百回狂わせると妹が一つレベルアップするようです。 (雨宮照)
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夢を見た。

 夢を見た。

 妹が、レベルアップをする夢だ。

 妹がレベルアップして、強化されて、進化する夢。

 しかし、その後の展開は皆無。

 ただ、進化するだけ。

 魔物も魔王もいないこの現代で、妹が。

 ……意味が分からないよな。

 見た本人だって、意味がわかっていない。

 自分の深層心理が心配になるほど、意味不明で病的な夢だ。

 もしかすると、犯罪の夢や追いかけられる夢よりもたちが悪いかもしれない。

 気味が悪いから、スマホで夢鑑定でも見てみるか……。

 と、俺がベッド脇にあるスマホを取ろうと手を伸ばした時だった。

 

 ……むにゅっ。

 

 なにやら、手が幸せになった。

 あたたかくて柔らかい、絶妙な触り心地。

 お湯を球体にして触っているようでいて、しかし反発力や弾力を備えている。

「ははは、はは、はは……」

 寝起きの頭。

 それも変な夢を見た直後の狂った脳が、笑いに包まれる。

「ははは、はは、はは……」

「えへへ、へへ、へへ……」

 その後も静かに笑っていると、隣から同じようなリズムの笑い声。

 しかし、その声色は美しく、透き通ったガラスのようだ。

「ははは、はは、はは……」

「えへへ、へへ、へへ……」

「ははは、はは、はは……」

 ……いや待て!

 おかしいだろう、なんだこの状況!

 人間二人が同じベッドで朝を迎えて、それに、俺の右手には――

「おっぱいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 おっぱいが当たっていた!

 なぜだ、人類よ!

 どうして寝起きの俺におっぱいを触らせる!

 理性もまだ起きていない早朝に、どうして乳を!

 目覚めて間もなく怒涛のように流れてきた情報量の多さに、脳が悲鳴を上げる。

「きゃー!」

 ついでに、俺自身も一応悲鳴を上げておく。

 ……いや、それはなんでだ。

 考えていたら、もっと頭が痛くなってきた。

 じゃあ、もう考えるのをやめたらいいんじゃないだろうか。

 ……そうじゃん、考えるのをやめればいいんじゃん。

 自分自身から溢れ出た名案に、俺はセルフで感謝し――

 そして、もう一度布団をかぶって目を閉じ――

「――って、現実逃避をするんじゃない!」

 ……危なかった。

 このまま寝ていたら、問題が片付かなかったうえに学校に遅刻していた。

 だからええと、俺が今すべきことを考えよう。

 それは絶対に、現実逃避して寝ることじゃないはずだ。

 まず、この状況を整理しよう。

 飛びそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、部屋を見渡す。

 ……そう、部屋だ。

 ここは、いつも俺が寝ている部屋。俺の部屋。

 もちろん、いつも寝るときは一人だ。

 じゃあ、俺に胸を揉まれているこいつは誰だ。

 いったい俺は、誰のおっぱいを揉んでいるんだ――!

「正解はわたしのおっぱいでした、お兄様!」

「なんだ、刺身のおっぱいか」

「そうです! お兄様が愛する妹、刺身のおっぱいです!」

 ……そうか、俺は妹のおっぱいを――

「いや待て! なんで俺は妹のおっぱいを揉んでいる⁉︎」

 納得してる場合じゃない!

 っていうか今の内容のどこに納得した三秒前の俺よ!

 それになんだ、妹の名前が刺身って!

「ええっ! お兄様、わたしの名前を忘れちゃったんですか⁉︎」

「いや、忘れてないけど……うん。ちょっと、思うところがあってな……」

 妹が生まれてから十五年、ずっと呼んできた名前だがふと違和感を覚えてしまった。

 すまない妹よ……。

 いやいや、そんなことはいいんだ!

 そんなことより今問題にすべきは……

「刺身! お前はどうして俺の心を読んで会話してくるんだ!」

 そう。

さっきから俺はこうして妹と会話していたわけなんだけど……

 コイツ、何回か俺が発してないセリフにも返答してきてる!

 怖っ! 怖いよ我が妹!

 いつどこでそんな能力を会得したんだ!

 お兄ちゃんはお前を読心術師に育てた覚えはないぞ!

 まず育てたのは俺じゃなくて父さんだけど!

 



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有能司会者。

「……まだ寝ぼけてるんですか、お兄様?」

 と、テンション高くパニクっていた俺だったが。

 そんな俺とは対照的に、妹は落ち着き払って……というか、キョトンとしている。

 まるで車を運転してる奴に「これはどうやって走るものなんですか……?」と聞かれたかのような、コイツ何言ってんだと言わんばかりの見事なキョトン顔。

 ……正直、その目で見られるのキツいっす。

 整った顔立ちの妹が。真っ白くきめ細やかな肌の妹が、「コイツ頭おかしいんじゃねえのか」とでも言いたげな目で兄を見つめる。

 特殊な性壁をお持ちな変態紳士の諸君にはご褒美かもしれないが、俺にとっては違う。

 まともな感性を持っている俺は普通に傷つく。

 と、同時に困惑する。

(……えっ。俺の方が非常識扱い……?)

 確実に妹の方がおかしくなっちゃったと思ってたんだけど、反応を見るに俺か⁉︎

 俺のおつむがへんてこりんのくるくるぱぁになってしまったのか⁉︎

 おでこにキスして状態なのか⁉︎

 と、俺がこれまで以上にパニクって自分を信じられなくなってきていると。

「妹がお兄様の思考を読めるのなんて当たり前じゃないですか。キスしますよ?」

 なんて、真顔で刺身がトドメを刺してきたのだった。

 やっぱり俺が普通じゃなかったのか――!

 寝ぼけているせいなのか、はたまた脳の異常なのか。

 俺は、世の中の常識とズレた感性を抱えて今日を迎えてしまったらしい。

 それに、妹の発言にはもう一つ確認しておきたいことがあって……。

「最後、俺に何するって言ったぁ――!」

「……えっ? キスですけど?」

 再びのキョトン顔で即答する刺身。

 ……聞き間違いじゃなかった。

 ちょっと待って、なんかもう本当に頭がこんがらがってきた。

 妹の、刺身が? 兄の俺に、キス?

 ……なんでぇ‼︎

 キスってあれであってるよねぇ!

 唇と唇をくっつけて、愛を確かめ合う――

「あってますよ?」

 あってるよねえ!

 じゃあ、なんで兄妹の俺たちがそんな行為をするんだ!

 恋人でもないのに、男女がキスをしてなるものか!

「なるものです!」

 なるものなのか、くそぉ――!

 ……っていうか!

「おい刺身、お前俺の自問自答に入ってくるんじゃねえ!」

「どうしてですか? わたしはお兄様の考察を手助けしているのに」

 初めての感覚に、脳の疲労が半端じゃない俺。

 しかし、そんなことを毛程も気にしない妹は平気で独自の論理をぶつけてくる。

 いや、確かにさ……円滑に脳内会議を進めることはできたけどさ……

 ……この有能司会者が!

 反論できなくなっちゃうじゃないか!

 



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女子高生。

 だって、これじゃあ妹が思考に介入してくるのを止める理由がないもん!

 このままじゃずっと刺身に思考を読まれてることを意識しながら生活しなくちゃいけなくなっちゃう!

 そうなると、エッチなこととか、エッチなこととか……あとはエッチなことが考えられなくなってしまう!

 男は五十二秒に一回性的なことを考えるらしいけど、それが封じられてしまう……!

 ってことは俺、もう男の子じゃいられなくなるのか⁉︎

 じゃあ、男子高校生として生活するのも今日まで……!

 嫌だよ母さん、俺はまだ死にたくな……

 ……ちょっと待てよ?

 俺は今、男子高校生じゃなくなると言ったな。

 ……ふはは、そうか、そうなのか!

 つまり、俺は今日から花の女子高生だ!

 女子高生といえば……ルーズソックスで携帯デコって、プリクラ撮ってタピオカだ!

 ――いやどの時代の女子高生像だ今のは!

 いかん、今の女子高生と関わりがなさすぎて想像図が悲惨だ!

 よく考えろ……教室にいる同級生を思い出せ……!

 例えば、俺の隣の席によくたむろしてるギャルの会話だ。

 放課後――そう! あいつらはよくカラオケに行く!

 それと、パンケーキにウィンドウショッピングだ!

 俺なんて買いたいものが明確に決まってなければ買い物になど行かないが、女子高生は特に欲しいものがなくても店を見て回る。

 ――そんなのはネットだけで十分だ!

 ネット通販ならば検索履歴や過去の注文から導き出したおすすめを提示してくれるため、いくらでも飽きずにショッピングできる。

 足腰も痛くならないし、よっぽどこっちの方が頭がいい。

 それに、重いものを買っても持ち運ぶ必要がないしな……。

 ……で、なんだっけ?

 あ、そうそう、女子高生がどんな生活をしてるかって話だったな。

 確か、女友達と胸を揉み合って――

「あの、水を差すようで申し訳ありませんが、お兄様」

「……どうしたのかな、読心大臣の刺身殿」

「……そんな不名誉そうな響きの役職はやめていただきたいのですが……まあとにかく、わたしから物申したいことがあります」

 女子高生同士のお戯れを想像していたら、ジト目の妹が割り込んできた。

 それも、かなりのジト目。

 梅雨で例えると、ジメジメ具合にも飽きてきた七月中旬の雨のよう。

 そんな湿気たっぷりの妹が、潤いたっぷりの唇を開いて事実を俺に突きつける。

「……正直、お兄様は脳内会議が下手すぎます!」

「ぐはぁっ!」

「先ほどは司会のわたしがいたから脱線を防げていましたが、いなくなった途端なんですかこの体たらくは! 馬鹿なんですか、死ぬんですか!」

「ぐはぐはぁっ!……ちょっ、やめて刺身」

「やめませんお兄様! ええ、刺身はやめませんとも! だって、なんですか女子高生になったらって! なるわけないでしょう漫画やアニメじゃあるまいし! そこに至るまでの考えの飛躍なんて、見てられたもんじゃないです――!」

「勘弁してぇ! 心がズタズタのボロボロだよ! 箸でつまんだショートケーキだよぉ!」

 妹による容赦のない攻めが俺を襲う。

 キツイよお……精神に作用する攻撃だよお……

 くらうならまだ物理攻撃のほうが良かったよ……。

 心の傷に特効薬はないからねえ!

 胸を押さえてうずくまる俺だったが、刺身はそんな俺の姿を見て口の端を吊り上げる。

「……ふふっ。お兄様は、頭の中でもわたしがいないとダメダメなんですから……」

 よくわからないが、こんなダメ兄貴でも妹の好感度はアップしたようだ。

 なんでだろう、さっぱり意味が分からん。

 さっぱり意味はわからないけど、まあよしとしよう。

 兄として、やっぱり最愛の妹には素敵な笑顔でいてほしい。

「そんなこと考えて……照れちゃいますよお兄様……濡れちゃいます!」

 ……やっぱり多少、苦しんでる姿も見せてくれないかなあ。

 



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男体盛り。

 まあ、それはともかく本題に戻ろうじゃないか。

 だって、このまま脱線していちゃいつまで経っても現状把握が追いつかない。

 というか、むしろ分からないことが増えていってる!

 ……じゃあ、まずは現時点で浮かんでる疑問をいくつか挙げてみよう。

 例えば、刺身が俺のベッドにいる状況だ。

 高校生にもなった兄妹が、同じベッドで、同じ布団にくるまっている。

 それも、妹が俺に馬乗りになった状態で朝を迎えたのだ。

 ……いやまあ、常識的に考えて一晩中馬乗りだったわけはないんだけど、状況はこの通り。

 刺身が俺の腰のあたりに太ももをひらいて乗り、手をシーツの上についている。

 ……うーん、刺身が俺の上に乗ってるって表現、考えてみたらすごく嫌だな。

 俺の上に魚の刺身がずらりと並べられた絵が浮かぶというか……。

 俗にいう男体盛りというやつを思い浮かべちゃう。

 ……いや、あんまり俗に言わないけど。

「お兄様の男体盛りですか……! お刺身は、サーモンが好きです!」

「聞いてないよ! 兄の男体盛りをイメージして好きな刺身を語らないでよ!」

「もちろん、お兄様の好きな刺身は、このわ・た・し、ですよねっ?」

「やかましいわ! 俺が好きなのはブリの刺身じゃあ!」

「……そう、ですよね。わたしなんか、お兄様の一番になれませんよね……」

 俺の心ない一言に、口をひくひくさせて瞼に涙をためる刺身。

 困ったぞ、刺身が今にも泣いてしまいそうだ。

 こんな時、兄の俺には何ができるだろう。

 すぐに「これは勢い余って口をついて出ただけで、そんなことは思ってない」と訂正できたら一番良かったんだろう。

 でも、すでにそんなことができるタイミングは過ぎてしまっている。

 じゃあ、俺にできることは……。

 ダメだ、思いつかない。

 有能司会者だった妹が不在である今、脳内会議が滞ってしまっている。

 と、そうして俺があたふたしてる間に、刺身のまぶたから一滴の滴が……!

 くそう……俺はこんなにも申し訳なく思ってるのに、無力なのか!

 俺は、妹の笑顔ひとつ守ってやることができないのか……!

 ……刺身は小さい頃、病弱だった。

 歩くこともままならない病気で、移動はいつも車椅子。

 でも、俺が移動すると、後ろをよくついてきたんだ。

 お兄様お兄様って、俺のことを呼びながら。

 ……そんな健気な妹が元気になって、大きくなって。

 それでも、俺はまだ彼女の袖を涙に濡れさせてしまうのか。

 いいや、違うだろうこの俺よ。

 お前はそんなダメな兄貴じゃないはずだ。

 ダメな兄貴であることは認めるが――

 それでも、妹の笑顔を泣き顔に変えてしまうほどダメな兄貴じゃない!

 意気込むと、俺はもう一度目の前の刺身に向き合う。

 そうして、彼女の目から今にもこぼれそうな一粒の滴を――

 ――たまっていた目の水分ごと、全部舐め取った。

 



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宇宙の神秘。

「ひゃぁんっ! いきなりなにするんですかお兄様!」

「……! これは……!」

 突然の兄の奇行に驚く刺身。

 しかし、そんなことはもうどうでもいい。

 そんな些細な問題は、すでにアイスクリームみたいに溶けていったのだ。

 じゃあ、なにが今俺にとって大事なことなのかって?

 よく聞いてくれたな、誰にも聞かれてないけど。

 何を隠そう、俺が今一番重要視している、衝撃を受けたものは――これだ!

「妹のなみだ、美味しすぎるうううううう!」

「なにを言ってるんですかお兄様ああああああああ!」

 いやほんとに!

 これまで口にしたどんなものよりも美味いって!

 さっぱりとしているようで、なめらかな口溶け。

 味付けはジャングフードのような雑な味付けと違い、繊細だ。

 例えるならば、高級料亭のお吸い物のような上品な味わい。

 それが、すうっと消えることなく口の中を満たしてくれる。

 ……うまい、美味すぎるぞ!

 意図せず埼玉県のお菓子のコマーシャルみたいな反応をしちゃうくらいに!

 ……ああ、幸せだなあ。

 これまでの人生、こんなに幸せなことがあっただろうか。

 人生において「生まれてきてよかった」なんて思うことはそんなにない。

 例えば、小学校の運動会。

 優勝したときはとても嬉しかったけど、そこまで大袈裟な喜びだっただろうか。

 例えば、受験に合格したとき。

 嬉しかったけど、あれは一つの手段に過ぎない。

 高校に通うことが目的で、そのための手段が受験合格なのだ。

 だから、「生まれてきてよかった」なんて思えるはずがない。

 つまり、俺はこれまでの人生でそこまでの喜びを感じたことがなかったわけだ。

 俺に限らず、多くの人がそんなものだと思う。

 ……でも、今この瞬間。

 妹の涙を味わったこの瞬間、全てが報われた。

 いじめられたこともあったし、死にたいと思ったことだって何度もあった。

 それら負の感情は、いまだに俺の心の中に蓄積されていってたはずだ。

 だけど、それらを全て浄化して、それでいてお釣りの幸福をもたらす。

 そんな存在に、出会ってしまったんだ。

 

「……ぺろっ……れろっ……れろれろっ……んん……っ」

「……ひゃあっ……んっ……お兄様ぁ……もう、やめてぇ……」

「…………」

「…………あれ? 素直にやめてくれた……んにゃぁっ!」

「……ぺろっ……れろっ……れろれろっ……」

「……んあっ……もうらめぇ……っ……急に再開しないれくらふぁい……!」

 

 耳まで真っ赤になった刺身が、息も絶え絶えに訴えかける。

 しかし、抵抗すればするほど彼女は涙目になっていき……!

 つまり、これはエンドレスなのでは⁉︎

 俺が欲すれば欲するほど供給される極上の涙。

 その味はいくら舐め取ったところで衰えることを知らない。

 こんな楽園が、この世に存在していいんだろうか……。

 と、宇宙の神秘に思いを馳せていたときだった。

 

「うううう……もう……っ……いい加減に……やめてくださああああああいっ!」

 

 ――妹が、爆発した。

 



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レベルアップ。

 眩い光に包まれて、視界が一瞬真っ白になる。

 ライトを直接見たときの、数千倍のダメージだ。

 脳にまで光が届き、その中を蹂躙されているかのような不思議な感覚。

 確実に、初めて体験する感覚だ。

 ……何十秒たったのか、何分経ったのか。

 時間の感覚が、わからなくなる。

 けれど、確実に長い時間が経過している。そんな気がした。

 反射的に閉じた目を、ゆっくりと開く。

 ……何も見えない。

 朝の日差しに照らされていたはずの室内が、漆黒の闇に包まれている。

 眩んだ目が、まだ通常に戻っていないのだ。

 

「……! そうだ、刺身は⁉︎ 刺身は無事なのかっ!」

 

 視界を奪われる前の最後の記憶を思い出す。

 刺身が、光に飲まれて姿を消すシーンを。

 ……意識が朦朧としてきた。

 今すぐ横になりたい。目を瞑って、意識を飛ばしてしまいたい。

 ……でも、そんなことはできない。

 だって、俺は刺身の兄貴だから。

 妹の無事を確認するまでは、くたばるわけにはいかない。

 ……あと、そういえば既に俺は横になってた。

 だって、さっきまでの出来事は全部ベッドの上で起こってたからねえ!

 俺に馬乗りになってる妹が爆発したわけだから……ん?

 ……腰に感じるこの重さはなにかな?

 みんなも一緒に考えてみよう!

 さっきまで、俺の上には妹が乗ってて、俺はその妹を探していて。

 俺の腰には、さっきまでと同じ体重が預けられている。

 ここから導き出される解は――

 

 うん、刺身、乗ってるね。

 

「おはようございますお兄様」

「うん、おはよう刺身」

 刺身、乗ってたね。

 お兄ちゃんは刺身が無事で安心したよ¬¬――

 と、彼女の顔を見ようとしたとき、事件は起こった。

「? どうしましたか、お兄様?」

 首を傾げる妹。

 それもそのはず、だってこの違和感は刺身には感じられないものだから。

 つまり、この場では俺にしか感じられない違和感。

 ……具体的に言うと、刺身に起こった視覚的な変化だ。

 だけど、別に浦島太郎みたいに急激に老けたとかじゃない。

 性別が変わったとか、急に美しくなったとかブサイクになったとかでもない。

 視覚的な変化とはいったけど、別に刺身の外見が変わったわけじゃないのだ。

 ……だったら何が変わってるのかって?

 それは、ええと……

 一言で言うのってめちゃくちゃ難しいんだけど……

「……刺身、お前レベルアップしてるぞ」

 ――そう、レベルアップだ。

 一言で言い表すなら、レベルアップ。

 なぜそう言い切れるかって?

 確かに、この現代でレベルアップとか言われても頭がおかしくなったとしか思えないよな。

 でも残念だったな、これが言い切れるんだよ。

 ……だって、刺身の額に「レベルアップしました」って書いてあるからねえ!

 



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コンプレックス。

「…………」

 いやなんだそれは!

 意味がわからないよ!

 レベルアップ⁉︎

「レベルアップって何ですか⁉︎」

「こっちが聞きたいよこのナマモノシスター!」

「ナマモノシスター⁉︎ なんか酷いです! 同人用語と勘違いされそうですー!」

 涙目で返した俺に、同じく涙目でポカポカ殴ってくる刺身。

 ……訳のわからない状況は、訳のわからない二人組を生んでしまうらしい。

 まあ、せっかく涙目になったわけだし、妹の涙を味わわせてもらおうか。

「……んんっ! 待ってくださいお兄様! 現実逃避をしている場合じゃありません!」

 ……はっ! そうだった!

 考えなければ理解できない状況はもっと理解できなくなっていくばかり。

 こうしちゃいられない、妹のレベルアップについて頭をフル回転させ――

 ――やっぱり美味いな刺身の涙。

「だから現実逃避してる場合じゃないですー!」

 再び妹に怒られてしまった。

 まあ、怒られると興奮するから別に嫌じゃないんだけど、嫌われるのは避けたい。

 だから今度は素直に有能司会者さしみちゃんに頭を下げて会議を円滑に行うことにする。

「仰向けになった状態で頭を下げるってどういうことですか」

 すぐにヤジが飛んできた。

 あれま、先ほどまでの有能司会者ぶりはどこへやら。

 知らないうちに屁理屈ばかり言う会議滞らせ名人に退化してるぞ。

 妹よ、お兄ちゃんはお前をそんな子に育てた覚えはない!

 まず育てたのは俺じゃなくて父さんだけど!

 さっきもそんなこと考えた気がするな。

 ……まあいい、こうなったら意地だ。

 意地でも仰向けのまま頭を下げてやろうじゃないか。

 だから、ええと……この状態で腰を折ると腹筋みたいになるわけだな。

 それがすなわち仰向けで頭を下げるということだろう。

 だから――えいやっ!

 やったぞ、成功した!

 仰向けで頭を下げる――変な体勢での腹筋に成功したぞ――

 

「いや待ってくださいお兄様色々と大変なことになってます苦しいですー!」

 

 ――ん?

 なんか頭の上の方で妹の泣き叫ぶ声が聞こえるぞ?

 ……いやいや、そんなわけがない。

 俺が仰向けで頭を下げただけで、妹が苦しむなんて……

 

「早く退いてくださいー! おっぱいがちぎれちゃいますー!」

 

 ……うん、あるらしい。

 可哀想だから退いてあげよう。

「ええと、お兄様?」

「……どうした、生魚?」

「生魚って呼び方はやめてください! 金輪際、絶対に!」

 激昂する妹。

 ふむ、多少は自分の名前にコンプレックスがあるらしい。

 確かに、名前は生まれた時に親がつけるから自分で決められないし辛いよな。

 うんうん、分かるぞ妹よ。

「……で、言いかけたのは何だったんだ生魚」

「ちくしょうです! 納得していたように読心したのですがあれは間違いだったんですか!」

 さらに激昂する妹。

 顔が真っ赤に熟れたトマトのようだ。

 砂糖をかけて食べてしまいたい。

 ……え? ウチの地域では砂糖はかけないって?

 そんなことは知ったこっちゃないよ。

 だって砂糖かけたほうが甘味が増してだな――

「誰と話してるんですか! わたしにも喋らせてください! ほら!」

 ――トマトが噴火した。

 



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目覚まし鈍器。

「ごめんごめん! 悪かったからその手に持った目覚まし時計を下ろしなさい!」

「……わかりました。お兄様の脳天に振り下ろせばいいんですね」

「うわあ、目がマジだ! やめろ、やめてくれぇー!」

 ちょっ、うちの妹怖すぎるんですけど!

 生魚呼びは冗談じゃなく本当に地雷だったらしい。

 とりあえず手に持っていた目覚まし鈍器を離してもらう。

 うん、素直に離してくれたみたいだな――

 と、俺が一人胸を撫で下ろしていると。

 

「なにしてるんですかお兄様!」

 また刺身が真っ赤になって抗議の声を上げてきた。

 ……ここで赤身とか言ったら命が危ないから自重。

 ほら、考えただけで凄い睨んでるもん。

 で、今度は何を怒ってるのかな――と改めて顔を確認するのだが。

 ……ん? 何やらさっきまでの怒りの表情とは違うみたいだぞ……?

 さっきの表情がトマトだとすると、この表情はりんご。

 わずかに蜜の香りがする。

 これは……恥じらいか?

 だとすると、どうして?

 色々な疑問が浮かんでくるが、どれも答えは出ないまま。

 であるならは、俺ができることは一つ。

 本人の言葉を待つのみだ。

 と、いうことで刺身が口を開くのを待つ。

 すると、俺の心を読んだんだろうか。

 刺身が、二言目の抗議の声を上げてきた。

 

「撫で下ろすのは自分の胸にしてください――!」

 

 ……なんと。

 俺が撫で下ろしていた胸は自分のじゃなく、刺身の胸だったのだ。

 つまり、刺身の胸部。おっぱい。

 そりゃあ、りんごみたいに真っ赤な顔をするのも当たり前の話だ。

「……話だ、じゃないですよお兄様! ことは重大なんですよ、通報ものなんですよ!」

「待ってくれ! 間違えただけなんだ! そんな、柔らかくて弾力のある魅力的な刺身のおっぱいをどさくさに紛れて触ってやろうって日頃からずっと考えてたりなんて――」

「考えてるじゃないですかっ! というかお兄様? それ以前の問題ですからね!」

「……それ以前、というのは?」

 首をかしげる俺。

 そして、洗濯バサミ型の宇宙人を初めて発見した人みたいに唖然とする刺身。

 いや、そんな宇宙人は発見されていないんだけど。

 というか、宇宙人自体まだ発見されていないわけだけど――

「とぼけないでください!」

 またも声を張り上げる刺身。

 彼女は言葉も丁寧で、病弱だった名残で大人しいはず。

 そんな刺身がこんなに叫ぶほどのことが地球上に起こるはずが――

 

「お兄様、起きたときにわたしの胸を揉んでから一度も手を離してないじゃないですかっ!」

 

 ――あった。うん、あったよ。

 さすがにこれは仏の顔も一度で大激怒案件だよ。

 そういえば刺身の名前の話をしてたときも、女子高生の話をしてたときも。

 ついでに刺身の涙を舐めたときも、光に目が眩んだときも。

 ……俺、刺身のおっぱい掴んだままだったわ!

 って、すごいな俺も刺身も!

 刺身はおっぱい揉まれたまま俺を殴ってたことになるし、俺もおっぱい揉んだまま仰向けで頭を下げたわけだろ? 人間業じゃないよ。

 と、自分に感心していると、またも涙目の刺身氏。

 

「……いつまで揉んでるんですか――! 指摘されたら離してください――!」

 

 はっはっは、妹よ。

 男っていうものは、一度おっぱいに触れたら二度とその手を引っ込めることなど――

 ……ごめんなさい、調子乗りました。

 今すぐ手を離すので刺身もその目覚まし鈍器から今すぐ手を離していただけないでしょうか。

 



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