博麗の呪縛 (こーくへぃ)
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01:新人巫女と妖怪達

 博麗の巫女、それは幻想郷の象徴、中心、全てであり、厳しく選別された少女が代々この役職につく。その名が表す通り、博麗神社にて神事を行うのだ。

 その博麗神社にてせっせと庭掃除をする少女がいた。名は博麗霊羽、そう博麗の巫女である。

 博麗の巫女が掃除をするという光景はとても新鮮で、まるで雹でも降ってきそうな予感がする者も多いだろう。おそらくそれは先代の巫女が巫女としての職務をほとんど遂行する事がなかった所為だと思われる。

 

「ふぅ、これで終わり!あうん!手伝ってくれてありがとう!」

 

「いえいえ〜ここはわたしの庭でもありますので〜」

 

 あうんと呼ばれた少女はこの神社を護る狛犬の化身である。しかし、彼女の“博麗神社の守護”という役割はもはや形骸化したものだ。なぜならば幻想郷に住む者は、博麗神社を襲ったり陥れたりする事はほとんどないからだ。

 

 前述した通り、博麗の巫女及び神社は幻想郷の中心かつ最重要な存在である。神社の崩壊は“博麗大結界の崩壊”、言わば“現実と非現実を隔てる境界の崩壊”と同義であり、そうなれば現代におけるオカルトの否定の波に飲み込まれて妖怪達は殆ど消え去る事になるだろう。故にあうんの現在の実質的な職務は巫女のお手伝いなどである。

 

「よし、博麗の巫女として今日も頑張らなきゃ!早速幻想郷をパトロールよ!」

 

 その目はやる気や自信満ちていて、同年代のどの者達よりも輝いているだろう。

 そんな彼女のもとに、空から1人の客人が訪ねてきた。

 黒い帽子に黒い服、長袖の袖の先に白いフリルが施されている。髪の色は恐ろしいほど美しい金髪で、気だるそうな目も髪と同じような金色をしていた。

 

「……でたわね真っ黒ババア」

 

「おいおい、わたしはこう見えて100才にもなってないんだぜ?」

 

「100才が視野に入ってる時点で十分ババアよ。で、何のよう?」

 

「別に用なんてないさ。ここに来るのにそんなもんが必要かい?」

 

「必要に決まってるじゃない。あんたらみたいな妖怪に無意味にうろつかれたら参拝者が増えないわ」

 

「おいおい、ジョークか?数十年通ってるが妖怪や神、いわゆる人外だな。そんな奴ら以外の客なんて見た事ないぞ?」

 

「だからこれから人が来るように近づくなって言ってるのよ霧雨魔理沙!!」

 

 霧雨魔理沙、その少女はそう呼ばれていた。元は人間との事だが、そんなの関係なく魔女は魔女である。

 

「はぁ、あんたらみたいなのの出入りを許可してた先代の意図がわからないわ」

 

「逆に私はお前がここから妖怪を排除したい理由がわからないんだぜ」

 

「私は博麗の巫女で、ここは博麗神社なのよ?そんな立場なのに妖怪が集まってたらまるで私が妖怪の味方みたいじゃない!」

 

「そうかい?霊夢の時は妖怪だらけだったけど、あいつはキチンと“博麗の巫女”をやってたんだぜ?」

 

「レイム……先代のことね、先代は掃除やらパトロールやらの仕事をサボってたらしいじゃない。よくそんなんで巫女としてやっていけたわね!」

 

 プンスカと霊羽が怒っていると、また別の来客が訪れた。背はとても小さくて体もかなり華奢だが、大きな角と只者じゃない雰囲気を醸し出している。

 

「幾年ぶりに正式や巫女が決まったと聞いてやってきたけど、霊夢の時よりも随分と元気そうじゃないか」

 

「お、萃香!久しぶりだな。しばらく見かけなかったけどどうしてたんだい?」

 

「誰かと思えば魔理沙じゃないか。んー、まぁ鬼の国とか地底をぶらぶらしてたくらいかな。それにしてもアンタイメチェンかい?服装の白成分が少なくなったね」

 

「…ねぇ、あんた普通に話してるけど…そ、そいつ鬼じゃないの?」

 

「ありゃ?ねぇ魔理沙、元気かと思えばこの巫女はかなり弱気じゃないかい?」

 

「鬼を前にすりゃこれが普通だよ。霊夢が特別なだけさ」

 

 また“霊夢”だ。

 

 私たち巫女は、生まれた時に霊力が一定の基準に達していると巫女候補として選ばれ、育てられる。その後、ある程度成長して神降し等の巫女としての能力を測られ、最も適性がある者が博麗の巫女として博麗霊○の名を与えられるのだ。

 

 しかし、数十年前の先代巫女である“博麗霊夢”は産まれた時から他とは格の違う類稀なる強い霊力を持っていて、巫女候補という過程を飛ばして最初から“博麗霊夢”として育てられたらしい。

 

「そういや霊夢は今なにしてるんだい?人間は寿命が短いしもうくたばっちまったかな?」

 

「あー、霊夢は___」

 

「まーりさっ」

 

 また新しい来客、この声には聞き覚えがある。白を基調に(だいだい)色の前掛がかかった道士服の少女、“八雲”橙である。

 

「伊吹萃香は基本的に幻想郷の部外者よ。知ってる事や知らない事、その中でもソレに関する事を話す必要はないわ。」

 

「おやおや、別嬪狐のところのニャンコじゃないか。それにしても仲間外れかい?数十年振りにあったかと思えば大分大きくなったじゃないか?その中の最たるものが態度だね」

 

「アンタは小さいままね、色々と。自身の能力で心の器を弄ったらいいかもよ?」

 

「はっはっは!ビクビク震えてた子猫が喧嘩を売るようになったじゃないか?」

 

「今なら大安売りだよ」

 

 一触即発、この状況でこの言葉以上に当てはまるものを私は知らない。続々と勝手に現れた大妖怪(バカ)同士に勝手に火花を散らされてどう対処すれば良いか分からず、オロオロしてしまう。

 

 そんな状況を破ったのは魔理沙だった。

 

「まぁまぁ、霊羽も怖がってるしおちつけよお前ら?萃香、お前はなにしにきたんだ?喧嘩か?橙、お前は管理する側なんだからこの神社がどう言う立場なのかわかるだろ?」

 

 彼女の説教に2人は言い返すことはしなかった。

 

「ちぇ、わかったよ魔理沙。新顔を見れただけで十分、私は勇儀か華扇のところにでも行ってくるよ」

 

 そういうと萃香ふわりと浮かび上がり、そのままどこかへ飛んで行った。

 彼女が飛び去ったのを見て橙はホッと肩を撫で下ろした。

 

「ありがとう魔理沙。つい喧嘩ふっかけちゃったけど、相当キツかったのよね……いたっ!」

 

 萃香が去って一安心してた所へお祓い棒が飛んできて橙の頭に直撃した。投げた犯人は霊羽だろう。ちらりとそちらを見ると、ぷるぷると震えていた。

 

「あ、あんた達!さっきからわちゃわちゃされても!め、迷惑なのよ!」

 

 目尻に涙を浮かべて抗議する博麗の巫女、先代の巫女ならばまず見られない光景であろう。

 

「えっと、ごめんね?霊羽」

 

「私もだ、そもそも私の口が滑りそうになったせいだな。ごめんな霊羽」

 

 あうんが心配そう霊羽の背中に頬擦りしている。多少の効果があったのか、少し落ち着いてきたようだ。

 

「うん…もう大丈夫……ね、ねぇ」

 

「ん?どうした?」

 

「その……先代の……レイムって人は……何かあるの?」

 

 先程の小鬼の時と同様、あまり聴かれたくないことのようだ。一時の重い沈黙が流れるが、橙が口を開きその静寂を破る。

 

「貴女に教えるにはまだ早い……とでも言っておこうかな。もう少し、もう少し博麗の巫女として成長できれば…ってところかな?」

 



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02:元閻魔の警告

 卯の刻。太陽が自らを遮っていた山から顔をだし、黄金色の光が幻想郷中に満ちてゆく。

 元気に飛び起きたあうんが霊羽の寝室の縁側に登って障子に手をかける。カラカラと乾いた音を立てて開くほど部屋へ入り込む朝の日差しの量は多くなり、まだ微睡みから覚めてない霊羽の重いまぶたを強くくすぐった。

 

「霊羽さ〜ん!起こせって言った時間ですよ〜!」

 

「んぅうう……あと10時間だけ……」

 

「も〜、あと10分だけですよ〜って10時間!?」 

 

 朝からしょうもない漫才が繰り広げられているが、起きる起きないの問答は毎朝恒例の日課になっている。最終的にあうんが有無も言わさずに布団を剥ぎ取るまでが一連の流れであった。

 

「という事ではいっ!」

 

「ひぃい……眠いぃ……」

 

「全く、霊夢さんよりしっかり者ですけど寝起きに関しては向こうに軍配が上がりますねぇ……」

 

「え〜、先代の人は早起きだったの〜?」

 

「そうですよ!早寝早起きした上で朝からダラけてましたからね!」

 

「……それ本末転倒って奴じゃない?」

 

〜少女起床中〜

 

 顔を洗い、寝癖だらけの髪を梳かして服を着る。こんな簡単な支度さえも寝起きの霊羽にとってはかなりの重労働であり、これらの工程をこなすのにいつも30分ほど掛かっている。だがその30分の間にあうんが朝食を作ってくれるので霊羽は甘えられるのである。

 

「はい、今日の朝食は今が旬のアジの塩焼きですよ!」

 

「あら、海産魚だなんて豪華ね!」

 

「あの後に橙さんがお詫びとして持ってきてくれたんですよ〜。

……すっごくヨダレを垂らされてましたけど」

 

「まぁ、猫だしね。……それにしても今日は本当に豪華ねぇ……」

 

 ホカホカの白ごはんと漬物に味噌汁、メインにアジの塩焼き。少々塩分過多ではあるが、これほどに完成された朝食は存在しないだろう。

 開いた身を箸で摘み、口に運ぶ。とても脂の乗ったアジは眠気なぞ吹き飛ばして一気に食欲を加速させた。

 

「ん〜!美味しい!幻想郷じゃ海産物なんて高級品なのに役得よね〜!博麗の巫女様々だわ〜」

 

「また海魚を貰ったら次はお刺身なんてどうですか?」

 

「そうしようそうしよう!……って言うかアンタは何でそんなに料理できるのよ」

 

「夜雀が困ってたんですが、助けてあげたら仲良くなって色々と教えて貰えるようになったんですよ〜」

 

「へぇ〜。早く刺身食べたいなぁ、また橙が持ってこないかなぁ」

 

「その時は私も呼んで欲しいねぇ」

 

 つい、悲鳴をあげそうになった。いつの間にか食卓に付いていた小鬼はグビグビと酒を呑んで顔を真っ赤にさせている。相変わらず角が大きい。

 

「な、何の用よ…?」

 

「何の用?………さぁ?私に聞かないで欲しいな」

 

「はぁ?アナタがここに来たんでしょ?」

 

「あぁ、そうだ。何故か来たくなるのさ、先代の時からね。

でも、それが何故なのかなんて私にもわからないんだし、気にしてないんだから聞く必要がないでしょう?」

 

「……ほんと、妖怪ってアナタみたいなのばっかりよね」

 

「逆に人間が細かい事を気にする奴ばっかりなのさ……それにしても今日の瓢箪は調子がいいなぁ」

 

 何というか掴みどころがない。コチラの質問にも霧の様な回答しか返ってこない。というか人の家に勝手に上がり込んでここまでくつろげるのは何故なのだろうか。妖怪はみんなこんな考えなのか?

 垂直にしていた瓢箪を口から離し、大きくプハーッと一息を吐く萃香。その息は非常に酒臭く、嗅いだだけで酔っ払いそうだ。その瓢箪に栓をすると、彼女はコチラの方を向く。

 

「ふぅ、昨日はああ言ったけどさ、私は霊夢やらの事に関して諦めたわけじゃ無いよ」

 

「そんな事私に言われても……先代の事なんて知らないし。新しい巫女が決まるのも何十年ぶり、博麗の巫女がいない期間が長く続いてて面識もないんだしさ」

 

「そりゃそうよねぇ。華扇もそうだったけど管理側の奴らは教えてくれないし、困ったもんだ。……大体華扇もアレだけ長い付き合いで……」

 

 頬杖をついてたまに訪れる仙人の事についてボヤく萃香。その間も酒をどんどん呑んでゆく。人間だったら既に致死量を超えているだろう。

 

「それにしても幻想郷もかなり雰囲気変わったねぇ」

 

「そう?」

 

「そうだよ。昔は人間牧場と言って差し支えなかったのに、今じゃ人間の地位が少し向上してるじゃないか」

 

「まぁ、阿典ちゃんの史書とか読む限りだいぶ変わってるみたいね。けれどその分人間への保護の力も弱まったのよ。

 以前は里の外でも里の人間は襲われることは殆ど無かったけど、今じゃ場所によっては食われたりなんて普通だからね」

 

「へぇ、直接人間を食える様になったのかい?何故そうなったのかは知らないけど、楽しそうね」

 

 萃香ははっはっはと笑いながらまたも瓢箪を垂直にして酒を流し込んだ。

 

「伊吹萃香、また呑んでるのですか」

 

 突如聞こえた覚えのない声。音源の方へと目線を移すと、緑の髪にごく普通の和服の少女と大きな鎌を持った赤い髪の少女が立っていた。

 

「おや……閻魔じゃないか。何だいその格好は?非番かい?」

 

「いえ、今は閻魔じゃありません」

 

 沈黙が流れる。質問した萃香の方を見ると瓢箪を加えたまま硬直していた。数秒後、瓢箪をゆっくりと食卓に置いた。

 

「え?」

 

 ワンテンポ遅れて聞き返す萃香。酔いが冷めたのか先程までフラフラしていた体に背筋がキチンと通っている。

 

「四季様言い方が悪いですよ〜。あくまでもしばらくの間、閻魔として職務につかないってだけでしょう?」

 

「それはそうですが、その期間の間は書類上閻魔ではないので私は事実を言っただけですよ」

 

「相変わらず堅いなぁ……」

 

「そりゃ地蔵ですからね、硬さには自信があります。

 ……それより小町、貴女は何故ここに居るのですか?」

 

「え?あ、それはその……」

 

「また、サボりですか?」

 

 閻魔というのは、死後の世界で極楽、もしくは地獄のどちらかに行く事を決定する権限を持つ存在である。今は違うとてそのオーラは凄まじく威厳を纏い、とてつもない威圧感を放っている。

 

「し、四季様は今閻魔ではないので私を叱る権限は……」

 

「後で説教です」

 

「……はい」

 

 小町は弱々しく返事をすると一瞬でその場から消え去った。

 映姫は軽くため息をつくと、靴を脱いで食卓についた。

 

「緑茶で良いです」

 

「えっ、あ、はい」

 

 映姫の要求に応えるためにあうんは急いで台所へと向かって行った。

 

「……何だか閻魔とは思えないわね」

 

「閻魔じゃありません、今の私は動く地蔵の映姫ちゃんです。やっと引き継ぎが済んだのでここに寄らせていただきました」

 

「そ、そうですか」

 

「本当に何百年ぶりの長い休暇なので、良ければおすすめの甘味処などを教えていただけませんか?」

 

 あうんが台所から急須とお茶の入った湯呑みを運んできて映姫の前に置いた。

 

「あぁ、どうも。……で、おすすめのお店を教えて欲しいのです」

 

「……アンタ、本当にそれだけの為にここに来たのかい?暇人だなぁ」

 

「来たいから来るという理由もクソもない貴女よりマシですよ」

 

 微妙な空気が流れる中、霊羽が質問をする。

 

「えーっと、なんで閻魔を休業なされてるんですか?

 ……あ、ちなみに甘味処なら兎達が経営してる“団子屋清鈴堂”がオススメです」

 

「ほぅ、団子ですか、大好物です。

 単純に数百年間働き続けてましたから、その分の休暇を頂いたというシンプルな理由です」

 

「は、はぁ……」

 

 映姫はズズズ…っとお茶を啜る。

 

「あ、そうそう2人とも」

 

「「何ですか?/何だい?」」

 

「博麗霊夢について、これ以上深入りするのは辞めておきなさい」

 

 突然の警告にキョトンとする2人。萃香が頬杖をつき、笑みを浮かべて口を開く。

 

「……へぇ、どうして?」

 

「単純にメリットが無いからですよ。先程の貴方達の会話を聞いてましたが、内容から察するに管理側の人物に尋ねたりしてるのでしょう?」

 

「まぁ、その通りだけど」

 

「その時の相手の反応が答えです。ただ自らの好奇心を満たす為だけに強大な彼女達を刺激する必要性は皆無です」

 

 湯呑みを置き、萃香に軽く挑発するかの様に同じ様に頬杖をつく映姫。鬼と地蔵の雰囲気がなんとなくピリピリしているのは感じ取れる。

 

「博麗の巫女に関するものは幻想郷存続の要。彼女らは幻想郷を守る為ならば、たとえ貴女との仲でも容赦はしないでしょう」

 

「へっ、私は鬼さ。それでもやるのが私だ。それにしても閻魔という席に居ないアンタはそこそこ嫌な性格をしてるね」

 

「……とりあえず、私は清鈴堂とやらに行くのでここでお暇させて頂きます。

 もし、まだ深入りする気なのであればそれ相応の覚悟を持って望みなさい。あ、お茶はご馳走様でした、とても美味しかったですよ」

 

 映姫はあうんの頭を軽く撫でると、外に出てふわりと浮き上がった。

 

「忠告、そして警告はしました。後は貴女達次第です」

 

「ご親切にどうも。アンタの言う通り好きにさせてもらうよ」

 

 映姫はペコリと頭を下がるとそのまま人里の方へと飛び立つ。しばらく飛ぶと、小町が待っていた。

 

「映姫様は優しいですね。わざわざ忠告する為に寄るなんて」

 

「何を言ってるのですか?私は甘味処を知りたかったから寄っただけですよ、あの話のことはたまたまです」

 

「その事について話してる所に、その件に深く関わっている貴女がたまたま寄っただなんて都合が良すぎますよ。

 そもそも映姫様が今みたいに閻魔から外される事になったのも、その事が原因じゃないですか」

 

「……地蔵の役割は基本的に救うことです。地獄に落ちるような者ですらね」

 

「そんなもんですかね?……というかただの休暇だなんて閻魔が嘘ついていいんですか?」

 

「今の私はただの地蔵です。そもそも嘘には良い嘘と悪い嘘があります。相手を陥れる嘘でもなければ到底黒とは言えません。私が白といえば白なのです」

 

「今は白黒つける立場ではないのでは?」

 

「……うるさいですね。

 あ、人里が見えてきましたよ。早速清鈴堂に行ってみましょう」

 

「おや、私もいいんですか?」

 

「私は閻魔ではないので貴女を仕事に戻らせる権限はないのです。団子くらいご馳走しますよ」

 

「お、映姫様ったら太っ腹〜」



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03:山の巫女

「萃香!!!」

 

 巳の刻半、博麗神社に1人の少女の怒号が響く。それを発した側は博麗霊羽、博麗の巫女である。それを発された側は伊吹萃香、小鬼である。

 

「う〜ん……なんだい霊羽……人がせっかく気持ちよく寝てるのにさぁ?」

 

 目を擦りながら起き上がり、不平を漏らした後に瓢箪を一気飲みする萃香。それをみて更に霊羽の怒りのボルテージは上がってゆく。

 

「あんたがその馬鹿瓢箪を開けっぱなしにするから止めどなく酒が溢れてこんな事になってんのよ!!!」

 

 そう言われて下を見ると、自分が寝ていた縁側が伊吹瓢の酒で水浸しになっている。

 

「ひえー!もったいない!ずぞぞぞぞ!!!」

 

「ぎゃーーー!!!!汚い!!!!!」

 

 勝手に住み着いた住人のせいでより一層騒がしくなった博麗神社、その階段をゆっくり登ってくる者がいた。

 それは階段を上り切ると、開口一番に大声を上げた。

 

「博麗の巫女はいるかーーーー!!!」

 

 突然大声で呼ばれて体が跳ねて硬直してしまう。そちらの方を向くと、青と白を基調にした巫女服、緑でウェーブのかかったボブヘアに蛇と蛙のアクセサリーをつけた少女が立っていた。

 

「えっと……わ、私でーす!」

 

「見ればわかるよー!」

 

 じゃあなんで叫んだんだ?とツッコミそうになったが、とりあえず黙って彼女がこちらへ来るのを待った。……が、彼女は階段の前に立ったまま動かない。仕方なく自分が少女の方へと向かう事にした。近くでよく見ると緑がかった目に整った顔立ちをしていて、とても自信に溢れたような表情をしている。

 

「……あの、なんで動かないの?」

 

 質問を投げかけると、少女は不敵に笑った。

 

「段数が多すぎて足が痛いのよ。先手を打つなんてなかなかやるわね!」

 

 何言ってんだこいつ……と、つい言葉が出そうになった。

 

「こっちまで飛んでくれば良いのでは……というか階段も飛べば良かったんじゃ……」

 

 そういうと、ハッとしたような表情でこちらを見つめてくる。

 

「なんで早く言わないのよ!!!」

 

「は、はぁ!?無茶苦茶よそんなの!!」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 なんだかんだでとりあえず中に入って霊羽、萃香、緑色の少女の順でちゃぶ台を囲んでいた。

 沈黙が続いている中、あうんがお茶を淹れてこちらに戻ってきた。

 

「ありがとう、あうん……えっと、貴女もはい」

 

「ん、ありがとう」

 

 それまでただ飲んでいるだけだった萃香が瓢箪から口を離し、緑の少女を見て笑った。

 

「なにか懐かしい雰囲気を感じてたけど、やっぱり山の巫女だったかい」

 

「山の巫女って……妖怪の山の上にある神社の人よね……」

 

「そうよ、私は東風谷神苗(かなえ)。新しい博麗の巫女が決まったと聞いて見に来てやったのよ」

 

「は、はぁ……」

 

 お茶を啜って微妙な雰囲気から逃げようとする霊羽。しかし、相手はお構いなく文字通り“見てくる”。

 霊羽の隣に膝で立ち、全身を見回すように右左右左と動いている。

 

「それにしても……ふぅん……博麗の巫女なだけあって中々の霊力ね。ふぅん……中々いいんじゃない?」

 

「……それはどうも」

 

 神苗は立ち上がると霊羽の対面にまた座った。

 

「なんだか忙しないねぇ」

 

「改めて中々の霊力を持ってるわね?まぁ、これなら認めてあげても良いわよ?」

 

「認めるって何を……?」

 

 神苗はまた立ち上がると腕を組み、偉そうな笑みを浮かべる。

 

「貴女を好敵手(ライバル)によ!!」

 

「………えっと……結構です」

 

「そうそう、結構ですって……えぇ!なんで!?」

 

「えっと……確かに同業者だけど、私は巫女とは言ってもメインの仕事は結界の管理とか異変の解決とかだし……」

 

「え、えっと……でも……えっと……」

 

 予想してなかった返答に狼狽える神苗。目元に僅かに涙が滲んでる気がする。

 ドギマギしてる神苗の後ろから、また別の声が響いた。

 

「もー、素直になりなよ神苗〜」

 

「そうそう、素直に友達が欲しいっていいな?」

 

「神奈子様!ケロちゃん!」

 

「おやおや、まーた懐かしい顔だよ。久しぶりだねぇ、神奈子、諏訪子」

 

 皆が意を向けた先には二柱の神が立っていて、雰囲気からして只者ではないことがわかる。

 神奈子と諏訪子は軽く返事をするように挨拶すると、神苗の横に座った。

 面識がない霊羽はとりあえず新しいお茶を二つ淹れてくる事にした。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 「えっと、どちら様ですか?」

 

 霊羽がそう尋ねると、二柱はにこりと笑って「神苗の保護者です」と答える。

 諏訪子と呼ばれた小さい神様が不意に神苗の肩に手をポンと置いた。

 

「この子はねぇ、こんな風に素直になれない性格だからさぁ……まぁ……まともに友達がいないわけよ……」

 

「は、はぁ……」

 

 続いて神奈子も肩に手を置く

 

「んで、新しく博麗の巫女が就いたと聞いて大喜び、今日の朝飛び出して行ったわけね。だいたい予想ついてたからついて行ったら大当たり、また素直になれなくて断られてるの」

 

「って事で、神苗?霊羽ちゃんになんて言うのかなぁ?」

 

 両肩に手を置かれている神苗は恥ずかしそうに顔を赤くして震えていて、その姿は小動物を連想させる。

 

「ほら神苗〜?言っちゃいなよ〜」

 

「…………さい」

 

「………え、えっと?」

 

「と、友達になって!!!!!……う、うわぁぁぁああん!!!!」

 

 突っ伏して大声で泣き出してしまった。萃香は「マジかこいつ……」とでも言いたげな表情で瓢箪をまた垂直にしている。何が何だかわからないのでとりあえず頭を撫でる事にした。

 

 しばらくすると落ち着いてきたようで泣き喚く声は嗚咽に変わっていた

 

「うぐっ……ひっぐ……ぐすっ……ありがとう……ぐすっ」

 

「神苗ちゃん、友達になりたいなら最初から言ってくれれば良いのに……」

 

「えっ……それじゃ……」

 

「……うん、友達になろう?」

 

「わぁぁ!!神苗についに友達が出来たよ!!!!」

 

「よくやったな神苗ぇえええ!!」

 

 神奈子と諏訪子はまるで世界が救われたかのように歓喜していて、なんだか“親バカ”という表現がとても似合いそうである。

 あうんは寝ているし、萃香は心底どうでもよさそうにこちらに背を向けて寝転がり酒を飲んでいる。

 しばらくすると完全に泣き止んだ神苗が腕を組んで偉そうに立ち上がる。

 

「よし、霊羽!ライバルとしてさっそく人里に遊びに行くわよ!」

 

「ライバルとしてってのがよくわからないけど……まぁ、行こうか」

 

「神奈子様!ケロちゃん!お小遣い頂戴!!」

 

「よしよし、初めての友人記念にたくさんあげよう!」

 

「よしよし神苗……あんたって子は……」

 

 なんだか羨ましい。自分は産まれた時から博麗の巫女候補として育てられ、訓練も受けてきた。だから親の顔なんて知らないし、知ろうともしたことがなかった。親に撫でられたりする感覚を知らない……少しだけ、少しだけ悲しくなる。じわりと目頭に温かいものが染み出してくるのを感じる。

 

「…………ひゃっ!?」

 

 不意に私の頭に何がが優しく触れたような気がした。暖かくて、とても優しい感じ。見回してもあうんは寝てるし、萃香はベロベロ、東風谷組は今も歓喜の渦の中にいる。

 ボトンと何かが上から落ちてきた。上を見上げてもただ天井があるだけでいつもと変わりはない。落ちてきた物は布でできた袋で、中にはお金がたくさん入っていた。

 

「霊羽ちゃん、早く行くわよ!」

 

 いつの間にか神苗が靴を履いて外で待っていて、ふわふわと浮いている。霊羽は袋を懐に仕舞って靴を履くと、人里に向かって飛び立った。




イメージとしては

霊羽:13歳
神苗:12歳
     
この様な感じです。 


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04:清鈴堂で

 清鈴堂、うさぎ2匹が経営する団子屋である。人里の団子屋でもトップクラスに人気があり、霊羽も常連になる程通っている。

 

「いらっしゃいお客さん。おや、これはこれは博麗の巫女さんではございませんか。そちらは……?」

 

「こっちは神苗ちゃん。山の神社の巫女よ」

 

「ど、どうも……」

 

 mgmgと団子を頬張りながら話しかけてくるのは鈴瑚、金髪の玉兎である。神苗はかなりの人見知りのようで、鈴瑚との間に霊羽を挟んで隠れている。

 

「いつもの奴を2人分お願い」

 

「かしこまりました〜」

 

 いつもは気怠げに接客している鈴瑚が今日は妙にテキパキとしている。そういえば昨日、四季映姫にここを紹介したのだった。恐らく説教を食らったのだろうか。

 ふと、霊羽は何か妙な気配を感じ取り上を見上げる。天井自体に何も問題はなさそうだ。

 

「はい、お待たせしました〜。って霊羽じゃない」

 

 ここのもう1人の兎、清蘭が団子を持ってきてくれたが正直上が気になってそれどころではない。

 

「ねぇ、清蘭?上って何かある?」

 

「え?えっと……う、上は倉庫と私達の住居くらいしかないわよ!」

 

 どうも嘘をつくのが苦手なようで、勘の鋭い方である霊羽ではなくとも簡単に見破れるほど動揺している。

 

「………ふぅん」

 

 めちゃくちゃ怪しいが、とりあえずはお団子を頬張りながら考えることにした。

 

* * * * * * * * * *

 

 一方、清鈴堂の2階では数人の人ならざる者達がテーブルを囲っていた。メンバーはどれも錚々たる人物達で、いつもの黒魔術師や光輝なる聖徳王、深紅の悪魔とその従者に動かない(はずの)大図書館、そして妖怪寺の僧侶、化け狸、人形使いに先ほどまで神社に居たはずの坂の神までいる。

 

「……なぁ、何で少し薄暗らい中テーブルを囲ってるんだ?」

 

 最初に発言したのは霧雨魔理沙、それに対して隣の席の白蓮が声を顰めて答える。

 

(神子さんですよ。紅魔館の本に秘密結社の事が記されているものがあって、それに影響されたのです)

 

(えぇ?そんな馬鹿みたいな理由でこんな馬鹿みたいな会に集まったのか私は?)

 

「君たち、私の前でコソコソと話しても意味がないのわかっててやってるだろ……」

 

「そうだぜ」

 

「相変わらずだな君は……まぁ、影響されたのは事実だが、いずれ集まってもらうつもりだった。その時期が早まっただけさ」

 

「で、何の集まりなんだい?ウチの神苗に新しい友達ができるってのにわざわざ分霊に向かわせるハメになったんだけど。あと他のメンバーもそんなに乗り気じゃないみたいよ」

 

 神奈子の言う通りレミリアは従者が淹れた紅茶を上品に味わっており、パチュリーは本に夢中、アリスはつまらなそうに人形を操って暇つぶし、マミゾウはなにやら帳簿みたいな物を見てブツブツと何か言っている。恐らくちゃんと話を聞く気があるのは神奈子と白蓮くらいだろう。

 神子はため息をつくと、今回の目的について語り始めた。

 

「集まったことに意味がある。幻想郷は少しずつ変化してきた。しかし、その“少しずつ”が積もりに積もって大きな変化となっているのはわかるだろう?……少なくとも私がここに来た時は人里の人間が食われる事も、人間達が自分たちの権利という物を強く認識するなどもあり得なかったね。

 そして管理側の動きがあからさまに目立たなすぎる上に、今頃になって新しい巫女が就任した。まるで何か準備が一つ整ったかの様に」

 

「……まぁ、確かにあなたの言ってることも一理ありますね。で、結局この集会の目的は?」

 

「表向きは変わりゆく幻想郷のパワーバランスの中でも協力し合おうという物だ」

 

「実際のところは?」

 

「管理側を逆に監視、そしてもしもの時に協力しあって対抗する事だ。管理者対抗同盟って所かな?」

 

「流石にそんな名前だと何もなくとも向こうから疑いの目がかかるのでは?そうですね……団子同盟なんていかがですか?」

 

「えー、まぁ……かっこよくないけどいいや」

 

 真剣なのかそうで無いのかよくわからないノリの中、魔理沙が心配そうに質問を投げかける。

 

「そんなこと私に話しても良いのか?私は管理側じゃないが、管理側とかなり近い関係にあるんだぜ?

 そもそも、こんな密会をアイツらは快く思わないんじゃないか?」

 

「それに関しては問題ない。この空間は私の仙術、聖の法力、パチュリー嬢の魔術、これらを組み合わせた結界を張っている。流石にここまでやれば河勝___摩多羅隠岐奈や八雲紫ですら感知できないだろう」

 

 神子は「それに」と付け足す。

 

「君の欲の声はこの事をばらす気なんてない様だ。

 ……で、君たちはこの団子同盟に乗るのかい?乗らないのかい?」

 

「私とパチェはそれに乗るわ。色々とやりたい事もあるしね」

 

「私は……そうですね……乗らせていただきます。ですが、少なくとも今は寺としてではなく、私個人だけが組みさせて頂きます」

 

「守矢としてその同盟に乗りましょう」

 

「いいわよ、暇だし」

 

「儂も組もう。もちろんある程度は自分の好きにさせてもらうぞ?よいな?」

 

 集まった者たちは魔理沙以外この同盟に入る様だ。

 

「私は……少なくとも今回は降りるよ」

 

 神子はクスリと笑うと、お茶を一口啜った。

 

「わかってたよ。だが一つだけ欲の声を聞いてもはっきりしない事がある。それを聞いておきたい。

 君は最近色々と行動してるみたいだが……何のために、何を目的ににそれをやってるんだい?」

 

「私は……」

 

 表情を隠すために帽子を深く被る。

 

「私は『あんた達何してんのよ!』の為に……」

 

 突然の怒号は魔理沙の言葉をかき消してしまった。そちらの方を見てみると霊羽が仁王立ちしてプンスカと怒っていた。

 

「なーんか感じたから登ってみたらやっぱり怪しいことしてたわね!ほら!はやく散りなさい!」

 

 霊羽がそういうとそれぞれの者たちは帰りだした。

 その中でも神子は管理者達からすら隠れられる結界を勘だけで見破った霊羽に対して少し残念そうに、少し感心しながら部屋から出ていく。

 

「ほら霧雨魔理沙、アリス・マーガトロイド、あんた達も早く帰りなさい!」

 

* * * * * * * * * *

 

 いつの間にか日は沈みかけており、逢魔が刻特有の薄暗さが滲み出している。

 人里から魔法の森へと帰る道中、魔理沙とアリスは共に飛んでいた。

 

「魔理沙」

 

「なんだ?」

 

「結局何のためって言ってたの?」

 

「そういえばアイツに邪魔されたんだったな」

 

 魔理沙はクスリと笑い、風で飛ばされないように帽子に触れる。

 

「私は目的は霊夢、博麗霊夢だ。全ての事は霊夢の為に動いてるんだぜ」



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05:尊大なミミズク

 人里を出てすぐの道、日は暮れて辺りは影が目立たなくなっている。買い出しを終えた霊羽は何となく飛ばずに歩いていた。

 

 ただ何もない道が続き、特に何も考えずほぼ無の状態が続いている中、ふと道の端に何かを見つけた。それは漬物石程度の大きさの石に座る少女、腰まで垂れる金色の髪、見た目は妖精程度の幼さだ。

 

 この時間帯、この場所。ほぼ人間ではないのは確かだし、特に用もないので無視して通り過ぎる事にした。

 

「お姉さん」

 

 呼び止められ、霊羽は動きを止めた。少女はクスリと笑うと話を続ける。

 

「鍵は大事にしないと。鍵がないと箱は開かないし、箱がないと鍵の意味なんてなくなっちゃうから」

 

 クスクスといくつかの笑い声が聞こえたあと、背後で“パタン”という音が聞こえた気がした。

 

* * * * * * * * * *

 

〜翌朝〜

 

「……で、結局恐る恐る振り返ったけど何もいなかったのよ」

 

「へー、なにそれ」

 

「朝っぱらから怖い話されてもあんまり怖くないですね」

 

 食卓を囲み、先程の恐怖体験について話しているのは霊羽、萃香、あうんのいつもの三人である。

 

「なんであんたがいつものって括りに入ってるのよ」

 

「もうここに居候して一週間だし入っててもいいじゃないか。

文句はここに居座る理由になった魔理沙と飯がうまいあうんに文句を言いな」

 

「あうん〜〜!」

 

「いや、無駄にノらないでくださいよぉ」

 

 くだらない会話をしながら食卓を囲むというのは実は霊羽の憧れであった。幼き頃から巫女として選ばれるための修行をしており、自分は孤児だと聞いている。家族(に近い集まり)という贅沢なものに囲まれている今、文句を言いつつも少しだけ幸せを感じていた。

 

「それにしてもその子は何者だったんですかね?」

 

「うーん……見当もつかないわ。雰囲気も妖怪の様なそれ以外の様な……何やらごちゃごちゃしててイマイチ掴めなかったというか……」

 

「ふむ、最近は幻想郷のパワーバランスにかなりの変化が起きているからな。多少は警戒した方がいいんじゃないか?この聖徳王に任せてくれれば悪い思いはさせないが」

 

「なーにが聖徳王よ、何とも胡散くさ……ってあんた誰よ!!?」

 

 いつの間にか食卓にミミズクのような髪型の少女が加わっていた。

 

「ここの団欒に勝手に加わるのが流行ってるんですかねぇ」

 

 あうんは呆れながらもいつの間にかミミズクの前にお茶を出し終えていて、慣れてしまっているのがよくわかる。

 

「はぁ……この神社、人間は私しかいないじゃない……」

 

* * * * * * * * * *

 

「……で、そのすっごーいしょーとくおーさまがなんのよーでーすかー?」

 

「……キミ、もしかして私の事を尊敬してないな?」

 

「まずアンタのこと詳しく知らないし」

 

「……はぁ、まぁいい」

 

 ミミズクはお茶をひと啜り、コホンと軽く咳払いした。

 

「私は豊聡耳神子、天資英邁の全能仙人とも呼ばれている」

 

「……で、その仙人様が一体何のようで?」

 

「君と話がしたいと思ってね。

 今、私はとある目的のために動いているのだが……端的に言うとアレだ、邪魔をしないでもらえないかと言うことだね」

 

「邪魔?私が邪魔をする時ってのは幻想郷のルールを破ろうとした時よ!博麗の巫女は中立でないとダメなの、アンタが邪魔をされるようなことをしなければでしょ?」

 

「そう、中立だ。中立だからこそ邪魔をするべきではない。パワーバランスの(ひず)みによって幻想郷のあり方が変わっている今だからこそね」

 

「……どういう、事よ?」

 

「そのままさ。そのまま……おっと、お客様がお越しになられたようだ」

 

 そういうと神子は指をパチンと鳴らす。するとバチィッと何かが弾けるような音が聞こえ、いつの間にか縁側に橙が立っていた。一瞬キョトンとしていた橙はすぐに神子の方へと視線を向ける。

 

「……相変わらずすごい仙術、尸解仙のレベルなんて遥かに超えてるわね」

 

「子猫を締め出すのなんて朝飯前さ。そもそも力量不足、この程度の結界なんて河勝やスキマ妖怪なら5秒で入ってこれるだろう」

 

「あの御二方に5秒も掛けさせる結界を即席で作れる時点で力量なんて関係ないでしょ」

 

「で、私に何のようだい?」

 

 橙はクスリと笑った。その瞬間、彼女の瞳孔が細まり、体を霊力が包み込む。

 

「私の(こえ)が聞こえるならわかるでしょう?私の要件なんて」

 

「おやおや、あのスキマ妖怪は躾もできないのか。私が変わりをつとめてあげようかな?」



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06:聖徳王・豊聡耳神子

 睨み合う2人、神社は爆発物を前に鋭い緊張感で包まれていた。

 

「さぁ、いつでもかかってきたまえ」

 

 太子が軽く挑発するような仕草で指を前に突き出して小さく動かす。しかし、橙は挑発に乗る気はさらさらないようで、霊力を纏いながら低い体勢を維持している。

 

(なるほどね、あくまで冷せ______)

 

 次の瞬間、ネコ科の脚力、飛行能力、霊力による加速を経て凄まじい瞬発力を発揮した橙の爪がコンマ以下の時で喉元に急速接近した。が、太子はそれ以上の反応速度と瞬発力で橙の腕を掴んだ。

 

「弾幕ごっこ……にしては随分と過激じゃないかい?」

 

 数十年ぶりに幻想郷に帰ってきた萃香は、明らかに以前と弾幕ごっこの動きや雰囲気が変わってることに対して違和感を抱いていた。それに対してあうんが説明する。

 

「考案者の霊夢さんがいなくなってから少しずつエスカレートしていって……今じゃちょっと怪我したりする程です。でもあれほどバチバチにやってるのは珍しいですよ」

 

「まぁ、一応殺し合いに発展しない為のゲームとしての役割はギリギリ果たしているのよ」

 

「くっ……離せッ!!」

 

 必死に腕を振り解こうともがくがびくともしないようで、橙だけが体力を消耗してゆく。

 

「おそらく君は私の小柄な体を見て接近戦なら勝機があるとでも踏んだのだろう?」

 

「ああっ!!」

 

 余裕そうな笑みを崩さない太子だが、橙の反応を見ると腕に凄まじい圧力がかかっているようだ。悶え苦しむ相手に追い討ちをかけるように太子は首を掴んだ。

 

「私はかつてとある山の神との力比べに勝った事もある。

 さて……哀れな子猫よ、君は八雲の名を授かる程度には強いし、それは私も認めよう。だが、相手が悪かったな」

 

 小柄な体から金色のオーラが溢れ出し、まるで炎のように揺れ動く。

 

「我は聖徳王、天資英邁の仙人。化け猫風情が瞬発力くらいは勝てると思ったのだろうが、驕るな。

 所詮は使役される式神。(タオ)を進み真理を追求する我に傷一つ負わせられると思うな。

これは“躾”だ。少しばかり怪我を負ってもらおう」

 

 そういうと太子はグッタリしている橙を上へと放り投げ、掌をそちらへ向ける。金色の光が太子の手に収束してゆく。

 

「ちょ……やばっ……!」

 

 霊羽達が危険を感じ、止めようと走りだす……が、次の瞬間それは放たれ、その煌めきはグッタリとした橙の体を飲み込んでいった。

 

「この手応えは……おや、これはこれは……」

 

 太子が尺で口元を隠しながら笑う。閃光が消え、そこに立っていた(厳密には浮いていた)のはグッタリとした橙を抱えた八雲藍とその主人、八雲紫であった。

 

「ごきげんよう豊聡耳神子、うちの式の式がお世話になったようね」

 

「ごきげんよう紫嬢、躾が足りないのではないかな?

 いや、その役目は飼い主の君の方か。相変わらず美しいな、傾国の美女よ。この際、私の部下にならいかな?毎日可愛がってあげよう」

 

 ギリッ……と歯を軋ませ、明確な敵意を向ける藍。彼女がここまで感情を露わにするのは珍しく、博麗の巫女として幾度か会っている霊羽も初めて見た光景である。

 

「藍、落ち着きなさい。あくまでこれは弾幕ごっこ、彼女は何も悪いことはしていないわ」

 

「うむ、為政者としてルールを守るのは重要だからね」

 

「……2人とも口元隠してて何かシュールですね」

 

 空気を読まないあうんに霊羽が“コラッ”っと軽く引っ叩いた。

 

「とりあえず橙は連れて帰るわね?躾は私達の仕事であって、貴女のやる事じゃないわ?他人の所有物に手を出すのは古来から罪のはずだけどね」

 

「はっはっはっ、昔から悪ガキには他所様からも躾を貰うものだよ。まぁ、私は幼き頃から人を律する側だったがね」

 

幻想郷(ここ)においては貴女は律される側よ。勘違いしすぎると痛い目見るわ。

 あぁ、それと。隠岐奈が久しぶりに会いたがってたわよ?偶にはお酒でも飲んでやるといいんじゃないかしら?」

 

「河勝が?なるほどね、今度可愛がってやろう」

 

「あとついでに警告しておくわ、豊聡耳神子よ。あの邪仙から目を離さない事ね」

 

「青娥の事かな?目を離そうが離さまいが彼女を縛るのは無理さ。自由と言う言葉が人になった様な存在だからね」

 

「あぁ、それと霊羽」

 

「は、はいっ!?」

 

 突然こちらに話しかけられたため、つい声が裏返ってしまった。

 そんな私を見て八雲紫は一瞬だけ懐かしそうで、慈愛に満ちた表情になった。

 

「貴女のことはちゃんと見てるわ。貴女はずっとその調子でいなさい。

 では、みなさんごきげんよう」

 

 そういうと3人は隙間の中に消えていった。それを確認した豊聡耳神子は思いっきり伸びをした後、首の骨を鳴らした。

 

「ふぅ、久しぶりの弾幕ごっこは疲れるなぁ……それじゃ私も帰らせてもらうよ」

 

「はぁ、貴女何しにきたのよ……」

 

「とりあえずは挨拶だけさ、また来るよ」

 

(とりあえず一つの目的は果たせたしね)

 

 神子は体を浮かせ、空へと飛んでいった。

 こっちもこっちで無駄に疲れた霊羽は深いため息をつき、しゃがみ込んで頬杖をつく。

 

(それにしても……この間の変な集まりに、今回の橙……というか紫達とあのミミズクの雰囲気……)

 

「……はぁ、なんだか難しいことばかりでお腹すいちゃった。巫女ってこんなに大変なのねぇ。あうん、ご飯の準備をお願い」

 

「あ、はい!今すぐ取り掛かりまーす!」

 

 いつの間にか空には雲がかかり、雨が降り始めていた。少しずつ増えてゆく雨の量と今の幻想郷が重なる。幻想郷は……あまりいい方向へと進んでいない気がする。



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07:マヨヒガにて

 豊聡耳神子との衝突を避け、橙を回収した後マヨヒガに戻ってきた八雲藍はなんとも不服そうな顔をしていた。

 

「……紫様」

 

 橙を抱えながら主人である紫に藍は声をかけ、それに対し何も言わずに紫は振り向いた。

 

「豊聡耳神子を放っておいてもよかったのですか?」

 

「そうね、放っておくべきではないわ」

 

「だったら!」

 

「冷静になりなさい“八雲藍”。まだ時期尚早って奴よ

 ……ただ、幻想郷……私の幻想郷で好きにはさせないわ……絶対に」

 

 その時、紫の背後からパタンと戸が開く音がした。そちらへ振り向くと、長いブロンドヘア、北斗七星が刺繍されている服を着た少女が立っていた。

 

「隠岐奈、久しぶりね」

 

「やぁ紫、あいも変わらず元気そうだな。

 それにしても……実に、実に無様だな?」

 

 摩多羅隠岐奈はやれやれと言った体制を取り、鼻で笑う。心底馬鹿にしたような表情にはムッと来るようなものがある。

 

「隠岐奈様!」

 

「藍、鎮まりなさい」

 

 くつくつと笑い侮辱する隠岐奈に対し、藍は噛み付く様な目つきで食ってかかろうとするも紫がそれを禁めた。

 

「やけに感情的じゃないか藍。その猫がそんなに大事かい?たかが式じゃないか、また新しく作れば良いだろう?

 まぁ、紫に感謝する事だな。私は神だが寛容なわけじゃない、そのまま私に攻撃なんてしてたら橙と同じことになっていたぞ」

 

 この神は実に神らしい神と言える。いくら格下でも不遜な態度であれば必ず罰し容赦などしない、そんな存在である。九尾の狐といえど万物に在りながら万物に在らず、あらゆる物や者から信仰を吸い上げる“天衣無縫に隠された絶対秘神”には叶わない。

 

「まぁ、あの太子が相手だしょうがないとは思っているよ」

 

 隠岐奈は自らが生成した戸に腰掛ける。

 

「へぇ、彼女を随分と評価してるのね」

 

「当たり前だ。飛鳥の頃、あいつは盟友であり、上司であり……ふふっ、色々な仲だったよ」

 

「……私は貴女と彼女の関係なんて興味がないわね」

 

「おっと、すまない。太子の凄い所……いや、恐ろしい所はシンプルにその才覚だ。

 仙人というのは永い年月を生き、その間も鍛錬を繰り返し、生きれば生きるほど強くなる。だが、太子は飛鳥の人物といえど眠りから覚めたのは最近、奴の体感時間的には数十年だろう」

 

「……つまりどういう事でしょうか?」

 

「その数十年だけであいつの師匠である邪仙を、最低でも1000年は下らない時の中鍛錬し続けている奴をすでに追い越している。いや、封印前の尸解仙として眠る前の時点でその片鱗は見せていたな。

 ……まぁ要するに、アイツに対して時期尚早なんて言葉はない。刻と共に成長し続けている」

 

「なるほどねぇ、参考にさせてもらうわ。

 それにしても……貴女は彼女の事を話す時、いつもイキイキしてるわね」

 

「当たり前よ。さっきも言ったが、太子は盟友だ。立場は違えど、一度は志を共にした者だ。……勿論、場合によってはアイツであっても全力で排除するのには変わりはない」

 

「……ほんとかしらね?貴女はなんだかんだで甘いもの。霧雨魔理沙だって……」

 

「魔理沙はあの計画に必要なものだろう?確かにアイツは気に入っているが、気に入ったからああしたわけじゃない。私から気に入られるほどに、元から才能や運などに恵まれてたんだ」

 

「ふぅん、まぁ貴女との付き合いは長いし、一応信用しておくわ。

 それと、その豊聡耳神子が貴女によろしくって言ってたわよ」

 

「へえ、1000余年ぶりに会ってみようかな。いや、善は急げって奴だ。早速出向いてみようかね」

 

 そういうと隠岐奈は腰掛けている戸に座ったまま、バックロールエントリーの要領で倒れ込みそのままパタンと戸がしまった。

 それを見送った藍は不安そうに紫に話しかける。

 

「……良かったのですか?」

 

「彼女の幻想郷への愛は本物よ。ただ違うのはその先、最終的な到達点、そこが私たちとは違う。気をつけなさい、隠岐奈は味方だけどそれがいつまでなのか何て彼女にしか分からないんだから」



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08:阿典と霊羽

「相変わらずおっきい家ね……」

 

 霊羽が見上げているここは稗田邸前、正門と塀を見るだけで幻想郷にあるどの家と比べても規格外と言えるほどの大きさを誇っており、広い敷地の向こう側に見える家は遠近感を狂いそうになるくらい大きい。

 

 住んでいる者は薄命で転生を繰り返している人物である。彼女の転生は閻魔によって認められた物であり、つまりは生と死、現世と常世を司る法のもとに定められたとてつもない物なのである。

 

 その権威はそこんじょそこらの神など遥かに超越した物であり、この様に巨大な屋敷を構えれるのは当然である(そもそも権威以前に、稗田の転生者としての役割に広い敷地が必要になって来るのもある)のだ。

 

「ここの使用人達堅っ苦しくて苦手なのよね……」

 

 そう言いながら霊羽が戸を叩いて自分が来たことを伝えると、中から出てきた使用人は霊羽の思った以上に堅く堅く堅いのである。ただ家に入れるだけで何故このような重い雰囲気を出せるのか、そして出す意味がわからない。自分のとこ見たくお賽銭をくれたら上客、それ以外はなんかいる奴くらいに思ってくれりゃいいのに。そう思いながら廊下を歩いていると、他よりも豪華な襖の前へと案内された。

 

「こちらへ」

 

「は、はい」

 

 使用人の声かけの後、開かれた扉の先のこじんまりとした部屋に入ると書物に何かを書き記している美麗な乙女がいた。艶のある美しい髪に雪原のような肌、煌びやかな着物に身を包んだ少女の名は稗田阿典である。

 彼女はこちらに気がつくと、薄く笑った。

 

「ごきげんよう、霊羽。こちらへ」

 

 声や喋り方もまさに貴婦人といったような物で、ただ喋っているだけなのに色気を感じてしまう。

 言われた通りに阿典が執筆作業をしている机の対面側に座る。そして阿典は使用人に「下がりなさい」と一言告ると、深々と頭を下げた使用人は襖を閉め、足音が遠ざかっていった。

 使用人が去り、しばらく沈黙が続く。完全に去ったのを確認すると、阿典の気品あふれる表情は一気に崩れて美麗な乙女は可憐な少女へと変わっていた。

 

「はぁ、うちの人達って本当に堅苦しいわよね」

 

「ほんとよほんと!一々あんなんしないと接客できないのかしら?めんどくさいわよー!」

 

「まぁ、彼らなりに私と私の血筋を大事に思ってるのよ」

 

 そういうと彼女は何やら裾の中をガサガサと漁る。そこから取り出したのはキセル、つまりは煙草である。

 

「……阿典ちゃんって何歳だっけ?」

 

「年齢?16よ。

 ……あぁ、コレ?」

 

 そういうと阿典はキセルをペン回しのようにクルクルと回転させる。灰は一切溢れておらず、数百年間転生し歴史を記してきた指捌きだ。

 

「どんだけ健康に生きても30で死ぬのよ?気になんてしてもしょうがない」

 

「そ、そう言うもんなのね」

 

「そう言うもんなのよ」

 

 阿典がキセルを咥えると火皿の中が紅くなる。ふぅっと息を吹き出すと、それを沿うように煙が呼吸の形を象る。自分に煙が当たらない様に横を向いてくれているが、整った顔立ちと鮮やかな着物、彼女を包み込む煙がまるで花魁のようだ。

 

(なんか……妙に色っぽい……)

 

「……ん、どうかした?」

 

「え?いや、何でもないけど」

 

「そう?まぁいいけど。

 ……で、貴女を読んだ理由(ワケ)なんだけど、鈴菜庵は知ってるわよね?」

 

「うん、私もたまに本を借りたりしてるわ」

 

「それなら話が早いわね。あそこの看板娘の弥鈴(いより)と私は仲がいいんだけど、最近相談を受けてね」

 

「相談?」

 

「あそこはたまに何かしらの魔力を纏った本が入荷されたり生まれたりするんだけど、ある程度なら普通においてるのは知ってるわね?

 けど、あまりにも強い怨念や呪いが纏わりついてて危険な物は店の奥に封印してるらしいんだけど……最近、それが盗まれちゃったみたいなのよね」

 

「それはまた」

 

「危険なものって言ってるだけあって中には複数人の人を簡単に殺す様な物がたくさん……今の幻想郷の情勢の中、こんな物を盗んだ愚者がやる事なんて考えるだけでも気が滅入るわ」

 

「もし、それが賢者たちの“耳に入ったら”………」

 

「察しが良くて助かるわ。彼女達は当然この状況を把握しているし、みんなそれを知っている。しかし、賢者の面々に表向きに、正式にそれを把握したという状況になった時は彼女達も動かなければならなくなる。彼女らが目立つ事をしたくない今」

 

「……だから弥鈴さんの友人である阿典ちゃんの依頼として私を呼んだのね」

 

「その通りよ」

 

 神や妖怪は面子で生きていると言っても良い。神は畏れを、妖怪は恐れを糧に存在しているのだ。

 

「……そういや賢者たちが目立ちたくない理由って……その、博麗霊夢と関係があるの?」

 

 阿典は一瞬驚いた様な表情を浮かべた。しかし、すぐに笑みに変わる。くつくつと笑いながら手で口元を隠す姿も……

 

「そうね、なんと言おうかしら」

 

「やっぱり知ってるのね」

 

「えぇ、もちろん。私は本来この時期は閻魔の下で働いてるのよ?その閻魔も辞め、私の働く期間もかなり削られて転生、そして記録を残す立場に改めて就く。

 結構渦中の人物かもしれないわね私」

 

「あの、それならその事について詳しく教え「ダメ」てって言おうとしたのにさぁ!」

 

 「私にはその詳細知る義務はあっても話す義務はないわ

 ……まぁでも、

この依頼を解決してくれたなら少しだけ話を聞いてあげてもいいわよ」

 

「ほんと!?」

 

「約束するわ」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 霊羽が去り、1人になった部屋には自分の吐いた煙が立ち込めていた。

 自分の数少ない娯楽、膨大な見聞した物を書き記すという役割の合間に一人で楽しめる趣味なんて数えるほどにしか無い。

 

「ふふっ……バレたらまた怒られちゃうなぁ……」

 

 数十年前の情景が甦る。紅白の装束に身を包んだ少女や白黒金髪の魔法使い。

 脳ではなく魂に刻まれた記憶にノスタルジックと近い感情を抱き、賢者たちの計画を思い出す。自分自身に課せられた(ことわり)さえをも捻じ曲げてなされるその計画は、粗方の内容を知っている自分には倫理とは何かという疑問を抱かせる。

 

 ふと、とある違和感に気付いた。自分の執筆部屋は集中力を上げるために少し小さめに作っていて、キセルを使えば少々煙が立ち込めてしまう。

 しかし、さっきまで漂っていた煙が薄くなっているのだ。天井にある煙を逃すための孔はまだ開けておらず、別の場所に煙が逃げているのは確かである。

 

「やぁ、稗田阿典」

 

 後ろから語りかけてくる声は幾度か聞いたことがある……というよりも“知っている”転生する前、それも阿礼の時代でも聞いたことがあった。

 

「お久しぶり……で良いのですかね?」

 

「好きにするといいさ。

 そんな事より今回の件はよくやってくれたよ、さすが御阿礼の子だ……だが」

 

 するりと白い腕が阿典の首元に滑り込んできてその先の白い手が口を軽く塞ぐように頬を掴む。

 

「やるべき事をやるだけで良いのだよ。家畜は自らの運命を知らない、知る由もないから種の保存という繁栄ができたのでは無いか?」

 

「知る由がない家畜には選択することができません。種の保存以外を選べない者たちに客観でしかない幸せを押し付けるのはエゴという物ではないですか?」

 

「ははは、何をいう。

 本来、私にとって家畜の幸せなど本来どうでも良い事。我々の繁栄、幻想郷の繁栄に必要な家畜にせめてもの優しさとして繁栄をくれてやっているのだ。

 処刑される罪人に最後の晩餐と称して恵んでやるのと一緒だ、絶対的に上位である我々からのな。それを含めて選択肢がないのだよ」

 

「家畜からの供給を得ないと存在できない妖怪や神が上位と?」

 

「父や母がかならず上というわけでもないだろう。ウラヌスはクロノスに斬られ、クロノスはゼウスに討たれた

 ……とにかく、余計な事をする必要はないのだよ」

 

 するりと手が離れてゆき、チラリと背後を見てもそこには何も無かった。

 はぁ、と浅いため息をついた阿典は博麗の巫女の事を思い出していた。

 

「霊羽……」

 

 微かな声で呟いたその名は、幼き頃からの友人の名前である。

 友人に待ち受ける運命に、阿典は涙を流すことしかできなかった。



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09:魔本と図書館とメイド

 阿典の依頼をうけ、霊羽は早速鈴菜庵にきていた。事件解決に向けて弥鈴に詳しく話を聞くも、当然ながら得られる情報はかなり少なかった。 

 

 たまに本を借りるため見慣れている光景、今日もいつもと変わらないのだが一点だけ目に止まるものがある。

 

 入り口付近の本で立ち読みをし、時々色々とメモをしている少女がいる。その少女は磨かれた銀の様な美しい髪にダークサファイアの様に引き込まれそうな青い目、白い肌を包む服はいわゆるメイド服であった。

 

「そういやあの子、この間のミミズクとかがいた変な集まりにいた気が……」

 

 事件が起きている場所に、事件を起こしそうな奴らの一員がいる。疑うのは摂理である。

 しばらく本棚の影に隠れて銀髪メイドを監視していたが、瞬きをしたそのほんの僅かな暗転の間に彼女の姿が消えていた。

 

「あっ!!?」

 

 急いで視界の中から銀色を探すが全く見つかる気配はない。しかしその行動もとある感触によって強制的にキャンセルされる。冷たく硬いものが首に押し付けられる感触。この冷たさは金属特有のもので、さらにこれが刃物であることは容易く想像できた。

 

「何か用?」

 

「ひぇっ!タ、タンマ!タンマ!」

 

「巫女服……あんた……博麗霊羽じゃない。

 ……で、私に何のよう?」

 

 冷たい物が首にヒタリヒタリと触れる度に体ピクリと反応してしまう。

 

「あ、あなたが!えっと……!この前の怪しい集まりにいて……!その……えぇと……最近事件が起きた鈴奈庵にいたから……!」

 

「事件?」

 

「危険な本が盗まれたのよ!!」

 

「はぁ〜?何で私がそんなもの盗まなけりゃならないのよ」

 

 銀髪メイドはため息をつきながら震えている霊羽の体を解放し、ナイフを太もものホルスターしまった。

 

(わ、私の背後をとるなんて……)

 

「あ、あんた何者よ!」

 

「私?私は十六夜咲耶、紅魔館のメイドをやってる」

 

「紅魔館……あのへっぽこ吸血鬼がいるって噂の……」

 

「あ?お嬢様舐めてっとぶっ殺すわよ?」

 

 いつの間にか手に握られてるナイフを見て凍りつく霊羽、自らの命を守るために迅速に話を変えなければならない。

 

「ね、ねぇ!あなたの知り合いで本に関係あったりする人いない!?」

 

「いるわよ」

 

「ほんと!?」

 

* * * * * * * * * *

 

 いたずらで弾幕を放ってくる妖精を撃ち落としながら湖の上をしばらく飛んでいると、一つの大きめな建物が見えてきた。名は体を表すとはよく言った物で、紅魔館と呼ばれるその館は血に染まった様な紅い色をしていた。

 

 門の前に降り立つと、何やら中華風味のある衣装を身に纏った少女が門に背中を預けて寝息を立てていた。

 咲耶はため息をついて近づくと、思いっきりデコピンをかました。

 

「いったぁぁぁぁあ!!!!??なになに!??

 って、咲耶ちゃんか……」

 

「美鈴さん寝すぎだよ〜、姉さんじゃなくて私で良かったね」

 

「こ、この事は磐那(いわな)ちゃんには……」

 

「大丈夫、言わないよ〜」

 

「はぁ〜、よかった……あれ?そそちらは……博麗の巫女じゃない?何かあったの?」

 

「本関連でなんか事件起きたらしくてさらパチェ様に話聞きたいって言うから連れてきたの」

 

「あぁ、そういう事。まぁ……通してもよさそうね」

 

「ありがと美鈴さん。ほら、いくわよ」

 

* * * * * * * * * *

 

 門を通って廊下を過ぎると、何やら図書館の入り口であろう大きな扉が佇んでいた。

 

「ついたわよ、この扉重いから自分で押してね」

 

「えー、あんたメイドじゃないの?私は客人よ!」

 

「ほどほどに手を抜くと言うのが一番!姉さんみたいにバカ真面目にやっても疲れるだけよ」

 

「お姉さんいるんだ……ってぐぉぉお!おっも!!」

 

「そう、お姉さんもこの館に勤めてるわ。無口で冗談通じないから注意ね〜。

 ほら、どきなさい」

 

 霊羽に変わって咲耶が扉を押すと、鈍い音を立てて少しずつ扉が開いた。華奢な体のどこからこんな怪力出るのだろうか。

 

「疑問なんだけど、最初からあんたがやれば良くない?」

 

「えー、めんどくさいじゃん。で、開かないともっとめんどくさいから開けただけ。ってかあんたが開けらんないのが悪い」

 

「ほんと幻想郷(ここ)ってアンタみたいなの多いわね」

 

 扉をくぐるとついに目的の相手との対面である。少し離れた所に紫髪の少女が座って読書をしていた。

 彼女の名はパチュリー・ノーレッジ。紅魔館の参謀的な存在で、暴走しがちな館の主を諌めるのも彼女の役割である。

 

「パチェ様〜、お客さんですよ〜!」

 

「そう」

 

「いや、興味なさすぎですよ〜」

 

「どうせ魔理沙でしょ?」

 

「いえ〜、今日は黒白じゃなくて紅白ですよ」

 

 その言葉に反応したのかチラリとこちらを見るパチュリー。しかし、すぐにその視線は手元の本へと引き戻される。

 

「そう」

 

「結局興味ないんじゃないですか!」

 

「……で、なんの用なの?」

 

「え?」

 

「何か用があってきたんでしょ?わたしに」

 

「あ、えっと!」

 

「鈴菜庵の魔本でしょ」

 

「えっ!?そ、そうよ!でもなんで……?」

 

「普段から咲耶に頼んで魔本を集めさせてるからフツーにそう言う情報は入ってくるわよ」

 

「な、なるほど。とりあえずそれについて情報とかあるなら……」

 

「ないわね、でも」

 

「でも?」

 

「探すのに協力してあげても良いわよ」

 

「ほんと!?」

 

「ホント。ただし、盗まれた本は私がもらうわ。

 悪い話じゃないはず。たかが魔本が持ってる力なんて私にとってわざわざその本を行使する必要もない物だし、何よりここに置いとけばまた盗まれるなんてほぼないわよ」

 

「えぇと……ちなみになんで欲しいの?」

 

「コレクション」

 

* * * * * * * * * *

 

 パチュリーに理があることは理解したので、取り返した本は彼女に渡すことにした。

 いま私はこの図書館でとある本を探している。パチュリー曰く、鈴菜庵においてある魔本は特に処理をされていないので魔力が少しだけ漏れており、追跡はそう難しいことではないらしい。

 そのために彼女の指定した追跡を行うための手順が記されていると言う本を探している最中なのである。

 

「にしても……ここかなり埃っぽいわねぇ……。あの人こんな所で四六時中過ごしてるらしいけど病気になんないのかしら……ひっ!?」

 

 突如、冷たいものが首筋に触れて声をあげてしまった。この感触は先ほどにも味わったばかりのもので、十中八九ナイフであろう。

 

「ちょっと、咲耶ちゃん?今探してるから……」

 

 刃物を押し付けている輩の方を振り向いて身が凍りついた。端的に言うと自分の首元にナイフを当てていた存在は咲耶ではなく、メイド服に恐ろしい異形の仮面をつけた少女だった。

 




この磐那と咲耶と言う名前は小ネタみたいな感じです。
伝われば少し嬉しいです笑
東方……というより日本神話が好きなひとはわかりそうですね。


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10:人妖の壁

だいぶ遅くなりました!
頭の中でプロットが浮かんでいてもそれを文字に起こす体力と能力は持ち合わせていないのです……


 霊羽が仮面の少女に出くわしている頃、伊吹萃香は暇という強敵に苦戦していた。

 

「はぁ〜〜〜〜!」

 

「ちょっと萃香さんうるさいですよー。普段あれだけ執着してる霊夢さんの事とか調べればいいじゃないですかー」

 

「お前はバカだなぁ。いくら私とはいえ賢者らに目をつけられてる今、簡単には動けはしないよ。それに幻想郷中に探知型の結界が張り巡らされてる」

 

「そうなんですか?」

 

「ああ、そうさ。そこら辺に見えない鳴子だらけになってるようなもんさ。すぐ行動がバレちゃう」

 

「えー、鬼って意外と大したことないんですね」

 

「鬼を、しかも四天王が壱の伊吹童子を前にしてそんなこと言えるアンタは大した奴だよ………あ、いいこと思いついた」

 

 萃香は上体を起こしてパチンと指を鳴らすと、目の前に角のないひとまわり小さな萃香が現れた。

 

「何ですかそれ?」

 

「これは私の能力さ。私の分身、こいつに探らせる」

 

「そういや萃香さんって霧になることが出来るんじゃないですか?それやれば簡単なんじゃ」

 

「そうもいかない。確かに霧散すれば賢者共(ヤツら)には見つからないが、結界に引っかかってしまう。

 逆に私が結界を欺く為の術をかけりゃ結界そのものには引っかかりはしない、だが直接その術を感知されちまうのさ。

 だからこれがちょうどいい。賢者共(ヤツら)にギリギリ見つからない霊力の小ささと、結界を掻い潜れる術をギリギリ発動できる霊力の大きさがね」

 

「へぇー、よくわかりませんがすごい術ですね」

 

「そうだろうそうだろう!よし!では言ってこい!」

 

 萃香が指示を飛ばすと、小さな萃香は宙を舞って空へと飛んでいった。

 

「ちなみに私か分身自信がこれを解除するか、あれが分身としての形を失う……まぁ、死に近いね。それを迎えた時にあいつが手に入れた情報が私にフィードバックされるのさ」

 

「どこかで見たような設定ですね。……あれ?そういや萃香さん」

 

「ん?なに?」

 

「いやぁ、あの小さい萃香さんを使役するだけの術なら結局オリジナル?のあなたは暇なのでは?」

 

「…………暇な時は……寝るのが1番さ」

 

* * * * * * * * * *

 

 小さな萃香(以下、萃香)は賑わう人里の隅に隠れ、色々と物色していた。

 

(あのウサギは相変わらず薬を売っているのか……)

 

 数十年振りの人里は意外と知った顔が以前とほぼ変わらずに暮らしていた。しかしウサギの他にも以前通っていた居酒屋にて仕込みをしている座敷童と夜雀や、屋根の上でつまらなそうにしている鴉天狗(クソブン屋)、屋台のようなものを立てて埴輪を売っている神とその護衛みたいなヤツなど人外の割合が目に見えて増えていて、本当に以前と違うのを実感させられる。

 

 とりあえず情報を持ってそうなカラスを捕まえて色々と聞くことにした。

 

 屋根に寝転がっている少女の頭あたりに立って顔を見下ろすと、彼女がこちらに気づく。その瞬間、表情がまるで嫌なものにでも出くわしたかのように歪む。

 

「あややややや!!??す、萃香さん!?」

 

「おや、この姿でも私のことがわかるのかい」

 

「山の妖怪が鬼を目の前にして気づかないなんてあり得ませんよ……というか、帰ってきてるって噂は本当だったんですね……」

 

「おや、噂を聞いておきながら噂のままに留めておくのはブン屋としてどうなんだい?」

 

「いやぁ……あ、相手が鬼となりますとねぇ……あはは……」

 

「はぁ……お前ら山の連中はなんで私ら鬼にそんなにビビってるんだい?飲み会開いたりしてむしろ仲良くやってるじゃないかい」

 

(それで鬼同士で酔っ払って大騒ぎするからみんな怖がるんですよ……)

 

「まぁいいや、なんか面白い話とかないの?私が来る前と比べて変わった点とかさ。あ、弾幕ごっこについては知ってるよ」

 

 そうですねぇ……とメモ帳をパラパラとめくりネタを探す文。ブン屋の命であるネタを他人にさらす行為を惜しげも無く行う事がいかに天狗が鬼を恐れているかを体現していた。

 

「当然気付いてらっしゃると思うんですが、人里にて人ならざる事を隠さない妖怪が増えてますよね?」

 

「そうだねぇ、その辺の経緯はある程度知ってるよ」

 

「それは話が早くて助かります。

 それでですね、やっぱりこのような雰囲気の中でも妖怪の事を憎む人間はそれなりにいるんですねぇ……人里から妖怪を排斥しようって団体があって、それがなにやらよからぬ事を企んでいるらしいんですよ」

 

「へぇ〜……で、そのよからぬ事って?」

 

「さぁ?なんなんでしょうね?そこがわかるなら苦労はしませんよ〜」

 

「アンタも意外と役に立たないねぇ」

 

「しょうがないじゃないですか〜。だって妖怪憎んでる集団ですよ?忍び込もうとしても対妖怪の策なんて綿密に練られてるに決まってますよ。いくら私でも危険です」

 

「はぁ、いつの間に山の妖怪は腑抜けてしまったのかねぇ」

 

「別に全く情報を手に入れてないわけじゃないんですよ」

 

「へぇ、たとえば?」

 

「そうですねぇ、やつらの中心人物とか?

 ほら、あちらにいらっしゃいますよ」

 

 文に示された方向へ視線を向ける。指は賑わう人々の中の金色の目、金色の髪の少女へと向けられている。

 

 

「え……?

 魔理沙………!?」



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11:探知

めちゃくちゃ遅くなりました( ; ; )
霊羽と萃香のパートは分けたかったので2話同時に投稿しましたが、区切りの良さ敵に霊羽パートがかなり短くなってます^^;


「んん……うぅん…………ハッ!?」

 

「あ、起きた」

 

 声の方を見ると赤い髪をした少女がこちらを見下ろしていた。体を見ると桃色の泡の塊のようなベッドに寝かされている。どうやら気絶したようで異形の仮面を見てからの記憶がない。

 

「パチュリー様!起きられましたよ!」

 

「そう、じゃあそれはいいわね」

 

 パチュリーが指を鳴らすと心地の良い泡のベッドは弾けて消え去り、硬い床の上にお尻をぶつけることになる。

 

「い、いてて……あ、そう言えば本は……」

 

「磐那が見つけてきてくれたわ……あぁ、この子が磐那ね」

 

 パチュリーがそういうと、隣にいた先程の少女がペコリと会釈した。

 

「咲耶の姉よ。こんな仮面つけてるせいで失神してたみたいねアンタ」

 

 磐那は頭の後ろかいて照れ臭そうにしている。それを見た霊羽は見た目によらず人間味があったので少し安心するのであった。

 

「とりあえず準備は揃ったわね。あとはあいつが来るのを待つだけなんだけど……おっと、きたみたいね」

 

 パチュリーは読んでいた本を閉じて入り口へと視線を移す。するとバァン!と大きな音を立てて扉が勢いよく開き、見覚えのある少女が入ってきた。

 

「すまんすまん、遅れちゃったぜ!」

 

「魔理沙、30分遅刻」

 

「そんなの気にするなよな。1時間以内なら誤差だよ誤差」

 

「あんたねぇ……」

 

(うーん……なんだろう)

 

 霊羽はいつもの霧雨魔理沙とは違う気がして眉を潜めている。いつもはもう少し落ち着いた雰囲気な気がする……これが素なのだろうか?2人が友達のようで……何だか………。

 

(なんだろう……何か……わからないけど、わからないけど心に何かを感じる……気がする……あ、そう言えば昔……)

 

「霊羽、どうしたんだボーッとして」

 

「え?えーと……あれ、なんだっけ……忘れちゃった」

 

「さっさと始めるわよ2人とも。気絶したり遅刻したりしてる間に準備なんて済ませてるんだから」

 

 パチュリーは重い腰を上げ、ふわりと大きな机を飛び越えて床に少し広いスペースのある場所へと移動した。怠そうに床にチョークで魔法陣を描いてゆく。

 

「魔本を探すのってここまで大掛かりなんですね」

 

「これは逆探知されないための魔法の物よ。ただ探すだけならこんな事しなくても良いのよ。でも、魔力の痕跡を辿るって事は張った糸を手繰っていくような物。糸の先にいる者には気づかれちゃうわ。

 魔法の心得がない相手なら気づかないかもしれないけど、あのレベルの魔本を狙って盗んでいく相手、用意周到でちょうど良いくらいよ……よし、これでOKね」

 

 パチュリーはコホンと小さく咳払いして魔法陣に手をかざす。そして何やら呪文を詠唱すると、魔法陣の白い線が怪しい紫色に淡くひかり始めた。

 そして次の呪文を唱え始めれば魔法陣の中心に火が灯り、その中に一枚の紙を投げ入れると高い天井を貫かんばかりに炎が燃え上がる。そして次第に炎の強さは収まってゆき掌サイズまで焼けつつもまだ炎に包まれている紙切れが中心に残っていた。それをパチュリーが拾い上げる。

 

「これに最後の仕上げをすると、探し物がある場所をこの魔法の使用者が知っていれば名前が浮かび上がるわ」

 

 そういってパチンと指を鳴らすと、炎が妖しく揺らめく。現れた文字を見るために霊羽達は彼女の周りに集まり、紙をじっと見守っている。少しずつ、少しずつ浮かび上がってきたその場所は、霊羽もよく知るあの場所だった。



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12:不穏な種

 組織の幹部という少女の姿は、いつもの白黒少女そのものであった。

 

「魔理沙……!?」

 

「いえ、魔理沙さんではありません」

 

「……じゃあ他に誰だって言うんだよ、他人の空似とでも言うのかい?」

 

「それが他人というわけでもないんです。彼女は霧雨理奈(りな)、魔理沙さんの兄弟のひ孫に当たる人物ですね。霧雨商店の看板娘にして裏の顔は反妖怪団体の幹部です」

 

「へぇ、それにしても似てるね……で、なんでまた魔理沙の親戚なんかが……」

 

「こ、これ以上はヒミツです!腐ってもジャーナリストですからね!それに貴女なら自分でも調べられるでしょう?」

 

「チェッ……まぁ、ここまで教えてもらったし一応礼は言っとくよ。暇潰しのネタも増えたしね」

 

* * * * * * * * * *

 

 その後しばらく詮索して回ったものの、やはり伊達にこの幻想郷で反妖怪団体をやっていないようで尻尾すら掴めず萃香はうなだれていた。

 

 気がつけば当たりは黄昏が里を包み始めている。しかし提灯の煌めきや鯢呑亭などの点々と一部の店の光しかなかった数十年前とは違うようで、人里は明るい昼から明るい夜へと変貌していく。

 

「飲み屋が増えてるのは良いんだけど、なんだか落ち着かないね……」

 

 とりあえず酒を飲もうと店へ向かうことにした。今回は行きつけだった鯢呑亭をあえて選ばず、里の外れにある小さな屋台に決めた。

 

 その屋台からは蒲焼の香ばしい匂いが放たれていて、一日中霧雨理奈に着いて調べ回った空腹の萃香を惹きつけるのには十分であった。

 暖簾を潜ろうと手を伸ばすと、中から何やら懐かしい声が聞こえてきた。

 

「だからぁ〜ヒック、永遠亭は私が支えてるんだってばぁ〜ヒック」

 

「鈴仙ちゃんいつもこき使われてるじゃ〜?ヒック」

 

「うっさいわねぇ……縁の下の力持ちってやつよぉ?ヒック、あんたこそ大食いおばけに振り回されてるじゃないヒック」

 

「ゆ、幽々子さまはヒック、私がいないとダメなんだからしょうがないじゃないヒック」

 

「ちょっとお客さん達飲み過ぎですよ?毎回ここで潰れられても困るんですよぉ……ん?あ!いらっしゃい……って、あら!お久しぶりですね!」

 

 夜雀がらこちらに気づき話しかけると共に白い頭と紫の頭が同時に振り向いた。

 

 片方は白玉楼の庭師こと魂魄妖夢である。半霊である妖夢は人間より歳をとるスピードがかなり遅いものの、やはり数十年の時が経つとすこしだけ雰囲気が変わり少女という括りから半歩だけ進んでいるような見た目(人間で言う17歳ほど)にまで成長している。

 もう片方は鈴仙・優曇華院・イナバ。見た目は以前とほとんど変わってないみたいである。

 

「うわ、懐かしの小鬼だぁ!あんたどこに行ってたの?」

 

「鬼ぃ〜?ふふん、このイーグルラヴィのエースだったこの私が退治してあげましょうかねぇ!」

 

 ゲラゲラと笑いながら萃香の肩をバシバシと叩く2人にミスティアは青ざめている。

 

「ふ、2人とも酔いが覚めたら血の気引きますよ……」

 

「大丈夫だよ店主さん。見てな、よく酒を飲む鬼はこんな術も使えるのよ」

 

 萃香が指をパチンッと鳴らすと、数秒後馬鹿騒ぎしていた馬鹿2人の動きが止まった。

 

「な、何したんですか?」

 

「なーに、簡単な事だよ。酔いを覚ましてあげただけ」

 

* * * * * * * * * *

 

 俯く馬鹿2人。酒に呑まれている間に何をしていたのかははっきり覚えているようで、青ざめ肩を縮こまらせている。

 

「……あ、あはは。お、お酒って怖いですね……あはは」

 

「おいウサギ」

 

「は、はい!ななななんでしょうか?」

 

「私いまちょーっと調べ物しててさぁ、あんた日頃から薬関連で人里歩き回ってんだしちょっとばかり情報とかくれないかい?」

 

「そ、そんな事なら!え、えへへ……」

 

「そんなに畏まらなくてもいいんだよ?いーぐるらゔぃ?のエース様には頭が上がらないからねぇ」

 

「あ、あははは!そ、それでどのような情報を?」

 

「霧雨理奈ってのは知ってるだろう?」

 

「えと、確か霧雨商店の子ですよね?あの魔理沙さんそっくりの」

 

「そうそう、その子についてなんだけどさ反妖怪組織に入っててしかも幹部って聞いたんだけどさ、その辺のこと詳しく教えて欲しいんだよね」

 

「うーむ、私もあくまでお得意様の一つであって詳しくはないのですが……彼女がそのような組織に属しているのは魔理沙さんと関係があるってのは聞いたことありますね」

 

「魔理沙と?」

 

「はい、それにそう言う組織に所属しているだけのことはあって妖怪に強く憎んでるらしいです」

 

「まぁ、そりゃそうだろね。妖夢の方はなんか知ってる事とか変わった事とかない?特に博麗霊夢のことが聞きたい」

 

 先程の醜態を反省してチビチビと水を飲んでいた妖夢が肩をビクリと振るわせて恐る恐るこちらを見る。

 

「変わったことといえば……最近、青娥さんがうちによくやってくるんですよ」

 

「青娥って……あぁ、あの邪仙か」

 

(そういえばこないだミミズクと紫の会話でもなんか言ってたな)

 

「幽々子様の元へ足蹴に通って何か話してるみたい……というか青娥さんが何やら交渉?しようとして毎回幽々子様が断ってるみたいですけど」

 

「なるほどねぇ、紫が言ってた事を機にするならこれも重要な情報かもだね」

 

 注文した少し高めの酒のグイッと飲み干し、萃香は席をたった。

 

「邪魔して悪かったね。はい、これお代ね。お釣りはこのバカたちの分に当てな」

 

「わ、すごい太っ腹ですねぇ。まいど!またお越しください!」

 

 にこやかな笑顔の店主と苦笑いでペコペコと頭を下げてる2人を尻目に萃香はフワリと浮き上がる。

 

(霧雨理奈に霍青娥……穏やかじゃないのは確かだ)



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13:狛犬と鍵と青と

すみません!リアルが忙しくたった2500文字もない駄文を書き上げるのにめちゃくちゃ遅くなりました!!


 今日も日が昇り、鬼はすでに泥酔し、狛犬は巫女を叩き起こしている。「紙切れ片手に飛び回って疲れてるから」という私の言い分に耳を貸す狛犬ではなく、無慈悲に布団を引き剥がした。

 

「あうん〜、別に少しくらい寝てても良いじゃないのぉ?」

 

「ダメです!私はあなたの身の回りの管理を任されてる立場ですので!」

 

「あっはっは、毎朝毎朝楽しそうだねぇ」

 

「あんたこそ毎朝、いや四六時中呑んでて飽きないのかしら?」

 

「飽きるも何ももはやこれが普通さ。長い時間シラフで過ごす方が飽きるね」

 

「もはやアルコールで脳みそ焼き切れてんじゃないかって境地ですね」

 

 あうんは相変わらず臆さずに物を言う子だ。見た目は12歳くらいの癖して偉くキモが座った少女である。しかし、時折見せる表情は愛犬であったり妹だったりのような感じがして抱きしめたくなる時もある。

 

 伊吹萃香はいつも飲んだくれてる小鬼である。というかコイツが何故うちに居るのかはわからない。いつの間にかうちに住み着いてたのだ。

 基本はだらしないが、数度だけ見たことあるしまった表情は姉という感じがする事もある。

 

 自分は巫女候補として選ばれる前に家族の下を離れることになった。元気にしているだろうか?少々心配である。胸の中で久しい家族の姿を思いかべる。父や母、姉と暮らす情景。笑顔の絶えない家族だった。笑顔の、笑顔 えがお

 

  えがお?

              あれ

 

        わたしに

 

 

    かぞくなんて

 

 

* * * * * * * * * *

 

「霊羽さん、霊羽さーん」

 

 ハッと目が覚めると、胡座をかいたあうんの膝に頭を乗せていた。

 

「あれ……私……」

 

「霊羽さんったら……布団剥ぎ取って床に転がしても起きないですし、体調悪いんですか?」

 

「起きない私が悪いとはいえ何してんのよ……ん、萃香は?」

 

「人里に遊びに行くってそのまま出かけちゃいましたよ。あとすっごいうなされてましたけど、なにか悪い夢でも見てたんですか?」

 

「んーと、なんだろう……あぅ……思い出せない」

 

 夢の内容について思い出そうとするとズキリと頭に痛みが奔り思考を阻害する。

 

「頭が痛いんですか?どれどれ……」

 

 横にあうんの分身が現れ、おでこにおでこを重ねてくる。吐息が耳にかかってこそばゆい。

 

「んー、少しだけ熱がある気がします!今日は1日安静の日ですねぇ」

 

「えっと、今日もいろいろ行きたいところあるんだけど……」

 

「だめなんです、今日は安静にするのが仕事です!」

 

「………ねぇ、あうん」

 

「なんですか?」

 

「……あなたは、あなたは私の味方よね?」

 

 唐突にこんな事を聞いたからだろうか?ニコニコしたあうんの表情に一瞬だけ翳りが見えた気がした。

 

「んー、えらく唐突ですね……まったく、何を言ってらっしゃるんですか?いつでも私は霊羽さんの味方ですよ」

 

「そう……よね」

 

 萃香と出会ったあの日から、何もかも違和感を感じる気がする。あうんも会話しててもほとんど気が付かないのだけど、あの日に萃香に怯えていたあうんとはどこか違う気がするのである。

 

(……そういえば)

 

 この子は賢者の1人、摩多羅隠岐奈に作られた存在だと聞く。もし、私とその神が対立した時、あうんはどうするのだろうか?

 

「霊羽さん?なんか今日おかしい……うぁっ!?」

 

 霊羽はいきなりあうんの胸元に顔を埋め、手を背中へ回しちょうど良く締め付ける。

 

「んぅ……しょうがないですねぇ……」

 

 あうんは霊羽の頭を包み込むように抱きしめ、髪をサラサラと撫でた。

 暖かい。永遠に、永遠にこのまま時が止まってしまえばきっと何かが崩れる事なんてないだろう。疑心暗鬼

 

 その光景を虚空より見つめる少女がいた。彼女の名は霍青娥、邪仙と呼ばれている。実際には博麗神社にはおらず、神霊廟と同じように作り出された仙界に隠れ家をおいている。

 彼女が博麗神社へ近づくことを賢者達はかなり嫌がってるようで、神社敷地に踏み入ると探知する呪いが青娥専用に設けられているので近づけず、遠隔で除くだけの仙術をわざわざ使っているのである。

右目に貼ったそのお札を剥がすと青娥は不満げな顔でため息をいた。

 

(べったりねぇ、あの子犬。

 めんどくさい小鬼が居ないと思っていたら……

 うーん、あの子犬は隠岐奈様の小間使いだったけ?)

 

 煙管の煙に包まれ自分の弟子の友人の事を思い出す。冷静沈着で凍血な少女、摩多羅隠岐奈。似たようなタイプでもノリも良く意外と抜けてる神子とは違って正直関わりたくない相手である。

 

(あの方から鍵を直接奪うなんて下手したら殺されかねないし、肝心な箱もなかなか手を出せないわねぇ)

 

 他にも気になることが山ほどある。賢者達と月の民の話や閻魔の諸々、最近人里によく出没する造形神についてなどだ。

 

 青娥は別にこの幻想郷の上に立ちたいとか覇権を握りたいなどの支配欲みたいな物は無い。ただ自分のやりたい事やり、欲しい物を手にれようとしているだけある。

 

 しかし、今回彼女が欲する“それ”は賢者たちが“鍵”や“箱”と抽象的な名で呼び、隠し通している物なのだ。

 それは人間、妖怪、神など幻想郷の様々な勢力が狙い、奪い合いは激化し涯には乱世を呼ぶ危険な代物でもあった。

 

(やはり狙うは白玉楼か。

 しかし悔しいわね。死霊術士(ネクロマンサー)たる私が亡霊に手間を取らされているのは)

 

 死霊術士であり、不死である尸解仙の青娥は白玉楼の亡霊乙女に対し一見有利なのである。

 しかし、仙人の不死はあくまで死神を回避する事で得る擬似的な不死であり、死そのものを呼ぶその亡霊乙女は大変珍しい仙人の天敵であった。

 

「どうしたことかしら………あ……?」

 

 どうあの亡霊を処理しようかと頭を抱えた青娥に、一つの案が浮かんだ。それは単純で効果的、今すぐにでも実行に移せるものである。

 

 「うふふ……なんでこんな事にもっと早く気づかなかったのかしら!」

 

 満面の笑みで隠れ家を飛び出した。



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14:青娥と月の刃

牛歩投稿ですみません!!!
少しずつペース上げていこうとおもってむす!!( ; ; )


「ふんふーん♪」

 

 鼻歌まじりに青い髪を靡かせて竹林を飛ぶ青娥。先ほどから竹の隙間に兎がチラチラと見えるのは、おそらく監視されているのだろう。

というか、この兎らによって自分が目的地である永遠亭へと向かっていることを月人達は把握しているに違いない。

 

 青娥の企み、それは月人達が保有する蓬莱の薬である。蓬莱人は真の意味での不死、細かくいえば不滅なのだ。即ち自分の擬似的な不死とは違いかの亡霊少女に対する真の対抗策なのである。しかし、自分が薬を飲む気はサラサラないようだ。

 

(なんとかキョンシーに使えるようにしなきゃねぇ……まぁ、そもそも薬の現物があるとは限らないけど、ついでに月人関連で調べたいこともあるし)

 

 この仙人は意外と行き当たりばったりな所がある少女である、そのせいで敵に回す存在も多い。

 

 しばらく飛行を続けて後15分も飛べば目的地に着くだろうかと言う頃、ポツンと一つの人影が見えてきた。

刀を携え、黄緑のリボンで紫色の髪を結んだその姿からは聖徳王に引けを取らないオーラが放たれている。

 

「ごきげんよう、お迎えかしら?」

 

「警告です。今すぐ引き返すか、私ではなく死神に迎えてもらうかを選びなさい」

 

「けほっけほっ、わたくし体調が悪くて永遠亭にお世話になりたいのですが……」

 

「無駄な嘘はやめてください、あなたの事は八意様から聞いています。」

 

「あらまぁ、わたくし有名人なのかしら〜♪」

 

「そうですね、もちろん悪い意味ですが」

 

「どうしても通れないのかしら?」

 

「残念ながら通す気は一切ない。

 ここから立ち去るか、鬼神長の元へと案内されるか選ぶがいい」

 

「もちろん永遠亭に行きますわよ」

 

「よろしい」

 

 依姫の体に光が灯る。それは“神降し”という巫女の奥義を体現する灯火。手を抜く事はなしない、今彼女の身体に宿る神の名は“武甕槌(タケミカヅチ)”と呼ばれている軍神である。

 依姫から放たれる凄まじい闘気、そして神威が彼女が本気だと言うことを物語っていた。

 

「すごい霊力ですわねぇ。これで動きを封じ込めておこうかしら?」

 

 余裕そうな口調のまま青娥は2枚のお札を飛ばす青娥。しかし依姫は当然の様に軽々とそれらを躱す。

 

「フン、遅いわ。博麗の巫女の使う物に比べればとまってるも同然よ。

 一撃、一閃、それで決めてあげます」

 

「警告しておきますわ。切ろうとしたら、貴女は負ける」

 

「ほざけ!」

 

 ダンッ!と地面を蹴った時の音とは思えないような爆音を発した踏み込みは、瞬時に刀の間合いへと詰めるには十分な加速を生み出した。

 

(もらった……!)

 

 勝った。依姫だけでなく、誰もがこの状況ならそう確信するだろう。

 刃が首を跳ねようとして瞬間、依姫は“本能的に”後退し、踏み込む前への位置へと戻った。踏み込んでこうなるまでの時間、推定1/100秒。

 

「……う、うぷ……おぇぇ……」

 

 吐き気が、吐き気が依姫の身を襲う。神降しはとけ、ガクガクと弱々しそうに膝が震えている。

 

「な、なんですか……“それ”は……!」

 

「ふふふ、対月人……そうねぇ……兵器、対月人兵器と呼んでも差し支えないかもしれないわね」

 

「悍ましい、そのような悍ましい物……うぷっ……!」

 

 青娥の前に佇む幼女……の死体、キョンシー。それを見て依姫は恐れ慄き、吐き気さえ催している。

 

「ふふふ、“コトリバコ”という呪物を知っていますか?胎児を素材にして作る呪物なんですけど、“箱”を人間の死体で作ってみたのがこれですの〜。

 生命や死を穢れと称して忌み嫌う月人の貴女には、より生を渇望する死の存在である水子は効果抜群って奴でしょ?」

 

 キョンシーをやさしく撫でる。

 

「それに、入ってる水子の量はコトリバコとはくらべものになりませんわよ?彼岸に行ったらたくさん材料が落ちてたのでつい張り切っちゃいまして〜」

 

「外道、外道にも程がありますよ貴女は!」

 

「よく言われますわね、その言葉〜。

 でも病人を病院(?)に行かせてくれない人にそう言われるのは心外ですわよ?」

 

「バカにしてっ!」

 

 青蛾は左右に大量の弾幕を展開し依姫を包み込む。それに対して先程と同じように轟音を立て大地を蹴り、今度上へと高く飛び上がる刀を構えた。シンプルだが、左右の弾幕を避けつつキョンシー飛び越えて懐に入ろうというのだ。

 それをみて青蛾はニヤリと悪意のこもった笑みを浮かべた。

 

 

「上へ飛ぶのは悪手ですわよ〜。

 いくら速くとも、上方向から下方向へ転換する際、必ず静止する瞬間がある」

 

「まさか!?」

 

 もう遅い。依姫が視点を動かしてそれを探した時、それはもう命中必至の位置まで飛んできていた。

 

「ホーミングアミュレット、たしかに博麗の巫女がよく使うものですわね。でも、巫女よりも遅い代わりに追尾性能は桁が違いますわよ〜。

 止まってるも同然の弾速は、止まっている相手にしかなかなか当たらないのがネックですわね」

 

 直撃した札から赤黒い鎖が飛び出してきて一瞬で依姫を縛り上げる。

 

「くっ!こんな鎖なんて簡単に……!」

 

「やめといた方がいいですわよ?」

 

「なにを……ひぃっ!?」

 

 鎖を引きちぎろうとする直前、目の前の超至近距離にキョンシーが立っているのに気づいた。

 

「その鎖に少しでもヒビが入った瞬間、その子が溜め込んでいる穢れが貴女を包み込むことになりますわよ?それでも貴女は精神を保っていられますか?」

 

「ぐぅぅ!卑怯者!!!」

 

「安心してくださいな。約30分ほどでその鎖は勝手に消えますわよ〜」

 

 くすくすと笑いながら飛び立つ青蛾、それを見ても依姫はギリッと歯を食いしばる事しかできなかった。



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15:数多の足音

すみませんリアルが忙しすぎて短い上に自分で読んでも読みにくい文章になっております(இдஇ`。)

少しずつ全体的に修正していくのでどうかお許しを(´;ω;`)


 青娥は依姫を越え、永遠亭に辿り着いた。そこは蓬莱人達が住んでいる場所である。

以前までは幻想郷における半ば診療所としての役割を担っていた。しかし、最近は余所者を一切寄せ付けず、代わりに出張所として永遠薬店が人里に設置されている。ちなみに紫髪の兎が店を任せれていて、たまにイナバと呼ばれる小さな兎が薬を運んできているようである。

 

 とりあえず中に入ると、月の頭脳こと八意永琳が出迎えて(?)くれた。

依姫とは違ってこちらを全く拒む様子はなく、居間に通されてお茶も出してくれた。

 

「てっきり門前払いで実力行使でもされるものだと思っていましたわ。何か秘密の研究みたいなものされているようですし」

 

「別に、私は誰が来ようと構わないもの。依姫の件も彼女の独断よ。

 ……ただ、拒む気がないのは私や輝夜がって話と言うことは理解しておくべきよ。私は研究がしたいだけだけど、協力者や出資者の皆様はそうも行かないみたいね。

 ほら、聞こえてくるでしょ?足音が」

 

 微かに聞こえてくるミシミシと響く一つ足音。だが奇妙なのは足音は一つなのに気配は複数であることである。

 

「たった今来たばかりのあなたに言うのもあれだけど、逃げなさい。最悪、仙人の貴方でも死ぬわよ」

 

 流石の青娥ですら身の危険を感じて永琳の忠告に素直に従い、簪を使って壁を通り抜け永遠亭の外に出てさっさと飛び立つ。幾年ぶりだろうか、ここまで全速力を出したのは。

 

(まだ……追ってきてる……!)

 

 追手はなかなかのスピードの様で距離が少しずつ縮まり、さらにどんどんと数が増えてきているのを感じる。

 

(このままでは追いつかれ……前!?)

 

 内臓が潰れたかと錯覚する様なGが掛かるほどに急ブレーキをかけ、その場に静止する青娥。

よくわからない状況だが、たしかに分かることは一つ。四方が竹で囲まれているため上手く姿が見えないが、既に包囲されている事。

 

「なんとも不気味ね。この霊気、まるで……そうだとしてもこの数は」

 

 不意に“それ”は姿を表す。そして気づくと“それら”は既に青娥を取り囲んでいた。

 

「うふ、うふふ……これじゃまるで……」

 

 青娥は少し後悔した。もしかしたら自分は、パンドラの箱を開いてしまったのかもしれない。

 

* * * * * * * * * *

 

 あたりは暗くなり、人里はまた別の顔を表す。煌びやかな里の中でも妖しい明るさを放つ通りを1人の少女が歩いていた。銀髪を靡かせるその少女の名は物部布都、彼女もまた仙人で

ある。

 

 頬を赤く染めてボーッとしている布都はつい先程まで女性と楽しい人時を過ごすお店にいた。よく見れば周りはそう言うお店ばかりで、この通りの妖しい明るさはこの町並みから来るものであった。

 

(こんなに飲んだのは久しぶりだ……)

 

 この少女は本来こう言うお店に行くような人物ではない。最近、いくら鍛錬をを重ねても成果が出ず、いわゆるスランプに陥ってきた。そこで尊敬する太子の真似をしてみよう、ということで太子行きつけのお店に入店したのである。

 

 酔いが冷めないまま人里を出て神霊廟への帰路に着こうとした時、森の奥から影がこちらへ向かって来るのに気づいた。特徴的な頭部のシルエットからそれが何者なのかはなんとなく判別できた。

 

「……青娥どの?」

 

 予想的中。指先に火を灯して照らすと、青い髪の少女がフラフラと歩いていた。しかし、明らかに普段とは違う。服は所々破れ泥だらけ、かすり傷や青アザなど満身創痍としか言えない状態であった。

 

「青娥どの!?一体なにが……!?」

 

 歩くこともおぼつかない青娥の体を支えた瞬間、彼女の体から安心したかのように力が抜けてゆく。

 

「……ハッ!?何奴じゃ!!」

 

 青娥が来た方向からない幾つもの気配を感じ、火炎を巻き上げ牽制と視界の確保をしたもののもう既に“それら”はここから立ち去ったようである。

 

(一体何が起きているのだ?青娥どのがまさかこの様な姿になるとは……とりあえず、死神が嗅ぎつける前に神霊廟に運ばねば!)



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16:賢者達の確執と造形神

相変わらずの牛歩投稿です(−ω−;)


 ここはマヨヒガ、幻想郷の管理者である八雲家の者達が住んでいる場所である。その1人、八雲藍は先日負傷し、まだその傷が癒えていない橙の看病をしていた。

 

 前腕骨及び第七頸椎骨折、寝返りも打てない大怪我である。

あの仙人の顔を思い出し、ギリ…っと歯を軋ませる。自分の可愛い式がこうも痛めつけられれば流石の八雲藍でさえも感情をむき出しにするようだ。

 

「藍」

 

 不意に名前を呼ばれ振り返る。分かり切ってはいるが、その声の主は自らの主である八雲紫。

 

「でかけるわ」

 

「どちらへ?」

 

「永遠亭」

 

「……大丈夫なのですか?」

 

「大丈夫……とは言い切れないわね。

 それでもそれが私の仕事よ」

 

「いってらっしゃいませ、お気をつけて」

 

 八雲紫は自らの能力で裂け目を開くと足から吸い込まれていき、消えていなくなった。

 

「紫様……」

 

 最近、紫はあまり体調が良くない。以前より体重に落ち、顔色も悪い。

彼女は賢者の中でも幻想郷の揉め事に最も干渉する役割にある。賢者として最も忙しいポジションにいて、何かあれば真っ先に出向く。

 

(隠岐奈様のように、裏で笑ってるだけならば……)

 

 摩多羅隠岐奈、同じ賢者でありながら紫の負担にもなっている存在である。賢者達は皆幻想郷を愛しているが、思想が同じと言うわけではない。

例えば同じ食材でも調理法次第で好みが分かれるように、同じ物を愛していたとしても愛し方が同じとは限らないのだ。

 

 正直に言えば藍は行動が予測できない上に自分の主人に負担をかける存在である隠岐奈が苦手……いや、嫌いである。

 

 今だってどこかで暗躍しているのであろう、

下手をすれば最近人里でよく見る反妖の集団にだって繋がっているかもしれない。

 

 彼女が幻想郷を愛しているのはわかっている。しかし、それは盆栽のような物だ。

自分の思い描く形にする為であれば容赦なく枝を切り落とす。自分たちが切り落とされないなんて保証はどこにもない。

 

(あの方と言えど完璧ではない。もしもの時の切り札を用意しなければ……)

 

* * * * * * * * * *

 

 ここは人里にある埴安屋。埴安神袿姫が自らの能力で作り出した埴輪を販売しているお店である。

頬杖を突き暇そうにしている袿姫と、背筋をピンと張り何時でも戦闘体制に移行できる埴輪は対照的だ。

 

「あまり売れないですね」

 

「しょうがないわよ、下手に高性能な埴輪を売ると人里の生態系(せいかつ)を壊しかねないから子供の話し相手くらいの物しか置いてないもの」

 

「何も人間如きの事など気にしなくてもいいのでは?」

 

「そう言うわけにもいかないわよ。魅須丸は怒ると怖いし、千亦ちゃんが可哀想でしょ?それに永琳も………ん?」

 

 袿姫が何かを感じて埴輪の方を見ると、剣を抜いて自分の後方へと向けていた。振り返ると、八雲藍が立っている。

 

「ごきげんよう、埴安神様。それにしてもいい反応ですね、名前は磨弓でしたっけ?」

 

 その問いかけに対し、まるで待ってましたと言わんばかりにドヤ顔で袿姫は語り始める。

 

「チッチッチッ、この子は磨弓じゃなくて磨矢よ。磨弓が最強の指揮官ってコンセプトなのに対して磨矢は一騎当千の最強の兵士としてデザインしているわ。

物理攻撃対策も完璧、強度はもちろん上昇させた上で再生速度は粉々に破壊されても数秒で再生するわ。さらに追加兵装を換装することによってあらゆる任務に柔軟に____」

 

「それについてはぜひ後日にゆっくり聞かせてください。とりあえず、我々の隠れ家へと招待します」

 

 袿姫は言葉を遮られ少々不満であったが、大人しく藍の話を聞くことにした。

 

* * * * * * * * * *

 

「___という事になります。そこであなたの協力を得たいのですが……」

 

 他者、特にあの神に聞かれぬようマヨヒガに埴安神を連れ込み、自分の意向を伝える。藍は幻想郷を愛しているものの、彼女が最も重きに置いているものは主人である八雲紫だ。時点で幻想郷や式の橙である。

 

「それで?私へのメリットは?」

 

「はい、幻想郷中に貴方の(やしろ)を建て分霊を____」

 

「お前、勘違いしているな?」

 

「はい?」

 

 袿姫の雰囲気が変わる。確かに数秒前までは目の前には気さくな少女がいた。しかし、いま藍の目の前にいるのは紛れもない“神”であった。

 

「私は性質上、社など必要ない。

 そもそも造形神(イドラデウス)の力を借りるのにその程度の対価で釣り合うと思っているのか? 」

 

 大妖怪である九尾の狐の藍でさえ気圧される程の神威。

藍は忘れていた。この神はただの神ではないのだ。

この神もまた幻想郷という範疇など超えている神の一柱であり、単身の能力だけで人間界に並ぶ一つの世界に君臨した猛者なのである。

 

「…………失礼しました」

 

「ふふん、わかればいいのよ!

 まぁ、対価はあとで決めるとして……私に何をやらせたいの?」

 

「2つです。1つ目は、伊吹萃香の排除です」

 

「おや、確か鬼だったよね?」

 

「はい、先ほど話したように私の目的は隠岐奈様への牽制及び妨害です。我々が伊吹萃香の動きを把握できないのは、おそらく隠岐奈様が噛んでいるのもあるでしょう。

 そして、もう一つは____」

 

「発見しました」

 

「……え?」

 

「伊吹萃香を発見しました」

 

 藍が要件を伝えて磨矢が口を開くまでたった数秒。その一瞬の間にあの小鬼を発見したと言う。

 

「どうやって……?」

 

「あなたが思ってる以上に私は幻想郷(ここ)を気に入ってるのよ。もう、相当に入り込んでるわ」

 

 困惑している藍を黒い笑みを浮かべ見つめる袿姫、その表情はまさに圧倒的な力を持った“上位者”の余裕であった。



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17:土塊の鬼

ヲーーーー!!!
更新がカタツムリより遅い!!!\( ‘ω’)/
ごめんなさい!!!(´つω⊂)


 妖怪の山のどこか、岩に寝転がる少女がいる。名は伊吹萃香。

 ここ最近、幻想郷の秘密を探り続けているもののなかなか手がかりを掴むことができない。能力をフル活用できればもっと楽に事が進むのであろうが、下手に動けば賢者に情報が伝わってしまう。

 

「雁字搦めってやつか……」

 

 カチャリ

 

 聞き慣れない音に瞬時に振り向くと、黄を基調とした色使いの少女がいた。

 

「………へぇ、気配すら感じなかったよ。

 私に何か用があるのかい?」

 

「お前を拘束する」

 

「ふぅん、礼儀がなってないね?生きる限り敬意は払い続けるもの」

 

「私に生命や魂などの不安定で不純な物は宿っていない。

私は神の御手によって造られた誇り高き土塊だ」

 

「つまり破壊してそのままほっぽっても環境に優しいってこったね」

 

 刹那、萃香が踏み込み拳を振るう。反応が遅れた磨矢は剣を抜かず合わせるように拳を突き出しし、ぶつかり合う拳は山に鈍い音を響かせた。

その瞬間、磨矢の腕は文字通り粉砕され後方に吹き飛ばされ、その先にあった大岩に叩きつけられた。

 

「いてて……あんなに硬いもの殴ったのは久しぶりだね……これじゃ手が赤くなってしまうよ」

 

 手をぷらぷらと振りながら自分が殴り飛ばした相手の元へと接近する。

 

(すこしやりすぎたかな……)

 

 土煙が晴れて行き次第に埴輪の姿が見えてくる。めり込み、手から左胸部まで欠損し、全身にヒビが入っている姿は何とも痛々しい。

 

「…………」

 

 そんな状況にありながらも磨矢の表情は一切変わらず、ボロボロな姿で岩を崩しながら這い出てくる様子は不気味にすら感じる。

 

「どうする?ボロボロのままやるかい?」

 

「私は完璧だ」

 

「……何だって?」

 

「神とは信仰によって成り立つ存在だ。そして神が偶像を用いて信仰を集める際、偶像そのものにも信仰が集まる」

 

「……魂がなくても気が触れるのかい?」

 

「今や私も一柱の神に等しい存在なのだ。感じるだろうこの神威を。私は今その力実感している、そしてこの力を授けてくださった創造主(けいきさま)への忠誠心は滾り止まることを知らない」

 

 突如として地面が盛り上がり、轟音を立てて形取られていく。一対の機械的なフォルムをした図太い剛腕へと変貌した。

剛腕からバーニアから吹き出したエネルギーによって浮き上がり、いつの間にか修復が完了していた磨矢の肩から細い腕にかけて包み込むように装着された。少女の体躯に羅刹の如き機械の剛腕が装着されているのはなんともミスマッチである。

 

(これは……⁉︎)

 

 知っている、この腕から溢れる赫い気質に似た物を、この気質を持っている少女を。

 

 “怪力乱神”

 

 その古くからの悪友はそう呼ばれていた。

 

「一応弾幕勝負という建前だったな。宣言させてもらうぞ、 擬似造形術『偶像腕部装甲(イドラ・ハンマー)』」

 

 ただ、淡々とスペルを宣言する磨矢。構えると、腕のバーニアに火が灯り轟々とエンジンを蒸すような音が鳴り出す。

 

「へぇ、素晴らしい名前のスペルだね。私には到底思い付かないセンスだ」

 

 軽口を叩くも、萃香は身震いをしていた。それが武者震いか、恐れから来るものかはわからない。ただ一つはっきりしているのは相手の拳は凄まじい霊力を放っていて、下手するとただでは済まない。

 

 しかし、萃香は鬼である。鬼の意地としてあんな模造品に負けたくはない。

 

 “正面から拳で迎え撃つ”

 

それ以外の選択肢なぞ選ぶ余地はない。この判断が吉か凶かなんてのはもはや些細なことである。

 

 向かい合う両者、お互いの霊力は最大までたまり合っている。刹那、人の目では追えない速度でお互いの拳が交じり合い、山中にとてつもない爆発音が響きわたった。

 

* * * * * * * * * *

 

 清鈴堂にて吉報を待つ人間に化けた藍と袿姫、団子を嗜んでいると突如テーブルに置いてあった小さな埴輪(髪型は磨弓)が騒ぎ出した。

 

『ハニッ!ハニッ!ハニッ!ハニッ!』

 

「これは?」

 

「通信端末よ、磨矢ちゃんからの連絡ね。もしもーし」

 

 埴輪がピシッと敬礼し、流暢に喋り出す。

 

『恐れ入ります袿姫様。こちら磨矢です』

 

「おつかれ様〜。で、結果は?」

 

『伊吹萃香を半分捕獲しました』

 

「……半分?」

 

『ハンマーを使用し、正面から衝突した後伊吹萃香は沈黙しました……が、捕獲しようとした瞬間に伊吹萃香の“背後”より干渉が入りその隙を突かれ伊吹萃香は魂レベルで2つに分離し川へと逃走しました』

 

(あからさまにあのお方だな……)

 

 心当たりがありすぎる藍はつらりと汗を垂らす。

 

『切り捨てられた半分は捕獲用のポッドに収容しました。こちらの損害はハンマーが中破し、ただいま自己修復中のため一時的に使用不可となっております』

 

「………ふぅん、わかったわ。及第点だけど期待外れね」

 

『……大変申し訳ございません』

 

「良いのよ、まだまだ調整不足って事ね。

 ブラスター、ブースター、センサー、シールド、バスター、レイダーのそれぞれの貴方側からの調整は?」

 

『平均70%です。まだまだ使用するには不安要素が多いかと』

 

「クリア基準を高くしすぎたかしら?まぁ……半分を手に入れたなら良いわ。早いとこ戻ってきなさい」

 

* * * * * * * * * *

 

 川下、そこに小鬼はいた。川から這い上がったばかりのようで、全身びしょ濡れでうずくまっている。

 

「くそ……ゴホッ……は、『半分』も……ウグッ……使っちまった……!!」

 

 自分でもわかる。今の自分の弱さ、どれだけ矮小なのかが。自分が半分になることで減る力は単純な半分ではない。自分が多ければ多いほど、少なければ少ない程に加速度的に強くも弱くもなる。

 

「くそっ……飛ぶ力も残ってないのか……!?」

 

 霧になろうにも今の自分に、もう一度自分を(あつ)めれるかわからない。はっきり言ってこの状況はかなり追い詰められている。

 

「とりあえず……はぁ……あそこにでも隠れないと……」




バーニアっていうのはロケットとかロボットの火が出て飛んだらジャンプしたりするとこです‎(ง ˇωˇ )ง


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18:人の立ち入らぬ洞にて

ごめんなさい、あまりにも牛歩がすぎますね……


 後戸の国、隠岐奈の支配する世界。椅子に座る隠岐奈は酒を片手にどうしたものかと思考を巡らせていた。そこへ部下である少女達、爾子田里乃と丁礼田舞がふよふよと飛んできた。

 

「お師匠様〜、言われた通りあの小鬼を逃しましたよ〜」

 

「ご苦労……しかしまぁ、まさか藍が先手を打ってくるとはな。

 それにしても造形神か……ククッ、代償は高くつくだろうな」

 

「そんなにやばいんですか?たしかにあの黄色いの、私たちが干渉してもうんともすんともならなかったけど」

 

「お前達が干渉できるのは生命力と精神力、あの黄色いのはそのどちらも持ち合わせていない。なのでお前達の能力じゃ何の影響もないのだ」

 

「げー!そんなの相手にしなきゃいけないんですかー!やだなぁー!」

 

「直接ぶつけるなんてしないさ。なにより私でさえあの造形神に正面から勝つのは骨が折れる事だ」

 

 くつくつと不敵に笑いながら一口酒を口に含む。“骨が折れる”と表現したが、これは謙遜ではなく見栄であった。本気を出した埴安神を正面から迎え撃てる者などは幻想郷にいない。永遠亭のメンツならわからないが、“伊奘冉(イザナミ)の娘”である神格は単純に言えば八意思兼神……つまり八意永琳よりも格上なのである。神格というのはもっと複雑であるのだが、あくまで単純に考えた時にそのような考えができるほどの格はあると言う事なのだ。

 

「お師匠様、何か策はあるんですか?」

 

「それを今考えてるのだ」

 

* * * * * * * * * *

 

 酸素のない死の領域、生物への呪いのない純粋な空間。虹龍洞の最奥に位置するそこに1人の少女が横たわっていた。赤い服に虹色の勾玉、頭にひかる鉱石が特徴の少女、玉造魅須丸である。

 

 ふと彼女はパチリと目を開いて起き上がり、ググッと体を伸ばした。

 

また(・・)、侵入者ですか」

 

 ここで採れる鉱石の名は龍珠、陰陽玉の原材料となるほどの力を持つものである。それを手に入れようとする者は度々現れ、その都度に魅須丸が追い払っているのだ。ふわりと浮き上がり、入り口の方へと向かって飛び立つ。ぞわぞわとした気配の根源へと辿り着き、それと邂逅した。

 

「これは……なんともおぞましい」

 

「…………」

 

 それは何も答えず、ただひたすらにこちらを見つめている。

 

「貴方の正しい名なんて呼びたくありません。そうですね……“白者(はくじゃ)”、貴方にはそれで十分です」

 

「…………」

 

 ただ沈黙し、感情のこもってない顔のまま白者はふわりと浮き上がる。ふと、魅須丸は何かに気づいたようだ。

 

「そうか、龍珠……何に使っているのかと思えばそういう事か」

 

 つぶやきに返答するかの様に白き者から光弾が放たれるが、魅須丸はそれをかわし自らも宙に浮く。さらに何か祝詞のような物を呟いた瞬間、空間に霊力が満たされた。

 

「博麗の結界……ではないですがそれの原型に近い物です。この空間は限りなく私に支配され、全てが私の味方をします。ほら、このように」

 

 パチン、と魅須丸が指を鳴らすと死角となる虚空から光弾が生まれ、撃ち落とさんと白き物へと襲いかかった。

 

「………!!」

 

 体勢を崩しながらもギリギリで避け、肩近くの肌を掠めて通り過ぎて行く。

 

「今のは挨拶のような物です。ほら、これが本命ですよ」

 

「…………!」

 

 視界を埋め尽くすほどの光弾、不可避の攻撃である。

 

「あなたのためのプラネタリウムです。さぁ、あなたも星になりなさい」

 

 しかし、静寂が訪れる。無数にあった光弾は全て闇に溶け消え失せた。

 

「なっ……!?これは……結界を反転させたのかっ!?これは、あなたたちへの切り札の一つのはずなのに……!?」

 

 気が向けば無数の光弾。先程と同じ光景だが、1つ違うのはその対象。降り注ぐ光の滝は2人の姿をかき消した。

 

「…………」

 

 白者は積もった岩に背を向け、立ち去ろうとしたその刹那、岩の隙間から光が漏れ爆発した。

 土煙がはれてゆき、そこに佇む少女の姿が見えてくる。衣服はボロボロ、はだけて露わになっている白き肌は滴る赤をより強調していた。

 魅須丸は何も言わずに空に一を描くように指を動かす。その瞬間、白き者は激痛を感じた。チラリと視線を右下に落とすと、腕がなくぼたぼたと血が溢れている。

 

「ハァ……ハァ……切り札を用意するのは……ハァ……無駄な努力でした。やっぱり自分の能力が一番いい……」

 

「…………」

 

 白き者は無言で懐からお札を数枚取り出し、腕の断面に押し当てた。ギチギチと音を立てている事からものすごい圧力が加えられていることがわかる。数秒後、左手を離すと赤く染まったお札による止血が完了したようでもう流れ出てはいなかった。

 

「!!」

 

 ダンっ!と地面を蹴り上げ白者は跳んだ。その直後、背後から何かが質量あるものが飛んできて地面を打ちつけた。

それは“陰陽玉”、魅須丸の力であり、役割であり、武器である。さらに地面に大穴を穿った陰陽玉から閃光が放たれる。左手を使いそれを弾いた瞬間、今度は鈍い痛みが脇腹を貫いた。

 

「ぐッ……!げばァッ……!」

 

 魅須丸のつま先がめり込み、明らかに尋常ではない程の血を吐く。白い姿が魅須丸以上に赤を強調している。

 

「初めて血と共に吐いた声がそれですか?

 ……痛み自体は普通に感じてるんですね、動じないだけで……あ、流石にここまでやると気持ちの悪い無表情はできないんですね」

 

 四つん這いでうずくまる白き者の顎に爪先を引っ掛けて上を向かせる。

 

「幻想郷の賢者として、玉造として、神として……その鬱憤を晴らす相手としてあなたは実に都合がいい」

 

* * * * * * * * * *

 

 血に塗れたまま、ぺたりと玉造魅須丸は座り込んだ。

 

「ふぅ……ひさびさのストレス発散になりましたね」

 

「ひどい格好だな」

 

 チラリと音源へ目線を向けるとそこには同じ賢者の摩多羅隠岐奈が立っていた。

 

「見てたんですか?」

 

「最初からね」

 

「……まさかあれをけしかけたのも」

 

「あれは私じゃないよ。本来行使する権限を持ってるのは紫、今の状況から見て藍だな」

 

「私を襲った理由は?」

 

「自分でわかってるだろう。あれの動力は龍珠、お前がいる限り簡単には手に入らないからってことだ」

 

「はぁ……どいつもこいつも争い争い、そんなに上に立ちたいのですか?」

 

「みな“幻想郷を愛してる”。それだけ、それだけが事実、愛し方が違うんだ」

 

「霊羽はその為の道具、依代……“贄”ですか?」

 

「霊羽の価値は存在する事だ。あいつがいる事で現状争わないで済んでいる。まぁ、綱渡りのようなバランスであることには変わらないがね」

 

「……笑えますね、お互い睨み合って刺すか刺さないかの駆け引きをしている現状を“争わないで済んでいる”ですか。ひどい冗談です」

 

「冷戦というやつだ。外のそれは最後まで争うことなく終了したのさ」

 

「ふん、代理戦争をやってるところまで同じですね。それはそうと八雲は袿姫を引き込んだようだけど?」

 

「それに関しては予想外だが想定範囲内、今からその修正に入るよ」

 

「私は」

 

 帰ろうと扉へ向けて足をかけていた隠岐奈はチラリと魅須丸の方へと目を向ける。こちらを見つめる彼女の目には怒り、憎しみ、悲しみがこもっており、静かに感情の炎が燃えていた。

 

「貴女を絶対に許さない。貴女のせいで霊夢は……」

 

 隠岐奈の背中は言葉を最後までに聞かず、そして何も言わず後戸へと吸い込まれていった。

 

 1人残された魅須丸はごろんと転がり、戦いの余波で崩れたり日々の入った天井を見てつぶやく.

 

「せめて、せてて霊羽だけは守らないと」




裸足ってことは肉弾戦が強いってことだ(謎理論)

魅須丸様に踏まれたい


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