仮面ライダー鎧武外伝 デート・ア・バロン (神咲胡桃)
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十香デッドエンド
変身! バナナで騎士!?


ユーチューブで配信してたガイム外伝見て、唐突に思いついた作品。
続くかは未定。


それは己が信念を突き通すための戦い。

 

「葛葉ー!」

「戎斗ー!」

 

それは新たな王の誕生。

 

「なにがお前を、そこまで強くした……!?」

「守りたいと言う祈り……! 見捨てないと言う誓い……! それが俺の全てだ……!」

 

それは運命にあらがった者たちの物語の閉幕。

 

「俺は、泣きながら進む!」

「お前は……ほんとに強い……」

 

それは新たな強さを求める物語の開幕である――――

 

 

 

 

 

「―――――ッ!? ここは、何処だ……?」

 

駆紋戎斗が目を開けると、そこは先ほどまで戦っていた場所ではなかった。

とは言え、眼の前の状況も決していいものではない。

()()()()()()()。火の手が街を侵食し、熱波が戎斗の頬を撫でる。

インベスを如何にかするために、また沢目市にミサイルでも撃ちこまれたのか。だとしても、黄金の果実を手にした葛葉が放っておくわけがないだろう。

 

「火事だと? ……っ!? なんだこの姿は!?」

 

おかしいのは周囲だけではなかった。

何と戎斗の姿が、高校生の時の姿に戻っていたのだ。否、正確には高校生の姿に変わっていたと言うべきか。着ていた服も、葛葉と決着をつけた時の物がそのまま小さくなっているし、懐を探れば戦国ドライバーに幾つかのロックシードがあった。

 

「なにがどうなっている。……ん? おい、お前! ちっ!」

 

困惑する戎斗の目の前を、一人の少女が走って行った。

何故自分が此処にいるのか、自分は宿敵である葛葉鉱太と戦い死んだのではなかったのか。

疑問は残るが、明らかに炎が燃え盛る方に向かっている少女に、戎斗は舌打ちして後を追う。

わざわざ死にに行くような少女を、自身が命を懸けて止めに行く必要はない。だが、だからと言って見捨てて自分の命を優先すれば、それは戎斗が唾棄する”弱者”と同じである。

戎斗は少女を追いかける。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……お母さん! お父さん!」

 

炎の中を走る少女は、必死に家族の名を叫ぶ。しかし、返ってくるのは建物が崩れる音と炎が燃え盛る音。そして……そばに合った電柱が倒れてくる音。

 

「あ……」

 

少女は呆然と、電柱が倒れて来るのを見てるだけだった。

圧倒的質量をもつ電柱は、少女を押し潰そうと倒壊し……その直前で戎斗が少女を抱えて地面を転がった。

 

「何をしている! 死にたいのか!」

「え、あ……お兄さん、誰?」

 

少女は状況を呑み込めていないのか、戎斗の言葉に戸惑うばかりだった。

 

「とにかくここから逃げるぞ」

「待って! お母さんとお父さんがいないの!」

「なに?」

「早く探さないと……だから私の事はいいから、お兄さんは逃げて!」

 

そう言って少女は戎斗の腕から抜け出し、親を捜しに行こうとする。しかし戎斗はその少女の腕をつかむ。

 

「離して! 私は……!」

「行くぞ!」

「え……?」

 

少女がもがこうとすると、それより早く戎斗が動き出した。

戎斗は少女の隣に立ち、並走する。それに驚いた少女は思わず立ち止まる。

 

「どうした? 親を探すのではないのか?」

「手伝ってくれるの?」

「ふん。貴様は弱者ではない。自らの手で、自分の大切なものを守ろうとした強者だ。なればこそ、俺も手伝ってやる。さっさと行くぞ」

「あ、ありがとう!」

 

少女のお礼に戎斗がそっぽを向くと、二人は炎の町の中を走る。

おそらく少女の家にいるかもしれないという少女の言葉に、二人は少女の家に向かう。

走る事数分、ある曲がり角を曲がると、二人の前に二つの人影が見えた。

 

「あ! お父さん! お母さん!」

「あれがお前の両親か」

「うん! ありがとうお兄さん!」

 

少女は戎斗にお礼を言い、嬉しそうに両親のもとに駆けよる。

それを見届けた戎斗は、背を向けてその場を離れようとすると、視界の端に何かが映った。

その”何か”は人のような姿形をしていたが、その見た目は人間とは程遠い物だった。

赤黒い表皮、頭部に生えた禍々しい角、そして先端に水晶を嵌め込んだ錫杖。それは人と呼べるものではなかった。

 

「あれは、インベスだと!?」

 

―――インベス。

ヘルヘイムの森に住まう存在。ヘルヘイムの森の種子を運ぶ役目を持ち、凶暴な生命体である。

 

「(だがおかしい。もしあの時、俺を倒した葛葉が黄金の果実を手に入れたのなら、インベスを残しておくことなどしないはずだ)」

 

戎斗の脳裏に、あの底なしにお人好しで、誰よりも傷つき、それでも立ち上がった男が思い浮かぶ。

自身が負けた後何が起こったか知らないが、インベスがいるなら放っておくわけにはいかない。

そう思い、戦国ドライバーを取り出そうとした瞬間、背後から途轍もない衝撃が戎斗を襲った。

 

「なにっ!? ぐぁ!」

 

不意の衝撃に、戎斗はなすすべなく吹き飛ばされる。

そして地面に叩きつけられると、不思議なことにまた周囲の風景が変わっていた。

先ほどまで燃えていた炎は何処にも見当たらず、眼の前には半壊した学校がそびえていた。

 

「またか……。こんどはなんだ」

 

戎斗は立ち上がり、眼の前の校舎に近づくと、唐突に校舎の壁が吹き飛んだ。

それをすぐに察知した戎斗は前方に転がり、落ちてきた瓦礫を避ける。この時、開いた穴から宙に飛び出してきた一人の少年の姿が消えたのだが、戎斗はそれに気づくことは無かった。

 

「さっきから、妙な事ばかり……一体何が起きている。……ん? あれは、人間か?」

 

先ほどから妙な事ばかり起きることに、戎斗はそう吐き捨てていると、眼の前に不審な集団を発見する。

アーマードライダーたちの纏うアームズのような機械に、その手に持っているのは紛れもなく銃。そして何より、()()()()()()()()

 

「(新たなアーマードライダーか? だが戦国ドライバーやロックシードが見当たらない)」

 

柱の影に隠れながらその集団を観察していると、その集団に襲いかかる影があった。

 

「グギャッ! グギャッ!」

「またインベスだと!?」

 

空を飛び回り、集団に襲いかかるのはコウモリインベスと呼ばれるインベスの一種。

いきなり現れたコウモリインベスに、空中にいた集団の何人かが背負っていた機械を攻撃され地面に落ちて行く。さらにその人たちを狙うかのように初級インベスが複数現れた。

 

「ギャッ! ギャァ!」

「グギュッ! ギュルルル!」

「攻撃開始! アンノウンを排除しろ!」

 

群がってくるインベスに対し、リーダーらしい女性の命令で攻撃が開始される。

しかし、構えている銃は現代兵器らしく、インベスに有効打を与えられない。

 

「ちっ、仕方あるまい!」

 

その様子を見ていた戎斗は、懐からある物を取り出す。それは黒く何かを嵌めるような窪みや、刀を模したパーツが付けられていた。

「戦国ドライバー」と呼ばれるそれを、腰に当てるとベルトが巻かれ固定される。

続いて、バナナの形のパーツが付いた錠前「バナナロックシード」を取り出した。

 

「変身」

 

その言葉と共にバナナロックシードのロックを外す。

 

《バナーナ!》

 

音声が鳴ると、戎斗の真上にジッパー状に縁どられたゲートが出現し、そこから様々な果物を模した鎧「アームズ」が現れる。今、戎斗の上空にはバナナアームズが現れている。

戎斗はバナナロックシードを手元で回転させて戦国ドライバーに装填し、刀を模したパーツ「カッティングブレード」を降ろす。

 

《カモン!》

 

バナナロックシードが展開され、アームズが戎斗の頭部に被さり変形。その身を守る鎧となる。

 

《バナーナアームズ! ナイト・オブ・スーピアー!》

 

()()()()()()()()()バロン バナナアームズ。

戎斗の強さの象徴とも言えるその姿は、まるで中世の騎士のごとく。

変身を終えた戎斗は、インベスの群れに向かって突撃する。

 

《バナスピアー!》

「はあああ!」

 

皮をむいたバナナ型の槍「バナスピアー」を召喚し、初級インベスに蹴散らしていく。

 

「な、なんだ貴様は!?」

「邪魔だ! 生き残る気が無いのなら黙っていろ!」

 

銃が効かず腰を抜かしていた男性を襲おうとしていたインベスの背中を斬りつけ、男性からインベスを引き離す。男性は恐れを含んだ声で戎斗に話しかける。

しかし文字通りの腰抜けに、戎斗は構うことなくインベスを次々と倒していく。

 

「シャアア!」

「ふっ!」

 

まるで手足のごとくバナスピアーを振り回して、正面から向ってくるインベスを斬り倒し、背後から襲ってきたインベスは視線を向けることなく逆手に持ったバナスピアーで貫く。

 

「ぎしゃぁ!」

「ふん。雑魚はこれで全部か。後は……」

 

戎斗が未だに飛行しているコウモリインベスに目を向けると、コウモリインベスも戎斗に気付いたのか、滑空して襲い掛かる。

 

「ギシャァ!」

「甘い!」

 

しかし、真っ直ぐに向かってくるだけでは戎斗にとって敵ではない。

コウモリインベスの攻撃をかわし、さらにカウンターでバナスピアーで叩き落とす。

 

「止めだ!」

 

戎斗はカッティングブレードを2回降ろし、バナスピアーを構える。

 

《バナナオーレ!》

「はあああ……はぁ!」

 

バナスピアーを突き出すと、バナスピアーからバナナ状のエネルギーが発生し、コウモリインベスを貫き爆散させた。

インベスを倒し終えた戎斗が変身を解除しようとロックシードに手を伸ばすが、その手は途中で止まった。

気づけば戎斗の周囲では、先ほどインベスに襲われていた者たちが銃を構えていた。銃口が狙っているのはもちろん戎斗だった。

 

「何か用か?」

「そうだね。まずは礼を言わせてよ。あの化け物どもを倒してくれてありがとう」

 

このままの状態でいるわけにもいかず、戎斗が声を上げると先ほど命令を出していた女性が答えた。

 

「俺は貴様らを助けるつもりで戦ったわけではない」

「それでもじゃんよ。で、話が変わるけどさ、あんた何者?」

 

鋭い警戒を含んだ声で、女性は戎斗に問いかける。だがその程度では、数々の死闘を潜り抜けた戎斗にとって威嚇にもならない。

 

「人に銃口を向けなければ話が出来ない貴様らに、語ることは無い」

「それは、友好的な態度じゃないって認識で良いの?」

「そんなに気になるなら、力づくでやってみろ!」

 

振り向いた戎斗がバナスピアーを地面に着き立てると、黄色の閃光が弾け戎斗以外の人間の視界を奪う。

閃光が収まった時には、戎斗の姿は消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてまた別の場所では、戦いの一部始終を見ていた者たちがいた。

 

「謎の怪物、それを倒した謎の騎士……令音、何か知ってる?」

「いや、私も今まで見たことない」

「なら、会ってみるしかないか」

 

物語は動き出した。駆紋戎斗という人間がもたらすのは希望か、破壊か。

 

 




ガイムの中ではバロンが一番好き


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謎の組織と少女の決意

インベスとの戦いの翌日。

バイク型ロックシードが変形したローズアタッカーを使い、破壊されていなかった場所に移動した戎斗は、ネットカフェで一夜過ごした。

持っていた金銭が使えたのが助かった。

そしてネットカフェを出た戎斗は、街を散策しながら昨夜のうちに調べたことを思い出していた。

 

「空間振……そんなものは今まで聞いたことない。それに天宮市だと? ここは沢芽市ではないのか?」

 

しかし、調べれば調べるほど、分かるのは今いる街が沢芽市ではない事ばかり。

もちろん、沢芽市と言う町は何処にも存在しない上に、昨日助けた集団のことも分からなかった。

 

「沢芽市が存在しない。ここは、俺がいた世界ではないと言うことか? ……それと、いい加減出てきたらどうだ」

 

空を見上げた戎斗が自身の背後に声を掛けると、戎斗の背後の角から、一人の女性が出てきた。

 

「……察していたのか」

「ふん。とぼけるな。こんな分かりやすい誘導、こちらを試していたのだろう?」

 

今戎斗がいる路地裏は人の気配がほとんど感じられない。

途中で工事中の場所などを迂回したが、その迂回の多さから、この場所まで誘導されていることに戎斗は気づいていたのだ。

それがネットカフェから出た時から尾行している何者か、もしくはその尾行者が属している組織が。

 

「昨日の奴らの仲間か」

「いいや。私たちはAST……昨日の集団ではないよ」

「ならば別の組織と言うことか」

「ああ。そういう君は、あの怪物を倒した騎士で間違いないかな?」

「どうせ既に調べているのだろう。何の用だ」

「そうだね。私たちは君に付いてきてほしいんだが――」

 

女性が用を話そうとした瞬間、二人の間を遮るようにジッパーが現れた。

 

「クラックだと!?」

「ぐぎゃっ! ぎゃぎゃ!」

 

ジッパー状のゲート「クラック」の出現に驚く戎斗をよそに、開いたクラックから初級インベスが次々と飛び出してきた。

 

「ぎしゃっ!」

「はっ! おい、そこの女! さっさと逃げろ!」

 

襲い掛かってきたインベスを蹴り飛ばし、反対側にいる女性に逃げるよう言う。

しかし当の女性は耳元に手を当て「……てんそ…ない……じょうぶ…ろう」と、誰かと話しており、逃げようとしない。

 

「ちっ! 仕方あるまい! 変身!」

《バナーナ!》

 

突進してきたインベスを躱した戎斗は、バナナロックシードのロックを外す。

頭上にバナナ型のアームズが現れる。

 

《ロックオン!》

 

腰の戦国ドライバーにロックシードをセットし、カッティングブレードを降ろす。

 

《カモン!》

 

アームズが戎斗の頭に被さり、展開して行く。

 

《バナーナアームズ! ナイト・オブ・スーピアー!》

《バナスピアー!》

 

アーマードライダーバロンに変身した戎斗は、インベスの集団を突っ切り、女性を背後に庇うように立つ。

 

「おや、守ってくれてるのかい?」

「馬鹿を言うな。得体の知れない貴様を守るほど、俺は貴様を信用していない!」

 

そう言いつつも、戎斗はバナスピアーを振るい、次々と迫りくるインベスを切り捨てて行く。

 

「これで終わりだ!」

 

戎斗はそう宣言すると、カッティングブレードを一回倒し、バナスピアーを掲げる。

 

《バナーナスカッシュ!》

「はぁ!」

 

巨大なバナナ状のオーラが纏われたバナスピアーを振りおろす。

狭い路地裏では回避することも難しく、初級インベスは全て爆散した。

 

「お見事だね」

 

変身を解除した戎斗に、女性は表情を変えることなく拍手を送る。

 

「ありがとう。助けてくれて」

「言ったはずだ。俺は貴様を信用していない」

「それでもさ。……さて、話の続きをしよう。こちらの用だが、君を招待したいんだ」

「断る。貴様は信用できん」

「……沢芽市」

 

女性に背を向け立ち去ろうとする戎斗だったが、女性の言葉にその足を止める。

 

「貴様……」

「少々申し訳ないと思ったが、君の使っていたパソコンの検索履歴を調べさせてもらった。この日本に、沢芽市という市はない。それなのに君は、沢芽市に関係していると思われるワードについても検索していたね」

「だからどうした」

「アーマードライダー、ビートライダーズ、ユグドラシル・コーポレーション」

「ちっ。すでに調査済みというわけか」

「そうだね。加えていうなら、君の名前もね。駆紋戎斗。不思議なことに、君の戸籍は存在しなかったよ」

 

次々と放たれる自身の情報に、戎斗は再び舌打ちをしそうになった。

ネットカフェだからと言って、軽率すぎた。

もしかすると、自身で思っているよりも今の状況に混乱しているのかもしれない。

 

「こちらには、君を保護する用意がある」

「生憎と、貴様らのような組織の保護は信用ならなくてな」

 

ユグドラシルのことを思い出した戎斗は、その提案を断る。

ここまで手酷く断れば、()()()()()()()()人員を使って強引な手に出て来るかもしれない。

そう考えて戎斗は警戒を強めるが、女性の次の行動に目を見開いた。

 

「それに関しては、信用してほしいとしか言えない。この通りだ」

「なっ……!?」

 

眼の前の女性が頭を下げた。

その行動に、戎斗は驚愕した。

 

「君の過去に何があったのかは聞かない。だが、今はその過去よりも、私を信用してくれないだろうか?」

 

頭を下げてそう言う女性に、戎斗はため息をつく。

 

「いいだろう。付いて行ってやる」

「……ありがとう。信用してくれて」

 

戎斗の言葉に、女性は礼を言うと頭を上げる。

 

「それでは、さっそく向かうとしよう」

 

女性がそういうと、戎斗を船酔いに似た感覚が襲った。

そして気づいたときには、まったく別の空間にいた。

 

「何だと!?」

「大丈夫かい?」

 

戎斗の様子を心配したのか、女性が声を掛ける。

 

「ああ……ここは何処だ?」

「すぐに説明するよ。まずは()()()の艦橋に案内しよう」

「(艦橋だと? ここは船だと言うのか?)」

「ああそれと、まだ名前を言ってなかったね。私は村雨令音だ。よろしく」

 

 

 

その頃、天宮駐屯地の射撃訓練場では、一人の少女が的に向かって構えた銃の引き金を引いていた。

やがて一マガジンを撃ち切ると、構えていた銃を降ろす。

的への命中率を確認すると、ふぅと息を吐いてリラックスする。

 

「こんな時間まで残って、精が出るわね。折紙」

「……この程度では、精霊は殺せない」

 

訓練をしていた少女――鳶一折紙に声を掛けたのは、ASTの隊長である日下部燎子だった。

 

「相変わらず物騒なこと言ってるわね」

「事実を言っているだけ。それより、昨日のアンノウンについて何か分かったの?」

 

昨日現れたアンノウン――便宜上『未確認生命体』と呼ばれている怪物は、脅威に違いなかった。

ASTの殲滅対象の世界を壊す災厄と呼ばれる精霊とまではいかないが、こちらの攻撃が一切聞かず、こちら同様飛行すら可能な種類がいるのだ。

 

「未確認生命体のことは、まだ何も連絡が来てないわ。<ナイト>の方もね」

 

燎子の口から<ナイト>の単語が聞こえた瞬間、折紙がわずかに反応した。

識別名<ナイト>。アンノウンの出現と共に現れた、謎の存在。

騎士のような姿に槍と思わしき武器を持ち、精霊ともアンノウンとも違う。

アンノウンに襲われていた燎子たちを助け、アンノウンの撃破を撃破した<ナイト>もまた、未知の存在として上層部は危険視している。

 

「……そう」

「そういえば折紙。あんた、やけに<ナイト>のことを気にしていたわね。なんか知ってたりするの?」

「別に。アンノウンを倒せる存在が、気になっただけ」

 

それなりに折紙と付き合いのある人間にしか分からない感情の機微に気付いた燎子は、からかう様に折紙に問いかける。

しかし折紙に素っ気なく返され、燎子は苦笑しながら背を向ける。

 

「そっ。まあいいわ。あんまり無理すんじゃないわよ」

 

部屋から出て行く燎子を見届けると、折紙は懐からあるものを取り出した。

それは透明な青色で錠前の形をしており、レモンを模したと思われるパーツが付けられている。

それは五年前、いつの間にかポケットに入っていた物だった。

 

「(あの日、いつの間にか持っていたこれと似たものを、<ナイト>は持っていた。なら、これの持ち主についても何か知っているかもしれない。もしかすると、()()()()の手掛かりになるかもしれない)」

 

思い出すのは五年前のあの時、一緒に両親を探してくれた青年。

倒れてくる電柱から助けてくれた彼は両親を見つけた後、何故か居なくなっていた。

そして()()()()()()()()()悲しみにくれる中、もしかしたら避難したのかもしれないと、一縷の望みをかけて避難所を探しても結局見つからなかった。

それはASTに入隊し、当時の行方不明者・死亡者のリストを調べても同じだった。

だから折紙は信じているのだ。あの時、自分を救ってくれた彼が死んでいないことを。

 

「私は諦めない。精霊を殺して両親の仇を取ることも、お兄さんを見つけることも」

 

決意を新たに銃のマガジンを取り変えた折紙は、再び的に向けて引き金を引いた。

 




ネットカフェに行ったことないから、利用に戸籍とか住所とか必要ないか分かんない。


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協力者からの依頼

令音と名乗った女性に連れられ、戎斗はどこかの通路を歩いていた。

 

「ここは空中艦<フラクシナス>。<ラタトスク>の所有する船さ」

「空中艦だと?」

「まあ、詳しい事は彼女に聞くといい」

 

そう言って眼の前の扉を通ると、そこは近未来的な空間が広がっていた。

戎斗が辺りを見回していると、令音は目の前にある椅子に向かって行く。

 

「待たせたね、琴里。彼を連れて来たよ」

「ええ。お疲れ様、令音。でも、無茶はやめてよ。胆が冷えたわ」

 

聞こえてきたのは、やけに若い声だった。椅子が回転し、座っていた人物が見える。

椅子に座っていたのは、ツインテールの少女だった。

 

「子供だと? なぜこんなところに子供がいる?」

「あら? あなたも同じような者じゃない」

「何を……」

 

よくよく考えれば、今の自分は高校生くらいの身長になっているのだった。

それを思い出した戎斗は、ばつが悪そうな顔をして話題を変えた。

 

「それで、お前たちはなんだ?」

「あからさまに話題を変えたわね。まあいいわ。令音からある程度聞いていると思うけど、私たちは<ラタトスク>。そしてここは空中艦<フラクシナス>よ。そして私は、司令の五河琴里よ。こっちは解析官の村雨令音。んで、こっちは副指令の神無月恭平よ」

「知っているだろうが、駆紋戎斗だ」

 

琴里は自身の左右にいる二人を手で指し示す。

先ほど名前を聞いていた令音は特に変わらないが、神無月は戎斗に礼をする。

戎斗も、マナーとして自身の名を名乗る。

 

「その<ラタトスク>とはなんだ?」

「その前に、聞かせてちょうだい」

 

戎斗の声を遮り、琴里は鋭い視線を向ける。

 

「あなたはいったい何者? 私たちの知らない力。そして、先ほどあなたが倒した謎の生命体。分からないことが多すぎる。それを教えてちょうだい」

 

その問いに戎斗は悩む。

昨日武器を向けてこちらを拘束しようとした組織よりも、こちらの方が穏健に思える。もっとも、それが正しいとは思わないが。

だが、先ほど令音は得体の知れない自分に頭を下げたのだ。

いくらインベスから守ったからとはいえ、それは誰もが出来る事ではない。だからこそ、戎斗は自身の知っていることを話すことにした。

 

「……これは俺の憶測に過ぎない。それでもいいな?」

「憶測? まあ、こちらとしては情報が欲しいし、構わないわ」

「そうか。……おそらくこの世界の人間ではない」

「…………は?」

 

戎斗の放った突拍子もない言葉に、琴里は目を白黒させた。

彼女だけでなく、令音や他のクルーたちも困惑している。

 

「村雨令音が言っていたな。沢芽市という街は存在しないと」

「ああ。……と言うことは、君はその沢芽市がある世界から来たと言うことかい?」

「おそらくはな」

 

琴里は戎斗の答えにどこか疑問を覚えたが、今は話を進めることが大事だと思い直し、次の質問に移った。

 

「じゃ、次の質問。あの謎の生命体。あれは何?」

「あいつらはインベス。ヘルヘイムの森から現れる存在だ」

「ヘルヘイムの森とはなんだね?」

「他の世界を侵略する外来種、と言うべきか。奴らはクラックと呼ばれるゲートを通り、別の世界と接触する」

「侵略ねぇ。それで、そのヘルヘイムの森の侵略に対抗できるのが、アーマードライダーってわけ?」

「少なくとも、インベスを相手に戦うことは出来る」

 

そこまで話を聞いた琴里は、座っていた椅子の背もたれに背を預ける。

何と言う荒唐無稽な話だろうか。別の世界からヘルヘイムの森がやってきて、さらにその森はインベスという化け物を使い、この世界を侵略しようとしている。

 

「(こんな異常な話、()()()()信じるわけないわよね)」

 

しかし琴里は、よく似た”異常”と密接に関わっている。

だからこそ、戎斗の話を与太話と切り捨てることはしない。

 

「分かったわ。ありがとう。次は、こちらの番ね」

「……意外だな。俺の話をすぐに切り捨てんとは」

「そうね。でも、私たちはあなたの話を信用しようと思う程度に、非日常と知り合いでね。今から話すのは、その非日常についてよ」

 

そう前置きした琴里の口から語られたのは、戎斗でも耳を疑うような話だった。

世界を壊す『精霊』と言う存在。そしてその殲滅を任務とするAST。それとは反対に、対話による解決を目指す琴里たち<ラタトスク>。

ヘルヘイムやインベスで異常には慣れていると思っていた戎斗だったが、さしもの戎斗も、驚きを隠せなかった。

 

「以上が、私たちが話せることの全てよ。何か質問はある?」

「……精霊と対話すると言ったな。だが、精霊の力はどうするつもりだ? それがある限り、精霊を排斥しようと言う人間は必ず現れる」

「……それに関しては、既に動き出しているわ」

「俺に言えない事か」

「申し訳ないけどね。ただ、成功したら必ずあなたに伝える」

「いいだろう。話は分かった」

 

これで話は終わりかと思ったが、琴里は「最後にもう一つだけ」と話を続けた。

 

「あなたに、頼みたいことがあるの」

「頼みたいことだと?」

「ええ。あなたに説明して貰ったインベス。それを倒せるのは今の所、あなただけよ。私たちとしては、インベスなんて危険な存在を放置することは出来ない。だから――」

「俺にインベスを倒せと、そういうことか」

「ええ。クラックとやらの調査はこちらでやるわ。あなたには、そこから出てきたインベスの撃破をお願いしたいの。もちろん、それなりの報酬は支払うわ」

「……分かった。インベスの撃破は、俺がしよう」

 

どうするか戎斗は悩んだものの、まったく知らない世界で生きるためにも、金が必要なため、その依頼を受けることにした。

 

「そう。ありがとう。それじゃ、これからよろしく」

「ああ」

 

琴里は椅子から立ち上がり、戎斗と握手する。

 

「さてと。それで、あなたの保護の件なんだけど、住居の方は用意するのに時間がかかるの。だから、しばらくは<フラクシナス>の客室で寝泊まりしてちょうだい。令音、案内してあげて」

「分かったよ。戎斗、付いてきてくれ」

「ああ。……一つだけ忠告しておく」

「何かしら?」

「クラックを調べる際、おそらく近くに奇妙な果実があるはずだ。そいつに気を付けておけ。クラックを見つけたらすぐに引き返させろ」

「どういうことか分からないけれど、調査員には厳命しておくわ」

 

令音に連れられ戎斗が出ていくのを見届けた琴里は、深いため息を吐いた。

 

「……神無月。彼をどう思う?」

「そうですね。嘘をついている素振りは見えませんでした。ですが、隠している事はあるでしょう。それこそ、最後の忠告のように」

「とは言え、インベスを倒せるのは彼一人。精霊だとどうか分かんないけど、当てにできるはずもないしね。一番困るのは、精霊を攻略中にインベスが現れる事よ。神無月、調査班の編成は任せるわ」

「了解しました」

「まったく……悩みの種は尽きないわね」

 

頭を押さえながら、琴里は心をくすぐる不安に苛まれるのだった。

 



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精霊の暴走と必要な覚悟

戎斗は<フラクシナス>の客室で、令音から渡された精霊の資料を呼んでいた。

精霊の確認と政府の対応についての歴史。現在確認されている精霊、天使と呼ばれる精霊の能力について。そして――<ラタトスク>の対応について。

それらを読み終えた戎斗は、資料を机の上に放り投げると一言。

 

「――甘いな」

 

戎斗の感想はそれだけであった。

圧倒的武力を持つ精霊を相手に、同じく武力を持ってではなく、対話をすることで空間振をどうにかしようと言う考えは悪くない。

だがしかし、その具体的な方法が書いていない。

そもそもどうやって対話の席に着かせるのか。精霊が、自分から喜んで力を振るっている時はどうするのか。そして何より――対話が失敗した時の後始末はどうするのか。

 

「成功することが前提の作戦で、どうすると言うんだ?」

 

とは言え、こんなことを琴里たちの目の前で言うわけにもいかない。

右も左もわからない状態の戎斗を保護し、対等な報酬を支払うことで依頼を頼むことで、戎斗にとって実質的な金銭的な補助まで申し出てきた。

やり方には疑問が残るが、そんな彼女たちに戎斗は助けられているのだ。

 

「(最悪、対話が失敗した時は、俺が片をつけるか)」

 

そこまで考えた戎斗は、部屋に備え付けられていたコーヒーを飲む。

気が付けば、外はすでにオレンジ色に染まっており、長い間資料を読み耽っていたことが分かる。

とりあえず、これからのことを確認するために琴里の元に向かおうとしたとき、轟音と共に部屋が激しく揺れた。

 

「なんだ!?」

 

戎斗は部屋を飛び出し、すぐに艦橋へと向かう。

 

「いったい何が起こった!」

「……ッ、なんだよ、それ……っ! っていうか、なんで――――え?」

 

戎斗が艦橋に飛び込むと、先ほどは見なかった青年が琴里に向かって声を荒げていた。

その青年の腹は、何故か服に穴が空いていたのだが、戎斗は気にする間もなく琴里が声を掛けた。

 

「はぁい、戎斗。お姫様がちょっとばかしキレちゃってね。暴れているのよ」

「先ほど君に渡した資料は読んだかい?」

 

呑気に話す琴里の話を引き継ぎ、令音が戎斗に確認する。

資料については読み込んでいたので戎斗が頷くと、令音は話を続けた。

 

「その資料にも載せていた精霊<プリンセス>と対話の途中だったんだが、アクシデントで暴れ出してね。今の揺れも――」

 

どぉぉおおおおおおんっっっ!!!

 

令音がそこまで話すと、轟音と共に再び艦が揺れる。

 

「つまり、貴様らがやろうとしていた対話は失敗したと言うことか?」

「これが成功に見える?」

 

琴里の冗談めいた言葉に、戎斗は艦橋から出ようとする。

 

「俺をその精霊が暴れている場所に降ろせ」

「何をするつもり?」

「決まっている。俺がその精霊を倒す!」

「なっ!?」

 

戎斗の言葉に驚きの声を上げたのは、琴里でも令音でもなく、今の今まで置いてけぼりにされていた青年だった。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!」

「……なんだ?」

 

戦いに出ようと言うところで呼び止められた戎斗は、不機嫌そうな表情で青年に顔を向ける。

その威圧に思わず後ずさった青年だったが、思いのほか度胸があるのか、戎斗に質問した。

 

「……倒すって、精霊をってことだよな?」

「だからどうした?」

「どうしたって……あんた、<ラタトスク>なんだろ!? なんで十香を殺そうとするんだよ! <ラタトスク>っていうのは、精霊を救うための組織じゃないのかよ!」

「十香……?」

「あー、<プリンセス>の名前よ」

 

訊きなれない名に戎斗が訝しむと、琴里が助け舟を出した。

それを聞いた戎斗は、それを鼻で笑った。

 

「な、なにがおかしいんだよ!」

「対話とやらが成功していない内から仲良しごっことはな。そんなんだから、いざと言う時に躊躇する」

「あんたに何が分かるんだよ! 十香だって、普通の女の子なんだ。今のこれだって、やりたくてやってるわけじゃ――ぐッ!?」

 

戎斗の態度に怒った青年が声を荒げると、振り向いた戎斗が青年の胸ぐらを掴み壁に押しつけた。

いきなりの荒事に、琴里は思わず立ち上がり静止の声を掛ける。

 

「士道!」

「ならば今のこれは何だ! 今起こっているこれは、精霊とやらが自分の意思でやっている訳ではないと言うのか……!」

「ぐ……」

 

声こそ荒げていないが、それでも言葉の端からヒシヒシと伝わる戎斗の怒りに、艦橋にいたクルーたちの動きが止まる。

そんな中、琴里に士道と呼ばれた青年は、負けじと戎斗を睨み返す。

 

「なんだよ……! 十香だって悲しんでるんだ。話せば、きっと分かり合える、はずなんだ……!」

「その話し合いが駄目だったからこそ、この状況になっている!」

 

精霊を、十香を救いたいと士道が視線を向ければ、それ以上の感情が籠った視線が、士道を睨み返す。

 

「俺は、絶対……十香を救うんだ……!」

「――思い上がりもいい加減にしろっ!!」

「……っ!」

 

士道の言葉を聞いた瞬間、ついに戎斗が声を荒げた。

 

「貴様は、昔のあの男と同じだ! 救う、救うと口で言いながらも、それが失敗した時のことは何も考えていない! その程度の覚悟しかない弱者が、簡単に救うなどと(のたま)うな!」

「……っ!?」

 

戎斗の言葉に、士道はショックを受けたような表情になる。

士道に、決して覚悟がなかったわけではない。

十香と初めて出会ったときの、悲しそうな顔をしてほしくなくて、そのために自分(十香)を、世界を好きになって貰おうとした。十香を否定する奴ばかりじゃないと、彼女に知って貰いたかった。

だが実際はどうだろうか。十香とのデートを約束する時も、そのデートの時でさえ<ラタトスク>の力を借りた。いや、<ラタトスク>を知らなければ行動さえできなかったかもしれない。

そして結果がこのざまだ。情けないなんてものじゃない。

自身の無力さに士道が呆然としていると、ふと胸ぐらを掴んでいた手が離され、士道は座り込む。

 

「……それで、どうするつもりだ?」

「……え?」

「何かしらあるのだろう。精霊を救う手段とやらが、貴様らには」

 

戎斗はそう言って、琴里の方を向く。それに対し、琴里は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ええ、あるわ。効果は実証済。後は、士道の覚悟一つよ」

 

琴里の言葉に、そしてそれを聞いたのが戎斗ということに、士道は困惑したように戎斗を見る。

 

「……貴様が精霊を救いたいと言うのなら、最後まであがいて見せろ」

 

一度だけ待ってやる。

そう言われている気がして、士道は体に力を入れて立ち上がった。

確かに自分は無力だ。琴里たちに力を借りなければ、つい先日まで普通の日常を歩んできた自分では十香を救えない。

 

――――だとしてもっ!!

 

「十香が救えるのなら、どんなことでもやってやるっ!!」

 

そう宣言した士道の顔を見た琴里は満足そうに頷くと、精霊を救うためクルーに号令をかける。

 

「<フラクシナス>旋回! 戦闘ポイントに移動! 誤差は一メートル以内に収め――」

「司令!」

 

しかしその号令の途中で、クルーの一人が慌てた様子で報告する。

 

「精霊とASTの戦闘地域周辺に、先刻と同じ反応が! おそらくこれは……!」

「ちっ! インベスってわけ? こんな時に……」

 

インベス出現の報告に、琴里は咥えているチュッパチャプスを噛み砕かんばかりに歯を食いしばる。

このまま周囲で暴れられたら、精霊をどうにかするどころではなくなる。

どうするか頭を巡らせていると、その思考を遮る声が琴里の耳に届いた。

 

「俺をその地点に送れ」

「……戎斗」

「インベスの撃破は、お前たちからの依頼だ」

「……ふっ、そうね。戎斗、さっそく依頼を果たして貰うわよ」

「任せておけ」

「転送装置用意! 戎斗は直に転送装置に向かって。戦闘ポイントに向かう途中で送るわ!」

 

戎斗が艦橋を出ると、何のことかわからない士道は、琴里に聞く。

 

「なあ琴里、インベスってなんだ?」

「それは後で説明するわ。彼……戎斗についてもね。とりあえずあなたには、するべきことがあるでしょ?」

「……ああ!」

 

 

「――さあ、私たちの戦争(デート)を始めましょう?」

 

 

 

 

 

 

 




原作だと対士道用の兵器があるのに、なぜ対精霊用の兵器が無いのか。

なんかアンチっぽくなりましたが、デアラは普通に好きです。
それこそ、家の周辺の本屋にストライクとバレットが置かれていないことに、若干泣きそうになるくらいには。



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戦闘!バロンの力

 

『転送完了。調子はどうだい?』

「インベスを見つけた。今から殲滅する」

 

琴里から渡されていたインカムを耳に着け、そこから聞こえる令音の声に戎斗は返事をする。

戎斗の言うとおり、眼の前にはシカインベスやカミキリインベス、多数の初級インベスの群れがいた。

クラックから次々と現れるインベス達は、一貫して精霊がいると思わしき方向に進んでいる。まるで、灯りに引き寄せられる真夏の虫のように。

 

『インベス達は精霊に向かっているのか……?』

『どっちにしろ。インベスがいたら、こっちの方も危ないわ。こちらもすぐ済ませるから、気を付けなさい』

「ふん。誰にものを言っている。……変身!」

《バナーナ!》

 

戎斗がバナナロックシードを起動すると、上空にアームズが現れる。

 

《ロックオン!》

 

そしてバナナロックシードを戦国ドライバーにセットする。

 

『バナナ、バナ、バナナっ!?』

『士道うっさい!』

「バロンだ!」

 

インカムから聞えた士道と琴里の声にそう叫ぶと、カッティングブレードを下ろす。

 

《カモン!》

《バナーナアームズ! ナイト・オブ・スーピアー!》

 

バロン バナナアームズに変身した戎斗は、バナスピアーを構えてインベスの群れに突撃する。

ここにきて、ようやく戎斗に気付いたインベスたちも、戎斗に襲い掛かる。

 

「ぎゃぎゃっ!」

「はぁ!」

 

戎斗は群れの中を走り抜けながら、バナスピアーで斬撃を浴びせていく。

正面から突撃してくる初級インベスをバナスピアーで薙ぎ払い、側面からの攻撃をスウェー回避しカウンターを食らわせる。

 

「シャァ!」

「ギィ!」

「ふっ! 邪魔をするな!」

 

シカインベスとカミキリインベスの攻撃を、戎斗はバナスピアーで受け流していくも、さすがは初級インベスより格上の2体のインベス。

受け損ねた攻撃をくらい、戎斗は吹き飛ばされる。

 

「がぁ!」

『ちょっと戎斗! 大丈夫!?』

「この、程度の敵に……負けてたまるか!」

「ぎしゃぁ!」

 

片膝立ちの状態の戎斗は、飛び掛かってきたカミキリインベスを、バナスピアーで貫く。

そしてすぐさま立ち上がると、カッティングブレードを一回下ろす。

 

《バナーナスカッシュ!》

「はぁぁぁあああっっ!!」

 

跳び上がった戎斗が放ったキックは、カミキリインベスを貫いていたバナスピアーの石突に当たり、背後にいた初級インベス共々爆散させた。

 

「……こちら戎斗。インベスを片付けた」

『ありがとう、戎斗』

「礼など要らん。そっちはどうなった」

『ええ。上手くいったわ。これでまずは一安心ね』

 

安堵したような琴里の話を聞いていると、ふと視界の端に蠢く何かが見えた。

 

「ぐ……がぁあ……」

「さっきのインベス!? まだ残っていたのか!」

 

その正体は、先ほどまで戦っていたシカインベスだった。

そしてその近くには、クラックから出て来たと思われるヘルヘイムの森の植物と、その植物に()っているヘルヘイムの果実があった。

 

「まずい……!」

 

戎斗は早急に止めを刺そうとするが、それよりも早く、シカインベスが果実にかぶりついた。

 

「あ゛あ゛……うがぁぶっ! ぐぶっ!? ぶが、ガアアアアアアアアアアッッッ!!!」

「ぐぁ!」

 

シカインベスが咆哮を上げたかと思うと、全身から生えた蔦がインベスの体を覆い、緑色の発光と共に巨大な姿に変貌した。

その際の勢いに戎斗が吹き飛ばされるが、シカインベスの強化体は戎斗に目もくれず走り去って行った。

 

『戎斗! 戎斗! いったい何がどうしたの!?』

「くっ……ぬかった! おい! この一帯の住民は避難しているな!?」

『そりゃ、終わってるけど……映像の復旧まだ!?「映像の復旧、完了しました!」って、なによこれ!?』

「奴を追うぞ!」

 

そう言って、戎斗はバラの装飾が施された「ローズアタッカーロックシード」を起動し放り投げる。

ロックシードは瞬く間に変形、巨大化し、バイク「ローズアタッカー」になる。

戎斗はローズアタッカーに乗り込むと、シカインベスを追いかけはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お――が――ッ! 折――ッ! ――折紙ッ!』

「……う……ぁ……」

 

耳元から聞こえる上司の声で意識がひっぱりあげられる。

全てが蹂躙され、崩壊した街並の中で、鳶一折紙は何があったのかを思い出す。

……そうだ。自分は確か、精霊を狙撃した時、そばにいた五河士道を誤射してしまい、その後精霊が暴走したのだ。

その力に為すすべなくやられて、止めを刺されそうになった時、誤射してしまったはずの士道が――――。

そこから先を覚えていない。どうやら、そこから意識を失っていたようだ。

 

『折紙! そっちは今どうなってる!?』

「……?」

 

上司に何がどうなったのか聞こうと口を開いた瞬間に響いた上司の焦ったような声に、喉元まで出かかった声が思わず引っ込む。

 

「なにが、起こって……」

『未確認生命体よ! 巨大な未確認生命体と思われる怪物が暴れてる! しかも、()()()()()()()()()()()

「……え?」

 

上司の言葉の直後、地面が揺れた。

通常の地震とは違い、一定のリズムを持って揺れる地震に、痛みを堪えながら何とか首だけを動かすと、()()が見えた。

ゴリラに似た姿をしており、しかしその大きさはゴリラよりも何倍に大きい。

そして何より、怪物がその大きさからは想像もつかないスピードで、こちらに迫っている。

 

「(逃げ……なければ……)」

 

理性は逃げろと警告を発し、ただ恐怖が心を支配する。精霊と戦って死ぬ覚悟はあるが、あんな化け物と戦って死ぬ覚悟は持ち合わせていない。

しかし、精霊との戦いで激しく負傷したせいで、逃げること一つままならない。

 

「(ここで、死ぬと言うの? 精霊を一体も殺せずに、あのお兄さんにも会えずに……)」

 

死の使いが目の前に迫る。しかし怪物は足を止めない。

きっとこの怪物にとって折紙の死など、足元の蟻を気づかずに踏み潰すことと等しいのだろう。

ここで死ねば、天国の両親に会えるのだろうか?

生を諦めた折紙は目を閉じて、その時を待つ。しかし、その時――。

 

「グゥガァァァアアアアッッ!!」

 

怪物の悲鳴のような咆哮が聞こえ、訪れる筈の感覚が来ない。代わりに感じたのは、地面越しに伝わる振動だけ。

疑問に思った折紙がゆっくりと目を開けると、視界に移ったのは倒れ伏す巨大な怪物と、その頭部に槍を突き立てる騎士(ナイト)だった。

 

 

 

 

 

 

『戎斗、やばいわ。インベスが向かっている先に、ASTの隊員がいる! たぶん、十香との戦いでやられた隊員よ』

『おい琴里、このままじゃ折紙が!』

『分かってるわよ! 戎斗、急いで!』

「ちぃ!」

 

ローズアタッカーを駆り、逃走するシカインベスを追いかける戎斗の耳に琴里の焦った声が聞こえる。

最悪の報告に、戎斗はローズアタッカーのスピードを上げる。道路の瓦礫を避けながら進むと、シカインベスの背中が見えた。

追いつくためにさらにスピードを上げると、シカインベスが曲がり角を曲がった。その先には、琴里の言っていたように誰かが倒れているのも見えた。

 

「させるかっ!」

 

戎斗は咄嗟に道に転がっていた車に登り、ジャンプ台のようにして跳んだ。

曲がり角を大幅にショートカットした戎斗は、シカインベスの背中をバナスピアーで切りつける。

 

「でやぁ!」

「グゥガァァァアアアアッッ!!」

 

背後からの不意打ちに、シカインベスは悲鳴を上げて立ち止まる。

戎斗は地面に着地すると、すぐさま方向転換し、シカインベスに向かって走る。

 

「ガァァアァアアッッ!!」

 

向かってくる戎斗に、シカインベスは剛腕を振るうがバイクごとジャンプした戎斗は、その剛腕をバイクで登って行く。

 

「はあああああ!」

 

そしてバイクから跳躍し、落下の勢いそのままに、シカインベスの脳天へバナスピアーを突き立てた。その衝撃はシカインベスを地面に縫い付けるほど。

 

「ガァアアアアアアッッッ!!!!」

 

しかし、身体を揺らしてシカインベスは抵抗を続ける。

それに対し戎斗は、カッティングブレードを三回下ろす。

 

《バナナスパーキング!》

「これで止めだ!」

 

バナスピアーから黄色の光が溢れ、爆発。

炎と煙が立ち込める中、戎斗だけが姿を現した。

 

『インベスの反応消失。何とか倒しきれた様ね』

 

琴里の労いの言葉を聞きながら、戎斗は倒れている折紙の元に向かう。

折紙の側で膝を折った戎斗は、折紙が息をしているか確認する。

 

「息はあるな」

『脈も安定しているし、ひとまず心配はないでしょう。ASTが時期に回収するだろうし。こっちも、あなたを回収するわよ』

「……ああ。(こいつ、どこかで見たか……?)」

 

次の瞬間、辺りの風景が切り替わる。<フラクシナス>に回収された戎斗は変身を解除する。

その足で艦橋に向かうと、それを琴里が出迎えた。

 

「お疲れ様、戎斗。色々と大変だったわね」

「最後のあれは、俺の不手際だ」

「だとしても、私たちにはインベスを倒す手段がないもの。もし他のインベスもああなっていたら、まさしく世界の終わりね」

「世界の終わりがあの程度とは思わんがな」

 

一応緊急事態を解決したからか、二人の会話には幾分かの安堵が籠っていた。

しかし戎斗は、話を一旦途切れさせると、琴里に鋭い視線を向ける。

 

「教えてもらうぞ。精霊とやらをどうやって大人しくさせたのか」

「ええ、いいわ。そういう約束だものね」

 

そう言って琴里は、懐から新たなチュッパチャプスを取り出す。

 

「士道がどうやって精霊を大人しくさせたか。そもそもあの精霊は、士道が()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、好感度はあったのよね」

「……何の話だ?」

 

何の脈絡もなく語られる話に、戎斗は口を挟む。

しかし琴里は、それを気にすることなく話を続ける。

 

「あら? いつの時代だって、呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、一つしかないじゃない」

「まさか……」

 

琴里が言わんとすることに気付いた戎斗に、当の琴里は、手に持ったチュッパチャプスにチュッと口づけた。

 



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転校! 来禅高校!

「あら? いつの時代だって、呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、一つしかないじゃない」

「まさか……」

 

琴里がにぃっと笑みを浮かべると、戎斗から見て正面のモニターに映像が映し出される。

それは、空中に佇んでいる精霊と思わしき少女と、士道と呼ばれていた青年がキスをしているシーンだった。

 

「これが、私たちの奥の手。五河士道は、精霊とキスすることで、対象の霊力――精霊の力の源ね――を奪うことが出来るの」

 

戎斗は、琴里の語ったことをうまく処理できなかった。

百歩譲って、精霊を大人しくさせる方法がキスなのは良い。いや良くはないが、実際それが結果を出しているのだから、戎斗がとやかく言うことではない。

戎斗が気になっているのは、まったく別のこと。それは――。

 

「あの士道とかいう男。さっきまで何も知らなかったようだが……」

「ええ。そうでしょうね」

「今はとにかく、<ラタトスク>のことを知ったのも、つい最近の話よ」

「やはりか……」

 

言葉の端に微かな怒気を込めた戎斗は、琴里に詰め寄る。

 

「ならば貴様らは、なんの力もないあの男を戦場に送り込んだと言うことか」

「仕方ないじゃない。現状、精霊をどうにかできるのは士道しかいないのだし」

「ある程度の訓練の積んだならまだしも、つい先日まで何も知らない人間を奥の手にするなど、正気の沙汰ではない」

「確かに訓練を積ませるべきなんでしょうけど、それじゃ意味がないのよ」

 

椅子を回し、戎斗に背を向けた琴里の話に、戎斗は顔を訝しめる。

 

「士道が霊力を吸収するためには、対象の好感度を一定値まで引き上げないといけないのよ。もし士道に訓練なんか積ませようとすれば、この事は言わなくちゃいけなくなる。でも、それはつまり精霊を口説くために、心にもない言葉を言うこと。そんな男に、少女が惚れると思う?」

「そのために、奴の覚悟を利用したと言うことか。まるでゲームだな」

「…………そんなこと、知ってるわよ」

 

その言葉を機に、琴里は沈黙する。戎斗にはその表情は分からない。

戎斗も、もう用はないとばかりに背を向ける。

 

「まあいい。少なくとも俺が受けた依頼は、インベスの退治だ」

「戎斗……」

「貴様にも思うところがあるのなら、しっかりと守ってやれ。……そして、もしものことがあれば、俺が片を付ける」

 

部屋を出る直前の戎斗の言葉に、琴里は思わず扉に振り向く。しかし、戎斗の姿はすでになかった。

琴里はため息をつき、椅子の背もたれに寄りかかる。

 

「お疲れだね。琴里」

「……令音」

 

声をかけてきた令音に億劫な視線を向けると、令音は普段の無表情だった。

 

「そんなに顔に出てる?」

「ああ。彼と話していたんだろう? どうだった、彼は」

「ずばずばと、気にしていることを言われたわ。彼、本当に高校生かってくらい大人びてるわ」

「……そうか」

 

色々な感情が籠った琴里の言葉に、令音は何も言えなかった。

 

「ああそれと……」

「まだ何か言われたのかい?」

「『もしものことがあれば、俺が片を付ける』、ですって……」

「…………」

 

琴里からすれば、何気なしに伝えたのだろう。

しかし今度こそ令音は、何も言えなかった。

 

 

 

 

 

 

精霊十香の暴走から翌日。

何故か戎斗は≪≪高校生の≫≫制服を着て、とある教室の中に立っていた。

 

「そ、それでは、転校生を紹介します。自己紹介を」

「……駆紋戎斗だ。よろしく頼む」

 

手短な戎斗の挨拶に、担任は何処となくひきつったような笑みを浮かべる。

 

「え、えっと、それだけか?」

「ああ。何かあるのか?」

「い、いや何でもない。駆紋の席は、奥のあそこだ」

 

戎斗は、担任が指し示した奥にある席に座る。

周囲の生徒が声を潜めて話し、転校生である戎斗に奇異の視線が集まる。

それをうっとおしく思いながら、どうしてこうなったのか、戎斗は昨夜のことを思い出した。

 

 

 

 

昨夜、部屋にいた戎斗を、令音が訪ねて来た。

 

「夜遅くに悪いね」

「何の用だ」

「君にこれを渡しておこうと思ってね」

 

そう言って手渡されたのは、いくつかの書類だった。

 

「明日までに目を通しておいてくれ」

「なんだと? 今何時だと思っている。それに、なんだこれは?」

「来禅高校への転入手続きだ」

 

戎斗は耳を疑った。しかし、令音の表情からは一切嘘だと思えなかった。

 

「君は確かにこの世界の人間ではないかもしれない。だが、君は高校生だろう? なら、少なくとも高校には入っておいた方がいい」

「インベスが出てきたらどうする」

「その時は、学校の方はこちらで対応する。実は十香も転入することになっていてね。もしものために、私も来禅高校の教師として在籍している」

 

この時、戎斗は自分を高校生の姿にした何者かを激しく恨んだ。

高校に入れば、確実に昼の間の時間をつぶされる。そうなれば、調査のために動くことが難しくなる。

そう思って拒否しようと口を開くが、機先を制した令音の言葉に沈んだ。

 

「そうそう。君の戸籍を、こちらで作っておいた。それと、これは今日の依頼の報酬が入った通帳だ。これからは、依頼の報酬はこの口座に振り込まれる。……それじゃ、また明日。学校で会おう」

 

そう言い残して、令音は部屋を出て行った。

戎斗に、断ること選択肢はなかった。




次回の鎧武外伝!

「二体目の精霊だと……」
「クラックなんて見つからないわよ?」
「彼らは何かに引き寄せられているのかな?」
「よしのんが、いなくて……」
「守られるだけで満足するな!」
「守れるほどに強くなれ!」

《マンゴーアームズ!》
《ファイト・オブ・ハーンマー!》


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四糸乃パペット
謎の転校生


前話に次回予告を入れ忘れてたので入れました。気になる方はみて下さい。





葛葉鉱太との戦いに敗北した駆紋戎斗。しかし死んだはずの戎斗が目覚めると、そこは見知らぬ世界だった。

訳も分からず困惑する戎斗に、<ラタトスク>と名乗る組織が接触する。

精霊、空間振、AST、そして現れる筈のないインベス。戎斗はアーマードライダーバロンへと変身し、戦いに身を投じていく。

 

 


 

 

 

五河士道は、現在進行形で困っていた。

 

「え、えっとぉ……」

「シドーは私のクッキィを食べるのだ!」

「あなたのクッキーを彼に摂取させるわけにはいかない」

 

士道の眼の前で言い争っているのは、クラスメイトである二人の少女。

片方は天真爛漫という言葉が似合う長髪の少女、夜刀神十香。

もう片方はまるで人形のように整った顔立ちの少女、鳶一折紙。

そんな二人の手にはクッキーが入った箱が収まっていた。

 

「シドー! 私のを食べるのだ!」

「士道。私の方が美味しい」

 

2人に詰め寄られた士道は覚悟を決め、二人の箱からクッキーを取り口に含む。

 

「う、うん! どっちも美味しいぞ!」

「うむ、私のクッキィを食べる方が、ほんのちょびっとだけ速かったな!」

「私の方が、0.02秒速かった」

 

士道の感想に、二人が同時に言った。

 

「…………」

「…………」

 

そして、静かに顔を見合わせた。その間に士道は二人から距離を取る。

別に二人がうっとおしくなったわけではない。ただ単に二人の剣呑な雰囲気や、周囲の男子からの恨みがましい視線に耐えきれなくなったからだ。

 

「もう少し仲良くしてくれるんだがなぁ……」

「よぉ、セクシャルビースト士道。美少女二人からクッキーのお裾分けとは、羨まけしからん奴め!」

 

士道が項垂れていると、友人の殿町が話しかけてきた。

片や精霊、片やその精霊を討伐しようとするASTとはいえ、毎度顔を突き合わせるたびに喧嘩されると、中々気疲れするものだ。

そんな裏事情を知らない殿町は、士道に対して恨み辛みを吐き出す。

 

「……しっかし、なんでお前はお裾分けを貰えるんだよ」

「俺に言われても仕方ないだろう?」

「あーあ。2組の転校生も、さっそくモテモテみたいだしなー」

「……ん? なんか廊下が騒がしくないか?」

 

殿町がそう愚痴をこぼすと、廊下が騒がしくなる。

気になった士道が廊下を覗くと、一人の男子が歩いているのが見えた。

そして、その男子に二人の女子生徒が近づくと、手に持っていた綺麗にラッピングされたクッキーの入った袋を渡す。

 

「あれは……」

「ああ。例の転校生だよ。たしか……駆紋戎斗だったか?」

 

士道からすれば、殿町に言われるまでもなく知っていた。

先日、自分が死にかけたところを見た十香が暴れている時、その十香を殺そうとしていた。……かと思えば、覚悟が決まっていなかった自分を叱咤し、激励した男。

 

「にしても、よく名前知ってたな。お前のことだから、女子以外興味ないかと思ってたんだけど」

「ああ。安心しろ。女子からモテそうなやつもリサーチ対象だ。来たるべき粛清の時にな……フフフフフ」

「お前なぁ……」

 

いつでもぶれない友人に、士道は苦笑する。

その時、ふと戎斗のことが気になり、殿町に質問する。

 

「なあ、戎斗のことって何知ってるんだ?」

「ん? なんだお前、美少女では飽き足らず、ついには男にまで手を出すのか? ちょっと引くぞ……」

「ちげぇよ!?」

 

とんでもない勘違いをする殿町に、士道は慌てて否定する。

殿町も分かっていたようで、「悪い悪い」と謝りつつ戎斗の情報を話していく。

 

「えっと、駆紋戎斗のことだったな。とは言っても、あいつの情報もそう多くないんだよな」

「そうなのか?」

「愛想がいいタイプでもないし、どっちかっていうと、クールな一匹狼って感じだな。ただ、困っているやつを見捨てるような奴でもないし、ツンデレの典型みたいなやつだ」

 

殿町の話に、士道は先日のことを思い出す。

暴れる十香を倒すと言いながら、士道に最後のチャンスをくれたのは、最初からだというのだろうか。

しかし、あの時の戎斗の雰囲気は、確実に手を下すことを躊躇わない雰囲気がだった。

 

「でもまあ、ああいうやつは何気に珍しいからな。女子たちは皆夢中らしい。ほら、また一人、クッキーを渡しに行ってるぜ」

 

殿町の言葉通り、殺気とは違う女子が戎斗にクッキーを渡す。

戎斗は渡されるクッキーを拒否せずに受け取る。

 

「ちっくしょー。貰ってる数だったら、士道よりあいつのほうが多いぞ。羨まし過ぎるだろー」

「その割には、特に表情変わっていなくね?」

「そうだよ。あいつ、あんだけ女子に騒がれてるってのに、それに興味なしって顔してるだろ? その上、あいつホントに興味ないだろうから憎めないんだよな。多分、そういうところも女子にウケてんだろうよ」

「ふーん」

 

士道が戎斗を紹介されたのは昨日のこと。十香と一緒に琴里から改めて紹介され、軽く話した程度だ。その時から、馴れ合いを好まない雰囲気が伝わってきていた。

そのままボーっと見ていると、いつの間にか近くにいた折紙が声を掛けた。

 

「……士道」

「うおっ!? お、折紙? どうしたんだ?」

「……士道、男色に走ったというのは本当?」

「ぶっ!?」

 

真面目な顔して中々ぶっ飛んだことを聞いて来た。

 

「そ、そんなわけないだろ!?」

「……そう。それなら、いい」

「む? シドー、”だんしょく”とはなんだ?」

「あ、いやぁ、その……」

 

純真な十香に教えるのはどうかと考えた士道は、しどろもどろになりながら言葉を濁す。

その時、折紙が士道に抱き着いた。クラス中の男子の怨嗟の視線が士道に向けられる。

 

「お、折紙!?」

「士道、大丈夫。たとえソッチの道に走っても、私が戻してあげるから」

「だからそれは誤解だって……!?」

「むっ。おい折紙! シドーが困っているだろう! シドーから離れんか!」

「あなたに私と士道を引き離す権利はない。そこで大人しく見ていればいい」

 

折紙と十香が、西部劇のガンマンの決闘のごとく睨みあう。

 

「ええと……」

 

何とか仲裁しようとした士道の声を引き金に、互いの急所を狙った拳が放たれ――二人の間に割って入った哀れな男の頭部と腹部に吸い込まれた。

 

 

 

 

 

 

哀れな男(士道)が保健室に連れて行かれるのを見送った折紙は、廊下に出る。

普段なら、率先して士道を保健室に運び、その後なんやかんや起こして、両者合意の既成事実を作ろうとするのだが、今回は別の用事があるため泣く泣く断念したのだ。

 

「駆紋、戎斗……」

 

士道と殿町が話していた名を、ゆっくりと思い起こすように口に出す。

愛する男(士道)を男色の道に引きずり込もうとしている男。折紙にとっては、まさしく急を要する問題だった。ある意味で敵になるかもしれない男を一目見ておこうと、こうして廊下を歩いているのだが、なかなか見つからない。

しかしなぜだろうか。駆紋戎斗という名を聞くと、何か胸がむずむずするというか、どことなく落ち着かない。

 

「お兄さん……」

 

何故か、名前も知らない捜し人が口をついて出た。

ポケットから取り出したのは、レモンの装飾が付いた錠前。士道と結ばれることと同じくらい重要な、お兄さんを見つけることのただ一つの手がかりかも知れない物。

何度も諦めそうになった。でもその度に、あの人にもう一度だけ会いたいと思った。だからこうして探している。

その時、次の授業を知らせるチャイムが鳴った。

 

「戻らなくては……」

 

もやもやとした気持ちを抱えたまま、折紙は自分の教室に戻るのだった。

 



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ヘルヘイムの謎

駆紋戎斗は、()()()()空を見上げため息を吐いた。

学校が終わり、元の世界に帰るための調査に行こうとした時に、急に雨が降り出した。

かなり土砂降りなため、仕方なく近くの屋根に入り雨宿りしている。

 

「予報では雨ではなかったはずだが、こんなこともあるか」

 

調査どころでは無いので、適当なところで<フラクシナス>に回収して貰うことを決めた戎斗は、カバンの中からクッキーが入った袋を取り出す。

今日の授業で女子だけ調理実習があり、なぜかクラスの女子たちからクッキーを貰ったのだ。

今取り出した分以外にも、それなりの数がかばんに入っている。

 

「………美味いな」

 

袋から取りだし食べる。

作った生徒は、おそらく調理が不慣れだったのだろう。幼い頃に両親を亡くした経緯から料理が出来る戎斗にしてみれば、荒い部分が色々と目立つが、それでも気持ちが籠っていることが分かる。

 

「……何を考えているんだ。俺は」

 

他人の思いを無碍にするつもりはない。が、だからと言って特に何かを思うわけではない。

頭を振った戎斗は、クッキーが残る袋をかばんに突っ込み、スマホを取り出して<フラクシナス>に連絡を取る。

 

「……俺だ。そっちで回収してくれ」

『はぁい、戎斗。ちょうどいいわ』

「五河琴里?」

『今から家に来てほしいのよ。<フラクシナス>じゃなくて、私の家の方ね』

「なぜ貴様の家に行かなければならない?」

『色々と報告があるのよ。<フラクシナス>で送らせるから、来なさいよ』

 

琴里はそう言うと、戎斗が何か言う前に通話を切った。

戎斗はため息を吐くと、カバンを取り出して人目が無い場所へと移動するのだった。

 

 

 

 

 

「いらっしゃい。取りあえず入って」

 

言われた通り、戎斗は五河家に<フラクシナス>の転送装置で送ってもらい、インターホンを鳴らすと琴里が出迎えた。

琴里の後ろをついてリビングに入ると、ソファに腰掛ける令音がいた。

 

「やぁ、戎斗。急に呼んでしまって悪いね」

「村雨令音か。俺を呼んだのはお前と言うことか」

「そうだよ。取りあえず座ってくれ。まぁ、私はここの住人と言うわけではないのだが」

 

令音に促され、戎斗は向かいのソファに座る。

丁度その時、玄関からドアが開く音と帰りを告げる声が聞こえた。

 

「――ただいま」

「あら? ちょうど士道も帰って来たようね」

「それなら、シンにも話しておいた方がいいだろうね」

 

令音が言った「シン」というのは士道のことだ。

何故か彼女は士道のことをシンと呼んでいる。

 

「いッ、いいからでていけ……ッ!」

「ぐぇふっ!?」

 

何故かリビングの外から、十香の怒号と士道の変な声が聞こえてきた。

少し後に、鳩尾の部分に手を当てた士道がリビングに入ってきた。

 

「琴里ぃ! どういうこ……戎斗?」

「おかえり、おにーちゃん。それとお客様がいるんだから、もうちょっと静かにならないかしら?」

 

士道は琴里を見るやいなや、何かしらの抗議の声を上げようとしたのだが、ソファに座る戎斗を見てその声が引っ込んだ。

 

「やぁ、お邪魔しているよ、シン」

「令音さんまで……」

「とりあえずそろったのだから、話をしましょうか」

「それもそうだね。ただその前に、シン」

「はい?」

「服を着替えてきたらどうかね?」

「あ……」

 

言われたときには、既に床が水浸しになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「むぅ……」

「えーと……」

 

着替えてきた士道と、琴里が連れて来ていたらしい十香もソファに座り、やっとのことで話し合いが始まった。

 

「それじゃぁ、まずはクラックの調査の方ね。士道と十香は、インベスやクラックのことは覚えているわね」

「うむ! たしか、変な姿をした怪物のことだろう?」

「説明されたときはゲームみたいな話だとは思ったけどなぁ」

 

十香は元気に、士道はしみじみと答える。それに頷いた琴里は話を続ける。

 

「結果から言えば、戎斗」

「なんだ」

「クラックなんて見つからないわよ?」

 

琴里の報告に、戎斗は眉をひそめた。

 

「確認できたのは、令音があなたと初めて接触した時と、十香の霊力を封印した時だけ。それ以外は影も形も見当たらないわ」

「……そうか」

 

お手上げと言わんばかりに肩をすくめる琴里に、戎斗は短くそう言った。

そんな中、士道が手を挙げた。

 

「なぁ。クラックってそもそも、なんなんだ?」

「……説明してあげたでしょ? っていうところだけど、クラックについては私も理解が追いつかないことがあるのよね。戎斗、説明して貰ってもいいかしら?」

「クラックは、ヘルヘイムの森が開くゲートだ。ヘルヘイムの森自体は、別の世界からやってくる。そのためのゲートがクラックと言うことだ」

 

戎斗の説明に琴里は腕を組んで唸る。

 

「何度聞いても不思議な話よねぇ。精霊とか知ってる私が言うのもなんだけど」

「だが、クラックが開いたと言うことは、ヘルヘイムの森はこの世界を侵略しようとしているはずだ」

「……は?」

 

戎斗が放った言葉に、士道の口から呆然とした声が漏れ出た。

 

「な、なんだよそれ……」

「ヘルヘイムの森がクラックを開くのは、他の世界を侵略しようとするからだ。対策手段を持っていなければ、この世界はあっという間に支配されるだろう」

「……はっきり言って、それも信じがたいのよね。森が侵略するって……」

 

琴里もついには額に手を置き、ギブアップを宣言する。

士道は理解が追いつくはずもなく、十香にいたっては眠たいのか、コックリコックリと首を上下させていた。

そんな中、令音だけが思考に耽っていた。

 

「つまり、ヘルヘイムの森とやらがクラックを通って、私たちの世界を侵略しようとしている。そしてインベスは、その先兵という捉え方でいいんだね?」

「ああ。どういう対応を取るにせよ、奴らはこの世界に侵略してくる」

「その存在を知らないよりもマシ、か。取りあえず、その対策も明日に考えましょう。今日はもう疲れたわ」

 

いかにも疲れたという姿勢の琴里をよそに、戎斗は立ち上がり部屋を出ようとする。

 

「あら? どうしたの?」

「話し合いが終わったのなら、ここにいる意味はない」

 

そう言うと、戎斗はさっさと部屋を出て行ってしまう。

協調性をもうちょっとどうにかできないのかと思いつつ、疲れている琴里は追いかけない。

 

「……なんか、ほんと現実とは思えないな……」

 

話しに関われなくてほとんど空気だった士道が、ポツリと感想を溢す。

 

「残念ながら、全部現実なんでしょうね。クラックやインベスは実際に見ているし、ヘルヘイムの森も信憑性が低いとはいえ、嘘を吐く必要もないわけだし。あ、そうだ士道」

「ん? なんだ、琴里」

「今から、士道の訓練始めるから」

「え?」

「もちろん、罰ゲームあるからね」

「うそだろぉぉおおおおおッ!!」

 

明らかに八つ当たり名琴里の宣告に、士道の嘆きが五河家に響き渡った。



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季節外れのブリザード

 

「――ああ、来たわね三人とも。もうすぐ精霊が出現するわ。令音は用意をお願い」

 

琴里の指示に令音は自分の席へと向かう。

クラックの報告などがあった昨日から一夜明け、今日も今日とて学校へと通っていた戎斗たちだったが、突如として空間振警報が鳴った。

士道と令音と共に<フラクシナス>に回収された戎斗は、現れるであろう精霊を待っていた。

 

「あまり時間をあげられなくて悪いのだけれど。腹は決まったのかしら、士道」

「……っ」

 

琴里の問いに士道が声を詰まらせる。

ただこの場において、戎斗はその原因を察していた。

 

「(この男、未だに覚悟が決まっていないというのか。危ういな)」

 

とは言え、戎斗もそれは想定内だ。先日のあれは、いわゆるその場凌ぎでしかない。

本当の覚悟というものは、そんな簡単に決まるようなものでもなく、様々な苦悩があってしかるべきなのだから。

 

「非常に強い霊波反応を確認! 来ます!」

 

クルーの声が聞こえたと同時に、街の様子を移していたモニターに変化が現れる。

何もなかった街の空間に波紋が出来た瞬間、その歪みが大きくなり爆音とともに画面が真っ白になった。

 

「空間振……っ」

「これが空間振か」

 

回復したモニターには、瓦礫の山と化した街の惨状が映し出される。

それを見た士道は空間振の恐ろしさに震えるが、戎斗は別の反応を示した。

 

「なるほど。確かにASTが精霊を殺そうとする理由もわかるな」

「なっ!? どう意味だよ!」

 

まるで精霊の死を肯定する戎斗の言動に、士道は詰め寄る。

 

「お前はあれが分からないのか? 事前に察知することは出来ても、それを防ぐことは出来ない。唯一の方法は、精霊を殺すことだけだと」

「それは……!」

「戎斗の言う通りよ。だけど、その解決方法を”唯一にしない”ために、私たちがいるの」

 

言い返せない士道だったが、既に見慣れているためか、挿して動揺していない琴里が口を挟んだ。

 

「今回現れたのは<ハーミット>ね」

「<ハーミット>ならばこの程度のものでしょう」

「まあ、精霊の中でも気性の大人しいタイプだしね」

「これで、小規模……」

 

琴里と神無月の会話に、士道は絶句する。

 

「司令、<ハーッミト>を発見しました」

「オッケー、拡大してちょうだい」

 

琴里の指示に、女性クルーが手元の機器を操作すると、モニターの一つが拡大される。

いつの間にか外では雨が降っており、発生したクレーターの中心に、一人の少女が映っていた。

 

「あ、れは……」

「……? どうしたのよ士道」

「俺、あの子に会ったことある」

「はあ!? いったいどこで!?」

「琴里、悪いがこっちも大変だ。インベスが現れた」

 

士道を問い詰めようとした琴里を、令音の報告が抑えた。

士道の方も気になったが、司令として次々と命令を出していく。

 

「ちっ! 後で聞かせてもらうわよ。戎斗はインベスの対処に行って。士道は隙を見て、<ハーミット>と接触するわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『転送完了しました』

『戎斗、そこからまっすぐ進めばインベスと接敵する。ただし、どうやらASTがこちらにも戦力を回しているらしい』

「面倒な事を……。分かった。インベスを殲滅する」

 

令音との通信を切り、戎斗はバナナロックシードを取り出して起動する。

 

「変身」

《バナーナ!》

 

手元で回転させ、戦国ドライバーにロックシードをセット。カッティングブレードを下ろすと同時に走り出す。

 

《ロックオン!》

《カモン!》

《バナーナアームズ! ナイト・オブ・スーピアー!》

 

バロンへと変身した戎斗は、初級インベスに襲われているAST隊員を見つけた。

すぐさまバナスピアーでインベスを攻撃する。

 

「お、お前は……」

「下がっていろ。邪魔だ!」

 

何かを言おうとしていた男を置き去りに、戎斗は次々とインベスに攻撃していく。

 

「グシャァ!」

「はあ!」

 

真正面から突撃してきたインベスの突進をかわし、バナスピアーで切り裂く。

どうやら初級インベスしかいないらしく、戎斗は特に手間取ることなく優勢に立ち回っていた。

決着をつける為、カッティングブレードを下ろそうとした時、インカムから琴里の焦った声が聞こえてきた。

 

『戎斗、大変よ!』

「……?」

『<ハーミット>がそっちに向かってる!』

「何……ッ!? ぐぁ!」

 

通信の直後、戎斗とインベスを季節外れの猛吹雪が襲った。

 

「なんだ、これは……!」

「グゥォォォオオオオオオオオッ!!」

 

訳も分からず困惑する戎斗に、今度は獣のような低い咆哮が聞こえた。

咆哮が聞こえた方向を見ると、そこから何か白い物体が迫ってきていた。

その物体がはっきりと視認できる距離になると、戎斗はその正体を見た。

 

「デカい兔、だと……! あれが<ハーミット>か」

 

巨大な兔は脇目も振らず戎斗の目の前を通り過ぎていく。

兔の眼の前にいたインベス達は、その全てが氷漬けにされ粉砕される。

やがて、兔は戎斗の視界からも走り去る。その間際、確かに戎斗の目は、兔の背後に乗る少女の姿をとらえていた。

 

『<ハーミット>ロスト……前途多難ね』

「インベスも、奴がすべて倒した」

『それはつまり、精霊ならインベスに対抗可能ということ?』

「さあな……とりあえず、回収を――」

『大変です! 戎斗さんがいるポイントで、()()()()()()()()()()()()()()

『なんですって!?』

 

戎斗が振り返ると、そこには氷漬けにされていたインベスがいた。

その氷の塊が震えると、インベスを包んでいた氷が、()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぐぎゃぁぁぁあああ!」

 

それだけではない。蝶が蛹から羽化するように、初級インベスから全く違う姿のインベスが現れた。

 

「これは……!?」

『<ハーミット>の反応は、そいつから出ているわ! 気を付けて、戎斗!』

「シィェアアアアアア!!」

 

堅牢な角が生えた頭部に、肥大化した両手足。さらには体中から結晶の様な物が突き出ている。

インベスは、闘牛のように片足で地面を搔きはじめると、戎斗に向かって突撃してきた。

 

「速い!? ぐぅ!」

 

初級インベスの何倍も速い速度に、戎斗は避けきれずにふっとばされてしまう。

 

『司令、ASTです!』

『<ハーミット>を追撃していた部隊か!』

 

空を見れば、数人のASTの隊員が上空に滞空していた。

インベスもそれに気づいたようで、空に視線を向ける。そして地面に片手を叩きつけると、インベスの周囲に次々と氷の塊が現れた。

ASTに向けて氷塊が次々と撃ちだされ、ASTはまともな迎撃が出来ない。

 

「はあああ!」

 

無防備な背中に戎斗がバナスピアーを叩きつけるが、硬い表皮に阻まれ大したダメージが与えられない。

戎斗は次々と攻撃を当てるが、インベスにバナスピアーを弾き飛ばされてしまう。

そしてインベスの拳が何度も戎斗に叩きつけられ、殴り飛ばされた。

 

「う……ぐ……!」

『戎斗! 仕方ないわ。一旦引くわよ!』

「まだ、だ。奴が硬いというのなら、こいつだ!」

 

戎斗が取り出したのは、バナナロックシードと別のロックシード。

マンゴーの装飾が付いた『マンゴーロックシード』を起動すると、戎斗の上にクラックが開きアームズが現れる。

 

《ロックオン!》

 

バナナロックシードを外し、マンゴーロックシードをセットして、カッティングブレードを下ろす。

 

《カモン!》

 

バナナアームズが粒子となって消え、戎斗の頭に被さった新たなアームズが展開する。

 

《マンゴーアームズ! ファイト・オブ・ハーンマー!》

 

アームズが展開し終わると、戎斗の右手にはメイス型の武器『マンゴパニッシャー』が出現する。

 

「グモォォオオオオ!」

 

アーマードライダーバロン マンゴーアームズに、インベスは恐れる様子もなく襲い掛かる。

インベスの振るう剛腕に、戎斗はマンゴパニッシャーを振るい真っ向から激突する。

 

「グォォオオオ!」

 

ガァァアアン!と鈍い音を立てて、インベスの腕が弾かれる。

しかし戎斗は手を緩めることなく、マンゴパニッシャーをインベスに叩きつける。

 

「はぁ!」

 

マンゴパニッシャーを振り上げ、インベスは吹っ飛ばされる。

 

「これで止めだ」

『―-戎斗、逃げて!』

 

戎斗がカッティングブレードを下ろそうとした時、琴里の警告が耳朶を打った。

次の瞬間、戎斗とインベスの周囲に大量のミサイルが着弾した。

 

「くっ……! いったいなんだ!」

『ASTよ! 回収急いで!』

 

突然の攻撃に戎斗が怯んでいる中、インベスは近くに開いたクラックで逃げてしまう。

 

「……! 待て!」

『転送!』

 

インベスを追おうとした戎斗だったが、それも叶わず<フラクシナス>の転送装置によって転送される。

直後、大量の銃弾が戎斗の立っていた場所に降り注いだ。



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少女の気性は雨模様。

お待たせしました。


「おかえりなさい、戎斗」

 

苛立ちを見せる戎斗に、琴里は苦笑しながら声を掛ける。

 

「なぜ別の場所にいた<ハーミット>がこちらに来た」

「……あー。それはね、こちらのミスなの」

「なに?」

 

何処か言いにくそうな表情で目を背ける琴里に、戎斗は怪訝な目を向ける。

気まずそうな雰囲気のまま、琴里はおずおずと口を開く。

 

「えーっと、実は士道が<ハーミット>と接触している時に、十香がついてきちゃってててね。それでまぁ、十香には精霊の攻略のこととか言ってないの。それで十香がが<ハーミット>を刺激しちゃって……」

「もういい。夜刀神十香に言わなかったのも、余計な疑惑を感じさせ無い為だろう?」

「……気づいてたの?」

「お前が精霊について考えていることは分かっている。だが、なぜ黙っておく必要がある?」

「既に霊力を封印した精霊が強度のストレスを感じると、霊力が逆流してしまう可能性があるの。そうなったら、何が起こるか分からない。だからそう簡単には言えないのよ」

 

そこまで話して琴里はため息を吐く。

 

「だから、十香が癇癪を起こせば非常に慎重な対応が……」

「――残念だが、既に手遅れだ」

 

琴里の言葉を遮ったのは、先ほどまで士道と十香の付き添いに行っていた令音だった。が、何処か疲れた表情をしている。

その様子に琴里は嫌な予感が止まらなかった。

 

「十香が君の家に入った途端、部屋に引きこもってしまった」

 

恐れていた事態に、琴里は額に手を当てて天井を仰ぐ。

とは言え仕方のない事ではある。こっそり士道について来た十香に見られたのが、士道と<ハーミット>が半分事故とは言え()()()()()()()なのだ。自分を命を掛けて救い、あまつさえキスまでした男が、別の女とキスなんてしたら誰だってキレるだろう。琴里だってキレる自信がある。

 

「今は士道が対応してくれてるが、はっきり言って厳しいだろうね」

「そう。……仕方ないわ。下手に呼びかけても刺激するだけだろうし、今はこっちの方を話し合いましょう」

 

令音が手元の機器を操作すると、ブリッジのモニターに戎斗が戦ったインベスが映し出された。

 

「戎斗が戦ったというインベス。聞けば<ハーミット>の氷漬けにされていたらしいね?」

「ああ。粉々に砕かれなかった個体だ」

「このインベスからはわずかに異なるが、<ハーミット>の反応が検知された。と言うことは……」

「インベスは<ハーミット>、というよりは精霊の力を取り込むことが出来るということね」

 

自身で出した結論に、琴里は苦い顔をする。

精霊の力をインベスが吸収できる。しかも、反応は精霊とほとんど同じ。そして戎斗との戦いの様子を見るに、その力の一旦を使えるとあってはよほどの脅威だ。唯一の救いは、精霊がインベスを倒せると言うことだ。

 

「ひとまず、新たに現れたインベスの変異種をハーミットインベスと呼称。出現した際には、優先して倒してちょうだい」

「分かった」

「さて、それじゃあ十香の様子を見に行きますか。戎斗は休んでちょうだい」

 

琴里の号令で、この場はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

「奴が現れたのはこの辺りか」

 

琴里から休めと言われたからといって、戎斗が素直に休むかどうかは別である。

今は<フラクシナス>を降り、ハーミットインベスと戦った場所に訪れていた。

とは言え、現場周辺には既に『KEEP OUT』と書かれた黄色いテープが張り巡らされており、近づけたのはある程度近くまでだ。

インベスは出現していないし、クラックも開いていない。

 

「ASTめ。余計な横槍を入れてくれたものだ。次にあのインベスと出会ったならば、必ず仕留めてやる」

 

決意も新たにその場を立ち去ろうと戎斗が振り返ると、視界の端にふとウサギのような耳が過ぎった。

それなりの大きさなそれに、つい目を向けた戎斗は、たまらずその両目を見開いた。

 

「二体目の精霊……だと?」

 

雨が降る中、兔のような大きなレインコートを羽織り、周囲をしきりに見回しているのは、インベスとの戦いに乱入し戎斗のすぐ横を走り抜けた少女。

あまりの驚きに、<ハーミット>の呼称すら忘れた戎斗は、懐に入れているインカムに手を伸ばす。が、その手を止め、戎斗はしばし逡巡する。

 

「(ここで連絡を入れたとしても、おそらく五河士道を呼び出すだろう。だが、先ほど逃げられていたのであれば、また同じことになるはずだ)」

 

空間振警報も解除されたばかりで、未だに誰も避難していないこの場所で暴れ出すようなことがあれば、甚大な被害が出る。

そこまで考えてインカムから手を放した戎斗は、眼の前の精霊に声を掛けた。

 

「……おい」

「――ひゃぁ!?」

 

背後から声を掛けたのが悪かったのか、<ハーミット>は小さな体を跳ねさせる。

 

「ひぁ……」

 

何事かと振り向いた<ハーミット>は、自分よりも巨大な戎斗を見るやいなや、何故か左手を突きだした。

しかし左手に何もない事に気づくと、伸ばした左手を引っ込め、涙目となって震え上がる。

 

「ぅぇ……ぅぇ……」

「お前……」

「ちょっといいかな?」

「なん――――」

 

警戒されていることに気づきながらも話を掛けようとした時、背後から女性の声で呼び止められた。

怪訝な表情をしながらも戎斗が振り向くと、青い帽子に水色の制服――――婦警さんだった。

 

「ちょーっとお話し良いかな?」

 

何処となく凄みを感じさせる笑みに、戎斗は最悪な予想を思い浮かべる。

今にも泣きだしそうな少女に話しかける高校生男子。……事案である。

 

「待て、お前は何か勘違いを」

「はいはい。言い訳は署の方で聞くから」

「だから勘違いだと……」

「――あ、あの!」

 

戎斗の手を掴み同行を促す婦警に、先ほどまで震えていた少女が声を張り上げた。

声の主へと婦警の視線が向けられる。しかし少女が怖がっていることに気付くと、府警は慌てて視線を合わせる様にしゃがみ込む。

 

「お嬢さん、どうしたの?」

「え、えっと、そのぉ……」

 

声を上げたは良いものの、少女は震えるばかりで声を詰まらせる。

 

「わる…く……ない、です……」

「悪くない? それはこの男の人?」

 

か細くなった声を聞き取った婦警の言葉に、<ハーミット>はブンブンと頭を振る。

それでも疑いが晴れない婦警は、続けて質問する。

 

「それじゃあ、この人との関係は? 話せる?」

「あ、えっと、そのぉ……」

「兄妹だ」

 

思わぬ展開に<ハーミット>が縮こまっていると、不意に戎斗が口を挟んだ。

婦警が戎斗をギロリと睨むと、それを見た<ハーミット>が思わず戎斗の後ろに隠れてしまう。

それを見た婦警はばつが悪そうな顔をすると、眼の前の光景で一応納得したのか、「疑ってごめんなさい。……あんまり妹さんを恐がらせちゃだめよ?」と言って去って行った。

やがて姿が見えなくなると、戎斗は<ハーミット>に声を掛けた。

 

「おま……お前、なぜ俺を助けた」

 

最初はさっきと同じように話そうとして、さっきのことを思い出してしゃがんで目線を合わせた戎斗は、<ハーミット>に話しかける。

 

「わ、悪い人じゃ……ないと、思いました、から……」

「……そうか。助けてもらったことには変わりない。礼を言う」

 

おずおずと理由を話した<ハーミット>に戎斗は頭を下げる。それを見た<ハーミット>はあたふたと慌てるが、人見知りなのだろう、結局何も言わなかった。

 

「それで聞くが、なんでこんなところにいる?」

「その……よし、のんが……友達が、いなくて……」

「よしのん?」

 

戎斗が聞き返すと、コクリと頷く。

そこで戎斗は、<ハーミット>をモニターで見た時、左手にパペットを着けていたことを思い出した。しかし、眼の前の少女の左手にはそれが無い。

 

「そのよしのんとやらは、人形のことか?」

「……っ!」

 

幾ばくかの確信を基に戎斗が聞くと、俯きがちだった少女の顔が起き上がり頭を振る。おそらく、さっきの戦闘で落としてしまったのだろう。

そこで戎斗は疑問に思った。つい先ほどまで殺されかけていたのに、その人形を探していると言うことは、何か強い思い入れがあるのだろうか。

 

「……なぜ人形を探している?」

「…よしのん、は……私の友達で…ヒーロー……だから。今、まで助けて……くれたから」

「………………」

「わたし、みたいに……うじうじしないし……強くて、りそうの…じぶん、なんです……」

 

たどたどしく、だが確かにそう言い切った。

 

「……お前、名前をなんだ」

「ふぇ……?」

「名前だ。俺は駆紋戎斗。お前の名前は何だ?」

「よし、の……四糸乃、です」

 

いきなり名前を聞かれたことにおっかなびっくりの四糸乃は、ゆっくりと自身の名を伝える。

その名を聞いた戎斗は立ち上がる。

 

「よしのんとやら、気が向けば探しておいてやる」

「……え?」

「お前の友達とやらなのだろう?」

 

四糸乃に背を向けてぶっきらぼうに言い放つ戎斗に、それでも四糸乃はペコリと可愛らしく頭を下げた。それからすぐに、タッタッタッタッという音が聞こえた。

 

「ふん……」

 

戎斗は歩き出して、少ししてから振り返る。そこには先ほどまで震えて縮こまっていた少女の姿は無かった。

再び戎斗は歩き出す。降り続ける雨が、どことなく弱くなった気がした。

 

 

 




サブタイにちょっとしたダジャレ。


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少女たちの追憶

 

「――おい、何時までそうしているつもりだ?」

「ふん。カイトか。どうせお前もシドーと同じことを言うつもりなのだろう。誰が聞くものか。バーカバーカ」

 

まさしく駄々っ子のような十香の言葉に、戎斗の呆れたようにため息を吐く。

戎斗がいるのは五河家の十香が閉じこもっている部屋の前。

なぜそこにいるのかと言えば、四糸乃と話したときまで遡る。

四糸乃と遭遇してから2時間ほどしてからのこと。『よしのん』を探すと約束したはいいが、一人で見つけれるとは思っていなかった戎斗は、<フラクシナス>に連絡を入れた。

 

『はぁい。休んでろっていったのに遊び歩いている戎斗くん?』

「……探して貰いたいものがある」

『スルーされたから聞きたくないのだけど、言ってみなさい』

「パペットを探してほしい。兔のような見た目のだ」

『……一応聞いておくけど、それって『よしのん』って名前じゃないでしょうね?』

「なぜお前たちがそれを知っている?」

『それはこっちのセリフよ。話を聞いたときは、あなたがお人形遊びに興味があるのかと思ったけど、まさかあなたもそれを知ってるなんてね。なんであなたがよしのんを知っているのかは置いとくとして、実を言うと、既に所在は掴んでいるわ。今士道が取りに行ってる』

「そうか」

『だから代わりに一つ、頼まれてくれない?』

 

戎斗は琴里からの頼みを受け、そして今に至る。

しかしさすがの戎斗も、頼みというのが()()()()()()()()十香を呼び出すこととは思わなかった。

聞けば戎斗が四糸乃と別れた後、そのまま士道が四糸乃と出会い、家に招いた。

しかしこの時、ファーストコンタクト時に確執があった十香がそれを見てしまい、再び部屋に引きこもってしまった、ということらしい。

 

「そもそもシドーが悪いのだ。私はシドーを心配していたというのに、奴は他の女とイチャコラしているではないか!」

「だとしてもお前には関係ないだろう。五河士道はお前の物ではないんだ。お前が怒るのは、お門違いと言うやつだ」

「…………カイト。士道はやはり、あの女の方がいいのだろうか?」

 

呆れすぎて対応がぞんざいになってきた戎斗に、活発さの欠片もない声がドアの向こう側から聞える。

自分を肯定してくれた少年。命を懸けてでも絶望から救い出してくれた彼が、他の女と楽しげに話しているのを思い出して、十香は胸がチクリと痛んだ。

しかし十香は、その痛みの名前を知らなかった。

 

「――くだらん」

「え……?」

 

だからこそ、戎斗のその一言がとても鋭く聞こえた。

自分のこの胸の痛みが広がるのを感じる。

だからなのだろう。――続く戎斗の言葉にひどく驚いたのは。

 

「なぜそう言い切れる?」

「なんだと……?」

「今の貴様は、親の事情も理解せず、遊んでくれと泣き喚く幼子のそれだ。自らの都合で、勝手に納得してしまう」

「……あ」

「だからこそ、()()()()()()()()()を信じろ。奴は、お前をぞんざいに扱うような奴だったか?」

 

違う、士道はそんなやつではない。

戎斗の言葉を聞いて真っ先に思ったのは、そんなことだった。

その瞬間、十香の中でカチリと何かが嵌まった。

 

「(そうだ。令音も言っていたではないか! シドーは、命を懸けてまで私を救ってくれた!)」

「……腹は決まったようだな」

「うむ。私は、シドーに聞かなければならない」

「そうか。ならば……ッ!?」

 

その時、突如起こった地震に、戎斗の言葉が途切れた。

急に起きた異変に十香が窓を開けると、冷気が外から流れ込んできた。

次の瞬間、けたたましいサイレンが天宮市中に響き渡った。

 

「これが警報か……? ならば、これが空間振……?」

「おい! 夜刀神十香、大丈夫か!」

 

呆然と呟く十香の耳に、ドアをたたく音と戎斗の叫ぶ声が聞こえた。

もはや引きこもっている場合ではないと考えた十香が立ち上がると、一瞬窓から何かの影が見えた。

思わず身を乗り出して確かめると、視線の先にはずんぐりとしたフォルムに、3メートルはあろうかという大きさの人形がいた。

そしてその背に乗っていた少女を、十香は知っていた。

 

「あれは、あの時の……。ならば、士道もそこに……!」

 

予感めいたものを感じ、十香は急いで外に出るのだった。

 

 

 

 

 

「(彼は、ちゃんとシェルターに避難しただろうか……)」

『もうすぐ<ハーミット>と接敵するわ。目標を補足次第、各員攻撃しなさい』

 

インカムから流れる上司の命令を聞きながら、折紙の頭に浮かんでいるのは、つい先ほど自身の家に来ていた五河士道のこと。そして次に浮かんだのは先日の<プリンセス>との戦いの直後のこと。

未確認生命体に襲われ命を奪われかけた折紙だったが、気がつけば軍の医務室のベッドに寝かされていた。同僚や上司が見舞いに来てくれる中、意識を失う直前の光景が脳裏に残っていた。

巨大な未確認生命体を倒した<ナイト>と呼称された謎の存在の姿が、()()()()()()()()()()と被る。

 

「(……もう、5年……)」

 

あの時からずっと大事にしている錠前を取り出す。

戦闘中に失くしては堪らないので、出撃中は持っていない方がいいと分かっているのだが、何故か折紙はこうして持ってきている。

全てはあの日、燃え盛る炎の中で助けてくれた()()()()()()()()彼を見つけたい一心で。

 

「私と同じ悲しみを、誰かに味あわせたくない。そのために、私は……」

『――目標確認!』

 

振り続ける雨が、随意領域の外側に弾かれる。まるで折紙の迷いを取り払うかのように。

銃のスコープの先には、まるで母親の背中にしがみつくように巨大なパペットの背に乗る<ハーミット>。

あの日、折紙は絶望の淵に叩きつけられた。だからこそ、自分のような犠牲者を出さないと決めた。それがたとえ、災厄と恐れられる精霊の命を奪うことでも。

なぜなら自分は、その精霊に大切な物を奪われたのだから。

 

『――撃てぇ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――今の自分を見て、あのヒーローはどう思うのだろうか?

 

 

 

 

 

 

ほんの一瞬、頭に浮かんだその考えを振り払うように、折紙はただ無心で引き金を引いた。

 

 

 

 

 



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謎の能力 隠れた事実

五河士道は、自身の目の前に広がる光景に呆然としていた。

街には季節外れの吹雪が吹き荒れ、視線の先には白銀色のドームが鎮座している。

 

「なんだよ、これ……」

 

琴里たちの力を借り、<ハーミット>またの名を四糸乃の大事なパペットであるよしのんの居場所を突き止めた士道は、折紙のマンションに潜入した。

何故かメイドの服装だった折紙に迎えられ、何故か名前で呼ぶように言われた後、唐突に折紙がシャワーを浴びに行った隙を突き、よしのんを発見。

その後、シャワーから戻った折紙と士道は軽く話した。

 

『夜刀神十香から精霊の反応が消えたことは事実。だけど私は、彼女の存在を許容できない』

『……っでも精霊だって、空間振を起こしたくて起こしてるわけじゃないんだ!』

『……? なぜあなたがそんなことを知っているの?』

『あ、いや……』

『……五年前、天宮市南甲町の住宅街で大規模な火災が起きた。公式に伏せられているけれど、あれは精霊が起こしたもの』

『なっ!?』

『真っ赤な炎を纏った精霊。その精霊によって、()()()()()()()()()()()()()()

 

そんな会話が成された後も二人は話し合い、士道は霊力が封印された十香が攻撃されることは無いと言うことを聞き安堵した。

そして会話がひと段落した直後、空間振警報が鳴った。

折紙は士道に避難を促し、士道も放っておくわけにはいかず琴里の連絡を聞くなり走り出し、今に至る。

 

「琴里。よしのんは回収したけど、なんなんだよあれ!」

『四糸乃よ。十香の時みたいに、四糸乃の天使が暴走してるの!』

 

天使。そのワードに士道は息を呑んだ。

精霊の矛であり盾でもある力の結晶。それが暴走している。

このまま放っておけば甚大な被害が出ることは、十香の時にすでに分かり切っている。

故に、すぐに四糸乃の霊力を封印しなければならないのだが……

 

『まったく、あんた何やってたのよ? 今士道がいる場所、ついさっき四糸乃が通った場所よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

僅かに苛立ちを含ませた琴里に、士道は寒さの中にも関わらず冷や汗をかいた。

 

「あいや、トリモチに引っかかってな……」

 

苦し紛れにそう言い訳する士道。本当はもう一つ別の要因があったのだが、わざわざ言う必要もないだろう。

そんな中、二人の通信に令音の声が混ざった。

 

『今見えているのは、天使の力で作られた吹雪のドームだ』

「吹雪……じゃあ、中に入れるってことですか?」

『やめておいた方がいい。吹雪と言えど、霊力によって作られたものだ。生身で行けば、それこそズタズタに引き裂かれるだろうね』

「そんなの、一体どうすれば……」

『仕方ないわね。今回は諦めましょう。士道、<フラクシナス>で回収するわ』

「っ! 待ってくれ琴里!」

 

撤退を促す琴里に士道が待ったをかける。

琴里が言うことも理解できる。令音の説明を聞けば、眼の前にあるものがどれだけ危険かも分かる。

しかし、今を逃せば次は何時四糸乃と会えるか分からないのだ。

 

『だったらどうすると言うの?』

「それは……そうだ! 琴里、俺が十日の霊力を封印した日――――あの時、折紙に撃たれたよな?」

『…………』

 

確証はなかった。だが、一縷の望みをかけて言った考えは、琴里の沈黙によって肯定された。

 

「なんでか分かんないけどさ、俺はこうして生きてる。ってことは、俺の身体に何かあるのか?」

『半分正解ね。士道が行ったことは事実よ』

「っていうと?」

『士道が致命的なダメージを喰らうと、焔が体を焼き、傷を癒す。矛盾しているようで、実際は狂っていない事象。そしてその原因は、分かっているわ』

「なら……よし」

 

それで十分だとばかりに、士道は覚悟を決め走り出そうとする。

 

『――――駄目よ』

 

しかしそれは、他ならぬ妹の言葉によって止められた。

 

「なっ!?」

『どうせ再生能力を使って、吹雪を抜けようとかいうんでしょう? 認められないわ』

「どうして!」

『再生能力だって万能じゃない。死んでしまえば意味はないし、再生するよりも体が削られる方が早い。四糸乃がいるであろう中心部とその外周まで5メートル。5メートルよ? 明らかに無理だわ』

 

何処か冷たさを感じさせる琴里の静止に怯んでしまう。

 

『だから……ん? どうしたの令音。……これは、なんで十香が……』

「十香? なんで十香が……!」

 

いきなり琴里の声が遠のいたことに訝しむ士道。

その時、背後から聞いたことのある声が聞こえた。

 

「シドー!」

「なっ……十香!?」

 

振り返った士道が驚いたのは、家にいたはずの十香がここにいるからだけではない。

十香は走って来たのではなく、何かに乗っていたのだ。凍りついた路面を滑るそれは、士道の目の前で停まることでそれが何かを認識できた。

 

「これって、<塵殺公(サンダルフォン)>!?」

 

<塵殺公>。十香の天使であり、全てを薙ぎ払う最強の力。

金属質な表面に豪奢な玉座。普段は十香の武器である剣が収められているそれは、今は倒されて微妙に形が変化していた。

その背もたれに乗って、十香はここまで滑って来たのだろう。

 

「十香、お前……」

「シドー。私は、お前に言わなければならないことが……」

『士道! 呑気に話してるところ悪いけど、一大事よ!』

「うわっ!? なんだよ急に。それに一大事って、もうすでに一大事だろ?」

『あんた達の周辺にインベスの反応を確認したわ!』

「……え?」

「シドー! あれを見ろ!」

 

十香が指さす方に目を向けると、何もない空間にジッパーが開いていた。ジッパーが開いている部分には、街ではなく森の景色が見えている。

士道は見たことが無い為に知らないことだが、それはまさしくクラックだった。二人が困惑している間にも、クラックから次々とインベスが飛び出し、吹雪のドームへと向かって行く。

 

「あれって……」

『インベスよ! こんな時に限って……二人とも、すぐに逃げなさい!』

「駄目だ! あいつら、四糸乃の方に行ってる。放っておくわけにはいかない!」

『何言っているの! 士道に倒すことなんてできないし、十香に戦わせるわけにもいかないでしょう!』

「シドー! くるぞ!」

 

士道と十香の存在に気付いたインベスが、「シャァァ」と鳴きながら向かってくる。

走ってくる初級インベスに、やむ得ず応戦しようと十香が剣の柄を掴む。

 

「――――ハッ!」

 

その時、突如現れた人影が初級インベスを蹴り飛ばした。

 

「……まったく、面倒なことになっているな」

「戎斗!」

「話はすべて聞いた。こいつらの相手は俺がしてやる。お前たちは四糸乃の元に行け!」

「……っ。シドー、乗れ!」

「くっ。絶対無事でいろよ!」

 

戎斗がインベスと戦えることを知っている士道は逡巡したが、十香と共に<塵殺公>に乗る。

それを確認した十香は、<塵殺公>をすぐさま動かす。圧倒的な加速によって、二人の姿はすぐに見えなくなった。

 

「フン……」

『……戎斗』

「お前たちは奴のサポートでもしていろ。ここは俺一人で十分だ」

『ええ。気を付けなさい』

 

その言葉を最後に通信が切れる。

戎斗は迫るインベスに向き合い、ロックシードを掲げた。

 

「変身!」

《バナーナ!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わり<フラクシナス>の艦橋。

琴里が苦い顔をして、士道と十香が映るモニターを眺めていた。

 

「心配かい、琴里」

「……うるさいわよ」

 

雑に返された言葉には、何時ものような覇気がなかった。

きっと琴里の頭の中では、必死に方法を模索しているのだろう。大切な兄が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

何時もの令音なら、きっと琴里と同じだっただろう。四糸乃を攻略する糸口が見つかった今、撤退すればせっかくのチャンスが遠のくことになる。

だが、この時ばかりの令音の思考は、別の方向に向けられていた。

 

「(インベス。戎斗が言うには、ヘルヘイムの尖兵だったか。まったく、厄介だよ) まるで……」

「……? 令音?」

「いや、どうしてインベスは今現れたのだろうね」

「それはただの偶然じゃないの?」

「だとすれば、何故彼らは四糸乃の方へと向かっていたんだい?」

「…………」

 

今回だけではない。十香の時も離れた場所に現れ、十香とASTが戦っていた場所に向かおうとしていた。四糸乃と初めて接触した時もそうだ。

逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「彼らは、何かに引き寄せられているのかな?」

 

令音の疑問に、さりとて琴里は答えが出ない。

その内、舞い込んでくるクルーの報告によって、令音の疑問は琴里の頭の片隅に追いやられていった。

 

「(やれやれ。まさかこんな事態になろうものとは、困ったものだ。とは言え、しっかりと見極めないといけないね。この()()()()()()が、どう作用するのかを……)」

 

イレギュラー。その言葉はインベスに向けられたものか、それとも……。

 

 

 

 

そして、先の会話で琴里を含めた全てのクルーが気づかなかった。気づけなかった。

インベスが現れたのは、何も精霊が現れた時だけではないのだと……。

 




基本的に、この作品は戎斗視点が中心です。
なので十香が部屋に引きこもる場面だったり、折紙の家への潜入する場面は基本的に原作と変わりません。
士道と十香は移動中に仲直りします。

今話は士道視点が主でしたが、次からはちゃんと戎斗視点です。


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力と決意のマンゴーアームズ

 

 

《バナスピアー!》

「セイッ! ハァ!」

 

バロンに変身した戎斗はバナスピアーを振るい、インベスと戦っていた。

インベスの群れを突っ切りながら、すれ違いざまに斬撃を浴びせていく。群れを抜けると、インベス達が爆発した。

戎斗は士道たちが向かったはずの、四糸乃がいる場所に向かおうとした時、インカムから今にも泣きだしそうな琴里の声が響いた。

 

『戎斗! おにーちゃんが、おにーちゃんが!』

「おい、なにがあった――――」

 

明らかに様子がおかしい琴里に、戎斗の気が一瞬逸れる。

その瞬間、背後から雄叫びが聞こえ殴り飛ばされた。

 

「グモオオオオォォォォ!」

「何っ……!? ハーミットインベスか!」

 

カイトがバナスピアーを構えると、ハーミットインベスの突進を受け止める。

しかしハーミットインベスは防御の上から拳を叩き付け、バナスピアーを弾き飛ばした。

 

「グモオオオッ!」

「ぐぁ!」

 

バナスピアーを失った戎斗は、ハーミットインベスの突進をもろに喰らい吹き飛ぶ。

大ダメージを負った戎斗は、言い難い違和感を感じていた。

 

「なんだ、この強さは……。前に戦った時よりも強い」

「グゥゥアアアアアア!!」

「あれは、まさか、今この時も精霊の力を吸収していると言うのか!」

 

ここら辺一帯には、四糸乃の力で雪が吹雪いている。四糸乃の力を吸収したインベスにとっては、エネルギーが周囲に充満しているような状態だ。

それを証明するかのように、ハーミットインベスがまるで太陽の光を浴びる様に両手を広げると、その全身に氷の鎧が生成されていく。

 

「スゥゥウウウウ……グゥウウオオオオッ!!」

「ぬぐぅ!」

 

ハーミットインベスが息を吸い込むと、咆哮と共に荒れ狂う冷気が放たれ、戎斗を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()の四糸乃は混乱していた。

 

「はぇ? え、ふえええぇぇぇ……!?」

 

事の経緯は少し前にさかのぼる。

ASTの攻撃に恐怖し、自らの力で作りだした吹雪のドームに閉じこもっていると、そのドームの壁から一人の青年が倒れながら現れたのだ。

その青年は四糸乃にとって見覚えのある人物だった。

五河士道。戎斗と出会った後に再開した青年。ボロボロだった彼に近づくと、突如として焔が士道の身体を焼き、傷を癒したのだ。

四糸乃が恐る恐る声を掛けると、士道は目を覚まし約束していた通り、よしのんを見つけて渡してくれた。

 

その後、士道の言葉を信じ、士道とキスをした。

自分の中から何かが消える感覚。しかし不思議と不快感は無く、温かい物が四糸乃の心に広がり安心感が小さな体を包んだ。

それも束の間、四糸乃の霊装が光と消え、半裸状態になってしまったのだ。

そして今に至る。

 

「わ、悪い! え、えっと、とりあえずこれで隠せるか?」

 

恥ずかしさと混乱でどうにかなりそうな中、士道は慌てて着ていた上着を四糸乃に着せる。

ボロボロだったが着れないと言うことも無く、小柄の四糸乃ならば問題なく身体を隠せた。

霊力の封印には仕方のないこととは言え、士道は居心地の悪さを感じていた。

 

「その、だな。四糸乃、必要なこととはいえ、悪かった」

「……だ、大丈夫、です。士道さんが言うなら、信じます……」

『士道くんはよしのんを助けてくれたからねー!』

「……ああ、ありがとう」

 

士道のお礼に、四糸乃は優しく微笑む。

霊力の封印によって、段々と吹雪が弱まりドームも消えようとする。

それによって通信が繋がったのだろう。士道のインカムに、妹からの一言が流れた。

 

『……戻ってきたら、覚悟してなさい』

 

ついさっき命の危険を感じたばかりだと言うのに、再び命の危険を感じる士道だった。

 

『まあ、良くやったわ。十香も回収したから――――』

 

その時、近くの瓦礫の一部を破壊しながら、誰かが吹き飛ばされてきた。

いきなりのことに四糸乃は怯え、士道は近くに転がってきた人物を見て、思わず声を上げた。

 

「戎斗!?」

「ぐぁ……ぐっ。五河士道、それと四糸乃か」

 

戎斗は立ち上がろうとするが、ダメージのせいですぐに膝をついてしまう。

そして戎斗がやってきた方向から、ハーミットインベスが歩いて来た。ハーミットインベスは、自らの力の源である四糸乃を見つけると、四糸乃と士道の元へ歩き出す。

 

「ヒッ!」

「お前たち、早く逃げろ!」

「くそっ! 琴里、回収してくれ!」

『さっきからやろうとしてるわよ! でも、ハーミットインベスが現れてから士道たちの居る場所の霊力反応が急上昇してるの! そのせいか転送装置が機能してない!』

 

動揺する士道たちを、ハーミットインベスは見逃すはずもない。

巨大な氷の塊を生成すると、二人に向けて射出した。

 

「……ッ! 四糸乃!」

「あっ……」

 

士道は咄嗟に四糸乃を抱き寄せ、自身の身体を盾に四糸乃を守ろうとする。

いざとなれば治癒能力で、死ななければどうにかなる。しかし、今の士道はただ四糸乃を守りたいと言う思いしかなかった。

来るであろう衝撃に歯を食いしばる。しかし、何時まで経っても衝撃がやってこない。

 

「なんで……なっ!? 戎斗!」

 

疑問に思った士道が振り返ると、そこには両手をクロスして氷塊を受け止める戎斗の姿があった。

 

「お前、どうして……」

「戎斗さん……?」

「ぐ……うおおおぉぉぉ!」

 

背後から聞える二人の声に耳を傾ける余裕もなく、戎斗はカッティングブレードを3回下ろす。

 

《カモン!》

《バナナスパーキング!》

 

展開していたアームズが非展開状態に戻り、戎斗は頭突きの要領で氷塊を砕くと同時に、アームズを飛ばしてハーミットインベスを吹き飛ばす。

しかし、戎斗もダメージが限界なのか膝をついてしまう。

 

「戎斗!」

「戎斗さん!」

 

カイトに守られた2人は、慌てて戎斗に駆けよる。

 

「戎斗さん、ごめんなさい……」

「謝る必要などない。……人形は見つかったのか」

「え……はい」

『ありがとー、バナナのお兄さーん』

「……ごめ、んなさい……私、戎斗さんと士道さんに助けてもらうばっかりで……」

「だからどうした」

「え……」

 

困惑する四糸乃に、戎斗は立ち上がりつつ話す。

 

「たとえ弱くとも、お前はそれで満足していない。何かを守るために、己の力不足を嘆く奴は、必ず強くなる。俺は()()()を知っている」

 

そう、駆紋戎斗は知っているのだ。他者を守るために力を求めた者を、その強さを。

だからこそ、四糸乃の後悔を戎斗は否定しない。

 

「守られるだけで満足するな! 力がないと言うなら求め続けろ! お前に守りたいと思うものがあるのなら、それを守れるほどに強くなれ!」

「戎斗さん……」

『来た! 士道、転送可能になったわ。四糸乃と一緒に回収するわよ!』

「琴里……分かった。四糸乃」

「……はい。戎斗さん、気を付けてください」

「戎斗、絶対勝てよ」

 

その言葉を最後に、二人は<フラクシナス>に回収された。

それを見届けた戎斗は、起き上がったハーミットインベスに視線を向ける。

ハーミットインベスは瓦礫を殴り飛ばしながら、怒りを表すように吠える。

 

「フンッ。貴様との決着をつけてやる」

《マンゴー!》

 

マンゴーロックシードを起動すると、戎斗の頭上にマンゴー型アームズが現れる。

 

《ロックオン!》

 

戦国ドライバーにマンゴーロックシードをセットし、カッティングブレードを下ろした。

 

《カモン!》

《マンゴーアームズ! ファイト・オブ・ハーンマー!》

 

マンゴーアームズへと換装した戎斗は、マンゴパニッシャーを両手で抱え、走り出す。

ハーミットインベスが氷塊を次々と飛ばす中、戎斗は怯むことなく走る。

 

「ハァ!」

 

迎撃のために振るわれた拳をマンゴパニッシャーで弾き、胴体に突きを放つ。

下ったハーミットインベスに立て続けに打撃を叩きこみ、アッパーで打ち上げた。

 

「セイッ!」

 

落下してきたハーミットインベスを、マンゴパニッシャーをバットのように振るい叩き飛ばした。

 

「これで終わりだ」

 

宣言と共にカッティングブレードを2回下ろし、マンゴパニッシャーの先端を蹴り上げて構える。

 

《カモン!》

《マンゴーオーレ!》

「はぁぁぁ……」

「ッ! グモオオォォォ!」

 

戎斗の行動に気付いたハーミットインベスは、最後の悪あがきとばかりに冷気を放つ。

しかし、それを予測していた戎斗はマンゴパニッシャーを振り上げて()()()()()()()、そのまま一回転。

勢いが乗ったままマンゴパニッシャーを振るい、冷気を纏ったマンゴー型のエネルギー弾を発射した。

 

「セイヤァ!!」

「グゥアアアアァァァァァ!!」

 

エネルギー弾はハーミットインベスを貫き、そのまま爆散。

こうして、<ハーミット>四糸乃の出現による一連の戦いは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 



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進み続けるステージ

 

<ハーミット>の霊力封印から翌朝。

琴里から艦橋に来るように呼ばれた戎斗に、それはあっけらかんと言い放たれた。

 

「明日には精霊用の特設住宅を作るのだけど、戎斗もそこに住んでちょうだい」

「…………は?」

 

 

 

 

 

 

<ハーミット>の霊力封印から2日後。

 

「なんじゃこりゃぁぁぁあああああ!?」

 

閑静な朝の住宅街に、近所迷惑になるくらいの士道の叫び声が響き渡った。

しかし、それもそうだろう。なにせ、朝起きて外を見れば、家の隣に昨日までなかったはずのマンションが建っていたのだから。

 

「……ふぁ、うるさいわよ。ご近所に迷惑でしょ」

「琴里!? いや、だって、なんだよアレ!?」

「言わなかったっけ? 精霊用の特設住宅よ。十香や四糸乃、ついでに戎斗もあのマンションに暮らして貰ってるのよ」

 

当たり前のように言いきる琴里に、士道は唖然とする。

 

「物理的耐性はもちろん、顕現装置(リアライザ)も積んでるから、霊力耐性もばっちり。多少暴れようとなんのそのよ」

「いや、だとしてもこんなもんすぐに作れるわけ……」

「あんた、陸自の災害復興部隊だって、破壊されたビルを一日で復興させてるでしょ」

「あ……」

「十香が家にいたのは試用期間。今頃荷造りしてると思うから、声かけときなさいよ」

 

それだけ言うと、琴里は部屋を出て行った。

残された士道も、とりあえず十香の部屋に向かおうと部屋を出る。

 

「……あ。そういえば……」

 

しかし、士道はふと足を止め、2日前の折紙との会話の一幕を思い出した。

それは空間振警報が鳴り始め、折紙が士道に避難を促して部屋から出ようとした時のこと。

 

『……士道。私がASTになった理由は、精霊を倒すこと以外に、もう一つある』

『え?』

『あの大火災の日、両親を探していた私目掛けて倒れてきた燃え盛る電柱から、私を助けてくれた男の人。今、彼が何処にいるのかもわからない。そのための手がかりも、ほとんどない。だけど、その男の人を見つけることが、私のもう一つの目的』

『折紙……ッ?』

 

あの時、一瞬だけ見えた()()()()()()()()()()()()。それはどことなく、戎斗が持っているロックシードに似ていることに気付いた。

しかし士道は大して気にしていなかった。見えた限りでは、その錠前は青色で、戎斗の持っていた物(少なくとも士道が見たことのある中で)とは違っており、状況も状況なためプラスチックの玩具だと思ったのだ。

その後、なぜか玄関に設置されていたトリモチで足止めを食らい、ドームに閉じこもる前の四糸乃に接触することが叶わなかった。

 

「(折紙の恩人かー。探してるってことは、やっぱそれだけお礼が言いたいんだろうな。まぁ、命の恩人ならそれもそうか。……にしても、折紙もああいう玩具を持ってたりするんだな)」

 

そんなことを考えながら、こんどこそ十香の部屋に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

教科書を詰め込んだ鞄を持ち、これから住むことになる新たな家を出る。

琴里から戎斗に言われたのは主に2つ。精霊用特設住宅であるこのマンションに住むこと。もう一つは精霊たちとも、出来る限りコミュニケーションを取ること。

一つ目に関してはまだわかるが、二つ目が難題だ。

戎斗はそこまで話すような人間ではない。良く言えば落ち着いた、言葉を選ばなければ寡黙な男だ。

しかし琴里は「特に四糸乃。彼女の相手をしてあげなさいよ」と言ってきた。戎斗はこの言葉の意味を測りかねていた。

その時、戎斗に件の少女の声が聞こえた。

 

「……あの…戎斗さん……おはようございます…」

『おーはよー! バナナのお兄さーん!』

「……四糸乃か」

 

声の方向に顔を向けると、霊力が封印された関係上、霊装ではなくワンピースに麦わら帽子という格好の四糸乃がそこにいた。

左手にはよしのんが装着されており、おずおずと差し出されていた。

 

「今から<フラクシナス>に行くのか?」

「は、はい……。検査があるので」

「そうか……」

 

その会話を皮切りに、何とも言えない空気がその場に満ちる。

戎斗がどうしたものかと頭を捻らせていると、よしのんが陽気な声で四糸乃に話しかける。

 

『それで四糸乃ちゃーん、バナナのお兄さんに言うことあるんでしょー?』

「言いたいこと……」

「はい……。その、この前は、助けてくれてありがとうございました!」

 

一気に捲し立てた四糸乃は、ガバリと頭を下げる。

 

「礼を言われる事ではない。それに、よしのんを見つけたのも、五河士道だ」

「でも、あの怪物さんから守ってくれました……。だから、お礼を言いたいなって…」

 

おずおずと話す四糸乃に、戎斗は近づいて麦わら帽子の上からポンポンと優しく手を置いた。

 

「あ、あの……!?」

『おおー! お兄さんだいたーん!』

 

おっかなびっくりといった感じに戎斗を見上げる四糸乃だったが、四糸乃は逃げることも無く、離れることも無かった。

そのまま数十秒、遂に戎斗の手が離れ、四糸乃は何処か寂しい気持ちを覚えたのだった。

 

「……インベスを倒すのは俺の役目だ。だから、お前が礼を言う様なことじゃない」

「…………」

「だが! もし、危険な目に合ったら俺を呼べ。何時でも駆けつけてやる」

「……ッ!」

 

そのまま戎斗は四糸乃の横を通り過ぎようとして、

 

「戎斗さん!」

 

四糸乃の声に引き留められた。

 

「戎斗さんの事、()()()()()()()って呼んで、いい…ですか?」

 

背を向けていた戎斗には分からないが、四糸乃の顔は珍しく大きな声を出したことと羞恥で赤く染まっていた。

そんな彼女に、戎斗はただこう言った。

 

「……好きにしろ」

 

そう言い放ち、再び歩みを進める。

背後から聞える『やったね四糸乃!』「……うん!」という会話を背中で聞きながら、戎斗は学校に向かう。

 

 

 

だが、マンションを出た直後、戎斗は何かの()()()を感じ、辺りを見渡す。

しかし、怪しいものは特に見当たらず、勘違いかと当たりをつけた戎斗は歩を進めた。

その直後、マンションの影が歪み、()()()()()()()()()()()()()

 

「あらあら……まさか感づかれてしまうとは、やはり今回の時間は何かが違いますわねぇ」

(わたくし)、どうしてあの方を始末いたしませんの? 不穏分子は即座に消しておかなければ、どんなイレギュラーが起きるか分かりませんわよ」

「おやおや(わたくし)、イレギュラーなら既に起きているではありませんか。明らかに見たことのない、精霊の力をも取り込んでしまうインベスと呼ばれる化け物。それを倒すあの男性。そして、DEMの動向」

「ここまで捻じれてしまっているのです。不用意な行動は慎むべきではなくて?」

「そもそも何故()()()()()()んですの?」

「簡単なことですわ。これまで何度もやり直してきた中で、唯一とも呼べるイレギュラー。(わたくし)は期待しているのでしょう?」

「まさしく藁にでもすがる思いですわねぇ」

 

口々に騒ぎ立てる()()()()を、少女はピシャリと窘める。

 

「……うるさいですわ。どの道、士道さんとはそろそろ接触しなければなりません。いずれ出会うのです。あの方を見極めるのは、それからで良いでしょう。それよりDEMの動向はどうなってますの?」

「まだ何も。()()()()()()()()は手に入るのですが、例の最重要特殊区画の情報だけが手に入りませんの」

「DEM本社の情報サーバーとも独立しているほどの手の込みよう。これもやはり、イレギュラーですわね」

「分かりました。ならば、そちらの調査は続けてくださいな。こちらも行動を開始するとしましょう」

 

その言葉を最後に、少女は影に沈んだ。

 

 

 

「さぁ、踊りましょう?」

 

 

「さぁ、狂いましょう?」

 

 

「今宵の時間は何処まで行けるのかしら?」

 

 

(わたくし)たちはただ、狂い続けるのみ」

 

 

「キヒッ」

「キヒヒッ」

「キヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッッッ!!!」

 

少女は嗤う。己の狂気を示すために。

 

 

 

 

 

 

――――――――己が、狂ってしまわないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでダンスホールのような部屋に、その男はいた。

研究者なのだろうか、白衣を着て回転椅子に座る男は、これから来るであろう友人を待っていた。

広い部屋の中心にポツンと置かれた机に、その上に設置された複数のパソコンと散らばる資料。まるで研究者気質な男を表しているようだった。

シュッと最低限の音を立ててドアが開く。やってきたのはスーツを着込んだ男と女だった。

 

「やあ、よく来たねアイク」

「待たせてすまないね。プロフェッサー凌馬」

「別に構わない。僕らの互いの目的のために、お互い忙しい日々を送っているからね」

「無駄口はいりません。さっさと要件を話しなさい」

 

旧知の友人と再会したような感じで話す凌馬と呼ばれた白衣の男。しかし女は厳しい双眸を向け、白衣の男は肩をすくめる。

 

「相変わらずせっかちなお嬢さんだ。世界最強を自称するなら、それに見合った雰囲気を身につけるべきではないかな?」

「ならば今ここで証明してみせましょうか? あなたを殺すことによって……」

 

ヘラヘラと笑う凌馬の煽りにキレた女は、懐から取り出したデバイスに顕現装置(リアライザ)で光刃を形成。

凌馬に斬りかかろうとするが、その直前で先ほどまで誰もいなかったはずの場所から伸びた手が、女の腕を掴む。

女は咄嗟に反応し、腕を振り払う。そして、乱入者へとそのまま斬りかかるが、乱入者はバックステップで躱し膠着状態になる。

よくよく見れば、乱入者の正体もまた女だった。しかし、光刃を持った女はプラチナブロンドの挑発なのに対し、乱入者は黒髪の短髪だった。

 

「そこまでだ、エレン」

 

二人の女は再びぶつかると思われたが、それより早く凌馬にアイクと呼ばれていた男が仲裁に入った。

 

「プロフェッサー凌馬、彼女は?」

「ああ、彼女は私のボディーガードだよ」

「そうか。エレンが済まないことをしたね」

「私は大して気にしていないさ。それより本題に入ろうじゃないか」

 

凌馬は机の上の複数のモニターの内一台を、アイクに見せる。

 

「君の言っていた天宮市にて、インベスと精霊の反応が融合するという珍しーい反応が確認された」

「ほぅ……」

「もっとも、このインベスが取りこんだのは精霊の力のカスだけどね。だが、こんな珍しい反応、調べないわけにもいかないだろう? だから、君の所で誰か向かわせてほしいんだが……」

「それならちょうど、日本に向かわせた人員がいるんだ。ほら、例の彼女だよ」

「ああ。なるほど、それなら適任だ」

「要件はこれだけかい?」

「最後にもう一つ」

 

そう言って凌馬は、机の下からアタッシュケースを取り出した。

 

「エレン君用のものが完成してね。せっかくだから渡しておこうと」

 

そう言って開いた中には、戦国ドライバーとロックシードが入っていた。

 

「彼女用にカスタムされているから、扱いやすいはずだ」

「それは助かるよ。エレン」

「……ええ」

 

アイクに促され、エレンはアタッシュケースを受け取る。

喜んで、というよりも、アイクに言われて渋々といった感じである。

 

「それじゃ、僕たちは失礼するよ」

「ああ。互いの目的のため、頑張ろうじゃないか」

 

短く言葉を交わした後、アイクとエレンは部屋から出ていく。エレンに関しては、睨みつけると言ったサービス付きである。

そして二人が完全に出て行ったことを確認した凌馬は、近くに控えていた黒髪の女に声を掛ける。

 

「さて、彼にはああ言ったが、実際彼女だけでどうにかなるのか疑問が残る。だから、君にも天宮市に行ってもらうとしよう」

 

それを聞いた黒髪の女は頷くと、何も言うことなく部屋を出ていく。その様子はまるで、糸で操られた人形のような不気味さだった。

 

「さて……どんな結果になるのか。精々良いデータを期待しているよ―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

崇宮 真那(たかみや まな)三尉であります。以後、お見知りおきを」

 

 

 

 

 





次回の鎧武外伝!

「なぜお前がここにいる!」
「時崎狂三と申しますわ」
「もしもの時は、俺があいつを倒す!」
「俺は……あいつが、人を殺すところを……ッ!」

《ラ・フランスアームズ!》

「貴様の覚悟はその程度かッ!」


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狂三キラー
監視者


精霊を救おうとする者と殺そうとする者。

その現実を改めて目のあたりにした駆紋戎斗は、殺されそうになっても反撃しない精霊、四糸乃の霊力を五河士道と<フラクシナス>と協力して封印した。

しかしその影で、暗躍する者たちもまた、行動を起こそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

霧が立ち込める鬱屈とした森。

乱立する木の幹には、おびただしいほどの蔦が絡みついており、赤黒い果実が生っている。

そんなどこか幻想的な森に引き込まれる者を、現実に引き戻すかのような戦闘音が響いていた。

 

 

 

 

《バナーナオーレ!》

「――はぁ!」

 

振るわれたバナスピアーが、初級インベス達を一掃する。

襲撃の気配が消えたことを確認すると、戎斗は肩の力を抜き、バナスピアーを逆手に持ち替える。

 

「……<フラクシナス>、応答しろ」

『ハァイ、戎斗。状況はどうかしら?』

「一時間近く探索しているが、やはりこれといった手掛かりは見つからない」

『そう。なら、今回の探索は切りあげましょう。クラックを監視しているクルーから、クラックが閉じかけているとの報告があったわ』

「閉じたとしても問題ない。探索を続けるぞ」

 

戎斗が今いるのは、ただの森ではない。

インベスの棲家、意思ならざる意思を持つ森”ヘルヘイム”。

事は一時間前、突如として天宮市の街中にクラックが現れた。

それに気づいた<フラクシナス>は、クラックが現れた場所が運よく人気が無い場所だったため、すぐさま人払いをし監視を開始した。しかし、戎斗の提言により、戎斗によるヘルヘイムの森の探索が決められたのだ。

 

『駄目よ。いくらあなたがクラックを自力で開けるとしても、念には念を入れましょう。探索を認める代わりに、私の指示に従う。それが条件だったはずよ。』

「……了解した」

 

語気を強めた琴里に、戎斗は渋々従う。

琴里としても、戎斗を心配していることは理解しているため、不満はあれど怒ることはない。

<フラクシナス>との通信を切った戎斗は、近くに止めてあるローズアタッカーに向かおうとする。

 

――パキッ

 

「っ! 誰だ!」

 

小枝が折れる音に戎斗は振り向き、隠れているであろう何者かに向かって叫ぶ。

警戒する戎斗の視界の端に、木の影から何かが飛び出してきた。

 

「――ギャギャッ。ググォ……」

 

出てきたのは初級インベスだった。初級インベスは戎斗を一瞥すると、戎斗とは別方向に走って行く。

インベスを追わずに未だ警戒を続ける戎斗は、インベスが出てきた木に近づく。

しかし、そこには誰もおらず、ヘルヘイムの果実が二つ、不自然に落ちていた。

 

「(……先ほどまで何者かがいたということか? それにこの森も、何か違和感を感じる)」

 

胸に残るそこはかとない違和感を感じ、戎斗は落ちている果実を二つとも手に取る。

握った瞬間、二つの果実は戎斗の手の中でロックシードへと変化した。

 

「……フン」

 

今度こそ、戎斗はローズアタッカーへと向かう。

そしてその様子を、少し離れた位置で監視していた者がいた。白いスーツに緑色の鎧。腰には戦国ドライバーが装着されており、伸びるベルトには無双セイバーが差されている。

その監視者の手の中には、初級インベスを呼び出せるヒマワリロックシードが握られていた。

 

「………」

 

監視者は戎斗が去るのを見届けると、同じように踵を返して去って行った。

 

 

 

 

 

 

一方、<フラクシナス>艦橋。

艦長席に座り、チュッパチャップスを咥える琴里は、疲れたように背もたれに寄りかかる。

「はぁ……」

「お疲れの様だね、琴里」

 

そう声をかけ、琴里にココアが入ったマグカップを差し出したのは、解析官の令音。

礼を言ってカップを受け取った琴里は、軽く冷ましてから一口飲む。

 

「クラックの出現も、今回で既に5件目。なぜ急に増えたのかしら?」

 

ここ最近、クラックが出現する頻度が異様に高い。

クラックは出現する時間も選んでくれない様で、今も平日の真昼間である。そのせいで、学校を早退してまで来なければならなくなった。

 

「ふむ……。とはいえ、そろそろ対策用のマニュアルも完成している。琴里が現場にいなくても、ほとんどの対策は出来るだろう。だが……」

「戎斗はそうもいかない、か」

 

クラックが出現すると言うことは、必然的にインベスが迷い込んでくる可能性があるということ。

実際、クラック発生の5件中4件でインベスが現れた。その全てを戎斗が対処しているのだ。

インベスを対処できるのが戎斗だけなため、戎斗を呼ばないわけにはいかないのだ。

どうにもならない現実に琴里が頭を抱えていると、プシュッと音を立てて環境の扉が開いた。

 

「……あ、あの……」

「あら、四糸乃。いらっしゃい」

 

入って来たのはヘルヘイムの森から帰って来た戎斗ではなく、ワンピースに身を包み、左手に兔のパペットを嵌めた四糸乃だった。

 

「ふむ。そういえば、そろそろ検査の時間だったね。わざわざ済まない」

「い、いえ。大丈夫です……」

「ああ。こっちは落ち着いて来たし、もう大丈夫よ令音。……そうそう、もうすぐ戎斗が帰って来るから」

()()()()、がですか? 分かり、ました……」

 

取ってつけたように付け加える琴里に、おずおずと答える四糸乃。

何とも言えない雰囲気が両者の間に広がるが、令音が機転を利かせて四糸乃を促し、二人は部屋を出て行った。

一人残った琴里は、気まずさから頬をポリポリと掻いた。

 

「困った物ね……。まぁ、身から出た錆なんだけど」

 

こうなったのには訳がある。

つい先日、琴里の前で四糸乃が戎斗のことを「戎斗お兄ちゃん」と呼んだのだが、琴里はそのことで戎斗をからかったのだ。

勿論、琴里としては冗談の類であり、戎斗が士道のようにその程度で狼狽える男ではないと知っていたからだ。

結果として、戎斗『は』狼狽えなかった。その代わり、四糸乃が激しく狼狽えた。

顔を真っ赤にして羞恥に縮む四糸乃は、小柄な見た目と相まって非常に可愛らしかったのだが、戎斗の呼び方がさん付けになったのだ。

後ほど四糸乃にはしっかりと謝り、戎斗と二人きりの時にはお兄ちゃん呼びなようなので、度々二人きりでいられる時間を作っているのだ。

 

「それにしても、ここにきてクラックの発生。……面倒な事が起こらなければいいのだけれど」

 

祈るかのように、琴里はそう呟いた。

 

 



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