魔法少女リリカルなのは~未来を変える者~ (A,I,R)
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無印
第1話「出会い」
小鳥がさえずる朝。とても心地よかった。
僕の名前は高町ゆうき。
お父さんとお母さんが亡くなってから、僕はこの高町家に養子に来た。なのはの家に来てから早くも3年が経った。あれから色々あったが今は笑って生きていられる。
僕もなのはも今は9歳、学校に行っていて今日は月曜日、今はなのはを起こしに行っている。
なのはの部屋に入ると、幸せそうに寝ていた。
「なのは、朝だよ起きて」
と起こそうとするけど
「むにゃむにゃ、あと5分」
って、何かアニメの古典的な朝のセリフ言ってきた。本当に幸せそうに寝ているなぁ。でも起こさないと。
「早く起きないと学校に遅れるよ?」
僕はなのはの体を揺らして起こす。するとなのはが目を擦りながら、起きてくれた。
「ゆうき君は時間に厳しいよ」
「そんなことはないよ、なのはが時間にルーズだけだよ」
「ル、ルーズって酷いな、時間に余裕があるって言って」
「分かったよ。とにかく早く起きて。朝ご飯が冷めちゃう」
「分かったよ」
私が着替える為にゆうき君が外に出る。
ゆうき君は3年前に悲しい事故があって、お父さんとお母さんが亡くしてしまった。
その当初のゆうき君は、とても人間とは言えない程に生気が無かった。
ゆうき君のお父さんお母さんと仲が良かった私のお父さんとお母さんが養子にしていた。
それから暫らくして、次第に生気を取り戻して、今では元気になっている。
どっちがお兄ちゃん、お姉ちゃん? って聞かれると私の誕生日が3月15日、ゆうき君が3月25日で私がお姉ちゃんの筈……なんだけど、今ではゆうき君がお兄ちゃんみたいな感じになっている。
「なのは、どうしたの?」
と、着替えの途中だった。私は考えを止めて着替えに専念した。
なのはとゆうきが下に降りると母親の桃子が朝食を並べていた。
「「お母さんおはよう」」
「おはよう、なのは、ゆうき早く食べないとバスの時間に遅れるわよ」
時計を見ると、時間はかなりギリギリだった。
「大変だ!なのは、急ご」
「そ、そうだね」
なのはとゆうきは急いで朝食を食べる。
そしてすぐに支度をし
「行ってきます」
家を飛び出した。
なのはとゆうきが通っている学校には送迎用のバスあり、決まった時間に来る。それに乗り遅れると遅刻に繋がってしまう。
駆け足で向かい、なんとかバスの時間に間に合った。
バスに乗り込んだ2人は奥に向かう。
「おはよう、なのは、ゆうき」
「なのはちゃん、ゆうき君、おはよう」
ゆうきとなのはを奥の席で迎えたのは女の子2人だった。
「おはよう、アリサちゃん、すずかちゃん」
「おはよう、アリサ、すずか」
迎えた女の子2人の名前はアリサとすずか。出会った当初は大ゲンカになったが、今では大切な友達になり、塾も同じの所に行っている。
「そういえばゆうきは今日もその宝石をぶら下げているのね」
とゆうきが首から下げていた白い宝石を指差した。ゆうきは肌身離さず付けていた。
「これはお母さんが残してくれたものだからね・・・・」
そう、その宝石はゆうきの母が遺した数少ないものの一つだった。
その場の空気がほんの少し、重くなる。
「そ、そうだ! 今日の体育こそゆうきとすずかに負けないわよ」
その発端を作ったアリサは明るい話に路線を変える。
すずかとゆうきは運動神経がとても良かった。その反対になのはは運動音痴と言ってもいいくらいだった。
「お手柔らかにねアリサちゃん」
「アリサ、バスの中は静かにね」
楽しい学校も終わって僕達は今、塾に向かっている。
「あぁぁもう! なんでゆうきとすずかに勝てないのよ!」
今日の体育で僕とすずかに勝てなかったのが悔しいのか、アリサは機嫌が斜めだった。
「知らないよ、そんな事」
「アリサちゃん、いつか勝てるよ」
「いつかじゃダメなの! っと、此処が塾の近道よ。さあ行くわよ」
アリサが近道を見つけたからと、今回はそっちの道を通ろうと決まっていた。
そしてその道を通ろうとすると
「…………け……て……」
突然謎の音が聞こえた。しかもかなりノイズが入っていた。
「何か聞こえない?」
どうやらなのはにも聞こえたみたいだった。
「確かに何か聞こえる」
「何も聞こえないよ?」
「じょ、冗談は止めなさいよ」
「本当だよ、何か聞こえる」
どうやら聞こえるのがなのはと僕だけのみたいだった。
「……助……け……て」
「なのは助けてって、言っている!! 助けよう」
「行こうゆうき君! 多分こっち」
「分かった」
なのはと共に声のした方向に進んで行く。
「2人ともどこに行くのよ!!」
「分からない、でも助けてって言っているの!」
なのはと僕が大急ぎで向かうと、そこには赤い宝石をぶら下げた動物が横たわっていた。
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第2話「目覚める力」
「なにか倒れてる!!」
横たわっている動物から出血はないものの、ボロボロで弱っている事が一目見て分かった。なのはが駆け寄り、腕に抱え込む。
「なのはって……あんなに足速かったっけ?」
「なのはちゃん、その動物は?」
アリサとすずかが追いついたが2人とも息切れをしていた。どうやらなのはとゆうきは相当速く走ったみたいだった。
「分からない。でも、ケガしているみたい」
「近くに動物病院はないの!?」
「……着いてきて。たしかこっちだから」
アリサに従い、一行は動物病院を目指した。
「ケガはそんなに深くないんだけど、衰弱しているわね」
「大丈夫なんですか?」
「暫らく安静にしていれば大丈夫よ」
「よかった……」
院長の言葉で安心する4人。
「院長先生ありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、このフェレットをここに運んでくれてありがとね。そのままにしていたら最悪、死んでしまったかもしれないから」
「これってフェレットなんですか?」
「獣医として恥ずかしい事なんだけど、多分。変わった種類で、体の大きさとか明らかに分かる特徴と飼われる頻度からフェレットかなって」
5人ともフェレットを見つめる。
「そういえばこのフェレット、ゆうきと似たような宝石ぶら下げているね」
「たしかに……」
ゆうきが首から下げている白い宝石を出す。フェレットの下げている宝石は赤よりも真紅と言ってもいいくらいで、とても綺麗だった。2つを比べるとよく似ていた。
「誰かのペットかしら?」
「それしては去勢されてないのよね。普通、フェレットをペットにする場合は去勢する筈なんだけど……」
「あ、起きた」
話していると、そのフェレットが起きた。自分が倒れた場所から景色がかなり変わった事に戸惑っているのか、辺りを見回す。
暫らく見回すと、なのはとゆうきの中間辺りで視線が止まった。
「なのはちゃんとゆうき君、見られているよ」
「うん」
ゆうきがゆっくりと手を伸ばして触ろうとすると急に怯え、なのはに飛びつく。飛びついてきたフェレットを何とかキャッチして、腕に抱える。
「な、なんで逃げるの?」
「手を伸ばしたからじゃないの?」
「まだ、慣れてないんだよ」
「それにしてはなのはの方に逃げたけど……」
「な、なんでだろうね?」
と、なのはの腕の中でフェレットは丸くなり、再び眠り始める。
「ど、どうしよう……」
「ゆっくり置いてみて」
院長に言われた通りゆっくりと置くと、目覚めることなく置けた。
「とりあえず、今日は安静にした方がいいから。預かるわね」
「お願いします」
「ちょっと、やる事があるから待っていて」
院長が部屋の奥に消える。
「そういえば、なのはとゆうきが言っていた、声ってどうなったの?」
「あの動物を助けたら、聞こえなくなったよね」
「なんだったんだろうね?」
ケガをしている動物に気を取られた事もあるが、その時には声が聞こえなくなっていたのだった。
「もしかして、あのフェレットなのかもね」
「はい、これ。ここの連絡先。何かあったらここに連絡してね」
「はい」
「って、もうこんな時間! 塾に遅れるわよ」
アリサが時計を見ると塾開始までもうあまり時間が無かった。4人は大急ぎで塾に向かったのだった。
その夜、ゆうきはなのはの部屋にいた。
「メール、送信っと」
「それにしてもよかったね。あのフェレットを飼う事ができて」
なのはの家は翠屋という喫茶店営んでおり、その仕事上ペットを飼う事ができない可能性があった。アリサとすずかはそれぞれ犬と猫を飼っている為、飼う事はできない。つまりフェレットの受け入れ先がない状況になる所だったのだ。幸い、なのはとゆうきがしっかり面倒を見るという条件で飼う事が許可されたのだった。その事を今、2人にメールしたのだった。
「それにしてもなんだったんだろうね。あの声」
と、疑問に思った瞬間、2人に大音量の耳鳴りがする。
『誰か……僕の声が聞こえますか』
「なのは! あの声だ」
『聞こえたらお願いです。僕を助けて!』
昼間聞こえたあの声と同じ声だった。しかも昼間よりも鮮明に聞こえた。
「ゆうき君!」
「行こう!」
2人は誰にも見つからない様に慎重にかつ迅速に家を飛び出す。どこに向かうかは分からなかった。しかし、どこに向かうべきか感覚が理解していた。その感覚に従い、向かった先はあのフェレットがいる動物病院だった。
「ここって……」
「中に入ってみよう」
2人が中に入ろうとした瞬間、轟音が辺りに響いた。
「なんなの!」
なのはの疑問に答えるかのように、動物病院の壁を突き破り、何かが飛び出してくる。月明かりに映し出されたのは、あのフェレットだった。落ちてくるフェレットの下には偶然にもなのはがいた為キャッチする。
「僕の声を聞こえたんですね」
「えぇぇぇ!」
「フェレットがしゃべった!」
驚きの声を上げるが、それ以降は驚く暇さえない。崩れた病院の壁から何かが出てきて地面に着地する。月明かりに照らされたその姿は犬だった。しかしただの犬ではない。ギリシャ神話を少しだけ知っている者ならば、その姿を見てとある名を叫ぶだろう。その名は
「ケ、ケルベロス!」
ケルベロスは鋭い牙を月明かりで光らせながら低く唸る。その3つの頭は2人を真っ直ぐ見ていた。ケルベロスは突如、2人の所に突撃してくる。
「なのは! 避けて!」
「きゃあ……!」
2人は分かれる様に横に倒れ込む様に跳び込みケルベロスの突撃を避ける。ケルベロスは勢い余って木にぶつかった。
「な、なんなの!」
「なのは!」
なのはがゆうきを見ている隙にケルベロスがに突撃する。地面に倒れ込んでいるなのはがその突撃をまともに受けるのは不可避な未来だった。
「なのは!」
このままではなのははケルベロスに殺されてしまうかもしれない。そう思った瞬間、ゆうきの心が孤独の闇に包まれる。
――――なのはが死ぬ? 僕はまた1人になるの?
ゆうきが両親の死から立ち直れた最大の理由、それはなのはの存在だった。なのはがいなければ、今のゆうきはいなかった。
――――そんなのは嫌だ。なのはを……僕を助けてくれたなのはを守るんだ!
孤独の闇から灯る決意の炎。しかし、現実は決意だけでは変えられない。変える為には力が必要だった。
――――力が……力が欲しい。なのはを守れる力を!
その瞬間、世界が静止したかの様な感覚におそわれる。
『願いなさい』
それと共に謎の声がゆうきに響く。その声はどこか懐かしく、安心すら覚える程だった。
『何をしたいのか願いなさい。力を求めなさい。未来を変えたいのならば』
なのはが恐怖のあまり目を瞑る。来たる衝撃を覚悟して。ケルベロスが目前に迫り、その牙がなのはの身を引き裂こうとした時
「なのはに触れるな!」
そんな声と共に拳がケルベロスに撃ち込まれ、病院の内壁にめり込む様に吹き飛ぶ。その拳を放ったのはただ1人。
「ゆうき君……?」
なのはが見たのは自分を庇う様に前に立つゆうきだった。
よく見るとゆうきの両方の拳、両足に明るい黄色の炎の様な物が纏わりついている。
「ゆうき君、それは?」
「分からない」
と、吹き飛ばされたケルベロスが再び突っ込んでくる。
「ゆうき君!」
「大丈夫」
なのはの心配の声にニヤリと笑い答える。
ケルベロスの突撃をわざと紙一重で避けて、右腕のアッパーを腹部に向けて繰り出す。まともに食らったケルベロスは空中に吹き飛ばされた。
「やった!」
「いや、まだだ!」
フェレットの声に従うかの様に、宙に放られたケルベロスの首が突如伸びる。ゆうきを危険と判断したのか、伸びた3つの首はゆうきだけを狙う。
「ゆうき君!」
「大丈夫!」
ゆうきはギリギリまで迫る首を引きつける。牙がゆうきの体に食い込むかどうかの瀬戸際に、身を捩りかする程度に済ませる。咄嗟に避けられた事で、ゆうきに当たる筈だった3つの首は地面に刺さる様にぶつかる。その隙に首の1つを掴み本体を引き寄せる。
ゆうきに引き寄せられた事で真っ直ぐ落下してくるケルベロスの体。それを待ち構える様にゆうきは構え、右手に力を込める。右手に纏っていた明るい炎の様なものは他の部位にあったものをそこに集めたかの様に大きくなる。
「砕け散ろ!」
大きく突き出した拳は、落下してくるケルベロスの体にジャストタイミングで当たり、体を粉々に砕く。
「凄い……」
「生身であれを倒すなんて……」
驚愕の言葉を口にする。
「なのは、どこかケガはない?」
「だ、大丈夫」
地面に座り込んでいるなのはに手を出す。なのははそれに掴まり、立つのを手伝ってもらう。その際、当然ながらゆうきはなのはの方を向いている。それ故気づけなかった。ケルベロスの残骸が地を這い集まっている事を。
「ゆうき君! こっちに!」
「えっ?」
ゆうきの背後に黒い大きな腕が振り下ろされ、牙に劣らない程の鋭い爪がゆうきを引き裂こうとしていたのだ。なのはが咄嗟の判断でゆうきを引き致命的なダメージにはならなかったが、本当に咄嗟だった為に、力の加減ができず、引かれたゆうきの勢いに負け、ゆうきがなのはに覆い被さる形に倒れ込む。
「まずい!」
再び振り下ろされる腕。この体制では避ける事はほぼ不可能だった。せめて自分の体でなのはを守ろうと、ゆうきがその身で受けきる覚悟をする。しかし、その覚悟はいい意味で裏切られる。
ゆうきは目を瞑り、来たるべき痛みに備えていたが一向にこない。目を開けると、緑色の半円が2人を守っていた。
「これは……」
「すみません。僕の魔力が中々回復しなくて」
フェレットが謝ってくる。話の内容からだとこの半円はそのフェレットが出したものらしかった。
「特にゆうきさんには無理をさせてすみません」
「それはいいから、これは?」
「魔法と言われるものです」
「「魔法?」」
自分達を守っているのが未知のものだという事は分かった。ゆうきとなのははそれぞれ、地面に座り、フェレットを正面にする。その間も黒い腕が半円を叩くが、何故か安心していられた。
「僕達の魔法は、自然摂理や物理法則をプログラム化して、それを自由に書き換えたりする事で作用させます。このサークルプロテクションやゆうきさんがさっき手足にあった炎の様なものが魔法ですね」
「あれが!?」
「はい。僕も驚きましたが」
数秒不思議に思っていたが、ケルベロスの叩く音で現実に戻される。
「君は一体……」
「僕は君達とは違う世界から来ていてある物を探す為、この世界に来ました」
「その探し物とケルベロスって、どういう関係が?」
「あれはおそらく僕の探し物が異相体と言われる状態になったもので、簡単に言えば暴走したものです」
「その他の探し物も暴走する危険性があるの?」
「はい……」
フェレットが申し訳なさそうに頷いた。
「あれを止めるにはどうすればいいの?」
「封印すればいいんですけど、僕の力は弱くて封印できないんです。ただ、君達には僕とは比べものにならないくらい魔法の素質があります。自分勝手なお願いですけど、僕の探し物を手伝ってくれませんか」
2人は顔を見合わせ小さく頷いた。
「やるよ、私達」
「ありがとうございます」
フェレットが頭を下げて感謝の言葉を言う。
「で、どうすればいいの?」
「実は問題があって、これをやるには少し時間がかかるんです。その間、もしかしたら僕の魔力が持たないかもしれない」
本当に申し訳なさそうに項垂れる。
「その魔法で違う所に移動させたりできないの?」
「できますけど、あれを飛ばすことは今の僕の魔力じゃ……」
と、そこにゆうきがフェレットに質問をした。異相体を飛ばすのかと思ったフェレットはできないと答えた。ところが
「なら僕ぐらいは飛ばせる?」
ゆうきが思わぬ事を質問した。数秒の後それがなんの意味なのかなのはとフェレットは気づいた。
「ダメだよ、ゆうき君!」
「なのは、僕は何故か魔法が使える。その魔法の効果は動いた感覚だと、身体能力の強化だと思う。合ってる?」
「おそらく……」
「時間が掛かるのなら、稼げばいい。それができるのは僕だけ」
「でも!」
なのはが本当に心配そうにゆうきを見つめる。
「大丈夫。僕を信じて」
「……絶対だよ、ゆうき君」
「うん」
なのはの言葉に力強く頷くゆうき。
「あと3回攻撃されたら、その直後に僕をあれの上に跳ばして」
「分かりました」
1回目、ゆうきは目を瞑りながら息を吐く。2回目そのままの状態で、息を吸う。三回目、目を開ける。
「転送!」
「うおぉぉぉ!」
フェレットの転送の言葉と同時にゆうきの姿が暴走体の真上に正確に転送される。重力に従い、落下していくゆうきはそれを利用して魔法で強化された拳をさらに重い一撃とした。上からの奇襲に異相体は反応できず、まともに食らう。しかし、その拳は貫く事ばく、暴走体の体にめり込むだけで終わる。
「ゆうき君、危ない!」
なのはの声と共に体の一部が変化し、ゆうきを捉えようとする。異相体の体を魔力で強化された蹴り強く踏みつけて難を逃れる。
「僕達も始めよう」
「うん」
「まずはこれを持ってください」
首に下げていた真紅の宝石を外す。
「そしたら、目を閉じて、心を澄まして」
なのはは言われた通りに、目を閉じ、心を澄ます。すると真紅の宝石がそれに応える様に鼓動を刻む様な錯覚がしだす。
「管理権限、新規使用者設定機能フルオープン。これから僕が言う言葉を繰り返して」
「う、うん」
さらに意識を澄ませる。
「風は空に、星は天に」
「風は空に。星は……天に……」
鼓動が一つ大きくなる。
「不屈の心はこの胸に」
「不屈の心はこの胸に……」
真紅の宝石が温もりを持ち出す。
「この手に魔法を!」
「この手に魔法を!」
まるで真紅の宝石が身体の一部になったかの様な錯覚と共に、紡ぐべき言葉を紡ぎだす。
「「レイジングハート、セット・アップ!」」」
その瞬間、桜色の柱が表れた。
「くっ!」
ゆうきの顔が苦痛に歪む。右足首の辺りから血が出ていた。半円に入る際、直撃は免れたものの、足首に爪の一撃を食らっていた。その影響で、ゆうきの動きから次第にスピードが失われていく。今ではさっきの様にギリギリまで引きつける事などできず、本当の意味で紙一重になっていく。
「しまった!」
暴走体の爪を避けた途端、その体一部から縄の様なものが放たれ、ゆうきの右足と左腕を拘束される。それを振り払おうとしている隙に黒い一撃がゆうきに迫る。
――――なのは、ごめん。
心の中でなのはに謝るゆうき。しかし、
「ゆうき君、おまたせ」
その必要はなかった。先程とは逆にゆうきを庇う様に前に出る。桜色の円が異相体を阻む。桜色の円にぶつかった黒い足は粉々に砕け散る。警戒したのか、異相体は電柱に上に上る。
「その姿は……」
なのはの服装純白のものに変わり、おそらく通っている私立聖祥大学付属小学校の制服が元になっているのだろう。そして左手には紅と白金の杖が握られていた。
「私も分からないけど、レイジングハートがやってくれたの」
〈
杖の真紅の球が音声を発する。無機質でありながら、魔法がどんなものか分からない2人には頼もしさが感じられた。
「これからどうすればいいの?」
〈
「封印?」
〈
「大威力魔法?! と、とりあえず、あれをゆうき君達から離さなきゃ」
〈
なのはは地面を蹴り、宙に浮く。
危険度がなのはの方が上と判断した異相体は体の形を変え、翼を生やし、宙に出たなのはを追う。その後体の一部を再び鞭の伸ばし、なのはを捕らえようとする。
〈
レイジンクハートが靴から光の羽根を伸ばし、攻撃を避けられる様に誘導していく。次々と攻撃がなのはを襲うがそれらはレイジングハートによって防ぐか、避けていた。
それをただ見ている事しかできないゆうき。
「僕は何もできないのか」
偶然にも強化の魔法を使用できたゆうきは、流石に飛行魔法はできなかった。と、ゆうきにある事を思い出す。自分の首に下がっている白い宝石を取り出した。
「そ、それはまさか……!」
「お母さん……僕に力を貸して!」
その瞬間、巨大な光の柱が出現する。
『貴方には平穏に過ごしてほしかった』
柱の中で聞こえたのはあの懐かしさと安心感を懐く声だった。それは間違いなく白い宝石から発せられていた。その声の正体はゆうきにも予測できていた。
『力を持つ者にそれは許されない事なのでしょうか……』
まるで嘆くように、自分に問いかける様な声が響く。
『この力を取れば、平穏はなくなり、戦いの日々になるでしょう。それでも力を望みますか?』
「たとえそうなろうとも、僕は力が欲しい」
『ならば手にしなさい、絶望を希望に変える力を』
その瞬間、体の一部に何かが溶け込む様な感覚がする。
「我が心は希望を見出すもの。我が光は希望を照らすもの」
自然と言葉を紡いでいくゆうき。
「そして、我が力は全てを貫くもの! この手に希望を!」
白い宝石を手に握る。
「シャイニングハート、セット・アップ!」
光の柱がより一層巨大になる。そして、ゆっくりと光の柱は収束していく。収束した柱の中心には、ゆうきが立っていた。なのははと同様、服装がかなり変わっていた。上半身はどっしりとしていて、逆に下半身の方はすらっとしており、杖をもつ右手は鋭利な爪の様な装飾が施されていた。
「いくよ、シャイニングハート」
〈
ゆうきに応え、靴から光の羽根を伸ばし、宙に出る。
「いきなりで、悪いんだけど戦闘だけどいける?」
〈問題ありません。私はマスターを全力でサポートします〉
出会ったばかりなのに、まるで長年の付き合いの様にしっくりきていた。
「ありがとう。じゃあ……いくよ!」
〈
シャイニングハートの音声と共に、光の球が一つ出現する。
「シュート!」
ゆうきの声と共に打ち出される光の球。その光の球はなのはを捕らえようと奮闘している異相体の体を貫いた。
「ゆうき君!」
「なのはだけを戦わせはしないよ」
貫かれた異相体は体を3つに分離させる。ゆうきが来て1対2という数の不利を分離する事で3対2になり、有利に変える。
「レイジングハート、大威力魔法での封印ってどうやるの?」
〈
「なら、僕とシャイニングハートが隙を作る。やれるよね。シャイニングハート」
〈
3匹がゆうき達に襲い掛かろうとする。それに対処する為、ゆうきの近くに光る球が一つ出現した。
「シュート!」
放たれた球は襲い掛かる異相体の一匹を貫く。しかし、残りの2匹を貫くことはできず、そのまま、襲い掛かってくる。
〈
シャイニングハートが反応して防御する。
「ゆうき君!」
「なのはは封印に集中して!」
力を込めて、2匹を押し返す。
「シャイニングハート、もっと数を出せる?」
〈
「上手く操るには?」
〈
「了解!」
目を閉じてイメージする。その間にも貫かれた1匹は再生し、再び3匹で襲い掛かる。
「ゆうき君!」
「ディバイン……シューター!」
ゆうきの周りに6個の球体が出現する。
「貫け!」
ゆうきの声と共に放たれる6個の球体は同時に、しかも正確に3匹を蜂の巣にする。
「なのは!」
「レイジングハート!」
〈
レイジングハートからまるで天使の羽が広がる。その杖先に4つのリングが現れる。
「ゆうき君、1か所に纏められる?」
「簡単……だよ!」
貫かれては再生を繰り返していた異相体を球体で中央に寄せる。
「なのは!」
「うん。お願い!」
〈
放たれたのは一筋の光り。その光は奔流となり、異相体を跡形もなく消し飛ばした。
「終わった……?」
「多分……」
地上に降りたなのはとゆうきが目にしたのは青い宝石が3つ落ちていた。
「これが……」
「それをレイジングハートで触れて」
「うん」
なのはがフェレットに言われた通りに杖でふれると、杖の中に光る何かが入った。
「封印できたのか?」
「はい、できました」
なのはとゆうきが持っていた杖は宝石に、不思議な服は消えてしまった。
「とりあず、うちに来たら?」
「いいんですか?」
「魔法とか、あれとか色々知りたいしね」
なのはがフェレットを抱える。
「こんな夜遅くに家を出て怒られないかの方が心配だね」
「そうだね……お母さんとお父さんが怒ってなければいいけど」
残念ながら、ゆうきの心配は当たり、こってり怒られる事になった。
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第3話「思わぬ提案」
「まずは自己紹介からしようか」
なのはの部屋にはゆうきとフェレットが集まっていた。
「私は高町なのは。なのはでいいよ」
「僕は高町ゆうき。ゆうきって呼んで」
「僕の名前はユーノ・スクライアです」
「ユーノ君か……」
「う、うん……」
なのはが微笑みながら、ユーノを呼ぶ。微笑みながら呼ばれた為、ユーノは若干顔を赤くした。
「で、ユーノの探し物ってあの青い宝石でいいのかな? あれってなに?」
「あれはロストロギア、ジュエルシードと言われるもので、さっきみたいな暴走が簡単に起こってしまう危険なものなんだ」
「なんでそれが私達の世界に?」
「それは……」
なのはが疑問の声を口にすると、ユーノは目線を下に落とす。
「僕のせいなんだ。僕は故郷で遺跡の発掘をしていて、古い遺跡の中にあるジュエルシードを発見したんだ。ただ危険なものだという事はすぐに分かったから、然るべき所に送っていたんだけど……」
「だけど?」
「途中で事故が起きて、この世界に散らばったってしまったんだ。そして回収できたのは貴方達が手伝ってくれた、あの3つだけで……」
「あと何個あるの?」
「……20個あります」
「そんなに……」
1個でも危険なのに、それが20個もあることに驚きを隠せないなのは。
「それでもやるしかないよね」
それに対して、ゆうきはとても落ち着いていた。
「僕達には力がある。守れる力が」
「いいんですか?」
「正直言って、何をいまさらなんだけどね」
「ご、ごめんなさい……」
どことなく沈んでいた空気はゆうきによって幾分か明るくなっていた。
「まぁ、僕はユーノの探し物を手伝うよ。なのはは?」
「勿論、私も手伝うよ」
「なのは……ゆうき……ありがとう」
ユーノが涙を浮かべながら、礼を言う。
「じゃあ、夜も遅いし寝ようか」
「うん」
「おやすみ、なのは」
「おやすみ」
ゆうきとユーノは部屋から出ていく。
「僕は下だから」
「おやすみ」
「おやすみ」
ユーノは下に降りる。ユーノの寝床は姉の美由希の希望でリビングになっていた。ゆうきは自分の部屋に移動する。ゆうきの部屋には物はあまりなく、ベッドと机があるくらいだった。
その机の上には写真が飾られていた。1つは高町家での写真。もう1つは
「お母さん、お父さん」
ゆうきの両親の写真だった。覚えているかどうかの歳で両親と別れたゆうきにとって、唯一姿を確認できる写真だった。小さなゆうきの両肩に手を置き、優しげに微笑んでいるのはゆうきの母のゆうこ。茶色の髪に紫色の瞳、ゆうきに色濃く面影を残している。その横で同じように微笑んでいる黒髪、黒い瞳の男性は父のキース。2人がとても仲のいい夫婦である事は、疑う余地がなく、幸せそうな家庭に見えた。
ゆうきはそれを、暫らく見た後、静かに倒し見えないようにする。その写真には懐かしさと、寂しさの両方をゆうきに感じさせたからである。
「シャイニングハート、僕達も自己紹介しようか。僕の名前は高町ゆうき」
<
「僕が魔法を使えたのって、お母さんとお父さんが魔法使いだったって事だよね?」
ゆうきはシャイニングハートに、問いかける。
〈
「僕は遺伝って考えるけど、なのはは?」
シャイニングハートに更に質問していく。その口調は事実の確認をしている様に淡々としている。
〈
「その影響で狙われる危険性は?」
〈
「たとえば?」
〈
「最悪の場合、どうなる?」
〈
相も変わらない、無機質な音声がゆうきに死の可能性を告げる。
「そうだよね」
それなのにゆうきはとても冷静に受け止める。
「でも、魔法の特訓をして強くなったら?」
〈
「上等。シャイニングハート、訓練メニューを組んでくれない?」
〈
「ありがとう。じゃ、おやすみ」
〈
同刻のとあるビルの屋上に、人工的な光を放つ町を見下ろしている少女と少年がいた。
「ここが、第97管理外世界、現地名称地球……」
少女の美しい金髪が月明かりに照らされ、風で棚引いている。身に纏う漆黒の服装と儚げな雰囲気から、その美しい髪を残して夜の闇に溶け込んでしまいそうだった。
「ここに母上の探し物があるのか」
少女の傍に立つ少年は同じように漆黒の服装をしており、その身から放つ雰囲気は、まるで抜き身の刀の様に鋭く、武人という言葉がぴったりであった。
「行こう、エクス。母さんの探し物を見つける為に」
その翌日の朝、海鳴市にある公園にゆうきは1人でいた。その手にはここに来る途中で買ったのか、3つの缶ジュースが握られていた。
「ええっと……シャイニングハート、聞こえる?」
〈
魔法を使いし者、魔導師が声に出さずに会話する方法、念話でシャイニングハートと会話する。
〈この訓練は、マスターの最も優れている能力、マルチタスク能力と空間認識力を活かす思念誘導系の魔法、ディバインシューターの訓練です〉
シャイニングハートの説明と共に、魔力で作られた弾が6つ現れる。
〈
「次の段階?」
〈
「分かった」
と、ゆうきは缶のジュースを飲み干す。
〈
「覚えているよ。じゃあ、いくよ!」
3つの空き缶をそれぞれ宙に放る。それと同時に浮いていた魔力弾が1つの空き缶につき2発ずつ追う。缶が落下しようとした瞬間、魔力弾が缶の下を弾き、回転させながら真っ直ぐに上げる。真っ直ぐに上げる為には、缶の下を正確に捉える必要があった。さらにある程度の高さになると上からも弾いていく。下、上と交互に弾くことにより、缶が一定距離を行ったり来たりする。それを3つ同時にこなしていた。シャイニングハートの補助があるとはいえ、魔法を使い始めてから1日と経たないにも関わらず、それをやれるゆうきには、ユーノの言う通り、素質があると言えた。
〈
「くぅ……」
シャイニングハートの移行の知らせの直後、ゆうきがの顔が苦痛に歪む。今まではシャイニングハートが完全に補助していたが、その補助を緩めたのだ。自転車で言うなれば、補助輪をはずした状態。そして、今ゆうきの脳には膨大な量の情報はストレスとなってゆうきに押し寄せている。膨大なストレスにより、魔力弾のコントロールが乱れ、缶が真っ直ぐ上がらなくなる。
〈
「……分かった……」
シャイニングハートの言葉に従い、2つの缶を自分の近くに落とし、それを弾いていた魔力弾を消し、1つの缶と2つの魔力弾に集中する。ゆうきの顔からは苦痛は消え、だんだんと真っ直ぐ上がる様になっていく。
〈
「よか……った……」
シャイニングハートの訓練終了の音声に安心したのか、今までのストレスの影響か、不意にふらつく。
〈
「大……丈夫。ちょっと疲れただけだから」
暫らくその場で深呼吸して、息を整える。
「時間は?」
〈
「了解」
訓練で使った缶を近くにあった、缶のごみ箱に入れ、その場を後にした。
家に帰ったゆうきは気づかれない様に中に入り、なのはの部屋前に立ち、朝という事で弱めにノックして起こす。
「なのは、朝だよ起きて」
暫らく待ってみたが、返事がない。ノックを強めるが返事がない。ゆうきの頭に昨夜のシャイニングハートとの会話を思い出す。
「なのは、入るよ」
一言入れてから、部屋の中に入る。部屋は特に変わった様子がなく、なのはは未だベッドで寝ていた。
「考えすぎか……」
杞憂で終った事に胸を撫で下ろす。ゆうきは本来の目的であった、なのはを起こすことにしたのだった。
「ここはこの様にして……」
先生が黒板に問題の解き方を解説していく。今は学校で算数のなのは達は受けていた。小学3年生とはいえ、私立校であるため、その授業内容は普通の小学3年生が学ぶには難しいものが多くあった。
「シャイニングハート、いいよ」
そんな中、ゆうきはシャイニングハートに念話で合図する。
〈
その瞬間、ゆうきを取り巻く景色が教室から空中へと急激に変わる。
〈
「OK。習うより慣れろで分かりやすい!」
ゆうきは仮想空間の空を駆けだした。空中にはチェックポイントが設置されており、それを制限時間内に回らなければならないというゲーム形式になっていた。またあらゆる場所に動く障害物が仕掛けてあり、最初のトレーニングにしては難易度が高いとすら思える程だった。
「この問題をゆうきさん」
「はい」
現実世界では、ゆうきが先生に問いを当てられていた。ゆうきは席を立ち、黒板に歩いていく。
「ゆうき君、がんばって……」
何を頑張ればいいのかとなのはの言葉に苦笑しながら、目で「大丈夫」と伝える。しかし、なのはが頑張れと言った理由は、その問題の難易度にあった。その問題はとても難しく、現に成績優秀なアリサと理数系は得意ななのはでさえ現在進行形で解答中だった。
「あと、1つ!」
仮想空間では、ゆうきは空を駆ける。初めのうちはおっかなびっくりといった部分が目立ったが、順応性が高いのか、仮想空間とはいえ飛ぶ事に慣れていた。迫りくる障害物の速度、自分の飛行速度の2つを考慮して取るべき道を選んでいった。
「はい正解です。じゃあ、これは解けるかな?」
先生が黒板に新たに問題を書いていく。書き終わると先生が離れ、ゆうきに問題を見易くする。問題を数秒眺めた後、チョークを手に持ち、答えを書いていく。
「これで……終わり!」
その頃、仮想空間ではゆうきがゴールしていた。驚く事はゆうきが仮想空間でのトレーニングと、解答を同時に行っている事だった。先程の問題はトレーニング前に解いていたと考える事ができる。だが、今現実世界で解いている問題はそうではない。つまり、ゆうきは仮想空間での飛行、現実世界での計算を同時進行で行っており、飛行は魔法初心者という意味で、問題は高難易度という意味でどちらも複雑な思考を要した。それを同時にこなしていたのだった。
「せ、正解です。よくできました」
ゆうきが出された難しい問題をあっさりと正解した事に驚く先生。
「戻って大丈夫ですか?」
「い、いいですよ」
ゆうきは席に普通に戻り、座る。
「ゆうき君、凄いね」
「算数は得意だからね」
念話でも普通に会話するゆうき。なのは側から見たら、ゆうきがトレーニングしながら授業を受けているなどと、思わないだろう。
「さて、次行きますか」
「次って?」
「こっちの話だから、気にしないで」
「?」
ゆうきは学校でずっとトレーニングをしていたのだった。
「じゃあね、なのはとゆうき」
「また明日」
アリサとすずかは習い事の為に車で帰る。普段ならば、それを惜しむのだが、ジュエルシード探しをする2人には丁度良かった。
「ユーノ君、おまたせ」
「じゃあ、始めようか」
「2人とも、よろしく」
2人と1匹が移動しようとした矢先、巨大な魔力の反応を感じた。
「この感じ!」
「多分、こっち!」
反応のあった方向へと駆け出す。
「ユーノ、たしか結界魔法使えるよね?」
「つ、使えるけど……」
「今、展開できる?」
「今展開しちゃうと、異相体との戦闘で展開できなくなっちゃう」
「了解。なのは、ちょっとごめんね」
「えっ?」
ゆうきが一言入れた後、なのはを抱えた。その状態は俗に言うお姫様抱っこの状態である。
「え? え?! えぇぇ!!」
「ユーノ、僕の肩に乗って」
「わ、分かった」
「じゃあ、行くよ!」
ゆうきはなのはを抱え、ユーノを乗せて走り出す。飛んでいる所を見つけられると問題になると思い、魔力で足を強化し速く走る事にしたのだが、女の子と抱えて異常な速度で走っている時点で問題であり、爆走小学生という名で海鳴市の七不思議の1つに加わることになるのだが、2人は知らない。
「ゆ、ゆうき君。重くない?」
「全く」
なのはは頬を軽く赤く染めながらゆうきに質問するが、ゆうきは不思議と重みは感じなかった。
「スピードアップだ!」
爆走小学生は更に速度を上げたのだった。
「到着……?」
「なんで疑問形?」
「いや、感覚で来たから」
着いた場所は森が生い茂り、その中央には大きな湖があった。あまりにも静かである為、ここであっているか心配になったなのは達だが、その心配は杞憂に終わる。
突如として、巻き起こる魔力反応その大きさはなのはクラスだった。
「ユーノ!」
「結界発動!」
一般への認識妨害と被害防止の為にユーノが結界を発動させる。
「なのは!」
「うん」
「シャイニングハート!」
「レイジングハート!」
「「セット・アップ!!」」
ゆうきとなのはが光に包まれる。その光が晴れると、昨夜の姿に変わっていた。
「行こう、ゆうき君」
ゆうきにそう声を掛けるなのはの心の片隅に恐怖が無いと言えば嘘だった。正直言うならば怖い。異相体という非日常の塊に追われ、襲われた記憶は下手したらトラウマに一直線である。
「うん」
しかし、なのははそれに立ち向かう。なのはは1人ではない、ゆうきがいる。不思議な事にそれだけで強くなれる気がした。
2人は地面を蹴り、宙に出る。2人は空から、ユーノは地上からジュエルシードを捜す。と、何かの爆発音の様なものが辺りに響き渡り、爆煙が上がる。その正体は異相体である事は間違いないが、その場所が移動していた。どうやら何かを追っている様だった。
「レイジングハート!」
異相体がいるであろう場所へと文字どうり突撃しようとするなのはを空いている左手で制する。
「なのは、僕より前に出ちゃダメ」
「ど、どうして! もしかしたら誰かが追いかけられているかもしれないんだよ!」
「今、前に出たら危ない」
なのはの焦りと困惑の声にゆうきは落ち着いて答える。
「そこにいるのは誰ですか?」
「え?」
なのははゆうきが誰に話しかけているのか分からなかった。しかし、ゆうきの言葉に応じたかの様に、1人の少年が2人の前に現れる。その身に纏わせるのは漆黒の鎧、その鎧は動きを阻害しない様に設計されながらも防御を損なうことない。そしてその手には剣が握られていた。刃を除き灰色の剣は、
「気配に気づくとはな」
「なんとなくだよ。僕の名前は高町ゆうき」
「わ、私は高町なのは。貴方は?」
「私はエクス・テスタロッサだ。すまんが、ここから先は通す訳にはいかないのでな。ここで足止めさせてもらおう」
2人に向けられていた。
「なのは、君は下がっていて」
「でも!」
「なのはは戦う術を知らないでしょ。でも、僕は知っている。こんな時の為に練習したんだから」
「安心しろ、先に行かぬ限り私は彼女に手を出すことはない」
逆を言えばもしなのはが先に進めば斬るという事である。その場合2対1になるのだが、そうなっても別に構わないといった雰囲気があった。
「なのはは見ていて」
ゆうきがなのはを巻き込まない為に離れていく。その際に隙はあるのだが、その意図を理解したのか、エクスは攻撃せずただ一定の距離を保って追う。十分に離れたと判断したゆうきはエクスと向き合う。
「では、始めるか」
「ディバインシューター!」
エクスの言葉と共に、魔力弾を生成し放つ。エクスが避けようと移動するが、思念誘導のディバインシューターはゆうきの誘導を受けて追尾する。
「ほう……」
関心気味に呟いたエクスは回避を止め、逆に魔力弾に突っ込んでいく。攻撃に突っ込んでいく事には驚きだが、それを超える驚愕が待っていた。エクスは自身に迫りくる魔力弾を次々と斬っていったのである。
「シャイニングハート!」
<
ディバインシューターだけでは対応不可と考えたゆうきはシャイニングハートをバスターモードに変え、いつでも砲撃を放てるようにする。魔力弾を斬る際には少なからず隙が生まれる。その隙を狙い砲撃を放とうしているのだ。
「なるほどな」
エクスは一旦間合いを取り、砲撃されてもすぐさま回避、反撃できる様にする。
「これは、一筋縄でいかなそうだな」
<
「分かるか、カリバー」
剣に話しかけるエクス。どうやらエクスの剣、カリバーもゆうきのシャイニングハート同じらしかった。
「こいつはカリバーだ」
<
「シャイニングハートです」
<
エクスはゆうきの実力を認めたのか、自身の相棒も紹介する。それに対しゆうきも同じ様に紹介する。
「フェイトもそろそろ終わる頃であろう。すまないが、そろそろ終わらせてもらおう」
「……」
エクスが身に纏う雰囲気が明らかに変わる。ゆうきはそれを敏感に感じ取り、無言ながらもシャイニングハートを強く握り、備える。
「ソニック」
突如としてエクスがゆうきに迫る。その移動速度は慣れないゆうきにとって、瞬間移動と言えるほどの速度だった。迫りしエクスは剣を振りかぶる。ゆうきはそれを受ける為にシャイニングハートを構えた。しかしその瞬間、エクスの姿が青い残像と共に突如消える。消えた直後、背後に現れるエクス。背後を取ったエクスはゆうきを一閃しようとする。必勝のチャンスのエクスは躊躇うことなく剣を振るった。その瞬間、まるでエクスが背後にいる事を知っていたかの様にエクスの一振りを正確に避け、避けた勢いを利用してシャイニングハートをエクスに振るう。攻撃後の思わぬ反撃に、エクスは剣で受ける選択をする。火花を散らしながらぶつかり合う杖と剣。
「中々やるな……」
「くぅ……」
エクスは喋る程の余裕があるが、それに比べゆうきは全く余裕が無かった。
「だが……」
「!」
不意に剣を押す力を弱める。いきなりの事に体勢を崩すゆうき。エクスは回転しながら体制の崩れたゆうきを避け、今度こそ完璧に背後を取る。そして、鋭い一撃がゆうきに襲い掛かった。
その頃、見ている筈のなのはは1人の少女と対峙していた。その少女は少年、エクスと同じように漆黒の防護服を身に纏い、手には漆黒の斧を手にしていた。
「わ、私は高町なのは。貴女は……?」
遠慮がちに、控えめに尋ねる。
「私はフェイト・テスタロッサ。貴女もジュエルシードを捜しているの?」
と、その手に持つ青い宝石、ジュエルシードをなのはに見せる。先程の爆発音と移動していると見られた異相体は実はこの少女に追われていたのだった。結果はその手にあるジュエルシードが物語っていた。
「う、うん」
「そっか。なら私達は敵かな?」
「ど、どうして?」
「それはね……」
なのはの声に落ち着いて応対するフェイト。その前に自分から敵と言っていたが、それにしては落ち着き過ぎである。
「私にはどうしても願いを叶えてほしい人がいる。そして、その人の願いを叶える唯一の手段がこのジュエルシードなんだ」
「でも……」
「私も貴女も譲れない。なら敵でしょ、私達」
そう話すフェイトの瞳は驚くくらいとても落ち着いていて、よく大人びいていると言われるなのはから見てもとても大人びいていた。
「あ、でも」
敵という発言に暫らく沈黙しているなのはに付け足すの様にフェイトは話し始める。
「敵って言っても、ゲームしない?」
「ゲーム?」
「そう。ジュエルシードを互いに集めているならきっと暴走している場に居合わせるでしょ?」
「うん」
「そこでジュエルシードの封印は協力して行って、どちらが貰うかは魔法で勝負して決めない? 買った方がジュエルシードをもらうって事で。どうかな?」
フェイトの提案はある意味蛇足であった、何故ならお互いに同じものを求めるなら争うのは当たり前で、勝者がジュエルシードをもらうのも当然である。では提案になんの意味があるのか。それは2つの意味であった。
1つ目は協力要請である。ジュエルシードはロストロギアであり、一体どんな事があるか分からない。そこで、自分達だけでは、勿論その逆の時もそうだが、ダメな場合の予備策として協力しようといったのだ。2つ目は実力の向上させる為であった。フェイトはなのはから何かとてつもない違和感を感じていた。暫らく話しているとその違和感の正体が判明した。その体に途轍もないセンスを持ちながら魔法に関して初心者なのだ。そこでゲームを通じて魔法の経験を積ませて強くしようとしているのだ。何故そんな事をするかと聞かれたら、理由は特に思いつかない。なぜかそうした方がいいとふと思ったのだった。
「……いいよ。私もそれが一番いいと思う」
「本当? じゃあ、早速「待って」どうしたの?」
「今回はフェイトちゃんのでいいよ。フェイトちゃんが頑張って封印したんだし」
「本当に? いいの?」
「うん」
なのはに言われたフェイトは自身が握る斧に近づけ、中に入れる。と、フェイトが何かに気づく。
「どうやら、終わったみたいだね」
フェイトの言葉につられてエクスとゆうきの方を見ると、エクスがゆうきの背に剣を当てる形で止めていた。
「不意打ちは本意ではないのでな」
「でも、エクスと真剣勝負なら僕は今頃地に墜ちていたよ」
「負ける訳にはいかんからな」
「ゆうき君」
なのはがゆうきの傍に寄る。
「ごめん、負けちゃった」
「ううん。いいよ」
「エクス」
「フェイト」
フェイトもエクスの傍に来る。
「じゃあ、またね」
「うん」
軽い挨拶を交わし、2人の姿は消える。
「またねってどういう事?」
「帰ったら説明するね」
と、張られていた結界が解除されていく。
「帰ろうか」
「うん」
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第4話「紅月の夜 白昼夢」
翌朝、ゆうきが練習していた公園にはゆうきに加えなのはとユーノがいた。フェイトと話したゲームの話を帰宅後したのだが
「私、強くなりたい」
なのはが不意に呟いた。
「どうして?」
「フェイトちゃんと戦いたい。戦ってなんでジュエルシードを集めるか聞きたい」
思い出すのはフェイトの瞳。見ず知らずの自分にも優しく声をかけてくれたその瞳は優しかった。しかし、優しさの裏にある悲しみを感じた。こんなことをしたくない。嫌だ。なぜか瞳はそういう感情があった。
「フェイトちゃんとは直接戦ってないけど、なんだかとっても強い気がしたの」
自分よりも確実に強いゆうきを負かしたエクス。共に行動していたフェイトも同等くらいの実力を持っていると予測できた。そして少し話は離れるが、なのはの家は「小太刀二刀御神流」という武術を持っている。その鍛錬は行ってはいないがその血ははっきり受け継いでいる。故に分かる、フェイトが強い事を。
「そんなフェイトちゃんと戦うんだから、もっと強くならなきゃ!」
という事があり、魔法の特訓をする事に。
「ゆうき君って昨日もこんな事をしていたの?」
「まあね」
話すゆうきの頭上では6つの魔力弾と3つの缶が宙を舞っていた。シャイニングハートの補助はなく、話しながらの操作が可能になっていた。
「凄い……まだ魔法を知ってから2日も経ってないのに」
その事にユーノ驚きの声を漏らす。
「レイジングハート、私もあんな風にできるかな?」
<できます。マスターが重ねればきっとできます>
「勿論、努力するよ」
「じゃあ、始めようか」
2人はギリギリまで魔法の訓練をしたのだった。
ここはとあるマンション一室。そこにはとある2人の姿があった。その人物とはフェイトとエクスだった。
「エクスはあの2人、どう見る?」
ベッドで横になっている黒衣の少女、フェイトはドアの所にいる少年エクスに問いかける。
「あの2人か。正直言うならば、異常だな」
「異常……?」
「才能があり過ぎる。今は魔法に関して初心者だが然るべき訓練と経験を積めば私達すら超えるかもしれん」
エクスの言葉にフェイトはベッドから起き上がり、エクスを見る。
「特にゆうき、彼は確実に強くなる。ただ……」
「ただ……?」
「何か違和感を感じた。だが……その違和感を言語化するのは難しい」
自分の感覚に自信がもてないエクス。フェイトはエクスがはっきりとものを言えないを珍しく思う。
「違和感は言語化できないが、ゆうきと戦う時は注意した方がいいだろう」
「エクスがそう言うなら、注意しておくよ」
エクスの感覚にしっかり耳を傾け、忠告を聞くフェイトはエクスに全幅の信頼を置いている。
「それはそうとフェイト、本当にいいのか?」
フェイトがベッドか降りようとした時、エクスが何もかも飛ばして、いきなり聞く。
「大丈夫。母さんの願いを叶えるって決めたんだ。それが例え……」
そう言い言葉を切るフェイト、その瞳には悲しみと覚悟の色があった。
「母さんに棄てられる事になろうとも」
そんなフェイトにエクスが近き、隣に座る。するとフェイトはエクスに寄りかかる。エクスはその事を気にしない。
「例えそうなったとしても、私はフェイトの傍にいる」
「ありがとう、エクス」
「感謝する必要はない」
若干無愛想に答えるエクスだが、それはある種の照れ隠しだった。それを知っているフェイトは笑みをこぼす。
「今日のご飯どうしようか?」
「そうだな……」
その後、取りとめのない会話をしていく。それだけを見ると2人は仲のいい兄妹みたいだった。
「フェイト、エクス、聞こえる?」
と、そこにオレンジ色の髪をした女性が2人に通信を送ってくる。その女性の頭にはイヌ科の耳が付いており、一目で人ではないと分かった。彼女の正体は動物が死亡する直前または直後に、人造魂魄を憑依させる事で造り出す使い魔と呼ばれる魔法生命体だった。
「聞こえているよ、アルフ」
「覚醒しそうなジュエルシードを4つ発見した」
「そうか、では」
「ちょっと待ってエクス」
早速そのジュエルシードを確保しに行こうとしたエクスを止めるアルフ。
「どうした?」
「そのある場所に問題があるんだ」
「問題?」
フェイトが再び首を傾げる。
「その場所ってのがこの世界の学校なんだ」
「なんなのよ!」
アリサは怒りの言葉を吐きながら廊下を進んで行く。その身から出る威圧感の様なものが他生徒をモーセの海割りの如く左右に分ける。
「アリサちゃん、待ってよ」
そのアリサを後ろから追いかけるすずか。
「なのはちゃんにも色々あるんだよ」
「その色々がムカつくのよ!」
事の発端は昼休みに起きた。
「なのは!」
「ふぇ!?」
いきなりのアリサの怒号に驚きの声を上げるなのは。
「あんた、授業中になにやっているのよ」
授業中になのははゆうきと同じようにマルチタスクを使いイメージトレーニングをしていた。だが素質の差か、アリサとすずかには心ここにあらずと見えてしまったのだ。
「な、何もしてないよ」
「嘘ね。私には分かるんだからさっさと白状しなさい」
「ほ、本当に何もしてないよ」
「もういい!!」
アリサが怒りの声を上げ、その場から立ち去ろうとする。
「あ、アリサちゃん「なのは、行っちゃダメだ」ゆうき君……」
「僕達が、追ってはいけない」
「アリサちゃんはなのはちゃんが心配なの。勿論私も心配してる。だから、時が来たら話してね」
そう言った後、すずかはアリサの後を追ったのだった。
「何かあるんだったら尚更私達に教えるべきよ。何のための親友なのよ……」
「アリサちゃん……」
と廊下の端まで歩いた2人はそこで立ち止まる。
「アリサちゃんもなのはちゃんの事、心配だよね?」
「勿論よ」
すずかの問いかけに即答するアリサ。
「何が何でも話してもらうんだから!」
すずかだけでなく自分にも向かって宣言するアリサ。と、そこで何か落ちている事に気づくアリサ。
「すずか、これは何かしら?」
「綺麗……」
そこには青い宝石が4つ落ちていた。
「どうすればいいのかな?」
「2人には話せないしね」
なのはとゆうきがどうするか考えていた時、禍々しい感覚と慣れ始めたジュエルシードの感覚を感じた。結界の影響か、昼間だった景色は真夜中に変わり、空には真紅の月が浮かんでいた。
「この感じ、ジュエルシード?!」
「なんで!?」
学校と言う場所での発動にも驚くが、結界が発動したという事にも驚きを隠せない。ユーノか、エクス、フェイトの誰かが結界を発動したと考えたかったが、魔力の感覚は3人のものとはかけ離れていた。
「とりあえず屋上に行こう」
「うん」
念の為とセット・アップした状態で2人は屋上に出る。するとそこには
「あ、アリサちゃん……」
アリサが立っていた。見られてしまったというのが2人の心の声だった。さっきの様な状況であれば、ごまかす事ができるが、今回は決定的な証拠を見せてしまっている。
「やっぱり、何か隠していたのね……」
「あ、あのね「もういいわよ……」アリサちゃん……」
「そこまで隠したいっていうなら……」
アリサが静かに右手を前に出す。突如、アリサの目の前に日本刀が出現し、アリサの右手に収まる。
「力づくで吐かせる!」
それと同時にアリサの服装が変化する。制服からチャイナドレス風の服装に変わる。
「アリサちゃん!?」
「てやぁぁぁ!」
ためらうなのはとは逆にアリサの振るわれる刀に迷いはない。その迷いなき刀の一振りはゆうきによって阻まれる。
「ゆうき、あんたも私達を騙していたわね」
「隠し事はないなんて嘘は言わないよ」
力を込めて、アリサを弾く。弾かれたアリサは後ろに跳び、体勢を立て直す。
「なのは、刀を見て」
「かたな?」
ゆうきに念話で言われたなのはは刀を見る。月明かりに照らされた刀は鋭く独特の輝きを放つ。その刀の柄の部分がそれとは違った輝きを放っている事に気づく。注視すると中央部分に青い宝石が埋め込まれていた。そう、その正体はジュエルシードだった。
「おそらくアリサはジュエルシードに操られているんだ。一応説得してみるけどダメな時は……」
「でもそれじゃあ……」
「それは僕がやるから安心して」
念話でなのはにそう言ったゆうきはアリサを真っ直ぐ見据える。
「アリサ、その刀の柄に付いているのをこっちに渡してほしい。それはジュエルシードと言ってとても危険なものなんだ」
「なんであんた達はこれを集めているのよ」
「他の人が不幸な事に遭わない為。実際僕となのはは今、力を手にしているけど、その前にはもう少しで大ケガする所だった」
「それ程危険なものなんだ……」
アリサは自身の手に握られている刀に付いているジュエルシードを眺める。
「だからそれをこっちに「嫌よ」…………なんでか教えてくれるかな?」
「あんたの話が本当だっていう証拠がないからよ。それに私はこれが危険なものとは思えない」
「僕の言葉が信じられないの?」
「ええ」
2人の間の空気が次第にピリピリと張り詰めていく。
「もしこれが欲しいのなら……私を倒しなさい!」
「じゃあ、遠慮なくいくよ!」
その言葉と同時に魔力弾が10個生成され、横一列に並べて放つ。横一列に並んでアリサに迫る為、平面上ではアリサに逃げ道はない。そう、平面上では。
「甘いわね!」
アリサが地面を強く蹴る、それと同時にアリサの背に翼が現れ、空に飛び立つ。先の細部が細かく変化しながら空を羽ばたくその翼はまるで炎でできた鳥の翼様だった。ゆうきはすぐさま魔力弾を操作し追尾する。
「この、しつこい!」
アリサが剣を振るおうとした時、炎が刀を包み込む。不思議な現象であるのにも関わらず戸惑いはなく、使い方すら分かった。
「断罪!」
刃の形へと圧縮した炎を斬撃として放つ。斬撃は魔力弾を打ち落としていく。しかし、既にゆうきは打ち落とされる前にその弾の思念誘導を放棄しており、アリサの背後に新たに生成した魔力弾を思念誘導して向かわせていた。
「っ!」
直撃は免れないかと思った瞬間、迫る魔力弾はまるでそのものが存在しなかったかの様に消える。
「なっ!」
「なんだかよく分からないけど、あんたの攻撃は効かないわ! 大人しく私にボコられなさい」
翼を羽ばたかせゆうきに迫るアリサ。
「シャイニングハート」
<フライアーフィン>
ゆうきも宙に飛び立ちアリサを迎え撃つ。
「はぁぁぁ!」
「てえぇぇい!」
ぶつかり合う刀と杖。
「アリサ、手加減しないよ」
「何を今更!」
アリサがそう言うとゆうきはアリサに魔力を纏わせた蹴りを放つ。その蹴りはアリサに直撃する寸前で魔力の纏わりが消え、普通の蹴りとなった。蹴りを食らい、アリサは後退する。
「っ! 痛いわね!」
アリサが場違いにも文句を言うがゆうきは「そういう事か……」と1人呟く。それが何かに触れたのか、ブチッ! という何かが切れたかの音が辺りに響く。
「もう、容赦しないんだから!!」
その言葉と同時に翼と刀の炎が巨大化する。どうやらアリサが本気、いやキレた様だった。
「炎熱絶翔!!」
刀を大きく振り構える。その瞬間にゆうきの本能が叫ぶ、あれを食らってはいけないと。
「なのは逃げて!」
「撃零!!」
刀を振り抜く。炎が巨大な刃となり刀が描く軌道を切り裂いていく。ゆうきは素早く避け、なのははゆうきの声によって避けたがそれは2人が動けたからだ。動けないもの即ち下にある学校はその刃によって両断され、轟音を響かせながら崩壊していく。
「学校が……」
学校が崩壊した事に驚愕の声を漏らすなのは。しかし、誰よりも驚いているのは
「う、嘘……」
崩壊させたアリサだった。
「嫌あぁぁぁ!」
悲鳴にも似た拒絶の声を上げるアリサ。それにより力が暴走しているのか辺りに衝撃波が発せられる。
「アリサ!」
「アリサちゃん!」
2人の声はその叫びで消え、近づこうにも衝撃波の影響で近づけない。
と、不意にそれが静まる。
「そうよ、これは夢よ。なんたって普通の私が空を飛んだり、学校を壊せたりしないわ」
アリサがそう思ってしまう
「いけないアリサ!」
何かに気づいた様にアリサに呼びかけるゆうきだが
「ナラスベテコワシテイイヨネ?」
もう手遅れだった。
「アリサちゃん!」
「なのは、うかつに前に出ちゃだめだ!」
「アハハハハハ」
なのはがアリサに近づこうとした瞬間、アリサが猛スピードでなのはに突っ込む。振るわれる刀を咄嗟にレイジングハートで受け止めるが、勢いと力に負け、下に落とされる。落とされたなのはは高さが幸いして、地面すれすれで体勢を立て直す。そのなのはに追撃をかけようとするアリサ。だがそれは回避行動に変わる。何故ならゆうきによって砲撃されたからであった。
「アリサ、君とはいえなのははやらせない」
「アハハハ、何夢の分際で随分とゆうきに似ているのね。それってとってもむかつく!」
今までの2倍くらい速さでゆうきに迫るアリサ。鋭い一閃がゆうきの身を両断しようとするがそれをかわし、アリサにシャイニングハートを叩き付ける。刀を振るった直後のアリサは避ける事ができず、食らい後退する。
「アリサ、もう止めるんだ!」
「夢の分際でぇぇぇぇ!!」
翼が巨大化し、宙でその羽をはばたかせ大量の羽がゆうきに向かって放つ。その羽が刃の様になっており、その数だけに致命傷になりかねない。
「シャイニングハート!」
<ディバインシューター>
それに対しゆうきが選んだのは回避でも防御でもなく迎撃だった。しかし、相手はそれこそ無数と言いたくなる程の数に対してゆうきは僅か5発の魔力弾で迎撃しようとしていた。
「たったそれだけで何ができるの」
「これだけの事ができるんだよ!」
魔力弾を誘導し、間隔を開けて迎撃に向かわせる。
「今だ!」
魔力弾と羽が接触しようとした瞬間、魔力弾の全てが突如、謎の爆発をする。その爆発の影響で雨の様に降り注ぐはずだった羽は爆風によって吹き飛ばされてしまう。
「ちょ、何もみえないじゃないの!」
更に爆発により生じた煙のせいで視界が遮られる。念には念を入れ、その場から移動しつつゆうきの姿を捜す。その時、煙の中に一筋の煌めきが。その煌めきは次第に大きくなり煙を貫通しアリサに迫る。そう、それはゆうきが放った砲撃だった。
「っ!!」
咄嗟に体を捻り直撃を免れるが片翼が砲撃によって撃ち抜かれる。片翼を失い体勢が乱れるが、すぐに復活させ立て直す。
煙によって遮られ、アリサの位置は分かる筈がなかった。それにも関わらずゆうきは正確にアリサのいる位置に砲撃を放った。ゆうきが砲撃を放てた理由。それはなんとなくだった。なんとなくそこにいる気がしたのだった。
「夢のくせに!」
再び翼を羽ばたかせ刃の羽をゆうきに向かって雨の様に放出する。それに対してゆうきは再び魔力弾を生成する。先程と同じように撃ち落とすつもりだった。
「甘い! 甘い!! 甘あぁぁぁい!!!」
突如、羽が意思を持ったかの様に柔軟な動きをみせる。ゆうきのディバインシューターを模倣し、羽を思念制御しているのだった。その為には膨大なマルチタスク能力が必要となるが、ジュエルシードによって補ってくれていた。
刃の羽は数枚を犠牲にディバインシューター落とし、ゆうきに迫る。そしてその一部はなのはにも迫っていた。
「なのは!」
「私は大丈夫! それより、ゆうき君前!」
なのはに言われ前を見ると、羽がゆうきを取り囲む様に移動していく。
「くっ!」
アリサが誘導制御しているのならば、さっきの様に爆発させて無効化するという事はできないかと言ってこのままでは撃墜は必至だ。ならば、取る道は一つ、全て打ち落とす事。
「シャイニングハート!」
<ダメです! 最悪の場合マスターの脳が潰れてしまいます!!>
今までゆうきの言葉に静かに答えていたシャイニングハートがゆうきを止める。
「僕は潰れない!」
<ですが!!>
「僕を信じて!」
<…………了解しました。私もサポートします>
「ありがとう……」
短く感謝の言葉を言い、目を閉じ僅かな時間だが深呼吸する。
「ディバイン……シュータァァァァァ!!」
ゆうきの周りに生成された魔力弾の数は50。
「撃ち落とせ!!」
その全てをゆうきは制御していく。そこにシャイニングハートのサポートがあるのは事実だが、そのサポートはちょっとしたものだった。数で言うのならば10個分の制御する負担を少なくしている程度だった。何故その程度しかしていないのか、理由は簡単、その程度しか必要がないからだ。
宙を駆ける魔力弾は撃ち漏らしなくゆうきに害をなそうと近づく羽を打ち落としていく。
「あぁぁぁもう!! イライラする!!」
アリサはそう言いながら、さらに羽を放出するが魔力弾の動きはどんどん鋭くなり、羽を打ち落とし、数の差をものともしない。
「もういいわ!」
アリサの一言を合図に放たれていた羽が同時に爆発する。1つ1つの規模は小さいがそれが幾つも重なれば大きくなっていく。
「くっ!」
その証拠に、ゆうきは爆発によって少なからずダメージを負う。
爆発の影響で発生した煙が周囲を包み込む。
「なっ!」
その時、ゆうきが驚愕の声を上げる。アリサがこの煙を利用し、接近している気がした。悪い事に、その感覚は正解であった。アリサはゆうきを斬ろうと接近していたのだ。
砲撃でも、魔力弾でも遅い。となると残る選択肢は防御だが、アリサの前では魔力は無意味。まさに万事休すだった。
「はあぁぁぁ!」
アリサが今まさにゆうきを斬ろうとした時、光の柱がそれを遮った。その光の柱の正体は砲撃であった。今、この状況で砲撃を放てるのはただ1人。
「ごめんね、ゆうき君。私も戦うよ!」
今までためらい、見ている事しかできなかったなのはだった。
なのははは優しい。それは傷つく痛みを知っているからである。だから他人にそれをしたくない、させたくない。故に現状で、なのははアリサに攻撃する事ができなかった。
「ゆうき君、私もアリサちゃんを止めたい」
「なのは……」
しかし、そのなのはも吹っ切れた。今、何をすべきかを理解したのだった。
「ごめんね、迷って」
「ううん。2人でアリサを止めよう」
「そんな所まで2人に似て……どこまで私をキレさせるのよ!」
アリサの炎が更に巨大化する。
「なのは、とにかく攻撃でもして、ちょっと時間を稼いで」
「でも攻撃は通らないよ」
ゆうきの攻撃を見ていたなのはは攻撃が通じないのを知っていた。唯一通じると思われるのは砲撃であるディバインバスターのみ。だが、そのディバインバスターは発射までに時間を要し、有効策とは言えなかった。例え、片方が注意を引きつけ、もう片方が砲撃を放っても先程みたいに避けられてしまう。
「大丈夫、僕を信じて」
ゆうきははっきりとそう言った。他に手があると暗に伝える。
「分かった。ゆうき君を信じるね」
それはどんなゆうきが何をしようとしているのか理解したという事ではない。ただゆうきを信じて、了承したのだった。
「はあぁぁ!!」
振るわれる巨大な炎の一閃を分かれて回避する。
「レイジングハート、いけるよね?」
<勿論です。全力でいきましょう>
「うん」
魔力弾を生成し、アリサに放つ。しかし、アリサは微動だにしない。そもそも回避する理由がない。魔力弾はアリサに届く前に消滅してしまう。
「無駄よ!! さっさと私を目覚めさせなさい」
「アリサちゃん、よく聞いて。これは夢じゃないの!」
「嘘だ!!」
アリサが刀を振るう。が、アリサもこれが現実だと気づきつつあるのか、それには鋭さがなかった。鋭さがない攻撃はなのはにかわされる。
「嘘じゃない!! このピリピリとした空気が、その手に持つ刀の重さが夢なの!!」
「う、うるさいうるさいうるさい!!」
がむしゃらに刀を振り回すがそんな攻撃が当たる筈はない。十分に距離を取りながら、なのはは言葉を続ける。
「これは夢じゃない! 現実なの!!」
「う、うぅぅああああああ!!」
なのはの言葉を聞いたアリサは刀を振るう事を止め、頭を抑えながら苦痛の声を上げる。アリサが戻ろうとしているのだと思ったなのはは更に言葉を続ける。
「気づいてアリサちゃん!!」
「なの……は……」
その時、突如アリサが持つ刀が青白い光を放ちだす。今までの戦闘で大人しかったので、なのはは忘れていた。アリサの持つその刀にはジュエルシードがある事を。光は大きくなり、アリサの体を包み込む。
「アリサちゃん!」
光は次第に収まっていく。光から出てきたアリサの外見には変化はない。そう、外見には
「ふ、ふふふふ。アハハハハハハハハ」
まるで狂ったかの様に笑うアリサ。いや、様にではなく狂っていた。ジュエルシードによってアリサの心は捻じ曲げられてしまったのだった。
「そうよ、そうよね。こんな現実、モヤシテシマオウカ」
「残念だけど、それはできないよ。君は僕となのはが止める」
暴走しつつある、アリサを止める発言をしたのは時間稼ぎを頼んだゆうきだった。
「なのは、お待たせ」
「ゆうき君!」
「あんたに私が止められると思っているの? あんたの攻撃はあのビームぐらいしか私には効かないし、あれも避けるのは簡単なんだからね」
「その対策は出来ているよ。なのはは封印の準備をしていて」
「うん……。頑張ってゆうき君!」
なのはが静かに離れていく。
「これが君への対策さ!」
ゆうきの言葉の後にポツポツと現れたのは、20の魔力弾。
「あんたバカ? それは私には通じないわよ」
「それは受けてからのお楽しみで!」
そう言いながら、魔力弾を放つ。それにも関わらず、アリサ動こうとしない。
「避けなくていいの?」
「避ける必要はないわ」
「後悔しないでね」
アリサを包囲するように誘導された魔力弾は次々とアリサへと向かう。その魔力弾は前と同じ様に消えていく。
「ほらね」
「何を勘違いしているの? まだ弾は残っているよ!」
最後の2発がアリサに迫った時、それは起きた。
「なっ!」
アリサが驚愕の声を上げる。何故なら消える筈の魔力弾は消えず、今までアリサを守護してきた謎の現象を貫いた。
「ぐぅぅ」
魔力弾2発の攻撃をまともに受けたアリサは苦痛の声を上げる。
「アリサ、君の周りを取り囲むのは、おそらくAnti (アンチ)Magilink(マギリンク)Field(フィールド)、略してAMFと呼ばれる魔力結合と魔力効果発生を無効にするもの。僕やなのはみたいに魔力での攻撃が主戦力のタイプには天敵」
「なら……なんでアンタの攻撃が……」
「魔力弾を多重のフィールド中和膜で覆い、相手の防御に着弾すると中和膜がその防御を中和し、それを貫く魔法。それがさっきの攻撃」
そう言いながら、ゆうきは周りに20もの魔力弾を生成する。
「さて、覚悟はいいかい? アリサ」
「こ、このぉぉ!」
アリサががむしゃらに突っ込む。だが、アリサが今までそれができた理由はAMFがあっての事だった。それが破られた今、それはただの神風特攻でしかない。
魔力弾が次々とアリサを襲う。翼を撃ち抜かれ、背を撃ち抜かれ、足を、腕を。それでもアリサは止めない。全ての魔力弾の攻撃を受けても突き進むアリサが見たのは、杖を真っ直ぐアリサに構え、その先には光の球体があった。
「アリサ……ごめん」
<ディバインバスター>
ゆうきはただ静かにアリサを撃ち抜いた。
あの時の私は自分から見ても最悪だった。わがままで、自信家で、強がり。だから私はクラスメイトをからかいバカにして。でもそれは私の心が弱かったから。あの時もそうだった。
「そ……それは……」
「アンタ、私に逆らう気なの? グズでのろまなアンタが」
自分より可愛いヘアバンドを身につけているあの子が気に入らなくて、それを奪った。その子は本当に気が弱くて、何を言ってもぼそぼそとしか言わない、いわば当時の私にとって最高のエサだった。何かを言いたそうにするあの子の声を聞くたびに私は優越を感じた。そんな時だった。
「君、その子が嫌がっているよ。返してあげなよ」
私を止める声が聞こえた。それは、ある男の子だった。その男の子はいつもとある女の子と一緒いた子だった。当然、その子も一緒にいたけど、止めてきたのは男の子の方だった。
「なんでアンタの言う事を聞かなきゃならないのよ」
当然、私は聞かない。他人の言う事を素直に聞いたら何かに負けた気がして。その時、私の頬に今までで一番の痛みがはしった。目の前を見ると、そこには男の子と一緒にいた女の子が立っていた。
「痛い? でもね、大事なものを取られた人の心はもっと痛いの!」
当然、私がやられっぱなしなんてできなくて、すぐにやり返す。やってはやられて、やり返して。そんな事が続き、結局、事の発端であったあの子と止めに入った男の子が私とその子を止めた。
それが私達、4人の出会いだった。
アリサが目を開けると、そこには未だ浮かぶ真紅の月と心配そうにのぞきこむなのはの顔があった。
「アリサちゃん、目覚めたんだ」
「なの……は?」
「ごめんね、ゆうき君手加減ができなくて」
「いや、手加減ができる状況じゃなかったし……」
「でもあれはやりすぎだと思うよ」
「で、でもさ……」
目覚めたばかりで、暫らく思考が停止しているアリサは暫らくなのはとゆうきの言い合いを眺める。だがすぐに思い出した、今まで自分がした事を。あの時は何も感じなかった、しかし今は違う。自分がした事に恐怖を覚えていた。
「その……アリサ大丈夫?」
自分を止めてくれたゆうきは何故か謝る。
「なんでアンタが謝るのよ……」
「いやさ、あれはやり過ぎかな? って」
「私が言わなきゃ、やり過ぎって思わなかったと思うよ?」
「うっ」
あんな事をしたのにも関わらず、平然と会話できる2人が不思議に思えた。
「アンタ達は怖くないの? あんな事をしたのに」
「あれはジュエルシードに操られていた「違う!」」
「違うの! 私は最初の方は確実に自分の意思で動いていた。それで学校を破壊した! そのせいでみんなが!!」
「それは大丈夫だよ。ここには僕達以外いないから」
「それでも、私がとんでもない力を持っているのには変わりない!!」
アリサは恐れていた。学校を簡単に崩壊させることができるその力を。そんなアリサになのははかける言葉が見つからなかった。
「シャイニングハート……」
<分かりました>
「ゆうき君?」
「ディバインバスター!」
不意にゆうきが明後日の方向へ砲撃を放つ。しかし、そこには何もなく、ただ地面があるのみだった。砲撃は地面に突き刺さり巨大な砂煙を発生させる。その煙が風によって晴れると、そこには巨大なクレーターができていた。
「アリサ、見ての通り僕やなのはだってその気になれば学校を壊せるだろうし、人だって簡単に殺せる。でもそれは絶対にしない」
ゆうきがアリサを真っ直ぐ見ながら言葉を続ける。
「力はどこまでいっても力。肝心なのはその力をどう使うかじゃないのかな?」
「それなら私はもう……」
「今ならまだ、間に合うよ」
ゆうきがアリサに差し伸べる。
「私は……」
アリサが手を伸ばそうとした時
「残念だけど……」
突如、声が聞こえる。その声はとても聞き覚えのある声だった。そう、その声の主はすずかだった。
「ゆうき君の手を取るのは私だけの特権だよ」
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第5話「紅月の宴 第1幕殺し愛」
声と共に、何か残像の様なものがゆうき達の前を通り過ぎる。その刹那、明後日の方向から気配を感じとり目を向けるが、そこにもあったのはただの残像。それが幾度も、幾度も繰り返され、まるで見つけられないなのは達の様子を楽しんでいるかの様な声すら聞こえる。
「な、なんなのよ……」
アリサが戸惑いの声を上げる。なのははも声には出さないが、戸惑いを隠せない。そんな中、ゆうきだけが冷静に一点だけを見つめていた。
「そこにいるんだろ?」
ゆうきが虚空に問いかける。すると、まるで暗闇から浮かび上がる様に1人の少女が現れた。それが紛れもない本物だとゆうきは瞬時に理解し、また恐怖した。その少女があまりにも圧倒的、あまりにも異常過ぎたからだ。可能ならば逃げ出したいとさえ思った。だが、それはできない。何故ならその少女には見覚えがあったからだ。
「3人とも、ようこそ紅月の宴に」
その少女はこれから何かをやるのか、身に纏いし純白のドレスの裾を少し摘み上げお辞儀をした。その優雅な姿はどこかの話に出てくるお姫様の様だった。普段よりもかなり伸びた地面に触れるほどに長い髪は月明かりによって一本一本を煌めかせる。背後にある月の様に赤い瞳は狂気に染まり、ゆうき達を標本にされた蝶の様に射止めていた。もし、この場に彼女の隠れファンがいたとしたら、どう思うだろうか。おそらくその存在感に当てられ失神したことだろう。その容姿は妖艶、その存在は異常。そんな少女の名は月村すずか。ジュエルシードによって変革された者。
「へぇ、なのはちゃんは黄色でアリサちゃんは緑か……。で、ゆうき君は……」
すずかは指しながら何故か意味の分からない色を告げる。なのはは黄、アリサは緑と。しかし2人にはその色に関連するものはない。その意味はすずかしか分からない。
「す、すご~い……」
ゆうきに目線を移すと驚きを漏らした。
「濃い黄色に白もある! 流石ゆうき君だよ」
すずかが言っている意味は相変わらず分からないが、どうやら2人に比べるとゆうきの方が優れている様だった。
「すずか、だよね……」
ゆうきは目の前にいる人物がすずかであるとどうしても認めたくなかった。何かの間違いであってほしいと願った、故に明らかな質問をしていた。
「うんそうだよ♪ ……それとも他の人に見える?」
しかし現実はそうはいかない。
「そんな……」
「嘘……」
アリサとなのはは驚きを隠せない。すずかの身から出る異質さを感じ取っていた。故にゆうき同様に目の前にいる者がすずかだと認めたくはなかった。
「なんでそんな顔をしているの? せっかくの良い夜なのに。ほら、月が真っ赤」
と宙に浮く月を掌に乗せる様に手を差し伸べる。それはある意味場違いの美しさを持っていた。劇などでやれば観客の大半は見惚れるだろう。しかし、その身から出る圧倒的で絶対的な異質さがそれを許さない。
「……僕には今の君が、僕の知っているすずかには見えない」
「ひっどーい。でもある意味正解なのかな……?」
「どういうことなの……」
なのは問いかけにすずかはニマリと深く頬を歪ませる。
「私は目覚めたの。人間を越え、不老不死の体現者、真祖の吸血鬼に!」
その言葉と共にその身から出る異質さは更に強くなる。それは先程のただそこにいるだけとは違い明確な敵意へと変わっていた。
「さて、そろそろお話は終わりにしようか?」
「話し合いで、解決しないからかい?」
「流石、ゆうき君だね。やっぱりゆうき君ならいいかな?」
「何が?」
しかし、ゆうきの問いに答えられることはなかった。すずかの姿がゆうきの視界から突如として消える。その瞬間ゆうきの直感が叫ぶ、今すぐ下がれと。だが、未だに気圧されていたゆうきは動けない。その直後、すずかはゆうきの目の前に現れる。すずかはゆうきの頬を優しく撫でたかと思うと、静かに、そっと唇を合わせた。それはほんの一瞬、一瞬のできごとだった。
「あは♪ キスしちゃった」
すずかはちょっと恥ずかしそうに笑いながら離れる。それに対し、ゆうきは口元を抑えただ呆然とする。また、それを見たなのはも呆然としている。
「な、何をしているのよ!」
すずかの驚き行動にアリサは顔を赤くしながら食って掛かる。
「私はね、ゆうき君の事が好きなの」
「なっ!」
突然の告白に、他人事なのに更に顔を赤くするアリサ。
「ちょっ、すずか!! こんな時になんてことを言ってるのよ!!」
「だって、今まではなのはちゃんがいたんだもん」
「私……?」
「なのはちゃんは私より可愛くって、傍にいて、私なんかじゃ勝てないって思ってた」
そう呟いたすずかの顔には悔しさよりも諦めが現れていた。
「……でもね!」
すずかが誇示するかのように腕を大きく広げる。先程とは違い、そこには確かな自信があった。
「私は手に入れた。なのはちゃんに勝つものを」
更に威圧感が上がる。目の前にいるだけで体力が削られるていくとさえ錯覚してしまう程だった。
「だから私は……」
恍惚とした表情をうかべるすずか。じりじりと息が詰まるような彼女の出す気迫が強くなる。
「ゆうき君を手に入れる」
刹那、何か切り裂いたかのような音が響く。
「なに……が……」
「ゆうき君!」
切り裂かれたのはゆうきだった。飛び散る鮮血、それをアリサとなのはが認識するにはさほど時間はかからなかった。アリサは悲鳴を、すずかは笑いを奏でる。コンビの声は紅月の夜に響き渡る。そんな中、なんでそんな声を出しているのかゆうきは疑問に思った。そして自身のせいだと理解する。なら、謝らなきゃな、と場違いの事を考えながら崩れ落ちた。
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第6話「紅月の宴 第2幕終わらぬ世」
「ゆうき君!」
倒れ込むゆうきに駆け寄るなのは。純白のバリアジャケットが流れ出る真紅の液体に染まっていく事など気にせずゆうきの側に座り込み、レイジングハートを置き、傷を塞ごうと手を当てる。
「なの……は……服、汚れちゃうよ」
「そんな事はいいから!」
両手で一番大きな傷口を押さえる。しかし、ほかの傷口からも血は流れ、その行為は無意味と言えた。それでもなのはは止めない。
「止まれ、止まれ、止まれ、止まれ……!!」
願うように、祈るように止まれと念じる。しかし、その祈りを、願いを嘲笑うかの様に血は流れていく。
「ありゃりゃ、ちょっと浅かったかな?」
と、そんな様子を眺めていたすずかが意外そうに呟く。まるで些細なミスをしたかの様に軽いものだった。
「す、すずか、ゆうきを殺す気だったの?」
「人としてならうんそうだよ。ごめんねえ、ゆうき君。同じ吸血鬼にするには体から邪魔なものを出さないといけないから」
アリサが声を震わせながら、すずかに問うと、すずかはそれが当然の様にあっさりと答えてしまう。
「大……丈夫……だよ。なの……は……」
「全然大丈夫じゃないよ! 血が、血が……!」
なのはが今にも泣きそうな声を出しながら、一向に止まる様子がない傷口を押さえ続ける。すると、弱々しく動く右手がなのはの瞳から溢れ、流れようとした滴をすくい取る。
「君は……泣くより笑顔の方が、よく似合う」
「ゆうき君……」
ゆうきが懸命に、それでも弱々しくだが動く腕を必死になのはへと伸ばす。そのゆうきの意思を少しでもすくおうとその手を握り締める。
「なのは……僕は……」
「……うん」
「君に……会えてよかった……」
「私も……ゆうき君に会えて、よかった」
なのはの言葉を聞くと、笑みを浮かべたゆうきのその手から静かに力が抜けた。悲しみがなのはを包み込む。それでも涙は流さない。ゆうきはそんな事を望んでいない。
「さあ、なのはちゃん、ゆうき君を渡してくれる?」
「なんで……なんでこんな酷いことを!」
「私と同じにするの! 私だけのゆうき君! ゆうき君と私は悠久の時を過ごす!」
すずかは自身の欲望を高らかに叫ぶ。
「そんな……」
「だってこうでもしないと、なのはちゃんの所に行っちゃうんだもん」
見開いた狂気に染まった瞳はなのはより、ゆうきを捉えていた。それを察したなのははレイジングハートを手に持ち、遮るように立つ。しかもすずかを遮るのは1人ではなかった。
「もう止めなさい! すずか!」
なのはとすずかの丁度中間辺りでアリサが両手、両足を伸ばし立っていた。
「あれれ? アリサちゃんも私の邪魔をするの?」
「そうよ!」
いつもの様な強い口調で言い放つが実の所、その声が恐怖で震える事を抑えるので精一杯だった。本当は逃げ出したい、今すぐに。それでも逃げない、逃げる訳にはいかない。これ以上、すずかを暴走させはしない。そんな想いでアリサはすずかの前に立っていた。
「ねぇ、アリサちゃん。あなたもさっきまで私と同じことしてたんだよ…」
「そんなのは、今関係ない…!」
一歩、また一歩とゆっくりアリサに近づくすずか。それに伴い、アリサの中の恐怖の感情も膨れ上がる。
「でもね、アリサちゃん。あなたは大事なことを侵しちゃったの……」
そしてアリサの目の前に手を前に出すだけで触れられる距離まで近づいてきた。
「………知りたくない? 私がゆうき君を好きになった理由」
「……別にいいわ……」
「ううん、アリサちゃんに否定する権利はないの。ううん、アリサちゃんは知る義務があるの。ねぇ、いじめっ子さん」
「なっ!」
驚愕の声を上げた瞬間、アリサの視界が回る。回りに回り、周囲の景色が変化していく。気がつくと、周りの景色は見覚えがあるものに変わる。
「ここは……学校?」
そこは学校の中庭だった。細かい所まで手入れの行き届いる中庭の木々は陽気な日差しを受け輝いており、生徒憩いの場所の1つだ。
「どうしていきなり……?」
「返して……! 返してよ……!」
疑問に思った時、声が響く。その声はどこか聞いた事がある様な声だった。声のした方向に向かうとアリサよりも小さく髪の長い2人の少女がそこにはいた。1人の少女が右腕を挙げて、追ってくるもう1人の少女から逃げていた。追いかける少女の髪は乱れていた事からその挙げている手には髪留めが握られているのだろう。少女達はその場でぐるぐると回る様に逃げているのと、距離が少し遠い為に顔までははっきりと見えなかった。と、その光景に既視感を抱くアリサ、だがそれは追いかける少女の「返して」という言葉にかき消される。今はいじめを止めさせなければならない。首を左右に振り、既視感を完全に消す。
「こらぁ! 何してんのよ!」
アリサが声を出し、逃げる少女に駆け寄る。近づくにつれて少女の顔がはっきりとする。そして顔がはっきりと見えた瞬間、アリサは自分の目を疑った。何故なら、その少女の顔はアリサ本人の顔だった。「何故?」という言葉がアリサの頭の中で反響する。すずかの言葉が脳裏によぎる。すずかはアリサにゆうきを好きになった理由を知る義務があると言った。そして、その時にすずかはアリサをいじめっ子と呼んだつまり
「まさか、あの時のなの……?」
アリサがすずかをいじめていた、あの時になっていたのだ。つまり追いかけている子はすずかだった。あの時になっているという事はと、アリサは次に起こるだろう事を予想し、その予想は当たる。
「君、その子が嫌がっているよ。返してあげなよ」
一組の男の子と女の子がアリサに近寄り、男の子の方が止める様に言う。女の子の方は泣きそうになっているすずかを慰める様に傍による。その男の子と女の子こそ、ゆうきとなのはだった。
「なんでアンタの言う事を聞かなきゃならないのよ」
当然、もう一人のアリサは聞かない。そして、なのはがアリサの頬を叩く。そして、そこから取っ組み合いとなりすずかとゆうきが2人を止めに入る。どこからどこまでもあの時と同じだった。と、ここで不思議な現象が発生する。今まで見てきた光景がまるでビデオの巻き戻しをしているかの様に、アリサ以外の人物の行動が巻き戻る。そして再びすずかがアリサを追いかける場面に戻る。それが5回くらい繰り返される。
「何がしたいの、すずか……」
「なら、そろそろ見せてあげるよ」
アリサの言葉にすずかは答える。すると景色が同じ様に戻る。同じように流れる光景。と、そこである事気がつく。いつまで経ってもゆうき達が来ない。そしてすずかが追いかけ疲れたのか追いかけるのを止め、その場に泣き崩れてしまった。
「あはは、いい気味」
すずかの髪留めを持ったままどこかへ行ってしまった。それと同時に場面が変わる。そこは教室だった。いつは賑やかな教室。しかし、その場面の教室は到底賑やかとは言えなかった。
「ねぇ、知ってるアリサちゃん、すずかちゃんをいじめていたらしいよ」
「しかも、最終的にすずかちゃん泣いちゃったらしいよ」
「酷いよね」
教室の空気は暗く、アリサのいじめの話で持ちっきりだった。
「アリサ・バニングス、ちょっと来い」
「はい……」
先生に呼び出される。アリサが教室から出るとさらに場面が変わり下駄箱になる。
「…………」
アリサが無言で下駄箱に立つ。アリサの下駄箱には落書きがされていた「いじめっ子」とそれから、ありとあらゆる所でいじめっ子と言われ続ける。そう、ここはゆうき達が来なかった未来だった。さらに場面が流れる。
「なまいきなんだよ、お前!」
アリサの体に拳が振るわれる。今度はアリサがいじめられていたのだ。殴られ、蹴られる。これがいじめた者への末路だった。そして場面は再び巻き戻る。ゆうき達が来なかった世界が何度も何度も再生される。
「止めて……止めて……止めて!」
今まで見ていた、いや正確にはすずかに見せられていたのだった。いくら目を閉じても、耳を塞いでも、頭に光景が流されいくらその場を離れようとしても、身体が全く言う事をきかない。すずかをいじめていた過去、それはアリサの心に後悔の念を色濃く残していた。それを何度も見せられ、しかも最悪の未来を見せられて平気なはずがない。精神はもう限界だった。止めてくれるように虚空に叫ぶ。しかし、その叫びをすずかが聞き届ける事なく、世界は巻き戻る。
「止めないよ。アリサちゃんの心が壊れるまでね」
すずかの言葉はアリサには届かなかった。
アリサは膝から崩れ落ちる。体を震わせ、何かをぶつぶつと呟き続ける。何をされたのか分からなかったが、アリサが心を折られた事はなのはにも理解できた。
「さて、残るはなのはちゃんだけだね。どうする?」
「…………」
アリサはゆうきのために彼女なりの精一杯を尽くしてくれた。だけど、すずかには敵わなかった。あと残っているのは自分しかいない。自分も敵うかどうか分からない。いや、なのはよりも強いゆうきが反応すらできなかった相手だ。敵わない可能性の方が高い。
―――だからって、諦めるの?
諦めその二文字が頭をよぎる。その時、レイジングハートが視界に入る。レイジングハート、日本語で直訳すると不屈の心。その不屈の心は自分をマスターとしてくれて、今も自分と共に戦う準備をしてくれているはずだ。
―――何もしないのに諦めるなんてそんなの絶対おかしい! 私らしくない!
諦めという文字を否定する。レイジングハートをすずかへと真っ直ぐ向ける。
「何の真似?」
「ゆうき君は私が守る」
「なのはちゃんが? あはは、冗談にしても笑えないよ」
すずかから膨大な、少なくとも普通に生きていれば感じる事はないであろう膨大な殺気が襲う。しかし、なのははそれに怖気づく事無く立ち向かう。
「冗談じゃないよ。私がすずかちゃんを倒す」
「なら……やってみな!」
「いくよ! レイジングハート!」
<行きましょう!>
2人は一斉に地面を強く蹴り、空へ飛び立った。
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第7話「紅月の宴 第3幕空の光」
紅の月の下で行われる2つの閃光による舞。その舞の果てにある結末とは。それを知る者はいない。
高町なのはは分からなかった。どうしてこんな事になっているのか。自分とゆうきが魔法という非日常に身を置いたとしても、アリサとすずかの日常には些細な影響しか与えない筈、それどころかその日常を守る事に繋がる筈だった。なのに、現実は非常でアリサとすずかはジュエルシードによって非日常に身を落とし、すずかはゆうきを殺めてしまっている。どこで選択を間違えたのか、それも分からなかった。リセットボタンがあるとするならば今すぐ押したかった。だが現実にリセットボタンはない。
高町なのはは分からなかった。すずかがゆうきを好きだと言った瞬間に胸の奥底で生まれたもやもやの正体を。ゆうきが倒れた際には消えていたがそれが何であるのか少なくともあの時までは経験した事のないものだった。
他にも分からない事は多くあった。そもそも何故自分が魔法を使えるのか。何故、アリサとすずかがジュエルシードを手にしているのか。何故、ゆうきは反応できなかったのか。何故、何故と分からない事は数えきれない。そんな中、分かる事が1つある。それは自分しかすずかを止められない事だった。
「レイジングハート!」
<ディバインシューター>
なのはの声に応え、レイジングハートは魔力弾を生成する。魔法を使い始めてから全く日が経っていない。その為に魔法の発動のほとんどをレイジングハートに頼っている。逆に言えば魔法の発動を頼るほどなのははレイジングハートの事を信頼しているという事になる。それを理解しているレイジングハートは自身のできる限りの範囲でその信頼に応えようとする。流される形にならない魔力という力を魔法という形のある力へと変換する。
2つの想いが込められた魔力弾はすずかへと放たれる。ゆらゆらと不規則に進む弾は計5つ、それをなのはは思念操作していく。それをそれぞれ方向をバラバラにして操作しているのだからなのはの才能は異常と呼んでもいいくらいであった。
「無駄だよ」
だが、それはその一言で全て無意味になる。異なる方向から迫る筈の魔力弾はすずかに当たる直前で謎の爆発をする。巻き起こった煙が宙に拡散して視界がクリアになるとそこには真紅の槍を右手に持っているすずかがいた。それがただの真紅の槍であればよかった。だが、その槍を見た途端、嫌な汗が一気に吹き出る。なのははその槍で何をしでかしたか理解する。あの槍こそゆうきの命を刈り取ったものだと。
「それでゆうき君を……!」
「ふふふ、そうよ。元友達の情けでゆうき君と同じ得物で殺してあげる!」
すずかが人ならざるスピードでなのはに肉迫する。だが、幾ら早くとも反応できる範囲であり、更には真正面から突っ込んできた為に回避は可能であった。紙一重ながらすずかの突きをかわし、レイジングハートを振るう。
「っ!!」
すずかが驚愕の声を上げながらも、咄嗟に槍を戻し、柄で受け止める。槍の柄と杖がぶつかり激しい火花が散る。
「私の姿が見えるの……!?」
「? 見えるよ、はっきりと」
槍という得物の性質上触れ合うぐらい近い間合いは苦手な距離である。距離を離す為に槍を基点として、鉄棒の逆上がりの様に回転し、なのはに蹴りを放つ。
「!!」
<プロテクション>
咄嗟でなのはの判断は間に合わないが、優秀な相棒がそれを補助する。張られた防御バリアで蹴りを防ぐが吸血鬼となったすずかの力は人外と呼べるものであり、防御したのにも関わらず力に負けて5、6メートル吹き飛ぶ。
「く……」
<大丈夫ですか、マスター>
「このぐらい大丈夫!」
<近接戦はマスターに不利です! 距離を離して戦いましょう>
「うん……」
レイジングハートの助言に従い、すずかに注意しながら距離を離す。それに対しすずかは
「おもしろい……」
邪悪に口元を歪めていた。右腕を大きく引き構える姿はまるでその手に持つ槍を投げるかのようだった。構えた槍には膨大な魔力が込められ、先程の2倍くらいの大きさになる。
「轟け流星……グングニル!」
その槍を放った。
「な、投げてきた!」
なのはの声は驚きがあったが行動は冷静で、槍の軌道から逃れる。その事に安堵するなのはだが
<高エネルギー反応! 衝撃に備えてください!!>
「え?」
レイジングハートの警告の直後投げられた槍の込められた魔力が炸裂した。炸裂した魔力の範囲は槍を起点とし、半径5メートルにも及ぶ。範囲内では炸裂した魔力が叩きつけられるように襲う。投げてきた槍がまさか炸裂するとは思わなかったなのははその効果範囲内は入ってしまっていた。
「く……ううう……」
プロテクションを展開した上からでも伝わる威力。それに伴い魔力がごっそり削られる。実際時間では数秒であるが、なのはには数分にも感じられた炸裂は終息していく。
<大丈夫ですか!>
「だ、大丈夫だよ。流石に連続しては来ないよね……?」
「残念♪ 連続してできるよ」
すずかの言葉通り、次々と魔力が込められた槍が投げられては炸裂していく。なのは何とかかわしてしくが投げられる量が多く次第に避けきれなくなる。
「ど、どうしよう!」
<避けきれないなら、撃ち落としましょう!>
「なるほど! なら」
<はい。ディバインシューター>
レイジングハートのアイディアを使い、魔力弾で槍の炸裂を誘発させていく。また炸裂させた事で、他に飛んでくる槍を誘発させていく。それによりなのはとすずかの視界を塞いでいく。
「今なら……行くよ、レイジングハート!」
<シューティングモード>
なのはの声に応え、レイジングハートが形態を変える。砲撃を放つのに適する形へと変わる。変わったレイジングハートをすずかにいるであろう方向へと向ける。
「ディバイン……「見いつけた」」
あろう事かその炸裂していく中を突っ込んできたのだった。ディバインバスターは高威力であるものの、発射まで時間が掛かってしまう。その隙を狙われた形になった。すずかの手には槍ではなく、真紅の剣が握られており、今まさに振り下ろそうとしていた。
「レイジングハート!」
<ラウンドシールド>
発動を緊急中断、なのはの強い守りという意思に応え、新たな魔法ラウンドシールドを発動させる。ラウンドシールドはプロテクションに比べ効果範囲が狭く、一方向のみしか防ぐ事はできない。だが、防御力の点ではプロテクションの上をいく。
振り下ろされる剣と盾が衝突する。強固な盾は人外の力で振り下ろされる一撃すらも耐える。
「へえ……これに耐えるんだ」
「このぐらい!」
「なら……これならどう?」
すずかは盾で防がれている剣を支えている腕を右腕だけにする。離した左腕を高く振り上げる。その手には真紅の剣が握られる。それを見た瞬間、すずかが何をしようと理解した。そして、それすらすずかは予想していたのか口元を禍々しく歪め、その手の剣を振り下ろした。2倍になる衝撃。それでも何とか耐える。
「これもなんだ」
「くう……」
「どこまで耐えられるかテストね♪」
右腕を振り上げ振り下ろす。次に左腕を振り上げ振り下ろす。右左、右左とひたすら繰り返す。それに従い次々振り下ろされる剣。度重なる攻撃に強固な盾も次第に亀裂と、盾を維持する為に削られる魔力から生じる痛みが走っていく。
<マスター、このままでは!>
「分かってる、けど……!」
何か対策を打ち出したい。だが、すずかはそんな暇は与えてはくれない。次第に大きくなる亀裂。そして
「これで、お終い!」
すずかの一撃が強固な盾を破り、なのはに襲い掛かる。防衛本能の反射によりレイジングハートで防ぐが、人外の力をまともに受けきれるわけなく、下に吹き飛ばされる。
「かはっ!」
吹き飛ばされ地面に強く叩きつけられたなのははその衝撃で肺の中の空気が吐き出される。いかにバリアジャケットがあろとも、地面に叩きつけられ痛みは抑える事はできない。あまりの衝撃と痛みで視界が霞んですらいた。それと共に心が折れていくのを感じた。立ち上がらなければならない。しかし、身体が、心の大部分がそれを拒否する。
「なのはちゃん、中々楽しかったよ」
近くに降りたすずかが一歩一歩と近づいてくる。それに伴ってなのはの心が絶望と諦めの色に染まっていく。未だ体に力が入らず立ち上がれない。立ち上がろうとする意志さえ呑み込まれていく。もう間に合わない、無理だ、勝てないと。
<マスター!>
「ごめんね……レイジングハート」
自分に最後まで付き合ってくれたレイジングハートに涙を流しながら謝る。霞む視界で空を仰ぎ見る。そこには変わらず真紅の月があった。真紅に輝く月の光が降り注ぎ、傍にある雲を照らしている。
「あれ……?」
と、ここで疑問に思う。雲など近くにあっただろうか。そしてその雲が次第に大きくなっているのは涙と消耗で霞んでいる視界のせいだろうか。そう疑問に思った時、雲が光を放った。
「きゃ!」
「ちっ!」
宙を切り裂く雷。その雷はまるですずかの行く手を塞ぐ様に降り注ぐ。すずかは舌打ちをしながら距離を取る。なのはは雷に救われた形になった。
と、ここで考える。あまりもタイミング、落下位置共に良すぎる。自然とは考えにくい。そして、僅かに雷の中に感じる魔力。その魔力はなのはは知っていた。
と、空を切り、地面に降り立つ音が聞こえる。その人物は
「遅くなってごめんね」
黒衣の魔法少女、フェイト・テスタロッサだった。
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第8話「紅月の宴 第4幕挫折と激突」
宴は次のステージへと進み激しさを増していく。人外と非日常を過ごす者達による宴。その宴は終盤に差し掛かろうとしていた。
なのはの側に降り立つ黒衣の少女、フェイト。金色の光と共に降り立つその姿は美しく、幻想的だった。
「フェイト……ちゃん……?」
「遅くなってごめんね。結界を突破するのに時間がかかって」
「なのは! 大丈夫!」
と、なのはの傍に降り立つ男の子が1人。その顔は綺麗に整っていて、服装と口調を変えれば女の子と間違えてもおかしくなかった。だが、なのははそんな男の子とは会った事はなかった。なのに自分の名前を知っている事が不思議だった。と、なのはが?マークを浮かべている事に気づき苦笑しながら自分の正体を告げる。
「僕だよ、なのは。ユーノ・スクライアだよ」
「え……?」
なのはの知っているユーノはフェレットであり、人ではない。だから違うと思う一方で勘が目の前にいる男の子がユーノであると告げていた。
「フェレットの姿は魔力不足だったから仕方なくなっていたんだ」
「じゃあ、その姿が……?」
「うん。僕の本当の姿」
男の子の正体は分かったが、なのはにはもう1つ分からない事があった。それは何故フェイトと共に現れたかだ。
「どうしてフェイトちゃんと……?」
「結界に入る時に偶然ね」
その時、突如響く何が爆発する音。その方向に視線を向けると1人の男の子とすずかが剣を交えていた。その男の子をなのはは知っていた。前回、ゆうきを下し、今なのはの近くにいるフェイトと一緒にいた男の子、エクスだった。
「なんなのよ貴方達は! もう少しでなのはちゃんを殺せたのに!!」
「力は強い。が、それだけではな」
人外の力で振るわれる剣をまともに受ければ力負けするのは必至だ。そこでエクスは剣で受けた瞬間に力を外に逃がす事ですずかと対峙していた。その姿には余裕があり、今は様子を見ているかの様だった。
「……っ!」
「なのは、今は動かない方が!」
<マスターを行かせてあげてください>
なのはが立ち上がろうとするが、疲労と負傷でよろけ、ユーノに受け止められる。それでも立ち上がり向かうべき場所があった。それを分かっているからこそ、レイジングハートはユーノを説得する。なのははユーノの制止の声が聞こえても歩みを止めず、一歩、また一歩とその場所へと向かう。途中、震えるアリサとその傍にいる犬科の耳を持った女性、フェイトの使い魔であるアルフの近づくが、それでもなのはは歩みを止めない。
「フェイト……」
「アルフ、その子は?」
「……分からない。 震えながらごめんなさいってずっと謝ってる」
アリサは未だ震えていた。しかし、なのははその状態であるアリサすら通り越し向かう場所。そこは
「ゆうき君……」
「「「っ……!」」」
ゆうきが倒れている場所だった。ユーノはなのはを支える事に、フェイトはアルフの様子を見ていた為、アルフは震えているアリサに気が向いてた為に今まで気付かなかった3人はようやくゆうきの状態に気づく。横になっているゆうきの辺りあるのは、杖と血、血、血だけだった。あまりの光景に息をのむ。その血の量は素人の3人から見て致死レベルだった。そんなゆうきの傍に座り込むなのは。
「ねぇ、ゆうき君……私、頑張ったよ。だから、ほめて。ほめてよ……ほめてよゆうき君……!」
次第に大粒になって頬を流れる滴。なのはの心はついに命懸けの戦いによって完全に折れた。だが、それは無理もない。つい最近までは普通の小学3年生がただ資質があるからという理由で普通でなくなり、今まで傍にいた者が死に、自分にもその死が迫った。今までは自分がすずかを止めなければならないという一種義務と責任、そして、ゆうきを守る為という意思によって死線を戦い抜いた。だが、今はフェイトが、エクスが、アルフがいる。
フェイトとエクスの実力は確かなもので現にエクスはすずかを相手に余裕であった。良い筈の状況が結果としてなのはに安堵を与え、戦う意思を打ち砕いた。今はもうなのはは魔法少女としての力、戦う力はなく。そこにいるのは無力な、大切な人を亡くし、悲しみに染まるただの少女だった。
「なのは……」
そこにかける言葉は、かけられる言葉はなかった。なのははただ泣く。ゆうきの死を悼み泣く。アルフがアリサを傍に連れて行くが双方とも変化はない。
「…………ユーノ、ここはお願い。いくよアルフ」
「……分かった」
「あいよ」
念話で軽く会話をし、自分では足手まといになるかもしれないし、流れ弾を防ぐためにとそれを了解するユーノ。フェイトはアルフと共にエクスの所へ向かう。
残されたユーノの目には震えるアリサと泣き崩れるなのは、死んでいるゆうきが映る。こんな現状が起こったのは間違いなくジュエルシードのせいである。つまり自分に関わらなければ起こらなかった事だ。その事に罪悪感を感じるユーノ。
「せめて、痛みを感じない様に……」
それは自分勝手な償いと思われるかもしれない。それでも、もう痛みを感じてほしくないという思いは本当だ。目を瞑り意識を集中させる。そして両手を前にだし、印を結ぶ。するとなのは達の足元に緑色の魔法陣が出現する。
「妙なる響き、光となれ。しの円のその内に、鋼の守りを与えたまえ」
ユーノが言葉を紡ぎ終えると、2人が半円に包まれる。それはラウンドガーダー・エクステンドと呼ばれる防御と肉体・魔力の回復を同時に行う高位結界魔法だった。高位という文字から分かる通り、この魔法は簡単にできるものではない。それをできるユーノは捕縛、治癒、結界といった補助魔法の優秀な使い手だった。
「これは回復と防御の結界なんだ。ここで休んでいて、なのは」
泣いているなのはに自身の言葉が届くかは分からない。それでも優しくユーノはなのはに語りかけ、視線を戦場に向けた。
「お待たせエクス」
「あの様子だとゆうきは……」
「エクスの予想通り、あの子はもう……」
「優秀な魔導師になれると思っていたのだがな……」
エクスがゆうきの死を残念そうに呟く。エクスは平然と話しているが、すずかと対峙していた筈だ。その相手のすずかはというと。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
ボロボロになり、真紅の剣を杖の様にしてやっと立っていた。
「力が、力が足りない! もっと力をもっと力を!」
「諦めな。アンタじゃ、フェイトとエクスに勝てはしないよ」
「力を……力をよこせえええええ!」
すずかの叫びに応えるかの様に青い光の柱がすずかの体から出現する。
「これは……!?」
「ジュエルシードか!」
「ちょっとやばいんじゃない!」
柱は次第に大きくなり、突如弾ける。柱に包まれていたすずかの姿がそれに伴って現れる。するとその服装は変わっていた。
今までは純白のドレスという姫に相応しいものだった。はっきり言って戦闘向きでない事は明らかだ。それが今は大部分が甲冑へと変わっていた。それは甲冑でありながらも気品を忘れてはおらず、ドレスと甲冑を足して2で割った様な姿は姫騎士という一言が当てはまった。しかし、その背から真紅の歪な形をしている4枚2対の翼が生えており。その歪さと真紅という色彩によりその姿はまるで死を告げる天使の様だった。その手に握っていた真紅の剣は双剣へと代わり右手には黒の、左手には赤の剣が握られる。
そして、その両手をゆっくりと交差させて、剣であるものを描いていく。死に逝く者達への手向けであり、生ける者への死の宣告、死の十字架を。
「っ!」
エクスはその姿を見た瞬間、嫌な汗が一気に吹き出る。エクスの本能が、直感が告げる。あれは危険だと。今やらなければやられると。エクスがすずかに接近し、斬りかかる。鋭く襲いかかる刃はすずかへと迫る。
「甘いよ」
すずかが黒の剣で受け止める。空いている左の赤の剣がエクスに振るわれる。
「カリバー!」
<ソニックムーブ>
防がれたと理解した瞬間、青い閃光を残し、すずかの死角となる位置へと回り込むエクス。必勝のポジションをとり、カリバーを振るう。そこに微塵の躊躇も、一片の手加減もない本気の一閃。振るうエクスは勝ちを確信する。だが、その確信はいとも容易く打ち砕かれた。突如すずかの姿が消える。それに伴いエクスの渾身の一閃は空を斬る事となる。
避けられたという現実を理解し驚愕したその時、背後から伝わる殺気と修練と鍛錬によって培われた感が警鐘がすずかの居場所を、自身に迫りくる危機と、それが"今のままでは"打開が不可能である事を教えてくれる。
「エクス!」
背後から自分の命を狩ろうと迫る刃。だが、エクスは諦めていなかった。この状況を打開すべく、切り札出そうとした時
「エクスはやらせない」
フェイトがバルディッシュ で剣を受け止めた。
「アルフ!」
「あいよ!」
フェイトの合図に従い、アルフが魔力弾を放つ。それと同時にフェイトが退く。アルフが放った魔力弾はすずかの進撃を阻むように展開、着弾し炸裂する。
「すまん、助かった」
「謝るより、ちょいと説明してくれないかい」
「なんで誰もいない所にカリバーを振るったのか」
「何?」
エクスは確かに空を斬った。だが、それは結果的なものであって、その直前まではそこにすずかはそこにいた。だが、アルフとフェイトの言い方は始めからそこにいなかった様に言っていた。
「エクスは見当違いの所にカリバーを振っていたんだよ」
「一体何があったんだい……?」
「それは当然だよ」
すずかが2人のエクスに対する疑問の声に答える様に言う。
「私は貴男の視界にはいて、貴女達の視界にはいない」
何故、エクスに見えていて、フェイト達には見えないのか分からない。そして、どちらが正しいのかは分からない。見えるのが正しいのか、見えないのが正しいのか、それが分からなければ意味はなかった。
「それにしても1対3か……ならちょっと本気出しても遊べるよね」
「「「なっ!」」」
3人が驚愕の声を上げる。それもその筈、すずかが2人に突如分身したのだ。それぞれ4枚2対の翼は二枚一対となっていた。分身したすずかは分身する前と同じ剣を得物を手にしてそこに立つ。
「これなら楽しく遊べるね」
「さあ、始めようか」
2人のすずかがフェイト、エクス、アルフへと肉迫していく。
「アルフ、エクスを!」
「私は大丈夫だ! フェイトを頼む!」
エクスと自分達どっちが正しいのかは未だ分からない。だが、少なくとも今の判断についてはエクスの判断が正しいと思えた。フェイトの相棒であるバルディッシュは斧で変形したとしても鎌であり、剣と比べるとスピードが遅い。それでも持ち前のスピードでどうにかしてきた。だが、今回の敵は何もかも未知数だ。未知数相手においてフェイトとエクスのどちらが勝率が高いか。そこを考えた上でアルフは、フェイトへと向かった。
「アルフなんで!」
「私はエクスを信じる。フェイトもエクスを信じようよ」
「……分かった」
アルフはフェイトの横に立ち、構えた。
「いいの? 1人で」
「誰かが1人で相手をしなければならない。ならば、その1人に私はなろう」
「あはは、かっこいいね。でも
エクスの本能が警鐘を再び鳴らす。警鐘に従い身を捻り迫りくる剣を避ける。すずかは目の前にいた。だが攻撃が後ろから来ていたつまり
「どうやら、見えない方が正しい様だな」
フェイト達が正しかった事に安堵を覚える。だが、それは自分が危機に立たされている事を示していた。それなのに慌てる様子もなく平然としているエクスに疑問を覚えるすずか
「それがどうしたの? 貴男はピンチなんだよ」
「知っているさ」
そう言うとエクスが目を閉じる。
「アハハ、諦めたのかな」
すずかが念の為と背後に回りこみ黒の剣を振るう。迫る狂気の刃にエクスは動く気配が感じられない。さおれも見て殺ったと確信したすずかの口元が狂気に歪む。それに対しエクスは
「甘いな」
と不敵に笑った。エクスの姿が消え、すずかの背後へと回り込み、カリバーを振るう。が、すずかの反応が追いつき、赤の剣で防ぐ。
「ほう、やるな……」
「なんで見えている!」
先程まで見えなかったはずなのに今は正確に捉えられている。そのきっかけと思われるのは目を瞑っただけ。その事に対し疑問と驚きの声を上げるすずか。
「心眼は鍛えている。あとはきっかけだ!」
ぶつかり合う剣と剣。エクスが力を調整し、互いに弾き距離を取る。
「これで、お前のトリックは通じないぞ」
剣の切っ先をすずかへと真っ直ぐ向けるエクス。
「いいよ。なら真正面から戦ってあげる!」
本当の勝負がここから始まった。それは言葉だけではなく事実上もだった。エクスはすずかの姿が正確に見えるため、目の前に全力を尽くせるようになった事、すずかは今までの遊びを止め、真剣な戦いをするようになった事。2人とも現時点で出せる全力を出しているのだから、戦いが激化するのは必至であった。
すずかの双剣というスタイルは両手で振るう剣を片手で振るう事により手数を増やし、結果的な攻撃スピードを上げるもの。当然両手で振るうものを片手で振るえば一撃一撃は軽くなる。だが、すずかはその人外の力で重いままである。対してエクスは一瞬で回り込める実際のスピード、数々の鍛錬によって築かれた技量。この戦いは結果的スピードと実際のスピード、腕力と技量の戦いだった。
地を駆け怒涛の勢いで双剣を振るうすずか。青い閃光と共にカリバーを振るい、それを叩き落としていくエクス。現実では一瞬の出来事だが、当人達にはその一瞬が何秒にも引き伸ばされて感じられた。数瞬の内に何合も切り結ぶ2人。
「はあぁぁぁ!」
すずかが剣を振るっていく。その剣は死神の鎌の如くエクスの命を刈り取ろうと襲いかかる。
「ふっ!」
死の一撃をエクスは紙一重でかわす。かわした隙を狙いすずかがもう片方の剣を振るう。それをカリバー受てそらし、そらした刃をレールにし、カリバーをすずかへと振るう。
「チッ!」
「カリバー!」
<ソニック>
舌打ちを軽くして、力を込めて地面を蹴り後方に下がる事で一撃を避けるすずか。が、エクスが追撃をかける。青い閃光と共に後退先に先回りするエクス。それを感じ取ったすずかは後ろに振り向く反動を利用し、速度をのせ、赤の剣を振るう。
「仕方あるまい、カリバー」
<後退します>
攻撃の筋を見た瞬間、すずかが何を狙っているを察したエクスは何かを諦め、再びソニックムーブを発動させ、今度はエクスが後退する。それによりすずかの攻撃は空を斬り、そのまま勢いのままエクスの向き直る。
「へえ、今ので逃げるんだ」
「あのままではやられていたのでな」
不敵に笑う2人は同時に駆け、再び衝突した。
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第9話「紅月の宴 最終幕 絶望と希望」
どうしてこんな事になっているのかな?
すずかは疑問に思う。本来ならばもうなのはをさくっと殺し、ゆうきを同胞としているはずだった。ところが現実は違った。何故か同じ黄色の2人と緑2人が乱入しなのはを助けてしまっている。反撃の芽を潰して、心をへし折って、なぶり殺そうとしたのが間違いだったのだろうか。その肝心のなのははゆうきに泣きついてしまっている。すずかの中で黒い感情が渦を巻いて大きくなっていく。
「願え、我は願いを叶えるモノ。お前の願いを叶えよう」
誰かの声がすずかの心に響く。自分ではない何か。本来ならばその存在に戸惑い、恐怖すら覚えるであろうものを、すずかは無条件で受け入れる。全てはゆうきを手に入れる。それしかすずかに目的はない。そのためにはいかなる犠牲もいとわない。
「私はゆうき君が欲しい! ゆうき君以外何もいらない!!」
すずかの叫びを、願いを聞いた謎の声はまるでニヤリと笑ったかの様な間が空き。
「その願い、叶えよう」
ただ一言、告げた。
「「「っ!!」」」
勘の鋭いエクスだけではない。フェイトもアルフもその変化に気付く。今戦っている少女の何かが変わったと。三人が察したのと同時に分身している両方のすずかの体の力が抜け、身体が左右に揺れるに従い、腕が振り子の様に揺れる。あまりの不気味さに3人は距離を取る
「開け根の国、根のやしろ」
「尋ね訪ねて 幾千里」
まるで歌を歌うかの様に、言葉を紡く。
「恋の行方を 尋ねや来られ」
「彷徨い入れ 宵の宿」
2人のすずかはゆらゆら揺れながら、集まっていく。
「死にゆく呻きは」
「昏鐘鳴となるか?」
紡ぎ終わると2人のすずかは交わり1人となる。それにより先程の威圧感は消滅する。が、異質さが2倍、3倍となり、まるで出来の悪いCGを見ているかの様に周りの世界から逸脱していた。
「エクス!」
フェイトが一瞬ふらついたエクスを支える。勘の鋭いエクスはフェイトとアルフよりも本質をよりみる事ができる。そしてエクスはみえてしまったのだ、すずかの闇を。
過去の、現在の、そして未来の災厄をすずかに押し込めたかの様な禍々しさ。それをエクスは直接見てしまい、感じてしまったのだ。
「……すまない。もう、大丈夫だ」
エクスが支えてくれた事に礼を言い、再びしっかりと両の足を地につける。
「
その言葉を紡いだ直後、すずかの背後の空間に亀裂が奔り、光が漏れる。亀裂はまるで闇の中で光溢れる外へと続く扉を開けたかのようだった。だが、その光はけして眩いものではない。むしろ逆の、暗く、深い光だった。それは辺りに広がる夜の帳よりも深く、暗い闇の光。それがすずかの背後から漏れ出ていた。しかもその光は辺りを侵食し、広がっていく。
広がっていく闇の中にさらに幾つもの亀裂が現れる。そしてその亀裂が開くとそこには瞳があった。亀裂より出でた瞳は目の前に広がる世界を確認する様にぎょろぎょろと辺りを見回す。
「
「っ! フェイト! アルフ!」
すずかの言葉に従うかの様に辺りを見回していた瞳は一斉にフェイト達を見る。それと同時に感じる
「降り注げ!」
それと同時に瞳から放たれる閃光。タッチの差で3人は閃光から逃れる。だが、それで終わりではない。
「全てを拭い流せ!」
瞳が空に駆けたエクス達を追いかけ、閃光を再び放つ。幾つもの瞳から放たれる閃光は多い。しかも瞳は次々と閃光を放ってくる。広大な空中へ放たれる閃光の効果範囲はまさに点程度だが、数が集まればそれはやがて面となる。
「くっ!」
面となつつある閃光を全て避けきるのは不可能だった。
「……なら、バルディッシュ!」
<アークセイバー>
鎌状になっているバルディッシュを振りかぶり大きく振るう。それと同時に鎌の刃の部分が離れ、ブーメランの様に回転しながら進んでいく。回転する刃は向かってくる閃光を切り裂きながらすずかへと向かう。
「砕け、裁け、覗け、響け、咲き誇れ、無の花よ」
すずかが再び言葉を紡ぐと地面にも闇が広がり、そこから漆黒の手が闇から生える様に伸びる。気味悪くゆらゆら揺れるそれはまさに魔の手。その魔の手が向かってくる刃へと向かう。1つ2つでは刃に切り裂かれるが、それが10、20となると別になる。まるで壁の様になった手が刃に群がり遂に止める
「っ! バルディッシュ!」
<セイバーブラスト>
止められた瞬時に刃を爆発させ群がっていた手を木端微塵に吹き飛ばす。立ち込める煙が晴れると、すずかは無傷なのはもちろん、横にはあの魔の手がゆらゆら揺れていた。
「ならば!」
カリバーに魔力を纏わせる。まさに雷の剣となったカリバーを振りかぶり
<ライトニングスラッシュ>
思いっ切り振るった。振るった事で纏った魔力が斬撃となる。雷の斬撃は黒き手を切り裂きながら進むが
「ふふふ、無駄だよ」
黒き手の圧倒的量の壁に斬撃も止まる。
「今だ、フェイト!」
だが、本命はエクスではない。エクスが斬撃での攻撃で時間を作り、その間にフェイトが更なる攻撃の準備をしていたのだ。
「撃ち抜け! 轟雷!」
<サンダースマッシャー!>
放たれたのは雷を纏った砲撃。それは3人の中ですぐに使用可能な魔法の中で一番の貫通力と爆発力を持っている。つまり、現状を打開できるであろう最善の策。エクスの斬撃で削った上からの砲撃。これで通らなければ
刹那、すずかの下で巻き起こる爆発。それに従い辺りには煙に包まれる。
「エクス……」
「………」
フェイトがエクスに尋ねる。勘の鋭いエクスにすずかが健在かどうか確認するためだ。そこでエクスは静かに口を開いた
「奴は……健在だ」
「ふう……危なかった」
すずかが爆発によって巻き上がった土埃を掃いながら姿を現す。そこにダメージを受けた様子は全くなく、それはフェイト達の心理に重大なダメージを与えた。
「どうすれば……」
<先程と同じ状況を作り、更にフェイト嬢と同火力以上の攻撃を行えばダメージを与えられるかと>
「カリバーが喋った!」
「フェイト、驚くべき所か……?」
予想外の反応をしたフェイトに冷静に突っ込むエクス。
「しかし、フェイトと同威力か……」
<敵の攻撃行動への移行を確認>
バルディッシュの警告を受け、再び回避行動に移る、3人。それと同時に再び瞳から放たれる閃光による攻撃が再開される。
「く……っ!」
「……………」
「このままじゃ、不味いよ」
不利な状況に打開策はない。まさに絶体絶命だった。それでもエクスは打開策を考える。と、迫りくる閃光を回避した瞬間、エクスは打開策らしきものを思いつく。だが、それはあまりにも不確定で策とは到底言えないものだった。それでも何もしないよりはマシである。そうエクスは判断した。
「……フェイト、暫らく時間を稼げるか?」
「……分かった、行って」
何故? と理由を聞くまでもなくエクスの提案を受ける。そこにあるのはエクスに対する信頼だった。
「アルフ、フェイトを頼んだ」
「まかせな」
エクスはタイミングを計り、戦闘域から離脱し、とある所に行く。それは
「エクス……」
ユーノとなのはの所であった。エクスはなのはの戦闘をまともに見ているわけではないが、デバイスの形状から中遠距離型の射撃型と判断していた。
「ユーノ。彼女は戦えるか?」
エクスの問いにユーノは静かに首を振る。なのはは未だ泣いていた。
「なのははこの間まで普通の女の子だったんだ。でも僕のせいで……」
「…………」
エクスもなのはを見る。エクスが感じ取った才能の輝き、それは今、全く感じられない。
「ゆうき、すまん」
エクスはゆうきに謝り、その行動をした。ゆうきに泣きつくなのはの肩に手をかける。なのはが「え?」と疑問の声を上げるが気にしない。なのはを正面に向かせたエクスは驚きの行動に出る。
辺りに響く鈍い音。なのはは倒れ込み赤くなった頬を抑えている。そう、エクスがなのはの事を殴ったのだ。
「お前は何故泣いている。何故戦わない」
「…………」
「今を見てみろ!」
エクスが戦場を指差す。なのははそれに従い、戦場を見る。
「く……っ!」
「フェイト!」
「アルフは自分に集中して!」
エクスが抜けた事で攻撃はフェイトとアルフに集中していた。流石の2人も避けきれず時に防御などする事でなんとか耐えていた。
「ははは、どうしたの? どうしたの? 私に攻撃してみなよ!」
背後の闇にある瞳からは閃光が放たれ、すずかの横には2本の黒い手がゆらゆら気味が悪く動いていた。
「現状ははっきり言うが不利だ。中距離ではあの魔力弾が襲い、近距離ではあの謎の黒い手が護っている」
「…………」
「しかも現在は2本だが、その数は現状では無限になると思われ、接近戦は絶望的だ」
エクスが現状を説明をしていく。
「よって中長距離からの射撃か砲撃魔法での攻撃が求められるが、私達だけでは火力不足だ。だが、お前は射撃型だろう?」
「なのはは、砲撃型なんだ」
「砲撃型だと……!」
砲撃型とはその名の通り、砲撃魔法を得意とする魔導師の総称である。それぞれの一撃一撃の威力は高いが隙が大きく確かな経験と正確な判断が求められ、その上でも単体での戦闘には向かず、2人以上とのチームを組んでの戦闘で真価を発揮するものだ。それが経験不足かつデバイスの形状から同じ砲撃型であると判断できるゆうきと2人での戦闘という最悪の組み合わせで戦闘しようとしていたのだ。そのあまりにも無謀ぷりに驚愕するが、今はそれどころではないと首を振りその思考を彼方へと追いやる。
「ならば、尚更戦闘に参加してほしい。今、その力が必要なんだ!」
「でも……私は強くないよ。ゆうき君よりも弱い。何とかしようとしたけど何もできなかった」
「だが、そのままの状態では何も状況が好転しないぞ!」
「……エクス君達は逃げて」
なのはの折れたその心はそう簡単には立ち直る事はない。その一言があるまでは
「ゆうきはそんなお前の姿を望んでいるのか!」
その一言でハッとするなのは。ゆうきが言ったのは「泣くより笑顔の方が、よく似合う」それはきっとゆうきの笑ってほしいという願いがあったのだろう。だが、今の自分はどうだろうか。絶望に負けて涙を流し続けるその姿は願いからはかけ離れていた。
「私が感じたゆうきは少なくとも今のお前の姿を望んでいるとは思えない」
エクスがゆうきと接触したのは僅かの時間だったが、少なくともゆうきがその様な事を望むとは思えなかった。
「頼む、立ち上がり私達に力を貸して私達を助けてほしい」
「……う。……ない……」
なのはが俯きながら、小さく声にする。
「違う! エクス君達を私が助けるんじゃない! 私を助けてくれるのはエクス君達だよ!」
なのはの瞳に力が戻る。小さく弱かった少女は、今再びその力を取り戻す。
「よし、ならば」
「待って」
今すぐにでもフェイトの所に行こうとするエクスを引き留めるなのは。
「戦力は多い方がいいでしょ」
「確かにそうだが」
「なら……」
なのははアリサに駆け寄る。
「アリサちゃん、起きてアリサちゃん!」
「ごめんなさい、ごめんなさい………」
なのはの声など耳に入らず、アリサはひたすら謝り続ける。その姿になのははアリサが謝っている事が何に対してであるかを理解する。
「アリサちゃん! アリサちゃんは確かに昔、間違えちゃったかもしれない。でも、その間違いが今のアリサちゃんを作ったんでしょ!」
「ごめんなさい……」
「だから、目覚めてアリサちゃん!」
「俺は昔っからお前の事が嫌いだったんだよ」
無抵抗のアリサに男子生徒2人の拳が振るわれる。その光景をアリサは幾千も、幾万も見てきた。もうアリサの心はボロボロだった。いつもの様にまた世界が巻き戻るかと思った時
「止めろ!」
そこで今までの世界に無かったできごとが起こる。
「なんでそんなにいじめるの!」
そこに現れたのはあの時に現れなかったなのはとゆうきだった。
「こいつは月村さんをいじめていたんだぞ!」
「いじめたからいじめ返して、いじめ返したからいじめられて、それじゃあ、きりがないよ!」
男子生徒2人はまさかの言葉にたじろぐ。
「いじめがあったのなら止めればいい。いじめなんかあっちゃいけないんだ!」
2人から言われ、しかも完全に自分達が悪いため、その場から一目散に逃げる2人の男子生徒。
「大丈夫?」
「ごめんね、もうちょっと早く気付けたらよかったのに」
2人の手がアリサに差し伸べられその手をアリサが取ろうとした時、世界がまるで積み上げた積み木が崩壊したかの様に崩壊し、辺りには暗闇しかない。そんな時、一筋の光が差す。
「君は自分がいじめを行った事を後悔し、もう2度としないと誓ったんだろ?」
その声は聞いた事はなかったがそこに不信感はなく、むしろ温かく感じられた。暗闇の中、アリサは静かに頷いた。
「なら、そんな幻想に苦しむ必要はない。君は変わったのだから」
その声と共に暗闇の中に光が広がっていく。
「さあ、行きなさい。行って友達を取り戻しなさい」
「貴方は一体……?」
アリサがその声に問うが答えられる事無く、その代わりに聞こえたのは
「起きて!」
その手に持つ金色のフレームの杖を振り下ろすなのはの声だった。
「え!?」
アリサは疑問の声を上げるが現実は待ってくれず、その杖、レイジングハートがアリサの頭を強打する。
「つ~~! 痛いじゃないの!!」
「あ、アリサちゃん! 戻ったの!」
「あんたのせいでまた意識が飛びそうだったわよ!」
「すまんが、時間がないのだが」
すっかり元の調子に戻った事を喜ぶなのは。だが、一刻も早くフェイトの援護に回りたいエクスは2人を止める。
「ご、ごめんね。アリサちゃん。力を貸してほしいの」
「言われなくとも、すずかを止めるんでしょ」
「うん」
なのはが強く頷いた後、エクスとユーノに向かっていきなり頭を下げる。
「ごめんね、ユーノ君、エクス君」
「いや、元々僕が巻き込んだ事だし」
「私達も好きでこの場にいる訳だしな」
4人は戦場を見据え
「行こう!」
エクス、ユーノ、アリサの順で空へと飛び立つ。そして最後になのはは
「行ってくるね、ゆうき君」
ゆうきに声をかける。そして、飛び立とうとした時、
「頑張って、なのは」
そう聞こえた気がした。
「エクスはまだかい!」
「アルフ、前!」
流石のアルフも悪態を吐くが、その前には閃光が迫る。フェイトに言われ、何とか紙一重でかわす。
「フェイト、これ以上は……」
「…………」
これ以上は自分達の集中力が続かない。それはフェイトも理解している。それでもエクスを信じる。そしてそれはようやく報われる。
「撃零!」
2人の目の前を通り過ぎるは巨大な炎の一閃。その一閃は迫りくる閃光を両断していく。あまりにも突然の事なので呆然とする2人。
「すまん、遅くなった」
「エクス……!」
一瞬でも、ダメかもしれないという時に戻ってきたそんな時に戻ってきたエクス。まるで英雄の様にフェイトには感じられた。そのエクスの後に続くようにやって来る、ユーノ、アリサ、なのは。
「ごめんね、フェイトちゃん。本当は私が戦わなきゃいけないのに」
「ううん。私もエクスやアルフがああなちゃったら……」
「なんで、いつもいつも!」
なのはとフェイトの会話に割り入る様に苛立ちの声を上げるすずか。
「どこまで、私の邪魔をすれば気がすむの! なのはちゃんはさ!」
「すずかちゃんが元に戻るまで!」
「そんな事はあり得ないから!」
怒りをぶつけるように放たれる閃光。が、怒りで放たれた閃光を避けるのは容易く、6人は散開して避ける。
「私とアリサは奴の足止めを! フェイトとなのはは砲撃準備! アルフとユーノは2人の援護を!」
『了解!』
エクスの指揮の下、行動する5人。
「で、どうやって足止めをするの?」
「簡単な事だ。ただ攻撃あるのみ!」
「分かりやすいわね!」
迫る閃光をヒラリとかわし、行動開始するエクスとアリサ。
「いけ!」
その炎の翼を大きく羽ばたき、その羽を雨の様にすずかへとと放つ。ジュエルシードによる誘導補助はなくなったが、それでも量で圧倒する。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、すずかは黒い手を多く出現させ、壁の様にして防ぐ。量で攻める魔力の羽での攻撃だが、壁の前では効果的ではなくあっさりと弾かれていく。だが、その時を待っていた。
「いくぞ、カリバー!」
<ライトニングスラッシュ>
すずかが黒い手を壁にしたのを見計らい、カリバーを振るう。放たれるは稲妻を纏いし魔力斬撃。そして
「すずか、今私達が貴女を救う! 断罪!」
アリサもその刀を振るい炎の斬撃を飛ばす。それらは壁の黒い手を削っていくが、完全に断ち切る事はできない。だが、それでもいい。本命は他にある。
「いくよ、フェイトちゃん」
「2人で決めよう」
「調子に……のるな!!」
黒い手を増強するよりも攻撃を選んだすずかは再び閃光を放つ。その閃光は束となり、なのはとフェイトに集中していた。すずかとて理解していたのだ、この状態で
「2人はやらせない!」
迫りくる閃光を防ぐ為に前に出るユーノ。そして手を前に出し、魔力を込める。それによって現れたのは緑に輝く魔法の盾だった。ユーノはそれを完璧に防ぎきる。
「なら!」
「おっと、やらせないよ!」
中距離がだめならと、宙に飛ぼうとした瞬間、アルフが
「ええい!」
アルフを叩くために再び背後に闇が開く。が、
「やらせん!」
「私達を忘れんじゃない!」
エクスとアリサがもう一度、斬撃での攻撃をしてきたために防御する事を強いられたすずか。そして
「いくよ、フェイトちゃん!」
「そっちに合わせるから、思いっ切りやって!」
集束する魔力、桜と金の光は輝きを増していく。それは夜を、悲劇を終わらせるための光。
「ディバイン……!」
「サンダー……」
光が臨界へと達した時
「バスター!」
「スマッシャー!」
遂に放たれた。迫りくる2筋の光をすずかはただ見ているだけしかなかった。
「嫌だ! 嫌だ!」
その光が迫りくるのを拒絶するかのように叫ぶか、逸れる事は当然ない。だが、
「なんてね」
不敵に笑って見せた。突如としてすずかの前方に闇が口開き、砲撃を呑み込んでしまう。まさかの展開になのは達の思考は完全に止まってしまう。
「これ返すね」
そう言いながら再び闇を開くと呑み込まれた筈の砲撃がなのはとフェイトに向けて放たれる。
「不味い、逃げて!」
いち早く立ち直ったフェイトは砲撃を避けるべく行動するがなのはは反応が遅い。もう砲撃は迫ってきている。スピードに自信があるフェイトとはいえ、なのはを抱えて逃げれる自身はない。とその時、なのはの体に
「こんな形でごめん」
「う、ううん。助けてくれてありがとう」
そう感謝の言葉を述べるなのはだが、動揺が隠せていない。それもその筈、明らかにすずかの態度は一変していた。その身を拘束しているはずのバインドは既に破られており、いかにも絶体絶命といった言動は嘘の様に驚いているなのは達のリアクションをくすくす笑って楽しんでいる様に見えた。
「勝利の希望はどうだった? ほら、絶望に染まった顔を見せてよ」
「な、なんで、さっきまではあんなに取り乱していたのに!」
「演技だよ、演技。相手が勝利という希望の光を見た後に敗北という絶望の闇を見せる。最高じゃない」
すずかが手を振り上げると同時に闇があちらこちらに開き、瞳がなのは達を捉える。もう、闇はすずかの背後だけに広がるものではないという事を嫌でも分からせられた。そして、これから起こる事も分かってしまった。
「さあ、絶望に染まれ」
すずかが静かに告げると同時に瞳から閃光が放たれた。
その光景はまさに一方的な蹂躙だった。中長距離の攻撃は闇に呑み込まれ、反射されてしまう。接近戦も膨大な黒き手の量に圧殺されてしまう為にできない。反対にすずかからの攻撃はありとあらゆる方向から無数に放たれる。回避行動に慣れないなのはどころか、フェイトやエクスですらその攻撃に捉まっていく。
結果として
「あはははは、その程度なの」
黒き手に拘束されてしまった6人。その姿は満身創痍の一言。魔力は既に尽きかけており、バリアジャケットの維持ももう長くできそうにないほどだった。
「さて、終わりにしようか。せめて最後くらいは、その絶望に染まる顔で私を楽しませてよね」
黒き手はその根源たる闇の中にズブズブと沈み込んでいく。最後まで沈んでしまった時、何が起きるのかは分からなかったが良い事が起きるとは到底思えなかった。
「く、くそ!」
逃れようと必死にあがくが満身創痍且つ魔力不足の状況では十全の力を発揮できず、逃れる事は叶わない。
「そんな……」
「こんな所で終わるのか……」
「だめなの、私じゃすずかを救えないの……?」
フェイト、エクス、アリサには絶望の色が濃くなっていく。
「あたしじゃ、守れないのかい!」
「僕が、僕のせいだ……」
ユーノとアルフは守れない己の不甲斐なさを呪っている。
誰もが絶望と諦めに染まる状況でなのはも例外ではなかった。
「私じゃだめなの……」
打開できないという絶望感。フェイト達を巻き込んでしまったという罪悪感。それがなのはの心を満たしていく。それに比例する様に沈みゆく黒き手。
「ゆうき君……」
なのはがせめてゆうきがすずかの手に堕ちない事を願った時、それを起きた。
<高魔力攻撃接近!>
「なっ!」
レイジングハートの音声と同時に現れたのは一筋の閃光。その閃光は6人を拘束する黒き手の根元と腕を切り離し、更にはすずかに回避行動を強いた。その一筋の閃光の正体は魔力砲撃だった。
黒き手は根元が千切れた事で力を失い離散していく。解放された6人は重力に従い地面に落ちる。
「嘘……」
「そんな……」
その砲撃を放った人物の正体を瞬時に理解したなのはとすずかがそう呟く。放たれた魔力砲撃、その魔力光は明るく、優しいライトイエローだった。その魔力光を持つ人物は1人しか思い当たらない。せれでも2人には信じられなかった。何故ならその人物は死んでいるはずだからだ。
コツコツと静まった辺りに響く足音。その音は確実に近づいていた。近づくにつれて見えてくるその姿を認識した時、2人の疑問は吹き飛ばされた。その人物の名は
「ゆ、ゆうき君!」
高町ゆうき。死んだと思われていた人物である。
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第10話「紅月の夜 明ける夜」
「なんでここに……?」
その光景を見て、思わずゆうきは呟きをもらす。
あの出血量では生きているはずなどなく、死んだはずだった。だが、今目の前に広がる光景はとても死後の世界に―それが本当にあるとしたのならばだが―あるはずのないものだからだ。その光景とはなのはの部屋だったからだ。
室内は綺麗に整理されていると共に可愛らしいぬいぐるみがベッドの傍に数体置いてある。まさに女の子の部屋らしい部屋だった。
「あれ……?」
と、ゆうきはある点に気付く。なのはの部屋には壁と机の上に写真が数枚飾ってあり、ゆうきが写っている写真も何枚かある。しかし、このなのはの部屋にそれが全くなく、そこにはなのはと見知らぬ男の子が仲良さそうに写っているものもあれば、髪を下ろし私服のなのはとフェイトが仲良く写っているものが代わりに飾ってあった。
ゆうきが疑問に感じたその時、ドアが開く。部屋に入ってきたのは日々のありのままの姿をしたなのはだった。ゆうきの姿は見えないのか気にせず部屋に入る。その後に続く様に写真に写っていた見知らぬ男の子も遠慮がちに部屋に入る。
「もう、前に何回も来ているんだからそんなに緊張しなくてもいいと思うな」
「いや……あの時はこの姿じゃなかったから」
「そうだっけ? まあ、座ろうよ」
なのははカーペットに腰を下ろし、男の子はなのはに促されて、隣に座る。
「な、なのはは最近どう?」
「考えてくれたメニューのおかげで調子いいよ! ありがとね」
「そう言ってくれると考えたかいがあるよ」
「そう言えば……」
最初の頃は緊張していた男の子もなのはと話している内に慣れたのか、会話がスムーズになっていく。それに伴い、時々2人に笑みがこぼれる。
自分が知らない男の子となのはが楽しそうに会話している。その光景にゆうきは強い違和感を覚える。自分がいた形跡もまるでない。まるでそれは、ここにお前の居場所など無いと世界が告げているかの様だった。
「そうだ、ここは僕の世界じゃない」
その言葉と同時に世界が色を失いヒビが入る。
「戻ろう、僕の世界に」
そして、世界は崩壊した。
「う、ううん……」
目を開けると空には紅の月が浮いている。
「僕は何を……」
<!! マスター目が覚めましたか>
「目覚めたって……っ!」
横たわっている状態から起き上がろうとすると、腹部に鈍い痛みが走る。その事で思い出す、すずかに殺されかけた事を。
<マスター、身体は動きそうですか>
「若干痛みが、あるけど大丈夫そう」
<なら、急いでください! 現在彼女達は絶体絶命の状況にあります>
「どこ!?」
<3時の方向です>
シャイニングハートの言われた方向を向くと、なのは達が黒い手に囚われていた。
「シャイニングハート行くよ!」
そこで立ち上がった瞬間、とある事に気付く。
「体が軽い……」
身体が以前と比べて軽く感じられた。どうして? と疑問に思うが、そんな事は些細な事と振り払い、シャイニングハートを構える。
「大丈夫いけるよ、シャイニングハート」
<……分かりました>
シャイニングハートを構え照準を合わせる。その時に距離がある為、照準合わせはシャイニングハートにまかせるゆうき。
<今です!>
「ディバインバスター!!」
シャイニングハートの合図にゆうきが魔力を発し、砲撃を放った。放たれた砲撃はきれいに腕を消滅させ、その延長線上にいたすずかを後退させる事に成功する。
<マスター、今がチャンスです! 急いで追撃を!>
「…………」
<マスター!>
シャイニングハートの言葉はもちろん、ゆうきは聞いている。それでもゆうきは言葉を無視して、ゆっくり歩いて進む。なのは達の、そしてすずかの所へと。
「嘘……」
「そんな……」
驚きの声を漏らすなのはとすずかの言葉に内心激しく同意するゆうき。実際、ゆうき自身も自分が死んだと思っていた。
そんな状態でも生きていられた理由、それはなのはの懸命の止血がある。あの無駄とも思えたあの止血は致死量の血液を流す事をギリギリ防いでいたのだ。なのはの祈りは、願いはけして無駄ではなかった。あそこでなのはが止血行動を行わなければ、ゆうきは生きていなかっただろう。
そして、ユーノが使用した回復魔法の範囲に入っていなければこうしてゆうきが動けるという事は叶わなかっただろう。願いと偶然が重なって高町ゆうきはそこに立っていた。
普通の声量でも十分に聞こえる距離まで近づいて、ゆうきは歩を止める。
「エクス、フェイト、アルフ、助けてくれてありがとね」
「あ、ああ……」
「う、うん……」
あまりにも想定外すぎる事態にフェイトとエクスは言葉を返すので精一杯であり、アルフにいたっては驚きのあまり声が出せないでいた。
「なのは、アリサ、この感覚はユーノかな? 3人とも心配かけたね」
「本当に、本当にゆうき君なんだね……」
ポロポロとなのはの頬に涙がつたい落ちていく。もうその声を二度と聞けないと思っていた声が聞こえている。悲しさではなく嬉しさが、涙となって零れ落ちていく。
「安心して。僕はここにいるよ」
「ゆうき君……ゆうき君……!」
なのはがゆうきに駆け寄りその胸に飛び込む。
「よかった……本当に、よかった……」
「ごめんね、1人にして」
抱きつくなのはの頭をしばらくの間撫でて落ち着かせる。
「落ち着いた?」
「……うん」
「じゃあ、あとは」
なのはを優しく自分から離す。その時のなのはの顔は不安と心配でいっぱいだった。何故なら残る人物は
「待たせたね、すずか」
ゆうきを殺そうとしたすずかだった。
「どうして、どうして生きてるの!?」
すずかが悲鳴に近い声で叫ぶ。あれほどの出血をしていながらこうして立っているのだから、そう叫んでも仕方ない。
その声対してのゆうきの返答にすずかを含めた全員が呆然とした。
「すずか、君は僕を本当に殺したかったの?」
ゆうきのその言葉に全員が耳を疑う。今、ゆうきが生きている事は奇蹟とも呼べるくらいにありえない。そんなありえない状態へと誘った相手に対し、言っているのだから無理もない。
「何を言っているの!? 私はゆうき君をなのはちゃんに渡したくなかった。だから殺そうとした!」
「じゃあ、なんでこことここを刺さなかったの?」
そう言ってゆうきが指差した2つの場所。そこは頭と左胸、即ち脳と心臓だった。そこがダメになってしまえば死んでしまうなど、誰もが知っている。まして、成績優秀であるすずかが知らないなどあるはずがない。
「それにどうしてわざわざなのは達の相手をしていたの? 今のすずかなら包囲を突破して僕所に来るなんて造作もなかったはずでしょ」
現在のすずかの身体能力―ゆうきを襲った時の―があれば包囲を突破し、ゆうきを同胞へとするのは容易だっただろう。それでもしなかった。つまり
「すずかは、僕達に止めてほしかったんだよね」
ゆうきはすずかが自身を止めてくれる事を望んでいると予想していた。
「そんな……そんな事は絶対にない!」
「なら、今度こそ僕を殺しなよ」
バリアジャケットを解除し、制服姿になったゆうきは真っ直ぐすずかを見据える。制服に当然ながら防御能力はない。急所に当たれば間違いなく死ぬだろう。それでもゆうきはすずかに向かい合う。
「さあ早く! 僕を殺してみせろ! この命を絶ってみせろ!」
「あ……あぁぁぁぁぁ!」
闇が開き瞳がゆうきを見据える。
「ゆうき君!」
なのはの叫びと同時に放たれる魔弾。ゆうきは目を瞑り避け様としない。刹那、響く爆発音と巻き上がる煙。
「どうなったの……」
「バリアジャケットがない状態で直撃すればどうなるかなど、言わなくとも分かるだろう」
フェイトの声にエクスが静かに答える。そう、ゆうきは避けなかった、避けようとしなかった。自分に魔弾が迫ろうとしても。その結末は明らかに死であろう。
煙が辺りに溶けるかの様に薄れていき、そこにあったのは無残にも風穴を開けたゆうきの姿……ではなかった。
「これでも本当に僕を殺したいのかい?」
そこには無傷の、服にすら傷がなく、立って真っ直ぐすずかを見据えるゆうきだった。すずかの放った魔弾はゆうきのまるで避けるかの様にして着弾していた。
「そんな……私は……たしかにゆうき君を……」
自身の行動が信じられないのか、すずかはただただ自問自答を繰り返す。
「すずか、前の告白の答えをはっきり言うよ」
「……え?」
すずかの自問自答がゆうきの言葉によって終わる。前の告白とはゆうきがすずかの手によって死にかける前のものだ。それに対しての回答など、今の危険な状況にどう関係するのか、ゆうき以外には分からなかった。
「すずか、僕は君を知らない」
そして、その言葉の意味も。
「どういう事……?」
「僕の知っているすずかはもっと優しいくて思いやりがある女の子だった」
「……違う! 私は弱かっただけ!」
ゆうきの言葉にすずかの心の奥にあった
「私は弱い人間だった! 自分の事を全く言い出せずに周りばかり気にして、自分を貫けない!」
その火は次々すずかの心の奥にあった
「アリサちゃんは強かった! 自分の思いを、考えを口に出して、人をまとめられて!」
アリサには自分にはない積極性に劣等感を抱いていた。
「なのはちゃんは強かった! 自分を真っ直ぐ持っていて!」
なのはの自分を貫く芯の強さに劣等感を抱いていた。
「だから、私は手に入れた! 2人の強さを凌駕できる力を!」
「それが君の願い……?」
「そう! そしてそれは叶った! アリサちゃんもなのはちゃんも届かない力を手に入れたの!」
すずかの願いを聞き終えたゆうきの行動にすずかは呆然とする。しかもそれはすずかだけではない。その行動を起こしたゆうき以外全員が呆然とした。その行動とは
すずかに抱き付く事だった。
魔法によって、強化した―ユーノやフェイト達から見たら強化とはいえないほど効果は微々たるものだが―脚を使い、瞬時にすずかに肉迫し抱き付いたのだ。
「な、何をしているの……?」
ゆうきの今行っている行動、それは今のすずかという吸血鬼が、世間のイメージ通りの存在ならば、とても危険な行動である。
「今、それだけ危険な事をしてるか分かってるの……?」
「分かってるよ。それでも僕は止めない」
その言葉通り、ゆうきは腕の力を緩める気配はない。
「ねえ、君の名前はなんだい?」
「……月村すずか」
「そう、君の名前は月村すずか。他の誰でもない」
ゆうきがすずかに語りかけるかの様に言葉を紡ぐ。
「君がフォローしてくれるからアリサは積極的に行動できる」
アリサの積極性は褒められるべき点だが、多少強引な所がある。それをすずかがフォローしているからこそ、アリサはクラスのリーダーとしての立場を築けた。
「なのはも君が助けてくれるから真っ直ぐ自分の意思を貫いて行動できる」
なのはの自分の意思を貫くという姿勢は言い換えれば頑固であるとも言える。それにより、仲の良いアリサとすら衝突する時がある。それを終息させているのがすずか。
「月村すずかは決して弱い人間なんかじゃない。他人の事を考えられる強い人間なんだ」
「私が強い人間……?」
すずかはゆうきの瞳を覗く。紫色の澄んだ目は嘘など言ってはいなかった。
「ねえ、1つ聞かせて。今の私と前の私、どっちが好き?」
「当然、前の君だよ」
「そう……」
すずかの瞳の色が、髪が元に戻る。
「終わったの……?」
「……その様だな」
すずかがゆうきと共になのは達の所へ歩み寄る。
「すずか……」
「皆さん、今回はすいませんでした」
「「「「…………」」」」
すずかが頭を下げて謝る。今までの狂気の発言と行動しか見ていないフェイト、エクス、アルフ、ユーノは呆然としてしまう。
「すずかは本来、優しい子なんだ。ところがジュエルシードでちょっとね」
「ジュエルシードが間違った叶え方をしたって事?」
「まあ、そんな感じかな」
ジュエルシードが危険なものと知っていたユーノは立ち直りが早い。
「ジュエルシードってなんなのよ」
「ジュエルシードは願いを叶えてくれる宝石なんだけど、その叶え方がちょっと間違った方向にいっちゃうんだ」
ゆうきが簡単に説明するとアリサも納得した様で「だから私もすずかも……」と呟いていた。
「ジュエルシードは危険なものなんだ」
「ジュエルシードはユーノ君の発掘したもので、事故でバラバラになっちゃったの」
「それを封印する為に僕となのはは魔法の力を手に取ったんだ」
ゆうき、なのは、ユーノが説明していく。
「ん? ところでなのは、ユーノって名前どこかで聞いた事がある様な……」
「うん、あのフェレットだよ」
「「えええええ!」」
なのはからユーノ話を聞いていたすずかとアリサは驚きを隠せない。
「私も驚いたな……」
「僕も……」
「いや、ゆうきはリアクション全くしてないからね」
戦闘の緊張が無くなった為、賑やかになる仲良しグループとユーノ。そこ一方でフェイト達は
「えっと……これって私達」
「うむ、若干だが蚊帳の外だな」
「んなの、冷静に言わなくとも……」
フェイト達は平常運転に戻った模様だった。
それから事態の説明やユーノが全員の回復など少々時間はかかったが
「じゃあ、始めるよ2人とも」
「うん」
「お願いね」
ジュエルシードの封印作業に入る。封印はなのはとフェイトの2人が一緒に行う。
「本当にいいの? 結局止めたのはそっちだけど」
「フェイトちゃん達が来てくれなかったらダメだった。こうしていられるのもフェイトちゃん達のおかげだから」
「そう言っているのだ、いいだろう」
「うん……」
遠慮気味だったフェイトはなのはとエクスの説得で乗る気になる。
「じゃあ」
「うん」
「「ジュエルシード、封印!!」」
アリサとすずかが光に包まれたと同時に結界は崩れ落ちだす。空に亀裂が奔り、崩れ落ちる様は幻想的で普通では見られない光景だった。
「なんだか不思議な光景だね」
「この結界は特殊な結界で、しかも強制的に解除した。その為、この様に崩れる様に消えるのだろう」
「結界破壊の魔法、覚えようかな……」
ゆうきが物騒な事を呟いていたが全員無視。
封印の終了と共に世界の崩壊が終えると、そこは学校の屋上に全員はいた。封印した影響か、アリサとすずかだけは気を失っていた。
「じゃあ……」
「うん、また」
なのはとフェイトがそれぞれジュエルシードを"1つ"ずつ手に持ち別れようとする。
「ん? 4つではないのか?」
「2つしかなかったの。ね、バルディッシュ」
<ジュエルシードの反応はもうありません>
エクスの記憶上、発見したジュエルシードの反応は4つ。しかし、現状は2つしかない。
「エクスの思い違いじゃないのかい?」
「たしかに4つだったのだがな……」
記憶との違いに戸惑いながらも、実際に2つなのだから自分の間違いだと思い直すエクス。
「すまなかった、おそらく私の思い違いだろう」
「そう……」
フェイト達が地から離れ、宙に浮く。
「じゃあね」
「うん、また」
青と金の閃光が空を駆け、学校から離れていく。
「僕も今の内に戻るね」
「見つからないようにね」
「うん」
ユーノは隠密性に長けるフェレットに変身し、なのはの家へと戻る。
その場にいるのはなのはとゆうき、気を失っているすずかとアリサだけになった。
「終わったね……」
「うん……」
改めて事態が終結した事を実感する2人。屋上にある時計を見るとアリサ達と喧嘩別れをしてから30分しか経っていなかった。2人にしてみれば、とても長い時間に思えた戦いも現実の世界では30分も経っていなかったのだ。
「なの……は……?」
と、すずかが目を覚ます。
「2人とも、大丈夫?」
「大丈夫って、なんでそもそも私とすずかがここで寝てるの?」
「ジュエルシード封印したからその影響で気を失ったんだ」
ゆうきが事情を説明するとアリサがきょとんとした目で暫らく見つめた後、急にジト目になり
「ジュエルシード? 封印? なんなのよそれ」
「ふぇ?」
「それがアンタ達が私達に隠してた事?」
隠してた事、それは魔法のことだろう。しかし、それはアリサも身を持って体験している為にアリサも理解しているはずである。今更隠すも何もない筈である。
「もしかして……」
「う、うん……」
そこでゆうきはある仮定が思い浮かぶ。と、そこでちょうどよくすずかも目覚めたのでその試してみる。
「ねえすずか、君はどうしてここで寝ているか分かる?」
「たしかアリサちゃんを追いかけて……あれ? どうしてだろ?」
すずかはジュエルシード関連の記憶がまるっきりなかった。その会話からゆうきの仮定は確証へと変わる。
「なのは、多分すずかとアリサにジュエルシード関連の記憶がない」
「たしかに、それなら……」
念話でなのはに自身の考えを伝える。その考えになのはも納得する。
「2人にはまた隠し事になっちゃうけど、2人はただ巻き込まれただけにしよう」
「いいの?」
「巻き込まれた事はたしかだからね」
ゆうきは意地悪そうに笑うとアリサとすずかに向かい合い
「ねえ2人はさ、魔法って信じる?」
そう口にした。
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第11話「休息……」
「まさか魔法が存在したなんて……」
時は少し流れて放課後。ゆうきは昼休みと放課後とアリサとすずかがジュエルシードによって暴走したこと以外の事情を説明し、論より証拠の如く学校のあまり人の来ない所で魔法の披露もし、魔法が存在する事を証明した。
色々と落ち着くためになのは達は現在にて屋上で風に当たっていた。
「ジュエルシードの回収は危険があって、アリサとすずかを巻き込みたくなかったんだ」
「だから、黙っていたのね……」
全てのテストで満点を軽く獲得できるアリサが理解できないという事はない。が、
「でもね、これだけは言わせなさい」
理解と納得は別物である。
「どんな事情があろうとも私とすずかに隠し事なんてするんじゃないわよ!」
「ゆうき君が私達を思ってくれるのはいいんだけど、逆にゆうき君達を心配している人達の立場にもなってみてね」
「ごめんね……」
ゆうきが責められているが、これはゆうきが言い出したことで、同じ女の子で付き合いも多いであろうなのはの関係悪化を防ぐ為に講じた策だった。ゆうきがなのはに言わない様にしたとすれば自分にしか矛が向かず最悪の場合でもなのはが関係を断たれる事はないと考えたのだった。
全てがゆうきの思惑どおりに動いていた。
「ま、アンタだけに言ってもどうしようもないんだけど。なのはもいいわね!」
「う、うん」
今までは。
「あ、あれ!?」
予想外の展開にゆうきが珍しく驚きの声を上げる。
「私がアンタの思考を読めないと思った? だったら私を過小評価し過ぎよ」
「ゆうき君は優しいから何でも自分に責任を負おうとするから、逆に分かりやすいんだよ」
「というか、アンタって自分の事に関してはかなり無頓着ね」
そう、ゆうきはアリサとすずかはがなのはをよく見ていると認識していたがそれは間違いであり、ゆうきもしっかりと見ていたのである。
「今度からは自分の事もしっかり考えてね」
「たしかに、ゆうき君にはもうちょっと自分の事も考えてほしいかな……」
「いいわね」
「はい……」
流石のゆうきも美少女3人組の言葉には頷くしかなった。
「じゃああれ、見に行かない?」
「あ、そうか今日はあれが張られる日だもんね」
「またアリサの独壇場だろうな……」
「ふふふ、当り前じゃない!」
4人の話題はすっかり"あれ"についてに切り替わる。その目当てのあれを見に職員室へと向かう。その途中に何組かの生徒とすれ違うがその生徒もあれについての話をしていたのだった。
職員室の前には大勢の生徒が1か所に集まっていた。
「やっぱり、みんな気になるんだ……」
大勢の生徒が集まっている場所、そこには壁一面に紙が貼りつけられていた。その紙こそが生徒の目的である。貼られている紙を見ては安堵する子もいれば、がっくりとする生徒もいた。
生徒が一喜一憂するその紙の正体は、学年テストランキングの紙だった。私立である聖祥大附属小学校は生徒が高い目標を持ち、切磋琢磨できる環境を作るためにあえてテストの順位を上位だけながら発表していた。
テストなんて満点が当り前と豪語しているアリサはぶっちぎりの学年一位を毎回記録しており、学校の伝説となりつつあった。
「アリサの独走に一票」
「「私も」」
「無駄な話してないで早く行くわよ」
目的の所に行くためには4人固まっていては困難なので分かれていくはずなのだが
「なんでゆうきの所になのはとすずかが行くのよ!」
「「え?」」
1対3というおかしい人数バランスにアリサの怒号が飛ぶ。が、もう行動を始めているので今更集まる事はできない。アリサは単身人の波に苦労して入り、すずか、なのははゆうきが道を開いてくれるので楽々入れる。
「……?」
と人をかき分ける作業をしているゆうきは首を傾げる。
「ゆうき君、もしかして疲れた?」
「ごめんね、こんな事させて」
「いや、疲れた訳じゃないんだ。ただ、身体が何故か軽いんだ」
身体が軽いと思ったのは2度目だった。1度目は倒れた後に行動した時。あの時は戦闘から離れ一時的に眠ったから疲労がとれたのだと思った。だが、授業によって戦闘後までとはいかないが確実に疲れている身体は確実にアリサ、すずかのジュエルシード事件前よりも軽かった。
「体が軽い?」
「ゆうき君、痩せたの?」
「……いや、気のせいだったみたい。ごめんね」
そう言って話題を終える。気のせいとは言えない感覚に戸惑いながら。
苦労して人をかき分け、ランキング用紙の前に来た4人。
「もう! なんなのよ!」
「まあまあ」
ご機嫌斜めなアリサをなだめるゆうき。なのはとすずかはただ呆然として、ランキング用紙を眺めている。そこに疑問を覚える。なのはとすずかの性格ならば、すぐにアリサに詫びを入れるはずである。だが、2人はランキング用紙を眺めているだけである。
「どうしたの?」
「ゆうき君、アリサちゃん、あれ……」
なのはが指が指差していたのはランキング用紙の一番上つまり1位の欄を指していた。そこには
1位 500点〖アリサ・バニングス〗
と書いてあった。これは4人とも予想していたことだ。しかし、予想外なのはその下だった。
1位 500点〖宇佐美神風〗
と書いてあった。
「うさみ、かみかぜ……?」
「誰なんだろ?」
「先生に聞いてみましょ」
ここで悩んでも仕方ないといつものリーダーシップを働かせ、職員室へと向かう。
と、その途中に学年教諭の先生が都合よく歩いてきた。これはチャンスと行動を開始する4人。
「先生、今ちょっと時間ありますか?」
「ちょっとだけならあるが、どうしてだ?」
「ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」
「聞きたい事……?」
と「お前が勉強のはずがないしな……?」と教諭が首を一瞬傾げた後、後ろのランキング用紙を見てその内容を察した。
「宇佐美の事か?」
「そうです。その宇佐美っていう子って今まで聞いた事ないんですけど」
「それは当り前だな。宇佐美はテストの前日に転入してきたからな」
「「「「え?」」」」
先生の発言に3重の意味で驚いた。
この学校は私立でしかも大学付属という事もあり、一度入りしっかりと勉強をこなせばエスカレーター式であるものの、入学するためには試験をパスする必要がある。1年から入学するのならば多少の勉強していれば事足りるが途中入学はそうはいかない。一般の学校よりも一歩も二歩も進んでいる学校の勉強の内容が編入試験に出てくるのだ。因みに聖祥大附属小学校の為に補足するが、優秀な生徒しかいらないという訳ではなく、難しい勉強して生徒が勉強を嫌いにならない様にという経営者の方針で、落ちた生徒にもその試験の成績に応じて、相応しい学校を紹介している。
転入してきたという事はそれをクリアしたという事である。なのはとゆうき同じ事をしろと言われたらできないと答えたくなるほどの事であった。これが驚く1つ目の理由。
2つ目の理由は転入直後に満点を取っていること。普段授業を聞いているなのは達ですら満点を獲得する事は困難というより不可能。アリサなど特例中の特例だった。
3つ目の理由はそれだけの事がありながら全く噂になっていない事だった。大人はあまり知らないが、子供の情報網というのは学校間であれば部類の凄さを見せる。全教科満点というのを出せると思われる生徒がいれば引っかかる筈である。しかし、その情報網の中に宇佐美という生徒の情報は一切なかった。
「先生がテストを受けさせたんですか?」
「いや、宇佐美自身が受けたいと言ってな。だから、テストの前日に転入したんだ」
「それで満点……」
今までライバルと言えるライバルがいなかったアリサにとって勉強とは身内に心配させない様にと義務的なものであった。しかし、今日判明した自分と同じく満点を獲得した生徒。しかも、前日に転入しての満点。自分よりも頭が良い可能性は大いにある。つまりそれは待ち望んでいたライバルの出現に他ならなかった。
宇佐美という生徒がどんな生徒か直接見てみたい、そう考えたアリサは先生へ質問する。
「先生、その宇佐美って子の何組ですか?」
「たしか……4組だったな。会おうとするなら早めの方がいいぞ。宇佐美は放課後あまり残らない様だからな」
「ありがとうございました」
必要な情報を聞けたのでみんなで先生にお礼を言い。早速目的の教室へと向かう。
「アリサちゃんうれしそうだね」
「今までライバルがいなかったからね」
「こら、早く行くわよ!」
普段1.5倍速のアリサを筆頭に4組の教室へと向かうのだった。
「宇佐美って人いますか」
4組へと一番乗りし、目的の人物の名を呼び教室に入る。突然の来訪者に教室に残って楽しく談笑をしていた生徒が呆然とする。
「アリサちゃんいきなりそれは……」
「あの、このクラスに宇佐美って子いないかな?」
「う、宇佐美くん? 宇佐美くんならあそこに」
クラスの生徒が指差した方向には1人の腕を組みながら目を瞑って座っている男子生徒がいた。
「貴方が宇佐美?」
「ちょ、直球過ぎるよ、アリサ」
指された方向にいた生徒にあまりにもど直球なアリサにツッコむゆうき。
「僕が宇佐美だけど。君達は誰だい?」
「私はアリサ。後ろの三人は順にゆうき、なのは、すずかよ」
「「「「はじめまして」」」
アリサがなのは達の紹介すると「ん?」と首を傾げる。
「ちょっと自己紹介とは関係がないんだけど、質問いいかな?」
「? 何かしら?」
「いや、僕はこの学校に来てあまり日が経ってないから学校について詳しくないんだけど……」
と、言葉を区切った後
「この学校って男装ありなのかい?」
訳の分からない質問をした。
「はい?」
「いや、だってゆうきって女の子だろ」
「え!?」
「あ、そういえば……」
ゆうきが驚きの声を上げる傍ら、アリサが納得したように呟く。
「ゆうきの声って、男子としては結構高かったわね」
「普段から一緒にいるから忘れていたね……」
「僕ってそんなに声高い!?」
「ごめん、ゆうき君。正直言って、結構高い」
普段いるなのは達は言葉通り完全に忘れていたが、ゆうきの声は男子としてはかなり高く、女子と間違えられてもおかしくない程だった。故に宇佐美がゆうきの事を男装している女子と間違えても無理はなかった。
「で、僕になんの用だい?」
声が高く、女子に間違えられた事に落ち込むゆうきはなのはとすずかに任せて、アリサと宇佐美は話に戻る。
「私と同じく満点を取って、しかもそれがテスト前日に転入した人って聞いたから気になって」
「君がもう1人の子か」
「前日に転入して満点だなんて凄いじゃない」
「勉強だけが取り柄みたいなものだからね」
宇佐美はアリサの言葉に受け答えはするが、どこか淡々としており、表に出さないが会話が早めに終わる事を望んでいる様だった。それを察せないアリサではない。
「何か用事でもあるの?」
「いや、ちょっとね……」
「何か困った事があれば協力するけど……」
アリサの提案に悩む宇佐美だが、事情が好転しないのだろうか、重そうな口を静かに開いた。
「実は、僕の大切な本がなくなったんだ」
「どんな本なの?」
「かなり大きな本で表紙が何も書いてない本なんだ」
「変わった本ね……」
大きい本となると置く場所も限られてくる。その限られた場所を探さないなどありえない。それでも尚、見つかっていないとなると可能性は1つ。
「隠されたわね……」
「やっぱりか……」
「探すとなるとゆうきを復活させた方が良さそうね」
アリサがゆうきの方を見ると
「ゆ、ゆうき君の声、とってもいいから」
「私はゆうき君の声好きだよ」
「…………」
教室の隅で膝を抱えながらのの字を描いていた。漫画ならば背景に縦線が多く入っている事間違いなしの落ち込みようだった。
「はあ……仕方ないわね。なのは、すずか退きなさい」
「う、うん」
「どうするの?」
アリサがなのはとすずかを退かせ、ゆうきに近寄る。当然のゆうきは落ち込んだままの為、アリサの接近に気付かない。そして真後ろに立つと。
「いいかげんにしなさい!」
「あう!」
ゆうきの後頭部に斜め45度の角度から手刀を落とす。後ろを向く際、頭を押さえ涙ぐみながら振り返ったので、一部それを見ていた一部の女子が頬を染めたりしていたが、ゆうきは気付かず他は気にしない。
「いつまでも落ち込んでない、宇佐美の事情に比べたらどうって事ないわ」
「……宇佐美に何かあったの?」
「大事な本がおそらく隠されたわ」
アリサの一言でゆうきの雰囲気が真剣なものへと変わる。
「特徴は、かなり大きい本。この教室には」
「とにかく大きい本で正直言って普通じゃない本かな」
「……なら、手分けして探そう」
意識を完全に切り替えたゆうき。その後ろではなのはとすずかが若干落ち込んでいるがゆうきには見えず、アリサは放置、宇佐美はそれどころではないという事でかまってもらえない。
「いいのかい?」
「勿論だよ」
「よし、ならみんなで探すわよ」
流石に5人で纏まっての捜索となると非効率である為に分かれる事に。そこまでは順調だったが、そこでアリサの予想外の事が起きる。アリサが、まさに阿吽の呼吸であるゆうきとなのはの2人組にしようとした時
「私がゆうき君と一緒に探していいかな?」
すずかが意見を言った。普通ならば十分考えられるが、すずかの場合は完全に考えられなかった事だった。
「すずか、どうしたの……?」
「うん? 何か私、変かな?」
すずかが笑顔で言うがアリサにとってはそれがまるで無言の威圧に感じられた。初めてすずかに恐怖を覚えた瞬間であった。
「たしかに……。なのは、なのははアリサと宇佐美の方に行ってくれないか?」
「どうして?」
「なのはと僕は念話での伝達ができる。そこで別れて探した方が効率がいいんだ」
「……うん、分かった」
念話の事はまだ話していないので理由は不明だが、渡りに舟とばかりにすずかに提案に乗っかる事にした。その際、どことなくなのはの声音に力が無い様に感じられたが気のせいだろうと思い、早速行動する。
「僕もそれがいいと思う」
「そ、そう。じゃあ、すずかはゆうきと一緒に探して」
「分かった、行こゆうき君」
ゆうきとすずかが別行動を開始する。
「私達も探しましょ」
「うん」
「……うん」
「見つからないね……」
なのはと連絡を取りながら捜索を始めてもう1時間が経つが、成果はなくただただ時間が過ぎていくだけであった。
様々な所を探して、若干の疲れを実感し始めた時、すずかが提案する。
「ねえゆうき君、屋上に行ってみない?」
「屋上か……たしかに探してないけど、あそこにあるかな?」
屋上とはよく生徒が行く場所で、そこに隠しているとは思えなかった。
「ちょっと風に当たって整理しない」
「……そうだね」
ずっと探しており、たしかにちょっと情報の整理と休憩をした方がいいかもしれない。とゆうきも納得し、屋上に向かうことに。
「誰もいないね……」
放課後という事もあってか、屋上には誰もおらず、ただ心地良い風がふいているのみだった。
「風が気持ちいいね」
「そ、そうだね……」
太陽を背にして振り返るすずか。風で流れる髪を軽く抑える仕草がすずかの綺麗さを際立たせる。その姿に一息を呑む。
「ねえ、ゆうき君……」
「何かな、すずか」
「私、ゆうき君の事が好き……」
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第12話「ずれた世界」
「私、ゆうき君の事が好き……」
すずかが静かに自分の想いを告げる。ゆうきがすずかから告白されるのは2度目で、1度目はジュエルシードという異物によってである。だが、今は違う。この告白はすずかの純粋なる想いだった。
「ねえ、ゆうき君は私の事、好き……?」
すずかは容姿、性格も良く、これで文句など言えば世界中の男子から凶器をぶん投げられるだろう。実際、ゆうきもすずかに告白されてうれしくない訳ではない。だが
そこでゆうきは思考を止め、一度目を瞑り、深呼吸を行い感情を整理する。そして目を、口を開く。
「……分からない」
「分からない?」
「すずかの事が好きかどうか分からないんだ」
分からないそれがゆうきの答えだった。なのはの次に一緒にいる時間が長いすずか。なのはと同様、傍にいるのが当たり前になっていた。その当り前の人が嫌いである訳がない。だか、その好いているという意味が、恋や愛の方なのかは全く分からなかった。
「だから、答えを出せない」
「そう……」
ゆうきの回答に対し、すずかは静かに返答する。そこに落胆も驚きもない。まるでゆうきの返答をある程度予想していたかの様である。そして全ては次の一言のために用意したかのようだった。
「なら、付き合ってよ」
「…………は?」
すずかの予想外の言葉に一瞬思考を停止させる。
「えっと……なんて言ったのかな?」
「だから、私と付き合ってって言ってるの!」
「どうしてそうなるの!?」
「だって、勇気を出して告白したのに返答が分かんないだよ。そんなの納得できないじゃん」
可愛らしく頬を膨らませそう言い出すすずか。あまりにも普段とのギャップのせいで「貴女、そんなキャラでしたっけ?」と心の中でつい丁寧な口調で訪ねてしまうゆうき。
「いや、付き合うって普通恋人がやる事じゃないの?」
「そう? 好きじゃなくても付き合っている人いっぱいいるってよく話を聞くよ」
「へ、へえ……」
1つ知らない世界を知ってしまった瞬間である。
「で、でも中途半端な気持ちで付き合ったらすずかに失礼だし……」
「それでも私はいいよ。それも納得して付き合いを言い出したんだし」
「僕は君の裏切るかもしれないよ?」
「裏切られても怨まない」
「僕は君を捨てるかもしれないよ?」
「捨てられたら私はそこまでの女」
すずかの瞳には強い意志が宿っている。そこに揺らぎがないと分かったゆうきは「はあ……」と溜息に似た息を吐いた後、すずかを見据える。その目に戸惑いも迷いも無い。
「分かった、付き合おうすずか」
ゆうきの言葉を聞いた瞬間、すずかが目を伏せる。意外な反応にオロオロし出すゆうき。と、次第にすずかの体が震えだしそれが一段と大きくなった瞬間
「ゆうき君!!」
すずかが飛びかかってきた。
「す、すずか!?」
いきなりの事で心も体勢も準備できておらず、飛びかかってくるすずかを支えきれずに体勢が崩れる。視界が回り、空が見える。とその時
入口の上、一般的な学校では貯水タンクなどがある場所に何かが半分出た状態で乗っかているのが視界に入った。が、それが見えたのは一瞬で、すぐに空が見え、地面に倒れた。が、痛みはあまりなく、それよりも抱き付いてすずかが今のでケガしていないかという方がゆうきにとっては心配だった。
「ご、ごめんね。ケガない?」
「大丈夫だよ」
まるですずかがゆうきを押し倒したかの様な形で倒れた為、すずかは真っ赤になりながら退く。が、ゆうきには本当の理由が分からず、ただ恥ずかしかったのだろうと思っていた。
「ちょっとびっくりしちゃった」
「ご、ごめんね。うれしくてつい」
すずかの手を借りて起き上がるゆうき。その際、当然手を繋ぐことになるため再び真っ赤になるすずか。「すずかってこんな性格だった?」と内心疑問だらけになるが表には出さない。
「まあ、すずかのおかげでとある発見があったんだけどね」
「発見?」
発見とは当然ながら上にあったもののことである。一瞬であったのでそれが何であるか分からなかったが、その物体の見当はついていた。
ゆうきが再びその場所を見ると大きな、普通の本よりかは大きいサイズの本が飛び出た形で置いてあった。
「あれかな?」
「多分、大きいしあそこに普通は置かないしね」
普通ならばどうやって取るかという点で思案する必要があるのだが、ゆうきには必要がない。すずかに入口を見張ってもらい一般生徒が来ない事を確認した後、魔力で強化した脚力を使い、跳ね上がり本を取り降り立つ。
手に取ってみるとその大きさがよく分かる。全体的に空の様な薄い蒼をしており、黄色の十字架が表紙に書かれていたその本は、辞書ぐらいの大きさでありながら、重さは全く感じない。
その事を不思議に思いつつもなのはに念話で見つけた事を伝える。
「なのは、多分本が見つかったよ」
「ほんと!? 場所は」
「屋上」
「分かった。今から行くね」
念話が切られるが、ちゃんとアリサと宇佐美に説明できるか若干心配になるゆうき。
「もう伝えたの?」
「うん。もう少ししたら来ると思うよ」
「宇佐美君のが見つかってよかったね」
「これだといいんだけどね」
「そう、これだよ! ありがとう」
ゆうきが発見した本はどうやら当たりだった様だった。
「ありがとう。大切な本なんだ」
「見つかってよかったね」
「これから何かあったら私達に頼りなさい。力になってあげる」
見つかった事に皆が安堵する。
「それにしても大きな本ね」
「何が書いてあるの?」
すずかの質問はもっともだった。下手な辞書よりも厚い本なのだから内容が気になっても仕方ない。
「普段は絶対に見せないんだけど、お礼に見せよう」
宇佐美が本を開きビラビラとページをめくり、とあるページを開き、皆に見せる。
「僕は絵を描く趣味があって、これは絵を描く専用の本なんだ」
宇佐美が見せたページには2本の剣が描かれていた。2本はよく描かれており、絵とは思えない程の精巧さがそこにはあった。まるで写真で写したかのような精巧さと、映画やアニメの設定資料の様に細部まで詳しく描かれていた。
「ちょっと恥ずかしいけど、僕は伝説上のものがどんな感じなのかって想像して描くのが好きなんだ」
「伝説上のもの? どうやって想像してるの?」
「文献とか見てかな。僕の親は、そういったものが好きで家にたくさんあるんだ」
宇佐美が本のページを開いていくがどれも絵とは思えない程のレベルだった。
「宇佐美君の両親はどんな仕事してるの?」
「医者だよ。主に海外での仕事が多いから日本じゃ無名だけどね」
「じゃあ、家の生活はどうしてるの?」
両親共に海外にいるのならば普段の炊事洗濯などはどうしているのだろうか? と疑問に思うのは当り前である。
「知り合いの家に今は一緒に住んでるんだ」
「へえ……」
とここで学校中に鐘が響き渡る。この鐘は完全下校を促す鐘だった。
「と、鐘が鳴ったね」
「早く下校しないと怒られちゃう」
「みんな、急いで」
荷物を急いで纏め、校門へ向かう。
「宇佐美、何か困った時は私達を頼りなさい」
「必ず力になるから」
「ありがとう」
若干乱暴に言うアリサだが、それは素直に言えないだけと、共にしたのは短い時間だったが、アリサの性格を理解した宇佐美。
「そういえば、アリサちゃんとすずかちゃんはお稽古時間大丈夫?」
「やば、急ぐよすずか」
「うん。じゃあね、なのはちゃん、ゆうき君」
アリサ、すずかが急いで稽古へと向かう為にバニングス家の執事兼運転手の鮫島が待つ車の元へと走っていく。
「僕達はこっちだから」
「ゆうき、今日はありがとうね」
「気にしなくていいよ。じゃあね」
宇佐美と別れなのはと2人で歩く。暫らく歩いた後、不意にゆうきが立ち止まる。
「で、なのはどうしたの?」
「…………」
なのはは終始無言だったのが気になっていたのだった。
「すずかちゃんと2人の時、どんな話をしたの?」
「ん? どうして気にするんだい?」
「ジュエルシードの影響はないのかなって思って」
記憶はないとはいえ何か影響があるかもしれない。なのはが終始無言だったのはアリサの行動を普段の行動と比べていたのだと判断した。そこですずかの行動を話そうとした時、ふと思い返して、気付いた。すずかとの主な会話は、恋愛の話だった。
「えっとね……」
「何かあったの!?」
「あったと言えばあったし、なかったと言えばなかったかな」
「どっちなの!」
なのはが珍しく口調を強めて迫る。
「実は、すずかに告白されたんだ……」
「どう返したの?」
「…………付き合う事にした」
「……っ!」
ゆうきの言葉に息を詰まらせるなのは。
「本当なの……?」
「本当だよ」
「そ、そうだよね。嘘吐く理由が、ないもんね」
なのはの言葉が小さく弱くなっていく。
「どうしたのなのは?」
「あ! お兄ちゃんと約束があったの忘れてた。急ぐね」
「なのは、待ってよ!」
「ゆうき君はゆっくりでいいよ」
なのはがまるで逃げる様にゆうきから離れていく。
「どうしたのかな?」
<危険性はないと思うので大丈夫でしょう>
「それなら大丈夫だね」
若干、なのはの様子が気になったものの、シャイニングハートの言葉を信じ、言われた通りゆっくり帰るのだった。
「ジュエルシードを探しながら帰ろうか」
<学校の周りにあると危険ですからね>
「あ、お帰りなさいなのは」
偶々、玄関の傍にいた桃子がなのはを出迎える。が、そこで疑問に思った。普段なら「ただいまー!」と元気の良い声が聞こえてくるのだが今は声すら聞こえてこない。
「どうしたの、なのは」
「ゆうき君が……ゆうきくんが……」
そこでなのはの声が次第に涙を帯びてくる。普段は決してそういった事を表にださないなのはが親の前で泣いているというのは軽い事件だった。
「ゆうきが何か事件に巻き込まれたの?」
内心では動揺しつつも事情を聞くのが最優先と優しくなのはに問いかける。
「ゆうき君がね、すずかちゃんと付き合うって言ったの」
その一言でなのはが何故泣いたのか理解した。それは母としてというよりも女としてのカンが大きく働いたものだが。
「なのはどうした!」
が、ここで恭也がタイミング悪く玄関に木刀を持ってカッ飛んできた。
「大丈夫よ、恭也」
「しかし、母さん!」
「大丈夫よ。だから も ど り な さ い」
「は、はい!」
笑顔で言われたが明らかに目は笑っていない。笑顔とは恐ろしいものだと初めて知った瞬間だった。玄関へと向かった速度と同等の速さでその場を去る。
「大丈夫よ、なのは」
桃子はなのはを胸に抱き、落ち着かせる。母親に抱かれているという安心感のおかげか、次第に落ち着きを取り戻してくる。
「ねえなのは、なのははゆうきがすずかちゃんと付き合うって知った時どう感じた?」
ある程度落ち着きを取り戻したと判断した桃子は問題の核心を聞く。だが、それは真相を究明するためではない。なのはがどの程度"自覚"しているかを確認するためであった。
「……ゆうき君が遠くに行く様な気がして」
「どうしてそう思ったの?」
「……分からない……」
ここで迷う。"それ"を教えるべきなのかどうかを。暫らく考え、出した答えは。
「そう……ならその原因をゆっくり探しましょう」
教えない事だった。教えてしまえば"それ"が何であるか理解するのは簡単だろう。だが、それでいいのだろうか? 自分で気付くからこそ、その価値が分かる。その重みが分かる。
「……うん……」
そんな母の想いなど知らず、なのはは自分自身でも分からないこの感情に自問自答を繰り返すのだった。
「ただいま」
ジュエルシードを捜索しながら帰った為、いつもの2、3倍以上の時間を掛けて帰宅した。家に入った途端、ゾクっと嫌な感覚がゆうきを襲う。
「なんか嫌な予感がする」
嫌な予感とはよく当たるものである。
「ゆうきいいいいい!!」
「ちょ、お兄さん!」
恭也が文字通り弾丸の如く飛び出し、突きを放つ。が、間一髪の所で飛び退き難を逃れる。
「いきなり何!?」
「問答無用だ!」
ゆうきの戸惑いの声を無視し、恭也は木刀をゆうきへと繰り出す。その攻撃スピードはエクス並み、いやもしかするとエクスよりも早い速度で木刀を振るう。
狭い廊下での戦闘の為、攻撃可能範囲も狭いが回避可能範囲も狭い。廊下に救われると同時に危機に立たされている。
<道場へと逃げましょう! そこなら>
「! そうだね……」
「ちい! 逃げるな!」
攻撃を紙一重で避けながら、道場へと侵入。その際、ドアを蹴破る形になるが気にしてはいられない。
「ゆうき、覚悟!」
「しかたない!」
道場へと入り壁に掛けてある木刀を手に取り、恭也が振り下ろす木刀を受け止める。
「剣術で俺に勝てると思うなよ!」
「もういい! 堪忍袋の緒が切れた!」
体格差では圧倒的に恭也の方が有利なはずだが、ゆうきは自身に強化魔法を使用しているので、力が拮抗する。拮抗する力と力により鍔迫り合いの状態となる。本来ならばどちらかが力を逃がす形に体勢を変えれば、終わり、有利になることは間違いないのだが、互いに意地だったり頭に血が上っていたりとそんな考えなど浮かばない。
「このおおお!」
「ていりゃあああ!」
木刀と木刀がぶつかり合う乾いた音が連続して道場に響く。幾度も幾度も切り結ぶ2人。互角の様に思える状況だが実際にはゆうきが押されていた。魔法で強化しているとはいえ、恭也にばれない程度でやらなければならない、よって強化魔法は小学生対大学生の状況を、中学生対大学生までにしか縮められなかった。これだけに不利だというのに剣術の下地にも差があった。
恭也は父士郎から剣術、小太刀二刀御神流を習っていた。木刀の大きさと数に違いはあるものの、素人であるゆうきに比べたら格段に剣術というのを知っている。
よって
「そらそらどうした!」
ゆうきは徐々に劣勢へと追い込まれていく。
「本気で行くぞ!」
恭也の宣言通り、木刀を振る速度が徐々に上がり次第に視界に捉えるのが難しくなってくる。が、そこでゆうきは1つのミスを犯してしまう。
「くらえ!」
今までで速度も鋭さも一番の一撃がゆうきに振るわれる。その一撃に対し、ゆうきは防ぎながら反射的に目を瞑ってしまった。その一瞬の隙を恭也は見逃さない。ゆうきが目を瞑った一瞬の内に背後に回り込み、木刀を振るった。
完全に見えない一振り、防げるはずがない必勝の一撃は恭也は勝利を確信する。
道場内に響いたのは木刀が肉体を叩く鈍い音。
「はあ!?」
ではなかった。恭也の必勝の一撃はゆうきの木刀によって防がれていた。しかも驚く事にゆうきは振り返らずに恭也の木刀を受け止めていた。まるでその攻撃軌道が分かっていたかのようであった。が、それは違う様で恐る恐る目を開いたゆうきは自分が防いだことにかなり驚いていた。
「え!? なんで受け止めてるの!?」
「それはこっちの台詞だ!」
一瞬互いに戸惑ったものの、すぐに冷静さを取り戻し、体勢を整えるべく距離を取り、再び衝突しようとしたその時
「何をやっている!」
怒号が道場内に響き渡った。2人が入り口を見やるとそこには父、士郎が立っていた。
「何故2人はこんなことをやっている」
「帰ってきていきなり、兄さんが襲ってきたんだ」
「本当か?」
「うっ……」
ゆうきは知らないが、恭也がゆうきに襲いかかったのはなのはがゆうきの名を言いながら泣いていたからである。が、話の全てを聞いた訳ではないので、ゆうきが泣かせた確証はどこにもなかった。
「ゆうき、リビングにおやつがあるから手を洗って食べなさい」
「う、うん」
「恭也はここに残れ」
暗にゆうきはここから離れる様に言われ、恭也の事を心配しながらも道場から退出する。
「で、どうしてこうなったんだ?」
「……ゆうきがなのはを泣かせたんだ」
「どういうことだ」
恭也が事の経緯を士郎へと説明していく。
「なるほどな」
「あのなのはが母さんに泣きついたんだ、何かゆうきがやらかしたに違いない!」
なのはの家族に心配を掛けない様に辛いこと事や悲しい事を抱え込む癖がある。実際に何度もゆうきが陰で伝えてくれなければ判明しなかった事態がある。そんななのはが表に出すというのだから相当な事に違いない。
「だが、確証がない。そうだろう」
「そう……だけど……」
「確証がない状態で襲いかかるなど言語道断だ」
士郎の言葉は正しく、恭夜もそれを理解できるため、反論ができない。
「この件は母さんに聴いておくが、お前はもう忘れなさい」
「はい……」
2人がそんな話をしているなど知らず、とりあえず言われた通りにリビングに行くと、ちょうどよく姉の美由希と桃子がリビングに行くと、姉の美由希と桃子が丁度ケーキを食べていた。
「ゆうき、お帰りなさい」
「お帰りゆうき」
「ただいま」
とここでゆうきはあることに気付く。なのはがいないのである。
「あれ? なのはは」
「なんか家に着いたらすぐに寝ちゃった。きっと疲れたのね」
「へえ、珍しいね。なんか学校であったの?」
「ああ……結構大変な事があってね」
最大の理由であろう魔法戦をバカ正直に話す訳にはいかないので、宇佐美の本を探したことを話す。
「へえ、そんなことがあったんだ……」
「それで疲れたんじゃないのかな」
「……なのはも大変ね……」
その呟きの真意を知る者はこの場にはいなかった。
「なのはがまさかゆうきにとはな……」
日付がもう変わろうとしていた頃、なのはが泣いた件について桃子から説明されていた。話を聴いている士郎は終始無言で初めて出てきたのはその一言だった。
「不思議?」
「いや、考えればなのはが一番人恋しい時に傍にいたのはゆうきだからな。不思議ではないさ」
士郎は昔ボディガードを生業としていたが、なのはが産まれて暫らくしたある時、仕事中にテロに巻き込まれ、瀕死の重傷を負い、長い間生死の境を長い間彷徨った。その頃の翠屋は仕事が軌道に乗っておらず、桃子は翠屋を切り盛りしながら家族の面倒を見なければならなかった。恭也と美由希はその桃子の手伝いを追われていた。そんな中、まだ小さかったなのはは1人家で待っているしかなかった。そんな時、1人寂しく家で待っていたなのはを救ったのがゆうきだった。
「あの時ゆうきが傍にいてくれたから、今のなのはがいる」
「それに優子達が来てくれなかったら翠屋も危なかった」
ゆうきの母である優子は桃子の妹で、姉の危機に夫と共に翠屋を手伝いをかって出たのだった。親が翠屋の手伝いをしている間に、ゆうきはなのはと共に留守番となる。留守番という事実は変わらないが、その内容が全く違った。今までは1人寂しく待っていたのが、ゆうきと共に遊びながら待つに変わったのだ。
「で、それにゆうきは気付いているのか?」
「全く。しかもなのは自身も気付いていないのよ」
「前途多難だな……」
娘の心配をしつつ、2人の夜は更けていった。
時はなのはとフェイトがジュエルシードを封印した直後まで戻る。地球の遥か、遥か彼方の次元に銀色の艦船が停船していた。その艦は、時空管理局と呼ばれる数多の次元の平和を守る組織が所有する船で名前はアースラ。
「次元断層、消滅を確認」
普段はせわしなく仕事をしている筈のスタッフの姿は無く、艦の頭脳たる艦橋には5人しかいなかった。
「ありゃりゃー、艦長の1人が勝ちですか」
そう呟く少女の見た目は明らかに目を引くものであった。まず一番目を引くのは頭にある兎の様な形のカチューシャだった。時折動いておりそれが尚更目立っていた。さらに顔は幼さを残しているにも関わらず、身に纏う青と黒のワンピースを押し上げる豊満な胸もまた注目を引く。そのサイズは成人女性を優に超えており、これでまだ14歳なのだから初めてそれを知った女性スタッフは血の涙を流したそうな。
呟きながらも目の前のコンソールをいじる腕の速度は変わっていないという荒業をいとも簡単に行っている
少女の名はシオン・グレアム。
「珍しいですね、姉さんが外すなんて。明日ミッドが滅びるんじゃないんですか」
そう発言する少女の姿も十分人の眼を引くものだった。鋭い目つきはまるでナイフの様である。また服装はまるで軍服を思わせるほどしっかりとしており、本人が醸し出す雰囲気と合わさり、傍にいるだけでも背筋を伸ばしてしまう。
彼女の名はクオン・グレアム。シオンの妹だが同い年である。
「ははは、クオンちゃんそれは言いすぎでしょ」
そう笑い一番先頭の席でコンソールをいじっているのはつむじからぴょんと跳ねているアホ毛が特徴的な少女はエイミィ・リミエッタ。年齢は16歳と、2人の姉さん的立ち位置にいる。
「艦長、艦長はなんで答えが分かったんですか?」
そう隣にいる艦長に尋ねるのは艦長を含め、女性だらけの艦橋の中で紅一点ならぬ黒一点の少年はクロノ・ハラオウン。クオンとは別のベクトルで背筋が伸びる雰囲気を持ち、その性格は真面目の一言だった。シオン、クオン、エイミィとは同期で、真面目な性格からか、まとめ役の立場にいる。
「そうねえ、やっぱり経験の差かしら」
クロノの問いに答えた艦長の名はリンディ・ハラオウン。クロノとは実の親子だが、クロノが真面目なため、業務中は艦長と呼ばれていた。
「本当ですか?」
「うーん、本当の事を話すとこの船に貴方達がいる理由とだいたい同じよ」
「あの……その理由を教えてもらっていないんですけど……」
「そうだったかしら?」
「全く」
軽く笑いながら「ごめんなさいね」と詫びるリンディはよくありがちなふんぞり返っている艦長は違い、和やかな雰囲気を持ち、その下の部下達から慕われていた。
「貴方達も疑問に思ったでしょ、何故1つの艦にAAA+の魔導師が3人も、しかも2人は特例だとしても3人とも執務官なのかと」
時空管理局には局員の実力に応じてランク分けされている。局員は膨大とも言える程に人数がいるがその中で全体の5%にすら満たない。そんな貴重な人材を3人も集めるのはよっぽどことであった。
「それは今から行く、第97管理外世界にいるある魔導師に関係があります」
「管理外世界なのに魔導師が居るんですか?」
「退職した魔導師で故郷が管理外世界なのよ」
「その魔導師とは?」
クオンがリンディに尋ねると目の前にコンソールを呼び出し操作する。暫らく操作を続けると艦橋に男性と女性の2人の写真が出てくる。
「貴方達も聞いた事はあるでしょう。この2人が〖抹消者〗と〖殲滅者〗よ」
「なっ! この2人が!?」
「昔、たった2人で管理局さえも破壊できると言われた」
その2人こそ
「〖抹消者〗ユウコ・タカマチ。〖殲滅者〗キース・ミリアルドよ」
ゆうきの両親だった。
「下手すると管理局が吹き飛ばされるかもしれないから、最大限の礼儀を持っていかないと」
「この2人がいるから次元断層も解決できると思ったんですね」
「ええ」
2人の写真を懐かしそうに眺めるリンディ。そこから4人はリンディが知り合いである事察する。
「どんな人たちだったんですか~」
「そうね……2人ともかなり過激な事をやらかす人ね」
「そうは全く見えないんですけど……」
エイミィがつい漏らすが無理もない。2人の写真は明らかに良識人の顔だった。
「そんなことはないのよ。犯罪グループが立て籠もりをした時、中にそのメンバーしかいないと分かるとその建物を木端微塵にしたのよ」
「か、過激ですね……」
「それ以外にも……」
と、リンディの説明、もとい愚痴は止まる事を知らない。口調もいつの間にか崩れており、4人の中のリンディのイメージが崩れる音を聞こえた気がした。
「……艦長」
「は! ご、ごめんなさいね。つい熱くなって」
「い、いえ……」
リンディの性格からは考えられなかったのだが、相当若い頃に苦労したという事だけは理解したのだった。
「とりあえず、次元断層が収まったことだし、そろそろ動きましょうか」
「了解。艦動力稼働率上昇。目標第97管理外世界。地球」
艦のエンジンが出力を上げていき、船を前進させる。
「ねえクウちゃん、いつものあれやってよ」
「そうね、お願いできるかしら」
「了解した」
シオンとリンディからお願いされたクオンは縦長のカードを取り出す。
「お、出たね。クオンちゃんの未来予報」
「タロットカードだ、エイミィ」
クオンが手に持つタロットカードを混ぜていく。
「ナイトメア、発動!」
その言葉と同時にクオンに変化が現れる。クオンの右目に時計の様なシンボルが出現する。そして、それを使用しながらさらにカードを混ぜ、その内の2枚のカード抜き出す。
「これかな」
「早くめくって、めくって」
「出たカードは星と塔の正位置か」
星の正位置の意味は希望。塔の正位置は危険を示していた。
「なんか複雑な結果になったね」
「これで怖気づくとはなさけないぞ、シオン」
「何を! 模擬戦でもやるかい!」
「君とやると部屋が持たないから遠慮するよ」
同期の4人組(主にシオンだが)がじゃれている中、リンディは出たカードに意味について考える。
「何も起きなければいいわね……」
リンディの呟きを聴いている者は、ましてや答える者などいなかった。
そんな事もお構いなく、艦は地球を目指して進んでいく。
舞台に役者が揃う時はもうすぐ近くに来ていた。
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第13話「それぞれの休日 -sideN-」
ちょっと事故にあったり、その影響で色々とやばくなったりで執筆する時間がなかなかとれず、ここまで更新が遅れました。
久しぶりに執筆したので下手な描写がさらに下手になっているかと思いますが、よろしくお願いします。
<現在時刻
「……ん」
夏の足音が確実に近づいていることを感じさせるように、朝方にもかかわらず過ごしやすい暖かさがあった。これがじきに暑苦しくなるのだと思うと四季の変化は不思議である。ベッドから起き上がり、目を覚ますために体を少し動かす。その際に窓の外に目をやると、外が薄っすらと明るくなっていた。「ずいぶん日の出が早くなったなあ」とポツリともらしながら体を動かす。
「よし、おはよう。シャイニングハート」
<おはようございます>
今日もゆうきの朝が始まる。
「今日のメニューは何だっけ?」
<今日は思念誘導を練習を主にやった後、あの魔法の練習をします>
「ん? あの魔法を?」
<はい。マスターの技量ならばできると思います>
「そう言われたら頑張るしかないね!」
着替えを済ませながら最近、日課となってきた魔法練習のメニューを聞く。エクスなどの強敵対策として考えた魔法の練習が組み込まれたことでさらにやる気が出る。やる気のほかにも、気持ちもより強くあった。昨日はたまたますずかが意思を残していたからよかったが、ジュエルシードに取り込まれていたら死んでいただろう。それは何故かと聞かれたら弱いからだ。もっと自分を守れる力を、なのはを、周りを守れる力を得なければならない。そういう思いがあったからだ。
「なのは、ユーノ、おはよう」
支度が済んだところで、部屋にいるなのはとユーノへ念話で語りかける。
「おはようゆうき」
「おはよう、ユーノ」
昨日人間だと分かったユーノ。が行動を共にしやすいようにとゆうきと2人で話し合い、フェレット状態で生活してもらうことに。
「なのはは?」
「下にはいないよ」
返事がないので下で作業中かと思ったが、そうなると
「もしかして、まだ寝てるのかな?」
<レイジングハートへ通信しますか?>
「お願い」
気の利く愛機に感謝しつつ、ゆうきは首を傾げる。なのはがまっすぐ――悪く言えば頑固――であるのはゆうきが一番理解している。そのなのはが練習の時間に起きていないということは非常に珍しかった。さらによく考えれば、昨晩もおかしい。夕食を食べずに寝てしまうし(疲れていたという可能性もあるが)、帰りは1人で帰ってしまうし、変なことだらけだった。
<なんでしょうか?>
<ゆうき、回線が開けました>
「ん、ありがとう」
と、考え事をしているうちにレイジングハートとの回線が開けたらしいのでそっちに集中することに。
「ねえ、なのはは起きてる?」
<いえ、寝ています。どうやらまだ疲れが残っているようです>
「そうなんだ……なら起きたら、今日はゆっくり休んでいてって伝えて」
<了解しました>
「よろしくね」
なのはへの言伝を頼んで回線を閉じる。と、今になって気付いたことがあった。
「あれ? 僕の呼び方変わった?」
<はい、変えてみましたが、駄目でしょうか?>
「全然。そっちの方が仲良くなったって気がするよ」
<では、これからマスターからゆうきに呼び方を変えますね>
「うん」
こちらを気遣い、導いてくれる愛機。その愛機に頼もしさを感じながら、早く見合うだけの使い手にならなくてはと、より一層気を引き締める。
<では、そろそろ行きましょう。彼女を待たせるわけには行きませんからね>
「そうだね、ちょっと急ごうか」
そう言い部屋を出たのだった。
<これでいいんですね>
「……うん。ありがとう、レイジングハート」
ゆうきが階段を下りていく音を聞きレイジングハートはなのはに尋ねる。そう、なのははあの時起きていた。レイジングハートに頼んで嘘を伝えてもらったのだ。
<どうしたんですか?>
「ちょっとね……」
昨日生まれた感情は、一夜明けても未だに整理できずにいた。全容を言葉にすることはできない。ただ、ゆうきが遠くに行ってしまったように感じられた。
<マスターの義姉弟、ゆうきに関することですか?>
「多分……」
いつもの元気のいいはきはきとした声など嘘のように、沈んだ声音で答える。それだけでもなのはがどれだけ悩んでいるか理解できる。
<私でよろしければ相談にのりましょうか>
「お願い……」
普段の、辛いこと、悲しいことを抱え込む癖があるなのはであったなら断ったであろう。だが、今はそれができないほどに参っていた。
<マスターがゆうきと知り合ったきっかけってなんですか?>
AIであるが故に直接的な解決はできない。それでも話すことで楽になるかもしれない。そう考え、レイジングハートはなのはから話を引き出していく。
「私がね、ゆうき君と初めて会ったのは、とても小さい頃なんだ」
そう言い、なのはは語り始めた。
父である士郎が仕事で大怪我を負い、入院した。小さく幼かったなのはには全部は理解できなかった。ただ、周りの変化は感じ取れた。母の桃子は病院と翠屋の往復、兄恭也と姉美由希はある程度大きかったため、母の手伝い。必然的になのはは一人ぼっちだった。
それを美由希を気にしてくれたことが幾度もあった。だが、幼くも賢くあったなのはは自分が我慢することが最良だと感じ、「だいじょうぶ、おにいちゃんをてつだって」と断っていた。だが、その心は独りぼっちの寂しさに涙を流していた。
それが2、3ヶ月続いた頃、転機が訪れた。
「はじめまして、きみがなのはちゃん?」
部屋に見知らぬ子が入ってきた。しかもその子は自分の名前を知っている。自分は相手の名前を知らないのに。
「あなたのなまえなに?]
「ぼくはゆうきだよ。なのはちゃん」
「ゆうき……くん?」
「うん、ぼくはきみとあそぶためにきたんだ」
差し出された手を右手で掴んだ時、なのはは孤独の闇から救い出された。
ゆうきの母である優子は桃子の妹で、姉の危機に家族全員でとんできたのだ。優子と夫のキースは翠屋の手伝いをし、ゆうきはなのはと遊ぶことになったのだ。
そこからの状況の変化は激しかった。翠屋は優子とキースが手伝うことで回転率が上がり、安定する。それにより恭也と美由希も家にいるように。
最初の頃はゆうきに対し、遠慮がちだったなのはだったが、ゆうきの明るさと優しさによってすぐに仲良くなった。最終的にはゆうきが離れるのを嫌がるほどにゆうきになついた。
士郎が回復してからも関係は続く。なのはの家の近くに引っ越してきたゆうき達。それによって毎日ゆうきと遊ぶ。なのはにとってあの毎日は今も忘れられない。あの毎日続けばよかったらと思っていた。だが、士郎が突然大怪我を負ったのと同じく2度目の転機は突然やって来た。
ゆうきの両親が亡くなったのだ。
「ねえ、ゆうきくん」
「……………」
目の前で両親を亡くしたゆうきはショックからか自意識を失ってしまった。高町家の皆は、よく気に掛けてくれた。特に桃子となのはは付きっきりの形でゆうきの世話をした。だが、ゆうきの自意識が戻ることはない。ただ言われたことを行う、まるで人形の様な存在へと成り果ててしまった。
「きょうね、とってもおもしろいことがあったんだよ」
それでもなのはは声をかけ続ける。効果があるかないかなどなのはには分からない。ただ、自分を孤独の闇から救い出してくれたあの笑顔をもう一度みたい。その願いのまま行動していた
「だからね、ゆうきくんもいっしょにあそぼ?」
なのははゆうきの垂れている手を握り優しく語りかける。だが、それでも反応はない。
「ねえ、ゆうきくん……おねがい……」
なのはの頬を伝う滴。今までゆうきが戻ることを信じていた。だが、それも限界に達しようとしていた。
「おねがい……」
そう心から祈った時、握っている手が一瞬、人の温もり以上の温かさを宿る。その直後、頭に何かが乗っかる。目を開けると、手が乗っていた。ゆうきの手が
「ごめんね、僕のために泣いてくれて」
「ゆうきくん……?」
「そうだよ、なのは」
それが、なのはが記憶しているゆうきとの出会いだった。
「それからゆうき君は高町の苗字になってね」
それからなのはは順番にゆうきの思い出を語っていく。きっかけだけを聞かれたのを忘れたかのようにうれしいこと、楽しかったこと、面白かったこと、ゆうきとの思い出を全て語っていく。レイジングハートはそれをただ無言で聞く。まるで主が溜めていたものを全て吐き出すのを待っているかのように。
「で、ユーノ君と出会って、レイジングハートとも出会ったんだ」
全てを語ったなのは。現実の時間では30分にも満たない時間だった。
<……今の話から、ある1つの結論が生まれました>
その短い時間の中、レイジングハートはある1つの答えを出していた。
「本当!?」
<ですが、これはあくまで機械的に判断しただけです。私には感情がないので間違っている可能性が大いにあります>
「……私に教えて。私だけじゃ何にも分からないから」
<……分かりました>
主の頼みにレイジングハートは静かに答える。
<マスター、彼方はゆうきに恋愛感情を抱いています>
そして結論も静かに告げた。
「れれれ、恋愛感情!?」
<はい>
「あ、あの隙とか、藍してるとかの故意!?」
<全て字が違うのですが……>
あまりの驚きに好き、愛している、恋の全ての漢字を間違える始末。それだけなのはにとって予想外だったと言える。自分でも驚いているのが分かったのか、深呼吸をして落ち着きを取り戻そうとすると共に、自分の気持ちを確認してみる。
ゆうきと過ごす毎日に幸せを感じる自分がいる。
何かがあった時、ゆうきに注目せずにはいられない自分がいる。
何かがあった時、ゆうきの反応を見ずにはいられない自分がいる。
ああ、確かに。確かにそうなのだろう。
「ゆうき君のことが好きなんだ……」
自分はゆうきことが好きなのだ。そうなのはの中で納得できたと共に、昨夜から抱いていた感情が分かった。なのはは知らずに恋をし、、失恋したのだった。
「でも、もうだめだね……」
ゆうきはすずかと付き合っている。つまり、ゆうきはすずかのことが好き。そしてすずかもゆうきのことが好きである。相愛関係となった自分は完璧に恋に破れたのだ。
<マスター、諦めるのはまだ早いかと>
「え……?」
<まず、彼の年齢、性別から考えて恋愛感情を持っているとは考え難いと思われます>
レイジングハートが静かに状況を伝える。
<また彼の性格上、押しに弱い点が上げられます>
「押しって?」
<彼は優しく、賢い男子であることはご存知だと思います>
「う、うん」
<その彼が月村すずかに告白されたら、どうなると思いますか?>
レイジングハートの言葉に従い想像してみる。
もし言う通り、ゆうきが恋愛感情を持っていない時にすずかが告白してきたらどうだろう? ゆうきならば断るだろう。恋愛感情がないとはいえ中途半端な気持ちで応えてはならないと思うはずだからだ。そこで断られた時にすずかがお試しで付き合ってみないかと言われたとすると、優しいゆうきのことだからそれを受け入れるだろう。
そこでゆうきの昨日の言葉を思い出してみると、付き合うとは言ったがすずかのことが好きだとは言っていない。
そうこれならば全てが重なる。
「ゆうき君なら、断ったとしてもすずかちゃんが言い出せば付き合う」
<その通りです>
「でも……これはあくまで推測だよ?」
そう、これはあくまでレイジングハートとなのはの推測に過ぎない。もしかしたら、ゆうきとすずかは本当に付き合っているかもしれない。
「付き合ってるかもしれないよ」
<……マスター、可能性が0でない限り、諦めるべきではありません>
普段は無機質に聞こえるレイジングハートの声に感情があるかのように聞こえる。まるで親が励ましてくれているかのような優しい声だった。
そして、その声は普段のなのはを目覚めさせるのに十分な力を持っていた。
「そう……だよね。まだ諦めるには早いよね!」
<はい>
「どうせ1度諦めた恋ならとことんやっちゃうよ!」
<その意気です>
と、意気込むがあることに気づく。
「私かすずかちゃんのどちらかしか叶わない」
そう、なのはかすずか、どちらかが恋に破れなければならなかった。
<その件なら私に任せてください。いい方法があります>
「本当!」
<はい。では今からその方法をお話します>
空を舞う缶。手元から投げられた缶は、放物線を描きながら空を昇り、落ちる。そこに向かって光の球体が一直線にぶつかっていき、弾かれる。しかし、ただ弾いたわけではない。缶の下を叩き、きれいに上に打ち上げていた。打ち上げられた缶は再び放物線を描き、また落ちていくところで打ち上げられる。その繰り返しである。その途中、新たな缶が宙を舞う。その缶も、最初の缶と同様に描いては弾かれの繰り返しだった。それが10個出来上がった時
「凄い……凄いよゆうき君」
少女の驚きの声が上がった。その声の主はすずかだった。昨夜、すずかから魔法訓練を見学したいとメールが来たのだった。なのはにも確認したかったのだがすでに寝てしまっていたため、確認できなかったが断る理由もないはずと考え了承した。
「いや、本当に凄いよゆうき」
その上達ぶりは学校で正式に魔法を習ったユーノですら舌を巻くほどである。
「あ、ありがとう……」
2人に誉められ、照れるているようだが、魔力弾の動きには乱れがない。
「ゆうきくーん」
と、そこになのはがやってくる。
「なのは! もういいの?」
「うん!」
「おはようなのはちゃん」
「おはよう、すずかちゃん」
笑顔で挨拶をする2人。だが、和やかになるはずの空気はまるで何かの勝負をしているかのように張りつめる。
「……すずかちゃん、ちょっとお話しない?」
「いいよ。ちょうど私もしたいと思ってたんだ」
「じゃあ、ゆうき君とユーノ君はちょっと待ててね」
なのはとすずかは笑顔でその場を離れていく。
「ねえ、ゆうきなんかやった?」
「……いや。ユーノは?」
「僕も何もやってないよ」
「「じゃあなんであんなに怖いんだ」」
2人の笑顔に恐怖を感じた男子2人。
<では、ちょうどいいのでお二人にお話したいことがあります>
「どうしたのシャイニングハート」
<これから起こることへの対策についてです>
緑豊かな自然溢れるその場所は普段ならば、鳥などの動物が賑わっていた。そう普段ならば。
「…………」
「…………」
無言で歩く2人から放たれる雰囲気を危険と判断したのか、近くの動物は次々逃げていく。
「ここら辺でいいかな」
少し開けた場所に出たところで立ち止まり、すずかを真っ直ぐ見据える。
「……すずかちゃん、私はゆうき君のことが好きなの」
「うん、知ってたよ」
なのはが今朝ようやく気付いた想いをあっさりと知っていたと話す、すずか。どうしてと聞きたかったが今はそれよりも重要なことがある。
「だけど、ゆうき君は私と付き合ってるよ」
「それはゆうき君もすずかちゃんのことが好きだから?」
「……違うよ。でも絶対に振りむかせてみせる」
レイジングハートの予測は当たっていた。これで前提条件はクリアされた。だが、勝負はこれからと、気を引き締めすずかを見据える。互いが互いに見据え、そこには笑みはなく、真剣な眼差しを向けていた。普段は仲がよく、親友と言ってもいいだろう2人。だが、恋に友情はなく、2人は親友でなくただの
その考えは間違いではない。本来ならばなのはもそう考えたはずだった。だが、なのはそうは思わない。なぜならレイジングハートによってそうならなくてもよい道が示されていた。
「ねえ、すずかちゃん」
「……何かな?」
「もし、どちらも幸せになれる方法があるって言ったらどうする?」
「どういうこと?」
恋にどちらも幸せになるという選択肢はありえない。選ばれるのは常に1人である。それが当たり前であり、小学生のすずかにも理解できることだ。だが、なのはがそうではないといったのだから信じられない。
「今はまだ話せない。もしかしたらダメになるかもしれないから」
「じゃあ、今はどうするの?」
「ダメになった時を考えて正々堂々恋の勝負」
なのはの話はとても魅力的だった。すずかは恋に負けるつもりはないが、相手は親友にして、一番ゆうきの近くにいるなのはだ。負ける可能性は大いにある。だが、それよりもどちらも幸せになるという話しはとても魅力的だった。できることならどちらも幸せになりたかった。その理想が叶う手段がある。ならばそれに乗らない手はない。
「分かった。いいよなのはちゃん」
すずかが笑顔でなのはに向けて本当の笑顔を見せる。それに伴いなのはも笑顔になる。
「じゃあ、上手くいったら話すね」
「でも、上手くいかなかった時と今は……」
「「正々堂々勝負!」」
真の笑顔と共に握手を交わす2人。恋の勝負は今、始まった。
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第14話「それぞれの休日 -sideF-」
「ん……」
寝ぼけ眼を擦りながら目が覚めるフェイト。普段落ち着いた言動から、見た目より年上に見られがちだが、その仕草は見た目相応の年齢に見える。
窓から射す朝日が眩しく、今まで眠っていたフェイトはその眩しさ故にすぐに瞳を閉じる。最近、ようやく慣れてきた朝がきたと思った時、違和感を覚える。いつもの枕と固さが違う。そう思った瞬間
「起きたか、フェイト」
エクスの声がした。これもいつもと変わらない朝だ。が、いつもと違うことがある。それは自分の頭上から声がしていることだった。
恐る恐る瞳を開く。だんだんと明るさに慣れてきたフェイトの瞳に映ったのは、窓からこぼれる朝日を背景に優しく微笑んでいるエクスの顔だった。
「え、エクス!? ななな、なんで!?」
全く予想しなかった事態に慌てふためくフェイト。今、現在フェイトはエクスに膝枕をされている状態にあったのだ。
慌てるフェイトの姿は勝手ながら微笑ましいものがあった。その光景を見ながら、エクスは昨夜のできごとを振り返る。
「ん……」
未だフェイトとアルフは寝息を立てている中、エクスは目覚める。アルフは狼形態で床に寝ており、ベットではエクスとフェイトが寝ていた。傍にある窓からこぼれる月明かりに誘われ空を見やると、満天の星空に煌々と輝く月。その月が昼間の戦闘を思い出させる。
「私は無力だったな……」
局員の魔導師にも通じると信じて疑わない近接戦闘の技術もすずかの前には通じず、ただの荷物となってしまった。その大きな原因はエクスが射撃と砲撃、つまり中長距離射程の魔法使用ができないことだった。どれだけ学んでも、どれだけ鍛錬を積み重ねてもどうしてか、習得することは叶っていない。
理論も、術式も理解しており、できないはずがない。だができない。発動しても、式を組み立てても発動できないのだ。それを補うための秘策はある。だが、それは最後の切り札。使ったら最後、戦闘継続は困難になる。
過去に魔法の教師役であったリニスにどうして自分は使えないのかと問うたことがある。だが、
「エクス、貴方には貴方の良さがあります。できなくとも気にする必要はありませんよ」
と言われ、結局理由を語る事はなかった。今思い出してみると何か知っている様子だったが、それを追求する思考は当時持っていなかった。理由すら分からない事を気にしても仕方ないと今までは割り切っていたもの、いざそれが必要であった場面があった時に使えない事に自分の不甲斐なさを呪う。
と、いつになく弱気な自分に笑ってしまう。こんなのではダメだと、弱気な自分を鼓舞する。フェイトに降りかかる災悪を振り払う剣となると誓った筈だった。
「いくら嘆いたところで変わる事はない。ならば、私のすべきことは鍛錬を積み重ねるしかない」
とにかく鍛錬を積み重ねるしかないと判断したエクスはさっそく向かう為に静かにベットを抜け出そうとする。が、突然、膝に重さがかかる。何だ? と疑問に思い、見遣るとフェイトがエクスの膝に少しばかり乗っていた。おそらく寝返りで乗ったのだろうと推測する。
が、これでは鍛練に向かえない。どうしたものかとふとフェイトを見ると、穏やかな顔で静かに寝ていた。それを妨げたくないという思いが強くなる。
「まあ、鍛練はまた今度にするか」
鍛錬はまたできる。ならばこの穏やかな眠りを妨げる必要はないだろう。
暖かくなったとはいえ、まだ風邪をひく可能性はある。フェイトに布団をかけ、自分も近くにあった布団を羽織、再び眠るのだった。
そんなことを思い出しながらさてどう説明したものかと頭を捻る。その間、フェイトは顔を赤くしたまま「あうあう」と恥ずかしがっている。そんな光景に思わず笑みがこぼれる。
「まったく、何をそんなに顔を赤くしている」
「だ、だって……」
「まだ寝ていたほうがいいだろう。時差の影響でまだあっちは深夜なのだから」
「でも……」
「……私はこの状態がいいのだが?」
「……じゃあ、このままで……」
再び頬を赤く染めながら、再びエクスの太ももに頭をのせる。鍛えられた太ももはそこまで柔らかくない。
だが、体温とは別の温もりがあった。さらにエクスがフェイトを頭を優しく撫でていく。それはとても気持ちよく、それほど時間が掛からずにフェイトは夢の世界に入る。
「…………」
暫らく撫でていたエクスの手が不意に止まり。その手がフェイトの頬に触れる。
身内贔屓を除いたとしてもフェイトの容姿はかなり整っていると思う。そう思えば思うほどに
「傷つくことを避けられないとはな」
今日行くとある場所で起こるだろう、いや絶対に起こることを考えるとフェイトを止めたい。だが止まる事はないのだろう。ならばせめて
「夢の中では優しい世界であればいいのだがな」
エクスの願いが届いたのかは誰も知らない。だが、フェイトが目覚めるまで、その顔は幸せに満ちていた。
「何にしようか」
フェイト達は現在、海鳴市のガイドマップを片手に町を歩いていた。午後から行く所へ何か持っていこうとフェイトが言い出し、市街地で戦闘になった場合への対策を練るついでにいい店がないのか探していた。
「あの人が喜ぶとは思えないんだけど」
「大切なのは、気持ちなんだよ」
「そうだけどさあ」
アルフにはそういった物を受け取って喜ぶ姿は想像できなかった。
「フェイト、どういったものがいいのか希望はないのか?」
「そうだね……ケーキとかはどうかな?」
「ケーキか、ならあの店はどうだろう?」
エクスが指差した方向には一件の喫茶店が営業していた。休日ということがあるのか、はたまた大人気故なのかは分からないが、店はかなり賑わっていた。
「このガイドブックにも人気店で、ケーキなどがおすすめだと載っているな」
「ふ~ん、ならあそこでいいんじゃない?」
「どうだフェイト」
「いいと思うよ」
満場一致によりその喫茶店に行くことが決まった。
「………………」
エクスが喫茶店に入るためにドアに触れた瞬間、歩みを止めた。
「エクス、どうしたの?」
「いや、ゆうき達がいるような気がしてな」
「あのチビッ子達がかい? ……いくらなんでもそんな偶然があるわけないさ」
「……だといいのだがな」
ドアを開け、店に入るとそこには
「いらっしゃいませ、翠屋へよう……こそ?」
接客をしているゆうきがいた。ある意味予想通りなエクスはやってしまったと天を仰ぎ、フェイトとアルフは唖然呆然だった。
「どうしたのゆうき君って、フェイトちゃん!?」
「ど、どうも」
「……ごめん、エクス。今度からその勘には従うよ」
なんとも言えない空気が漂い始めたとき、思わぬ方向から振り払われる。
「あら? なのは達のお友達?」
「あ、昨日の」
なのはとゆうきの2人が入り口で立ち止まっているのを不思議に思った桃子とすずかが厨房から顔を出す。こうなるとかなり対応が困る。2組の関係は微妙な関係にあり、どう説明するか迷う。
「みんな、僕の話に合わせて」
「心得た」
「うん。この前知り合ったんだ」
「はじめまして、エクス・テスタロッサです」
念話で話を合わせるようにする。バカ正直に「ジュエルシードという魔法の宝石を一緒に封印したり、取り合ったりする仲です」とは言えない。
「はじめまして、なのはとゆうきのお母さんの高町桃子です。よろしくね」
「どうも、昨日ぶりですね」
「ど、どうも」
いくらジュエルシードに操られていたからとはいえ、あまりのギャップに未だ戸惑いを隠せないアルフ。幸い、桃子とすずかは忙しいのかすぐさま厨房へと戻っていった。
「持ち帰り? それとも店内で食べる?」
「持ち帰りをお願いしよう」
「じゃあ、これがメニュー表だよ」
ゆうきからメニュー表を受け取ったエクスはメニュー表を開いてみる。文字だけではなく、そのものの写真などを載せて分かりやすくしてある。ケーキなどの洋菓子に力を入れているのか、写真が比較的大きく乗っている。
「フェイト、アルフ、どんなものがいい」
「うわあ、いっぱいあるね」
「あの人に持っていくのが勿体無い気がするよ」
フェイトとアルフもエクスの後ろから覗いているが、そのメニューの多さと見た目から感嘆の声が上がる。
「誰かに持っていくの?」
「ああ。何かおすすめはあるか?」
「そうだね……無難にこのショートケーキかな」
「じゃあ、それにしよっか」
「ではゆうき、これを1つ頼む」
「かしこまりました」とゆうきは最後に業務態度で対応し、厨房に注文を伝えに行く。残ったなのははでき上がりまで待ってもらうためにカウンター席へと案内する。
「どうして、翠屋に?」
「お土産を持っていこうとこれを見ながらいい店を探していたら近くにここがあってな」
「いつも家の手伝いをしてるのかい?」
「たまにですね」
エクスとアルフがなのはと会話しているのを眺めるフェイト。フェイトはふっと思ってしまったのだ。どうしてあの時
「フェイト! フェイト!」
と思案していると、アルフの声が聞こえ、はっと現実に戻る。するとアルフやエクスはもちろんなのはも心配そうにこちらを見ていた。どうやらなかなか返事のしない自分のことを心配してくれたようだった。
「ご、ごめんね。ちょっとボーっとしちゃった」
「大丈夫なのかい」
アルフが心配するのも無理はない。慣れない土地での生活、過密なスケジュール、昨日の命を懸けた戦いと疲れる要因しかない。
「うん、大丈夫だよ。君も心配かけさせてごめんね」
「ううん、大丈夫」
それでも、フェイトは笑顔で答える。それがアルフにとっては辛い。自分はエクスと違い、フェイトの負担を和らげることができないのだと、力不足だと分かってしまう。
「おまたせ、はいショートケーキ」
「うむ」
「あと、これはお母さんからおまけ」
「では、行くとするか」
フェイトが思案している間に受け取ったのであろう、ケーキが入っていると思われる箱を手にしているエクス。
「また来てね」
「うん。また来るよ」
店の外に出たフェイト達を手を振って見送るなのは達。
「エクスの勘はすごいね……」
「まさか私も当たるとは思わなかったがな」
「いや、本当にごめん」
まさかの会合に驚きつつ、歩いていく。そこには笑顔があり、まさに幸せな日常の1つだった。
ふと立ち止まり、近くの公園を見ると幼い子供と母親が笑いながら遊んでいた。
「フェイト……」
「大丈夫、私は大丈夫……」
フェイトはエクスの心配する声に答えるように言ったが、それはまるで自分に言い聞かせているかのようであった。
公園にある時計を見るとちょうどよい時間となっていた。
「じゃあ、行こうか」
「……ああ」
「そう、だね」
そういいながら再び歩み始めた3人には笑顔はもうなかった。
キコエテクル、キコエテクル。悲痛な叫びが、痛みを訴える声が部屋中に響き渡る。
素体が狼であったのを、自分の無力をこれほど呪ったことはない。
ああ、聞こえてくる、フェイトの悲鳴が。
「どうして、どうして私は何もできないんだい!」
アルフは嘆く、自身の無力を。
「なんで、なんでフェイトがこんな仕打ちを受けなきゃいけないんだい!」
アルフは激怒する。フェイトへの理不尽な仕打ちに。
ここは時の庭園と呼ばれる次元移動可能庭園で、フェイトとエクスの母である、プレシア・テスタロッサの活動拠点。そこで今、フェイトはプレシアによってまさに虐待と取れる仕打ちを受けていた。
その理由は、ジュエルシードの数が少ないからであった。フェイト達にジュエルシードの回収を命じたのはプレシアであり、今回はその途中報告として訪れたのだかその結果がこれである。
「…………」
そんな中、フェイト達とを隔てる扉を守るかのようにエクスは立っており、目を閉じて、事が終わるのを静かに待っている。
「どうして何もしないんだい!」
これが八つ当たりだとは分かっている。しかし、自分よりも明らかに力があるのに何もしないエクスに腹が立っているのも事実だった。
「止めることはフェイトが望んでいない」
「そんなはずがない! 現にフェイトは苦しんでるじゃないか!」
「アルフ、頼む。抑えてくれ。これはフェイトと、母上のためなんだ」
そう話しているうちに、フェイトの声が止む。
「エクス、入ってきなさい」
「心得た」
隔てていた扉が開かれる。奥には暗闇が広がっており、まるで地獄へと通じる道のようにも見える。
「アルフ暫く、待っていてくれ」
「……分かった」
アルフの言葉を聞きエクスは奥へと進み始めた。それと同時に扉が閉まり始め、再び閉ざされる。
「くそ!」
無意味だと分かっていてもアルフは怒りを扉にぶつけることしかできなかった。
「母上、ただいま到着した」
時の庭園のほぼ中心部に位置する、間に着く。そこにいたのは1人の女性だった。
その女性を外見だけで言うなれば病人だった。顔色は優れず、長い髪は艶がない。だが、その身か発せられる雰囲気は病人のそれではない。他者を威圧するような雰囲気は病人どころか常人の範囲を外れている。
たしか、彼女は常人から外れているのだろう。その瞳には狂気の色が濃くあるのだから。
「エクス、そこにいるのをすぐに片付けなさい」
「承知」
エクスは床に倒れているフェイトの元へ、フェイトの状態は酷いの一言だった。まるで鞭で打ったかのような傷が体中に刻まれていた。
その傷も当然目に入るが特に顔色を変えることなくフェイトに抱る。
「エクス、分かっているとは思うけどもっとジュエルシードを多く、早く集めなさい」
「心得ている」
アルフの元へと帰っていく。その視界の隅では、買ってきたケーキが無残にも床に崩れ落ちていた。
「もう少し、もう少しだから待っていて……」
「アリシア……」
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第15話「遺された予言」
これからも更新不定期となりますが、なにとぞ、よろしくお願いします
「シャイニングハート!」
<ディバインシューター>
生成された10個の魔弾は敵を穿つために飛んでいく。
「この程度!」
が、エクスはその全てを避けるのではなく、魔弾に突っ込むように進撃してくる。自分に当たるような弾だけを斬り払い、突き進む。
「そんなのあり!?」
「てぇえい!」
エクスの一閃を紙一重で避け、距離を取るために、再び魔弾を生成し放つ。今度はダメージを与えることが目的ではないので自動追尾、思念誘導のどちらもオフで。ただ単に真っ直ぐに進む弾を壁の様に配置し放つ。
「ちい」
回り込む余裕はない。故にゆうきの思惑通り、凪ぎ払うしかなかった。
「こうして相手すると厄介だね」
<どれだけ自分の間合いを保てるかが勝負の鍵かと>
「エクス相手にそれは厳しくないかな」
エクスは鋭く速い。気を抜くと一気やられてしまう。今、こうして足止めが精一杯といったところである。
「話してる余裕はあるのか?」
「余裕がないからこそだよ!」
背後に回り、振るわれるエクスの一撃をゆうきはシャイニングハートで受け止める。
「君相手だと、僕達二人で戦わないといけないからね」
「ふっ、ならば私に負ける道理はないな」
互いに弾きあい、間合いをとる。
「私は1人ではない、私はカリバーと共に戦っているのだから!」
明らかにエクスの雰囲気が変わる。普段も鋭いが今回はもっと凄まじい。まるで抜き身の刀が自身に向けられたかのような錯覚がゆうきを襲う。その雰囲気に怯むのは当然とも言えた。なにせ、ゆうきは戦い慣れていない。
が、その隙をエクスが、百戦錬磨とも言えるエクスが逃すはずがない。
エクスがゆうきの目の前に迫る。小細工なしの、 加速し迫っただけの行動。だが、呑まれたゆうきは反応が遅れてしまった。
ただ、それだけのミスで勝敗は分かれた。
「一刀、両断!」
振るわれた一撃を防ぐことは叶わず、ゆうきは地面に叩きつけられることとなった。
「うん、分かった。結果は私達の勝ち、でいいかな?」
「うん。そういう約束だもん」
フェイトの勝利宣言に静かに頷くなのは。こちらでも戦闘は行われていたが、結果は圧倒的だった。フェイトのスピードの前に、応戦するも押し切られ、まさに死神が持つべきものと言える鎌をのど元に突きつけられて、終了。
文字で見ると容易く捻られたようだが、そうではない。並みの魔導師ならばここまで保つことはなかった。
まさに一瞬で勝敗が決まるほどだ。それほどまでにフェイトの実力は高い。
そのフェイトと、短いながらも攻防を繰り広げたなのはは賞賛されるべきだろう。
「じゃあ、またね」
「う、うん。また」
空に浮く。ただ、単純なことなのに、なのはには素晴らしくきれいに見えた。それは基礎がしっかりできている証拠なのであろう。結界が解除されたことにより、広がる闇の中に解けるように飛翔し、消えた。
「全然刃が立たなかった」
絶対的な、不動の、ある意味仕方がない結果に、なのははつい、言葉を漏らす。
<あの少女には何か負けられない事情があるのかと思います>
「うん、分かってる」
自分よりもはるかに強い意志でジュエルジードを欲しているフェイト。目的も気になるが、それに勝るのが
「でも、なんであんなに……悲しそうなんだろう」
初対面のときにもあった悲しみの色が、最近さらに濃くなった。それは気のせいではないとなのはの勘が告げている。
「何があったの、フェイトちゃん……」
なのはの疑問に答えるものはいなかった。
「これで大丈夫」
「ありがとう、ユーノ。大分楽になったよ」
いくら非殺傷とはいえ、体にダメージはある。ユーノは自らの能力を生かし、結界の維持と治療役として、ここにきていた。特に結界の維持は重要な役割で、そういった魔法が得意でないアルフにも協力してもらっている。
「やっぱり、力不足だなあ」
<気迫に呑まれてしまいましたね>
「いやゆうき、君は強いからね」
ゆうきの呟きにユーノが言葉を挟む。
「なのはもそうだけど、君達は凄すぎだからね」
慰めかと思ったがユーノにそんな様子はなく、客観的に事実を述べているように思えた。
「普通なら年単位でかかるものを数日で扱えるようになるんだから」
ユーノは魔法を扱う学校をしっかりと出ているだけにその凄さがよく理解できている。
「だから、自信を持っていい。君達は凄いと」
ユーノ、本心の一言だった。
「君達なら管理局でかなりの……」
と、ユーノの言葉が不自然に途切れ、顔が真っ青に染まっていく。
「ど、どうしたのユーノ」
「そ、そうだ。管理局が来たらどうしよう」
「ああ、それなら」
<私に考えがあります>
いつもと同じでありながら、自信がかなりあり、頼もしくように感じられる音声でシャイニングハートがその考えをユーノのにも話し出した。
「あいまいな推定でも魔導師ランクAAオーバー」
「しかも、それが4人」
「幸いなのはそれが1勢力じゃないことだねえ」
地球の衛星軌道上に―-見つからないように細工は当然して――停泊しているアースラの艦橋では先程行われた戦闘データを整理していた、エイミィ、クオン、シオンが思わず溢す。
「目的が分からないだけあって、下手な犯罪者集団より厄介だよ」
「見たところ、前衛2の中衛後衛2だから結託されると苦戦しそうだなあ」
「そうなったら、執務官組3人でないとだね」
苦戦するとは言ったが負けるとは言っていないというところに自信が見える。
「どう思いますか艦……長?」
と、アースラの責任者である、リンディに意見を求めたところで、言葉が途切れる。なぜなら、そのリンディが顔面蒼白の状態で、戦闘データを眺めていたからである。
「か、艦長!?」
「うわあ、リンディ艦長が蒼白なんて……写真撮ろう」
「ねえさん、さり気に弱みを握ろうとしないでください」
三者三様の反応を見せている内に、リンディが再起動し、ただ一言。
「私が出ます」
と、言い放った。
「「「えええええええ!!」」」
まさかの言葉に普段飄々としているシオン、常に凛として責務を果たさんとするクオンも驚きの声を上げる。
「か、艦長自らだなんて、一体どうしてですか」
「下手するとこの艦が潰されるからよ」
そう言いながら、リンディが端末を操作し、戦闘データの、ゆうきが持つデバイスを拡大させて、投影する。
「これは……白い女の子と色違いのデバイスですよね?」
「2人の使用する魔法の類似から、姉妹機だと思われますが、これが何か?」
「このデバイスはユウコが使っていたデバイスよ」
と、先日出した写真データと共に、現役時代にプロパガンダの一環撮ったとして、制服を身に纏い、デバイスを起動させている写真を表示させる。
「ホントだ……」
「自分の愛機を渡すということ、面影があることからおそらく子供だと考えられるわ」
たしかによく見ると、ゆうきには面影があり、親子といわれたら信じるほど。更にリンディはユウコのデータを表示させる。
「管理局至上、2人しかいない規格外の存在がデバイスなしとは言え暴れたらこの艦は軽く……いえ、局の半分は持ってかれるわ」
ユウコ・タカマチ。魔導師ランク
「しかも、もう片方も必ず出てくる」
キース・ミリアルド。魔導師ランク
「2人できれいに管理局は滅ぼされるわ。陸海空全てね」
リンディの言葉に沈黙せざる得ない3人。
「さて、ちょっと準備するから、離れるわね」
「あ、はい」
「クロノにも伝えといてね」
そう言いながら艦橋を離れ、アースラの自室、艦長室へと向かう。備え付けられているパネルに暗証番号を打ち込み、扉を開ける。初期から完備されている調度品以外にも個人で持ち込んだのもあるが、それほど物は多くない部屋である。
その部屋の一番奥の壁を、一定リズムで叩く。すると壁の一部がスライドし、暗証番号打ち込むパネルが表れる。そして、この部屋に入るより長い番号を打ち込むと、さらに壁がスライドする。その先にあったのは、1通の封筒だった。
それを取りだし、一枚の手紙を取り出す。
「全てが予言通りになってるわね、キース」
それはキースからリンディに渡されたものでこう綴られていた。
――リンディ、君があるロストロギア追って現地名『地球』に来るとき、4人の魔導師による戦闘を目にするだろう。その4人は管理局の未来を担う才を持ち、連なる悲劇を断ち切る力を持つだろう。そして、友人である君にお願いがある。ゆうこのデバイスを持つ男の子は一目で分かると思うが私達の子供だ。その子のどうか力になってほしい。
「全て貴方は分かっていたというの? 自分達が消えることも」
――その時、私達は確実にこの世存在しないのだから。
その手紙を今まで信じていなかった、信じようとしなかった。同期であるリンディはあの2人の理不尽さが誰よりも理解できている。
どれだけ自分が巻き込まれただろう、どれだけ自分がその圧倒的な力に嫉妬し、憧れただろう。どれだけ……
数えればきりがないほど2人との思い出がある。だからこそ、信じられない、2人が存在しないなど。
「今回限りは、予言が外れてほしいわね」
たとえ2人の予言が100%当たると知っていたとしても、リンディは願わずにはいられなかった。2人の健在を。
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第16話「会合」
空が茜色に染まる頃、ゆうき、なのは、ユーノの姿は日課となりつつある魔法の練習をしている、小さな広場に来ていた。
「ねえ、どうしてこの時間に?」
「ん、ある理由があってね」
なのはの問にゆうきは明確に答えることはない。ゆうきがこの場に来るようなのはに提案したのだ。その時にも理由を聞いたが答えることはなかった。
「そろそろ教えてくれないか、ゆうき」
「まあ、そろそろいいかなあ」
と、後ろを振り向き
「ここなら、人が来ることはあまりありませんよ」
虚空に声をかける。当然返答はこない。
はずだった
「驚いた、まさか気付いていたのね」
だが、くるはずがないのにきてしまった。そのことに2人が驚き後ろを振り返ると、そこにいたのは
1人の女性、リンディであった。
「どうして気付いたのか教えてくれる?」
「貴女こそ、分かっていたんですよね? それが答えです」
「まあ、あの人達の子供なら、ね」
なのはとユーノの2人を置いて話がなにやら進んでしまう。その様子を見ていたリンディが納得したようなそぶりを見せると二人に目線を移す。
「はじめまして、2人とも。私の名前はリンディ・ハラオウンよ」
「は、はじめまして、高町なのはです」
「ユーノ・スクライアです」
つい反射的にあいさつを返した2人。その2人を、特になのはを見て驚きを隠そうと必死になる。何人もの局員を見てきたリンディだからこそ、その身に宿る才能に驚きを覚える。だが決して表には出さない。これから口撃戦が始まるのだから。
「さて、彼は知ってるみたいだけど、私は時空管理局の1人として貴方達に会いにきたの」
「か、管理局の!?」
ユーノが驚くが隣のなのはは管理局など知らないのだからポカーンとしている。
「簡単に言うと、幾つもある次元世界を守ってる組織、僕達で言うと、警察や裁判所を司っているところだよ」
「そ、そんな人がどうして」
「僕達を止めに来たんですよね、リンディ・ハラオウン提督」
その言葉に何故と返したいがぐっと堪える。ここからはゆうきとの腹芸勝負だ。
その間、ゆうきはなのはにアイコンタクトで「ここはまかせて」と伝える。事情が分からないなのはは当然了解する。
「ええ、そうよ。その理由についても分かるわね」
「はい。ロストロギア、ジュエルシードの回収のためですね」
その言葉にリンディは勝ちを確信する。何故なら止める理由はそうではないからだ。
「それもあるけど、本当の理由は魔法文明確認されていない次元世界での魔法使用は法律で禁止されているの」
魔法文明が確認されていない世界での魔法の使用は犯罪だ。だが、それはあくまで管理局が定めたルールで、2人には適用されない。だが、ユーノは違う。そこで見逃す代わりに管理局で軽く働かないかと誘う。これで短期間ながらも優秀な魔導師が手には入る。子供相手に打算的かつ詐欺まがいに立ち回るがそうまでして欲しいと思ってしまった。規格外の2人に届くかもしれない才能を持つゆうきとなのはの2人を。
「では、僕達は罰せられると?」
「いえ、貴方達は管理世界の住人じゃないから。でも、彼は別よ」
驚くこと、想定外のこともあったがここまではリンディの計画内にあった。
「リンディ・ハラオウン提督、それは不可能ですよ」
そう、ここまでは。
「あら、どうして?」
リンディは失念していた、ゆうきが誰の子供なのかを。
「管理局法第37条1項、緊急回避が適用されるからです」
緊急回避と緊急措置は簡単に言ってしまえば緊急事態で自身および他人の命が危ないとき、ある程度の法を犯しても罪にならないというものだ。ゆうきは過去に戦ったジュエルシードの暴走体のデータを表示し、仮にユーノが魔法を使用しなかった場合の被害も算出してある。そのデータを見ると確かに緊急回避が適用されるとリンディも判断するしかなかった。
「付け加えると、ユーノは遺失物の捜索と自己防衛の限定での魔法使用許可を管理局に申請、受諾されています」
規格外の2人にばかり注目して、確認を怠っていた。完全な、初歩的ミスだ。
「さらに言うならばユーノは僕達、この世界の恩人です。もし彼が魔法を使用しなかったらどれだけの被害が出たか……被害が出たとき、管理局はどのように責任を取るつもりで?」
管理局が作り出した法律を守ったばかりに被害が出たのなら、非難は免れない。つまり
「参ったわ。私の負けよ」
口撃戦は、リンディの敗北であった。が、そもリンディはユーノを本気で処罰する気はない。理由はゆうきの発言通り。ただ、2人の息子であるゆうきがどのような人物なのか、少しでも知りたいが故に、この口撃戦をひらいたのだった。
「では、僕達は当然、ユーノも」
「無罪放免ね。まさかこっちの法を知っているとは、完全に計算外だわ」
「ええ、この日のために勉強しました」
「そういう計算高さはあの2人譲りね。2人は元気かしら?」
2人、それが誰を指しているのかゆうきは理解している。故に静かに口を開いた。
「ええ、元気ですよ。今はこの世界にはいませんが」
半分の嘘を吐く。
「そう……なら、いいわ」
それで何を悟ったのか知る術はない。
「これからの話をしたいだけれど、今いいかしら?」
「なのは、今時間は?」
「えっと、まだ大丈夫かな」
「じゃあ、決まりね」
その言葉と同時に辺りが光に包まれる。眩しいと感じ、一瞬目を瞑り、再び開くと自然溢れる木々はなく、無機質な壁で覆われたところにいたのだった。
「ようこそ、アースラへ」
艦橋で主要人物を紹介するというので移動中であるが、その間でもリンディとゆうきは歩きながら協力の話をつめていく。その後ろをなのはとユーノは珍しそうに辺りを見回しながら歩いていく。
「じゃあ、魔法を使い始めたのは最近なのね?」
「はい。なので、できれば僕達に教えてくれる人はいませんか?」
「そうねえ、なら」
「私達にお任せを!」
リンディの言葉を待たずして、声が辺りに響く。
「あなたの隣に這いよる、シオンさんだよお!」
いつのまにか目の前に現れたネコミミの少女、シオンがいた。どうやら今日の気分は猫だったようだ。
「あら、シオン。いいとこに」
「その子達の教導、私達がやってもいいですか?」
「ええ、お願いできるかしら」
「よろこんで引き受けます!」
なのはとユーノどころか、ゆうきすら置いて話が進んでいく。引き受ける旨の返事をしたと思ったら、いきなりゆうきにシオンが超急接近する。それはもう、あと一歩どちらかが踏み出せば、キスできるかもしれないほどの接近ぷりである。シオンは笑顔のまま、だが目は本気でゆうきのことを観察していた。ゆうき達は気付かないが。
「君の名前は?」
「た、高町ゆうきです」
「私はシオン・グレアム。よろしくね、ゆう君」
「「ゆう君!?」」
いきなりの愛称付けで戸惑い、驚きの声を上げるゆうきとなのは。
「姉さん、いきなり艦橋から飛び出ないでください」
再び新たな声がする、その方向を見ると、きっちりと制服を着こなしているクオンがそこにいた。
「だって、おもしろそうな気配がしたんだもん」
「はあ、またですか……」
ため息を吐きながらゆうき達に近づく。飄々として風のように軽く自由なシオンとは対象に、クオンはきっちりとしていた。
「すまないね、君達も。姉さんは気に入った相手には愛称を付ける癖があるんだ」
「は、はあ。えっと僕は高町ゆうきです」
「私はクオン・グレアムだ。こっちのシオンとは姉妹の関係だ」
「もう、クウちゃんは固苦しいよ」
「姉さんが、自由すぎるんですよ……」
会って間もないがクオンが何かと苦労しているのは3人も理解できた。
「あ、クウちゃん。この3人を教導することになったから」
「予想していたのでメニューは考えてありますよ」
「さっすが、クウちゃん」
「まあ、直に実力を見ていないので修正は必要ですが」
自分の知らないところで話が進んでいる、しかもいい方向に進んでいる。だが、ゆうき達の想定では難関がもう1つあるはずである。
「じゃあ、教導の話よろしくね」
「わっかりました!」
「では、クロノと交代してきますね」
「ええ、よろしくね」
ゆうき達は再び艦橋を目指して、シオン達は逆方向に歩いていく。
「姉さん…」
「まあ、クロノがこの話を聞けばねえ」
「「きっと、突っかかる」」
クロノ・ハラオウンという人物と一度は仕事を共にした人物ならば、はっきり分かる。彼は生真面目であり、融通が利かないと。
「どうやって説得するのだろう」
「多分、あの子が何とかするんじゃない?」
「それは勘ですか?」
「まあね♪」
「まあ、今説明したのがこの艦の仕事よ」
艦橋に着いた3人はリンディからアースラの役割を説明していた。
「なるほど。たしかにここの方が地球全域を探せますね」
そういいながらゆうきは冷や汗を禁じえない。シャイニングハートよりある程度の情報を得ていたが、ここまでの技術力があるとは思わなかった。しかも先程まで口撃先を繰り広げていた相手は提督、つまりこの艦を指揮する立場にある。実は自分はとんでもない相手と口撃戦をしていたのだと。
「遠慮することないのよ。なんなら、私達を利用して捨てるぐらいの気持ちでいいのよ」
「そ、それはさずがに……。ユーノもなんか言ってよ」
「え!? えっと……」
ユーノもこれからの計画を考えるのに加わり、これからのことを考えていく。
「へえ、まだ間もないんだ」
「はい、なので私達が役立ててれるか心配で……」
「それは心配無用だよ、なのはちゃん達は才能もあるし、下地もできつつあるから」
エイミィとなのははエイミィの人懐っこい性格であるのもあり、早くも打ち解けていた。
そんな中
「艦長! どういうことですか!?」
クロノが艦橋へと突撃してきた。それもそうだ、民間人がアースラの艦橋にしかも
「クロノ、事情は聞いているわね」
「それとこれは別です。民間人をこんな危険なものに参加させる気ですか!?」
「手が足らないのは事実でしょ。それに才能は十分よ」
「ですが……」
クロノが突撃してくるのはゆうきに、ゆうき達にとっては予定調和であった。
「始めまして、クロノ・ハラオウン執務官。僕の名前は高町ゆうきです」
「……ゆうき、君はただちに元の日常に戻るんだ」
「それはできません。僕達にはやらなきゃいけない、しなければいけないことがあるんです」
「だが、君達は力不足だ」
明らかな事実であり、足手まといになる可能性も多いにあるのが事実だ。
「では、判断してくれませんか?」
ゆうきの提案に全員が注目する。ここが正念場だと、自らを鼓舞する。
「僕と模擬戦をしてください。その戦いぶりで、力不足か判断してください」
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