TS転生イニシエーター (聖槍露出ガール)
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1.
夜の帳が落ちて、すっかり寝静まった街。
人々の往来が息を潜め、閑散とした公道。
────前触れなく訪れる、異形の侵略者。
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◾️◾️◾️!!!!」
何とも聞き取れぬ咆哮が静寂を破り、怯えるように街が震撼する。まさに悪夢とでも形容すべきそれは、残念ながら夢などではなく、ただ残酷な現実だった。
夜の闇に紛れるような漆黒の巨体。不気味に輝く深紅の瞳。この化物こそ、人類を滅亡寸前まで追い詰めた『侵略者』そのものだ。
―――ガストレア。
それは、2021年に突如として地球上に発生したウイルス性寄生生物の総称。『ガストレアウイルス』というウイルスに感染した生物が、遺伝子情報を書き換えられた末に成り果てる姿を指して、ガストレアと呼称する。
ガストレアは、生物として至高の領域に到達している。異常なまでの再生能力、大抵の銃火器をものともしない圧倒的な装甲と耐久性。そして極めつけは、その
そんな超生物の台頭を受けながらもまだ人類が滅びていないのは、ガストレアを退けさせる特殊な磁場を放つ金属『バラニウム』を上手く活用しているからに過ぎない。しかし、地球上の大陸の殆どを奪われ人口の九割を失った現状を鑑みると、果たして人間はいつ滅びるのか、その日がそう遠くないのは想像に難くない。
そんな悪夢の体現とも言える存在、ガストレアが夜の街に現れた。
東京エリアはモノリス───ガストレアの侵入を防ぐためバラニウムで造られた巨大な塔のことだ───が発する磁場の結界で守られているのだが、たまにこうしてガストレアが侵入してくることもある。その度民警と呼ばれる対ガストレア専門の人間が駆除をするのが常なのだが。
生憎、今は夜。多くの人間は眠りについている時間帯で、人口の少ないこの地域では深夜の通行人などそうそういない。つまり、この化け物の来襲を通報して民警を呼ぶ人間は、此処にはいないということ。
このままガストレアが放置されれば、間違いなく甚大な被害が出る。
私は――
「なんでこのタイミングなの…」
あまりの自分の運の悪さに嘆息する。
いつもなら、民警の一人として予期せぬ討伐対象、もとい収入源の出現に喜んだことだろう。
外見から判断するに、このガストレアはステージⅠ、シカの単因子。序列6000番台の私がステージⅠに遅れを取ることなどまずありえない。
けどそれは、あくまでこちらが万全な状態での話。タイミングの悪いことに、今の私は完全にオフモード。買い物のためだけに外出していたから、いつも使っている武器を持ち合わせていない。一応護身用にとバラニウム製の短剣を備えてはいるが、刃渡りや慣れなどを考慮すると、やはり殺傷力に欠ける。討伐そのものは可能としても、時間をかけてしまうのは明らかだ。
「……ま、やるしかないんだけど」
私の切り替えの早さは、
不承不承ながらに腰の鞘から短剣を抜いて構える。手に握られた漆黒は、それがガストレアの嫌悪する金属、バラニウムで作られていることをありありと示していた。
「◼️◼️◼️◼️◼️◾️◾️◾️!!!」
威嚇でしょうか。いいえ、誰でも。
ガストレアが今一度咆哮をあげ、深紅の双眸が私を捕捉する。
数秒の沈黙の後、ガストレアが動きを見せた。その巨体が一度小さく引いて、地を蹴って飛び出す。───体当たりだ。力に任せた単純な攻撃だが、ガストレアの体格とパワーをもってすればただの体当たりでも必殺級の一撃になるのは間違いない。
スピード、威力を兼ね備えた一撃。最高速のリニアカーの如くに突っ込んでくるガストレアの巨体。
迫り来るガストレアの巨体を眼前に、私は両足に力を入れてアスファルトを踏み締める。跳んで回避して攻撃に移ることも考えたが、勢い余ったガストレアが建物に突っ込んで人が襲われるなどの二次災害が起こるかも知れない。やむを得ず、私は『ガストレアの悪質なタックルを受け止める』という選択肢を選ぶ。
「くッ…!止まれぇぇぇぇぇ!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◼️◾️◾️◾️◾️◾️◾️◾️!!!!」
瞬間、凄まじい衝撃が私を襲う。3m越えの巨体から放たれる体当たりは、予想通り……いや、想定以上の威力がある。もし素の状態で真正面からこれを喰らっていたら、きっと私の身体は台風の渦中の砂礫の如くに吹っ飛ばされていたに違いない。
だが、今の私はどうだ。向けられたツノを短剣で上手く抑え、両脚に限界まで力を込めてここに健在。ジリジリと足を後退させられてはいるが、それでもガストレアの体当たりを受け止めている。そのまま10秒もすれば、ガストレアの勢いも、私の後退もすっかりなりを潜めてしまった。
しかし、攻撃を捌いた程度で浮かれる訳にはいかない。不意の攻撃に備え、即座にバックステップで距離を取る。ワンテンポ遅れてガストレアが頭部のツノで私を突き刺そうと試みるが、私が回避したことで空を切る。
その隙を見逃す序列6000番台ではない。すぐさま体勢を戻してガストレアに突っ込み、地を蹴ってガストレアの頭部目掛けて跳躍。
反則級の再生能力であらゆる傷をなかったことにしてしまうと有名なガストレアだが、どこでもすぐに治せるというわけではない。部位ごとに再生速度に差があるのは経験則から知っている。そしてその差が最も顕著に現れるのが―――。
「頭と、心臓部ッ!」
空中で大きく短剣を振りかぶり、その刃をガストレアの頭蓋に突き立てる。致死まで至らずとも、かなりダメージを与えられるはず。
―――だが。
「刺さんない!?」
刃は刺さらなかった。確実に脳天に突き立てたはずが、ガストレアの脳天の装甲が硬すぎて刃が通らないようだった。
もう一度振りかぶって刃を突き立てるが、やはり刃が皮膚を貫くことはない。それどころか、短剣の方が私の力に耐えられず、刀身に亀裂を生じさせた。
このままだとマズい。焦りを理性で押し殺しながら、一度ガストレアと距離を取る。いつも使っている
ガストレアの前足による踏みつけを目視で回避しながら、思考を加速させる。
脳天を攻撃して、しかしダメだった。それなら次に狙うべきは心臓。それでダメなら、
最終手段は……なるべく使いたくはないけれど、ガストレアを逃す訳にはいかない。一撃目が決まらなかった以上、使用を想定して動くべきだろう。現状を考えれば、それが適切な判断である。
覚悟を決め、ヒビの入った
―――ここで必ず殺す。
振り下ろされる足を躱して再び接近。股下に潜り込み、狙うはただ一点、皮膚の下の心臓。脳裏に湧いた失敗の懸念を振り払って、短剣を振りかぶる。
「くたばれェェ!」
「◼️◼️◼️◼️◼️◾️◾️◾️◾️◾️!!!」
────効いた。手に伝わる感触と視覚情報とで自分の
だが、一撃では仕留められなかったのもまた事実。刃渡りが短いせいで、心臓を貫通できなかったのだと思われる。
本当はここで仕留めてしまいたかったが、仕方がないので短剣を回収して一度退避。ガストレアが私を押し潰さんとばかりにボディプレスを仕掛けるが、すんでの所で避ける。私の身体がガストレアの胴下から逃れた直後、ガストレアの巨体がアスファルトにのしかかる。衝撃で街が揺れ、身体のバランスを崩しかけるが、なんとか踏みとどまる。
ガストレアは未だボディプレスの姿勢にあり、隙を晒している。しかし亀裂が入って壊れる寸前の短剣しか武器を持たない現状、効果があるかもわからない攻撃を乱発して短剣を壊してしまっては本末転倒。警戒を維持したまま、心臓を確実に狙える好機を待つ。
「■■■……」
小さな呻き声。見れば、必死に胴を震わせるガストレアの姿。何かの予備動作だろうか。
と、次の瞬間。私は目の前の光景に思わず声をあげてしまった。
「は、
ガストレアの背中の皮膚が縦に割れ、それまで皮膚だと思っていたものが翅のように開く。下には翅状の薄皮があり、その様子はまるで翅を開いたカブトムシのようだった。
そうして私は気づく。────なるほど、識別を誤ったらしい。
シカ丸出しの外見からガストレアをステージⅠ、シカの単因子と識別したが、恐らくコイツはシカとカブトムシの複合因子なんだろう。
カブトムシは甲虫類という種類に分類され、硬い外骨格を持つことで有名だ。その特徴がガストレアウイルスによって強化されたと考えれば、粗悪品と言えどもバラニウム製の短剣で装甲を貫けなかったのにも納得がいく。
と、そこまで思考を巡らせて。つまり数秒の隙を晒したあとで────私は思い出した。今は悠長に反省会をやっている場合ではない。カブトムシが翅を開くなんて、理由は恐らく一つ。
飛行、だろう。そりゃ翅広げてるんだから。
「逃がさないッ!」
ガストレアを引き止めるため、全力で駆ける。だが、慌てて追撃しようとする私より、余裕をもって飛行態勢に入ったガストレアの方が当然行動が早い。目の前で翅が物凄い速度で上下運動を繰り返し、黒塗りの巨体が少しずつ舞い上がる。
その後ろ姿を見て、今から跳んでも間に合わないだろうと判断する。跳んだとしても、ガストレアに追いつく前に私が自由落下するのが先だ。
しかし、届かないからと諦めるわけではない。不本意ではあるが、最終手段を使おう。今なら他人の目もないし、体内のウイルス侵食率の増加と使用後の倦怠感以外は、大したデメリットもない。というかそもそもガストレアを逃がす訳にはいかないので、メリットだのデメリットだのを気にする余裕はない。
体内の血流に意識を向け、意図的にガストレアウイルスを活性化させる。心臓の鼓動が早くなり、血流の加速を実感する。そのまま2秒も待てば、私の身体は
────これで準備完了だ。
「顕現せよ、
咄嗟のことにガストレアは反応できず、
これが私の最終手段、伸縮自在の
―――何はともあれ、襲撃者は討伐された。他でもない、この私の手によって。
◆❖◇◇❖◆
ガストレアが処理されたことで、再び街に平穏が訪れる。
しかし、ファンタジーの世界とは違い、化け物を倒したらそれで終わりという訳では無い。きちんとお偉いさんに討伐報告をして報酬を貰うまでが
ちなみに、報酬を要求しない場合でも討伐報告はしなければならない。民警の力量把握や序列の変動など、情報を管理するためのようだ。情報化社会とは、こんなに億劫なものだったか。いや、どちらかと言うとガストレアの方が億劫だな。
「名前は?」
「
で、ガストレアの討伐報告中。取り調べ室に通され、ボロボロのパイプ椅子に座った状態で報告。傍から見れば容疑者への詰問と何ら変わりないように映るだろう。
しかし、これが普通のことだという認識が私と警察官の双方にある。警察にとって民警は仕事を奪った嫌悪の対象であり、扱いとして歓迎されることはない。まして
宛先を履き違えた社会の敵意が『呪われた子供たち』に向けられるのは、最早すっかり普通になってしまった。――被害者の一人であるはずの私までも違和感を覚えなくなるくらいには。
当然それに反発する人間もいることにはいる。だが、その思いが社会に反映されることはないだろう。ウイルスと共にもたらされた憎しみは、多少の善意では歯止めが効かないほどに人間を蝕んでいる。
「イニシエーターか。プロモーターはどうした」
「家で寝てます」
「……一人で討伐したのか?」
「はい。確か近くに防犯カメラがあったと思うので確認していただければ」
「何故プロモーターを待たなかった?」
「その間に街に被害が出ることを恐れました」
嘘である。――正確には嘘ではないが、主だった理由は別にある。
どうせ電話しても起きないだろうと思ったから、そもそも電話しなかっただけだ。一人で討伐できると思ったし、待つだけ時間の無駄だとも思った。
帰ってもし起きていたら、切り札を使ったことも含めて焔に謝らなくてはいけないだろうか。
「……ガストレアと遭遇した時の状況を話せ」
「午前1時過ぎ、コンビニで買い物を済ませて帰宅しようとしたところ、公道で発見しました。街の中心部へ向かっているようでしたので、交戦を」
「……それで討伐に至ったと?」
「はい、辛くも勝利を。多少損傷は負いましたが、まぁ赤目なので気にすることじゃないですね」
「序列6218位は伊達じゃない、か」
「これでも上位なもので」
「……ふん。報告を受理する。報酬は後日、お前のプロモーターの口座に振り込まれるだろう」
ぶっきらぼうな言葉を残して、担当の警察官が退室する。
その後ろ姿を目で追いながら、案外悪い人じゃないんだろうな、なんて思ったりした。
◆❖◇◇❖◆
取り調べ室を後にして、腕時計をチラリと一瞥する。時刻は2時を回り、丑三つ時。まさか幼女になってからもこんな時間まで仕事のために起きていることがあるとは思わなかった。だが、不思議とそんなに苦ではない。恐らく達成感のせいだろう。眠気もすっかり吹き飛んでしまっている。
帰路を辿る。
家に帰れば、やはり
・主人公(イニシエーター)
ちんちんがついてる。詳しくは次話で。
・プロモーター
名前だけ出てきたけどなんもしてない。
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2.
まだ四月の末だと言うのに、まるで真夏のように陽が高い。1億4960万km向こうの太陽が発する放射熱に身体を炙られながら、私は焔に連れられアスファルトの砂漠を往く。予め水分を用意しておかなかった自分の愚かさを今更になって恨むが、後悔先に立たず。後で悔やむから後悔なのだと理解する。
「やけに暑いな。大丈夫か?」
「大丈夫じゃない」
焔が気遣って声をかけてくれるが、親切な言葉のひとつやふたつでは現状は変わらない。心配してくれているという事実は嬉しいが、それよりもこの暑さを何とかする妙案が欲しかった。
第一、こんな猛暑日に外に出ようと言うのが間違っているのだ。天気予報で気象予報士が「今日は四月と思えないくらい暑くなる」と言っていたのに、それでも出掛ける決断を下した目の前の男が憎くて憎くて堪らない。
今朝の会話が思い出される。そうだ、全ては焔の一言から始まったのだ。
『こないだ壊したワルサーP38の修理が終わったらしいから、今日はその受け取りついでに銃弾の補充も兼ねて長門さんの店に行くつもりでいる。お前も来るか?』
『……今日なの?どうしても?』
『なるべく早くがいいだろう』
『分かった。……行く』
長門さんのお店というのは、焔がよくお世話になっている銃火器を取り扱う場所らしい。行ったことはないので詳しくは知らないが、品揃えが豊富で、経営者の長門さんがミリヲタだということだけ聞かされている。
今回私が焔に着いていくことを決めたのは、単純に持ち運びに困らないサブウェポンが欲しかったから。今日の夜中の戦闘で短剣にヒビを入れてしまい使い物にならなくしてしまったため、新しいものを買おうと思ったのだ。武器に関しては主武装の
……話が逸れた。兎に角、私としては短剣に代わる手頃な武器が欲しかっただけで、日光に炙られたかったから同行した訳ではない。容赦なく照りつける太陽が私を嘲笑っているかのように感じられる。
「着いたぞ、此処だ」
少し疲れた様子の焔が指し示したのは、ところどころ経年劣化が見受けられる灰色のコンビニめいた
「少しボロっちいね」
「まぁ『ガストレア大戦』以前の建物だからな。そりゃボロくても仕方ないだろ」
「儲かってるの?立地はまあまあにしても、この外観じゃあまりお客は来なさそうだけど」
「あぁ、それは問題ない。何せこの店の経営を勤めるのは他でもない俺の弟、
「あの人こんなとこで働いてたのか…」
―――
私のプロモーター、城上焔の弟に相当する人物で、ひょうきんな性格の焔とは違って落ち着いた性格をしている。私は現在焔と伯兎のニ人の好意で同居させて貰っているため二人のプライベートを嫌という程目にしているが、実は二人は兄弟じゃないのではないかと疑ってしまうほど兄弟間で違いがある。
例えば戦闘スタイル。兄の焔が
ちなみに伯兎の『伯』の字は単独で「兄弟姉妹の最年長者」を意味する。伯兎は弟なのに、おかしな話だ。
「ま、とりあえず入ろうか」
焔に連れられ中に入る。
入って辺りを見回すなり、まず違和感に襲われた。少し硬直した後に思考を加速させるが、視覚で得た情報は私を納得させるどころか、寧ろ余計に混乱させる。
――端的に言えば、
銃火器を取り扱う店だと事前に焔から聞いていたし、建物自体の外見から考えて、てっきり中も薄暗いジメジメした感じなのだと思っていた。
しかしそんな私を出迎えたのは、外見からは想像がつかないほど綺麗に整えられた内装。白い無地の壁紙、ライトブラウンのカーペットは天井の白昼色のLED照明も相まって部屋全体を明るく印象づけており、中だけ見ると銃火器を取り扱う店だとは気づけないだろう。銃火器、と言う言葉がもつダークなイメージとは対照的なカジュアルな光景が目の前に拡がっている。
「いらっしゃい。焔ともう一人は……初めまして、だな」
キョロキョロ辺りを見回していると、奥のカウンターから声がかけられた。視線をやると、茶髪の女性がこちらをまじまじと見つめている。
「よぉ、五日ぶり。銃の受け取りついでにうちのイニシエーターも連れてきたんだ」
「
こちらの返答に合わせて、女性が立ち上がる。目測で170はあろうか、かなり高身長だ。一瞬気後れするが、なんとか臆病を振り払って向き直る。
「
「よ、よろしくお願いします」
手渡されたのは二枚の名刺。社名と長門さんの名前、此処の住所だけが記された白を基調とする質素な名刺は、なんとなくだが長門さんの性格を表しているような気がした。
「焔から事前に聞いてはいたが、やけに礼儀正しいな。ほんとに
「あ、お構いなく。平常運転ですので…」
「コイツ人見知りなんだよな。初めて俺と会った時もこんなだったから大丈夫」
「それならいいのだが…」
人見知り、なのだろうか。初対面だから敬語を使っているだけで、別に他意はない。会社員時代の習慣が未だに離れないだけなのだが、別に誤解を指摘する必要もないだろうと考えて思考を放棄する。
「まぁ立ち話もなんだし、座って話そうか。焔は緑茶だろ?麻希ちゃんはどうするよ」
「緑茶でお願いします」
「了解。準備するから適当に座って待っててくれ」
長門さんが店の奥に消えていく。それを見計らって、私はずっと気になっていた事を焔に確かめることにした。一応本人に聞かれたらマズいかもしれないので小声で。
「ねぇ、長門さん民警ってマジ?」
「ん?言ってなかったっけ。マジだよマジ。序列は確か10000番台だったかな」
なるほど、どうやら序列においては私たちの方が上位らしい。先日のガストレア討伐でまた昇格するだろうから、長門さんのペアと私と焔のペアとの間にはそれなりの差があることになる。
「じゃあさ、長門さんの他に長門警備会社に勤めてる民警で一番序列の高い人って誰?」
「あぁ、長門民間警備会社は――」
「長門民間警備会社に他の民警はいないぞ。経営はそこの焔の弟、伯兎にも手伝ってもらっているが、民警としての仕事は私が一人でやり繰りしている」
焔に被せるように発せられた声に、思わず私は顔を上げる。視線の先には、3つのマグカップと恐らく焔のものと思われる銃を乗せたトレイを持ってこちらを見下ろす長門さんの姿があった。
「なんだ、意外か?個人でやりくりしてる民警はそれなりにいるらしいがな。別に特異なことでもないだろう」
チラリと焔に視線を流せば、焔は長門さんの言葉に頷いている。恐らく焔もそういう民警を見たことがあるのだろう。
「じゃあ依頼とか全部お一人で…?」
「そうだな、大抵私一人だ。とはいえ最近はもっぱらこっちメインだから民警の仕事はあまり受けてないんだけどな」
喋りながらも丁寧にティーカップを並べる姿は、確かにガストレアを相手取って激しい戦闘を繰り広げる
「……実力は確かだぞ」
「それほどでもないさ。民警を名乗る上で最低限の実力しかないよ」
「失礼ながら……
「お気に入りはやっぱりSVDかな。とはいえウチに置いてる銃器は大抵全部それなりに使えるし、気分で持ち替えることもしばしばだな」
「ぜ、全部…?具体的には何種類くらいですか…?」
「70はあるんじゃないか?持てば大体感覚で扱えるよ」
「な、ななじゅう……」
予想を遥かに上回る数字に驚きを隠せない。70種の銃器を取り扱う店もそうだが、それらを全て扱えるというのが本当に凄い。
「さて、そろそろ本題に行こうか。こんな女の話を聞きに来たわけじゃないだろ?」
他にも聞きたいことはあったが、長門さん本人によって打ち切られる。お喋りよりも先に用件を済ませておきたいという気持ちはたしかに私にもあったので、居住まいを正して頭を切り替えた。
長門さんが机の上のワルサーを手に取り、焔に手渡す。
「取り敢えずこれが焔のワルサーP38だ。壊れてたトリガー部分は直したが、全体的に劣化してるから買い換えも視野に入れておけ」
「おう、ありがとさん。試し打ちしてもいいか?」
「あぁ、但し後処理は自分でやってくれ」
「了解。じゃあ後はよろしく頼む」
焔は銃を受け取り、何やら上機嫌な様子で店の奥へと消えていく。あの奥に試し打ちをできる場所があるんだろう。
「次は麻希ちゃんだ。改めて要件を聞いてもいいか?」
顔を覗きこまれ、少し戸惑うがなんとか姿勢は崩さない。初対面で少し緊張はしているが、あくまでビジネスだ。そこまで固くなる必要もないだろう。
深呼吸をして、脳を整理する。私が求めるのは――
「対ガストレア用の新しい武器が欲しいです。出来れば小型で携帯しやすいもので。いつも
一息で要望を伝えると、「ふむむ……」と唸る長門さん。腕を顎に当てて考える仕草を見せると、おもむろに立ち上がって本棚から何やら分厚い冊子を取り出した。
「携帯可能なサブウェポン、でいいんだよな?」
「はい。これまでは短剣があったんですけど、昨晩の戦闘でヒビを入れてしまったので……」
「ふむ。じゃあまず麻希ちゃんのイニシエーターとしてのスペックについて色々聞いてもいいか?」
「えっ」
予想外の言葉にたじろぐ。確かに私は武器を見繕って貰う立場にあるが、初対面の人間相手に自分のことを話すのは気が引けた。ただ同時に最適な武器を見繕ってもらうためなのだろうと考えると、仕方ないことのような気もする。保護者である焔にヘルプを求めようと考えたが、そういえばさっき上機嫌で試し打ちとか言ってたな。役立たずめ。
仕方が無いので、バレても問題ない範囲で――とは言っても先述の通り私のちんちんの強みは
「……わかりました、私にわかる範囲で話します」
「ありがとう」
「まず最初に、私の因子は―――」
私が保菌するガストレアウイルスは、フジツボの因子を保有している。名前を聞いてもウサギやネコのように簡単に想像できる動物ではない――というか実際私も調べるまでは知らなかったため掻い摘んで説明すると、石灰質の殻を持つ甲殻類の固着生物を指してフジツボと呼称する。体長は数ミリメートルから数センチ、自然界では小さい方に分類される。世界中の海洋の潮間帯から深海にかけて生息しているため、見たことがあるという人はそれなりにいるはずだ。名前と一致するかはさておくが。
そして重要なのはここから。そもそもガストレアウイルスというのは、生物に寄生してその遺伝子を書き換え、感染した生物を
私がフジツボから引き継いだ生態的特徴は、あろうことか
もう一度言おう。ちんちんだった。
但し、ただのちんちんでは無い。
1センチメートルから10メートルまで伸縮可能、おまけにステージⅢガストレアの装甲をも貫くことが出来る世界最強のちんちんだ。
仮にも10歳の幼女にちんちんが着いているのは多少……いやかなりの問題だろう。当然それは理解しているが、それを差し引いてもこのちんちんは兎に角便利だ。長さ、形状は思うがまま自由自在に変えられる。ガストレアウイルスの恩恵も相まって大抵の物はこのちんちんだけで持ちあげられるし、そうかと思えば刺殺、殴打などと攻撃手段にもなる。まさに『ちんちん無双』といった感じ。まさか女児に転生しても尚ちんちんに助けられるとは思わなんだ。
―――なんてバカ正直に言えるわけもなく。必要最低限の情報を、多少ちょろまかして伝えることにした。民警も序列だなんだと実力主義の世界なのだ。いくら武器を見積もってもらうとは言えども、流石に手の内全部を明かしてしまうのは愚の骨頂だろう。
で、その結果。
「なるほど、
めちゃくちゃ同情された。さっきまで向けられていた好奇の眼差しが、いつの間にか憐れむような、または慈しむかのような慈愛を孕んだものに変わっている。やはり年端もいかぬ女子がちんちんという深刻な
「……とりあえずメインの武器は
「はい、その認識で問題ないです」
「となると得意なのは近接戦か。ならば拳銃がいいだろうな」
「拳銃、というと……」
「さっき私が焔に渡したワルサーP38みたいに、片手で射撃するためにデザインされた銃の事だな。とはいえ反動はそれなりにあるんだが、『子供たち』なら気にならないだろう」
そう言いながら長門さんはおもむろに立ち上がり、部屋の隅の本棚を漁り始める。
「麻望ちゃんは、なにか好きな銃とかあるかい?」
「いえ、特には……。ただトカレフとかは耳に覚えがあるので気になってはいますね」
「そうか。ならそのトカレフ、撃ってみるか?」
「え」
目の前に差し出されたのは、マジもんの拳銃。かつて凍土で生み出された軍用自動拳銃、トカレフTT-33だった。
「折角だし私が教えてやるよ。さ、行こうか」
あっという間に手を取られ、引きずられるようにして店の奥に連れ込まれる。何だか強姦みたいだと考えてから、私は思考を放棄した。
◆❖◇◇❖◆
「どうだった?」
帰路。結局あの後4時間近く拘束された私と焔は、食べ損ねた昼食を摂るため近くにあったファミレスに入っていた。
取り敢えずドリンクバーとポテトを頼み、ようやく一息つく。
「いい人だったけど…スイッチ入れたらいけない人だね」
私が長門さんに抱いた率直な感想は、「銃ヲタク」だった。テンプレと言えばテンプレ通りの一を聞けば百を語り倒すタイプのヲタク。愛は確かに感じられるのだが、とはいえ聞いてもないことを雄弁に語られるのはあまり好ましいことではない。いい感じの距離感を計りながら付き合う必要がありそうだ。
「あぁ、違う違う。俺が聞きたかったのは銃の方」
「いい感じだね。名前知ってただけだったんだけど、いざ使ってみたら他のより撃ちやすいのなんの。いい相棒になってくれそう」
「でもお前殆ど使わないだろ」
「それはそう。基本近接メインだし」
私が買ったのは、スコーピオンという短機関銃。最初はトカレフを勧められたのでそちらを買おうと思ったのだが、色々試し撃ちをする中でスコーピオンの方が扱いやすいと感じたのでスコーピオンを買うことにした。ちゃんとバラニウム弾も同時で購入したので、いよいよ私もルーキーガンナーデビューというわけだ。
「ポテトになりますーっ」
丁度会話の途切れたタイミングでポテトが運ばれてくる。200円にしては量の多いそれをつまみながら、オーロラソースはセンスがないよなぁと独り言ちる。
「焔は食べないの?」
「俺はちゃんとした定食頼んだから、別にいらねぇよ」
「あれまぁ」
仕方が無いのでオーロラソースをあげる。私の優しさに戦慄したまえ。
「いらねぇよ……」
「一気!一気!」
その後、結局焔は自分の頼んだ唐揚げをオーロラソースに浸して食べることになった。
・イニシエーター
世界最強のちんちん。
・プロモーター
オーロラソースは人と状況を選ぶと思う。
・新キャラ
ミリオタ。
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