験と言われて、サラさんと戦う羽目に・・・」

 

「ああ、その・・・おつかれさま」

 

「でもここに入るのはあまりオススメできない」

 

「・・・どういうことですか?」

 

「この建物、元は地下にそんな広間はなかったんだ」

 

「・・・!?」

 

「この旧校舎は謎が多すぎる・・・本当に元校舎なのかと疑うくらいに」

 

二人がその場を立ち去ると、黒いネコが物陰から現れる。ネコはジッと唯一人、ルディを見つめていた。

 

 

 

 

「今日はありがとうございました」

 

「はは、ちゃんと案内できたか不安だけどな」

 

「ええ、リィンさんのおかげで大体分かりました」

 

「それを聞いて安心したよ・・・」

 

気づかないうちにかなり時間が経っていたらしく、辺りはもう夕暮れだった。

 

ルディはリィンと寮の前で別れた後、部屋に戻って久しぶりに日記をつけることにした。





 6月3日

私は今日から正式にⅦ組の仲間になった。
仕官学院はその名の通り仕官を育成・教育していく場所で、正直もっと息苦しい場所と思っていたけれど、その実態は全く正反対だった。
Ⅶ組の人達が特別なだけかもしれないけれど、少なくとも彼らからそういう表情や雰囲気は感じられなかった。
あとでサラさんに聞いて分かった事だけれど、特化クラスⅦ組というのは今年から出来たクラスで、元々この学院には平民と貴族という大まかなクラス分けしかなかったらしい。
何故クラスが突然作られたのか・・・特化クラスというのは何なのか・・・そういった疑問はあるけれど、今は深く考えずにこのクラスと雰囲気に馴染めるように頑張ってみようと思う。


                                  Rudy Mao




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

普通の勉強

試験勉強。学生ならば、誰もが避けては通れない道だ。

 

それはⅦ組であろうと同じようで、クラスのみんなはあまり良い顔はしていない。暗記が得意な私としては、どうしてみんなが苦い顔をしているのか理解できなかったけど。

 

勉強が好きな人や得意な人は少数らしく、Ⅶ組で言うと、エマ委員長とマキアス副委員長がソレに当たるみたいだ。

 

クラスのみんなはそれぞれ自分が落ち着ける場所に向かっていき、教室にはリィンと私だけになった。

 

「みんな大変そうですね」

 

「俺達も負けずに勉強しないとな」

 

「勉強なんて日曜学校ぐらいでしかした事ありません・・・」

 

「その割には授業で当てられても、スラスラと答えていたんじゃないか?」

 

「アレは暗記しているだけですよ」

 

「暗記?」

 

「教科書の文章を暗記しました」

 

リィンは驚いたのか、それとも呆れているのか。どっちとも取れるような顔で困惑するような声を出している。

 

「勉強というのは、要は暗記ですよね?」

 

「結論を言ってしまえばそうなんだが・・・」

 

「暗記も勉強法の一つだけど、自分で問題を作って、それを解いたりとか同じ問題を反復して復習したり・・・」

 

「俺はいつもそうやって勉強しているよ」

 

「勉強・・・奥が深いです」

 

「人それぞれに様々な勉強法があるからな、コレを機に自分なりの勉強法を探してみたらどうだ?」

 

リィンにお礼を言って私は教室から退出する。他の人にも聞いてみようと思い、私は校舎を回って見ることにした。

 

 

勉強と言えばやはり図書館じゃないだろうか?そう思って何かヒントがないか探しに外に出る。図書館には【書】とあるように大量の本がある。その中に自分の欲しい答えがあるんじゃないかと、そう思って図書館に来たのだ。

 

受付の人に勉強法を記した本が無いか聞くと、どうやら貸し出しされているらしい。そういう本があるのは分かったが、結局は無駄足に終わってしまったみたいだ。

 

「あれルディじゃないかな?お~い」

 

声の方を見てみるとエリオットがこちらに手を振っていて、マキアスは椅子に座ったまま手をあげて自分の存在を私に教える。手を振って二人に近づくと、彼らの居る机の上には勉強道具が置かれていて先ほどまで二人で勉強していたであろうことが分かる。

 

「ルディも図書館で勉強?」

 

「勉強というか・・・勉強の勉強と言いますか・・・」

 

「なんだそれは・・・?」

 

「勉強法にどんなものがあるか探しているんですよ」

 

「勉強法の勉強ってこと・・・?」

 

「試験が間近に迫っているというのに、君は一体何を勉強しようとしているんだ・・・」

 

「私にとっては死活問題なんです」

 

「ふぅ・・・そうか、なら僕の勉強法でよければ教えよう」

 

「本当ですか!?」

 

マキアスの言う勉強法とは、何度も繰り返し問題を解き、問題を理解する・問題の答えがどうしてそうなったのかを理解する。この二つを重視して勉強をするそうだ。彼が言うには、「問題を理解し、その問題が行き着く先を理解すればおのずと答えが出る」らしい。

 

エリオットの方は詰め込み勉強といって、とにかく重要なキーワードや単語を覚えて、それに関連した文章の一部などを覚える方法のようだ。私の暗記と少し似ているかもしれない。

 

二人にお礼を言うと私は図書館を後にした。

 

 

「マキアスが教えるって言った時、なんだかルディが輝いて見えたよ・・・」

 

「ああ、僕もだ・・・勉強疲れかもしれないな・・・」

 

 

さて次は何処に行こう。そもそも勉強法が分かる場所というのは何処だろうか。図書館は結果的にはあたりだったのですが、それ以外と言うとやはり誰かに聞くのが一番かもしれない。クラスのみんなが居そうな場所を探してみようか・・・

 

「よう、そんなとこで突っ立って考え事か?」

 

「・・・えっ?あ、ごめんなさい」

 

「いや別に謝るこたーねぇだろ・・・」

 

「んで、なんか考え事か?よければ先輩が相談に乗ってやるぜ?」

 

先輩と名乗る目の前の人は緑色の制服を着て、白髪の頭にはヘアバンドのようなものをしていた。

 

「自分に合った勉強法が無いか探しているんです」

 

「勉強法・・・か。なんでまたそんなのを探す?」

 

「今まで普通の勉強をする機会が無かったので・・・経験してみたいなと」

 

「・・・勉強に普通も何もねぇと思うんだがな」

 

「・・・」

 

「わかったわかった、俺が教えんのは無理だが、知り合いに勉強が得意なやつが居る」

 

「そいつのとこに案内するから、後は自分で教わってくれや」

 

ジッと先輩の方を物欲しげな顔で見ていると、勉強専門の人の場所に連れて行ってくれると言う。そういう知り合いがさらっと居るあたり、流石は先輩といった所だろう。ついてこいと言うように歩き出した先輩の後ろを追いかけるように自分も歩き始めた。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

「つーわけでだ、このお嬢さんに勉強を教えてやってくれや」

 

「うん、良いよ!」

 

生徒会室に連れて行かれたと思えば、いきなり勉強を教えてくれと入っていく。そしてあっさりとそれを了承する生徒会長。生徒会ってこんなにてきとうな場所で良いんだろうか・・・。

 

「そんじゃ、後はよろしく・・・」

 

「何を言ってるのかなクロウ君?」

 

「俺の役目はお嬢ちゃんをここに連れてくるまでのはずだぜ?」

 

「クロウ君、たしか今回の試験で赤点取ると不味いんだよね?」

 

「・・・」

 

「まさか忘れてたわけじゃないよね?」

 

「い、いやいや!ちゃんと覚えてたぜ!」

 

「ついでだからここで一緒に勉強しよ?」

 

「自分の部屋でやるから遠慮しとくぜ、そんじゃあばよ!」

 

「アンちゃん、捕まえて」

 

「任せたまえ」

 

先輩が扉を開けて走り去ろうとするが、扉を開けた先にはいつから待機していたのか、黒いライダースーツを着た女の人が待ち構えていた。彼女は先輩の腕を掴むと間接を極めてギチギチと音を鳴らしながら腕を締め上げていく。

 

「いででででで!ゼリカおまえいつから・・・!?」

 

「トワからクロウを見つけてつれて来るよう言われてね」

 

「見つけて後を付けたら、案の定というわけだ」

 

「二人が来る少し前に、アンちゃんから連絡があったの」

 

「筒抜けってわけかよ・・・ちくしょう」

 

「・・・ぷっ、ふふふ・・・」

 

「クロウ君ももっとしっかりしないと。ほら、後輩の子に笑われちゃってるよ?」

 

「すいません・・・なんだか先輩方のやり取りが面白くて」

 

「まぁ・・・気心が知れた仲だしな」

 

「我々は学院に入ってからずっと同じグループで活動していたからね」

 

「うん、だから遠慮が無いのかもしれないね」

 

「・・・さて、昔話も良いが俺はもう行く・・・」

 

 

「何処に」

 

「行くというんだい?」

 

会長がそう言うと、黒い女の人が扉を閉め部屋を外界から隔離する。空気の出入りが無くなったこの部屋には先まで漂っていなかった威圧感のようなものが漂い始め、それは主に会長から発せられている事がわかった。後ろで扉の前に立ちふさがっている女性は威圧感こそ会長には及ばないものの、見ている感じ隙を見つけられない。

 

私が勉強について教えて欲しいなどと言わなければ、こんな事にはならなかったかも知れない。しかし会長と黒の女性は何が何でも先輩に勉強をさせようと探し回っていたようだから、結局はここにつれて来られて勉強をさせられていただろう。つまり、最初から詰んでいたというわけだ。

 

青ざめた顔をして会長と後ろの扉を交互に見る先輩。かわいそうだけど、先輩には勉強をする事でしかこの場を切り抜ける方法が無い。なによりこの会長・・・

 

 

「さぁ、勉強の時間だよ」

 

 

学生でありながらサラさんクラスの威圧感を笑顔のまま出せる時点で、私は先輩に同情するという考えを捨てた。

 

 




6月15日

試験前日ということもあり、クラスのみんなだけでなく、学校中が勉強ムードになっていて何処に行っても勉強をしている人が居た。
私もみんなに倣って自分なりに勉強をしてみようと図書館に行ってみたりもしたけど、あまりいい成果は得られなかった。
どうしたものかと悩んでいたときに声をかけてくれたのがクロウ先輩だ。先輩に連れられて生徒会室に行くと、先輩達の嵐のようなやりとりに思わず笑ってしまった。
その後は先輩と私の二人が会長に教わっていたけど、気づけば途中から私も先輩の勉強を見てあげていた。先輩は「後輩に教えてもらうなんて・・・」とぼやいていたけれど。

                                Rudy Mao


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

鉄路の先、ノルドの地へ
隠れたメイド


無事に中間試験も終わり、学園中に張り詰めていた緊張の糸が切れたようで、机に突っ伏している者、安堵のため息を吐く者、ボーっと空を眺めている者。思い思いに羽を伸ばす者達で溢れていた。

 

Ⅶ組の面々も初めての試験を終えて、それぞれの手ごたえや感想を述べながら帰路についていた。

 

「エマ君、今回の試験の手ごたえはどうだった?」

 

「そうですね・・・まずまずでしょうか?」

 

「むむ・・・」

 

「あの様子なら、クラスの学力トップは大丈夫そうね」

 

「はは、確かに」

 

「それにしても残念ね・・・せっかくみんなで帰れると思ったのに」

 

「たしか、ガイウスは学園長に呼ばれたって言ってたな」

 

「ルディは、図書館に行くって言ってたね」

 

「あの子の事だからまた図書館で変な本を探してそうね・・・」

 

リィンとフィーが二人から聞いた話を話すと、アリサは苦笑いを作る。他愛も無い雑談を交わしながら歩いて寮の前にたどり着くと、そこには見慣れないメイドの女性が立っていた。

 

 

みんなと別行動を取り、私は図書館に来ていた。この間の勉強法が載っている本を借りにきたのだけど・・・生憎まだ返って来ていないらしい。

 

一旦諦めて何か違う本でも探そうと、趣味のコーナーで棚を眺めていると、ふと目に留まる本があった。

 

 

【今日から始めるメイドさん! 初級編】

 

 

本の背表紙にはそう書かれていた。本を手にとって見ると、可愛らしいメイドが左人差し指を一本立てて、右手にはトレイに載ったティーセットを持っている表紙が見えた。

 

特に内容を確認したりはせず、暇潰しにでもなれば良いと思って受付に本を持っていく。受付の少女は本を見ると終始ニコニコしながら貸し出し手続きをしてくれた・・・どうやらこの本は彼女の趣味だったようだ。

 

歩きながらどんな内容か想像を膨らませる。私はメイドという存在を見た事はあるが、どんな仕事をしているか、どういう人種なのかというものを全く知らない。この学園にはメイドが大勢居るので、彼女らに聞いても良いのだけど、まずは自分で学んでからというのが私の考えだ。

 

「む?」

 

「ん」

 

歩いていると正門の前でガイウスと鉢合わせになった。学園長に呼ばれていたという話だったけど、今まで話をしていたのだろうか。答えは聞くより先に彼の口から出てきた。

 

「学園長と次の実習地について話をしていたんだ」

 

「次の実習地?そういう物は学園側が決めるのでは・・・」

 

「少し特殊な場所でな、場所は・・・」

 

「ストップ」

 

「みんなは発表まで知らないのに、私だけ知ってしまうのは少し不公平です」

 

「なるほど、確かにそうだな。すまなかった」

 

二人でそんな話をしていると、いつの間にか寮の前に来ていた。中間試験というイベントを終えて、一息つける場所まで来ると少しだけ安心感がある。

 

「部屋でゆっくりと休みたいところですね」

 

「俺も味わった事のない空気で、少し疲れたな」

 

私が扉を開けるとそこには・・・

 

 

「おかえりなさいませ」

 

 

見慣れないメイドが居た。

 

「このたび第三学生寮の管理人を任命されました、シャロン・クルーガーと申します」

 

「誠心誠意、皆様のお世話をさせて頂きますね」

 

 

まさかメイドの本を借りたその日に、本物のメイドを見ることになるとは思いもしなかった。メイドとなると、やはり授業や用事などでみんなが出払っていると部屋の掃除もしたりするのだろうか・・・。少し見てみたい気もするけど、今は本の内容を確認したい。

 

本を開き、目次に目を通し始めて間も無くだった。扉をノックする音が響く。

 

「はい、どうぞ」

 

「失礼します」

 

扉を開けて入ってきたのは、寮の玄関口で会った管理人になったというメイド。

 

「こちらがルディさまのお部屋ですね?」

 

「部屋割りの確認ですか、ご苦労様です」

 

「学園から知らされて、部屋割り自体は把握しているのですが・・・」

 

「やはり自分の目でも確認いたしませんと勝手が分かりませんから」

 

なるほど、メイドは細かい事も丁寧に出来る人間が向いているらしい・・・。

 

「メイドさんは大変そうですね」

 

「そんなことはありませんわ、ルディさまも直ぐにメイドになれますよ?」

 

「・・・?なぜ、私がメイドにならなくてはいけないんですか?」

 

「いえ、そのような本をお読みになられているので、メイドに興味がお有りなのかと思いまして」

 

彼女が私が読んでいる本を指して、ニコニコしながら答える。どうやら誤解があるようだ・・・。

 

「これは図書館でちょっと気になった本を借りてきただけで・・・」

 

「気になるのでしたらメイドになってみれば良いのですよ」

 

「いや、あの・・・」

 

「ちょうどここに、一着だけメイド服がありますわ♪」

 

シャロンがいつの間にかメイド服を手に持っていて、眩しいほどの笑顔でニコニコしている。

 

「えっと・・・それを着ろということですか?」

 

「そんな強制的なものではありませんよ」

 

「服はここにお掛けしておきますので、眺めるのも試着して頂くのもご自由にしていただいて結構です」

 

そう言って服を棚に引っ掛けると、彼女は一礼して部屋から出て行った。メイドというのは彼女のような人物ばかりなのだろうか・・・メイドというのが如何に特殊な職業か少しだけ分かった気がする。

 

彼女が置いていった服を見ると、フリルがあちらこちらにあしらわれていて、スカートはかなり長い。本当にこんな服で細やかな仕事が出来るのだろうか。

 

眺めているうちに服の機能性に興味が移っていき、私は少しだけメイド服に袖を通してみる事にした。

 

このメイド服は上下一体型で、あまり時間を掛けずに着れる様になっている。着替えた後にすぐ仕事に取り掛かれるようになっているのかもしれない。

 

着慣れない服という点を除いても、このメイド服という物はかなり動きづらい。メイド達はこんな仕事着を着て、日々生活しているのかと考えると、シャロンというメイドが熟練したメイドだというのは直ぐに分かった。

 

「あら、とても良くお似合いですわ」

 

「・・・何となく近くに居る気はしてましたが、まさかずっと?」

 

「いえ、一階で作業をしておりましたので、今ですね」

 

「そうですか・・・興味が出たので着てみましたが、動きづらいです」

 

「何よりこんなヒラヒラした服は、自分には合いませんね」

 

「そんなことはありませんわ、鏡でご覧になってみてください」

 

シャロンに鏡の前まで移動させられ、自分の姿をしっかりと見せられる。鏡には紺色のメイド服を着た少女が映し出され、細部を良く見るとシャロンのメイド服と似ている。どうやらほぼ同じデザインのようだ。

 

「いかがですか?」

 

鏡に映っている姿と自分の想像している姿にギャップが生じ、鏡の中に居る彼女は別人なのではないかという錯覚を覚える。しかし、鏡の彼女はそれを否定するように、私と同じ呆気に取られたような表情をする。

 

鏡に映っている彼女は自分なのだ。そう認識したとたん、こんな服を着ている自分が少し恥ずかしくなった。小さい頃から女らしい服や、着飾った姿とは無縁だった自分が・・・初めてメイド服を着て鏡の前で顔を紅くして恥ずかしがっている。

 

「こ、こんな・・・ち、ちがいます・・・こんなの、私じゃ・・・」

 

「いいえ、紛れも無くルディさまですわ♪」

 

私の口から漏れるのは自己否定の言葉。認識してしまった、可愛いと思ってしまった。でも私はこんなものは自分ではないと否定する。それでも鏡の自分と同じ姿をした少女は寸分違わず自分と同じ動きをする。まるで鏡に映るもう一人の自分の目から逃れるように、私は鏡から離れた。

 

「どうやら、あまりそういった服は慣れていない御様子ですね」

 

「慣れていないも何も・・・こんな服は初めて・・・で」

 

「では、そろそろ皆様が帰ってこられる時間ですから、一緒にお迎え致しましょう」

 

「お、お迎え!?」

 

「メイドの基本ですわ」

 

私は彼女に手を引かれ、手を振り払う事もせず、ただ後ろから付いて行く事しかできなかった。

 

 

寮の入り口で待ち始め、5分ほど経ったころだろうか。Ⅶ組のみんなの声が近づいてくるのが分かった。

 

時間差があったおかげで十分に気持ちを落ち着けることが出来た。あとはいつも仕事をする時みたいに冷静に、確実に対処をすれば良い。何より私は、彼女・・・シャロンという完璧なまでのお手本を直に見たのだ。最悪それを見よう見まねでやれば何の問題もない。

 

どんどん声は近づき、とうとう入り口の扉が開かれた。

 

「ただいまもどりました」

 

 

「「おかえりなさいませ」」

 

 

出来る限り平静に、冷静に、淡々と、迎えの言葉を紡ぐ。

 

場の空気が静まり返り、Ⅶ組の面々からは困惑、感心、驚愕など様々な感情が読み取れるが、誰からも言葉が出ない。そういう時、口を開くのはいつもリィンだ。

 

「え、えーと・・・ルディ・・・だな?」

 

「はい」

 

「すごく似合ってるよ」

 

リィンのその一言が私の頭の中で何度も反響する。思い出されるのはシャロンとの先ほどまでのやり取り。二つの事柄が合わさり、大きくなって、顔はどんどん熱くなって行く。仕事柄、我慢や忍耐が必要な場面はいくらかあった。・・・でも今くらいはそういった物は気にしなくて良いだろう。

 

色々な感情が混ざり合ってよく分からなくなり、顔を紅くして涙目になりながら、私は心からの言葉と気持ちをリィンにぶつけてやる事にした。

 

 

 

「うるさいこのバカー!!!」

 

「うわあああ!?」

 

 

 

暗器の嵐が彼を襲い、リィンを壁に縫いつけにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

銃の舞、剣の舞

中間試験も終わりホッとしていたのもつかの間、今日はその結果発表だ。Ⅶ組の面々は勤勉な者達が多く、初めての試験でほぼ全員が20位以内という驚くべき成績だ。

 

「・・・なんか疎外感。」

 

フィーだけがその中に入れなかったが、ゼロから勉強していたというハンデを考えれば十分好成績だろう。

 

「でも凄いじゃない、中々良い成績よ。」

 

「さ、さすがだなエマ君・・・。」

 

「あ、あはは・・・。」

 

Ⅶ組の委員長、副委員長は並みいる猛者たちを押しのけ、同点1位を取っている。

 

他のメンバーも負けず劣らず、ガイウス20位、ラウラ17位、アリサ8位、リィン7位、ユーシス3位と勉強でも特化クラスとしての地力の強さを見せていた。

 

最近クラスに入ったルディはというと、15位というかなりの好成績だ。

 

「15・・・普通の数字ですね。」

 

「本当に勉強は久しぶりなのか・・・?」

 

「日曜学校以来です。」

 

「とんでもないな・・・。」

 

リィンとルディの会話を聞いていた、他のメンバーは揃って苦笑いを浮かべていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

テストの結果発表をして間も無くだ。教室でサラが実技テストをすると期末テストで満身創痍なⅦ組の面々に向かって言い放った。一部の者をのぞき渋々といった表情でグラウンドに移動する。

 

「これより実技テストを開始する!」

 

組み合わせをサラが発表していく。どうやら今回テストは3人一組でやるようだ。次々とメンバーが決まっていき、いよいよテスト開始と言う所で問題が起きた。

 

「あの・・・私は誰と受ければ?」

 

Ⅶ組は10人だった。ルディが最後に残り、もう他にメンバーが残って居ない状態。このままでは彼女は一人でテストを受けることになってしまうだろう。その状況を見てサラはやっちまった・・・。とばかりに顔を手で覆って声にならない声をあげる。

 

「サラさん・・・計算も出来なくなるレベルまで、昼間から飲酒しないでください・・・。」

 

「飲んでないわよ。ちゃんとあなたの事は頭に入ってたわ。」

 

「一緒にテストを受ける人間は呼んであるから安心しなさい。」

 

「・・・遅刻しているみたいですが?」

 

「あー・・・素行は悪いけど、腕は立つから大丈夫よ・・・たぶん」

 

「たぶんなんですね・・・。」

 

不安を駆り立てられるような事を言う、目の前の教官を見てため息を吐くルディ。呼ぶ人間を間違えたかもしれないと額を押さえてため息を吐くサラ。あまり気が合うとは言えない二人だが、この時だけは同じ不安をその人物に向けている。

 

(あいつで(その人)大丈夫かな・・・。)

 

居ない人物ばかり気にしていても仕方ないとサラは開き直り、実技テストはいよいよ始まった。リィン・ラウラ・マキアスのチームから始まり、アリサ・エリオット・ガイウスチーム、ユーシス・エマ・フィーのチームで終わった。ルディ以外の全員が戦闘を終えて、一息をついている。

 

「・・・。」

 

「・・・来ないわね。」

 

「どうするんですか・・・。」

 

「来ないものはしょうがないでしょう・・・。仕方ないから私と組みましょう。」

 

「またですか?」

 

「文句は遅刻君に言いなさい・・・。」

 

渋々と二人は武器を構え、機械人形と対峙する。サラが開始の合図をしようとした時、その人物は現れた。

 

「おー、やってんな」

 

「ったく、遅すぎるわよ遅刻君・・・。」

 

「え?一緒にやる人って・・・。」

 

「その通り、お前さんのパートナーはこのクロウ先輩だぜ。」

 

「えぇ~・・・。」

 

「なんでそんなガッカリしてんだよ・・・。」

 

「だって・・・クロウ先輩ってダメ先輩なイメージしかないですよ?」

 

「マジかよ・・・。」

 

「はいはい、お喋りはその辺にして。さっさと始めるわよ。」

 

サラが開始の合図をして機械人形が動き出す。ルディとクロウの二人はそれぞれ自分の獲物を構え、目の前の敵と対峙する。

 

「期待してますよ、クロウ先輩?」

 

「ああ、任せな。」

 

機械人形が動き出し、ルディに向かって来る。それを見たクロウは銃を撃ち注意を自分に逸らすと、ルディが機械人形の視界から外れるように動き、一瞬で背後に回ると連撃を叩き込み、機械人形の体勢を崩す。

 

「はあぁ!」

 

「へ、良い的だぜ!」

 

クロウの撃った弾は、次々に人形へと吸い込まれていき、全く動けない人形はこのままではマズイと感じたのか障壁のようなものを展開し弾を防ぐ。

 

「チッ、アレを何とかしねぇと攻撃がとおらねぇな。」

 

「だったら壊してしまえばいいんですよ。」

 

「斬!」

 

何処からともなく気合の声と共に月輪を思わせる斬撃が出現し、人形の障壁が粉々になると、またしても何処からともなく現れたルディが続けざまに攻撃し、それを援護するようにクロウも銃を撃つ。人形はクロウを放置しては危険だと判断したのか、ルディの攻撃を掻い潜りクロウに急接近し攻撃しようとする。

 

「おいおい、俺ばっか見てていいのかよ?」

 

クロウが人形の後方を指差すとルディが近づき今まさに刃を振り下ろそうとしている所だった。だがもうルディの攻撃は見慣れたのか、人形は背後からの不意打ちも難なく防ぎ、クロウへと一撃を入れようと腕を振りかぶる。

 

「私達だけ警戒してて良いんですか?」

 

ルディのその一言のあと間も無く人形の体は横からの強い衝撃を受け、吹っ飛んだ。

 

「誰も二人しか居ないなんて言ってない。」

 

クロウの前に【二人目】のルディが現れ、吹き飛んだ人形に追い討ちをかけるように回し蹴りを当てると人形は倒れ、動かなくなった。

 

「そこまで!」

 

「かなりいい動きだったわ。」

 

一時的にタッグを組んだ二人は顔を見合わせるとニヤリと顔を綻ばせ、ハイタッチした。

 

 

 

こうしてルディの初めての実技テストは、人形に一度も攻撃をさせることなくクリアするというこれ以上無い結果を出し幕を下ろしたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風と伝承の大地

風が吹き渡り、緑の高原を駆けていく。何処までも広がる大地は来る者を拒むことはなく、ただ受け入れる。ここは風と共に生きる悠久の大地ノルド。はるか昔、ドライケルス大帝が兵を挙げたことで知られる、歴史ある場所でもある。

 

また一つ風が吹き、高原を揺らす。風は吹き止み、草達はまるで休憩時間のように静まり返るが、一部の草花達はまだ揺れ動いている。まるで新たな客人たちを歓迎するかのように揺れる。緑の絨毯を踏みしめ、大地を駆ける4つの影達が居た。

 

赤い服を着た人物達は馬に乗り、大地を駆けていく。リィン、ユーシス、ガイウス、アリサ、エマ、ルディ。今回の班分けはこの間の実技テストの後にサラから発表され、このようなメンバーになった。ややこちらに戦力が偏っている気がしなくもないが、サラなりの考えがあるのだろうと思い、異を唱える者は誰もいなかった。

 

現在彼らはノルドの集落に向けて進んでいる。しかし馬は4頭しか居らず、ルディとエマだけ他の人の後ろに乗る形となっていた。エマはアリサの後ろ、ルディがリィンの後ろだ。

 

「あの、乗りづらかったりしないですか?」

 

「大丈夫だ。ルディこそ大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。」

 

「それにしてもまさか・・・馬に乗れないのがこんな所で響くとは・・・。」

 

「まさか委員長だけでなく、ルディも乗れないとは思わなかったな。」

 

「ほんとうに意外よね。」

 

「馬に乗る機会がなかったんですー・・・。」

 

「ははは。じゃあ今回の実習で乗れるようになるかもしれないぞ?」

 

「どういうことですか?」

 

「ノルドの民は遊牧民だ。風と生き、自然の恵みで生活する。」

 

「その中には馬やひつじなどの動物も含まれている。」

 

「もしかしたら馬に乗る練習が出来るかもしれないってことさ。」

 

「んー・・・。そうですね、時間があればお願いします。」

 

「もし、その気があるなら俺も少し位ならば、手ほどきしてやろう。」

 

Ⅶ組のメンバーは談笑しながら、ガイウスの先導で前に進んでいく。リィンは馬を走らせることに集中していて、後ろのルディが気まずそうな顔をしていることに気づかない。

 

(言わないほうが良いかな・・・馬に乗るより自分で走ったほうが速いなんて・・・。)

 

馬に乗れないのではなく、馬に乗る必要が無い。というのが正しい答えなのだった。

 

「あと少しで集落だ。」

 

ガイウスのその言葉を最後に会話は無くなり、心なしか馬を走らせるスピードも上がっていた。

 

風と伝承の大地は歓迎する。それを肯定するかのように草花達は揺れ動いていた。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

人というのは決して一人で生きていくことは出来ない。人は誰かと協力することでしか生きていく方法が無いのだ。それはどんな世界だろうと同じで、この広い高原の真っ只中にぽつんと存在するノルド民族の集落でもそうだった。誰かが動物の世話や放牧をして、誰かは病を治す薬を作り、誰かが狩りをしてその日の糧を得る。周りの近代化が進んでいく中、ここだけが遥か昔から続く伝統を守って生活している・・・そんな光景をみたⅦ組のメンバーの誰かがこう言った。

 

『まるで別世界だ』と。

 

かなりの数のテントが存在する中、その内の一つのテントからノルドの民の皆が着ている服を羽織った男が、Ⅶ組の前に進み出た。

 

「ただいま、父さん。」

 

「息子よ、良く戻ってきてくれた。」

 

「君達が仕官学院の生徒だな。私はラカン。」

 

「今回の実習中、君達に出す課題をまかされた者だ。」

 

 

 

その後、ラカンのテントで夕食をご馳走になり、もうすっかり夜になっていたのもあってⅦ組の面々は寝床を用意された専用のテントに案内された。案内された場所にあった寝具は意外なことにベッドだ。ガイウスが言うには、『俺たちノルドの民は、あまりベッドで寝る習慣はないが、たまに来る客人用に組み立て式ベッドを用意している。』ということらしい。

 

「明日は朝食の支度が出来れば起こしにくるが、大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。」

 

「遠慮なく起こしに来るがいい。」

 

ガイウスは久しぶりの故郷ということで、実習中は家族達と寝るようだ。ガイウスがテントから出て行った後、全員がベッドに入ったのを確認した後にリィンが明かりを消す。

 

それから間も無く、それぞれのベッドから【4人分】の寝息がきこえ始めた。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

完全に集落が寝静まった頃、集落を出て行く一つの影があった。その者は赤い服を着て、鼻歌混じりに外に出て行く。

 

「んー・・・!やっぱり夜は静かで落ち着きます。」

 

その人物は深呼吸をして夜の冷たい空気を肺に取り込むと背伸びをして、首や肩を動かしながらコキコキと音を鳴らしている。

 

雲に隠れていた月が姿を現し、その人物を淡い月明かりで照らし出す。そこには・・・。

 

 

 

Ⅶ組の制服を着たルディが居た。

 

 

 

走る。登る。落ちる。そのすべてを誰気にすることなく出来るほど雄大な大地を、一人の少女は楽しんでいた。

 

「アハハハ!こんなに自由に動き回れたのなんて久しぶり!」

 

昼は馬の上でただ揺られているだけだったが、今は違う。誰かに見られる心配も無いという事で、彼女は好き放題に動き回っている。三角岩を駆け上り、100mを軽く超えるであろうその岩からほぼ垂直に飛び降りて無傷で着地したり、平原を導力車と見間違うほどのスピードで駆け巡り、通りがかりに魔獣を仕留めたりと、まさにやりたい放題に駆け巡っていた。

 

しかし、彼女はただ走り回るだけではつまらないので、ゴールを決めることにした。彼女が指差した方向には・・・。

 

「監視塔。他とは違って明るいし、良い目印になるかも」

 

そう決めてルディは駆け出す。始めは人並のスピード、徐々にスピードは上がりそのスピードは馬と並ぶ。そのスピードを維持しながら高低差を、棒高跳びのように飛び越したり、宙返りで飛び越したり飽きないように様々な飛び方で進んでいく。しばらく進んでいった頃、もはや彼女のスピードは導力車に迫るスピードになっていた。高低差を無視し、仕舞いには道すらも無視するかのごとく崖の上を駆けながら監視塔を目指す。

 

当然、そんなスピードでさらに普通では出来ないようなショートカットもしている為、南西部の端の方から監視塔まで5分足らずで到着してしまった。彼女はその勢いのまま監視塔のスロープを無視して、垂直に壁を駆け上がって2階部分に侵入して、ようやく停止し、宣言する。

 

「ゴール!」

 

「・・・。」

 

ルディが満足そうに息を吐いて周囲を見ると、目の前で腰を抜かしていた兵士が口をパクパクとさせている姿が目に入る。そして彼女はようやく気づいた。・・・やっちまったと。

 

「お、お嬢ちゃん・・・?」

 

「は、はい・・・?」

 

「今・・・どっから上がってきた・・・?」

 

「え、えーっと・・・。」

 

「俺の見間違いじゃなけりゃ・・・そっちから駆け上がってきた・・・よな?」

 

「そ、そんなわけ無いじゃないですか・・・。」

 

兵士が指し示す方向には階段やハシゴは愚か、ロープすらない。それを見てルディはヤダナー・・・。と棒読み気味に笑ってごまかす。

 

「だ、だよな!?」

 

「そ、そうですよ!」

 

「ナハハハハ!そうだよ、ありえないって!」

 

「そうそう!ありえませんよ!」

 

「だってお嬢ちゃんみたいな子が、導力車みたいなスピードで走ってきたかと思えば、20mはあるこの高台までスロープを無視して垂直で登ってくるなんてありえないっての!」

 

そう言うと兵士は倒れ、気絶する。いつの間にかルディの分け身が兵士の背後に回り、意識を奪っていた。どうやらはしゃぎ過ぎてしまった様だ。

 

(マズイマズイマズイ・・・見られちゃった!?)

 

(こ、こんな事で口封じするのは、私の矜持が許さない・・・。)

 

(そ、そうだ!夢ってことにしちゃいましょう!)

 

ルディは分け身と二人で協力して壁に寄りかかるように地面に座らせて寝かせようとするが・・・。

 

「ん・・・んん?」

 

(ちょっと、起きるの早いですってば!?)

 

「あ、あれ・・・?俺は一体・・・。」

 

(大人しく・・・寝ててください!)

 

「ぐぇ!?」

 

起きかけた兵士をこもり唄で物理的に眠らせると、もう一度分け身と協力して座らせることに成功した。周囲に気配がない事を確認すると、彼女は夜の闇に消えた。

 

 

「おーい、ザッツ。交代の時間だぞ。」

 

「・・・って、なに寝てんだよ・・・。おら、起きろ!」

 

「痛て!痛てて!?なにすんだよロアン!」

 

「お前が勤務中なのに寝てるのが悪いんだろ?」

 

「寝てる・・・?あれ?お嬢ちゃんは・・・?」

 

「お嬢ちゃん?」

 

「あ、ああ・・・。突然向こうの方からすごいスピードで走ってきて、スロープを無視してここまで一気に登って来たんだよ・・・。」

 

「・・・ザッツ。寝るのは勿論ダメだが、どうせ寝るならもっとマシな夢を見たらどうなんだ・・・?」

 

「うーん・・・、夢・・・だったのかねぇ?」

 

 

今日も夜は更けていく。明日はどんな風との出会いがあるのか、それは誰にも分からない。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

高原での課題

Ⅶ組の者達は慣れない時間に起床し、寝ぼけ眼で身支度を進める。朝食の支度が出来たということなのでガイウスが起こしに着てくれたようだ。昨日の夕食を食べたテントに向かう。

 

「このニオイは・・・?」

 

「甘い香りがするわね・・・。」

 

「今日の朝食は妹たちが手伝ってくれたようだ。」

 

「なかなか出来た妹たちのようだな。」

 

Ⅶ組のメンバーがテントに近づくに連れて香ってくる料理の優しいニオイの話題に始まり、ガイウスの妹の話をしながら歩く。1分もかからない移動距離だが、それでも話は弾み、彼らは顔に笑顔を浮かべる。

 

「そういえば・・・ルディさんはどうしたのでしょうか?」

 

「ルディなら集落を見て回っていた所を見つけて、先にテントに向かうように伝えておいた。」

 

「元気ね・・・。わたしはまだちょっと眠いわ。」

 

テントの中に入るとラカン、ファトマ、そしてシーダたちとルディが居た。全員揃うまで食事をしないのが決まりなのか、まだ誰一人食事を始めている者はいない。

 

「おはようございます、みなさん。」

 

夜中に駆け回った疲労など残っていないかのような笑みを浮かべ、Ⅶ組に挨拶をするルディ。それに対して各々あいさつを述べると席に座る。食事がよそられるまでの間、気になったアリサがルディに眠気は無いのかという質問をすると・・・。

 

「眠気は無いです。」

 

「あれ?でも昨夜、どこかに行きませんでしたか?」

 

「実は寝付けなくて・・・。少し外の空気を吸ってました。」

 

「え、でもしばらく戻ってきませんでしたよ?」

 

「ついでに散歩でもしようかと・・・。」

 

「・・・寝たのはいつなの?」

 

エマから始まり、アリサに問い詰められて引け腰になりつつ、ルディが答えた時間は・・・。

 

「1時ぃ!?」

 

「は、はい・・・。」

 

「私達がベッドに入ったのは10時よ!?」

 

「そ、そうでしたっけ・・・?」

 

「それから3時間も散歩してたってこと!?」

 

「そう・・・なります・・・ね?」

 

「はぁ・・・。よくそれで眠くないわね。」

 

「あ、あはは・・・。」

 

騒がしくも食事は進んでいき、食事を終えて食器が片付けられると、ラカンが封筒を取り出す。

 

「あれ・・・。なんだか少ないような・・・。」

 

「ノルドは広い。こんかい初めて訪れた君達にあまり負担をかけない様、午前と午後にわけた。」

 

「つまり、これが午前の分というわけか。」

 

「そういうことだ。昼には一度ここに戻ってきてくれ。昼餉(ひるげ)の後、午後の分を渡すとしよう。」

 

やる気に満ち溢れたⅦ組の面々はラカンに元気な返事を返す。ガイウスが『父さん、行ってくるよ。』と言うと、ラカンは力強く頷き、見送ってくれた。

 

────────────────────────────────────────────

 

最初の課題は流行り病を治療する花の採取だ。ガイウスが言うには黄色い花が目印の草花ということで、全員で手分けして採取していく事にした。リィンとガイウス、アリサとエマ、ユーシスとルディ。それぞれ二人ずつに分かれて効率よく探していた。

 

「黄色い花、黄色い花・・・。」

 

「む、アレではないか?」

 

「あ、確かにそれっぽいです。」

 

「しかしあれでは採取する事はできんな。」

 

ユーシスが指を刺す方向・・・。山から出っ張った場所に生える黄色い花。まさしく彼らが探していたエポナ草と呼ばれる薬草だった。しかし目当ての花は切り立った崖のような場所にある出っ張りに生えていて、とてもではないが人の手で採取する事は不可能だ。

 

「面倒だが、別な花を探すぞ。」

 

「・・・。いえ、行けるかも知れません。」

 

「なに・・・?」

 

ルディが袖の中から暗器を取り出し、扇のように広げたかと思うと、目の前の岩山めがけて投擲した。突然何をしだしたのか困惑するユーシスを放置して、山肌に突き刺さった暗器を足場にして飛び上がっていく。

 

「お、おい!何をして・・・!?」

 

気づけば黄色い花を採取して、したり顔でユーシスを見下ろすルディが崖の上に立っていた。

 

「エポナ草ゲットですね。」

 

「・・・話には聞いていたが、まさかここまで規格外とはな。」

 

「まぁいい。落ち着いて降りくるがいい。」

 

「・・・。」

 

「・・・?どうした。」

 

「いえ・・・。この岩肌に刺さったヤツ、どうしようかと思いまして・・・。」

 

「・・・。」

 

ユーシスが呆れ顔で上を見上げ、思案顔で岩肌に突き刺さる暗器を見るルディ。他のメンバーも花を見つけて無事に5つ採取する事に成功し、その後合流して報告に向かった。

 

「あ、引き抜きながら降りれば・・・。」

 

「間違いなく危険だからやめておけ・・・。」

 

────────────────────────────────────────────

 

その後は監視塔に集落からの荷物を届ける事になっていたが、リィンの後ろに居るルディの顔は微妙な顔をしている。昨夜、監視塔でちょっとした事があったために、自分から向かうのはあまり良い気分ではなかったのだ。それでも実習の課題があるので行かなければならない。あの時に眠らせた(気絶させた)兵士に見つからないことを祈るばかりだ。

 

「ふぁ~・・・。暇だねぇ~。」

 

「すいません、あなたがザッツさんですか?」

 

「いかにも俺がザッツだが。」

 

リィンが話しかけたザッツという兵士。彼の声は昨夜の兵士と同じ声だった。上手く彼が忘れていてくれることを願ってリィンを見守る。荷物を渡すと、どうやら心待ちにしていたようでザッツはとても喜んでいた。

 

「そうだ、せっかく君らも実習でここまで来たわけなんだし・・。よければ見張り台からの景色を見ていかないか?」

 

「いいんですか?」

 

「ああ。ゼクス中将からも便宜を図るように言われているからね、遠慮せずに付いてきてくれ。」

 

「ありがとうございます!」

 

ザッツの後を付いて行くと周囲の岩山と同程度の高さの見張り台に上がらせてもらえた。そこからの景色ははるか遠くの山も見えるが、それと同時に高原に似つかわしくない軍事基地のようなものが遠くに見えた。間違いなく共和国の基地だろう。遠目にしか分からないがいくつか戦車や飛行艇があるようで、こちらに何か動きがあれば即座に対応できるようにしているのは明らかだ。

 

一通り見て気が済んだのか、再びザッツの先導で見張り台から降りていくⅦ組。ザッツからキルテさんへのお返しだという帝国のワインを受け取り、Ⅶ組は見張り台を後にする。

 

「ところでお嬢ちゃん。」

 

誰に向けてでもなくザッツが呼びかけるが、ルディ以外のみんなは聞えなかったのかスタスタと歩いていってしまう。仕方なく彼女は立ち止まると、ザッツに向き直った。

 

「なんでしょうか?」

 

この兵士は間違いなく覚えている。そうルディは確信してどう誤魔化すかを考えていると、兵士はニヤリと笑って口を開いた。

 

「あんまし夜更かしすんなよ?」

 

自分の能力や素性などを聞かれると思って身構えていたルディは驚いた。この兵士は黙っていてくれるようで、『ほら、置いてかれるぞ?』と何食わぬ顔で言う。そんなザッツに対して『あなたが引きとめたんじゃないですか・・・。』と憎まれ口を叩いて監視塔を後にする。

 

ルディがみんなに追いつくと既に馬に乗っていて、彼女を待っていてくれたようだ。

 

「よし、全員揃ったな。」

 

「遅れて申し訳ないです。」

 

「大丈夫よ、別に時間に余裕がないわけじゃないし。」

 

「ああ、昼までにはまだ時間がある。問題ない。」

 

「次はゼンダー門のゼクス中将の課題だったな。」

 

ルディがリィンの後ろに乗ると、すぐにⅦ組のメンバーはゼンダー門に向かって馬を走らせる。その後ゼクス中将に話を聞きに行ったのだが、気づけば手配魔獣が消えていて影も形もなかったそうだ。このままでは危険と判断したゼクス中将はⅦ組に魔獣の捜索と討伐を依頼したが・・・。

 

「あの・・・。」

 

「む、何か質問かね?」

 

「それって魚のような魔獣ですか・・・?」

 

「そのとおり。電気を操り、周囲に放電現象を起こす危険な魔獣だ。」

 

「・・・えっと。昨日、私が倒してしまったかもしれません・・・。」

 

ルディの挙手から始まり、空気が凍りつくような爆弾発言が飛び出す。全員が、は?と言うような顔でルディを見つめる中、彼女は昨日の散歩をしている最中に放電する魔獣と戦ったと言う。そしてそれは大きな魚のような魔獣だったようだ。

 

「ふむ・・・。」

 

ゼクス中将はⅦ組のメンバーを改めて見渡し、こう言った。

 

 

「諸君は全員が同じくらいの強さなのかね?」

 

『違います!』

 

 

原因を作った当事者を除く、全員の心が一つとなった瞬間であった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

動き出した事態

その日の夜、導力車が激突した騒ぎを解決したⅦ組へのお礼と歓迎も兼ねて長老の家で夕食をご馳走してもらうことになった。キジ肉の串焼き、香草とにがトマトのスープ、玉ねぎとポテトのサラダ、トマトリゾット、などの豪華な料理がⅦ組の前に出てきて、一日の半分をノルド高原の広い大地を駆け巡って、疲労した彼らにはあまりにも魅力的すぎたのか、手を止めるものは誰一人としていない。いつしかテーブルの上から皿が片付けられ、ハーブティーだけが残った。

 

その後、彼らは思い思いに過ごしていた。会話するもの、夜風を浴びに行くもの、そして散歩に出歩くもの。

 

ルディは食事はそこそこにハーブティーを飲んだ後、散歩に出た。仲間には近場に居ると言って出てきたが、当然その辺をうろついて終わるような彼女ではない。今日はどの辺を散策しようかと歩きながら考える彼女。その顔は悪戯好きな少女の顔だった。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

彼女が立っているのは監視塔の前、もちろん堂々と立っているわけではなく岩陰に隠れている。前回は見つかってしまったが、今回は誰にも見つからずに侵入し、昼間の兵士に一泡吹かせるのが目的だ。ルディがいつものように月光蝶を発動させ、その体を透明へと変えると、ゆっくりと歩き出した。

 

(前回は、はしゃぎすぎて見つかってしまったけど、今度はそうは行かないです。)

 

歩哨する兵士の脇を通り、例の兵士を探す。まずは食堂に行くが、兵士が二人ほど休憩しているだけで目的の人物は居ない。この施設は休憩所と食堂が同じ場所にあるので、他に探す場所といえば見張り台しかないだろう。見張り台の入り口は兵士によって見張られている。登るとしたら外側からだ。幸いでっぱりと呼べるようなモノが多数見られるので、暗器は使わなくても良いだろう。ルディは音もなく塔を上り始めた。

 

「ふあ~・・・。眠いぜ・・・。」

 

登っている最中に眠そうな兵士の独り言が聞えてくる。その声は間違いなく昨夜、そして昼間見た彼だ。

 

(こんな腑抜けきった兵士に不覚を取るとは・・・私もまだまだです。)

 

様子を窺っていると、聞いた事のない声が聞えてくる。腑抜けたザッツを咎めるような発言が見られることから、軍が腑抜けているわけではなく、ザッツが特別やる気がないだけのようだ。

 

「こんな辺境で戦争なんか起こるわけねぇって。」

 

「慢心するなといつも言っているだろう?」

 

「へーい。じゃ、もう休憩に入らせてもらうぜ。」

 

「まったく・・・。ああ、いいぞ。」

 

(交代の時間・・・。もう少し早く来れば簡単に仕事できたわけですか。)

 

彼女にとっては遊びであり、その遊びであまり本気を出すのも面倒だと、内心でため息を吐いて、もう帰ろうかと思い下りようとした時、異変は起きた。

 

「お、おい・・・!共和国の基地、煙上がってるぞ!?」

 

「軍が動いたのか!?」

 

「馬鹿な・・・そんな連絡は受けてない!」

 

(確かに火が見える・・・。でもわざわざこの地で戦争を始める理由は・・・?)

 

上の二人が慌てている中、ルディが考えていると突如として見張り台が大きく揺れる。

 

「うおお!?」

 

「て、敵襲か!?」

 

(チッ!)

 

爆発音が当たりに響き渡り、建物が大きく揺れたせいでルディは吹き飛ばされた。しかし、落ちてたまるかと彼女はカギ爪のフックが先についている縄を投擲し、建物に引っ掛けて何とか体勢を立て直した。

 

(誰だか知らないが無茶をする・・・!)

 

そして今度はハッキリと、何かが落ちてくる音を聞いた。

 

「お、おいおいおい!?」

 

「ああ、女神よ・・・!」

 

(このままだとこちらまで被害を被るか・・・仕方ないですね・・・!)

 

彼女は上に駆け上がり、音の発生源を見つけると、暗器を投げつけて砲弾を強制的に爆発させる。その後の追撃を警戒してさらに暗器を取り出して構えている。

 

「お、お嬢ちゃん!?」

 

「き、君は仕官学院の・・・!」

 

「話は後で!今は襲撃への対処を!」

 

「!そ、そうだ、ザッツは連絡を!」

 

「任せろ!」

 

ロアンが見張りを引き受け、ザッツは襲撃の知らせをする。ザッツが見張り台に取り付けられた無線で施設内に連絡している中、ロアンとルディの二人で闇の中に目を凝らす。

 

「敵はどこだ・・・?」

 

「少なくとも周辺には居ないようですね。」

 

「よし、連絡した!もうじきここは厳戒態勢が引かれる!」

 

「ではここの守りはお任せします。」

 

「君はどうするんだ?」

 

「私は襲撃の犯人を捜してみます。」

 

「あ、おい!待つんだ!」

 

ルディは静止の声を無視して見張り台から飛び降りて、壁を蹴り一気に最大スピードまで加速する。その様子を上から見ていたザッツとロアンは唖然とした表情でその光景を見ているのだった。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

─帝国の某所─

 

 

 

通路にコツコツという硬質なブーツの音が響く。その足取りは規則正しく、一分の迷いも無い。しばらく歩いていると、突然その規則正しく響いていた靴音は鳴り止む。その人物の靴音のみが支配していた空間が静寂に包まれるその様子は、まるでそこの空間だけが凍りついてしまっているようだ。少し遅れて軽めの足音が聞え始め、空間の氷結が溶け始めると、そこに現れたのは白いスーツに身を包んだ少女だった。

 

「ただいまクレアー!」

 

「おかえりなさい、ミリアムちゃん。」

 

「調査の方はどうでしたか?」

 

「うん、やっぱりクレアの読み通りだったよ。」

 

「ケルディックの事件はそいつらがやった可能性が高いね。」

 

「そうですか・・・。」

 

「これからオジサンに報告?」

 

「ええ、今から閣下の所にお伺いしようと思っていました。」

 

「じゃあ一緒にいこ!」

 

「ふふ、わかりました。」

 

 

歩き出したミリアムを追う様に少し遅れて歩き出すクレア。しかしその目は鋭く、いまだ姿現さぬ敵へと向けられていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

共同戦線、再び

朝日が昇り始め、うっすらとあたりが明るくなったノルド高原。ストーンサークルのような建造物がたつ高台で、赤い服をきた少女は昨晩の襲撃について考えていた。

 

(襲撃の規模がどれほど小さくとも、襲われれば襲撃。)

 

(でも、それにしたって、昨夜の襲撃はあまりにも規模が小さすぎる。)

 

彼女が考えている通り、夜間に襲撃を受けたにも関わらず、建物が少しばかり爆破された程度で、実質被害はほぼ0だ。襲撃をするにしてもこれでは被害が少なすぎるだろう。彼女はなにか違和感を感じていた。

 

(・・・共和国の仕業と考えるのが妥当です。)

 

(が、だとすれば大きな問題が残ってしまう・・・。)

 

(共和国の基地から昇っていた煙。共和国側も襲われていたと見て良いはず。)

 

(つまり、帝国側とほぼ同時に襲撃された・・・?)

 

そう、彼女が感じている違和感。それはほぼ同時刻に両国の基地ないし、建物が襲われたという事。帝国側からすれば、共和国の仕業と考え、共和国側からしたら帝国の襲撃と考える。まだそういった空気はないが、じきにあたりを軍用機が飛び始めるだろう。

 

(帝国と共和国・・・どちらが襲撃を実行してもデメリットばかり・・・。)

 

(ならば、コレを実行した人物はどちらの国にも属さない者でしょうか?)

 

「ねーねー!」

 

(猟兵に暗殺者・・・はたまた軍の離反者なのか・・・。)

 

(どちらかの国に何か、良くない思いを持っている人物なのは間違いないですね。)

 

「ねーったら!」

 

「・・・あーもう!何ですか、人が考え事をしている時・・・に・・・?」

 

「あ、良かった反応してくれた!あのさ、この辺で怪しい・・・?」

 

 

『あー!?』

 

 

いつの間にか後ろに居た人物を見て、ルディが驚きのあまり口を手で覆う。そして後ろに居た人物には指を差されて驚かれる。彼女の後ろに居たのは変わった人形兵器を操る、いつぞやの少女だった。

 

「久しぶりだねー!」

 

「そうですね、約一ヶ月ぶりです。」

 

「その服、最近になってから設立されたっていう、特化クラスの服でしょ?」

 

「ええ、そこそこ楽しくやらせてもらってます。」

 

「ということは、今Ⅶ組が来てるんだね!」

 

「彼らはまだ、ノルドの集落で寝ている時間ですね。」

 

「まだ薄暗いからね、かく言う僕もまだ眠いよ・・・。」

 

「安らかに眠らせてあげましょうか?」

 

「大丈夫、もう目が覚めたから!だから武器をしまって!?」

 

「残念です・・・。」

 

「こっちは堪ったもんじゃないよもう・・・。そういえば、昨日監視塔が襲われたのは知ってる?」

 

「ええ、というかその場に居ましたし。」

 

「え・・・?じゃあ、君が犯人?」

 

「怪しさの欠片もない私がですか?」

 

「僕から見ても、クレアから見ても、レクターから見ても、怪しさしかないんだけど・・・。」

 

「酷い言われ様です・・・。レクターという人は知りませんけど」

 

「ねぇ、襲われた時の話、詳しく教えてよ!」

 

「はぁ・・・構いませんが。」

 

自分が塔に居た理由、襲撃されたおおよその時間、その時に共和国基地も煙が上がっていた事。彼女は知っている限りを話す。煙の件は別に隠しても良かったが、仮にもルディの目の前にいるのは領邦軍の砦に単身で乗り込むような少女。自分が話さなくてもいずれはその違和感にたどり着くだろう。ならば後でなぜ話さなかった?と疑われるよりは、大人しく話しておいたほうが面倒がない。

 

「共和国の基地からも煙が上がっていたって、つまり同時に襲われたって事?」

 

「可能性の話です。煙を見ただけ。」

 

「つまり、車両の整備に失敗したか、料理に失敗して爆発したかも分からないのですよ。」

 

「それとも、共和国側が襲われていると見せかけたか・・・だね。」

 

「ノルド高原で戦争をして共和国に何かいい事があるんでしょうか?」

 

「さぁね~。君は共和国出身でしょ?何か知らないの?」

 

「耳が早いですね。確かに共和国出身ですけど、特にそういった情報は入ってないかな。」

 

「そっか~。何か良い情報でもあればよかったんだけど。」

 

「まぁいいや!ありがとねー!」

 

「ストップ。わざわざ現地に来たくらいだから、これから犯人探しするんでしょう?」

 

「私も連れて行ってくださいな。」

 

「いいけど、なんで?」

 

仕事(いたずら)の邪魔をした人物に、仕返ししないと気が済まない。」

 

影のある笑顔を浮かべたルディ。その笑顔は周囲の空気を凍らせ、少女の首を縦に振らせるには十分な威圧感だった。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

「それであそこに砲弾が飛んできたわけだね。」

 

「その通り。その場には兵士が二人いたはずなので、信用できなければ彼らに聞いてください。」

 

「いいよ、見つかるとめんどくさいし。着弾地点的にも砲弾はあっちの方向から来たと見て間違いないね。」

 

「ええ、確かにそっち方向からでした。」

 

「じゃあ行ってみよっか!ガーちゃん!」

 

監視塔の外から着弾痕を見て、即座に砲撃方向を割り出した彼女はアガートラムに乗って、砲撃をしたであろう場所を探し出す。ルディもその並外れた身体能力で地形を無視するように進む。しばらく進むと目立たない高台に迫撃砲が置かれているのを発見した。

 

「うわー・・・明らかに不自然な物が置かれてるね。」

 

「使ってそのまま。しかも隠す努力すらしていない。・・・明らかに素人ですね。」

 

「メーカーはラインフォルト。ってことは帝国側で準備されたんだね。」

 

「見た所あまり手入れがされてませんね、昨日の今日で用意されたものではないでしょう。」

 

「ということは、もう使われていない旧式ってとこかな。」

 

「砲の下に生えた草。僅かですが、焦げたあとが見られます。火薬を使うタイプかな。」

 

「旧式の迫撃砲、火薬を使う兵器・・・ねぇ。」

 

「ひとつだけ・・・当てはまりそうな職がありましたね?」

 

「でも、それにしてはやってる事がセコイなぁ~。」

 

「たぶん、はぐれ者の集まりでしょうね。」

 

「何となく犯人像が見えてきた気がするね。」

 

「後は居場所を見つけて仕留めるだけです。」

 

「じゃあ探しに行こう!手分けして探したほうが早いかな?」

 

「それなんですが・・・。昨晩からずっと南高原を探していますけど、それらしい場所がなかったんです。」

 

「夜に探したんでしょ?ちゃんと見えてたの?」

 

「私は夜目が効くように訓練しているので、昼間同然のように見えますよ?」

 

「夜に目が見えないと仕事に支障が出るとか?」

 

「さて、何の事やらわかりませんね。」

 

「ふーん。ま、いいや。じゃあ北側を手分けして探そう!」

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

手分けして北側を探すことにした二人は、北高原の右側と左側に分かれて探すことになった。白い少女は左を担当し、ルディは右を担当することになり、白い少女はアガートラムに乗って、隅々まで探索していた。

 

「といっても、北側はほぼ隠れる場所なんて無いんだけどね。」

 

ノルド高原の北は南高原と違って起伏が少ないため、隠れられるような高台も穴も、全くといって良いほど存在しない。そのため彼女は湖、ラクリマ湖畔へと向かっていた。湖畔には一人の老人が別荘を立てて余生を過ごしている以外は、何の特徴もない。しいて特徴を挙げるなら釣りスポットとして有名という点だろうか。しかし、それは一般人にとっての特徴。彼女のような情報収集を主な任務としている者にとっては、やや注目すべき特徴がある。

 

「たしかラインフォルトの元会長がいるんだっけ。」

 

「あのおじいちゃんを人質に取って、隠れてるとかじゃないと良いけど。」

 

そう。その余生を過ごしている老人というのが、RFグループの総括、その元会長なのだ。といっても世間ではあまり知られておらず、知る人ぞ知る情報だが。当然彼女もそれは知っていたので、まずラクリマ湖畔に向かう事にしたのだ。

 

「もしそうだったら面倒だなぁ。間違っておじいちゃんをコロシでもしたら、クレアに怒られちゃうよ・・・。」

 

隠居しているとは言え、元会長。それもRFの初代会長だ。RF創立から今に至るまで、そしてこれからも帝国の発展に貢献してきた大企業。その初代会長を死なせてしまうのは、帝国の威信を地の底まで落とす事件になりかねない。それだけは絶対に避けなければならないのだ。

 

「タダでさえ共和国とのにらみ合いが続いてるのに、有名人のおじいちゃんが居るんだもんねぇ。」

 

「ホントに面倒なところで騒ぎを起こしてくれたもんだよ。」

 

アガートラムが地面に近づいて彼女はその手から降りると、トントントン。という音を立てて階段をゆっくりと上っていく。扉に耳を当てて、中の音を拾おうとするが、物音ひとつしないのを確認し、念のためアガートラムにも中に反応が無いかを確認する。

 

「ガーちゃん、中に誰か居る?」

 

電子音を鳴らしながら彼女の問いに答える。少女は頷いた後、扉を開けようとするが、鍵がかかっているようで扉はビクともしない。しかたなく、扉の金具の部分にアガートラムのレーザーを照射し、焼き切ると扉を手で押して部屋の中に押し倒した。

 

「分かってたけど、やっぱり誰も居ないね。」

 

「誰かに荒らされた形跡も無し・・・と。」

 

「うーん、鍵も掛かってたし、こっちはハズレみたいだね。」

 

頬をかきながら、心の中で家主の老人に扉を壊してしまった謝罪をすると、彼女は外に出た。

 

「あと隠れられそうな所と言えば、あの子が探してる方にある洞窟かな?」

 

いつものように一人で活動している時ならば直ぐに動くところだが、今回は二人で事件を調査している。彼女は自分と同じかそれ以上に優秀な隠密だ。自分が行かずとも、犯人を見つけ出すだろう。その時は見つけた方が、もう片方に連絡をする手筈になっている。

 

「お互い名前も知らないのに、良く協力出来るもんだよね。」

 

お互いに名前を言わないのは当然だろう。二人は世間にあまり顔出しできない、言わば裏家業の人間なのだ。少女は協力してくれている彼女の職業すら分かっていない。一応調べては見たのだが、何の変哲も無い一般家庭に住む少女、ルディ・マオ。という調査結果だったのだ。それでも違うと思うのは、彼女の身体能力が常軌を逸していたこと。そして東方の武術で気と呼ばれる物を使っていたからだ。

 

「絶対に名のある暗殺者とかだと思うんだけど・・・。」

 

しかしそんな有名人の中に、【ルディ・マオ】という名前は存在しない。では彼女は何者なのだろうか。まだ少女は彼女の名前しか知らないが、少女には分かっていた。

 

「たぶん、そこまで悪い人じゃないよね。」

 

彼女の事を思い出し、どこか自分と似た部分を感じながらも湖を見ていると、ARCUSが着信音を伝える。

 

「もしもし~?」

 

『私です。やつらの隠れ家を見つけました。』

 

「お~やるね!それで、どこだった?」

 

『北北東に存在する洞窟内に潜伏しているようです。』

 

「やっぱあそこか~。」

 

『分かっていた様子ですね?』

 

「こっちに居なかったから、そっちかなって思ってたんだ。」

 

「それでどうする?」

 

『一度合流しましょう。私はやつらに仕返しが出来れば良いですが・・・。』

 

『あなたはそうも行かないでしょう?』

 

「良いの?こっちの都合に合わせてもらっちゃっても。」

 

『ええ。私は趣味で、あなたは仕事。重要な方を優先するのが基本です。』

 

『オーロックス砦でもそうだったでしょう?』

 

「そういえばそうだったね。それじゃ、南高原の石の柱がある高台に集合で良い?」

 

『はい、すぐに向かいます。』

 

通話を切り、ARCUSを懐に仕舞うと、彼女はアガートラムに乗って空に飛び上がり、集合場所の南高原へ向かう。合流したら自己紹介をしよう。そう心に決めて。

 

 

 

 

【???とルディの絆がLv2になりました】

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

【特別】実技試験


申し訳ありません、注意書きを忘れていました。

今回は会話が多いために、誰が何を言っているのか分かりづらい!という状態を回避するため、【会話に参加する人数が多い時】【セリフが重なった時】【アーツ発動時】の時だけ台本形式と呼ばれる方式を導入してみました。

これからもそのような場面があるならば、逐一使用していくつもりです。


昨夜の事件が発覚してから、ノルド高原の雰囲気は消え去り、空は戦闘用の飛行艇がときおり飛んでいる。そんな中ノルドの南高原、そのほぼ中央に位置する高台で二人の少女が話していた。もちろん、のん気にピクニックなどをしているような感じではない。

 

「・・・と言うわけです。」

 

「6人かー、数はそこまで多くないんだね。」

 

「数自体はそうでもないですけど、捕まえるとなると・・・。」

 

「ルディが頑張ればいけるんじゃない?」

 

「息の根を止めるのは得意ですが、手加減しつつ捕まえるのは苦手なんですよ。」

 

「それこそ、捕まえる技術ならミリアムと同じくらいだと思いますよ?」

 

「じゃあどうしよっか~・・・。」

 

「どこかに手伝ってくれそうな人材、都合よく居ないでしょうか・・・。」

 

「そんな都合よく居る訳ないジャン・・・。」

 

「・・・いえ、居ました。」

 

「どこに?」

 

「あそこに。」

 

ルディが指差した方向には、馬で駆け、こちらに向かってくるⅦ組のメンバーが居た。

 

「あちゃー・・・。見られてたかな?」

 

「こんな見晴らしの良い場所に真っ直ぐ来たのでは、見つかるに決まっているでしょう・・・。」

 

呆れたルディは月光蝶を使うと、その場から一旦姿を消す。少しして、また現れたときには黒い服に着替えていた。

 

「はじめて会った時の服だね。でもなんで着替えたの?」

 

「彼らと行動してる分け身の私が居まして、見つかるとアリサさんに怒られます・・・。」

 

「それだけ!?」

 

「アリサさんは怒ると怖いんですよ!?」

 

目の前にいる素性不明の不審者は、彼女より弱いであろう少女に気後れしているのか・・・。そう、ミリアムは思わずに居られなかったのだった。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

Ⅶ組のメンバーは高台に上がると、白いスーツに身を包んだ少女と、黒い装束に身を包んだ二人組が彼らを出迎える。

 

ミリアム「僕になにか用?」

 

リィン「昨晩、この高原で襲撃事件があってね。調査中に怪しい飛行物があったから追ってきたんだ。」

 

ミリアム「ああ、あの襲撃ね。」

 

リィン「知っているなら話が早いな、少し話を聞かせてもらえないか?」

 

ミリアム「もしかして・・・僕を疑ってるの?」

 

アリサ「調査中に謎の小型飛行物体が現れれば、疑われるに決まってるでしょ?」

 

ユーシス「それに、貴様の姿はバリアハートでも見たのでな。」

 

ミリアム「あちゃー、あれか。」

 

ルディ「私はその時居なかったので見てませんね(本当は見たけど)。」

 

ガイウス「そちらの者からは敵意は感じない。だが良くない風を感じるな。」

 

黒装束「良くない風。黒い風、といった所か?」

 

エマ「・・・。」

 

黒装束「ふふ、そう睨んでくれるな。お前達と事を構えるつもりは無い。」

 

黒装束「少なくとも私は、な。」

 

ミリアム「ちょっと、まるで僕が犯人みたいな言い方しないでよ!」

 

リィン「・・・そろそろ話を聞かせてもらえないか?」

 

ミリアム「んー・・・別にいいよ?」

 

ミリアム「ただし!今回はちょっと危ないから、君達の力を試させてもらうね!」

 

白い少女が謎の物体を出現させて、いつでも戦闘できるように構えを取ると、彼女は自分の素性を明かした。

 

ミリアム「僕はミリアム・オライオン!それでこっちはアガートラムのガーちゃん!」

 

ミリアム「君達の力、見せてもらうよ!」

 

リィン「くっ!」

 

しかし戦闘は始まらない。なぜなら全員が戦闘態勢だと言うのに、ただ一人。武器も構えずに腕を組んで石の柱に寄りかかっていたからだ。

 

ミリアム「ちょっと・・・君も戦ってよ!?」

 

黒装束「何故私まで・・・。」

 

ミリアム「もー、ノリ悪いなぁ!」

 

黒装束「チッ・・・。わかった、私の名は・・・まぁ(ユエ)とでも呼んでくれ。」

 

月と名乗った人物は背中に背負っていた刀を抜き放ち、Ⅶ組に立ちはだかる。

 

ミリアム「それじゃ、気を取り直して。」

 

月「お前達の力・・・見せてみろ!」

 

リィン「くるぞ!」

 

ルディ「気をつけてください・・・あの二人強いです!」

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

「せーのドッカーン!」

 

「ぐっ!なんと重い一撃だ・・・。」

 

最初の一撃はミリアムのアガートラムが繰り出すパンチ。しかしその一撃は咄嗟に防御したガイウスを後ろにおし戻すほどのパワーを持っていた。体勢を崩したガイウスをサポートするようにアリサが矢を放つ。しかしそれはミリアムの前に現れた月によって切り払われてしまった。

 

「ただ矢を射るだけでは当たらんぞ?」

 

「そんな・・・矢を斬るなんて!」

 

「実体があれば打ち返すことも可能なのだが・・・。」

 

「どう考えても人間やめてるわよ!?」

 

そんな会話の最中も戦闘は進んでいく。ルディが月の上から暗器と小太刀で一撃を加えようと強襲する。しかしそれはまるで来る事が分かっていたかのように弾き返され、ルディは吹き飛ばされる。

 

「チャンスと思ったのですが・・・。」

 

「ふふ、そうだ。相手が会話中であろうと襲いに来い。」

 

「隙だらけだ!」

 

月の言葉を聞いてか聞かずか、ユーシスがいつの間にか月の背後に接近し、刺突を繰り出す。

 

「っ!なんだと!?」

 

「ふふーん、僕も居ることを忘れちゃダメだよ?」

 

だがそれは急いでフォローに回ったミリアムの謎の障壁に阻まれる。そしてお返しとばかりにアガートラムが地面を殴り、地面を揺らす。ほんの一瞬とはいえ小規模の地震によって動きを止めてしまったⅦ組。その隙を逃す月ではなく、すかさず闘気を高め、およそ普通の人間が耐えられないであろう一撃を放った。

 

「飛べ、飛燕剣!」

 

放たれた斬撃はⅦ組を両断せんと、真っ直ぐに彼らに向かう。それに対し、一番に動けるようになったリィン。僅かに遅れてガイウスが迎撃するためにクラフトをほぼ同時に放った。

 

「ハアアア・・・せいや!」

 

「ムン!」

 

気を乗せた斬撃と風の槍。ふたつのクラフトを受けてようやく止まり、月の放った斬撃は霧散。その場で消滅した。

 

「なるほど、この程度ならば対応できる・・・か。」

 

「二ノ型、疾風!」

 

「む?」

 

高速の縮地と同時に放たれる一撃。月は少し驚きながらも冷静に攻撃を見極め、受け流す。次々と放たれる互いの剣、隙を突く一撃。そのどれもが鋭い角度で放たれ、向かい合う二人は相手を一閃しようと剣を交差させる。

 

「良い動きだ、だがその程度か?」

 

「く、せいや!」

 

「オマケです!」

 

敵わないと見たリィンが後ろに下がりながらクラフト・孤影斬を放ち、ルディは暗器をいくつも投げる。当然、そんな物に当たってやるほどノロマではない月は悠々と避けるが、下がったリィンの後ろでアーツを紡ぐエマとアリサが居た。

 

「なら、アーツならどう?」

 

アリサ「ヴォルカンレイン!」

 

エマ「グリムバタフライ!」

 

二つの強力なアーツがミリアムと月を飲み込もうと、エマとアリサの二人から解き放たれる。このままでは二人は無事ではすまないだろう。

 

もちろん、そのまま甘んじて攻撃を受ければの話だが。

 

「ガーちゃん!ハンマー!」

 

「舞うは闇、詠うは月。眠れ・・・夜に惑う者よ・・・。」

 

ミリアム「それー!」

 

月「夢月!」

 

二人は大技を解放し、それぞれのアーツに対応していく。ミリアムは巨大なハンマーへと変形させたアガートラムを振り回して黒い蝶を吹き飛ばし、月は上空から降ってくる炎の塊の雨に向かって肉薄して、一つ一つを丁寧に、しかし目視すら困難なスピードでコマ斬れにして行く。

 

そして最後に炎を散らすように大きく太刀を振るうと、すべての炎は霧散した。

 

一人は巨大なハンマーをまるで釣竿を持つような気楽さで肩に担ぎながら、もう一人は太刀を鞘に戻しまるで呆れたようなポーズを取りながら口を開く。

 

ミリアム&月「終わり(か)?」

 

Ⅶ組の全ての攻撃を防ぎ、対処し、アーツすら跳ね除けた強敵たちを前に、彼らは絶望しない。だがこの二人に勝てるかと聞かれると、誰もが首を横に振るだろう。

 

今までに出会った事すらない絶対的強者との邂逅。Ⅶ組全員が冷や汗をかき、頭をフル回転させ考える。どうすれば勝てるかを・・・。

 

 

強者である二人は、まるで悪戯が成功した子供のようにニヤリとした笑みをたたえていた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝国に潜む闇



大変お待たせしました(´・ω・`)




Ⅶ組は月とミリアムの二人が行う特別実技試験のような物にみごと合格し、ミリアムの先導で封鎖された採石場にたどり着いた。周囲は放置された石柱や、大きな岩が無造作に転がっていて長らく人の手が入っていないことが窺える。

 

 

ミリアム「ここだよ!」

 

ガイウス「ここは石切り場だな。」

 

リィン「石切り場?」

 

ガイウス「ああ。その昔、ここでは良質な石が取れたが、今では採石など行われていない。」

 

ガイウス「伝承で悪しき精霊(ジン)と呼ばれる存在が現れたからだ。」

 

エマ「悪しき精霊・・・ですか?」

 

ガイウス「そうだ。そして二度とやつが現れないよう、この石切り場に封印された。そう言い伝えられている。」

 

アリサ「もう遺跡じゃないそれ・・・。」

 

ユーシス「そして今、その遺跡に入ろうとしているというわけか。」

 

ルディ「中の犯人達が少し心配になってきますね・・・。」

 

ミリアム「生かして捕まえないと証拠になんないもんねー・・・。」

 

リィン「そういえば・・・、月が見当たらないな。」

 

アリサ「先に行っているという話だったわね。」

 

ミリアム「犯人を捕まえるために別行動を取るんだってさ。」

 

ユーシス「ふん、我々に面倒なことを押し付けて逃げたのではないか?」

 

ルディ「あ、あはは・・・流石にそれは・・・。」

 

ミリアム「そうそう、それは無いね。」

 

ミリアム「あの子は見た目こそ怪しいけど、やることはやってくれるよ。」

 

ユーシス「・・・ふん、だといいがな。」

 

リィン「二人は仲間なのか?」

 

ミリアム「仲間っていうか・・・うーん、仲間なのかなぁ?」

 

アリサ「なんでそこで言い淀んでるのよ・・・。」

 

ミリアム「だって良くわかんないんだもん・・・。」

 

 

二人の関係を聞かれて、答えに困っているミリアム。それを見て困惑する者、呆れかえる者。ルディは・・・。

 

 

(仲間・・・ね。たしかに仲間って言えるような関係でもない。)

 

(でも仲間じゃないって断言できるような関係でもない・・・。)

 

ルディ「・・・変な感じ。」

 

 

何一つ接点が無い二人の隠密。二人の間には本人達も気づかないほど、しかし確かに小さな線が生まれ始めていた。

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

同時刻、月は高所からその様子を眺めていた。

 

 

(すまないが、私は別にやることがあるのでね・・・。)

 

(アレ(ミリアム)が居ればとくに苦戦する事もあるまい。)

 

 

彼らが突入したのを確認すると行動を開始、犯人達の逃走経路に使われそうな場所がないか調べていく。

 

 

(使われるとすれば恐らく・・・。)

 

 

石切り場の裏手に空いている洞穴。月はここから直に進入し、犯人達を発見したのだ。だが自らの目で確認したわけではなく、壁越しに犯人らしき人物達の会話を聞いただけで、その洞穴は行き止まりだったのだ。

 

 

(声が聞えてくるという事は、あまり分厚くはないのだろうが・・・。)

 

 

壁の厚さを調べるようにコツコツと手で叩いていた月だったが、何かに気づいたのか同じ壁の別々な箇所を叩きくらべ始める。

 

 

(この壁、ダミーか・・・!)

 

 

月が壁についている土塊を取り除いていくと、人工的な壁が現れた。今度は壁の強度を調べるかのようにトントン、とノックするかのように慎重に叩く。

 

 

(・・・叩き割るなどは無理だが、少量の爆薬で吹き飛ばすなどは可能だろうな。)

 

(行き止まりに偽装された人工の壁。他に人が通れそうな幅の穴などもなかった。)

 

(十中八九、ここから脱出をしてくるはずだ。ならば私はこちら側で待機し、確実に仕留めさせてもらうとしよう。)

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

 

石切り場・最奥部

 

 

 

「ぐっ・・・なんだこのガキ共・・・!?」

 

「信じられん強さだ・・・!」

 

 

突入からわずか十数分で最深部までたどり着き、今回の事件を起こした犯人である猟兵たちを素早く制圧した。電撃作戦のような素早い作戦行動などしたことがないⅦ組のメンバーだが、彼らは素早い行動を心がけたわけでもなく、一人一人が恐ろしく強いわけでもない。ARCUSによる連携で敵を圧倒、制圧したのだ。

 

猟兵とは連携による攻撃、待ち伏せやトラップによる搦め手を得意とするが、連携とは通常、目で見てから動くのに対し、ARCUSによる連携は目で確認するより数瞬はやく動く。連携の精度で負けるならば搦め手で相手のペースを乱せばいいが、今回の猟兵はどうやらそこまで思い至らなかったのか、それとも帰り道に自分たちでトラップを解除する面倒を嫌ったのか・・・定かではないが、この猟兵たちが一流とは程遠い【猟兵くずれ】というのは間違いないだろう。

 

 

G「ふむ、何者かの邪魔が入るのは想定内だが・・・まさかこれほど苦戦させられるとは。」

 

リィン「大人しく来てもらうぞ・・・!」

 

G「それは出来ないな。私にはまだやるべき使命が残っている。」

 

 

猟兵を雇い、両国の戦争をこの地で引き起こそうと企んだG-ギデオンと名乗った学者風の男。たよりの猟兵も破れ、自身の力も大したものではないであろうに、未だ余裕を崩さない。なぜか?それはたった今、男が懐から取り出した怪しい笛に理由がある。

 

その笛は怪しい気を放ち、人が忌避するような気運を纏っている。笛の産まれや製作者、詳しい効果などもまだ解明されていない呪物。それはとある者達からアーティファクト・・・そう呼ばれている。当然、そんな呪物がただの笛であるはずがなく、男はその理解不能な破滅の笛に息を吹き込こみ・・・。

 

 

悪魔の旋律を奏でた。

 

 

辺りは恐ろしいほどの静寂に包まれ、何が起きるのか周囲を警戒するⅦ組。音色が響き渡って少ししたころ、それは起こった。

 

カサカサ・・・。という何かが這い寄る音。体の芯から凍りつくような鳴き声。それらの音はどんどん大きくなり、周囲に響く恐怖の音色と化した。いつまでこの地獄が続くのかと、誰もが思った頃・・・その音の主は現れた。

 

 

シャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!

 

 

巨大なクモ。一言で言うならばそれに尽きる。体色は青く、口からのぞく牙からは毒が滴り、目は赤く発光している。クモは眠りを妨げられた怒り、何百年か振りに眠りから覚めた空腹とで凶暴性が増しているようだ。

 

 

ガイウス「まさか・・・悪しき精霊!?」

 

ユーシス「チッ!面倒そうなやつが出たものだ・・・!」

 

 

クモは突然の出来事に頭が真っ白になっている猟兵に近づき、その猟兵をあっさりと丸呑みした。

 

 

「う、うわあああああ!?」

 

「ひいいいいい!」

 

アリサ「そ、そんな・・・。」

 

G「どうやら古代から生き残っている種で、永い眠りから覚めたせいか腹が減っているようだ。」

 

G「存分に最後の晩餐を楽しんでいってくれたまえ。」

 

 

そう言うとギデオンは上に向かってワイヤーを撃ち、そのまま石切り場を離脱していった。

 

 

リィン「くっ、Ⅶ組A班!全力で撃退するぞ!」

 

 

暗い石切り場の中、負けられない戦いが始まった。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

G「今回もあまり良い結果とは言えないが、役目は果たした。」

 

G「あとは合流地点まで逃げ切れば我らの勝利だ。クク・・・。」

 

 

「逃げ切れると本気で思っているのか?」

 

 

G「なに・・・ぐっ!?」

 

 

声に反応し、懐から導力銃を取り出したギデオンに向けて暗器が放たれ、銃を弾き飛ばす。動揺して辺りを警戒するギデオンの前に、何も無い空間から黒装束の人物が現れた。

 

 

月「もう一度聞こう。逃げられると、【本気】で思っているのか?」

 

 

G「な、何者だ・・・誰に雇われている・・・!」

 

 

月「さてな。少なくとも、お前の味方ではないことは明白だ。」

 

 

G「・・・まぁいい、この状況も想定済みだ。」

 

 

ギデオンはオーブメントを取り出し、素早く操作する。操作を終えて数秒もしないうちに周囲のいたるところから小型の機械や大型の機械兵器が現れ、月を取り囲む。

 

 

月「ほう・・・私でも気づかないほど巧妙に隠されていたか。」

 

月「プロの傭兵でもお仲間に居るのか?」

 

 

G「答える必要も知る必要も無い。お前はここで終わりだ。」

 

 

そう言って大岩の側に近づいて、大岩を掴むと勢いよく引っ張る。すると岩に偽装されていた、軍用導力車が姿を現し、ギデオンは飛び乗るように車に乗ってエンジンを掛ける。

 

 

G「では名も知らない黒い者よ、また会おう。」

 

G「生きていたら。の話だが・・・ははは!」

 

 

月「ふふ・・・。まるで悪役の基本のようなセリフだな。」

 

月「気に入った。」

 

 

背の太刀を抜き放ち、手元がブレると機械兵器に背を向けて、車が逃げていった方向に向けて歩き出す。

 

 

月「少しばかり灸を据えてやろう。なに、少しばかり夜が怖くなるだけだ」

 

 

機械兵器が月に攻撃しようと近づき、銃の駆動音が聞え始める。月は手に持っていた太刀を鞘にしまい、走り出す。

 

 

走り出した月の遥か後方で、何かが爆発する音が聞える。そこに月を追いかけようとする物はなかった。

 

 

 

────────────────────────────────────────────

 

 

 

辺りは日が落ちて暗くなっており、完全に夜の世界となっていた。暗がりの中を僅かな月明かりだけで林の中を進む男は、少し開けた場所に出ると時計を確認し、空を見上げる。

 

 

G「時間通り、流石だな。」

 

 

空から中型の飛行艇が降りてくる様子に安心したような様子で呟くギデオン。着陸した飛行艇の中から彼を迎えたのは、全身黒いスーツに身を包んだ何者かだった。

 

 

G「まさかリーダー直々の出迎えとは・・・。」

 

 

???「危険な作戦を遂行してきた仲間を労うのもまた、リーダーの務めだ。」

 

 

G「嬉しい事を言ってくれる・・・。だがすまない、作戦は失敗だ。」

 

 

???「構わんさ。この作戦を遂行したという事実のみが意味を持つのだからな。」

 

 

G「確かにそうだが、どうも任された仕事はこなさなければ気がすまないのだ。」

 

 

???「ふっ、職業病か?」

 

 

G「よしてくれ・・・。昔の話だ。」

 

 

???「これだけ各地に楔を打ち込んだのだ。いくら氷の処女(アイスメイデン)と言えど、読みきれまい。」

 

 

???「運命の日は近い。」

 

 

G「我らの悲願のために。」

 

 

???「我らの目的のために。」

 

 

「「かの者に裁きの鉄槌を。」」

 

 

 

飛行艇が飛びたち、夜の空へと消えていった。気配が無くなったのを確認すると、林の中から二人の女性が姿を現す。片方はメイド、片方は動きやすい服に身を包み、コートを羽織った女性。

 

 

サラ「こんな所で会うなんて奇遇じゃなぁい?」

 

 

シャロン「ええ、まったくですわ。」

 

 

サラ「ねぇ、もしかしてどこかで会った事ない?」

 

 

シャロン「いいえ、初対面ですわ。」

 

 

サラ「ふーん、あっそ。・・・で、アレあんたの所の飛行艇じゃないの?」

 

 

シャロン「確かにラインフォルト社製の物でしたが調べた所、あのようなものが作られたという記録がありません。」

 

 

サラ「秘密裏に作られたって事ね。」

 

 

シャロン「お恥ずかしながら、社内に彼らを支援する者がいるようです。」

 

 

サラ「そいつらに関してはそっちで何とかできるでしょ。でもいましなくちゃいけない事があるわ。」

 

 

シャロン「お忙しいようですわね、お体にはお気をつけくださいませ。」

 

 

サラ(あんただって気づいているくせに・・・。)

 

 

シャロン(何のことやら存じ上げませんわ♪)

 

 

稲妻のような素早さで銃を抜き撃ちし、気配の方へ向けて攻撃をする。すると林から慌ててもう一人の人物が転がり出てきた。

 

 

月「チッ、荒っぽいあいさつだな。」

 

 

サラ「盗み聞きとは感心しないわねぇ。」

 

 

シャロン「まぁ、まさかもう一人潜んでいただなんて、私気づきませんでしたわ♪」

 

 

サラ「よく言うわよ・・・。それで、あんた何者?」

 

 

月「見ての通り、怪しい者だが?」

 

 

シャロン「確かに、いかにも怪しい服装でございますね。」

 

 

サラ「あんたもあんたで共感してるんじゃないわよ・・・。」

 

サラ「言わないようなら、あんたの体に聞くけど、構わないかしら?」

 

 

月「ふふ・・・まぁ落ち着け、別に事を構えに来たわけじゃない。」

 

月「やつらは個人的に追っていてね、それで追って来たら偶然にもここにお前達が居ただけだ。」

 

 

サラ「それを信じろとでも?」

 

 

月「信じなくても結構だ。だが私も暇ではないのでね、あまり時間もないので今日は失礼しよう。」

 

 

シャロン「まぁそう仰らずに。今夜は冷えます、暖かいお茶でも如何ですか?」

 

 

月「ふふ、それは次回いただくとしよう。」

 

 

この場から離脱しようとする月。だが直ぐに自らの周囲の異常に気づいて動きを止める。

 

 

月「・・・席を立とうとする客を無理矢理に拘束するのは、マナー違反ではないか?」

 

 

シャロン「一口も口をつけずに退席するのは少しばかり・・・いただけませんわ♪」

 

 

月の周囲には目に見えないほど細く、だが鋭利なワイヤーが張り巡らされている。まるで絶対に逃がさないと、そう言っているかのように。

 

 

サラ「ねぇ、やっぱりどこかで会った事無い?」

 

 

シャロン「存じ上げませんわ?」

 

 

サラ「・・・。まぁいいわ、それじゃあ弱い電撃でちょっと四肢の自由を奪わせてもらうわよ。」

 

 

シャロン「では私は、あなた様のヴェールを脱がせて差し上げますわ。」

 

 

黒い笑顔を浮かべる二人が、拘束された月にゆっくりと近づいてくる。

 

 

月「や・・・やめ・・・」

 

 

 

いやあああああああああああ!?

 

 

 

ノルドの夜空に、少女の悲鳴が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む