ブラック鎮守府の整備士日記 (小椋屋/りょくちゃ)
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第一話

「君がここに新たに来た整備士か。ふむ。いいか、君。ここで起きている事は一切大本営に報告することは許さない。その代わりと言ってはなんだが、ここにある金額を毎月君に支払おう。それと好きな艦娘を好きなだけあてがってやろう。」

 

この一言で全てを察した。

いや、ここに来る前までで全てわかっていた。

虚ろな目をした艦娘。怪我を負ったまま放置されている艦娘。

それがここはどのような鎮守府なのかを物語っていた。

それを知ってあえて一言。

 

「ありがとうございます。」

 

満面の笑みで醜く肥えた、気持ちの悪い提督に返した。

 

「さて君はどの艦がいい。正規空母や戦艦は1人しかやれんが駆逐艦のクソガキくらいなら何隻でもやろう。」

 

ネチャネチャという擬音がつきそうな顔と声でそう言った。

ならば…1人でも多く救う。

 

「ならば…駆逐艦を全員、私にください。私、小児愛玩者(ロリコン)なもので。」

 

満面の笑みで思ってもいない言葉を吐く。

嘘も上手くなったものだなと自己嫌悪の念に駆られたが、ここを摘発するにはまだ無理だ。証拠も無しに一整備士の話だけで大本営は動かない。

 

「全員?いいだろう。よく躾とくんだな。」

「はい、そうします。ですが…提督殿。これ以降駆逐艦は基本的に私の物です。口出ししないでくださいね。」

「ははははは。上官に口を聞くか!面白い。気に入った。いいだろう。好きにするがいいさ。しかし君はもう共犯者だぞ?裏切ることは許さんからな。」

「どうしてこのような場所を捨てるようなことをしましょうか。そこはお任せ下さい。」

 

……良くもまぁこんな言葉がスルスルと出てきたものだ。

いずれ証拠と共に全て大本営にぶちまけてやる。

ここの提督から末端の憲兵まで残らず檻にぶち込んでもらうことにしよう。そう心に誓い部屋を後にした。

 

「君かぁ、駆逐艦全員を所望したロリコン整備士は。」

 

本来、工廠にいるはずの整備士長は、中庭で憲兵やほかの整備士を連れ、艦娘を横に侍らせ酒を飲んでいた。

もちろん、艦娘の目には生気がない。

 

「もう噂は広まってますか。いやはや、お耳が早い」

「褒めたところでわしの艦娘は渡さんぞ。ははははは。」

「ははは。あいにく私は駆逐艦にしか興味がありませんので。それで整備士長。工廠を使わないのであれば、私が使ってもよろしいでしょうか?」

「工廠?あぁ、あの薄汚いところか。確か明石とかいう艦娘がいたような気がするが我々整備士も憲兵も近寄らん。好きに使え。せいぜい、楽しみたまえよ。ははははは。」

 

……気持ち悪い。所属艦娘よりも見る数が少ないのは恐らく……。うぐっ…吐き気が……。しかし工廠が全域使えるのはありがたい。感情を押し殺し、心底幸せそうな笑顔で庭を後にした。

 

「駆逐艦娘、全員集合させました。」

 

死んだような目で大淀が報告に来た。

 

「あぁ済まないが、私はここの寮を使うつもりは無い。工廠を使う。整備士長には許可を頂いた。全員を工廠に移してくれ。」

「工廠?ですか?わかりました。」

 

工廠に改めて行くと、薄汚れてる所ではなかった。中規模の防衛用鎮守府であることをいいことに改修も建造も全く行っていないのがありありとわかった。

 

「改めて、駆逐艦娘、全員集合させました。」

 

見ると身も心もボロボロにされた駆逐艦娘達がいた。

 

「ん、ありがとう。大淀。戻ったら提督には工廠には近づかないように言っておいてくれ。」

 

そう言って大淀を帰した。




どうにかこうにか駆逐艦娘の保護に成功した川原。

次回は一回目の接触です。


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第二話

駆逐艦娘達と明石さん、両方との初接触編です。どうぞ


駆逐艦娘達は改めて見るまでもなくボロボロである。

虚ろな目、生気のない目。雪風や白露、睦月はどこの鎮守府でも元気いっぱい、明るさいっぱいのはずなのに、ここではそんな面影もない。

 

「睦月、弥生、皐月、文月、吹雪、白雪、綾波、白露、村雨、朝潮、満潮、大潮、陽炎、不知火、雪風ですね?」

 

全員の名前を読み上げる。優しい、素の口調で。

すると満潮がゆっくりと顔を上げて聞く。他の駆逐艦娘に比べるとかろうじて目に光が残っている。……しかし朝潮と揃って、頭1つ飛び抜けてボロボロだ。おそらく大潮を庇ったのだろう。

 

「どうして…私たちの名前を?」

「どうしてって言われても困りますが…元々は提督になりたかったんですよ。そのために勉強したけど、届かなくて。だから代わりに整備士になった、ってところです。…とりあえず入渠してきて貰えますか?怪我を治してください。」

「お風呂……お風呂に入っていいの……?」

「えぇ、工廠の簡易ドックで、ですが…。」

「ほんとに…ホントなの?」

 

……人を疑う目だ。生気の無い目に比べたらまだ救いようがある。虚勢を張っているのはわかるが満潮は、会話がかろうじてできている。ここは頼ることにするか。

 

「すぐ準備します。準備出来たら呼びに行くので…そこの休憩室にいて下さい。満潮さん、皆さんをお願いします。」

「わ、わかったわ。嘘ついたら、ただじゃ済まさないんだから!」

 

こちらに怯えているのが手に取るようにわかる。だが精一杯の返事をしてくれる。今のうちはこれでも十分ありがたい。

 

「お願いします。すぐに準備しますね。」

「皆、こっちよ。着いてらっしゃい。」

「さて、簡易ドックを用意しますか。」

 

そっとその場を離れるのだった。

 

 

 

「誰?誰かそこにいるの?」

 

暗い工廠の小部屋から声が聞こえる。

 

「明石…さんですか?」

「なんで…私の名前を?」

「…僕は新しく来た整備士ですから。名前を川原悠人と言います。少し、手伝ってもらいたくて。」

「…………そうですか。あなたは信用できそうですね。で、私はどうすればいいですか?」

「簡易ドックを使えるようにするのを手伝ってください。後…妖精さんと話がしたいです。」

「わかりました。準備します。」

 

艦娘は基本、疑うということを知らない。それだけ純粋無垢でまっすぐなのだ。明石も存在を忘れられていただけなので、極度の人間不信、という訳ではなさそうだった。

 

 

「………ほんとに入渠させてくれるなんてね…。」

 

周りからは何も返ってこない。それほどまでに心をボロボロにされていた。

 

「いつぶりかしら。……いけない。私がもっとみんなのために頑張らなきゃなのに。」

「満潮ちゃん……もう、いいんだよ……。頑張らなくても…。」

「何言ってるのよ、吹雪!やっと希望が見えたんだから!これからじゃない!」

「どうせあの人だってすぐ……うっ。うぅっ……。」

「……………。」

 

何も、言い返すことが出来なかった。

 

 

 

「これで、今この鎮守府に残っている妖精さん達全員です……。」

「……やはりこれだけですか…。背に腹は変えられません。皆さんにお願いします。皆の服を超特急で治してきてください。なるべく早く、完璧に。報酬は特注の金平糖を2粒づつです。どうですか?」

「こんぺいとー、くれるですか?」

「ほんとにほんとですか。」

「このひと、うそついてなさそうです。」

「ならがんばってみるです。」

「こんぺいとーよういしてまってろよ、です。」

「ありがとう、妖精さん。」

 

5人しか残っていない妖精さん達のおかげで、ボロボロになっていた制服も修繕ができ、またその間に休憩室を綺麗に整え、駆逐艦娘だけでも落ち着けるようにできた。

 

「その……ありがと。……あなたのおかげでみんな入渠できたわ、…できました。」

 

妖精さん達に報酬の金平糖をあげているところに、満潮が一人でやってきた。

 

「どういたしまして。あぁと、名乗るのが遅れました。整備士の川原と言います。それで皆さんは?」

「川原さん…ね。皆はとりあえず部屋でゆっくりしてもらって…ます。でその…川原さんは私たちを入渠なんかさせて何がしたいわけ…ですか?」

「無理に敬語を使わないでください。こっちまで縮こまってしまいますから。それで何をしたいかですか?……この鎮守府を変えて、艦娘の皆さんに幸せになってもらう事ですかね。」

「………はぁ?何それ、意味わかんない。私達艦娘は兵器よ?兵器が幸せになって良い訳ないじゃない。」

「兵器である前に、皆さんは可愛い女の子ですよ?」

「ふぅーん……意外に口が上手いのね。で、その…川原さんは、妖精さんに懐かれてるのね。意外だわ。妖精さん達、酷い目に合わされて私たちの艤装妖精さんすらほとんどいなくなっちゃったんだから。」

「呼びづらかったら、無理に川原さんと呼ばなくてもいいですよ。妖精さんと仲がいいのは、僕が妖精さんに好かれやすい体質だからですかね。あと、働きに対して正当な報酬を支払ってるから、でしょうか。」

「そうなのね。」

「…ご飯を作りに行きたいのですが…止めといた方がいいですかね?」

「…そうかもね。運ぶのは私と明石さんで何とかするから…ってえっ!?ご飯!?」

「えぇ。腹が減っては戦は出来ぬ、です。」

「そんなことしたらあんた…!あの……くっ。司令官にボコボコにされるわよ!」

「……ここにいる間は別に司令官と呼ばなくてもいいですよ。僕も、彼は大嫌いですし、何より駆逐艦娘全員は僕が管理権をもらいました。口出ししないと言質も取りましたから。」

「……はぁ。わかったわよ。あんたを信頼してあげる。その代わり、裏切ったらただじゃ済まさないんだから!」

「命の恩人である艦娘を裏切るようなことはしませんよ。安心してください。」

 

ギリギリまで緊張の糸を張り詰めてるのがありありとわかる。それを見てすっと椅子から立ち上がり、同じ目線の高さまでしゃがんだかと思うと満潮を思い切り抱きしめる。思い切り怯えられているが、今の満潮ならこれが1番得策だ。

 

「ちょっ!何するのよ!」

「……僕の前くらいなら、泣いてもいいんですよ。虚勢を張り続けなくてもいいんですよ。あなた達は、僕が守りますから。」

「べ、別に虚勢なんか張ってないし!」

「…よしよし。満潮さん、今までよく頑張りました。」

「そんなこと言われたら……うぐっ…うぅっ……うわぁぁぁぁぁぁぁん 」

「よしよし……。」

「だずげで……。私たちを…たずげで……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」

「大丈夫。大丈夫ですよ。よく頑張りました。これからは任せてください。」

 

年相応に泣きじゃくる満潮をしっかりと抱き締めながらゆっくりと頭を撫でる。優しさに触れたからか、緊張の糸も何もかもが切れる。そこにいるのは艦娘でもなんでもない、ただの少女だった。ゆっくり、ゆっくりと頭を撫でる。久々に入渠したことによって美しさを取り戻したクリーム色の髪の毛の上を、所々にタコができた手が走る。

 

「…誰か分からないけど満潮から手を離してください!私たちの満潮を返してください!!どんな罰でも代わりに私が受けます!だから満潮から離れてください!」

 

と急に背後から怒鳴られる。この声は…朝潮か。僕が満潮を泣かせたと思われたのだろうか。前途多難なものを感じるのだった。




明石さんは人の悪意にも善意にも触れていないのでそこそこ簡単に話してくれました。妖精さんは金平糖で簡単に釣れたようですね。
そしてかろうじて満潮さんと会話ができるように。

やっとスタートラインに着く準備が出来そうです。

次回は朝潮さんとお話するのと、満潮さんともっとお話してもらいます。

率直な感想、意見をくださると作者としても嬉しいです。

ここの表現をこうして欲しい。
ここをこう書いて欲しい。

などあればぜひお願いします。


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第三話

少し遅れてしまいましたー。


「…誰か分からないけど満潮から手を離してください!私たちの満潮を返してください!!どんな罰でも代わりに私が受けます!だから満潮から離れてください!」

 

そう背後から怒鳴られてしまった。とりあえず満潮から手を離す。小さく「あっ…」と名残惜しそうな声が聞こえたが今は無視する。

 

「あ、朝潮!」

「満潮から離れてください!大切な姉妹なんです!罰は私が代わりに受けます!だから…だから!」

「わ、私は何もされてないって……」

「お願いです…。満潮から……」

「私は何もされてないってば!朝潮!」

「ほ、ほんとですか…?」

「えぇ。朝潮さんが思っておられるようなことは一切していませんよ。」

 

朝潮らしいと言えば朝潮らしい。根の性格がまだ出ている。

この二人は着任してまだ日が浅いのだろうか…?心の傷自体は軽傷な様だった。しかし、刷り込まれた物となると話は違う。忠犬と称される程真面目な朝潮は、洗脳とも言える刷り込みに、完全に飲み込まれていた。

 

「その……申し訳ありませんでした。人間様にいきなり怒鳴りつけてしまい、誠に申し訳ございませんでした。罰は何卒私だけで許してください…。」

 

そんなことを考えていると目の前で朝潮が急に土下座を始めた。……ここの提督が艦娘に対して施した洗脳。それはやはり人間に対する絶対服従だった。心など、あってないようなものだ。自ら罰を求め、満潮には何もされないように仕向ける。……満潮は無関係のはずだがここで出てくる、ということは余程そのようなことを繰り返していたのだろう。さらに言えばここは工廠。長らく使ってなかったとはいえ、いや長らく使ってなかったからこそ床もまだ埃まみれである。そんなところに臆面もなく土下座できるように刷り込んだ提督に、猛烈な吐き気を覚えた。

 

「あ、朝潮さん?顔をあげてください。」

「私はどのような罰も受ける所存です。」

「こんなことで罰を与える訳にはいかないんですが…」

「……え?あ、ほんとにお願いします。満潮の分まで私が罰を受けます。だから…!」

「だから罰を与えることはしませんから。早く顔をあげて立ってください。」

「ですが……」

「ですがじゃありません。顔をあげて立ってください。」

「……はい。」

 

落ち着いて顔をあげた彼女の頭をそっと撫でる。手を伸ばした瞬間朝潮からは「ひっ」と怯えられ、満潮からは「殴るなら私を…!」と言われてしまった。

彼女の髪も、サラサラで美しい。こんなにも幼い子供に何を行ってきたのか、二人の態度を見ただけで理解してしまった。なら自分は、それを変える。鎮守府全てを変えるために証拠を集める。駆逐艦娘達を、最優先で癒す。これが今後の課題だった。

 

「あなたは何も間違ったことはしてませんよ。妹を守るために精一杯動いたんですから。偉いです。罰なんて与えられませんよ。むしろ褒めるべきです。」

「え、あ……は、はい…。」

「よく頑張って声を上げました。もう大丈夫です。この工廠の中に居るうちは、もう怯えさせることはしませんから、安心してください。」

「ほんと……ですか…?」

「えぇ、必ず。約束致します。」

 

そういうとその場にへたりこんでしまった。張り詰めていた緊張が押し隠していた、恐怖心や怯えの心が急に心に戻ってきてふっと力が抜けてしまったようだ。

 

「朝潮!?大丈夫!?」

「朝潮さん!?」

「ほんとに……ほんとに安心していいんですか…?また、私たちに暴言や暴力を振るいませんか…。」

 

朝潮の両目からポロポロと雫がこぼれていた。

それを見て、しゃがみこみ目線を同じ高さにする。

 

「大丈夫です。約束します。私は絶対に、この鎮守府を変えてみせます。」

「うぐっ…うぅ……うわぁぁぁぁぁぁん!」

「よしよし…。よく頑張って声を上げました。よく満潮さんを守ろうとしました。花丸です。もう安心していいんですからね。」

 

そう言いながら抱き寄せ、そっと頭を撫でたり、背中をさすってやったりする。大丈夫、大丈夫。そう言い聞かせながら。

 

 

数分間泣き続けた朝潮は泣き疲れたからか、極度の緊張による疲れからかは分からないがそのまま眠りに落ちてしまった。

 

「あのすみませんが明石さん…朝潮さんを、休憩室に運んでくださいますか?私が行ったら恐らく、大変なことになるので…。」

「わかりました、いいですよ。」

「よろしくお願いします…。あぁそれと満潮さん。皆さんを寝かせてあげてください。もうこんな時間ですから。もちろん、布団は使ってください。ホントなら何か食事を作ってあげたいのですが……」

「……私たちにはいらないわよ。兵器だもの。」

「……ですよね…。とにかく、今日はもう休息を取ってください。ふかふかの布団…では無いかもしれませんが、布団を敷いて寝てください。明石さん、よろしくお願いします。」

「わかりました。さぁ行きますよ、満潮さん。」

「私たちは兵器よ?布団なんて…」

 

そう言って拒否しようとするがそれを察知した明石がサッと満潮に耳打ちした。

 

「今ここで、この人を不機嫌にしてもいいことはありません。使えと言われてるんですから、使いましょう。」

 

「……わかったよ。休息を取る事にするわ。」

「明石さんもおつかれでしょうから、今日はそのまま…」

「いえ、私は大じょ」

「だいじょばないです。寝てください。満潮さんに示しがつかないので。」

「……わかりました。失礼します。」

 

明石が機転を効かせたおかげで、何とか休息を取って貰うことに成功した。何とか満潮と朝潮、それに明石はかろうじてコミュニケーションを取れるようにすることができた。まだまだ道は長い。しかし確実に1歩前進した。そう思うとふっと眠気に襲われ川原はそのまま椅子にもたれるように深い眠りに落ちるのだった。

 




ちょっとだけ、考えを改めさせることに成功。

しかしまだまだ道は遠いようです。

とりあえず着任初日は終了です。
また来週をお待ちください。


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第四話

村雨ちゃん……。


変な姿勢で寝たからか、首が痛い。

空が薄ら明るくなり、鳥の囀りが聞こえる。

……とりあえず風呂に入ろう。そう考え、小部屋を後にする。後ろからひたひたと誰かが着いてきていたが、気づくことはなかった。

 

「ここか。」

 

昨日、風呂場、と案内された場所に着く。

……本来は艦娘用のはずなのだが、何故かここでは人間"様"の物のようだった。

とにかく急いで服を脱ぐ。すぐにさっぱりして、駆逐艦娘達と明石達のために朝食を用意しなくてはそう思っていた。

 

中に入るとどこぞの提督の執務室に比べれば何倍もマシだったが、やはり悪趣味なものだった。しかしそれでも、暖かい湯とは気持ちを解す。昨日の朝から張り詰めていた何かが溶けだしていくのがわかった。

 

「湯加減はぁ、いかがですかぁ…?」

「…あぁ最高だよ……。」

 

横から聞こえた声にそう返す。……精神的に疲れすぎたせいか、幻聴がするな。帰って朝食を用意してやったら、また少し寝させてもらおう…。

そう思い左を向くと…

 

「おはようございまぁす。人間様ぁ。」

 

歪んだ笑みを浮かべた村雨が一糸纏わずそこに居た。

ニタリと顔に張り付いたような笑顔は、目は焦点が合っておらず、虚ろであり、喋り方も他の鎮守府で見たものとは全く違う。何かがおかしい、何かがおかしい、と、本能が最大レベルの警鐘を鳴らしている。はっきり言って狂気。狂気の沙汰だった。

勢いよく後方に飛び退き村雨に目線を合わせる。真っ黒に塗りつぶされたような瞳は限りなく不気味で、狂いそうだ。しかし、不気味とはいえ彼女の瞳を真っ直ぐ見つめ返す。心の奥底まで見透かすような鋭い視線を飛ばす。そして

 

「村雨?何故ここに?」

 

幾分か動揺も落ち着いた。大丈夫だ。

 

「人間の男性はぁ、こうするとみんな喜ぶってぇ、司令官がぁ言ってたんですよぉ…。」

 

村雨は、抑揚のない声でそう言いながら、ユラりと立ち上がるとおぼつかない足取りでこちらに近づいてくる。ひたひた、ひたひたとゆっくり歩きながら近づいてくる。

 

「村雨、自分がやりたくない事はするな。」

「これはぁ、私がやりたくてぇ、やってるんですよぉ?」

「……ならなんで泣いてる。」

「え?あれ?なんで私……泣いてるの……?」

 

村雨はボロボロと涙を流していた。

 

「……タオル巻いて。後で話があるから出て服きて待ってて。」

「………はい。」

 

手近かにあったバスタオルを村雨に渡す。村雨の目は微かに闇が薄れているように感じた。

 

 

 

 

「……村雨。」

「…はい。」

「やりたくない事はするな。やりたくなくてもすべきことはしなきゃならないが、それは僕が指示する。」

「…はい。」

「ましてや自分の体を売るようなマネは絶対にやめろ。絶対だ。」

「…はい。」

「自分の体は、自分で大事にしろ。」

「ですが私達は艦娘です。自分の体を大事にする価値など」

「艦娘だから大事にしろと言ってるんだ。艦娘がいなかったらこの国は既に滅んでる。だから艦娘は誰よりも大事にされなきゃならない。わかるか?」

「ですが」

「ですがじゃない。しかも艦娘は大半が身も心も純粋無垢な少女だ。それを悪用する提督(クズ)もいる。とにかく、自分の体は自分で大事にする。僕が指示した以外でやりたくないような事はしない。この二つは守って欲しい。」

「…わかり、ました……。」

 

 

 

 

「お前らは艦娘だ。換えはいくらでも効く。ボロ雑巾になるまで使い込んでやるからな。ガーハッハッハッ。」

「村雨ェ……。お前いい身体してんなァ…。ちょっと俺らのために体でも売って稼いで来いよォ…。」

「白露に手出されたくなかったら、なにすればいいかわかってるよなぁ?」

 

罵詈雑言と共に暴力を振るわれたり、肉体関係を強要されたりしたことを思い出す。それが変わることのない日常なのだと思っていた。しかしそれは間違っていたことだと思い知らされる。それが自分をここから助け出してくれる唯一の光だと最後に信じて縋り付く。

 

「……助けて…。助けてよ司令官……。」

 

艦娘として、最も信頼すべきと心に刻まれた名前を漏らす。ただそれは、目の前にいる人に向かって吐き出された言葉だった。

 

「助けて…。お願い。村雨を、白露を、みんなをここから、絶望から助け出して……!」

 

最後の希望に一縷の望みをかけ縋り付く。しかし不意に彼の右手が上がり

(……殴られるのかしら…。……もう、おしまいね…。)

絶望が心を塗りつぶす刹那、頭の上に暖かい感触があるのに気がついた。

 

「…司令官……?」

「……もう大丈夫ですよ。私が何とかしますから。まだ時間はかかるかもしれませんが、必ず変えてみせますから。安心してください。」

「うぐっ……うぅっ……。ありがとう……ありがとう司令官…!」

 

思い切り抱きつく。今だけは、今だけはこうさせてもらおう。

優しく撫でてくれる手がとても暖かい。今までに感じたことの無いくらいに暖かい。最後にこの人だけ信じてみよう。この人に裏切られたら、その時はその時と諦めてしまおう。それまではずっと従おう。

そう心の奥底で決意するのだった。

 

 

真っ黒に染まって、光を失ってたその瞳は、極々僅かに、光を取り戻したのだった。




村雨ちゃん……!

正直に言うと、こういう話はあんまり描きたくなかった。


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第五話

今回はちょっと短め。
満潮さん回


「明石さん、皆さんの調子はどうですか?」

「何名か改善傾向が見られるようになってきました。ですが睦月型の娘達は……。」

「…わかりました。…朝食の方は皆さん取ってくれましたか?」

「はい。何とか。一部の娘には、"命令"と言って食べてもらいました。」

「……了解です。午後になったら、満潮さんにこの部屋に来るように伝えてください。」

「わかりました。川原さんは、本日は如何なさいますか?」

「僕?僕はそうですね…。午前中は艤装のチェックと妖精さんとのコンタクトを取ろうかなと。明石さんも、駆逐艦娘の皆さんと自由にしててください。午後は…そうですね。満潮さん達と少し話をしてみましょうか。」

「でしたら、艤装のチェックはお供させていただきます。」

「明石さんも、無理に敬語は使わないでください。少し、困りますから…。」

「………わかりました。改善します。」

 

村雨と別れたあと、出来合いのもので朝ごはんを用意し、駆逐艦娘達に食べさせた。朝潮や満潮、陽炎は戸惑いながらも食べてくれたようであり、白露と村雨に至っては泣いて喜びながら食べていたようだ。しかし問題は睦月型と吹雪型、雪風達であり、完全に心をおられたのか、明石が"命令"として食べさせようとするまで一切何もしなかったという。1番の問題は睦月型と吹雪型、雪風なのではないだろうか…。

 

 

 

「……酷い有様ですね。」

「えぇ……。」

「艤装妖精さんが残ってる装備が全くないんですが…。……あれ、これは潜水艦の艤装…?鎮守府のどこにも潜水艦なんていなかったのですが…。」

「…私も、潜水艦の娘たちは、見た事ありませんね。」

「まさか、出撃を?工廠でメンテナンスや補給も受けずに? ………。悩んでいても仕方ないですね。全部綺麗に直しますか…。」

「お手伝いします。」

「ありがとうございます。では明石さん、あのパーツを─」

 

 

コミュニケーションを取りながら艤装の整備を進め、午前中に粗方の作業を終えることができた。汗を軽く流し、昼食を用意したあと、満潮と話をするために彼女を呼び出した。やはり彼女の目は、どこか翳りがあった。

 

「何か用?」

「少し、外出に付き合って欲しいんです。無論、心配とあれば明石さんにも同行してもらいますが…」

「心配要らないわ。」

「ありがとうございます。それじゃ、行きましょうか。」

 

無事、満潮と2人で話す場所を確保することに成功する。別にあの部屋でも良かったのだが、壁に耳あり、障子に目あり。外出先で話すことにした。

 

「で、何をするの?」

「買い物…ですかね。正直、物がないと何も出来ないので。」

「そーゆー事じゃなくて、何か私に、話があるんでしょ?」

「……鋭いですね。」

「一応仮にも、あんなゴミの元で暮らすことを強要されてた訳だし。」

「ふむ……。満潮さんもまだ、要経過観察ですね。」

「はぁ!?何それ!意味わかんない!私は朝潮姉さんや白露や村雨、ほかの子とは違ってもう立ち直ったわよ!」

「ならなんで、その左手はスカートの裾をきっちりと握っているんですかね…?」

「な!?これは…」

「……立ち直っただなんて、とんでもない。心が強かったばっかりに、トラウマは全て鮮明に覚えてるし、夜も眠れる訳では無い。フラッシュバックなんて日常茶飯事で、もう限界を超えているのもわかっている。そうですよね?」

「なんで…なんでわかるのよ……。」

「それが"整備士"ですから。」

「聞いたことないわよ…そんな話……。っく…なんで私…泣いてるのよ。みんなの為に、私が泣いてる姿を見せる訳にはいかないのよ……!」

 

満潮は、ボロボロとこぼれ落ちる涙を必死に拭っては、声を殺して何分も、何分も泣き続けた。

 

「……はぁ。ったく、つくづく自分が情けないわ…。」

「そうですかね?」

「そうよ。頼れって言われてたのに頼らないで抱え込んだままにして、それで辛いからって虚勢はって隠し通そうとして、あっけなくバレて。」

「それが、満潮さんのいい所でもあると、僕は思いますよ。」

「はぁ?何それ、意味わかんない。」

「自分で解決してみようと全力で努力する。自分を律して動ける。そして何より、そこには人を気遣う優しさがある。」

「そう…なのかしらね。」

「えぇ、そうです。ですがまぁ、もっと僕のことを頼ってくださいね。」

「それは…もっと善処するわ。」

 

細々と、必需品を買い込み、鎮守府に戻る頃には、満潮の目に翳りはなかった。満潮は大丈夫だろう。そう思った。しかし…

 

 

 

 

「しれぇ、どこにいるの?雪風のしれぇはどこ?ねぇ教えてよ」

 

 

 

そう、虚空に向かってつぶやく雪風"だった"艦娘を見るまでは。




雪風ちゃん…



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第六話

少し書き方を変えてみました。

たまにはこーゆーのもいかがでしょう?


「雪風……さん?」

「しれぇ、しれぇ、雪風のしれぇはどこに行ったんですか?帰ってきてくださいよ、しれぇ。しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇ、しれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇしれぇ」

「雪風は……もう戻らないわよ……。」

「なぜ…ですか?」

「もう…艤装すら装着できないのよ…。」

 

満潮がそう、冷酷な事実を告げる。

艦娘は、艤装が使えないとなると、即座に解体処分となるのが常であった。

 

「それって……」

「…出撃が、一切ないから、バレることがなかったけど……解体処分になるのかしら。」

「ちなみに…原因は?」

「一切合切不明よ。私たちで出来るだけ、色々試して見たけど何もわからなかったわ…。」

 

艦娘には、最低限の自己メンテナンス機能が備わっており、艤装のチェック等はできるようになっている。しかし、それで全く分からないということは、整備士でも、工作艦でも分からない場合が多い。

雪風の艤装を修復した時は、異常は見当たらなかった。ということは、原因は必ず雪風内部にある。そしてそれは…非情にも、助かる見込みがないことを暗示していた。

 

 

 

「なんで雪風がああなったか、話さなきゃいけないわね。これはもう大分前、深海棲艦の侵攻が活発だった頃。最前線たるこの鎮守府は毎日毎日昼夜を問わず、防戦に駆り出されたわ。司令官があれだもの。艦種を問わず、轟沈なんて日常茶飯事。敵艦隊を退けた功績と救援ってことで毎日山のように資材が届くから、それで何度も何度も建造をして、気づけば誰が入れ替わったかなんて、わかんなくなってたわ。今生き残ってる私たちは、それを切り抜けた精鋭中の精鋭。建造したての娘は、全く動けず、どんどん沈んでいってたわ。そんな中、雪風の居る駆逐隊は悲惨だった。産まれたての高性能駆逐艦を詰め込んだだけの部隊じゃ、盾になることも出来ず、的になるので精一杯だった。一番最初に、彼女と僚艦だったメンバーは、彼女を守るように死んでった。次に彼女と僚艦になったメンバーは、彼女と共に戦いながら死んでった。それから後に、僚艦になったメンバーは、彼女に助けを求めながら死んでった。雪風と中が良く、最終侵攻の直前まで何とか生き残ってた時津風は、雪風を狙った流れ弾に直撃して、半身を失って死んだわ。それから、雪風は壊れた。あの司令官に犬のようにつきまとい、しれぇ!しれぇ!と笑っていた。もちろん雪風も、アイツにいい思いはしてないはずなのに、よ。心なんて、あってないようなもんだった。村雨や、睦月達みたいに壊れてた方が、何倍も救われたでしょうね。そうしてそのうち、持ち前の幸運も働かなくなった。艤装との関係が、完全に切れたんでしょうね。そしてそれから、付きまとうことも無く、虚空に向かって呟くようになったのよ。しれぇ、しれぇ、って。」

 

 

 

 

しれぇ、どこに行ったの?しれぇ。雪風の大好きな、雪風だけのしれぇ。早く帰ってきて欲しいな。しれぇ。しれぇ。雪風は、いい子で待ってます。だから帰ってきてください。しれぇ。

─雪風!雪風!─

うるさいなぁ…。雪風は、しれぇをずっと待ってなきゃいけないんです。邪魔しないでください。

─雪風さん!しっかり!明石さん!蘇生を!─

しれぇ?…じゃないか。雪風が待ってるのは、雪風のしれぇです。関係ない人は帰ってください。

─あぁもう!今やってますよ!なんで艦娘がこんなに!─

しれぇ、しれぇ。邪魔する人は、要らない。

あっ、しれぇ!今そっちに…!

って…時津風?邪魔しないでよ。雪風は、ずっとしれぇを待ってたんです。やっと会いに行けるんです。だからそこを通してください。

「雪風は、それでいいの?」

はい!雪風は、しれぇをずっとずっと、ずーーーーっと待ってたんです!

「しれぇって、誰?私たちには、しれぇはいないんだよ?」

しれぇはしれぇです!そんなことを言う時津風なんか、大っ嫌いです!

「雪風、サァ、コッチへオイデ。イイモノヲアゲヨウ。ダカラ早ク、司令官ト行コウヨ。」

はい!司令官!今行きます!

「ダメっ!雪風!」

離してください時津風!雪風は、しれぇと一緒に行くんです!

「その人は、司令官なんかじゃない!雪風の、本当の司令官が待ってるんだから!こっちに来ちゃダメッ!」

時津風!辞めてください!雪風は司令官と一緒に行かなきゃダメなんです!お願いだから!

「陽炎ちゃんに不知火ちゃん、満潮ちゃんや、みんな。そしてとってもとっても優しい司令官が雪風のために待ってるんだから!お願い!戻ってあげて!」

「雪風?惑ワドワサレチャダメダヨ?サァ、司令官ト行コウ。」

─雪風さん!雪風さん!あなたの帰ってくる場所はここです!だから…帰ってきてください!─

雪風の…帰る場所?雪風は、帰ってもいいの…?

「雪風。雪風の帰るべき場所はここじゃない。ここは来るべきところじゃない。雪風。またいつか、あたしも帰るから。先に待ってて、雪風。」

雪風は……ほんとに帰ってもいいの?

─はい!みんな雪風さんの帰りを心待ちにしてます!だから!!─

なら…帰らなきゃ。時津風が来るなら、お出迎えの準備をしてあげなきゃ。早く…早く帰らなきゃ。みんなが、私を呼んでるんだから…!




川原整備士は、雪風を癒すことができるのでしょうか。
雪風編、スタートとなります。


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第七話

雪風編(ちょっと長くなる予定)スタートです。


「……ここは……?」

「私、明石専用のドックです。雪風さん、あなたは数日間、生死の境を─

「ひっ!?いやっ!いやぁっ!?許して!許して!痛いのは嫌だ!怖い!怖い!ごめんなさい!ごめんなさい!」

「あー……。私に対しても、ですか…。今、誰かを呼びますか─

「待って!辞めて!罰なら雪風が受けます!だから!陽炎お姉さんに何かするのは辞めてください!雪風が、何でもしますから!」

 

「と言った次第で、鎮静剤と睡眠薬の混合剤を注射した後、満潮さんと朝潮さんに、引き渡した次第です。」

「そうか…。お疲れ様。明石さんも下がって休んでください。」

「はい、お疲れ様でした。」

 

 

妖精さんと金平糖の交渉を行い、ようやく手に入れた小さな個室で頭を抱える。最悪の事態は避けられ雪風は"戻って"きた。それはとても喜ばしいことだ。が、しかし、初対面であるはずの明石に対してもあの反応である。極度の対人恐怖症、人間不信を引き起こしているようだった。正直、明石に対してなら、問題無いだろうと楽観していた。大淀やその他艦娘にですら怯え硬直するほどだった吹雪型の娘達も、明石には少しづつ、だが着実に心を開いてきていた。"整備士"の出番なのだろうが、どうすることも出来ない。ただ、頭を抱えることしか出来なかった。

 

 

 

「満潮さん、あなたに頼みたいことがあるのですが。」

「ん?何よ。」

「あなたに私の秘書艦をお願いしたいんですが…」

 

翌朝、食器を返しにきた満潮に、そう声をかける。すると手にしていたお盆を落とし、顔を青ざめさせる。

 

「…………………嘘……嘘…よね……?」

「待ってください!満潮の代わりは私が務めます!だから、満潮には…!」

 

すぐ後ろにいた朝潮が満潮を庇うように前に飛び出す。目に、涙を浮かべながら。

……この娘達にとって、秘書艦制度はトラウマの一つであることを、完全に失念していた。

 

「あー…。……本来の秘書艦制度は、提督業務をサポートしたり、艦娘と提督が円滑なコミュニケーションをするためのものです。お二人が思っているようなことは、一切しませんので………。」

「……ほ、本当……なんですか…?」

「はい、それが本当です。……満潮さん、私の"手伝い"は…さすがに今日は、無理がありますよね……。」

「ご、ごめんなさい……。今日はちょっと……遠慮させて、もらうわ………。」

「……本当に、申し訳ありません。」

 

青い顔のまま辞退する満潮に対して、土下座をする。戸惑う声が聞こえるが、トラウマを掘り返すという大罪を犯したのは自分だ。体を一切動かさず、もう一度申し訳なかった と誠心誠意伝える。ただ、素直に辞退してくれたことに、改善の兆しがあることは素直に喜ばしいことだった。

 

結局その日は諦め、翌々日から秘書艦を改めて頼むことになったのだった。

 

 

「秘書艦とは、具体的になにをすればよろしいでしょうか…?」

「毎朝、資材の確認、それから皆さんの健康状態について報告。それと、後々カウンセリングや証拠固めも行いたいので、それに協力してもらいたいです。」

「わかりました。それでは資材の確認と、健康状態の確認に、行ってまいります!」

 

秘書艦は、満潮ではなく、朝潮からと言うことになったのだが、朝潮の様子を見ていると、満潮よりも、朝潮の方が問題ないように見受けられた。ただ、まだまだ要カウンセリングであることに間違いはなく、復帰するにも、まだまだ時間がかかるのは明白だった。それならば、先に証拠固めを始めようということで、コミュニケーションついでに、協力してもらうことにした。

 

 

「明石さん、調子はどうですか?」

「お陰様で、使いこなせるようになりました!」

「それなら良かったです。パソコンがあると、簡単にデータ管理ができますからね。」

「これで、情報収集や管理、監視を行えばいいんですね。」

「そうです。資材の横流し等もあれば、証拠をしっかり抑えていきたいですからね。」

「お任せ下さい!」

 

なんとも頼もしい事だった。思えば既に赴任してから1週間。"提督様"が、寄越した金を使って艦娘たちの服を用意したり、パソコン等のツールを使って管理を強化したり、資材置き場や工廠入口に監視カメラをこっそり設置してみたりと、することは山々だった。艦娘に関してもやっと数人会話ができるようになったのみで、睦月型や吹雪型、陽炎型の娘たちとは、ほとんどコンタクトが取れていなかった…。

 

 

「いいや!こんぺいとーななこはゆずれないね!」

「そこを何とかお願いしますよ…。」

「ななこー。ななこがいいですー。」

「われわれはせいとうなたいかがないとはたらかないぞー。」

「ぎぶあんどていくなのです。こんぺいとー、ななこなのです。」

「こんぺいとー。こんぺいとー。」

「こんぺいとー。こんぺいとー。あぁなんというかんびなひびき…!」

「こんぺいとー。こんぺいとー。」

「ななこ。ななこください、です。」

「わかりました!1人につき7個用意します!だから最高に仕上げてくださいよ?」

「あいわかった!まかせておけ!」

「ななこ。ななこです。」

「せいとうなたいかがでるぞー。しごとだー。」

「あぁうるわしのこんぺいとー。なんとかんびなひびき…。」

 

「「わーわー」」と言いながらくるくると飛び回る妖精さん達に根負けし、金平糖7個での交渉決着となったが、背に腹は変えられない。今の休憩室では工廠に入ってすぐの所にあるから、自分の小部屋よりも奥に、艦娘たちの部屋を新設することにした。そして今までの休憩室は2つの部屋に分け、僕個人の部屋、そしてカウンセリング用の部屋、とすることにしたのだった。

ふぅ。と一息着いていると、奥から妖精さん達が、さっき以上に騒ぎながら飛んできた。

 

「かんむす!かんむすがたおれてる!」

「いきだおれなのです。たすけるのです。」

「せいとうなたいかがないとわれわれはたすけられないぞー。」

「かんむす。あぁなんというすばらしいひびき…!」

 

一部訳が分からないことを言っているのがいるが、何やらとても嫌な予感がする。小部屋を飛び出し、妖精さん達の指す方へと走るのだった。




誤字報告、訂正をしてくださる方には頭が上がりません…。

いつもいつも、ありがとうございます…。


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第八話

遅れて申し訳ございませんでした!


たどり着いてみるとそこには、もう息も絶え絶えな時津風が横たわっていた。

瀕死、まさにその状態だった。すぐそばで妖精さん達が騒いでいるのにも一切反応がない。

 

「緊急用ドックを使います!高速修復剤用意!」

「「「あいあいさー!」」」

 

時津風の体を背負い、急いで運ぶ。微かな呼吸の音と、僅かに感じる体温が、時津風が生きていることを証明する。

 

「おーらいおーらい」

「しゅうふくざいよういかんりょー」

「いつでもいけますぜ!おやぶん!」

 

ドックにたどり着くと修復担当の妖精さん達が勢揃いしていた。緊急用カプセルの中に彼女を横たえ、カプセルを閉める。

あとは全て、妖精さん達に頼むしかない。彼女ら(?)を信じ、満潮と陽炎に連絡を取った。

 

 

 

満潮に連れられてやってきた陽炎は、やはり未だにビクビクと怯えていた。満潮や、朝潮以外と会話ができるように、カウンセリングを開始したり、食事を誰が用意しているのかを明かしたりと、少しづつ距離感を詰めるように行動しているのだが、陽炎以外に効果が現れてるとは到底思えなかった。そんな陽炎でさえ、対面すればこの有様である。この鎮守府がどれほどの地獄なのかを表していた。

 

「雪風さんの様子は、いかがですか?」

「えっと…か、かろうじて、私と不知火とは、会話ができています。はい。」

「私と朝潮姉さん含め、その他の子にはほとんど反応無し。怯えられることは無いけど…ってとこね。」

「了解しました。………まだ、面会するには、無理がありそうですかね……。」

「…そうね。」

「え、えっと……雪風は、これからどうなるんですか…?」

「………元の雪風さん…に戻せるかはわかりませんが、少なくとも艦娘の皆さんとはお話できるくらいには、回復させたいと思っています。」

「………そう…なんですね…。」

「……ところで、呼び出すなんて、何かあったの?」

 

さすが満潮だ。鋭い。

 

「……時津風さんが"帰って"来ました。」

「はぁ?何それ、意味わか─

「それは本当ですかっ!?……あっ、も、申し訳ありません!」

「えぇ、おそらくは。」

「でも…なんでかしら…。」

「全くもって原因不明です。今、ドックにて治療中なので、陽炎さん、完了したら明石さんと雪風さんと連れ立って、会ってほしいです。」

「わ、わかりました……。」

「えぇ、よろしくお願いします。」

 

 

 

陽炎の様子を見ていると、傷の深さは伺い知れないものだと改めて認識させられた。明石や満潮、朝潮に、村雨すら色々と行ってくれているようだが、陽炎と白露以外に効果があったという報告はない。今日会って会話してみた記録や所感をノートに書いていく。朝潮から報告を受けた分や、明石が収集した情報にも目を通しているタイミングで、治療完了の知らせが届いた。

 

────────────────────────

「時津風さん、入りますよー。」

「…時津風、大丈夫?」

「私は…帰って、来れたの……?」

「……間違いなさそうですね…。陽炎さん、雪風さんを─

「嫌っ嫌っ嫌ァァァァァァァ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だだ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ─

「雪風さん!?」

「雪風!?」

「ゆ、雪風…!?」

「仕方ないですねっ!」

────────────────────────

「という次第で、私がその後雪風さんを気絶させ、1度撤収した。という所です。」

「失敗しました…。時津風さんの存在自体が、雪風さんの心の傷そのものな訳ですから……。完全に私の失敗です…。」

「川原さん。これから、どうしますか?」

「…時津風さんと、会ってみましょう。」

「わかりました。では行きましょう。」

 

完全に失敗だ。時津風の轟沈が雪風の心を完全に破壊したとしたのならば、それを思い出す存在自体がトラウマになっている可能性を甘く見ていた。

 

「時津風さん、失礼します。」

「失礼しますよー。」

「あなたが新しい、時津風の司令官……ですか?」

 

おかしい。何かがおかしい。

 

「司令官…では無く、今、雪風さん達駆逐艦の面倒を見ている川原、という整備士です。」

「整備士さんが、なんでこんなところに?もしかして、司令官が変わったんですか…?」

「……自分が、新しく来ただけで、ほかはあまり変わりません…。」

「………じゃあ川原さんも、時津風にエッチなことをするように命じるんですか?」

「そんなこと、しませんよ。」

「なら、殴ったり蹴ったりするの?」

「そんなことも、絶対にしません。」

「そう、ですか。それなら、良かったです!」

 

屈託の無い笑顔。無邪気なほどの笑顔。目にはちゃんと光が点っている。しかし何かがおかしい。数日前の村雨以上に本能が警鐘を鳴らす。

 

「それじゃ…どうしましょうか……。ひとまず、明石さんのお部屋に行ってもらっても、いいですか?」

「明石って……そこのピンク色の髪の毛のお姉さんですか?」

「はい、私が工作艦の明石です。」

「よろしくお願いしますね?明石お姉さん。」

 

おかしいっ!おかしい。何かがとてつもなくおかしい。ありえない。ありえない。有り得てはいけない。そんな物を真っ直ぐな笑顔の時津風から感じるのだった。




来週は、土曜日投稿をしっかり守ります。


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第九話

時間通り予定通り


「あっ!おはよう!」

─嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

「………あぁ、おはよう。」

「司令官、何かありましたか?」

─怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

「…いえ、何も。」

「なら良かった!」

─来ないで来ないで来ないで来ないで来ないで

「時津風さん、嫌いなら、わざわざ話しかけないでくださいね。」

─!?

「な、なんで……?顔に…出てた……?」

「いえ、完璧に隠れてましたよ。並の人なら、気づかないでしょうね、笑顔の裏の真意なんて。とにかく、落ち着くまでは、わざわざ話しかけなくてもいいですからね。」

 

なんで、わかったのだろうか。

 

 

────────────────────────

朝食後、朝の会議のために、川原が仮称「執務室」と名付けた部屋に明石と本日秘書艦の満潮を呼んだ。

 

「お二人とも、おはようございます。」

「川原さん、おはようございます。」

「おはよう、川原さん。」

「それでは、朝の会議を始めます。まず、明石さん。時津風さんは最重要警戒観察で、お願いします。」

「了解しました。」

「満潮さん、皆さんの様子はどうですか?」

「陽炎、村雨、不知火の3人は改善傾向。雪風、吹雪、白雪、綾波は食事量等に改善の予兆あり。睦月型は…」

「"命令"じゃないと動きませんか…。」

「……えぇ。」

「次に、備蓄資材について、お願いします。」

「燃料が103754、弾薬が126842、鋼材が118521、ボーキサイトが93785。今朝は不自然な変動は無し。」

「了解しました。…とりあえず、方針通り、本日は時津風さんを除いた陽炎型の3名とカウンセリングを行おうと思います。明石さんは、時津風さんと積極的なコミュニケーションを。満潮さんは、睦月型の皆さんに、会話をするよう"命令"してみてください。それで行動を確認したいです。」

「了解です。」

「わかったわ。」

「お2人は、何かありますか?」

「私は何も無いわ。」

「それじゃあ、私から。提督、時津風さんに何かしましたか?呆然自失としてたんですが。」

「あぁ、嫌なら話しかけなくてもいい、と伝えただけですよ。不自然なほどに、自然な笑顔だったんでね。」

「そうだったんですね。」

「他は……………なさそうですね。それでは本日も、よろしくお願いします。」

 

朝の会議を終え、カウンセリングルームにて準備を行う。30分後に明石と、陽炎、不知火、雪風がやってくる。不足の事態に備え、色々と準備を進めるのだった。

 

準備を終え、自分用の椅子に座ったタイミングを見計らった様に扉がノックされた。

「明石です。陽炎型駆逐艦陽炎、不知火、雪風の3名をお連れしました。」

「入ってください。」

「失礼します。」

 

陽炎は少し怯えながら、不知火は暗い目をしながら、雪風は明石に支えられながら、部屋へと入ってくる。

 

「3人は、前の椅子へ。明石さんは定位置へ、お願いします。さて、問題ないですかね。それではカウンセリングを初めて行きます。私がこれからいくつか質問を行うので、正直に、はい、いいえ、答えたくない、分からないの四択でお答えください。」

 

陽炎が小さく頷くだけで、他に反応はない。

 

「まず1つ目。今、何か不満があれば教えてください。」

「…私は何も、ありません。」

「雪風も……。」

「私はあります。」

「不知火!?」

「不知火お姉ちゃん…!?」

「いいですよ。なんでも仰ってください。」

「お願いですから、これ以上私達駆逐艦娘に関わらないでください。私達艦娘は兵器であって人間ではありません。人間様と同様の生活を送るなどありえない話です。これ以上干渉しないでください。兵器としての生活に戻れなくなります。」

「艦娘は自らの意志を持って戦うことのできる兵士です。」

「いいえ、兵士ではありません。自律思考が可能な戦闘兵器です。」

「戦闘兵器は、感情を解することはありません。戻れなくなる…というのは、曲がりなりにも、今の生活が何倍も楽だということではないんですか。」

「っく………。」

「あなた達は兵器なんかではありません。人間と同じ、自分で理性的に考え行動のできる素晴らしい兵士です。そんなあなた達艦娘を無下に扱うあのゴミクズ共をとっとと追い出すことが、私の目下の目標です。納得頂けましたか?」

「…………………。はい。」

─納得できない…。

「納得いかない、そう思っているでしょう?」

「!?そ、そんなことはありませんっ!」

─なんでバレた!?あれ(司令官)にもバレなかったのに!?

「納得いかない、そう思うことが、あなた達が兵器ではなく人間と同じ、兵士であるという最大の根拠です。」

─!

「ご理解、頂けましたかね。」

「…はい。」

「それでは次にいきましょう。何か欲しい物は、ありますか?」

「私は何もないです。」

「ゆ、雪風は……もっと、皆と、と、時津風ちゃんとも、お話したいです……。もちろん、しれぇも………。」

「いいですよ。いっぱい、お話しましょう。」

「はい…。雪風、頑張ります……。」

「私は何もありません。満足しています。」

 

 

 

 

そんなこんなで、その日の陽炎型の3名とのカウンセリングが終了した。

────────────────────────

誠和12年4月13日

燃料:103754

弾薬:126842

鋼材:118521

ボーキサイト:93785

 

雪風の状況に大きな進展あり。不知火の精神状態に関しては、今後カウンセリングの方を重点的に行おうと思う。時津風、睦月型に関しては満潮達の報告次第とする。




雪風編はまだ続く。


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第十話

朝食の支度をしていると、キッチンとして使用している部屋に、ある人物がやってきた。

 

「おや、雪風さん。朝食には、少し早いですよ?」

「しれぇ。あたしに、もう一回時津風と会わせてください。」

「いいのですか?」

「もう一回会って、お話がしてみたいです。」

「わかりました。本日の予定に加えておきますね。」

「しれぇ、ありがとうございます!」

「あっ、雪風さん。少し待ってください。」

「なんですか?しれぇ。」

「これをあげます。味見をしたことは、内緒ですよ。」

「ありがとうございます!しれぇ!」

「焼きたてですから、気を付けてくださいね。」

 

 

焼きあがったばっかりの卵焼きを一切れ、雪風に渡す。

はふはふと言いながら卵焼きを頬張る姿は、こう言っては雪風に失礼だが、さながら小動物のようで可愛らしい。雪風が食べ終わると同時に、 おいしかった! と笑顔でいいキッチンをでていく。たった数日で、ここまで回復したことを嬉しく思う反面、しわ寄せが起きることを危惧するのだった。

 

 

 

「それでは、本日の会議を始めようと思います。雪風さんから、時津風さんに会ってお話したいとつたえられました。明石さん、会議後、時津風さんに確認してください。」

「了解しました。」

「次に朝潮さん。備蓄資材についての、報告を。」

「はい。燃料が93944、弾薬が117242、鋼材が108761、ボーキサイトが83875でした。」

「大幅に減少してますね..。」

「妖精さんが情報を持ち帰るのを待ちましょうか。朝潮さん。次に、皆さんの様子はどうですか?」

「はい。おおむね良好で、変化はありませんでした。」

「わかりました、ありがとうございます。ほかに何か、ありますか?」

「いえ、何もありません。」

「私の方も、今のところは。」

「了解しました。それでは本日も、頑張りましょう。」

 

 

────────────────────────

「ゆっきーが、あたしと?」

「はい。時津風さんと、ちゃんとお話したいと。」

「でもゆっきーは……大丈夫……?」

 

─目を覚ました直後の雪風の様子がフラッシュバックする

「今のところは、おそらく。それ以上は、実際に会ってもらわないと、なんとも言えませんが。」

「…………わかった。あたしも、頑張る。」

「くれぐれも、無理はしないでくださいね。」

「…大丈夫。」

「わかりました。それじゃ、準備しますね。」

「お願い、します……。それと明石さん、あたしも…お願いが……。」

 

 

明石さんに案内された部屋の椅子に座って、雪風を待つ。何かあった時のために隣の部屋に、あの人、が待っていてくれてるらしいし、陽炎姉も明石さんも付き添ってくれる。大丈夫。あとは雪風を待つだけ…。

 

「時津風さん、大丈夫ですか?」

 

扉の向こうから、声が聞こえる。

 

「はい、大丈夫です…。」

 

ガチャ と扉が開く。開いてすぐその先には─

 

「ゆっきー……!」

「時津風……。守ってあげられなくて……ごめんなさい…。雪風がもっと強ければ、みんなを、時津風を、守ってあげられたのに………!」

「………そんなことないよ……。ゆっきー…。」

「…時津風……?」

「…ゆっきーは頑張ってた!あたしもいっぱい守ってもらった!ゆっきーは、自分を責めちゃ、ダメだよ………。」

「…でも、あたしは、死神です…。雪風のせいで、何人も何人も……死んじゃって………。ずっと1人なんだって………。」

「あたしは、ちゃんと帰ってきたから!だからもう、ゆっきーが1人じゃない……!死神なんかじゃない!」

気づけばあたしもゆっきーもぼろぼろと涙を流していた。

「時津風…!」

「あたしは、時津風は、ゆっきーと一緒にいる限り、幸運の女神のゆっきーがいる限り、ずっと沈まない。そう、約束したでしょ……?」

「でも……」

「でもじゃないよ。ゆっきーの相方は私なんだから。」

「うぅ……時津風ぇ……時津風ぇ……!」

 

涙を流すゆっきーをぎゅっと抱き締める。そこには今まで通りのゆっきーがいて…。

ゆっきーとちゃんとおしゃべりできたのは、いつぶりだろうか。

 

 

────────────────────────

 

 

「…ひとまず、大丈夫そうですね。会話も、たわいの無いものになりました。」

「………そうね。私たち艦娘を、舐めてもらっちゃ困るわ。」

「………なんで朝潮さんではなく、満潮さんが?」

「………別にいいじゃない。今日の秘書艦の仕事は、ほとんどないようなんだし。」

「まぁ、そうですが……。」

「たまには、こーゆー日があっても、いいでしょ?」

「……そうですね。」

「……!?ちょっ!?頭を撫でてほいしわけじゃないんだって!」

「あれ、違いましたか?時津風さんと雪風さんを見ていたら、なんだか寂しくて、怖くて。だからここに来たんじゃないんですか?」

「はぁっ!?なにそれ、意味わかんない!」

「整備士の勘、ですよ。」

 

だんだんと会話がたわいも無いものになっていくのを感じて、1度記録を止める。顔を真っ赤にしながら憤る満潮の顔を見て、

 

 

「満潮さん……そういうことは、何よりも先に、報告してください。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酷く打ちのめされるのだった。

────────────────────────

 

またいつもと同じ、夢を見た。

私に向かって、雪風に向かって、助けて。助けて。と言いながら仲間が沈んでいく夢。

かつて仲間だったものに、暗い暗いところに、引きづり込めれそうになる夢。

帰りついた"家"であるべきところで、なぜ帰ってきた。死神が。と罵られ、殴られ蹴られる夢。

 

今日もそうなるはずだった。

 

そこに敵は居なくて、艦隊のみんなが笑顔で手を振っていて。

 

暗い暗いところから、呼ばれていても、時津風が私の手を引いて。

 

帰ってきたところは、凄く暖かいところで。

 

「よく頑張ったな。」

 

何度も声を聞いた訳でも無いのに、あの人の声が聞こえる。

 

撫でてくれる手は、とっても暖かくて。

 

"帰ってきた"ことを、しっかり教えてくれる。

 

隣には、笑顔の時津風。

 

雪風はもう、どこにも行かない。暗い水底に呼ばれても、海色に染まることは無い。

 

 

 

 

 

 

だって私、駆逐艦雪風の居場所は、ここなんだから。




これにて雪風編、ひとまず終了です。

とはいえ、雪風の心の傷は完全に癒えた訳では……

そして満潮さんに、何があったのでしょうか……。


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第十一話

「……。な、なにそれ、意味わかんない…!」

「…微かに泣き腫らしたあとのような眼、僅かに腫れている額、おかしな折り目が付き、よれている制服。朝には見られなかった異常です。隣の部屋に注意が向いていたとはいえ、ここまで気づけなかったのは失態です。一体、何があったんです?」

「………何も無いわよ。ただ転んで、頭を打っただけよ。」

「…………そうですか…。ならお風呂に行って、傷を癒してきてください。」

「待って…!今は……そばにいさせて……。傍なら…忘れられるから………。」

「……わかりました…。」

「川原さんの手は暖かくて、優しくて……全然違う…。」

「……………………。」

 

 

そっと肩に手を回し、優しく抱き寄せながら頭を撫でていると、そのうちに満潮は一定のリズムで寝息を立て始めた。

 

 

しばらくそうしているうちに、部屋に明石がやってきた。

 

「………?なにかあったんですか?」

「……おそらくですが、外で鉢合わせてしまったんでしょう。そこで暴行を行われたと見るべきかと。確認していませんがおそらく服の下にも数箇所、痕が残っているかもしれません。」

「そうですか……。」

「雪風さんの最大の懸念事項が解決された途端に、これですよ…。まだまだ、道のりは長そうです………。」

 

────────────────────────

「ふぅ。あの満潮とかいう生意気なメスガキをボコボコに殴って久々に清々したわ。」

「あの小娘はことある事に我々に逆らってきましたからなぁ。兵器の癖に、我々に盾付き、グチグチと文句を垂れる姿は鬱陶しい以外の何物でもない。」

「全く、提督殿は羨ましい限りですなぁ。」

 

提督室で執務の一切を放棄した提督、大久保と憲兵隊長、西田、それに憲兵副隊長の福山が酒を飲んでいた。

 

「おい!大淀!まだ終わらんのか!?」

「す、すみません……ここ連日の執務で体調を崩しておりまして…」

「口答えするな!お前らは人間に従順であるべき兵器だ!分かったらとっとと終わらせて酌をしろ!」

「は、はい……。」

「ったく……大淀まで逆らいおって……」

「提督殿、我々憲兵隊が"懲罰"を加えましょうか?」

「えぇ、それがいいやもしれませぬ。」

 

ニタニタと笑いながら西田と福山が大久保に話を持ちかける。

 

「いや、私が後で直接やろう。何より、憲兵隊に引っ張られていってしまっては、仕事を全て任せることが出来ないからの。」

 

その目に醜い欲望の光を灯し、訪れるであろう快楽の波に思いを馳せながら、大久保が却下した。

 

「そうですか。ではまたの機会ということで。」

「そういえば先日数日貸して頂いたあの羽黒という娘は、いいものでしたなぁ───

 

────────────────────────

「……やっぱりぼーかんしてるだけなんてゆるせないです。」

「われわれはけっきすべきだ!かんむすのため!」

「まて!まだおやぶんから指示はでていない。はやすぎる!」

「そんなことをしていたらひがいしゃがふえるだけだ!」

「てんちゅーを!てんちゅーを!」

「「てんちゅーを!てんちゅーを!」」

「「「「「てんちゅーを!」」」」」

「……しかたあるまい。おやぶんに、うかがいをたてようか……。」

「おぉぉぉぉぉぉ!さすがはたいちょー!」

「はなしがわかるおひとだ!」

「だが!おやぶんがやめろといったら、ぜったいにやらないぞ!?いいな!」

「われわれはおやぶんにいっしょうついていくとちかったみ!だんじてめいれいいはんはおこさない!」

「……よしわかった。きいてこよう。」

 

 

「というてんまつなのです。」

「困りましたね……。」

「しょうじき、わたしとしては、げんじょうでは、ことをおこしたところでなにもかわらないのです。われわれがうごいたところで……」

「えぇ、わかってます。この鎮守府における証拠集めは捗っていますが、汚職、横領、その他の証拠集めも難航していますし、妨害対策も、情報を開示する先も、開示するルートも全て整っていません……。」

「どう、いたしましょうか、おやぶん。」

「全妖精さんを、招集してください。私が直々に、話をつけます。」

「りょーかい!」

 

 

 

工廠の奥である建造ドックのさらに奥、地下秘密基地にていつしか300人を超えた妖精さん達全員が結集した。

 

「おやぶんからのおなはし!ぜーいん、けいれー!!」

 

ビシィッ! と効果音が付きそうなほどに見事な海軍式敬礼を、妖精さん達がする。妖精さん達が二頭身でなければ、さぞ絵になっただろう。

 

「コホン。皆さんの、艦娘を救いたいという気持ちはひしひしと伝わってきました。」

「おぉ〜!ということは…!」

「しかし、待って欲しい。この鎮守府での証拠集めができたところで、それは周りからもみ消されて終わりとなります。証拠を開示するルートとその先。妨害対策、それらは全く進んでいません。まだまだやることは沢山あります。くれぐれも先走らないでもらいたいです。」

「「「「「「「「さーいえっさー!!」」」」」」」」

「それではこれより、実働部隊、鎮守府外情報収集部隊を編成します。一気に進めますよっ!」

「「「「「「「「「うぉぉぉぉ!!」」」」」」」」」




リアル麻雀に面子合わせのために駆り出されておりました。

遅れて申し訳ありません。


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第十二話

仮称、執務室に、"隊長"などと呼ばれるリーダー格の妖精さんを何人か集め、会議を開始した。

 

「いまげんざい、われわれは318めい、いるであります。」

「そのうち、めだったやくしょくについていないのは、198めいであります。」

「ふむ...。ではまず、資源班を新設します。鎮守府の資材とは別に、我々で自由に使う資材を集め、保管する班です。これの人員は64名。16名一小隊として、海域にて活動してもらいます。」

「りょうかいであります。しげんはんはわたしにおまかせください。」

「それでは、資源班班長に、任命します。」

「資源班班長、拝命しました!」

「整備妖精隊長さん、整備隊の人員を34名、拡張してください。」

「あいわかった!」

「整備隊には今後、戦闘班の武器の作成も行ってもらいます。問題ないですか?」

「あったりまえよォ!」

「では時が来たら、いずれ。次に実働部隊。対人、対艦娘、対深海棲艦、全てにおいて対応して貰います。班員は40名。隊長は……」

「はい!わたしにじつどうぶたいたいちょうを!」

「それでは、よろしくお願いします。」

「実働部隊隊長、拝命!頑張ります!」

「最後に情報部隊。鎮守府内外における情報収集、情報の保護などを行ってもらいます。人員は残る60名。最重要部隊です。隊長は……」

「わたしにおまかせあれ!であります!」

「あなたですか。わかりました。それではよろしくお願いします。」

「情報部隊隊長、拝命!全力を尽くします!」

「あ、あのー……わたしは、なにかないのですか?」

 

1番トップの妖精さんに、役職を振ることをすっかり忘れていた。

 

「それでは……妖精長。妖精長に任命します。私が指示できない場合、全ての指揮権は妖精長に。情報部隊隊長を副長とします。問題無いですね?」

「妖精長……。この任、謹んでお受けします!」

「各部隊、各班の編成や、各部隊の副隊長などの策定は、皆さんに任せます。決定したら、妖精長を通じて報告をお願いします。報告が来次第、任務をお願いします。」

「「お任せ下さい!我ら一同、ご期待に応えてみせます!」」

 

隊長や、班長という役職を与えると、一段と流暢に喋るようになる。人と強い絆で結ばれた艦娘は通常よりも強いという話もある。妖精さんも同じものなのだろうか。そんな疑問を抱えながら、妖精さんとの会議を終了した。

 

 

 

 

「妖精長……妖精長………。」

「実感が湧かないですねぇ。」

「実働部隊隊長か……。」

「おらおら、何しんみりしてるんだ。お前らはこれからまだ仕事があるんだろう?早くしないと、整備班が優秀な人材を全員持っていくぞ?」

「なぁっ!?情報部隊は1番重要な部隊だ!優秀な人材はうちが貰う!」

「実働部隊にも必要だ!」

「……おほん。」

「「「「…………。」」」」

「妖精長より命じる。親分の期待に応えるぞぉっ!」

「あったりめぇよ!」

「一生着いていくと誓った身!」

「今働かずしていつ働くか!」

「全力を尽くすのみ!」

 

各部隊長、班長は地獄のスカウトレースに数日の時間を費やすことになるのだった。

────────────────────────

「整備士さん、もう、やめて貰えませんか。」

「誰に何と言われようと、辞めるつもりはありませんよ?」

「妖精さんを通じて何をしているのか逐一私たちにはわかるんです。……もう、やめてください。…辛いんですよ………。」

「やめません。ここの艦娘を救うまでは、やめません。」

「……………。」

 

これで4度目だ。奴らがこっちの動きに気づいてるとは思えないが、他の艦娘達にはバレている。それが余計彼女たちの心を蝕んでいるようだった。密告されれば一溜りもないが、こちらから何かできることがある訳でもない。あるとすれば…

 

「大淀さん。この鎮守府に所属する、全ての艦娘に、この情報を同期して貰えますか?"私は、いえ、我々は、この鎮守府から、奴らを追放する"と。奴らとは、言わなくても分かりますよね?」

「そんなことできるわけないじゃないですか!?」

「それが案外。汚職、横領、この鎮守府の実態。全て洗いざらい報告すれば、奴らの首が飛ぶのは確実でしょう。」

「なら今すぐ…!」

「出来たらどれほど嬉しいでしょうかねぇ。物資横流しとそれに付随しての金品のやり取り、その他汚職の闇は下手すると大本営、もしくはそのさらに上層まで繋がってますよ。こんな段階で告発すれば、もみ消されて自分が消されるか、責任取りに提督1人が切られて終わりです。本質は何も変わりません。」

「そんな………」

「人は貴女達とは違って、腹黒くて狡猾で、滑稽な生き物です。」

「……………。」

「だからまだ、待って貰えませんか。」

「…………わかり、ました……。」

「御理解いただけたようで、何よりです。」

 

このやり取りも、4度目だ。早く動かなくては、完全に手遅れになるかもしれない。……とはいえ、情報収集もまだまだな上、睦月型、吹雪型のカウンセリングは一切進んでいない。

 

明日は思い切って、吹雪達と話してみるとするか……。

 

────────────────────────

誠和3年4月14日

燃料:93944

弾薬:117242

鋼材:108761

ボーキサイト:83875

 

一晩のうちにボーキサイトの大幅な減少。監視カメラの情報待ち。

雪風、時津風の和解が完了。

しかし雪風の状態には不安が残る。今後もしっかりとカウンセリングを行っていきたい。

満潮は、明日秘書艦なので、しっかりとコミュニケーションを取っておこうと思う。

妖精さん達に役職を与えると、知性が上昇する可能性がある。興味深い出来事だ。

 




妖精さん可愛い


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第十三話

吹雪大好き提督に喧嘩を売るような話になってしまった。

今度吹雪甘々短編書くんで許して……


満潮や雪風が夕食の支度をしているところに、珍しく吹雪がやって来た…。

 

「吹雪型3名、睦月型4名には今後一切食事もはや何もかもいりません。関わらないでくださいと、あのお方にお伝えください。」

「………はぁ?吹雪、あんた何言ってんのよ?」

「今言った通りですが、何か?」

「あんたねぇ。川原さんがあんた達についてどれだけ心を痛めてるか知ってんの!?」

「知るわけないじゃないですか。」

「あの人が優しく好意を持って接してくれてるのに、それを受け取らないとかおかしいんじゃないの?」

「あの司令だって、最初の頃はとっても優しく接してくださいましたよ?それがあぁなったこと、忘れたんですか?」

「川原さんがそんなことする訳ないじゃないの。」

「ふっ。どうですかね。」

「吹雪!あんたいい加減にしなさいよ!」

「そっちの方こそ、いい加減にしたらどうです?ちょっと優しくされたからって、ころっと騙されてホイホイ着いていって。馬鹿らしいですよ。」

「…あんたってやつは!」

「殴りたいなら、殴ればいいんじゃないですか?」

「2人ともいい加減にしなさい!」

「あ、朝潮姉……なんで止めるのよ。」

「いいから離れなさい。」

「………はい。」

「なんですか?もしかして、あなたまで私を叱る気ですか?」

「いえ、そういうことではなく。」

「ならなんですか?」

「全員分要らないというのは、睦月さん、弥生さん、皐月さん、文月さん、白雪さん、綾波さんの、総意なんですか?」

「…当たり前じゃないですか。」

「なら、確認してきますね。」

「えっ、ちょっ─

「なんですか?何か不都合があるんですか?」

「ひっ………。」

「満潮、吹雪。くれぐれも喧嘩はしないように、ね?」

「は、はいっ!」

「わかりましたっ!」

 

 

 

 

「なぜ、あなた達は吹雪さんに同調したんですか??」

「だってそうしなきゃ…吹雪ちゃんが、壊れちゃいそうだったから……。ね、白雪ちゃん。」

「この頃、どんどんおかしくなっていってて……。」

「なるほど。睦月さん達は?」

「え、えーっと……そ、その、美味しいご飯が食べられなくなるのは、こ、困るにゃし…。だけど、吹雪ちゃんに睨まれたり、叩かれたりするのは、もっと嫌にゃし…。」

「せっかく助けてもらったのに、また痛い思いをするなんて、ボクは嫌だよ……。」

「あ、あたしも同じかなぁ〜……。」

「や、弥生も……。」

「わかりました。その旨、しっかりと川原さんに伝えてきます。安心してください。あの人は、ほんとにすごいんですから。」

 

 

 

「事情はわかりました、吹雪さん。とはいえ、少なくとも今日の夕食分は作ってしまったので、食べてもらわないと困るのですが。」

「…………いいですよ、最後くらい。」

「好ましい返事をいただけて光栄ですね。」

────────────────────────

「うーむ……。」

「これは相当末期ですよ……。」

「お願いします。助けると、約束してしまったんで………。」

「お願いされなくても、何とかしますから、安心してください、朝潮さん。」

「ありがとうございます…。」

「とはいえ、朝潮さん含め、全員に協力してもらいますよ。」

「お任せ下さい!不肖朝潮、全力を持って司令官に尽くします!」

「そこまでとは言ってないんですけどね。」

 

そう言いながら頭を撫でているものの、その動きはぎこちなかった。

 

────────────────────────

 

「…お腹空いたにゃし。」

「ボクも……」

「あたしもぉ〜……」

「さすがに、ここ何日も、何も食べなかったら…。」

「……文月達は、別にここに残る必要、ないよ?」

「ううん。ボクは吹雪ちゃんと、睦月お姉ちゃんが心配だから、ずっと一緒にいるよ。」

「文月も。さっちゃんや睦月ちゃんだけに辛い思いをさせる訳には行かないから〜。」

「弥生は、白雪ちゃんと、綾波ちゃんが心配だから……。」

「………ほんとになんで、睦月の妹達はこんなに優しい子が多いのか謎にゃし…。」

「睦月お姉ちゃんが優しいからだね!」

「そうだねぇ〜。」

「弥生も、そう思う。」

「そう言われると照れるにゃし…」

「可愛い睦月お姉ちゃんのためにも、ボク達でやれる限りのことを頑張るぞぉっ!」

「あたしも協力するよぉ〜!」

「弥生も、頑張る。」

「よぉ〜っし!睦月ちゃんも、吹雪ちゃんのために、頑張っちゃいますよぉ〜!」




睦月型は癒し


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第十四話

遅れて大変申し訳ございませんでした。

家の都合やスケジュール調整が間に合わず、土曜日に投稿出来ませんでした。
大変申し訳ございません。


(私が、頑張らないと……。みんなのために……。私がもっと頑張らないと………。もっと……もっと………………)

 

コン。コン。コン。

控えめなノックの音が、仮設執務室の中に響く。

「こんな時間に、どなたですか?」

「あ、あの……む、睦月……です。」

怯えや恐怖などの様々な思いの混ざった声が聞こえる。

「睦月さんでしたか。入っても問題ないですよ?」

「外で……許してください………。命令なら、入りますけど……。」

さすがに、恐怖心が圧倒的なようで、それを踏み出すことが出来なかったようだ。

「……………わかりました。それで、どうしたんですか?」

「ふ、吹雪ちゃんのことで………。」

「吹雪さんのことですね。どうしましたか?」

「あ、あの……解体処分だけは…やめてください……。代わりの処分は……私が受けますから……。」

「安心してください、解体になんて、させませんから。」

「…ほんと……なんですか…?」

「今嘘を着いたところで、私にはメリットが無いので、ね。」

「……………り…とう………ます。」

「…………………感謝される筋合いはないです。現にあなた達も吹雪さんも、助けられていませんから…。」

「わかりました…。」

 

 

吹雪が干渉しないでくれ、と言ってから数日。川原整備士に明石、それに雪風や時津風、朝潮に満潮が全員集合して、話し合っていた。

 

「ということがありました。」

「うっそ!?あの睦月が!?」

満潮が大きく声をあげ、それにビクッと雪風と時津風が反応する。

「え、先日話した時は、普通でしたし、驚くようなことでしょうか…?」

「コミュニケーションを取るように、「命令」しても、会話をしてるところを見たことなかったからよ……。」

「とにかく、睦月さん達も協力してくれるようですので、連絡役は、業務の一環として、朝潮さんと……そうですね、雪風さんにお願いしてみましょうか。」

「ゆ、雪風ですか!?」

会議には呼んだものの、何をするのか事前に伝えていなかったため、雪風は大きく驚いた。

「えぇ、あなたの人懐っこい笑い方は、吹雪さんも少なからず癒されるはずですから。時津風さんも、手伝ってあげてください。」

「頑張ろうね!ゆっきー!」

「はい、頑張りましょう!」

雪風と時津風が笑顔で向かい合って、そう宣言する。誰がどう見ても、微笑ましい絵面だ。

「……え、あたしは?」

数瞬の間を置いて、満潮が素っ頓狂な声を上げる。

「満潮さんには、極秘任務をお願いしたいです。」

「ご、極秘……。」

ゴクリ、という擬音が着いてもおかしくないような反応と共に、即座に理解する。

「詳細は私、明石の方から後でお伝えしますね。」

「わかったわ。」

「それでは、話を戻します。現状、吹雪型の皆さんと、睦月型の皆さん。特に睦月さんは、非常に辛い状況にあるはずです。」

「なぜ、睦月さんが、なのでしょう?」

「睦月さんの声が、恐怖ともなんとも取れない、悲痛な雰囲気を纏っていたので。」

「しれぇはそんなこともわかるんですね!」

「何となく、ですけどね。」

「ええっとそれで、具体的にはどうすればいいのよ。」

「おそらくこれから、睦月さんが睦月型の皆さんを庇ったりすることが多発する可能性が予測されます。それを皆さんには、カバーしてもらいたいのです。」

「でもそれって、どうすればいいの?」

「睦月型の皆さんに積極的に接してあげてください。」

「えーと、それだけでよろしいのですか?」

「はい。それだけで構いません。睦月さんの負担を減らすこと。それを第1目標としてください。」

「了解しました。」

「私はその間に、白露さんや不知火さん、陽炎さん。村雨さん、お二人の許可が降りれば、大潮さんとも、カウンセリングをしていきたいです。」

状態がさらに変化するまで、吹雪たちの件には干渉できないと川原は判断したため、他の駆逐艦のカウンセリングを優先することを決めたのだった。

「えーと、期間はいつまでにするのよ?」

「それは明石さんと妖精さんに判断してもらいます。」

「抜かりなくやらせてもらいますよー。」

「ということで皆さん、吹雪型の皆さんと、睦月型の皆さんのため、頑張りましょう!」

「「「了解!!」」」

 

 

6人での会議からさらに数日後、その日は朝潮が睦月達に会いに来ていた。

「睦月さん、皆さん、大丈夫ですか?」

「お腹がすいたのはもう慣れたし、出撃もないから全然大丈夫にゃし。」

「ボクは1日1日が、ヒマかなぁ。本当のことを言うと、ボクはあの人とお話してみたいかなぁ……。」

「あたしはまだちょっぴり、怖いかなぁ〜…。」

「…弥生も、やっぱり、怖い……。でも、皆と一緒なら、大丈夫かも……。」

「一応元気そうで安心しました。吹雪さん達は?」

「ここ数日、顔を見せてくれてないにゃし……。とっても心配にゃし……。」

「……わかりました。あとで様子を見に行っておきます。」

「…………。」

「ん?睦月おねーちゃん?」

「睦月ちゃん……?」

「んにゃっ!?あっ、ちょ、ちょっとボーッとしてただけにゃし。大丈夫にゃし!」

「睦月さん、司令もとい、川原整備士からこれをと。」

「……これは?」

「寝る前に飲むように、と。」

「………わかったにゃし。」

「…そろそろ時間なんで、私は行きますね。」

「えー?遊んでいこうよ〜!」

「あたしも遊びたいかなぁ〜?」

「明日は雪風さんが、面白い遊びを考えたと言っていたので、明日まで待って貰えますか。」

「でもぉ〜。」

「ダメにゃし。朝潮ちゃんは、睦月たちのために、色々頑張ってくれてるにゃし。邪魔しちゃダメにゃし。」

「そうだよ…皐月ちゃん、文月ちゃん。」

「はぁ〜い。」

「わかったよぉ〜。」

「それでは。」

 

 

「川原司令官、言われた通り、渡してきました。」

「ありがとうございます。これで少し、改善してくれればいいのですが……。」

 

そう言いながら、書類へと向かった顔は、沈痛な面持ちをしていた。




来週に関しても、スケジュール調整が上手くいくか分からないので、投稿が遅れる可能性があります。

誠に申し訳ございません。


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第十五話

薬を貰ったその日、皐月や文月よりも早く、それこそ気絶するように眠る睦月の姿があった。

「睦月おねーちゃん、やっと寝たね。」

「お薬の、おかげなのかな……。」

「何はともあれ、休んでくれるだけでも嬉しいよぉ〜。」

「ふぁ〜あ………。ボク達も、寝よっか。」

「そう…だね……。」

「じゃあ、おやすみぃ〜…。」

電気を消し、暗い部屋の中で4人が並んで眠る。

睦月の表情が苦悶の色に染まっていることに気付かぬまま……。

 

 

 

 

暗い………。

 

司令……官………?

 

嫌っ!嫌だっ!離して!痛いのは嫌だ!辞めて!辞めて!如月ちゃん!皆!見てないで助けてよっ!

 

「睦月ちゃんだけ助かった罰よぉ…」

「私たちは見殺しにして、自分だけ助かろうって、最低だね。」

 

違う!睦月はそんなんじゃ!

 

「へっ、何が違うって言うんだい?」

「私のことすら、助けてくれなかったのに…。」

 

違う!私は…私は……!

 

「自分だけは助かりたかったんでしょ?」

 

違っ……そんなつもりじゃ……………

 

「それ相応の罰を受けるべきだよねー。」

 

嫌っ!いやぁっ!来ないで!嫌だ!嫌だ!

 

「抵抗しちゃだめよぉ?睦月ちゃん…。」

 

いやっ!離して!離して!

 

「私たちが味わった辛さを、睦月ももっと味わえばいい。」

 

痛いのは嫌だよ!睦月だって知ってるから!ねぇっ!みてないでたすけてよぉっ!痛いっ!痛いっ!いやぁっ!やめて!助けて…助けてよ……………。

 

 

 

「はぁっ…………はぁっ………………。」

 

夢……………か。もう…眠るのも……嫌だ…………。薬の………せいか………。今のうちに……捨てちゃおう………。私は、睦月は、もう逃げたりしちゃだめなんだから………。吹雪ちゃんとか、みんなのために、助けられなかった子達の分まで、死ぬまで頑張らなきゃなのに……………。

 

 

 

「あっ、睦月おねーちゃん、おはよっ!」

「おぉ〜、皐月ちゃん、おはようにゃし。早起きにゃしねぇ〜。」

皐月の頭を撫でながら、そう答える。

「へっへーん!明日は睦月おねーちゃんよりも早起きしちゃうもんねー!」

「おぉ?言ったにゃしね?起きれなかったら、くすぐりの刑にゃし〜!」

その姿は、誰もがよく知る睦月型一番艦睦月の姿に変わりなかった。

 

 

 

 

その日、睦月は吹雪に呼び出されることとなった。

「ねぇ、睦月ちゃん…。」

「な、何…?吹雪ちゃん………。」

「なんで、雪風ちゃんとか時津風ちゃんとかが、来てるの?」

虚ろな目で睨みつけながらそう詰め寄る。

「な、なんのこと…かな………。」

「誤魔化さないでよ。ねぇ。誤魔化さないでよっ!」

「ひっ…」

「私のことを、騙し通せるとでも?」

「あの子たちは、悪い子じゃないから…!」

「から…?」

「大丈夫……。」

「なんで?あの2人も、あの男に洗脳されてるんだよ?」

「そ、そんなことないよ!」

「なんでわかるの?また騙されてるに決まってる!また酷い目にあって思い知ればいい!」

「で、でも……!」

「何?私は睦月ちゃん達と、妹達を守るためにこうしてるんだよ!なんでわかってくれないの!?」

「それはわかってるけど…!」

「ならなんで従ってくれないの!?」

「そ、それは…睦月にも考えが……」

「なんで!?ねぇなんで!?関わらないようにするのが1番に決まってるのに!なんでわかってくれないの!?」

そう言いながら、踵を返し、帰ろうとする。

「ま、待って吹雪ちゃん…」

「来ないで!」

「いやでも…」

睦月が吹雪の手をつかみ、立ち止まらせようとする。

「来るなって言ってるの!」

それに抵抗して振り返り、睦月の手を振り払うと、思い切り手をふりかぶる。

「あっ……あぁっ…………いや………いやっ…いやっ…ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

その吹雪の姿が睦月のトラウマを抉る。

「あ、む、睦月ちゃん!」

「いやぁっ!嫌だっ!来ないで!近寄らないで!触らないで!痛いのは嫌っ!許して!許して!いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

思い切り悲鳴をあげる。そしてその悲鳴が呼び水となり、

「睦月、おねーちゃん……?おねーちゃん?おねーちゃん!?ねぇ、どこなの!?おねーちゃん!おねーちゃん!睦月おねーちゃん!!」

「いや、いや、帰ってきてよ、睦月ちゃん……いやだ嫌だよ………。」

皐月と弥生のトラウマも呼び起こされる。

「皐月ちゃん!弥生ちゃん!しっかり……!」

「ゆ、雪風、しれぇを呼んできます!」

 

そしてことの発端となった吹雪は、呆然自失としていた………。




来週投稿できないかもと言いましたが、無事投稿出来ました。

来週もよろしくお願いします。


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第十六話

明石が到着すると、パニック状態に陥った睦月、皐月、弥生の3名に手早く鎮静剤を打ち、医務室への運び込む。

「処置完了。朝潮さん、雪風さん、様子を見ててもらうことは出来ますか?」

「はい、明石さん、お任せ下さい。」

「それじゃあ、お任せします。私は川原整備士の所にいるので、目を覚ましたら、すぐ連絡をくださいね。」

「「わかりました!!」」

元気よく返事をした2人にニコリと微笑むと、整備士と合流すべくいつもの部屋へと向かった。

────────────────────────

いつもの面談室にて吹雪と対面する。彼女の顔は恐ろしい程に暗く深く沈んでいた。

「吹雪さん。」

「.........。」

「返事を、してくださいませんか。」

「...はい。」

「綾波さんや、白雪さんは、元気ですか?」

「………はい。」

「皐月さんや、文月さんはいかがですか?」

「一応…元気だと思います…。」

「それなら一先ず安心ですね。」

「あの…なんでこんなこと聞くんですか…。」

「なんで、とは?」

「…早く、早く処分を下してくださいよ!役に立たない兵器など、処分するに限るでしょう!?」

机をバンと叩き立ち上がる。

すかさず隣に立っていた明石が静止させ、席に座らせる。

「兵器…ですか……。艦娘は、兵器などではないですよ。」

「艦娘は、兵器以外の何者でもありません。吹雪型駆逐艦1番艦吹雪などいくらでも換えが効くんじゃないですか。早く解体にせよ、雷撃処分にせよ、奴隷扱いにするにせよ、処分を下してください。」

「換えが効く?何を仰ってるんですか?」

「何をって、当たり前のことじゃないですか。」

「なら私が仮に、建造を行い、新たに吹雪型駆逐艦1番艦が着任して場合、その吹雪さんは、白雪さんや、綾波さん。睦月さん達のことを、あなたほど考えませんよ?」

「それは……」

「どこが、"換えが効く"んですか?」

「っ……………。」

「それにあなたは、処分を受けたがっている。いえ、正確には、"もしも会った時に、彼女に許されてしまうことが恐ろしいから、その機会を永遠に無くそうとしている"といったところでしょうか?」

「そんなこと、あるわけないじゃないですか!どこに根拠があるんですか!?」

「あなたの顔に書いてありますよ。何も処分を望むだけなら、そんな暗い顔をする必要は無い。白雪さん達に手を出されたくないというのなら、私に誓約書を書かせればいいだけの話ですし。」

「そんなこと!そんなこと…………。」

「吹雪さん。あなたが今、自分自身を誰に投影しているか、あえて言うことはありませんが、あなたはそんなのではない。」

「なっ…違わなくなんか……」

「あなたはこうして、反省することも罪悪感を覚えることも出来ている。これでいて、何が違わないでしょう?」

「………………。」

「あなたは兵器などではない。あなたは、誰かを想い、悩み、実行し、また悩んでいる。1人前の艦娘であり、人間ですよ。」

「そん、な……………。」

「それでは最後に、あなたへの処罰を伝えます。」

「必ず、睦月さんに謝り、仲直りすること。2つ目は、毎朝私のところに来ること。この2点です。」

「えっ…………」

「それでは、また明日。明石さん、吹雪さんを頼みました。私は、睦月型の皆さんの方に行ってきます。」

「わかりました。」

 

 

その時の彼女の顔は、先程とは別の意味で、呆然自失としていた。

 

 

 

────────────────────────

この鎮守府に、初期艦として着任した吹雪は、ここの提督の何もかも全てを知っている。

憲兵隊を丸め込み、贈賄と艦娘をあてがうことで鎮守府の全員を丸っと味方につけ、監査時には演技を強要させることによって情報漏洩を阻止することに成功。

そんなクズに刷り込まれた、

 

「艦娘とは兵器だ。人間の言うことにただ従えばいい。」

 

というものが、洗脳のごとく、いや、洗脳としてこびりついていた。

外の世界を知らない彼女は、いとも容易くそれが真実であると、教えこまされ、信じ込んだ。

 

 

そんな彼女からすれば、艦娘を人として扱う、あの男の方が異常であった。

 

 

本能としては、あの男が、彼が正しいと分かりきっていた。しかし、偽りの真実を盲信する理性が、それを全否定する。ありえない、有り得るはずがない。アレが正しいのだ。アレが本来あるべき鎮守府の姿なのだと。

 

しかし彼女は、アレが本来あるべき鎮守府の姿ではないことなど、とうの昔に分かりきっていた。

 

その最後の理性によって、彼女は、毒されていない、吹雪型、睦月型の艦娘を囲い込み、守ろうとした。現に鎮守府には、頑強に立てこもりを続ける艦娘がいるという。彼女の最後の良心が、それを選択させた。

 

「あの男にも、何か邪な考えがあるはずに違いない。」

 

と。




少し短くなってしまいましたが、キリがいいので今回はここまで。


総UA16000、お気に入り120、突破しました!

皆様ほんとにありがとうございます。


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第十七話

医務室に入るなり、パタパタと雪風が駆け寄ってくる。

頭を撫でながら、話を聞く。

「しれぇ!」

「雪風さん、三人は?」

「ぐっすり眠っています!」

「それなら良かったです。朝潮さん、雪風さん、白雪さんと綾波さんの様子を見てきて貰えますか?」

「了解しました。」

「お任せ下さい!」

 

2人が医務室を出ていったタイミングを見計らって、声をかける。

 

「さて、睦月さん、起きていますよね」

睦月の体がビクッと震える。

「な、なんでわかった……にゃし……?」

「勘…ですかね?」

「ほんとにおかしいにゃしい………」

「さて、私は睦月さんとお話がしてみたいのです。怖かったらそのまま、こちらに背を向けたままで問題ないです。私は扉の前から、動きませんから。」

「………わかったにゃし………。」

「まず1つ目、睦月さん、寝れてないですよね?処方した睡眠薬も既に棄ててありますよね。」

「な、なんで………」

「朝潮さんからの報告、妖精さんからの報告、睦月さんの体調と行動、それら全てから総合的に判断しました。」

「ほんとに……規格外すぎるにゃし………。」

「褒め言葉として、受け取っておきますよ。」

「………その通りです。でも、睦月は寝る必要なんて、寝る資格なんてない。」

「なぜです?」

「睦月は……助けられなかった……。吹雪ちゃんだって白雪ちゃんだって、綾波ちゃん、望月ちゃん、水無月ちゃん、長月ちゃん、菊月ちゃん、三日月ちゃん、卯月ちゃん、敷波ちゃん、黒潮ちゃん、霞ちゃん、霰ちゃん、萩風ちゃん、舞風ちゃん、夕雲ちゃん、長波ちゃん、神風ちゃん、朝風ちゃん、夕立ちゃん、春雨ちゃん、五月雨ちゃん、涼風ちゃん、響ちゃん、暁ちゃん、雷ちゃん、電ちゃん、漣ちゃん、潮ちゃん、曙ちゃん、そして1人目に来てた皐月ちゃん、天津風ちゃん、島風ちゃん、神通さん、名取さん、長良さん、加古さん、妙高さん、衣笠さん。他にも………他にも………………」

「それはあなた1人が、助けられたのですか?」

「そんなことは……ない………。」

「ならなぜ、眠る資格なんてないと?」

「当然のこと。睦月はその人たちが犠牲になってくれたから、今ここにのうのうと生きてる。その人たちが生きる分だった命を、睦月が無駄に使ってる!睦月が誰かを庇って沈めば良かったんだ!睦月が誰かの身代わりになって砲撃を受ければよかったんだ!睦月が誰かの盾になって、雷撃を!爆撃を!受けて……そのまま沈めば……よかったんだ…………。」

「そんなことは」

「ある!睦月は誰の役にも立てない!睦月は何の役にも立たない!無能だ!無能だ!無能だ!無能だ!

役に立ちすらしない兵器など、いる必要がない!沈めばいい!誰かの、強いひとの!有能な人の!戦える人の!身代わりになって沈めばいい!睦月なんて……睦月なんて……………みんなを見捨てて裏切った………最低な艦娘よ…………………。」

「……………睦月さん、1度でいいです。立って、こちらを向いてくださいませんか。」

「………………わかった。………これでいい?」

「動かないで、くださいよ。」

 

恐る恐ると言った形でこちらを見て、立つ。初めてこの鎮守府の睦月さんと目が合う。それから黙って何も言わず、力を込めて抱き締める。

 

「なっ!?なァっ!?え、はぁっ!?」

直後、混乱した睦月さんの声が聞こえるが、そんなことに構う事なく、ぎゅっと抱きしめる。

「そんな悲しいこと、言わないでくださいよ。いつ誰が、あなたに役に立たないと言いましたか?いらないと言いましたか?」

「そ、そんな事、言われなくてもわかる……。」

「ならなんで雪風さんと時津風さんが、あなた達と遊びに行っていると?」

「それはあなたが……」

「私は確かに、体調等の様子を見てきてくれとは、お願いしました。ですが、睦月さん達と、仲良くしてとは、伝えていません。」

「だからってそれは……」

「いらないと思ってる相手と、かかわり合いをしようとしますか?」

「別にあれは、皐月ちゃんとか文月ちゃんとかのために……。」

「雪風さんと時津風さんは、毎回あなたも巻き込もうとしてたと思いますが?」

「そ、それは……別に…………ついでに決まってる…。」

「なら弥生さんは?皐月さんは?文月さんは?」

「っ……………」

「仮に誰かが、睦月さんにお前はいらないと言ったとします。でもそれ以上に、あなたが必要なんだと言う人がいることに、気づいてくれませんか?」

「………………そんなわけ……ない……。睦月なんて……睦月なんて………約立たずで、無能で…………どうせ、どうせ……都合のいい……嘘に…………」

「そんなことないっ!」

彼女の背後か、皐月さんが大声を張り上げる。自分がいるにもかからわず、だ。

「お姉ちゃんは、私たちにとってかけがえのない存在だよ〜。」

「居なくなられたら、すごく困る。」

皐月さんの大声に便乗するように、文月さん、続いて弥生さんも思いの丈を伝える。

「わかりましたか?睦月さん。あなたの事を不必要だと言う人は居ないし、誰もがいると言っていることに。今すぐ立ち直れとも言いません。ゆっくり時間をかければいい。だけど、悲しむようなことは、言わないでもらいたい。」

「ひぐっ……ううっ………睦月は……睦月は………まだ、ここにいても、いいのですか………?」

「もっちろん!」

「もちろんだよぉ〜!」

「睦月お姉ちゃんがいた方が、嬉しい……。」

「もちろんいいに決まっています。この鎮守府で、誰かがあなたを悪く言ったら、私が責任をもって、懲らしめに行きます。だから、大丈夫ですよ、睦月さん。」

 

そう言いながら、泣きじゃくる彼女を優しくこの手で、しっかりと抱きしめる。睦月型の3人と一緒に、そのままずっとずっと、泣き止むまで抱きしめていた……。




なんとなんと、我が小説の川原整備士が、他の方の作品にも登場しました!
私なんかの作品の設定を使っていただき感涙に耐えません。
是非とも皆さん、以下のリンクから読みに行ってあげてください!

https://syosetu.org/novel/258823/

また、総UAが17000をオーバーしました。ほんとに嬉しい限りです。これからもブラック鎮守府の整備士日記、ひいては川原整備士を、よろしくお願いします!


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第十八話

ゆっくりと抱きしめ頭を撫でているうちに、睦月の咽び泣く声は、やがて穏やかな寝息へと変化していった。

 

手近なベットに横たえると、改めて皐月、文月、弥生と向き合う。

 

「えっと……3人は、大丈夫ですか………?」

 

声をかけてみる。途端に弥生が皐月と文月を庇うようにしながら、後ずさりしていく。

 

「唐突なことととはいえ、声を荒らげるような真似をしたり、睦月さんのことを抱きしめるようなことをして、すみませんでした。」

 

ゆっくりとゆっくりと、しっかり頭を下げて謝罪する。

 

「えっと……えっと………謝らなくても…大丈夫です……はい…。」

「と言われても、緊急事態とはいえ僕が変なことをしたのも事実です。ほんとに申し訳ない…。」

「あの………謝らないで、欲しいです……。弥生は、お話したい…ので……。」

「弥生!?」

「弥生ちゃん!?」

「2人は静かにしてて……。弥生なら、まだ大丈夫だから………。」

「えっと、まず、助けてくれて、ありがとうございました…。あのままだったら、帰って……来れなくなってたから………。」

「帰って来れなくなってた?」

「はい……。弥生の勘、ですけど……。」

「今は?」

「なんとも…無いです……。みんなのおかげ………です。」

「……わかりました。ほかの点は、なにかありませんか?」

「………睦月ちゃんが起きたら、美味しいご飯を、みんなと一緒に食べたい……です。吹雪ちゃんとかも、一緒に………。」

「わかりました。準備、しておきますね。」

「それと……色々と、調べてる……んですよね?弥生に、お手伝いできることなら、何でも…します。辛いことだって……お話しします……。」

「弥生……」

「弥生ちゃん………」

「………わかりました。その時は、声をかけさせてもらいますね。」

「はい………。」

「ぼ、ボクも協力するよ…!」

「あたしも……」

「皐月……文月………」

「……………………わかりました。覚えておきます。ほかは、なにか……?」

「…………やっぱり、どうしても怖いので…朝潮ちゃんとかを、挟んでくれると……助かります……はい………。」

「わかりました。………っと。明石さんがこっちに来てくれたようです。私はこの辺で、出ていった方が、良さそうですかね…?」

「あ、えっと………弥生達が出るから、お姉ちゃんと一緒に、いてあげて欲しい………。」

「弥生!?さすがにそれは!」

「…弥生ちゃん……」

「私は……この人を……信じてみる………。この人は………多分、大丈夫だから……………。」

 

3人がそう言って押し黙ったタイミングで、明石が医務室に入室する。

 

「あー、えーと………来ちゃマズイタイミング……でしたかね……?」

「いえ、ナイスタイミングです。3人をすぐに休まさせてあげてください。多分、すごく負荷がかかってるので………」

「わかりました。えっと、弥生ちゃん、皐月ちゃん、文月ちゃん、こっちに、来てくれますか?」

「わかりました……。」

「はい、いい子達ですね。外で雪風さん達も待っていますから、そちらに向かいましょうか。」

 

ガチャンという音と共に、明石が3人を連れて出ていく。自分という存在が、確実に彼女たちにダメージを与えているのは明白だった……。

 

 

 

 

日が沈み、月明かりが優しく照らし始めた頃、睦月さんの目が覚めた。起き上がったかと思うとすぐさま当たりを見渡し、こちらにすごい剣幕で掴みかかってきた。

 

「っ…………!?3人は…?3人は…どこですか……!?」

「大丈夫、大丈夫ですよ。明石さんと雪風さん達に預けてありますから。」

「それなら……良かった…………。」

「疲れは、取れましたか?」

「…………久々に、ゆっくり休めました。」

「それなら良かったです。」

「その………さっきは…………」

「なんですか……?」

「……さっきは、怒鳴ったり、何もわきまえないで発言してしまい、申し訳ありませんでした。」

「なんで、謝罪するんですか?」

「艦娘は物じゃないにしても、人間じゃない。楯突くなんて、最低最悪の行為です。」

「そんなこと、無いですよ。さっきも言いましたけど、あなた達には明確に性格も、思考能力も、人格も備わっている。喧嘩したり、衝突したりして、当たり前じゃないですか。」

「でも…艦娘は……人間に従わなきゃ…いけない………。」

「誰がそんなにことを、決めたんですか?」

「えっとそれは……ここの……司令…………。」

「なら同じ人間である、私が言います。そんなルールは、存在しない。人間の言うことを必ず聞かなくてはいけないという決まりは、存在しない。ここにいるあなたは、本来何にも縛られてはいけない、そんな存在です。本来、こんなことを言わなきゃいけないってことも、間違ってるんですけどね……。」

「………ほんとに……ほんとに……睦月は、ここに居て…いいんですか………?何の役にも立てないし、強くて沢山戦える訳でもないし、やっぱり、私なんか……私なんか…………」

自己嫌悪と存在否定のループに陥る前に、優しく包み込むように抱きしめ、思考の渦から抜け出させる。ゆっくりゆっくり頭を撫でながら、優しく伝える。

「……では1つ、私から、お願い事をします。ここに、この鎮守府に、私がこれから作ろうとする鎮守府に、睦月さん、あなたに居てもらいたい。もちろんあなたの姉妹艦の3人や、友達の皆さんも。」

「……ほんとに、私なんかで……?」

「あなたが居なくなったら、誰があの3人の、お姉ちゃんをするんですか?」

「………わかりました……。睦月は、ここに…居ます………。」

 

 

撫でているうちに、再び眠りに着いた睦月の穏やかな寝顔を見て安堵すると共に、まだまだ重大な問題が残っていることに頭を悩ませることになるのだった…。

 

────────────────────────

誠和3年4月22日

 

燃料:101552

弾薬:124243

鋼材:118771

ボーキサイト:95482

 

睦月型姉妹は睦月を除き、私からの接触は控えるべき。

彼女たちには、その方が都合がいい。明日から来るであろう吹雪には、ゆっくりと向き合わなくてはならないだろう…。

白露型の2人とも、時間を確保して面談を行いたいところではあるし、大潮とも話せるものなら話していきたい。

 

邪魔立てが、入らなければいいのだが…………。




二十話ないしその次の辺りが、ドロドロ回になることが確定したのであった……………。


作者のSAN値は、持つのだろうか………。


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第十九話

先日の尋問から早いもので3日が過ぎた。私、吹雪は、睦月ちゃん達に、全く話しかけに行くことの出来ない日々が続いていた。

 

「さて、おはようございます、吹雪さん。」

朝食後、あの整備士の人の部屋へと向かう。4日目ともなれば、慣れてしまった。

「...おはようございます...。」

「今日も、約束通りに来てくれてありがたい限りです。」

「.........。」

「さて、今日もこれから定例会議なので行きましょうか。」

「...了解しました。」

 

 

「おはようございます。朝潮さん、明石さん。」

「はい!おはようございます!」

「おはようごあいます。」

「.......おはよう、ございます..。」

「では、報告をお願いしてもいいですか?」

「はい、燃料:104432、弾薬:127123、鋼材:121651、ボーキサイト:95962、各種資材も変動ありませんでした。その他も特には。」

「ありがとうございます。明石さん、何か報告はありますか?」

「満潮さんより、今のところ、すべて順調、との報告が来ています。」

「わかりました。満潮さんに、引き続き、頑張ってくださいと、伝えてください。」

「了解しました。」

「妖精長、各隊の様子は?」

「情報部隊は、満潮さんのバックアップと情報収集。資源班の遠征作業は順調。現段階で各資材12000は確保しました。戦闘班の訓練は上々。上記の鎮守府であればすぐにでも制圧可能です。整備班、こちらも異常なし。収集してきた物資を使い、艤装の保全補修、新型兵装の開発試作、戦闘班への武器提供、計画通りであります。」

「わかりました、ありがとうございます。それでは、今日の定例会議を終わります。明石さん、朝潮さん、今日は白露型のお2人とカウンセリングをしてみたいと思いますので、お願い出来ますか?」

「はい、わかりました!」

「了解です。色々と準備をしておきますね。」

「他には─」

私を置いてけぼりにして、色々な話が進んでいく。私がここにいる意味は、果たしてあるのだろうか…。

────────────────────────

会議が終わり、会議室を出ると、扉の前で綾波ちゃんが待機していた。

「吹雪ちゃん!会議、どうだった?」

「あ、綾波ちゃん………」

彼女と白雪にも、合わせる顔がない。背を向け、そそくさと立ち去ろうとする。

「待ってよ、吹雪ちゃん。」

「私は……みんなと仲良くする権利なんて…お姉ちゃんでいられる権利なんて……ないんだから………。」

自分に言い聞かせるようにそう言い放つ。

「…吹雪ちゃん………」

「私なんか……………」

俯きがちに歩き出し、その場を離れようとしたタイミングで朗らかな、元気のいい声が響く。

「あ、吹雪ちゃん!」

「ゆ、雪風ちゃん?それに…あぁっ………」

その後ろには、睦月型3番艦の弥生もいた。

顔を合わせないようにしながら通り過ぎようとしたタイミングで、声をかけられる。

「待って……吹雪ちゃん………………」

「私は、私は、弥生ちゃん達にだって酷いことを、したんだよ……?なんで、なんで………」

「………?雪風は、吹雪ちゃんは、悪くないと思います!だって、綾波ちゃんや弥生ちゃんのためを思って行動したんですよ!すごいと思います!」

「でも……でも……………」

「吹雪ちゃんは…悪く、ないよ…。全部、全部、ここの司令官が悪いんだから…………。」

「でも、だからって……!」

「だったらなんで………謝らないの…?」

思い切り正論をぶつけられる。謝れない理由なんて、彼に見破られている通り、許されてしまうのが、怖いからだ。

「!?そっ、それは……………」

「悪いことをしたって思うなら……謝らないと、ダメだよ……?」

「雪風も、そう思います!」

「ごめん、なさい……私なんかが……私のせいで……ごめんなさい……ごめんなさい……………」

一瞬の逡巡の後、ごめんなさいと言葉を発する。載せた思いは本物だが、心から言った謝罪の言葉でないことは、自分でも痛いほど分かりきっていた。

「それじゃあこれで、おしまい。弥生は、吹雪ちゃんが悪いことをしたって、思ってないから……。」

「そんな!」

「………なんで?吹雪ちゃんは、悪いことをしたなんて、弥生は思ってないし……吹雪ちゃんが、自分は悪いことをしたって思うんなら…今、謝ったから、おしまい…でしょ?」

「そ、そんな……………」

「それと、睦月ちゃんが……会いたがってたよ…。」

「っ…………。」

彼女の名前が出る度に、ドキンと1つ、胸が鳴る。

「それじゃあ…皐月と文月が呼んでるから…。行こ?雪風ちゃん。」

「はい、弥生ちゃん!」

「……………ごめんなさい…。」

今度はなぜか、心の底から、その過ぎ去っていく背中に、口をつくようにごめんなさいと言うことが出来た…。

 

綾波に、彼女の居る場所を教えてもらい、数分悩んだ後に、扉をノックし、声をかける。

「睦月ちゃん……居る?」

「吹雪ちゃん?どうぞ?」

「その……睦月ちゃん……?」

謝罪の言葉を、発しようとしたその刹那、彼女口から予想もしていない言葉が飛び出した。

「吹雪ちゃん、ごめんなさいっ!睦月のせいで、尋問とか受けたって……。ほんとに、ごめんなさいっ!」

「睦月ちゃん!?なんで!?私の方こそ謝らなきゃなんだよ!?」

「うぅん、いいの。吹雪ちゃんが、睦月達のことを思って、色々とやってくれたのは、わかってるから。」

「でも、それは……」

「悪気があって、やりたくてやった訳じゃ……ないんでしょ?」

「………………うん…。」

「それなら大丈夫。ほんとに、ごめんね?吹雪ちゃん。」

「うぅ……私なんかのせいで……ごめんなさい、ごめんなさいぃ……」

彼女の、睦月ちゃんの真っ直ぐな言葉のせいで、後から後から涙が止まらなかった。

「吹雪ちゃん!?な、泣かないで!」

「ごめんなさい、ごめんなさい……。私が……あんなことしなきゃ……」

「大丈夫、大丈夫だよ。」

抱きしめられる温もりが、とても、とても、心地よかった。

「睦月ちゃん……ほんとに………ごめんなさい…ごめんなさい…」

「吹雪ちゃん、私も、ごめんなさい。…ね?これでおあいこ。」

「睦月ちゃん………」

「よしよし〜。吹雪ちゃんは、ちゃんとごめんなさいできるいい子なんだから、もう謝らなくてもいいにゃしぃ。」

私は何を躊躇っていたのだろうか。謝っても謝っても、謝罪し足りないのはこちらの方だ。それを許してもらえる仲間がいるというのは、どんなに嬉しいことなのだろうか……。

「はい……ありがとう……ありがとう………睦月ちゃん…。」

 

 

 

私の居場所は…ちゃんとここにあったんだから………。




艦娘カウンセリング編、ここまでで粗方終了となります。

ここからは、情報戦と、ドロドロパートがメインになりそう…

作者の筆も…重くなる…………。


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第二十話

吹雪と睦月の二人の件にようやく一区切りがつきそうなタイミングで、提督(生ごみ)から放送でこの鎮守府に所属する憲兵までふくめた全員が招集させられた。どうやら集合までにどうやら時間が空くようなので(理由は想像したくもないが)、その間に諜報班の妖精さんを招集。知らないうちにまた増えていたようで、諜報班にも増員がかかっている。

 

「班長。」

「わかっています。この隙に情報収集、ですね。」

「くれぐれも、バレないようにお願いしますよ。」

「そこは問題無しです。既に何度も情報の抜き取りには成功しています。今回も間違いないでしょう。」

 

何も言わずともこちらの意思はわかっていたようだ。ミスなくことに当たって貰いたいと、心の底から願ったのであった。

 

 

 

会議室に入ると赤ら顔の整備員だった人間や、つい先程まで、ナニをしていたのかわかるような憲兵だった人間まで、つくづく吐き気を覚えた。

 

「さて今回来てもらったのは、大本営からの直接監査が入ることになった。」

 

突如として騒然となる会議室。大本営から直接監査が入ることなど、ごくごく稀である。直接監査ともなると、そのチェックはかなり厳しいものとなる。しかし、川原にとって、問題の本質はそこではなかった。大本営の直接監査の情報は、監査対象へ伝えられるのは、本来大本営付きの憲兵隊が、鎮守府に突入してから。すなわち、ここで集められているということは大本営にも、ここの内通者がいること、告発しても裏目に出る可能性が高いことを示唆していた。

 

「とにかく準備することに越したことはないが、どうしたものかね。」

 

ざわざわと会議室がざわめく。おそらく今までの定期監査は賄賂等でごまかしてきたのだろう。ここで告発するか否かを考えてみたが、上層部でもみ消され、せいぜいここの提督の更迭だけで終わってしまうだろう。

 

「やはりここは胡麻化すに限るでじょうな。」

「憲兵隊長だったはずの人間がそれを言うとは、世も末だな!」

 

緊張に包まれていた会議室がわっと沸く。

そのすきに少し班長とやり取りをする。概ね問題ないようだ。そしてここで、かねてから考えていた一石を投じる。

 

「それなら、工廠を使いませんか?」

 

タイミングを見計らい発言する。もちろん、笑みを張り付けながら。

 

「ほう、工廠か。」

「都合の悪いものを隠すなら工廠が最適でしょう。」

 

一斉にこちらに気持ち悪い顔が向くが、笑顔を貼り付けたまま。そのタイミングで、真っ青な顔のまま俯いている若い憲兵隊員がいることに気がついた。

 

「工廠であれば雑多なものが多く、多少存在して困るものがあっても、バレにくいでしょう。またどうしても処分しておきたいものがあれば建造用の釜に投げ込んでしまえばその熱で大抵のものは溶けてなくなりますし。」

 

胸元にいる諜報班の班長にぱこすこと殴られるがそんな気は毛頭ない。全て回収し、写しをとり、摘発のための証拠とする予定だ。青い顔の憲兵隊員はますます顔が青くなる。

 

「あぁもちろん、僕のことが信用ならないという方は、ご自由になさってくださいね。」

 

満面の笑みを貼り付け、心からの本音(心にも思っていない嘘)を吐きつける。

 

「ハハハ、何人もの駆逐艦娘を侍らすロリコン整備士は言うことが違いますなぁ。」

「全く、1番罪が重いのはわかっているから証拠隠滅に躍起ですな。」

「それなら俺ら3人はそうさせてもらおうか。バレてはならない書類もあるしな。」

 

気持ち悪い笑顔で大笑いする憲兵隊長と整備士長。提督もどうやらその気になってくれたらしい。

畳み掛けるなら今だとばかりにもう一言、発言する。

 

「あぁそれと、皆さんの艦娘を1度預けてくださいませんかね?」

「………なんのために?」

 

途端に周りから冷ややかな目を、裏切り者を睨みつけるような目を向けられるが、関係ない。笑顔で居られる方がよっぽど気持ち悪い。まぁ、その視線も気持ち悪いのだけど。

 

「傷をそのままにしてるとバレたら一大事でしょう。どうやら工廠の奥の方に簡易ドックがあるのを見つけていますので、お手を煩わせずに傷を治せますよ。」

「そう言って、我々の艦娘に手を出そうという魂胆では無いのかね。」

 

初老に入ったくらいに見える憲兵に睨みつけられる。同じような視線や、さらに値踏みするような視線がちらほら。

というよりも、我々の艦娘 とは一体どういう了見なのだろうか。憎しみを大きく押さえ込み、自嘲気味に煽る。

 

「忘れたんですか?私は駆逐艦娘にしか興味が無い小児愛玩者(ロリコン)ですよ?年増女なぞ。」

 

と鼻で笑いながら突き放す。

青い顔の憲兵隊員は、怒りに拳を握りしめているのがわかった。

 

「…………チッ。」

 

初老に入ったようなその男は椅子にどっかりと座り直し、思い切りこちらを睨みつけた後にその目を閉じる。

 

「まぁ、嫌だと言うのなら、お好きになさってください。」

 

最後にニコリと微笑んで、提督を見据える。

 

「……いいだろう。俺は預ける。さすがにデメリットが大きいからな。」

 

こうなると、とんとん拍子で話が進んでいく。

艦娘の受け入れや証拠隠滅品などの受け入れの話を聞いていく。

 

所属艦娘と受け入れ品をメモしリストアップし、諜報班の妖精さんに解析してもらう予定だ。

 

そして会議室から人の波が消えた後、青い顔のまま震えている若い憲兵に

 

「あなたですね?大本営に報告したのは。」

 

と声をかけたのだった。




本日から鬱パートというか、闇です。

作者のメンタルが持たなさそうな雰囲気。

毎週投稿は守りますが。


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第二十一話

少し軽めかな


「あなたですね?大本営に報告したのは。」

 

そう話しかけると、意気消沈していたのが噓のようにガバッと立ち上がりこちらの胸ぐらをつかむ。

胸元に隠れている妖精さんが心配になるが、おちおち話していられるような状況ではない。

 

「お前は艦娘を一体何だと思っているんだ!!」

 

今にも殴り掛からんと語気を荒げ怒鳴りつけてくる。

 

「命の恩人にして人間なんかよりもずっと素晴らしい存在ですが?」

「は?」

「は? ではなく。もしかして、私があんな奴らの同類だとでも?」

 

勘違いさせるように仕向けたのはこちらだ。しかしそれを開き直り、あえて挑発するようににらみかえす。あっけにとられている相手は、口をポカンと開けたままこちらを眺めていた。

 

「鈴木利久、22歳なるほど。」

「なぜ俺の名前を!?」

「妖精さんが教えてくれましたので。」

 

胸倉をつかまれる寸前、脱出した諜報班の班長さんは、即座にこの若い憲兵隊員のデータを検索。割り出して報告しただけの話だった。

自分の肩の上へと戻ってきた班長さんが礼儀正しくお辞儀をした。

 

「諜報班班長であります。川原整備士は嘘をついてないですよ。」

「誰が聞き耳を立てているかわからないこんなところで立ち話をするくらいなら工廠に向かいませんか。駆逐の娘たちが大丈夫なら、ですが。」

「は、はぁ...。」

「それじゃ、行きましょうか。班長さん、明石さんに連絡を。」

「了解です。」

「工廠が使えなければ、工廠の裏ででも。」

「…………。」

 

想像通り、彼はこちら側の人間のようだ。もちろん、後で妖精さんたちに鑑定させた方がいいだろうが。

 

 

 

予め連絡したからか、駆逐艦娘達は部屋へと戻っているようだった。

 

 

「…誰ですか?この方は。」

「鈴木憲兵少尉です。聞いていると思いますが、例の大本営からの監査を呼び起こした張本人です。」

「………なるほど。」

「明石?この鎮守府にはいないはずでは……?」

「やっぱり私は、完全に忘れ去られてたみたいですね、この感じは。」

 

明石が物憂げに呟いたタイミングで、1枚の紙をペラペラさせながら諜報班の班長がやってくる。

 

「データ照会完了しました。この人は問題ないですよ。我々の感覚にも何ら反応は無いです。」

「先程の妖精さん?………何を?」

「あなたが不正に関わってないか調べさせてもらったんですよ。どうやら問題ないみたいですがね。」

「当たり前だろう!どうして俺があんな奴らに手を貸さねばならん!」

「もしかして、例の資金も受け取り拒否したんですか?」

「当たり前だろう!!…まさか、貴様受け取ってるのか!?」

「使えるものを使わないでどうしろと。その資金がなければ彼女達の食事を用意することもできませんし。」

「あぁ……貴様は駆逐艦にすら手を出してるんだったな……」

「すみませんが、誰の話ですか?」

「明石、知らないのか?」

「知らないも何も、私は明石さんも含め艦娘には手を出していませんから。」

「ならあれは…」

「演技ですよ演技。っと、誰か来ましたね。いいですか、アドリブですが話を合わせてくださいよ。いいですね。」

 

タイミングがいいのか悪いのか、話し込んでいるタイミングで誰かが工廠に近づいてきているのがわかった。

 

「えっはっ!?」

「いいから。」

 

やってきたのは先程こちらを睨みつけてきていた初老に入った憲兵だった。

 

「おや、お心変わりですか?」

「なわけあるか。私の艦娘を年増呼ばわりするようなやつに艦娘を預けるわけがないだろうたわけが。……だが悔しいことに証拠隠滅はお前に頼った方が早そうだ。………頼んだぞ。」

 

憎らしげな表現でこちらを見ているが、不正の証拠品や証拠となりうる物品と共に2桁程の枚数の札束を握らされる。

 

「これらのものは、全て処分でよろしいのでしょうか?」

「終わったあとに買い込めるものばかりだ。やってくれ。」

「わかりました、お受け致しましょう。」

 

札束を受け取り、心底にこやかな表情で、請けあう。隣と背後から疑懼の視線を向けられるが、あくまでも演技だ。即座に解析に回すつもりである。

 

「……………。」

 

こちらをキッと睨みつけると同時に、彼は去っていった。

演技がさらに上達した自分に吐き気を覚えたのはここだけの話だ。

 

「妖精さん。」

「任せてください。親分の意のままに。」

「任せましたよ。」

「お、おい!?ほんとに処分するのか!?」

「えぇ、しますよ?もちろん、全てデータを回収してからですが。処分方法は建造用の釜じゃなくて、射撃の的にするくらいでしょうが。」

「……………。」

「明石さん、手伝いをお願いしますね。さすがに満潮さんの負担も増えると思うので。」

「わかりました。カウンセリングの付き添いは、どうしますか?」

「朝潮さんたちに頼もうかと。」

「わかりました。お任せ下さい。」

 

事務的な話をトントン拍子で済ませ、証拠物品を諜報班などで解析し記録してもらう。

 

「さて、鈴木少尉。これからあなたはどうしますか?おそらく告発者は目に見えていると思いますが。」

「………………………………………。」

「情報守秘の観点から、大本営からこちらへ何かしてくることは無いと思いますが。」

「俺はこのクソみたいな鎮守府を…変えるんだ!!」

「なら、手伝ってください。何かあったら私があなたの事を庇うので。監査が終わったら、艦娘を身請けすること、資金を受け取ること、このふたつが条件ですが。」

「そんなこと出来るわけないだろう!?」

 

またも掴みかからんとするがそれを手で静止する。

 

「ならここから救うことを諦めるんですか?1人でも多く、少しでも早いうちに保護した方が得策だと思いますが。」

「くっ…………………。」

「世の中なんて、所詮そのようなものですよ。」

 

自分は怒りにうち震える彼を、冷然と眺めるのだった。

 




今後鈴木少尉のキャラがブレにブレると思いますが、お許しください。


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第二十二話

件の会議から数日。

証拠品足り得る品や書類の類を全て記録し、写し以外は廃棄。

写したデータは、妖精さん達に一任されることとなったのであった。

 

 

 

 

「失礼するわ。」

 

ノックの音の数秒後、ガチャリと扉が開く音と共に、数日ぶりとなる満潮の声が執務室に響くのであった。

 

「お、終わったんですか?」

 

満潮が依頼された任務、それは収集した情報を整理、入力し、データを解析に回し、解析したデータをさらに整理する。

と言ったものだった。

その表情には疲労の色が浮かんでいるが、毎日休息はしっかり取っているようだった。

 

「妖精さんが優秀すぎるってのも考えものね。私の方の処理が終わる前にどんどんどんどんデータが来るんだから。おかげで、やりやすくて仕方がなかったけどね。」

「そうですか…。それで、結果は?」

「現在整理中のデータを除いて、これだけ汚職の証拠が出てきたわよ。それと、この鎮守府のデータに関しても、ね。」

「と、言うと?」

「秘匿されてる所属艦娘及び艦種、所属艦娘として扱われている艦娘のうちで、クソ共に従ってる艦娘、及び抵抗している艦娘。これらの割り出しと、詳細データ。憲兵隊員や整備士の養成所の記録等までよ。」

「…そうですか……。」

「ちなみに、聞きたい?ここに本来所属艦娘として登録されているべき艦種別艦娘数。」

「……………お願いしてもいいですか。」

「駆逐艦87名、潜水艦18名、軽巡洋艦15名、重巡洋艦6名、戦艦6名、空母9名。うち潜水艦全員と駆逐艦は、私たち15名を除いた合計90名が存在を隠蔽、挙句全員無補給状態で遠征乃至、資源調達出撃を繰り返され続けてるわ。ここの資源が立ち行くのも、そのおかげのようね。ちなみに、その出撃で得た艦娘を建造艦として報告したり、別の艦隊の戦果として計上してるようね。」

「………なるほど…そーゆー事でしたか…。」

「まぁ、思った通りではあったわね。」

「当たっていて欲しくはありませんでしたけどねぇ……」

「あー、それと。この汚職、既に大本営憲兵副総監の青木大将、さらにそこから政権与党の自由党幹部にまで広がってるわよ。明らかに首謀者はここのクズでは無いわね。それ以上のクズがどこかに─多分青木とかっていう奴でしょうけど─いるわ。」

憲兵副総監青木康宗。この日本に生きる者で彼を知らぬものはないとまで一時期呼ばれた男で、彼が副総監に着いてから、汚職鎮守府の摘発件数が増加。日本海軍体制の是正を行った人間として有名であった。次期総監となるのは既に内定しているとまで言われている男であったが、今この手元にあるデータを見る限り、敵対派閥を全て粛清し、自分に都合のいいような状況を作り上げた、と言わざるを得ない状況である。

「……予想していたよりも、大きすぎませんかね?」

「仕方ないんじゃないかしら?まぁ、私もここまでとは思ってなかったけどね。」

「逆に…安全な一派はないんですかね……?」

「呉と佐世保の両鎮守府は確実に大丈夫よ。既に妖精さん同士による連携が進んでるわ。」

「となると…」

「えぇ、ほかはダメそうね。」

「そうですか……わかりました。すごく助かりました。」

「別に、そーゆーのは求めてないから、早くこの地獄をどうにかしなさいよ。」

「えぇ、必ず。それが私の仕事ですから。」

「頼んだわよ、親分。」

 

そう言いながら、手をヒラヒラと振り、退出したのだった。

 

 

 

「姐御、相当副司令が板に着いてきましたね。」

そう言いながら、胸ポケットからピョコンと飛び出してきたのは、妖精さんたちの隊長の妖精さんだった。

「姐御って、呼んでるのか。」

「えぇ、親分は親分ですので、姐御がいいかなと。」

「それ、満潮はいいって言ってるのか?」

「うっさい!と言われることもありますが、満更でもないようなので。」

「まぁ、労わってあげてください。」

「それは抜かりないので、安心してください。」

「それなら問題ないですね。」

「えぇ、大丈夫です。」

「あーそれと、近いうちに私自ら呉と佐世保へ向かう予定なのですが、何か伝えるべきことはありますかね?」

「……憲兵隊は信用に値しないこと、それとこの資料だけ、渡して貰えますか。」

「了解しました。任せておいてください、親分。」

 

 

そういい終わり敬礼すると、隊長妖精さんは、早足に部屋を出ていくのだった。

 

 

 

 

 

その日の分の日記をつけていると、不意にノックの音が響いた。

 

「どなたですか?」

「あー…えーと、その……」

 

扉の向こうで言い淀む声が聞こえる。ならばと、少しだけ扉を開けた。

 

「ひぃぃっ!?ごめんなさい!ごめんなさい!」

 

扉が少し開き、軋む音にすら過剰に反応してしまっていた。

 

「大丈夫ですから。私は何もしませんので、落ち着いてください。」

 

そうやって扉越しに声をかける。

 

「あっ、あぁ……すまんすまん……取り乱してもうたわ……。」

「こんな夜更けに、どんな御用ですか?龍驤さん。」

「あーっとな、うちはあんさんに協力しようと思うてここに来たんや。やけど那智や羽黒が頑強に嫌や言うさかい、うちだけが来たんや。」

「なぜ、信用できると?」

「妖精に好かれるっちゅーことは、問題ないってことや。それだけや。」

「ふむ、そーゆー事ですか。」

「えーと、とりあえず……うちらの現状を、説明させてもろてもええか?」

「えぇ、構いませんよ。ぜひ中でゆっくりお聞きしたいです。」

「………………………ホンマに、大丈夫そうやな。お邪魔させてもらうで。」

 

 

 

こうして深夜の来訪者は突然やってくるのだった。




関西弁風の言い回しが…難しすぎる……

ネイティブ関西人の方がいらっしゃったら、感想等でご指摘くださると助かります……。


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第二十三話

二十二話の回にて表記に誤りがありましたことをこの場で訂正させていただきます。

無補給遠征に駆り出されているのは川原整備士保護下以外の駆逐艦娘、潜水艦で、空母や戦艦は対象外となっています。
また、川原整備士保護下以外の駆逐艦娘、潜水艦娘はこの鎮守府には存在しない扱い、いわゆる存在を隠蔽された状態。

となっています。

非常に誤解を産む表記をしていたことをお詫び申し上げます。


簡易的なソファに座らせて、その対面に自分も腰かける。

やがて、彼女の口から、話し始められた。

 

「えーとまず、あんさんらは、ウチらが提督の指示に従わず閉じこもっとるっちゅーことは知っとるんよな?」

「えぇ、既に把握しています。」

「なら、うちらが何人かっていうのも把握してるわけか。」

「えぇ。那智さん、羽黒さん、球磨さん、木曾さん、初春さん、子日さん、若葉さん、初霜さん、そしてあなたと、祥鳳さん。ですね?」

「あぁ、せや。初めはウチと那智、羽黒の3人だったんやけど、ウチらで強引に祥鳳と球磨、木曾を保護した。初春らのちびっ子は、無補給で駆り出される所をタイミングよく羽黒が拾ってきたってとこや。」

「なるほど…。」

「ウチとしては、あんさんに協力したいと思ってる。せやけど、那智と羽黒がえらく反対してるのも事実や。実際ここまで来たら、あんさんらの助けを受けられるなら、受けた方がウチらとしても得策や。やから、秘密裏にでもいい、助けてもらうことはできるやろか?」

「えぇ、もちろん、いいですよ。」

「二つ返事かいな……。」

「だって、こちらには断る理由のない話ですよ?私は前々から、ここにいる艦娘、全員を助けるつもりでいますから。」

「……それ、ホンマに言っとるん?」

「えぇ、本気ですよ。」

「……………なら、ええ事教えたるわ。大本営の中の艦娘派閥No.2の、確か……山田元帥…やったかな? は、艦娘派閥ではあるけど、味方じゃないで。モロに賄賂をやり取りしてるからな。」

「…………なぜ、そんな話を……?」

「さぁな、これ以上はウチも言えん。ひとつ言えることは、この話に嘘はないってことだけや。」

「………ありがとうございます、非常に助かります。」

「…………………悪いことは言わんから、これ以上動くのはやめーや…。ウチもこんなこと言いたくないけど…変えられん。あんさんなんかの力じゃ、変えられんて……。」

「…変えてみせますよ、私が、この手で。」

「…………そうか……………。」

 

自分が力強く答えると、彼女は酷く悲しそうな目をバイザーで隠すようにしながら俯いた。

 

「………それで、今後あなた達はどうして行く方針ですか?」

「…せやねぇ…。那智と羽黒の説得が進めばこっちに合流したいんやが…………。」

「厳しそうですか。」

「…………………。」

「なら、私の方から誰か、送りましょうか?妖精さんも一緒に。」

「……そうしてくれると、説得もしやすいかなぁ……。」

「………わかりました、引き合せる機会を確保しましょう。」

「ホンマに助かるわ…。……ってことで、今夜はこんなもんか、お暇させてもらうで。」

「どうせなら、泊まっていかれては……?」

「はいぃ!?」

「あ、すみません、今夜は駆逐艦娘の子達、あるいは明石さんのところで過ごしてもらって、朝一番に、引き合せる、というのは……」

「焦りすぎちゃうか………?さすがに………。」

「…………………………確かに、そうですね…。申し訳ありません、軽率でした。」

 

信頼関係の構築には、素直な態度で誠実に接するべき

という打算はあったが、無意識に頭を下げていた。

 

「!?いや!?キミ!なんで頭なんか下げるん!?艦娘に頭を下げるとか聞いたことないで!?」

「いえ、軽率な発言で不快な思いをさせたのは事実ですから。」

「あーもう、えぇ、ええから、顔上げてくれや。」

「………。」

「はぁ………。とにかく、今日は帰らせてもらうで。あんまり遅いと、那智や羽黒に余計に勘ぐられそうやからな。」

「わかりました。復路、お送りしましょうか?」

「いや、大丈夫や。抜け道を多くの人に知られる訳にもいかんからな。」

「了解しました。」

「あー、それと、メッセンジャー用の妖精さんを、ここに置いてくから、何かあったらこの子達を経由してやり取りして欲しいわ。」

「わかりました、助かります。」

「それじゃ、武運を祈っとるで。」

 

小声でそう言うと、彼女は部屋を出ていった。

 

 

────────────────────────

大本営艦娘派閥 No.2 山田元帥

所謂、艦娘の人権擁護派と言われる艦娘派閥のNo.2たる山田元帥が、このような惨状が起きていることを片目をつぶって見逃しているどころか、汚職によって加担している、というのは全くもって想定外の話であった。

事実、汚職関係の証拠はまだ見つかっておらず、艦娘派閥であることからも、関係者である可能性は除外していた。

しかもNo.2とはいえ、艦娘派閥トップである長嶋元帥は既に定年を超えた人物であり、事実上のNo.1とも言わている人であった。

新たに情報の洗い出しを諜報班の班長に指示しながら、最終的に、どの方法で決着をつけるのか、考えても考えても浮かぶことはなかった。

例え、今この日本で最大の戦力と影響力を有する四大鎮守府、その全てが結集したとしても、太刀打ち出来ないのではないか、そんな雰囲気まで醸し出していた。

 

そして一晩中考え抜いたが、結局打開策は浮かばず、外から聞こえた大音量のアナウンスにより我に帰るのだった。

 

 

「こちらは大本営直属憲兵隊である!本日現時刻をもって特別監査を執行する!執行権限は青木憲兵副総監!全人員はその場から動くな!」

 

妖精班長さんを即座に呼び出し、押収されてはならない書類や物品の類を、妖精さんにしか分からないようなところへ隠蔽する。

事前の準備があったからか、意外と簡単に、受け入れられる準備は済んだようだった。




先週は作者の都合により投稿することが出来ませんでした。

この場をお借りして申し上げます、大変申し訳ございませんでした。


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第二十四話

ついに特別監査が開始された。

諜報班の妖精さんから逐一状況が報告される。

あくまで"手筈通り"監査が進められていく。体裁を保つために、資源や資金などの帳簿は回収されるが、極秘裏に取引した帳簿は全て隠匿済である。そうこうしているうちに、監査員が続々と工廠へ立ち入って来る。その中に、例の青木憲兵副総監の姿もあった。

 

「備品、異常ありません!」

「装備、異常ありません!」

「装置、異常ありません!」

 

などとテンポ良く監査が進められていく。

チェックリストの類も押収され、厳正に工廠が稼働しているか検査される。もちろん、数字やチェックリストに関しては捏造されたものだが。

そんな調子で進んでいく監査を終始にこやかに見ていた青木副総監が、突然ズカズカと進み、隠匿していた書類の1部を発見する。

 

「おや?これはどういうことですかな?」

 

ゾッとするほどにこやかな顔でそう尋ねてくる。

 

「っ……!」

「こんな隠し方では……。仮に我々で無かったら大変なことになっていたかもしれませんねぇ、川原殿。」

「!?!?!!?」

「まぁここは我々の重要拠点ですので、見なかったことにしましょうか。皆さん、いいですね。」

「「「はっ!!!」」」

「工廠の点検はここまでですね。次に行きましょうか。」

「......。」

 

そういうと、青木は部下を引き連れ、別の場所へと向かっていった。

 

 

「大丈夫ですか?」

「えぇ...何とか...。二度とこんな思いはしたくありません...。」

 

椅子に座り込み大きく息を吸う。文字通り息の詰まる思いをしたがために、体にめぐる空気がおいしい。

そう一息ついたタイミングで

「整備士、川原。至急執務室へ出頭せよ」

そう呼び出しがかかる。

 

 

体が直後に硬直する。摘発することを計画していることが読まれたか?誰かが隠ぺいの失敗を私に擦り付けたか?などと様々な疑念が頭をよぎる。

 

「すいません、呼び出されたので行ってきますね。」

「えぇ、お気をつけて。」

 

あからさまに反応してしまったのが感づかれてしまったが、気を取り直して執務室へと足を運ぶ。

 

 

「貴様が川原だな。」

「えぇ、まちがいありません。」

「青木副総監殿がお待ちだ。入れ。」

 

執務室の前で立っていた憲兵が本人確認ののち、執務室へと通す。

 

「何の御用でしょうか青木副総監閣下。」

「そう畏まられても困るので、普通にしてくれませんかね。あくまで私用ですので。」

「わかりました。」

「時間も惜しいので早速本題に入りますよ。ここの隠蔽作業の案を出したのはあなたですね?」

 

いきなり踏み込んだ質問をされ、返答に詰まる。

 

「別にあなただろうと、誰だろうと、捕まえて豚箱送りにしようなんて考えちゃいないので、是非とも正直に教えていただきたいのですが。」

「...えぇ、その通りです。」

「やはりそうでしたか。では、工廠で三方あれは何です?あなたなら完璧に隠せたはずでは?」

「それは、僭越ながら、試させて頂いたと申し上げるしかありません。」

「ふっ、そういうことでしたか。...あなたの案に従わなかったのは、これらの人物で間違いありませんか?」

 

と、顔写真を見せつけられる。

そこには独自に動くと言った数名が漏れなく記載されていた。

 

「えぇ、まちがいありません。」

「そうですか、ありがとうございます。そこに書いてある人物は、我々が軍法会議にかけます。ここは重要拠点なのでね、これからも頼みましたよ?川原殿。決して、裏切りなどせぬように。」

「わかっていますよ、青木副総監閣下。」

 

満面に張り付けた笑みを浮かそう返答する。

 

「では下がってください。」

「失礼します。」

 

誰がそんなことをするかと、心の底で誓いながら。

 

 

 

 

 

「お疲れさまでした。一部始終、確認させてもらいましたよ。」

「あぁ、緊張で倒れるかと思った。」

 

工廠に戻ると、開口一番、明石にねぎらわれる。

 

「今日はもう休ませてもらうよ。いつになく疲れた。」

「えぇ、それがいいと思います。顔色も優れませんので。」

「すまないが、今日の業務は任せた。近いうちに、君にも落ち着いた休みを取ってもらうから、それで補填としてくれ。」

「えぇ、お任せください。」

 

そう伝え、私室で休もうとした矢先、扉がノックされる。もう何度目かわからない、不意の珍しい来客であった。

 

 




今日は金曜日ですが、キリがついたのでここで登校します。大幅に短いですが、復帰すぐですので、どうぞお許しください...


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